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2011年9月19日 (月)

ロバート・チャールズ・ウィルスン「クロノリス 時の碑」創元SF文庫 茂木健訳

「だから俺は、表通りが大っ嫌いなんだ」

どんな本?

 時間封鎖・無限記憶と続くシリーズで鮮烈に登場したロバート・チャールズ・ウィルスンによる、キャンベル記念賞受賞の長編SF。近未来のアメリカを舞台に、超科学を持つ未来からの侵略(?)を受けて激動する社会情勢と、その荒波の中で右往左往しながらも足掻きながら日々の生活を続ける人々を描く。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は The Chronoliths, by Robert Charles Wilson, 2001。日本語版は2011年5月31日初版。文庫本縦一段組みで本文466頁+堺三保の解説7頁。8ポイント42字×18行×466頁=352,296字、400字詰め原稿用紙で約881枚。長めの長編。

 舞台は近未来の地球、それも主に(小説の舞台としては)馴染みの深いアメリカ合衆国でもあり、SFのわりに舞台背景を理解するのは難しくない。時折「ミュー粒子」だの「カラビ・ヤウ空間」だのと難しげな言葉が出てくるけど、「ナニやら先端的な物理の話なんだろう」ぐらいに考えておけば充分。主人公も分かってないし。

どんな話?

 2021年のタイで、若きプログラマーのスコット・ウォーデンは自堕落な日々を送っていた。貯金はスッカラカン、妻のジャニスとは険悪。怪しげな商売をしている悪友のヒッチに誘われ、明け方の爆音の元を野次馬根性で覗きに行ったのが運のツキ。そこには一夜で突然「記念碑」が建っていた。当局に捕まったスコットが尋問されている間、5歳の娘のケイトリンは急病で苦しんでいた。

 その記念碑には、文章が刻まれていた。「2041年12月21日、タイ南部とマレーシアをクインが下した」由を祝する、戦勝記念の碑だった。

 クインとは何者か?未来は独裁者に牛耳られるのか?なぜクインは記念碑を過去に送ったのか?未来は決まっているのか?正体不明の碑に人々は浮き足立ち、社会は騒然とする中、スコットは…嫁のジャニスに愛想をつかされていた。

感想は?

 いかにもSFテイスト満開っぽいカバーとは裏腹に、実は生活感溢れるキャラクター小説っぽい内容だった。世界が変わっていく中で、家族のために悩む人々、という点では、ナンシー・クレスの諸作品と感触が似ているかも。

 まず主役のスコット君が嫌な感じに等身大というか尻が青いというか、どうにも情けない。出だしから女房子供づれでタイに「沈没(*)」している。しかも幼い娘が病気で苦しんでるというのに、悪友と一緒に野次馬に出かける始末。そりゃ愛想つかされるって。

*沈没:貧乏長期海外旅行者の俗語。旅先に順応しすぎて(または怖気づいて)、次の目的地に移動するキッカケがつかめず、宿に長期逗留してしまう状態。

 とまれ、そこんとこ自覚してるのがスコット君の憎めない所。「こりゃ女房に見放されても仕方ないよなあ」と反省し、「せめて娘のケイトの前じゃ良き父でいよう」と奮闘するあたりは真面目というか小市民的というか。この小市民的な「いやだって俺一般人だし」的なボヤキは繰り返し出てきて、「おまい主人公だろ、世界をなんとかせい」と突っ込みを入れたくなるんだが、あくまでスコットの悩みの中心を占めるのは家族のことばかり。

 という典型的な巻き込まれ型の主人公なわけだが、実はそこらへんもこの小説の重要なテーマの一つになってるから、この作者はあなどれない。ええ、全部クインが悪いんです。

 情けないスコットと対照的に、元気いっぱいに暴れまわるのが変わり者の理論物理学者、スー(スラミス)・チョプラ。トコトン空気を読まない分、鋭い洞察力と行動力を備えた彼女は、ぐんぐんとクロノリスの謎に迫っていく。そんな彼女の純粋さ(?)に惹かれ、報われない騎士役を引き受ける、彼女のスタッフのレイ・モーズリー君のけなげさが泣かせる。

 情けないスコット君ではあるが、頼れる悪友もいる。意外な所で再登場するヒッチがそれ。出だしではタイで怪しげな商売をしてたヒッチ、後半では実に頼りがいのあるオッサンとして見せ場をさらっていく。

 彼らが生きるアメリカ社会は、基本的に今の延長ではあるものの、そこにクロノリスの暗い影が次第に大きくなっていく。これが巻き起こす社会の混乱が、この作品のもう一つの読みどころ。あの国の人って、よく言えば独立心旺盛、悪く言えば連邦政府への抜きがたい不信感みたいのがあって、それがリバタリアンの血脈を維持する土壌となっている。と同時に、バイブル・ベルトには狂信的なクリスチャンが多い。

 この物語でも、人々はクロノリスの出現を様々に解釈して、それぞれの思惑を実現しようと組織を作り、運動を始める。ある者は政府や軍を動かし、ある者は草の根レベルで地下組織を編成する。こういった政治・社会的な運動が巻き起こすアメリカ社会の混乱も、この作品の特徴。民間レベルでの政治運動が根付いているアメリカならでは、という展開なんだけど、それに適応しようとするスコット君の奮闘も、いかにもアメリカ的。

 アメリカ的といえば、もう一つ「ああ、アメリカだなあ」と感じさせるのが、家族の関係。主人公のスコット君に絡む人物が、見事に皆さん結婚生活の破綻を経験してるか、または独身ばかり。社会の方もそういう人々の生き方に対応しちゃってるのが、なんとも。スパっと離婚しちゃうアメリカ型がいいのか、ズルズルと家族の形を維持する旧来の日本みたいのがいいのか。

 SF的な見せ場は、クロノリスの出現シーン。こういう現象はなかなか斬新だと思う。どっかからエネルギーを調達せにゃならんわけで、そうすると…と勝手に解釈したんだけど、多分この解釈は間違ってると思う。

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