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2011年9月14日 (水)

スタンレー・ミルグラム「服従の心理」河出書房新社 山形浩生訳

その教訓とはつまり、しばしば人の行動を決めるのは、その人がどういう人物かということではなく、その人がどういう状況に置かれるかということなのだ、ということである。

どんな本?

 俗に「アイヒマン実験」と呼ばれ、多くの小説などで引用される、有名な心理学実験の成果報告。

 場にいるのは三人。実験者、被験者、役者。被験者は「教育における罰の効用を調べる」と言われ、実験に参加する。被験者が問題を読み上げ、役者が答える。役者が間違えると、罰として被験者が役者に電撃を与える(実際には電撃はなく、役者は苦悶の演技をしているだけ)。実験者は、被験者に、誤答が続くと次第に電圧を上げるよう指示し、役者は苦悶の訴えを強くしていく。どれだけの被験者が、どの時点で、実験の継続を拒否するか。

 それはどんな目的で、どのような手順で、どの程度の規模で、どんな対照実験があったのか。その結果は。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Stanly Milgram "Obedience to Authority : An Experimental view" (Harper & Row, 1974)。直訳すると「権威への服従――実験的な観点から」。日本語訳は2008年11月30日初版発行。私が読んだのは2009年1月30日の第二刷。有名な本だけあって、地味に売れてる模様。

 ハードカバー縦一段組みで約310頁。9ポイント46字×18行×310頁=256,680字、400字詰め原稿用紙で約642頁。小説なら普通の長編の分量。真面目な学術書だが、山形氏の訳は抜群に読みやすい。さすがにライトノベル並み、とはいかないけど、内容の硬さの割にはスラスラ読める。

構成は?

 序文
 謝辞
第1章 服従のジレンマ
第2章 検討方法
第3章 予想される行動
第4章 被害者との近接性
第5章 権威に直面した個人
第6章 さらなる変種やコントロール
第7章 権威に直面した個人 その2
第8章 役割の入れ替え
第9章 集団効果
第10章 なぜ服従するのかの分析
第11章 服従のプロセス 分析を実験に適用する
第12章 緊張と非服従
第13章 別の理論 攻撃性がカギなのだろうか?
第14章 手法上の問題点
第15章 エピローグ
 補遺1 研究における倫理の問題
 補遺2 個人間のパターン
 原注
 参考文献
 序文(2004年版) ジェローム・S・ブラナー
 訳者あとがき

 前半、第1章~第9章までが実験の報告で、第10章以降は考察に宛てている。有名な実験だけに批判も多く、補遺では批判への反論が中心となっている。訳者あとがきでも、訳者なりの反論を試みている。

感想は?

 この研究の目的は、組織的に行われる残虐行為のメカニズムを探る事だ。著者はその原因の一つに、「人が権威に服従する傾向がある」としている。「命令されたからやったんだ」ってやつ。

 実験の概要は先に挙げたとおり。最初の電撃は電圧15ボルトで、15ボルトづつ上げていき、最終的には450ボルトまで上げる(と、被験者には説明するが、実際には電流は流れず、役者が苦しむ演技をするだけ)。

 で、どこまで被験者は続けるか。事前にアンケートを取ったところ、「最後まで実験に付き合う奴は滅多にいない」という予想だった。

 実験は、色々と条件を変えてやっている。役者が隣の部屋にいて、声も聞こえないが、壁をたたく音が聞こえる場合だと、被験者40人中26人が最後まで付き合った。65%ですな。声だけ聞こえる場合は25人、同じ部屋だと16人。最後に、「暴れた役者が実験器具から離れ、被験者が役者に触れて器具を接続しなおす」条件だと、最後まで行くのは12人。被害者との「距離」が近づくほど、服従しなくなる。まあ、予想通りだね。

 ところが、電撃を与える役を、別の人が担当するように替えると、40人中37人が最後まで付き合ってる。自分が最終的に手を下さないでいいとなると、ヒトってのは割り切っちゃうわけ。どころか、もっと怖い現象まで出てくる。

多くの被験者は、被害者を害する行動をとった結果として、辛辣に被害者を貶めるようになっていた。「あの人はあまりにバカで頑固だったから、電撃をくらっても当然だったんですよ」といった発言はしょっちゅう見られた。

 「いじめ」や差別がしぶとい原因のひとつが、これなんだろうなあ。
 「ヒトって本来サドなんじゃね?」というヒトが本来持っている攻撃性に原因を求める説に対し、実験者が席を外す、被験者が電撃の強さを好きに選ぶ、などの対照実験を通じてコレを否定している。後者では、被験者の大半が最低レベルの電撃で済ませている。

 他にも、「同調」を調べる実験もしている。被験者は3人となり、途中で同僚(のフリをした人)が実験の中止を申し出て、実験を途中で放り出す。同僚二人が放り出した場合、最後まで実験に付き合うのは40人中4人。人には付和雷同する携行がある、ということ。

 現実の残虐行為は、長期間の洗脳や、軍などのキッチリした組織に組み込まれた形で起こる。この実験では、初対面の学者に「実験に協力してくれ」と頼まれる、それだけだ。とまれ、その学者は高名なイェール大学の教授なわけで、権威では、ある。

 実はその辺も対照実験していて、そこでは民間の研究会と身分を偽っている。ところが、その結果はイェール大学での結果と大きく違わなかった。役割が固定されちゃうと、そこから抜け出すのは、結構難しいわけ。

 ただ、いずれの実験も、サンプル数40というのは、統計的にどうなんだろう?
 当時はベトナム戦争が続いてた。エピローグでは、その辺を皮肉っている。

 アメリカ中の大学で、この服従実験について講演するたびに驚かされるのだが、若者たちは実験の被験者たちの行動に仰天して、自分なら絶対にそんな行動はしないと断言するのに、その同じ人が数ヵ月後には軍にとられて、被害者に電撃を加えるのとは比べものにならないような行動を、良心の呵責一切なしにやってのけるのである。

 いや現実にはトラウマに悩まされる人も多いわけで、当時は戦争後遺症が知られてなかったんだろうなあ。

 人が社会を形成し運営していく上で、権威に服従する傾向は、むしろ絶対に必要なことでもある。自営業の人だって、主治医の指示には従うだろうし、買い物の行列には並ぶ。ただ、それが行き過ぎちゃうと、地下鉄サリンみたいな事になる。社会や組織は所詮人が作るもので、完全ではありえないけど、改善の余地はある。山形氏も「訳者あとがき」で色々提案してるけど、私は徹底した情報公開が効果的じゃないか、と思っている。

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