藤田和男監修「トコトンやさしい天然ガスの本」日刊工業新聞社B&Tブックス
LNGチェーンにかかるコストの内訳をみると、おおよそガス田開発15%、液化40%、タンカー輸送30%、受入基地15%となっており、液化プラントとLNGタンカーでチェーン全体の約70%を占めています。
どんな本?
工業・産業系の内容が充実している日刊工業新聞社のB&Tブックス「今日からモノ知り」シリーズの一冊であり、「石油の本」「石炭の本」と並びエネルギー三部作をなす一冊。「石炭の本」と同様に、科学・技術・産業面が充実しており、天然ガスの生成と特徴と種類・ガス田の開発/加工/輸送などが前半を占める。同時に、終盤では市場動向や価格決定のしくみなど社会的・経済的な側面も解説している。
「石炭の本」同様に、この本も多くの人が著者として参加している。監修は藤田和男、編著は井原博之・佐々木詔雄・島村常男・本村真澄、著者は猪俣誠・神田馨・木村健・工藤修・佐久間弘二・鈴木信市・関口嘉一・竹原美佳・寺崎太二郎・豊崎昌男・中島敬史・中水勝・野神隆之・林久継・福田賢・藤岡昌司・松本潤一・三樹正実。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2008年3月25日初版第一刷発行。ソフトカバーで縦二段組で本文約146頁。レイアウトの関係で文章量は実質的に半分と考えていい。9.5ポイント25字×17行×2段×146頁/2=62,050字、400字詰め原稿用紙で約156枚。なんと「石炭の本」と同じ。
産業系の内容を第一人者が解説するこのシリーズ、知識と経験はあるが初心者向けの著作には不慣れな著者を、編集の工夫でカバーしているのが特徴。編集の工夫の詳細は「石炭の本」をご覧頂きたい。
この手の著者だと、序盤は素人読者を意識して丁寧に解説するが、慣れた中盤以降はギアが上がって読者を置いてけぼり…ってなケースがありがちなのだが、この三部作はその辺を巧く回避している。ありがちな「基礎→応用→最新技術」という流れではなく、章ごとに視点を変えているのがひとつと、多数の著者による分担制で著者のテンションを維持しているのがひとつ。
構成は?
第1章 天然ガスっていったいなんだろう?
第2章 天然ガス資源の探鉱・評価・開発・生産
第3章 天然ガスはどうやって輸送・貯蔵するの?
第4章 現代の天然ガス利用技術
第5章 天然ガスは地球にやさしい!?
第6章 新しいガス資源とはなんだろう?
第7章 天然ガスの化学反応による高度利用
第8章 天然ガスの価格とリスク
参考文献
索引
ご覧のとおり、政治・経済的な側面より、科学・技術・産業的な側面が充実しているのが、この三部作の特徴。まあ、あくまでも素人向けの入門書レベルだけど。ただ、これ以上に技術的側面を詳しく書いた本って、なかなか見つからないんだよなあ。
感想は?
冒頭近くで、石油と天然ガスと石炭の関係を解説しているのがありがたい。
有機成因(起源)説では石油・天然ガスどちらも「ケロジェン(日本語では油母)」と呼ばれる根源物質が熱で分解されて生まれたものです。そして4000メートル以深ではほとんどガス田となります。ですから石油と天然ガスはほぼ同じ大地の母親から生まれた兄弟のようです。
なお、起源に関しては他の所で無機成因説も解説してるけど、全体としては有機成因説に重きを置いている。
ここでいきなり分子式が出てくる。天然ガスの主成分はメタンC1H4が95.85%で、エタンC2H6が2.67%。標準原油だとメタン48.83%エタン2.75%にプロパンC3H8が1.93%にヘブタンC7H16+が42.15%。みんな炭素と水素の化合物で、分子量が小さいのが天然ガス、大きいのが石油ってわけ。
別の視点だと、分子量が小さい成分が多いと気体(天然ガス)になり、半々だと液体、大分子が多いと固体(ワックス)になる。実にわかりやすい。炭素と水素の割合も大事で、これには二つの意味がある。一つは燃やした時の二酸化炭素排出量で、これは炭素が少ないほど二酸化炭素排出量も少ない。そういう点で「天然ガスは優秀ですよ」と述べている。
もうひとつは単位重さあたりの発熱量(MJ/kg)で、天然ガス54MK/kg,重油46MJ/kg,石炭21~33MJ/kg。この理由は炭素と水素の発熱量の差で、炭素が33MJ/kg、水素は143MJ/kg。水素って効率いいんだなあ。ロケットが液体水素を使う理由はこれかしらん。
発熱量が大きい天然ガスは発電でも便利で、カスケード(滝)利用によるコンバインドサイクルは見事。まずガスを燃やしてガスタービンを回し、排気で蒸気を作って蒸気タービンを回す。これで50%の熱効率、おまけに蒸気の熱で暖房・給湯すれば「80%以上の熱効率を得ることもある」とか。
どころか冷熱発電はもっと凄い。メタンは-162℃で液化(LNG)するんで、日本ではLNGの形でガスを輸入している。これをガスに戻す際の熱差でドライアイス(-60度)・液体酸素・液体アルゴン・液体窒素を作る。また、気体に戻すと600倍に膨張するんで、この膨張力で発電してる。規模は1000~1万キロワットと小さいけど。
長距離輸送には一旦液化せにゃならん手間がかかるため、今までは現地生産現地消費が多かった天然ガス。国際貿易量も「パイプラインが約3/4、LNGが残り1/4」。ために市場も極東・欧州・北米に三分割され、OPECのような統一組織はできにくいとか。けど原油価格に追従する性質があって、現地消費傾向も絡み日本じゃサハリンのガス開発は大きな影響があるわけ。
歴史的に石油は日本書紀に「天智天皇の7年(668年)、越の国から燃ゆる土と燃ゆる水をたてまつる」とあるけど、天然ガスが出てくるのはぐっと後で。
記録として現れるのは江戸時代中期以降で、「東遊記(とうゆうき)」という書物に、現在の新潟県三条市付近の天然ガス(当時は火井(かせい)と呼ばれていた)について、「越後の百姓庄右衛門の家では地下から出るガスを竹のパイプを用いて、煮炊きの燃料や部屋の明かりとして使う」と紹介されています。
昔から煮炊きに使ってたのね。
ガスの短所の一つは海を渡るのに液化する必要がある点。冒頭の引用のように、液化とタンカーに大きな費用がかかり、ために中小規模のガス田は採算が取れず開発できない。この解決案として研究が進んでいるのが、ガスハイドレート。-20℃ぐらいの氷にガスを閉じ込めると安定するんで、LNGに比べ比較的安く貯蔵・輸送できる。「2010年代初頭の実用化をめざしています」。
にわか軍オタの血が騒ぐのが天然ガス自動車の普及率。アルゼンチン143万台・ブラジル132万台に次いでるのがパキスタン125万台。世界第2位の埋蔵量を誇るイラン(トップはロシアで3位はカタール)の隣だから?アフガニスタンの戦争の要因のひとつがトルクメニスタンからパキスタンへの天然ガスのパイプラインってのは、関係あるのかしらん。
最後に恥さらしをひとつ。プロパン・ガスの原料が石油だなんて知らなかった。ああ恥ずかしい。
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