リチャード・プレストン「世界一高い木」日経BP社 渡会圭子訳
「私ならアドベンチャーを最初には勧めないわ」マリーが自分の用具をガレージに片付けながら言った。「あの木に初めて登ったとき、けっこう恐ろしい思いをしたの」。
アドベンチャーの何が恐ろしかったのか。私は彼女に尋ねた。
「中で迷子になったのよ」。
どんな本?
ツリー・クライミングのドキュメンタリー。アメリカ西海岸北部に生えるセコイアは、時として樹高100mを超え、その樹冠部は前人未到の秘境だ。そんなセコイアに魅せられ、森の奥深くに分け入って最も高い木を探し、そしてその頂上を目指して登るツリー・クライマーも、面白い奴ばかり。
ベストセラー「ホットゾーン」で有名な作家リチャード・プレストンが描く、想像を絶する温帯雨林の樹冠部という異郷と、そこを目指す木登りに喜びを見出した者たちの物語。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
原書は The Wild Trees: A Story of Passion And Daring, Richard Preston, 2007年。日本語版は2008年7月28日第一刷。ハードカバー縦一段組みで本文約380頁。9.5ポイント44字×17頁×380頁=284,240字、400字詰め原稿用紙で約711枚。長めの長編ぐらい。
一応は科学/技術に分類したけど、堅苦しい本ではない。変な奴らの秘境探検物と思っていい。頁の半分近くがツリー・クライマーの生き様に割かれ、残りはツリー・クライミングの様子とセコイアの森に秘められた驚異の世界を綴る。
構成は?
著者の覚え書き
第1部 真上のエデン
第2部 テルペリオン倒れる
第3部 迷宮への入り口
第4部 ゼウスでのプロポーズ
第5部 樹冠の奥深くへ
ツリークライミングについての注意書き
謝辞
訳者あとがき
用語解説
テーマは3つ。1.ツリー・クライミング、2.ツリー・クライマー、3.樹上の世界。なお、ツリー・クライミングに関して、著者は「公認された指導者から十分なトレーニングを受けることなしに、木に登ろうとしてはいけない」と警告している。
感想は?
「ちょっと変わったモノに魅せられた人たちの話」かと思ったらとんでもない。実は秘境冒険物語だった。
ツリー・クライミングったって、要は木登り。私も幼い頃は桜や柿に登ったけど、この本に出てくるセコイアは桁が違う。常緑の針葉樹で大きいものの樹齢は推定二千年から三千年、幹の基部の直径は9mを超え、樹高は100mを超え、「建物の35階から38階の高さ」だ。地上から30~40mぐらいは枝がなく幹だけなので、登ろうにも手がかりがない。樹齢を測ろうにも「老いたセコイアは中が空洞になっているらしいので、ドリルで穴を空けても樹齢はわからないだろう」。
岩登りに似てるけど、ツリー・クライマーは木を傷つけるのを嫌う。だからハーケンを打ち込むなんてとんでもない、スパイクのついた靴すら嫌う。じゃどうやって登るかというと、ボウガンでロープを上部の枝に引っ掛け、そのロープを伝って登るのですね。Natuional Geographic に動画があるので、出来ればご覧頂きたい。Firefox5.0じゃ動画が見れなかったけど、Internet Explorer8 で見れた。
そのセコイア、地上近くの幹には枝がないけど、上部には多くの枝が絡まりあい、ひとつの別世界が広がっている。熱帯雨林の樹冠部の生物相が豊かなのは一部で有名だが、温帯雨林の樹冠も相当なもの。じゃなんで注目されなかったのかというと、誰もそこに行かなかったから。そりゃそうだ、だって登りようがない。熱帯雨林の樹冠探索の話も面白い。
『おかしな話だな。人類は月の石を持って帰れるのに、木の上を調査することはできないんだ』
『ヘリコプターは?』『うるさいし、金がかかるし、危ないよ』『じゃあ、何がある?』『飛行船は?』
ということで、小型の熱飛行船を作りましたとさ。
温帯雨林のセコイアの樹冠部はというと、冒頭の引用にあるように、枝がうっそうとおいしげり、シダの森になっている。特定されているだけで55種のダニがいる。土もあり、ハックルベリーが生っている。ミミズだっている。どうやってたどりついたのやら。池もあり、水生のプランクトンであるカイアシもいる。どころか、なんと両生類のハイカイキノボリサンショウウオまでいる。ここに生えるコケ、コガネカブトゴケも凄い。
菌がある種のシアノバクテリアと組み合わされてできている。シアノバクテリアはエネルギーを得るため日光を集める(植物と同じ)。そして空気から直接、窒素を抽出し、自らに取り込むことができるのだ。
すんません、コケなめてました。ハーバーとボッシュが苦労して固定した窒素を、なんとコケが作るとは。その量はというと、適切な環境なら「1ヘクタールあたり17kg」で、「毎年肥料を一袋、森の小さな区画にまくのと同じ」。ただし「子どもの手のひらぐらいのカブトゴケでも、そこまで育つのに10年ぐらいかかる」。
という研究をしたのが、マリー・アントワーヌ。彼女も木に登るが、この本の主人公は彼女のパートナー、スティーヴ・シレット。木登り好きのくせに高所恐怖症の気がある。この二人の凝りっぷりは見事で、なんと結婚式も木の上で挙げている。「問題はセコイアに登れる聖職者を見つけることだった」。そりゃそうだろうなあ。結婚式の衣装もマニアックで…
ツリー・クライミングは新しいスポーツ(?)なだけに、道具もクライマーが自ら設計・開発し、日々進歩している。この道具の致命的な欠陥をマリーが発見するくだりも大笑いした。なぜ今まで見つからなかったのかというと、それはクライマーが男ばかりだったから。
著者のリチャード・プレストンもツリー・クライミングにミ魅せられた一人。彼がスティーヴと知り合い、スティーヴが使っている道具を eBay で集め始める。ところが…。このオチには爆笑した。
ラリイ・ニーヴンのインテグラル・ツリーもかくやと思われる温帯雨林の樹冠部の異世界。原題の Wild Tree とは、「人が登ったり調査したことのない木」であり、まさしく前人未到の秘境。ありがちな「自然を大切に」って本だと思ったら、実は知られざるロスト・ワールドを紹介する本だった。
ところで、本書のもう一人の重要人物マイケル・テイラーの親父さんの名前にはビックリした。なんとジェイムズ氏。
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