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2011年7月19日 (火)

小宮英俊「紙の文化誌」丸善ライブラリー

 紙の歴史には三つの大変革がある。第一は蔡倫による製紙法の完成。第二はルイ・ロベールによる紙すき機械(抄紙機)の発明。第三は木材パルプの発明である。

どんな本?

 (財)紙の博物館の学芸部長を勤める著者による、製紙の技術史。書名には「文化誌」とあるが、内容は製紙技術の発生と発達に絞り、社会に与えた影響など社会学的な側面は控えめ。その分、原材料・添加物・各工程の作業など技術面、各製法による紙の品質など工学面は充分な濃さを備えている。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 平成四年(1992年)7月20日発行。新書で縦一段組み本文約167頁。9ポイント42字×15行×167頁=105,210字、400字詰め原稿用紙で約264枚、分量は軽い。モノクロの写真や図版を多数収録しているので、文章量は6~8割ぐらいか?文章そのものは読みやすいけど、添加物などで「ベンゼン環」や「硫酸ナトリウム」など、化学物質の名前が頻出するのがシンドかった。いや私、弱いんですよ化学。

構成は?

紙とはなんだろう?/紙が発明されるまで何に書いていたか/紙の発明/中国古代の製紙法/日本における製紙法の発達/紙の道/ヨーロッパでの製紙/ホレンダービーター/すき入れ/18世紀の製紙工場/製紙原料としてのボロ/紙すき機械の発明と発達/木材パルプの発明/化学パルプの発明/紙のつや/サイジング/?料/漂白/塗工紙/加工紙/特殊紙と機能紙/情報用紙/再生紙/段ボール/紙の着色/合成紙/紙・パルプ産業で使われている化学薬品/日本の紙パルプ産業の発達
 あとがき
 参考文献
 世界製紙技術年表

 前半~中盤は歴史を追って製紙技術の発達を綴る。終盤では現代の様々な紙や製紙法を紹介する。4~16頁程度の短い章に区切られているので、メリハリが利いており、「本を読む」というより、「パワーポイントなどの発表用資料の原稿を読んでいる」ような感触がある。

感想は?

 博物館の学芸部長が書いたというより、企業の研究所の所長が書いた、という雰囲気がある。「文化誌」とあるから「製紙技術が社会に与えた影響」を書いた本かと思ったら、全く違った。冒頭に書いたように、製紙技術の発達を綴った本だ。技術に対する評価も工学的で、単に「可能か否か」だけでなく、「費用や生産量など事業として成立しうるか」という現実的な視点を維持している。ブルーバックスで「紙の工業史」という書名で出たとしても、全く違和感がない。

 例えば「紙すき機械の発明と発達」の項では、抄紙機の歴史として毎秒どれぐらいの量を生産できるか、という表が出てくる。かつて著者は王子製紙に勤めていたそうなんで、「昔は技術員として工場に入り浸り機械の面倒を見ていたんだろうなあ」などと想像してしまう。ちなみに1850年には毎分3~20mだったのが、1967年には900mとなり、現代では「1000m/分はザラ」だそうで。時速60kmですぜ。

 紙の始原といえばパピルス…なんだけど、いきなり「正確には紙ではない」とある。「パピルス草(和名カミカヤツリ)の髄の薄い切片を縦に並べ、その上に横に並べてナイル河の水をかけ、圧着し、乾燥させたもの」であり、「紙のように植物繊維を取り出し、水に分散させて、すきあげたものではない」。

 じゃ紙と言えるものは、というと、これは「中国で発明された」とか。「紀元前170頃から紀元頃にかけての前漢の時代の遺跡からつぎつぎと紙の断片が発見されている」のだけれど、一般には105年に蔡倫が発明した事になっている。

 今でも先進国ほど紙の消費量が多く、国家の発展ぶりを測る一つの指標になっている。その重要性は江戸時代の為政者も認識していた様で。

紙が庶民にも使われるようになったのは江戸時代である。幕藩体制のもとで多くの藩は紙を専売制としている。各藩の経済を支える役割を果たしているため、和紙の製造方法は秘密にされ、他の藩にもらすことは禁ぜられた。

 戦略物資だね。実際、クーデターなどでは放送局と並び大規模印刷所も優先度の高いな占領目標となるそうな。紙と密接な関係にあるのが印刷。グーテンベルクについても軽く触れてる。

1445年頃、ドイツのグーテンベルクが活字印刷を発明した。1455年に最初に印刷した『四十二行聖書』210部のうち、180部は紙に印刷し、30部は羊皮紙に印刷している。

 印刷って、最初から多品目少量生産だったのね。それ以前は写本なわけで、当時の「書籍」ってのは、どれぐらい高価だったんだろう。今の百倍ぐらい?
 活字印刷の普及も手伝い、紙の需要は増える。ところが、困ったのが原材料の確保。

 中国でも、アラブ世界でも、そしてヨーロッパでも紙の原料には麻や木綿のボロが使われた。
 原料としてのボロを確保することはいずこの製紙工場においても大問題であり、慢性的ボロ不足に常に悩まされていた。
 ヨーロッパ各国ではボロの輸出禁止やボロ集めの布告を出している。死者の埋葬に際して、木綿の着物や麻の布地で包むことを禁じ、毛織物で包むことを命じている。

 まではいいんだけど。

 エジプトのミイラは多くの亜麻布に巻かれているので、紙の原料としてヨーロッパに輸出され使われたことがある。

 ひでえ。そんな具合なので、木材を原料にできる「木材パルプの発明」が、紙の歴史では高く評価されてるわけです。

 最終章、「日本の紙パルプ産業の発達」では、戦後の製紙量の激減振りが凄い。昭和16年(1941年)127万トンが、敗戦の1945年には20万トンに落ち込んでる。1/6以下。総力戦ってのは悲惨だねえ。

 歴史改変物の小説を読んで思っていたのが、「私なら過去に飛ばされたら製紙事業を起こすなあ」って事。知識を伝えるより、知識を伝える道具を伝えたほうが効果は大きいんじゃないか、と思っていた。誰かそういう作品を書いてくれないかなあ。え?自分でやれって?いや、無茶言わんで下さいな。

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