アルフレッド・W・クロスビー「飛び道具の人類史 火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで」紀伊国屋書店 小沢八重子訳
爆発という現象は、火と雷鳴に魅了される人類の原始的な感情を刺激する。それはまた、幼い子どもや酔っ払いが石や食物や排泄物などを手当たりしだいに投げて発散する類の凶暴な感情に、吐け口を与える。何かを爆発させることで、私たちは原始的な自己表現をはなばなしく行うことができるのだ。
どんな本?
ヒトを「二足歩行し、ものを投げ、火を操る動物」と定義し、投石・投げ槍・スリング・アトラトゥル・鉄砲・大砲からパイオニア10号まで、「離れたところに物をとばす技術」を具体的に紹介しつつ、人類史を俯瞰する。前1/3は考古学、中盤は武器と戦争の歴史、そして終盤は宇宙開発の現代史という構成。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
原書は Throwing Fire, Projectile Technology Through History, By Alfred W. Crosby, 2002。日本語訳は2006年5月11日第一刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約260頁。9ポイント43字×18行×260頁=201,240字、400字詰め原稿用紙で約504枚。この手の本にしては手ごろな容量。
お堅い内容にも関わらず、文章は比較的読みやすい。モノクロだがイラストや写真を所々に掲載しているのもありがたい。柱のレイアウト少し変わってて、奇数頁の左上に縦組みでつけているのがオシャレかも。
構成は?
はじめに
なぜ人類はかくも繁栄したのか
第一章 直立二足歩行の出現――鮮新世
第一の加速 ものを投げる、火を操る
第二章 「人の強さは投げるものしだい」――鮮新世と更新世
第三章 「地球を料理する」――更新世と完新世
第四章 「人類と動物界の大激変(カタストロフィ)」――後期旧石器時代
第五章 飛び道具の発展――職人技からテクノロジーへ
第二の加速 火薬
第六章 中国不老不死の霊薬(エリクシル)――火薬の起源
第七章 「火薬帝国」の誕生
第八章 機関銃・大砲・第一次世界大戦
第三の加速 地球外空間と原始内空間へ
第九章 V-2と原子爆弾
第十章 はるかなる宇宙へ
第四の加速 ふたたび、地球へ
訳者あとがき
註
人名索引
註は参考文献で、27頁もある。つまりは真面目で本格的な研究書だってこと。そのわりに読みやすいのは著者の力量か、訳者の文章力のせいか。
感想は?
大きく分けて3つの部分に分かれている。序盤は考古学的な内容、中盤はウィリアム・マクニールの「戦争の世界史」や創元社の「戦闘技術の歴史」とカブる武器を中心とした世界史、そして終盤はフォン・ブラウンに代表されるロケットの現代史だ。マクニールの大容量に消化不良を起こしそうな人には、手ごろな分量かも。
まずは二足歩行で前肢が解放された影響について、オーウェン・ラヴジョイの解釈が興味深い。
ものをもち運べるようになったことを重視している。食物をもち帰って分け合うという行為は家族とバンドに対する忠誠心をはぐくみ、子どもを連れ歩くのが容易になったことは生き残る確率を大いに高めただろう。
食べられるものを増やし飢えの危険を減らすという火の効用も、言われてみれば納得。
大型動物のほとんどは限られた種類の食物に依存して生きており、それらが不足すると餓死の危険に曝される。ヒトは加熱調理することで、利用できる栄養源の種類を大幅に増やした。
コアラやパンダは凄い偏食だもんねえ。食いだおれこそヒトの本質なのです←違うと思う
次に来るのは武器。まずは石。投石というと原始的な武器に思えるけど、熟練の使い手にかかれば優れた武器になるとかで。
18世紀のフランスの探検家コント・デ・ラ・ペルーズ[1741~88]はポリネシアのナヴィゲーター諸島(サモア諸島)を探検したときに、水を手に入れるために61人のパーティーをトゥトゥイラ島に上陸させた。ポリネシア人は最大1400gもの石を(略)投げつけて、彼らを迎え撃った。このミサイルは(略)「マスケット銃より速射性に優れているという利点があった」。この石礫によって、上陸したパーティーのうち12人が殺された。
石も侮れない。次に来るのは投げ槍。これも槍の尻にヒモを引っ掛けるアトゥラトゥルを使うと効果抜群で、「今日、厳選された素材で入念につくったアトゥラトゥルを使って名人がダートを投げると、その飛距離は一貫して200メートルを超える」とか。
ただ、「投げるためには立ち上がって一、二歩すばやく踏み出し、勢いよく腕を頭上に振りかざさなければならない」。予備動作と空間が必要で、自分を獲物に晒さなきゃいけないのが欠点。投石ひも(スリング)も同じ欠点があり、かつ命中精度が悪いとか。
この欠点を克服したのが弓。単一素材の長弓が、複合素材の合成弓に進歩する。「1789年、オスマントルコのセリム三世は889メートルの飛距離を出したという」。けど弓は熟練が必要。これを改良したのがクロスボウ…とか武器の歴史を手繰るとキリがない。
ドッカンと時代を飛んでナチスドイツの長距離砲V-3のお馬鹿加減は凄い。
この大砲は、砲身長150メートルという極端に長い滑腔砲で、それゆえ自然の斜面か傾斜をつけた発射台ないしトンネルに据えつける。砲身に沿って、多数の薬室を枝上に設ける。(略)砲弾が砲腔内を前進するにつれて、電気回路によって補助薬室の装薬が次々と着火して、その燃焼ガスが砲弾を加速する。その結果、砲弾は(略)成層圏を通って160km離れたイギリスの首都まで到達する。
結局は連合軍の空襲で失敗したようだけど、そもそも照準を変えられない砲に何の意味があるのやらw
ナチス・ドイツの新兵器の非効率ぶりは有名なV-2も同様で、「『中央工場』で使役された約六万人の労働者のうち、およそ二万人が死亡した」。その成果は、というと。
イギリスに飛来したV-2は1000機ないし1300機で、6300人を負傷させ、2700人を殺した。イギリスおよびその他の地域でV-2によって殺された人間の総数は、このロケットを製造中に死亡した奴隷労働者より少なかった。
その金と労力をUボートに回してれば…
物語は終盤、米ソの宇宙開発競争からアポロが映した地球の写真を通し、太陽系から脱出しつつあるパイオニア10号で幕を閉じる。いやあ、爆発は男のロマンだよねえ←ちがうだろ
関連記事
| 固定リンク
「書評:歴史/地理」カテゴリの記事
- ダニエル・ヤーギン「新しい世界の資源地図 エネルギー・気候変動・国家の衝突」東洋経済新報社 黒輪篤嗣訳(2024.12.02)
- アンドルー・ペティグリー「印刷という革命 ルネサンスの本と日常生活」白水社 桑木野幸司訳(2024.10.15)
- ジョン・マン「グーテンベルクの時代 印刷術が変えた世界」原書房 田村勝省訳(2024.10.09)
- クリストファー・デ・ハメル「中世の写本ができるまで」白水社 加藤麿珠枝監修 立石光子訳(2024.09.27)
- クラウディア・ブリンカー・フォン・デア・ハイデ「写本の文化誌 ヨーロッパ中世の文学とメディア」白水社 一条麻美子訳(2024.09.30)
コメント