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2011年6月 9日 (木)

山岸真編「スティーヴ・フィーヴァー」ハヤカワ文庫SF

「赤ちゃんジーザスに脳を、新鮮な脳をください」  チャールズ・ストロス「ローグ・ファーム」より

どんな本?

 SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーその3。副題は[ポストヒューマンSF傑作選]。テクノロジーの進歩により変容する人類の姿を描く英米SF短編集。往々にして米国作家中心になりがちな翻訳SFのアンソロジーだけど、本書は売れっ子のイアン・マクドナルドやチャールズ・ストロス、大御所のブライアン・W・オールディスに加え、サンリオが潰れて以来ほとんど紹介が途絶えていたマイクル・G・コーニイまで顔を出しているのが嬉しい。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年11月25日初版発行。文庫本で縦一段組み474頁+編者あとがき9頁。9ポイント40字×17行×474頁=322,320字、400字詰め原稿用紙で約806枚。読みやすさは…一般に翻訳SFは難物が多い中で、この本は全般的に難度が高い。テーマが「テクノロジーにより変化する人類」なんで、ケッタイなガジェットがわんさか出てくる。特にチャールズ・ストロスは、ラリったようにイカれた文体でマッドなアイディアを連発するんで、芸風がのみこめないと敬遠されがち。要はオタク臭プンプンのドタバタ・ギャグなんで、あまし難しく考える必要はないです。

収録作は?

 それぞれの作品の前に編者による1頁の解説がついている。

死がふたりをわかつまで ジェフリー・A・ランディス / A Long Time Dying by, Geoffrey A. Landis / 山岸真訳
 交通事故で死んだ22歳の富豪の男と、貧しいながら沢山のひ孫に恵まれ癌で死んだ98歳の女。たまたま二人の細胞は保存され、忘れられ、そして貴重なサンプルとして…
 たった5頁の掌編の中に、人類の歴史と二人の運命を詰め込んだ濃厚な作品。あまりにそっけない文体が、全てを相対化してしまうSFの感触を伝えている。長編にしたら感動的になるだろうなあ。
技術の結晶 ロバート・チャールズ・ウィルスン / State Of The Art, Robert Charles Wilson / 金子浩訳
 ローガンは、店頭に飾られた義眼に心を奪われた。ぴかぴかの銀色で虹彩は涼やかな青。だが、その価格は桁違いで、妻のマーガレットの同意は得られそうになく…
 まあ、あれです、男の物欲ってのは、往々にしてしょうもないシロモノで。しかし、できた奥さんだなあ。
グリーンのクリーム マイクル・G・コーニイ / The Sharks Of Pentreath, Michael G. Coney / 山岸真訳
 20世紀の風景を残すリゾート地ペントリースで店を営む夫婦、ゴードンとシルヴィアのグリーン夫妻。8年間、必死に働いて買い取った店だ。今は5月で観光シーズン。今日も客を乗せた観光バスがやってくる。
 遠隔体(リモーター)のアイディアがなかなか。胡散臭い田舎の観光地の内情も楽しい。
クアサリン・ホイール(タルシスの聖女) イアン・マクドナルド / The Catharine Wheel ( Our Lady Of Tharsis ), Ian McDonald / 古沢嘉通訳
 今日は、特別の日だ。お爺さんの機関士トームが運転する、ベツレヘム・タルシス鉄道アレス特急列車<タルシスのキャサリン>。多くの人に見守られ、彼女は走り出す。
 イアン・マクドナルドお得意の火星物。力強く異郷の大地を疾駆する機関車と、それをこよなく愛する老機関士。未来のお話でありながら、妙にノスタルジーを感じさせるのが彼の芸風。
ローグ・ファーム チャールズ・ストロス / Rogue Farm, Charles Stross / 金子浩訳
 多くの人がシンギュラリティに飲み込まれた地球で、農場に住み着き日々を送るジョーとマディ。二人の農場に、忌々しい渡りファームがやってきた。あんな奴が根を下ろしたら、大変な事になる。
 相変わらずお馬鹿全開でシモネタもたっぷり。地上に残った爺婆はどんな連中かというと、頑固で荒っぽく手が早いハイテク爺婆。ジョーと犬のボブの会話が、これまた抱腹絶倒。小難しい屁理屈とドタバタの組み合わせが芸風のストロスの作品の中でも、これはギャグの要素が強い作品。
引き潮 メアリ・スーン・リー / Ebb Tide, Mary Soon Lee / 佐田千織訳
 難病に侵された娘のクラリッサを連れ、わたしはイギリスに戻ってきた。ハイテクを拒否し、没落したイギリスへ。
 割り切りの国アメリカと、伝統の国イギリスの対比が鮮やか。
脱ぎ捨てられた男 ロバート・J・ソウヤー / Shed Skin, Robert J. Sawyer / 内田昌之訳
 俺はここから出たい。俺は生身の人間なんだ。刺されれば赤い血が出る。確かにここはサービス満点だ。なんだってできる。でも、俺がジョージ・ラスバーンなんだ。
 ロボットに意識を転送可能となった未来。だが、残された肉体はどうなるのか。そもそも、どっちが本物なんだ?という問題を突き詰めつつ、そこはベストセラー作家ソウヤー、娯楽物語としてのメリハリもキッチリつけてみせる。
ひまわり キャスリン・アン・グーナン / Sunflowers, Kathleen Ann Goonan / 小和田和子訳
 4年前、スタニスと妻のアナイス、それに娘のクレアは、食事中にテロにあった。テロリストは違法なナンを散布し、アナイスとクレアはそれに感染してしまった。
 主な舞台はアムステルダム。ヨーロッパで怪しげなシロモノを試そうとすると、やっぱりアムステルダムが似合うんだよなあ。
スティーヴ・フィーヴァー グレッグ・イーガン / Steve Fever, Greg Egan / 山岸真訳
 14歳のリンカーンは、ここ暫く家族の農場から出てアトランタへと向かう計画に没頭していた。注意深く脱出ルートを検討し、計画的に必要な道具を揃え…
 「おお、田舎の少年が家出する青春物語か、イーガンにしては珍しい」などと思ってたら、やっぱりイーガンだった。身も蓋もないオチはやっぱりイーガンらしい。
ウエディング・アルバム デイヴィッド・マルセク / The Wedding Album, David Marusek / 浅倉久志訳
 結婚式の日、アンとベンジャミンはシムを記録した。二人の晴れの日を、ずっと記録に残すのだ。幸福感につつまれたアン、がっつくベンジャミン。
 このアンソロジー最長の作品。<シム>と現実の行き来で眩暈がしてくる。
有意水準の石 デイヴィッド・ブリン / Stones Of Significans, David Brin / 中原尚哉訳
 そのいささか無礼な客人は、興味深いメッセージを携えてきた。ある一派がシミュレーションに市民権を与えるべく活動している、というのだ。
 人が脳の中に仮想人格としてAIを持ち、またマシンの中に電子的な "人格" を生成できるようになった世界。ちょっとイーガンの「万物理論」に似たアイデアを使ってる。
見せかけの生命 ブライアン・W・オールディス / An Appeararance Of Life, Brian W. Aldiss / 浅倉久志訳
 わたしは惑星ノーマの銀河系博物館を尋ねた。かつて銀河系に君臨した種族コルレヴァリュローが作ったといわれる博物館だが、現在は人類の遺物を展示している。
 遠未来の遠い惑星を舞台にしつつ、そこはやはりオールディス。彼らしい寂寥感と無常感に満ちた作品。
編者あとがき――ラヴ・メタモルフォシス・プラス

 あとがきにあるように、元々がSFマガジンの特集「ラヴ・メタモルフォス ハイテク時代の愛のかたち」が原型であるために、男女の愛情をテーマにした作品が多い。とはいえそこはSFマガジン、高齢化した読者を反映してか、爺さん婆さんの出演が多いのは仕方がない。全般的に渋く格調高い作品が多い中で、相変わらずドタバタな芸風のストロスが可愛い。

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