石津朋之・永末聡・塚本勝也編著「戦略原論 軍事と平和のグランド・ストラテジー」日本経済新聞出版社
本書は、日本人研究者による初めての戦略に関する包括的かつ体系的な教科書である。
どんな本?
ズバリ、「戦略」の教科書。最初に「包括的かつ体系的」とあるように、多様な視点で様々な論を紹介する、という形になっている。学術的というより実際的な方向を目指したのか、全般的に現代の国際情勢を踏まえた視点が多い。その分、歴史を遡って過去の情勢を再解釈する、といった側面は少ない。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2010年5月17日初版発行。ソフトカバーで、なんと横組み。本文476頁+参考文献6頁+索引7頁。32字×30行×476頁=456,960字、400字詰め原稿用紙で約1143枚の大著。「教科書を目指した」だけあって、文章は正確さを優先したのか、「スラスラ読める」文体ではない。その分、構成の面で「わかりやすさ」に充分な配慮を払っている。
構成は?
序章 日本における戦略研究のフロンティアを目指して
第Ⅰ部 戦略と戦争――その理論と歴史
第1章 戦略とは何か――そして、何が戦略を形成するのか 石津朋之
第2章 戦争の起源と集結――戦争抑制へのアプローチ 塚本勝也
第3章 近代戦略思想(その1)――ナポレオン戦争から第一次世界大戦まで 中島浩貴
第4章 近代戦略思想(その2)――第一次世界大戦から第二次世界大戦まで 永末聡
第5章 近代戦略思想(その3)――第二次世界大戦から現代まで 永末聡
第Ⅱ部 現代の戦略と戦争――その理論と実践
第6章 軍事力の本質とその統合運用――新たなシナジーに向けて 塚本勝也
第7章 政軍関係――シビリアン・コントロールの質的変化 三浦瑠麗
第8章 非対称戦の戦略――新しい紛争の様相 加藤朗
第9章 軍縮・不拡散――戦争を抑制する規範の形成 孫崎馨
第10章 戦争と技術――技術革新による戦争の変化 小窪千早
第11章 インテリジェンス――戦争と情報 小谷賢
第Ⅲ部 戦略と戦争――その理論と歴史
第12章 大量破壊兵器と核戦略――その理論と将来像 小川伸一
第13章 平和思想――平和への戦略的アプローチ 中西久枝
第14章 人道的介入と平和維持活動――軍事力の新たな役割 山下光
第15章 戦争と国際法――法による秩序は実現可能か 森本清二郎
第16章 新しい戦略研究――環境・エネルギーなどを中心に 大槻佑子終章 戦略研究の将来
戦争と戦略を学ぶための読書リスト
人名索引
事項索引
個々の章は Summary(概要) → まえがき → 本文 → キーポイント → 読書ガイド という、プレゼンテーションのお手本のような構成になっている。「はじめに」で、著者が自ら読み方を指南しているので引用しよう。
読者にはまずこの "Summary" を読んでいただき、その内容についてより深く知りたければ本文にあたってもらいたい。当然ながら、本書は第1章から順番に読む必要はなく、それぞれの関心に従って興味を抱いた章だけ読んでいただいても結構である。さらに深く研究したい読者は章末の「読書ガイド」を参考にしてもらいたい。
感想は?
モロに「社会科の教科書」。バランスよく概略を掴むには適した本である反面、キワモノ的な面白さは抑え目。著者がバランスに気を配ったのは間違いなく、誰かの説を紹介する場合は、たいていがその批判とセットになっている。
正確さへの配慮もそうとうなモンで、例えば第1章で「戦略とは何か」をまとめる「キーポイント」では、「戦略とは多義的で曖昧な概念である」なんてのを最初に挙げてる。真面目に書いてるのは理解できるんだが、野次馬根性で読んでる読者としちゃ「ええい、まだるっこしい!」ってな気分になる。戦略の定義じゃ16章でアメリカ陸軍士官学校の定義が私にはしっくりきた。
言い換えれば、戦略とは問題解決のためのプロセスであり、
①達成したい目的は何か、
②その目的を達成するために行動するにあたり、どのような資源を入手または利用できるか、
③それらの資源をどのように用いるのが目的達成のために最適か、
という基本的な3つの問いから構成されているのである。
野次馬的な見地で楽しいのが、「第11章 インテリジェンス」。「1983年に米ソ関係が悪化して外交チャンネルが機能しなくなったとき、互いのスパイを通して情報交換した」なんて皮肉な話が出てくる。笑っちゃうのが、オシント(Open Source INTelligence、公開情報)のエピソード。
1935年にドイツ人ジャーナリスト、ベルトールド・ヤコブが執筆した本には、当時再軍備に取りかかっていたドイツ軍の詳細が描かれていた。(略)これを読んで情報が漏れていると激怒したアドルフ・ヒトラーは、(略)調査を命じたのであった。
ヤコブ「この本にでているものはみな、ドイツの新聞に載った新聞記事に基づくものであります。ハーゼ少将が第17司令官でニュルンベルグに駐屯するくだりは、ニュルンベルグの新聞の死亡記事から得た情報です」
「諜報の世界じゃ公開情報で大半が判る」ってのを、端的に現すエピソードっすなあ。
イギリスじゃSIS(秘密情報部)が情報を集約・共有しているのに対し、米は16の情報機関がある、とかの対照も楽しい。イギリス型はスパイが潜り込むと全部筒抜けになり、また間違った判断が主流になると訂正が難しい。アメリカ型は情報が共有できずに911を許してしまった。
もうひとつ、アメリカとイギリスの対照が光るのが、戦略研究の現状。アメリカでは軍の教育機関が中心になり、安全保障研究の一部と看做されている。対してイギリスは歴史や思想史が中核で、「現実の政治や政策と少し距離を置いている」。そういう面だと、この本は、現在直面している問題を積極的に取り上げてる点で、ややアメリカ寄りかも。
さて、第6章の陸海空統合運用の重要性を語るエピソードとして、米軍のクレナダ侵攻を挙げてる。指揮系統が統一されてない上に通信機の規格が違い直接の交信ができず、上陸した陸軍部隊が空海軍の支援を要請する場面なんだが。
(米軍)グレナダ侵攻でも(略)陸軍のある部隊が敵の抵抗に遭遇し、グレナダにある普通の電話を使って、AT&Tのクレジットカードでアメリカ国内の陸軍基地に電話し、ようやく空軍や海軍からの支援が得られた(略。)このエピソードの真偽については意見が分かれているが、映画のモチーフとして使われ…
と、あるけど、この映画、なんだろう?トランスフォーマーで似たようなシーンがあった気がするんだが。
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