山口優「シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約(ちかひ)」徳間文庫
「…俺が、家族に対し、恋人に対し、ダチに対し、誇れることは何ひとつなくなってしまうじゃないか。俺は俺自身の足で立っていたい。生きていたい。そういうことなんだ。ただ生かされるだけじゃ駄目なんだよそれは、本質的に生きていないんだ。それもまた、人である、ということなんだよ」
どんな本?
第11回(2009年)日本SF新人賞受賞作。21世紀前半、人類は宇宙の異変により滅亡の淵に立たされる。神話・宇宙論・AI・ガジェット、そして大量の過去作品へのオマージュを惜しげもなく大量に投入しつつ、波乱万丈のストーリーと激しいバトルを繰り広げ、新人離れした豪腕で王道の感動へと収束する。
宇宙を舞台にしたスペースオペラであり、色とりどりのアイディアが頻発するワイドスクリーン・バロックであり、ハイテクと人類の関係を探るポスト・サーバーパンクであり、そして何よりキッチリと風呂敷をたたむ娯楽作品だ。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2010年11月15日初版発行。文庫版縦一段組みで本文約550頁。9ポイント40字×17行×550頁=374,000字、400字詰め原稿用紙で約935枚。
文章そのものは平易だけど、出てくる言葉がやたら難しい。冒頭からいきなり「量子干渉性」や「GUT粒子」とかが出てくる。まあ、細かい事は気にせず「おお、ハッタリが効いてるねえ」ぐらいに受け取っておこう。他にも中盤以降、Superior High-Phisics Estimation Machineries 略して SHEM とか、頭文字をとった略語が頻出するけど、序盤に出てくる ISCO(国際時空保全機構)と AUVR(全天紫外可視光輻射現象)ぐらいを抑えてけば充分。
どんなお話?
2030年、宇宙背景放射がシフトし、肉眼でも紫色に見えるようになる。「このままでは人類は滅亡する」と学者は警告する。国連は ISCO を立ち上げ、人為的に人工知能の爆発的進化、すなわちシンギュラリティを起こそうとするが、それに反発するテロリストもいた。
テロで右腕を失い義手となった若きエリート軍人リヴカ・セアラは、実験の推進者ゴッドフォード博士と共に、軌道上のシンギュラリティ実験施設<ヘヴン>にいた。そこに、日本自衛軍より強奪された宇宙戦闘機<ヤタガラス>が突然接近してくる。
感想は?
濃い。そのくせ、新人とは思えない完成度。とにかくネタの量がとんでもなく多い。各章の冒頭で古事記を引用しているし、ヘヴンなんて名前でもわかるように、神話・伝説関係を巧く使っている。次に、舞台が「宇宙背景放射の異常」なだけに、物理関係の宇宙論がでてくる。また、書名にあるように、シンギュラリティも重要なテーマだ。となれば、コンピュータとネットワーク関係もハードウェアから計算理論まで、怪しげなのから肯けるのまで、色とりどりの屁理屈が押しよせる。
というと、ナニやら堅くて小難しく破綻したお話になりそうなモンだが、とんでもない。主人公のリヴカ・セアラ、イスラエルの軍人にしてストロベリー・ブロンドの美女。己を律する強靭な意志と前向きで現実的な志向、そしてダイナマイトなボディーを備えた29歳。ガンダムで言えば黒くないハマーン様かな。
対する天夢(あむ)ちゃんは10代半ばで黒髪ロングの知的でクールな貧乳美少女、一人称は「我」で二人称は「汝」。ツボを心得てます。これでポニーテールならガンパレの芝村舞なんだが。
場面は激しいアクションの連続。いきなりテルアビブでのテロに始まり、すぐ軌道上での宇宙戦闘機の迎撃となる。剣を使った接近戦から戦艦との宇宙艦隊戦まで、スケールも大小取り揃えてる。
バトルに出てくるガジェットの数々が、これまた魅力的。宇宙戦闘機ヤタガラスの武器なんて、おもわず「ロボットアニメかい!」と突っ込みを入れたくなる懐かしいギミック。接近戦の武器となる ATB なんて、対戦車用の剣ですぜ。視覚効果もバッチリで、ちゃんと派手な爆発を起こすようになってる。
終盤近くの艦隊戦もド派手で、戦艦の主砲も「なるほど、アレをこう使いますか~」と感心してしまう。全般的に宇宙空間が舞台のシーンが多くて、ラグランジュ・ポイントに位置し自転で人工重力を実現している実験施設のデザインも凝ってる。この基地が艦隊相手に防戦するガジェットも「うおお、巧いぜ」と感激してしまった。そんなわけで、本格的なスペース・オペラの側面もある。
古事記を始めとする過去作品のネタの量もハンパじゃない。全天紫外可視光輻射現象からして「宇宙のステルヴィア」を思わせるし、戦艦昴の艦首がアレなのはヤマトかな。ちょこっと小松左京の「果てしなき流れの果てに」の一シーンを連想させる場面もなかなか。ええ、もちろん、ガンダムもありますとも。
その上で、危機の契機となる宇宙背景放射の異常を説明する宇宙論から、書名にもなっているシンギュラリティ、そして人工知能を通してSFの王道となる問題、すなわち「人類の本質」にまで話を広げ、ちゃんとそれぞれに解を示すからたまらない。
ここまで硬軟様々なネタをブチ込めば物語として収集がつかなくなりそうだけど、これがキチンと綺麗に風呂敷を畳んでいるから凄い。とてもじゃないが新人とは思えない手際のよさ。ラストは、初期のジェイムズ・P・ホーガンを髣髴とさせる爽快さ。いやはや、とんでもない新人が出てきたもんだ。
某ベテラン・ギタリスト(たぶんエリック・クラプトン)が、台頭してきたクイーンのブライアン・メイを評した言葉を思い出す。「俺が10分のソロで表現することを、奴は30秒でやってのける」。やたら長い即興演奏が流行ってた60年代にブイブイ言わせた某氏には、ポップ・ミュージックの黄金律「曲は約3分」を守り広いファンを獲得しつつ凝ったプレイで玄人も虜にするブライアン・メイが、新人類に見えたんだろうなあ。
まあ、つまり、この作品は、私の様な古いSFファンから見ると、マニアックなアイディアの奔流と、ワクワクするサービスシーン、それにドラマとしての起承転結を、綺麗に並立させた曲芸みたいに感じるのですね。大変な新人が出てきたもんだなあ。
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