山尾悠子「歪み真珠」国書刊行会
人は暗いところでは天使に会わない。塔で、壁に囲まれた庭園で、丘の糸杉の下で、微光に満ちた曇天がずり落ちる沼地で、少女は幼いころから折々におなじ天使を見た。 ――アンヌンツィアツィオーネ
どんな本?
独特の作品世界で寡作ながら根強いファンを持つ山尾悠子による、幻想小説の掌編集。「このSFが読みたい!2011年版」国内編でも堂々7位にランクインし、異彩を放っている。
この作品集は大きく分けて二つの傾向に分かれる。メルヘン・神話・聖書など伝説に題を取った作品と、日陰に入れば眠る人が棲む街など「少し変わった街」をテーマとした作品だ。いずれも短いながら、決して軽く読み飛ばせる作品ではない。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2010年2月25日初版発行。ハードカバーで本文約220頁。10ポイント39字×13行×220頁=111,540字、400字詰め原稿用紙で約279枚。分量は非常に軽い。
ではあっさり読み通せるかというと、とんでもない。文章は平易でわかりやすく、むしろ詩のようにリズムがあって読みやすいのだが、内容を理解するのに古典の素養が必要だったり、「敢えて語られぬこと」が重要な鍵だったりで、参考資料を紐解きながら何度も読み返す必要がある。
収録作は?
- ゴルゴンゾーラ大王あるいは草の冠
- 蛙の王国に奇病が侵入し、国を統べるゴルゴンゾーラ大王は悩んでいた。民は食欲を失い動けなくなり、産まれたおたまじゃくしにまで奇形が発生し始めた。未曾有のの危機に手をこまねいていた彼の元に、隣国の蛇の女王が訪れ…
ゴルゴンゾーラ大王と蛇の女王との掛け合い漫才が楽しい。可愛らしいメルヘンかと思っていたら… - 美神の通過
- 乙女たちは、美神の話でもちきりだ。荒れ野に美神が降臨し、通過していくというのだ。何の変哲もない荒野に降臨する美神の目的や、相応しい捧げ物など、噂の種はつきない。乙女たちは捧げ物を手に荒野を訪れ…
テーマはイギリスの画家 Edward Burne=Jones(エドワード・バーン=ジョーンズ、Wikipedia)の絵、The Passing Venus「通り過ぎるヴィーナス(あるいはヴィーナスの死)1880ー98」。Google で画像検索すると…うーん。 - 娼婦たち、人魚でいっぱいの海
- 死火山の麓、海辺の娼館通り。ここを訪れるのは船乗りたち。男たちは、おこの女たちについて、様々な伝説を伝えてきた。朝、散歩に出かける娼婦が海に撒く残飯に群れる人魚を見た、という証言もあって…
- 美しい背中のアタランテ
- 俊足のアタランテは、「女だから」という理由で、冒険に出るアルゴー船の選から漏れ、憤っていた。養い親の雌熊は彼女を宥めるのだが…
俊足のアタランテはギリシャ神話に登場する、俊足で有名な乙女(Wikipedia)。 - マスクとベルガマスク
- 美しい双子のマスクとベルガマスク。幼いころから入れ替わって遊ぶ。魔王クリングゾルの劇場でも二人の美貌は大人気で…
- 聖アントワーヌの憂鬱
- 幼い王女に憑いた悪魔を払う聖アントワーヌ。その美貌の故に幾多の誘惑に誘われ、耐えてきた彼の元に現われたのは、馴染みの悪魔で…
キリスト教の聖人アントニウス(Wikipedia)を題材にした掌編。読んでて「いいから悪魔とくっついちゃえよ」と思った私はもうダメかもしれない。 - 水源地まで
- 私の恋人は少し変わっている。水源地の管理の当番が回ってくる魔女なのだ。気のせいか彼女の仲間も似た雰囲気で、みな堂々たる美女なのだ。
現代日本を舞台に川沿いの道を気持ちよく彼女とドライブ…と思っていたら、妙な世界が侵入してくる。けど、そこで生きている人々は、意外と普通だったりする。 - 向日性について
- そこに棲む人は、不思議な性質を持っている。日が差すと普通に活動するのだが、日陰に入ると横たわって眠るのだ。
- ドロテアの首と銀の皿
- 歳の離れた夫とフウの木屋敷で過ごしてきたが、夏の終わりに夫は急死した。その年の秋には、幾つかの出来事があった。フウの木の根方には白いむすめが立ち、村はずれを練り歩く笛の音を聞き、義理の姪は不可思議な現象を引き起こし…
描かれている事柄はホラーなのに、彼女の筆にかかると全く違う感触になってしまう。作品中には不気味で残酷なシンボルが満ち溢れているのに、私の印象に残っているのは布団に包まって食事をかきこむ騒がしい老人たち。 - 影盗みの話
- 大量に流通している有名な冊子、通称赤本。それは<影盗み>と呼ばれる者たちについてまとめた本だ。私も実際に何人かの<影盗み>に逢った事がある。地味というか普通の人たちで…
<影盗み>という不思議な異名の人々、どう特別なのかが語られていくのだが、最後の最後で主題は…。見事にやられました。 - 火の発見
- 上下に果てしなく伸びる、円筒形の宇宙。その内部には回廊が幾重にも重なり、空洞を太陽と月が規則正しく通過する。ある日、太陽は以上燃焼を起こし…
円筒形の宇宙というから、こりゃバリトン・ペイリーばりの奇想SFか…と思ったら全然ちがう。 - アンヌンツィアツィオーネ
- 幼いころから、彼女は同じ天使を見ていた。決して正面からは姿を現さないソレを、彼女は天使だと認識できた。自分の守護天使だと彼女は思っていたが…
- 夜の宮殿の観光、女王との謁見つき
- 幼いころ、私は母に連れられて夜の宮殿に行き、女王に謁見した。私は空腹だったが、女王は次から次へと料理の大皿を片付けていた。
- 夜の宮殿と輝くまひるの塔
- 夜の宮殿、謁見の間に女王は玉座に坐っている。立派な顔立ち、堂々たる体躯。そして彼女の胸から背にかけ、一本の青銅の剣が刺さり、刃は背中に突き抜けている。
- 紫禁城の後宮で、ひとりの女が
- 紫禁城の後宮、その女には多くの女官と宦官が仕えていた。だが居並ぶ官たちは、みな彼女の視線をさけ、目立たぬように身をすくめ…
- 後記
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