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2011年5月23日 (月)

阿佐田哲也「麻雀放浪記 1 青春編」角川文庫

「冗談言うねえ。人間、あくせく働くようになっちゃおしまいだ。この頃は皆まともになりやがって、チンチロリンの場も立たねえよ」

どんな本?

 日本の誇る傑作ギャンブル・ハードボイルド長編シリーズ。戦後で焼け野原になった東京を舞台に、やさぐれた男たちが意地と欲望をむき出しにして、技と頭脳でぶつかり合い、喰らいあう。発表当時は日本に麻雀ブームを引き起こした、昭和を代表する娯楽小説の金字塔。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 初出は1969年に週刊大衆に連載。私が読んだのは角川文庫版で1979年9月30日初版、1986年9月30日発行の20刷。「出せば売れる」定番商品ですね。文庫本で本文約322頁に加え、畑正憲の解説6頁。8ポイント縦一段組み43字×18行×322頁=249,228字、400字詰め原稿用紙で約623枚。

 娯楽小説だけあって、文章の読みやすさは文句なし。

 ただし問題は二つ。ひとつは昭和の風俗で、例えば円の価値が今と全く違う。だいたい100倍~400倍ぐらいすれば、今の感覚に近くなると思う。まあ、この辺は作中でも説明されてるけど。他にも「銀シャリ」や「輪タク」など、当時の言葉が出てくるんで、若い人にはピンとこないかも。ストーリーは若い人こそ楽しめるお話なんだけどねえ。

 もう一つはご想像通りの麻雀。何せ麻雀勝負の緊迫感がこの物語の大きな魅力なんで、よく知っている人ほど楽しめる構造になっている。私は「幾つか役は知ってるけど点数は計算できない」レベル、要は「ドがつかない程度の素人」で、著者の出す謎かけは全く理解できなかったが、その辺はキチンと作品中で謎解きしてくれるのでご安心を。とりあえず麻雀漫画を楽しめる程度の知識があれば、娯楽小説としての面白さは充分に堪能できる。

どんなお話?

 昭和20年10月、東京。終戦直後の東京。焼野原の上に闇市が立ち、浮浪者も珍しくなかった。(旧制)中学を辞めた僕は、毎日フラフラと出歩いていた。仕事にありついたと親には言っていたが、そんなアテなんざありゃしない。月給日には給料袋を持っていかにゃならん…などと悩んでいると、勤労動員で知り合った博打狂いの上州虎に出会う。こりゃいいや、とチンチロ博打に連れて行ってもらい…

感想は?

 ドサ健に痺れる。いや現実に自分の周囲にいたら迷惑極まりない奴だけど、物語の人物としては頭の中に住み着いて離れない強烈な魔力を持っている。憑かれるってのは、こういう状態を言うんだろうか。

 博打の小説だけあって、出てくる連中はロクデナシばかりだ。中でもドサ健はライバル的な位置なんだが、この巻では完全に主人公の坊や哲を食ってる。イカサマはする、女は食い物にする、人は騙すとしょうもない奴のクセに、この物語の中では燦然と輝くヒーローに見えるから怖い。いやどっちかというと深い闇を背負ってるんだけど。

 登場人物の大半は博打打ち。真面目に働いて稼いでる素人を、騙しすかして食い物にする、つまりは社会の寄生虫だ。にも関わらず、連中の生き方には人の根源に訴える魅力がある。所詮は言い訳に過ぎないにせよ、奴らの台詞がいちいちカッコいいから困る。

「あンたは健と五分につきあおうと思った。でもこの世界の人間関係には、ボスと、奴隷と、敵と、この三つしか無いのよ。相棒ってのは、どっちかがおヒキ(手下)の関係よ。お互い対等の関係なら、健としちゃ、あンたを敵(客)と思うのが当然よ」

 物語の冒頭、主人公は多少博打が強いだけの素人だ。話が進むにしたがって、彼は玄人の世界を少しづつ学んでいく。その世界のなんと殺伐として、だが魅惑的なことか。

「お前はもう、俺たちのやり口を知りすぎている。このまま放すわけにはいかねえんだ。天和技も十枚爆弾も、俺だけの秘儀じゃねえ。この世界の玄人が共同で守っている技なんだからな。玄人の規則を守っておとなしくしているか、それとも玄人全部を敵に回すか、その二つの道しかお前には無いんだ」

 なんであれ、腕一本で食っていこうとするなら、それなりの苦労もある。彼らが腕を磨く努力を怠らないシーンでは、「普通に働いた方が楽じゃね?」と思ったりもする。何をやっても刹那的になってしまう、そんな自分の生き方に意地になってしがみつく、どうしようもない男たちの業が、滑稽でもあり切なくもあり。

 娯楽物語だけに、ロマンスもちゃんとある。か、そこは博打打ち、一筋縄じゃいかない。ここでもドサ健の言葉が猛毒を持って読者の胸に突き刺さる。私は、この台詞が最高に好きだ。

「いや、手前なんざどうなってもいいんだ。だがあン畜生は――」
「俺のために生きなくちゃならないんだ。何故って、この世でたった一人の、俺の女だからさ。俺ァ手前っちには、死んだって甘ったれやしねえが、あいつだけにはちがうんだ。あいつと、死んだお袋と、この二人には迷惑をかけたってかまわねえのさ」

 …今、落ち着いて考えたら、この人、周囲に迷惑をかけまくりなんですけど。ま、いっか、ドサ健だし。
 他にも進駐軍を相手にするシーンでは、当時の日本人の立場が痛いほどよくわかる。終戦直後の風俗を描いたという意味でも、格好の教科書と言えるだろう。いや教科書には思いっきり向かない題材だけどね。

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