ロビン・ウィルソン「四色問題」新潮社 茂木健一郎訳
四色あれば、どんな地図でも
隣り合う国々が違う色になるように
塗り分けることができるのか?
どんな本?
数学の難問である四色問題について、その起源から決着までの歴史を辿るとともに、同時に四色問題の解法も解説する。一般にこの手の本は数学者の人物像や人間関係のドラマにスポットをあて、数学的な部分は添え物となりがちだが、この本は大胆に証明の内容にまで踏み込み、一般向けの数学解説書としての側面が強いのが特徴。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
原書は Four Colours Suffice : How the Map Problem Was Solved, 2002 Robin Wilson。日本語版は2004年11月30日発行。ハードカバー縦一段組みで約260頁。9ポイント43字×20行×260頁=223,600字、400字詰め原稿用紙で約559枚。問題や解法を示す図版を多数収録しているので、文字数そのものはもっと少ない。
じゃ軽く読み通せるかというと、とんでもない。日本語の文章そのものは、この手の解説書としては上質の部類で、かなりこなれていて自然な文章になっている。しかし、いかんせん扱っている内容がしんどい。素人向けとはいえ現代数学の難問を正面から取り扱っているので、数式もアチコチに出てくる。歯ごたえは充分。
構成は?
序文
第1章 四色問題
第2章 問題提起
第3章 オイラーの有名な公式
第4章 ケイリーが問題を蘇らせて……
第5章 ……ケンプが解いた
第6章 運の悪い人々
第7章 ダーラムから飛んできた爆弾
第8章 大西洋を渡って
第9章 新しい夜明け
第10章 成功!……
第11章 ……けれどもそれは証明なのか?
もっと知りたい人のために
用語集
四色問題年表
訳者あとがき
一般的に数学は積み重ねの学問だ。よって最初でつまずくと、それ以降は全くついていけなくなる。それはこの本も同じで、「よくわからんけど、今はほっとこう」などと考えて先に進むと、どんどんわからなくなる。わかるまで粘るか、あっさり諦めるか、覚悟を決めて取り組もう。ちなみに私は3章で根を上げ、以降は数学の部分を読み飛ばしました…って、ほとんど全部じゃねーかw
感想は?
最初は「どこまでついて行けるかな?」などと甘く考えていたけど、上述のように序盤で降参して、以降は面白そうな所を拾い読みする感じで読んだ。
冒頭に四色問題の定義を引用したが、現実の地図とはだいぶ条件が違う。例えば現実の地図には「飛び地」があるのだが、四色問題だと飛び地は「ない」ものとする。あくまで国は連続した領土を持っている、と仮定するのですね。そのためか、「地図製作に携わる人々は、四色問題を全然重視していない」「キルトやパッチワークの製作者、モザイク工なども、組み合わせる布やタイルの色を四色に制限することには、まったく興味がないようだ」。
問題のオチ、「いつ誰がどのように解決したか」も、第1章で早々にバラしている。
最終的に四色問題を解いたのはヴォルフガング・ハーケンとケネス・アッペルで、1976年のことだった。彼らの方法はコンピュータに1000時間以上も計算させるというものであったため、この知らせは熱狂と落胆をもって迎えられた。
以降、問題の説明へと話は続き、「奇妙な論理」で有名なマーティン・ガードナーのエイプリル・フールの冗談記事も紹介している。5色以下で塗り分けられないという地図を雑誌「サイエンティフィック・アメリカン」に載せたところ、数百人の読者が4色で塗り分けた地図を同封したそうな。さすがアメリカ、変な人も多いけど、キチンと数学の素養を持つ人も多いのね。
次の章で紹介している、「5人の王子の問題」と、「5つの城の問題」も面白い。
5人の王子の問題
むかしむかし、インドに大きな国がありました。
この国の王様が亡くなるときに、5人の王子に言いました。
わたしが死んだら、王国は5人で分けなさい。
ただし、どの領土も、他の四人の領土と境界線(点ではいけない)を共有するように分けなければならない。
さて、王国はどのように分ければよいでしょう?5つの城の問題
王様はさらに言いました。
5人でそれぞれ自分の領土に城を建て、
他の4人の城との間に道を造りなさい。
ただし、どの道も交差させてはならない。
さて、道はどのように造ればよいでしょう?
ちなみに、どっちの問題も解は「橋でも造らなきゃむりぽ」だそうで。
人間ドラマで興味深いのが、ルイス・キャロルことチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン。
『アリス』を好んだビクトリア女王から「次の作品を送ってほしい」と言われて『行列式入門』を送ったが喜ばれなかったという逸話が残っている(ドジソン自身はこの話を否定していた)。
『行列式入門』を送った事を否定しているのか、喜ばれなかった事を否定しているのか、どっちなんでしょうねえ。
変人として面白いのが、パーシー・ジョン・ヘイウッド。
数ある特徴の中で特に風変わりだったのは、一年に一度、クリスマスの日にしか時計を合わせないということだった。時計が狂うペースを心得ていた彼は、時刻を知る必要のあるときには、いちいち暗算をしたのである。
ドイツの整数論学者ミンコフスキーの逸話も楽しい。「挑戦したのが三流学者ばかりであるから」と四色問題を馬鹿にしていた彼、講義中に証明に取りかかったが、講義の時間が終わっても証明できず、次回の講義に持ち越した。数週間持ち越した後、彼が講堂に入ると雷鳴が轟く。深刻な表情な彼曰く「天は、わたしの尊大さに腹を立てられたようだ」。そして数週間前に中断したところから講義を再開しましたとさ。
当初、ハーケンとハインリヒ・ヘーシュが証明に使ったマシンは CDC1604A でプログラミング言語が ALGOL60 というのも貴重な資料。ALGOL60って、本当に使われたのね。
最終章は、かなり苦い。エレガントをよしとする数学の世界で、力任せの方法を用いたハーケンとアッペル。学会は彼らの業績を歓迎せず、どころか本人たちも自分達の業績を「簡潔でエレガントな証明ができれば、それにこしたことはなかった」と述べている。この辺、エンジニアなら「量は質に転じる」と開き直るところなんだけど、やっぱり数学者のセンスは違うなあ。
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