サミュエル・R・ディレイニー他「ベータ2のバラッド」国書刊行会 若島正編
1990年に着手された地図作成用の衛星測量で、地球にはそれまで探検家や地図作成者が見逃してきた未発見の地表面がかなりあることがあきらかになった。科学者の不安をよそに、米国議会は新領域開拓用に一兆ドルの拠出を承認。オマハの戦略空軍司令部(SAC)が作戦の火蓋を切って落した。 ――バリトン・J・ベイリー「四色問題」より
どんな本?
若島正の編集による、60年代~70年代のニューウェーヴSFのアンソロジー。「SFが読みたい!2007年版」海外編で堂々7位にランクイン。全6篇中4編を英国の作家が占め、特にH.G.ウェルズの影響を強く意識した構成になっている。日本ではあまり紹介されないサミュエル・R・ディレイニーやキース・ロバーツを収録しているのも嬉しい。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2006年5月30日初版発行。A5ハードカバーで本文約346頁。縦一段組み9ポイント45字×19行×346頁=295,830字、400字詰め原稿用紙で約740枚。標準的な長編の量かな。
複数の作家によるアンソロジーだけあって読みやすさはそれぞれ。難物の印象が強いディレイニーは意外とスッキリして読みやすい。奇想ベイリーは覚悟しちゃいたが、予想以上の出鱈目ぶり。エリスンは思った通りクセの強い文体。
収録作は?
- サミュエル・R・ディレイニー「ベータ2のバラッド」小野田和子訳
- 数世紀前に<星の民>は12隻の宇宙船で地球を発ったが、数世代にわたる長い航海の後に目的地にたどりついたのは10隻。銀河人類学専攻の優等生ジョナニーに課された課題は、この真相の究明だった。遺された文献はバラッドのみ。ジョナニーは超光速航行で現場に飛ぶが…
ディレイニーといえば「アインシュタイン交点」を思い浮かべ、やたらと技巧的な印象が強いが、これは拍子抜けするぐらい真っ直ぐで素直な謎解きSF。ニューウェーヴなんて看板をつけちゃいるけど、むしろ本格的でスケールの大きいスペース・オペラに仕上がっている。遭難の真相に迫る過程で解き明かされる世代宇宙船内の様子は、恐らく当時の時代背景の反映だろうけど、今読んでも訴求力は全く落ちていないどころか、むしろ迫力を増してさえいる。タイトルが示す切ない詩情も漂い、いままで紹介されなかったのが不思議なくらいの傑作。 - バリトン・J・ベイリー「四色問題」小野田和子訳
- 未知の地表が発見され、米国政府は全力を挙げて調査に挑む。調査計画を指揮するのは数学者だが、学者というのは困った輩で、本来の目的をすっとばし四色問題の証明へと突き進むのだった。
ベイリーといえば読者置いてけぼりで畳み込むような奇想を連発する作家という印象だが、こればまさしくベイリー節が大炸裂しまくってる。いきなり「衛星測量で未知の地表を大量に発見」→「数学者がプロジェクトを牛耳り四色問題に熱中」ですぜ。何が起きてるのかわからないと思うけど、たぶんついていける人は滅多にいないと思う。文章はともかく話のぶっ飛び具合が凄まじく、読みこなすのは相当に苦労する。けど、まさしくこれこそがベイリーの味なんだよなあ。
- キース・ロバーツ「降誕祭前夜」板倉厳一郎訳
- 1940~50年代の英国を舞台にした歴史改変物。帝国連携担当大臣の個人秘書官リチャード・マナリングは、同僚のハンターをエスコートして、大臣の招待に応じて降誕祭前夜のパーティーに出かける。厳重な警戒がなされる館で行われるパーティーは…
前の「四色問題」の奇想のどんちゃん騒ぎといったトタバタを屁理屈で包んだ雰囲気から一転して、重苦しく陰鬱で冷たい雰囲気に満ちた作品。歴史がどう改変されたかは、車などの小道具とルビ、それと時代背景ですぐに判明する。まあ、あの連中なら、いかにもこんな感じに暗く変態的なクリスマスを迎えそうな気がするが…
- ハーラン・エリスン「プリティー・マギー・マネーアイズ」伊藤典夫訳
- ラスベガスですっからかんになったコストナー。「俺もそろそろ潮時か」と思ったが、ポケットを漁ると、なんと1ドル銀貨がみつかった。もうなくす物もなし、最後の運試しとばかりにスロット・マシーンへと向きなおり…
今度は喧騒溢れギラギラと光輝くラスベガスのカジノが舞台。ヤケになって財産どころか人生さえも捨てたケストナーと、赤貧のトレーラー・ハウスに産まれ育ったあばずれ女のマギーことマーガレット。一応は奇談仕立てであるものの、お話の本筋は、むしろ現代アメリカの底辺で足掻く男女のどうしようもない生き様にある。結末は…まあ、エリスンだしねえ。
- リチャード・カウパー「ハートフォード手稿」若島正訳
- 古書店を経営していた大叔母のヴィクトリアが亡くなった。享年93歳のヴィクトリアは、H.G.ウェルズやハクスリーとも面識があると話していた。彼女が遺した遺産は、千ポンドと古ぼけた一冊の本。
騒がしいラスベガスから、歴史豊かで静かなイングランドの伝統を感じさせる作品。文章はお行儀がよく読みやすいのだが、物語の舞台があっちこっち飛び回るので、注意深く読む必要がある。こういう物語って、石造りで古い建物が多く残るヨーロッパだからこそ、って感じがするなあ。
- H.G.ウェルズ「時の探検家たち」浅倉久志訳
- 静かな田舎のリーズウッジに住み着いた新しい住人、ネボジプフェル博士は不気味な小男だ。打ち捨てられた「牧師館」に一人で住み、村人達とも全く口をきかない。もともとこの屋敷には縁起の悪い言い伝えもあり、村人も近寄りたがらない。館からは四六時中やかましい音が鳴り響き、頻繁に奇妙な物資が運び込まれる。
さすが始祖ウェルズ、「田舎の曰つきの廃屋に住み着いたマッド・サイエンティスト」などという今では常識ともなった設定まで創り上げていたとは←どの世界の常識じゃい。前の「ハートフォード手稿」とペアを成し、バラエティ豊かなこの短編集の末尾を飾るに相応しい短編。
ニューウェーヴなどというから内省的で純文学風の作品が中心かと思ったが、意外とそうでもない。書名にもなっている「ベータ2のバラッド」は本格SFの風格があるし、「四色問題」はベイリーの真髄とも言えるエスカレートしていく法螺話。「降誕祭前夜」はロバーツらしい冷たく静かな雰囲気を味わえる。でもオールドウェーヴな私はやっぱり宇宙が舞台の「ベータ2のバラッド」が一番気に入った。
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