「戦闘技術の歴史 3 近世編 AD1500~AD1763」創元社
アルマダの戦いに関する伝説で真っ先に誤りとわかるのは、この海戦がスペインの巨大ガレオン船と、イングランドの機敏な小型船との戦いだったという説である。実際には、この戦いに投入された軍艦のうち最大のものは、イングランドの船だったのだ。
どんな本?
「戦闘技術の歴史 2 中世編」に続く、シリーズ第二弾。兵器はもちろん、それを活用するための隊列・隊の構成といった血生臭い話から、当時の社会構造や戦闘の原因となった政治状況まで、幅広く扱っている。地理的には完全に欧州中心で、東方ではトルコが出てくる他、北米大陸での英仏西どうしの戦いも扱う。相変わらず図版とイラストは豊富で、眺めているだけでも飽きない。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
原書は Fighting Techniques of the Early Moddern world, Amber Books 2005。著者はクリステル・ヨルゲンセン、マイケル・F・パヴコヴィック、ロブ・S・ライス、フレデリック・C・シュネイ、クリス・L・スコット。日本語版は浅野明監修、竹内喜・徳永優子訳で2010年10月20日発行。前巻から丁度一年かあ。
A5ハードカバー縦一段組みで本文約366頁、9ポイント45字×22行×366頁=354,288字、400字詰め原稿用紙で約886枚。翻訳物の学術書だし読みやすくはないが、前巻より文章はかなりこなれている。
この巻でも歴史に詳しければ読む楽しみは増す。今回はレパントの海戦やアルマダの海戦など、帆船が好きな人には有名な戦いが出てくるんで、そっちが好きな人には5章はたまらないかも。
構成は?
日本語版監修者序文
第一章 歩兵の役割
第ニ章 騎兵の働き
第三章 指揮と統率
第四章 攻囲戦
第五章 海戦
参考文献
索引
前巻の「騎兵・戦車など」が「騎兵の働き」に変わり、「攻城戦」も「攻囲戦」と変わっている。第一章~第三章は末尾に「結び」や「結論」として章全体のまとめがある。素人はまとめを先に読むと全体が把握しやすいだろう。
感想は?
このシリーズの特徴といえば豊富な図版とイラスト。古代編は現代のイラストレータの書き下ろし、中世編は当時の画家の絵が多かった。今回は当時の絵が多いが、中世編と異なり遠近法を駆使した油絵が多く、資料としての迫力と見た目のリアル感が両立している。
前巻で活躍した騎兵、この巻では火器(マスケット銃)の普及に伴い、歩兵に押されてやや陰が薄くなる。銃の偏重は隊列のイラストを見れば一目瞭然で、1622年ごろには縦10列でパイク(槍)兵3:銃兵2の割合だったのが、1750年ごろには縦2列で全部が燧石銃になっている。正面の火力を増やすために横幅が広がっていったんですな。ちなみにパイク兵の役割は接近した敵から銃兵を護ること。現代で言えば戦車の護衛に歩兵がつくようなもんかな。
近世の初めは傭兵が中心で、中でも勇名を馳せたのはスイス兵。なんで強かったのかというと。
スイス部隊のパイク兵は約200名ずつのハオフェン(中隊)に組織され、各ハオフェンは都市や地方から集められた同地区出身の兵士たちで構成されていた。中隊の指揮を執っていたのは、都市参事会によって任命されたハオプトマン(大尉)で、部隊内の他の将校は兵士たちによって選出される。それゆえハオフェンは、部隊が帰属する州や地域社会と強い絆で結ばれた仲間意識の強い集団だった。
地元意識の強い隊といえば帝国陸軍もそうだったような。
ところが独立戦争を戦うオランダのナッサウ伯マウリッツが常備軍を整備しはじめ、次第に傭兵の活躍の場は減っていく。常備軍は銃の規格化と普及と共に常時の教練も可能とし、プロイセンでは同調行進を実現する。なんで同調行進が優れていたかというと、スピードだそうで。行進中の兵と兵の間隔が短くなり部隊が散らばらず、また縦列を横列に変えるのも簡単になる、と。
火力増強に伴い歩兵の役割が大きくなる反面、騎兵の影は薄くなる。なにせ火力は短銃で威力は小さく、集団突撃は歩兵の火力に圧倒される。
常備軍は、やっとこさ実力主義を芽生えさせる。
折りしも常備軍の編成を進めていたピョートルは、功績に応じて昇進させるという画期的な考え方を示すに至った。この方式だと社会的立場の低い古参兵でも、立場の低さが部隊を指揮する妨げにならないことから、古参兵による将校団の形成が進んだ。
今までなかったんかい。とまれ、「だが戦争というものは、策略で敵を出し抜き武力衝突なしに領土を手に入れることに比べると、さほど費用対効果が高くもなければ、利益をもたらすものでもなかった」から、仕方がないのかも。費用対効果が低いのは今も変わらないと思うんだが、こういう合理的な認識で国民の合意を取るのはなかなか…。
「今までなかったの?」という驚きは大砲でもあって、フランスの大砲は「砲耳と呼ばれる二つの突起物を支点にして、砲身を上下に動かせるようにした」って、今まで砲の角度は固定だったんかい。驚きは続く。
フランス軍――専門技術の高さを誇り、二世紀後にはそれが工兵隊の創設となって現われる――は、大砲を操作するにはそれについて特に訓練を受けた者に限ると考えていた。
いや専門の砲兵を置かないのは無茶でしょ。砲の進歩に対し城も堀や角面堡で対抗する。んじゃ城壁は諦め直接に中を狙おうと臼砲が出てくる。攻囲戦ではセバスティアン・リ・プレストル・ド・ヴォーバンにより壕を掘り進むシステマチックな手法が標準的となり、工兵隊の育成につながる。
海戦も意外な点が多かった。冒頭の引用に加え、イングランドの発明は「四輪砲架」。これで再装填が可能になった、つか今まで出来まかったんかい。当時の砲が青銅製ってのも知らなかった。てっきり鋼鉄製だとばかり。こういう事に興味を持つと冶金の歴史に踏み込んじゃうから、危ない危ない。
ちなみにこの本で「グラヴリーヌの海戦」とあるのは、かの有名なアルマダ海戦の事。海賊根性の抜けないドレークの我がままっぷりが楽しい。
さて、次巻はやっと「ナポレオンの時代編」。出るのは今年か来年か。期待してます。
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