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2011年2月 7日 (月)

ベルナール・ウエルベル「蟻 上・下」ジャンニ・コミュニケーションズ 小中陽太郎・森山隆訳

六本のマッチで四つの正三角形を作るには、どうしたらいいか?

どんな本?

 フランスの元科学ジャーナリストによる、長編SF小説。SFとはいってもアメリカのヒューゴー・ガーンズバック風にハードウェアに凝るサイエンス・フィクションとはだいぶ感触が違う。なんたって、主人公(?)は、蟻ですぜ、蟻。というと「ガンバの大冒険」風に「努力・友情・勝利」の物語かというと、それも違う。徹底的に蟻の生物学的特徴に拘った、奇妙奇天烈で、ある意味グロテスクな世界観の魅力に溢れた、極上のエイリアン小説。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Les Fourmis, Bernard Werber, Albin Michel, 1991。私が読んだのは1995年3月15日発行の第二刷。今は角川から文庫で出てる。縦一段組みで上巻約225頁+下巻約220頁=約445頁。42字×16行×445頁=299040字、400字詰め原稿用紙で約748枚。長編としちゃ、ちと長めかな。

 元はフランス語だけど、案外と文章は読みやすい。最近の英米SFにありがちな、よく言えばスタイリッシュ、悪く言えば気取った文体ではなく、普通に物語を語る雰囲気の、とっても素直な文体。

どんなお話?

 物語は大きく分けて二つのパートからなる。一つは人間、もう一つが蟻。

 まずは人間パート。鍵屋のジョナサン・ウエルズは、伯父エドモン・ウエルズの遺産であるアパートに引っ越してきた。妻のルシー・子のニコラ・愛犬のウーラザットと一緒だ。アパートには鍵のかかった地下室があったが、伯父はジョナサンに書置きを残していた。<何があっても絶対に、地下室に行ってはならない!>

 続いて蟻パート。赤アリの都市、ベル・オ・カンは、冬眠から目覚めようとしていた。ベル・オ・カンは周囲の64の姉妹都市と連合を結ぶ協力な都市で、宿敵の白アリや北の小型アリと長い戦いを続けている雄アリの327号は仲間に誘われて遠征隊に加わり、狩りに出かける。幸い獲物にありついたが…

感想は?

 蟻パートが、とっても素晴らしい。現実に知られている蟻の生態を活かしつつ、奔放な想像力で肉付けされた彼らの社会は、ジャック・ヴァンスやラリイ・ニーヴンが創造するエイリアン社会に勝るとも劣らぬ、新鮮な驚きに溢れている。これぞまさにセンス・オブ・ワンダー。

 よく知られているように、蟻は社会的な動物だ。同じ種でも、個体ごとに異なった役割を果たす…どころか役割ごとに肉体まで大きく違い、巣全体で一つの生命として生きている感すらある。生活圏も地中にトンネルを掘って、複雑な巣を作る。巣の中は目的に応じた様々な部屋に分かれていて、中にはキノコを養殖する蟻までいる。

 蟻パートの出だし、327号が冬眠から目覚めるシーンから、私は一気に蟻の世界に引き込まれた。変温動物である蟻にとって、熱はどんな意味を持つのか。以下、ベル・オ・カンの住民が目覚めるシーンから。

 透明な血液が静脈のネットワークを自由に循環できるように、身を震わせている。血液は最初固まっているが、だんだんに溶けていき、そして液体になる。徐々に心臓のポンプが動き出し、血液を体のすみずみにまで押しだしていく。

 もはや生物というよりサイボーグやロボットに近い雰囲気だ。彼らがコミュニケーションをとる方法も、我々人間とは全く違う。一つはフェロモンで、多様な匂いが様々なメッセージを運ぶ。仲間の識別、狩りのルート、パニック、そして危険信号。もう一つは…カバー裏をご覧あれ。

 白アリや他の昆虫・動物や鳥たちとの戦いの模様もエキサイティング。単にしがみついて噛み付くだけではない。飛び道具も使えば戦車まで開発する。ハードウェアだけでなく、それぞれのハードウェアや地形・気候に応じ、ソフトウェア、すなわち陣形や戦術も使い分け、戦況により続々と新規な戦法を創出していく。上巻のハイライト、小型アリとの決戦シーンは、アクションあり新兵器ありアイディアありで、ハリウッド顔負けの手に汗握る展開が続く。日本人としては、川中島か関ヶ原か、といった感じ。

 当然ながら、蟻は倫理観が人と全く違う。それが生存の役に立つなら、同種の個体でも平然と肉体を改造する。群れの中心である女王アリは勿論、幼虫の世話しか目にない乳母アリ、戦闘を担当する兵隊アリ、生殖の為に生きる雌アリ。他にも同じ種とは思えぬ凄まじい変化をした貯蔵アリや、番兵アリにはびっくりした。

 倫理観といえば、ラスト近く、雌アリの56号のアレもショッキング。彼女が生まれた目的、今まで生きてきた目的を考えれば至って合理的な行動ではあるものの…種が違うってのは、こういう事なんだろうなあ。

 センス・オブ・ワンダーに溢れた異星人が大好きな人には、文句なしにお勧め。そこらのスペース・オペラなんかより、遥かに異質で不気味で、けれどとっても合理的で納得のいくエイリアンに出会えます。ただ、人類と交流できるかというと…

 そうそう、訳者あとがきは一部ネタバレありなので、あとがきを先に読む癖のある人は要注意。物語全体に関わるものではないけど、重要な謎を解いちゃってる。

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