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2011年1月11日 (火)

ジョージ・オーウェル「カタロニア賛歌」ちくま学芸文庫 橋口稔訳

 捜索は全部で二時間かかったが、この間ベッドを探そうとはしなかった。ずうっと妻がそこに寝ていたからだ。(略)刑事たちも共産党員であったろう。しかし、かれらはスペイン人でもあった。女性をベッドから追い出すなんて、とてもできることではない。

どんな本?

 1937年、スペイン内戦に共和国軍側の義勇兵として参戦した、イギリスの作家ジョージ・オーウェルによる従軍記録。戦線全般を俯瞰する視点ではなく、あくまでも一兵卒である著者の視点で描かれている。そのためか、フランコ率いるファシスト側の記述はほとんどなく、共和国側の記述が大半だ。軍としては寄せ集めで内輪揉めが絶えない共和国軍の酷い内情、特にコミュニストを痛烈に批判すると同時に、南国気質で感情豊かなスペイン人への共感も溢れている。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Homage to Catalonia、1938年の出版。日本語の文庫版は2002年12月10日発行。約370頁×38字×17行でざっと239020字、400字詰め原稿用紙で約598枚。古い本のわりに訳文は現代的で、意外なほど読みやすい。視点はオーウェル固定、時系列も一直線の素直な構成なので、戦記物のわりには理解しやすい。ただ、1936年のスペインという我々には不案内な舞台な上に、同時代のイギリス人向けに書かれているので、若い読者は風俗的な部分に戸惑うかもしれない。ロバとラバの違いや、石の鍬とか出されてもねえ。
 なお、この文庫版は、末尾に1942年に書かれた小文「スペイン戦争を振り返って」(Looking Back On Spanish War)を収録していて、これが本編のまとめ的な役割を果たしており、読者の理解を助けている。

感想は?

 本書の内容を簡単にまとめると「くたばれファシスト、汚いぞコミュニスト、でもスペイン人はいい奴ばっかりだ」かな。

 当時の共和国軍は、多くの勢力の寄せ集めで、現代日本の自衛隊のように統一された組織ではない。他国から参加した義勇兵も、志願の窓口となった組織により、それぞれの勢力の指揮下に入る。スペイン内戦では、ここでどの組織に入るかで、立場が大きく変わってしまう。この本を読めば、そういった寄せ集めの軍の欠点が、嫌というほど理解できる。

 書名の「カタロニア賛歌」が示すように、舞台はスペイン北東部のカタロニア、オリンピックのあったバルセロナのある地方だ。著者はそこで POUM(Partido Obrero de Unificacio'n Marxista、統一マルキスト労働党)の義勇兵として参戦し、フランコ率いるファシストと戦う。参戦当初、カタロニアはアナーキストが支配していた。労働者が権力を握ったバルセロナに、著者は感動している。

壁という壁には、ハンマーと鎌や、革命党の頭文字が描かれていた。教会はみな破壊され、聖像は焼かれていた。(略)だれも「セニョール」や「ドン」を、「あなた」をさえ使わなかった。みんな相手を「同士」「きみ」と呼んだ。(略)チップは法律で禁じられていた。エレベーターボーイにチップをやろうとして、ホテルの支配人に叱られたのは初めてだ。

 政治的な問題だけでなく、鷹揚でのんびりしたスペイン人気質も著者は気に入った模様。

 義勇軍に参加した外国人はみんな、最初の二、三週間の間に、スペイン人を愛することを学び、同時にかれらのもつある特性に腹を立てさせられる。(略)スペイン人がうまくやれるものはたくさんある。しかし戦争はいけない。かれらの能率の悪さ、とくにこっちがおかしくなるほど時間を守らないことには、外国人という外国人が驚かされる。

 スペイン人だけじゃない。インド人もそうですよ。低緯度地方の人って、みんなそうなるのかねえ。ファシスト側の兵に投降を呼びかけるシーンも、スペインらしくて笑える。

「バターのついたトーストだぞ!」かれの声がさびしい谷間にこだまするのが聞こえる。「ここに坐って今バターつきのトーストを食っているんだぞ!すてきなバターつきのトーストだ!」叫んでいる男だって、ぼくらと同じで、もう何週間も、何ヶ月も、バターなんて見たことがないに決まってる。

 この呼びかけ、それなりに効果はあたらしく、ぽつぽつと脱走者がいたそうな。
 戦記物にありがちな勇ましい戦闘の場面は控えめで、寒い夜の辛い歩哨や、不潔な前線での生活をボヤくシーンが多い。虱に悩まされるくだりは、実際に兵卒として戦った人ならではの説得力がある。

ズボンの縫い目に産みつけられた小さな米粒のような白く光る卵がかえると、おそろしい速さでふえてゆく。反戦論者は、虱の拡大写真をパンフレットにつけたら、効果をあげることだろう。(略)どこで戦った兵士もすべて、睾丸を虱にはいまわられていた。

 著者が属した POUM はトロッキストで、大きな後ろ盾もなく組織としては弱小で装備も貧弱だ。友軍のPSUC(Partido Socialista Obrero Espan~ol、カタロニア統一社会主義政党)は、ソ連共産党が支援する勢力すなわちコミュニストだ。貧弱な装備でロクに訓練もしていない義勇兵が前線を支える間に PSUC は兵を訓練して装備を整え、街で勢力を誇示する。

前線に出されることのない警備団や国境監視隊のほうが、われわれよりよい武器を与えられ、はるかによい服装をしているのだ。これは、どの戦争でも同じことだったのだろうと思う。

 やがてPSUCは共和国軍の主導権を握り、友軍であるトロッキストやアナーキストと市街戦を始める。他国の左翼系新聞も酷いもので、PSUCの言い訳を真に受けて、滅茶苦茶な報道をする。以下、デイリー・ワーカー紙のフランク・ビトケアンの記事。

戦闘においては、実際にあらゆる種類の武器が私用された。かれらは何ヶ月も前から、それらの武器を盗み出して、かくしていたのだ。その中にはタンクもあった。

 「兵舎を人民軍と一緒に使ってるのにタンクなんか盗めるわけねーだろ、だいたい、んなモンどこに隠すんじゃい」とオーウェルはカンカンに怒っている。

 末期のPSUCは、POUMなど他勢力の粛清まで始める。前線から戻った兵を捕まえては牢にブチ込むのだ。ところが前線の雰囲気は全く違って、負傷したオーウェルは病院の隣のベッドに寝るコミュニスト側の兵に煙草を貰って笑いあうのだ。「バルセロナじゃあ、撃ち合った仲かもしれないな。」

 本編だけだとオーウェルは単なる理想主義者のように思えるが、付属の「スペイン戦争を振り返って」を読むと、「革命軍は装備で負けたんだよ」と冷徹な現実を直視している。彼が今のイラクやアフガニスタンを見たら、何と言うだろうか。思想傾向は全然違うけど、意外とコリン・パウエルと気が合うんじゃないかと思う。

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