機本伸司「スペースプローブ」ハヤカワ文庫JA
「大体、この宇宙や人間存在の不思議を、どうやって説明するというの。科学なんかで説明しきれていないじゃないの。そんなもので、未知の存在の不可解さは解明できるはずもない。むしろ科学的に説明できないものこそ、私たちが探しているものじゃないの?」
「馬鹿馬鹿しい。科学的に説明できないようなものなんか、探しにいけるか。そんなものを見つけても、どうやって人に説明するんだ?」
どんな本?
「神様のパズル」で鮮烈にデビューした、機本伸司の長編SF。2030年、公転周期4千年の彗星 "邇基"(にき)の地球再接近(50万km)に向けた無人探査機「こめっと」が、《怖くない》《ライト・ビーイング》というメッセージを最後に消息を絶つ。計画の責任を取り辞職した天野貞彦は、日本初の有人月着陸計画のクルー5人に相談を持ちかける。「地球の周囲50万kmを廻るニュートリノ発生源がある、有人月着陸計画で調べられないか」と。5人は、カラオケボックスに集い、裏計画のプランを練る。まずはもう一人のクルー、船長で狸野郎の橘をどうやって丸め込むかだが…
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2007年7月に単行本として出版、文庫は2010年6月15日発行。約410頁×18行×41字でざっと302,580字、400字詰め原稿用紙で約757枚。全般的に会話が多いのはライトノベル風だけど、登場人物の口調はごく普通の若者らしく極端なクセはないので、変な口癖にアレルギーがある人にも安心…と思ったが、約一名、やたらオヤジっぽい話し方の人がいた。
感想は?
「神様のパズル」が最近の理論物理学をダシに、天才少女の心の痛みを描いていたように、この「スペースプローブ」も、近未来の有人宇宙飛行とファースト・コンタクトをダシに、宇宙への夢から醒めきれない若者の煩悶を描いている。天才と評されるが、イマイチ科学に納得しきれない石上香蓮と、頑なとさえ言えるほど真面目で努力家の科学青年、曾我部臣太のコントラストも、デビュー作に似ているかも。
前半はカラオケボックスでの討論が中心で、これが実に青臭くて胃に痛い。具体的な方法の検討ならいいんだが、方針を固める時点での議論が、いかにも真面目な学生の議論っぽい。この辺は従来のSFに出てくる宇宙飛行士像と大きく違っていて、最後まで違和感が残ったのは私の頭が固いせいかもしれない。
「どんなに正当化しても、テロと変わらないんじゃないの」
「違う。テロなんかじゃない。強いて言えば、レジスタンス。これこそ、宇宙船に人間を乗せる意味じゃないのか。ロボットにこんなことができるか」
…やっぱ、宇宙飛行士は、航空自衛官から選ぶのが正解じゃね?
日本総合開発機構(JUDO)宇宙探査局も、所詮はお役所。本来ならば提案書を提出して承認を取るべきなのだが、そうするには証拠が微妙すぎる。お役人って奴はリスクを嫌うので、承認される見込みは極めて少ない。おまけに上の承認を待っていたら、いつまでたってもラチがあかない。そうしているうちに、邇基は彼方に去ってしまう。
ってんて強引な方法を取るにしても。有人月着陸計画には大金がかかっている。税金に加え、基金を造って一般の人からも基金を集めた。強引な計画変更は、夢を託してくれた人への裏切りではないのか?
等など。この辺、例えば笹本祐一ならマッド・サイエンティストが手段を選ばず己の欲望に任せて動くだろうし、小川一水なら若手のやり手官僚を登場させるだろう。谷甲州なら老パイロットが活躍するだろうし、野尻泡介なら民間でやっちゃうかも。複数の若者が話し合いながら計画を練る、というあたりが、今風といえば今風か。
さて。月までの距離は38.4万km、ニュートリノ発生源 "ミトラS" は50万km。確かに距離的には微妙で、月への有人着陸を省けば推進剤等は足りそうな気がする。とはいえ、笹本祐一や野尻泡介に慣れたすれっからしには、チト辛い描写が多々あるのは確か。その辺は、まあ適当にスルーしましょう。
お話は終盤で急展開の連続となる。じっくり、慎重に、読み進めよう。
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