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2010年12月 7日 (火)

半村良「どぶどろ」扶桑社昭和ミステリ秘宝

「苦労ってのは、てめえが何かをしようとして、そのときはじめてぶつかるもんだ。俺のしたことはみんな苦労じゃなかった。これっぱかりも苦労なんかしなかった。ただ莨問屋の板の間に坐って、おまんまを食っていただけさ。なんにもしなかった。なんにもさせてもらえなかった。まだ判らねえかも知れねえが、ああいうお店(たな)は、自分で何かしようなんて人間は要らねえのさ」

どんな本?

 故半村良による、連作時代小説集。7編の短編と、各短編の登場人物が結集する1つの長編からなる。ミステリとはいうものの、主題は謎解きではなく、事件の周辺にいる、庶民の生き様に注がれている。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2001年12月30日一刷発行、手元の本は2005年6月10日第九刷。着実に版を重ねてるなあ。初出は1974年~77年に小説新潮に不定期連載、77年7月に新潮社からハードカバー、80年10月に新潮文庫。その後92年5月に廣済堂からセミ・ハードカバーで、2001年12月に再文庫化。文庫本で縦一段組み約470頁。読みやすさは、もう抜群の名人芸。冒頭の引用でわかるように、台詞は江戸前のべらんめえ調が多くて、そのリズムがひたすら心地いい。

何が入ってる?

いも虫
 莨問屋の宮川屋で、若くして手代になった繁吉。張り切って集金に出かけたものの、千枚屋の爺さんにたしなめられた。のはいいが、薬研堀の女に集めた金を使い込み、いつバレるかとヒヤヒヤしている。どの道、伊勢の生まれが仕切ってる宮川屋じゃ、本所生まれの繁吉は先が知れてる。やっぱり行徳生まれの清吉は、40になってやっと小番頭…
 最初から主流派から外れてるってだけならともかく、実際にうだつの上がらない先輩が目の前にいると、そりゃめげるよなあ。
あまったれ
 飲み屋の一幕もの。何が不満か、グレて遊び歩く若者と、安酒場でたむろするオヤジども。お役にありつけず蝦蟇の油売りで糊口を凌ぐ侍、身分違いの女に惚れた医者の倅。
 性に合わない商売ってのは、確かにあるよなあ。んなもん、無理矢理押し付けられてもねえ。
役たたず
 小間物屋仲間の寄り合いに出た浜吉。寄り合いが開かれた店・松留は、女板前お梅が評判だった。化粧はしないが腕はよし、評判にも驕らずに仲間の面倒見もいい。誰からも信頼され頼られる彼女だったが…
 まあ、往々にして、仕事ってのは「できる人」に集まるもんなんだよね。公の仕事でも、私的なものでも。
くろうと
 六間掘の北の橋のたもとに、二軒の夜鷹蕎麦がでて、ちょっとした評判になった。片方は若者、もう片方は爺さん。味も客あしらいも甲乙つけがたく、商売敵で睨み合ってるかと思えば、意外とそうでもない。
 ええっと…流行のアレですか。って事は、最近の若者は既にくろうとの域に達しているという←違うぞ
ぐず
 なんとか悪事から足を洗い、仕事についた伊三郎。しかし、ついた仕事がよくない。因業金貸し・桐山検校に雇われた取りたて屋だ。貧乏人に貸した金を、強引に取り立てる。
 …うーん。伊三郎、もちっと腹が据わって先が見え、大きいのを狙う大悪党なら、むしろ正業につくいい機会だったのに。
おこもさん
 夫を失い、二人の小さい男の子を抱えた井筒屋のおかみさんは、福田屋の世話になっていた。そんな子供たちは、いつのまにか乞食と仲良くなり…
 子供じゃ事情はわからんわなあ。だからといって、傷が痛まぬわけでもなし。
おまんま
 「いも虫」で愚痴をたれてた清吉が再び登場。うだつが上がらぬまま、嫁まで店に世話され、完全に自分の殻に閉じこもってしまい…
 暗~い話が多いこの作品集の中で、これは一服の清涼剤。嫁のおこんが清吉にかけるハッパが、もう燃える萌える。こんな事いわれたら、そりゃもう惚れちゃうでしょ。
どぶどろ
 孤児の平吉は岩瀬伝左衛門に拾われ、銀座の町屋敷に勤めている。二十歳そこそこながら岡っ引と看做され、ちょっとした顔になっている。気取らぬ平吉は周囲の者からも好かれているが、本所で殺しが起こり…
 この作品集のトリを勤める長編。頁数も約310頁と、他の短編を圧倒する。今までの短編で出てきた人々が、この作品に脇役として再登場する。生まれこそ孤児ではあるものの、後ろ盾もあり、二十歳で岡っ引を任されるんなら、エリートコースと言っていい。それが、あの結末は…
 「およね平吉時穴道行」は、この平吉の別の運命なのね。ぜひ読まねば。
 平吉の“幸せ” 宮部みゆき

 解説 日下三蔵

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