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2010年12月18日 (土)

アヴラム・デイヴィッドスン「どんがらがん」河出書房新社奇想コレクション 殊能将之編

「チーズ好きの偉大なアメリカ大衆が求めているものは、若くて年収一万ドル以上を稼ぐ現代アメリカ人カップルの断固たる闘争の物語だ。しかし、低劣なもの、物議をかもすもの、過激なもの、時代遅れのものはお呼びじゃない」  --「ナイルの水源」より引用

どんな本?

 少々田舎臭くてノスタルジー感覚に満ちた、奇妙な味の短編小説集。一応SFに分類しといたけど、小難しい理屈はほとんどなく、むしろ法螺話・馬鹿話に近い。語り口が素人の口語に近く、老人が孫に物語を語るような、または酒場で酔っ払いが馬鹿話をするような、「まだるっこしいけど引きこまれる」雰囲気がある。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2005年10月30日発行。A5と新書の間ぐらいのソフトカバー縦一段組みで約430頁。原文は解説に曰く「確かにおそろしく読みにくいことは事実だ」そうだが、訳文はすんなり読める。物語の舞台背景が、いかにも田舎の無教養なとっつあん・爺さんの語りだったり、酒場での酔っ払い同士の会話だったりするので、読み手もそれなりに覚悟ができてる、という点はあるかも。

どんな作品が入ってる?

序文 グラニア・デイヴィス
作者の元奥さんによる、簡単な作者の生涯のまとめ。元は正統派ユダヤ教徒だったのに、晩年はなんと天理教に改宗したそうな。
ゴーレム 浅倉久志訳
 秋の昼下がり、アメリカのありがちな住宅街に、灰色の顔をした男がやってきた。年老いたガンバイナー夫妻の庭に、ずけずけと男は入り込んできて…
 この作品集の冒頭に、この短編を持ってきたのは巧い工夫だと思う。機械人形みたいな不気味な奴が、いきなり庭に入り込んできたら、普通の人はどうするかというと…いや、私の知人にもいるわ、この老夫婦みたいな人。
物は証言できない 浅倉久志訳
 奴隷制が残っていた頃のアメリカ。弁護士で仲買人のJ・ベイリス老人は、町の嫌われ者だった。そのベイリス老、ついにあろうことか奴隷の売買にまで手を出し、町中の顰蹙を買う。
 1956年度EQMM短編小説コンテスト第一席受賞。人を人とも思わず、アコギな稼ぎを続ける爺さんがどうなるかというと…。
さあ、みんなで眠ろう 浅倉久志訳
 人類が宇宙に進出した未来。惑星バーナムは重要な特産物もない、ヤフーと呼ばれる原始動物が住むだけの、無用の惑星だった。たまたま長距離航路の真ん中あたりに位置していたので、乗員乗客は休憩がてらヤフー狩りを楽しんでいた。
 人間の暗い側面を、これでもかと読者につきつける、なんとも後味の悪い短編。1957年発表だから、公民権運動が燃え上がる前の作品なんだなあ。デイヴィットスンが、メキシコやイスラエルに住んだ過去がある事を考え合わせると…
さもなくば海は牡蠣でいっぱいに 若島正訳
 自転車屋のオスカーには、共同経営者ファードがいた。ビールとボーリングが大好きで、いい女はすかさず口説くオスカーに対し、ファードは堅物で心配性だ。
 年寄りには「あるいは牡蠣でいっぱいの海」で有名な、1959年度ヒューゴー賞最優秀短編部門受賞。要らない時には邪魔くさいぐらい沢山あるのに、必要な時には見つからない物って、確かにあるよね。本も、気がつけば異様に増殖しちゃって、大掃除の度に「一体いつのまに」と唖然とするのは、私だけじゃないはずだ。そうでしょ。そうだと言ってよ。
ラホール駐屯地での出来事 若島正訳
 頃は1946年、舞台はイギリスの酒場。アメリカ人の私は、女房の尻にしかれている爺さんに出会った。一緒に飲み始めると、爺さんはラホールで従軍した時の話をはじめ…
 1961年度MWA賞優秀短編部門受賞。酔っ払いの自慢話の体裁をとった、オチの見事な短編。
クィーン・エステル、おうちはどこさ? 浅倉久志訳
 南の島出身の老女クィーン・エステルは、ライディ家で働いている。旦那様はいい人だし、その幼い弟のロドニー坊ちゃんも懐いてくれる。でも、奥様がねえ。口煩いだけならともかく、ロドニー坊ちゃんにまで邪険にするなんて。
 お高くすました上に口煩く、子供やメイド相手にやたら威張り散らすライデイ夫人の造形が巧い。キーキー声が頭の中に響いてきそう。
尾をつながれた王族 浅倉久志訳
 彼はお父様たちやお母様たちに水を運ぶ。お父様たちやお母様たちは、彼に何か大切な事を教えようとするんだけど、見張りが邪魔をするんだ。
 意味がわかるような、わからないような。異様な世界での、異様な生きものなのか、知られた生物の生態なのか。不気味でグロテスクな小編。
サシェヴラル 若島正訳
 不潔で野蛮で乱暴な男、ジョージに攫われ監禁されてしまったサシェヴラル。ああ、将軍やプリンセスやマダムに逢いたい…
 果てさて、サシェヴラルの正体は。
眺めのいい静かな部屋 若島正訳
 老人ホームで暮らすスタンリー・C・リチャーズ氏は、夜が嫌いだった。眠れないのだ。相部屋のネルソン・スタッカーの寝言、トマス・ビグローの咳、アマデオ・パルンボの叫び声。他の部屋に移りたくても、満員で空き部屋がない。おまけに昼は昼で、ハモンドの野郎が突っかかってくる。
 人間、歳をとっても丸くなるってわけじゃあ、ないんだよなあ。むしろ、余計に意固地で見栄っ張りになって。
グーバーども 浅倉久志訳
 両親が死んだおれは、祖父さんに引き取られたんだが、この爺ぃがとんでもねえ糞野郎だった。こっちが弱いと見ると、トコトンかさにきて苛めまくる。「金がない」というくせに、飲む分だけはちゃっかり取っときやがる。口を開けば罵倒と嘘ばかり。
 いかにも南部風の法螺話。こういう、頭の悪そうな語りって、慣れると癖になるね。
パシャルーニー大尉 中村融訳
 田舎の小学校に、いきなり特大のキャディラックがやってきた。お仕着せの運転手をはべらせ、そこから降り立ったのは、山高帽を被った長身の立派な紳士、トンプスン少佐。少佐には、校長だってビビってる。少佐は、ジミーを迎えにきたそうな。両親と別れて暮らすジミーは…
 恵まれない境遇の少年ジミーに、突然訪れた足長おじさんトンプスン少佐。途中でオチが読めたと思ったら…
そして赤い薔薇一輪を忘れずに 伊藤典夫訳
 チャーリー・バートンは、横柄なマット・マンゴーにコキ使われていた。中古ストーブを修理し、ピカピカに磨くのがチャーリーの仕事だ。彼のアパートには、東洋人が住んでいた。なんでも、アパートで書店を経営しているらしい。書店主に呼ばれて店に入ると…
 謎の東洋人の店で不思議なブツを…というパターンの話。ブータンなんて、よく知ってるなあ。
ナポリ 浅倉久志訳
 ナポリの町の奥深く、美しい観光地とは全く違う、貧しい者が群れ集うスラムにやってきた、おそらく外国の旅行者と、その案内人の青年。彼らがここに来た目的は…
 正直に言います。私には全く意味がわかりませんでした、はい。つか、これ、長編の冒頭部のように思えるんだけど。
すべての根っこに宿る力 深町眞理子訳
 メキシコの田舎の警官カルロス・ロドリーゲス・ヌーニェイスは、最近、体調が悪い。人の顔が悪魔のように見えるし、聞こえる声も酷いしゃがれ声に聞こえる。仕方なしにドクター・オリベーラを尋ねたのだが、こいつがとんだ藪で…
 暑苦しい低緯度地方の田舎に住む、やかましくてマッチョなメキシコ人。現代科学と迷信がせめぎあう中、やっぱり人間のやる事ってのはどこでも似たようなもんで。
ナイルの水源 浅倉久志訳
 売れない作家のボブは、自信作を大手出版社に持ち込んだが、「それは今の流行じゃない」と没をくらった。すごすごと帰る途中で出会った老人ピーター・マーテンスと共に、酒場で一杯やっていると…
 この作品に似たアイデアを、藤子不二雄の短編で読んだ記憶がある。あれは巧くアレンジしていた。おじさんには大変希望の持てるラストでありました。
どんがらがん 深町眞理子訳
 <矮人の王様がた>を訪れた旅の若者は、カラナス国の世襲領主大公様の息子、若へイズリックのマリアンと名乗った。それにしてはみすぼらしい格好だが。そこにやってきた、大きな大砲を引っ張る奇妙な集団。
 世紀末救世主伝説…と思いきや。「国を救う呪法を求めてさすらう王子」を自称するマリアンの胡散臭いことったら。いう事は偉そうだが、やる事は強請りにタカリ、口八丁で相手を丸め込み…
解説 殊能将之
 解説を本文の前に読むか後に読むかは悩ましい所だけど、この作品集に関しては、本文の前に読んだ方がいい。作者デイヴィドスンの生涯を詳しく語っていて、それが「さあ、みんなで眠ろう」や「クィーン・エステル、おうちはどこさ?」を味わう助けになる。

 全般的に、田舎に住む無教養な人々や、よるべのない虐げられる人々を主人公にした作品が多い。やたらカタカナの名前が出てくる事と、トリックに頼る点を除けば、山本周五郎や半村良の時代小説にも似た雰囲気がある。昔のSF者には山本周五郎のファンが多かったそうだけど、これを読むと「さもありなん」と納得してしまう。

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