半村良「およね平吉時穴道行」角川文庫
月と葦 浮いたばかりの 土左衛門
どんな本?
故半村良の、初期SF短編集。SFとは言っても難しい理屈が並ぶハードSFではなく、ちょっとした奇想をネタにした作品が中心。人情物の時代小説も得意な半村良らしく、ユーモラスでほのぼの・しみじみとした味わいの、誰でも楽しめる雰囲気の短編が多い。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
1976年8月15日初版発行。文庫本縦一段組みで約330頁。文章の読みやすさは抜群。SFというと、ナニやら小難しいシロモノだと思って敬遠している人には、星新一の短編集と並び入門用に絶好の逸品。ただ、出てくる風俗が昭和のシロモノなんで、若者には辛いかもしれない。
どんな作品が入ってる?
- およね平吉時穴道行
- コピーライターの私は、江戸時代の戯作者・北尾正寅こと山東京伝に惹かれ、資料を漁っていたところ、とんでもない幸運に出くわした。親戚の田島老人から譲り受けた資料が、なんと北尾正寅の初版本だったのだ。夢中になって漁っているうち、中に稚拙きわまる画文が混じっているのに気がついた。署名は弧人とある。同じ筆跡の日記もあったのだが、どうも日付がおかしい。
資料を漁っていたら不思議な記述にでくわし、次に現実に怪異な現象が…というパターン。高度成長期で活気あふれる昭和の雰囲気を、山東京伝が生きた時代の爛熟期に重ね合わせる着想は、当時のちょっとした流行だったのを覚えている。ミニスカートでソロの女性アイドル・シンガーなんてのも、今は絶滅しちゃったなあ。 - 幽タレ考
- 東日生命のCMは、大当たりした。そして、CMに出演しているタレント井沢貞一も、東日生命の顔とすら言える存在になっていた。ところが、その井沢がポックリ死んでしまった。おかげで東日生命は大パニック。広告代理店も交え連日の会議を繰り返していた。そこに、死んだはずの井沢がひょっこり現れ…
幽タレって何なのかと思ったら、幽霊タレントの略なのね。現代のTV業界に幽霊が出たら…という、アイデア一本勝負のユーモア、というよりギャグ作品。とはいうものの、その味わいはまさしくSFの真髄。会議に井沢が出てくるシーンから、そりゃもう大爆笑。いやあ、芸能界って、怖いところですね。 - 酒
- 酔っ払いの叔父が杯を重ねながら、博打に入れ込む甥に説教をくらわせる、という形式の小品。
うん、まあ、東京には誘惑が多いよね、色々と。 - 収穫
- 俺は映写技師だ。特にとりえもない、平凡な人間だ。いつものように仕事をしていると、突然人々が集団で憑かれたように、どこかに向かって整然と歩き出した。急ぐでもなし、喧嘩するでもなし。行儀よく並んで、一方向に向かって一目散に歩いていく。どこに向かうのかと思って後をつけると…
突然に訪れる、人類の滅亡。戦争でも疫病でもなく、静かに大人しく人々は消えていく。残された者は、それでも生き延びようと必死に足掻く。となれば思いっきりバイオレンスなアクションに…は、ならないのが、この人の作風。 - H氏のSF
- 「酒」同様、酔っ払いの会話で語られる小品。そもそも、SFってのは、我々が「あたりまえ」だと思ってる事を崩してみる所から始まって…
なにやら深遠な話だよなあ…などと思ってたら、やっぱり酔っ払いだった。このネタ、実話なのでは? - 虚空の男
- 小さな広告代理店で働いている私は、やっと大手クライアントのPレーヨンに食い込むチャンスを掴んだ。正攻法じゃで行ったら、資本とコネのある大手広告代理店には勝てない。一発勝負をかけるために、旧友のイラストレーター伊丹英一を訪ねたが…
「分を弁えろ」とは言うものの。それを早く悟る者もいれば、いい年になるまで悟れぬ者もいる。抗う者を称えるか笑うか。 - 組曲・北珊瑚礁(ノース・リーフ)
- 地球は、宇宙人に監視されていた。決して敵対的ではなく、親のような愛情を持って見守っていた。ある時、イタズラ心を起こした監視員が、ちょっとしたテストを思いつく。
半村良にしては珍しく、ベトナム戦争という物騒な時事ネタを織り込んでるなあ…などと思ったら。読了後の寂寥感・無常感は、この後に続く伝奇シリーズに似ている。 - 太平記異聞
- 太平記の千劒破(千早)城攻防戦にまつわる怪異譚。城を攻めあぐねた寄せ手の周囲には、遊女達が集まってきた。粗末な小屋を立て、谷あいなどに勝手に住み着く。その中に…
怖いような、本望のような。 - 解説 中島河太郎
- 要注意!解説は、読了後に読むこと。ネタバレしてます。決して、最初に読んじゃいけません。というか、ネタバレを避けるなり警告するなり、何らかの配慮が欲しかった。
最後の「太平記異聞」を除けば、すべて昭和の高度成長期の日本を舞台とした作品ばかり。今となっては、少し懐かしいような気もする。表題作や「虚空の男」などは、作者の自伝的な要素も強い。私は「幽タレ考」や「H氏のSF」の、トボけた味わいがたまらなく好きだなあ。
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