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2010年12月23日 (木)

ウイリアム・H・マクニール「戦争の世界史 -技術と軍隊と社会-」刀水書房 高橋均訳

 今回『戦争の世界史』で解明しようと企てるのは、人間同士の間のマクロの寄生のパターンにときどき生じる、同じく突発的な変化である。(略)万物の霊長である人間にとって唯一の重要なマクロ寄生体は同じく人間である。とくに、暴力行為の専門家となることで、自分が消費する食料などの生活物資を自分で生産しなくても暮らしがたつようになった人間である。したがって、人間同士のマクロ寄生を研究しようとすれば、その研究対象は軍隊組織にとどめをさす。  --序言より

どんな本?

 軍事技術の変化は、社会にどのような影響を及ぼし、社会がどう変化してきたか。そういう視点で、古代の青銅器登場から、現代の核ミサイルに至るまでを、豊富な資料を駆使して考察する啓蒙書。出てくる軍事技術も縦横無尽で、クロスボウや大砲などの兵器はもちろん、築城・塹壕などの土木工事、鐙や造船などの輸送・兵站用具から、傭兵や師団などの組織編制にまでおよぶ。その分、個々の兵器は概略程度の説明で済ませているので、兵器マニアには物足りないかもしれない。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は1982年の William H. McNeil, The Pursuit Of Power, Technology, Armed Force, and Society since A.D.1000, Chicago University of Chicago Press。日本語版は2002年4月5日初版1刷発行。A5ハードカバー縦一段組みで本文約520頁、ボリュームはたっぷり。専門書のわりに訳文はこなれてて意外と読みやすい、どころか、各章末のヒキが学者とは思えぬ巧みさで、「うおお、これからどうなるんだ~」と引きずり込まれて、ついつい読みふけってしまう。

どんな構成?

序言
第一章 古代および中世初期の戦争と社会
第二章 中国優位の時代 1000~1500年
第三章 ヨーロッパにおける戦争というビジネス 1000~1600年
第四章 ヨーロッパの戦争のアートの進歩 1600~1750年
第五章 ヨーロッパにおける官僚化した暴力は試練のときをむかえる 1700~89年
第六章 フランス政治革命とイギリス産業革命が軍事におよぼした影響 1789~1840年
第七章 戦争の産業化の始まり 1840~84年
第八章 軍事・産業間の相互作用の強化 1884~1914年
第九章 二十世紀の二つの世界大戦
第十章 1945年以来の軍備競争と指令経済の時代
 結論
 訳者あとがき
 原注
 索引

 目次を見ればわかるように、古代から現代に向け、世界史の教科書のような流れで話は進む。とはいっても舞台の多くはヨーロッパで、極東は古代で中国が、近年で辺境として中国と日本が出てくる程度。欧州の歴史では「七年戦争」とかが何の注釈もなく出てくるので、前提知識を仕入れる・Wikipedia を見ながら読む・諦めて読み飛ばす、などの覚悟は必要。ちなみに私は読み飛ばしました←をい

感想は?

 いやもう、おなか一杯。単に兵器の進歩が社会に与えた影響を書いた本かと思ったら、とんでもなく甘かった。いきなし兵站ですよ。

したがって、古代の帝王とその軍隊が直面した最も重要な限界は輸送と補給であった。

 「腹が減ってはいくさはできぬ」という言葉は真実なのですね。古代においては略奪でしのぐにしても、一度略奪した地方は、数年間荒野となるので、暫く作戦行動には使えなくなる。という事で、遠征の範囲は「首都から行軍しておおむね90日間を要する地点を境として、それより先の遠征は危険」となるそうな。馬や水路が需要なのは、そういう意味もあるのね。

 青銅の話も結構突っ込んでる。青銅を作るには銅と錫が必要なんだけど、その二つの産地は離れている場合が多い。大抵の場合は国内じゃ片方しか調達できないので、組織的に兵器を揃えようとするなら、何らかの形で交易が必要である、と。力だけじゃ帝国は維持できないわけです。

 感心したのがナッサウ伯オランニュ公マウリッツ(1567~1624)。軍で三つの改革をしている。まず、兵にシャベルを持たせ壕を掘らせる。マスケット銃の時代なんで、壕と塁壁が大きな効果を発揮した。次に、組織的な教練。火縄銃の動作を42の基本動作に分け、号令による一斉動作を反復練習させた。また行軍の規則を決め、兵の集団が組織的に動けるようにした。最後に、組織として550人の大隊を作った。これで大隊長の声が全員に行き渡る。
 教練で軍が強くなるだけでなく、兵の暇な時間が潰れるので、軍の規律が維持しやすくなると同時に、隊内の連帯感が強まる。軍の規律向上は国内治安を改善し、国富をめざましく増加させ、税収に頼る常備軍の維持を可能にしたそうな。

 教練で動作を共通化させるなら、兵器も標準化しなきゃいけない。客が定期的に一定量を買ってくれるなら、売る側も値引きを考える。これは兵器の費用を下げる反面、一度制式採用した兵器を、別の兵器に変えるのを難しくする。お陰で小銃の進歩は一休みする事と相成った。そういえば自衛隊のファントムの後釜、どうなるんだろう。

 …などと興味深いエピソードを書いていくとキリがない。おまけに章のヒキが見事。例えば第五章では、砲兵部隊が貴族制を基幹とする軍の組織を揺らがす予兆を描いた後、こう次章を予告する。

 じっさい、十八世紀の最後の十年間にあのように予期されないかたちで引き金がひかれた民主革命と産業革命の衝撃からは、いまだ全人類が立ち直れず、今なお足もとが怪しい状態がつづいているのである。したがって、人類の社会組織に生じたこれら双子の突然変異には、次の一章をまるまるあてて考察しなくてはならない。

 巧いったらない。この調子で、難しく専門的で広範囲な話題を扱いながら、巧みに読者の興味を惹いてひっぱっていく。ちなみに次章ではプロイセンの偉大な発明、「参謀本部」が語られます。

 分量は多いし歯応えも充分、手強いけど、それに見合うだけの面白さもぎっしり。じっくり読む時間がある人には、格好のお勧めの一冊。

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