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2010年11月 9日 (火)

山本周五郎「おたふく物語 楽天旅日記」新潮社 山本周五郎全集第三巻

「さむらいの御奉公は元もと命を捧げたものですから、御先祖の名を汚さず武士の道さえ踏外さなかったらそれで充分です。あの人はきっとお役に立って呉れたろうと信じますよ」  --花筵より引用

 花筵・おたふく物語・楽天旅日記の三篇よりなる、山本周五郎の時代小説集。ハードカバー二段組、本文8ポイントで320頁近く、結構読み応えがある。

花筵
 いかにも武家らしい堅苦しい家風の実家から、自由闊達で開けっぴろげな家風の陸田の家に嫁に来た、お市。世間で言われるような気苦労も少なく、お市は陸田の家にすんなりと馴染んでいた。そんな折、実家の母が病を得たとの知らせが入り、実家に顔を出すことになった。出かけようとする彼女に、義弟の久之助は妙な伝言を依頼する。
 出だしこそ春の明るい雰囲気だが、次第に暗雲が立ち込め、やがて怒涛の展開へと突き進む。新妻らしく初々しいお市が、大きく変転する運命の中で、心が揺らぎながらも踏ん張りつつ、題に象徴される強さ・したたかさを獲得していく過程がよいです。
おたふく物語
 「妹の縁談」「湯治」「おたふく」の三篇からなる、下町物の連作短編。発表は おたふく → 妹の縁談 → 湯治 だが、物語の時系列は 妹の縁談 → 湯治 → おたふく となる。
 おしずとおたかは仲のいい姉妹だ。傍から見れば二人は明るい働き者だが、大きな悩みがあった。次兄の栄二だ。幼い頃から貸本屋に出入りしていた栄二は、やがて妙な浪人者と付き合い始め、十八の時にはお縄となった。以後、ときおり家族の前に現れては、金品を強請っていく。そんなおたかに縁談が舞い込み、おしずは巧く話をまとめようと智恵を絞る。
 駄目な倅・栄二を可愛がり、真面目に働く姉妹からしぼり取る親って構図を、キチンと描いているのは見事。それでも妹の為に奔走するおしずが可憐で切ない。「なんとかしてやれよ、作者」と思わせて、「おたふく」へと繋げるのは見事。いや発表は逆順だけど。完結編の「おたふく」は、昭和の少女漫画もかくやと思わせる、明るい貧乳のドジっ娘とクールなイケメンによる、ベタベタに甘~い王道のラブ・ストーリーに仕上がってる。
楽天旅日記
 松坂出雲守の嫡男・順二郎には、己の意思というものがない。幼い頃から、「それではみんなの迷惑になります」と言われて育ったために、人に言われたとおりに動く性格になってしまった。そんな順二郎の性格を、跡目争いに利用しようとする者が…
 大吉田のお家騒動を廻り、東海道沿いに繰り広げられる群像活劇長編。度を越した無邪気さでひっかきまわす主人公・順二郎を始め、アクの強い登場人物が目まぐるしく続々と登場しては去っていく。口八丁で逞しい生活力を示す持家益造、凸凹チンピラ・コンビの銀ながし&鉄が岳、女狐然としたかつ女など、己の欲望に忠実な人物が実に活き活きとしている。いきなり筆者が読者に語りかけるなど大時代な仕掛けも、こういう娯楽色の作品では物語を盛り上げる効果があるなあ。

 「松風の門」収録の「湯治」の続きが気になり、完結編を含む「おたふく物語」が読みたくて借りてきた。楽天旅日記では、周五郎氏の娯楽作家としての一面が強く出ていて、意外と楽しかった。

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