川成洋「スペイン内戦 政治と人間の未完のドラマ」講談社学術文庫
本書は、『スペイン国際旅団の青春--スペイン内戦の真実』(福武書店、一九九二年)を定本とし、それに新しい資料を挿入したものである。 --学術文庫版あとがき
と、いうことで。スペイン内戦の全体を扱った本では、ない。国際旅団に焦点をあて、結集・結成から戦闘の様子、解散を帰国を経て、生存者たちのその後の人生を辿った本だ。旧書名の方が内容に相応しいと思うんだけどなあ。軍事的な方面の記述は大雑把で、銃や戦車の具体的な名称などは出てこない。その代わりに、議会や他国の干渉など政治的背景や、各兵士の志望動機や渡航経路などに中心を置いている。
そういう内容なので、フランコ側は「叛乱軍」と表記され、叛乱軍側の視点は、ほとんどない。基本的に、共和国軍側の資料を基に書かれている。それも、後方の司令部にいた指揮官や政治家の資料ではなく、前線で戦った兵卒の資料を丹念に漁っている模様。そのためか、著者の政治的姿勢も、決して共和国軍万歳ではない。拷問やゲルニカの虐殺など叛乱軍の残虐行為は勿論出てくるが、同時に共和国軍によるカトリック教会聖職者への虐殺や、共産主義者によるアナキストの弾圧、バルセロナでの内輪揉め、共産党によるパスポートの没収とソビエトへの横流しなど、共和国軍・国際旅団側の醜い側面も、容赦なく暴き出している。
文庫本で一段組み300頁ほど。一つの旅団の通史としてもいささか軽量ではあるが、いわゆる戦記とは趣を異にするので、しょうがないか。学者の書いた本にしては文章も硬くなく、意外と読みやすいので、読み始めればあっさりと通読できる。
第二次大戦の前哨戦となったスペイン内戦。フランコ将軍を筆頭とする叛乱軍は、職業軍人を中心としたため組織的な軍事行動に秀でており、またドイツやイタリアの積極的な支援を得たため、武装も優秀だった。対する共和国軍は、戦いに不慣れな市民が中心であり、作戦行動は稚拙だった。ソビエトから得たものの、武器も貧弱だった。僅かながら共和国側に与する職業軍人もいたが、兵卒から不信の目で見られ、充分な能力を発揮できなかった。
そんな共和国軍を支援するため、各国から若い義勇兵が集まり、国際旅団が結成される。兵の数こそ集まったが、その内情は烏合の衆そのもの。言葉も通じなければ信条も違う。ある者はファシストから民主主義を守るため、ある者は共産主義革命を信じて。言葉の問題を解決するため、それぞれの出身国を基準に隊が編成される。アメリカ人はリンカン大隊、フランスはエドガー・アンドレ大隊とコミューヌ・ド・パリ大隊、ドイツ人はテールマン大隊、という具合だ。
反ファシスト・アナキスト・社会主義者・共産主義者などの寄り合い所帯ではあったが、中でも最も組織的に動いたのは、ソビエトを後ろ盾とした共産主義者だった。フロント組織でその正体を隠しながら、反ファシストの義勇兵を各国で集める。脱走を防ぐため、応募した義勇兵からパスポートを取りあげ、その多くはモスクワに送られた。
義勇軍の訓練と武装は貧弱で、銃が与えられるのは、前線に送られる直前だった。たった五発でも、実弾演習ができれば幸運な方で、大抵は行進や匍匐前進など、形だけの訓練で前線に投入された。部隊には指揮官とは別に政治将校が送り込まれた。
唯一、記録が残っている日本人義勇兵、ジャック白井の生涯が切ない。孤児として函館で育ち、アメリカに渡航・密入国する。コックの腕を買われ日本食レストラン「島」で働き、「日本人労働者クラブ」に出入りするようになる。が、日本語が巧くないため朝鮮人と間違われ、孤立してしまう。アメリカ共産党が募る義勇兵に応募し、スペインに渡る。訓練基地や休暇ではスペインの子供とよく遊んでいた。ニューヨークでは「無口で」「孤独な」「腕っぷしに自信のある男」だったが、スペインでは「いつも笑顔をふりまく、陽気な男」「子供を可愛がる優しい男」と戦友から言われる。大隊付炊事兵となるが戦闘員を志望し、「銃を握るコック」として参戦、そしてブルネテにて。
塹壕のなかで疲労と空腹と渇きで士気喪失しかかった戦友を見て、白井がその食料車を動かそうとして反射的に塹壕から飛び出したとたん、敵の期間銃弾を受けて即死した。
ジャック・シライ、ジャパニーズ・アンチ・ファシスト
彼の勇気をたたえて
一九三七年七月十一日
人種も生い立ちも関係なく、裸の人間性が問われる戦場で、孤児という薄幸な生い立ちや不法入国者という劣等感から解放され、やっと本来の性格を取り戻せたんだろうか。
スペイン内戦の概要が知りたくて読み始めた本なんで、最初は予想と違う内容に「チ、外したか」と思ったけど、読み終えてみると、共和国側の意外な内幕が覗けて、案外と拾い物のような気がしてきた。とりあえずは、何でも読んでみるもんだなあ。
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