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2010年11月29日 (月)

黒葉雅人「宇宙細胞」徳間書店

「ところがその我が日本が大金払って実際に掘っている場所は、大陸の奥深く、しかも獲物はなんと、ただの氷」
「ちゃうぞ。百年前の氷や」

どんな本?

 南極の氷層奥深くに潜んでいた古代の生物が復活し、暴れまわる…と聞けば、「おお、遊星からの物体Xか」と思うだろう。ところがどっこい、敵は感染して増殖するんだ…となれば、「ほお、ゾンビかバイオハザート?」と思うかもしれない。ところがどっこい、物語は読者の予想の斜め上を行き、しまいには宇宙の彼方へカッ飛んで行く。
 奇想天外という意味では、ある意味バリトン・J・ベイリーすら凌ぐお馬鹿SF。読者の予想を大幅に上回るスケールで事態が進展し、終盤では奇想天外で無茶苦茶なアイデアが次から次へと繰り出され、この世の果てまで突っ走る。「SFバカ本」シリーズが好きな人なら、きっと気に入ると思う。

いつ出たの?分量は?読み易い?

 2008年9月30日初版、ハードカバーA5縦組みで本文約320頁。分量はともかく、文章がひどく読みにくい。下手と言うより、拙いのだ。小手先の技を弄した結果、読みにくくなったというより、素人が熱情の赴くまま書きなぐり、ロクな推敲もせずに書籍にしてしまった、という感がある。句読点の使い方や、修飾語の位置がおかしいのだ。つまりは単なる経験不足で、少しコツを覚えるなり、編集が推敲に協力するなりすれば、だいぶ違うだろうに、なんで改稿せずに出しちゃうかなあ。

どんなお話?

 氷床掘削技術者の伊吹舞華は、南極での掘削作業中に異様な光景を見る。掘削したサンプルに誤って指先が触れてしまった同僚の三浦直巳が、躊躇いもせずに触れた自分の指を切り落としたのだ。それを厳しい目つきで見つめる、海上保安庁の海洋情報部員の中野。三浦と中野は、何か重大な秘密を共有しているらしい。

 その秘密とは、未知の生物だった。場面変わって帰還の砕氷船。ゾンビよろしく憑依された多数の乗員・乗客が、伊吹舞華に襲い掛かる。なんとか難を逃れた報道記者の目黒丈二と共に、舞華は生存の道を探る。

 と、ここまで50頁ほど。こう書くと、ゾンビ vs 舞華って構図のホラーのようだが、この後の展開が二転三転。最終的には「2001年宇宙の旅」を思わせる展開で、宇宙と生命の秘密へと迫っていく。その過程で、一見マトモそうなモノから、いかにもアヤシゲな「ジャンケン理論」まで、惜しげもなく豊富な奇想・アイディアをぶちまけてくる。まさしくワイドスクリーン・バロックそのもの。、序盤こそホラー仕立てであるけれど、話が進むに従ってアイデアの奔流は量と速度を増し、怒涛の勢いで読者に眩暈を起こさせる。

で、感想は?

 いろいろと、極端な作品。

 お話そのものは、文句なしに面白い。確かに万民向けとはいい難い。科学的にも出鱈目だし、論理的にもアラは目立つ。けれど、狂ったアイデアや変なガジェットが大好きで、スケールが大きなSFが読みたい人にとっては、「俺は、こういうSFが読みたかったんだあぁ~!」と叫びたくなる、感謝感激鼻血ドバドバな仕掛けが続々と出てくる。中盤あたりから予想を裏切ってエスカレートする展開の連続で、「ここまで大風呂敷広げて大丈夫か?」と不安になるぐらいだ。実際には風呂敷を畳むどころか、風呂敷なんてどうでも良くなってしまう。きっと呆れると思う、いろんな意味で。こういう、お馬鹿で元気のいいSFは大好きだ。作者が楽しんで書いてるのが伝わってきて、それもまた面白さを盛り上げている。

 反面、文章の拙さも突出している。悪文なんじゃない。拙いのだ。足りないのは才能じゃない。経験と推敲が、圧倒的に不足している。とまれ、こういうのは、そう単純な問題じゃないのかな、とも思う。経験の少ない素人だからこそ、怖い物知らずで馬鹿馬鹿しいアイデアを大量に惜しげもなく投入できるのかも知れない。面白さは文句なしなんで、今後も好きな物をひたすらブチ込んで、やりたい放題に書き散らかしてくれるといいなあ。

 選評で「人間が書けてない」みたいな事を言われてる。まあ、確かに、そういう部分はある。お話にもアラはあって、なんか思わせぶりな人物が跡形もなく消えちゃったりする。けど、いいじゃん。SFなんだから。もっと割り切って、人間なんか書割でいい。それより、どこまでアイデアを詰め込めるか、どこまで奇想天外な発想ができるかを追求して欲しい。技よりパワーで圧倒する作品を期待してます。

関連項目

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