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2010年11月26日 (金)

白山晰也「眼鏡の社会史」ダイヤモンド社

一般民衆は衣装にも大いに驚嘆したが、眼鏡に対する人々の驚嘆は比較にならぬほど大きいものであった。そして司祭が道を通過した(際)、彼らは目撃したことを十分熟考し得なかったので、数人の単純な人々は、伴天連には眼が四つあり、二つは皆が本来持っているふつうの位置に、他の二つはそれから少し外にはずれたところにあって、鏡のように輝き、恐るべき見ものであると確(しか)と思い込んだ。

どんな本?

 昨日の「メガネの文化史」が、西欧における眼鏡の歴史を綴った書物なのに対し、これは日本における眼鏡の歴史を辿っている。その過程で多くの文献を漁っているんだが、お堅い公文書から商家の取引記録は勿論、職人尽絵や黄表紙など庶民的な絵本を豊富に引用していて、当時の人々の暮らしぶりが活き活きと伝わってくる。「眼鏡がどのように普及してきたか」という文化史的な側面が中心で、技術・工学的な記述は控えめ。

いつ出たの?分量は?読み易い?

 1990年11月29日初版発行。A5大のハードカバー、縦一段組みで本文約310頁。文献からの引用が多いのでスラスラというわけにはいかないが、まあ本の性格上、仕方があるまい。江戸時代を扱う中盤以降、黄表紙や浮世絵などで、眼鏡をかけた人物の図版を豊富に掲載してて、これが実に楽しい。

どんな構成?

第一部 伝来
 第1章 眼鏡の誕生
 第2章 南蛮文化との出会い -- 眼鏡の伝来
 第3章 家康と望遠鏡
第二部 事件
 第4章 日蘭貿易と眼鏡
 第5章 日中貿易と眼鏡
第三部 絵画・文芸における諸相
 第6章 近世風俗画における眼鏡の諸相
 第7章 近世文芸における眼鏡の諸相
第四部 産業・広告
 第8章 近世産業の発展と眼鏡
 第9章 眼鏡製作の技術
 第10章 近世産業開花の魁
 第11章 江戸・明治時代の眼鏡広告
第五部 流行・普及
 第12章 眼鏡の流行と普及
あとがき

 眼鏡そのものの発生については十数頁の第一部で軽く流し、速攻で本書のテーマである日本での眼鏡の歴史に入っている。この構成はスピード感があって気持ちがいい。貴重品だった時代は、家康や家光など上級武士ばかりが登場して、いかにも堅苦しい雰囲気なのが、第三部以降は職人や商人などの庶民が続々と紹介され、一気に親しみやすい雰囲気になる。

で、どう思った?

 冒頭の文章は、フランシスコ・ザビエルによって日本にもたらされた眼鏡が、当時の人々に大きな衝撃を与えた様子の記録で、ルイス・フロイスの「日本史」からの引用。当初は珍奇な物でしかなかったが、そこは武家政権。望遠鏡の軍事的価値を見抜き、家光は日光にまで持ち込んでいるし、島原の乱でも松平伊豆守がオランダ商館長から望遠鏡を借りている。

 暫く眼鏡はポルトガル・オランダからの輸入に頼っている。輸入量の変転を、「唐船輸出入品数量一覧」などから丹念に拾い上げている。この辺の眼の付け所は、商人である著者らしい(著者は東京メガネ社長)。

 先の松平伊豆守のエピソードも、「同じキリスト教徒に対し、オランダ人が敵対するか否かを見極める踏み絵でもあった」など、ちょっとした歴史の視点を紹介するなど、眼鏡を中心としながら、当時の社会背景も併せて解説していて、コレが本書の大きな魅力となっている。

 こういった歴史の薀蓄は随所に出てきて、他にも好色一代男で望遠鏡を効果的に使った場面を紹介し、その背景として、当時の商家が江戸・大阪間で、金銀や米の相場を8時間で伝達した手法の解説も面白い。一種の光通信だね。ちょっとキース・ロバーツのパバーヌを思い出した。

 江戸時代の「買物案内」のアイデアにも感心した。つまりはタウン誌で、商店から掲載料を取って儲けている。こういう商売って、昔からあったんだなあ。

 専門的な本のわりに、レイアウトに独特の工夫があったのが嬉しい。本文は普通の縦組みで、脚注が頁の下に横組みで入っている。誌面に変化があるので、見ていて飽きない。作るのは大変だろうけど、読者にとっては有り難い工夫だった。

 豊富な図版の一部は著者の所有物らしく、著者の「ドヤ顔」が垣間見えるのが少々かわいいかも。こういう好事家がニッチな本を活発に出版できるのは、いい時代だと思う。

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