ジョン・スコルジー「老人と宇宙4 ゾーイの物語」ハヤカワ文庫SF 内田昌之訳
わたしはゾーイに顔をもどした。「ところで、どうやってオービン族からこんなものを手に入れたんだい?」
「最初は説得して、つぎに交換条件をだして、それから泣きついたの。おしまいにはかんしゃくをおこしたわ」 ジョン・スコルジー 老人と宇宙3 最後の星戦 より引用
まさか「老人と宇宙」シリーズが、ロアノーク青春白書になるとは…と思わせておいて、最後は娯楽SFの王道「爽快で壮大なジュブナイル」に落とす。いやもう、お見事。主人公ゾーイは10代の美少女でお姫様とサービス満点。口は減らないし目つきは悪い、おまけに男を尻に敷くタイプだけど。
文庫本で約500頁。内田さんの訳は、こういう王道の娯楽SFにはピッタリ。視点は主人公のゾーイ固定、時系列も一直線、舞台もほぼ固定で混乱もなし。シリーズ物の外伝という位置づけではあるけど、必要な背景は本書に説明があるんで、これだけ読んでも充分に楽しめる。ただ、本編の重大なネタをバラしてるんで、これを読んじゃったら本編の楽しみが減ってしまう。できれば素直にシリーズ始めの「老人と宇宙」から読んで欲しい。
75歳以上の老人だけが志願できる宇宙軍を舞台にし、めでたく3巻「最後の星戦」で完結したジョン・スコルジーの爽快なスペースオペラ・シリーズ、「老人と宇宙」。あの最終巻を、養女ゾーイの視点から描いたのが、この「ゾーイの物語」。今までのシリーズが体だけは若い年寄りを主人公にしているのと対照的に、この物語の主人公は10代前半の少女。それだけに全編に若々しさが溢れてる。
宇宙は、多数の異星人が会い争う戦場だった。その中で、人類のコロニー防衛軍も必死に戦って生き延びてきた。人類の将兵は遺伝子を操作し、緑色の肌をしている。
知性はあっても意識を持たないオービン族。人類であるゾーイの父親はオービン族に知性を与えたが、戦乱でゾーイを残し死んだ。オービン族は残されたゾーイを崇め、彼女から「意識」を学んでいる。
コロニー防衛軍を退役したジョンとジェーンは、結婚してゾーイを引き取り、植民惑星ハックルベリーで過ごしていた。しかし、新しい植民惑星ロアノークへ、指導者として移民する羽目になる。
全三部構成で、最初の二部は移民船と植民惑星の青春物。主人公ゾーイは親の躾がいいのか(←をい)、とにかく口が減らない。明るく元気で陰謀大好きな少女。彼女の親友グレッチェンも、ゾーイに負けず劣らず頭の回転が早く口が悪い。このゾーイとグレッチェンの息の合ったコンビネーションと丁々発止のやり取りが、この物語の大きな魅力のひとつ。
ゾーイとカップルになるエンゾは、詩を愛する大人しい少年。もちっと嫌味な奴なら「エンゾもげろ」と言いたくなるんだが、彼の友達思いな所は、どうにも憎めない。ゾーイとの関係も完全に尻に敷かれてて、「まあこれなら許してやろう」って気分になる。エンゾの親友マグディは、血の気が多いトラブル・メーカー。このまんま最後までいい所なしで終わるかと思ったら、一応彼にも見せ場はあった。
そんな四人の恋と友情と冒険の物語が、全体の7割近くを占める。親が老成しているせいか、仲良しグループじゃゾーイがリーダー格でグレッチェンが副官って感じかな。マグディが反乱軍でエンゾが仲介役。これじゃ男性軍に勝ち目はなく、たいてい女性軍の圧勝で終わる。まあ、出会いがアレじゃ、どう考えても不利だよね。内心も完全に見透かされてるし。
…などと爽やかな青春物で終わるはずもなく、最後はゾーイの大冒険となる。オービン族との数奇な因縁を背負ったゾーイが、土壇場で下す壮絶な決断。やっぱり、若者が主人公のSFはこうでなくちゃ。
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