池内紀「幻獣の話」講談社現代新書
たとえば一寸法師だが、それはしばしば権力者のかたわらにいる道化として、ふつうの人間の及びもつかない特権を享受してきた。お伽噺にはいろいろなフリークスが出てくるが、彼らはたいてい、夢のような幸運にめぐまれる。あるいは畸形のおかげで並の人間には閉ざされている世界へと入っていける。いいかえれば「選ばれた者たち」であり、地上のもうひとりの王なのだ。
古より人が想像で作り上げてきた、怪物や妖怪・化け物・珍獣などの紹介を中心に、それを創り上げた人や、伝えられた過程などをからめたエッセイ。幻獣が登場する書物や、畸形に拘った作家なども随所に出てきて、ちょっとしたブックガイドとしても楽しめる。
新書版で約200頁。多少、文章が硬い部分もあるし、古典の引用もあるが、テーマがテーマだけに、あまりスラスラと読めてはかえって雰囲気が壊れるだろう。図版も多く、ほぼ独立した全10章に分かれているので、気に入った部分だけを拾い読みしてもよい。
1.一角獣 --マルコ・ポーロが見たもの
2.アジアとヨーロッパ --幻獣という知の遺産
3.不思議な生きもの、不思議な人 --狂気と文学のあいだ
4.幻獣紳士録Ⅰ
5.幻獣紳士録Ⅱ
6.百鬼の奇 --日本の幻獣
7.霊獣たちの饗宴 --日光東照宮の場合
8.中国の宝の書 --「山海経」入門
9.私という幻の獣 --寺山修司の夢
10.ゴーレムからロボットへ --二十世紀の幻獣
いきなり冒頭からマルコ・ポーロの伝える怪物のネタをあっさりバラし、「なるほど」と読者を納得させて、幻獣の世界に引き込む仕掛けは見事。「長さ15メートルの大蛇で頭部近くに二本の短い脚がある。脚には脛がなく三枚の爪がある。爪は獅子やタカの爪に似ている。頭は巨大で口も人を丸呑みできるぐらい大きく、歯もまた巨大」。はてさて、この怪物の正体は?
次は少し簡単かな?スマトラの一角獣。象より小型。毛が水牛に似て足は象に似る。額の中央に大きな黒い角がある。泥沼が好きで、大抵は泥にまみれている。ヨーロッパで信じられている一角獣とは大違い。…足が象に似て水辺が好きな一角獣。判りますね。
6章、二本の幻獣の項に出てきた、二人の画家が印象に残る。
一人は高井鴻山(こうざん)。信州小布施の人で1806~1883。豪商の家に生まれ多趣多芸。一方家業でも財を保ち、天保の飢饉では自家の蔵を開け窮民を助ける。幕府や明治政府にも、地に足の着いた堅実な視点で建白書を多く送る。70才を過ぎてから妖怪変化ばかりを描く。
もう一人は小川芋銭(いもせん)、人よんで「カッパの芋銭」。カッパを好んで描き、自分でも信じていたらしい。四十を過ぎて日本画らしきものを描き始め、くり返し旅に出た。終始、時流から逸れて傍流の画家だった。
もうひとつ、やっぱり興味深いのが7章の日光東照宮。眠り猫と鳴き龍と逆柱ばかりが有名だけれど、実は八百あまりの霊獣が刻まれているそうな。家光と家康の因縁なども語られていて、オカルトなシロモノが歴史のド真ん中で大手を振ってまかり通っていたんだなあ、などと妙な感慨に浸ってしまった。
読了後、思わず近所の図書館の蔵書データベースでホルへ・ルイス・ボルヘスの「幻獣辞典」を探してしまった。ちゃんと登録されてる。今度、借りてこよう。
| 固定リンク
「書評:ノンフィクション」カテゴリの記事
- アダム・オルター「僕らはそれに抵抗できない 『依存症ビジネス』のつくられかた」ダイヤモンド社 上原裕美子訳(2025.09.26)
- ジョシュア・グリーン「モラル・トライブス 共存の道徳哲学へ 上・下」岩波書店 竹田円訳(2025.08.05)
- クロード・スティール「ステレオタイプの科学 『社会の刷り込み』は成果にどう影響し、わたしたちは何ができるのか」英治出版 藤原朝子訳(2025.07.27)
- キャス・サンスティーン「同調圧力 デモクラシーの社会心理学」白水社 永井大輔・高山裕二訳(2025.06.27)
- 石川浩司「『たま』という船に乗っていた」ぴあ(2025.05.28)


コメント