ホルヘ・ルイス・ボルイヘス&マルガリータ・ゲレロ「幻獣辞典」晶文社 柳瀬尚紀訳
本書を覗いてみる者は誰しも気付くように、夢の動物学は創造主の動物学よりずっと貧しい。 --1957年版序より
西洋はもちろん、中国・日本・南米・アラブ・アフリカなどに伝わる、架空の生物を集めた辞典。有名なケンタウロスやスフィンクスは当然、ペリカンや「中国の狐」など実在の動物に変な属性を加えたモノや、饕餮なんてマニアックなシロモノから、「ポオの想像した動物」なんて小説に登場する生き物まで載っている。
ハードカバーで220頁ほど。それぞれの化け物を、1~2頁で紹介する形になっているので、興味のあるところだけをつまみ食いしてもいい。時折、モノクロのイラストが入っている。ただ、文字が小さいのが年寄りにはキツい。8ポイントかな(普通は9ポイント)?文章はあまり読みやすいとは思えないのだが、不思議とスラスラ読めた。
いきなりア・バオ・ア・クゥーとか出てきて、なんじゃいと思ったら、千一夜物語に出てくるインドの化け物なのね。鳥坂さんを助けてくれる小人さんはブラウニーって言うのかあ。ケルベロスの頭は、最初は50個だったのに、次第に数が減って3個になったんだ。
「エルフは北欧の産である。小さくて性悪だという以外、彼らについてはほとんど知られていない」そうなんで、背が高かったり耳がとんがってたり巨乳だったりするのは、以後の作者によるアレンジなのですね。「地上には、神の前にこの世を正当化する使命をおびた正しき人間が三十六人いる、またつねにいた」とあるウーフニックの項は、まんまR.A.ラファティの小説みたいだ。
中国の四霊獣って、虎と亀と鳳凰と竜だと思ってたけど、これだと一角獣(麒麟)と亀と鳳凰と竜になってる。そういえば、西洋の竜は悪役だけど、中国だと英雄を竜に例えるように、むしろベビーフェイスだよね。しかし麒麟が一角獣かあ、言われてみれば確かにそうだけど。「墨壷の猿」とかの意味不明っぷりは、聊斎志異にもありそう。
ペリカンは、「これは雛をたいへんに愛し、彼らが巣のなかで蛇に殺されているのをみると、自分の胸を掻きむしり、その血を浴びさせていき返させる」そうな。どこからそんな連想をしたのやら。まあ日本や中国の狐が化けるってのも、人が勝手に付け加えた性質だけど。
「イギリス生まれの天使は政治好きの性向をみせ、ユダヤの天使は小間物類の商いをしたがる。ドイツの天使は部厚い書物を持ち歩き、何かを答える前にそれを参照する。回教徒はモハメッドを崇拝するので、神は彼らに預言者の姿をした天使を授けた」って、ジョークかい。
…などと、感心したり呆れたり。我々が良く知っている地震を引き起こすヤツが少し変形してたりして、それもまた楽しい。当然、日本の誇る最強の怪物、八岐大蛇も載っております。SF者としては、異星人辞典が欲しい、などと痛切に思ったのでありました。
化け物で有名なのはグリフォン。まんま、Gryphon というバンドがあります。英国の民謡風のプログレ。
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