アーサー・C・クラーク「楽園の日々 アーサー・C・クラーク自伝」早川書房 山高昭訳
- 第一法則 著名だが年配の科学者が、なにごとかが可能だと言えば、それはまずまちがいなく正しい。しかし彼が不可能だと言えば、たいていの場合は間違っている。
- 第二法則 可能性の限界を知る唯一の方法は、それを超えて不可能の段階に入ることである。
- 第三法則 充分に進歩した技術は、魔法と区別できない。
SF作家アーサー・C・クラークが、アメリカのパルプSF雑誌「アスタウンディング」の歴史と、それにまつわる自らの人生や、SFおよび科学・ロケット技術の歴史を振り返ったエッセイ集。アスタウンディングとの出会いから、現代までという流れなので、「アーサー・C・クラーク自伝」との副題は間違いじゃないにせよ、微妙に違う…ような気もするけど、面白いから、まあ許す←偉そうだな、俺
ハードカバー一段組みで330頁ちょい。文章は軽妙で皮肉が利いてる。山高さんのお行儀がいい文章は、クラークのユーモアとすこぶる相性がいい。「うはは」と笑いながら、アッという間に読み終えてしまった。昔から私は「エッセイはアシモフよりクラークが上」と思ってたけど、これを読んで、その理由がわかった。ギャグの波長がピッタリ合致するからなんだ。例えば、こんな一文。
知識人とは、自分の知能を上回る教育を受けた者である。
いかにもイギリス人なこのセンスがたまらない。ヴァン・ヴォクトの「イシャーの武器店」のテーゼ、「武器を買う権利は、自由になる権利である」にムカついた経験を告白しつつ、こう続ける。
SFの最大の真価の一つは、長年の信条に挑戦し、外界がかならずしも自分の希望や期待と合致するものではないことを、憤怒が静まったあとで読者に認識させるところにある。それは人に考えることを強いる--
SF者なら、「我が意を得たり!」と盛んに拍手するだろう。有頂天にさせておいて、こう落とすんだからたまらない。
--だからこそ、これほど多くの人に嫌われるのだ。
この章では、多くの人が共通して持つ思想・信条に対し、見事なアンチテーゼを示し挑発する名人として、ヴォクトの他に、ジョン・W・キャンベルとR・A・ハインラインを挙げている。確かにハインラインは巧い。「宇宙の戦士」の「帝国は拡張し続けなければならない」というテーゼに反論するのは難しい。
人物評も皮肉が利いている。強力なリーダーシップを発揮した名編集者ジョン・W・キャンベルの紹介は、見事に彼の性格と能力を伝えている。
…実際に編集者としてトレメインのあとを継いだのは1938年5月になってからだという。しかし、おそらく建物に入って約五分後には事実上の編集長になって、1938年1月号に掲載された記事に多少の責任があることはほとんどまちがいないと、ジョンを覚えている誰もが賛成するだろう。
時代は第二次大戦から冷戦に跨る時期。今でこそSFは世間でそれなりの認識を獲得したけど、当時は蔑まれるパルプ雑誌。そこに、間近に実現する軍事技術、即ちロケットと原爆に関する、あまりに正確な情報が載っているんだからたまらない。キャンベルは秘密漏洩を当局に疑われ、取調べを受けたとか。そこは聡明で傲岸不遜な彼のこと、見事にとっちめたというから爽快極まりない。
人物伝では、オラフ・ステープルドンが興味深い。「スターメーカー」「最後の、そして最初の人間」という究極のSFをモノにした彼が、「"サイエンス・フィクション" という言葉を聞いたことがなく、SF雑誌を見たことさえなかった」というのが凄い。まあ、下手にSF作家と付き合ったら、何を言われるかわからないから、それで良かったのかもしれない。あんなアイデアもスケールもぶっ飛びの大傑作を書かれちゃったら、次に書くネタが残らないじゃないか。
かび臭い思い出話ばかりのようだけど、ロケットや原子力利用を夢み、その実現を目の当たりにした人だけに、現代の技術にも新鮮な驚きと喜びを感じている。ここではワードプロセッサとマイクロフィルムだが、今の携帯電話やWWW、そしてGPSに対する、彼のコメントを是非聞いてみたい…最早不可能になってしまったけれど。
メカーノの話も、他人事ではない。要は組み立て玩具なのだが、クラークが幼い頃から流行っていた。ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル1978年クリスマス号に、"初老メカーノ症候群" なる症状が出ているそうな。裕福な中年層が罹患し、幼い頃の希望が満たされなかった末に、大きなメカーノ・セットを買ってしまうのだそうだ…なんか、どっかで聞いたような話ですね。
古典SFのブックガイドとしても優秀で、ラヴクラフトやE.E.スミスを魅力たっぷりに紹介している。だが、ひとつだけ欠点がある。アシモフの名前は頻繁に出てくるが、作品の紹介がない。困った爺さんだ。
ラグランジュ点の話題も少し出てくる。日本の若い男性の多くが、「サイドn」の名でそれに深く馴染んでいると聞いたら、彼はどう思うだろう。この国の将来が楽しみでしょうがない。長生きしなくちゃね。
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