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2010年10月17日 (日)

チェスター・マーシャル「B-29日本爆撃30回の実録」ネコ・パブリッシング 高木晃治訳

私たちは何だか、ひどく傷ついて歯向かうこともできない死にかけた虎の上を飛んでいるような気がした。どうして敵は復讐のために戦闘機の群れを上げて撃ち落しにこないのか不思議だった。われわれを恐れているのだろうか?今、機は高度六〇〇〇フィート(七九三〇メートル)に単機でいるのだから、鴨が座っているのに等しい。防御するにも機関銃だけなのだ。もし、攻撃を仕掛けるのが怖いのなら幸いだ。本当はわれわれこそ戦闘機が怖いのだから。

 副題に「第2次世界大戦で東京大空襲に携わった米軍パイロットの従軍記録」とある。まさしくその通り、B-29のパイロットとして従軍した下級士官の従軍日記。モノクロだが写真も豊富に掲載されている。B-29の機上から撮った写真が多く、上空から見た富士山には、ちょっとした感慨を受けた。

 ハードカバーで340頁ちょい。文章は素人とは思えぬほど読みやすい…と思ったら著者紹介を見て納得、退役後は新聞・出版業界に勤め、退職後は著述に専念とある。プロなのね。納得。訳文も原文のアメリカン・フレイバーをかすかに残す自然な文章で、軍事物にありがちな堅さはない。原文のヤード・ポンド法の距離や重さの記述を、カッコつきでメートル法を補ったのは訳者の配慮だろうか。実にありがたい。時系列も終戦まで一直線だし、視点も著者に固定で、わかりやすい。その気で読み飛ばせば、あっさり読み終えられる…冷静に読めれば。

 私は基本的に娯楽として本を読んでいるんだけど、この本は動揺してしまい、冷静に評価できない。さすがに空襲を体験した世代ではないが、それでも他人事とは思えないんだ。レン・デントンの「爆撃機」も小説とはいえ戦略爆撃がテーマだが、舞台が欧州なので客観的に読めた。舞台が変わり日本が爆撃される側になっただけでこれほど動揺してしまうのは、それだけ私の想像力・共感能力が不足してて、人の身になって考える能力が無いせいか、などと思うと、更に動揺してしまう。

 それもこれも、この本が臨場感たっぷりで、登場人物が生き生きしているのがいけない。内容は、大きく分けて二つのシーンに分かれる。基地での日常生活と、実戦のシーンだ。この日常生活が良く出来ていて、著者や戦友たちが、いかにもイタズラ好きで元気な明るい普通のアメリカの若者らしく、眼前に迫ってくる。

 宿舎の裏手に、溜まり場にするコテージを、仲間と一緒に組み立てる。手投げ弾を海で爆発させ、浮いてきた魚を取って飯のオカズにしようとする。陸兵と航空隊員・陸軍と海軍と海兵隊といえば、組織としてのライバル意識がありそうなもんだが、著者と愉快な中間達は、そういった対抗心と全く無縁で、何の屈託もなく打ち解けている。基地のジープを管理する陸兵には、こっそりB-29の遊覧飛行を提供する代わりに、基地周辺のドライブにジープを調達してもらう。水兵にはウイスキーを提供する見返りに、アイスクリームをせしめる。地元の知り合いの海兵隊の軍医には、若くて可愛い看護婦を紹介してもらい、パーティではしゃぐ。

 残念ながら、そんな平和な日常ばかりではない。基地はサイパンで、著者が到着した1944年には、まだ日本軍の兵が残っている。夜間や明け方には、残った兵が基地に突撃を仕掛けてくる。米兵のフリをして食事の列に並ぶツワモノもいたそうだ。正体がバレた原因が笑ってしまう。米軍の服を着ていたのだが、あまりにキチンと着ていたため怪しまれたとか。空襲もあり、レーダーを避け低空から侵入した一式陸攻が、整備中のB-29を相当数破壊している。著者にとっては怖い空襲だが、日本人読者としては思わず応援したくなる。なまじ著者が普通の若者だけに、どうにも複雑な気分になってしまう。

 肝心の日本本土空襲は、大変な長距離飛行になる。サイパンから日本本土まで2400km。往復で5000km近く、B-29でも二つの補助燃料タンクが必要で、飛行時間は13時間に及ぶ。著者の初出撃の時、硫黄島は陥落しておらず、往復の燃料はギリギリだ。やはり硫黄島で日本軍が頑張っている影響で、戦闘機の援護もない。燃料を節約するため、海上は高度600mの低空を飛び、日本沿岸300~400kmで高度8000~9000mに上昇する。高空は零下34℃で、与圧しなければ呼吸も出来ない。与圧されていない区画で肌が直接金属に触れれば、貼り付いてしまう。

 日本人にとってB-29は超高空から侵入してくるので手が出せないように思えるが、意外とそうでもない。対空砲は盛んに着弾するし、邀撃の戦闘機もされる側からすれば恐ろしい。屠龍・飛燕・鍾馗・月光など、次々と襲いかかってくる。機銃ばかりか、体当たりまでしてくる。この辺も、日本人としては、実に複雑な気分になる。焼夷弾による市街攻撃は上昇気流を引き起こし、爆撃機の飛行も不安定にさせる。人肉の焼ける匂いがした、と著者は書いている。

B-29が計画的に都市や工場を破壊し、人を数千人単位で殺戮しており、これによって日本人の継戦意思はきっと沮喪するはずだ。

 と、著者は自分が何をやっているのか、充分自覚している。が、しかし、文章はあくまで冷静に、事実を記す事に徹している。多くの戦友を失っているが、悲しみに浸る部分は少ない。勝手な想像だが、著者は意識して人生の明るい面に目を向けるタイプなのかも。そうでなければ、生き延びるのは難しかっただろう。

 戦略爆撃を指揮するカーチス・ルメイの方針により、飛行高度は次第に低くなり、爆撃機隊の任務は過酷になっていく。それでも、30回の出撃で生還すれば退役できる、という希望にすがり、著者を含めた11名のクルーは出撃を繰り返す。

 付録の「ハローラン航空士日本訪問記」が、この本の大きな救いになっている。日本上空で墜落し、捕虜として終戦を迎え、後の2000年に来日して当時の関係者と面会した、B-29搭乗者の記録だ。これを付録としてつけた、訳者と出版社の気配りに感謝したい。

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