アルフレッド・ベスター「ゴーレム100」国書刊行会 渡辺佐智江訳 ジャック・ゴーガン絵
「ワシのごとくたくましく!ハゲタカのごとくすみやかに!行け!行け!ゴー!ゴー!死体(ネクロ)カルチャー!」
思いっきり下品で猥雑で変態。途方もなく混乱したゴミと宝石の混合物。絶倫的な想像力とテクニックを誇るアルフレッド・ベスターのプロデュースによる、読者の体力と生命力を試す、サービス満点な悪夢のマラソン障害物競走。正直に言います。私は200頁程度で息切れしました。なんとか最後まで到達したけど、果たしてベスターの真意の何%を理解していることやら。
ハードカバーの一段組みで約480頁。分量もさることながら、文章も濃厚かつ奔放で、とてもスラスラ読めるシロモノではない。「虎よ!虎よ!」の頃から言葉遊びに凝っていたベスターが、この本では溜まったモノを吐き出すかのように、タイポグラフィーから譜面やイラストと、やりたい放題やっている。これを訳した渡辺氏もさることながら、編集・組版した国書刊行会と明和印刷の苦労がしのばれる。
時は22世紀。場所はガフ。無秩序に拡張したニューヨークが、ボストンからアトランタまでを侵食した、悪徳の栄える未来のソドムとゴモラ。水が貴重品となったガフには悪臭が立ち込め、それを誤魔化すために香水産業が躍進する。街路には貧民が群れてスプロール化し、強姦・殺人・薬物犯罪は日常茶飯事。しかし上流階級は安全なマンションで、有り余る財力にモノをいわせ、安全とあらゆる贅を貪っている。
事の起こりは、そんな金持ち向けのマンションの一室。女王リジャイナと友人、合わせて8人の美女が集った。暇を持て余した彼女たちは、悪魔を呼び出す儀式を試す。ラテン語で、中世フランス語で、ヘブライ語で。祈祷文を、典礼文を、誓約の言葉を唱える…が、何も起きない。少なくとも、彼女たちの部屋では。
その頃。ガフの街では、一人の女がゴミの中で壮絶に命を奪われていた。警察が現場に駆けつけた時、彼女は縄で手足を縛られながら、カツオブシムシの大群に、生きながら食われていく。彼女が絶命した時、縄とカツオブシムシは忽然と消え、死体だけが残っていた。
次々と起こる奇怪な殺人事件と、それを追う三人の男女。街の治安を預かる敏腕警察官インドゥニ。躍進した香水企業 CCC でヒット商品を次々と開発する天才化学者、フレイズ・シマ。シマのスランプ脱出を依頼された黒人女性の精神工学者、グレッチェン・ナン。
…という連続殺人事件の謎が本筋ではあるけど、そこはベスター。お話はアッチに飛びコッチに脱線しで、複雑怪奇に絡まりあう。というか、場面を転換するゴトに出てくる、ガフの風景のビジュアルが、ひたすらマッドで唖然としっぱなし。冒頭の8人の美女が集う、リジャイナの部屋の淫靡で背徳的な場面から一気に引き込まれてしまった。すんませんね助兵衛で。グレッチェンがPLOのオフィスを訪ねるシーンも、凄まじい論理のアクロバットが展開され、気がついたらトンデモな社会情勢に素直に納得している。極めつけはガフのお祭り、オプスウィーク。ただでさえ混乱を極めているガフで、人々が日常の役割から解放され、ひたすら享楽を求め歌い踊り飲み食い交わり、エクセレント・カンパニーの重役達は甲斐甲斐しく屋台の親父を勤める。
混乱と狂乱の果てに到達した結末は、これまたとんでもない大風呂敷。「イデの怪物」は伊達じゃありません。「半端なSFじゃ満足できない、思いっきり濃縮したアイデアをガブ飲みしたい」と壮語する、飢えたすれっからしの読者向けです。繰り返しますが、私は途中で白旗を揚げました、はい。
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