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2010年9月25日 (土)

フランク・シェッツィング「深海のYrr 上・中・下」ハヤカワ文庫NV 北川和代訳

「そのとおり!つまり、賢い年寄りの科学者は、若いってだけの能無しの小僧のために死ななければならないのだ」

 ハリウッド風のアクションや謎と陰謀が盛りだくさん、ステレオタイプとすら言えるクセの強い多数の登場人物が入り乱れ対立しては共闘し、世界中の荒れ狂う海と静謐な深海を駆け巡り、全地球規模の災厄に立ち向かう、サービス満点の海洋パニックSFサスペンス。

 文庫本とはいえ上・中・下の三巻すべてが500頁越えの大ボリューム。文章は翻訳調で日本語としては多少の違和感がある。とはいえ、登場人物がアメリカのソープ・オペラやパニック映画の定型っぽく変に饒舌なので、そいいう雰囲気を巧く伝えるには、こういう不自然な文体の方が向いているように思う。西洋人ってのは、会話の度にいちいち下手なジョークを飛ばさにゃ気がすまない連中なんだろうか。これじゃ話が一向に進まないではないか。

「いつだってやって来るさ、ベイビー。さあ、連中に素敵なショウを披露しておやり。拍手がなければ、あんたがストリップを見せればいい。私が必ず拍手してやるよ」

 …と、冗談はさておき、内容紹介といこう。

 ペルーの漁師ウカニャンは、その日、珍しく沖合いまで漁に出た。大漁に気をよくして再び網を投げ入れたが、何かに引っかかったらしく引き上げられない。仕方なく網を外すため海に潜ったが、網はズタズタに切り裂かれていた。一旦、水面に上がろうとした彼は、水面近くにヘダイの大群を見る。大漁の予感に喜んだのもつかの間、群れの異様な大きさに彼はおののく。なんと、水平線まで群れは続いていた。
 ノルウェイ工科大学の海洋生物学者シグル・ヨハンセンの元に、奇妙なゴカイが届く。スタットオイルの研究者、ティナ・ルンからの依頼だ。大陸斜面に石油採掘施設を建設するための調査で、深度700mのメタン・ハイドレート上層部に大繁殖しているのを発見したのだ。アゴが発達したソレは、体長も他の種の三倍以上の17cmある。自動潜水艇で撮影した画像には、異様な大きさの蒼い発光物体が映っていた。
 カナダの西海岸でホエール・ウォッチングのガイドを務める海洋生物学者のレオン・アナワクは商売あがったりだ。今年は回遊のクジラを全く見かけず、客も不満を抱いている。そこに奇妙な調査依頼が飛び込む。6万トンの貨物船の舵が効かなくなり、タグボートに救援を頼んだところ、タグボートがクジラに襲われたのだ。貨物船の舵やスクリューは、びっしりとゼブラ貝に覆いつくされていた。貝は、ゼラチン状の物質で船体にへばりついている。サンプルを回収しようと潜った彼は、奇妙な閃光を見る。
 コスタリカやオーストラリアでは猛毒のクラゲが大繁殖して人間を襲う。パリではロブスターが爆発し、潜んだ猛毒のバクテリアが下水を介して大繁殖する。ゴカイは大繁殖してメタン・ハイドレートに潜り込み、ブローアウトを誘う。クジラは次々と人間を襲い始め…

 と、同時期に多数の海洋生物が人類に敵対するかのような異常行動を見せはじめ、少しづつ恐怖を高めていく。ノルウェイ・カナダ・ドイツ・グリーンランドなど、各地で個々に異常事態を発見した研究者達が、次第に異常現象が全地球規模で発生している事に気がついていく過程は、なかなか緊迫感がある…ものの、いかんせんお話が長すぎて、少々水増し感が拭えない。

 私が楽しんだのは、中巻で訪れる大規模な破滅シーン。我々日本人にとってはお馴染みの災害が、ソレに不慣れな北欧・西欧の海岸線を襲い、都市が次々と破滅していく。いやあ、大災害によって都市が跡形もなく破壊されていく模様は、やっぱり怪獣映画の楽しみの一つだよね。

 海洋冒険物のもう一つの楽しみは、海で活躍する様々なガジェット。上巻で登場する石油採掘施設の見上げるような威容もさることながら、やっぱりワクワクするのは潜水艇。下巻で活躍するディープフライトは、その形といい潜行能力といい機敏な機動力といい、読者の男の子な部分を思いっきりくすぐってくれます。

 登場人物では、善玉役の科学者がいまいちキャラが薄いんだよね。中では、ちょっと斜に構えたジャック・グレイウォルフと、ニコチン中毒のサマンサ・クロウがキャラが立ってるかな。その分、悪役が思いっきりマッドで、科学者を食っちゃってる。ラスボスを勤める米国司令官ジューディス・リーの、野心溢れる冷酷で狡猾なキャラクターもさることながら、CIA副長官のジャック・ヴァンダービルドの、いかにも噛ませ犬フラグ立ちまくりな小物臭溢れるウザさがたまらない。

 メタン・ハイドレートにおけるゴカイの大量繁殖は何をもたらすのか。クジラの異常行動の原因は。謎のゼラチン状物質の正体は。そして、Yrr とは何か。秋の夜長を潰すには充分なボリュームを誇る娯楽大作をどうぞ。

どうでもいいけど、このAAは巧いよなあ。ネタバレを避けるため、敢えて文字は見えなくしてあります。あしからず。

■■■仮モデル■■■
津波をよくご存じない人へ。
4メートルの波と、4メートルの津波の違いはこのようになっております。

●4メートルの波
            ザッパン

                          波
                         波
                      波波         ●
                    波波波         人
波波波波波波波波波波波波波波波波--------------

●4メートルの津波
  ←何十キロもの彼方までおんなじ高さ

          ゴゴゴゴゴゴゴ‥         
波波波波波波波波波波波波波波波波波波
波波波波波波波波波波波波波波波波波  
波波波波波波波波波波波波波波波波          Σ ●
波波波波波波波波波波波波波波波波           人
波波波波波波波波波波波波波波波---------------

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