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2010年8月 5日 (木)

平山夢明「独白するユニバーサル横メルカトル」光文社文庫

 人の精神と肉体の破壊の過程を丹精込めて描く、悪意と残虐性を濃縮して詰め込んだスプラッタ・ホラー短編集。日頃からキツい冗談をやりとりする相手以外に勧めたら、相手から人格破綻者と見なされて敬遠される羽目になるだろう。

 文庫本309頁。量的には軽いのだが、いかんせん内容がキツすぎる。際限なく血や膿が流れる場面が苦手な人は、避けるが吉。間違っても夏休みの読書感想文の課題には選ばないように。

ニコチンと少年-乞食と老婆
幼い真面目な少年の視点で語られる、浮浪者との出会いの物語。社長令息のたろう君は、ある日から市長のめかけの子にいじめの対象にされる。悩むたろう君は、湖畔に住み着いた浮浪者と出会い、言葉をかわすようになり…
少年と浮浪者の暖かい交流を描くほのぼのとした物語かな、と思って読み始めたら、とんでもない。なまじ童話っぽい語り口が、作者の意地悪さを巧みに増幅している。ちなみに副題の老婆は全く登場しないんで無視して構いません。
Ωの聖餐
俺は売人スナギモの手伝いで食っていた。だがスナギモは兄貴分の女に手を出し、ハツに制裁として銃殺される。俺はハツの命令で不気味なオメガという生き物の世話をする羽目になり…
ヤクザの裏社会物かと思ったら、それを突き抜けて凄まじい悪臭と汚物の世界に放り込まれる。それと対照をなす、数学の薀蓄がなんとも奇妙な味わいをみせる。
無垢の祈り
宗教にはまり込んで正気を失った母親と、暴力を振るうしか能のない義父。怪我が絶えないため、学校では「おばけ」と蔑まれる少女、ふみ。両親の狂気に耐え切れなくなったふみは、町を騒がせる連続殺人犯に救いを求めて接触を試みるが…
母親の救いのなさもさることながら、義父のクズっぷりが凄まじい。クライマックスでは映画ターミネーターを髣髴とさせる暴れっぷり。
オペラントの肖像
1984や華氏451度に通じるディストピア物。近未来、犯罪傾向を抑制するために、人には「条件付け(オペラント)」が義務化された。だが条件付けは芸術により効果が損なわれる。国はスキナー省を組織し、密かに芸術を愛でる者たちを狩りたてた。捜査官の私は、被疑者の若い女性カノンと出会い…
まあ平山氏の芸風じゃ、結末はこうなるんだろうなあ。
卵男
その女性捜査官は猟奇連続殺人犯「卵男」を追い詰め、ついに監獄に送り込んだ。監獄で卵男は、放火犯205号の隣の独房に収監された。女性捜査官は行方不明の被害者の遺体を捜すため、卵男と面会を繰り返し…
物語は猟奇凶悪犯と敏腕捜査官の心理サスペンス風に進むが、オチはアサッテの方向にカッ飛んでいる。
すまじき熱帯
俺の親父はドブロクと呼ばれる。18年ぶりに会ったが、相変わらずの糞野郎だ。わかっちゃいたが、それでも俺は奴の甘い話に丸め込まれ、東南アジアのジャングルの奥に潜入する羽目に…
ジャングル奥地の狂気の王国は、映画「地獄の黙示録」を思わせる。現地の人間が話す言葉の空耳が間が抜けていておかしい。王国内の様子は、食前食後の読書には向きません。
独白するユニバーサル横メルカトル
道路地図帖の独白という、突飛な形式で語られる物語。その地図はタクシー運転手に仕え、地図なりに主人に尽くし、主人の職務遂行に貢献し、阿吽の呼吸を築き上げた。
地図のくせにいじましい、なんか可愛いじゃねーか…などと思っていると、やっぱ平山氏らしいアレな方向に曲がり始め…
怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男
MCは突然同僚を失った。タタルは塩酸を飲んで自殺したのだ。MCは腕のいい拷問師だ。激しい職務にも関わらず、彼の精神は安定していた…
お話の筋より、MCの仕事振りが嫌でも印象に残る。どうすりゃこんなおぞましい光景を創造できるのやら。短編集の最後を飾るに相応しい、残酷で恐怖に満ちた一編。

 いやもう、正直、しばらく鬼畜系は勘弁して欲しい。

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