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2010年8月12日 (木)

鴇田文三郎「チーズのきた道 世界のチーズと乳文化探訪」河出書房新社

チーズの種類は、現在約六百種類とも、約八百種類あるともいわれている。また、フランスのチーズだけで、四百種類あるともいう。近年、アジア地方のチーズ様食品も少しずつ明らかになっており、それも加えると約千種類にもなろうか。

 博覧強記の著者が、世界中の文献とチーズを漁ってしたためた、チーズおよび乳製品を軸とした文化論。農学部卒、チーズの生化学的研究で博士号という経歴にも関わらず、分子式など科学的な話は必要最低限に抑え、古代の文献に出現する乳製品の考察や、当時の人々の生活様式、各国語のチーズを示す単語など、むしろ文化論的な話題が中心になっている。

 ハードカバーで本文210頁ほど。量的には軽いものの、扱う範囲は時間的にも空間的にも広いため、読者がついていくのは少々骨が折れる。チーズ同様、消化には時間がかかるかも。気軽に読める随筆というより、充分な取材と文献に基づいた、立派な教養書。

 チーズという食品の性質のせいか、とにかく扱う範囲が広い。時間的には、例えば紀元前10世紀あたりのホメロスのオディッセイアから、チーズの記録を抽出している。空間的にはユーラシア大陸全体を彷徨い、イギリスから日本列島まで。チーズは牛・羊・山羊などの家畜の乳から作る。そういった家畜を放牧できる気候と風土、それに基づいた社会の元でチーズは発生した。というわけで、各国の歴史と当時の社会を紐解き、どんな民族が、どんな社会を作り、どんな農業・牧畜が営まれ、どんなチーズを作り、どんな風に食べていたか、その根拠となる文献は何か、などと説いていく。とは言っても教科書的に時間を古代から現代に向かうわけでもなく、大雑把にはむしろ地理的に欧州からアジアへ向かって記述は進む。

 チーズが発展するには、ある程度の美食を許容する風潮が必要である、と著者は説く。欧州では、古代ギリシャで料理・菓子・パンにチーズを混ぜて食べていた。ローマ時代も美食が盛んで、アピキウスという美食家の家系が、数種のチーズ菓子にアピキウスの名を冠していた。しかし中世の欧州では抑圧的な社会であったのでチーズは発展せず、修道院の中で細々と生き延びた。教会って、身勝手だねえ。まあそんな訳で、欧州のチーズは案外と歴史が浅く、といってもイタリアのゴルゴンゾラが九世紀、イギリスのチェダーが十六世紀。

 アジアは中央アジアの遊牧民が興味深い。モンゴル兵が強かった理由の一つは、優れた保存食であるチーズにあるのでは、と説いている。以下、著者がマルコ・ポーロの旅行記を引用した部分。

…ミルクを太陽で乾燥させる。遠征に出かける時には、各自乾燥ミルクを10ポンド位もって行く。朝方にこれを半ポンド皮袋の中に入れ、好きなだけ水を加えておく。騎行している間に乾燥ミルクと水は皮袋の中で溶けあって、パン粥のようなものになり、これを昼飯とする。

 日本でも貴族文化華やかな平安時代は醍醐がもてはやされたが、武家社会となって乳文化は廃れた。明治維新以降、西欧からの輸入で盛り返したが、戦争で一旦潰れ、最近また盛り返してきたけど、今後は大丈夫なんかねえ、などと著者はボヤいている。

 とはいえ食も欧米風を充分に取り入れ、「ピザでも食ってろデブ」などという言葉すら一部で流行っている現在、既にチーズは日本に定着したと言ってもいいんじゃないでしょうか、鴇田先生。まあ、米とチーズを組み合わせた料理が少ないのは不満だけど。

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