スタニスワフ・レム「Fiasko 大失敗」国書刊行会 久山宏一訳
訳者あとがきより引用
「大失敗」は暗い物語です。たぶんこれは、手術の後にウィーンで、かなり憂鬱な気分でこの本を書いたことから来ているのでしょう(略)これらの小説を書いたときの私は、軍備は地球で最も重要な現象だと考え、軍備を宇宙に拡大することがどのような結果をもたらすかを示したかったのです。 --チェコ語への翻訳者ヴァイゲルと、レムとの対話
スタニスワフ・レム晩年の、ファースト・コンタクト・テーマのSF長編。深い思索と奇抜なアイディアに満ちたレムの作品の中でも、これはとりわけ晦渋で苦い。「砂漠の惑星」に見られるほのかな希望や、「完全な真空」や「虚数」に見られるユーモアが影を潜め、この作品では冷戦末期の不安な社会感情を反映してか、混乱と挫折と絶望が全体を覆っている。
ハードカバーで一段組み、本文404頁。分量もさることながら、文章も硬く読みにくい。とはいえ、「すらすら読める娯楽性」をレムにを求める人は滅多にいないし、下手にライトノベル調の文体にしたら、重厚な雰囲気を求めるファンから袋叩きにあうだろうから、これはこれでいいんでしょう。レム初心者は、いきなりこれに挑戦するより、「完全な真空」か「虚数」で肩慣らしするのが無難。この二冊が軽いとはいわないけど、「大失敗」に比べれば、多少はユーモアが効いてて消化しやすいはず。
お話は土星の衛星、タイタンの基地に宇宙船が着陸したシーンから始まる。船を降りた指揮官兼操縦士パルヴィスは、自分が手違いから異なった基地に着陸した事を知る。同時に、パルヴィスの恩師であり尊敬する先輩でもある、ピルクス船長がこの地の難所、「バーナムの森」で連絡を絶った事も。基地の者の反対を振り切り、パルヴィスは巨大歩行機械でピルクスの捜索に出発し、ピルクスが遭難した「バーナムの森」に彷徨いこむ…
序盤の「バーナムの森」だけでも、独立した短編として充分に成立しちゃってる。行き当たりばったりの開発計画に翻弄される現場の混乱は、いかにも当時のポーランドに育ったレムらしい。ピルクスの名前に「おお、懐かしい」と郷愁をそそられる人も多かろう。が、しかし、本編は「バーナムの森」の終了後にアサッテの方向に進み、思っても見ない展開をみせる。
SETI計画は、ハルピュイア星系ゼータ恒星の第五惑星クウィンタに知性の兆しを発見した。活発に短波と超短波を発信しているのだ。また、火星近辺の宇宙探査機は、クウィンタの極で強力な電磁気の閃光を観察する。人類はコンタクトを求めて、有人の探索船を派遣した。クウィンタで何が起きているのか、異性人との接触はどのように行うべきか。クウィンタに近づき情報が増えるにつれ謎は深まり、クルーは盛んに意見を戦わせる。
はっきり言って、レムは人間が書けない作家だと思う。人類すら怪しい。けれど、「知性」を書かせたら、彼の右に出る者はおるまい。この作品でも、人類と異性人に加え、人工知能も参戦して、面白い議論を展開している。人工知能が人間に近づいたらどうなるか。彼の皮肉な考察は、AI学者の頭に冷水を浴びせる。自律飛行が可能な無人攻撃機が盛んにアフガニスタンを飛ぶ現在、彼の突きつける問いは、むしろ切実さを増している。まあ、あたしゃそれでもいいと思うけどね。「どりゃあ~」とか言って廊下を掃除してくれりゃ←自粛しろ俺。
彼の描くガジェットも、ちょっとズレてて昭和に育った私には「懐かしい未来」を感じさせる。クルーが資料をモニタではなく紙で読んでたり、写真をデジタルではなくフィルムで処理してたり。とはいえ理論的な部分ではそれなりに楽しい部分もあって、探索船がウラシマ効果を出し抜く手口などは、いかにも屁理屈屋のレムらしい。
途中に長い御伽噺や、クルー同士の長い会話、主人公の自省など、物語は迷路を彷徨うようにフラフラと進む。じっくりと、落ち着いて、彼の論理的なホラ話に翻弄されよう。
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