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2010年7月 7日 (水)

レン・デントン「爆撃機」早川書房 後藤安彦訳

 第二次世界大戦中のイギリスによるドイツへの夜間戦略爆撃の一日を描いた小説。

ハードカバー2段組で550頁を超えるボリュームで、登場人物もやたら多い。原作の出版が1970年なんで、「絞り弁」とかの訳が少々古臭いのは、まあ仕方がないか。

 主な舞台は二つ。一つは爆撃機が飛び立つイングランド東部の北海沿いの英国空軍基地とその近辺。もう一つは夜間戦略爆撃の標的となったドイツ北西部の架 空の街。時は1943年6月の某日。英国側の登場人物は、爆撃機クルーを中心に、その家族や空軍基地、基地周辺の村人たち。ドイツ側はバラエティに富んでいて、レーダー基地関係者や迎撃する夜間戦闘機クルーなどの軍関係者に加え、爆撃される街の町長や救護・消火活動にあたる人々などの民間人が多く登場する。登場するメカは。英国側は四発の重爆撃機ランカスターが主人公。迎え撃つドイツ側はユンカース88、爆撃機から夜間戦闘機に転用された双発の機体。

 ほぼ一日の時系列に沿って物語りは進む。物語の前半は出撃までの様子で、緊張どころかむしろのんびりした戦時下の英独両国の日常が描かれるんだか、これ、実は読んでて結構退屈だったりする。ぐっと引き締まるのは後半、爆撃機が離陸してから。実用化されたばかりの地上レーダー基地の様子や、GPSがなく航法士が地図や天測に頼りながら進路を決定する夜間戦略爆撃の模様も興味深い。各爆撃機が互いを視認しながら飛ぶのではなく、機長と航法士が相談しながら各機が独自に航路を設定してたのね。
 爆撃隊の手順も新鮮だった。まずはモスキート爆撃機が照明弾で目標を設定する。高速かつ高空を飛ぶため、モスキートは高射砲の餌食になりにくいのだ。次にランカスターの第一陣が照明弾を多く混ぜて爆撃し、よりわかりやすい目標を設定する。続けてランカスターの第二陣が本格的な攻撃を加える。現在の航空機の操縦はフライ・バイ・ワイヤーが当たり前だが、当時はパイロットが腕力で四発の重爆撃機を操っていた。体力勝負であり、その悪戦苦闘ぶりが伝わってくる。対するユンカースも、前方向30度しか効かないレーダーで、地上基地の支援を受けながら闇の中で必死に索敵する。

ドイツ軍のレーダー基地が戦略爆撃機の群れを「川の流れ」と評したり、後続の爆撃機が先導機に比べ早めに爆弾を投棄する模様を「後ずさり」と呼ぶ模様も生々しい。

 最初の爆弾が落下してからの地上の様子はまさしく地獄絵図。爆弾処理が一息ついた頃に爆発する延期信管とか、一体誰が考えたんだか。水道管が次々と破裂していく中で、修理を続けながら消火・救援活動に走り回る消防団の面々こそ、真に英雄と呼ぶに相応しい。

 ドイツには貴族制の名残が残っており、イギリスは階級社会だ。それを誇りとして自らを律しようとする者もいれば、己の欲望を満たすために地位を利用する者もいる。恵まれない境遇に育ち人の優しさに触れた経験もない癖に、負傷した戦友を励ますため必死で声をかける若者もいる。ガムやチョコレート・バーを喜ぶランカスターの乗務員たちの若さが切ない。

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