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2009年9月29日 (火)

最相葉月「星新一 1001話を作った人」新潮社

 日本SFの、そしてショート・ショートの巨人、星新一の伝記。ハードカバーで550pを越え、分量はもちろん、資料やエピソードも充実していて、星氏の伝記としちゃ、最初から決定版が出ちゃった感がある。今後、これを越えるのはちと無理じゃなかろうか。最相さん、お見事です。第39回星雲賞ノンフィクション部門受賞も当然でしょう。

 伝記らしく、物語は父親の星一の生涯から始まる。アメリカナイズされた合理的精神で星製薬を日本有数の製薬企業に育て上げ、後藤新平など当時の日本の指導者層と交流し、参議院議員にまで上り詰めながら、同業他者や官吏のイチャモンンで倒産に追い込まれ、それでも最後まで前向きで野心的な姿勢を持ち続けた男。詳しくは新潮文庫の「人民は弱し、官吏は強し」をどうぞ←をい

 父親の死を機にお坊ちゃんだった親一がいきなり会社整理の生臭い状況に叩き込まれ、組合や債権者・会社ゴロなどに揉まれる過程はせつない。最相氏の文章が事実を重視するノンフィクション・ライターらしく冷静なのが救われる。

 黎明期の日本SF界の赤裸々な姿は、いわゆる「SFファン」でなはい、普通のノンフィクション・ライターだからこそ書けた感がある。福島正実と柴野拓美の確執などは、SFファンを自認する人には書けなかっただろう。SFの外から星氏の決定版が出ちゃったのは悔しいが、だからこそ書けるのもあるんだろうなあ、と否応無しに納得させられる。矢野徹と江戸川乱歩の「陰謀」も楽しい。

 星氏は晩年まで、改版の度に作品に手を入れていた。「ダイヤルを回した」を「電話をかけた」に変えるなど、時代の流れで変化する風俗に流されない形に改めると共に、若い読者でもすんなり読めるよう、わかりやすい文章を心がけていた。この辺は、手塚治虫の姿にも重なる気がする。

 SF作家のファンクラブでも、星氏のファンクラブ「ほしづるの会」は会員の年齢層が広いのが特徴だそうだ。古いファンを捕まえて離さず、かつ常に新しく若いファンを獲得し続けている証だろう。星氏は晩年まで現役に拘っていた。少なくとも彼の作品は現役だったわけだ。

 私は仕事で操作手引きなどを書くとき、出来る限りわかりやすく書く事を心がけていた。星氏について語られる際は、その奔放なアイディアが話題になる事が多いが、同時に彼の文章の「わかりやすさ」も、もっと脚光をあびていいと思う。読書に慣れない小中学生のファンを常に獲得し続けている現実が、その実力を証明している。彼には日本語の作文作法を一冊の本にまとめて欲しかった。恐らく文壇や国語教師からは非難轟々で論議を巻き起こすだろうが、多くのテクニカル・ライターや会社員、作家の卵や新人作家担当の編集者はそれをバイブルと崇めたに違いない。

 散歩がてらに近所の本屋を覗いたら、新潮文庫の棚には星氏のゾーンがちゃんと生き延びていた。嬉しいなあ。

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