ロビン・ダンバー「科学がきらわれる理由」青土社
科学教育再生に向けた提言。
著者は科学を否定したいのか肯定したいのか、よくわからない紛らわしい書名だな、と思う。答えは後者で、著者は英国の科学教育の低迷と理系離れを憂い、その復活のための提案を掲げている。アプローチも理性的といえるだろう。文章の多くを(書名の通り)科学が嫌われる理由に割いていて、最後にその対策を提案して終わっている。
全般を通し、「科学批判の多くは誤解に基づくものだ」という主張が繰り返し出てくる。例えばアリストテレスへの批判を論じた部分。アリストテレスは優れて科学的な手法を用いていたと著者は主張する。彼が間違っていたのは、彼の取りえる手段・技術に限界があったからだ、と。その証拠として面白い数字を挙げている。以下の表の「彼」は「アリストテレス」に読み替えて欲しい。
| 彼が自分で確認できた | 彼が自分で確認できなかった | |
| 彼が正しかったもの | 32 | 2 |
| 彼が間違ったもの | 2 | 10 |
アリストテレスが自分で確認できたものに関しては正しかったものが大半で、間違ったものは顕微鏡が必要などの理由で確認できなかった事柄に集中している。そして、アリストテレスは経験主義者であり、できるだけ自分の手で調べるよう主張していた。
科学者が文化的に貧しいという批判に対してはA.C.クラークやアジモフなどのSF作家、モーツァルトの目録を作ったケッヘル等の例を挙げつつ、「人文系を本職とする人々は、平均的な科学者が文化的な素養があるのと同じくらいに科学の素養があるのかと問うべきだ」と辛らつな批評をしている。やんや。
かといって単に批判だけで終始しているわけではない。最後の10章「帰属の分裂」で科学教育を再生するための様々な試みと、著者なりの意見を出している。人は自分に関係の深い事柄に強く興味を持つ、だから動物の行動・生態学・心理学に重点をおいてはどうか、と。この意見の前半はうなずけるが、後半には賛成できない。けど、著者が科学教育の再生を心の底から願っているのは伝わってくる。どんな知識であれ、それを伝える最善の方法はその面白さを伝える事だと思う。
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