ジョン・トーランド「勝利なき戦い 朝鮮戦争 上」光人社
上下巻があるんだが、とりあえず上巻だけ。書名どおり、朝鮮戦争の全貌を描くノンフィクション。場面場面の紹介は下巻に譲って、ここでは全般的な印象を記述する。
トーランドの常か、丹念な取材に基づく細かいエピソードを積み上げていく構成のため、読み進めるには時間がかかるが、その分充実感は大きい。資料入手や取材の関係か、全般的に国連軍、というより米軍の描写が多くを占めている。特に戦闘場面では海兵隊の記述が多く、陸軍は比較的少ない。空軍は歩兵の視点で下から見上げるだけで、海軍の記述はほとんどない。韓国軍の描写はホワイティこと白将軍が中心で前線の描写はなし。朝鮮人民軍の描写は、まあしょうがないか。資料なんて手に入らないだろうし。
マッカーサーや李承晩大統領などの有名な人物の細かい日常描写が充実しているとともに、前線で戦う将兵達の描写も生々しい。敵の後方に置き去りにされた前線の将兵たちの脱出行も複数ある。マギー・ヒギンズなど従軍記者の記述も多いのは職業柄かな。また、敢えてソウルに残った各国の聖職者たちが連行され虐待された、通称「死の行進」の記録は貴重だろう。単位系をメートル法に変換した訳者の心使いが嬉しい。
上巻では朝鮮人民軍の不意打ちから大邸-釜山までの撤退、仁川上陸から中国人民解放軍の逆襲までを扱っている。特に前半はT34に全く歯が立たず、撤退に次ぐ撤退ばかりなので少々もどかしい…って小説じゃないんだからしょうがないか。戦場での視点の多くが、砲兵や戦車兵ではなく歩兵やその指揮官なのも、無力感を強めている。
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