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2007年2月19日 (月)

P.W.シンガー「戦争請負会社」NHK出版

  • 第一部 勃興
    • 第1章 戦争民営化の時代か?
    • 第2章 軍事民営化の歴史
    • 第3章 民営軍事請負業を見分ける
    • 第4章 なぜ安全保障が民営化されたか?
    • 第5章 世界に広がる軍事請負業
  • 第二部 組織と活動
    • 第6章 民営軍事請負企業の分類
    • 第7章 《軍事役務提供企業》エグゼクティブ・アウトカムズ社
    • 第8章 《軍事コンサルト企業》MPRI社
    • 第9章 《軍事支援企業》BRS社
  • 第三部 さまざまな問題
    • 第10章 請負契約のジレンマ
    • 第11章 市場力学と安全保障の世界的崩壊
    • 第12章 民間企業および文民と軍人の均衡
    • 第13章 公共の終焉は民営軍事か
    • 第14章 道徳と民営軍事請負企業
    • 第15章 結論

 2005年5月、イラクで人質になった末に殺害された日本人男性がいる。彼は営利企業と契約し、仕事でイラクにいた。仕事の内容は軍事力を提供すること。

 PMF(Private Military Firms)。利益目的で軍事的なサービスを提供する企業。傭兵は個人として軍または軍人と契約を結び、直接的な戦闘で金を稼ぐ。PMF は企業として政府又は反政府組織などの文官と契約し、実際の戦闘に加え訓練・補給・施設設営・整備などの後方活動全般、更には従来なら軍の高官の仕事である戦略立案や軍組織の再編成まで行う場合もある。

 本書は台頭しつつある PMF の現状とその背景を描いたノンフィクション。扇情的な書名とは裏腹に、内容は網羅的かつ本格的で、学術的といえるほど歯ごたえがある。警鐘を鳴らしながらも一方的に PMF を叩く内容ではない。

 とにかく構成が巧み。せっかちな人は第一章だけ読めば問題の大きさは把握できる。第一部を読めば歴史・背景・活動内容・現状の概略がわかる。もっと詳しく知りたい人は第二部以降をどうぞ…という、プレゼンテーションのお手本のような構造になっている。大学の教科書にも使えそうなお堅い内容だが、要所でコソボ紛争などの生々しい現場の描写が入るので、素人でも飽きずに読める。少しは見習えよ→おれ

 歴史的には傭兵が軍の主力だった時代の方が多く、20世紀のように国家が大半の軍事力を掌握した時代のほうが稀だそうだ。弓や槍の時代は兵に特殊な技能が必要で、育成にも数年~十数年かかるので、国が兵を育てるより傭兵を雇ったほうが合理的だ。武器や鎧も兵の自前。銃の発達がこれを変える。成人男性なら短期間で操作を仕込めるんで、国民皆兵にして必要な時に徴兵すりゃ一気に戦力を増強できる。銃は規格化して工場で大量生産すれば安上がり。かくして民主主義が台頭し国家が軍事力を独占する。

 冷戦時代は東西が競って発展途上国や衛星国に軍事・経済協力を与えた。しかし冷戦終結で援助が激減したため発展途上国や衛星国の政府が困窮し、軍を掌握できない。軍も将兵や装備を満足に維持できずに弱体化する。反乱や暴動が起きても軍じゃ鎮圧できない、どころか軍が率先して革命を起こしかねない。どないせいちゅうねん。

 先進国は軍縮に熱心。将兵を解雇し装備を叩き売る。元軍人は職を求めている。しかし職歴が戦車の整備や戦闘機の操縦じゃ、履歴書に書いても企業の人事部長にアピールできない。最近の戦車や軍用機は高度化したため整備や操縦にも専門家が必要だ。

 需要と供給を PMF が仲介する。先進国で解雇された将兵を雇い、東側が放出した安価な装備を買いたたいて整備し、弱体化した途上国政府に提供する。実際、ロシアの戦闘機メーカーのスホーイ社は機体・整備員・操縦士のパッケージでレンタルしている。

 PMF の目的は自社の利益であり、顧客の政治的立場に関心はない。あるのは支払能力だけ。反政府的組織や石油企業とも契約すれば、国連組織や人道目的の NGO とも契約する。南米の麻薬王の警護もすれば、対人地雷の除去もする。自国政府の意向?会社の登記を法人税の安い国にしとけばいい。

 弱体な政権が PMF と契約しても、安心はできない。営利企業なのでモトが取れないと判断すれば契約を破棄して撤退する可能性もある。仮に契約を全うして急場を凌いでも、契約が切れれば PMF は引き上げる。残るのは信用できない弱体化した軍だけなので、再び反乱が起きれば手の打ちようがない。やがてはズブズブの関係となりかねない。

 他にも問題は沢山ある。冷戦終結以降に台頭したため、国際的に法整備が追いつかない。PMF 従業員が捕虜になっても条約で保護されない。逆に PMF 従業員の残虐行為も法や条約で規制できない。先進国が PMF を使って他国に介入しても、それを規制する法がない。国家は税金で戦闘機のパイロットを育てる。軍より PMF の給料が高いなら、パイロットは軍に残るより PMF で稼いだ方がいい。顧客の支払能力に疑問がある場合、PMF は鉱山や油田を担保にする。顧客が一国の政府である場合、これは将来にわたる国の財源を売り渡すに等しい。担保を受けた PMF は国際的な石油企業などと手を結ぶだろう。PMF の市場は戦闘だけじゃない。将兵の訓練・装備の操作教育や故障修理・現地の将兵の宿舎建設と保守etc。規制しようにも線引きが難しい。

 本の内容は濃く広い。一般向けの啓蒙書と言うより、本格的な入門書と言った方がいい。専門家でもマニアでもないけど、充足感を味わいたい人向け。

 ちなみにアフリカじゃT55(ソ連の主力戦車)が一台5万ドルだそうだ。

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