2026年7月23日 (木)

SFマガジン2026年8月号

コスモノートとは本来、孤独な仕事だ。そうだろう?
  ――塩崎ツトム「郷愁」

「ぶら下がれる人間の数が、産業の価値をはかる物差しなんだ」
  ――長谷敏司「市民の歴史」第2回

 376頁の標準サイズ。

 特集は堺三保監修で「巨大ロボットSF特集」として「巨大ロボットSF映像作品総解説」ほか。

 小説は6本。連載が5本、読み切りが1本。

 連載小説は5本。冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第66回,長谷敏司「市民の歴史」第2回,藤井太洋「宇宙島年代記」第2回,柴田勝家「朱子天外伝」第2回,山本浩貴(いぬのせなか座)「親さと空」第4回。

 読み切りは1本。塩崎ツトム「郷愁」。

 巨大ロボットSF特集。

 巨大ロボットSF映像作品総解説が圧巻。多くの作品が頁半分ながら、4頁を占めるのが「機動戦士ガンダム」「スパイダーマン&《スーパー戦隊》シリーズ」,3頁が「機動武闘伝Gガンダム&《オルタナティブ》シリーズ」と「新世紀エヴァンゲリオン」,2頁が「マジンガーZ」「ゲッターロボ」なのは、やはり人気と影響力ゆえか。

 ウクライナでもホルムズ海峡でもドローンが盛んに使われているが、人型ではない。巨大ロボット好きな者にとっては幸福な事だ。

 堺三保の特集解説に曰く「ガンダム以降、巨大ロボットさえ出てくれば中身はとやかく言われないので創作者は好き放題できた」(意訳)には笑った。にっかつロマンポルノかよw 確かにそういう部分はあるんだろうなあ。

 連載小説。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第66回。<白い要塞>で、バロットは兄のショーンと再会する。お互い過去を吹っ切れたようだ。船内ではイースターズ・オフィス側とクィンテットとの駆け引きが始まる。再び協力してグランタワーを襲うためだ。クィンテット側は主にバジルが主導し、荒っぽい言動で隠しつつ、たたかな交渉力を見せる。

 今までの派手なアクションから打って変わり、静かで知的ながらも緊張感漂う駆け引きが展開する回。また、チラホラと影は見せつつも、実態は掴めない<シザース>の性質と正体が、少しづつ明らかになる。そして最後に衝撃の告白が。

 長谷敏司「市民の歴史」第2回。2030年。基礎的な技術力と資本力がモノをいうAIの時代。世界をリードするのは米国と中国だ。日本はハードウェアもソフトウェア基盤も米国に乗っかっていた。その米国が従来の開放的な方針をガラリと変え、囲い込みに入る。何らかの形で基盤を抑えたいが、既に出遅れの感が否めず…

 確かに最近のLLMを基礎とするAIの進歩はあまりに急激で、将来を考えると様々な不安が沸きあがる。またGPUやPC用メモリの値上がり具合は、資本力の影響の大きさを否応なしに実感させられてしまう。これを高度成長時代の道路などのインフラ整備に例えて理解しようとする政治家の発想には感心してしまった。そういう視点もあるんだなあ。

 藤井太洋「宇宙島年代記」第2回。航宙実習に出たナルミたちはミーティングに入る。不規則な軌道を航行する幽霊船を捉える相談だ。他のメンバーにそれぞれ役割が割り振られる中、電気代謝ではない瑞乃は留守番となる。そこで土壇場でMODを入れてタイムキーパーを務めることになった。ところが肝心の幽霊船の正体は…

 冒頭の日本共和国大使の宇登神真理と<コクナン島>市長ミサオ・サーラとの会談場面から、現在の<コクナン島>の厳しい状況が明らかになる。コーヒーがロブスタ種なのは、著者のベトナム滞在体験が活きているんだろうか。自転で疑似重力を作っているコロニーならではのロビーの構造が、いかにも著者らしくて唸ってしまった。

 山本浩貴(いぬのせなか座)「親さと空」第4回。鈴木一平たちと語ってから、万葉と柚葉は同居を始め、共に様々な事をやりはじめた。万葉はmaYoの名で Vtuber 活動も始める。やがて、かつて柚葉がハマっていた奇妙なゲームの Ark--Chain を思い出す。そして共に遊んでいたマリアの連絡を取り、Ark-Chaim を送ってもらう。

 インディーながら、というかインディーらしく、なかなかに奇妙で不気味な雰囲気の漂うゲームの Ark-Chain。ここまで読む限りでは、特にストーリーも目的もなく、そのくせ妙に現実の世界を舞台にしてるっぽいのが気になる。

 柴田勝家「朱子天外伝」第2回。大潮の季節には潮流が川に逆流してきて、大きな波が発生する。大海嘯、ポロロッカだ、若者たちは丸太で大波乗りに挑む。そこに一人の老人が現れた。風波和尚、風狂僧として有名だ。大波に挑み、鮮やかに乗りこなす。祝いの烟炮が打ちあがる。それを見た朱熹と量憶は、何かを閃いた。

 舞台は12世紀の中国のはずなのに、サーフィンだの処理落ちだのと奇妙な言葉が紛れ込むあたりが、いかにも胡散臭くて怪しげ。儒学者は堅苦しい印象があるが、禅僧だと何やっても「禅だし」で納得できちゃうあたりは、仏教の懐の深さ…と言えば聞こえはいいが、いい加減さだよね。

 読み切りの塩崎ツトム「郷愁」。2174年、太陽系に向かう反物質小天体<黒の正方形>が見つかる。諸国は大急ぎで観測衛星を送りだす中、大中華航空公司は火星テラフォーミング用の衛星を転用する。かつて高級観光宇宙ステーションで働いていたわたしは、就労要件に従い顔をユーリー・ガガーリンそっくりに整形した。今は<黒の正方形>観測観測で隊唯一の有人ステーションに乗員として乗っている。

 反物質小天体はSF風味プンプンだが、それはあくまでも舞台装置。主なテーマは「ロシア的思想」だろう。ロシアが分裂し、中国が資本にモノをいわせロシア人宇宙飛行士を雇い、太陽系が富裕層の観光地となった世界で、古いロシア的思想にドップリ漬かったドミトリ・チチェーリンと「わたし」の出会いを描く。ウクライナ戦争で注目を浴びるロシアは何を考えているのか、その思想と国民性の根底を解き明かそうとする作品。

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2026年7月15日 (水)

D.G.ハスケル「生物界は騒がしい 音と共に進化した、生き物とヒトの秘められた営み」築地書房 屋代通子訳

この惑星には、音楽と音が満ちている。
だがいつもそうあるわけではない。地上を生きた声が飛び交う不思議は歴史が浅く、壊れやすい。
  ――序

人類、鳥類、クジラ類は、音の文化の三巨頭だ。
  ――第6部 聴くこと<

【どんな本?】

 鳥はさえずる。この季節、日本では蝉がうるさい。コウモリは超音波を出す。超音波を出すのはコウモリに限らない。ヒトが聞く音は、特定の周波数に限られている。また、水中は静かだと思われていたが、クジラの歌をはじめ様々な生物が音を出し、また聴いている。

 生物たちは、どんな音を出すのか。何のために音を出すのか。音を出すと、どんな得があるのか。その音で、誰に何を伝えているのか。そして、どうやって音を聴き、どう役立てているのか。また、耳を澄まして音を聴くことで、ヒトにはどんな利益があるのか。

 生物学および環境学の教授が、様々な生物の声や音を紹介すると共に、それらが創り出す音の風景を描き、生物たちと音の多様な関係を語る、一般向けの生物学・環境学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Sounds Wild and Broken: Sonic Marvels, Evolution's Creativity, and the Crisis of Sensory Extinction, David George Haskell, 2022。日本語版は2025年4月2日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組み本文約415頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント24字×18行×2段×415頁=約358,560字、400字詰め原稿用紙で約897枚。文庫なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらい。

 文章は比較的にこなれている。ただ、独特の特徴がある。いわゆる科学解説書で想像する論理的な文章ではなく、音の風景を詩情豊かに描く情緒的な文が多い。これは好みが別れるだろう。内容は特に難しくない。鳥の声の描写がよく出てくるので、それに詳しい人はより楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • 第1部 起源
  • 最初の音と聴覚のルーツ
    バクテリアの音
  • 一体感と多様性
    テッポウエビが鳴らす音/音を体のどこで聞くのか
  • 感覚の協定と偏向
    繊毛の動き/耳のつくり/狭い音の世界に生きるヒト
  • 第2部 溢れる動物の音
  • 鳴く虫の登場
    なぜ音を装備したのか/音の進化に要した時間/虫たちの数が減っている
  • 花、海、乳
    植物の進化と音の進化/鳴かない鳥から鳴く鳥へ/声帯の進化/海は沈黙していない/吸う力と発声
  • 第3部 進化の創造力
  • 空気、水、木
    針葉樹の森で鳴くイスカとワピチ/生活環境と食習慣の違い/複雑に絡みあう植物と虫と音
  • 大騒ぎ
    音で溢れかえるアマゾン/バリエーション豊かな警戒音/アマゾンの過酷な音出し競争/音の競争がもたらす協力関係と耳の進化
  • 性と美
    モテるのは声が大きく速く鳴けるオス/鳴くことのコストと背景/雄弁なメスたち/鳴くリスクの謎に迫る/求愛行動の共進化/「美」から逃れられない
  • 発声の習慣と文化
    北のミヤマシトドと南のヤマシトドの歌/若鳥の発声学習/鳥たちの学習文化/言語はヒトだけのものではない
  • 遠い過去の痕跡
    スコーパス山の音(イスラエル)/セント・キャサリンズ島の音(アメリカ)/クロウディ湾の音(オーストラリア)/地球規模の多様な音
  • 第4部 ヒトの音楽と帰属
  • 骨、耳、呼吸
    マンモスの牙のフルート/ヒトの音楽の源泉/フルート制作への挑戦/古代フルートを奏でる
  • 共鳴空間
    洞窟に響く音/人工的に操られる音/空間と楽器
  • 音楽、森、身体
    オーボエに使われる木/植民地と楽器と森/下顎から耳まで/音楽の美
  • 第5部 減衰、危機、不公正

  • アメリカ、テネシー州の森で/ボルネオの森の音/音響データと森林保全/森から追われる先住民たち

  • ザトウクジラの歌/ホエール・ウォッチング/クジラの耳を塞ぐ大型船/エアガンの騒音/直結する海の騒音と熱帯雨林の種の絶滅
  • 都市
    パリのクロウタドリと記憶/都市のサウンドスケープ/騒音分布の不公正/騒音を生んだ父権主義
  • 第6部 聴くこと
  • 共同体で
    音への意識を高めた日本の音風景100選/川の音を聴くウォーキング/周囲への感覚を開く
  • 遠い過去と未来
  • 謝辞/訳者あとがき/索引

【感想は?】

 「動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか」のように、様々な生物の感覚を、特に音に限って紹介する本かと思ったが、少し違う。

 いや確かにそういう部分もある。ヒトには聞こえない様々な声・音を紹介する所とか。だが、それ以外の部分が大半だ。どうやって聴くか、聴いた音をどう役立てるか、何のために音を出すのか、鳴き声や囀りはどう身に着けるのか、など。

 また、音響生態学・音響環境学ともいうべき内容も多い。生物学者らしく、著者も環境保護に熱心だ。

 が、まずは聞き方つまり音響センサーについて。ルーツは古く、また根本的なパーツは意外と共通している。毛だ。

今日、生物はすべて繊毛を使って周囲の音の振動を感じ取る。聞くことに特化した機関を用いるものもいれば、皮膚や体内にちりばめた繊毛を用いるものもいる。
  ――第1部 起源

 毛の振動で音を捉えるのだ。ヒトもコオロギも同じ。ただ、どこにどんな毛がどれぐらいあるかは、種によって異なる。

 毛で音を捉えるのは、魚もエビも同じ。かつて水中は静かだと思われていたが、クジラの歌で知られるように、実際は騒々しい。中でも面白いのがテッポウエビ。鋏を使い、パチパチと音を出す。ヒトもこれを利用し…

第二次世界大戦時、アメリカ軍の潜水艦は、日本の沖合、テッポウエビの棲み処のただなかに身を潜めた
  ――第1部 起源

 …なんて使い方も。

 また、セミやコオロギなどの昆虫も鳴く。ばかりでなく、ヒトには聞こえない超音波を出す昆虫もいる。

多くのガが翅と翅をそっとこすり合わせて、シューシューと囁くような歌を紡ぎ出すが、これは高すぎて人間の耳には聞き取れない。(略)ガの耳はこの音を捉えることができる。(略)ガは60kHzまで聞き分けられる(略)。この音波はコウモリを不意打ちして反響定位を妨害するだけでなく、有害のヒトリガの不気味さをアピールしている。
  ――第2部 溢れる動物の音

 なんて話は、生存競争の厳しさを感じさせる。ガだってコウモリに食われたくないから、超音波でコウモリの目をくらますのだ。軍用機に応用できそう…って、チャフやフレアがそうだね。そのコウモリのレーダーの仕組みも、なかなか面白い。

エコーロケーションするコウモリは、舌骨の一部で喉頭と中耳の基底部の平たい骨をつないでいる。(略)喉頭から発信されたパルスと耳に戻ってきたエコーを比較することができる。
  ――第2部 溢れる動物の音

 自分が出した音と、帰ってきた音を比べる。この際、レーダーのように単に方向と距離を測るだけではない。もっと優秀だ。元の音と反射音の周波数特性を比べ、対象の硬さなどの性質も分かるのである。

 さて、ガとコウモリは、異なる種に対して出す音だ。しかし、鳥やカエルやコオロギは同じ種に対して鳴く。目的はナンパだったり縄張りの主張だったり。また、同じ群れか否かを識別する役割もある。敵味方識別装置だね。この場合、種は同じでも群れごとに歌の作法が異なっていたりする。その際、特にナンパだと、自分なりのアレンジを加えて工夫したりする。

 この鳴くって性質も、生物の繁殖方法で違いが出る。特に魚などの水中生物の場合…

交尾は、すぐ近くに棲む相手としかできない。すると遺伝子の交換範囲が限られ、その地域特有の変種ができて最終的に新種になる。だが卵や精子を海流に任せて広く遠く届ける種は、広い範囲に均一な遺伝子プールができる。
  ――第2部 溢れる動物の音

 接触して交尾する生物は地域ごとに種が別れやすく、ナマコなどの海流任せの生物は別れにくいのだ。それは気が付かなかったなあ。

 コウモリやガは高周波だが、低周波つまり低い音を使う生物もいる。陸上だと、ゾウが代表だ。

ゾウは、相当に離れた距離の相手とでも、地面を伝わる響き音でやり取りする。ゾウは地面を伝わって来た音を、感覚細胞が詰まった足の裏で聞く。
  ――第3部 進化の創造力

 一種の地震波だね。ゾウの足の裏って、意外と敏感なんだなあ。

 これが水中だと、やはりクジラが有名だろう。彼らの歌の流行には発信地があるそうだ。

ザトウクジラの歌の新たなヴァリエーションは、わずか数ヵ月で世界中の海に伝わる。発信元はたいてい発明ゾーンと言われるオーストラリア近海に棲むクジラで、そこから各地に広がっていく。
  ――第3部 進化の創造力

 ちなみにザトウクジラの歌は比較的ヒトにとって親しみやすいけど、マッコウクジラなど他のクジラの歌はヒトに馴染みにくいそうです。

 本書はヒトと音、特に音楽とのの関わりも扱っている。四万年前のマンモスの骨の牙のフルートから始まる章では、少し変わった点に着目している。

何千年もの間、音楽は空間とともに進化してきた。
  ――第4部 ヒトの音楽と帰属

 石造りの教会みたく反響が豊かな場所と、屋外のように反響がない場所では、音楽は異なる進化をするのだ。グレゴリオ聖歌がゆったりしているのは、反響が多い教会で歌われるからだ。

 昔の東京ドームの音響は酷かったけど、今はどうなんだろ?

 さて、楽器によっては楽器自体から耳を通さず直接に演奏者の体に音が伝わるモノがある。その一つがヴァイオリンだ。奏者は、ヴィオリンのボディーに顎をつけて演奏する。すると、奏者には顎の骨を通した音も聞こえる。

音の骨伝導は、ヴァイオリン奏者に徴収とは異なる聴覚体験を提供する。(略)音の波は同時に(奏者の)顎を通しても上がってきて、頭の骨を共鳴板にして、感覚に厚みを加える。特に低い音がよく鳴る。
  ――第4部 ヒトの音楽と帰属

 録音した自分の声を聴くとビックリするのと同じ理屈だろうか。

 さて、終盤では音と環境保護の関係を語る。特に森林の保護では、環境音の録音が生物環境の把握に役立つようだ。特に鳥が。

調査対象として鳥には特別な利点がある。歌うのだ。
  ――第5部 減衰、危機、不公正

 昆虫の鳴き声でもいいんだが、様々な鳥の声を知っている人は多いが、虫の声を知る人は少ないんです。シクシク。実際、これが生物の多様性などをを調べるのに役立っている。

「パプア・ニューギニアでは、音の記録が、地元の人たちに、自分たちの森を監視する上で、有力で、比較的安価な手段を提供しているんです」
  ――第5部 減衰、危機、不公正

 いちいち捕まえてタグをつけて放して…なんてやる必要はなく、何カ所にマイクと録音機材を仕掛けるだけでいいのが便利なのだ。

 これが海となると、ヒトの出す音が大きな影響を与えてたり。

最大級のコンテナ船は、水中で190デシベルかそれ以上の音を出すが、これは陸上であれば雷鳴や飛行機の離陸時の騒音と同程度だ。
  ――第5部 減衰、危機、不公正

 水中の音はヒトに聞こえないから、どうしても無頓着になっちゃうんだよね。もっとも、最近は船も清音化ガ進んでるらしい。ヤバいのは、海底油田や海底ガス田の探索で使うエアガン。地底の様子を音波で探る、一種のソナーだね。これの音は桁違いで…

エアガンの騒音は(略)260デシベルに達し、最も大きな騒音をを出す船舶より、6,7桁うるさい。
  ――第5部 減衰、危機、不公正

 クジラがデカい音に弱いのは有名だが、それだけじゃない。

タスマニア沖で行われた実験では、エアガンのショット一発で、1キロ圏内のオキアミ(南の海の食物連鎖の基礎をなす生き物だ)の幼生が全滅し、その他多くのプランクトンも一掃された。
  ――第5部 減衰、危機、不公正

 なんと、微生物も全滅するのだ。たぶん音の波長とかも関係あるんだろうけど。もっとも、炭化水素を輸入に頼っている日本としては、油田・ガス田の開発が進むのは有り難いんで、ちと複雑な気分だが。

 読み終えた後、明け方に近所の公園に散歩に行った。判別できた声鳴き声はセミ・カラス・ハト・スズメ・ムクドリぐらいだが、カラスやムクドリの鳴き声のバリエーションの豊かさには驚いた。特にムクドリのトリルの速さは凄い。身の回りの風景の解像度がグッと上がる、そんな本だ。

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2026年6月23日 (火)

キース・ヒューストン「計算道具の歴史 石、そろばんから電卓まで」原書房 上原ゆうこ訳

生きることは数えることで、数えることは計算することだ。
  ――はじめに

【どんな本?】

 ヒトは数え、計算する。買い物のお釣りの計算、5人分のカレーを作るのに必要なタマネギの数、お出かけの際の所要時間…。計算は暮らしに欠かせない。そしてもちろん、モノを仕入れ売る商人や、星の運行を調べる天文学者、そして税金をふんだくる役人にも、大量の計算が必要だ。

 今はスマートフォンやコンピュータが大半の計算をしてくれる。しかし、これらが普及する前はどうだったのか?

 最も原始的な手や小石/トークンから始まり、算盤や計算尺を経て Microsoft Excel に至る道のなかで、電卓はまたたく間に一世を風靡し消えていった。

 ポケット電卓へとつながる道を辿り、また激しい競争の中で輝き消えていった伝説の名器・迷機たちを綴る、少し変わった歴史ノンフクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Empire of the Sum: The Rise and Reign of the Pocket Calculator, Keith Houston, 2023。日本語版は2025年9月30日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約292頁に加え訳者あとがき4頁。10ポイント48字×19行×292頁=約266,304字、400字詰め原稿用紙で約666枚。文庫なら厚めの一冊ぐらい。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。一部に面倒くさいアルゴリズムやコンピュータのプログラムが出てくるが、「なんかやってるな」程度に流して構わない。また、価格がドルで出てくるのが、若い人には少し辛いかも。1971年までは1ドル360円固定だったんです(→Wikipedia)。

【構成は?】

 ほぼ時系列時運に進むが、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

クリックで詳細表示
  • はじめに
  • 第1章 手
  • 第2章 アバカスとそろばん
  • 第3章 計算尺
  • 第4章 機械仕掛けの時代
  • 第5章 アリスモメーターとクルタ
  • 第6章 フリーデンのSTW-10
  • 第7章 カシオの14-A
  • 第8章 サムロックのANITA
  • 第9章 オリベッティのプログラマ101
  • 第10章 テキサス・インスツルメンツのカルテク
  • 第11章 ビジコンの141-PF
  • 第12章 ヒューレット・パッカードのHP-35
  • 第13章 パルサー・タイム・コンピュータ・カルキュレータ
  • 第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81
  • 第15章 ソフトウェア・アーツのヴィジカルク
  • おわりに
  •  謝辞/訳者あとがき/参考資料/注

【感想は?】

 書名は「計算道具の歴史」だが、2/3以上をを計算機械が占める。特に、電卓への愛が熱い。それは本書の構成にも表れていて、後半はほぼ電気式計算機の話だ。

 それはさておき。歴史をさかのぼれば、「数えること」は、やはり指になる。となれば十進法が人類標準…

アメリカ先住民のいくつもの部族が使う数を表す言葉に関する1913年の調査により、(略)10の倍数で数えていたのは、調査した部族の半分より少なかった。約1/3は5という数(略)さらに1/10の部族が20という数、少数の変わり者の部族が(略)に、三、四を基準にしたやり方を用いていた。
  ――第1章 手

 では、なかったのが意外。5はわかるが、3や4の文化もあったのは驚き。もっとも、世界全体で見ると…

…ほとんどすべての部族が、何らかの形で指を使って数えたのだ。
  ――第1章 手

 やはり指は強い。本章ではメソポタミアの60進法の秘密も書いてある。これもやはり指を使ったのだ。ちなみに本物のプログラマは片手で31まで数えられますw

 続く第2章では、石などのトークンからアバカス(→Wikipedia)へと進む。アバカスは知らなかったが、洋風の算盤だね。算盤はやはり中国が発祥で…

算盤は(略)1400年頃に韓国へ、それから200年たたないうちに日本へ伝わった。(略)「そろばん」についての最初の言及があるのは1600年頃だが、それより前からふつうに使用されていた可能性がある。
  ――第2章 アバカスとそろばん

 と、日本に渡ったのは思ったより新しい。やはり昔は算盤の名手はいいて…

1946年、(略)逓信省東京貯金局の「名手」松崎喜義(略)が「そろばんを操り、(アメリカ陸軍の二等兵トーマス・N・)ウッドが最新式の電子計算機を駆使して、計算のスピードと正確さを競ったのだ。(略)松崎が足し算、引き算、割り算で勝ったのに対し、ウッドが勝利したのは掛け算だけだった。
  ――第2章 アバカスとそろばん

 進駐軍と呼ばれていた頃ですね。もっとも、こういう個人技に頼るのが日本の欠点でもあってブツブツ。

 さて日本人は計算と言えば算盤だけど、欧米の、特に理数工学系の人は計算尺を使った。この計算尺が登場するまでの物語も、数学・科学そして工学の歩みの典型例で、なかなか楽しい。

ジョン・ネイピア(1917年没、→Wikipedia)の対数、エドマンド・ガンター(1626年没、→Wikipedia)の「数の直線」、ウィリアム・オートレッド(1660年没、→Wikipedia)のスライディング・ルール――がそろい、計算尺が形をなした。
  ――第3章 計算尺

 対数を使えば足し算で掛け算を代用できる。なら普通のモノサシと対数目盛のモノサシを組み合わせれば…って発想。算盤と異なりアナログだけど、いわゆる「天文学的数字」を扱う世界じゃ重宝するんです。

 彼らの計算尺への信頼は凄まじく…

(シカゴのピケット社の)N600-ES(→スミソニアン協会)が興味深いのは(略)NASAがロケット燃料を1トン使ってでもそれを月へ持っていく価値があると判断した
  ――第3章 計算尺

 計算尺は放射線で回路が切れたりしないしね。昔のSFにも、科学者や技術者が計算尺をカチャカチャやる場面がよく出てきたなあ。もっとも、あくまでもアナログなんで、お金を扱う分野などでは都合がわるい。てんで、歯車などを使った機械式計算機も出てくる。

(1635年没のヴィルヘルム・)シッカート(→Wikipedia)の機械(計算する時計)は災難に見舞われて失われてしまった。(1662年没のブレーズ・パスカルの歯車式計算機)パスカリーヌは有閑階級の狭い世界に閉じ込められていた。そして(1695年没の)サミュエル・モーランド(→Wikipedia)の装置は、彼の悪漢小説張りの生き方が影を落とした。
  ――第4章 機械仕掛けの時代

 それでも機械式の計算機は目的によっちゃ役に立ったようで。

1877年に五年に一度の監査を実施したとき、この会社は24台の(1844年のパリ万博で披露された)アリスモメーター(→Wikipedia)を使って六ヶ月にわたり460万以上の計算を行った。アリスモメーターなしでは監査は不可能だったろうと、会社の重役は述べている。
  ――第5章 アリスモメーターとクルタ

 アリスモメーターは、いかにもな卓上計算機だが、クルタは胡椒挽き器みたいな可愛い外見で、手のひらにスッポリ収まる。ちなみに以降の話は20世紀に入ってくる。

間違いなくクルタ(→Wikipedia)は携帯可能であることと実用的であることを同時に実現した最初の計算機――たまたまだがちゃんとポケットにも入る、足し算、引き算、掛け算、割り算ができるいわゆる四則演算マシン――だった。
  ――第5章 アリスモメーターとクルタ

 クルタの発明者クルト・ヘルツシュタルクはナチスに目を付けられ、第二次世界大戦中には強制収容所送りになってるんだが、解放された後の挿話は彼の技術者魂をひしひしと伝えてくる。

クルト・ヘルツシュタルク(→Wikipedia)「私はポケットに入り計算できる機械が欲しい」
  ――第5章 アリスモメーターとクルタ

 とまれ、第二次世界大戦までは…

何世紀もの間、コンピュータは人間だった。
  ――第6章 フリーデンのSTW-10

 本書では「計算手」としている。米国では主に女だったとか。もっとも、機械化はされていたが。

STも(1949年発表の)STW(→スミソニアン協会、英語)も内部にアリスモメータの段付き歯車と計数機構を使い、外部にはどちらも可動キャリッジがあった。
  ――第6章 フリーデンのSTW-10

 本書では、アポロ計画のオリジナル・セブンの一人であるジョン・グレンが計算手キャサリン・ジョンソンに寄せる信頼の厚さを物語る挿話を紹介してる。ちなみに日本でも70年代の金融系COBOLプログラマは女が多かった。

 そして本書でもあの人がヒョッコリ顔を出す。

MTP(米国数表プロジェクト)ののべ計算時間が一年半だとすると、彼(フォン・ノイマン)の見積もりによればアメリカ初の電子式コンピュータENIACなら九時間で同じ答えを出すことができた。
  ――第6章 フリーデンのSTW-10

 お値段は桁違いだけどね。

 ここまでは機械式の話だが、20世紀も後半になると電気式が出てくる。そう、リレーの登場だ。これを利用したのが…

14-A(→国立科学博物館)の唯一の欠点はその大きさだった。それは(略)重さが140キロあって300ワットの電力を消費する「机」だった。
  ――第7章 カシオの14-A

 もっとも、リレーには困った性質があった。壊れやすいのだ。

(ベル研究所の)調査で、リレーは2~300万回に一度うまく作動しない傾向があるということが分かり、それはベルの比較的進んだコンピュータで一日に4~5回のエラーに相当した。
  ――第7章 カシオの14-A

 ここでは、「バグ」の語源なんて楽しい話も。

 そこは科学の世紀、すぐに次の素子すなわち真空管が出てくる。利点は多く、リレーより速いし壊れたらすぐに分かる。だって光らないから。そして、何より…

何かあるとすれば、ユーザー・インターフェースよりANITA(→英語版Wikipedia)の静かさが問題だった。
  ――第8章 サムロックのANITA

 そう、リレーはスイッチングのたびにカチカチ音がするのだ。だって端子が物理的にくっついたり離れたりするんだから。ただ、この静けさも、慣れないうちは戸惑うのだ。動いてるかどうか、わかんないから。

 パソコンも、フロッピの時代は、アクセスするたびにカチャカチャ音がしたんだよね。日本語入力する時も、変換キーを押したらFD装置が鳴りだすんで、「頑張ってるなあ」と思ったモンです。

 これが更にダイオードになると、製品の形にまで影響してくる。

プログラマ101(→Wikipedia)は、デザインの変曲点に到達した。従来の計算機のような機械式の装置では、デザイナーは、その機械的な機能によって形が決定される物体を外装で覆わなければならなかった。一方、電子部品はどんな形や大きさの回路基板にもはんだ付けすることができるので、素地の内部構造を配置しなおして望みの外形に合わせることができる。
  ――第9章 オリベッティのプログラマ101

 そう、プログラマ101は見た目がお洒落なのだ。なぜかというと、イタリア製だから←偏見 あまりにお洒落で小さいため、1965年のニューヨーク万博で披露した際も…

見物人も、プログラマ101がスタンドアロンのデバイスだということを完全に信じることができなかった。彼らは、どこかほかのところにコンピュータが隠されているにちがいないと思い、それにつないでいるケーブルをさがしたが、見つけることはできなかった。
  ――第9章 オリベッティのプログラマ101

 この章では、イタリアならではの国際的なユーザ・インタフェース・デザインの話もあって、案外とゲーム機のコントローラもオリベッティに学んだのか?と思ってしまう。

 リレーから真空管そしてダイオードとくれば、次は集積回路だ。しかし、当初の需要予想は意外と弱気だった。

TIの重役たちは、公共機関の顧客以外、マイクロチップの需要はないのではないかと心配していた。
  ――第10章 テキサス・インスツルメンツのカルテク(→スミソニアン協会)

 リレーや真空管は壊れたり切れたりするけど、集積回路はけっこう頑丈だ。だから買い替え需要はない。また、当初の需要はミサイルや人工衛星だった。それじゃ数ははけない。そこで電卓だ。

 …ふう。やっと私たちが思い浮かべる、手のひらに乗る計算機が登場した。以降、キヤノンなと日本のメーカーも参入し、電卓市場は戦国時代へと突入する。

 次なる進化は集積回路の構成だ。複数の集積回路を組み合わせれば、複雑なことができる。だが、役割ごとに集積回路を作っていたらキリがない。何か工夫はないだろうか。てんで、当時のシフトレジスタを拡張し、いわゆるCPUが登場する。

シフトレジスタは、ROMに書きこまれていてプロセッサによって実行される命令によって動く。
  ――第11章 ビジコンの141-PF

 プログラムはROMに焼かれてるってだけで、理屈は今のCPUと同じだ。

 この章では、有名な嶋正利(→Wikipedia)と4004が登場する。4004と名づけた理由は…

…チップの型番(4001ROM、4002メモリーチップ、4003シフトレジスタに合わせて4004)…
  ――第11章 ビジコンの141-PF(→国立科学博物館)

 そうだったのか。

 電卓市場の競争は激しく、小型化と低価格化が進む。その中で生き残るために、高機能化を選んだのがヒューレット・パッカードのHP-35(→Wikipedia)、いわゆる関数電卓だ。四則演算に加え対数や三角関数も使えるため、理数系の学生・学生に加え技術者に人気があった。そんな高度な機能を、どうやって実現したのか、というと。

(デーヴ・)コクランは、自由に使えるこの基本的な計算処理だけで計算機のROMをプログラムして、十進の掛け算から対数や三角関数まですべての計算を実行できるようにしなければならなかった。そのために彼は、平方根、コサイン、その他の処理を一連の足し算と引き算とシフト計算に分解できる「アルゴリズム」、いわば計算のレシピのライブラリーを作った。
  ――第12章 ヒューレット・パッカードのHP-35

 加減算とシフト命令だけで、数値演算ライブラリをつくり、それをROMに焼いたんですね。なお、HP-35がウケた理由は、高度な機能に加えて、もう一つある。

RPN(→Wikipedia)が分かりにくいというまさにそのことがHP-35(→Wikipedia)に他と違うという特別感――一台に400ドルも出すもう一つの理由――を与えたと主張する学者もいる
  ――第12章 ヒューレット・パッカードのHP-35

 出たよ逆ポーランド記法。今も PostScript で生き残ってます。演算子の優先順位が不要で構文解析もインタプリタの構造も簡単で、ある意味、美しいのだ。人間には書きづらく見づらいけどw

 さて、小型化の競争も激しくなると、腕時計型なんてのも出てくる。ボタンが小さいので、専用のペンが必要だったり。

22個の小さなボタンがちりばめられた四角なごつい腕時計とボタンを押すのに使うスタイラスペン
  ――第13章 パルサー・タイム・コンピュータ・カルキュレータ(→スミソニアン協会)

 本書は行き過ぎを揶揄する感じだけど、今でいう Apple Watch だよね。他にもイロモノ電卓はあって、カシオは音楽シンセサイザーと電卓を組み合わせた。

カシオは1981年に、VL-1の機能の多くをそのまま使っているがピアノに似たキーボードをもっと馴染みのある電卓のレイアウトに変えたVL-80(→calculator.org)で、電卓シンセサイザーの競技場に戻った。(略)ドイツのバンド、クラフトワークは彼らのシングル盤「電卓」の販促品としてロゴ入りのVL-80を作らせ、かれらのとくに有名な数曲をこの小さなカシオで演奏するための譜面をつけた。
  ――第13章 パルサー・タイム・コンピュータ・カルキュレータ

 というか、逆にシンセサイザー(カシオトーン)に電卓をつけたんだろうなあ。つかクラフトワークの電卓、カシオ製だったのか。だから日本語で歌ってたのね。

 などと電卓が人々に浸透すると、教育への影響を考える人も出てくる。悪影響を危惧する人もいた。曰く…

「電卓を使えば、子どもたちが中身が分からない箱の上のボタンを押すのが数学だと思う危険性がある」
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 逆に積極的に数学教育に活用しようとする教師もいたんだが…

1970年代の終わりになっても教室で電卓を使用できるようにしている教師は30人にひとりより少ないというのが実情だった。
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 こういう所は、現代のスマートフォンやAIと似ているね。で、テキサス・インスツルメンツは自社の電卓を教育市場に売り込むべく、盛んにロビー活動を繰り広げるわけです。アップル社もMacintoshで似たような事をやってたけど、先例があったのか。ちなみにそのTI-81(→Wikipedia)はカシオのfx-7000G(→英語版Wikipedia)のパクリ。

そのCPUもカシオのCPUもザイログのZ80というチップを使っていて…
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 と、懐かしいベストセラーZ-80の名が出てきて驚いた。

 ちなみに電卓を使った授業の効果、つまり生徒の成績については…

2003年に、30年分の調査について調べたエイミー・J・エリントンは、さまざまな能力の生徒がいるクラスおよび比較的能力の高い生徒を集めたクラスの場合、電卓の使用を授業で許可されるが試験で禁止された生徒は、電卓なしで教えられた生徒より成績がよいことを明らかにしている。
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 と、多少の効果はあった模様。もっとも、先に書いたように、積極的に電卓を採り入れた教師は少数派つまり熱心で意欲的な教師なんで、そういう偏りはあるかも。そして何より…

電卓を使う生徒は間違いなく数学の授業を少しよけいに楽しんでいた。
  ――第14章 テキサス・インスツルメンツのTI-81

 うん、楽しいってのは、大事だよね。

 などと電卓は競争を繰り広げるのだが、やがて黄昏の時が来る。その先兵はパソコン…というか、当時はマイコンと呼んでいた。中でも魔王の卵的な存在が、Apple IIで走るヴィジカルク。今のExcelの曽祖父みたいなソフトです。ただ、当初は売り込みに苦労したようで。

ダン・ブリックリン(→Wikipedia)「あの頃は、それ(ヴィジカルク、→Wikipedia)をプログラマーに見せたら、『やあ、いいね。(略)それで?』と言われたものだ。しかし、本物のスプレッドシートで財務の仕事をしなければならない人に見せたら、震え始めて『それをするのにまる一週間かかった』と言う。そして、鼻先にクレジットカードを突き出してくるんだ」
  ――第15章 ソフトウェア・アーツのヴィジカルク

 なんであれ、新しいモノってのは、なかなか理解されないんだよなあ。

 そんな競争を繰り広げた電卓だが、今やモノとしての電卓は…

今日、我々が電卓を使おうと思ったら、まずスマートフォンを手に取るかラップ・トップコンピュータを開き、それからお気に入りの電卓プログラムをスタートさせる。
  ――おわりに

 とあるが、100円ショップじゃまだ売ってるね。とまれ、もう何年かすると、フロッピ・ディスク同様、若い人はアイコンやインタフェースを見て「なんでこの形なの?」と言いだすかも。

 副書名は「石、そろばんから電卓まで」だが、多くの紙面を電卓に割いているあたりに、著者の偏った愛情が滲み出ている。それもまた、原書房の歴史書らしい味で、私は好きだ。コンピュータとは異なり、敢えて機能を限定することで、低価格化と小型化を実現し、人々に親しまれた電卓の功績は大きい。モノや技術や産業の歴史が好きな人にお薦め。

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2026年6月18日 (木)

ジャンルイージ・ヌッツィ「バチカン株式会社 金融市場を動かす神の汚れた手」柏書房 竹下・ルッジェリ・アンナ監訳 花本知子・鈴木真由美訳

本書を執筆した目的はとりわけ、バチカン財政の不透明な現実を明らかにすることにある。その出発点になるのが、1970年代から1990年代にかけて、バチカン、イタリア、そして世界じゅうを揺るがした大事件の数々をくまなく見てきた当事者、レナート・ダルドッツィ師が遺してくれた文書資料である。
  ――序章 いまバチカンで何が起きているのか

キリスト教民主党の有力政治家は当時、こぞってバチカン銀行で口座取引をしようとした。賄賂として受け取ったカネの洗浄が目的の者もいれば、マフィアに報酬を払う際に利用する者もいた。
  ――第10章 告発されたバチカン

【どんな本?】

 宗教活動教会、俗称バチカン銀行。日本では宗教活動教会や宗教事業協会(→Wikipedia)とも呼ばれ、バチカンの資金管理を行う機関である。イタリアや欧州の法・規制・協定から逃れており、ローマのど真ん中にありながら、実質的にはオフショア金融機関としての機能もある。

 バチカンならではの不透明さからスイス銀行と同様にある種の取引きには便利な存在であり、実際にイタリアを揺るがす大事件の舞台にもなったが、イタリアの司法当局もその実態は掴みきれなかった。

 そのバチカン銀行の中枢で長く務めたレナート・ダルドッツィ師が遺した詳細かつ膨大な資料を受け取った著者は、綿密な取材により資料の裏づけを取り、聖職者はもちろん大物政治家や財界の大物、果てはマフィアや外国の犯罪者まで関わる昏い事実を突き止める。

 ベールに包まれたバチカン銀行の実態に迫る、迫真のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Vaticano S.P.A. Da un archivio segreto la verità sugli scandali finanziari e politici della Chiesa, Gianluigi Nuzzi, 2010。日本語版は2010年10月10日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約449頁に加え、監訳者竹下・ルッジェリ・アンナによる解説6頁。9ポイント43字×18行×449頁=約347,526字、400字詰め原稿用紙で約869枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。

 文章はこなれている。が、内容はいささか取っつきづらい。まず扱っている事柄が賄賂や横領や資金洗浄などの、本質的にややこしい事柄である点。当然ながら当人たちも隠蔽工作を講じているため、どうしても複雑怪奇なカラクリになる。また、私が疎いイタリアの政界の話なので、ピンとこないのだ。特にジュリオ・アンドレオッティ(→Wikipedia)を知らないのが痛い。日本で例えると佐藤栄作と安倍晋三を足したぐらいの大物じゃなかろか。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

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  • 序章 いまバチカンで何が起きているのか
  • 第1部 バチカンの秘密文書
  • 第1章 マルチンクスの繁栄と没落
  • 第2章 イタリア首相の裏口座
  • 第3章 架空名義の口座群
  • 第4章 動き出した巨額賄賂
  • 第5章 司法当局体バチカン銀行
  • 第6章 隠蔽工作
  • 第7章 教皇庁を欺く不逞の輩たち
  • 第8章 教皇の金庫、教皇の株式会社
  • 第2部 マフィアとバチカン
  • 第9章 高位聖職者たちの陰謀
  • 第10章 告発されたバチカン
  • 著者からの謝辞/解説:竹下・ルッジェリ・アンナ

【感想は?】

 バチカンの話だが、イタリア政財界も大きく関わってくる。というか、イタリアの政財界がバチカンとこれほど大きく関わっているとは思わなかった。

 文中にさりげなく「カトリック政治家」や「カトリック金融界」なんてのが出てくる。それぐらい、イタリア人にとっては常識なんだろう。

 さて、話は1970年の連鎖的な銀行破綻から始まる。これにバチカン銀行が関わっており、教皇は厳しい裁定を下す。が…

教皇ヨハネ・パウロ一世(→Wikipedia)はバチカン銀行の経営陣を一新するため、(ポール・)マルチンクス、(ドナート・)デ・ボニス、(ルイージ・)メンニーニ、(ペッレグリーノ・)デ・ストローベル左遷を決意、1978年9月28日の夕刻、この大任をジャン・マリー・ヴィヨ枢機卿を託した。ところがその翌朝、当のヨハネ・パウロ一世がベッドで息絶えているのが発見されたのである。
  ――第1章 マルチンクスの繁栄と没落

 と、なんとも不穏な出だしである。ところが、イタリア警察はバチカンに手出しできないのだ。以降も、イタリアの司法が攻めあぐねる場面がひたすら続く。なにせ…

イタリア(の最高裁判所に当たる)破毀院の解釈によれば、教皇庁の中欧機関で働く者は、イタリア国内で裁判にかけられることも逮捕されることもない。
  ――第2章 イタリア首相の裏口座

 そういう事だ。さて、教皇はあの「空飛ぶ教皇」ヨハネ・パウロ2世が継ぎ、もろもろあってマルチンクスはお払い箱となる。しかし後を継いだドナート・デ・ボニスもマルチンクスの弟子らしく活発な裏取引に励むのである。ここで1980年代のアンブラジャーノ銀行破綻事件が起き、デ・ボニス即ちバチカン銀行が関わっていた事が明らかになる。これにはイタリア政界の大物が続々と顔を出すのだ。

口座取引に使用するサインを届け出る、あの昔ながらの用紙をめくってみると、デ・ボニス以外(のめぼしいところ)では、ジュリオ・アンドレオッティの名前が目につく。ほかでもない、イタリアの首相を七期務めた人物である。
  ――第2章 イタリア首相の裏口座

 どうもアンドレオッティの口座をデ・ボニスが管理していた模様。この事件には政界の賄賂・裏金が関わっており、イタリア警察も捜査に乗り出すのだが…

(バチカンはイタリアの)司法警察の捜査上の作戦をあらかじめ把握していることもあったし、重要な裁判関係の書類を前もって入手していたこともあった。
  ――第4章 動き出した巨額賄賂

 と、捜査機関の内部情報がバチカンに筒抜けだったりする。おっかねえ。

 その規模は…

検察側が把握していたのは、総額1300億リラというエニモント社の巨額賄賂のうち、889億リラがバチカン銀行をつうじて取引され、224枚の国債が換金された、ということだった。
  ――第4章 動き出した巨額賄賂

 単位がリラなのでわかりにくいが、1円が5リラ~20リラぐらい、だろうか。

 そんな検察に対し、バチカンも守りを固める。なにせ事前に捜査情報が入っているんだから、工作のしようはある。

検察にわたす国債のデータは、すでに検察が入手しているものか、もしくは入手済みと推測されるものだけにとどめなければならなかった。
  ――第5章 司法当局体バチカン銀行

 とはいえ、カネの出入りはある。だから、帳尻は合わせなきゃいけないのだ。

国債のリストと送金のリストのつじつまを合わせなければならない。
  ――第5章 司法当局体バチカン銀行

 これだけなら、バチカン銀行は「裏取引に使われた」とも言えるのだが、困ったことに…

「寄付金の所有者はバチカン銀行であって、元特別顧問(ドナート・デ・ボニス)ではありません。彼はまったく思うがままに、寄付金を自分の口座へ移しているのです」
  ――第6章 隠蔽工作

 と、横領まで発覚してしまう。

 とまれ、ここまでなら銀行の中枢役員のやらかしとも言えるわけで、「そこまでして隠す必要があるのか」とも思うのだが、信用の問題でもあるんだろう。金融機関としてだけでなく、なにせ世界13憶人のカトリックを仕切るバチカンの看板が関わっているんだし。

 というか、バチカン銀行は極めて独特の性質があるのだ。

バチカン銀行の収支から上がる莫大な収益は、教皇個人に、直接自由に使える資産として供されるのである。
  ――第8章 教皇の金庫、教皇の株式会社

 これをどう使うかというと、例えば…

ヨハネ・パウロ二世はみずから多額の資金を管理し、ポーランドの〔労働組合から発展した〕反共運動「連帯」に資金提供をおこなっていた。
  ――第8章 教皇の金庫、教皇の株式会社

 かのワレサ議長の「連帯」である。なにせヨハネ・パウロはポーランド出身だし。現在のポーランドの礎に、バチカンが一枚かんでいたのだ。ばかりではない。

アメリカとバチカンのあいだでは、(1980年代に)ポーランドの反体制運動「連帯」への資金提供をどのようにおこなうかについて、連絡をとり合う必要があった。
  ――第7章 教皇庁を欺く不逞の輩たち

 これを素直に解釈すると、米国も陰ながら連帯に支援をしていて、バチカン銀行がパイプ役を果たした、とも読める。トランプ大統領になってからはややギクシャクしているが、レーガン大統領とヨハネ・パウロ二世は特に親密だった(→Wikipedia)裏には、こういう事情があったのだ。。

 もちろん、イタリア政界にも何かとチョッカイを出している。アンドレオッティの汚職などで与党だったキリスト教民主党が解散し、イタリア政界の再編成が行われていた時期には…

ソフィーヤ作戦とは、政治、経済、財政すべてにかかわる実験として「大いなる中道」なる勢力をつくり、政権を目指す試みでした。
  ――第9章 高位聖職者たちの陰謀

 多くの政党が群雄割拠する状況で、カトリック勢力を結集しまとめあげよう、そういう目論見である。うまく行かなかったみたいだけど。

 なにせ金融、それも裏取引の話なので、どうしてもカラクリはややこしくなる。また、イタリアのジャーナリストがイタリア人向けに書いた作品なので、背景事情がわかりにくい部分も多い。政治家の名前が出てきてもよくわからないし。とはいえ、イタリアにおけるバチカンの影響の大きさは否応なしに伝わってくる。バチカンだけでなく、イタリアに興味がある人にもお薦め。

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2026年6月14日 (日)

ジョディ・ローゼン「自転車 人類を変えた発明の200年」左右社 東辻賢治郎訳

この本がお届けするのは自転車への愛と憎しみの物語だ。
  ――序章 自転車の惑星

はじめて(自転車に)乗れたときはすばらしい気分だった。自由で、一人前になったようななんともいえない感覚があった。
  ――第11章 アメリカの海がら海まで

【どんな本?】

 人は自転車に乗る。ママチャリで買い物に。ロードバイクで遠乗りに。マウンテンバイクで野山を駆け巡る。若者はUberEatsで稼ぎ、幼児はキックバイクで自転車の乗り方を学ぶ。私たちにとって、自転車は便利な道具であり、ちょっとした気晴らしでもある。

 と同時に、自転車は社会問題の種でもあり、社会運動の象徴でもあり、社会階層を露わにするレンズでもある。1933年に権力を得たヒトラーは、さっそくドイツ自転車連盟を解体した。

 そのくせベルリン防衛戦じゃ対戦車ロケットをくくりつけた自転車に少年兵を載せてT-34戦車と戦わせてる。

 カール・フォン・ドライス(→Wikipedia)が1817年にラウフマシーネ(ドライジーネ、→Wikipedia)をお披露目してから約200年たった。その歴史で自転車は人々に刺激を与え、社会を揺るがし、そして今も様々なメッセージを象徴している。

 米国のジャーナリストが、ヒトと自転車、社会と自転車の関わりを通して歴史を見直し、また現代社会の姿を浮き彫りにする、少し変わったルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Two Wheels Good: The History and Mystery of the Bicycle, Jody Rosen, 2022。日本語版は2025年1月20日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約417頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント44字×18行×417頁=約330,264字、400字詰め原稿用紙で約826枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの文字量。

 文章はこなれている。内容も難しくないが、単位がマイルだったりする。1マイルは約1.6km。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • プロローグ 月の世界へ
  • 序章 自転車の惑星
  • 第1章 自転車の窓
  • 第2章 洒落者の馬
  • 第3章 自転車というアート
  • 第4章 もの言わぬ駿馬
  • 第5章 自転車狂時代 1890年代
  • 第6章 バランスの妙技
  • 第7章 脚のあいだの悦楽
  • 第8章 凍てつく大地
  • 第9章 山間の王国
  • 第10章 停まったまま全速力で
  • 第11章 アメリカの海がら海まで
  • 第12章 荷を負う動物
  • 第13章 ぼくの自転車遍歴
  • 第14章 墓場
  • 第15章 大衆運動
  • 謝辞/訳者あとがき/索引/原註

【感想は?】

 私にとって自転車は便利な道具であり、旅の友でもあった。昔はランドナーで遠乗りに行った。だが、社会的な意味までは気が回らなかった。自転車のメッセージ性にまで踏み込んでいるのが本書の特徴だろう。

 お約束どおり、まずは始祖カール・フォン・ドライスから物語は始まる。

(カール・フォン・)ドライス(→Wikipedia)にとってラウフマシーネ(→Wikipedia)は「ものごとの利便をはかるもの」「加速する機械」、つまり人間が本来備えている移動能力を増幅する装置だった。
  ――第1章 自転車の窓

 機構は今のキックバイクに似ている。ただしハンドルは回らないしブレーキもペダルもない。足で地面を蹴って進むのだ。それでも「10キロほどを1時間弱で移動してみせた」。ヒトは歩きだと時速約4kmだから、相当な速さだ。

 地元ドイツじゃキワモノ扱いされたが、イギリスでは貴族や富裕層にウケてパクリ品が多く出回る。のはいいが、乗り手の傍若無人な振る舞いが、馬車との軋轢もあって顰蹙を買う。今でいう珍走団だね。

1819年のうちに、ロンドンではヴェロシペード(→Wikipedia)に乗ることが禁止されたのだ。さらにイギリス各地をはじめ、(略)ミラノ、ニューヨーク、フィラデルフィアといった場所でも禁止令を出された。
  ――第2章 洒落者の馬

 やがて馬鹿でかい前輪のペニー・ファージング(→Wikipedia)も出てくるんだが、ヤバさは更に増してる。なにせコケたら大怪我は確実だ。

 そこに登場したのが安全自転車(→Wikipedia)。最大の工夫はペダルの回転をチェーンで後輪に伝えたこと。これでグッと安全になり…

チェーンによる駆動のメカニズムは自転車を大いに民主化するものだった。
  ――第3章 自転車というアート

 それまで豊かで無謀な若い男の玩具だった自転車が、万民に受け入れられるようになる。また、もう一つ重要な工夫がある。

自転車にとって大事なもうひとつの形は三角形だ。
  ――第3章 自転車というアート

 自転車には二つの三角形がある。いわゆるダイヤモンドフレームだ。一つはハンドルの下・サドルの下・ペダルの中心を結ぶもの、もう一つはサドルの下・ペダルの中心・後輪の中心を結ぶもの。工業デザイナーや建築家は三角形が大好きだ。だって頑丈だし。もっとも最近のママチャリとかはハンドルの下とサドルの下を結ぶチューブがなかったりするけど、これは素材の進歩ゆえだろう。お陰で三角乗りは伝説に←どうでもいい

 先に馬車との軋轢に触れた。やはり自転車は馬と比べられる存在で、これは騎兵を用いる軍も注目する。

自転車の最大の軍事的利点はその隠密性だった。
  ――第4章 もの言わぬ駿馬

 まぐさが要らないのも嬉しいが、まず重宝されたのが静けさ。だって馬はいななくし蹄の音がするし。ってなワケで…

フランス軍は1870年から翌年にかけての独仏戦争で偵察目的の自転車を出動させたのだ。1881年代になると、ヨーロッパの列強ではどの国の軍隊にも自転車舞台が配備されていた。
  ――第4章 もの言わぬ駿馬

 なお20世紀後半になってもベトナム戦争じゃ北ベトナム軍がビルマルートの補給で自転車を活用しました。

 太平洋戦争でも帝国陸軍の銀輪部隊が話題になったし、フィンランド軍も冬戦争・継続戦争で自転車部隊がスキー部隊と共に活躍してる(→「フィンランド軍入門」)。

 などと世間に広まった自転車だが、その分、社会との軋轢も増えた。特に19世紀終盤では、自転車が「新しい女」の象徴となり、伝統主義者から大声で非難を浴びる。そうか、自転車は女性解放運動とも関係があったのか。「ママチャリ」なんて言葉を知ったら、彼/彼女らは、どう思うんだろう?

1895年『ジャーナル・アンド・トリビューン』テネシー州ノックスヴィル
「自転車狂いのせいだ」(略)「二人とも自転車を欲しがり、その次はブルマー、しまいには丸きり男の格好をするようになってしまった」
  ――第5章 自転車狂時代 1890年代

1894年『シカゴ・トリビューン』イリノイ州シカゴ
問題は、自転車乗りから「新しい女」が生まれるのか、それとも、「新しい女」から自転車乗りが生まれるのか、ということであろう。
  ――第5章 自転車狂時代 1890年代

 などの歴史を経て、時代は現代へと移る。その最初に登場するのは、曲乗りのダニー・マカスキル。

『チェーンスポッティング』のストリート・トライアル(略)ビデオに登場するライダーたちは公園のベンチを跳びこえ、貯水タンクの上に乗り、道路の車止めの上でバランスを取り、車止めの柱から柱へとジャンプし、三メートルの塀から一回転しながら飛び降りる。
  ――第6章 バランスの妙技

 自転車版ヤマカシとでもいうか、これは説明するより動画を見てもらう方が早い。

GoPro: Danny MacAskill - Cascadia

 高所恐怖症の人にはいささかキツい映像だ。なお、ダニー・マカスキルのYoutubeの公式チャンネルはこちら

 とんでもねー真似をする人だが、ホンモノの変態も世の中にはいたり。

シンプルに自転車をファックしたい人びとがいるのである。
  ――第7章 脚のあいだの悦楽

 まあ、この辺を詳しく知りたい人は本書を読んでください。

 そんな自転車も、苦手な季節がある。それは冬。いや寒いのはいいのだ。困るのは、雪と凍結した道。

冬の自転車乗りの敵は低い気温ではなく路面の悪さである。
  ――第8章 凍てつく大地

 四輪の自動車だって滑るのだ。二輪の自転車じゃお察し。だが、これを逆手に取る者もいる。

かたく締まった氷と雪の斜面では、倒れさえしなければものすごい速度で駆け下りることができる。
  ――第8章 凍てつく大地

  ということで、速度の限界に挑戦したのが、エリック・バローヌ。

2017年、56歳のときにバローヌは世界有数の高速スキーコースとして知られるフレンチ・アルプスのヴァルにあるシャブリエール・スロープをマウンテンバイクで下り、自分の世界記録を更新した。最高速度はなんと時速227.7キロだ。
  ――第8章 凍てつく大地

(OFFICIAL) Eric Barone - 227,720 km/h (141.498 mph) - Mountain Bike World Speed Record - 2017

 自転車というよりオートバイみたいなゴツい車体に、バローヌも宇宙服みたいなのを着て宇宙人みたいなヘルメットをかぶり、雪の急斜面を駆け下りるのである。

 ツール・ド・フランスが有名なように、西欧では自転車レースの人気が高く、また選手もヒーロー扱いだ。だが、アジアでも意外なところで自転車で振興を企てる国があった。

ブータンには自転車で山を駆け回る王様がいる。
  ――第9章 山間の王国

 ヒマラヤの麓で坂ばっかりの土地だ。自転車には向かないと思うのだが…

元ブータン首相ツェリン・トブゲ「ブータンの土地は自転車向きです」「ぜんぶ真っ平だったら楽しみもないでしょう」「ブータンの風景には、上り坂もあれば下り坂もあります。上りがあるところには必ず下りがある。どちらも必要です。そしてどちらも楽しい」
  ――第9章 山間の王国

 そういう考え方もあるのか。

Tour of the Dragon, Bhutan: The World's Toughest One-Day Mountain-Biking Race

 この国では、ツアー・オブ・ザ・ドラゴンなんていう過酷な自転車レースまである。標高1200mから3340m、約268kmのコースを1日で走り抜けるのだ。

 とまれ、チベット系住民虐待などの暗黒面にも触れているあたりは、さすがジャーナリスト。

 などと野山を駆け回る人もいれば、室内でペダルを回す人も。納屋や押し入れの定番、エクササイズ用バイクだ。いかにも退屈そうなシロモノだが、それだけに…

ジョナサン・ゴールドバーグ「スピニング・プログラムとは――大宇宙に自らを捧げることであり、精神を解き放ち、心の扉を開いて、ひとりひとりの指標をつくりだすことなのです」
  ――第10章 停まったまま全速力で

 なんて意味不明な理屈を並べて人気を集める人も。フィットネス業界ってのは、ニューエイジっぽいのと相性がいいんだろう。

 かと思えば、自転車で北米横断なんてツアーもある。本書が取り上げたのは1976年のアメリカ独立宣言二百周年記念にあわせで行われた、バイクセンテニアル。小さな町を通りオレゴン州からバージニア州まで6,800kmを、自転車の集団で駆け抜けよう、というイベント。なんと参加者は4065人。うち…

アメリカ横断をやりとげた最高齢の参加者は67歳、最年少は二人の9歳児だった。
  ――第11章 アメリカの海がら海まで

 今は Google で「アメリカ横断 自転車 ルート」と訊ねると AI が親切に教えてくれたり。

 そんな「人生を楽しむ」目的で自転車に乗る人もいれば、生きていくために自転車を漕ぐ人もいる。次に登場するのは、バングラデシュの首都ダッカのリクシャワラーで一家を養うモハメド・アブル・バドシャー。リクシャとは自転車の後ろに二輪馬車みたいのを繋いだような、三輪の人力タクシーで、リクシャワラーはリクシャの運転手。

バドシャーは金曜日以外の毎日、朝の十時から晩の八時までリクシャを漕ぐ。平均して15回から20回くらい客を運び、約400バングラデシュ・タカ、およそ5ドルを稼ぐ。
  ――第12章 荷を負う動物

 ちなみにリクシャの語源は日本の人力車らしい。漕ぐ者と乗客の格差を否応なしに実感させる乗り物だが、あの辺の観光旅行では必須の乗り物でもある。リクシャの装飾に凝るのは、あの辺の人らしいなあ。「広告を載せれば」と思ってしまうのは、私がさもしいからか?

 なお舞台はインドのデリーだが、リクシャワラーを主人公とした本「歓喜の街カルカッタ」と、それを原作とした映画「シティ・オブ・ジョイ」もあります。こっちのリクシャは自転車じゃなく人が走って曳く、モロに人力車だけど。

 さて、西欧では自転車の地位はソレナリにあるが、米国での自転車の地位は低い。特に都市部では。なにせ自動車の国だし。だもんで…

ニューヨークでは毎年何千人という自転車乗りが自動車によって負傷しているが、自動車のドライバーが法的な責任を問われることは稀だ。
  ――第13章 ぼくの自転車遍歴

 なんて恐ろしい話も。そういやクイックシルバーなんて映画もあったなあ。日本の自転車の地位は…西欧と米国の中間ぐらい、だろうか。放置自転車が問題になるくらい、自転車に乗る人が多いから、政府も自転車をおろそかにできないんだろう。

 放置自転車は西欧でも大きな問題らしく、特に運河や川に捨てられる自転車も多い。沈んだ自転車に船がひっかかる、なんて事も。

(アムステルダムの運河で)年間に(略)引き上げる自転車は一万五千台におよぶ。
  ――第14章 墓場

 こういう、廃棄/放置自転車は、レンタサイクル事業が上手くいかない原因の一つでもある。ダイチャリはうまくいって欲しいなあ。

 などと政治的な乗り物でもある自転車だが、この半世紀ほどで自転車政策を二転三転させた国もある。中国だ。

(1989年6月4日)天安門の抗議者は自転車に乗る人びとの群れだった。
  ――第15章 大衆運動

 かつての中国は、自転車大国だった。事件以前の天安門広場は、大量の自転車が行きかっていた。国を挙げて自転車を作っていたし、人民にとっても自転車は大切な財産だった。

 だが、改革開放政策が軌道に乗り自動車が普及すると、風向きが変わる。

上海は2000年代初頭に、交通量の多い都心の一部で自転車を全面的に禁止した。
  ――第15章 大衆運動

 米国の都市部と同様に、自転車は邪魔者扱いされるようになったのだ。もっとも、今は逆に高級自転車がソコソコ出回っているみたいだけど。

 などと抑圧された歴史を持つ自転車に、意外な追い風が。

アメリカでロックダウンが始まった2020年3月から翌年の4月までに、アメリカ国内の自転車の販売数は前年比で60%近く増加した。
  ――第15章 大衆運動

 なんと、新型コロナの流行が、自転車の復活につながったのだ。みんな鬱屈してたんだろうなあ。

 最近は日本でもピチピチなジャージを着ていかにも軽快そうな細いタイヤの高級自転車で走る集団をよく見かけるようになった。太いタイヤのランドナーやキャンピングは滅多に見ないけど。また電動アシスト自転車やダイチャリなどのレンタサイクルとか、自転車の選択肢が増えたのも嬉しい。だが、自転車の社会的側面は私も知らなかった。お薦めは…やっぱり、自転車が好きな人に、かな。

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