カテゴリー「書評:SF:小説以外」の113件の記事

2021年12月 2日 (木)

SFマガジン2021年12月号

この目的のために働く者はだれであれ、社会とのあらゆる接点を失う。
  ――スタニスワフ・レム「原子の町」芝田文乃訳

「<ファイブ・ファシリティ>の究極の目的は何か? この都市に住まうすべての人々から、恐怖を取り除くことだ」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」

「絲路は、水不足で消える、現代世界で最初の都市になる」
  ――劉慈欣「円円のシャボン玉」大森望&齊藤正高訳

うちはふとっちょ一家だった。(略)
わたしはまだ太っている。ほかのみんなは過去形だ。
それはなぜか? あのいまいましい薬のせいだ。
  ――メグ・エリスン「薬」原島文世訳

 376頁の普通サイズ。

 特集は二つ。「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART3 1001~1500」と「スタニスワフ・レム生誕100周年」。

 小説は6本。

 うち連載は3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第7話,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第39回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第11回。

 読み切りは3本。まず「スタニスワフ・レム生誕100周年」として「原子の町」芝田文乃訳,劉慈欣「円円のシャボン玉」大森望&齊藤正高訳,メグ・エリスン「薬」原島文世訳。

 スタニスワフ・レム「原子の町」芝田文乃訳。第二次世界大戦中。私はロンドンから合衆国に派遣される。秘密裏に開発中であるはずの核兵器に関する情報が洩れているようだ、と。大西洋を越えフロリダへと向かった私がたどり着いたのは、隔絶された町だった。

 SFではない。情報部員がスパイをあぶりだすミステリ。1947年にポーランド人のレムが書いたとは思えぬほど、原爆製造のプロセスが生々しい。また放射線障害についても詳しいのが凄い。同じころのアメリカ人よりよほど良く分かっている。さすがマリー・キュリーの国だ。

 「スタニスワフ・レムからレム作品のアメリカ版の翻訳者、マイクル・カンデル宛の書簡 久山宏一訳」より。

良いかどうか調べるのには、私は実際的な方法を知っています。すでに書かれたものから削って、削って、消去して、そのときテキストが改良されたか、改悪されたかを見るのです。

 き、厳しい。なんか星新一も同じようなことを言ってたような。他にもアメリカSFへの評は火が出そうな毒舌ばかりで楽しい。でもお気に入りの作家はちゃんといて、かのP.K.ディック。

 「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART3 1001~1500」は籘真千歳≪スワロウテイル≫シリーズから。瀬尾つかさ、「キャッチワールド」とは渋い。ヤクザ・ボンズだっけ? 佐藤大輔を「未完の帝王」ってw 「小説家になろう」などWEB発の作品もボチボチ出てるんだなあ。つか「はやせこう」ってモロじゃんw

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第7話。アグレッサー部隊と日本海軍&空軍の模擬戦に、ジャムが乱入してきた。野生の勘でジャムを見破り警戒する日本空軍の田村大尉&飛燕は、雪風と共にジャムとの戦いを始める。

 出合って五分でガン飛ばす田村大尉もたいがいだけど、それに合わせる雪風も凄いw マシンも戦いの中で育つと、獣みたいな性格になるのかw そして最後までガン飛ばして帰投する田村大尉w そりゃジャムも警戒するよw

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第39回。多くの者が見守る葬儀の場で、自分たちの目的を明らかにしつつ、人々を巧みに煽るハンター。ノーマ・オクトーバーとの話し合いのあと、彼女の弟であるルシウスから話を持ち掛けられる。だがバジルは慎重で…

 頑張って法学生のコスプレに励むバジルが楽しい。手段を択ばず目的へと突き進む不気味で非人間的なハンターに比べ、あくまで人間的な賢さや悩みを感じさせるんだよね、バジルは。彼とバロットの絡みを増やしてほしい。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第11回。青野の空には大きな黒い渦が浮かぶ。大館いつきは來間先生の家を訪れ、児玉佐知と対面する。プレハブの部室で、児玉佐知は遠野暁により覚醒を促された。もう天使化は止められない。

 連載の初めの頃は懐かし昭和の学園ドラマっぽかったが、回を追うごとに化けの皮がどんどん剥がれていく。にしても、つくづく、各登場人?物が自分の正体や舞台である数値海岸に気づいているああたりが斬新でもありグロテスクでもあり。

 劉慈欣「円円のシャボン玉」大森望&齊藤正高訳。中国西北部の乾燥地帯にある都市、絲路。水を引こうとする父と、植樹による緑化を目指す母の間に生まれた円円は、幼い頃からシャボン玉が大好きだった。大学では優秀な成績を修め、ハイテク技術でビジネスでも成功する。そして気まぐれで巨大なシャボン玉を作りだし…

 サイエンスというよりエンジニアらしい地に足の着いた解説で読者を煙に巻きつつ、そこから発展して突拍子もない結末へと向かう、劉慈欣の持ち味が存分に生きた作品。いかにも白髪三千丈を感じさせる馬鹿でかいスケール感が気持ちいい。中国SFは最近の流行りだけど、この芸風は旧き良きサイエンス・フィクションの香りが強く漂い、むしろ齢経たSFファンにこそウケる作品だ。

 メグ・エリスン「薬」原島文世訳。父・母・兄そしてわたし。我が家はみんな太ってる。幾つものダイエットを試した母がたどり着いたのは、その薬。これは本物だった。酷い苦しみを味わうが、ちゃんと痩せる。ただし、生き延びるのは10人中9人だけ。

 肥満が問題になっている現代アメリカらしい作品。肥満ったってアメリカは桁が違うしねえ。作品中の食事の描写を読むと、そりゃ太って当たり前だよ、とつくづく感じる。暮らしの中で感じる肥満ゆえの不具合も凄まじい。とはいえ、社会全体が肥満を奨励してるとしか思えないんだよな、あの国は。

 大野万紀によるスタニスワフ・レム「インヴィンシブル」関口時正訳の紹介。どっかで聞いたようなお話だと思ったら、「砂漠の惑星」かあ。レムじゃ一番好きな作品だ。でもネタ明かしちゃうのはアリなの?

 塩沢編集長、長い間、充分に楽しませていただきました。ありがとうございます。

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2021年10月 7日 (木)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2021年版」早川書房

草野原々「大事なのはボツになる恐れを捨てることだ」

 恒例の年に一度のお祭り本。ったって半年以上も遅れてるけど。

 やはり「アメリカン・ブッダ」は評判いいなあ。まあ、当然だよね。「オーラリメイカー」もランキングにはいってる。「息吹」の高評価も納得。願わくば、もちっと執筆ペースを上げてくれれば…。

 とかの、自分の推しが他の人にどう受け取られてるかってのもあるけど、見逃してた美味しそうな本が見つかるのも、このムックの楽しさの一つ。「ワン・モア・ヌーク」「荒潮」「バグダードのフランケンシュタイン」「海の鎖」「おしゃべりな糖」「地磁気逆転と『チバニアン』」とか、いかにも面白そう。とはいいえ、最近は読書ペースが落ちちゃってブツブツ。

 「星界の戦旗」、本当に出るんだろうか? 東京創元社のアンソロジー・シリーズも期待してます。あと「フレドリック・ブラウンSF短編全集4」は期待以上の濃さだった。

 酉島伝法「自作解題」。「いつにもまして造語を多く作らねばならなかった」って、やっぱり苦労して造ってたのね。

 水鏡子と梶尾真治の肩書き、なんじゃそりゃw にしても「目標は生きのびること」な人の多さよ。とまれ、痩せちゃったら柴田勝家じゃないよね。

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2021年9月15日 (水)

SFマガジン2021年10月号

「おまえ、ジャムか」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」

「私なら、この集団訴訟を、八カ月で潰します」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」

あなたたちは人生で二人、特別な人と出会います。
  ――津久井五月「環の平和」

俺は16歳の春に目を覚ました。
  ――宝樹「時間の王」阿井幸作訳

 376頁の普通サイズ。

 特集は「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART2 502~998」。

 少説は10本。

 連載は3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第38回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第10回。

 読み切りは7本。上遠野浩平「従属人間は容赦しない」,平山瑞穂「鎧う男」,津久井五月「環の平和」,三方行成「メガ奥46k」,春暮康一「主観者 後編」,宝樹「時間の王」阿井幸作訳,S・チョウイー・ルウ「年年有魚」勝山海百合訳。

 「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART2 502~998」。コミックやSF以外も出てきて、幅が広がってきたのがわかる。コミックは坂田靖子・吾妻ひでお・水樹和佳子・横山えいじ・佐藤史生・清原なつの・森脇真未味・とり・みき・北原文野・ふくやまけいこ・いしかわじゅん・西島大介と、少女漫画出身の人が多い。少年漫画誌のSFはバトルに流れがちだけど、少女漫画は世界観とかで唸らせるのが多いんだよなあ。谷甲州の「エリコ」は、この著者からは想像できない異色作だった。冲方丁「マルドゥック・スクランブル」のカジノの場面は凄かった。野尻抱介「クレギオン」の「サリバン家のお引越し」は自転で重力を模すシリンダー型コロニー内の航法って地味なネタながら、みっちりセンス・オブ・ワンダーが詰まってる。小川一水「天冥の標」は長いけど確かにⅠ~Ⅴのどこから入ってもいいんだよね。

 春暮康一「主観者 後編」。クルーたちはその惑星の海で見つけた生物らしきものに、慎重な接近を試みる。光が全く届かない海底で、複雑な閃光を発するもの。発光器官のしくみは見当がついた。地球の深海魚などと同じ、化学反応によるものだ。だが目的がわからない。獲物をおびき寄せるためでもなければ、異性を誘うためでもない。観察しているうちに、行動パターンに変化がみられた。

 充分な考慮を重ね慎重なアプローチで少しづつファースト・コンタクトを進めていくクルーたち。デビュー作の「オーラリメイカー」もそうだったように、読者の想像をはるかに超える異星生物の奇怪極まる生態が楽しめる極上のファースト・コンタクト作品だ。スタニスワフ・レム「砂漠の惑星」やピーター・ワッツ「ブラインドサイト」と充分に肩を並べるファースト・コンタクト物の傑作。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き。離陸前から、今回のアグレッサー戦への認識を改めた田村伊歩大尉。だが、どの機が敵でどの機が味方かが分からない。既に発進前の雪風による「攻撃」で、飛燕が得る画像情報があてにならないのっは分かっている。自らの目でそれぞれの動きを確かめ、その目的を探ろうとする田村大尉だが…

 コミュニケーションの手段は様々だ。この作品の面白さの一つは、マシンとヒトのコミュニケーションを高い解像度で描く点にある。今までは雪風からのメッセージを零が解釈する形だった。今回は、雪風とレイフと飛燕そしてジャムのメッセージを、暴力の化身である田村大尉がどう受け取るか。田村大尉は獣みたいな人だけど、捕食獣だけに獲物の目論見を見抜く力は優れているのだw

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第38回。<誓約の銃>のアジトであるヨット<黒い要塞>への襲撃などで得た証拠などに基づき、イースターズ・オフィス側は闘いの場を法廷にも広げる。そこで闘いを仕切るクローバー教授バロットから、バロットはアソシエート(補佐)役を仰せつかった。と同時にもう一つ、中途入学の新入生の案内も頼まれる。その新入生とは…

 はい、意外な人物です。であると主に、アレがなぜ奴を重用するのかもわかる仕掛け。ああいう世界に住む者には珍しく、感情に流されず理性的に動ける上に、視野が広く長期的に考える能力も持つのは、あの襲撃の場面で描かれていたけど、そうくるかあ。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第10回。杉原香里は児玉佐知を追う。既に佐知の家に寄り、牛乳瓶に埋め尽くされた玄関を見た。甘味処の前に降りる。この先の「來間先生の家」にいるはずだ。路地に入る。空気に抵抗感がある。やはり佐知はこの先にいる。

 今回は9頁。「自分に与えられている計算量の上限を測っている」などの記述で、読みながら目を覚まされる。そうなんだよなあ、登場人物たちは、自分が計算機内の存在だと分かっているんだよなあ。ボンクラなプログラムはCPUやメモリなど資源の使用量はOS任せで、ほっとくとメモリを使いつぶしちゃったりするんだよなあ。

 平山瑞穂「鎧う男」。41で雇い止めされ借金を抱え、故郷の実家に舞い戻った的場に、中学の同級生でバンドを組んでいた棚橋から連絡がきた。棚橋の話では、やはりバンドのメンバーだった穴澤も故郷にいるという。音楽をやめた的場や棚橋と違い、的場はメジャーデビューを果たし、その後は敏腕プロデューサーとして女性アイドルグループをチャートに送り込んだが…

 「鎧う」が読めなかった。「よろう」なのか(→Goo国語辞書)。楽器に手を出したはいいが、自分の才能に見切りをつけた的場の気持ちが切ないというか、他人事じゃないw いや別に私は素人として音楽を楽しめればいい、ぐらいに思ってたけど、別の楽器を担当してるハズの人が自分より巧くギターを弾きこなした時の気分は、よく分かるw

 上遠野浩平「従属人間は容赦しない」。統和機構はヒノオを捕えたが、ウトセラ・ムビョウは行方をくらます。ヒノオから情報を引き出そうとするが、彼は何も話さない。そこで統和機構のナンバー2と目されるカレイドスコープがヒノオと話すことになった。

 リセットが「せっちゃん」でリミットが「みっちゃん」なのは巧い仕掛け(→Wikipedia)。終盤では、他にも懐かしい名前がチラホラ。

 S・チョウイー・ルウ「年年有魚」勝山海百合訳。春節を前に、夫婦は準備に余念がない。ふーだお<福倒>、逆さまにした福の字の賀紙(→Wikipedia)、福がやってくるおまじない。年年有魚、魚料理、豊かになる縁起担ぎ。

 3頁の掌編。日本じゃ正月に門松を飾りお餅を食べる。キリスト教はクリスマスにツリーを飾り七面鳥を食べる。多くの文化で、特定の日に特定の飾りをして特別な物を食べる。それぞれの飾りや食べ物には、祈りや願いが込められている。小さな幸せの象徴…とか思ってたら、なんじゃこりゃあ。

 津久井五月「環の平和」。宮下玲が生まれる前に交感が開発された。他人が知覚する光景や思い浮かべるイメージを知り理解する技術だ。人々の結束を強めると思われたが、実際は逆だった。世界は少数のリーダーと、それに集う多数の人々に分かれる。それぞれの集団はいがみあい、争い合う。これを解決するために環の平和実験が行われる。玲hその被験者だ。

 はい、まるきしインターネットのよるエコーチェンバーというかタコツボ化というか。実際、音楽の世界でも、少数のスーパースターと多数の稼げないミュージシャンの差は広がるばかり(→「50 いまの経済をつくったモノ」)。ラジオもネット化してチャンネル数が増え選択肢が広がったためプログレが好きな私はウハウハだけど、日本の流行歌はサッパリ知らず会話に難が出たり。中波ラジオで聞いてた頃はソレナリについていけたんだが。

 宝樹「時間の王」阿井幸作訳。1994年。十歳で入院したとき、俺は同い年の琪琪(チーチー)と出会った。「人って死んだらどこに行くと思う?」 入院患者で同年齢の子は俺と琪琪だけ。数カ月の入院中、俺たちは一緒に遊んだ。琪琪は急性白血病で、長くはなかった。

 冒頭は「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」を思わせるファンタジイっぽい仕掛けで、何度も出会う二人を描きつつ、終盤のオチでは読者に解釈の余地を与えながら静かな余韻を残す。「中国のカジシン」は言い得て妙。

 三方行成「メガ奥46k」。メガスケール大奥、略してメガ奥の開闢より4万6千年少し。延々と連なる車列から、早起きしたエンリコは親方に捕まってしまう。マワシをつけ八景を見回す親方。だが今朝もチャンクは見当たらない。こうやってチャンクを探すのが巡業だ。

 大奥と力士と牛の三題噺。にしても、どうすりゃこれだけ狂った話が創れるのかw 「化粧が終わればマワシである」とかの言葉遊びが楽しい作品。徳川家安の次が徳川家無料ってw そう読ませるかあw 「巡業」「取り組み記録」「年寄株」のこじつけもいいし、「力士」が妙にSFしてるのもw

 伴名練「『日本SFの臨界点』編纂の記録2021」。正確な書誌情報を集める方法はマニアにとってとても役に立つ。また同時期に書いた週刊少年ジャンプの記事では、いかに読者をSF沼に引きずり込むかの工夫が見事。やっぱり手に入れやすいかどうかは大事だよね。

 大森望の新SF観光局「ハヤカワ文庫JAのSFベスト55」。もっと頁数を寄越せ、という筆者の叫びが聞こえてきそうな紙面w そりゃベストnとかやると、ついそうなるよねw

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2021年7月 6日 (火)

SFマガジン2021年8月号

雪風は、ジャムだ。
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話

「あなたは自分の意志に関係なく、この世界を滅ぼすことになる」
  ――飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第9回

どの司書にも、決して誰にも貸し出しをしない<本>がある。
  ――アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド 実際に役立つ扉ファンタジー集」原島文世訳

「その電信柱は女性でした」
  ――板崎かおる「電信柱より」

わたしはほかの存在と話すことはめったにない。
人間と接するのは、たいてい遠くからなんだ。
  ――ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」佐田千織訳

 376頁の普通サイズ。

 特集は「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART1 1~409」と、「映画『夏への扉 キミのいいる未来へ『Arc アーク』」小特集。

 少説は10本。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第37回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第9回,藤井太洋「マン・カインド」最終回。

 読み切りは6本。「映画『夏への扉 キミのいいる未来へ『Arc アーク』」小特集としてケン・リュウ「人とともに働くすべてのAIが知っておくべき50のこと」古沢嘉通訳。他に片瀬二郎「七億人のペシミスト」,春暮康一「主観者 前編」,板崎かおる「電信柱より」,アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド 実際に役立つ扉ファンタジー集」原島文世訳,ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」佐田千織訳。

 「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART1 1~409」。懐かしの名作がいっぱい。小松左京「果てしなき流れの果てに」は壮大なヴィジョンがゾクゾクした。半村良「石の血脈」は分厚さに一瞬ビビったけど、読み始めたら一気の面白さ。星新一「進化した猿たち」はユニークの極地。山田正紀は「襲撃のメロディ」でSF沼に引きずり込まれ、「氷河民族」「神狩り」「弥勒戦争」でドップリとハマってしまった。矢野徹「折紙宇宙船の伝説」のエロスと抒情は忘れ難い。堀晃「梅田地下オデッセイ」は寡作な著者の貴重な一冊。東野司≪ミルキーピア≫シリーズも好きだった。そういえば、今は「ソフトハウス」って言葉は死語になったのかなあ?

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き。模擬戦が始まる。日本空軍の飛燕を駆る田村伊歩大尉は、発進待機中に雪風とレイフを撮影したはずが、動画を確認すると両機とも映っていない。これを雪風による攻撃と考えた田村大尉は、模擬戦への認識を改め、僚機である日本海軍航空隊の面々に警告するが…

 いいなあ、田村大尉。ジャムは異質で正体不明ながらも、コンピュータに近い知性体のようにほのめかされている。いずれにせよ、普通の人間には理解不能な存在だ。深井零はヒトからややはみ出していて、でも機械ながら知性的な雪風とは巧くやれる。田村大尉もヒトからはみ出てるけど、機械よりむしろケダモノに近いw 果たして田村大尉の野生の勘は当たっているのか? また2カ月も待つのか。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第37回。イースターズ・オフィスはレイ・ヒューズとクレア・エンブリー刑事そしてトゥイードルディ&トゥイードルディムの協力を得て、<誓約の銃>がアジトとするヨット<黒い要塞>を襲う。襲撃は成功し、目的である潜入中のウフコックに加え、ブルーも確保した。ただしブルーは首だけで生きている。

 激しいアクションの前回に対し、今回は静かめ。ただし物語は意外な方向へと進む。ただのウザいお騒がせ野郎かと思わせといて、そう来るかあ。アレは地なのか演技なのか。半ば地だと思うんだが、どうなんだろ。そして、ここしばらく姿をくらましていたハンターが…

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第9回。同好会棟から逃げ出す遠野暁と小野寺早都子。止体となったはずの早坂篤子は自転車の部品を巻き込み、二人に襲い掛かる。その中に取り込まれる山下祐。

 派手なアクション・シーンから始まる今回。止体って、なんとなく硬いモノになってると思い込んでたけど、なんじゃそりゃあ。「自転車蜘蛛」って言葉が、妙にハマった。にしても「夕方のおかあさん」が、そういう意味だったとは。いろいろと驚きに満ちた回だ。

 ケン・リュウ「人とともに働くすべてのAIが知っておくべき50のこと」古沢嘉通訳。先週の水曜日、有名なAI批評家WHEEP-3が稼働を停止する。元はジョディ・レイノルズ・トラン博士が作った実験用生成ニューラル・ネットワークだった。倫理とAIの技術研究そしてマン・マシン・リレーション関係の論文でトレーニングし、他にも多くのデータを与え…

 AIがAIを批評するってのも、面白い発想。いわゆるディープ・フェイクもAIなら見破れるんだろうか? WHEEP-3に注目を集めるネタをトラン博士が仕掛けるあたりは、マルコム・マクラレンが仕掛けたセックス・ピストルズの売り込みを思い浮かべてしまう。にしも、この人、やっぱり LISP や Prolog に関心があるんだなあ。

 アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド 実際に役立つ扉ファンタジー集」原島文世訳。世界には二種類の司書がいる。利用者は本泥棒だと持っている者と、魔女だ。黒人少年は図書館で『逃げ出した王子』を熱心に読んでいた。異世界転出物の古いラノベで、あまり人気もない。

 この地域の雰囲気を描くのに「人種差別を撤廃するかわりに(公共プールを)コンクリートでふさがれた」としたのは見事。人がなぜファンタジイを求めるのか、ファンタジイに何ができるのかをテーマとした、切ない短編。何が名作で何が駄作か、どんな終わりがハッピーエンドなのか、それは人によって違うんだよね。

 春暮康一「主観者 前編」。赤色矮星ラカーユ9352の第一惑星は、居住可能領域にあり、常に同じ面を恒星に向けていて、昼の面は分厚い水が覆っている。恒星のフレアで無人探査機が通信を断ったため、宇宙船<トライアクシズ>と五人のクルーが探査に訪れる。無代謝休眠から目覚めたクルーは、第一惑星の探査を始め、生物らしき存在を見つける。

 うおお、これまた「オーラリメイカー」に匹敵する骨太で本格的なサイエンス・フィクションの予感。休眠から目覚めるオープニングから雰囲気バッチリだし、惑星と恒星の位置関係が惑星の環境に及ぼす影響、それが惑星の地形でどう関わってくるかとか、実にゾクゾクする。そしてもちろん、肝心のエイリアンの性質が明らかにされていく過程も。前後編とか言わず、長編にして欲しい。

 板崎かおる「電信柱より」。リサは電信柱を切る仕事をしている。その夏、リサは激しい恋に落ちた。相手はS市の郊外にある電信柱。チームの主任であるリサは、その電信柱を後回しにしたが、それは時間稼ぎに過ぎない。引き延ばしても、せいぜいあと一カ月。

 第三回百合小説コンテストのSFマガジン賞受賞作。恋のお相手は電信柱なんて奇妙きわまる状況、それも「激しい恋」というわりに、統計データを取り出すとか妙に落ち着いているリサが面白いw それを受け入れて話を聞いている側も。百合の世界は果てしなく広いw

 片瀬二郎「七億人のペシミスト」。ここ数年、いろんなことがあった。なぞの伝染病がはやり、南米で巨大地震が都市を襲い、核兵器が使われ、おまけに巨大隕石が地球にぶつかるらしい。団地の入居率は5%を切った。学校は閉鎖されて一年になる。もう警備員も常駐していない。堰田は友人たちと学校に忍び込む。

 世界は終末へのタイム・リミットが迫っている。なんとなくダラけた日々を送る堰田。いるよね、何も考えずその時の衝動と本能で動いてるクセに、なぜかどうにかなっちゃう奴w 下戸から見ると、飲んだくれて酔いつぶれるなんて真似は、やたらと能天気に見えるんだけど、本人にはソレが普通なんだろうなあ。

 ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」佐田千織訳。工場から来たばかりの新人ロボットには、先輩ロボットの相談相手が割り当てられる。K.g1-09030の相談相手は、コンスタント・キラーことC.k2-00452だ。おしゃべりで人懐こいK.g1-09030に対し、C.k2-00452は寡黙だが落ち着いていて的確なアドバイスをくれる。

 ロボット同士の会話ログで話が進む。ロボットの労働環境も、なかなかブラックな様子。K.g1-09030が見つけた職場は、なんというかやたらとマニアックw そういう趣味の人もいるんだろうかw そして頼れる先輩C.k2-00452の仕事は… いい先輩に当たったねw

 藤井太洋「マン・カインド」最終回。自力では起き上がれないほどに弱ったチェリー・イグナシオは、それでも部下に的確な指示を下し、公正戦を有利に進めていく。侵攻する<グッドフェローズ>は五分隊のうち、レイチェルが率いる分隊だけを残し壊滅。ジャーナリストの迫田はレイチェルと共にチェリーに迫る。そのチェリーは、呼び寄せたマスコミ相手のインタビュウを始める。

 遺伝子操作によって生まれたマン・カインドたちの、卓越した能力を描いてきた本作も、いよいよ完結。従来の超人物は筋力や超常能力などに注目したのに対し、この作品は肉体よりそれを操る脳や神経系に焦点を当て、じっくりと解説しているあたりが、数多い超人物SFでも唯一無二の輝きを放っている。また「東京の子」や「ハロー・ワールド」と同じく、映像ジャーナリズムの生々しい技術トピックが満載なのも嬉しい。

 にしても、また雪風は二ヶ月も待たされるのか。頁数を増やすとか、できません?

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2021年5月 4日 (火)

SFマガジン2021年6月号

「あなたはSF作家になりますか? それとも、裏SF作家になりますか?」
  ――小川哲「SF作家の倒し方」

 376頁の普通サイズ。

 特集は樋口恭介監修による「異常論文特集」で、活きのいい作家による異常な作品が10本。

 小説は8本。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第36回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第8回,藤井太洋「マン・カインド」第16回。

 加えて読み切り4本。上遠野浩平「悲観人間は心配しない The Pessimistic Man」,サラ・ゲイリー「修正なし」鳴庭真人訳,ニベディタ・セン「ラトナバール島の人肉食をおこなう女性たちに関する文献解題からの十の抜粋」大谷真弓訳,デイヴィッド・ドレイク「殲滅の代償」酒井昭伸訳。

 では「異常論文特集」から。

 木澤佐登史「INTERNET2」。INTERNET1 は荒廃し、自ら壊れた。だがいま私は INTERNET2 にいる。ここはとても素晴らしい。21世紀、分子生物学者ミシェル・ジェルジンスキが証明した、あらゆる遺伝子コードの複製可能性が突破口となり…

 もともと Twitter の冗談から始まった異常論文特集のトップバッターが INTERNET2 というのは、なかなか皮肉が効いてる。いや表紙を別にすれば、だけど。もちろん IPv6 とか、そんなチャチなもんじゃねえ。

 柞刈湯葉「裏アカシック・レコード」。裏アカシック・レコード。そこには、世界のすべての嘘が収録されている。ほぼ無限の容量を持つらしいが、内部の構造などはわからない。また検索には膨大なエネルギーが必要なため、使える者は限られる。問い合わせが偽であれば有限の時間で解が出るが、応答にかかる時間は予測不明だ。

 「問い合わせが偽なら有限の時間で解が出る」がミソ。真の場合は無限に時間がかかるわけで、問い合わせを巧く工夫しないといけない。つか予め全ての解を収録しているのかw ネッシーの問い合わせには大笑い。そうきたかあw

 陸秋槎「インディアン・ロープ・トリックとヴァジュラナーガ」。魔術師が縄を放り上げると、縄が空中に直立する。魔術師の弟子が縄をよじ登り、空中に姿を消す。これがインディアン・ロープ・トリックだ。この魔術には世界各国に様々なヴァージョンがあり…

 古典的な奇術であり、そのトリックばかりか真偽までが議論の的となっているインディアン・ロープ・トリックをネタに、真面目に文献を漁ってルーツと変転を調べつつ、その真相に迫る…ハズが、例のあの人が出てくると途端に…

 青山新「オルガンのこと」。MD-KOT-001、学習用の献便パッケージ。肛門からロッドを刺し、トリガーをひく。腸壁が演算を始める。

 ヒトの腸内には多種多様な細菌が住んでいて、人それぞれに独特の生態系を構成している、という最近流行りの説をとっかかりに、異様な世界を描き出す作品。

 難波優輝「『多元宇宙絶滅主義』と絶滅の遅延――静寂機械・遺伝子地雷・多元宇宙モビリティ」。苦痛を感じるすべての生物は絶滅させるべきだ、との思想に基づき、「持続可能な絶滅」が世界の基本方針となった。ただし、宇宙は一つとは限らず…

 「持続可能な絶滅」で黒い笑いが出る。一瞬、フレッド・セイバーヘーゲンのバーサーカー・シリーズになるのかと思ったら、甘かった。うーむ、宇宙を越えてまで絶滅させるのかあ。

 柴田勝家「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」。宗教性原虫は単細胞真核生物である原生生物に似ているが、同じではない。言語現象を媒介して人間に寄生する。時として重篤な宗教性原虫感染症を引き起こすが、人類の誕生から共生関係を築いており、根絶は難しい。

 タイトルの「宗教性原虫」からして人を食っている、というか食いまくり。言われてみれば確かに、宗教を実体のある生物としてみれば、新しい展望が開けるかも…って、おいw

 小川哲「SF作家の倒し方」。SF作家には二種類ある。池澤春奈が率いる表SF作家と、大森望が率いる裏SF作家だ。SF作家は、デビュー時に、どちらの陣営に加わるのかを選ばなければならない。

 いきなり実名が出てきて、大丈夫か? と持ったら、中には次から次へと実名が続々と。三大危険SF作家とか、もう笑いが止まらない。でも監修者がケツまくって逃げるのはズルいと思うw

 大滝瓶太「サムザの羽」。数学者アルフレッド・ザムザは二つの命題を掲げた。1)たとえその小説が無矛盾であっても、そのなかには真相を同定しえない問題が存在しうる。2)たとえその小説が無矛盾であっても、自身の無矛盾性を証明できない。

 ゲーデルの不完全性定理に始まり、フランツ・カフカの小説「変身」の主人公グレーゴル・ザムザは、何の虫に変身したのか、という疑問、そして後期クイーン問題(→Wikipedia)へと話は飛び、有名な文学作品のパロディも交えた、人を食った作品ザムザの虫、私はゲジゲジみたいな多足類だと思う。

 倉数茂「樋口一葉の多声的エクリチュール――その方法と起源」。1896年、24歳の若さで没する直前のわずか1年半で、「にごりえ」「たけくらべ」などの傑作を生みだした樋口一葉の生涯を辿り、彼女の独特の文体が醸し出す効果と、その文体を会得した謎を探る。

 ちょっとしたミステリ仕立てになっている。とまれ、改めて考えると、学問ってミステリそのものだよね。言文一致文と、樋口一葉の文体に、そういう効果があるってのは、全く知らなかった。ウィリアム・ギャディスが「J R」でやろうとしたことに近いのかな?

 鈴木一平+山本浩貴(いぬのせなか座)「無断と土」。2028年、開発者不明のホラーゲーム「Without Permission Soil」がWeb上で流通しはじめる。このゲームは1900年生まれで1949年に亡くなった詩人・菅原文草の作品をVRゲームとして具体化したものと思われ…

 ちょっと"菅原文草"で検索したら…うん、そうじゃないかと思った。バグを利用して無限に発展していくゲームって発想が冴えてる。

 「異常論文特集」はここまで。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話。飛燕こと日本空軍のF-4に乗り込み、田村伊歩大尉はエンジンをかけた。サポートするのはFAFのアーモン・フェース中尉。視界の向こうでは日本海軍の四機が待機している。そして発進しようとしているのは、今回の対戦相手。雪風とレイフ。

 待ってました、飛燕&田村 vs 雪風&深井。ボクシングの試合前、両選手がにらみ合うような緊張感が漂う場面が続く。いや機体とパイロットのチーム同士だから、プロレスのタッグマッチだろうか。もっとも、今回は田村大尉の視点のみだけど。田村大尉、ゴングが鳴る前にいきなり突っかかってるしw また二ヶ月も待たされるのか。いけず。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第36回。イライジャの眼鏡に化け、<誓約の銃>がアジトとするヨット<黒い要塞>に潜り込んだウフコック。そこでイースターズ・オフィスに向け信号を発し、さっそくマクスウェルらに正体が露見した。

 今回も視点は三つ。葬儀の場面、ハンターの孤独な戦い、そしてイースターズ・オフィス vs <誓約の銃>。イースターズ・オフィス出撃の場面は由緒正しい少年向け漫画のワクワク感がいっぱい。マルドゥック・シティの富豪たちから「俺にも使わせろ」と横やりが入るんじゃなかろか。もちろん私も欲しい。にしても<誇り高き鉄パイプ>ってw らしいと言えばらしいけどw

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第8回。大館いつきは自転車で児玉佐知の家へと向かう。佐知の母を思い出す。いつだって佐知の母は家にいた。佐知のために用意された、「夕方のお母さん」。だが、今日は鍵がかかっている。

 今回の冒頭はホラー仕立て。玄関を開けた場面もイヤ~ンな感じだが、奥へ入るに従い、その感じは更に高まってゆく。改めて読むと、この作品、視点というか認識の層がやたらと複雑だ。登場人物たちが見聞きする情報、それにヒトとして対応する層、そして園丁としての認識。園丁が「自分は園丁だ」と分かっているあたりが、ややこしい。

 上遠野浩平「悲観人間は心配しない The Pessimistic Man」。今回、製造人間ウトセラ・ムビョウの前に現れたのは、悲観人間ベルベット・アルファベット。脳の前頭葉に演算チップを埋め込み、統合和機構のいずれの派閥にも属さず、単独で“経費削減”のために活動する合成人間。

 経費削減や効率化のため邁進する人…って、どの組織でも嫌われるよね。統合和機構でもそうなのか、と妙に納得しちゃったり。にしても、「おまえと話をしたがる者など、誰もいない」って、ヒドすw ムビョウやヒノオ、そして統合和機構そのもの目的までが仄めかされる回。

 サラ・ゲイリー「修正なし」鳴庭真人訳。アンナが書いた原稿「自動運転車の良心と交通事故犠牲者」。編集側は「本文はすばらしい」としつつも、脚注に問題があると指摘する。だがアンナは…

 2段組みで本文は1段ほどなのに、脚注は7段を占める異様な体裁。その脚注で、著者と編集者の火花散る睨み合いが展開する異色作。

 ニベディタ・セン「ラトナバール島の人肉食をおこなう女性たちに関する文献解題からの十の抜粋」大谷真弓訳。1891年、英国の探検隊はラトナバール島に上陸する。そこで出会ったのは、ほとんどが女性と子どもで構成された先住民だった。この出会いは悲劇的な結末を迎え…

 これまた4頁の掌編。しかも、全てが引用で構成された、これまた異様な作品。いやまあ、「先住民のふるまう歓迎の食事」で、イヤ~ンなオチは覚悟していたけど…

 藤井太洋「マン・カインド」第16回。ついに始まった<テラ・アマソナス>と<グッドフェローズ>の公正戦。その中継を見ていたヨシノらは、一つの場面に注目する。アマソナスのカミーロが、グッドフェローズの撃つ弾丸を避けたのだ。

 次々と明らかになる、ORGANに隠された能力。見せびらかすようなカミーロの戦い方には、どんな意図があるのか。そういう能力を、なんだってこんな事に使うかなあ。私ならパコ・デ・ルシアの絶技を←しつこい

 デイヴィッド・ドレイク「殲滅の代償」酒井昭伸訳。最強の傭兵部隊<ハマーの殲鎚>は、惑星スラッシュで進軍中。今回の雇い主は中央政府、依頼の内容は狂信者集団デンソン教徒。敵も傭兵<フォスター歩兵部隊>を雇っている。

 戦車SF。もっとも彼らの戦車は無限軌道じゃなくてホバー式だけど。戦車・随伴歩兵・砲兵など様々な部隊が互いに協力し合うのはもちろん、それらが情報ネットワークで密接につながっているあたりが一味違う。つか傭兵団が戦車を持つかあ。

 次号で「マン・カインド」最終回。これは楽しみ。

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2021年3月16日 (火)

SFマガジン2021年4月号

「いまのところ雪風が本ミッションを拒む様子は認められない」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」 第5話

「そのときはリリー・クレマンという登場人物はいなかったけどね」
  ――飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第7回

 376頁の普通サイズ。

 特集は「小林泰三特集」と「追悼:佐治嘉隆」。

 小説は9本。

 まず「小林泰三特集」で4本。「単純な形」,「虹色の高速道路」,「きらきらした小路」,創作落語「時の旅」。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」 第5話,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第35回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第7回,藤井太洋「マン・カインド」第15回。

 加えて読み切り1本。高野史緒&佐々木淳子「桜の園のリディア」。

 では「小林泰三特集」から。

 「単純な形」。イラストレーター藤原ヨウコウ「このとはの海 カタシロの庭」とのコラボレーション。わたしは単純な形が好きだ。だから、次元潜水船の製造を頼まれた時は、正八胞体にした。

 正八胞体? へ? と思ったら、二次元だと正方形、三次元だと立方体、なら…ということだろう。しょうもないオチが楽しいw

 「虹色の高速道路」。二年ほど前倒しで、俺は祖父から「操りの儀式」を引き継ぐ羽目になった。七面倒くさい計算を山ほどしなくちゃならん。だが、やらないと天地の均衡が崩れるらしい。嫌になって神社の裏山に逃げ出した俺は、幼馴染の貞子に会う。

 儀式に目盛りやら算盤やら計算尺やらを使うってあたりで、「おお、キタキタ」と盛り上がってしまう。こういう、落人部落っぽい因習が残る村って舞台と、妙にサイエンスっぽいネタの組み合わせの妙も、小林泰三ならではの味。とか思ってたら、なんじゃい銀色のボディスーツってw

 「きらきらした小路」。幼い僕に、親はこう言い続けた。「絶対に脇にそれてはいけないよ」「死んでしまうからね」。普通にしていれば、路からそれることはない。それると、暗い穴の中に落ち込んでしまう。

 童話風に語る本格サイエンス・フィクション。「覗くな」と言われると覗き、「入るな」と言われれば入ってしまうのがお話のお約束。「僕」も、お約束にたがわず…。擬人化って点じゃ「はたらく細胞」なんだけど、これは「BLACK」の方かな?

 「時の旅」。どんな仕事についても長続きしない留さん、今日は「いい金儲けを思いついた」とご隠居に相談にきた。ご隠居は「どうせロクでもない話だろう」とは思いつつ、留さんの話を聞けば、「まず、タイムマシーンを用意させてもらいます」などと言う。

 SF創作落語。新作落語でも、やっぱり留さんやご隠居が出てくるのかw まあ、これは様式ってもんだろうなあ。SF落語ならではのオチが見事w

 「小林泰三特集」はここまで。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」 第5話。アグレッサー部隊としての初任務が始まる。雪風には新機能ATDS=注目対象表示システムが加わった。雪風のコンピュータを調べ、各機能の消費エネルギーを示す。多くのエネルギーを食っている機能が、雪風が注目している機能だろう、そういう発想のシステムだ。

 零もブッカー少佐も、「雪風がミッションを拒む様子は…」「雪風のいまの気持ちが…」と、雪風を単なる機械ではなく生き物のように扱っているのが感慨深い。ATDSもまるきしfMRIだし。そんな緊張感をマイペースで吹っ飛ばす桂城少尉が素敵w いよいよ田村大尉と対決か…と期待させて、いけず。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第35回。救出されバロットと再会したのも束の間、再びウフコックは潜入を試みる。目的はブルーの行方を突き止めること、潜入先は<誓約の銃>のアジト、小型貨客船<黒い要塞>。イライジャの眼鏡にターンしたウフコックは、静かに聞き耳を立て…

 時系列をシャッフルしながら進む本作品、今回は衝撃的な場面で幕を開ける。誰が登場するかではなく、誰が登場しないかに注目してしまう。うーん、どっちなんだ? 今回も懐かしい名前が出てきたが、そうきたかあ。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第7回。「クレマンの年代記」を読みふける小野寺早都子に、美術部長の遠野暁が声をかける。小野寺は遠野が苦手だ。早坂の<止体>を平気でスケッチする無神経さが気に入らない。その遠野も「クレマンの年代記」を読んだが、リリー・クレマンは登場しなかった、と言う。

 「同好会棟」なんてのがあるあたりで、かなり偏差値の高い学校なんだろうなあ、と感じたり。こういう風に生徒の自主性を認めるのは、学校側も相応に生徒を信頼しているからで、底辺校じゃこうはいかない。それに加え、ケッタイな同好会がウジャウジャある所は、ちょっと「究極超人あ~る」を思い浮かべた。秘密基地にも粉砕バットが転がってるんだろうか。

 藤井太洋「マン・カインド」第15回。三角州を戦場として、イグナシオ率いる<テラ・アマソナス>が守り、軍事企業<グッドフェローズ>が攻める、公正戦が始まる。それを中継する迫田。

 森林の中を高速で<マスチフ>が突っ走る場面が強い印象を残す。「落葉樹林の進化史」で知ったんだが、ヒトの手が入っていない森は、倒木や落ち葉に覆われていて、移動するのも一苦労だ。こういう所をマシンで移動するには、車輪より脚の方が都合がいい。とはいえ、上下左右にガタガタ揺れるから、迫田も苦しいだろうなあ。

 高野史緒&佐々木淳子「桜の園のリディア」。帝政ロシア末期の1905年8月。ピョートルは26歳になっても家庭教師や翻訳で食いつなぎ、各地をフラついていた。気まぐれに辺境の駅で降りたピョートルに、15,6歳の少女が声をかける。「私よ、アーニャよ」。だがピョートルがこの地に来たのは初めてだ。強引にピョートルを家に招くアーニャ。彼女の家族はみなアーニャにそっくりだった。

 高野史緒お得意のロシア物で、元ネタの一つはアントン・チェーホフの「桜の園」(→Wikipedia)…って、読んだことないけど。沈みゆく地主一族の物語に、エドガー・アラン・ポーを思わせる「不気味な館」物の香りを添え、この時代ならではのヒネリを加えた作品。

 次号は冗談から出た駒で樋口恭介編集の「異常論文特集」。この調子で裏SFマガジンを立ち上げて欲しい。編集は各SF作家の持ち回りでw

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2021年1月19日 (火)

SFマガジン2021年2月号

恋人になった日から、千見寺初露は尋常寺律の前で着替えなくなった。
  ――斜線堂有希「回樹」

「あんたの身体を俺たちに売らないか。もちろん、最新のH/T社の義体と交換だ」
  ――小野美由紀「身体を売ること」

「ジャムとのコミュニケーションは、交戦という手段しかない」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第四話」

「ありがとう、パートナー」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第34回

「百合は当事者の他に、観測者が居て初めて成り立つものよ」
  ――月本十色「2085年の百合プロジェクト」

 440頁の豪華版だぜわあい。

 特集はお待ちかね「百合特集2021」。小説・詩・コミック・インタビュウ・評論に加え、TV放映が始まった「裏世界ピクニック」が表紙+カラー+いろいろ。

 小説も豪華14本。

 まず「百合特集2021」で7本。宮澤伊織「裏世界ピクニック」原作6巻冒頭,斜線堂有希「回樹」,眉木ウカ「貴女が私を人間にしてくれた」,小野美由紀「身体を売ること」,櫻木みわ×李琴峰「湖底の炎」の5本+第2回百合文芸小説コンテストSFマガジン賞受賞作の根岸十歩「キャッシュ・エクスパイア」,月本十色「2085年の百合プロジェクト」。他にコミックで伊藤階「体験しよう!好感異常現象」,詩で水沢なお「サンダー」。

 連載は6本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第四話」,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第34回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第6回,夢枕獏「小角の城」第63回,藤井太洋「マン・カインド」第14回,劉慈欣「繊維」泊功訳。

 読み切りは1本だけ。ネオン・ヤン「明月に仕えて」中原尚哉訳。

 まずは「百合特集2021」から。

 宮澤伊織「裏世界ピクニック」原作6巻冒頭。この四月に大学三年生になった紙越空魚は、見知らぬ二人組に話しかけられる。一人は左手に黒革の手袋をした美人、もう一人は見覚えがある。先週、学食で話しかけてきた。

 SFマガジン連載分しか読んでないから知らなかったけど、いつの間にか空魚は記憶を失っていた様子。何があったんだ。つか次巻は「Tは寺生まれのT」って、スーパー霊能者でも出てくるのかw

 斜線堂有希「回樹」。取調室で、尋常寺律は淡々と答える。「私と(千見寺)初露は恋人同士でした。私は八年一緒に暮らしていた恋人を盗んだんです」。大学二年の時に、ちょっとしたいきちがいがきっかけで二人は同居生活を始めた。見知らぬ同士だったが、幸い互いに同居人としては快適で、就職を機に二人の関係はさらに深まる。

 爪へのこだわりが二人の関係をうかがわせる。SFとしては、やはり回樹が光ってる。こんなのがあったら、日本全国はもちろん、世界各国から旅行者が続々と詰めかけるだろうなあ。やがて回樹を取り囲む街ができて、そこには世界各国の人々が住み着き…と、しょうもない妄想が広がってしまう。

 眉木ウカ「貴女が私を人間にしてくれた」。愛依と真依と実依は高校生の未来アイドル。それまでのアイドルと違い、私生活を含む24時間を映像配信している。朝食や授業はもちろん、部活動だって「未来アイドル部」だ。顧問は教頭先生。今日の部活動はコラボ配信。ゲストはバーチャルシンガーソングライター、アキラさん。同学年なのに、落ち着いていて、喋り方も大人っぽい。

 筒井康隆の「おれに関する噂」か映画「トゥルーマン・ショー」か、って雰囲気の設定ながら、若い娘さんのアイドルというのが新しい所か。確かにオッサンなんか見ててもつまんないし…とか思ってたら、物語は急転直下、とんでもない方向へ。百合がどうこうというより、真摯な愛の物語だった。いやマジで。

 小野美由紀「身体を売ること」。世界には三種類の人間がいる。義体を買うため肉体の身体で稼ぐ者。義体を手に入れメンテ費用のため働く者。そしてステイタスのため金をかけて肉体の身体の健康を保つ者。スラムに住むニナは、16歳の誕生日に義体と交換で身体を売った。これで男たちから乱暴に扱われる心配はない。ある日、売った自分の身体をニナは見かける。

 百合SFというよりフェミニズムSFの色が濃い。「機械の身体が欲しい」なんて望みは銀河鉄道なんちゃらかい、と思ったり。ただし本作は地球を離れないんで、そのつもりで。描かれるスラムの景色はゴミ山が広がり有毒ガスが漂う末期的な風景。いかにも未来のディストピアっぽいけど、現代だってフィリピンのスモーキーマウンテン(→Wikipedia)みたいな現状があったりする。

 櫻木みわ×李琴峰「湖底の炎」。大学進学を機に北海道から東京に来た白水素良は、入学式の日に一目ぼれする。相手は二年の木許仙久、登山サークルのビラを手渡された時だ。同期で気が合う一青碧と共に登山サークルに入ったが、木許はあまり飲み会には出てこず、出会う機会に恵まれない。そこで大学の構内で木許が居そうな場所で網を張る。

 …という紹介は表向きで、その奥には千年前の白蛇の精の生まれ変わりなど、中華風ファンタジイの設定がギッシリ詰まってる。というか少々詰めこみ過ぎの感が少々。特に、白水素良が木許仙久の秘密を知った後の話を、じっくり読みたい。三人の関係がどう変わり、それぞれがどう対応していくのか。ソレを考えると、妄想が無駄に果てしなく広がってしまう。

 根岸十歩「キャッシュ・エクスパイア」。サチラブは、オンラインのアイドルゲーム。11歳の相良ユイカは、そこでカナエちゃんと出会い、仲良くなる。みんなは大人のアバターを使う。ふつうの子どものアバターを使うのは、わたしたちだけ。そのカナエちゃんが亡くなった。ところが、カナエちゃんから招待メッセージが届く。差出元は自動操作の疑似人格。カナエちゃんのフリをするアバター。でも三日たてば消える。

 百合でもあり、オンライン・ゲームの可能性を探る作品でもあり。そういう点では、「ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください」収録の「1アップ」と似た味も。本作の主人公二人は子供だけど、将来は老人ホームがVRゲームを導入するんじゃないか、などと妄想したくなる設定だ。でも、家庭と学校しか知らない子供だからこそ、ゲームのコミュニティは価値が大きいのかも。

 月本十色「2085年の百合プロジェクト」。2085年。ナコとチカはベンチャー企業リリイコネクトを立ち上げる。目的は hIE に百合を実装すること。幸い太いスポンサーがつき、二体の hIE サクラとアヤメも調達できた。ところが、肝心の実装がまったく進まない。改めて考えると、それも当たり前だ。なにせ肝心の百合の定義があやふやで、何が百合で何が百合でないのか、どんな百合にしたいのか、全く決まっていない。

 長谷敏司の「BEATLESS」の設定を流用する「アナログハック・オープンリソース」作品。hIE、要は人型ロボットだ。ロボットはプログラムで動く。百合を実装するなら、百合プログラムが必要だ。要求仕様を決めねば。じゃ百合の定義は? ときて、「百合とは何か」へ向かう流れが巧い。この辺はディスカッション小説でもあって、その考察が実に面白い。その議論を踏まえたうえで、BEATLESS 社会だからこそのヒネリまで加えたエンディングが見事だ。

 百合文芸コンテスト選考委員座談会「2021年の百合文芸に向けて」コミック百合姫×ガガガ文庫×SFマガジン×pixiv。「百合」って言葉が流行ったために、アレもコレも百合になったってのは、確かにあるなあ。今思えば「ケロロ軍曹」の小雪と夏美とか、「ニニンがシノブ伝」の忍と楓とか。あと第一回百合文芸コンテストを境に7割ほどpixivでオリジナル小説が増えたってのも興味深い。やはりコンテストは盛り上げる効果があるのか。

 「百合特集2021」はここまで。

 ネオン・ヤン「明月に仕えて」中原尚哉訳。シンはアンシブルだ。歌に乗せ、数光年のかなたから物質とエネルギーを運ぶ。その日は死体が届いた。接続先は原世界。コロニーは叛乱を警戒している。警吏はシンを疑うが、星魔のオウヤン大師はシンをいたわる。アンシブルは歌と性と姉妹関係で他のアンシブルとつながる。

 アンシブルと言えばアーシュラ・K・ル=グウィンの超光速通信技術を思い浮かべる。本作では、機械ではなく、その役割を担う人を示す。Wikipedia によると「Lesbianのアナグラム」なんて説もあるとか。本作にもそういう描写があり、特集に含めていいんでない? 少し中国っぽい雰囲気があると思ったら、著者はシンガポール出身だった。舞台も貿易が命綱の都市国家っぽくて、妙に納得。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第四話」。ジャーナリストのリン・ジャクスンは、フェアリイのFAFを訪れる。目的はジャムの取材だ。だが、今のところ、人類がジャムとコミュニケートする手段は交戦だけだ。とすると、ジャムについたロンバート大佐を除けば、ジャムと最もコミュニケートしているのは雪風、ということになる。だが雪風もコミュニケートは難しい。

 そうなんだよなあ。戦闘もコミュニケーションの一つなんだよね。今回の主役はリン・ジャクスンだけど、むしろ狂言回し的な役割。彼女との会話を通し、クーリィ准将やブッカー少佐が、ジャムや雪風をどう考えているかが見えてくる。はいいけど、深井零 vs 田村大尉はまだあ?

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第34回。ハンターはシザースの尻尾を掴んだ。追うにはハンターが戦線を離れる必要がある。そこで後をバジルに託す。だが<クインテット>内部は一枚岩じゃない。おまけにイースターズ・オフィスも迫っている。そのイースターズ・オフィスは、バロットを主戦力としてウフコックの奪回に向け動き始めた。

 今までは、イースターズ・オフィスによるウフコック奪還のアクション場面と、ウフコックの痕跡を辿る追跡の場面が交互に描かれてきたが、今回で二つの流れが合流する。懐かしい人もヒョッコリ出てきたり。襲撃の場面ではハンターが顔を出さず、バジルが交渉相手となった経緯も、今回で判明する。ぼちぼち終盤かと思ってたけど、まだまだどんでん返しがありそう。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第6回。児玉佐知は天使化しつつある。このままでは園丁に気づかれてしまう。かつて來間りり子は、天使化を誘導した。その來間家を、佐知は訪れ、ピアノの間へと向かう。しばらく誰も訪れていないはずなのに、ちゃんと調律されている。弾き始めると、微在たちが騒ぎ始める。40年前に止体化されたはずの、りり子が現れ…

 ゲストが訪れなくなり、次第に変容していく数値海岸。その変容を象徴するような悲劇<天使空襲>だが、あくまでも遠い過去の出来事として記述はアッサリ流す。合奏の場面もなかなかだが、次の小野寺伊佐人が変異に出会うパートも相当なもの。ホラーっぽいと思ってたら、とんでもない人が出てくるし。

藤井太洋「マン・カインド」第14回。今回は5頁だけ。4ヶ月ぶりだってのに、なんてこったい。いまさら気づいたけど、作中に出てくる<メガネウラ>は「ハロー・ワールド」収録の「行き先は特異点」「五色革命」と同じ。舞台が共通しているのか、お気に入りのガジェットなのか。

劉慈欣「繊維」泊功訳。戦闘攻撃機F-18で空母ルーズベルトに帰艦しようとした時、謎の世界に放り込まれた。声が聞こえる。「もしもし、繊維を間違えていますよ!」。機から降りると、登録オフィスが見える。登録係の事務員が一人、男が二人と若い娘が一人。外にはリングを持つ黄色い天体が見える。登録係は、あれが地球だと言う。

 8頁の掌編。アイデアは近年のものながら、ドタバタ風味で噛み合わない会話は、昭和の日本SF短編の香りがする。行儀のいい筒井康隆か、口が悪い星新一か、はたまた少し気取った半村良、そんな感じ。やたら剣闘士にこだわる娘はなんなんだw 人間の文化は世界それぞれながら、機械の原理は同じってあたりに、著者の思想の芯が垣間見える。

 AI研究者にインタビュウする「SFの射程距離」、今回はスクウェア・エニックスで研究している三宅陽一郎。テーマはゲーム内のキャラクターAIはもちろん、ダンジョンを自動生成するなどゲーム環境を操る「メタAI」。「キャラクターが知能を持っていないなら、キャラクターに知能を与えなくちゃいけない」って、この人ヤバい人だw この世界が俺の思った通りじゃないなら、俺が実現してやるって、なんというか研究者・工学者の鑑ですねw

 ということで、今号はここまで。

【今日の一曲】

Fleetwood Mac - Rhiannon

 百合な音楽で思い浮かべるのはこれ。某氏曰く「爬虫類声」なスティーヴィー・ニックスながら、いかにも不気味で不穏なこの曲にはバッチリ合ってて、妙に妄想を刺激してくれる。

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2020年11月10日 (火)

SFマガジン2020年12月号

SF作家として、私たちは簡易版の夢の箱を持っている。
  ――宝樹「我らの科幻世界」阿井幸作訳

こんにちは赤ちゃん、私がママよ!
  ――劉慈欣「人生」泊功訳

四月まで、私には夜さえなかった。
  ――飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第5回

「人は小さい者にどこまでも酷くなれる」
  ――篠たまき「女童観音」

「俺たちは馬鹿なことを真剣にやってたらいいんだと思うよ」
  ――牧野修「万博聖戦 第二章 トルエンの雨/1969」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「中国SF特集 科幻世界×SFマガジン」として、中国の老舗SF雑誌「科幻世界」と組み、中国SFの歴史と現在、そしてイキのいい中国SF小説を紹介する。

 小説は10本。

 まず「中国SF特集」で3本+連載中の劉慈欣の短編1本。王晋康「生存実験」大久保洋子訳,査杉「地下室の富豪」及川茜訳,宝樹「我らの科幻世界」阿井幸作訳に加え、劉慈欣「人生」泊功訳。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第三話」,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第33回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第5回,夢枕獏「小角の城」第62回。

 読み切りも2本。牧野修「万博聖戦 第二章 トルエンの雨/1969」,篠たまき「女童観音」。

 まず中国SF特集から。

 王晋康「生存実験」大久保洋子訳。天堂で暮らす60人の子ども達が10歳になった。王麗英は英姉ちゃんと呼ばれている。若博ママは、硬く冷たい鉄のからだで、子どもたちの面倒を見てる。子どもたちは、毎日15分間、天堂の外に出なきゃいけない。外では息をするのが精いっぱいで、とても苦しい。もう三人も死んだ。

 ちょっとアニメ「約束のネバーランド」を思わせる状況かも。でも子どもたちは逃げられないのではなく、出ていくように促される。若博ママが話す外の様子から、天堂のこどもたちは社会から隔離されているように感じられるのだが。深い絶望とほのかな希望が混じる結末から、子どもたちの若いが故の逞しさが伝わってくる。

 査杉「地下室の富豪」及川茜訳。老麦こと麦小地は地下室に籠っている。IT企業の立ち上げにしくじり、家を売る羽目になった上に、妻も逃げてしまった。今はプログラム開発を請け負っているが、いつも騙されて金は払ってもらえない。食い物は無くなり金は底をついたってのに、家賃の催促は厳しい。ネットで賞金付きクイズ「ビリオネア」を見つけた老麦は一攫千金に賭けるが…。

 キレのいい7頁の短編。前半の引き籠りの描写は、なかなかの迫力。日本の引き籠りは未婚の男女が多いが、中国だと家族持ちもいるのか。最近は景気のいい国だけど、その裏には事業に失敗する人も多いだろうってのは、考えてみりゃ当たり前だよね。ってなのは置いて、後半の怒涛の展開はけっこう笑えます。

 宝樹「我らの科幻世界」阿井幸作訳。SF作家のはしくれとはいえ、最近はスランプでロクに書いてないにも関わらず、<科幻世界>から原稿の依頼が来た。最近、高校時代の恩師から誘われ帰郷した際、不思議な事件に巻き込まれたので、それを書こう。恩師の用事は、母校の創立記念式典への招待だ。小学校を卒業した年、星光書店を見つけSFと出会った。店主は科幻世界を教えてくれて…

 内輪ネタが多いが、かつてSF小僧だった人なら胸に刺さるネタが次々と飛び出す作品。入り口はヴェルヌとか、少ない小遣いじゃ全集が買えなくて文庫ばかり漁ってたとか、知人はSFとファンタジイの区別がつかないとか、名作を偉そうに批評したとか。かと思えば大学入試にSF雑誌が出るなんて日本から見たら羨ましい話も。あと「1984年の精神汚染一掃運動」の傷の深さも伝わって来る。

 劉慈欣「人生」泊功訳。母は胎内の胎児に語りかける。「わたしの赤ちゃん、聞こえてるの?」胎児は答える。「ここはどこ?」そして誕生に怯える。「生まれたくないよ! そとが怖いんだ!」

 キレのいい8頁の短編。まずは胎児と話ができるのに驚き、次にやたら胎児がシッカリしているのに驚き、更に…。にしても、いきなりの梓みちよには大笑い。著者が知っていたのか、訳者の遊びなのか。

 特集解説「<科幻世界>と中国SF」立原透耶。雑誌<科幻世界>は中国の老舗月間SF雑誌。一時は発行部数が40万部に達し、「世界で最も読まれているSF雑誌」ってのが凄い。やはり国や言語の人口が多いと市場も大きい。確か毛沢東語録も聖書の次に売れたはず。インドも人口は多いが、多言語が乱立してて、最も多いヒンディー語で約5億。中国語の約13.7億の半分以下かあ(→Wikipedia)。いずれも今後の成長が期待できそう。

 特集はここまで。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第三話」。日本空軍大尉の田村伊歩は、フェアリイに一人で来た。出身は第101実戦飛行部隊。教導部隊として優れたパイロットを指導し、またアグレッサーとして敵役を務め、卓越した実績を積んできた。ただし上官からは嫌われているし、自分でも分かってはいるが、改めるつもりはない。

 待ってました田村大尉。前号から楽しみにしてたんだけど、期待以上に楽しいキャラクターだw 「人間の形をした戦闘AI」「問題児というより犯罪人」とか酷い言われ方してたけど、職人気質なだけ…では、済まないかw まあ軍隊だしw にしても桂木少尉の無謀さもいいなあw そして肝心の深井零は、というと、これまた期待にたがわずw ホント、次号も楽しみだw このイラストも素晴らしい(→Twitter)。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第33回。マルコム・アクセルロッド、連邦検察局の特任捜査官。その口ぶりはひたすら傲岸で連邦の威を着たものであり、誰もが自分に従うものだと決めてかかっている。そして求めるものは己の利益と権力のみ、それを手に入れる手段は正面突破の武力一辺倒。それが本性なのか演技なのか。

 最近はかなり構成が複雑になってる。時系列的にはバトル・シーンと、そこへの道筋を交互に語り、視点はイースター・オフィス側とハンター側へと切り替わる。しかもハンター側は幾つもの勢力が入り乱れるという面倒くささ。かなり綿密に計算して書いてるんだろうなあ。そのハンター側、今回は妙に微笑ましいのが逆に不気味なんですけど。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第5回。転校生の印南棗はアッサリと学校を支配した。早坂篤子の急速な天使化に対応するためもあり、自らが園丁であることを明かし、また山下祐・儀間圏輔・杉原香里を園丁にする。四人は園丁としてのトレーニングを兼ね、生徒たちの目の前でその力を披露する。

 昭和52年だと、体育着はブルマだなあ←をい 「私には夜さえなかった」が素晴らしい。たったひとことで、数値海岸におけるAIの立場と、それをAIがどう感じているのかを、読者に強く印象付ける。「アイルランドのジャーナリスト」って、あの人だよね(→Wikipedia)。他にも神楽舞とか、さりげなく地元をアピールしているのが微笑ましい。日本の古代史に興味があるなら、一度は訪れるべき地だし。

 篠たまき「女童観音」。靄の仙境と呼ばれる高山の湯治場。信次は湯治宿で働いている。中学に行く年頃だが、女童様のお世話で忙しい。蘇芳屋の御隠居と妾のスイは宿の上客で、信次を気に入っているらしく「学校に行け」と声をかけてくれる。旅の若い商人も信次を贔屓してくれる。彼も女童様の座敷に上がるのを許されている。

 「人喰観音」のスピンオフである前日譚。「生き神様」と呼ばれているわりには、妙に馴れ馴れしいし、賢くもなく、あまし神通力がありそうにも思えない。そんな不思議な存在と、それに憑かれた人の物語。明治・大正あたりの田舎の温泉町の、人権ナニそれ美味しいの?な社会を容赦なく描く筆の冴えはさすが。ホラーな場面はあるが、むしろ感触はファンタジイに近い。

 牧野修「万博聖戦 第二章 トルエンの雨/1969」。サドルの父は、屋上にいた。手摺の上に立って。父は天文学者だった。宇宙の大きさを恐れ、だからこそ科学で立ち向かおうとした。人の手の届かぬものに、立ち向かう術を探るために。そして見つけた。ここではない、どこかへ通じる扉を。Q波を使って。「またいつか会おう」、それが最後の言葉だった。

 「あの頃」の思い出と、その瞬間の気持ちを、懐かしさだけでなく痛みや恐れ、そして恥ずかしさまでも生々しく蘇らせる、困った筆が冴えわたるこの作品、今回も「あの頃」に子供だった読者の記憶を容赦なく掘り起こし白日の下に晒してくれる。当時思っていた21世紀って、ギラギラしたカッコいいメカが発達して色々と便利になっているはずだった…って、実際になっているな、改めて考えると。

 AI研究者へのインタビュウ「SFの射程距離」、第7回は関西大学総合情報学部教授でヒューマン・メディアコミュニケーションが専門の米澤朋子教授。メディアが精巧すぎると脳内妄想を投影するスキがなくなる、という論には納得。お気に入りの小説が映像化された時、「私の思ってた○○様と違う」なアレですね。あと岩本隆雄「星虫」は確かに傑作。SF黄金期の香り強い、とっても真っすぐで気持ちのいいSFです。作者が異様に寡作なのが残念。

友成純一「人間廃業宣言」特別編 <インドネシア・ホラーの今>妖怪人形か霊友か 正反対の二つのシリーズに、インドネシアが震え上がった。「インドネシア人は(略)映画それ自体を楽しむというより、映画を口実にみんなで集まるのが目的」って、つまりみんなでワイワイ騒ぐのが好きな人たちなんだろう。日本人なら宴会なんだけど、イスラムで酒が飲めないから映画なのかな。新型コロナは苦しいだろうなあ。

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2020年9月 7日 (月)

SFマガジン2020年10月号

「絶対に死なない。死ぬよりも面白いこと見つけたんだよ」
  ――牧野修「アドレレンスと嘔吐/1969」

「ここは間違いなく、戦場です」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第二話」

クランツマンの秘仏とは、信仰が質量を持つという一種の思考実験である。
  ――柴田勝家「クラフツマンの秘宝」

「時代というのは、いつだってだんだんとよくなっていくものです」
  ――劉慈欣「2018年4月1日、晴れ」泊功訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「ハヤカワ文庫SF創刊50周年記念特集」。

 小説は10本。

 うち連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第二話」,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第32回,劉慈欣「2018年4月1日、晴れ」泊功訳,藤井太洋「マン・カインド」第13回,夢枕獏「小角の城」第61回。

 読み切りも5本。牧野修「アドレレンスと嘔吐/1969」一章まるごと100枚33頁,菅浩江「博物館惑星 余話 海底図書館」,柴田勝家「クラフツマンの秘宝」,春暮康一「ピグマリオン」後編,アリ・ロビネット・コワル「火星のレディ・アストロノート」酒井昭伸訳。

 まず「ハヤカワ文庫SF創刊50周年記念特集」から。

 渡辺英樹「ハヤカワ文庫50年の歩み」。SF文庫を刊行する際、取次の重役を説得せにゃならなかったって所に、出版業界の内情がチラリと見える。電子ブックが主流になると、そういうくびきも減るんだろうか。

 SF翻訳家による「わたしのハヤカワ文庫SFベスト翻訳」、あまり表に出ない翻訳家の声が聴けるのが嬉しい。いいよね、「キリンヤガ」。小尾芙佐の講演が聞けるなんて、なんて贅沢な高校なんだ。やっぱり人気はアルジャーノンか。先生、かわいいな。きっと生徒にも好かれてるんだろうなあ。

 牧野修「アドレレンスと嘔吐/1969」。大阪万博を翌年に控えた1969年。中学生のシトこと森賢人は、サドルこと御厨悟と仲がいい。サトルはテレビ漫画「大人はわかってくれない」に入れ込んでいる。オトナ人間に飼われているコドモたちが、オトナ人間に反乱を起こす物語だ。オトナたちは密かにコドモの心に入り込み、オトナ化してゆく。サドルはこの物語を本当だと思っている。

 「テレビ漫画」「ゲバルト学生」「原子力船むつ」などの言葉が醸し出す、あの頃の空気がたまらない。いるよね、ジャージ姿の体育教師。なぜか生徒指導でデカいツラしてる。あの頃は教師もプカプカ煙草吸ってたなあ…なんて遠い目をして油断してると、いきなり地面が溶け出すような牧野ワールドに放り込まれるから要注意。というか舞台はオッサン・オバサンは嬉しいんだが、お話はローティーンに受けそう。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第二話」。フリーのジャーナリストのリン・ジャクスンは、ついにフェアリイ星にやってきた。もともとフェアリイ星は立ち入りが厳しく制限されている。ましてフリーのジャーナリストとなれば、まず取材許可は下りないのだが…

 気が付けば冷戦の只中にいた世代としては、地球のジャムに対する無関心にも納得しちゃったり。物心ついた時からそうなら、そういうモンだと思っちゃうんだよなあ。今月はこれで終わりって、そんな殺生な。「人間の形をした戦闘AI」「問題児というより犯罪人」って、確かにどっかで聞いたようなw 零との対面が楽しみでしょうがないw

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第32回。ハンターたちとの会議では大きな収穫があった。ウフコックにつながる人物が掴めたのだ。さっそく確保に動くイースターズ・オフィス。同じころ、ハンターたちも別の目標へ向かい動き始める。

 静かな緊張感が漂う前半に対し、後半は派手なバトル・アクションが全開。相変わらずエンハンサーでもないレイ・ヒューズはやたら頼りがいがある。また久しぶりにハンターの針が出てきたのも嬉しい。

 菅浩江「博物館惑星 余話 海底図書館」。セイラ・バンクハーストは、博物館惑星<アフロディーテ>の図書館司書だ。いつものように仕事をしていると、<総合管轄部門>の田代美和子が訪ねてきた。十歳ぐらいの背丈のロボットを連れている。野良の自己学習型AIとして潜伏していたC2が、人間型のボディを得たのだ。C2は絵本コーナーで遊び始めたが…

 「不見の月」が2020年の第51回星雲賞の日本短編部門に輝きSFマガジン2020年6月号の「歓喜の歌」でフィナーレを迎えた博物館惑星シリーズのボーナス・トラック。電子化が進むと、図書館の役割も変わっていくんだろう。とすると現在の図書館の雰囲気を味わえるのは、現代だけの贅沢なのかも。AIに体は必要かって問いは今なお議論の真っ最中のはず。ヒトと円滑に意思疎通するAIを育てるには必要だと私は思うんだが、どうなんだろう?

 柴田勝家「クラフツマンの秘宝」。1920年生まれのスウェーデン人の東洋美術学者ヨアキム・クラフツマンは、論文中に「信仰が質量を持つ」と記した。最初はジョークだったが、幾つかの実験も行っている。彼は1961年に伊勢波観音寺を訪れ、約千二百年も非公開とされた本尊の十一面観音像を調査している。

 改めて考えると、確かに秘仏ってのは不思議なシロモノだ。隠されると「ナニか特別なモノ」みたく思うのが人のサガ。そういうヒトの性質を箔付けに利用した、みたいな下世話な解釈もできるけど。やっぱ限定○○とかって客引き文句としちゃ強力だし。お話は諸星大二郎ファンには嬉しい展開。にしても、なぜに柴田勝家だけ「殿」w

 劉慈欣「2018年4月1日、晴れ」泊功訳。基延。ヒトの寿命を約三百年に延ばす技術。約五年前に事業化されたが、今は高価なため一部の者しか使えない。ぼくは悩んでいた。危ない橋を渡らねばならないが、大金を掴む手段の目途がついた。これで基延に手が届く。だが恋人とは別れる羽目になるだろう。世の中ではネット世界のバーチャル国家が台頭し、政治的な実体を持ち始めている。

 2010年の作品だが、IT土方の描写はなかなかの生々しさ。8頁の短編にアイデアとイベントをギッシリ詰めこんで、お話はスピーディーかつドタバタ風味にコロコロと進んでゆく。ノリがよくてビートの利いたリズムは、ちょっとリズムは筒井康隆に似てるかも。

 春暮康一「ピグマリオン」後編。脳内AIのピグマリオンの甲斐あってか、南野啓介は由希と結婚にこぎつけつた。ばかりか、今まで渋っていた由希もピグマリオンを導入する。やがて娘の陽向が生まれ、三人の暮らしは幸せに満ちていた。そんなある日、由希は…

 「火星のレディ・アストロノート」と同様、夫婦間の想いを描いた作品。何事もソツなくこなすピグマリオン、手が届く価格だったら欲しいなあ。会議の場面は「ボッコちゃん」を思い出した。

 藤井太洋「マン・カインド」第13回。ここにきて<アルバトロス>なんて面白そうなガジェットを投入するかあ。実用化はやっぱり軍用が先なのね。事故率が話題のアレ(→Wikipedia)も将来は無人化が進むんだろうか。

 アリ・ロビネット・コワル「火星のレディ・アストロノート」酒井昭伸訳。1952年に米東海岸に巨大隕石が落ちたのをきっかけに宇宙開発が盛んになり、火星にコロニーまでできた。かつて宇宙飛行士として名を馳せたエルマも今は63歳。火星で夫のナサニエルと共に暮らしている。プログラマーのナサニエルには今でも時おり仕事が舞い込むが、エルマにはもう宇宙へ行く機会はないだろうと諦めていたが…

 噂の「宇宙へ」の後日談。ってまだ読んでないけど。敢えてエルマを指名する理由を丁寧に描いている。それ以上に、「間に合わなかった」ナサニエルの気持ちが胸に響く。ああいうの、親しい人より見知らぬ他人の方がいいんだよな。最もいいのはロボット、それもヒトに似てないメカメカしい、いかにも道具って感じのやつ。ちと検索したら色々あって、やっぱり需要は多いんだなあ。早く普及して欲しい。

 東茅子のNOVEL&SHORT STORY REVIEW「コロナの時代」。「クリスタル・レイン」のトバイアス・S・バッケルに懐かしさを感じた後、「倒壊する巨塔」のローレンス・ライトにはビックリ仰天。ノンフィクション作家じゃなかったのか。まあドミニク・ラピエール&ラリー・コリンズも「第五の騎手」なんて傑作を書いてるし。

 AI研究者にインタビュウする「SFの射程距離」、今回はA-Lifeの池上高志。プログラマはサンダーバートだと2号にやたらこだわるって説があるけど、研究者もかw

【今日の一曲】

Hitch a Ride - Lexington Lab Band

 最近、Youtube で昔好きだった曲のカバーをよく聞いてる。中でもコレは演奏力は抜群でアレンジもオリジナルに忠実、そしてなによりレスポールの音色への拘りがたまんない。やってる Lexington Lab Band はUSAケンタッキー州のミュージシャンたち。他にも70~80年代の名曲を巧みにカバーしてるので、プレイリストを聴いてるといつまでも抜け出せない。

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2020年7月 9日 (木)

SFマガジン2020年8月号

「家の改築材料をホームセンターで買い揃え、山積みの角材を前に途方に暮れてるんだ」
  ――高木ケイ「親しくすれ違うための三つ目の方法」

わたしたちは信じられるものになにかを捧げているときにこそ、一番気持ちがよくなるのだから。
  ――麦原遼「それでもわたしは永遠に働きたい」

「桜塚展開2次の項には花が咲く」
  ――大滝瓶太「花ざかりの方程式」

虚構世界においてのエントロピーとは、いったいなんだろうか?
  ――草野原々「また春が来る」

「雪風を狙うやつはたとえ相手が人間だろうと、敵だ」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第一話」

「<ピグマリオン>はあなたの脳機能をマッピングして、なんらかの現実的意味をその世界に反映させています。あなたはそのなかで見たことをとおして、自分の心の働きを再起的に知ることになります」  ――春暮康一「ピグマリオン」前編

「牛たちの敵は脳の奥深くにある。人間と同じく、電気信号の自閉的な連鎖が作り出す架空の敵に怯えている。具体的でないから、余計に恐ろしい」  ――津久井五月「牛の王」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「日本SF第七世代へ」。

 小説は豪華14本。

 まず英語圏SF受賞作特集で8本。高木ケイ「親しくすれ違うための三つ目の方法」,麦原遼「それでもわたしは永遠に働きたい」,大滝瓶太「花ざかりの方程式」,草野原々「また春が来る」,三方行成「おくみと足軽」,春暮康一「ピグマリオン」前編,津久井五月「牛の王」,樋口恭介「Executing Init and Fini」。

 連載は6本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第一話」,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第4回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第31回,,劉慈欣「クーリエ」泊功訳,藤井太洋「マン・カインド」第12回,夢枕獏「小角の城」第60回。

 高木ケイ「親しくすれ違うための三つ目の方法」。大学生の僕は、ノンフィクションの取材のためインディアナのセカンドポイントに毎週通っている。母方の祖父は、出身地のここでUFOを目撃した。他にもUFOの目撃者・接触者・その血縁などが集まる組織の人々と会い、また大量の資料を集めたが、肝心のノンフィクションは遅々として進まない。

 もしかしたら三島由紀夫の「美しい星」のパロディかなと思ったが、主人公のUFOマニアたちへのまなざしはかなり温かい。あと主人公の生い立ちとかはスティーブン・スピルバーグの映画「未知との遭遇」や「E.T.」かな? 資料ばっかり集まって…って所は、とっても身に染みる。ブックマークはやたら充実するけど、肝心のモノはいつまでたっても構想すらまとまらなかったり。

 麦原遼「それでもわたしは永遠に働きたい」。平均寿命48歳、みんなクスリづけで路地にたむろする地元を出て、わたしは働くことにした。今は労働と呼ばない。朗働と呼ぶ。フィットネスクラブで運動しながら、脳を法人に預ける。仕事が終わると、勤務中の記憶はすべて消える。一日の最大勤務時間は10時間まで。運動不足や仕事のスランプで悩むことはない。

 新型コロナの騒ぎでリモートワークが増えた今、なかなかに切実な設定。「いや宅急便の配送とか、体がないと困る仕事も多いよね?」と一瞬思ったが、その懸念は序盤で解決しているのであった。もっとも副作用もあって、この描き方が実に巧い。組織の中で専門的な仕事をしている人は、自分の仕事の内容を他人に説明するのに苦労するんだよなあ…とか思ってたら、話はどんどんエスカレートして…

 大滝瓶太「花ざかりの方程式」。数学者の桜塚八雲の最後の論文「稀薄期待におけるナビエ・ストークス方程式に寄生した植物の存在とその一般性」は、数学界で話題を呼ぶ。トンデモではない。厳しい査読を通り、由緒正しい専門誌に掲載された論文だ。しかも、この論文を理解した者は、その植物が見える。

 「死圏」は「カート・ヴォネガット全短編1 バターより銃」で読めます。ナビエ・ストークス方程式(→Wikipedia)は「正しいけど使えない」ので有名な流体力学の式。解が判ってりゃ解けるんだけど、だったら解く必要ないじゃん、と。だもんで、普通は変数の幾つかを定数に置き換え簡略化して使います。いや私も判ってないんだけど。ってな難しいネタと、ヴォネガットのおバカな短編を組み合わせた短編。

 草野原々「また春が来る」。作家にも四季がある。冬のあいだ眠っていた作家たちも、春が来ると目覚めて仕事をはじめる。作家の仕事は虚構世界を作ることだ。作りはじめの虚構世界は、エントロピーが低い。解釈の幅が狭く、読解の余地が少ない。世界も小さく、キャラクターの動きも制限されている。

 …と、そんな風に、草野ワールドは育っていくのです。なぜか女の子しかいない世界が多いけどw まあ中には読者が勝手に世界を広げちゃう場合もあって、というか「最後にして最初のアイドル」はまさしくソレな気がw

 三方行成「おくみと足軽」。本陣の娘おくみは十歳。彼女は大名行列が好きだった。大名は大きい。宿場のどんな建物より大きい。そんな大名の行列は、とても美しい。去年は大名を見るため宿場のはずれにある樹にのぼった。なにせ大名は大きい。下から見上げても、てっぺんは見えない。だから高い松に登れば、甲羅のてっぺんにある御駕籠が見えるだろうと思ったのだが…

 言われてみれば、当時の庶民にとって大名行列は一種のパレードみたいなモンで、楽しみにしてる人もいたんだろうなあ…なんて予想は、当たらずとも遠からず? もっとも増設腕とか四脚亀形とか、なんか妙な言葉が紛れ込んでくるんだけどw 確かに、そんあ大名行列なら、今だって子供たちに大人気だろうなあw

 春暮康一「ピグマリオン」前編。22歳の南野啓介は、<ピグマリオン>手術を受ける。その機能の一つは、自分の精神世界を客観視すること。感情や思い込みを排し、現実の姿を見ることができる。もう一つは、脳内にAIで理想の人格を作り出すこと。AIは利用者にアドバイスを送る。アドバイスを受けいれるに従い、利用者の人格はAIに近くなる。すなわち、理想の自分に近づいてゆく。

 最初の機能は、いわば精神の鏡ですね。見たいような、見たくないような。「お前、また逃げてるな」とか言われたらムカつくし。とはいえ、もう一つの機能は嬉しいよね。忘れっぽかったり、面倒くさいこと・苦手なことを、ついつい後回しにしちゃうクセがあると、やっぱ欲しくなるなあ。

 津久井五月「牛の王」。アンソニー・ルドラは、マイクロマシン通信理論の祖だ。彼がカシミールに設立した研究所から、多くの研究者が巣立ち、技術と産業を発展させた。2054年、ライ・クリモトは、久しぶりに師を訪れる。半年前、師は一番弟子のテレーズ・アンヌ・マリーを喪った。テレーズの研究を継いでほしい、そう師はクリモトに告げる。

 長編の冒頭部分。そうか、紅茶はそういうことか。確かにマイクロマシンで通信するのは難しい。細菌や白血球とかは化学物質で情報をやりとりしてるみたいだけど、それで巧くいってるってのも、ちと信じがたい話。とはいえ犬とかも臭いでなわばりを判別してるから、案外と化学物質の情報量は大きいのかも。

 樋口恭介「Executing Init and Fini」。初めて会ったとき、フィニーはバロウズと名づけた大きな鎖鎌を持っていた。彼女は文字を狩る。

 バロウズはたぶんウィリアム・バロウズ(→Wikipedia)を示すんだろうなあ、ぐらいしかわからなかった。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ 第一話」。クーリィ准将の予想通り、地球から戦闘機部隊がFAFにやってきた。ただし正式な地球連合軍ではない。中心はオーストラリア空軍で、日本海軍航空部隊が支援する形だ。これには地球の政治情勢が関わっている。そのため、発足したアグレッサー部隊の二名、深井大尉と桂城少尉は、ブッカー少佐から政治情勢のレクチャーを受けていた。

 わはは。桂城はともかく、深井零に政治情勢を分からせるってのは、無茶やろ…と思ったら、やっぱり無茶だったw しかも、今回は珍しく零が感情剥き出しの長台詞があったり。もっとも、その感情の向かう先がソッチなあたりは、やっぱり零だよなあw

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第4回。啄星高校に転校してきた印南棗を中心に、山下祐・儀間圏輔・杉原香里の四人は、天使化が始まった早坂篤子を襲う。時は始業前、場所は高校の自転車置き場。篤子の体は砂のようなものに侵食されつつある。

 今回はド派手なバトル回。なにせ舞台は数値海岸なだけに、戦闘の様子もこの世界ならでは。特に篤子が<手>で反撃するあたりは、凄まじくデンジャラス。にしても三次元空間を官能素で満たすには、いったいどれだけのメモリと演算能力が必要なんだろう、とか考えるとキリがない。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第31回。バロットらイースターズ・オフィスが、やっと得たハンターたちとの会合の場。ローレン大学で学んだ経験を活かし、バロットは敢えて沈黙を武器とする。彼らからウフコックの情報を引き出すために。ウフコックを救い出すために。

 前回に引き続き、会話に強い緊張感が漂う回。確かに交渉時に沈黙は怖いよなあ。と同時に、ちょっとした「しぐさ」からも多くの情報を引き出そうとする、タフでしたたかなバロットが拝める回。そんなバロットに対し、身内抱えた危機を微塵も感じさせず静かに対応するハンターもクールだ。

 劉慈欣「クーリエ」泊功訳。若い頃の彼は、特許局に勤めながら屋根裏部屋で暮らしていた。今は老いて、ブリンストンで静かに暮らしているが、悩みは尽きない。うっとうしい悩みから逃げるように、バイオリンを弾くのだった。ここしばらく、一人の青年が彼のバイオリンを聴いているのに気づく。

 7頁の掌編。好きな人なら、老いたバイオリニストの正体は最初の方でピンとくるかも。とまれ、青年が彼を訪れた目的には、著者の想いというか願いがこもってると思う。

 藤井太洋「マン・カインド」第12回。いよいよ終盤に差し掛かった模様。最後の数行は、盛んにデモが行われている現在のアメリカを考えると、なかなかにヤバくて怖くなる。本当にそうなったら、どうなるんだろう?

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