カテゴリー「書評:SF:小説以外」の127件の記事

2023年11月 6日 (月)

SFマガジン2023年12月号

黒板に視線を戻す。都市がもっとも築かれやすい場所の決定的要因の過箇条書きリストが、二つの三角形が相似であることの判定基準の一覧に置き換わっていた。
  ――グレッグ・イーガン「堅実性」山岸真訳

 376頁の標準サイズ。

 特集というか、表紙で目立つのは3つ。スタニスワフ・レム原作・マンガ森泉岳士「ソラリス」,グレッグ・イーガン「堅実性」山岸真訳,第11回ハヤカワSFコンテスト受賞作発表。あと映画「攻殻機動隊 SAC 2045 最後の人間」公開記念の記事も特集でいいんでない?

 小説は10本。うち連載5本,読み切り4本に加え、第11回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作の矢野アロウ「ホライズン・ゲート 事象の狩人」冒頭。

 連載5本は、神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第10回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第50回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第20回,吉上亮「ヴェルト」第一部第三章,夢枕獏「小角の城」第72回。

 読み切り4本+1本は、グレッグ・イーガン「堅実性」山岸真訳,小野美由紀「母と皮膚」,十三不塔「八は凶数、死して九天」後編,草上仁「本性」と矢野アロウ「ホライズン・ゲート 事象の狩人」冒頭。

 連載小説。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第10回。基地に帰投した雪風と深井零大尉と田村伊歩大尉を、桂城彰少尉とブッカー少佐が迎えた。桂城が雪風の前席に座りATDSを調べると、人語解析システムが活発に動いている。雪風を下りた零と伊歩を桂城が見送ると、小さな電子音がして…

 今回は桂城少尉に焦点が当たる回。当初、田村大尉とは相性が悪そうだな、と思っていたが、なんかうまくやれそうなのが意外w その桂城に雪風が話しかける手法も、実に雪風らしい。深井零・田村伊歩・桂城彰そして雪風が、それぞれにチームになろうとしているのが感慨深い。にしても雪風、人間なら何歳ぐらいなんだろ? 思考速度で計算すると高齢だが、外部との刺激のやりとりで考えると幼いんだよね。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第50回。シルヴィアとの食事は成功した。だが、これ以上のハンターたちへの踏み込みは慎重に進める形でイースターズ・オフィスの意見は一致する。その後、イースターはウフコックに告げる。再度ぼ検診が要る、体の一部に異常が見つかった、と。集団訴訟の準備も着々と進み…

 ウフコックの検診場面はかなりショック。今回のお話の中心は集団訴訟の準備。クローバー教授が用意した証人、エリアス・グリフィンとジェラルド・オールコック医師、それぞれにクセが強くキャラが立ってる。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第20回。ラーネアはニムチェンの部屋へ行き、ニムチェンが絵を描くのを見ている。ニムチェンが横に線を引くだけで、絵は塗り替わっていく。やがて現れるのは、ランゴーニがひとり住む本島。その本島に、ナツメとコオルは貨物船で向かう。その周囲は石化した天使が囲っていて…

 ニムチェンの動く絵、というか画布の秘密に唖然。そんな画布があったら、使ってみたいような怖いような。いや絵心のない者にとっては、有難い気がする←をい ところがお話は、そんあ呑気な展開じゃなくなって。

 吉上亮「ヴェルト」第一部第三章。プラトンは、脱獄し亡命するようソクラテスの説得を続ける。だが、ソクラテスは穏やかな態度ながら決意は揺らがず、「神霊が囁くんだ」とプラトンに告げる。幸か不幸か、聖船使節は予定をはるかに過ぎても戻らず…

 記録された史実に依るなら、ソクラテスの命はない。少なくとも、Wikipedia で調べた限りでは。これまでなんとも煮え切らない態度だったクリトンの思惑は、いかにも老練な実務家っぽいんだが、ソクラテスは気に入らないだろうなあ。

 読み切り4本+1本。

 グレッグ・イーガン「堅実性」山岸真訳。突然、黒板に書いてあるモノが変わる。教師もクラスメイトも、見慣れぬ者ばかり。ノートはあるが、中は自分の文字じゃない。13歳のオマールは戸惑いながら、世界がどうなったのか考える。人もモノも入れ替わった。似ているけど、違う人/モノに。しかも、入れ替わりは一回だけでなく…

 イーガンだが、難しい数学も科学も出てこない、ある意味50年代SFの延長にある作品。自分のやった事は、自分に似た、だが違う者に引き継がれる。周囲の人々は次々と入れ替わる。そんな状況で、人はどう振る舞うのか。社会は、文明は、維持できるのか。インフラというと電気や水道が思い浮かぶが、現代ではスーパーやコンビニもインフラで、そういう機能を維持している人への敬意が増す。

 小野美由紀「母と皮膚」。神経伝達繊維を織り込んだセンサリースーツを着込んで、ツキは海に潜る。かつて母が暮らした島。センサリースーツは皮膚感覚をそのまま遠隔地へ届ける。天上約350kmの宇宙に浮かぶコンドミニアムにいる母に。現地で雇ったガイドは不愛想で…

 センサリースーツ、いいなあ。アレな使い方も思い浮かぶけど、バンジージャンプとかも面白そう。宇宙ステーションがあるなら、無重力も体験したい。最後の四行で驚いた。懐が深いなワコール。

 十三不塔「八は凶数、死して九天」後編。紫禁城の地下で、死の遊戯が始まる。集まったのは四人。未来を覗ける陳魚門とバート・レイノルズ、韓信将軍に扮した男、そして女ながら科挙で状元(最終試験で第一等)に輝いた傅善祥(→Wikipedia)。遊戯は双六と陳魚門の雀汀牌を組み合わせたもので…

 さすがに麻雀そのもので決着、とはいかないか。まあ、あれだけ複雑なルールを、現場でいきなり説明して理解しろったって無茶だもんなあ。でも、リーチっぽいのやチーがあったりして、馴染み深さと斬新さが混じりあう、不思議な感覚が味わえる。にしても、カンのルールが凶悪すぎw

 草上仁「本性」。星際会議で、哺乳類代表のガダー公使がダイノソア代表のホダル大使をチクチクとつつく。多様な種族間の駆け引きで、相手の過去の仕出かしを持ち出して、マウントを取ろうとするのも、もはや恒例の外交手順となっている。ガダー公使は、なんと考古学調査隊が発掘した遺跡の出土品を例にとり…

 外交官どうしの陰険なやり取りが楽しい作品。なにせ早川書房の地下金庫に多量の未発表原稿が眠っていると噂されている著者だ。それだけに、今回のガザの紛争を紀元前の歴史から掘り返す論調を揶揄するつもりはないだろう。でも、そう読めてしまうのは、SFの普遍性なんだろうか。あ、もちろん、短編の名手だけあって、綺麗にオチてます。

 矢野アロウ「ホライズン・ゲート 事象の狩人」冒頭。惑星カントアイネの砂漠ヒルギスで射手=狩人として育ったシンイーは、国際連合軍にスカウトされる。仕事は地平面探査基地ホライズン・スケープから耐重力探査船に乗り込み、パメラ人と共に巨大ブラックホールのダーク・エイジを探査すること。もちろん、お目当ての探し物はちゃんとあって…

 出だし、シンイーが砂漠の夜明けを迎える場面が素晴らしい。匂いが呼び覚ます気分という肉体的・本能的な反応と、その匂いの原因を解析して論理を紡ぐ理性的・科学的な思考を、たった9行で端的に結び付けている。感覚を重んじる文学=アートと、事実を元に論理的な思考を重ねる科学。その両者に橋を架けるSFならではの可能性を鮮やかに示す、卓越した場面…

 と、思ってたら、なんてこったい。この仕掛け、まんまとやられたぜ。

 本誌掲載の冒頭だけだと、狩猟を稼業とする部族社会に育ったシンイーの描写が多く、バディとなるパメラ人の登場場面は少ないが、天才射手少女(だった)シンイーのキャラも、バリバリに立ってる。いやすぐにムニャムニャ…。本当に新人なんだろうか。

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2023年9月10日 (日)

SFマガジン2023年10月号

本特集「SFをつくる新しい力」はSFファン活動と、いまSF小説を読む若者に焦点を当てて、その動機や傾向を探ったものである。
  ――特集「SFをつくる新しい力」 特集解説

「どうせ目に見える美しさは、わたしにはよくわからないので」
  ――キム・チョヨブ「マリのダンス」ユン・ジヨン訳カン・バンファ監修

光合成してる、わたし。
  ――M・ショウ「孤独の治療法」鯨井久志訳

「きみの目は、邪眼だ」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第9回

「私に完全な遊戯を作らせろ、<大三元>の天才よ、あんたの力が要る」
  ――十三不塔「八は凶数、死して九天」前編

 376頁の標準サイズ。

 特集は橋本輝幸監修「SFをつくる新しい力」。日本と中国のSFファン活動や若いSF読者の傾向そして若手SF作家の作品。プロとファンの境の曖昧さや、ファン活動が話題になるのもSFの特徴だろう。

 小説は11本。

 まず特集「SFをつくる新しい力」で3本。キム・チョヨブ「マリのダンス」ユン・ジヨン訳カン・バンファ監修,王侃瑜「隕時」大久保洋子訳,M・ショウ「孤独の治療法」鯨井久志訳。

 連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第9回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第50回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第19回,吉上亮「ヴェルト」第一部第二章,夢枕獏「小角の城」第71回。

 読み切りは3本。十三不塔「八は凶数、死して九天」前編,草野原々「カレー・コンピューティング計画」,SF作家×小説生成AIで池澤春菜「コズミック・スフィアシンクロニズム」。

 特集「SFをつくる新しい力」。

 最初の10代~20代SF読者アンケート結果が興味深い。アンケート対象は日本と中国の若いSF読者で、好きなSF作家や好きなSF小説を訊ねた。三体シリーズの劉慈欣は圧倒的な人気。中国ファンの強い支持を受けアイザック・アシモフやアーサー・C・クラーク,そしてまさかのジュール・ヴェルヌのベスト10入りが驚き。

 勝手な想像だが、二つの理由があるんじゃなかろか。

 一つは中国のSF出版の若さと薄さ。歴史が積み重なり書き手が増えると、古典より今勢いがある作家・作品の比率が増える。日本で小松左京がないのも、伴名練や円城塔が面白くて勢いがあるためだろう。逆に出版界が若く作家の層が薄いと、実績のある海外作家の翻訳の比率が増える。私が出版社を経営する立場なら、売れた(そして今も売れている)作家・作品を優先して出す。だって安全牌だし。

 もう一つは、ファンの気質。生真面目な人が多いんだと思う。だもんで、「んじゃまず基礎教養から」的な態度で、古典と呼ばれる作品から積極的に挑んでるのかな、と。

 いやいずれも全く根拠はないんだが。

 キム・チョヨブ「マリのダンス」ユン・ジヨン訳カン・バンファ監修。ソラは元ダンス教師。友人の頼みで、モーグのマリにダンスを教える羽目になる。モーグは視知覚に異常があり、今では未成年の5%ほどを占める。ダンスの美しさが、マリには理解できないはずだと思いつつも、ソラはレッスンを続ける。後にマリは「失敗したテロリスト」と呼ばれることになる。

 一種のミュータント・テーマだろうか。グレッグ・イーガン「七色覚」(「ビット・プレイヤー」収録)とシオドア・スタージョン「人間以上」を思い浮かべた。現実をどう認識するかってレベルで食い違っちゃうと、色々と共存は難しいだろうなあ。

 王侃瑜「隕時」大久保洋子訳。隕石から抽出した物質T-42は、人間の時間を加速させる。これにより時間当たりの生産性は上がり、人々はこぞってT-42を求めるようになった。だが、T-42の接種には思わぬ副作用があって…

 冒頭の、加速した人の描写が素晴らしいというか、とってもわかりやすい。 基本的なアイデアは本川達雄「ゾウの時間 ネズミの時間」中公新書に似ている。あんな違いが、人間同士のなかで起きたらどうなるかを、忙しい現代の世情で思いっきりデフォルメして描いた作品なんだが、オチが壮大で酷いw

 M・ショウ「孤独の治療法」鯨井久志訳。パンデミックで街はロックダウン。飼い猫のヘンリーは死んだ。元カレのグレームは身勝手でしつこい。会社は倒産寸前。家賃は値上げの危機。フォロデントロン(サトイモ科)の挿し木をピクルス汁の瓶に突っ込んだら、わたしはマジの植物女になった。

 元カレのストーカー気質も酷いが、語り手の一言居士っぷりも相当なもんw 語り手は元々なのか変異の影響なのか、判然としないあたりも、この作品の味だろう。一人暮らしの奇行は、きっとよくある話。静かに、だが着実に、現実も語り手の心境も変わってゆく。懐かしのTVドラマ、トワイライト・ゾーンのような風味の作品。

 連載小説。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第19回。仮想リゾート<数値海岸>の<陶の区界>。ラーネアはゲストに手を添えて土を捏ね轆轤を回し陶器を焼いてきた。だが<大途絶>でゲストの訪れは途絶えたが、ラーネアたち区界の住人はゲストの訪れを待っていた。そこに<天使>が現れ、一夜で壊滅寸前に追いやる。住民たちを救ったのは<園丁>と蜘蛛。

 舞台も登場人物も前回までとまったく違って驚いた。いや数値海岸なのは同じなんだけど。とまれ、描かれる<陶の区界>とゲストの関係は、相変わらずグロテスクで想像を絶している。ここに現れた<天使>とその能力も、実に禍々しい。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第50回。<イースターズ・オフィス>はシルヴィアを確保し、ハンターらの情報を掴もうと尋問を始めたが、シルヴィアのガードは固い。彼女に希望を与えるべく、レイ・ヒューズの協力を得てセッティングしたバジルとの会食は相応の効果を発揮したが、ハンターへのシルヴィアの忠誠は揺るがず…

 シルヴィアの生い立ちが語られる回。シリアスな回想のあとに何言ってんだアビーw <イースターズ・オフィス>の面々が、シルヴィアの忠誠をカルト教団の信仰になぞらえているのは、分かるようなヤバいような。にしても、ペル・ウィングの乱入には笑ったw 言い訳してるけど、趣味だろ、絶対w 

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第9回。今度は零が前席に、伊歩が後席で出撃した雪風。基地をバンカーバスターで攻撃した超音速爆撃機オンロック3機を追う雪風だが、零と伊歩の認識は食い違い…

 ジャムを見破る田村伊歩大尉が、いよいよ本領を発揮しつつあるのがワクワクする。彼女の登場に取り、零ばかりか雪風までも大きく変わってきているのもいい。これまで、零も雪風も互いを道具として認識していたのが、彼女が加わることでチームとしてまとまり始めたのか、またはシステムとして機能しはじめたのか。

 吉上亮「ヴェルト」第一部第二章。ソクラテスは死刑宣告を受ける。師を救おうと駆けずり回るプラトンを、暴漢が襲う。プラトンの危機を救ったのはクセノフォン。ペルシアに出征していたが、いつの間にかアテナイに戻っていた。暴漢の遺留品を頼りに黒幕を追う二人だが…

 悪妻として有名なクサンティッペ(→Wikipedia)が、なかなかに楽しい人に描かれてるのが好き。連れ合いがあれぐらい浮世離れしてると、これぐらいでないと務まらないのかもw 死刑の仕掛け人アニュトスも、駆け引きに長けた商人/政治家なんだが、ソクラテスの頑固さは読み切れなかった模様。

 読み切り小説。

 SF作家×小説生成AIで池澤春菜「コズミック・スフィアシンクロニズム」。宇宙最大のスポーツイベント、コズミック・スフィアシンクロニズム。惑星アストロニアまで小惑星を運び、惑星軌道を輪のように取り囲むソラリスの穴へ小惑星を押し込む競技だ。有名な競技者の父が突然に失踪したため、ライアンは素人ながら出場する羽目になった。ところがライアンはとんでもない方向音痴で…

 今までのSF作家×小説生成AIでは、最も短編SF小説としてまとまっている。このまんま映像化してもいいぐらい。語り口はスピーディでユーモラス、お話はトラブルとアクション満載で波乱万丈ながら大きな破綻もなく、登場人物は個性的でキャラが立ってる。特にミラの口の悪さがいい味出してるw

 草野原々「カレー・コンピューティング計画」。AIというか大規模言語モデルの進歩と普及により、小説家のわたしは追い詰められていた。芸風がAIとカブっているのがマズい。あてどもなく散歩に出たわたしは、さびれた地区で万物極限研究所なる家に迷い込み…

 出だしから著者の不安と開き直りが炸裂するあたり、いかにも草野原々らしくていいw 怪しげな研究所に怪しげなマッド・サイエンティストが巣食い、怪しげでやたら稀有壮大な理論を披露するあたりは、懐かしい50年代のアメリカSFを古風な日本文学の文体で語りなおした雰囲気。

 十三不塔「八は凶数、死して九天」前編。19世紀半ばの清。陳魚門は童試に及第したが、賭場に通いつめ無為に日々を過ごす。豪商の白蛟爬とチンピラの彭侶傑を相手に素寒貧になった陳は、夢のようなものを見る。勝負中に見えたモノを白蛟爬に告げた時、陳の運命は大きく変わった。

 日本じゃ専門の漫画雑誌があるぐらい普及している麻雀の起源を扱う作品。今WIkipediaで調べたら、それなりに史実を踏まえてるんだなあ。白蛟爬は大物感と胡散臭さが漂う、いかにも裏がありそうな老中国商人なのがいい。

 伴名練「戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡 第九回 稀代の幻想小説家とSF界をめぐって 山尾悠子」。荒巻義雄の「現実な問題として山尾悠子のようなタイプの作家を育てる土壌は、今日、SF界以外には存在しないからだ」が、当時のSF界の気概を示していて嬉しい。ホント、そういう役割を引き受けてこそSFだと思う。

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2023年7月24日 (月)

SFマガジン2023年8月号

『ハロー、シザース。一緒に遊ぼうよ』
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第48回

弁明者の名を記そう。
アリストンの子アリストクレス。人々はわたしを、プラトンと呼ぶ。
  ――吉上亮「ヴェルト」第一部

樹木はすばらしい。種子ならもっとすばらしい。
  ――イザベル・J・キム「宇宙の底で鯨を切り裂く」赤尾秀子訳

昔、まだずっと小さかった頃、ここで飛行船を見た記憶がある。
  ――高野史緒「グラーフ・チェッペリン あの夏の飛行船」冒頭試し読み

 376頁の標準サイズ。

 特集は「≪マルドゥック≫シリーズ20周年」として、冲方丁のエッセイやシリーズガイドなど。

 小説は12本。

 うち連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第8回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第48回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第18回,新連載の吉上亮「ヴェルト」第一部,夢枕獏「小角の城」第70回。

 読み切りは7本。小川一水「殺人橋フジミバシの迷走」,ジョン・チュー「筋肉の神に、敬語はいらない」桐谷知未訳,イザベル・J・キム「宇宙の底で鯨を切り裂く」赤尾秀子訳,草上仁「毒をもって」,パク・ハル「魘魅蟲毒」吉良佳奈江訳,高野史緒「グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船」冒頭試し読み,SF作家×小説生成AIで松崎有理「超光速の遺言」。

 特集は「≪マルドゥック≫シリーズ20周年」、冲方丁特別寄稿「『マルドゥック・アノニマス』精神の血の輝きを追い続けて」。「初期のプロットにハンターはいなかった」にびっくり。あれだけ魅力的で物語を引っぱる人物が、最初の構想にはなかったとは。創作って、そういうもんなんだろうか。

連載小説。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第48回。ラスティとシルヴィアは、暴走して<楽園>への襲撃を企てる。二人を待ちうけていたのは、意外な勢力の連合だった。

 今回は急転直下な驚きの展開が次々と訪れる。ラスティとシルヴィアを待ちうける面々もそうだし、その後に明かされる過去の因縁も、長くシリーズを追いかけてきた読者へのプレゼントだ。加えてイースターズ・オフィスの面々が、実に似合わない話し合いをする羽目にw

 新連載の吉上亮「ヴェルト」第一部。ソクラテスは理不尽な裁判により死刑の判決が下り、牢に送られた。幸いにして処刑は延期され、師を救うためプラトンは奔走し、脱獄の手配までするが、肝心のソクラテスは判決に従おうとしていた。

 ソクラテス(→Wikipedia)とプラトン(→Wikipedia)は名前だけ知ってたが、クセノフォン(→Wikipedia)は知らなかった。テセウスの船(→Wikipedia)も、そうだったのか。意外とプラトンが体育会系なのは、史実に沿ってて、ちょっと笑った。いやシリアスな雰囲気のお話なんだけど。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第8回。バンカーバスターの邀撃に成功し、基地に帰投した深井零と田村伊歩。しかし雪風は滑走路の途中で止まり、燃料と弾薬の補給、そして零と伊歩の席の交換を要求する。

 零と桂城の関係って、伊歩にはそう見えるのかw お互いに相手の性格と能力と限界を掴み、生き残るための最善策を選べるってのは、そういう事なんだろうけど、うーんw 人工知能が出した、ジャムの攻撃手段の予想も凄い。まあ、明らかにジャムは既知の物理法則を超えた存在ではあるんだが、それを予想できる人工知能なんて、どうやって創るんだか。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第18回。学園祭の日。目玉は二つ、映画部による「2001年宇宙の旅」上映と、美術部の遠野暁の作品展示だ。ところが実行委員は頭を抱えている。2001年のフィルムは届いたが、フィルムを調達した映画部の唐谷晋が登校していない。遠野暁も姿をくらましている。

 この作品は、なんとも不気味で居心地が悪い。その原因の一つは、登場人?物たちが、自分たちも世界も作りものだと分かっている点だ。小野寺家の「おかあさん」の異様さも、早都子は気づいているらしい。それが斬新でもあるし、座りの悪さでもある。

 読み切り小説。

 小川一水「殺人橋フジミバシの迷走」。可航橋フジミバシはミフジ川にかかる橋だ。毎日七時から19時までは船を通していたが、千一大祭でミフジ川の水が涸れた。これでは船を通せず、可航橋ではない。そこで船を通すために、フジミバシは船を求め動き出した。

 橋が動くって、どういうこと? と思ったが、文字どおりの意味だったw ちょっとチャイナ・ミエヴィルの「コヴハイズ」に似た、クレイジーなヴィジョンが楽しいユーモラスな作品。

 ジョン・チュー「筋肉の神に、敬語はいらない」桐谷知未訳。舞台は現代の合衆国。空飛ぶ男の動画が人気を博している。ハンググライダーなどの道具を一切使わず、身一つで飛ぶ。特撮でもCGでもない。その場に居合わせた素人が撮った動画だ。差別を受け傷つけられるアジア系の者を、なるべく暴力を使わず助けようとする。

 作品名に偽りなし。ここまで筋肉とトレーニングに拘ったSF小説も珍しいw 空飛ぶ男、まるきしスーパーマンなんだが、世間の反応は大歓迎とはいかず…。舞台は現代の合衆国だが、日本にも同じ問題はあるんだよね。にしても「計算機プログラムの構造と解釈」にビックリ。俺、まだ読んでないや。

 イザベル・J・キム「宇宙の底で鯨を切り裂く」赤尾秀子訳。マイカとシームは、解体されたステーションからオンボロ宇宙船を奪い脱出した。深宇宙で死んだ手つかずの世代宇宙船を見つけた二人は、残骸を漁って荒稼ぎを目論み巨大な宇宙船に乗り込むが…

 巨大宇宙船の残骸を漁る者たちと鯨骨生物群集(→Wikipedia)の例えが巧みだ。この作品世界の厳しさと、そこで生き抜く人々の逞しさを見事に表している。樹木が貴重ってあたりも、この世界にピッタリだ。

 草上仁「毒をもって」。わざわざ海外から毒物を取り寄せ、それを長期間にわたり夫に服用させ殺したとして、被告人席に立たされた妻。彼女を告発する検事と、被告を守ろうとする弁護士の論戦は…

 えーっと、まあ、アレです、私も身に覚えがあるので、わははw いいじゃねえか、好きにさせろよw

 パク・ハル「魘魅蟲毒」吉良佳奈江訳。蟲毒を用いた罪で呪術師の金壽彭は捕まり、取り調べで「王家は呪われている」と叫んで死んだ。県監の崔強意は不審に思うが、暗行御史の趙栄世は「王命に疑問を持つな」と言うばかり。どうも朝廷の後継争いが絡んでいるらしい。

 朝鮮王朝スチームパンク・アンソロジー「蒸気駆動の男」収録の一編。冒頭の引用は怪談風味で、そういう味付けではあるんだが、それ以上に、作品世界の厳しい身分制度の描写が怖い。崔強意の息子の報警が聞き取り調査に赴く場面でも、「これじゃロクに聞き取りできないだろうなあ」とつくづく感じる。

 高野史緒「グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船」冒頭試し読み。1929年、世界一周を目指す硬式飛行船グラーフ・ツェッペリンは、土浦の霞ケ浦海軍航空隊基地に着陸を試みる際、爆発炎上した。そして現代。高校二年の藤沢夏紀には、幼い頃に巨大な飛行船が飛ぶのを見た記憶がある。同年代の北田登志夫も同じ飛行船を見た記憶があるが、両者は異なる世界にいるようで…

 え? 本当に高野史緒? と言いたくなるぐらい、今までの芸風とまったく違う。高校生の夏を描くジュブナイルって感じ。少なくとも、今のところは。この季節に読むと、セミの声などが現実とシンクロして一味違う。強い日差し、授業で脱線しがちな教師、謎めいた老婦人。そんな道具立てが、眉村卓などの昔懐かしい青春SFの香りを掻き立てる。

 SF作家×小説生成AIで松崎有理「超光速の遺言」。対談がとっても面白い。「日本語の文学ってセリフがすごく多い」とか。原因の一つは、誰の発言かが分かりやすいからかな。一人称・二人称が多彩だし、語尾も活用できるし。

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2023年5月 1日 (月)

SFマガジン2023年6月号

「おれの名は、ウフコック・ペンティーノだ」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第47回

<kill JAM...IFU>
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第7回

「四次元立方体がこの三次元空間に侵入してきたら、いったいどんなふうに見えるだろう?」
  ――グレッグ・ベア「タンジェント」酒井昭伸訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は二つ。「藤子・F・不二雄のSF短編」として「ヒョンヒョロ」再録,作品総解説,佐藤大×辻村深月対談ほか。もう一つは「グレッグ・ベア追悼」として短編「タンジェント」酒井昭伸訳や追悼エッセイなど。

 小説は8本。

 グレッグ・ベア追悼特集で「タンジェント」酒井昭伸訳。

 SF作家×小説生成AIで宮内悠介「すべての記憶を燃やせ」。

 連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第7回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第47回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第17回,村山早紀「さやかに星はきらめき」最終回,夢枕獏「小角の城」第69回。

 読み切りは1本だけ。レイ・ネイラー「ムアッリム」鳴庭真人訳。

 まず特集「藤子・F・不二雄のSF短編」では、佐藤大×辻村深月対談の「アニメ業界、クリエイターにもSF短編好きは多いですよ。(略)ものづくりの共通言語になっている」が嬉しい。もちろん「ヒョンヒョロ」をまた読めるのも。ホンワカした絵柄で畳みかけるギャグ、そこはかとなく漂う50年代アメリカSF短編の香り、そして圧倒の大ゴマと鮮やかなオチ。星新一と並ぶフレドリック・ブラウンの系譜だと思う。

 グレッグ・ベア追悼特集の「タンジェント」酒井昭伸訳。科学者のピーターは、四次元立方体のイメージを掴もうと苦しんでいた。そこに訪ねてきた少年パルは、四次元の物体を三次元に投影するイメージをあっさりと理解しながらも、楽器トロンクラヴィアに興味津々だった。

 トロングラヴィアを調べたが出てこない。たぶん電子楽器。ピーターのモデルはアラン・チューリング。四次元の表現も見事だが、私はパルとピーターの人物像が強く印象に残る。韓国系の養子で家に居場所がないパル、故国から逃げ出すしかなかったピーター。寂しいながらも、こうするしかない結末が切ない。

 追悼エッセイ「鏖戦時代」酒井昭伸。鏖のよみが「おう」だと今知ったw てへ。伊藤典夫氏の案に感服。そうか、そういう手もあるねw

 SF作家×小説生成AIで宮内悠介「すべての記憶を燃やせ」。知人の遺品の整理をしているとき、柳田碧二の詩の断片を手に入れた。彼はこの詩をしたためたあとお、みずから命を絶った。

 対談でも語っているように、ちょっと川又千秋「幻詩狩り」みたいな出だしで始まる作品。そうか、AIは詩も作れるのか。と驚いてたら、AIのべりすと開発者のSta氏曰く「究極的には、AIって検索以上の何かではないんですね」。確かに言われてみれば。

 連載小説。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第17回。再起動した青野市。前回あたりから、コンパニオンや情緒的面影など、舞台の裏側が次々と明かされて驚くばかり。事件の焦点に当時は幻の映画だった「2001年宇宙の旅」があるのも嬉しい所。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第47回。ハメられたことに気づいたシルヴィアとラスティは暴走する。二人が共感から外れたと考えるハンターたちは、即座に手を打つが…

 ハンターの能力に弱点があったのは意外だったが、立ち直りの早さも凄い。このクールさがたまらん。同じクールさでも、<楽園>のソレは…まあ、昔からSFによく出てくるタイプですねw

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第7回。田村伊歩が前席、深井零が後席というフォーメーションで飛び立つ雪風。二人は、互いを知るため雑談を交わす。

 雑談といいつつ、かなり深いところまで突っ込む零に対し、驚くほど素直に応じる伊歩。ある意味、自信に溢れていて真っすぐなんだろうなあ。自信に溢れてるって点じゃ、桂城少尉も相当だw どうなるんだろうね、この三人+雪風w

 村山早紀「さやかに星はきらめき」最終回。クリスマスの本「さやかに星はきらめき」は無事に出版となり、評判も上々だ。そんな<言葉の翼>社っを、銀河連邦の職員が訪れる。

 まず、大団円を感じさせる、しまざきジョゼの扉絵がいい。遠い未来にも、紙の本は残っているんだろうか。作中の「さやかに星はきらめき」みたく、子供に読みこかせるのにも適した本は、やっぱり電子書籍より実態のある紙の方が相応しいんじゃないかと思う。

 読み切りのレイ・ネイラー「ムアッリム」鳴庭真人訳。ムアッリムは教師ロボットだ。アゼルバイジャンの奥地ヒナルク村に派遣された。確かに教師も務めているが、村人の薪割りや庭仕事も手伝う。子供たちに石を投げられボディはボコボコだ。支援プロジェクト監視役のマーリヤは不満タラタラだ。政府の説明は嘘だらけで事前調査も杜撰、おまけに電波も届かない。

 ピント外れの支援物資や、骨抜きにされた政府の政策、おバカなガキども、そして想定外ばかりの状況に不満を募らせる監視役と、いかにも国際支援あるあるな描写が生々しい。が、そんな中で、ロボットらしくトボけた受け答えをするムアッリムがユーモラスだ。オチも見事。

 小説はここまで。

 「ガーンズバック変換」「円」刊行記念対談 日本で語らう中国SF 陸秋槎×大森望。中国のSF状況が面白い。「ミステリ作家のデビュー作はだいたい自分の専門知識を利用します」って、どの国もそうだしミステリに限らない気が。「SF作家としてデビューできない人はみな、ゲーム会社でシナリオライターとして活躍」も。その方が儲かるってのもw 荊軻つながりでFGOファンが劉慈欣「円」に殺到ってのも楽しいw 入り口はなんでもいいと思う。雑誌<科幻世界>が国内作品と翻訳物で分裂したら読者も分裂してしまったってのも、なんか解るw 映像化すりゃ大金Getとか、確かにバブルだね。あと大森望の「SF作家はみんな、一生に一度は異常論文を書きたいと思っている」ってw 道理であの特集は熱がこもってたわけだw

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2023年3月22日 (水)

SFマガジン2023年4月号

けれど黒は、とあなたは考える。喪服だけに使われるわけではない。魔女にふさわしい色なのだと。
  ――シオドラ・ゴス「魔女たる女王になる方法」原島文世訳

16歳のころ、わたしは毎週木曜日に歯を売っていて、それがドクターに会ったきっかけだった。
  ――エマ・トルジュ「はじまりの歯」田辺千幸訳

『隠れているジャムを追い出せ。たたき落として、必ず帰投しろ。グッドラック』
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第6回

 376頁の標準サイズ。

 特集は2つ。津原泰水特集で短編3本、童話1本、漫画1本の加え、エッセイ・追悼文そして作品解題。もう一つは鹿野司「サはサイエンスのサ」傑作選。

 小説は12本。

 津原泰水特集で4本(うち1本は童話)。「イハイトの爪」,「Q市風説(斐坂ノート)」,「斜塔から来た少女」,童話「おなかがいたいアナグマ」。

 連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第6回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第46回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第16回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第8回,夢枕獏「小角の城」第68回。

 読み切りは3本。ケン・リュウ「タイムキーパーのシンフォニー」古沢嘉通訳,シオドラ・ゴス「魔女たる女王になる方法」原島文世訳,エマ・トルジュ「はじまりの歯」田辺千幸訳。

 まずは津原泰水特集から。

 「イハイトの爪」。クラシックのギタリストである兄イハイトのために、親指の爪を伸ばしている。若い娘のサラは、そう斐坂に語った。イハイトの爪が割れた際に、サラの爪を切ってイハイトの爪に貼るために。斐坂は既視感を憶えた。かつて自分が書いた作品に、そんな話があった気がする。

 津原泰水名義での初短編。イハイトとサラの関係が、いかにもかつての少女小説家・津原やすみを感じさせる。が、その後の展開は、確かに津原泰水の味。この仕掛けは、著者の経験が活きてるんだろうか。

 「Q市風説(斐坂ノート)」。社会学者の助手で食いつないでいる斐坂は、仕事で夏のQ市を訪れた。噂話を集めるために。去年は真っ白な屍体を見た。この街には吸血鬼がいる。パブでエールを飲んでいると、女が話しかけてきた。「この女はきのうまでお城の下にいた」

 作家競作プロジェクト「憑依都市」の一編。たぶん返還前の香港をモデルとした、複数国の租界が乱立する治外法権都市Q市を舞台に、胡散臭い男が奇妙な事件に出会う、幻想的な作品。子供たちのうわさ話が、いかにもな不条理さで巧い。

 「斜塔から来た少女」。アオゾラ空中都市と地上都市は小競り合いが続いたが、11大地震をきっかけに和解へと向かう。和平を演出するため、生徒交流が始まった。その一人として地上に降り立ったツキコは、引率のスキを見て抜け出し、乗り合いバスに飛び乗る。

 壊れつつある空中都市に棲む上流階級の少女と、猥雑で汚染された地上に住む青年の出会いを描く物語…ではあるんだが、このオチはさすが。ちょっと星新一のショートショートにも似た味わいがある。

 童話「おなかがいたいアナグマ」。ボスとおさんぽしていたとき、ダックスフントはふしぎなけものとあいました。けものは、はいすいこうにとびこみます。そこはタヌキのとおりみちでした。タヌキにきくと、けものはアナグマだとおしえてくれました。

 津原泰水が童話って、大丈夫かい? と思ったが、大丈夫だったw ダックスフントとタヌキとアナグマ、それぞれの性質を巧く織り込んで、ちゃんと可愛い話にまとまってる。

もう一つの特集、鹿野司「サはサイエンスのサ」傑作選。英米のサイエンス・ライターは、一つか二つの科学系の得意分野に加え歴史にも造詣が深い人が多い。対して鹿野氏は科学の知見が広く、かつ最新の知や技術にも通じていたんだなあ、と感じる。とってもテレビなどのマスコミに向くタイプだったのに、なぜ重用されなかったのか不思議だ。終盤では新型コロナの話が四つ続く。これも、鹿野氏は象牙の塔にこもるタイプではなく、時勢にも敏感な人だったのが伝わってくる。

 次に連載。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第6回。田村伊歩大尉が雪風の前部に、深井零大尉が後部に乗っての会話。似ているようで、実は二人の根本はまったく違うことが明らかになってゆく。「人間相手には戦ってこなかった」零と、戦いを渇望してきた田村伊歩、そして常にジャムと戦っている雪風。コミュニケーションに難を抱えながらも、格好の仲間を得たトリオがどう暴れるか、期待が高まる。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第46回。マルセル島におけるハンターたちとマクスウェルたちの戦いに決着がつき、なんとも懐かしい場面が。弔われているのは…。オセロゲームの終盤のように、アチコチでクルクルと情勢が入れ替わってゆくさまが心地いい。にしても、マクスウェルの姿は…

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第16回。何事もなかったかのように再起動した数値海岸の青野市。今回は児玉家の変容から始まる。「クレマン年代記」はナニやら重要な鍵が潜んでいそう。にしても、お母さん… 当時は幻の映画だった「2001年宇宙の旅」の、印象的な場面が出てきてオジサンは嬉しい。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第8回。山間の小さな町の図書館を、一人の旅びとが訪れる。司書の琴子は、旅人の肩に小さな生き物を見た気がした。旅人は人を探しに来たのだ。 道具立てはSFだけど、味わいは童話寄りの心優しいファンタジイ。ちょっとゼナ・ヘンダースンの「ピープル・シリーズ」を思い浮かべた。

 続いて読み切り小説。

 ケン・リュウ「タイムキーパーのシンフォニー」古沢嘉通訳。惑星ペイク・シグマⅡの雲霧林には、多様な生物がいる。千九回の公転で一回だけ卵を産むペトラドラゴン。塵様世代と雲様世代を交互に繰り返すスライスライ蠅。一秒間に百回方向を変える針嘴鳥。

 時間に関わる掌編4本からなる作品。最初の「フリッカ」では、タイムスケールが大きく異なる生物たちを紹介する。スライスライ蠅は奇妙なようだが、地球でも似た生態のタマバチがいる(→「虫こぶ入門 」)。終盤では一部のIT技術者を悩ませる問題に、なかなかマッドな解決がw

 シオドラ・ゴス「魔女たる女王になる方法」原島文世訳。白雪姫を娶った後に王子は王位を継ぎ、三人の子をもうけます。長男のゲルハルトは王子に似て、次男のヴィルヘルムは愛情深く、いちばん下のドロテアは14歳になり、同盟相手に嫁ぐはずでしたが…

 白雪姫の後日譚…なんだが、この著者が素直に続きを語るはずもなく。冒頭から、白雪姫の醒めた目線が酷いw 舞台が中国だったら、往々にして悪役を押し付けられる立場に追いやられる白雪姫だが、そこはそれ。鏡の下す美人の評価も楽しい。

 エマ・トルジュ「はじまりの歯」田辺千幸訳。エマは奇妙な性質を持つ一族の一人だ。怪我をしても、すぐ再生する。命を失うのは老衰か出産だけ。当時は若い歯科医だったドクターに、エマは毎週木曜日に歯を売っていた。やがて助産婦になったエマは、同族の妊婦と出会い…

 書き出しが見事で、一気に引き込まれた。舞台は18世紀のロンドン。だもんで、女はまず医者になれない。当時の出産の場面の描写が、実に生々しくて強く印象に残る。終盤に近付くにつれ、否応なしに盛り上がるサスペンスも見事。

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2023年2月17日 (金)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2023年版」早川書房

 はい、年に一度のお祭り本です。

 伴名練「百年文通」、ジャック フィニイ「ゲイルズバーグの春を愛す」収録の「愛の手紙」みたいな?←たぶん全然違う クロノス・ジョウンター、新作が出てたのか。エマノンと並ぶライフワークだなあ。

 C・L・ムーア「大宇宙の魔女」、王道的な宇宙冒険譚つーより、懲りない男が美人局にひっかかりまくる話、みたいな印象が強いw オラフ・ステープルドン「スターメイカー」文庫化はめでたい。めちゃ稀有壮大な作品です。

 最近めっきり読書量が減ったけど、科学ノンフクションは美味しそうな本が多い。 吉森保「生命を守るしくみ オートファジー」とかスティーブン ジョンソン「EXTRA LIFE なぜ100年間で寿命が54年も延びたのか」とか。マット・パーカー「屈辱の数学史」は面白かったなあ。

 SFドラマは Amazon や Netflix など配信物ばっかりになってる。そういう時代なんだなあ。

 早川さん、野尻抱介「素数の呼び声」は大丈夫なのか。竹書房、竜のグリオール・シリーズ遂に完結? 東京創元社ジェイムズ・ホワイト「生存の図式」って、もしかしてどっかで映像化したのかな?

 上田早由里さん、オーシャン・クロニクル・シリーズはまだ続く模様。嬉しい。片瀬二郎さん、QRコードつきなのが今風だなあ。神林長平さん、やっぱり「敵は海賊」は猫SFだったのかw 野崎まどさん、今年も遊んでるw 樋口恭介さん、「下手な事言って変な仕事持ち込まれちゃかなわん」的な警戒心が漂ってる気がするw

 SF関連DVD。「アフリカン・カンフー・ナチス」、ヒトラーと東条英機がガーナに潜伏し云々って、ここまでキワモノだと観たくなるw

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2023年2月15日 (水)

SFマガジン2023年2月号

「私なら、君の名前を歴史に残してあげられると思う」
  ――安野貴博「純粋人間芸術」<\p>

小川哲「草野原々は焦ったほうがいいと思いましたね」
  ――SF作家×小説執筆AI メイキング&感想戦

われは起動した。ゆえに、われには目的がある。
  ――スザンヌ・パーマー「忘れられた聖櫃」月岡小穂訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「AIとの距離感」。巻頭カラーでAI絵本「わたしのかきかた」野崎まど&深津貴之、読み切り短編7本,SF作家×小説AI2本など。

 小説は15本。

 特集で7本+2本。安野貴博「純粋人間芸術」,斧田小夜「たべかたがきたない」,竹田人造「仁義なきママ活bot」,品田透「伝統的無限生産装置」,陸秋槎「開かれた世界から有限宇宙へ」阿井幸作訳,L・チャン「家だけじゃ居場所になれない」桐谷知未訳,スザンヌ・パーマー「忘れられた聖櫃」月岡小穂訳に加え、SF作家×小説AIで柴田勝家「The Human Existence」,小川哲「凍った心臓」。

 連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第5回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第45回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第15回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第7回,夢枕獏「小角の城」第67回。

 読み切りは1本。草上仁「非可能犯罪捜査課 ゴッドハンド」。

 まず特集は「AIとの距離感」から。

 安野貴博「純粋人間芸術」。2019年。自分の才能に見切りをつけた画家のコンドウは、安アパートで首を吊った…はずが、目覚めたのは2027年の病室。ミシェリーヌと名のる女が、コンドウのプロデューサーとなり、彼を売れっ子へと育て上げる。AIの急激な成長はアート界にも大きな影響を及ぼし、コンドウは貴重な才能の持ち主となっていた。

 AIの育て方のアイデアがSFとして極めて秀逸。言われてみれば、確かにアレを組み合わせたら面白いことができそう。さすがに今は費用の問題で難しいけど、本来の需要もあるワケで、案外と近い将来に実現しそうな気もする。最後のオチも、泡沫ブロガーの私としてはちょっと救われた気分に←をい

 斧田小夜「たべかたがきたない」。アートミーはAIを育てるアプリケーションだ。使い勝手はゲームっぽく、プログラミングができなくても大丈夫。自分だけのAIを育て、独自のアートを作り出すのだ。爆発的な人気を博し、世界大会も開かれる。アートミーを始めて半年ほどの佐野は、凄腕の黒田&興梠と組んで大会に出る羽目になったが…

 これまたAIの育て方にスポットを当てた作品。こんな事件(→GIGAZINE)もあったワケで、深層学習を使う手法の場合、データの選び方がAIの能力というか性格に重要な影響を与える。そこで、どんなデータを食わせるかがキモなんだが、どうやってデータを集めるかって所が面白かった。

 竹田人造「仁義なきママ活bot」。宇納は川守組の若頭だ。先代組長の甥でインテリの安海が、妙なシノギを持ち込んできた。名づけてママ活bot。かつての宇納の二つ名は“桜漬けの宇納”。女を装ってメッセージを送り付け、男たちに課金させて荒稼ぎした。その手腕を活かし、botを育てろ、そう安海は語る。先代への義理もあり、とりあえず話に乗った宇納だが…

 これは傑作。いやもう笑いっぱなし。広島なまりの宇納と、カタカナ言葉ばっかりのAIとの会話が、実に楽しい。コンバージョンやらアジャイルやらの専門用語?を、宇納が広島なまりで実にわかりやすく説明してくれます。さすが院卒、地頭はいいんだよなあw この手の詐欺の手口を教えてくれるのも嬉しいが、鋭いのは最後のオチ。現代のAIが抱える問題点を、巧みに指摘してるのが凄い。ホント、これ、どうするんだろ。

 品田透「伝統的無限生産装置」。地球は大災厄で滅びた。世代型宇宙船の八紘一宇号は、惑星スサノオを目指し虚空を進み続ける。樋口の仕事は検閲だ。職務は船内の日本文化を守ること。検閲部の働きにより、真世田谷の景色は200年前を変わらない。定年となった福沢から、樋口は「サンサイさん」案件を引き継いだ。これは306年間も続いたアニメ番組で…

 舞台は移民用の世代型宇宙船なのに、スペース・オペラな雰囲気がまったくしないのが不思議。検閲だの八紘一宇だのと、ナニやら不穏な言葉が出てきたと思ったら、次のネタはかの有名な長寿アニメ番組。形だけ「古き良き日本像」に似せた似非レトロなガジェットとか、本当にそんなモン保つ価値があるのかよ、とちょっと背筋が寒くなったり。

 陸秋槎「開かれた世界から有限宇宙へ」阿井幸作訳。「アイリス騎士団」は、当社の稼ぎ頭だ。あの手この手でユーザから金を搾り取り、月間数十億円を稼ぐ。だが、その儲けは有名な製作者の宮沼秀洋が率いる新規プロジェクトにつぎ込まれる。「アイリス騎士団」の運営に携わる岸田は、新規プロジェクトの世界設定について相談を受けたのだが…

 現代のスマートフォンが持つ演算能力で、いかに臨場感のある絵面にするか。演算能力を節約するための工夫に、説得力のある設定をどうひねり出すか。その設定を、作品の世界観にどう合わせるか。なかなか面白い設問で、理系頭だとかえって苦労しそうな気がする。とりあえず、動きとして、自転であれ公転であれ「回転」はマズいよなあ。うーん。

 L・チャン「家だけじゃ居場所になれない」桐谷知未訳。<あるじ>が連れ去られた後も、<ホーム>は淡々と仕事を続ける。半分割れたマグカップに、きっかり摂氏60度のコーヒーをいれる。決まった時間に玄関のドアのボルトを押し出す。電子レンジで食品を調理し、押し出す。キッチンには、容器が積み重なっている。在庫を調べ、必要な食料を補充する。

 自動化された家は、居住者がいなくなっても、盲目的に日課を続ける。荒れた家の風景で、<あるじ>は相当に荒っぽい手口で連れ去られたのが分かる。融通の利かない機械らしく<ホーム>が淡々と動き続ける風景は寒々しいが…

 柴田勝家「The Human Existence」。柴田勝家が小説生成ツール「AIのべりすと」を使い仕上げた作品。僕は∀2173、父さんにもらった名前だ。部屋は広いが、父さんは外出を許してくれない。けど、ある日、父さんが言った。「今度、一緒にサーカスを見に行こう」

 柴田勝家の芸風とは大きく違う。文章は自然な日本語になっているし、お話のスジもソレナリに通っている。が、かなり唐突に展開が変わる。たぶん、プロの小説家は、大きな変化の前に細かい伏線をはるなり、予告っぽい文章を入れたりして、「間もなくお話の流れが変わりますよ」と読者に身構える余裕を与えるんだろう。そういう、AIの語りの荒っぽさが、逆にプロの作家の技を見せつける形になった。

 小川哲「凍った心臓」。少年は桟橋の近くにやってくる。商船が運んでくる世界中の珍品を見るのが好きで、冲仲仕の仕事を手伝う。クリッパー船から下りてきた男が、少年に宝石を見せる。

 18世紀あたりの米国の港っぽい風景で始まった物語は、劇中劇っぽい仕掛けを通ったあと、いきなり暴走しはじめる。なんか最初は丁寧に調整してたのが、途中で面倒くさくなってAIに任せっきりにしたら収集がつかなくなった、みたいな感じ。

 スザンヌ・パーマー「忘れられた聖櫃」月岡小穂訳。2019年2月号掲載の「知られざるボットの世界」の続篇。長期航行中の宇宙船で、ボット9は68年前ぶりに起動した。まもなく無機生命体に敵対的なイスミ宙域に入る。それまでに、超低温室で眠っている人間のクルーを起こさねばならない。だが船内は困った状況にある。自分は人間だと思い込んでいるボット群が船内を群雄割拠し…

 マシンであるボット9視点の語りが楽しい。何せ機械だ。気軽に体や思考能力を交換する。いやハードウェアやユーティリティ・ソフトウェアなんだけど。自分は人間だと思い込んでるわりに、そういうクセが抜けきらない叛乱ボットたちも笑える。目的のためには手段を択ばないボット9に比べ、妙に生真面目なシップの性格付けも、現場と監督職を思わせる雰囲気があってピッタリな配役。

 連載小説。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第15回。ド派手な青野市の崩壊で終わった前回から一転、妙に平和な二学期で第三部の幕が上がる。とかのお話の進み方以上に、当時の映画事情のネタがオジサンには嬉しい回。よく行ったなあ、池袋の文芸座と文芸座地下。「2001年宇宙の旅」も、当時は幻の作品だった。ナニやらオトナの事情で上映できなかったんだよね。自主上映会もあったなあ。近所の小学校で「ワタリ」を観た…気がする。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第45回。ハンター側からイースターズ・オフィスへの意外なコンタクトに始まり、マルセル島でのクインテットvsシザースのバトルの続き。いかにもなヤラレ役っぽいリック・トゥーム君の運命に涙。あのイカれたキャラ、結構好きなんだけどなあ…って、今更だけど、このお話、出てくるのはイカれた奴ばっかりなんだけどw

 

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第5回。雪風に乗るよう勧められた田村大尉と零の会話の回。初顔合わせの緊張感とは違い、特に田村大尉がリラックスしてる。冒頭から、知性を持つマシンの扱いにくさが伝わってくる。いずれも変わり者同士なのに、意外と陽キャを装える田村大尉と、モロに陰キャな零の対比もいい。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第7回。銀河連邦の広報が、出版社「言葉の翼」社でクリスマスの物語を集めているキャサリンを訪れ…。そうか、同じ編集者でも、雑誌と文芸は違うのか。やっぱり雑誌はフットワークが軽くて好奇心旺盛な人が多いのかな。

 読み切り。

 草上仁「非可能犯罪捜査課 ゴッドハンド」。穐山省吾警部補は、非可能犯罪捜査課こと警視庁捜査七課への異動の打診を受けた。七課を率いる田村課長は語る。「超常現象を信じなくてもいい。仮説を立て、必然性のある論理を構築する、それだけ」。二人は、ある裁判を傍聴する。被告の富岡はゴッドハンドを名乗り、メスなしで心臓手術を行えると豪語する。

 読み終えてから扉のイラストを見ると、「そういうことか!」と驚いたり。最近は流行らないけど、昔はよく聞いたなあ、この手の心霊手術。ミステリ・マガジンとSFマガジン、どっちに載せてもいい感じの作品ながら、オチはさすがの草上節、鮮やかなどんでん返しを見せてくれる。

 小説はここまで。

 若島正「乱視読者の小説千一夜 連載78回 いつまでも続くスワン・ソング」。今回はロバート・R・マキャモンの話なのが嬉しい。やっぱりマシュー・コーベットのシリーズは続いてるのか。「魔女は夜ささやく」のマシューとウッドワードの関係は、腐った人には美味しいはず。「ぼっち・ざ・ろっく」の影響で同じバンド物の The Five の翻訳も…いや、無理か。

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2022年11月14日 (月)

SFマガジン2022年12月号

「わたしは」「狙撃兵ではない。戦闘機のパイロットです」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第4回

「もじかしたら月に行けるかもよ」
  ――ジェイムズ・ヴァン・ペルト「ミネルヴァ・ガールズ」川野靖子訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集」として、未完の短編「ロボットヴィルとキャスロウ先生」に加え、エッセイ「最後のタスマニア人」や1984年のインタビュウ,全邦訳作品リストなど。。

 小説は9本。

 「カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集」で「ロボットヴィルとキャスロウ先生」(未完)大森望訳。

 連載は3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第4回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第6回,夢枕獏「小角の城」第66回。

 読み切りは5本。津久井五月「炎上都市」、斜線堂有紀「不滅」,草上仁「貧者の核兵器」,ジェイムズ・ヴァン・ペルト「ミネルヴァ・ガールズ」川野靖子訳,イザベル・J・キム「帰郷は昇華の別名にすぎない」赤尾秀子訳。

 「カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集」の「ロボットヴィルとキャスロウ先生」(未完)大森望訳。火星から地球に戻って5年、ルイヴィルの町を出てからは15年。かつて通った小学校へ校長のキャスロウを訪ねた。戦争ではロボットを使った。機械じゃない。人間の頭に銀線のアンテナを埋めこみ、電波で操ったのだ。寂れた町。今、小学校に通っているのはロボットの子供たちだけ。

 冒頭、過疎化しつつある町の描写が容赦ない。短編ながら、火星からの帰還・第三次世界大戦・ロボット兵と、SFガジェットてんこ盛り。にも関わらず、そこで展開する物語は、小さな町で巻き起こる政治対立のドラマなのがヴォネガットらしい。後の特集解説や作品レビュウを読むと、元ロボットたちが抱える不安と怒りは、まさしくヴォネガット自身が抱えているものなのが判る。

 連載小説。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第6回。人間がいなくなった地球。フライドチキンの店先に立っていた人形は、付喪神となり目覚める。あてどもなく歩き続けた人形は、遊園地で壊れかけたロボットの少年と出会う。少年は遊園地の最後に残った従業員として、人形を精一杯もてなす。

 人間がいなくなったら、世界はどうなるのか。ズバリそれをテーマとした「人類が消えた世界」なんて本もある。日本の、特に夏だと、アスファルトの割れ目から芽を出す植物の逞しさに感心したり。チョロっと顔を出す丸くて平べったいのが可愛い。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第4回。クーリィ准将は、田村伊歩大尉に雪風に乗るよう頼む。ジャムと戦い、ロンバート大佐を倒すために。特殊戦はジャムの正体ばかりか、雪風の目論見もよくわからない。だが、雪風が田村大尉を意識しているのは、先の模擬戦でわかった。問題は田村大尉と組むのは誰か、だが…

 やはり雪風と田村大尉は何か通じるのもがある模様。読み進むにしたがって、クーリィ准将はとんでもなく無茶な要望をしてるのが明らかにw 桂城少尉はよく生きてるなあ…というか、案外と生きのびるのは上手いのかもw マシンと意思を通わせることの難しさが伝わってくると共に、雪風の凄まじい能力も明らかになる回。

 読み切り小説。

 津久井五月「炎上都市」。東京が舞台の複合現実基盤<イリンクス>は、地元の有志が開発・所有しているが、海外資本のアゴンが買収に乗り出した。かつて花山日出人と柳原良一は<イリンクス>内で暴れまわったが、花山は事故で亡くなり柳原も活動を控えている。花山の虚在物は多くの追従者に引用・改造された。その花山の虚在物たちが、<イリンクス>内で燃え始めた。

 現実に仮想の何かを加えるって点ではポケモンGOなどと似てるけど、利用者が様々な虚在物を作り配り引用・改造できる点はオープンソース・ソフトウェアに似てる。ただ、そこに集う者たちのノリの良さと趣味の悪さは、5ちゃんねるやニコニコ動画っぽい。そこでツルんで暴れていた過去を突きつけられるのは、結構キツいかも。

 斜線堂有紀「不滅」。15年前、いきなり人の死体が腐らなくなった。だけじゃない。燃えもしなければ傷つきもしない。このままでは、墓地ばかりに土地が占領されてしまう。墓の価格が高騰した。そこでロケットで死体を宇宙に打ち上げる葬送船も出てきたが、墓より高価だ。そんな時代に、葬送船を打ち上げるクレイドルー宇宙港を叶谷仁成が占拠した。

 これは珍しい葬式SF。似たテーマとしてはSFマガジン2018年12月号収録の澤村伊智「愛を語るより左記のとおり執り行おう」があるけど、本作は死体が残っている点が生々しさを感じさせる。宇宙港を占拠した叶谷仁成をはじめ、事件の関係者の語りで物語を綴る形。うん、確かに「気持ちだけ」なんだよなあ。というか、葬るって行いそのものが、ほとんど気持ちのためにあるようなもんだし。

 草上仁「貧者の核兵器」。公正穏健民衆共和国立戦略兵器第一研究所。名前は立派だが、実情は厳しい。乏しい予算、老朽化して使えなくなる機材、次々と脱落する研究員。にもかかわらず、執行部は無茶な指導方針を示す。外貨を稼げ、と。金欠で核開発などできない。そこで貧者の核兵器こと生物兵器・化学兵器に注力してきたが、その成果といえば…

 最近はミサイルで騒がせている某国をモデルとした作品ながら、開発部門に勤める者には、胸に突き刺さるネタてんこ盛りで苦笑いが止まらない。研究・開発用の機器の顛末などは、泣いていいのか笑っていいのかw とはいえ、何がどんな役に立つのか、わからないのが新製品開発で…

 ジェイムズ・ヴァン・ペルト「ミネルヴァ・ガールズ」川野靖子訳。数学と物理学に長けたジャクリーン、その設計図を元にマシンを組み立てるセレナ、そして廃物置き場からあらゆる部品を調達してくるペニー。女子中学生三人は、この夏を境に親の都合で離ればなれになる。その前に、ジャクリーンのアイデア元に宇宙船を創り月へ行こうとするのだが…

 数式や機械をいじる女の子が集団からはみ出すのは、日本もアメリカも同じ。そんな彼女たちが、夜な夜な秘密基地<潜水クラブ>に集まり、前代未聞の計画をブチ上げ、家庭や学校の都合に右往左往しながらも、一致団結して目標に向かい突き進むさわやかな物語。私も地理が苦手だったので、ペニーの苦労にはひたすら頷いてしまう。ほんと、興味のある学科だけどんどん先に進ませてくれたっていいのに。

 イザベル・J・キム「帰郷は昇華の別名にすぎない」赤尾秀子訳。20年前、ソヨン・カンは母と共にアメリカに渡り、ローズとなった。韓国にインスタンスを残して。そのインスタンスから電話で連絡がきた。おじいちゃんが亡くなった、と。葬儀で帰国したローズを、インスタンスが迎える。彼女には夫と娘がいて…

 インスタンスは、それまでの記憶も共有したクローンのようなもの。この世界では最新の技術ではなく、昔から人間に備わっている能力らしい。韓国で一族と共に過ごしたソヨンと、アメリカで自分の人生を築いたローズ。人生の大きな別れ道で、違った選択肢を選んだ自分を見るのは、どんな気分なんだろう? 朝鮮戦争で北から逃れてきた祖父も絡め、歴史と個人の人生を綴る物語。

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2022年9月14日 (水)

SFマガジン2022年10月号

「自由度が高くなりすぎる中で、何を中心にするかだ」
  ――長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒョーマニティ」

「ぼくらはいつだって手遅れだ」
  ――上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」

(小石は黒い)
  ――T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「スタジオぬえ創立50周年記念」。表紙がド迫力。

 小説は9本。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第3回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第44回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第5回,夢枕獏「小角の城」第65回。

 読み切りは5本。長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」冒頭150枚,上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」,小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」後編,ジェイスン・サンフォード「8000メートル峰」鳴庭真人訳,T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳。

 連載小説。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第3回。模擬戦から11日。日本空軍から派遣された田村伊歩大尉は、半ば監禁状態に置かれている。ジャムと戦うために生まれてきたような人間だと田村大尉自身は思っている。だが、世間的ではFAFは犯罪者の島流し先である。両親に心配をかけて申し訳ない、などと考えているうち、クーリィ准将から呼び出しがきた。

 第五部のヒロイン(?)田村大尉の意外なお育ちが明らかになる回。そういえば妙に屈折した人物が多いこの作品で、桂城少尉と並び屈託の少ないキャラだよね、田村大尉は。いや桂城と同類にされたら嫌がるだろうけどw 彼女がジャムとどんなコミュニケーションを取るのか、今後に期待。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第44回。今回も島でのバトル回。後半の<ビッグ・ショップ>によるウォーターズ・ハウス襲撃が面白かった。目標は厳重な警護で要塞化した豪邸。他のチームならエンハンス能力を振りかざすだろうに、このチームが用いる手段は実にまっとうなのが楽しい。ここだけ別の作品みたいだw

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第5回、第3話「White Christmas」前編。災厄で人が消えた地球で、付喪神が暮らしている、そんな話がある。季節は夏、賑やかだった商店街。とある店の前に倒れていた人形が身を起こし…

 月にある出版社『言葉の翼』社の編集部をツナギにして、幻想的なお伽噺を語る構造ですね。今回の主人公は、皆さんお馴染み某揚げ鶏屋の大佐おじさん。あのニコニコ顔が歩き出すというのは、ユーモラスのような怖いような。

 以降は読み切り。

 長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」冒頭150枚。2050年代。護堂恒明は27歳で将来を期待されるダンサーだが、事故で右脚を失う。一時は身動きすら出来なかったが、義肢のダンサーを見て再起を決意、友人の谷口裕五を介しベンチャー企業のAI義肢のモニターとなる。生活を立て直しつつ、リハビリと義肢の扱いそして復活に向けダンスの訓練に励む護堂だが、谷口はとんでもない事を目論んでいた。

 一種のサイボーグ・テーマで、AIの絡め方が巧みだ。というと新しいテーマのようだが、同時に新技術に立ち向かう表現者の苦闘という、伝統的なネタでもある。カメラは映画を生み出した。カメラワークやフィルム編集など新しい表現が現れると共に、役者の演技は演劇から引き継いでいる。レオ・フェンダーはエレクトリックギターを作り上げたが、エフェクターやフィードバックを活用する現在の変化自在なギタープレイはジミ・ヘンドリクスに負うところが大きい。筋肉で人を見る恒明の目線などの描写はリアリティを盛り上げ、この記事冒頭の引用の台詞は新技術を使いこなす事の難しさを見事に現わしている。そういう点では、ルミナス・ウィッチーズとも共通するテーマだよね。

 と、冒頭だとそういう印象なんだが、果たして曲者の著者がそういう予想しやすいお話に収めるかどうか。

 上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」。2015年2月号から不定期連載が続いたこのシリーズ、ついに最終回。「ブギーポップ」シリーズと同じ世界…というか、統和機構の内幕を描く作品でもあり、シリーズのファン向けな作品ですね。

 小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」後編。、惑星パステルツェ3の仕事を受けたダイとテラ。仕事の内容は雲蠲(ウンジャン)の駆除。姿は全長100m×高さ50mに達する白いガスタンクで、空中を漂う。それだけならたいした問題はないのだが、困ったことに人が多い所に集まってくる。そのためインソムニア号も最初の着陸でアクロバットを演じる羽目になった。

 奇妙な生物?のような雲蠲の正体が、なかなかミステリアス。というか、今後のシリーズを通しての重要なテーマとなりそう。その雲蠲を駆除する場面は、確かにこの二人ならではの技と知恵が炸裂する。というか、ますます某トラコンみたいになってきてるなw

 ジェイスン・サンフォード「8000メートル峰」鳴庭真人訳。上司のロニー・チャイトに引きずられ、ケラーはエヴェレストに登る。ロニーは大金持ちで、ビジネスも私生活も強引だ。最終アタック中、死にかけの男を見つけた。登山者たちは男を見捨ててゆく。ロニーもだ。そこに見知らぬ女が現れ、「わたしが残る」と言う。

 冒頭、どこぞの観光地のように登山者であふれるエヴェレストの風景に驚いた。近未来の話かと思ったが、現代でもこんな感じなんだろうか。極寒で視界すら閉ざされ、その上に呼吸すらままならない高山の描写が怖ろしい。加えて積もってゆく疲労。思考能力も衰えるだろうし、山の怖さがよくわかる。そんな所に現れた女の正体が、これまた意外。確かに、あーゆー所なら棲みつくのに都合がいい。

 T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳。古く見捨てられた惑星に、ひとりの男が住んでいた。男は二体の機械を作り、二体が自らのボディを好きに改造するに任せた。二体は男になつき、くたびれた惑星をめぐって金属をかき集め、ボディを作り変えていった。うあがて男は老いて倒れ、社会の狡猾さを知らぬ二台の将来を憂い…

 「むかしむかし、あろところに」で始まる、メルヘン風の語り口の作品。なのに、ナノマシンやバッファーなどの言葉のミスマッチ感が楽しい。もしかしたら、ロジャー・ゼラズニイの傑作「フロストとベータ」へのオマージュなのかな? 二台が惑星を離れる場面では、Simon & Garfunkel の My Little Town が頭の中で流れた。

 次号はカート・ヴォネガットの特集。楽しみだ。わたしは猫派です。

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2022年9月 9日 (金)

SFマガジン2022年8月号

「私の話に余談はありませぬ」
  ――小川哲「魔法の水」

逢坂冬馬「合理的な意思決定によって戦争を防止した歴史というのは表に出にくい」
  ――特別対談 戦争を書く、世界を書く 逢坂冬馬×小川哲

「雪風は、人口知性体であるまえに、その本質は高性能な戦闘機なのだ」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第2回

ぶっちゃけ、出版翻訳家は原理的には食えない。
  ――古沢嘉通「SF翻訳、その現在地と十年後の未来」

「単に、好きになった人が自分だっただけです」
  ――カスガ「汝ら、すべてのゾンビたちよ」

 376頁の標準サイズ。10月号じゃありません。8月号です、はい、いまさら。

 特集は「短編SFの夏」として小説8本+対談やエッセイなど。

 小説は13本。

 特集で8本。小川哲「魔法の水」,斜線堂有紀「奈辺」,ナオミ・クリッツァー「怪物」桐谷知未訳,春暮康一「モータル・ゲーム」,天沢時生「すべての原付の光」,カスガ「汝ら、すべてのゾンビたちよ」,森田季節「殯の夢」,小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第2回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第43回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第4回,夢枕獏「小角の城」第64回って、すんげえ久しぶりな気が。

 加えて読み切り1本。上遠野浩平「製造人間は省みない」。

 まず特集から。

 小川哲「魔法の水」。アメリカ出張が決まった。ゲーム「イフ・ユー」のスマートフォン移植版の配信について話し合うためだ。今はアップルとグーグルが配信を牛耳っている。そこにリッケハンド社が新規参入し、初期タイトルには破格の条件を示した。乗るべきか? 燃料廠研究部の岩下少尉の紹介で仲本という男が訪ねてきた。「魔法の水」について話があるという。

 一部では有名な海軍水ガソリン詐欺事件と、スマートフォン用アプリケーションの配信プラットフォームが、どう絡むのか。小説としては見事などんでん返しで唖然とした後に、逢坂冬馬との対談を読むと、更に別の意図を仕込んでたのが分かってまたびっくり。にしても、戦後80年近くたつのに、あの愚かな開戦の原因が未だ定説が定まらないってのは、どうなんだろうね。

 斜線堂有紀「奈辺」。1741年ニューヨーク。白人ばかりのジョン・ヒューソンの酒場に、黒人奴隷のシーザーが入ってくる。酒を飲ませろ、と。客のルーカスがシーザーに銃を突きつけた時、二階で爆発音がして、ケッタイな奴が降りてきた。ジェンジオと名のる男は、銀色の服を着て、肌の色は目の醒めるような…緑色だ。

 銀色のスーツに肌は緑の宇宙人ってあたりで、1950年代のSFの香りが漂い、おもわずニヤニヤしてしまう。いかにも18世紀のニューヨークの酒場らしい荒っぽく猥雑な雰囲気の酒場で、白人と黒人の人種対立に緑色の宇宙人を交えてシェイクした、ノリのいい作品。ソレっぽいせりふ回しも楽しい。

 ナオミ・クリッツァー「怪物」桐谷知未訳。高校二年のとき、セシリーはアンドルーと出会った。趣味が合い、互いに理解しあえる唯一の親友だと思っていた。アンドルーの紹介で、セシリーは同じ趣味の仲間たちとも出会った。そして今、遺伝学者となったセシリーはアンドルーを追って中国の奥地、貴州省に来ている。

 「ニューロマンサー」や「スタータイド・ライジング」に「わかってるじゃん!」と嬉しくなる。他にもセシリーの若い頃の逸話は、SFファンの黒歴史を容赦なくえぐるw ちょい役トムの運命は、この手の話の定番っぽくて、「そうこなくっちゃ」と思ったり。元ネタは「フランケンシュタイン」かな? アンドルー君、ジョージ・R・R・マーティンのワイルドカードあたりで再登場して欲しい。

 春暮康一「モータル・ゲーム」。<ラティメリア>は恒星SCN017をめぐる奇妙な惑星を見つける。惑星017gはハビタブル・ゾーンにあり、軌道の離心率はゼロに近い。しかも公転面と自転軸がほぼ直行しており、季節の移り変わりはない。北緯15度付近に大きなクレーターがあり、ぬかるみになっている。このクレーターに、黴か地衣類のコロニーらしきものが見つかった。

 機械的とすら言えるほど変化が規則的な環境で生まれ滅びてゆく、地衣類らしきモノのコロニー。その生成と消滅の過程は、数学的な正確さで完全に予測できてしまう。それは「生命」なのだろうか? そういう環境を描く筆致のクールさもたまらないが、そこに生きる?コロニーの正体は、この著者ならではの熱いSF魂が伝わってくる。絶品のファースト・コンタクト作品だ。

 天沢時生「すべての原付の光」。取材のため、記者は暴走族のアジトを訪ねる。吹き抜け二階建てのガレージにいたのは二人。いかにもな田舎ヤンキーと、縛られて電動横行昇降機に吊り下げられた中学生。イキがった中学生をヤンキーが捉えたらしい。他には工具箱やスペアタイヤやカスタムパーツが転がる。そして中心に鎮座するハイエース三台分ほどの巨大なリボルバー。

 たいていの事は気合いで解決してしまう不良と、あまりにミスマッチな巨大メカ。いったい、どう話が転ぶのかと思ったら、更にとんでもない方向へとスッ飛んでいく。リボルバーなんだから、てっきりシマを争う他チームとの抗争に使うんだろうか…なんて想像を遥かに超え、もっとヤバい奴を相手にしてた。確かにヤバい短編です。

 カスガ「汝ら、すべてのゾンビたちよ」。三年前、生体時間転送が実用化された。18歳のわたしが大学で出会ったのは、過去への留学生に選ばれた7年後のわたし。彼女の姿は、まさに理想のわたしだった。わたしはわたしに恋をした。

 2022年第4回 pixiv 百合文芸小説コンテストSFマガジン賞受賞作。どうやって自分を脅すのかってのは、難しい問題だよねw タイム・パラドクスの扱いも標準的なもの。だからこそ、この結末が活きていると思う。

 森田季節「殯の夢」。ここオオムロの里は強い。馬がたくさんいるからだ。12歳のクルヒは、その馬の身体を洗う。オサの一族で、二つ年上のテオシベと一緒に。そんな里に、侵入者がきた。近くのオミやハイバラやクビキじゃない。服は派手だし態度も図々しい。ヤマトだ。

 古代日本の信州を舞台としたファンタジイ。小さな村の少女を語り手として、覇権国家ヤマトの侵攻を描く…のかと思ったら、ショッキングな場面から意外な方向へ。幾つかの有名なホラー映画や、某ベテランSF作家の有名なシリーズを思わせる巧みな仕掛けだ。

 小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」前編。テラとダイは、惑星パステルツェ3の仕事を受けた。半径6060km表面重力0.85Gで自転周期は50時間、汎銀河往来圏の隅っこ、要は田舎だ。仕事は地表から算土(カルサンド)を軌道に運び上げること。その算土がやっかいで…

 初めての地表に騒ぎまくるテラがかわいい。というか、地表に降りた経験がないのに、この仕事はいささか無謀ではw それだけに、緊張しっぱなしの大気圏突入と降下のシーンは迫力満点ながら、肝心の着陸は…こんな宇宙船の着陸は斬新すぎてw 某トラコンでも、ここまではやらんと思うw

 特集はここまで。続いて連載。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第2回。ジャムの地球に侵入したとの仮定に基づき、フェアリイで特殊戦を率いるクーリィ准将はアグレッサー部隊を発足させる。フェアリイを訪れたジャーナリストのリン・ジャクスンは、雪風への搭乗を望むが…

 深井零はもちろんクーリィ准将,リン・ジャクスンそして日本海軍の丸子中尉といったアクの強い連中の中にいながら、相変わらずマイペースで飄々とした桂城少尉が、意外な活躍?を見せる回。言われてみれば、長生きしそうなキャラだよねw そして最後にクーリィ准将が爆弾発言を。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第43回。今回もマルセル島での派手な戦闘が続く。イースターズ・オフィスの出番は少なく、クィンテット vs マクスウェル一党の衝突が中心。<ミートワゴン>のカーチス・フェリンガーが暴れるあたりは、妖怪大戦争の趣が。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第4回、第2話「虹色の翼」後編。新人賞に応募する原稿を仕上げながらも事故で命を失った涼介は、「お化け」として意識を取り戻す。同じ部屋で、子どもが文章を読みあげている。

 血と麻薬と硝煙の匂いが渦巻くマルドゥック・シティの次にこの作品ってのは、落差が凄いw 「お化け」って言葉を選ぶあたりも、この著者ならではの芸風。歴史上の有名人ならともかく、普通の人の消息なんてすぐに分からなくなっちゃうんだよなあ。涼介がコンピュータを使えない場面はクスリと笑ってしまった。そりゃ無理だわw

 そして読み切り。

 上遠野浩平「製造人間は省みない」。ウトセラ・ムビョウの誘拐を機に動き始めた事件を機に、ブギーポップから続く統和機構のスターたちが続々と登場する。ファンには続々と登場する合成人間たちが嬉しい。

 SFマガジン2022年10月号の記事も、近いうちに書きます、たぶん。

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