カテゴリー「書評:SF:小説以外」の119件の記事

2022年9月14日 (水)

SFマガジン2022年10月号

「自由度が高くなりすぎる中で、何を中心にするかだ」
  ――長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒョーマニティ」

「ぼくらはいつだって手遅れだ」
  ――上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」

(小石は黒い)
  ――T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「スタジオぬえ創立50周年記念」。表紙がド迫力。

 小説は9本。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第3回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第44回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第5回,夢枕獏「小角の城」第65回。

 読み切りは5本。長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」冒頭150枚,上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」,小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」後編,ジェイスン・サンフォード「8000メートル峰」鳴庭真人訳,T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳。

 連載小説。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第3回。模擬戦から11日。日本空軍から派遣された田村伊歩大尉は、半ば監禁状態に置かれている。ジャムと戦うために生まれてきたような人間だと田村大尉自身は思っている。だが、世間的ではFAFは犯罪者の島流し先である。両親に心配をかけて申し訳ない、などと考えているうち、クーリィ准将から呼び出しがきた。

 第五部のヒロイン(?)田村大尉の意外なお育ちが明らかになる回。そういえば妙に屈折した人物が多いこの作品で、桂城少尉と並び屈託の少ないキャラだよね、田村大尉は。いや桂城と同類にされたら嫌がるだろうけどw 彼女がジャムとどんなコミュニケーションを取るのか、今後に期待。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第44回。今回も島でのバトル回。後半の<ビッグ・ショップ>によるウォーターズ・ハウス襲撃が面白かった。目標は厳重な警護で要塞化した豪邸。他のチームならエンハンス能力を振りかざすだろうに、このチームが用いる手段は実にまっとうなのが楽しい。ここだけ別の作品みたいだw

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第5回、第3話「White Christmas」前編。災厄で人が消えた地球で、付喪神が暮らしている、そんな話がある。季節は夏、賑やかだった商店街。とある店の前に倒れていた人形が身を起こし…

 月にある出版社『言葉の翼』社の編集部をツナギにして、幻想的なお伽噺を語る構造ですね。今回の主人公は、皆さんお馴染み某揚げ鶏屋の大佐おじさん。あのニコニコ顔が歩き出すというのは、ユーモラスのような怖いような。

 以降は読み切り。

 長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」冒頭150枚。2050年代。護堂恒明は27歳で将来を期待されるダンサーだが、事故で右脚を失う。一時は身動きすら出来なかったが、義肢のダンサーを見て再起を決意、友人の谷口裕五を介しベンチャー企業のAI義肢のモニターとなる。生活を立て直しつつ、リハビリと義肢の扱いそして復活に向けダンスの訓練に励む護堂だが、谷口はとんでもない事を目論んでいた。

 一種のサイボーグ・テーマで、AIの絡め方が巧みだ。というと新しいテーマのようだが、同時に新技術に立ち向かう表現者の苦闘という、伝統的なネタでもある。カメラは映画を生み出した。カメラワークやフィルム編集など新しい表現が現れると共に、役者の演技は演劇から引き継いでいる。レオ・フェンダーはエレクトリックギターを作り上げたが、エフェクターやフィードバックを活用する現在の変化自在なギタープレイはジミ・ヘンドリクスに負うところが大きい。筋肉で人を見る恒明の目線などの描写はリアリティを盛り上げ、この記事冒頭の引用の台詞は新技術を使いこなす事の難しさを見事に現わしている。そういう点では、ルミナス・ウィッチーズとも共通するテーマだよね。

 と、冒頭だとそういう印象なんだが、果たして曲者の著者がそういう予想しやすいお話に収めるかどうか。

 上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」。2015年2月号から不定期連載が続いたこのシリーズ、ついに最終回。「ブギーポップ」シリーズと同じ世界…というか、統和機構の内幕を描く作品でもあり、シリーズのファン向けな作品ですね。

 小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」後編。、惑星パステルツェ3の仕事を受けたダイとテラ。仕事の内容は雲蠲(ウンジャン)の駆除。姿は全長100m×高さ50mに達する白いガスタンクで、空中を漂う。それだけならたいした問題はないのだが、困ったことに人が多い所に集まってくる。そのためインソムニア号も最初の着陸でアクロバットを演じる羽目になった。

 奇妙な生物?のような雲蠲の正体が、なかなかミステリアス。というか、今後のシリーズを通しての重要なテーマとなりそう。その雲蠲を駆除する場面は、確かにこの二人ならではの技と知恵が炸裂する。というか、ますます某トラコンみたいになってきてるなw

 ジェイスン・サンフォード「8000メートル峰」鳴庭真人訳。上司のロニー・チャイトに引きずられ、ケラーはエヴェレストに登る。ロニーは大金持ちで、ビジネスも私生活も強引だ。最終アタック中、死にかけの男を見つけた。登山者たちは男を見捨ててゆく。ロニーもだ。そこに見知らぬ女が現れ、「わたしが残る」と言う。

 冒頭、どこぞの観光地のように登山者であふれるエヴェレストの風景に驚いた。近未来の話かと思ったが、現代でもこんな感じなんだろうか。極寒で視界すら閉ざされ、その上に呼吸すらままならない高山の描写が怖ろしい。加えて積もってゆく疲労。思考能力も衰えるだろうし、山の怖さがよくわかる。そんな所に現れた女の正体が、これまた意外。確かに、あーゆー所なら棲みつくのに都合がいい。

 T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳。古く見捨てられた惑星に、ひとりの男が住んでいた。男は二体の機械を作り、二体が自らのボディを好きに改造するに任せた。二体は男になつき、くたびれた惑星をめぐって金属をかき集め、ボディを作り変えていった。うあがて男は老いて倒れ、社会の狡猾さを知らぬ二台の将来を憂い…

 「むかしむかし、あろところに」で始まる、メルヘン風の語り口の作品。なのに、ナノマシンやバッファーなどの言葉のミスマッチ感が楽しい。もしかしたら、ロジャー・ゼラズニイの傑作「フロストとベータ」へのオマージュなのかな? 二台が惑星を離れる場面では、Simon & Garfunkel の My Little Town が頭の中で流れた。

 次号はカート・ヴォネガットの特集。楽しみだ。わたしは猫派です。

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2022年9月 9日 (金)

SFマガジン2022年8月号

「私の話に余談はありませぬ」
  ――小川哲「魔法の水」

逢坂冬馬「合理的な意思決定によって戦争を防止した歴史というのは表に出にくい」
  ――特別対談 戦争を書く、世界を書く 逢坂冬馬×小川哲

「雪風は、人口知性体であるまえに、その本質は高性能な戦闘機なのだ」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第2回

ぶっちゃけ、出版翻訳家は原理的には食えない。
  ――古沢嘉通「SF翻訳、その現在地と十年後の未来」

「単に、好きになった人が自分だっただけです」
  ――カスガ「汝ら、すべてのゾンビたちよ」

 376頁の標準サイズ。10月号じゃありません。8月号です、はい、いまさら。

 特集は「短編SFの夏」として小説8本+対談やエッセイなど。

 小説は13本。

 特集で8本。小川哲「魔法の水」,斜線堂有紀「奈辺」,ナオミ・クリッツァー「怪物」桐谷知未訳,春暮康一「モータル・ゲーム」,天沢時生「すべての原付の光」,カスガ「汝ら、すべてのゾンビたちよ」,森田季節「殯の夢」,小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第2回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第43回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第4回,夢枕獏「小角の城」第64回って、すんげえ久しぶりな気が。

 加えて読み切り1本。上遠野浩平「製造人間は省みない」。

 まず特集から。

 小川哲「魔法の水」。アメリカ出張が決まった。ゲーム「イフ・ユー」のスマートフォン移植版の配信について話し合うためだ。今はアップルとグーグルが配信を牛耳っている。そこにリッケハンド社が新規参入し、初期タイトルには破格の条件を示した。乗るべきか? 燃料廠研究部の岩下少尉の紹介で仲本という男が訪ねてきた。「魔法の水」について話があるという。

 一部では有名な海軍水ガソリン詐欺事件と、スマートフォン用アプリケーションの配信プラットフォームが、どう絡むのか。小説としては見事などんでん返しで唖然とした後に、逢坂冬馬との対談を読むと、更に別の意図を仕込んでたのが分かってまたびっくり。にしても、戦後80年近くたつのに、あの愚かな開戦の原因が未だ定説が定まらないってのは、どうなんだろうね。

 斜線堂有紀「奈辺」。1741年ニューヨーク。白人ばかりのジョン・ヒューソンの酒場に、黒人奴隷のシーザーが入ってくる。酒を飲ませろ、と。客のルーカスがシーザーに銃を突きつけた時、二階で爆発音がして、ケッタイな奴が降りてきた。ジェンジオと名のる男は、銀色の服を着て、肌の色は目の醒めるような…緑色だ。

 銀色のスーツに肌は緑の宇宙人ってあたりで、1950年代のSFの香りが漂い、おもわずニヤニヤしてしまう。いかにも18世紀のニューヨークの酒場らしい荒っぽく猥雑な雰囲気の酒場で、白人と黒人の人種対立に緑色の宇宙人を交えてシェイクした、ノリのいい作品。ソレっぽいせりふ回しも楽しい。

 ナオミ・クリッツァー「怪物」桐谷知未訳。高校二年のとき、セシリーはアンドルーと出会った。趣味が合い、互いに理解しあえる唯一の親友だと思っていた。アンドルーの紹介で、セシリーは同じ趣味の仲間たちとも出会った。そして今、遺伝学者となったセシリーはアンドルーを追って中国の奥地、貴州省に来ている。

 「ニューロマンサー」や「スタータイド・ライジング」に「わかってるじゃん!」と嬉しくなる。他にもセシリーの若い頃の逸話は、SFファンの黒歴史を容赦なくえぐるw ちょい役トムの運命は、この手の話の定番っぽくて、「そうこなくっちゃ」と思ったり。元ネタは「フランケンシュタイン」かな? アンドルー君、ジョージ・R・R・マーティンのワイルドカードあたりで再登場して欲しい。

 春暮康一「モータル・ゲーム」。<ラティメリア>は恒星SCN017をめぐる奇妙な惑星を見つける。惑星017gはハビタブル・ゾーンにあり、軌道の離心率はゼロに近い。しかも公転面と自転軸がほぼ直行しており、季節の移り変わりはない。北緯15度付近に大きなクレーターがあり、ぬかるみになっている。このクレーターに、黴か地衣類のコロニーらしきものが見つかった。

 機械的とすら言えるほど変化が規則的な環境で生まれ滅びてゆく、地衣類らしきモノのコロニー。その生成と消滅の過程は、数学的な正確さで完全に予測できてしまう。それは「生命」なのだろうか? そういう環境を描く筆致のクールさもたまらないが、そこに生きる?コロニーの正体は、この著者ならではの熱いSF魂が伝わってくる。絶品のファースト・コンタクト作品だ。

 天沢時生「すべての原付の光」。取材のため、記者は暴走族のアジトを訪ねる。吹き抜け二階建てのガレージにいたのは二人。いかにもな田舎ヤンキーと、縛られて電動横行昇降機に吊り下げられた中学生。イキがった中学生をヤンキーが捉えたらしい。他には工具箱やスペアタイヤやカスタムパーツが転がる。そして中心に鎮座するハイエース三台分ほどの巨大なリボルバー。

 たいていの事は気合いで解決してしまう不良と、あまりにミスマッチな巨大メカ。いったい、どう話が転ぶのかと思ったら、更にとんでもない方向へとスッ飛んでいく。リボルバーなんだから、てっきりシマを争う他チームとの抗争に使うんだろうか…なんて想像を遥かに超え、もっとヤバい奴を相手にしてた。確かにヤバい短編です。

 カスガ「汝ら、すべてのゾンビたちよ」。三年前、生体時間転送が実用化された。18歳のわたしが大学で出会ったのは、過去への留学生に選ばれた7年後のわたし。彼女の姿は、まさに理想のわたしだった。わたしはわたしに恋をした。

 2022年第4回 pixiv 百合文芸小説コンテストSFマガジン賞受賞作。どうやって自分を脅すのかってのは、難しい問題だよねw タイム・パラドクスの扱いも標準的なもの。だからこそ、この結末が活きていると思う。

 森田季節「殯の夢」。ここオオムロの里は強い。馬がたくさんいるからだ。12歳のクルヒは、その馬の身体を洗う。オサの一族で、二つ年上のテオシベと一緒に。そんな里に、侵入者がきた。近くのオミやハイバラやクビキじゃない。服は派手だし態度も図々しい。ヤマトだ。

 古代日本の信州を舞台としたファンタジイ。小さな村の少女を語り手として、覇権国家ヤマトの侵攻を描く…のかと思ったら、ショッキングな場面から意外な方向へ。幾つかの有名なホラー映画や、某ベテランSF作家の有名なシリーズを思わせる巧みな仕掛けだ。

 小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」前編。テラとダイは、惑星パステルツェ3の仕事を受けた。半径6060km表面重力0.85Gで自転周期は50時間、汎銀河往来圏の隅っこ、要は田舎だ。仕事は地表から算土(カルサンド)を軌道に運び上げること。その算土がやっかいで…

 初めての地表に騒ぎまくるテラがかわいい。というか、地表に降りた経験がないのに、この仕事はいささか無謀ではw それだけに、緊張しっぱなしの大気圏突入と降下のシーンは迫力満点ながら、肝心の着陸は…こんな宇宙船の着陸は斬新すぎてw 某トラコンでも、ここまではやらんと思うw

 特集はここまで。続いて連載。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第2回。ジャムの地球に侵入したとの仮定に基づき、フェアリイで特殊戦を率いるクーリィ准将はアグレッサー部隊を発足させる。フェアリイを訪れたジャーナリストのリン・ジャクスンは、雪風への搭乗を望むが…

 深井零はもちろんクーリィ准将,リン・ジャクスンそして日本海軍の丸子中尉といったアクの強い連中の中にいながら、相変わらずマイペースで飄々とした桂城少尉が、意外な活躍?を見せる回。言われてみれば、長生きしそうなキャラだよねw そして最後にクーリィ准将が爆弾発言を。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第43回。今回もマルセル島での派手な戦闘が続く。イースターズ・オフィスの出番は少なく、クィンテット vs マクスウェル一党の衝突が中心。<ミートワゴン>のカーチス・フェリンガーが暴れるあたりは、妖怪大戦争の趣が。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第4回、第2話「虹色の翼」後編。新人賞に応募する原稿を仕上げながらも事故で命を失った涼介は、「お化け」として意識を取り戻す。同じ部屋で、子どもが文章を読みあげている。

 血と麻薬と硝煙の匂いが渦巻くマルドゥック・シティの次にこの作品ってのは、落差が凄いw 「お化け」って言葉を選ぶあたりも、この著者ならではの芸風。歴史上の有名人ならともかく、普通の人の消息なんてすぐに分からなくなっちゃうんだよなあ。涼介がコンピュータを使えない場面はクスリと笑ってしまった。そりゃ無理だわw

 そして読み切り。

 上遠野浩平「製造人間は省みない」。ウトセラ・ムビョウの誘拐を機に動き始めた事件を機に、ブギーポップから続く統和機構のスターたちが続々と登場する。ファンには続々と登場する合成人間たちが嬉しい。

 SFマガジン2022年10月号の記事も、近いうちに書きます、たぶん。

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2022年5月17日 (火)

SFマガジン2022年6月号

「今現在、特殊戦やFAFにとってもっとも脅威になっているのは、ジャムよりも、FAFの機械知性だからです」
  ――戦闘妖精・雪風 第五部 霧の中

 376頁の標準サイズ。

 特集は「アジアSF特集」。小説6本に記事4本、うち小説1本と記事1本は文藝責任編集「出張版 韓国・SF・フェミニズム」。

 小説は13本。

 特集6本は宝樹「三体X 観想之空 プロローグ」大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳,韓松「我々は書き続けよう!」上原かおり訳,昼温「星々のつながり方」浅田雅美訳,チャン・ガンミョン「データの時代の愛」吉良佳奈江訳,イサベル・ヤップ「アスファルト、母、子」川野靖子訳と文藝責任編集のイサベル・ヤップ「0と1のあいだ」川野靖子訳。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部 霧の中」,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第14回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第42回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第3回。

、読み切りは3本。ティモンズ・イザイアス「さあ行け、直せ」鳴庭真人訳,大滝瓶太「天使のためのニンジャ式恋愛工学」,斜線堂有紀「骨刻」。

 まず特集「アジアSF特集」から。

 宝樹「三体X 観想之空 プロローグ」大森望/光吉さくら/ワン・チャイ訳。むかしむかし、もうひとつの銀河で……

 すんません。「三体」は第一部しか読んでなくて、ネタバレが怖くて読み飛ばしました。ごめんなさい。

 韓松「我々は書き続けよう!」上原かおり訳。幼い頃から文学が好きだったが、作家にはなれなかった。幸い農業起業家として多少の収入を得たため、貧しい作家たちを支援している。今年の春節にやたら招待されると思ったら、とんでもないことを知らされた。作家たちはみな宇宙人で、間もなく地球から去る、と。

 そうか、バリトン・J・ベイリーや山田正紀は宇宙人だったのか。それなら、あの奇想も納得だ←をい。ってな奇想から始まって、お話はドンドンとケッタイな方向へ。著者の好きな作家が判るのも楽しい。

 昼温「星々のつながり方」浅田雅美訳。出境ゲートにより、人類は他の星系へ移民できるようになった。ただし一方通行で、行ったら二度と帰れない。移民を成功させるため、開拓員には試験が課される。学習能力や身体的資質に加え、性格も考課対象で、破綻しにくく社会性の高い者が選ばれる。だが、最近は消息不明となる開拓者チームが増えている。

 昔から性格診断の類はあるけど、信頼性についてはどうも眉唾で。とか言ってるわりに、「社会はなぜ左と右にわかれるのか」の道徳基準アンケートは信じちゃってるなあ、俺。冒頭のリモートアソシエーションテストから始まり、近年の言語学ネタを巧みに料理している。

 文藝責任編集のイサベル・ヤップ「0と1のあいだ」川野靖子訳。金女史は考える。何がいけなかったんだろう。成績表が届いた日。また席次が落ちた。子供にはいつも言ってるのに。みんな寝る間も惜しんで勉強してるのに、何やってるの。韓国で大学に行かなかったら、人間扱いされないよ。

 一時期、韓国の激しい学歴競争が話題になった。「少し前の日本でも一時期はそうだったなあ」なんて思いだしつつ、日本で流れる韓国のネタは誇張されてるから…とか甘く見てたが、実際に酷かったみたいだ。今でも人気が高い作品だそうで、今の韓国のSFファンは当時の受験競争を経験した世代が多いんだろう。

 チャン・ガンミョン「データの時代の愛」吉良佳奈江訳。初めて映画館でソン・ユジンと出会ったとき、36歳のイ・ユジンは「卑しいほどハンサムな男」と感じた。五歳も年下な彼との関係を不安に思いつつも、付き合いは続く。保険会社に勤める友人の紹介で受けたライフサイクル予測分析によると、五年以上付き合う可能性はほとんどない、と出た。

 四柱推命や十二支などの占いは、韓国も日本と同じく中国の影響を受けてるんだなあ。ライフサイクル予測分析を提供してるのが保険会社ってのがミソで、なかなかにキツいネタが入ってる。そりゃ、そんなモンが来たら腹立つよなあ。結婚相談所だったら…あ、いや、奴ら独身が多いほど市場も大きいわけで、とすると…

 イサベル・ヤップ「アスファルト、母、子」川野靖子訳。メブヤンは川のほとりで死んだ子供たちを迎える。近ごろは三人も続けて子供がきた。みんな、麻薬の取り締まりで躍起になった警官に殺された子だ。おかしく思ったメブヤンは、上の世界へ出向くことにする。JMは若い警官だ。貧しい出自から苦労して警官になった。母も喜んでいる。しかし…

 著者はフィリピン人。フィリピンにも三途の川はあるんだなあ。日本の奪衣婆は嬉しくない存在だが、メブヤンは淡々と仕事をこなす。そんな民間伝承を元にしたファンタジイだが、テーマは明らかにドゥテルテ大統領の強引な麻薬撲滅運動を批判したもの。

 佐藤佐吉インタビュー アジアの中の日本映画・ドラマ。映画監督の佐藤佐吉に、日本映画の現状を取材する。アニメ映画は日本だけじゃ赤字なので世界市場を見て作ってるとか。そこまで日本のアニメ映画の国際市場は広がってるのか。にしても政府の助成金が20億円、韓国が400億円、フランスが800憶円って。なお、ハリウッド映画の脚本は人物の心理までミッチリ書いてるそうだ。

 特集はここまで。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部 霧の中」。フェアリイ星からジャムが消えた。FAFはジャム基地の攻撃を続けているが、中身は空だろう。特殊戦は、ジャムが地球へ侵攻したためと考えている。だが、それを地球に認めさせるのは難しいだろう。そして今、深井零はブリーフィングルームにいる。同席者はブッカー少佐・桂城少尉に加え、ジャーナリストのリン・ジャクスンと日本海軍情報部の丸子璃梨華。

 特殊戦・FAFそして地球と、それぞれの思惑が異なる状況をサラリと語る冒頭に続き、ジャムがフェアリイ星から消え一見よくなった戦況の裏で、実は相当にヤバい情勢なのが見えてくる。にも関わらず、桂城少尉のマイペースっぷりがいい。いい加減に見えて、実は「海賊」シリーズのアプロみたく重要な人物なのかもw

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第14回。もはや青野の区界は大蛇が五割を占めている。それでも印南棗らは青野を守るため大蛇に立ち向かう。そして語られる、区界の存在意義と住民たちの正体。

 一応の区切りがつく回。かつてのNHKの眉村卓原作の少年ドラマみたいな、懐かしい昭和の学園物っぽい幕開けから、とんでもねえ展開が続いて、こうなりますか。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第42回。復活したハンターたちは、総力をあげての決戦に挑む。ジェイクらファイブ・シャドウズを筆頭に、島は戦場となる。もちろん<ックインテット>も…

 今回は戦闘に次ぐ戦闘、アクションに次ぐアクション。派手なガン・アクションで始まったと思ったら、ナイトメヤやシルフィードに加え、様々な動物が大活躍で、ケモナー大喜びの回←違うだろ

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第3回。月の歴史は地下で始まった。月の地表は大気もなく温度変化も激しい。しかも隕石が直接に降り注ぐ。これらを避けるため、人は地下で暮らしたのだ。この状況を変えたのはアクリルの天蓋で…

 直前の「マルドゥック・アノニマス」との雰囲気の違いが凄まじいw 今回は人類が月の地下から地上へと進出する過程の前編。やはり挿話の組み込みが巧み。

 ティモンズ・イザイアス「さあ行け、直せ」鳴庭真人訳。売れ残りのTD8パンダ枕は長く放置された末に買われ、飛行機の中で開封された。いきなり破裂音がして、機内の空気が漏れ始め、非常用酸素マスクが降りてきた。TD8は<励ませ><守れ>とのプログラムに従い、乗客たちの救助に乗り出すが、バッテリーは切れかけている。

 売れ残りのAI枕が飛行機事故に巻き込まれ、乗客を救おうと残り少ない電力で大活躍するお話。映像化すれば子供にウケそうなんだが、電源や通信の描写が難しそうだなあ。

 大滝瓶太「天使のためのニンジャ式恋愛工学」。俺たちは天使だ。俺の職場は恋愛部。三交替24時間勤務で、人間たちの恋愛を司る部署だ。上司の異動に伴い部署の方針が変わり、物語的エンターテイメント性を重んじるようになった。俺はそれに合わせプログラムを創ったが…

 「サプライズニンジャ」って、マジであるのかw とすると、この作品は「いかにサプライズニンジャ値を下回らずに物語を展開するか」というメタ・フィクションでも…あるのかな?

 斜線堂有紀「骨刻」。骨刻は、美容外科医院が開発した。骨の表面にレーザーで文字を刻む技術だ。もちろん、外からは見えない。レントゲン写真でやっと確認できる。特に役にも立たなければ害もない、そんな技術だ。それでも人は、様々な思惑で骨に言葉を刻む。

 何の役に立つのかわからない、架空の技術をネタに展開する奇想短編。刺青とは違い、骨刻は見えない。ただ、そこにあるだけ。にもかかわらず、自らの骨に言葉を刻む者がいる。それはどんな人で、どんな目的なのか。なおボーンレコードは本当にあった(→Wikipedia)。

 今回は韓松「我々は書き続けよう!」上原かおり訳とティモンズ・イザイアス「さあ行け、直せ」鳴庭真人訳が面白かった。

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2022年3月17日 (木)

SFマガジン2022年4月号

 「男は男しか好きにならないようにしようと思う」
  ――一穂ミチ「BL」

1960年、北インドの難民キャンプで一人の男性が女児を出産し、その後死亡した。
  ――琴柱遥「風が吹く日を待っている」

ヘシャーのすぐ北にあるバクストンで、紛争地へ向かう救護隊の番犬をしていると、ジョンが目にとまった。彼女の顎ひげが目についたのだ。
  ――オン・オウォモイエラ「男性指数」赤尾秀子訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「BLとSF」。読み切りの小説が7本、エッセイ・評論が7本、コミックが1本。

 小説は11本。

 特集「BLとSF」で7本。一穂ミチ「BL」,小川一水「二人しかいない!」,琴柱遥「風が吹く日を待っている」,水原音瀬「断」,サム・J・ミラー「分離」中村融訳,ヴィナ・ジエミン・プラサド「ロボット・ファンダム」佐田千織訳,オン・オウォモイエラ「男性指数」赤尾秀子訳。加えてコミックは吟鳥子「HabitableにしてCognizableな領域で」。

 連載は3本。冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第41回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第13回、新連載の村山早紀「さやかに星はきらめき」第2回。

 読み切りが1本。上遠野浩平「凡庸人間は安心しない」。

 まずは特集「BLとSF」から。

 一穂ミチ「BL」。シサクとミンは、政府が運営する天才児の育成組織で育つ。シサクは優れた頭脳を持つが自分の非凡さをよく分かっていない。対してミチは卓越した洞察力で自分の立場を理解し、敢えてニンの補佐役を演じる。オンラインの授業でシサクは講師のリピカに出会い、恋に落ちる。彼女は24歳の大学院生。リピカがBL好きと知ったシサクは…

 いきなり最初の行からブッたまげた台詞で驚いたが、その動機も酷いw 懐かしのアメリカSFによくある、優れた発明家だけど常識が欠けてる科学者ですね。昔は自分がどんな仕事をしてるか家族に話せたけど、最近は職業が細分化・専門化しちゃってるから、自分の仕事を巧く人に説明できない職業がけっこうあって、シサクのもどかしさが伝わりやすいんじゃないかな。

 小川一水「二人しかいない!」。大学で異星文明学を学ぶジゼは、ゼミの仲間と卒業旅行に出かける。星間貨客船「戦うセイウチ号」に乗って四日目、それまで動かなかったハトラックどもが動き始め、ジゼとクラッドを攫う。ハトラックは身長2.5メートルの木造家具みたいな異星人。クラッドはビジネススーツの若い男。

 「天冥の標Ⅳ 機械じかけの子息たち」でポルノに挑戦した著者、今度はBLですか。タイトルは萩尾望都の「11人いる!」のもじりだろうか。それにふさわしく、昔のラブコメ少女漫画っぽい味付けに仕上がってるけど、素材はまごうことなき本格派のファースト・コンタクトSF。

 琴柱遥「風が吹く日を待っている」。インド・パキスタン北部国境のカシミール、その更に北部の山岳地帯。そこに住む民族トゥニは、峻険な地形もあり王朝の支配を受けつけず、独特の社会を築いている。インドの病院で男が女児を生んだという知らせを受け、米軍のロビン・タイドがトゥニを訪れる。赤子を連れ帰った少年を探しに来たのだ。

 オメガバース作品。Wikipediaにもあるが、私はピクシブ百科事典の方がわかりやすかった。百合にもBLにも使える便利設定だなあ。あとキン肉マンのジェロニモみたいなのもアリか。確かにスポーツ界は混乱しそう…って、今でもトランスジェンダーで面倒くさいことになってるね。お話は切ないラブ・ストーリー。

 水原音瀬「断」。不景気な不動産屋に勤める新庄裕太は寝不足だ。夜中に物音で目が覚める。緩衝材を潰すプチプチみたいな音。だが、家の構造を調べても、それらしい原因は見つからない。その朝、臭いに釣られて入ったコーヒーショップの若い店員は、やたら馴れ馴れしい。強引にラインの交換をする羽目になり…

 プチプチ音が怖い。こりゃ男ならどうしてもオカシクなるわ。なんて恐ろしい事を考えるんだ著者は。世の中の男すべてを憎んでいるのか。そう思えるぐらい怖い。丸井さんが唯一の救い。

 サム・J・ミラー「分離」中村融訳。おれは海面上昇で水没したニューヨークから、洋上のグリッド・シティに逃れてきた。公立学校でラジュラと出会い恋に落ち、息子のセデも生まれた。だが、しがない氷労働者のおれと彼女じゃうまくいくはずもない。セデはラジュラと暮らし、おれは氷船で氷河のかたまりを切りとる仕事に出かける。セデと会うのが唯一の楽しみだが…

 幼い頃はなついていた息子だが、成長するにつれよそよそしくなっていく。昔気質で荒っぽい出稼ぎ労働者の暮らししかできない父親と、何か深い悩みを抱えた息子。舞台は未来の洋上都市だが、1950年代のアメリカや1970年代の日本または今世紀の中国でもイケる、というか、父と息子の関係って点ではソッチの方がより切実になりそうな気がする。

 ヴィナ・ジエミン・プラサド「ロボット・ファンダム」佐田千織訳。コンピュートロンは、シマック・ロボット工学博物館のコレクションの一つだ。見学者の質問に出てきた日本のアニメ『超次元ワープゲート』について知識をつけようと調べるうちに、ファンによる二次創作活動を発見する。自らもアカウントを作り議論に参加し始めたコンピュートロンは…

 『超次元ワープゲート』はシリアスなスペース☆ダンディというかアウトロー版キャプテンウルトラというかレディがブリキロボットなコブラというか。で、お話はジャック・ヴァンスの魔王子シリーズ…って、全然わかんねえよw 好きなネタだと饒舌になるとか、「つべこべいわずに自分で書け」とか、ヲタクの生態が身に染みますw

 オン・オウォモイエラ「男性指数」赤尾秀子訳。紛争地。女子義勇団の救護隊を目的地まで送り届けるのがぼくの任務だ。救護隊の一人、ジョンに顎にひげを見つけたぼくは、奴の性別評価を確める。公認は女。だがしぐさは女らしくない。目的地のヘシャーは残骸だらけで誰もいない。そこに男がやってきて、爆弾を爆発させる。

 救護隊になりたい男と、女の身体に生まれながらも兵士になりたい女。男性指数と女性指数の両方があって、それぞれ独立しているらしい。現実にアフガニスタンで最も厳しい任務に志願した女たちのドキュメンタリー「アシュリーの戦争」を読むと、荒っぽい人ばかりでなく、色とりどりな性格の人が集まってたりする。合衆国海軍SEALsのバディ制度は…いや、色々と面倒くさそうだなあ。

 BL×SF作品ガイド。「星を継ぐもの」がアリなら、グラント・キャリンの「サターン・デッドヒート」とジョン・ヴァーリイの八世界シリーズも。上田早夕里「深紅の碑文」あたりもほのかな匂いが。

 百合と違いBLは階層社会を表に出した作品が多い気がする。特にオメガバースは、階層性を前面に押し出してるし。ということで、特集はここまで。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第2回。キャサリン・タマ・サイトウは、『言葉の翼』社の編集長だ。今日は外部の校正者アネモネとの仕事を終え、ゲラをはさんで会話を楽しんでいる。アネモネは数少ないトリビトの一人で、校正者として卓越した能力を持ち、キャサリンのお気に入りだ。

 ネコビトとイヌビトの起源を語る前回に続き、今回はトリビトのお話。この人、カート・ヴォネガットと芸風が似てる。いや冷笑的なんじゃなくて、長編の中に魅力的な短編を挿話としてたくさん散りばめるところが。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第13回。嵐に包まれた青野の町を、八岐大蛇が襲う。何本もの巨大な竜巻が横倒しになって、青野の町を飲みこんでゆき、その中心である啄星高校へと次第に迫ってくる。儀間圏輔は八岐大蛇に飲みこまれ転写され、統一性は揮発した。印南棗と山下祐は、児玉佐知をを仕留めようとするが…

 青野の町の意味や、微在や<面影>の正体が語られる回。嵐のなか、激しいバトルはまだ続く。前回までアチコチにあった、昭和の懐かしい匂いがする風景は嵐に飲みこまれ、今回は八岐大蛇と園丁たちの想像を絶する戦いが続く。

 上遠野浩平「凡庸人間は安心しない」。囚われているコノハ・ヒノオはいきなり言いだす。「ぼくは外に出る。手伝ってほしい」。あせるリセットとリミットをよそに、ヒノオは扉に体当たりをくり返す。ウトセラ・ムビョウ逃亡の責を問われ監禁されたアララギ・レイカに、ミナト・ローバイがモニターごしに話しかける。

 今まで流されるままだったコノハ・ヒノオが、珍しく自らの意志で動き出し、おお!と思ったらスグに出番は終わり。気を持たせるなあ。久しぶりに出てきたミナト・ローバイ、何やら意味深なことを言ってるようだけど、なかなかウザくてキャラ立ってます。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第41回。市議会議員に立候補したハンター。その前に、シザースとの決戦が待っている。場所はマルセル島、相手はマクスウェル。<ハウス>に集うハンター,バジル,ラスティ,シルヴィア,オーキッド,エリクソン、そしてシルフィードとナイトメア。

 今回は決戦前のブリーフィングから開戦まで。すべて<クィンテット>の視点で、イーズターズ・オフィスの出番はなし。相変わらず様々なエンハンサーが出てくるけど、最も印象に残るのは、リック・トゥームの鬱陶しさ。いや能力じゃなくて性格がw

【今日の一曲】

Free - Be My Friend

 今日は私の大好きなバンド Free の Be My Friend を。作詞作曲はシンガーのポール・ロジャースとベースのアンディ・フレイザーの共作。そのアンディ・フレイザー、けっこうな齢になってから自分は男が(も?)好きだと気が付いたとか。そういうアンディの悩みを知ってか知らずか、ソロになってからもポール・ロジャースはこの曲を熱唱してます(→Youtube)。

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2022年2月18日 (金)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」早川書房

レムには「傑作」と「すごい傑作」と「とんでもない傑作」しかない
  ――柳下毅一郎

 今年も出ました年に一度のお祭り本。

 うーむ、「なろう」にハマったせいで、新鮮で面白いSF小説がたんまりと溜まってしまった。でも俺だけじゃないので少し救われた気分だぜ水鏡子さん。なお国内篇でやたら短編集が多い理由は難波さんがバラしてます←をい

 ベストSF2021国内篇・海外篇を見渡しても、ランクインしてるのは「この地獄の片隅に」しか読んでない。レムの「インヴィンシブル」は大昔にハヤカワ文庫SFの「砂漠の惑星」を読んで大喜びしたなあ。私は「ソラリス」よりこっちの方が好き。

 美味しそうなのが沢山あるなあ。エイドリアン・チャイコフスキー「時の子供たち」竹書房文庫って「蜘蛛ですが、なにか? 異星版」っぽい←全然違うだろ。ピーター・ワッツ「6600万年の革命」創元SF文庫も見落としてた。何よりディーン・クーンツ「ミステリアム」ハーパーBOOKSを見逃してたのが悔しい。あの徹夜必至の大傑作「ウォッチャーズ」の続編が出ていたとは。 

 科学ノンフィクションも美味しそうなのがいっぱい。デビッド・クアメン「スピルオーバー」明石書店,長谷川修司「トポロジカル物質とは何か」講談社ブルーバックス,鳴沢真也「連星から見た宇宙」講談社ブルーバックス,アイニッサ・ラミレズ「発明は改造する、人類を」柏書房,ローランド・エノス「[木]から辿る人類史」NHK出版とか。

 2022年の刊行予定、「星界の戦旗」とか「素数の呼び声」とかマジかい。「輝きの七日間」も復活? 竹書房のギリシャSF傑作選「ノヴァ・ヘラス」も期待大。「星のパイロット」と「クロノス・ジョウンター」も再起動とか。本気にするぞ。

 野崎まどさん、なに遊んでのw

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2022年2月13日 (日)

SFマガジン2022年2月号

「神を生み出す事業を始めるのです」
  ――坂永雄一「<レーニン>の肖像を描いた女」

「青野市史」(昭和39年刊行)によれば、旅客用硬式飛行船が青野市に立ち寄ったのは昭和12年5月7日のこととされている。
  ――飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第12回

 376頁の標準サイズ。

 特集は「未来の文芸」。読み切りの小説が6本、エッセイ・評論が7本。

 小説は13本。

 特集「未来の文芸」で6本。麦原遼「レギュラー・デイズ」,柞刈湯葉「宇宙ラーメン鉄麺皮」,ンネディ・オコラフォー「発明の母」月岡千穂訳,坂永雄一「<レーニン>の肖像を描いた女」,天沢時生「ショッピング・エクスプロージョン」,柴田勝家「絶滅の作法」。

 連載は4本。神林長平「戦略的な休日 戦闘妖精・雪風第4部最終回」,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第40回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第12回、新連載の村山早紀「さやかに星はきらめき」。

 読み切りが1本。上遠野浩平「聖痕人間は自覚しない」。

 加えて「第9回ハヤカワSFコンテスト受賞作」2本の冒頭を掲載。大賞受賞作の人間六度「スター・シェイカー」,優秀賞の安野貴博「サーキット・スイッチャー」。

 まずは特集「未来の文芸」から。

 麦原遼「レギュラー・デイズ」。レンジのじいちゃんは兄ちゃんをおこる。「おまえは健康すぎるからへんなむきに頭を動かすんだ」。兄ちゃんは54歳で健康体、町で一番の年上の子どもだ。健康は子どもっぽさとされ、肉体が限界になれば成人と認められる社会。成人は脳を侵襲的に探索され、120歳の寿命まで電子機器に住む。脳は破壊されるが、肉体は次代の家族を作ったり臓器を提供するなどに使われる。

 ちょっと変わった日記形式。奇妙な社会に思えるけど、現実にも似た傾向はあるのだ。酒やタバコがオトナの入り口と見なされたり、斜に構えるのがカッコイイとされたり、アニメやゲームが子どもっぽいと言われたり。もっとも、この作品の社会は、想像をめぐらすと色々と怖くなるんだけど、そういう読み方でいいんだろうか?

 柞刈湯葉「宇宙ラーメン鉄麺皮」。地球人が銀河連邦に加盟した未来。太陽系外縁のエッジワース・カイパーベルトの小惑星がラーメン屋<青星>だ。店長のキタカタ・トシオは、どんな異星人だろうと、その客に合ったラーメンを出す。その騒動は、ヤンガスキー軍辺境総司令部参謀長の苦情と共に始まった。同胞が貴君のラーメンを食って堕落している、と。

 2018年4月号の「宇宙ラーメン重油味」と同じシリーズ。エネルギーは恒星光から得て、消化管を持たない金属生命体が、なぜどうやってどんなラーメンを食うのかと思ったら、さすが店長w そりゃ厨房も店も広くないとねえw ヤンガスキー星人の名前とか、笑いどころがいっぱい。このままシリーズ化してアニメ化もして欲しいw

 ンネディ・オコラフォー「発明の母」月岡千穂訳。遺伝子改造で生み出されたニチニチソウの花粉津波が迫るナイジェリアのニュー・デルタ。アンウリが妊娠を告げたとたん、恋人のバーヨは去った。アンウリに残されたのはバーリが創ったスマートホームだけ。花粉に苦しみつつ、アンウリは出産の日を迎える。

 妊婦SFは松尾由美の「バルーン・タウンの殺人」があるけど、出産SFは珍しい。これに加え、最近になって酷くなった花粉症とスマートホームを組み合わせた作品。花粉症の人は避けた方がいいぐらい、花粉津波の描写は迫力があって、鼻がムズムズする。増改築が自動なスマート・ホームは羨ましい。もっとも、目的も告げずに「あれ買えこれ調達しろ」と指図してくるのはムカつくけどw

 坂永雄一「<レーニン>の肖像を描いた女」。1913年12月7日のペテルブルク。芸術家たちが集まるカフェ<宿無し犬>の前で、アナスタシア・エレアザロワが自動車事故にあう。その際に砕けた石の欠片が彼女の左の眼孔に入り脳に入り込んだ。この事故により、彼女は右目と左目で異なる現実を見るようになり…

 共産革命が世界的に成功した世界を描く。ロシア革命(→Wikipedia)の経緯と日時を憶えておこう。テルミンってロシア生まれだったのか。共産主義の理想を実現した社会が、なかなかグロテスク。にしても最近、ロシア物が流行ってるなあ。

 天沢時生「ショッピング・エクスプロージョン」。コモミ・ワタナベが創業した超安チェーン店サンチョ・パンサは世界中で成功したが、ワタナベの死後に自動システムが暴走、野放図な増殖拡大を続け人類の脅威となる。店を巡回する鋼鉄店員の目を盗み命がけで商品を回収する万引き犯は貪鬼(パンサー)と呼ばれ…

 いいなり某ディスカウント・ストアのパロディで始まったかと思えば、それが暴走して人類の脅威となる展開に大笑い。その発想はなかったw 続けて「当店のすべてをそこに置いてきた」ときたもんだw 偶然手に入れたブツをキッカケに成り上がりを狙うストリートチルドレンのハービーとか、いかにもな流れも楽しい。

 柴田勝家「絶滅の作法」。地球上の生物は突然に絶滅した。そんな地球にも、ヒトは住んでいる。地球の人類じゃない。現地生物の肉体をコピーし、そこに異星の者の思考体を書き込んで、地球の人類を真似している。佐藤もその一人だ。異星人たちはできる限り地球の文化を再現し、人間を含めた生物もソレっぽく再現・活動している。

 著者お得意の文化人類学を活かした作品。参与観察(→Wikipedia)をヒネったもの、かな? 地球の人類を真似する異生物たちだし、妙にノンビリした雰囲気は北野勇作の「かめくん」シリーズを思い起こさせる。もっとも、肝心の佐藤君は別に学術的な目的でもなさそうなんだけど。改めて考えると、既に喪われた人類の文化も沢山あるんだろうなあ。8世紀のマラウィ湖周辺でヒトがどう暮らしてたかとか、見当もつかないし。いや知ってる人はいるかもしれないけど。

 李琴峰「筆を執ること四春秋 振り返りと展望」。「自分はただの偽物ではないかという疑念」に囚われるインポスター症候群(→Wikipedia)かあ。私にもあるなあ。いや成功はしてないいがw 特に昔に自分が書いたプログラムを見ると←それは疑念じゃなくて正当な評価だw 「文芸時評とは名ばかりで、持論をただ延々と展開するだけ」って俺のことかい。

 橋本輝幸「ホープパンクの誕生 なぜ抵抗が希望なのか」。「あきらめずにまっとうさや優しさを貫く姿勢」って、「進撃の巨人」や「鬼滅の刃」もホープパンク? なんか違う気がする。いやどっちも読んでないけど。

 特集はここまで。

 神林長平「戦略的な休日 戦闘妖精・雪風第4部最終回」。クーリィ准将からFAF特殊戦の全戦隊員に休暇命令が出た。何やら戦略的な目的があるらしい。ブッカー少佐と深井零は、たっぷり缶ビールを入れたクーラーボックスを担ぎ、草原でくつろぐ。准将はもちろん、桂城少尉・田村大尉・エディス軍医など、それぞれの休暇の過ごし方は…

 懐かしいね、ブーメラン。でもあまり完成品に思い入れはない様子。零は予想通りだが、桂城少尉は何やってんだw クーリィ准将はやっぱり休暇も腹黒。意外なのが田村大尉。そういう所にも気を使うのか。でもセンスはブレないw きっと今までの上官もビビッて言えなかったんだろうなあw 各登場人物の意外なプライベートが楽しめる回だった。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第40回。ネルソン・フリート議員とマクスウェルを、ハンターはシザースだと断定した。両名の行方を捜索専門チーム<スネークハント>が追う。バリー・ギャレットとその息子アランが率いる部隊だ。だが両名に因縁のあるリック・トゥームが妨害に出る。チームが乗る自動車を乗っ取り、勝手に操り始めた。

 ここまで来て、更に新しいエンハンサーが出てくるのか、と驚く。ぼちぼち終盤かと思ったけど、まだまだ続くのか? ハンターの目的と能力を考えると、誰彼構わずイコライズすそうなモンだけど、リック・トゥームの動機と動きを見ると、そうでもないのね。後半はフラワー法律事務所との法律闘争の序盤戦。集団訴訟の難しさを逆手に取るクローバー教授の手腕が見事。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第12回。青野市の住民にはふたつの種類がいる。<天使>になりうる者と、そうではない者と。そう遠野先輩は言う。そして小野寺早都子はなりうる者だ。その早都子と弟の伊佐人そして白いコートの女は、激しい雨の中を啄星高校に向かう。三人を追う印南棗・山下祐・儀間圏輔。

 今回も嵐の中での激しいバトルが展開する。しかも、なんかとんでもねえ最終兵器っぽいのまで出てきた。家庭の中での「普通」は、それぞれの家庭ごとに違う。それは人が成長し付き合いが増えるに従って色々と実感していくものだ。が、この世界の違いは桁が外れてる。「日記」とかも、数値海岸の異質さを巧みに現わしていると感心した。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」。新連載。地球に人は住めなくなり、人類は宇宙へと飛び出した。他の恒星系に移り住む者もいるが、太陽系に留まる者も多い。キャサリン・タマ・サイトウは猫人だ。月に住み、書籍の編集に携わっている。今は『言葉の翼』社に編集長として迎えられた。最初の本のテーマは『愛に満ちた、人類すべてへの贈り物になるような本』。

 しまざきジョゼによる扉のイラストにドッキリ。大好きな Camel のアルバム Moonmadness のジャケットへのアンサーかと思った。お陰で読んでいる最中は脳内で Aristillus が鳴りっぱなし。お話は、照れくさくなるぐらいに優し気な、宇宙時代を描くSF/ファンタジイ。

 上遠野浩平「聖痕人間は自覚しない」。合成人間ユージンは、地方から都心に出てきた受験生を装い、目立たぬよう人々に埋没して暮らしている。いつものように街を歩き回り帰ってきたら、部屋に思わぬ侵入者がいた。製造人間ウトセラ・ムビョウだ。ウトセラはベルベット・アルファベットの目を欺いて脱走してきた。

 ウトセラ・ムビョウさん、相変わらず飄々として何を考えてるのか見当もつかない。こういうのに振り回されるユージンを少し哀れに思ったり。人類の運命を操る秘密の大組織っぽい統和機構も、内紛やら権力闘争やらを抱えて、ポンコツっぽく見えてくるから切ないというか怖いというか。

 人間六度「スター・シェイカー」冒頭。テレポートが実現し普及した未来。普及の過程で人類は多くの事故を経験し、テレポートは免許制となった。7割程度の者はテレポートできるが、できない3割および荷物を運ぶため職業テレポーターもいる。かつてテレポート事故に巻き込まれた赤川勇虎は、心の傷に悩みながらも職業テレポーターとして働いている。

 冒頭のみながら、テレポートの普及が社会をどう変えるかの描写が巧み。赤川の仕事っぷりはタクシー運転手と Ubar Eats の配達員を兼ねたような感じで、生活感が濃く漂っている。社会が事故との折り合いをつけるための免許制とWB(ワープボックス)の工夫もいい。何より、距離が意味を失った世界での都市の変わりっぷりが見事。

 安野貴博「サーキット・スイッチャー」冒頭。坂本義晴は完全自動運転を実現したサイモン・テクノロジー社の創業社長だ。自宅を出た途端、見知らぬ男に絡まれた。自動運転により失業した運転手の一人らしい。なんとか逃げ出しクルマに乗り込み仕事を始めた坂本だが、いきなりくるまが止まり妙な奴が乗り込んできて…

 あまりに類型的な坂本社長の描写に苦笑いしてしまう。いや誠実だし、人の話を聞く気もたっぷりあるのだ。ただ、根本的な所で認識がズレてる上に、救いようのない話下手だからw じっくり話すと、「そこからかよっ!」な思いを何度もする羽目になる、そういうタイプ。感情的になってる時に会話する相手じゃありませんw

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2021年12月 2日 (木)

SFマガジン2021年12月号

この目的のために働く者はだれであれ、社会とのあらゆる接点を失う。
  ――スタニスワフ・レム「原子の町」芝田文乃訳

「<ファイブ・ファシリティ>の究極の目的は何か? この都市に住まうすべての人々から、恐怖を取り除くことだ」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」

「絲路は、水不足で消える、現代世界で最初の都市になる」
  ――劉慈欣「円円のシャボン玉」大森望&齊藤正高訳

うちはふとっちょ一家だった。(略)
わたしはまだ太っている。ほかのみんなは過去形だ。
それはなぜか? あのいまいましい薬のせいだ。
  ――メグ・エリスン「薬」原島文世訳

 376頁の普通サイズ。

 特集は二つ。「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART3 1001~1500」と「スタニスワフ・レム生誕100周年」。

 小説は6本。

 うち連載は3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第7話,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第39回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第11回。

 読み切りは3本。まず「スタニスワフ・レム生誕100周年」として「原子の町」芝田文乃訳,劉慈欣「円円のシャボン玉」大森望&齊藤正高訳,メグ・エリスン「薬」原島文世訳。

 スタニスワフ・レム「原子の町」芝田文乃訳。第二次世界大戦中。私はロンドンから合衆国に派遣される。秘密裏に開発中であるはずの核兵器に関する情報が洩れているようだ、と。大西洋を越えフロリダへと向かった私がたどり着いたのは、隔絶された町だった。

 SFではない。情報部員がスパイをあぶりだすミステリ。1947年にポーランド人のレムが書いたとは思えぬほど、原爆製造のプロセスが生々しい。また放射線障害についても詳しいのが凄い。同じころのアメリカ人よりよほど良く分かっている。さすがマリー・キュリーの国だ。

 「スタニスワフ・レムからレム作品のアメリカ版の翻訳者、マイクル・カンデル宛の書簡 久山宏一訳」より。

良いかどうか調べるのには、私は実際的な方法を知っています。すでに書かれたものから削って、削って、消去して、そのときテキストが改良されたか、改悪されたかを見るのです。

 き、厳しい。なんか星新一も同じようなことを言ってたような。他にもアメリカSFへの評は火が出そうな毒舌ばかりで楽しい。でもお気に入りの作家はちゃんといて、かのP.K.ディック。

 「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART3 1001~1500」は籘真千歳≪スワロウテイル≫シリーズから。瀬尾つかさ、「キャッチワールド」とは渋い。ヤクザ・ボンズだっけ? 佐藤大輔を「未完の帝王」ってw 「小説家になろう」などWEB発の作品もボチボチ出てるんだなあ。つか「はやせこう」ってモロじゃんw

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第7話。アグレッサー部隊と日本海軍&空軍の模擬戦に、ジャムが乱入してきた。野生の勘でジャムを見破り警戒する日本空軍の田村大尉&飛燕は、雪風と共にジャムとの戦いを始める。

 出合って五分でガン飛ばす田村大尉もたいがいだけど、それに合わせる雪風も凄いw マシンも戦いの中で育つと、獣みたいな性格になるのかw そして最後までガン飛ばして帰投する田村大尉w そりゃジャムも警戒するよw

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第39回。多くの者が見守る葬儀の場で、自分たちの目的を明らかにしつつ、人々を巧みに煽るハンター。ノーマ・オクトーバーとの話し合いのあと、彼女の弟であるルシウスから話を持ち掛けられる。だがバジルは慎重で…

 頑張って法学生のコスプレに励むバジルが楽しい。手段を択ばず目的へと突き進む不気味で非人間的なハンターに比べ、あくまで人間的な賢さや悩みを感じさせるんだよね、バジルは。彼とバロットの絡みを増やしてほしい。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第11回。青野の空には大きな黒い渦が浮かぶ。大館いつきは來間先生の家を訪れ、児玉佐知と対面する。プレハブの部室で、児玉佐知は遠野暁により覚醒を促された。もう天使化は止められない。

 連載の初めの頃は懐かし昭和の学園ドラマっぽかったが、回を追うごとに化けの皮がどんどん剥がれていく。にしても、つくづく、各登場人?物が自分の正体や舞台である数値海岸に気づいているああたりが斬新でもありグロテスクでもあり。

 劉慈欣「円円のシャボン玉」大森望&齊藤正高訳。中国西北部の乾燥地帯にある都市、絲路。水を引こうとする父と、植樹による緑化を目指す母の間に生まれた円円は、幼い頃からシャボン玉が大好きだった。大学では優秀な成績を修め、ハイテク技術でビジネスでも成功する。そして気まぐれで巨大なシャボン玉を作りだし…

 サイエンスというよりエンジニアらしい地に足の着いた解説で読者を煙に巻きつつ、そこから発展して突拍子もない結末へと向かう、劉慈欣の持ち味が存分に生きた作品。いかにも白髪三千丈を感じさせる馬鹿でかいスケール感が気持ちいい。中国SFは最近の流行りだけど、この芸風は旧き良きサイエンス・フィクションの香りが強く漂い、むしろ齢経たSFファンにこそウケる作品だ。

 メグ・エリスン「薬」原島文世訳。父・母・兄そしてわたし。我が家はみんな太ってる。幾つものダイエットを試した母がたどり着いたのは、その薬。これは本物だった。酷い苦しみを味わうが、ちゃんと痩せる。ただし、生き延びるのは10人中9人だけ。

 肥満が問題になっている現代アメリカらしい作品。肥満ったってアメリカは桁が違うしねえ。作品中の食事の描写を読むと、そりゃ太って当たり前だよ、とつくづく感じる。暮らしの中で感じる肥満ゆえの不具合も凄まじい。とはいえ、社会全体が肥満を奨励してるとしか思えないんだよな、あの国は。

 大野万紀によるスタニスワフ・レム「インヴィンシブル」関口時正訳の紹介。どっかで聞いたようなお話だと思ったら、「砂漠の惑星」かあ。レムじゃ一番好きな作品だ。でもネタ明かしちゃうのはアリなの?

 塩沢編集長、長い間、充分に楽しませていただきました。ありがとうございます。

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2021年10月 7日 (木)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2021年版」早川書房

草野原々「大事なのはボツになる恐れを捨てることだ」

 恒例の年に一度のお祭り本。ったって半年以上も遅れてるけど。

 やはり「アメリカン・ブッダ」は評判いいなあ。まあ、当然だよね。「オーラリメイカー」もランキングにはいってる。「息吹」の高評価も納得。願わくば、もちっと執筆ペースを上げてくれれば…。

 とかの、自分の推しが他の人にどう受け取られてるかってのもあるけど、見逃してた美味しそうな本が見つかるのも、このムックの楽しさの一つ。「ワン・モア・ヌーク」「荒潮」「バグダードのフランケンシュタイン」「海の鎖」「おしゃべりな糖」「地磁気逆転と『チバニアン』」とか、いかにも面白そう。とはいいえ、最近は読書ペースが落ちちゃってブツブツ。

 「星界の戦旗」、本当に出るんだろうか? 東京創元社のアンソロジー・シリーズも期待してます。あと「フレドリック・ブラウンSF短編全集4」は期待以上の濃さだった。

 酉島伝法「自作解題」。「いつにもまして造語を多く作らねばならなかった」って、やっぱり苦労して造ってたのね。

 水鏡子と梶尾真治の肩書き、なんじゃそりゃw にしても「目標は生きのびること」な人の多さよ。とまれ、痩せちゃったら柴田勝家じゃないよね。

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2021年9月15日 (水)

SFマガジン2021年10月号

「おまえ、ジャムか」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」

「私なら、この集団訴訟を、八カ月で潰します」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」

あなたたちは人生で二人、特別な人と出会います。
  ――津久井五月「環の平和」

俺は16歳の春に目を覚ました。
  ――宝樹「時間の王」阿井幸作訳

 376頁の普通サイズ。

 特集は「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART2 502~998」。

 少説は10本。

 連載は3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第38回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第10回。

 読み切りは7本。上遠野浩平「従属人間は容赦しない」,平山瑞穂「鎧う男」,津久井五月「環の平和」,三方行成「メガ奥46k」,春暮康一「主観者 後編」,宝樹「時間の王」阿井幸作訳,S・チョウイー・ルウ「年年有魚」勝山海百合訳。

 「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART2 502~998」。コミックやSF以外も出てきて、幅が広がってきたのがわかる。コミックは坂田靖子・吾妻ひでお・水樹和佳子・横山えいじ・佐藤史生・清原なつの・森脇真未味・とり・みき・北原文野・ふくやまけいこ・いしかわじゅん・西島大介と、少女漫画出身の人が多い。少年漫画誌のSFはバトルに流れがちだけど、少女漫画は世界観とかで唸らせるのが多いんだよなあ。谷甲州の「エリコ」は、この著者からは想像できない異色作だった。冲方丁「マルドゥック・スクランブル」のカジノの場面は凄かった。野尻抱介「クレギオン」の「サリバン家のお引越し」は自転で重力を模すシリンダー型コロニー内の航法って地味なネタながら、みっちりセンス・オブ・ワンダーが詰まってる。小川一水「天冥の標」は長いけど確かにⅠ~Ⅴのどこから入ってもいいんだよね。

 春暮康一「主観者 後編」。クルーたちはその惑星の海で見つけた生物らしきものに、慎重な接近を試みる。光が全く届かない海底で、複雑な閃光を発するもの。発光器官のしくみは見当がついた。地球の深海魚などと同じ、化学反応によるものだ。だが目的がわからない。獲物をおびき寄せるためでもなければ、異性を誘うためでもない。観察しているうちに、行動パターンに変化がみられた。

 充分な考慮を重ね慎重なアプローチで少しづつファースト・コンタクトを進めていくクルーたち。デビュー作の「オーラリメイカー」もそうだったように、読者の想像をはるかに超える異星生物の奇怪極まる生態が楽しめる極上のファースト・コンタクト作品だ。スタニスワフ・レム「砂漠の惑星」やピーター・ワッツ「ブラインドサイト」と充分に肩を並べるファースト・コンタクト物の傑作。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き。離陸前から、今回のアグレッサー戦への認識を改めた田村伊歩大尉。だが、どの機が敵でどの機が味方かが分からない。既に発進前の雪風による「攻撃」で、飛燕が得る画像情報があてにならないのっは分かっている。自らの目でそれぞれの動きを確かめ、その目的を探ろうとする田村大尉だが…

 コミュニケーションの手段は様々だ。この作品の面白さの一つは、マシンとヒトのコミュニケーションを高い解像度で描く点にある。今までは雪風からのメッセージを零が解釈する形だった。今回は、雪風とレイフと飛燕そしてジャムのメッセージを、暴力の化身である田村大尉がどう受け取るか。田村大尉は獣みたいな人だけど、捕食獣だけに獲物の目論見を見抜く力は優れているのだw

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第38回。<誓約の銃>のアジトであるヨット<黒い要塞>への襲撃などで得た証拠などに基づき、イースターズ・オフィス側は闘いの場を法廷にも広げる。そこで闘いを仕切るクローバー教授バロットから、バロットはアソシエート(補佐)役を仰せつかった。と同時にもう一つ、中途入学の新入生の案内も頼まれる。その新入生とは…

 はい、意外な人物です。であると主に、アレがなぜ奴を重用するのかもわかる仕掛け。ああいう世界に住む者には珍しく、感情に流されず理性的に動ける上に、視野が広く長期的に考える能力も持つのは、あの襲撃の場面で描かれていたけど、そうくるかあ。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第10回。杉原香里は児玉佐知を追う。既に佐知の家に寄り、牛乳瓶に埋め尽くされた玄関を見た。甘味処の前に降りる。この先の「來間先生の家」にいるはずだ。路地に入る。空気に抵抗感がある。やはり佐知はこの先にいる。

 今回は9頁。「自分に与えられている計算量の上限を測っている」などの記述で、読みながら目を覚まされる。そうなんだよなあ、登場人物たちは、自分が計算機内の存在だと分かっているんだよなあ。ボンクラなプログラムはCPUやメモリなど資源の使用量はOS任せで、ほっとくとメモリを使いつぶしちゃったりするんだよなあ。

 平山瑞穂「鎧う男」。41で雇い止めされ借金を抱え、故郷の実家に舞い戻った的場に、中学の同級生でバンドを組んでいた棚橋から連絡がきた。棚橋の話では、やはりバンドのメンバーだった穴澤も故郷にいるという。音楽をやめた的場や棚橋と違い、的場はメジャーデビューを果たし、その後は敏腕プロデューサーとして女性アイドルグループをチャートに送り込んだが…

 「鎧う」が読めなかった。「よろう」なのか(→Goo国語辞書)。楽器に手を出したはいいが、自分の才能に見切りをつけた的場の気持ちが切ないというか、他人事じゃないw いや別に私は素人として音楽を楽しめればいい、ぐらいに思ってたけど、別の楽器を担当してるハズの人が自分より巧くギターを弾きこなした時の気分は、よく分かるw

 上遠野浩平「従属人間は容赦しない」。統和機構はヒノオを捕えたが、ウトセラ・ムビョウは行方をくらます。ヒノオから情報を引き出そうとするが、彼は何も話さない。そこで統和機構のナンバー2と目されるカレイドスコープがヒノオと話すことになった。

 リセットが「せっちゃん」でリミットが「みっちゃん」なのは巧い仕掛け(→Wikipedia)。終盤では、他にも懐かしい名前がチラホラ。

 S・チョウイー・ルウ「年年有魚」勝山海百合訳。春節を前に、夫婦は準備に余念がない。ふーだお<福倒>、逆さまにした福の字の賀紙(→Wikipedia)、福がやってくるおまじない。年年有魚、魚料理、豊かになる縁起担ぎ。

 3頁の掌編。日本じゃ正月に門松を飾りお餅を食べる。キリスト教はクリスマスにツリーを飾り七面鳥を食べる。多くの文化で、特定の日に特定の飾りをして特別な物を食べる。それぞれの飾りや食べ物には、祈りや願いが込められている。小さな幸せの象徴…とか思ってたら、なんじゃこりゃあ。

 津久井五月「環の平和」。宮下玲が生まれる前に交感が開発された。他人が知覚する光景や思い浮かべるイメージを知り理解する技術だ。人々の結束を強めると思われたが、実際は逆だった。世界は少数のリーダーと、それに集う多数の人々に分かれる。それぞれの集団はいがみあい、争い合う。これを解決するために環の平和実験が行われる。玲hその被験者だ。

 はい、まるきしインターネットのよるエコーチェンバーというかタコツボ化というか。実際、音楽の世界でも、少数のスーパースターと多数の稼げないミュージシャンの差は広がるばかり(→「50 いまの経済をつくったモノ」)。ラジオもネット化してチャンネル数が増え選択肢が広がったためプログレが好きな私はウハウハだけど、日本の流行歌はサッパリ知らず会話に難が出たり。中波ラジオで聞いてた頃はソレナリについていけたんだが。

 宝樹「時間の王」阿井幸作訳。1994年。十歳で入院したとき、俺は同い年の琪琪(チーチー)と出会った。「人って死んだらどこに行くと思う?」 入院患者で同年齢の子は俺と琪琪だけ。数カ月の入院中、俺たちは一緒に遊んだ。琪琪は急性白血病で、長くはなかった。

 冒頭は「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」を思わせるファンタジイっぽい仕掛けで、何度も出会う二人を描きつつ、終盤のオチでは読者に解釈の余地を与えながら静かな余韻を残す。「中国のカジシン」は言い得て妙。

 三方行成「メガ奥46k」。メガスケール大奥、略してメガ奥の開闢より4万6千年少し。延々と連なる車列から、早起きしたエンリコは親方に捕まってしまう。マワシをつけ八景を見回す親方。だが今朝もチャンクは見当たらない。こうやってチャンクを探すのが巡業だ。

 大奥と力士と牛の三題噺。にしても、どうすりゃこれだけ狂った話が創れるのかw 「化粧が終わればマワシである」とかの言葉遊びが楽しい作品。徳川家安の次が徳川家無料ってw そう読ませるかあw 「巡業」「取り組み記録」「年寄株」のこじつけもいいし、「力士」が妙にSFしてるのもw

 伴名練「『日本SFの臨界点』編纂の記録2021」。正確な書誌情報を集める方法はマニアにとってとても役に立つ。また同時期に書いた週刊少年ジャンプの記事では、いかに読者をSF沼に引きずり込むかの工夫が見事。やっぱり手に入れやすいかどうかは大事だよね。

 大森望の新SF観光局「ハヤカワ文庫JAのSFベスト55」。もっと頁数を寄越せ、という筆者の叫びが聞こえてきそうな紙面w そりゃベストnとかやると、ついそうなるよねw

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2021年7月 6日 (火)

SFマガジン2021年8月号

雪風は、ジャムだ。
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話

「あなたは自分の意志に関係なく、この世界を滅ぼすことになる」
  ――飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第9回

どの司書にも、決して誰にも貸し出しをしない<本>がある。
  ――アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド 実際に役立つ扉ファンタジー集」原島文世訳

「その電信柱は女性でした」
  ――板崎かおる「電信柱より」

わたしはほかの存在と話すことはめったにない。
人間と接するのは、たいてい遠くからなんだ。
  ――ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」佐田千織訳

 376頁の普通サイズ。

 特集は「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART1 1~409」と、「映画『夏への扉 キミのいいる未来へ『Arc アーク』」小特集。

 少説は10本。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第37回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第9回,藤井太洋「マン・カインド」最終回。

 読み切りは6本。「映画『夏への扉 キミのいいる未来へ『Arc アーク』」小特集としてケン・リュウ「人とともに働くすべてのAIが知っておくべき50のこと」古沢嘉通訳。他に片瀬二郎「七億人のペシミスト」,春暮康一「主観者 前編」,板崎かおる「電信柱より」,アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド 実際に役立つ扉ファンタジー集」原島文世訳,ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」佐田千織訳。

 「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART1 1~409」。懐かしの名作がいっぱい。小松左京「果てしなき流れの果てに」は壮大なヴィジョンがゾクゾクした。半村良「石の血脈」は分厚さに一瞬ビビったけど、読み始めたら一気の面白さ。星新一「進化した猿たち」はユニークの極地。山田正紀は「襲撃のメロディ」でSF沼に引きずり込まれ、「氷河民族」「神狩り」「弥勒戦争」でドップリとハマってしまった。矢野徹「折紙宇宙船の伝説」のエロスと抒情は忘れ難い。堀晃「梅田地下オデッセイ」は寡作な著者の貴重な一冊。東野司≪ミルキーピア≫シリーズも好きだった。そういえば、今は「ソフトハウス」って言葉は死語になったのかなあ?

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き。模擬戦が始まる。日本空軍の飛燕を駆る田村伊歩大尉は、発進待機中に雪風とレイフを撮影したはずが、動画を確認すると両機とも映っていない。これを雪風による攻撃と考えた田村大尉は、模擬戦への認識を改め、僚機である日本海軍航空隊の面々に警告するが…

 いいなあ、田村大尉。ジャムは異質で正体不明ながらも、コンピュータに近い知性体のようにほのめかされている。いずれにせよ、普通の人間には理解不能な存在だ。深井零はヒトからややはみ出していて、でも機械ながら知性的な雪風とは巧くやれる。田村大尉もヒトからはみ出てるけど、機械よりむしろケダモノに近いw 果たして田村大尉の野生の勘は当たっているのか? また2カ月も待つのか。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第37回。イースターズ・オフィスはレイ・ヒューズとクレア・エンブリー刑事そしてトゥイードルディ&トゥイードルディムの協力を得て、<誓約の銃>がアジトとするヨット<黒い要塞>を襲う。襲撃は成功し、目的である潜入中のウフコックに加え、ブルーも確保した。ただしブルーは首だけで生きている。

 激しいアクションの前回に対し、今回は静かめ。ただし物語は意外な方向へと進む。ただのウザいお騒がせ野郎かと思わせといて、そう来るかあ。アレは地なのか演技なのか。半ば地だと思うんだが、どうなんだろ。そして、ここしばらく姿をくらましていたハンターが…

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第9回。同好会棟から逃げ出す遠野暁と小野寺早都子。止体となったはずの早坂篤子は自転車の部品を巻き込み、二人に襲い掛かる。その中に取り込まれる山下祐。

 派手なアクション・シーンから始まる今回。止体って、なんとなく硬いモノになってると思い込んでたけど、なんじゃそりゃあ。「自転車蜘蛛」って言葉が、妙にハマった。にしても「夕方のおかあさん」が、そういう意味だったとは。いろいろと驚きに満ちた回だ。

 ケン・リュウ「人とともに働くすべてのAIが知っておくべき50のこと」古沢嘉通訳。先週の水曜日、有名なAI批評家WHEEP-3が稼働を停止する。元はジョディ・レイノルズ・トラン博士が作った実験用生成ニューラル・ネットワークだった。倫理とAIの技術研究そしてマン・マシン・リレーション関係の論文でトレーニングし、他にも多くのデータを与え…

 AIがAIを批評するってのも、面白い発想。いわゆるディープ・フェイクもAIなら見破れるんだろうか? WHEEP-3に注目を集めるネタをトラン博士が仕掛けるあたりは、マルコム・マクラレンが仕掛けたセックス・ピストルズの売り込みを思い浮かべてしまう。にしも、この人、やっぱり LISP や Prolog に関心があるんだなあ。

 アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド 実際に役立つ扉ファンタジー集」原島文世訳。世界には二種類の司書がいる。利用者は本泥棒だと思っている者と、魔女だ。黒人少年は図書館で『逃げ出した王子』を熱心に読んでいた。異世界転出物の古いラノベで、あまり人気もない。

 この地域の雰囲気を描くのに「人種差別を撤廃するかわりに(公共プールを)コンクリートでふさがれた」としたのは見事。人がなぜファンタジイを求めるのか、ファンタジイに何ができるのかをテーマとした、切ない短編。何が名作で何が駄作か、どんな終わりがハッピーエンドなのか、それは人によって違うんだよね。

 春暮康一「主観者 前編」。赤色矮星ラカーユ9352の第一惑星は、居住可能領域にあり、常に同じ面を恒星に向けていて、昼の面は分厚い水が覆っている。恒星のフレアで無人探査機が通信を断ったため、宇宙船<トライアクシズ>と五人のクルーが探査に訪れる。無代謝休眠から目覚めたクルーは、第一惑星の探査を始め、生物らしき存在を見つける。

 うおお、これまた「オーラリメイカー」に匹敵する骨太で本格的なサイエンス・フィクションの予感。休眠から目覚めるオープニングから雰囲気バッチリだし、惑星と恒星の位置関係が惑星の環境に及ぼす影響、それが惑星の地形でどう関わってくるかとか、実にゾクゾクする。そしてもちろん、肝心のエイリアンの性質が明らかにされていく過程も。前後編とか言わず、長編にして欲しい。

 板崎かおる「電信柱より」。リサは電信柱を切る仕事をしている。その夏、リサは激しい恋に落ちた。相手はS市の郊外にある電信柱。チームの主任であるリサは、その電信柱を後回しにしたが、それは時間稼ぎに過ぎない。引き延ばしても、せいぜいあと一カ月。

 第三回百合小説コンテストのSFマガジン賞受賞作。恋のお相手は電信柱なんて奇妙きわまる状況、それも「激しい恋」というわりに、統計データを取り出すとか妙に落ち着いているリサが面白いw それを受け入れて話を聞いている側も。百合の世界は果てしなく広いw

 片瀬二郎「七億人のペシミスト」。ここ数年、いろんなことがあった。なぞの伝染病がはやり、南米で巨大地震が都市を襲い、核兵器が使われ、おまけに巨大隕石が地球にぶつかるらしい。団地の入居率は5%を切った。学校は閉鎖されて一年になる。もう警備員も常駐していない。堰田は友人たちと学校に忍び込む。

 世界は終末へのタイム・リミットが迫っている。なんとなくダラけた日々を送る堰田。いるよね、何も考えずその時の衝動と本能で動いてるクセに、なぜかどうにかなっちゃう奴w 下戸から見ると、飲んだくれて酔いつぶれるなんて真似は、やたらと能天気に見えるんだけど、本人にはソレが普通なんだろうなあ。

 ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」佐田千織訳。工場から来たばかりの新人ロボットには、先輩ロボットの相談相手が割り当てられる。K.g1-09030の相談相手は、コンスタント・キラーことC.k2-00452だ。おしゃべりで人懐こいK.g1-09030に対し、C.k2-00452は寡黙だが落ち着いていて的確なアドバイスをくれる。

 ロボット同士の会話ログで話が進む。ロボットの労働環境も、なかなかブラックな様子。K.g1-09030が見つけた職場は、なんというかやたらとマニアックw そういう趣味の人もいるんだろうかw そして頼れる先輩C.k2-00452の仕事は… いい先輩に当たったねw

 藤井太洋「マン・カインド」最終回。自力では起き上がれないほどに弱ったチェリー・イグナシオは、それでも部下に的確な指示を下し、公正戦を有利に進めていく。侵攻する<グッドフェローズ>は五分隊のうち、レイチェルが率いる分隊だけを残し壊滅。ジャーナリストの迫田はレイチェルと共にチェリーに迫る。そのチェリーは、呼び寄せたマスコミ相手のインタビュウを始める。

 遺伝子操作によって生まれたマン・カインドたちの、卓越した能力を描いてきた本作も、いよいよ完結。従来の超人物は筋力や超常能力などに注目したのに対し、この作品は肉体よりそれを操る脳や神経系に焦点を当て、じっくりと解説しているあたりが、数多い超人物SFでも唯一無二の輝きを放っている。また「東京の子」や「ハロー・ワールド」と同じく、映像ジャーナリズムの生々しい技術トピックが満載なのも嬉しい。

 にしても、また雪風は二ヶ月も待たされるのか。頁数を増やすとか、できません?

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