カテゴリー「書評:SF:海外」の250件の記事

2020年10月 4日 (日)

ガレス・L・パウエル「ウォーシップ・ガール」創元SF文庫 三角和代訳

「最後に更新されたステータスによると、この船、墜落は自分のせいだと責めてる」
  ――p18

ぼくは全滅をもたらすために設計された。
  ――p43

「再生の家に入ったとき、何派なんてくだらないことは全部捨てた」
  ――p136

わたしは悲しみ以外はなんでも修理する。
  ――p185

いまのわたしたちには、あなたがいる。
  ――p418

【どんな本?】

 イギリスの新鋭SF作家ガレス・L・パウエルによる、痛快娯楽アクションSF「ガンメタル・ゴースト」に続いて英国SF協会賞を受賞した、遠未来を舞台とするユニークなスペース・オペラ三部作の開幕編。

 遠未来。人類は知的異星人と出会い銀河系へと進出したが、今は<集塊派>と<外向派>に分かれ争っている。トラブル・ドッグは<集塊派>のカーニヴォール級重巡洋艦で、人間と犬の成分から意識を育てられた。三年前のペラパターンの戦闘で、そこに潜む敵味方の将兵もろとも知的ジャングルを焼き払う。この事件をきっかけに軍を抜け出し、今は主な武装を外し人命救助団体<再生の家>で働いている。

 クルーは四人。艦長のサリー・コンスタンツは、かつて<外向派>で艦を率いていたが、今は<再生の家>をクビになる寸前。アルヴァ・クレイも元<外向派>の海兵隊で戦い、今はレスキューの専門家だが、なにかとサリーに突っかかる。機関士のノッドはドラフ族。穏やかな正確で優秀かつ仕事熱心だが、人間とは大きく考え方が違う。欠けていた医療担当者も来た。プレストン・メンデレス。コイツが新米な上にどうしようもないヘタレ。

 そこに緊急の仕事が入った。場所はギャラリー星系の惑星ブレイン。発見された時、七つの惑星すべてが彫刻に削られていた。今は帰属をめぐり三つの種族が争っている。そこで客船<ヒースト・ファン・アムステルダム>が遭難した。いや、トラブル・ドッグによると、客船の意識は妙なことを訴えている。

 崖っぷちの艦長が、ポンコツでチームワーク皆無のクルーに加え怪しげなお荷物まで背負い、殺る気満々の元戦闘艦で銀河の火薬庫へと突っ込む、スリリングでユーモラスなスペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Embers of War, by Gareth L. Powell, 2018。直訳すると「戦争の残り火」。日本語版は2020年8月12日初版。文庫で縦一段組み本文約441頁に加え、著者について1頁+訳者あとがき5頁。8ポイント43字×18行×441頁=約341,334字、400字詰め原稿用紙で約854枚。上下に分けるかどうか悩む分量。

 文章は比較的にこなれていいる。お話は複数の恒星系を飛び回るスペースオペラで、独自の超光速航法も出てくる。他にも色々と無茶やってるけど、たいていはハッタリなので、あまし難しく考えないように。そんなワケで、理科が苦手でも大丈夫。大らかな気持ちで読もう。

【感想は?】

 遠未来版「サンダーバード」または「艦長はつらいよ」。最近になって部下を持ったばかりの人には、いろいろと堪える作品。

 なにせ主な語り手のサリー・コンスタンツ艦長、リーダーとしての悩みが多い。

 彼女が属する<再生の家>は人命救助組織だ。銀河を駆けるサンダーバートと言えば聞こえはいいが、彼女は熱心ではあってもいささか繊細で優柔不断。冒頭のミッションで大ドジを踏み、しかもミスしたと自分でもわかってるから言い訳もできない。ここで傲慢な者なら他の誰かのせいにするんだろうけど、あいにくサリーは生真面目な性格なのだ。いい人なんだけど、どうにも頼りない。

 おまけに部下にも恵まれず。

 かつての戦友アルヴァ・クレイは海兵隊あがり。海兵隊ってのは、最前線に突っ込んで敵の防衛網に穴をあける役割だ。それに相応しく度胸はあるが短気で気性が荒い。そんな奴が人命救助団体で何をするんだ?と思うだろうが、そこは最初のミッションで明らかになる。遭難者を救うには、遭難するような所に赴いて、生きて帰ってこなきゃいけない。だもんで、危険な状況に慣れた人も必要なんです。

 不平たらたらで何かとサリーに突っかかるクレイなんだけど、じゃサリーが嫌いなのかと言えば…。まあ、アレな人はニタニタしながら読もう。たぶん、いいやきっと、そういう読み方が正しいはず。

 ドラフ族のノッドは機関士。12本指の六つの手足なんて想像しがたい体形のエイリアン。私はデカいヒトデを思い浮かべて読んだ。姿形こそ異様だけど、性格は穏やかだし職務に携わる姿勢は保守管理者の理想そのもの。世のネットワーク管理者やサーバ管理者は、彼の仕事ぶりに頭が下がる思いをするだろう。

 日頃からサーバルームに籠りっきりの仕事だ。同じ職場の者からは「アイツ何やってんだ?」と陰口を叩かれ、上司からは突然の割り込みでリソースを奪われる。予算を申請したり不具合を説明しても「日本語で話せ」と決して理解されることがない。話が合うのは同族だけで、仕事ぶりがロクに評価されないのも、世のインフラ担当者とソックリ。

 欠員が出て医療担当者の補充に来たプレストン・メンデレスは、使えない新人の典型。彼のヘタレっぷりは筋金入りで…。デスマーチの最中に追加戦力として投入された奴がズブの素人だと判明した時のプロジェクト・リーダーの気持ちって、こんなんだろうなあ。「このクソ忙しい時に、なんだってお荷物をしょい込まにゃならんのだウッキー!」な気分。

 そして表紙にもなっている乗艦のトラブル・ドッグ。

 確かにトラウマを抱えちゃいるけど、性格は、なんというか、確かにクールなのだ。人工の意識に相応しく、言葉遣いは冷静で正確さを重んじる話っぷりなんだけど、その中身が問題。主な武装は外したとはいえ元重巡洋艦、お育ちは争えないようで、解決策を相談すれば「殺ろうよ、いいでしょ、殺っちゃおうよ」だったり。そんなトラブル・ドッグを「ステイ、ステイ!」と留めるのも艦長のお仕事。

 こんな連中ばっかりだから、当然チームワークもヘッタクレもなく。クビ寸前のサリー艦長は、隅っこで毛布にくるまりシクシク泣くしかないw 穏やかで和気あいあいな「銀河核へ」とは正反対だw

 そんなズタボロのチームに、急な出動要請が入る。目指すはギャラリー星系の惑星ブレイン。謎に包まれている上に目をつけている連中も多く…

「ギャラリーは火種だ。ひとつ行動を間違えば、きみは戦争を始めることになる」
  ――p214

 と、下手すれば銀河大戦に火をつけかねない。困ったことにトラブルってのは往々にして増殖するもんで、トラブル・ドッグには怪しげな連中まで乗り込んでくる。

 などと「もうやめて!とっくにサリーのライフはゼロよ!」な感じにサリーをトコトン追い詰め、個性豊かなチームに怪しげなメンバーが混じってるあたりは、ジャック・ヒギンズやギャビン・ライアルなど英国冒険小説の伝統を受け継いでいる。とはいえ、サリーの性格はクールなタフガイとは対照的なんだけど。

 対照的なのは底に流れるテーマもそう。これは訳者あとがきがネタバレを避けつつ巧みに語っているので、味見にはちょうどいいかも。

 危機また危機のスリリングな展開、個性豊かで暴走気味の登場人物、ユーモラスでペーソスあふれる語り口、そして唖然とするエンディング。古典的なスペースオペラの舞台に現代風のキャラクターを放り込み、外連味たっぷりに仕上げた娯楽SF長編だ。

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2020年9月18日 (金)

「フレドリック・ブラウンSF短編全集 3 最後の火星人」東京創元社 安原和見訳

「わたしは火星人なんです。最後の火星人です。ほかはみんな死んでしまいました。ほんの二時間前にみんなの死体を見たんです」
  ――最後の火星人

「ここでスポンサーからひとこと」
「戦え」
  ――スポンサーからひとこと

【どんな本?】

 アメリカのSF/ミステリ作家、フレドリック・ブラウンのSF短編すべてを執筆順に全四巻で刊行する企画の第三段。

 ブラウンは1940年代のSF黎明期から1960年代にかけて活躍した。彼の短編は親しみやすい文体でオチのキレがよく、今でも多くのファンに愛されている。

 本書は1950年の「存在の檻」から1951年の「処刑人」までを収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は From These Ashes : The Complete Short SF of Fredric Brown, 2001。日本語版は2020年7月10日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約347頁に加え、牧眞司の「収録作品解題」8頁+若島正の「闇への誘い」5頁。9ポイント43字×20行×347頁=約298,420字、400字詰め原稿用紙で約747枚。文庫なら厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。星新一や草上仁に似た芸風で、SFだがヒネリの利いたアイデア・ストーリーが中心なので、理科が苦手でも全く問題ない。どころか、さすがに1950年代初期の作品なので、科学的には、まあ、アレだw 当然、月や金星の描写も当時のもの。その辺は「そういうもんだ」でスルーしてください。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。なお★がついているものはマック・レナルズとの共作。

存在の檻 / Entity Trap / Amazinng Stories 1950年8月
 ジョン・ディックスは19歳でアメリカ陸軍に入隊し、81年に激戦となったパナミント山脈の戦いに身を投じた。最終防衛ラインのトーチカでの戦いで、ジョンは敵の爆撃で片目と鼻と頭髪と片腕と両足を失う。やがて命も失うはずだったが…
 ある意味、転生もの…に、なるのか? 異世界ではなく現世界だけどw しかもチート能力つき。でも嬉しくないんだよね、これじゃw
命令遵守 / Obedience / Super Science Stories 1950年9月
 メイ艇長とロス副長は深宇宙を探索中に異星人の宇宙船を発見する。地球のロチェスター級の戦艦にそっくりだ。同時にテレパシーを受信する。「地球人よ、われわれは敵ではない」。総則にはこうある。異星の艦船と遭遇した場合ただちにこれを破壊せよ、破壊できなければ全速力で外宇宙に向かい燃料が続く限り飛び続けろ。
 人類の歴史を顧みれば、殺らなきゃ殺られる、となるのは仕方がないか。アメリカ人作家が語ると、更に説得力があるw 
フラウンズリー・フロルゲルズ / The Frownzly Florgels / Other Worlds Science Stories 1950年10月
数百万年前から小惑星ナクソの地中に住むナクスより、星団じゅうの星に思考のメッセージが届いた。きっとすてきなフラウンズになる。
 ハネス・ボクが描いたイラストに沿った小説をフレドリック・ブラウンが書く。ただし夢やホラ話や錯覚や狂気は不許可。そういうルールで書き上げた作品。解題に載ってるハネス・ボクのイラストのイマジネーションも凄いが、ブラウンの理屈付けもハンパじゃない。
最後の火星人 / The Last Martian / Galaxy Science Fiction 1950年10月
 通りの向かいのバーから、編集室に連絡が入った。「変な客が来た。二時間前に火星から来た、と言い張っている」。ちょっとしたユーモア記事になると踏んで、編集長はビル・エヴェレットを向かわせる。火星人はヤンガン・ダルと名乗り…
 自称火星人、しかも地球に来たのは二時間前。そして今はバーに座っている。なんじゃそりゃ、頭がおかしいのか? ってな引きの強い状況から、ブラウンらしい見事なオチへ持っていく。アイデア勝負のSF短編のお手本みたいな作品。
地獄のハネムーン / Honeymoon in Hell / Galaxy Science Fiction 1950年11月
 東西の冷戦は深刻化し、月面基地建設の足掛かりとしての宇宙ステーション建設の競争も激しさを増す。人類は別の危機に見舞われていた。男児が生まれない。東西ともに。レイモンド・F・カーモディ合衆国宇宙軍大尉は月面着陸に成功したロケット操縦士だ。27歳の独身で退役した今は、国防省秘蔵の巨大人工知能、通称ジュニアの操作員に選ばれる。そのジュニアの様子がおかしい。
 収録作の中では比較的に長い作品だ。だが語り口は軽快かつユーモラスだし、ストーリーはイベント満載で小気味よく進むため、読み心地はとても軽やかだ。オチのキレも見事で、読み終えた後の気分もやたらいい。いやあ、コンピュータって、ほんと四角四面ですねw
星ねずみ再び / Mitkey Rides Again / Planet Stories 1950年11月
 ミツキーは灰色ねずみだ。ドイツからの亡命者でロケット科学者のオーベルビュルガー教授宅に、連れ合いのミニーと住んでいる。かつて月に着陸し高い知能を得たが、帰還直後の事故でただのねずみに戻ってしまった。だが次第に知能を取り戻しつつある。教授は相変わらず月ロケット開発に余念がない。だが今度の実験動にミツキーを使うのは諦めた。
 「星ねずみ」収録の表題作の続編。なんといっても教授とミツキーの会話が楽しい。この香りを日本語で再現した訳者の芸が光る。今回は白ネズミのヴォワイティが加わり、なんとも可愛らしい騒動が繰り広げられる。
六本足の催眠術師★ / Six-Legged Svengali / Worlds Beyond 1590年12月
 金星に向かうエヴァ―トン動物学調査隊に、なんとかぼくは滑り込んだ。目的は新種の生物を捕獲すること。最大のお目当ては金星ドロガメだ。必ず捕獲してみせる、そうぼくは言い切った…らしい。ところが、ぼくは捕獲のアイデアどころか金星ドロガメすら聞いたことがない。
 さすがに今は金星は無茶だけど、そこは他の惑星って事にして読もう。肝心の金星ドロガメには厄介な能力を持つ。近づいた生物から、数時間の記憶を消す。健忘症は数時間続く。そのため、ハンターは亀の存在そのものを忘れてしまう。そんな亀を、どうやって捕まえるのか。捕獲のアイデアも鮮やかながら、このオチはw
未来世界から来た男★ / Dark Interlude / Galaxy Science Fiction 1951年1月
 ベン・ランド保安官を、ルー・アレンビーが訪ねてきた。ルーは妹のスーザンと住んでいるが、この二週間ほど旅行に行っていた。ルーが不在のとき、スーザンは畑に落ちてきた男を拾う。男は学生で、四千年の未来から来たという。目的は調査。この時代から数百年、暗黒時代が続いている。その実体を調べるために来た、と。
 旧いSF小説に対し「今もまったく古びていない」は、本来誉め言葉だ。だが、この作品の場合は悲しみと怒りが沸きあがってくる。発表から70年近くも経ち、既に保安官やルーの孫か曾孫の世代だってのに。
選ばれた男 / Man of Distinction / Thrilling Wonder Stories 1951年2月
 アル・ハンリーは飲んだくれのロクデナシだ。有り金は使い尽くし、あらゆる友人知人に金を借りまくって酒代につぎ込んだ。一晩だって酒を切らせたら、地獄の恐怖に襲われる。だが、彼は偉大なことを成し遂げた。
 四六時中、飲んだくれて酔っぱらっているアルの、支離滅裂で無茶苦茶な屁理屈が楽しい作品。まったく、酔っ払いって奴はw
入れ替わり★ / The Switcheroo / Other Worlds Science Stories 1951年3月
 『グローブ』紙のオフィス。編集長のマッギーが、また怒鳴ってる。「ターキントン・パーキンズの話を聞いてこい」。嫌な奴だが、それでもボスだ。言われたとおり、ジェイクはパーキンズに取材に行く。彼は変なモノばかり作る発明家だ。最近はシロホクラ飲料を作った。酒の逆で、まず二日酔いがきて、翌朝は愉快に酔える。今は入れ替わり機が完成寸前で…
 懐かしSFの定番、世間とはズレてるけど優れた発明家が作る、ケッタイなマシンが巻き起こす騒動がテーマのドタバタ作品。
武器 / The Weapon / Astounding Science Fiction 1951年4月
 ジェームズ・グレアム博士は科学者だ。重要な計画を率いている。ひとり息子のハリーは15歳だが、知能の発達が遅れている。それでもグレアムはハリーを深く愛している。家でくつろいでいる時、ニーマンドと名乗る男が訪ねてきた。「あなたは人類の存続をあやうくするお仕事をなさっていますね」
 5頁の掌編ながら、いやだからこそ、オチのキレは鋭い。「地獄のハネムーン」「スポンサーからひとこと」同様に、東西冷戦の影が色濃い作品。
漫画家★ / Cartoonist / Planet Stories 1951年5月
 ちかごろ一コマ漫画家ビル・キャリガンの景気は悪い。が、この日のネタはイケた。おぞましいエイリアンの話だ。報酬もよかった。さっそくブランデーを買い込み祝いのグラスをあけたとき、それが起きた。ビルが描いたエイリアンそっくりの怪物が現れたのだ。
 冒頭でアメリカの漫画の制作過程がわかる。どうも日本とは大きく違うらしい(→「有害コミック撲滅!」)。こういう、文化や社会の違いがわかるのも、翻訳物ならではの楽しみだ。ブラウンもネタを提供したんだろうか。
 ジョン・ヴァーリーの八世界シリーズやP.K.ディックの作品でもよく使われるネタだ。ヴァーリー作品には無常観・喪失感が漂い、ディックだと足元が崩れ眩暈がするような不安定感を感じるのに対し、ブラウンはカラッと明るく仕上がっている。そんな芸風の違いもまた、小説の楽しみの一つ。
ドーム / The Dome / Thrilling Wonder Stories 1951年8月
 カイル・ブレイドンがドームに籠って30年になる。37歳のとき、ボストンが攻撃を受け壊滅し、宣戦布告がなされた。世界は滅びるだろう。この事態に備えカイルはドームを作っておいた。水爆も防げるが、外の様子はわからない。微量な電力で維持できるが、起動には莫大な電力がいる。スイッチを切れば外の様子がわかるが、再起動は無理だ。そして30年が過ぎた。
 やはり冷戦の影が濃い作品だが、今となっては究極の引き籠り生活がテーマのような気もしてくるw アッメリカには自宅に核シェルターを作る人もいて、ブラウンも自分の作品が現実になるとは思わなかっただろうなあ。
スポンサーからひとこと / A Word from Our Sponsor / Other Worlds Science Stories 1951年9月
 6月9日、世界中でソレが起きた。すべての国で、現地時間の午後8時半に。夏時間を採用している国や地域では、夏時間の8時半に。ラジオの音が途絶え、しばらくしてこんな声が響いた。「ここでスポンサーからひとこと」続いて一秒後に「戦え」。その後、いつもの番組が流れ始めた。折しも世界は冷戦のさなか、互いに先制攻撃を仕掛ける寸前だった。
 なんといっても印象的なタイトルが秀逸で、やたらと有名な作品。今はメディアが多様化してるけど、当時はラジオと新聞が王者だったんです。双方ともに不信感に満ちていて頭に血が上っている状況に、いかにもあからさまな煽りが入ったら…。中でも聖職者と合衆国共産党党首の解釈が笑えるw
賭事師★ / The Gamblers / Starling Stories 1951年11月
 きみは月の天文台に、ただひとりで横たわっている。今まで何日過ぎたのか、わからなくなってしまった。だが39日間生き延びれば、迎えのロケットが来るのはわかっている。水と食料は、なんとか足りる。問題は酸素だ。下手に動けば酸素消費量が増える。それでも生き延びて伝えなければ。異星人にポーカーを教える羽目になった顛末を。
 なんといっても、異星人の性質が面白い。技術は地球人より遥かに進んでいて、考え方も傲慢で身勝手、しかも便利な能力を持っているくせに、妙に几帳面で真面目で義理堅い。そしてやたらとギャンブルが好き。つまりは、いかに相手を出し抜くかがキモの博打小説。ちょっとだけネタバレすると、双方ともにイカサマはなしです。
処刑人★ / The Hatchetman / Amazing Stories 1951年12月
 地球と火星は睨み合っており、金星はどっちつかず。火星はキングストン複製機を手に入れた。膨大な電力を食うが、核分裂物質を除きなんでも複製・転送できる。開拓当初、火星は卓越した能力を持つ人間を複製し火星に転送した。だが、そこには大きな落とし穴があった。複製人間には、倫理観が欠落していたのだ。複製人間たちは火星を乗っ取り…
 なんでも複製・転送できるのは便利と思ったが、費用の設定が上手い。やたら電力を食うので、雑誌や食料など安物に使ったらモトが取れない。だから対象は高級品だけ。今なら複製機は3Dプリンタに読み替え…いや、元素や化合物は3Dプリンタじゃ再現できないな。まあいい。貴重な物資、例えば名画や宝石の複製や移送が安上がりになれば、世界はどう変わるか。これだけでも長編になりそうなアイデアなのに、アッサリ使い捨てるとは。
 お話は処刑人の二つ名を持つ、大統領の腹心マット・アンダースの活躍を描く、ストレートなアクション物。とはいえ、そこはブラウン。誰が複製で誰がオリジナルか見分けがつかないのがミソ。

 初出を見ると、1950年8月から1951年12月までの1年半あまり。短い期間に執筆された作品群ながら、いずれも出来はいい。この時期、ブラウンは脂が乗りきっていて絶好調だったんだろうか。そんな具合に、作家の足跡を時系列順に辿れるのも、この作品集の面白さだ。

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2020年8月27日 (木)

グラント・キャリン「サターン・デッドヒート」ハヤカワ文庫SF 小隅黎・高林慧子訳

「あれの製作者は六という数字に固執していたのです」
  ――p76

「あのふたりの豚野郎を地球軌道まで運んでいける人間はわたししかいませんから」
  ――p163

「何か新しいことを学ぶのはけっして無駄づかいじゃないよ」
  ――p202

「元気を出せよ、提督。もし<キャッチャー>があなたをひろいあげそこねたら、いずれにせよあなたは死ぬんだから」
  ――p313

「もう、六じゃ駄目かもしれないよ、ディンプ」
  ――p386

【どんな本?】

 合衆国空軍で宇宙技術者将校を務め、NASAの宇宙ステーション計画にも参加したSF作家グラント・キャリンによる、近未来の太陽系それも土星近傍を舞台としたエキサイティングで爽快な冒険サイエンス・フィクション。

 人類が太陽系に進出し始めた未来。クリアス・ホワイトティンプルは、四十代の考古学教授だ。勤め先は地球近傍のスペースコロニー、ホームⅢの大学。彼にコロニー集団を仕切るスペースホーム社のジョージ・オグミから連絡が入る。土星の衛星イアペトゥスで、異星人の遺物らしき物が見つかった。六角形の容器に入った厚さ1cmほどの合金で、表面に円・円弧・直線そして六角形からなる線画が描かれている。

 どうやら「異星人の宝物」の地図らしい。地図は土星近傍を示している。宝物が手に入れば、スペースコロニーは地球から財政的な独立が叶う。そこで遺跡の発掘と古文書の解読に長けたクリアスを呼んだのだ。

 せかされて土星近傍へと向かうクリアスだが、そこには同じ宝物を狙う地球の宇宙船も来ていた。人類の未来を賭けた宝探しレースが始まる…

 ボイジャーがかき集めた当時の最新情報を盛り込みつつ、個性豊かな登場人物と迫真の風景描写そして手に汗握るストーリーが楽しめる。

 なお訳者の小隅黎は柴野拓美のペンネーム。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SATURNALIA, by Grant Callin, 1986。日本語版は1988年5月31日発行。文庫で縦一段組み本文約397頁に加え、高橋良平の解説6頁。8ポイント42字×18行×397頁=約300,132字、400字詰め原稿用紙で約751枚。文庫では厚い部類。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。土星とその衛星が舞台だが、その辺に疎くても大丈夫。必要な事柄は本文内にちゃんと説明がある。当然、メカ好きには嬉しいガジェットが続々と登場する。あと一種のバディ物でもあるので、腐った人には嬉しいかも。

 それと、少し基礎的な数字などを。温度0℃は約273K。地球の地表の気圧は約千ミリバール=1バール≒千ヘクトパスカル。有機水素=有機結合水素は炭化水素、要は石油や天然ガスのこと。

 ただ、今は新刊はもちろん古本でも発掘は難しいと思うので、図書館で借りよう。なんとかならん、早川さん?

【感想は?】

 ボビー・ドラゴン,マーヴェリック,シン・カザマ。この名前にピンときたあなたに、この本はお薦め。

 実はガッチリとしたサイエンス・フィクションの傑作として有名な作品だ。

 他恒星系が舞台の代表作が「竜の卵」なら、太陽系が舞台の作品としては本作が順当なところだろう。「竜の卵」は、中性子性という異様な環境がもたらす、私たちの感覚と全く異なる、というよりほとんど相いれないアレやコレやが、サイエンスを突き抜けたセンス・オブ・ワンダーを生んでいた。

 対して、本作はかろうじてヒトの感覚の枠内に収まる。違いもせいぜい2~3桁だ。あ、当然、十進数で。いや2~3桁ってのもなんだが、SFや天文学ってのはそうなんだからしょうがないw

 まあいい。そんな風に、なんとか想像できる範囲内に収まるだけ、本作は「過酷な状況でのスリリングな冒険物語」としての面白さが際立っている。そのクライマックスは、もちろんタイトル通り土星が舞台なんだけど、それはまた後で。

 冒頭から、冒険SF小説の王道を行ってる。土星の衛星イアペトゥスで見つかった、異星人の遺物らしきモノ。それには円と円弧と直線、それに六角形で構成された線画が描かれていた。調べたところ、線画は土星とその衛星に隠された「宝の地図」らしい。お宝を巡り、地球とスペース・コロニーのレースが始まる。

 冒頭でこの地図の謎を解くあたりから、SF冒険物の楽しさがギチギチに詰まってる。そもそも、相手は言葉も通じない異星人だ。そんな奴に、どうやってメッセージを伝えるか。ファースト・コンタクト物のセンス・オブ・ワンダーに加え、宝探しのワクワク感が味わえる、心地よい滑り出しだ。

 そこでスペースコロニー側の探偵役に選ばれるのが、クリアス・ホワイトディンプル、後に提督と呼ばれるオッサン。考古学者の宝探しというとインディ・ジョーンズが思い浮かぶが、残念ながら提督はアレほど肉体派じゃない…少なくとも、最初は。むしろ現状に満足している公務員に近い、知的で穏やかな人物だ。

 その提督のバディとなるのは、20歳の小鬼ことジュニア。優れた頭脳と卓越した操縦技術と邪悪なユーモア、そして脆弱な肉体の持ち主。

 「おいおい、そんなんでトップガンやれるのか?」と思われるかもしれないが、幸い舞台は大気圏じゃない。速度こそ秒速数kmなんて F-14 Tomcat も耐えられない高速度だけど、効いてくるのは空気力学じゃなくて軌道力学だ。しかも、土星なのがミソ。木星と違い土星にはアレがあって…。この風景も、本作の欠かせない味の一つ。

 パイロット物の主人公に共通した性質が幾つかある。飛ぶのが好きで、鼻っ柱が強くて、組織に馴染めない。そして人を評価する基準は地位でも財布の中身でもなく、飛ばす腕がすべて。登場時の提督は何一つ備えてないけど、ジュニアと共に危機をくぐり抜けるうち、次第に汚染されてきて…。こういうのも、本書の冒険物としての面白さに繋がっている。もっとも、ノリはライトノベルっぽいけどw

 また、単に飛ぶ場面だけじゃなくて、「降りる」場面の緊迫感が半端ないのも、本作の特徴だろう。この辺は、主に整備された滑走路での離着陸が多い固定翼機ではなく、整備もされず土地勘もない所での離着陸を求められる回転翼機に近いかも。

 そして、終盤では表紙イラストにあるように、なんと提督は土星にまで潜る羽目になる。それまでの低温低圧低重力とは正反対の、高温高圧高重力の環境だ。しかも厳しい環境は通信すらも阻害し、パイロットは孤独な戦いを余儀なくされる。ここでの静かに迫りくる恐怖は、潜水艦物を思わせる。

 当然ながら環境ごとに活躍するマシンも違うし、地球とコロニー双方の機体が出てくるので、メカ好きにも嬉しい場面が盛りだくさん。高圧環境に慣れパワーあふれる機体を贅沢に操る金持ちの地球に対し、知恵と工夫と腕で挑むコロニー陣営。いやあ、アクション物の王道だねえ。

 そんなわけで、科学でガッチリと設定を固めたサイエンス・フィクションの面白さと、向こう見ずなパイロットが危険に挑む冒険物の緊張、そして宝探し競争のゾクゾク感を兼ね備えた、王道の娯楽冒険SF小説だ。残念ながら今は手に入りにくいが、黄金期の爽快なSFが読みたいなら、頑張って探す価値はある。ほんと、何とかしてくださいハヤカワさん。

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2020年8月12日 (水)

ロジャー・ゼラズニイ「虚ろなる十月鵜の夜に」竹書房文庫 森瀬繚訳

私は番犬だ。名前はスナッフ。
ロンドンの郊外で、御主人のジャックと同居している。
  ――p4

「…邪悪なる男女とその使い魔たちが、何か大きな心霊的なイベントに参加していて、互いに戦い合い、人類の平安を脅かす」
  ――p67

「猫は旧き神々が知らないことを知っているものだ」
  ――p187

「今回のゲームは、色々とおかしかったんだ」
  ――p282

【どんな本?】

 華麗な筆致で神話的世界を描き出したアメリカのSF/ファンタジイ作家ロジャー・ゼラズニイの最後の長編。

 19世紀末のロンドン郊外。十月になると、≪プレイヤー≫たちが町に集まってきた。奴らは使い魔を従え、月末の満月に向けて素材を集めている。プレイヤーは≪閉じる者≫と≪開く者≫に分かれているが、互いに誰がプレイヤーなのか、そして誰がどちらかなのかは知らない。

 語り手はジャックの使い魔で犬のジャック。御主人さまを手伝うと共に、同じ使い魔で猫のグレイモークやフクロウのナイトウィンドと語らい、または協力して≪素材≫や情報を集め、儀式に向けて準備を整えてゆくが…

 世紀末のロンドン郊外を舞台に、切り裂きジャック,名探偵ホームズ,怪僧ラスプーチン,魔術結社黄金の夜明け団(→Wikipedia),ドラキュラ伯爵,フランケンシュタイン博士などに加えクトゥルー神話を交えた豪華なキャストで、ホラー風味ながらも使い魔の犬を語り手として可愛らしく展開するアニマル・ホラー・ミステリ―。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇で第18位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Night in the Lonesome October, by Roger Zelazny, 1993。日本語版は2017年11月2日初版第一刷発行。文庫本で縦一段組み本文約332頁に加え訳者あとがき9頁。9ポイント39字×16行×332頁=207,168字、400字詰め原稿用紙で約518枚。文庫本では普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。訳も見事で、ゼラズニイのスタイリッシュな文章の味を日本語で巧みに再現している。内容も特に難しくない。クトゥルー神話を始め多くの元ネタを取り入れているが、知らなくても大きな問題はない。疎い人は解説を先に読もう。重要なネタバレを避けつつ、巧みに元ネタを明かしている。ただ、登場人?物が多いので、できれば登場人?物一覧が欲しかった。

【主な登場人?物】

 ということで、主な登場人?物の一覧。

  • スナッフ:犬。ジャックの使い魔。
  • ジャック:プレイヤー。スナッフの御主人。
  • 墓場の老いた番犬
  • グレイモーク:猫。ジルの使い魔。
  • ジル:プレイヤー。狂った魔女。グレイモークの御主人。
  • ナイトウィンド:フクロウ。モリスとマッカブの使い魔。
  • モリスとマッカブ:プレイヤー。ナイトウィンドの御主人。
  • クイックライム:蛇。ラストフの使い魔。
  • ラストフ:プレイヤー。飲兵衛の修道僧。正教? クイックライムの御主人。
  • チーター:リス。オーウェンの使い魔。
  • オーウェン:プレイヤー? ドルイド教派の老人。
  • ニードル:コウモリ。伯爵の使い魔。
  • 伯爵:プレイヤー? ニードルの御主人。
  • ブーボー:ネズミ。博士の使い魔。
  • 博士:プレイヤー? ブーボーの御主人。
  • ラリー・タルボット:プレイヤー?
  • 名探偵と相棒:プレイヤー?
  • テケラ:白いワタリガラス。ロバーツの使い魔?
  • 教区司祭ロバーツ:プレイヤー?
  • リネット:ロバーツの義理の娘

【感想は?】

 何といっても、語り手を犬のスナッフにしたのがいい。

 もちろん、ただの犬じゃない。使い魔だ。そのせいか、スナッフ君、かなり賢い。なにせ猫やフクロウとお話ができる。犬や猫やフクロウや蛇が仲良く?お話する物語だ。ホラーなんだけど、なんともほっこりする情景じゃないか。

 彼らは<プレイヤー>として、<開く者>と<閉じる者>に分かれ争う間柄なんだが、みな誰がプレイヤーなのか、誰が<開く者>で誰が<閉じる者>なのか知らない。そこで互いの周囲を嗅ぎまわったり陰険な足の引っ張り合いもあるんだが、けっこう慣れ合って情報交換したり力を合わせて調べまわったりする。

 この協力し合うあたりが、童話の動物物語みたいで可愛らしくニタニタしてしまう。語り手のフナッフは力強いが、高い所は苦手だし狭い所には入れない。そこで役割分担して…。なんともメルヘンな絵柄だw もっとも、相性の良し悪しはあるんだけどw ブーボーも災難だよねw

 しかも、スナッフ君、下手すると御主人のジャックより賢そうだったり。もっとも、やたら散歩が好きなあたりは、さすがのスナッフ君もやっぱり犬だね、と思ったり。こういう賢さと本能のギャップが、とっても可愛らしくて楽しい。いやあ、ゼラズニイにこんな芸風があるとは知らなかった。

 ≪円の中のもの≫,≪衣装箪笥の中のもの≫,≪旅行鞄の中のもの≫,≪鏡の中のもの≫などのクトルゥー神話ネタに加え、切り裂きジャック,ドラキュラ伯爵,フランケンシュタイン博士などホラーの有名な役者を揃える顔ぶれは、どう見てもホラーだ。実際、ジャックも序盤で「仕事」してるし。

 じゃ怖いのかというと、実は味付けはユーモラスで。冒頭の番犬との会話もそうなんだが、プレイヤーたちが大急ぎで≪素材≫を集める場面などは、読者も狂ったように笑うしかなく、前半のクライマックスかも。いいのか、こんなんがクライマックスでw

 とかのギャグで油断してると、「明日、月が死に絶える」なんてゼラズニイならではの表現が出てきて、やっぱりゼラズニイはスタイリッシュだよなあ、と感心したり。

 そしてホラーであると同時にミステリでもある。誰がプレイヤーなのか。誰が≪開く者≫で誰が≪閉じる者≫なのか。

 ジャックがプレイヤーなのは最初から明らかだ。だが、他の連中は、というと。伯爵と魔女は、あからさまに怪しい。役割もホラーっぽいし。だが名探偵は、なんか毛色が違うよなあ。職業柄、何かに気づいて嗅ぎまわってるだけかも。とすると、儀式に関係ない者が紛れ込んでいるのか? でも相棒を連れているんだよなあ…。

 といった謎で物語を引っ張りつつ、終盤では番狂わせが次々と起こるあたりは、ベテラン作家らしい手並みが味わえる。

 ゼラズニイならではの華麗な筆致と、世紀末ロンドン郊外に集めた豪華キャスト、そして可愛らしい動物たちに加え意外なドタバタ・ギャグ、そしてさりげない伏線を活かした鮮やかなオチ。ベテラン作家らしい熟練の技が味わえる、楽しい娯楽作品だ。特に犬が好きな人にお薦め。

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2020年6月30日 (火)

ルーシャス・シェパード「タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短編集」竹書房文庫 内田昌行訳

「グリオールが自分の存在を知らせようとしてるときには、ちゃんと注意を払わないと不幸に見舞われるんだよ」
  ――タボリンの鱗

「わたしたちはいつだって彼を見くびってきた」
  ――タボリンの鱗

「ヤーラは猿みたいに頭がおかしいんじゃない。蛇みたいに頭がおかしいんだ」
  ――スカル

【どんな本?】

 ルーシャス・シェパードはアメリカ合衆国のSF/ファンタジイ作家で、中南米を舞台とした作品が多い。この本は「竜のグリオールに絵を描いた男」に続くグリオール・シリーズの作品集で、「タボリンの鱗」と「スカル」の二編を収める。

 グリオールは邪悪で長命な竜で、巨大な体は1800mにも及ぶ。かつて魔法使いがグリオールと戦い、かろうじて眠りにつかせた。眠るグリオールの周囲には町ができる。1853年にメリック・キャタネイが竜にとどめをさす計画を持ち込む。竜の体に絵を描き、絵の具の毒で殺そう、と。30年をかけて計画は実施された。だが、竜の死は確認できていない。何せ鼓動すら千年に一度しか打たないのだ。

 生死は定かでないグリオールだが、その邪念は近くに住む人々に染みわたり、その人生を操る。少なくとも、そう考える人は多い。実際、グリオールの周囲では様々な事件が起きる。それは竜の邪念によるものなのか、それとも人の邪悪さゆえなのか。

 荒々しい中南米を舞台に、邪悪で巨大な竜グリオールが関わる事件を描く、恐怖と幻想のファンタジイ作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 日本独自の編集。2020年1月2日初版第一刷発行。文庫で本文約303頁に加え、著者による「作品に関する覚え書き」5頁+池澤春奈の解説6頁。8.5ポイント41字×17行×303頁=約211,191字、400字詰め原稿用紙で約528枚。文庫本としては普通の厚さ。

 文章はこなれている。ただ、単位系がヤード・ポンド法なので、慣れない人は少し戸惑うかも。ちなみに1フィートは約30cm。SFというよりファンタジイなので、理科が苦手でも大丈夫。大事なのは竜のイメージだろう。最近のファンタジイにありがちな軟弱なシロモノではない。ひたすら巨大で強力で邪悪な上に狡猾な存在だ。また、現地の言葉はスペイン語である由を心に留めておこう。

【タボリンの鱗】

 ジョージ・タボリンは40歳で趣味は古銭収集。春に三週間ほどグリオールの麓にあるテオシンテ市に出かけ、娼婦と古銭を買い漁って休暇を過ごす。その年は、古い鱗のようなものを見つけた。大きさは親指の爪の三倍ほど、汚れていて黒っぽい。グリオールの鱗にしては小さすぎる。鱗を欲しがる娼婦が居たので、二週間の「仕事」の報酬として渡すことで話がまとまった。鱗の汚れを落とそうと磨いていたところ…

 原題は The Taborin Scale。時系列的には、「竜のグリオールに絵を描いた男」事件のすぐ後ぐらい。グリオールを観光資源としてちゃっかり商売しちゃってるテオシンテ市の逞しさに思わずニンマリしてしまうが、生死の確認ができないってなんやねんw なぜソレを最初から考えないw

 先に出た「竜のグリオールに絵を描いた男」は、グリオールが周囲の者に及ぼす影響が話の中心だった。本書では、これに加えもう一つの重要な軸が加わる。合衆国と中南米の関係だ。とは言っても、政府高官や大企業が関わる大げさなものじゃない。合衆国から訪れた観光客と、現地の人々の関係だ。

 今はともかく、円高だった頃に東南アジアを旅したことがある人は、身に覚えがあるだろう。日本にいるより、はるかに金持ちになった気分が味わえるのだ。これは為替や物価の関係で、物価が1/10ぐらいになったように感じてしまう。別の言い方をすると、自分がいきなり金持ちになったような気分が味わえる。

 比較的に外交が弱い、というか外務省が頼りにならない日本ですら、そうなのだ。米国の市民権を持つ者は、更に政治的な強みもある。本作品の主人公、ジョージ・タボリンが、テオシンテで休暇を過ごすのも、そんな強みを利用するためだ。彼と娼婦シルヴィアは、まさしくそういう関係で始まる。

 とかの生臭い政治色はあるが、同時にグリオールの意外な面が見えるのも本作品のお楽しみ。なんと、若きグリオールが大怪獣ラドンよろしく暴れまわるのだ。さすがに全長1.6kmとまではいかないが、7~8mはある。しかもブンブン飛びまわるからタチが悪い。おまけに竜らしく邪悪な知恵まで備えてる。まさしく覇者の風格と言えよう。

 いろいろあって映画化は難しいが、シェパード作品には珍しくヴィジュアル的なインパクトが大きな作品だ。

【スカル】

 2002年から20088年まで、ジョージ・クレイグ・スノウはテラマグアで過ごした。仕事もしている。いかさま慈善団体で嘘の手紙を書き、米国の篤志家たちから金をだまし取る。ガールフレンドに宿から叩き出されたジョージは、不思議な少女ヤーラと出会う。ヤーラはジャングルの奥で、新興宗教らしき集団の中で、巫女のような役割を果たしていた。しかも、彼女が住んでいるのは…

 原題は The Scull。先の「タボリンの鱗」の更に後の時代。「作品に関する覚え書き」で、テラマグアはグアテマラがモデルだとハッキリ示している。

 そのグアテマラ、コーヒーが好きな人には独特の風味で有名だが、「コーヒーの歴史」を読む限り社会はかなりアレだったり。当然、米国の資本も入ってるワケで、たぶんCIAも暗躍してるんだろうなあ。本作品にそういう話は出てこないけど。

 そんな社会だけに、貧富の差は激しく、人びとの米国人に対する感情も複雑だ。米人の持つ金には興味があるし、下手に手を出して政府を刺激したくはないい。が、地元のルールをわきまえない米人の振る舞いは鼻持ちならないと感じてもいる。

「おめえは自分がどこにいるかわかってねえ。おめえらクソどもはみんなそうだ。ふらふら歩きまわって、自分ならみじめで哀れなテマラグア人よりもすぐれてるから、どんな問題でも解決できると思い込んでやがる。だがおめえらがやることはおれたちの問題を増やすだけなんだ」
  ――スカル

 もちろん、自国の政府に対する不満も溜まっている。どうすりゃいいのかはともかく、今が最悪なのはわかる。そんな気分は、改革を叫ぶ過激な政治集団を台頭させてしまう。

またもや昔ながらの政治的主張――どんなリスクがあろうと、変化は良いものである。
  ――スカル

 と書くと他人事みたいだが、「日本維新の会」の躍進とかを見ると、対岸の火事とばかりは言ってられないんだよなあ。

 など、理不尽かつ突発的な暴力の予兆と、Skull=頭蓋骨が示す不気味な怖ろしさをブレンドして、主人公たちの刹那的で退廃的な行動をトッピングし、低緯度地方の蒸し暑い空気で仕上げた、エロチックでおぞましい物語だ。

【おわりに】

 前にも書いたが、最近は「小説家になろう」にハマってしまい、あまし記事が書けない。しばらく書かないと、書き方を忘れちゃって、よけいに記事が書けなくなったり。いや読みたい本はたくさんあるんだけどね。

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2020年5月14日 (木)

シオドア・スタージョン「人間以上」ハヤカワ文庫SF 矢野徹訳

かれは知らなかったのだ……せおっていた荷物の大きさを“知らなかった”のだ!
  ――第1章 とほうもない白痴

プロッドの家は、ローンをその中に入れてくれると、なにか別のものになったのだ。
  ――第1章 とほうもない白痴

「などほど、わたしたちは一つの物だけど、物であるだけじゃあ、まだ白痴なんですって」
  ――第1章 とほうもない白痴

人というものは、どこからか救いの手がさしのべられる機会があるときにだけ泣くのだと思う。
  ――第2章 赤ん坊は三つ

「きみは学びはするが、考えないんだ」
  ――第2章 赤ん坊は三つ

「あなたは、わたしから本を取り出して読んだわ。あなたは……わたしを読めないの?」
  ――第2章 赤ん坊は三つ

かれは、彼女の微笑を見たことはあったが、これまでは気がつかなかったのだ。
  ――第3章 道徳

「あなたは自分でやったわ、ヒップ。全部よ。わたしがしたことは、あなたが、できるようになるところに置いただけなのよ」
  ――第3章 道徳

【どんな本?】

 1940年代から1950年代にかけて活躍したアメリカのSF/ファンタジイ作家、シオドア・スタージョンの代表作。

 白痴の青年,生意気な幼女,言葉を話さない双子,ダウン症の赤ん坊。親に疎まれ、または「いない」事にされ、世の中に居所が見つからないはみだし者たち。彼らは奇妙な能力を持っていた。はみだし者たちが集まった時、集団は人類を大きく超えた能力を発揮するのだが…

 「とほうもない白痴」「赤ん坊は三つ」「道徳」の三部から成る、SFの古典的名作。1954年の国際幻想文学賞を受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は MORE THAN HUMAN, by Theodore Sturgeon, 1953。日本語版は1978年10月31日初版発行。私が読んだのは1984年の11刷。名作だけあって、着実に売れる作品なのだ。文庫本で縦一段組み本文約360頁に加え、水鏡子の解説「スタージョン・ノート」6頁。8ポイント43字×20行×360頁=約309,600字、400字詰め原稿用紙で約774枚。文庫本では厚い部類。

 文章はや癖があるので、好みが別れるところ。これについては後に述べる。内容はSFというよりファンタジイに近い。「ジョジョの奇妙な冒険」や「とある魔術の禁書目録」同様の異能力物だ。とはいえ、バトルや派手なアクションはほとんどなし。難しい理屈も出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。ただ、さすがに原作も翻訳も古いので、一部の言葉遣いが若い人には通じないかも。例えばモウコ症は現在だとダウン症と呼ぶ。

【感想は?】

 読み始めてまず気が付くのは、文章の癖だ。例えば、書き出しはこう。

白痴は、黒と灰色の世界に住んでいた。飢えの白い電光と、恐怖のゆらめきのなかに。
  ――第1章 とほうもない白痴

 この段落が描いているのは、風景すなわち客観的な事実じゃない。白痴の心に映る世界を描いている。こういう書き方は、いわゆるサイエンス・フィクションとだいぶ感触が違う。この書き出しだけで、読者の好みに合うか否かがハッキリわかる。ある意味、親切な書き出しだ。

 好みに合う人にとっては、たまらない文章がアチコチに散らばっている。書き出しの次に感服したのは、ここ。

キュー氏はりっぱな父親だった。父親たちのなかでも最上だった。
  ――第1章 とほうもない白痴

 りっぱな父親って、どういうんだろう? と思わせて、こう続く。

かれは、19歳の誕生日をむかえた娘のアリシアにむかって、そう言った。

 あれ? なんか変だぞ? 自分で自分を「りっぱな父親」なんて言うか、普通? と、どうにもイヤ~な予感を漂わせてくる。実際にどんな奴かと言うと、ご想像の通りかなりイっちゃってるヤバい奴です。

 そんな風に、マニュアル書きが目指す「スッキリと理屈立てたわかりやすい」文章では、ない。でも、「そういう感じ」がビンビンと伝わってくる、読む快感に満ちた文章だ。スラスラとストーリーを追いかける類の作品ではない。ところどころ、ちとわかりにくい表現がある。でも、じっくり読むと、その巧みさに感じ入ってしまう文章なのだ。

 例えば、組織に属するエンジニアなら、次の文章に激しく頷くだろう。

あいつはエンジニアに技術のことを話してきかせるような馬鹿だったんだ。
  ――第3章 道徳

 あなたの周りにもいませんか、そんな上司。

 しかも、その視点は、「期待される役割」からはみだした者への共感に満ちている。

この子には毅然としたところがあった。それは子供にあってはまちがっていることだった。
  ――第1章 とほうもない白痴

 そう、子供ってのは、愚かで無邪気で従順でなきゃいけない。しっかりした自己と主張を持ち、スラスラと意見を述べるような者は、「生意気」とか「可愛げがない」とか言われる。

 こういう所は、当時のSF者の心に強く訴えただろう。今でこそハリウッドや Netflix は大予算をかけたSF大作を作るけど、昔のSF者は肩身が狭かった。いい歳こいて宇宙人や怪獣に夢中なガキみたいな奴、そんな扱いを受けていた。そんな者たちにとって、同じ趣味を分かち合える仲間が、どれほど有難いものか。

最初に知ったことは、自分が役に立たず、欲しがるものは、きまってつまらないものばかりということだった。ぼくは仲間から離れて、自分の新しい世界には古い世界とちがった値打があり、新しい世界で自分に価値があるということを見つけ出すまで、ほとんどそのことをたずねたりしなかった。ぼくは求められ、まわりに属したんだ。
  ――第3章 道徳

 SF/ファンタジイの古典的名作とこの作品が評されるのも、世の中のそういう風潮が多少は影響していると思う。物語も、はみだし者・半端者が集まって、「人間以上」へと成長していくお話だし。ただ、そこには、スタージョンならではの警句も忘れちゃいない。

「うん、変ってはいる。でも、優れているんじゃない」
  ――第2章 赤ん坊は三つ

 これは言葉だけに留まらず、農夫プロッドのエピソードや、完結編となる「道徳」で、大きなテーマとして浮き上がってくる。

 もちろん、名作と評される理由は、それだけじゃない。じっくりと個々の文章をかみしめて読み進めよう。そうすれば、最後に示されるヴィジョンで体中の垢を洗い流されるような快感を味わえる。優れたSF長編の醍醐味が、ここにあるのだ。

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2020年4月20日 (月)

「フレドリック・ブラウンSF短編全集 2 すべての善きベムが」東京創元社 安原和見訳

「もちろん常識の範囲内でだぜ。ビルを動かすとか、機関車を持ってくるみたいなのはだめだけど、ちょっとした頼みごとならなんでもやってくれる」
「だれが」
「ユーディがだよ」
  ――ユーディの原理

地球侵略さる 科学者語る
  ――ウェイヴァリー

歴史始まって以来初めて、天文学的なニュースが新聞各紙のトップを飾った。
  ――夜空は大混乱

プラセットは狂った惑星で、長期間滞在していると頭がおかしくなる。
  ――狂った惑星プラセット

「そろそろすべての善きベムが、一行を救いに来てもよいころだ」
  ――すべての善きベムが

「どこへ行くんだ?」
「発狂しに」
  ――さあ、気ちがいになりなさい

【どんな本?】

 1940年代から1960年代にかけて、キレの鋭い短編でアメリカのSF界を引っ張ったSF作家、フレドリック・ブラウン。

 本書はブラウンのSF短編すべてを執筆順に全四巻で刊行する企画の第2弾だ。この巻では944年の「不まじめな星」から1950年の「最終列車」を収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は From These Ashes : The Complete Short SF of Fredric Brown, 2001。日本語版は2020年1月10日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約354頁に加え、牧眞司の「収録作品解題」8頁+大森望の「SFの故郷」4頁。9ポイント43字×20行×354頁=約304,440字、400字詰め原稿用紙で約762枚。文庫なら厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとはいっても、ちょっとしたアイデア・ストーリーが中心だ。日本の作家だと、芸風は星新一や草上仁に近い。そのため、理科が苦手でも全く問題ない。さすがに1940年代の作品だげに、当時の風俗や技術が若い人にはピンとこないかも。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

不まじめな星 / Nothing Sirius / Captain Future 1944年春
 かみさんとおれと娘のエレン、それに操縦士のジョニーは、宇宙を旅する芸人だ。シリウス星系でガッポリ稼ぎ、<臓物>号で旅立ってすぐ、その惑星を見つけた。面白そうだと思って寄ってみると、想像以上にイカれてる。大気が呼吸可能なのはいいが、最初に見かけた生物は象よりデカいダチョウみたいので、しかも首に水玉模様の蝶ネクタイをしてる。
 「さあ、気ちがいになりなさい」には「シリウス・ゼロ」の邦題で収録。宇宙をさすらうポンコツな連中、みたいな設定って最近はあまり見ないなあ。この作品もそうなんだが、ケッタイなエイリアンや変な風習をタネとして、軽く読めるユーモラスな作品が多く、私は好きなんだけど。
ユーディの原理 / The Yehudi Principle / Astounding Science-Fiction 1944年5月
 またチャーリー・スワンが変なモノを作った。見かけは鉢巻きに似てる。彼が言うには「ユーディの原理」だとか。ビルを動かすとかの無茶な事はできないけど、ちょっとした頼み事は聞いてくれる。ただ、頼み方はちょっと注意が必要だ。
 これも「さあ、気ちがいになりなさい」に「ユーディの原理」の名で収録のユーモア作品。既に一度読んでいるからオチがわかっているにも関わらず、最初に読んだ時よりギャグのキレが増してるように感じるのは、訳のせいなのか作品の構成のせいなのか。
闘技場 / Arena / Astounding Science-Fiction 1944年6月
 アウトサイダーが太陽系に攻めてきた。奴らの目的も正体もわからない。だが人類も黙って滅ぼされたりしない。大艦隊を作り上げ、冥王星軌道の外で決戦に臨む。ボブ・カースンは小型偵察機で任務に出た…はずが、気がついたら直径250mほどのドームらしき所にいた。裸で。種族の命運をかけ、アウトサイダー代表と一対一で戦わなければならない。
 人類とエイリアン、互いが種族の生き残りをかけ、代表同士がサシで戦う。週刊少年ジャンプなら、トーナメント方式のバトル漫画として連載しそうな設定だ。もちろん、ブラウンだから、主体はアクションではなく頭脳戦だし。そもそも、まっとうな肉弾戦はできないって設定も、ヒネリが効いてる。
ウェイヴァリー / The Waveries / Astounding Science-Fiction 1945年1月
 ジョージ・ベイリーはラジオのCM作家だ。上司命令でライバルのラジオCMを聞いていた時、それが起きた。放送の声に、モールス信号がカブる。混信は他の局でも起き始めた。ラジオだけじゃない。テレビの音声にも混信が入る。ラジオは周波数0.3~3MHzで波長0.1~1km、テレビは周波数0.3~3GHzで波長1~10m。あり得ない。
 やはり「さあ、気ちがいになりなさい」に「電獣ヴァヴェリ」として収録。アメリカの商業テレビ放送開始は1941年(→コトバンク)だから、テレビの黎明期だ。一種のパニック物だけに、今の世相と比べると、迅速かつ合理的な合衆国政府が羨ましい。でもやっぱりこういう時にアメリカ人は銃を買うのねw
やさしい殺人講座全十回 / Murder in Ten Easy Lessons / The Detective Aces 1945年5月
 スティンキー・エヴァンスはガキの頃からワルだった。タイヤを盗んで捕まった15歳の時は留置所で同室の男から刃物で人を殺すコツを学ぶ。やがて生まれた町を出て、ギャングのニック・チェスターの元で働きつつ、殺し屋のトニー・バリアに拳銃の扱いを教わる。そんなスティンキーを、赤い小悪魔が見守っていた。
 掲載誌はミステリ雑誌だ。そしてブラウンはミステリでも活躍している。おまけに、このタイトル。だから小悪党が暗黒街で名を成す話かな? などと思いながら読んでいると、いきなり地獄やら赤い小悪魔やらのケッタイな仕掛けが出てきて…。ブラウンらしく、最後で綺麗に落とす短編。
夜空は大混乱 / Pi in the Sky / Thrilling Wonder Stories 1945年冬
 最初に異変に気付いたのはロジャー・フラッター、コール天文台の助手だった。双子座の一等星ポルクスが光速を超えて動いている。やがて次々と夜空の異変の報告が続く。北斗七星も形が変わった。南半球でも、異変が観測される。南十字星のアルファ星とベータ星も北に移動を始めた。それぞれの星の地球からの距離はバラバラなのに、動き始めたのは同時だ。
 いかにもアメリカらしい作品。天文学を含め、科学のネタが新聞の一面を飾るなんて事が滅多にないのは、日本も同じ。今、騒いでいる新型肺炎にしたって、ウイルスと細菌の違いを説明できる人は、どれぐらいいるだろう? いや私も怪しいモンだけど。オチの酷さもブラウンらしい皮肉っぷり。
狂った惑星プラセット / Placet Is a Crazy Place / Astounding Science-Fiction 1946年5月
 プラセットは異様な惑星だ。ふたつの太陽の周囲を、8の字を描いてまわっている。しかも、独特の場が光の速度に干渉し、同時に二度、自分で自分に日蝕を起こす。その間、目に見えるモノは何も信用できない。いい加減いやになったぼくは、<アース・センター>のプラセット支部の行政副長官を辞める決心をした。
 プラセットのイカれた現象もなかなかだが、オマケの彩りネタの「鳥の群れ」も楽しい。しかも、その対策がw
ノックの音が / Knock / Thrilling Wonder Stories 1948年12月
 地球最後の男が、ひとり部屋に座っていた。すると、ドアにノックの音が……
 SFショートショートの定番シチュエーション。「さあ、気ちがいになりなさい」にも「ノック」として収録。
すべての善きベムが / All Good BEMs / Thrilling Wonder Stories 1949年春
 作家エルモ・スコットは行き詰っていた。二週間以内にこの作品を仕上げなければ、小説家を廃業しなきゃいけない。なのに、新しい文章が思い浮かばない。このままじゃ元の新聞社勤務に戻る羽目になる。困り果てていたとき、飼い犬のドーベルマンが喋り出した。「その必要はない」
 新聞社勤務から作家ってのは、ブラウン本人がモデルだろうなあ。詰まって困り果てる状況も、きっと自分の体験だろう。クリエイターたちは、こうやってスランプから脱してるんです←をい
ねずみ / Mouse / Thrilling Wonder Stories 1949年6月
 ビル・ホイーラーは生物学者だ。セントラルパークの真ん前にあるアパートに住んでいる。その日、猫をなでながら窓の外を見ていたビルは、エイリアンの葉巻型宇宙船が向かいの公園に降りるのを見た。すぐに警察や軍が出動し、野次馬を整理しはじめる。宇宙船の中には、死んだねずみが一匹だけ。
 突然現れたエイリアンの宇宙船。中には一匹のねずみの死体だけ。果たしてエイリアンの目的は何か。短編そしても面白いが、この後を長編にしても、かなりイケる気がする。ハリウッドが映画化してもいい。
さあ、気ちがいになりなさい / Come and Go Mad / Weird Tales 1949年7月
 新聞記者のジョージ・ヴァインは、編集長から妙な話を持ち掛けられる。精神病院に患者を装って潜りこみ、調べてもらいたい事がある。ヴァインはためらった。三年前に記憶喪失を患い、まだ回復していない。患者を装うどころか、実際に患っている。しかも、それは表向きの話で…
 「さあ、気ちがいになりなさい」にも収録している。ヴァインもそうだが、編集長や同僚の思惑も凝りに凝っていて、読み進むと共に混沌を増す芸風は、後のフィリップ・K・ディックの原型を見るような思いだ。もっとも、この作品は、更に捻ってあって…
1999年の危機 / Crisis, 1999 / Ellery Queen's Mystery Magazine 1949年8月
 ビーラ・ジョードは世界一の名探偵である。幾つもの名を持つが、彼のことを知っているのは警察の一部だけ。シカゴ警察のランド署長は、嘘発見器の不具合に悩んでいた。重大犯罪を有罪に持ち込めない。このままでは暗黒街に街が飲まれる。そのにジョードが乗り込んできた。
 「1999年」は、当時の人が考えた未来、程度に解釈しておこう。現実だと嘘発見器の精度は芳しくないけど、この作品では充分な精度で判定できることになっている。「何度も凶悪犯罪を犯しながら狡猾に司法の手を逃れ、今後も密かに悪事を重ねるであろう人物」を思い浮かべて欲しい。このオチでどうなるか、それは納得できるか、というと…
不死鳥への手紙 / Letter to a Phoenix / Astounding Science-Fiction 1949年8月
 23歳で出征して負傷したときに、わたしの体は変わった。以来、極端に老化が遅くなり、睡眠のサイクルも24時間から46年になる。それから18万年のあいだ、わたしは人類の歴史と共に歩んだ。人類は七回も大きな戦争を起こし、そのたびに人口は激減して文明は原始時代に戻る。が、それでも人類は生き延びてきた。
 「さあ、気ちがいになりなさい」にも同名で収録。オラフ・ステープルドンばりの大掛かりな設定を、たった12頁の短編に詰めこんだ濃い作品。ただし人類を見る目は、いかにもブラウンらしい眼差しで。
報復の艦隊 / Vengeance Fleet / Super Science Stories 1950年7月
 人類が火星に進出し、金星への植民も始まった未来。火星は独立を求め地球と戦っている。そのとき、いきなり宇宙の彼方からエイリアンの艦隊が襲来し、金星を滅ぼした。エイリアンの脅威に直面した人類は…
 4頁の掌編ながら、「1999年の危機」同様に、かなり重たい問いを突き付けてくる。
最終列車 / The Last Train / Weird Tales 1950年1月
 エリオット・ヘイグは弁護士だ。街じゃそこそこ成功している。が、酒場にひとりで座るたびに、考えてしまう。このまま列車に飛び乗って、どこかへ行ってしまおう。その夜、空はピンクがかった灰色に輝いていた。
 朝、通勤列車に乗る前、こう考える人は多いだろう。「このまま下りの列車に乗って旅に出よう」。そんな想いを押し殺して、なんとか日常に身を置く。そうやって日々を食いつぶしているんだが…
収録作品解題 牧眞司
SFの故郷 大森望

 前半はしゃれたオチの粋な短編が続く。だが1949年の「ねずみ」から、微妙に芸風が変わっているように思う。特に顕著なのが「1999年の危機」と「報復の艦隊」で、短いながらもズッシリと重い問題を扱っている。一人称の長編に仕立てた場合、語り手を誰にするかで、読者の感想は大きく変わる。例えば「1999年の危機」。これを凶悪犯に娘を殺された父の視点で語ったら…

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2020年4月 2日 (木)

「フレドリック・ブラウンSF短編全集 1 星ねずみ」東京創元社 安原和見訳

ミツキー、おまえは星ねじゅみになるんじゃ!
  ――星ねずみ

「その――その、大した話じゃないんだけどさ、ミミズをとろうとしたら、それが飛んで逃げたんだよ。羽根が生えて。まぶしいぐらい真っ白の羽根が」
  ――天使ミミズ

【どんな本?】

 フレドリック・ブラウンはアメリカのSF/ミステリ作家だ。1940年代のSF黎明期から1960年代にかけ、ややシニカルでキレのあるオチが持ち味の短編を続々と発表する。その芸風は日本でも星新一や草上仁に受け継がれ、今なお多くの読者を惹きつけている。

 本書はブラウンのSF短編すべてを執筆順に全四巻で刊行する企画の開幕編として、1941年の「最後の決戦」から1944年の「イイヤリングの神」までを収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は From These Ashes : The Complete Short SF of Fredric Brown, 2001。日本語版は2019年7月12日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約325頁に加え、牧眞司の「収録作品解題」7頁+鏡明の「フレドリック・ブラウンを讃える。」4頁。9ポイント43字×20行×325頁=約2795,00字、400字詰め原稿用紙で約699枚。文庫ならやや厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとはいっても、ちょっとしたアイデア・ストーリーが中心で、味わいは星新一に近い。そんなわけで、理科が苦手でも全く問題ない。ただ、この巻は1940年代前半の作品のため、電報やライノタイプなど当時の風俗や技術が、若い人にはピンとこないかも。道具さえ今風に置き換えれば、充分に現代でも通用する作品なんだけど。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

序文 バリー・N・マルツバーグ
最後の決戦 / Armageddon / Unknown Fantasy Fiction 1941年8月
 ハービー・ウスターマンはシンシナティに住む9歳の少年だ。劇場に行く前、両親にねだって水鉄砲を買ってもらった。その日、ステージに立つのは大魔術師ガーバー。手品好きのハービーは熱心にガーバーを見つめ、彼の呼びかけに巧みに応じステージにあがる権利をモノにした。
 「さあ、気ちがいになりなさい」にも「おそるべき坊や」として収録されている。ブラウンの芸風がよく出ていて、8頁と短いだけにオチのキレがすばらしい。
いまだ終末にあらず / Not Yet tthe End / Captain Future 1941冬
 ザンドールの探査船が地球に忍び寄る。鉱山で働かせている奴隷のルーナックが絶滅しかけている。その代わりの奴隷を探しに来たのだ。二人の乗組員カルとラルは、夜に輝く都市を見つけた。おまけに二足歩行生物まで。鉱山で働かせるにはちょうどいい。
 これまた4頁の短編ながら、オチのキレは鮮やか。にしてもブラウンの宇宙じゃ、しょっちゅう世界の危機が訪れるなあw
エタオイン・シュルドゥル / Etaoin Shrdlu / Unknown Worlds 1942年2月
 お話はやたらと面白いんだが、ネタの中心であるライノタイプ(→Wikipedia)が今の若者には通じそうにないのが辛い。現代風にアレンジすると…
 ロンスンは印刷屋を営みつつ、地元向けの地方紙を発行している。その東洋人はチラシ制作を頼みに来た。原稿は手書きでフォントは特注。注文通りMacに特注フォントをインストールして仕事は半日で終わり、特注フォントは削除した。それ以来、Macの様子がおかしい。手書き原稿の誤字を気を利かせて正しい綴りで入力しても、勝手に原稿通りの綴りになる。どころか出鱈目にキーボードを打っても原稿通りのテキストが入る。数日すると、メモリも増設してないのにPhotoshopの動きはキビキビしてくるしハードディスクの容量は底なしに増え…
 はい出ました謎の東洋人w 謎の中国人の店でケッタイなモノを買い、ってパターンの元祖かな? そんなMacが私も欲しい。とか思いつつも、お話はホラーっぽい展開になってきて…。ホラーにするなら、印刷屋よりWebサイト構築請け負いにした方が怖いかな?
星ねずみ / Star Mouse / Planet Stories 1942年春
 オーベルビューガー教授はロケット燃料の専門家で、ドイツから亡命してきた。今はコネティカット州の家に一人で住み、独り言をつぶやきつつ1メートルほどの小型ロケットを作っている。教授は知らなかったが、同居する者がいた。ネズミのミツキーとその一家だ。ロケットの実験が成功した時、教授はミツキーに気づく。
 フォン・ブラウンなどドイツ人科学者を奪取するペーパークリップ作戦(→Wikipedia)より遥か前に書かれている。教授のドイツ訛りの訳が見事だ。もちろん、ミツキーのモデルは彼です。
最後の恐竜 / Runaround / Astounding Science Fiction 1942年9月
 世界に君臨する王、ティラノサウルス・レックス。巨大な肉体に鋭い爪と牙。戦えば必ず勝ち、相手は彼の食事となる。…はずなのに、今の彼は飢えている。既に同族はすべて死に絶えた。今や彼に立ち向かう者はいない。ただ逃げるだけ。追いかけても、奴らは素早い。
 6頁の掌編。古生物学的にはいささかアレだが、この際そういう事はいいっこなし。滅びゆく王者の姿を綴る作品。
新入り / The New One / Unknown Worlds 1942年10月
 火の魔物たちは、秘密裏に計画を進めていた。人間を操って放火をけしかけるのだ。もちろん、ケチなシロモのじゃない。何年もかけじっくりと仕込んで、大きな炎をあげてやる。標的はウォリー・スミス。お陰でウォリーは赤ん坊のころから炎の虜となったが…
 魔界?と人間界の関わりをテーマとした、ユーモラスな作品。ポルターガイストやエクトプラズムは、魔界じゃ新入り扱いらしい。きっとゾンビは期待の新人ってあたりだろうw 「何か楽しいことを考えなさい」の会話のリズムが、モロに私のツボにハマってしまったw
天使ミミズ / The Angelic Angleworm / Unknown Worlds 1943年2月
 チャーリー・ウェルズは朝早く起きた。今日はピート・ジョンスンと釣りに行く予定だ。餌にするミミズを捕まえようと、花壇の土を掘り返す。いた。そいつに向けて指を伸ばしたとき、それが起きた。ミミズに純白の羽根がはえ、優雅に螺旋を描いて上昇し、空に消えていった。
 ブラウンの作品の中でも有名な短編。ミステリでも名を成したブラウンらしく、ちょっとした謎ときの形でお話は進んでゆく。もちろん、「SF短編全集」に入る作品だから、まっとうなトリックじゃないんだがw
帽子の手品 / The Hat Trick / Unknown Worlds 1943年2月
 メイとボーイフレンドのボブ。エルシーと彼氏のウォリー。ホラー映画を観たあと、四人はエルシーの部屋によることにした。飲みながら、ボブが手品を披露する。そのタネをウォリーがあかしたせいで、ボブはムキになった。もっと凄いのをやってみせろ、と。
 まあ、男ってのは、女の子の前じゃカッコつけたがる生き物で。
ギーゼンスタック一家 / The Geezenstacks / Weird Tales 1943年9月
 オーブリー・ウォルターズは九歳の女の子。父のサムと母のイーディスと一緒に住んでる。よく母の弟リチャードが遊びにくる。オーブリーはリチャードと仲がいい。その日、リチャードは人形を持ってきた。四つの蝋人形。それをオーブリーは気に入り、ギーゼンスタック一家と名づけて遊び始めた。設定では、父と母と娘、そして母の弟となっている。
 女の子のおままごとをテーマとした、Weird Tales 掲載に相応しいホラー風味の作品。驚くべきことに、まったくいじらないまま、21世紀の今日でもテレビドラマの原作として充分に通用してしまう。つくづく、ホラーやファンタジイはSFと比べて寿命が長いなあ。
白昼の悪夢 / Daymare / Thrilling Wonder Stories 1943年冬
 木星の第四惑星、カリスト。ロッド・ケイカーは五年前から第三区警察の警部補を務めていたが、殺人事件が起きたことはない…今日までは。被害者はウィレム・ディーム、書籍&マイクロフィルム店を営んでいる。ここじゃハイルラの胞子のため、死体は一時間で腐りはてる。急いで遺体の様子を見たケイカーだが…
 これまたミステリ仕立ての中編。もちろん、この作品集に相応しくトリックもSF仕立て。ただし「天使ミミズ」とは違い、仕掛けはそれなりに真面目だ。若い人にはマイクロフィルムがわからないかも。要は小型のアナログ画像記録媒体ですね。もちろん、事件はブラウンらしくイカれてクレイジーなシロモノ。
パラドックスと恐竜 / Paradox Lost / Astounding Science Fiction 1943年10月
 ドローハン教授による論理学2Bの退屈な授業に出ていたショーティ・マッケイブは、飛びまわるハエを暇つぶしに見ている。すると、いきなりハエが消えた。羽音もしない。気になって、ハエが消えたあたりを左手でまさぐる。その後、驚いたことに、ショーティの左手の指先は…
 「さよならダイノサウルス」などでわかるように、「恐竜絶滅の真相」は、SFの定番テーマのひとつ。いかにしょうもない真相にするかが、作家の腕の見せどころとなっているのは、ブラウンのせいかもしれないw 先の「最後の恐竜」でもわかるように、SFファンは恐竜も好きなのだ。
イヤリングの神 / And the Gods Laughed / Planet Stories 1944年春
 小惑星での仕事は退屈だ。一カ月間、代わり映えのない四人で暇をつぶさなきゃいけない。そんな中で唯一のお楽しみは、互いに駄法螺をふきあう事ぐらい。幸いチャーリーは巧みな話し手で、なかなか楽しめたんだが、今日はおれにお鉢が回ってきた。そこで始めたのが、ガニメデ人の話。あれは変わってて、原住民がイヤリングを着けるんじゃなく、イヤリングが原住民を着けてる。
 アメリカの伝統芸?の駄法螺話を、舞台を宇宙に移して繰り広げた、そんな味わいの作品。この芸風はアヴラム・デイヴィットスンやテリー・ビッスンが受け継いでいると思う。
収録作品解題 牧眞司
フレドリック・ブラウンを讃える。 鏡明

 さすがに80年前の作品だけに、「エタオイン・シュルドゥル」あたりは小道具のライノタイプが通じなくなっちゃいる。が、ソコをMacなりWebサイトなりに変えれば、基本的なアイデアは今でも充分に短編ドラマの原作として使えるのが凄い。SFとはいっても小難しい理屈は出てこなくて、ヒネリの利いた発想で読者をアッと言わせるタイプの作家だ。星新一が好きなら、ぜひ手に取ってほしい。

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2020年2月13日 (木)

シルヴァン・ヌーヴェル「巨神降臨 上・下」創元SF文庫 佐田千織訳

ぼくたちはなにもしなかった……死ぬのを待ってたんだ。
  ――上巻p68

自分自身にそれが適用されないかぎり、わたしは彼らの主義を称賛した。
  ――下巻p61

【どんな本?】

 世界各地に出現した巨大ロボットたちは、人々に死を振りまいた。幸いローズ・フランクリンの対策が呼応を奏したのか、巨大ロボットたちは姿を消す。喜ぶのも束の間、人類が手に入れた巨大ロボットのテーミスも姿を消してしまう。操縦者ヴィンセントとエヴァ、そしてローズと地球防衛隊司令官のユージーンを巻き添えにして。

 四人は巨大ロボットの故郷、エッサット・エックトに転送されたのだ。異星において、珍獣とも難民とも客人ともつかぬ、中途半端な立場に置かれた四人は、それぞれの立場で自らの暮らしを始める。

 その頃、地球では。巨大ロボットの引き起こした災厄は、人類に強い恐れを引き起こす。残された唯一の巨大ロボットのラペトゥスを手に入れたアメリカ合衆国は、その強大な軍事力を前面に押し出し、強硬な軍事・外交政策を推し進める。他の諸国も、災厄の犠牲者と生存者の違いを根拠に人びとをランク分けして分断し、特定ランクの者は収容所に押し込めていた。

 そして9年。巨大ロボットのテーミスと共に異星から帰還したヴィンセントらは、テーミスともどもロシアに捕獲されてしまう。テーミスを手に入れたロシアは、その強大な武力で国際社会における存在感を示そうと動き始めるが…

 異星人の遺産である巨大ロボットをテーマとした娯楽アクションSF三部作の完結編。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」ベストSF2019の海外篇で18位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ONLY HUMAN, by Sylvain Neuvel, 2018。日本語版は2019年5月24日初版。文庫本の上下巻で縦一段組み本文約352頁+334頁=約686頁に加え、大野万紀の解説6頁。8ポイント42字×18行×(352頁+334頁)=約518,616字、400字詰め原稿用紙で約1,297枚。文庫本の上下巻としては普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。表紙のイラストで見当がつくように、「古代に異星人が残した巨大ロボットに人間が乗り込んで操縦する」お話だ。だから、科学や背景ではけっこう無茶やってる。そういうのが許せる人向け。

 それ以上に、三部作の完結編なのが重要。そのため、人間関係や設定は、前二作を引きずっている。読むなら、素直に開幕編の「巨神覚醒」から取り掛かろう。

【感想は?】

 いよいよ待望のエイリアンが登場する。のだが…

 人類を遥かに超えるテクノロジーを持つエイリアンである。さぞかし色々と進んでいるんだろう、と思ったら、そうきたか。

 ヲタクなネタと巨大ロボットの魅力で引っぱってきたこのシリーズ、完結編では著者の政治的な姿勢が色濃く出る作品となった。勝手な想像だが、これは著者がカナダのケベック州の出身なのが大きいんだろう。

 カナダは先進国だ。アメリカ合衆国と同じく、移民が作った若い国でもある。ただし自他ともに認める超大国であるアメリカと比べれば、とても小さな国だ。いや国土は広いんだが、人口は合衆国3.28億人に対しカナダ0.37億人、GDPも合衆国20.4兆ドルに対しカナダ1.5兆ドル。大雑把に国の規模は1/10ぐらい。そんなカナダで生まれ育てば、自然と合衆国に対し複雑な感情を抱くだろう。

 軍事・経済・科学そして文化でも、合衆国は世界をリードしている。それはSFも同じだ。だから、合衆国への憧れはある。と同時に、世界の全ての国を相手にして戦争しても勝てるほどの桁外れの軍事力に対しては、どうしたって怯えてしまう。幸い今のところ両国間の関係は良好だが、合衆国が牙をむいたら、どうなることやら。

 そんなカナダの中にあって、ケベックは更に複雑だ。なんたって、公用語がフランス語である(→Wikipedia)。今はやや大人しいが、カナダからの独立を求める動きも強い。だもんで、「合衆国に対抗するため全国民が一丸となって云々」みたいなワケにもいかない。

 そういう複雑な環境で生まれ育ったためか、暴力や権力の圧力や、人びとを差別し分断しようとする動きへの反感が、最終巻であるこの作品に強く出ている。

 なんたって、冒頭から合衆国はリビアの内戦に介入だ。しかも、海兵隊所属となった巨大ロボットのラペトゥスを前面に押し出した、ゴリゴリの脅迫である。まるきしヤクザだw にしても海兵隊ってのは巧いね。何せこの巨大ロボット、守りが硬く武器が強力なのに加え、常識を超えた移動ができる。こういう機動ができるんなら、強襲が専門の海兵隊にピッタリだ。

 そんな合衆国に対し、好敵手を自任するロシアは…。

 いやあ、既刊のアリッサ・パパンドヌ博士もなかなかの役者だけど、この巻で登場するGRU所属のキャサリン・レベデフ少佐が、実にトンガった人で。ロシア人といえば無口でクールなんて常識を鮮やかにひっくり返し、ソープオペラばりにしゃべるしゃべるw しかも、そのお喋りにほとんど中身がないのも凄いw

 所属がGRUだし、ハリウッド映画でアメリカンな振る舞いを学んだんだのかな、なんて思いながら読むと、更に楽しめます。もっとも、稀に覗ける彼女の意図は、やっぱりロシアなんだけどw 「レベデフ少佐のつぶやき」なんてスピンオフがあったら、是非とも読んでみたい。

 などと、物騒なのは軍と諜報機関だけでなく、いずれの国も社会全体がアレな方向に行っちゃってるあたりに、著者の政治性を強く感じるところ。このあたりでは、何かと生臭い事柄を思い浮かべてしまう。今の合衆国の移民排斥傾向に始まり、ユダヤ人の強制収容所もそうだが、太平洋戦争中は日系人も収容所に入れられたんだよなあ。まあ現代の日本もヒトゴトじゃないけど。

 ってな傾向に対し、単に厭うだけでなく、原因にまで思いをはせ、痛い所を突いてくるから憎い。

人は自分が知らないものを恐れます。
  ――上巻p136

彼らは自分たちの信条に居心地よさを感じるためだけに、時間とエネルギーを費やして物事を学ばない方法を探すだろう。
  ――上巻p323

わたしたちはだ……誰かのせいにする必要があるの。
  ――下巻p17

 では進んだテクノロジーを持つエイリアンは、というと、ここでも見事にハシゴを外すんだな、これがw 異星エッサット・エックトを描く場面では、意外としょうもない異星人の状況以上に、不慣れな世界に放り込まれた地球人四人の対比が、なかなか染みる。特に地球を懐かしむユージーンと、新しい世界に飛び込んでいくエヴァの対照が鮮やかだ。

 そのエヴァも、とーちゃんとはギクシャクしてるのは、名前のせいだろうかw

 やはり同じカナダ出身のSF作家ロバート・J・ソウヤーの「ネアンデルタール・パララックス」同様に、サービス満点な娯楽性と共に、著者のリベラルな政治姿勢が強く出た作品だ。だから好みは別れるだろうが、ハマればきっと楽しめる。

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2019年12月25日 (水)

チャールズ・L・ハーネス「パラドックス・メン」竹書房文庫 中村融訳

「…とりわけ、ソラリオン9でトインビー21の純化されたエッセンスが見つかるものと期待しています――つまり、自殺したくてたまらない30人の狂人が」
  ――p103

「…マインドとは何者なんだ?」
  ――p168

おまえはだれなの?
  ――p316

【どんな本?】

 アメリカのSF作家チャールズ・L・ハーネスが1955年に発表し、ヴォクトの諸作を彷彿とさせるスリリングでスピーディーな展開と壮大でマッドなアイデアの奔流にブライアン・オールディスが「ワイドスクリーン・バロック」の称号を与えた話題作。

 2177年、アメリカ帝国。宰相バーン・ヘイズ=ゴーントが事実上の支配者として君臨し、奴隷制を敷く退廃する社会となった。学生時代からヘイズ=ゴーントのライバルだった科学者のキム・ケニコット・ミュールは、10年前に消息を絶つ。

 同じころ、記憶を失った男アラールは、二人の大学教授マーカ・コリップスとジョン・ヘイヴンに救われる。アラールは二人に誘われ<盗賊結社>に入り、<盗賊>として稼いだ富で多くの奴隷を解放してきた。しかし帝国心理学者および芸術愛好家のシェイ伯爵の館に忍び込んだ際に…

 技術も社会も歪な世界で、巨大な陰謀に<盗賊>が勝ち向かう、サービス満点の娯楽SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1953年発表の際は Flight into Yesterday だが、後に The Paradox Men の名で再版され、高い評価を受ける。日本語版は2019年9月19日初版第一刷発行。文庫で縦一段組み本文約320頁に加え、「訳者あとがき 元祖ワイドスクリーン・バロック」15頁。9ポイント38字×17行×320頁=約206,720字、400字詰め原稿用紙で約517枚。普通の文庫の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。ワードスクリーン・バロックと言われるとナニやら難しそうだし、原著が1953年なので古臭そうな印象がある。が、心配ご無用。確かにデジタル関係はアレだが、それ以外は根本的なスケールがイカれ切っていて読者の思考能力を麻痺させてしまう。またお話も危機また危機のスリリングな展開で読者を惹きつけて離さない。リラックスしてお楽しみあれ。

【感想は?】

 これぞ正当なヴォクト「スラン」の後継者。

 「ワイドスクリーン・バロック」なんぞと大げさで難しそうなラベルがついているから、人によっては敬遠しちゃうかもしれない。だが、それは大変な勘違いだ。これは、とっても楽しい娯楽冒険活劇なのだ。しかも、緻密に構成を考えてある。

 「スラン」も主人公は次から次へと危機に陥り、そのたびに激しいアクションと意表を突くアイデアで切り抜ける物語だった。その点はこの作品も同じ。

 ただし、ヴォクトは全体構成をアドリブで作っていた。破綻もあるのだが、あまりの目まぐるしさで読者に気づかせない、そういう力技の作品である。対して、本書は構成をキッチリと考え、アチコチに見事な伏線をはり、終盤で鮮やかに回収してみせるのだ。

 漫画に例えるなら、篠原健太の「彼方のアストラ」の構成で舞台やガジェットは寺沢武一の「コブラ」みたいな。いやアストラはアニメしか見てないけど。

 なんにせよ、そういう、個々の場面では個々のアイデアに「そんなんアリかい!」と驚きつつワクワクし、主人公のピンチには「どうなるんだろう?」と期待を膨らませ、終盤には「こんな大風呂敷をどうやって畳むんだ?」と不安を抱かせながら、最後に「おお、あれがこうなるのか、ヤラレタ!」と脱帽する、そんな作品なのだ。

 なんといっても、ハッタリが効いてる。これには舞台設定の工夫がいい。なにせ合衆国が帝国になっている。しかも宰相が仕切り、奴隷制もある。実にグロテスクだ。でもって主人公アラールは<盗賊>ときた。その盗賊の仲間は大学教授である。正邪がひっくり返ってるだけでなく、大学教授と盗賊なんていうミスマッチがたまんない。

 これが単に奇をてらっただけでなく、ちゃんと裏付けがあったりするのだ。冒頭でだいたい見当がつくんだが、実は…

 加えて、<盗賊>のスタイルが、なんとも時代がかってるのも楽しい。銃社会のアメリカのはずなのに、なんと主な武器はサーベルだ。しかも攻守ともに。これについても、ちゃんと種も仕掛けも用意してある。

 もちろん盗賊だけあって、逃亡用の七つ道具だってあるし、それぞれ奇想天外なクセにちゃんと理屈がついてるのも嬉しい。

 そんな次から次へと出てくるガジェットに加え、やたら悪役が個性豊かで魅力的なのも、この作品の読みどころ。

 まあずは最初に出てくるシェイ伯爵。美食でデップリと太った芸術愛好家だ。私は最初ヘルマン・ゲーリングを思い浮かべた。そう、ナチス・ドイツで空軍を指揮した貴族趣味の奴。これはけっこういい線いってた。

 ただしシェイ伯爵の肩書は帝国心理学者。軍人ではなく、人の心を操る陰険な奴である。実は陰険なだけでなく、心底アレな人なのが中盤以降で明らかになるので、期待しよう。私はこういう人として完全に壊れている変態学者さんが大好きだ。

 対して力押しの脳筋野郎が保安大臣のターモンド。つまりは<盗賊>の天敵、警察の親玉である。いや捜査の指揮は見事なのだ。でも武闘派で、大事な場面じゃ本人がお出ましになるのが困ったところ。もちろん、それに相応しくバトル能力は万全なんだけど。

 そしてラスボスが帝国宰相バーン・ヘイズ=ゴーント。隠れた主人公キム・ケニコット・ミュールに対し、学生時代から因縁を抱えてる執念深い奴。学業で負け女を取られ、恨みを恨みを晴らすため権力を握る、実にわかりやすい悪役ですね。ただ、それだけに、権力闘争では阿漕なまでの巧みさを見せ、最後の最後まで粘りに粘るしぶとい奴です。でもなぜかペットは黒猫じゃなくてメガネザルw

 そしいてもちろん、冒険SFに欠かせないガジェットもてんこもり。重力屈曲性計画だのトインビー21だのミューリウムだの、謎めいてハッタリが効いた言葉が妄想マシーンに燃料くべまくりだ。

 一見、古臭いし、ワイドスクリーン・バロックなんて言われるとマニア向けの難しい作品みたく感じるけど、心配ご無用。まあ実際マニアを夢中にさせる要素も多いが、お話はスリリングでスピーディーで豪快な冒険娯楽活劇だ。リラックスして楽しもう。

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