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2021年10月21日 (木)

陳楸帆「荒潮」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉他訳

「シリコン島人の最大の希望は、子どもたちが島を出ることだ」
  ――p25

「これは戦争だ」
  ――p146

「ルールは一つだけ。すなわちジャングルの掟と適者生存だ」
  ――p155

「わたしはもどってきました」
  ――p240

台風の目が通りすぎたら、さらに強い暴風雨が来る。
  ――p309

【どんな本?】

 最近になって日本でも多く紹介されるようになった中国SF。そのきっかけとなったオムニバス「折りたたみ北京」では「鼠年」「麗江の魚」「沙嘴の花」の三篇でトップを飾った陳楸帆のデビュー長編。

 中国南東部の半島は俗にシリコン島と呼ばれ、ハイテク廃棄物=電子ゴミの処分場となっていた。ここには中国各地から「ゴミ人」と蔑まれる出稼ぎ稼ぎが集まり、汚染物質にまみれながら低賃金で電子ゴミから資源を選び出す。羅・陳・林の三家が仕切るシリコン島に、環境再生計画を掲げ国際的にビジネスを展開するテラグリーン社の代理人スコット・ブランドルが訪れる。

 方言を話し島の伝統に従う昔から住む島人と、中国各地から来た出稼ぎのゴミ人の緊張に加え、三家の力関係を崩す海外資本の進出は、不安定なシリコン島の社会を大きく揺さぶってゆく。

 一族を中心とした社会・独特の信仰に彩られた文化・通底重音として響く中央の権力など、伝統とハイテクが混在する現代中国をデフォルメした舞台で、「もう少し先」のテクノロジーがもたらす光と影を描く、今世紀ならではのチャイニーズ・サイバーパンク。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は「荒潮」、陳楸帆、2013。英語版は Waste Tide, ケン・リュウ訳、2019。日本語版は2020年1月25日発行。新書版2段組み本文約330頁に加え訳者あとがき「『荒潮』の中文と英訳と邦訳について」5頁+「著者について」3頁。9ポイント24字×17行×2段×330頁=約269,280字、400字詰め原稿用紙で約674枚。文庫ならやや厚め。

 文章はこなれている。中国と日本、お互いに漢字が使えるのは有り難い。内容はけっこう凝ってる。SF的にも、社会的にも。特にSFガジェットは中盤以降に斬新なアイデアが続々と出てきて、マニアは大喜びだ。

【感想は?】

 「中国のサイバーパンク」は嘘じゃない。

 初期のウィリアム・ギブスンに藤井太洋を足してパオロ・バチガルピをふりかけ、中華風に味付けして煮しめた、そんな感じ。

 まず気が付くのはパオロ・バチガルピ味だ。化石エネルギーの枯渇を背景とした「ねじまき少女」、都市インフラの老朽化を取り上げた「第六ポンプ」、水問題に焦点をあてた「神の水」など、パオロ・バチガルピの作品は環境問題をテーマとして暗い未来を描く作品が多い。

 本作も最大の舞台装置はゴミ問題だ。しかもグローバル経済化による国際的な構図なのが目新しい。先進国は、邪魔でヤバい電子ゴミを中国沿岸部に捨てる。自国の環境問題を札束で頬をひっぱたき他国に押し付ける、そういう形だ。日本でも国内で似たような図式があるよね。それが国際化してるあたり、安い人件費と緩い環境規制をテコに貿易を活性化し経済成長が著しい現代の中国を巧みに戯画化してる。

 ゴミ人の暮らしの描き方にも、社会的に弱い者を描くバチガルピ風の風味が漂う。実際、昔の集積回路には金(ゴールド)を使ってた。電気抵抗が小さく、金箔のように薄く細く加工しやすく、おまけに錆びにくい。ってんで、微細加工が必要な集積回路にはピッタリなのだ。これを回収すればガッポリ、なんて説もあった。

 まさしくそういう発想を地で行くのがゴミ人たちの暮らし。フィリピンのスモーキーマウンテン(→Wikipedia)から発想を得たのか、現実に中国にあるのかはわからないけど、彼らの仕事ぶりを描くあたりは、ちと背筋が寒くなる。

 ここで面白いのが、ただのゴミではなく電子ゴミって所。この世界は人体(というか生体)の機械化=義体も進んでて、先進国では眼や腕や足を機械化するのが当たり前だ。しかもソレはiPhoneみたく年々バージョンアップするんで、流行を追う人は次々と最新版に買い替えていく。となると、使い古しは電子ゴミとなり、シリコン島へ流れ着く。

 こういう生体改造の描き方が、いかにもニューロマンサーなんだよなあ。もっとも、ゴミとはいえ人体にソックリなワケで、冒頭近くにある、子どもがソレをオモチャにして遊んでる場面は、なかなかに気色悪い。この気色悪さは全編に漂ってて、苦手な人にはちと辛いかも。というか、私には辛かった。

 そんな世界を象徴するチップ犬は、とっても可愛らしいと同時におぞましく哀しい。今だって犬の躾で苦労してる人は多いから、こんな需要もきっとあるんだろうなあ。

 昔はキーボードもマウスも有線しかも専用の端子で繋がってた。でも最近はハードディスクもネットワーク接続のNASだったり自販機が無線の Bluetooth だったりと、プロトコルが標準化されて機器同士が簡単に繋げられるようになってきた。IPv6 とIoT(俗称モノのインターネット)とかで、あらゆる機器がネットワークに繋がるのが当たり前になってきてる。

 そういった技術が身の回りで当たり前になった世界観はウィリアム・ギブスンなんだけど、それを支える技術の細かい所をキッチリ詰めてくあたりが、藤井太洋ばりのシッカリした足場を感じさせるのだ。

 例えば原子力発電所とクラゲ、中国の海賊品天国ぶり、虹色の波、通信帯域を制限されたシリコン島でP2Pを実現する手口、原子力潜水艦の静寂性の秘密(どうでもいいがここは攻撃型原潜ではなく戦略型だと思う)など、先端的な科学や工業技術を巧みに引用して説明をつけるあたり、ご馳走が続々と出てくる嬉しさでSFマニアはヨダレが止まらない。

 まあ、お話の都合で中盤以降になっちゃうんだけど、それまではジッと耐えてくださいマニアの皆さん。いやホント濃いから。義眼の描写とか、とっても悶えます。

 そんな先端テクノロジーがあふれるシリコン島だけど、どっこい生きてる中国四千年の伝統。バラエティに富んだ中華料理はもちろん、この作品ならではの味は風水や紙銭に代表される中国の宗教行事。この先端テクノロジーと迷信が混ざり合いぶつかり合う落神婆による叫代の儀式の場面は、緊張感が漂うと共に、人によっては笑いが止まらなかったり。

 やはり技術と迷信って点では、「米米メカ」も楽しい所。私は巨大メカキョンシーかい!と突っ込んだけど、その正体は想定外なんてモンじゃない。どっからこんなネタを引っ張り出してくるのやら。いやホント喝采したくなるぞ、米米メカ。

 ちょっとレイ・ブラッドベリをリスペクトしてたりとSFマニアへのクスグリも忘れず、数冊のシリーズ物を書くのに充分なSFガジェットをタップリ詰めこみつつ、急速に膨れ上がった中国の国際貿易の暗部など現代の社会問題もキッチリと書き込み、壮大な未来を感じさせるエンディングで〆た、サービス満点の迫真作だ。「近ごろのSFは薄い」とお嘆きのあなたにお薦め。

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2021年9月27日 (月)

ザック・ジョーダン「最終人類 上・下」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳

ウィドウ類のシェンヤはほんの数年前まで冷徹な殺し屋だった。
  ――上巻p9

「てめえの生まれを知ってるぜ」
  ――上巻p60

きみがロック解除して、僕が経験する。
  ――上巻p188

「あなたにとって大きすぎるからといって、だれにとっても大きいとはかぎりません」
  ――下巻p43

来い。現実の正体を見せよう。
  ――下巻p99

高階層の精神に嘘をつかれて見破れるのか。
  ――下巻p163

「ようこそ――」
「――俺へようこそ」
  ――下巻p261

【どんな本?】

 米国の新人SF作家ザック・ジョーダンのデビューSF長編。

 銀河には数多の知的種族が住み、みなネットワークに繋がっている。各種族は知的レベルで階層化されており、2.09以上は亜空間トンネルを介し他星系にもつながる。3.0以上はたいてい集合知性だ。

 シェンヤは、クモに似て強靭で凶暴なウィドウ類だ。その養女サーヤには秘密があった。表向きはスパール類だが、実際は人類だ。その凶悪さゆえ銀河中から憎まれ嫌われ絶滅させられた人類の、最後の生き残り。秘密を守るためネットワーク接続に必要なインプラント手術が受けられず、知性も低いと思われている。

 母に守られつつも屈辱に耐えて生きてきたサーヤだが、彼女の秘密を知る者が現れ、彼女は激しい運命の渦に投げ込まれる。

 エキゾチックで魅力的なエイリアンや巨大スケールの技術が続々と登場し読者を翻弄する、今世紀の冒険スペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Last Human, by Zack Jordan, 2020。日本語版は2021年3月25日発行。文庫の上下巻で縦一段組み本文約332頁+331頁=663頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント40字×16行×(332頁+331頁)=約424,320字、400字詰め原稿用紙で約1,061枚。文庫上下巻は妥当なところ。

 娯楽作品としては文章はややぎこちない。これは新人のためでもあるが、作品世界があまりに異様なためでもある。内容もバリバリのスペースオペラで、奇妙な生態のエイリアンや謎のテクノロジーに満ちあふれている。上巻はスターウォーズのようにアメリカンなスペースオペラだが、下巻に入るとレムやステープルドンみたいな展開が味わえる。つまりは、そういうのが好きな人向け。

【感想は?】

 母は蜘蛛ですが、なにか?

 ごめんなさい。言ってみたかっただけです。

 最初に目につく魅力の一つは、異様なエイリアンの心だ。物語はウィドウ類のシェンヤの視点で始まる。人類より大きい、クモに似たエイリアン。そんな存在は、人類であるサーヤをどう感じるのか。

 シェンヤ視点の語りでは、出てくる数字に注目しよう。マニアックなイースターエッグが隠れている。

 様々なエイリアンが出てくるスペースオペラは多い。その多くは人類の視点で描かれるし、人類は銀河の主役級プレイヤーだ。だが本作はウィドウ類で始まるばかりでなく、人類は銀河中から憎まれ嫌われ、かつほぼ絶滅している。「俺達こそ最高」な気分が充満しているアメリカのSFで、こういうのは珍しい。

 「でも本当は…」みたいな展開を期待してもいいが、まあそこはお楽しみ。

 やはり異色な設定として、知性の階層がある。人類であるサーヤは出生を隠すため、ネットワークにつなげるインプラント手術が受けられず、本来より低い知性階層と評価されている。じゃ本来の階層はというと、実はこっちもあまり芳しくない。この世界には人類より遥かに賢い種族が沢山いるのだ。

 人類より肉体が強かったり武力が優ってる種族が出てくるも多いが、たいてい性格や精神構造で弱みを持っている。が、本作にはそういう弱点はない。本当に人類はおバカで凶暴で性格にも問題ありなのだ,、少なくともこの宇宙の水準では。あ、でも、賢い種族も性格はいいとは限らなかったりする。

 悔しい? でも、下には下がいる。本書では「法定外知性」と呼ぶ。雰囲気はスマートスピーカーのアレクサやアップルのSIRIに近いし、扱いもそんな感じだ。可愛いしソレナリに役立つけど、ちとおバカな上に出しゃばるとウザい。おまけに人格らしきモノがあるのも困ったところ。上巻の初めでサーヤが彼らをどう扱うか、ちゃんと覚えておこう。これが中盤以降で効いてくる。

 そんな風に、アメリカンな「俺達こそ最高」な発想をトコトン痛めつけた上巻に続き、下巻では更に上の階層が姿を現し、サーヤは世界の形を垣間見るとともに、その中での自分の位置を見せつけられる。

 ここで面白いのが、集合精神の扱い。スタートレックのボーグを代表として、多くのスペースオペラじゃ集合精神は悪役、それも強敵の役を演じる。これ朝鮮戦争での中国人民解放軍の印象が強いからじゃないかと思うが、この作品の集合精神はだいぶ扱いが違う。個体が集合精神に加わる場面も、グロテスクではあるが独特の雰囲気があったり。

 もう一つのキモが、ネットワーク。世界の全ての知的種族を結ぶ情報網だ。どう見てもインターネットのアナロジーだろう。

 そのインターネット、小文字で始まる internet は「インターネット・プロトコル(通信規約)で繋がった機器の集合体」を意味する。インターネット・プロトコル以外にも、デジタル機器を繋げる手法はあるんだ。AppleTalk とか TokenRing とか。でもインターネット・プロトコルが圧勝しちゃったから、「ネットワークといえばインターネット・プロトコル」みたいな風潮になっちゃった。

 対して大文字で始まる The Internet は、ネットワーク同士をインターネット・プロトコルで繋げたものだ。実はインターネット・プロトコル以外にもデジタル機器を繋げる方法はあるし、ネットワーク同士を繋げる方法もある。例えば昔のパソコン通信とかね。

 ただ、今ある The Internet と繋げず、かつ別の通信規約で「もう一つのインターネット」を作るのは、やたら面倒くさく金がかかる上に利益も少ない。ケーブルやルータやネットワーク・ボードも独自規格で作り直さなきゃならんし。でも、理屈の上ではあり得る。

 その辺を考えながら下巻を読むと、また違った味が出てくる。いや著者の狙いがソコとは限らないけど。

 当たり前だと思い込んでいたモノ・コトを、「実はこういうのもあるぞ」と示して、世界観を根底からひっくり返すなんて荒業ができるのはSFだけだし、それがSFの最も大きな魅力でもある。ありがちな冒険スペース・オペラと思わせて、下巻に入ると読者の認識を根底から揺るがすSFならではの眩暈を味わえる、意外な拾い物だった。ファースト・コンタクト物が好きな人にお薦め。

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2021年7月30日 (金)

N・K・ジェミシン「第五の季節」創元SF文庫 小野田和子訳

では、世界の終わりの話からはじめようか。
  ――p11

あんたは山脈を動かすためにつくられた武器なのだ。
  ――p107

「きみがほんとうに憎んでいるのは、この世界だ」
  ――p165

冬、春、夏、秋――死は第五の季節、そしてすべての長。
  ――p199

「オロジェニーはつねに最後の手段であって、最初ではないのです」
  ――p292

「人々はこの場所を恐れていた。長いことずっと。理由はここになにかがあったから」
  ――p413

「きみは……人間的に生きたいと思ったことはないのか?」
  ――p461

【どんな本?】

 アメリカの新鋭SF/ファンタジイ作家N・K・ジェミシンによる、SF/ファンタジイ三部作の第一部。

 人は超大陸スティルネスに住む。赤道近辺は安定しているが、両極に近づくほど地殻は不安定となり、人は住みにくい。しかも数百年ごとに<季節>と呼ばれる火山の大噴火などの地殻変動が起き、気候が大きく変わり人も動物も飢え、文明は崩壊する。

 エッスンは中緯度の小さな町ティリモに夫ジージャと息子ユーチェ・娘ナッスンと暮らしていた。だが地震を逸らしたためジージャに正体がバレた。造山能力者、オロジェン。ジージャは息子ユーチェを殺し、娘ナッスンを連れて行方をくらます。ナッスンを取り戻すため、エッスンはジージャを追う。

 オロジェンの娘ダマヤは親に売られる。買ったのは<守護者>ワラント。彼はダマヤを首都ユメネスにあるオロジェンの教育施設フルクラムへと連れて行く。そこで造山能力悪露ジェニーの制御を身に着けるのだ。

 フルクラムで四指輪の女サイアナイトに仕事が命じられる。トップ・エリートである十指輪のアラバスターと共に港町アライアへ赴き、港を塞ぐ珊瑚を取り除け、と。成功すれば指輪がまた一つ増えるだろう。だがアラバスターはいけすかない奴で…

 その能力を必要とされながらも、絶大な力ゆえに厭われ鎖に繋がれるオロジェンの三人の女を通し、終わりを迎えようとする世界を描く、SF/ファンタジイ長編。

 本作は2016年ヒューゴー賞長編小説部門を受賞した上、続いて2017年には続編「オベリスクの門」The Obelisk Gate、2018年には The Stone Sky が同じくヒューゴー賞長編小説部門に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Fifth Season, by N.K.Jemisin, 2015。日本語版は2020年6月12日初版。文庫で縦一段組み本文約577頁に言加え「補遺1 サンゼ人赤道地方連合体の創立以前および以後に起きた<第五の季節>一覧」6頁+「補遺2 スティルネス大陸の全四つ郷で一般的に使われている用語」13頁に加え、渡邊利通の解説7頁。8.5ポイント42字×18行×577頁=約436,212字、400字詰め原稿用紙で約1,091枚。上下巻でもいいぐらいの大容量。

 文章は謎めいていて、じっくり読む必要がある。一種の超能力SFだが、実は日本人には馴染み深いテーマを扱っているのでお楽しみに。

【感想は?】

 そう、この作品は日本人こそが最もよく味わえる小説だ。

 なにせテーマの一つはオロジェニー、造山能力なのだから。列島に多くの火山を抱え、頻繁に震災に見舞われるためか、日本人は地球科学に詳しい。世界的にもプレートテクトニクスに最も詳しい国民だろう。

 物語でも、かの「日本沈没」や「深紅の碑文」など、日本のSFは地殻変動を扱う作品が多い。そういえば山田ミネコの最終戦争シリーズの最終兵器メビウスも地殻兵器だった。

 この作品の超能力オロジェニーは、そんな地殻運動と関係が深い。彼らは地殻のエネルギーを「地覚」し、形を変え、または引き出し、操る、そういう能力だ。とんでもねえパワーである。人々は彼らをロガと呼び恐れるのも当然だろう。

 この「地覚」の描写が、日本人こそ最も鋭く味わえる部分だろう。灼熱のマグマが圧力に押され地殻の弱点を探り侵入しようとする様子。プレートとプレートがぶつかり合い、凄まじい力でギシギシと軋む模様。それを、著者は皮膚感覚で描くのだ。読んでいて、「俺たちは何が嬉しくてこんな不安定な列島に住んでいるんだろう」などと考えてしまう。

 災害の描写も恐ろしい。特に印象に残るのは、「揺れ」の後でエッスンが旅する場面。空からは灰が降り注ぎ、大気は霧のような塵で白く濁る。このあたり、桜島近辺に住む人はどう感じるんだろうか。

 などの風景の中で展開する物語は、虐げられ奪われ続ける女たちの人生だ。

 エッスンは息子と娘を奪われ、住む家も失う。幼いダマヤは親に売られ帝国の道具とされる。大きな組織に勤めているなら、サイアナイトのパートが最も身に染みるだろう。順調に出世してはいるが、それは同時に組織にとって最も便利な道具でもある。

 エッスンの旅路は、人々の共同体<コム>から離れた者たちの過酷な生き様が生々しく伝わってくる。彼女が「道の家」で夜を過ごす場面は、社会から秩序が失われた際に何が起きるか、秩序からはじき出された者がどんな立場に立たされるかを、否応なく読者に突きつける。屋根のある所に寝る事すらできないのだ。

 フルクラムに保護されたはずのダマヤもまた、安心できる環境ではない。ここでは子供の社会の残酷さ・熾烈さを描き出す。とはいえ、ダマヤもなかなかに狡猾で逞しいんだが。

 そしてサイアナイトのパートでは、この社会のおぞましさが次第に見えてくるのだ。そもそもアラバスターとの旅路の目的が酷い。そのアラバスターも嫌味な奴ではあるが、こんな立場じゃおかしくもなるよなあ。

 ちょっとした小道具にも、この世界の厳しさが漂う。特に破滅の崖っぷちで暮らす緊張感を示すのが、避難袋。緊急時の食糧・水筒や衣料など、家を失った際にでも当面は生きていけるだけの物資が入っている。イザとなったら、これ一つを持っていれば暫くは生き延びられる優れもの。こういった物を人々が常に備えているあたりで、誰もが危機を身近に感じているのがわかる。

 危機感は個人だけでなく、社会全体にも溢れている。例えばこんな台詞。

 「アライアはわずか二<季節>前にできたばかりです」
  ――p290

 大規模な災害を何回乗り越えたか、それが地域の安定性と威信を表すのだ。この社会では、何もかもが<季節>の到来を前提として成り立っている。

 破滅の予兆が漂う世界に生きる人々は敵意に満ち、空には謎のオベリスクが漂い、地には奇妙な生態の「石喰い」が潜む。異様な世界でありながらも、人々はこの地を地球と呼ぶ。ギシギシと軋むプレートの境界を思わせる、緊張感に満ちたSF/ファンタジイだ。

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2021年6月21日 (月)

J・J・アダムス編「パワードスーツSF傑作選 この地獄の片隅に」創元SF文庫 中原尚哉訳

アーマーを装着し、電源を医いれ、弾薬を装填せよ。きみの任務は次のページからだ。
  ――イントロダクション

【どんな本?】

 パワードスーツをテーマとした作品23編を集めたアンソロジー Armored から、12編を選び訳した短編集。

 ミリタリーSFの売れっ子ジャック・キャンベル「この地獄の片隅に」,ヤクザの抗争を扱うカレン・ロワチー「ノマド」,オーストラリアを舞台としたスチーム・パンクのデイヴィッド・D・レヴァイン「ケリー盗賊団の最後」,狂乱の戦場で人の認識が変容してゆくアレステア・レナルズ「外傷ボッド」など、バラエティ豊かな作品が楽しめる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Armored, 2012。日本語版は2021年3月12日初版。文庫で縦一段組み本文約350頁に加え、岡部いさくの解説7頁。8.5ポイント41字×18行×350頁=約258,300字、400字詰め原稿用紙で約646枚。文庫としては少し厚め。

 文章はこなれている。今世紀のSFアンソロジーだけあって、ガジェットはバラエティ豊か。とはいえ、アニメのガンダム・シリーズが楽しめる人なら、充分についていけるだろう。

【収録作は?】

 作品ごとに解説が1頁ある。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 の順。

ジョン・ジョゼフ・アダムズ / イントロダクション / John Joseph Adams / INtroduction
ジャック・キャンベル / この地獄の片隅に / Jack Campbell / Hel's Half-Acre
この小隊はヘル軍曹にちなんで“地獄の片隅”と名のっている。中尉はしょっちゅう代わる。まっさら新品の軍服でやってきて、まもなく死体専用チューブに入って去る。
 ヘル軍曹が率いる重機械化歩兵の小隊は惑星ニッフルハイムでカナリア族と睨み合う。一か月前に降下して以来、ずっとアーマーにはいったまま。強力な腐食性ガスの大気は兵を溶かしてしまう。たまに来る士官は、たいていすぐ戦死する。今日はカローラ中尉が来た。しかも数人の副官を率いたマクドゥーガル将軍を連れて。
 パワードスーツの必然性がよくわかる作品。真空や有害な大気中で人間が活動するには宇宙服が要る。呼吸用の酸素の循環や温度調整の機能も必要だし、そのためのエネルギーも。となると相応の重さになる。動きやすいように、筋力を補う機能もつけよう。もち、制御用のコンピュータやセンサーも。パワーがあるなら、重いモノ、例えば銃器や弾薬も持てるよね…と、宇宙服が進化すると、パワードスーツになってしまうのだ。
ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン / 深海採掘船コッペリア号 / Genevieve Valentine / The Last Run of the Coppelia
船を下りたら――アルバはべつのだれかのものになる。考えると胸が痛んだ。
 コッペリア号はミネルバ星の海で藻などを採り稼いでいる。メカは水中の活動に適していて、腕と指は長く水かきがあり足は短い。その日、ジャコバは海に落ちた不審な物を拾う。メカの部品かと思ったが、データドライブだった。中のデータはとんでもないシロモノで…
 海が舞台なだけに、登場するパワードスーツはズゴックみたいなズングリムックリかつ短足手長。やっぱり人間が活動しにくい環境だとパワードスーツに説得力が出るなあ。ただし使っているのは小さい民間の採掘船で、船員も曰くありげな連中ばかり。採算が苦しい辺境の民間企業が使い古したメカをだましだまし動かしてる雰囲気がよく出てる。
カリン・ロワチー / ノマド / Karin Lowachee / Nomad
「ラジカルは鉄壁の防御をしているつもりでいるけど、あくまで機械だ。機械にはかならず脆弱性がある」
 ラジカルは人間と共に成長する。マッド&トミーはトラ縞のナンバー2と見込まれていたが、ギアハート縞との抗争でトミーが死んだ。トラ縞には単身の人間ディーコンがいるが、マッドは再融合する気はない。縞を去り無所属となってどこかへ行くつもりだ。
 軍→辺境のサルベージ船ときて、次はヤクザの抗争物。出入りで相棒を失ったラジカル(パワードスーツ)の視点で語られる物語。まるきし高倉健が演じる東映ヤクザ映画の世界なのに、語り手がメカというミスマッチが楽しい。
デヴィッド・バー・カートリー / アーマーの恋の物語 / Davvid Barr Kirtley / Power Armor : A Love Story
「僕は未来から来ました」
 優れた発明家として名高いアンソニー・ブレアはめったに人前に出ず、決してアーマーを脱がない。過去は謎に包まれている。そのブレアが邸宅を買い、パーティーを開いた。多くの名士が駆けつける中、ブレアは一人の女と話し込む。ミラ・バレンティック博士。彼女にも秘密があった。
 アーマーSFでもあり、引用からわかるように時間SFでもある。アーマー装着時の飲食というか栄養補給はどうするのかって問題の解は色々あるが、この作品の解は酷いw 某有名ホラー映画を思い出しちゃうじゃないかw
デイヴィッド・D・レヴァイン / ケリー盗賊団の最後 / David D. Levine / The Last of the Kelly Gang
「甲冑を四つつくってほしい」
 19世紀、開拓時代のオーストラリア。アイク老人は変わり者で一人暮らしだ。そこにケリー盗賊団が押し込んできた。甲冑を四つ作れ、と。連中が持ち込んだ図面のままじゃ使い物にならない。重くて動かせない上に、銃弾は防げない。だが動力を付けたら? 技術者の血が騒ぎだしたアイク老は問題に取り組み始め…
 ネッド・ケリーは実在の人物(→Wikipedia)。時代が時代だし、実在の人物が出てくるあたり、気分はスチームパンク。嫌がっていても、問題が示され解決法が思い浮かぶと、とりあえず試してみたくなるアイク老のハッカー魂が上手く書けてるw ネタバレだがアイク老はこちら(→Wikipedia)。
アリステア・レナルズ / 外傷ボッド / Alastair Reynolds / Trauma Pod
彼らが守ろうとしているのは俺ではない。
 最近、敵味方のメカの一部が暴走しているらしい。そこで深部偵察に出たケイン軍曹は負傷し、野戦医療ユニットに収容される。応急処置で右脚を切断したが、脳内出血の手当はこれから。周囲は敵に囲まれ、しばらくは脱出できない。タンゴ・オスカー基地のアナベル・ライズ医師が遠隔操作で治療を担当してくれている。
 野戦医療ユニットKX-457、最初の応急処置から遠隔で脳外科手術まで操作できる上に、索敵・移動・敵の排除までこなしちゃうあたり、医療ユニットというより移動陣地と言っていいぐらいの優れもの。なんて素晴らしい、と感心していたら…。ケイン軍曹の意識が少しづつ変わっていくあたりの描き方が実に見事で、スンナリとオチへと読者の思考を導いていく。
ウェンディ・N・ワグナー&ジャック・ワグナー / 密猟者 / Wendy N. Wagner & Jak Wagner / The Poacher
『承認しますか?』
 人口の八割は地球を出て火星や宇宙ステーションに移り住んだ。閉鎖ドームが完成する前の月で育ったカレンは、常に生体機械スーツを着た暮らしに慣れている。幼い頃に母星見学旅行で見た野生の風景に惹かれ、カレンは自然保護官を志す。最も優れた実績を誇る自然保護官のハーディマンと同じチームで働くカレンは、密漁船を見つけた。
 パワードスーツに付き物なのが、管理するAIと体調や精神を調整するための薬物投与。この作品ではAIというより、少々お節介なOSという感じ。舞台背景はもう少し複雑で、人類と生態が似たエイリアンシルク類が絡んでくる。冒頭、貿易封鎖で月が困窮する描写は、なかなかの迫力。
キャリー・ヴォーン / ドン・キホーテ / Carrie Vaughn / Don Quixote
「こいつは戦争を終わらせるかもな。ドン・キホーテ軍団にはだれも対抗できない」
 1939年、内戦末期のスペイン。従軍記者のハンクとジョーは、フランコ軍の部隊が蹂躙された跡を見つける。そこから伸びている一組の履帯の轍を辿ると、戦車に似た戦争機械と二人のスペイン兵に出会う。スペイン兵は自信たっぷりに戦争機械をドン・キホーテ号と呼ぶ。
 いかにドン・キホーテ号が優れていようと、補給も援軍も期待できない状況では逆転は無理だろう。そこを見越して商売を考えるあたりは、いかにもビジネスの国アメリカらしい。「ドイツがこれを知ったらどうなるか」の懸念が、既に手遅れだったのはグデーリアンの快進撃が示している。それを考えると、この結末はひたすら苦い。
サイモン・R・グリーン / 天国と地獄の星 / Simon R. Green / Find Heaven and Hell in the Smallest Things
「この惑星は巨大なジャングルにおおわれている。そのすべてが人間を攻撃する」
 アバドン星は植物に覆われている。焼き払っても植物はすぐに蘇り、人を襲う。ドローンとロボットが守る第一基地は植物に覆われた。第二基地には人間が居たが、皆いなくなった。原因は不明。そこで第三基地を起点にテラフォーム施設を守るため、ハードスーツ着用の12人が送り出される。
 前人未到の異星で先遣隊が消息を絶つ、SFの定型に沿った作品。いやルーツを探ると、少なくとも17世紀にはシェイクスピア「テンペスト」が見つかるんだけど。主人公ポールとハードスーツのAIの関係が、けっこう捻ってある。
クリイスティ・ヤント / 所有権の転移 / Christie Yant / Transfer of Ownership
男は彼女を殺した。わたしはそれを止められなかった。
 わたしはカーソン専用につくられている。男がカーソンを殺し、わたしを奪おうとした。男はわたしを使おうと色々試すが、なかなかうまくいかない。一部の手動操作方法は見つけたようだが、音声命令は知らないようだ。私の存在を知られてはいけない。
 語り手は、ならず者に強奪されたスーツ。粗野で冷酷で身勝手で衝動的、まるきしケダモノなならず者と、そんな屑に抗おうとするスーツの頭脳戦を描く掌編。
ショーン・ウィリアムズ / N体問題 / Sean Williams / The N-Body Solution
ここではだれもが遭難者だ。
 ループは一方通行のワープゲート網で、建設者も原理も不明。ここハーベスター星系はループの163番目で終着駅だ。送り側ディスクはあるが、機能しない。故障か、そういう仕様なのか、多くの科学者が調べたが、何もわかっていない。ハーベスター星系には複数の知的種族が居る。到着施設から出たアレックスは、バーでメカスーツを着たアイと名のる地球法執行局の女と出会う。
 ループ,具体,メカスーツと、SFガジェットは盛りだくさん。エイリアンもうじゃうじゃ出てくるけど、別に人類と特にいがみあってはいない様子。一方通行なのにループとはこれいかに。
ジャック・マクデヴィット / 猫のパジャマ / Jack McDevitt / The Cat's Pajamas
それじゃない。彼女だ。
 二秒弱の周期でビームを発するパルサーに近いオシレーション・ステーションには、三人の物理学者と仔猫のトーニーがいた。操縦訓練生ジェイクと教官ハッチンズは支援船カパーヘッド号で訪れるが応答がない。事故で壊滅し生き残りはトーニーだけ。パルサーの強烈なビームを防げるゴンゾスーツは一着だけで、人が着たら猫が入る余裕はない。
 エアロックを出入りできる宇宙服は一着だけ。人と猫が一緒に入るのは無理。では猫を救い出すか否か。ここで言い争いにならないあたり、落ち着いて見えるジェイクも実はw ギリギリのサスペンスが続く状況だってのに、猫らしくマイペースなトーニーが、見事に緊張感を削いでくれますw

 売れっ子だけあって、ジャック・キャンベル「この地獄の片隅に」は手堅くまとまっている。カリン・ロワチー「ノマド」はパワードスーツと東映ヤクザ映画路線のミスマッチが楽しい。ニワカ軍ヲタとしてはキャリー・ヴォーン「ドン・キホーテ」の苦さが染みる。猫好きにジャック・マクデヴィット「猫のパジャマ」は必読。

 そんな中で最も気に入ったのはアリステア・レナルズ「外傷ボッド」。主人公ケイン軍曹の自意識が次第に変わってゆく様子は、SFの醍醐味を凝縮した感があって、クラクラする酩酊感が味わえた。

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2021年6月 3日 (木)

「フレドリック・ブラウンSF短編全集 4 最初のタイムマシン」東京創元社 安原和見訳

「あんたの1ドルに対して13ドル賭けますから、悪魔なんぞ信じてないって証明してみせてくださいよ」
  ――翼のざわめき

「神は存在するのか」
  ――回答

「わたしは地球外生物で、全権公使として参りました」
  ――人形劇

「それでは、わたしの最初の質問ですが――あなたが犯人ですか」
「そうです」
  ――事件はなかった

【どんな本?】

 1940年代から60年代にかけて活躍したアメリカのSF/ミステリ作家フレドリック・ブラウンのSF短編を、執筆順に編集した短編集の完結編で、1951年から1965年までの作品を収録している。

 余計なものを徹底してそぎ落としつつも、親しみやすく読みやすい文章で、鋭くヒネリの利いたアイデアでストンと落とす彼の芸風は、今でも星新一や草上仁などに受け継がれている。

 完結編の本作は、発表当時に勃興しつつあったPLAYBOY誌などの月間男性誌に掲載した作品もあり、お色気ネタを含むとともに、1~3頁の極短編も多く、キレの鋭さに磨きがかかっている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

  原書は From These Ashes : The Complete Short SF of Fredric Brown, 2001。日本語版は2021年2月26日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約330頁に加え、牧眞司の「収録作品解題」13頁+渡邊利通の解説5頁。9ポイント43字×20行×330頁=約283,800字、400字詰め原稿用紙で約710字。文庫ならやや厚め。

 文章はこなれていて親しみやすく読みやすい。SFとは言ってもそこはブラウン、難しい理屈は全く出てこないどころか、悪魔まで出張ってくるので、理系っぽいのは苦手な人でも大丈夫。

 なお、先に書いたように短い作品が多く全68作を収録しているため、収録作は記事の最後に一覧としてまとめた。

【感想は?】

 怒涛の掌編ラッシュ。

 晩年の作品なので腕が上がっているのもあるし、とにかく短い作品が多いためか、オチのキレがグッと増している。そう、アイデア・ストーリーは、短ければ短いほどオチのキレが増すのだ。そんなわけで、読む側としては、キレキレのカミソリ・ジャブを次々と浴びて血だるまになる、そんな気分を味わえる。

 短い理由の一つは、Playboy/Adam/Dude などの男性月刊誌に発表した作品もあるため。アッチの原稿料は1語いくらなので、短いのは作家にとっちゃありがたくないんだが、SF雑誌とは違い発行部数も桁違いなため、原稿料も高いから、充分に稼げたんだろう。お陰で私は「煮しめたブラウン」が味わえる。なんとも幸福なことだ。

 もちろん、そういう雑誌なため、SF味は多少薄めで、そのかわりにシモネタが入ってたり。でもまあ、ソレはソレで美味しい。「ロープ魔術」とか、実にしょうもないオチなんだけど、私はそういうのが大好きだw 「意地悪」も、しょうもなさはドッコイドッコイで、そこが楽しいw

 やはり掲載誌で本作独特なのが、エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジンなどミステリ雑誌掲載の作品も混じっていること。ミステリ雑誌じゃないけど「青の悪夢」から始まる悪夢シリーズなども、ブラウンのもう一つの顔が拝める。いずれもSF雑誌じゃないのでSF味は薄めだが、オチのキレの鋭さは変わりなく、読者の想像の裏をかく腕は見事。

 ってだけでなく、ミステリ系の作品は、なまじ現実味が強いせいか、ブラウンのユーモアの黒さが余計に出ているように感じるのはなぜだろう? 人類を滅ぼしても実感がわかないんだけど、人を一人殺すと生々しく感じるんだよね。つまりは星新一と同じで、基本的に黒い人なのだ、フレドリック・ブラウンは。いずれも文章が乾いてるから、あまし黒さは感じないけど。

 いやホント、「青の悪夢」の黒さはハンパない。たった3頁で、よくもここまでおぞましい物語を書けるもんだ。

 やはり短さゆえのキレが目立つのが「回答」。さすがに時代が時代だけにリレーとか道具立ては旧いけど、そこはLEDとか今風に読み替えればいいワケで、基本的なアイデアは今でも充分…というか、今日もどこかで二番煎じ・三番煎じの作品を書いているに違いない。

 短いが故のキレでは、「唯我論者」もすごい。唯我論とは、「実在するのは俺だけ、他はみんな俺の想像」って考え。あなたも幼いころ、そういう発想にたどり着いたでしょ? それを極限まで推し進めると…。最後の一行が見事すぎる。

 キレが鋭い理由の一つは短さだが、同時にネタのヤバさもある。「ジェイシー」とか、よく発表できたなあ、と思うんだが、短編集用の書き下ろしみたいだ。鍛えられた読者が多いSF雑誌ならともかく、一般の雑誌に載せたら炎上間違いなしのヤバさ。

 どの作品もとっつきやすい上に、短くてオチのキレがいい。だから、「ご飯が炊けるまで」とか「お風呂が沸くまで」とかの隙間時間に読むのにちょうどいい…と思うでしょ。ところがどっこい、読み始めちゃったら「もうちょっと」「あと一作だけ」とズルズルと読み続け、気がついたら日付が変わってた、なんて羽目に陥りそうなんで、あましそういうのはお薦めしない。もちろん、お茶やコーヒーを口に含んでの読書も厳禁。

 とっつきやすく、親しみやすく、わかりやすい上に、オチのキレはピカ一。「SFを読んでみたいけど、小難しいのはちょっと…」な人、星新一や草上仁が好きな人、そして50年代~60年代のアメリカの短編小説が好きな人にお薦め。

【収録作一覧】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

  1. 緑あふれる / Something Green / 短編集 Space on my Hnads 1951
  2. おれとフラップジャックと火星人 / Me and Flapjack and Martians / Astounding Science Fiction 1952年12月
  3. 愛しのラム / The Little Lamb / Manhunt Detective Story Monthly 1953年8月
  4. 翼のざわめき / Rustle of wing / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1953年8月
  5. 鏡の間 / Hall of Mirrors / Galaxy Science Fiction 1953年12月
  6. 実験 / Experiment / Galaxy Science Fiction 1954年2月
  7. 辺境防衛 / Sentry / Galaxy Science Fiction 1954年2月
  8. 立入禁止 / Keep Out / Amazing Stories 1954年3月
  9. ごもっとも / Naturally / Beyond Fantasy Fiction 1954年9月
  10. ヴードゥー / Voodoo / Beyond Fantasy Fiction 1954年9月
  11. 回答 / Answer / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  12. デイジー / Daisies / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  13. 相似形 / Pattern / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  14. あいさつ / Politeness / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  15. 荒唐無稽 / Preposterous / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  16. 和解 / Prconciliation / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  17. 探索 / Search / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  18. 宣告 / Sentence / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  19. 唯我論者 / Solipsist / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  20. 血 / Blood / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1955年2月
  21. 想像 / Imagine / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 19955年3月
  22. 最初のタイムマシン / First Time Machine / Ellery Queen's Mystery Magazine 1955年9月
  23. ひどすぎ / Too Far / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1955年9月
  24. 至福千年紀 いつか訪れる正義と平和の時代 / Millennium / Magazine of Fantasy and Science Fiction 1955年3月
  25. 遠征隊 / Expedition / Magazine of Fantasy and Science Fiction 1957年2月
  26. ハッピーエンド / Happy Ending / Fantastic Universe 1957年9月
  27. ジェイシー / Jaycee / 短編集 Nightmares and Geezenstacks 1961
  28. 不運続き / Unfortunately / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1958年10月
  29. 意地悪 / Nasty / Playboy 1959年4月
  30. ロープ魔術 / Rope Trick / Adam 1959年5月
  31. 雪男 / Abominable / The Dude 1960年3月
  32. クマんにひとつの / Bear Possibility / The Dude 1960年3月
  33. 退場 / Recessional / The Dude 1960年3月
  34. ファースト・コンタクト / Contact / Galaxy Magazine 1960年6月
  35. こだま / Rebound / Galaxy Magazine 1960年4月
  36. 失われた大発見そのⅠ 透明人間 / Great Lost Discoveries Ⅰ Invisibility / Gent 1961年2月
  37. 失われた大発見そのⅡ 不死身 / Great Lost Discoveries Ⅱ Invulnerability / Gent 1961年2月
  38. 失われた大発見そのⅢ 不死 / Great Lost Discoveries Ⅲ Immortality / Gent 1961年2月
  39. 趣味と実益 / Hobbyist / Playboy 1961年3月
  40. ジ・エンド / The End / Dude 1961年3月
  41. 青の悪夢 / Nightmare in Blue / Dude 1961年3月
  42. 灰色の悪夢 / Nightmare in Gray / Dude 1961年3月
  43. 赤の悪夢 / Nightmare in Red / Dude 1961年3月
  44. 黄色の悪夢 / Nightmare in Yellow / Dude 1961年3月
  45. 緑の悪夢 / Nightmare in Green / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  46. 白の悪夢 / Nightmare in White / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  47. ユースタス・ヴィーヴァ―のつかの間の幸福 Ⅰ / The Short Happy Lives of Eustace Weaver Ⅰ / Ellery Queen's Mystery Magazine 1961年6月
  48. ユースタス・ヴィーヴァ―のつかの間の幸福 Ⅱ / The Short Happy Lives of Eustace Weaver Ⅱ / Ellery Queen's Mystery Magazine 1961年6月
  49. ユースタス・ヴィーヴァ―のつかの間の幸福 Ⅲ / The Short Happy Lives of Eustace Weaver Ⅲ / Ellery Queen's Mystery Magazine 1961年6月
  50. 輝くひげ / Bright Beard / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  51. 猫泥棒 / Cat Burglar 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  52. 脅迫状 / Dead Letter / Ellery Queen's Mystery Magazine 1955年7月
  53. 山上に死す / Death on the Mountain / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  54. 致命的な失敗 / Ellery Queen's Mystery Magazine 1955年6月
  55. 魚の流儀 / Fish Story / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  56. 馬かしあい / Horse Race / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  57. 家 / The House / Fantastic Science Fiction Stories 1960年8月
  58. 悪ふざけ / The Joke / Detective Tales 1948年10月
  59. ハンス・カルヴェルの指輪 / The Ring of Hands Carvel / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  60. 起死回生 / Second Chance / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  61. 三羽のふくろうの子 / Three Little Owls / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  62. ばあばの誕生日 / Granny's Birthday / Alfred Hitchcock's Mystery Magazine 1960年6月
  63. 猫恐怖症 / Aelurophobe / Dude 1962年9月
  64. 人形劇 / Puppet Show / Playboy 1962年11月
  65. ダブル・スタンダード / Double Standard / Playboy 1963年4月
  66. 事件はなかった / It Didn't Happen / Playboy 1963年10月
  67. エージェント / Ten Percent / Gent 1963年10月
  68. 小夜曲 / Eine Kleine Nachtmusik / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1965年6月

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【今日の一曲】

Centerfold · The J. Geils Band

 PLAYBOY誌のウリは、やっぱりセンター・グラビア。とくれば、この曲でしょう。「学校時代の憧れのあのコがセンター・グラビアに」という、嬉しいけど切ない野郎の想いを歌った曲。ハネるようなリズムに乗ったピーター・ウルフの歌声も心地よいです。

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2021年5月23日 (日)

ピーター・トライアス「サイバー・ショーグン・レボリューション 上・下」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳

「一人目の殺しを憶えているか?」
  ――上巻p58

「イナゴ號は裏切らない」
  ――上巻p181

「それが特高だ」
  ――上巻p235

「わたしがメカパイロットとして研鑽を積んできたのは、この国を守るためだ。権力欲にまみれた政治結社の死刑執行人になるためではない」
  ――下巻p114

「革命をお楽しみだろうか」
  ――下巻p206

「事件の真相と、現場でくだる命令は乖離しているものだ」
  ――下巻p220

【どんな本?】

 アメリカの若手SF作家ピーター・トライアスによる、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」「メカ・サムライ・エンパイア」に続く、歴史改変ロボットSF三部作の完結編。

 第二次世界大戦は枢軸側が勝利する。北米は東部をナチス・ドイツ、西部を日本が支配し、沈黙線を境に睨み合っていた。

 そして2019年。多村総督の腐敗と横暴に対し、山崗将軍率いる<戦争の息子たち>は決起する。メカパイロット守川励子も革命に加わり、一時は危機に陥ったものの、親友の嶽見ダニエラに窮地を救われた。革命は成功し、守川も功績を認められ教育省の指揮をまかされたのも束の間、伝説のナチスキラーと呼ばれるブラディマリーを追うため特高との連絡役に指名される。

 特高の若名ビショップは国境近くの郊外の倉庫を捜索中、ナチスが遺した異様な実験の跡を発見する。上司の槻野警視監に報告したところ、陸軍との協力を命じられた。

 かくして陸軍のメカパイロット守川と特高の課員である若名は、共にナチスの影を追って捜査に当たるのだが…

 ワザと勘違いした日本趣味、謎の凄腕ブラディマリーの目的と正体の謎、歪な体制とその元で生きる人々、そして暴れまわる巨大ロボットを描く、娯楽SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Cyber Shogun Revolution, by Peter Tieryas, 2020。日本語版は2020年9月25日発行。文庫の上下巻で縦一段組み本文約267頁+247頁=514頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント40字×16行×(267頁+247頁)=約328,960字、400字詰め原稿用紙で約823枚。文庫の上下巻としてはやや薄め。

 親しみやすく読みやすい文章ながら、「機界」などの微妙にズラした言葉遣いが絶妙の味を出している。漢字って素晴らしい。ロボットSFとしては、世界観がガンダムでメカはマジンガーZな感じ。つまり科学・工学方面をあまし突っ込んではいけない。そしてもちろん、「軍事用ならバラエティを揃えるより同一規格で量産した方が云々」なんて野暮は厳禁。だって色んなロボットが次々と出てくる方が楽しいじゃないか。

 三部作であり、時系列も飛び飛びながら直線的につながるシリーズだが、著者は「どこから読んでも大丈夫」と言ってる。実際、この作品だけを読んでも、充分に楽しめる。私は尻上がりに面白くなる、つまり本作が最も楽しめた。たぶん、ロボット・バトルの場面が多いからだろう。

【感想は?】

 サイバー・ショーグン・レボリューション? なんか胡散臭いタイトルだなあ、と思ったら、その勘は当たってる。

 ある意味、ニンジャスレイヤーと似たテイストで、「わかった上で勘違いした日本趣味」が盛りだくさん。やたら悪趣味で人が死にまくるのも忍殺と同様。ただ、それと同時に、大日本帝国とナチス・ドイツ双方の体制を、思いっきりデフォルメした社会にし、腐った権力構造を綺麗事で取り繕った世界にしたことで、シリアスなグロテスクさを漂わせる反面、ギャグは控えめ。

 そしてもちろん、ニンジャスレイヤーとの最大の違いが、巨大ロボットだ。もち、人が乗り込んで操縦する。「そんなん戦術的に何の意味が」とか言っちゃいけません。だってカッコいいじゃん。

 そんな訳で、私がまず気に入ったのはストライダー號。この「號」って字を充てるのも訳者のノリとセンスを感じる。ゲッターロボかよw 二足歩行ながら、完全な人型じゃないのもいい。ストライダー號は頭に「クワガタムシのような二本の角」で、主な得物はブーメランって、ガラダK7(→ピクシブ百科事典)かい。マジンガーZじゃやられメカの印象が強いが、本作じゃどっこい頼りになる存在感を示してくれる。

 訳に話を戻すと、他にも細かい所で「日本ぽいけど微妙に違う」雰囲気を出す訳者の気遣いが嬉しい。メートルを米、キロメートルを粁としたり。これは著者もそうで、決起参加者が四十七人とか特高の銃(たぶん拳銃)が南部式とか「福沢諭吉高校」とか。「銭湯」なんて、健康ランドを金満ハリウッドが日本人経営者のもとでアレンジしたら、確かにあんな感じになりそうw

 そんな日本と睨み合うのはナチス・ドイツ。国が違えば設計思想もデザインも違う。ナチス側のメカとくれば、前回の気色悪いボスがワラワラと集団で襲ってくるのもお約束。当然、こっちの側も対抗手段を用意してるし、互いに相手の手口をパクり合うのも軍備競争の常。今回出てくる「嫌らしい新兵器」レギオンも、ロボット好きならムカつくこと請け合い。

 最初に出てくるイナゴ號の電磁銃やアヌビス級の薙刀、そして終盤で暴れまわるシグマ號の「鼻」は許せるけど、こういうのは、なんか腹立つんだよなあ。なんでだろ? あ、もちろん、敵のメカの色は赤です。そして忘れちゃいけない、軍用メカには必須のお約束装置が。アレ何の役に立つのかと思ってたら、そういう使い方するのかw

 対してナチス側は生命工学に長けているようで、そっち方面で「ドイツの科学は世界一~ィィィ!」な人も、ちゃんと出てくるんだが、あまし出番がないのは残念なところ。もっとマッドな活躍をして欲しかったなあ。いやその研究は充分に正統なんだけど、手段がマッドなんだよね。こういう、研究のためなら手段を選ばないキャラって、大好きだ。

 まあ日本側もバイオ技術を使ってるんだけど、特に民間だと、あっちの方向に突っ走るあたりが、いかにも日本だよなあ。

 対照的といえば、日本・ドイツいずれも社会は歪んでいながら、歪み方が微妙に違うのもよく分かってらっしゃる。これは人の名前の付け方によく現れてて。長い間、周辺国として世界的には埋もれた立場ながら、20世紀に入ってアジアのボス面し始めた日本と、常に権力闘争が絶えない欧州史の中で充分な存在感を示し続けてきたドイツとの違いなのかな?

 シリーズ物のお楽しみとして、懐かしい面子が顔を出すのも嬉しいところ。USJ で活躍した特高の槻野昭子は順調にキャリアを重ね、若名ビショップの上司として上巻からクールに再登場。

 これが下巻も後半に入ると、MSE で対抗ヒロインを務めた橘範子が大西範子少佐となって再登場。「好都合です」なんて台詞に現れた本性を、優等生っぽい見かけで巧みに隠しおおせた…ようなんだけど、終盤の修羅場じゃ地が出たようでw やっぱり血が騒ぐんだろうなあ。そして、大西少佐の次に登場する謎のパイロットも…いや、初登場場面から割れてますがなw

 そんな決戦バトルに水を差す、いかにも「軍政志望です」な飯干大佐も、この作品に欠かせない味を代表する、小役人的な小悪党。

 細かい点ばかりを書いちゃったけど、本作の主軸は守川と若名がブラディマリーを追ううちに見えてくる、USJ 世界の隠された真の姿だ。表向きは綺麗事に溢れているが、歓楽街などに潜り込めば剝き出しになった欲望が吹き上げている。つまりはタテマエとホンネの剥離だ。飯干大佐は小物だからこそ、等身大の実感しやすい形でヒトの愚かさを体現する人物でもある。

 では、将軍や総督と祭り上げられる者はどうなのか。

 などと世界観を掘り下げるのもよし、ワザと勘違いした日本趣味に苦笑いしてもよし、そしてもちろんド派手なロボット同士のバトルに興奮してもよし。ダークな世界設定の中でロボットの肉弾戦が楽しめる娯楽SF作品だ。

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2021年5月17日 (月)

メアリ・ロビネット・コワル「宇宙へ 上・下」ハヤカワ文庫SF 酒井昭伸訳

「脱出しないと。このクソったれの惑星から」
  ――上巻p133

「いまはね、おばちゃんみたいな宇宙飛行士になりたいって思うの」
  ――上巻p304

「いきなさい。なにがなんでも、宇宙へ」
  ――下巻p193

【どんな本?】

 アメリカの新鋭SF作家、メアリ・ロビネット・コワルによる歴史改変SF長編小説。

 1952年3月3日、巨大隕石がワシントンD.C.近くの大西洋に落下した。合衆国東海岸が壊滅したほか、大西洋に面する国々は甚大な被害を被る。合衆国はホワイトハウスに加え議会開催中の上院と下院も全滅した。幸い農場視察に出ていて生き延びた農務長官チャールズ・F・ブラナンを大統領代行として合衆国政府は体裁を整える。

 エルマ・ヨークは数学の天才で計算も異様に速い。二次大戦中は陸軍航空軍夫人操縦士隊=WASPとして輸送任務をこなす。今はアメリカ航空査問委員会=NACAに計算者として勤めている。悲劇の日、エルマは夫ナサニエルと共にペンシルベニアのポコノ山脈にいた。かろうじて生き延びたはいいが、災害の影響を概算したところ、おぞましい結果が出た。

 隕石落下の衝撃で大気中に噴出した水蒸気により気候は激変し、近い将来に地球は地獄となる。人類が生き延びるには、宇宙へ飛びださなければならない。

 多くの問題を抱えつつも、国際的な協調関係を整え、人類は急ピッチで宇宙開発へと突き進む。

 実際の歴史よりも順調に宇宙開発が進んだ世界を舞台に、女でありながら宇宙飛行士を目指すエルマの奮闘を描く、爽快な宇宙開発SF。

 2018年度ネビュラ賞長編小説部門、2019年度ヒューゴー賞長編小説部門、2019年度ローカス賞SF長編部門受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Calculating Stars, by Mary Robinette Kowal, 2018。日本語版は2020年8月25日発行。文庫本で縦一段組み上下巻で本文約404頁+387頁=約791頁に加え、堺三保の解説8頁。9ポイント40字×16行×(404頁+387頁)=約506,240字、400字詰め原稿用紙で約1,266枚。文庫の上下巻としてはやや厚め。

 文章はさすがの酒井昭伸、この手の爽快なSFを手掛けたらピカ一の読みやすさ。基本的に娯楽作品なので、わからない所は読み飛ばしても結構。もちろん、マニア向けの拘りやクスグリはしこたま仕込んであります。

【感想は?】

 伝統的な素材を現代風に味付けした本格宇宙開発SF。

 まず気が付くのは、現代的な味付け。主人公のエルマが女なのもそうだが、やたら夫のナサニエルとイチャイチャするのも今風だろう。二人とも元気に…まあ、アレだ。

 60年代あたりからSFも性をテーマに取り扱いはじめたが、そこはSF。「タブーに挑む」姿勢が強く出たためか、マニアックなプレイばっかりで、普通の夫婦の営みはまず描かれなかった。そういう衒いやぎこちなさが消え、ごく自然体で描いているあたりに、SFの作家・読者ともに大人になったんだなあ、としみじみ。

 時は冷戦まっさかり。隕石が落ち、空が光ったとき、まず思いつくのが核攻撃ってあたりに、時代の空気を感じる。そこでラジオから「音楽が流れ続けている」ので核攻撃ではないと判断する所で、主人公が理系頭なのが伝わってくる。ところであなた、電が光ったとき、音が鳴るまで、時間を数えます?

 さて。宇宙への進出で最大の難点は、やっぱりロケット・エンジン。現実だと、ロケット開発を先導したのはソ連で、その目的は軍用ミサイルだった。これはソ連の宇宙開発技術を率いた「セルゲイ・コロリョフ」の伝記に詳しい。

 アメリカも核開発に熱心だったが、エノラ・ゲイとボックス・カーの成功に釣られたのか、当初は「爆撃機でいいじゃん」な方向だった。これを変えたのが1957年のスプートニク・ショック(→Wikipedia)。

 これらは、二つの意味を持っている、一つは、宇宙開発には政治的な情勢が大きく関わっている、ということ。ソ連は軍事的な目的で、アメリカも世論に突き動かされて、ロケット開発・宇宙開発に熱を入れた。もう一つは、政治的な情勢さえクリアできれば、いくらでも宇宙開発は加速できるのだ、という点。なんといっても、ロケットの開発と打ち上げはカネがかかるし。

 その政治的情勢を隕石落下にするのも巧いが、そこで農務長官をトップに据えるのもさすが。ロケットと農業は一見関係なさそうだが、気候変動を絡めたのが賢い。なんたって農業は日照りや冷夏など、天候に左右される産業だし。

 といった宇宙開発に並んで本書の大きなテーマとなっているのが、性別や人種の問題。

 時は1950年代。アメリカじゃ公民権運動(→Wikipedia)が盛り上がり始めたころ。実際、アメリカの最初の宇宙飛行士オリジナル・セブンも白人の男ばっかりだった。彼らを扱ったトム・ウルフの「ザ・ライト・スタッフ」は傑作ドキュメンタリーであると同時に、本書の参考図書としてもお薦め。特に本書の下巻に入ってからの展開は、宇宙飛行士をめぐる人間関係が実にリアルに描かれている。

 オリジナル・セブンはみな白人の男、しかも軍のパイロットばかりだ。空軍3人、海軍3人、海兵隊が1人。心技体とも卓越しており、度胸があって、鼻っ柱も強い。そういう世界に、女のエルマが割り込もうとすれば、どうなるか。有形無形の困難を、どうやって乗り越えていくのか。

 そういう点で、本書は王道の冒険物語の楽しさも併せ持っている。見たこともない巨大怪獣とは違い、男社会に女が割り込もうとして味わう困難は、少しでも想像力があれば誰だって切実に感じるだろう。そして立ちふさがる壁が高ければ高いほど、冒険物語は盛り上がるのだ。

 エルマの仕事が「計算者」なのも、本書の美味しい点の一つ。よく「1969年に月へ行ったアポロ宇宙船のコンピュータは任天堂のファミコンより貧弱だった」とか言われる。69年にファミコン未満なんだから、50年代は推して知るべし。「あの計算機、室温が18℃を超えると計算がおかしくなる」には苦笑い。ICどころかトランジスタでもなく真空管だろうし、何かとデリケートなんです。Fortran の開発が1954年だから、当時はアセンブラだろうなあ。

 そんなんだから、問題によっては機械より人間のほうが速かったりする。機械は式をいじれないけど、ヒトは式を最適化して計算量を劇的に減らせるし。とかの事情が、エルマの運命に大きく関わってくるのも、思わず脱帽しちゃうところ。

 そして、冒険物語に欠かせない最後のピースが、強く魅力的な悪役。本書ではステットスン・パーカー大佐が強大かつ狡猾な敵として立ちはだかる。なかなかに傲岸不遜でムカつく登場をするんだが、肝心のパイロットとしての腕も優れているのがいい。いかにも伝統的な戦闘機パイロットなんだよなあ。

 加えてF-86セイバーやP-51マスタングなど、往年の名器が顔を出すのも、マニアには嬉しいサービス。

 不利な立場に居る者があまたの困難を乗り越える冒険物語として、宇宙開発の生々しい現場の空気を味わえる宇宙開発SFとして、そして「人類が辿れたはずのもう一つの道筋」を照らす物語として。明るい未来を望むSFの王道を、新しい味付けで蘇らせた、爽快な長編SF小説だ。

 にしても<浮き足くん>、最後まで名前が出ないのは酷くね? ぜひ続編では活躍してほしい。

【余計なおせっかい】

●第二次世界大戦時、アメリカ空軍は存在しない。当時は陸軍航空軍だった。大戦後の1947年に陸軍から分かれて空軍となる。

●アン・スペンサー・リンドバーグは、初の大西洋単独無着陸飛行を成しとげたチャールズ・リンドバーグの娘で作家。

●サビハ・ギョクチェン(→Wikipedia)はトルコの国父ケマル・アタチュルクの養女で世界初の女性戦闘機パイロット。

●プリンセス・シャホフスカヤ(→英語版Wikipedia)はロシア皇帝のいとこ。第一次世界大戦では偵察機で活躍した。本書では史実と違う運命を辿る。

【関連記事:小説篇】

【関連記事:ノンフィクション篇】

【今日の一曲】

空へ - カルメンマキ&OZ

 本書は「宇宙へ」と書いて「そらへ」と読む。となれば、この曲でしょう。黎明期、男だけの世界で女が頑張るお話でもあるし。カルメン・マキも、男ばかりの日本ロックの黎明期に、ド迫力のサウンドで男と肩を並べるどころか、むしろシーンを引っ張る活躍を果たしました。逆に力強い歌声と凛とした佇まいの印象があまりにもハマりすぎて、以降は「ロックをやる女は女王然としてシンガーを務めなきゃいけない」みたいな思い込みを日本のロック・ファンに刷り込んじゃった罪な人でもあります。こういう強烈なロールモデルとなった所も、本書のテーマと響き合うところ。

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2021年4月16日 (金)

劉慈欣「三体」早川書房 立原透耶監修 大森望,光吉さくら,ワン・チャイ訳

「全宇宙があなたのために点滅する」
  ――p105

「ニセ科学がいちばん恐れるのは、騙すのがものすごくむずかしいタイプの人間――マジシャンだよ」
  ――p152

「人類全体が、だれも祈りを聞いてくれないところにまで到達したんです」
  ――p226

「三体問題に解は存在しない」
  ――p260

「人類の専制を打倒せよ!」
  ――p276

「艦隊は、いまから四百五十年後に到着する」
  ――p346

【どんな本?】

 中国のベテランSF作家である劉慈欣が、世界中に大旋風を巻き起こした話題のSF長編。

 汪淼の専門はナノ素材で、ナノテクノロジー研究センターに勤めている。いきなり警察に踏み込まれ、謎の組織「作戦司令センター」に連れ込まれた。そこには軍人と科学者ばかりか、NATOの連絡将校とCIAまで居る。聞かされた話は更に奇怪なものだ。

 最先端の物理学者が集い交流を促す国際的学術組織<科学フロンティア>、そのメンバーである優秀な理論物理学者次々と自殺している。<科学フロンティア>に参加し、内情を探ってほしい。その一人は、汪淼が尊敬する楊冬もいた。

 物理学者には基礎系と応用系がいる。<科学フロンティア>は基礎系の集まりだが、汪淼は応用系だ。汪淼は迷った末に話を受けるが、今度は奇怪な事件が汪淼の身に降りかかり…

 2006年の第19回中国銀河賞特別賞、2015年ヒューゴー賞長編小説部門賞、2020年星雲賞海外長編部門受賞など、SFに関わる世界中の主要な賞を総ナメにしたほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019でも、2位のピーター・ワッツ「巨星」にダブルスコアの大差をつけて堂々のトップに輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は劉慈欣「三体」重慶出版2008年1月+The Three-Body Problem, 2014。日本語版は2019年7月15日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約416頁に加え、大森望の訳者あとがき9頁+立原透耶の監修者解説3頁。9ポイント45字×21行×416頁=約393,120字、400字詰め原稿用紙で約983枚。文庫なら上下巻ぐらいの長さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容は直球のサイエンス・フィクションだし、最新の物理学の成果を惜しげもなくつぎ込んでいる。が、それらは口うるさいSFマニア向けの仕掛けなので、わからなかったら無視してもいい。むしろハラハラするサスペンスと、思いっきりフカした大法螺を楽しむ娯楽作品だ。

【感想は?】

 オラフ・ステープルトンの壮大な哲学を骨組みとして、バリトン・J・ベイリーの奇想で肉付けし、ロバート・R・マキャモンの外連味で味付けした、骨太ながらもサービス満点な娯楽作品だ。

 SF者として言いたい事は沢山あるが、まずは娯楽作家としての手腕を語りたい。

 まず、冒頭の文化大革命の場面の生々しい迫力が素晴らしい。著者は「政治的意図はない」としている。だとすれば、これは娯楽作としての意図だ。ハリウッド映画の脚本では、始まってスグに観客を引き込め、と言われる。冒頭にショッキングな場面を置くのは、この定石に適っている。

 などと思っていたら、次は主人公の汪淼がいきなり警察に連行される。先の文化大革命で中国の当局の危険を散々思い知らされた直後だけに、この衝撃は大きい。が、その後も衝撃は次々と読者に襲い掛かる。あの中国で、軍人が中心を占める<作戦司令センター>に、なんとNATOの士官とCIAまで居る。おいおい。

 「中国人の作品だから、きっとお説教臭くて退屈なんだろう」なんて思い込みは、この辺ですっかり吹っ飛ぶだろう。と同時に、三国志演義よろしく「じゃ稀有壮大だけど荒唐無稽なのね」となりそうなもんだが、どっこいそうはいかない。

 私が感心したのは、<作戦司令センター>でコンピュータ機器が乱雑に置かれている描写だ。後先考えない突貫作業の結末を、たった数行で見事に描き切っている。多少なりともネットワーク管理などを齧った人なら、思わず悲鳴をあげてしまうだろう。

 こういうリアルなメカの描写は、私たちが思い浮かべる中華ファンタジイとは明らかに一線を画すもので、むしろスティーヴン・キングなどアメリカの人気作家が生み出すリアリティに近い。

 そういうリアリティで読者を物語に引きずり込んだ直後に、いきなり大法螺をかます。自殺した物理学者の遺言に曰く。

これまでも、これからも、物理学は存在しない。
  ――p66

 この辺から、物語は次第にホラーの雰囲気をまとい始める。次に汪淼の身に起きる怪奇のあたりは、瀬名英明のデビュー作「パラサイト・イヴ」の後半を思わせるカッ飛び感があったり。

 わたしはこれで「なるほど、ホラーか」と思い込んだんだが、終盤で見事にカウンターを食らった。ホラーなんてとんでもない、SFの王道ド真ん中をいく剛速球でフッ飛ばされた。いやあ、とんでもねえ力技だ。

 そう、著者のSFに対する深い愛情も、そこかしこに溢れている。これも<作戦司令センター>の場面で、アシモフの傑作短編が出てきたり。

 噂のゲーム「三体」の場面でも、「折りたたみ北京」収録の短編「円」ををどう組み込むのか、楽しみにしていたんだが、そうきたか~、とひたすら感心するばかり。<秦1.0>とか、大笑いが止まらない。

 などと、大法螺をカマしながら来た終盤、<ジャッジメント・デイ>襲撃作戦の場面では、山田正紀のアクション作品を彷彿とさせる鮮やかなアイデアが炸裂するんだからたまらない。ラリイ・ニーヴンのリングワールドに出てきたアレをちょいと拝借しつつ、その欠点を綺麗に解決しているのも嬉しい。

 冒頭は緊迫感あふれるリアリティで読者を引きずり込み、ホラーっぽい仕掛けで恐怖を煽り、<三体>ゲームで壮大なスケールに慣れさせた後に、極大のアイデアで読者の想像力をブッちぎる。娯楽作品としても本格SFとしても、思いっきり楽しめる作品だ。いやあ、面白かった。

【関連記事】

【今日の一曲】

龍革命 Anarchy in the UK

 中国発の闇雲なパワーといえばコレ、ドラゴンズ。締め付けの厳しい80年代初頭の中国でロックに挑んだけど当局に目をつけられ云々とか、いや元々ヤラセだったとか、胡散臭い噂が飛び交ったバンド。胡散臭さではオリジナルのセックス・ピストルズにも負けていないw 歌詞も分からなかったのか「♪アーアーアー」と叫んでたりと、「とにかくやったるで!」みたいな勢いだけはあります。

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2021年4月 7日 (水)

ケン・リュウ「生まれ変わり」新☆ハヤカワSFシリーズ 古沢嘉通・幹瑤子・大谷真弓訳

「あなたはもっとも合理的な存在になりたいとは思っていないでしょ」
「あなたはもっとも正しい存在になりたがっている」
  ――ビザンチン・エンパシー

【どんな本?】

 「紙の動物園」で大ヒットを飛ばすとともに、「三体」に代表される中国SFを精力的に紹介し、SF界の台風の目となったケン・リュウの20篇を収めた、日本オリジナル短編集第三段。

 今までと同様に、多彩な芸を活かしたバラエティ豊かな味が楽しめるとともに、著者の思想が最も強く出た作品集でもある。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019海外篇で第4位に食い込んだ。

 なお、今はハヤカワ文庫SFより文庫版が「生まれ変わり」「神々は繋がれてはいない」の二分冊で出ている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年2月25日発行。新書版で縦二段組み本文約499頁に加え、編者あとがき8頁。9ポイント24字×17行×2段×499頁=約407,184字、400字詰め原稿用紙で約1,018枚。文庫なら二分冊が妥当なところ。

 プログラムのソースコードが出てきたり、面倒な数学理論が展開したりするが、面倒くさかったらソコは読み飛ばして構わない。そういうのに拘るのは面倒くさいSFマニアだけです。いや自分のことは棚に上げてるけどw それより、その奥にある著者ならではの情感を楽しもう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳。

生まれ変わり / The Reborn / Tor.com 2014年1月29日 / 古沢嘉通訳

「都合よくやつらが自分たちのやったことを忘れられるからといって、おれたちも忘れるべきということにはならん」

 地球はトウニン人に侵略された。記憶を失い続けるトウニン人は、歴史を軽んじる。トウニン人に恨みを抱き反乱を企てる地球人もいる。共存を目指すトウニン人は、そんな者たちが持つ恨みの記憶を奪い、別人として生まれ変わらせる。トウニン保護局の特別捜査官ジョシュア・レノンの目の前で、今日もトウニン人と生まれ変わりの地球人を狙うテロが起きた。
 SFとしては、常に記憶を失っていくトウニン人のアイデアが見事。未来志向と言うのは簡単だが、恨みを忘れろってのも無茶な話。なら記憶を消してしまえってのが、本作の重要なアイデア。実は現在のほぼすべての国や政府が、トウニン人でもあり地球人でもあるワケで、トウニン人と地球人に、どの国や政府を当てはめるかが、読者の政治的立場を写す鏡になる。
介護士 / The Caretaker / First Contact : Digital Science Fiction Anthology 2011年 / 大谷真弓訳

介護ロボットには、ひとつ長所がある――ロボットの腕のなかで裸になっても、恥ずかしさや照れはほとんど感じない。

 老いて妻を喪い、脳卒中で体の自由が利かなくなったチャーチは、介護ロボットのサンディの世話になる。最新のAIを搭載しているはずのサンディだが、チェスを知らないなど、微妙に間が抜けたところがある。どころか、信号を待たずに道路を突っ切ろうとするなど、致命的な欠陥すらあった。
 最近になって現場への投入が進みつつある、介護ロボットを題材にした作品。少し前にオンライン・ゲームで似たような話を聞いたけど、その使い方がいかにもケン・リュウらしい。「折りたたみ北京」収録の「童童の夏」に少し味わいが似ている。
ランニング・シューズ / Running Shoes / SQマグ16号 2014年9月 / 古沢嘉通訳
 家族を養うため、14歳のズアンは日に16時間、靴工場で働いている。ヴオン親方はズアンを目の敵にする。蒸し暑い夏の日、フラついたズアンは作業台に倒れ込み…
 これまた生々しいネタを、メルヘンっぽいファンタジイに包んだ作品。近年になって急速に進んだグローバル経済は、国際企業のアジアへの進出を促すが、まあ某社みたいな話もあるワケで。こんな黒い作品も書くんだなあ。
化学調味料ゴーレム / The MSG Golem / Unidentified Funny Object 2 2013年 / 大谷真弓訳

「汝はわたしと言い争うことはできるが、アインシュタインと言い争うことはできん」

10歳のレベッカは、両親とともに宇宙船<星雲のプリンセス号>でバカンスに出かけた。目的地はニュー・ハイファ。地球を出て二日目、神がレベッカに話しかける。「ゴーレムを作り、船内のネズミをすべて捕まえるのだ」
 この神はアブラハムの神、つまりユダヤ教・キリスト教・イスラム教の神、創造主。10歳ながらも理知的で口が減らないレベッカと、愚痴っぽくて癇癪持ちな神の会話が、やたらと楽しいユーモア作品。フレドリック・ブラウンを現代風に洗練させたような雰囲気が心地いい。
ホモ・フローレシエンシス / Homo Floresiensis / Solaris Rising 3 2014年 / 古沢嘉通訳

「どこであれホモ・サピエンスがやってきたところでは、ほかのヒト属は消えてしまっている」

 鳥を研究する大学院生のベンジャミンは、調査のため一人でインドネシアを訪れた。一万八千以上の島からなるインドネシアには、前人未到の地域がたくさんある。妙なブツを売り込みにきた現地人と剣呑な雰囲気になったとき、現地に住み着いた研究者のレベッカが仲裁に入った。手打ちで買ったブツは小さな頭蓋骨で…
 孤立した部族といえば、インドの北センチネル島(→Wikipedia)が有名だ。インド政府は余計なおせっかいはしない方針だが、先の記事によると、なまじ有名になったためチョッカイを出す輩が増えたとか。
訪問者 / The Visit / オン・ザ・プレミシーズ13号 2011年3月 / 大谷真弓訳
 ある日、453機の探査機がやってきた。異星人のモノらしい。高さ150cm直径30cmぐらいお円筒形で、地面から30cmほど浮いている。人が近づくと離れていくし、音や電波や光による通信の試みは全て失敗した。きままにフラつくような探査機だが、その近くだと人は振る舞いが上品になる。マットとララは、探査機の前でイチャついてみせた。
 誰かに見られていると、人は振る舞いが変わる。プログラマも、公開するソース・プログラムは、ちと綺麗にコーディングする。外国人に自国を紹介する際は、いい所だけを見せようとする。ってことで、情報公開は大事なんですよ、という話なんだと、私は解釈した。いや昔からの持論に引き寄せて解釈しただけなんだけどね。
悪疫 / The Plague / ネイチャー2013年5月15日号 / 古沢嘉通訳
 母さんといっしょに川で魚を捕っているとき、大きな男が水の中に転がり込んだ。ガラスの鉢を頭にかぶり、分厚い服を着ている。ヒャダがない。ドームから来たんだ。母さんは言う。「助けられないよ」「空気も水も、この人たちには毒なんだ」
 先の「ホモ・フローレシエンシス」と、対を成すような作品。テーマは宮崎駿の某作コミック版と通じるものがあるが、5頁と短いだけに、メッセージはより直接的に伝わってくる。
生きている本の起源に関する、短くて不確かだが本当の話 / A Brief and Inaccurate but True Account of the Origin of Living Books / ソロモン・R・グッゲンハイム美術館何鴻殻家族基金中国美術展「故事新編/Tales of Our Time」カタログ 2016年 / 大谷真弓訳
本は変化しなかったが、読者は変化した。
 かつて、本は固定されたもので、生きてはいなかった。そこに命を吹き込もうとする者たちが現れた。また、本を書く機械を作ろうとする者たちもいた。
 ヴァネヴァー・ブッシュのmemex(→Wikipedia)などを引き合いに出しながら、本の進化を描く短編。読むたびに変わる本は面白そうだが、「ふたりの読者が同じ本を読むことはない」のは、ちと寂しい気がする。だって好きな本の感想を語りあえないじゃないか…と思ったけど、シミュレーションゲームのシヴィライゼーションとかは、ファン同士が活発に交流してるなあ。
ペレの住民 / The People of Pele / アシモフ2012年2月号 / 古沢嘉通訳
「われわれは生きている者に義務を負っているのであり、死者に負っているわけじゃない」
 地球から約29光年、主観時間で約30年間かけて、<コロンビア>号は惑星ペレにたどり着く。最初の太陽系外移民船だ。帰りの推進剤はない。冷凍睡眠から最初に目覚めた司令官シャーマンに続き、副司令官のクロウズが起きる。数日して、地球から通信が届く。30年前に発信した指令だ。「周辺の主な天体でアメリカの主権を主張せよ」。ペレでは奇妙な結晶体が見つかった。
 未知の惑星で見つかる異様な現象=結晶体は、SFの古典的な題材。ケン・リュウには珍しく(と言ったら失礼かもしれないが)、ちゃんと真っすぐにSFしてる。と同時に、背景に国家間の対立が深まる地球の情勢と、そこから30光年の空間と30年間の時間を隔てたペレを巧みに絡めるあたりは、しっかりケン・リュウならではの味。
揺り籠からの特報:隠遁者 マサチューセッツ海での48時間 / Dispatches from the Cradle : The Hermit : Forty-Eight Hours in the Sea of Massachusetts / Drowned Worlds 2016年 / 大谷真弓訳
これがぼくらの家なんだ。ぼくらはここで暮らしてる。
 地球は温暖化で海面が上昇し、金星や火星のテラフォームが進みつつある未来。高名なファイナンシャル・エンジニアのエイサは、全財産を現金化し家族とも縁を切り、サバイバル居住キットを買って海に出た。そんなエイサを追ってマサチューセッツ海でかけたわたしは、幸い彼女に客として招かれる。
 温暖化により気候も地形も大きく変わった地球の風景をじっくり描いた作品。ボストンの市街が魚の住処になっている場面が印象に残る。確かに都市は地形が複雑だから、いい人工漁礁(→Wikipedia)になりそうだ。機構や地形が変われば人の集う所も変わるわけで、そういう世界で生まれ育った人にとっては、そこが故郷になるんだよなあ。
七度の誕生日 / Seven Birthday / Bridging Infinity 2016年 / 古沢嘉通訳
つねに技術的な解決方法はあるものだ。
 ミアの七歳の誕生日、パパは凧揚げを教えてくれた。ママは世界中を飛び回っていて、少ししか時間が取れない。パパもママもわたしを愛してる。でもお互いを愛してはいない。
 世界を変えるために忙しく働く母と、家族をないがしろにする妻に納得がいかない父。そんな家族の風景で始まった物語は、壮大な人類史へと広がってゆく。誕生日を迎えるたび、次々と風呂敷を広げてゆく様は、オラフ・ステープルドン を思わせる芸風ながら、いずれの風景も情感が漂うあたりが、ケン・リュウらしい。
数えられるもの / The Countable / アシモフ2011年12月号 / 古沢嘉通訳
 言葉はわかる。意味もわかる。でも、意図を取り違える。そして、人は腹を立てる。デイヴィッドは、そんな問題を抱えていた。どうも、言葉とは違う言語があるらしい。そう気づいたデイヴィッドは、身振りや手振りや表情から法則を見いだし、目立たずにいる方法を身に着けた。
 数学の才能に秀でた高機能自閉症の連れ子デイヴィッドと、バリバリのマチズモな継父のジャック。ただでさえギクシャクしがちな親子なのに、性格の相性も最悪じゃなあ。という児童虐待の問題に、ゲオルグ・カントールによる無限集合の濃度(→Wikipedia)を組み合わせた、野心的な作品。
カルタゴの薔薇 / Carthaginian Rose / Empire of Dreams and Miracles : The Phobos Science Fiction Anthology 1 2002年 / 古沢嘉通訳
「肉体はまさにもっとも重要なサバイバル用品だけど、弱くて、不完全なの。いつだって持ち主を裏切るの」
 幼い頃から妹のリズは衝動的で無計画だったが、明るくて機転が利きいた。しょちゅうトラブルを引き起こしたが、アドリブで切り抜ける才能を持っていた。大学を卒業すると、リズは北米最大のAIコンサルティング会社に入り、世界中を飛び回る。従来のAIと違い、想定外の事態や不慣れな状況でも、なんとか切り抜けられる、そんなAIを目指す企業だ。
 いるよね、リズみたいな人。つくづく羨ましい。いわゆる「人格アップロード」の問題点を、実に見事に指摘している。そうなんだよなあ、脳科学の難しい点は、生きたヒトの脳を充分な精度で観察できないことなんだよなあ。商業誌デビュー作とはとても思えぬほどの才気を感じさせる作品。
神々は鎖につながれてはいない / The Gods Will Not Be Chained / The End is Nigh. Book Ⅰ of the Apocalypse Triptych 2014年 / 幹瑤子訳
神々は殺されはしない / The Gods Will Not Be Slain / The End is Now, Book Ⅱ of the Apocalypse Triptych 2014年 / 幹瑤子訳
神々は犬死はしない / The Gods Have Not Died in Vain / The End Has Come, Book Ⅲ of the Apocalypse Triptych 2015年 / 幹瑤子訳
現実の世界は野蛮な戦いに満ちている。
 父を喪い転校したマディ―は、女王きどりのクラスメイトに目をつけられ、教室でもネットでもイジメにあっている。その日、入ってもいないチャット・サービスから、絵文字だけのメッセージが届く。絵文字だけのメッセージには思い出がある。よく父と絵文字を使いピクショナリー(→Weblio)で遊んだ。相手をしてみると、どうも謎のチャット相手は敵じゃないようだ。
 先の「カルタゴの薔薇」を書き直したような作品。三つの短編というより、一つの中編を三つに分けて発表した感じで、物語は素直に繋がっている。やはりテーマは「不完全な人格アップロード」で、ちょっとイーガンの「ゼンデギ」に似ている。主人公マディーのキャラ作りが巧い。プログラミングが得意な賢い女の子。そりゃSFオタクは入れ込んじゃいます。
 抒情的な作品が多いケン・リュウだが、本作におけるコンピュータの描写はなかなかのもの。第二部で炸裂する最終兵器とかは、思わずうなってしまった。一種の焦土作戦というか自爆装置というか。第三部で出てくる LAMBDA 式も、ごく一部のマニアは大喜びだw 連中がちゃんと仕事してりゃ、CSS も JavaScript も HTML も、全部S式でイケたのにw
 他にも「不気味の谷」を手慣れた感じで使うあたりもいい。将来、ロボットの顔はミクさんになるかもね。何より「AIに肉体は必要か?」って問題に、鮮やかな解を示してるのに参った。そうきたかあ。
闇に響くこだま / Echos in the Dark / Mythic Delirium, Issue 0.1 July-September 2013 / 大谷真弓訳
自国の民を外国の砲艦から守りもせず、むしろ虐殺する支配者がどこにいる?
 清朝末期、上海。南北戦争に従軍したわたしは、水道技師の従兄弟に警備担当として招かれた。近郊を見回る際、太平天国の乱の生き残り、“飛翔する蝙蝠”こと蔡強圀の一味に攫われる。連れていかれた彼らのアジトは、崖の下にあり四方を壁で囲んである。そこに清朝の兵が襲い掛かってきた。
 図やグラフを大胆に使ったSFならではの作品。一般に攻城戦は籠城側が有利とはいえ、それは充分に考えて築いた守りの堅い城での話。砦とすら言えぬ塀に囲まれただけのアジトで、兵力・装備ともに劣る蔡強圀の一味が、どう戦うかが読みどころ。もっとも、バトル系の漫画が好きな人は、見当がつくだろうけど。加えて、同じ現象に対する中国とアメリカの考え方の違いが著者のオリジナリティだろう。
ゴースト・デイズ / Ghost Days / ライトスピード2013年10月号 / 大谷真弓訳
 銀河の反対側で立ち往生した人々は、救援が来るのを諦め、ノヴァ・パシフィカで新しい世界を築き始めた。環境も生態系も異なる異星で生き延びるため、次世代の子どもたちは現地に適応するよう遺伝的な改造を施す。そんな子供たちは、親の世代が熱心に語る地球の歴史に意味を見いだせない。
 ここでも、いきなり LISP のコードが出てきたのにビックリ。SFでも、これほどS式に拘る人は珍しい。未来の異星・1989年のアメリカ・1905年の香港、三つの物語で親と子の考え方の違いを描きつつ、受け継がれてゆくものと変わってゆくものを浮かび上がらせる。そういえば私も若い頃はあまし歴史に興味がなかったなあ。
隠娘 / The Hidden Girl / The Book of Swords 2017年 / 古沢嘉通訳
「拙僧は命を盗んでいる」
 朝廷の権力が衰え、封建領主である節度使が相争う八世紀初頭の唐。将軍の娘は謎の比丘尼に才能を見込まれ、攫われて隠娘の名を与えられ、暗殺者としての訓練を受ける。姉弟子の精精児・空空児と共に修業を積んだ娘は、六年後に初任務へと向かうが…
 ファンは「良い狩りを」でニヤリとするところ。舞台こそ唐時代の中国だが、日本人としては忍者物の香りを嗅ぎ取ってしまう。彼女らが使う「忍術」に、ちゃんとSFな理屈をつけてるのも楽しい。ただ、お話としては、短編というより、長いシリーズ物のプロローグっぽいんだよなあ。漫画家と組んでシリーズ化して欲しい。
ビザンチン・エンパシー / Byzantine Empathy / MIT Technology Review's Twelve Tomorrows 2018年 / 古沢嘉通訳
「機械は司法制度よりはるかに透明かつ予測可能なのです」
 中国との国境近くのミャンマーでは、少数民族の反政府勢力と政府軍が争い、多くの難民が死んでいる。その記録VRを「視」たジェンウェンは衝撃を受た。だがアメリカも中国も政治的な理由で黙殺しており、NGOも介入を拒んでいる。事態を変えようと考えたジェンウェンは、暗号通貨/ビットコインを基盤としたエンパシアムを開発するが…
 これまたグレッグ・イーガンの「失われた大陸」と共通したテーマ。まずVRの使い方に感心した。そういう使い方もあるんだなあ。同じ救済運動でも、人々の感情つまり共感を重要視するジェンウェンと、合理性を重んじ専門家による組織で働くソフィア。作中の「これは苦痛の商品化だ!」と同じ理由で、私の考えはソフィアに近い。北朝鮮人民が飢えても、「しょうがない」で済ます。だが、奴隷制でやられた。そうなのだ。こういう運動を生み支えるのは、合理性じゃなくて感情なんだ。どう折り合いをつければいいのか、というと、うーん。

 芸幅の広い人だとは思っていたが、「ランニング・シューズ」のように、黒い面が見れたのは収穫だった。「化学調味料ゴーレム」の軽快なユーモアも楽しい。最後の「ビザンチン・エンパシー」には、ヘビー級のボディブローを食らった感じ。ちと編者の悪意を感じるのは、被害妄想だろうか。相変わらず芸幅の広さと中国文化の奥深さを見せつけながらも、底にある姿勢は人類普遍のものであり、著者の作品集の中でもソレが最も強く出ている。

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2021年1月12日 (火)

ジョン・ヴァーリイ「さようなら、ロビンソン・クルーソー <八世界>全短編」創元SF文庫 浅倉久志・大野万紀訳

「不可能なものをすべて除外してしまえば」と彼は引用した。「あとに残ったものが、たとえいかに不合理に見えても、それこそ真実に違いない」
  ――びっくりハウス効果

「空が落ちてくるよ、リー」
  ――さようなら、ロビンソン・クルーソー

「あなたは何?」
「時空の特異現象。重力と因果律の掃き溜め。ブラックホールです」
  ――ブラックホールとロリポップ

「これは戦争だ。しかも、宗教戦争――いちばんきたない種類の戦争だ」
  ――イークイノックスはいいずこに

自分のどこまでがホルモンで、どこまでが遺伝で、どこまでが育てられ方なのかを知りたい。
  ――選択の自由

「あなたは人に操られているという漠然とした意識をもっている」
  ――ビートニク・バイユー

【どんな本?】

 70年代にデビューし、斬新な作風で大人気を博したアメリカのSF作家ジョン・ヴァーリイ John Varley による、<八世界>シリーズに属する作品を集め、発表順に並べた短編集その2。

 異星人の侵略により、人類は地球から叩き出される。そして数百年が過ぎたころ、人類は太陽系の外縁をかすめる通信ビームを発見する。発信元はへびつかい座。へびつかい座ホットラインと名づけられたビームは、大量の無意味と思われる信号に紛れ、優れた科学技術の情報も含んでいた。

 ごの技術を利用し、人類は太陽系の<八世界>へと進出する。植民先は水星,金星,月,火星,土星の衛星タイタン,天王星の衛星オベロン,海王星の衛星トリトン,そして冥王星。それぞれの環境に合わせ、大胆に人体を改造した人類は、社会制度も変えていった。

 当時の最新の科学知識を駆使しつつ、家族や恋人や友人などの親しい者同士の関係を通し、大きく変異した人類の生き方を描く、70年代を代表する傑作SF短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年2月26日初版。文庫で縦一段組み本文約342頁に加え、訳者大野万紀の解説が豪華20頁。8ポイント42字×18行×342頁=約258,552字、400字詰め原稿用紙で約647枚。文庫では少し厚め。

 文章はこなれている。ただし、SFとしてはかなり科学的に濃いし、SFガジェットも盛りだくさん。

 そんな風に、背景には相当に突っ込んだ科学設定があるのだが、敢えて説明はせず、読者の知識に委ねる芸風なのだ。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳。

びっくりハウス効果 / The Funhouse Effect / F&SF1976年12月号 / 大野万紀訳
 <地獄の雪玉>は彗星を改造した客船だ。太陽をかすめる軌道がウリだったが、そのたびに1億トンの質量を失い、今回が最後の航行となる。火星のタルシスから来た作家のクエスターは、ヤバい事に気がつく。エンジンがあるはずの場所は、大きな穴になっている。おまけに救命艇もなくなった加えて「放射能漏れがあった」とのアナウンス。何が起きている?
 豪華客船の最後の航行。運営会社は経費節減のため、あらゆる安全装置を取り外そうとしている。危険に気づいた主人公は、知り合った乗客の一人サ―ラスと共に、真相究明に乗り出す…はずが、事態はさらに混乱してゆく。P.K.ディックが得意とする仕掛けだが、味わいはむしろフレドリック・ブラウン的な軽妙さを感じる。
さようなら、ロビンソン・クルーソー / Good-Bye, Robinson Crusoe / アシモフ1977年春 / 浅倉久志訳
 ピリは冥王星の<パシフィカ・ディズニーランド>で二度目の幼年期の夏を過ごす。船の難破で太平洋の熱帯サンゴ礁に流れ着いた、そういう設定だ。海に潜る。えらが開く。近ごろはハルラの機嫌が悪い。
 舞台は作りかけのディズニーランドだし、ピリも自分が浸っているのは幻想だと知っている。南海の楽園を装っているが舞台裏は見えていて、不穏な予兆がアチコチに漂う。いわば夏のバカンスの終わりを描く作品だが、オチで明かされる落差が半端ない。Rod Stewart の Maggie May(→Youtube)を聴きたくなる。
ブラックホールとロリポップ / Lollipop and tar Baby / Orbit19 1977年 / 大野万紀訳
 ザンジアはブラックホール・ハンターだ。生まれてから15年間、クローンシスターのゾウイと共に、冥王星の彼方で探し続けてきた。ある日いきなり通信が入った。「ハロー、ブラックホールです」。本当なら大当たりだ。でもブラックホールが人間の言葉を話すか? どうやって通信した? なぜ今まで見つからなかった?
ブラックホール通過」同様、太陽系最外縁で孤立した暮らしを営む者を描く、ホラー風味の作品。当時最新トピックだったマイクロ・ブラックホールの扱いが巧みだ。また、生涯を無重力状態で過ごしたザンジアから見た惑星の暮らしにセンス・オブ・ワンダーが溢れている。なお Shirley Temple の On The Good Ship Lollipop はこちら(→Yooutube)。
イークイノックスはいいずこに / Equinoctial / Ascents of Wonder 1977年 / 浅倉久志訳
 パラメーター&イークイノックスは追われている。追っ手は改造派。土星のB輪を赤く塗りつぶそうとしている。でも今は人手が足りないので頭数を増やしたい。だから五つ子を産む寸前のパラメーターは格好の獲物だ。パラメーターがリンガーになったのは77歳の時。やりたい事をやり尽くして土星にたどり着き、イークイノックスと一体化した。
 これも「歌えや踊れ」同様、土星の共生体を描く作品。ただし背景はいささか物騒で、改造派と保全派が争っている。もっとも地球の争いに比べ、やたらのんびりした争いだけど。なんじゃいリングペインター大帝ってw とまれ、パラメーターとイークイノックスの「出会い」の描写は素晴らしい。けど最後のオチはw
選択の自由 / Options / Universe9 1979年 / 浅倉久志訳
 地球を奪われて百年、性転換が安く簡単になってから20年。利用者は既に15人に1人だ。クレオは五人家族だ。夫のジュールズ、長女のリリー、長男のポール、次女で乳飲み子のフェザー。新聞の特集記事を読んでから、クレオも性転換を考え始めた。だが家族はどう思うだろう?
 <八世界>では、当たり前のように人々は性を変える。本作は性転換が普及する過程で起きる軋轢を、特に夫婦関係に絞って描くもの。女のクレオ視点で語られるためか、最初はジュールズ君にイラつくんだけど、受け入れ始めるあたりから、だいぶ様子が違ってくる。妻を失うかわりに、お互い何でも知ってる気の合う親友が得られるとしたら、それは幸せなのか不幸なのか。
ビートニク・バイユー / Beatnik Bayou / New VoisesⅢ 1980年 / 大野万紀訳
 アーガスとデンバーは13歳。キャセイとトリガーも同じぐらいに見えるけど、二人はプロの教師だ。7歳の時から、四人は一緒に大きくなった。ビートニク・バイユーはトリガー所有の個人ディスに―ランド。四人でその沼地に行った際、面倒くさい女がキャセイにしつこく絡んできた。もうすぐ子供が生まれる、でも教師が見つからない、なんとかしてくれ、と。
 主なガジェットは「プロの子供」。大人の教師が子供の体になり、教え子と一緒に大きくなりつつ、教育してゆく。名探偵コ〇ンかいw 一見異様に感じるが、親のダーシー視点だと、とっても理想的だ。なにせ子供が悪い仲間と付き合う心配がない。テキサス出身の作家だけに、似非バイユーの描写はロバート・R・マキャモンやジョー・R・ランズデールにも似た南部の香りが漂う。また裁判の場面では、ヴァーリイの倫理観が強く出ている。

 先の「汝、コンピューターの夢」同様、この作品集でもSFガジェットはてんこ盛りだ。次から次へと驚異的なガジェットが現れ、読者はソコに目を奪われる。

 と同時に、ヒトの生きざまもテクノロジーに従って大きく変わっているのがヴァーリイらしい所。それまでの作品ではサラリと流されていた性転換技術も、「選択の自由」でじっくり描くことで、ソレが社会や人々に与える影響がヒシヒシと伝わってくる。

 一人称の作品なため、読者も主人公視点で考えがちだが、「ビートニク・バイユー」などは親の立場で読むと、全く違った風景が広がるのも面白い。

 1994年の「ウィザード」を最後に邦訳が途絶えているが、なんとか再開してほしい。せめて「Demon」だけでも。

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