カテゴリー「書評:SF:海外」の239件の記事

2019年11月 7日 (木)

高野史緒編「21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作選 時間は誰も待ってくれない」東京創元社

「私はこんなに老けて、こんなに孤独で、こんなに疲れて……」
  ――オナ・フランツ「私と犬」

「現実に人間にしてもそうたくさんのタイプがあるわけではありませんよ」
  ――ロクサーナ・ブルンチェアヌ 「女性成功者」

テレビの背面カバーのネジを外そうとしてもつれた配線に指で触れる時、転がった鉛筆を拾おうとベッドの下にもぐり込もうとする時、私たちが姿を現すのは謎の洞窟のなかなのだ。
  ――ミハル・アイヴァス「もうひとつの街」

世界の終わりは日曜日の正午に始まった。
  ――シチェファン・フスリツァ「カウントダウン」

首都の名門銀行の上級顧問、ホートーニン氏は、列車の中で神と出会った。
  ――ゾラン・ジヴコヴィッチ「列車」

【どんな本?】

 東欧のSF作家というと、チェコのカレル・チャペックやポーランドのスタニスワフ・レムが思い浮かぶ。チャペックは大戦間の人だし、レムは冷戦期の人だ。その東欧は1989年のベルリンの壁崩壊以降、大きく変わった。と同時に、冷戦前から受け継いできた文化も再び芽を出し始めている。

 その東欧(とロシア)における、ファンタスチカの概念は広い。序文によると、「SF・ファンタジー・歴史改変小説・幻想文学・ホラー等を包括したジャンル」である。

 50年代アメリカSFを思わせるおおらかなアイデア・ストーリー,ヒネリの利いた短編の佳作,現代の問題を扱う生々しい作品,激動の歴史を感じさせる短編など、バラエティ豊かな東欧ファンタスチカの世界を紹介する、贅沢な作品集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年版」のベストSF2011海外篇で8位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年9月30日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約272頁に加え、沼野允義による解説「東欧の『幽霊』には足がある? 見えざる『もう一つのヨーロッパ』の幻想の正体を探る」12頁+編者あとがき5頁。9ポイント43字×19行×272頁=約222,224字、400字詰め原稿用紙で約556枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 お堅い文章を覚悟していたのだが、意外と軽快でノリのいい作品も多い。全般的にサイエンス・フィクションは少なく、ユーモラスな社会批評や幻想的なホラーが中心なので、理科が苦手でも大丈夫。むしろ歴史や地理の知識があると、より深く味わえる作品が多い。

【収録作は?】

  国ごとに1~2頁の解説が。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 著者名 / 作品名 / 訳者 / 初出年 の順。

序文 ツァーリとカイザーの狭間で 高野史緒
<オーストリア>
ヘルムート・W・モンマース / ハーベムス・パーパム(新教皇万歳) / Helmuth W. mommers / Habemus Papam / 識名章喜訳 / 2005
 2866年。ローマ教皇ベテディクト17世死去に伴う教皇選出会議は難航していた。ヴァチカンには179名の枢機卿が集い、既に28回の選挙が行われたが、まだ白い煙はあがらない。人類の宇宙進出に伴い、ローマ・カトリックも宇宙へと版図を広げ、そればかりか…
 宇宙時代のローマ・カトリックはどうなるのか? 1950年代のアメリカSFを思わせる、おおらかながらSFらしい視点でチクリと風刺を利かせた作品。世の中が変わり、ローマ・カトリック信徒の範囲が広がれば、聖職者のメンバーも変わってくる。それも面白いが、敢えて変えない部分も面白かったり。
<ルーマニア>
オナ・フランツ / 私と犬 / Ona Franz / Eu și un cîine / 住谷春也訳 / 2005
 息子を安楽死させた三日後、安楽死禁止法が出た。妻は既に亡く、私は猫と共に一人で暮らし始める。火星で最初のコロニーの建設が始まったとニュースが報じている。医学では、最悪の病気を早期に犬が嗅ぎつける技術が完成した。私は今までどおり仕事を続けた。そして月日は過ぎ…
 髪が抜け始めたオッサンには身に染みる作品。ロボットなどの細部はやや古めかしい感はあるが、それが逆に切ない気分を盛り上げる。老いて何かと利かなくなる自分の体、それに比べて便利になり機能が増える身のまわりの品々。特に不満を持つでもなく、静かに日々の暮らしを続ける一人暮らしの男。犬との淡い交流が、読了後にささやかな余韻を残す。
ロクサーナ・ブルンチェアヌ / 女性成功者 / Roxana Brincoveanu / O femeie de succcess / 住谷春也訳 / 2005
 建築家として華々しく成功した女は、夫を買うことにする。欲しいのは仕事で役に立つロボットじゃない。人生の伴侶だ。大会社の有名モデルじゃ誰かとカブりいかねない。そこで無名の会社を選んだ。テクニカル・チームの細かい質問に答え、何日かして再び訪れると、夫が私に永遠の愛を誓ってくれた。
 これまた1950年代のアメリカSFを思わせる、おおらかなアイデア・ストーリー。加えてこの作品は、かなり高ピーでお喋りな女の語りが巧くハマり、テンポのいい文章に乗せて物語がポンポンと心地よく進んでゆく…と思ったら、こうきたか。このオチもまた、フレドリック・ブラウンや草上仁みたいな味がする。
<ベラルーシ>
アンドレイ・フェダレンカ / ブリャハ / Андрэй Федарэнка / Бляха / 越野剛訳 / 1992
 チェルノブイリ事故のあと、村から人がどんどん出ていく。残ったのは村一番の顔役だった爺さん夫婦、年寄りの准医師、そしてうすのろでろくでなしでのんだくれのブリャハだけ。元顔役の爺さんは、豚の解体を手伝ってくれとブリャハに頼みにきた。
 非SF。チェルノブイリ事故のあと、地元に残った人たちの物語。今更 Google Map で調べたら、チェルノブイリはウクライナ北端でベラルーシの国境近くなんだね。立入禁止地区に「ゾーン」なんてルビがついてると、ストルガツキー兄弟の名作「ストーカー」を思い出すんだが、そういう連中はチェルノブイリにも徘徊してて…。
<チェコ>
ミハル・アイヴァス / もうひとつの街 / Michal Ajvaz / Druhé město / 阿部賢一訳 / 1993, 2005
 私たちの街より古く、だが私たちが何も知らない世界。それは小さなひび割れなどの向こうに広がっている。<私>はその存在に気づき、しるしを求めてプラハの街を探して歩きまわる。その朝、向かったのはポホジェレッツ。しばらくすれば観光客でいっぱいになるだろうが、今は誰もいない。開いているビストロに入ると…
 長編の抜粋。幼いころ、熱を出して寝込んでいた時、天井の木目模様が様々なモノに見えた。そんな感覚が蘇ってくる、不気味な雰囲気に溢れた作品。チャイナ・ミエヴィルの「都市と都市」も二重都市を扱った作品だが、いずれの都市も人間の領分だった。だがこの作品の「街」は、もっと物騒で禍々しい。
<スロヴァキア>
シチェファン・フスリツァ / カウントダウン / Štefan Huslica / Odpo č ítavanie / 木村英明訳 / 2003
 ヨーロッパの十数カ所の原子力発電所が同時に襲われた。犯行グループは民主主義急進派。中国共産党体制に対し、民主主義のために戦争を布告せよ、さもなくば原子炉を爆破する、と。EUは平和的な解決を打診するが、犯行グループは一歩も譲らない。
 今世紀に入ってから中国の経済成長は著しいだけに、発表当時とは作品の印象が大きく変わっているんだろう。だが、中国が共産党の一党独裁なのは変わりないわけで、私たちのオツムは結構いいかげんなモンだと改めて考え込んでしまう。そんな状況で普通の市民に何ができるのか、というと…
シチェファン・フスリツァ / 三つの色 / Štefan Huslica / Tri Farby / 木村英明訳 / 1996
 ハンガリーとスロヴァキアの対立は市民戦争となり、町が戦場に変わった。街角では国連軍や赤十字、そしてCNNを見かける。
 スロヴァキアの国旗は白・赤・青、ハンガリーの国旗は赤・白・緑。なぜ戦争になったのかは語らず、市街の様子を突き放した文体で描いてゆく。「ボスニア内戦」や「セカンドハンドの時代」を読むと、社会ってのは意外と簡単にこういう事態に陥ってしまうような気がしてくる。
<ポーランド>
ミハウ・ストゥドニャレク / 時間は誰も待ってくれない / Michal Studniarek / Czas nie czeka na nikogo / 小椋彩訳 / 2009
 僕が幼いころ、祖父はよく若い頃の話をしてくれた。ワルシャワのシェンナ通りにある、レンガ造りのアパートでの暮らしを。祖父の誕生日に、シェンナのアパートの写真か絵葉書を送ろうと考えた僕は、骨董品店を訪ね歩く。<ヴィエフの店>を紹介された僕は、ハロウィーンの日に彼と待ち合わせ…
 第二次世界大戦でドイツはポーランドを占領、ソ連へと進撃するが、やがてソ連に押し返される。赤軍が目前に迫った時、ポーランド国内軍は蜂起し拳銃と火炎瓶でドイツ軍に立ち向かうが、赤軍は足を止める。国内軍はドイツ軍に蹂躙され、ワルシャワは瓦礫の山と化す(→「ワルシャワ蜂起1944」)。そんなワケで、戦前のワルシャワの写真や絵葉書は、ワルシャワっ子には特別な意味があるのだ。
 ハロウィーンは、日本だとお盆にあたるだろうか。いや季節は全く違うけど、雰囲気的に。東京の下町や広島に住んでいた人なら、より深く味わえる作品だと思う。
<旧東ドイツ>
アンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー / 労働者階級の手にあるインターネット / Angela & Karlheinz Steinmüller / Das Internetz in den Händen der Arbeiterklasse - Ein Begebnis aus dem jahr 1997 / 西塔玲司訳 / 2003
 ヴァルター・アダムチクは東欧崩壊の直前に西へ亡命し、今は遠隔医療の専門家として研究所で働いている。その日、ヴァルターに妙な電子メールが届いた。送信者はヴァルター本人、ただしアドレスは東独の科学アカデミーの研究所。イタズラかと思ったが…
 シュタージ=国家公安局やIM=民間諜報協力者=チクリ屋といった言葉から、東独時代の重苦しい気配が伝わってくると共に、その時代に生きたヴァルターの心には、今も冗談では済ましきれないモノが残っているのがわかる。実は自分のメールアドレスから来る迷惑メールって手口は既にあって(→脅迫スパム)、現実がSFを超えてしまった。ちなみに特撮ファンには嬉しいクスグリもあります。
<ハンガリー>
ダルヴァシ・ラースロー / 盛雲、庭園に隠れる者 / Darvasi László / Sen-Jün, a kertrejtőző / 鵜戸聡訳 / 2002
 千年も続いたと言われる竜たちの戦場を、公の家祖たちは清朝庭園に仕立てた。若き君主は庭園を愛で、自ら草を抜き枝を剪り手入れに勤しんだ。そこに盛雲と名乗る男が訪れてくる。面相は間抜けで体臭はきつい。不遜にもこう述べる。自分は清朝庭園に隠れ、公が一日かけても見つけ出せないだろう。
 編者の解説によると、ハンガリー文学には「中国もの」というサブジャンルがあるとか。確かにちょっと聊斎志異っぽい雰囲気はある。改めて考えると、いい歳こいた野郎二人が、必死になってかくれんぼするってだけの話なんだが、そこまで意地になるかw
<ラトヴィア>
ヤーニス・エインフェルズ / アスコルディーネの愛 ダウガワ河幻想 / Jānis Einfelds / ASKOLDĪNE / 黒沢歩訳 / 2009
 ダウガワ河の川岸に人が集まり、大笑いしている。人の群れをかきわけて川を見ると、不思議な幻が見えた。二本マストの船が大きな波に揺れている。ブリッジやデッキには、酔った水夫や士官がよろめいている。一人、美しい娘がいたが、引き立てられてどこかに閉じ込められてしまった。
 ダウガワ河と美しい娘と船が登場する、メルヘンっぽい話の断片が続く。それぞれの話は少しづつ重なり合い、だが微妙に違っている。どの話もバルト海にそそぐ川に相応しく、冷たく残酷で荒々しい。
<セルビア>
ゾラン・ジヴコヴィッチ / 列車 / Zoran Živković / Voz / 山崎信一訳 / 2005
 銀行で上級顧問を務めるホートーニン氏は、列車のコンパートメントで神と出会った。退役軍人のように見える神は、ホートーニン氏に告げる。「どんな質問にも答える、見返りは求めない」と。
 「神です」には笑ったw 全知全能の存在に対し、何を尋ねるべきか。宇宙の成り立ちやリーマン予想とかカッコつけたいところだが、きっと答えを聞いても私には理解できないだろうなあ。リーマン予想に至っては問題すら理解できないし。やっぱりホートーニン氏みたいな問いになるんだろうけど、なんちゅうオチだw
解説:東欧の「幽霊」には足がある? 見えざる「もう一つのヨーロッパ」の幻想の正体を探る:沼野允義
編者あとがき:高野史緒

 軽妙な「ハーベムス・パーパム」「女性成功者」「列車」や、不気味な「もうひとつの街」は、私のような古いSF者には妙な懐かしさを感じる。「私と犬」の、しみじみとした情感も心地いい。中でも最も気に入ったのは、書名にもなっている「時間は誰も待ってくれない」。東京の下町を舞台にして翻案したら、多くの日本人を泣かせるんじゃなかろか。

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2019年10月23日 (水)

リリー・ブルックス=ダルトン「世界の終わりの天文台」創元海外SF叢書 佐田千織訳

「われわれは今を生きなくてはならないんだ」
  ――p74

彼がここにやってきたのは死ぬためだった。
  ――p88

彼が蓄積してきた地元の知識は、偶然知ったことばかりだった。
  ――p149

あなたの心はそこまで壊れていたのね
  ――p192

災害時に電波に乗って流れる情報を最初につかむのは、いつもアマチュア無線家だ。
  ――p220

【どんな本?】

 アメリカの新鋭作家リリー・ブルックス=ダルトンの小説デビュー作。

 近未来。木星探査船<アイテル>は木星圏でのミッションを無事に終え、地球への帰路についた。一年以上にわたる共同生活でも、クルー六人のチームワークは乱れず、熱心に職務に励む。だが、地球を目指す旅の途中、地球からの通信が途絶えた。技術者のサリーは通信の回復に努める。しかし、入ってくるのは木星圏に残した機器からのデータだけで、地球からの応答はない。

 オーガスティンは78歳の天文学者。人嫌いがこじれ、今は北極圏のバーボー天文台にいる。他の研究者や技術者たちはすべて去った。オーガスティンは一人で天文台を独占し、気の向くまま観測と研究を続ける…つもりだったが、意外な居候が現れる。八歳ぐらいの少女、ルーシーだ。去った者の子供かと思い無線で問い合わせたが、どこからも応答がない。

 家族を置き去りにして宇宙に進んだ女、人とのつながりを拒み極地へと向かった男。静かな風景の中で世界の終わりを描く、少し変わった終末物SF。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」のベストSF2018海外篇29位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Good Morning, Midnight, by Lily Brookss-Dalton, 2016。日本語版は2018年1月12日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約260頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント43字×20行×260頁=約223,600字、400字詰め原稿用紙で約559枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。ごく稀に無線通信関係の用語が出てくるが、分からなければ無視して構わない。大切なのは登場人物の心の動きなので、理科が苦手な人でも大丈夫。敢えて言えば、太陽系の惑星の配置。地球から遠い順に木星→小惑星帯→火星→地球、となる。これさえ知っていれば、充分に楽しめる。

【感想は?】

 SFか、と言われると、ちとツラい。が、SFファンの心には鋭く突き刺さる作品だ。

 最初にハッキリさせておこう。人類滅亡の原因は最後まで明かされない。少なくとも核戦争ではないらしい。というのも、オーガスティンはホッキョクグマやシャコウウシやオオカミに出会うのだ。

 ただ、地上の誰もが重大な危機を予期しているのは、冒頭でハッキリと描いている。ここでは、天文台からの計画的な引き上げと、オーガスティンが強情を張って居残る場面がある。

 このオーガスティン、あまり主人公らしくないのが、この作品の大きな特徴だろう。人生の末期、78歳ってのもそうだが、性格もなかなかアレな人でw 最初は研究一筋の純粋な人かと思ったが、あ、いや、確かに研究が大好きな人ではあるんだが…。

 そういう意味だと、この作品はアンチSFとすら言えるほどのインパクトを持っている。孤高といえば聞こえはいいが、同僚の研究者からも持て余されているのが、冒頭でわかる。後に彼の過去が少しづつ明かされるに従い、彼がそうなってしまった経緯も呑み込めてくる。この辺までくると、とても他人事とは思えなくて、「ヤな奴だなあ」とは感じつつも、なぜか嫌いにはなれなかったり。いやあまし近くには居て欲しくないけどw

 そういった点では、グレゴリイ・ベンフォードや松崎有理とも違う視点での、研究者小説またはヲタク小説かもしれない。ただ、そのまなざしは、不器用な人間に深い理解を示しつつも、決して温かいだけのものじゃなかったり。もっとも、これはオーガスティンが住む、雪と氷に包まれた北極圏の風景がもたらす印象が混ざっているせいかも。

 というのも、冒頭の季節が春だからだ。太陽が昇らない長い冬が終わり、少しづつ日が差す春に、物語は始まる。その後、次第に日が長くなり、日が沈まぬ白夜の夏がやってくる。大気が温もりを取り戻すと共に、凍りついたオーガスティンの心も謎の少女アイリスによって揺らいでゆく。そんな彼の心の変化が、この作品の大きな読みどころ。

 もう一人の重要な人物は、宇宙飛行士の一人サリー。念願の木星圏探査船のクルーに選ばれ、木星圏でのミッションには成功したものの、帰路で地球との通信が途絶えてしまう。彼女もなかなかに複雑な環境で育ち、仕事はともかく家庭生活は順調とは言い難く…

 とまれ、こちらのパートだと、サリー自身より、彼女を含めたクルー全体の心の動きが、私には印象深かった。

 おそらく人類初である木星圏の有人探索だ。クルーは選び抜かれた優秀な人ばかり。熱望する冒険的なミッションに成功し、意気揚々と引き上げる…つもりが、地球からの返事はなしのつぶて。これがチームひとりひとりに、どんな影響を与えるか。

 実はサリーのパートだと、私はサリーより船長のハーパーが気になった。

 これが見事にオーガスティンと対照的な人で、選ばれるべくして選ばれたリーダーなんだな。プロフェッショナルな意識こそ共通しているものの、生まれも育ちも考え方も違う多国籍のメンバーを率い、通信途絶という危機にありながら、なんとかチームとして機能させようとする彼の努力は、涙ぐましくさえある。

 50年代のSFだったら、間違いなく彼が主人公になってサバイバル劇で大活躍していただろう。ここでも、背景となる舞台が大きな効果をもたらしている。

 人里離れているという点ではオーガスティンのいる北極圏と似ているが、こちらは板子一枚じゃなかった船殻を隔てた向こうは真空の宇宙。オーガスティンの周囲にはクマやオオカミが姿を見せるが、宇宙じゃ生命を思わせるものは何もなく、気配といえば木星圏からロボットが送ってくるデータだけ。

 宇宙にいるので家族や友人に会えない寂しさはあるが、ちょっと頭を回せばすぐそばに見慣れた、どころか息苦しいほどに見飽きたクルーがいる。それまでは明るい雰囲気だったのが、通信の途絶が長引くにつれ…。こっちのパートだと、別の事故で再び雰囲気が一変するところでニヤニヤしちゃったり。

 終末を迎えるなら、サリーとオーガスティン、どっちの立場に居たいだろうか。私はオーガスティンの方がいいなあ。

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2019年9月26日 (木)

シオドア・スタージョン「ヴィーナス・プラスX」国庫刊行会 大久保譲訳

レダム人に対しては、どんなシンボルが使われるのか? 火星プラスXか? 金星プラスXか?
  ――p109

「私たちが求めているのは意見です。あなた自身の意見なんですよ、チャーリー・ジョンズ」
  ――p144

「両親が子どもを作る。子どもが両親を作る」
  ――p173

「人間の世界に及ぶ神の手というのは、死者が生者に科した枷となるのがしばしばです。神の命令は、共同体の中の年長者たちの解釈を通して告げられる。しかしそうした人々は、歪んだ記憶を持ち、過去に浸っているばかりで現実を直視せず、心の中の情愛は干上がってしまっている」
  ――p193

何の取りえもない人間が自分が優れていると証明する唯一の方法は、他の誰かを劣った存在とみなすことだ。
  ――p209

【どんな本?】

 短編の名手として有名なSF作家シオドア・スタージョンが、冷戦の火花が散る時代に叩きつけた、思いっきり過激で挑発的なユートピア小説。

 チャーリー・ジョンズ、母親と二人で暮らす27歳の男。昨夜やっと、恋人のローラと思いを遂げたばかり。仕事から家に帰った…はずだが、目覚めたのは銀色の世界。

 レダムと呼ばれるそこは、奇妙な世界だった。空は一面の銀色で、建物は逆立ちしているみたいだし、空中と思った所はエレベーター。そして何より変なのは人だ。ファッションがケッタイなのはともかく、男か女かわからない。いや、男らしき二人が妊娠している。

 変わった世界だが、チャーリーを呼び寄せた者たちは、害意も敵意もないようだ。彼らの目的もわかった。「私たちについて知り、意見を聞かせて欲しい」。

 不思議な世界レダムを鏡として使う事で、私たちの社会の歪みをデフォルメして見せる、思いっきりスパイスの利いた長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Venus Plus X, by Theodore Sturgeon, 1960。日本語版は2005年4月25日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約288頁に加え、あとがき3頁+訳者あとがき9頁。9ポイント44字×18行×288頁=約228,096字、400字詰め原稿用紙で約571枚。文庫なら普通の厚さだろう。

 文章は読みやすい。内容もわかりやすい。SFとはいえ科学や技術の描写はアレなので、気にしてはいけない。まあ半世紀以上も前の作品だし、主題もソッチじゃないし。そんなんだから、理科が苦手でも大丈夫。

 あ、それと。性も重要なテーマだけど、ポルノとしては使い物にならないので、そのつもりで。

【感想は?】

 これはわかりやすいスタージョン。

 短編集「海を失った男」は技巧に走った作品が多い。「ビアンカの手」とか、私は結局最後までオチが分からなかった。

 が、この作品は、とってもわかりやすい。「夢見る宝石」や「人間以上」もそうだったけど、スタージョンの短編は玄人好みで、中編・長編はわかりやすいのが多いのかも。また、内容も「ガリバー旅行記」や「すばらしい新世界」に続く、一種のユートピア/ディストピア小説だし。

 もちろん、SFならではのセンス・オブ・ワンダーもある。さすがに世界が銀色なのは半世紀間のセンスだよなあ、と思うが、昔はそういう感覚だったんです。これを変えたのがスター・ウォーズで、微妙に汚れてボロいミレニアム・ファルコンとか…あ、いや、それは置いて。例えば、チャーリーがレダム語で、「ここは何という惑星なんだ?」と尋ね、「地球だ」と返ってきた後の、こんな台詞。

「要するに、どんな言語にも『地球』を意味する言葉があるってことだ。(略)火星語なら火星のことを『地球』と呼ぶはずだし、金星語では金星のことを『地球』と呼んでいるだろうし」
  ――p45

 私たちが「地球」と言うとき、そこには「母星」という意味がこもっている。火星で生まれ火星で育ち火星で生きている火星人は、火星を母星だと思っているだろう。だから、火星にいる火星人に「ここはどこだ?」と尋ねたら、「ここは私の母星だ」と答える。これを日本語に訳せば、「地球」が最もしっくりくる。

 こういう、言葉へのこだわりもスタージョンの特徴だろう。それだけに訳者も相当に工夫しているようで、ルビも見落とせない。三人称単数を示す単語をめぐる考察も、作品のテーマである性を含みつつ、いかにもスタージョンな味がする。そういえば、日本語だと、アイツ/あれ/奴/あの人/あの方とか、性を含まない三人称単数って、けっこうバリエーションは豊かだなあ。

 この小説、実はチャーリーのパートと並行して、現代の普通の家庭生活の話も進む。もっとも、こっちはたいした事件が起きるわけじゃないんだけど。だからこそ、レダム世界の引き立て役として、強いコントラストをなすパートだ。でありながら、彼らの職業が広告代理店で、言葉に縁が深いのも、スタージョンらしいところ。

 などの細かい芸が光る序盤に対し、中盤から終盤にかけては、むしろ武骨とすらいえる骨太なスタージョンが味わえるのが楽しい。もっとも、序盤でもちゃんと準備運動が入っている。例えば先の「地球」だ。立場が違えば、同じ言葉でも示すモノは違ってくる。これを出発点として、本作では次々と私たちの足元をすくい、ノーミソの溝に溜まったホコリをジャブジャブと洗い流してくれる。ああ、気持ちいい。

 激動の60年代らしく、宗教にキッチリと切り込んでるあたりも、なかなか愉快だった。現代アメリカ・パートの教会のエピソードとか、いかにも広告代理店が考えそうなシロモノだが、さすがにこれはネタだろうなあ。

 逆にレダム世界の宗教は、今から思えば、冷戦下とはいえ科学技術と経済が足を揃えて発展していた、当時の明るい気分が根底にあるんだよなあ。私のようなオッサンは、そういう雰囲気の中で書かれたSFで育っただけに、その発想を支える未来への希望が、「ああ、これぞ俺のSFだ」な感じで心地よかったり。

 奇妙な世界レダムを鏡として使い、私たちの世界の歪みを見せつける、皮肉たっぷりのユートピア小説。「SFは気になるけど数式は苦手」な人にお薦め。

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2019年9月17日 (火)

ルーシャス・シェパード「竜のグリオールに絵を描いた男」竹書房文庫 内田昌行訳

「グリオールの体に絵を描いているようなふりをして作業を進め、その胴を真実の光景で美しく飾るいっぽうで、やつに絵の具という毒をあたえ続けるのです」
  ――竜のグリオールに絵を描いた男

「あなたは彼をなんだと思っているのです?」(略)「神ではないとでも言うのですか?」
  ――鱗狩人の美しき娘

「その偉大な務めはグリオールに関係しているのでしょうね」
老女は肩をすくめた。「あらゆることがそうですから」
  ――ファーザー・オブ・ストーンズ

「これまでの人生が空虚だったせいで、あなたはわたしが何か達成感をあたえてくれると期待している。あなたが戻ってくるのはそれを望んでいるから。ふたりが進むべき道に、あなたとわたしがすでに足を踏み出しているから」
  ――嘘つきの館

【どんな本?】

 アメリカのSF/ファンタジイ作家ルーシャス・シェパードが遺した多くの作品の中から、「竜のグリオール」のシリーズ四編を選んで編んだ作品集。

 グリオールは巨大な竜だ。何世紀も生き、鼻づらから尾の先までは千八百メートルにも及ぶ。グリオールはカーボネイルス・ヴァリー一帯を支配し、住民たちを操っていた。あるとき、魔法使いがグリオールと戦った。グリオールの心臓は止まり呼吸も途絶えたが、命は奪えなかった。

 今、グリオールは巨大な体を谷に伏し、全く動かない。だが今なお谷の住民たちに影響を及ぼしていると言われる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年9月6日初版第1刷。文庫本で縦一段組み本文約390頁に加え、おおしまゆたかの解説が豪華25頁。8.5ポイント41字×17行×390頁=約271,830字、400字詰め原稿用紙で約680枚。文庫本ではやや厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただし、竜のイメージは大事かも。日本や中国の龍は聖なる獣みたいな印象があるが、グリオールは違う。底知れぬ邪悪さを秘め、賢いが賢明というより狡猾という感じ。それと単位がフィートなのがちと辛いかも。1フィートは約30cm、1マイルは約1.6km。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題。

竜のグリオールに絵を描いた男 / The Man Who Painted the Dragon Griaule
 谷はグリオールの殺害に報奨金をかけた。何百もの計画がたてられたが、みな失敗した。そして1853年、メリック・キャタネイが現れる。若者が持ち込んだ案はこうだ。グリオールに絵を描き、絵の具の毒で竜を殺す。提案は受け入れられ、作業が始まった。
 グリオールの巨大さに呆れてしまう作品。全長1.8km、高さ200m越えって、そりゃ生物というよりもはや地形だ。実際、絵を描く作業も、創作というより土木工事だし。そんな巨大な生物だけに、一つの独特な生態系を形作っているのも楽しい。こういった所は、映画「パシフィック・リム」のカイジュウを思い出したり。
鱗狩人の美しき娘 / The Scalehunter's Beautiful Daughter
 グリオールの鱗は薬として珍重される。男やもめのライオルは鱗狩人だ。谷の者は鱗狩人をのけ者にする。グリオールが鱗狩人を好まず、それが谷の者に影響しているからだ。ライオネルの娘キャサリンは妻の命とひきかえに生まれた。彼はキャサリンをグリオールの鱗の上で育てた。キャサリンは美しく育ち、何人もの男たちの間を飛び回った。だが…
 前作で少しだけ出てきたグリオールの生態系を、じっくりと味わえる作品。ドラゴンが火を噴くメカニズムにまで、ちゃんと理屈をつけてるのも楽しい。
 なにせ一つの環境、しかも竜なんぞという異様な生き物を中心とした世界だけに、そこに住む生物もなかなかに異様でおぞましい。狩猟隊の場面の迫力と気色悪さは半端ない。それに輪をかけて怖いのが、蔓草のシーン。いかにもグリオール生態系にふさわしく、この世界とは異なる「何か」を感じる。
 冒頭からグリオールとの強く結びついている様子のキャサリンが、終盤で己の運命を悟る所では、グリオールの底知れなさがジンワリと伝わってくる。動けないとはいえ、やはり竜は竜、しかも齢経た竜ともなれば…
ファーザー・オブ・ストーンズ / TheFather of Stones
ポート・シャンティの<竜の宮殿>で、僧侶マルド・ゼマイルが殺される。宮殿の門前にいた宝石研磨工ウィリアム・レイモスが捕まった。レイモスの娘ミリエルも、宮殿で見つかる。薬で麻痺状態になり、裸で祭壇に横たわっていた。凶器は始祖の石、グリオールの天産物と言われている。弁護士アダム・コロレイはレイモスと面会するが、レイモスは投げやりにグリオールのせいだ、と主張するだけ。
 グリオールの支配下にある谷を離れ、警察や法廷が機能している町ポート・シャンティで展開する法廷劇。主な視点が、弁護士のアダム・コロレイなのが巧い。貧しい育ちから理想を求めて身を立て、若いながらも頼りがいのある弁護士となった…が、経験を積むに従い現実を思い知り、今は少々疲れ気味。いい人なんだけど、やや燃え尽き気味なのだ。
 この構成が、物語が進むにつれボディブローのようにジワジワと効いてくる。最も邪悪で狡猾なのは、いったい何者なのか。グリオールなのか、彼らなのか、はたまた世界そのものなのか。
 「医者と弁護士には何も隠すな」とは言うが、この話の登場人物の言葉は、みんな信用できないのが凄い。肝心のレイモスは押し黙ったままだし、ミリエルも腹に一物ありそうだ。殺されたゼマイルも、調べが進むにつれ、ロクでもない目論見を持ってた事が明らかになる。
 この邪悪さはグリオールの影響なのか、もしくは人の正体なのか。少なくとも、こんな物語を書ける著者が極めて狡猾なのは間違いない。
嘘つきの館 / Liar's House
 ポート・シャンティの港長の馬車が、女を轢き殺した。女は荷役のホタ・コティブの妻だった。逆上したホタは港長とそのふたりの息子を殺して金目の物を奪い、逃げる際に使用人や警官も殺し、テオシンテに逃げ込む。この集落はグリオールに近く、無法者の巣だ。ホタは宿屋<竜木館>別名<嘘つきの館>に住み着く。42歳になったホタは、グリオールの近くを飛ぶ十数mの竜を見て、それを追うが…
 オッサンが若く美しい竜の娘に出会う話。おお、ファンタジイの王道だねえ、なんて思ったらとんでもない。いやこれまでの話を読めば、綺麗なロマンスにはならないだろうってのは想像がつくけどw
 なにせ若い竜の娘マガリの性格が、いかにも竜だし。口を開けば「肉」。まあ、竜だしなあ。やっぱり肉食なんだねえ。他にも、特に終盤で描かれる竜の生態が、実に生々しくて迫力に満ちている。この辺が、ファンタジイだけでなくSFファンも惹きつける魅力なんだろう。姿はヒトに似せていても、やはり根本的に違ういにしえの生き物なんだ、と伝わってくる。
 それほど異なった生き物であるにも関わらず、マガリと暮らすうちに、いろいろと変わってくるホタが切ない。だが、所詮はヒト、グリオールの企みはもっと老獪で…

 こうやって改めて感想を書いてみると、このシリーズはやっぱりグリオールの魅力が光ってる。いや光るというより、邪悪な霧が密かに忍び寄ってくる感じなんだけど。また、一種のファースト・コンタクト物としての魅力もある。つまり、グリオールは、ヒトとはまったく異なった思考方法で、独自の目的を持ち、極めて賢いながらも絶望的にコミュニケーションが取れない生物なのだ。しかも、その能力もまた計り知れない。知性はあるようだが、ヒトとは全く異なる働きをするみたいだし。あまし読み込むと、グリオールに魅入られそうな気さえしてきて、ちょっとした恐怖も味わえる、SFともファンタジイともホラーとも分類不能な、不気味で異形の物語だ。

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2019年8月15日 (木)

S・J・モーデン「火星無期懲役」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

「で、そこはどこなんだ? 七人の囚人を送り込んで刑務所を建てさせ、そこに死ぬまで閉じ込めようっていう場所は?」
「火星だ」
  ――p18

フランクの命は息の数で勘定できた。体を動かせば動かすほど、残りの数が少なくなった。
  ――p198

「…やつらはおれたちを、資源としか思ってないんだ」
  ――p257

「働け。おれがおまえらに求めるのはそれだけだ」
  ――p288

おれはどんな事故で死ぬんだろう? スーツの故障? 空気に問題が発生する?
  ――p432

【どんな本?】

 21世紀半ば。フランクことフランクリン・キットリッジは51歳。工務店を営んでいたが、今は120年の懲役で刑に服している。息子に麻薬を売るバイニンを殺したのだ。

 そんなフランクに、取引が持ちかけられた。民間企業が火星に基地を作ろうとしている。まず監督官と七人の囚人を送り込み、基地を建設して居住環境を整える。次に科学者を送り、囚人たちは基地の保守や増築を担う。基地建設の初期は最も厳しく危険な工程だ。エリートを使えば費用がかさみ、被害者が出れば大きな非難を浴びる。そこを囚人に任せれば、費用を節約できて失敗時の炎上も小さくて済む。

 フランクは取引に応じた。同僚となる囚人たちは気難しい奴もいるが、人の良さそうな奴もいて、なんとかやっていけそうだ。だが監督官はいけすかないし、訓練場の様子もおかしい。それでも訓練の内容は生存と建設の技術を磨く相応しいながらも厳しいもので…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ONE WAY, by S. J. Morden, 2018。日本語版は2019年4月15日発行。文庫本で縦一段組み本文約517頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント40字×17行×517頁=約351,560字、400字詰め原稿用紙で約879枚。上下巻に分けてもいい分量。

 文章はこなれている。内容も分かりやすい。科学考証はしっかりしているが、楽しむ分には特に気にしなくてもいい。敢えて言えば、火星の大気は地球の1/100未満で、しかも二酸化炭素ばかりって事ぐらい。要は空気がないも同じなんです。

【感想は?】

 解説によると、出版社からは「火星の人」の二番煎じとして注文を受けたそうだ。確かにそういう部分はある。

 似ているのは、火星でのサバイバルということ。この点で、特に技術面における迫真性は、「火星の人」とタメを張る。大きな違いは、生存者が万能のエリートではなく、それぞれが専門技能を持つ囚人である点と、複数である点だ。また、主催が民間企業なのも大きい。

 お陰でマーク君のように多様な創意工夫の才はないし、生き残るための資源も大量に必要になる。その分、SFとしては技術面での面白さがグッと増えた。人が頼りない分、それを補佐するメカの役割が大きくなっている。

 最初に頼もしく感じるのは、バギー。火星じゃ空気がないから、もちろん内燃機関は使えない。電動車である。ロケットで運ぶんで、軽くなくちゃいけない。ってんで、タイヤとエンジンをシャーシで結びつけただけみたいな、武骨なシロモノになる。もちろん、気密はない。宇宙服を着て乗る。しかも速度はせいぜい時速16km程度。地上なら渋滞してるかのようなスピードだ。

 にもかかわらず、序盤から中盤にかけては、このバギーが実に頼もしく思えてくる。まさしく命綱の役割を果たすのだ。

 バギーから始まって、彼らが自分たちの生存環境を整えていくあたりは、次から次へと想定外のトラブルが降りかかり、緊張感がまったく途絶えない。これには主催が民間企業である点も手伝って、けっこうセコい理由でピンチが訪れたりする。特に厳しいのが電力で、これの確保には最後まで苦労する。

 などの自然相手の苦労に加え、チームならではの問題も持ち上がる。何せ囚人だけに、チームワークを築くのが難しい。だけでなく、一人また一人と死んでゆく。

 というと犯人捜しのミステリのようだが、そこは巧みにヒネってある。けっこう早いうちに犯人の目星がつくのだ。これは、彼らにはわからないが読者にはわかるよう、作中にヒントを散りばめているため。おかげで誰が何のために犯行を重ねるのか、ミステリが苦手な私でも、だいたいの見当がついた。

 じゃつまらないかというと、逆だから憎い。奴の目的がアレだとすると、彼らは極めてヤバい状況にある。しかも、環境が整うに従って、むしろヤバさは増してしまう。読者はわかるが、彼らはわからないし、わかっても対策がない。このサスペンスは最後まで続き、読者を引っ張ってゆく。

 などに加え、個人的には主人公フランクがオッサンなのが嬉しい。

 なにせ51歳、いい歳である。囚人仲間には、もっと齢を経た者までいる。おまけに長い刑務所暮らしで、体がナマっている。にも関わらず、孤立無援の火星で生き延び、基地まで建設しなきゃいけない。だもんで、訓練で感じる厳しさもひとしお。この辺は、SFが歴史を経て年配の読者が増えたからこその描写だろう。いやホント、ランニングの場面は実に痛々しかった。

 真空に近い環境での作業に伴う困難や危険を描く場面では、意外な問題を指摘してSF者を唸らせつつ、巧みに捻った設定と小説ならではの構成でサスペンスを盛り上げ、最後まで読者をグイグイと引っぱってゆく、今世紀ならではの本格的なSF娯楽大作だ。

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2019年8月 9日 (金)

ピーター・ワッツ「巨星 ピーター・ワッツ傑作選」創元SF文庫 嶋田洋一訳

名前はどうでもいい。名前は居場所の記号に過ぎない。バイオマスはどれも交換可能だ。
  ――遊星からの物体Xの回想

正しい受容ニューロンを刺激すれば、脳が勝手にスパムを生成するのだ。
  ――神の目

「あの人たちがずっとやってきたのは、流行する専門用語をでっち上げることだけでしょ」
  ――乱雲

「道徳って本当は何だかわかる?」
  ――付随的被害

それはわたしの決断でなくてはならなかった。彼らが手を血で汚さなくても済む方法はそれしかない。
  ――ホットショット

「難局?」
「接触シナリオなんだ、たぶん」
  ――島

【どんな本?】

 「ブラインドサイト」「エコープラクシア」と、突き放した目線でクールかつドライな作品で話題を呼んだピーター・ワッツの、日本独自の短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年3月22日初版。文庫本で縦一段組み、本文約351頁に加え、高島雄哉による解説5頁。8ポイント42字×18行×351頁=約265,356字、400字詰め原稿用紙で約664枚。文庫本では少し厚め。

 文章は硬い。内容も、かなり取っつきにくい。異常なモノゴトを当たり前のように描いたり、普通のことを科学の言葉で表したり。つまりは思いっきり濃いSFが読みたい人向きの芸風です。

【収録作は?】

 それぞれ日本語作品名 / 英語作品名 / 初出。

天使 / Malak / Engineering Infinity 2010
 死の天使、アズラエル。与えられた計画に従って空中を哨戒し、プログラムに従って自ら標的を選び攻撃する、自動戦闘機械。友軍は緑、中立は青、敵は赤。敵味方の識別は、彼らの行動により変わる。攻撃してくれば敵。味方を攻撃すれば敵。攻撃した際の利益と、守るべき対象の損害の割合、付随的被害の予想値=PCDを常に計算し、攻撃実施後に再評価する。
 今のところ、無人攻撃機はヒトが操縦している。でもいずれ妨害電波によるジャミングや乗っ取りが激しくなるだろうし、そうなれば自律的に判断して攻撃するモノも出てくるだろう。そんなマシンが野良になったら…と思ったが、実は既に野良の殺戮マシンが世に溢れているのだった。地雷・機雷そして不発弾である。頭が悪いわりに辛抱強く寿命も長い上に補給要らずだから実にタチが悪い。
遊星からの物体Xの回想 / The Thing / Clarksworld Magaazine 2010年1月号
 わたしは無数の世界を渡り歩いてきた。探検家として、外交官として、伝道師として。だが衝突時に多くの派生体を失い、蓄えた叡智も失い、氷に包まれた。再び目覚めたとき、二本足の派生体がわたしを囲んでいた。そこで彼らと交霊しようとしたが…
 みんな大好きジョン・カーペンターの傑作「遊星からの物体X」を、物体Xの視点で語りなおした作品。「わたし」が人間の世界を学ぶ過程の描き方が、実にセンス・オブ・ワンダーに溢れていて気持ちいい。
神の目 / The Eyes of God / The Solaris Book of New Science Fiction Vol.2 2008
 空港の搭乗前セキュリティには、スキャン待ちの列ができている。スワンク、脳をスキャンし、犯罪を犯しかねない者を見つけ出す。そして危険と判断された者は、一時的に脳の配線を変える。これで空は安全になった。
 宗旨替えしたオックスフォード大学の無神論者は彼(→Wikipedia)だろうなあw 今でも脳の一部を刺激することで、人為的に宗教的な法悦を作りだせるらしい(→「確信する脳」「書きたがる脳」)。また、時間はかかるし精度も極めて荒いが、その人の倫理的な傾向も洗い出せるとか(→「社会はなぜ左と右にわかれるのか」)。P・K・ディックが好みそうな主題だが、料理法はいかにもワッツらしい。
乱雲 / Nimbus / On Spec 1994年夏季号
 雲が人を襲い始めた。戦いを挑む者もいるが、まったく相手にならない。生き残った者は城壁内の要塞に立てこもり、なんとか命をつないでいる。雲が何を考えているのか、誰も分からない。でも娘のジェスは、今日も屋外で雲の声を聴いている。雲から漏れる電波を受信器で拾うのだ。だが、雲が何を語っているのかは、ジェスにも分からない。
 今だってクジラやイルカの声を聴く人はいる。だが、それが何を意味しているのかまでは分からない。それぞれ勝手に解釈してるけど、解釈があっている保証は全くない。考えてみりゃ、同じ人間同士でさえ互いが何を考えてるか理解しあえず、結局は武力で解決してきたのが人類の歴史なわけで、他の種族とコミュニケーションが取れるなんてのは、たいへんな思い上がりなのかも。
肉の言葉 / Flesh Made Word / Prairie Fire 1994夏季号
 ウェスコットは実験を重ねる。チンパンジーなどの動物が、死の瞬間に何を考えるのか。脳の活動を記録して、それを探ろうとする。その日、実験が終わった時、恋人のリンが入ってきた。飼い猫のゾンビが事故に遭った。助かる望みはない。獣医は安楽死を薦めている、と。ウェスコットの昔の恋人キャロルもまた…
 次々と実験動物を殺し実験を重ねるウェスコットは、心底から冷たい機械のような人間に見える。長く飼っていた猫のゾンビが死んだ時も、全く動じない風だし。とまれ、リンが見切りをつけたのは、別の理由じゃないかと思うんだが、どうなんだろ?
帰郷 / Home / On Spec 1999夏季号
 北太平洋、アリューシャン列島近辺の海中。それは元は人間だった。身体を改造し、海中の暮らしに適応した。400気圧の水圧にも耐え、何でも食べる。その代償に、人間としての理性を失い、知能は蜥蜴並みになった。何かに導かれ、ここに来たようだ。ステーションは呼びかける。「ようこそお帰りなさい」
 ちょっとシマックの名作「都市」の第四話「逃亡者」に似た風景だけど、その背景にある事情は見事に裏返ってる。「命がけで南極に住んでみた」に、南極基地で冬を越す常連さんが出てくるけど、そんな感じなのかも。異論はあるだろうけど、ハッピーエンドだと私は思う。「ティファニーで朝食を」のホリーなら、どうしただろうか。
炎のブランド / Firebrand / Twelve Tomorrows 2013
 ライアン・フレッチャーは、煙草に火をつけようとした時、炎を吹き出した。メイ=リー・バドゥラは仮設トイレで爆発した。グレタとロジャーのヤング夫妻はベッドで焼死体となった。いずれもドーラは巧く始末した。グリーンヘックス社から目をそらすよう仕向けたのだ。グリーンヘックス社は藻のプラスミドを改造し、食料やドラッグやガソリンを生み出すようにしている。
 プラスミド(→Wikipedia)はDNAだが、核でもミトコンドリアでもない。油をつくる藻の研究は、今でも行われている(→Wikipedia)。石油輸入国の日本としてはなんとか実用化したい技術だが、今はまだ費用的に難しいようだ。煙草が安全の印になるのも、ここ半世紀の煙草産業がやってきた事を考えると、皮肉が効いている。
付随的被害 / Collateral / Upgraded 2014
 ナンディタ・ベッカー伍長は改造人間である。人工筋肉などで肉体を強化しているだけでなく、脳にもコンピューター・インタフェースを埋め込み、反応速度も高速化した。意識が決定を下す前に、肉体が行動を起こすのである。その日、ベッカー伍長は作戦区域に入り込んだ者を射ち殺した。それは民間人だった。この事件をジャーナリストのアマル・サブリエが嗅ぎつけ…
 軍とサブリエの盗聴・防諜合戦が楽しい。ドローンが街中をウロチョロするようになると、インタビュウの場所を選ぶのも大変だw 兵を強化しようって発想を遡ると、棍棒や投石まで遡るかも。その時代にも誤認・誤射はあっただろうから、これは古くて新しい問題…かと思ったら、お話は思わぬ方向へとスライドしていき…。
ホットショット / Hotshot / Reach for Infinity 2014
 ディアスポラ計画。巨大な宇宙船で宇宙を航行し、超光速航行を可能とするワームホール網を作り上げる。その乗務員は生まれる前から遺伝子を改造され、乗務員となるべく育てられる。自ら乗務員となる事を望むように。しかしベッキーは違った。乗り込む前、ベッキーは二ヶ月の猶予を求め、太陽へのダイブを試みる。
 以降、「巨星」「島」と続く三部作(実は四部作だが第二部は未訳)の開幕編。この選択は自分の意志なのか、強いられたものなのか。というベッキーの悩みが主題なんだけど、それより太陽へのダイブの描写が強烈すぎて、そっちの方が強い印象を残してしまうw
巨星 / Giants / Extreme Planets 2014
 ワームホール構築船<エリオフォラ>。普段は人工知能のチンプが管理し、乗務員は眠っている。チンプが処理できない事態になった時、何人かの乗務員を起こす。今、起きたのは、ぼくとハキムの二人。この星系は、デブリと小惑星を除けば、赤色巨星と氷結した巨大惑星。<エリオフォラ>は赤色巨星への衝突コースを辿っていた。
 人工知能チンプとリンクしているぼくと、リンクを壊したハキム。コンピュータの記憶・計算能力を、モニタ越しなんて不細工なインタフェースではなく、リアルタイムで使いたい、と思うことはよくある。そうすりゃいつどこでもポケモンGOが…って、違うw この作品も、そういう主題より、描かれる風景に圧倒されてしまうのが難点かもw
島 / The Island / The New Space Opera 2 2009
 <エリオフォラ>が航行を初めて十億年ほどが過ぎた。起きたサンディは、息子と名乗るディクスと問題にあたる。目前の赤色矮星が、奇妙な変動をしている。変動は対数直線的に増加し、92.5標準秒で繰り返す。恒星の光を信号に使うほどのテクノロジーを持った知性からのメッセージだ。
 チンプとリンクした者の視点で描かれた前作に対し、今回はリンクがない者の視点で描く作品。やはり今作も仕掛けの大きさや鮮やかさの輝きが見事すぎて、主題がかすれてしまうのがなんともw 改めて考えると、ヒトを超える知能を作る技術が可能なら、いつかは作ってしまうのがヒトなんじゃなかろか。とすると、アレもコレも…

 クールかつ乾いた文体で、思いっきり奇想天外かつ過激な発想を叩きつけてくるのが、ピーター・ワッツの怖いところ。でもテーマの原点を突き詰めると、例えば「天使」だと落とし穴にまで遡って考えちゃったり。それはそれとして、末尾の三作は、とにかく描かれる場面の迫力が凄い。じっくり、時間をかけて楽しもう。

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2019年8月 5日 (月)

ベッキー・チェンバーズ「銀河核へ 上・下」創元SF文庫 細美遥子訳

「おれたちが何をやってるか、ちょっと思い出してくれるか? あちこち飛びまわって、宇宙空間に穴を――文字どおりの穴を――あけてるんだぞ」
  ――GC標準306年 129日 苦情

みんなが変わっているところなら自分が変わっていると思うことはない。
  ――GC標準306年 163日 ポート・コリオル

スイッチを切ることのできない重力が、アシュビーはあまり好きではない。
  ――GC標準306年 249日 コオロギ

「だってさ、こいつを直すこと以上にやりたいことなんてないんだから」
  ――GC標準306年 335日 ケドリウム

「彼は存在している。それが罪だ」
  ――GC標準307年 45日 十月二十五日

「建設にはたくさん、たくさんの失敗がつきものです」
  ――GC標準307年 121日 異端者

「レンチならうちにもあるよ」
「うん、でもこれはあたしのレンチだから」
  ――GC標準307年 158日 ハード・リセット

【どんな本?】

 アメリカの新人作家ベッキー・チェンバーズのデビュー作。

 遠未来。地球は荒れ果て、人が住めなくなった。金持ちは火星に移り住み、そうでない者は離郷人となり宇宙をさすらい、または他の星に移り住む。やがて異星人に出会った人類は、様々な種族で構成するGC=銀河共同体の末席を得た。

 火星出身のローズマリー・ハーパーは、出自を隠して事務員の職を得る。勤め先は<ウェイフェアラー>、建設作業船だ。銀河を安定して超光速航行する「トンネル」を、宇宙空間に穿つ。中古でつぎはぎだらけの船だが、着実な仕事には定評がある。

 クルーはバラエティに富んでいた。船長のアシュビー・サントソ、藻類学者のアーティス・コービン、機械技師のキジー・シャオ、コンピュータ技師のジェンクスは人類。パイロットのシシックスはエイアンドリスク人、医師兼調理人のドクター・シェフはグラム人、ナビゲーターのオーハンはシアナット・ペア、そしてAIのラヴィーことラヴレイス。

 ローズマリーが仕事に慣れた頃、<ウェイファウラー>に大仕事が舞い込んだ。銀河系中心部にトンネルを穿つという。そこは好戦的で謎に包まれた種族トレミの支配地域だ。<ウェイファウラー>は張り切って銀河中心部への長い航海に乗り出すが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Long way to a Small Angry Planet, by Becky Chambers, 2015。日本語版は2019年6月28日初版。文庫本の縦一段組み上下巻で本文約316頁+320頁=約636頁に加え、訳者あとがき5頁。8ポイント42字×18行×(316頁+320頁)=約480,816字、400字詰め原稿用紙で約1,203枚。文庫本の上下巻は妥当なところ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。突飛な技術や様々なエイリアンが出てくるが、深く考え込まないように。大らかな気持ちで「そういうものだ」で済ませられる人向け。

【感想は?】

 いかにも今風なスペース・オペラ。なんといっても、主役がエリート科学者や軍人ではなく、一介の建設業者だし。

 それだけに、銀河の覇権をめぐる戦いは起きないし、宇宙の秘密を暴くわけでもない。若く未熟な主人公が、個性豊かなクルーたちに揉まれながら、色とりどりの異境を巡ってゆく物語だ。そういう点では、「大航宙時代 星界への旅立ち」と雰囲気が少し似ている。

 似ている点は他にもある。デビューの経緯が今世紀ならではの点もそうだし、実はあまり大きな事件が起きないのも同じだ。それ以上に、ジュブナイルと言ってもいいぐらい心地よくサクサク読めて、読了後はホンワカした気分になる所がソックリ。たぶん大きな賞は取れないだろうけど、私はこういう作品も大好きだ。

 何より、設定に著者の姿勢が強く出ている。GC=銀河共同体は、多くの強大な異種族で構成され、人類は新参の弱小種族だ。それだけならデビッド・ブリンの知性化シリーズに似ているが、この作品世界だとGC内は平和に共存している。いや昔は色々あったらしいし、今でも小さな火花が散ることはあるが、全般的に「戦争は未熟で野蛮」ということになっている。

 そんな世界だから、そこに住む者の多くは「違う」ことに鷹揚だ。人類にしたって、セコい料簡じゃ生きていけない。他種族排斥なんてやってたら、こっちが弾きだされてしまう。そういう立場に人類を置いた点に、著者の考え方が現れている。

 これはローズマリーが<ウェイフェアラー>に乗り込む冒頭からハッキリと出ていて、著者の理想とする世界がスグのわかるのが優れもの。新しい職場に不安を抱くローズマリーを、温かく迎えるのが、エイリアンのシシックスやドクター・シェフ。対して、いかにもいけすかないのが人類のコービンだったり。

 まあコービンはありがちな不平屋なんだけど、キジーとジェンクスの造形は酷いw いや読んでいくと段々と好きになるのよ。けど登場時は、いかにもなハッカーというかジャンクフード大好きなガキがそのまま大きくなった奴らというかw ある意味、シシックスやドクター・シェフより理解が難しい連中かもしれないw

 とはいえ、世界は広い。銀河系ともなれば、広さは桁違いだ。だもんで、探せば同好の志はたくさんいるし、彼らが集まる所もある。上巻の「ポート・コリオル」では、昔の秋葉原で抵抗やジャンクパーツを漁った者にとっては懐かしい風景が広がってたり。

 かと思えば、シシックスの故郷の風景は、ちょっと砂漠の大家族っぽかったり。まあ大家族なのは事実なんだけど、イエメンあたりのベドウィンとはだいぶ違うあたりが、この著者らしいところ。一見、知的種族らしからぬ子育てだけど、彼らの生殖方法や生活環境を考えると、これはこれで理屈に叶ってたりする。生殖は簡単だけど成長が難しい環境だと、やっぱりねえ。

 そんな連中だから、クルーの食事風景もかなりアレなものになったり。考えてみれば今の私たちも牡蠣なんて一見グロテスクなモノを美味しく食べてるし、系統樹から見たら○○○○○と同じ○○動物なんだから、調理法によっちゃイケそうなモンだが、思い込みってのは難しいもんで。うーん、でも一度は挑戦してみたい。

 愉快で個性豊かな面々が、オンボロ中古船に乗って、バラエティ豊かな銀河を旅する物語。大げさな仕掛けはないけど、次々と移り変わる宇宙の風景や、奇妙な異星人の性格や暮らしは読んでいて飽きない。何より、人類を弱小種族の位置に置きながらも、虐げられる立場ではないあたりに、著者の想いが込められている。

 50年代のスペース・オペラの形を受け継ぎながらも、まったく異なる方向へと進化を遂げた、今世紀ならではの明るく楽しい娯楽作品だ。

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2019年7月25日 (木)

「伊藤典夫翻訳SF傑作選 最初の接触」ハヤカワ文庫SF 高橋良平編

交易か? 戦争か? しかし交易するには双方の合意が必要だが、戦争するには、一方の決断だけでよい。
  ――マレイ・ラインスター「最初の接触」

「われわれ=彼らは、この方向に、あなた=従属物を調節するために求愛した」
  ――ジェイムズ・ブリッシュ「コモン・タイム」

「医師は非常に小さな生命体で、患者は恐竜だ」
  ――ジェイムズ・ホワイト「宇宙病院」

「針は盗んだ、とね」あきれた顔でくりかえし、「すると、分身処置を受けていないのか?」
  ――デーモン・ナイト「楽園への切符」

【どんな本?】

 日本のSF黎明期に海外SFを翻訳・紹介し、日本のSF界を導いた翻訳家・伊藤典夫の、主に初期の作品を集め紹介する、「ボロゴーヴはミムジイ」に続く短編集。

 今回はマレイ・ラインスターの緊張感あふれるファースト・コンタクト物「最初の接触」をはじめ、宇宙SFを集めた7編を収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年5月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約400頁に加え、編者あとがき Seeker of Tomorrow 6頁。9ポイント40字×17行×400頁=約272,000字、400字詰め原稿用紙で約680枚。文庫本では厚い部類。

 文章はこなれている。内容も特に難しいものはない。ただし、発表が1945年~1958年なので、さすがに科学や技術の描写も古びている。その辺を許せる人向け。

【収録作は?】

 作品ごとに解説が1頁ある。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語作品名 / 英語著者名 / 初出 の順。

最初の接触 / マレイ・ラインスター / First Contact / Murray Leinster / アスタウンディング1945年5月号
 地球から四千光年の彼方。観測船<ランヴァボン>は、異星の宇宙船を発見する。人類初の異星人との接触だ。互いの科学技術は同程度らしい。できれば友好的に交易の関係を築きたい。だが地球の位置を知られ、先手を打って攻撃されたら、人類は滅びる。それを防ぐには、今ここで敵船を皆殺しにするしかない。お互い睨み合ったまま身動きが取れず…
 第二次世界大戦のさ中という社会情勢を反映してか、ピンと張りつめた緊張感が全編に漂う作品。人類・異星人ともに、友好的な関係を築きたいが、同時に相手を信用しきれず、また自らの種も守らなければならない。一瞬後には自分たちが殺されるかもしれない恐怖を抱えつつ、なんとか妥協点を見つけ出そうとする緊張感がたまらない。両者の希望の光となるのは…
生存者 / ジョン・ウィンダム / Survival / John Wyndham / スリリング・ワンダー・ストーリーズ1952年2月号
 幼い頃はおとなしかったアリスは、夫とともに火星行きのロケット<ファルコン>に乗り込む。今、火星は開拓の途中。向こうの暮らしは決して楽ではない。<ファルコン>の乗員は6人、乗客は9人。うち女はアリスだけ。ところが、航路の途中で<ファルコン>に異常が見つかる。このままでは火星に着陸できない。救援は数カ月先だ。生存に必要な物資はギリギリで…
 「トリフィド時代」や「呪われた村」で有名な著者だけあって、状況が刻々と悪化していく中、乗員と乗客の苛立ちが募ってゆく描写が巧い。今になって読み直したら、「火星は開拓途中の荒っぽい所」なんて文章は見当たらない。これも登場人物の台詞だけで、それとなく読者に伝わるようになっている。こういうのが小説家の手腕なんだろう。
コモン・タイム / ジェイムズ・ブリッシュ / Common Time / James Blish / SF Quartery 1953年8月号
 超光速航行が危険なのはわかっていた。既にブラウンとセリーニが亡くなっている。DFC=3がオーヴァードライヴで光速を超えた時、ギャラードは異常に気づく。エンジンのハム音、重いまぶた、呼吸の欠如、時計の停止。その後、つのる恐怖に続き、理性を吹き飛ばすほどの苦痛。
 1950年代の作品でありながら、相対性理論がもたらす時間の歪みに真っ向から挑んだ前半には舌を巻く。もっとも、光速を超える理屈は未知すなわち架空の理論なんだけど、それを堅苦しい語り口でソレっぽく感じさせるのが、この人の芸風なんだろう。後半では全く様相を変えた話になるが、こちらでは堅苦しい文章がテーマにピッタリで見事な効果を上げていいる。
キャプテンの娘 / フィリップ・ホセ・ファーマー / The Captain's Daughter / サイエンス・フィクション・プラス1953年10月号
 地球の月に入港した貨物船に患者が出た。船長の娘だ。おまけに乗組員がひとり失踪している。医師のマーク・ゴーラーズは刑事のラスポールドと共に船に赴く。患者デビーの顔色は真っ白で、ひどくおびえている。けいれんと昏睡の発作があり、血糖値が異様に低く、口の中は傷だらけ。だが、他に異常は見当たらない。彼女らはレモー教徒の拠点メルビルから来た。
 医療ミステリ。ハーラン・エリスンとは違う意味でお騒がせ作家のファーマー、この作品も当時としては少し、いやかなりヤバいテーマを扱っている。特に自由の国アメリカではヤバいってのが皮肉だ。彼女の異常な症状の原因は中盤あたりで鋭い人なら見当がつくだろうが、その性質はなかなかに恐ろしい。正義とは何かって話も絡み、今なおちょっとした問題作でもある。
宇宙病院 / ジェイムズ・ホワイト / The Trouble wwith Emily / James White / ニュー・ワールズ1958年11月号
 第12空域宇宙総合病院は、銀河連合すべての知的生命の生活環境を用意している。コンウェイに与えられた仕事は、医師に協力すること。その医師アーレタペクは古いが最近発見された種族で、体は小さいが賢く謙虚でテレパシーを持ち、あらゆる物質をエネルギーに変換できる。しかも患者は正気で健康な…恐竜だ。
 ファーマーとは対極の、50年代の良心的・優等生的なSFを代表するような作品。一種のバディ物でもある。平和的で賢く精神も肉体も頑健ながら、いささか堅苦しいアーレタペク。社交的で熱意も行動力もあるが、アーレタペクには多少の反感を抱いてしまうコンウェイ。互いの生態・文化ギャップによる行き違いもあり、最初はギクシャクしていたコンビが、問題の解決に向けて走り出し、幾つもの支流が一つに収束してゆく終盤は、物語の心地よさの王道を味合わせてくれる。
楽園への切符 / デーモン・ナイト / Ticket to Anywhere / Damon Knight / ギャラクシイ1952年4月号
 リチャード・フォークは命を懸け、火星へ向かう貨物船で密航する。地球は変わった。分身処置により、人は心の中に<守り神>を持つ。これの普及により、犯罪も精神異常も減りつつある。そして戦争もなくなった。だが、フォークには分身処置が効かなかった。地球の将来に危機感を抱いたフォークは、最後の希望に賭けた。それは火星にある「ゲート」。
 ヒトが心の中に持つ、無謀で感情的で衝動的な、ケダモノのような何か。それは往々にして暴力や犯罪を引き起こす。だからソレを抑圧してしまえ、というのが分身処置だろう。まあ、実際、ヒトの脳は個体数が数十の小集団で狩猟採集してた暮らしに適応してて、数万や数億なんて集団には何かと不適合を興す。作品のカギとなるのはゲートで、なかなか意地の悪い仕掛けだ。遥か彼方の異星に通じてるんだが、どこに出るかわからない。でも、人類の祖先も、行く先に何があるか知らずに地球のアチコチへと広がっていったんだよなあ。
救いの手 / ポール・アンダースン / The Helping Hand / アスタウンディング1950年5月号
 クンダロアとスコンタールは半光年ほどの距離があった。地球人が両星と接触し、その科学技術が両星にもたらされた結果、両者は長く激しい戦争に突入する。地球の仲介により戦争は終結し、地球の支援による復興が話し合われることとなった。優雅かつ礼儀正しく振る舞うクンダロアの使者に対し、スコンタールの使者は無礼かつ敵意をむき出しにした態度で臨み…
 戦争で荒廃した社会に支援を与えって構図は、発表の時期を考えると、モロにマーシャル・プラン(→Wikipedia)を思い浮かべてしまう。これをアメリカ人のポール・アンダースンが書くかあ。実際、コカコーラ社がエッフェル塔を広告塔にしようとした、なんて話もあるから、あながち的外れでもないんだろう。

 いずれもガジェットこそ古いものの、扱っているテーマは今でも読者に刺さるものばかり。特に「楽園への切符」は、若いSFファンの心に強く訴えかけるものがあるだろう。「コモン・タイム」の後半の会話も、SFだからこそ味わえる感触に満ちている。私は「宇宙病院」のスタンダードな、でも巧みに物語を盛り上げる小説作法が好きだ。やっぱりSFは希望と野望に溢れていてほしい。

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2019年7月 1日 (月)

大森望監修「カート・ヴォネガット全短編4 明日も明日もその明日も」早川書房

…犬とアールは相性がよかった。どちらもよく吠え、人食いのようにふるまうのが好きだった。
  ――新聞少年の名誉

「あんたにはあんたの夢。ぼくにはぼくの夢」
  ――パウダーブルーのドラゴン

「オマール・ツァイトガイストはドイツ人で、この地上でただ一人、宇宙爆弾の知識を有する人物だった」
  ――ツァイトガイストのための鎮魂歌

「左に見えますのは」ガイドの大声が響いた。「ハロルド・メイヤーズ博士でございます」
  ――左に見えますのは

「するとそのとき、わたしは思い出すんだよ、ジム。この宇宙に、すくなくともひとつは、自分の思いどおりになるちっぽけな片隅があるってことを。そこに行けば、心ゆくまで満足感に浸って、気分をリフレッシュして、元気になれる」
  ――手に負えない子供

【どんな本?】

 「プレイヤー・ピアノ」「スローターハウス5」「猫のゆりかご」「タイタンの妖女」など、シニカルながらも温かみのある芸風でSFファンにもお馴染みのアメリカの人気作家カート・ヴォネガット。彼が遺した短編をまとめ、8個のテーマ別に並べた「COMPLETE
STORIES」が、日本では四分冊に分かれての刊行となった。

 完結編となる第4巻「明日も明日もその明日も」は、「ふるまい」「リンカーン高校音楽科ヘルムホルツ主任教諭」「未来派」の3セクションを収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は COMPLETE STORIES, by Kurt Vonnegut, 2017。日本語版のこの巻は2019年3月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約512頁に加え、柴田元幸の解説7頁。9.5ポイント44字×20行×512頁=450,560字、400字詰め原稿用紙で約1,127枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 いずれの作品も文章はこなれていて読みやすい。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 訳者 / 初出。

セクション6 ふるまい
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

フォスター・ポートフォリオ / The Foster Portfolio / 柴田元幸訳 / コリアーズ1951年9月8日号
 私は投資顧問会社の顧客担当だ。今回のお相手はハーバート・フォスター。暮らし向きはつつましいどころかいじましい。こりゃ手間の割に小さな仕事だ…と思ったのも束の間、彼の持つ証券リストは豪勢なものだった。だがそれは家族に内緒だし、フォスター氏は幾つものパート仕事を掛け持ちしている。
 冒頭では語り手の鈍さに苦笑い。ほんとアメリカ人ってのは、なんで口を閉じてるってことができないんだろうw 証券リストを見てコロリと態度を変えるあたりも、安物ドラマみたいでユーモラスだ。とはいえ、誠実ではあるんだよね、語り手。さてフォスター氏は、というと、こんな風に○○と付き合えるって生き方は素敵だと私は思う。もっと堂々とやれたら文句なしなんだがw
 ところで。
 当時の音楽界じゃ、ジャズは若さ・新鮮・衝動・叛逆・堕落・悪徳などを象徴していた。20世紀終盤にその役割はロックに引き継がれたが、21世紀初頭の現代で同じ役割を果たしているのは、何だろう? ヒップホップとテクノだろうか? クラブでDJにいそしむ父ちゃんを、あなたどう思いますか?
カスタムメードの花嫁 / Custom-Made Bride / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1954年3月27日号
 投資顧問会社に勤めるわたしは、オットー・クラムバインを訪ねた。彼は優れた工業デザイナーで相応しい稼ぎがあるが、資産管理は赤ん坊並み。右から左に浪費し、素寒貧のときに税務署から請求書が届いた。そこで資産管理を頼みたいという。実際に会って話してみると、オットーの頭の中はデザインの事ばかり。妻のファロリーンも美の化身で…
 これまた資産運用に関心のない顧客に悩まされる話。ある意味、語り手とオットーは似た者同士なんだよな。根は誠実で、仕事にのめり込んでる。もっともオットーは極端で、世界観の大半をデザインに支配されてる。私は好きだな、こういう人。あまり親しく付き合うとイラつくけどw とはいえ、そんなオットーも、人の気持ちには鈍いながら、同類の匂いを嗅ぎつけたのが、最後の一行で伝わってくる。
無報酬のコンサルタント / Unpaid Consultant / 浅倉久志訳 / コスモポリタン1955年3月号
 かつてわたしはハリーとセレスト・ディヴァインをめぐって争い、ハリーが彼女をモノにした。その後セレストは歌手として成功する。そのセレストから17年ぶりに連絡があり、夕食に招待された。夕食の席で、わたしは昔話を持ち出し、セレストは投資の相談を持ち掛けるが、ハリーはケチャップの話をまくしたてる。
 引き続き投資顧問シリーズ。やっぱり「人の話なんか聞いちゃいねえ」奴が大暴れ。妻が芸能界で荒稼ぎしてるんだから、その連れ合いが自動車整備工じゃ釣り合いが取れないって気持ちはわかる。たかがケチャップと私たちは思うが、どんな商品だろうと、それに関わってる人は真剣にやってるんだよね。
お人好しのポートフォリオ / Sucker's Portfolio / 大森望訳 / 本書初出
 投資顧問の今回の顧客はジョージ・ブライトマン、シカゴ大学神学部の学生だ。若い頃から私は彼の養父母の資産を管理し、堅実に育てた。しかし養父母は事故で亡くなり、ジョージが相続した。養父母はジョージを「正直でやさしい」と評した。私の印象も同じだ。もう少し自分の資産に興味を持ってほしいとは思ったが。そんなジョージが、いきなり金遣いが荒くなり…
 Wikipedia によるとシカゴ大学は神学じゃ全米トップだから、ジョージはたいへんな優等生だ。彼が継いだ資産は二万ドル、今のレートだと約200万円、当時のレートで約720万円。たいした額じゃないように思えるが、他の作品に出てくる物価からインフレを推定すると、今の日本円で数千万~2憶ぐらいか。おまけに50年代~60年代は利率や配当も5%を超えるのが珍しくないので…
雄蜂の王 / The Drone King / 大森望訳 / 本書初出
 投資顧問シリーズ最終回。ミレニアム・クラブにはダウンタウンの豊かなビジネスマンが集まる。シェルドン・クイックは50歳ほどに見える。彼はクラブを退会しようとしていた。父の遺産が尽きたのだ。給仕も名残惜しそうだ。最後に彼は事業を興そうとしていた。そして私を高給で雇いたい、と。事業内容は、蜜蜂。
 電蜂とは巧みな訳だw ミスター・シェルドンは、ちょっと「夢の家」収録の「ハイアニス・ポート物語」に出てくるコモドア・ウィリアム・ハワード・タフト・ラムファードを思わせる。シェルドンの妙なこだわりと、その異様な熱意、そして突飛な発想はちょっとしたドタバタSF風味。ちなみに世の中にはこんなのもあります(→Wikipedia)。アンゴラあたりではダイヤモンド原石の密輸に使われているとか。
ハロー、レッド / Hello, Red / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 レッド・メイヨーが帰ってきた。はね橋の操作係として。20歳で出ていってから、8年ぶりだ。定食屋では、店員と常連三人がレッドを迎えた。だが、レッドは不機嫌だ。「だれもかれもが口をそろえて大嘘をつく」と。そして、こう続ける。「エディ・スカダーに会わなきゃいけない」
 平和で小さな町に、懐かしい男が帰ってきた。ただし、不穏な空気をまとって。最後の台詞がガツンとくる。
新聞少年の名誉 / The Honor of a Nwesboy / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 ブルー・ドルフィンのウェイトレス、エステル・ファーマーが殺された。村でたった一人の警官チャーリー・ハウズには、犯人の見当がついている。アール・ヘドランドだ。アールは下司野郎で、エステルとも因縁がある。親の遺産で食っていて、家は村のはずれだ。そこは獰猛な野良犬サタンの縄張りだが、アールはサタンを手なづけていた。
 ならず者による殺人事件と、その結末を描く短編。とはいっても、ミステリってわけじゃない。10歳の新聞配達の少年マークの証言が、事件の重要な鍵となる。綺麗にまとまっているが、綺麗すぎて、ややベタな感じもする。
ほら話、トム・エジソン / Tom Edison's Shaggy Dog / 宮脇孝雄訳 / コリアーズ1953年3月14日号
 ハロルド・K・ブラードは、成功して引退した老人だ。今はフロリダのタンパで、愛犬のラブラドールと過ごしている。彼の趣味は過去の武勇伝。ただしそれを好む者はいないので、常に新しい獲物を探さなきゃいけない。今朝も公園で獲物を見つけた。新顔らしい老人だ。さっそく絡み始めたブラードだが…
 ヴォネガットの長編、特にSF長編には、ちょくちょく劇中劇として短いほら話が入る。そういうほら話が好きなんだ、と本人が語っていた気がする。いやソースは示せないけど。ネタとしてエジソンを使うあたりが、ヴォネガットのセンスなんだろう。これがニコラ・テスラだと、グッとSFっぽい雰囲気になるんだが。
腎臓のない男 / The Man Without Kiddleys / 大森望訳 / While Mortals Sleep 2011
 フロリダのタンパ。92歳のノエル・スウィーニーは、街で見かけた新顔らしい老人を相手に、自分の病院通いを自慢しはじめた。その老人は、なんとかスウィーニーをかわしてシェイクスピアのソネットを読もうと頑張ったが、ついにスウィーニーのしつこさに負け、妙な賭けに乗ってしまう。「あんたとおれの腎臓を足した数を当ててみないか?」
 前の「ほら話、トム・エジソン」と似た感じで話が始まるが、料理法は大きく違う。前作は1950年代ならSF雑誌に載せてもおかしくないが、これは無理だなあ。念願かなってヴォネガットがSFから足を洗った事を象徴するような作品だ。いやSFファンとしてはあまり喜んじゃいられないんだけど、漂う皮肉な空気はやっぱりヴォネガットだから、まあいいか。
パウダーブルーのドラゴン / The Powder-Blue Dragon / 浅倉久志訳 / コスモポリタン1954年11月号
 16歳で両親を喪ったキアー・ヒギンズは、昼間は自動車販売のダゲットの店で働き、他に二つの仕事も掛け持ちしている。町では正直な働き者で通っていて、クルマを欲しがっているのも知れ渡っていた。そのキアーが、四年間も働き通し、ついにお目当ての車を買うと言い出した。マリッティマ=フラスカーティ、アヴィニョンのロード・レースで二年連続優勝した車だ。
 「マリッティマ=フラスカーティ」で検索したが、ワインぐらいしか出てこない。名前からイタリア車だろうなあ、とは思うんだが。私も今思えば、若い頃にずいぶんと無駄遣いしたなあ、とかはあるんだが、さすがにこれほど派手な真似はできなかった。まあ、若いってのは、そういう事なのかも。
駆け落ち / Runaways / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1961年4月15日号
 古ぼけたフォードで十代の二人は駆け落ちした。州知事の娘アニー・サザードと、代用事務員の息子ライス・ブレントナー。マスコミは二人の逃避行に大喜びで食い付き、警察は広域手配した。やがて二人は別の州のスーパーで捕まり、これもマスコミが大きく取り上げる。州知事はカンカンに怒り…
 若者たちが LOVE&PEACE を合言葉に盛り上がり始めた、1960年代初頭の発表。当時の若者たちの間では「プレイヤー・ピアノ」が流行りヴォネガットも人気が出たんだが、そこでこれを発表するかw やっぱりこういうドタバタ風味の作品は、浅倉久志の訳が活きるなあ。難しい理屈をつける事も出来るけど、最近の日本には厨二病って便利な言葉があって。
説明上手 / The Good Explainer / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 ジョー・カニンガムは35歳。結婚して十年になるが、子どもには恵まれない。そこで州を越えてレナード・アベキアン医師のクリニックを訪ねた。アベキアン医師は不妊治療で有名で、全国から診療を受けたい者が集まっている、そう妻は話していた。だが実際にクリニックに来てみると、とても有名とは思えない。待合室も閑散としている。
 「無報酬のコンサルタント」もそうなんだが、ヴォネガットの女性観が微妙に出ている作品かも。最初の奥さんには随分と尽くしてもらったはずなんだが(「人生なんて、そんなものさ」)。「雄蜂の王」でのシェルドン・クイックの演説は、まさか本気…じゃ、ないよなあ、きっと。
人身後見人 / Guardian of the Person / 大森望訳 / While Mortals Sleep 2011
 ロバート・ライアン・ジュニアは21歳でMITに通っている。九歳で親を亡くし、伯父と伯母に育てられたが、伯母も数年前に亡くなった。今はナンシーと結婚式を挙げたばかりで、伯父のチャーリーに挨拶するため車を走らせている。そのチャーリーは防風窓のセールスマンだ。アルコール依存症を克服すべく、ここ八年間は禁酒を貫いていた。
 日本だと、結婚する前に養父母に挨拶するのが普通だ。しないなら、よほど仲が悪い場合だろう。だが、「バーンハウス効果に関する報告書」収録の「ルース」を読むと、特に珍しくもないらしい。「ゴッドファーザー」は派手な結婚式で幕を開けたが、あれはシシリー系かつ名家だからか。こういった背景事情でオチの意味がまったく違ってしまう。にしても防風窓のセールスマンが好きだなあw
ボーマー / Bomar / 大森望訳 / While Mottals Sleep 2011
 アメリカン金属鍛造の経理部の株主記録課には窓がない。が実質的には窓際部署だ。スタッフは三人。トップは45歳のバド・カーモディ、相棒は28歳のルー・スターリング。二人とも宴会部長としては有能だ。64歳のナンシー・デイリーは勤続39年、間もなく定年だが一か月前に記録課に転属になった。バドとルーは、株主の一人ボーマー・フェッセンデン三世について駄法螺をナンシーに吹き込み…
 バドとルーにとって、株主記録課は居心地がいいんだろうなあ。こういう職に就きたいと思う人も多いはず。会社は大きくて業績もいいみたいだし。つか私も←をい。
ツァイトガイストのための鎮魂歌 / Requiem for Zeitgeist / 柴田元幸訳 / 本書初出
 閉店まぎわのバーで、若い男は語り始めた。オマール・ツァイトガイストについて。ツァイトガイストはドイツ人だ。たった一人で、宇宙爆弾を完成目前まで持っていった。研究所もなしに、頭の中だけで。スパイたちはそれを知っていて、終戦後はツァイイトガイストの激しい争奪戦になった。
 第二次世界大戦でドイツの降伏後、米ソがV1ロケットの争奪戦を演じた史実を元にした、しょうもないほら話。「ドライアイスとヨウ化銀を使って雨を降らせる技術」って、バーナード兄ちゃんのネタだろ(→「気象を操作したいと願った人間の歴史」)w
左に見えますのは / And on Your Left / 宮脇孝雄訳 / 本書初出
 新しく完成したフェデラル電器工業の研究所は素晴らしい。州の観光名所でもあり、毎日多くの観光客が訪れ、ガイド付きの見学ツアーが催される。研究者も一流で、ハロルド・メイヤーズ博士,エリザベス・ドーソン博士,エドワード・ハーパーズ博士と有名人が揃っている。ただし研究環境としては、いささか難があって…
 ヴォネガットのドタバタが楽しめるユーモラスな作品。ボスが変わると組織の体質がガラリと変わるってのは、往々にしてありがちでw 研究や開発に携わる者にとって、イケイケな営業出身のボスは、まあ、アレなもんですw 売れなかったみたいだけど、SF雑誌だけじゃなく、日本だと「トランジスタ技術」や「情報処理学会誌」など研究者・開発者向け雑誌なら喜んで載せただろうなあ。ただし原稿料はムニャムニャだけど。

セクション7 リンカーン高校音楽科ヘルムホルツ主任教諭
解説:ダン・ウェイクフィールド / 鳴庭真人訳

手に負えない子ども / The Kid Nobody Could Handle / 大森望訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1955年9月24日号
 ジョージ・M・ヘルムホルツは40歳。リンカーン高校の音楽科主任で、学校の楽団に指導に人生を賭け、楽団はそれに相応しい名声を得ている。彼の高校に転校生が来た。ジム・ドニーニ。親に捨てられ、あちこち転々とした末に、いけすかないクインに押し付けられた。ソーシャル・ワーカーも少年裁判所も。ジムは手に負えないと判断している。
 不良少年と中年の熱血教師、という構図。ヘルムホルツ先生が音楽を語る台詞が、ヲタクの心の叫びそのもので胸に刺さる。ジョン・フィリップ・スーザは「星条旗よ永遠なり」を創った作曲家(→Wikipedia)。スーザを巡る会話にも、ヘルムホルツ先生のヲタク気質がよく出てるw
才能のない少年 / The No-Talent Kid / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1952年10月25日号
 リンカーン高校のバンドは三つ、Aバンド,Bバンド,Cバンド。新人はCバンドで修業を積み、B→Aと階梯を登ってゆく。ウォルター・ブラマーはCバンドでクラリネットを吹いている。肺活量はあるが、それだけだ。だがブラマーは自信満々で、クラリネット以外は見向きもしない。今度はAバンドの首席クラリネット奏者に挑戦すると言い出した。
 音楽で例えれば、前作は淀んだ悲しみと怨念が漂うブルース、今作はやや調子っぱずれながら威勢のいいマーチといったところか。意欲と自信は人一倍あるが、才能と自覚には乏しいブラマー君が、エネルギッシュに走りまくる話。目的を実現するために、あらゆる努力と工夫を怠らず、挑戦を恐れない彼の勇気には頭が下がる。
野心家の二年生 / Ambitios Sophomore / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1954年5月1日号
 リロイ・ダガンは、Aバンドのピッコロ奏者だ。腕はいいが引っ込み思案で恥ずかしがり屋。そのためリハーサルでは優れた演奏を聴かせるが、本番ではヘロヘロになってしまう。おまけに体形が極端な鐘型で、普通のユニフォームでは合わない。そこでヘルムホルツ先生はリロイ用に特注のユニフォームをあつらえたが、その支払いで教頭のヘイリーと悶着が起きた。
 ヘルムホルツ先生がバンドに注ぐ熱情と、その熱狂ゆえにアレな面を描いた作品。まあヲタクなんでみんな似たようなもんだw 人間の注意力と集中力には限りがあるから、何かに集中すれば、別の何かが疎かになるのは仕方がないw とまれ、バンド・フェスティバルを描く場面では、アメリカの教育機関が地域の人々と強く結びついているのが伝わってくる。
女嫌いの少年 / The Boy Who Hated Girls / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1956年3月31日号
 ヘルムホルツ先生は、二年間バート・ヒゲンズにトランペットを指導してきた。その甲斐あってバートはAバンドに昇格を果たす。バートの腕にさらに磨きをかけるため、ヘルムホルツは町で一番のトランペット奏者ラリー・フィンクにバートを預ける。ところが、とたんにバートは下手糞になり…
 これまたヲタクの、そして教師の暗黒面を強烈に見せつける作品。ほんと、教師って、なんだってあんなに自信満々なんだろうねえ。もっとも、「暴力教室」あたりを読むと、そうでないと務まらない部分もあるんだろうけど。下手にナメられたら収拾がつかなくなるし。
セルマに捧げる歌 / A Song for Selma / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 アル・シュローダーは間違いなく天才だった。バンドでも優秀で、Aバンドの首席クラリネットを務め、行進曲を百曲近く作っている。Cバンドのビッグ・フロイド・ハイアーはCバンドのバスドラムだ。裕福な家庭と大きな体に恵まれ、性格もいいが、成績までは恵まれなかった。ある日、シュローダーは音楽をやめると宣言し、ビッグ・フロイドは自作の曲をヘルムホルツに持ち込んだ。
 小柄な天才少年シュローダーと大柄で穏やかな少年ビッグ・フロイド、そして内気な少女セルマが繰り広げる青春グラフィティ。構図は間違いなくラブコメの布陣なのに、肝心のヒロインであるセルマの登場が遅いあたりが、ヴォネガットの芸風というか。
 もう一人、女の子を増やし四角関係にして、セルマ視点で描けばラブコメ漫画としてイケると思うんだけど、あなたどう思います? 勝気なトランペット奏者で親はビッグ・フロイドの父ちゃんとライバル関係とか。

セクション8 未来派
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

ハリスン・バージロン / Harrison Bergeron / 伊藤典夫訳 / F&SF 1961年10月号
 近未来。政府は徹底した平等を実現するため、ハンデキャップ機器の着用を義務付ける。賢い者には雑音を発して思考を邪魔するハンデキャップ・ラジオを、優れたダンサーには動きを鈍らせる重りを、美しい者には醜い仮面を。ジョージとヘイズルの息子、14歳のハリスン・バージロンンは、当局に目を付けられ連行されてしまう。
 ヴォネガットのダークサイドが遺憾なく発揮された短編。思いっきり戯画化してるけど、現実にも似たような構図があって、下手に職場で優れた能力を発揮して難しい仕事を難なくこなしちゃうと、次から次へと面倒くさい仕事を押し付けられた上に、「君ならもっと出来るはずだから」なんて理由で評価はアレなんてのが、世の中には珍しくなかったり。
モンキー・ハウスへようこそ / Welcome to the Monkey House / 伊藤典夫訳 / プレイボーイ1968年1月号
 近未来。増えすぎた人口に悩む世界政府は、二つの政策を打ち出す。一つは道義自殺ホーム。希望者は施設に赴き、若く美しいホステスに世話されながら安らかな死を迎える。もう一つは道義避妊ピル。これの服用により男女ともに不感症になる。ただし生殖能力は保ったまま。だが反逆者が現れた。詩人のビリー、ピルを拒み自殺ホームのホステスをかどわかす。その人相は不明だ。
 人口爆発をネタにして、禁欲主義を皮肉る短編。ヴォネガット本人はSF作家ってレッテルを貼られるのを嫌がっていたけど、SFを書く時のヴォネガットは芸風が思いっきりコテコテのギトギトになって、彼の本質がよく出ていると思う。実はけっこうノリノリで書いてたんじゃなかろか。かなり意地の悪さを感じさせるオチも、キレと衝撃が増してると思う。
アダム / Adam / 宮脇孝雄訳 / コスモポリタン1954年4月号
 所はシカゴ。真夜中の産院で、二人の男がわが子の誕生を待っている。スーザは六人の子持ち。全て女の子。今回も女の子だと聞いて、ご機嫌斜めだ。クネヒトマンは22歳、ユダヤ人収容所で妻のアヴシェンと出合った。スーザに少し遅れて、クネヒトマンにも声がかかった。「男のお子さんです。奥さんも元気です」
 実はこれ、最初はピンとこなかったんだが、Kamaブログ洋書を原文で読む事の大切さで、やっとわかった。とても優れた解説記事です。私に付け足せることは何もない。
明日も明日もその明日も / Tomorrow and Tomorrow and Tomorrow / 浅倉久志訳 / ギャラクシー・サイエンス・フィクション1954年1月号
 近未来。不老薬で人は死ななくなったが、増えすぎた人口で暮らしは苦しくなった。家の中は一族の者ですし詰めだし、年長者はしぶとく生き続け一族の長として君臨し続ける。遺産を盾にわがまま放題だが、彼らの資金と票は政府にも強い影響力がある。ルウとエメラルドの夫婦も祖父に頭を抑えられ…
 再び人口爆発ネタ。少子高齢化で苦しんでいる現代の日本では、あまりに切実すぎて苦すぎるかも。幸か不幸か、最初のオチは現代アメリカじゃ実現しなかったけど。この辺の会話のリズムも心地いい。やっぱりヴォネガットはお馬鹿コメディが巧い。にしてもテレビのチャンネル争いとかは、スマートフォンと動画サイトが普及した近い将来には意味が通じなくなるかも。
ザ・ビッグ・スペース・ファック / The Big Space Fuck / 伊藤典夫訳 / Again, Dangerous Visions 1972
 近未来。アメリカ合衆国は、成人した者は、幼い頃の育て方を理由に親を告訴できるようになった。言葉遣いのマナーも変わり、大統領もためらいなく四文字単語を使うようになっている。そしてアメリカはビッグ・スペース・ファックを計画する。疲弊した地球から、宇宙へ人類の種を蒔くために、アンドロメダ銀河系に向けロケットを打ち上げる。
 SF界のお騒がせ男ハーラン・エリスンが編んだアンソロジー「危険なヴィジョン再び」向けの作品だけに、敢えてお下劣で露悪的かつ無茶苦茶に書いた作品。にしても、なんじゃいその○○の名前はw クラークに恨みでもあるのかw とまれ、児童虐待を理由に親を訴えられるようになったり、言葉遣いが変わってきているあたりは、現実を予告してるんだよなあ。本人もまさか当たるとは思ってなかっただろうけど。
2BR02B / 2BR02B / 伊藤典夫訳 / ワールズ・オブ・イフ1962年1月号
 世界は理想を実現した。刑務所もスラムも精神病院も貧困も戦争も、そして老1いも消え、アメリカ合衆国の人口は四千万に固定された。まだ若い56歳のウェーリングは、産院にいる。妻が身ごもっているのは三つ子。待合室にはもう一人いた。脚立に座り、壁画を描いている。いずれここは記念室になる。
 また不老不死もの。よっぽど、このアイデアが気に入ってたんだろうなあ。人口は固定で、三つ子が産まれる。この設定で、イヤ~な予感はしたんだが、やっぱり。タイトルは、かの有名なナニのアレ。
無名戦士 / Unknown Soldier / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 西暦2000年のニューヨーク出産第一号には、いくつもの豪華な賞品がかかっていた。なにしろ次の千年紀を象徴する子供なのだ。ただし、コンテストはあまりフェアとは言い難い。そもそもキリスト生誕の日時があやふやな上に、第三千年紀が始まるのは2001年だ。おまけに障害を持つ子供には受賞資格がない。
 やはりヴォネガットの暗黒面が出ている作品。最近になって、Twitter で「みんなの忘れたニュースBOT @wasureta_news」をフォローし始めた。ブームが去って一カ月ぐらいしたネタをつぶやくBOT。見ていると、つくづく自分の忘れっぽさに唖然とする。

 この巻では、ドタバタ・ギャグと暗く苦い作品が多くて、絶望の中に笑いを見いだそうとするヴォネガットの苦闘を見るような気がする。「左に見えますのは」「モンキー・ハウスへようこそ」「明日も明日もその明日も」とかのドタバタは大好きなんだけど、アメリカでもギャグは一段下に見られちゃうのかなあ。笑いにはスピード感やリズムが大事だから、書き手のセンスが出る分野だと思うんだが。

 それと、短編じゃアレがでないってのは発見だった。そう、アレです。「ハイホー」と「そういうものだ」。

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2019年6月26日 (水)

ムア・ラファティ「六つの航跡 上・下」創元SF文庫 茂木健訳

マリアは、これまでに数回、ベッドの上で適切に管理されながら死を迎えたことがあった。
  ――上巻p29

わたしたちは新しいクローンを作れるし、その気になれば人格を変えてしまうこともできる。なのに、今そこにある脳は治せないのだ。これって、どこかおかしい。
  ――下巻p94

「死ねるものなら死んでごらんなさい。わたしたちが、何度でもあなたを再生してあげるから」
  ――下巻p120

「わたしたちはブタか」
  ――下巻p291

【どんな本?】

 アメリカSF・ファンタジイ界の新鋭、ムア・ラファティの新作SF長編。

 25世紀。ドルミーレ号は移民船だ。環境の悪化した地球を脱出し、くじら座タウの惑星アルテミスに向け航海している。乗客は2500名、うち2000名は冷凍睡眠中、500名はデータ化している。クルーは六人、いずれも犯罪者で、航海とひきかえに罪が清算される予定だ。

 ある日、クルー六人の全員がクローン再生された。ただしマインドマップ(記憶のバックアップ)は乗船直後のもの。今まで勤務していたクルーは、船長のカトリーナを除き全員が殺されている。そのカトリーナも重傷で意識がない。船を管理するAIのイアンも、ログを消されていた。クルーの死体は老化しており、記録によると約25年間も航海していた。加えて、AIのイアンやクローン作成用のソフトウェアなど、いくつかの機器に不調がある。

 いったい誰が、何の目的で、どうやってこんな事件を起こしたのか。クルーはみな犯罪者であり、誰もが後ろめたい過去を抱えている。それぞれの証言も、どこまで信用できるのかわからない。

 宇宙空間という密室で起きたクローンの殺人?事件をめぐる、娯楽SFミステリ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SIX WAKES, by Mur Lafferty, 2017。日本語版は2018年10月12日初版。文庫本の上下巻で縦一段組み本文約273頁+295頁=約568頁に加え、渡邊利通の解説7頁。8ポイント42字×18行×(273頁+295頁)=約429,408字、400字詰め原稿用紙で約1,074枚。文庫で上下巻は妥当なところ。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。大事なのは、クローンの扱い。クローン技術で肉体はコピーできる。でも、記憶と人格は残ってない。記憶は、肉体とは別にバックアップを取り(マインドマップ)、新しい肉体にインストールする。

【感想は?】

 お話は「クローンの作製と管理に関する国際法附則」で始まる。法律の条文だ。

 あくまでも法律、つまり「やっちゃいけないこと」であって、「できないこと」では、ない。これが作品全体を通して、大事な意味を持ってくる。ミステリとして作者と謎解きを競うつもりなら、シッカリ読んでおこう。次の七つだ。

  1. クローンは一人一体まで。増殖しちゃだめ。
  2. クローンは子を作っちゃいけない。クローンは不妊にしなさい。
  3. 他人のクローンにマインドマップ(記憶と人格)を入れちゃだめ。
  4. クローンは最新のマインドマップを入れた記憶媒体を肌身離さず持ち歩きなさい。
  5. クローンのDNAやマインドマップは編集しちゃだめ。
  6. クローンの死体は手早く清潔に処分しなさい。葬式はやっちゃだめ。
  7. クローンは自殺しちゃだめ。

 「なんか不便だよな」と思うところは、ある。私だと、5.が辛い。もちっと賢いイケメンで機敏な力持ちになりたいが、それは不許可なのだ。いささかひねた性根もなんとかしたいが、それもだめ。老眼と砂漠化が進んだ頭頂部もなんとかしたいが、それはこの体を処分してクローンの若い体に移れば…

 と思ったが、実はこれも7.で禁止されてる。そんな殺生な。とはいえ、そこは蛇の道は蛇、合法・非合法ともにいろいろと抜け道はあって…。非合法はともかく、合法的な抜け道が私には面白かった。

 さいわい、技術の進歩で有難い点もいくつかある。例えば、新しい体は年齢を好きに設定できる。だから、赤ん坊時代は繰り返さなくていい。六人のクルー(のクローン)も、目覚めた時は、若いとはいえちゃんとした大人の身体で再生した。まあ、そうじゃないと移民船の保守管理なんて仕事はできないんだけど。

 そんなこんなで、「死」って概念が現在とは全く違っちゃってるあたりが、読んでてセンス・オブ・ワンダーを感じるところ。これにはテロリストも困るだろうなあ。それでもやっぱり殺し屋って商売もあるんだが、人殺しの意味も全く違ってるんで…。これ読んでて笑っちゃたんだけど、映像になったらうすら寒い気色悪さが漂うだろうなあ。

 ミステリとしては、やはり舞台設定の妙が光る。まずは密室殺人事件だってこと。誰も逃げようがない宇宙船の中だし。お断りしておくけど、「犯人は救命ボートで逃げた」とか「密航者がいた」とか、そういうのもナシです。しかも、犯人自身も自分が犯人だと知らないってのもミソ。誰も信じられない、どころか自分まで信じられないのだ。

 容疑者の六人も、なかなかに個性的で。

 最初の語り手はマリア・アリーナ。保守係兼機関長補佐とあるが、もっとわかりやすく言えば雑用係。ぶっちゃけ、クルーの中じゃ一番の下っ端。そのワリにヒネた所もないし言動は落ち着いてるしで、マトモそうに見える。

 ヒロことアキヒロ・サトーは航海士。やや毒を含んだ冗談を、のべつまくなしに吐きまくる。名前と身体は日本人っぽいけど、性格はエディ・マーフィーがよくやる役柄みたいだ。少なくとも、表向きは。

 船長のカトリーナ・デラクルスはガチガチの軍人さん。冷酷で高ピー、クルーの言い分は聞かず権力を振りかざす、いけすかないタイプ。彼女を補佐する副長のウルフガングも脳筋タイプ。いずれも物騒な雰囲気なんだけど、カトリーナは冷静かつ理論的なのに対し、ウルフガングはすぐ逆上して暴れまくるって感じ。

 そんなウルフガングの餌食になるのが、機関長のポール・スーラ。やたらビクビクしてて、目覚めてからも職場と自室に籠りっぱなし。ポールの職場にウルフガングが押しかける場面は、デスマーチが続くエンジニアなら涙なしには読めない切なさだw

 そんな怪しげな連中のなかで、ただ一人マトモそうなのが、船医のジョアンナ・グラス。なにせ車椅子だし、終始落ち着いて医師の職務に専念する。もっとも、それはそれで怪しいんだけど。何せ、この船のクルーはみんな元犯罪者だし。

 クローンとマインドマップを駆使したお話作りは、ちょっとP.K.ディックを思わせるけど、登場人物は行動派が多いためか読み心地は軽快で、サクサクと読み進める。上下巻のわりに心地よく楽しめる娯楽SF作品だ。

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