カテゴリー「書評:SF:海外」の224件の記事

2019年4月18日 (木)

D・H・ウィルソン&J・J・アダムス編「ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください」創元SF文庫 中原尚哉・古沢嘉通訳

はじめに神は画面を創造された。
  ――桜坂洋 / リスボーン

先週、彼からメッセージが届いた。“葬儀に来て。かならず”とあった。
  ――ホリー・ブラック / 1アップ

「わたしはわたしのやり方でやりたいの」
  ――ヒュー・ハウイー / キャラクター選択

「おまえはだれだ?」
「ツウォリア。なにかお困りのことは?」
  ――アンディ・ウィアー / ツウォリア

「無知であることと、知ろうとしないこととは別物なんだよ」
  ――ケン・リュウ / 時計仕掛けの兵隊

【どんな本?】

 Press Start to Play は、ビデオゲームをテーマとした短編SFアンソロジーで、2015年に出版された。全26編を収録した中から、12編を選んで訳したのが本書だ。

 テキストアドベンチャー,MMORPG,FPS,VRなど懐かしのゲームから少し未来のゲームなどの素材を、All You Need Is Kill の桜坂洋,オデッセイ(火星の人)のアンディ・ウィアーなど映画化でも有名な作家に加え、大嵐を巻き起こしているケン・リュウやデジタル物では定評のあるコリイ・ドクトロウなど活きのいい作家に調理させた、新鮮で贅沢な短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Press Start to Play, 2015。日本語版は2018年3月16日初版。文庫本で縦一段組み本文約347頁に加え、米光一成の解説7頁。8ポイント42字×18行×347頁=262,332字、400字詰め原稿用紙で約656枚。文庫本としては少し厚め。

 文章はこなれている。内容も特に難しい作品はない。意外にも、あまりゲームをやらない人でも、ドラマなどでゲームの画面を見たことがあれば楽しめる作品が多い。

【収録作は?】

 作品ごとに編集部による解説が1頁ある。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 / 訳者 / 初出 の順。

アーネスト・クライン / 序文 / Ernest Christy Cline / 中原尚哉訳
桜坂洋 / リスボーン
 深夜の牛丼屋。バイトのおれが一人で店を切り盛りしていて、ちょうど客が途切れた頃に、強盗が一人で押し入ってきた。フルフェイスのヘルメットをかぶり包丁を振っている。オッサンだ。包丁を持つ手が震えている。めんどうを避けて金を渡そうとしたときに、何の因果か別の客が入ってきた。大男だ。しかも強盗を取り押さえるつもりらしく…
 All You Need Is Kill と似たアイデアを、不景気な現代の日本で繰り広げた作品。冒頭からして牛丼屋の深夜ワンオぺで、とてもじゃないがトム・クルーズ主演とはいかないw ちょうど某チェーン店の深夜ワンオぺが話題になったころ。しかも店員は女なんで物騒極まりないが、それでも盗まれた方がもう一人雇うより安いって理屈なんだから酷い話だ。
デヴィッド・バー・カートリー / 救助よろ / David Barr Kirtley / Save Me Plz / 中原尚哉訳 / Realms of Fantasy 2007
 もう四カ月もメグはデボンと話していない。部屋を訪ねたら、デボンは行方不明だという。デボンはゲームにハマっていた。「エルドリッチの王国」。それが原因で二人は距離をおいた。でも今となっては、デボンの手がかりはこのゲームだけ。仕方なくメグは「エルドリッチの王国」を手に入れ始めたが…
 冒頭から「メグは車を駐め、剣をつかんで腰に佩いた」なんて文が出てきて「あれ?」と思ってると…。メグちゃん、いい女じゃないか。それでもゲームの引力ってのは強いもので。まあ、ハマった時ってのは、それこそ寝食を忘れて浸っちゃうんだよなあ。にしても、メグちゃん、こんなデボンのどこがいいんだかw
ホリー・ブラック / 1アップ / Holly Black / 1UP / 中原尚哉訳 / 2015
 ゲーム仲間のソレンが死んだ。亡くなる前にソレンから受け取ったメッセージに従い、わたしたちは彼の葬儀に出かける。今まで一度も会ったことはない。でも、わたしとデッカーとトード、そしてソレンは親友だった。葬儀のあと、三人はソレンの部屋を訪れる。ここ数週間、ソレンはほとんどメッセージもよこさなかった。それも…
 若く孤立しがちな十代のゲームおたくの生態がよく出ている。ケッタイなファッション・センス、妙なこだわり、そして何はともあれコンピュータとネットワーク。ネットワークごしでしか知らないながらも、親友だと思っていた仲間が遺した、テキストアドベンチャー・ゲーム。ゲームのスリルと、ゲーム仲間の若々しさが眩しい。にしてもトードw
チャールズ・ユウ / NPC / Charles Yu / NPC / 中原尚哉訳 / 2015
 きみは地面をさぐり、ひたすらイリジウムを集める。休憩室では冷凍食品の食事。そこにカーラが来た。昼休み中、カーラはしゃべり続ける。やばいやばい。いい気分だ。いまのところ、カーラはフリーだとか。仕事中もカーラのことばかり考えている。今日は火曜日、プラズマの雨が降り、なにもかもが溶ける。だが今日は禁を破って亀裂の中でやりすごそうとしたら…
 異星の基地で、ひたすらイリジウムの収集に明け暮れる NPC を主人公とした作品。カップヌードルはともかく、なんでヲタクはドクター・ペッパーが好きなんだろうw 私は今でもあの味に慣れない。
チャーリー・ジェーン・アンダース / 猫の王権 / Charlie Jane Anders / Rat Catcher's Yellows / 中原尚哉訳 / 2015
 シェアリーは35歳の若さで、難病に伴う認知症を患ってしまった。連れ合いのグレースは、シェアリーのためにゲームを手に入れる。「猫の王権」。若者たちの間で流行っているだけでなく、認知症患者の症状を抑えるのに効果があると認められている。最初は嫌がっていたシェアリーだが、始めてみると優れた腕を発揮して…
 「音楽嗜好病」によると、音楽が脳の障害の克服に役立つ事もあるとか。同様に、ゲームを役立てる研究もある。とかのメイン・テーマ以上に、この作品では、介護する立場の描写が見事。シェアリーの表情や姿勢や服装などの細かい部分から、大切な人を介護するとはどんな事なのかが、静かに、でも切実に伝わってくる。そして、そんな人たちに必要なのは何か、も。
ダニエル・H・ウィルソン / 神モード / Danniel H. Wilson / God Mode / 中原尚哉訳 / 2015
 僕は20歳。オーストラリアのメルボルン大学に留学中だ。ビデオゲーム制作を学んでいる。サラも同じアメリカ人で、英語を学んでいる。「山のむこうには何があるの?」とサラは訊ねる。「コンピュータが描画しないものは……存在しないんだ」と僕は答える。ニュースでは、星が消え続けると報じている。
 インべーダー・ゲームなど昔のゲームは、いかにも二次元の原色でノッペリとした画面だったけど、色数が増えるにつれ微妙に陰影がついてきた。それでも所詮はドット絵で、大型のモニタで見るとジャギーが目立ったり。テクスチャ・マッピングを使いこなすようになったのは、いつごろからなんだろ? いやどうでもいい話だけどw
ミッキー・ニールソン / リコイル! / Micky Neilson / RECOIL! / 中原尚哉訳 / 2015
 ジミー・ニクソンは友人のツテで、夜に有名なゲーム制作会社の機材を使えるようになった。上手くいけば職にありつけるかもしれない。深夜二時過ぎに、社内テスト中のゲーム「リコイル!」で遊んでいたところ、タイミング悪く警備員が回ってきた。見つかるとマズいんで隠れたが、入ってきたのは警備員だけじゃない。物騒な雰囲気のロシア人らしき連中も…
 発売前のFPSで遊んでいたら、本物の銃撃戦に巻き込まれてしまった、という話。「ロボット兵士の戦争」によると、合衆国海兵隊も無人航空機のパイロットにゲームヲタクを使ってるとか。かと思えば、「戦争の心理学」では、FPSの流行で銃犯罪者の腕が上がってるなんて物騒な話もある。はたしてジミー君は…
ショーナン・マグワイア / サバイバルホラー / Seanan McGuire / Survival Horror / 中原尚哉訳 / 2015
 アーティはいとこにあたる。彼の地下室は、ある種の者にとってはお宝ギッシリの洞窟だ。大量のコミック、DVD、コレクターズアイテム。今、アーティは新しいゲームをインストールしたところ。起動ボタンを押したら、いきなり照明が消えた。電話もつながらない。おまけにあたしの足も床に貼りついちゃった。なんでも、フォーラムで拾ってきたゲームだとか。
 ちなみにアーティも語り手のアンチモニーも、インクブスの血縁。この世界では、妙な奴らがヒトに紛れて妙な奴らが暮らしているらしい。そんな連中がコミックを読んで楽しめるのかw まあ、こういう設定はレイ・ブラッドベリの「集会」など、SFの定番の一つではあるんだけどw ネットで拾った得体の知れないゲームなんかインストールするもんじゃないって話w
ヒュー・ハウイー / キャラクター選択 / Hugh Howey / Select Chatacter / 中原尚哉訳 / 2015
 娘のエイプリルが寝付いたら、わたしはゲームを始める。今日は珍しく、夫のジェイミーが早く帰ってきた。きまりが悪かったけど、ジェイミーはわたしのプレイが見たいという。市街戦のゲームだ。兵士になって戦場を駆け、反乱軍の兵と戦うゲーム。でもわたしの武装は銃剣をつけた自動小銃と拳銃、それと五個の水筒だけ。
 優れたプログラムってのは、往々にして作者の思惑とは全く違った使われ方をする。これはゲームも同じで、優れたゲームはプレイヤーやプレイスタイルによって全く違ったゲームに化ける。ガンパレード・マーチだと、お気に入りのキャラクター同士をカップルにする仲人プレイなんてのを見つけた人は、ほんと凄いと思う。「SFマガジン2016年12月号」にも大谷真弓訳で収録された。
アンディ・ウィアー / ツウォリア / Andy Weir / Twarrior / 中原尚哉訳 / 2015
 世間じゃ華やかに思われているプログラマーを続けてきたコナーズだが、懐は寂しい。おまけにスピード違反で切符を切られ、いよいよピンチ…と思ったら、なんと切符は警察の記録にないという。後でヤバい事になるんじゃないかと怯えながらブラウザを閉じたとき、インスタントメッセージが届いた。
 銀行にアクセスした直後、得体の知れないメッセージが来たら、そりゃビビるよなあ。「漏れ」とか「香具師」とか「乙」とかのネット・スラングが楽しいだけじゃなく、文章のテンポも心なしかキビキビしてる。つか訳者も出入りしてたのかw
コリイ・ドクトロウ / アンダのゲーム / Cory Doctorow / Anda's Game / 中原尚哉訳 / Salon.com 2004.11.15
 12歳の時、アンダは勧誘役のライザと出合い、憧れのクランであるファーレンハイトに入った。幾つかのミッションをこなし、小隊長にまで昇格したころ、変わったミッションの話がきた。軍曹のルーシーと組んで、マネーを稼ぐ。ゲーム内のゴールドじゃない。現実に使えるカネだ。
 肉体の筋力は関係ない筈のゲームでも、実際は野郎ばかり。若い娘が素性を晒せば変態男が蠅のように群がってくる。かと思えば、金にモノを言わせて貴重なアイテムを買いあさる奴もいる。などのオンライン・ゲームが抱えるダークサイドを、これでもかと見事に描き出した作品。加えて戦闘場面の迫力も、この作品集では飛びぬけている。
ケン・リュウ / 時計仕掛けの兵隊 / Ken Liu / The Clockwwork Soldier / 古沢嘉通訳 / Clarkesworld 2014.1
 ライダーは宇宙を駆け巡るバウンティ・ハンター。依頼に応じて獲物を見つけては捕らえ、依頼人に引き渡す。今回の獲物はアレックス、依頼人はその父親で有力者だ。ありがたいことにアレックスは抵抗せず、部屋でコンピュータをいじっているだけ。彼はテキスト・ベースのゲームを作っていて…
 「1アップ」同様に、テキストアドベンチャー・ゲームがキモとなる作品。いずれの作品も、ゲームとしては原始的なテキストだからこその工夫が活きている。気持ちを刺激するって点では、手紙より優れているのかも。PKD閾などの遊びも楽しい。
米光一成 / 解説

 「1アップ」は、登場人物の若々しさが光る。ライトノベルの市場でもイケそうな気がするんだけど、短編は難しいのかなあ。ゲーム雑誌に載ればイケるかも。「猫の王権」では、シェアリーのしぐさや服装を通して、介護する者が置かれている状況を伝えるあたりに感服した。「ツウォリア」は、ジャーゴンだらけでありながらサクサク読める会話が心地いい。

 中でも最も気に入ったのは、「アンダのゲーム」。もちろん、オーソン・スコット・カードの傑作にひっかけた作品。そういえば登場人物の年齢も同じぐらいだなあ。肉体の能力は関係ないはずなのに、相変わらずゲームの世界は野郎ばっかりだし、女が身元を明かす危険は、更に増している。加えて殺伐としたプレイやRMTや不摂生な生活など、ゲームが持つ闇の部分をハッキリと描きながらも、娯楽読み物としてのオトシマエはキッチリとつけるあたりが見事だ。

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2019年4月14日 (日)

ロバート・チャールズ・ウィルスン「楽園炎上」創元SF文庫 茂木健訳

<こちらを見ている知らない人間がいたら、警戒せよ>
  ――p15

素材がナイロンだろうと蜘蛛の糸だろうと、網は網であり食事は食事だ。
  ――p163

「おまえは完全に正気かと訊かれて、自信をもってうなずける人もいないんじゃないか?」
  ――p302

「あんたが本当は何者なのか、わからなくなってきたよ。たぶん、今までもわかっていなかったんだろう」
  ――p397

「真実を知るほうが、愚者の楽園で生きるよりずっとまし」
  ――p493

【どんな本?】

 「時間封鎖」シリーズで大ヒットをかっ飛ばしたロバート・チャールズ・ウィルスンによる、ちょっと懐かしい雰囲気の侵略SF長編。

 第一次世界大戦は1914年に終わり、第二次世界大戦は起きなかった架空の世界。地球は「電波層」に覆われていた。これは電波を反射・拡散させ、世界的な通信を容易にする。と同時に、あらゆる電波通信を監視し、微妙に「検閲・改変」して、人類の運命を歪めていた。

 この性質に気づく者もいた。だが電波層=超高度群体は、見破った者を人知れず始末してしまう。そこで一流の科学者・数学者・技術者たちは世界的な秘密組織<連絡協議会>を作り、研究を続ける。だが、それも2007年まで。超高度群体は刺客を使い、連絡協議会の主要メンバーを虐殺したのだ。

 刺客は擬装人間。ヒトそっくりの姿でヒトそっくりに振舞う。だが実際は超高度群体が操る生体ロボットで、意識も感情もないが、巧みな演技で人を欺く。皮膚を切れば赤い血が流れるが、深く傷つけると緑色の悪臭を放つ液体を流す。

 キャシー・アイヴァースンは18歳の少女。12歳の弟トーマスと共に、伯母ネリッサ(リス)と暮らしている。彼女らは2007年に両親を超高度群体に殺された。以後7年間、連絡協議会の生き残りや遺族たちと密かに連絡を取り合い、目立たぬよう、またいつでも逃げ出せるよう、警戒と準備を怠らずに生きてきた。

 そんなキャシーの家の前に、擬装人間が現れた。生憎と伯母のリスは出かけている。電話は超高度群体に盗聴されるので使えない。キャシーはトーマスを連れ、連絡協議会の仲間の元へと急ぐのだが…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」のベストSF2015海外篇10位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Burning Paradise, by Robert Charles Wilson, 2013。日本語版は2015年8月21日初版。文庫本で縦一段組み、本文約486頁に加え、大野万紀の解説7頁。8ポイント42字×18行×486頁=約367,416字、400字詰め原稿用紙で約919枚。上下巻に分けてもいい長編。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。一部にSF的に凝った仕掛けがあるけど、深く突っ込まず「そういうもの」と思っていれば充分。味付けはSFというよりホラーやサスペンスなので、そういうのが好きな人向け。

【感想は?】

 1950年代~60年代の香りを21世紀に蘇らせた、B級サスペンスSF。

 なんたって、設定がいい。大掛かりなところでは電波層。これのお陰で第二次世界大戦は免れたが、コンピュータの発展は妨げられた。そのため、この作品の世界は、インターネットもスマートフォンもない、やや懐かしい雰囲気が漂っている。

 たぶん、著者は、そういうのが好きなんだろう。冒頭から主人公のキャシーはレコードを聴いてるし。現実の18歳の娘なら、iPhone などのデジタル・オーディオ機器を使うはずだ。アパートから街路を見おろせば、そこには古書店がある。いいねえ、古書店。そういう街並みが好きなんだろうなあ。

 加えて、電波層のせいで電話が使えない。奴らは密かに電気信号を盗聴し、検閲し、改竄する。そのため、家族や仲間に何かを伝えるにも、郵便か直接に会って伝えるしかない。この制約が、追っかけっこのスリルを盛り上げる。

 そんな少しかび臭い舞台で展開する物語が、これまた懐かしのB級侵略サスペンスSF映画そのもの。その最大の仕掛けが、擬装人間だ。ヒトそっくりの格好で、ヒトそっくりに振舞うが、実態は電波層=超高度群体の操り人形。わはは。ゼイリブかよw しかもお約束通り、体の中には緑色の臭い液体が詰まってる。そうだよね、緑色でなくちゃw

 奴らは人知れず侵略を進めていた。だが、わずかながら、それに気づく者もいた。彼らは秘密組織=連絡協議会を作り、奴らの正体を暴いて対抗しようとしていたが、奴らに気づかれ虐殺される。数少ない生き残りは身分を偽り目立たぬよう生きてきた。その生き残りの一人、キャシーに擬装人間が迫り、あわてて逃げ出すが…と、いかにも映画監督のジョン・カーペンターが食いつきそうな設定だ。

 以後はキャシーの逃避行が中心となって物語が進む。ここでも、擬装人間の設定が活きてくる。なにせ人間そっくりで、正体を見極めるには体を深く傷つけるしかない。誰が人類で誰が侵略者なのか、全くわからない。奴らはヒトの言葉を喋るが、それが嘘か本当か見極めるすべはない。お陰で、出会う人すべてが信用できない。

 更に、冒頭近くで、擬装人間が内情を語る場面がある。これも舞台装置をひっくり返しかねない話なんだが、何せ嘘ばかり言う奴らのこと、その話もどこまで信用していいものやら。

 しかも、連絡協議会の生き残りの中心メンバー、ウェルナー・ベックが、これまた怪しさプンプンのオッサンで。

 強引で精力的かつ、偏執的なまでに注意深く電波層や疑似人間を用心する。おまけに金持ちw 謎の金持ちは、この手のお話のお約束ですね。一見、頼りになるようだけど、果たして信用できるのかどうか。単に用心深いだけなのか、イカれているのか、はたまた擬装人間なのか。彼が機内食を食べる場面とかは、実にゾクゾクする。

 やはりB級SFに欠かせないのが、荒野に一人で住む荒っぽくて胡散臭い男。ターミネーター2だと、サラとコナーを匿うメキシコの一家みたいな立ち位置にあるキャラクター。本作のユージーン・ダウドは、そんな役を担う自動車修理屋だ。野郎の一人暮らしだから清潔とはほど遠く、機械油のにおいをプンプンさせ、裏商売にも通じた胡散臭いオッサン。

 こういう奴が顔を出すと、それだけで私はニタニタしてしまう。お約束の道具立てやキャラクターが出てくると、それだけで嬉しくなるのだ。

 とかのB級侵略SFや懐かしSFのイースター・エッグがアチコチに埋まっているのも、マニアには嬉しい点。南極の氷床コアは映画「遊星からの物体X」だろうし、ゲイルズバーグは侵略SFの古典「盗まれた街」の作家ジャック・フィニイのもう一つの代表作「ゲイルズバーグの春を愛す」だろう。イギリスのウィンダムは「呪われた村」の作家ジョン・ウィンダムかな。

 そういう空気を色濃く漂わせるだけに、グロい場面もアチコチにある。冒頭で擬装人間が緑色の体液をブチ撒けるのを皮切りに、ドロドロ・グニャグニャ・ウニョウニョなシーンもキッチりと書き込んであるので、そういうのが好きな人はお楽しみに。特に終盤、最終決戦の場面では、気色悪さの大サービスだ。ああ、ゾワゾワする。

 その上で、ちゃんとソレナリの屁理屈を加えてるあたりは、21世紀のSFに相応しい。中でも最も大きな役割を担うのが、随所に挿入される昆虫学者イーサン・アイヴァースンの論文の要旨。昆虫学者ってのがミソで、あの六本脚の生物の生態ってのは、私たちから見たら確かに異様なんだけど、同時に合理的でもあるんだよなあ。

 懐かしのB級侵略サスペンスSFの香り高い、娯楽ホラー作品だ。リラックスして楽しもう。

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2019年4月10日 (水)

大森望監修「カート・ヴォネガット全短編1 バターより銃」早川書房

「この16人みんなが、わたしのやるチェスの駒になるんだよ」
  ――王様の馬がみんな……

「プロの兵士になる唯一の方法は流血だ」
  ――審判の日

「明日、戦争のない場所へおまえを連れていってやるよ」
  ――ハッピー・バースディ、1951年

恐怖を利用してなにかをさせる人間は、病気的で、哀れで、痛ましいほど孤独だ
  ――司令官のデスク

「真実を口にしちゃいけないのか?」
  ――化石の蟻

【どんな本?】

 「プレイヤー・ピアノ」「スローターハウス5」「猫のゆりかご」「タイタンの妖女」など、シニカルながらも温かみのある芸風でSFファンにもお馴染みのアメリカの人気作家カート・ヴォネガット。彼が遺した短編をまとめ、8個のテーマ別に並べた「COMPLETE STORIES」が、日本では四分冊に分かれての刊行となった。

 この巻「バターより銃」では、「戦争」と「女」を収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は COMPLETE STORIES, by Kurt Vonnegut, 2017。2018年9月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約433頁に加え、大森望の解説7頁。9.5ポイント44字×19行×433頁=361,988字、400字詰め原稿用紙で約905枚。文庫なら上下巻に分けてもいい分量。

 いずれの作品も文章はこなれていて読みやすい。SFもあるが、1950年代の作品だけに、難しい仕掛けはほとんどない。むしろ、当時のSFだけに、現実に追い越された作品もある。当時は人工衛星がなかったのだと頭に留めておこう。

 それより、この巻で重要なのは、著者カート・ヴォネガットの戦争体験と、当時の時代背景だ。著者は第二次世界大戦の欧州で戦うが、ドイツ軍の捕虜になり、ドレスデンの捕虜収容所で連合軍の空襲に巻き込まれたが、なんとか生き延びた。この体験は後に傑作「スローターハウス5」として結実する。また、当時はアメリカとソ連が互いに核で脅し合う冷戦の最中であり、その緊張感が漂う作品が多い。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 訳者 / 初出。

序文(デイゥ・エガース) / 鳴庭真人訳
イントロダクション(ジェローム・クリンコウィッツ&ダン・ウェイクフィールド) / 鳴庭真人訳

セクション1 戦争
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

王様の馬がみんな… / All the King's Horses / 伊藤典夫訳 / コリアーズ1951年2月10日号
 ブライアン・ケリー大佐は、家族と部下を引き連れ、インドに向かった。だが輸送機は嵐でコースを外れ、不時着する羽目になる。あいにくとそこは共産ゲリラが支配する地域で、大佐ら16人はゲリラに捕えられてしまう。ゲリラのボスであるピー・インはケリー大佐に取引を持ち掛けたが…
 映画「ディア・ハンター」を連想する作品。吐き気がするほどわかりやすい形で戯画化してはいるが、現実の戦争を指揮する者がやっているのは、まさしくこういう事なんだよなあ。それでも、そこに住む人たちを考えなければの話で…
孤児 / D.P. / 伊藤典夫訳 / レディーズ・ホーム・ジャーナル1953年8月号
 ライン川近く、ドイツの米軍占領地に孤児院がある。修道尼たちが、81人の子供を養っていた。その一人、ジョーは<褐色の爆撃機>と呼ばれている。ジョーは両親のことを知りたがるが、シスターは話を逸らす。ある日、村人がジョーに話しかけた。「ジョー、お父さんが町に来てるぞ」
 第二次世界大戦後、少し落ち着きを取り戻したドイツを舞台とした作品。世間は落ち着いてきても、ジョーが孤児であることは変わらないんだよなあ。これ日本を舞台にすると、更に悲惨な話になってしまう。
人間ミサイル / The Manned Missiles / 宮脇孝雄訳 / コスモポリタン1958年7月号
 私、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国イルバ村の石工、ミハイル・イワンコフは、アメリカ合衆国フロリダ州タイタスヴィルの石油商であるあなた、チャールズ・アッシュランドに、あいさつとお悔みの言葉を申し上げます。あなたの手を握りましょう。
 ユーリ・ガガーリンが世界初の宇宙飛行を成し遂げるのは、作品発表の3年後なのを考えると、見事に時流を言い当てた作品だろう。現実のガガーリンの家族も、ミハイル・イワンコフと似て素朴な人たちだったようだ(→「ガガーリン」)。
死圏 / Thanasphere / 伊藤典夫訳 / コリアーズ1950年9月2日号
 地球の二千マイル上空から、ライス少佐の通信が届いた。彼の任務は、上空から敵地を偵察し、非常時には味方の誘導核ミサイルを観測すること。月面を横切る物体を観測した者は多かった。だがロケット顧問のグローシンガー博士はシラをきる。最高責任者のデイン将軍はライス少佐からの連絡に最初は喜んだが…
 まぎれもないSF。低軌道には国際宇宙ステーションが浮かび、GPS用や通信衛星・気象衛星そして数知れぬ偵察衛星が飛ぶ現代ならともかく、1950年には宇宙に何があるか全く分からなかった。ヴォネガットらしい皮肉が効いた作品。
記念品 / Souvenir / 浅倉久志訳 / アーゴシー1952年12月号
 質屋のジョー・ベインは、安く買いたたいて高く売る。月曜の朝、店に入ってきたのは、貧しそうな若者だった。不景気で金がない、この時計を五百ドルで買ってくれ、と。ルビーと四個のダイヤがはめ込まれた、立派な時計だ。ドイツ語の銘が彫ってある。先の戦争で手に入れたという。
 第二次世界大戦で従軍し、捕虜になった著者の体験が活きている作品。欲の皮の突っ張ったジョー・ベインが、朴訥な若者を騙す手口には舌を巻く。ビンボってのは、人の心を折るんだよなあ。戦争終結直後の混乱を巧く描いている。
ジョリー・ロジャー号の航海 / The Cruise of The Jolly Roger / 浅倉久志訳 / ケープコッド・コンパス1953年4月号
 陸軍で17年を過ごしたネイサン・デュラント少佐は、朝鮮で負傷し、退役する。陸軍に身を捧げるつもりだったデュラントは、病院で隣のベッドにいた男に影響され、中古のキャビン・クルーザーを買う。プロヴィンスタウンの港に上陸した彼を、四人の若者がスケッチしている。その絵は…
 ケープコッド・コンパスは、きっとご当地雑誌なんだろう。地元の風景や人々、そしてイベントを盛り込むだけでなく、巧みに料理して、本来の読者の気分をよくするように工夫している。
あわれな通訳 / Der Arme Dolmetscher / 浅倉久志訳 / アトランティック・マンスリー1955年7月号
 1944年、第二次世界大戦の西部戦線、ベルギー。学生時代にルームメイトからハイネの<ローレライ>を仕込まれたせいで、わたしは大隊通訳に任命されてしまった。不安におびえていたが…
 これまた従軍経験を活かした作品。案外と実話じゃなかろかw
バゴンボの嗅ぎタバコ入れ / Bagombo Snuff Box / 浅倉久志訳 / コスモポリタン1954年10月号
 戦時中、レアドは大尉として基地にいた。11年ぶりに町を訪れたレアドは、元妻のエミーに会おうと思い立つ。今は別の男と結婚し、二人の子供がいるらしい。イラクやセイロンやアマゾンなどを、レアドは飛び回ってきた。
 派手に飛び回っているレアドと、日々の暮らしに追いまくられているエミー。エミーの夫ハリーの心中は複雑だろうけど、儲け話に心が動く気持ちはよくわかる。…と思ったらw
審判の日 / Great Day / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 大柄だったおれは、16の時に歳を誤魔化して世界陸軍に入った。配属されたのはタイムスクリーン中隊。任務は極秘だ。ボスのポリツキー大尉も、重要な任務だとは言うが、中身についてはなにも話してくれない。
 これまた2037年を舞台としたSF。世界陸軍の名のとおり、国同士の争いがなくなっている、そんな想定で書かれている。そんな風に世の中が変わっても、アメリカの田舎の人間が考える事はほとんど変わっていない。アメリカの田舎に限らず、人はなかなか変わらないんだよなあ。
バターより銃 / Guns Befor Butter / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 ドイツ軍の捕虜になったアメリカ兵の三人、ドニーニとコールマンとニプタッシュは、暇さえあれば食べ物の話ばかりしている。ここはドレスデン、三人は空襲の後片付けに駆り出された。監視役のクラインハンス伍長もやる気がない。ドイツ軍の士官が来たときだけ、忙しそうにしていればいい。
 やはり捕虜になった経験を元にした作品。どの国だろうと、人はそれぞれ。それは兵も同じで、いい人も入れば嫌な奴もいる。クラインハンス伍長は無愛想だけど…。
ハッピー・バースティ、1951年 / Happy Birthday, 1951 / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 戦争が終わった日、老人は避難民の女から赤ん坊を預かった。以来、二人は、七年間も地下室に隠れて生き延びてきた。進駐軍に発見され、身分証明を書く段になって、老人はやっと気がついた。子供の誕生日も知らなかった、と。そこで、次の日を誕生日として、そのプレゼントを考えたが…
 「イワンの戦争」によると、多くの孤児が「連隊の息子」になったとか。家も家族も失った子供が、軍について行ったのだ。たぶんこれは赤軍だけじゃなく、他の軍も似たような事はあったんだろう。戦争を知っている老人と、何も知らない子供の対比が鮮やかな作品。子供のうちはこれでもいいけど…
明るくいこう / Brighten Up / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 ドレスデンの捕虜収容所で、わたしはルイスと出合った。ニューヨークの貧民街で育ったルイスは、世の中をよく知っていた。わたしたちは外の作業に駆り出されたが、ルイスは監視兵に取り入って、当番兵になり、収容所に残った。また、捕虜仲間を相手に商売を始め…
 世の中ってのは往々にしてそんなモノで。目端が利いて商売っけのある奴ってのは、どこにでもいるんだよなあw
一角獣の罠 / The Unicorn Trap / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 西暦1067年のイギリス。村には18の絞首台が並び、死者がぶら下がっている。征服王ウィリアムの友人、恐怖公ロベールに吊るされたのだ。すぐ近くに、木こりの一家が住んでいた。エルマー、妻のアイヴィー、十歳の息子エセルバート。そこに恐怖公ロベールの使いが現れ…
 フランスはノルマンディーの王だったギヨーム(ウィリアム一世、→Wikipedia)によるイギリス征服を背景とした物語。なんて歴史の知識はなくても、庶民から見た侵略者とその取り巻きって関係は、すぐにわかる。
略奪品 / Spoils / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 ウォード氏はヨーロッパの戦場で、24人分の銀製食器をパクってきた。だがポールの略奪品は、錆びて曲がったドイツ空軍のサーベルだけで、それを妻のスーにからかわれる。それというのも…
 これも捕虜になった経験を元にしたお話。敗戦国ドイツでも西側はともかく、赤軍に占領された地域の悲惨さは「ベルリン陥落」などが詳しいが、ホラーやスプラッタが苦手な人にはお勧めしかねる。もっとも、東部戦線じゃドイツ軍も似たような真似をしてるんだけど。
サミー、おまえとおれだけだ / Just You and Me, Sammy / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 戦前、ニュージャージーには親独協会があった。わたしはドイツ系で、父も一時期は協会に関わっていたが、正体を知って退会した。だが、家族でドイツに渡った人たちもいた。戦争が終わった時、わたしはジョージと共にドイツの捕虜収容所にいた。ジョージは監視兵に巧く取り入ったが、捕虜仲間からは煙たがられていた。
 これもやはり捕虜経験を元にした作品。「明るくいこう」と同じく、巧みに監視兵に取り入り捕虜仲間相手の商売で稼ぐ男がジョージ・フィッシャーの名で出てくる。ただしこちらには続きがあって…。
司令官のデスク / The Commandant's Desk / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 チェコスロバキアの町ベーダ。戦争が終わり、ソ連軍にかわりアメリカ軍が進駐してきた。わたしは1916年にオーストリアの歩兵として戦って左足を失い、今は家具職人として娘のマルタと住んでいる。支配者は次々と変わった。ナチ、赤軍、チェコの共産党員。今度のアメリカ軍の司令官はイケイケのエヴァンズ少佐で、副官は落ち着いたドニーニ大尉。二人は折り合いが悪いようで…
 敗者であるチェコスロバキアの民間人の視点で描くあたりが、ヴォネガットらしい芸風。舞台こそ第二次世界大戦直後らしいが、現在のイラクやアフガニスタンやチェチェンに移しても充分に通用しそうな話だ。
追憶のハルマゲドン / Armageddon in Retrospect / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 わたしは例の「ハルマゲドン事件」で有名なパイン研究所の管理職を務める者です。はじまりはドイツの故ゼーリヒ・シルトクネヒト博士の著作でした。博士は後半生をかけて世界に訴えましたが、その努力は実りませんでした。彼はこう信じていました。「精神を病む者たちは、悪魔にとりつかれている」と。
 どこぞの新興宗教の始まりと発展を描いた話、かと思ったらw 博士の肩書のある人が遺したケッタイな理論に、アレな金持ちが取り憑かれて財産をつぎ込み、そこに優れたプロデューサーが乗り込んで…。ヴォネガットがSF長編で発揮する、ひねくれたユーモアと馬鹿げたアイデアをたっぷりと詰めこんだ上に、オチも鋭いw
化石の蟻 / The Petrified Ants / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 ヨシフと弟のピョートルは、ロシアを代表する蟻学の研究者だ。蟻の化石が見つかったとの報を受け、鉱山にやってきた。鉱山監督のボルゴロフはスターリンにコネがあるらしく、ふんぞり返っている。空気を読まないピョートルをヨシフがなだめつつ、肝心の蟻の化石の調査を始めると…
 冷戦時代のソ連を風刺した作品。ルイセンコ論争(→Wikipedia)が示すように、当時のソ連の科学界は悲惨な状況で。ロケットの父、セルゲイ・コロリョフですら収容所送りになってるし。まあ、似たような事は他の国でも起きてるんだけどね。
暴虐の物語 / Atrocity Story / 大森望訳 / 本書初出
 第二次世界大戦が終わり、解放されたアメリカ人捕虜の中で、わたしたちは最後のグループになった。戦争犯罪テントに呼ばれたのは三人。わたし、ドニーニ、そしてジョーンズ。マロッティが略奪の罪で銃殺された件を聞きたいらしい。マロッティは衛生兵で、ドレスデン爆撃のさなかにドイツ人の出産を助けたこともある。
 お得意の捕虜経験、それもドレスデン爆撃を元にした物語。ほんと、戦争ってのは何が生死を分けるかわからない。

セクション2 女
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

誘惑嬢 / Miss Temptation / 宮脇孝雄訳 / サタディ・イヴニング・ポスト1956年4月21日号
 スザンナは夏季劇場の端役女優で、消防団詰所の上に部屋を借りていた。夏の間、村のみんなは彼女にあこがれていた。彼女が話しかける相手は、ドラッグストアの薬剤師、72歳のビアス・ヒンクリーだけ。でもその日は違った。18か月の朝鮮での兵役を終え、フラー伍長が帰ってきたのだ。
 いろいろと若さを感じさせる作品。若くして朝鮮の戦場に送られ、そのショックに呆然とし、怒りでしか気持ちを表せないフラーを、村の人々がどう扱うかというと…。ヴォネガットが望んだアメリカの姿を、比較的ストレートに描いた話。
小さな水の一滴 / Little Drops of Water / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 バリトン歌手のラリーは、副業にボイストレーニングのトレーナーもやっている。生徒は決まって豊かで若く美しい、歌手を目指す娘だ。たいてい生徒たちはラリーに憧れ恋をし、やがて「卒業」する。ラリーの暮らしは規則正しいスケジュールに従っていて、生徒や恋人、まして妻に割く時間はほとんどなかった。エレン・スパークスもラリーの教え子で…
 ヴォネガットにしてはテレビドラマ向きの作品で、今ドラマ化しても充分にイケる。主役はジャニーズあたりのイケメンがいい。向こうが了解すれば、だけどw 1950年代のリチャード・マチスンやロバート・シェクリイ、フレドリック・ブラウンの職人芸を感じさせる、スマートな短編だ。

 戦争がテーマなだけに、やはり捕虜の体験をネタにした作品が多い。私は「追憶のハルマゲドン」のような馬鹿話が、ヴォネガットらしくて好きだなあ。「小さな水の一滴」みたく小技の利いた作品も書けるとは知らなかった。いかにも売れそうな短編なのに。

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2019年4月 3日 (水)

ヴィクトル・ペレーヴィン「iPhuck 10」河出書房新社 東海晃久訳

本テクストはアルゴリズムによって書かれたものだ
  ――前書き

マシーンやプログラムに主体性なんかない。こいつらの監視対象は僕らじゃない。監視対象は情報なんだ。
  ――第一部 ギプスの時代

残念ながら、ロシアのアーティストが世界にとって興味があるのは、連邦保安庁に囚われたチンポとしてでしかないんですね。
  ――第二部 自分だけのための秘密の日記

こういう状況で偉大な文豪たちは何をしてきたんだろうか?
彼らは
<酒を飲み、鴨でマスかき、硝子を割って、高みを目指した>
  ――第二部 自分だけのための秘密の日記

明瞭な意味を失った哲学の蜘蛛の巣でこういうものを作るとなると、その結果は二つあるうちの分かりにくい方の蜘蛛の巣と同じくぼんやりとして印象的なものに仕上がるだろう。
  ――第三部 メイキング・ムービーズ

あるのはね、新たな波止場を……というか、新たな牢獄を無意識に探してるコードだけ。
  ――第四部 ダイバーシティ・マネージメント

【どんな本?】

 現代ロシアの人気作家、ヴィクトル・ペレーヴィンによる、ギミックを満載したミステリ仕立ての最新長編小説。

 21世紀後半。ジカ3の蔓延で人類の多くは直接の性交をやめ、アイファックやアンドロギュノスに移行する。ポルフォーリィ・ペトローヴィチは一種の人工知能だ。正式名称は刑事文学ロボットZA-3478/PH0バージョン9.3.物理的な身体はない。本庁に所属し、本来なら事件の捜査に当たる…はずが、今回は民間にレンタルされた。当然、有償で。

 依頼主はマルーハ・チョー、美術史家でキュレーター。依頼内容は<アート市場の機密調査>。主な対象はギプス、21世紀初頭から30年ほどに発生したオブジェで、後期バルト海沿岸社会主義リアリズムとも呼ばれる。

 事件捜査の傍ら、ポルフォーリィは捜査の様子を小説に書く。それがこの作品で…

 近未来に人工知能が事件を元に書いた小説という体裁をとり、現代ロシアの社会事情や、そこで足掻く芸術家たちと、それを取り巻くアートシーンを戯画化しつつ、タイトルで分かるように情報テクノロジーの行く末をシモネタ満載で描き上げる、メタで過激で濃密な現代ロシア風SFミステリ小説。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」海外篇28位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は iPhuck 10, Ви́ктор Оле́гович Пеле́вин , 2017。日本語版は2018年8月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約454頁に加え、訳者あとがき15頁。9ポイント47字×20行×454頁=約426,760字、400字詰め原稿用紙で約1,067枚。文庫本なら上下巻ぐらいの大長編。

 正直、かなり読みにくい。ロシア語・英語・イディッシュなど幾つもの言語を取りまぜた言葉遊びをギッシリと詰めこんでいて、訳者の苦労がしのばれる。また現代ロシアの事件や有名なロシア文学を元にしたネタも次から次へと出てくる。これも「オモン・ラー」の熊狩りのネタとか、私はてっきり作り話だと思っていたんだが、現実の話が元になっていたりするんで、全く油断できない。

 そういう点で、巻末の訳者あとがきはとても親切だ。本編を読む前はあまりピンとこないが、この作品が成立した背景、特に現代ロシアの社会情勢がよく伝わってくる。ギプスとかは、あとがきがなければ私は何の事だかサッパリわからなかった。

【感想は?】

 うう、重い。

 いや、語り口は軽いのだ。人工知能が書いた小説という体裁だが、書き手のポルフォーリィ君、言葉遣いは時代のネットスラングに通じているし、卑猥な軽口も叩く。というか叩きすぎ。

 人工知能とはいえ刑事という立場のためか、導入部は探偵物のハードボイルド小説みたいな雰囲気もある。一人称はオレだし。なんて恰好つけてるけど、民間にレンタルされシケた調査をやらされるのには、少々不満な様子。もっとも、あくまでアルゴリズムなので感情はない…はずなんだけど。

 彼の創作手法も、私のような底辺ブロガーにはなかなか突き刺さる方法で。ええ、すんません、オリジナリティなんかありゃしません。気に入ったフレーズの切り貼りで記事をデッチ上げてます。おかげで…

オレたちの作りだしてる情報の総量は信じられないスピードで増えてるけど、その情報の有用性が全く同じスピードで落ちてってる…
  ――第二部 自分だけのための秘密の日記

 なんて言われちゃったり。ああ、耳が痛い。

 本作のテーマの一つは現代のアートだろう。バンクシー(→Wikipedia)なんて名前も出てくるし。彼(女ら)の作品のややこしい所は、それが壁の落書きだったりすること。状況や環境もアートを構成する要素なので、バンクシーの筆による部分だけを取り出したら意味が失われてしまう。

 中でも強烈なのがピョートル・パヴレンスキィなどのアクショニズム。口を縫い付け、広場にタマを釘で打ち付け、耳朶を切り落とす。単なる露出狂のマゾじゃないかと思うが、それぞれちゃんと政治的なメッセージがあるのだ。

 とはいえ、メッセージを理解するには、彼のおかれている現代ロシア社会の現状がわかってなきゃいけない。それ以上に厄介なのは、アートとはいえ、絵画や彫刻と違って、彼の「作品」は美術館に飾れないこと。その時その状況で口を縫う行動に意味があるんで、その映像を撮ってもあまり意味がない。

 ってんで、ポルフォーリィ君の雇い主マルーハ・チョーの、美術史家&キュレーターって肩書が意味を持ってくる。こういう所は、人様の作品にゴタクをくっつけて記事にしてる私には、グサリとくる。

 加えて、タイトルにもある iPhuck だ。名前で見当がつくように、シモネタもある。と同時に、何でもコピーできる現代のデジタル技術の象徴でもある。更に、ネットワーク機器でもある。

 昔は自由な楽園または無法者の跳梁跋扈する荒野だったインターネットだが、今は法律や自主規制でかなり面倒くさい場所になってしまった。このブログも、スマートフォンで見ると広告がウザい。そういう余計なお世話が増えてきて、これに政治思想が絡まると…

 ばかりでなく、ロシアン・サイバーパンクとしても、案外と楽しめるのが意外だった。いや失礼かもしれないけど。「連装配列」や「ディストリ」などのソレっぽい用語も、ちゃんと座りのいい文脈で使ってるし。中でもRCPの発想は魅力的。でも「シンギュラリティ」を、そう使うかw

 そういう点だと、終盤の展開は、サイバーパンクの代表作を彷彿とさせる大ネタを繰り出してきて、立派にSFとしても成立してるのが嬉しい。

 現代ロシアの社会状況、文学とは何か、アートとは何か、批評とは何か、デジタル・ネットワークと多国籍資本の行く末、移民に揺れ動く欧州、政治的な正しさなど、重いテーマをこれでもかとブチこみつつ、言葉遊びとお下劣なシモネタで一見軽そうに仕立てた、とんでもない怪作。心身のコンディションがいい時に、たっぷり余裕を取って挑もう。

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2019年3月21日 (木)

シルヴァン・ヌーヴェル「巨神覚醒 上・下」創元SF文庫 佐田千織訳

科学者というのは子どものようなものだ。彼らは常にあらゆることを知りたがり、そろってやたらと質問ばかりして、けっして指示を守ろうとしない。
  ――上巻P36

守るべき理想がなければ、私のような人間になにができるでしょう?
  ――下巻p53

闘うのはやめるのです。あなたがたに勝ち目はない!
  ――下巻p110

【どんな本?】

 ロンドンの中心部に、何の前触れもなく巨大なロボットが現れた。

 形はヒトの男に似ているが、身長は約70mもある。その姿は、あのテーミスを思わせる。かつてサウスダコタで見つかった巨大な掌を先駆けに、世界中から部品を集め組み上げたテーミス。ロンドンのロボットは、今は何もせず、ただ茫然と立っているだけ。だが、テーミスと同じテクノロジーで作られているなら、ひとたび暴れはじめれば人類の手には負えない。

 世界中の話題になり、野次馬も集まってくるが、多くのロンドン市民はいつも通りの暮らしを続ける。軍と科学者たちは観察を続けるが、ほとんど収穫はない。具体的な対応を迫られた英国議会は…

 話題を呼んだ「巨神計画」に続く、巨大ロボットを描く娯楽SFシリーズ第二弾。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」海外篇12位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は WAKING GODS, by Sylvain Neuvel, 2017。日本語版は2018年6月22日初版。文庫本の上下巻、縦一段組みで本文約356頁+319頁=約675頁に加え、堺三保の解説6頁。8ポイント42字×18行×(356頁+319頁)=約510,300字、400字詰め原稿用紙で約1,276枚。上下巻は妥当なところ。

【感想は?】

 ノリが大事な作品だ。だからノレるか否かが評価を左右する。

 異星人がもたらした(と思われる)、オーバーテクノロジー満載の巨大ロボット。最初は操縦法すらわからない。どうにかこうにか動かすことはできたが、マニュアルがあるわけでもない。いろいろ試してはみるが、時として思わぬ惨事すら招く。

 わはは。マジンガーZかいw まあ、そういうノリだ。ただし、ドクター・ヘルのような、分かりやすい敵がいるわけじゃない。前巻では、部品を集めて組み上げ、パイロットを揃えてなんとか動かすまでを描いた。なお、パイロットは単独じゃなく、特定の適性を持ったペアってのも、この作品の特色。パシフィック・リムかよw

 そういうお馬鹿なクスグリは、この巻でも健在だ。にしても、子供の名前で遊ぶなよw まあ、それ以外は大事に育てたみたいだからいいけど。

 この上下巻では、いきなり「別のロボット」が現れる。しかも、ロンドンのド真ん中に。すわ敵かと思いきや、たたヌボーッと突っ立っているだけ。何もしなけりゃ無害と思えそうなモンだが、既に人類は巨大ロボットと出合い、身の毛もよだつほどの威力を知っている。

 手探りで操縦法を身に着けた素人パイロットですら、都市を破壊しかねない威力を持つ。しかも謎の装甲で、傷をつける事すら難しい。他にどんな武器を備えているのかもわからない。そんな巨大ロボットに、プロのパイロットが乗っていたら…

 などと怯える者もいれば、ピクニックがてら能天気に見物に出かける野次馬もいたり。そりゃそうだよね。私だって異星人の巨大ロボットなんてあったら、きっと見に行っちゃうだろう。

 そんな素人連中をよそに、科学者たちは何とかコンタクトを取ろうと試みるが…。そう、これはファースト・コンタクト・テーマの一種でもある。パイロットの一人、ヴィンセント・クーチャーが、最初の巨大ロボットのテーミスを「動かそう」と試みるあたりは、意外とちゃんと考えてるなあ、と感心したり。

 なまじ設定がおバカなだけに、こういう細かい所でキチンと考察してると、一気に嬉しくなってしまう。やはり途中にある、時間旅行の難しさを語るあたりも、「よくぞ書いてくれた!」と感激してしまった。

 さて。得体は知れず、底知れない力を秘めているらしい、正体不明の巨大ロボットに対抗するには、やっぱり巨大ロボットだろう、ということで、テーミスにもお呼びがかかる。が、果たしてソレは、ファースト・コンタクトの方法として賢いやり方なのか。言われてみれば確かに、な理屈でもある。

 などと感心する暇もあらばこそ、物語は二転三転、とんでもない方向に転がってゆく。素直にバトルで必殺技を繰りだしたりしないあたりが、著者の曲者っぷりだよなあ。

 果たして異星人の目的は何か。いきなり姿を現したローズ・フランクリンは、どこから来たのか。正体不明の「インタビュアー」と、何かを知っているような「バーンズ」の正体は。果たして人類は生き残ることができるのか。

 この巻では、多くの謎を解き明かしつつも、終盤でまたもやアサッテの方向にスッ飛んでいくからたまらないw ちゃんと続きも刊行されているそうなので、期待して待とう。

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2019年2月26日 (火)

ジュディス・メリル編「SFベスト・オブ・ザ・ベスト 下」創元SF文庫

「パパ、おかしな人間たちは働かないの? ぼく、そのおかしな人間を見たいな!」
  ――ウィル・ワーシントン / プレニチュード

「うまく生きのびることができなかったら、少なくとも死にざまをうまくしてよ」
  ――ロバート・シェクリー / 危険の報酬

『あなたはどこでああいう気違いじみた考えを思いつくのですか?』
  ――アイザック・アシモフ / 録夢業

【どんな本?】

 SF界の名物編集者ジュディス・メリルが、1955年度~1959年度にかけて編んだ、年間ベストSF短編アンソロジー5冊から、更に選りすぐった作品を集めて1967年に出版した、1950年代後半のSF界を概観する作品集。

 下巻ではコードウェイナー・スミスやブライアン・W・オールディスやアイザック・アシモフ、そしてホラーでも有名なシャーリー・ジャクスンなどを収める。

 ちなみに下巻にもキャロル・エムシュウィラーが載っている。伊藤典夫訳「浜辺に行った日」。

【いつ出たの?分量は?】

 原書は SF The Best of the Best, Edited by Judith Merril, 1967。日本語版は上巻が1976年8月13日初版、下巻が1977年2月18日初版。私が読んだのは1998年2月20日の6版と1998年2月20日の3版。着実に版を重ねてる。

 文庫版で縦一段組みの上下巻で332頁+345頁=677頁に加え、浅倉久志の解説7頁。8ポイント43字×18行×(332頁+345頁)=523,998字、400字詰め原稿用紙で約1,310枚に加え、。上中下でもいいぐらいの充実した分量。

 それぞれ文章はこなれている。さすがに60年以上も前の作品だけに、難しい仕掛けも出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。ただしスマートフォンはもちろんインターネットも出てこないアナログな世界だし、1940年代~50年代が舞台の作品もある。当時の風情を思い起こしながら読もう。

【収録作は?】

  著者ごとに著者紹介が1頁ある。著者紹介と序文の訳は浅倉久志。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 / 訳者 / 初出 の順。

コードウェイナー・スミス / 夢幻世界へ / Cordwainer Smith / No, No, Not Rogov! / 伊藤典夫訳 / イフ誌1959年2月号
  ソヴィエトが誇る秘密兵器、それは頭脳だった。空軍少将でありハリコフ大学の教授、ロゴフ。ライバルであり妻でもあるチェルパスと共に、ロゴフは秘密の村で研究を始める。スターリンの承認で始まった研究は、スターリン没後も続く。それは人間の思考を…
 ソ連の秘密研究所が出来る過程を描くあたりから、著者の経歴が見事に生きている。このあたりは、「死神の報復」が描くソ連の生物・化学兵器研究所を彷彿とさせる。無駄のないクールな文体ながら、そこに語られる物語は狂おしく今でも斬新なもの。
マーク・クリフトン / 思考と離れた感覚 / Mark Clifton / Sence from Thought Devide / 井上一夫訳 / アスタウンディング1955年3月号
 研究所の人事部長ケネディは、国防総省に人材の調達を頼む。六人の男のポルターガイストが欲しい、と。オーベルバッハがやっている反重力の研究に必要なのだ。最初の一人が来た。スワミと名乗る、胡散臭い男だ。ケネディは偽物だと見破りつつも、ボスにせっつかれ…
 ポルターガイストというか、今なら超能力者ですね。ところが肝心の超能力者スワミが、いかにもな胡散臭さプンプンで、ソレっぽい屁理屈を並べるあたり、こういう商売は昔から変わんないなあ、と思ったり。訳文は硬いけど、実はドタバタなユーモア作品だと思う。
フリッツ・ライバー / マリアーナ / Fritz Leiber / Mariana / 浅倉久志訳 / ファンタスティック1960年2月号
 ジョナサンとマリアーナは別荘で暮らしている。ジョナサンの留守に、マリアーナは秘密の制御盤を見つけた。スイッチが六つ並び、最初のスイッチには「ハヤシ」と書いてあり、オンになっている。機械オンチのマリアーナは敢えて触れなかったが、帰宅したジョナサンに尋ねると…
 10頁の掌編。トワイライト・ゾーンなど50年代~60年代のアメリカのテレビドラマにありそうな、ヒネリの利いたアイデアが光る作品。今なら「世にも奇妙な物語」が拾い上げそうなネタ。舞台を現代日本に移し、スイッチをスマートフォンのアプリに変えれば、製作費も安く上がりそう。
ウィル・ワーシントン / プレニチュード / Will Worthington / Plenitude / 井上一夫訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1959年10月号
 未来のアメリカで、文明から離れ山で生きる一家。夫と妻、二人の男の子。獣を狩り、畑を耕す暮らしだ。最も近い隣人は、山の向こうに住むサトー。争いを好まない、寡黙な一家だ。ある日、幼い子にせがまれ、シティに出かけたが…
 なんとも荒涼とした未来の一幕を描く作品。壊れたロボットが出てくるところで、舞台が荒れた未来であることがわかる。そこで弓で獣を狩り、畑を耕す、原始的な暮らしを営む一家が見たシティの姿は…。石ノ森章太郎の「リュウの道」を思いだした。
キャロル・エムシュウィラー / 浜辺に行った日 / Carol Emshwiller / Day at the Beach / 伊藤典夫訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1959年8月号
 「きょうは土曜日よ」とマイラは言う。「むかしは土曜日になるといつも出かけたものね」。マイラとベン両者とも、毛髪も眉毛もまつげも失った。チビ助は三つになるが、「アアア」と唸るだけ。結局、三人で浜辺に出かけることになった。
 これもまた、荒れた未来を描く作品。どうも核戦争で文明が滅び、その影響はヒトの身体にも及んだらしい。当然、暮らしは厳しいのだが、それをベンが「体はでぶでぶと太っていた」のが「かたくひきしまり、髪の毛は一本もなくなった」と描くあたりが、エムシュウィラーらしいところ。ところでデブとハゲ、どっちがマシなんだろうw
ブライアン・W・オールディス / 率直に行こう / Brian W. Aldis / Let's Be Frank / 井上一夫訳 / サイエンス・ファンタジー1957年6月号
 1540年、フランク・グラッドウェッブ卿の長男が生まれる。しかし赤子は泣きもせず、19年間ひたすら眠り続けた。父と同じフランクと名づけられた青年が目を覚ました時、フランク卿は驚くべき事実を知る。「これはいいかなる悪魔の業だ?」
 正直、私はオールディスを「ちと面倒くさい芸風の人」と思っていた。でも、この作品は全く違う。ケッタイなアイデアに上手いこと枝葉をつけ、調子よくかつユーモラスに話を進める、ポップなアイデア・ストーリーで、オチも楽しい。
ジョージ・バイラム / 驚異の馬 / George Byram / The Wonder Horse / 井上一夫訳 / アトランティック1957年8月号
 調教師のわたしと騎手のベン、二人だけの小さな牧場で、レッド・イーグルは生まれた。栗毛の色は普通だ。だが、それ以外はすべて申し分ない、いや一目で尋常じゃないとわかった。見た目だけじゃない、実際に走らせると、まさしく驚異で…
 「競馬の終わり」同様、珍しい競馬SF、というか競走馬SF。ほとんど競馬を知らない私でも、充分に楽しめた。小さな田舎の牧場に生まれた、革命的な競走馬レッド・イーグルが、競馬会に巻き起こす騒動を描く。競馬が好きな人なら、もっと楽しめるんだろうなあ。
アルジス・バドリス / 隠れ家 / Algis Budlrys / Nobody Bothers Gus / 浅倉久志訳 / アスタウンディング1955年11月号
 春の終わり、ドライブの途中で、ガス・クーゼヴィッツは丁度いい家を見つけた。ややくたびれているが、手入れすればいい。二年ほどかけ、庭もだいたい整ったところで、政府の者が来た。一緒にテレビのジャイアンツ戦を見る。今日の先発はハルジーだ。ハルジーにとって、これは勝負じゃない。
 人目を避け、一人で静かに暮らそうとするガス。彼が気にかけるのは、たった一人の若いピッチャー、ハルジーだけ。優れた成績だが、飛びぬけているわけじゃない。だが、ハルジーの秘密をガスは知っている。妙な選民意識を持つSFファンにはグサリとくる作品。
ロバート・シェクリー / 危険の報酬 / Robert Sheckley / The Prize of Peril / 井上一夫訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1958年5月号
 ジム・レイダーは追い込まれた。ホテルの浴室、出口はない。殺し屋は迫ってくる。テレビのアナウンサーが中継する。「ボーイが殺し屋にチクった」と。幸いなことに、「よきサマリア人」が現れた。視聴者の一人のアドバイスだ。昔、浴室には窓があった、そこが破れるだろう、と。
 テレビの殺人ショウに、獲物として出演する男の物語。追いかけるギャングから、一週間逃げ切れば賞金が手に入る。あざとい設定も巧みだが、語り口も巧い。特にアナウンサーのマイク・テリーの台詞。読んでいると、張りのある明るい声が、イラつくほどに頭の中で響き渡ってくる。
デーモン・ナイト / 人形使い / Damon Knight / The Handler / 伊藤典夫訳 / ローグ1960年8月号
 7頁の掌編。ピートが大広間に入ってきた。ピアノ弾きは手を止め、女たちはよろこびの声をあげる。「ショーは成功だ!」ピートの声に、みんなが歓声をあげる。男も女も、ピートに群がる。ピートも、ひとりひとりにねぎらいの言葉をかける。みんなのおかげだ、と。
 ショービジネスの世界で、成功を祝す打ち上げパーティー。その中心には、明るく快活で人に好かれる大男、ピートがいる…と、思ったらw よくめげないなあw
アヴラム・デイヴィットスン / ゴーレム / Avram Davidson / The Golem / 吉田誠一訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1955年3月号
 天気のいい秋の午後、静かな住宅街。。くつろぐガンバイナー老夫婦のヴェランダに、変な歩き方の見知らぬ男が入り込んできた。「わたしがだれだかわかったら、あんたはひどく驚くだろう」「わたしは人間ではないのだ!」
 メアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」は、SFやホラーの原典の一つであり、人の世界に馴染もうとする怪物の姿は、大いなる悲劇だった。が、この作品に出てくるゴーレムときたらw
リチャード・ゲイマン / ちくたく、ちくたく、ケルアック / Riechard Gehman / Hickory, Dickory, Kerouac / 浅倉久志訳 / プレイボーイ1958年3月号
 大いなる動揺と変化の季節、目ざめの時期、行動のときがきた。リスはくりかえす。「いまがその時だぜ、あにき」。メッセージを受け取ったのはネズミだ。そして、走り始める。「おやあじ、おれはやっぱり出ていくぜ」
 ヒッッピーが街に溢れた激動の60年代を皮肉る作品、なのかな? 彼らの俗語が次々と出てくるし。タイトルが示すように、語呂やリズムが大事なんだと思う。ルビの多用は黒丸尚のお家芸だと思ったが、この作品で浅倉久志が既に使っている。
アイザック・アシモフ / 録夢業 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1955年12月号
 録夢。テクノロジーが実現した、新しい芸術。優れた才能を持つ夢想家の夢を記録し、専用のヘルメットで再生する。業界のパイオニア、ドリーム社の社長ウェイルは忙しい。見どころのある夢想家の卵をスカウトし、違法録夢の摘発に協力し、商売敵にも目を光らせ…
 録夢は、VRの更に先をゆくメディアだ。が、ここに描かれるトラブルは、他のメディアでも繰り返されてきたことばかり。物語、演劇、録音、映画、漫画。いずれも新しい才能の発掘・政府の規制・商売敵との競争・質の保証、そして優れたクリエイターの気質も…
スティーヴ・アレン / 公開憎悪 / Steve Allen / The Public Hating / 吉田誠一訳 / ブルー・ブック1955年1月号
 きのう有罪の判決が発表されたばかりなのに、ヤンキー・スタジアムには続々と人が押し寄せている。婦女暴行犯や殺人犯じゃ2~3万人しか集まらないが、政治犯となれば話は別だ。やがて有罪となったアーサー・ケテリッジ教授が引き出され…
 SFというかホラーというか。強姦や殺人より政治犯が憎まれるってあたりから、私は一種のディストピア物と解釈したけど、どうなんだろう。
シオドア・R・コズウェル / 変身 / Theodore R. Cogswell / You Know Wille / 吉田誠一訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1957年5月号
 殺人事件の被告はウィリー・マックラケン、自動車修理工場の経営者で白人だ。被害者は黒人で、自動車修理工場を開いており、ウィリーの客を奪っていた。重要な証人は二人、ウィリーの妻と、被害者の血族の老女。
 人種差別を扱ったホラー。被害者が「朝鮮から帰ってき」た、というのは、朝鮮戦争のことだろう。出征し復員した黒人が、白人に殺されたって構図だ。<炎の剣の会>は、KKKを模したと思われる。
シャーリー・ジャクスン / ある晴れた日に / Shirley Jackson / One Ordinary Day, With Peanuts / 吉田誠一訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1955年1月号
 天気がいい。ジョンスン氏はキャンディとピーナッツを買い、町を歩く。行き交う人にはほほえみかけ、赤ん坊にはカーネーションをプレゼントし、引っ越し最中の母子を見ては子守りを引き受ける。そして職場へと急ぐ若者には…
 独特の芸風で「魔女」の二つ名を持つシャーリージャクスンによる、なんともイヤ~な後味の作品。明るく楽し気に人助けをするジョンスン氏、いったい何を考えているのかと思ったら…。ヴァルカンがヒントかと思ってキューピットを調べたが、どうも違うらしい。
解説:浅倉久志

 SFというと難しい印象があるが、このアンソロジーに入っている作品は、いわゆる「少し不思議」に属するタイプの作品が多い。テレビドラマの「トワイライトゾーン」や「世にも奇妙な物語」で映像化したらウケそうな、そんな傾向の作品だ。

 時代が時代だけに、言葉遣いや風俗は古びている。が、ちょっとしたアイデアを巧みに膨らませた作品が中心で、難しい理屈はまず出てこないため、SFに不慣れな人にも親しみやすい作品が多い。特にロバート・シェクリー 「危険の報酬」は、まんまB級SFアクション映画に使えそうな完成度だ。

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2019年2月24日 (日)

ジュディス・メリル編「SFベスト・オブ・ザ・ベスト 上」創元SF文庫

「あなたにとって、サイエンス・フィクションとは生活手段じゃなく、生活習慣なのね」
  ――序文

そういうわけであんたは、自分自身と忍耐力コンテストをすることになる――どれだけ長く、その隔壁にかまわずにいられるかという競争だよ。
  ――シオドア・スタージョン / 隔壁

【どんな本?】

 ジュディス・メリルはアメリカの有名なSF編集者だ。1955年度~1966年度にかけて、年間のベストSF短編を選んだアンソロジーを出した。うち1960年度~1966年度分は、創元SF文庫より「年間SF傑作選 1~7」として日本語版が出ている。

 この本は1955年度~1959年度の五冊分から、ジュディス・メリル本人が更に選りすぐった作品を集め、1967年に出版したもの。

 上巻では、シオドー・スタージョン,ゼナ・ヘンダースン,クリフォード・D・シマックなど、今にして思えばビッグネームがズラリと並ぶ贅沢なラインナップが揃った。

 …というのは言い訳で、実は先日亡くなったキャロル・エムシュウィラーの「狩人」が目当てです、はい。訳はもちろん小尾芙佐のゴールデン・コンビ。

【いつ出たの?分量は?】

 原書は SF The Best of the Best, Edited by Judith Merril, 1967。日本語版は上巻が1976年8月13日初版、下巻が1977年2月18日初版。私が読んだのは1998年2月20日の6版と1998年2月20日の3版。着実に版を重ねてる。

 文庫版で縦一段組みの上下巻で332頁+345頁=677頁に加え、浅倉久志の解説7頁。8ポイント43字×18行×(332頁+345頁)=523,998字、400字詰め原稿用紙で約1,310枚に加え、。上中下でもいいぐらいの充実した分量。

 それぞれ文章はこなれている。さすがに60年以上も前の作品だけに、難しい仕掛けも出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。ただしスマートフォンはもちろんインターネットも出てこないアナログな世界だし、1940年代~50年代が舞台の作品もある。当時の風情を思い起こしながら読もう。

 というか、ぼちぼち私も老眼のせいで8ポイントは辛くなってきた。

【収録作は?】

  著者ごとに著者紹介が1頁ある。著者紹介と序文の訳は浅倉久志。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 / 訳者 / 初出 の順。

ジュディス・メリル / 序文
ウォルター・M・ミラー・ジュニア / 帰郷 / Walter M. Miller, Jr. / The Hoofer / 深町真理子訳 / ファンタスティック・ユニヴァース1955年9月号
 日焼けした顔に白いゴーグルのあと。誰もが一目で宇宙飛行士だとわかる。バスに乗り込むなり酔いどれた口調でご婦人にからむホーギイ・パーカーは、やっと地球に帰ってきたところだ。家じゃ妻のマリーが待っている。生まれた子供と一緒に。
 著者は「黙示録3174年」が有名。現代の宇宙飛行士は超エリートだ。でもこの世界は宇宙飛行が普及して、飛行士は現代の外洋航行の商船員みたいな立場らしい。稼ぎはいいが、長い期間を宇宙で過ごす。船員が海の暮らしに順応するように、ホーギイも宇宙に慣れて…
シオドー・スタージョン / 隔壁 / Theodore Sturgeon / Bulkhead / 深町真理子訳 / ギャラクシイ(年月は不明、1955年以前、タイトルは「だれ?」
 厳しい訓練を経て、辿りついた最終試験は、遠宙訓練。たった一人で、長い航宙に耐える。船には本もゲームも幻覚剤も揃っている。いくらでも時間を潰せるはずだ。だが、インターコムのボタンに触っちゃいけない。ボタンを押せば、隔壁の向こうの誰かに会える。だが…
 「最終試験」物。宇宙船の船長には、極めて優れた資質が求められる。長い旅を、たった一人で耐えなければならない。となれば、この最終試験も孤独に耐える試験だろう、と思ったが…。スタージョンにしては読みやすい、ストレートなアイデア・ストーリー。
ゼナ・ヘンダースン / なんでも箱 / Zenna Henderson / The Anything Box / 深町真理子訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1956年1月号
 わたしの担任は一年生だ。新学期が始まって二週間ほどして、リン・スーに目をとめた。特に問題があるわけじゃない。でも、ときおり、両手に隠した何かを見つめている。その時のリン・スーはしあわせそうだ。
 教師の経歴を活かした作品。特に教師同士の会話は、いかにもありそうな雰囲気が出てる。謄写版(ガリ版)、懐かしいなあ。50年代アメリカSFの大らかな雰囲気を漂わせつつ、空想にふける癖のあるSF者にとっては、何かと心に染みる作品。
リチャード・M・マッケナ / 闘士ケイシー / Richard McKenna / Casey Agonistes / 浅倉久志訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1958年9月号
 おれは九人の仲間と軍の結核病棟にいる。仲間の一人はヒューイット、すっかりやつれたんで気づかなかった。カーナハンは隣のベッドだ。いつもクスクス笑ってる。ラジオをイヤホンで聞いてるせいかと思ったが…
 これまた海軍の経歴が活きた作品。当時の結核は死病だったんだろう。それでも兵隊らしく図体のデカい悪ガキみたいなノリは健在で、気に入らない医者や婦長をからかう?場面では、妙な明るさがあったり。などと油断していると…
クリフォード・D・シマック / 孤独な死 / Cliford D. Simak / A Death in the House /  浅倉久志訳 /ギャラクシイ1959年10月号
 牛を追う途中で、モーズじいさんは異星人を見つけた。不気味な姿で嫌なにおいがするが、死にかけているらしい。やもめ暮らしの汚い家まで抱えていき、ベッドに寝かせる。が、看病しようにも、何をどこから食べるのかすらわからず、どうすりゃいいのか皆目見当がつかない。
 シマックらしい田園が舞台の作品。やはり50年代らしい、おおらかでユーモラスな雰囲気のファースト・コンタクト物。頑固な田舎者で、長いひとり暮らしに慣れてマイペースだが人情はある、モーズじいさんの人物像が楽しい。
フリッツ・ライバー / 跳躍者の時空 / Frits Leiber / Space Time for Sprinfgers / 深町真理子訳 / スター・サイエンス・フィクション第四集1958年
 仔猫のガミッチは天才だ。同居人は≪馬肉の大将≫≪ネコこっちおいで≫≪赤ん坊≫、しゃべらないシシーと、床の皿から馬肉を食べるアッシュールバニパルとクレオパトラ。ガミッチは知っている。本当の真実を。
 天才仔猫ガミッチ君シリーズ。同じ深町真理子訳だが、河出書房新社の「跳躍者の時空」とは少し違っている。好奇心もとい知識欲に溢れ、全てが驚異と冒険に満ちている仔猫の目には、世界がどう映っているのか。というか、子供の頃って、人間もそうだよなあ。
キャロル・エムシュウィラー / 狩人 / Carol Emshwiller / Pelt / 小尾芙佐訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1958年11月号
 クイーンは白い犬だ。主人と共に氷の世界ジャクサ星に降り立った。クイーンはここが好きだ。樹のかげに、何がひそんでいる。大きい。こっちを見張っている。でも、それより獲物だ。追いかけよう。何かが目の前に立ちはだかった。すばらしい毛皮だ!
 猫SFの次は犬SFが続く。主人公は猟犬のクイーン。彼女の視点で、異星でのハンティングを描く。「カルメン・ドッグ」もあるし、著者は犬が好きなのかな? クイーンの視点から見ると、人間は鼻も効かず足も遅いノロマに見える。でも主人には従ってしまう犬の性分を、切なく鮮やかに描き出す手腕はさすが。テーマ的にも、「カルメン・ドッグ」と共通するモノがあるような気がする。
デーモン・ナイト / 異星人ステーション / Damon Knight / Stranger Station / 浅倉久志訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1956年
 二十年に一度、異星人ステーションに異星人が訪れる。それを迎える任務にあたるのは、ただひとり。人類と異星人、両者のへだたりは大きく、接触すら苦痛だといわれている。報酬につられ志願したウォッスン軍曹は、ステーションに一人で取り残された。
 ファースト・コンタクト物。ソレが近くにいる、ただそれだけで人類は苦しむ。その科学的な理由は全く説明なしなのも、当時のおおらかさだろう。それでも律義に20年に一度、一人だけと接触を繰り返す。異星人の、そして人類の目的は何か。
シオドー・L・トマス / 衝突進路 / Theodor L. Thomas / Satelite Passage / 小尾芙佐訳 / イフ誌1958年12月号
 地球軌道上。このまま進めば、ロシアの衛星船と衝突しかねない。最も近づく時で距離約15m。かといって、ビビって避けたらメンツが丸つぶれだ。地上のコントロール・ポイントと話し合ったが、結論は同じ。避けるな。困ったことに、ロシアも同じ結果に達した。
 さすがに軌道上の描写は、最近のサイエンス・フィクションに比べるとかなり雑だ。とはいえ、こんな風に小説になると、当時の米ソ冷戦の実態がよくわかる。1962年のキューバ危機にしても、つまりは珍走団のチキン・レースと同じ、イキがったオス同士の意地と面子の張り合いなのだ。
マック・レナルズ / 時は金 / Mack Reynolds / Compounded Interest / 浅倉久志訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1956年8月号
 1300年。ヴェネツィアの大商人ゴルディーニ家に、スミスと名乗る男がやってきた。十枚の見慣れぬ金貨を出して、こう語る。これを私の代わりに運用してほしい、利息は年一割の複利で。ただし、清算は百年後。
 利息が利息を生む複利の恐ろしさを伝える寓話…では、もちろん、ないw 年利1割ってあたりに、50年代の景気の良さを感じるけど、史記とかを読むと、歴史的にも1~2割は妥当らしい。にしても、オチはしょうもないw
ロバート・アバーナシイ / ジュニア / Robert Abernathy / Junior / 小尾芙佐訳 / ギャラクシイ1956年1月号
 今日もジュニアはどこかをフラついている。心配してメイタアは泣き、ペイタアは怒る。浅瀬で遊んで潮だまりにはまりこんだか、深遠に迷い込んで怪物に食われたか。そろそろ落ち着く頃なのに、ジュニアは泳ぐのをやめない。
 ヒトではない知性を描くのも、SFのテーマの一つ。この作品だと、イソギンチャクなのかな? ペイタアが語る、知性生物のあるべき姿は、私たちとは全く違う。それは同時に、私たちが知性に対し持っている偏見を映す鏡でもある。

 さすがに60年も前の作品だけに、科学の面を見るとおおらかな作品が多い。が、アイデアの幅はむしろ今より広かったりする。シマックの「孤独な死」などは、短編映画にも向きそう。

 そしてお目当てのエムシュウィラー「狩人」は、狩猟犬クイーンの目線で描く、異星でのハンティングの物語。なんだが、解釈次第で様々に受け取れるお話や、どうにもモヤモヤする読後感は、やはりエムシュウィラーならではの味。もっと翻訳が出て欲しい。

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2019年2月21日 (木)

アンディー・ウィアー「アルテミス 上・下」ハヤカワ文庫SF 小野田和子訳

…いい計画はぜんぶそうなのだけれど、この計画もクレイジーなウクライナ人の男がいないと成立しないのだった。
  ――上巻p103

「アルテミスがあたしの故郷なの」
  ――下巻p112

親愛なるジャズ
ニュースを見たら、アルテミスがおかしなことになっているという。街全体がオフラインになっていて、まったく連絡がつかないといっている。
  ――下巻p237

【どんな本?】

 デビュー作「火星の人」で大ヒットをカッ飛ばしたアンディ・ウィアーによる、期待の第二作。

 時は21世紀終盤、舞台は五つのドームで構成される月面都市アルテミス。直径500mほどの街にいるのは、超リッチな観光客と、彼らの暮らしを支える労働者、合わせて二千人ほど。

 ジャズことジャスミン・バシャラはポーター。船外活動(EVA)ギルドに入れば更に稼げるんだけど、実地試験であえなく玉砕。

 そこでジャズは裏稼業に精を出す。アルテミスは何かと規制が厳しい。でもお金持ちはわがままだ。魚心あれば水心、ポーターのジャズには彼女ならではのルートがある。そう、密輸業だ。今日も常連客のトロンド・ランドヴィクにブツを届けたところ、デカいビジネスが舞い込んできた。

 若く野望と才気あふれるジャズを中心に、テンポのいいサスペンスが続く、SFエンタテイメント。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」のベストSF2018海外篇でも8位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ARTEMIS : A Novel, by Andy Weir, 2017。日本語版は2018年1月25日発行。文庫本で上下巻、縦一段組みで本文約271頁+264頁=535頁に加え、大森望の解説10頁。9.5ポイント39字×16行×(271頁+264頁)=約333,840字、400字詰め原稿用紙で約835枚。上下巻としては普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。「火星の人」と同じく、時おり「です・ます」調を混ぜた文体が、軽さと親しみやすさを醸し出している。内容は、かなり突っ込んだ工学のネタが多い。特に化学と溶接。ただし、事件に続く事件がお話を引っ張るので、分からなければ難しい所は読み飛ばしても問題ない。

【感想は?】

 これは珍しい溶接SF、または「月は無慈悲な夜の女王」前日譚。

 私が知る限り、溶接を扱ったSFは、かのベストセラー作家ロイス・マクスター・ビジョルドの「自由軌道」ぐらいだ。そういう点では、なんとも野心的な挑戦状でもある。

 それだけに、肝心の溶接の場面は迫力満点。まず主人公ジャズの父アマーが熟練の溶接工で、幼いころから彼女を仕込んでいる。彼の造形も、いかにも頑固で腕のいい職人って雰囲気がビンビン。特に安全に関しちゃ滅茶苦茶に怖いあたりが、アマーの気質をよく物語ってる。

 この物語で活躍するのはガス溶接だ。アセチレンを燃やし、その熱でアルミを溶かす。ただし月面なので、地上とは何かと勝手が違う。なにせ空気がない。これがどう影響するかを、キッチリ考えてあるのがSF者としては嬉しい。単に酸素がないってだけじゃなく…

 他にも月面ならではの厳しい品質上の条件があって、腕のいいアマーが重宝される理由も次第に伝わってくる。ほんと、命にかかわるのだ。

 溶接というと私たちは鉄を連想するが、ジャズが主に扱うのはアルミ。なぜアルミかってのも、著者らしい拘り。これは貨幣単位のスラグにも強い関係がある。

 何せ月だ。何であれ、地球から月まで持っていくには、凄まじいエネルギーが要る。必要なエネルギーは、質量に比例する。たいていのモノは、原材料費より運送費の方が高くつく。そんなわけで、自給できるモノならともかく、地球から持ち込むモノの価格は…

 ってな経済面を考えているのも、この作品の面白いところ。この影響はジャズのねぐらや裏稼業、そして食事やパブのメニューにまで大いに関係してくる。何かと厳しい環境の中、新しいメニューを開拓しようと奮闘するビリーの闘志には感心するやら呆れるやらw

 何にもないってあたりは、開拓時代の西部を思わせる。初期のアメリカが、出身地ごとに町を作っていったように、アルテミスでは出身地で職能が分かれているのが面白いところ。例えばアマーなどの溶接工はサウジ人だし。

 これ、ちょっと意外だけど、もしかしたらビンラディン一家みたく、ご先祖はイエメンからの移民かも。アルカイダのウサマの父ちゃんはイエメンからの移民で、レンガ職人から身を興しサウジアラビア随一の建設会社にまで育てたんだし。

 などのジャズを巡る人も色とりどりなんだが、中でも私が気に入ったのがマーティン・スヴォボダ。いや頭はいいんだ。優れた発明家だし。ただ、色々とズレてるだけで。つか、何作ってんだw 実用性しか考えないあたり、親近感は持てるけどw ジャズも、なんで気が付かないかなあw

 さて。先のスラグが示すように、この作品の特徴の一つが、経済をキッチリ考えてある点。

 当然、「火星の人」のアンディだから、塵など月の自然条件の書き込みは見事だ。その厳しい環境の中で、手に入る物は限られている。地球からの輸入品は運送費がバカ高い。だから、なるたけ手に入る物でやりくりするしかない。都市の外壁はアルミで、バーを営むビリーは「密造酒」を造り、マーティンはケッタイな発明をする。

 そんな彼らの姿は、一つの方向性を示す。今は地球に依存しなければならないにせよ、できるだけ早く自立したい。この作品のタイトルが「ジャズ」でも「月の人」でもなく「アルテミス」なのは、都市が自立を目指す物語だからなのか、と思ったり。

 ジャズはトラブル・メーカーのわりに、けっこう人望があるあたりは、ちとアレだが、そんな彼女が巻き起こす騒動はスリルたっぷりだし、仕掛けも著者ならではの凝ったもの。相変わらずのダクトテープとおっぱいには少し安心w なんにせよ、物語に入り込めば一気に読める、明るく楽しいエンタテイメント作品だ。

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2019年1月17日 (木)

デニス・E・テイラー「われらはレギオン 3 太陽系最終大戦」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

「負けたんだ。そのせいで、知的種族が十億人、命を落とすはめになるんだ!」
  ――p16

[接続先の船とのインターフェースが突然終了しました。シャットダウン・ハンドシェイクは実行されませんでした]
  ――p119

「ええと、問題はそこなんだ。ぼくにはこれが核融合炉だと思えないんだよ」
  ――p135

「やつが墓場まで持っていかなきゃならないと思った秘密ってなんだろうな」
  ――p189

「間違いないな。ぼくたちは侵略されようとしている」
  ――p299

【どんな本?】

 カナダの新人作家デニス・E・テイラーのデビュー三部作の最終章。

 プログラマのロバート・ジョハンスン(ボブ)は、事故で死んだ…はずだったが、2133年に目覚めた時は、マシンの中のプログラムになっていた。ボブは恒星間宇宙船となり、宇宙へ旅立つ。人類が植民できる惑星を探すために。

 旅の途中では、見つけた金属資源で自らを複製し、更なる探索へと向かう。複製たちは、少しづつ性格が違い、気が合わない奴もいる。だが、宇宙は広い。ツルむのが嫌なら、別の星系へと向かえばいい。そうやって探索範囲を広げていくうちに、知性を持ちそうな種族にも出会う。

 その頃、地球は幾つかの勢力が睨み合い、寒冷化して人類は絶滅寸前となっていた。

 異星の知的種族を助け、人類の植民に協力し、新たな植民惑星を見つけ…とボブたちは忙しく働き続ける。だが思わぬ天敵の出現・現地の生物の襲来・人類同士の反目と、解決すべき問題は増える一方。加えて恐るべき敵アザーズが地球へと迫っていた。

 丹念に考察された設定ながら、ヲタク大喜びなネタを随所に取りまぜつつ、ユーモラスな筆致でテンポよく物語が進む、新世代のスペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は All These Worlds, by Dennis E. Taylor, 2017。日本語版は2018年10月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約376頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント41字×18行×376頁=277,488字、400字詰め原稿用紙で約694枚。文庫本としてはやや厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。ただし内容はコテコテのスペース・オペラだ。なにせ主人公が恒星間宇宙船だし。加えて、三部作とは言いつつ事実上は大長編の第三部なので、登場人物や独特の設定について詳しい説明はない。素直に最初の「AI宇宙探査機集合体」から読もう。

 登場人物がやたらと多いので、巻末の登場人物一覧はありがたい。カバー折り返しや冒頭にも抜粋があるが、巻末の一覧は段違いに詳しいのでお見逃しなく。

【感想は?】

 ノリとテンポの良さは相変わらず。目まぐるしく場面が切り替わりつつ、一気に最後の決戦まで突っ走る。

 人格を持った宇宙船ってアイデアは、結構前からある。キャプテン・ハーロックの乗艦アルカディア号とか。アン・レッキー「叛逆航路」シリーズは逆も出てきた。S・K・ダンストール「スターシップ・イレヴン」は、正体不明ながら多少匂わせてる。すんません、アン・マキャフリィ「歌う船」はまだ読んでません。

 対してこの作品の特徴が、いかにも元プログラマの著者らしい所。ボブは人格を持ってるだけでなく、コピーまで出来てしまう。そりゃプログラマなら、貴重なデータを預かった時は、とりあえずバックアップを取るよね。

 お陰でボブはうじゃうじゃと増殖してゆく。ただし少しづつ性格が違う。もっとも、違うといっても、元がボブだけに、みんな揃って権力志向がないのが心地よいところ。なんたって宇宙は広い。新天地はいくらでもある。気に食わなきゃ他へ行けばいいのだ。

 ってなわけで、アチコチに散らばったボブたちは、それぞれがやりたいようにやっている。衰え切った地球の調停に携わる者、植民地の自立を助ける者、異星種族の意生き残りを見守る者、そしてアザーズへの反撃を目論む者。

 どれ一つを取っても、他のSF作家なら一冊分の長編を書けるだけのネタだ。が、このシリーズでは、その全部をブチ込み、マルチスレッドで展開してゆく。おかげで、次々と場面が切り替わり、ストーリーはサクサクとテンポよく進んでゆく。娯楽作品としては、実に気持ちのいい構成になっている。

 中でも私が最も気に入ったのが、オリジナルのボブのスレッド。エリヌダス座デルタ星系で、旧石器時代レベルの文明を持つ異星人を導くパート。私はこういうのが大好きなのだ。ロジャー・ゼラズニイの「十二月の鍵」とか小川一水の「導きの星」とか…って、前にも書いたなあ。

 ここで最初から気が付くのが、世代が変わっている点。今まで活躍していた賢者アルキメデスと戦士アーノルドは少し引っ込む。その分、表に出るのは息子のドナルドとバーニイだ。

 世代ったって、ボブたちの世代とはワケが違う。ボブたちにも世代はあるが、彼らは老いないし、記憶も引き継ぐ。最悪の場合に備えてバックアップだって取れる。イザとなったら新しいハードウェアに移植すればいいだけだ。

 だが、アルキメデスたちは違う。これはアルキメデスたちだけじゃなく…

 とまれ、バックアップから復旧するにしても、リソースが必要だ。ハードウェアの原材料となる金属はもちろん、何より時間が厳しい。これで笑っちゃったのが、ニールとハーシェルの会話。プログラマなら何度も味わうジレンマだ。

 マクロなどの道具を造れば、似たような事態に陥った時、今後は楽になる。でも今回だけに限れば、その場しのぎの手作業で片づけちゃった方が早い。さて、どうしますか? まあ、たいていはスケジュールが厳しいんで、その場しのぎでやっちゃうんだよね。でも、それが積み重なると…。 余裕は大事だね。

 とかのマニアックなクスグリは、この巻でも健在だ。加えて、サブタイトルの「太陽系最終大戦」は伊達じゃない。幾つもに分かれたボブのスレッドは、途中で想定外の割り込みに足を取られつつも、終盤で鮮やかな同期を果たし、三部作に相応しいクロージングへと向かってゆく。

 ヲタクなネタをアチコチに埋め込み、多数のストーリーを同時並行的に語ることでスピード感を生み出し、綺麗なフィニッシュを決めた新世代スペース・オペラの快作だ。

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2019年1月15日 (火)

ニール・スティーヴンスン「7人のイヴ Ⅲ」新☆ハヤカワSFシリーズ 日暮雅通訳

「イヌ科の動物が大幅にエピになってるんだ。ほとんどわからないぐらいまでにね」
  ――p40

何も読むものがないという状況に陥ること以上に、ひどいことはないのだ。
  ――p93

【どんな本?】

 アメリカの人気SF作家ニール・スティーヴンスンによる、未来パニック長編三部作の最終章。

 突然、月が砕けた。やがて月の破片は大量の隕石の雨となり地球に降り注ぐだろう。地上は千年単位で灼熱地獄となる。人類は種として生き残るべく、限られた時間で対策を講じる。地球の軌道を周回する国際宇宙ステーションを中心としたコロニーに、若者たちを送り出した。

 そして五千年が過ぎる。

 人類は生き残り、軌道上のコロニーはリング状のハビタットへと発展した。隕石の落下は収まり、テラフォーミングの努力も実って、地上の天候は落ち着きを取り戻す。幾つかの動植物も地上に導入し、独自の進化を遂げるまでになった。

 キャス・アマルトーヴァア・ツーは監視人。地表で生態系を観察する任務の終わり近くで、人影を見かけた気がしたが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Seveneves, by Neal Stephenson, 2015。日本語版は2018年8月20日発行。新書版で縦二段組み本文約402頁9ポイント24字×17行×2段×350頁=285,600字、400字詰め原稿用紙で約714枚。文庫本なら厚めの一冊ぐらいの長さ。

 文章はこなれている。ただし内容はコテコテのSFだ。軌道上のリングをはじめ、ウジャウジャとSFガジェットが出てくる。また、最近のSFによくあるように、冒頭から説明なしに物語世界の専門用語が次々と飛び出す。なので、「わからん単語はとりあえず読み飛ばす」というSFの読み方を身に着けた人向け。

 また、物理的には三分冊になっているが、元は三部からなる長編の最終章だ。なので、を読んでから挑もう。

【感想は?】

 「帰って、きたぞー!」と叫びたくなるようなオープニング。

 何せ今までの舞台は、息苦しく狭苦しい宇宙船の中ばっかりだった。いや実際には広大な宇宙空間を動いていたんだが、物語の多くは狭い船内で展開したし。

 ところがこの巻では、朝日がさす木立のそばで始まる。天井に何もない風景の解放感が、これほど心地いいとは。たかだか五千年では、人類百万年の本能を黙らせることはできないのだ。やっぱし野外でやる○○は気持ちいいよね、わっはっは。

 テクノロジーも相当に進んだらしい。懐かしの<ナッツ>は、小さいながらも用途の広い便利屋に成長している。終盤ではダイナなら決して考えなかったような使い方までされてるし。次に出てくるグライダーも、この世界を象徴している。

 というのも。この世界、確かに幾つかのテクノロジーは高度に発達している。が、私たちの世界じゃ巨大な存在感を示すモノが、見事に抜け落ちているのだ。石油と、それを使う内燃機関が、全く出てこない。

 出てこないのも当たり前で、この世界のテクノロジーは軌道上で発達したからだ。そこには油田なんかない。だから、キャス・ツーの乗り物は無動力のグライダーであって、プロペラを回す軽飛行機じゃない。こういうマニアックな気づかいは、最後まで途切れず続く。設定マニアには実に嬉しい。

 続いて出てくる<ボロ>は、この世界が成し遂げた技術の進歩を見せつけるに相応しい、大掛かりなシロモノ。現在の地球じゃ技術的にももちろん、社会的にも大問題を引き起こしかねないブツだが、地上の文明が滅びたこの世界なら、邪魔する者もいないしウフフw

 そして、すぐに明らかになる「7人のイヴ」なるタイトルの意味。まあの終盤でだいたい見当はつくものの、こういう風に物語を進めるかあ。これまた現在の文明と似たモノを引きずりながらも、由来がハッキリしているのが面白い。それに…

「私たちはテクノクラートです。判断はエンジニアのように下します。それが必ずしも、人々が望む想像と一致するとは限りません」
  ――p288

 と、全般的にエンジニアが重要な役割を果たす、理性と合理性を重んじつつ、感情の影響をちゃんと計算する文化なのも嬉しいところ。これまた冒頭近くでキャス・ツーがベレドと会う場面でも、それが感情に由来するものだ、と自覚してるあたりがクールだ。

 そういう文化の発達具合へのこだわりは、バトル・シーンでも大いに発揮してたり。何より得物がケッタイなんだけど、それが彼らの生活環境と密接に関係してるとか、どこまで拘るんだかw

 などの細かい部分でマニアを散々くすぐりつつ、終盤ではベストセラー作家の腕前を存分に発揮して、SFならではの壮大な読後感を堪能できる本格SF長編。盛りだくさんのガジェットを楽しめる人にお薦め。

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