カテゴリー「書評:SF:海外」の167件の記事

2017年4月21日 (金)

チャイナ・ミエヴィル「爆発の三つの欠片」新☆ハヤカワSFシリーズ 日暮雅通他訳

「もし、病気なのがあなたではなく、この世界だとしたら?」
  ――キープ

 死者に関わる仕事をしたことがある者なら、誰でも知っていることがひとつある。死体に何かをすれば、自分に返ってくるということだ。
  ――デザイン

【どんな本?】

 独特のグロテスクな世界観と突飛なアイデアが魅力の、イギリスのホラー/SF/ファンタジイ作家、チャイナ・ミエヴィルの短編集。

 殺伐とした未来や奇矯な風景を切り取った掌編、架空の映画の予告編、ドロドロ・グニョグニョなスプラッタ、ジワジワと不吉な影が広がる正統派ホラー、イカれたアイデアをクソ真面目に語るバカSF、そして市民レベルの政治活動をネタにしたものなど、バラエティ豊かな作品が楽しめる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Three Moments of an Explosion : Stories, by China Miéville, 2015。日本語版は2016年12月15日発行。新書版で縦二段組み、本文約501頁に加え、日暮雅通の訳者あとがき4頁。9ポイント24字×17行×2段×501頁=約408,816字、400字詰め原稿用紙で約1,023枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれているが、内容的にちと読みづらい。なにせアイデアがブッ飛び過ぎているので、何が起きているのかを理解するのに時間がかかる上に、語りの仕掛けに凝る人なので、何度も前の頁に戻って細かい所を確かめながら読まなきゃいけない。それを覚悟して、注意深くじっくり読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

爆発の三つの欠片 / Three Moments of an Explosion : Stories / 2012年9月ミエヴィルのサイト / 日暮雅通訳
 染伝荒告。遺伝子調整した腐敗物質にブランド名や製品名を描き込み、それが分解し消え去ると、別のイメージが現れる、そんな広告は、もう当たり前になった。そして今は、新しい形の広告媒体が流行りはじめた。爆発だ。
 3頁の掌編。「染伝荒告」に思わず「うまい!」と唸ってしまう。目新しさを求めるのは広告業界ばかりでなく、先端にいようとする若者もまた同じ。テクノロジーが可能にする、イカれた未来の風景を描く。妙に病的なあたり、ロンドンの空気を伝えてくる。
ポリニア / Polynia / 2014年6月出版社TORのサイト / 日暮雅通訳
 ロンドン上空に“塊”が現れた。最初はシティホール上空で、次第に数を増していく。不規則に空を漂う“塊”は、冷たい空気を吹き付けてくる。正体は氷山。政府は公式の調査チームを派遣する。子どもだったぼくたちも、調査隊には敬意を持っていた。
 突然現れた、プカプカと空に浮かぶ氷山なんてシュールな風景と、その下で少年時代を過ごすありがちな子供たちの対比が楽しい。同じ趣味を持つイアンに、微妙に素直になれない主人公の姿が、ミエヴィルならではの味を感じさせる。
<新死>の条件 / The Condition of New Death / 2014年3月リヴァプールの Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 日暮雅通訳
 新死。最初の報告は2017年8月、ガイアナのジョージタウン。以後、急速に世界に広がり、従来の旧死が最後に確認されたのは六年前だ。発見したモリス氏は語る。「彼女の両足はまっすぐ私の方に向いていました」。そして、彼が歩き回ると、彼女の体も回転してモリス氏に足を向ける。
 これもミエヴィルの奇想が炸裂する掌編。誰がどこから見ても、死体の足はこっちを向いている「新死」は、世界の風景をどう変えるか。まあ、人間ってのは、けっこう逞しいもので。
<蜂>の皇太后 / The Dowager of Bees / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 22年前、ぼくは“伝授”された。シュガーフェイス,デンノ,ジョイ,そしてぼくの四人でカードの勝負をしていた。シューガーフェイスとデンノが降り、ぼくとジョイの勝負になった時、それが来た。スペードの2、クラブの7とジャック、ダイヤの8、そしてぼくの見たことのない札。
 麻雀だと地域によって様々なルールがあって、大車輪なんて役があったりする。また九蓮宝燈をアガると不幸が訪れる、なんて噂も。そんなギャンブラーたちの間に伝わる、不思議な伝説をネタにした話。
山腹にて / In The Slopes / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 エラムウは小さな町だが、近くに二つも発掘場がある。フリー・ベイとバントー。小間物屋のマカロックは、バントーを掘るギルロイ教授チームの学生ウィルとソフィアと知り合う。ライバルのパディックはフリー・ベイで大変な物を掘り当てて…
 ヴェスヴィオ火山の噴火で滅びたボンベイの遺跡から発掘?された、石膏遺体像(→ガラパイア)からアイデアを得た作品。考古学も今は次々と新技術が登場するんで、遺跡や遺物は解析すべきか、それとも未来の解析技術に任せるか、難しい所だろうなあ。
クローラー / The Crawl / 2014年6月ミエヴィルのサイト / 日暮雅通訳
 映画の約2分の予告編の台本を模した作品。ゾンビの襲来で人類は世界を失った。それでも生き延び戦い続ける者もいる。しかし…
 クリーチャー大好きなミエヴィルとゾンビ。あまりに相性ピッタリすぎると思ったら、これまた思いがけないヒネリがw
神を見る目 / Watching God / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 その町の沖には時おり船が訪れる。岸には近づかない。たいてい湾の外側に停泊し、そして去ってゆく。島のタウンホールには、様々な額がかかっている。その一つには、こうあった。『遠くの船は、あらゆる男の願望を積んでいる』。その下に小さな斜体で『彼らの目は神を見ていた』。
 海と渓谷で、世界から切り離された町で育つ少女。何かのメタファーなんだろうけど、私にはよくわからなかった。何かを運んでくるのでも、積んでゆくでもなく、ただ沖合に現れるだけの船が、町の人にとって「そこにあるべきもの」になっちゃうあたりは、ちょっとわかるような気もする。
九番目のテクニック / The 9th Technique / 2013年10月自費出版 / 日暮雅通訳
 プレサイズ・ダイナーの客の多くは学生だ。地元民もいる。そして、兵士と取引する者も。コーニングも、その一人だ。小さなガラス瓶の中に入った、指ぐらいの大きさの黒っぽい塊を受け取り、尋ねる。「グアンタナモにはどのぐらいいたの?」
 グアンタナモ(→Wikipedia),ラフガディオ・ハーン=小泉八雲,アレイスター・クロウリーなどの固有名詞を散りばめつつ、次第に不穏な方向に物語は向かってゆく。明るく賑やかな定食屋から始まり、段々と視野が暗くなってゆくような場面の変化が巧い。
<ザ・ロープ>こそが世界 / The Rope is the World / 2009年12月 Icon Magazine / 日暮雅通訳
 最初は宇宙エレベーターなんて空想上のものだと思われていた。でも様々な新技術や経済情勢が関わり、幾つもの赤道上の国が巻き込まれていった。ザ・ロープは最初につくられたが、オープンは三番目になった。後からつくった他の二本に追い越されたのだ。
 宇宙エレベーターの興亡を、ミエヴィル流の退廃感あふれたイマジネーションで綴った掌編。なんか結末が取って付けたような感じでもあるし、舞台としてはなかなか魅力的な世界なので、実は長編のプロローグなのかも。
ノスリの卵 / The Buzzard's Egg / Granta 2015年4月号 / 日暮雅通訳
 ノスリとワシが恋をして、ノスリが卵を一つ産んだ。ノスリは卵を見捨てたが、ハトが自分の卵だと勘違いして温め始めた。卵から孵った鳥は、鉄のように硬い羽毛が生え、羽ばたけば雪が降り、鳴けば口から虹が出る。そんな話を、捕虜に語り掛ける、塔に住む老いた男。
 独特のルールで戦争が続く世界で、周辺国の侵略を続け拡大してゆく国。戦争のルールとして、これはこれでアリかも。
ゼッケン / Säcken / Subtropics Issue 17 Winter/Spring 2014 / 日暮雅通訳
 メルとジョアンナは、ドイツの田舎にある湖のほとりに建つ館で、しばらく過ごすつもりだった。朝食のあと、湖の岸を歩いていたメルは、メダルのような黒い木片を見つける。あまりに臭いがひどいので、投げ捨てたのだが…
 のんびり休暇を楽しもうと、静かで平和なドイツの田舎を訪れた女同士のカップルに、少しづつ忍び寄る怪異の影…というパターンの、正統的なホラー。
シラバス / Syllabus / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布  / 嶋田洋一訳
 3頁の掌編。三週間の授業の概略と進め方を説明するパンフレットの形式で、異様な世界をチラリと見せてくれる。
恐ろしい結末 / Dreaded Outcome / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 デイナ・サックホフは37歳のセラピスト。ブルックリンで仕事をはじめ、もう10年目だ。午後の最後のセッションはアンナリーゼ・ソーベル。彼女のセッションは八回目だ。彼女の問題は、はっきり分かっている。仕事熱心で社交的な言語学者・翻訳家、44歳の独身。
 レインはR・D・レイン(→Wikipedia)かな? 患者を大事にしたって評価もあるが、大事にし過ぎたって評価の方が(少なくとも当時は)強かったようで、精神医学会に真っ向からケンカを売った形になったらしい。デイナの療法が明らかになるあたりは、ちょっと笑ってしまった。
祝祭のあと / After the Festival / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 今日は謝肉祭。ステージでは司会者が観客を煽り、電子音楽が大音響で鳴り響く。登場したのは、食肉加工業者の白い上っ張りを着た一団。鎖につないだ一匹の豚を引っ張っている。鉄枠に豚を固定し、液体が飛び散らないようにプレートをはめ込む。
 血まみれのスプラッタ風味で始まる、正統派ホラー。グニャグニャ・ドロドロ・ヌメヌメが嫌いな人は要注意。
土埃まみれの帽子 / The Dusty Hat / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 南ロンドンの大学のホールで開かれた社会主義者の集会に、その男はいた。鍔広の帽子は土埃まみれで、歳は70代後半。どう見ても周囲から浮いている。話の内容はフラフラと漂い、その筋道を追うのは難しい。
 左派の社会運動家でもあるミエヴィルの一面が光る作品。舌を噛みそうな音読みの漢字が続く言葉を好み、何かといえば激しく議論しちゃ内ゲバを繰り広げ、次々と組織が分裂していく左派の運動を皮肉りつつ、奇妙な世界へ読者を誘ってゆく。
脱出者 / Escapee / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 「クローラー」同様、映画の予告編の台本を模した掌編。ホラーのようだけど、主人公の見た目は、ちょっと間抜けなヒーロー物っぽい。
バスタード・プロンプト / The Bastard Prompt / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 出会ったとき、トーは駆け出しの役者だった。一緒に住み始めた頃から彼女は売れ始めたが、ブレイクってほどじゃなかった。そこでトーはSP=標準模擬患者の仕事も始めた。医学生の前で患者のフリをして、問診の練習台となるのだ。彼女の演技は真に迫っていて…
 ネタかと思ったら、標準模擬患者(→城西国際大学薬学部模擬患者会)って本当にあるのね。ダスティン・ホフマンは、映画レインマンの演技の参考のために精神病院を訪れて患者を観察し、その帰りには完璧に演じて見せた、みたいな話があったような。役者の怖さが伝わってくる作品。
ルール / Rules / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 市田泉訳
 3頁の掌編。飛行機の真似をして走る子供の遊びと、何かのゲームのルールの説明が交互に出てくる構成。もしかしたら、小説の書き方の指南と、そのサンプルなのかも。
団地 / Estate / The Winter Review 2013年7月 /  嶋田洋一訳
 八月。その晩は、団地の外で何人かが騒ぐ声で起こされた。次の晩は、狐の鳴き声だ。近所の噂話で、ダン・ロッチが帰ってくると聞いた。子どもの頃、同じ学校に通っていた。夜になると、顔も知らない人が集まってきた。
 若者たち?が始めた、ケッタイで残酷で危なっかしい遊びを扱う作品。いかにもロンドン・パンクを生み出したイギリスらしい、暴力的な退廃感が漂っている。
キープ / Keep  / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 突然、流行りはじめた奇怪な現象。第一号のニックが、地下室に閉じ込められている。当人の周囲に、半径6フィートほどの円形の溝ができるのだ。当人には止めることも早めることもできず、建物や乗り物の中にいれば、床や壁や柱をくりぬいてしまう。伝染性の可能性もあるが…
 ミエヴィルならではの奇想が光る作品。止まっていると、本人の周りに勝手に溝が掘られてしまう奇病なんて、どっから思いついたんだか。馬鹿馬鹿しいアイデアながら、その対処法や世間の反応を真面目に考え、シリアスに展開してゆく。
切断主義第二宣言 / A Second Slice Manifest / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 市田泉訳
 ミエヴィルの先鋭的なセンスとSFマインドが光る4頁の掌編。美術界の新しいムーヴメント、切断主義を謳いあげ…へ?
コヴハイズ / Covehithe / The Guardian(online) 2011年4月 / 日暮雅通訳
 ダニッチの村を訪れたドゥーガンと娘は、夜の闇に隠れて特別警戒地域に忍び込み、浜辺へと向かってゆく。ドゥーガンは確信していた。現れるのは今夜だと。予想はあたった。月明かりに照らされた海から、何かが波をかき分けて向かってくる。
 わかる人には「ダニッチ」でピンとくる作品。いや私は知りませんが。やはりミエヴィルらしいバカバカしさなんだけど、無駄に大きいスケール感が心地いい。ある意味、パシフィック・リムw
饗応 / The Junket / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 脚本を書いたダニエル・ケインは、姿を消した。そうでなくても、大騒ぎを引きおこす映画だ。出演者やケインの家族は取材陣に取り囲まれ、広告業界や弁護士ばかりでなく、多種多様な政治団体・市民団体が賛否を巡って運動を繰り広げた。
 インタビュウの形で綴る作品。こういったタブーに切り込む姿勢は、B級な映画を愛し、奇想に溢れ、また政治活動にも熱心なミエヴィルならでは。ちょくちょくB級ホラーに使われるあのネタを、こう捻るかw
最後の瞬間のオルフェウス 四種 / Four Final Orpheuses / 2012年4月ミエヴィルのサイト / 市田泉訳
2頁の掌編。亡くなった妻エウリュディケを取り戻すため冥界へ行ったオルフェウス(→Wikipedia)の胸中を察するに… これだから作家って奴はw
ウシャギ / The Rabbet / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 マギーとリカルドの家に、新しい下宿人シムが来た。シムは働きながらコンピュータ・アニメを作り、ネットで公開してるが、出来はイマイチ。よく街中を歩き回り、変わったものを見つけるのが得意だ。長く住んでいるマギーが知らない面白い店を発見し、捨ててあった絵画などのガラクタを拾ってくる。
 少しづつ大きくなる予兆と、それに伴い物騒になってゆくナニ、そして無邪気に戯れる幼子を絡めた、正統派のホラー。
鳥の声を聞け / Listen the Birds / 書き下ろし / 市田泉訳
 これまた映画の予告編の台本を模した掌編。無音・耳障りな音・雑音・歪んだ声など、音の使い方に工夫を凝らしている。
馬 / A Mount / 書き下ろし / 市田泉訳
 5頁の掌編。1フィートほどの高さの磁器の馬と、その前で涙を流す少年から、イマジネーションを広げた作品。
デザイン / The Design / McSweeney's Quarterly Concern Issue 2013年12月 / 日暮雅通訳
 グラスゴーの医学校で解剖の実習中、ウィリアムはそれを見つけた。死体は60代の男性。組織を払いのけ、尺骨を露わにした時だ。何かの事故でできるようなものじゃない。明らかにデザインされた模様、絵柄が骨に描かれている。
 「祝祭のあと」同様、グロテスクなシーンに溢れた作品。なんたって、死体の処理を嫌というほど細かく具体的に書いてるし。デザイン,語り手の過去,少女と謎は出そろっているが、私は一つも読み解けなかった。
訳者あとがき:日暮雅通

 全般的に、小説としては未完成な感のある作品が多い。その反面、作品内で繰り広げられる風景は奇妙奇天烈・前代未聞で、そのケッタイさにクラクラしてくる。

 「ペルディード・ストリート・ステーション」や「クラーケン」でも異様なアイデアを連発したミエヴィルなので、思いついたけど長編に巧く組み込めなかった、けどセンス・オブ・ワンダーはタップリ詰まったアイデアを、なんとか形にして吐き出した、そんな雰囲気の作品集だ。

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2017年4月 7日 (金)

リチャード・マシスン「リアル・スティール」ハヤカワ文庫NV 尾之上浩司編 伊藤典夫・尾之上浩司訳

「わたしはロバート・ウェイド教授。1954年の過去からやってきた」
  ――おま★★

これで、われわれの言葉が聞こえただろう。われわれは、きみとともにある。
  ――心の山脈

【どんな本?】

 SF・ホラー・ミステリなどの小説のほか、テレビドラマや映画の脚本でも活躍し、「縮みゆく人間」「運命のボタン」「アイ・アム・レジェンド」などの原作でも知られるアメリカの作家リチャード・マシスン Richard Matheson の作品を集めた、日本独自の短編集。映画「リアル・スティール」の原作 Steel を含む。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年10月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約273頁に加え、約の尾之上浩司による解説「ドキドキハラハラの短編の名手、リチャード・マシスン」3頁。また、それぞれの短編の前に1頁の紹介がついてるのも嬉しい。9.5ポイント39字×16行×273頁=約170,352字、400字詰め原稿用紙で約426枚。文庫本としてはちょい薄め。

 文章はこなれている。SFとはいっても古い作品が多く、小難しいガジェットは出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。ただし小説としてはヒネリの効いた考えオチっぽいのが多いので、注意深く読む必要がある。

 当然、古いだけあって、出てくるガジェットも真空管など時代遅れなモノもあるが、そこは読者の方で量子プロセサとか分子メモリとかの今風なシロモノに脳内変換して読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

リアル・スティール / Steel / ザ・マガジン・オフ・ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション1956年5月号 / 尾之上浩司訳
 人間同士のボクシングは禁止された。今リングに上がるのはロボットだ。ケリー、愛称はスティール。彼は整備士のポールと共にドサ周り中。頼みのボクサーはバトリング・マクソ、いささかトウはたっちゃいるが、昔は強かった。ただ今は懐が寂しく、部品も手に入らなきゃ整備も思うに任せない。だが今度の試合で勝てば…
 320GBのIDEハードディスクに変換コネクタかませてUSBポートにつないで使ってる私には、色々と身に染みる作品。コンピュータに限らず、自動車やオーディオ機器でも、新しい製品の方が性能はいいとわかっちゃいるが、それでアッサリ乗り換えられるとは限らないのがヒトの性というか業というか。ブログなんてメディアも Twitter や Facebook に押されつつあるけど、ここまでやってきて今更やめられないんだよなあ。
白絹のドレス / Dress of White Silk / ザ・マガジン・オフ・ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション1951年10月号 / 伊藤典夫訳
 おばあちゃんはいった。ママはもう帰ってこない。おばあちゃんはママの部屋に入っちゃいけないっていう。でも、あたしはママの部屋が好き。特に好きなのが、ママの白絹のドレス。きょうも、いつもとおんなじ、メアリ・ジェーンが遊びにきた。向かいに住んでる子。
 幼い女の子の独白で語られる、不気味な掌編。亡くなった母親や禁じられた部屋などの不穏な小道具と、無邪気な子供の独白の落差が、忌まわしさを引き立ててゆく。
予約客のみ / By Appointment Only / プレイボーイ1970年4月号 / 尾之上浩司訳
 いつもと同じ時刻に、ミスター・パングボーンがワイリーの床屋にやってきた。最近は体調がすぐれないらしく、医者に診てもらっても、原因がわからない。幸いにして、ランドという医師が見つかり、彼にかかると、症状が良くなる。
 これも6頁の掌編。床屋のオヤジと客の会話で話を進め、オチに持ってゆくアイデア・ストーリー。登場人物が交代しリズムが変わった所でオチへと向かう語り口が巧い。
指文字 / Finger Prints / アンソロジー The Fiend in You, 1962年 / 伊藤典夫訳
 その二人の女は、バスの右側の列に座っていた。通路側の女は手話で話している。彼女の両手は忙しく動き、一時も休まない。もう一人、窓側の女は、疲れた顔で、連れの女をぼんやり見つめている。
 世の中には時おりやたらとお喋りな人がいて、よくもまあネタが尽きないものだと感心するんだけど、ああいう人の頭の中はどうなってるんだろう?
世界を創った男 / The Man Who Made the World / イマジネーション1954年2月号 /  尾之上浩司訳
 世界を創ったという男が、診察室に入ってきた。彼は47歳で、世界を創ったのは5年前だと。
 舞台か映画の台本のように、医師と患者の会話で進むユーモア掌編。
秘密 / Interest / ガンマ1965年9月号 /  尾之上浩司訳
 恋人のジェラルドの家に、キャスリンはやってきた。そこは立派な屋敷だが、どこか冷たい感じがする。ジェラルドの父ミスター・クルイックシャンクは無口で無愛想だし、ミセス・クイックルシャンクも妙に怯えているようだ。ジェラルドを愛しているが、この両親は…
 豪華で清潔で立派なお屋敷、真っ白いテーブルクロスの上に銀の食器が並ぶ上品な食事。なのに妙に重苦しい雰囲気の家族が抱えた秘密は…。ちょっと日本人にはピンとこないオチかも。
象徴 / The Thing / マーヴェル・サイエンス・ストーリーズ1951年5月号 /  尾之上浩司訳
 ローストビーフが乗ったテーブルを囲む、四人の男女。リー夫妻とトムスン夫妻。これは最後の晩餐。発達した科学は栄養剤を作りだし、病気はなくなり、子供は試験管で生まれる。そしてミートローフも消えた。今夜はリー夫妻の子ビリーに、“あの品”を見せる日だ。
 正直、オチがわかんなかった。
おま★★ / F... / スリリング・ワンダー・ストーリーズ1952年4月号 /  尾之上浩司訳
 交差点のど真ん中に、いきなり巨大な金属球体が出現し、そこからロバート・ウェイド教授と名乗る男が出てきた。1954年の過去から来たという。近くにいた巡査がさっそくやってきて、金属球体の中を調べた時、恐怖と怒りで叫んだ。「卑猥なクズ野郎が!」
 先の「象徴」と同じ未来世界を舞台とした、ユーモア作品。タイトルの訳が見事w 人の倫理ってのは、時代や場所で変わるもので…
心の山脈 / Mountains of Mind / マーヴェル・サイエンス・ストーリーズ1951年11月号 /  尾之上浩司訳
 フレドリク・コパルは政治学者だ。様々な学会のトップクラスの天才を集めた<ノーヴェンバー公開科学会議>のためフォート・カレッジにきた。今日はアルフレッド・ラシュラー博士の実験に参加する。脳波を測り記録するのだ。
 奇妙な実験に参加したがために、説明のつかない奇妙な「何か」に憑かれてしまったフレドリク・コパルの視点で描かれる、不思議な物語。一応は完結してるけど、掲載誌から想像するに、長編シリーズの開幕編って感じもする。
最後の仕上げ / The Finishing Touches / 短編集 Shock Waves 1970年 / 尾之上浩司訳
 レックス・チャペルと妻のアマンダがいちゃついている部屋のバルコニーに、ホリスターは潜んでいた。二人がベッドでからみあい、いよいよこれからという時にホリスターは…
 うーん、敢えて言えばホラーかなあ。
ドキドキハラハラの短編の名手、リチャード・マシスン 尾之上浩司

 レイ・ブラドベリに代表されるように、この時代のアメリカのSF作家はテレビドラマや映画の脚本でも活躍している人が多くて、マシスンもその一人。そのためか、あまりSF的に凝ったガジェットは使わず、けれど今でも通用するアイデアをコンパクトに料理した作品が多く、日本の作家だと星新一に味わいが似ている。小難しいのが苦手なSF初心者にも楽しめるのが、この作家の特徴だろう。

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2017年3月26日 (日)

グレアム・ジョイス「人生の真実」東京創元社 市田泉訳

マーサの経験からいって、ずっと壁を叩いている人間には、大した返事など与えられないものだ。

真実はいつも隠れてて、そのうち人の顔を平手打ちする。

【どんな本?】

 イギリスの作家グレアム・ジョイスによる、ちょっとファンタジックな長編小説。

 第二次世界大戦中、ドイツ軍の空襲で大きな被害を受けたイングランドのコヴェントリー。

 母マーサが仕切るヴァイン家は、七人姉妹だ。末っ子キャシーは、戦死したアメリカ空軍兵の子を産み、フランクと名付ける。魅力的だが気まぐれなキャシーの子育てを危ぶむヴァイン家は、六人の姉たちが交代でフランクを育てると決めた。

 母マーサは奇妙な力を持つ。五女のユーナは明るく、夫のトムは農場主。双子の次女&三女のイヴリンとアイナは心霊現象に入れ込む。六女ビーティは向上心旺盛で、恋人バーナードと共に学問を続ける。長女のアイダは落ち着いていて、夫は死体防腐処理者のゴードン。四女のオリーヴはしっかり者で、夫のウィリアムは復員後に八百屋を始めた。

 空襲の痛手から次第に立ち直りつつあるコヴェントリーで、変わり者ぞろいのヴァイン家姉妹に囲まれながら、フランクは育ってゆく。

 2003年度世界幻想文学大賞受賞のほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016海外篇でも15位と健闘した。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Facts of Life, by Graham Joyce, 2002。日本語版は2016年7月22日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約349頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×21行×349頁=約329,805字、400字詰め原稿用紙で約825頁。文庫本なら厚めの一冊か薄めの上下巻の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、ゴダイヴァ夫人(→Wikipedia)ぐらいだが、知らなくても作品中に充分な説明があるので、大きな問題はない。

【感想は?】

 誰が主人公かは、読者によりけり。

 表紙はフランクだけど、その祖母マーサの存在感がとても大きい。むしろ「肝っ玉マーサと愉快な娘たち」みたいな話。

 マーサも含め女ばかり八人の家族だ。しかも絆は強くて、事あるごとに姉妹が集っちゃワイワイガヤガヤとかしましく話し合う。その連れ合いであるトムやゴードンやウィリアムやバーナードは、彼女らに連れられヴァイン家に参上するものの、話し合いでは素直に女たちに舞台を明け渡す。

 こういう女系の家族ってのは、イギリスでもちょっと珍しいんじゃなかろか。それでもなんとなく納得しちゃうのは、家族を仕切るマーサの貫禄ゆえ。

 このマーサ、魔女の血でも入っているのか、不思議な能力がある。あるにはあるんだが、自分じゃどうしようもなく、何の前触れもなく突然にやってくるシロモノで、役に立つような立たないような。マーサ自身はこの能力を疎んでるんだが…

 などのファンタジックな設定以上に、火掻き棒をガツンと鳴らし、かしましい姉妹たちの喧騒を静める迫力や、フランクの預け先を決める際のいっそ狡猾とすら言える根回しは、七人もの娘を育てた母親の威厳と、歳を経て身に着けた深い知恵を感じさせる。

 こういう年寄りの知恵が光るのは、ゲストとして登場する産婆のラギー・アニーも同じで。あの襤褸に、そんな秘密があったとはw さすがベテランは違う。

 イギリス人ってのは変人ばかりって印象だけど、それは男ばかりでなく女も同じらしく、マーサの娘たちもビンビンにキャラが立ってる。

 最も登場場面が多いキャシーは、恋多き天然娘で、電波を受信すると何処ともなくスッ飛んでいく。そんなキャシーを母も姉たちも、「あの娘はそういう娘」と、ありのままに受け入れているあたりが、ヴァイン家の絆を感じさせる。

 ビーティは第二次大戦後のイギリスの変化を象徴するような人で、徴用された工場で労働運動に目覚め、学問の世界へと踏み入ってゆく。のはいいが、同時に社会運動にもかぶれて、恋人のバーナードと共に小難しい理屈を振り回すようになる。

 昔の赤い人ってのは、事あるごとに音読み漢字を並べた聞きなれない言葉を連発してたんだよなあ。それこそ軍人さんみたく。

 不思議な能力を持つマーサに対し、全く力のないイヴリンとアイナは、スピリチュアルうんたらに入れ込んで、そっちの世界じゃ大物扱い。ロンドンは人間より幽霊の方が多いとかで、これもまたイングランドのもう一つの面だろう。やたらと決まり事に拘るあたりも、イギリスならでは。

 前半では影の薄いアイダだけど、終盤では夫のゴードンと共に奇妙な光を放つ。なんたって死体防腐処理なんてケッタイな仕事に携わっているだけあって、前半ではひたすら不気味なだけなんだが…

 といった暗い面に対し、明るいイギリスを見せてくれるのが、ユーナとトムの農場パート。何もかもキッチリ決めないと気が済まないイヴリン&アイナとは違い、なにせ農場じゃ相手は天気や動物。いくら人が頑張っても、お天気はどうにもならない。そんな商売に慣れるコツは…

 そう、この物語に出てくる人は、みんな何か「どうしようもないもの」を抱えている。突然何かがやってくるマーサ、電波に操られるキャシー、学問にカブれるビーティ、お天気に左右されるユーナとトム、「能力」に焦がれるイヴリン&アイナ、戦争の記憶に追われるウィリアム、そして幼いフランクもまた。

 憎しみの炎に焼かれながらも少しづつ傷を癒してゆくコヴェントリーで、変わり者ぞろいのヴァイン家に囲まれ、戦争の落とし子フランクは育ってゆく。逃げられない事柄と、どうやって折り合いをつけるか。周りの大人たちが、それぞれの形で向き合う姿を眺めながら。

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2017年3月20日 (月)

M・R・ケアリー「パンドラの少女」東京創元社 茂木健訳

すべてのものには、ふたつの面がある。だけどそれを確かめるには、匣を開けるしかない。

兵隊であるパークスが最も得意としているのは、解決策がひとつしかない問題を迅速に処理することだ。

【どんな本?】

 イギリス生まれでアメコミの原作を書いていたマイク・ケアリーが、M・R・ケアリー名義で発表した長編ゾンビ小説。SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016海外篇でも、17位に食い込んだ。

 近未来のイギリス、ロンドン郊外。謎の奇病により人類の大半は知性を失いゾンビと化すが、郊外の街ビーコンに立てこもり生き延びた者もいた。奇妙な事にゾンビとなりながらも知性を持つ子供たちが見つかり、ビーコンの北120kmほどの<基地>に集め研究していた。

 しかし<基地>は襲われ、脱出できたのは五人だけ。優秀な軍曹パークス、ヒヨッコ一等兵ギャラガー、熱心な研究者ドクター・コールドウェル、熱血教師ジャスティノー、そしてゾンビ少女のメラニー。ゾンビがうろつくイングランド南部を、120km南のビーコンを目指し五人は進む。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Girl With All The Gifts, M. R. Carey, 2014。日本語版は2016年4月28日初版。単行本ソフトカバー縦二段組みで本文約383頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント24字×20行×2段×383頁=約367,680字、400字詰め原稿用紙で約912枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ゾンビ化の真相がちと専門的だが、まあハッタリです。

【どんな話?】

 近未来。<大崩壊>をもたらしたのは、謎の奇病だった。罹患した者は知性を失って<飢えた奴ら>=ハングリーズとなり、他の者に噛みつく。噛みつかれた者もハングリーズとなり、人を襲い始める。しかも、ハングリーズは百キロ以上遠くからでも人の臭いを嗅ぎつけ、凄まじい勢いで追いかけてくるのである。

 世界規模で同時に発生した奇病により人類の文明は崩壊、運良く助かった少数の者が郊外の街に立てこもり、対策を練っていた。

 その研究は、ロンドンの北50kmほどにある<基地>で行われている。ハングリーズとなりながらも、なぜか知性を失わない者が見つかったのだ。全て幼い子供ばかり。<基地>では、そんな子供たちを狩り集め、教育を施し、またハングリーズに対抗するための研究が続いていた。

 メラニーは10歳。基地で暮らすハングリーズの一人だ。楽しみはミス・ジャスティノーの授業。授業中は車椅子に縛りつけられ、頭すら動かせない。それでも、ミス・ジャスティノーが教えてくれるお話が大好きだった。いつか、多くの人が住むというビーコンに行きたいと思っている。

 ときどき、何の前触れもなく子供が消える事がある。最初はヴェロニカだった。次にリアムとマルシア。そして、メラニーの番が来た。

【感想は?】

 まず発想がおかしい←ほめてます。なんたって、視点がゾンビだ。

 主人公はゾンビ少女のメラニー10歳。いやゾンビではなく作中では<飢えた奴ら>=ハングリーズとなってるけど。にも関わらず、なぜかメラニーは人としての意識は保ち続けている。

 ゾンビの性質も、俗説とは少し違う。タフでなかなか死なず、人を襲い、噛まれて伝染するのは同じなんだが、イザとなった時の運動能力はチーター並み。幸いお馬鹿なのも俗説と同じなんだが、稀にメラニーのような子供ゾンビもいる。

 で、ゾンビ少女のメラニー視点で始まるあたりが、とってもおかしい。

 このメラニー、なかなか賢い子なんだけど、<基地>以外の世界を全く知らない。かなり酷い扱いを受けてるんだが、そこしか知らないから恨みもへったくれもなく、素直にミス・ジャスティノーを慕うあたりが、実に泣かせます。

 そんなメラニーに嫌われるドクター・コールドウェルが、これまた見事なマッド・サイエンティストで。過去の因縁もあってか、世界で最も大切なのは己の研究と信じて疑わず、一切の感情を排して研究に向き合う姿は、まさしく研究者の鑑。当然、実験動物の気持なんか全く斟酌しません、はい。

 そんなわけで、メラニー視点で描かれる彼女の姿は、コールドを含む名前もあって、あまし芳しいもんじゃないけど、終盤で彼女が見せるプロ意識は、なかなか感動的だったりする。

 やはりプロに徹しているのが、基地を守る兵をまとめるパークス軍曹。なぜか将校が来なくなった基地を、指揮官としての優れた手腕でまとめあげ、また若く頼りない部下たちに対しても、厳しいながら加減を心得えた的確なもの。失敗した部下に対しても、無駄な叱責はせず実用的なアドバイスを教えるあたり、理想的な下士官でもある。

 そんなパークスも、前半じゃ謹厳実直で脳筋な石頭に見えるんだが、旅を続けるに従い次第に印象が変わってくるのが、ちょっとした読みどころ。

 この印象を変える役割を受け持つのが、ヘタレ一等兵のギャラガー。軍に入ったいきさつもあり、パークスを心の芯から敬う若者。いろいろと頼りない所もあるけど、煩悩を持て余す年頃でありながら、なんとかパークスに認められようと頑張るあたりは、ちょっと可愛かったり。

 そしてメラニーに慕われる教師のミス・ジャスティノーは、主人公の補佐役に相応しいホスタビリティあふれるいい人。著者も教職の前歴があるためか、教え子を思いやる教師の気持ちがしみじみと伝わってくる。それが行き過ぎて困ったことになる時もあるんだけど。

 などの五人組が、ゾンビだらけのイングランド南部を突っ切る旅が、このお話の中心。

 なんだが、怖いのはゾンビだけじゃないあたりが、ヒネリの効いた所。<廃品漁り>=ジャンカーズと呼ばれる連中だ。人間でありながらビーコンへは移らず、群れをなし弱肉強食の世界で生きている。つまりはヒャッハーな連中です。彼らが単なる敵役だけじゃないのも、この作品の巧妙な所。

 基地での日々を描く冒頭はややモタつくけど、五人が旅に出てからの中盤以降は緊張と驚きの連続で飽きさせない上に、旅の中でそれぞれの人物像が次第に変わってゆくのも面白い。そしてもちろん、アッと驚くエンディングも。

 ゾンビ物だけあって、肉体が蹂躙されるエグい場面も多いけど、ゾンビの真相はよく考えられてるし、なんたってゾンビ視点ってのがユニークな上に、エンディングもセンス・オブ・ワンダーを感じさせる優れもの。なお、既に映画化されていて、Youtube で予告が見られます。

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2017年3月 8日 (水)

アン・レッキー「星群艦隊」創元SF文庫 赤尾秀子訳

ほかの星系を武力で制圧・植民地化することを体よく表現すると“併呑”になる。

「わたしたちこそ、彼女に都合よくつくられた武器です」

「いまは歌わないでくれ、同期。その歌に関しては、まだあなたを心から許しきれていないのだ」

【どんな本?】

 SF関係の賞を総ナメにしたデビュー作から始まる、遠未来スペースオペラ三部作の完結編。

 人類が多くの恒星間世界に広がった遠未来。

 数千の肉体を持つ支配者アナーンダ・ミアナーイが統べるラドチは、周囲の星系を呑み込み大きな版図を保っていたが、アナーンダ同士で戦いが始まってしまう。ラドチが誇る強力な武器は属体。ヒトの遺体をAIが操るゾンビ兵であり、優れた協調行動と肉体能力を持つ、使い捨ての兵士である。

 兵員母艦<トーレンの正義>のAIだったブレクは、戦いの中で艦も乗員も失い、たった一体の属体となりながらも、愛した副官オーンの仇として、アナーンダへの復讐を誓う。艦隊司令官として<カルルの慈(めぐみ)>を指揮するブレクはアソエク星系へ赴くが、ここにもアナーンダ同士の内乱の戦火が及んできた上に、謎の異種族プレスジャーまでもが姿を現し…

 なお、同じ世界が舞台の短編「主の命に我従はん」も収録。

 2016年ローカス賞SF長編部門を受賞。

なお、SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016海外篇では、開幕編「叛逆航路」が三位に輝いているほか、三部作として16位に入ってて、票を合わせると一位の「死の鳥」を越えてるんだけど、グレッグ・イーガンの直交三部作も票が割れてるんで、シリーズで集計してみた。

  1. 267点 グレッグ・イーガン クロックワーク・ロケット172点(5位)+エターナル・フレイム95点(10位)
  2. 264点 アン・レッキー 叛逆航路186点+三部作78点(16位)
  3. 256点 ハーラン・エリスン 死の鳥256点(1位)

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Ancillary Mercy and She Commands Me and I Obey, by Ann Leckie, 2014, 2015。日本語版は2016年10月28日初版発行。文庫本で縦一段組み、本文約432頁に加え、訳者あとがき7頁+アンシラリーー用語解説第3集3頁。8ポイント42字×18行×432頁=326,592字、400字詰め原稿用紙で約817枚。文庫本としては厚め。

 正直、かなり読みにくい。

 このシリーズの特徴は、人称が混乱してること。三人称はみんな「彼女」で、兵はボー3のように小隊名+番号で呼ばれる。他にも格式ばったラドチ文化の微妙なしきたりがあって、ちょっとした言葉の選び方や動きに深い気持ちがこもってたりするので、注意深く読む必要がある。

 また、お話が前の「叛逆航路」「亡霊星域」から直につながっており、ややこしい設定や登場人?物の背景事情がてんこもりなので、できでば最初の「叛逆航路」から読もう。

【感想は?】

 などと書いてて気が付いたんだが、人称の特徴は三人称が彼女ってだけに限らず、兵員が番号なのも大きく効いてたり。

 なにせ番号なんで、人格がないように感じるけど、ちゃんと読むとそれぞれに性格やこだわりがあるのだ。特に<カルルの滋>の場合は。分かり易いのがカルル5で、主人公ブレクの身の回りの世話をする役目。当番兵とか従卒とか言われる立場。

 単に職務熱心で忠実であるだけでなく、身だしなみや茶器など優雅さへのこだわりが強く、ブレクが身につける物にも最善を尽くす。従卒としてはとても優秀なんだが、どうも職務への情熱は単なる職業意識だけでなく、本人の趣味がだいぶ入っている様子。

 と、性格から見るとメイド長とか女官って感じなんだけど、従卒って立場と「カルル5」って呼び方で、読者はそういう個性が掴みにくい。属体ってガジェットも合わせて考えると、これもまた著者が仕掛けたトラップなんだろう。人を番号で呼ぶのは、人を物扱いしてるって事なのだ。映像化の話もあったそうだが、この辺はどう表現するんだろう?

 などと兵員は物扱いなのに対し、この巻ではAIの個性が輝いてるのが楽しい。

 なんといっても可愛いのが<カルルの慈>。もともと主人公ブレクからしてAI(の残り滓)で、復讐に燃える心中を計算づくの表情で隠してるあたり、一見クールで感情があまり表に出ない。

 対して<カルルの慈>は軍艦とは思えぬ細やかな心の持ち主で、この巻ではなんと痴話喧嘩の仲裁までやってる。このあたりは Yahoo!知恵袋で鬼女たちに袋叩きにされる相談者を見ているようで、ちょっと可哀そうになっちゃたりw

 加えてアソエクのステーションも、エレベーターの扉の開け閉めなど微妙な方法で気持ちを表していたが、この巻では更に過激になって…

 こういう細かい動きや、その場で使う小道具で心中を表すのは人間も同じで、どんな飲み物をどんな茶器で出すかで相手の評価を示したりと、読者にも相当の集中と注意力が要求される。

 とかの微妙な読みで疲れたあたりで登場するのが、異種族プレスジャーの通訳士ゼイアト。

 この人?、言うこともやる事も見事なまでの非常識ぶりを発揮し、繊細な懐の読みあいを粉々にフッ飛ばしてくれるから、いっそ爽快だったりする。それでもプレスジャーの使いとあっては丁寧にもてなさにゃならず、目玉を白黒させながら応対するあたりは、この巻ならではのドタバタ・ギャグで、和食にタバスコをブッかけたようなミスマッチが心地いい。

 特に意味不明なのが飲み食いで、なぜそんなモンにこだわるw でも考えようによっては、この先、人類の輸出品として使えるかもしれないw

 終盤は三部作の最終巻に相応しく、緊張感あふれる場面が続く。戦力的には圧倒的に不利であり、また敵の情勢も全く分からぬブレクに、形勢逆転の目はあるのか。

 ブレクの視点で描かれる物語なだけに、読み終えた時には、どうしてもブレクの目指す世界を望みたくなる。モノのインターネットやAI技術など、今の調子で情報技術が進んだとすると、近い将来に同じような選択が必要となるかもしれない。その時、私はどっちを選ぶんだろうか。

 ってな事を考えられるのも、読み終えて幾らか時間が経ったからで、読み終えた直後には選択肢は決まっていた。それぐらい熱中させてくれる作品だ。

 世界観も人間?関係も凝りに凝った、濃いSF小説。できれば三部作を一気に読もう。

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2017年3月 5日 (日)

ジョン・スラデック「ロデリック または若き機械の教育」河出書房新社 柳下毅一郎訳

「ねえパー、これっておっきなお話があるみたいだよね。小さなお話がたくさんある裏にさ」

【どんな本?】

 広く深い知見に裏打ちされた珍妙な発想を、しょうもないギャグを散りばめて凝った言葉遊びで綴る、独特の芸風で知られたジョン・スラデックによる、長編SF小説。

 NASA の秘密支援を受け、ミネトンカ大学で進んでいた、学習するロボットの開発プロジェクト。その実態は、優れたエンジニアのダン・ゾンネンシャインがほとんど一人で創り上げたものだった。だが、学内の派閥争いや殺人事件などのトラブルに加え、NASA からの資金が途絶えた上に、主導していたダンも姿を消し、成果物のロデリックは、ロボットの体を得たものの、学校を放り出されてしまう。

 悪ガキども・ジプシーの一家・ニューエイジ思想の闘志・スポーツ狂いの神父・クイズ番組マニアの保安官など奇矯な連中との交際やテレビから、世界を学習しつつ自らの存在について考えるロデリックと、彼を中心に巻起こる騒動を、ヒネくれきったユーモアたっぷりに綴る、マニア向けの作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RODERICK : or The Education of a Young Machine, by John Sladek, 1980。日本語版は2016年2月28日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約496頁に加え、訳者あとがき「ロデリックのゆくえ」8頁+円城塔の解説6頁。9ポイント44字×20行×496頁=約436,480字、400字詰め原稿用紙で約1,092枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 実は、かなり読みにくい。

 訳文からも伝わってくるんだが、どうも原書からして、韻を踏んだり地口をかましたりワザと意味を取り違えたりと、かなり凝った言葉遊びが多い文章な上に、哲学的に突っ込んだ理屈が下ネタにまぶしてあったりするんで、真面目な話と悪ふざけを区別するには、注意深く考えながら読む必要がある。

 加えて登場人物が多く、大半の人物が言ってることとやってる事が違うばかりでなく、明らかに目的と正体を隠している者もいて、お話が相当にややこしい。できれば登場人物一覧をつけて欲しかった。

 現代アメリカの風俗をたっぷり取り込んだ作品だけに、テレビ番組の説明などの訳注が、巻末ではなく本文中にあるのは嬉しい配慮。

【感想は?】

 油断ならない作家の油断ならない作品。

 出てくる人物の大半は、やたらとおしゃべりな上に人の話を聞かない。登場人物全部がエディ・マーフィーばりに俗語たっぷりでしゃべくりまくる、騒がしくユーモラスなソープオペラ風の雰囲気だ。お陰で話はなかなか進まないが、これもスラデックの仕掛けの一つだとか。

 1980年の作品だが、基本的な発想はかなり真面目。いわゆるロボットをテーマとした作品だ。

 このテーマについては、作品中でゴーレムやフランケンシュタインの怪物やカート・ヴォネガットのプレーヤー・ピアノなどの定番ばかりか、賀陽親王(→Wikipedia)なんてマニアックなネタまで出てくる。ソープオペラ風の饒舌なノリとドタバタ・ギャグの合間に、マニアックなネタをコッソリと仕込む、そういう困った芸風の人なのだ。

 もちろん、アジモフの三原則も槍玉にあがる。これをネタにした神父とのやりとりは、スラデックならではの意地の悪さ。実際、あんなシロモノが要求仕様に紛れ込んでいたら、大半のプログラマは尻に帆かけて逃げ出すに違いない。

 そう、この作品、プログラマはニタニタしながら読めるようになっている。

 どうもロボットというと陽電子脳とか十万馬力とか、ハードウェアが大事なように思われがちだが、ソフトウェアも難しい問題をいっぱい孕んでいる。

 この作品のマニアックな点の一つは、主人公ロデリックが、最初は体を持っていない点。単なるソフトウェアなのだ。つまり人工知能…と言いたくなるが、むしろ人工意識の方が近いかも。しかも、自ら学習する能力を持っている。

 長年、多くのSF小説はロボットと人工知能の切り分けが出来てなかった。ハードウェアとソフトウェアの違いが分かっていない、と言ってもいい。その辺を、この作品はかなり巧く切り分けている。ロデリックも、作中でボディが変わったりするし。

 など、半分ほど哲学の領域に足を突っ込んだ話もあれば、「くりかえし」や「組み合わせの数」、そして決定木とか、プログラマにはお馴染みの下世話なネタもコッソリ仕込んであるから憎い。

 私はよく分からないんだが、言葉遊びも、自然言語処理をやってる人にはわかるネタが混じってるのかも。

 Java にせよ HTML にせよ、機械言語は文脈自由文法(→Wikipedia)に従ってて、比較的に単純なプログラムで扱えるんだが、ヒトが話す言語はもっと複雑かつ曖昧で、同じ文でも状況によって意味が全く違ってくる。

 話し手と聴き手が同じ状況を想定していれば問題ないんだが、この話の登場人物はたいてい強烈なクセを持っていて、相手の立場なんか考えない自己中ばかりなため、次から次へと勘違いが続いていく。加えてロデリックもテレビドラマから変な世界観を植え付けられてるんで…

 など計算機科学のネタがあるかと思えば、占いや心理学などの社会風刺から始まり、果ては宗教まで扱った危なっかしいネタもチラホラ。ほとんど全方面に喧嘩売ってます。占いのプログラムなんてシロモノまであって、それに客がつくんだから、世の中ってのはわかんないもんで。

 そんな複雑怪奇な人間社会を、機械人形のロデリックがどのように解釈し、学んでいくか。そんなロデリックに触れた人々は、どんな反応を示すのか。

 強烈なキャラクターが引き起こすドタバタ・ギャグに考えオチ、マニアックな知識や様々なパズル、社会風刺にブラック・ジョークなど、仕掛けタップリで展開するトラップに満ちた濃いSF小説。心身ともに充実した時にじっくり挑もう。

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2017年2月21日 (火)

バリントン・J・ベイリー「ゴッド・ガン」ハヤカワ文庫SF 大森望・中村融訳

「…この世界は、ミッキー・マウスの腕時計みたいに組み立てられている! 安っぽい、いいかげんなやっつけ仕事だ! 神は当然の報いを受けるんだ!」
  ――ゴッド・ガン

【どんな本?】

 思いっきりお馬鹿でイカれたアイデアを徹底的に突き詰め、SFマニアが随喜の涙を流す濃い芸風で定評のあるイギリスのSF作家バリントン・J・ベイリー Barrington J. Bayley の短編を集めた、日本独自の短編集。

 マニア好みではあるけれど、そのアイデアはケッタイな宇宙だったり時間の流れだったり、科学というより世界観や哲学的な発想の作品が多いので、科学や数学が苦手な人でも楽しめるのが大きな特徴。ただし思いっきり常識のタガが外れているので、狂った妄想についていけるかどうかが評価の分かれ目になる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約290頁に加え、中村融による解説「ベイリーの短編について 訳者あとがき」11頁。9ポイント40字×17行×290頁=約197,200字、400字詰め原稿用紙で約493枚。文庫本としては標準的な厚さ。

 文章は比較的にこなれている。内容は難しいような、そうでもないような。というのも、お話の根本に絡むネタと、単なるハッタリが混じっているから。大半、特に物理学や宇宙論などの科学関係は、まずもってハッタリだと思っていい。対して人の認識や物の同一性など、哲学っぽいのは注意して読む必要がある。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

ゴッド・ガン / The God-Gun / 第二短編集 The Seed of Evil 1979年 / 大森望
 飲み友達のロドリックは、科学から魔術にまで通じる、優れた発明家だ。ただ自分が興味を持つ事しかしないし、しても使い勝手や経済性は完全に無視するため、発明の大半は儲けにつながらない。そんな彼の最近の発明は…
 典型的なマッド・サイエンティスト物。ここで言う神は、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の神、すなわち創造主。その性質はどんなものか、どうすればヒトが影響を与えられるのかなど、神学的な問いに(怪しげな)物理学で解を出すあたり、ベイリー節が炸裂してる。
大きな音 / The Big Sound / サイエンス・ファンタシー1962年2月号 / 大森望
 ギャドマンは大きな物が好きだった。優れた作曲家だが、興味があるのは大きな、いや巨大なものだけ。友人にも女にも興味はなく、ひたすら大きなものだけに心を奪われていた。そんな彼がたどり着いたのは、音楽的巨大主義とでも言うべきもので…
 これまたワン・アイデアを突き詰めた作品。作品ばかりでなく、登場するキャドマン氏も、人生を「大きな音」だけに捧げ、それ以外は倫理すら一切切り捨てているのが、いっそ清々しい。いや社会的には、とっても困った人なんだけどw
地底潜艦<インタースティス> / The Radius Riders / サイエンス・フィクション・アドヴェンチャーズ1962年7月号 / 中村融
 ジュール艦長の指揮の下、地底潜艦<インタースティス>の試験航行が始まる。深度10マイルでアメリカ大陸を東から西へと横断する旅だ。航行は安定していたが、西海岸で浮上しようとした時、問題が起きる。深度5マイルより上には上がれない。
 地底潜艦ってアイデアが、既にクレイジー。トンネルを掘って潜っていくのかと思ったら、とんでもない。ってだけじゃなく、問題解決の方法が、これまたなんともベイリーらしいw 艦長の名前がジュールなのは、同然ながらヴェルヌへのオマージュだろう。
空間の海に帆をかける船 / The Ship that Sailed the Ocean of Space / Best SF Stories from New Worlds 8 1974年 / 大森望
 おれとリムは、海王星の外側にいた。観測用の宇宙船に住み込み、定期的に観測して記録を取る仕事だ。煩い奴らは誰もいない上に、ビールはしこたまある。その日も飲んだくれていたが、ケッタイな物が見つかった。時速30マイルで近づいてくるが、なんと質量がない。
 これまたベイリーらしい無茶苦茶な発想の作品。ええ、タイトルに偽りはありません。にしても、こんなしょうもない飲んだくれに見つかるとは、お互い不幸な話でw
死の船 / Death Ship / Zenith 1989年 / 中村融
 ティーシュンは、物理学プロジェクト9号に携わっている。通称<死の船>。敵との戦いが激しさを増す中、これは決定的な技術になるかもしれない。もしクリーヴス上級大臣の訪問があれば、決行日は早まるだろう。
 ナチスと共産党を合わせたような社会になっているヨーロッパを舞台に、ベイリーらしいケッタイなアイデアが炸裂する作品。ちょっと調べたところ、作品中の「等冪」は「冪等」と同じ意味らしい(→Wikipedia)。作品名の Death Ship は、ドイツの作家 Bruno Traven に同じ名前の作品(→英語版Wikipedia)があるが、関係は不明。
災厄の船 / The Ship of Disaster / ニュー・ワールズ1965年6月号 / 中村融
 誇り高きエルフの王エレン・ゲリスが乗り込んだ<災厄の船>は、霧の中を彷徨っている。どこにも陸地は見えず、食料は尽きかけていた。復讐に飢える<災厄の船>の前に、格好の獲物が現れる。みすぼらしい人間の船だ。衝角で一蹴し、ひとりの人間を捕虜にすると…
 ベイリーには珍しいファンタジイ。「指輪物語」の知的で穏やかなエルフとは違い、このエルフは傲岸不遜で野蛮、人間を見下し怒りに燃え虐殺も厭わない。この世界はエルフとトロールと人間が三つ巴の争いを続けているようで…
ロモー博士の島 / The Island of Dr. Romeau / インターゾーン1995年8月号 / 中村融
 記者のプレンディスは、ロモー博士の島を訪れた。名高い博士が行っているのは性行動の研究と噂されているが、実態は謎に包まれている。博士が言うには「ここは快楽の島だ。われわれの目的は、世界に幸福をもたらすことにある」とのことだが…
 こちらはH・G・ウェルズの「モロー博士の島」のパロディ…なんだけど、いきなり若い美女が出てくるあたりから、何やらアヤしげな雰囲気がプンプンw とまれ、今となっては、似たような内容の漫画を描いてる人がきっといると思うw
ブレイン・レース / Sporting with the Chid / 第二短編集 The Seed of Evil 1979年 / 大森望
 大鎌猫狩りに来たブランドとロイガーとウェッセル。しかし反撃でウェッセルは肉塊になってしまった。蘇生させようにも、近くの宙域に病院はない。幸いなことに、同じ大陸にチド星人のキャンプがある。チドは優れた外科手術の技能を持っているが、その風習は全く知られておらず…
 これまたベイリーお得意の、奇想天外な習性を持つエイリアンを描く作品。奇想天外ではあるものの、なんか納得しちゃいそうな理屈がついてるのが困るw ドロドロのグチャグチャが苦手な人には、ちと辛いかも。
蟹は試してみなきゃいけない / A Crab Must Try / インターゾーン1996年1月号 / 中村融
 あの夏。おれたちは、いつもツルんでた。勇敢なるレド・シェルを筆頭に、ソフト・ナット,クイック・クウロー,ギンピー,タイニー。おれたちはそこらをのし歩き、酒場で騒ぎ、他のグループと喧嘩し…そして、もちろん、雌に求愛した。
 やりたい盛りなのにモテない童貞小僧たちの、しょうもない夏を描く青春物語…なんだけど、蟹なんだよなあw
邪悪の種子 / The Seed of Evil / New Writings SF 23 1973年 / 中村融
 22世紀。太陽系にエイリアンが来た。不死身と名乗る異星人は、百万年も生きていたが、進んだ技術や不死身の秘密などを明かそうとはせず、亡命者として暮らす事を望む。外科医のジュリアン・フェルグは、不死身の秘密を奪おうと画策するが…
 いささか市民権意識が高すぎる22世紀の風潮がもどかしいのに対し、自らの目的のためなら手段を択ばないジュリアンの執念はいっそ清々しいw 困ったストーカーの話かと思ったら、意外な方向へと風呂敷が広がった末のオチは、この作品集の最後を飾るにふさわしい壮大で寂寥感漂うもの。
中村融 : ベイリーの短編について 訳者あとがき

 ベイリーの味は、なんといっても奇想。とんでもない世界や読者の常識を覆すアイデアを、とことんまで突き詰めて屁理屈で強引に納得させ、SFにおける新しい地平を切り開く…かと思わせて、しょうもないオチで奈落に突き落としてくれる。

 ある意味50年代の精神を受け継ぎながら、イギリスならではの人の悪さを感じさせるあたりが、余人には代えがたい魅力。なにせ強烈な個性を誇る芸風なので好みは別れるけど、ウケる人には徹底してウケる、ちょっとカルトな作家です、はい。

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2017年2月14日 (火)

「伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ」ハヤカワ文庫SF 高橋良平編

「そうだろう、え! こんな生まれつきの怠けものでなかったら、とうに病院に行ってなきゃならんところだ。もちろん、医者としてね」
  ――思考の谺

【どんな本?】

 SF小説の翻訳家として数多の名作SFを訳し日本に紹介した伊藤典夫の膨大な業績の中から、主に初期の傑作を選りすぐって集めた珠玉の傑作選。

 なんといっても、ベテランのSFファンの間では傑作の呼び声が高いが、諸々の事情で今は読者の手が届かない、1940年代~1960年代の傑作が、手に入れやすい文庫で蘇ったのが嬉しい。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月15日発行。文庫本で縦一段組み本文約400頁に加え、編者あとがき Explorer of Science and Time 7頁+鏡明による1980年の伊藤典夫インタビュー10頁。9ポイント40字×17行×400頁=約272,000字、400字詰め原稿用紙で約680枚。文庫本としてはちょい厚め。

 文章はこなれている。古い作品が多いだけに、内容も特に難しくない。書かれた時代が時代だけに、電子回路ではなく真空管を使っているなど、さすがに大道具・小道具は違和感があるが、その辺は読みながら今風に読み替えよう。

【収録作は?】

ボロゴーヴはミムジイ ルイス・パジェット / Mimsy Were the Borogoves, Lewis Padgett / アスタウンディング1943年2月号
 遥か未来から、動作確認中のタイム・マシンで、子供のおもちゃが過去に送られた。届いたのは1942年。小学校をサボった悪ガキのスコットがこれを拾い、こっそり家に持って帰る。面白がって遊んでいたスコットだが…
 ニール・スティーヴンスンの某作品は、コレをネタにしたのかな? 私は英語が苦手なせいか、他の言語をやすやすと覚えられる人が羨ましくてしょうがない。いったい、私はどうやって日本語を身に着けたんだろう。幼い子供が知識を身につける能力が、つくづく羨ましい。
子どもの部屋 レイモンド・F・ジョーンズ / The Children's Room, by Raymond F. Jones / ファンタスティック・アドベンチャー1947年9月号
 10歳の息子ウォルトから、図書館に返すよう頼まれた本を、ビルは読み始めた。複雑な物語で、一つの文章が二つの意味を持っている。最初は戸惑ったが、次第にのめり込み、朝方まで読みふけってしまう。返却先の大学図書館に行ったが、<子どもの部屋>なんてない、と言われてしまう。
 これもサミュエル・R・ディレイニーが…。特別な人だけが読める本、特別な人だけが入れる図書室なんてアイデアは、妙な賤民/選民意識を持つSF者には抗えない魅力がある。短編として綺麗に完結してるけど、少年向けの長大な冒険物語のプロローグとしても充分に通用するなあ。というか、ウォルトを主人公にして誰か続きを書いてく…いや平野耕太は却下w
虚栄の街 フレデリック・ポール / The Tunnel Under The World, by Frederik Pohl / ギャラクシイ1955年1月号
 6月15日の朝、ガイ・バークハートは悪夢から目覚めた。大爆発に巻き込まれる夢だ。いつものように会社に出かけ、ロビーでタバコを買おうとすると、店員がいつものステビンズじゃない。おまけに馴染みのない新銘柄まで押し付けられる。職場では皆勤のバース氏が珍しく休んでいて…
 お話の流れは、典型的な「平凡な日常の中に、奇妙な小さい事柄が少しづつ忍び込む」タイプ。さすがに時代背景は変える必要があるけど、今でも映像化すれば充分にウケそうな作品。フレデリック・ポールらしい、スレた感覚が満ち溢れている。そういえば「宇宙商人」も今は手に入れにくい傑作になっちゃったなあ。
ハッピー・エンド ヘンリー・カットナー / Happy Ending, by Henry Kuttner / スリリング・ワンダー・ストーリーズ1948年8月号
 ケルヴィンは健康と名声と富を手に入れ、一生を幸福に暮らした。それは、こんな経緯で…
 冒頭からハッピー・エンドを約束した物語だが…。 そういえばジョン・W・キャンベルもアイザック・アシモフにアドバイスしたとか。「物語の書き始めは、もっとストーリーの後の個所から書き出すといい」と(→アシモフ自伝)。そういう構成の巧みさが光る作品。
若くならない男 フリッツ・ライバー / The Man Who Never Grew Young, by Fritz Leiber / Night's Black Agents 1947
 わたしはナイルの河畔に座っている。妻のマオットは、家畜を連れて西に行きたいようだ。ほかの者たちがそうするように。みんな若くなっていくのに、わたしは30過ぎの姿のまま変わらない。耕地は減り、灌漑水路も粗末になり、雨が多くなった。
 時間の流れが逆になった世界を、ずっと見つめ続ける男の物語。歴史を逆回転で語る後半からは、ゾクゾクするセンス・オブ・ワンダーが伝わってくる。
旅人の憩い デイヴィッド・I・マッスン / Traveller's Rest, by David Irvine Masson / ニュー・ワールズ1965年9月号
 激しい戦闘が続く北の最前線から解任された<XN3>は、南へと向かう。そこで仕事を見つけるつもりだ。前線の近くでは、幾つか敵からの攻撃の影響があったが、南へと向かうにつれ次第に傷跡は減り…
 時間SFアンソロジー「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」にも収録された、名高い作品。空間の移動が時間の流れ方を変える、独特の世界が魅力なんだけど、かなり感覚を狂わされるので、乗り物酔いする人は要注意。
思考の谺 ジョン・ブラナー / Echo In The Skull, by John Brunner / サイエンス・ファンタジイ1959年8月号
 おんぼろアパートの一室でサリイは目覚めた。目の前にはジンの空き瓶。腕時計は質草に消えた。今は文無しで、風呂にも入れない。家主のロウエル・ラムゼイは今のところ部屋代を待ってくれるが、何か魂胆がある様子。しばらくロクなものを食べていないが、コートまで売ったら、もう着るものもない。
 これも映像化すれば当たりそうな作品。オケラで着るものすらない所まで追い詰められたサリー、何か企んでいる様子のロウエル夫妻。この両者が抱える秘密を巡り、次第に恐ろしさがつのってゆく。冒頭、サリイの貧乏暮らしの描写が、容赦ないまでに真に迫ってるのがわかってしまうのが悲しいw
Explorer of Science and Time 編者あとがき / 伊藤典夫インタビュー(星雲立志編)

 解説によれば、ヘンリー・カットナーの奥さんはC・L・ムーアで、二人の共作ペンネームの一つがルイス・パジェットだとか。なんと20もおのペンネームを使っていたとかで、その豊かな創作能力は羨ましい限り。

 あまり小難しい理屈を使わず、ヒネリの効いたアイデアが光る作品が多く、いずれもドラマや映画の原作として使えそうな作品ばかりなのも、SF黄金時代ならではの感がある。「子どもの部屋」とかは、ライトノベルやバトル物アニメのプロローグだと思うと、もう妄想が止まらないから困る。

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2017年1月25日 (水)

ケイト・ウィルヘルム「翼のジェニー ウィルヘルム初期傑作選」アトリエサード 尾之上浩司他訳

「先生、私、羽があるんです!」
  ――翼のジェニー

「教えてほしいのだ、セア。なぜ、彼女はあのような彫刻を創ったのだ? 彼らのような芸術家たちは、なぜ詩や戯曲を書いたり、絵を描いたりするのだ? なぜ?」
  ――エイプリル・フールよ、いつまでも

【どんな本?】

 1956年にデビューし、日本ではサンリオSF文庫から「鳥の声いまは絶え」「杜松の時」などが紹介されたが、以降はとんとご無沙汰のアメリカのSF作家、ケイト・ウィルヘルムの初期作品を集めた作品集。

 理不尽で奇妙な状況を設定し、そこに追い込まれた者たちの姿を描く、SFとホラーと幻想小説にまたがる、ジャンル不定で奇妙な味わいの作品が多い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年10月21日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約230頁に加え、尾之上浩司の解説8頁+ケイト・ウィルヘルム作品一覧5頁。9.5ポイント43字×18行×230頁=約178,020字、400字詰め原稿用紙で約446枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。SFとして特に小難しい仕掛けはないので、理科が苦手でも充分に楽しめる。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

翼のジェニー / Jenny with Wings / 第一短編集 The Mile-Long Spaceship 1963 / 佐藤正明訳
 幼い頃に両親を失ったジェニーは、祖父のパプと共に各地を旅しながら育つ。彼女には翼があり、パプは彼女が飛ぶのを誇りに思っていたが、それを知った周囲の者は大騒ぎするのだった。やがて年頃になったジェニーにも、気になる男の子ができて…
 書名にもなっているが、ハッキリいってこの作品集の中では異色。人と違っている事に悩む年毎の女の子を主人公に、70年代の少女漫画みたいな物語が展開する、素直でストレートで可愛らしいお話。今と違い当時のSF者は変わり者扱いされていたので、余計に突き刺さったんだろう。そういう意味では、「図書室の魔法」とも相通じるかも。
決断のとき / A Time to Keep / ザ・マガジン・オブ・ファンタジイ&サイエンス・フィクション誌1962年1月号 / 安田均訳
 ハリスンは、目立たず文学部に25年間務めてきた。22年前に妻を失い、ずっと一人暮らし。職場のミス・フレイザーは何かと気遣ってくれる。だが、最近は奇妙な事が起きる。ドアを開けると…
 平穏に波風立てず、やもめ暮らしを静かに続けてきた男に、突然降りかかってきた理不尽な災難。覇気のないオッサンをイジっているのか、エスカレートする冷戦などの時代背景があるのか、または誰か特定のモデルがいるのか、どうなんだろう?
アンドーヴァーとアンドロイド / Andover and the Android / 第一短編集 The Mile-Long Spaceship 1963 / 安田均訳
 好きな本や音楽に浸り、気ままな独身生活を楽しんでいるロジャーだが、同僚のフレンチ夫妻は結婚しろと煩い。会社で人事権を握るマティルダも、独身男は昇進させないつもりだ。暫くは彼らがセッティングしたパーティーに付き合っていたロジャーだが、妙案を思いつき…
 長く一人暮らしを続け、それに馴染んじゃうと、ペースを乱される他人と一緒に暮らすのが耐えられなくなったりする。おまけに職場に大きな不満がなく、入れ込める趣味があったりすると、もう手の施しようがない。んだけど、周囲はほっといてくれないんだよなあ…って、誰の事だw
一マイルもある宇宙船 / The Mile-Long Spaceship / アスタウンディング・サイエンス・フィクション1957年4月号 / 安田均訳
 アラン・ノーベットは病院で目覚めた。交通事故で頭に大けがを負い、大手術を受け、六日間も鎮痛剤漬けになって意識が戻らなかったのだ。だが、目覚めたアランの第一声は「船に何が起こったんだ? 一体どうして俺がこの地球に戻っているんだ?」だった。
 ちょっと構成がトリッキーで、一回読んだだけじゃよくわからなかった。そこで読み返すと、更に混乱してきた。えーっと…
惑星を奪われた男 / The Man Without a Planet / ザ・マガジン・オブ・ファンタジイ&サイエンス・フィクション誌1962年7月号 / 増田まもる訳
 地質学んだロッドは、鉱山探査のあために火星へ向かう宇宙船で、十三号座席の男を見つけた。乗客の一人ウイラード・ベントンとは仲良くなったが、ずっと、十三号座席の男が気になっていた。
 13なんぞという不吉な数字が何を意味してるのかと思ったら、そういう事か。土壇場に追い込まれた者が下す、究極の選択。それを後悔するか乗り越えるか。
灯かりのない窓 / No Light in the Window / 第一短編集 The Mile-Long Spaceship 1963 / 増田まもる訳
 人類最初の恒星間宇宙船のクルーに志願した、ハンクとコニーの新婚夫婦は、二人そろって残り一年間の選抜試験に臨む。他の候補者たちと共に多くの課題をこなし、理不尽な仕打ちに耐え、志願者四千人中の合格者六百人に二人そろって選ばれるよう踏ん張るのだが…
 トム・ウルフの「ザ・ライト・スタッフ」やジェイミー・ドーラン&ビアーズ・ビゾニーの「ガガーリン」などで、宇宙飛行士選抜の厳しさや理不尽さが描かれているが、この作品は同時代に書かれたもの。雰囲気、ハンクは完璧超人のニール・アームストロングっぽくて、コニーは愉快なピート・コンラッドっぽい。にしてもやっぱり心理学者は嫌われ者なんだなあ。
この世で一番美しい女 / The Most Beautiful Woman in the World / 第二短編集 The Downstairs Room and Other Speculative Fiction 1968 / 伊藤麻紀訳
 この世で一番美しい女が目覚めた時、彼はすでに去っていた。銀のベルを鳴らすと、ムラートのフェリシアが静かに入ってきて、女の世話をし朝食の用意を整える。重役会議に出なければならない。女の腕には青あざが残っているが、隠す必要はないだろう。
 中世ヨーロッパっぽい時代を舞台にしたファンタジイに出てくるお姫様かな、と思った所に出てくる「重役会議」なんて現代風の言葉。男も女も、同性に対しては腹の底が透けて見えるだけに、意地悪く見ればいくらでも意地悪く見れるもので。
エイプリル・フールよ、いつまでも / April Fool's Day Forever / アンソロジー Orbit 7 1970 / 尾之上浩司訳
 ジュリアとマーティの夫婦が住む家では、ときどき赤ん坊の声が聞こえてくる。空耳じゃない。二人とも聞こえるんだから。マーティの上司ヒラりーは辣腕で、手掛ける番組はみな当てている。そのヒラりーの勘では、どうも大掛かりでヤバい事が起きているらしく…
 本書の4割ほどを占める中編。冷戦下の終末感覚が伝わってくる作品で、世界全体を覆う異常気象・病気の蔓延と門戸を閉ざす各国家などの不安が漂う世界設定で、主人公ジュリア&マーティの周囲にはさらに科学的な新発見や流産などの不気味な要素が集まってくる。
 ジワジワと不安材料が集まり嫌な予感が募る語り口はホラーの味わいだし、もっと大掛かりな仕掛けを扱って高所から俯瞰するサイエンス・フィクションでもあるけど、冒頭の引用が示すように著者が訴えたいのは創作者の魂がテーマなのかも。当時のSF界はニューウェーブ(→Wikipedia)なんて動きもあったんで、その影響も感じるなあ。
解説:尾之上浩司/ケイト・ウィルヘルム作品一覧

 やっぱり書名が「翼のジェニー」ってのは、ちとアレかも。全般的に暗いトーンで不安にさせるの作品が多い中で、表題作はまっすぐで心地よい作品だし。いや好きですけどね、こういうのも。

 中でも特に気に入ったのは、最後の中編「エイプリル・フールよ、いつまでも」。長いだけあって多彩なテーマを盛り込み、中編に相応しくケリをつけてる。が、これだけ意欲的にテーマを盛り込むなら、長編化してじっくり書き込んで欲しくなったり。ドクター・ワイマンの立場とか、実に妄想を刺激してくれるし。

 ついでに「杜松の時」も復活して欲しいなあ。買い逃しちゃって、今でも悔やんでるんです、はい。

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2017年1月17日 (火)

ロバート・シェクリイ「人間の手がまだ触れない」ハヤカワ文庫SF 稲葉明雄他訳

「まずい!」とコードヴァー。「家へ帰って、女房を殺しちまわなきゃ」
  ――怪物

「おれたちはみんな罠にかかっているんだ」
  ――あたたかい

【どんな本?】

 1951年にデビューしたアメリカのSF作家ロバート・シェクリイの、デビュー短編集。

 小難しい理屈もなければウザい心理描写もなく、登場人物はカキワリ。当時のSFらしい大らかな仕掛けを使いながらも、読者の思い込みをひっくり返すアイデア・ストーリーの書き手で、やや皮肉でブラックな味わいが特徴。

 お話の筋書きで読ませる作品が多いためか、1950年代と古い作品ばかりなのに、家電製品など小道具の名前さえ変えれば、今でも充分に通用する短編が多いのが驚き。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Untouched by Human Hands, by Robert Sheckley, 1954。日本語版は1985年12月にハヤカワ文庫SFより刊行。私が読んだのは2007年1月31日発行の新装版。文庫本で縦一段組み、本文約300頁に加え、中村融の解説「時代を築いた作家 ロバート・シェクリイの人と作品」13頁。9ポイント39字×17行×300頁=約198,900字、400字詰め原稿用紙で約498枚。文庫本なら標準的な分量。

 文章はこなれている。内容も難しくない。ロケットや悪魔は出てくるが、基本的に皮肉の効いたアイデア・ストーリーなので、理科が苦手な人でも大丈夫。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

怪物 / The Monster / F&SF 1953年3月号 / 宇野輝雄訳
 金属製らしいとがった物体が、尻から炎を出しながらふわふわと動き回り、盆地に止まる。コードヴァーとハムは、この異様な物体を見に山頂まで出かけ、日が暮れる前に村に帰った。翌朝は、村の男が総出で物体を見に行くと、物体から異様な生き物が出てくる。
 ファースト・コンタクト物といえばそうなんだが、いきなり「女房を殺しちまわなきゃ」ときたのにはビビった。この黒さがシェクリイの味なんだろう。22頁と軽く読める作品ながら、植民地主義を皮肉っているようにも読める。
幸福の代償 / Cost of Living / ギャラクシー1952年12月号 / 小尾芙佐訳
 先週ミラーが自殺したせいか、どうも気分が晴れない。細君は機嫌がいいが、息子は最近ぶつぶつ言うだけで、どうもはっきりしない。オート・クックが作る食事は美しいし、オート・タオルはマッサージまでしてくれる。今日はA・E電気の財務課員がくる日だ。
 当時のアメリカは電化製品が爆発的に普及し始めた頃。個々のガジェットの名前さえ現代風に改めれば、今でも充分に愉しく読めちゃうあたりが、ちと情けなかったり。最後の一行がグサリと突き刺さる人は私だけじゃないはず。そうだと言ってよ。
祭壇 / The Altar / ファンタスティック1953年7・8月号 / 風見潤訳
 気分のいい春の朝。出勤中のスレーター氏は、外国人らしい男に道を聞かれる。「バズ=マティンの祭壇はどこにあるかご存じじゃないでしょうか?」ここは小さな町だし、スレーター氏も20年ちかく住んでいるが、マズ=マティンの祭壇なんか知らない。
 列車が止まる程度には人が住んでいるけど、ニューヨークのような大都会じゃない。こじんまりとした穏やかな町だからこそ成り立つ、奇妙な話。ドラマ「世にも奇妙な物語」などの原作にピッタリの作品。
体形 / Shape / ギャラクシー1953年11月号 / 福島正実訳
 その恒星系では、みどりの第三惑星が唯一、生物の生存可能な惑星だった。今まで何度もグロム星人の探検隊が訪れたが、全ての探検隊員が消息を絶っている。いったい、この惑星にどんな危険が潜んでいるのか。
 お約束の逆転がシェクリイの得意技の一つらしく、ここでも「他星系を探索し消息を絶つ調査船」なんてSFの定番を、「地球を訪れたエイリアンの調査隊が消息を絶つ」形にひっくり返している。
時間に挟まれた男 / The Impacted Man / アスタウンディング1952年12月号 / 風見潤訳
 今日、ジャックとケイの夫婦は、家を出てアイオワに向かう。今は文無しだが、向こうで教師の仕事が見つかったのだ。早くしないと、ガメつい家主のハーフが家賃を取りに来る。出かけようと階段を下りたジャックだが…
 とんでもなく壮大なスケールの仕掛けと、ハーフ vs ジャック&ケイのセコい対決のギャップが楽しい作品。もっとも「壮大な仕掛け」の中にも、なかなかセコい裏事情を仕込んであるんだけど。藤子不二雄あたりが漫画化してそうだなあ。
人間の手がまだ触れない / Untouched by Human Hands / ギャラクシー1953年12月号 / 稲葉明雄訳
 中継ステーションでの手違いで、ヘルマンとキャスカーは食料を積み忘れた。おまけにこの星域は未調査で、近くに食料を補給できる所はない。幸いなことに、見つかった惑星には酸素がありそうなばかりか、なんと建造物まである。
 不思議なもので、一つの家に長く住んでいると、だんだん狭くなってきたりする。別にどこかが壊れるとかじゃなく、正体不明なモノが幾つも部屋を占領し、何がどこにあるのかわからなくなる、ばかりでなく、ソコにあるモノが何なのかもわからなくなる。そんな経験、ありませんか? にしても、本好きとしてはヘルマンの役立たずっぷりが身に染みるw
王様のご用命 / The King's Wishes / F&SF 1953年7月号 / 峯岸久訳
 ボブとジャニスは電気屋を始めた。商売が軌道に乗れば、結婚資金も貯まる。ところが、困った事になった。この一週間、毎晩泥棒が入り、発電機や冷蔵庫を盗んでいくのだ。今夜こそ捕まえてやろうと張り込んだ二人の前に、ついに泥棒が姿を現したが…
 頼りがいのあるジャニスと、へっぴり腰のボブのカップル、そして一見コワモテなくせに意外と真面目な泥棒のキャラクターが楽しい短編。にしても二人の柔軟な適応力はたいしたものw
あたたかい / Warm / ギャラクシー1953年6月号 / 小笠原豊樹訳
 今日、アンダースはジューディーに結婚を申し込む。準備も万端、キッチリめかしこんで、これから出かけようとした時に、いきなり声がした。「助けてくれ!」
 一つの文字をじっくり見つめていると、次第に文字が単なるパターンや模様に見えてきて、読み方や意味がわからなくなる。そんな奇妙な感覚が味わえる作品。
悪魔たち / The Demons / ファンタシー・フィクション1953年2月号 / 風見潤訳
 出勤中に九丁目の角を曲がった時、保険外交員のアーサー・ガメットは消えた。気が付いたら濃い霧が立ち込める部屋の中で、目の前には赤い鱗に覆われた巨大な化け物がいる。逃げようにも、チョークで描かれた線から出られない。
 シェクリイの定番、ひっくり返しで始まる作品。人が悪魔を呼び出すんじゃなく、悪魔に人が呼び出され、無茶な要求を突きつけられる。何が欲しいのか自分でもわかっていない顧客に悩まされる計算機屋には、別の意味で突き刺さる作品かも。
専門家 / Specialist / ギャラクシー1953年5月号 / 小笠原豊樹訳
 宇宙船は光子嵐に巻き込まれたが、幸い被害はプッシャー(推進係)だけで済んだ。だがプッシャーは一人しかいない。近くの星域を調べたが、プッシャー族は少ない。なんとか原始プッシャー族がいそうな惑星を見つけたが…
 すべてが生物で出来ている宇宙船ってアイデアは他にもあるだろうが、この「専門家」って仕掛けは独特だろう。微妙な選民&賎民意識を持つSF者には、別の意味でジーンとくる作品。これを歌って大ヒットしたのがブルース・スプリングスティーンの「明日なき暴走」で←ウソつくな
七番目の犠牲 / Seventh Victim / ギャラクシー1953年4月号 / 小尾芙佐訳
 待っていた通告が、やっとスタントンに届いた。これで7人目だ。今回の獲物はジャネット・マリー・パチグ。なんと女だ。ヒトは戦うのが好きだ。この性向を満たすため、合法的な殺人制度ができた。精神浄化局に登録した者は、ハンターになり、次に獲物となる。
 映画「華麗なる殺人」の原作。ヒトが持つ闘争本能を制御して戦争をなくすため、厳格かつ公平なルールを定めて殺人を合法化した未来のお話。
儀式 / Ritual / クライマックス1953年5月号 / 風見潤訳
 神の船がやってきた。遠巻きにした村人の前で、ふたりの神がハッチから出てくる。五千年前の書物『神々大全』にならい、今度の神に相応しい歓迎をしなければならない。長老歌手は「入港許可の踊り」を命じ…
 「怪物」同様、訪れた人類(らしき者)を迎えるエイリアンの目線で描いた作品。神様ってのも、辛いもんです。
静かなる水のほとり / Beside Still Water / アメージング1953年10・11月号 / 風見潤訳
 探鉱者のマーク・ロジャーズは、引退して厚さ800mほどの岩板に住み着く。ささやかな貯えで空気ポンプや土壌や水など必要な物と雑用ロボットを買いそろえた。機械いじりが得意なマークはロボットを少しづつ改造し…
 ある意味、究極の引きこもりを描いた作品。わかりいやすいオチがつく作品ばかりの本書の中では、静かに時が流れてゆく宇宙での孤独な暮らしを淡々と描いた、特異な作品だろう。
解説:中村融

 「祭壇」「時間に挟まれた男」「人間の手がまだ触れない」「王様のご用命」「悪魔たち」「七番目の犠牲」など、時代背景や小道具を現代風にアレンジして漫画家・ドラマ化すれば、今でも充分に当たりそうな作品が多い。日本には梶尾真治や草上仁がいるけど、若手も出てきて欲しいなあ。

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