カテゴリー「書評:SF:海外」の176件の記事

2017年9月20日 (水)

ピーター・ワッツ「エコープラクシア 上・下」創元SF文庫 嶋田洋一訳

血はすべてその子宮の外にある。
  ――上巻 前兆

もちろん、今の世界にはゾンビがいる。それを言うなら吸血鬼も。
  ――上巻 原式

「何かが――隠れている。名状しがたいものが」
  ――上巻 寄生

「この世界には、武装した者たちの暴力があまりにひどくて、意識ある生命として存在することをやめたくなるような場所もある」
  ――上巻 獲物

「…われわれは哺乳類が核兵器を作ったあとも生きている。きわめて単純なOSで動いていて、たいていどんな環境でも作動する。われわれは考える肉体のカラシニコフなのだ」
  ――下巻 猛獣

今、全裸でこの文章を打っている。
  ――下巻 参考文献

「…それはあなたの目の前にあって、あなたがそれを正視していないだけよ」
  ――下巻 大佐

【どんな本?】

 前作「ブラインドサイト」でSF界に大騒ぎを巻き起こしたカナダ出身の海洋生物学者による、前作の続きとなる長編SF小説。

 2082年、65536個の人工物が地球を取り巻き、消える。これを異星人の偵察と考えた人類は探査船<テーセウス>を建造、選び抜いたクルーを乗せ太陽系外縁へと向かう。彼らは異星の知性体と接触するが、消息を絶ってしまう。

 その7年後、地球。

 人類は過去から吸血鬼を蘇らせ、研究所に隔離していた。高い知性と優れた運動能力を持つが、人類とは全く異なる思考をする、人類の亜種にして天敵。だが吸血鬼のヴァレリーは監視の裏をかき、脱出を果たす。

 それとは違った形で高い知性を得た者もいる。両球派。メンバーの脳を緊密なネットワークでつなぎ、一つの集合精神にまとめあげる。両球派は人里離れた土地に修道院を築き、他の人とは接触せずに暮らしていた。

 現生人類で生物学者のダニエル・ブリュクスは、サバティカルを利用しオレゴンの砂漠にフィールドワークに出かける。だがタイミングが悪かった。戦闘用ゾンビを従えた吸血鬼ヴァレリーが、両球派の修道院を襲う所に居合わせてしまい…

 人類を遥かに超えた知性同志の出会いと、それに居合わせた現生人類の戸惑いを、奇想天外なアイデアを思いっきり詰めこみながらも、クールな文体で描く、サイエンス・フィクションの極北。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Echopraxia, by Peter Wats, 2014。日本語版は2017年1月27日初版。文庫本で上下巻。本編の「エコープラクシア」が上巻約302頁+下巻約180頁=482頁に加え、特別収録短編「大佐」40頁を収録。おまけに渡邊利通の解説10頁と、参考文献が豪華44頁。8ポイント42字×18行×(302頁+180頁+40頁+10頁+44頁)=約435,456字、400字詰め原稿用紙で約1,089枚。上下巻は妥当な所。

 前作の「ブラインドサイト」同様、かなり読みにくい。前作同様、主な登場人物の思考様式が人類とは大きく違う上に、最新の科学の成果を使ったSFガジェットが大量に出てくる、とても濃い作品だ。並みのSFでは満足できないスレッカラシ向けなので、覚悟して挑もう。

 なお、解説はとても親切にネタを説明してくれているが、同時にネタっばたしにもなっているので、要注意。もちろん、ちゃんとその由を警告しているけど。

【感想は?】

 そう、この作品は、とっても濃い。

 なんたって、凄まじいガジェットが次から次へと出てくる。冒頭の吸血鬼、伝説から復活させた人類の天敵ってのも相当なもんだが、それにちゃんと「十字架が苦手」なんて弱点も与えるだけでなく、そこにキチンと理屈と仕掛けがついてるあたりも、タダモノではない。

 この理屈と仕掛け、いちいち「説明しよう」なんてやってたら、それだけで数頁を費やしてしまいそうな凝ったシロモノなため、アッサリと流しちゃってるのが憎い。この手の話に詳しい者にはたまらない美味しさなんだが、慣れない人には何の事だか見当もつかない。

 例えば、この世界の情報ネットワークを示す「クインターネット」。名前からしてインターネットの進化版で、量子コンピュータや量子ネットワークを使ったモンなんだろう、と当たりはつく。が、作品中では名前が出てくるだけで、なんの説明もなく話が進んでゆく。

 じゃどうでもいいネタなのかというと、そうでもない。この作品の大事な登場人物?である両球派が成り立つために、どうしても必要になる基礎技術の一つでもある。

 なんたってヒトの脳が発する信号を、ほぼリアルタイムで、多くの脳で共有しようなんて話だ。要求される通信容量は桁違いである。これを捌くには新世代の通信技術が必要で、となれば量子ネットワークだろうなあ。

 なんて所まで、たった一つの言葉「クインターネット」に押し込めちゃってる。実に手ごわい。

 その分を、豪華44頁もかけた参考文献で補っている…のはいいが、一部の文献は2055年や2072年や2093年だったりと、なんとも意地が悪いw

 さて、その両球派。高度な技術を投入した結果、出来上がった集合知性はたいしたもので、「特許局の仕事の半分を占領」するほど。とはいえ、その代価も高い。なんたって脳をいじっちゃった結果、「現実世界では、手助けがないと道路も横断できない」。ある意味おバカでもあったり。

 そんなわけで、砂漠の真ん中に修道院を建て、そこに閉じこもっているんだが、楽しいのは修道院の防衛システム。なんとも奇想天外なシロモノながら、ある世代の日本人には妙に懐かしかったり。そう、砂の嵐に守られているのだ。わはは。

 賢いながらも、ある意味おバカな両球派、これを俗な言い方をすれば「賢さには代価が要る」で終わりそうだが、その代価がオーディンの片目(→Wikipedia)のようにわかりやすい形じゃないのが、この作品のテーマの一つ。

 何より、物語で重要な役割を果たす者たちが、主人公のブリュクスより賢い奴らばかり、という構造が皮肉だ。

 先の「ブラインドサイト」では、意識が重要な主題だった。それはこの作品でも同じで、意識なき知性の脅威が、主にヴァレリーを通して何度も繰り返し強調される。と同時に、語り手が現生人類である点も、小説としての工夫の一つ。

 両球派や吸血鬼に、いいように小突き回され、それでも連中の裏をかこうと工夫を凝らすブリュクスのあがきは…

 最新科学の成果を駆使した大量のガジェットをブチ込み、異様な世界の中で異形の者たちに囲まれた主人公の恐怖で追い打ちをかけて読者の脳をオーバーヒートさせつつ、冷徹かつ壮大な世界観へと導く問題作。時間をかけ、頭を冷やしながら、じっくり読み解こう。

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2017年8月22日 (火)

ガレス・L・パウエル「ガンメタル・ゴースト」創元SF文庫 三角和代訳

「おまえ、ここにいるなかで本物は自分だけだと感じたことがあるか。ほかの全員はただの見せかけだって」
  ――p43

「ドアを蹴破り、大暴れする。いつものことさ」
  ――p176

キャラクターは死んでも、プレイヤーは生きつづける。
  ――p239

「行きましょうか、モンキー・マン。仕事をすませるわよ」
  ――p376

【どんな本?】

 イギリスのSF作家ガレス・L・パウエルの、日本初上陸作品。

 第二次世界大戦。アクアク・マカークは不死身の英国空軍パイロットだ。片目に革の眼帯、腰の左右にクロームメッキのリボルバー、そして唇には葉巻をくわえ、スピットファイアを駆りメッサーシュミットを狩るエース・パイロット、天下無敵のオナガザル。

 連日の出撃で隊の者は次々と倒れ新しい者に顔ぶれが変わってゆくが、マカークは常に生き残った。そんなマカークを倒すため、ドイツ軍は英国の空軍基地を襲う。全翼機から落下傘で降下してきたのは、黒装束のニンジャ部隊だ。

 1959年、イギリスとフランスは合併、後にアイルランドとノルウェイが加わった連合王国は、ヨーロッパ統合の礎となる。そして2058年、連合王国の国王ウィリアム五世夫妻をテロリストが襲い、国王は重傷、王妃アリッサも軽傷を負う。

 別居中の夫ポールが殺されたとの連絡を受け、ヴィクトリアはロンドンのポール宅へ向かう。ポールは頭蓋骨を叩き割られ、脳まで奪われた。しばらく彼の部屋を調べていたヴィクトリアに、正体不明の男が襲い掛かる。

 パリ第一大学で学ぶ連合王国の皇太子メロヴィクは、延々と続くパーティーや歓迎会にうんざりしていた。しかも母上様のお小言つき。息抜きに、パリで出会ったジュリーとデートに出かけるが…

 MMORPG,人格移植,架空の歴史そして巨大飛行船など多数のSFガジェットを詰め込みながら、目まぐるしいストーリーと心地よいアクションの連続で読者を楽しませ、ド派手な展開で終盤へとなだれ込む、痛快娯楽アクションSF小説。

 2013年の英国SF協会賞をアン・レッキーの「叛逆航路」と分けあった。またSFマガジン編集部編「このSFが読みたい!2017年版」のベストSF2016海外篇でも8位に躍り出た。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ACK-ACK MACAQUE, by Gareth L. Powell, 2013。日本語版は2015年12月11日初版。文庫本で縦一段組み本文約428頁に加え、原型となった短編「アクアク・マカーク」22頁+訳者あとがき5頁。8ポイント42字×18行×428頁=約323,568字、400字詰め原稿用紙で約809枚。文庫本としては厚めの部類。

 文章はこなれている。SFな仕掛けは次から次へと途切れなく出てくるが、不思議なくらいスンナリ頭に入ってきて、全く戸惑うことはなかった。お話がめっぽうスピーディーで面白いため、それに引っぱられた部分はある。

【感想は?】

 英国SF協会賞を分けあった「叛逆航路」とhが対照的に、思いっきり痛快な娯楽アクション作品。

 なんたって、キャラクターがいい。まずはタイトル・ロールのアクアク・マカーク。スピットファイアを駆るエース・パイロット。隻眼に二丁拳銃、派手に暴れるのが大好きで、いつも葉巻をくゆらせているオナガザル。なぜにオナガザルw でも荒っぽい場面じゃ、とっても頼りになる人。

 もう一人の暴れん坊は、若き未亡人ヴィクトリア。元ジャーナリストだけあって、狙った事件はしぶとく食らいつく。しかも何の因果か棒術を身に着けるばかりか、秘密兵器まで持っていて、そこらのチンピラなら軽く叩き伏せる実力の持ち主。

 そんな二人の暴れん坊にスポットを奪われちゃったのが、皇太子のメロヴィク。究極のお坊ちゃんだが、根は意外と純情で正義感もある、普通の青年だったり。

 とかの面子に対する悪役も、実に味のある連中が揃ってる。

 最初に登場するのは殺し屋「笑い男」。不気味な笑顔を貼りつかせ、着々と獲物に迫ってくる。彼の後から出てくる奴らは、更に悪辣さが増して。ラスボスの凶悪さも相当なもんだが、私が一番気に入ったのは、悪の組織のマッド・サイエンティスト。

 優れた頭脳を持つためか、人類の愚かさに見切りをつけ、己の技術で理想の世界を実現しようとする…のはいいんだが、自分以外の人間にはオツムがないと決めてかかってる感じなのが、なんとも。やっぱり悪の科学者は、これぐらいイカれてなくちゃ。

 そして、この物語で最も美しいヒロイン、テレシコーヴァ号。五つの気嚢を持つ、全長1km近い巨大な硬式原子力飛行船。いいねえ、飛行船。使い勝手はアレだけど、悠々と大空を舞う姿は、なんたって見栄えがする。

 とかの連中が暴れる舞台も、なかなか凝ってるわりに、スルスルと頭に入ってくるから不思議。

 著者がイギリス人なせいか、アメリカの存在感が薄く、そのぶん西ヨーロッパの影響力が強い。その仕掛けとして、イギリスとフランスがガッチリ手を組んでる。この手を組むきっかけと経過は、やっぱりイギリス人らしいw おまけにアイルランドまでちゃっかり引きずり込んじゃって。

 中盤以降は、連合王国を中心とした世界情勢が、お話の大事な要素になってくる。こういう政治・外交ネタは往々にしてストーリーの流れを淀ませがちなんだが、この作品ではネットのニュースを引用する形で、短いながらもわかりやすく伝える工夫は見事。

 そう、この作品、なんといってもテンポがとってもいいのだ。ややこしい背景はニュース記事などで端的に示し、個性的な人物たちの動きを中心に話を進めてゆく。その話も、次から次へと襲い来るピンチと衝撃の真相の連続で、頁をめくる手が止まらない。

 その背景も、アッサリ流しているようでいて、スエズ危機や香港返還やフォークランドなど、要所要所で20世紀の歴史のツボを押さえているから憎い。

 二丁拳銃のサルのエース・パイロットや巨大飛行船でわかるように、徹底して娯楽路線の作品だ。個性的なキャラクター、印象的なガジェット、登場人物を襲う危機また危機、そして世界を揺るがす陰謀。リラックスして作者の騙りに身を任せよう。

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2017年8月14日 (月)

ジョーン・スロンチェフスキ「軌道学園都市フロンテラ 上・下」創元SF文庫 金子浩訳

太平洋上を宇宙エレベーターが炭疽菌ケーブルを伝って上昇していた。
  ――上巻p11

「毎日、朝ごはんをプリントアウトするのを忘れないでね」
  ――上巻p56

「動物っていうのは放浪癖のある植物にすぎない」
  ――上巻p120

「家賃を払うのだってやっとなんです。 このままだと、あと三日で家が溶けちゃうんですよ」
  ――上巻p352

「人に、ほんとうに起きているんじゃない別のことが起きてるんだって思わせるのはおもしろいのよ」
  ――下巻p37

「愚かさって病気じゃないの?」
  ――下巻p264

【どんな本?】

 アメリカのSF作家ジョーン・スロンチェフスキによる、学園コメディ長編SF小説。2012年ジョン・W・キャンベル記念賞受賞。

 22世紀初頭。地球は温暖化し、危険な地球外生物ウルトラファイトが蔓延していた。合衆国大統領を輩出する家柄のジェニー・ラモス・ケネディは、事故で愛する兄を喪ったばかり。両親のもとを離れ、軌道上のフロンテラ大学に進学し、生命科学を学ぶつもりだ。

 人為的に小型化された像やテディベアが遊ぶフロンテラは、生物相まで徹底して管理しており、ウルトラファイトなどヒトに害をもたらす生物の侵入を許さない安全な環境だ。

 早速、同じ新入生の聡明なアヌークと意気投合したジェニー。スランボールのチームはキャプテンのケン&ヨーラをはじめとして、みな気があいそう。ただ同居人のメアリはなかなか姿を見せないし、生命科学の教授シャロン・アベネイシュの指導は厳しい。

 勉学に、スポーツに、ボランティアに、そして新しい出会いに、忙しく日々を過ごすジェニーの周囲に、トラブルは絶えず…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Highest Frontier, by Joan Slonczewski, 2011。日本語版は2015年6月30日初版。今は文庫本で合本が出てる。上下巻で本文約420頁+406頁=826頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント42字×18行×(420頁+406頁)=約624,456字、400字詰め原稿用紙で約1,562枚。上中下の三巻にしてもいい分量。

 ズバリ、かなりとっつきにくい。いや文章はかなり工夫しているのだ。ただ、内容的にかなりクセが強い。見慣れぬガジェットが出てくるとワクワクする濃いSFファン向け。

【感想は?】

 そう、この作品はかなりとっつきにくい。理由は4つ。

 なんといっても、小説として不親切。冒頭からたくさんの人物が登場し、それぞれが複雑な関係を持っている。これを一気に覚えなきゃならない。創元SF文庫の伝統で、巻頭に登場人物一覧があるのが、とても有り難い。

 次に、アメリカ文化、特に名門大学の文化にベッタリな点。友愛会や上級生との関係など、アメリカの大学の風習をデフォルメして描いてるんだろう。アメリカ人には以心伝心で通じる文化なんだろうけど、日本人にはピンとこない場面が多い。

 第三として、これが「オフビートなコメディ」な点。そう、変な奴ばかりが出てくるのだ。が、この「変」ってのが、アメリカ(の知識階級の)文化を基準としたものなので、何がギャグで何が文化的な違いなのか、外国人にはイマイチよくわからない。改めて考えると、モンローやニューマンは相当にキツいギャグなんだとわかるんだが。

 そして最後に、SFとしてかなり濃いこと。最初の行から「宇宙エレベーターが炭疽菌ケーブルを伝って上昇していた」とくる。他にもウルトラファイトやらトイネットやらHIVやら、ブッ飛んだアイデアが冒頭から矢継ぎ早に出てくる。

 そんなこんなで、特にSFに慣れていない人にとっては、凄まじくとっつきにくい。逆に濃いSF者は、「なんかシンドイけどイカれたアイデアがギュウギュウに詰まってて美味しそう」と食欲をそそられたり。

 最初の頁で、ジェニーはニューヨーク州の自宅でクズ(葛)を剪定する最中に、地球外生命体のウルトラファイトを見つける。ここ、実に見事にアメリカ人向けである由を表す場面なのだ。

 現在、合衆国南部は日本から侵入したクズが大繁殖し、侵略的外来種に指定されている(→Wikipedia)。日本から侵入し定着してしまったクズと、地球外からの侵入種ウルトラファイトを対比させているんだが、これがピンとくるのはアメリカ人ぐらいだろう。

 そのクズが主に繁殖しているのは南東部が中心で、北東部のニューヨーク州は比較的に被害が少ない。ここにクズが繁殖している事で、地球の温暖化をほのめかせているんだが、これもアメリカの地理とクズの繁殖地を知っている人でないと、伝わりにくい。

 などと文句ばかりを垂れているが、SFとしてはイカれたアイデア満載で、なかなか楽しい。

 最初の炭疽菌ケーブルもそうだし、HIVの使い方も驚きだ。たぶんRNAウィルスなのがキモなんだろう。これが実は重要な伏線だったりするので、よく調べておこう。

 この時代、引っ越しも大きく変わり、たいていの実用品は3Dプリンタで転送すればいい。物語中で3Dプリンタは大活躍で、メシも服も家具も「プリントアウト」。便利なような、味気ないような。ところが大学生って、知恵はあっても分別は足りず、しかも無駄にエネルギーを持て余してるんで…。

 そういう意味じゃ映画「アニマル・ハウス」みたいな味もある。ただ騒ぎをおこすのが、落ちこぼれじゃなくて、優秀なクセに困った性癖と強力なコネを持った連中なのが、更にタチが悪いw

 肝心のジェニーにしても、自傷癖のあるメンヘラ。彼女とツルむアヌークは、ゴージャスな美女にして数学に秀でる才媛…かと思ったら、なんてこったいw 同居人のメアリはなかなか姿を見せず、やっと姿を拝めたと思ったら相当なプッツンさんで。

 恋愛要素もあるんだが、なにせ22世紀。同性愛も珍しくないんで、あたしゃちょっと期待しました、はい。その辺は…まあ、読んでのお楽しみ。

 オジサン・オバサンの読者は、ディラン学長の苦労に同情しよう。悪知恵に長け無限の行動力を持つ学生たちに加え、一癖も二癖もある教授陣ばかりでなく、学外からの問題にも対処せにゃならず、気の休まる暇がない。ほんと、少しは報われてもいいよなあ。

 などの人間模様を楽しむには、「大半の登場人物が変な奴」だって点を強く意識して読もう。これ大事。

 などのコメディ要素の他に、SF者にはスランボールをはじめ、中つ国やファウンデーションなど細かいネタが満載なのも嬉しい所。やはりスランボールのヘルメットにはアホ毛がついてるんだろうか。

 などと、序盤こそやたらモタつくものの、終盤に入ると、頻発するトラブルが拡大と増殖を繰り返し怒涛の展開となって、懐かしい王道のサイエンス・フィクションの味わいを蘇らせるエンディングへとなだれ込んでゆく。

 様々な理由で序盤はかなりとっつきにくいものの、SF者には美味しいネタを大量に散りばめて引き留め、最後にはキチンと本格SFの読了感を味合わせてくれる作品。

 テディ・ルーズベルトをはじめやたらとアメリカを強調するあたりはかなりアクが強いが、それもまたジョン・W・キャンベル記念賞らしい風味でもある。クセは強いが、濃いSFが欲しい人にお薦め。

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2017年7月 4日 (火)

ジャック・ヴァンス「スペース・オペラ」国書刊行会 浅倉久志・白石朗訳

「単純な問題です」ゴンダーは答えた。「第九歌劇団が消えました」
  ――スペース・オペラ

正午に数分まえ、ふいに太陽が南に傾いて沈んだ。
  ――悪魔のいる惑星

【どんな本?】

 奇想天外な発想と洒落た会話、そして皮肉の利いたオチで読者を魅了するSF/ファンタジイ作家ジャック・ヴァンス Jack Vance の中編・短編を集めた、日本独自の編集による作品集。

 書かれた時代が時代だけに、ガジェットの類こそ古臭い雰囲気があるものの、お話の核となるアイデアや、登場人?物たちの性格付けは見事だし、語り口は軽妙そのもの。ビール片手に気軽に楽しもう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年5月25日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約438頁に加え、白石朗による訳者あとがき13頁。9ポイント45字×20行×438頁=約394,200字、400字詰め原稿用紙で約986枚。文庫本なら上下巻に分けてもいい分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も、SFガジェットはたくさん出てくるものの、小難しい理屈は要らないので、理科が苦手な人でもSFにアレルギーがなければ大丈夫。

【収録作は?】

 以下、作品名は日本語の作品名/原題/初出/訳者 の順。

スペース・オペラ / Space Opera / 1965 / 白石朗訳
 人類が恒星間宇宙に進出し、多くの知的生命とコンタクトを果たした遠未来。未知の惑星ルラールから来た異種族による第九歌劇団の地球初公演は、見事な舞台で観客を感心させる。だが、論争は残った。
 その演目は、本当に彼らのオリジナルなのか? 彼らを連れてきたゴンダー船長のヤラセではないか? 人類の音楽は他種族にも理解できるのだろうか? 論争の結論は出ないまま、大事件が持ち上がる。なんと、ルラール第九歌劇団が消えてしまったのだ。
 この事件をきっかけに、公演を主催した富豪のデイム・イザベル・グレイスは、大胆不敵な計画を思いつく。人類が生み出した芸術の至宝オペラを、異星人たちにも紹介しよう。かくして、彼女は豊かな人脈と財力を駆使してオペラ界のスターをかき集め、宇宙巡業の旅に出るのだが…
 ゴージャスなオペラ、曰くありげで強烈な個性の登場人物、謎に満ちたエイリアン、そして意外性に満ちた(が微妙にしょうもない)オチと、ジャック・ヴァンスの魅力がたっぷり詰まった長編。
 なんと言っても、キャラクターがいい。甥には甘いが強固な意志と豊かな財力&行動力で計画を進める、オペラ・マニアのデイム・イザベル・グレイス。彼女の強烈な個性に圧倒されながらも、セコい計略で脛をかじるスチャラカな浪費家の甥ロジャー・ウール。そんなロジャーをあっさり篭絡する謎の美女マドック・ロズウィン。
 加えて、オペラとは全く縁のない謹厳実直な宇宙船船長ながら、ルラール人を発見し第九歌劇団を地球に連れてきたアドルフ・ゴンダー。インテリを鼻にかけた音楽学の大家でイザベルの論敵バーナード・ビッケル。いずれもマイペースで不協和音出しまくりのチームだ。
 そんなメンバーによる、豪華絢爛なオペラ団の公演は、異星人にどう受け取られるのか。ジャック・ヴァンスの十八番、奇矯な文化を持つ異星人たちの魅力がたっぷり詰まった、センス・オブ・ワンダーあふれる作品。
新しい元首 / The New Prime / ワールズ・ビヨンド誌1951年2月号 / 浅倉久志訳
 紳士淑女がフォーマルな夜会服をまとう社交界のパーティーに、アーサー・ケイヴァーシャムは放り出された…全裸で。
 改めて冒頭のシチュエーションを書くと、つい笑ってしまう。実際、マジでこの通りなんだから困るw ドタバタ喜劇・ファンタジイ・遠未来のSFなど、バラエティ豊かな世界の五つの物語を、鮮やかなオチでまとめ上げた、語りの腕が冴える短編。
悪魔のいる惑星 / The Devil on Salvation Bluff / フレデリック・ポール編 Star Science Fiction Stories No.3 1955 / 浅倉久志訳
 レイモンドとメアリの夫婦は、開拓中の惑星グローリーに福音をもたらそうと、フリット族に奉仕を続ける。彼らのために道を作り家を建て用水路を掘り…。だが、フリット族は二人の厚意を喜ぶどころか、迷惑がって二人の努力の結晶をブチ壊すのだった。
 これもヴァンスの十八番が光る作品。グローリーに住むフリット族の奇怪な生活スタイルと、熱心に伝道に身を捧げるレイモンドとメアリの対比は、ヴァンスのお家芸とも言える構造だが、船員として世界各地を巡ったヴァンスの作品だけに、社会風刺を含んでいるような気も…
海への贈り物 / The Gift of Gab / アスタウンディング誌1955年9月号 / 浅倉久志訳
 惑星サブリアの海は希少物質を豊かに含む。養殖鉱業社は浅海に多数のいかだを浮かべ、養殖したフジツボや採集したナマコから、希少物質を抽出している。六カ月勤務の満了が近づいた頃、事件が起きた。カール・レイトの姿が見えない。彼を探しに出たフレッチャーは…
 60年以上も前の作品だってのに、全く古びていないのに驚く。養殖鉱業社の事業内容とか、充分に今のSFでも通用する。敢えて言えば、記録媒体がマイクロフィルムって所ぐらいで、これもコンピュータに変えればいいだけ。
 お話は、隔絶された海上での失踪事件から、ホラーぶくみのミステリとして始まり、海洋アクションを挟んで結末へと進む。失踪事件の恐怖、謎がほのめかすおぞましさ、そしてアメリカ人の好みに合いそうなラストなど、このまんまハリウッドが映画化すれば大当たりしそうな完成度も凄い。というか、きっと既にどこかの映画会社が買い付けてるだろうなあ。
エルンの海 / The Narrow Land / ファンタスティック誌1967年7月号 / 浅倉久志訳
 軟泥の中でエルンは生まれた。上から襲い掛かる巨大なものや、塩水沼に住む鬼をかわしながら、エリンは成長する。片方の沖は黒い闇の壁で、もう一方の沖は雲と雨と稲妻の壁。二つの中間領域が延々と続いている。
 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの「愛はさだめ、さだめは死」の先行して、異形のエイリアンの生活環をクールに描く、センス・オブ・ワンダーたっぷりのエッジの利いた作品。「悪魔のいる惑星」もそうなんだけど、一見ファンタジックに見えて、そういう環境は現実に考えられるあたりも、曲者ヴァンスならでは。

 「宇宙は拡大した地球ではない」と言ったのはスタニスワフ・レムだったかな? この作品集では全く同じ発想を奥に秘め、「拡大した地球」的発想の人類とエイリアンの軋轢を描きながら、ハリウッド好みのエンタテイメントとして成立しちゃってるのに感心する。

 私は最近になってヴァンスを好きになったニワカだけど、それだけに未読のヴァンス作品が沢山あるんで、色々と漁ってみよう。

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2017年6月29日 (木)

キム・スタンリー・ロビンスン「ブルー・マーズ 上・下」創元SF文庫 大島豊訳

少しでも油断すれば昔ながらの行動パターンにずるずると逆戻りしてしまう。一つのヒエラルキーを壊せば、すぐに次のヒエラルキーが生まれてとってかわろうとする。われわれはそれに対して警戒しなければならない。地球の複製を作ろうとしている人間はいつでもいるからだ。
  ――上巻p15

「わたしたちは原初の惑星に住みたいのよ。洞窟や崖を利用した住居か、あるいはクレーターの外輪山を掘りぬいたものね。大都市も惑星緑化もなし」
  ――上巻p233

ぼくらの肉体自身が火星の水の作る模様なんだ。
  ――上巻p415

「よい政府とは無視しても安全な政府」
  ――下巻p102

「こちらはあの子たちを教育して、子どもたちがわたしたちを裁くのよ」
  ――下巻p151

「今の火星は過去と未来が戦っている戦場だ。そして過去は力を持っている。けれど、ぼくらがみな向かっているのは未来だからね」
  ――p403

「わたしたちは自分たちの能力では理解できないところまで、テクノロジーを進めてしまっているのよ」
「うーん。理解はできると思う。ただ、信じられないだけだ」
  ――p508

【どんな本?】

 アメリカのSF作家キム・スタンリー・ロビンスンが、人類の火星植民・開発を描いた「レッド・マーズ」「グリーン・マーズ」に続く三部作の完結編。レッド・マーズは1998年、グリーン・マーズは2001年に日本語版が出たが、16年の時を経ての完結編刊行となった。いやあめでたい。

 20世紀初頭、科学者集団の定住から始まった火星開拓は、多くの植民者を引き寄せ、様々な集団がそれぞれ独自の社会を発展させてゆく。地球は超国籍企業体が台頭し、海面の上昇と180億に増えた人口を抱え、社会は崩壊の危機を迎えていた。

 人口の圧力を抱える地球は、多くの移民を火星に送り込もうとする。火星では独立を求める声が高まり、両者の軋轢は火星の軌道エレベーター破壊などの被害をもたらしつつ、危うい均衡状態を保っている。

 一方火星では、手つかずの火星環境の保護を求めるレッズや、更なるテラフォーミングを進めようとするグリーン、そして火星で生まれ育った世代を中心とするフリーマーズなど、多様な集団が争いまたは協力し、憲法を定めて地球からの独立を果たそうとしていた。

 科学と工学を駆使した環境改変技術、気候の変化に伴い変わってゆく生物相、綿密に書き込まれた火星の地質、そして過酷な環境の中で生きるために使われるテクノロジーなどの科学から、地球生まれの一世・火星生まれの二世以降・新たに地球から来た入植者など世代の違い、資本主義に変わる社会の構想、そして新たな世界へと散らばってゆく人類の姿など、SFの全てを詰め込んだ壮大な叙事詩。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は BLUE MARS, by Kim Stanley Robinson, 1996。日本語版は2017年4月21日初版。文庫本の上下巻で縦一段組み、本文約600頁+609頁=1,209頁に加え、渡邊利通の解説11頁。8ポイント42字×18行×(600頁+609頁)=約914,004字、400字詰め原稿用紙で約2,286枚。4~5冊に分けてもいい巨大容量。

 文章はやや硬い。内容も、かなり歯ごたえがある。SFガジェットはてんこもりだし、描写も凝っている。例えば温度は絶対温度表記で、気圧もヘクトパスカル。ちなみに摂氏零度は絶対温度で約273K、1気圧は約1000ヘクトパスカル。他にも量子力学・有機化学・地学・生物学など、科学の全方面に渡るトピックが続々と出てくるので、好きな人にはたまらない濃さだ。

 また、続き物なので、多くの登場人物が前の「レッド・マーズ」「グリーン・マーズ」と同じだし、背景事情も色濃く引きずっている。とはいえ、下巻の解説で、大まかに前二作のあらすじを紹介しているので、かなり助かった。私はレッドもグリーンも読んでいたんだが、中身はすっかり忘れていた。わはは。

 そんなわけで、人物間の関係はよく分からなかったが、舞台となる火星の風景がやたらと魅力的。サイエンスとフィクションで言えば、サイエンス分が好きな人向け。

【感想は?】

 20世紀SFの総決算。

 タイムトラベル以外のSFテーマを全部ブチ込んでじっくり煮込み、SF者がこだわる火星風味のダシを存分に染み込ませ、アメリカ西海岸風の味付けで仕上げた贅沢な作品だ。

 まず、なんたって舞台がいい。大胆なテラフォーミングで北半球に大洋が出来た火星。他にも様々な温暖化の試みで、主に北半球の低地を中心に少しづつ気温と気圧が上がりつつあるが、南半球や高地では赤茶けた荒々しい風景が広がっている。

 こういった風景を、各地を旅する多くの人物の目を通し、迫力たっぷりに紹介してくれる。だけでなく、100年以上の年月の中で変わっていく様子もじっくり描いてゆく。

 例えば大気だ。物語が始まったころは、みんな気密環境の中に居るか、専用のスーツを着ている。外は寒いし空気は薄いしで、生身の体じゃ生きていけないのだ。でも地衣類や苔ははびこりつつある。これが中盤以降になると、草ばかりか木まで育ち始め、動物も…

 なんてのは海がある北部の低地の話。

 火星の魅力の一つは、やたらと高低差が大きいこと。例えばオリュンポス山は2万1千メートルもある(Wikipediaとの数字の違いは海の出現によるもの)。しかも、火星は地上から水がなくなって久しいので、川などによる浸食も少なく、クレーターが幾つも残っている。

 地質学者にとっては、涎が止まらない環境だろう。環境保全を叫ぶレッズの頭目が、地質学者のアンなのも、変に納得しちゃったり。

 そのクレーターも、舞台を彩る楽しい仕掛け。大きな湖にすうる所もあれば、一つの閉鎖的環境になってる場合もある。これを活かして自分なりの生態系を創ろうとする環境詩学なんてのは、庭いじりが好きな人にはたまらないアイデアだろうなあ。

 そう、この物語の風景は、多かれ少なかれ、人の手が入っている。その手の入れ方が、ミクロなものから稀有壮大なものまで、SF小僧の妄想をくすぐりまくる魅力的なものばかり。

 冒頭から騒ぎの焦点となる軌道エレベーターは、A・C・クラークともチャールズ・シェフィールドとも違って独自のものだし、熱を供給しているソレッタもワクワクする。私が最も感激したのは、ヘラス海と北海をつなぐ大運河の掘削方法。地球上じゃまず無理な滅茶苦茶な方法を使ってるw

 いずれも脳内の妄想マシーンに大量の燃料をくべるシロモノなため、私は読みながらしょうもない妄想に浸ってしまい、なかなか読み進められず困った羽目になった。例えば1km四方の土地を緑化するには、どれだけの水が必要か、なんてのを調べ始め、点滴灌漑がベストかなあ、とか。もうストーリー関係ないしw

 そんな人間が引き起こす環境の変化が、そこに生きる人々の社会にも大きな影響を与えていくあたりは、フランク・ハーバートの「デューン」シリーズへのオマージュとも取れる。

 科学者が多いためか、比較的にリベラルな風潮の<最初の百人>は、皆から一目置かれちゃいるが、その中にもレッズとグリーンの対立がある。火星生まれを中心とするマーズ・ファーストは、資本主義とも共産主義とも違う、火星ならではの社会を築こうとする。そこにやってくる移民たちは、地球の価値観を引きずって…

 ってなあたりは、移民問題でゴタついている現代のヨーロッパやアメリカへの風刺みたく思えてくるからなんとも。いや1996年発表の作品なんだけど。移民が築いた国アメリカの作家だけに、当時から意識してたのかも。

 加えて、表紙にもあるように、火星でのスポーツを描いているのも、この作品ならでは。意外とスポーツを扱ったSFって少ないんだよね。ただ、基本的に個人競技ばかりで、球技がないのは、著者の趣味かな?

 やはり重力の違いは大きくて、記録も火星ならでは。この重力の違いは自然環境にも大きな影響があって、海での航海を描く場面でも、火星ならではのサスペンスを存分に味わえたり。にしても、そんな秘密兵器を隠しているとは卑怯なw

 一つの世界の誕生と成長、そしてそれが人類全体に与える影響を、当時の最新科学トピックと縦横無尽なガジェットを組み合わせ、西海岸的な自由主義を底流としながらも、細部にまで気を配った描写で描き切った、20世紀SFの到達点を示す巨大作。たっぷり時間をかけて、じっくり味わおう。

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2017年6月20日 (火)

アミタヴ・ゴーシュ「カルカッタ染色体」DHC 伊藤真訳

マラリアはおそらくあらゆる病気の中で史上最高の死亡者数を誇る。
  ――p67

「もし『カルカッタ染色体』が本当に存在するのなら、俺は絶対に探しだす」
  ――p127

「俺じゃないんだ。問題は、俺の中にいるやつなんだ」
  ――p313

【どんな本?】

 インドのカルカッタ(現コルカタ)に生まれニューヨークに住む著者が1995年に発表した、SF/ファンタジイ/ホラー/ミステリ/歴史小説。

 近未来のニューヨーク。エジプト出身のアンタールは、非営利団体ライフ・ウォッチに勤めている。仕事の多くは自宅勤務で、端末AVA/Ⅱeを使った目録整理だ。その日、AVAはIDカードの切れ端について尋ねてきた。かつての同僚ムルガンの物だ。回収地はカルカッタ。

 ムルガンは、カルカッタ出身だ。彼はロナルド・ロス(→Wikipedia)の足跡を辿る事に熱中していた。ロスはノーベル生理学・医学賞を受賞している。ハマダラカがマラリアを媒介すると示した、1898年の功績によるものだ。ムルガンは、ロスの足跡を追い1995年にインドに渡り、カルカッタで消息を絶った。

 ロナルド・ロスの何がムルガンを夢中にさせたのか。カルカッタでムルガンに何があったのか。

 近未来のニューヨーク、1995年のカルカッタ、そして英国支配下の1890年代のインド各地とマラリア研究の歴史を交え、謎めいた物語が展開する。

 1997年アーサー・C・クラーク賞受賞のほか、SFマガジン編集部編「このSFが読みたい!2004年版」のベストSF2003海外篇でも6位に躍り出た。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Calcuttta Chromosome, by Amitav Ghosh, 1995。日本語版は2003年6月24日第1版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約331頁に加え、訳者あとがき8頁。9ポイント43字×19行×331頁=約270,427字、400字詰め原稿用紙で約677枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。マラリアが物語の鍵を握るが、蚊が媒介する、ぐらいに分かっていれば充分。というか、SFとしては科学の部分がかなり怪しいw むしろ、熱気と混沌が渦巻くカルカッタの空気を知っていると、カルカッタのパートの楽しみが増す。

【感想は?】

 そう、これはサイエンス・フィクションじゃない。だから、科学や工学の部分はあまり突っ込まないように。端末AVA/Ⅱeもちと便利すぎるし、マラリアについても少々誤解してるっぽい。

 それより、作品名にも入っている「カルカッタ」こそが、この作品の大きな魅力だ。

 インドの東、ベンガル湾の奥。気候は蒸し暑く、冬でも日中の気温は20℃を超える。ベンガルの中心都市で、市中はヒンディー語・ベンガル語・英語が飛び交う。住む者はベンガル人が多いが、ネパールからの出稼ぎや派手なターバンを巻いたシーク教徒も目立つ。

 都市化の波もあり、近隣から続々と人々が押し寄せ、都市圏の人口密度は世界屈指の高さで、貧富の差も激しい。交通網など社会資本の麻痺は常態化しつつあり、道路はいつも渋滞だし、突然の停電は日課のようなものだ。

 そこに暮らす人々も慣れたもので、レストランなどは自前の発電機を常備してて、停電で明かりが消えた時も、暫く待てば発電機が動き出して明かりがともる。結婚式の場面とかも、さすがカルカッタ出身とニヤリとしたり。そういう土地なんです。

 そして、何より、血を求める殺戮の女神カーリー(→Wikipedia)を崇める土地である。インドの神様ってのは、単に数が多いだけでなく、それぞれの神様が多くの化身を持ってるのも大きな特徴で、カーリーも単に残酷なだけの神様じゃないのが、実にややこしい所。

 などのインドの神話世界が持つ独特の構造を、コッソリ隠し味として組み込んでるあたりは、純文学系とは思えぬ巧みな仕掛けだろう。

 こういった多文化が混在する様子は、アンタールが登場する冒頭のニューヨークの場面にも出てくる。アンタールが通うドーナッツ店に集まるのは、スーダン人・ガイアナ人・バングラデッシュ人・エジプト人など。彼と同じアパートに住むのも、クルド人・タジク人などで、実に国際色豊かだ。

 いずれも大家族で、やたら騒々しいあたりも、ちょっとニヤリとしたり。もともと移民の受け入れ口で人種のるつぼなんて言われる土地だが、最近は中東から東アジアまで、更にバリエーションに富んだ人々が流れ込んでいる。これもまた、ちょっとした伏線になってたり。

 1995年代のカルカッタ・近未来のニューヨークに続く第三の舞台は、1890年代のインド。

 当然ながら当時のインドは独立前で、大英帝国の支配下にある。インドに住むイギリス人たちを語る文章は世の中に多いが、大半はイギリス人の視点で描かれている。それに対し、この物語は、カルカッタ出身のムルガンがロスの足跡を追う形で進むために、おのずと視点は違ってくる。

 カルカッタ出身の作家だけに、社会風刺的な意味とも取れるが、同時に物語の骨組みをなす大事な仕掛けにもなっているのが憎い。

 加えて、大きな役割を果たすのが、19995年のカルカッタで登場する二人の女。一人は元映画女優で今は地元の名士となっている年配のソナリ、もう一人は若い雑誌記者のウルミラ。

 新しい世代を代表するウルミラは、自らの力で人生を切り開こうと張り切っている。若くキャリアも少ない彼女が、憧れの先輩ソナリの気を引こうとジタバタする場面は、P.A.WORKS のアニメみたいで、なかなか可愛い。

 またウルミラの家族との暮らしを描く場面は、伝統文化と新しい価値観がぶつかりあうインドの現状を、ぬかみそ臭い生活感たっぷりに描いていて、実に生々しい。いや漂うのはぬかみそじゃなくてカレーの香りなんだけど。

 SFというより、ミステリ風味のインド流伝奇小説といった所か。それも、蒸し暑い混沌の街カルカッタ風味。半村良の伝説シリーズが好きな人にお薦め。

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2017年6月 9日 (金)

ピーター・トライアス「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉訳

「人はみな有罪だ。問題はその罪が何かだ」
「特高課の課員でも?」
「有罪ならざる課員は有能ならざる課員だ」
  ――p103

「世の中の厄介事はすべて退屈が原因なんだよ」
  ――p240

「嘘をつくなと僕に言ったね。そっくりお返しするよ。陛下の陰に隠れるのはやめなよ」
  ――p281

【どんな本?】

 アメリカの若手作SF家ピーター・トライアスの日本初上陸作品にして、2016年後半期の話題作。SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇で、堂々の2位をもぎ取った。

 第二次世界大戦は枢軸側が勝利した。アメリカの東海岸はナチス・ドイツが、西海岸は大日本帝国の支配下となる。そして40年がたった。

 西海岸の市民の間には電卓と呼ばれる携帯型の通話機/コンピュータが普及しており、これを使った戦争ゲームに人々は熱中している。

 ベンこと石井紅功は40歳を間近に控えた大日本帝国陸軍の大尉。かつては六浦賀将軍と共に軍事シミュレーション・ゲーム制作で優れた手腕を発揮した。今はロサンジェルスの検閲局に勤め、相応しくない電卓ゲームを検査しつつ、美食と美女を堪能しているが、怠惰な勤務態度が災いして昇進は芳しくない。

 最近、市民の間では「USA」なるアングラ・ゲームが流行っている。第二次世界大戦でアメリカが勝った架空の歴史を舞台とする作品だ。六浦賀将軍が、アメリカ人抵抗組織のジョージ・ワシントン団と協力して開発したとの疑いがある。

 その六浦賀将軍が消息を絶った。ベンは、特高こと特別高等警察の槻野昭子と共に、六浦賀将軍と「USA」を追い、捜査に当たるが…

 巨大ヒト型ロボットなど日本製のアニメやゲームのネタをふんだんに盛り込みつつ、抑圧的な大日本帝国支配下の世界を徹底的に茶化し、グロテスクな肉体改造や体液が飛び散る残虐シーンなどを散りばめ、バッド・テイストに仕上げた、娯楽アクションSF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は United States of Japan, by Peter Tieryas, 2016。日本語版は2016年10月25日発行。新書版で縦二段組み本文約355頁に加え、大森望の解説9頁。9ポイント24字×17行×2段×355頁=約289,680字、400字詰め原稿用紙で約725枚。同時に文庫本も出ていて、こっちは上下巻。

文章はけっこうクセが強い。SFガジェットは豊富に出てくるので、アニメなどである程度SFに慣れていないと辛いかも。それ以上に、残酷な描写が多いので、グロ耐性が必要。

 また、大日本帝国の支配体制を徹底的に茶化しているので、そういう政治思想の人には向かない。

【感想は?】

 わはは。「電卓」ときたか。

 この作品内ではスマートフォンに当たるガジェットだが、電卓ってネーミングがいい。

 実はパーソナル・コンピューターの普及と進歩には、電卓が大きな影響を与えているのだ。Intel 4004(→Wikipedia)とか、液晶とか。その辺を知った上で「電卓」としているなら、この著者、ただものではない。いや本当はクラフトワーク(→Youtube)がネタ元かもしれないけど。

 こういう、狙って外したようなケッタイな日本趣味はアチコチに出てくる。特に相撲の扱いが酷いw アングラ・カジノの場面では、思わず「燃えよドラゴンかいっ!」と突っ込みたくなったり。

 とはいえ、主人公はブルース・リーのように深い知恵と思想を感じさせるクール・ガイじゃないのが、っこれまた微妙にハズしている所。

 主な視点を担うベンこと石井紅功、かつては優れたゲーム・クリエイターだったらしいが、今は40目前にして女と美食に目がないスチャラカ男。帝国陸軍の大尉なんて肩書はあるものの、威厳とはあまり縁がなく、職場での評判も芳しくない。

 彼のバディとなる槻野昭子は、対照的にカチカチの特高。揺るがぬ忠誠心で熱心に職務に励む…のはいいが、いささか脳筋気味、どころじゃなく、何かというとブッ放したがる物騒な人。最初は攻殻機動隊の草薙素子かと思ったが、すぐに頭に血が上るあたりは、ブラックラグーンのレヴィが近い。

 そんなデコボコ・コンビが、大日本帝国支配下の西海岸を、華やかな表舞台から想像を絶する裏社会まで駆け回る話が、この物語の大半を占める。

 ただ、表紙や口絵に登場する巨大ヒト型ロボットは、中盤あたりまで登場せず、またあまり大きな役割を果たさない。とはいえ、巨大ロボットが市街地で暴れたらどうなるか、なんてあたりもキチンと考えていて、これはオタクの韜晦とでもいうか。そりゃタダじゃ済まないよね。

 と、ロボットの活躍が少ないのはちと残念だが、お話の中心は、あくまでも姿を消した六浦賀将軍と、謎のゲーム「USA」を追う、ベンと昭子の探索行だ。

 帝国陸軍の軍人と特高なんて、捜査に当たる者としてはまっとうな立場のコンビながら、二人が巡る世界は胡散臭い匂いのする裏通りばかり。ここで発揮されるバッド・テイストはなかなかのもので、和製より洋物の暴力ゲームの雰囲気が強い。

 特に「工匠」のアジトの場面は、著者の困った趣味が全開で発揮されるところ。よく P.K.ディックの「高い城の男」と比べられる作品だが、この辺の味わいはチャイナ・ミエヴィルの「ペルディード・ストリート・ステーション」や「クラーケン」、または K.W.ジーターの「ドクター・アダー」のテイストに似ている。

 そういう不穏で、むしろ笑いたくなるくらい悪趣味なホラー場面で彩りつつ、大日本帝国を支える将兵や特高課の面々が、大真面目な表情で陛下への忠誠を語るあたりは、なかなか強烈な衝撃がある。こういう所は、ちと日本人には書けないだろうなあ。書き手がどっち側の思想にしても、ここまで茶化しつくすのは難しい。

 陰鬱なテーマを扱いながらも、思いっきった悪ふざけで読者を混沌と混乱の渦に叩きこむ、21世紀の怪作。思想的にも残虐描写的にもキツいわりに、実はギャグじゃないかと疑いたくなる作品なので、覚悟して読もう。

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2017年5月12日 (金)

ジョン・スコルジー「老人と宇宙6 終わりなき戦火」ハヤカワ文庫SF 内田昌之訳

さて、ぼくがどうやって箱の中の脳になったかを話さなければ。
  ――精神の営み

「ターセム、わたしはあなたにとってはエイリアンです。あなたもわたしにとってはそうです。だれもがおたがいにとってはエイリアンなんです」
  ――この空疎な同盟

「船長、問題はおれが偏執狂的だということじゃない。問題は宇宙がおれの偏執を正当化し続けていることなんだよ」
  ――生きるも死ぬも

【どんな本?】

  アメリカの人気SF作家ジョン・スコルジーの看板シリーズ「老人と宇宙」第6弾。

 人類は宇宙に進出したが、そこは弱肉強食のバトルロイヤル世界だった。急激に勢力を伸ばす人類を他種族は警戒し、やがて多くの種族が参加するコンクラーベが発足、人類のコロニー連合と対立する上に、コロニー連合は地球とも険悪になっていた。

 レイフ・ダクインは元プログラマーで、失職中の32歳。友人のハート・シュミットのツテで貨物船チャンドラー号の第三操縦士の職を得た。決まった航路をまわる交易船で、刺激はないが安定している。最初の航宙では外務副長官のタイスン・オカンボが客として乗り込んできた。

 そしてレイフは箱の中の脳になった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The End of All Things, by John Scalzi, 2015。日本語版は2017年3月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約489頁に加え、おまけで没原稿の一部「もうひとつの『精神の営み』」39頁+訳者あとがき6頁。9ポイント41字×18行×489頁=約360,882字、400字詰め原稿用紙で約903枚。おまけも含めると上下巻に分けてもいい分量。

 文章はこなれている。表紙でわかるように、エイリアンがうじゃうじゃ出てきて宇宙を飛び回る娯楽スペース・オペラなので、そういうのが好きな人向け。また、背景となる地球・コロニー連合・コンクラーベなどの関係が重要なので、理想を言えばシリーズ最初の「老人と宇宙」から、お急ぎの人は前の「戦いの虚空」から読むのを勧める。

【感想は?】

 謎また謎、危機また危機と、売れる小説の定番をキッチリ抑えた娯楽作。

 出だしの最初の行からして巧い。「さて、ぼくがどうやって箱の中の脳になったかを話さなければ」。いきなり語り手が悲惨な事になってて、インパクトは抜群。

 どうやら脳だけを取り出され、脳だけの状態で生かされているらしい。読者をギョッとさせた上に、なぜそんな事になったのかって謎が、読者を物語へと引き込んでゆく。おまけの「もうひとつの『精神の営み』」と比べると、この出だしの巧みさがよくわかる。

 全体は四部に分かれる。「精神の営み」,「この空疎な同盟」,「長く存続できるのか」,「生きるも死ぬも」。それぞれ、同じ事件を異なる人物の一人称で語った形だ。

 おまけの「もうひとつの『精神の営み』」は、冒頭の「精神の営み」の没原稿だ。読み比べると、ジョン・スコルジーほどの売れっ子でも、相当に推敲を重ねているのが伝わってきて、お話作りの苦労と工夫の跡がハッキリ見えて楽しいし、物書きを目指す人には参考になるだろう。アメリカSFファンタジー作家協会の会長経験もある人なんで、若手育成の参考にって事なのかも。

 冒頭の「精神の営み」は、貨物船の第三操縦士になる筈が、脳だけになっちゃったレイフ君の冒険物語。日頃から無駄な仕様変更や機能追加で部下をコキ使う陰険な上司にイジめられているプログラマ諸氏には、とっても爽快なお話なので、是非読もう。

 続く「この空疎な同盟」では、コンクラーベのNo.2、ハフト・ソルヴォーラが語り手を務める。宇宙における最大勢力コンクラーベのNo.2なんて絶大な権力を持ちながら、あまり野望や欲には縁のないハフトのキャラが存分に生きるパート。

 スタートレックのスポックよろしく、感情や熱情より冷静かつ論理的に考える人というかエイリアン(ララン族)。ただし空気を読むのも巧く、各勢力の目的と動向も見据え、時には陰険な手も使って調整を計るあたりは、極めて優秀な官僚と言っていいい。

 彼がNo.1のターセム・ガウ将軍と、ララン族の児童公園で語り合う場面は、エイリアンうじゃうじゃのスペースオペラならではのセンス・オブ・ワンダーを味わえる名場面だろう。こういう、ヒトが「普通そうだろ」と決めてかかってる常識をひっくり返してくれるのも、SFの心地よい所。結局、私たちの倫理ったって、私たちの都合に過ぎないんだよなあ。

 加えて、ここでは救助用シャトルの操縦士、トーム・アウルのパイロット気質が心地いい。やっぱり腕自慢が集まる職業ってのは、こういう奴が多いんだろう。

 第三部の「長く存続できるのか」は、CDF中尉ヘザー・リーが語り手を務める、この作品で最も激しいバトル・アクションが展開するパート。様々な身体改造を受け、コロニー連邦ならではのテクノロジーで武装したCDFならではの将兵の活躍をご堪能あれ。

 でも最も印象に残るのは、妙にローテクっぽいファネルだったりする。これ仕掛ける方もやられる側も、やたら大掛かりな割にどうにも間抜けなのがおかしい。加えてコンバット物なためか、兵隊同士の無駄でユーモラスな会話も、スコルジーならではの味。

 そして最後の「生きるも死ぬも」は、お馴染みのお騒がせ中尉ハリー・ウィルスンが登場。前の「戦いの虚空」でも、色々と無茶ぶりされてはツケを回される役割のハリー、ここでもお約束通り虚空に突き落とされます。スコルジーお得意のリズミカルで気の利いた会話もエンジン全開で、最近のハリウッドのアクション大作みたく心地よいテンポで話が進み、派手な展開が楽しめる最終章。

 巧みな出だし、危機また危機の緊張感、ガジェットてんこもりのバトル、小気味よい会話、そして壮大なエンディング。スコルジーの職人芸が光る、心地よい娯楽スペース・オペラだ。

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2017年5月 2日 (火)

グレッグ・イーガン「アロウズ・オブ・タイム」新☆ハヤカワSFシリーズ 山岸真・中村融訳

ある物体が別の物体に対して無限の速度を持つことは、じっさいに可能なのだ。
  ――p10

「これが……気象というやつなのか?」
  ――p276

「これをどう論理的に考えたらいいのか、わからなくなった」
  ――p364

【どんな本?】

 奔放な発想と緻密な科学考証で知られるオーストラリアのSF作家グレッグ・イーガンが、その想像力と科学知識を全開にして放つ、「クロックワーク・ロケット」「エターナル・フレイム」に続くゴリゴリのサイエンス・フィクション三部作の完結編。

 われわれの宇宙とは物理法則が異なる世界。

 光は波長により速さが違う。波長が長いと遅く、短いと速い。液体はなく、固体と気体だけ。そして速く動く物体は、私たちの宇宙とは反対に、時間が速く進む。

 次第に増える疾走星の危機に対処する方法を探るため、母星は巨大な世代型宇宙船<孤絶>を宇宙へと送り出した。母星の数年が、高速で飛ぶ<孤絶>では数十世代を重ねる年月に当たる。この時間差を利用して、<孤絶>内で研究を進め、疾走星の対応策を見つけようとする計画だ。

 <孤絶>では世代も重ね、疾走星の正体も判明し、母星に帰る方法も見つかった。故郷への帰還に向け方向転換する時期だが、<孤絶>内部には別の意見を持つ者が増えてきた。見ず知らずの母星のために危険が伴う機関の途に就くより、自分たちの新天地を見つけよう、と。

 物理学者のアガタは、別の問題で悩んでいた。真空のエネルギーは正なのか負なのか。宇宙の曲率は正なのか負なのか。そしてエントロピーはどうなるのか。

 相対論や量子力学に加え、この巻では時間の矢とエントロピーや因果律の問題も含め、更にややこしい議論が示され、複雑怪奇な物語が展開する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Arrows of Time, by Greg Egan, 2013。日本語版は2017年2月25日発行。新書版で縦二段組み本文約498頁に加え、著者あとがき2頁+板倉充洋の解説9頁+訳者あとがき3頁。9ポイント24字×17行×2段×498頁=約406,368字、400字詰め原稿用紙で約1,016枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 相変わらずのグレッグ・イーガン、読みにくさは相当なもの。読みにくい原因は主に三つ。

  1. 宇宙の性質そのものが私たちの宇宙とは違う。
    ばかりでなく、その違いが、時間と空間の性質で、方程式の一部の符号が違う、というもの。正直言って、私には何の事だか、ほとんどわからなかった。
  2. 因果律の混乱。
    タイトル通り、時間の流れ方が異なる世界の出会いがテーマとなり、物語の原因と結果が、ややこしい形で絡み合ってゆく。
  3. イーガン特有の二重否定・三重否定を多く使った文体。
    次の文章は何を意味しているか、わかります?
    「どちらの答えも、真実ではありえないとラミロに思わせるほどには、嘘っぽく聞こえなかった」
    こういった文章に出会うたび、私は脳内で「どちらの答えも真実らしくラミロに聞こえた」と肯定系に変換しつつ読んだので、なかなか進まなかった。慣れると、脳内にド・モルガン回路が出来上がります。ただしクロックはすごく遅いけどw

 また、お話は先の「クロックワーク・ロケット」「エターナル・フレイム」から素直に続いているので、読むなら「クロックワーク・ロケット」から読もう。世界の異様さに慣れるためにも、前の二作を読んでおいた方がいい。

【感想は?】

 まず、表紙がとっても不吉。

 この絵は嘘でも何でもなく、本当にこういう事が起こる。ばかりでなく、いま改めて見ると、かなり多くの情報を含んでいるのが分かる。イラストを描いた Rey.Hori に感謝。

 まずは宇宙の姿。宇宙空間を示す黒い地に、右上から左下に向かい、多くの細い輝線が走ってるが、全て真ん中あたりで白く太い輝きとなり、すぐに途絶える。高速で飛ぶ<孤絶>から見ると、宇宙はそういう風に見えるのだ。

 そこを飛ぶ宇宙船に、隕石のようなものがぶつかっている。果たして<孤絶>の運命やいかに?

 この宇宙、液体もなけりゃ電気もない。電気がなけりゃコンピュータが作れないじゃん、と思ったが、前巻の終盤で、機械式のコンピュータらしきシロモノが現れた。今のコンピュータは電子式ばかりだが、チャールズ・パペッジの階差機関(→Wikipedia)は歯車式。それでもちゃんと計算はできたのだ。

 とはいえ、機械式じゃ速度もメモリ容量も限られる。コンピュータ同士のネットワークや、膨大な演算量が必要な画像処理は無理だ。どうすんだ…

 と思ったら、ちゃんと乗り越えてくれた。もちろん、この宇宙ならではの方法で。それが可能なのは、既に私たちの宇宙でも通信回線などで実用化されてる事で実証されている。

 おまけに、インタフェースが憎い。特に宇宙遊泳を描く場面では、彼らの体の特性を生かし、とっても速くて使いやすい指示方法を見せてくれた。確かにスマートフォンみたくタッチパネルじゃ、色々とやりにくくてしょうがない。特に宇宙空間みたく動作が制限される場所じゃ。

 などのガジェットでは、掩蔽気が可愛い。宇宙空間向けの作業ロボットで、形は12面体(→Wikipedia)。雰囲気、ガンダムに出てくるハロみたいな感じ。私はこういうのに弱いのよ、「神鯨」の三葉虫とか「竜の卵」のクリスマス・ブッシュとか。幾何学的で単純な形でありながら、だからこそ汎用性がある、みたいなメカに、やたらと惹かれてしまう。

 お話の多くが、宇宙船のランデブーに割かれているのも、この巻の特徴。光速に近い相対速度では私たちの宇宙と異なる振る舞いをする宇宙だけど、<孤絶>が内蔵する作業艇<ブユ>程度の速度なら、私たちが直感的に理解できるニュートン力学に近い。

 そこで、異なる運動ベクトルを持つ物体を、どうやって捕まえるか。単純に衝突するだけなら、そんなに難しくないけど、お互いが軽く触れるような感じになるように、なるべく運動ベクトルの違いを少なくしようとすると、どんな軌道を取るのがいいか。直感とは違うあたりが、いいかにも宇宙っぽくて気持ちいい。

 幸い、この巻では、優れたエンジンが手に入っており、推進剤にはあまり制限がないので、派手にエンジンをふかしても大丈夫なのが嬉しい。

 同様に、先端の物理学の話でありながら、基礎的な部分のおさらいをアチコチでやってくれるのも、イーガン先生の親切な所。

 宇宙の空間と時間の形を探るドラマでもあるだけに、重力も大事な課題になる。私たちは重力を「力」として考えるけど、物理学者は「空間の歪み」とする時もある。なぜ力ではマズいのか。話が面倒臭くなるだけじゃないのか。そういった疑問に、ちゃんと解を示してくれます。

 中盤以降では、時間の矢とエントロピー&因果律の関係について、実にややこしい場面描写があり、この作品が描く世界の異様さがゾワゾワと染みてくる。じっくり読まないと、何が起こっていいるのかすらわからないけど、風景が頭に入ってくるにつれ、ちょっとしたホラーを読んでる気分になったり。

 私が印象に残ったのは、埃の溜った床をヤルダがめげずに掃除し続ける場面。こりゃイラつくよなあ。

 宇宙の物理法則から見直した、究極の異世界ファンタジイ。最終巻では、更に因果律までいじり倒し、読者の頭脳を極限までコキ使うばかりでなく、感覚的にも神経を逆なでする場面が続出し、センス・オブ・ワンダーの洪水に押し流される。当然、歯ごたえも半端ないので、焦らずじっくり読み進めよう。

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2017年4月21日 (金)

チャイナ・ミエヴィル「爆発の三つの欠片」新☆ハヤカワSFシリーズ 日暮雅通他訳

「もし、病気なのがあなたではなく、この世界だとしたら?」
  ――キープ

 死者に関わる仕事をしたことがある者なら、誰でも知っていることがひとつある。死体に何かをすれば、自分に返ってくるということだ。
  ――デザイン

【どんな本?】

 独特のグロテスクな世界観と突飛なアイデアが魅力の、イギリスのホラー/SF/ファンタジイ作家、チャイナ・ミエヴィルの短編集。

 殺伐とした未来や奇矯な風景を切り取った掌編、架空の映画の予告編、ドロドロ・グニョグニョなスプラッタ、ジワジワと不吉な影が広がる正統派ホラー、イカれたアイデアをクソ真面目に語るバカSF、そして市民レベルの政治活動をネタにしたものなど、バラエティ豊かな作品が楽しめる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Three Moments of an Explosion : Stories, by China Miéville, 2015。日本語版は2016年12月15日発行。新書版で縦二段組み、本文約501頁に加え、日暮雅通の訳者あとがき4頁。9ポイント24字×17行×2段×501頁=約408,816字、400字詰め原稿用紙で約1,023枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれているが、内容的にちと読みづらい。なにせアイデアがブッ飛び過ぎているので、何が起きているのかを理解するのに時間がかかる上に、語りの仕掛けに凝る人なので、何度も前の頁に戻って細かい所を確かめながら読まなきゃいけない。それを覚悟して、注意深くじっくり読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

爆発の三つの欠片 / Three Moments of an Explosion : Stories / 2012年9月ミエヴィルのサイト / 日暮雅通訳
 染伝荒告。遺伝子調整した腐敗物質にブランド名や製品名を描き込み、それが分解し消え去ると、別のイメージが現れる、そんな広告は、もう当たり前になった。そして今は、新しい形の広告媒体が流行りはじめた。爆発だ。
 3頁の掌編。「染伝荒告」に思わず「うまい!」と唸ってしまう。目新しさを求めるのは広告業界ばかりでなく、先端にいようとする若者もまた同じ。テクノロジーが可能にする、イカれた未来の風景を描く。妙に病的なあたり、ロンドンの空気を伝えてくる。
ポリニア / Polynia / 2014年6月出版社TORのサイト / 日暮雅通訳
 ロンドン上空に“塊”が現れた。最初はシティホール上空で、次第に数を増していく。不規則に空を漂う“塊”は、冷たい空気を吹き付けてくる。正体は氷山。政府は公式の調査チームを派遣する。子どもだったぼくたちも、調査隊には敬意を持っていた。
 突然現れた、プカプカと空に浮かぶ氷山なんてシュールな風景と、その下で少年時代を過ごすありがちな子供たちの対比が楽しい。同じ趣味を持つイアンに、微妙に素直になれない主人公の姿が、ミエヴィルならではの味を感じさせる。
<新死>の条件 / The Condition of New Death / 2014年3月リヴァプールの Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 日暮雅通訳
 新死。最初の報告は2017年8月、ガイアナのジョージタウン。以後、急速に世界に広がり、従来の旧死が最後に確認されたのは六年前だ。発見したモリス氏は語る。「彼女の両足はまっすぐ私の方に向いていました」。そして、彼が歩き回ると、彼女の体も回転してモリス氏に足を向ける。
 これもミエヴィルの奇想が炸裂する掌編。誰がどこから見ても、死体の足はこっちを向いている「新死」は、世界の風景をどう変えるか。まあ、人間ってのは、けっこう逞しいもので。
<蜂>の皇太后 / The Dowager of Bees / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 22年前、ぼくは“伝授”された。シュガーフェイス,デンノ,ジョイ,そしてぼくの四人でカードの勝負をしていた。シューガーフェイスとデンノが降り、ぼくとジョイの勝負になった時、それが来た。スペードの2、クラブの7とジャック、ダイヤの8、そしてぼくの見たことのない札。
 麻雀だと地域によって様々なルールがあって、大車輪なんて役があったりする。また九蓮宝燈をアガると不幸が訪れる、なんて噂も。そんなギャンブラーたちの間に伝わる、不思議な伝説をネタにした話。
山腹にて / In The Slopes / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 エラムウは小さな町だが、近くに二つも発掘場がある。フリー・ベイとバントー。小間物屋のマカロックは、バントーを掘るギルロイ教授チームの学生ウィルとソフィアと知り合う。ライバルのパディックはフリー・ベイで大変な物を掘り当てて…
 ヴェスヴィオ火山の噴火で滅びたボンベイの遺跡から発掘?された、石膏遺体像(→ガラパイア)からアイデアを得た作品。考古学も今は次々と新技術が登場するんで、遺跡や遺物は解析すべきか、それとも未来の解析技術に任せるか、難しい所だろうなあ。
クローラー / The Crawl / 2014年6月ミエヴィルのサイト / 日暮雅通訳
 映画の約2分の予告編の台本を模した作品。ゾンビの襲来で人類は世界を失った。それでも生き延び戦い続ける者もいる。しかし…
 クリーチャー大好きなミエヴィルとゾンビ。あまりに相性ピッタリすぎると思ったら、これまた思いがけないヒネリがw
神を見る目 / Watching God / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 その町の沖には時おり船が訪れる。岸には近づかない。たいてい湾の外側に停泊し、そして去ってゆく。島のタウンホールには、様々な額がかかっている。その一つには、こうあった。『遠くの船は、あらゆる男の願望を積んでいる』。その下に小さな斜体で『彼らの目は神を見ていた』。
 海と渓谷で、世界から切り離された町で育つ少女。何かのメタファーなんだろうけど、私にはよくわからなかった。何かを運んでくるのでも、積んでゆくでもなく、ただ沖合に現れるだけの船が、町の人にとって「そこにあるべきもの」になっちゃうあたりは、ちょっとわかるような気もする。
九番目のテクニック / The 9th Technique / 2013年10月自費出版 / 日暮雅通訳
 プレサイズ・ダイナーの客の多くは学生だ。地元民もいる。そして、兵士と取引する者も。コーニングも、その一人だ。小さなガラス瓶の中に入った、指ぐらいの大きさの黒っぽい塊を受け取り、尋ねる。「グアンタナモにはどのぐらいいたの?」
 グアンタナモ(→Wikipedia),ラフガディオ・ハーン=小泉八雲,アレイスター・クロウリーなどの固有名詞を散りばめつつ、次第に不穏な方向に物語は向かってゆく。明るく賑やかな定食屋から始まり、段々と視野が暗くなってゆくような場面の変化が巧い。
<ザ・ロープ>こそが世界 / The Rope is the World / 2009年12月 Icon Magazine / 日暮雅通訳
 最初は宇宙エレベーターなんて空想上のものだと思われていた。でも様々な新技術や経済情勢が関わり、幾つもの赤道上の国が巻き込まれていった。ザ・ロープは最初につくられたが、オープンは三番目になった。後からつくった他の二本に追い越されたのだ。
 宇宙エレベーターの興亡を、ミエヴィル流の退廃感あふれたイマジネーションで綴った掌編。なんか結末が取って付けたような感じでもあるし、舞台としてはなかなか魅力的な世界なので、実は長編のプロローグなのかも。
ノスリの卵 / The Buzzard's Egg / Granta 2015年4月号 / 日暮雅通訳
 ノスリとワシが恋をして、ノスリが卵を一つ産んだ。ノスリは卵を見捨てたが、ハトが自分の卵だと勘違いして温め始めた。卵から孵った鳥は、鉄のように硬い羽毛が生え、羽ばたけば雪が降り、鳴けば口から虹が出る。そんな話を、捕虜に語り掛ける、塔に住む老いた男。
 独特のルールで戦争が続く世界で、周辺国の侵略を続け拡大してゆく国。戦争のルールとして、これはこれでアリかも。
ゼッケン / Säcken / Subtropics Issue 17 Winter/Spring 2014 / 日暮雅通訳
 メルとジョアンナは、ドイツの田舎にある湖のほとりに建つ館で、しばらく過ごすつもりだった。朝食のあと、湖の岸を歩いていたメルは、メダルのような黒い木片を見つける。あまりに臭いがひどいので、投げ捨てたのだが…
 のんびり休暇を楽しもうと、静かで平和なドイツの田舎を訪れた女同士のカップルに、少しづつ忍び寄る怪異の影…というパターンの、正統的なホラー。
シラバス / Syllabus / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布  / 嶋田洋一訳
 3頁の掌編。三週間の授業の概略と進め方を説明するパンフレットの形式で、異様な世界をチラリと見せてくれる。
恐ろしい結末 / Dreaded Outcome / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 デイナ・サックホフは37歳のセラピスト。ブルックリンで仕事をはじめ、もう10年目だ。午後の最後のセッションはアンナリーゼ・ソーベル。彼女のセッションは八回目だ。彼女の問題は、はっきり分かっている。仕事熱心で社交的な言語学者・翻訳家、44歳の独身。
 レインはR・D・レイン(→Wikipedia)かな? 患者を大事にしたって評価もあるが、大事にし過ぎたって評価の方が(少なくとも当時は)強かったようで、精神医学会に真っ向からケンカを売った形になったらしい。デイナの療法が明らかになるあたりは、ちょっと笑ってしまった。
祝祭のあと / After the Festival / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 今日は謝肉祭。ステージでは司会者が観客を煽り、電子音楽が大音響で鳴り響く。登場したのは、食肉加工業者の白い上っ張りを着た一団。鎖につないだ一匹の豚を引っ張っている。鉄枠に豚を固定し、液体が飛び散らないようにプレートをはめ込む。
 血まみれのスプラッタ風味で始まる、正統派ホラー。グニャグニャ・ドロドロ・ヌメヌメが嫌いな人は要注意。
土埃まみれの帽子 / The Dusty Hat / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 南ロンドンの大学のホールで開かれた社会主義者の集会に、その男はいた。鍔広の帽子は土埃まみれで、歳は70代後半。どう見ても周囲から浮いている。話の内容はフラフラと漂い、その筋道を追うのは難しい。
 左派の社会運動家でもあるミエヴィルの一面が光る作品。舌を噛みそうな音読みの漢字が続く言葉を好み、何かといえば激しく議論しちゃ内ゲバを繰り広げ、次々と組織が分裂していく左派の運動を皮肉りつつ、奇妙な世界へ読者を誘ってゆく。
脱出者 / Escapee / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 「クローラー」同様、映画の予告編の台本を模した掌編。ホラーのようだけど、主人公の見た目は、ちょっと間抜けなヒーロー物っぽい。
バスタード・プロンプト / The Bastard Prompt / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 出会ったとき、トーは駆け出しの役者だった。一緒に住み始めた頃から彼女は売れ始めたが、ブレイクってほどじゃなかった。そこでトーはSP=標準模擬患者の仕事も始めた。医学生の前で患者のフリをして、問診の練習台となるのだ。彼女の演技は真に迫っていて…
 ネタかと思ったら、標準模擬患者(→城西国際大学薬学部模擬患者会)って本当にあるのね。ダスティン・ホフマンは、映画レインマンの演技の参考のために精神病院を訪れて患者を観察し、その帰りには完璧に演じて見せた、みたいな話があったような。役者の怖さが伝わってくる作品。
ルール / Rules / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 市田泉訳
 3頁の掌編。飛行機の真似をして走る子供の遊びと、何かのゲームのルールの説明が交互に出てくる構成。もしかしたら、小説の書き方の指南と、そのサンプルなのかも。
団地 / Estate / The Winter Review 2013年7月 /  嶋田洋一訳
 八月。その晩は、団地の外で何人かが騒ぐ声で起こされた。次の晩は、狐の鳴き声だ。近所の噂話で、ダン・ロッチが帰ってくると聞いた。子どもの頃、同じ学校に通っていた。夜になると、顔も知らない人が集まってきた。
 若者たち?が始めた、ケッタイで残酷で危なっかしい遊びを扱う作品。いかにもロンドン・パンクを生み出したイギリスらしい、暴力的な退廃感が漂っている。
キープ / Keep  / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 突然、流行りはじめた奇怪な現象。第一号のニックが、地下室に閉じ込められている。当人の周囲に、半径6フィートほどの円形の溝ができるのだ。当人には止めることも早めることもできず、建物や乗り物の中にいれば、床や壁や柱をくりぬいてしまう。伝染性の可能性もあるが…
 ミエヴィルならではの奇想が光る作品。止まっていると、本人の周りに勝手に溝が掘られてしまう奇病なんて、どっから思いついたんだか。馬鹿馬鹿しいアイデアながら、その対処法や世間の反応を真面目に考え、シリアスに展開してゆく。
切断主義第二宣言 / A Second Slice Manifest / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 市田泉訳
 ミエヴィルの先鋭的なセンスとSFマインドが光る4頁の掌編。美術界の新しいムーヴメント、切断主義を謳いあげ…へ?
コヴハイズ / Covehithe / The Guardian(online) 2011年4月 / 日暮雅通訳
 ダニッチの村を訪れたドゥーガンと娘は、夜の闇に隠れて特別警戒地域に忍び込み、浜辺へと向かってゆく。ドゥーガンは確信していた。現れるのは今夜だと。予想はあたった。月明かりに照らされた海から、何かが波をかき分けて向かってくる。
 わかる人には「ダニッチ」でピンとくる作品。いや私は知りませんが。やはりミエヴィルらしいバカバカしさなんだけど、無駄に大きいスケール感が心地いい。ある意味、パシフィック・リムw
饗応 / The Junket / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 脚本を書いたダニエル・ケインは、姿を消した。そうでなくても、大騒ぎを引きおこす映画だ。出演者やケインの家族は取材陣に取り囲まれ、広告業界や弁護士ばかりでなく、多種多様な政治団体・市民団体が賛否を巡って運動を繰り広げた。
 インタビュウの形で綴る作品。こういったタブーに切り込む姿勢は、B級な映画を愛し、奇想に溢れ、また政治活動にも熱心なミエヴィルならでは。ちょくちょくB級ホラーに使われるあのネタを、こう捻るかw
最後の瞬間のオルフェウス 四種 / Four Final Orpheuses / 2012年4月ミエヴィルのサイト / 市田泉訳
2頁の掌編。亡くなった妻エウリュディケを取り戻すため冥界へ行ったオルフェウス(→Wikipedia)の胸中を察するに… これだから作家って奴はw
ウシャギ / The Rabbet / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 マギーとリカルドの家に、新しい下宿人シムが来た。シムは働きながらコンピュータ・アニメを作り、ネットで公開してるが、出来はイマイチ。よく街中を歩き回り、変わったものを見つけるのが得意だ。長く住んでいるマギーが知らない面白い店を発見し、捨ててあった絵画などのガラクタを拾ってくる。
 少しづつ大きくなる予兆と、それに伴い物騒になってゆくナニ、そして無邪気に戯れる幼子を絡めた、正統派のホラー。
鳥の声を聞け / Listen the Birds / 書き下ろし / 市田泉訳
 これまた映画の予告編の台本を模した掌編。無音・耳障りな音・雑音・歪んだ声など、音の使い方に工夫を凝らしている。
馬 / A Mount / 書き下ろし / 市田泉訳
 5頁の掌編。1フィートほどの高さの磁器の馬と、その前で涙を流す少年から、イマジネーションを広げた作品。
デザイン / The Design / McSweeney's Quarterly Concern Issue 2013年12月 / 日暮雅通訳
 グラスゴーの医学校で解剖の実習中、ウィリアムはそれを見つけた。死体は60代の男性。組織を払いのけ、尺骨を露わにした時だ。何かの事故でできるようなものじゃない。明らかにデザインされた模様、絵柄が骨に描かれている。
 「祝祭のあと」同様、グロテスクなシーンに溢れた作品。なんたって、死体の処理を嫌というほど細かく具体的に書いてるし。デザイン,語り手の過去,少女と謎は出そろっているが、私は一つも読み解けなかった。
訳者あとがき:日暮雅通

 全般的に、小説としては未完成な感のある作品が多い。その反面、作品内で繰り広げられる風景は奇妙奇天烈・前代未聞で、そのケッタイさにクラクラしてくる。

 「ペルディード・ストリート・ステーション」や「クラーケン」でも異様なアイデアを連発したミエヴィルなので、思いついたけど長編に巧く組み込めなかった、けどセンス・オブ・ワンダーはタップリ詰まったアイデアを、なんとか形にして吐き出した、そんな雰囲気の作品集だ。

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