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2020年6月30日 (火)

ルーシャス・シェパード「タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短編集」竹書房文庫 内田昌行訳

「グリオールが自分の存在を知らせようとしてるときには、ちゃんと注意を払わないと不幸に見舞われるんだよ」
  ――タボリンの鱗

「わたしたちはいつだって彼を見くびってきた」
  ――タボリンの鱗

「ヤーラは猿みたいに頭がおかしいんじゃない。蛇みたいに頭がおかしいんだ」
  ――スカル

【どんな本?】

 ルーシャス・シェパードはアメリカ合衆国のSF/ファンタジイ作家で、中南米を舞台とした作品が多い。この本は「竜のグリオールに絵を描いた男」に続くグリオール・シリーズの作品集で、「タボリンの鱗」と「スカル」の二編を収める。

 グリオールは邪悪で長命な竜で、巨大な体は1800mにも及ぶ。かつて魔法使いがグリオールと戦い、かろうじて眠りにつかせた。眠るグリオールの周囲には町ができる。1853年にメリック・キャタネイが竜にとどめをさす計画を持ち込む。竜の体に絵を描き、絵の具の毒で殺そう、と。30年をかけて計画は実施された。だが、竜の死は確認できていない。何せ鼓動すら千年に一度しか打たないのだ。

 生死は定かでないグリオールだが、その邪念は近くに住む人々に染みわたり、その人生を操る。少なくとも、そう考える人は多い。実際、グリオールの周囲では様々な事件が起きる。それは竜の邪念によるものなのか、それとも人の邪悪さゆえなのか。

 荒々しい中南米を舞台に、邪悪で巨大な竜グリオールが関わる事件を描く、恐怖と幻想のファンタジイ作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 日本独自の編集。2020年1月2日初版第一刷発行。文庫で本文約303頁に加え、著者による「作品に関する覚え書き」5頁+池澤春奈の解説6頁。8.5ポイント41字×17行×303頁=約211,191字、400字詰め原稿用紙で約528枚。文庫本としては普通の厚さ。

 文章はこなれている。ただ、単位系がヤード・ポンド法なので、慣れない人は少し戸惑うかも。ちなみに1フィートは約30cm。SFというよりファンタジイなので、理科が苦手でも大丈夫。大事なのは竜のイメージだろう。最近のファンタジイにありがちな軟弱なシロモノではない。ひたすら巨大で強力で邪悪な上に狡猾な存在だ。また、現地の言葉はスペイン語である由を心に留めておこう。

【タボリンの鱗】

 ジョージ・タボリンは40歳で趣味は古銭収集。春に三週間ほどグリオールの麓にあるテオシンテ市に出かけ、娼婦と古銭を買い漁って休暇を過ごす。その年は、古い鱗のようなものを見つけた。大きさは親指の爪の三倍ほど、汚れていて黒っぽい。グリオールの鱗にしては小さすぎる。鱗を欲しがる娼婦が居たので、二週間の「仕事」の報酬として渡すことで話がまとまった。鱗の汚れを落とそうと磨いていたところ…

 原題は The Taborin Scale。時系列的には、「竜のグリオールに絵を描いた男」事件のすぐ後ぐらい。グリオールを観光資源としてちゃっかり商売しちゃってるテオシンテ市の逞しさに思わずニンマリしてしまうが、生死の確認ができないってなんやねんw なぜソレを最初から考えないw

 先に出た「竜のグリオールに絵を描いた男」は、グリオールが周囲の者に及ぼす影響が話の中心だった。本書では、これに加えもう一つの重要な軸が加わる。合衆国と中南米の関係だ。とは言っても、政府高官や大企業が関わる大げさなものじゃない。合衆国から訪れた観光客と、現地の人々の関係だ。

 今はともかく、円高だった頃に東南アジアを旅したことがある人は、身に覚えがあるだろう。日本にいるより、はるかに金持ちになった気分が味わえるのだ。これは為替や物価の関係で、物価が1/10ぐらいになったように感じてしまう。別の言い方をすると、自分がいきなり金持ちになったような気分が味わえる。

 比較的に外交が弱い、というか外務省が頼りにならない日本ですら、そうなのだ。米国の市民権を持つ者は、更に政治的な強みもある。本作品の主人公、ジョージ・タボリンが、テオシンテで休暇を過ごすのも、そんな強みを利用するためだ。彼と娼婦シルヴィアは、まさしくそういう関係で始まる。

 とかの生臭い政治色はあるが、同時にグリオールの意外な面が見えるのも本作品のお楽しみ。なんと、若きグリオールが大怪獣ラドンよろしく暴れまわるのだ。さすがに全長1.6kmとまではいかないが、7~8mはある。しかもブンブン飛びまわるからタチが悪い。おまけに竜らしく邪悪な知恵まで備えてる。まさしく覇者の風格と言えよう。

 いろいろあって映画化は難しいが、シェパード作品には珍しくヴィジュアル的なインパクトが大きな作品だ。

【スカル】

 2002年から20088年まで、ジョージ・クレイグ・スノウはテラマグアで過ごした。仕事もしている。いかさま慈善団体で嘘の手紙を書き、米国の篤志家たちから金をだまし取る。ガールフレンドに宿から叩き出されたジョージは、不思議な少女ヤーラと出会う。ヤーラはジャングルの奥で、新興宗教らしき集団の中で、巫女のような役割を果たしていた。しかも、彼女が住んでいるのは…

 原題は The Scull。先の「タボリンの鱗」の更に後の時代。「作品に関する覚え書き」で、テラマグアはグアテマラがモデルだとハッキリ示している。

 そのグアテマラ、コーヒーが好きな人には独特の風味で有名だが、「コーヒーの歴史」を読む限り社会はかなりアレだったり。当然、米国の資本も入ってるワケで、たぶんCIAも暗躍してるんだろうなあ。本作品にそういう話は出てこないけど。

 そんな社会だけに、貧富の差は激しく、人びとの米国人に対する感情も複雑だ。米人の持つ金には興味があるし、下手に手を出して政府を刺激したくはないい。が、地元のルールをわきまえない米人の振る舞いは鼻持ちならないと感じてもいる。

「おめえは自分がどこにいるかわかってねえ。おめえらクソどもはみんなそうだ。ふらふら歩きまわって、自分ならみじめで哀れなテマラグア人よりもすぐれてるから、どんな問題でも解決できると思い込んでやがる。だがおめえらがやることはおれたちの問題を増やすだけなんだ」
  ――スカル

 もちろん、自国の政府に対する不満も溜まっている。どうすりゃいいのかはともかく、今が最悪なのはわかる。そんな気分は、改革を叫ぶ過激な政治集団を台頭させてしまう。

またもや昔ながらの政治的主張――どんなリスクがあろうと、変化は良いものである。
  ――スカル

 と書くと他人事みたいだが、「日本維新の会」の躍進とかを見ると、対岸の火事とばかりは言ってられないんだよなあ。

 など、理不尽かつ突発的な暴力の予兆と、Skull=頭蓋骨が示す不気味な怖ろしさをブレンドして、主人公たちの刹那的で退廃的な行動をトッピングし、低緯度地方の蒸し暑い空気で仕上げた、エロチックでおぞましい物語だ。

【おわりに】

 前にも書いたが、最近は「小説家になろう」にハマってしまい、あまし記事が書けない。しばらく書かないと、書き方を忘れちゃって、よけいに記事が書けなくなったり。いや読みたい本はたくさんあるんだけどね。

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2020年5月14日 (木)

シオドア・スタージョン「人間以上」ハヤカワ文庫SF 矢野徹訳

かれは知らなかったのだ……せおっていた荷物の大きさを“知らなかった”のだ!
  ――第1章 とほうもない白痴

プロッドの家は、ローンをその中に入れてくれると、なにか別のものになったのだ。
  ――第1章 とほうもない白痴

「などほど、わたしたちは一つの物だけど、物であるだけじゃあ、まだ白痴なんですって」
  ――第1章 とほうもない白痴

人というものは、どこからか救いの手がさしのべられる機会があるときにだけ泣くのだと思う。
  ――第2章 赤ん坊は三つ

「きみは学びはするが、考えないんだ」
  ――第2章 赤ん坊は三つ

「あなたは、わたしから本を取り出して読んだわ。あなたは……わたしを読めないの?」
  ――第2章 赤ん坊は三つ

かれは、彼女の微笑を見たことはあったが、これまでは気がつかなかったのだ。
  ――第3章 道徳

「あなたは自分でやったわ、ヒップ。全部よ。わたしがしたことは、あなたが、できるようになるところに置いただけなのよ」
  ――第3章 道徳

【どんな本?】

 1940年代から1950年代にかけて活躍したアメリカのSF/ファンタジイ作家、シオドア・スタージョンの代表作。

 白地の青年,生意気な幼女,言葉を話さない双子,ダウン症の赤ん坊。親に疎まれ、または「いない」事にされ、世の中に居所が見つからないはみだし者たち。彼らは奇妙な能力を持っていた。はみだし者たちが集まった時、集団は人類を大きく超えた能力を発揮するのだが…

 「とほうもない白痴」「赤ん坊は三つ」「道徳」の三部から成る、SFの古典的名作。1954年の国際幻想文学賞を受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は MORE THAN HUMAN, by Theodore Sturgeon, 1953。日本語版は1978年10月31日初版発行。私が読んだのは1984年の11刷。名作だけあって、着実に売れる作品なのだ。文庫本で縦一段組み本文約360頁に加え、水鏡子の解説「スタージョン・ノート」6頁。8ポイント43字×20行×360頁=約309,600字、400字詰め原稿用紙で約774枚。文庫本では厚い部類。

 文章はや癖があるので、好みが別れるところ。これについては後に述べる。内容はSFというよりファンタジイに近い。「ジョジョの奇妙な冒険」や「とある魔術の禁書目録」同様の異能力物だ。とはいえ、バトルや派手なアクションはほとんどなし。難しい理屈も出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。ただ、さすがに原作も翻訳も古いので、一部の言葉遣いが若い人には通じないかも。例えばモウコ症は現在だとダウン症と呼ぶ。

【感想は?】

 読み始めてまず気が付くのは、文章の癖だ。例えば、書き出しはこう。

白痴は、黒と灰色の世界に住んでいた。飢えの白い電光と、恐怖のゆらめきのなかに。
  ――第1章 とほうもない白痴

 この段落が描いているのは、風景すなわち客観的な事実じゃない。白痴の心に映る世界を描いている。こういう書き方は、いわゆるサイエンス・フィクションとだいぶ感触が違う。この書き出しだけで、読者の好みに合うか否かがハッキリわかる。ある意味、親切な書き出しだ。

 好みに合う人にとっては、たまらない文章がアチコチに散らばっている。書き出しの次に感服したのは、ここ。

キュー氏はりっぱな父親だった。父親たちのなかでも最上だった。
  ――第1章 とほうもない白痴

 りっぱな父親って、どういうんだろう? と思わせて、こう続く。

かれは、19歳の誕生日をむかえた娘のアリシアにむかって、そう言った。

 あれ? なんか変だぞ? 自分で自分を「りっぱな父親」なんて言うか、普通? と、どうにもイヤ~な予感を漂わせてくる。実際にどんな奴かと言うと、ご想像の通りかなりイっちゃってるヤバい奴です。

 そんな風に、マニュアル書きが目指す「スッキリと理屈立てたわかりやすい」文章では、ない。でも、「そういう感じ」がビンビンと伝わってくる、読む快感に満ちた文章だ。スラスラとストーリーを追いかける類の作品ではない。ところどころ、ちとわかりにくい表現がある。でも、じっくり読むと、その巧みさに感じ入ってしまう文章なのだ。

 例えば、組織に属するエンジニアなら、次の文章に激しく頷くだろう。

あいつはエンジニアに技術のことを話してきかせるような馬鹿だったんだ。
  ――第3章 道徳

 あなたの周りにもいませんか、そんな上司。

 しかも、その視点は、「期待される役割」からはみだした者への共感に満ちている。

この子には毅然としたところがあった。それは子供にあってはまちがっていることだった。
  ――第1章 とほうもない白痴

 そう、子供ってのは、愚かで無邪気で従順でなきゃいけない。しっかりした自己と主張を持ち、スラスラと意見を述べるような者は、「生意気」とか「可愛げがない」とか言われる。

 こういう所は、当時のSF者の心に強く訴えただろう。今でこそハリウッドや Netflix は大予算をかけたSF大作を作るけど、昔のSF者は肩身が狭かった。いい歳こいて宇宙人や怪獣に夢中なガキみたいな奴、そんな扱いを受けていた。そんな者たちにとって、同じ趣味を分かち合える仲間が、どれほど有難いものか。

最初に知ったことは、自分が役に立たず、欲しがるものは、きまってつまらないものばかりということだった。ぼくは仲間から離れて、自分の新しい世界には古い世界とちがった値打があり、新しい世界で自分に価値があるということを見つけ出すまで、ほとんどそのことをたずねたりしなかった。ぼくは求められ、まわりに属したんだ。
  ――第3章 道徳

 SF/ファンタジイの古典的名作とこの作品が評されるのも、世の中のそういう風潮が多少は影響していると思う。物語も、はみだし者・半端者が集まって、「人間以上」へと成長していくお話だし。ただ、そこには、スタージョンならではの警句も忘れちゃいない。

「うん、変ってはいる。でも、優れているんじゃない」
  ――第2章 赤ん坊は三つ

 これは言葉だけに留まらず、農夫プロッドのエピソードや、完結編となる「道徳」で、大きなテーマとして浮き上がってくる。

 もちろん、名作と評される理由は、それだけじゃない。じっくりと個々の文章をかみしめて読み進めよう。そうすれば、最後に示されるヴィジョンで体中の垢を洗い流されるような快感を味わえる。優れたSF長編の醍醐味が、ここにあるのだ。

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2020年4月20日 (月)

「フレドリック・ブラウンSF短編全集 2 すべての善きベムが」東京創元社 安原和見訳

「もちろん常識の範囲内でだぜ。ビルを動かすとか、機関車を持ってくるみたいなのはだめだけど、ちょっとした頼みごとならなんでもやってくれる」
「だれが」
「ユーディがだよ」
  ――ユーディの原理

地球侵略さる 科学者語る
  ――ウェイヴァリー

歴史始まって以来初めて、天文学的なニュースが新聞各紙のトップを飾った。
  ――夜空は大混乱

プラセットは狂った惑星で、長期間滞在していると頭がおかしくなる。
  ――狂った惑星プラセット

「そろそろすべての善きベムが、一行を救いに来てもよいころだ」
  ――すべての善きベムが

「どこへ行くんだ?」
「発狂しに」
  ――さあ、気ちがいになりなさい

【どんな本?】

 1940年代から1960年代にかけて、キレの鋭い短編でアメリカのSF界を引っ張ったSF作家、フレドリック・ブラウン。

 本書はブラウンのSF短編すべてを執筆順に全四巻で刊行する企画の第2弾だ。この巻では944年の「不まじめな星」から1950年の「最終列車」を収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は From These Ashes : The Complete Short SF of Fredric Brown, 2001。日本語版は2020年1月10日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約354頁に加え、牧眞司の「収録作品解題」8頁+大森望の「SFの故郷」4頁。9ポイント43字×20行×354頁=約304,440字、400字詰め原稿用紙で約762枚。文庫なら厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとはいっても、ちょっとしたアイデア・ストーリーが中心だ。日本の作家だと、芸風は星新一や草上仁に近い。そのため、理科が苦手でも全く問題ない。さすがに1940年代の作品だげに、当時の風俗や技術が若い人にはピンとこないかも。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

不まじめな星 / Nothing Sirius / Captain Future 1944年春
 かみさんとおれと娘のエレン、それに操縦士のジョニーは、宇宙を旅する芸人だ。シリウス星系でガッポリ稼ぎ、<臓物>号で旅立ってすぐ、その惑星を見つけた。面白そうだと思って寄ってみると、想像以上にイカれてる。大気が呼吸可能なのはいいが、最初に見かけた生物は象よりデカいダチョウみたいので、しかも首に水玉模様の蝶ネクタイをしてる。
 「さあ、気ちがいになりなさい」には「シリウス・ゼロ」の邦題で収録。宇宙をさすらうポンコツな連中、みたいな設定って最近はあまり見ないなあ。この作品もそうなんだが、ケッタイなエイリアンや変な風習をタネとして、軽く読めるユーモラスな作品が多く、私は好きなんだけど。
ユーディの原理 / The Yehudi Principle / Astounding Science-Fiction 1944年5月
 またチャーリー・スワンが変なモノを作った。見かけは鉢巻きに似てる。彼が言うには「ユーディの原理」だとか。ビルを動かすとかの無茶な事はできないけど、ちょっとした頼み事は聞いてくれる。ただ、頼み方はちょっと注意が必要だ。
 これも「さあ、気ちがいになりなさい」に「ユーディの原理」の名で収録のユーモア作品。既に一度読んでいるからオチがわかっているにも関わらず、最初に読んだ時よりギャグのキレが増してるように感じるのは、訳のせいなのか作品の構成のせいなのか。
闘技場 / Arena / Astounding Science-Fiction 1944年6月
 アウトサイダーが太陽系に攻めてきた。奴らの目的も正体もわからない。だが人類も黙って滅ぼされたりしない。大艦隊を作り上げ、冥王星軌道の外で決戦に臨む。ボブ・カースンは小型偵察機で任務に出た…はずが、気がついたら直径250mほどのドームらしき所にいた。裸で。種族の命運をかけ、アウトサイダー代表と一対一で戦わなければならない。
 人類とエイリアン、互いが種族の生き残りをかけ、代表同士がサシで戦う。週刊少年ジャンプなら、トーナメント方式のバトル漫画として連載しそうな設定だ。もちろん、ブラウンだから、主体はアクションではなく頭脳戦だし。そもそも、まっとうな肉弾戦はできないって設定も、ヒネリが効いてる。
ウェイヴァリー / The Waveries / Astounding Science-Fiction 1945年1月
 ジョージ・ベイリーはラジオのCM作家だ。上司命令でライバルのラジオCMを聞いていた時、それが起きた。放送の声に、モールス信号がカブる。混信は他の局でも起き始めた。ラジオだけじゃない。テレビの音声にも混信が入る。ラジオは周波数0.3~3MHzで波長0.1~1km、テレビは周波数0.3~3GHzで波長1~10m。あり得ない。
 やはり「さあ、気ちがいになりなさい」に「電獣ヴァヴェリ」として収録。アメリカの商業テレビ放送開始は1941年(→コトバンク)だから、テレビの黎明期だ。一種のパニック物だけに、今の世相と比べると、迅速かつ合理的な合衆国政府が羨ましい。でもやっぱりこういう時にアメリカ人は銃を買うのねw
やさしい殺人講座全十回 / Murder in Ten Easy Lessons / The Detective Aces 1945年5月
 スティンキー・エヴァンスはガキの頃からワルだった。タイヤを盗んで捕まった15歳の時は留置所で同室の男から刃物で人を殺すコツを学ぶ。やがて生まれた町を出て、ギャングのニック・チェスターの元で働きつつ、殺し屋のトニー・バリアに拳銃の扱いを教わる。そんなスティンキーを、赤い小悪魔が見守っていた。
 掲載誌はミステリ雑誌だ。そしてブラウンはミステリでも活躍している。おまけに、このタイトル。だから小悪党が暗黒街で名を成す話かな? などと思いながら読んでいると、いきなり地獄やら赤い小悪魔やらのケッタイな仕掛けが出てきて…。ブラウンらしく、最後で綺麗に落とす短編。
夜空は大混乱 / Pi in the Sky / Thrilling Wonder Stories 1945年冬
 最初に異変に気付いたのはロジャー・フラッター、コール天文台の助手だった。双子座の一等星ポルクスが光速を超えて動いている。やがて次々と夜空の異変の報告が続く。北斗七星も形が変わった。南半球でも、異変が観測される。南十字星のアルファ星とベータ星も北に移動を始めた。それぞれの星の地球からの距離はバラバラなのに、動き始めたのは同時だ。
 いかにもアメリカらしい作品。天文学を含め、科学のネタが新聞の一面を飾るなんて事が滅多にないのは、日本も同じ。今、騒いでいる新型肺炎にしたって、ウイルスと細菌の違いを説明できる人は、どれぐらいいるだろう? いや私も怪しいモンだけど。オチの酷さもブラウンらしい皮肉っぷり。
狂った惑星プラセット / Placet Is a Crazy Place / Astounding Science-Fiction 1946年5月
 プラセットは異様な惑星だ。ふたつの太陽の周囲を、8の字を描いてまわっている。しかも、独特の場が光の速度に干渉し、同時に二度、自分で自分に日蝕を起こす。その間、目に見えるモノは何も信用できない。いい加減いやになったぼくは、<アース・センター>のプラセット支部の行政副長官を辞める決心をした。
 プラセットのイカれた現象もなかなかだが、オマケの彩りネタの「鳥の群れ」も楽しい。しかも、その対策がw
ノックの音が / Knock / Thrilling Wonder Stories 1948年12月
 地球最後の男が、ひとり部屋に座っていた。すると、ドアにノックの音が……
 SFショートショートの定番シチュエーション。「さあ、気ちがいになりなさい」にも「ノック」として収録。
すべての善きベムが / All Good BEMs / Thrilling Wonder Stories 1949年春
 作家エルモ・スコットは行き詰っていた。二週間以内にこの作品を仕上げなければ、小説家を廃業しなきゃいけない。なのに、新しい文章が思い浮かばない。このままじゃ元の新聞社勤務に戻る羽目になる。困り果てていたとき、飼い犬のドーベルマンが喋り出した。「その必要はない」
 新聞社勤務から作家ってのは、ブラウン本人がモデルだろうなあ。詰まって困り果てる状況も、きっと自分の体験だろう。クリエイターたちは、こうやってスランプから脱してるんです←をい
ねずみ / Mouse / Thrilling Wonder Stories 1949年6月
 ビル・ホイーラーは生物学者だ。セントラルパークの真ん前にあるアパートに住んでいる。その日、猫をなでながら窓の外を見ていたビルは、エイリアンの葉巻型宇宙船が向かいの公園に降りるのを見た。すぐに警察や軍が出動し、野次馬を整理しはじめる。宇宙船の中には、死んだねずみが一匹だけ。
 突然現れたエイリアンの宇宙船。中には一匹のねずみの死体だけ。果たしてエイリアンの目的は何か。短編そしても面白いが、この後を長編にしても、かなりイケる気がする。ハリウッドが映画化してもいい。
さあ、気ちがいになりなさい / Come and Go Mad / Weird Tales 1949年7月
 新聞記者のジョージ・ヴァインは、編集長から妙な話を持ち掛けられる。精神病院に患者を装って潜りこみ、調べてもらいたい事がある。ヴァインはためらった。三年前に記憶喪失を患い、まだ回復していない。患者を装うどころか、実際に患っている。しかも、それは表向きの話で…
 「さあ、気ちがいになりなさい」にも収録している。ヴァインもそうだが、編集長や同僚の思惑も凝りに凝っていて、読み進むと共に混沌を増す芸風は、後のフィリップ・K・ディックの原型を見るような思いだ。もっとも、この作品は、更に捻ってあって…
1999年の危機 / Crisis, 1999 / Ellery Queen's Mystery Magazine 1949年8月
 ビーラ・ジョードは世界一の名探偵である。幾つもの名を持つが、彼のことを知っているのは警察の一部だけ。シカゴ警察のランド署長は、嘘発見器の不具合に悩んでいた。重大犯罪を有罪に持ち込めない。このままでは暗黒街に街が飲まれる。そのにジョードが乗り込んできた。
 「1999年」は、当時の人が考えた未来、程度に解釈しておこう。現実だと嘘発見器の精度は芳しくないけど、この作品では充分な精度で判定できることになっている。「何度も凶悪犯罪を犯しながら狡猾に司法の手を逃れ、今後も密かに悪事を重ねるであろう人物」を思い浮かべて欲しい。このオチでどうなるか、それは納得できるか、というと…
不死鳥への手紙 / Letter to a Phoenix / Astounding Science-Fiction 1949年8月
 23歳で出征して負傷したときに、わたしの体は変わった。以来、極端に老化が遅くなり、睡眠のサイクルも24時間から46年になる。それから18万年のあいだ、わたしは人類の歴史と共に歩んだ。人類は七回も大きな戦争を起こし、そのたびに人口は激減して文明は原始時代に戻る。が、それでも人類は生き延びてきた。
 「さあ、気ちがいになりなさい」にも同名で収録。オラフ・ステープルドンばりの大掛かりな設定を、たった12頁の短編に詰めこんだ濃い作品。ただし人類を見る目は、いかにもブラウンらしい眼差しで。
報復の艦隊 / Vengeance Fleet / Super Science Stories 1950年7月
 人類が火星に進出し、金星への植民も始まった未来。火星は独立を求め地球と戦っている。そのとき、いきなり宇宙の彼方からエイリアンの艦隊が襲来し、金星を滅ぼした。エイリアンの脅威に直面した人類は…
 4頁の掌編ながら、「1999年の危機」同様に、かなり重たい問いを突き付けてくる。
最終列車 / The Last Train / Weird Tales 1950年1月
 エリオット・ヘイグは弁護士だ。街じゃそこそこ成功している。が、酒場にひとりで座るたびに、考えてしまう。このまま列車に飛び乗って、どこかへ行ってしまおう。その夜、空はピンクがかった灰色に輝いていた。
 朝、通勤列車に乗る前、こう考える人は多いだろう。「このまま下りの列車に乗って旅に出よう」。そんな想いを押し殺して、なんとか日常に身を置く。そうやって日々を食いつぶしているんだが…
収録作品解題 牧眞司
SFの故郷 大森望

 前半はしゃれたオチの粋な短編が続く。だが1949年の「ねずみ」から、微妙に芸風が変わっているように思う。特に顕著なのが「1999年の危機」と「報復の艦隊」で、短いながらもズッシリと重い問題を扱っている。一人称の長編に仕立てた場合、語り手を誰にするかで、読者の感想は大きく変わる。例えば「1999年の危機」。これを凶悪犯に娘を殺された父の視点で語ったら…

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2020年4月 2日 (木)

「フレドリック・ブラウンSF短編全集 1 星ねずみ」東京創元社 安原和見訳

ミツキー、おまえは星ねじゅみになるんじゃ!
  ――星ねずみ

「その――その、大した話じゃないんだけどさ、ミミズをとろうとしたら、それが飛んで逃げたんだよ。羽根が生えて。まぶしいぐらい真っ白の羽根が」
  ――天使ミミズ

【どんな本?】

 フレドリック・ブラウンはアメリカのSF/ミステリ作家だ。1940年代のSF黎明期から1960年代にかけ、ややシニカルでキレのあるオチが持ち味の短編を続々と発表する。その芸風は日本でも星新一や草上仁に受け継がれ、今なお多くの読者を惹きつけている。

 本書はブラウンのSF短編すべてを執筆順に全四巻で刊行する企画の開幕編として、1941年の「最後の決戦」から1944年の「イイヤリングの神」までを収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は From These Ashes : The Complete Short SF of Fredric Brown, 2001。日本語版は2019年7月12日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約325頁に加え、牧眞司の「収録作品解題」7頁+鏡明の「フレドリック・ブラウンを讃える。」4頁。9ポイント43字×20行×325頁=約2795,00字、400字詰め原稿用紙で約699枚。文庫ならやや厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとはいっても、ちょっとしたアイデア・ストーリーが中心で、味わいは星新一に近い。そんなわけで、理科が苦手でも全く問題ない。ただ、この巻は1940年代前半の作品のため、電報やライノタイプなど当時の風俗や技術が、若い人にはピンとこないかも。道具さえ今風に置き換えれば、充分に現代でも通用する作品なんだけど。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

序文 バリー・N・マルツバーグ
最後の決戦 / Armageddon / Unknown Fantasy Fiction 1941年8月
 ハービー・ウスターマンはシンシナティに住む9歳の少年だ。劇場に行く前、両親にねだって水鉄砲を買ってもらった。その日、ステージに立つのは大魔術師ガーバー。手品好きのハービーは熱心にガーバーを見つめ、彼の呼びかけに巧みに応じステージにあがる権利をモノにした。
 「さあ、気ちがいになりなさい」にも「おそるべき坊や」として収録されている。ブラウンの芸風がよく出ていて、8頁と短いだけにオチのキレがすばらしい。
いまだ終末にあらず / Not Yet tthe End / Captain Future 1941冬
 ザンドールの探査船が地球に忍び寄る。鉱山で働かせている奴隷のルーナックが絶滅しかけている。その代わりの奴隷を探しに来たのだ。二人の乗組員カルとラルは、夜に輝く都市を見つけた。おまけに二足歩行生物まで。鉱山で働かせるにはちょうどいい。
 これまた4頁の短編ながら、オチのキレは鮮やか。にしてもブラウンの宇宙じゃ、しょっちゅう世界の危機が訪れるなあw
エタオイン・シュルドゥル / Etaoin Shrdlu / Unknown Worlds 1942年2月
 お話はやたらと面白いんだが、ネタの中心であるライノタイプ(→Wikipedia)が今の若者には通じそうにないのが辛い。現代風にアレンジすると…
 ロンスンは印刷屋を営みつつ、地元向けの地方紙を発行している。その東洋人はチラシ制作を頼みに来た。原稿は手書きでフォントは特注。注文通りMacに特注フォントをインストールして仕事は半日で終わり、特注フォントは削除した。それ以来、Macの様子がおかしい。手書き原稿の誤字を気を利かせて正しい綴りで入力しても、勝手に原稿通りの綴りになる。どころか出鱈目にキーボードを打っても原稿通りのテキストが入る。数日すると、メモリも増設してないのにPhotoshopの動きはキビキビしてくるしハードディスクの容量は底なしに増え…
 はい出ました謎の東洋人w 謎の中国人の店でケッタイなモノを買い、ってパターンの元祖かな? そんなMacが私も欲しい。とか思いつつも、お話はホラーっぽい展開になってきて…。ホラーにするなら、印刷屋よりWebサイト構築請け負いにした方が怖いかな?
星ねずみ / Star Mouse / Planet Stories 1942年春
 オーベルビューガー教授はロケット燃料の専門家で、ドイツから亡命してきた。今はコネティカット州の家に一人で住み、独り言をつぶやきつつ1メートルほどの小型ロケットを作っている。教授は知らなかったが、同居する者がいた。ネズミのミツキーとその一家だ。ロケットの実験が成功した時、教授はミツキーに気づく。
 フォン・ブラウンなどドイツ人科学者を奪取するペーパークリップ作戦(→Wikipedia)より遥か前に書かれている。教授のドイツ訛りの訳が見事だ。もちろん、ミツキーのモデルは彼です。
最後の恐竜 / Runaround / Astounding Science Fiction 1942年9月
 世界に君臨する王、ティラノサウルス・レックス。巨大な肉体に鋭い爪と牙。戦えば必ず勝ち、相手は彼の食事となる。…はずなのに、今の彼は飢えている。既に同族はすべて死に絶えた。今や彼に立ち向かう者はいない。ただ逃げるだけ。追いかけても、奴らは素早い。
 6頁の掌編。古生物学的にはいささかアレだが、この際そういう事はいいっこなし。滅びゆく王者の姿を綴る作品。
新入り / The New One / Unknown Worlds 1942年10月
 火の魔物たちは、秘密裏に計画を進めていた。人間を操って放火をけしかけるのだ。もちろん、ケチなシロモのじゃない。何年もかけじっくりと仕込んで、大きな炎をあげてやる。標的はウォリー・スミス。お陰でウォリーは赤ん坊のころから炎の虜となったが…
 魔界?と人間界の関わりをテーマとした、ユーモラスな作品。ポルターガイストやエクトプラズムは、魔界じゃ新入り扱いらしい。きっとゾンビは期待の新人ってあたりだろうw 「何か楽しいことを考えなさい」の会話のリズムが、モロに私のツボにハマってしまったw
天使ミミズ / The Angelic Angleworm / Unknown Worlds 1943年2月
 チャーリー・ウェルズは朝早く起きた。今日はピート・ジョンスンと釣りに行く予定だ。餌にするミミズを捕まえようと、花壇の土を掘り返す。いた。そいつに向けて指を伸ばしたとき、それが起きた。ミミズに純白の羽根がはえ、優雅に螺旋を描いて上昇し、空に消えていった。
 ブラウンの作品の中でも有名な短編。ミステリでも名を成したブラウンらしく、ちょっとした謎ときの形でお話は進んでゆく。もちろん、「SF短編全集」に入る作品だから、まっとうなトリックじゃないんだがw
帽子の手品 / The Hat Trick / Unknown Worlds 1943年2月
 メイとボーイフレンドのボブ。エルシーと彼氏のウォリー。ホラー映画を観たあと、四人はエルシーの部屋によることにした。飲みながら、ボブが手品を披露する。そのタネをウォリーがあかしたせいで、ボブはムキになった。もっと凄いのをやってみせろ、と。
 まあ、男ってのは、女の子の前じゃカッコつけたがる生き物で。
ギーゼンスタック一家 / The Geezenstacks / Weird Tales 1943年9月
 オーブリー・ウォルターズは九歳の女の子。父のサムと母のイーディスと一緒に住んでる。よく母の弟リチャードが遊びにくる。オーブリーはリチャードと仲がいい。その日、リチャードは人形を持ってきた。四つの蝋人形。それをオーブリーは気に入り、ギーゼンスタック一家と名づけて遊び始めた。設定では、父と母と娘、そして母の弟となっている。
 女の子のおままごとをテーマとした、Weird Tales 掲載に相応しいホラー風味の作品。驚くべきことに、まったくいじらないまま、21世紀の今日でもテレビドラマの原作として充分に通用してしまう。つくづく、ホラーやファンタジイはSFと比べて寿命が長いなあ。
白昼の悪夢 / Daymare / Thrilling Wonder Stories 1943年冬
 木星の第四惑星、カリスト。ロッド・ケイカーは五年前から第三区警察の警部補を務めていたが、殺人事件が起きたことはない…今日までは。被害者はウィレム・ディーム、書籍&マイクロフィルム店を営んでいる。ここじゃハイルラの胞子のため、死体は一時間で腐りはてる。急いで遺体の様子を見たケイカーだが…
 これまたミステリ仕立ての中編。もちろん、この作品集に相応しくトリックもSF仕立て。ただし「天使ミミズ」とは違い、仕掛けはそれなりに真面目だ。若い人にはマイクロフィルムがわからないかも。要は小型のアナログ画像記録媒体ですね。もちろん、事件はブラウンらしくイカれてクレイジーなシロモノ。
パラドックスと恐竜 / Paradox Lost / Astounding Science Fiction 1943年10月
 ドローハン教授による論理学2Bの退屈な授業に出ていたショーティ・マッケイブは、飛びまわるハエを暇つぶしに見ている。すると、いきなりハエが消えた。羽音もしない。気になって、ハエが消えたあたりを左手でまさぐる。その後、驚いたことに、ショーティの左手の指先は…
 「さよならダイノサウルス」などでわかるように、「恐竜絶滅の真相」は、SFの定番テーマのひとつ。いかにしょうもない真相にするかが、作家の腕の見せどころとなっているのは、ブラウンのせいかもしれないw 先の「最後の恐竜」でもわかるように、SFファンは恐竜も好きなのだ。
イヤリングの神 / And the Gods Laughed / Planet Stories 1944年春
 小惑星での仕事は退屈だ。一カ月間、代わり映えのない四人で暇をつぶさなきゃいけない。そんな中で唯一のお楽しみは、互いに駄法螺をふきあう事ぐらい。幸いチャーリーは巧みな話し手で、なかなか楽しめたんだが、今日はおれにお鉢が回ってきた。そこで始めたのが、ガニメデ人の話。あれは変わってて、原住民がイヤリングを着けるんじゃなく、イヤリングが原住民を着けてる。
 アメリカの伝統芸?の駄法螺話を、舞台を宇宙に移して繰り広げた、そんな味わいの作品。この芸風はアヴラム・デイヴィットスンやテリー・ビッスンが受け継いでいると思う。
収録作品解題 牧眞司
フレドリック・ブラウンを讃える。 鏡明

 さすがに80年前の作品だけに、「エタオイン・シュルドゥル」あたりは小道具のライノタイプが通じなくなっちゃいる。が、ソコをMacなりWebサイトなりに変えれば、基本的なアイデアは今でも充分に短編ドラマの原作として使えるのが凄い。SFとはいっても小難しい理屈は出てこなくて、ヒネリの利いた発想で読者をアッと言わせるタイプの作家だ。星新一が好きなら、ぜひ手に取ってほしい。

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2020年2月13日 (木)

シルヴァン・ヌーヴェル「巨神降臨 上・下」創元SF文庫 佐田千織訳

ぼくたちはなにもしなかった……死ぬのを待ってたんだ。
  ――上巻p68

自分自身にそれが適用されないかぎり、わたしは彼らの主義を称賛した。
  ――下巻p61

【どんな本?】

 世界各地に出現した巨大ロボットたちは、人々に死を振りまいた。幸いローズ・フランクリンの対策が呼応を奏したのか、巨大ロボットたちは姿を消す。喜ぶのも束の間、人類が手に入れた巨大ロボットのテーミスも姿を消してしまう。操縦者ヴィンセントとエヴァ、そしてローズと地球防衛隊司令官のユージーンを巻き添えにして。

 四人は巨大ロボットの故郷、エッサット・エックトに転送されたのだ。異星において、珍獣とも難民とも客人ともつかぬ、中途半端な立場に置かれた四人は、それぞれの立場で自らの暮らしを始める。

 その頃、地球では。巨大ロボットの引き起こした災厄は、人類に強い恐れを引き起こす。残された唯一の巨大ロボットのラペトゥスを手に入れたアメリカ合衆国は、その強大な軍事力を前面に押し出し、強硬な軍事・外交政策を推し進める。他の諸国も、災厄の犠牲者と生存者の違いを根拠に人びとをランク分けして分断し、特定ランクの者は収容所に押し込めていた。

 そして9年。巨大ロボットのテーミスと共に異星から帰還したヴィンセントらは、テーミスともどもロシアに捕獲されてしまう。テーミスを手に入れたロシアは、その強大な武力で国際社会における存在感を示そうと動き始めるが…

 異星人の遺産である巨大ロボットをテーマとした娯楽アクションSF三部作の完結編。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」ベストSF2019の海外篇で18位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ONLY HUMAN, by Sylvain Neuvel, 2018。日本語版は2019年5月24日初版。文庫本の上下巻で縦一段組み本文約352頁+334頁=約686頁に加え、大野万紀の解説6頁。8ポイント42字×18行×(352頁+334頁)=約518,616字、400字詰め原稿用紙で約1,297枚。文庫本の上下巻としては普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。表紙のイラストで見当がつくように、「古代に異星人が残した巨大ロボットに人間が乗り込んで操縦する」お話だ。だから、科学や背景ではけっこう無茶やってる。そういうのが許せる人向け。

 それ以上に、三部作の完結編なのが重要。そのため、人間関係や設定は、前二作を引きずっている。読むなら、素直に開幕編の「巨神覚醒」から取り掛かろう。

【感想は?】

 いよいよ待望のエイリアンが登場する。のだが…

 人類を遥かに超えるテクノロジーを持つエイリアンである。さぞかし色々と進んでいるんだろう、と思ったら、そうきたか。

 ヲタクなネタと巨大ロボットの魅力で引っぱってきたこのシリーズ、完結編では著者の政治的な姿勢が色濃く出る作品となった。勝手な想像だが、これは著者がカナダのケベック州の出身なのが大きいんだろう。

 カナダは先進国だ。アメリカ合衆国と同じく、移民が作った若い国でもある。ただし自他ともに認める超大国であるアメリカと比べれば、とても小さな国だ。いや国土は広いんだが、人口は合衆国3.28億人に対しカナダ0.37億人、GDPも合衆国20.4兆ドルに対しカナダ1.5兆ドル。大雑把に国の規模は1/10ぐらい。そんなカナダで生まれ育てば、自然と合衆国に対し複雑な感情を抱くだろう。

 軍事・経済・科学そして文化でも、合衆国は世界をリードしている。それはSFも同じだ。だから、合衆国への憧れはある。と同時に、世界の全ての国を相手にして戦争しても勝てるほどの桁外れの軍事力に対しては、どうしたって怯えてしまう。幸い今のところ両国間の関係は良好だが、合衆国が牙をむいたら、どうなることやら。

 そんなカナダの中にあって、ケベックは更に複雑だ。なんたって、公用語がフランス語である(→Wikipedia)。今はやや大人しいが、カナダからの独立を求める動きも強い。だもんで、「合衆国に対抗するため全国民が一丸となって云々」みたいなワケにもいかない。

 そういう複雑な環境で生まれ育ったためか、暴力や権力の圧力や、人びとを差別し分断しようとする動きへの反感が、最終巻であるこの作品に強く出ている。

 なんたって、冒頭から合衆国はリビアの内戦に介入だ。しかも、海兵隊所属となった巨大ロボットのラペトゥスを前面に押し出した、ゴリゴリの脅迫である。まるきしヤクザだw にしても海兵隊ってのは巧いね。何せこの巨大ロボット、守りが硬く武器が強力なのに加え、常識を超えた移動ができる。こういう機動ができるんなら、強襲が専門の海兵隊にピッタリだ。

 そんな合衆国に対し、好敵手を自任するロシアは…。

 いやあ、既刊のアリッサ・パパンドヌ博士もなかなかの役者だけど、この巻で登場するGRU所属のキャサリン・レベデフ少佐が、実にトンガった人で。ロシア人といえば無口でクールなんて常識を鮮やかにひっくり返し、ソープオペラばりにしゃべるしゃべるw しかも、そのお喋りにほとんど中身がないのも凄いw

 所属がGRUだし、ハリウッド映画でアメリカンな振る舞いを学んだんだのかな、なんて思いながら読むと、更に楽しめます。もっとも、稀に覗ける彼女の意図は、やっぱりロシアなんだけどw 「レベデフ少佐のつぶやき」なんてスピンオフがあったら、是非とも読んでみたい。

 などと、物騒なのは軍と諜報機関だけでなく、いずれの国も社会全体がアレな方向に行っちゃってるあたりに、著者の政治性を強く感じるところ。このあたりでは、何かと生臭い事柄を思い浮かべてしまう。今の合衆国の移民排斥傾向に始まり、ユダヤ人の強制収容所もそうだが、太平洋戦争中は日系人も収容所に入れられたんだよなあ。まあ現代の日本もヒトゴトじゃないけど。

 ってな傾向に対し、単に厭うだけでなく、原因にまで思いをはせ、痛い所を突いてくるから憎い。

人は自分が知らないものを恐れます。
  ――上巻p136

彼らは自分たちの信条に居心地よさを感じるためだけに、時間とエネルギーを費やして物事を学ばない方法を探すだろう。
  ――上巻p323

わたしたちはだ……誰かのせいにする必要があるの。
  ――下巻p17

 では進んだテクノロジーを持つエイリアンは、というと、ここでも見事にハシゴを外すんだな、これがw 異星エッサット・エックトを描く場面では、意外としょうもない異星人の状況以上に、不慣れな世界に放り込まれた地球人四人の対比が、なかなか染みる。特に地球を懐かしむユージーンと、新しい世界に飛び込んでいくエヴァの対照が鮮やかだ。

 そのエヴァも、とーちゃんとはギクシャクしてるのは、名前のせいだろうかw

 やはり同じカナダ出身のSF作家ロバート・J・ソウヤーの「ネアンデルタール・パララックス」同様に、サービス満点な娯楽性と共に、著者のリベラルな政治姿勢が強く出た作品だ。だから好みは別れるだろうが、ハマればきっと楽しめる。

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2019年12月25日 (水)

チャールズ・L・ハーネス「パラドックス・メン」竹書房文庫 中村融訳

「…とりわけ、ソラリオン9でトインビー21の純化されたエッセンスが見つかるものと期待しています――つまり、自殺したくてたまらない30人の狂人が」
  ――p103

「…マインドとは何者なんだ?」
  ――p168

おまえはだれなの?
  ――p316

【どんな本?】

 アメリカのSF作家チャールズ・L・ハーネスが1955年に発表し、ヴォクトの諸作を彷彿とさせるスリリングでスピーディーな展開と壮大でマッドなアイデアの奔流にブライアン・オールディスが「ワイドスクリーン・バロック」の称号を与えた話題作。

 2177年、アメリカ帝国。宰相バーン・ヘイズ=ゴーントが事実上の支配者として君臨し、奴隷制を敷く退廃する社会となった。学生時代からヘイズ=ゴーントのライバルだった科学者のキム・ケニコット・ミュールは、10年前に消息を絶つ。

 同じころ、記憶を失った男アラールは、二人の大学教授マーカ・コリップスとジョン・ヘイヴンに救われる。アラールは二人に誘われ<盗賊結社>に入り、<盗賊>として稼いだ富で多くの奴隷を解放してきた。しかし帝国心理学者および芸術愛好家のシェイ伯爵の館に忍び込んだ際に…

 技術も社会も歪な世界で、巨大な陰謀に<盗賊>が勝ち向かう、サービス満点の娯楽SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1953年発表の際は Flight into Yesterday だが、後に The Paradox Men の名で再版され、高い評価を受ける。日本語版は2019年9月19日初版第一刷発行。文庫で縦一段組み本文約320頁に加え、「訳者あとがき 元祖ワイドスクリーン・バロック」15頁。9ポイント38字×17行×320頁=約206,720字、400字詰め原稿用紙で約517枚。普通の文庫の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。ワードスクリーン・バロックと言われるとナニやら難しそうだし、原著が1953年なので古臭そうな印象がある。が、心配ご無用。確かにデジタル関係はアレだが、それ以外は根本的なスケールがイカれ切っていて読者の思考能力を麻痺させてしまう。またお話も危機また危機のスリリングな展開で読者を惹きつけて離さない。リラックスしてお楽しみあれ。

【感想は?】

 これぞ正当なヴォクト「スラン」の後継者。

 「ワイドスクリーン・バロック」なんぞと大げさで難しそうなラベルがついているから、人によっては敬遠しちゃうかもしれない。だが、それは大変な勘違いだ。これは、とっても楽しい娯楽冒険活劇なのだ。しかも、緻密に構成を考えてある。

 「スラン」も主人公は次から次へと危機に陥り、そのたびに激しいアクションと意表を突くアイデアで切り抜ける物語だった。その点はこの作品も同じ。

 ただし、ヴォクトは全体構成をアドリブで作っていた。破綻もあるのだが、あまりの目まぐるしさで読者に気づかせない、そういう力技の作品である。対して、本書は構成をキッチリと考え、アチコチに見事な伏線をはり、終盤で鮮やかに回収してみせるのだ。

 漫画に例えるなら、篠原健太の「彼方のアストラ」の構成で舞台やガジェットは寺沢武一の「コブラ」みたいな。いやアストラはアニメしか見てないけど。

 なんにせよ、そういう、個々の場面では個々のアイデアに「そんなんアリかい!」と驚きつつワクワクし、主人公のピンチには「どうなるんだろう?」と期待を膨らませ、終盤には「こんな大風呂敷をどうやって畳むんだ?」と不安を抱かせながら、最後に「おお、あれがこうなるのか、ヤラレタ!」と脱帽する、そんな作品なのだ。

 なんといっても、ハッタリが効いてる。これには舞台設定の工夫がいい。なにせ合衆国が帝国になっている。しかも宰相が仕切り、奴隷制もある。実にグロテスクだ。でもって主人公アラールは<盗賊>ときた。その盗賊の仲間は大学教授である。正邪がひっくり返ってるだけでなく、大学教授と盗賊なんていうミスマッチがたまんない。

 これが単に奇をてらっただけでなく、ちゃんと裏付けがあったりするのだ。冒頭でだいたい見当がつくんだが、実は…

 加えて、<盗賊>のスタイルが、なんとも時代がかってるのも楽しい。銃社会のアメリカのはずなのに、なんと主な武器はサーベルだ。しかも攻守ともに。これについても、ちゃんと種も仕掛けも用意してある。

 もちろん盗賊だけあって、逃亡用の七つ道具だってあるし、それぞれ奇想天外なクセにちゃんと理屈がついてるのも嬉しい。

 そんな次から次へと出てくるガジェットに加え、やたら悪役が個性豊かで魅力的なのも、この作品の読みどころ。

 まあずは最初に出てくるシェイ伯爵。美食でデップリと太った芸術愛好家だ。私は最初ヘルマン・ゲーリングを思い浮かべた。そう、ナチス・ドイツで空軍を指揮した貴族趣味の奴。これはけっこういい線いってた。

 ただしシェイ伯爵の肩書は帝国心理学者。軍人ではなく、人の心を操る陰険な奴である。実は陰険なだけでなく、心底アレな人なのが中盤以降で明らかになるので、期待しよう。私はこういう人として完全に壊れている変態学者さんが大好きだ。

 対して力押しの脳筋野郎が保安大臣のターモンド。つまりは<盗賊>の天敵、警察の親玉である。いや捜査の指揮は見事なのだ。でも武闘派で、大事な場面じゃ本人がお出ましになるのが困ったところ。もちろん、それに相応しくバトル能力は万全なんだけど。

 そしてラスボスが帝国宰相バーン・ヘイズ=ゴーント。隠れた主人公キム・ケニコット・ミュールに対し、学生時代から因縁を抱えてる執念深い奴。学業で負け女を取られ、恨みを恨みを晴らすため権力を握る、実にわかりやすい悪役ですね。ただ、それだけに、権力闘争では阿漕なまでの巧みさを見せ、最後の最後まで粘りに粘るしぶとい奴です。でもなぜかペットは黒猫じゃなくてメガネザルw

 そしいてもちろん、冒険SFに欠かせないガジェットもてんこもり。重力屈曲性計画だのトインビー21だのミューリウムだの、謎めいてハッタリが効いた言葉が妄想マシーンに燃料くべまくりだ。

 一見、古臭いし、ワイドスクリーン・バロックなんて言われるとマニア向けの難しい作品みたく感じるけど、心配ご無用。まあ実際マニアを夢中にさせる要素も多いが、お話はスリリングでスピーディーで豪快な冒険娯楽活劇だ。リラックスして楽しもう。

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2019年11月21日 (木)

デニス・E・テイラー「シンギュラリティ・トラップ」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

「シリラがベイビーロックで探知した異常物を掘りだそうとしたんです。バスケットボールくらいの小さな物体です。プリチャードがそれを拾いあげようとして手をのばしたら、それからなにかが飛びだしてきて彼の右腕を包みこんだんです」
  ――p82

「…彼はいったい、なにを必要としているのかしら?」
  ――p187

「…肝心なのは、きみがいまもきみだっていうことだ」
  ――p215

意見は過大評価されている。意見を持つのは傍観者だ。傍観者にすぎない観客は意見を持つ。プレーヤーは決断をくだし、結果に責任を持つのだ。
  ――p334

「…どうして銀河系内に文明を発見できないのか、というのが、地球外文明の数を推定するドレイク方程式にまつわる長年の大問題でした」
  ――p398

「…軍事的解決策の問題は、道徳権利を有するほうではなく、また万全の策があるほうでもなく、強大なほうが好んで採用することだ」
  ――p464

【どんな本?】

 銀河系宇宙を舞台とした本格スペース・オペラ「われらはレギオン」で話題を呼んだカナダの新鋭SF作家デニス・E・テイラーによる、期待の新作長編SF。

 アイヴァン・プリチャードはコンピュータ技術者だ。妻と二人の子がいるが、暮らし向きは悪くなる一方。そこで一発逆転を狙ったプリチャードは、有り金をはたいて小惑星探鉱船<マッド・アストラ>に乗り込む。しばらくは家族と会えないが、資源の豊富な小惑星を見つければ大儲けできるはず。

 ところが<マッド・アストラ>、最近は空振りが続いて台所は身売り寸前の悲惨な状態。加えて今回も最初の探索は空振りに終わった。仕方なく延長戦に入ったところで、大当たりを引き当てる。はいいが、とんでもないオマケがついてきた。小惑星のすぐそばにあった岩塊をプリチャードがつついたところ、岩塊から飛び出した何者かが…

 人類の存亡がかかったファースト・コンタクトをユーモアたっぷりに描く、本格SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Singularity Trap, by Dennis E. Taylor, 2018。日本語版は2019年10月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約496頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント41字×18行×4996頁=約366,048字、400字詰め原稿用紙で約916枚。文庫の上下巻でもいい分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。一応、天文学や物理学関係でソレナリの仕掛けが出てくるが、分からなかったら「なんかソレっぽいことを言ってるな」程度に解釈しておこう。

【感想は?】

 スペース・オペラには、大きく分けて二種類がある。光速を超えるものと、超えないものだ。

 一般に光速を超える作品はストーリーやキャラクターを重んじるもので、超えないものは科学的な整合性を重視する作品が多い。前者の代表が「スタートレック」や「星界の紋章」で、後者の代表は「火星の人」や「航空宇宙軍史」だろう。

 本書は、光速を超えない。となると、堅苦しい作品のように思うかもしれないが、とんでもない。著者の本邦初登場シリーズの「われらはレギオン」も、敢えて光速の制約を受け入れることで、ボブたちの「戦い」に緊張をもたらした。

 本作の前半では、カッチリした技術的なディテールが楽しい。地球の重力井戸から這い出す<スリング>の描写も、現代の力任せな化学燃料ではなく、費用対効果の高い方法を採っている事が伺える。たぶん磁気カタパルトだろうなあ。それでも宇宙では空間そのものが貴重なので、宿泊施設はアレだったり。そんなもん、なぜ著者は知ってるんだ?

 こういう、技術だけじゃなく経済面も考えているあたりが、21世紀SFらしいリアリティを感じさせてくれると共に、「案外と宇宙時代はすぐソコに来てるのかもね」的な高揚感を与えてくれる。と同時に、「でも、君が考えてるほどロマンチックじゃないよ」と釘をさすのも忘れない。窓とかスポンジとかスピン方向とか、そーゆー小技がスレたSF者には心地いいのだ。

 本作の舞台は、近未来だ。小惑星の採鉱は、民間企業に任されている。しかも、主人公プリチャードが乗り込む探鉱船<マッド・アストラ>は、大企業の所属じゃない。船長ジェニングスの持ち船だ。こういった所は、資本主義を信じ挑戦と起業を美徳とする、北米人らしいバランス感覚だろう。

 と同時に、本作の舞台裏にある人類社会の、技術的・政治的背景も巧みに仄めかす。プリチャードが乗り込むのに、株を買い入れるあたりは、「大航宙時代」を連想してニヤリとしたり。この世界が持つ、活気あふれるフロンティアの香りが漂ってくる。

 などと、科学的な細部はキッチリ書き込みつつも、本作は決して堅苦しくない。何より、いきなり冒頭で大風呂敷を広げてくれる。かの傑作「2001年宇宙の旅」や、SFマニア歓喜の「サターン・デッドヒート」を思い起こさせる、宇宙SFの王道展開だ。遠い遠い昔、知的種族が太陽系に飛来し、「道しるべ」を仕掛け、去っていった…。そう、これは先人の偉大な傑作に真正面から挑む、大いなる野心作なのだ。

 こういった底に流れる明るさは、プリチャードに変化が訪れる中盤以降で、更に勢いを増す。いや肝心のプリチャードは常識じゃ考えられない異常な状況にキョドりまくりなんだが、読んでる私たちは「どんな御利益があるのかな?」と妙な期待に胸がワクワクしちゃったり。ほんとゴメン、プリチャード。

 もっとも、単に明るいだけじゃ済まないのも、中盤以降の展開で。謎のエイリアンの目論見もそうだが、それより地球の事情がいささか不穏なのだ。温暖化は悪化し、世界は二陣営で睨み合っている。プリチャードの噂で暴動が頻発する場面でも、科学とテクノロジーを愛する著者らしい世界観が覗けて「やっぱり」と思ったり。この人、きっと「インディペンデンスデイ」も好きだろ。

 そして、終盤では、ファーストコンタクト物に付き物の大きな壁「ドレイクの方程式(→Wikipedia)」と「フェルミのパラドックス(→Wikipedia)」をめぐる問題に真っ向から立ち向かい、今世紀のSFに相応しい新たな解を提示してくれる。

 もちろん、スタートレックにはじまり2001年などのイースター・エッグも随所に仕込んであり、マニアを喜ばせるトラップには事欠かない。ばかりでなく、終盤での頭脳戦では、人類の命運をかけた大博打を打ちつつ、それに相応しい壮大なビジュアルが展開する。

 お得意のクセのあるユーモラスな会話は健在で、細かく章を分けた構成もスピード感があって親しみやすい。そして何より、本格SFの醍醐味ファースト・コンタクトに本腰を入れて挑んだのが嬉しい。最新の知見を折り込みつつも、SFの楽しさをギッシリ詰めこんだ、今世紀ならではの太陽系スペース・オペラだ。

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【どうでもいい話】

 たぶん次の記事はしばらく間が開きます。かなり歯ごたえのある本なんで。

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2019年11月 7日 (木)

高野史緒編「21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作選 時間は誰も待ってくれない」東京創元社

「私はこんなに老けて、こんなに孤独で、こんなに疲れて……」
  ――オナ・フランツ「私と犬」

「現実に人間にしてもそうたくさんのタイプがあるわけではありませんよ」
  ――ロクサーナ・ブルンチェアヌ 「女性成功者」

テレビの背面カバーのネジを外そうとしてもつれた配線に指で触れる時、転がった鉛筆を拾おうとベッドの下にもぐり込もうとする時、私たちが姿を現すのは謎の洞窟のなかなのだ。
  ――ミハル・アイヴァス「もうひとつの街」

世界の終わりは日曜日の正午に始まった。
  ――シチェファン・フスリツァ「カウントダウン」

首都の名門銀行の上級顧問、ホートーニン氏は、列車の中で神と出会った。
  ――ゾラン・ジヴコヴィッチ「列車」

【どんな本?】

 東欧のSF作家というと、チェコのカレル・チャペックやポーランドのスタニスワフ・レムが思い浮かぶ。チャペックは大戦間の人だし、レムは冷戦期の人だ。その東欧は1989年のベルリンの壁崩壊以降、大きく変わった。と同時に、冷戦前から受け継いできた文化も再び芽を出し始めている。

 その東欧(とロシア)における、ファンタスチカの概念は広い。序文によると、「SF・ファンタジー・歴史改変小説・幻想文学・ホラー等を包括したジャンル」である。

 50年代アメリカSFを思わせるおおらかなアイデア・ストーリー,ヒネリの利いた短編の佳作,現代の問題を扱う生々しい作品,激動の歴史を感じさせる短編など、バラエティ豊かな東欧ファンタスチカの世界を紹介する、贅沢な作品集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年版」のベストSF2011海外篇で8位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年9月30日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約272頁に加え、沼野允義による解説「東欧の『幽霊』には足がある? 見えざる『もう一つのヨーロッパ』の幻想の正体を探る」12頁+編者あとがき5頁。9ポイント43字×19行×272頁=約222,224字、400字詰め原稿用紙で約556枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 お堅い文章を覚悟していたのだが、意外と軽快でノリのいい作品も多い。全般的にサイエンス・フィクションは少なく、ユーモラスな社会批評や幻想的なホラーが中心なので、理科が苦手でも大丈夫。むしろ歴史や地理の知識があると、より深く味わえる作品が多い。

【収録作は?】

  国ごとに1~2頁の解説が。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 著者名 / 作品名 / 訳者 / 初出年 の順。

序文 ツァーリとカイザーの狭間で 高野史緒
<オーストリア>
ヘルムート・W・モンマース / ハーベムス・パーパム(新教皇万歳) / Helmuth W. mommers / Habemus Papam / 識名章喜訳 / 2005
 2866年。ローマ教皇ベテディクト17世死去に伴う教皇選出会議は難航していた。ヴァチカンには179名の枢機卿が集い、既に28回の選挙が行われたが、まだ白い煙はあがらない。人類の宇宙進出に伴い、ローマ・カトリックも宇宙へと版図を広げ、そればかりか…
 宇宙時代のローマ・カトリックはどうなるのか? 1950年代のアメリカSFを思わせる、おおらかながらSFらしい視点でチクリと風刺を利かせた作品。世の中が変わり、ローマ・カトリック信徒の範囲が広がれば、聖職者のメンバーも変わってくる。それも面白いが、敢えて変えない部分も面白かったり。
<ルーマニア>
オナ・フランツ / 私と犬 / Ona Franz / Eu și un cîine / 住谷春也訳 / 2005
 息子を安楽死させた三日後、安楽死禁止法が出た。妻は既に亡く、私は猫と共に一人で暮らし始める。火星で最初のコロニーの建設が始まったとニュースが報じている。医学では、最悪の病気を早期に犬が嗅ぎつける技術が完成した。私は今までどおり仕事を続けた。そして月日は過ぎ…
 髪が抜け始めたオッサンには身に染みる作品。ロボットなどの細部はやや古めかしい感はあるが、それが逆に切ない気分を盛り上げる。老いて何かと利かなくなる自分の体、それに比べて便利になり機能が増える身のまわりの品々。特に不満を持つでもなく、静かに日々の暮らしを続ける一人暮らしの男。犬との淡い交流が、読了後にささやかな余韻を残す。
ロクサーナ・ブルンチェアヌ / 女性成功者 / Roxana Brincoveanu / O femeie de succcess / 住谷春也訳 / 2005
 建築家として華々しく成功した女は、夫を買うことにする。欲しいのは仕事で役に立つロボットじゃない。人生の伴侶だ。大会社の有名モデルじゃ誰かとカブりいかねない。そこで無名の会社を選んだ。テクニカル・チームの細かい質問に答え、何日かして再び訪れると、夫が私に永遠の愛を誓ってくれた。
 これまた1950年代のアメリカSFを思わせる、おおらかなアイデア・ストーリー。加えてこの作品は、かなり高ピーでお喋りな女の語りが巧くハマり、テンポのいい文章に乗せて物語がポンポンと心地よく進んでゆく…と思ったら、こうきたか。このオチもまた、フレドリック・ブラウンや草上仁みたいな味がする。
<ベラルーシ>
アンドレイ・フェダレンカ / ブリャハ / Андрэй Федарэнка / Бляха / 越野剛訳 / 1992
 チェルノブイリ事故のあと、村から人がどんどん出ていく。残ったのは村一番の顔役だった爺さん夫婦、年寄りの准医師、そしてうすのろでろくでなしでのんだくれのブリャハだけ。元顔役の爺さんは、豚の解体を手伝ってくれとブリャハに頼みにきた。
 非SF。チェルノブイリ事故のあと、地元に残った人たちの物語。今更 Google Map で調べたら、チェルノブイリはウクライナ北端でベラルーシの国境近くなんだね。立入禁止地区に「ゾーン」なんてルビがついてると、ストルガツキー兄弟の名作「ストーカー」を思い出すんだが、そういう連中はチェルノブイリにも徘徊してて…。
<チェコ>
ミハル・アイヴァス / もうひとつの街 / Michal Ajvaz / Druhé město / 阿部賢一訳 / 1993, 2005
 私たちの街より古く、だが私たちが何も知らない世界。それは小さなひび割れなどの向こうに広がっている。<私>はその存在に気づき、しるしを求めてプラハの街を探して歩きまわる。その朝、向かったのはポホジェレッツ。しばらくすれば観光客でいっぱいになるだろうが、今は誰もいない。開いているビストロに入ると…
 長編の抜粋。幼いころ、熱を出して寝込んでいた時、天井の木目模様が様々なモノに見えた。そんな感覚が蘇ってくる、不気味な雰囲気に溢れた作品。チャイナ・ミエヴィルの「都市と都市」も二重都市を扱った作品だが、いずれの都市も人間の領分だった。だがこの作品の「街」は、もっと物騒で禍々しい。
<スロヴァキア>
シチェファン・フスリツァ / カウントダウン / Štefan Huslica / Odpo č ítavanie / 木村英明訳 / 2003
 ヨーロッパの十数カ所の原子力発電所が同時に襲われた。犯行グループは民主主義急進派。中国共産党体制に対し、民主主義のために戦争を布告せよ、さもなくば原子炉を爆破する、と。EUは平和的な解決を打診するが、犯行グループは一歩も譲らない。
 今世紀に入ってから中国の経済成長は著しいだけに、発表当時とは作品の印象が大きく変わっているんだろう。だが、中国が共産党の一党独裁なのは変わりないわけで、私たちのオツムは結構いいかげんなモンだと改めて考え込んでしまう。そんな状況で普通の市民に何ができるのか、というと…
シチェファン・フスリツァ / 三つの色 / Štefan Huslica / Tri Farby / 木村英明訳 / 1996
 ハンガリーとスロヴァキアの対立は市民戦争となり、町が戦場に変わった。街角では国連軍や赤十字、そしてCNNを見かける。
 スロヴァキアの国旗は白・赤・青、ハンガリーの国旗は赤・白・緑。なぜ戦争になったのかは語らず、市街の様子を突き放した文体で描いてゆく。「ボスニア内戦」や「セカンドハンドの時代」を読むと、社会ってのは意外と簡単にこういう事態に陥ってしまうような気がしてくる。
<ポーランド>
ミハウ・ストゥドニャレク / 時間は誰も待ってくれない / Michal Studniarek / Czas nie czeka na nikogo / 小椋彩訳 / 2009
 僕が幼いころ、祖父はよく若い頃の話をしてくれた。ワルシャワのシェンナ通りにある、レンガ造りのアパートでの暮らしを。祖父の誕生日に、シェンナのアパートの写真か絵葉書を送ろうと考えた僕は、骨董品店を訪ね歩く。<ヴィエフの店>を紹介された僕は、ハロウィーンの日に彼と待ち合わせ…
 第二次世界大戦でドイツはポーランドを占領、ソ連へと進撃するが、やがてソ連に押し返される。赤軍が目前に迫った時、ポーランド国内軍は蜂起し拳銃と火炎瓶でドイツ軍に立ち向かうが、赤軍は足を止める。国内軍はドイツ軍に蹂躙され、ワルシャワは瓦礫の山と化す(→「ワルシャワ蜂起1944」)。そんなワケで、戦前のワルシャワの写真や絵葉書は、ワルシャワっ子には特別な意味があるのだ。
 ハロウィーンは、日本だとお盆にあたるだろうか。いや季節は全く違うけど、雰囲気的に。東京の下町や広島に住んでいた人なら、より深く味わえる作品だと思う。
<旧東ドイツ>
アンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー / 労働者階級の手にあるインターネット / Angela & Karlheinz Steinmüller / Das Internetz in den Händen der Arbeiterklasse - Ein Begebnis aus dem jahr 1997 / 西塔玲司訳 / 2003
 ヴァルター・アダムチクは東欧崩壊の直前に西へ亡命し、今は遠隔医療の専門家として研究所で働いている。その日、ヴァルターに妙な電子メールが届いた。送信者はヴァルター本人、ただしアドレスは東独の科学アカデミーの研究所。イタズラかと思ったが…
 シュタージ=国家公安局やIM=民間諜報協力者=チクリ屋といった言葉から、東独時代の重苦しい気配が伝わってくると共に、その時代に生きたヴァルターの心には、今も冗談では済ましきれないモノが残っているのがわかる。実は自分のメールアドレスから来る迷惑メールって手口は既にあって(→脅迫スパム)、現実がSFを超えてしまった。ちなみに特撮ファンには嬉しいクスグリもあります。
<ハンガリー>
ダルヴァシ・ラースロー / 盛雲、庭園に隠れる者 / Darvasi László / Sen-Jün, a kertrejtőző / 鵜戸聡訳 / 2002
 千年も続いたと言われる竜たちの戦場を、公の家祖たちは清朝庭園に仕立てた。若き君主は庭園を愛で、自ら草を抜き枝を剪り手入れに勤しんだ。そこに盛雲と名乗る男が訪れてくる。面相は間抜けで体臭はきつい。不遜にもこう述べる。自分は清朝庭園に隠れ、公が一日かけても見つけ出せないだろう。
 編者の解説によると、ハンガリー文学には「中国もの」というサブジャンルがあるとか。確かにちょっと聊斎志異っぽい雰囲気はある。改めて考えると、いい歳こいた野郎二人が、必死になってかくれんぼするってだけの話なんだが、そこまで意地になるかw
<ラトヴィア>
ヤーニス・エインフェルズ / アスコルディーネの愛 ダウガワ河幻想 / Jānis Einfelds / ASKOLDĪNE / 黒沢歩訳 / 2009
 ダウガワ河の川岸に人が集まり、大笑いしている。人の群れをかきわけて川を見ると、不思議な幻が見えた。二本マストの船が大きな波に揺れている。ブリッジやデッキには、酔った水夫や士官がよろめいている。一人、美しい娘がいたが、引き立てられてどこかに閉じ込められてしまった。
 ダウガワ河と美しい娘と船が登場する、メルヘンっぽい話の断片が続く。それぞれの話は少しづつ重なり合い、だが微妙に違っている。どの話もバルト海にそそぐ川に相応しく、冷たく残酷で荒々しい。
<セルビア>
ゾラン・ジヴコヴィッチ / 列車 / Zoran Živković / Voz / 山崎信一訳 / 2005
 銀行で上級顧問を務めるホートーニン氏は、列車のコンパートメントで神と出会った。退役軍人のように見える神は、ホートーニン氏に告げる。「どんな質問にも答える、見返りは求めない」と。
 「神です」には笑ったw 全知全能の存在に対し、何を尋ねるべきか。宇宙の成り立ちやリーマン予想とかカッコつけたいところだが、きっと答えを聞いても私には理解できないだろうなあ。リーマン予想に至っては問題すら理解できないし。やっぱりホートーニン氏みたいな問いになるんだろうけど、なんちゅうオチだw
解説:東欧の「幽霊」には足がある? 見えざる「もう一つのヨーロッパ」の幻想の正体を探る:沼野允義
編者あとがき:高野史緒

 軽妙な「ハーベムス・パーパム」「女性成功者」「列車」や、不気味な「もうひとつの街」は、私のような古いSF者には妙な懐かしさを感じる。「私と犬」の、しみじみとした情感も心地いい。中でも最も気に入ったのは、書名にもなっている「時間は誰も待ってくれない」。東京の下町を舞台にして翻案したら、多くの日本人を泣かせるんじゃなかろか。

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2019年10月23日 (水)

リリー・ブルックス=ダルトン「世界の終わりの天文台」創元海外SF叢書 佐田千織訳

「われわれは今を生きなくてはならないんだ」
  ――p74

彼がここにやってきたのは死ぬためだった。
  ――p88

彼が蓄積してきた地元の知識は、偶然知ったことばかりだった。
  ――p149

あなたの心はそこまで壊れていたのね
  ――p192

災害時に電波に乗って流れる情報を最初につかむのは、いつもアマチュア無線家だ。
  ――p220

【どんな本?】

 アメリカの新鋭作家リリー・ブルックス=ダルトンの小説デビュー作。

 近未来。木星探査船<アイテル>は木星圏でのミッションを無事に終え、地球への帰路についた。一年以上にわたる共同生活でも、クルー六人のチームワークは乱れず、熱心に職務に励む。だが、地球を目指す旅の途中、地球からの通信が途絶えた。技術者のサリーは通信の回復に努める。しかし、入ってくるのは木星圏に残した機器からのデータだけで、地球からの応答はない。

 オーガスティンは78歳の天文学者。人嫌いがこじれ、今は北極圏のバーボー天文台にいる。他の研究者や技術者たちはすべて去った。オーガスティンは一人で天文台を独占し、気の向くまま観測と研究を続ける…つもりだったが、意外な居候が現れる。八歳ぐらいの少女、ルーシーだ。去った者の子供かと思い無線で問い合わせたが、どこからも応答がない。

 家族を置き去りにして宇宙に進んだ女、人とのつながりを拒み極地へと向かった男。静かな風景の中で世界の終わりを描く、少し変わった終末物SF。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」のベストSF2018海外篇29位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Good Morning, Midnight, by Lily Brookss-Dalton, 2016。日本語版は2018年1月12日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約260頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント43字×20行×260頁=約223,600字、400字詰め原稿用紙で約559枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。ごく稀に無線通信関係の用語が出てくるが、分からなければ無視して構わない。大切なのは登場人物の心の動きなので、理科が苦手な人でも大丈夫。敢えて言えば、太陽系の惑星の配置。地球から遠い順に木星→小惑星帯→火星→地球、となる。これさえ知っていれば、充分に楽しめる。

【感想は?】

 SFか、と言われると、ちとツラい。が、SFファンの心には鋭く突き刺さる作品だ。

 最初にハッキリさせておこう。人類滅亡の原因は最後まで明かされない。少なくとも核戦争ではないらしい。というのも、オーガスティンはホッキョクグマやシャコウウシやオオカミに出会うのだ。

 ただ、地上の誰もが重大な危機を予期しているのは、冒頭でハッキリと描いている。ここでは、天文台からの計画的な引き上げと、オーガスティンが強情を張って居残る場面がある。

 このオーガスティン、あまり主人公らしくないのが、この作品の大きな特徴だろう。人生の末期、78歳ってのもそうだが、性格もなかなかアレな人でw 最初は研究一筋の純粋な人かと思ったが、あ、いや、確かに研究が大好きな人ではあるんだが…。

 そういう意味だと、この作品はアンチSFとすら言えるほどのインパクトを持っている。孤高といえば聞こえはいいが、同僚の研究者からも持て余されているのが、冒頭でわかる。後に彼の過去が少しづつ明かされるに従い、彼がそうなってしまった経緯も呑み込めてくる。この辺までくると、とても他人事とは思えなくて、「ヤな奴だなあ」とは感じつつも、なぜか嫌いにはなれなかったり。いやあまし近くには居て欲しくないけどw

 そういった点では、グレゴリイ・ベンフォードや松崎有理とも違う視点での、研究者小説またはヲタク小説かもしれない。ただ、そのまなざしは、不器用な人間に深い理解を示しつつも、決して温かいだけのものじゃなかったり。もっとも、これはオーガスティンが住む、雪と氷に包まれた北極圏の風景がもたらす印象が混ざっているせいかも。

 というのも、冒頭の季節が春だからだ。太陽が昇らない長い冬が終わり、少しづつ日が差す春に、物語は始まる。その後、次第に日が長くなり、日が沈まぬ白夜の夏がやってくる。大気が温もりを取り戻すと共に、凍りついたオーガスティンの心も謎の少女アイリスによって揺らいでゆく。そんな彼の心の変化が、この作品の大きな読みどころ。

 もう一人の重要な人物は、宇宙飛行士の一人サリー。念願の木星圏探査船のクルーに選ばれ、木星圏でのミッションには成功したものの、帰路で地球との通信が途絶えてしまう。彼女もなかなかに複雑な環境で育ち、仕事はともかく家庭生活は順調とは言い難く…

 とまれ、こちらのパートだと、サリー自身より、彼女を含めたクルー全体の心の動きが、私には印象深かった。

 おそらく人類初である木星圏の有人探索だ。クルーは選び抜かれた優秀な人ばかり。熱望する冒険的なミッションに成功し、意気揚々と引き上げる…つもりが、地球からの返事はなしのつぶて。これがチームひとりひとりに、どんな影響を与えるか。

 実はサリーのパートだと、私はサリーより船長のハーパーが気になった。

 これが見事にオーガスティンと対照的な人で、選ばれるべくして選ばれたリーダーなんだな。プロフェッショナルな意識こそ共通しているものの、生まれも育ちも考え方も違う多国籍のメンバーを率い、通信途絶という危機にありながら、なんとかチームとして機能させようとする彼の努力は、涙ぐましくさえある。

 50年代のSFだったら、間違いなく彼が主人公になってサバイバル劇で大活躍していただろう。ここでも、背景となる舞台が大きな効果をもたらしている。

 人里離れているという点ではオーガスティンのいる北極圏と似ているが、こちらは板子一枚じゃなかった船殻を隔てた向こうは真空の宇宙。オーガスティンの周囲にはクマやオオカミが姿を見せるが、宇宙じゃ生命を思わせるものは何もなく、気配といえば木星圏からロボットが送ってくるデータだけ。

 宇宙にいるので家族や友人に会えない寂しさはあるが、ちょっと頭を回せばすぐそばに見慣れた、どころか息苦しいほどに見飽きたクルーがいる。それまでは明るい雰囲気だったのが、通信の途絶が長引くにつれ…。こっちのパートだと、別の事故で再び雰囲気が一変するところでニヤニヤしちゃったり。

 終末を迎えるなら、サリーとオーガスティン、どっちの立場に居たいだろうか。私はオーガスティンの方がいいなあ。

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2019年9月26日 (木)

シオドア・スタージョン「ヴィーナス・プラスX」国庫刊行会 大久保譲訳

レダム人に対しては、どんなシンボルが使われるのか? 火星プラスXか? 金星プラスXか?
  ――p109

「私たちが求めているのは意見です。あなた自身の意見なんですよ、チャーリー・ジョンズ」
  ――p144

「両親が子どもを作る。子どもが両親を作る」
  ――p173

「人間の世界に及ぶ神の手というのは、死者が生者に科した枷となるのがしばしばです。神の命令は、共同体の中の年長者たちの解釈を通して告げられる。しかしそうした人々は、歪んだ記憶を持ち、過去に浸っているばかりで現実を直視せず、心の中の情愛は干上がってしまっている」
  ――p193

何の取りえもない人間が自分が優れていると証明する唯一の方法は、他の誰かを劣った存在とみなすことだ。
  ――p209

【どんな本?】

 短編の名手として有名なSF作家シオドア・スタージョンが、冷戦の火花が散る時代に叩きつけた、思いっきり過激で挑発的なユートピア小説。

 チャーリー・ジョンズ、母親と二人で暮らす27歳の男。昨夜やっと、恋人のローラと思いを遂げたばかり。仕事から家に帰った…はずだが、目覚めたのは銀色の世界。

 レダムと呼ばれるそこは、奇妙な世界だった。空は一面の銀色で、建物は逆立ちしているみたいだし、空中と思った所はエレベーター。そして何より変なのは人だ。ファッションがケッタイなのはともかく、男か女かわからない。いや、男らしき二人が妊娠している。

 変わった世界だが、チャーリーを呼び寄せた者たちは、害意も敵意もないようだ。彼らの目的もわかった。「私たちについて知り、意見を聞かせて欲しい」。

 不思議な世界レダムを鏡として使う事で、私たちの社会の歪みをデフォルメして見せる、思いっきりスパイスの利いた長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Venus Plus X, by Theodore Sturgeon, 1960。日本語版は2005年4月25日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約288頁に加え、あとがき3頁+訳者あとがき9頁。9ポイント44字×18行×288頁=約228,096字、400字詰め原稿用紙で約571枚。文庫なら普通の厚さだろう。

 文章は読みやすい。内容もわかりやすい。SFとはいえ科学や技術の描写はアレなので、気にしてはいけない。まあ半世紀以上も前の作品だし、主題もソッチじゃないし。そんなんだから、理科が苦手でも大丈夫。

 あ、それと。性も重要なテーマだけど、ポルノとしては使い物にならないので、そのつもりで。

【感想は?】

 これはわかりやすいスタージョン。

 短編集「海を失った男」は技巧に走った作品が多い。「ビアンカの手」とか、私は結局最後までオチが分からなかった。

 が、この作品は、とってもわかりやすい。「夢見る宝石」や「人間以上」もそうだったけど、スタージョンの短編は玄人好みで、中編・長編はわかりやすいのが多いのかも。また、内容も「ガリバー旅行記」や「すばらしい新世界」に続く、一種のユートピア/ディストピア小説だし。

 もちろん、SFならではのセンス・オブ・ワンダーもある。さすがに世界が銀色なのは半世紀間のセンスだよなあ、と思うが、昔はそういう感覚だったんです。これを変えたのがスター・ウォーズで、微妙に汚れてボロいミレニアム・ファルコンとか…あ、いや、それは置いて。例えば、チャーリーがレダム語で、「ここは何という惑星なんだ?」と尋ね、「地球だ」と返ってきた後の、こんな台詞。

「要するに、どんな言語にも『地球』を意味する言葉があるってことだ。(略)火星語なら火星のことを『地球』と呼ぶはずだし、金星語では金星のことを『地球』と呼んでいるだろうし」
  ――p45

 私たちが「地球」と言うとき、そこには「母星」という意味がこもっている。火星で生まれ火星で育ち火星で生きている火星人は、火星を母星だと思っているだろう。だから、火星にいる火星人に「ここはどこだ?」と尋ねたら、「ここは私の母星だ」と答える。これを日本語に訳せば、「地球」が最もしっくりくる。

 こういう、言葉へのこだわりもスタージョンの特徴だろう。それだけに訳者も相当に工夫しているようで、ルビも見落とせない。三人称単数を示す単語をめぐる考察も、作品のテーマである性を含みつつ、いかにもスタージョンな味がする。そういえば、日本語だと、アイツ/あれ/奴/あの人/あの方とか、性を含まない三人称単数って、けっこうバリエーションは豊かだなあ。

 この小説、実はチャーリーのパートと並行して、現代の普通の家庭生活の話も進む。もっとも、こっちはたいした事件が起きるわけじゃないんだけど。だからこそ、レダム世界の引き立て役として、強いコントラストをなすパートだ。でありながら、彼らの職業が広告代理店で、言葉に縁が深いのも、スタージョンらしいところ。

 などの細かい芸が光る序盤に対し、中盤から終盤にかけては、むしろ武骨とすらいえる骨太なスタージョンが味わえるのが楽しい。もっとも、序盤でもちゃんと準備運動が入っている。例えば先の「地球」だ。立場が違えば、同じ言葉でも示すモノは違ってくる。これを出発点として、本作では次々と私たちの足元をすくい、ノーミソの溝に溜まったホコリをジャブジャブと洗い流してくれる。ああ、気持ちいい。

 激動の60年代らしく、宗教にキッチリと切り込んでるあたりも、なかなか愉快だった。現代アメリカ・パートの教会のエピソードとか、いかにも広告代理店が考えそうなシロモノだが、さすがにこれはネタだろうなあ。

 逆にレダム世界の宗教は、今から思えば、冷戦下とはいえ科学技術と経済が足を揃えて発展していた、当時の明るい気分が根底にあるんだよなあ。私のようなオッサンは、そういう雰囲気の中で書かれたSFで育っただけに、その発想を支える未来への希望が、「ああ、これぞ俺のSFだ」な感じで心地よかったり。

 奇妙な世界レダムを鏡として使い、私たちの世界の歪みを見せつける、皮肉たっぷりのユートピア小説。「SFは気になるけど数式は苦手」な人にお薦め。

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