カテゴリー「書評:SF:海外」の266件の記事

2022年4月25日 (月)

エイドリアン・チャイコフスキー「時の子供たち 上・下」竹書房文庫 内田昌之訳

“ここでわたしたちは神々になる”
  ――上巻p10

“わたしたちはここにいる”
  ――上巻p381

「おれたちはみんな積荷なんだ」
  ――下巻p125

ついに樹上で暮らす人びとに会える。
  ――下巻p146

「宇宙はなにも約束してくれない」
  ――下巻p205

“わたしたちはなぜここにいるのですか?”
  ――下巻p218

惑星が叫んでいる?
  ――下巻p247

【どんな本?】

 イギリスのSF/ファンタジイ作家エイドリアン・チャイコフスキーによる、長編SF小説。

 地球から20光年離れた惑星。その惑星を地球に似た気候に改造し、地球の生態系を移植する。生態系が安定したら、最後に猿を放つ。そこに人工的に創り出したウイルスを蒔く。ウイルスは猿の知性を高める。世代を重ねるに従い、ウイルスは更に猿の知性を高めてゆく。知性を得た猿は、やがて高度の文明を築くだろう。そこに人類が創造主すなわち神として降臨する。

 そういう計画だった。

 だが、事故で猿は壊滅してしまう。幸か不幸か、知性化ウイルスは幾つかの種に感染した。中でも最も高い知性を得たのが蠅取蜘蛛だ。厳しい生存競争にさらされながらも、蜘蛛は世代を重ねて肉体・知性そして文明社会を発達させてゆく。

 太陽系の人類社会は戦争で壊滅し、生き残った避難民が新天地を求めて蜘蛛の惑星にたどり着く。格好の惑星を見つけた避難民は移住を望むが、知性化計画の残骸が惑星の守護者として避難民の前に立ちはだかり…

 センス・オブ・ワンダーあふれる蜘蛛の生態と文化がSFファンの魂を揺さぶる、直球ド真ん中のファースト・コンタクトSF長編。

 2016年のアーサー・C・クラーク賞を受賞したほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」のベストSF2021海外篇でも第二位に輝いた(中国産の怪物三部作がなければトップだったかも)。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Children of Time, by Adrian Tchaikovsky, 2015。日本語版は2021年7月23日初版第一刷発行。文庫の縦一段組み上下巻で本文約(370頁+351頁)=721頁、8.5ポイント41字×17行×(370頁+351頁)=約502,537字、400字詰め原稿用紙で約1,257枚。文庫の上下巻としては普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。そこそこ科学的にも考えられているが、特に難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。ただし、できればハエトリグモ(→Wikipedia)について多少は知っていた方がいい。部屋のなかによくいる、体長数ミリのピョンピョン跳ねるアレです。

【感想は?】

 「猿の惑星」のハズが「蜘蛛の惑星」になってしまった、そういう話。

 とにかく蜘蛛が可愛いのだ。なにせ蜘蛛である。ヒトとは身体の構造が全く違うし、生態も大きく異なっている。そんな蜘蛛が、どんな知性を獲得し、どんな社会を築くか。これが実にセンス・オブ・ワンダーに溢れていて、ニヤニヤしながら読んだ。

 ここまで身近な生物で異様な世界を創り上げた作品は、ベルナール・ウエルベルの「」以来だ。いずれも、彼らの特徴や生態を基にして、ヒトとは違う、だが知性を持った生物による理に適った社会を巧みに描いている。

 その蟻、実はこの作品でも大きな役を割り当てられるんだが、この役割、きっとベルナール・ウエルベルは納得しないだろうなあw いやある意味、「蟻」が描く蟻と似た性格付けをされてるんだけど。

 いずれにせよ、それが描く社会は、ヒトから見ればひどく異様なシロモノに見える。ばかりでなく、果たしてヒトが彼らを知性体と認めるかって問題もある。なにせ、この作品のヒトは、同じヒト同士で殺し合っているしね。こんな了見の狭いヒトと蜘蛛のファースト・コンタクトが、巧くいくとは思えない。

「おれはどうしても納得できなかったんだよ、エイリアンが送信したものをかならず認識できるという考えには」
  ――上巻p74

 ばかりか、ヒトは地球の環境すら自らの力でブチ壊す始末だ。読んでると、ヒトの方が遥かに野蛮で愚かに思えてくるのだ。

「あなたたちは猿だ、ただの猿だ」
  ――上巻p

人類は競争相手の存在が許せないのだ
  ――下巻p257

 これは作品内の歴史的な経緯だけでなく、壊滅した地球から避難してきた移民船「ギルガメシュ」の描写でも、やっぱりそう感じてしまう。相変わらずの勢力争いしてるし。

 この作品、蜘蛛パートと人類パートが交互に出てくる。私は蜘蛛に肩入れしちゃって、「もう人類は滅びてもいんじゃね?」な気分になってしまった。それぐらい、蜘蛛が可愛いのだ。

 そのヒトは、蜘蛛の惑星を自分たちのモノだと思い込んでる。移民船も長い航海で色々と限界だし。ところがどっこい、そこに知性化計画の残骸が立ちはだかるのだ、惑星の守護者として。いささかイカれた守護者だけど。

「なにかが何千年もおれたちを待っていたんだ」
  ――上巻p54

 そんな守護者に守られつつ育ってゆく蜘蛛たちの社会は、当然ながら蜘蛛ならではの生態が大事で。例えば蜘蛛だから、糸も出す。これ、文明が未発達な頃は獲物を仕留めたり移動したりと、野生の蜘蛛と同じ使い方なんだが、文明が進むにつれ、「おお!」と思えるような使い方を開発してゆくのだ。で、ソレを用いた比喩も出てくるあたりが、実に楽しい。

すべての糸は必ず別の糸につながっていて、その連鎖は簡単には止まらない。
  ――下巻p100

 また、蜘蛛たちが科学を発展させてゆく過程も、グレッグ・イーガンの「白熱光」に似た楽しみがある。もっとも、「白熱光」が力学や物理学なのに対し、蜘蛛たちは…

ヴァイオラは<理解>の秘められた言語を発見した
  ――上巻p362

 この<理解>は、なかなか羨ましい。

 とかの蜘蛛たちの世界ばかりでなく、著者の考え方が漏れてる所もあって、そこがまた気持ちいいんだよなあ。例えば…

それは世界に彼女らの理解がおよばないものがあると教えてくれる。
  ――上巻p171

いま自分に理解できないものがあるからといってそれが理解不可能なものだということにはならない。
  ――上巻p317

“自分がどれほど無知であるかということを真に知ることはできません”
  ――下巻p73

 とかね。あと、自然と科学や文明の関係にしても…

“わたしたちは自然に反することで利益を得てきたのです”
  ――下巻p76

 なんて、思わず「よくぞ言ってくれた!」と拍手しちゃったり。

 一つの世界を創造する過程を描いた作品って点では、ロジャー・ゼラズニイの「フロストとベータ」や「十二月の鍵」と似たテーマだ。それをじっくりと高い解像度で書き込んでいるあたりが、この作品の大きな魅力だろう。しかも蜘蛛ってあたりに、たまらないセンス・オブ・ワンダーが漂っている。

 異様なエイリアンとのファースト・コンタクト物が好きな人なら、きっと気に入る。

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【終わりに】

 最後に、一つだけ文句を。表紙だ。イラストは明るい緑色の地に黒い網目。これは緑の惑星に蜘蛛の糸を張った様子を表してるんだろう。けど、そこに白い文字はいただけない。格好の良し悪しじゃない。読みにくいんだ、文字が。特に私のような目の弱った年寄りには。

 肝心の中身は普通に白い地に黒い文字だから問題ないんだが、表紙がこれじゃ書店で選ぶ気になれない。もう少しロートルにも配慮してください竹書房さん。こんな面白い作品なのに、年寄りを仲間はずれにするなんて酷いじゃないか。

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2022年4月13日 (水)

ピーター・ワッツ「6600万年の革命」創元SF文庫 嶋田洋一訳

 わたしたちはゲートを生み出し、ゲートは怪物を生み出した。
  ――p13

 啓示には半減期があるのだ。
  ――p63

 「やったのはたぶんわたしですが、その記憶がありません」
  ――p107

「銃と戦いたいなら、どうぞやってみて。わたしなら銃をこっちに向けてるくそ野郎と戦う」
  ――p150

「あなたたちの指導力と意外な着想は、ミッションにとって重要です」
  ――p210

【どんな本?】

 カナダ出身の海洋生物学者にして新鋭SF作家でもあるピーター・ワッツによる、Sunflower Cycle に属する中編「6600万年の革命」に、短編「Hitchhiker」を加えたもの。いずれも「巨星」収録の 「ホットショット」「巨星」「島」と同様、Sunflower Cycle シリーズに属する作品。

 国連ディアスポラ公社(UNDA)の宇宙船DCP<エリオフォラ>。直径100kmほどの小惑星の中心にブラックホールを据えて重力を生み出す。銀河の随所にワームホールを設置する任務だ。乗員は三万名ほど。加えてチンプと呼ばれるAIが船と計画を管理する。永劫の時を旅するため、乗員の大半は眠っており、チンプが対応できない時だけ数千年に一度、数名が目覚める。

 何度目かにサンディが目覚めた時、ゲートから怪物グレムリンが這い出した。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」の海外篇で21位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Freeze-Frame Revolution, by Peter Watts, 2018。日本語版はそれに短編 Hitchhiker を加え、2021年1月8日初版。文庫で縦一段組み本文約259頁に加え、渡邊利通の解説9頁。8.5ポイント40字×17行×259頁=約176,120字、400字詰め原稿用紙で約441枚。文庫としては普通の厚さ。

 相変わらずクセの強い文体で、かなり読みにくい。内容もユニーク極まりない設定に加え、登場人?物も設定の関係で考え方が独特のため、馴染むのが難しい。科学的にも物理学の先端の知見をふんだんに使っている。つまりはディープなSFファン向けの作品。

【感想は?】

 前編に重い閉塞感が漂う。

 物語の舞台そのものが、狭い宇宙船の船内だ。しかも、行ける場所が限られている。中心に近すぎると、ブラックホールの潮汐力で体が引き裂かれる。かといって外は何もない宇宙空間だし。

 いや、本当に何もないならマシで、ゲート(ワームホール)起動のあとは、得体のしれないグレムリンまで襲ってくる始末。先の「巨星」でも「遊星からの物体Xの回想」なんてのがあったし、好きなんだろうなあ、閉鎖環境でのホラーが。

 おまけに、登場人?物たちの思考も、枷がかけられている様子。船を管理するチンプまで、計画した者たちの思惑を超えないように、能力を制限している。これは単に思考能力だけでなく、どうも都合よく編集までされている様子。

 これは乗員たちも同じで、出発の前に脳の配線をいじられている。なんといっても、書名にあるように数千万年に及ぶ計画だ。途中で気が変わったら、困るもんねえ。

 いや送り出す方は困るかもしれんが、送り出される方もたまらん。旅路の大半は寝ているとはいえ、数千万年である。そもそも送り出した人類は、まだ生き残っているのか? だって今までゲートから人類が出てきたことはない、どころかグレムリンなんてケッタイなヤツが這い出して来るし。

 そんなワケで、時間的には悠久の時なんだが、空間的にも思考能力でも、重い枷をはめられている感覚がのしかかるのだ。しかも、それを自覚するだけの知性があるのが、更に救いのない気持ちになる。皆さん、こういう計画に駆り出されるだけあって、相応の知性を備えている。となれば、こんな状況に素直に納得するはずもなく、反乱を企てる。当面の相手はチンプかと思いきや…

脳がそのように配線されているからといって、その者を責めることはできない。
  ――p114

 この辺は「暴力の解剖学」を思い出して、頭を抱えたくなったり。いや現在のところ、脳の配線は半ば天然なんだけど、この作品じゃ人為的に配線し直されてるからなあ。

 反乱はいいけど、そもそも乗員の大半は寝ているわけで、メンバーを募るのも難しい。アジトを作ろうにも、船内はチンプが監視してる。これをどう出し抜くのか。なかなかに凝ったテクニックが駆使されます。飛び飛びの時を過ごすわけで…

「誰かが余分に時間を使わないとね」
  ――p133

 なんて台詞が、舞台設定の特異性を際立たせるのだ。

 そうこう工夫する人間たちを「肉袋」なんて表現するあたりも、この著者らしいクールさが漂う。こういう所も、好みが別れそう。

 やはり好みが別れるのが、ガジェットの描写。小惑星に重力を生み出すと同時に、駆動力の源泉となっている(らしい)ブラックホールを「特異点」とし、推進力を生みだす(要はエンジン)メカをヒッグス・コンジットとしたり。いや私もヒッグス・コンジットが何なのか、よくわかんないんだけど。多分、前方に向かって落下し続ける感じで進むんだと思う。

 と、そんな風に、乏しい知識と推論で補わなきゃいけない部分が沢山あるんだな、この作品。遠い未来を表すのに青色矮星(→Wikipedia)の一言で済ませたり。そこがSFとして美味しい所でもあり、シンドイ所でもあり。

 独特の舞台設定で繰り広げられる、閉鎖状況での緊張感漂う、だが永劫の時をかけた人間たちの反乱の物語。思いっきり濃いSFが読みたい人向けの作品だ。

【ヒッチハイカー】

「明らかに溶接されてるな。何かを中に閉じ込めたか、外に締め出したんだ」

 <エリオフォラ>の進路上に、妙な小惑星が現れる。<エリオフォラ>と同じUNDAの工場船<アラネウス>のようだ。だいぶ前に大きな損害を受け、遺棄されたように見える。チンプが幾つかボットを送り出したが、通信が途絶えた。強力な電圧スパイクや放射線のホットスポットがあると思われる。そこでヴィクトル・ハインヴァルトとシエラ・ソルウェイとアリ・ヴルーマンが起こされた。

 「6600万年の革命」の後日譚となる短編。

 数千年前に地球を旅立ったきり、人類との交信は途絶えゴールも見えぬまま航行を続けてきた<エリオフォラ>の前に現れた、懐かしき人類の宇宙船。となれば希望のしるしのハズが、凶兆にしか思えないのがピーター・ワッツの芸風w まあ壊れてる上に大気もなさそうだし。

 そもそも広い宇宙で、同類に出会う確率は絶望的に低いワケで、ワナの匂いがプンプンするってのに、何の因果か偵察を仰せつかるとは、なんとも不幸なヴィクトル君たちだが。

 遠未来なのに意外な動力のカートには、ちと笑った。低重力下で手軽な移動手段としてはアリかも。

 相変わらずどころか、更に狭い舞台のため、閉塞感は「6600万年の革命」より強烈だ。しかも船内の探索が進むにつれ、不吉な予兆はどんどん増してゆく。

 ホラー映画にしたらウケそうなんだけど、設定が特殊な上に面倒くさすぎるから、やっぱり難しいか。いや設定が見えないとオチもわかんないし。

【おわりに】

 この作品で、やっとこの著者の芸風がわかった。根はホラー作家なんだ、この著者。ただし味付けは本格派のサイエンス・フィクションなので、そっちが本性だと思い込んじゃう。私が知る限り、最も近いのは映画「エイリアン3」かも。

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2022年2月16日 (水)

アフマド・サアダーウィー「バグダードのフランケンシュタイン」集英社 柳谷あゆみ訳

「あれは、……名前の無い者でございます」
  ――第8章 秘密

「完全な形で、純粋に罪なき者はいない。そして完全なる罪人もいない」
  ――第14章 追跡と探求

「顔は変わっていく。俺には確定した顔がない」
  ――第17章 爆発

【どんな本?】

 サダム・フセイン政権が倒れ、暫定政府はあるものの、テロが吹き荒れ騒乱状態にある、2005年のイラクはバグダードを舞台とした、現代の怪談。

 ハーディーはシケた古物屋だ。街を出て行く人から、家具や電化製品を買い集めては直して売っている。そのかたわら、テロなどの犠牲者の遺体の欠片をかき集めて繋ぎ、一つの遺体に組み上げた。ただの死体だったはずのソレは、混乱しながらも自らの意志を持って動きだし、元の肉体の持ち主たちの恨みを晴らそうと、夜な夜な人を襲い始める。

 バグダードに生きる様々な人々の暮らしと風俗をじっくりと書き込み、私たちの知らないバグダード市民の文化を伝えるとともに、テロと暴力が渦巻き復讐の連鎖が続く現代イラクの現状を描く、ホラー長編小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は فرانكشتاين في بغداد, سعداوي, أحمد , 2013。アラビア語なので綴りは自信がない。英米では Frānkshtāyin fī Baghdād, Saʻdāwī, Aḥmad, 2014。日本語版は2020年10月30日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約383頁に加え、訳者あとがき6頁。9.5ポイント44字×19行×383頁=320,188字、400字詰め原稿用紙で約801枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。

 文章は比較的にこなれている。SFというより怪談なので、理科が苦手でも大丈夫。イラク情勢に疎くても、お話に必要な事柄は作中にあるので心配いらない。またイラクの風俗なども、訳者が文中で丁寧に捕捉しているのでご安心を。

 なお、イリーシュワー婆さんが大事にしている聖ゴルギースはたぶん聖ゲオルギウス(→Wikipedia)。竜退治の絵はいろいろある(→Google画像検索)。私はラファエロ作(→Wikipedia)がしっくりくるなあ。

【感想は?】

 SFと紹介されることが多い。書名にフランケンシュタインがあるからだろう。でも、怪談と呼ぶ方が相応しいと思う。

 怪談に出てくる人は、たいてい特別な人じゃない。どこにでもいる、普通の人だ。この作品に出てくる人も、多くはバグダードに住む普通の人々だ…少なくとも、序盤は。

 ここでじっくりと書き込んだバグダードの風景と人々は、ちょっとした驚きに満ちている。

 例えば最初に焦点が当たるウンム・ダーニヤール・イリーシュワー。20年前に徴兵された息子の帰りを今も待つ婆さん。岸壁の母ですね。彼女、なんとアッシリア東方教会の信徒だ。

 イラクといえばスンニ派vsシーア派vsクルドみたいな構図で報じられるけど、実際のバグダードはもっと多様性に満ちた街なのだ。

 宗教的に多様なのは「失われた宗教を生きる人々」でわかってるつもりだったが、ご近所同士でも仲良くやってるとは。イリーシュワー婆さんも、ご近所からは「神の祝福」を受けている、と評判だし。なお、「失われた宗教を生きる人々」に出てきたマンダ教(→Wikipedia)も少し出てきます。

 自動車も国際的だ。韓国KIAのバス,マレーシアのプロトン,トヨタのコースター,ドイツのメルセデス,ロシアのヴォルガ,そして米軍のハマー。人間もいろいろ。エジプト人,スーダン人,アルメニア人,ベネズエラ人傭兵、もちろん米軍兵も。

 などのヒトとモノの多国籍ぶりは、さすが千一夜物語の舞台となった都市、と感心したり。そう、昔からバグダードは国際的な都市だったのだ。こういう多国籍な風景は、「旋舞の千年都市」のイスタンブール以来だ。そういえばイスタンブールも歴史ある街だね。

 他にも「チャイ」「ネスカフェ・コーヒー(インスタント・コーヒーを示す)」「バクシーシ」とか、アジアや中東を旅行した経験のある人には懐かしい言葉も出てきて、「アレはユーラシア全般の文化なのか」と思ったり。あと、ビールをはじめ酒を飲む場面も意外と多い。ナツメヤシの酒なんてあるのか。

 もちろん、怪談だから、怪異も出てくる。怪異にもお国柄があって、それもこの作品の楽しみの一つ。

 肝心の怪物が意志を持つ経緯もそうだし、というか冒頭から政府機関が何やっとんじゃw やはり千一夜物語の国だった。政府はともかく、普通の人々は亡霊と共に生きている。結局、国や文化により形は違っても、怪異はあるのだ。味付けはイラク味だけど。イラク戦争も、そういう視点で見ると、全く違った形に見えてくるのも面白い。

 こういう土俗的な文化や風俗を味わえるのも、海外の文学を読む楽しみの一つ。特に怪談は普通の人々の暮らしにベッタリと張り付いて語られるだけに、そういった楽しみが詰まってる。

 とまれ、物語の舞台はそんなノンビリした雰囲気じゃない。毎日のように爆弾騒ぎが起き、ほんの偶然で人々が死んでゆく。

 怪物こと「名無しさん」がフランケンシュタイン役のハーディーと最初に対峙する場面でも、そんなテロに巻き込まれた人々が抱く、やり場のない怒りが炸裂する。

「自爆したスーダン人こそ殺した張本人じゃないか」(略)
「それはそうだ……だがあれは死んでいる。死んだ奴をどうやって殺せる」
  ――第9章 録音

俺はこの犠牲者の復讐を誰に果たしたらいいのだろうか。
  ――第10章 名無しさん

 仇が誰だかわかり、生きていれば、ソイツを恨める。だが、自爆テロだったら、誰を恨めばいいのか。既に犯人は死んでるんだし。そういった、犠牲者たちのやり場のない怒りを受け継ぎ、「名無しさん」は夜のバグダードを駆け抜ける。

 そして、生きている者たちは、バグダードから逃げ出してゆく。

今は誰も彼も亡くなったか、移住してしまった。
  ――第5章 遺体

 もっとも、この情勢を利用して荒稼ぎを目論む逞しい連中もいるんだが。ハーディーもそうだし、不動産屋のファラジュも図太い。太平洋戦争後の日本にも、こういう連中がいたんだろうなあ。

 テロの嵐が吹き荒れる中で、身を寄せ合い助け合って生き延びようとする者、機会に乗じて荒稼ぎを目論む者、事態の収拾を図る当局、ネタの臭いを嗅ぎつけたマスコミ、混乱にもめげず文化の保全に勤しむ者、旧体制でブイブイいわしてた奴…。混乱するバグダードに住む様々な人びとの暮らしを背景に、そこに蘇った「名無しさん」の暴れっぷりを描く、現代バグダードの怪談だ。ホラーファンだけでなく、異国の暮らしに興味がある人にお薦め。

 ところで、イリーシュワー婆さんは毎週教会に通ってるけど、他の人物がモスクに行く場面はないんだよね。なんでだろ?

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2021年10月21日 (木)

陳楸帆「荒潮」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉他訳

「シリコン島人の最大の希望は、子どもたちが島を出ることだ」
  ――p25

「これは戦争だ」
  ――p146

「ルールは一つだけ。すなわちジャングルの掟と適者生存だ」
  ――p155

「わたしはもどってきました」
  ――p240

台風の目が通りすぎたら、さらに強い暴風雨が来る。
  ――p309

【どんな本?】

 最近になって日本でも多く紹介されるようになった中国SF。そのきっかけとなったオムニバス「折りたたみ北京」では「鼠年」「麗江の魚」「沙嘴の花」の三篇でトップを飾った陳楸帆のデビュー長編。

 中国南東部の半島は俗にシリコン島と呼ばれ、ハイテク廃棄物=電子ゴミの処分場となっていた。ここには中国各地から「ゴミ人」と蔑まれる出稼ぎ稼ぎが集まり、汚染物質にまみれながら低賃金で電子ゴミから資源を選び出す。羅・陳・林の三家が仕切るシリコン島に、環境再生計画を掲げ国際的にビジネスを展開するテラグリーン社の代理人スコット・ブランドルが訪れる。

 方言を話し島の伝統に従う昔から住む島人と、中国各地から来た出稼ぎのゴミ人の緊張に加え、三家の力関係を崩す海外資本の進出は、不安定なシリコン島の社会を大きく揺さぶってゆく。

 一族を中心とした社会・独特の信仰に彩られた文化・通底重音として響く中央の権力など、伝統とハイテクが混在する現代中国をデフォルメした舞台で、「もう少し先」のテクノロジーがもたらす光と影を描く、今世紀ならではのチャイニーズ・サイバーパンク。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は「荒潮」、陳楸帆、2013。英語版は Waste Tide, ケン・リュウ訳、2019。日本語版は2020年1月25日発行。新書版2段組み本文約330頁に加え訳者あとがき「『荒潮』の中文と英訳と邦訳について」5頁+「著者について」3頁。9ポイント24字×17行×2段×330頁=約269,280字、400字詰め原稿用紙で約674枚。文庫ならやや厚め。

 文章はこなれている。中国と日本、お互いに漢字が使えるのは有り難い。内容はけっこう凝ってる。SF的にも、社会的にも。特にSFガジェットは中盤以降に斬新なアイデアが続々と出てきて、マニアは大喜びだ。

【感想は?】

 「中国のサイバーパンク」は嘘じゃない。

 初期のウィリアム・ギブスンに藤井太洋を足してパオロ・バチガルピをふりかけ、中華風に味付けして煮しめた、そんな感じ。

 まず気が付くのはパオロ・バチガルピ味だ。化石エネルギーの枯渇を背景とした「ねじまき少女」、都市インフラの老朽化を取り上げた「第六ポンプ」、水問題に焦点をあてた「神の水」など、パオロ・バチガルピの作品は環境問題をテーマとして暗い未来を描く作品が多い。

 本作も最大の舞台装置はゴミ問題だ。しかもグローバル経済化による国際的な構図なのが目新しい。先進国は、邪魔でヤバい電子ゴミを中国沿岸部に捨てる。自国の環境問題を札束で頬をひっぱたき他国に押し付ける、そういう形だ。日本でも国内で似たような図式があるよね。それが国際化してるあたり、安い人件費と緩い環境規制をテコに貿易を活性化し経済成長が著しい現代の中国を巧みに戯画化してる。

 ゴミ人の暮らしの描き方にも、社会的に弱い者を描くバチガルピ風の風味が漂う。実際、昔の集積回路には金(ゴールド)を使ってた。電気抵抗が小さく、金箔のように薄く細く加工しやすく、おまけに錆びにくい。ってんで、微細加工が必要な集積回路にはピッタリなのだ。これを回収すればガッポリ、なんて説もあった。

 まさしくそういう発想を地で行くのがゴミ人たちの暮らし。フィリピンのスモーキーマウンテン(→Wikipedia)から発想を得たのか、現実に中国にあるのかはわからないけど、彼らの仕事ぶりを描くあたりは、ちと背筋が寒くなる。

 ここで面白いのが、ただのゴミではなく電子ゴミって所。この世界は人体(というか生体)の機械化=義体も進んでて、先進国では眼や腕や足を機械化するのが当たり前だ。しかもソレはiPhoneみたく年々バージョンアップするんで、流行を追う人は次々と最新版に買い替えていく。となると、使い古しは電子ゴミとなり、シリコン島へ流れ着く。

 こういう生体改造の描き方が、いかにもニューロマンサーなんだよなあ。もっとも、ゴミとはいえ人体にソックリなワケで、冒頭近くにある、子どもがソレをオモチャにして遊んでる場面は、なかなかに気色悪い。この気色悪さは全編に漂ってて、苦手な人にはちと辛いかも。というか、私には辛かった。

 そんな世界を象徴するチップ犬は、とっても可愛らしいと同時におぞましく哀しい。今だって犬の躾で苦労してる人は多いから、こんな需要もきっとあるんだろうなあ。

 昔はキーボードもマウスも有線しかも専用の端子で繋がってた。でも最近はハードディスクもネットワーク接続のNASだったり自販機が無線の Bluetooth だったりと、プロトコルが標準化されて機器同士が簡単に繋げられるようになってきた。IPv6 とIoT(俗称モノのインターネット)とかで、あらゆる機器がネットワークに繋がるのが当たり前になってきてる。

 そういった技術が身の回りで当たり前になった世界観はウィリアム・ギブスンなんだけど、それを支える技術の細かい所をキッチリ詰めてくあたりが、藤井太洋ばりのシッカリした足場を感じさせるのだ。

 例えば原子力発電所とクラゲ、中国の海賊品天国ぶり、虹色の波、通信帯域を制限されたシリコン島でP2Pを実現する手口、原子力潜水艦の静寂性の秘密(どうでもいいがここは攻撃型原潜ではなく戦略型だと思う)など、先端的な科学や工業技術を巧みに引用して説明をつけるあたり、ご馳走が続々と出てくる嬉しさでSFマニアはヨダレが止まらない。

 まあ、お話の都合で中盤以降になっちゃうんだけど、それまではジッと耐えてくださいマニアの皆さん。いやホント濃いから。義眼の描写とか、とっても悶えます。

 そんな先端テクノロジーがあふれるシリコン島だけど、どっこい生きてる中国四千年の伝統。バラエティに富んだ中華料理はもちろん、この作品ならではの味は風水や紙銭に代表される中国の宗教行事。この先端テクノロジーと迷信が混ざり合いぶつかり合う落神婆による叫代の儀式の場面は、緊張感が漂うと共に、人によっては笑いが止まらなかったり。

 やはり技術と迷信って点では、「米米メカ」も楽しい所。私は巨大メカキョンシーかい!と突っ込んだけど、その正体は想定外なんてモンじゃない。どっからこんなネタを引っ張り出してくるのやら。いやホント喝采したくなるぞ、米米メカ。

 ちょっとレイ・ブラッドベリをリスペクトしてたりとSFマニアへのクスグリも忘れず、数冊のシリーズ物を書くのに充分なSFガジェットをタップリ詰めこみつつ、急速に膨れ上がった中国の国際貿易の暗部など現代の社会問題もキッチリと書き込み、壮大な未来を感じさせるエンディングで〆た、サービス満点の迫真作だ。「近ごろのSFは薄い」とお嘆きのあなたにお薦め。

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2021年9月27日 (月)

ザック・ジョーダン「最終人類 上・下」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳

ウィドウ類のシェンヤはほんの数年前まで冷徹な殺し屋だった。
  ――上巻p9

「てめえの生まれを知ってるぜ」
  ――上巻p60

きみがロック解除して、僕が経験する。
  ――上巻p188

「あなたにとって大きすぎるからといって、だれにとっても大きいとはかぎりません」
  ――下巻p43

来い。現実の正体を見せよう。
  ――下巻p99

高階層の精神に嘘をつかれて見破れるのか。
  ――下巻p163

「ようこそ――」
「――俺へようこそ」
  ――下巻p261

【どんな本?】

 米国の新人SF作家ザック・ジョーダンのデビューSF長編。

 銀河には数多の知的種族が住み、みなネットワークに繋がっている。各種族は知的レベルで階層化されており、2.09以上は亜空間トンネルを介し他星系にもつながる。3.0以上はたいてい集合知性だ。

 シェンヤは、クモに似て強靭で凶暴なウィドウ類だ。その養女サーヤには秘密があった。表向きはスパール類だが、実際は人類だ。その凶悪さゆえ銀河中から憎まれ嫌われ絶滅させられた人類の、最後の生き残り。秘密を守るためネットワーク接続に必要なインプラント手術が受けられず、知性も低いと思われている。

 母に守られつつも屈辱に耐えて生きてきたサーヤだが、彼女の秘密を知る者が現れ、彼女は激しい運命の渦に投げ込まれる。

 エキゾチックで魅力的なエイリアンや巨大スケールの技術が続々と登場し読者を翻弄する、今世紀の冒険スペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Last Human, by Zack Jordan, 2020。日本語版は2021年3月25日発行。文庫の上下巻で縦一段組み本文約332頁+331頁=663頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント40字×16行×(332頁+331頁)=約424,320字、400字詰め原稿用紙で約1,061枚。文庫上下巻は妥当なところ。

 娯楽作品としては文章はややぎこちない。これは新人のためでもあるが、作品世界があまりに異様なためでもある。内容もバリバリのスペースオペラで、奇妙な生態のエイリアンや謎のテクノロジーに満ちあふれている。上巻はスターウォーズのようにアメリカンなスペースオペラだが、下巻に入るとレムやステープルドンみたいな展開が味わえる。つまりは、そういうのが好きな人向け。

【感想は?】

 母は蜘蛛ですが、なにか?

 ごめんなさい。言ってみたかっただけです。

 最初に目につく魅力の一つは、異様なエイリアンの心だ。物語はウィドウ類のシェンヤの視点で始まる。人類より大きい、クモに似たエイリアン。そんな存在は、人類であるサーヤをどう感じるのか。

 シェンヤ視点の語りでは、出てくる数字に注目しよう。マニアックなイースターエッグが隠れている。

 様々なエイリアンが出てくるスペースオペラは多い。その多くは人類の視点で描かれるし、人類は銀河の主役級プレイヤーだ。だが本作はウィドウ類で始まるばかりでなく、人類は銀河中から憎まれ嫌われ、かつほぼ絶滅している。「俺達こそ最高」な気分が充満しているアメリカのSFで、こういうのは珍しい。

 「でも本当は…」みたいな展開を期待してもいいが、まあそこはお楽しみ。

 やはり異色な設定として、知性の階層がある。人類であるサーヤは出生を隠すため、ネットワークにつなげるインプラント手術が受けられず、本来より低い知性階層と評価されている。じゃ本来の階層はというと、実はこっちもあまり芳しくない。この世界には人類より遥かに賢い種族が沢山いるのだ。

 人類より肉体が強かったり武力が優ってる種族が出てくるも多いが、たいてい性格や精神構造で弱みを持っている。が、本作にはそういう弱点はない。本当に人類はおバカで凶暴で性格にも問題ありなのだ,、少なくともこの宇宙の水準では。あ、でも、賢い種族も性格はいいとは限らなかったりする。

 悔しい? でも、下には下がいる。本書では「法定外知性」と呼ぶ。雰囲気はスマートスピーカーのアレクサやアップルのSIRIに近いし、扱いもそんな感じだ。可愛いしソレナリに役立つけど、ちとおバカな上に出しゃばるとウザい。おまけに人格らしきモノがあるのも困ったところ。上巻の初めでサーヤが彼らをどう扱うか、ちゃんと覚えておこう。これが中盤以降で効いてくる。

 そんな風に、アメリカンな「俺達こそ最高」な発想をトコトン痛めつけた上巻に続き、下巻では更に上の階層が姿を現し、サーヤは世界の形を垣間見るとともに、その中での自分の位置を見せつけられる。

 ここで面白いのが、集合精神の扱い。スタートレックのボーグを代表として、多くのスペースオペラじゃ集合精神は悪役、それも強敵の役を演じる。これ朝鮮戦争での中国人民解放軍の印象が強いからじゃないかと思うが、この作品の集合精神はだいぶ扱いが違う。個体が集合精神に加わる場面も、グロテスクではあるが独特の雰囲気があったり。

 もう一つのキモが、ネットワーク。世界の全ての知的種族を結ぶ情報網だ。どう見てもインターネットのアナロジーだろう。

 そのインターネット、小文字で始まる internet は「インターネット・プロトコル(通信規約)で繋がった機器の集合体」を意味する。インターネット・プロトコル以外にも、デジタル機器を繋げる手法はあるんだ。AppleTalk とか TokenRing とか。でもインターネット・プロトコルが圧勝しちゃったから、「ネットワークといえばインターネット・プロトコル」みたいな風潮になっちゃった。

 対して大文字で始まる The Internet は、ネットワーク同士をインターネット・プロトコルで繋げたものだ。実はインターネット・プロトコル以外にもデジタル機器を繋げる方法はあるし、ネットワーク同士を繋げる方法もある。例えば昔のパソコン通信とかね。

 ただ、今ある The Internet と繋げず、かつ別の通信規約で「もう一つのインターネット」を作るのは、やたら面倒くさく金がかかる上に利益も少ない。ケーブルやルータやネットワーク・ボードも独自規格で作り直さなきゃならんし。でも、理屈の上ではあり得る。

 その辺を考えながら下巻を読むと、また違った味が出てくる。いや著者の狙いがソコとは限らないけど。

 当たり前だと思い込んでいたモノ・コトを、「実はこういうのもあるぞ」と示して、世界観を根底からひっくり返すなんて荒業ができるのはSFだけだし、それがSFの最も大きな魅力でもある。ありがちな冒険スペース・オペラと思わせて、下巻に入ると読者の認識を根底から揺るがすSFならではの眩暈を味わえる、意外な拾い物だった。ファースト・コンタクト物が好きな人にお薦め。

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2021年7月30日 (金)

N・K・ジェミシン「第五の季節」創元SF文庫 小野田和子訳

では、世界の終わりの話からはじめようか。
  ――p11

あんたは山脈を動かすためにつくられた武器なのだ。
  ――p107

「きみがほんとうに憎んでいるのは、この世界だ」
  ――p165

冬、春、夏、秋――死は第五の季節、そしてすべての長。
  ――p199

「オロジェニーはつねに最後の手段であって、最初ではないのです」
  ――p292

「人々はこの場所を恐れていた。長いことずっと。理由はここになにかがあったから」
  ――p413

「きみは……人間的に生きたいと思ったことはないのか?」
  ――p461

【どんな本?】

 アメリカの新鋭SF/ファンタジイ作家N・K・ジェミシンによる、SF/ファンタジイ三部作の第一部。

 人は超大陸スティルネスに住む。赤道近辺は安定しているが、両極に近づくほど地殻は不安定となり、人は住みにくい。しかも数百年ごとに<季節>と呼ばれる火山の大噴火などの地殻変動が起き、気候が大きく変わり人も動物も飢え、文明は崩壊する。

 エッスンは中緯度の小さな町ティリモに夫ジージャと息子ユーチェ・娘ナッスンと暮らしていた。だが地震を逸らしたためジージャに正体がバレた。造山能力者、オロジェン。ジージャは息子ユーチェを殺し、娘ナッスンを連れて行方をくらます。ナッスンを取り戻すため、エッスンはジージャを追う。

 オロジェンの娘ダマヤは親に売られる。買ったのは<守護者>ワラント。彼はダマヤを首都ユメネスにあるオロジェンの教育施設フルクラムへと連れて行く。そこで造山能力悪露ジェニーの制御を身に着けるのだ。

 フルクラムで四指輪の女サイアナイトに仕事が命じられる。トップ・エリートである十指輪のアラバスターと共に港町アライアへ赴き、港を塞ぐ珊瑚を取り除け、と。成功すれば指輪がまた一つ増えるだろう。だがアラバスターはいけすかない奴で…

 その能力を必要とされながらも、絶大な力ゆえに厭われ鎖に繋がれるオロジェンの三人の女を通し、終わりを迎えようとする世界を描く、SF/ファンタジイ長編。

 本作は2016年ヒューゴー賞長編小説部門を受賞した上、続いて2017年には続編「オベリスクの門」The Obelisk Gate、2018年には The Stone Sky が同じくヒューゴー賞長編小説部門に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Fifth Season, by N.K.Jemisin, 2015。日本語版は2020年6月12日初版。文庫で縦一段組み本文約577頁に言加え「補遺1 サンゼ人赤道地方連合体の創立以前および以後に起きた<第五の季節>一覧」6頁+「補遺2 スティルネス大陸の全四つ郷で一般的に使われている用語」13頁に加え、渡邊利通の解説7頁。8.5ポイント42字×18行×577頁=約436,212字、400字詰め原稿用紙で約1,091枚。上下巻でもいいぐらいの大容量。

 文章は謎めいていて、じっくり読む必要がある。一種の超能力SFだが、実は日本人には馴染み深いテーマを扱っているのでお楽しみに。

【感想は?】

 そう、この作品は日本人こそが最もよく味わえる小説だ。

 なにせテーマの一つはオロジェニー、造山能力なのだから。列島に多くの火山を抱え、頻繁に震災に見舞われるためか、日本人は地球科学に詳しい。世界的にもプレートテクトニクスに最も詳しい国民だろう。

 物語でも、かの「日本沈没」や「深紅の碑文」など、日本のSFは地殻変動を扱う作品が多い。そういえば山田ミネコの最終戦争シリーズの最終兵器メビウスも地殻兵器だった。

 この作品の超能力オロジェニーは、そんな地殻運動と関係が深い。彼らは地殻のエネルギーを「地覚」し、形を変え、または引き出し、操る、そういう能力だ。とんでもねえパワーである。人々は彼らをロガと呼び恐れるのも当然だろう。

 この「地覚」の描写が、日本人こそ最も鋭く味わえる部分だろう。灼熱のマグマが圧力に押され地殻の弱点を探り侵入しようとする様子。プレートとプレートがぶつかり合い、凄まじい力でギシギシと軋む模様。それを、著者は皮膚感覚で描くのだ。読んでいて、「俺たちは何が嬉しくてこんな不安定な列島に住んでいるんだろう」などと考えてしまう。

 災害の描写も恐ろしい。特に印象に残るのは、「揺れ」の後でエッスンが旅する場面。空からは灰が降り注ぎ、大気は霧のような塵で白く濁る。このあたり、桜島近辺に住む人はどう感じるんだろうか。

 などの風景の中で展開する物語は、虐げられ奪われ続ける女たちの人生だ。

 エッスンは息子と娘を奪われ、住む家も失う。幼いダマヤは親に売られ帝国の道具とされる。大きな組織に勤めているなら、サイアナイトのパートが最も身に染みるだろう。順調に出世してはいるが、それは同時に組織にとって最も便利な道具でもある。

 エッスンの旅路は、人々の共同体<コム>から離れた者たちの過酷な生き様が生々しく伝わってくる。彼女が「道の家」で夜を過ごす場面は、社会から秩序が失われた際に何が起きるか、秩序からはじき出された者がどんな立場に立たされるかを、否応なく読者に突きつける。屋根のある所に寝る事すらできないのだ。

 フルクラムに保護されたはずのダマヤもまた、安心できる環境ではない。ここでは子供の社会の残酷さ・熾烈さを描き出す。とはいえ、ダマヤもなかなかに狡猾で逞しいんだが。

 そしてサイアナイトのパートでは、この社会のおぞましさが次第に見えてくるのだ。そもそもアラバスターとの旅路の目的が酷い。そのアラバスターも嫌味な奴ではあるが、こんな立場じゃおかしくもなるよなあ。

 ちょっとした小道具にも、この世界の厳しさが漂う。特に破滅の崖っぷちで暮らす緊張感を示すのが、避難袋。緊急時の食糧・水筒や衣料など、家を失った際にでも当面は生きていけるだけの物資が入っている。イザとなったら、これ一つを持っていれば暫くは生き延びられる優れもの。こういった物を人々が常に備えているあたりで、誰もが危機を身近に感じているのがわかる。

 危機感は個人だけでなく、社会全体にも溢れている。例えばこんな台詞。

 「アライアはわずか二<季節>前にできたばかりです」
  ――p290

 大規模な災害を何回乗り越えたか、それが地域の安定性と威信を表すのだ。この社会では、何もかもが<季節>の到来を前提として成り立っている。

 破滅の予兆が漂う世界に生きる人々は敵意に満ち、空には謎のオベリスクが漂い、地には奇妙な生態の「石喰い」が潜む。異様な世界でありながらも、人々はこの地を地球と呼ぶ。ギシギシと軋むプレートの境界を思わせる、緊張感に満ちたSF/ファンタジイだ。

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2021年6月21日 (月)

J・J・アダムス編「パワードスーツSF傑作選 この地獄の片隅に」創元SF文庫 中原尚哉訳

アーマーを装着し、電源を医いれ、弾薬を装填せよ。きみの任務は次のページからだ。
  ――イントロダクション

【どんな本?】

 パワードスーツをテーマとした作品23編を集めたアンソロジー Armored から、12編を選び訳した短編集。

 ミリタリーSFの売れっ子ジャック・キャンベル「この地獄の片隅に」,ヤクザの抗争を扱うカレン・ロワチー「ノマド」,オーストラリアを舞台としたスチーム・パンクのデイヴィッド・D・レヴァイン「ケリー盗賊団の最後」,狂乱の戦場で人の認識が変容してゆくアレステア・レナルズ「外傷ボッド」など、バラエティ豊かな作品が楽しめる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Armored, 2012。日本語版は2021年3月12日初版。文庫で縦一段組み本文約350頁に加え、岡部いさくの解説7頁。8.5ポイント41字×18行×350頁=約258,300字、400字詰め原稿用紙で約646枚。文庫としては少し厚め。

 文章はこなれている。今世紀のSFアンソロジーだけあって、ガジェットはバラエティ豊か。とはいえ、アニメのガンダム・シリーズが楽しめる人なら、充分についていけるだろう。

【収録作は?】

 作品ごとに解説が1頁ある。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 の順。

ジョン・ジョゼフ・アダムズ / イントロダクション / John Joseph Adams / INtroduction
ジャック・キャンベル / この地獄の片隅に / Jack Campbell / Hel's Half-Acre
この小隊はヘル軍曹にちなんで“地獄の片隅”と名のっている。中尉はしょっちゅう代わる。まっさら新品の軍服でやってきて、まもなく死体専用チューブに入って去る。
 ヘル軍曹が率いる重機械化歩兵の小隊は惑星ニッフルハイムでカナリア族と睨み合う。一か月前に降下して以来、ずっとアーマーにはいったまま。強力な腐食性ガスの大気は兵を溶かしてしまう。たまに来る士官は、たいていすぐ戦死する。今日はカローラ中尉が来た。しかも数人の副官を率いたマクドゥーガル将軍を連れて。
 パワードスーツの必然性がよくわかる作品。真空や有害な大気中で人間が活動するには宇宙服が要る。呼吸用の酸素の循環や温度調整の機能も必要だし、そのためのエネルギーも。となると相応の重さになる。動きやすいように、筋力を補う機能もつけよう。もち、制御用のコンピュータやセンサーも。パワーがあるなら、重いモノ、例えば銃器や弾薬も持てるよね…と、宇宙服が進化すると、パワードスーツになってしまうのだ。
ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン / 深海採掘船コッペリア号 / Genevieve Valentine / The Last Run of the Coppelia
船を下りたら――アルバはべつのだれかのものになる。考えると胸が痛んだ。
 コッペリア号はミネルバ星の海で藻などを採り稼いでいる。メカは水中の活動に適していて、腕と指は長く水かきがあり足は短い。その日、ジャコバは海に落ちた不審な物を拾う。メカの部品かと思ったが、データドライブだった。中のデータはとんでもないシロモノで…
 海が舞台なだけに、登場するパワードスーツはズゴックみたいなズングリムックリかつ短足手長。やっぱり人間が活動しにくい環境だとパワードスーツに説得力が出るなあ。ただし使っているのは小さい民間の採掘船で、船員も曰くありげな連中ばかり。採算が苦しい辺境の民間企業が使い古したメカをだましだまし動かしてる雰囲気がよく出てる。
カリン・ロワチー / ノマド / Karin Lowachee / Nomad
「ラジカルは鉄壁の防御をしているつもりでいるけど、あくまで機械だ。機械にはかならず脆弱性がある」
 ラジカルは人間と共に成長する。マッド&トミーはトラ縞のナンバー2と見込まれていたが、ギアハート縞との抗争でトミーが死んだ。トラ縞には単身の人間ディーコンがいるが、マッドは再融合する気はない。縞を去り無所属となってどこかへ行くつもりだ。
 軍→辺境のサルベージ船ときて、次はヤクザの抗争物。出入りで相棒を失ったラジカル(パワードスーツ)の視点で語られる物語。まるきし高倉健が演じる東映ヤクザ映画の世界なのに、語り手がメカというミスマッチが楽しい。
デヴィッド・バー・カートリー / アーマーの恋の物語 / Davvid Barr Kirtley / Power Armor : A Love Story
「僕は未来から来ました」
 優れた発明家として名高いアンソニー・ブレアはめったに人前に出ず、決してアーマーを脱がない。過去は謎に包まれている。そのブレアが邸宅を買い、パーティーを開いた。多くの名士が駆けつける中、ブレアは一人の女と話し込む。ミラ・バレンティック博士。彼女にも秘密があった。
 アーマーSFでもあり、引用からわかるように時間SFでもある。アーマー装着時の飲食というか栄養補給はどうするのかって問題の解は色々あるが、この作品の解は酷いw 某有名ホラー映画を思い出しちゃうじゃないかw
デイヴィッド・D・レヴァイン / ケリー盗賊団の最後 / David D. Levine / The Last of the Kelly Gang
「甲冑を四つつくってほしい」
 19世紀、開拓時代のオーストラリア。アイク老人は変わり者で一人暮らしだ。そこにケリー盗賊団が押し込んできた。甲冑を四つ作れ、と。連中が持ち込んだ図面のままじゃ使い物にならない。重くて動かせない上に、銃弾は防げない。だが動力を付けたら? 技術者の血が騒ぎだしたアイク老は問題に取り組み始め…
 ネッド・ケリーは実在の人物(→Wikipedia)。時代が時代だし、実在の人物が出てくるあたり、気分はスチームパンク。嫌がっていても、問題が示され解決法が思い浮かぶと、とりあえず試してみたくなるアイク老のハッカー魂が上手く書けてるw ネタバレだがアイク老はこちら(→Wikipedia)。
アリステア・レナルズ / 外傷ボッド / Alastair Reynolds / Trauma Pod
彼らが守ろうとしているのは俺ではない。
 最近、敵味方のメカの一部が暴走しているらしい。そこで深部偵察に出たケイン軍曹は負傷し、野戦医療ユニットに収容される。応急処置で右脚を切断したが、脳内出血の手当はこれから。周囲は敵に囲まれ、しばらくは脱出できない。タンゴ・オスカー基地のアナベル・ライズ医師が遠隔操作で治療を担当してくれている。
 野戦医療ユニットKX-457、最初の応急処置から遠隔で脳外科手術まで操作できる上に、索敵・移動・敵の排除までこなしちゃうあたり、医療ユニットというより移動陣地と言っていいぐらいの優れもの。なんて素晴らしい、と感心していたら…。ケイン軍曹の意識が少しづつ変わっていくあたりの描き方が実に見事で、スンナリとオチへと読者の思考を導いていく。
ウェンディ・N・ワグナー&ジャック・ワグナー / 密猟者 / Wendy N. Wagner & Jak Wagner / The Poacher
『承認しますか?』
 人口の八割は地球を出て火星や宇宙ステーションに移り住んだ。閉鎖ドームが完成する前の月で育ったカレンは、常に生体機械スーツを着た暮らしに慣れている。幼い頃に母星見学旅行で見た野生の風景に惹かれ、カレンは自然保護官を志す。最も優れた実績を誇る自然保護官のハーディマンと同じチームで働くカレンは、密漁船を見つけた。
 パワードスーツに付き物なのが、管理するAIと体調や精神を調整するための薬物投与。この作品ではAIというより、少々お節介なOSという感じ。舞台背景はもう少し複雑で、人類と生態が似たエイリアンシルク類が絡んでくる。冒頭、貿易封鎖で月が困窮する描写は、なかなかの迫力。
キャリー・ヴォーン / ドン・キホーテ / Carrie Vaughn / Don Quixote
「こいつは戦争を終わらせるかもな。ドン・キホーテ軍団にはだれも対抗できない」
 1939年、内戦末期のスペイン。従軍記者のハンクとジョーは、フランコ軍の部隊が蹂躙された跡を見つける。そこから伸びている一組の履帯の轍を辿ると、戦車に似た戦争機械と二人のスペイン兵に出会う。スペイン兵は自信たっぷりに戦争機械をドン・キホーテ号と呼ぶ。
 いかにドン・キホーテ号が優れていようと、補給も援軍も期待できない状況では逆転は無理だろう。そこを見越して商売を考えるあたりは、いかにもビジネスの国アメリカらしい。「ドイツがこれを知ったらどうなるか」の懸念が、既に手遅れだったのはグデーリアンの快進撃が示している。それを考えると、この結末はひたすら苦い。
サイモン・R・グリーン / 天国と地獄の星 / Simon R. Green / Find Heaven and Hell in the Smallest Things
「この惑星は巨大なジャングルにおおわれている。そのすべてが人間を攻撃する」
 アバドン星は植物に覆われている。焼き払っても植物はすぐに蘇り、人を襲う。ドローンとロボットが守る第一基地は植物に覆われた。第二基地には人間が居たが、皆いなくなった。原因は不明。そこで第三基地を起点にテラフォーム施設を守るため、ハードスーツ着用の12人が送り出される。
 前人未到の異星で先遣隊が消息を絶つ、SFの定型に沿った作品。いやルーツを探ると、少なくとも17世紀にはシェイクスピア「テンペスト」が見つかるんだけど。主人公ポールとハードスーツのAIの関係が、けっこう捻ってある。
クリイスティ・ヤント / 所有権の転移 / Christie Yant / Transfer of Ownership
男は彼女を殺した。わたしはそれを止められなかった。
 わたしはカーソン専用につくられている。男がカーソンを殺し、わたしを奪おうとした。男はわたしを使おうと色々試すが、なかなかうまくいかない。一部の手動操作方法は見つけたようだが、音声命令は知らないようだ。私の存在を知られてはいけない。
 語り手は、ならず者に強奪されたスーツ。粗野で冷酷で身勝手で衝動的、まるきしケダモノなならず者と、そんな屑に抗おうとするスーツの頭脳戦を描く掌編。
ショーン・ウィリアムズ / N体問題 / Sean Williams / The N-Body Solution
ここではだれもが遭難者だ。
 ループは一方通行のワープゲート網で、建設者も原理も不明。ここハーベスター星系はループの163番目で終着駅だ。送り側ディスクはあるが、機能しない。故障か、そういう仕様なのか、多くの科学者が調べたが、何もわかっていない。ハーベスター星系には複数の知的種族が居る。到着施設から出たアレックスは、バーでメカスーツを着たアイと名のる地球法執行局の女と出会う。
 ループ,具体,メカスーツと、SFガジェットは盛りだくさん。エイリアンもうじゃうじゃ出てくるけど、別に人類と特にいがみあってはいない様子。一方通行なのにループとはこれいかに。
ジャック・マクデヴィット / 猫のパジャマ / Jack McDevitt / The Cat's Pajamas
それじゃない。彼女だ。
 二秒弱の周期でビームを発するパルサーに近いオシレーション・ステーションには、三人の物理学者と仔猫のトーニーがいた。操縦訓練生ジェイクと教官ハッチンズは支援船カパーヘッド号で訪れるが応答がない。事故で壊滅し生き残りはトーニーだけ。パルサーの強烈なビームを防げるゴンゾスーツは一着だけで、人が着たら猫が入る余裕はない。
 エアロックを出入りできる宇宙服は一着だけ。人と猫が一緒に入るのは無理。では猫を救い出すか否か。ここで言い争いにならないあたり、落ち着いて見えるジェイクも実はw ギリギリのサスペンスが続く状況だってのに、猫らしくマイペースなトーニーが、見事に緊張感を削いでくれますw

 売れっ子だけあって、ジャック・キャンベル「この地獄の片隅に」は手堅くまとまっている。カリン・ロワチー「ノマド」はパワードスーツと東映ヤクザ映画路線のミスマッチが楽しい。ニワカ軍ヲタとしてはキャリー・ヴォーン「ドン・キホーテ」の苦さが染みる。猫好きにジャック・マクデヴィット「猫のパジャマ」は必読。

 そんな中で最も気に入ったのはアリステア・レナルズ「外傷ボッド」。主人公ケイン軍曹の自意識が次第に変わってゆく様子は、SFの醍醐味を凝縮した感があって、クラクラする酩酊感が味わえた。

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2021年6月 3日 (木)

「フレドリック・ブラウンSF短編全集 4 最初のタイムマシン」東京創元社 安原和見訳

「あんたの1ドルに対して13ドル賭けますから、悪魔なんぞ信じてないって証明してみせてくださいよ」
  ――翼のざわめき

「神は存在するのか」
  ――回答

「わたしは地球外生物で、全権公使として参りました」
  ――人形劇

「それでは、わたしの最初の質問ですが――あなたが犯人ですか」
「そうです」
  ――事件はなかった

【どんな本?】

 1940年代から60年代にかけて活躍したアメリカのSF/ミステリ作家フレドリック・ブラウンのSF短編を、執筆順に編集した短編集の完結編で、1951年から1965年までの作品を収録している。

 余計なものを徹底してそぎ落としつつも、親しみやすく読みやすい文章で、鋭くヒネリの利いたアイデアでストンと落とす彼の芸風は、今でも星新一や草上仁などに受け継がれている。

 完結編の本作は、発表当時に勃興しつつあったPLAYBOY誌などの月間男性誌に掲載した作品もあり、お色気ネタを含むとともに、1~3頁の極短編も多く、キレの鋭さに磨きがかかっている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

  原書は From These Ashes : The Complete Short SF of Fredric Brown, 2001。日本語版は2021年2月26日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約330頁に加え、牧眞司の「収録作品解題」13頁+渡邊利通の解説5頁。9ポイント43字×20行×330頁=約283,800字、400字詰め原稿用紙で約710字。文庫ならやや厚め。

 文章はこなれていて親しみやすく読みやすい。SFとは言ってもそこはブラウン、難しい理屈は全く出てこないどころか、悪魔まで出張ってくるので、理系っぽいのは苦手な人でも大丈夫。

 なお、先に書いたように短い作品が多く全68作を収録しているため、収録作は記事の最後に一覧としてまとめた。

【感想は?】

 怒涛の掌編ラッシュ。

 晩年の作品なので腕が上がっているのもあるし、とにかく短い作品が多いためか、オチのキレがグッと増している。そう、アイデア・ストーリーは、短ければ短いほどオチのキレが増すのだ。そんなわけで、読む側としては、キレキレのカミソリ・ジャブを次々と浴びて血だるまになる、そんな気分を味わえる。

 短い理由の一つは、Playboy/Adam/Dude などの男性月刊誌に発表した作品もあるため。アッチの原稿料は1語いくらなので、短いのは作家にとっちゃありがたくないんだが、SF雑誌とは違い発行部数も桁違いなため、原稿料も高いから、充分に稼げたんだろう。お陰で私は「煮しめたブラウン」が味わえる。なんとも幸福なことだ。

 もちろん、そういう雑誌なため、SF味は多少薄めで、そのかわりにシモネタが入ってたり。でもまあ、ソレはソレで美味しい。「ロープ魔術」とか、実にしょうもないオチなんだけど、私はそういうのが大好きだw 「意地悪」も、しょうもなさはドッコイドッコイで、そこが楽しいw

 やはり掲載誌で本作独特なのが、エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジンなどミステリ雑誌掲載の作品も混じっていること。ミステリ雑誌じゃないけど「青の悪夢」から始まる悪夢シリーズなども、ブラウンのもう一つの顔が拝める。いずれもSF雑誌じゃないのでSF味は薄めだが、オチのキレの鋭さは変わりなく、読者の想像の裏をかく腕は見事。

 ってだけでなく、ミステリ系の作品は、なまじ現実味が強いせいか、ブラウンのユーモアの黒さが余計に出ているように感じるのはなぜだろう? 人類を滅ぼしても実感がわかないんだけど、人を一人殺すと生々しく感じるんだよね。つまりは星新一と同じで、基本的に黒い人なのだ、フレドリック・ブラウンは。いずれも文章が乾いてるから、あまし黒さは感じないけど。

 いやホント、「青の悪夢」の黒さはハンパない。たった3頁で、よくもここまでおぞましい物語を書けるもんだ。

 やはり短さゆえのキレが目立つのが「回答」。さすがに時代が時代だけにリレーとか道具立ては旧いけど、そこはLEDとか今風に読み替えればいいワケで、基本的なアイデアは今でも充分…というか、今日もどこかで二番煎じ・三番煎じの作品を書いているに違いない。

 短いが故のキレでは、「唯我論者」もすごい。唯我論とは、「実在するのは俺だけ、他はみんな俺の想像」って考え。あなたも幼いころ、そういう発想にたどり着いたでしょ? それを極限まで推し進めると…。最後の一行が見事すぎる。

 キレが鋭い理由の一つは短さだが、同時にネタのヤバさもある。「ジェイシー」とか、よく発表できたなあ、と思うんだが、短編集用の書き下ろしみたいだ。鍛えられた読者が多いSF雑誌ならともかく、一般の雑誌に載せたら炎上間違いなしのヤバさ。

 どの作品もとっつきやすい上に、短くてオチのキレがいい。だから、「ご飯が炊けるまで」とか「お風呂が沸くまで」とかの隙間時間に読むのにちょうどいい…と思うでしょ。ところがどっこい、読み始めちゃったら「もうちょっと」「あと一作だけ」とズルズルと読み続け、気がついたら日付が変わってた、なんて羽目に陥りそうなんで、あましそういうのはお薦めしない。もちろん、お茶やコーヒーを口に含んでの読書も厳禁。

 とっつきやすく、親しみやすく、わかりやすい上に、オチのキレはピカ一。「SFを読んでみたいけど、小難しいのはちょっと…」な人、星新一や草上仁が好きな人、そして50年代~60年代のアメリカの短編小説が好きな人にお薦め。

【収録作一覧】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

  1. 緑あふれる / Something Green / 短編集 Space on my Hnads 1951
  2. おれとフラップジャックと火星人 / Me and Flapjack and Martians / Astounding Science Fiction 1952年12月
  3. 愛しのラム / The Little Lamb / Manhunt Detective Story Monthly 1953年8月
  4. 翼のざわめき / Rustle of wing / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1953年8月
  5. 鏡の間 / Hall of Mirrors / Galaxy Science Fiction 1953年12月
  6. 実験 / Experiment / Galaxy Science Fiction 1954年2月
  7. 辺境防衛 / Sentry / Galaxy Science Fiction 1954年2月
  8. 立入禁止 / Keep Out / Amazing Stories 1954年3月
  9. ごもっとも / Naturally / Beyond Fantasy Fiction 1954年9月
  10. ヴードゥー / Voodoo / Beyond Fantasy Fiction 1954年9月
  11. 回答 / Answer / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  12. デイジー / Daisies / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  13. 相似形 / Pattern / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  14. あいさつ / Politeness / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  15. 荒唐無稽 / Preposterous / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  16. 和解 / Prconciliation / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  17. 探索 / Search / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  18. 宣告 / Sentence / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  19. 唯我論者 / Solipsist / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
  20. 血 / Blood / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1955年2月
  21. 想像 / Imagine / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 19955年3月
  22. 最初のタイムマシン / First Time Machine / Ellery Queen's Mystery Magazine 1955年9月
  23. ひどすぎ / Too Far / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1955年9月
  24. 至福千年紀 いつか訪れる正義と平和の時代 / Millennium / Magazine of Fantasy and Science Fiction 1955年3月
  25. 遠征隊 / Expedition / Magazine of Fantasy and Science Fiction 1957年2月
  26. ハッピーエンド / Happy Ending / Fantastic Universe 1957年9月
  27. ジェイシー / Jaycee / 短編集 Nightmares and Geezenstacks 1961
  28. 不運続き / Unfortunately / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1958年10月
  29. 意地悪 / Nasty / Playboy 1959年4月
  30. ロープ魔術 / Rope Trick / Adam 1959年5月
  31. 雪男 / Abominable / The Dude 1960年3月
  32. クマんにひとつの / Bear Possibility / The Dude 1960年3月
  33. 退場 / Recessional / The Dude 1960年3月
  34. ファースト・コンタクト / Contact / Galaxy Magazine 1960年6月
  35. こだま / Rebound / Galaxy Magazine 1960年4月
  36. 失われた大発見そのⅠ 透明人間 / Great Lost Discoveries Ⅰ Invisibility / Gent 1961年2月
  37. 失われた大発見そのⅡ 不死身 / Great Lost Discoveries Ⅱ Invulnerability / Gent 1961年2月
  38. 失われた大発見そのⅢ 不死 / Great Lost Discoveries Ⅲ Immortality / Gent 1961年2月
  39. 趣味と実益 / Hobbyist / Playboy 1961年3月
  40. ジ・エンド / The End / Dude 1961年3月
  41. 青の悪夢 / Nightmare in Blue / Dude 1961年3月
  42. 灰色の悪夢 / Nightmare in Gray / Dude 1961年3月
  43. 赤の悪夢 / Nightmare in Red / Dude 1961年3月
  44. 黄色の悪夢 / Nightmare in Yellow / Dude 1961年3月
  45. 緑の悪夢 / Nightmare in Green / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  46. 白の悪夢 / Nightmare in White / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  47. ユースタス・ヴィーヴァ―のつかの間の幸福 Ⅰ / The Short Happy Lives of Eustace Weaver Ⅰ / Ellery Queen's Mystery Magazine 1961年6月
  48. ユースタス・ヴィーヴァ―のつかの間の幸福 Ⅱ / The Short Happy Lives of Eustace Weaver Ⅱ / Ellery Queen's Mystery Magazine 1961年6月
  49. ユースタス・ヴィーヴァ―のつかの間の幸福 Ⅲ / The Short Happy Lives of Eustace Weaver Ⅲ / Ellery Queen's Mystery Magazine 1961年6月
  50. 輝くひげ / Bright Beard / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  51. 猫泥棒 / Cat Burglar 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  52. 脅迫状 / Dead Letter / Ellery Queen's Mystery Magazine 1955年7月
  53. 山上に死す / Death on the Mountain / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  54. 致命的な失敗 / Ellery Queen's Mystery Magazine 1955年6月
  55. 魚の流儀 / Fish Story / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  56. 馬かしあい / Horse Race / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  57. 家 / The House / Fantastic Science Fiction Stories 1960年8月
  58. 悪ふざけ / The Joke / Detective Tales 1948年10月
  59. ハンス・カルヴェルの指輪 / The Ring of Hands Carvel / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  60. 起死回生 / Second Chance / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  61. 三羽のふくろうの子 / Three Little Owls / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
  62. ばあばの誕生日 / Granny's Birthday / Alfred Hitchcock's Mystery Magazine 1960年6月
  63. 猫恐怖症 / Aelurophobe / Dude 1962年9月
  64. 人形劇 / Puppet Show / Playboy 1962年11月
  65. ダブル・スタンダード / Double Standard / Playboy 1963年4月
  66. 事件はなかった / It Didn't Happen / Playboy 1963年10月
  67. エージェント / Ten Percent / Gent 1963年10月
  68. 小夜曲 / Eine Kleine Nachtmusik / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1965年6月

【関連記事】

【今日の一曲】

Centerfold · The J. Geils Band

 PLAYBOY誌のウリは、やっぱりセンター・グラビア。とくれば、この曲でしょう。「学校時代の憧れのあのコがセンター・グラビアに」という、嬉しいけど切ない野郎の想いを歌った曲。ハネるようなリズムに乗ったピーター・ウルフの歌声も心地よいです。

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2021年5月23日 (日)

ピーター・トライアス「サイバー・ショーグン・レボリューション 上・下」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳

「一人目の殺しを憶えているか?」
  ――上巻p58

「イナゴ號は裏切らない」
  ――上巻p181

「それが特高だ」
  ――上巻p235

「わたしがメカパイロットとして研鑽を積んできたのは、この国を守るためだ。権力欲にまみれた政治結社の死刑執行人になるためではない」
  ――下巻p114

「革命をお楽しみだろうか」
  ――下巻p206

「事件の真相と、現場でくだる命令は乖離しているものだ」
  ――下巻p220

【どんな本?】

 アメリカの若手SF作家ピーター・トライアスによる、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」「メカ・サムライ・エンパイア」に続く、歴史改変ロボットSF三部作の完結編。

 第二次世界大戦は枢軸側が勝利する。北米は東部をナチス・ドイツ、西部を日本が支配し、沈黙線を境に睨み合っていた。

 そして2019年。多村総督の腐敗と横暴に対し、山崗将軍率いる<戦争の息子たち>は決起する。メカパイロット守川励子も革命に加わり、一時は危機に陥ったものの、親友の嶽見ダニエラに窮地を救われた。革命は成功し、守川も功績を認められ教育省の指揮をまかされたのも束の間、伝説のナチスキラーと呼ばれるブラディマリーを追うため特高との連絡役に指名される。

 特高の若名ビショップは国境近くの郊外の倉庫を捜索中、ナチスが遺した異様な実験の跡を発見する。上司の槻野警視監に報告したところ、陸軍との協力を命じられた。

 かくして陸軍のメカパイロット守川と特高の課員である若名は、共にナチスの影を追って捜査に当たるのだが…

 ワザと勘違いした日本趣味、謎の凄腕ブラディマリーの目的と正体の謎、歪な体制とその元で生きる人々、そして暴れまわる巨大ロボットを描く、娯楽SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Cyber Shogun Revolution, by Peter Tieryas, 2020。日本語版は2020年9月25日発行。文庫の上下巻で縦一段組み本文約267頁+247頁=514頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント40字×16行×(267頁+247頁)=約328,960字、400字詰め原稿用紙で約823枚。文庫の上下巻としてはやや薄め。

 親しみやすく読みやすい文章ながら、「機界」などの微妙にズラした言葉遣いが絶妙の味を出している。漢字って素晴らしい。ロボットSFとしては、世界観がガンダムでメカはマジンガーZな感じ。つまり科学・工学方面をあまし突っ込んではいけない。そしてもちろん、「軍事用ならバラエティを揃えるより同一規格で量産した方が云々」なんて野暮は厳禁。だって色んなロボットが次々と出てくる方が楽しいじゃないか。

 三部作であり、時系列も飛び飛びながら直線的につながるシリーズだが、著者は「どこから読んでも大丈夫」と言ってる。実際、この作品だけを読んでも、充分に楽しめる。私は尻上がりに面白くなる、つまり本作が最も楽しめた。たぶん、ロボット・バトルの場面が多いからだろう。

【感想は?】

 サイバー・ショーグン・レボリューション? なんか胡散臭いタイトルだなあ、と思ったら、その勘は当たってる。

 ある意味、ニンジャスレイヤーと似たテイストで、「わかった上で勘違いした日本趣味」が盛りだくさん。やたら悪趣味で人が死にまくるのも忍殺と同様。ただ、それと同時に、大日本帝国とナチス・ドイツ双方の体制を、思いっきりデフォルメした社会にし、腐った権力構造を綺麗事で取り繕った世界にしたことで、シリアスなグロテスクさを漂わせる反面、ギャグは控えめ。

 そしてもちろん、ニンジャスレイヤーとの最大の違いが、巨大ロボットだ。もち、人が乗り込んで操縦する。「そんなん戦術的に何の意味が」とか言っちゃいけません。だってカッコいいじゃん。

 そんな訳で、私がまず気に入ったのはストライダー號。この「號」って字を充てるのも訳者のノリとセンスを感じる。ゲッターロボかよw 二足歩行ながら、完全な人型じゃないのもいい。ストライダー號は頭に「クワガタムシのような二本の角」で、主な得物はブーメランって、ガラダK7(→ピクシブ百科事典)かい。マジンガーZじゃやられメカの印象が強いが、本作じゃどっこい頼りになる存在感を示してくれる。

 訳に話を戻すと、他にも細かい所で「日本ぽいけど微妙に違う」雰囲気を出す訳者の気遣いが嬉しい。メートルを米、キロメートルを粁としたり。これは著者もそうで、決起参加者が四十七人とか特高の銃(たぶん拳銃)が南部式とか「福沢諭吉高校」とか。「銭湯」なんて、健康ランドを金満ハリウッドが日本人経営者のもとでアレンジしたら、確かにあんな感じになりそうw

 そんな日本と睨み合うのはナチス・ドイツ。国が違えば設計思想もデザインも違う。ナチス側のメカとくれば、前回の気色悪いボスがワラワラと集団で襲ってくるのもお約束。当然、こっちの側も対抗手段を用意してるし、互いに相手の手口をパクり合うのも軍備競争の常。今回出てくる「嫌らしい新兵器」レギオンも、ロボット好きならムカつくこと請け合い。

 最初に出てくるイナゴ號の電磁銃やアヌビス級の薙刀、そして終盤で暴れまわるシグマ號の「鼻」は許せるけど、こういうのは、なんか腹立つんだよなあ。なんでだろ? あ、もちろん、敵のメカの色は赤です。そして忘れちゃいけない、軍用メカには必須のお約束装置が。アレ何の役に立つのかと思ってたら、そういう使い方するのかw

 対してナチス側は生命工学に長けているようで、そっち方面で「ドイツの科学は世界一~ィィィ!」な人も、ちゃんと出てくるんだが、あまし出番がないのは残念なところ。もっとマッドな活躍をして欲しかったなあ。いやその研究は充分に正統なんだけど、手段がマッドなんだよね。こういう、研究のためなら手段を選ばないキャラって、大好きだ。

 まあ日本側もバイオ技術を使ってるんだけど、特に民間だと、あっちの方向に突っ走るあたりが、いかにも日本だよなあ。

 対照的といえば、日本・ドイツいずれも社会は歪んでいながら、歪み方が微妙に違うのもよく分かってらっしゃる。これは人の名前の付け方によく現れてて。長い間、周辺国として世界的には埋もれた立場ながら、20世紀に入ってアジアのボス面し始めた日本と、常に権力闘争が絶えない欧州史の中で充分な存在感を示し続けてきたドイツとの違いなのかな?

 シリーズ物のお楽しみとして、懐かしい面子が顔を出すのも嬉しいところ。USJ で活躍した特高の槻野昭子は順調にキャリアを重ね、若名ビショップの上司として上巻からクールに再登場。

 これが下巻も後半に入ると、MSE で対抗ヒロインを務めた橘範子が大西範子少佐となって再登場。「好都合です」なんて台詞に現れた本性を、優等生っぽい見かけで巧みに隠しおおせた…ようなんだけど、終盤の修羅場じゃ地が出たようでw やっぱり血が騒ぐんだろうなあ。そして、大西少佐の次に登場する謎のパイロットも…いや、初登場場面から割れてますがなw

 そんな決戦バトルに水を差す、いかにも「軍政志望です」な飯干大佐も、この作品に欠かせない味を代表する、小役人的な小悪党。

 細かい点ばかりを書いちゃったけど、本作の主軸は守川と若名がブラディマリーを追ううちに見えてくる、USJ 世界の隠された真の姿だ。表向きは綺麗事に溢れているが、歓楽街などに潜り込めば剝き出しになった欲望が吹き上げている。つまりはタテマエとホンネの剥離だ。飯干大佐は小物だからこそ、等身大の実感しやすい形でヒトの愚かさを体現する人物でもある。

 では、将軍や総督と祭り上げられる者はどうなのか。

 などと世界観を掘り下げるのもよし、ワザと勘違いした日本趣味に苦笑いしてもよし、そしてもちろんド派手なロボット同士のバトルに興奮してもよし。ダークな世界設定の中でロボットの肉弾戦が楽しめる娯楽SF作品だ。

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2021年5月17日 (月)

メアリ・ロビネット・コワル「宇宙へ 上・下」ハヤカワ文庫SF 酒井昭伸訳

「脱出しないと。このクソったれの惑星から」
  ――上巻p133

「いまはね、おばちゃんみたいな宇宙飛行士になりたいって思うの」
  ――上巻p304

「いきなさい。なにがなんでも、宇宙へ」
  ――下巻p193

【どんな本?】

 アメリカの新鋭SF作家、メアリ・ロビネット・コワルによる歴史改変SF長編小説。

 1952年3月3日、巨大隕石がワシントンD.C.近くの大西洋に落下した。合衆国東海岸が壊滅したほか、大西洋に面する国々は甚大な被害を被る。合衆国はホワイトハウスに加え議会開催中の上院と下院も全滅した。幸い農場視察に出ていて生き延びた農務長官チャールズ・F・ブラナンを大統領代行として合衆国政府は体裁を整える。

 エルマ・ヨークは数学の天才で計算も異様に速い。二次大戦中は陸軍航空軍夫人操縦士隊=WASPとして輸送任務をこなす。今はアメリカ航空査問委員会=NACAに計算者として勤めている。悲劇の日、エルマは夫ナサニエルと共にペンシルベニアのポコノ山脈にいた。かろうじて生き延びたはいいが、災害の影響を概算したところ、おぞましい結果が出た。

 隕石落下の衝撃で大気中に噴出した水蒸気により気候は激変し、近い将来に地球は地獄となる。人類が生き延びるには、宇宙へ飛びださなければならない。

 多くの問題を抱えつつも、国際的な協調関係を整え、人類は急ピッチで宇宙開発へと突き進む。

 実際の歴史よりも順調に宇宙開発が進んだ世界を舞台に、女でありながら宇宙飛行士を目指すエルマの奮闘を描く、爽快な宇宙開発SF。

 2018年度ネビュラ賞長編小説部門、2019年度ヒューゴー賞長編小説部門、2019年度ローカス賞SF長編部門受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Calculating Stars, by Mary Robinette Kowal, 2018。日本語版は2020年8月25日発行。文庫本で縦一段組み上下巻で本文約404頁+387頁=約791頁に加え、堺三保の解説8頁。9ポイント40字×16行×(404頁+387頁)=約506,240字、400字詰め原稿用紙で約1,266枚。文庫の上下巻としてはやや厚め。

 文章はさすがの酒井昭伸、この手の爽快なSFを手掛けたらピカ一の読みやすさ。基本的に娯楽作品なので、わからない所は読み飛ばしても結構。もちろん、マニア向けの拘りやクスグリはしこたま仕込んであります。

【感想は?】

 伝統的な素材を現代風に味付けした本格宇宙開発SF。

 まず気が付くのは、現代的な味付け。主人公のエルマが女なのもそうだが、やたら夫のナサニエルとイチャイチャするのも今風だろう。二人とも元気に…まあ、アレだ。

 60年代あたりからSFも性をテーマに取り扱いはじめたが、そこはSF。「タブーに挑む」姿勢が強く出たためか、マニアックなプレイばっかりで、普通の夫婦の営みはまず描かれなかった。そういう衒いやぎこちなさが消え、ごく自然体で描いているあたりに、SFの作家・読者ともに大人になったんだなあ、としみじみ。

 時は冷戦まっさかり。隕石が落ち、空が光ったとき、まず思いつくのが核攻撃ってあたりに、時代の空気を感じる。そこでラジオから「音楽が流れ続けている」ので核攻撃ではないと判断する所で、主人公が理系頭なのが伝わってくる。ところであなた、電が光ったとき、音が鳴るまで、時間を数えます?

 さて。宇宙への進出で最大の難点は、やっぱりロケット・エンジン。現実だと、ロケット開発を先導したのはソ連で、その目的は軍用ミサイルだった。これはソ連の宇宙開発技術を率いた「セルゲイ・コロリョフ」の伝記に詳しい。

 アメリカも核開発に熱心だったが、エノラ・ゲイとボックス・カーの成功に釣られたのか、当初は「爆撃機でいいじゃん」な方向だった。これを変えたのが1957年のスプートニク・ショック(→Wikipedia)。

 これらは、二つの意味を持っている、一つは、宇宙開発には政治的な情勢が大きく関わっている、ということ。ソ連は軍事的な目的で、アメリカも世論に突き動かされて、ロケット開発・宇宙開発に熱を入れた。もう一つは、政治的な情勢さえクリアできれば、いくらでも宇宙開発は加速できるのだ、という点。なんといっても、ロケットの開発と打ち上げはカネがかかるし。

 その政治的情勢を隕石落下にするのも巧いが、そこで農務長官をトップに据えるのもさすが。ロケットと農業は一見関係なさそうだが、気候変動を絡めたのが賢い。なんたって農業は日照りや冷夏など、天候に左右される産業だし。

 といった宇宙開発に並んで本書の大きなテーマとなっているのが、性別や人種の問題。

 時は1950年代。アメリカじゃ公民権運動(→Wikipedia)が盛り上がり始めたころ。実際、アメリカの最初の宇宙飛行士オリジナル・セブンも白人の男ばっかりだった。彼らを扱ったトム・ウルフの「ザ・ライト・スタッフ」は傑作ドキュメンタリーであると同時に、本書の参考図書としてもお薦め。特に本書の下巻に入ってからの展開は、宇宙飛行士をめぐる人間関係が実にリアルに描かれている。

 オリジナル・セブンはみな白人の男、しかも軍のパイロットばかりだ。空軍3人、海軍3人、海兵隊が1人。心技体とも卓越しており、度胸があって、鼻っ柱も強い。そういう世界に、女のエルマが割り込もうとすれば、どうなるか。有形無形の困難を、どうやって乗り越えていくのか。

 そういう点で、本書は王道の冒険物語の楽しさも併せ持っている。見たこともない巨大怪獣とは違い、男社会に女が割り込もうとして味わう困難は、少しでも想像力があれば誰だって切実に感じるだろう。そして立ちふさがる壁が高ければ高いほど、冒険物語は盛り上がるのだ。

 エルマの仕事が「計算者」なのも、本書の美味しい点の一つ。よく「1969年に月へ行ったアポロ宇宙船のコンピュータは任天堂のファミコンより貧弱だった」とか言われる。69年にファミコン未満なんだから、50年代は推して知るべし。「あの計算機、室温が18℃を超えると計算がおかしくなる」には苦笑い。ICどころかトランジスタでもなく真空管だろうし、何かとデリケートなんです。Fortran の開発が1954年だから、当時はアセンブラだろうなあ。

 そんなんだから、問題によっては機械より人間のほうが速かったりする。機械は式をいじれないけど、ヒトは式を最適化して計算量を劇的に減らせるし。とかの事情が、エルマの運命に大きく関わってくるのも、思わず脱帽しちゃうところ。

 そして、冒険物語に欠かせない最後のピースが、強く魅力的な悪役。本書ではステットスン・パーカー大佐が強大かつ狡猾な敵として立ちはだかる。なかなかに傲岸不遜でムカつく登場をするんだが、肝心のパイロットとしての腕も優れているのがいい。いかにも伝統的な戦闘機パイロットなんだよなあ。

 加えてF-86セイバーやP-51マスタングなど、往年の名器が顔を出すのも、マニアには嬉しいサービス。

 不利な立場に居る者があまたの困難を乗り越える冒険物語として、宇宙開発の生々しい現場の空気を味わえる宇宙開発SFとして、そして「人類が辿れたはずのもう一つの道筋」を照らす物語として。明るい未来を望むSFの王道を、新しい味付けで蘇らせた、爽快な長編SF小説だ。

 にしても<浮き足くん>、最後まで名前が出ないのは酷くね? ぜひ続編では活躍してほしい。

【余計なおせっかい】

●第二次世界大戦時、アメリカ空軍は存在しない。当時は陸軍航空軍だった。大戦後の1947年に陸軍から分かれて空軍となる。

●アン・スペンサー・リンドバーグは、初の大西洋単独無着陸飛行を成しとげたチャールズ・リンドバーグの娘で作家。

●サビハ・ギョクチェン(→Wikipedia)はトルコの国父ケマル・アタチュルクの養女で世界初の女性戦闘機パイロット。

●プリンセス・シャホフスカヤ(→英語版Wikipedia)はロシア皇帝のいとこ。第一次世界大戦では偵察機で活躍した。本書では史実と違う運命を辿る。

【関連記事:小説篇】

【関連記事:ノンフィクション篇】

【今日の一曲】

空へ - カルメンマキ&OZ

 本書は「宇宙へ」と書いて「そらへ」と読む。となれば、この曲でしょう。黎明期、男だけの世界で女が頑張るお話でもあるし。カルメン・マキも、男ばかりの日本ロックの黎明期に、ド迫力のサウンドで男と肩を並べるどころか、むしろシーンを引っ張る活躍を果たしました。逆に力強い歌声と凛とした佇まいの印象があまりにもハマりすぎて、以降は「ロックをやる女は女王然としてシンガーを務めなきゃいけない」みたいな思い込みを日本のロック・ファンに刷り込んじゃった罪な人でもあります。こういう強烈なロールモデルとなった所も、本書のテーマと響き合うところ。

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