カテゴリー「書評:SF:海外」の255件の記事

2021年4月 7日 (水)

ケン・リュウ「生まれ変わり」新☆ハヤカワSFシリーズ 古沢嘉通・幹瑤子・大谷真弓訳

「あなたはもっとも合理的な存在になりたいとは思っていないでしょ」
「あなたはもっとも正しい存在になりたがっている」
  ――ビザンチン・エンパシー

【どんな本?】

 「紙の動物園」で大ヒットを飛ばすとともに、「三体」に代表される中国SFを精力的に紹介し、SF界の台風の目となったケン・リュウの20篇を収めた、日本オリジナル短編集第三段。

 今までと同様に、多彩な芸を活かしたバラエティ豊かな味が楽しめるとともに、著者の思想が最も強く出た作品集でもある。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019海外篇で第4位に食い込んだ。

 なお、今はハヤカワ文庫SFより文庫版が「生まれ変わり」「神々は繋がれてはいない」の二分冊で出ている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年2月25日発行。新書版で縦二段組み本文約499頁に加え、編者あとがき8頁。9ポイント24字×17行×2段×499頁=約407,184字、400字詰め原稿用紙で約1,018枚。文庫なら二分冊が妥当なところ。

 プログラムのソースコードが出てきたり、面倒な数学理論が展開したりするが、面倒くさかったらソコは読み飛ばして構わない。そういうのに拘るのは面倒くさいSFマニアだけです。いや自分のことは棚に上げてるけどw それより、その奥にある著者ならではの情感を楽しもう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳。

生まれ変わり / The Reborn / Tor.com 2014年1月29日 / 古沢嘉通訳

「都合よくやつらが自分たちのやったことを忘れられるからといって、おれたちも忘れるべきということにはならん」

 地球はトウニン人に侵略された。記憶を失い続けるトウニン人は、歴史を軽んじる。トウニン人に恨みを抱き反乱を企てる地球人もいる。共存を目指すトウニン人は、そんな者たちが持つ恨みの記憶を奪い、別人として生まれ変わらせる。トウニン保護局の特別捜査官ジョシュア・レノンの目の前で、今日もトウニン人と生まれ変わりの地球人を狙うテロが起きた。
 SFとしては、常に記憶を失っていくトウニン人のアイデアが見事。未来志向と言うのは簡単だが、恨みを忘れろってのも無茶な話。なら記憶を消してしまえってのが、本作の重要なアイデア。実は現在のほぼすべての国や政府が、トウニン人でもあり地球人でもあるワケで、トウニン人と地球人に、どの国や政府を当てはめるかが、読者の政治的立場を写す鏡になる。
介護士 / The Caretaker / First Contact : Digital Science Fiction Anthology 2011年 / 大谷真弓訳

介護ロボットには、ひとつ長所がある――ロボットの腕のなかで裸になっても、恥ずかしさや照れはほとんど感じない。

 老いて妻を喪い、脳卒中で体の自由が利かなくなったチャーチは、介護ロボットのサンディの世話になる。最新のAIを搭載しているはずのサンディだが、チェスを知らないなど、微妙に間が抜けたところがある。どころか、信号を待たずに道路を突っ切ろうとするなど、致命的な欠陥すらあった。
 最近になって現場への投入が進みつつある、介護ロボットを題材にした作品。少し前にオンライン・ゲームで似たような話を聞いたけど、その使い方がいかにもケン・リュウらしい。「折りたたみ北京」収録の「童童の夏」に少し味わいが似ている。
ランニング・シューズ / Running Shoes / SQマグ16号 2014年9月 / 古沢嘉通訳
 家族を養うため、14歳のズアンは日に16時間、靴工場で働いている。ヴオン親方はズアンを目の敵にする。蒸し暑い夏の日、フラついたズアンは作業台に倒れ込み…
 これまた生々しいネタを、メルヘンっぽいファンタジイに包んだ作品。近年になって急速に進んだグローバル経済は、国際企業のアジアへの進出を促すが、まあ某社みたいな話もあるワケで。こんな黒い作品も書くんだなあ。
化学調味料ゴーレム / The MSG Golem / Unidentified Funny Object 2 2013年 / 大谷真弓訳

「汝はわたしと言い争うことはできるが、アインシュタインと言い争うことはできん」

10歳のレベッカは、両親とともに宇宙船<星雲のプリンセス号>でバカンスに出かけた。目的地はニュー・ハイファ。地球を出て二日目、神がレベッカに話しかける。「ゴーレムを作り、船内のネズミをすべて捕まえるのだ」
 この神はアブラハムの神、つまりユダヤ教・キリスト教・イスラム教の神、創造主。10歳ながらも理知的で口が減らないレベッカと、愚痴っぽくて癇癪持ちな神の会話が、やたらと楽しいユーモア作品。フレドリック・ブラウンを現代風に洗練させたような雰囲気が心地いい。
ホモ・フローレシエンシス / Homo Floresiensis / Solaris Rising 3 2014年 / 古沢嘉通訳

「どこであれホモ・サピエンスがやってきたところでは、ほかのヒト属は消えてしまっている」

 鳥を研究する大学院生のベンジャミンは、調査のため一人でインドネシアを訪れた。一万八千以上の島からなるインドネシアには、前人未到の地域がたくさんある。妙なブツを売り込みにきた現地人と剣呑な雰囲気になったとき、現地に住み着いた研究者のレベッカが仲裁に入った。手打ちで買ったブツは小さな頭蓋骨で…
 孤立した部族といえば、インドの北センチネル島(→Wikipedia)が有名だ。インド政府は余計なおせっかいはしない方針だが、先の記事によると、なまじ有名になったためチョッカイを出す輩が増えたとか。
訪問者 / The Visit / オン・ザ・プレミシーズ13号 2011年3月 / 大谷真弓訳
 ある日、453機の探査機がやってきた。異星人のモノらしい。高さ150cm直径30cmぐらいお円筒形で、地面から30cmほど浮いている。人が近づくと離れていくし、音や電波や光による通信の試みは全て失敗した。きままにフラつくような探査機だが、その近くだと人は振る舞いが上品になる。マットとララは、探査機の前でイチャついてみせた。
 誰かに見られていると、人は振る舞いが変わる。プログラマも、公開するソース・プログラムは、ちと綺麗にコーディングする。外国人に自国を紹介する際は、いい所だけを見せようとする。ってことで、情報公開は大事なんですよ、という話なんだと、私は解釈した。いや昔からの持論に引き寄せて解釈しただけなんだけどね。
悪疫 / The Plague / ネイチャー2013年5月15日号 / 古沢嘉通訳
 母さんといっしょに川で魚を捕っているとき、大きな男が水の中に転がり込んだ。ガラスの鉢を頭にかぶり、分厚い服を着ている。ヒャダがない。ドームから来たんだ。母さんは言う。「助けられないよ」「空気も水も、この人たちには毒なんだ」
 先の「ホモ・フローレシエンシス」と、対を成すような作品。テーマは宮崎駿の某作コミック版と通じるものがあるが、5頁と短いだけに、メッセージはより直接的に伝わってくる。
生きている本の起源に関する、短くて不確かだが本当の話 / A Brief and Inaccurate but True Account of the Origin of Living Books / ソロモン・R・グッゲンハイム美術館何鴻殻家族基金中国美術展「故事新編/Tales of Our Time」カタログ 2016年 / 大谷真弓訳
本は変化しなかったが、読者は変化した。
 かつて、本は固定されたもので、生きてはいなかった。そこに命を吹き込もうとする者たちが現れた。また、本を書く機械を作ろうとする者たちもいた。
 ヴァネヴァー・ブッシュのmemex(→Wikipedia)などを引き合いに出しながら、本の進化を描く短編。読むたびに変わる本は面白そうだが、「ふたりの読者が同じ本を読むことはない」のは、ちと寂しい気がする。だって好きな本の感想を語りあえないじゃないか…と思ったけど、シミュレーションゲームのシヴィライゼーションとかは、ファン同士が活発に交流してるなあ。
ペレの住民 / The People of Pele / アシモフ2012年2月号 / 古沢嘉通訳
「われわれは生きている者に義務を負っているのであり、死者に負っているわけじゃない」
 地球から約29光年、主観時間で約30年間かけて、<コロンビア>号は惑星ペレにたどり着く。最初の太陽系外移民船だ。帰りの推進剤はない。冷凍睡眠から最初に目覚めた司令官シャーマンに続き、副司令官のクロウズが起きる。数日して、地球から通信が届く。30年前に発信した指令だ。「周辺の主な天体でアメリカの主権を主張せよ」。ペレでは奇妙な結晶体が見つかった。
 未知の惑星で見つかる異様な現象=結晶体は、SFの古典的な題材。ケン・リュウには珍しく(と言ったら失礼かもしれないが)、ちゃんと真っすぐにSFしてる。と同時に、背景に国家間の対立が深まる地球の情勢と、そこから30光年の空間と30年間の時間を隔てたペレを巧みに絡めるあたりは、しっかりケン・リュウならではの味。
揺り籠からの特報:隠遁者 マサチューセッツ海での48時間 / Dispatches from the Cradle : The Hermit : Forty-Eight Hours in the Sea of Massachusetts / Drowned Worlds 2016年 / 大谷真弓訳
これがぼくらの家なんだ。ぼくらはここで暮らしてる。
 地球は温暖化で海面が上昇し、金星や火星のテラフォームが進みつつある未来。高名なファイナンシャル・エンジニアのエイサは、全財産を現金化し家族とも縁を切り、サバイバル居住キットを買って海に出た。そんなエイサを追ってマサチューセッツ海でかけたわたしは、幸い彼女に客として招かれる。
 温暖化により気候も地形も大きく変わった地球の風景をじっくり描いた作品。ボストンの市街が魚の住処になっている場面が印象に残る。確かに都市は地形が複雑だから、いい人工漁礁(→Wikipedia)になりそうだ。機構や地形が変われば人の集う所も変わるわけで、そういう世界で生まれ育った人にとっては、そこが故郷になるんだよなあ。
七度の誕生日 / Seven Birthday / Bridging Infinity 2016年 / 古沢嘉通訳
つねに技術的な解決方法はあるものだ。
 ミアの七歳の誕生日、パパは凧揚げを教えてくれた。ママは世界中を飛び回っていて、少ししか時間が取れない。パパもママもわたしを愛してる。でもお互いを愛してはいない。
 世界を変えるために忙しく働く母と、家族をないがしろにする妻に納得がいかない父。そんな家族の風景で始まった物語は、壮大な人類史へと広がってゆく。誕生日を迎えるたび、次々と風呂敷を広げてゆく様は、オラフ・ステープルドン を思わせる芸風ながら、いずれの風景も情感が漂うあたりが、ケン・リュウらしい。
数えられるもの / The Countable / アシモフ2011年12月号 / 古沢嘉通訳
 言葉はわかる。意味もわかる。でも、意図を取り違える。そして、人は腹を立てる。デイヴィッドは、そんな問題を抱えていた。どうも、言葉とは違う言語があるらしい。そう気づいたデイヴィッドは、身振りや手振りや表情から法則を見いだし、目立たずにいる方法を身に着けた。
 数学の才能に秀でた高機能自閉症の連れ子デイヴィッドと、バリバリのマチズモな継父のジャック。ただでさえギクシャクしがちな親子なのに、性格の相性も最悪じゃなあ。という児童虐待の問題に、ゲオルグ・カントールによる無限集合の濃度(→Wikipedia)を組み合わせた、野心的な作品。
カルタゴの薔薇 / Carthaginian Rose / Empire of Dreams and Miracles : The Phobos Science Fiction Anthology 1 2002年 / 古沢嘉通訳
「肉体はまさにもっとも重要なサバイバル用品だけど、弱くて、不完全なの。いつだって持ち主を裏切るの」
 幼い頃から妹のリズは衝動的で無計画だったが、明るくて機転が利きいた。しょちゅうトラブルを引き起こしたが、アドリブで切り抜ける才能を持っていた。大学を卒業すると、リズは北米最大のAIコンサルティング会社に入り、世界中を飛び回る。従来のAIと違い、想定外の事態や不慣れな状況でも、なんとか切り抜けられる、そんなAIを目指す企業だ。
 いるよね、リズみたいな人。つくづく羨ましい。いわゆる「人格アップロード」の問題点を、実に見事に指摘している。そうなんだよなあ、脳科学の難しい点は、生きたヒトの脳を充分な精度で観察できないことなんだよなあ。商業誌デビュー作とはとても思えぬほどの才気を感じさせる作品。
神々は鎖につながれてはいない / The Gods Will Not Be Chained / The End is Nigh. Book Ⅰ of the Apocalypse Triptych 2014年 / 幹瑤子訳
神々は殺されはしない / The Gods Will Not Be Slain / The End is Now, Book Ⅱ of the Apocalypse Triptych 2014年 / 幹瑤子訳
神々は犬死はしない / The Gods Have Not Died in Vain / The End Has Come, Book Ⅲ of the Apocalypse Triptych 2015年 / 幹瑤子訳
現実の世界は野蛮な戦いに満ちている。
 父を喪い転校したマディ―は、女王きどりのクラスメイトに目をつけられ、教室でもネットでもイジメにあっている。その日、入ってもいないチャット・サービスから、絵文字だけのメッセージが届く。絵文字だけのメッセージには思い出がある。よく父と絵文字を使いピクショナリー(→Weblio)で遊んだ。相手をしてみると、どうも謎のチャット相手は敵じゃないようだ。
 先の「カルタゴの薔薇」を書き直したような作品。三つの短編というより、一つの中編を三つに分けて発表した感じで、物語は素直に繋がっている。やはりテーマは「不完全な人格アップロード」で、ちょっとイーガンの「ゼンデギ」に似ている。主人公マディーのキャラ作りが巧い。プログラミングが得意な賢い女の子。そりゃSFオタクは入れ込んじゃいます。
 抒情的な作品が多いケン・リュウだが、本作におけるコンピュータの描写はなかなかのもの。第二部で炸裂する最終兵器とかは、思わずうなってしまった。一種の焦土作戦というか自爆装置というか。第三部で出てくる LAMBDA 式も、ごく一部のマニアは大喜びだw 連中がちゃんと仕事してりゃ、CSS も JavaScript も HTML も、全部S式でイケたのにw
 他にも「不気味の谷」を手慣れた感じで使うあたりもいい。将来、ロボットの顔はミクさんになるかもね。何より「AIに肉体は必要か?」って問題に、鮮やかな解を示してるのに参った。そうきたかあ。
闇に響くこだま / Echos in the Dark / Mythic Delirium, Issue 0.1 July-September 2013 / 大谷真弓訳
自国の民を外国の砲艦から守りもせず、むしろ虐殺する支配者がどこにいる?
 清朝末期、上海。南北戦争に従軍したわたしは、水道技師の従兄弟に警備担当として招かれた。近郊を見回る際、太平天国の乱の生き残り、“飛翔する蝙蝠”こと蔡強圀の一味に攫われる。連れていかれた彼らのアジトは、崖の下にあり四方を壁で囲んである。そこに清朝の兵が襲い掛かってきた。
 図やグラフを大胆に使ったSFならではの作品。一般に攻城戦は籠城側が有利とはいえ、それは充分に考えて築いた守りの堅い城での話。砦とすら言えぬ塀に囲まれただけのアジトで、兵力・装備ともに劣る蔡強圀の一味が、どう戦うかが読みどころ。もっとも、バトル系の漫画が好きな人は、見当がつくだろうけど。加えて、同じ現象に対する中国とアメリカの考え方の違いが著者のオリジナリティだろう。
ゴースト・デイズ / Ghost Days / ライトスピード2013年10月号 / 大谷真弓訳
 銀河の反対側で立ち往生した人々は、救援が来るのを諦め、ノヴァ・パシフィカで新しい世界を築き始めた。環境も生態系も異なる異星で生き延びるため、次世代の子どもたちは現地に適応するよう遺伝的な改造を施す。そんな子供たちは、親の世代が熱心に語る地球の歴史に意味を見いだせない。
 ここでも、いきなり LISP のコードが出てきたのにビックリ。SFでも、これほどS式に拘る人は珍しい。未来の異星・1989年のアメリカ・1905年の香港、三つの物語で親と子の考え方の違いを描きつつ、受け継がれてゆくものと変わってゆくものを浮かび上がらせる。そういえば私も若い頃はあまし歴史に興味がなかったなあ。
隠娘 / The Hidden Girl / The Book of Swords 2017年 / 古沢嘉通訳
「拙僧は命を盗んでいる」
 朝廷の権力が衰え、封建領主である節度使が相争う八世紀初頭の唐。将軍の娘は謎の比丘尼に才能を見込まれ、攫われて隠娘の名を与えられ、暗殺者としての訓練を受ける。姉弟子の精精児・空空児と共に修業を積んだ娘は、六年後に初任務へと向かうが…
 ファンは「良い狩りを」でニヤリとするところ。舞台こそ唐時代の中国だが、日本人としては忍者物の香りを嗅ぎ取ってしまう。彼女らが使う「忍術」に、ちゃんとSFな理屈をつけてるのも楽しい。ただ、お話としては、短編というより、長いシリーズ物のプロローグっぽいんだよなあ。漫画家と組んでシリーズ化して欲しい。
ビザンチン・エンパシー / Byzantine Empathy / MIT Technology Review's Twelve Tomorrows 2018年 / 古沢嘉通訳
「機械は司法制度よりはるかに透明かつ予測可能なのです」
 中国との国境近くのミャンマーでは、少数民族の反政府勢力と政府軍が争い、多くの難民が死んでいる。その記録VRを「視」たジェンウェンは衝撃を受た。だがアメリカも中国も政治的な理由で黙殺しており、NGOも介入を拒んでいる。事態を変えようと考えたジェンウェンは、暗号通貨/ビットコインを基盤としたエンパシアムを開発するが…
 これまたグレッグ・イーガンの「失われた大陸」と共通したテーマ。まずVRの使い方に感心した。そういう使い方もあるんだなあ。同じ救済運動でも、人々の感情つまり共感を重要視するジェンウェンと、合理性を重んじ専門家による組織で働くソフィア。作中の「これは苦痛の商品化だ!」と同じ理由で、私の考えはソフィアに近い。北朝鮮人民が飢えても、「しょうがない」で済ます。だが、奴隷制でやられた。そうなのだ。こういう運動を生み支えるのは、合理性じゃなくて感情なんだ。どう折り合いをつければいいのか、というと、うーん。

 芸幅の広い人だとは思っていたが、「ランニング・シューズ」のように、黒い面が見れたのは収穫だった。「化学調味料ゴーレム」の軽快なユーモアも楽しい。最後の「ビザンチン・エンパシー」には、ヘビー級のボディブローを食らった感じ。ちと編者の悪意を感じるのは、被害妄想だろうか。相変わらず芸幅の広さと中国文化の奥深さを見せつけながらも、底にある姿勢は人類普遍のものであり、著者の作品集の中でもソレが最も強く出ている。

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2021年1月12日 (火)

ジョン・ヴァーリイ「さようなら、ロビンソン・クルーソー <八世界>全短編」創元SF文庫 浅倉久志・大野万紀訳

「不可能なものをすべて除外してしまえば」と彼は引用した。「あとに残ったものが、たとえいかに不合理に見えても、それこそ真実に違いない」
  ――びっくりハウス効果

「空が落ちてくるよ、リー」
  ――さようなら、ロビンソン・クルーソー

「あなたは何?」
「時空の特異現象。重力と因果律の掃き溜め。ブラックホールです」
  ――ブラックホールとロリポップ

「これは戦争だ。しかも、宗教戦争――いちばんきたない種類の戦争だ」
  ――イークイノックスはいいずこに

自分のどこまでがホルモンで、どこまでが遺伝で、どこまでが育てられ方なのかを知りたい。
  ――選択の自由

「あなたは人に操られているという漠然とした意識をもっている」
  ――ビートニク・バイユー

【どんな本?】

 70年代にデビューし、斬新な作風で大人気を博したアメリカのSF作家ジョン・ヴァーリイ John Varley による、<八世界>シリーズに属する作品を集め、発表順に並べた短編集その2。

 異星人の侵略により、人類は地球から叩き出される。そして数百年が過ぎたころ、人類は太陽系の外縁をかすめる通信ビームを発見する。発信元はへびつかい座。へびつかい座ホットラインと名づけられたビームは、大量の無意味と思われる信号に紛れ、優れた科学技術の情報も含んでいた。

 ごの技術を利用し、人類は太陽系の<八世界>へと進出する。植民先は水星,金星,月,火星,土星の衛星タイタン,天王星の衛星オベロン,海王星の衛星トリトン,そして冥王星。それぞれの環境に合わせ、大胆に人体を改造した人類は、社会制度も変えていった。

 当時の最新の科学知識を駆使しつつ、家族や恋人や友人などの親しい者同士の関係を通し、大きく変異した人類の生き方を描く、70年代を代表する傑作SF短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年2月26日初版。文庫で縦一段組み本文約342頁に加え、訳者大野万紀の解説が豪華20頁。8ポイント42字×18行×342頁=約258,552字、400字詰め原稿用紙で約647枚。文庫では少し厚め。

 文章はこなれている。ただし、SFとしてはかなり科学的に濃いし、SFガジェットも盛りだくさん。

 そんな風に、背景には相当に突っ込んだ科学設定があるのだが、敢えて説明はせず、読者の知識に委ねる芸風なのだ。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳。

びっくりハウス効果 / The Funhouse Effect / F&SF1976年12月号 / 大野万紀訳
 <地獄の雪玉>は彗星を改造した客船だ。太陽をかすめる軌道がウリだったが、そのたびに1億トンの質量を失い、今回が最後の航行となる。火星のタルシスから来た作家のクエスターは、ヤバい事に気がつく。エンジンがあるはずの場所は、大きな穴になっている。おまけに救命艇もなくなった加えて「放射能漏れがあった」とのアナウンス。何が起きている?
 豪華客船の最後の航行。運営会社は経費節減のため、あらゆる安全装置を取り外そうとしている。危険に気づいた主人公は、知り合った乗客の一人サ―ラスと共に、真相究明に乗り出す…はずが、事態はさらに混乱してゆく。P.K.ディックが得意とする仕掛けだが、味わいはむしろフレドリック・ブラウン的な軽妙さを感じる。
さようなら、ロビンソン・クルーソー / Good-Bye, Robinson Crusoe / アシモフ1977年春 / 浅倉久志訳
 ピリは冥王星の<パシフィカ・ディズニーランド>で二度目の幼年期の夏を過ごす。船の難破で太平洋の熱帯サンゴ礁に流れ着いた、そういう設定だ。海に潜る。えらが開く。近ごろはハルラの機嫌が悪い。
 舞台は作りかけのディズニーランドだし、ピリも自分が浸っているのは幻想だと知っている。南海の楽園を装っているが舞台裏は見えていて、不穏な予兆がアチコチに漂う。いわば夏のバカンスの終わりを描く作品だが、オチで明かされる落差が半端ない。Rod Stewart の Maggie May(→Youtube)を聴きたくなる。
ブラックホールとロリポップ / Lollipop and tar Baby / Orbit19 1977年 / 大野万紀訳
 ザンジアはブラックホール・ハンターだ。生まれてから15年間、クローンシスターのゾウイと共に、冥王星の彼方で探し続けてきた。ある日いきなり通信が入った。「ハロー、ブラックホールです」。本当なら大当たりだ。でもブラックホールが人間の言葉を話すか? どうやって通信した? なぜ今まで見つからなかった?
ブラックホール通過」同様、太陽系最外縁で孤立した暮らしを営む者を描く、ホラー風味の作品。当時最新トピックだったマイクロ・ブラックホールの扱いが巧みだ。また、生涯を無重力状態で過ごしたザンジアから見た惑星の暮らしにセンス・オブ・ワンダーが溢れている。なお Shirley Temple の On The Good Ship Lollipop はこちら(→Yooutube)。
イークイノックスはいいずこに / Equinoctial / Ascents of Wonder 1977年 / 浅倉久志訳
 パラメーター&イークイノックスは追われている。追っ手は改造派。土星のB輪を赤く塗りつぶそうとしている。でも今は人手が足りないので頭数を増やしたい。だから五つ子を産む寸前のパラメーターは格好の獲物だ。パラメーターがリンガーになったのは77歳の時。やりたい事をやり尽くして土星にたどり着き、イークイノックスと一体化した。
 これも「歌えや踊れ」同様、土星の共生体を描く作品。ただし背景はいささか物騒で、改造派と保全派が争っている。もっとも地球の争いに比べ、やたらのんびりした争いだけど。なんじゃいリングペインター大帝ってw とまれ、パラメーターとイークイノックスの「出会い」の描写は素晴らしい。けど最後のオチはw
選択の自由 / Options / Universe9 1979年 / 浅倉久志訳
 地球を奪われて百年、性転換が安く簡単になってから20年。利用者は既に15人に1人だ。クレオは五人家族だ。夫のジュールズ、長女のリリー、長男のポール、次女で乳飲み子のフェザー。新聞の特集記事を読んでから、クレオも性転換を考え始めた。だが家族はどう思うだろう?
 <八世界>では、当たり前のように人々は性を変える。本作は性転換が普及する過程で起きる軋轢を、特に夫婦関係に絞って描くもの。女のクレオ視点で語られるためか、最初はジュールズ君にイラつくんだけど、受け入れ始めるあたりから、だいぶ様子が違ってくる。妻を失うかわりに、お互い何でも知ってる気の合う親友が得られるとしたら、それは幸せなのか不幸なのか。
ビートニク・バイユー / Beatnik Bayou / New VoisesⅢ 1980年 / 大野万紀訳
 アーガスとデンバーは13歳。キャセイとトリガーも同じぐらいに見えるけど、二人はプロの教師だ。7歳の時から、四人は一緒に大きくなった。ビートニク・バイユーはトリガー所有の個人ディスに―ランド。四人でその沼地に行った際、面倒くさい女がキャセイにしつこく絡んできた。もうすぐ子供が生まれる、でも教師が見つからない、なんとかしてくれ、と。
 主なガジェットは「プロの子供」。大人の教師が子供の体になり、教え子と一緒に大きくなりつつ、教育してゆく。名探偵コ〇ンかいw 一見異様に感じるが、親のダーシー視点だと、とっても理想的だ。なにせ子供が悪い仲間と付き合う心配がない。テキサス出身の作家だけに、似非バイユーの描写はロバート・R・マキャモンやジョー・R・ランズデールにも似た南部の香りが漂う。また裁判の場面では、ヴァーリイの倫理観が強く出ている。

 先の「汝、コンピューターの夢」同様、この作品集でもSFガジェットはてんこ盛りだ。次から次へと驚異的なガジェットが現れ、読者はソコに目を奪われる。

 と同時に、ヒトの生きざまもテクノロジーに従って大きく変わっているのがヴァーリイらしい所。それまでの作品ではサラリと流されていた性転換技術も、「選択の自由」でじっくり描くことで、ソレが社会や人々に与える影響がヒシヒシと伝わってくる。

 一人称の作品なため、読者も主人公視点で考えがちだが、「ビートニク・バイユー」などは親の立場で読むと、全く違った風景が広がるのも面白い。

 1994年の「ウィザード」を最後に邦訳が途絶えているが、なんとか再開してほしい。せめて「Demon」だけでも。

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2021年1月 6日 (水)

ジョン・ヴァーリイ「汝、コンピューターの夢 <八世界>全短編」創元SF文庫 大野万紀訳

母は両足を脱ぎ捨てて、代わりに遊泳足をつけていた。
  ――ピクニック・オン・ニアサイド

「一番難しいのは、息をしないよう体を慣らすことだ」
  ――逆行の夏

ステーションでの一年間で、心が20秒間のタイムラグをたやすく編集し、消し去ってくれる域にまで達していた。
  ――ブラックホール通過

「なぜって、あなたがわたしを養子にしてくれるんだから」
  ――鉢の底

「ええ、別々に三回亡くなられました」
  ――カンザスの幽霊

汝の理解し得ざることがらを
引っかきまわすことなかれ
  ――汝、コンピューターの夢

「誰も、あなたたちリンガーにはかなわない」
  ――歌えや踊れ

【どんな本?】

 70年代にデビューし、斬新な作風で大人気を博したアメリカのSF作家ジョン・ヴァーリイ John Varley による、<八世界>シリーズに属する作品を集め、発表順に並べた短編集。

 異星人の侵略により、人類は地球から叩き出される。そして数百年が過ぎたころ、人類は太陽系の外縁をかすめる通信ビームを発見する。発信元はへびつかい座。へびつかい座ホットラインと名づけられたビームは、大量の無意味と思われる信号に紛れ、優れた科学技術の情報も含んでいた。

 ごの技術を利用し、人類は太陽系の<八世界>へと進出する。植民先は水星,金星,月,火星,土星の衛星タイタン,天王星の衛星オベロン,海王星の衛星トリトン,そして冥王星。それぞれの環境に合わせ、大胆に人体を改造した人類は、社会制度も変えていった。

 当時の最新の科学知識を駆使しつつ、家族や恋人や友人などの親しい者同士の関係を通し、大きく変異した人類の生き方を描く、70年代を代表する傑作SF短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年10月16日初版。文庫で縦一段組み本文約350頁に加え、山岸真の解説9頁。8ポイント42字×18行×350頁=約264,600字、400字詰め原稿用紙で約662枚。文庫では少し厚め。

 文章はこなれている。ただし、SFとしてはかなり科学的に濃い。例えば「逆行の夏」。かつて水星は公転周期と自転周期が同じだと思われていた。地球に対する月と同じ関係だ。だが、実は太陽に対しわずかに自転している(→Wikipedia)。そのため、水星の地上から見ると、特定の時期に太陽は逆行する。この事象を作中では説明しない。読者は知っているものとして物語が進む。

今思うと、この作品、たぶんラリイ・ニーヴンの「いちばん寒い場所」のオマージュだろうなあ。

 そんな風に、背景には相当に突っ込んだ科学設定があるのだが、敢えて説明はせず、読者の知識に委ねる芸風なのだ。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

ピクニック・オン・ニアサイド / Picnic on Nearside / F&SF1974年8月号
 地球が占領されてから214年。月に住むフォックスは12歳の男の子。母親のカーニバルから<変身>の許可が下りずムクれていた所に、親友のハロウが訪ねてきた…グラマラスな美女になって。パニクったフォックスは、ハロウと共にプチ家出を企てる。目的地はオールド・アルキメデス、ニアサイド(月の地球側)にあった町だ。
 「ぼくが12で、カーニバルが96」とか「母は両足を脱ぎ捨て」などで、細かい背景の説明を省き、技術の進歩と肉体改造の普及をサラリと伝えてしまうあたりが、当時はやたら新鮮だった。親友が女になるなど、性別が選べるのも斬新。フェミニストを自任する人に感想を聞きたい。ニアサイドで出会った変わり者レスターを鏡として、大きく変貌した人類の倫理や社会制度を映し出し、また地球を奪われた人類の悲しみも滲ませる描き方は見事だ。
逆行の夏 / Retrograde Summer / F&SF1975年2月号
 月から来るクローンの姉ジュビランドを迎えるため、ティモシーは水星の宇宙港へ行く。水星には太陽の大きな潮汐力が働く。そのため月と違い地震が多い。慣れないジュビランドは地震に怯える。水星じゃ<服>が必須だ。力場で体を包み、体に酸素を供給し、温度を調整する。今は逆行の夏。水銀洞が楽しい季節だ。
 水星に地震があるか否か、軽く検索したが、今でもよくわかってないようだ。地震が多発する水星と、小規模な地震しかない月の、安全に対する考え方の違いが面白い。現実の宇宙計画でも、アメリカは二重三重の防護措置を取るのに対し、ロシアは現場で治せるように作り工具と部品を積み込むそうだ。<服>も水銀洞も、鏡面のような銀色で、風景は懐かしい未来っぽい。その水銀洞の顛末で、ジョン・ヴァーリーらしいほのかな喪失感が漂ってくる。
ブラックホール通過 / The Black Hole Passes / F&SF1975年6月号
 太陽から130憶km、カイパーベルトの更に外側。へびつかい座からの通信ビームを受け取るには、ここが最適だ。通信の大半はクズだが、わずかにお宝が混じっている。ジョーダンの仕事は、ここのステーションでお宝をより分けること。1日3時間労働の楽な仕事だ。お隣が5憶km離れているのと、やたら暇なのを除けば。そのお隣のトリーモニシャと喧嘩しちまったジョーダンは…
 シリーズの中核を成す、へびつかい座ホットラインに関わる作品。ある種の人には極めて快適な暮らしなんだが、生憎ジョーダンはそうじゃなかった。軍も兵に暇を与えず、常に仕事を与えるとか。普通の人は退屈と孤独に弱いらしい。未来のテレフォンセックスが楽しい作品w え?電子メール?それは言わないお約束。
鉢の底 / In the Bowl / F&SF1975年12月号
 火星住まいのキクは、休暇で金星に来た。目的は爆発宝石。金星の砂漠で稀に見つかるお宝だ。ところが目の調子が悪くなり、辺境で立ち往生する。幸いヤミ医者のエンバーを見つけた。見た目は10~11歳の小娘。おまけに爆発宝石探索のガイドまで頼る羽目になる。ただしガイド料は意外なもので…
 昔のSFじゃ金星は高温多湿で濃い緑に覆われたジャングルで、美女と荒くれ者と怪物がウヨウヨいる暴力と快楽の星だった。でも実際の観測結果は二酸化炭素の大気に満ちた、高温高圧の灼熱地獄。このギャップを茶化す冒頭に苦笑い。高温高圧の大気が引き起こす幻覚と地形変化や、ぶ厚い雲に覆われた金星に住む人々の習慣が異郷を感じさせる。やはり高圧だからこその移動手段も私の好みにピッタリ。
カンザスの幽霊 / The Phantom of Kansas / ギャラクシイ1976年2月号
 二年半、フォックスは死んでいた。殺されたのだ。しかも、三回も。ここ30年ほどは環境芸術家だった。ディズニーランドで天候機を扱ううちに着想を得て、創った作品も認められ人気を博した。自分が創った覚えのない作品が傑作と呼ばれるのは妙な気分だ。月では売り買いのたびに遺伝子分析され、それをセントラル・コンピュータが調べる。殺しても相手はすぐ蘇るし、逃げ切るのも難しい。いったい誰が何のためにフォックスを殺したのか。
 なんとフォックスは環境芸術家になっていた。ついでに女になってるけど、カーニバルともうまくやってるらしい。機動戦士ガンダムでホワイトベースが地球の雲を突っ切った時、宇宙育ちのフラウ・ボウたちが雷を兵器と間違えた場面があった。天候のない人口環境の月で生まれ育った人には、嵐やスコールも一種の芸術なんだろう。いや地球生まれだって鳴門の渦潮や蔵王の樹氷を目当てに旅する人も多いし。私はオーロラが見たいなあ。
汝、コンピューターの夢 / Overdrawn at the Memory Bank / ギャラクシイ1976年5月号
 フィンガルがケニヤ・ディズニーでライオンになる日は、生憎と児童学習日だった。メスのライオンになってアンテロープを狩り、野生の本性に身を委ねて休暇を過ごしたあと、問題が起きた。見学に来たクソガキのイタズラのせいで、コンピューターの仮想世界に閉じ込められてしまったのだ。ここで正気を保つにはコツがあって…
 先の「カンザスの幽霊」に続き、舞台は月のディズニーランド。フィンガルが閉じ込められたのは、今でいう仮想世界だ。ただし、建物などの背景や登場人物などの世界を構築するのは、プログラムでもシステム管理者でもなく、フィンガル自身ってのが独特なところ。だもんで、彼が正気なら世界も正常なんだが、ヤケになって好き勝手やりはじめると…
歌えや踊れ / Gotta sing, Gotta Dance / ギャラクシイ1976年7月号
 バーナム&ベイリーは人間と植物の共生体だ。日頃は土星のリング付近に漂い、自給自足で満ち足りた暮らしをしているが、今日は土星の衛星ヤヌスに来た。目的は音楽を売ること。とはいても、彼らは楽譜の読み書きはできない。そこでシンセサイザーを借り、音色から作り始める。
 世にも珍しい音楽SF。カルロス・サンタナは楽譜が読めない。ジミ・ヘンドリックスも読めなかったらしい。ボブ・マーリーに至っては、ギターの調弦すらできなかった。それでも優れた音楽は創れるのだ。ガジェットではシナプチコンが面白かった。無重力用全身シンセサイザーとでも言うか。

 ジョン・ヴァーリイの特徴の一つは、惜しみなくつぎ込まれたSFガジェットの数々だろう。加えてヴァ―リイならではなのが、70年代風の味わいだ。

 狂乱の60年代を過ぎた70年代は、失望と内向の時代だった。荒れ狂った若者たちも、職に就いて家庭を持ち、落ち着いてゆく。そのためか、この作品集にも喪失感や成長に伴う痛みが漂う。

 「ピクニック・オン・ニアサイド」では、喪った地球を眺める。「逆行の夏」は、子ども時代の象徴が壊れる。「鉢の底」でも、お宝の夢が消えてゆく。ただ、いずれも、失うだけではなく、それを受け入れることで、新しい人生が始まる物語でもあるのが、ヴァーリイらしいところ。

 語り手がヒーローでも権力者でもなく、普通の人々なのも独特な点だろう。ありがちな人びとの暮らしを通して、いやだからこそ、大きく変わったテクノロジーと社会が際立って見えてくる。

 驚異的なガジェットを使いながらも、あまり得意げに説明しない一見不親切な語り口も、近年のSFに受け継がれている。半世紀も昔の作品なのに、今でも輝きを失わない、稀有なSF作品集だ。

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2020年12月 1日 (火)

フォンダ・リー「翡翠城市」新☆ハヤカワSFシリーズ 大谷真弓訳

翡翠を持てば、人は只者ではなくなる。
  ――p14

「黄金と翡翠、両方をほしがってはならない」
  ――p157

明日をも知れないときは、今日のことを考えるほうがいい。
  ――p236

「期待されて生まれた人は、期待に腹を立て、期待に抗う。まったく期待されずに生まれれば、一生、期待が欠けていると感じながら生きていくことになる」
  ――p454

政治はゆっくり動き、剣は速く動く。
  ――p537

【どんな本?】

 カナダ出身の新鋭SF/ファンタジイ作家、フォンダ・リーによる黒社会ファンタジイ・シリーズ開幕編。

 ケコン島は翡翠が出る。島に生まれ、適性を持ち、相応しい鍛錬を経た者は、グリーンボーンとして怪力・鋼鉄・感知・俊敏・跳ね返し・チャネリングなど、翡翠の力を振るう戦士となる。だが翡翠は災いももたらす。翡翠を御しきれず、正気を失い身を亡ぼす者もいる。

 かつてグリーンボーンたち<一山会>は、ショター帝国の支配に抗って戦い、独立をもぎ取った。だが独立後に一山会は無峰会と山岳会に分かれ、今も島の中心地ジャンルーンをめぐり抗争を続けている。

 無峰会を率いる<柱>はコール・ラン、一山会で“ケコンの炎”と敬われた戦士コール・センの孫だ。理知的で温和なランを支えるのは二人。戦士たちをまとめる<角>のコール・ヒロはランの弟で、直情的だが部下の信頼は厚い。事業を管理する<日和見>はユン・ドル、センの戦友で狡猾な策士だ。

 対する山岳会の<柱>はアイト・マダ。先代のアイト・ユーの養女であり、一切の情を捨てて<柱>の座をもぎ取った。更なる野心を抱くマダは、ジャンルーンを手に入れるため周到な罠で無峰会を飲みこもうと画策を続ける。

 そんな中、近隣のタン帝国や大国エスパニア共和国は、国際的な戦略物資の翡翠をめぐり、小国ケコンを注視していた。

 生まれと生い立ちのくびきに囚われ、または抗い、運命に翻弄されながらも、掟と誇りに準じて戦う男女を描く、異色のファンタジイッ長編。2018年世界幻想文学大賞受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Jade City, by Fonda Lee, 2017。日本語版は2019年10月25日発行。新書版で縦二段組み本文約587頁に加え、編集部による解説3頁。9ポイント24字×17行×2段×587頁=約478,992字、400字詰め原稿用紙で約1,198枚。文庫なら上下巻ぐらいの長編。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も仕掛けはSFというよりファンタジイ、または異能力バトルなので、難しい理屈も出てこない。ただしマフィア物だけに血しぶき舞い散る場面も多く、ある程度のスプラッタ耐性は必要。

【感想は?】

 うん、確かにゴッドファーザーだ。

 マリオ・プーヅォの「ゴッドファーザー」は、シシリアン・マフィアの生態を描くと同時に、ファミリー物でもあった。この作品も、黒社会に生きる家族の物語だ。

 「ゴッドファーザー」のドン・コルレオーネに当たるのは、<無峰会>の元柱コール・セン。ドン・コルレオーネ同様、一代で<無峰会>を育て上げた古強者だ。独立戦争の闘士でもあり、古いメンバーからの忠誠も厚い。ただしドンと違い既に現役を退き、孫のランに<柱>の座を譲っている。

 偉大な先代の後継ぎとして苦労が絶えないのがラン。ゴッドファーザーならマイケルに当たる役だろう。現代的な感覚を持ち理知的な頭脳と穏健な性格を備えながらも、<柱>としての役割を懸命に果たそうとする。前半では、彼にのしかかる重責が重苦しい雰囲気を醸し出す。

 なにせ先代は偉大だ。せめて若き二代目を支えてくれるんならともかく、今のセンは口を開けば悪態と独立戦争の昔話ばかり。というか、半ば錯乱してる。

 柱を支える両腕の一人<日和見>のユン・ドルは、ゴッドファーザーのトム・ヘイゲンに当たる。組織では経理や事業などをまとめる役割で、先代センとは戦友として強い絆を持つ。こういうのが財布と情報を握ってると、二代目は実にやりにくい。時代にあわせ変えていこうにも、昔話ばかりで役には立たず、でも組織の古株には顔が効く爺さんたちってのは、ほんと困ったもんで。

 もう一つの腕<角>は戦闘部隊。これを担うのがコール・ヒロ、ランの弟だ。性格はゴッドファーザーのソニーに似た脳筋w ただし若いながらも人の掌握には長けていて、部下からは強く慕われている。<一山会>との対立でも、「やっちまおうぜ」と逸りまくってる。

 先代は頼りにならず、その懐刀はイマイチ信用できず、もう一方の腕は脳筋。せめて平和な時期ならともかく、足元を見たのか<山岳会>は絶え間なくチョッカイをかけてくる。

 その<一山会>のボス、アイト・マダがこれまた実に怖い人で。

 なんたって黒社会、男の世界だ。にも関わらず、女でありながら<山岳会>をまとめ上げている。決してお飾りじゃなく、実力で<柱>の座をもぎ取り、維持してきた強者だ。彼女の出番は少ないながら、広い視野と明晰かつ狡猾な頭脳、そして必要とあらばいかなる手段も辞さない怜悧な合理性を備えた強敵である由が、後半から終盤にかけ圧倒的な存在感を伴って伝わってくる。

 彼女の広い視野を通して見えてくるのが、ケコンの危うい政治的立場だ。

「わたしたちの国は、希少な資源を持つ小国。正しい行動をしなければ、また大きな国に翻弄されることになる」
  ――p497

 ケコンの翡翠はヒトを超人に変える。それだけに、世界の各国がケコンを見る目は熱い。隣りのタン帝国(たぶん中国がモデル)はもちろん、エスペニア共和国(米国かな?)も近くのユーマン島に海軍基地を構えている。いずれもケコンを支配下に置こうと水面下で密かに画策しているのは確実だ。

 そんな危うい状況で、人としての心と組織のボスとしての役割を両立させようとするランなのだが…

強いリーダーでありながら、思いやりのある人物であることは可能だろうか?
  ――p328

 そんなランを支えるヒロも、脳筋ながら<角>としての役割は心得ている。なんといっても、部下はランに輪をかけた脳筋揃いだ。こういう連中をまとめ上げるには、腕力だけじゃ足りない。血の気は多く落ち着きは足りず、そのくせ面子にはやたらこだわる奴らをいかに率いるか。職場でリーダーとして苦労している人には、なかなか役に立つコツが書いてある…のかなあw

 そこに飛び込んできた出戻りの妹、コール・シェイ。駆け落ち同然でエスパニアに渡ったが、男と別れてケコンに帰ってきた。強い意志と聡明な頭脳を備えてはいるが、家族、特にヒロとの仲はギクシャクしたまま。組織とは距離を取って生きようとしてはいるが、時は抗争のさなか、山岳会が放置してくれるとは限らず…。

 平和な時代の普通の家庭なら、ランは有能な官僚になっただろうし、ヒロは民間企業の営業として活発に販路を広げ、シェイは外資系企業で戦略か監査の職に就いただろう。だが血筋がそれを許さない。

おまえは普通の人間にはなれない
  ――p286

 与えられた役割を果たそうと苦闘するラン、誇りをもって役割に殉じるヒロ、そして役割に抗うシェイ。だがケコンを揺さぶる嵐は彼らの運命を大きくねじ曲げてゆく。

 と、SFやファンタジイというより、ハードボイルド物としての味わいが深い小説だ。特に上下関係が厳しい裏社会を描く作品だけに、デフォルメされた組織論の面白さもゴッドファーザーに通じるものがある。1960年代を感じさせる風俗も相まって、極めてオリジナリティの高い世界を築き上げた作品だった。

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2020年11月23日 (月)

テッド・チャン「息吹」早川書房 大森望訳

「輪の右側は、輪の左側よりも数秒先んじているのです」
  ――商人と錬金術師の門

ここに刻むこの文章は、わたしが生命の真の源を理解し、ひいては、いずれ生命がどのようにして終わるかを知るにいたった、その経緯を記したものである。
  ――息吹

ボタンを押すとライトが光る。厳密に言うと、ボタンを押す一秒前にライトが光る。
  ――予期される未来

「ぼくが法人化したら、自由にあやまちが冒せる」
  ――ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル

人間は物語でできている。
  ――偽りのない真実、偽りのない気持ち

「神は私たちに対してなんの意志も持っていなかったのだとしたら?」
  ――オムファロス

「本音で話ができる相手がいるとしたら、それは自分だから」
  ――不安は自由のめまい

【どんな本?】

 2003年に短編集「あなたの人生の物語」で鮮烈なデビューを飾りSF各賞を総ナメにし、表題作は映画「メッセージ」として映像化されつつも、極端な寡作でファンをヤキモキさせた罪作りなアメリカのSF作家テッド・チャンによる、待ちに待った第二作品集。

 千一夜物語の世界にタイムマシンを組み込んだ「商人と錬金術師の門」,異世界の静かな終焉の予兆を描く「息吹」,人格?を持つソフトウェアを育てる者たちの葛藤が胸に迫る話題作「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」など、珠玉の9編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Exhalation, by Ted Chiang, 2019。日本語版は2019年12月15日初版発行。私が読んだのは2019年12月21日の3版。凄い勢いで売れてます。単行本ハードカバー縦一段組み本文約370頁に加え、作品ノート11頁+訳者あとがき16頁。9ポイント45字×21行×370頁=約349,650字、400字詰め原稿用紙で約875枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの容量。

 文章はこなれている。科学や数学のネタを巧みに織り込んでいるが、あまりソレをアピールしているワケではないので、「少し不思議な話」として楽しんでもいい、というか、そういう風に楽しめるように書いている。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

商人と錬金術師の門 / The Merchant and the alchemist's Gate / ファンタジイ&サイエンス・フィクション2007年9月号
 バグダッドの織物商人フワード・イブン・アッパスは教主に語る。市場で出会った錬金術師と不思議な輪の話を。その輪をくぐると、二十年前へと遡れる。輪にまつわる最初の物語は、縄ないの若者ハサンの幸運の話で…
 千一夜物語風なのは舞台と文体だけに留まらない。アッパスが教主に語り、その中で錬金術師がアッパスに語るなど、物語が入れ子構造になっているのも、千一夜物語の雰囲気を醸し出している。小道具としてのタイムマシンの使い方では、ハサンの妻ラニヤの話が見事だ。
息吹 / Exhalation / Eclipse Two 2008年
 われわれは空気から生命を得ている。われわれは毎日、空になった肺を満杯の肺と交換する。肺が空になると、身動きできなくなって死ぬ。毎年、元日の正午に触れ役が頌歌を暗唱する。ちょうど一時間で終わるはずが、今年は終わる前に一時間が過ぎてしまった。
 空気圧を動力としたロボットのような生物が、世界の終わりを予感する物語。実は私たちの世界でも似たような予言が科学者によってなされているんだけど、なにせ宇宙レベルの話なんで、あまし気にしてもしょうがない(ちょいネタバレ→Wikipedia)。語り手が真実に迫るために取る手段は、なかなかにマッドで古き良きSFの香りが漂って楽しかった。
予期される未来 / What's Expected of Us / ネイチャー2005年7月7日号
 予言機。小さなリモコン型の機械で、ボタンを押す一秒「前」にライトが光る。そして、光ってからボタンを押さないようにする試みは、すべて失敗する。この機械は恐ろしい事実を突きつける。未来は決まっていて、ヒトに自由意志などない、ヒトの選択は無意味だ、と。この事実に直面し、一種の昏睡状態に陥る者すらいる。
 哲学なら決定論(→Wikipedia)、心理学ならスキナー派(→Wikipedia)、物理学ならラプラスの魔(→Wikipedia)が実証されたら、ヒトはどうするか。ジョー・R・ランズデールや平山夢明あたりは、もっと違う世界を描くだろうなあ。こういったあたりに、著者の知的で穏やかな人柄が出ていると思う。オチのキレが素晴らしい。
ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル / The Lifecycle of Software Objects / 2010年単行本
 動物園の飼育係だったアナは、再び飼育係の職を得る。ただし相手は生き物じゃない。ディジエント、仮想空間用のペットAIだ。アバターは動物に似ていて、個性を持ち、ヒトの言葉を話す。今のところ知能は幼児並みだが、ヒトや他のディジエントとの交流をとおして成長する。発売当初は大いに売れたが…
 SFマガジン2011年1月号に掲載されたんだが、買い逃してしまいずっと悔しい想いをしていた作品。どこからか汚い言葉を覚えてきたり、妙な思い込みで思いがけない行動に出たりと、子育ての苦労が滲み出ているw
 と可愛らしく感じ始めたら「巻き戻し」なんて言葉が出てきて、「ああ、生き物じゃないんだ」と読者に冷水を浴びせる匙加減が絶妙。読み終えて改めて読み返すと、ディジエントの育て方も、タイガーマスクの虎の穴以上に冷酷で残酷な環境であることに気づいたり。理屈じゃ「結局は育てる者の気持ちの問題」だと思うんだが、それじゃ納得できないのがヒトって生き物で。
デイシー式全自動ナニー / Dacey's Patent Automatic Nanny / The Thackery T. Lambshead Cabinet of Curiosities 2011年
 レジナルド・デイシーは、1861年ロンドン生まれの数学者だ。雇った乳母が、息子ライオネルに酷い罰をあたえていると知り、理想の乳母を造ろうと思い立つ。1901年に発売された全自動ナニーは一時的に好評を得たが、不幸な事故でソッポを向かれ、お蔵入りとなってしまう。
 12頁の短編。子育てあるあるという点では先の「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」と似たテーマだが、語り口は軽妙かつユーモラス。昔から育児論は諸説もろもろで、育児書の売り上げを左右するのも、統計より「いかに自信たっぷりに語るか」だったりするんだよなあ。
偽りのない真実、偽りのない気持ち / The Truth of Fact, the Truth of Feeling / サブテラニアン・プレス・マガジン2013年8月号
 人生をデジタルで記録するライフログは、膨大な量の動画を残す。記録するのは簡単だが、お目当ての場面を見つけるのは大変だ。Remen はこれを解決する。「どこに鍵を置いた?」と訊ねれば、相応しい場面を探し出す。
 ジジンギが13歳のとき、村にヨーロッパ人モーズビーが来た。物語が好きなジジンギは、モーズビーに「文字」を学ぶ。文字を学べば、多くの物語に触れられる。
 文字も(当作品の)ライフログも、記録を残すのが目的だ。いずれも客観的な事実をヒトに突きつける。この着目点が見事。昔から航空業界はブラックボックスなど意欲的に記録を取ってきた。2019年はドライブレコーダーであおり運転が問題になった。これは他人の行為を記録したものだが、ブログ炎上の原因の一つは「自分が思う現実」と「人から見た事実」の食い違いだろう。
 などの「現代テクノロジーがヒトや社会に与える影響」を描く「わたし」のパートも面白いが、ジジンギが文字を習得してゆくパートも「言われてみれば」な気づきに満ちている。「この紙がそんなに古いはずがない」とか、確かにそうだよなあ。
大いなる沈黙 / The Great Silence / e-flex ジャーナル第56回ヴェエネチア・ビエンナーレ特別号2015年
 フェルミのパラドックス(→Wikipedia)。宇宙は広大であり、なら知的生命体に溢れているはず。なのに、なぜ人類以外の知的生命体は見つからないのか。アレジボ天文台(→Wikipedia)などで知的生命体のメッセージを探っているのだが…
 「タコの心身問題」を呼んだ直後だけにグサリときた。私たちが探しているのは、私たちが知性だと思うモノが発した、私たちが受け取ることのできるメッセージであって、いずれかが違っていたら、見つからないのも当たり前。今どきの航空機は手旗信号なんか使使わないように、メッセージの媒体が間違っている可能性もあるが、果たして。
オムファロス / Omphalos / 本書初出
 考古学は様々な手法を使う。交差年代決定法(→Wikipedia)は、木の年輪やアワビの成長輪などから時代を遡り特定してゆく。これにより、世界は8912年前に創造された事が明らかになった。決定的な証拠はヘソのないヒトのミイラだ。
 どんな民族も自分たちは世界の中心に住んでいると思っている、そんな説を聞いたことがある。たぶん文化人類学関係だと思う。アブラハムの宗教の世界観も、ヒトが世界の主人公であり、世界の中心に住んでいるとの仮定が根底にある。
 日本でキリスト教の布教が上手くいかなかった原因の一つは、これかも。日本の隣には隋・唐・明・清などの大帝国があった。日本人は昔から自分たちは周辺国だと思い知っていたのだ。
不安は自由のめまい / Anxiety Is the Dizziness od Freedom / 本書初出
 波動関数の分岐のたび、世界線も分かれてゆく。プリズムは他の世界線と通信する装置だ。これにより、別の世界の自分とも話ができる。あの時プロポーズを受け入れていたら? 生まれた赤ちゃんが男の子だったら? 人生の節目で、今の自分とは違う決断をしたら、どうなっていたか。知りたくない人もいれば、どっぷりとハマる人もいる。
 いいねえ、プリズム。他の世界線のテッド・チャン作品が読めるんだから。他の世界線の自分に働かせて、私はのんびり…とか思ったけど、きっと他の世界線の自分も同じことを考えるだろうなあw など、様々な使い方が、SFの面白さの一つ。そしてもう一つ、テッド・チャンならではの味もたっぷり仕込んである。
 往々にしてSF作家は、ガジェットが人類社会に対し与える影響を突き放し俯瞰した目で捉えがちだ。だが、テッド・チャンは、一人一人の心のひだに分け入ってゆく。他世界で成功した、または善良な自分を知っても、今の自分は変わらない。結局は、今の自分の人生と向き合わねばならない。では、どうやって向き合うのか。
 本格サイエンス・フィクションとしての評価が高い著者だけど、ナットやデイナの描き方は、著者の前向きで人を信じようとする傾向が滲み出ている。

 「もし~だったら」を考ええるのが、SFの面白さの一つ。「それで何ができるか」「社会はどう変わるか」をシミュレートしていく楽しさだ。それに加え、「それをヒトはどう受け取るか」を掘り下げてゆくのが、テッド・チャンの味だろう。

 「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」や「不安は自由のめまい」では、哲学的な問題として冷徹かつ理論的に考えながらも、一人の人間の心や気持ちに寄り添ってゆく。このバランスの妙が、テッド・チャンの人気がSFファンだけに留まらない理由だろう。いやピーター・ワッツのように理屈に振り切ったのも好きだけどね。

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2020年10月 4日 (日)

ガレス・L・パウエル「ウォーシップ・ガール」創元SF文庫 三角和代訳

「最後に更新されたステータスによると、この船、墜落は自分のせいだと責めてる」
  ――p18

ぼくは全滅をもたらすために設計された。
  ――p43

「再生の家に入ったとき、何派なんてくだらないことは全部捨てた」
  ――p136

わたしは悲しみ以外はなんでも修理する。
  ――p185

いまのわたしたちには、あなたがいる。
  ――p418

【どんな本?】

 イギリスの新鋭SF作家ガレス・L・パウエルによる、痛快娯楽アクションSF「ガンメタル・ゴースト」に続いて英国SF協会賞を受賞した、遠未来を舞台とするユニークなスペース・オペラ三部作の開幕編。

 遠未来。人類は知的異星人と出会い銀河系へと進出したが、今は<集塊派>と<外向派>に分かれ争っている。トラブル・ドッグは<集塊派>のカーニヴォール級重巡洋艦で、人間と犬の成分から意識を育てられた。三年前のペラパターンの戦闘で、そこに潜む敵味方の将兵もろとも知的ジャングルを焼き払う。この事件をきっかけに軍を抜け出し、今は主な武装を外し人命救助団体<再生の家>で働いている。

 クルーは四人。艦長のサリー・コンスタンツは、かつて<外向派>で艦を率いていたが、今は<再生の家>をクビになる寸前。アルヴァ・クレイも元<外向派>の海兵隊で戦い、今はレスキューの専門家だが、なにかとサリーに突っかかる。機関士のノッドはドラフ族。穏やかな正確で優秀かつ仕事熱心だが、人間とは大きく考え方が違う。欠けていた医療担当者も来た。プレストン・メンデレス。コイツが新米な上にどうしようもないヘタレ。

 そこに緊急の仕事が入った。場所はギャラリー星系の惑星ブレイン。発見された時、七つの惑星すべてが彫刻に削られていた。今は帰属をめぐり三つの種族が争っている。そこで客船<ヒースト・ファン・アムステルダム>が遭難した。いや、トラブル・ドッグによると、客船の意識は妙なことを訴えている。

 崖っぷちの艦長が、ポンコツでチームワーク皆無のクルーに加え怪しげなお荷物まで背負い、殺る気満々の元戦闘艦で銀河の火薬庫へと突っ込む、スリリングでユーモラスなスペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Embers of War, by Gareth L. Powell, 2018。直訳すると「戦争の残り火」。日本語版は2020年8月12日初版。文庫で縦一段組み本文約441頁に加え、著者について1頁+訳者あとがき5頁。8ポイント43字×18行×441頁=約341,334字、400字詰め原稿用紙で約854枚。上下に分けるかどうか悩む分量。

 文章は比較的にこなれていいる。お話は複数の恒星系を飛び回るスペースオペラで、独自の超光速航法も出てくる。他にも色々と無茶やってるけど、たいていはハッタリなので、あまし難しく考えないように。そんなワケで、理科が苦手でも大丈夫。大らかな気持ちで読もう。

【感想は?】

 遠未来版「サンダーバード」または「艦長はつらいよ」。最近になって部下を持ったばかりの人には、いろいろと堪える作品。

 なにせ主な語り手のサリー・コンスタンツ艦長、リーダーとしての悩みが多い。

 彼女が属する<再生の家>は人命救助組織だ。銀河を駆けるサンダーバートと言えば聞こえはいいが、彼女は熱心ではあってもいささか繊細で優柔不断。冒頭のミッションで大ドジを踏み、しかもミスしたと自分でもわかってるから言い訳もできない。ここで傲慢な者なら他の誰かのせいにするんだろうけど、あいにくサリーは生真面目な性格なのだ。いい人なんだけど、どうにも頼りない。

 おまけに部下にも恵まれず。

 かつての戦友アルヴァ・クレイは海兵隊あがり。海兵隊ってのは、最前線に突っ込んで敵の防衛網に穴をあける役割だ。それに相応しく度胸はあるが短気で気性が荒い。そんな奴が人命救助団体で何をするんだ?と思うだろうが、そこは最初のミッションで明らかになる。遭難者を救うには、遭難するような所に赴いて、生きて帰ってこなきゃいけない。だもんで、危険な状況に慣れた人も必要なんです。

 不平たらたらで何かとサリーに突っかかるクレイなんだけど、じゃサリーが嫌いなのかと言えば…。まあ、アレな人はニタニタしながら読もう。たぶん、いいやきっと、そういう読み方が正しいはず。

 ドラフ族のノッドは機関士。12本指の六つの手足なんて想像しがたい体形のエイリアン。私はデカいヒトデを思い浮かべて読んだ。姿形こそ異様だけど、性格は穏やかだし職務に携わる姿勢は保守管理者の理想そのもの。世のネットワーク管理者やサーバ管理者は、彼の仕事ぶりに頭が下がる思いをするだろう。

 日頃からサーバルームに籠りっきりの仕事だ。同じ職場の者からは「アイツ何やってんだ?」と陰口を叩かれ、上司からは突然の割り込みでリソースを奪われる。予算を申請したり不具合を説明しても「日本語で話せ」と決して理解されることがない。話が合うのは同族だけで、仕事ぶりがロクに評価されないのも、世のインフラ担当者とソックリ。

 欠員が出て医療担当者の補充に来たプレストン・メンデレスは、使えない新人の典型。彼のヘタレっぷりは筋金入りで…。デスマーチの最中に追加戦力として投入された奴がズブの素人だと判明した時のプロジェクト・リーダーの気持ちって、こんなんだろうなあ。「このクソ忙しい時に、なんだってお荷物をしょい込まにゃならんのだウッキー!」な気分。

 そして表紙にもなっている乗艦のトラブル・ドッグ。

 確かにトラウマを抱えちゃいるけど、性格は、なんというか、確かにクールなのだ。人工の意識に相応しく、言葉遣いは冷静で正確さを重んじる話っぷりなんだけど、その中身が問題。主な武装は外したとはいえ元重巡洋艦、お育ちは争えないようで、解決策を相談すれば「殺ろうよ、いいでしょ、殺っちゃおうよ」だったり。そんなトラブル・ドッグを「ステイ、ステイ!」と留めるのも艦長のお仕事。

 こんな連中ばっかりだから、当然チームワークもヘッタクレもなく。クビ寸前のサリー艦長は、隅っこで毛布にくるまりシクシク泣くしかないw 穏やかで和気あいあいな「銀河核へ」とは正反対だw

 そんなズタボロのチームに、急な出動要請が入る。目指すはギャラリー星系の惑星ブレイン。謎に包まれている上に目をつけている連中も多く…

「ギャラリーは火種だ。ひとつ行動を間違えば、きみは戦争を始めることになる」
  ――p214

 と、下手すれば銀河大戦に火をつけかねない。困ったことにトラブルってのは往々にして増殖するもんで、トラブル・ドッグには怪しげな連中まで乗り込んでくる。

 などと「もうやめて!とっくにサリーのライフはゼロよ!」な感じにサリーをトコトン追い詰め、個性豊かなチームに怪しげなメンバーが混じってるあたりは、ジャック・ヒギンズやギャビン・ライアルなど英国冒険小説の伝統を受け継いでいる。とはいえ、サリーの性格はクールなタフガイとは対照的なんだけど。

 対照的なのは底に流れるテーマもそう。これは訳者あとがきがネタバレを避けつつ巧みに語っているので、味見にはちょうどいいかも。

 危機また危機のスリリングな展開、個性豊かで暴走気味の登場人物、ユーモラスでペーソスあふれる語り口、そして唖然とするエンディング。古典的なスペースオペラの舞台に現代風のキャラクターを放り込み、外連味たっぷりに仕上げた娯楽SF長編だ。

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2020年9月18日 (金)

「フレドリック・ブラウンSF短編全集 3 最後の火星人」東京創元社 安原和見訳

「わたしは火星人なんです。最後の火星人です。ほかはみんな死んでしまいました。ほんの二時間前にみんなの死体を見たんです」
  ――最後の火星人

「ここでスポンサーからひとこと」
「戦え」
  ――スポンサーからひとこと

【どんな本?】

 アメリカのSF/ミステリ作家、フレドリック・ブラウンのSF短編すべてを執筆順に全四巻で刊行する企画の第三段。

 ブラウンは1940年代のSF黎明期から1960年代にかけて活躍した。彼の短編は親しみやすい文体でオチのキレがよく、今でも多くのファンに愛されている。

 本書は1950年の「存在の檻」から1951年の「処刑人」までを収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は From These Ashes : The Complete Short SF of Fredric Brown, 2001。日本語版は2020年7月10日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約347頁に加え、牧眞司の「収録作品解題」8頁+若島正の「闇への誘い」5頁。9ポイント43字×20行×347頁=約298,420字、400字詰め原稿用紙で約747枚。文庫なら厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。星新一や草上仁に似た芸風で、SFだがヒネリの利いたアイデア・ストーリーが中心なので、理科が苦手でも全く問題ない。どころか、さすがに1950年代初期の作品なので、科学的には、まあ、アレだw 当然、月や金星の描写も当時のもの。その辺は「そういうもんだ」でスルーしてください。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。なお★がついているものはマック・レナルズとの共作。

存在の檻 / Entity Trap / Amazinng Stories 1950年8月
 ジョン・ディックスは19歳でアメリカ陸軍に入隊し、81年に激戦となったパナミント山脈の戦いに身を投じた。最終防衛ラインのトーチカでの戦いで、ジョンは敵の爆撃で片目と鼻と頭髪と片腕と両足を失う。やがて命も失うはずだったが…
 ある意味、転生もの…に、なるのか? 異世界ではなく現世界だけどw しかもチート能力つき。でも嬉しくないんだよね、これじゃw
命令遵守 / Obedience / Super Science Stories 1950年9月
 メイ艇長とロス副長は深宇宙を探索中に異星人の宇宙船を発見する。地球のロチェスター級の戦艦にそっくりだ。同時にテレパシーを受信する。「地球人よ、われわれは敵ではない」。総則にはこうある。異星の艦船と遭遇した場合ただちにこれを破壊せよ、破壊できなければ全速力で外宇宙に向かい燃料が続く限り飛び続けろ。
 人類の歴史を顧みれば、殺らなきゃ殺られる、となるのは仕方がないか。アメリカ人作家が語ると、更に説得力があるw 
フラウンズリー・フロルゲルズ / The Frownzly Florgels / Other Worlds Science Stories 1950年10月
数百万年前から小惑星ナクソの地中に住むナクスより、星団じゅうの星に思考のメッセージが届いた。きっとすてきなフラウンズになる。
 ハネス・ボクが描いたイラストに沿った小説をフレドリック・ブラウンが書く。ただし夢やホラ話や錯覚や狂気は不許可。そういうルールで書き上げた作品。解題に載ってるハネス・ボクのイラストのイマジネーションも凄いが、ブラウンの理屈付けもハンパじゃない。
最後の火星人 / The Last Martian / Galaxy Science Fiction 1950年10月
 通りの向かいのバーから、編集室に連絡が入った。「変な客が来た。二時間前に火星から来た、と言い張っている」。ちょっとしたユーモア記事になると踏んで、編集長はビル・エヴェレットを向かわせる。火星人はヤンガン・ダルと名乗り…
 自称火星人、しかも地球に来たのは二時間前。そして今はバーに座っている。なんじゃそりゃ、頭がおかしいのか? ってな引きの強い状況から、ブラウンらしい見事なオチへ持っていく。アイデア勝負のSF短編のお手本みたいな作品。
地獄のハネムーン / Honeymoon in Hell / Galaxy Science Fiction 1950年11月
 東西の冷戦は深刻化し、月面基地建設の足掛かりとしての宇宙ステーション建設の競争も激しさを増す。人類は別の危機に見舞われていた。男児が生まれない。東西ともに。レイモンド・F・カーモディ合衆国宇宙軍大尉は月面着陸に成功したロケット操縦士だ。27歳の独身で退役した今は、国防省秘蔵の巨大人工知能、通称ジュニアの操作員に選ばれる。そのジュニアの様子がおかしい。
 収録作の中では比較的に長い作品だ。だが語り口は軽快かつユーモラスだし、ストーリーはイベント満載で小気味よく進むため、読み心地はとても軽やかだ。オチのキレも見事で、読み終えた後の気分もやたらいい。いやあ、コンピュータって、ほんと四角四面ですねw
星ねずみ再び / Mitkey Rides Again / Planet Stories 1950年11月
 ミツキーは灰色ねずみだ。ドイツからの亡命者でロケット科学者のオーベルビュルガー教授宅に、連れ合いのミニーと住んでいる。かつて月に着陸し高い知能を得たが、帰還直後の事故でただのねずみに戻ってしまった。だが次第に知能を取り戻しつつある。教授は相変わらず月ロケット開発に余念がない。だが今度の実験動にミツキーを使うのは諦めた。
 「星ねずみ」収録の表題作の続編。なんといっても教授とミツキーの会話が楽しい。この香りを日本語で再現した訳者の芸が光る。今回は白ネズミのヴォワイティが加わり、なんとも可愛らしい騒動が繰り広げられる。
六本足の催眠術師★ / Six-Legged Svengali / Worlds Beyond 1590年12月
 金星に向かうエヴァ―トン動物学調査隊に、なんとかぼくは滑り込んだ。目的は新種の生物を捕獲すること。最大のお目当ては金星ドロガメだ。必ず捕獲してみせる、そうぼくは言い切った…らしい。ところが、ぼくは捕獲のアイデアどころか金星ドロガメすら聞いたことがない。
 さすがに今は金星は無茶だけど、そこは他の惑星って事にして読もう。肝心の金星ドロガメには厄介な能力を持つ。近づいた生物から、数時間の記憶を消す。健忘症は数時間続く。そのため、ハンターは亀の存在そのものを忘れてしまう。そんな亀を、どうやって捕まえるのか。捕獲のアイデアも鮮やかながら、このオチはw
未来世界から来た男★ / Dark Interlude / Galaxy Science Fiction 1951年1月
 ベン・ランド保安官を、ルー・アレンビーが訪ねてきた。ルーは妹のスーザンと住んでいるが、この二週間ほど旅行に行っていた。ルーが不在のとき、スーザンは畑に落ちてきた男を拾う。男は学生で、四千年の未来から来たという。目的は調査。この時代から数百年、暗黒時代が続いている。その実体を調べるために来た、と。
 旧いSF小説に対し「今もまったく古びていない」は、本来誉め言葉だ。だが、この作品の場合は悲しみと怒りが沸きあがってくる。発表から70年近くも経ち、既に保安官やルーの孫か曾孫の世代だってのに。
選ばれた男 / Man of Distinction / Thrilling Wonder Stories 1951年2月
 アル・ハンリーは飲んだくれのロクデナシだ。有り金は使い尽くし、あらゆる友人知人に金を借りまくって酒代につぎ込んだ。一晩だって酒を切らせたら、地獄の恐怖に襲われる。だが、彼は偉大なことを成し遂げた。
 四六時中、飲んだくれて酔っぱらっているアルの、支離滅裂で無茶苦茶な屁理屈が楽しい作品。まったく、酔っ払いって奴はw
入れ替わり★ / The Switcheroo / Other Worlds Science Stories 1951年3月
 『グローブ』紙のオフィス。編集長のマッギーが、また怒鳴ってる。「ターキントン・パーキンズの話を聞いてこい」。嫌な奴だが、それでもボスだ。言われたとおり、ジェイクはパーキンズに取材に行く。彼は変なモノばかり作る発明家だ。最近はシロホクラ飲料を作った。酒の逆で、まず二日酔いがきて、翌朝は愉快に酔える。今は入れ替わり機が完成寸前で…
 懐かしSFの定番、世間とはズレてるけど優れた発明家が作る、ケッタイなマシンが巻き起こす騒動がテーマのドタバタ作品。
武器 / The Weapon / Astounding Science Fiction 1951年4月
 ジェームズ・グレアム博士は科学者だ。重要な計画を率いている。ひとり息子のハリーは15歳だが、知能の発達が遅れている。それでもグレアムはハリーを深く愛している。家でくつろいでいる時、ニーマンドと名乗る男が訪ねてきた。「あなたは人類の存続をあやうくするお仕事をなさっていますね」
 5頁の掌編ながら、いやだからこそ、オチのキレは鋭い。「地獄のハネムーン」「スポンサーからひとこと」同様に、東西冷戦の影が色濃い作品。
漫画家★ / Cartoonist / Planet Stories 1951年5月
 ちかごろ一コマ漫画家ビル・キャリガンの景気は悪い。が、この日のネタはイケた。おぞましいエイリアンの話だ。報酬もよかった。さっそくブランデーを買い込み祝いのグラスをあけたとき、それが起きた。ビルが描いたエイリアンそっくりの怪物が現れたのだ。
 冒頭でアメリカの漫画の制作過程がわかる。どうも日本とは大きく違うらしい(→「有害コミック撲滅!」)。こういう、文化や社会の違いがわかるのも、翻訳物ならではの楽しみだ。ブラウンもネタを提供したんだろうか。
 ジョン・ヴァーリーの八世界シリーズやP.K.ディックの作品でもよく使われるネタだ。ヴァーリー作品には無常観・喪失感が漂い、ディックだと足元が崩れ眩暈がするような不安定感を感じるのに対し、ブラウンはカラッと明るく仕上がっている。そんな芸風の違いもまた、小説の楽しみの一つ。
ドーム / The Dome / Thrilling Wonder Stories 1951年8月
 カイル・ブレイドンがドームに籠って30年になる。37歳のとき、ボストンが攻撃を受け壊滅し、宣戦布告がなされた。世界は滅びるだろう。この事態に備えカイルはドームを作っておいた。水爆も防げるが、外の様子はわからない。微量な電力で維持できるが、起動には莫大な電力がいる。スイッチを切れば外の様子がわかるが、再起動は無理だ。そして30年が過ぎた。
 やはり冷戦の影が濃い作品だが、今となっては究極の引き籠り生活がテーマのような気もしてくるw アッメリカには自宅に核シェルターを作る人もいて、ブラウンも自分の作品が現実になるとは思わなかっただろうなあ。
スポンサーからひとこと / A Word from Our Sponsor / Other Worlds Science Stories 1951年9月
 6月9日、世界中でソレが起きた。すべての国で、現地時間の午後8時半に。夏時間を採用している国や地域では、夏時間の8時半に。ラジオの音が途絶え、しばらくしてこんな声が響いた。「ここでスポンサーからひとこと」続いて一秒後に「戦え」。その後、いつもの番組が流れ始めた。折しも世界は冷戦のさなか、互いに先制攻撃を仕掛ける寸前だった。
 なんといっても印象的なタイトルが秀逸で、やたらと有名な作品。今はメディアが多様化してるけど、当時はラジオと新聞が王者だったんです。双方ともに不信感に満ちていて頭に血が上っている状況に、いかにもあからさまな煽りが入ったら…。中でも聖職者と合衆国共産党党首の解釈が笑えるw
賭事師★ / The Gamblers / Starling Stories 1951年11月
 きみは月の天文台に、ただひとりで横たわっている。今まで何日過ぎたのか、わからなくなってしまった。だが39日間生き延びれば、迎えのロケットが来るのはわかっている。水と食料は、なんとか足りる。問題は酸素だ。下手に動けば酸素消費量が増える。それでも生き延びて伝えなければ。異星人にポーカーを教える羽目になった顛末を。
 なんといっても、異星人の性質が面白い。技術は地球人より遥かに進んでいて、考え方も傲慢で身勝手、しかも便利な能力を持っているくせに、妙に几帳面で真面目で義理堅い。そしてやたらとギャンブルが好き。つまりは、いかに相手を出し抜くかがキモの博打小説。ちょっとだけネタバレすると、双方ともにイカサマはなしです。
処刑人★ / The Hatchetman / Amazing Stories 1951年12月
 地球と火星は睨み合っており、金星はどっちつかず。火星はキングストン複製機を手に入れた。膨大な電力を食うが、核分裂物質を除きなんでも複製・転送できる。開拓当初、火星は卓越した能力を持つ人間を複製し火星に転送した。だが、そこには大きな落とし穴があった。複製人間には、倫理観が欠落していたのだ。複製人間たちは火星を乗っ取り…
 なんでも複製・転送できるのは便利と思ったが、費用の設定が上手い。やたら電力を食うので、雑誌や食料など安物に使ったらモトが取れない。だから対象は高級品だけ。今なら複製機は3Dプリンタに読み替え…いや、元素や化合物は3Dプリンタじゃ再現できないな。まあいい。貴重な物資、例えば名画や宝石の複製や移送が安上がりになれば、世界はどう変わるか。これだけでも長編になりそうなアイデアなのに、アッサリ使い捨てるとは。
 お話は処刑人の二つ名を持つ、大統領の腹心マット・アンダースの活躍を描く、ストレートなアクション物。とはいえ、そこはブラウン。誰が複製で誰がオリジナルか見分けがつかないのがミソ。

 初出を見ると、1950年8月から1951年12月までの1年半あまり。短い期間に執筆された作品群ながら、いずれも出来はいい。この時期、ブラウンは脂が乗りきっていて絶好調だったんだろうか。そんな具合に、作家の足跡を時系列順に辿れるのも、この作品集の面白さだ。

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2020年8月27日 (木)

グラント・キャリン「サターン・デッドヒート」ハヤカワ文庫SF 小隅黎・高林慧子訳

「あれの製作者は六という数字に固執していたのです」
  ――p76

「あのふたりの豚野郎を地球軌道まで運んでいける人間はわたししかいませんから」
  ――p163

「何か新しいことを学ぶのはけっして無駄づかいじゃないよ」
  ――p202

「元気を出せよ、提督。もし<キャッチャー>があなたをひろいあげそこねたら、いずれにせよあなたは死ぬんだから」
  ――p313

「もう、六じゃ駄目かもしれないよ、ディンプ」
  ――p386

【どんな本?】

 合衆国空軍で宇宙技術者将校を務め、NASAの宇宙ステーション計画にも参加したSF作家グラント・キャリンによる、近未来の太陽系それも土星近傍を舞台としたエキサイティングで爽快な冒険サイエンス・フィクション。

 人類が太陽系に進出し始めた未来。クリアス・ホワイトティンプルは、四十代の考古学教授だ。勤め先は地球近傍のスペースコロニー、ホームⅢの大学。彼にコロニー集団を仕切るスペースホーム社のジョージ・オグミから連絡が入る。土星の衛星イアペトゥスで、異星人の遺物らしき物が見つかった。六角形の容器に入った厚さ1cmほどの合金で、表面に円・円弧・直線そして六角形からなる線画が描かれている。

 どうやら「異星人の宝物」の地図らしい。地図は土星近傍を示している。宝物が手に入れば、スペースコロニーは地球から財政的な独立が叶う。そこで遺跡の発掘と古文書の解読に長けたクリアスを呼んだのだ。

 せかされて土星近傍へと向かうクリアスだが、そこには同じ宝物を狙う地球の宇宙船も来ていた。人類の未来を賭けた宝探しレースが始まる…

 ボイジャーがかき集めた当時の最新情報を盛り込みつつ、個性豊かな登場人物と迫真の風景描写そして手に汗握るストーリーが楽しめる。

 なお訳者の小隅黎は柴野拓美のペンネーム。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SATURNALIA, by Grant Callin, 1986。日本語版は1988年5月31日発行。文庫で縦一段組み本文約397頁に加え、高橋良平の解説6頁。8ポイント42字×18行×397頁=約300,132字、400字詰め原稿用紙で約751枚。文庫では厚い部類。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。土星とその衛星が舞台だが、その辺に疎くても大丈夫。必要な事柄は本文内にちゃんと説明がある。当然、メカ好きには嬉しいガジェットが続々と登場する。あと一種のバディ物でもあるので、腐った人には嬉しいかも。

 それと、少し基礎的な数字などを。温度0℃は約273K。地球の地表の気圧は約千ミリバール=1バール≒千ヘクトパスカル。有機水素=有機結合水素は炭化水素、要は石油や天然ガスのこと。

 ただ、今は新刊はもちろん古本でも発掘は難しいと思うので、図書館で借りよう。なんとかならん、早川さん?

【感想は?】

 ボビー・ドラゴン,マーヴェリック,シン・カザマ。この名前にピンときたあなたに、この本はお薦め。

 実はガッチリとしたサイエンス・フィクションの傑作として有名な作品だ。

 他恒星系が舞台の代表作が「竜の卵」なら、太陽系が舞台の作品としては本作が順当なところだろう。「竜の卵」は、中性子性という異様な環境がもたらす、私たちの感覚と全く異なる、というよりほとんど相いれないアレやコレやが、サイエンスを突き抜けたセンス・オブ・ワンダーを生んでいた。

 対して、本作はかろうじてヒトの感覚の枠内に収まる。違いもせいぜい2~3桁だ。あ、当然、十進数で。いや2~3桁ってのもなんだが、SFや天文学ってのはそうなんだからしょうがないw

 まあいい。そんな風に、なんとか想像できる範囲内に収まるだけ、本作は「過酷な状況でのスリリングな冒険物語」としての面白さが際立っている。そのクライマックスは、もちろんタイトル通り土星が舞台なんだけど、それはまた後で。

 冒頭から、冒険SF小説の王道を行ってる。土星の衛星イアペトゥスで見つかった、異星人の遺物らしきモノ。それには円と円弧と直線、それに六角形で構成された線画が描かれていた。調べたところ、線画は土星とその衛星に隠された「宝の地図」らしい。お宝を巡り、地球とスペース・コロニーのレースが始まる。

 冒頭でこの地図の謎を解くあたりから、SF冒険物の楽しさがギチギチに詰まってる。そもそも、相手は言葉も通じない異星人だ。そんな奴に、どうやってメッセージを伝えるか。ファースト・コンタクト物のセンス・オブ・ワンダーに加え、宝探しのワクワク感が味わえる、心地よい滑り出しだ。

 そこでスペースコロニー側の探偵役に選ばれるのが、クリアス・ホワイトディンプル、後に提督と呼ばれるオッサン。考古学者の宝探しというとインディ・ジョーンズが思い浮かぶが、残念ながら提督はアレほど肉体派じゃない…少なくとも、最初は。むしろ現状に満足している公務員に近い、知的で穏やかな人物だ。

 その提督のバディとなるのは、20歳の小鬼ことジュニア。優れた頭脳と卓越した操縦技術と邪悪なユーモア、そして脆弱な肉体の持ち主。

 「おいおい、そんなんでトップガンやれるのか?」と思われるかもしれないが、幸い舞台は大気圏じゃない。速度こそ秒速数kmなんて F-14 Tomcat も耐えられない高速度だけど、効いてくるのは空気力学じゃなくて軌道力学だ。しかも、土星なのがミソ。木星と違い土星にはアレがあって…。この風景も、本作の欠かせない味の一つ。

 パイロット物の主人公に共通した性質が幾つかある。飛ぶのが好きで、鼻っ柱が強くて、組織に馴染めない。そして人を評価する基準は地位でも財布の中身でもなく、飛ばす腕がすべて。登場時の提督は何一つ備えてないけど、ジュニアと共に危機をくぐり抜けるうち、次第に汚染されてきて…。こういうのも、本書の冒険物としての面白さに繋がっている。もっとも、ノリはライトノベルっぽいけどw

 また、単に飛ぶ場面だけじゃなくて、「降りる」場面の緊迫感が半端ないのも、本作の特徴だろう。この辺は、主に整備された滑走路での離着陸が多い固定翼機ではなく、整備もされず土地勘もない所での離着陸を求められる回転翼機に近いかも。

 そして、終盤では表紙イラストにあるように、なんと提督は土星にまで潜る羽目になる。それまでの低温低圧低重力とは正反対の、高温高圧高重力の環境だ。しかも厳しい環境は通信すらも阻害し、パイロットは孤独な戦いを余儀なくされる。ここでの静かに迫りくる恐怖は、潜水艦物を思わせる。

 当然ながら環境ごとに活躍するマシンも違うし、地球とコロニー双方の機体が出てくるので、メカ好きにも嬉しい場面が盛りだくさん。高圧環境に慣れパワーあふれる機体を贅沢に操る金持ちの地球に対し、知恵と工夫と腕で挑むコロニー陣営。いやあ、アクション物の王道だねえ。

 そんなわけで、科学でガッチリと設定を固めたサイエンス・フィクションの面白さと、向こう見ずなパイロットが危険に挑む冒険物の緊張、そして宝探し競争のゾクゾク感を兼ね備えた、王道の娯楽冒険SF小説だ。残念ながら今は手に入りにくいが、黄金期の爽快なSFが読みたいなら、頑張って探す価値はある。ほんと、何とかしてくださいハヤカワさん。

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2020年8月12日 (水)

ロジャー・ゼラズニイ「虚ろなる十月鵜の夜に」竹書房文庫 森瀬繚訳

私は番犬だ。名前はスナッフ。
ロンドンの郊外で、御主人のジャックと同居している。
  ――p4

「…邪悪なる男女とその使い魔たちが、何か大きな心霊的なイベントに参加していて、互いに戦い合い、人類の平安を脅かす」
  ――p67

「猫は旧き神々が知らないことを知っているものだ」
  ――p187

「今回のゲームは、色々とおかしかったんだ」
  ――p282

【どんな本?】

 華麗な筆致で神話的世界を描き出したアメリカのSF/ファンタジイ作家ロジャー・ゼラズニイの最後の長編。

 19世紀末のロンドン郊外。十月になると、≪プレイヤー≫たちが町に集まってきた。奴らは使い魔を従え、月末の満月に向けて素材を集めている。プレイヤーは≪閉じる者≫と≪開く者≫に分かれているが、互いに誰がプレイヤーなのか、そして誰がどちらかなのかは知らない。

 語り手はジャックの使い魔で犬のジャック。御主人さまを手伝うと共に、同じ使い魔で猫のグレイモークやフクロウのナイトウィンドと語らい、または協力して≪素材≫や情報を集め、儀式に向けて準備を整えてゆくが…

 世紀末のロンドン郊外を舞台に、切り裂きジャック,名探偵ホームズ,怪僧ラスプーチン,魔術結社黄金の夜明け団(→Wikipedia),ドラキュラ伯爵,フランケンシュタイン博士などに加えクトゥルー神話を交えた豪華なキャストで、ホラー風味ながらも使い魔の犬を語り手として可愛らしく展開するアニマル・ホラー・ミステリ―。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇で第18位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Night in the Lonesome October, by Roger Zelazny, 1993。日本語版は2017年11月2日初版第一刷発行。文庫本で縦一段組み本文約332頁に加え訳者あとがき9頁。9ポイント39字×16行×332頁=207,168字、400字詰め原稿用紙で約518枚。文庫本では普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。訳も見事で、ゼラズニイのスタイリッシュな文章の味を日本語で巧みに再現している。内容も特に難しくない。クトゥルー神話を始め多くの元ネタを取り入れているが、知らなくても大きな問題はない。疎い人は解説を先に読もう。重要なネタバレを避けつつ、巧みに元ネタを明かしている。ただ、登場人?物が多いので、できれば登場人?物一覧が欲しかった。

【主な登場人?物】

 ということで、主な登場人?物の一覧。

  • スナッフ:犬。ジャックの使い魔。
  • ジャック:プレイヤー。スナッフの御主人。
  • 墓場の老いた番犬
  • グレイモーク:猫。ジルの使い魔。
  • ジル:プレイヤー。狂った魔女。グレイモークの御主人。
  • ナイトウィンド:フクロウ。モリスとマッカブの使い魔。
  • モリスとマッカブ:プレイヤー。ナイトウィンドの御主人。
  • クイックライム:蛇。ラストフの使い魔。
  • ラストフ:プレイヤー。飲兵衛の修道僧。正教? クイックライムの御主人。
  • チーター:リス。オーウェンの使い魔。
  • オーウェン:プレイヤー? ドルイド教派の老人。
  • ニードル:コウモリ。伯爵の使い魔。
  • 伯爵:プレイヤー? ニードルの御主人。
  • ブーボー:ネズミ。博士の使い魔。
  • 博士:プレイヤー? ブーボーの御主人。
  • ラリー・タルボット:プレイヤー?
  • 名探偵と相棒:プレイヤー?
  • テケラ:白いワタリガラス。ロバーツの使い魔?
  • 教区司祭ロバーツ:プレイヤー?
  • リネット:ロバーツの義理の娘

【感想は?】

 何といっても、語り手を犬のスナッフにしたのがいい。

 もちろん、ただの犬じゃない。使い魔だ。そのせいか、スナッフ君、かなり賢い。なにせ猫やフクロウとお話ができる。犬や猫やフクロウや蛇が仲良く?お話する物語だ。ホラーなんだけど、なんともほっこりする情景じゃないか。

 彼らは<プレイヤー>として、<開く者>と<閉じる者>に分かれ争う間柄なんだが、みな誰がプレイヤーなのか、誰が<開く者>で誰が<閉じる者>なのか知らない。そこで互いの周囲を嗅ぎまわったり陰険な足の引っ張り合いもあるんだが、けっこう慣れ合って情報交換したり力を合わせて調べまわったりする。

 この協力し合うあたりが、童話の動物物語みたいで可愛らしくニタニタしてしまう。語り手のフナッフは力強いが、高い所は苦手だし狭い所には入れない。そこで役割分担して…。なんともメルヘンな絵柄だw もっとも、相性の良し悪しはあるんだけどw ブーボーも災難だよねw

 しかも、スナッフ君、下手すると御主人のジャックより賢そうだったり。もっとも、やたら散歩が好きなあたりは、さすがのスナッフ君もやっぱり犬だね、と思ったり。こういう賢さと本能のギャップが、とっても可愛らしくて楽しい。いやあ、ゼラズニイにこんな芸風があるとは知らなかった。

 ≪円の中のもの≫,≪衣装箪笥の中のもの≫,≪旅行鞄の中のもの≫,≪鏡の中のもの≫などのクトルゥー神話ネタに加え、切り裂きジャック,ドラキュラ伯爵,フランケンシュタイン博士などホラーの有名な役者を揃える顔ぶれは、どう見てもホラーだ。実際、ジャックも序盤で「仕事」してるし。

 じゃ怖いのかというと、実は味付けはユーモラスで。冒頭の番犬との会話もそうなんだが、プレイヤーたちが大急ぎで≪素材≫を集める場面などは、読者も狂ったように笑うしかなく、前半のクライマックスかも。いいのか、こんなんがクライマックスでw

 とかのギャグで油断してると、「明日、月が死に絶える」なんてゼラズニイならではの表現が出てきて、やっぱりゼラズニイはスタイリッシュだよなあ、と感心したり。

 そしてホラーであると同時にミステリでもある。誰がプレイヤーなのか。誰が≪開く者≫で誰が≪閉じる者≫なのか。

 ジャックがプレイヤーなのは最初から明らかだ。だが、他の連中は、というと。伯爵と魔女は、あからさまに怪しい。役割もホラーっぽいし。だが名探偵は、なんか毛色が違うよなあ。職業柄、何かに気づいて嗅ぎまわってるだけかも。とすると、儀式に関係ない者が紛れ込んでいるのか? でも相棒を連れているんだよなあ…。

 といった謎で物語を引っ張りつつ、終盤では番狂わせが次々と起こるあたりは、ベテラン作家らしい手並みが味わえる。

 ゼラズニイならではの華麗な筆致と、世紀末ロンドン郊外に集めた豪華キャスト、そして可愛らしい動物たちに加え意外なドタバタ・ギャグ、そしてさりげない伏線を活かした鮮やかなオチ。ベテラン作家らしい熟練の技が味わえる、楽しい娯楽作品だ。特に犬が好きな人にお薦め。

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2020年6月30日 (火)

ルーシャス・シェパード「タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短編集」竹書房文庫 内田昌行訳

「グリオールが自分の存在を知らせようとしてるときには、ちゃんと注意を払わないと不幸に見舞われるんだよ」
  ――タボリンの鱗

「わたしたちはいつだって彼を見くびってきた」
  ――タボリンの鱗

「ヤーラは猿みたいに頭がおかしいんじゃない。蛇みたいに頭がおかしいんだ」
  ――スカル

【どんな本?】

 ルーシャス・シェパードはアメリカ合衆国のSF/ファンタジイ作家で、中南米を舞台とした作品が多い。この本は「竜のグリオールに絵を描いた男」に続くグリオール・シリーズの作品集で、「タボリンの鱗」と「スカル」の二編を収める。

 グリオールは邪悪で長命な竜で、巨大な体は1800mにも及ぶ。かつて魔法使いがグリオールと戦い、かろうじて眠りにつかせた。眠るグリオールの周囲には町ができる。1853年にメリック・キャタネイが竜にとどめをさす計画を持ち込む。竜の体に絵を描き、絵の具の毒で殺そう、と。30年をかけて計画は実施された。だが、竜の死は確認できていない。何せ鼓動すら千年に一度しか打たないのだ。

 生死は定かでないグリオールだが、その邪念は近くに住む人々に染みわたり、その人生を操る。少なくとも、そう考える人は多い。実際、グリオールの周囲では様々な事件が起きる。それは竜の邪念によるものなのか、それとも人の邪悪さゆえなのか。

 荒々しい中南米を舞台に、邪悪で巨大な竜グリオールが関わる事件を描く、恐怖と幻想のファンタジイ作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 日本独自の編集。2020年1月2日初版第一刷発行。文庫で本文約303頁に加え、著者による「作品に関する覚え書き」5頁+池澤春奈の解説6頁。8.5ポイント41字×17行×303頁=約211,191字、400字詰め原稿用紙で約528枚。文庫本としては普通の厚さ。

 文章はこなれている。ただ、単位系がヤード・ポンド法なので、慣れない人は少し戸惑うかも。ちなみに1フィートは約30cm。SFというよりファンタジイなので、理科が苦手でも大丈夫。大事なのは竜のイメージだろう。最近のファンタジイにありがちな軟弱なシロモノではない。ひたすら巨大で強力で邪悪な上に狡猾な存在だ。また、現地の言葉はスペイン語である由を心に留めておこう。

【タボリンの鱗】

 ジョージ・タボリンは40歳で趣味は古銭収集。春に三週間ほどグリオールの麓にあるテオシンテ市に出かけ、娼婦と古銭を買い漁って休暇を過ごす。その年は、古い鱗のようなものを見つけた。大きさは親指の爪の三倍ほど、汚れていて黒っぽい。グリオールの鱗にしては小さすぎる。鱗を欲しがる娼婦が居たので、二週間の「仕事」の報酬として渡すことで話がまとまった。鱗の汚れを落とそうと磨いていたところ…

 原題は The Taborin Scale。時系列的には、「竜のグリオールに絵を描いた男」事件のすぐ後ぐらい。グリオールを観光資源としてちゃっかり商売しちゃってるテオシンテ市の逞しさに思わずニンマリしてしまうが、生死の確認ができないってなんやねんw なぜソレを最初から考えないw

 先に出た「竜のグリオールに絵を描いた男」は、グリオールが周囲の者に及ぼす影響が話の中心だった。本書では、これに加えもう一つの重要な軸が加わる。合衆国と中南米の関係だ。とは言っても、政府高官や大企業が関わる大げさなものじゃない。合衆国から訪れた観光客と、現地の人々の関係だ。

 今はともかく、円高だった頃に東南アジアを旅したことがある人は、身に覚えがあるだろう。日本にいるより、はるかに金持ちになった気分が味わえるのだ。これは為替や物価の関係で、物価が1/10ぐらいになったように感じてしまう。別の言い方をすると、自分がいきなり金持ちになったような気分が味わえる。

 比較的に外交が弱い、というか外務省が頼りにならない日本ですら、そうなのだ。米国の市民権を持つ者は、更に政治的な強みもある。本作品の主人公、ジョージ・タボリンが、テオシンテで休暇を過ごすのも、そんな強みを利用するためだ。彼と娼婦シルヴィアは、まさしくそういう関係で始まる。

 とかの生臭い政治色はあるが、同時にグリオールの意外な面が見えるのも本作品のお楽しみ。なんと、若きグリオールが大怪獣ラドンよろしく暴れまわるのだ。さすがに全長1.6kmとまではいかないが、7~8mはある。しかもブンブン飛びまわるからタチが悪い。おまけに竜らしく邪悪な知恵まで備えてる。まさしく覇者の風格と言えよう。

 いろいろあって映画化は難しいが、シェパード作品には珍しくヴィジュアル的なインパクトが大きな作品だ。

【スカル】

 2002年から20088年まで、ジョージ・クレイグ・スノウはテラマグアで過ごした。仕事もしている。いかさま慈善団体で嘘の手紙を書き、米国の篤志家たちから金をだまし取る。ガールフレンドに宿から叩き出されたジョージは、不思議な少女ヤーラと出会う。ヤーラはジャングルの奥で、新興宗教らしき集団の中で、巫女のような役割を果たしていた。しかも、彼女が住んでいるのは…

 原題は The Scull。先の「タボリンの鱗」の更に後の時代。「作品に関する覚え書き」で、テラマグアはグアテマラがモデルだとハッキリ示している。

 そのグアテマラ、コーヒーが好きな人には独特の風味で有名だが、「コーヒーの歴史」を読む限り社会はかなりアレだったり。当然、米国の資本も入ってるワケで、たぶんCIAも暗躍してるんだろうなあ。本作品にそういう話は出てこないけど。

 そんな社会だけに、貧富の差は激しく、人びとの米国人に対する感情も複雑だ。米人の持つ金には興味があるし、下手に手を出して政府を刺激したくはないい。が、地元のルールをわきまえない米人の振る舞いは鼻持ちならないと感じてもいる。

「おめえは自分がどこにいるかわかってねえ。おめえらクソどもはみんなそうだ。ふらふら歩きまわって、自分ならみじめで哀れなテマラグア人よりもすぐれてるから、どんな問題でも解決できると思い込んでやがる。だがおめえらがやることはおれたちの問題を増やすだけなんだ」
  ――スカル

 もちろん、自国の政府に対する不満も溜まっている。どうすりゃいいのかはともかく、今が最悪なのはわかる。そんな気分は、改革を叫ぶ過激な政治集団を台頭させてしまう。

またもや昔ながらの政治的主張――どんなリスクがあろうと、変化は良いものである。
  ――スカル

 と書くと他人事みたいだが、「日本維新の会」の躍進とかを見ると、対岸の火事とばかりは言ってられないんだよなあ。

 など、理不尽かつ突発的な暴力の予兆と、Skull=頭蓋骨が示す不気味な怖ろしさをブレンドして、主人公たちの刹那的で退廃的な行動をトッピングし、低緯度地方の蒸し暑い空気で仕上げた、エロチックでおぞましい物語だ。

【おわりに】

 前にも書いたが、最近は「小説家になろう」にハマってしまい、あまし記事が書けない。しばらく書かないと、書き方を忘れちゃって、よけいに記事が書けなくなったり。いや読みたい本はたくさんあるんだけどね。

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