カテゴリー「書評:SF:海外」の231件の記事

2019年7月 1日 (月)

大森望監修「カート・ヴォネガット全短編4 明日も明日もその明日も」早川書房

…犬とアールは相性がよかった。どちらもよく吠え、人食いのようにふるまうのが好きだった。
  ――新聞少年の名誉

「あんたにはあんたの夢。ぼくにはぼくの夢」
  ――パウダーブルーのドラゴン

「オマール・ツァイトガイストはドイツ人で、この地上でただ一人、宇宙爆弾の知識を有する人物だった」
  ――ツァイトガイストのための鎮魂歌

「左に見えますのは」ガイドの大声が響いた。「ハロルド・メイヤーズ博士でございます」
  ――左に見えますのは

「するとそのとき、わたしは思い出すんだよ、ジム。この宇宙に、すくなくともひとつは、自分の思いどおりになるちっぽけな片隅があるってことを。そこに行けば、心ゆくまで満足感に浸って、気分をリフレッシュして、元気になれる」
  ――手に負えない子供

【どんな本?】

 「プレイヤー・ピアノ」「スローターハウス5」「猫のゆりかご」「タイタンの妖女」など、シニカルながらも温かみのある芸風でSFファンにもお馴染みのアメリカの人気作家カート・ヴォネガット。彼が遺した短編をまとめ、8個のテーマ別に並べた「COMPLETE
STORIES」が、日本では四分冊に分かれての刊行となった。

 完結編となる第4巻「明日も明日もその明日も」は、「ふるまい」「リンカーン高校音楽科ヘルムホルツ主任教諭」「未来派」の3セクションを収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は COMPLETE STORIES, by Kurt Vonnegut, 2017。日本語版のこの巻は2019年3月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約512頁に加え、柴田元幸の解説7頁。9.5ポイント44字×20行×512頁=450,560字、400字詰め原稿用紙で約1,127枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 いずれの作品も文章はこなれていて読みやすい。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 訳者 / 初出。

セクション6 ふるまい
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

フォスター・ポートフォリオ / The Foster Portfolio / 柴田元幸訳 / コリアーズ1951年9月8日号
 私は投資顧問会社の顧客担当だ。今回のお相手はハーバート・フォスター。暮らし向きはつつましいどころかいじましい。こりゃ手間の割に小さな仕事だ…と思ったのも束の間、彼の持つ証券リストは豪勢なものだった。だがそれは家族に内緒だし、フォスター氏は幾つものパート仕事を掛け持ちしている。
 冒頭では語り手の鈍さに苦笑い。ほんとアメリカ人ってのは、なんで口を閉じてるってことができないんだろうw 証券リストを見てコロリと態度を変えるあたりも、安物ドラマみたいでユーモラスだ。とはいえ、誠実ではあるんだよね、語り手。さてフォスター氏は、というと、こんな風に○○と付き合えるって生き方は素敵だと私は思う。もっと堂々とやれたら文句なしなんだがw
 ところで。
 当時の音楽界じゃ、ジャズは若さ・新鮮・衝動・叛逆・堕落・悪徳などを象徴していた。20世紀終盤にその役割はロックに引き継がれたが、21世紀初頭の現代で同じ役割を果たしているのは、何だろう? ヒップホップとテクノだろうか? クラブでDJにいそしむ父ちゃんを、あなたどう思いますか?
カスタムメードの花嫁 / Custom-Made Bride / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1954年3月27日号
 投資顧問会社に勤めるわたしは、オットー・クラムバインを訪ねた。彼は優れた工業デザイナーで相応しい稼ぎがあるが、資産管理は赤ん坊並み。右から左に浪費し、素寒貧のときに税務署から請求書が届いた。そこで資産管理を頼みたいという。実際に会って話してみると、オットーの頭の中はデザインの事ばかり。妻のファロリーンも美の化身で…
 これまた資産運用に関心のない顧客に悩まされる話。ある意味、語り手とオットーは似た者同士なんだよな。根は誠実で、仕事にのめり込んでる。もっともオットーは極端で、世界観の大半をデザインに支配されてる。私は好きだな、こういう人。あまり親しく付き合うとイラつくけどw とはいえ、そんなオットーも、人の気持ちには鈍いながら、同類の匂いを嗅ぎつけたのが、最後の一行で伝わってくる。
無報酬のコンサルタント / Unpaid Consultant / 浅倉久志訳 / コスモポリタン1955年3月号
 かつてわたしはハリーとセレスト・ディヴァインをめぐって争い、ハリーが彼女をモノにした。その後セレストは歌手として成功する。そのセレストから17年ぶりに連絡があり、夕食に招待された。夕食の席で、わたしは昔話を持ち出し、セレストは投資の相談を持ち掛けるが、ハリーはケチャップの話をまくしたてる。
 引き続き投資顧問シリーズ。やっぱり「人の話なんか聞いちゃいねえ」奴が大暴れ。妻が芸能界で荒稼ぎしてるんだから、その連れ合いが自動車整備工じゃ釣り合いが取れないって気持ちはわかる。たかがケチャップと私たちは思うが、どんな商品だろうと、それに関わってる人は真剣にやってるんだよね。
お人好しのポートフォリオ / Sucker's Portfolio / 大森望訳 / 本書初出
 投資顧問の今回の顧客はジョージ・ブライトマン、シカゴ大学神学部の学生だ。若い頃から私は彼の養父母の資産を管理し、堅実に育てた。しかし養父母は事故で亡くなり、ジョージが相続した。養父母はジョージを「正直でやさしい」と評した。私の印象も同じだ。もう少し自分の資産に興味を持ってほしいとは思ったが。そんなジョージが、いきなり金遣いが荒くなり…
 Wikipedia によるとシカゴ大学は神学じゃ全米トップだから、ジョージはたいへんな優等生だ。彼が継いだ資産は二万ドル、今のレートだと約200万円、当時のレートで約720万円。たいした額じゃないように思えるが、他の作品に出てくる物価からインフレを推定すると、今の日本円で数千万~2憶ぐらいか。おまけに50年代~60年代は利率や配当も5%を超えるのが珍しくないので…
雄蜂の王 / The Drone King / 大森望訳 / 本書初出
 投資顧問シリーズ最終回。ミレニアム・クラブにはダウンタウンの豊かなビジネスマンが集まる。シェルドン・クイックは50歳ほどに見える。彼はクラブを退会しようとしていた。父の遺産が尽きたのだ。給仕も名残惜しそうだ。最後に彼は事業を興そうとしていた。そして私を高給で雇いたい、と。事業内容は、蜜蜂。
 電蜂とは巧みな訳だw ミスター・シェルドンは、ちょっと「夢の家」収録の「ハイアニス・ポート物語」に出てくるコモドア・ウィリアム・ハワード・タフト・ラムファードを思わせる。シェルドンの妙なこだわりと、その異様な熱意、そして突飛な発想はちょっとしたドタバタSF風味。ちなみに世の中にはこんなのもあります(→Wikipedia)。アンゴラあたりではダイヤモンド原石の密輸に使われているとか。
ハロー、レッド / Hello, Red / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 レッド・メイヨーが帰ってきた。はね橋の操作係として。20歳で出ていってから、8年ぶりだ。定食屋では、店員と常連三人がレッドを迎えた。だが、レッドは不機嫌だ。「だれもかれもが口をそろえて大嘘をつく」と。そして、こう続ける。「エディ・スカダーに会わなきゃいけない」
 平和で小さな町に、懐かしい男が帰ってきた。ただし、不穏な空気をまとって。最後の台詞がガツンとくる。
新聞少年の名誉 / The Honor of a Nwesboy / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 ブルー・ドルフィンのウェイトレス、エステル・ファーマーが殺された。村でたった一人の警官チャーリー・ハウズには、犯人の見当がついている。アール・ヘドランドだ。アールは下司野郎で、エステルとも因縁がある。親の遺産で食っていて、家は村のはずれだ。そこは獰猛な野良犬サタンの縄張りだが、アールはサタンを手なづけていた。
 ならず者による殺人事件と、その結末を描く短編。とはいっても、ミステリってわけじゃない。10歳の新聞配達の少年マークの証言が、事件の重要な鍵となる。綺麗にまとまっているが、綺麗すぎて、ややベタな感じもする。
ほら話、トム・エジソン / Tom Edison's Shaggy Dog / 宮脇孝雄訳 / コリアーズ1953年3月14日号
 ハロルド・K・ブラードは、成功して引退した老人だ。今はフロリダのタンパで、愛犬のラブラドールと過ごしている。彼の趣味は過去の武勇伝。ただしそれを好む者はいないので、常に新しい獲物を探さなきゃいけない。今朝も公園で獲物を見つけた。新顔らしい老人だ。さっそく絡み始めたブラードだが…
 ヴォネガットの長編、特にSF長編には、ちょくちょく劇中劇として短いほら話が入る。そういうほら話が好きなんだ、と本人が語っていた気がする。いやソースは示せないけど。ネタとしてエジソンを使うあたりが、ヴォネガットのセンスなんだろう。これがニコラ・テスラだと、グッとSFっぽい雰囲気になるんだが。
腎臓のない男 / The Man Without Kiddleys / 大森望訳 / While Mortals Sleep 2011
 フロリダのタンパ。92歳のノエル・スウィーニーは、街で見かけた新顔らしい老人を相手に、自分の病院通いを自慢しはじめた。その老人は、なんとかスウィーニーをかわしてシェイクスピアのソネットを読もうと頑張ったが、ついにスウィーニーのしつこさに負け、妙な賭けに乗ってしまう。「あんたとおれの腎臓を足した数を当ててみないか?」
 前の「ほら話、トム・エジソン」と似た感じで話が始まるが、料理法は大きく違う。前作は1950年代ならSF雑誌に載せてもおかしくないが、これは無理だなあ。念願かなってヴォネガットがSFから足を洗った事を象徴するような作品だ。いやSFファンとしてはあまり喜んじゃいられないんだけど、漂う皮肉な空気はやっぱりヴォネガットだから、まあいいか。
パウダーブルーのドラゴン / The Powder-Blue Dragon / 浅倉久志訳 / コスモポリタン1954年11月号
 16歳で両親を喪ったキアー・ヒギンズは、昼間は自動車販売のダゲットの店で働き、他に二つの仕事も掛け持ちしている。町では正直な働き者で通っていて、クルマを欲しがっているのも知れ渡っていた。そのキアーが、四年間も働き通し、ついにお目当ての車を買うと言い出した。マリッティマ=フラスカーティ、アヴィニョンのロード・レースで二年連続優勝した車だ。
 「マリッティマ=フラスカーティ」で検索したが、ワインぐらいしか出てこない。名前からイタリア車だろうなあ、とは思うんだが。私も今思えば、若い頃にずいぶんと無駄遣いしたなあ、とかはあるんだが、さすがにこれほど派手な真似はできなかった。まあ、若いってのは、そういう事なのかも。
駆け落ち / Runaways / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1961年4月15日号
 古ぼけたフォードで十代の二人は駆け落ちした。州知事の娘アニー・サザードと、代用事務員の息子ライス・ブレントナー。マスコミは二人の逃避行に大喜びで食い付き、警察は広域手配した。やがて二人は別の州のスーパーで捕まり、これもマスコミが大きく取り上げる。州知事はカンカンに怒り…
 若者たちが LOVE&PEACE を合言葉に盛り上がり始めた、1960年代初頭の発表。当時の若者たちの間では「プレイヤー・ピアノ」が流行りヴォネガットも人気が出たんだが、そこでこれを発表するかw やっぱりこういうドタバタ風味の作品は、浅倉久志の訳が活きるなあ。難しい理屈をつける事も出来るけど、最近の日本には厨二病って便利な言葉があって。
説明上手 / The Good Explainer / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 ジョー・カニンガムは35歳。結婚して十年になるが、子どもには恵まれない。そこで州を越えてレナード・アベキアン医師のクリニックを訪ねた。アベキアン医師は不妊治療で有名で、全国から診療を受けたい者が集まっている、そう妻は話していた。だが実際にクリニックに来てみると、とても有名とは思えない。待合室も閑散としている。
 「無報酬のコンサルタント」もそうなんだが、ヴォネガットの女性観が微妙に出ている作品かも。最初の奥さんには随分と尽くしてもらったはずなんだが(「人生なんて、そんなものさ」)。「雄蜂の王」でのシェルドン・クイックの演説は、まさか本気…じゃ、ないよなあ、きっと。
人身後見人 / Guardian of the Person / 大森望訳 / While Mortals Sleep 2011
 ロバート・ライアン・ジュニアは21歳でMITに通っている。九歳で親を亡くし、伯父と伯母に育てられたが、伯母も数年前に亡くなった。今はナンシーと結婚式を挙げたばかりで、伯父のチャーリーに挨拶するため車を走らせている。そのチャーリーは防風窓のセールスマンだ。アルコール依存症を克服すべく、ここ八年間は禁酒を貫いていた。
 日本だと、結婚する前に養父母に挨拶するのが普通だ。しないなら、よほど仲が悪い場合だろう。だが、「バーンハウス効果に関する報告書」収録の「ルース」を読むと、特に珍しくもないらしい。「ゴッドファーザー」は派手な結婚式で幕を開けたが、あれはシシリー系かつ名家だからか。こういった背景事情でオチの意味がまったく違ってしまう。にしても防風窓のセールスマンが好きだなあw
ボーマー / Bomar / 大森望訳 / While Mottals Sleep 2011
 アメリカン金属鍛造の経理部の株主記録課には窓がない。が実質的には窓際部署だ。スタッフは三人。トップは45歳のバド・カーモディ、相棒は28歳のルー・スターリング。二人とも宴会部長としては有能だ。64歳のナンシー・デイリーは勤続39年、間もなく定年だが一か月前に記録課に転属になった。バドとルーは、株主の一人ボーマー・フェッセンデン三世について駄法螺をナンシーに吹き込み…
 バドとルーにとって、株主記録課は居心地がいいんだろうなあ。こういう職に就きたいと思う人も多いはず。会社は大きくて業績もいいみたいだし。つか私も←をい。
ツァイトガイストのための鎮魂歌 / Requiem for Zeitgeist / 柴田元幸訳 / 本書初出
 閉店まぎわのバーで、若い男は語り始めた。オマール・ツァイトガイストについて。ツァイトガイストはドイツ人だ。たった一人で、宇宙爆弾を完成目前まで持っていった。研究所もなしに、頭の中だけで。スパイたちはそれを知っていて、終戦後はツァイイトガイストの激しい争奪戦になった。
 第二次世界大戦でドイツの降伏後、米ソがV1ロケットの争奪戦を演じた史実を元にした、しょうもないほら話。「ドライアイスとヨウ化銀を使って雨を降らせる技術」って、バーナード兄ちゃんのネタだろ(→「気象を操作したいと願った人間の歴史」)w
左に見えますのは / And on Your Left / 宮脇孝雄訳 / 本書初出
 新しく完成したフェデラル電器工業の研究所は素晴らしい。州の観光名所でもあり、毎日多くの観光客が訪れ、ガイド付きの見学ツアーが催される。研究者も一流で、ハロルド・メイヤーズ博士,エリザベス・ドーソン博士,エドワード・ハーパーズ博士と有名人が揃っている。ただし研究環境としては、いささか難があって…
 ヴォネガットのドタバタが楽しめるユーモラスな作品。ボスが変わると組織の体質がガラリと変わるってのは、往々にしてありがちでw 研究や開発に携わる者にとって、イケイケな営業出身のボスは、まあ、アレなもんですw 売れなかったみたいだけど、SF雑誌だけじゃなく、日本だと「トランジスタ技術」や「情報処理学会誌」など研究者・開発者向け雑誌なら喜んで載せただろうなあ。ただし原稿料はムニャムニャだけど。

セクション7 リンカーン高校音楽科ヘルムホルツ主任教諭
解説:ダン・ウェイクフィールド / 鳴庭真人訳

手に負えない子ども / The Kid Nobody Could Handle / 大森望訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1955年9月24日号
 ジョージ・M・ヘルムホルツは40歳。リンカーン高校の音楽科主任で、学校の楽団に指導に人生を賭け、楽団はそれに相応しい名声を得ている。彼の高校に転校生が来た。ジム・ドニーニ。親に捨てられ、あちこち転々とした末に、いけすかないクインに押し付けられた。ソーシャル・ワーカーも少年裁判所も。ジムは手に負えないと判断している。
 不良少年と中年の熱血教師、という構図。ヘルムホルツ先生が音楽を語る台詞が、ヲタクの心の叫びそのもので胸に刺さる。ジョン・フィリップ・スーザは「星条旗よ永遠なり」を創った作曲家(→Wikipedia)。スーザを巡る会話にも、ヘルムホルツ先生のヲタク気質がよく出てるw
才能のない少年 / The No-Talent Kid / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1952年10月25日号
 リンカーン高校のバンドは三つ、Aバンド,Bバンド,Cバンド。新人はCバンドで修業を積み、B→Aと階梯を登ってゆく。ウォルター・ブラマーはCバンドでクラリネットを吹いている。肺活量はあるが、それだけだ。だがブラマーは自信満々で、クラリネット以外は見向きもしない。今度はAバンドの首席クラリネット奏者に挑戦すると言い出した。
 音楽で例えれば、前作は淀んだ悲しみと怨念が漂うブルース、今作はやや調子っぱずれながら威勢のいいマーチといったところか。意欲と自信は人一倍あるが、才能と自覚には乏しいブラマー君が、エネルギッシュに走りまくる話。目的を実現するために、あらゆる努力と工夫を怠らず、挑戦を恐れない彼の勇気には頭が下がる。
野心家の二年生 / Ambitios Sophomore / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1954年5月1日号
 リロイ・ダガンは、Aバンドのピッコロ奏者だ。腕はいいが引っ込み思案で恥ずかしがり屋。そのためリハーサルでは優れた演奏を聴かせるが、本番ではヘロヘロになってしまう。おまけに体形が極端な鐘型で、普通のユニフォームでは合わない。そこでヘルムホルツ先生はリロイ用に特注のユニフォームをあつらえたが、その支払いで教頭のヘイリーと悶着が起きた。
 ヘルムホルツ先生がバンドに注ぐ熱情と、その熱狂ゆえにアレな面を描いた作品。まあヲタクなんでみんな似たようなもんだw 人間の注意力と集中力には限りがあるから、何かに集中すれば、別の何かが疎かになるのは仕方がないw とまれ、バンド・フェスティバルを描く場面では、アメリカの教育機関が地域の人々と強く結びついているのが伝わってくる。
女嫌いの少年 / The Boy Who Hated Girls / 浅倉久志訳 / サタデイ・イヴニング・ポスト1956年3月31日号
 ヘルムホルツ先生は、二年間バート・ヒゲンズにトランペットを指導してきた。その甲斐あってバートはAバンドに昇格を果たす。バートの腕にさらに磨きをかけるため、ヘルムホルツは町で一番のトランペット奏者ラリー・フィンクにバートを預ける。ところが、とたんにバートは下手糞になり…
 これまたヲタクの、そして教師の暗黒面を強烈に見せつける作品。ほんと、教師って、なんだってあんなに自信満々なんだろうねえ。もっとも、「暴力教室」あたりを読むと、そうでないと務まらない部分もあるんだろうけど。下手にナメられたら収拾がつかなくなるし。
セルマに捧げる歌 / A Song for Selma / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 アル・シュローダーは間違いなく天才だった。バンドでも優秀で、Aバンドの首席クラリネットを務め、行進曲を百曲近く作っている。Cバンドのビッグ・フロイド・ハイアーはCバンドのバスドラムだ。裕福な家庭と大きな体に恵まれ、性格もいいが、成績までは恵まれなかった。ある日、シュローダーは音楽をやめると宣言し、ビッグ・フロイドは自作の曲をヘルムホルツに持ち込んだ。
 小柄な天才少年シュローダーと大柄で穏やかな少年ビッグ・フロイド、そして内気な少女セルマが繰り広げる青春グラフィティ。構図は間違いなくラブコメの布陣なのに、肝心のヒロインであるセルマの登場が遅いあたりが、ヴォネガットの芸風というか。
 もう一人、女の子を増やし四角関係にして、セルマ視点で描けばラブコメ漫画としてイケると思うんだけど、あなたどう思います? 勝気なトランペット奏者で親はビッグ・フロイドの父ちゃんとライバル関係とか。

セクション8 未来派
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

ハリスン・バージロン / Harrison Bergeron / 伊藤典夫訳 / F&SF 1961年10月号
 近未来。政府は徹底した平等を実現するため、ハンデキャップ機器の着用を義務付ける。賢い者には雑音を発して思考を邪魔するハンデキャップ・ラジオを、優れたダンサーには動きを鈍らせる重りを、美しい者には醜い仮面を。ジョージとヘイズルの息子、14歳のハリスン・バージロンンは、当局に目を付けられ連行されてしまう。
 ヴォネガットのダークサイドが遺憾なく発揮された短編。思いっきり戯画化してるけど、現実にも似たような構図があって、下手に職場で優れた能力を発揮して難しい仕事を難なくこなしちゃうと、次から次へと面倒くさい仕事を押し付けられた上に、「君ならもっと出来るはずだから」なんて理由で評価はアレなんてのが、世の中には珍しくなかったり。
モンキー・ハウスへようこそ / Welcome to the Monkey House / 伊藤典夫訳 / プレイボーイ1968年1月号
 近未来。増えすぎた人口に悩む世界政府は、二つの政策を打ち出す。一つは道義自殺ホーム。希望者は施設に赴き、若く美しいホステスに世話されながら安らかな死を迎える。もう一つは道義避妊ピル。これの服用により男女ともに不感症になる。ただし生殖能力は保ったまま。だが反逆者が現れた。詩人のビリー、ピルを拒み自殺ホームのホステスをかどわかす。その人相は不明だ。
 人口爆発をネタにして、禁欲主義を皮肉る短編。ヴォネガット本人はSF作家ってレッテルを貼られるのを嫌がっていたけど、SFを書く時のヴォネガットは芸風が思いっきりコテコテのギトギトになって、彼の本質がよく出ていると思う。実はけっこうノリノリで書いてたんじゃなかろか。かなり意地の悪さを感じさせるオチも、キレと衝撃が増してると思う。
アダム / Adam / 宮脇孝雄訳 / コスモポリタン1954年4月号
 所はシカゴ。真夜中の産院で、二人の男がわが子の誕生を待っている。スーザは六人の子持ち。全て女の子。今回も女の子だと聞いて、ご機嫌斜めだ。クネヒトマンは22歳、ユダヤ人収容所で妻のアヴシェンと出合った。スーザに少し遅れて、クネヒトマンにも声がかかった。「男のお子さんです。奥さんも元気です」
 実はこれ、最初はピンとこなかったんだが、Kamaブログ洋書を原文で読む事の大切さで、やっとわかった。とても優れた解説記事です。私に付け足せることは何もない。
明日も明日もその明日も / Tomorrow and Tomorrow and Tomorrow / 浅倉久志訳 / ギャラクシー・サイエンス・フィクション1954年1月号
 近未来。不老薬で人は死ななくなったが、増えすぎた人口で暮らしは苦しくなった。家の中は一族の者ですし詰めだし、年長者はしぶとく生き続け一族の長として君臨し続ける。遺産を盾にわがまま放題だが、彼らの資金と票は政府にも強い影響力がある。ルウとエメラルドの夫婦も祖父に頭を抑えられ…
 再び人口爆発ネタ。少子高齢化で苦しんでいる現代の日本では、あまりに切実すぎて苦すぎるかも。幸か不幸か、最初のオチは現代アメリカじゃ実現しなかったけど。この辺の会話のリズムも心地いい。やっぱりヴォネガットはお馬鹿コメディが巧い。にしてもテレビのチャンネル争いとかは、スマートフォンと動画サイトが普及した近い将来には意味が通じなくなるかも。
ザ・ビッグ・スペース・ファック / The Big Space Fuck / 伊藤典夫訳 / Again, Dangerous Visions 1972
 近未来。アメリカ合衆国は、成人した者は、幼い頃の育て方を理由に親を告訴できるようになった。言葉遣いのマナーも変わり、大統領もためらいなく四文字単語を使うようになっている。そしてアメリカはビッグ・スペース・ファックを計画する。疲弊した地球から、宇宙へ人類の種を蒔くために、アンドロメダ銀河系に向けロケットを打ち上げる。
 SF界のお騒がせ男ハーラン・エリスンが編んだアンソロジー「危険なヴィジョン再び」向けの作品だけに、敢えてお下劣で露悪的かつ無茶苦茶に書いた作品。にしても、なんじゃいその○○の名前はw クラークに恨みでもあるのかw とまれ、児童虐待を理由に親を訴えられるようになったり、言葉遣いが変わってきているあたりは、現実を予告してるんだよなあ。本人もまさか当たるとは思ってなかっただろうけど。
2BR02B / 2BR02B / 伊藤典夫訳 / ワールズ・オブ・イフ1962年1月号
 世界は理想を実現した。刑務所もスラムも精神病院も貧困も戦争も、そして老1いも消え、アメリカ合衆国の人口は四千万に固定された。まだ若い56歳のウェーリングは、産院にいる。妻が身ごもっているのは三つ子。待合室にはもう一人いた。脚立に座り、壁画を描いている。いずれここは記念室になる。
 また不老不死もの。よっぽど、このアイデアが気に入ってたんだろうなあ。人口は固定で、三つ子が産まれる。この設定で、イヤ~な予感はしたんだが、やっぱり。タイトルは、かの有名なナニのアレ。
無名戦士 / Unknown Soldier / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 西暦2000年のニューヨーク出産第一号には、いくつもの豪華な賞品がかかっていた。なにしろ次の千年紀を象徴する子供なのだ。ただし、コンテストはあまりフェアとは言い難い。そもそもキリスト生誕の日時があやふやな上に、第三千年紀が始まるのは2001年だ。おまけに障害を持つ子供には受賞資格がない。
 やはりヴォネガットの暗黒面が出ている作品。最近になって、Twitter で「みんなの忘れたニュースBOT @wasureta_news」をフォローし始めた。ブームが去って一カ月ぐらいしたネタをつぶやくBOT。見ていると、つくづく自分の忘れっぽさに唖然とする。

 この巻では、ドタバタ・ギャグと暗く苦い作品が多くて、絶望の中に笑いを見いだそうとするヴォネガットの苦闘を見るような気がする。「左に見えますのは」「モンキー・ハウスへようこそ」「明日も明日もその明日も」とかのドタバタは大好きなんだけど、アメリカでもギャグは一段下に見られちゃうのかなあ。笑いにはスピード感やリズムが大事だから、書き手のセンスが出る分野だと思うんだが。

 それと、短編じゃアレがでないってのは発見だった。そう、アレです。「ハイホー」と「そういうものだ」。

【関連記事】

| | コメント (0)

2019年6月26日 (水)

ムア・ラファティ「六つの航跡 上・下」創元SF文庫 茂木健訳

マリアは、これまでに数回、ベッドの上で適切に管理されながら死を迎えたことがあった。
  ――上巻p29

わたしたちは新しいクローンを作れるし、その気になれば人格を変えてしまうこともできる。なのに、今そこにある脳は治せないのだ。これって、どこかおかしい。
  ――下巻p94

「死ねるものなら死んでごらんなさい。わたしたちが、何度でもあなたを再生してあげるから」
  ――下巻p120

「わたしたちはブタか」
  ――下巻p291

【どんな本?】

 アメリカSF・ファンタジイ界の新鋭、ムア・ラファティの新作SF長編。

 25世紀。ドルミーレ号は移民船だ。環境の悪化した地球を脱出し、くじら座タウの惑星アルテミスに向け航海している。乗客は2500名、うち2000名は冷凍睡眠中、500名はデータ化している。クルーは六人、いずれも犯罪者で、航海とひきかえに罪が清算される予定だ。

 ある日、クルー六人の全員がクローン再生された。ただしマインドマップ(記憶のバックアップ)は乗船直後のもの。今まで勤務していたクルーは、船長のカトリーナを除き全員が殺されている。そのカトリーナも重傷で意識がない。船を管理するAIのイアンも、ログを消されていた。クルーの死体は老化しており、記録によると約25年間も航海していた。加えて、AIのイアンやクローン作成用のソフトウェアなど、いくつかの機器に不調がある。

 いったい誰が、何の目的で、どうやってこんな事件を起こしたのか。クルーはみな犯罪者であり、誰もが後ろめたい過去を抱えている。それぞれの証言も、どこまで信用できるのかわからない。

 宇宙空間という密室で起きたクローンの殺人?事件をめぐる、娯楽SFミステリ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SIX WAKES, by Mur Lafferty, 2017。日本語版は2018年10月12日初版。文庫本の上下巻で縦一段組み本文約273頁+295頁=約568頁に加え、渡邊利通の解説7頁。8ポイント42字×18行×(273頁+295頁)=約429,408字、400字詰め原稿用紙で約1,074枚。文庫で上下巻は妥当なところ。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。大事なのは、クローンの扱い。クローン技術で肉体はコピーできる。でも、記憶と人格は残ってない。記憶は、肉体とは別にバックアップを取り(マインドマップ)、新しい肉体にインストールする。

【感想は?】

 お話は「クローンの作製と管理に関する国際法附則」で始まる。法律の条文だ。

 あくまでも法律、つまり「やっちゃいけないこと」であって、「できないこと」では、ない。これが作品全体を通して、大事な意味を持ってくる。ミステリとして作者と謎解きを競うつもりなら、シッカリ読んでおこう。次の七つだ。

  1. クローンは一人一体まで。増殖しちゃだめ。
  2. クローンは子を作っちゃいけない。クローンは不妊にしなさい。
  3. 他人のクローンにマインドマップ(記憶と人格)を入れちゃだめ。
  4. クローンは最新のマインドマップを入れた記憶媒体を肌身離さず持ち歩きなさい。
  5. クローンのDNAやマインドマップは編集しちゃだめ。
  6. クローンの死体は手早く清潔に処分しなさい。葬式はやっちゃだめ。
  7. クローンは自殺しちゃだめ。

 「なんか不便だよな」と思うところは、ある。私だと、5.が辛い。もちっと賢いイケメンで機敏な力持ちになりたいが、それは不許可なのだ。いささかひねた性根もなんとかしたいが、それもだめ。老眼と砂漠化が進んだ頭頂部もなんとかしたいが、それはこの体を処分してクローンの若い体に移れば…

 と思ったが、実はこれも7.で禁止されてる。そんな殺生な。とはいえ、そこは蛇の道は蛇、合法・非合法ともにいろいろと抜け道はあって…。非合法はともかく、合法的な抜け道が私には面白かった。

 さいわい、技術の進歩で有難い点もいくつかある。例えば、新しい体は年齢を好きに設定できる。だから、赤ん坊時代は繰り返さなくていい。六人のクルー(のクローン)も、目覚めた時は、若いとはいえちゃんとした大人の身体で再生した。まあ、そうじゃないと移民船の保守管理なんて仕事はできないんだけど。

 そんなこんなで、「死」って概念が現在とは全く違っちゃってるあたりが、読んでてセンス・オブ・ワンダーを感じるところ。これにはテロリストも困るだろうなあ。それでもやっぱり殺し屋って商売もあるんだが、人殺しの意味も全く違ってるんで…。これ読んでて笑っちゃたんだけど、映像になったらうすら寒い気色悪さが漂うだろうなあ。

 ミステリとしては、やはり舞台設定の妙が光る。まずは密室殺人事件だってこと。誰も逃げようがない宇宙船の中だし。お断りしておくけど、「犯人は救命ボートで逃げた」とか「密航者がいた」とか、そういうのもナシです。しかも、犯人自身も自分が犯人だと知らないってのもミソ。誰も信じられない、どころか自分まで信じられないのだ。

 容疑者の六人も、なかなかに個性的で。

 最初の語り手はマリア・アリーナ。保守係兼機関長補佐とあるが、もっとわかりやすく言えば雑用係。ぶっちゃけ、クルーの中じゃ一番の下っ端。そのワリにヒネた所もないし言動は落ち着いてるしで、マトモそうに見える。

 ヒロことアキヒロ・サトーは航海士。やや毒を含んだ冗談を、のべつまくなしに吐きまくる。名前と身体は日本人っぽいけど、性格はエディ・マーフィーがよくやる役柄みたいだ。少なくとも、表向きは。

 船長のカトリーナ・デラクルスはガチガチの軍人さん。冷酷で高ピー、クルーの言い分は聞かず権力を振りかざす、いけすかないタイプ。彼女を補佐する副長のウルフガングも脳筋タイプ。いずれも物騒な雰囲気なんだけど、カトリーナは冷静かつ理論的なのに対し、ウルフガングはすぐ逆上して暴れまくるって感じ。

 そんなウルフガングの餌食になるのが、機関長のポール・スーラ。やたらビクビクしてて、目覚めてからも職場と自室に籠りっぱなし。ポールの職場にウルフガングが押しかける場面は、デスマーチが続くエンジニアなら涙なしには読めない切なさだw

 そんな怪しげな連中のなかで、ただ一人マトモそうなのが、船医のジョアンナ・グラス。なにせ車椅子だし、終始落ち着いて医師の職務に専念する。もっとも、それはそれで怪しいんだけど。何せ、この船のクルーはみんな元犯罪者だし。

 クローンとマインドマップを駆使したお話作りは、ちょっとP.K.ディックを思わせるけど、登場人物は行動派が多いためか読み心地は軽快で、サクサクと読み進める。上下巻のわりに心地よく楽しめる娯楽SF作品だ。

【関連記事】

| | コメント (0)

2019年6月12日 (水)

ゼナ・ヘンダースン「ピープル・シリーズ 果てしなき旅路」ハヤカワ文庫SF 深町真理子訳

「また口をきいてしまった!」
  ――p13

「できるだけひととちがったままでいらっしゃい!」
  ――p94

わたしは≪故郷≫を覚えている。
  ――p163

「子供というのは、いつの場合も、毛色の変わっている人間にたいして残酷なものですよ」
  ――p226

「ぼくはもう人間になろうとは思わないんだ」
  ――p362

ぼくらは出てゆこう。このみすぼらしいたまり場から出てゆこう。どこかほかのところへゆこう――ぼくらがだれに恥じることもなく、つねにぼくら自身でいられる場所に!
  ――p399

【どんな本?】

 1950年代から1960年代に活躍したアメリカのSF作家、ゼナ・ヘンダースンの人気シリーズ「ピープル」シリーズの短編を元に、長編に仕立てた作品集。

 19世紀末。遭難した宇宙船が、地球に墜落した。乗っていたのは、見た目は地球人そっくりだが、幾つかの奇妙な能力を持つ者たち。彼らの一部は墜落する前に脱出はできたが、ちりぢりになってしまう。やがて仲間を見つけた者たちは、人里離れた山奥に町を作り、外の者たちとは深く付き合わないようにして暮らすようになる。

 そして50年ほどが過ぎた。町の人々は、安定して平穏な暮らしを続けながら、遭難の際にはぐれた仲間とその子孫≪同胞≫を、探し続けている。自分たちの正体が普通の人間たちに露見しないよう、慎重に、注意深く。

 「アララテの山」「ギレアデ」「ヤコブのあつもの」「荒野」「囚われびと」「ヨルダン」を含む。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は PILGRIMAGE, by Zenna Henderson, 1959。日本語版は1978年7月15日発行。文庫本で縦一段組み本文約427頁に加え、谷口高夫のあとがき4頁。8ポイント43字×20行×427頁=367,220字、400字詰め原稿用紙で約917枚。上下巻でもいい分量。

 さすがに50年以上も前の作品だけに、文章はやや古風だ。もっとも、著者は小学校の教師を長く勤めている人でもあるので、元がお行儀のよい文体なんだろう。ピープルたちは宇宙人って設定になっているけど、それを除くとむしろファンタジイに近く、「異世界から来た魔法使い」でも充分に通じそうだ。そんなわけで、理科が苦手な人でもファンタジイが好きなら大丈夫。

 敢えて言えば、学校が舞台の作品が多いので、アメリカの初等・中等教育制度を知っているといい(→Wikipedia)。日本だと新学期は春に始まるが、アメリカでは秋に始まる。また日本の小学校は6年生までだが、この作品では8年生(日本の中学2年生に当たる)まで同じ学校に通っている。子供が少ない地域では、小学校と中学校を一緒にしちゃってるんだろう。

【感想は?】

 ああ、これは確かにSFファンにウケるわ。

 これが雑誌に発表されたのは1950年代。今でこそSFやファンタジイはスターウォーズやらターミネーターやらパシフック・リムやらと、ハリウッドが社運をかけて大金をつぎ込む目玉商品になった。

 でも、昔は違った。SFは子供のもの、みたいな目で見られた。いい歳こいてUFOや怪獣を信じている変な奴、というのがSFファンに対する世間の目だった。当然ながら、SFファンは地元じゃ異端・少数派とされ、表立ってはSFに興味のないフリをして暮らす者も多かった。だからといって、身についてしまった習性をなくすこともできない。

 いかに文明が進んだアメリカとはいえ、1950年代である。インターネットなんて便利なものはない。今なら Facebook や Twitter など SNS で同志を募れば、全国いや世界中から同好の志が集まるだろう。でも当時はそんなモノはなかった。大都市に住んでいれば大きな書店で専門誌が手に入り、「おたより」欄で文通相手も見つけられるだろうが、ロクに書店もない田舎じゃそうもいかない。

 そんな孤独を抱えた当時のSFファンの立場は、この作品で描かれる≪同胞≫たちの姿と見事にカブる。

 この作品は、雑誌掲載の六編に、繋ぎの物語を加えて、長編に仕立てたものだ。その全てが、ほぼ同じパターンで話が進む。舞台は、世間が狭く住民同士がみな顔見知りな田舎だ。そこに、≪同胞≫でありながら、それを知らず、世間に正体を隠し孤独に暮らしている者(たち)がいる。彼(ら)は、自分が変わり者であり、正体を暴かれたらタダでは済まないと、今までの人生で思い知らされている。

 そこに≪同胞≫が現れる。ただし、正体を隠して。お互いに本性を隠しつつ、だが少しづつ相手が不思議な能力を持っている事に気がつく。そして、はぐれていた≪同胞≫を、仲間に迎え入れるのだ。

 なんとまあ、甘く心に訴える話である事か。田舎の狭い社会で孤立しながらも趣味をあきらめきれない当時のSFファンは、「これこそ俺の求めていたモノだ」と叫んだだろう。変わり者が抱える孤独、はみ出してしまう者の悲哀は、何度も繰り返し描かれる。中でも「囚われびと」に登場するフランチャー・キッドに、「彼はオレだ!」と己の姿を重ねた少年は全米各地にいたはずだ。

 もちろん、この作品の魅力はそれだけじゃない。いかにもこの著者ならではの、強烈な個性が溢れている。

 ≪同胞≫は超能力を持つ。これがハリウッドのSF大作なら、人類 vs ≪同胞≫の大戦争になるところだ。が、この作品には、ほとんど戦闘場面がない。暴力的と言えるのは、せいぜいがイタズラした悪ガキを懲らしめる場面ぐらいだ。

 そのかわりに、≪同胞≫たちの超能力は、実にバラエティ豊かである。例えば、空を飛ぶ能力。超能力物では当たり前のように登場する能力だが、このお話では見事なヒネリが入っていて、上手に制御しないとかなり間抜けな羽目に陥ってしまうw また、「ヤコブのあつもの」では、この能力が仇となって、なかなかに奇妙な光景が繰り広げられたりw 町中がそれじゃ、まるきしゾンビの群れだw

 派手なバトルシーンもなければ、18禁な場面もない。でも、この作品に描かれた≪同胞≫と同じ想いを抱えた少年少女は、いつの時代にだっている。時代背景などを小中学生向きにアレンジした「超訳」で出せば、今でも充分にヒットする作品だ。そうやって未来ある若者をSF沼に引きずり込んでしまえ。

【関連記事】

| | コメント (0)

2019年6月 2日 (日)

スー・バーク「セミオーシス」ハヤカワ文庫SF 水越真麻訳

わたしのまわりにある緑は、わたしが決して知ることのない秘密を持っている。
  ――p46

「親世代は新しい地球を欲しがった。わたしたちが欲しいのは、パックスよ」
  ――p135

鉄を感じる。
  ――p190

“わたしの都市”ですって!
  ――p304

「わたしたちには防衛が必要よね?」
  ――p389

「わたしたちはそれぞれ、自分である必要がある。おそらく、自分以上のものになる必要すらある。本当の自分に忠実なら、わたしたちは自分の最良の性質が伸びるのを手伝うことができる」
  ――p559

【どんな本?】

 アメリカの新鋭SF作家スー・バークの、本邦初紹介作品。

 環境破壊と戦乱で疲弊した地球を逃れ、50人が新天地を求め旅立った。彼らが降り立った星は地球より重力が大きく、地球より十億年ほど老いており、生命に溢れている。移民者はここをパックスと名づけ、それぞれの専門知識を活用しながら社会を築き始めた。長い航宙や着陸時の事故や製品の寿命などで仲間や文明の利器を失いながらも、パックスの生物相などを調べつつ、ヒトの生態的な地位を得ようとする。

 移民者たちが見つけた食べられる植物の一つが、スノーヴァインと名づけた蔓だ。これに成るオレンジ色の実はビタミンCが豊富で美味しい。少なくとも村の西のスノーヴァインは安全だった。しかし、東のスノーヴァインの実を食べた三人が死んだ。実に毒があったのだ。遺伝的には同じ個体なのに。植物学者のオクタボは謎に挑むが…

 未知の環境に適応して新しい社会を築き上げようとする植民者たちの姿を、七世代に渡って描く、宇宙年代記。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SEMIOSIS, by Sue Burke, 2018。日本語版は2019年1月15日発行。文庫本で縦一段組み本文約572頁に加え、七瀬由惟の解説7頁。9ポイント41字×18行×572頁=約422,136字、400字詰め原稿用紙で約1,056枚。上下巻に分けてもいい分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。多少、DNAやRNAなど生物学の用語が出てくるが、わからなければ読み飛ばして構わない。というか、あまし厳密に考えるとイロイロとツッコミどころが多いので、その辺は軽くスルーしましょう。

【感想は?】

 じっくりと描く、ファースト・コンタクト物。

 ファースト・コンタクトにも、幾つかのパターンがある。1)異星人が地球に来る 2)宇宙でバッタリ 3)地球人が異星に行く。この作品は3)に当たる。

 異星で見つける場合、地球人が技術的に優位なケースが多い。こういう場合、結果がロクな事にならないのは、南北アメリカ大陸やオーストラリアの歴史が証明している。なんたってコミュニケーションが取れる同じ種を相手にしてさえ、共生できずにほとんど皆殺しにしてきたんだから。

 そこでSFでは色々と工夫を凝らす。少人数で非武装の学術探査船だったり、破損した宇宙船の不時着だったり。「アヴァロンの戦塵」では、冷凍睡眠技術の不備でおバカになってる、なんてユニークなアイデアを持ってきた。対して、本作では、長い航宙や着陸時の衝撃などで、幾つもの機器が壊れた事になっている。おまけに、人数も無事に地上に降り立ったのは31人だけ。

 そのため、人数的にも技術的にも移民者に大きな優位はない。否応なしに新世界パックスと共生しなきゃいけない状況だ。おまけに、地球を脱出した理由が、環境破壊と戦争を逃れるため、だ。移民者たちの総意として、野放図な開拓はできない。

 こういう理想ってのは、往々にして世代を経るごとに色あせ、偽善だらけのタテマエに変わってしまう。実際、この物語の中では裏切りも犯罪も起き、血も流れるのだが…

 ここで著者の優しさが出てるのは、地球人と異星人の生態が大きく異なっている点だ。同じ資源を消費し同じモノを排泄する生物同士が共存するのは難しい。例えば作物を荒らすアブラムシはヒトに嫌われる。だがアブラムシを食べるテントウムシは大歓迎だ。ミミズに至っては、その生態でほとんどヒトと共通点はないが、ミミズの糞は畑を肥やす。生態が似ていると競争になってしまうが、違えば共存の道も見えてくる。

 とはいえ、生態が違うということは、コミュニケーションも難しいということだ。何せ基盤となる感覚からして違う。そのため、この作品では、異星人と意思を通じ合わせるのに、数世代を費やす羽目になる。この緩やかな時間感覚が、この作品の特徴の一つだろう。

 だからといって、物語そのものまでゆっくりしているワケじゃない。巧みに各世代ごとの重要なイベントに焦点を定め、お話そのものは起伏に富んだものになった。最初の世代では物語全体の背景を語ると共に、三人の死をキッカケにパックスに潜む謎の存在を示唆する。次の世代では、もう一つの謎と、移民社会の変化を描く。

 この移民社会の変化が、なかなかに容赦ないあたり、著者の一筋縄じゃ行かない性格が出てるなあ、と思ったり。なにせ「環境破壊と戦乱に倦んだ」人々が「共生を目指す」物語だ。ニューエイジっぽい理想に満ちた甘ったるい話かと思ったら、チャンと毒を仕込んである。

 この毒が最後まで効いてるのが、やっぱりハヤカワの青背たる所以か。そう、決して「互いの善意」による共生では、ないのだ。この異星人、なかなかに頼れる奴ではあるけど、かなりムカつく台詞を吐くし、どこまで信用していいのか不安になる所もある。ときおり、「あまし余計な知恵をつけさせちゃヤバいんじゃないの?」なんて思ったり。

 と同時に、異星人の独白には、やはりSFに欠かせないセンス・オブ・ワンダーをタップリと仕込んであるのが、スレたSF読みには嬉しい描写。こういう、ヒトとは全く違う生物の視点を味わえるってのが、SFの醍醐味の一つだよなあ。もっとも、あんな生物になりたいかと言われたら、ちと悩んじゃうけどw

 ヒポキャットやヒポライオンなんて可愛い生物も出てくれば、肉食ナメクジなんて気色悪いのもうじゃうじゃ湧いてくるし、終盤での多種族入り乱れての決戦では、ちょっと「ホビットの冒険」のクライマックスを思わせるスペクタクルが味わえる。新しい世界の創生を描く、神話的なSF作品だ。

【関連記事】

| | コメント (0)

2019年5月27日 (月)

大森望監修「カート・ヴォネガット全短編3 夢の家」早川書房

「まあ、とにかく芝居はできた」
「問題は、それが芝居なのかどうかね」
  ――ローマ

「お気づきですか」とケイディがいった。「このテーブルのまわりを迂回するために、一日に20分の時間と、何百歩分かのエネルギーをむだにしているのを?」
  ――貧しくてゆたかな町

「こんな時間に起きているのは、酔っ払いと浮浪者と詩人だけだ」
  ――この宇宙の王と女王

「不思議の国のアリスになった気分」とローズが言った。「どんどん体が小さくなって、まわりのものがなにもかも大きすぎる」
  ――金がものをいう

「問題ない。コンテスト参加者は自宅の正面に色とりどりの電飾ケーブルをぶらさげる。電力メーターがいちばん速くまわっているやつが優勝だ」
  ――人みな眠りて

【どんな本?】

 「プレイヤー・ピアノ」「スローターハウス5」「猫のゆりかご」「タイタンの妖女」など、シニカルながらも温かみのある芸風でSFファンにもお馴染みのアメリカの人気作家カート・ヴォネガット。彼が遺した短編をまとめ、8個のテーマ別に並べた「COMPLETE STORIES」が、日本では四分冊に分かれての刊行となった。

 この巻「夢の家」では、「ロマンス」と「働き甲斐 vs 富と名声」の2セクションを収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は COMPLETE STORIES, by Kurt Vonnegut, 2017。日本語版のこの巻は2019年1月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約509頁に加え、ダン・ウェイクフィールドの解説「ヴォネガットはいかに短編小説の書き方を学んだか」鳴庭真人訳11頁+川上弘美の解説5頁。9.5ポイント44字×20行×509頁=447,920字、400字詰め原稿用紙で約1,120枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 いずれの作品も文章はこなれていて読みやすい。「ガール・プール」の「ディクタフォン」のように、当時のアメリカの風俗を知らないと一瞬戸惑う仕掛けやガジェットもたまに出てくるが、読んでいけばだいたいわかるので、気にせず読み進めよう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 訳者 / 初出。

セクション4 ロマンス(承前)

ガール・プール / Girl Pool / 大森望訳 / While Mortals Sleep 2011
 エイミー・ルー・リトルは20歳。モンテスマ金属鍛造で働き始めた。所属はガールプール。60人の女性社員が、録音された声から紙にタイプし、取引先や顧客への手紙として形を整える。男性社員の姿を、彼女たちは知らない。知っているのは声だけ。エイミーのボスはミス・ナンシー・ホステッター、勤続22年のベテランで腕は抜群。その日、エイミーのもとに届いた録音は…
 お話の中身より、ガジェットのディクタフォン(→weblio辞書)に気を取られてしまった。つまりはボイスレコーダーだが、スマートフォン用のアプリケーションじゃない。蝋管に録音するのだ。各部署でメッセージを蝋管に吹き込み、蝋管をガール・プールに集める。ガール・プールには大勢のタイピストがいて、到着した蝋管を片っ端から手紙の形に仕立てる。一世紀前のオフィス・オートメーションだね。アメリカってのは、こうやってなんでもかんでも専門化・システム化しちまうんだよなあ。
ローマ / Rome / 大森望訳 / 本書初出
 メロディは18歳。厳格な父親に育てられた、筋金入りの箱入り娘だ。その父フレッドは業界スキャンダルに巻き込まれ、メロディは騒ぎを避けるため姉の家で暮らし始める。深く父を敬っているメロディの気を紛らすため、わたしたちは演劇同好会に誘い、彼女をヒロインに抜擢した。演目はアーサー・ガーヴェイ・エルムの「ローマ」。
 前巻の「こんどはだれに?」に続き、再びアマチュア劇団を舞台とした作品。ファザコンで箱入りのお嬢様に娼婦役をあてがうなんて、無茶しやがってw 彼女の共演者はエエトコのお坊ちゃんブライスと、フェロモンだだ漏れの種馬ジョン。ひと目でメロディにべた惚れのブライス、「いけすかねえ女」と感じるジョン。果たして結末は…
ミス・スノー、きみはくびだ / Miss Snow, You're Fired / 大森望訳 / 本書初出
 26歳のエディはゼネラル金属鍛造に勤めている。妻とは結婚して6カ月で別れた。美しかったが性格は最悪で、離婚の際に多くの財産を分捕っていった。そんなエディの元に、新しい秘書が来た。アーリーン・スノー、見目麗しい18歳。社内でも大人気で、事あるごとに広報誌のモデルに駆り出される。広報担当のアーマンドは副社長の義弟で40歳。
 …ああ、うん、確かにアーマンドは製造業の広報には向いてないなw このセンスはSF雑誌のデザイナーに向いてるw 男社会の製造業で、こういう配置をするのは、たいてい裏に思惑があってですね、それはあなたのご想像通りです。
パリ、フランス / Paris, France / 谷崎由依訳 / 本書初出
 ハリーとレイチェルの夫婦はともに37歳。ハリーは元フットボール選手で、今はコース所属のプロゴルファーだ。レイチェルはフィギュアスケートからモデルに転身し、今は四人の子どもを育てている。家庭の危機を乗り切るため、二人は海外旅行に出かけた。行先はロンドンとパリ、二週間。ロンドンからパリに向かう社内で、二人は二組のカップルと出合う。老夫婦と若者だ。
 二週間の旅行が「駆け足の短い旅行」なんだなあ、なんて本筋と関係ない所で考え込んだり。こういうのも、翻訳物を読む楽しみの一つ。ハリーとレイチェルはいずれも元スポーツ選手なだけに、華やかな青年期から体力が落ちる壮年期への変化は厳しい。それの対照がアーサーとマリー、60代半ばの老夫婦と、初々しい若者のカップル。
都会 / City / 谷崎由依訳 / 本書初出
 彼はバスを待っている。なかなか九番は来ない。彼女もバスを待っている。また11番じゃなかった。
 都市で働く、ちょっと内気な若い二人の数分を切り取った作品。このまんま8頁ぐらいの漫画にしたらウケそうだなあ。

セクション5 働き甲斐 vs 富と名声
解説:ダン・ウェイイクフィールド / 鳴庭真人訳

夢の家 / More Stately Mansions / 宮脇孝雄訳 / コリアーズ1951年12月22日号
 私たち夫婦がこの村に住み着き、最初に温かく迎えてくれたのが、グレイスとジョージのマクレラン夫妻だった。ジョージは落ち着いていて無口だが、グレイスときたら。話し始めたら何時間でも延々としゃべり続ける。しかも話題は室内装飾の事ばかり。板張り、寝椅子、カーテン、絨毯、椅子。なんであれ素材や色について語りはじめたら止まらない。
 とにかくやたらと喋りまくる女っているよね、みたいな話かと思ったら。ある意味、グレイスはオタクなんだよなあ。関心が一つの事に集中してて、しかもやたら詳しく細かい点にも尋常にないこだわりを示す。そんなグレイスに巧みに寄り添うジョージがカッコいい。
ハイアニス・ポート物語 / The Hyannis Port Story / 伊藤典夫訳 / Welcome to the Monkey House 1968
 ハイアニス・ポートには、ケネディ大統領の夏の別荘がある。ちょっとした誤解が元で、防風窓のセールスマンのわたしは、大口の仕事を得た。ハイアニス・ポートにある四階建ての豪邸全部に防風窓を取り付ける仕事だ。依頼主はコモドア・ウィリアム・ハワード・タフト・ラムファード、筋金入りの共和党員だ。
 折り悪く発表時期がケネディ大統領の暗殺に重なり、暫くお蔵入りを余儀なくされた曰く付きの作品。背景に合衆国の現代政治史があり、疎いと分かりにくいかも。ドワイト・D・アイゼンハワーは二次大戦の欧州戦線で連合軍の総指揮をとり、後に大統領となる。バリー・ゴールドウォーターは共和党の上院議員。ケネディは民主党で当時の大統領。いずれも米軍出身である事に注意。
愛する妻子のもとに帰れ / Go Back to Your Precions Wife and Son / 大森望訳 / レイディーズ・ホーム・ジャーナル1962年7月号
 ぼくは防風窓のセールスマンだ。これはニューハンプシャー州に住んでいた時の話で、人気女優のグローリア・ヒルトンと、その五番目の夫の家に、浴槽囲いを取り付ける仕事を請け負ったんだ。残念ながらグローリア・ヒルトンとはあまりお近づきになれなかったが、その五番目の夫で作家のジョージ・マーラとは、商売の話をした。
 また出ました防風窓のセールスマンw 他人の家の中に数日間も入り込むっていう仕事の性質が、小説の語り手として便利なんだろう。実際に親しい人でもいたんだろうか。にしても、なんちゅうオチだw
嘘 / The Lie / 大森望訳 / サタディ・イヴニング・ポスト1962年2月24日号
 レメンゼル一族は長く続いた豊かな一家だ。いずれも全寮制の私立男子校の名門、ホワイトヒル・スクールを卒業している。というのも、ホワイトヒルはレメンゼル家の多大な寄付に支えられているからだ。今日、レメンゼル医師と妻は、13歳の息子イーライの入学手続きのためホワイトヒルに向かう。だがイーライは浮かない顔で…
 「ハイアニス・ポート物語」に続き、代々続く裕福な一族を描く物語。冒頭から続くレメンゼル夫婦の一族自慢は、なかなかに苛立たしいw そんな中、黒のロールスロイスを「この子」と呼ぶ運転手のベンの言葉は、ちょっとした清涼剤。きっと可愛がってるんだろうなあ。ちと厳しいオチではあるが、レメンゼル医師はかなりマシだと思うんだけど、どうですかね。
工場の鹿 / Deer in the Works / 大森望訳 / エスクァイア1955年4月号
 29歳のデイヴィッドは、地域の主観新聞を発行している。双子の男の子に加え、このたび双子の娘も授かった。将来の事も考え、安定した収入を得たいと思い、巨大企業のフェデラル電気工業イリアム工場の入社面接を受けに来た。主な募集人員は機械のオペレーターだが、幸い広報宣伝部に空きが見つかった。
 これまたお話の中身より、冒頭の入社面接の様子に気を取られてしまった。就職希望者が列をなしてる場面から始まるから、よほど厳しいのかと思ったが、なんともまあ。現代の若者が読んだら、「なんてユルくて贅沢な!」と叫びそうな就職事情だ。だって、たった一日で全米屈指の大企業の正社員になれるんだから。
お値打ちの物件 / Any Reasonable Offer / 浅倉久志訳 / コリアーズ1952年1月19日号
 不動産業を営むわたしのところに、年配のベッカム大佐夫妻がやってきた。いかにも羽振りの良さそうな夫婦で、手ごろな物件を探している。最初に案内したのはミスター・ハーティーの屋敷で、温室にプールに厩舎まである豪邸だ。ベッカム夫妻は屋敷が気に入ったらしく、じっくり屋敷を見ていた。大きな商談がまとまりそうだと喜んだが、三日過ぎても連絡がない。
 当時は1ドル360円で…とか換算しても空しくなるだけだから、やめよう。確かにヘルブラナー夫人の物件が相応しい者の手に渡るまでには、かなりの時間が必要だろうなあw インターネットが発達した現在ならともかく、当時は広報するにしたって費用が…いや、相応しい雑誌を選べばなんとかw えっと、つまり、優雅な休暇を安上がりに過ごす方法を教えてくれる作品です。
パッケージ / The Package / 浅倉久志訳 / コリアーズ1952年7月26日号
 アール・フェントンは苦学して大学を卒業し、がむしゃらに働いて事業を切り盛りした末に、引退して全自動豪華な家を建てた。妻のモードとの海外旅行から帰り、新居に足を踏み入れたとたん、大学時代の同級生チャーリー・フリーマンから電話が入った。チャーリーは豊かな家に育ち、振る舞いもソツがなかった。だが今のチャーリーはどこか妙で…
 本当に出来のいい人ってのは、確かにいるもんで。育ちが良く、立ち居振る舞いが優雅で、優れた能力があり、多くの人から慕われ、なおかつ性格もとびっきりいい。ただ、育ちが貧しい者から見ると、どうも素直に見れないんだよなあ。とはいえ、先の「嘘」の医師同様に、アールにもちゃんと「何を貴ぶべきか」が分かっているのが、かすかな救いだと私は思う。人生は長いんだし。
貧しくてゆたかな町 / Poor Little Rich Town / 浅倉久志訳 / コリアーズ1952年10月25日号
 ニューエル・ケイディが事業を立て直す腕前は見事なものだ。今のケイディはフェデラル電気工業と契約している。ニューヨーク州イリアムに新しいオフィスを作るのだ。この計画が進めば、眠ったようなスプールズ・フォールズにも活気が戻る。というのも、ニューエルが屋敷の一つを借りたからだ。町の名士がこぞって彼を歓迎しようと策を練るが…
 ニューエル・ケイディの造形が滅茶苦茶楽しい。彼が郵便局のミセス・ディッキーと交わす会話で、彼の人物像がクッキリわかる。モデルはロバート・マクナマラかな、と思ったけど時代的に違うかも。要は理系のキレ者で合理化の鬼。これに対するスプールズ・フォールズの面々が開くホビー大会も、いかにもアメリカの田舎町らしくて大笑い。なんじゃその玉ってw
サンタクロースへの贈り物 / A Present gor Big Saint Nick / 浅倉久志訳 / アーゴシー1954年12月号
 ビッグ・ニックはアル・カポネの後継者と目されている。彼はクリスマスの直前にパーティーを開く。招かれるのは、幼い子供がいる部下の一家だ。元ボクサーのオヘアはニックのボディガード。当日の朝、オヘアは妻のワンダと四歳の息子のウィリーを連れ、プレゼントを選びに来た。だがウィリーはサンタクロースに怯え…
 ユーモア作家としてのヴォネガットと、その相棒としての訳者・浅倉久志の、巧みなコンビネーションが堪能できる作品。ビッグ・ニックが仕切るパーティーの場面は、テンポのいい演出の舞台で演じたら、笑いが止まらないと思う。特にジングル・ベルの歌には爆笑w 私はこういうしょうもないギャグが大好きだw
自慢の息子 / This Son of Mine / 浅倉久志訳 / サタディ・イヴニング・ポスト1956年8月18日号
 マール・ワゴナーはポンプ工場を立ち上げ、遠心ポンプでは世界一にまで育て上げた。借入金もなく、ゼネラル鉄鋼から二百万ドルで買いたいと申し入れがある。マールは息子フランクリンを連れ工場のルディの所に来た。マールが最初に雇ったのがルディで、優れた旋盤工だ。ルディの息子カールも旋盤工で、腕もいい。四人でクレー射撃に行こうという話になり…
 大学に通う優秀な息子を自慢したいが、将来の事では親子で意見が異なる成功者のマール。腕のいい旋盤工として着実な人生を選び、聞き分けのいい息子と巧くやっているルディ。親の心子知らずとは言うが、子の心も親には分かんないんだよなあ。
魔法のランプ / Hal Irwin's Magic Lamp / 伊藤典夫訳 / コスモポリタン1957年6月号
 ハル・アーウィンは証券会社で働き、コッソリと株に手を出し大金を稼いだ。稼いだことは妻のメアリにも言わず、大邸宅を買い入れ、秘密のプレゼントとしてメアリを驚かせようと考えていた。今までは質素な暮らしだったが、これでメアリも喜んでくれるだろう。だがメアリは今までの暮らしに満足しており…
 ハルのセンスは、さすがにアレではある。どうせなら少しは演技の心得がある者を雇えばいいのに←そうじゃないだろ。まあ、仕事に入れ込んでる男にセンスとか女心の理解とかを求めても無駄ではあるんだが。公民権運動が盛り上がりつつある時代を背景とした物語。
ヒポクリッツ・ジャンクション / Shout About It from the Housetops / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 防風窓のセールスマンのぼくは、飛び込みでヒポクリッツ・ジャンクションのその家に売り込みをかけた。出て来た若い男はパジャマのままで、世界中を憎んでいるような顔をしていて、とりつくしまもない。帰ろうとした時、運よく奥さんを見かけ、さっそく売り込みを始めたが、そこで知ったのはこの夫婦が有名人だということだった。
 はい出ました防風窓セールスマン・シリーズw 教育委員会からクビを宣告される作品って、そりゃぜひ読んでみたいw 本が売れると、本当にそういう事が起きるんだろうか。グレッグ・イーガンの素顔は誰も知らないという伝説があるんだけど。
エド・ルービーの会員制クラブ / Ed Luby's Key Club / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 ハーヴとクレアのエリオット夫妻は、14回目の結婚記念日を祝おうと、例年通りその店に来た。その店は、かつてアル・カポネのボディガードだったエド・ルービーが営んでいる。生憎と店は会員制に変わり、夫妻は門前払いを食らう。ばかりか、ルービーが他の客を殴り殺す所を目撃してしまい…
 マフィアが支配する町で無実の罪を着せられた男が、身の潔白を晴らそうと奮闘するサスペンス作品。なんだけど、そこはヴォネガット。ロバート・B・パーカーのようなハードボイルド・タッチにはなるはずもなく。じわじわと恐怖が高まっていく中盤はともかく、終盤の手術室の場面は、やっぱりドタバタ風味のユーモアが漂っている。私はこういうヴォネガットが好きだ。
この宇宙の王と女王 / King and Queen of the Universe / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 大恐慌が吹き荒れた1932年。ヘンリーとアンはどちらも17歳。いずれも名家に生まれ、やがて結ばれる運命を素直に受け入れていた。パーティの帰り、セントラル・パークを歩いている時に、二人は妙な男に出会う。その名もスタンリー・カルピンスキー、貧しそうな若い男だ。スタンリーは自宅に二人を招き…
 いかにもマッド・サイエンティストなカルピンスキーが出てくるから、SFになるかと期待したんだが、まあ仕方がないか。成功を夢見てアメリカに渡ってきたポーランド人の母子と、人生の初めから成功を手に入れている若者二人の出会いを描いた作品。ヴォネガットが若いころの作品だと思う。
年に一万ドル、楽々と / $10,000 a Year Easy / 大森望訳 / While Mortals Sleep 2011
 ニッキー・マリーノの父は偉大なテノール歌手だったが、29歳で世を去った。ニッキーも父に続くべく、ジーノ・ドンニーニにボイス・トレーニングを受けているが、今のところはまったく芽が出ず、素寒貧だ。二日後に引っ越しを控えたぼくは、挨拶がてらニッキーを訪れた。彼に10ドルを貸していたのだ。
 今さら気が付いたんだが、誰を語り手にするかってのが、小説じゃ大事なんだなあ。語り手の「ぼく」は、ニッキーともジーノとも親しいけど、引っ越しでしばらく会えない。この距離感があってこそ、この作品は盛り上がる。
金かものを言う / Money Talks / 大森望訳 / While Mortals Sleep 2011
 ベン・ニクルスンは27歳、ケープコッドで食料雑貨店を営んでいる…今日までは。店は既に債権者の手に渡った。午後七時、最後の客が入ってきた。黒い大きなキャデラックに乗った若い女だ。キャデラックとは不似合いな安っぽいコートを着て、妙におびえた雰囲気がある。道に迷ったらしい。行き先はキルレイン・コテージ、19部屋もある豪邸だ。
 デカいキャデラックと、安物のコートの組み合わせで「はて?」と思わせて、噂話で見当をつけさせる。なんて語り口は定石どおりだけど、屋敷に入った後はタイトル通りって、おいw
人みな眠りて / While Mortals Sleep / 大森望訳 / While Mortals Sleep 2011
 新聞社の社会部長フレッド・ハックルマンは40代半ばで独身。記者としての腕はとびきりだが、部下や他の部署の者にも同じ水準を求める。ニュースを求める執念は猟犬並みで、クリスマスもへったくれもない、どころか心底憎んでいる。そんなハックルマンに最悪の仕事が回ってきた。野外イルミネーション・コンテストの広報だ。さっそく彼は部下のぼくにおはちを回し…
 なぜ新聞記者? 刑事の方がいいのでは? とか思ってたら、そうきたかw 「エド・ルービーの会員制クラブ」同様に、ハードボイルド作品を書こうとしたけど、やっぱりヴォネガット味になってしまった、そんな感じがする。
タンゴ / Tango / 大森望訳 / While Mortals Sleep 2011
 ビスコンテュイットは海辺の町だ。大邸宅が集まり、住んでいるのは相応しい者だけ。よそ者の車が迷い込むと、警備員が追い返す。ぼくはそこで、大学入試を控えた若者の家庭教師をした。若者の名はロバート・ブルーア、筋金入りのお坊ちゃんだ。ぼんやりしているが、悪い奴じゃない。あるパーティーでロバートはタンゴに惚れ込み、自室でコッソリと踊り始めた。
 映像化したら、さぞかし面白いものになると思うんだが、ミュージカルの短編ってあるんだろうか? いやタンゴって難しそうだけど、踊りにはキレとメリハリがあるから、ギャグに仕立てると無茶苦茶ハマりそうな気がする。しかしヴォネガットの描く若者って、覇気はなくても品はいい人が多いなあ。
ペテン師たち / The Humbugs / 大森望訳 / While Mortals Sleep 2011
 画家のダーリング・ステッドマンは、もうすぐ60歳になる。大成功はしていないが、着実に稼いでいる。抽象画が多い芸術村にアトリエを構えているが、描くのは古典的な風景画で、観光客のウケもいい。妻のコーネリアは夫が天才だと信じているが、本人は自分の腕はたいしたもんじゃないと思っている。ある時、若い抽象画家のラザロと勝負する羽目になり…
 絵の事はよくわからない。でも小説なら、少しは。ケン・リュウのように、幾つもの芸を奇術師のように繰り出す人がいる。対してレイ・ブラッドベリは優れた作家ではあるけど、実は不器用な人だと私は思っている。だって、何を書いてもブラッドベリ味になるんだもん。でも、ファンにしてみたら、そのブラッドベリ味こそが他の何物にも代えられない彼の魅力なのだ。本人がどう思おうと。

 ヴォネガット本人はSF作家と呼ばれるのを嫌がっていたし、この作品集のどこがSFかと言われると実に困るんだが、そこはアレです、「ヒポクリッツ・ジャンクション」はオチの解釈次第でそうなりませんか。オチのキレは「ローマ」もいい。「嘘」や「パッケージ」で、失敗を描きつつも失意ではないあたりが、ヴォネガットの芸風なんだろうなあ。

【関連記事】

| | コメント (0)

2019年5月22日 (水)

大森望監修「カート・ヴォネガット全短編2 バーンハウス効果に関する報告書」早川書房

「愛に対してまったく免疫を持たない人間は、あじめて愛にさらされたとき、ショックで死に至る危険がある」
  ――ジェニー

教授があとどれぐらいいきながらえるだろうかとたずねることは、いつまで待てばつぎの世界大戦という祝福がさずかるかと、たずねることにひとしい。
  ――バーンハウス効果に関する報告書

「この世の厄介ごとは」ケーニヒスヴァッサーが言った。「人が多すぎることじゃない――体が多すぎるってことだ」
  ――衣替えには

「これ、気味が悪いわ、ヘンリー。すごく怖い。わたしの考えを聞いて、返事をするのよ」
  ――耳の中の親友

人が想像できる技術の進歩は、いつの日か、科学者の手によって現実のものになる。
  ――ティミッドとティンブクツーのあいだ

「こんどはだれになるんです?」
  ――こんどはだれに?

「いいえ、わたしたちは貧しくない! というか、今夜までは貧しくなかったのに」
  ――恋に向いた夜

【どんな本?】

 「プレイヤー・ピアノ」「スローターハウス5」「猫のゆりかご」「タイタンの妖女」など、シニカルながらも温かみのある芸風でSFファンにもお馴染みのアメリカの人気作家カート・ヴォネガット。彼が遺した短編をまとめ、8個のテーマ別に並べた「COMPLETE STORIES」が、日本では四分冊に分かれての刊行となった。

 この巻「バーンハウス効果に関する報告書」では、「女」「科学」「ロマンス」の3セクションを収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は COMPLETE STORIES, by Kurt Vonnegut, 2017。2018年11月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約423頁に加え、ジェローム・クリンコウィッツの解説「1950年代のアメリカ短編小説と個人事業主カート・ヴォネガット」鳴庭真人訳11頁+小川哲の解説6頁。9.5ポイント44字×20行×423頁=372,240字、400字詰め原稿用紙で約931枚。文庫なら上下巻に分けてもいい分量。

 いずれの作品も文章はこなれていて読みやすい。SFもあるが、1950年代の作品だけに、難しい仕掛けはほとんどない。むしろ、当時のSFなので、時代背景が分からないとピンとこないかもしれない。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 訳者 / 初出。

セクション2 女(承前)

ジェニー / Jenny / 大森望訳 / White Mortals Sleep 2011
 ジョージ・カストロはゼネラル電器のベテラン営業員だ。特製の最新型GHA冷蔵庫ジェニーをトラックに積み、家電販売店をめぐるセールス旅行で一年を過ごす。伝言を頼まれたぼくは、ジョージを追いかけた。「ジョージの前妻ナンシーが危篤だ。亡くなる前にひと目ジョージに会いたがっている」。ジョージはジェニーと軽快な漫才を演じ、見事に客を集めている。
 ジェニーのボディは冷蔵庫だが、最新技術で特別に改造してある。人の声でしゃべり歌い、必要なら歩く。ジョージとは見事に息の合ったショウを繰り広げる。ヴォネガットがいつこの作品を書いたのかはわからない。でも、あまりに見事に現代日本の風俗を予言しているのに驚いた。とはいえ、ジョージの人生は、これはこれで幸福なんじゃないかと思ってしまう。
エピゾアティック / The Epizootic / 大森望訳 / White Mortals Sleep 2011
 ミリカンは大手の保険会社、アメリカン安心公正生命損害保険会社の社長だ。優れた手腕を評価され、46歳の若さで社長になった。その会社は現在、危機に瀕している。生命保険会社は平均寿命68年という計算を前提として経営している。だが、二万ドル以上の生命保険に加入している既婚のアメリカ人男性の平均寿命が、たった六ヶ月で47歳になってしまった。
 謎の疫病、エピゾアティック。家庭を持ち、家族を愛する、働き盛りで豊かな男たちの命を奪っていく。普通のSF作家なら医学や生理学を絡めるところを、生命保険会社の視点で描くあたりがヴォネガット流だろう。熾烈な競争が続く合衆国のエリート社会や、金融業が歪に発達した経済構造を揶揄しているようにも読める。セクションとしては「女」というより「男」が相応しいかな、とも思ったり。
百ドルのキス / Hunddred-Dollar Kisses / 大森望訳 / White Mortals Sleep 2011
 ヘンリー・ジョージ・ラヴェル・ジュニア、33歳。オハイオ州イーグル相互損害補償会社インディアナポリス支社記録課の課長。彼は同じ会社に勤めるヴァーン・ペトリを電話機で殴った疑いで逮捕され、取り調べを受けている。ヴァーンとは部署も違い、昇進を争っているわけでもない。
 警察の取り調べ記録の形で進む作品。これまたセクションは「女」より「男」が相応しい作品。彼らの職場の雰囲気の緩さは、日本だと昭和の雰囲気だなあ。ほんと、野郎ってのはしょうもない生き物で。
ルース / Ruth / 大森望訳 / White Mortals Sleep 2011
 テッドは軍人のルースと結婚し、新婚五カ月で海外に赴任し、そこで亡くなった。テッドの子を身ごもったルースは、テッドの母ミセス・フォークナーを訪ねる。二人が会うのは初めてだ。どのように迎えられるか、期待と不安を抱えたルース。それに対してミセス・フォークナーは、テッドの子どもの頃の思い出の品を並べた棚を見せ…
 テッドは一人息子なんだろうなあ。結婚する前に、相手の親と顔も合わせないってのは、日本の感覚じゃだいぶ奇妙だけど、アメリカの、特に軍だとよくあるんだろうか? なんにせよ、嫁と姑の関係ってのは難しい。しかも、夫を喪い女手一つで育てた一人息子ともなればなおさら。ルースも軍人の娘ってのが、キモの一つかも。
消えろ、束の間のろうそく / Out, Brief Candle / 大森望訳 / White Mortals Sleep 2011
 アニーは四十代半ば。牧場を営む夫を喪い、彼の遺した財産でゆっくりと老いを迎えるつもりだった。近所の人達ともほどほどに付き合い、静かに余生を過ごそうと。唯一の例外は、ニューヨーク州スケネクタディから届く手紙だ。相手は雑誌で見つけたジョゼフ・P・ホーキンズ。雑誌で見つけた文通相手で、行間からアニーの気持ちを察し、誌的な美しい文章を綴ってくれる。
 昔は雑誌に文通相手を募集するコーナーがあったんです。最近だとメル友募集の電子掲示板に変わっちゃってるけど。昔も今も、出会い系みたいな商売の需要は絶えないようで。皮肉で哀しくて、でもユーモアがあって、ほんの少しだけ優しいオチが切ない作品。
ミスターZ / Mr. Z / 大森望訳 / White Mortals Sleep 2011
 ジョージは父も祖父も田舎の牧師だった。朝鮮で従軍した跡は牧師になろうと大学に入り、神学に加え犯罪学の講座も受けた。実習では受刑者との面会が必要で、ジョージはグロリアを受け持つことになった。彼女の罪状は盗品所持。夫のバーナードが盗んだ物と思われるが、バーナードは巧く逃げおおせた。意外なことにグロリアは高いIQの持ち主で…
 田舎育ちで牧師の倅の生真面目なジョージと、賢いながらもドロップアウトしたグロリア。いかにもお坊ちゃんなジョージに反発するグロリアの気持ちもわかるなあ。むしろ、そんなグロリアに興味を持つジョージの方が、よくわからない。
スロットル全開 / With His Hand on the Throttle / 大森望訳 / White Mortals Sleep 2011
 アール・ハリスンは精力的に建築会社を営んでいる。特に贅沢はせず、若い妻のエラと二人で暮らしている。だが鉄道模型だけは別だ。休日ともなれば地下室にしつらえた模型の帝国で、難しいダイヤを運行する。助手はホビーショップを営むハリー・ゼラーバックだ。その土曜日には、アールの母親も訪ねてきていた。
 趣味に入れ込んだ男のしょうもなさを徹底的に描いた作品。いや男というより男の子だね。にしたって、たまの夫婦そろってのお出かけで、どこに行くんだかw 麻薬常用者は巧い例えだw こういう状態の男どものメシなんか、ピーナツバターを塗っただけのサンドイッチで充分なのにw 母ちゃんの雷も見事だけど、その後もひたすらしょうもないw
川のほとりのエデン / Eden by the River / 宮脇孝雄訳 / 本書初出
 森の中を、少年と少女は歩いてゆく。小さく青い石を蹴り飛ばしながら。少年は17歳、少女は19歳。猟師とすれちがったときは、他人同士のような顔をした。
 17歳と19歳で石蹴りとは、なんとも子供っぽいことよ、と思わせて…そう来たか。最後の一行で綺麗に落とす短編。
失恋者更生会 / Lovers Anonymous / 浅倉久志訳 / レッドブック1963年10月号
 才色兼備のシーラ・ヒンクリーは、地元のみんなの憧れだった。にも関わらず、大学を中退してハーブ・ホワイトと結婚した。高卒の事務屋と。結婚式の夜、失意の男たちは失恋者更生会を結成した。酔った勢いでできた会だが、今でも続いている。もっとも、既にみんなそれぞれに家庭を持っている。そんな連中に、妙な噂が流れてきた。シーラとハーブの仲が巧くいってない、というのだ。
 失恋者更生会ったって、つまりは似た年頃の気の合う野郎どもが集まって騒ぐだけなんだけど、そういう緩いつながりってのは案外と長く続くもので。と共に、地元住民の噂ネットワークの恐ろしさも伝わってくる。これまた最後の一行で綺麗に落とす作品。

セクション3 科学
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

となりの部屋 / Next Door / 伊藤典夫訳 / コスモポリタン1955年4月号
 その夜、8歳のポールは一人でお留守番をしていた。隣のバーガー家との壁は薄く、大きな声で騒ぐと迷惑をかけてしまう。ポールが顕微鏡で遊んでいる時、バーガー家からラジオの音楽が流れてきた。それにかぶさるように、男女が怒鳴り合う声が聞こえてくる。競うように、ラジオの音も大きくなるが…
 国土の広いアメリカには、地元向けの小さいラジオ局がたくさんある。今は多くがFMだけど、初出が1955年だから、AMだろうなあ。今と違い、昔はラジオを聴く人も多かった。だってそれ以外ないんだし。そんな世の中だからこそ、成り立つ作品。関係ないけど、やはりラジオ局が絡む映画として「タイムズ・スクエア」は青春映画の傑作です。百合だし。ポール君に幸運あれ。君にはそれが必要だw
バーンハウス効果に関する報告書 / Report on the Barnhouse Effect / 浅倉久志訳 / コリアーズ1950年2月11日号
 バーンハウス教授は、たいへんな発明をした。心の力を解放し、特定の目標に当てることができる。威力は原爆を遥かにしのぎ、射程距離は地球全土に及び、防衛策は見つかっていない。だが、その力を使えるのはバーンハウス教授ただ一人だ。しかも、今は教授がどこにいるのか、誰も知らない。そのため、全世界は武装解除を余儀なくされた。
 平凡で冴えない独身で学究肌の中年男が、無敵の力を手に入れたら、どうなるか。当時はアメリカとソ連が核兵器を突きつけ合う冷戦のさなかだけに、政府が考えるのはそういう方向なのだが…。スーパーヒーロー物っぽい設定も、ヴォネガットが料理すると、こうなるのか。バーンハウス教授の訴えに激しくうなずく人も多いだろう。
ユーフィオ論議 / The Euphio Question / 宮脇孝雄訳 / コリアーズ1951年5月12日号
 物理学者のフォレッド・ボックマン博士は、電波望遠鏡で奇妙な発見をした。何もない宇宙空間から、強力な電波信号を受信したのだ。しかも、一つじゃない。約五十カ所も。それを音波に変調したものが、<ボックマンのユーフォリア>だ。これには奇妙な効果があり、ラジオ局のアナウンサーのルウ・ハリスンは一儲けを企んで…
 Wikipedia によると最初の電波望遠鏡は1940年だとか。とすると、ヴォネガットも意外と熱心に最新科学を学んでいたことになる。ユーフォリアの影響を試す場面は、ユーモア作家としてのヴォネガットと、訳の宮脇孝雄のコンビネーションが存分に堪能できる美味しいところ。ちなみにロシアがこの作品にヒントを得て開発したのが例のアレで…
衣替えには / Unready to Wear / 円城塔訳 / ギャラクシー・サイエンス・フィクション1953年4月号
 数学者のケーニヒスヴァッサーは精神の世界に暮らしていた。病気にかかるたびに、彼は肉体のわずらわしさに愚痴をこぼしていた。そして、彼は鮮やかな解決策を見いだしたのだ。お陰で私たち両生人は快適な人生が送れる。今、ボディは地域のストレージセンターで整備され、必要な時だけ借り出せばいい。
 ある意味、グレッグ・イーガンの諸作の先駆けとも言えるだろう。つまり、精神のアップロードを扱った作品だ。もっとも、アップロード方法は、50年代風にのどかで、かつヴォネガット流にやや間抜けな形だけどw にしても、マッジさんの執念には頭が下がりますw 真面目な話、AIが自我を獲得するには自前の身体が必要だって説もあって、その辺はどうなんだろうなあ。
エピカック / EPICAC / 円城塔訳 / コリアーズ1950年11月25日号
 エピカックの開発には7憶ドルを越える予算がかかった。予定では超計算機になるはずだったし、オルマンド・フォン・クライヒシュタット博士もそれを期待していた。問題は、ぼくとパット・ギルガレンが、夕方五時から深夜二時まで、同じシフトでエピカックの面倒を見ていたことだ。二人とも数学者で、ぼくは彼女にベタぼれだった。
 これまた当時の最新テクノロジー、コンピュータを扱った作品。入出力が紙テープだったりなど、細かい部分をいじれば、現代でも通用しちゃう話なのが切ないというか残念というか。最近はディープラーニングが話題で、確かに使えはするけど、「その先」を切り拓けるかというと、うーん。
記憶術 / Mnemomics / 浅倉久志訳 / コリアーズ1951年4月28日号
 会社がひらいた記憶術クリニックのお陰で、アルフレッド・ムーアヘッドの調子は上々だった。飛躍的に上がった記憶力のお陰で、書類を作るにしたってメモを調べる必要もなく、手早く書き終えられる。ただ一つの問題は、秘書のエレンとの関係が全く進展しない事で…
 おいおいアラン、大丈夫かw つか、なんで肝心のエレンを使わないw
耳の中の親友 / Confido  / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 ヘンリーは野心に乏しい技術者で、機械の組み立てと修理の腕はいいが、給料はそうでもない。そんなヘンリーは、職場の休憩時間を使って、こっそり新製品を組み立てた。名前はコンファイドー、イヤフォンをつけた小さなブリキ箱。いつもは引っ込み思案なヘンリーが、この時は自信ありげに妻のエレンに差し出した。
 あの ELIZA(→Wikipedia)が1966年だから、これも時代を予見した作品と言えるだろう。もっとも、ELIZA はもっと性格がいいけどw って、1950年代の作品だと思い込んでいたけど、違うのかな?
鏡の間 / Hall of Mirrors / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 催眠術師ウィームズの屋敷を、二人の刑事が訪れた。ベテランのフォルツと若手のカーニー。目的は、行方不明になった女ミセス・メアリの事情聴取。彼女は、この屋敷を訪れた後、消息を絶った。ウィームズの仕事は催眠療法。だが二人の刑事はウィームズが怪しいと睨んでいた。
 いかにもインチキ臭いスピリチュアル系商売の催眠術師と、二人の刑事の頭脳戦を描いた作品。
ナイス・リトル・ピープル / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 マドレインとの七回目の結婚記念日に、ローウェルは一本のペーパーナイフを拾った。中心に小さな石がはめ込まれている。ローウェルは百貨店の売り子で、稼ぎはほどほど。対してマドレインは不動産の営業でがっぽリ稼いでいる。家でペーパーナイフを取り出すと、石が外れて穴が開いている。そこから5~6mmほどの黒い虫が六匹ほど這いだし…
 たぶん書いたのは1950年代、SFパルプ雑誌向けだと思う。フレドリック・ブラウンやリチャード・マシスンやロバート・シェクリイに似た雰囲気を感じる。
ハイ、チーズ / Look at the Birdie / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 バーのカウンターに座り、大声で憎い奴について話していた。そこに、妙な男が話しかけてきた。「あなたに必要なのは、殺人アドバイザーの冷静で賢明なサービスです」
 これまた1950年代のアメリカの短編小説っぽい、ヒネリの利いた作品。味わいとしてはロアルド・ダールが近いかも。あ、そこのあなた、真似しちゃいけません。
ティミッドとティンブクツーのあいだ / Between Timid and Timbuktu / 宮脇孝雄訳 / 本書初出
 デイヴィッド・ハーディングは若い画家だ。二週間前に妻を喪った。今、彼は時間について考えている。なんとか時を戻し、彼女ジャネットの元に帰りたい。窓の外を見ていると、老いた釣り人が溺れている。急いで助け出し、医者を呼んで人工呼吸を繰り返す。幸い老人は命をとりとめた。老人が意識を取り戻した時、何を言うかは決まっている、と医師は語る。
 やや長いながら、これまた50年代アメリカの短編小説の味わいの濃い作品。

セクション4 ロマンス
解説:ダン・ウェイクフィールド / 鳴庭真人訳

こんどはだれに? / Who Am I This Time? / 浅倉久志訳 / サタディ・イヴニング・ポスト1961年12月16日号
 町のアマチュア劇団の演目は『欲望という名の電車』に決まった。主役はハリー。ナッシュで決まりだ。彼の本職はミラー金物店の店員だが、優れた役者で芸幅も広い。ただ極端なはにかみ屋で、ミーティングにも出てこない。問題はヒロインのステラ役。若い女がいないのだ。幸い電話会社の機械操作を教えるため派遣されたヘリーン・ショーを見つけたが、これがとんだ大根で…
 『欲望という名の電車』を知らなくても大丈夫。実は私も知らない。このまま少女漫画にしてもいいぐらいの、甘い作品。なんならライトノベルのシリーズにしてもいいかも。
永遠への長い道 / Long Walk to Forever / 伊藤典夫訳 / レイディーズ・ホーム・ジャーナル1960年8月号
 ニュートとキャサリンは、隣同士の家で育った。その日、ニュートはキャサリンの家のドアをノックした。会うのは一年ぶりだろう。ニュートは軍の砲兵隊の上等兵だ。キャサリンは一週間後に結婚式を控えている。相手はヘンリー。ニュートはキャサリンを散歩に誘う。
 これまた読み切り少女漫画の原作みたいな作品。
恋に向いた夜 / A Night for Love / 浅倉久志訳 / サタディ・イヴニング・ポスト1957年11月23日号
 満月の夜。ターリーはラインベック研磨剤工業の警備員だ。妻のミリーに愚痴をこぼす。娘のナンシーは、帰宅予定時間を二時間も過ぎている。デートのお相手は社長ラインベックの息子だ。心配するターリーはラインベックに電話しようとするが…
 長く寄り添った二組の夫婦。片方は成功した社長、もう一方は雇われている警備員。しかも妻がかつては社長とつながりがあった、となれば、そりゃ心穏やかじゃいられないよなあ。
夢を見つけたい / Find Me a Dream / 浅倉久志訳 / コスモポリタン1961年2月号
 クリーオンはパイプの町だ。その中心はゼネラル鉄鋼のクリーオン工場。工場の支配人はアーヴィン・ボーダーズ、46歳の独身男。その夜、パーティーに呼ばれたバンドを率いるアンディ・ミドルトン25歳は、一息いれるために場を離れた。すると、泣いている女を見つけ…
 いくらパイプの町だからって、なんでもかんでも名前にパイプをつけりゃいいってもんじゃなかろうにw 果たしてアーヴィンは幸運なのか不幸なのか。うーん。
FUBAR / FUBAR / 大森望訳 / Look at the Brirdie 2009
 ファズ・リトラーはゼネラル金属鍛造のGF&Fイリアム製作所に勤めている。広報部に配属されたが、部屋が満杯だったので、一時的に別の部屋が、彼一人のために割り当てられた。生憎と母が重病で、勤めをやめるわけにはいかない。勤続九年目、ファズは管理職になったが、相変わらず彼の机を置くスペースはない。そこで体育館の地下に部屋を用意された。彼と秘書二人だけの。
 FUBAR は Fouled Up Beyond All Recognition の略で、意味は「見る影もなくめちゃくちゃ」。組織の隙間にはまり込んでしまった静かな男と、元気な新入社員のお話。

 やっぱりヴォネガットのSFはキレがあっていいなあ。SFじゃないけど、男のしょうもなさを書いた「スロットル全開」も、SFファンにはウケそうな作品。全く傾向が違うけど、「失恋者更生会」も楽しい。懐かしいSFの香りがする「バーンハウス効果に関する報告書」もいいが、「衣替えには」でのアップロード方法が、いかにもヴォネガットな芸風でたまらない。こういう微妙な間抜けさが私は大好きだ。

【関連記事】

| | コメント (0)

2019年4月25日 (木)

グレッグ・イーガン「ビット・プレイヤー」ハヤカワ文庫SF 山岸真編訳

ショーンが送ってきたアプリは、インプラント群に指示してぼくの持つスペアのすべてを覚醒させ、さらに、覚醒したスペアをもともとの三色の帯域のあいだとその両側、計四つの新しい帯域に同調させることができた。
  ――七色覚

「重力が横むきになったときのこと。重力がわたしたちを地球の中心にむけて引っぱるのをやめて、そのかわりに東に引っぱるようになったとき」
  ――ビット・プレイヤー

「コストがほんのわずかで、だれかがそのプロセスから数セントをほじくり出せるかぎり、人間は黙々とガラクタをゴミ粉砕機に投入して、クランクをまわしつづけるのよ」
  ――ビット・プレイヤー

タルーラは太陽を持たないのだ。この惑星は少なくとも十億年間は宇宙の孤児として、なににもつなぎとめられることなく銀河系内を漂流してきた。遠い彼方の天文学者たちは、タルーラの地表は流水で覆われていると推測してきた
  ――孤児惑星

【どんな本?】

 硬派な芸風で人気を誇るオーストラリアのSF作家グレッグ・イーガンによる最近の短編を集めた、日本独自の短編集。

 ヒトの色覚を拡張する「七色覚」、売れっ子脚本家の記憶の多くと遺産を受け継いだロボットを描く「不気味の谷」、イーガン流の異世界転生物「ビット・プレイヤー」、難民問題を扱う社会派作品「失われた大陸」、そして「白熱光」と同じ舞台の超硬派SF「鰐乗り」「孤児惑星」の六編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年3月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約426頁に加え、編・訳者あとがき5頁+牧眞司の解説「神なき世界で『私』の根拠を問えるか?」7頁。9ポイント40字×17行×426頁=約289,680字、400字詰め原稿用紙で約725枚。文庫本としては厚い部類。

 最近のイーガンにしては、比較的に文章はこなれている方だろう。ただし、中身はキッチリとイーガンしてる作品が多く、ヒトの認知や原子の中身など、充分に味わうためには相応の素養と頭の柔らかさを求められる作品が多い。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

七色覚 / Seventh Sight / Upgraded 2014
 12歳のとき、ぼくは視覚インプラントに新しいアプリを入れた。普通の人は赤緑青の三色しか見えないが、ぼくは七つの色を見ることができる。しばらくは何を見てもぞっとしたが、すぐに慣れたし、それどころか豊かな色に溢れた世界を大切に思うようになった。その反面、テレビや映画は、のっぺりとして見える。ある日、公園の看板に手書きのメッセージを見つけ…
 現実に四色の色覚を持つ人はいるとか(→Wikipedia)。それをさらに拡張して七色にしたらどうなるか、というと…。とりあえず軍は赤外線が見える兵を欲しがるだろうなあ。一種の特殊能力だから何かと便利そうなんだが、このオチはw ちなみに絶対音感は缶詰の品質検査やコンクリートの劣化調査などに重宝するそうです。
不気味の谷 / Uncanny Valley / Tor.com 2017.8.9
 売れっ子だった脚本家の遺産と多くの記憶を、アダムは受け継いだ。あくまで「多く」であって、すべてではない。脚本家の葬儀に出席した時、初老の男に話しかけられた。だがアダムは彼を知らない。老人が住んでいた屋敷で暮らすうちに、アダムは幾つもの記憶のヌケに気が付く。その中の一つは…
 ロボットが記憶を受け継いだら、なんて発想は、P・K・ディックが好みそうなパターン。ただ、自分が「記憶を受け継いだロボットだ」と自覚しているあたりが、ディックと違うところ。やっぱりデジタルに関しちゃエストニアは進んでるなあ。比較的に小さい国だからインフラを充実させやすいためだろうか。
ビット・プレイヤー / Bit Player / Subterraneam Online 2014. Winter
 洞穴の中でサグレダは目覚めた。太陽は、ほぼ水平に洞穴を照らす。そして上にも下にも、ずっと垂直の壁が続いている。ここでは、モノは東に向かって落ちるのだ。ガーサーと名乗る女が、そばにいた。そこでサグレダは考え始める。だとしたら、この壁は何が支えている? 重力異常は、どこまで続いている? 海や川は、どうなっている?
 一種の異世界転生物。だが、小石を落としたらどうなるかとか、海はどうなるかとか、エネルギー保存則とかを考え始めるあたりが、いかにもイーガンw そこで示される仮説と、主人公たちの悩みは、「ゼンデギ」や先の「不気味の谷」と共通するもの。サグレダが世界の矛盾(またはバグ)を突いて前に進もうとするあたりは、懐かしい冒険SFの高揚感が蘇ってくる。と同時に、最初の意図とは全く違う***になっちゃってるやんけ!と突っ込みたくなったりw まあ、それはそれで面白い***だけどw 『皇帝の新しい重力』(→元ネタ)なんてお遊びも楽しい。
失われた大陸 / Lost Continent / The Starry Rift 2008
 アリが物ごころついてから、ホラーサーン地方は戦乱続きだ。最初は未来から来た奴らだ。彼らは武器をバラ撒き、将軍たちは争いあった。若い男たちを徴兵しに来たが、村は結束して抗った。そこに四年前に<学者たち>がきた。将軍たちや無法者どもを追い払い、平穏になったのはいいが、シーア派を差別し始める。アリを守るため、おじは時間旅行者を手配し…
 舞台はイラン東部またはアフガニスタン西部だろう。時間旅行なんてガジェットを使っちゃいるが、明らかに現代の難民問題を取り上げた社会的な作品。東欧及びソ連崩壊時には、大量の移住者がイスラエルに押し寄せた。ロシア・中国・北朝鮮のいずれかが戦乱に陥ったら、日本も対岸の火事とは言ってられなくなる。とまれ、この作品は主人公が男の子だけど、女の子を主人公にしたら、また違った側面が見えてくるんだろうなあ。
鰐乗り / Riding Crocodile / One Million A.D. 2005
 リーラとジャシムは結婚して一万年ほどたち、死ぬことを考えはじめる。銀河系の周辺地域は融合世界が広がり、多くの種族が暮らしている。だがバルジ=内縁部は孤高世界と呼ばれ、一切のコミュニケーションを断っている。プローブの類は送りかえされるので、何かがいるのは間違いない。百万年近く、この状況が続いている。リーラとジャニスは死ぬ前に孤高世界との接触を試そうと思い立ち…
 「白熱光」と同じ世界を舞台とした作品。「失われた大陸」を読んだ直後だからか、多くの種族が仲良く暮らす銀河って設定にイーガンの想いが詰まってる気がする。直径約10万光年もの広さがありながらも、光速の壁は破らずに話が展開するのもイーガンならでは。孤高世界を調べる方法は、悶絶物のマッドさ。しかも一回だけじゃないのが嬉しい。それを実現するプロセスも、オープンソースが盛り上がり始めた時代の熱さを感じる。
孤児惑星 / Hot Rock / Oceanic 2009
 融合政界で発見されたタルーラは放浪惑星だ。恒星系に属さず、銀河の中をさまよっている。なら地表は凍りついていそうなものだが、タルーラの表面には流水がある。アザールとシェルマはタラールの探査に赴く。奇妙なことに、タラールは単に温かいだけではなかった。自転極に近いほど寒く、四季まである。そんなエネルギーを、どこから捻りだしているのか?
 これまた「白熱光」と同じ世界を舞台とした作品。放浪惑星ってアイデアは昔フリッツ・ライバーが扱ってたけど、この作品は21世紀に相応しく科学の進歩を色々と取り入れてて、ワクワクするネタが次々と飛び出してくる。中には意味がわかんないのもあるけど、とんでもない発想なのはなんとなく伝わってくる。様々な切り口で証拠を集め、異常なエネルギーの源に、少しづつ近づいてゆく過程がとっても楽しい、SFの王道まっしぐらの作品。

 気のせいか、だんだんと盛り上がってくるような順番になってる。特に終盤を飾る「鰐乗り」と「孤児惑星」は、不可能と思われた事業に一歩一歩にじり寄っていったり、理不尽と思われる謎を明かすために証拠を集め仮説を立て、といった過程の、次第に高揚感が高まってゆく流れに、黄金期のSFのキラメキを感じた。

【関連記事】

| | コメント (0)

2019年4月18日 (木)

D・H・ウィルソン&J・J・アダムス編「ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください」創元SF文庫 中原尚哉・古沢嘉通訳

はじめに神は画面を創造された。
  ――桜坂洋 / リスボーン

先週、彼からメッセージが届いた。“葬儀に来て。かならず”とあった。
  ――ホリー・ブラック / 1アップ

「わたしはわたしのやり方でやりたいの」
  ――ヒュー・ハウイー / キャラクター選択

「おまえはだれだ?」
「ツウォリア。なにかお困りのことは?」
  ――アンディ・ウィアー / ツウォリア

「無知であることと、知ろうとしないこととは別物なんだよ」
  ――ケン・リュウ / 時計仕掛けの兵隊

【どんな本?】

 Press Start to Play は、ビデオゲームをテーマとした短編SFアンソロジーで、2015年に出版された。全26編を収録した中から、12編を選んで訳したのが本書だ。

 テキストアドベンチャー,MMORPG,FPS,VRなど懐かしのゲームから少し未来のゲームなどの素材を、All You Need Is Kill の桜坂洋,オデッセイ(火星の人)のアンディ・ウィアーなど映画化でも有名な作家に加え、大嵐を巻き起こしているケン・リュウやデジタル物では定評のあるコリイ・ドクトロウなど活きのいい作家に調理させた、新鮮で贅沢な短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Press Start to Play, 2015。日本語版は2018年3月16日初版。文庫本で縦一段組み本文約347頁に加え、米光一成の解説7頁。8ポイント42字×18行×347頁=262,332字、400字詰め原稿用紙で約656枚。文庫本としては少し厚め。

 文章はこなれている。内容も特に難しい作品はない。意外にも、あまりゲームをやらない人でも、ドラマなどでゲームの画面を見たことがあれば楽しめる作品が多い。

【収録作は?】

 作品ごとに編集部による解説が1頁ある。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 / 訳者 / 初出 の順。

アーネスト・クライン / 序文 / Ernest Christy Cline / 中原尚哉訳
桜坂洋 / リスボーン
 深夜の牛丼屋。バイトのおれが一人で店を切り盛りしていて、ちょうど客が途切れた頃に、強盗が一人で押し入ってきた。フルフェイスのヘルメットをかぶり包丁を振っている。オッサンだ。包丁を持つ手が震えている。めんどうを避けて金を渡そうとしたときに、何の因果か別の客が入ってきた。大男だ。しかも強盗を取り押さえるつもりらしく…
 All You Need Is Kill と似たアイデアを、不景気な現代の日本で繰り広げた作品。冒頭からして牛丼屋の深夜ワンオぺで、とてもじゃないがトム・クルーズ主演とはいかないw ちょうど某チェーン店の深夜ワンオぺが話題になったころ。しかも店員は女なんで物騒極まりないが、それでも盗まれた方がもう一人雇うより安いって理屈なんだから酷い話だ。
デヴィッド・バー・カートリー / 救助よろ / David Barr Kirtley / Save Me Plz / 中原尚哉訳 / Realms of Fantasy 2007
 もう四カ月もメグはデボンと話していない。部屋を訪ねたら、デボンは行方不明だという。デボンはゲームにハマっていた。「エルドリッチの王国」。それが原因で二人は距離をおいた。でも今となっては、デボンの手がかりはこのゲームだけ。仕方なくメグは「エルドリッチの王国」を手に入れ始めたが…
 冒頭から「メグは車を駐め、剣をつかんで腰に佩いた」なんて文が出てきて「あれ?」と思ってると…。メグちゃん、いい女じゃないか。それでもゲームの引力ってのは強いもので。まあ、ハマった時ってのは、それこそ寝食を忘れて浸っちゃうんだよなあ。にしても、メグちゃん、こんなデボンのどこがいいんだかw
ホリー・ブラック / 1アップ / Holly Black / 1UP / 中原尚哉訳 / 2015
 ゲーム仲間のソレンが死んだ。亡くなる前にソレンから受け取ったメッセージに従い、わたしたちは彼の葬儀に出かける。今まで一度も会ったことはない。でも、わたしとデッカーとトード、そしてソレンは親友だった。葬儀のあと、三人はソレンの部屋を訪れる。ここ数週間、ソレンはほとんどメッセージもよこさなかった。それも…
 若く孤立しがちな十代のゲームおたくの生態がよく出ている。ケッタイなファッション・センス、妙なこだわり、そして何はともあれコンピュータとネットワーク。ネットワークごしでしか知らないながらも、親友だと思っていた仲間が遺した、テキストアドベンチャー・ゲーム。ゲームのスリルと、ゲーム仲間の若々しさが眩しい。にしてもトードw
チャールズ・ユウ / NPC / Charles Yu / NPC / 中原尚哉訳 / 2015
 きみは地面をさぐり、ひたすらイリジウムを集める。休憩室では冷凍食品の食事。そこにカーラが来た。昼休み中、カーラはしゃべり続ける。やばいやばい。いい気分だ。いまのところ、カーラはフリーだとか。仕事中もカーラのことばかり考えている。今日は火曜日、プラズマの雨が降り、なにもかもが溶ける。だが今日は禁を破って亀裂の中でやりすごそうとしたら…
 異星の基地で、ひたすらイリジウムの収集に明け暮れる NPC を主人公とした作品。カップヌードルはともかく、なんでヲタクはドクター・ペッパーが好きなんだろうw 私は今でもあの味に慣れない。
チャーリー・ジェーン・アンダース / 猫の王権 / Charlie Jane Anders / Rat Catcher's Yellows / 中原尚哉訳 / 2015
 シェアリーは35歳の若さで、難病に伴う認知症を患ってしまった。連れ合いのグレースは、シェアリーのためにゲームを手に入れる。「猫の王権」。若者たちの間で流行っているだけでなく、認知症患者の症状を抑えるのに効果があると認められている。最初は嫌がっていたシェアリーだが、始めてみると優れた腕を発揮して…
 「音楽嗜好病」によると、音楽が脳の障害の克服に役立つ事もあるとか。同様に、ゲームを役立てる研究もある。とかのメイン・テーマ以上に、この作品では、介護する立場の描写が見事。シェアリーの表情や姿勢や服装などの細かい部分から、大切な人を介護するとはどんな事なのかが、静かに、でも切実に伝わってくる。そして、そんな人たちに必要なのは何か、も。
ダニエル・H・ウィルソン / 神モード / Danniel H. Wilson / God Mode / 中原尚哉訳 / 2015
 僕は20歳。オーストラリアのメルボルン大学に留学中だ。ビデオゲーム制作を学んでいる。サラも同じアメリカ人で、英語を学んでいる。「山のむこうには何があるの?」とサラは訊ねる。「コンピュータが描画しないものは……存在しないんだ」と僕は答える。ニュースでは、星が消え続けると報じている。
 インべーダー・ゲームなど昔のゲームは、いかにも二次元の原色でノッペリとした画面だったけど、色数が増えるにつれ微妙に陰影がついてきた。それでも所詮はドット絵で、大型のモニタで見るとジャギーが目立ったり。テクスチャ・マッピングを使いこなすようになったのは、いつごろからなんだろ? いやどうでもいい話だけどw
ミッキー・ニールソン / リコイル! / Micky Neilson / RECOIL! / 中原尚哉訳 / 2015
 ジミー・ニクソンは友人のツテで、夜に有名なゲーム制作会社の機材を使えるようになった。上手くいけば職にありつけるかもしれない。深夜二時過ぎに、社内テスト中のゲーム「リコイル!」で遊んでいたところ、タイミング悪く警備員が回ってきた。見つかるとマズいんで隠れたが、入ってきたのは警備員だけじゃない。物騒な雰囲気のロシア人らしき連中も…
 発売前のFPSで遊んでいたら、本物の銃撃戦に巻き込まれてしまった、という話。「ロボット兵士の戦争」によると、合衆国海兵隊も無人航空機のパイロットにゲームヲタクを使ってるとか。かと思えば、「戦争の心理学」では、FPSの流行で銃犯罪者の腕が上がってるなんて物騒な話もある。はたしてジミー君は…
ショーナン・マグワイア / サバイバルホラー / Seanan McGuire / Survival Horror / 中原尚哉訳 / 2015
 アーティはいとこにあたる。彼の地下室は、ある種の者にとってはお宝ギッシリの洞窟だ。大量のコミック、DVD、コレクターズアイテム。今、アーティは新しいゲームをインストールしたところ。起動ボタンを押したら、いきなり照明が消えた。電話もつながらない。おまけにあたしの足も床に貼りついちゃった。なんでも、フォーラムで拾ってきたゲームだとか。
 ちなみにアーティも語り手のアンチモニーも、インクブスの血縁。この世界では、妙な奴らがヒトに紛れて妙な奴らが暮らしているらしい。そんな連中がコミックを読んで楽しめるのかw まあ、こういう設定はレイ・ブラッドベリの「集会」など、SFの定番の一つではあるんだけどw ネットで拾った得体の知れないゲームなんかインストールするもんじゃないって話w
ヒュー・ハウイー / キャラクター選択 / Hugh Howey / Select Chatacter / 中原尚哉訳 / 2015
 娘のエイプリルが寝付いたら、わたしはゲームを始める。今日は珍しく、夫のジェイミーが早く帰ってきた。きまりが悪かったけど、ジェイミーはわたしのプレイが見たいという。市街戦のゲームだ。兵士になって戦場を駆け、反乱軍の兵と戦うゲーム。でもわたしの武装は銃剣をつけた自動小銃と拳銃、それと五個の水筒だけ。
 優れたプログラムってのは、往々にして作者の思惑とは全く違った使われ方をする。これはゲームも同じで、優れたゲームはプレイヤーやプレイスタイルによって全く違ったゲームに化ける。ガンパレード・マーチだと、お気に入りのキャラクター同士をカップルにする仲人プレイなんてのを見つけた人は、ほんと凄いと思う。「SFマガジン2016年12月号」にも大谷真弓訳で収録された。
アンディ・ウィアー / ツウォリア / Andy Weir / Twarrior / 中原尚哉訳 / 2015
 世間じゃ華やかに思われているプログラマーを続けてきたコナーズだが、懐は寂しい。おまけにスピード違反で切符を切られ、いよいよピンチ…と思ったら、なんと切符は警察の記録にないという。後でヤバい事になるんじゃないかと怯えながらブラウザを閉じたとき、インスタントメッセージが届いた。
 銀行にアクセスした直後、得体の知れないメッセージが来たら、そりゃビビるよなあ。「漏れ」とか「香具師」とか「乙」とかのネット・スラングが楽しいだけじゃなく、文章のテンポも心なしかキビキビしてる。つか訳者も出入りしてたのかw
コリイ・ドクトロウ / アンダのゲーム / Cory Doctorow / Anda's Game / 中原尚哉訳 / Salon.com 2004.11.15
 12歳の時、アンダは勧誘役のライザと出合い、憧れのクランであるファーレンハイトに入った。幾つかのミッションをこなし、小隊長にまで昇格したころ、変わったミッションの話がきた。軍曹のルーシーと組んで、マネーを稼ぐ。ゲーム内のゴールドじゃない。現実に使えるカネだ。
 肉体の筋力は関係ない筈のゲームでも、実際は野郎ばかり。若い娘が素性を晒せば変態男が蠅のように群がってくる。かと思えば、金にモノを言わせて貴重なアイテムを買いあさる奴もいる。などのオンライン・ゲームが抱えるダークサイドを、これでもかと見事に描き出した作品。加えて戦闘場面の迫力も、この作品集では飛びぬけている。
ケン・リュウ / 時計仕掛けの兵隊 / Ken Liu / The Clockwwork Soldier / 古沢嘉通訳 / Clarkesworld 2014.1
 ライダーは宇宙を駆け巡るバウンティ・ハンター。依頼に応じて獲物を見つけては捕らえ、依頼人に引き渡す。今回の獲物はアレックス、依頼人はその父親で有力者だ。ありがたいことにアレックスは抵抗せず、部屋でコンピュータをいじっているだけ。彼はテキスト・ベースのゲームを作っていて…
 「1アップ」同様に、テキストアドベンチャー・ゲームがキモとなる作品。いずれの作品も、ゲームとしては原始的なテキストだからこその工夫が活きている。気持ちを刺激するって点では、手紙より優れているのかも。PKD閾などの遊びも楽しい。
米光一成 / 解説

 「1アップ」は、登場人物の若々しさが光る。ライトノベルの市場でもイケそうな気がするんだけど、短編は難しいのかなあ。ゲーム雑誌に載ればイケるかも。「猫の王権」では、シェアリーのしぐさや服装を通して、介護する者が置かれている状況を伝えるあたりに感服した。「ツウォリア」は、ジャーゴンだらけでありながらサクサク読める会話が心地いい。

 中でも最も気に入ったのは、「アンダのゲーム」。もちろん、オーソン・スコット・カードの傑作にひっかけた作品。そういえば登場人物の年齢も同じぐらいだなあ。肉体の能力は関係ないはずなのに、相変わらずゲームの世界は野郎ばっかりだし、女が身元を明かす危険は、更に増している。加えて殺伐としたプレイやRMTや不摂生な生活など、ゲームが持つ闇の部分をハッキリと描きながらも、娯楽読み物としてのオトシマエはキッチリとつけるあたりが見事だ。

【関連記事】

 

| | コメント (0)

2019年4月14日 (日)

ロバート・チャールズ・ウィルスン「楽園炎上」創元SF文庫 茂木健訳

<こちらを見ている知らない人間がいたら、警戒せよ>
  ――p15

素材がナイロンだろうと蜘蛛の糸だろうと、網は網であり食事は食事だ。
  ――p163

「おまえは完全に正気かと訊かれて、自信をもってうなずける人もいないんじゃないか?」
  ――p302

「あんたが本当は何者なのか、わからなくなってきたよ。たぶん、今までもわかっていなかったんだろう」
  ――p397

「真実を知るほうが、愚者の楽園で生きるよりずっとまし」
  ――p493

【どんな本?】

 「時間封鎖」シリーズで大ヒットをかっ飛ばしたロバート・チャールズ・ウィルスンによる、ちょっと懐かしい雰囲気の侵略SF長編。

 第一次世界大戦は1914年に終わり、第二次世界大戦は起きなかった架空の世界。地球は「電波層」に覆われていた。これは電波を反射・拡散させ、世界的な通信を容易にする。と同時に、あらゆる電波通信を監視し、微妙に「検閲・改変」して、人類の運命を歪めていた。

 この性質に気づく者もいた。だが電波層=超高度群体は、見破った者を人知れず始末してしまう。そこで一流の科学者・数学者・技術者たちは世界的な秘密組織<連絡協議会>を作り、研究を続ける。だが、それも2007年まで。超高度群体は刺客を使い、連絡協議会の主要メンバーを虐殺したのだ。

 刺客は擬装人間。ヒトそっくりの姿でヒトそっくりに振舞う。だが実際は超高度群体が操る生体ロボットで、意識も感情もないが、巧みな演技で人を欺く。皮膚を切れば赤い血が流れるが、深く傷つけると緑色の悪臭を放つ液体を流す。

 キャシー・アイヴァースンは18歳の少女。12歳の弟トーマスと共に、伯母ネリッサ(リス)と暮らしている。彼女らは2007年に両親を超高度群体に殺された。以後7年間、連絡協議会の生き残りや遺族たちと密かに連絡を取り合い、目立たぬよう、またいつでも逃げ出せるよう、警戒と準備を怠らずに生きてきた。

 そんなキャシーの家の前に、擬装人間が現れた。生憎と伯母のリスは出かけている。電話は超高度群体に盗聴されるので使えない。キャシーはトーマスを連れ、連絡協議会の仲間の元へと急ぐのだが…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」のベストSF2015海外篇10位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Burning Paradise, by Robert Charles Wilson, 2013。日本語版は2015年8月21日初版。文庫本で縦一段組み、本文約486頁に加え、大野万紀の解説7頁。8ポイント42字×18行×486頁=約367,416字、400字詰め原稿用紙で約919枚。上下巻に分けてもいい長編。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。一部にSF的に凝った仕掛けがあるけど、深く突っ込まず「そういうもの」と思っていれば充分。味付けはSFというよりホラーやサスペンスなので、そういうのが好きな人向け。

【感想は?】

 1950年代~60年代の香りを21世紀に蘇らせた、B級サスペンスSF。

 なんたって、設定がいい。大掛かりなところでは電波層。これのお陰で第二次世界大戦は免れたが、コンピュータの発展は妨げられた。そのため、この作品の世界は、インターネットもスマートフォンもない、やや懐かしい雰囲気が漂っている。

 たぶん、著者は、そういうのが好きなんだろう。冒頭から主人公のキャシーはレコードを聴いてるし。現実の18歳の娘なら、iPhone などのデジタル・オーディオ機器を使うはずだ。アパートから街路を見おろせば、そこには古書店がある。いいねえ、古書店。そういう街並みが好きなんだろうなあ。

 加えて、電波層のせいで電話が使えない。奴らは密かに電気信号を盗聴し、検閲し、改竄する。そのため、家族や仲間に何かを伝えるにも、郵便か直接に会って伝えるしかない。この制約が、追っかけっこのスリルを盛り上げる。

 そんな少しかび臭い舞台で展開する物語が、これまた懐かしのB級侵略サスペンスSF映画そのもの。その最大の仕掛けが、擬装人間だ。ヒトそっくりの格好で、ヒトそっくりに振舞うが、実態は電波層=超高度群体の操り人形。わはは。ゼイリブかよw しかもお約束通り、体の中には緑色の臭い液体が詰まってる。そうだよね、緑色でなくちゃw

 奴らは人知れず侵略を進めていた。だが、わずかながら、それに気づく者もいた。彼らは秘密組織=連絡協議会を作り、奴らの正体を暴いて対抗しようとしていたが、奴らに気づかれ虐殺される。数少ない生き残りは身分を偽り目立たぬよう生きてきた。その生き残りの一人、キャシーに擬装人間が迫り、あわてて逃げ出すが…と、いかにも映画監督のジョン・カーペンターが食いつきそうな設定だ。

 以後はキャシーの逃避行が中心となって物語が進む。ここでも、擬装人間の設定が活きてくる。なにせ人間そっくりで、正体を見極めるには体を深く傷つけるしかない。誰が人類で誰が侵略者なのか、全くわからない。奴らはヒトの言葉を喋るが、それが嘘か本当か見極めるすべはない。お陰で、出会う人すべてが信用できない。

 更に、冒頭近くで、擬装人間が内情を語る場面がある。これも舞台装置をひっくり返しかねない話なんだが、何せ嘘ばかり言う奴らのこと、その話もどこまで信用していいものやら。

 しかも、連絡協議会の生き残りの中心メンバー、ウェルナー・ベックが、これまた怪しさプンプンのオッサンで。

 強引で精力的かつ、偏執的なまでに注意深く電波層や疑似人間を用心する。おまけに金持ちw 謎の金持ちは、この手のお話のお約束ですね。一見、頼りになるようだけど、果たして信用できるのかどうか。単に用心深いだけなのか、イカれているのか、はたまた擬装人間なのか。彼が機内食を食べる場面とかは、実にゾクゾクする。

 やはりB級SFに欠かせないのが、荒野に一人で住む荒っぽくて胡散臭い男。ターミネーター2だと、サラとコナーを匿うメキシコの一家みたいな立ち位置にあるキャラクター。本作のユージーン・ダウドは、そんな役を担う自動車修理屋だ。野郎の一人暮らしだから清潔とはほど遠く、機械油のにおいをプンプンさせ、裏商売にも通じた胡散臭いオッサン。

 こういう奴が顔を出すと、それだけで私はニタニタしてしまう。お約束の道具立てやキャラクターが出てくると、それだけで嬉しくなるのだ。

 とかのB級侵略SFや懐かしSFのイースター・エッグがアチコチに埋まっているのも、マニアには嬉しい点。南極の氷床コアは映画「遊星からの物体X」だろうし、ゲイルズバーグは侵略SFの古典「盗まれた街」の作家ジャック・フィニイのもう一つの代表作「ゲイルズバーグの春を愛す」だろう。イギリスのウィンダムは「呪われた村」の作家ジョン・ウィンダムかな。

 そういう空気を色濃く漂わせるだけに、グロい場面もアチコチにある。冒頭で擬装人間が緑色の体液をブチ撒けるのを皮切りに、ドロドロ・グニャグニャ・ウニョウニョなシーンもキッチりと書き込んであるので、そういうのが好きな人はお楽しみに。特に終盤、最終決戦の場面では、気色悪さの大サービスだ。ああ、ゾワゾワする。

 その上で、ちゃんとソレナリの屁理屈を加えてるあたりは、21世紀のSFに相応しい。中でも最も大きな役割を担うのが、随所に挿入される昆虫学者イーサン・アイヴァースンの論文の要旨。昆虫学者ってのがミソで、あの六本脚の生物の生態ってのは、私たちから見たら確かに異様なんだけど、同時に合理的でもあるんだよなあ。

 懐かしのB級侵略サスペンスSFの香り高い、娯楽ホラー作品だ。リラックスして楽しもう。

【関連記事】

| | コメント (0)

2019年4月10日 (水)

大森望監修「カート・ヴォネガット全短編1 バターより銃」早川書房

「この16人みんなが、わたしのやるチェスの駒になるんだよ」
  ――王様の馬がみんな……

「プロの兵士になる唯一の方法は流血だ」
  ――審判の日

「明日、戦争のない場所へおまえを連れていってやるよ」
  ――ハッピー・バースディ、1951年

恐怖を利用してなにかをさせる人間は、病気的で、哀れで、痛ましいほど孤独だ
  ――司令官のデスク

「真実を口にしちゃいけないのか?」
  ――化石の蟻

【どんな本?】

 「プレイヤー・ピアノ」「スローターハウス5」「猫のゆりかご」「タイタンの妖女」など、シニカルながらも温かみのある芸風でSFファンにもお馴染みのアメリカの人気作家カート・ヴォネガット。彼が遺した短編をまとめ、8個のテーマ別に並べた「COMPLETE STORIES」が、日本では四分冊に分かれての刊行となった。

 この巻「バターより銃」では、「戦争」と「女」を収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は COMPLETE STORIES, by Kurt Vonnegut, 2017。2018年9月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約433頁に加え、大森望の解説7頁。9.5ポイント44字×19行×433頁=361,988字、400字詰め原稿用紙で約905枚。文庫なら上下巻に分けてもいい分量。

 いずれの作品も文章はこなれていて読みやすい。SFもあるが、1950年代の作品だけに、難しい仕掛けはほとんどない。むしろ、当時のSFだけに、現実に追い越された作品もある。当時は人工衛星がなかったのだと頭に留めておこう。

 それより、この巻で重要なのは、著者カート・ヴォネガットの戦争体験と、当時の時代背景だ。著者は第二次世界大戦の欧州で戦うが、ドイツ軍の捕虜になり、ドレスデンの捕虜収容所で連合軍の空襲に巻き込まれたが、なんとか生き延びた。この体験は後に傑作「スローターハウス5」として結実する。また、当時はアメリカとソ連が互いに核で脅し合う冷戦の最中であり、その緊張感が漂う作品が多い。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 訳者 / 初出。

序文(デイゥ・エガース) / 鳴庭真人訳
イントロダクション(ジェローム・クリンコウィッツ&ダン・ウェイクフィールド) / 鳴庭真人訳

セクション1 戦争
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

王様の馬がみんな… / All the King's Horses / 伊藤典夫訳 / コリアーズ1951年2月10日号
 ブライアン・ケリー大佐は、家族と部下を引き連れ、インドに向かった。だが輸送機は嵐でコースを外れ、不時着する羽目になる。あいにくとそこは共産ゲリラが支配する地域で、大佐ら16人はゲリラに捕えられてしまう。ゲリラのボスであるピー・インはケリー大佐に取引を持ち掛けたが…
 映画「ディア・ハンター」を連想する作品。吐き気がするほどわかりやすい形で戯画化してはいるが、現実の戦争を指揮する者がやっているのは、まさしくこういう事なんだよなあ。それでも、そこに住む人たちを考えなければの話で…
孤児 / D.P. / 伊藤典夫訳 / レディーズ・ホーム・ジャーナル1953年8月号
 ライン川近く、ドイツの米軍占領地に孤児院がある。修道尼たちが、81人の子供を養っていた。その一人、ジョーは<褐色の爆撃機>と呼ばれている。ジョーは両親のことを知りたがるが、シスターは話を逸らす。ある日、村人がジョーに話しかけた。「ジョー、お父さんが町に来てるぞ」
 第二次世界大戦後、少し落ち着きを取り戻したドイツを舞台とした作品。世間は落ち着いてきても、ジョーが孤児であることは変わらないんだよなあ。これ日本を舞台にすると、更に悲惨な話になってしまう。
人間ミサイル / The Manned Missiles / 宮脇孝雄訳 / コスモポリタン1958年7月号
 私、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国イルバ村の石工、ミハイル・イワンコフは、アメリカ合衆国フロリダ州タイタスヴィルの石油商であるあなた、チャールズ・アッシュランドに、あいさつとお悔みの言葉を申し上げます。あなたの手を握りましょう。
 ユーリ・ガガーリンが世界初の宇宙飛行を成し遂げるのは、作品発表の3年後なのを考えると、見事に時流を言い当てた作品だろう。現実のガガーリンの家族も、ミハイル・イワンコフと似て素朴な人たちだったようだ(→「ガガーリン」)。
死圏 / Thanasphere / 伊藤典夫訳 / コリアーズ1950年9月2日号
 地球の二千マイル上空から、ライス少佐の通信が届いた。彼の任務は、上空から敵地を偵察し、非常時には味方の誘導核ミサイルを観測すること。月面を横切る物体を観測した者は多かった。だがロケット顧問のグローシンガー博士はシラをきる。最高責任者のデイン将軍はライス少佐からの連絡に最初は喜んだが…
 まぎれもないSF。低軌道には国際宇宙ステーションが浮かび、GPS用や通信衛星・気象衛星そして数知れぬ偵察衛星が飛ぶ現代ならともかく、1950年には宇宙に何があるか全く分からなかった。ヴォネガットらしい皮肉が効いた作品。
記念品 / Souvenir / 浅倉久志訳 / アーゴシー1952年12月号
 質屋のジョー・ベインは、安く買いたたいて高く売る。月曜の朝、店に入ってきたのは、貧しそうな若者だった。不景気で金がない、この時計を五百ドルで買ってくれ、と。ルビーと四個のダイヤがはめ込まれた、立派な時計だ。ドイツ語の銘が彫ってある。先の戦争で手に入れたという。
 第二次世界大戦で従軍し、捕虜になった著者の体験が活きている作品。欲の皮の突っ張ったジョー・ベインが、朴訥な若者を騙す手口には舌を巻く。ビンボってのは、人の心を折るんだよなあ。戦争終結直後の混乱を巧く描いている。
ジョリー・ロジャー号の航海 / The Cruise of The Jolly Roger / 浅倉久志訳 / ケープコッド・コンパス1953年4月号
 陸軍で17年を過ごしたネイサン・デュラント少佐は、朝鮮で負傷し、退役する。陸軍に身を捧げるつもりだったデュラントは、病院で隣のベッドにいた男に影響され、中古のキャビン・クルーザーを買う。プロヴィンスタウンの港に上陸した彼を、四人の若者がスケッチしている。その絵は…
 ケープコッド・コンパスは、きっとご当地雑誌なんだろう。地元の風景や人々、そしてイベントを盛り込むだけでなく、巧みに料理して、本来の読者の気分をよくするように工夫している。
あわれな通訳 / Der Arme Dolmetscher / 浅倉久志訳 / アトランティック・マンスリー1955年7月号
 1944年、第二次世界大戦の西部戦線、ベルギー。学生時代にルームメイトからハイネの<ローレライ>を仕込まれたせいで、わたしは大隊通訳に任命されてしまった。不安におびえていたが…
 これまた従軍経験を活かした作品。案外と実話じゃなかろかw
バゴンボの嗅ぎタバコ入れ / Bagombo Snuff Box / 浅倉久志訳 / コスモポリタン1954年10月号
 戦時中、レアドは大尉として基地にいた。11年ぶりに町を訪れたレアドは、元妻のエミーに会おうと思い立つ。今は別の男と結婚し、二人の子供がいるらしい。イラクやセイロンやアマゾンなどを、レアドは飛び回ってきた。
 派手に飛び回っているレアドと、日々の暮らしに追いまくられているエミー。エミーの夫ハリーの心中は複雑だろうけど、儲け話に心が動く気持ちはよくわかる。…と思ったらw
審判の日 / Great Day / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 大柄だったおれは、16の時に歳を誤魔化して世界陸軍に入った。配属されたのはタイムスクリーン中隊。任務は極秘だ。ボスのポリツキー大尉も、重要な任務だとは言うが、中身についてはなにも話してくれない。
 これまた2037年を舞台としたSF。世界陸軍の名のとおり、国同士の争いがなくなっている、そんな想定で書かれている。そんな風に世の中が変わっても、アメリカの田舎の人間が考える事はほとんど変わっていない。アメリカの田舎に限らず、人はなかなか変わらないんだよなあ。
バターより銃 / Guns Befor Butter / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 ドイツ軍の捕虜になったアメリカ兵の三人、ドニーニとコールマンとニプタッシュは、暇さえあれば食べ物の話ばかりしている。ここはドレスデン、三人は空襲の後片付けに駆り出された。監視役のクラインハンス伍長もやる気がない。ドイツ軍の士官が来たときだけ、忙しそうにしていればいい。
 やはり捕虜になった経験を元にした作品。どの国だろうと、人はそれぞれ。それは兵も同じで、いい人も入れば嫌な奴もいる。クラインハンス伍長は無愛想だけど…。
ハッピー・バースティ、1951年 / Happy Birthday, 1951 / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 戦争が終わった日、老人は避難民の女から赤ん坊を預かった。以来、二人は、七年間も地下室に隠れて生き延びてきた。進駐軍に発見され、身分証明を書く段になって、老人はやっと気がついた。子供の誕生日も知らなかった、と。そこで、次の日を誕生日として、そのプレゼントを考えたが…
 「イワンの戦争」によると、多くの孤児が「連隊の息子」になったとか。家も家族も失った子供が、軍について行ったのだ。たぶんこれは赤軍だけじゃなく、他の軍も似たような事はあったんだろう。戦争を知っている老人と、何も知らない子供の対比が鮮やかな作品。子供のうちはこれでもいいけど…
明るくいこう / Brighten Up / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 ドレスデンの捕虜収容所で、わたしはルイスと出合った。ニューヨークの貧民街で育ったルイスは、世の中をよく知っていた。わたしたちは外の作業に駆り出されたが、ルイスは監視兵に取り入って、当番兵になり、収容所に残った。また、捕虜仲間を相手に商売を始め…
 世の中ってのは往々にしてそんなモノで。目端が利いて商売っけのある奴ってのは、どこにでもいるんだよなあw
一角獣の罠 / The Unicorn Trap / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 西暦1067年のイギリス。村には18の絞首台が並び、死者がぶら下がっている。征服王ウィリアムの友人、恐怖公ロベールに吊るされたのだ。すぐ近くに、木こりの一家が住んでいた。エルマー、妻のアイヴィー、十歳の息子エセルバート。そこに恐怖公ロベールの使いが現れ…
 フランスはノルマンディーの王だったギヨーム(ウィリアム一世、→Wikipedia)によるイギリス征服を背景とした物語。なんて歴史の知識はなくても、庶民から見た侵略者とその取り巻きって関係は、すぐにわかる。
略奪品 / Spoils / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 ウォード氏はヨーロッパの戦場で、24人分の銀製食器をパクってきた。だがポールの略奪品は、錆びて曲がったドイツ空軍のサーベルだけで、それを妻のスーにからかわれる。それというのも…
 これも捕虜になった経験を元にしたお話。敗戦国ドイツでも西側はともかく、赤軍に占領された地域の悲惨さは「ベルリン陥落」などが詳しいが、ホラーやスプラッタが苦手な人にはお勧めしかねる。もっとも、東部戦線じゃドイツ軍も似たような真似をしてるんだけど。
サミー、おまえとおれだけだ / Just You and Me, Sammy / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 戦前、ニュージャージーには親独協会があった。わたしはドイツ系で、父も一時期は協会に関わっていたが、正体を知って退会した。だが、家族でドイツに渡った人たちもいた。戦争が終わった時、わたしはジョージと共にドイツの捕虜収容所にいた。ジョージは監視兵に巧く取り入ったが、捕虜仲間からは煙たがられていた。
 これもやはり捕虜経験を元にした作品。「明るくいこう」と同じく、巧みに監視兵に取り入り捕虜仲間相手の商売で稼ぐ男がジョージ・フィッシャーの名で出てくる。ただしこちらには続きがあって…。
司令官のデスク / The Commandant's Desk / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 チェコスロバキアの町ベーダ。戦争が終わり、ソ連軍にかわりアメリカ軍が進駐してきた。わたしは1916年にオーストリアの歩兵として戦って左足を失い、今は家具職人として娘のマルタと住んでいる。支配者は次々と変わった。ナチ、赤軍、チェコの共産党員。今度のアメリカ軍の司令官はイケイケのエヴァンズ少佐で、副官は落ち着いたドニーニ大尉。二人は折り合いが悪いようで…
 敗者であるチェコスロバキアの民間人の視点で描くあたりが、ヴォネガットらしい芸風。舞台こそ第二次世界大戦直後らしいが、現在のイラクやアフガニスタンやチェチェンに移しても充分に通用しそうな話だ。
追憶のハルマゲドン / Armageddon in Retrospect / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 わたしは例の「ハルマゲドン事件」で有名なパイン研究所の管理職を務める者です。はじまりはドイツの故ゼーリヒ・シルトクネヒト博士の著作でした。博士は後半生をかけて世界に訴えましたが、その努力は実りませんでした。彼はこう信じていました。「精神を病む者たちは、悪魔にとりつかれている」と。
 どこぞの新興宗教の始まりと発展を描いた話、かと思ったらw 博士の肩書のある人が遺したケッタイな理論に、アレな金持ちが取り憑かれて財産をつぎ込み、そこに優れたプロデューサーが乗り込んで…。ヴォネガットがSF長編で発揮する、ひねくれたユーモアと馬鹿げたアイデアをたっぷりと詰めこんだ上に、オチも鋭いw
化石の蟻 / The Petrified Ants / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 ヨシフと弟のピョートルは、ロシアを代表する蟻学の研究者だ。蟻の化石が見つかったとの報を受け、鉱山にやってきた。鉱山監督のボルゴロフはスターリンにコネがあるらしく、ふんぞり返っている。空気を読まないピョートルをヨシフがなだめつつ、肝心の蟻の化石の調査を始めると…
 冷戦時代のソ連を風刺した作品。ルイセンコ論争(→Wikipedia)が示すように、当時のソ連の科学界は悲惨な状況で。ロケットの父、セルゲイ・コロリョフですら収容所送りになってるし。まあ、似たような事は他の国でも起きてるんだけどね。
暴虐の物語 / Atrocity Story / 大森望訳 / 本書初出
 第二次世界大戦が終わり、解放されたアメリカ人捕虜の中で、わたしたちは最後のグループになった。戦争犯罪テントに呼ばれたのは三人。わたし、ドニーニ、そしてジョーンズ。マロッティが略奪の罪で銃殺された件を聞きたいらしい。マロッティは衛生兵で、ドレスデン爆撃のさなかにドイツ人の出産を助けたこともある。
 お得意の捕虜経験、それもドレスデン爆撃を元にした物語。ほんと、戦争ってのは何が生死を分けるかわからない。

セクション2 女
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

誘惑嬢 / Miss Temptation / 宮脇孝雄訳 / サタディ・イヴニング・ポスト1956年4月21日号
 スザンナは夏季劇場の端役女優で、消防団詰所の上に部屋を借りていた。夏の間、村のみんなは彼女にあこがれていた。彼女が話しかける相手は、ドラッグストアの薬剤師、72歳のビアス・ヒンクリーだけ。でもその日は違った。18か月の朝鮮での兵役を終え、フラー伍長が帰ってきたのだ。
 いろいろと若さを感じさせる作品。若くして朝鮮の戦場に送られ、そのショックに呆然とし、怒りでしか気持ちを表せないフラーを、村の人々がどう扱うかというと…。ヴォネガットが望んだアメリカの姿を、比較的ストレートに描いた話。
小さな水の一滴 / Little Drops of Water / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 バリトン歌手のラリーは、副業にボイストレーニングのトレーナーもやっている。生徒は決まって豊かで若く美しい、歌手を目指す娘だ。たいてい生徒たちはラリーに憧れ恋をし、やがて「卒業」する。ラリーの暮らしは規則正しいスケジュールに従っていて、生徒や恋人、まして妻に割く時間はほとんどなかった。エレン・スパークスもラリーの教え子で…
 ヴォネガットにしてはテレビドラマ向きの作品で、今ドラマ化しても充分にイケる。主役はジャニーズあたりのイケメンがいい。向こうが了解すれば、だけどw 1950年代のリチャード・マチスンやロバート・シェクリイ、フレドリック・ブラウンの職人芸を感じさせる、スマートな短編だ。

 戦争がテーマなだけに、やはり捕虜の体験をネタにした作品が多い。私は「追憶のハルマゲドン」のような馬鹿話が、ヴォネガットらしくて好きだなあ。「小さな水の一滴」みたく小技の利いた作品も書けるとは知らなかった。いかにも売れそうな短編なのに。

【関連記事】

| | コメント (0)

より以前の記事一覧