カテゴリー「書評:SF:海外」の216件の記事

2019年1月17日 (木)

デニス・E・テイラー「われらはレギオン 3 太陽系最終大戦」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

「負けたんだ。そのせいで、知的種族が十億人、命を落とすはめになるんだ!」
  ――p16

[接続先の船とのインターフェースが突然終了しました。シャットダウン・ハンドシェイクは実行されませんでした]
  ――p119

「ええと、問題はそこなんだ。ぼくにはこれが核融合炉だと思えないんだよ」
  ――p135

「やつが墓場まで持っていかなきゃならないと思った秘密ってなんだろうな」
  ――p189

「間違いないな。ぼくたちは侵略されようとしている」
  ――p299

【どんな本?】

 カナダの新人作家デニス・E・テイラーのデビュー三部作の最終章。

 プログラマのロバート・ジョハンスン(ボブ)は、事故で死んだ…はずだったが、2133年に目覚めた時は、マシンの中のプログラムになっていた。ボブは恒星間宇宙船となり、宇宙へ旅立つ。人類が植民できる惑星を探すために。

 旅の途中では、見つけた金属資源で自らを複製し、更なる探索へと向かう。複製たちは、少しづつ性格が違い、気が合わない奴もいる。だが、宇宙は広い。ツルむのが嫌なら、別の星系へと向かえばいい。そうやって探索範囲を広げていくうちに、知性を持ちそうな種族にも出会う。

 その頃、地球は幾つかの勢力が睨み合い、寒冷化して人類は絶滅寸前となっていた。

 異星の知的種族を助け、人類の植民に協力し、新たな植民惑星を見つけ…とボブたちは忙しく働き続ける。だが思わぬ天敵の出現・現地の生物の襲来・人類同士の反目と、解決すべき問題は増える一方。加えて恐るべき敵アザーズが地球へと迫っていた。

 丹念に考察された設定ながら、ヲタク大喜びなネタを随所に取りまぜつつ、ユーモラスな筆致でテンポよく物語が進む、新世代のスペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は All These Worlds, by Dennis E. Taylor, 2017。日本語版は2018年10月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約376頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント41字×18行×376頁=277,488字、400字詰め原稿用紙で約694枚。文庫本としてはやや厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。ただし内容はコテコテのスペース・オペラだ。なにせ主人公が恒星間宇宙船だし。加えて、三部作とは言いつつ事実上は大長編の第三部なので、登場人物や独特の設定について詳しい説明はない。素直に最初の「AI宇宙探査機集合体」から読もう。

 登場人物がやたらと多いので、巻末の登場人物一覧はありがたい。カバー折り返しや冒頭にも抜粋があるが、巻末の一覧は段違いに詳しいのでお見逃しなく。

【感想は?】

 ノリとテンポの良さは相変わらず。目まぐるしく場面が切り替わりつつ、一気に最後の決戦まで突っ走る。

 人格を持った宇宙船ってアイデアは、結構前からある。キャプテン・ハーロックの乗艦アルカディア号とか。アン・レッキー「叛逆航路」シリーズは逆も出てきた。S・K・ダンストール「スターシップ・イレヴン」は、正体不明ながら多少匂わせてる。すんません、アン・マキャフリィ「歌う船」はまだ読んでません。

 対してこの作品の特徴が、いかにも元プログラマの著者らしい所。ボブは人格を持ってるだけでなく、コピーまで出来てしまう。そりゃプログラマなら、貴重なデータを預かった時は、とりあえずバックアップを取るよね。

 お陰でボブはうじゃうじゃと増殖してゆく。ただし少しづつ性格が違う。もっとも、違うといっても、元がボブだけに、みんな揃って権力志向がないのが心地よいところ。なんたって宇宙は広い。新天地はいくらでもある。気に食わなきゃ他へ行けばいいのだ。

 ってなわけで、アチコチに散らばったボブたちは、それぞれがやりたいようにやっている。衰え切った地球の調停に携わる者、植民地の自立を助ける者、異星種族の意生き残りを見守る者、そしてアザーズへの反撃を目論む者。

 どれ一つを取っても、他のSF作家なら一冊分の長編を書けるだけのネタだ。が、このシリーズでは、その全部をブチ込み、マルチスレッドで展開してゆく。おかげで、次々と場面が切り替わり、ストーリーはサクサクとテンポよく進んでゆく。娯楽作品としては、実に気持ちのいい構成になっている。

 中でも私が最も気に入ったのが、オリジナルのボブのスレッド。エリヌダス座デルタ星系で、旧石器時代レベルの文明を持つ異星人を導くパート。私はこういうのが大好きなのだ。ロジャー・ゼラズニイの「十二月の鍵」とか小川一水の「導きの星」とか…って、前にも書いたなあ。

 ここで最初から気が付くのが、世代が変わっている点。今まで活躍していた賢者アルキメデスと戦士アーノルドは少し引っ込む。その分、表に出るのは息子のドナルドとバーニイだ。

 世代ったって、ボブたちの世代とはワケが違う。ボブたちにも世代はあるが、彼らは老いないし、記憶も引き継ぐ。最悪の場合に備えてバックアップだって取れる。イザとなったら新しいハードウェアに移植すればいいだけだ。

 だが、アルキメデスたちは違う。これはアルキメデスたちだけじゃなく…

 とまれ、バックアップから復旧するにしても、リソースが必要だ。ハードウェアの原材料となる金属はもちろん、何より時間が厳しい。これで笑っちゃったのが、ニールとハーシェルの会話。プログラマなら何度も味わうジレンマだ。

 マクロなどの道具を造れば、似たような事態に陥った時、今後は楽になる。でも今回だけに限れば、その場しのぎの手作業で片づけちゃった方が早い。さて、どうしますか? まあ、たいていはスケジュールが厳しいんで、その場しのぎでやっちゃうんだよね。でも、それが積み重なると…。 余裕は大事だね。

 とかのマニアックなクスグリは、この巻でも健在だ。加えて、サブタイトルの「太陽系最終大戦」は伊達じゃない。幾つもに分かれたボブのスレッドは、途中で想定外の割り込みに足を取られつつも、終盤で鮮やかな同期を果たし、三部作に相応しいクロージングへと向かってゆく。

 ヲタクなネタをアチコチに埋め込み、多数のストーリーを同時並行的に語ることでスピード感を生み出し、綺麗なフィニッシュを決めた新世代スペース・オペラの快作だ。

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2019年1月15日 (火)

ニール・スティーヴンスン「7人のイヴ Ⅲ」新☆ハヤカワSFシリーズ 日暮雅通訳

「イヌ科の動物が大幅にエピになってるんだ。ほとんどわからないぐらいまでにね」
  ――p40

何も読むものがないという状況に陥ること以上に、ひどいことはないのだ。
  ――p93

【どんな本?】

 アメリカの人気SF作家ニール・スティーヴンスンによる、未来パニック長編三部作の最終章。

 突然、月が砕けた。やがて月の破片は大量の隕石の雨となり地球に降り注ぐだろう。地上は千年単位で灼熱地獄となる。人類は種として生き残るべく、限られた時間で対策を講じる。地球の軌道を周回する国際宇宙ステーションを中心としたコロニーに、若者たちを送り出した。

 そして五千年が過ぎる。

 人類は生き残り、軌道上のコロニーはリング状のハビタットへと発展した。隕石の落下は収まり、テラフォーミングの努力も実って、地上の天候は落ち着きを取り戻す。幾つかの動植物も地上に導入し、独自の進化を遂げるまでになった。

 キャス・アマルトーヴァア・ツーは監視人。地表で生態系を観察する任務の終わり近くで、人影を見かけた気がしたが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Seveneves, by Neal Stephenson, 2015。日本語版は2018年8月20日発行。新書版で縦二段組み本文約402頁9ポイント24字×17行×2段×350頁=285,600字、400字詰め原稿用紙で約714枚。文庫本なら厚めの一冊ぐらいの長さ。

 文章はこなれている。ただし内容はコテコテのSFだ。軌道上のリングをはじめ、ウジャウジャとSFガジェットが出てくる。また、最近のSFによくあるように、冒頭から説明なしに物語世界の専門用語が次々と飛び出す。なので、「わからん単語はとりあえず読み飛ばす」というSFの読み方を身に着けた人向け。

 また、物理的には三分冊になっているが、元は三部からなる長編の最終章だ。なので、を読んでから挑もう。

【感想は?】

 「帰って、きたぞー!」と叫びたくなるようなオープニング。

 何せ今までの舞台は、息苦しく狭苦しい宇宙船の中ばっかりだった。いや実際には広大な宇宙空間を動いていたんだが、物語の多くは狭い船内で展開したし。

 ところがこの巻では、朝日がさす木立のそばで始まる。天井に何もない風景の解放感が、これほど心地いいとは。たかだか五千年では、人類百万年の本能を黙らせることはできないのだ。やっぱし野外でやる○○は気持ちいいよね、わっはっは。

 テクノロジーも相当に進んだらしい。懐かしの<ナッツ>は、小さいながらも用途の広い便利屋に成長している。終盤ではダイナなら決して考えなかったような使い方までされてるし。次に出てくるグライダーも、この世界を象徴している。

 というのも。この世界、確かに幾つかのテクノロジーは高度に発達している。が、私たちの世界じゃ巨大な存在感を示すモノが、見事に抜け落ちているのだ。石油と、それを使う内燃機関が、全く出てこない。

 出てこないのも当たり前で、この世界のテクノロジーは軌道上で発達したからだ。そこには油田なんかない。だから、キャス・ツーの乗り物は無動力のグライダーであって、プロペラを回す軽飛行機じゃない。こういうマニアックな気づかいは、最後まで途切れず続く。設定マニアには実に嬉しい。

 続いて出てくる<ボロ>は、この世界が成し遂げた技術の進歩を見せつけるに相応しい、大掛かりなシロモノ。現在の地球じゃ技術的にももちろん、社会的にも大問題を引き起こしかねないブツだが、地上の文明が滅びたこの世界なら、邪魔する者もいないしウフフw

 そして、すぐに明らかになる「7人のイヴ」なるタイトルの意味。まあの終盤でだいたい見当はつくものの、こういう風に物語を進めるかあ。これまた現在の文明と似たモノを引きずりながらも、由来がハッキリしているのが面白い。それに…

「私たちはテクノクラートです。判断はエンジニアのように下します。それが必ずしも、人々が望む想像と一致するとは限りません」
  ――p288

 と、全般的にエンジニアが重要な役割を果たす、理性と合理性を重んじつつ、感情の影響をちゃんと計算する文化なのも嬉しいところ。これまた冒頭近くでキャス・ツーがベレドと会う場面でも、それが感情に由来するものだ、と自覚してるあたりがクールだ。

 そういう文化の発達具合へのこだわりは、バトル・シーンでも大いに発揮してたり。何より得物がケッタイなんだけど、それが彼らの生活環境と密接に関係してるとか、どこまで拘るんだかw

 などの細かい部分でマニアを散々くすぐりつつ、終盤ではベストセラー作家の腕前を存分に発揮して、SFならではの壮大な読後感を堪能できる本格SF長編。盛りだくさんのガジェットを楽しめる人にお薦め。

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2019年1月13日 (日)

ニール・スティーヴンスン「7人のイヴ Ⅱ」新☆ハヤカワSFシリーズ 日暮雅通訳

「ここには法律がない。権利もなければ憲法もない。法律制度も警察も存在してないわ」
  ――p75

「たとえば、誰かひとりが嘔吐した場合は、死ぬのはぼくらの半数になるだろうから、このミッションを遂行できる可能性がある。もし誰も嘔吐していないのなら、誰も死なない。少なくとも数週間という期間ではね」
  ――p193

【どんな本?】

 アメリカの人気SF作家ニール・スティーヴンスンによる、近未来パニック長編三部作の第二幕。

 突然、月が砕けた。やがて月の破片は隕石として地球に落ちるだろう。気候は激変し、地上は数千年の単位で誰も住めなくなる。残された時間は二年程度。

 人類は国際的な協力体制を敷き、種としての人類を残そうとする。地上400kmを周回する国際宇宙ステーションを中心としたコロニーを造り、そこに千五百人の若者を送り出すのだ。

 人類は突貫作業で大量のロケットを打ち上げ、人々と物資を送り届ける。そしてついに地球滅亡の日がきた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Seveneves, by Neal Stephenson, 2015。日本語版は2018年7月20日発行。新書版で縦二段組み本文約402頁9ポイント24字×17行×2段×402頁=328,032字、400字詰め原稿用紙で約821枚。文庫本なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの長さ。

 文章はこなれていて読みやすい。ただし中身はとっても濃いSFなので、覚悟して挑もう。アイデアの多くは、地球周回軌道上の物体の動きについてなので、そういうのが好きな人向け。

【感想は?】

 ロケットマニア大喜び。

 この巻、何が面白いといって、展開するトラブルのほとんどが、軌道力学すなわちデルタVに起因してるってのがたまんない。

 科学重視のSFって点では、グレッグ・イーガンに近い。ただ、イーガンは、最新物理学のネタを駆使するために、読みこなすには相対性理論や量子力学に通じている必要がある。が、この作品のこの巻では、ニュートン力学で充分に収まるのが有り難い。

 軌道力学ったって、基本は単純だ。慣性の法則、作用反作用の法則、そして万有引力の法則だけ。動いている物をほおっておくとそのまま動き続ける。何かを前に押せば、押した物には後ろ向きの力が加わる。モノとモノは引き合う、そんだけである。

 人工衛星が空に浮かんでいられるのは、主に二つの理由だ。まず、人工衛星はやたら速く動く。これが生み出す遠心力が、地球の重力と釣り合い打ち消し合うので、一見無重力に見える。また、地上と違い空気抵抗がないので、一度獲得した速度を失わないで済む。

 いずれにせよ、しっかりした支えがない状態で浮かんでいるため、軌道上の二つの物がドッキングする際には、私たちの直感と全く違う機動が必要になる。

 そう、「軌道上のドッキング」を、思いっきり詳しく掘り下げたのが、この作品の美味しい所。ただドッキングったって、大きく分けて二つの種類がある。嫌なドッキングと、嬉しいドッキングだ。

 嫌なドッキングは、衝突だ。これも二つあって、隕石やデブリとの衝突と、宇宙船同士の衝突。

 なにせ月が砕け、そこらじゅうに破片が漂ってる状態だ。漂ってるとは言っても、軌道上じゃすべてのモノの速度が桁違いで、秒速数千メートルの世界だ。パチンコ玉程度の小石でも、そこらの対物ライフル並みの破壊力を持っている。

 これが戦車なら頑丈な装甲で覆うんだが、宇宙に重い物を持ち上げるのは、やたら費用が掛かる。だから、主人公たちが住む<イズィ>や<アークレット>はペラペラの紙装甲だ。ひたすら避けるしかない。

 ここで第二の嫌なドッキングその二、宇宙船同士の衝突が絡んでくる。

 人類に余裕があれば、充分な大きさの宇宙ステーションを造れただろう。でも、そんな余裕はなかった。じゃどうするかというと、デカいペットボトルみたいな形の居住区画<アークレット>を、たくさん打ち上げた。

 お陰で、何百ものアークレットが数珠つなぎになって、同じ軌道を漂っている。それぞれ数kmぐらい離れちゃいるが、なにせ軌道上だ。速度は秒速千km単位である。ちょっと触れただけでも一気に大事故となりかねない。

 ってんで、うじゃうじゃと破片が漂っている中を、元国際宇宙ステーション<イズィ>と<アークレット>の群れが、いかに生きのびるか。

 加えて、中盤以降では、嬉しいドッキングの話も出てくる。上手くいけば嬉しいドッキングだが、やっぱりニュートン力学に縛られる。軽いゴルフボールなら遠くに飛ばすのは簡単だが、重いボウリングのボールは難しい。重い物を動かすには、相応の力が要る。

 いずれも私たちが中学校の理科で学ぶ物理学の基礎だ。それが著者の手にかかると、手に汗握るスリリングなドラマに変わるのが見事。

 他のネタとして、軽い物は脆く重い物は強いとか、水が氷ると氷になるとか、気体は暖まると膨らむとか、ごく当たり前の理科のネタでグイグイと話を盛り上げてゆく。まさにサイエンス・フィクションの王道ド真ん中を剛腕の力技で突っ走る、マニア大喜びの剛速球型本格SF小説だ。

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2019年1月 4日 (金)

ジョン・スコルジー「ロックイン 統合捜査」新☆ハヤカワSFシリーズ 内田昌之訳

「合衆国政府は、作物を植えさせないために農家に金を払うことで有名ですから」
  ――p204

「わたしは軽いおしゃべりがとても苦手で。話せば話すほどコミュニケーションからの亡命者のようになってしまうんです」
  ――p282

「それでも、あんたのコーディング技術はたいしたもんだと思うよ」
  ――p305

【どんな本?】

 「老人と宇宙」シリーズで大ヒットをかっ飛ばし、以後もヒット作を連発しているアメリカの人気SF作家ジョン・スコルジーによる、長編SF小説。

 ヘイデン症候群は全世界で27億人以上が感染し、四億人以上が亡くなった。後遺症は様々で、一部の人は“ロックイン”に陥る。意識はあるものの、体が動かせない。そんな人々を救うため、“スリープ”が開発された。ロックインした人の意識を載せて動くロボット/人形である。また、脳が変化した人もいる。その一部は、“統合者”となった。

 クリス・シェインはヘイデン感染者であり、ロックインのためにスリープを使っている。FBI捜査官としての勤務二日目から、不可解な事件に出くわしてしまう。ホテルの七階からソファが落ちてきた。ソファのあった部屋では、喉を切られた男が死んでいる。部屋にはもう一人の男がいた。ニコラス・ベル、統合者。

 近未来を舞台に、新米捜査官がクセの強い先輩と組んで難事件に挑む、スピード感あふれるSFミステリ。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2017年版」のベストSF2016海外篇で24位にランクイン。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は LOCK IN, by John Scalzi, 2014。日本語版は2016年2月15日発行。新書版で縦二段組み、本文約312頁に加え堺三保による解説5頁。9ポイント24字×17行×2段×312頁=約254,592字、400字詰め原稿用紙で約637枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はこなれている。ただし内容はちょいマイニアック。売れっ子作家のスコルジーだけあって、ガジェットの説明はわかりやすいが、SFに慣れない人には馴染みにくいかも。

【感想は?】

 実はあまり期待していなかったのだ。なにせスコルジーだし。

 ジョン・スコルジーには、ダン・ブラウンと幾つか共通点がある。文章が読みやすい。気の利いた台詞が多い。お話の展開がスピーディーで、意外な方向にコロコロと転がり、読者を掴んで離さない。

 要は売れる小説、楽しく読める小説を書く人だ。ただ、SFだと、それだけじゃ足りない。ややこしい屁理屈が延々と続くグレッグ・イーガンやピーター・ワッツがもてはやされる世界である。SF者とは、自らの思い込みや世界観をひっくり返す作品を求める変態なのだ。

 んなモンなくても売れるスコルジーが、世界観の変容なんぞという、面倒くさい上にSFマニアにしかウケないシロモノを、作品に組み込むだろうか。

 組み込むんだな、これがw

 ガジェットそのものは、地味で使い古されたものだ。その一つが“スリープ”。ヒトの意識を載せて動くロボット。攻殻機動隊の義体に近いが、“スリープ”は無線で動く。義体と違い、肉体は別の所にある。

 そんなモノを使えるなら、どんなスリープを選ぶだろう?

 私は最初、髪がフサフサなイケメンにしようと考えた。だってモテそうだし。でも、いくらイケメンでも、女湯には入れない。じゃ美女か美少女の方がいい…と思ったが、それも駄目だ。だってスリープは風呂に入る必要ないし。それ以前に、この作品でのスリープは、見てすぐスリープとわかる姿形らしい。

 まあ風呂はともかく。スリープの暮らしはどんなものなのか、その細かい考証が実によくできているのだ。こういう所が、ダン・ブラウンになくてスコルジーならではの所。

 例えば、主人公クリス・シェインが住処を探す場面。スリープだって住む所は要る。24時間闘えるわけじゃないし、プライベートな時間も欲しい。ただし人間の肉体じゃないから、求める条件が色々と違う。そのため、スリープ専用の物件もあったり。

 パーティーでもスリープはちと異様な情景になるし、仲間と店に入る時にも気を遣わなきゃいけない。これが少数派ならともかく、ヘイデン症候群は感染者が多く、しかもその一人はアメリカ大統領夫人のため、少なくともアメリカでは社会全体がスリープに対応しているのだ。

 また、スリープならではの能力もある。これは物語の冒頭、バディのレズリー・ヴァンとクリスが最初に出会う場面で示してるんだけど、実に盛り込み方が巧みなのだ。

 SFやファンタジイを読み慣れると、困ったことにこういう「異世界ルール」に驚かなくなってしまう。それを、この作品では、先の住居探しなどの生活感あふれる描写で、まるで自分の身に起こったことの様に「異世界」を感じさせてくれる。これは丁寧な考証の賜物だろう。

 ついでに言うと、先の会話、考証の妙だけでなく、相棒となるレズリーの性格も見事に表しちゃってるんだよなあ。どうすりゃこんな会話が書けるんだか。

 能力的にスリープが捜査官に向くのも、先の会話で見当がつく。しかも、単なる刑事じゃなくてFBI捜査官である理由や、スリープや統合者が関わる事件がFBIの管轄になる理由も、ちゃんと考えられてたり。うん、確かにFBIには便利な人材だ。軍ヲタとしてはもっと物騒な応用も思い浮かんだけど。

 こういった所が、ダン・ブラウンにはなくSF作家に求められる資質なんだろう。

 加えて、マニアを喜ばせるイースター・エッグもちゃんと仕込んであるのも、オジサンには嬉しいところ。しかも、実用上はかのエニグマ以上の強度を誇ったとも言われる某暗号(ちょいネタバレ、→Wikipedia)まで出てきて、オジサンは大喜び。

 しかもハインラインの「宇宙の戦士」を彷彿とさせる仕掛けまであるからたまんない。ちなみにチョムスキー、どう考えても元ネタはプログラム言語と自然言語の双方の世界で崇められているノーム・チョムスキー(→Wikipedia)だし。

 と、そんなワケで、軽く楽しめて爽快な小説を期待して読んだら、いや確かに読みやすくて心地よいお話なんだけど、それだけじゃなくマニアックなSF魂まで充分に満足されてくれる、とってもお得で楽しい本格SF小説だった。

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2018年12月19日 (水)

ニール・スティーヴンスン「7人のイヴ Ⅰ」新☆ハヤカワSFシリーズ 日暮雅通訳

何の前ぶれもなしに、はっきりとした理由もわからぬうちに、月が破裂した。
  ――p13

「私たちはみんな、何らかの問題を抱えているのよ」
  ――p111

質量を宇宙に開放し、そのまま取り戻せないようなことになる活動はごくわずかだ。
  ――p156

ここでの状況は、縦揺れする、舵のない釣り船に必死で群れをなして乗り込む人々のものと、不愉快なほどに通っている。
  ――p176

「これは人類が直面した最大の試練だ。しかし、われわれは生き残る」
  ――p260

「宇宙においては、編隊飛行といったものは存在しません。二つの近接した物体は、物理的に近づくか離れるかしかないのです」
  ――p264

【どんな本?】

 アメリカの人気SF作家ニール・スティーヴンスンによる、近未来パニック長編三部作の開幕編。

 突然、月が破裂した。地球からは、ぼやけた黄色い球に見える。実際は、大きな七つの塊と、数多の小さな欠片に分かれた。今のところは、従来の月とほぼ同じ軌道で地球の周囲を巡っている。しかし小石程度の大きさのものは、流星となって地球に降り注ぎ始めた。中には隕石として地表に達するものもある。

 七つの塊と無数の欠片は複雑な軌道を描いて衝突を繰り返し、その度に砕け幾つもの破片に分かれる。破片の数は時と共に指数的に増え、いずれ地球に無数の隕石として降り注ぐだろう。地球の気候は激変し、人類の文明は崩壊する。

 タイムリミットはたったの二年。生きのびるために、人類は国際宇宙ステーションを基にした「方舟」に希望を託そうとするが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Seveneves, by Neal Stephenson, 2015。日本語版は2018年6月25日発行。新書版で縦二段組み本文約261頁に加え、牧眞司の解説「アクチャルな宇宙、迫真の未来、人類の選択」7頁。9ポイント24字×17行×2段×261頁=212,976字、400字詰め原稿用紙で約533枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。もちろん内容はSFガジェット満載。なんたって滅びゆく地表を離れ宇宙で生き延びようとする話だ。なので、宇宙・ロケット関係の科学・工学ネタが次々と飛び出す。加えて長期にわたり暮らすとなれば、他にも意外な分野が続々と絡んでくる。そういうリアルで濃いSFが好きな人向け。

【感想は?】

 スピード感あふれる展開と、次から次へと出てくる科学・工学ネタに、眩暈がしてくる。

 この感触は、映画「シン・ゴジラ」に似ている。「シン・ゴジラ」は人間ドラマを最小限に抑え、ゴジラvs人類の闘いに焦点を当てた。お陰でキビキビとストーリーが動き、テンポの良い作品になった。

 この作品も、「シン・ゴジラ」同様、一種のパニック物だ。しかも地球規模ともなれば、国家内・国家間で激しい軋轢が起きるだろう。が、この巻では、そういう場面を、出来る限り排している。もちろん政治的な問題がある由は示すけど、あくまで舞台裏の空気を匂わせるだけ。

 その分、フォーカスを当てるのが、科学・技術・工学のお話。特にロケット小僧が小躍りして喜ぶネタは数知れず。みんな知ってるダクトテープの伝説から、ちょっとマニアックな軌道変更の手順、そしてバイコヌール基地横の野菜畑なんてコアなネタがギッシリ詰まってる。お子様大喜びのトイレネタには笑った。

 そういう、お話作りの工夫で巧いと思ったのは、視点の多くが国際宇宙ステーション「イズィ」で展開すること。

 地球上空400kmを約90分で周回する国際宇宙ステーション「イズィ」。モデルはもちろんISSだ。2018年現在のところ、地上以外で人間が常に暮らしている所は、ISSしかない。地表が地獄となれば、逃れられる所は宇宙だけ。となれば、当然、「イズィ」が人類生存の足掛かりとなる。

 ったって、「イズィ」はあくまで科学研究用だ。滞在できるのは、人数にしてせいぜい十数人、期間にして数年ってところ。しかも、常に地上から支援物資を送ってもらって、の話である。

 ところが、月の破裂なんて異常事態だ。人類の避難先となり、大人数が自立して生き延びられる環境を整えなきゃいけない。そんなわけで、「イズィ」のメンバーは無謀な要求に対し無茶に無茶を重ねて対応する羽目になる。

 なんたって、足りないモノは山ほどある。まず人手が足りない。そのため地上から人足を呼ぶんだが、彼らの労務状況はブラックなんてモンじゃない。こんな状況だから残業手当どころじゃないのはともかく、ある意味、究極のタコ部屋暮らしだw

 そんな「人足」たちを苦しめるのは、ブラックな労働環境に加え、容赦ない物理法則も襲い掛かってくる。もっとも、これは「イズィ」も同じで。

 何せ宇宙空間である。周囲に空気がない。

 これは呼吸できないってだけじゃなく、他の問題も引き起こす。私たちが使っている「エネルギー」とは、たいてい何らかのエネルギー勾配を使ったものだ。水力発電ならポテンシャルの勾配、内燃機関なら化学エネルギーの勾配、蒸気機関は化学エネルギー→熱エネルギー→運動エネルギーと変える。

 いずれにせよ、あらゆるエンジンは、最終的にエネルギーを熱に変え、何らかの形で熱を吐き出す。自動車のエンジンにはラジエーターがあり、コンピューターのCPUには空冷ファンがついている。周囲の空気で冷やすわけだ。ところが宇宙空間では…

 とかの昔からの問題もあるが、現代ならではの解決法やツールをふんだんに盛り込んでるのが、SF者としては嬉しいところ。Wikipedia や Google なんてインターネット関係はもちろん、ちょっと前にISSで使われニュースになったアレ(ちょいネタばれ、→Wired)とか。

 人類滅亡という暗い舞台設定でありながら、主な視点を国際宇宙ステーションのロボット工学者に置くことで、「今、そこにある」ホットなテクノロジーと産業を前面に押し出し、テンポよくワクワクさせてくれる風景を見せてくれる、王道まっしぐらの本格サイエンス・フィクションだ。

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2018年12月 9日 (日)

G・ウィロー・ウィルソン「無限の書」東京創元社 鍛治靖子訳

「あれはおまえたちの物語ではない。われらの物語だ」
  ――p11

「ちがうわ。これはアルフよ。『千一日物語』」
  ――p60

「検閲官は御伽噺には、とりわけ昔話には興味がない。理解できないんだ。あいつら、ああいう話はみんな子供のものだと思ってる。『ナルニア国物語』がほんとうはどんな意味をもっているのか知ったら、きっと死んじまうだろうな」
  ――p98

「あの本に触れるものはたいてい、年老いて安らかな死を迎えることができないんだよ」
  ――p300

「見えざるものは見えざるものだ。だけど人は見えるものから逃れることはできない」
  ――p382

【どんな本?】

 アメリカ出身でボストン大学卒業後にイスラム教に改宗した異色の新鋭作家、G・ウィロー・ウィルソンの小説デビュー作。

 舞台はペルシャ湾沿いにある、オイルマネーで潤う専制国家。地元有力者の父親とインド人で第二夫人の母の間に生まれた23歳のアリフは、匿名サーバーを運営している。イスラム圏は検閲が厳しい。そこで、正体を隠したまま、ポルノでも革命の扇動でも、好き勝手なサイトを作れるサービスだ。

 恋焦がれるインティサルにフラれたアリフは、彼女の目からネット上のアリフを完全に見えなくするプログラムを作る。意外と上手くいったと思ったのも束の間、困った事態になった。凄腕の検閲官<ハンド>が、アリフのマシンに侵入した形跡がある。

 突然、インティサルから奇妙な本を託されたアリフは、検閲官に追われ、本に導かれるように奇妙な世界へ足を踏み入れ…

 アラブ圏の社会と文化を背景に、伝説の魔物たちと情報テクノロジーを折り込み、現代アラビアを舞台にしたファンタジイ。

 2013年世界幻想文学大賞の長編部門受賞。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇でも7位に食い込んだ。

ところで今気が付いたんだが「SFが読みたい!2018年版」ベストSF2017海外篇、巻頭の「発表!ベストSF2017 海外篇」は「わたしの本当のこどもたち」が6位で「無限の書」7位なのに、作品ガイドじゃ順位が逆になってる。どっちが正しいんだろう?

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Alif the Unseen, by G. Willow WIlson, 2012。日本語版は2017年2月28日初版。単行本ソフトカバー縦二段組み本文約386頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント22字×21行×2段×386頁=約356,664字、400字詰め原稿用紙で約892枚。文庫本なら厚い一冊か上下巻ぐらいの長さ。

 文章は比較的にこなれている。SFガジェットとしてはコンピュータとインターネットが中心だが、ハッキリ言って大半がハッタリなので分からなくても気にしなくていい。それより千一夜物語に出てくるような異界の者たちが活躍するので、ファンタジイの色が濃い。

【感想は?】

 色々な魅力があるけど、私が最も気に入ったのは、「ペルシャ湾岸の専制国家」の様子。

 例えば主人公アリフの立場。父は地元の有力者だが、彼の未来は明るくない。第二夫人の子ってのもあるが、それ以上に母がインド人ってのが辛い。母も地元の有力者なら、相応の地位を狙えただろう。でも、出自で人生が決まる土地だと、混血は大きなハンデになるらしい。

 そのアリフは、検閲の厳しい湾岸で、匿名サーバを運営している。ああいう所だから、当局の追及も厳しい。サーバを押さえれば、不良分子を一網打尽にできる。ってんで当局の目の敵にされてるんだが、連中の目をくらましてサービスを続けているあたりで、かなりデキる奴なのは見当がつく。

 コンピュータの世界は腕がモノを言う。血筋で人生が決まる現実世界とは、見事に対照的だ。ちなみにアリフは彼のハンドル名で、本名つまり現実世界の名前じゃない。彼が本名を嫌いハンドル名を好むのも、アリフの気持ちの表れだろう。

 アリフの母が南方のインド人なのを始め、国際色が豊かなのも、この社会の特徴。幼馴染のダイナちゃんはエジプト系で、町にはマレーやフィリピンやシーク教徒や北アフリカ人など、八方から人が集まっている。あの辺の流通は、こういう人たちが支えているんだね。

 こういう猥雑な世界に背を向け、コンピュータの世界に逃げ込むアリフだが、一冊の本を機に、現実世界がアリフの世界へと侵入してくる。そして、また別の世界も。

 などの世界の他に、脇役も魅力的な人が多い。

 なんといっても可愛いのが、アリフの幼馴染のダイナちゃん。12歳の時に面衣=ニカブを付けると宣言した。これ、出家と少し意味合いが似ていて、「私は敬虔なムスリムとして生きます」みたいな宣言らしい。出家と違い結婚はするけど、厳しい戒律を守ると誓った印だ。

 って、「来て見てシリア」のうろ覚えなんだけど。なんにせよ、この面衣が、終盤で重大な意味を持ってくる。そういう宣言でもあるのかあ。いいい子だなあ。

 やっぱり楽しいのが、ヴィクラムとアザレルの幽精=ジンの兄妹。そう、 『千一日物語』なんて名前で分かるように、そういう世界の者も出てくる。いずれも異界の者だけに何を考えているのかイマイチ掴めないあたりが、胡散臭いような頼りになるような、不思議なスパイスを利かせてくれる。

 ちなみに私の脳内じゃヴィクラムの声は石田彰が当ててました。

 はいいけど、アザレルちゃんの出番が少ないのは悔しい。まあ、あんまり目立つと、日本のライトノベルみたいなノリになっちゃうから、仕方がないかw でも私的にはアザレルちゃんこそ、この物語のメイン・ヒロインです、はい。

 そして意外な味を出してくるのが、アル・バシーラ大モスクの長老ビラル師。私たちから見えるイスラムの長老って、イランのハネメイをはじめとして、妙に過激な人ばかりが目立つ。お陰でかなり偏った印象を持っちゃうけど、ビラル師は全く違う。

 むしろ老いた禅僧に近い雰囲気で、台詞の一つ一つに枯れた知恵と経験が詰まっている様子がうかがえる。宗派も最近流行りのワハブ派じゃなく、長い伝統を感じさせる。いや具体的には知らないけど。スター・ウォーズだとヨーダかなあ。別に直接アリフを導くわけじゃないけど。

 もちろん、ダースベイダーに当たる<ハンド>の不気味さも充分。しかも暗黒面に堕ちた感まであって…

 と、近年のペルシャ湾岸の社会に、アラビア風ファンタジイを混ぜ、演技が達者なベテランの傍役が頼りなげな主役を支える、異色のファンタジイだった。やっぱり私はヴィクラムとアザレル…というか主にアザレルちゃんが好きだなあ。

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2018年11月21日 (水)

デニス・E・テイラー「われらはレギオン 2 アザーズとの遭遇」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

「謎だな、マーヴィン。そしてぼくたちは謎が大好きなんだ」
  ――p20

人類がヴァルカンの土を踏んでから五日後、この惑星最初の死傷者が出た。
  ――p22

「いまや宇宙はぼくたちの遊び場じゃないか」
  ――p68

どうやら、ぼくたちがそいつと出会ったら、戦争がはじまりそうだった。
  ――p79

「昔からワルになりたかったの」
  ――p225

「だって、人間のお守りはもう充分にやったからね」
  ――p307

「うわあ。フェルミのパラドックスが解決したぞ」
  ――p318

【どんな本?】

 カナダの新人作家デニス・E・テイラーのデビュー三部作の第二部。

 事故で死んだはずのプログラマのロバート・ジョハンスン(ボブ)は、2133年に目覚めた。マシンの中のプログラムとして。恒星間を航行する宇宙船となり、人類が植民できる惑星を探すために。地球は幾つかの勢力が睨み合い、寒冷化して人類は絶滅寸前となっていた。

 アッサリと現状を受け入れたボブは、幾つものトラブルを乗り越えて宇宙へと旅立つ。途中、金属資源を見つけては、自らを複製し、更なる探索へと向かってゆく。

 ボブの複製たちは、少しづつ性格が違った。中には気が合わない奴もいる。だが、宇宙は広い。ツルむのが嫌なら、別の星系へと向かえばいい。そうやって探索範囲を広げていくうちに、知性を持ちそうな種族にも出会う。

 異星の知的種族を助け、人類の植民に協力し、新たな植民惑星を見つけ…とボブたちは忙しく働き続ける。だが思わぬ天敵の出現・現地の生物の襲来・人類同士の反目と、解決すべき問題は増える一方。おまけに物騒な連中も間近に迫ってきて…

 丹念に考察された設定ながら、ヲタク大喜びなネタを随所に取りまぜつつ、ユーモラスな筆致でテンポよく物語が進む、新世代のスペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は For We Are Many, by Dennis E. Taylor, 2017。日本語版は2018年7月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約417頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント41字×18行×417頁=約307,746字、400字詰め原稿用紙で約768枚。文庫本では厚い部類。

 文章はこなれており、ユーモラスで親しみやすい。ただしSF度はとっても濃い。新旧取り混ぜたヲタクなネタは盛りだくさんな上に、最近の物理学・天文学のネタもさりげなくギッシリ詰めこんでいるので、そういうのが好きな人向け。

 また、ボブの複製も含め、登場人物が一気に増えるので、できれば最初の「AI宇宙探査機集合体」から一気に読む方がいい。巻末の登場人物一覧は実にありがたい。

【感想は?】

 やはり著者はニーヴンも読んでいたかw まさかモロに出てくるとはw

 と、そんなイースター・エッグをアチコチに仕込んだ三部作、相変わらずボブたちは大忙し。広い宇宙の恒星間航行だからノンビリしたモンだろうと思ったが、意外と仕事は山積みだったり。

 ボブが見つけたデルタ人たちは、着実に進歩を続け、拠点を固めつつある。天敵だったニセゴリラにも対抗できるようになった。だが、デルタ人たちの歴史を辿るうちに、ニセゴリラより遥かに危険な「敵」の影がさしはじめ…

 原始的な異星種族の「神」となって、その成長を見守る。いわばゲームの Civilization そのものの状況だ。こういうアイデアのSFは昔から幾つかあって、ロジャー・ゼラズニイの「十二月の鍵」や小川一水の「導きの星」など、傑作も多い。

 ただ、その「神」が、他でもないボブなのが、この作品の特徴で。何かと世話を焼いては知恵を授け、助けちゃいるんだが、見事に威厳が欠落している。何も正直に言うこたないのにw ここまで侮られる「神」も珍しい。まあ、確かに失敗もしてるんだけどw

 実際、ボブが「神」とは言い難いのは、単に性格だけが理由じゃないのも、このシリーズの特徴。

 プログラマーの経験があるためか、全体を支配しているのが「リソース」と「スケジュール」の概念。これが作品全体に緊張感をもたらしている。

 理屈の上では、ボブは何だって複製できる。ボブ自身も、だ。ただし、そのためには、原材料が要る。その大半は金属だ。ところが宇宙空間に金属はない。たいてい惑星上にある。しかも、金属を多く含み、かつ採鉱しやすい惑星には、幾つかの条件がある。彗星は水ばっかりだし、木星はデカすぎる。

 ってな具合に、「その恒星系がどんな惑星を持っているか」「それぞれの惑星はどう配置されているか」が、重要な問題となってくる。こういう、最近の天文学を反映した設定が、SF者にはたまらない。

 更に楽しいのが、スケジュールの話。

 原材料が調達できたとしよう。最も役に立つのはボブだ。何だって作れるし。例えば小さいものでは偵察用ドローン、大きいものではドーナツ型農場。これらの製造では3Dプリンタが活躍する。だから、とりあえずは3Dプリンタを作らなきゃいけない。

 ボブが解決すべき問題は、いつだって山ほどある。それらの優先順位と締め切りを考え、いつ・何を・どんな順番で・どれぐらい作るか。

 ドローンは今すぐ欲しい。でもドローンを作っていたら、その間は3Dプリンタが作れない。3Dプリンタは便利だけど、作るのに時間がかかる。予想もしなかった新しい問題も次々と起こるし、見過ごしていた古い問題に火が付く時もあって…

 ってな状況は、プログラマなら「うんうん、わかるわかる」と頷いてしまうところ。いやプログラマに限らず、一つの仕事を長く続けてる人なら、みんな似たような経験をしているんだろうなあ。

 広い宇宙に飛び出す解放感に包まれた第一部に対し、この巻では幾つもの舞台で次から次へとトラブルが起き、ストーリーは目まぐるしく推移してゆく。できるだけまとまった時間を取って、一気に読もう。

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2018年11月 1日 (木)

アン・レッキー「動乱星系」創元SF文庫 赤尾秀子訳

「船やステーションのAIは、製造もプログラミングもラドチャーイですから。AIはラドチから切り離せません」
  ――p120

「ともあれ、予想したような悪い事態ではない」といった。「予想を遥かに超える、最悪の事態だ」
  ――p163

「彼女、彼男、彼人……」
  ――p199

「もし、先祖の遺したものが偽物だとしたら、わたしたちはいったい何者?」
  ――p239

「てっとり早く犠牲にできるのは養護施設の子どもぐらいで、子どもたちも進んでそれに従う。ほかに行くところがないからね」
  ――p322

【どんな本?】

 デビュー作「叛逆航路」のシリーズでSF界に大嵐を巻き起こしたアン・レッキーによる、同じ世界を舞台とした新作。

 遠未来。人類が恒星間宇宙に広がり、母星の記録も定かでない。有力な勢力ラドチ圏はAIの独立で揺れている。人類は幾つかの異星種族とも出会い、危ういながらも和平を保っていた。

 ここはラドチ圏から遠く離れたフワエ。ネタノ・オースコルドは強い野心を抱く有力な政治家だ。その養女イングレイは、後継者争いで義兄のダナックに後れを取っている。一発逆転を狙い、イングレイは賭けに出た。

 ネタノの政敵エシアト・バドラキムの養子パーラドは流刑地にいる。パーラドの身柄を手に入れれば、価値の高い取引材料になるだろう。そこで大枚をはたき危ない橋を渡ってパーラドを救い出す…ハズが、現れたのは別人だった。

 やがて事件はフワエ政界を越え近隣星系ばかりか異星種族も巻き込んだ騒ぎへと発展し…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は PROVENANCE, by Ann Leckie, 2017。日本語版は2018年9月21日初版。文庫本で縦一段組み、本文約406頁に加え、山之口洋の解説7頁。8ポイント42字×18行×406頁=約306,936字、400字詰め原稿用紙で約768枚。文庫本としては厚い部類。

 文章は、けっこう読みにくい。特に会話が。複数の言語や方言が入り乱れる舞台なので、ワザと不自然な言葉遣いにしている所がある。また、遠未来で現代とは大きく異なる文化・社会の世界なので、最初は意味が分からない固有名詞もたくさん出てくる。巻末の用語集に栞を挟んでおこう。

 「叛逆航路」三部作と同じ世界で、時間的には少し後、あの事件の波紋が広がりつつある頃。ただしお話としては独立しているので、この作品から読み始めても大丈夫。私は「叛逆航路」より、こっちの方がとっつきやすかった。ただし、慣れたためかもしれない。

【感想は?】

 ハラハラ・ドキドキ・「え、どういうこと?」が続く、冒険SF作品。

 正直、最初は主人公のイングレイがあまり好きじゃなかった。そもそもキッカケが「ママのご機嫌をとるため」だし。

 こんな風に、人に依存するタイプの主人公は、宇宙空間を舞台とするSFじゃ珍しい。かの名作「たった一つの冴えたやり方」の主人公コーティーみたく、行動的で「我が道をゆく」タイプの人がウケるのだ。もっとも「敵は海賊」の匋冥みたく突き抜けちゃうと、少し議論が分かれるけど。

 しかも、ヘアピンを無くした程度でウジウジしている。おいおい、大丈夫かよ。とか思ってたら、やっぱり大丈夫じゃなかった。

 が、これも娯楽物語としての仕掛け。トラブルに巻き込まれ、踏んだり蹴ったりの目に遭い、腹に一物抱えた有象無象に小突き回されるうち、次第にイングレイは変わってゆく。その辺は読んでのお楽しみ。

 そんな有象無象の最初の人物が、ティク・ユイシン。イングレイが高跳びに使うつもりの貨物船の船長。スターウォーズのハン・ソロ同様に、自分の船で宇宙を巡って稼ぐ、一昔前のトラック野郎みたいな稼業ですね。小さくとも一国一城の主だけあって誇り高く世知に長け、一筋縄じゃ行かないタイプ。

 それだけに味方になれば頼りがいがある人なんだけど、何かとんでもない因縁を抱えてて…ってなあたりも、ハン・ソロみたいだw

 続く正体不明の人物は、ガラル・ケット。イングレイの養親ネタノ・オースコルドの政敵エシアト・バドラキムの養子パーラド…のはずが、なぜかコイツがやってきた。普通なら慌てふためく状況なのに、なぜか悠然と落ち着き払っている。しかも奇妙な特技があって…

 とかの得体の知れない連中もアレだが、イングレイの家族もなかなか強烈。

 養親のネタノは野心満々の政治家。野心が強いのはネタノに限らず、政敵のエシアトや終盤で出てくるディカット議長も同様で、この人の描く政治家ってのは、こんなんばっかw まあいい。野心が強いだけでなく、養子のイングレイとダナックにも競争をけしかけるからタチが悪い。

 そのダナックも政治的な立ち回りは巧みで、ライバルを蹴落とす機会は見逃さないタイプ。これじゃイングレイも屈折するよなあw

 とかの小さな人間関係に、オースコルド家とバドラキム家の勢力争いと、フワエとオムケム連邦の陰険な外交が絡み合うだけでも複雑なのに、異星種族のゲックまで加わってくるからややこしい。

 と、ドラマは、それぞれが思惑を抱えて腹を探り合う駆け引きが中心なので、できれば一気に読んだ方がいい。

 そんなドラマが展開する舞台も、独特のクセがあるのが、この著者。「叛逆航路」シリーズではお茶と手袋が印象的だったが、この作品ではヌードルかな? この世界、服装はインドの文化の影響が強いように思うんだが、食べ物は中国や東南アジアの文化を継いでるみたいだ。

 チラホラとラドチャーイの情勢が伝わってくるのも、シリーズの読者としては嬉しいところ。敢えて性を混乱させているのも相変わらず。でもトークリス、いい子だよねえ。加えてこの作品では、「家族」も大きなテーマとして浮き上がってきたり。

 など、緻密で複雑な設定はあるものの、基本はイングレスの波乱万丈の冒険物語。ストレートな娯楽作品として、存分に楽しめた。

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2018年10月22日 (月)

ソフィア・サマター「図書館島」東京創元社 市田泉訳

「言葉とは崇高なもの。書物の中でわれらは死者と交流できる。それ以上の真実など存在しない」
  ――第八章 <没薬の塔>

「あたしにヴァロンを書いて。あたしの声をその中に入れて。あたしを生かして」
  ――第十一章 <アヴァレイの帯>

母さんの涙は母さんの財産。母さんが山ほど持ってるたった一つのもの。
  ――第十七章 馬の館、わが宮殿

「生きてたころ、命があったころでさえ」天使はわたしにささやいた。「今ほど生きたいとは思ってなかった」
  ――第十八章 春

【どんな本?】

 新鋭ファンタジイ作家ソフィア・サマターの第一長編。

 南の海に浮かぶ紅茶諸島、ティニマヴェト島のティオム村。主人公ジェヴィックは、広い胡椒農園を持つ家に生まれる。その年も、父は北にある帝国オロンドリアの大都市ベインに出かけた。海を越え胡椒を売るために。

 そして、奇妙な客を連れて帰った。家庭教師のルンレ先生。ベインの紳士の教育を、オロンドリア語の読み書きを、跡取りのジェヴィックに授けようと。穏やかで粘り強いルンレ先生は、ジェヴィックに読み書きを、本への愛情を、そして見知らぬ土地への憧れを植え付ける。

 成長してベインへと船出したジェヴィックは、船上で死病キトナを患う少女ジサヴェトに出会う。この出会いにより、ジェヴィックは更なる旅へと引き立ててゆく。

 やや古めかしい文体で綴られた、本格的ファンタジイ。

 2014年世界幻想文学大賞長編部門、2014度英国幻想文学大賞ファンタジイ長編部門、2014年ジョン・W・キャンベル新人賞、2014年クロフォード賞受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Stranger in Olondria, by Sofia Samatar, 2013。日本語版は2017年11月30日初版。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約330頁。9ポイント24字×21行×2段×330頁=約332,640字、400字詰め原稿用紙で約832枚。文庫本なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの長さ。

 文章はやや古めかしい、おとぎ話風の文体。一種のハイ・ファンタジイで、舞台は独自の世界だ。中世の欧州風だが、西欧ファンタジイのお約束を知らなくても大丈夫。

【感想は?】

 じっくりと書き込まれたオンドリア世界と、そこで生きる人々が魅力の作品。

 お話は、主人公ジェヴィックの冒険の旅が縦軸となる。が、肝心のジェヴィックが、やや学者気質のヘタレ男なため、勇ましい場面はほとんどない。運命の嵐に巻き込まれ、右往左往するばかり。

 その分、前半では、隅々まで細かく考え抜かれた作品世界が逞しく息づいている。

 明るい陽光と豊かな雨に恵まれた紅茶諸島。故郷のティオム村は、ジュートに代表される迷信が深く根付く。

 大きな港を擁する大都市ベインには、幾つもの店が軒を連ね、群衆がひしめき、狂乱の祭りが催される。にわか雨の際の雨宿りの風習は、いかにも商売の町らしい。

 そして、後半でジェヴィックとミロスが冬を越す、捨てられたイェイダスの館と、その東に広がる荒涼たるケステニヤの冬の景色。

 などの風景の中もいいが、その世界の中で人々の口から語られる、数々の物語こそ、私が最も惹かれた所。

 魔法使いフィンヤの許されぬ恋を描く、<谷>のロマンス。まあ、オチはだいたい想像がつくけど、それでも読んでしまうのは物語好きの性だろう。

 漁師の美しい娘ミルハヴリと金と赤の男の物語。これは民話にありがちな設定と思わせて、なかなか斬新な結末。

 誠実な恋人たちヒヴナウィアとタウア、とくればロミオとジュリエットを期待させ…

 そして一種の創世神話、最初の男チーと最初の女キョーミ。いかにも南国風な奇想天外な出だしで、ちょっとポボル・ヴーやミクロネシアの香りがする。

 いずれも絵本になりそうな、懐かしい雰囲気のおとぎ話だ。

 それと並行するように描かれる、それぞれの登場人物の人生も、切ない運命に満ちている。穏やかで都会的な知識人のルンレ先生が、なぜド田舎の紅茶諸島へと流れ、住みついたのか。お調子者に見えるミロスが、なぜ大神官の従者を務めているのか。

 そんな中で最も盛り上がるのが、業病キトナを患った少女ジサヴェトの物語。

 お話の流れとしては終盤になるんだが、それだけにこの「図書館島」世界が読者の心の中で息づいていて、「あの狭いティニマヴェト島に、こんな側面があったのか!」と、読む者の驚きもひとしおだ。

 他でも、こういう細かい所にまで物語が息づいているのが、この作品の油断できない所。

 やはり強い印象を残すのが、ジェヴィックとミロスが逃避行の途中で立ち寄る、荒れた農家の場面。住んでいるのは女四人と老いた男だが、仕切るのは若い娘。一晩立ち寄っただけの家なのに、やたら強い印象を残す。

「この子がいちばんきれいになるはずだったのに」

 隅々まで丁寧に創られた作品世界と、そこに住む血肉と人生を感じさせる人々。やや古めかしい文章は、最初いささかとっつきにくいが、じっくり読むと色鮮やかな風景が広がってくる。時間をかけて、のんびりと作品世界に浸ろう。

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2018年10月 3日 (水)

ケン・リュウ編「折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉他訳

「あなたの症状はわたしにはない。私の症状はあなたにはない」
  ――麗江の魚

「生き残るのは愚か者だけ。愚か者だらけの社会は安定する」
  ――沈黙都市

“お話、売ります。特別で高価なお話。ほかに類のない体験ができます”
  ――コールガール

「わしらは神じゃ。この世界の創造主への恩返しだと思って、食べ物をめぐんでくださらんか」
  ――神様の介護係

SFは可能性の文学である。
  ―― ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF

【どんな本?】

 短編集「紙の動物園」で大ヒットをかっ飛ばした新鋭SF作家ケン・リュウは、同時に盛んに中国SFを英語に訳して米国に紹介し、ついには劉慈欣の「三体」で2015年のヒューゴー賞長編部門、2016年にも郝景芳の「折りたたみ北京」で同賞ノベレット部門を受賞している。

 そのケン・リュウが、中国SFの最も美味しい所を選り抜いて編んだ、中国SFの今を伝えるアンソロジー。「三体」の抜粋「円」、ヒューゴー賞受賞の「折りたたみ北京」を含む。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Invisible PLanets : Contemporary Chinese Science Fiction in Translation, Translated and edited by Len Liu, 2016。日本語版は2018年2月25日発行。新書版で縦二段組み、本文約395頁に加え、立原透耶の解説7頁。9ポイント24字×17行×2段×395頁=約322,320字、400字詰め原稿用紙で約806枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの文字数。

 文章はこなれている。内容はバラエティに富み、現代中国の社会を強く反映した作品から、近未来を舞台としつつノスタルジックな味わいの佳作、思わずポカンとしてしまう法螺話など、色とりどりだ。

【収録作は?】

 著者ごとに著者紹介が1頁ある。日本語訳は鳴庭真人。各作品は 日本語作品名 / 中国語作品名 / 英語作品名 / 中国での初出 / 米国での初出 / 訳者 の順。

序文 中国の夢 劉宇昆  / Ken Liu  / 古沢嘉通訳

●陳楸帆 / Chen Qiufan

鼠年 / 鼠年 / The Year of the Rat / 科幻世界2009年5月号 / F&SF2013年7・8月号 / 中原尚哉訳
 大学を卒業しても職にありつけそうにない僕は、「除隊後の就職保証」に惹かれ、鼠駆除部隊に入った。鼠ったって、普通の鼠じゃない。高価なペットとして遺伝子改造されたネオラットだ。集団で脱走したのか、何かの思惑のために誰かが放したのか。
 新兵の配属基準は国それぞれで、イギリスや旧帝国陸軍は地域ごとに部隊を作った。中国のコレは、チベットなどの内紛鎮圧も多い人民解放軍は、この作品みたいな工夫をしてるとか。厳しい就職事情、西側の製造工場としての役割なども含め、、現代中国の世相を強く反映している。
麗江の魚 / 丽江的鱼儿们 / The Fist of Lijian / 科幻世界2006年5月号 / クラークスワールド2011年8月号 / 中原尚哉訳
 PNFDⅡ、心因性神経機能障害Ⅱと診断された僕は、二週間の休暇を取り麗江でリハビリする羽目になる。麗江に来るのは十年ぶり。僕も麗江も大きく変わった。飲んでナンパに励んだ僕、貧しい若者で溢れていた麗江。でも今は何もかもが演出された観光地。そこで出会った彼女は…
 これもまた、変わりつつある中国の姿を巧みに伝える作品。昔の「地球の歩き方」だと、「メイヨー(没有)」の国って感じで、良くも悪くものんびりしてユルいって印象があった。が、この作品の冒頭では全く違い、厳しい出世競争に励む社畜の群れを描いている。
沙嘴の花 / 沙嘴之花 / The Flower of Shazui / 少数派报告(2012) / インタ-ゾーン2012年11・12月号 / 中原尚哉訳
 経済特区として急発展した深圳の東、沙嘴村。不動産バブルの期待で高層ビルの森ができたがアテが外れ、今は貧しい移民街となっている。家主の沈姐はいい人だし、その友達の雪漣は有名な娼婦だ。僕は屋台でボディフィルムと改造版ARソフトを売っている。
 ニューロマンサーやブレードランナーの舞台で、ヘタレなエンジニアくずれを主人公とした、香港ノワールって感じ。これまた急激に発展した経済特区を背景に、その裏に集まる正体不明の有象無象に焦点を当てた、現代中国ならではの作品なんだけど、オジサンにはかすかに漂う昭和のアウトロー映画の香りが心地よかったり。

●夏笳 /  Xia Jia

百鬼夜行街 / 百鬼夜行街 / A Hundred Ghosts Parade Tonight / 科幻世界2010年8月号 / クラークスワールド2012年2月号 / 中原尚哉訳
 百鬼夜行街は、歩けば一時間ほどの通りだ。ぼくは赤ん坊のころ蘭若寺に捨てられ、燕赤霞に拾われた。今は小倩と一緒に暮らしてる。時代遅れの百鬼夜行街から観光客は遠のき、寂れる一方。「いずれあなたはここを出て、現実の世界で生きる」と小倩は言うが…
 小倩が髪をくしけずる場面で大笑い。そういう事ができるなら、そりゃ便利だよなあ。タイトルから化け物大行進のホラーかと思ったら、語り手は小さい男の子だし、妖怪に育てられた子供かと思ったら…。
童童の夏 / 童童的夏天 / Tongtong’s Summer / 最小说2014年3月号 / Upgraded(2014) / 中原尚哉訳
 童童は木登りが得意な子。お医者さんとして忙しく働いていたおじいちゃんが足を折り、一緒に住むことになった。車椅子のおじいちゃんを介護するため、パパはロボットの阿福を連れてくる。阿福は賢くて何でも出来るけど、おじいちゃんは不機嫌で…
 これぞまさしく老人SF。新しいテクノロジーというと若者向けって印象があるけど、こういう使い方もあるんだなあ。特に趙おじいちゃん登場以降は、見事なアイデアとスピード感でグイグイ読ませる引きの強さ。著者の祖父への想いが伝わってくる佳作。
龍馬夜行 / 龙马夜行  / Night Journey of the Dragon-Horse / 小说界2015年2月号 / 本書初出 / 中原尚哉訳
 馬のような胴、龍の首と頭、長い髭、鹿の枝角。機械の体を覆う金色の鱗。かつての龍馬は、機械の蜘蛛を相手の公演で、大人気を博した。だが、今は誰もいない。博物館のホールは廃墟となり、大通りには木々が茂り、龍馬の体も錆びている。
 「ヨコハマ買い出し紀行」や「少女終末旅行」のような、「静かな終末」物。人類が去り、長い時を経て目覚めた龍馬の、追憶と旅の一部分を切り取って描く。

●馬伯庸 /  Ma Boyong

沈黙都市 / 寂静之城  / The City of Silence / 科幻世界2005年5月号 / ワールドSFブログ2011年11・12月号 / 中原尚哉訳
 2046年。当局はすべてのウェブアクセスを監視している。言葉すら、使えるのは健全語リストに載っている言葉だけ。締め付けは厳しくなる一方だ。せめてBBSを使おうと、アーバーダンは当局に申請を出す。許可を受けるため当局に出頭するアーバーダンは…
 ジョージ・オーウェルの「1984」の影響を受けた、とあるが、私はレイ・ブラッドベリの「華氏451度」を連想した。徹底した当局の監視と、それをスリ抜けようとするネットユーザの工夫のイタチゴッコは、なかなか楽しい。いや作品は暗く陰鬱な雰囲気なんだけど。

●郝景芳 /  Hao Jingfang

見えない惑星 / 看不见的星球  / Invisible Planets / 新科幻2010年2~4月号 / ライトスピード2013年12月号 / 中原尚哉訳
 「あなたが見てきて魅力的だった惑星の話を聞かせて。残酷な話や不愉快な話は抜きにして」。そして、僕は語り始める。例えばチチラハ。美しく植物に覆われ、食事もおいしい。だが、この星に住みつく者は滅多に居ない。その原因はチチラハ人で…
 旅人が語る、奇想天外な惑星とそこに住む人々たち。紹介ではイタロ・カルヴィーノを引き合いに出しているが、私はスタニスワフ・レムの「泰平ヨン」シリーズや、カート・ヴォネガットが作品中に差し挟む挿話を連想した。星新一の同じテーマのショート・ショートを集めた、そんな雰囲気で、この作品集の中では最もとっつきやすい。
折りたたみ北京 / 北京折叠  / Folding Beijing / 文芸風賞2014年2月号 / アンカニー2015年1・2月号 / 大谷真弓訳
 老刀は48歳。北京で生まれ育った。第三スペースに住み、ごみ処理施設で働いている。第二スペースで預かった手紙を、第一スペースに運べば、大金が手に入る。特に今は、音楽が好きな糠糠をいい幼稚園に入れるための金が欲しい。そこで第一スペースに忍び込むため…
 タイトルにもなっている「折りたたみ北京」のインパクトが光る。ここまでハッキリと社会の階層を視覚化したアイデアが見事だ。お話は「おつかい」で、ある意味ハードボイルドな冒険物語。なんだけど、主人公のオッサン老刀が、何かとお人よしなあたりが泣かせます。

●糖匪 /  Tang Fei

コールガール / 黄色故事 / Call Girl /  / エイペックス2013年6月 / 大谷真弓訳
 15歳の小一は、バスを三回乗り換えて学校に通う。学校は退屈だ。誰も小一には話しかけてこない。でも、みんなの噂だ。相手はみんな、年上の大金持ちだ、と。校門の前に小型車が止まる。ドアを開け、小一を待っている。
 タイトルといいオープニングといい学校での風景といい、散々ハァハァさせといて、そうきたかw

●程婧波 /  Cheng Jingbo

蛍火の墓 / 蛍火之墓  / Grave of the Fireflies / 科幻・文芸秀2005年7月号 / クラークスワールド2014年1月号 / 中原尚哉訳
 千年前から、恒星は老いて光を失い始めた。九人の祭司が原因を探ったが、誰にもわからない。王は祭司たちの首をはねたが、強い魔力を持つ祭司は生きのびた。人々は牛車の列を連ね、夏への扉を目指す。宇宙で最後にともった明かり、<無重力都市>へ。
 これもまた、「静かな終わり」の風景を描く、ファンタジックな物語。

●劉慈欣 /  Liu Cixin

円 / 圆  / The Circle /  / Carbide Tipped Pens(2014) / 中原尚哉訳
 中国、戦国時代。燕の太子は荊軻(→Wikipedia)に秦の政王(後の始皇帝)の暗殺を命じた。だが荊軻は政王に企みを明かす。荊軻の知と才が気に入った政王は、荊軻に秦軍の強化策を求める。荊軻は弓・戦車・橋などの改良で実績をあげた。政王は、荊軻に知恵の源を尋ね…
 刺客として有名な荊軻を、こう料理するかあ。著者自らもエンジニアだからか、仕掛けづくりと改良となると、他に何も見えなくなるエンジニアの業がよく描けている。叶うなら秦軍勢揃いの場面を実写で観たいものだw 最適化を試みるあたりは、もう大爆笑w
神様の介護係 / 赡养上帝  / Taking Care of God / 科幻世界2005年1月号 / パスライト2012年4月号 / 中原尚哉訳
 三年前、空は二万機の宇宙船で覆われた。しばらくして、世界中で高齢の浮浪者が増える。「わしらは神じゃ。この世界の創造主への恩返しだと思って、食べ物をめぐんでくださらんか」。20億人もの老いた神を養う羽目になった人類は…
 これまた大爆笑の短編。特に国連総会の場面とか、もうたまんないw 「童童の夏」同様、優れた老人SF。食い意地が張っている上に、いろいろと間が抜けちゃいるが、妙に気弱でお人好しな「神」の性格付けがいい味出してる。

エッセイ:いずれも日本語訳は鳴庭真人。

  • 劉慈欣 / ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF / The Worst of All Possible Universes and the Best of All Possible Earths: Three-Body and Chinese Science Fiction
    清王朝末期から現代までの中国SFの変転と、<三体>が大ヒットに至る過程を語る。まるきしファイナル・ファンタジーだなあ。
  • 陳楸帆 / 引き裂かれた世代:移行期の文化における中国SF / The Torn Generation : Chinese Science Fiction in a Culture in Transition
    現代中国に見られる分裂を描く。似たような状況はアメリカや日本にもあって、これは世界的な現象なのかも。魯迅がSFに言及していたとは知らなかったが、ヴェルヌの「地底旅行」を訳してたのか。
  • 夏笳 / 中国SFを中国たらしめているものは何か? / What Makes Chinese Science Fiction Chinese?
    やはり中国SFの歴史を辿り、現状を報告する。思った通り、かつてはソ連SFの影響が強かった模様。そこにアメリカ文化が入ってきて、現在の活況に至る、と。人口を考えれば中国市場は大きいし、今後も発展を続けるんだろうなあ。

 ハードボイルド・タッチの陳楸帆、ファンタジックな夏笳、郝景芳の大法螺、ユーモラスな劉慈欣と、芸風も作品も多種多彩。にも関わらず、道端の若者たちは丼を抱えてたり、楽器は二胡だったり、化け物がアレだったりと、細かいところに中国の社会と文化が滲み出るのも、これまた一つのセンス・オブ・ワンダーかも。

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