カテゴリー「書評:SF:海外」の242件の記事

2020年2月13日 (木)

シルヴァン・ヌーヴェル「巨神降臨 上・下」創元SF文庫 佐田千織訳

ぼくたちはなにもしなかった……死ぬのを待ってたんだ。
  ――上巻p68

自分自身にそれが適用されないかぎり、わたしは彼らの主義を称賛した。
  ――下巻p61

【どんな本?】

 世界各地に出現した巨大ロボットたちは、人々に死を振りまいた。幸いローズ・フランクリンの対策が呼応を奏したのか、巨大ロボットたちは姿を消す。喜ぶのも束の間、人類が手に入れた巨大ロボットのテーミスも姿を消してしまう。操縦者ヴィンセントとエヴァ、そしてローズと地球防衛隊司令官のユージーンを巻き添えにして。

 四人は巨大ロボットの故郷、エッサット・エックトに転送されたのだ。異星において、珍獣とも難民とも客人ともつかぬ、中途半端な立場に置かれた四人は、それぞれの立場で自らの暮らしを始める。

 その頃、地球では。巨大ロボットの引き起こした災厄は、人類に強い恐れを引き起こす。残された唯一の巨大ロボットのラペトゥスを手に入れたアメリカ合衆国は、その強大な軍事力を前面に押し出し、強硬な軍事・外交政策を推し進める。他の諸国も、災厄の犠牲者と生存者の違いを根拠に人びとをランク分けして分断し、特定ランクの者は収容所に押し込めていた。

 そして9年。巨大ロボットのテーミスと共に異星から帰還したヴィンセントらは、テーミスともどもロシアに捕獲されてしまう。テーミスを手に入れたロシアは、その強大な武力で国際社会における存在感を示そうと動き始めるが…

 異星人の遺産である巨大ロボットをテーマとした娯楽アクションSF三部作の完結編。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」ベストSF2019の海外篇で18位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ONLY HUMAN, by Sylvain Neuvel, 2018。日本語版は2019年5月24日初版。文庫本の上下巻で縦一段組み本文約352頁+334頁=約686頁に加え、大野万紀の解説6頁。8ポイント42字×18行×(352頁+334頁)=約518,616字、400字詰め原稿用紙で約1,297枚。文庫本の上下巻としては普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。表紙のイラストで見当がつくように、「古代に異星人が残した巨大ロボットに人間が乗り込んで操縦する」お話だ。だから、科学や背景ではけっこう無茶やってる。そういうのが許せる人向け。

 それ以上に、三部作の完結編なのが重要。そのため、人間関係や設定は、前二作を引きずっている。読むなら、素直に開幕編の「巨神覚醒」から取り掛かろう。

【感想は?】

 いよいよ待望のエイリアンが登場する。のだが…

 人類を遥かに超えるテクノロジーを持つエイリアンである。さぞかし色々と進んでいるんだろう、と思ったら、そうきたか。

 ヲタクなネタと巨大ロボットの魅力で引っぱってきたこのシリーズ、完結編では著者の政治的な姿勢が色濃く出る作品となった。勝手な想像だが、これは著者がカナダのケベック州の出身なのが大きいんだろう。

 カナダは先進国だ。アメリカ合衆国と同じく、移民が作った若い国でもある。ただし自他ともに認める超大国であるアメリカと比べれば、とても小さな国だ。いや国土は広いんだが、人口は合衆国3.28億人に対しカナダ0.37億人、GDPも合衆国20.4兆ドルに対しカナダ1.5兆ドル。大雑把に国の規模は1/10ぐらい。そんなカナダで生まれ育てば、自然と合衆国に対し複雑な感情を抱くだろう。

 軍事・経済・科学そして文化でも、合衆国は世界をリードしている。それはSFも同じだ。だから、合衆国への憧れはある。と同時に、世界の全ての国を相手にして戦争しても勝てるほどの桁外れの軍事力に対しては、どうしたって怯えてしまう。幸い今のところ両国間の関係は良好だが、合衆国が牙をむいたら、どうなることやら。

 そんなカナダの中にあって、ケベックは更に複雑だ。なんたって、公用語がフランス語である(→Wikipedia)。今はやや大人しいが、カナダからの独立を求める動きも強い。だもんで、「合衆国に対抗するため全国民が一丸となって云々」みたいなワケにもいかない。

 そういう複雑な環境で生まれ育ったためか、暴力や権力の圧力や、人びとを差別し分断しようとする動きへの反感が、最終巻であるこの作品に強く出ている。

 なんたって、冒頭から合衆国はリビアの内戦に介入だ。しかも、海兵隊所属となった巨大ロボットのラペトゥスを前面に押し出した、ゴリゴリの脅迫である。まるきしヤクザだw にしても海兵隊ってのは巧いね。何せこの巨大ロボット、守りが硬く武器が強力なのに加え、常識を超えた移動ができる。こういう機動ができるんなら、強襲が専門の海兵隊にピッタリだ。

 そんな合衆国に対し、好敵手を自任するロシアは…。

 いやあ、既刊のアリッサ・パパンドヌ博士もなかなかの役者だけど、この巻で登場するGRU所属のキャサリン・レベデフ少佐が、実にトンガった人で。ロシア人といえば無口でクールなんて常識を鮮やかにひっくり返し、ソープオペラばりにしゃべるしゃべるw しかも、そのお喋りにほとんど中身がないのも凄いw

 所属がGRUだし、ハリウッド映画でアメリカンな振る舞いを学んだんだのかな、なんて思いながら読むと、更に楽しめます。もっとも、稀に覗ける彼女の意図は、やっぱりロシアなんだけどw 「レベデフ少佐のつぶやき」なんてスピンオフがあったら、是非とも読んでみたい。

 などと、物騒なのは軍と諜報機関だけでなく、いずれの国も社会全体がアレな方向に行っちゃってるあたりに、著者の政治性を強く感じるところ。このあたりでは、何かと生臭い事柄を思い浮かべてしまう。今の合衆国の移民排斥傾向に始まり、ユダヤ人の強制収容所もそうだが、太平洋戦争中は日系人も収容所に入れられたんだよなあ。まあ現代の日本もヒトゴトじゃないけど。

 ってな傾向に対し、単に厭うだけでなく、原因にまで思いをはせ、痛い所を突いてくるから憎い。

人は自分が知らないものを恐れます。
  ――上巻p136

彼らは自分たちの信条に居心地よさを感じるためだけに、時間とエネルギーを費やして物事を学ばない方法を探すだろう。
  ――上巻p323

わたしたちはだ……誰かのせいにする必要があるの。
  ――下巻p17

 では進んだテクノロジーを持つエイリアンは、というと、ここでも見事にハシゴを外すんだな、これがw 異星エッサット・エックトを描く場面では、意外としょうもない異星人の状況以上に、不慣れな世界に放り込まれた地球人四人の対比が、なかなか染みる。特に地球を懐かしむユージーンと、新しい世界に飛び込んでいくエヴァの対照が鮮やかだ。

 そのエヴァも、とーちゃんとはギクシャクしてるのは、名前のせいだろうかw

 やはり同じカナダ出身のSF作家ロバート・J・ソウヤーの「ネアンデルタール・パララックス」同様に、サービス満点な娯楽性と共に、著者のリベラルな政治姿勢が強く出た作品だ。だから好みは別れるだろうが、ハマればきっと楽しめる。

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2019年12月25日 (水)

チャールズ・L・ハーネス「パラドックス・メン」竹書房文庫 中村融訳

「…とりわけ、ソラリオン9でトインビー21の純化されたエッセンスが見つかるものと期待しています――つまり、自殺したくてたまらない30人の狂人が」
  ――p103

「…マインドとは何者なんだ?」
  ――p168

おまえはだれなの?
  ――p316

【どんな本?】

 アメリカのSF作家チャールズ・L・ハーネスが1955年に発表し、ヴォクトの諸作を彷彿とさせるスリリングでスピーディーな展開と壮大でマッドなアイデアの奔流にブライアン・オールディスが「ワイドスクリーン・バロック」の称号を与えた話題作。

 2177年、アメリカ帝国。宰相バーン・ヘイズ=ゴーントが事実上の支配者として君臨し、奴隷制を敷く退廃する社会となった。学生時代からヘイズ=ゴーントのライバルだった科学者のキム・ケニコット・ミュールは、10年前に消息を絶つ。

 同じころ、記憶を失った男アラールは、二人の大学教授マーカ・コリップスとジョン・ヘイヴンに救われる。アラールは二人に誘われ<盗賊結社>に入り、<盗賊>として稼いだ富で多くの奴隷を解放してきた。しかし帝国心理学者および芸術愛好家のシェイ伯爵の館に忍び込んだ際に…

 技術も社会も歪な世界で、巨大な陰謀に<盗賊>が勝ち向かう、サービス満点の娯楽SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1953年発表の際は Flight into Yesterday だが、後に The Paradox Men の名で再版され、高い評価を受ける。日本語版は2019年9月19日初版第一刷発行。文庫で縦一段組み本文約320頁に加え、「訳者あとがき 元祖ワイドスクリーン・バロック」15頁。9ポイント38字×17行×320頁=約206,720字、400字詰め原稿用紙で約517枚。普通の文庫の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。ワードスクリーン・バロックと言われるとナニやら難しそうだし、原著が1953年なので古臭そうな印象がある。が、心配ご無用。確かにデジタル関係はアレだが、それ以外は根本的なスケールがイカれ切っていて読者の思考能力を麻痺させてしまう。またお話も危機また危機のスリリングな展開で読者を惹きつけて離さない。リラックスしてお楽しみあれ。

【感想は?】

 これぞ正当なヴォクト「スラン」の後継者。

 「ワイドスクリーン・バロック」なんぞと大げさで難しそうなラベルがついているから、人によっては敬遠しちゃうかもしれない。だが、それは大変な勘違いだ。これは、とっても楽しい娯楽冒険活劇なのだ。しかも、緻密に構成を考えてある。

 「スラン」も主人公は次から次へと危機に陥り、そのたびに激しいアクションと意表を突くアイデアで切り抜ける物語だった。その点はこの作品も同じ。

 ただし、ヴォクトは全体構成をアドリブで作っていた。破綻もあるのだが、あまりの目まぐるしさで読者に気づかせない、そういう力技の作品である。対して、本書は構成をキッチリと考え、アチコチに見事な伏線をはり、終盤で鮮やかに回収してみせるのだ。

 漫画に例えるなら、篠原健太の「彼方のアストラ」の構成で舞台やガジェットは寺沢武一の「コブラ」みたいな。いやアストラはアニメしか見てないけど。

 なんにせよ、そういう、個々の場面では個々のアイデアに「そんなんアリかい!」と驚きつつワクワクし、主人公のピンチには「どうなるんだろう?」と期待を膨らませ、終盤には「こんな大風呂敷をどうやって畳むんだ?」と不安を抱かせながら、最後に「おお、あれがこうなるのか、ヤラレタ!」と脱帽する、そんな作品なのだ。

 なんといっても、ハッタリが効いてる。これには舞台設定の工夫がいい。なにせ合衆国が帝国になっている。しかも宰相が仕切り、奴隷制もある。実にグロテスクだ。でもって主人公アラールは<盗賊>ときた。その盗賊の仲間は大学教授である。正邪がひっくり返ってるだけでなく、大学教授と盗賊なんていうミスマッチがたまんない。

 これが単に奇をてらっただけでなく、ちゃんと裏付けがあったりするのだ。冒頭でだいたい見当がつくんだが、実は…

 加えて、<盗賊>のスタイルが、なんとも時代がかってるのも楽しい。銃社会のアメリカのはずなのに、なんと主な武器はサーベルだ。しかも攻守ともに。これについても、ちゃんと種も仕掛けも用意してある。

 もちろん盗賊だけあって、逃亡用の七つ道具だってあるし、それぞれ奇想天外なクセにちゃんと理屈がついてるのも嬉しい。

 そんな次から次へと出てくるガジェットに加え、やたら悪役が個性豊かで魅力的なのも、この作品の読みどころ。

 まあずは最初に出てくるシェイ伯爵。美食でデップリと太った芸術愛好家だ。私は最初ヘルマン・ゲーリングを思い浮かべた。そう、ナチス・ドイツで空軍を指揮した貴族趣味の奴。これはけっこういい線いってた。

 ただしシェイ伯爵の肩書は帝国心理学者。軍人ではなく、人の心を操る陰険な奴である。実は陰険なだけでなく、心底アレな人なのが中盤以降で明らかになるので、期待しよう。私はこういう人として完全に壊れている変態学者さんが大好きだ。

 対して力押しの脳筋野郎が保安大臣のターモンド。つまりは<盗賊>の天敵、警察の親玉である。いや捜査の指揮は見事なのだ。でも武闘派で、大事な場面じゃ本人がお出ましになるのが困ったところ。もちろん、それに相応しくバトル能力は万全なんだけど。

 そしてラスボスが帝国宰相バーン・ヘイズ=ゴーント。隠れた主人公キム・ケニコット・ミュールに対し、学生時代から因縁を抱えてる執念深い奴。学業で負け女を取られ、恨みを恨みを晴らすため権力を握る、実にわかりやすい悪役ですね。ただ、それだけに、権力闘争では阿漕なまでの巧みさを見せ、最後の最後まで粘りに粘るしぶとい奴です。でもなぜかペットは黒猫じゃなくてメガネザルw

 そしいてもちろん、冒険SFに欠かせないガジェットもてんこもり。重力屈曲性計画だのトインビー21だのミューリウムだの、謎めいてハッタリが効いた言葉が妄想マシーンに燃料くべまくりだ。

 一見、古臭いし、ワイドスクリーン・バロックなんて言われるとマニア向けの難しい作品みたく感じるけど、心配ご無用。まあ実際マニアを夢中にさせる要素も多いが、お話はスリリングでスピーディーで豪快な冒険娯楽活劇だ。リラックスして楽しもう。

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2019年11月21日 (木)

デニス・E・テイラー「シンギュラリティ・トラップ」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

「シリラがベイビーロックで探知した異常物を掘りだそうとしたんです。バスケットボールくらいの小さな物体です。プリチャードがそれを拾いあげようとして手をのばしたら、それからなにかが飛びだしてきて彼の右腕を包みこんだんです」
  ――p82

「…彼はいったい、なにを必要としているのかしら?」
  ――p187

「…肝心なのは、きみがいまもきみだっていうことだ」
  ――p215

意見は過大評価されている。意見を持つのは傍観者だ。傍観者にすぎない観客は意見を持つ。プレーヤーは決断をくだし、結果に責任を持つのだ。
  ――p334

「…どうして銀河系内に文明を発見できないのか、というのが、地球外文明の数を推定するドレイク方程式にまつわる長年の大問題でした」
  ――p398

「…軍事的解決策の問題は、道徳権利を有するほうではなく、また万全の策があるほうでもなく、強大なほうが好んで採用することだ」
  ――p464

【どんな本?】

 銀河系宇宙を舞台とした本格スペース・オペラ「われらはレギオン」で話題を呼んだカナダの新鋭SF作家デニス・E・テイラーによる、期待の新作長編SF。

 アイヴァン・プリチャードはコンピュータ技術者だ。妻と二人の子がいるが、暮らし向きは悪くなる一方。そこで一発逆転を狙ったプリチャードは、有り金をはたいて小惑星探鉱船<マッド・アストラ>に乗り込む。しばらくは家族と会えないが、資源の豊富な小惑星を見つければ大儲けできるはず。

 ところが<マッド・アストラ>、最近は空振りが続いて台所は身売り寸前の悲惨な状態。加えて今回も最初の探索は空振りに終わった。仕方なく延長戦に入ったところで、大当たりを引き当てる。はいいが、とんでもないオマケがついてきた。小惑星のすぐそばにあった岩塊をプリチャードがつついたところ、岩塊から飛び出した何者かが…

 人類の存亡がかかったファースト・コンタクトをユーモアたっぷりに描く、本格SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Singularity Trap, by Dennis E. Taylor, 2018。日本語版は2019年10月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約496頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント41字×18行×4996頁=約366,048字、400字詰め原稿用紙で約916枚。文庫の上下巻でもいい分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。一応、天文学や物理学関係でソレナリの仕掛けが出てくるが、分からなかったら「なんかソレっぽいことを言ってるな」程度に解釈しておこう。

【感想は?】

 スペース・オペラには、大きく分けて二種類がある。光速を超えるものと、超えないものだ。

 一般に光速を超える作品はストーリーやキャラクターを重んじるもので、超えないものは科学的な整合性を重視する作品が多い。前者の代表が「スタートレック」や「星界の紋章」で、後者の代表は「火星の人」や「航空宇宙軍史」だろう。

 本書は、光速を超えない。となると、堅苦しい作品のように思うかもしれないが、とんでもない。著者の本邦初登場シリーズの「われらはレギオン」も、敢えて光速の制約を受け入れることで、ボブたちの「戦い」に緊張をもたらした。

 本作の前半では、カッチリした技術的なディテールが楽しい。地球の重力井戸から這い出す<スリング>の描写も、現代の力任せな化学燃料ではなく、費用対効果の高い方法を採っている事が伺える。たぶん磁気カタパルトだろうなあ。それでも宇宙では空間そのものが貴重なので、宿泊施設はアレだったり。そんなもん、なぜ著者は知ってるんだ?

 こういう、技術だけじゃなく経済面も考えているあたりが、21世紀SFらしいリアリティを感じさせてくれると共に、「案外と宇宙時代はすぐソコに来てるのかもね」的な高揚感を与えてくれる。と同時に、「でも、君が考えてるほどロマンチックじゃないよ」と釘をさすのも忘れない。窓とかスポンジとかスピン方向とか、そーゆー小技がスレたSF者には心地いいのだ。

 本作の舞台は、近未来だ。小惑星の採鉱は、民間企業に任されている。しかも、主人公プリチャードが乗り込む探鉱船<マッド・アストラ>は、大企業の所属じゃない。船長ジェニングスの持ち船だ。こういった所は、資本主義を信じ挑戦と起業を美徳とする、北米人らしいバランス感覚だろう。

 と同時に、本作の舞台裏にある人類社会の、技術的・政治的背景も巧みに仄めかす。プリチャードが乗り込むのに、株を買い入れるあたりは、「大航宙時代」を連想してニヤリとしたり。この世界が持つ、活気あふれるフロンティアの香りが漂ってくる。

 などと、科学的な細部はキッチリ書き込みつつも、本作は決して堅苦しくない。何より、いきなり冒頭で大風呂敷を広げてくれる。かの傑作「2001年宇宙の旅」や、SFマニア歓喜の「サターン・デッドヒート」を思い起こさせる、宇宙SFの王道展開だ。遠い遠い昔、知的種族が太陽系に飛来し、「道しるべ」を仕掛け、去っていった…。そう、これは先人の偉大な傑作に真正面から挑む、大いなる野心作なのだ。

 こういった底に流れる明るさは、プリチャードに変化が訪れる中盤以降で、更に勢いを増す。いや肝心のプリチャードは常識じゃ考えられない異常な状況にキョドりまくりなんだが、読んでる私たちは「どんな御利益があるのかな?」と妙な期待に胸がワクワクしちゃったり。ほんとゴメン、プリチャード。

 もっとも、単に明るいだけじゃ済まないのも、中盤以降の展開で。謎のエイリアンの目論見もそうだが、それより地球の事情がいささか不穏なのだ。温暖化は悪化し、世界は二陣営で睨み合っている。プリチャードの噂で暴動が頻発する場面でも、科学とテクノロジーを愛する著者らしい世界観が覗けて「やっぱり」と思ったり。この人、きっと「インディペンデンスデイ」も好きだろ。

 そして、終盤では、ファーストコンタクト物に付き物の大きな壁「ドレイクの方程式(→Wikipedia)」と「フェルミのパラドックス(→Wikipedia)」をめぐる問題に真っ向から立ち向かい、今世紀のSFに相応しい新たな解を提示してくれる。

 もちろん、スタートレックにはじまり2001年などのイースター・エッグも随所に仕込んであり、マニアを喜ばせるトラップには事欠かない。ばかりでなく、終盤での頭脳戦では、人類の命運をかけた大博打を打ちつつ、それに相応しい壮大なビジュアルが展開する。

 お得意のクセのあるユーモラスな会話は健在で、細かく章を分けた構成もスピード感があって親しみやすい。そして何より、本格SFの醍醐味ファースト・コンタクトに本腰を入れて挑んだのが嬉しい。最新の知見を折り込みつつも、SFの楽しさをギッシリ詰めこんだ、今世紀ならではの太陽系スペース・オペラだ。

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【どうでもいい話】

 たぶん次の記事はしばらく間が開きます。かなり歯ごたえのある本なんで。

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2019年11月 7日 (木)

高野史緒編「21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作選 時間は誰も待ってくれない」東京創元社

「私はこんなに老けて、こんなに孤独で、こんなに疲れて……」
  ――オナ・フランツ「私と犬」

「現実に人間にしてもそうたくさんのタイプがあるわけではありませんよ」
  ――ロクサーナ・ブルンチェアヌ 「女性成功者」

テレビの背面カバーのネジを外そうとしてもつれた配線に指で触れる時、転がった鉛筆を拾おうとベッドの下にもぐり込もうとする時、私たちが姿を現すのは謎の洞窟のなかなのだ。
  ――ミハル・アイヴァス「もうひとつの街」

世界の終わりは日曜日の正午に始まった。
  ――シチェファン・フスリツァ「カウントダウン」

首都の名門銀行の上級顧問、ホートーニン氏は、列車の中で神と出会った。
  ――ゾラン・ジヴコヴィッチ「列車」

【どんな本?】

 東欧のSF作家というと、チェコのカレル・チャペックやポーランドのスタニスワフ・レムが思い浮かぶ。チャペックは大戦間の人だし、レムは冷戦期の人だ。その東欧は1989年のベルリンの壁崩壊以降、大きく変わった。と同時に、冷戦前から受け継いできた文化も再び芽を出し始めている。

 その東欧(とロシア)における、ファンタスチカの概念は広い。序文によると、「SF・ファンタジー・歴史改変小説・幻想文学・ホラー等を包括したジャンル」である。

 50年代アメリカSFを思わせるおおらかなアイデア・ストーリー,ヒネリの利いた短編の佳作,現代の問題を扱う生々しい作品,激動の歴史を感じさせる短編など、バラエティ豊かな東欧ファンタスチカの世界を紹介する、贅沢な作品集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年版」のベストSF2011海外篇で8位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年9月30日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約272頁に加え、沼野允義による解説「東欧の『幽霊』には足がある? 見えざる『もう一つのヨーロッパ』の幻想の正体を探る」12頁+編者あとがき5頁。9ポイント43字×19行×272頁=約222,224字、400字詰め原稿用紙で約556枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 お堅い文章を覚悟していたのだが、意外と軽快でノリのいい作品も多い。全般的にサイエンス・フィクションは少なく、ユーモラスな社会批評や幻想的なホラーが中心なので、理科が苦手でも大丈夫。むしろ歴史や地理の知識があると、より深く味わえる作品が多い。

【収録作は?】

  国ごとに1~2頁の解説が。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 著者名 / 作品名 / 訳者 / 初出年 の順。

序文 ツァーリとカイザーの狭間で 高野史緒
<オーストリア>
ヘルムート・W・モンマース / ハーベムス・パーパム(新教皇万歳) / Helmuth W. mommers / Habemus Papam / 識名章喜訳 / 2005
 2866年。ローマ教皇ベテディクト17世死去に伴う教皇選出会議は難航していた。ヴァチカンには179名の枢機卿が集い、既に28回の選挙が行われたが、まだ白い煙はあがらない。人類の宇宙進出に伴い、ローマ・カトリックも宇宙へと版図を広げ、そればかりか…
 宇宙時代のローマ・カトリックはどうなるのか? 1950年代のアメリカSFを思わせる、おおらかながらSFらしい視点でチクリと風刺を利かせた作品。世の中が変わり、ローマ・カトリック信徒の範囲が広がれば、聖職者のメンバーも変わってくる。それも面白いが、敢えて変えない部分も面白かったり。
<ルーマニア>
オナ・フランツ / 私と犬 / Ona Franz / Eu și un cîine / 住谷春也訳 / 2005
 息子を安楽死させた三日後、安楽死禁止法が出た。妻は既に亡く、私は猫と共に一人で暮らし始める。火星で最初のコロニーの建設が始まったとニュースが報じている。医学では、最悪の病気を早期に犬が嗅ぎつける技術が完成した。私は今までどおり仕事を続けた。そして月日は過ぎ…
 髪が抜け始めたオッサンには身に染みる作品。ロボットなどの細部はやや古めかしい感はあるが、それが逆に切ない気分を盛り上げる。老いて何かと利かなくなる自分の体、それに比べて便利になり機能が増える身のまわりの品々。特に不満を持つでもなく、静かに日々の暮らしを続ける一人暮らしの男。犬との淡い交流が、読了後にささやかな余韻を残す。
ロクサーナ・ブルンチェアヌ / 女性成功者 / Roxana Brincoveanu / O femeie de succcess / 住谷春也訳 / 2005
 建築家として華々しく成功した女は、夫を買うことにする。欲しいのは仕事で役に立つロボットじゃない。人生の伴侶だ。大会社の有名モデルじゃ誰かとカブりいかねない。そこで無名の会社を選んだ。テクニカル・チームの細かい質問に答え、何日かして再び訪れると、夫が私に永遠の愛を誓ってくれた。
 これまた1950年代のアメリカSFを思わせる、おおらかなアイデア・ストーリー。加えてこの作品は、かなり高ピーでお喋りな女の語りが巧くハマり、テンポのいい文章に乗せて物語がポンポンと心地よく進んでゆく…と思ったら、こうきたか。このオチもまた、フレドリック・ブラウンや草上仁みたいな味がする。
<ベラルーシ>
アンドレイ・フェダレンカ / ブリャハ / Андрэй Федарэнка / Бляха / 越野剛訳 / 1992
 チェルノブイリ事故のあと、村から人がどんどん出ていく。残ったのは村一番の顔役だった爺さん夫婦、年寄りの准医師、そしてうすのろでろくでなしでのんだくれのブリャハだけ。元顔役の爺さんは、豚の解体を手伝ってくれとブリャハに頼みにきた。
 非SF。チェルノブイリ事故のあと、地元に残った人たちの物語。今更 Google Map で調べたら、チェルノブイリはウクライナ北端でベラルーシの国境近くなんだね。立入禁止地区に「ゾーン」なんてルビがついてると、ストルガツキー兄弟の名作「ストーカー」を思い出すんだが、そういう連中はチェルノブイリにも徘徊してて…。
<チェコ>
ミハル・アイヴァス / もうひとつの街 / Michal Ajvaz / Druhé město / 阿部賢一訳 / 1993, 2005
 私たちの街より古く、だが私たちが何も知らない世界。それは小さなひび割れなどの向こうに広がっている。<私>はその存在に気づき、しるしを求めてプラハの街を探して歩きまわる。その朝、向かったのはポホジェレッツ。しばらくすれば観光客でいっぱいになるだろうが、今は誰もいない。開いているビストロに入ると…
 長編の抜粋。幼いころ、熱を出して寝込んでいた時、天井の木目模様が様々なモノに見えた。そんな感覚が蘇ってくる、不気味な雰囲気に溢れた作品。チャイナ・ミエヴィルの「都市と都市」も二重都市を扱った作品だが、いずれの都市も人間の領分だった。だがこの作品の「街」は、もっと物騒で禍々しい。
<スロヴァキア>
シチェファン・フスリツァ / カウントダウン / Štefan Huslica / Odpo č ítavanie / 木村英明訳 / 2003
 ヨーロッパの十数カ所の原子力発電所が同時に襲われた。犯行グループは民主主義急進派。中国共産党体制に対し、民主主義のために戦争を布告せよ、さもなくば原子炉を爆破する、と。EUは平和的な解決を打診するが、犯行グループは一歩も譲らない。
 今世紀に入ってから中国の経済成長は著しいだけに、発表当時とは作品の印象が大きく変わっているんだろう。だが、中国が共産党の一党独裁なのは変わりないわけで、私たちのオツムは結構いいかげんなモンだと改めて考え込んでしまう。そんな状況で普通の市民に何ができるのか、というと…
シチェファン・フスリツァ / 三つの色 / Štefan Huslica / Tri Farby / 木村英明訳 / 1996
 ハンガリーとスロヴァキアの対立は市民戦争となり、町が戦場に変わった。街角では国連軍や赤十字、そしてCNNを見かける。
 スロヴァキアの国旗は白・赤・青、ハンガリーの国旗は赤・白・緑。なぜ戦争になったのかは語らず、市街の様子を突き放した文体で描いてゆく。「ボスニア内戦」や「セカンドハンドの時代」を読むと、社会ってのは意外と簡単にこういう事態に陥ってしまうような気がしてくる。
<ポーランド>
ミハウ・ストゥドニャレク / 時間は誰も待ってくれない / Michal Studniarek / Czas nie czeka na nikogo / 小椋彩訳 / 2009
 僕が幼いころ、祖父はよく若い頃の話をしてくれた。ワルシャワのシェンナ通りにある、レンガ造りのアパートでの暮らしを。祖父の誕生日に、シェンナのアパートの写真か絵葉書を送ろうと考えた僕は、骨董品店を訪ね歩く。<ヴィエフの店>を紹介された僕は、ハロウィーンの日に彼と待ち合わせ…
 第二次世界大戦でドイツはポーランドを占領、ソ連へと進撃するが、やがてソ連に押し返される。赤軍が目前に迫った時、ポーランド国内軍は蜂起し拳銃と火炎瓶でドイツ軍に立ち向かうが、赤軍は足を止める。国内軍はドイツ軍に蹂躙され、ワルシャワは瓦礫の山と化す(→「ワルシャワ蜂起1944」)。そんなワケで、戦前のワルシャワの写真や絵葉書は、ワルシャワっ子には特別な意味があるのだ。
 ハロウィーンは、日本だとお盆にあたるだろうか。いや季節は全く違うけど、雰囲気的に。東京の下町や広島に住んでいた人なら、より深く味わえる作品だと思う。
<旧東ドイツ>
アンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー / 労働者階級の手にあるインターネット / Angela & Karlheinz Steinmüller / Das Internetz in den Händen der Arbeiterklasse - Ein Begebnis aus dem jahr 1997 / 西塔玲司訳 / 2003
 ヴァルター・アダムチクは東欧崩壊の直前に西へ亡命し、今は遠隔医療の専門家として研究所で働いている。その日、ヴァルターに妙な電子メールが届いた。送信者はヴァルター本人、ただしアドレスは東独の科学アカデミーの研究所。イタズラかと思ったが…
 シュタージ=国家公安局やIM=民間諜報協力者=チクリ屋といった言葉から、東独時代の重苦しい気配が伝わってくると共に、その時代に生きたヴァルターの心には、今も冗談では済ましきれないモノが残っているのがわかる。実は自分のメールアドレスから来る迷惑メールって手口は既にあって(→脅迫スパム)、現実がSFを超えてしまった。ちなみに特撮ファンには嬉しいクスグリもあります。
<ハンガリー>
ダルヴァシ・ラースロー / 盛雲、庭園に隠れる者 / Darvasi László / Sen-Jün, a kertrejtőző / 鵜戸聡訳 / 2002
 千年も続いたと言われる竜たちの戦場を、公の家祖たちは清朝庭園に仕立てた。若き君主は庭園を愛で、自ら草を抜き枝を剪り手入れに勤しんだ。そこに盛雲と名乗る男が訪れてくる。面相は間抜けで体臭はきつい。不遜にもこう述べる。自分は清朝庭園に隠れ、公が一日かけても見つけ出せないだろう。
 編者の解説によると、ハンガリー文学には「中国もの」というサブジャンルがあるとか。確かにちょっと聊斎志異っぽい雰囲気はある。改めて考えると、いい歳こいた野郎二人が、必死になってかくれんぼするってだけの話なんだが、そこまで意地になるかw
<ラトヴィア>
ヤーニス・エインフェルズ / アスコルディーネの愛 ダウガワ河幻想 / Jānis Einfelds / ASKOLDĪNE / 黒沢歩訳 / 2009
 ダウガワ河の川岸に人が集まり、大笑いしている。人の群れをかきわけて川を見ると、不思議な幻が見えた。二本マストの船が大きな波に揺れている。ブリッジやデッキには、酔った水夫や士官がよろめいている。一人、美しい娘がいたが、引き立てられてどこかに閉じ込められてしまった。
 ダウガワ河と美しい娘と船が登場する、メルヘンっぽい話の断片が続く。それぞれの話は少しづつ重なり合い、だが微妙に違っている。どの話もバルト海にそそぐ川に相応しく、冷たく残酷で荒々しい。
<セルビア>
ゾラン・ジヴコヴィッチ / 列車 / Zoran Živković / Voz / 山崎信一訳 / 2005
 銀行で上級顧問を務めるホートーニン氏は、列車のコンパートメントで神と出会った。退役軍人のように見える神は、ホートーニン氏に告げる。「どんな質問にも答える、見返りは求めない」と。
 「神です」には笑ったw 全知全能の存在に対し、何を尋ねるべきか。宇宙の成り立ちやリーマン予想とかカッコつけたいところだが、きっと答えを聞いても私には理解できないだろうなあ。リーマン予想に至っては問題すら理解できないし。やっぱりホートーニン氏みたいな問いになるんだろうけど、なんちゅうオチだw
解説:東欧の「幽霊」には足がある? 見えざる「もう一つのヨーロッパ」の幻想の正体を探る:沼野允義
編者あとがき:高野史緒

 軽妙な「ハーベムス・パーパム」「女性成功者」「列車」や、不気味な「もうひとつの街」は、私のような古いSF者には妙な懐かしさを感じる。「私と犬」の、しみじみとした情感も心地いい。中でも最も気に入ったのは、書名にもなっている「時間は誰も待ってくれない」。東京の下町を舞台にして翻案したら、多くの日本人を泣かせるんじゃなかろか。

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2019年10月23日 (水)

リリー・ブルックス=ダルトン「世界の終わりの天文台」創元海外SF叢書 佐田千織訳

「われわれは今を生きなくてはならないんだ」
  ――p74

彼がここにやってきたのは死ぬためだった。
  ――p88

彼が蓄積してきた地元の知識は、偶然知ったことばかりだった。
  ――p149

あなたの心はそこまで壊れていたのね
  ――p192

災害時に電波に乗って流れる情報を最初につかむのは、いつもアマチュア無線家だ。
  ――p220

【どんな本?】

 アメリカの新鋭作家リリー・ブルックス=ダルトンの小説デビュー作。

 近未来。木星探査船<アイテル>は木星圏でのミッションを無事に終え、地球への帰路についた。一年以上にわたる共同生活でも、クルー六人のチームワークは乱れず、熱心に職務に励む。だが、地球を目指す旅の途中、地球からの通信が途絶えた。技術者のサリーは通信の回復に努める。しかし、入ってくるのは木星圏に残した機器からのデータだけで、地球からの応答はない。

 オーガスティンは78歳の天文学者。人嫌いがこじれ、今は北極圏のバーボー天文台にいる。他の研究者や技術者たちはすべて去った。オーガスティンは一人で天文台を独占し、気の向くまま観測と研究を続ける…つもりだったが、意外な居候が現れる。八歳ぐらいの少女、ルーシーだ。去った者の子供かと思い無線で問い合わせたが、どこからも応答がない。

 家族を置き去りにして宇宙に進んだ女、人とのつながりを拒み極地へと向かった男。静かな風景の中で世界の終わりを描く、少し変わった終末物SF。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」のベストSF2018海外篇29位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Good Morning, Midnight, by Lily Brookss-Dalton, 2016。日本語版は2018年1月12日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約260頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント43字×20行×260頁=約223,600字、400字詰め原稿用紙で約559枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。ごく稀に無線通信関係の用語が出てくるが、分からなければ無視して構わない。大切なのは登場人物の心の動きなので、理科が苦手な人でも大丈夫。敢えて言えば、太陽系の惑星の配置。地球から遠い順に木星→小惑星帯→火星→地球、となる。これさえ知っていれば、充分に楽しめる。

【感想は?】

 SFか、と言われると、ちとツラい。が、SFファンの心には鋭く突き刺さる作品だ。

 最初にハッキリさせておこう。人類滅亡の原因は最後まで明かされない。少なくとも核戦争ではないらしい。というのも、オーガスティンはホッキョクグマやシャコウウシやオオカミに出会うのだ。

 ただ、地上の誰もが重大な危機を予期しているのは、冒頭でハッキリと描いている。ここでは、天文台からの計画的な引き上げと、オーガスティンが強情を張って居残る場面がある。

 このオーガスティン、あまり主人公らしくないのが、この作品の大きな特徴だろう。人生の末期、78歳ってのもそうだが、性格もなかなかアレな人でw 最初は研究一筋の純粋な人かと思ったが、あ、いや、確かに研究が大好きな人ではあるんだが…。

 そういう意味だと、この作品はアンチSFとすら言えるほどのインパクトを持っている。孤高といえば聞こえはいいが、同僚の研究者からも持て余されているのが、冒頭でわかる。後に彼の過去が少しづつ明かされるに従い、彼がそうなってしまった経緯も呑み込めてくる。この辺までくると、とても他人事とは思えなくて、「ヤな奴だなあ」とは感じつつも、なぜか嫌いにはなれなかったり。いやあまし近くには居て欲しくないけどw

 そういった点では、グレゴリイ・ベンフォードや松崎有理とも違う視点での、研究者小説またはヲタク小説かもしれない。ただ、そのまなざしは、不器用な人間に深い理解を示しつつも、決して温かいだけのものじゃなかったり。もっとも、これはオーガスティンが住む、雪と氷に包まれた北極圏の風景がもたらす印象が混ざっているせいかも。

 というのも、冒頭の季節が春だからだ。太陽が昇らない長い冬が終わり、少しづつ日が差す春に、物語は始まる。その後、次第に日が長くなり、日が沈まぬ白夜の夏がやってくる。大気が温もりを取り戻すと共に、凍りついたオーガスティンの心も謎の少女アイリスによって揺らいでゆく。そんな彼の心の変化が、この作品の大きな読みどころ。

 もう一人の重要な人物は、宇宙飛行士の一人サリー。念願の木星圏探査船のクルーに選ばれ、木星圏でのミッションには成功したものの、帰路で地球との通信が途絶えてしまう。彼女もなかなかに複雑な環境で育ち、仕事はともかく家庭生活は順調とは言い難く…

 とまれ、こちらのパートだと、サリー自身より、彼女を含めたクルー全体の心の動きが、私には印象深かった。

 おそらく人類初である木星圏の有人探索だ。クルーは選び抜かれた優秀な人ばかり。熱望する冒険的なミッションに成功し、意気揚々と引き上げる…つもりが、地球からの返事はなしのつぶて。これがチームひとりひとりに、どんな影響を与えるか。

 実はサリーのパートだと、私はサリーより船長のハーパーが気になった。

 これが見事にオーガスティンと対照的な人で、選ばれるべくして選ばれたリーダーなんだな。プロフェッショナルな意識こそ共通しているものの、生まれも育ちも考え方も違う多国籍のメンバーを率い、通信途絶という危機にありながら、なんとかチームとして機能させようとする彼の努力は、涙ぐましくさえある。

 50年代のSFだったら、間違いなく彼が主人公になってサバイバル劇で大活躍していただろう。ここでも、背景となる舞台が大きな効果をもたらしている。

 人里離れているという点ではオーガスティンのいる北極圏と似ているが、こちらは板子一枚じゃなかった船殻を隔てた向こうは真空の宇宙。オーガスティンの周囲にはクマやオオカミが姿を見せるが、宇宙じゃ生命を思わせるものは何もなく、気配といえば木星圏からロボットが送ってくるデータだけ。

 宇宙にいるので家族や友人に会えない寂しさはあるが、ちょっと頭を回せばすぐそばに見慣れた、どころか息苦しいほどに見飽きたクルーがいる。それまでは明るい雰囲気だったのが、通信の途絶が長引くにつれ…。こっちのパートだと、別の事故で再び雰囲気が一変するところでニヤニヤしちゃったり。

 終末を迎えるなら、サリーとオーガスティン、どっちの立場に居たいだろうか。私はオーガスティンの方がいいなあ。

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2019年9月26日 (木)

シオドア・スタージョン「ヴィーナス・プラスX」国庫刊行会 大久保譲訳

レダム人に対しては、どんなシンボルが使われるのか? 火星プラスXか? 金星プラスXか?
  ――p109

「私たちが求めているのは意見です。あなた自身の意見なんですよ、チャーリー・ジョンズ」
  ――p144

「両親が子どもを作る。子どもが両親を作る」
  ――p173

「人間の世界に及ぶ神の手というのは、死者が生者に科した枷となるのがしばしばです。神の命令は、共同体の中の年長者たちの解釈を通して告げられる。しかしそうした人々は、歪んだ記憶を持ち、過去に浸っているばかりで現実を直視せず、心の中の情愛は干上がってしまっている」
  ――p193

何の取りえもない人間が自分が優れていると証明する唯一の方法は、他の誰かを劣った存在とみなすことだ。
  ――p209

【どんな本?】

 短編の名手として有名なSF作家シオドア・スタージョンが、冷戦の火花が散る時代に叩きつけた、思いっきり過激で挑発的なユートピア小説。

 チャーリー・ジョンズ、母親と二人で暮らす27歳の男。昨夜やっと、恋人のローラと思いを遂げたばかり。仕事から家に帰った…はずだが、目覚めたのは銀色の世界。

 レダムと呼ばれるそこは、奇妙な世界だった。空は一面の銀色で、建物は逆立ちしているみたいだし、空中と思った所はエレベーター。そして何より変なのは人だ。ファッションがケッタイなのはともかく、男か女かわからない。いや、男らしき二人が妊娠している。

 変わった世界だが、チャーリーを呼び寄せた者たちは、害意も敵意もないようだ。彼らの目的もわかった。「私たちについて知り、意見を聞かせて欲しい」。

 不思議な世界レダムを鏡として使う事で、私たちの社会の歪みをデフォルメして見せる、思いっきりスパイスの利いた長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Venus Plus X, by Theodore Sturgeon, 1960。日本語版は2005年4月25日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約288頁に加え、あとがき3頁+訳者あとがき9頁。9ポイント44字×18行×288頁=約228,096字、400字詰め原稿用紙で約571枚。文庫なら普通の厚さだろう。

 文章は読みやすい。内容もわかりやすい。SFとはいえ科学や技術の描写はアレなので、気にしてはいけない。まあ半世紀以上も前の作品だし、主題もソッチじゃないし。そんなんだから、理科が苦手でも大丈夫。

 あ、それと。性も重要なテーマだけど、ポルノとしては使い物にならないので、そのつもりで。

【感想は?】

 これはわかりやすいスタージョン。

 短編集「海を失った男」は技巧に走った作品が多い。「ビアンカの手」とか、私は結局最後までオチが分からなかった。

 が、この作品は、とってもわかりやすい。「夢見る宝石」や「人間以上」もそうだったけど、スタージョンの短編は玄人好みで、中編・長編はわかりやすいのが多いのかも。また、内容も「ガリバー旅行記」や「すばらしい新世界」に続く、一種のユートピア/ディストピア小説だし。

 もちろん、SFならではのセンス・オブ・ワンダーもある。さすがに世界が銀色なのは半世紀間のセンスだよなあ、と思うが、昔はそういう感覚だったんです。これを変えたのがスター・ウォーズで、微妙に汚れてボロいミレニアム・ファルコンとか…あ、いや、それは置いて。例えば、チャーリーがレダム語で、「ここは何という惑星なんだ?」と尋ね、「地球だ」と返ってきた後の、こんな台詞。

「要するに、どんな言語にも『地球』を意味する言葉があるってことだ。(略)火星語なら火星のことを『地球』と呼ぶはずだし、金星語では金星のことを『地球』と呼んでいるだろうし」
  ――p45

 私たちが「地球」と言うとき、そこには「母星」という意味がこもっている。火星で生まれ火星で育ち火星で生きている火星人は、火星を母星だと思っているだろう。だから、火星にいる火星人に「ここはどこだ?」と尋ねたら、「ここは私の母星だ」と答える。これを日本語に訳せば、「地球」が最もしっくりくる。

 こういう、言葉へのこだわりもスタージョンの特徴だろう。それだけに訳者も相当に工夫しているようで、ルビも見落とせない。三人称単数を示す単語をめぐる考察も、作品のテーマである性を含みつつ、いかにもスタージョンな味がする。そういえば、日本語だと、アイツ/あれ/奴/あの人/あの方とか、性を含まない三人称単数って、けっこうバリエーションは豊かだなあ。

 この小説、実はチャーリーのパートと並行して、現代の普通の家庭生活の話も進む。もっとも、こっちはたいした事件が起きるわけじゃないんだけど。だからこそ、レダム世界の引き立て役として、強いコントラストをなすパートだ。でありながら、彼らの職業が広告代理店で、言葉に縁が深いのも、スタージョンらしいところ。

 などの細かい芸が光る序盤に対し、中盤から終盤にかけては、むしろ武骨とすらいえる骨太なスタージョンが味わえるのが楽しい。もっとも、序盤でもちゃんと準備運動が入っている。例えば先の「地球」だ。立場が違えば、同じ言葉でも示すモノは違ってくる。これを出発点として、本作では次々と私たちの足元をすくい、ノーミソの溝に溜まったホコリをジャブジャブと洗い流してくれる。ああ、気持ちいい。

 激動の60年代らしく、宗教にキッチリと切り込んでるあたりも、なかなか愉快だった。現代アメリカ・パートの教会のエピソードとか、いかにも広告代理店が考えそうなシロモノだが、さすがにこれはネタだろうなあ。

 逆にレダム世界の宗教は、今から思えば、冷戦下とはいえ科学技術と経済が足を揃えて発展していた、当時の明るい気分が根底にあるんだよなあ。私のようなオッサンは、そういう雰囲気の中で書かれたSFで育っただけに、その発想を支える未来への希望が、「ああ、これぞ俺のSFだ」な感じで心地よかったり。

 奇妙な世界レダムを鏡として使い、私たちの世界の歪みを見せつける、皮肉たっぷりのユートピア小説。「SFは気になるけど数式は苦手」な人にお薦め。

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2019年9月17日 (火)

ルーシャス・シェパード「竜のグリオールに絵を描いた男」竹書房文庫 内田昌行訳

「グリオールの体に絵を描いているようなふりをして作業を進め、その胴を真実の光景で美しく飾るいっぽうで、やつに絵の具という毒をあたえ続けるのです」
  ――竜のグリオールに絵を描いた男

「あなたは彼をなんだと思っているのです?」(略)「神ではないとでも言うのですか?」
  ――鱗狩人の美しき娘

「その偉大な務めはグリオールに関係しているのでしょうね」
老女は肩をすくめた。「あらゆることがそうですから」
  ――ファーザー・オブ・ストーンズ

「これまでの人生が空虚だったせいで、あなたはわたしが何か達成感をあたえてくれると期待している。あなたが戻ってくるのはそれを望んでいるから。ふたりが進むべき道に、あなたとわたしがすでに足を踏み出しているから」
  ――嘘つきの館

【どんな本?】

 アメリカのSF/ファンタジイ作家ルーシャス・シェパードが遺した多くの作品の中から、「竜のグリオール」のシリーズ四編を選んで編んだ作品集。

 グリオールは巨大な竜だ。何世紀も生き、鼻づらから尾の先までは千八百メートルにも及ぶ。グリオールはカーボネイルス・ヴァリー一帯を支配し、住民たちを操っていた。あるとき、魔法使いがグリオールと戦った。グリオールの心臓は止まり呼吸も途絶えたが、命は奪えなかった。

 今、グリオールは巨大な体を谷に伏し、全く動かない。だが今なお谷の住民たちに影響を及ぼしていると言われる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年9月6日初版第1刷。文庫本で縦一段組み本文約390頁に加え、おおしまゆたかの解説が豪華25頁。8.5ポイント41字×17行×390頁=約271,830字、400字詰め原稿用紙で約680枚。文庫本ではやや厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただし、竜のイメージは大事かも。日本や中国の龍は聖なる獣みたいな印象があるが、グリオールは違う。底知れぬ邪悪さを秘め、賢いが賢明というより狡猾という感じ。それと単位がフィートなのがちと辛いかも。1フィートは約30cm、1マイルは約1.6km。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題。

竜のグリオールに絵を描いた男 / The Man Who Painted the Dragon Griaule
 谷はグリオールの殺害に報奨金をかけた。何百もの計画がたてられたが、みな失敗した。そして1853年、メリック・キャタネイが現れる。若者が持ち込んだ案はこうだ。グリオールに絵を描き、絵の具の毒で竜を殺す。提案は受け入れられ、作業が始まった。
 グリオールの巨大さに呆れてしまう作品。全長1.8km、高さ200m越えって、そりゃ生物というよりもはや地形だ。実際、絵を描く作業も、創作というより土木工事だし。そんな巨大な生物だけに、一つの独特な生態系を形作っているのも楽しい。こういった所は、映画「パシフィック・リム」のカイジュウを思い出したり。
鱗狩人の美しき娘 / The Scalehunter's Beautiful Daughter
 グリオールの鱗は薬として珍重される。男やもめのライオルは鱗狩人だ。谷の者は鱗狩人をのけ者にする。グリオールが鱗狩人を好まず、それが谷の者に影響しているからだ。ライオネルの娘キャサリンは妻の命とひきかえに生まれた。彼はキャサリンをグリオールの鱗の上で育てた。キャサリンは美しく育ち、何人もの男たちの間を飛び回った。だが…
 前作で少しだけ出てきたグリオールの生態系を、じっくりと味わえる作品。ドラゴンが火を噴くメカニズムにまで、ちゃんと理屈をつけてるのも楽しい。
 なにせ一つの環境、しかも竜なんぞという異様な生き物を中心とした世界だけに、そこに住む生物もなかなかに異様でおぞましい。狩猟隊の場面の迫力と気色悪さは半端ない。それに輪をかけて怖いのが、蔓草のシーン。いかにもグリオール生態系にふさわしく、この世界とは異なる「何か」を感じる。
 冒頭からグリオールとの強く結びついている様子のキャサリンが、終盤で己の運命を悟る所では、グリオールの底知れなさがジンワリと伝わってくる。動けないとはいえ、やはり竜は竜、しかも齢経た竜ともなれば…
ファーザー・オブ・ストーンズ / TheFather of Stones
ポート・シャンティの<竜の宮殿>で、僧侶マルド・ゼマイルが殺される。宮殿の門前にいた宝石研磨工ウィリアム・レイモスが捕まった。レイモスの娘ミリエルも、宮殿で見つかる。薬で麻痺状態になり、裸で祭壇に横たわっていた。凶器は始祖の石、グリオールの天産物と言われている。弁護士アダム・コロレイはレイモスと面会するが、レイモスは投げやりにグリオールのせいだ、と主張するだけ。
 グリオールの支配下にある谷を離れ、警察や法廷が機能している町ポート・シャンティで展開する法廷劇。主な視点が、弁護士のアダム・コロレイなのが巧い。貧しい育ちから理想を求めて身を立て、若いながらも頼りがいのある弁護士となった…が、経験を積むに従い現実を思い知り、今は少々疲れ気味。いい人なんだけど、やや燃え尽き気味なのだ。
 この構成が、物語が進むにつれボディブローのようにジワジワと効いてくる。最も邪悪で狡猾なのは、いったい何者なのか。グリオールなのか、彼らなのか、はたまた世界そのものなのか。
 「医者と弁護士には何も隠すな」とは言うが、この話の登場人物の言葉は、みんな信用できないのが凄い。肝心のレイモスは押し黙ったままだし、ミリエルも腹に一物ありそうだ。殺されたゼマイルも、調べが進むにつれ、ロクでもない目論見を持ってた事が明らかになる。
 この邪悪さはグリオールの影響なのか、もしくは人の正体なのか。少なくとも、こんな物語を書ける著者が極めて狡猾なのは間違いない。
嘘つきの館 / Liar's House
 ポート・シャンティの港長の馬車が、女を轢き殺した。女は荷役のホタ・コティブの妻だった。逆上したホタは港長とそのふたりの息子を殺して金目の物を奪い、逃げる際に使用人や警官も殺し、テオシンテに逃げ込む。この集落はグリオールに近く、無法者の巣だ。ホタは宿屋<竜木館>別名<嘘つきの館>に住み着く。42歳になったホタは、グリオールの近くを飛ぶ十数mの竜を見て、それを追うが…
 オッサンが若く美しい竜の娘に出会う話。おお、ファンタジイの王道だねえ、なんて思ったらとんでもない。いやこれまでの話を読めば、綺麗なロマンスにはならないだろうってのは想像がつくけどw
 なにせ若い竜の娘マガリの性格が、いかにも竜だし。口を開けば「肉」。まあ、竜だしなあ。やっぱり肉食なんだねえ。他にも、特に終盤で描かれる竜の生態が、実に生々しくて迫力に満ちている。この辺が、ファンタジイだけでなくSFファンも惹きつける魅力なんだろう。姿はヒトに似せていても、やはり根本的に違ういにしえの生き物なんだ、と伝わってくる。
 それほど異なった生き物であるにも関わらず、マガリと暮らすうちに、いろいろと変わってくるホタが切ない。だが、所詮はヒト、グリオールの企みはもっと老獪で…

 こうやって改めて感想を書いてみると、このシリーズはやっぱりグリオールの魅力が光ってる。いや光るというより、邪悪な霧が密かに忍び寄ってくる感じなんだけど。また、一種のファースト・コンタクト物としての魅力もある。つまり、グリオールは、ヒトとはまったく異なった思考方法で、独自の目的を持ち、極めて賢いながらも絶望的にコミュニケーションが取れない生物なのだ。しかも、その能力もまた計り知れない。知性はあるようだが、ヒトとは全く異なる働きをするみたいだし。あまし読み込むと、グリオールに魅入られそうな気さえしてきて、ちょっとした恐怖も味わえる、SFともファンタジイともホラーとも分類不能な、不気味で異形の物語だ。

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2019年8月15日 (木)

S・J・モーデン「火星無期懲役」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

「で、そこはどこなんだ? 七人の囚人を送り込んで刑務所を建てさせ、そこに死ぬまで閉じ込めようっていう場所は?」
「火星だ」
  ――p18

フランクの命は息の数で勘定できた。体を動かせば動かすほど、残りの数が少なくなった。
  ――p198

「…やつらはおれたちを、資源としか思ってないんだ」
  ――p257

「働け。おれがおまえらに求めるのはそれだけだ」
  ――p288

おれはどんな事故で死ぬんだろう? スーツの故障? 空気に問題が発生する?
  ――p432

【どんな本?】

 21世紀半ば。フランクことフランクリン・キットリッジは51歳。工務店を営んでいたが、今は120年の懲役で刑に服している。息子に麻薬を売るバイニンを殺したのだ。

 そんなフランクに、取引が持ちかけられた。民間企業が火星に基地を作ろうとしている。まず監督官と七人の囚人を送り込み、基地を建設して居住環境を整える。次に科学者を送り、囚人たちは基地の保守や増築を担う。基地建設の初期は最も厳しく危険な工程だ。エリートを使えば費用がかさみ、被害者が出れば大きな非難を浴びる。そこを囚人に任せれば、費用を節約できて失敗時の炎上も小さくて済む。

 フランクは取引に応じた。同僚となる囚人たちは気難しい奴もいるが、人の良さそうな奴もいて、なんとかやっていけそうだ。だが監督官はいけすかないし、訓練場の様子もおかしい。それでも訓練の内容は生存と建設の技術を磨く相応しいながらも厳しいもので…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ONE WAY, by S. J. Morden, 2018。日本語版は2019年4月15日発行。文庫本で縦一段組み本文約517頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント40字×17行×517頁=約351,560字、400字詰め原稿用紙で約879枚。上下巻に分けてもいい分量。

 文章はこなれている。内容も分かりやすい。科学考証はしっかりしているが、楽しむ分には特に気にしなくてもいい。敢えて言えば、火星の大気は地球の1/100未満で、しかも二酸化炭素ばかりって事ぐらい。要は空気がないも同じなんです。

【感想は?】

 解説によると、出版社からは「火星の人」の二番煎じとして注文を受けたそうだ。確かにそういう部分はある。

 似ているのは、火星でのサバイバルということ。この点で、特に技術面における迫真性は、「火星の人」とタメを張る。大きな違いは、生存者が万能のエリートではなく、それぞれが専門技能を持つ囚人である点と、複数である点だ。また、主催が民間企業なのも大きい。

 お陰でマーク君のように多様な創意工夫の才はないし、生き残るための資源も大量に必要になる。その分、SFとしては技術面での面白さがグッと増えた。人が頼りない分、それを補佐するメカの役割が大きくなっている。

 最初に頼もしく感じるのは、バギー。火星じゃ空気がないから、もちろん内燃機関は使えない。電動車である。ロケットで運ぶんで、軽くなくちゃいけない。ってんで、タイヤとエンジンをシャーシで結びつけただけみたいな、武骨なシロモノになる。もちろん、気密はない。宇宙服を着て乗る。しかも速度はせいぜい時速16km程度。地上なら渋滞してるかのようなスピードだ。

 にもかかわらず、序盤から中盤にかけては、このバギーが実に頼もしく思えてくる。まさしく命綱の役割を果たすのだ。

 バギーから始まって、彼らが自分たちの生存環境を整えていくあたりは、次から次へと想定外のトラブルが降りかかり、緊張感がまったく途絶えない。これには主催が民間企業である点も手伝って、けっこうセコい理由でピンチが訪れたりする。特に厳しいのが電力で、これの確保には最後まで苦労する。

 などの自然相手の苦労に加え、チームならではの問題も持ち上がる。何せ囚人だけに、チームワークを築くのが難しい。だけでなく、一人また一人と死んでゆく。

 というと犯人捜しのミステリのようだが、そこは巧みにヒネってある。けっこう早いうちに犯人の目星がつくのだ。これは、彼らにはわからないが読者にはわかるよう、作中にヒントを散りばめているため。おかげで誰が何のために犯行を重ねるのか、ミステリが苦手な私でも、だいたいの見当がついた。

 じゃつまらないかというと、逆だから憎い。奴の目的がアレだとすると、彼らは極めてヤバい状況にある。しかも、環境が整うに従って、むしろヤバさは増してしまう。読者はわかるが、彼らはわからないし、わかっても対策がない。このサスペンスは最後まで続き、読者を引っ張ってゆく。

 などに加え、個人的には主人公フランクがオッサンなのが嬉しい。

 なにせ51歳、いい歳である。囚人仲間には、もっと齢を経た者までいる。おまけに長い刑務所暮らしで、体がナマっている。にも関わらず、孤立無援の火星で生き延び、基地まで建設しなきゃいけない。だもんで、訓練で感じる厳しさもひとしお。この辺は、SFが歴史を経て年配の読者が増えたからこその描写だろう。いやホント、ランニングの場面は実に痛々しかった。

 真空に近い環境での作業に伴う困難や危険を描く場面では、意外な問題を指摘してSF者を唸らせつつ、巧みに捻った設定と小説ならではの構成でサスペンスを盛り上げ、最後まで読者をグイグイと引っぱってゆく、今世紀ならではの本格的なSF娯楽大作だ。

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2019年8月 9日 (金)

ピーター・ワッツ「巨星 ピーター・ワッツ傑作選」創元SF文庫 嶋田洋一訳

名前はどうでもいい。名前は居場所の記号に過ぎない。バイオマスはどれも交換可能だ。
  ――遊星からの物体Xの回想

正しい受容ニューロンを刺激すれば、脳が勝手にスパムを生成するのだ。
  ――神の目

「あの人たちがずっとやってきたのは、流行する専門用語をでっち上げることだけでしょ」
  ――乱雲

「道徳って本当は何だかわかる?」
  ――付随的被害

それはわたしの決断でなくてはならなかった。彼らが手を血で汚さなくても済む方法はそれしかない。
  ――ホットショット

「難局?」
「接触シナリオなんだ、たぶん」
  ――島

【どんな本?】

 「ブラインドサイト」「エコープラクシア」と、突き放した目線でクールかつドライな作品で話題を呼んだピーター・ワッツの、日本独自の短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年3月22日初版。文庫本で縦一段組み、本文約351頁に加え、高島雄哉による解説5頁。8ポイント42字×18行×351頁=約265,356字、400字詰め原稿用紙で約664枚。文庫本では少し厚め。

 文章は硬い。内容も、かなり取っつきにくい。異常なモノゴトを当たり前のように描いたり、普通のことを科学の言葉で表したり。つまりは思いっきり濃いSFが読みたい人向きの芸風です。

【収録作は?】

 それぞれ日本語作品名 / 英語作品名 / 初出。

天使 / Malak / Engineering Infinity 2010
 死の天使、アズラエル。与えられた計画に従って空中を哨戒し、プログラムに従って自ら標的を選び攻撃する、自動戦闘機械。友軍は緑、中立は青、敵は赤。敵味方の識別は、彼らの行動により変わる。攻撃してくれば敵。味方を攻撃すれば敵。攻撃した際の利益と、守るべき対象の損害の割合、付随的被害の予想値=PCDを常に計算し、攻撃実施後に再評価する。
 今のところ、無人攻撃機はヒトが操縦している。でもいずれ妨害電波によるジャミングや乗っ取りが激しくなるだろうし、そうなれば自律的に判断して攻撃するモノも出てくるだろう。そんなマシンが野良になったら…と思ったが、実は既に野良の殺戮マシンが世に溢れているのだった。地雷・機雷そして不発弾である。頭が悪いわりに辛抱強く寿命も長い上に補給要らずだから実にタチが悪い。
遊星からの物体Xの回想 / The Thing / Clarksworld Magaazine 2010年1月号
 わたしは無数の世界を渡り歩いてきた。探検家として、外交官として、伝道師として。だが衝突時に多くの派生体を失い、蓄えた叡智も失い、氷に包まれた。再び目覚めたとき、二本足の派生体がわたしを囲んでいた。そこで彼らと交霊しようとしたが…
 みんな大好きジョン・カーペンターの傑作「遊星からの物体X」を、物体Xの視点で語りなおした作品。「わたし」が人間の世界を学ぶ過程の描き方が、実にセンス・オブ・ワンダーに溢れていて気持ちいい。
神の目 / The Eyes of God / The Solaris Book of New Science Fiction Vol.2 2008
 空港の搭乗前セキュリティには、スキャン待ちの列ができている。スワンク、脳をスキャンし、犯罪を犯しかねない者を見つけ出す。そして危険と判断された者は、一時的に脳の配線を変える。これで空は安全になった。
 宗旨替えしたオックスフォード大学の無神論者は彼(→Wikipedia)だろうなあw 今でも脳の一部を刺激することで、人為的に宗教的な法悦を作りだせるらしい(→「確信する脳」「書きたがる脳」)。また、時間はかかるし精度も極めて荒いが、その人の倫理的な傾向も洗い出せるとか(→「社会はなぜ左と右にわかれるのか」)。P・K・ディックが好みそうな主題だが、料理法はいかにもワッツらしい。
乱雲 / Nimbus / On Spec 1994年夏季号
 雲が人を襲い始めた。戦いを挑む者もいるが、まったく相手にならない。生き残った者は城壁内の要塞に立てこもり、なんとか命をつないでいる。雲が何を考えているのか、誰も分からない。でも娘のジェスは、今日も屋外で雲の声を聴いている。雲から漏れる電波を受信器で拾うのだ。だが、雲が何を語っているのかは、ジェスにも分からない。
 今だってクジラやイルカの声を聴く人はいる。だが、それが何を意味しているのかまでは分からない。それぞれ勝手に解釈してるけど、解釈があっている保証は全くない。考えてみりゃ、同じ人間同士でさえ互いが何を考えてるか理解しあえず、結局は武力で解決してきたのが人類の歴史なわけで、他の種族とコミュニケーションが取れるなんてのは、たいへんな思い上がりなのかも。
肉の言葉 / Flesh Made Word / Prairie Fire 1994夏季号
 ウェスコットは実験を重ねる。チンパンジーなどの動物が、死の瞬間に何を考えるのか。脳の活動を記録して、それを探ろうとする。その日、実験が終わった時、恋人のリンが入ってきた。飼い猫のゾンビが事故に遭った。助かる望みはない。獣医は安楽死を薦めている、と。ウェスコットの昔の恋人キャロルもまた…
 次々と実験動物を殺し実験を重ねるウェスコットは、心底から冷たい機械のような人間に見える。長く飼っていた猫のゾンビが死んだ時も、全く動じない風だし。とまれ、リンが見切りをつけたのは、別の理由じゃないかと思うんだが、どうなんだろ?
帰郷 / Home / On Spec 1999夏季号
 北太平洋、アリューシャン列島近辺の海中。それは元は人間だった。身体を改造し、海中の暮らしに適応した。400気圧の水圧にも耐え、何でも食べる。その代償に、人間としての理性を失い、知能は蜥蜴並みになった。何かに導かれ、ここに来たようだ。ステーションは呼びかける。「ようこそお帰りなさい」
 ちょっとシマックの名作「都市」の第四話「逃亡者」に似た風景だけど、その背景にある事情は見事に裏返ってる。「命がけで南極に住んでみた」に、南極基地で冬を越す常連さんが出てくるけど、そんな感じなのかも。異論はあるだろうけど、ハッピーエンドだと私は思う。「ティファニーで朝食を」のホリーなら、どうしただろうか。
炎のブランド / Firebrand / Twelve Tomorrows 2013
 ライアン・フレッチャーは、煙草に火をつけようとした時、炎を吹き出した。メイ=リー・バドゥラは仮設トイレで爆発した。グレタとロジャーのヤング夫妻はベッドで焼死体となった。いずれもドーラは巧く始末した。グリーンヘックス社から目をそらすよう仕向けたのだ。グリーンヘックス社は藻のプラスミドを改造し、食料やドラッグやガソリンを生み出すようにしている。
 プラスミド(→Wikipedia)はDNAだが、核でもミトコンドリアでもない。油をつくる藻の研究は、今でも行われている(→Wikipedia)。石油輸入国の日本としてはなんとか実用化したい技術だが、今はまだ費用的に難しいようだ。煙草が安全の印になるのも、ここ半世紀の煙草産業がやってきた事を考えると、皮肉が効いている。
付随的被害 / Collateral / Upgraded 2014
 ナンディタ・ベッカー伍長は改造人間である。人工筋肉などで肉体を強化しているだけでなく、脳にもコンピューター・インタフェースを埋め込み、反応速度も高速化した。意識が決定を下す前に、肉体が行動を起こすのである。その日、ベッカー伍長は作戦区域に入り込んだ者を射ち殺した。それは民間人だった。この事件をジャーナリストのアマル・サブリエが嗅ぎつけ…
 軍とサブリエの盗聴・防諜合戦が楽しい。ドローンが街中をウロチョロするようになると、インタビュウの場所を選ぶのも大変だw 兵を強化しようって発想を遡ると、棍棒や投石まで遡るかも。その時代にも誤認・誤射はあっただろうから、これは古くて新しい問題…かと思ったら、お話は思わぬ方向へとスライドしていき…。
ホットショット / Hotshot / Reach for Infinity 2014
 ディアスポラ計画。巨大な宇宙船で宇宙を航行し、超光速航行を可能とするワームホール網を作り上げる。その乗務員は生まれる前から遺伝子を改造され、乗務員となるべく育てられる。自ら乗務員となる事を望むように。しかしベッキーは違った。乗り込む前、ベッキーは二ヶ月の猶予を求め、太陽へのダイブを試みる。
 以降、「巨星」「島」と続く三部作(実は四部作だが第二部は未訳)の開幕編。この選択は自分の意志なのか、強いられたものなのか。というベッキーの悩みが主題なんだけど、それより太陽へのダイブの描写が強烈すぎて、そっちの方が強い印象を残してしまうw
巨星 / Giants / Extreme Planets 2014
 ワームホール構築船<エリオフォラ>。普段は人工知能のチンプが管理し、乗務員は眠っている。チンプが処理できない事態になった時、何人かの乗務員を起こす。今、起きたのは、ぼくとハキムの二人。この星系は、デブリと小惑星を除けば、赤色巨星と氷結した巨大惑星。<エリオフォラ>は赤色巨星への衝突コースを辿っていた。
 人工知能チンプとリンクしているぼくと、リンクを壊したハキム。コンピュータの記憶・計算能力を、モニタ越しなんて不細工なインタフェースではなく、リアルタイムで使いたい、と思うことはよくある。そうすりゃいつどこでもポケモンGOが…って、違うw この作品も、そういう主題より、描かれる風景に圧倒されてしまうのが難点かもw
島 / The Island / The New Space Opera 2 2009
 <エリオフォラ>が航行を初めて十億年ほどが過ぎた。起きたサンディは、息子と名乗るディクスと問題にあたる。目前の赤色矮星が、奇妙な変動をしている。変動は対数直線的に増加し、92.5標準秒で繰り返す。恒星の光を信号に使うほどのテクノロジーを持った知性からのメッセージだ。
 チンプとリンクした者の視点で描かれた前作に対し、今回はリンクがない者の視点で描く作品。やはり今作も仕掛けの大きさや鮮やかさの輝きが見事すぎて、主題がかすれてしまうのがなんともw 改めて考えると、ヒトを超える知能を作る技術が可能なら、いつかは作ってしまうのがヒトなんじゃなかろか。とすると、アレもコレも…

 クールかつ乾いた文体で、思いっきり奇想天外かつ過激な発想を叩きつけてくるのが、ピーター・ワッツの怖いところ。でもテーマの原点を突き詰めると、例えば「天使」だと落とし穴にまで遡って考えちゃったり。それはそれとして、末尾の三作は、とにかく描かれる場面の迫力が凄い。じっくり、時間をかけて楽しもう。

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2019年8月 5日 (月)

ベッキー・チェンバーズ「銀河核へ 上・下」創元SF文庫 細美遥子訳

「おれたちが何をやってるか、ちょっと思い出してくれるか? あちこち飛びまわって、宇宙空間に穴を――文字どおりの穴を――あけてるんだぞ」
  ――GC標準306年 129日 苦情

みんなが変わっているところなら自分が変わっていると思うことはない。
  ――GC標準306年 163日 ポート・コリオル

スイッチを切ることのできない重力が、アシュビーはあまり好きではない。
  ――GC標準306年 249日 コオロギ

「だってさ、こいつを直すこと以上にやりたいことなんてないんだから」
  ――GC標準306年 335日 ケドリウム

「彼は存在している。それが罪だ」
  ――GC標準307年 45日 十月二十五日

「建設にはたくさん、たくさんの失敗がつきものです」
  ――GC標準307年 121日 異端者

「レンチならうちにもあるよ」
「うん、でもこれはあたしのレンチだから」
  ――GC標準307年 158日 ハード・リセット

【どんな本?】

 アメリカの新人作家ベッキー・チェンバーズのデビュー作。

 遠未来。地球は荒れ果て、人が住めなくなった。金持ちは火星に移り住み、そうでない者は離郷人となり宇宙をさすらい、または他の星に移り住む。やがて異星人に出会った人類は、様々な種族で構成するGC=銀河共同体の末席を得た。

 火星出身のローズマリー・ハーパーは、出自を隠して事務員の職を得る。勤め先は<ウェイフェアラー>、建設作業船だ。銀河を安定して超光速航行する「トンネル」を、宇宙空間に穿つ。中古でつぎはぎだらけの船だが、着実な仕事には定評がある。

 クルーはバラエティに富んでいた。船長のアシュビー・サントソ、藻類学者のアーティス・コービン、機械技師のキジー・シャオ、コンピュータ技師のジェンクスは人類。パイロットのシシックスはエイアンドリスク人、医師兼調理人のドクター・シェフはグラム人、ナビゲーターのオーハンはシアナット・ペア、そしてAIのラヴィーことラヴレイス。

 ローズマリーが仕事に慣れた頃、<ウェイファウラー>に大仕事が舞い込んだ。銀河系中心部にトンネルを穿つという。そこは好戦的で謎に包まれた種族トレミの支配地域だ。<ウェイファウラー>は張り切って銀河中心部への長い航海に乗り出すが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Long way to a Small Angry Planet, by Becky Chambers, 2015。日本語版は2019年6月28日初版。文庫本の縦一段組み上下巻で本文約316頁+320頁=約636頁に加え、訳者あとがき5頁。8ポイント42字×18行×(316頁+320頁)=約480,816字、400字詰め原稿用紙で約1,203枚。文庫本の上下巻は妥当なところ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。突飛な技術や様々なエイリアンが出てくるが、深く考え込まないように。大らかな気持ちで「そういうものだ」で済ませられる人向け。

【感想は?】

 いかにも今風なスペース・オペラ。なんといっても、主役がエリート科学者や軍人ではなく、一介の建設業者だし。

 それだけに、銀河の覇権をめぐる戦いは起きないし、宇宙の秘密を暴くわけでもない。若く未熟な主人公が、個性豊かなクルーたちに揉まれながら、色とりどりの異境を巡ってゆく物語だ。そういう点では、「大航宙時代 星界への旅立ち」と雰囲気が少し似ている。

 似ている点は他にもある。デビューの経緯が今世紀ならではの点もそうだし、実はあまり大きな事件が起きないのも同じだ。それ以上に、ジュブナイルと言ってもいいぐらい心地よくサクサク読めて、読了後はホンワカした気分になる所がソックリ。たぶん大きな賞は取れないだろうけど、私はこういう作品も大好きだ。

 何より、設定に著者の姿勢が強く出ている。GC=銀河共同体は、多くの強大な異種族で構成され、人類は新参の弱小種族だ。それだけならデビッド・ブリンの知性化シリーズに似ているが、この作品世界だとGC内は平和に共存している。いや昔は色々あったらしいし、今でも小さな火花が散ることはあるが、全般的に「戦争は未熟で野蛮」ということになっている。

 そんな世界だから、そこに住む者の多くは「違う」ことに鷹揚だ。人類にしたって、セコい料簡じゃ生きていけない。他種族排斥なんてやってたら、こっちが弾きだされてしまう。そういう立場に人類を置いた点に、著者の考え方が現れている。

 これはローズマリーが<ウェイフェアラー>に乗り込む冒頭からハッキリと出ていて、著者の理想とする世界がスグのわかるのが優れもの。新しい職場に不安を抱くローズマリーを、温かく迎えるのが、エイリアンのシシックスやドクター・シェフ。対して、いかにもいけすかないのが人類のコービンだったり。

 まあコービンはありがちな不平屋なんだけど、キジーとジェンクスの造形は酷いw いや読んでいくと段々と好きになるのよ。けど登場時は、いかにもなハッカーというかジャンクフード大好きなガキがそのまま大きくなった奴らというかw ある意味、シシックスやドクター・シェフより理解が難しい連中かもしれないw

 とはいえ、世界は広い。銀河系ともなれば、広さは桁違いだ。だもんで、探せば同好の志はたくさんいるし、彼らが集まる所もある。上巻の「ポート・コリオル」では、昔の秋葉原で抵抗やジャンクパーツを漁った者にとっては懐かしい風景が広がってたり。

 かと思えば、シシックスの故郷の風景は、ちょっと砂漠の大家族っぽかったり。まあ大家族なのは事実なんだけど、イエメンあたりのベドウィンとはだいぶ違うあたりが、この著者らしいところ。一見、知的種族らしからぬ子育てだけど、彼らの生殖方法や生活環境を考えると、これはこれで理屈に叶ってたりする。生殖は簡単だけど成長が難しい環境だと、やっぱりねえ。

 そんな連中だから、クルーの食事風景もかなりアレなものになったり。考えてみれば今の私たちも牡蠣なんて一見グロテスクなモノを美味しく食べてるし、系統樹から見たら○○○○○と同じ○○動物なんだから、調理法によっちゃイケそうなモンだが、思い込みってのは難しいもんで。うーん、でも一度は挑戦してみたい。

 愉快で個性豊かな面々が、オンボロ中古船に乗って、バラエティ豊かな銀河を旅する物語。大げさな仕掛けはないけど、次々と移り変わる宇宙の風景や、奇妙な異星人の性格や暮らしは読んでいて飽きない。何より、人類を弱小種族の位置に置きながらも、虐げられる立場ではないあたりに、著者の想いが込められている。

 50年代のスペース・オペラの形を受け継ぎながらも、まったく異なる方向へと進化を遂げた、今世紀ならではの明るく楽しい娯楽作品だ。

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