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2018年1月10日 (水)

C・L・ムーア「シャンブロウ」論創社 仁賀克雄訳

「シャンブロウ! おい……シャンブロウだ!」
  ――シャンブロウ

「金塊がほしくありません、あなた?」
  ――黒い渇望

「それは愛ではないわ。愛よりも強いものなの、ノースウエスト・スミス」
  ――冷たい灰色の神

【どんな本?】

 SFが勢いを増し始めた1930年代にデビューし、黄金期へと押し上げたC・L・ムーアによるスペースオペラの代表的シリーズ「ノースウエスト・スミス」物を集めた短編集で、論創社のダーク・ファンタジイ・シリーズの第9弾。

 太陽系を渡り歩く無法者、ノースウエスト・スミスと相棒ヤロールのコンビ。火星の酒場で、金星の波止場で。危ない仕事を渡り歩く彼らは、妖しげな女が絡む胡散臭い事件に次々と巻き込まれ…

 なお、日本ではハヤカワ文庫SFの「大宇宙の魔女」「異次元の女王」「暗黒界の妖精」で紹介されている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年7月15日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約473頁に加え、訳者による解説6頁。9ポイント42字×18行×473頁=約357,588字、400字詰め原稿用紙で約894枚。文庫本なら薄めの上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容はSFというよりホラー寄りのファンタジイなので、理科が苦手な人でも全く問題ない。美女美少女が続々と登場し、かなり凝ったサービスを繰り広げてくれるので、そういうのが好きな人は期待しようw

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 の順。

シャンブロウ / Shambleau / Weird Tales 1933.11
 火星の新開地。群衆が一人の娘を追っている。「シャンブロウだ!」。娘は赤褐色の肌に緋色の服。無法者のノースウエスト・スミスは、行きがかり上、娘を庇う。彼が「この女はおれのものだ」と叫んだとたん、群衆は静まりスミスを軽蔑の目で見る。
 SF界ではク・メルやサーバルちゃんを凌ぐ人気を誇る、猫系美少女シャンブロウが鮮烈なデビューを果たした作品。多くの青少年が、この作品のせいで、困った性癖を植え付けられたんだろうなあ、と思うと、なかなか罪深い作品だったりw
黒い渇望 / Black Thirst / Weird Tales 1934.4
 金星の波止場。夜の闇にたたずむノースウエスト・スミスに、美女が語りかける。「金塊がほしくありません、あなた?」 幼い頃から男を魅惑する術を仕込まれたミンガ要塞の女だ。彼女らを手に入れられるのは、際限ない富を誇る王侯のみ。
 薄汚い無法者に、絶世の美女が金塊を差し出す。あざといまでに男の欲望を手玉に取る幕開けは、先の「シャンブロウ」同様、掴みの巧みさが光る。とにかく男を篭絡するのが上手い作家だよなあ。わかっちゃいるけど乗ってしまうのが男のサガってもんです。
緋色の夢 / Scarlet Dream / Weird Tales 1934.5
 火星のラクマンダ市場の屋台で、ノスウエスト・スミスは得体のしれないショールを手に入れる。生きているように手にまとわりつき、軽く柔らかい。青い地に緋色の模様が躍るデザインは、どこのものとも知れない。宿に戻ったスミスは…
 これまた童貞小僧の妄想を刺激しまくる作品。今回のヒロインは、オレンジ色の髪で血まみれの美女。女が絡むとロクな事にならないと、いい加減に学んでもよさそうなスミスだが、そこはそれw
神々の遺灰 / Dust of Gods / Weird Tales 1934.8
 素寒貧になり酒場でクダをまくスミスとヤロールに、仕事の話が舞い込む。報酬は悪くない。ただし、かなり厄介だ。以前にも、二人組のハンターに同じ仕事を頼んだ。だが失敗したハンターたちは、明らかに怯え切っている。それは太古の神にまつわる仕事で…
 今まであまり言及されなかった設定を活かした作品。このシリーズでは、人類以前に、古の神々が宇宙に君臨していた事になっている。われわれの知覚では捉えきれない神々の不気味さを、スミスとヤロールの探索を通して描く。
ジュリ 異次元の女王 / Julhi / Weird Tales 1935.3
 スミスの体には多くの傷がある。短剣の切り傷、小刀の突き傷、鞭打ち刑の十字傷。それは彼の闘いのしるしだ。中でも知られていないのは、左の胸、心臓の上にある渦巻き模様の赤く丸い傷跡は…
 ビジュアルは魅力的だが映像化は難しい作品の多いこのシリーズの中では、比較的になんとかなりそうな気がするし、ファンタジイよりややSF寄りの作品。ちゃんと肉体を持ち、なんとか意志疎通ができるあたりも、「あやかし」というより「エイリアン」な感じがする。とはいえ、コミュニケーション手段は意表を突くもの。
暗黒の妖精 / Nymph of Darkness / Fantasy Magagine 1935.4
 金星のエドネス波止場の暗がりなら、パトロール隊も近寄らない。あたりに気を配りながら歩くスミスは、追手に追われる女を匿う羽目になる。その名はナユーサ。その声は聞こえるが、姿は見えない。彼女の両親は…
 いきなり裸の美女が腕のなかに飛び込んでくるなどという、これまた年頃の小僧の妄想を刺激しまくるオープニング。ほんと、この人、短編の掴みが巧い。
冷たい灰色の神 / The Cold Gray God / Weird Tales1935.10
 雪舞う火星の極地リグアは、無法者の街だ。その中心街ラクラン通りを、優雅な足取りで歩く若い女。通りの男を値踏みしながら街をゆく女は、スミスに目を付けた。不審に思いながらも、彼女の屋敷へ誘われたスミスは…
 いい女に絡まれるとロクな事にならないと、いい加減学んでもよさそうなスミスだが、まあ仕方がないw 
イヴァラ 炎の美女 / Yvala / Weird Tales1936.2
 あり金を使い果たしたスミスとヤロールは、仕事にありついた。かつて木星の衛星の一つで遭難し、かろうじて助かった男がいる。そこで絶世の美女を見たという。誰も信じなかったが、別の男が同じ目にあった。奴隷商人のウィラード一味がこの話に興味を持ち…
 ジャングルの描写が、忌まわしいほどに見事。実体のない、またはおぼろな脅威が多いこの作品集の中で、珍しく肉体的な危険を感じさせるから、だろうか。また、最後のオチも、相棒ヤロールのしょうもなさを強調してる。なんでこんなのとツルんでるんだw
失われた楽園 / Lost Paradise / Weird Tales1936.7
 有象無象が行き交うニューヨークで、ヤロールは小男に目を付けた。最古の民族、セレス族だ。アジアの奥地に住み、何かの秘密を守り通している。見ていると、その小男は何者かに絡まれ、大事そうに抱えていた小包を奪われた。
 珍しく地球を舞台とした作品。高層ビルが立ち並ぶだけでなく、その間を数多の高架橋がつないでいる。ある意味、懐かしい未来だ。
生命の樹 / The Tree of Life / Weird Tales 1936.10
 パトロールに追われたスミスは、イラールの廃墟に逃げ込む。苛む渇きの中で、スミスは古代の井戸を思い出す。そこは神殿の庭園だったらしい。その時、薄暗がりの中ですすり泣く女の声を聞いた。「ねえ、わたしを生命の樹の影に連れていって」
 オカルトの定番、生命の樹(→Wikipedia)をネタにしたお話。男ってのは欲が絡むと思考能力の9割が蒸発する生き物で、そういう意味では樹木人間の描写は正確なのかもw
スターストーンの探索 / Quest of the Starstone / Weird Tales 1937.11
 赤毛の処女戦士ジレルは、甲冑の戦士たちを引き連れ、魔導士フランガのアジトに踏み込んだ。フランガはあわてて逃げ出すが、ジレルは見事スターストーンを手に入れる。なんとか逃げ延びたフランガはスターストーンを取り戻そうと…
 C・L・ムーアのもう一つの人気シリーズ、処女戦士ジレルとの共演作であり、またSFで最も有名な歌「地球の緑の丘」が登場する作品。ジレルさん、なかなか凶暴で迫力あります。
狼女 / Werewoman / Leaves Ⅱ 1938 Winter
 傷ついたスミスは、西方の岩塩荒地を目指し歩く。かつてここには広い町があったという。その豊かさは近隣の反感を買い、戦いで荒野になっただけでなく、土地に呪いまでかけられた、と。今では誰からも忘れられ、狼がときどき出没するとの噂が…
 幻想的な作品が多いこの作品集の中で、幻想的でありながらも五感に訴える描写の多い作品。風に乗って漂うかすかな匂い、喉を振るわす遠吠え、口からしたたるヨダレ、身を苛む飢え、そして地をかける足。そういう生き方もいいかな、と思ったり。
短調の歌 / Song in a Minor Key / Scienti-Snap 1940.2
 3頁の掌編。クローバーに覆われた丘の窪地に寝転ぶスミスが思い描くのは…

 金星は潤いに満ちた美男美女の星で、火星は無法者が行き交う乾いた荒野、そして木星の衛星はジャングル。こういった大らかな設定は、この時代ならでは。

 それはそれとして、小説としてみると、やはり書き出しの「ツカミ」の巧さが卓越している。読者の欲望のツボをキッチリと抑えて期待を膨らませ、また二重三重の謎を示して先を読みたい気分を煽る。にもかかわらず、語りは素直な時系列順で、一度読めば筋書きがちゃんと頭に入る親しみやすさは、この作家ならではだろう。そしてもちろん、魅力的なヒロインたちも。特にロングヘアーが好きな人にはたまらない。

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2017年12月24日 (日)

ベルナール・ヴェルベール「タナトノート 死後の世界への航海」NHK出版 榊原晃三訳

もしわたしが死んでいたら、彼らはもっと悲しんだだろうに。そして、わたしはあらゆる美点を一挙に獲得していただろうに。
  ――第一期 アマチュアの時代

「円を描き、そのまま鉛筆を紙から離さないで円の中心点を書くことができるかね?」
  ――第一期 アマチュアの時代

あることについて何ひとつ知らない場合は、さほど疑問は起こらない。だが、ひとたび解釈のきっかけをつかんでしまうと、なんとしてもすべてを知りたくなる。
  ――第二期 先駆者たちの時代

人は、友は選べても、家族は選べないものだ。
  ――第二期 先駆者たちの時代

宗教は毒にも薬にもならない。ただ生き残りを図っているだけだ。
  ――第二期 先駆者たちの時代

人に仇なした者は、自分の犯した行為のためにその相手を恨むのだ。
  ――第二期 先駆者たちの時代

大規模な戦争は、必ず善の名においてはじめられ、決して悪の名が語られることはない。
  ――第三期 プロフェッショナルの時代

【どんな本?】

 フランスの奇想作家ベルナール・ヴェルベールによる、近未来を舞台とした長編SF小説。

 21世紀後半、フランス。ミカエル・パンソンとラウル・ラゾルバックは、幼い頃から「死」に憑かれていた。死とは何か。人は死んだらどうなるのか。死後の世界はあるのか。そこはどんな所なのか。多くの書物を漁るが、その正体は掴めない。

 そして年月は過ぎ、ミカエルは麻酔医に、ラウルは冬ごもりを研究する教授となる。

 フランス大統領リュッサンデールは、テロリストに襲われる。生と死の狭間で、彼は不思議な経験をする。己の心霊体が肉体から離れてゆくのだ。いわゆる臨死体験である。

 幸か不幸か命をとりとめたリュッサンデールは、一つの計画を始める。人類にとって、「死」は未知の世界だ。ならば、「死」を征服しよう。その計画は、麻酔医ミカエルと教授ラウルを巻き込み、密かに進み始めた。

 この研究は、世界に大きな騒ぎを巻き起こし…

 メソポタミア,日本,マヤ,チペア・インディアン,リグ・ベーダなど世界各国の神話・伝説、聖書やコーランや仏典などの宗教書、論語や葉隠やカバラなどの思想書・哲学書など、古今東西の多くの書物から生死に関する文章を引用しつつ、奇想天外な発想と気の利いたフレーズで読者の頭脳を揺さぶる、奇妙奇天烈な長編SF/ファンタジイ小説。

 なお、英語版 Wikipedia によると、この作品は五部作の開幕編らしい。が、日本語版では続きが出ていない。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Les Thanatonautes, par Bernard Werber, 1994。日本語版は1996年9月25日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約660頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント45字×20行×660頁=約594,000字、400字詰め原稿用紙で約1,485枚。文庫本なら上中下の三巻ぐらいの巨大容量。

 文章はとてもこなれている。内容もわかりやすい。SFとはいっても、ケッタイなアイデアを楽しむ本なので、理科が苦手な人でも大丈夫。どころか、この作家、ハッキリ言ってメカ描写は悲惨なので覚悟しよう。21世紀後半が舞台なのにカセットテープとか。

 どうでもいいけがこの作家、名前の日本語表記がバラバラなのは困りもの。ベルナール・ウエルベル,ベルナール・ウェルベル,ベルナール・ヴェルベール。また韓国じゃ外国作家としては人気ナンバーワンで、J・K・ローリングより売れてるそうです(→中央日報)。

【感想は?】

 カオスというかサラダボウルというか。変な方向の教養と悪趣味なコメディのカクテル。

 文庫本三冊分なんてやたらと長いお話だ。しかも、構成は単純で、過去から未来に向かい一直線で進む。が、意外と読んでて飽きない。

 それはストーリーが波乱万丈で、語り口が微妙にユーモラスなためもあるが、もう一つ、この作家お得意のテクニックが功を奏しているから。

 まず、文章を数頁程度の短い段落に分ける。そして、その合間に、色とりどりのものを挟んでゆく。それは未来の「歴史の教科書」だったり、「警察のリスト」だったり。加えて効いているのが、古今東西の神話・伝説・思想書などの引用。

 この引用が、よく調べたなと感心するぐらい、バラエティに富んでいてマニアック。

 フランス人だから聖書やギリシャ神話やパスカルのパンセは当然としても、ギルガメシュ叙事詩,ラップランドのサーミ人の神話,ヒンドゥーのウパニシャッド,アステカ神話,アマゾンの神話,仏典,論語,葉隠,マヤ神話,古事記,ケルト神話,ルバイヤート…と、好き者は涎が止まらないラインナップ。

 こういった思わせぶりな引用で「何かあるな」と感じさせながらも、登場人物はデフォルメが効いていて、お話はコミック・タッチなあたり、どこまで本気でどこから冗談なのか、なんともクセ者で正体が掴めない。

 そもそも臨死体験で死後の世界を探ろうって所からして、もう怪しさビンビン。懐疑主義の人は、とりあえず主義を脇に置いて読もう。ある意味、馬鹿話でもあるし。

 なにせ死を探ろうって研究だ。しかも大統領のキモ入り。となれば、バレたら大騒ぎになる。ってんで、最初は秘密裏にコソコソ実験を始める。この秘密の研究室の雰囲気が、いかにも古臭いホラーな感じながら、妙に貧乏くさいのがなんともw

 が、しかし。壁に耳あり障子に目あり。世間は目ざとく秘密を嗅ぎつけ、やがて大騒ぎとなる。この騒ぎの中での公開実験のあたりから、著者の悪ノリっぷりはエンジンがかかってくるので、お楽しみに。確かに公開実験はいいけど、あんまりにも雑すぎるだろw

 彼ら「死」を探検する者たちが、書名にもなっているタナトノート。少しづつ、死のベールを剥ぎ取り、タナトノートたちは死後の世界の実態を明らかにしてゆく。その度に、彼らの発見は、世間に嵐を巻き起こし、世の人々は右往左往する。

 当然ながら、計画を進めた大統領リュッサンデールの支持率も激しく乱高下を繰り返すんだが、それより面白いのは宗教界の反応。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教のアブラハム三兄弟はもちろん、仏教・神道・道教・サンエントロジーと、全方面に喧嘩売りまくり。

 にしても、熾天使、それでいいのかw

 と、宗教界には大嵐が吹き荒れ、世の人々も新しい発見に悲喜こもごもな風潮の中、肝っ玉母ちゃんで押し通したり、機を見るに敏なビジネスマンとしてひたすら商売に精を出す、ブレない人たちもいたり。このあたりも、著者の正体が掴めない所だったり。

 といった矛盾を抱えながらも、著者の悪ノリは終盤で更に調子に乗り、意外なというかやっぱりというか、ソノ手の連中まで乱入してきて、もはや何が何だか。なんじゃいコマコーラってw この辺は、一時期の筒井康隆を思わせる、悪趣味で風刺の利いたギャグが次々と炸裂するので、ちょっと通勤電車の中では読めない。

 ただし、幾つかの面で考証は酷いので、そこは覚悟しよう。1994年の作品ながら、相対論なにそれ美味しいのってな科学考証、21世紀後半でもビデオデッキな技術考証、やはり未来でもワルがカセットデッキでAC/DCな時代考証。せめてそこはRUN-DMCの Walk This Way で(←たいしてかわらん)。

 怪しげで思わせぶりな大量の引用と、気の利いたフレーズ、悪趣味でコミカルな社会風刺、そして奇想天外なアイデアの数々。「変な小説」ではあるけど、読みやすさは抜群。そういう変わったモノが好きな人向け。

 ただし、「ちょっとウェルベルを味見したい」って人には、「」か「星々の蝶」の方がいいかも。「変てこさ」で「」、短さで「星々の蝶」がお薦め。

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2017年12月 5日 (火)

ロバート・J・ソウヤー「さよならダイノサウルス」ハヤカワ文庫SF 内田昌之訳

「ぼくはここ。ほかのはあそこ。3.1415と同じくらい簡単」
  ――p88

「ぼくたちも、ここの生物のためにこの場所へきた」
  ――p216

【どんな本?】

 カナダの人気SF作家ロバート・J・ソウヤーによる、恐竜娯楽SF長編。

 ブランドン・サッカレーとクリックス・マイルズは、古生物学者だ。二人は、物理学者チン=メイ・ファンが開発したタイムマシンで、世界初の時間旅行に出かける。目的時は、6500万年前、白亜紀末期。恐竜が絶滅した頃だ。

 乏しい予算をやりくりした末に実現した時間旅行だけに、人員も装備も貧弱だが、二人は運よく目的時に辿りつく。落葉樹の森があり、ヌマスギもそびえたっている。しかも、歩いているのは…ティラノサウルス! だが、喜びもつかの間、二人は予想もしない事態に直面し…

 なぜ恐竜は滅びたのか。なぜ白亜紀と第三期の境界層にイリジウムが豊富なのか。なぜプロントサウルスなどの巨大な恐竜が存在し得たのか。

 自由奔放なアイデアで読者を翻弄しつつ、恐竜の繁栄と絶滅に関する様々な謎に、奇想天外な発想で巧妙な解を与える、恐竜ファン待望の娯楽作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は End of an Era, by Robert J. Sawyer, 1994。日本語版は1996年10月31日発行。文庫本で縦一段組み、本文約326頁に加え、訳者あとがき8頁。8ポイント42字×18行×326頁=約246,456字、400字詰め原稿用紙で約617枚。文庫本としてはちょい厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容は…まあ、あれだ。恐竜ファンのためのお話なので、恐竜について多少の知識はあった方がいい。とはいっても、ティラノサウルスとトリケラトプスの違いがわかる程度で、充分に楽しめる。

【感想は?】

 男の子は怪獣が好きだ。そして、恐竜は本当に生きていた怪獣だ。だから男の子は恐竜が好きだ。

 なんたって、あんなデカい生き物が、ノッシノッシと地上を歩いていたってのにワクワクする。しかも、忽然と姿を消してしまった。その鮮烈で謎診満ちた退場も、男の子の野次馬根性を刺激する。

 これは、そんな(元)男の子のための、とっても楽しくてワクワクゾクゾクする物語だ。実際、表紙にあるように、様々な恐竜が続々と登場しては、彼らの暮らしを披露してくれる。しかも、いきなり暴君ティラノサウルスだ。でも、なんか様子が変だぞ?

 次に登場するのは、トロエドン(トロオドン)=ステゴニコサウルス(→Wikipedia、→Google画像検索)。体長1.5~2mぐらいだが、俊敏で賢かったとされる。他にも、石頭なパキケファロサウルス(→Wikipedia)、駝鳥みたいなオルニトミムス(→Wikipedia、→Google画像検索)など、白亜紀末期にいた恐竜たちが姿を見せる。

 そういう点では、終盤の恐竜大攻勢がサービス満点。パラサウロロフス(→Wikipedia)が吠えまくり、みんな大好きトリケラトプス(→Wikipedia、→Google画像検索)が迫力ある突進を披露する。既に滅びている筈の巨大なブロントサウルス(→Wikipedia)も出てくるが、これはご愛敬。

 など、私のなかの男の子がはしゃいで仕方がない見せ場ばかりでなく、SFとしてもキッチリ設定を詰めているのも、嬉しいところ。とはいえ、そこはロバート・J・ソウヤー、普通じゃ思いもつかないケッタイなアイデアで、幾つもの謎に辻褄の合った解を出してくれてるのが、もう一つの読みどころ。

 その謎とは…

  1. 恐竜はなぜ絶滅したのか。
  2. 白亜紀と第三期の境に、なぜイリジウムが豊富な層がなぜあるのか。
  3. プロントサウルスなどの巨大な恐竜が、なぜ存在し得たのか。
  4. 多くの巨大な恐竜が絶滅したのに、環境変化に敏感なカエルがなぜ生き残ったのか。

 などに加え、今なお我々を苦しめるアレや、太陽系のナニまでバッサリと解いてしまう。加えて、この作品の成立に欠かせない時間旅行まで。

 さて。謎1.と謎2.は、天体が地球に激突したため、との説をよく聞く。重い元素であるイリジウムは、天体の表面に少なく、中心に近い所に多い。単に重いから沈む、と考えていい。恐竜が絶滅した6500万年前ころの地層に、このイリジウムを豊かに含む薄い層がある。それも、世界各地で。

 そこで、こんなシナリオが考えられた。6500万年前ころ、天体が地球に衝突した。天体は中心にあるイリジウムを地上にまき散らす。また衝突の衝撃で大気中に大量の塵が舞い、これが雲となって陽光を遮り、または逆に熱を吸収して温暖化を進める。

 いずれにせよ、地表の気候は一変し、食物連鎖の頂点にいた地表や浅海の大型動物は絶滅し、底辺に近い小型の生物や、大きな変化を受けなかった深海の生物が生き延びた。

 が、だとすると、謎4.が残る。比較的に環境変化に敏感なカエルが、なぜ生き延びたのか。

 などの恐竜絶滅の謎を、SFらしい大らかな大法螺でケリをつけるのが、この作品の楽しい点。その仕掛けこそ大法螺もいいところだが、地磁気の逆転や月の自転周期など、細かい描写をキッチリと詰めつことで、巧くリアリティを醸し出している。

 肝心の恐竜の描写も、温血説や羽毛説など、(当時の)最新のトピックを折り込み、色鮮やかな姿が見れるのも楽しい。

 とかの理屈はともかく。私としては、トリケラトプスの突撃が見られただけでも幸せ。やっぱりカッコいいじゃないか、あの角とフリル、戦車みたいで。

 みんなが気になる科学上の謎に、奇想天外な大法螺でケリをつけるばかりか、とんでもない大風呂敷を広げて読者を煙に巻く、SFならではの醍醐味がたっぷり詰まった楽しい作品。リラックスして楽しもう。

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2017年11月21日 (火)

ハーラン・エリスン「ヒトラーの描いた薔薇」ハヤカワ文庫SF 伊藤典夫他訳

「実に単純明快なんだ。鉄のかたまりは誤りをおかす人間より十中八九はすぐれているんだ」
  ――ロボット外科医

「言うのは簡単なんだ、実際にそれが自分の身に起こるまでは」
  ――バシリスク

「世の中の人の大部分が幻想を信じこんでしまったら、そう、そのときにはっそれはもう現実なのね」
  ――ヒトラーの描いた薔薇

「われわれは忘れるために夢を見るのだと思います。そしてそれはなかなかうまくいきません」
  ――睡眠時の夢の効用

【どんな本?】

 アメリカSF界の暴れん坊、ハーラン・エリスン Harlan Ellison の作品を集めた、日本独自の短編集。

 SFとは言っても、小難しい理屈はほとんど出てこず、仕掛けとしては悪魔や天国や民間伝承が多いので、むしろ奇想小説と言うべきかも。そのかわり、現代アメリカ社会を痛烈に皮肉る社会批評や、過激な暴力描写が売り物で、またオチを放り投げているような作品もある。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年4月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約350頁に加え、大野万紀の解説が豪華15頁。9ポイント40字×17行×350頁=約238,000字、400字詰め原稿用紙で約595枚。文庫本としては標準的な厚さ。

 文章はこなれている。ただ、エリスンの芸風として、俗語や口汚い言葉がよく出てくるので、好みは別れるかも。SFとしても、あまり難しい仕掛けは出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

ロボット外科医 / Wanted in Surgery / IF 1657年8月号 / 小尾芙佐訳
 医工(フィメック)、医療ロボット。診断は正確で、手術の腕も確か。医工の登場で医学界には大きな衝撃が走る。人間の医師の地位は下がる一方で、難しい手術はみな医工に任される。外科医のスチュアート・バーグマンは失意に暮れ…
 ディープ・ラーニングを応用した AI が大流行の今こそホットな作品。ちなみにエキスパート・システムを使った MYCIN(→Wikipedia) は1970年代初期なので、時代を先取りした作品と言える。ちょっと調べたら、既にダヴィンチ(→News Picks)をはじめ、様々な医療ロボットが活躍しているとか。もっとも、今はまだ「道具」って位置づけだけど。
恐怖の夜 / The Night of Delicate Terrors / A Chicago Weekly 1961年4月8日 / 伊藤典夫訳
 車を走らせるフッカー一家。南部ジョージア州メーコンから、北部イリノイ州シカゴへ。そこで秘密会議が開かれる。途中、吹雪に捕まったが、ここケンタッキー州では黒人が泊まれる宿はめったに見つからない。いや宿どころか、食事すら…
 SFじゃない。黒人の権利を求める公民権運動(→Wikipedia)が高まり始めた1960年代の作品。当時は差別が合法だったんだよなあ。北爆などベトナム戦争では評判の芳しくないジョンソン大統領だが、公民権法では優れた手腕を発揮してます。
苦痛神 / Paingod / ファンタスティック1964年6月号 / 伊藤典夫訳
 トレンテは苦痛神だ。エトス族がそう定めた。トレンテ以前にも苦痛神に選ばれた者はいた。苦痛神は、無限に近い寿命を持つ種族から選ばれる。はるかな昔から、宇宙中の生き物に、容赦なく苦しみを与える。それが苦痛神の仕事だ。勤勉に仕事に励むトレンテだったが…
 宇宙の生きとし生けるもの全てに、命じられるまま機械的に苦しみを振りまく神。私は「服従の心理」で描かれたアイヒマン実験(→Wikipedia)を思い浮かべた。
死人の眼から消えた銀貨 / Pennies, Off A Dead Man's  Eyes / ギャラクシー1969年11月号 / 伊藤典夫訳
 ジェッド・バークマンが82歳で天に召された。貧しいながらも、最後まで誇り高く歩み続けた男。おれ同様、ジェッドに拾われた仲間も2~3人いる。12年前ぶりだ。葬儀が行われるペンテコスト教会には、黒人が集まっている。
 「恐怖の夜」同様に、人種差別を題材にした作品。1963年のバーミングハム黒人教会爆破事件(→Stdio Be)に触発されたのかな? が、この作品は、更にヒネリを利かせている。一見、わかりにくいって点じゃ、在日朝鮮人問題と共通点があるかも。
バシリスク / Basilisk / F&SF 1972年8月号 / 深町眞理子訳
 野戦パトロールから帰る途中、ヴァーノン・レスティング兵長は罠を踏み抜いてしまう。尖らせた先端に毒を塗った竹。気が付いた時、レスティングは敵のアジトにいて、片足を失っていた。敵はレスティングを拷問にかけ…
 時代的に、ヴァーノンがいた戦場は、ベトナムだろう。米軍は将兵を大切にするって話だが、民間人の感情はそうでもないらしい。最近も、トランプ大統領が「私は捕虜にならなかった人が好きだ」なんて暴言を吐いたり(→産経ニュース)。もっとも、この辺は日本の方が酷いんだよなあ。
血を流す石像 / Bleeding Stones / Vertex: The Magazine of Science Fiction 1973年4月号 / 伊藤典夫訳
 ニューヨーク。聖パトリック大聖堂(→Wikipedia)を、四万人の群衆が取りまいている。ジーザス・ピープル(→Wikipedia)だ。正面の扉から、枢機卿が現れた。群衆は喜びに満ちる。その時、天を指し示す枢機卿の指先に…
 ジーザス・ムーブメントなんてあったのか。知らなかった。暴れん坊エリスンに相応しく、筆で鬱憤を晴らしまくる作品。今ならCGでド迫力の映像を創れるだろうなあ。
冷たい友達 / Cold Friend / ギャラクシー1973年10月号 / 小尾芙佐訳
 ここはニュー・ハンプシャーのハノーヴァ。ぼくは悪性リンパ種で死んだ…はずだ。が、病院のベッドで目が覚めた。病院には誰もいない。病院だけじゃない。街全体が空っぽだ。ぼくはユージン・ハリスン、郵便局員、独身。
 誰もいない街に、たった一人で生き残った男。だと思っていたが…。まあ、アレだ、モテない男には、グサグサと突き刺さる作品。どうせ、どうせ…
クロウトウン / Croatoan / F&SF 1975年5月号 / 伊藤典夫訳
 掻爬のあと、キャロルは大変な勢いで怒り出す。「あの子を見つけてきて」。いや見つけてこいったって、もうトイレに流しちまったし。仕方なく、マンホールの蓋をあけて下へと降りてゆく。意外と下水道は不快じゃなかった。
 前の「冷たい友達」とは対照的に、リア充だがしょうもない男を主人公とした作品。下水道に潜る場面では、つい「ざまあ」とか思ったり。はい、ひがんでます。ニューヨークの地下世界を舞台とした、幻想的な作品。
解消日 / Shatterday / ギャラクシー1975年9月号 / 伊藤典夫訳
 バーで待ちぼうけを食らったピーター・ノヴィンズは、電話をかける。が、まちがって、自宅の番号にかけてしまった。誰も出ない…はずなのに、回線の向こうで受話器があがる。しかも、電話に出たのは…
 章題がみんな地口になっている、翻訳家泣かせの作品。いきなり自分が二人になったら、どうするだろう? お互い協力して…とはならないのが、エリスンらしい。
ヒトラーの描いた薔薇 / Hitler Painted Roses / ペントハウス1977年4月号 / 伊藤典夫訳
 1935年、ダウニーヴィルで惨殺事件が起きた。被害者はラムズデル一家六人、うち三人は子供。彼らは裕福で人柄もよく、町の者に愛されていた。ただひとり生き残ったのは、マーガレット・スラシュウッド。町の者は彼女を犯人と決めつけ、井戸に放り込んで殺した。
 アメリカは歴史が浅い。開拓時代は連邦政府どころか州政府すら地方まで力が及ばず、住民たちが集まって社会を創り上げてきた。だもんで、今でも保安官なんて制度が生き残っている。それだけに自治には熱心だが、必ずしも冷静とは限らず…
大理石の上に / On the Slab / オムニ1981年10月号 / 伊藤典夫訳
 ロードアイランド州のリンゴ農園から、巨人の死体が見つかる。身長30フィート(約9メートル)、ピンクの肌、隻眼。残った一つの眼には、ふたつの瞳孔。そして、心臓の真上に無残な傷。興行主のフランク・ネラーは巨人を買い取り、見世物にする。
 有名な神話に題をとった作品。冒頭のリンゴ園の描写から、エリスンらしい絶望と破滅の予兆に満ち溢れている。
ヴァージル・オッダムとともに東極に立つ / With Virgil Oddum at the East Pole / オムニ1985年1月号 / 伊藤典夫訳
 惑星メディア。原住民の人馬族とのコミュニケーションは、なかなか巧くいかない。おれはウィリアム・ロナルド・ボーグ。明暗境界線上の最大の島メディテーション島に一人で住んでる。ヴァージル・オッダムは、厳寒のアイスランドからボロボロの姿で這ってきた。
 エリスンには珍しく、遠い惑星を舞台とし、異星人とのファースト・コンタクトを扱った作品。テレパシーらしき能力を持っちゃいるけど、なかなか意思疎通はできないって意地の悪い設定に、エリスンの性格が出てるw
睡眠時の夢の効用 / The Function of Dream Sleep / Asimov's 1988年12月中旬号 / 小尾芙佐訳
 マグラスが目を覚ました時、自分の脇腹に空いた口を見た。小さな鋭い歯が並んだ、大きな口。それは一瞬でかき消えた。夢じゃない。確かに見た。医師に診てもらったが、異常は見つからない。そこで元妻のトリシアに勧められたのが…
 エリスンの「怒り」を感じさせる作品が多いなか、最後のこれは「哀しみ」が伝わってくる。眠うるしかない時だって、あるんだよね。

 激動の60年代に活躍した人だけあって、饒舌で過激な暴力を描きながら、世の中の理不尽への絶望と憤怒をぶちまけたような作品が多い。

 加えて、この短編集の魅力は、定評ある訳者陣。安定の伊藤典夫の職人芸や、小尾芙佐の名人芸が堪能できるのが、オールドSFファンには嬉しいところ。

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2017年11月 7日 (火)

ダリル・グレゴリイ「迷宮の天使 上・下」創元SF文庫 小野田和子訳

「GFD」ドクター・グロリアもやっとわかったようだ。「一日ゲイ(ゲイ・フォー・ア・デイ)」
  ――上巻p37

統合失調病はあらゆるタイプの科学者を呑みこんでしまう泥沼だ。
  ――上巻p57

「モラルなんてものは理屈じゃない。神さまんとこのお巡りさんが石板に書いて渡してくれるようなもんじゃない。神経組織に接続されてるものなんだよ」
  ――上巻p142

「それはね、個人的体験はありとあらゆる証拠のなかで最悪のものだからよ、ぼうや。あたしがひとつ学んだことがあるとすれば、それは脳は嘘つきのろくでなし野郎だってことだわね」
  ――下巻p64

「もっとも宗教を必要とするのは、もっとも絶望した人間であり、そういう人間は社会のどん底にいる」
  ――下巻p154

彼女が空想のものだからって、彼女が現実のものじゃないってことにはならない
  ――下巻p277

【どんな本?】

 近未来。化学ジェットプリンターが普及し始めた。あらゆるドラッグのレシピは、インターネットから手に入る。気の利いた高校生なら、既存のレシピをいじり、新しいドラッグだって創れる。

 家出少女フランシーヌは、ボロい教会でソレに出会う。ヌミナス。何かに見守られている、そんな温かい気持ちになる。みじめな暮らしに変わりはないが、気持ちは前向きになった。

 しかしガサ入れで捕まり収容所に入れられたフランシーヌは、教会に通えなくなる。当然、ヌミナスも手に入らない。やがて薬の効果が切れ神を見失った彼女は、自らの命を絶つ。

 フランシーヌと同室になったライダは、フランシーヌの症状に憶えがあった。かつて彼女が仲間とともに立ち上げた新薬開発会社リトル・スプラウト。そこで開発した薬と効果がそっくりなのだ。NME110、またの名をヌミナス。統合失調症の治療に役立ちそうだが、副作用が困る。神の幻覚を見るのだ。

 仲間と話し合い、ヌミナスは葬ったはずだった。だが、それが出回っている。誰が裏切ったのか。何が起きているのか。目的は何か。真相を突き止めようとライダは動き出すが…

 1990年にデビューしたアメリカのSF作家による、近未来ドラッグSF作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は AFTERPARTY, by Daryl Gregory, 2014。日本語版は2017年3月10日初版。文庫本で縦一段組み、本文は上巻約271頁+下巻約281頁=約552頁に加え、橋本輝幸による解説7頁。8.5ポイント41字×17行×(271頁+281頁)=約384,744字、400字詰め原稿用紙で約962枚。標準的な上下巻分の文字数。

 文章は比較的にこなれている。ただ、登場人物は犯罪者が中心のためか、俗語や略語が多く、それにひっかかる人もいるかも。用語集が欲しかった。SF的なガジェットは、主にドラッグ。神を感じるとか、ゲイになるとか。その辺に抵抗がなければ、楽しめるだろう。

【感想は?】

 オツムのイカれた奴ばかりが出てくる、ヘンテコなアクション・ミステリ。百合のトッピングつき…のフリをした、ドラッグ小説。

 主人公のライダ・ローズ42歳からして、一種のジャンキー。ヌミナスの副作用でヤられ、冒頭じゃ収容所暮らしだ。彼女には天使ドクター・グロリアが見える。しかも、グロリアが幻覚だと、ライダ本人は分かってるあたりが、なんともややこしい。

 次に登場するボビー23歳も、思い込みに捕われている。彼はいつもプラスチックの宝箱を、首にぶら下げている。彼の意識は、その宝箱のなかに入っている、そうボビーは信じている。と書くと危ない奴のようだが、それを除けば、気は弱いが優しい人物だ。つまりはタダのヘタレな若造です。

 もう一人のライダの仲間、オリー・スカーステン、こいつはマジでヤバい。

 元は陸軍にいて、次に民間の調査会社に入った。調査会社ったって、タダの浮気調査じゃない。主な客は軍と政府。そこでは彼女の特技が活きた。一見、関係なさそうな複数の情報を突き合わせ、一つの仮説を組み立てる。ただし、これは一歩間違えると、ただの偏執狂だ。

 というか、既に間違えてしまった。そんなわけで、収容所にいるオリーは、薬で特技を抑えている。初登場時のオリーは、薬の支配下にある。そんなオリーが示す症状は、なかなか悲惨。この辺、オリヴァー・サックスの著作が好きな人には、「おお、あのネタか」とピンとくるかも。

 そして彼女たちの前に立ちふさがるヴィニー。日頃はミニチュアのバイソンを可愛がる普通の男。しかし、ヤクをキメると、ザ・ヴィンセントに人格が変わる。タフで冷酷で荒事に慣れたカウボーイ。ハードボイルド小説に出てくる探偵そのものだ。ただし、悪役だけど。

 いずれも、オツムはイカれちゃいるが、なんとかソレと折り合いをつけて生きているのが、この作品の特徴だろう。ただ、その方法はそれぞれ。

 ライダはグロリアを幻覚だと自分に言い聞かせる。ボビーは宝箱さえあれば、ただのヘタレ青年だ。対して、オリーは、薬の影響を嫌っている。これがヴィニーになると、もっと積極的だ。必要に応じて、薬により人格を変える。

 一般にドラッグには悪い印象が付きまとう。が、冒頭のフランシーヌのエピソードは、その思い込みに疑問を投げかける。彼女からヌミナスを奪ったのは、果たしてよかったのか。

 なんて真面目に考え込んでいる読者を、続く大学のドラッグ・パーティーの場面では、とことん茶化してくれる。GFD、ゲイ・フォー・ア・デイ。野郎だらけのおちんちんランドが、このドラッグによりパラダイスに変わる。勘弁してくれw

 このあたりで語られるドラッグの性質も、薬学が好きな人には、なかなか楽しめるところだろう。バイアグラの開発経緯で分かるように、薬ってのは単純じゃないのだ。

 といったSFな道具立てはあるものの、物語はライダを中心として、ヌミナス流出の謎を追うハードボイルド風に進んでゆく。にしても、ライダやオリーなど女性陣がタフでアグレッシヴなのに対し、ボビーといいロヴィルといい、野郎どもが軒並み情けないのはどういう事だw

 謝辞にあるように、オリヴァー・サックスやV.S.ラマチャンドランやダニエル・デネットの著作が好きな人には、「おお、そうきたか!」な場面の多い、ちょっと変わったドラッグ小説。

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【余計なおせっかい】

 謎の焦点となるヌミナス。これ、あながち架空ってわけでもない。

 例えばアリス・W・フラハティの「書きたがる脳」には、「詩神を呼ぶ装置」が出てくる。脳の特定部分を刺激すると、インスピレーションが沸きだすのだ。ロバート・A・バートンの「確信する脳」には、宗教的法悦を与える装置が出てくる。

ちなみにこの法悦装置、二重盲検が不充分って批判もある。が、別の見方をすれば、プラシボ効果を高める演出をすれば、かなり使えるとも言える。もっとも、何に使うのかが問題だけど。

 ジョナサン・ハイトの「社会はなぜ左と右に分かれるのか」によると、人の倫理観には六つのアンテナがある。それぞれのアンテナの感度は人により違い、これが政治的・倫理的な対立を生む。アンテナのうち一つが神聖/堕落で、これが発達した人は宗教に入れ込みやすいんだろう。

 つまり、ヒトの脳には、神を感じる機能があるらしい。それが特定の部位なのか、ニューロンの繋がり具合で全体に分散してるのかはわからないが。今のところ、TMS(→Wikipedia)などの大げさな装置が必要だが、これを薬に置き換えたのが、この作品のヌミナスだ。

 と、そんなあたりを踏まえて、関連記事の第二弾・ノンフィクション編をどうぞ。

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2017年10月17日 (火)

A・E・ヴァン・ヴォクト「宇宙船ビーグル号」浅倉久志訳 早川書房世界SF全集17

二足生物たちの故郷の惑星には、きっと無尽蔵のイドが彼を待っているにちがいないのだ。
  ――黒い破壊者

情報総合学とはなにか?
それは、
一分野の知識を、他の諸分野の知識に、
秩序正しく結びつける科学です。
  ――神経の戦い

イクストルは果てしなく広がる夜のなかに、身動きもせず、だらりと横たわっていた。彼はゆっくりと永遠への歩みをつづけており、空間は底知れぬ暗黒だった。
  ――緋色の不協和音

「単なる意見だが」と、グローヴナーの背後のだれかがいった。「回れ右して故郷へひき返すべきじゃないかな」
  ――M-33星雲

【どんな本?】

 SF界のレジェンド、A・E・ヴァン・ヴォクトによる、古典的で稀有壮大なスペース・オペラ・シリーズ。

 遠い未来。人類は太陽系を飛び出し、銀河系へと進出していた。更なる宇宙の秘密を解き明かそうと、多くの探査船が銀河へと向かう。しかし宇宙には人類が未だ知らない危険が満ちており、多くの探査船が消息を絶ってしまった。

 この問題に対処するために計画されたのがビーグル号である。大型の宇宙船に千人近い科学者と軍人を搭乗させ、その頭脳を結集すれば、未知の危機にも対処できるであろう。そしてもう一つ、ビーグル号には新しい試みがなされていた。エリオット・グウローヴナーも参加しているのである。彼の専門は情報総合学であり…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Voyage of the Space Beagle, by A. E. Van Vogt, 1950。日本語版は1968年12月31日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本部約204頁。8ポイント26字×19行×2段×232頁=約229,216字、400字詰め原稿用紙で約574枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文庫版は二つ出ている。ハヤカワ文庫SFより浅倉久志訳で「宇宙船ビーグル号」、創元SF文庫より 沼沢洽治訳で「宇宙船ビーグル号の冒険」。創元SF文庫の新版は2017年7月に出たばかりなので、手に入れやすいだろう。

 文章はこなれている。古典だけあって、出てくるガジェットそのものはSFファンにお馴染みのものが多い。ただし次から次へと大量の仕掛けが出てくるので、SFに慣れない人には辛いかも。動作原理などを作中で色々と理屈をつけちゃいるが、大半はハッタリなので、深く考え込まないこと。特に相対論関係のツッコミは厳禁w

【収録作は?】

 長編の形になってはいるが、実質的には四本の短編を繋げて編集した形なので、ここでは連作短編集として扱う。

 以下、作品名は日本語の作品名/原題/初出 の順。

黒い破壊者 / Black Destroyer / アスタウンディング誌1939年7月号
 静寂に満ちた星で、実りのない狩りを続けるクァール。そこに小さな光点が近づいてくる。やがて光点は巨大な銀色の球体となり、中から二本足の生物が出てきた。あの原形質をむさぼりたい。膨れ上がる欲望を抑え込み、静かに獲物へ近づく。今は警戒させない方がいい。
 スペース・オペラのスーパースター、クァールが登場する伝説の作品。大きな黒猫に似ているが、耳の巻きひげは電磁波を操り、両肩には器用に動く触手が生えている。酸素も塩素も呼吸でき、その筋力は鋼鉄をもへし折る。
 タフでパワフルな肉体に加え、その性格は凶暴にして残忍かつ執念深い。獲物を追い始めれば百日でも追い続けるが、食うのは死んだ直後の獲物だけ。おまけに高い知能を持ち…と、悪役ながら実に魅力的な設定。
 何より、猫に似ているってのがズルいw 可愛い上にカッコいいってのが、もう反則スレスレ。そんなクァールをナメてかかり、まんまと騙されるビーグル号の面々に、思わず同情しちゃったり。
神経の戦い / War of Nerves / アザーワールズ誌1950年5月号
 クルーに情報総合学の理解を深めてもらおうと、グローヴナーは講演を開く。しかし、あいにくと隊長選挙の演説会と時間がカブり、講演会場はガラガラ。それでも参加者がいるだけマシ、と情報総合学を紹介したグローヴナーが、宇宙空間を眺めていた時、それが起こった。
 外からやってくるエイリアンの脅威に加え、船内でも主導権をめぐり搭乗員同士の勢力争いがあるのが、このシリーズの特徴の一つ。この作品では、憎まれ役のケントが次第に存在感を増してくる。日系のコリタに数少ない理解者の役を割り振ったのも、時代背景を考えると大胆な試みかも。
 もう一つの読みどころは、特殊な「思考」や「感覚」の描写。スランにおける同族との会合シーンもそうだったんだが、テレパシーの描き方が、この人は抜群に巧い。単に「思考を読む・伝える」だけでなく、それに伴う副作用をキッチリ練り込んで書き込むことで、読者に「おお、なんか科学的っぽい」と思いこませる、独特の迫力に満ちている。
緋色の不協和音 / Discord in Scarlet / アスタウンディング誌1939年11月号
 前の宇宙の爆発で吹き飛ばされたイクストルは、島宇宙のはざまに漂っていた。時空間を渡る光エネルギーも、次第に貧しくなってゆく。そこに、エネルギーの励起状態が飛び込んできた。力場を広げ、ソレの巨大なエネルギーをむさぼる。蘇った活力で、逃げようとする獲物を追いかけ…
 いきなり「前の宇宙の生き残り」と、壮大な風呂敷を広げてくれる作品。発表年を見ると、ビッグバン理論の黎明期だ。ハッタリ屋のヴォクトも、当時の最新科学の成果を積極的に取り入れていた模様。
 と、仕掛けは大掛かりながら、ドラマとしては、閉ざされたビーグル号船内でのハンティング劇となる。もっとも、狩られるのがどっちかは難しいところだがw かなり広い設定のビーグル号だが、この作品ではイクストルの特異能力により、逃げ場のない閉塞感が漂ってくる。
 しかもこのイクストル、実におぞましい性癖を持っていて、この感じなんか覚えがあるなあ、と思ったら、やっぱり某大ヒット映画シリーズだった。
M-33星雲 / M33 in Andromeda / アスタウンディング誌1943年8月号
 M-33渦状星雲へと向かうビーグル号に、何者かが干渉してきた。その効果は脳波修正装置に似ており、搭乗員の脳に作用する。しかも、情報総合学室の遮蔽装置すらつらぬく、おそろしく強力な威力を持っている。
 エイリアン視点で描く「黒い破壊者」や「緋色の不協和音」とは対照的に、この作品ではなかなか敵の正体が掴めない。ホラー・タッチのファースト・コンタクト物としてはオーソドックスな手法ながら、エイリアンの能力も相まって、不気味さがいっそう際立っている。
 また、今まで憎まれ役だったケントが、隊長代理となって更に存在感を増しているのも、この作品の特徴。あくまでクールに理詰めで攻めるグローヴナーに対し、あてこすりと扇動が得意なケント。二人の対比は、理屈っぽさで嫌われがちなSFファンには、美味しい隠し味として効いてきたり。

 ファースト・コンタクト物が大好きな私には、次々と登場する奇矯なエイリアンたちが楽しくてしょうがない。しかもホラー風味の味付けなので、映像化しやすいのも嬉しいところ。今ならCGを駆使すれば、可愛いけど凶暴なクァールも、さぞカッコよく描けるだろうなあ。

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2017年10月12日 (木)

A・E・ヴァン・ヴォクト「スラン」浅倉久志訳 早川書房世界SF全集17

なぜぼくが殺されねばならないんだ? なぜあんなにやさしくかしこい、すてきなおかあさんが殺されねばならないんだ?
  ――p9

「いいかね、大衆がたずさわっておるのは、いつもほかのだれかのゲームじゃ――自分自身のゲームではなくてな」
  ――p63

【どんな本?】

 アメリカSFの黄金期を築いたA・E・ヴァンヴォクトの、記念すべき処女長編。初出はSF雑誌アスタウンディング誌の1940年9月号より四カ月間の連載である。その間、人気投票では、全投票者がこの作品を1位に推すという快挙を成しとげている。

 遠い未来。世界政府の所在地セントロポリスで、9歳の少年ジョミー・クロスは母親と共に逃げ回っていた。今も多くの追手が迫っている。二人はスラン。二つの心臓を持ち、人の思考を読める。秘密警察はスランを狩り、市民もスランを憎み切っている。スランのしるし、一房の金色の触毛がバレれば命はない。

 ただ一つの望みは、父が遺した大地下道。その奥に、世界を変えうる秘密が眠っている。それを見つけ、辿りつき、秘密を読み解ける知識を身につけるまで、なんとしてもジョミーは生き延びねばならない。しかし、彼を守ってくれた母は…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SLAN, by A. E. Van Vogt, 1940。日本語版は1968年12月31日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本部約204頁。8ポイント26字×19行×2段×204頁=約201,552字、400字詰め原稿用紙で約504枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。文庫本がハヤカワ文庫SFから出ているが、今は入手困難。図書館に頼るなら、全集の方が手に入れやすいだろう。

 文章はこなれていて読みやすい。超人類であるスランを始め、ケッタイなガジェットも続々と出てくるし、ちゃんと理屈もついている。しかも、当時の科学のレベルを考えると、幾つかのガジェットは予言が当たってたりする。が、実際はハッタリのまぐれ当たりだろう。あまり真面目に考え込まないこと。漫画を楽しむノリで「そういうものだ」で済ませておこう。

【感想は?】

 そのまま漫画化して週刊少年ジャンプで連載したら、大人気を博しそうな王道の娯楽冒険物語。

 とにかくテンポがいい。危機また危機、逆転に次ぐ逆転、そしてアッと驚くどんでん返し。短いサイクルで、これが何度も繰り返される。今の作家なら10巻の大作にしそうなストーリーを、一冊に詰めこんだジェットコースター・ストーリーだ。

 それだけ濃けりゃ説明じみて読みにくくなりそうなもんだが、全くそんな事はない。最初の3頁で重要な登場人物は全て揃い、主人公ジョミーの立場と目的、そしてこの作品全体を通してのテーマと、お話の向かう方向も見えてくる。しかも、主人公ジョミーの命が狙われている緊迫感の中で。

 人の思考を読めるスランの特殊能力も、普通なら有利に働きそうだが、冒頭ではこれが逆に危機感を煽るあたりも巧い。人があるれる大都会に、9歳の少年が放り出される。そして、全ての人がスランを憎んでいる。正体がバレたら命はない。

 なまじ人の思考が読めるだけに、ジョミーの恐怖は更に増す。少しでも怪しまれ通報されたら、それで終わりだ。しかも敵に容赦が期待できない事も、すぐに明かされる。

 ってな感じの危機感・緊迫感が、最初から最後まで途切れずに続くあたりは、とても処女長編とは思えぬ手際の良さ。

 75年も前の作品だけに、古さが気になるかと思ったが、とんでもない。とにかくお話が面白い上ので、早く次を読みたくて仕方がなく、突っ込みを入れている暇がない。

 ばかりでなく、逆に今だからこそ楽しめる部分も多い。

 なんたって、SFの古典だ。現在のSF漫画やSFアニメやSF映画のクリエイターは、多かれ少なかれヴォクトの影響を受けている。または、ヴォクトに憧れたクリエイターの影響を受けている。

 だもんで、21世紀の私たちは、ヴォクトがどんな場面を描いているのか、ありありと思い浮かべる事ができるのだ。それは「マジーン・ゴー!」だったり「ヤマト,発進!」だったり「ゲッタアァァービイィィーム!」だったり。

 当時の読者は「なんか凄い事が起きている」としか感じられなかったシーンを、私たちはフルカラー音声付きで楽しめるのだ。まあ、ソレナリに特撮映画やアニメに浸ってる人限定だけど。

 もう一つ、21世紀だからこそ楽しめる点がある。なんたって75年も前の作品だ。それだけに、チグハグな描写もいくつかある。遠い未来の都市で荷馬車が動いてたり。これ、たぶん、40年前だと「さすがに古いなあ」で終わっていただろう。

 が。幸いにして、少し前にスチームパンクなんて動きがあった。アニメだと、LAST EXILE が印象に残っている。19世紀的なデザインのメカが、悠々と空を泳いだりする、見た目と機能のミスマッチが楽しい作品群だ。そういえばメイドインアビスも、スチームパンク以降ならではの芸風だよなあ。

 そういった映像のお陰で、私たちの考える「遠い未来の情景」は、一気にリセットされた。40年前だったら、ビルの合間を縫ってチューブ式の高速道路が走りエアカーが飛び回る、クリーンでメタリックな感じでなければ、私たちは「未来の都市」とは認めなかっただろう。

 だが、ブレードランナーやスターウォーズの影響もあり、薄汚いビルや粗大ゴミが積み上がった風景も、未来としちゃアリだよね、と私たちは思えるようになっている。そのため、この作品の古さゆえのミスマッチも、「コレはコレで」と楽しむ余裕が、今の私たちにはできた。

 もっとも、先に描いたように、そういった場面も、元をたどるとヴォクトに辿りついたりするんだけど。

 なんて屁理屈は一切忘れて(←をい)、著者の騙りに身を任せよう。最初の頁からハラハラドキドキ、ワクワクゾクゾクな物語があなたを待っている。全ての男の子たち、そしてかつて男の子だった者たちのための、傑作娯楽冒険活劇だ。

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2017年9月28日 (木)

チャーリー・ヒューマン「鋼鉄の黙示録」創元SF文庫 安原和見訳

「自分が連続殺人鬼だとなったら、いろんな疑問が湧いてくるもんだよな」
  ――p11

エズメがいなかったらとうぶんいいこともできやしない。でも悪いことばっかりじゃない。うまくすれば、敵に向かってまともに銃をぶっ放せるかもしれないぞ。
  ――p286

「現実のほうが妄想より変だってこともあるんだぞ、少年」
  ――p322

【どんな本?】

 南アフリカはケープタウン出身の新人作家による、コミック風味のお馬鹿冒険SF。

 バクスター・ゼヴチェンコは、ケープタウンの高校に通う16歳。学校じゃ二組のギャングが争ってる。アンワル率いるナイスタイム・キッズは武闘派でヤクをさばき、デントンがまとめる知性派のフォームは書類偽装で稼いでいた。

 そんな中、バクスターは小集団スパイダーを結成、マニアックなポルノを売りさばく。学校の平和が乱れれば商売どころじゃない。そこでバクスターは両巨頭の調停に頭を痛めている。頭痛の種はもう一つ、妙な夢にも悩まされていた。

 その日、ガールフレンドのエズメから不吉な話を聞く。ひとつ年上のジョディ・フラーが殺された、と。連続殺人鬼マウンテン・キラーの餌食になったらしい。奴は被害者の額に眼のような絵を残していく。この事件を機に、バクスターはケープタウンの闇の世界へと足を踏み入れ…

 ヤンキー漫画,トールキン風のファンタジイ,悪趣味なホラー・ゲーム,ハリウッド風のガン・アクション,秘密組織がらみの異陰謀論,勘ちがいした東洋趣味などの定番に加え、南アフリカ土着の伝説をまぶし、外連味たっぷりに描くケープタウン風俺TUEEE!な厨二病小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Apocalypse Now now, by Charlie Human, 2013。日本語版は2015年3月13日初版。文庫本で縦一段組み、本文約418頁に加え、橋本輝幸の解説6頁。8ポイント42字×18行×418頁=約316,008字、400字詰め原稿用紙で約791枚。文庫本としては厚めの部類。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、ボーア戦争などの南アフリカの歴史と現状を知っていると、より楽しめる。

【感想は?】

 高校生が主人公の馬鹿話だ。そのつもりで、リラックスして読もう。

 出だしはヤンキー漫画風に、高校の様子を描いてゆく。ったって、Be-Bop Highschool みたく可愛らしいモンじゃない。拳でケリつける日本の不良が平和主義者に見える。なんたって、銃器を振り回しヤクをサバいて稼いでるし。ヤンキーどころか、ヤクザやマフィアの世界だ。

 やがて知人が連続殺人鬼の被害にあったのを機に、バクスターはケープタウンの裏社会へと首を突っ込む羽目になる。彼の案内人となるのが、ジャッキー・ローニン。ローニンの名でわかるように、この作品のスパイスの一つ、勘違い東洋趣味のはじまりだ。

 ジャッキー・ローニン、賞金稼ぎ。ただし、普通の賞金稼ぎじゃない。「化けもん探し」が専門。おんぼろビルにオフィスを構える、40過ぎのむさ苦しいオッサン。バクスターが訪ねた際は、借金取りに間違われ…ってのも、貧乏探偵の定番のパターンだね。

 このしょぼくれた中年探偵ローニンが繰り出す無情不死酔拳ってのも、まるきし南アフリカ版の民明書房。

 酔拳で見当がつくように、ブレイク前のジャッキー・チェンのカンフー映画に、勘ちがい東洋趣味とトールキン風ファンタジイを混ぜ、隠し味にシモネタと南アフリカの伝説を紛れ込ませた、この小説を象徴するような小話。文庫本だと140p~5頁ほどなんで、味見にはちょうどいいかも。

 そんなローニンと組み、最初の化け物退治に出かける場面では、南アフリカ版のゴースト・バスターズが炸裂する。映像化するにしても、かつての香港映画のように低予算の特撮が似合うシーン。当然、主演はカンフーの使い手じゃないと。

 その後の<肉欲の城>は、ホラー・マニア大喜びの酒池肉林が延々と続く。当然、ホラーのスターとくればアレで、そういうのもゾロゾロと。などといった店内の様子もさることながら、その裏方で働くオバチャンたちの逞しさには、思わずニヤリとしちゃったり。

 とまれ、日本の特撮映画や漫画じゃ、この手の化け物には銃などの物理兵器が効かないのがお約束になってる。が、このお約束、海を越えるとチャラになるんだよなあ。まあ、その方が画面が派手になるからいいけどw

 やがて話が進むに従い、ローニンの過去の因縁が明らかになり、また仲間も増えてゆく。これまたハードボイルドな探偵物のお約束通り。なんだが、肝心のローニンが、いまいちヘッポコなのが、この作品ならでは。みんなビンボが悪いんや。

 笑っちゃうのが、最後の決戦に赴く前の武装を整えるシーン。やたらと話が壮大な割に、どうにもローカルな所で済ませちゃうあたりは、日本のライトノベルにでも影響されたんだろうか。

 肝心のラストバトルも、やたらと壮大な設定を背負っちゃいるが、あくまで舞台はケープタウンってところが、これまた日本の怪獣映画を思わてるところ。もちろん、巨大なアレが、周囲の迷惑も顧みずに大暴れします。つか、なんじゃその決着はw

 などと、行き過ぎヤンキー漫画に始まり、勘違い東洋趣味・カンフー映画・落ちぶれ探偵者・悪趣味ホラー・秘密組織と陰謀論・トールキン風ファンタジイ・因縁の対決など、「混ぜるな危険」な素材をコッテリとブチ込み、南アフリカの伝説をふりかけ、厨二な妄想で仕上げた、能天気冒険アクションSFだ。

 あくまでもお馬鹿な話なので、真面目に突っ込まないように。もっとも、突っ込みながら読むのも面白いだろう。疲れるけどw

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2017年9月20日 (水)

ピーター・ワッツ「エコープラクシア 上・下」創元SF文庫 嶋田洋一訳

血はすべてその子宮の外にある。
  ――上巻 前兆

もちろん、今の世界にはゾンビがいる。それを言うなら吸血鬼も。
  ――上巻 原式

「何かが――隠れている。名状しがたいものが」
  ――上巻 寄生

「この世界には、武装した者たちの暴力があまりにひどくて、意識ある生命として存在することをやめたくなるような場所もある」
  ――上巻 獲物

「…われわれは哺乳類が核兵器を作ったあとも生きている。きわめて単純なOSで動いていて、たいていどんな環境でも作動する。われわれは考える肉体のカラシニコフなのだ」
  ――下巻 猛獣

今、全裸でこの文章を打っている。
  ――下巻 参考文献

「…それはあなたの目の前にあって、あなたがそれを正視していないだけよ」
  ――下巻 大佐

【どんな本?】

 前作「ブラインドサイト」でSF界に大騒ぎを巻き起こしたカナダ出身の海洋生物学者による、前作の続きとなる長編SF小説。

 2082年、65536個の人工物が地球を取り巻き、消える。これを異星人の偵察と考えた人類は探査船<テーセウス>を建造、選び抜いたクルーを乗せ太陽系外縁へと向かう。彼らは異星の知性体と接触するが、消息を絶ってしまう。

 その7年後、地球。

 人類は過去から吸血鬼を蘇らせ、研究所に隔離していた。高い知性と優れた運動能力を持つが、人類とは全く異なる思考をする、人類の亜種にして天敵。だが吸血鬼のヴァレリーは監視の裏をかき、脱出を果たす。

 それとは違った形で高い知性を得た者もいる。両球派。メンバーの脳を緊密なネットワークでつなぎ、一つの集合精神にまとめあげる。両球派は人里離れた土地に修道院を築き、他の人とは接触せずに暮らしていた。

 現生人類で生物学者のダニエル・ブリュクスは、サバティカルを利用しオレゴンの砂漠にフィールドワークに出かける。だがタイミングが悪かった。戦闘用ゾンビを従えた吸血鬼ヴァレリーが、両球派の修道院を襲う所に居合わせてしまい…

 人類を遥かに超えた知性同志の出会いと、それに居合わせた現生人類の戸惑いを、奇想天外なアイデアを思いっきり詰めこみながらも、クールな文体で描く、サイエンス・フィクションの極北。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Echopraxia, by Peter Wats, 2014。日本語版は2017年1月27日初版。文庫本で上下巻。本編の「エコープラクシア」が上巻約302頁+下巻約180頁=482頁に加え、特別収録短編「大佐」40頁を収録。おまけに渡邊利通の解説10頁と、参考文献が豪華44頁。8ポイント42字×18行×(302頁+180頁+40頁+10頁+44頁)=約435,456字、400字詰め原稿用紙で約1,089枚。上下巻は妥当な所。

 前作の「ブラインドサイト」同様、かなり読みにくい。前作同様、主な登場人物の思考様式が人類とは大きく違う上に、最新の科学の成果を使ったSFガジェットが大量に出てくる、とても濃い作品だ。並みのSFでは満足できないスレッカラシ向けなので、覚悟して挑もう。

 なお、解説はとても親切にネタを説明してくれているが、同時にネタっばたしにもなっているので、要注意。もちろん、ちゃんとその由を警告しているけど。

【感想は?】

 そう、この作品は、とっても濃い。

 なんたって、凄まじいガジェットが次から次へと出てくる。冒頭の吸血鬼、伝説から復活させた人類の天敵ってのも相当なもんだが、それにちゃんと「十字架が苦手」なんて弱点も与えるだけでなく、そこにキチンと理屈と仕掛けがついてるあたりも、タダモノではない。

 この理屈と仕掛け、いちいち「説明しよう」なんてやってたら、それだけで数頁を費やしてしまいそうな凝ったシロモノなため、アッサリと流しちゃってるのが憎い。この手の話に詳しい者にはたまらない美味しさなんだが、慣れない人には何の事だか見当もつかない。

 例えば、この世界の情報ネットワークを示す「クインターネット」。名前からしてインターネットの進化版で、量子コンピュータや量子ネットワークを使ったモンなんだろう、と当たりはつく。が、作品中では名前が出てくるだけで、なんの説明もなく話が進んでゆく。

 じゃどうでもいいネタなのかというと、そうでもない。この作品の大事な登場人物?である両球派が成り立つために、どうしても必要になる基礎技術の一つでもある。

 なんたってヒトの脳が発する信号を、ほぼリアルタイムで、多くの脳で共有しようなんて話だ。要求される通信容量は桁違いである。これを捌くには新世代の通信技術が必要で、となれば量子ネットワークだろうなあ。

 なんて所まで、たった一つの言葉「クインターネット」に押し込めちゃってる。実に手ごわい。

 その分を、豪華44頁もかけた参考文献で補っている…のはいいが、一部の文献は2055年や2072年や2093年だったりと、なんとも意地が悪いw

 さて、その両球派。高度な技術を投入した結果、出来上がった集合知性はたいしたもので、「特許局の仕事の半分を占領」するほど。とはいえ、その代価も高い。なんたって脳をいじっちゃった結果、「現実世界では、手助けがないと道路も横断できない」。ある意味おバカでもあったり。

 そんなわけで、砂漠の真ん中に修道院を建て、そこに閉じこもっているんだが、楽しいのは修道院の防衛システム。なんとも奇想天外なシロモノながら、ある世代の日本人には妙に懐かしかったり。そう、砂の嵐に守られているのだ。わはは。

 賢いながらも、ある意味おバカな両球派、これを俗な言い方をすれば「賢さには代価が要る」で終わりそうだが、その代価がオーディンの片目(→Wikipedia)のようにわかりやすい形じゃないのが、この作品のテーマの一つ。

 何より、物語で重要な役割を果たす者たちが、主人公のブリュクスより賢い奴らばかり、という構造が皮肉だ。

 先の「ブラインドサイト」では、意識が重要な主題だった。それはこの作品でも同じで、意識なき知性の脅威が、主にヴァレリーを通して何度も繰り返し強調される。と同時に、語り手が現生人類である点も、小説としての工夫の一つ。

 両球派や吸血鬼に、いいように小突き回され、それでも連中の裏をかこうと工夫を凝らすブリュクスのあがきは…

 最新科学の成果を駆使した大量のガジェットをブチ込み、異様な世界の中で異形の者たちに囲まれた主人公の恐怖で追い打ちをかけて読者の脳をオーバーヒートさせつつ、冷徹かつ壮大な世界観へと導く問題作。時間をかけ、頭を冷やしながら、じっくり読み解こう。

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2017年8月22日 (火)

ガレス・L・パウエル「ガンメタル・ゴースト」創元SF文庫 三角和代訳

「おまえ、ここにいるなかで本物は自分だけだと感じたことがあるか。ほかの全員はただの見せかけだって」
  ――p43

「ドアを蹴破り、大暴れする。いつものことさ」
  ――p176

キャラクターは死んでも、プレイヤーは生きつづける。
  ――p239

「行きましょうか、モンキー・マン。仕事をすませるわよ」
  ――p376

【どんな本?】

 イギリスのSF作家ガレス・L・パウエルの、日本初上陸作品。

 第二次世界大戦。アクアク・マカークは不死身の英国空軍パイロットだ。片目に革の眼帯、腰の左右にクロームメッキのリボルバー、そして唇には葉巻をくわえ、スピットファイアを駆りメッサーシュミットを狩るエース・パイロット、天下無敵のオナガザル。

 連日の出撃で隊の者は次々と倒れ新しい者に顔ぶれが変わってゆくが、マカークは常に生き残った。そんなマカークを倒すため、ドイツ軍は英国の空軍基地を襲う。全翼機から落下傘で降下してきたのは、黒装束のニンジャ部隊だ。

 1959年、イギリスとフランスは合併、後にアイルランドとノルウェイが加わった連合王国は、ヨーロッパ統合の礎となる。そして2058年、連合王国の国王ウィリアム五世夫妻をテロリストが襲い、国王は重傷、王妃アリッサも軽傷を負う。

 別居中の夫ポールが殺されたとの連絡を受け、ヴィクトリアはロンドンのポール宅へ向かう。ポールは頭蓋骨を叩き割られ、脳まで奪われた。しばらく彼の部屋を調べていたヴィクトリアに、正体不明の男が襲い掛かる。

 パリ第一大学で学ぶ連合王国の皇太子メロヴィクは、延々と続くパーティーや歓迎会にうんざりしていた。しかも母上様のお小言つき。息抜きに、パリで出会ったジュリーとデートに出かけるが…

 MMORPG,人格移植,架空の歴史そして巨大飛行船など多数のSFガジェットを詰め込みながら、目まぐるしいストーリーと心地よいアクションの連続で読者を楽しませ、ド派手な展開で終盤へとなだれ込む、痛快娯楽アクションSF小説。

 2013年の英国SF協会賞をアン・レッキーの「叛逆航路」と分けあった。またSFマガジン編集部編「このSFが読みたい!2017年版」のベストSF2016海外篇でも8位に躍り出た。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ACK-ACK MACAQUE, by Gareth L. Powell, 2013。日本語版は2015年12月11日初版。文庫本で縦一段組み本文約428頁に加え、原型となった短編「アクアク・マカーク」22頁+訳者あとがき5頁。8ポイント42字×18行×428頁=約323,568字、400字詰め原稿用紙で約809枚。文庫本としては厚めの部類。

 文章はこなれている。SFな仕掛けは次から次へと途切れなく出てくるが、不思議なくらいスンナリ頭に入ってきて、全く戸惑うことはなかった。お話がめっぽうスピーディーで面白いため、それに引っぱられた部分はある。

【感想は?】

 英国SF協会賞を分けあった「叛逆航路」とhが対照的に、思いっきり痛快な娯楽アクション作品。

 なんたって、キャラクターがいい。まずはタイトル・ロールのアクアク・マカーク。スピットファイアを駆るエース・パイロット。隻眼に二丁拳銃、派手に暴れるのが大好きで、いつも葉巻をくゆらせているオナガザル。なぜにオナガザルw でも荒っぽい場面じゃ、とっても頼りになる人。

 もう一人の暴れん坊は、若き未亡人ヴィクトリア。元ジャーナリストだけあって、狙った事件はしぶとく食らいつく。しかも何の因果か棒術を身に着けるばかりか、秘密兵器まで持っていて、そこらのチンピラなら軽く叩き伏せる実力の持ち主。

 そんな二人の暴れん坊にスポットを奪われちゃったのが、皇太子のメロヴィク。究極のお坊ちゃんだが、根は意外と純情で正義感もある、普通の青年だったり。

 とかの面子に対する悪役も、実に味のある連中が揃ってる。

 最初に登場するのは殺し屋「笑い男」。不気味な笑顔を貼りつかせ、着々と獲物に迫ってくる。彼の後から出てくる奴らは、更に悪辣さが増して。ラスボスの凶悪さも相当なもんだが、私が一番気に入ったのは、悪の組織のマッド・サイエンティスト。

 優れた頭脳を持つためか、人類の愚かさに見切りをつけ、己の技術で理想の世界を実現しようとする…のはいいんだが、自分以外の人間にはオツムがないと決めてかかってる感じなのが、なんとも。やっぱり悪の科学者は、これぐらいイカれてなくちゃ。

 そして、この物語で最も美しいヒロイン、テレシコーヴァ号。五つの気嚢を持つ、全長1km近い巨大な硬式原子力飛行船。いいねえ、飛行船。使い勝手はアレだけど、悠々と大空を舞う姿は、なんたって見栄えがする。

 とかの連中が暴れる舞台も、なかなか凝ってるわりに、スルスルと頭に入ってくるから不思議。

 著者がイギリス人なせいか、アメリカの存在感が薄く、そのぶん西ヨーロッパの影響力が強い。その仕掛けとして、イギリスとフランスがガッチリ手を組んでる。この手を組むきっかけと経過は、やっぱりイギリス人らしいw おまけにアイルランドまでちゃっかり引きずり込んじゃって。

 中盤以降は、連合王国を中心とした世界情勢が、お話の大事な要素になってくる。こういう政治・外交ネタは往々にしてストーリーの流れを淀ませがちなんだが、この作品ではネットのニュースを引用する形で、短いながらもわかりやすく伝える工夫は見事。

 そう、この作品、なんといってもテンポがとってもいいのだ。ややこしい背景はニュース記事などで端的に示し、個性的な人物たちの動きを中心に話を進めてゆく。その話も、次から次へと襲い来るピンチと衝撃の真相の連続で、頁をめくる手が止まらない。

 その背景も、アッサリ流しているようでいて、スエズ危機や香港返還やフォークランドなど、要所要所で20世紀の歴史のツボを押さえているから憎い。

 二丁拳銃のサルのエース・パイロットや巨大飛行船でわかるように、徹底して娯楽路線の作品だ。個性的なキャラクター、印象的なガジェット、登場人物を襲う危機また危機、そして世界を揺るがす陰謀。リラックスして作者の騙りに身を任せよう。

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