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2018年11月16日 (金)

大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2013 さよならの儀式」創元SF文庫

愛情や共感は、人類の宿痾だ。
  ――さよならの儀式

「あなた、笑ってますよ」
  ――コラボレーション

「まったく、ウンディ弾きって奴は」
  ――ウンディ

「あんたの依頼、俺たち武佐音研が叶えてみせるぜ」
  ――エコーの中でもう一度

micapon17こそは、我々のもっとも注目するただひとりの心霊写真家である。
  ――今日の心霊

「一枚食べたら……」(略)「もう引きかえせないからね」
  ――食書

なあに難しいことを考える必要はない。好きにやればいいのである。
  ――科学探偵帆村

「かつてのロボトミーは、乱暴で大雑把であった」
「ええ」
「だが、乱暴で大雑把だからこそ、守られたものがあったと言えるのだ」
  ――ムイシュキンの脳髄

わたしはかつて、自分の人生の主人公だった。今は異なる。
  ――イグノラムス・イグノラビムス

目に映るもの、体が感じるものをどう解釈するかは、人によって全く違う。通常なら理解できない他人の感覚をインタープリタが解釈できるのは、彼らが多かれ少なかれ、共感能力を持っているからだ。
  ――風牙

【どんな本?】

 2013年に発表された日本のSF短編から、大森望と日下三蔵が選び出した作品に加え、第五回創元SF短編賞受賞作の「風牙」を収めた、年間日本SF短編アンソロジー。

 芸の細かさと共に作家としての芯の太さを感じさせる表題作「さよならの儀式」,まさしく「今、そこにある未来」を描き出す「コラボレーション」,手慣れた職人芸が光る「ウンディ」,音響SFという新境地を切り開く「エコーの中でもう一度」…と、今回もバラエティに富んだラインナップが揃った。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年6月27日初版。文庫本で縦一段組み、全665頁。8ポイント42字×18行×665頁=502,740字、400字詰め原稿用紙で約1,257枚。上下巻どころか上中下の三巻に分けてもいい大容量。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。

序文:大森望
さよならの儀式 / 宮部みゆき / SF JACK
 家庭向けの汎用作業ロボットが普及した未来。ロボット廃棄手続きの窓口に、若い娘が来た。申請内容は、廃棄するロボットの記憶回収と、新しく買う機体への移植。廃棄する機体はやたら古く、メーカーは既にない。長く使っていたらしく、娘は古い機体に強い愛着を持っていて…
 窓口を担当する技師と、申請に来た娘の二人で話が進む。いかにもクールで合理的な技師、長く使った機体に思い入れたっぷりの娘。ってな雰囲気なんだが、改めて読み直すとガラリと印象が変わる。是非、二度読んでほしい。
コラボレーション / 藤井太洋 / SFマガジン2013年2月号
 検索エンジンの暴走でインターネットは崩壊し、認証付きのトゥルーネットが普及する。だが一部のサービスは様々な事情でインターネットに残り、「ゾンビ・サービス」と呼ばれている。これを監視していた高沢は、懐かしい文字列を見かける。
curl だの vim だのと、IT技術者には突き刺さる用語もさることながら、<匿名主義者>の動きも、GNU などオープンソース系の運動を思わせ、ソッチの人にはたまらない作品。と同時に、最近の著者の作品を読むと、ここ数年で小説家としての腕がぐんぐんと上がっているのも感じる。
ウンディ / 草上仁 / SFマガジン2013年12月号
 シロウとゲンバとズートは、長く三人でバンドをやっている。シロウの愛器サッコは、グレイの長毛種のウンディ。毛糸玉と揶揄される草食の節足動物だ。入門用とされる「セブン」だが、五年も使っていると愛着がわく。一週間後にコンテストを控え、三人はスタジオに集まった。
 音楽SF。あまり売れないながらも、それぞれのペースで音楽を続け、長い付き合いで互いの呼吸も呑み込んでいる、ベテランのバンドの様子がよく出ている。が、それ以上に、サッコがやたらと可愛い。セッションを描くところも秀逸。
エコーの中でもう一度 / オキシタケヒコ / SFマガジン2013年2月号 「波の手紙が響くとき」に収録
 所長・佐敷裕一郎,チーフエンジニア・武藤富士伸,助手のカリン。三人だけの武佐音響研究所に、二つの依頼が飛び込んだ。ひとつは古いテープに録音された生活音の「洗濯」。もうひとつは、今をときめく音楽プロダクションの関係者から、失踪したミュージシャンの捜索。
 なんとも斬新な音響SF。日頃から、私たちは全く意識せずに音を聴いて、そこから多くの情報を得ている。何の音か、どれぐらい近くか、どこの音か。でも、なぜ、どんなメカニズムで、そんな事がわかるのかは、まずもって意識しない。そこを掘り下げていくと…。なお、このシリーズをまとめた「波の手紙が響くとき」は、この短編で張った伏線を含めた大ネタが最後に炸裂する傑作です。
今日の心霊 / 藤井可織 / 群像8月号
 micapon17。知る人ぞ知る、本物の心霊写真家だ。その才能は、なんと二歳の時から開花していた。当時はスマートフォンどころかデジタルカメラさえ普及しておらず、幼い彼女はフィルム式使い捨てカメラを使い…
 ホラーといえばホラーなんだが、それは心霊写真が関わっているため、とは言い切れないあたりが、なんともw それはそれで怖いようなユーモラスなような。それはともかく、私もブログ友達が欲しいぞ←結局それかい
食書 / 小田雅久仁 / 小説新潮9月号
 主人公は、妻と別れひとり暮らしを始めた作家。本屋に入ったところで便意をおぼえ、トイレに駆け行ったはいいが、そこには先客がいた。その女は、あろうことか本のページを破り、食べ始めたのだ。
 そうなんだよなー。なぜか書店や図書館に入ると、トイレに行きたくなるんだよなー。とか思ったら、なんと「青木まりこ現象」なんて名前で Wikipedia に記事が載ってるw そうか、俺だけじゃなかったのか。いや全然そういう話じゃないんだけど←をい
科学探偵帆村 / 筒井康隆 / 群像12月号
 ポーレットが産んだ子はモンゴロイドだった。ローレンは処女懐胎した。いずれも身に覚えはない。この日本でも、奇妙な懐妊が相次いで起こる。この難事件に挑むのは、最新科学を駆使する老探偵・帆村壮六。
 日本SFの始祖・海野十三の生んだ名探偵・帆村壮六を、これまた日本SFの重鎮・筒井康隆が書き継ぐ、ゴールデン・カード。とはいえ、映画ネタは絶対に楽しんで書いてるなあ。おまけにオチといい〆といい、完全に筒井節になってるしw
死人妻 / 式貴士 / 私家版「死人妻」
 若くして亡くなった鬼才・式貴士の、未完成原稿。これだけで式貴士を判断しないでほしい。有名なカンタン刑を始め、エロチックでグロテスクで、時として切ない物語は、彼ならではの独特の芸風なのだ。それだけに読者を選ぶんだけど。
平賀源内無頼控 / 荒巻義雄 / SFファンジン57号
 平賀源内は生きていた。田沼意次の意向で、密かに匿われていたのだ。遠州相良で余生を送る源内に、客がやってきた。田沼意次の深慮が報われる時がきたのだ。と言えば喜ばしいようだが、事態は急を要し…
 これまた著者が楽しんでのびのびと書いてるのが伝わってくる一編。「実は生きていた」ってのはアリガチな手口ではあるけど、そこはクセ者の平賀源内。虚実取りまぜてシリーズ化したら、色々と発展させる余地がありそう。
地下迷宮の帰宅部 / 石川博品 / ファミ通文庫「部活アンソロジー2『春』」
 MMORPGで遊んでいた俺はスカウトされ、なんの因果か地下迷宮を将軍として守る羽目に。なら魔物として悪事を楽しみたいところだが、使命は迷宮の奥にある封印の間を守ること。仕方なく手下の魔物をアチコチに配して陣を整えようとするが…
 舞台や道具立てや語り口は流行りの異世界物。だが、この芸風はフレドリック・ブラウンやロバート・シェクリイなど50年代以前のアメリカSF作家や、その流れを受けた星新一や草上仁を思わせる、ヒネリの利いた短編作家の香りがする。
箱庭の巨獣 / 田中雄一 / アフタヌーン2月号
 凶暴な巨大生物が暴れまわる未来。人々は「巣」に籠り、一匹の巨獣に守られて暮らしていた。その巨獣は…
 巨大な威容を誇るグロテスクな巨獣の姿もさることながら。細かいながらもハッキリした線でミッチリと書き込まれた風景に対し、人物のアップのコマは思い切って背景を省く、そのコントラストが見事。お陰でコマごとの「主役」がとってもわかりやすい。
電話中につき、ベス / 酉島伝法 / 第53回日本SF大会なつこんプログレスレポート2号
 この世界の外にあるトゥクヴァなる村から客として招かれた。そこでしばらく世界を留守にするとになった。数年前、、この世界を訪れた旅人に、世界の様々な逸話を語って聞かせた。それを旅人が広めたのかもしれない。
 2014年茨城県つくば市で開催の日本SF大会の参加申込者に送られる小冊子に掲載したもの。「村じゅうのわたし」とか代理自律格とか、読者の意識を根底から突き崩す魔術的なフレーズが次々と飛び出してくる。
ムイシュキンの脳髄 / 宮内悠介 / 小説現代7月号 「彼女がエスパーだったころ」に収録
 ムイシュキンこと網岡無為は伝説のバンド、プテリドピュタの中心人物だった。些細なことで激高する癖に悩んだ網岡は、オーギトミーを受け、それを機にバンドは解散する。そのオーギトミーには多くの議論があるが、正確な知識はあまり知られていない。
 性格は偏っているが優れた業績を残す人がいる。IT業界ではビル・ゲイツを始めアスペルガー気味の人が多い。ミュージシャンはカート・コバーン,ジャコ・パストリアス,キース・ムーンなど枚挙にいとまがない。だが、その性格を「矯正」したら…
イグノラムス・イグノラビムス / 円城塔 / SF宝石
 「ワープ鴨の宇宙クラゲ包み火星樹の葉添え異星人ソース」。世界中の食通が絶賛する逸品だ。その食材の調達で、わたしは莫大な富を築き上げた。だが、今のわたしは…。いや、確かに美味しいとは感じる。だが…
 いきなりレストラン「宇宙の果て」なんて小ネタで読者のガードを緩めておいて、相変わらずの円城塔らしいメタっぽい話へと向かってゆく。「暗がり仮説」とかは、別にセンチマーニに限らず、歴史物の小説を書こうとすれば誰もが突き当たる障壁じゃなかろか。
神星伝 / 冲方丁 / SF JACK
 頬白哮は母を殺された。哮は悪友たちと組み、母のプラグの履歴を解析する。かすかに残った思念から、犯人の狙いは哮だった事が判明する。母は最期まで哮を守る努力を続けた。怒りに燃える哮は復讐を誓う。
 平安時代の木星を舞台とした合体○○アクション…って、無茶苦茶なようだけど、そうなんだから仕方がないw 話の分かるジャンク屋の親父、気のいい悪友たち、お高くとまった優等生、幼馴染の美少女と傍役もバッチリで、まるきしアニメの開幕編みたいだ。
風牙 / 門田充宏 / 第五回創元SF短編賞受賞作
 社長の不二が倒れ、意識が戻らない。彼を救い出すために、珊瑚は潜行を試みる。彼女はインタープリタ。同じモノを見聞きしても、それをどう感じるかは人によって違う。他人の感覚を解釈するには、特別の能力が必要だ。珊瑚は…
 関西弁のヒロインが斬新。というか、登場人物がみんな口が悪いw 短いだけあって、緊迫感あふれる場面が次々と展開する中で、ユーモラスな会話が巧みに緩急を生み出している。孫くんは可愛らしいし、お話にも王道の感がある。込み入った設定をなんとかすれば、ライトノベルとしてもウケそう。いや漫画やアニメなど絵で見せる方が向いてるかな?
第五回創元SF短編賞選考経過および選評 / 大森望・日下三蔵・瀬名秀明
2013年の日本SF界概況 / 大森望
後記 / 日下三蔵
初出一覧
2013年日本SF短編推薦作リスト

 ここでは新人扱いの藤井太洋は、今じゃベストセラー作家の貫禄を備えてるなあ。「科学探偵帆村」や「平賀源内無頼控」には、ベテランの余裕を感じた。「神星伝」も、娯楽作品のお手本として職人の手堅い手腕が伺える。「地下迷宮の帰宅部」は、一見流行りものに見えるけど、別の素材も巧みに扱えそうな雰囲気がある。いずれにせよ、相変わらずバラエティ豊かなのが嬉しい。

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2018年10月17日 (水)

松崎有理「架空論文投稿計画 あらゆる意味ででっちあげられた数章」光文社

世界最古の論文の記録は、フランス東部のジュラ紀中期の地層から発見された一億六千年前の化石(1)であるというのはまず確実につくり話である。
  ――コラム 論文の歴史

「超高学歴独身男、高層ビルから油揚げをばらまく」
  ――第一章 おしゃべり女

「猫魔が時とは、うっかり猫に出会ってしまう時間帯を指す筆者の造語である」
  ――第二章 大きな石を運ぶ男

いったいどうすれば、研究者たちはしあわせになれるのだろう。
  ――第四章 悪意のあるじゃまもの

【どんな本?】

  「あがり」が2010年の第一回創元SF短編賞に輝いた新鋭SF作家の松崎有理による、ユーモラスで仕掛けに満ち、ある意味レムの「完全な真空」への挑戦ともとれる笑劇の作品集。

 ユーリー小松崎は、蛸足大学の文学部心理学科で、29歳の若さながら助教授を務める。とあるポスドクが引き起こした事件をきっかけに、彼は大胆な実験を始めた。

 まず嘘八百を並べたデッチアゲの論文を書く。それを学術誌に投稿し、受理されるか否か確かめよう。そうして学会の健全性を検証し、現在の研究制度の改善に役立てよう、と。

 若手作家の松崎有里の協力を得て、ユーリー小松崎の研究は始まったが…

 すぐわかる小ネタから、少し注意しないと見逃しがちなトラップ、しょうもないギャグまで様々なネタを取りまぜつつ、現代の研究者たちが置かれた状況も浮き上がらせる、真面目にふざけた Scholar Fiction。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年10月20日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約253頁。9ポイント30字×18行×253頁=約136,620字、400字詰め原稿用紙で約342枚。文庫本ならやや薄い一冊分。とはいえ、レイアウトの関係で文庫本にするのは難しそう。

 文章はこなれていて親しみやすい。当然、論文のフリをした部分もあるし、そこはワザとしゃっちょこばって堅苦しい文体にしている。が、実はこの論文モドキこそ、この本の美味しい所。流し読みでも分かりやすいネタもあれば、注意しないと見逃しがちなネタもあるので、できればじっくりチェックしよう。

【構成】

  • コラム 論文の歴史
  • 第一章 おしゃべり女
    • 島弧西部古都市において特異的に見られる奇習“繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”は戦略的行動か? 解析およびその意義の検証
  • 第二章 大きな石を運ぶ男
    • 経済学者は猫よりも合理的なのか? “反据え膳行動”を通して判明したもっとも合理的な生物とは
  • 第三章 閉じ込められた者たちの嘆き(ヨナやピノキオ)
    • “借りた本に線を引くひと”とはどんなひとか 書きこみされた図書館蔵書における網羅的研究からこころみた人物プロファイリング
    • 図書館所蔵の推理小説に“犯人こいつ He'd done it!”と書きこむひとはどんなひとか 書きこみされた図書館蔵書における網羅的研究からこころみた人物プロファイリングⅡ
  • 第四章 悪意のあるじゃまもの
    • コラム 研究費の歴史、あるいは研究者の懐事情の歴史
    • おやじギャグの社会行動学的意義・その数理解析
    • 比較生物学から導かれる無毛と長寿との関係 はげは長生き?
    • 「ねえ、太った?」は存在証明機会 代数的構造抽出による容姿からかい行動対応策の検討
  • 第五章 朝の薄明
    • 経験則「あらゆる機械は修理を依頼した直後になおる」現象の検証 機械故障にかんする大規模調査
    • プラス思考はほんとうにプラスか 恋愛成功率におけるプラス思考とマイナス思考の効果の比較
    • 「目標は紙に書くと実現する」はほんとうか 大規模長期縦断研究による検証
    • 「あくびはうつる」を応用する あくび伝染反応時間による初対面好感度の類推
  • 第六章 花崗岩でできた狂乱
    • 架空論文投稿実験 その顛末と、研究世界の未来にたいする提言
  • 終章 いつも片目をあけて眠るよく太った猿の王様を目覚めさせるためのファンファーレ
  • あとがきにかえて この本ができるまでの舞台裏を少々
  • 架空論文・初出一覧
  • 研究者心理におけるパーキンソンの法則 メタ研究心理学者・ユーリー小松崎の事件簿

【感想】

 最初から最後まで、大笑いからクスクス笑いまで、ユーモアに満ちた一冊。

 そもそも最初からワケがわからない。「超高学歴独身男、高層ビルから油揚げをばらまく」って、なんじゃそりゃ。なぜに油揚げ? などと読者を考え込ませたところで、ツカミはオーケー。

 その犯人のやらかした真似も、わかるようなわからんようなw 不正するなら、もちっと考えてやれ、と言いたいところだが、根が不正に向いてないんだろうなあ。

 舞台が北の蛸足大学なだけに、「あがり」などで活躍?した彼も出てくるかと思ったら、そうきたか。著者お気に入りのキャラなのかも。

 そんなユーリーの「実験」の影に見え隠れするのが、論文警察。最近の Twitter じゃテレキャスター警察とかハヤカワ狩りとかプログラマ狩りとか物騒な連中が跳梁跋扈しているが、それと似たようなヤバいお方たち。でも、影でやってる事は、実はけっこう役に立つ事だったり。本当はいい人たちなのかもw

 加えて、作家に向く性向まで教えてくれるから嬉しい。おもしろい話が好きで、質問が好きで、嘘八百を考えるのが好きで、キャラを考えるのが好きで…って、ヲタクそのものじゃないかw

 とかも面白いけど、メイン・ディッシュは、やっぱりデッチあげの論文集。

 だいたい4~5頁で、一見お堅いタイトルがついてるし、書き始めの文章も気取っちゃいるが、その中身は…。

 「いや、そのイラスト、何か意味あるの?」「え、それ参考文献に挙げる?」「おお、ソレをアレにこじつけるか!」「このキャプション、どうにかならんのかw」「きっと誰も結論を読んでないんだろうなあ」「○○先生、ごめんなさい」と、ツッコミどころ満載。

 中でも注目して欲しいのが、「文献」の項。有名な論文に混じって、なんじゃい反社会学者ってw 他にも我田引水・メタ我田引水なネタもある。とかの楽しみ方もあるけど、著者の読書傾向も判るのが面白い。へえ~、やっぱり、こういうのが好きなんだあ。などとニタニタしてしまう。

 とかのユーモアにまぶせつつ、現代の研究者が置かれた厳しい状況や、論文を軸とした研究活動の問題点も、ジンワリと伝わってきたり。中でも焦点が当たるのが、査読って制度。論文の品質を保つには役立っちゃいるが、研究者と論文の数が増えるに従い、無理が出てきている様子がよくわかる。

 のはわかるんだが、このデッチアゲ論文集を見ていると、自分でも何か論文が書けそうな気になってくるから困るw 素人が書いたいい加減な論文が学術誌に殺到したら、ただでさえ重い負荷にあえいでる査読者たちの背骨が折れかねないw

 最後の頁にまでネタを詰め込んだ、サービス精神に満ちた一冊。ギャグが好きな人に、論文の書き方に悩む学生に、科研費の申請に苦しむ研究者に、そして文章で遊ぶのが好きな人に。凝り固まったオツムをほぐすのに最適な一冊。

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2018年10月 7日 (日)

山田正紀「バットランド」河出書房新社

「お願いだから大声を出さないで。これには事情があるんだから」おれはそう懇願し、警察官の顔を撃ち抜いた。
  ――コンセスター

「バットランドに行かねばならない。あそこでは何かが起こっている。何か途方もないことが……(略)いいかい、爺さん、これはぼくのためなんかじゃない。勘違いしないでもらいたい。これは人類のためなんだ」
  ――バットランド

「そう、きっとトムがいる別の世界にいっちゃったんですよ」
  ――別の世界は可能かもしれない。

「おぬしたちをわざわざ当陣に呼び寄せたのは他でもない。かの城を『時攻め』にせよ、とのおん大将、上総介(信長)様のお下知が下されたからである」
  ――お悔みなさいますな晴姫様、と竹拓衆は云った

【どんな本?】

 SF・ミステリ・アクション・ホラーなど多様なジャンルで活躍するベテラン作家の山田正紀が、2007年~2014年に発表したSF作品を集めた短編集。

 怪しげな人体実験に始まる惨劇を描く「コンセスター」、老いた詐欺師視点のコン・ゲームが変容してゆく「バットランド」、大雨に襲われた地下鉄路線を舞台としたバトルロイヤル「別の世界は可能かもしれない。」、語呂合わせが楽しい「お悔みなさいますな晴姫様、と竹拓衆は云った」、濃縮ワイドスクリーン・バロックの「雲の中の悪魔」の五編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年5月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約339頁に加え、あとがき3頁。9ポイント43字×19行×339頁=約276,963字、400字詰め原稿用紙で約693枚。文庫本なら厚い一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。内容はかなり凝ったSFガジェットやアイデアを駆使する作品が多いので、そういうのが好きな人向け。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出。

コンセスター / SFJapan2007年冬号
 1970年初頭。ロサンゼルスでの不法就労がバレたおれは、メキシコに逃げる。そこで知り合ったミツオから、美味しい話を聞く。近くの米陸軍の研究所が人体実験の志願者を求めている、一週間で報酬は七百ドルに加えアメリカの永住権。ヤバいのは分かっちゃいたが…
 伊東ゆかりの「ロコモーション」(→Youtube)・キャロル・キングの「イッツ・トゥ・レイト」(→Youtube)と、一気に懐かしい気分になるネタで始まる作品。能天気なリズムに乗って惨劇を繰り広げる犯人は、何を考えているのか。最初は素直に読んだんだけど、一人称だってのを考えると…
バットランド / NOVA4 2011年5月
 ここはどこだ? そうか、おれはクリーニング屋に行くんだ。ところが店に入り、鏡を見て驚いた。え? 俺は七十過ぎの爺いだったのか? 唖然としていたら、店に入ってきた若い男女に連れ出された。おれは認知症だという。
 これまた老人SF。ボケては覚める認知症を患っちゃいるが、元は凄腕の詐欺師って設定が巧い。しかも、マッド・サイエンティストを加えて更にシェイクしてる。いいよね、Birdland(→Youtube)。ジャコのプレイは絶品だけど、性格は最悪だとかw この作品でも性格が悪い奴しか出てこないから、そういう意味では合ってるかも。
別の世界は可能かもしれない。 / SF JACK 2013年2月
 10月31日、ハロウィンは豪雨になった。地下鉄の西六本木駅から六本木に通じるトンネルは、水没が危ぶまれるため、ポンプ列車が出動する。暗闇に紛れ、ネズミらしき群れが同じ線路を進む。六本木駅では、金属バットなどで武装した若者たちが、「殺せ、殺せ」と唱えながら駅へと雪崩れ込んでゆく。
 孤児の坂口、識字障害の五木梨花、供試試料として消費される実験用マウス、機能を失った偽遺伝子、そして地下鉄の施設内に寝泊まりする宿無したち。世界から除け者にされた者たちが、なぜいがみ合わねばならないのか。世界への怨嗟が満ちた作品。
お悔みなさいますな晴姫様、と竹拓衆は云った / 夏色の想像力 2014年7月
 毛利攻めに向かった秀吉は、意気盛んな高松城の攻囲に焦る。そこで竹拓(ちくたく)衆を呼び、『時攻め』を命じる。竹拓衆は時をあやつる鬼道に秀でた一族だ。率いる棟梁の迦具屋晴姫(かぐやはるひめ)は、悩みながらも命を受け入れる。
 墨俣の一夜城・水攻めで有名な高松城・中国大返しなどの事件に、不思議な力を操る一族・竹拓衆を絡めた、SF忍法帖。ハーラン・エリスンのアレにかけたタイトルから始まり、波歩・噛・時場・伝時力などの言葉遊びが楽しくて、ニヤニヤしてしまった。
雲の中の悪魔 / NOVA8 2012年7月
 流刑星<深遠>は、-70℃~-10℃の過酷な環境だ。囚人は房奴と呼ばれ、露天掘り鉱山の作業員として働く。密封衣服は時として暴走し、多くの房奴が死ぬ。この泡宇宙は万物理論知性体が統べる。電磁力知性体の人間には抗う術はない。
 泡宇宙論をベースとして、思いっきり濃いアイデアを惜しげもなく詰めこんだ、珠玉のワイドスクリーン・バロック。冒頭の電磁力知性体/万物理論知性体に始まり、次から次へと繰り出されるブッ飛んだ発想に、思う存分翻弄されっぱなしだった。

 いずれも認知科学・遺伝学・量子力学・宇宙論などの科学トピックに、怪しげな哲学を巧みに滑り込ませ、奇怪な世界へと読者を誘い込む、SFの醍醐味が炸裂した作品ばかり。また、山田正紀ならではのテイストとして、「圧倒的な力を持つ絶対者にしぶとく抗う者」の物語なのも、この作品集の特徴。特に最後の「雲の中の悪魔」は、カルピスの原液を更に濃縮したような濃さで、もはや劇薬と言っていい。SFの瘴気をまき散らし、あなたをSFゾンビに変えてしまう危険な物語だ。

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2018年9月18日 (火)

山田正紀「ここから先は何もない」河出書房新社

「俺らってさ、いや、人間てさ、なんでこんなにつながりたがるんだろ?」
  ――p134

「四万年から五万年前の人間の遺体がどうして小惑星に埋もれていたんだ?」
  ――p245

【どんな本?】

 六年前、日本の宇宙科学研究開発機構は、小惑星探査機<ノリス2>を打ち上げる。小惑星2001AU8、通称ジェエネシスとランデブーし、標本を採集して、地球に持ち帰る計画だ。だが、着陸の直前に全ての通信途切れる。約1時間30分の中断の後、ノリス2がランデブーしたのは、ジェネシスではなく、別の小惑星パンドラだった。しかも、持ち帰ったサンプルは…

 ベテランSF作家の山田正紀が、壮大な構想を元に、お得意の「はみ出し者の寄せ集めチームが難題に直面する」形で、ジェイムズ・P・ホーガンの傑作に挑んだ、本格長編SF小説。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇の8位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年6月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約404頁に加え、あとがき2頁。9ポイント44字×20行×404頁=約355,520字、400字詰め原稿用紙で約889枚。文庫本なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容的には、かなり凝ったSFガジェットを使っている。とはいえ、詳しく知らない人でも楽しめる仕掛けを丹念に施してあるので、分からなければ「そういうもの」として読み飛ばしても構わない。特にコンピュータ関係は冒頭から濃い話がポンポン出てくるので、味見にはちょうどいいだろう。

【感想は?】

 うおお、これだよ、これ。昔、私が大好きだった山田正紀が、今風の素材を使いこなして戻ってきた。

 「襲撃のメロディ」「弥勒戦争」「神狩り」…。いずれも壮大な謎を示し、絶望的な状況の中で、エキセントリックな登場人物が挑む話だ。私は「襲撃のメロディ」の衝撃でSF者になってしまった。

 肝心の謎については、「あの山田正紀が戻ってきた」としか言えない。あとがきにあるように、ジェイムズ・P・ホーガンの傑作「星を継ぐもの」に挑戦状を叩きつけた作品だ。日英の本格SFの巨匠対決である。存分に堪能していただきたい。

 加えて山田正紀の色が濃く出ているのが、謎に挑むチームの面々。これは「火神を盗め」でも発揮しているんだが、とにかくキャラクターが濃い。

 意外性でトップなのが、藤田東子。キャバクラ嬢だ。ノーメイクで朝五時からママチャリで出勤。この時点で相当なモンだが、客との会話が頭蓋骨の話ってのも無茶苦茶だ。それでも店から叩き出されないのは、実績があるから。ある意味、そこらの大企業より実力本位の世界なんだなあ。

 などと破天荒なキャバ嬢の藤田東子、しかしてその正体は…。うーん、そうきたかw 浮世離れした世界のように見えて、特に最近は何かと世知辛い事情も漏れ聞くから、そういう人もいるだろうし、ソッチが好きな客も案外と多いのかも。

 目的のためなら手段を選ばず、キャバ嬢だってやる藤田東子とは違い、手段に振り回されている感があるのが、神澤鋭二。凄腕のクラッカーながら、今は追われる身。彼がお尋ね者になったキッカケも、しょうもないながら、この手の人にはアリガチなパターンなのに苦笑い。

 まあ、アレです。自分にソッチの才能があると気づいたら、どこまで出来るか試してみたくなるってのは、若い男にはよくある話で。彼を中心に描かれる情報セキュリティのネタは、なかなか背筋が寒くなるような話ばかり。スターバックスとかは、いい猟場なんだろうなあ。

 神澤鋭二とコンビを組む大庭卓も、なかなか食えない奴で。凄腕の起業家で、今はセキィリティ関係の会社を営んでいる。元は自衛官で、退任してから興した会社では鋭二を雇い、その才能を存分に発揮させる。

 この大庭と神澤の関係が、これまたかつての傑作「謀殺のチェスゲーム」の宗像と藤野を彷彿とさせて、オールド・ファンとしてはニヤニヤが止まらなかったり。互いが互いの性格を承知して、腕は信用しながらも腹は探り合うあたりが、ハードボイルドか空気を醸し出してる。

 なんて我が強そうな連中に続いて登場するのが、任転動。若い神父もどき。藤田東子とは対照的に、引っ込み思案で状況に流されるタイプ。無神論者なのに神父の真似事をして、極貧ながらフィリピン・パブのホステス相手に教会の仕事をしている。

 信心はないわりにホステスたちのウケはいいあたりは、彼の人徳というか人柄というか。チームの他の面子が強烈なだけに、彼は一服の清涼剤みたいな役割かな。

 ってな個性的な連中が挑むのは、三億キロ彼方の密室<ノリス2>。これは光ですら片道で16分以上必要で、コマンドを送ろうにも、応答が帰ってくるまで30分以上かかる。そんな<ノリス2>を、誰がどんな手段で乗っ取ったのか。そして、<ノリス2>で発見された、あり得ない人骨の謎は…

 アクの強い連中が、それぞれに追い詰められ、仕方なしに組んだチームが、無謀な計画に挑み、壮大な謎を解き明かす。冒険小説と本格SFの楽しさを併せ持つ、とっても贅沢な娯楽作品だった。

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2018年9月 4日 (火)

長谷敏司「BEATLESS」角川書店

人のこころは、行動に動かされる。こころは、人間でないものによっても揺らされる。
  ――p6

「わたしは道具で、責任をとることができません。だから、責任を、とってください」
  ――p27

「それが、わたしとオーナーの契約です。わたしがオーナーの意志の実現を自動化し、オーナーがその責任をとる」
  ――p95

「本当に重要なものなんて、もう人間の世界にどのくらい残っているのかしら」
  ――p189

「僕は、本当に自分の意志で何かをしているのか」
  ――p199

「私のこと、覚えてくれてたらそれでいい」
  ――p333

「大きな変化を社会に押し付けるより、オーナー自身に変わっていただく方が、安全です」
  ――p361

「人間が、人間の世界だと思っているものは、無邪気な信頼で支えられているのですよ」
  ――p481

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・長谷敏司が、派手なアクションとケレン味を利かせたガジェットをふんだんに盛り込み、ヒトとモノの関係を正面から問いただす、正統派の本格SF小説。

 2105年。hIE=humanoid Interface Element と呼ばれるヒト型ロボットが普及し、労働力として街中に溶け込んでいる。普通の hIE は、いわば操り人形だ。常に無線で行動管理クラウドと通信し、そこから TPO に応じた振る舞いの指示を受けて動く。

 ミームフレーム社は、hIE の行動管理クラウドの大手だ。そのミームフレーム社から、五体の hIE が逃げ出した。いずれも量子コンピュータを持つ。そのため、クラウドに頼らず、スタンドアロンで動ける。“彼女”らは、軍用の無人兵器22体を擁する警備部隊に包囲を突破し、市中に紛れこんだ。

 Type-001 紅霞。Type-002 スノウドロップ。Type-003 サトゥルヌス。Type-004 不明。Type-005 レイシア。いずれの能力も、その目的も分からない。

 高校二年生の遠藤アラトは、買い物の帰りに、暴走する自動車と hIE に襲われた。レイシアを名乗る美しい hIE に救われたアラトは、その代償として“彼女”のオーナーとなる。驚異的な能力を誇るレイシアを得たアラトは、やがて人類の未来を左右する争いに巻き込まれ…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2013年版」のベストSF2012国内篇の第3位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は雑誌「月刊ニュータイプ」2011年7月号~2012年8月号。単行本は2012年10月10日初版発行。今は角川文庫から文庫版が上下巻で出ている。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約645頁。8.5ポイント25字×22行×2段×645頁=約709,550字、400字詰め原稿用紙で約1,774字。文庫なら上中下の三巻でもいい大容量。

 文章はやや硬い。たぶん、これはワザとだろう。というのも、特にテーマの芯に触れる部分で、私は読むスピードが遅くなったからだ。どうも著者に「ここ大事だからじっくり考えながら読んでね」と言われているような気がする。

 内容的にも、かなりSF度が濃い。AI やクラウド・コンピューティングをはじめとするSFガジェットが、たっぷり詰めこんである。加えて、ちょっとした細かい部分も、科学・工学的な設定を充分に考えているのが感じられて、拘るタイプには嬉しい配慮が行き届いている。

【感想は?】

 「アナログハック」。この言葉の発明だけでも、SFの新しい地平を切り開いたと言える。

 が、とりあえず、ソレは置いて。冒頭、レイシアたちが逃げ出す場面だけでも、設定の凝りようがヒシヒシと伝わってくる。

 まず、hIE が無線で動く半自動の操り人形って発想が、新しい上に現実的だ。今だと、自動運転車がいい例だろう。

 個々の自動運転車は、路面や信号など周囲の状況に応じてスピードや進路を調整しつつ、GPS や Google Map に応じて道を選ぶ。スタンドアロンで得る情報と、ネットワークから得る情報、双方を考え併せることで、自動運転のシステムとして完成する。

 恐らく近い将来に、交通事故の統計や渋滞情報もネットワーク経由で取り入れ、または他の車と交信して、より安全で早く経済的に目的地へとたどり着く、そんなクルマへと進化し、またクルマ社会のあり方も変えてゆくはずだ。

 だけでなく、マニアを唸らせる考察が嬉しい。

 軍用だと、陸軍と空軍は積極的にドローンを戦場に投入している。というか、ドローンが浸透しているのは、陸と空だ。水中は、あまり聞かない。

 これは単純な理由で、水中だと電波が届かないからだ。海軍も熱心に開発しちゃいるが、リモコンで操るのは難しい。従来のロボット物は意外なくらい無視してきた点だ。それを、この作品では、レイシアたちを警備が追う場面で、ちゃんと踏まえて描いてる。細かい所だけど、こういう配慮がとっても嬉しい。

ちなみに海でロボットが活躍する「深海大戦」シリーズだと、同じ問題を全く違う方法で扱ってて、これも唸らされたなあ。更にイカれているのが「プシスファイラ」で…って脱線するとキリがないのでこの辺で。

 など、細かい所まで充分に考えてますよ、とマニアを唸らせた上で、いよいよ登場しますメインディッシュのアナログハック。

 これも軍用ドローンの話で恐縮だが、プレデターなどの攻撃用ドローン(→Wikipedia)は、ワザと不気味なデザインにしているって噂がある。敵をビビらせるためだ。逆にフェラーリなどイタリアのスーパーカーは、未来的でカッコいい。だから、値段が高くても欲しくなる。

 形は、ヒトの気持ちを動かす。アップル社は、形でヒトの気持ちを操るのが巧い。形だけじゃない。しぐさや声も大事だ。歌手や役者は、声や表情で客の心を動かす。動かすと言えば聞こえはいいが、手品師や詐欺師は「騙す」ためにテクニックを磨く。

 それでも芸人なら大した問題じゃないが、政治家となると話は別だ。映像が残っている政治家で、優れた手腕を発揮したのは、アドルフ・ヒトラーとジョン・F・ケネディだろう。

 なんて例を出すと、なんか悪いことみたいだが、似たような事はみんなやっている。私だって真面目な席に顔を出す時は、ネクタイを締めて紳士のフリをする。逆に遊びに行くなら、ジーンズで行く。コンサートに行くなら、それなりに気合いを入れる。その場に応じて、「見られたい自分」を演出するわけだ。

 いずれにせよ、今までは、形やしぐさを演出するのは、ヒトがヒトの目的のためにやってきた。怖い、欲しい、支持したい、楽しみたい。そんな風に、ヒトはヒトの気持ちを操ろうとしてきたし、実際に操れた。

 確かにヒトラーは悲劇を生み出した。が、それでも、所詮はヒトが選んだ結果だ。騙されたにせよ、騙したのもヒトだ。だが、ヒトより遥かに高度な能力を持つモノが、ヒトを操りはじめたら…

 冒頭のレイシアは、単に愛らしい姿でアラトを翻弄しているだけに見える。だが、物語が進むに従い、“彼女”の底知れない能力が、次第に明らかになってゆく。読み終えて身の回りを見回した時、レイシアの不在を幸福と感じるか、物足りないと思うか。

 ヒトがヒトである限り、アナログハックのセキュリティ・ホールは存在し続ける。そして、テクノロジーの進歩は止まらない。ケレン味たっぷりの娯楽作品の衣をまといつつ、マシンとヒトの関係を根底から問いかける、実はズッシリと重い本格SF小説だ。

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2018年8月23日 (木)

人工知能学会編「AIと人類は共存できるか? 人工知能SFアンソロジー」早川書房

見憲研は、未来を先取りする世界最先端のブラック職場なのである。
  ――仕事がいつまで経っても終わらない件

≪俺が最適な判断をさせてやる。あんたらが生き残るために≫
  ――塋域の為聖者

「それを見てください」
  ――AIは人を救済できるか:ヒューマンエージェントインタラクション研究の視点から

【どんな本?】

 人工知能=AIと人間との関わりをテーマとしたSF短編小説と、AI研究に携わる研究者のコラムを組み合わせた、SFに強い早川書房ならではのユニークな作品&コラム集。

 今は深層学習が大流行りで、それだけがAIだと思っている人もいるかもしれない。でも、実際はAIとい言っても、そのアプローチは様々だ。ばかりでなく、それぞれの研究や分野が目ざす目的も違っている。

 AIとは何か、どんな手法があるのか、そして何を求めているのか。AIを巡る視野を、楽しみながら広げ得られる、ちょっと変わったアンソロジー。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇の16位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月15日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約424頁。9ポイント45字×20行×424頁=約381,600字、400字詰め原稿用紙で約954枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 現在ホットなネタを扱う作品が多く、親しみやすさはそれぞれ。私は長谷敏司の「仕事がいつまで経っても終わらない件」が最もとっつきやすいと感じた。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 著者名 の順。

眠れぬ夜のスクリーニング / 早瀬耕
 奥戸理来は、研究・開発部門の機械翻訳チームからからシステム構築部門に異動になった。以来、不眠と頭痛に悩んでいる。おまけに周囲の者がアンドロイドじゃないかとの疑いが頭を離れない。産業医の勧めでシアトルのクリニックにSkype経由で診察とカウンセリングを受け始めたが…
 冒頭の診察場面で、医師のユウコ・サトウ・ティレルに同情したくなったり。というのも、患者の理来が、医師の質問について、いちいちその意図を探ろうとするから。そりゃやりにくいだろうなあ。でも賢い人って、往々にしてそういう所があると思うべきが、理来が疑心暗鬼に陥っていると解釈すべきか。
人工知能研究をめぐる欲望の対話 / 東京大学特任講師 江間有紗
 「眠れぬ夜のスクリーニング」の構造は、けっこう込み入っている。実は私もよく分かっていない。これを分かりやすく噛み砕くために、別の視点から描いた掌編が入っているのは嬉しいサービス。ヒトが持つ欲望を分類・整理した上で、「科学する欲望」「工学する欲望」なんて出してくる発想も楽しい。もう一つ、「表現する欲望」みたいのも、あってもいいかな、と思ったり。
第二内戦 / 藤井太洋
 2020年の銃規制がきっかけで、テキサスを筆頭とする南部諸州はFSA(アメリカ自由連邦)として独立する。数年後、私立探偵のハル・マンセルマンに依頼人が訪れる。ウォール街の投資技術者アンナ・ミヤケ博士だ。依頼はFSAへの入国、ただし身分を偽って。
 これも冒頭の風車が回る風景で、ちょっと西部劇を思い浮かべたり。中央証券取引所に漂う紫煙や「コルト・ガバメント」など、ちょっとした南部風の小道具にもニタニタしてしまう。BANもいいが、中心となる<ライブラ>の発想は、案外と早く実現するかも。
人を超える人工知能は如何にして生まれるのか? ライブラの集合体は何を思う? / 電気通信大学大学院情報理工学科/人工知能先端研究センター 栗原聡
 <ライブラ>のアイデアを、蟻の行列や鰯の群れに例えて、基礎から丁寧に解説するコラム。そういえば粘菌コンピュータ(→Wikipedia)なんてのもあった。ヒトの出す赤外線やフェロモンを追跡できたら、何か面白い研究ができるかも。
仕事がいつまで経っても終わらない件 / 長谷敏司
 第百八代総理大臣の大味芳彦は、憲法改正に挑む羽目になった。妻の早苗の父で、かつて何度も総理を務めた東山改進に迫られたためだ。今の情勢から見て、改憲は大博打になる。閣僚の結束も崩れ始めた。若手の長岡雄一の勧めに従い、人工知能の利用を試みるが…
 今までシリアスで暗い作品が多かった長谷敏司が、意外とはっちゃけた芸風を見せる作品。見憲研を率いる磐梯敦教授の、研究のためならあらゆる犠牲を厭わないマッドサイエンティストぶりが好きだ。にしてもウサギ耳のソンビ集団ってw
AIのできないこと、人がやりたいこと / 国立情報学研究所 相澤彰子
 やはり磐梯敦教授が気になったのか、「『無謀』と『挑戦』の線引き」なんて楽しいネタで始まるコラム。洗練されているように見える現在のコンピュータ技術も、基礎は案外と繰り返しの多い地味な作業の上に築かれてたりする。もっとも、研究って、たいていはそういうものなのかも。
塋域の為聖者 / 吉上亮
 チェルノブイリは、1986年の原発事故で人が消えた。今は<ゾーン>と呼ばれ、木々が生い茂り、一部は観光コースとなっている。ガイドのイオアンは、五歳の娘リティアを連れた子連れ観光ガイドとして有名だ。予定通り、事故を再現する劇場に、観光客を案内したが…
 <ゾーン>,「案内人」とくれば当然、SF者はストガルツキー兄弟の「ストーカー」を思い浮かべ、ウヒヒとなってしまう。が、お話は劇場から一転、激しいアクションに。今も続くウクライナ紛争に、得体のしれない複数の勢力を絡め、映像化したら映えそうな場面が続く。ほんと、このまんま映画化したらいいのに。
AIは人を救済できるか:ヒューマンエージェントインタラクション研究の視点から / 筑波大学システム情報系助教 大澤博隆
 作品中で扱っている重いテーマ、宗教に切り込んだコラム。ホンダのASIMOとバチカンの関係は知らなかった。かの有名なELIZA(→Wikipedia)やAIBOの葬式とか、案外とヒトってチョロいのかも…と思っちゃったり。ヒトとマシンのコミュニケーションは「機械より人間らしくなれるか?」、宗教は「ヒトはなぜ神を信じるのか 信仰する本能」が面白かったなあ。
再突入 / 倉田タカシ
 軌道上に浮かぶグランドピアノ。高度を維持する速度を失い、やがて大気圏に突入し、流れ星となる。<再突入芸術>という表現形式で名を挙げた故人の、最後の作品であり葬儀でもある。全地球に中継され、多くの人が鑑賞するだろう。
 AIと芸術なんぞという、これまた大変なテーマに挑みつつ、想定外のオチへと持っていく快作。「そもそも芸術とは何か」と根本的な問いも凄いが、それの扱いも「おお、こう料理するか!」と、ひたすら感服。
芸術と人間と人口知能 / 公立はこだて未来大学教授 松原仁
 これも作品と同様、根源的な問いに真摯に向き合ったコラム。話題になった第三回星新一賞の応募作、AIが書いたショートショートと、その舞台裏も掲載。ハーレクイン・ロマンスの正反対なんだなあ。だったら両方を組み合わせれば…とか考えてしまう。ショートショートの面白さはジョークの面白さと似てるんで、「ヒトはなぜ笑うのか」あたりも参考文献として面白いかも。

 複数の作家が競うアンソロジーは、作家ごとの味の違いが楽しめるのも美味しいところ。長谷敏司の意外な芸風が楽しめる「仕事がいつまで経っても終わらない件」では大笑いした。意外とコテコテな芸風もイケるのね。藤井太洋の「第二内戦」も、今SFマガジンで連載中の「マン・カインド」の舞台設定が覗けて嬉しかった。

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2018年8月10日 (金)

池上永一「ヒストリア」角川書店

「ここにいたらちゃんと泣けないの。ここにいたらちゃんと笑えないの。私は毎日怯えて生きている。そんな人生は嫌なのよ!」
  ――p93

「私はここで生きていくのよ。森はどけっ!」
  ――p203

「私はいつまでたっても切れないジジィのしょんべんみたいな戦争が嫌いなの」
  ――p310

「楽しかったでしょ? イマドキのセックスは女が発射するのよ」
  ――p423

私たちは人生のスピード狂で、死のスリルを楽しんでいる。
  ――p472

「いいこと? よく聞くのよ、エルネスト。ボリビアという国は存在しないからよ」
  ――p526

「あなたはコロニアに宿った最初の神様よ」
  ――p590

【どんな本?】

 生まれ育った沖縄に拘り続ける作家・池上永一による、南米に移民した沖縄の女が大暴れする、長編娯楽アクション・ファンタジイ。

 1945年3月、太平洋戦争の末期、沖縄の戦い。知花煉は、米軍の空襲により家も家族も失う。ばかりか、マブイ(魂)までどこかに飛んでしまった。

 なんとか終戦まで生き延びた錬は、コザの闇市でチャンスを見つけ、事業を起こす。人を雇い商売も軌道に乗り始めたころ、行き違いでお尋ね者となり、南米のボリビアへと高跳びする羽目になる。

 ボリビアでも商売を始めたが、なかなか芽が出ない。借金は嵩むが、暮らしていくのがやっとだ。現地で知り合った日系三世のイノウエ兄弟に連れられ、プロレスを見に行った煉は…

太平洋戦争末期の沖縄戦・米軍に占領された沖縄・スペインに占領された南米・その南米に移民した沖縄の人々など、過酷で複雑な社会背景を舞台に、負けん気が強く才気に溢れた女が走り回る、娯楽大作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年8月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約623頁。9ポイント44字×21行×623頁=約575,652字、400字詰め原稿用紙で約1,440枚。文庫本なら上中下の三巻でもいい大長編。

 文章はこなれていて読みやすい。ファンタジイ的な仕掛けはマブイぐらいなので、あまり気にしなくていい。私たちには馴染みのない南米、それもボリビアが舞台で、その歴史・社会・風俗が重要な意味を持つが、必要な事柄は作中でわかりやすく説明してあるので、何も知らない人でも大丈夫。

【感想は?】

 池上ヒロイン大暴れ。

 池上ヒロインとは。本性は両津勘吉だが、見た目は秋本・カトリーヌ・麗子、そんな女だ。

 気位が高く、バイタリティに溢れ、鼻っ柱がやたらと強い。機を見るに敏で、フットワークが軽く、先を見通す目もある。だから商売を始めればまたたく間に繁盛し、あっという間に事業を拡げてゆく。

 ただし堅実に店を守るのは苦手だ。いつだって手を広げすぎ、または鼻っ柱の強さが災いして、地雷原に踏み込み、全てがおじゃんになる。

 そこで泣き怒り頭を掻きむしり、でもすぐに次の事を考えて動き出す。

 この作品の主人公、知花煉も、典型的な池上ヒロインの一人。太平洋戦争の末期、地獄の沖縄戦に巻き込まれ、家も財産も家族も失い、何も持たない孤児となってしまう。

 ここで描かれる、沖縄人から見た太平洋戦争は、かなり不愉快なシロモノだ。当時の大日本帝国がいい国だと思ってる人には、耐えられないだろう。しかも、ここで示されるテーマは、後に舞台がボリビアに移ってからも、何度も繰り返し奏でられる。よって、そういう人は、この本に近づかない方がいい。

 この辺は「終戦史」あたりが詳しいので、参考までに。

 やはりエンジンがかかってくるのは、ボリビアに移ってから。ここで登場するセーザルとカルロスのイノウエ兄弟も楽しい連中だが、なんといっても華があるのは「絶世の美女」カルメン。この物語の、もう一人のヒロインと言っていい。沖縄美女の代表が錬なら、ボリビア美女の代表だろう。

 沖縄でも裸一貫から事業を起こした煉のこと、ボリビアでも何度も転んでは立ち上がる。この中で描かれる、ボリビアを中心とした南米の事情は、船戸与一の南米三部作をギュッと一冊にまとめたような濃さだ。

 ただ、その背景に漂う空気が、だいぶ違う。いずれも無常感が底にあるんだけど、船戸作品はそれが虚無感となるのに対し、池上永一は「なんくるないさー」になる。どこか明るいのだ。

 これは主人公の性格もあるが、やはり池上節というか。

 やたらとテンポが良く、お話がコロコロと転がっていくのに加え、所々に仕込んであるシモネタも効いてる。「ジジィのしょんべん」なんて平気で言っちゃうヒロインだし。そのくせ、ボリビアのファッション・リーダーを気取ってるんだから、凄い女だw

 表紙にあるようにチェ・ゲバラが絡んできたりと、無謀に風呂敷を広げていくのも、池上節の楽しい所。南米物なら定番の悪役も出てくるし、マニア好みなメカも大活躍するので、好きな人はお楽しみに。

 南米ならではの複雑な社会事情を活かしたストーリーに、当時の事件を巧く織り込み、銀色のコンドルで飛び回る場面とか、内藤陳さんが生きていたら、大絶賛しただろうなあ。

 かと思えば、地に足をつけて生きている、路地で生きている人や、農民の暮らしも、ちゃんと描いているのも、この作品への力の入れようがわかる所。特に力がこもっているのが、料理の場面。沖縄の伝統料理を、南米の素材で再現していくあたりは、腹の虫が鳴きまくるので覚悟しよう。

 スピード感に溢れ起伏の激しいストーリー、次々と意外な姿を見せるボリビアを中心とした南米の歴史と社会、バイタリティ溢れるパワフルなヒロイン、人情味あふれる仲間たちが繰り広げるギャグとアクション、そして底に流れる沖縄への想い。寝不足必至の大型娯楽長編小説だ。

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2018年7月26日 (木)

松崎有理「5まで数える」筑摩書房

「…かくして、すべての生体実験はヒトのみで行われることになりました」
  ――たとえわれ命死すとも

「疑似科学測定三原則。1.反証不可能性。2.検証実験への消極性。3.自己修正機能の欠如」
  ――やつはアル・クシガイだ 疑似科学バスターズ

「魔法はけっして起こらない」
  ――バスターズ・ライジング

亜熱帯性気候から白い肌を守りたい。
  ――超耐水性日焼け止め開発の顛末

【どんな本?】

 「あがり」で2010年の第一回創元SF短編賞に輝き、その後も順調に執筆活動が続く新鋭作家・松崎有理によるSF短編集。

 この世界とは少し違う世界で医学研究に勤しむ人々を描く「たとえわれ命死すとも」、疑似科学を扱う連作「やつはアル・クシガイだ」「バスターズ・ライジング」、囚人たちの脱走を描く「砂漠」、少年の目線で数学を見つめなおす「5まで数える」、オチが見事な掌編「超耐水性日焼け止め開発の顛末」など、バラエティ豊かな作品が味わえる

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇の20位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年6月10日初版第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約236頁。9ポイント43字×20行×236頁=約202,960字、400字詰め原稿用紙で約508枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。多少ソレっぽい言葉も出てくるが、「何か専門的な事を言ってるんだな」程度に思っていれば充分に楽しめる。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

たとえわれ命死すとも / 「ちくま」2016年4月号~6月号
 彗星病。50年周期で流行る感染症で、小児の致死率は六割にも及ぶ。ヒト以外には感染しない。病原体の実態は未だつかめていない。実験医となった大良は、感染症研究班の第五班に配属された。動物実験は禁止されているため、治療法を確かめるには、自らを実験とするしかない。
 動物実験の禁止など、今とは少し違った世界で、感染症の撲滅に挑む医学者を描く。私が気にいったのは、同じ目的に対し、それぞれの研究者が取るアプローチの違い。
 目標に向かって一直線に突き進もうとする若い大良のいらだちもわかるし、他の研究者たちの一歩退いた、だがより広い視野に立った方法にも納得する。と同時に、現代の医学が、とても裾野の広い研究に支えられていることが伝わってくる。
やつはアル・クシガイだ 疑似科学バスターズ / 「ちくま」2016年7月号~9月号
 疑似科学バスターズ。ノーベル賞ダブル受賞のワイズマン博士、「モヒ族さいごの呪術師」の二つ名で有名な奇術師ホークアイ、そしてプラカード持ちのマコト。ペテン師いる所に彼らは現れ、その手口を暴いてゆく。今回の相手はアル・クシガイ。
 いいねえ、疑似科学バスターズ。わが国でも、ぜひ結成して活躍していただきたい。科学者には何人か協力してくれそうな人がいるけど、奇術師は探すのに苦労しそう。集団ヒステリーは、最近の日本でも起きそうで怖い。にしても、アメリカ人ってのは、なんだってアレが好きなんだか。
バスターズ・ライジング / 書き下ろし
 二度のノーベル賞に輝いたワイズマン博士は、研究を引退すると発狂した。今後は疑似科学を撲滅するために力をつくす、と。同じころ、自称超能力者のロクスタ師は、ステージを成功させていた。同様に、ライバルはの奇術師ホークアイ、自称「モヒ族さいごの呪術師」も。
 疑似科学バスターズ結成のお話。ホークアイ、酔いどれパディ、リズなどの人物像が、鮮やかに立ち上がってくると同時に、それぞれの役割に説得力を与える作品。確かに理詰めだけじゃ巧くいかないんだよなあ。にしてもギデオンは可哀そうw
砂漠 / 書き下ろし
 護送機は、砂漠に墜落した。生き残ったのは六人の少年。いずれも犯罪で捕まった連中だ。麻薬取引、放火、冤罪、連続強姦、詐欺、そして殺人。困った事に、全員が手錠で繋がれている。近くの町を目指し、彼らは歩き始めるが…
 極限状態で放り出された六人の悪党の中で、生き残るのは誰か。みんなが手錠で繋がれているってのが、面白い仕掛け。放火犯の使い方には笑った。確かにこの状況じゃ、この技能は便利だよね。
5まで数える / 書き下ろし
 九月。アキラは五年生になり、先生も変わった。ファン先生、若い女の人だ。最初の授業は数学。でもアキラは数学が苦手で、頭が痛くなる。アキラのお父さんは腕のいいディーラーで、巨大カジノで働いている。ディーラーは計算ができなきゃ駄目なのに、アキラは…
 世にも珍しい数学ファンタジイ。算数と数学の違い、障害を持つ者の悩み、引っ越しの不安など、多くののテーマを盛り込みながら、巧みにまとめた心地よい作品。にしても、いい先生に恵まれたなあ、アキラ君。私はセント・アイヴスにまんまとひっかかった。でもいいんだ、その方が作品を楽しめるし←をい
超耐水性日焼け止め開発の顛末 / Web「IHI空想ラボラトリー」2015年9月24日公開開始
 今日も暑い。日焼け止めを塗っても、汗で流れ落ちてしまう。営業あがりの開発部長は、呑気に「水に強い日焼け止めがほしい」なんて言う。無茶言うな、と思ったが、おもしろそう、などとも考えたのが運のツキ。ヨーコに開発が任され…
 五頁の掌編。オチのキレは鮮やか。国際スキンタイプ分類なんてあるのか。松崎しげるはきっと六段階の六だな。他にもアクリル樹脂とかほにゃらら酸とか、ソレっぽい言葉を散りばめながら、このオチかいw

 短編に現代医学の歴史を詰め込んだ「たとえわれ命死すとも」もいいいが、グレッグ・イーガンとは全く異なったアプローチで数学を扱った「5まで数える」も、その視点の見事さに脱帽してしまう。「超耐水性日焼け止め開発の顛末」も、オチが鮮やか。

 どれもネタをハッキリと示さないのが、この人の芸風なんだろうか。知らなくても話を楽しむには問題ないし、知っていればニヤニヤできる、ちょっとした読者サービスかな。

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2018年7月10日 (火)

菅浩江「五人姉妹」ハヤカワ文庫JA

「でも……みんな嘘」
  ――ホールド・ミー・タイト

「介護ロボットといいっても、介護をするほうじゃない。<中枢>は介護されるロボットを開発したんだ」
  ――KAIGOの夜

お祭りだ。秋祭りだ。五穀豊穣を寿いでみんなが幸せになる、華やかなお祭りだ。
  ――秋祭り

昔を今になすよしもがな
  ――賤の小田巻

【どんな本?】

 ソフトで口当たりの良い文章にのせ、今から少しだけ進んだ科学技術をガジェットとして使い、それが照らし出すヒトの心の屈折や鬱屈を容赦なく描き出す、菅浩江ならではの甘いながらも強烈な毒が詰まった短編集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2003年版」のベストSF2002国内篇14位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年1月に早川書房より単行本刊行。2005年1月15日にハヤカワ文庫JAより文庫版発行。文庫本で縦一段組み、本文約339頁に加え、加納朋子の解説「祈りにも似て」8頁を収録。9ポイント39字×17行×339頁=約224,757字、400字詰め原稿用紙で約562枚。文庫本としては標準的な分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。いや実は所々に凝った先端技術のネタも混じってるんだけど、ほとんど気にならないように甘い衣に包んであるのが、この人の特徴。なので、別にわからなくても小説としては全く問題ないです。

【収録作は?】

五人姉妹
 園川グループは、医療品も手掛ける。社長の一人娘の葉那子は、社の新製品である成長型の人工臓器を埋め込まれて育つ。もしもの時のために、生体臓器のバックアップとして、四人のクローンも育てられていた。父の死に伴い、葉那子は姉妹たちと初めて会い、会話を交わす。
 同じ遺伝子を受け継ぎながらも、個性豊かに育った園川葉那子・吉田美登里・小坂萌・海保美喜・国木田湖乃実の五人姉妹。それぞれに思惑と鬱屈、そして父への想いを抱えながら、何を語るのか。私は美登里さんが好きだなあ。
ホールド・ミー・タイト
 松田向陽美はアラサー。好きな仕事だが上司とは折り合いが悪い。職場では四人の部下がいる。電脳空間では、性別を偽ってホストのまねごとをしている。イケメンに化けて、女の子たちを楽しませるのだ。幸いにして評判はいい。
 逆パターンはよくある話で、出会い系でオッサンがサクラをやったり。お互い同性だとツボを心得ているんだけど、引きどころが難しいそうだなあ。それより私は水木さんみたくバーテンをやってみたい。だって粋で渋くてカッコいいし。ある意味、憧れの職業だよね、バーテン。
KAIGOの夜
 世界は<大患>から立ち直り始め、多少は余裕ができたのか、<中枢>は一年前に個性尊重令を出した。フリーライターのユウジに連れられ、ケンは取材へと向かう。<中枢>は介護「される」ロボットを開発したという。そのロボットの所有者に会いにゆく。
 敢えて手間暇かけて面倒をみるってのは、楽しみの一つかもしれない。「たまごっち」や「プリンセス・メーカー」など、育成ゲームはあるけど、看取りゲームってのはさすがに知らないなあ。敢えて言えば「俺の屍を越えてゆけ」が…いや、だいぶ違うか。育てゲームは先に希望が見えるけど、看取るのは行き止まりなだけに、本質が露わになるのかも。とは別に、オチはロジャー・ゼラズニイの傑作を思わせたり。
お代は見てのお帰り
 バート・カークランドは、十歳の息子アーサーを連れ、ラグランジュ3にある博物館惑星<アフロディーテ>を仕事で訪れた。今は大型企画として大道芸人フェスティバルが開催中。風船芸人,ジャグラー,ダンサー,マジシャンなどが芸を披露するが、アーサーは顔をしかめ…
 「またSFなんてくだらない物ばかり読んで!」と、親からお小言食らって育ったSF者には身に染みる出だし。が、そこにもう一ひねり入ってるあたりが、面白いところ。一時期は大道芸ってあまり見なくなったけど、最近は駅前で歌う若者を見かけるようになった。やっぱり生の歌ってワクワクするよね。
夜を駆けるドギー
 別に大きなトラブルを抱えてるわけじゃない。でも家でも学校でも、どうもシックリこない。目立たぬよう日々をやり過ごしている。ネットではコープス=死体と名乗り、腕利きのHANZと組んでサイトを立ち上げた。テーマはドギー、犬型のマシン・ペットだ。
 「逝ってよし」など、あの頃の2ちゃんの雰囲気を、こんな風に見せつけるのは酷いw コープスのイタさもあって、今となってはムズ痒くてのたうちまわりたくなるw どころか、このブログの昔の記事もなかなかアレなんだが、それを気にしたら負けだw
秋祭り
 巨大なドームに覆われ、土壌も気候も完全に制御された、大規模な農業プラント。作業の大半は機械化されているが、立地が辺鄙なため、後継者が足りない。募集に応じた林絵衣子と高津ムサシは、木田に案内されて見学を続ける。今日は年に一度の秋祭りだ。
 イマドキのスーパー・マーケットは、作物の旬が全くわからない。さすがにスイカや柿は季節によるけど、キャベツやタマネギはいつ行っても売ってるし。改めて考えると、昔の農業ってのは、凄まじく賭け金のデカいギャンブルだよなあ。なんたって一年の年収、どころか下手すっと命が賭かってるんだから。
賤の小田巻
 AIターミナル。老人用の終身保養施設。入所者は頭蓋手術を受け、常時AIにサポートされる。AIは老人たちに心地よい仮想現実を与え、代償として人格パターンを学ぶ。入江雅史の父親、入江燦太郎は大衆演劇の人気役者だったが、座を解散してAIターミナルへ入所した。最後の演目は「賤の小田巻」。
 老いて肌には皴がより、それでも舞台の上では女形として若い娘を演じ続けた燦太郎と、それに反発し芸の道を離れた雅史。ありもしない楽園を入所者に見せ、また訪問者には居もしない若い姿の入所者を見せるAIターミナル。存在しない娘を舞台に現出させる役者。そういえば、作家も、見てきたような嘘を吐く商売だなあ。でもって、読者は「もっと騙してくれ」とせがんでたり。
箱の中の猫
 ISS。国際宇宙ステーション。90分で地上400kmを周回する、宇宙開発の拠点。守村優佳の恋人は、そこにいる。十日に一度、普久原淳夫から通信が入る。遠距離恋愛とはいえ、方向が高さとなると、はるかに遠い。エリートでありながら、淳夫は優佳の仕事、保育士に敬意を払い…
 なんと Wikipedia には「宇宙に行った動物」なんて記事もある。みんな実験用で、さすがに猫はいない。やっぱり猫は実験に向かないよねえ。もちろんネタはシュレーディンガーの猫なんだけど、「箱を開ける」の解釈が見事。
子供の領分
 僕はマサシ。記憶喪失で、十歳ぐらい。山奥の孤児院にいる。訪問者は月に一度、ドレイファス医師が来るだけ。一緒に住んでいるのは五人。妊娠中のマリ先生、11歳で喘息持ちのアキヒコ、14歳でお姫様気取りのカナエ、8歳でガキ大将のコウジロウ、5歳でバレリーナに憧れるリィリィ。
 どっかで聞いた事のあるタイトルだと思ったら、ドビュッシーの曲だった(→Youtube)。リィリィはともかく、他の三人はなかなかに鼻持ちならないクソガキ揃い。が、読み終えて改めてそれぞれの性格を見ていくと、うーむ。マサシから見ると、そう見えるんだろうなあ。

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2018年6月 8日 (金)

宮内悠介「あとは野となれ大和撫子」角川書店

「これから、どうなるんだろうね……」
「ま。なるようになれ、よ」
  ――p54

【どんな本?】

 干上がったアラル海の東にある小国、アラルスタン。ソ連崩壊のドサクサで生まれた、中央アジアの内陸国だ。塩に覆われ干上がった土地を、“最初の七人”と呼ばれる開拓者が切り開き、様々な民族や難民がが集まり、文化が交わる国家を創る。

 小国ながら中央アジアの緩衝地帯として発展を目指し始めた時、二代目大統領のパルヴェーズ・アリーが暗殺される。周辺国は虎視眈々と侵略の機会を狙い、国内では保守的な反政府組織アラルスタン・イスラム運動が暴れる隙を窺う。

 この危機に、議員たちは我先に逃げ出し、議事堂は抜け殻となった。政治空白が長引けば、アラルスタンは戦火に覆われるだろう。自らを、そしてアラルスタンを守るため立ち上がったのは、後宮の女たちだった。

 シリアスなSFから破天荒なギャグまで、七色の芸風で読者を惑わす宮内悠介による、美女と美少女が活躍する痛快娯楽活劇。

  SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇で5位にランクイン。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年4月21日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約370頁。9ポイント43字×21行×370頁=約334,110字、400字詰め原稿用紙で約836枚。文庫本なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらいの分量。なお初出は文芸カドカワ2015年11月号~2016年8月号。

 文章はこなれていてとても読みやすい。内容も、とってもわかりやすい。多少SFっぽいガジェットが出てくるため、一応SFとしたけど、お話の筋を追う分には理科が苦手でも大丈夫。女の子が大活躍するライトノベルを期待して楽しもう。

【感想は?】

 これはぜひ映像化して欲しい。中央アジア版ストライク・ウィッチーズとでも言うか。

 とにかくお話が波乱万丈で捧腹絶倒。なにせ一国の危機に後宮の女たちが立ち上がる、なんて話だ。無茶苦茶といえば無茶苦茶だが、一応の辻褄は合わせてある。後宮とはタテマエで、その実はエリート養成所。見どころのある娘たちを集め、将来の指導者層を密かに育てていたのだ。ナニそれ面白い。

 そんな彼女たちに、次から次へと災難が降りかかる。最初から、庇護者たる大統領が殺され、彼女たちは後ろ盾を失う。

 いかなエリートの卵とはいえ、政治的な立場は無に等しい。しかも、元は無人の荒野を最新技術で開拓した人造国家。政治体制が未熟なのは、議員たちの逃亡でヒシヒシと伝わってくる。新しい国だけに、国民の一体感も乏しい。

 それもそのはず、なんたって、“最初の七人”の方針で、世界の各国から移民・難民を受け入れて創った国家だ。国際色豊かと言えば聞こえはいいが、有象無象が集ってるだけで、国民意識みたいなモノは育ち切っていない。

 ばかりか、困った事に、各国のお尋ね者やテロリストも集まってきている。特に保守的なアラルスタン・イスラム運動は、議会政治にも参加せず武力による政権奪取を狙い…

 と、八方ふさがりの状況を、己の命と国家の存続をかけ、後宮の女たちは知恵と度胸とハッタリで切り抜けようとするのだが…

 などの状況の背景となる、中央アジアの複雑怪奇な舞台設定が、これまた宮内悠介らしいマニアックさで。

 もともとはムスリムが多い遊牧民だった。しかし帝政ロシアとソビエト連邦の膨張で飲みこまれ、政治的にも宗教的にも変革を余儀なくされた上に、アラル海の縮小など困ったツケまで押し付けられる。

 他にもチェチェン紛争など、旧ソ連の遺産がアチコチに仕込まれていて、国際政治マニアは「アレをこう使うか~」と唸らされるばかり。こういった所は故船戸与一を彷彿とさせる点だが、あくまで明るく前向きな所が、船戸与一との芸風の違いかな。

 そう、そんな舞台や状況の中で、もがきつつ暴れまわる後宮の女たちの魅力こそが、映像化を望む最大の理由。なんたって、主人公たちは、複雑な国際情勢を反映して、かなり重い過去を背負ってるんだけど。

 紛争で孤児となった日本人のナツキ。リーダーシップあふれる委員長タイプのアイシャ。一匹狼で食いしんぼのジャミラ。引っ込み思案だがアレな趣味を持つジーラ。他にも眼鏡っ娘やら幼女やらお局様やら、楽しい面々がいっぱい。

 さすがに中央アジアが舞台なので、露出度はチト期待できないが、そこはカラフルでバラエティ豊かな衣装でカバー。加えて、中央アジアの乾いた空気を感じさせる音楽にも期待したい。

 「マッドマックスかよっ!」と突っ込みたくなる首都攻防や、ドタバタ続きの舞台など、勢いのあるアクションやギャグも満載で、読み始めたら頁をめくる手が止まらない。重くマニアックなネタを随所に散りばめながらも、不思議と軽い雰囲気で一気に読ませる、ひたすら楽しい娯楽活劇だった。

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