カテゴリー「書評:SF:日本」の144件の記事

2017年4月14日 (金)

奥泉光「ビビビ・ビ・バップ」講談社

これはつまりドルフィーなのであった! 何がドルフィーかと云って、音がドルフィー。紛うかたなきドルフィー節だ。
  ――p70

彼らはいかなる厄災であれ、それを利益に変える術を心得ている。
  ――p367

【どんな本?】

 ミステリ風味の作品で人気の奥泉光が、ジャズ魂を炸裂させた長編SF小説。SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇でも、堂々3位に輝いた。

 舞台は21世紀末の日本。2029年にコンピュータ・ウイルスの暴走による「大感染」が起き、電子機器や情報通信網が崩壊して社会は大混乱をきたし、また多くのデジタル・データが失われた。原因である 29Viirus の解析は進まないものの、少しづつ社会および情報通信網は復興・進歩を続けた。

 主人公は木藤桐またはフォギー。音響設計士またはジャズ・ピアニスト。お得意様の山萩貴矢は29Viirus の解析でも有名な科学者で、ロボット製作販売の多国籍企業 Morikiteck に勤めている。彼に架空空間に呼び出されたフォギーは、架空空間にあるジャズの聖地『新宿 Pit Inn』に招かれる。

 これが、世界を揺るがす大異変と、それに巻き込まれるフォギーの大冒険の始まりだった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年6月22日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約642頁。9.5ポイント43字×20行×642頁=約552,120字、400字詰め原稿用紙で約1,381枚。文庫本なら上下巻または上中下の三巻ぐらいの大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。SFガジェットとしては、コンピュータやロボットやAI関係の用語が出てくるが、大半はハッタリなので余り気にしないように。それより、1960年代と新宿とジャズに詳しいと、楽しみが増す。

【感想は?】

 著者、思いっきり楽しんで書いてる。自分の好きなものを山ほどブチ込んで煮たてた闇鍋小説。

 お題は三つ。1960年代、新宿、そしてジャズ。なんたって、謎の人物・山萩貴矢が再現しようとしているのが、1960年代の新宿 Pit Inn だし。

 そもそも新宿ってのは奇妙な所で。同じ東京でも、場所により行き交う人の雰囲気が違う。銀座はお行儀が良くてハイソな雰囲気だし、原宿や渋谷はお洒落な若者・少年少女の街。六本木は同じお洒落でもアダルトな感じで、池袋は埼玉県の植民地で家族連れが多く、秋葉原は趣味の街。

 それぞれの場所に相応しい世代や格好ってもんがあるんだけど、新宿は何でもアリな雑駁さがある。

 品のいいブランド物で歩いてもいいし、金のアクセサリをジャラジャラさせても構わない。パステル・カラーの十代もアリだし、パンクスやヒップホップも溶け込めるし、チェックのシャツにリュック背負ってもいいし、若夫婦が子供の手を引いて歩いてもいい。

 どんな人でも、それぞれの人に相応しい地区や店がある、そんな懐の深さと、底知れなさがある街だ。

 1960年代は、そんな新宿に熱気があふれていた時代。血気にはやる学生は機動隊と衝突し、ゴールデン街では文士がオダをあげ、花園神社ではアングラ劇団がテントで公演を続ける。怪しげで得体のしれない輩が群れ、熱病に浮かされたように闊歩した時代。いや私も直接は知らないけどw

 そんな新宿を架空空間で再現する場面は、読んでて実に楽しい。なんたって架空空間だからして、多少のズルは仕方がない。ってんで、ちょっと時代や場所もアレして…。花園神社オンステージのあたりは、思いっきり悪ノリしてて、前半のハイライト・シーン。いやあ、盛り上がったなあ。

 もう一つのテーマ、ジャズもやりたい放題。私のようにジャズに疎い者でも、名前はよく聞く名プレイヤーが、次から次へと押し寄せて、ノリノリのプレイを魅せる。

 そんな伝説のプレイヤーを相手にしながら、「空恐ろしい」とかいいつつ、ちゃっかり演奏は楽しんじゃうフォギーも鈍いんだか図太いんだかw 憧れのプレイヤーと同じステージに立つってだけで、チビっちゃうでしょ普通。

 このフォギー、日頃は飲んだくれの炬燵猫なのに、謎を秘めた天才科学者の山萩貴矢に見込まれちゃったから、さあ大変。可愛い猫を預けられ、前代未聞の密室殺人事件に巻き込まれ、巨大国際企業に拉致され、しまいにゃ世界の命運まで背負い込む羽目になる。

 にも関わらず、妙にマイペースなのもフォギーらしい所。張りつめた雰囲気が続いた場面でも、語り手の文体が、ときおり「です・ます」調になって気が抜けるなどの工夫も、フォギーの気質と相まって、長い作品の中に独特のユーモラスで軽快なグルーヴを生み出してる。

 などメリハリの利いたリズムで語られる物語の終盤、ライブハウスにスーパースターが雪崩れ込んだ以降の展開は、もう大笑い。兼子氏、ギターが好きなのか。同志よ。

 妖星伝に始まり、大山康晴,古今亭志ん生,フェンダー・ローズ,BVDのブリーフ,ゴジラ,末廣亭,横尾忠則,野獣死すべし,牧伸二など懐かしの人物・キーワード・アイテム満載な上に、コスプレ大好きな天才美少女まで登場し、テーマとアドリブのバランスを取りつつ、世界を揺るがす大騒動を、ゴージャスなプレイヤーによるビッグバンドにのせて送る、悪ノリいっぱいの楽しい作品。

 誰でも溶け込める猥雑な新宿が好きな人と、モダンジャズが好きでエリック・ドルフィーでピンと来る人には、文句なしにお薦め。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月28日 (火)

宮内悠介「彼女がエスパーだったころ」講談社

S県歌島の猿が火をおこす方法を覚えたとき、その技術が土地や世代を超えて伝播し、そして前触れなく高崎山や箕面山、下北半島といった遠地の猿も火をおこすようになった。
  ――百匹目の火神

しかし信じるという行為は、それ自体が、本能に根ざした、快いものでもあるのだ。
  ――水神計画

ホスピスは、死を早めることも遅らせることもしない。
  ――薄ければ薄いほど

【どんな本?】

 「盤上の夜」で衝撃的なデビューを飾ったSF界の新鋭・宮内悠介による、連作短編集。

 百匹目の猿・超能力・ホメパシーなど、オカルトや疑似科学をテーマとして、それを主導する者・すがる者・巻き込まれた者・批判する者・野次馬など様々な立場の人々の姿を、取材に赴くジャーナリストの視点で描き、怪しげなモノゴトと人間の関係を浮き上がらせてゆく。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇でも、堂々7位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年4月19日に第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約221頁。9.5ポイント42字×17行×221頁=約157,794字、400字詰め原稿用紙で約395枚。文庫本ならやや薄い一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。SFとしても、特に凝ったガジェットは使っていないので、理科が苦手な人でも大丈夫。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出 の順。

百匹目の火神 / 小説現代2012年9月号
 ニホンザルが、火を使うことを覚えた。最初に覚えたのは島に住む一匹、アグニと呼ばれる個体だけだったが、次第に離れた所の群れにも伝わり、日本列島を北上してゆく。後に<百匹目の猿事件>と言われる事件だ。これは周辺住民に思わぬ影響を与えて大問題となり、霊長類研究者・新興宗教の教祖・社会学者・物理学者そしてネットの野次馬などが騒ぎ立て…
 一瞬「熊が火を発見する」のパロディかと思ったが、そうかもしれない。猿が火の扱いを覚えた事から事件が転がってゆくあたりが、とってもスピーディかつユーモラスで、読んでてやたら心地よかった。特に事件と直接の関係がない野次馬的な立場の者が騒ぎ立てるあたりは、最前線にいる人の切実さとコントラストが効いていて、2ちゃんの住民でもある私にはグサリと突き刺さる。
彼女がエスパーだったころ / 小説現代2013年3月号
 及川千春。スプーン曲げの動画をウェブで公開し、独特のユルい語りも相まって、一時期はソレナリの人気を博すると共に、彼女を批判する者も多かったが、アッサリと表舞台から去ってしまう。わたしは、そんな彼女に取材を申し込み…
 Youtube やニコニコ動画などの動画サイトで人気を博す素人の動画芸人と、オジサン・オバサンには懐かしいスプーン曲げを絡めた作品。「百匹目の火神」同様、無責任な野次馬であるネット民と、騒ぎの前線にいる人々との対比が痛い。
ムイシュキンの脳髄 / 小説現代2013年7月号
 統計的に効果は認められているが、因果関係は明らかになっていない療法、オーギトミー。メタル・バンドのシンガー網岡無為ことムイシュキンは、三年前にオーギトミーを受けた。自らの暴力衝動を抑えるためだ。その結果、彼のバンドは解散したが…
 既に鬱病の治療で脳に電極を植え込む療法もあって(「書きたがる脳」)、かなり目前に迫った問題でもあるんだけど、あまし議論になってないのは、世間にあまり知られてない為かな? てんかんなどの病気の治療に使うなら反対する人は少ないだろうけど、栄養ドリンク代わりに電気で気合い一発なんて使い方は、さすがにマズいだろう。そのどこに線を引くかは、人それぞれ。
水神計画 / 小説現代2014年4月号
 品川水質研究所が発行した『水の心への経路』は、特に宣伝したわけでもないのに、静かなブームとなった。水に「ありがとう」と語りかければ、水は浄化されて綺麗になる。胡散臭いようだが、研究所の姿勢は慎重で、自ら非科学的であると宣言し、マスメディアにも出ず、そのため疑似科学ハンターにも目を付けられずに済んだのだが…
 かの「水からの伝言」と、原子力発電所の事故を絡め、意外な方向へと向かう作品。研究所の所長を務める黒木が、華やかなスター性はないながらも実直なベテランの理系研究者らしい、いい味を出してる。
薄ければ薄いほど / 小説現代2014年9月号
 <死を待つ家>、白樺荘。末期癌などの患者が死を待つ施設。ただし録音や写真撮影ばかりか、日記に至るまで、あらゆる記録を禁じ、徹底して世に痕跡を残すまいとした。問題は、<量子結晶水>なる物を用いた事だ。これは生薬を10の60乗倍以上に薄めたもので…
 ホメパシーをネタに、終末医療に携わる人と、そこで死を待つ人々の心の中へと迫る、重い作品。「自分はどう死を迎えたいか? 死を逃れられないなら、自分はどう振る舞うか」までも考え込んでしまう。そんな重苦しさを吹き飛ばす、中村南波のオバサンぶりが気持ちいい。
沸点 / 小説現代2015年3月号
 職を失ったわたしは、小さなソフトハウスに勤め始めた。社長の黄は子供っぽい遊びが好きで何かと珍妙な真似をやらかすが、アルバイトの川崎空はそれを楽しんでおり、事務の内海宮は顔をしかめ、技術のイェゴール・リドヴィネンコは鮮やかにスルーしている。同じビルの二階はネパール人女性が営む食品店で…
 などのクセ者揃いで国際色豊かな風景が、「アジア新聞屋台村」みたいでワクワクするが、中盤以降にアレな連中が絡んできて…。主人公とM、その運命を分けたのは何だろうと考えても、結局は運だよなあ、なんて思ってしまう。

 この作品ではオカルトや超能力の是非に答えを出していない。それより、そういった怪しげな物事になぜ人が関わるのか、なぜ深入りしていくのか、そんな人の心の問題へと迫ってゆく物語だ。読み終えると、とてもヒトゴトとは思えなくなるようで、静かな怖さを秘めている。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月15日 (水)

吉田エン「世界の終わりの壁際で」ハヤカワ文庫JA

 西の空。そこには<壁>があった。
 かつて、山手線と呼ばれた鉄道の沿線に築かれた巨大な壁。その見渡す限り果てのない黒い壁の内側には、美しく、整った、まるで天国のような街があると、片桐を育ててくれた孤児院の住職が言っていた。

【どんな本?】

 2016年の第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作を、加筆訂正した作品。

 近未来の東京。数十年後に迫った大異変に備えるため、山手線をなぞるように巨大な壁が築かれている。壁の中の者は異変を逃れ、豊かで安全に暮らせるという。

 だが壁の外でも、人々は暮らしていた。抜け目なく立ち回れば、貧しくともなんとか生きてはいける。片桐音也は、有り金はたいて装備を買い集め、ゲーム<フラグメンツ>で勝ち残り一攫千金を狙うが、軽く蹴散らされてしまう。桁違いの金をかけた身体改造者、壁の中の住民が対戦相手だったのだ。

 素寒貧になった音也は、旧友の保坂に誘われ、ヤバい仕事に手を出す羽目になる。勢力拡大に熱心な新興組織ブラザーフット絡みだ。嫌な予感は当たり、音也はトラブルに巻き込まれるばかりでなく、正体不明で物騒なモノを背負い込む羽目になり…

 ゲーム,ボーイ・ミーツ・ガール,貧しい少年の野望など、娯楽作品の定番を揃え勢いのあるアクションで引っ張りながら、骨太なアイデアに支えられた世界観を示した、勢いのある長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約382頁。9ポイント40字×17行×382頁=約259,760字、400字詰め原稿用紙で約650枚。文庫本としては少し厚め。

 文章はこなれている。内容は、一部のガジェットを除き、かなり親切。難しそうな部分もあるが、理屈はわからなくても、ストーリーに絡む重要なツボは感覚的に伝わるよう、巧く書き方を工夫している。

【感想は?】

 バトル・アクションを中心とした娯楽小説として、新人とは思えぬ巧さ。こう言っちゃなんだが、電撃文庫で電撃向けの味付けで出したら、もっと売れると思う。

 出だしからして見事。ゲームでのし上がろうと野望を抱く貧しい少年が、全財産をかけ揃えた装備で一発勝負に臨むが、圧倒的な資金を誇る金持ちプレーヤーに一蹴される。ちょっと古臭い感はあるが、少年漫画の王道を感じさせる導入部だ。

 壁で区切られた世界で、その壁を乗り越えようと足掻く少年は、ヤバい橋を渡る過程で曰くありげなシロモノを手に入れ、また不思議な少女と出会い…

 と、幾つもの謎を示した上で、更なる冒険を予感させる、多少古臭くはあるけど少年漫画の安定感ある王道を感じさせる開幕。当然、そういった読者の期待は裏切られることなく、主人公の片桐音也は次々と危機に見舞われ、その度に激しいアクションが展開する。

 このバトル・アクションの書き方が、これまた少年漫画の王道で。それぞれの闘いに、「なぜ闘うのか」「誰と闘うのか」「どう闘うのか」が、キチンと意味を持っているのだ。お陰で、バトル突入の唐突感がない上に、読み進めるほど伏線が効いてきて、読者は本を閉じるキッカケが掴めなくなる。

 しかも、主人公が若いだけに、少しづつ変わっていくのもいい。最初はゲームで成り上がる事しか考えてないチンピラな音也が、それぞれの闘いや出会い、そして世界の仕組みを知るにつれ、冒険物語のヒーローに相応しい人物に育ってゆく。こういうのが、とっても気持ちがいいのだ。

 そうやって育ってゆくのが、主人公だけじゃないのも、電撃向きな所。音也が彼女を変えてゆき、彼女も音也を変えてゆく。ただ、誰がメイン・ヒロインかは、読者によって意見が分かれるだろうなあ。ほんと、途中からグッと可愛くなるんだ、彼女。

 対して、オトナたちは、それぞれが確固たる性格を持ってて、あまり変わらないのも、オジサンには厳しいけど若い読者にはウケそうだし。

 SFとしても、最近流行りのアレについて、ちゃんと理論的な基礎から現在技術の延長に至るまで何歩か先を見通して設定を築き上げてるんだけど、そういった舞台裏はサラリと流して、理科や数学が苦手な人にも伝わるようになってる。

 でありながら、マニア向けのクスグリも、本筋に関係ない形でさりげなく散りばめているのが嬉しい。「不具合じゃなくて仕様」とかw

 と、とっても面白い作品だし、特に終盤はガンガンと盛り上がって、速く読み進めたくなるんだが、ここで決め台詞が、ちょっと。

 いや決め台詞はカッコいいんだ。ただ、読者は盛り上がってるから、気持ちが逸ってて、「ど、どうなるんだ!」と早く続きが読みたくてしょうがない。そこに決め台詞が、あまし目立たない形で入っちゃってる。これがとってももったいない。私はサラリと読んじゃって、「あれ、今のかなりカッコよくね?」と逸る心を押さえて頁を戻すと、やっぱりカッコいいんだな。呼び方だけなのに。

 のし上がろうとする少年が、大きな運命に飲み込まれ、様々な人々と出会い、生き延びるために闘い続ける中で、世界の姿を知り、成長してゆく、鉄板の娯楽アクション作品。たぶんSFじゃなくても商業的に成功しそうな気配がする著者だけど、SFも書き続けてくださいお願いします。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月13日 (月)

筒井康隆「モナドの領域」新潮社

「ヒトは神よりも奇蹟を求めるもんだ」

【どんな本?】

 日本SF界の巨星・筒井康隆が、「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」と高らかに宣言した、最新の長編SF小説。SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇でも、6位に輝いた。

 土手の河川敷で、若い女のものと思われる片腕が見つかり、警察が捜査に乗り出す。その直後、現場近くの公園で片足が見つかった。同じころ、商店街のベーカリーでは、アルバイトの代役で入った美大生の栗本健太が、人間の腕そっくりのパンを焼き上げ、ちょっとした評判を呼ぶ。

 ミステリとして始まった物語は、現代の救世主をめぐる寓話へと向かい、宇宙・神・正義・創作などを巡る哲学的な対話へと発展してゆく。短い作品の中に、筒井康隆のエッセンスを濃縮して詰めこみながらも、親しみやすい読み心地を維持した、ベテランの余裕あふれる作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年12月5日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約209頁。9.5ポイント41字×17行×209頁=約145,673字、400字詰め原稿用紙で約365枚。文庫本ならやや薄めの一冊分。

 文章はこなれているが、内容は一部に難しい部分がある。作品名のモナド(→Wikipedia)が示すように、ここで必要なのは哲学や神学の素養。もっとも、わかんなくても、ソレナリに楽しめるようになっている。というか、私は哲学や神学はからきしなんだけど、それでも楽しく読めた。

【感想は?】

 今の筒井康隆だから世に出せる作品。

 と書くと駄作のように思う人もいるが、もちろん違う。今まで筒井康隆はタブーを散々破ってきたし、実験的な作品も下品な表現もやり尽くしてきた上で、商業的にも成功を収めた。「もう何も怖くない」状態だ。どんな作品だって出版できる立場にいる。

 そんな筒井康隆の最新作がどうなるかと思ったら、出だしは意外と大人しい。まるで普通のミステリみたいだ。「虚航船団」のように、一行目から向かない読者を振り落としたりはしないし、欲望丸出しの下品な台詞も控えめで、万人向けの作品のように見える。

 もちろん、これは罠だ。実に人が悪い。

 人の腕型のパンのエピソードに続き、身近に表れた神(のような存在)を名乗る者と、その周りに集まる人々との会話へと物語は向かう。ちなみにここでの神は、アブラハムの宗教でいう創造主であって、日本やインドの神話に出てくる、人格を持った神様たちではない。

 創造主(のようなもの)を自称するわりに、彼が告げる事柄が、意外と庶民的なのが可笑しい。ヨーグルトの賞味期限やら失せ物探しやら戸締りやら短いスカートやら。

 なんとも世知辛い神様だよなあ、などと侮りたくもなるが、私たちの想像力なんてのは限られたもので、宇宙の運命なんぞを告げられてもピンとこないんだよねえ。確かめようもないし。でも、今持ってるヨーグルトの賞味期限なら、パッケージを見ればスグにわかるわけで。

 と、身近で親しみやすいネタに加え、新興宗教のいかがわしさも漂わせて厨二心を刺激し、読者をグイグイと物語世界へと引き込み、次第に著者の仕掛けた罠へと誘ってゆく。

 罠の口が閉じ始めるのが、続く法廷劇の場面。なにせ被告が被告なもので、まっとうな裁判としては進まない中、著者らしいギャグ風味も交え、一見有罪無罪を争う裁判の体裁を取りながら、多くの人が近寄りがたいと感じている神学や哲学の問題へと、読者を誘ってゆく。

 やがて物語は、続く討論会の場面での聖俗ごたまぜな対話へと向かい、罠の口はガッチリと閉じ…

 ここまでくれば、もはや著者はやりたい放題。宇宙論から現代日本の風俗、ビジネスのヒントから創作論、有限と無限や戦争と平和から聖書の解釈、そしてもちろん神の存在に至るまで、短いながらも端的な文章でバッサバサと斬りまくりだ。

 ここで展開されるGODの世界観や価値観と、それに基づいて下される具体的な判断は、同時に著者が著してきた多くの作品を読み解く鍵でもある。聖も俗も区別せず、成功者を嫉む人の卑しさと形而上学的な思索も等しく扱い、セルフパロディーを織りまぜた再帰的な構造で世界を描き出す。その根底には、どんな考え方があったのか。多くの文学的な冒険を経て、筒井康隆はどこに至ったのか。

 などと小難しい事は考えず、ツツイ流の奇妙なミステリ、または救世主を巡る現代日本の騒動として読んでも、もちろん充分に楽しめる。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月26日 (日)

篠田節子「竜と流木」講談社

「一匹じゃなかったのよ、何匹もいて、集団で襲ってきたの。見たことのない、醜い生き物。いいえ、生き物じゃない、あれは悪魔。地獄からやっていた悪魔に違いない」

【どんな本?】

 社会派・ミステリ・ホラーなど、幾つものジャンルにまたがり傑作を発表し続ける篠田節子による、バイオパニックSF長編。SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇でも、20位にランクインした。

 太平洋の小島ミクロ・タタの泉に、ウアブはいた。島の守り神とされ、カワウソに似た愛らしい両生類。だが開発計画が持ち上がり、絶滅を恐れた丈人ら保護団体は、リゾート開発が進んだ隣の島メガロ・タタの池にウアブを移す。

 幸いウアブはメガロ・タタに住み着き繁殖も始まったが、同じころ奇妙な、そして危険極まりない正体不明の怪物がメガロ・タタに出没し始める。体長20cmぐらいの黒いトカゲ、夜行性で狂暴、猛毒を持ち人に嚙みつく。

 ウアブの移植がメガロ・タタの生態系に影響を与えた可能性を考え調査を進める丈人ら保護団体だが、怪物の正体が掴めず手をこまねいているうちに、被害は広がり…

 途上国におけるリゾート地の舞台裏や青年の成長などを隠し味として、島の伝説に種や環境保護の問題を絡め、尻上がりに脅威が増すバイオハザード風味に仕上げた、ベテランの風格漂うパニックSF長編小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年5月24日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約313頁。10ポイント43字×18行×313頁=約242,262字、400字詰め原稿用紙で約606枚。文庫本ならちょっと厚いかな、ぐらいの分量。

 文章は抜群に読みやすい。内容も、とってもわかりやすい。文句なしに本格的なバイオSFだが、DNAなどの小難しい専門用語は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。

【感想は?】

 ラリイ・ニーヴン&ジェリイ・パーネルのファンはニヤニヤする作品。

 パニックの鍵を握るウアブもそうだが、主人公ジョージ(丈人)の父ちゃんダグラスのキャラがいい。元軍人で格闘技の達人。言葉は正確で憶測は交えず、危機にあっても無駄な叱責はせず問題解決の道を探る、プロフェッショナルの鑑。ただしアメリカ人の例にもれず銃信仰が厚く、往々にして解決は武力に頼りがち。まるで某アヴァロンの主人公だw

 その倅のジョージはイマイチ一皮むけず、30過ぎて定職にもつかず日本とミコロ・タタをウロウロする根無し草…に見えて、実はウアブの専門家としちゃ世界でちった知られた学者。とはいっても、ウアブなんぞを研究する者は滅多にいないんだけど。

 ってなあたり、やたらめったら種が多い生物学の世界じゃ、さもありなん、と思わせてくれる。ばかりでなく、コテコテの軍人ダグラスと、フリーター暮らしでいい歳こいて大人になり切れないジョージの対比がいい。

 敵の怪物、サイズはたいしたことないけど、動きが素早く狂暴で猛毒を持ち、咬まれたら激しい痛みに苦しむだけでなく、下手すりゃ死にかねない。正体不明なだけに治療法もない、ばかりでなく島にはロクな医療設備もない。

 当然ながらバイオパニック物だけあって、終盤は次第に数を増し…

 と、次第に囲い込まれてゆく恐ろしさもあるんだが、ここに幾つかヒネリを利かせている。その一つは地元に残る竜の伝説。

 そして、もっと大きなヒネリが、舞台となるメガロ・タタ。やはり南洋の島なんだが、ミクロ・タタと異なり、こちらはリゾート地として島の一部ココスタウンは開発が進んでいる。お陰で飛行場やインターネットなど文明の利器が使える利もあるが…

 そんな南洋の高級リゾート地で繰り広げられる人間模様と、その舞台裏を支える様々な仕掛けは、篠田節子ならではの鮮やかさで、巧みにテーマに絡んでくる。

 そう、リゾート地には、ほんとに様々な人がいるのだ。ぶっきらぼうながら適切な判断力を持つマユミ、高級コテージに棲むオッサンの勇治、コワモテなオーストラリア人のロブ、鷹揚なマネージャーのサマーズ、そして元から島に住む人々。

 せいぜいが数週間のつもりでリゾート地に来る外国人と、この島で生まれ育つ人々。怪物の跳梁跋扈という同じ脅威を前にして、次第にそれぞれの立場の違いが明らかになり、またそれぞれの対応もまた異なってくる。こういった人々のバラエティ豊かな生き方やその背景を、驚かせつつも実感たっぷりに描くあたりは、直木賞作家の風格だろう。

 数を増やしながらナワバリも広げてゆく怪物と、決定的な手が見つからないジョージたちの苦しい戦いもよかったが、やはり私はニーヴン&パーネルの某作品を思い出して嬉しくなってしまった。ベテランならではの安定感を感じさせる作品。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月 7日 (火)

京極夏彦「豆腐小僧双六道中 おやすみ」角川文庫

「この道はこおしゅうという道なんでございますか。眺めがいいですねえ」

【どんな本?】

 妖怪マニアの京極夏彦が、妖怪・豆腐小僧を主人公に描く、滑稽妖怪物語その二。

 無駄に大きな頭に笠をかぶり、意味もなく紅葉豆腐が載った盆を掲げる、ただそれだけの妖怪・豆腐小僧。時は幕末、江戸郊外のあばら屋に沸いたはいいが、「自分は何だろう」などと思い悩み、騒動に巻き込まれた挙句に思い立ったは自分探しの旅。

 父の見越し入道のような立派な妖怪になるべく、なんとなく縁が出来たイカサマ山伏の玄角と天狗弟子入り志望の権太の後をつけ、甲州街道を下ってゆくが…

 マニアならではの濃い蘊蓄と軽妙な語りにのせて展開する、ドタバタ妖怪コメディ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年3月に講談社より単行本「豆腐小僧双六道中 おやすみ 本朝妖怪盛衰録」として刊行。これに加筆訂正し2013年7月25日に文庫版が角川文庫より初版発行。文庫本で縦一段組み本文約692頁に加え、香川雅信の解説7頁。8ポイント42字×18行×692頁=約523,152字、400字詰め原稿用紙で約1,308枚。文庫本なら上下巻か上中下巻でもいい巨大容量。

 文章はこなれている。マニアならではのこだわりを感じさせるややこしい屁理屈はあるが、基本的にコメディなので、わからなかったら特に気にしなくてもいい。

 また、続き物だが、これから読み始めても特に問題はない。前巻から引き続き出てくるキャラクターも多いが、ウザくない程度に本文中で必要な設定を紹介している。

【感想は?】

 ギャグはリズムとテンポが大事。

 だから、極論すれば、リズムが合うか合わないかで好みが決まる。これは半ば生理的なもので、言葉で説明するのは難しい。

 このシリーズだと、1970年代後半の歌謡曲のテンポだと思う。ギャグもあの頃の流行りものをネタにしたのが多いし。という事で、そういう年頃の人向けかも。

 また、語り口が講談調というより落語調で、それも江戸前。寄席まで行かなくてもいいけど、ラジオやテレビで落語を楽しんだ経験があると、更に楽しめる。渋い年配の噺家ではなく、歳の頃はせいぜい40代~50代の、技と体力が拮抗し脂が乗りきった噺家って感じがする。

 お話は、甲州街道をゆくエセ山伏の玄角と天狗弟子入り志望の権太に加え、豆腐小僧・滑稽達磨・猫股が、変な奴らの変な騒ぎに首を突っ込み、そこに妖怪変化が巻き込まれる、そういうお話。まあコメディというかギャグ物なので、極論すればストーリーなんかどうでもいい。

 最初はのんびりしたボケの豆腐小僧に、せわしない滑稽達磨が突っ込みを入れ、婀娜な三毛姐さんが冷やかすパターンだが、話が進むにつれ人も化け物も増えてきて、それだけリズムも複雑かつ賑やかになってゆく。

 私がこの巻で最も心地よかったのは、村の百姓達。ほとんど名前もない、いわばエキストラなんだが、要所要所で彼らが入れる合いの手が、聞き間違いと勘違いと思い込み、そして脱線と先走りで、話をどんどんややこしくしていくのが可笑しい。

 音楽だと、ドラムとパーカッションの掛け合いが曲調を絶え間なく変化させつつ、テンポが次第に上がっていくって感じかな? いいずれもテーマは全く進まないんだけど、可笑しければいいじゃん、と、そういう姿勢で読む本です、はい。

 勘違いネタは随所に出てくるが、中でも一番笑ったのは、吉蔵と権太が出会う場面。初対面の相手を見くびったり買いかぶったりするのはよくある事だけど、こういう風に互いが勘違いしながらも一見スムーズに会話が進んじゃうってのは…

 おまけに、ここで妖怪まで舞台に上がってくるんだが。いくら妖怪といえど、この扱いはあんまりだw

 などの妖怪のゲストも今回は色とりどり。ボケ役豆腐小僧,突っ込み役の滑稽達磨,冷やかし役の猫股姐さん&飯綱権現などレギュラー陣に加え、アクティブなボケのカンチキ,妙にサバけた八咫烏,勢いだけはいい八牛,呑気なボケの小豆磨ぎなどの賑やかなゲスト、そしてまたも暴れます狐と狸。

 いずれも妖怪マニアの京極夏彦だけに、それぞれの由来や蘊蓄を詳しく教えてくれるのも、好きな人には嬉しいところ。中にはご当地限定のレアな奴もいて…

 とか難しい話はともかく、基本はノリとリズムで笑わせる作品なので、やっぱりギャグの波長が合うかどうかが評価の分かれ目だろうなあ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月 5日 (日)

京極夏彦「豆腐小僧双六道中 ふりだし」角川文庫

「あなた、夜明けさん?」

「小僧はずっと小僧だからな。入道はずっと入道だ。因みにおッ母さんは居ない」

【どんな本?】

 妖怪マニアの京極夏彦が、妖怪・豆腐小僧を主人公に描く、滑稽妖怪物語その一。

 子供のような体に大きな頭、笠をかぶって舌を出し、両手で持ったお盆の上に紅葉豆腐が載っている。ただそれだけで、何かをするわけでもなく、何かの芸があるわけでもない、意味も正体も不明な妖怪、豆腐小僧。

 時は幕末の不穏な空気が漂う時世。江戸に近いあばら屋に、気がついたら居た豆腐小僧。果たして自分は何者なのか、紅葉豆腐を落としたらどうなるのか、そもそも妖怪とは何なのか、などと悩むものの、できるのは紅葉豆腐を持って歩き回ることだけ。

 足りない頭で考えながらも答えが出ない豆腐小僧は、様々な妖怪や人々と出会い語り合い、自らのルーツと未来に思いを馳せつつ、幕末の混乱へと巻き込まれてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2003年11月に講談社より単行本「豆腐小僧双六道中 ふりだし 本朝妖怪盛衰録」として刊行。これに加筆訂正し2010年10月25日に文庫版が角川文庫より初版発行。文庫本で縦一段組み本文約698頁に加え、市川染五郎の解説「僕の豆腐小僧」7頁。8ポイント42字×18行×698頁=約527,688字、400字詰め原稿用紙で約1,320枚。文庫本なら上下巻か上中下巻でもいい巨大容量。

 文章はこなれている。内容は京極夏彦らしく、人の心と怪異をめぐるややこしい議論が一部にあるものの、全体としてはコメディなので、面倒くさかったら気にしなくてもいい。

【感想は?】

 まあ、アレだ、基本的には馬鹿話。

 だいたい主人公がふざけてる。豆腐小僧(→Wikipedia)。紅葉豆腐を持っているだけで、特に芸もないばかりか、持った紅葉豆腐を落としちゃいかんと、派手なアクションもできない。

 よくこんな話を作りにくい奴を主人公にしたなと思うんだが、それでも娯楽読み物としてちゃんと楽しめるから見事だ。

 登場していきなり、自らのアイデンティティに悩んでるから可愛らしい。登場ったって、あばら屋に沸いて出たって感じで、別に劇的な誕生シーンがあるわけでもない。どうせなら、もちっと派手な所に出りゃいいものを、江戸じはずれのあばら屋だし。

 と、どう物語が展開するのかと思えば、そこは妖怪マニアの京極夏彦。豆腐小僧以外にも様々な妖怪を舞台に上げて、それぞれの不思議な性質を語らせつつ、「妖怪とは何か」というテーマで話を進めていく。

 そこで最初に出てくる疑問は、「妖怪って本当に居るの?」

 「居ない」と言っちゃえば、この物語そのものが成り立たないので、なんとか居ることにせにゃならんのだが、そこでどう屁理屈をつけるかが、このお話の最初の関門。いかにも京極夏彦らしい理屈に、「そうきたか~」と感心する所。

 さて、そのあばら屋で最初に出会う妖怪が、鳴屋(やなり、→Wikipedia)。柱がきしむ音など、家屋が出す原因不明の音や揺れは、こやつが出している、とされる妖怪。

 これに対し、物語の中では一応現代的な説明をつけちゃいるが、それに都合を合わせるため鳴屋に持たせた性質が、なかなかセンス・オブ・ワンダーに富んでいて新鮮。

 こういったあたりは、特撮マニアが巨大ヒーローや怪獣に合理性を与えるために、己が持つ科学の知識を駆使して屁理屈をつけようとするのにも似た、業の深い愛情と無駄を楽しむ気性を感じて、思わずニンマリしてしまう。にしても、こういう性質じゃ、そりゃ忙しいだろうなあ、鳴屋。

 と、そんな具合に、鳴屋に続き、死に神・狸・達磨・狐・化け猫など、色とりどりの妖怪が出てきては講釈を垂れ、それぞれの奇妙な性質を明らかにしては、その仕事をこなしてゆく。いいなあ、化け猫。うちにも来てくれないかなあ。

 などといった屁理屈も楽しいが、それを更に盛り上げてくれるのが、落語調の語り口。

 なんたって舞台が舞台だけに、使われるのは上方ではなく江戸、それも町民の言葉。「かきくけこ」「たちつてと」や促音が多く、ポンポンと跳ねるような勢いのいいリズムがあり、せっかちでアグレッシヴな印象を与える口調だ。

 この語り口が大きな効果を上げているのが、終盤のクライマックス・シーン。妙にのんびりして間の抜けた豆腐小僧、きっぷのいい下町言葉で畳みかける狐、濁音が多い武蔵野の百姓言葉、婀娜な鉄火肌の化け猫など、様々なリズムが絡み合って、ラテン・パーカッションを多用したかつてのサンタナ・バンドのような、ちょっとしたグルーヴを生み出している。

 とか書くと、なんか真面目な小説みたいだけど、そんな難しいモンじゃない。不思議で間抜けな妖怪たちが繰り広げる、滑稽なお話なんで、気楽に楽しもう。

 にしても、やっぱりユーモア物の書評は難しいなあ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月22日 (日)

六冬和生「松本城、起つ」早川書房

おまえは死ぬんだぞ。わかってるのか、加助。そのうえ願いは聞き届けられない。無駄死にに向かって突き進んでいるんだぞ。

【どんな本?】

 2013年の第一回ハヤカワSFコンテストの大賞を「みずは無間」で射止めデビューを飾った新鋭SF作家による、最新長編。

 大学生の巾上岳雪は家庭教師のバイトを生活費の足しにしていた。教え子は大学受験を控えた高校三年の矢諸千曲。松本城で落ち合った二人は、松本城の倒壊事故に巻き込まれ気を失う。

 時は江戸時代、徳川綱吉の治世・貞享三年(1686年)。この年は未曽有の凶作だった。例年の三斗に対し領民は二斗五升へと減免を求めるが、藩は逆に三斗五升と増税を告げる。追い詰められた領民は多田加助を中心として一揆を画策していた。

 目覚めた巾上岳雪は、藩士・鈴木伊織として目覚める。藩主・水野忠直の内偵として、藩内の動静を藩主に報告する役目である。矢諸千曲は、なんと二十六夜神さまとして祀られていた。藩内を見回る巾上岳雪=鈴木伊織は、加助らの窮状を知り、悲劇を避けようと奔走するが…

 貞享騒動(→Wikipedia)、二十六夜神さま(→国宝松本城)、松本城の傾いた天守(→Wikipedia)などの史実と伝説を元に、そこに生きた人々の姿を織り込んで編み上げた、みずみずしい歴史改変SF長編小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年7月25日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約259頁。9ポイント43字×18行×259頁=約200,466字、400字詰め原稿用紙で約502枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 SFとしての仕掛けは特に難しくない。タイムトラベルに関して多少ややこしい部分はあるが、それだけだ。わからなくても、「なんかしらんが〇〇が××だと困るんだな」ぐらいに思っていれば充分。

 文章はこなれているが、一部に濃ゆい松本弁が出てくる。一見わかりにくいように思えるけど、コツをつかんだ。声に出して読んでみるか、またはお気に入りの声優の声をあてて脳内で読んでもらおう。文字じゃわからなくても、声だとおおよその意味が掴めたりする。

【感想は?】

 松本版バック・トゥ・ザ・フューチャー。

 「みずは無間」がかなりクセの強い作品だったので、どうなるのかと思ったら、意外や意外、素直に楽しめる娯楽作品だった。

 メイン・ヒロインの千曲ちゃんからして、屈折しまくりのみずはの対極みたいな、明るく気まぐれな天然娘。お祖母ちゃんっ子で、蚕の繭に大喜びしたりする。可愛いじゃないか。アイドルマスターだと、図体だけ大きくなった田舎育ちの双海亜美・真美あたりか?

 などと可愛いのはいいが、役どころが実にツボで、なんと神様だ。それも松本城の守り神である。こんなのが守り神で大丈夫なのか松本城。

 サブ・ヒロインのおしゅんもなかなか魅力的。小柄で色黒、照れ屋の働き者で、近隣を身軽に走り回る気丈な元気娘。やはりアイドルマスターだと菊地真かな? なんでこんな可愛い女の子たちが巾上岳雪なんぞにブツブツ…

 などの輝く女性陣に対し、男性陣はちとくすんでいるのは、巾上岳雪/鈴木伊織の視点で物語が進むからだろうか。

 バック・トゥ・ザ・フューチャーのマーティーが高校生なのに対し、巾上岳雪は大学生。特に野望があるわけでもなく、平穏な就職を望む普通の男。気まぐれな千曲に振り回された挙句に江戸時代に飛ばされ、わけもわからないなりに実直に職務をこなしてたりする。

 天然娘の千曲やSFならではのタイムトラベルといった常識破りの仕掛けに対し、こじんまりしてカチカチの常識人である巾上岳雪が、意外と柔軟かつ現実的に対処しつつ、随所で入れる突っ込みが、語りに軽やかさを加えている。松本芋虫トレーディングスクールには笑った。

 などと笑っちゃいるが、そこはバック・トゥ・ザ・フューチャー。単なるユーモア作品ってわけじゃなく、かなり厳しい場面も、中盤以降は増えてくる。鈴木伊織が使命を持って松本と江戸を駆け抜ける旅とかは、それだけで一つの冒険小説になりそうな場面。

 なのに、アッサリ数頁で終えちゃうあたりが、芸風なんだろうなあ。細かい描写を見る限り、かなり綿密に調べてあるように思うんだけど。あの辺は直線距離じゃ短く思えるけど、実際の道は曲がりくねってるし、そもそも徒歩で一日40km移動するってのは、慣れてないと若くてもかなりキツい。

 平穏な生活を望んでいた普通の貧乏学生が、いきなり投げ込まれた貞享騒動。状況に流されるように勤めを果たしつつ、21世紀へ戻る道を探っていた巾上岳雪/鈴木伊織は、多くの人びとの望みと命がかかった騒動の中で、次第に目的が変わってゆく。

 終盤の伊織に突きつけられる厳しい選択、限られた役割の中で思いを遂げようと動く意外な人々、そして彼らの焦点となる松本城。

 それとなく書き込まれた城内や近隣の風景も鮮やかで、「次の夏には松本に行ってみようかな」とふと思ってしまう、ちょっと切ない歴史青春SF。松本に行く予定のある人は、是非読んでおこう。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月 9日 (月)

飛浩隆「自生の夢」河出書房新社

眼はマテリアルを見るためにある。光ではなく。
  ――曠野にて

ものを書くとは、いったんその外部へ出ることだからだ。
  ――自生の夢

【どんな本?】

 キャリアは長く、発表する作品は必ず多くのファンから絶賛されるのだが、極端に寡作なSF作家の飛浩隆が、この十年で発表した作品を集めた、珠玉の短編集。

 透明な寂寥感の漂う文章で、読者の想像力の限界を試すかのような奇想に加え、スケールの大きい世界を描きながらも、どこか冷たい感触と無常観が漂う芸風が私は好きだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約242頁。9.5ポイント40字×17行×242頁=約164,560字。400字詰め原稿用紙で約415枚。文庫本なら少し薄めの一冊分。

 文章はこなれている。内容は…うーん。SFとしては、かなり濃い。が、グレッグ・イーガンのようなゴリゴリの理系ではなく、かといってバリトン・J・ベイリーのようなお馬鹿SFでもない;いや改めて考えるとお馬鹿な発想のような気もするんだが、語り口が静かで端正なので、とてもクールで詩的な香りがするのだ。なんにせよ、オツムを心地よくシェイクされるのは確実。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出 の順。

海の指 / Webコミックサイト「モアイ」2014年10月14日更新
 すべての海洋と陸地の大半は灰洋と化し、人類もほとんどが消えた。泡州は、わずかに残った陸地の一つだ。内川和志と志津子の夫婦は朝食を終え、職場に出かける。街には<海の指>が陸地に押し出した世界中の建物が居座っている。
 出だしから、四国らしき島で普通の家庭の朝食風景から、ニョキニョキと建つイスラム風の建物なんてケッタイな風景への展開がたまらん。極端に人口が少ない状態で、どうやって文明生活を維持してるのかと思ったら、ちゃんと理屈がついてた。ある意味、和志は漁師だよなあ。海の凶暴さは桁違いだけど。
星窓 remixed version / SF Japan 2006年春号
 17歳の夏、ぼくは親友との旅行の予定をキャンセルした。特に理由はない。最悪の気分で冷やかしに入った星窓屋で、それを見つけた。ここミランダでは星が見えない。特異航法船のステーションがある代償で、星が見えなくなった。だが星窓はリアルタイムの星空を映し出す。
 怪しげな店で曰くありげなシロモノを買ったら…というグレムリンやリトルショップ・オブ・ホラーのバリエーション。別に餌を与えるわけでもないのに、変異が起こるあたりが独特。ボブ・ショウのスローグラスのようでもあるけど、星空ってのが面白い。
#銀の匙 / 書き下ろし日本SFセレクションNOVA8 2012年7月刊
 社会保障の一環として、BI:最低保証情報環境基盤が整備され、誰もが情報環境にアクセスできるようになった未来。Cassy はBI を基盤とし、所有者の履歴をテキストで残す。温度や場所などの行動に加え、所有者の考えた事や気持ちまで。
 いつでも誰でもネットにアクセスできる環境となると、プライバシーやらセキュリティに発想がいきそうだが、そこで敢えてテキストに拘り、かつアートな方面へと向かうのが、この著者の個性だろう。私が Cassy をつけたら…いやあまし公開したくないぞ。
曠野にて / 書き下ろし日本SFセレクションNOVA8 2012年7月刊
 Cassy に異能者を集めた<キャンプ>で、五歳のアリス・ウォンと七歳の石川克哉は出会う。参加者の中では最年少のコンビだ。二人は、曠野でゲームを始める。二つのセンテンスを互いが選び、それを操作・拡張して…
 寡作な作家の作品だけに、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまうw 極論すれば大喜利と囲碁を合わせたようなゲームを描く作品だが、それを通じて情報空間の社会への浸透が及ぼす影響を示してもいる…のだが、やはり著者のイマジネーションは一筋縄じゃいかず…
自生の夢 / 書き下ろし日本SFセレクションNOVA1 2009年12月刊
 間宮潤堂。著名な作家にして稀代の殺人者。<ぼく>/<わたし>は、間宮へのインタビューを試みる。ただし間宮潤堂は30年も前に亡くなっている。これは、公共計算資源を最大3%も消費して実現したものだ。<忌字禍>(イマジカ)との闘争のために。
 「#銀の匙」「曠野にて」「野生の詩藻」とのシリーズを成す本編。間宮潤堂の特異能力もなかなか怖いが、読み進むにつれて誰がどっちの側なのか分からなくなるのも怖い。人は昔から呪文や言霊などで、言葉やテキストに力が秘められていると考えていた。それがデジタル・メディアになると、こうなるのかも。
野生の詩藻 / 現代詩手帖 2015年5月号
 砂礫がどこまでも続く曠野に改造ピックアップトラックで赴いたジャック・ウォンと石川克哉。二人が追っているのは、アリス・ウォンが遺した「禍文字」だ。それはテオ・ヤンセンが創ったストランドビースト(→Youtube)に似ているが…
 グラフィカルなプログラミング環境って発想は昔からあるけど、なかなか実用的なものは難しい。ましてネットワーク上で動いているプロセスを、中の状態で見えるように、なんて考えると更に難しそうだよね、などと悩んだが、ネットワーク上の計算資源を一つのコンピュータと考えればいいのか。下手に詳しいと細かい事に気を取られて大きな視野を無くすから困る。
はるかな響き / Webマガジン TORNADO BASE 2008年6月20日更新
 はるかな過去、夜明け。仲間と身を寄せ合って夜を過ごし、目を覚ましたヒトザルは、忽然と現れた漆黒の滑らかな板に驚いた。
 かの「2001年宇宙の旅」へのオマージュ、または新解釈。
ノート

 「グラン・ヴァカンス」シリーズもそうなんだが、コンピュータとネットワークが発達し、暮らしの隅々まで行き渡った果ての世界の描き方に、「その発想はなかった」と驚かされ、センス・オブ・ワンダーを堪能できる貴重な作品集だった。著者をせかした娘さんに感謝。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月22日 (木)

宮内悠介「スペース金融道」河出書房新社

わたしたち新星金融は、多様なサービスを通じて人と経済をつなぎ、豊かな明るい未来の実現を目指します。期日を守ってニコニコ返済――

宇宙だろうと深海だろうと、核融合炉内だろうと零下190度の惑星だろうと取り立てる。

バクテリアだろうとエイリアンだろうと、返済さえしてくれるなら融資をする。そのかわり高い利子をいただきます

【どんな本?】

 「盤上の夜」で日本SF界に燦然とデビューした宮内悠介による、スペース金融ギャグSF連作短編集。

 人類が他の恒星系にまで進出した未来。そこに人がいる限り金は動き、金が動けば金に困る者もいる。そして金に困る者がいれば金貸しも生まれ、金貸しがいれば取り立て屋も必要になる。

 新星金融は多くの恒星系にまたがる金融企業で、企業理念は平等を旨とする。貸す相手を差別しない。あらゆるヒトはもちろん、バクテリアでもエイリアンでも融資する。ただし取り立ては厳しい。いかなる状況であれ、どんな場所であれ、踏み倒しは許さない。

 といった企業理念は立派だが、現場で働く取り立て屋の仕事は楽じゃない。太陽系外の最初の植民地・二番街で、今日もぼくは上司のユーセフにそそのかされ、宇宙空間で債務者を追っていた。

 怪しげな金融理論にSF風のヒネリを加え、ドタバタ風味のドツキ漫才を交えて展開する、ユーモラスなスペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年8月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約277頁。9.5ポイント40字×17行×277頁=約188,360字、400字詰め原稿用紙で約471枚。文庫本なら標準的な厚さで一冊分。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出。

スペース金融道 / 書き下ろし日本SFコレクション NOVA2 2011年8月
 昨日の取り立ては7件だった。移動費用・宿泊費・人件費を考えると赤字だが、この商売は舐められたら終わりだ。誰にでも貸すかわり、キッチリ取り立てる。それがわが新星金融の方針だ。そして今日は地上一万メートルから落下中。というもの、今日の取り立ての相手は…
 新星金融の、いろんな意味でのブラックぶりがよくわかる導入部から、コロコロと楽しく話が進む第一話。宇宙に広がる大企業の社内報のネタも、無茶苦茶ながら妙に理屈が通ってるし。ノヴァちゃんは「ガス屋のガス公」が元ネタかな? 
 最近の金融理論は色々と怪しげなものが多いだけに、微妙に経済物理学を取り入れた量子金融工学も、実際に役に立ちそうな気になるから怖いw
スペース地獄篇 / 書き下ろし日本SFコレクション NOVA7 2012年2月
 いくつもの糸車が地平近くまでつらなっているなか、男たちが立ち話をしている。チームリーダーが言うには、糸車を回せとのことだが、今はストライキの最中。ケッタイな決まり事はあるにせよ、働かなくてもいいのは魅力的だ。とはいえ、さすがに三日もダラダラしてると飽きてきて…
 相変わらず無謀な相手に貸し、当然ながら無謀な取り立てに赴く二人組。ったって、結局のところツケは「ぼく」の所に回ってくるんだけどw ニコニコしながらおだてるユーセフの脂ぎった笑顔が目に浮かぶ。
 ここでも情報相対論なんて怪しげなシロモノが出てくるが、やっぱり妙に帳尻があってる気がするから楽しい。
スペース蜃気楼 / 書き下ろし日本SFコレクション NOVA9 2013年1月
 ディーラーと一対一の勝負。今までぼくのチップは減る一方。既に腎臓は10枚のうち5枚を使い、脾臓や胃は使い切った。渡されたカードはスペードのA。思い切って<心肺>のチップを賭ける。だがディーラーも乗ってきた。
 緊張感あふれるポーカー・ゲームで幕をあけ、一瞬「カイジか?」と思わせて、やっぱりカイジだったw 一般に博打は浮き沈みがあるにせよ、最終的には胴元が儲けるものと相場が決まってるけど、それをこうイジりますか。にしてもオチは、やっぱりw
スペース珊瑚礁 / 書き下ろし日本SFコレクション NOVA+バベル 2014年10月
 昨日の債務者はドネル・ダニエル=ルシュール。自治領でタックス・ヘイヴンにあるセルジュ博物館の番人だ。相手の職場だろうがどこだろうが、しったこっちゃない。なんとか納得させたはよかったが、今日、起きたらとんでもない事になっていた。なんと、あのユーセフに大金を借りたことになっている。
 あのユーセフに借金がある。これほど恐ろしい状況は滅多にないだろうと思ったら、話が進むと更に酷いことにw これもまた金の流れが絡んだ話なんだけど、まんま現在の地球で起きてる事だったり。
スペース決算期 / 書き下ろし
 ひと月ほど前から、アンドロイドのシリアルキラーが話題になっている。その名もバネ足ジャック。それはそうと、ぼくは大変な事になっていた。極右の人間原理党の党首になり、行く先々で行動が中継され、ネット上では批判と賞賛のコメントが果てしなく続き…
  これまた合衆国の大統領選が大騒ぎになったばかりなので、時期がいいというか悪いというかw 昔はインターネットが人々の融和を進めるなんて思われていたけど、蓋を開けたら大違いで、Twitter やまとめサイトじゃデマが飛び交い、保守とリベラルの溝は広がる一方だったり。かくいう私も Twitter でフォローしている面々を見ると明らかに偏ってるんだよなあ。

 商売相手は街金のように見えながら、その奥に潜むネタは株式市場だったり金融商品だったり節税と蓄財方法だったり。最終話は一見関係がないように思えるけど、実はこれも経済学者が真面目に研究してるネタだったりする。

 などと真面目に読んでもいいけど、デコボコ・コンビのドツキ漫才として読んでも充分面白いので、深く考え込まずにリラックスして楽しむが吉。当然、お茶やコーヒーを飲みながらだと危ないので気をつけよう。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧