カテゴリー「書評:SF:日本」の150件の記事

2017年8月20日 (日)

仁木稔「ミカイールの階梯 上・下」ハヤカワSFシリーズJコレクション

「ご存知ですか。男女がそれぞれ同じ程度の暴力を振るった時、人はなぜか女の行為をより残忍だと感じ、恐怖します」
  ――上巻p156

「民族主義とは究極の純粋であり、決して到達し得ない純粋です。その追及は際限ないテロルの応酬か殲滅戦への道であり、すなわち破滅への道です」
  ――上巻p275

「おまえのために命を懸けた時から、あいつはおまえのものになった」冷然と述べた。「そして、おまえはあいつのものだ」
  ――下巻p259

「言葉の最大の強みは、保存も再生も容易なことだ」
  ――下巻p308

【どんな本?】

 「グアルディア」「ラ・イストリア」「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」と共に、未来史≪HISTORIA≫シリーズを成す作品。

 急激な遺伝子の変異を引きおこすウイルスの蔓延により、人類は多数の疫病に襲われる。人々はそれぞれの土地に引きこもり、少しづつ耐性を獲得して生き延びた。だが、遠方から訪れるよそ者は未知の疾病を持ち込むため、人の移動や交易は衰え、文明もまた滅びてゆく。

 舞台は25世紀の中央アジア、現キルギス・カザフスタン・中国の国境付近。旧文明の遺産を継ぐミカイリー一族は、マフディ教団と組んでいる。だが一族の後継争いが起こり、当主候補のミルザは、マルヤム&フェレシュテの母娘と共に亡命を試みる。目的地は中央アジア共和国のイリ州。

 彼らは赤髪の精鋭部隊(グワルディア)に捕えられた。イリ州の軍管区司令官のユスフ・マナシーの指令によるものだ。指揮をとったのは、中央政府より派遣さればかりの、政治将校のセルゲイ・ラヴロフ。

 これが、ミカイリー一族の秘密を握る少女フェレシュテと、赤髪の精鋭部隊の少女リューダの出会いだった。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2010年版」のベストSF2009国内篇で20位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 本文2009年5月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦2段組みで上下巻、本文約277頁+302頁=579頁に加え、あとがき4頁。8.5ポイント25字×19行×2段×(277頁+302頁)=約550,050字、400字詰め原稿用紙で約1,376枚。文庫本なら厚めの上下巻か薄めの上中下巻の分量。

 文章は比較的にこなれている。ただし、内容は、ちととっつきにくい。なんといっても、このシリーズ特有の設定がかなり凝っているためだ。また、遺伝学の知識が多少あったほうがいい。加えて、中央アジアやロシアの歴史に詳しいと、細かいネタが楽しめる。

 それと、残酷な場面が多いので、そっちの耐性が必要。

【感想は?】

 色々な読み方がある。大きな流れとしては、滅亡の縁にたつ人類のあがきだ。が、私はそれより、リューダとフェレシュテの百合物語として楽しんだ。

 リューダは精鋭部隊グワルディアの卵。グワルディアって名前が、デビュー作「グアルディア」を思わせる。また、この精鋭部隊の一族が、赤毛ってのも、ニヤリとしたり。確か赤毛は劣勢遺伝で、将来は滅びるんじゃないか、なんて話もあったり。

 にもかかわらず、過酷な歴史の中で生き延びてる、どころか一族揃って赤毛ってあたりに、「何か仕掛けがあるな」と匂わせてたり。また、精鋭部隊を名乗るだけあって、グワルディアは優れた身体能力・戦闘能力を持つ。いわば傭兵集団だ。究極の体育会系とでも言うか。

 対してミカイール一族は、旧文明の知識を受け継ぐ、知恵の一族。特にフェレシュテは、何かとんでもない秘密を持っているらしく…

 と、人間模様としてはこの二人を中心に、有象無象が絡みダイナミックに物語が展開してゆく。

 中でも存在感が大きいのが、ユスフ・マナシー。中央アジア共和国イリ州の軍管区司令官。この国、現ロシアの成れの果てらしく、ルースとかルイセンコ主義とか、ソレっぽい単語がチラホラ出てくる。はいいんだが、微妙に現代の言葉と意味が違ってるっぽいのが時代を感じさせて、雰囲気を出してる。

 地域で軍閥化が進んでいるのは、人の移動が制限されているためだろう。そんなわけで、地域に溶け込み土着化しているユスフ、ただでさえ腹の中が読みにくいロシア系が、更に複雑怪奇に屈折しまくってる。なかなか底を見せず、次々と隠し玉を繰り出す彼の本心がどこにあるのか、それも読んでのお楽しみ。

 そんなユスフのお目付け役として、中央から派遣される政治将校セルゲイは、ちと頼りない。地元で権勢をふるうユスフにとっちゃ煙たい存在なわけで、大丈夫かいなと心配になったり。おまけに性格が暗いしw

 他にもクセの強い人物が沢山出てきて、それぞれの勢力を率い争うお話なんだが、単純な勢力争いじゃないのが、この作品の大きな特徴。

 先のユスフにしても、地域のボスとして君臨しちゃいる。中央政府の干渉を煙たがってはいるようだが、「支配地域を広げたい」とか「中央に戻り出世しいたい」とかの、わかりやすい目的は持っていない様子。

 そのユスフに対抗するのが、マフディ教団と組むミカイリー一族。その当主候補ミルザは自ら逃げ出すし、もう一方の候補レズヴァーンときたら…。

 とかの何考えてんだかわからない連中が、陰険な策謀を巡らし、アチコチで凄惨な暴力場面が展開するなかで、単純に互いに求め合うリューダとフェレシュテの純愛?が光るわけです。

 SFとしては、やはり遺伝子操作技術が仕掛けの中心となる。が、それ以上に、文明が滅びロシアや中国など大国の影響が薄れた後の、中央アジア情勢って発想が楽しい。

 今でもアフガニスタンで紛争が絶えないように、中央アジアはユーラシアの要所だ。それだけに多くの民族や宗教がぶつかりあい、混じりあっている。今は中国やロシアなどの強国が力で抑えているけど、国家のタガが外れたらどうなるか。

 今でこそ辺境の印象があるけど、かつては交通の要所として栄えた時代もあるだけに、「歴史のif」の一つとしても、興味深い仕掛けを秘めている。

 設定は凝っているし、細かいネタも多い。ユーラシア史に詳しい人なら、更に楽しめるだろう。が、そんな難しい事を考えなくても、百合物語として充分にイケます、はい。

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2017年7月17日 (月)

小川一水「天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと PART1・2」ハヤカワ文庫JA

「跳ばないよ。彼らの一人でも残っているうちはね」
  ――上巻p330

「僕の、きっと究極の、敵だ」
  ――下巻p60

「――しかし、ヒトとはなんだ?」
  ――下巻p233

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・小川一水が全10部の予定で送る、壮大な未来史シリーズ第九弾。

 21世紀初頭、突然人類を襲った感染症・冥王斑。罹患者の大半は死ぬが、稀に生き延びる者がいる。人類の太陽系進出と共に、抑圧される罹患者たちは≪救世群≫として独立した社会を築きあげた。

 25世紀、≪救世群≫は異星人カンミアと接触、身体改造技術を受け強靭な肉体を手に入れ、また冥王斑を太陽系全体に拡散し、人類の大半を殺戮した。

 かろうじて生き残った小惑星セレスでは、少年たちが泥縄式に社会を築き上げてゆく。しかし≪救世群≫もセレスに到着、両者は互いに接触がないまま、セレスは太陽系を離れ何処かへ向かう。

 そして29世紀。セレスはメニーメニー・シープと名乗る世界が成立していた。そこに現れた≪救世群≫のイサリをきっかけとして、互いの正体を知らぬまま両者は衝突へと向かってゆく。

 だが、この両者の対立の奥では、全く異なる存在の思惑が蠢いていた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 PART1は2015年12月25日発行、PART2は2016年10月25日発行。文庫本の上下巻で縦一段組み、本文約324頁+382頁=706頁に加え、下巻に「最終巻の手前でのあとがき」4頁。9ポイント40字×17行×(324頁+382頁)=約480,080字、400字詰め原稿用紙で約1,201枚。上中下の三巻にしてもいい分量。

 文章は読みやすい。ただ、内容は相当に敷居が高い。SFなガジェットが次々と出てくるのもあるが、それより大長編小説の終盤だから、というのが大きい。

 今までに描いた多数のストーリー・ラインが合流し、様々な人々が集う巻なので、これから読み始めるのは無謀。ストーリー・アイデア・スケールすべての面で間違いなく傑作なので、素直に最初の「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ」から読もう。

【感想は?】

 気分は幻魔大戦(→Wikipedia)の最終回。それも平井和正+石森章太郎の漫画版。

 奇妙な異世界の冒険物を思わせながら結末で唖然とさせた「メニー・メニー・シープ」から始まり、現代を舞台としたパンデミック・サスペンスの「救世群」へと飛び…と、それぞれの巻ごとに全く異なる感触で楽しませてくれたこのシリーズ、ついに前の「ジャイアント・アーク」で見事に合流を果たした。

 が、そこに見えてくるビジョンは絶望的なものだった。ここでは、その絶望すら甘いと、更に厳しい状況へ登場人物たちを突き落とす。

 なんたって、それぞれの勢力や思惑を代表する者たちが、それぞれに厳しい重荷を背負っているのだ。

 未曽有の危機に瀕したメニー・メニー・シープで奮闘するカドム,狂える女王ミヒルに率いられた≪救世群≫から逃げてきたイサリ,創造者のくびきに囚われた≪恋人たち≫。加えて、自我は獲得したが書としての不備は抱えたままの異星人カンミア。

 いずれも問題を抱え、かつその解決は絶望的でありながら、チームとしてまとまればどうにかんありそうなのが憎い。

 とは言うものの、素直に「チームワークで行こう!」となならないのが、小川一水世界の厳しいところであり、漫画版・幻魔大戦から半世紀の時の流れを感じさせる。皆さん事情を完全に把握してないってのもあるが、それ以上に、各自の立場や利害があって、大ぴらにできることと出来ないことがあるのだ。

 などの事情を抱えながら、少しづつチームとしてまとまってゆく過程は、オトナの事情にまみれていながらも、王道の少年漫画の持つワクワク感に溢れている。むしろ互いの駆け引きがある分、緊迫感とリアリティが半端ない。

 このワクワク感の盛り上げに一役買っているのが、彼らの出自。

 医師のカドムはともかく。デムパを受信する羊飼い。人工的に身体を増強した≪海の一統≫。全く異なる姿に変えられた≪救世群≫。人造的に造られた≪恋人たち≫。そして、異星人のカンミア。

 彼らのどこまでを、ヒトと認めていいんだろう?

 それどころか、メニー・メニー・シープでは、同じヒト同志が、様々な勢力に別れ睨み合っている。今は争う余力すらないが、水面下では絶え間なく駆け引きが続き、また小競り合いも絶えない。そのメニー・メニー・シープ全体は、≪救世群≫と戦闘状態にある。

 とかのテーマに沿ったお話も面白いが、それと共に、懐かしい面々が続々と顔を出すのも、この巻の楽しい所。やはり奴らはただのヒッグスとウェッジじゃなかったw

 状況が状況だけに、アクション・シーンも多い。

 中でも派手なのが、第二次オリゲネス攻防戦で登場する「ンデンゲイ」。大変に偏った思想で造られたお馬鹿兵器なんだが、こういう「たった一つの性能だけを追求し他の全てを犠牲にした」シロモノって、私は大好きだ。費用対効果は、はなはだ疑問だけどw

 もう一つ、嬉しいアクション・シーンが、終盤で≪海の一統≫が突入する場面。ここに限らず、下巻では彼らが本領を発揮する場面の連続で、こういうフリーダムな奴らが、よくもまあ今まで狭苦しいメニー・メニー・シープで我慢してたなあ、なんて思ってしまう。

 そして、集った者たちが、圧倒的な現実に直面するラストシーン。

 これぞ、私を含め多くのファンが完結を諦めていた傑作、漫画版・幻魔大戦の最終回のラストシーンそのもの。

 著者によれば、最終パートは2018年に刊行とのこと。盛り上がった物語は、どこへと向かうのか。今から楽しみでしょうがない。

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2017年6月14日 (水)

黒石迩守「ヒュレーの海」ハヤカワ文庫JA

「ズバリ! 外に海を探しに行くんだよ!!」

ヒトは妄想で生きている。

【どんな本?】

2016年の第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作を、加筆訂正した作品。

 世界が“混沌”に覆われ、七つの序列国家だけが生き残った世界。無機物からなる生物CEMを発見した人類は、これを自らと融合させ、意識を通信媒体とするKUネットを得て、情報空間を基盤とする新たな現実 VR を獲得した。

 序列第三国家イラの第三都市ルプスは、約一千万の人口を養えるシリンダ型の閉鎖環境だ。うち八割の労働者階級は地下に住み、地上に住めるのは二割ほどの資本家階級のみ。サルベージ・ギルドは、地下に住む不正規技術者集団だ。優れた技術で“混沌”より情報を掘り出し、国家に提供する。

 少女フィと少年ヴェイは、若いながらギルドでも凄腕と認められつつある。フィが掘り出した、“混沌”以前の実写2D動画に映っていたのは、海。それが、騒動の始まりだった。

 危険に満ちた異様な世界と、そこに暮らす変異した人々の中で、海を求めて走り出す向こう見ずな少年少女と、二人を見守る大人たち、そして彼らが暮らす世界の姿を描き出す、思いっきり濃い長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約387頁に加え、第四回ハヤカワSFコンテスト選評9頁。9ポイント40字×17行×387頁=約263,160字、400字詰め原稿用紙で約658枚。文庫本としては少し厚め。

 文章は少々硬い。冒頭からルビを振った造語が遠慮なく出てくるなど、かなりとっつきにくく、相当にSFに慣れている者でないと、振り落とされる。しかも、その説明に使っているのが、ポインタだの構造体だのインスタンスだのといった、プログラミング用語。わかる人はニタニタしながら楽しめるが、そうでない人には辛いだろう。

【感想は?】

 そう、この作品はかなり読者を選ぶ。

 「プシスファイラ」もデジタル・ネットワーク用語ビシイバシでかなりキている作品だった。対してこちらは、プログラミング用語。ポインタだ防火壁だなんてのは可愛いもんで、ポリモーフィズムだ基底クラスだBOOSTだとか、かなり突っ込んだネタが次々と出てくる。

 単に言葉を借りてるだけなら「なんかカッコいい」で済むんだが、世界観やガジェットやトリックの説明で大事な役割を果たしてるんで、なかなかにタチが悪い。

 お陰でプログラマは「おお、アレをこう使うか!」とニヤニヤが止まらないが、そうでない人は、何が書いてあるのか、皆目見当がつかないんじゃないかと思う。そういう私も、作品の世界観はイマイチ把握しきれていない。

 なにせ彼らが住む都市ルプスの外は“混沌”に覆われている。混沌というぐらいで、その正体は判然としない。ここからギルドがサルベージしてくるあたりは、これまたサブカルにかぶれ厨二病の尻尾を断ち切れてない人にはたまらんネタを巧みに使ってて、「おお、そういう事か!」と妙に納得したり。

 そんなギルドで働く若者フィとヴェイは、いかにも今風のキャラ設定。気まぐれで向こう見ずな少女フィと、彼女に振り回されつつサポートは忘れないヴェイって性格付けで、涼宮ハルヒ以降って時代を感じさせる。ハインラインの頃だったら、性格は逆にしてただろうなあ。

 お話は二人を中心に進むが、脇役として登場場面は短いながら強烈な印象を残すのが、サンゴちゃん。いや本人はちゃんづけで呼ばれるのは嫌がるだろうけど。

 どっちかというと悪役の側なんだが、とにかくキャラが分かり易いのがいい。性格は徹底した脳筋な軍人で、無駄に声がデカいってのがいい。新任の士官候補生ながら、無類の忠誠心を持ち、またちょっとした特技もある。

 “混沌”が象徴するように、世界そのものが把握しにくく、また主人公の二人を除く他の登場人物も秘密を抱えている者が多い中で、サンゴのように単純で確固とした行動理念を持つ者が出てくると、物語の輪郭がクッキリしてきて、俄然ノリがよくなる。現実じゃ堅苦しい上に暑苦しくて、あまり近くにいて欲しくないタイプだけどw

 などの登場人物もさることながら、やっぱり最大の魅力は世界観だろう。その基盤となっているのが、無機物ながら生物でもあるCEM。単に生物ってだけじゃなく、ヒトとは全く異なる性質を持つケッタイな奴なんだが、ヒトはCEMと融合する道を選ぶ。

 ヒトがシームレスに仮想空間にアクセスできる物語は多い中、このCEMが生物って設定は、堀晃のシリーズを連想させるが、CEMの不気味さとヤバさはこの作品に独特のもの。単にヒトとは異なる生物ってだけじゃなく、その奥には底知れない淵が控えていて…

 そういったヤバさの向こう側から、何かをカスめ取ってくるサルベージ・ギルドの面々は、ストルガツキーのストーカーっぽいけど、ヤサぐれていながら妙に明るいあたりは、現代のハッカーたちの末裔に相応しい変人集団ぶり。マイペースな奴らながら、それぞれに得意分野が違ってて、互いの手腕を認め合ってたりするのも、チームとして気持ちよさそう。

 出だしから造語バリバリだし、仕掛けも大小とりまぜてんこもり。“混沌”を核とした世界観も、どこかモヤモヤした感が残るものの、SFとしての濃さは一級品。歯ごたえのあるSF小説が欲しい人にお薦め。

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2017年5月21日 (日)

早川書房編集部編「伊藤計劃トリビュート」ハヤカワ文庫JA

「だから怖いんだよ。狙ってすらいない」
  ――公正的戦闘規範 / 藤井太洋

「物語にならない事実は、記憶の中では意味を成さない」
  ――南十字星 / 柴田勝家

「人間の歴史がどんな風に終わるか、考えたことはあるか?」
  ――フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪 / 伴名練

そうさ、これは人類最後の麻薬王の話だ。
  ――怠惰の大罪 / 長谷敏司

【どんな本?】

 「虐殺器官」「ハーモニー」と傑作を発表しながらも、若くして亡くなった伊藤計劃を偲び、同年代の四人(藤井太洋,二木稔,王城夕紀,長谷敏司)と、その後継として期待される若手四人(伏見完,柴田勝家,吉上亮,伴名練)のSF作家の作品を集めたアンソロジー。「テクノロジーが人間をどう変えていくか」をテーマに、今後の日本SF界を担う作家が競う中・短編集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」で、ベストSF2015国内篇17位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年8月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約713頁と、塩澤快浩によるまえがき3頁。9ポイント41字×18行×713頁=約526,194字、400字詰め原稿用紙で約1,316枚。文庫本としては破格の厚さで、上中下に分けてもいい分量。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者。すべて書き下ろし。

公正的戦闘規範 / 藤井太洋
 新疆出身の 趙は、兵役を経て、上海の日系IT企業に入った。明日から長い休暇に入るので、同僚はみな浮かれている。幼い頃、よく遊んだゲーム“偵判打”を話題に出したが、誰も知らないという。そこにETIS(東トルキスタン・イスラム国)が放ったドローン、通称キルバグが現れる。AI制御だが、標的の選び方は適当で、ほとんど無差別に近い。
 盛んに中国に進出した外国企業の内輪を見事に暴く冒頭から、人民解放軍の少数民族対策、そして進化する無人兵器を絡めた、著者お得意の近未来テクノ・スリラー。ちょこちょこと入れたガジェットやエピソードが演出するリアリティと、そこから一歩踏み出したアイデアが生むセンス・オブ・ワンダーは短編でも切れ味が光る。兵蜂に、ちょっとだけ救われたw
仮想の在処 / 伏見完
 双子の姉の八音は死産だった。両親は生まれた赤子の脳を電脳空間に仮想化し、電子的な人格として育てた。両親も友達も八音を可愛がり、わたしは姉のおまけのように扱われた。だが人格を維持する費用の負担は重く…
 八音の妹、有香の一人称で語られる、重く静かな物語。社会の変化もテーマとして扱う短編が多いこの作品集の中では、「個々の人間」に焦点を当てて語っている点が異色かも。その分、自分の事として考えさせられる部分も強い。
南十字星 / 柴田勝家
 ボリビアのアンデス山脈、共和制アメリカの国境付近。本格的な戦争は終わったが、過激派に協力する地域住民も残っている。シズマは人理部隊の一員だ。民族主義者の考え方や組織を理解し、スムーズな和解を目指す、文化技官である。
 長編「クロニスタ 戦争人類学者」の冒頭部分。中心的な役割を果たすガジェット「自己相」が、やたらと便利で憧れる。いや英語を含め外国語はサッパリなもんで。恨みや悲しみなど、ない方が得だよね、と思う感情や思い出はあるけど、それを外科的にアッサリ捨てる気分になれるかというと、それもなあ…。
未明の晩餐 / 吉上亮
 壬生観憐の仕事は、死刑囚に最後の晩餐を供する事だ。食事に満足し、心の底から自分の死を受け入れれば、仕事は成功。大規模な気候変動に伴い、政府は鉄道網を大幅に改革し、従来の鉄道網は不法滞在者が住む廃墟都市となった。食材を買いに出た観憐は、二人の浮浪児を拾う。幸い次の仕事が入ったが…
 夕食後に読んではいけない。下腹に無駄な脂肪がついている身には厳しい作品。出てくる食事はもちろん、それを美味しそうに食べる場面も辛いw ちょっと調べたら、キジバトは免許がなくても捕って食っていいのね。もちろん、時期や得物など幾つかの制限はあるけど。
にんげんのくに Le Milieu Human / 仁木稔
 熱帯の森の奥に、彼らが暮らしている。彼らは他の部族と交わらず、出会えば殺した。彼ら同士でも、他の村や、時として同じ村の者とも殺し合った。そこに若い他所者の女が迷い込み、ある男の妻になり、男の子を産んだが、子が幼いうちに死んだ。子は異人と呼ばれ、後妻に疎んじられながら育つ。異人は精霊と巧く付き合い、村人とも折り合ってきたが…
 ≪HISTORIA≫シリーズの一作。濃密に描きこまれた「人間」たちの暮らしに、ドップリ浸かってしまい、しばらく心が日本に帰ってこなかった。「文明と戦争」や「繁栄」を読む限り、「人間」の暮らしは、それほど誇張されたものでもないみたいだ。というか、私たちの社会も、わかりやすい暴力こそないものの、本質的には似たような事をやってる気がする。
ノット・ワンダフル・ワールズ / 王城夕紀
 技術の天才エレ・ノイと経営の天才テール・ウィステリアが興したLel、ライト・エボリューション・インダストリー。基幹商品は二つ、適切な選択肢を示すeニューロと、選択に即応するeシティ。行き詰まった人類の突破口と期待される Lel が中心となり、都市は大きく変わってゆく。半年で50%のLel社員権を得たケンは、ニュースリリースの草稿が仕事だ。
 アップル社をモデルとしたようなLelを舞台として、人間とテクノロジーの関係を描く作品。既にAmazonの「よく一緒に購入されている商品」や Twitter の「おすすめユーザー」で、eニューロは現実となってるなあ。特に Twitter は、似たような人が集まるんで、快適な半面、次第に世間とズレていくんだが、それに気づかないのが怖い。とはいえ、みんなと店で食べる際に、なかなかメニューを決められない人に、eニューロは魅力的だろうなあ。
フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪 / 伴名練
 19世紀半ば。クリミア戦争で傷を負った俺は、スクタリの野戦病院で異様な女から治療を受ける。荒っぽいが手際のいい手術で俺の命は助かったが、隣の寝台の若い兵隊は運がなかった。消えた青年の行方を追う俺は、地下墓所を見つけた。そこには例の女と共に…
 「屍者の帝国」の雰囲気たっぷりに、切り裂きジャックやヴィクター・フランケンシュタインなどの常連が次々と登場する、トリビュートらしい作品。スチームパンクに対するオーガニック・パンクとでも言うか。狂ったアイデアと異様な風景に加え、虚実交えて意外な人の出演も楽しい所。
怠惰の大罪 / 長谷敏司
 ゲバラとカストロの革命が失敗したキューバ。今はメキシコと並ぶ麻薬の中継地として、多くのファミリーがしのぎを削っている。政府も警察も腐敗したこの国で、崇められるのは密売人だ。サーフハウスで働く傍らアメリカ人観光客相手に大麻を売るカルロスは、より儲けの大きいコカインを流してくれるよう警官と仲買人を兼ねるトニーに頼むが…
 長編の抜粋。掲載分だと、少しはSFガジェットも出てくるが、むしろ血なまぐさいノワール物として面白い。まっとうに生きても浮かび上がる望みはない、どころかいつ消されるか分からない社会で、才覚を武器に密売人として成り上がろうとする男カルロスの物語。ヤバい橋を絶妙のバランス感覚で通り抜け、情勢の変化がもたらす混乱に乗じ、手段を択ばず社会の階梯を駆け上がってゆく男の、ピカレスク・ロマン。大藪春彦

 書名通り、出口の見えない閉塞感やどうしようもない絶望感が漂う作品が多い。

 そんな中では、暗い話ばかりだと思い込んでた吉上亮の「未明の晩餐」が、ダークなトーンを漂わせつつも、ほのかな希望を匂わせてくれたのが意外。

 藤井太洋の「公正的戦闘規範」や長谷敏司の「怠惰の大罪」は、SFというより船戸与一や大藪春彦のような味わいがあって、生活感漂うディテールの細かさに圧倒された。「にんげんのくに」も、佐藤賢一の「ジャガーになった男」を、ちょっと思い出したり。

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2017年5月17日 (水)

早川書房編集部編「伊藤計劃トリビュート2」ハヤカワ文庫JA

これは一人の少女が最高のアイドルになるまでを描いた小説である。
  ――最後にして最初のアイドル / 草野原々

闇の中からは、光がよく見える。
  ――ゲームの王国 / 小川哲

【どんな本?】

 「虐殺器官」「ハーモニー」と傑作を発表しながらも、若くして亡くなった伊藤計劃を偲び、その後継として期待される若手SF作家の作品を集めたアンソロジー。「テクノロジーが人間をどう変えていくか」をテーマに、今後の日本SF界を担う作家が競う中・短編集。

【いつ出たの?分量は?】

 2017年1月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約441頁と、塩澤快浩によるまえがき2頁。9ポイント40字×17行×441頁=約299,880字、400字詰め原稿用紙で約750枚。文庫本としては厚め。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。

最後にして最初のアイドル / 草野原々 / 2016年11月 電子書籍
 生後六カ月でアイドルに魅せられた古月みかは、国立光ヶ山高校に進学し、アイドル部で新園眞織と出合う。陰で努力するみかと天才肌の眞織とタイプは正反対ながら、五人組ユニット P-VALUE の仲間として活動するうちに、二人の絆は深まってゆくが…
 噂のラブライブ二次創作…のはずが、確かにこれはとんでもないw にこまき推しの人、よく怒らなかったなあ。冗談が分かる懐の深い人が多いんだろうか。
 二次元アイドルをどういじればSFになるのかと思ったら、タイトル通りのオラフ・ステープルドンばかりかアレやコレまで取り込み、短い中にとんでもなく濃い内容を詰め込みつつ、それでも主題の「アイドル」はキッチリと最後まで貫き通してみせた。
 日本SF界としては半村良「石の血脈」以来の場外大ファールかも。この調子で今後も暴走を続けて欲しい。
Guilty / ぼくのりりっくのぼうよみ / 書き下ろし
 百年前の世界戦争で文明は衰えた。多くの土地が放射能で住めなくなり、人々は高い壁に囲まれた小さな都市に集まって生きている。都市の一つズーに暮らすファーは、同じ研究室に勤める彼女に求婚し…
 ポスト・アポカリプス物ながら、意外と雰囲気は静かで落ち着いている。
雲南省スー族におけるVR技術の使用例 / 柴田勝家 / SFマガジン2016年12月号
 中国雲南省の山岳地帯に住む少数民族ズー族は、生まれてすぐVR用のヘッドセットをつけ、一生をVRのなかで過ごす。彼らが生きる世界は彼ら自身の手で創られ、その実態は明らかにされていない。
 文化人類学のフィールド・ワークの報告書の形を借りた作品。現実世界でも、人により世界の見え方は違う。私にはただの毛虫でも、昆虫好きにはツマグロヒョウモンの幼虫で、園芸好きにはパンジーの大敵だ。子共には熱血スポーツ漫画でも、アレなお姉さまには…。文化人類学の面白さを、少し捻って伝える作品。
くすんだ言語 / 黒石守 / 書き下ろし
 ニューロワイアードは、サイオメッグ社が開発中の、脳に直結する携帯端末だ。玄霧宗谷は15年間、開発に携わってきた。そのアプリケーションの一つコミュニケーターは、いわば自動翻訳機能だ。現在、五千人ほどのモニターを募り、多くの国で検証試験を行っている。
 英語が苦手、というより日本語以外ほ全滅な私としては、コミュニケーターは是非とも欲しい。確か今の Google 翻訳は力任せの方法で、多くの言葉に翻訳される国連の文書を辞書に流し込み、元文と似た文を辞書から探すう、みたいな手口だったと思うが、こんなニュースも(→GIGAGINE)。ネットの普及でコミュニケーションが活発になった結果、世界中でポピュリズムが勢いを増してるような気がする。
あるいは呼吸する墓標 / 伏見完 / SFマガジン2016年8月号
 統合医療ネットワーク AReNA は、人体内の分子機械を管理し、人間を健康に保つ。ただし、そのためには大量の演算資源が必要で、人間の大脳を時間借りしている。噂がある。砂漠で死体が歩く、と。死体の神経系が発するノイズを拾い、分子機械が死体を歩かせているらしい。
 ちょっと「ハーモニー」に世界観が似ている作品。健康を保つために脳みそを貸すって発想が、「健康のためなら死んでもいい」的な皮肉を感じさせて面白い。体内に埋め込まれたマシンにとっちゃ、確かに最も手近な計算資源だしなあ。エネルギー源として下腹に溜まった無駄な脂肪を使ってくれると更に嬉しい←違う
ゲームの王国 / 小川哲 /  書き下ろし
 1956年4月。高校教師のサロト・サル(ポル・ポト)は、後をつけてくる者に注意しながら集会へ向かう。選挙はシアヌークが茶番に変え、彼が率いるサンクムが圧勝する。集会では同志シウ・ヘンの逮捕に際し、サロト・サルのさりげない誘導で、組織の改編と方針転換で話がまとまる。
 このアンソロジーの半分以上を占める作品で、長編の抜粋。掲載分だけを見ると、特にSFの要素はない。しかし、小説としては、やがて来るキリング・フィールドの予感も相まって、禍々しい何かがヒタヒタと迫ってくるような恐ろしさを感じる。
 初期のクメール・ルージュの蠕動から始まり、郵便局員や秘密警察や農民などの人物像や暮らしをじっくり書き込んでいて、権力の圧力を感じながらもテキトーに受け流して生きている、当時のカンボジアの人々の生きざまを巧く描き出していると思う。
 完成した作品も読みたいし、参考にした文献の一覧も欲しい。ここまで見事に当時のカンボジアの風景を再現させた筆力に驚いた。どうやって調べたんだろう?

 噂通り「最後にして最初のアイドル」は、とんでもない怪作だった。無限に湧き出る奇想を、にこまきへの煮えたぎる愛で貫き、この著者でなければ創れない異形のキメラだ。

 「ゲームの王国」も、期待以上の面白さ…というか、微妙に混じるおぞましさが迫力を増している。「ユートロニカのこちら側」で感じさせたスマートさをかなぐり捨て、その奥にある悪意を、もっと分かり易い形で示している…のかなあ? まあいい、なんにせよ、長編の完成を待ってます。

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2017年5月 7日 (日)

藤崎慎吾「深海大戦 Abyssal Wars 超深海編」角川書店

「やっとわかった」
「何が」
「俺のなすべきことだ」
「ええっ、いいなあ。結局、オレにはよくわからなかったのに」
  ――p152

「海は天然のコンビニだよ。しかも無料だ」
   ――p212

【どんな本?】

 「クリスタルサイレンス」「鯨の王」など海洋SFに定評のある藤崎慎吾による、海洋ロボットバトル長編シリーズ完結編。

 海洋開発が進んだ近未来。宗像逍は、海の民<シー・ノマッド>の若者。「オボツカグラ」のバトル・イクチオイド(海中型戦闘ロボット)「タンガロア」のパイロットとして戦う中で、幼馴染の磯良幸彦や上官のロベルト・ガルシアを失う。

 沖縄を訪れた宗像逍は、体に異変を感じると共に、何者かにつけ狙われ始める。グアム大学教授の前園隆司に誘われグアムに向かった宗像逍は、今までの戦いの背景事情を教えられるばかりでなく、自分がその中心にいると知らされる。

 徹底して練り込んだ設定でロボット同士の戦闘にリアリティを持たせ、派手なアクションと思わせぶりな謎で読者を引っ張ってきた「深海大戦」シリーズ最終巻。

 一気に話のスケールを拡大させ、また一見ファンタジイっぽい仕掛けにも見事な理屈をつけた上に、宿敵とも見事に決着をつけて鮮やかに大風呂敷をたたみ、軽快なロボット・アクション作品から重厚で本格的なサイエンス・フィクションへと変貌を遂げた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年3月2日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約378頁。8.5ポイント47字×20行×378頁=約355,320字、400字詰め原稿用紙で約889枚。文庫本なら厚い一冊か薄めの上下巻の分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容は魅力的なSFガジェットがギッシリ詰まっているが、その度に親切な解説が入るので、意外と難しくない…ように感じる。ただ見慣れぬ海の生き物が次々と出てくるので、できれば海洋生物図鑑か Google を使いながら読もう。

 なお、お話は前巻から素直につながっている上に、このシリーズ独特の言葉が情け容赦なく出てくるので、なるべく最初の「深海大戦 Abyssal Wars」と次の「深海大戦 Abyssal Wars 漸深層編」と続けて読もう。

【感想は?】

 もう、最高。私はこういうのが大好きなんだ。

 思いっきりリアリティ追及型のロボット・バトル物ってだけで嬉しいのに、最終巻では登場人物間の関係にキッチリとケリをつけた上に、SFとしても更にスケール・アップしつつ見事に風呂敷を畳んでくれた。

 なんたって、今までの話じゃ怪しげな設定がてんこもりだ。なぜ宗像が特別なのか。宗像が操る「タンガロア」も奇妙だ。まあロボット物じゃ主人公が乗るロボットが特別製なのはお約束だが、それにちゃんと裏づけがあると、やっぱ読者としても安心する。

 だけじゃない。海上遺跡「ナン・マドール」や精霊、それを護る青年コズモと宗像の関係、そしてマスコット・キャラ的なアンフィトリテ。しかも宿敵はクトゥルフが操る多触手ロボットの「ダゴン」ときた。こりゃ当然、伝奇かファンタジイで説明を付けるかと思ったら。

 なんとビックリ、最近の科学トピックの美味しい所を巧みに取り込んで、最高にガチガチなサイエンス・フィクションにしてしまった。特にコズモとの関係や、アンフィトリテの正体には、思わず「うををっっっ!」と叫びそうになったり。

 お話作りも巧みで。

 例えば、いきなり出てきたラウル・住吉・ガルシア君。あの頼れるリーダー、ガルシア副指令の甥っ子だ。血統はいいし、さすがに若いだけあって怖いもの知らずだが、その分、経験不足は否めない。なんで最終巻になって、こんな若造が出てきたのか、と思ったら。

 確かに彼の乗る「ハルタワート」は形状も能力も独特で、ある意味、最終決戦では大事な役割を果たすんだけど、彼の役割はそれだけじゃない。自分でも経験不足は充分に分かってるだけあって、それを補うための努力も惜しまぬ気持ちのいい少年…って場面が、見事な伏線になってる。

 ラウル君と同様に、脇役で楽しいのが、研究者の塩椎一真。なかなか気さくな性格ではあるが、その正体は、見事なマッド・サイエンティスト。新発見のためなら世界なんかどうでもいい、みたいな割り切りっぷりが大変に気持ちのいい人。注射してるね、きっと。そういう奴だw

 そしてラスボスのクトゥルフ&ダゴン。なんたって触手ですよ触手。クトゥルフ自身がパイロットとして優れた能力を持ち、乗機のダゴンも彼でなければ乗りこなせない半面、使いこなせば無敵といいうチート極まりないイクチオイド。おまけに性格もラスボスに相応しいお方で。

 対する主人公の宗像は、なんというか南方系の性格なのが笑える所。ワケわからん騒ぎに巻き込まれ、右往左往してるうちに全人類の命運を握るらしい立場に立たされるも、結局はマイペースでいっちゃうあたりが、やっぱり南方系なんだよなあw

 次から次へと個性的なロボットが出てくるあたりはガンダムっぽくて、その線で行くと宗像はジュドーかなあ。いやシスコンじゃないけど、暗い性格が多いガンダムの主人公の中じゃ、ジュドーは例外的に底抜けの明るさを持ってるあたりが。

 最終決戦は、オボツカグラのイクチオイド総出撃で、集団戦に相応しく知力・能力を振り絞ったバトルロイヤル。敵もそれに見合うだけの戦力だし、不気味な風景が続く舞台も相まって、緊張の途切れないシーンが続く。

 個性豊かなロボットたちと、それに力強い説得力を持たせる凝った設定。ファンタジイかと思わせて、最新科学のトピックを巧みに取り込んで説明を付ける仕掛けの妙。そして意外な方向へとスケール・アップしてゆく、本格的なサイエンス・フィクションならではの爽快感。

 文句なしの気持ちよさが味わえる、海洋冒険SFの傑作だ。

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2017年4月14日 (金)

奥泉光「ビビビ・ビ・バップ」講談社

これはつまりドルフィーなのであった! 何がドルフィーかと云って、音がドルフィー。紛うかたなきドルフィー節だ。
  ――p70

彼らはいかなる厄災であれ、それを利益に変える術を心得ている。
  ――p367

【どんな本?】

 ミステリ風味の作品で人気の奥泉光が、ジャズ魂を炸裂させた長編SF小説。SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇でも、堂々3位に輝いた。

 舞台は21世紀末の日本。2029年にコンピュータ・ウイルスの暴走による「大感染」が起き、電子機器や情報通信網が崩壊して社会は大混乱をきたし、また多くのデジタル・データが失われた。原因である 29Viirus の解析は進まないものの、少しづつ社会および情報通信網は復興・進歩を続けた。

 主人公は木藤桐またはフォギー。音響設計士またはジャズ・ピアニスト。お得意様の山萩貴矢は29Viirus の解析でも有名な科学者で、ロボット製作販売の多国籍企業 Morikiteck に勤めている。彼に架空空間に呼び出されたフォギーは、架空空間にあるジャズの聖地『新宿 Pit Inn』に招かれる。

 これが、世界を揺るがす大異変と、それに巻き込まれるフォギーの大冒険の始まりだった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年6月22日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約642頁。9.5ポイント43字×20行×642頁=約552,120字、400字詰め原稿用紙で約1,381枚。文庫本なら上下巻または上中下の三巻ぐらいの大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。SFガジェットとしては、コンピュータやロボットやAI関係の用語が出てくるが、大半はハッタリなので余り気にしないように。それより、1960年代と新宿とジャズに詳しいと、楽しみが増す。

【感想は?】

 著者、思いっきり楽しんで書いてる。自分の好きなものを山ほどブチ込んで煮たてた闇鍋小説。

 お題は三つ。1960年代、新宿、そしてジャズ。なんたって、謎の人物・山萩貴矢が再現しようとしているのが、1960年代の新宿 Pit Inn だし。

 そもそも新宿ってのは奇妙な所で。同じ東京でも、場所により行き交う人の雰囲気が違う。銀座はお行儀が良くてハイソな雰囲気だし、原宿や渋谷はお洒落な若者・少年少女の街。六本木は同じお洒落でもアダルトな感じで、池袋は埼玉県の植民地で家族連れが多く、秋葉原は趣味の街。

 それぞれの場所に相応しい世代や格好ってもんがあるんだけど、新宿は何でもアリな雑駁さがある。

 品のいいブランド物で歩いてもいいし、金のアクセサリをジャラジャラさせても構わない。パステル・カラーの十代もアリだし、パンクスやヒップホップも溶け込めるし、チェックのシャツにリュック背負ってもいいし、若夫婦が子供の手を引いて歩いてもいい。

 どんな人でも、それぞれの人に相応しい地区や店がある、そんな懐の深さと、底知れなさがある街だ。

 1960年代は、そんな新宿に熱気があふれていた時代。血気にはやる学生は機動隊と衝突し、ゴールデン街では文士がオダをあげ、花園神社ではアングラ劇団がテントで公演を続ける。怪しげで得体のしれない輩が群れ、熱病に浮かされたように闊歩した時代。いや私も直接は知らないけどw

 そんな新宿を架空空間で再現する場面は、読んでて実に楽しい。なんたって架空空間だからして、多少のズルは仕方がない。ってんで、ちょっと時代や場所もアレして…。花園神社オンステージのあたりは、思いっきり悪ノリしてて、前半のハイライト・シーン。いやあ、盛り上がったなあ。

 もう一つのテーマ、ジャズもやりたい放題。私のようにジャズに疎い者でも、名前はよく聞く名プレイヤーが、次から次へと押し寄せて、ノリノリのプレイを魅せる。

 そんな伝説のプレイヤーを相手にしながら、「空恐ろしい」とかいいつつ、ちゃっかり演奏は楽しんじゃうフォギーも鈍いんだか図太いんだかw 憧れのプレイヤーと同じステージに立つってだけで、チビっちゃうでしょ普通。

 このフォギー、日頃は飲んだくれの炬燵猫なのに、謎を秘めた天才科学者の山萩貴矢に見込まれちゃったから、さあ大変。可愛い猫を預けられ、前代未聞の密室殺人事件に巻き込まれ、巨大国際企業に拉致され、しまいにゃ世界の命運まで背負い込む羽目になる。

 にも関わらず、妙にマイペースなのもフォギーらしい所。張りつめた雰囲気が続いた場面でも、語り手の文体が、ときおり「です・ます」調になって気が抜けるなどの工夫も、フォギーの気質と相まって、長い作品の中に独特のユーモラスで軽快なグルーヴを生み出してる。

 などメリハリの利いたリズムで語られる物語の終盤、ライブハウスにスーパースターが雪崩れ込んだ以降の展開は、もう大笑い。兼子氏、ギターが好きなのか。同志よ。

 妖星伝に始まり、大山康晴,古今亭志ん生,フェンダー・ローズ,BVDのブリーフ,ゴジラ,末廣亭,横尾忠則,野獣死すべし,牧伸二など懐かしの人物・キーワード・アイテム満載な上に、コスプレ大好きな天才美少女まで登場し、テーマとアドリブのバランスを取りつつ、世界を揺るがす大騒動を、ゴージャスなプレイヤーによるビッグバンドにのせて送る、悪ノリいっぱいの楽しい作品。

 誰でも溶け込める猥雑な新宿が好きな人と、モダンジャズが好きでエリック・ドルフィーでピンと来る人には、文句なしにお薦め。

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2017年3月28日 (火)

宮内悠介「彼女がエスパーだったころ」講談社

S県歌島の猿が火をおこす方法を覚えたとき、その技術が土地や世代を超えて伝播し、そして前触れなく高崎山や箕面山、下北半島といった遠地の猿も火をおこすようになった。
  ――百匹目の火神

しかし信じるという行為は、それ自体が、本能に根ざした、快いものでもあるのだ。
  ――水神計画

ホスピスは、死を早めることも遅らせることもしない。
  ――薄ければ薄いほど

【どんな本?】

 「盤上の夜」で衝撃的なデビューを飾ったSF界の新鋭・宮内悠介による、連作短編集。

 百匹目の猿・超能力・ホメパシーなど、オカルトや疑似科学をテーマとして、それを主導する者・すがる者・巻き込まれた者・批判する者・野次馬など様々な立場の人々の姿を、取材に赴くジャーナリストの視点で描き、怪しげなモノゴトと人間の関係を浮き上がらせてゆく。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇でも、堂々7位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年4月19日に第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約221頁。9.5ポイント42字×17行×221頁=約157,794字、400字詰め原稿用紙で約395枚。文庫本ならやや薄い一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。SFとしても、特に凝ったガジェットは使っていないので、理科が苦手な人でも大丈夫。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出 の順。

百匹目の火神 / 小説現代2012年9月号
 ニホンザルが、火を使うことを覚えた。最初に覚えたのは島に住む一匹、アグニと呼ばれる個体だけだったが、次第に離れた所の群れにも伝わり、日本列島を北上してゆく。後に<百匹目の猿事件>と言われる事件だ。これは周辺住民に思わぬ影響を与えて大問題となり、霊長類研究者・新興宗教の教祖・社会学者・物理学者そしてネットの野次馬などが騒ぎ立て…
 一瞬「熊が火を発見する」のパロディかと思ったが、そうかもしれない。猿が火の扱いを覚えた事から事件が転がってゆくあたりが、とってもスピーディかつユーモラスで、読んでてやたら心地よかった。特に事件と直接の関係がない野次馬的な立場の者が騒ぎ立てるあたりは、最前線にいる人の切実さとコントラストが効いていて、2ちゃんの住民でもある私にはグサリと突き刺さる。
彼女がエスパーだったころ / 小説現代2013年3月号
 及川千春。スプーン曲げの動画をウェブで公開し、独特のユルい語りも相まって、一時期はソレナリの人気を博すると共に、彼女を批判する者も多かったが、アッサリと表舞台から去ってしまう。わたしは、そんな彼女に取材を申し込み…
 Youtube やニコニコ動画などの動画サイトで人気を博す素人の動画芸人と、オジサン・オバサンには懐かしいスプーン曲げを絡めた作品。「百匹目の火神」同様、無責任な野次馬であるネット民と、騒ぎの前線にいる人々との対比が痛い。
ムイシュキンの脳髄 / 小説現代2013年7月号
 統計的に効果は認められているが、因果関係は明らかになっていない療法、オーギトミー。メタル・バンドのシンガー網岡無為ことムイシュキンは、三年前にオーギトミーを受けた。自らの暴力衝動を抑えるためだ。その結果、彼のバンドは解散したが…
 既に鬱病の治療で脳に電極を植え込む療法もあって(「書きたがる脳」)、かなり目前に迫った問題でもあるんだけど、あまし議論になってないのは、世間にあまり知られてない為かな? てんかんなどの病気の治療に使うなら反対する人は少ないだろうけど、栄養ドリンク代わりに電気で気合い一発なんて使い方は、さすがにマズいだろう。そのどこに線を引くかは、人それぞれ。
水神計画 / 小説現代2014年4月号
 品川水質研究所が発行した『水の心への経路』は、特に宣伝したわけでもないのに、静かなブームとなった。水に「ありがとう」と語りかければ、水は浄化されて綺麗になる。胡散臭いようだが、研究所の姿勢は慎重で、自ら非科学的であると宣言し、マスメディアにも出ず、そのため疑似科学ハンターにも目を付けられずに済んだのだが…
 かの「水からの伝言」と、原子力発電所の事故を絡め、意外な方向へと向かう作品。研究所の所長を務める黒木が、華やかなスター性はないながらも実直なベテランの理系研究者らしい、いい味を出してる。
薄ければ薄いほど / 小説現代2014年9月号
 <死を待つ家>、白樺荘。末期癌などの患者が死を待つ施設。ただし録音や写真撮影ばかりか、日記に至るまで、あらゆる記録を禁じ、徹底して世に痕跡を残すまいとした。問題は、<量子結晶水>なる物を用いた事だ。これは生薬を10の60乗倍以上に薄めたもので…
 ホメパシーをネタに、終末医療に携わる人と、そこで死を待つ人々の心の中へと迫る、重い作品。「自分はどう死を迎えたいか? 死を逃れられないなら、自分はどう振る舞うか」までも考え込んでしまう。そんな重苦しさを吹き飛ばす、中村南波のオバサンぶりが気持ちいい。
沸点 / 小説現代2015年3月号
 職を失ったわたしは、小さなソフトハウスに勤め始めた。社長の黄は子供っぽい遊びが好きで何かと珍妙な真似をやらかすが、アルバイトの川崎空はそれを楽しんでおり、事務の内海宮は顔をしかめ、技術のイェゴール・リドヴィネンコは鮮やかにスルーしている。同じビルの二階はネパール人女性が営む食品店で…
 などのクセ者揃いで国際色豊かな風景が、「アジア新聞屋台村」みたいでワクワクするが、中盤以降にアレな連中が絡んできて…。主人公とM、その運命を分けたのは何だろうと考えても、結局は運だよなあ、なんて思ってしまう。

 この作品ではオカルトや超能力の是非に答えを出していない。それより、そういった怪しげな物事になぜ人が関わるのか、なぜ深入りしていくのか、そんな人の心の問題へと迫ってゆく物語だ。読み終えると、とてもヒトゴトとは思えなくなるようで、静かな怖さを秘めている。

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2017年3月15日 (水)

吉田エン「世界の終わりの壁際で」ハヤカワ文庫JA

 西の空。そこには<壁>があった。
 かつて、山手線と呼ばれた鉄道の沿線に築かれた巨大な壁。その見渡す限り果てのない黒い壁の内側には、美しく、整った、まるで天国のような街があると、片桐を育ててくれた孤児院の住職が言っていた。

【どんな本?】

 2016年の第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作を、加筆訂正した作品。

 近未来の東京。数十年後に迫った大異変に備えるため、山手線をなぞるように巨大な壁が築かれている。壁の中の者は異変を逃れ、豊かで安全に暮らせるという。

 だが壁の外でも、人々は暮らしていた。抜け目なく立ち回れば、貧しくともなんとか生きてはいける。片桐音也は、有り金はたいて装備を買い集め、ゲーム<フラグメンツ>で勝ち残り一攫千金を狙うが、軽く蹴散らされてしまう。桁違いの金をかけた身体改造者、壁の中の住民が対戦相手だったのだ。

 素寒貧になった音也は、旧友の保坂に誘われ、ヤバい仕事に手を出す羽目になる。勢力拡大に熱心な新興組織ブラザーフット絡みだ。嫌な予感は当たり、音也はトラブルに巻き込まれるばかりでなく、正体不明で物騒なモノを背負い込む羽目になり…

 ゲーム,ボーイ・ミーツ・ガール,貧しい少年の野望など、娯楽作品の定番を揃え勢いのあるアクションで引っ張りながら、骨太なアイデアに支えられた世界観を示した、勢いのある長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約382頁。9ポイント40字×17行×382頁=約259,760字、400字詰め原稿用紙で約650枚。文庫本としては少し厚め。

 文章はこなれている。内容は、一部のガジェットを除き、かなり親切。難しそうな部分もあるが、理屈はわからなくても、ストーリーに絡む重要なツボは感覚的に伝わるよう、巧く書き方を工夫している。

【感想は?】

 バトル・アクションを中心とした娯楽小説として、新人とは思えぬ巧さ。こう言っちゃなんだが、電撃文庫で電撃向けの味付けで出したら、もっと売れると思う。

 出だしからして見事。ゲームでのし上がろうと野望を抱く貧しい少年が、全財産をかけ揃えた装備で一発勝負に臨むが、圧倒的な資金を誇る金持ちプレーヤーに一蹴される。ちょっと古臭い感はあるが、少年漫画の王道を感じさせる導入部だ。

 壁で区切られた世界で、その壁を乗り越えようと足掻く少年は、ヤバい橋を渡る過程で曰くありげなシロモノを手に入れ、また不思議な少女と出会い…

 と、幾つもの謎を示した上で、更なる冒険を予感させる、多少古臭くはあるけど少年漫画の安定感ある王道を感じさせる開幕。当然、そういった読者の期待は裏切られることなく、主人公の片桐音也は次々と危機に見舞われ、その度に激しいアクションが展開する。

 このバトル・アクションの書き方が、これまた少年漫画の王道で。それぞれの闘いに、「なぜ闘うのか」「誰と闘うのか」「どう闘うのか」が、キチンと意味を持っているのだ。お陰で、バトル突入の唐突感がない上に、読み進めるほど伏線が効いてきて、読者は本を閉じるキッカケが掴めなくなる。

 しかも、主人公が若いだけに、少しづつ変わっていくのもいい。最初はゲームで成り上がる事しか考えてないチンピラな音也が、それぞれの闘いや出会い、そして世界の仕組みを知るにつれ、冒険物語のヒーローに相応しい人物に育ってゆく。こういうのが、とっても気持ちがいいのだ。

 そうやって育ってゆくのが、主人公だけじゃないのも、電撃向きな所。音也が彼女を変えてゆき、彼女も音也を変えてゆく。ただ、誰がメイン・ヒロインかは、読者によって意見が分かれるだろうなあ。ほんと、途中からグッと可愛くなるんだ、彼女。

 対して、オトナたちは、それぞれが確固たる性格を持ってて、あまり変わらないのも、オジサンには厳しいけど若い読者にはウケそうだし。

 SFとしても、最近流行りのアレについて、ちゃんと理論的な基礎から現在技術の延長に至るまで何歩か先を見通して設定を築き上げてるんだけど、そういった舞台裏はサラリと流して、理科や数学が苦手な人にも伝わるようになってる。

 でありながら、マニア向けのクスグリも、本筋に関係ない形でさりげなく散りばめているのが嬉しい。「不具合じゃなくて仕様」とかw

 と、とっても面白い作品だし、特に終盤はガンガンと盛り上がって、速く読み進めたくなるんだが、ここで決め台詞が、ちょっと。

 いや決め台詞はカッコいいんだ。ただ、読者は盛り上がってるから、気持ちが逸ってて、「ど、どうなるんだ!」と早く続きが読みたくてしょうがない。そこに決め台詞が、あまし目立たない形で入っちゃってる。これがとってももったいない。私はサラリと読んじゃって、「あれ、今のかなりカッコよくね?」と逸る心を押さえて頁を戻すと、やっぱりカッコいいんだな。呼び方だけなのに。

 のし上がろうとする少年が、大きな運命に飲み込まれ、様々な人々と出会い、生き延びるために闘い続ける中で、世界の姿を知り、成長してゆく、鉄板の娯楽アクション作品。たぶんSFじゃなくても商業的に成功しそうな気配がする著者だけど、SFも書き続けてくださいお願いします。

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2017年3月13日 (月)

筒井康隆「モナドの領域」新潮社

「ヒトは神よりも奇蹟を求めるもんだ」

【どんな本?】

 日本SF界の巨星・筒井康隆が、「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」と高らかに宣言した、最新の長編SF小説。SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇でも、6位に輝いた。

 土手の河川敷で、若い女のものと思われる片腕が見つかり、警察が捜査に乗り出す。その直後、現場近くの公園で片足が見つかった。同じころ、商店街のベーカリーでは、アルバイトの代役で入った美大生の栗本健太が、人間の腕そっくりのパンを焼き上げ、ちょっとした評判を呼ぶ。

 ミステリとして始まった物語は、現代の救世主をめぐる寓話へと向かい、宇宙・神・正義・創作などを巡る哲学的な対話へと発展してゆく。短い作品の中に、筒井康隆のエッセンスを濃縮して詰めこみながらも、親しみやすい読み心地を維持した、ベテランの余裕あふれる作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年12月5日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約209頁。9.5ポイント41字×17行×209頁=約145,673字、400字詰め原稿用紙で約365枚。文庫本ならやや薄めの一冊分。

 文章はこなれているが、内容は一部に難しい部分がある。作品名のモナド(→Wikipedia)が示すように、ここで必要なのは哲学や神学の素養。もっとも、わかんなくても、ソレナリに楽しめるようになっている。というか、私は哲学や神学はからきしなんだけど、それでも楽しく読めた。

【感想は?】

 今の筒井康隆だから世に出せる作品。

 と書くと駄作のように思う人もいるが、もちろん違う。今まで筒井康隆はタブーを散々破ってきたし、実験的な作品も下品な表現もやり尽くしてきた上で、商業的にも成功を収めた。「もう何も怖くない」状態だ。どんな作品だって出版できる立場にいる。

 そんな筒井康隆の最新作がどうなるかと思ったら、出だしは意外と大人しい。まるで普通のミステリみたいだ。「虚航船団」のように、一行目から向かない読者を振り落としたりはしないし、欲望丸出しの下品な台詞も控えめで、万人向けの作品のように見える。

 もちろん、これは罠だ。実に人が悪い。

 人の腕型のパンのエピソードに続き、身近に表れた神(のような存在)を名乗る者と、その周りに集まる人々との会話へと物語は向かう。ちなみにここでの神は、アブラハムの宗教でいう創造主であって、日本やインドの神話に出てくる、人格を持った神様たちではない。

 創造主(のようなもの)を自称するわりに、彼が告げる事柄が、意外と庶民的なのが可笑しい。ヨーグルトの賞味期限やら失せ物探しやら戸締りやら短いスカートやら。

 なんとも世知辛い神様だよなあ、などと侮りたくもなるが、私たちの想像力なんてのは限られたもので、宇宙の運命なんぞを告げられてもピンとこないんだよねえ。確かめようもないし。でも、今持ってるヨーグルトの賞味期限なら、パッケージを見ればスグにわかるわけで。

 と、身近で親しみやすいネタに加え、新興宗教のいかがわしさも漂わせて厨二心を刺激し、読者をグイグイと物語世界へと引き込み、次第に著者の仕掛けた罠へと誘ってゆく。

 罠の口が閉じ始めるのが、続く法廷劇の場面。なにせ被告が被告なもので、まっとうな裁判としては進まない中、著者らしいギャグ風味も交え、一見有罪無罪を争う裁判の体裁を取りながら、多くの人が近寄りがたいと感じている神学や哲学の問題へと、読者を誘ってゆく。

 やがて物語は、続く討論会の場面での聖俗ごたまぜな対話へと向かい、罠の口はガッチリと閉じ…

 ここまでくれば、もはや著者はやりたい放題。宇宙論から現代日本の風俗、ビジネスのヒントから創作論、有限と無限や戦争と平和から聖書の解釈、そしてもちろん神の存在に至るまで、短いながらも端的な文章でバッサバサと斬りまくりだ。

 ここで展開されるGODの世界観や価値観と、それに基づいて下される具体的な判断は、同時に著者が著してきた多くの作品を読み解く鍵でもある。聖も俗も区別せず、成功者を嫉む人の卑しさと形而上学的な思索も等しく扱い、セルフパロディーを織りまぜた再帰的な構造で世界を描き出す。その根底には、どんな考え方があったのか。多くの文学的な冒険を経て、筒井康隆はどこに至ったのか。

 などと小難しい事は考えず、ツツイ流の奇妙なミステリ、または救世主を巡る現代日本の騒動として読んでも、もちろん充分に楽しめる。

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