カテゴリー「書評:SF:日本」の206件の記事

2020年10月18日 (日)

春暮康一「オーラリメイカー」早川書房

夜にしか見えないものがいくつかある。もっぱら頭の上に。
  ――オーラリメイカー

「彼らはここにいます」
  ――オーラリメイカー

「ねえ、あなたがエスパーの人?」
  ――虹色の蛇

【どんな本?】

 2019年の第七回ハヤカワSFコンテストに「オーラリメイカー」で優秀賞に輝いた新人SF作家、春暮康一のデビュー作。加筆修正した「オーラリメイカー」に加え、短編「虹色の蛇」を収録。

 人類が銀河系へと進出し、幾つかの異星人とも出会いソレナリの友好関係を築いている遠未来。

 アリスタルコス星系は異常だった。九つの惑星のうち四つは、水星と同じぐらいの質量で、公転面が60度以上も傾斜している。しかも扁平な楕円軌道で、近日点と遠日点は他の惑星の軌道スレスレをかすめている。明らかに、何者かの意図を感じさせる構成だ。

 惑星の軌道を、ここまで大胆かつ緻密に設計・変更させうる者とは、どのような存在なのか。<連合>参加の種族は、存在を星系儀製作者=オーラリメイカーと名づけ、共同で探査に赴く。果たして彼らは何者なのか。何のために、どうやって星系を改造したのか。そして<連合>と友好的な関係を築けるのか。

 遠未来の恒星間宇宙を舞台に、オーラリメイカーの謎を軸としながら、生命・知性そして出会いと別れを壮大な構想とスケールで描く、王道の本格サイエンス・フィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年11月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約287頁に加え、第七回ハヤカワSFコンテスト選評6頁。9ポイント40字×16行×287頁=約183,680字、400字詰め原稿用紙で約460枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章は比較的にこなれている。バリバリのサイエンス・フィクションで、物理学や情報工学の用語も容赦なく出てくるが、分からなかったらテキトーに読み飛ばしてもいい。これは料理なら「盛り付け」に当たる要素だろう。繊細かつ丁寧に盛り付けられているのは確かだが、この作品の最も美味しい所は、もっと大掛かりな所にある。タイトルが示すオーラリメイカーの正体と目的、そしてそれに関わる者たちの決断と行動こそが、本格派SFならではの圧倒的な迫力と感動を生み出すのだ。

【オーラリメイカー】

「わたしたちはひとつの精神でありながら無数の個性を持つ」
  ――オーラリメイカー

人知を超えたものに出会うと、そこに現実以上の神秘性を汲み取ってしまう。
  ――オーラリメイカー

「ふたりじゃなくて三人だぞ。いや、四人と言ってもいいか」
  ――オーラリメイカー

「またいつか。そのとき会うわたしが、いまのわたしにあまり似ていなかったとしても」
  ――オーラリメイカー

 これだよ、これ。こういうのがあるからSFはやめられない。

 もうね。出だしからSF者のツボを突きまくり。オーラリメイカーが造ったとおぼしき星系に、銀河の各地からエイリアンが集まってくる場面。

 <水-炭素生物>なんて言葉が出てくるから、「いわゆる珪素生物はいない」と見当がつく。代謝系はヒトと同じ、炭素を酸化してエネルギーを得ている生物たちだ。それでも、意思疎通は簡単じゃない。「<外交規約(プロトコル)>に沿って宣言を開始した」に続く段落で、エイリアンたちの異質さがビンビン伝わってきて、読者を作品世界へと巻きこんでゆく。

 にも関わらず、なぜ「会話」ができるのか。ここでコミュニケーションの基盤となるのが、数学と物理学なのもSF者の気分を盛り上げる。AIだのなんだのと、ソレっぽいIT系用語を使うのが流行ってるけど、本作は見逃されがちな情報理論の基本をキチンと抑えてるのが嬉しい。ここまで、たった3頁。なんちゅう濃い幕開けだ。

 続くオーラリメイカーの謎を語る所も、ゾクゾクが止まらない。一つの恒星系を、奇妙に秩序だった形に仕上げる存在。明らかに隔絶した技術を持っている。にも関わらず、今まで全くコンタクトしてこなかった。もし敵対する存在なら、<連合>はひとたまりもないだろう。というか、そもそも<連合>と意思疎通ができる存在なのか?

 カッチリした科学考証と、思いっきり異様なエイリアン、謎に満ちたオーラリメイカーの存在。SF小説の出だしとしては、トップクラスの出だしだ。そして、その期待を遥かに上回る壮大で爽快で少し切ない結末。うん、これぞSFの醍醐味。

 もちろん、本作内でオーラリメイカーの正体も目的も星系を改造した方法も、そして今までコンタクトがなかった理由も明らかになる。これが実に意表を突くもので。エネルギー(の元)を得る手段も、思わず笑っちゃうほど大胆なんだけど、そういう存在なら確かにやりかねない。異質であるとは、そういうことなんだろう。

 並行して語られる<篝火>世界もたまらない。いやあ、こんな壮大な物語を、縦糸の一つで片付けちゃうかあ。これだけで長編にできるぐらいギッシリとネタが詰まった話なのに。○○を移動する手段としても、ここまで稀有壮大なシロモノは滅多にないぞ。確かにコレなら補給の心配も要らないけど。しかも、その旅の目的地を定める経緯がアレってのが、ヒネリが効いてていいんだよなあ。

 もっとも、美味しいネタの使い捨ては、ここだけじゃないから堪えられない。なんて贅沢な作品なんだ。

 やっはり途中から絡んでくる<二本足>の物語も、ロジャー・ゼラズニイのアレやコレが好きな人には、たまらない無常観と切なさが詰まってる。その運命の皮肉もさることながら、<連合>やオーラリメイカーの物語を通して伝わってくる、恒星間宇宙の残酷なまでの広さと空虚さが、彼(ら)の道行きの寂寥感を際立たせてゆく。

 生命とは、神とは、知性とは、そしてその行く先は。21世紀の科学的知見で武装したA.C.クラークがスタニスワフ・レムの冷徹さを得てオラフ・ステープルドンの壮大なヴィジョンに挑んだ、そんな傑作だ。

 本格サイエンス・フィクションならではの快楽が、ここにある。

【虹色の蛇】

<彩雲>の棲む空は、星を見るには向かないのだ。
  ――虹色の蛇

たしかに恐怖とは人を楽しませるものだ。
  ――虹色の蛇

 フランコは<白>星系の惑星<緑>でフリーの旅行ガイドとして稼いでいる。ここの名物は空を泳ぐ<彩雲>だ。色とりどりの<彩雲>は帯電していて、互いに食い合う。その際に十億ジュール級の放電が起きる。この放電の直撃を受けたら地上の生物はひとたまりもないが、その様子は観光名物でもあり、他にロクな産業のない惑星<緑>の命綱でもある。特にフランコは旅行ガイドとして優秀なのだが…

 「オーラリメイカー」同様の<連合>世界を舞台としつつも、こちらはガラリと雰囲気が変わって、ハードボイルドな一匹狼風の旅行ガイドのフランコを主人公としたコンパクトな作品。

 とはいえ、登場する<彩雲>の美しさと凶暴さそして大きさは、SFでも屈指のもの。そう、モロに雲なのだ。それも生きていて、色が付いている。なぜ色がついているのかも、ちゃんと理由がついてるんだが、それより生態が凄い。

 なにせ雲だから馬鹿デカいのもあるが、それ以上に凶暴さが半端ない。曇ったってタダの雲じゃない、雷雲なのだ。奴らが食い合う際は、あたりかまわず雷を落としまくる、光の速度で数億ボルトの電気が飛んでくるのだ(→Wikipediaの雷)。一発でも食らったらお陀仏だってのに、逃げようがない。まさしく雷神様である。

 にもかかわらず、いやだからこそ、観光名物にもなる。私たちが虎やライオンに惹かれるのも、それが力強く凶暴だからだ。<彩雲>のデカさ凶暴さは、象どころかシロナガスクジラすら遥かに凌ぐ。そんなのがバリバリと雷を落としながら食い合うのである。となればサファリパークなんか目じゃあるまい。

 もっとも、それだけに観光も命がけなんだけど。

 その<彩雲>と生態系を構成する<誘雷樹>も、なかなかに異様な生態で。地球でも幾つかの植物は、昆虫に蜜を与えるかわりに花粉を運ばせたり、果実を草食動物に食わせて種子を運ばせたりと、互いに利用し合ってる。凶暴な<彩雲>と同じ惑星で生きる<誘雷樹>も、なかなかにしたたかで…

 と、そんなデンジャラスな惑星<緑>の中で、ヒトが右往左往する話。

 いや、ちゃんと深刻な人間ドラマも進む、というかソッチこそが主題で、ちょっとジャック・ヴァンス風なチョッカイとオチもつくんだけど、なにせ<彩雲>に心を奪われちゃって。だってこれほど巨大で凶暴で美しいエイリアンは滅多にないし。

【終わりに】

 そんなワケで、骨太なイマジネーションが豊かで将来が楽しみな新人作家が出てきたなあ、というのが今の感想。日本のSF作家で言えば、小松左京と小川一水に続き、更にその先へと向かう意気込みを感じる。こういう人が出てくるなら、日本のSFはきっと大丈夫だ。

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2020年10月 8日 (木)

柴田勝家「アメリカン・ブッダ」ハヤカワ文庫JA

中国南部、雲南省とベトナム、ラオスにまたがるところに、VRのヘッドセットをつけて暮らす、少数民族スー族の自治区がある。
  ――雲南省スー族におけるVR技術の使用例

「あなたは私の過去、小さな粒子の集合体」
  ――鏡石異譚

祖母は私を「オトリアゲ」するのだと言い、大人達の前でウワヌリに向かうように促した。
  ――邪義の壁

「僕と“天使”を捕まえに行こう」
  ――1897年:龍動幕の内

ジョンの国は世界で唯一、物語を病気として扱う国だ。
  ――検疫官

僕たちアゴン族は、仏陀の教えを伝える唯一のインディアンなんだ。
  ――アメリカン・ブッダ

【どんな本?】

 2014年に「ニルヤの島」で第二回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞し、特異なのはペンネームと芸風だけでなく風貌や言動も異様だと日本SF界を震撼させた柴田勝家の初の短編集。

 論文の形式でIT技術が生み出す近未来の少数民族社会を騙る「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」,国際リニアコランダーと少女の奇縁譚「鏡石異譚」,増築を重ねた旧家の秘密に迫る「邪義の壁」,若き南方熊楠が謎解きに挑む「1897年:龍動幕の内」,物語を禁じた国家を描く「検疫官」,大量の仕掛けを満載した「アメリカン・ブッダ」の六編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年8月25日発行。文庫で縦一段組み本文約293頁に加え、日本SF作家クラブ会長・池澤春菜の解説7頁。9ポイント40字×16行×293頁=約187,520字、400字詰め原稿用紙で約469枚。文庫では普通の厚さ。

 若いわりに文章はこなれていて読みやすい。SFというより土俗ファンタジイと呼びたい芸風なので、理科が苦手でも大丈夫。

【収録作は?】

 それぞれ 題名 / 初出 の順。

雲南省スー族におけるVR技術の使用例 / SFマガジン2016年12月号
 中国南部に住む少数民族スー族は、生まれた時からヘッドセットをつけ、一生をVRの中で過ごす。彼らが「住む」世界を知っているのは、彼らだけだ。
2018年の第49回星雲賞日本短編受賞作。文化人類学の論文の体裁をとり、VR世界にドップリ浸かって人生を過ごす人々の暮らしを描き出す。この作品はわかりやすく戯画化しているが、「ピダハン」などを読むと、人は同じ世界に生きていても、実は全く別の世界を見聞きしているんじゃないか、と思う。私にとってはただの「デカいタンポポ」でも、植物学者には「オオクシバタンポポ(→神戸新聞NEXT)」だったりするし。実際、味覚に限れば、本当に別の世界を味わっているとか(→「『おいしさ』の錯覚」)。
鏡石異譚 / 2017年 ILC/TOUHOKU
 幼いころ、私は深い堅坑に落ち、そこで大人の私、未来の私に出会った。それからも何度か未来の私が現れ、トラブルを避けるアドバイスをくれた。ただ、未来の私が見えて声が聴けるのは私だけで、他の人は誰も未来の私は見えず声も聞こえなかった。
 岩手県北上山地に総延長約31kmの巨大加速器ILC=国際リニアコライダー(→Wikipediaを誘致する計画に基づくSFアンソロジー「ILC/TOUHOKU」収録作。プロジェクトは物理学の先端を探るものだが、著者の手にかかると一気に土俗的な空気になるのが楽しい。とか書いてたら、ロジャー・ペンローズのノーベル物理学賞受賞のニュースが飛び込んできた。にしても素粒子団子w
邪義の壁 / 2017年 ナイトランド・クォータリーvol.11
 私の実家は山村の旧家だった。増改築を繰り替えし、複雑で雑多な屋敷だった。その一角に「ウワヌリ」と呼ばれる白い大きな壁がある。子供の頃、祖母に言われ意味も分からずウワヌリの前で「オトリアゲ」の儀式に加わった。就職・結婚し仙台に家を構え、父を呼び寄せた。実家の祖母が亡くなり、住む者のいない古い屋敷は文化財指定登録の話が出て調査が始まったが…
 曰くありげな壁を掘り返しちゃいけないのはエドガー・アラン・ポーの「黒猫」以来のお約束。ただしこの作品では旧家だけあって、次から次へと異様なものがザクザクと。ソールズベリのストーンヘンジも、見えてるのは最新の遺跡で、その下や周辺にはさらに古い時代の遺跡が埋まっているとか。
1897年:龍動幕の内 / 2019年5月 Hayakawa Books & Magazines(β)
 ロンドンの大英博物館で、若き南方熊楠は逸仙こと孫文と会う。逸仙は熊楠を誘う。「ハイドパークに天使が現れ、光を放ち、高い木の上を事由に飛び回る」「僕と“天使”を捕まえに行こう」。他の者も連れだって、夜のハイドパークに出かけた彼らは、確かに天使を見た。二対四枚の羽根が生え、淡く緑色の光を放つばかりか、見物人と会話している。
 「ヒト夜の永い夢」の前日譚。いやまだ読んでないけど。博覧強記と奇行で知られる南方熊楠(→Wikipedia)が、孫文と共に天使の謎に挑むミステリ。なんとも出鱈目な奴に描かれてるが、南方熊楠なら「あり得るかも」と思えるからなんともw 謎解きで出かける先がアレだから、奴か?と思わせて、こうきたか。まんまとひっかかったぞ。
検疫官 / SFマガジン2018年10月号
 ジョン・ヌスレは空港で働く検疫官だ。彼らは物語の持ち込みを防ぐ。いったん入り込んだ物語は、人から人へと感染を広げ、際限なく増えてゆく。ある日、10歳ほどの少年が空港で足止めを食らう。母親と共に入国したが、その母親は倒れて入院した。母親と一緒に検疫を受けたいと少年は望んでいる。宙ぶらりんの少年は、しばらく空港のラウンジで過ごす羽目になった。
 新型コロナのせいでキャッチーになってしまった作品。ネタの一つは空港で暮らしたマーハン・カリミ・ナセリ(→Wikipedia)だろう。物語が子供達の間で変異・増殖するくだりは、「ノーライフキング」(→Wikipedia)が描く子供の社会を思わせる。物語が禁じられた国でジャンキーがすがりつくアレは、長期の海外旅行で禁断症状に苦しんだ経験から得たアイデアだろうか。「物語とは何か」を、物語を禁じることで浮かび上がらせる手法が見事だ。「ヒトはなぜ神を信じるのか」によると、ヒトの脳は勝手に物語を創り上げるようにできてるとか。
アメリカン・ブッダ / 書き下ろし
 断絶していた向こう側=エンプティから、三千年ぶりにメッセージが届く。語り手はミラクルマンと名乗る二十代前半の若者で、仏陀の教えを伝えるアゴン族のインディアン。大精霊ブラフマンに頼まれ、アゴン族はアメリカを救おうとしている。向こう側とこちら=Mアメリカは、時間の流れが違う。向こうの1秒はこちらの4時間だ。そのため、ミラクルマンの公聴会は何年も続き…
 アメリカ合衆国の先住民問題に日本型仏教など著者ならではのネタに加え、SF定番のアレやコレやの仕掛けを惜しげもなくブチ込み、長編並みの内容をギュッと濃縮して短編にしたような作品。アレンジした仏陀の逸話やアゴン族が仏教に帰依する経過も楽しい(ちなみに「あごん」を変換すると…)が、グレッグ・イーガンと思わせながら手塚治虫を経てロジャー・ゼラズニイへと昇華する豪快かつリリカルな物語は、この作品集の表題作に相応しい。星雲賞候補は確実な傑作だ。

 「SFは法螺話だと思っている」は、筒井康隆の言葉だったか。いかにも真面目な論文のフリをして駄法螺をふく「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」も楽しいが、やはり巻末を飾る表題作の「アメリカン・ブッダ」が素晴らしい。昔からある歴史の傷と、たった今浮き上がってきた時事問題を、眩暈するほどの大量の仕掛けで巧みに織り上げ、鮮やかに着地を決めてみせる。若手とは思えぬ見事な手腕だ。スレたSF者なら頭から読めばいい。「たまにはSFでも…」とか思っている人は、最後の「アメリカン・ブッダ」だけでも読んでみよう。今、最も美味しいSFがここにある。

 ただし著者については、あまし調べない方がいいかもw

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2020年9月22日 (火)

SFマガジン編集部編「アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー」ハヤカワ文庫JA

「I'm fine.」
  ――宮澤伊織「キミノスケープ」

「スミレみたいな、青よ。声も名前も」
  ――南木義隆「月と怪物」

「あの光はうつくしい綾。硲が編んだ晶表現のよう」
  ――櫻木みわ+麦原遼「海の双翼」

“色のない緑の考えが猛烈に眠る”
  ――陸秋槎「色のない緑」

「ただ、飛びたいんです」
  ――小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」

【どんな本?】

 想定外の大当たりとなった「SFマガジン2019年2月号」。その原因となった「百合特集」で掲載された短編四本+コミック一本を中心に、pixiv の話題作や書下ろしを含めた、百合SFサンソロジー。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」ベストSF2019国内篇でも13位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年6月25日発行。文庫で縦一段組み本文約396頁。9ポイント40字×17行×396頁=約269,280字、400字詰め原稿用紙で約674枚。文庫では少し厚め。

 全般的に文章がこなれていて読みやすい作品が多い。逆に「海の双翼」は、ワザと狙って異質な感触を出している。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。

キミノスケープ / 宮澤伊織 / SFマガジン2019年2月号
 突然、街から人が消えた。人だけじゃない、鳥も獣も消えた。電気や水道は通じている。だがテレビやラジオはノイズだらけだし、電話もインターネットもつながらない。スーパーやコンビニには、なぜか新鮮な食品が並んでいる。街の建物は少しづつ入れ替わってゆく。あちこち彷徨ううちに、メッセージを見つけた。「I'm fine.」
 冒頭、朝起きて家を出るまで、5頁と少しかけて、主人公の暮らしを丁寧に描いている。本書の冒頭に相応しい描写だ。状況は「西城秀樹のおかげです」と似てるんだけど、語りの感触もお話の進み方もまったく違う。「西城秀樹…」は開き直った明るさの陰に恨みが潜んでいるのに対し、この作品はごく自然体だ。変わったのはSFなのか社会なのか。
森田季節 / 四十九日恋文 / SFマガジン2019年2月号
 死者の意識は死後も49日ほど此の世にとどまると判ってから50年。そして限られた文字数なら死者とメッセージを交換してよいとなった。最初の日は49文字、以後一日一文字づつ文字数が減る。絵梨は、亡くなった栞と短歌形式でメッセージをやりとりする。意外と栞はアッサリしていて…
 もともと栞が前向きでサッパリした性格なのか、死者はみんなそうなのか。私は後者だと思うんだが、どうなんだろう? 少しづつ減ってゆく文字数、最後の一文字をどうするか。絵文字が充実してる今は選択肢が増えて楽な気もするけど、逆に選ぶのが大変な気もする。
ピロウトーク / 今井哲也 / SFマガジン2019年2月号
 9頁の漫画。前世からのお気に入りの枕を失い眠れないと言う先輩に付き合い、主人公は枕を探す旅に出る。
 この作品は版の大きい単行本で読みたかった。特に3頁目の2コマ目とか、人が減って荒れた町を女子高生二人が元気に闊歩する雰囲気がよく出てる。季節の移り変わりを服や風景で伝えるのも、漫画ならでは。
幽世知能 / 草野原々 / SFマガジン2019年2月号
 もう一つの宇宙、幽世。その無尽の計算能力を使うコンピュータが幽世知能だ。ただし幽世に安定してアクセスできる場所は限られ、神体と呼ぶ。与加能が住む町には使えそうな神体があったが、不安定かつ神隠しの危険が高く、計画は失敗した。その神体で、幼馴染の灯明アキナが待っている。
 エキセントリックなキャラクターを出さないと気が済まない著者ならではの作品。アキナがやたら強烈だと思ってたら… 「常識的なキャラクターを書け」と言われて百合関数に挑んだ意欲作。
伴名練 / 彼岸花 / SFマガジン2019年2月号
 舞弓青子は、真朱様に宛てた日記を綴る。両親に武芸は仕込まれたが、綴りは苦手だ。修身やお裁縫の授業のこと、級友のこと、寄宿舎で過ごす夜のこと。そして真朱も青子に返事をしたためる。花壇の手入れの工夫、オルガンの得意な級友…
 レ・ファニュの「吸血鬼カーミラ」をキム・ニューマンの「ドラキュラ紀元」的に処理し、大正ロマン風に味付けした怪作。ちょっとジョージ・R・R・マーティンの「フィーヴァードリーム」を思わせる展開も。「死妖」や「緋袴」などちょっとした単語にも凝った文章が雰囲気を盛り上げている。
南木義隆 / 月と怪物 / pixiv 2019年
 セーラヤは1944年に、ソフィーアは三年後に、ソ連北東部の貧しい農家で生まれた。幼くして家族を失い、親戚をたらい回しにされた末に家出し、モスクワの地下で命をつないでいるうちに当局に捕まり、病院のような施設に収容される。施設には多くの子供がいた。当局はセーラヤの妙な能力に強い興味を示し…
 浮浪児が安定した食事と寝床を与えられても、嫌な予感ばかりが漂うのもあの国ならでは。「グラーグ」や「セカンドハンドの時代」を読むと、なかなかに背筋の凍る出だし。あの国なら、そういう研究もしただろうなあ。しかも、強引に。異色作と言われるけど、百合を抜きにしても重い問題に正面から挑んだ力作だと思う。
海の双翼 / 櫻木みわ+麦原遼 / 書き下ろし
 栞が海の話を聞いたのは20歳のとき。以来50年、栞は職業作家として生きた。鱗晶は体調を記録し整え、また光や音で伴奏を添える。硲は栞が書いた原稿に晶表現で伴奏を加えた。細い雨が降る日、栞は仲間とはぐれた鳥人を拾う。当初、鳥人の言葉は拙かったが、羽根は複雑な模様を描いた。
 楽譜はメロディを伝えるけど、音色までは伝えない。テキストは言葉を伝えるけど、声色や表情は載らない。そこに晶表現や光る羽根なんてアイデアを持ってきたのは秀逸。鳥人の「なにものが解釈しようと、言葉の意味は変わらない」や硲の「足すを足すと、引くを引くと呼べばいい」は、チョムスキーの文脈自由文法を示すのかな? 異星人の言葉を翻訳したようなぎこちない文章も、意図的なものだろう。
色のない緑 / 陸秋槎 / 書き下ろし
 ジュディの仕事は、機械翻訳した小説の脚色だ。若者は気にしないが、年配者はヒトが脚色した文章を好む。エマから連絡が来た。モニカは700頁を超える論文を完成させた直後に、モニカが自殺した、と。ジュディはエマと共に葬儀に出席する。16歳のとき、三人は青少年学術財団のプロジェクトで同じ班になった。テーマは言語学。
 今の Google などの機械翻訳は機械学習によるもので、だいぶ精度は上がってきた。長い文章は苦手だが、短い文章はかなり意味が通じる。法律文書やRFCなど、形式が決まっていて論理を重んじ意味が伝わればいいモノには、やがて充分な性能になるだろう。けど小説は、というと、うーん。例えば本作に出てくるフィッシュ・アンド・チップス。この言葉から受ける印象は、ロンドンっ子と江戸っ子じゃだいぶ違う。かといって焼き鳥に変えるわけにもいかないだろうし。
ツインスター・サイクロン・ランナウェイ / 書き下ろし
 巨大ガス惑星の雲の中に昏魚の群れが住み、貴重な元素をもたらす。サーキュラーズの暮らしは昏魚の漁だ。二人乗りの礎柱船でツイスタが船を操りデコンパが網を編む。普通は夫婦で乗り込み、夫がツイスタで妻がデコンパだ。だがテラと気の合うツイスタは見つからず、今は小柄なダイオードがツイスタを担っている。
 高重力の巨大ガス惑星の大気中の生物って発想はA.C.クラークの「メデューサとの出会い」を彷彿とさせる。が、そこは小川一水。ペアでなきゃいけない礎柱船の設計や、そのペアが夫婦でなければならないサーキュラーズの社会構造など、背景事情の設定が上手い。まさか昏魚にまで、そんな事情があるとは。もしかして木星のアレもコレなんだろうか。なお、ハヤカワ文庫JAから長編版がでている。

 相変わらずの草野ワールドが展開する「幽世知能」、古めかしい百合を装いつつ凝った設定が明らかになってゆく「彼岸花」、全体主義国家の冷たい恐怖に満ちた「月と怪物」、実は相通じるテーマの「海の双翼」と「色のない緑」、そして抜群の安定感がある「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」。百合とは何かを本書から探ろうとすると、かえってわからなくなるぐらい、バラエティに富んで楽しい本だ。

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【今日の一曲】

Roxy Music - Same Old Scene

 百合といえば是非とも推したいのが、1980年のアメリカ映画「タイムズ・スクエア」。市長候補の娘パメラは、父に反抗するも病院に押し込められる。そこで出会った不良娘ニッキーと共に病院を脱走し、二人で暮らし始めるが…

 ええトコのお嬢様と宿無しの野良猫が、胡散臭い奴らがタムロしてゴチャゴチャした当時のニューヨークで生き抜く姿を、あの頃流行のプリテンダーズやゲイリー・ニューマンの音楽に乗せて描いた佳作。当時は、いや今でも青春映画ってくくりだけど、今思えば間違いなく百合。大ヒットしたわけでもないので今は手に入れにくいけど、機会があったら一度は観て欲しい。

 その中でも最も印象に残っているのが、オープニングの曲。ブライアン・フェリーの声が実にイヤラしいw

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2020年8月31日 (月)

小川哲「ゲームの王国 上・下」早川書房

闇の中からは、光がよく見える。
  ――上巻p9

「誰が勝ってて、誰が負けてるか、どうして勝ち、どうして負けるか。その仕組みが知りたくて、ときどきそういったことを考えるんだ」
  ――上巻p141

政治とは正しい考えを競うゲームではなく、正しい結果を導くゲームだ。
  ――上巻p279

ルールには二種類ある、とムイタックは説明した。みなが守るべきルールと、ルールに関するルールだ。
  ――上巻p304

「俺たちがずっと探していたものは、これなんじゃないかな」
  ――下巻p130

くじ引きにおいて、人々は神とゲームで対決する。
  ――下巻p155

【どんな本?】

 「ユートロニカのこちら側」で2015年の第3回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞した小川哲が、激動のカンボジア現代史を描いたSF/ファンタジイ長編。

 1956年、カンボジア。高校の歴史教師サロト・サル(後のポル・ポト)は、穏やかな人柄で生徒から人気を得ていた。だが夜には人目を避けつつ、共産党の集会でシハヌーク政権を覆す戦略を練っている。同年、郵便局員のヒンはサロト・サルの娘らしき赤子を預かり、ソリヤと名づけ育て始めた。

 1964年。ロベープレソンの農民の息子ティウンは6歳。その日に生まれた弟ムイタックに、老師は奇妙な予言をする。「この子はクメール人に大きな災いか、あるいは大きな幸福をもたらすでしょう」。村では賢い方だったティウンたが、ムイタックは更に鋭い頭脳を持っていた。

 1975年。ソリヤとティウンとムイタックはバタンバンで出会う。ムイタックはそれまでトランプのゲームでは負け知らずだったムイタックだが、ソリヤが相手だと互角の勝負になる。楽しく遊んでいた三人だが、街にクメール・ルージュが雪崩れ込んできた。

 腐敗が蔓延したカンボジア王国時代・クメール共和国時代、高い理想のもとに虐殺が横行した民主カンプチア時代、そして近未来のカンボジア王国を舞台として、「ゲーム」を機に出会ったソリヤとイムタックを軸に、そこに生き死んでいった人々の姿を描き出す、衝撃の長編小説。

 2018年に第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞受賞に加え、 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」でベストSF2017国内篇の第2位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年7月25日発行。私が読んだのは2018年5月20日の4刷。単行本ハードカバー縦一段組み上下巻で約383頁+353頁=736頁。9ポイント43字×20行×(383頁+353頁)=約632,960字、400字詰め原稿用紙で約1,583枚。文庫なら上中下でもいい分量。なお今はハヤカワ文庫JAから文庫の上下巻で出ている。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。クメール・ルージュのキリング・フィールドで有名なカンボジアが舞台だが、カンボジア現代史を知らなくても、読んでいれば自然と雰囲気は伝わってくる。仕掛けはSFというよりファンタジイに近いので、あまり難しく考えない方が吉。

【感想は?】

 まずは上巻の圧倒的な筆致で描くカンボジア現代史に圧倒される。

 クメール・ルージュの頃(民主カンプチア時代)の酷さは映画「キリング・フィールド」などで有名だが、それ以前のカンボジアはよく知らなかった。

 が、この作品でなぜクメール・ルージュが成功したのか、なんとなくわかってくる。もともと腐敗しきってて、みんな変化を求めていたのだ。ソリヤの養父母ヒンとヤサの物語は、当時のカアンボジア政府の出鱈目さを嫌というほど見せつけてくる。秘密警察の無駄な強引さも凄いが、郵便制度もこれじゃなあ。

 対してティウンとムイタックのパートは、同時期の農村ロベープレソンを描く。こちらは政府の力が及ばない分、牧歌的ではあるが、そこに暮らす人々は野放図って言葉じゃ収まらない強烈な個性の持ち主ばかり。二人の父のサムも、頼りがいのある働き者の村長ではあるんだが、理屈の通じなさっぷりは、いかにも田舎のトーチャンらしい。

 そんな父の息子として生まれたティウン、下手に賢いのが災いして、事あるごとに拳骨の雨が降ってくる。こういう親子関係がよく書けるなあ、と感心してしまう。もっとも、その後に描かれる村の子供たちの社会も、やっぱり理屈が通じないのは同じだったり。こういう社会でなまじっか賢いと苦労するんだよなあw

 もちろん、理屈が通じないのは大人も同じ。そもそも彼らの呼び名が「養豚ニム」「脱糞ナン」「輪ゴム」「泥」「鉄板」と、小学生のあだ名並みのセンスなのが、なんともw

 しかも、彼らの個性が名前に負けてないんだよなあw 脱糞ナンはともかく、泥と鉄板のイカレっぷりときたら…。単にイカレてるだけじゃなく、彼らなりに筋が通てるのも本物っぽい。こういうイカレた人を創造する能力は、筒井康隆以来の才能かも。

 そんな彼らの暮らしが、否応なしに壊されてゆくのが、上巻の後半。お待ちかね?のキリング・フィールドの始まりだ。普通に考えればオンカー(組織)こそが元凶なのに、怒りの矛先が仲間や隣人たちへと向かってゆく過程が怖い。キリング・フィールドを引き合いに出すと遠い世界の事のようだが、似たような事は私たちの職場や近所づきあいでもよく起きてたりする。

 高邁な理想を掲げて思い切った改革をしたクメール・ルージュだが、結果はご存知の通り。ここで自分たちの間違いを認めず、更に暴走に拍車がかかるあたりも、権力の怖さが伝わってくるところ。スターリンが散々やらかしてたんだけど、彼らは知らなかったのか、知ってて自分には関係がないと思っていたのか。

「もっとも高い理想を掲げている人が、もっとも残酷なことをするの」
  ――上巻p297

 下巻では、そんな時代を生き延びた、近未来の人々を描きつつ、焦点は次第に主人公格のソリヤとティウンとムイタックに絞られてゆく。いや、やっぱりロベープレソンの強烈な面々も顔を出すし、WPなんて強烈な奴も新しく登場してくるけど。同様の強烈さを備えたダラ医師との対決は、これだけで独立した短編にして欲しいぐらいの濃い場面。

 などの混沌が支配するカンボジアで、ある意味じゃ正攻法で立ち向かおうとするソリヤと、別の道を探るティウンとムイタック。

 彼ら三人が主人公格として描かれるが、三人とは全く異なったアプローチをとるのがラディー。同じ「ゲーム」に対し、鮮やかにルールの裏をかくラディーは、この物語でトリックスターとしての役割を果たす。ある意味、彼は裏主人公なのかも。

 一見ルール無用に見える過酷なカンボジアの現代史の中で、見えないルールに支配されたゲームとして解釈しようとする者、頑なに自分のルールで生きる者、そしてルールの穴をついてスリ抜ける者などを役に配し、ヒトの社会を見事にデフォルメして描き切った問題作。読みやすくて面白いのは保証する。SFやファンタジイが苦手でなければ、きっと夢中になれる。

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2020年7月28日 (火)

小川一水「天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ PART1・2・3」ハヤカワ文庫JA

「どう、ダイア。ここに国を作ってくれない?」
  ――PART1 第1章 芽生えざる種

「彼らが知りたいのは、俺たちがどこへ向かうのかということだ」
  ――PART1 第2章 迎賓の火

「ものすごく、ものすごく面白いなりゆきじゃないか?」
  ――PART 2 第5章 魅力的な子ら

「護衛艦はすでに全滅しました」
  ――PART 2 第7章 「冠絡根環」にて

人間は異質なものを排除する。異質なものがなければ、それを内部に作り出しさえする。
  ――PART3 第10章 青の惑星にて

【どんな本?】

 SF作家の小川一水が2009年から書き続けてきた全10部にわたる本格SF長編シリーズ、堂々の完結編。

 人類が壊滅した太陽系で、唯一生き延びた元小惑星セレスに住むメニー・メニー・シープと≪救世軍≫は、なんとか和解に至る。そのセレスは太陽系を脱し、カルミアンの母星へと向かう。そこにはセレスだけでなく、超銀河団の諸種族が集っていた。生態も思考様式も技術レベルも異なる雑多な者たちの中で、人類の生存を賭けた駆け引きと戦いが始まる。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2020年版」のベストSF2019国内篇で第3位に輝いた。

 というか例年ならトップが確実な作品なんだけど、この年は豊作過ぎたんです。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 PART1は2018年12月25日、PART2は2019年1月25日、PART3は2019年2月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約322頁+333頁+355頁=約1,010頁に加え、あとがき7頁。9ポイント40字×17行×(322頁+333頁+355頁)=686,800字、400字詰め原稿用紙で約1,717枚。文庫本3巻は妥当なところ。

 文章はこなれていいて読みやすい。ただし本格SFのフィナーレに相応しく続々と奇想天外なガジェットが飛びだす濃い作品だ。また長編シリーズの完結編なので、登場人物たちの背景事情も重要になる。なので、できれば最初の「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ 上・下」から読もう。新型肺炎が猛威を振るっている今は、「天冥の標Ⅱ 救世群」から読み始めるのもいいかも。

【感想は?】

 長編シリーズは怖い。

 何が怖いって、読み終えると、登場人物たちの背景が気になって、前の巻を漁りたくなるのだ。そうやって前の巻のアチコチを漁っていると、いつまでたっても読み終えられない。いや読み終えても、登場人物たちが脳内に住み着いて、読者の情報処理能力を食いつぶしてしまう。多くの読者の脳内に巣食い、その処理能力をカスめるのがノルルスカインの生存戦略か←違います

 そういう怖さがギッシリ詰まった完結編だ。じっくり腰を据えて挑もう。

 とか思ってたら、やや静かなオープニングに続き、いきなりド派手な宇宙艦隊船が炸裂する。ここで傍若無人に暴れまわるエンルエンラ族に始まり、続々と登場する奇妙奇天烈なエイリアンたちには、スレたSFファンも充分に満足できる。バラエティに富んだエイリアンたちの百鬼夜行ぶりは、デビッド・ブリンの「スタータイド・ライジング」や小松左京の「虚無回廊」以来の大興奮だ。

 その「スタータイド・ライジング」のエイリアンたちは、強欲かつ凶暴ながらも、それぞれが長い付き合いがあって、知性化の序列による一応の秩序もあった。だが、ここに集った連中は、ここに来た目標こそ同じものの、多くは初顔合わせな上に、目的も考え方も違う。そんな連中が、どうやって意思疎通をはかるのか。

 人類と異星人のファースト・コンタクトを描いた作品は多いが、エイリアン同士のファースト・コンタクトなんて無茶なお題に挑むのは、この作品ぐらいだろう。ここでは、日本語の柔軟な表現力を存分に使い尽くした妙技が炸裂する。と同時に、それぞれの生存環境や生態を反映したエイリアンらしい比喩表現も、伝統的なスペース・オペラのファンには美味しいところ。

 などの伝統的なスペース・オペラからニューウェーブの洗礼そしてサーバーパンク革命を経て現代へと続く歴史をキッチリと受け継いだ上で、さらにその先を目指す今世紀ならではの気迫が満ちている。かつてのSFじゃは白人の男ばっかりだった宇宙が、この作品ではちょっとした単位系にも銀河レベルの国際?感覚がほとばしってたり。

 そんなエイリアンどもの中には、凶暴なのもいれば狡猾なのもいるし、賢いのもいる。ばかりでなく、スペース・オペラに欠かせない可愛いのも。いいなあ、「ごじうごおう」、ウチにこないかなあ。抱えたくなる気持ち、わかるなあ。

 もちろん、エイリアンどもが集う「目標」も、全10部にわたる大長編に相応しい、大げさかつクレイジーなシロモノだし、そこに迫るまでの活劇も危機また危機のジェットコースター・ストーリーで、なかなか頁を閉じさせない。

 もちろん、活劇は宇宙空間だけでなく、銃撃戦や肉弾戦もたっぷりだし、ケッタイな乗り物も大活躍するから嬉しい。もちろん、我らのロマンの結晶であるドリルは欠かせない。わはは、そうきたかあw

 しかも、そこに今までの巻で張られた伏線が合流してくる。これまた長いシリーズものならではの味で。舞台こそ同じ世界なものの、テーマは全く違っていて外伝かな?と思えてたアレやコレが、「おお、そういうコトか!」と腑に落ちる快感は、やはりこれだけの量だからこそ。なるほど、あの連中、お楽しみに乱入するだけのお邪魔虫じゃなかったのね。いやここでもやってる事は、やっぱりある意味「邪魔」なんだけどw

 当然ながら、そういった伏線を背負うのは個々の登場人物たち。この完結編では、それぞれの者が背負い受け継いできたアレやコレらが、業病の冥王斑を介して銀河の運命そのものと絡み合っていく。こういった所は、小説、それもSF小説だからこその醍醐味だ。

 といった大技はもちろん、ちょっとした言葉遣いにも伏線が潜んでるから油断できない。被展開体ってのも、この展開から考えるに…

 とかの、アチコチに潜んだイースター・エッグまで拾っていると、何日あってもキりがない。なので、とりあえず今はサービス満点な大長編を読み終えた満腹感に浸っていよう。

 ベテランの小川一水が10年以上をかけて執筆するのに相応しい、アイデアと意気込みに溢れた王道の本格SF大作だ。SFを愛するすべての人にお薦め。

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2020年7月16日 (木)

藤井太洋「ハロー・ワールド」講談社

「神なるドローン様、今度はわたしにルンバを降らせてください――神様」
  ――行き先は特異点

ライブ中継には遅延が絶対に必要だ。
  ――五色革命

中国政府が変わったのではない。
ツィッターが変わったのだ。
  ――巨像の肩に乗って

「こんな暮らしをしていますから、どこの国でも使える通貨があるといいですよね」
  ――めぐみの雨が降る

【どんな本?】

 「Gene Mapper - full Build -」で鮮烈なデビューを飾った藤井太洋が、得意とする最新ITテクノロジー、それもオープンソース系を中心に、オープンソースならではのテクノロジーが世界に及ぼす影響を、至近未来を舞台に描く連作短編集。

 ITエンジニアの文椎泰洋は、講習会で知り合った仲間と共に、iPhone 用の広告ブロックアプリ<ブランケン>を開発し公開した。最初はあまり反応がなかったのだが、ある時から急に利用者が増える。調べてみると、その大半がインドネシアだった。特にインドネシア独特の機能はつけていない。奇妙に思い更に調べ続けると…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」のベストSF2019国内篇で第4位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年10月16日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約273頁。9ポイント43字×19行×273頁=約223,041字、400字詰め原稿用紙で約558枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容は、さすがに Swift や GIrHub などIT系の単語が続々と出てくる。が、その大半は「知っている人を唸らせる」ためで、わからなくても大きな影響はない。とりあえずスマートフォンが使えれば話のすじは追える。最近噂になった台湾のIT担当の唐鳳(オードリー・タン)大臣のニュースを読んで何が書いてあるか見当がつくなら充分だろう。iPhone と iPad と MacBook の区別がつけば更によし。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

ハロー・ワールド / 「小説現代」2016年3月号
 文椎泰洋はIT系のなんでも屋と自任している。得意先との折衝から機材の確保、多少の開発まで一通りこなすが、どれも一流とは言えない。講習会で知り合った開発者の郭瀬敦・販売管理の汪静英と共に、iPhone 用の広告ブロックアプリ<ブランケン>を作り公開する。当初はほぼ無反応だったが、いきなりインドネシアで利用者が増えた。別にインドネシア独特の機能はついていないのだが…
 ドラマなどで活躍するプログラマは凄い勢いでキーボードを叩くけど、実際は…。こういった現場の様子や、iPhone 用の開発環境とか、その手の読者を唸らせる描写はさすが。多国語対応のあたりから、IT産業が既に世界の経済を変えつつある様子がヒシヒシと伝わってくる。当然、それは民間だけでなく…。この記事を書く前にPCを立ち上げたら、いきなり Edge のアップデート通知が出てきて、やたらビビってしまった。
行き先は特異点 / 「小説現代」2016年11月号
 文椎泰洋はアメリカにいる。上司の幾田廉士に命じられ、ラスベガスに行く途中だ。目的は買収した会社のドローン製品<メガネウラ>を届けること。カーナビに従いフォードを運転していたが、なぜかキャンプ場に迷い込む。おまけに、Google が実験中の自動運転車に追突されてしまう。幸いスピードは出ていなかったし、相手のドライバーのジンジュは友好的だ。警察を呼んだがしばらく時間がかかる。暇つぶしに<メガネウラ>の試験飛行をすると…
 これまた Google や Uber が変えつつある、私たちの仕事環境を切実に感じさせる作品。昔の製造業じゃ盛んにQCとかやってたけど、今はそれどころじゃないんだよなあ。そんなトラブルさえビジネスに利用する幾田廉士の逞しさには感服してしまう。ベンチャー企業を経営するには、それぐらいのしたたかさが必要なんだろう。台湾の唐鳳IT担当大臣と日本の政治家の知識の差を騒ぐ日本のマスコミで、GitHub をチェックしてる記者は果たしているんだろうか?
五色革命 / 「小説現代」2017年4月号
 出張でタイに来た文椎泰洋は、帰国の日にバンコクのホテルで足止めを食らう。恒例のデモが予定より早く始まり、しかも規模が大きいのだ。デモの主催団体は一つじゃない。農民たちは赤、市民連合は青、新興仏教のオレンジ、軍の緑。それぞれ主張も違う。同じホテルに缶詰めになった客たちと話し込んでいた泰洋に、乱入してきた者たちが詰め寄ってきた。
 年中行事のようにクーデターが起きるタイ、それもバンコクの現状を伝える作品。先代のラーマ九世は国民から絶大な支持を受けていたが、今のラーマ十世はムニャムニャ。そんなタイのデモの裏事情や、外国人の立場の描写も生々しい。こういう「あまり知られていない国際事情」を、市民の視点で巧みに盛り込むあたりは、故船戸与一を彷彿とさせる。
巨像の肩に乗って / 「小説現代」2017年8月号
 中国政府は金盾でインターネットを検閲している。そんな中国に対し、Google や Facebook は撤退するなど対応に苦慮している。その中国政府にツィッターが折れた。これに刺激された文椎泰洋は、ツイッターに似たサービス<マストドン>(→WIkipedia)の改造版<オクスペッカー>を作り始める。暗号化して当局が追跡できないようにするのだ。
 某事件に対する著者の怒りが静かに伝わってくる作品。ほんと、もったいない。アレを巧く育てれば、国際的な力関係を大きく変えられたのに。その原因がメンツと無理解によるのもってのが、実に馬鹿々々しい。もっとも、本作品に登場するのは某事件と異なる部署なんだけど、ソッチはどうなんだろうねえ。もっと酷いんじゃないかと思うんだが。
めぐみの雨が降る
 文椎泰洋は、マレーシアのクアラルンプールにいる。仮想通貨のセミナーに呼ばれたのだ。空港へと向かう空き時間に、呉紅東と名乗る男に話しかけられる。先の<オクスペッカー>で泰洋に注目したらしい。最初は穏やかだった呉だが、中国の公安当局からのクレームの話題になると…
 ホットな話題になっている仮想通貨をテーマに、長編小説を数編書けるようなネタを惜しげもなくギッシリと詰めこんだ贅沢な作品。たかが90頁にも満たない作品なのに、次から次へと著者ならではの知識と発想が披露され、読んでいると知恵熱が出そうになる。改めて「そもそも通貨って何だろう?」と、深く考え込んでしまった。

 日本のマスコミはもちろん、CNNやBBCのニュースだけじゃわからない国際事情に焦点を当て、市民の視点でわかりやすく描くあたりは、故船戸与一を思わせる作品が多い。加えて、ITテクノロジーがもたらす豊かさと、それに伴い変わっていく世界、そしてかつてインターネットが抱かせた自由への幻想が現在はどうなっているかを冷静に見つめる目は、著者ならではのものながら、その底に流れるテクノロジーと人間への信頼は、J.P.ホーガンのファンに強く訴えるものがある。「今はとても熱い時代なんだよ」と読者に伝える、力強い物語だ。

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2020年3月11日 (水)

飛浩隆「零號琴」早川書房

「ジャリー・フォームの少年よ、覚えておきたまえ。磐記は怪獣の都なのだ」
  ――p27

「勝ち負けの世界にしているのはワンダよ。あのひとは何にでも殴り込みをかけるの」
  ――p175

「いい機会だ。とっくり教えてやるよ」
  ――p273

「これは地下から――文字どおりの地下ではなく、皆さんの中にある『地下』から何かを取り出すお話です」
  ――p306

いまわたしは最終回の「その先」にいる。
  ――p430

美縟が美縟であり続けるにはわたしは戦わなければならないのだ。
  ――p499

「<零號琴>とは、いったい何なのだ?」
  ――p551

【どんな本?】

 寡作なベテランSF作家の飛浩隆が、それまでの芸風をかなぐり捨て、思い切り娯楽に徹した長編SF小説。

 遠未来。人類は<行ってしまった人たち>の遺産を手に入れる。遺産を利用し外宇宙へと進出した人類は、銀河系の一部、快適に整備された<轍>世界へと広がった。その<轍>世界のそこかしこは、<行ってしまった人たち>が遺したとおぼしき、様々な特殊楽器が埋まっている。

 特殊楽器技芸士は、特殊楽器の専門家だ。その一人エルジゥ・トロムボノクと相棒シェリュバンに、大富豪のパウル・フェアフーフェンから依頼が入った。まもなく美縟の首都<磐記>は開府五百年祭を迎える。美縟には独特の文化「假劇」があり、人々は週末に假面をつけ町に繰りだし、假劇を楽しむ。特に五百年祭では、世界最大級の特殊楽器である美玉鐘が、秘曲<零號琴>を五百年ぶりに奏でるだろう。

 大富豪パウル、その娘で假劇作家のワンダ、五百年祭を司る咩鷺、そしてセルジゥとシェリュバン。それぞれが思惑を隠し持ちながら、謎を秘めた美縟へと集まる。<零號琴>とは何か、假劇は何を表すのか、そして美縟の真の姿は。

 ベテラン作家がイマジネーションを駆使して描く、壮大なオペラ。

 2019年の第50回星雲賞日本長編部門受賞のほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」のベストSF国内篇でもトップに輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 SFマガジン2010年2月号~2011年11月号に連載した作品を改稿したもの。2018年10月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約591頁に加え、著者の「ノート」3頁。9ポイント45字×20行×591頁=約531,900字、400字詰め原稿用紙で約1,330枚。文庫なら2~3巻の巨編。

 見慣れない漢字や奇妙な当て字がたくさん出てくるのを除けば、意外と文章はこなれていて読みやすい。ただアイデアをギッシリ詰めこんだ濃いSFなので、相応の覚悟をして挑もう。いや科学とかはかなりアレなので理科は苦手でも大丈夫だが、イカレきった発想のネタが次々と出てくるのだ。ついていくには、ソレナリに頭を柔らかくしておこう。

 なお、作中で重要な役割を果たすカリヨン(carillon,→Wikipedia)は、キーボードで鐘を鳴らす楽器だ。Youtubeにも、バッハのトッカータとフーガ などがある。パイプオルガン同様、楽器というより建物と呼ぶのが相応しい規模のメカだが、街全体に鳴り響く音の大きさはパイプオルガンすらしのぐ。移動や調律の難しさもあり、楽器の皇帝と言えるかも。

【感想は?】

 オトナが真剣かつ全力で仕掛けた悪ふざけ。

 假面や假劇なんてネタは、ジャック・ヴァンスの「月の蛾」かな、と思ったが、アレを遥かに深化したシロモノだった。

 <行ってしまった人たち>の設定はありがちだが、それに<行ってしまった人たち>なんて投げやりな名前なのは、「肩の力を抜いて楽しんでください」的な著者のメッセージだろうか。なにせハードカバー600頁近い大作だ。どうしても読む方は力が入ってしまう。が、その中身は、池上永一の「シャングリ・ラ」に匹敵する、お馬鹿で楽しいアイデア満載の娯楽作だったり。

 そんなワケで、真面目に検証しちゃったら、アチコチにかなりの無茶はあるが、あまし真面目に突っ込んではいけない。

 例えばエルジゥが面倒を見る特殊楽器の美玉鐘。つまりはカリヨンの化け物なんだが、スケールが違う。そもそもカリヨンがやたら大げさでパワフルな楽器だ。キーボードの鍵を叩くと、それぞれの音程に応じた鐘を鳴らす。鍵ったってピアノやオルガンみたく指で弾くんじゃない。ぶっとい棒を腕で叩く。しかも、鳴るのが鐘である。その音は街中に鳴り響く。これが美玉鐘ときたら…。

 音楽が好きな人にとっては、夢…というより悪夢のような楽器だw

 なんちゅうお馬鹿な楽器だ、と思うのだが、この美玉鐘とセットになる假劇が、「たしかにコレは美玉鐘でなきゃ務まらん」と納得するぐらいに狂ったシロモノで。なにせ舞台は磐記の街そのものであり、演じる役者は祭りの参加者全てなのだ。うーん、まるきしSF大会だ。となると、台本や台詞は? と疑問がわくが、ソコは假面に仕掛けがあって。あなた、人間やめる覚悟はあります?

 他にも亞童などSFな仕掛けが満載なのだが、それに加えてプリキュアをはじめとする漫画やアニメのネタも随所に仕込んであるから油断できない。そもそも冒頭のアヴァンタイトルからして、「魔法少女まどか☆マギカ」みたいだし、かと思えばオッサンにしか通じないネタもチラホラ。そうか、浩一君は桃太郎だったのかw

 もちろん、それらを馬鹿にしているワケじゃない。むしろ、台本を任されたワンダの苦悩は、二次創作に勤しむ者への応援歌でもあり、だからこそ冒頭に「まどマギ」を持ってきた、とすら思えたりする。そして、ワンダの書く台本も、この作品そのものと二重写しになっている仕掛けが、これまた見事。

 とはいえ、そういう世界の怖さ?もキチンと描いてるのが、この作品の楽しいところ。ハズミで巻き込まれたシェリュバンが、その道のベテランたちに凄まれるあたりは、「なんちゅう地雷を…」などと哀れんだり笑ったり。

 などの小ネタを次から次へと繰り出しつつも、肝心の美縟の真実に迫るあたりでは、「物語」そのものが持つ力への畏怖すら沸きあがってくる。だとすると、轍世界の仕掛けは、沼にハマり込み先人の莫大な遺産をヌクヌクと楽しんでいる我々の鏡像かな? なんて真剣に考え込むスキを与えず、ここでまた有名な小ネタを炸裂させるから憎い。

 エルジゥもシェリュバンも、実は重い背景を背負っているにも関わらず、こういう風に使われると、思わず笑っちゃうからなんともw ホント、最後までサービス精神旺盛な作品だ。

 こんな風に書くと、長い人生を浪費してネタを蓄積してきた年寄り向けの作品みたく思われるかもしれないが、もちろんそんな事はない。肝心のSFなガジェットも満載だし、物語は二転三転でドンデン返しの連続で、最後まで興奮は収まらない。パウル・フェアフーフェンの緻密にして稀有壮大な目論見、美縟の奇想天外な秘密、そして飽くまでも先を目指そうと足掻く人の姿。

 幾つものイロモノなネタをぶち込みつつも、SFとしての王道をキッチリと貫き通した、21世紀に相応しい豪華絢爛な娯楽SF大作。奇想天外でとにかく面白い小説が読みたい人向け。

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2020年2月24日 (月)

藤井太洋「東京の子」角川書店

仮部の仕事は、仕事に出てこなくなった外国人を説得して、職場に連れ戻すことだ。
  ――p6

…東京の子が、この街に裏切られるわけがない。
  ――p243

【どんな本?】

 最新のテクノロジーと社会情勢を巧みに織り込み、至近未来を鮮烈なリアリティで描くSF作家・藤井太洋によるSF長編小説。

 2019年の移民法により、日本には多くの外国人が押し寄せる。26歳の仮部諫牟の仕事は、探偵のようなものだ。職場に来なくなった外国人を連れ戻す。今日の仕事は、若い女だ。范鈴、ベトナム料理店チェーン<724>の東京デュアル支店のスタッフ。無断欠勤が一週間も続いている。

 2020年の東京オリンピックが終わった後、有明会場の跡地は「東京デュアル」となった。一種の特区である。一学年二万人ほどのマンモス大学だ。学生はサポーター企業で働き、学費・生活費を稼ぎながら学ぶ。

 勃興する中国や東南アジアと低迷が続く日本という厳しい国際関係を背後として、斬新で野心的なビジネスの開拓地でもあり有象無象が隠れ潜む大都会の東京を、エネルギッシュに駆け抜ける若者たちを描く傑作長編小説。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019国内篇で12位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年2月8日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約352頁。9ポイント42字×18行×352頁=約266,112字、400字詰め原稿用紙で約666枚。文庫本なら少し厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。藤井太洋らしくIT関係の技術面はシッカリ描いているが、分からなければ細かい所は読み飛ばして構わない。日頃から LINE や Youtube 等を使っていれば、雰囲気はつかめる。

【感想は?】

 これは是非とも映像化して欲しい。それもアニメではなく、実写で。

 というのも、アクションが映える場面が多いからだ。なにせ主人公の仮部諫牟は、パルクール(→Youtube)の使い手。映画「YAMAKASI」と言えばわかるだろうか。

 パルクール、単に都市部でアクロバットするってだけなのかと思ったが、どうも違うらしい。その辺は本編を読んで頂くとして、とにかく映像にしたらカッコいい場面が多いのだ。ただ、R-15にしないとマズいかも。なにせ男の子ってのは、「燃えよドラゴン」を観たらヌンチャクを振り回さずにはおれない生き物だし。

 そんなワケで、藤井太洋作品としては、最もアクション・シーンの多い作品になった。もちろん、読みどころはアクションだけじゃない。どころか、激動の21世紀に揺れる大人たちにこそ、美味しいネタがギッシリと詰まっている。

 その一つは、外国人の大量流入だ。昔から横浜の中華街は有名だったし、一時期はフィリピン・パブが流行った。製本業は外国人労働者が支えていると言われて久しい。埼玉県の蕨市はワラビスタンの二つ名をいただいた。

 この物語も、新大久保で幕を開ける。ただし、韓国人街じゃない。ベトナム料理店<724>だ。しかも、ベトナム人のダン・ホイがオーナーで、日本人の仮部諫牟は雇われる側。ここに藤井太洋流のヒネリが効いている所。

 強い日本円を背景にブイブイ言わしてた頃に、海外旅行で美味しい想いをした年寄りにはいささか刺激の強い幕開けだ。しかし、最近の低迷する日本経済と急成長する近隣諸国の動向を見る限り、あながちSFとばかりは思えない。

 とまれ、新宿や新大久保と聞けば、昔から得体の知れない連中が潜むと想像がつく。主人公の仮部や、その相棒のセブンもワケありっぽいし、それ以上に得意先の大熊大吾が実に胡散臭い。合法と違法の間のグレーゾーンを巧みにかいくぐり、あざとく事業…というよりシノギを嗅ぎつける大熊のビジネス感覚には、感服することしきり。監視カメラに、そんな儲け口があったとは。

 やはりビジネス感覚に感服するのが、東京デュアルのボス、三橋里。初めて登場する講義の場面から、彼の狡猾さが鮮烈に浮き上がる。大熊と異なり表舞台で堂々とビジネスを展開する三橋だが、彼の語る「のし上がる秘訣」は、身もふたもない現実を見せつけつつ、一つの戦略として強い説得力を持つ。終盤ギリギリまで本性が掴めない三橋は、濃いキャラが多いこの物語の中にあってさえ、その押しの強さも相まって最初から最後まで原色の輝きを保ち読者の心に残る。

 もう一つ、私に強い印象を残したのが、インターネット時代ならではのプライバシーの問題。

 とは言っても、「ビッグデータ・コネクト」が扱ったような、政府などの大組織に個人情報が渡るって話じゃない。私たちが自らどこまで個人情報を明らかにするか、そういう問題だ。

 発足当初のインターネットは、その仕組みもあって、ほぼ実名制だった。だって大学などの研究機関にしかなかったし。それが世界に広がり、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)など匿名掲示板ができて、匿名やハンドルなどの正体不明な形での情報発信が可能となった。今は Facebook などの実名型が、再び増えてきた。実名か匿名か、使う者が選べる時代だ。

 ブログを始める際、私も考えた。結局は無難なハンドルを選んだし、その中身も私生活は明かさないようにしている。が、堂々と実名を出してブログを続けている人も多い。なぜ匿名にするのか、または実名を出すのか。とりあえず無難な道を選ぶ私のような者もいれば…

自分の顔と本名を晒しながら身の丈に合ってない計画をぶちあげ、惨敗していることを知りながら、また同じようなことを繰り返している。
  ――p236

 と、堂々と実名で勝負している人もいる。ここで言及されてる人は、なかなか感情移入しにくいんだけどw

  とまれ、インターネットが普及した事で、そういう人も目に入りやすくなった。と当時に、炎上に代表されるように、インターネットの困った側面も、この作品はあぶりだす。セブンが請け負う仕事もそうだし、2020年2月24日現在の新型肺炎などホットな話題に便乗し、陰謀論を垂れ流す輩もいたり。あんまりにも馬鹿らしいネタなら、大半の人が無視するんだが、つい踊っちゃう人もいて…

『な、驚いただろう。バカを侮っちゃいけないんだよ。だが、この与太話にはニュースバリューがある』
  ――p305

 そう、即時性が高まった現在、正確さより話題性が大事だったりするのだ。

 とかの世相をハラハラする切迫感で描く娯楽性をタップリ詰めこみつつ、主人公の仮部がどう名乗るかというテーマには、見えにくい所に棲まざるを得ない人々が抱える事情に対し、著者なりの真摯な向き合おうとする姿勢が表れている。

 まあ、そういう屁理屈は抜きにしても、終盤では減っていく頁数を恨めしく思いながら読んだ。「もっとこの世界に浸っていたい」「もっと登場人物たちを見守りたい」、そう感じる小説なのだ。

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2019年12月16日 (月)

上田岳弘「塔と重力」新潮社

「お前は神である事に無自覚だからな。誰もがおまえをトレースすべきなのに、お前自身がそのことをよくわかっていない」
  ――塔と重力

無駄話が、惑星上に満ちている。
  ――塔と重力

「考えて。そのために私たちはいるのよ」
  ――重力のない世界

知的生命体が発生し、彼らの群れは生息域である惑星に乗って不動の一点である「ここ」を通過する。そうすると、知的生命体は塔を作り始める。
  ――双塔

【どんな本?】

 2018年下半期の第160回芥川賞を受賞した上田岳弘による、「太陽・惑星」「私の恋人」「異郷の友人」に続く、四冊目の著作。

 1995年の関西・淡路大震災をきっかけとした中編「塔と重力」と、似たテーマを扱う短編二つ「重力のない世界」「双塔」の計三篇を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年7月30日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約199頁。9.5ポイント40字×17行×199頁=約135,320字、400字詰め原稿用紙で約339枚。文庫なら薄い部類。

 文章はこなれている。相変わらず「太陽・惑星」と同じイカれきったネタを使っているので、その発想についていけるかどうかが評価の境目の一つ。

【塔と重力】

 初出は「新潮」2017年1月号。約143頁の中編。

 20年前、1995年、17歳の田辺は、予備校の仲間と合宿に出かける。泊まっていたホテルで阪神・淡路大震災に見舞われ、田辺江と美希子は生き埋めになる。二人は二日後に助け出されたが、美希子は目覚めぬまま亡くなった。

 進学を気に上京し、しばらくはフラッシュバックに悩んだが、やがてそれも消えた。知人の紹介で新興企業に入り、間もなく株式公開を迎える。Facebook を通じて久しぶりに昔の友人と連絡すると、弁護士になった水上からメッセージが届く。学生時代には度を越して合コンに入れあげていた水上は、田辺に「美希子アサイン」を始める。

 おそらく本書の中核を成す作品。なのだが、いやストーリーはわかるんだが、テーマとなると私にはどうにも読み取れない。

 。水上から「美希子アサイン」を受けつつ、葵や桃香とも体の関係を続ける田辺。いい歳してお盛んなことで、などと僻みたくなってしまう。もっとも、肝心の田辺本人は、それほど美希子に強い想いを感じているわけでもないらしい。

 確かに心の傷は残っているようだが、それは美希子の事より、怪我の激痛に苛まされながらの生き埋めなんて恐怖の体験から来るもののように読める。少なくとも、田辺はそう思っているらしい。もっとも、それさえ自分じゃわかってないっぽいのが、涙のくだり。まあ、居合わせた者にとっては不気味だよね、突然に涙を流し始めたら。

 「SFが読みたい!2012年版」では円城塔が「『携帯電話が出てくるような小説は文学ではない』とか言われかねない」などと文学界を揶揄してたけど、これも時代が変わったのか、Facebook や LINE が当たり前のように出てくるのも、この人の作品の特徴だろう。今どきの人の暮らしをリアルに描こうとすると、どうしたって SNS やスマートフォンが出てくる。

 とはいえ、これほど駆使する人も珍しい。田辺が最もよく使うのは葵を相手にする時だが、直接は見も知りもしないカリフォルニアの男にまで、電子の網の上じゃつながってたりする。SNS にありがちな話だね。

 そんな「人とのつながり方」が、やがて葵との関係にも跳ね返ってきて…

 なんて割り切れるほど、わかりやすい話じゃないとは思うんだが、よくわからない。

【重力のない世界】

 初出は「GRANTA JAPAN with 早稲田文学03」。約17頁の短編。

 息子が呼ぶ。「パパ、ねえ、パパ」。リフティングするから見ていて、と。人類は溶けて肉の海になった。そして性別や寿命、そして個人が廃止された。妻が言う。「次は重力を廃止するの」。これは演算された人生だ。

 諸星大二郎の初期の傑作「生物都市」やグレッグ・ベアの「ブラッド・ミュージック」を思わせる設定で、肉の海に呑み込まれた者が見る白日夢の話。なのだが、妙に今風の幸せな家庭の風景っぽいのが、なんとも。

【双塔】

 初出は「新潮」2016年1月号。約33頁の短編。

 村には塔がある。少年は通過儀礼として塔を登る。すると、塔の上からは別の塔が見える。こちらの村で塔に登るのは、祭祀王だけだ。二つの村は、互いに自分の塔の方が優れていると思っている。だが、実際は、双方の村の者が行き来することはない。できないように、「中央」が設定した。

 これまた「肉の海」シリーズの一つ。「ここ」とはどこか、を巡る理屈が、なかなか壮大にSFしていて心地いい。のだけど、お話のオチは道具の強大さに呑み込まれてミもフタもないことに。

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2019年12月15日 (日)

上田岳弘「異郷の友人」新潮社

吾輩は人間である。人間に関することで、吾輩に無縁であるものは何もないと考えている。名前はまだない。
  ――p3

「大再現が起こるんだよ」
  ――p72

【どんな本?】

 2018年下半期の第160回芥川賞を受賞した上田岳弘による、三冊目の著作。

 山上甲哉は幾つもの前世の記憶を持っている。それまでの人生では、経験を活かして歴史に名を残してきたが、今回の人生では平凡に生きることにした。普通に大学を卒業して食品卸会社に入り、10年務めた後に札幌支店に転勤となる。そこで甲哉は見知らぬ男に話しかけられる。

 「自分は経験したはずのない風景が、克明なリアリティを伴って頭の中にある。心あたりはないですかな?」

 ある。その一つはJ、オーストラリア生まれの男の人生だ。高校を卒業するとアメリカの奨学金を得てスタンフォード大学に進み、ハッキング能力を活かしあぶく銭を稼いでいる。

 もう一つはS、淡路島の新興宗教の教祖である。Sは山上甲哉と似た能力を持ち、三万人余の信者の意識を感知している。そのため、山上甲哉もSを通じて信者の意識や記憶がわかる。信者の一人・早乙女は、優れた頭脳を持ちつつ、すべきことを見いだせずにいた。

 平凡な会社員を装う神、優れた能力を持ちつつ目的を見いだせない者、一時しのぎの金稼ぎで日々を無駄に費やしたと痛感したハッカー、ハッカーに仕事を回している組織の幹部、そして新興宗教の教祖。彼らの人生が交わるとき、それは予言の時なのか?

 「太陽・惑星」「私の恋人」と穏やかなシリーズを成す一冊。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年1月30日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約154頁。9ポイント41字×17行×154頁=約107,338字、400字詰め原稿用紙で約269枚。長めの中編ぐらいの長さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も難しくないが、イカれたアイデアを用いているので、それについていけるか否かが問題。また、お笑いコンビのモンスターエンジンのネタを使っているので、詳しい人には嬉しいだろう。

【感想は?】

 いきなり夏目漱石「吾輩は猫である」のパロディで始まる。

 何度も生まれ変わり、その人生を覚えているだけでなく、現世の他の人間の意識までわかるのだがら、確かに「神」と言っていい存在だろう。だが、その扱いはやたら軽い。なにせ名無しの猫並みの扱いだ。おまけに2ちゃんねるにまで降臨する始末。やはり2ちゃんねるに神はいたのだw

 他にも自作品を軽くパロったりモンスターエンジンのネタを取り入れたり、と、今回の作品は全体的に今風のユーモアの色彩が強い。とはいえ、いかにも上田岳弘風味のアクの強い味なので、好みはわかれるかも。

 というのも、例えば主要な登場人物の多くが、やたらオツムの優れた人ばかりなのだ。

 語り手?の「吾輩」は神?だし、神に覗かれるJも高校時代からマスコミのマシンに不法侵入を繰り返す能力の持ち主だ。早乙女も「頭脳を使う分野であればできないことはおそらくほとんどない」と豪語するだけあって、大学在学中はJを凌ぐプログラミング能力を見せる。にしても、確かに汚いコードは気色悪いよねw いや人のことは言えないけどさw

 そしてEだ。コイツはJと同じ奨学金を得た者だが、試験の成績はJより良く、組織でもJを使う側だ。ここまでくると、少しJに同情したくなる。そこまで鼻をへし折らなくてもいいじゃないかw ただでさえヤル気をなくして飲んだくれてるってのにw そのJに付き合ってバーボンを飲むMも、付き合いがいいというかなんというかw

 などと、皆さん優れた頭脳を持ちながら、それを使う意思や脂ぎった欲望に欠けているのも、上田岳弘らしいところ。

 厳しい境遇に育ち、己の能力に相応しい立場を望むEでさえ、その望みは大きくはあるがいささか知的なものだ。Jは飲んだくれて「俺がやるべきことなど、もうこの世にないのではないか?」なんて気分だし、早乙女に至っては「私はあなたの信者になるべきでしょうか?」などと言い出す始末。どの人も妙に我が薄い。

 なかでも、全く分からないのが、新興宗教の教祖であるS。信者たちの人生を覗き見つつ、それで教団の勢力拡張を望むわけでもない。確かに信者たちの相談には乗るし、相応のアドバイスもする。それで少しは心が楽になるものの、人生を大きく変えるわけじゃない。ただ、観ているだけなのだ。

 このSを通して日本の創世神話が出てきたりと、壮大さを感じさせる仕掛けを使いながら、SF的なセンス・オブ・ワンダーへとは決して向かわないあたりが、ブンガクなんだろうか。

 とかの我はないくせに、やたらクセだけは強い連中に囲まれて、それでもなんとか場を持たせようとするMの普通っぷりが可愛い。今までも苦労してきたんだろうなあ。

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