カテゴリー「書評:SF:日本」の202件の記事

2020年7月28日 (火)

小川一水「天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ PART1・2・3」ハヤカワ文庫JA

「どう、ダイア。ここに国を作ってくれない?」
  ――PART1 第1章 芽生えざる種

「彼らが知りたいのは、俺たちがどこへ向かうのかということだ」
  ――PART1 第2章 迎賓の火

「ものすごく、ものすごく面白いなりゆきじゃないか?」
  ――PART 2 第5章 魅力的な子ら

「護衛艦はすでに全滅しました」
  ――PART 2 第7章 「冠絡根環」にて

人間は異質なものを排除する。異質なものがなければ、それを内部に作り出しさえする。
  ――PART3 第10章 青の惑星にて

【どんな本?】

 SF作家の小川一水が2009年から書き続けてきた全10部にわたる本格SF長編シリーズ、堂々の完結編。

 人類が壊滅した太陽系で、唯一生き延びた元小惑星セレスに住むメニー・メニー・シープと≪救世軍≫は、なんとか和解に至る。そのセレスは太陽系を脱し、カルミアンの母星へと向かう。そこにはセレスだけでなく、超銀河団の諸種族が集っていた。生態も思考様式も技術レベルも異なる雑多な者たちの中で、人類の生存を賭けた駆け引きと戦いが始まる。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2020年版」のベストSF2019国内篇で第3位に輝いた。

 というか例年ならトップが確実な作品なんだけど、この年は豊作過ぎたんです。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 PART1は2018年12月25日、PART2は2019年1月25日、PART3は2019年2月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約322頁+333頁+355頁=約1,010頁に加え、あとがき7頁。9ポイント40字×17行×(322頁+333頁+355頁)=686,800字、400字詰め原稿用紙で約1,717枚。文庫本3巻は妥当なところ。

 文章はこなれていいて読みやすい。ただし本格SFのフィナーレに相応しく続々と奇想天外なガジェットが飛びだす濃い作品だ。また長編シリーズの完結編なので、登場人物たちの背景事情も重要になる。なので、できれば最初の「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ 上・下」から読もう。新型肺炎が猛威を振るっている今は、「天冥の標Ⅱ 救世群」から読み始めるのもいいかも。

【感想は?】

 長編シリーズは怖い。

 何が怖いって、読み終えると、登場人物たちの背景が気になって、前の巻を漁りたくなるのだ。そうやって前の巻のアチコチを漁っていると、いつまでたっても読み終えられない。いや読み終えても、登場人物たちが脳内に住み着いて、読者の情報処理能力を食いつぶしてしまう。多くの読者の脳内に巣食い、その処理能力をカスめるのがノルルスカインの生存戦略か←違います

 そういう怖さがギッシリ詰まった完結編だ。じっくり腰を据えて挑もう。

 とか思ってたら、やや静かなオープニングに続き、いきなりド派手な宇宙艦隊船が炸裂する。ここで傍若無人に暴れまわるエンルエンラ族に始まり、続々と登場する奇妙奇天烈なエイリアンたちには、スレたSFファンも充分に満足できる。バラエティに富んだエイリアンたちの百鬼夜行ぶりは、デビッド・ブリンの「スタータイド・ライジング」や小松左京の「虚無回廊」以来の大興奮だ。

 その「スタータイド・ライジング」のエイリアンたちは、強欲かつ凶暴ながらも、それぞれが長い付き合いがあって、知性化の序列による一応の秩序もあった。だが、ここに集った連中は、ここに来た目標こそ同じものの、多くは初顔合わせな上に、目的も考え方も違う。そんな連中が、どうやって意思疎通をはかるのか。

 人類と異星人のファースト・コンタクトを描いた作品は多いが、エイリアン同士のファースト・コンタクトなんて無茶なお題に挑むのは、この作品ぐらいだろう。ここでは、日本語の柔軟な表現力を存分に使い尽くした妙技が炸裂する。と同時に、それぞれの生存環境や生態を反映したエイリアンらしい比喩表現も、伝統的なスペース・オペラのファンには美味しいところ。

 などの伝統的なスペース・オペラからニューウェーブの洗礼そしてサーバーパンク革命を経て現代へと続く歴史をキッチリと受け継いだ上で、さらにその先を目指す今世紀ならではの気迫が満ちている。かつてのSFじゃは白人の男ばっかりだった宇宙が、この作品ではちょっとした単位系にも銀河レベルの国際?感覚がほとばしってたり。

 そんなエイリアンどもの中には、凶暴なのもいれば狡猾なのもいるし、賢いのもいる。ばかりでなく、スペース・オペラに欠かせない可愛いのも。いいなあ、「ごじうごおう」、ウチにこないかなあ。抱えたくなる気持ち、わかるなあ。

 もちろん、エイリアンどもが集う「目標」も、全10部にわたる大長編に相応しい、大げさかつクレイジーなシロモノだし、そこに迫るまでの活劇も危機また危機のジェットコースター・ストーリーで、なかなか頁を閉じさせない。

 もちろん、活劇は宇宙空間だけでなく、銃撃戦や肉弾戦もたっぷりだし、ケッタイな乗り物も大活躍するから嬉しい。もちろん、我らのロマンの結晶であるドリルは欠かせない。わはは、そうきたかあw

 しかも、そこに今までの巻で張られた伏線が合流してくる。これまた長いシリーズものならではの味で。舞台こそ同じ世界なものの、テーマは全く違っていて外伝かな?と思えてたアレやコレが、「おお、そういうコトか!」と腑に落ちる快感は、やはりこれだけの量だからこそ。なるほど、あの連中、お楽しみに乱入するだけのお邪魔虫じゃなかったのね。いやここでもやってる事は、やっぱりある意味「邪魔」なんだけどw

 当然ながら、そういった伏線を背負うのは個々の登場人物たち。この完結編では、それぞれの者が背負い受け継いできたアレやコレらが、業病の冥王斑を介して銀河の運命そのものと絡み合っていく。こういった所は、小説、それもSF小説だからこその醍醐味だ。

 といった大技はもちろん、ちょっとした言葉遣いにも伏線が潜んでるから油断できない。被展開体ってのも、この展開から考えるに…

 とかの、アチコチに潜んだイースター・エッグまで拾っていると、何日あってもキりがない。なので、とりあえず今はサービス満点な大長編を読み終えた満腹感に浸っていよう。

 ベテランの小川一水が10年以上をかけて執筆するのに相応しい、アイデアと意気込みに溢れた王道の本格SF大作だ。SFを愛するすべての人にお薦め。

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2020年7月16日 (木)

藤井太洋「ハロー・ワールド」講談社

「神なるドローン様、今度はわたしにルンバを降らせてください――神様」
  ――行き先は特異点

ライブ中継には遅延が絶対に必要だ。
  ――五色革命

中国政府が変わったのではない。
ツィッターが変わったのだ。
  ――巨像の肩に乗って

「こんな暮らしをしていますから、どこの国でも使える通貨があるといいですよね」
  ――めぐみの雨が降る

【どんな本?】

 「Gene Mapper - full Build -」で鮮烈なデビューを飾った藤井太洋が、得意とする最新ITテクノロジー、それもオープンソース系を中心に、オープンソースならではのテクノロジーが世界に及ぼす影響を、至近未来を舞台に描く連作短編集。

 ITエンジニアの文椎泰洋は、講習会で知り合った仲間と共に、iPhone 用の広告ブロックアプリ<ブランケン>を開発し公開した。最初はあまり反応がなかったのだが、ある時から急に利用者が増える。調べてみると、その大半がインドネシアだった。特にインドネシア独特の機能はつけていない。奇妙に思い更に調べ続けると…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」のベストSF2019国内篇で第4位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年10月16日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約273頁。9ポイント43字×19行×273頁=約223,041字、400字詰め原稿用紙で約558枚。文庫なら普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容は、さすがに Swift や GIrHub などIT系の単語が続々と出てくる。が、その大半は「知っている人を唸らせる」ためで、わからなくても大きな影響はない。とりあえずスマートフォンが使えれば話のすじは追える。最近噂になった台湾のIT担当の唐鳳(オードリー・タン)大臣のニュースを読んで何が書いてあるか見当がつくなら充分だろう。iPhone と iPad と MacBook の区別がつけば更によし。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

ハロー・ワールド / 「小説現代」2016年3月号
 文椎泰洋はIT系のなんでも屋と自任している。得意先との折衝から機材の確保、多少の開発まで一通りこなすが、どれも一流とは言えない。講習会で知り合った開発者の郭瀬敦・販売管理の汪静英と共に、iPhone 用の広告ブロックアプリ<ブランケン>を作り公開する。当初はほぼ無反応だったが、いきなりインドネシアで利用者が増えた。別にインドネシア独特の機能はついていないのだが…
 ドラマなどで活躍するプログラマは凄い勢いでキーボードを叩くけど、実際は…。こういった現場の様子や、iPhone 用の開発環境とか、その手の読者を唸らせる描写はさすが。多国語対応のあたりから、IT産業が既に世界の経済を変えつつある様子がヒシヒシと伝わってくる。当然、それは民間だけでなく…。この記事を書く前にPCを立ち上げたら、いきなり Edge のアップデート通知が出てきて、やたらビビってしまった。
行き先は特異点 / 「小説現代」2016年11月号
 文椎泰洋はアメリカにいる。上司の幾田廉士に命じられ、ラスベガスに行く途中だ。目的は買収した会社のドローン製品<メガネウラ>を届けること。カーナビに従いフォードを運転していたが、なぜかキャンプ場に迷い込む。おまけに、Google が実験中の自動運転車に追突されてしまう。幸いスピードは出ていなかったし、相手のドライバーのジンジュは友好的だ。警察を呼んだがしばらく時間がかかる。暇つぶしに<メガネウラ>の試験飛行をすると…
 これまた Google や Uber が変えつつある、私たちの仕事環境を切実に感じさせる作品。昔の製造業じゃ盛んにQCとかやってたけど、今はそれどころじゃないんだよなあ。そんなトラブルさえビジネスに利用する幾田廉士の逞しさには感服してしまう。ベンチャー企業を経営するには、それぐらいのしたたかさが必要なんだろう。台湾の唐鳳IT担当大臣と日本の政治家の知識の差を騒ぐ日本のマスコミで、GitHub をチェックしてる記者は果たしているんだろうか?
五色革命 / 「小説現代」2017年4月号
 出張でタイに来た文椎泰洋は、帰国の日にバンコクのホテルで足止めを食らう。恒例のデモが予定より早く始まり、しかも規模が大きいのだ。デモの主催団体は一つじゃない。農民たちは赤、市民連合は青、新興仏教のオレンジ、軍の緑。それぞれ主張も違う。同じホテルに缶詰めになった客たちと話し込んでいた泰洋に、乱入してきた者たちが詰め寄ってきた。
 年中行事のようにクーデターが起きるタイ、それもバンコクの現状を伝える作品。先代のラーマ九世は国民から絶大な支持を受けていたが、今のラーマ十世はムニャムニャ。そんなタイのデモの裏事情や、外国人の立場の描写も生々しい。こういう「あまり知られていない国際事情」を、市民の視点で巧みに盛り込むあたりは、故船戸与一を彷彿とさせる。
巨像の肩に乗って / 「小説現代」2017年8月号
 中国政府は金盾でインターネットを検閲している。そんな中国に対し、Google や Facebook は撤退するなど対応に苦慮している。その中国政府にツィッターが折れた。これに刺激された文椎泰洋は、ツイッターに似たサービス<マストドン>(→WIkipedia)の改造版<オクスペッカー>を作り始める。暗号化して当局が追跡できないようにするのだ。
 某事件に対する著者の怒りが静かに伝わってくる作品。ほんと、もったいない。アレを巧く育てれば、国際的な力関係を大きく変えられたのに。その原因がメンツと無理解によるのもってのが、実に馬鹿々々しい。もっとも、本作品に登場するのは某事件と異なる部署なんだけど、ソッチはどうなんだろうねえ。もっと酷いんじゃないかと思うんだが。
めぐみの雨が降る
 文椎泰洋は、マレーシアのクアラルンプールにいる。仮想通貨のセミナーに呼ばれたのだ。空港へと向かう空き時間に、呉紅東と名乗る男に話しかけられる。先の<オクスペッカー>で泰洋に注目したらしい。最初は穏やかだった呉だが、中国の公安当局からのクレームの話題になると…
 ホットな話題になっている仮想通貨をテーマに、長編小説を数編書けるようなネタを惜しげもなくギッシリと詰めこんだ贅沢な作品。たかが90頁にも満たない作品なのに、次から次へと著者ならではの知識と発想が披露され、読んでいると知恵熱が出そうになる。改めて「そもそも通貨って何だろう?」と、深く考え込んでしまった。

 日本のマスコミはもちろん、CNNやBBCのニュースだけじゃわからない国際事情に焦点を当て、市民の視点でわかりやすく描くあたりは、故船戸与一を思わせる作品が多い。加えて、ITテクノロジーがもたらす豊かさと、それに伴い変わっていく世界、そしてかつてインターネットが抱かせた自由への幻想が現在はどうなっているかを冷静に見つめる目は、著者ならではのものながら、その底に流れるテクノロジーとj人間への信頼は、J.P.ホーガンのファンに強く訴えるものがある。「今はとても熱い時代なんだよ」と読者に伝える、力強い物語だ。

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2020年3月11日 (水)

飛浩隆「零號琴」早川書房

「ジャリー・フォームの少年よ、覚えておきたまえ。磐記は怪獣の都なのだ」
  ――p27

「勝ち負けの世界にしているのはワンダよ。あのひとは何にでも殴り込みをかけるの」
  ――p175

「いい機会だ。とっくり教えてやるよ」
  ――p273

「これは地下から――文字どおりの地下ではなく、皆さんの中にある『地下』から何かを取り出すお話です」
  ――p306

いまわたしは最終回の「その先」にいる。
  ――p430

美縟が美縟であり続けるにはわたしは戦わなければならないのだ。
  ――p499

「<零號琴>とは、いったい何なのだ?」
  ――p551

【どんな本?】

 寡作なベテランSF作家の飛浩隆が、それまでの芸風をかなぐり捨て、思い切り娯楽に徹した長編SF小説。

 遠未来。人類は<行ってしまった人たち>の遺産を手に入れる。遺産を利用し外宇宙へと進出した人類は、銀河系の一部、快適に整備された<轍>世界へと広がった。その<轍>世界のそこかしこは、<行ってしまった人たち>が遺したとおぼしき、様々な特殊楽器が埋まっている。

 特殊楽器技芸士は、特殊楽器の専門家だ。その一人エルジゥ・トロムボノクと相棒シェリュバンに、大富豪のパウル・フェアフーフェンから依頼が入った。まもなく美縟の首都<磐記>は開府五百年祭を迎える。美縟には独特の文化「假劇」があり、人々は週末に假面をつけ町に繰りだし、假劇を楽しむ。特に五百年祭では、世界最大級の特殊楽器である美玉鐘が、秘曲<零號琴>を五百年ぶりに奏でるだろう。

 大富豪パウル、その娘で假劇作家のワンダ、五百年祭を司る咩鷺、そしてセルジゥとシェリュバン。それぞれが思惑を隠し持ちながら、謎を秘めた美縟へと集まる。<零號琴>とは何か、假劇は何を表すのか、そして美縟の真の姿は。

 ベテラン作家がイマジネーションを駆使して描く、壮大なオペラ。

 2019年の第50回星雲賞日本長編部門受賞のほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」のベストSF国内篇でもトップに輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 SFマガジン2010年2月号~2011年11月号に連載した作品を改稿したもの。2018年10月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約591頁に加え、著者の「ノート」3頁。9ポイント45字×20行×591頁=約531,900字、400字詰め原稿用紙で約1,330枚。文庫なら2~3巻の巨編。

 見慣れない漢字や奇妙な当て字がたくさん出てくるのを除けば、意外と文章はこなれていて読みやすい。ただアイデアをギッシリ詰めこんだ濃いSFなので、相応の覚悟をして挑もう。いや科学とかはかなりアレなので理科は苦手でも大丈夫だが、イカレきった発想のネタが次々と出てくるのだ。ついていくには、ソレナリに頭を柔らかくしておこう。

 なお、作中で重要な役割を果たすカリヨン(carillon,→Wikipedia)は、キーボードで鐘を鳴らす楽器だ。Youtubeにも、バッハのトッカータとフーガ などがある。パイプオルガン同様、楽器というより建物と呼ぶのが相応しい規模のメカだが、街全体に鳴り響く音の大きさはパイプオルガンすらしのぐ。移動や調律の難しさもあり、楽器の皇帝と言えるかも。

【感想は?】

 オトナが真剣かつ全力で仕掛けた悪ふざけ。

 假面や假劇なんてネタは、ジャック・ヴァンスの「月の蛾」かな、と思ったが、アレを遥かに深化したシロモノだった。

 <行ってしまった人たち>の設定はありがちだが、それに<行ってしまった人たち>なんて投げやりな名前なのは、「肩の力を抜いて楽しんでください」的な著者のメッセージだろうか。なにせハードカバー600頁近い大作だ。どうしても読む方は力が入ってしまう。が、その中身は、池上永一の「シャングリ・ラ」に匹敵する、お馬鹿で楽しいアイデア満載の娯楽作だったり。

 そんなワケで、真面目に検証しちゃったら、アチコチにかなりの無茶はあるが、あまし真面目に突っ込んではいけない。

 例えばエルジゥが面倒を見る特殊楽器の美玉鐘。つまりはカリヨンの化け物なんだが、スケールが違う。そもそもカリヨンがやたら大げさでパワフルな楽器だ。キーボードの鍵を叩くと、それぞれの音程に応じた鐘を鳴らす。鍵ったってピアノやオルガンみたく指で弾くんじゃない。ぶっとい棒を腕で叩く。しかも、鳴るのが鐘である。その音は街中に鳴り響く。これが美玉鐘ときたら…。

 音楽が好きな人にとっては、夢…というより悪夢のような楽器だw

 なんちゅうお馬鹿な楽器だ、と思うのだが、この美玉鐘とセットになる假劇が、「たしかにコレは美玉鐘でなきゃ務まらん」と納得するぐらいに狂ったシロモノで。なにせ舞台は磐記の街そのものであり、演じる役者は祭りの参加者全てなのだ。うーん、まるきしSF大会だ。となると、台本や台詞は? と疑問がわくが、ソコは假面に仕掛けがあって。あなた、人間やめる覚悟はあります?

 他にも亞童などSFな仕掛けが満載なのだが、それに加えてプリキュアをはじめとする漫画やアニメのネタも随所に仕込んであるから油断できない。そもそも冒頭のアヴァンタイトルからして、「魔法少女まどか☆マギカ」みたいだし、かと思えばオッサンにしか通じないネタもチラホラ。そうか、浩一君は桃太郎だったのかw

 もちろん、それらを馬鹿にしているワケじゃない。むしろ、台本を任されたワンダの苦悩は、二次創作に勤しむ者への応援歌でもあり、だからこそ冒頭に「まどマギ」を持ってきた、とすら思えたりする。そして、ワンダの書く台本も、この作品そのものと二重写しになっている仕掛けが、これまた見事。

 とはいえ、そういう世界の怖さ?もキチンと描いてるのが、この作品の楽しいところ。ハズミで巻き込まれたシェリュバンが、その道のベテランたちに凄まれるあたりは、「なんちゅう地雷を…」などと哀れんだり笑ったり。

 などの小ネタを次から次へと繰り出しつつも、肝心の美縟の真実に迫るあたりでは、「物語」そのものが持つ力への畏怖すら沸きあがってくる。だとすると、轍世界の仕掛けは、沼にハマり込み先人の莫大な遺産をヌクヌクと楽しんでいる我々の鏡像かな? なんて真剣に考え込むスキを与えず、ここでまた有名な小ネタを炸裂させるから憎い。

 エルジゥもシェリュバンも、実は重い背景を背負っているにも関わらず、こういう風に使われると、思わず笑っちゃうからなんともw ホント、最後までサービス精神旺盛な作品だ。

 こんな風に書くと、長い人生を浪費してネタを蓄積してきた年寄り向けの作品みたく思われるかもしれないが、もちろんそんな事はない。肝心のSFなガジェットも満載だし、物語は二転三転でドンデン返しの連続で、最後まで興奮は収まらない。パウル・フェアフーフェンの緻密にして稀有壮大な目論見、美縟の奇想天外な秘密、そして飽くまでも先を目指そうと足掻く人の姿。

 幾つものイロモノなネタをぶち込みつつも、SFとしての王道をキッチリと貫き通した、21世紀に相応しい豪華絢爛な娯楽SF大作。奇想天外でとにかく面白い小説が読みたい人向け。

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2020年2月24日 (月)

藤井太洋「東京の子」角川書店

仮部の仕事は、仕事に出てこなくなった外国人を説得して、職場に連れ戻すことだ。
  ――p6

…東京の子が、この街に裏切られるわけがない。
  ――p243

【どんな本?】

 最新のテクノロジーと社会情勢を巧みに織り込み、至近未来を鮮烈なリアリティで描くSF作家・藤井太洋によるSF長編小説。

 2019年の移民法により、日本には多くの外国人が押し寄せる。26歳の仮部諫牟の仕事は、探偵のようなものだ。職場に来なくなった外国人を連れ戻す。今日の仕事は、若い女だ。范鈴、ベトナム料理店チェーン<724>の東京デュアル支店のスタッフ。無断欠勤が一週間も続いている。

 2020年の東京オリンピックが終わった後、有明会場の跡地は「東京デュアル」となった。一種の特区である。一学年二万人ほどのマンモス大学だ。学生はサポーター企業で働き、学費・生活費を稼ぎながら学ぶ。

 勃興する中国や東南アジアと低迷が続く日本という厳しい国際関係を背後として、斬新で野心的なビジネスの開拓地でもあり有象無象が隠れ潜む大都会の東京を、エネルギッシュに駆け抜ける若者たちを描く傑作長編小説。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019国内篇で12位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年2月8日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約352頁。9ポイント42字×18行×352頁=約266,112字、400字詰め原稿用紙で約666枚。文庫本なら少し厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。藤井太洋らしくIT関係の技術面はシッカリ描いているが、分からなければ細かい所は読み飛ばして構わない。日頃から LINE や Youtube 等を使っていれば、雰囲気はつかめる。

【感想は?】

 これは是非とも映像化して欲しい。それもアニメではなく、実写で。

 というのも、アクションが映える場面が多いからだ。なにせ主人公の仮部諫牟は、パルクール(→Youtube)の使い手。映画「YAMAKASI」と言えばわかるだろうか。

 パルクール、単に都市部でアクロバットするってだけなのかと思ったが、どうも違うらしい。その辺は本編を読んで頂くとして、とにかく映像にしたらカッコいい場面が多いのだ。ただ、R-15にしないとマズいかも。なにせ男の子ってのは、「燃えよドラゴン」を観たらヌンチャクを振り回さずにはおれない生き物だし。

 そんなワケで、藤井太洋作品としては、最もアクション・シーンの多い作品になった。もちろん、読みどころはアクションだけじゃない。どころか、激動の21世紀に揺れる大人たちにこそ、美味しいネタがギッシリと詰まっている。

 その一つは、外国人の大量流入だ。昔から横浜の中華街は有名だったし、一時期はフィリピン・パブが流行った。製本業は外国人労働者が支えていると言われて久しい。埼玉県の蕨市はワラビスタンの二つ名をいただいた。

 この物語も、新大久保で幕を開ける。ただし、韓国人街じゃない。ベトナム料理店<724>だ。しかも、ベトナム人のダン・ホイがオーナーで、日本人の仮部諫牟は雇われる側。ここに藤井太洋流のヒネリが効いている所。

 強い日本円を背景にブイブイ言わしてた頃に、海外旅行で美味しい想いをした年寄りにはいささか刺激の強い幕開けだ。しかし、最近の低迷する日本経済と急成長する近隣諸国の動向を見る限り、あながちSFとばかりは思えない。

 とまれ、新宿や新大久保と聞けば、昔から得体の知れない連中が潜むと想像がつく。主人公の仮部や、その相棒のセブンもワケありっぽいし、それ以上に得意先の大熊大吾が実に胡散臭い。合法と違法の間のグレーゾーンを巧みにかいくぐり、あざとく事業…というよりシノギを嗅ぎつける大熊のビジネス感覚には、感服することしきり。監視カメラに、そんな儲け口があったとは。

 やはりビジネス感覚に感服するのが、東京デュアルのボス、三橋里。初めて登場する講義の場面から、彼の狡猾さが鮮烈に浮き上がる。大熊と異なり表舞台で堂々とビジネスを展開する三橋だが、彼の語る「のし上がる秘訣」は、身もふたもない現実を見せつけつつ、一つの戦略として強い説得力を持つ。終盤ギリギリまで本性が掴めない三橋は、濃いキャラが多いこの物語の中にあってさえ、その押しの強さも相まって最初から最後まで原色の輝きを保ち読者の心に残る。

 もう一つ、私に強い印象を残したのが、インターネット時代ならではのプライバシーの問題。

 とは言っても、「ビッグデータ・コネクト」が扱ったような、政府などの大組織に個人情報が渡るって話じゃない。私たちが自らどこまで個人情報を明らかにするか、そういう問題だ。

 発足当初のインターネットは、その仕組みもあって、ほぼ実名制だった。だって大学などの研究機関にしかなかったし。それが世界に広がり、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)など匿名掲示板ができて、匿名やハンドルなどの正体不明な形での情報発信が可能となった。今は Facebook などの実名型が、再び増えてきた。実名か匿名か、使う者が選べる時代だ。

 ブログを始める際、私も考えた。結局は無難なハンドルを選んだし、その中身も私生活は明かさないようにしている。が、堂々と実名を出してブログを続けている人も多い。なぜ匿名にするのか、または実名を出すのか。とりあえず無難な道を選ぶ私のような者もいれば…

自分の顔と本名を晒しながら身の丈に合ってない計画をぶちあげ、惨敗していることを知りながら、また同じようなことを繰り返している。
  ――p236

 と、堂々と実名で勝負している人もいる。ここで言及されてる人は、なかなか感情移入しにくいんだけどw

  とまれ、インターネットが普及した事で、そういう人も目に入りやすくなった。と当時に、炎上に代表されるように、インターネットの困った側面も、この作品はあぶりだす。セブンが請け負う仕事もそうだし、2020年2月24日現在の新型肺炎などホットな話題に便乗し、陰謀論を垂れ流す輩もいたり。あんまりにも馬鹿らしいネタなら、大半の人が無視するんだが、つい踊っちゃう人もいて…

『な、驚いただろう。バカを侮っちゃいけないんだよ。だが、この与太話にはニュースバリューがある』
  ――p305

 そう、即時性が高まった現在、正確さより話題性が大事だったりするのだ。

 とかの世相をハラハラする切迫感で描く娯楽性をタップリ詰めこみつつ、主人公の仮部がどう名乗るかというテーマには、見えにくい所に棲まざるを得ない人々が抱える事情に対し、著者なりの真摯な向き合おうとする姿勢が表れている。

 まあ、そういう屁理屈は抜きにしても、終盤では減っていく頁数を恨めしく思いながら読んだ。「もっとこの世界に浸っていたい」「もっと登場人物たちを見守りたい」、そう感じる小説なのだ。

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2019年12月16日 (月)

上田岳弘「塔と重力」新潮社

「お前は神である事に無自覚だからな。誰もがおまえをトレースすべきなのに、お前自身がそのことをよくわかっていない」
  ――塔と重力

無駄話が、惑星上に満ちている。
  ――塔と重力

「考えて。そのために私たちはいるのよ」
  ――重力のない世界

知的生命体が発生し、彼らの群れは生息域である惑星に乗って不動の一点である「ここ」を通過する。そうすると、知的生命体は塔を作り始める。
  ――双塔

【どんな本?】

 2018年下半期の第160回芥川賞を受賞した上田岳弘による、「太陽・惑星」「私の恋人」「異郷の友人」に続く、四冊目の著作。

 1995年の関西・淡路大震災をきっかけとした中編「塔と重力」と、似たテーマを扱う短編二つ「重力のない世界」「双塔」の計三篇を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年7月30日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約199頁。9.5ポイント40字×17行×199頁=約135,320字、400字詰め原稿用紙で約339枚。文庫なら薄い部類。

 文章はこなれている。相変わらず「太陽・惑星」と同じイカれきったネタを使っているので、その発想についていけるかどうかが評価の境目の一つ。

【塔と重力】

 初出は「新潮」2017年1月号。約143頁の中編。

 20年前、1995年、17歳の田辺は、予備校の仲間と合宿に出かける。泊まっていたホテルで阪神・淡路大震災に見舞われ、田辺江と美希子は生き埋めになる。二人は二日後に助け出されたが、美希子は目覚めぬまま亡くなった。

 進学を気に上京し、しばらくはフラッシュバックに悩んだが、やがてそれも消えた。知人の紹介で新興企業に入り、間もなく株式公開を迎える。Facebook を通じて久しぶりに昔の友人と連絡すると、弁護士になった水上からメッセージが届く。学生時代には度を越して合コンに入れあげていた水上は、田辺に「美希子アサイン」を始める。

 おそらく本書の中核を成す作品。なのだが、いやストーリーはわかるんだが、テーマとなると私にはどうにも読み取れない。

 。水上から「美希子アサイン」を受けつつ、葵や桃香とも体の関係を続ける田辺。いい歳してお盛んなことで、などと僻みたくなってしまう。もっとも、肝心の田辺本人は、それほど美希子に強い想いを感じているわけでもないらしい。

 確かに心の傷は残っているようだが、それは美希子の事より、怪我の激痛に苛まされながらの生き埋めなんて恐怖の体験から来るもののように読める。少なくとも、田辺はそう思っているらしい。もっとも、それさえ自分じゃわかってないっぽいのが、涙のくだり。まあ、居合わせた者にとっては不気味だよね、突然に涙を流し始めたら。

 「SFが読みたい!2012年版」では円城塔が「『携帯電話が出てくるような小説は文学ではない』とか言われかねない」などと文学界を揶揄してたけど、これも時代が変わったのか、Facebook や LINE が当たり前のように出てくるのも、この人の作品の特徴だろう。今どきの人の暮らしをリアルに描こうとすると、どうしたって SNS やスマートフォンが出てくる。

 とはいえ、これほど駆使する人も珍しい。田辺が最もよく使うのは葵を相手にする時だが、直接は見も知りもしないカリフォルニアの男にまで、電子の網の上じゃつながってたりする。SNS にありがちな話だね。

 そんな「人とのつながり方」が、やがて葵との関係にも跳ね返ってきて…

 なんて割り切れるほど、わかりやすい話じゃないとは思うんだが、よくわからない。

【重力のない世界】

 初出は「GRANTA JAPAN with 早稲田文学03」。約17頁の短編。

 息子が呼ぶ。「パパ、ねえ、パパ」。リフティングするから見ていて、と。人類は溶けて肉の海になった。そして性別や寿命、そして個人が廃止された。妻が言う。「次は重力を廃止するの」。これは演算された人生だ。

 諸星大二郎の初期の傑作「生物都市」やグレッグ・ベアの「ブラッド・ミュージック」を思わせる設定で、肉の海に呑み込まれた者が見る白日夢の話。なのだが、妙に今風の幸せな家庭の風景っぽいのが、なんとも。

【双塔】

 初出は「新潮」2016年1月号。約33頁の短編。

 村には塔がある。少年は通過儀礼として塔を登る。すると、塔の上からは別の塔が見える。こちらの村で塔に登るのは、祭祀王だけだ。二つの村は、互いに自分の塔の方が優れていると思っている。だが、実際は、双方の村の者が行き来することはない。できないように、「中央」が設定した。

 これまた「肉の海」シリーズの一つ。「ここ」とはどこか、を巡る理屈が、なかなか壮大にSFしていて心地いい。のだけど、お話のオチは道具の強大さに呑み込まれてミもフタもないことに。

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2019年12月15日 (日)

上田岳弘「異郷の友人」新潮社

吾輩は人間である。人間に関することで、吾輩に無縁であるものは何もないと考えている。名前はまだない。
  ――p3

「大再現が起こるんだよ」
  ――p72

【どんな本?】

 2018年下半期の第160回芥川賞を受賞した上田岳弘による、三冊目の著作。

 山上甲哉は幾つもの前世の記憶を持っている。それまでの人生では、経験を活かして歴史に名を残してきたが、今回の人生では平凡に生きることにした。普通に大学を卒業して食品卸会社に入り、10年務めた後に札幌支店に転勤となる。そこで甲哉は見知らぬ男に話しかけられる。

 「自分は経験したはずのない風景が、克明なリアリティを伴って頭の中にある。心あたりはないですかな?」

 ある。その一つはJ、オーストラリア生まれの男の人生だ。高校を卒業するとアメリカの奨学金を得てスタンフォード大学に進み、ハッキング能力を活かしあぶく銭を稼いでいる。

 もう一つはS、淡路島の新興宗教の教祖である。Sは山上甲哉と似た能力を持ち、三万人余の信者の意識を感知している。そのため、山上甲哉もSを通じて信者の意識や記憶がわかる。信者の一人・早乙女は、優れた頭脳を持ちつつ、すべきことを見いだせずにいた。

 平凡な会社員を装う神、優れた能力を持ちつつ目的を見いだせない者、一時しのぎの金稼ぎで日々を無駄に費やしたと痛感したハッカー、ハッカーに仕事を回している組織の幹部、そして新興宗教の教祖。彼らの人生が交わるとき、それは予言の時なのか?

 「太陽・惑星」「私の恋人」と穏やかなシリーズを成す一冊。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年1月30日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約154頁。9ポイント41字×17行×154頁=約107,338字、400字詰め原稿用紙で約269枚。長めの中編ぐらいの長さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も難しくないが、イカれたアイデアを用いているので、それについていけるか否かが問題。また、お笑いコンビのモンスターエンジンのネタを使っているので、詳しい人には嬉しいだろう。

【感想は?】

 いきなり夏目漱石「吾輩は猫である」のパロディで始まる。

 何度も生まれ変わり、その人生を覚えているだけでなく、現世の他の人間の意識までわかるのだがら、確かに「神」と言っていい存在だろう。だが、その扱いはやたら軽い。なにせ名無しの猫並みの扱いだ。おまけに2ちゃんねるにまで降臨する始末。やはり2ちゃんねるに神はいたのだw

 他にも自作品を軽くパロったりモンスターエンジンのネタを取り入れたり、と、今回の作品は全体的に今風のユーモアの色彩が強い。とはいえ、いかにも上田岳弘風味のアクの強い味なので、好みはわかれるかも。

 というのも、例えば主要な登場人物の多くが、やたらオツムの優れた人ばかりなのだ。

 語り手?の「吾輩」は神?だし、神に覗かれるJも高校時代からマスコミのマシンに不法侵入を繰り返す能力の持ち主だ。早乙女も「頭脳を使う分野であればできないことはおそらくほとんどない」と豪語するだけあって、大学在学中はJを凌ぐプログラミング能力を見せる。にしても、確かに汚いコードは気色悪いよねw いや人のことは言えないけどさw

 そしてEだ。コイツはJと同じ奨学金を得た者だが、試験の成績はJより良く、組織でもJを使う側だ。ここまでくると、少しJに同情したくなる。そこまで鼻をへし折らなくてもいいじゃないかw ただでさえヤル気をなくして飲んだくれてるってのにw そのJに付き合ってバーボンを飲むMも、付き合いがいいというかなんというかw

 などと、皆さん優れた頭脳を持ちながら、それを使う意思や脂ぎった欲望に欠けているのも、上田岳弘らしいところ。

 厳しい境遇に育ち、己の能力に相応しい立場を望むEでさえ、その望みは大きくはあるがいささか知的なものだ。Jは飲んだくれて「俺がやるべきことなど、もうこの世にないのではないか?」なんて気分だし、早乙女に至っては「私はあなたの信者になるべきでしょうか?」などと言い出す始末。どの人も妙に我が薄い。

 なかでも、全く分からないのが、新興宗教の教祖であるS。信者たちの人生を覗き見つつ、それで教団の勢力拡張を望むわけでもない。確かに信者たちの相談には乗るし、相応のアドバイスもする。それで少しは心が楽になるものの、人生を大きく変えるわけじゃない。ただ、観ているだけなのだ。

 このSを通して日本の創世神話が出てきたりと、壮大さを感じさせる仕掛けを使いながら、SF的なセンス・オブ・ワンダーへとは決して向かわないあたりが、ブンガクなんだろうか。

 とかの我はないくせに、やたらクセだけは強い連中に囲まれて、それでもなんとか場を持たせようとするMの普通っぷりが可愛い。今までも苦労してきたんだろうなあ。

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2019年11月17日 (日)

高島雄哉「エンタングル:ガール」東京創元社

…わたしは夏を撮ることができたのだろうか。
  ――p9

人間の観測精度には上限がある。それは世界の原理なのだ。
  ――p55

「これって、主語が全部ロボットなんだよね」
  ――p126

そう、世界に謎があるんじゃなくて、世界はそれ自体が謎なんだ。謎がからまって世界を形づくっている。
  ――p163

「…お前はすげえよ、了子。また映画手伝うからさ、舞浜で待っててくれ」
  ――p228

「あたし、この世界を超えたいよ、守凪ちゃん」
  ――p241

【どんな本?】

 2006年放送のTVアニメ「ゼーガペイン」と、2016年の映画「ゼーガペインADP」の、同じ世界を舞台としたスピンオフ小説。

 舞台は少し未来の千葉県、舞浜。守凪了子は映画監督になりたい。中学生の頃から短編は撮っていた。役者は幼馴染の十凍京やその友人の冨貝啓に頼んだが、脚本や撮影や編集は自分ひとりでやってきた。だが、これからはチームで本格的に映画製作に取り組みたい。

 そう考えた了子は、舞浜南高校に入学してすぐ、映画研究部を訪れる。幸い三年で部長の河能亨が部室にいたが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「きみは映画監督になれない」

 映画を愛する少女・守凪了子と、映画研究部の面々の目を通し、ゼーガペイン世界を語りなおす、SF青春群像劇。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年8月31日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約250頁に加え、あとがき5頁+花澤香菜の解説5頁。9ポイント43字×19行×250頁=約204,250字、400字詰め原稿用紙で約511枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。内容も難しくない。量子力学の用語が出てくるけど、実はかなり強引に屁理屈をつけてるので、分からなくても大きな問題はない。ただ、世界設定が重要で、ゼーガペインの設定を知らないと、終盤の印象が大きく違うだろう。また、映画が好きな人向けに、アチコチに仕掛けが施してある。

【感想は?】

 ああ、まぶしい。若さが、熱意が。

 出てくるガジェットは、間違いなく21世紀のSFだ。今より少しだけ進んだ未来が持つ輝きやワクワク感が、ちょっとした小道具から滲み出している。だが、それを使う人の姿は、ちょっと懐かしさが漂ってたり。そう、かの眉村卓が書いた学園ものを思わせる、爽やかで切なく、だがサスペンスが効いた青春群像劇だ。

 やはり主役の守凪了子がいい。今どき映画監督だ。Youtuber じゃない。この、ちょっと古臭い、でも敢えて王道をまっすぐに行こうとする、真面目だけど熱意のある姿勢が、オジサンにはやたら可愛い。と同時に、ダラダラと過ごしてしまった自分の高校時代を、「もったいないことしたなあ」などと悔やんでみたり。じゃ、やりなおしたいか、というと…

 まあいい。ゼーガペインは、守凪の幼馴染である十凍・上腕二頭筋・京を中心に物語が進んだ。サンライズらしいヒーローで、先頭を突っ走るタイプだ。本作の守凪は、ちょっと違う。何せ目指すは映画監督だ。チームを率いなきゃいけない。今まではほぼ独力でやってきたが、これからはチームを動かす必要がある。

 彼女が映画研究部のメンバーを集め、守凪組へとチームに仕立ててゆく過程も、目標へと向け成長しようとする彼女の若さがほとばしる。それを強く感じるのが、三年の飛山千帆を脚本家として引っ張る場面。千帆の卓越した才能は認めるものの、映画人としてはどうしても妬みを感じてしまう。そこをどう乗り越えるか。

 ここの記述はアッサリしているけど、守凪の納得の仕方に、彼女の若さをつくづく感じるのだ。自分の将来像をしっかりと持っていて、今後の己の成長を信じて疑わない姿勢。そうなんだよなあ、いいいなあ、若いって。

 その飛山千帆と因縁を抱えた二年の深谷天音は、ガジェット担当の理系少女。彼女の作るガジェット、特にドローンが、本作では大活躍する。言われてみれば確かに、ドローンの活用が進めば映画の撮影は大きく変わっていくだろう。それは単に様々なアングルで撮れるってだけじゃない。

 特に感心したのは、謎のDVDを巡り守凪と話し合う場面。ここでは、今後のドローン・カメラが克服すべき問題点の指摘に加え、ちょっとヤバさを抱えた可能性も示唆していたり。機能としては嬉しいんだが、そこを自動化するのが果たして良いのかどうか。でも執筆アプリは欲しいなあ。語彙に乏しい私には有難いことこの上ない。

 などの小技に感心しているうち、次第にゼーガペイン世界が物語に侵入してくる。ここで舌を巻いたのが、守凪が映画監督を目指すという、この作品の骨組みだ。守凪が映画を撮ることに、ゼーガペインならではの意味と強いメッセージが関わってくる。それも、幾つものレイヤーで。ヒトによる創作物であること、それが映画であること、映画製作は何人もが関わるチームであること、そしてそれを守凪が率いること。

 花澤香菜の解説も、彼女の肉声が聞こえるような生々しさがある。と同時に、ゼーガペイン世界の、苛烈なまでの厳しさを改めて突きつけてきて、そこで生き映画を撮ろうとする守凪の姿の眩しさが増す。そして脳裏に、あの傑作コピーが蘇るのだ。

消されるな、この想い
忘れるな、我が痛み

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2019年10月 1日 (火)

菅浩江「不見の月 博物館惑星Ⅱ」早川書房

「どんな方式を使おうが、あなたはメインを褒めないでしょうよ。(略)自分は細かいところまで<見えている>と主張したいだけだわ」
  ――お開きはまだ

「また一つ、いい傷ができたな」
  ――手回しオルガン

<アフロディーテ>職員拘束事件は、それから四時間続いた。
  ――オパールと詐欺師

「あら、使っているうちに判ってくる特色だってあるし、パフォーマンスしながら見えてくるコンセプトだって大事な」
  ――白鳥広場にて

「うーん。判った。すぐには判らないということが判った」
  ――不見の月

【どんな本?】

 地球と月のラグランジュ・ポイント3に浮かぶ、オーストラリア大陸ほどの表面積を持つ小惑星<アフロディーテ>は、天体まるごとが巨大な博物館だ。大きく三部門、音楽・舞台・文芸全般の<ミューズ>、絵画と工芸の<アテナ>、動植物の<デメテル>に分かれ、加えて<アポロン>が三部門の調停を担う。いずれも学芸員は独特のインタフェースでデータベースを使える。

 兵頭健は国際警察機構内の組織VWAに所属する新人警備員だ。今は<アフロディーテ>で勤務につきながら、新型の犯罪捜査用データベース・インタフェース<ディケ>の教育係も務めている。<アフロディーテ>側から相方としてあてがわれたのは、<アポロン>所属の新人、尚美・シャハム。職務には熱心だが兵頭には悪態ばかりの尚美を持て余しつつ、健は警備に務めるのだが…

 星雲賞受賞作「博物館惑星 永遠の森」と同じ舞台ながら、主な登場人物をルーキーに変えて語る、期待の続編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年4月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約286頁に加え、あとがき1頁。9ポイント43字×20行×286頁=約245,960字、400字詰め原稿用紙で約615枚。文庫本なら少し厚い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。SFだし、コッソリ最新の科学や先端技術の成果を取り入れているが、ソコはマニア向けのイースターエッグみないなモノなので、分からなくても問題ない。それより、舞台や映画や絵画など、何かを創作したり、鑑賞して感動した経験の方が大事です。とはいえ、ソコも語り手を素人の兵頭健とすることで、グッと分かりやすくなっている。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

黒い四角形 / SFマガジン2017年2月号
 中規模美術館<ペイディアス>の展示「インタラクティブ・アートの世界」の目玉は、二人の有名クリエイターだ。ベテランの楊偉と、彼を崇める若手ショーン・ルース。警備の兵頭健が気になるのは、ショーンのマネージャー、マリオ・リッツォだ。ショーンを売り込むためなら手段を選ばない。今回も無茶を吹っかけてきた。ショーンの作品をメインに据えろ、と。
 肝心の『黒い四角形』は、その名のとおり白い地に真っ黒な正方形を描いたもの。振動を感知し、何らかのタイミングで崩れ落ちる。こういうの、子供が喜びそうだなあ。何かが崩れるのって、妙に心地いいんだよね。昔、爆竹の上に使用済みのマッチ棒を山と載せ、爆発させて遊んだなあ。若者を見守るベテランの目線が心地いい。
お開きはまだ / SFマガジン2018年4月号
 ミュージカル『月と皇帝』の初演を目前にして、兵頭健が気になるのはアイリス・キャメロンだ。若く盲目ながら辛口のミュージカル評論家として名をはせている。特にメインに対し厳しい彼女の評は多くの反感を買い、脅迫状も頻繁に届く。アイリスの武器は Relief aquare、両手に握った浮き彫り画像で失った視覚を補う。その Relief square がバージョン・アップし…
 こんなブログをやってる私には、アイリスに食ってかかるヘレナの台詞がグサグサ突き刺さる。ついついやっちゃうんだよな、「賢い僕ちゃんこんな細かい所までわかってるもんね」的な書評。なるたけ「こういう所も面白いんだよ」的に書きたいんだけど、なかなか。全力で楽しんじゃうと、没頭しちゃって書評どころじゃなくなるし。
手回しオルガン / SFマガジン2018年6月号
 「新天地」は、<アフロディーテ>初期に、手回しオルガンの少年奏者を描いた作品だ。作者はピエール・ファロ。これが話題を呼び、奏者のエミリオ・サバーニも客が増えた。今はエミリオも歳を取り、演奏は若いバックパッカーのアンディ・ジブソンに任せている。肝心のオルガンはシュナイダー&ブルーダー社製の逸品だが、今は塗装も剥げアチコチにガタが来ている。
 広島の原爆ドームは、やたら保存が難しいと聞く。きれいに再建しちゃったら台無しだから、崩れた姿のまま維持しなきゃいけない。ロリー・ギャラガーのストラトキャスターも、塗りなおしたらファンが怒り狂うだろう。もちろん、私も。かといって、塗装が剥げたままじゃボディも痛む。どないせえちゅうねん…と思ったら、禿げた感じの塗装でレプリカを作ってる(→Fender)w 使ってこそ楽器とは思うが、そこに物語が貼りつくと、難しい所。また、手回しオルガンの音を表すオノマトペもやたら楽しい。
オパールと詐欺師 / SFマガジン2018年8月号
 ライオネル・ゴールドバーグは山師だ。世界中を掘りあさり宝石の鉱脈を探している。八年前、<アフロディーテ>は彼から依頼を受けた。仔犬の乳歯をオパール化してくれ、と。やっと完成し、受け取りに来るのはいいが、彼の相棒が問題だ。今はカスペル・キッケルトと名乗っているが、元はクルト・ファン・デン・ラック、かつて別件でオパールをだまし取った前科がある。
 宝石というのは奇妙なもので。採掘の現場は、むさくるしい汗だくの野郎どもが、泥にまみれて地面を掘ってる。ところが商品になると、ベルベットをあしらった小箱に入り、清潔で着飾ったご婦人がご鑑賞なさる。その生成や鑑定の過程では、科学者や技術者が最新の技術を駆使した機器を使ってたり。まあ、商品なんてたいていそんなモンだけど。とかはともかく、終盤、ライオネルがポーズを取ってからの、たたみかけるような展開がスピーディかつダイナミックで実に楽しい。
白鳥広場にて / SFマガジン2018年10月号
 兵頭健は、白鳥広場の展示物「Satu sama lain」を見守る。ワヒドの作品だ。素材は<自律粘土>、観客が押したり引いたり何かを埋め込んだりして刺激を与え、専用の人工知能が学習して色や形や肌触りも変えてゆく。どんな形になるのか、作者のワヒドにも予測できない。だが健が考えているのは別のことだ。人に覆いかぶさったり、長い突起が折れたりしたら、危ないじゃないか。誰かが怪我したらどうする。
 警備員の苦労が伝わってくる作品。気まぐれなアーティストに付き合わされるのは、そりゃシンドかろうなあ。おまけに今回は、あのネネすら押し返すティティ・サンダースまで乱入するんだから、健の心労はどれほどかw どうでもいいが、私はオールナイトで観た映画「ウッドストック」を思い出した。途中で寝ちゃって、起きた時は会場のゴミを片付ける場面になってた。
不見の月 / SFマガジン2019年2月号
 宿泊客が襲われた。被害者は吉村亜希穂、50代の女性、亡きイラストレーター吉村輔の長女。被疑者は男二人、うち一人は既に確保した。吉村輔は次女の華寿穂を可愛がり、彼女の死後はそれをしのんでか「不見の月」という22枚のシリーズを描いた。亜希穂がアフロディーテに来た目的は、「不見の月」の一つ#18の鑑定。賊の狙いは、その絵らしい。
 ちょっと前に長年使っていたモニタを新しいのに変えて、色温度の違いに驚いた身としては、「プロはそうくるかー」と参った。スマートフォンとかは、変化の激しい環境で使われるんで、調整も大変だよなあ。肝心のネタ、私が亜希穂の立場なら、更に怒り狂う気がする。にしても、相変わらず天然は最強だなあ。

 前の「永遠の森」がキッチリ構成した重厚な交響曲なら、今回のは思わず踊りだすビッグバンド・ジャズの雰囲気かな。主人公が気苦労の多い孝弘から、若い新人の兵頭健と尚美・シャハムに変わったことで、お話にも勢いが出てる気がする。何より、野暮天の私には、視点が素人の兵頭健なのがありがたい。加えて嬉しいのが、あとがきのコレ。

この続きは<SFマガジン>で連載中です。
  ――あとがき

 やっぱり連載だったのか。続きを待ってます。

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2019年9月29日 (日)

菅浩江「永遠の森 博物館惑星」ハヤカワ文庫JA

自分にはそう見えるからこれでいいんだ
  ――この子はだあれ

「あそこの人魚、今どうなってるんですか」
  ――嘘つきな人魚

街路樹は変わらないのに、その名前を知らないことを思い知っている自分は、自分ではないような気がする。
  ――きらきら星

【どんな本?】

 口当たりのいい文章に乗せ、新しいテクノロジーに関わることで露わになる人間の業を容赦なく暴き出す菅浩江が、芸術をテーマに綴る連作短編集。

 <アフロディーテ>は、巨大な博物館だ。月と地球のラグランジュ点3に、小惑星を引っ張ってきた。大きさはオーストラリア大陸ほど。マイクロ・ブラックホールにより重力を制御し、深海から火星の地表まで、あらゆる環境を再現した。

 部署は大きく三つに分かれている。音楽・舞台・文芸全般の<ミューズ>、絵画と工芸の<アテナ>、動植物の<デメテル>。学芸員の多くは手術でデータベースと直結しており、頭で思い浮かべたイメージで古今の芸術や生物の情報を引き出せる。

 田代孝弘は<アポロン>に属している。先の三部門の調停を行う部署だ。例えば、歴史的な意義を持つピアノは、音楽を扱う<ミューズ>と工芸を受け持つ<アテナ>の奪い合いになる。珍しい木材を使っていれば、植物を縄張りとする<デメテル>も乱入しかねない。どう決着しようと、三部署から恨まれる立場だ。

 珍しい物が持ち込まれたり、斬新なイベントが行われたりするたび、やっかい事が孝弘に降りかかってくる。そして<アフロディーテ>は旺盛に収集と活動を続け、揉め事は絶えないのであった。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2001年版」のベストSF2000国内篇でトップ、2001年星雲賞の日本長編部門受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2000年7月、早川書房より単行本で刊行。私が読んだのは2004年3月15日発行のハヤカワ文庫JA版。文庫で縦一段組み本文約435頁に加え、三村美衣の解説「美しい科学と文学の殿堂へようこそ」9頁。9ポイント39字×17行×435頁=約288,405字、400字詰め原稿用紙で約722枚。文庫本としては厚い部類。

 文章はこなれていて読みやすい。最新の科学の成果をコッソリ使っているが、ソコはあまり気にしなくていい。わからなくても「そういうものだ」程度に流しておけば楽しめる。それより重要なのは芸術や工芸の素養だろう。でも、実はコッチも大丈夫。たいてい二種類の登場人物が出てくる。詳しい人と素人だ。わからない人は、素人側の登場人物の目線で読めば、美味しく味わえる。

【収録作は?】

天上の調べ聞きうる者
80号の大きな抽象画が届く。描いたのはコーイェン・リー、無名の作曲家で、三年前に亡くなった。脳神経科病棟の絵画療法で描いた作品だ。題して「おさな子への調べ」。絵画の専門家の多くは無価値と切り捨てるが、辛口の美術評論家ブリジッド・ハイアラスが珍しく絶賛し、また病棟の患者の一部も作品を熱心に見つめていた。果たしてこの作品に価値はあるのか?
 病院の名前にちゃっかりネタを仕込むあたり、やっぱり好きなんだろうなあw そういえばバブルの頃は、日本の金持ちが絵画を買い漁って価格を吊り上げた事があったっけ。ほんと投資家って厄介だ。「冬の時代」と言われながらもSFを愛し続けた者には身に染みる作品。好きなんだからしょうがないよね。
この子はだあれ
 職場をでた孝弘は、若い女に呼び止められる。セイラ・バンクハースト、資料室の所属だ。直接接続に妙な思い入れがあるらしい。要件は人形の名前を探り当てること。元は博物館が招いた恐竜学者と人類学者の老夫婦だ。博物館が別件で協力を仰ぎ招いたところ、夫妻は資料室に籠り調べていた。目的は二人が所有する抱き人形。骨董市で買ったものだが、不思議な表情をしている。
 ぬいぐるみも人形も、しょせんはモノだ。にも関わらず、私たちはそこから感情を読み取ってしまう。邪神セイバーみたいな安物の量産品なら、デザインなり製造なりのミスだろうでケリがつくし、手作りの一品ものなら作者の腕のせいにできる。だが、そのハイブリッドとなると…
夏衣の雪
 デメテルで笛方の家元襲名披露を行う。広告代理店がからみ、大きなイベントになる。主役は十五代目鳳舎霓生、16歳だ。先代の祖父が襲名時に行った「夏に雪を降らせる」演出を再現したい。そこで霓生の兄で自らも笛方であり、マネージャーも兼ねる瑛にリハーサルを頼んだが、うまくいかない。しかも衣装の手配が混乱していて…
 和服や笛のネタが満載。こんなん書けるのは世界広しといえど菅浩江だけだろう。私はさっぱりわからなかったが、幸い主人公の孝弘も私同様の野暮天だったw 孝弘と滝村さんのアレも、仕事で部外者と打ち合わせした経験の多い人には、けっこう身につまされる話。よくあるんだよね、困ったことにw そこのSE、身に覚えがあるでしょ。
享ける手の形
 シーター・サダウィはダンサーだ。十代のころには、天才としてもてはやされた。しかし、客ウケを狙い演出が過剰となった上に、彼女の影響を受けたダンサーが次々と出てきたため、次第に自分の芸を見失ってゆく。年齢を重ねると共に体も利かなくなり、性格も僻みっぽくなった。そんなシーターが<アフロディーテ>で公演することになったのだが…
 珍しく孝弘の出番がない作品。ロック・ミュージシャンには若くして才を認められる人が多い。エリック・クラプトンとジェフ・ベックは、いろいろと試したあげく原点のブルースに回帰して何度も復活してきたが、ジミー・ペイジは何やってんだ? まあ、そういう人にファンが何をできるかというと、うーん。
抱擁
 展示室で老いた男が倒れた。マサンバ・オジャカンデス、<アフロディーテ>の元職員。<アテナ>のネネ・サンダースの先輩らしい。実は倒れたわけではない。彼は直接接続者だった。初期の版のため、使うには集中する必要があり、また応答も遅い。そのため、傍からは体調を崩して倒れたように見えたのだ。
 その昔、メロトロンて楽器があった。キーボードを押すと、その音を録音したテープを再生する。一種のアナログ・サンプラーだね。なら色んな楽器の音を録音すりゃどんな楽器も代用できそうなモンだが、再生時にテープの回転が微妙にフラつくため、やや陰鬱な不安定さを持つメロトロン独特の音になる。これをわざわざデジタル・サンプラーで録音してるもの好きなプレイヤーもいたり。まあ、将来は…いや、現在でもそういうデジタル・エフェクトがあるんだろうなあ。そんな風に、昔のアイデアが再利用される事もあるんです。
永遠の森
 お騒がせ新人のマシュー・キンバリーが、また騒動を引き起こしている。マシュー自らが企画した「類似と影響」展の所長のOKが出たのだ。共通点のある作品を並べて展示しようという企画だ。問題は、バイオ・クロック。これは遺伝子組み換え技術で制御した植物の変化で時間を測る。その展示物は、オリジナリティを争って裁判になっている。
 作中じゃ酷くけなされてるけど、私はいいと思うなあ、「類似と影響」展。槍玉にあげられてる一つ、インカのタペストリとモンゴルのショールも、技術史に興味を持つ者としちゃ是非じっくり見たい。もちろん、詳しい解説付きで。それはともかく、作品そのものは、初期の傑作短編のリベンジといった感がある。終盤では、総毛だつほどの盛り上がりだ。
嘘つきな人魚
 最新の技術を駆使しているとはいえ、環境の維持は手間がかかる上に神経をすり減らす。<アフロディーテ>の海を管理するアレクセイ・トラスクは機嫌が悪い。原因は児童主体の博物館惑星見学ツアーだ。イタズラな子供が海にゴミを捨てたら、海の微妙なバランスが狂う。そんなアレクセイに、10歳ほどの子どもが声をかけた。「あそこの人魚、今どうなってるんですか」
 現代の工業製品で盛んに使われている技術を、こう使うか~、と感心した。ならあの本はアイデアの宝庫ではないか。まあ、そこから宝を見つけられるか否かが、優れたクリエイターと凡人の違いなんだろう。何であれ、過去の作品を黒歴史として封じている人には、いろいろと刺さる作品。ええ、ブログなんか書いてると、黒歴史ばっかりです。開き直って公開してるけど。
きらきら星
 二週間ほど前から、<アフロディーテ>は注目の的だ。小惑星イダルゴで発見された物体の解析が、<アフロディーテ>に任されたのだ。物体は二種類。1cmほどの種子らしき物二つと、一辺14mmの五角形で厚さ3mmほどの彩色片が数百。彩色片は<アテナ>のクローディア・メルカトラスのチームが預かった。その助っ人に呼ばれた図形学者のラインハルト・ビシュコフが問題で…
 SF者はラインハルトって名前で金髪の小僧を思い浮かべるが、見事に予想を裏切ってくれるw ワザとだろうなあ、きっとw 性格はともかく、数学者や物理学者の語る「美しさ」と、芸術家の語る「美しさ」の溝は、埋められるんだろうか。そこに橋を架けるのも、SFの役割の一つなのかも。ちなみに小惑星イダルゴは実在します(→Wikipedia)。
ラヴ・ソング
 ベーゼンドルファー・インペリアルグランド、人呼んで「九十七鍵の黒天使」。世界的に有名な老ピアニストのナスターシャ・ジノビエフの愛器だ。海上施設キルケ・ホールの杮落し公演のため<アフロディーテ>に運ばれたが、ナスターシャの許可が下りず調律もままならない。かつてのナスターシャの演奏データを聴いたところ、奇妙なことに…
 お騒がせ小僧マシュー、「九十七鍵の黒天使」、謎の遺物、姿を消した美和子など、今までの作品で張った伏線を鮮やかに回収し、更なる高みへと読者を誘うグランド・フィナーレ。

 テクノロジーと芸術は、一見あまり関係なさそうだけど、「倍音」や「音楽の進化史」を読むと、実は密接に関係してるんだなあ、と感じる。マイクやアンプなど音響機器が発達しなければ、ロックもヒップホップもなかっただろう…って、音楽ばっかだな。まあ現代アートも合成塗料あってのものだし。そういう「未来の芸術」を垣間見せてくれるセンス・オブ・ワンダーと共に、それでも掴み切れない美の本質を求める人々の足掻きがドラマを醸し出す、まさしくサイエンスとフィクションの狭間にある「何か」に挑んだ意欲作だ。

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2019年9月20日 (金)

三方行成「流れよわが涙、と孔明は言った」ハヤカワ文庫JA

孔明は泣いたが、馬謖のことは斬れなかった。
硬かったのである。
  ――流れよわが涙、と孔明は言った

「えうれか」
  ――走れメデス

こいつは世にも珍しい、車とつがうドラゴンの物語だ。
  ――竜とダイヤモンド

【どんな本?】

 「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」で2018年の第6回ハヤカワSFコンテストの優秀賞を勝ち取り、笑劇のデビューを果たした新人SF作家・三方行成の最新SF?短編集。

 有名な諸葛亮孔明と馬謖のエピソードから始まりながらも脱線に脱線を重ねあらぬ方向へと物語が転がってゆく表題作「流れよわが涙、と孔明は言った」、奇妙な味の三部作「折り紙食堂」、作品名からオチをつけている「走れメデス」、不気味な世界を舞台とした「闇」、噂のドラゴンカーセックスをテーマとした「竜とダイヤモンド」の五作を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年4月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約234頁。9ポイント40字×17行×234頁=約159,120字、400字詰め原稿用紙で約398枚。文庫本としては薄い部類。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も、SFというより馬鹿話なので、理科が苦手でも全く問題ない。気軽に楽しむタイプの作品集だ。

【収録作は?】

 それぞれ 題名 / 初出 の順。

流れよわが涙、と孔明は言った / 小説投稿サイト「カクヨム」2017年
 いきなりの強烈なギャグ作品。孔明は泣いて馬謖を斬…斬…斬れない。硬い。なぜだ。
 冒頭、たったの2行で見事に読者を引き込んでしまう。ホントこの人、反則的なまでにツカミが巧い。以後、最初からズレた物語は、行を重ねるごとに更にズレてゆき、テンポのいい語りに乗せて、次から次へと「なぜにそうなる」な方向へとスッ飛んでゆく。今気が付いたけど、これ、上手な漫才コンピの「もし…だったら」的なギャグに芸風が似てるかも。
折り紙食堂 / 小説投稿サイト「カクヨム」2018年
 挫折してうなだれたあなたは、何かを腹に入れようと店をさがす。店は見つかったが、どうにも怪しい。「折り紙食堂」。変だな、と思いつつも、空きっ腹には勝てず店に入ると…
 三部作。最近の流行り「○○食堂」のパロディなのかな? 作品名どおり、「折り紙食堂」をテーマに、最初の作遺品は店の親父の何やら意味深でよさげな言葉が続くが、なんじゃいこのオチはw やはり折り紙+食堂で腹を満たすのは無理だったかw
走れメデス / 書き下ろし
シラクサの王ヒエロンは金で王冠を作らせたが、職人が材料の一部を盗んだのではないかと疑う。そこでアルキメデスを呼び出し、冠を壊さずに調べよ、と命じた。
 これまた有名な話を足掛かりにしながらも、いきなり話は妙な方向に突っ走ってゆく。ある意味、グレッグ・イーガンの向こうをはる数学SFなんだが、この人の手にかかると、やはりこうなるかw
闇 / 「人は死んだら電柱になる:電柱アンソロジー」2014年
 世界は闇につつまれた。だが、電柱がある。電柱についた灯かりが照らす範囲の中は、安全だ。だが、そこから少しでも出て闇に触れると、人は引き込まれる。両親は相次いで死んだ。足をすべらせて、闇に触れたのだ。その両親が死んだあたりに、新しい電柱が二本見つかった。明かりが照らす範囲が増えただけでなく、ほかの村へとつながる橋ができた。そこに「彼」がきた。
 闇に包まれた不条理な世界で展開する、不気味なホラー。よくこんな設定を思いつくなあ。でも、この設定を元にゲームを作ったら、面白いかも。
竜とダイヤモンド / 「WHEELS AND DRAGONS ドラゴンカーセックスアンソロジー」2018年
 ひったくりが、その坊ちゃんからバッグを奪って逃げた。そして俺がバッグを取り戻し、坊ちゃんに返した。バッグにはダイヤモンドの原石が幾つか入っていた。それが始まりだ。俺は坊ちゃんに取材を申し込み、あっさりと了解してもらえた。そして坊ちゃんの家に向かったが…
 ドラゴンカーセックスってなんじゃい、と思ったら、そういうことか(→ピクシブ百科事典)。そんなモン、どうお話を作るのか、と思ったら、テレビスペシャル版「ルパン三世」みたくヒネリの利いた、ちょっとハードボイルドなファンタジイに仕上がってる。みょんみーw

 「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」からツカミの巧さは光っていたが、表題作では更に鋭さが増している。競争の激しい小説投稿サイトで鍛えたからだろうか。語りのスピード感もあるし、突拍子もない発想もいい。ただ、通勤電車や静かな喫茶店で読むには向かないかもw

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