カテゴリー「書評:SF:日本」の160件の記事

2018年1月19日 (金)

池上永一「黙示録」角川書店

人は『太陽(でた)しろ』を生き、神は月しろを生きる。
  ――p10

「舞で千年を生きてみせろ」
  ――p53

貧しさを軽く扱う者は決まって衣食住に足る奴らだ。
  ――p443

【どんな本?】

 「レキオス」「テンペスト」など、沖縄/琉球を舞台にしたスケールの大きい作品を紡ぎ出す池上永一による、琉球歴史ファンタジイ絵巻。

 18世紀初頭、尚益王(→Wikipedia)の治世。琉球は大和・清に挟まれ、両国のバランスを保つ形で生き延びている。しかし、このような小国としての地位をよしとせず、大きな野望を抱く者がいた。

 具志堅文若、唐名を蔡温(→Wikipedia)。若くからその才の評判は高く、在留通事として清で見識を深め、今は王子の教育係を務めている。やがて王子が王位を継げば、その片腕となって働くだろう。

 幸いにして王子は人柄も良く知識欲も旺盛だ。やがてはよき王となるだろう。だが、琉球が更なる高みへとのぼるためには、それだけでは足りない。太陽(でた)しろたる王には、相応しい月しろが必要だ。その月しろたる者は…

 大和と清の両大国を相手に、大胆な外交で琉球の地位を押し上げんと目論む蔡温。遺体すら葬って貰えぬ最下層の身分からの脱出を目指す了泉。了泉に才を見出し復権を図る石羅吾。蔡温のライバル玉城里之子、その秘蔵子で幼い頃から芸一筋に打ち込んできた雲胡。

 綱渡りの王国の命運と、道果てぬ芸人の業、そして神と人の関係を、色鮮やかな琉球を舞台に描く、怒涛の歴史ファンタジイ大作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年9月30日初版発行。単行本ハードカバー縦2段組みで本文約620頁。9ポイント23字×20行×2段×620頁=約570,400字、400字詰め原稿用紙で約1,426枚。文庫本なら上中下の三巻にしてもいい巨大容量。既に角川文庫から文庫版が上下巻で出ている。

 文章はこなれている。琉球語や漢詩がアチコチに入るが、慣れればそれも風情と感じるだろう。内容も特に難しくないが、琉球の歴史を少し齧ると、更に面白みが増す。

【感想は?】

 これぞ池上永一。

 琉球風味はもちろんのこと、波乱万丈・疾風怒濤、大法螺吹きまくりで予測不能な暴風雨が吹き荒れる、ノンストップの娯楽大作。ついでに言うと、舞台化・映像化はまず無理。

 物語は二人の人物が中心となる。いずれも秀でた芸で認められた宿命のライバルだ。

 まずは了泉。人とすら見なされぬ卑しい立場で、食わんがために仕方なく芸の道に入る。幸か不幸か天性の才があり、付け焼刃ながらその踊りは舞台も客席も支配する。

 そのライバルが雲胡。幼い頃より人生を芸に捧げ、厳しい稽古に耐えてきた。長い修練が培った強固な基礎は誰にも負けず、将来を嘱望されている。

 とくれば、さわやかなスポ根ものになりそうだが、そこは池上永一。そんなありきたりでわかりやすい話には決してならない。

 定石なら、舞台に立つうちに互いの芸を高め合うところ。が、なにせ、互いにかかっているものが違う。トップを奪うためなら手段を選ばぬ了泉、そんな了泉を見下し毛嫌いする雲胡。両者が七島灘を渡る場面は、笑うべきか恐れるべきか。

 この両名に関わってくる、脇役もアクの強い奴が揃っていて、特に前半では主役二人を食いかねない大暴れを見せる。

 まず度肝を抜くのが與那城王子。王位継承権第五位なんて御大層な地位だが、王子って立場から連想するのとは全く違う規格外のお方。映像化も舞台化も不可能となった責任の大半は、この人にある。登場場面からして、明らかに人智を越えた存在で…。

 まあ、ある意味、與那城王子こそ、池上永一たる象徴みたいなキャラクターかも。

 次に樺山聖之助。薩摩の侍で、居合の達人。悪い人じゃないんだが、あまり周囲にいて欲しくない人。つか、なんてシロモノを腰に下げてるんだw まさしく○○に××じゃないかw と思ったが、案外と相応しい者に相応しい得物なのかも、な場面もあったり。與那城王子とは別の意味で、人間離れしたお方。

 もう一人、紹介したいのが、瓦版屋の銀次。一昔前のトップ屋、今ならパパラッチ。お江戸のゴシップを一手に引き受け、ある事ない事書き立ててあぶく銭を稼ぐ芸能記者。彼と大物役者の関係は、案外と今でも受け継がれているのかも。

 私が彼を気に入った最大の理由は、彼の特技。ラリイ・ニーヴンのアイデアを、こんな形で蘇らせるとは。こういうのがあると、SF者の血が騒いでしょうがない。

 とかの濃いキャラが次々と騒動を引き起こす前半は、驚きの展開の連続で、読んでるだけでも息切れがするほど。

 これが、後半に入ると、ガラリとトーンが変わり、芸人の業の深さが、恐怖すら伴って忍び寄ってくる。

 蔡温も玉城里之子(玉城朝薫)も、Wikipedia に項目があり、ちゃんと歴史に名が残っている。位の高い政治家だってのもあるが、玉城里之子は組踊の祖としても名高い。

 同じ芸でも、文学や絵画や彫刻は作品が残る。そのため、後の世までも名を残すことができる。音楽でも西洋音楽は楽譜があるので作曲家の名は残るが、演奏家はそうじゃない。これは踊りも同じで、彼らの芸はその場限りで消えてゆく運命にある。

 にも関わらず、彼らはなぜ踊るのか。もちろん、食うため、稼ぐため、出世するためでも、ある。だが、それだけじゃない。

「ぼくのおめけりは凡庸でした。でも誉められた。こんな屈辱があるでしょうか……」
  ――p538

 一つの作品が演じられる時、その舞台の上で、または舞台の裏で、何が起きているのか。新しい作品を生み出そうとする時、それに関わる人は何を考えているのか。終われば消えてしまう踊りに、なぜ役者は懸命になるのか。

 大きな曲がり角を迎えた琉球の歴史を背景に、芸を極めんとする者の業を清濁併せて描く、重量級の娯楽ファンタジイ大作。次の日の朝が早い人は、充分に覚悟して臨もう。

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2018年1月 4日 (木)

森奈津子「姫百合たちの放課後」ハヤカワ文庫JA

「自慰道」と名づけられたそれは、柔道と共にわが国で生まれた競技として世界中に広まり、愛好者を増やし、オリンピックの正式種目に加えられるまでになったのである。
  ――花と指

あるときは人気絶頂のアイドル歌手、あるときは往年の美人女優、あおしてまたあるときは渋い二枚目俳優。して、その実体は……
  ――お面の告白

【どんな本?】

 暴走する欲望を厨二臭あふれる強引な設定で物語に仕立て上げ、SF・ポルノ・SMの垣根をあっさり蹴散らし踏み越える、森奈津子による傍若無人な百合SMポルノSFギャグ短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2004年1月に単行本で刊行。2008年8月25日、ハヤカワ文庫JAより「ひとりあそびの青春」を加え文庫化。縦一段組みで本文約270頁に加え、あとがき5頁+文庫版あとがき3頁。9ポイント39字×17行×270頁=約179,010字、400字詰め原稿用紙で約448枚。文庫本としては普通の厚さ。

 文章は読みやすい。内容は…まあ、アレだ。おバカな妄想が詰まった本なので、気楽に。ただし表紙がピンクの地にシライシユウコの可憐なイラストなので、オヂサンが通勤電車の中で読むには、ちと気恥ずかしいw いや中身は別の意味で恥ずかしいんだけどw

【収録作は?】

 / 以降は初出。

姫百合たちの放課後 / 雑誌フリーネ1995年6月創刊号
放課後。立花純子は、憧れの三年生の西園寺静香が奏でるピアノの調べに聞き入っていた。そこにやって来たのは、ボーイッシュで下級生に人気のある本郷レイ。二人が会話を交わすスキに、静香様に忍び寄るのは、三年の吉良美夜子。妙な趣味を持つと噂の…
森奈津子お得意の、様式美あふれる「お姉様に憧れる可憐な少女」な雰囲気で始まる開幕編。思いっきりなりきっている純子に、レイが入れるクールで鋭いツッコミが楽しい一編。にしても、純子をそう呼ぶかw 縄文式土器なんて発想が、どっから出てくるんだかw
姫百合日記 / 雑誌フリーネ1995?二号
 静香お姉様への想いはつのるばかりの純子。とはいえ、友人は友人。ということで、ここは乙女らしく交換日記を始めることに。
前作「姫百合たちの放課後」を受けて、交換日記の形で話は進む。日記の形なので、あまり直接的な描写はないが、それもまたアレで。純子ちゃん、いい根性してます。
放課後の生活指導 / 雑誌アニース2003年冬号
 中学教師の内田紀子が待つ生徒指導室に入ってきたのは、新庄貴恵。紀子が受け持つ三年一組の学級委員長だ。性格は明るく成績もいいためか、人望も厚い。そんな貴恵が打ち明けた悩みとは…
 女教師と女生徒ってキャスティングながら、そうきますかw 何かと手馴れていて準備のいい美羽ちゃん、どこで習ったんだw 最後まで教師としての気持ちを忘れない紀子先生、素敵ですw
花と指 / 雑誌アニース2001年夏号
 オナニーは自慰道として、オリンピックの正式種目となる。佐久間美麗は、二年ながら神奈川女子体育大学の主将だ。道場で練習に励む美麗を、熱く見つめる視線があった。碓井チヨ。美麗と同じ自慰道部二年で、テクニックはあるものの、成績はパッとせず…
 出だしから爆笑の作品。いいねえ、自慰道。この厨二感覚あふれる発想が大好きだ。こんなんテレビで中継したら、そりゃ視聴率うなぎのぼりだろうなあw にしても、森さん、よっぽど山口百恵が好きと見える。
2001年宇宙の足袋 / 雑誌アニース2002年夏号
 ベッドに座る折原係長いや路恵を、清水優香は押し倒す。前から優香は路恵に憧れていた。スラリと長い脚、フェミニンンなショートカット、そして雰囲気はクールながら、さり気なく部下を気遣う人柄。だが今は、地球を救うために…
 このタイトル、そして「地球を救う」。なんか凄い事が起こるのかと思ったら、やっぱり。こういう厨二ベタベタな妄想がやたら楽しい。いやあモモコちゃん、いい性格してますw 色々あるけど、つまり「愛は地球を救う」お話です。本当にそうなんだったら!
お面の告白 / アンソロジー ハンサムウーマン1998年7月
 北島由紀、芸能人専門のゴーストライター。インタビュウの録音を聞き、あたかも本人が書いたような文章に仕立てる仕事だ。この職についてはや五年、既に著作は七冊を数える。今回の仕事は女優の間宮京子、由紀も彼女の大ファンだ。ところが受け取った音源は…
 ゴーストライターと美人女優だから、当然…と思っていたら、お話はお思わぬ方向に。そうきたかー。百合ポルノながら、ほのかに切なさが漂う作品。ちなみに無能と不能なら、そりゃ怖いのは不能に決まってます。にしても、こういう編集者なら、ロクに校正もせずそのまま載せちゃいそうな気も…
1991年の生体実験 / 雑誌アニース2002年冬号
 かつて、不良少女の制服のスカート丈は長かった。だが1990年代において、スケバン・スタイルは絶滅し、変わって台頭したのはルーズ・ソックスにミニスカートのコギャル・ルックである。この革命の裏にあったのは…
 どう考えても湾岸戦争もソ連崩壊も関係ないんだが、ま、いっかw あったね、スケバン。今はコスプレのネタになっちゃってるのが、なんとも。意気揚々とお嬢様学校に乗り込むスケバン香坂真里奈、迎え撃つ生徒会長の早川絹絵&副会長の矢上虹子。
お姉さまは飛行機恐怖症 / アンソロジー カサブランカ帝国2000年7月
 両親の結婚により、義理の姉妹となった汀子と里奈。二人とも大学二年の19歳。互いに仲良くしたくとも、どうにもギクシャクしてしまう二人の仲を、なんとかしようと考えた両親は、二人での香港旅行をプレゼントする。だが飛行機に乗り込んだとたん、汀子が里奈に打ち明けたのは…
 飛行機tってのは、案外と残酷な乗り物で。私は船酔いならぬ飛行機酔いになった事がある。厳しい旅程で体力が落ちていたうえに、乱気流の多い航路でやたらと揺れたのがマズかった。船なら甲板に出て風に当たれるんだが、ジェット機じゃ窓を開けるわけにもいかず。
ひとりあそびの青春 / 雑誌 小説NON2005年3月号
 オナニーを覚えたのは、四歳か五歳のころだ。幼い頃、こんな自分はおかしいと思っていた。中学に入り、同級生に恋をした。スポーツ万能で頭脳明晰な美少女だ。なんとか彼女と親しくなりたいと考えていたが…
 オナニーにまつわる私小説風の作品。まあオナニーなんて自分ひとりで完結しちゃうんだから、私小説にするのが最も適してるのかも。誰だって妄想はするが、それを文章や絵にできるかどうかが、素人とクリエイターの境目なのかな、と考え込んだり。
あとがき+文庫版あとがき

 山口百恵・スケバンなんて風俗に加え、「エス」なんて言葉が、70年代~80年代の香りを醸し出し、そういう所もオヂサンには嬉しい作品集。私は「花と指」と「2001年宇宙の足袋」の突き抜けたお馬鹿さ加減が好きだなあ。

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2017年12月17日 (日)

吉田親司「マザーズ・タワー」ハヤカワSFシリーズJコレクション

人類にとって開拓すべき最後の領域――それは脳と宇宙だ。
  ――p121

「固定観念とは打破するためにあるんだ」
  ――p236

【どんな本?】

 仮想戦記やライトノベルで活躍中の吉田親司による、近未来を舞台としたテクニカル・アクションSF長編。

 2036年。インドとスリランカを結ぶ“ザ・ビッグ・ブリッジ”が完成する。その中央橋塔は高さ666メートルに達し、マザーズ教団が拠点とした。女だけで構成され、難病の末期となった子供を看取る、新興宗教組織。しかし黒い噂も流れている。

 そして2038年。戦略上の拠点としての重要性を考え、インドの州軍が中央橋塔の占拠へと動き出す。その頃、四人の男たちがマザーズ教団を訪れていた。傭兵、脳外科医、臓器ブローカー、電脳技術者。この事件を機に、四人の男は人類全体の運命を担う羽目になり…

 近未来を舞台に、派手なアクションと奇矯なガジェットを壮大なスケールで描く、波乱万丈の娯楽SF作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年7月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦二段組みで本文約310頁に加え、あとがき2頁。8.5ポイント25字×19行×2段×310頁=約294,500字、400字詰め原稿用紙で約737枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。お話そのものは解りやすい。ただし、最先端または近未来のテクノロジーが次々と出てくるので、そういうのが好きな人にはたまらなく美味しいが、メカメカしいのが苦手な人には向かない。

 それと、できれば登場人物一覧が欲しかった。

【感想は?】

 豪快で爽快、疾風怒濤。乗り物大好きな男の子が大喜びするガジェット満載のテクノロジー小説。

 冒頭から豪快さは全開。なんたって、歩兵が素手で戦車の砲塔をへし折っちゃう。「Объект(オブイエークト)」だの「ウゥゥラァアァー!」だの、いきなり吹き出してしまった。

 出鱈目なお話かと思ったら、実はちゃんと仕掛けがあって、後でキチンと説明がつくんだけど、それにしても豪快すぎる。ジェルジンスキーさん、濃いキャラが揃ってるこの作品の中でも、キャラの立ち方はピカ一。

 が、この作品の最も美味しいのは、人物よりガジェット。なんたって、ジェルジンスキーを含む四人の男の目的が、アレを作ろうって話だし。

 ジェルジンスキーの砲塔破壊のタネもそうだが、彼の宿敵となる人物が使いこなすガジェットも楽しいシロモノばかり。当然、戦闘を生業とする者らしく、物騒極まりないガジェットばかりなんだが、予算が許せば私も欲しい。特にあのスーツ。

 そして表紙の中央下に出てくる、ケッタイな形の船。合衆国海軍のステルス艦(→Wikipedia)をモデルとした双胴船だ。んなモン何に使うのかと思ったら、これにもちゃんと理屈がついてた。うん、確かにそういう仕事にはピッタリだよね。費用対効果ははなはだ疑問だけどw

 やはり乗り物として楽しいのが、表紙折り返しの上にある、大型飛行機らしきもの。ロボット・アニメ大好き少年の夢を、強引な理屈で引っ張り出した血沸き肉躍るシロモノ。「後に止める奴はいなかったのかと嘲笑される」と自らツッコミを入れる潔さがいいw

 最初の舞台となる中央橋塔も、実は単なる鉄とコンクリートの塊じゃないあたりも、入念な仕込みの産物。肝心の仕掛けのアレ、今はたぶん値段の関係で、せいぜい手のひらサイズのモノにしか使ってないけど、それをこう使うかー。

 など数々のガジェットを露払いとして、四人が創ろうとするのが、SFファン大好きなアレ。これも表紙に出てるけど、そのタイプがこの作品ならではの方法なのも独創的な点。しかも、そのタイプでなきゃならない理由も、ちゃんと辻褄をあわせてあったり。かなり強引だけどw

 現実にそういう壮大なモノを作ろうとすると、その中心となって動くのは、今までは国家だった。が、最近は、ビル・ゲイツがマラリアのワクチンの開発に資金を出してたり、Xプライズ財団が先端技術のコンテストをやったりと、大きな資産や影響力を持つ個人や民間団体が主導する事が多くなってる。

 そういう今世紀の風潮を敏感に捉えたのか、鈍重な組織が中心となるのではなく、行動力に溢れた個人が引っ張っていくのが、この作品のもう一つの特徴。そもそも、創る動機からして、やたら個人的なシロモノだし。

 それだけに、官僚同士のウザい駆け引きはスッ飛ばし、それぞれの要点に位置する人々との取引で話が進むあたりが、この著者の味なんだろう。そうする事で、トンガったガジェットの登場場面も増えたし。

 加えて、肝心のブツに関しても、冒頭の場面からシェフィールドやニーヴンなどへのオマージュが詰まっており、SF者としては嬉しい限り。特にクラークに比べ冷たい扱いをされがちなシェフィールドの発想を、うまいこと蘇らせてくれたのにもニンマリだ。

 はいいけど、そのネーミングは、色々と不吉じゃね? 「そうしてこうなったのかはわからない」と言われる代表だろうにw

 などと、愉快な連中と個性豊かなメカやガジェットが次から次へと登場して見せ場を作り、テンポよく物語が転がってゆく、メカ好きにはとっても心地よい作品だった。おまけに終盤では更に風呂敷が広がり、これぞSFの王道と喝采したい仕上がり。気持ちよく爽快なSFが読みたい人には格好のお薦め。

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2017年11月29日 (水)

森岡浩之「突変世界 異境の水都」徳間文庫

12月6日午後6時52分37秒――
関西大移災が発生した。
  ――p215

「要らんこと、見て、聞いて、要らんこと、考えて。それが面白いやないですか」
  ――p449

【どんな本?】

 2016年の日本SF大賞に輝いた長編「突変」の前日譚にあたる、パニックSF長編小説。

 舞台は近未来。突然変移なる現象が多発していた。地球上の一部の地域が、何の前触れもなく他の世界と交換されてしまう。他世界の気候は地球と似ているようだが、地形が多少異なり、また生物相も地球と全く違っている。三年前から確認された現象は、その後も続いていた。

 関西で起きた移災は大規模なもので、大阪を中心に奈良から兵庫に及ぶ。巻き込まれた者たちの中で、主導権を握ろうと三つの組織が動き始める。大阪を拠点とするグループ企業の水都グループ,やはり大阪を根城とする新興宗教団体アマツワタリ,そして自警団の名目でチンピラをまとめた魁物。

 ガスなどのインフラ網や広域の貿易罔を失った都市は、どうなるのか。突然の災害に対し、様々な民間組織や政府機関は、どう動くのか。巻き込まれた人々は、どんな行動をとるのか。そして、水都グループ・アマツワタリ・魁物の主導権争いの行方は。

 巨大災害を人間味たっぷりに描く、娯楽シミュレーション小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年12月15日初刷。文庫本で縦一段組み、本文約598頁に加え、牧眞司の解説「関西大移災! 裏地球の仁義なき抗争のはじまり」10頁。9ポイント40字×17行×598頁=約406,640字、400字詰め原稿用紙で約1,017枚。上下巻に分けてもいい分量。

 文章は読みやすい。内容も、SFとしての仕掛けで大きいのは、移災だけ。これさえわかれば、充分についていける。また、主に情報処理・通信関係で、既に実現している技術の半歩から一歩先の技術が出てくるが、日頃からスマートフォンを使っている人には、感覚的になじみやすいだろう。

【どんな話?】

 はじまりは三年前。インド洋チャゴス諸島沖で漁船が引き揚げた網には、異形の獲物ばかりがかかっていた。しかも、その中の何種かは凶暴で、漁師たちを襲い始める。彼らが引き揚げた生物を科学者が分析したが、いずれも未知の生物だった。

 約三か月後、今度はアメリカ合衆国ネバダ州の一部で異変が起こる。やはり異形の生物が出現するばかりか、地形すら一瞬にして変わってしまった。そこに住んでいた者もいたが、綺麗に消えてしまう。これに似た異変が、世界の各地で起き始める。

 アフリカのブルキナファソで起きた異変が、事件の解明の手掛かりを与えた。異変に巻き込まれ、消えたと思われた者が発したメッセージが見つかったのだ。どうやら、我々の世界と、異なった世界の一部が、交換されたらしい。

 日本政府は、この現象を移災と名付け、緊急時における指揮系統など、法や制度を整えはじめる。また、民間でも、宗教団体や大企業などが、組織を力を活用し、食料の備蓄など災害への対策を講じつつあった。

 水都セキュリティ・サービス略称セキュサは、大阪に根を張る水都グループの一つだ。セキュサに勤める岡崎大希は、グループのオーナー五百住正輝じきじきの命を受ける。新興宗教アマツワタリの次期教主ミヨシと目される少女・天川煌の身を守れ、と。どうも教団内部の抗争があるらしい。

 田頭誠司は魁物を率いている。移災が知られるに従い、自警団の需要が増えた。魁物は、田頭がチンピラを集めて作った民間の自警団だ。荒っぽい事には慣れているし、実際、同業者と衝突する事もある。移災に巻き込まれた時のために、食料などに加え、銃器も集めてあった。

 そして12月6日。関西大移災が起きる。

【感想は?】

 すっかり忘れてた。この著者、陰険な会話が上手いんだ。

 前の「突変」では、双子の高校生・出灰万年青と出灰鈴蘭のドツキ漫才が冴えてた。この作品でも出灰兄妹または姉弟が出てくるが、ここでは二人とも中学一年。会話にも将来の片鱗が見える。

 今回は、それ以上に楽しいコンビが出てくる。まずは水都グループを率いる若きオーナー五百住正輝と、その秘書の神内究。普段は礼儀正しくバリバリのヤリ手を感じさせる神内だが、正輝が相手となると容赦なく突っ込みを入れる。これをボケ通していなす正輝との、ドツキ漫才がたまらない。

 やはり楽しいコンビが、宗教団体アマルワタリを率いる美少女・天川煌と、彼女の後見人・沢良木勝久。登場するまでは「狙われて傷ついた美少女」なんて儚げな印象だった天川煌、実際に口を開くと、これでなかなか遠慮がない。

 そんな彼女に噛みつかれる沢良木だが、彼もなかなか大した人で。いや組織のトップとしちゃ実に頼りないんだが、ありがちな理系の変人というか。やはり自分の価値観をシッカリ持ってる人は強いねえ←違うだろ

 そんな会話のスミに仕込んだ、マニアックなネタも楽しみの一つ。そりゃわかんねえよ、「うわっ」ってw 真面目そうな神内氏の意外な一面が覗ける場面。沢良木と話しが合いそうだよなあ。三つの約束とか資料室の別名とか、困ったオッサンたちだw

 などの小ネタっはもちろん面白いが、それ以上に、グループ企業の内情も読みどころ。ある意味、小松左京の「首都消失」の後継とも言えるシリーズだが、アレが政府関係を中心として描くのに対し、こちらは民間が事態を主導するのが大きな違い。

 これも護送船団方式が残っていた80年代と、新自由主義に移りつつある2010年代の差かな、とも思うが、それ以上に大きいのが、企業が持つインフラ的な資産の成長。

 まずこれを感じるのが、ライドシェアリング制度。いわば企業内Uberだ。大規模なグループ企業なら、どこかの部署の誰かが、しょっちゅう業務用の車で走っている。ならタクシー代わりに相乗りすりゃいいじゃん、って制度。

 もちろん、この制度を巧く動かすためには、刻々と移り変わる「いつ・どこで・誰が・どこを走り・どこに向かっているか」をリアルタイムに把握せにゃならんし、また相乗りする・させる双方がタイミングよく連絡を取れなきゃいけない。

 80年代には難しかったけど、情報通信・処理が発達した現在なら、Uberが示すように、充分に実現可能だ。昔から事務所と工場間などで、業務用の定期便に便乗する、なんて制度はあったんだが、街中で人を拾えるようになると、グッと応用範囲は広がる。

 この制度の目的は、経費節減。タクシー代が勿体ないじゃん、ってこと。こういう節約を目的とした制度は、お役所じゃ発達しにくい。

 他にも縦割り行政とかの弊害があり、省庁間のデータ交換とかはイマイチ巧くいってない。例えば郵便番号は、行政区分と一致してない場所がある(→Wikipedia)。他にも姓名での外字の扱いの不統一を、藤井太洋が「ビッグデータ・コネクト」で描いていた。

 こういう問題も、オーナーの発言権が強い私企業なら、鶴の一声で解決しやすい。私企業でも図体のデカい企業はグループ間の連絡が悪かったりするんだが、これを水都グループの成り立ちで解決しちゃうあたりに、設定の巧みさが光る。

 などといった社会的な仕掛けに加え、この作品では、肝心の突変現象の謎が、少しだけ明かされるのもワクワクするところ。これが意外にも大掛かりな話で…

 とすると、このシリーズも暫く続きそう。前作がご町内を舞台として市井の人々を描き、今回はそれを率いる組織に焦点を当てた。次にどんな話を読ませてくれるのか、とっても楽しみだ。

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2017年11月 3日 (金)

菅浩江「ID-0 Ⅰ・Ⅱ」ハヤカワ文庫JA 原作:ID-0 Project

「それを決めるのは俺じゃない。あんたが俺という存在をどう認識するかだ」
  ――ID-0 Ⅰ Cognosce te ipsum. ――汝自身を知れ

「今さら過去を知って何になる。この身体で、この意識で生きてきた時間が、今の俺を形作っている」
  ――ID-0 Ⅰ Cognosce te ipsum. ――汝自身を知れ

「こんな形になっても、俺はまだ走り足りねえ。生き足りねえ」
  ――ID-0 Ⅱ Vive hodie ――今日生きよ

調査、仮説、実証。
  ――ID-0 Ⅱ Vive hodie ――今日生きよ

【どんな本?】

 谷口悟朗監督・黒田洋介脚本で、2017年に放送されたSFアニメ「ID-0」を、ベテランSF作家の菅浩江が小説化した作品。

 遠未来。人類は鉱物「オリハルト」を発見する。オリハルトの応用範囲は広い。恒星間航行、遅延のない情報通信、そしてロポットへの意識転位。これにより人類の文明は飛躍的に発展し、遠宇宙へと進出、その版図を広げてゆく。

 しかし、オリハルトには副作用もあった。制御不能の重力異常と空間歪曲を引き起こすのである。

 天涯孤独の学生ミクリ・マヤは、宇宙地質学を専攻している。初めてのオリハルト試掘調査で宇宙に出向くが、慣れぬ作業に加えオリハルト採掘につきもののミゲルストリームに見舞われ、虚空に放り出されたところを採掘業者に助けられた。

 オリハルトは、人類の文明を支えている。その採掘は、大きな報酬が得られる半面、事故に巻き込まれる事も多い、危険な仕事だ。そのため、大企業ばかりでなく、一攫千金を狙う怪しげな採掘業者も多い。

 マヤを助けたのは、エスカベイト社のストゥルティー号。社長のグレイマンを含め、全6人のアットホームな…と言えば聞こえはいいが、つまりは零細企業。しかも、メンバーはいずれもワケありっぽい怪しげな奴らばかりで…

 宇宙空間を舞台に、アクの強い奴らがバトルとチェイスを繰り広げる、痛快娯楽活劇。

 なお、Ⅰ:Ⅱ巻とも、ラテン語の副題がついている。

  • ID-0 Ⅰ Cognosce te ipsum. ――汝自身を知れ
  • ID-0 Ⅱ Vive hodie ――今日生きよ

 Cognosce te ipsum は「デルポイの神殿に刻まれたギリシア語(グノーティ・セアウトン)のラテン語訳」、Vive hodie は「ローマの詩人マルティアーリスの言葉」。いずれも「山下太郎のラテン語入門」より引用した。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 Ⅰは2017年6月25日発行、Ⅱは2017年7月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約264頁+291頁=約555頁。9ポイント40字×17行×(264頁+291頁)=約377,400字、400字詰め原稿用紙で約944枚。文庫本の上下巻としては標準的な分量。

 文章はこなれている。が、内容は、というと…。

 アニメのノベライズのため、アニメを観た人と観てない人では、だいぶ印象が違うはず。私は観ていたので、描かれている場面がアリアリと瞼に浮かんだ。お陰で終盤では、子安声が朗々と脳内に鳴り響く羽目にw

 というのも、序盤からSFガジェット満載な上に、ストーリーもジェットコースターなのだ。そのガジェットもニュートン力学から土木工学・量子力学そして怪しげな未来技術と、バラエティ豊かで高濃度。そのためか、私はアニメ以上のスピード感を楽しめた。が…

 小説から入る人は、あまりのハイテンポと、次から次へと出てくる仕掛けやガジェットに、振り落とされかねない。もしついて行けたなら、あなたはSF者としてかなりの強者に育つ素質を持っている。そんなモンになりたいかどうかは疑問だけど。

 という事で、できれば用語集と登場人物一覧をつけて欲しかったなあ。

【感想は?】

 アニメのノベライズなんて…とナメていたが、とんでもない。これぞ21世紀のスペースオペラ。

 なんたって、序盤から次々と出てくるガジェットに頭クラクラ涎タラタラな上に、ひっそりとリアリティ豊かな小道具を仕込ませているからたまらない。

 例えば冒頭の小惑星採掘の場面。小さな天体は重力も小さい。だから地球上での鉱山採掘とは違った苦労がある。ってな堅苦しくて面倒くさい世界観を、たった3行で説明すると共に、地球の重力の支えがない宇宙空間へと、一機に読者を連れてゆく。

 このスピード感あふれるセンス・オブ・ワンダー。ああ気持ちいい。

 続いて出るのが掘削用語のライザーパイプ(→weblio)に、天体の機動を乱すヤルコフスキー効果(→Wikipedia)。こういう、まっとうな専門用語で物語世界の地盤を充分に固めた上で、ミゲル・ストリームやIマシンなんてハッタリをカマしてくると、SF者の血はザワザワと騒ぎ出す。

 この血の騒ぎは裏切られる事なく、ちょっとした船体のメンテナンス場面でも、一瞬の気のゆるみが永遠の別れになりかねない、力学に支配された宇宙空間の冷酷さと空虚さを感じさせたり。

 かと思えば、Ⅱ巻では、スイングバイからバサードラムジェットに至る、今までのスペースオペラの定番の推進方法をアッサリと総括するあたりも、「わかってるじゃん」と嬉しくなってしまう。

 お話の方も、Ⅰ巻は息つく暇もないアクションとチェイスの連続。

 最初の語り手は女子大生のマヤちゃん。いきなり宇宙空間で始まったかと思えば、さっそく事故を起こし、虚空に放り出され絶体絶命…と思ったら怪しげな連中に拉致もとい救い出され、やれやれこれで一安心…している暇もなく、正規軍に追いかけまわされるお尋ね者に。

 元は施設育ちで天涯孤独。幸い優等生な上に適性があり、アカデミーで宇宙地質学を学ぶ事になる。はいいが、なにせ先立つ物がない。二言目には「奨学金」が口癖の苦労性。まあ、真面目で現実的な人なんですね。

 そんな娘さんが、見るからに海千山千な山師どもに囲まれ命綱を握られてるってだけでも、設定の巧みさが光る。

 とまれ、映像と小説じゃ、得手不得手が違う。派手なアクションは映像の方が映えるが、細かい説明は苦手。そういう点では、アニメで何気なく使っているマスドライバーなどのガジェットに、ちゃんとSFっぽい理屈をつけて辻褄を合わせてくれたのも、考証マニアとしては楽しい所。

 だけでなく、マヤをはじめとして、それぞれの登場人物の背景を掘り下げたあたりも、この作品の読みどころ。特にⅠ巻ではマヤ視点の記述が多く、彼女がタダの優等生ってだけじゃないのが明らかになる。ばかりか、これが軍人のアマンザや主役のイドと絡み、物語のテーマへと迫ってゆく。

 人物配置として「あれ?」と思ったのは、イドとリックの関係。青のイドと赤のリック、戦隊物なら赤のリックが主役を張るところを、青のイドが主役ってのに、何か魂胆を感じたり。考え過ぎかな?にしてもリック、隕石や宇宙塵はヒョイヒョイ避けるのに、女の拳は決して避けないあたり、漢だよなあw

 ただ、終盤のイドとアダムスの絡みは、ちと腐臭が漂ったり。この辺、著者が楽しんで書いてるのがアリアリで、ま、いっかw ある意味、アダムスの想いがアニメより強く伝わってくるのは、気のせいじゃないと思う。

 目まぐるしく転がってゆくストーリーに、次から次へと登場するSFガジェット。意外な所に隠したマニアックなネタに、キャラの立った登場人物。そして、銀河狭しと駆け巡るチェイスに、危機また危機が続く緊張感。21世紀のスペースオペラと呼ぶに相応しい、痛快娯楽活劇だった。

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2017年10月22日 (日)

松崎有理「あがり」東京創元社

 酷い悲しみに直面したとき、ひとはしばしば転位行動をとる。数研の連中ならば多額の懸賞金がかかった未解決問題にとりくみ、地史研はつるはしと岩石は採用鉄槌をかかえて野外に化石を探しにゆく。そして生命研の人間は、実験する。
  ――あがり

予想の証明は、ぼくにとっての不死への手段だ。
  ――ぼくの手のなかでしずかに

研究者というのは自分の仕事について話すのがなによりすきだ。相手がきいていようがいまいが。
  ――代書屋ミクラの幸運

自然とは本質的に、無目的で無作為だ。
  ――不可能もなく裏切りもなく

【どんな本?】

 短編「あがり」が2010年の第一回創元SF短編賞に輝いた、新鋭作家・松崎有理のデビュー短編集。

 仙台の東北大学をモデルとした大学を舞台に、若い研究者たちの仕事ぶりや日々の暮らしや悩みを緻密に描きつつ、そこで起きる事件や出来事を静かに綴ってゆく。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年版」のベストSF2011国内篇で14位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年9月30日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで約268頁。9ポイント43字×20行×268頁=約230,480字、400字詰め原稿用紙で約577枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。今は創元SF文庫から文庫版が出ている。

 文章は比較的にこなれている。ただ、登場人物の多くが大学の研修者なので、その会話は相当にクセが強く、専門用語が頻繁に出てくる。あまりテーマと関係ない場合もあるが、密接にかかわっている話もあるので、要注意。

【収録作は?】

 それぞれ 題名 / 初出 の順。

あがり / 創元SF文庫「量子回廊」2010年7月
 イカルは研究室の設定式温度反復機を占領している。ここしばらくは下宿にも帰らっていいないらしい。原因はジェイ先生が亡くなったショックだ。先生と直接の面識はない。だがイカルは先生を崇拝していた。なんとかせい、とアトリにお鉢が回ってきた。なにせ、おさななじみで同じ四年だし。
 2010年の第一回創元SF短編賞受賞作。生命進化の原動力は個体か遺伝子か。著者インタビュウ(→アニマ・ソラリス)によると、ジェイ先生はスティーブン・ジェイ・グールドだとか。なら「一部の急進的な研究者」はリチャード・ドーキンスかな? 
 大学、それも理工系の研究室に馴染みのある人には、生々しくも懐かしい描写がいっぱい。室内に漂う個性豊かな匂い,研究対象への思い入れ,科学の先端なんて言葉からは程遠いラフな雰囲気,普通の人とは明らかに異質な、でも当人たちには思い入れたっぷりの会話。
 と、やたらリアルな描写が続くと思ったら、そうきたか。この作家、なかなかの曲者です。
ぼくの手のなかでしずかに / 創元SF文庫「原色の想像力」2010年12月号
 科学の発見は時として覆される。だが数学の業績は永遠だ。素数の分布に規則性はあるのか。この問題をエレガントに解ければぼくの名は数学史に永遠に刻まれる。問題にとりかかりつつ、行きつけの書店を覗いたところ…
 主人公の問題へのアプローチは、ソフト屋がデータ構造を考える際の方法に近いかも。最初は最低限の要求を充分に満たす形を考える。その際は、何度も頭の中で、組み立てては潰し、を繰り返す。多少は形になった所で、やっと絵を描き始める。
 ってな事をやっている最中に話しかけられると、脳内の構造物がガラガラと崩れていくんで、ちと悲しい想いをしたり。
 オチの切なさも、ソフト屋にはよくあるパターンで、なかなか身につまされる話だった。
代書屋ミクラの幸運 / 東京創元社<ミステリーズ!>vol.45 2011年2月
 ミクラはかけだしの代書屋だ。対象は論文。俗称「出すか出されるか法」により、研究者は三年に一本は論文を書け、書かなければクビ。そんな厳しい法律だ。だが論文執筆を嫌う研究者は多い。そこで代書屋の出番だ。
 今は子供の夏休みの宿題も商売になるとか。まさか研究者の論文まで…と思ったけど、実はあるらしい。大抵の文書と同様、論文も適切な形式があって、それに沿ってなきゃいけない。査読者も人間だから、分かりやすく印象深ければ評価も高くなる。
 ってんで、書き方にもコツがあり、そこに代書屋の商売が成り立つ余地が出てくる。そんなテーマなので、「上手な論文の書き方」もチラホラと出てきたり。文系と理系の文書の違いも面白い。ブロガーとしちゃ、美味しいネタを教えてもらったような気がする。
 なんて真面目なネタも面白いが、それ以上にキャラクターが楽しい。意味不明な研究に打ち込み、いささか浮世の世渡りには疎い老教授。要領のいいお調子者で小手先は器用なようで、どうにもツメが甘くお人良しで商売が下手なミクラ。いずれも憎めない人だ。
 と思ったら、ミクラ君はシリーズになってる。しばらく著者にいぢられ続けるんだろうか。
不可能もなく裏切りもなく / 東京創元社<Webミステリーズ!>2011年5月
 理論進化学のおれ、微生物系の友人。暑がりなおれ、寒がりな友人。口はよく回るおれ、口下手な友人。二人とも、「出すか出されるか法」の期限まであと半年。そこで二人での共著を考えた。テーマは「遺伝子間領域の存在理由について」。
 これも登場人物が魅力的な作品。性格は対照的ながら、気の合う二人のデコボコ・コンビの、楽し気な大学生活を描いてゆくが…。疑問に思ったら、役に立とうが立つまいが、とりあえず実験しないと気が済まない理系気質は、わかるような気もするw
 また、今までの作品に登場した面々が、再登場するのも嬉しい。加えて、今までの作品でも通奏低音として響いていた、政府の政策が研究の現場に与える影響が、ここではテーマの前面に出てきて、メッセージ色の強い作品となっている。この辺はSFであって欲しいが…
へむ / 書き下ろし
 11歳の夏。少年は、絵を描くことに熱中していた。図画の成績はいいが、他は全滅。クラスでも友だちと遊ばず、絵ばかり描いている。そこに転校生の少女がやってきた。夏休み、二人は秘密の場所に通い始める。
 やや暗いトーンの今までの作品とは打って変わって、ボーイ・ミーツ・ガールの切ない物語。とはいえ、なんともドライな感じに仕上がっているのは、この著者の特徴だろうか。
 大抵の11歳の少年なら、あんなモン見たら大騒ぎしそうなモンだが、静かに観察しちゃうあたりは、将来の大物の片鱗なんだろう。つか、そんなモンを子供に見せちゃう大人も、やっぱり大学の人だよなあw

 いずれも同じ街・同じ大学を舞台としているので、連作短編集と言ってもいいだろう。甘党の私としては、「ゆきわたり」に是非行ってみたい。親切に地図まで載っているあたりは、観光客を増やしたい仙台市のステマなんだろうか。きっと甘味処には不似合いなムサ苦しい野郎どもがタムロして…

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2017年10月 8日 (日)

オキシタケヒコ「波の手紙が響くとき」ハヤカワSFシリーズJコレクション

あの録音を聴いていると、色を思い出せるんです。
  ――エコーの中でもう一度

ヴァイオリンは歌うが、フィドルは踊るんだ。
  ――亡霊と天使のビート

「≪青い海≫はどこにある」
  ――サイレンの呪文

【どんな本?】

 2012年に第三回創元SF短編賞優秀賞に輝いた、新鋭SF作家オキシタケヒコの連作短編賞。

 武佐音響研究所。古くなって劣化した録音テープの音を綺麗にしたり、録音した場所を特定したり、店舗の音響環境を整えるサポートをしたりと、音響関係の技術を提供する企業である。

 所員はたった三人。所長は天使の声を持つデブ佐敷雄一郎、口を開けば罵倒ばかりが出てくるチーフ・エンジニアの武藤富士伸、そして元気ハツラツな雑用係の鍋島カリン。

 ただし、ときおり毛色の変わった依頼も舞い込んでくる。行方不明の有名ミュージシャンの捜索、子供部屋に出る幽霊、謎の奇病の調査。得意の音響技術を駆使して事件に挑む、武佐音響研究所の騒動を描く、本格的かつユニークな「音SF」作品集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」のベストSF2015国内篇で堂々の8位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年5月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約342頁に加え、参考文献2頁。9ポイント43字×17行×342頁=約250,002字、400字詰め原稿用紙で約626枚。文庫本なら少し厚め。

 文章は比較的にこなれている。キモとなるガジェットは、ちとマニアック。オーディオや楽器や音楽に詳しい人にはお馴染みのネタなので、じっくり楽しもう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

エコーの中でもう一度 / SFマガジン2013年2月号
 今日の客は大物だ。大手の音楽プロダクション、ミューズプレックスの御曹司・辻神誠貴。所属の大物アーティスト、≪KYOW≫こと日々木塚響を探してくれ、との依頼だ。手がかりは、彼女の遺した伝言の音声データ。これが特殊な録音で…
 武佐音響研究所の紹介を兼ねた開幕編は、オーディオ・マニア狂喜乱舞の濃いネタをたっぷり仕込み、ど真ん中に剛速球を放り込む本格的なサイエンス・フィクション。SFマガジンで初めて読んだときは、アイデアの斬新さと目の付け所の鋭さに「その手があったか!」と驚いた。
 ただ、今の若者には、「テープが劣化して録った音がこもる」なんて現象が通じないかも、と少し不安になったり。
亡霊と天使のビート / SFマガジン2014年2月号
 依頼人の咲夫妻は身なりの良い四十台。夫の晴彦は弁護士、妻の由美子はヴァイオリニスト。夫妻の子、継音君の部屋に幽霊が出る、というのだ。晴彦は母親の瑤子と折り合いが悪かった。瑤子はフィドラーで、晴彦に館を相続する条件を出した。瑤子愛用のフィドルと、例の幽霊部屋を、継音のものとすること。
 古びた館で、故人がいた部屋に出る幽霊の話。これまた音楽好きとオーディオ・マニアを唸らせる逸品。小道具のフィドルはジグやカントリーで使われ、素朴で軽快なメロディを響かせる、陽気な印象の楽器なのがミソ。しかも、妖精や化け物の伝説が多く残るアイリッシュというのが、泣かせる(→Youtube)。
 ネタバレ注意:…とか思ってたら、現実に事件が起きてしまった。繰り返すが、ネタバレなので要注意(→CNN)。
サイレンの呪文 / SFマガジン2014年10月号
 武佐音響研究所に二人組の暴漢が押し入った。武藤とカリンはすでに帰宅し、会社に残っていたのは所長の佐敷のみ。暴漢の目的は≪青い海≫。これを佐敷が手に入れたのは、高校最後の夏休み。
 この連作短編集の主な登場人物たちを結びつけた、過去の出来事を語る短編。オーディオってのは、凝り始めるとキリがなくて、最終的には建物自体を造っちゃったり。トーマ氏の気持ちはわかるし、「みうず」にも行ってみたい。
波の手紙が響くとき / 書き下ろし
 武佐音響研究所に、再び魔女が降臨した。しかも、とんでもない災厄を引き連れて。
 この作品集の終幕を飾るにふさわしい、オールスター・キャストの作品。賑やかなキャストの中でも、なまじ技能を持つがゆえに貧乏くじを引いた?藤村さんがいいなあ。音にこだわる人に振り回された、彼女の苦労には思わず同情w 文句タラタラながら、それでも仕事はキチンとこなすあたりも、終幕のヒロインに相応しい活躍ぶり。
 やはり、いい味出してるのが、千枝松健二教授。好きな事を続けてたら、いつの間にか相応の実績もできてたって感じの、マイペースな人。理系の教授って、こんな感じの人がよくいるんだろう。トーマ氏といい、引柄慶太郎氏といい、この人の描くオッサンは、楽しげに人生を生きてるのがいいなあ。
 そして、肝心のガジェットも、これまたサイエンス・フィクションの王道ド真ん中を突っ走る、豪快かつ本格的なもの。古き良きSFの醍醐味を、現代の新鮮な素材をふんだんに使い、鮮やかに蘇らせてくれた。

 なんたって、音SFだ。オーディオやDTMに凝っている人は、是非読もう。まさしく「あなたのための物語」なのだから。

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2017年9月24日 (日)

仁木稔「ラ・イストリア」ハヤカワ文庫JA

重要なのは何が事実かではなく、何が事実と信じられているかだ。
  ――p72

「人間は、物語化する病に冒された種だよ」
  ――p288

【どんな本?】

 著者の未来史シリーズ≪HISTORIA≫の一角をなす作品。時系列的には2番目で、「グアルディア」の前日譚にあたる。時系列に並べると、以下の順。

  1. ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち
  2. ラ・イストリア
  3. ミカイールの階梯
  4. グアルディア

 生命科学の発達は、人工子宮や使役用の亜人種・妖精を生み出す。しかし22世紀末、キルケー・ウイルスが暴走、ヨーロッパを中心に荒廃が広がり社会は混乱、人々はいがみ合い殺し合う。

 2256年、バハ・カリフォルニア。アロンソは案内人だ。北米アングロアメリカから中米の新エスパニャに、密入国する者たちを手引きする。その多くは、かつて北米に移民した者の子孫だ。

 アロンソを拾い養ったマリベルが亡くなってから、アロンソが大黒柱として稼いでいる。医術の心得はあるが世間知らずの30男クラウディオ,寝たきりで無反応の少女ブランカ,車椅子生活の少年フアニート,家事に忙しい少女スサナ,幼いイザベリータ。みんなマリベルに拾われた者たち。

 困ったことに、最近は仕事が少しづつ減っている。移民は疫病を運ぶと信じられており、ティファナの新司令官が密入国を厳しく取り締まっているからだ。そればかりか、ついにアロンソの住む町サンタ・ロサリリータにまで兵を差し向けてきた。凶暴な兵たちから家族を守るため、クラウディオは…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年5月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約384頁に加え、香月祥宏の解説「ゆるやかな連鎖が織り成す力強い物語」8頁。9ポイント39字×17行×384頁=約254,592字、400字詰め原稿用紙で約637枚。文庫本としては少し厚め。

 文章は比較的にこなれている。実はこのシリーズ、かなり設定が凝っていて、とっつきにくい作品が多い。その中では、この作品が最もとっつきやすく、スンナリと作品世界に入っていけた。私が設定に慣れたせいもあるが、人間ドラマが面白いためかも。

【感想は?】

 どう考えても表紙は詐欺だw なんたって主人公はアバタ面のアンチャンだし。

 主な舞台は細長いカリフォルニア半島の真ん中あたりの太平洋岸、サンタ・ロサリリータ。ほぼ無人の半島で、密入国の手引きで食ってる、小さな町。

 そこに住むのは、短気で荒っぽく、教養もなければ後先も考えない連中ばかり。そんな物騒な町で、肩を寄せ合うように助け合って生きる身寄りのない子どもたち。ってな感じの舞台設定だが、この著者じゃ、わかりやすいお涙頂戴の話になる筈もなく。

 確かに子どもたちが身を寄せ合って生きちゃいるんだが、そんな中にも、それぞれの想いや緊張がある。それを、陽光のもとに容赦なく晒し、描き出すのが、この作品の面白いところ。

 その中でも、最もわかりやすいのが、語り手の一人アロンソ。16歳の若者だが、今の世の中、ナメられたらやってけない。ってんで、せいぜい落ち着いて無口を装い、タフな運び屋として稼ぎ、「家族」を養っている。

 もう一人の語り手が、クラウディオ。30過ぎのオッサンだが、世間知らずで頼りない。お陰で、アロンソから見ると、扶養家族の一人ってことになる。ただし、単なるニートってわけじゃなく、失われた旧文明の知識の一部も引き継いでいて。

 クラウディオ同様、守られる立場なのが、車椅子の少年フアニート。そろそろ年頃で、寝たきりの少女ブランカに惹かれている。荒っぽい町では、弱者への配慮なぞあり得ない。家の中で銃を持つ兵が暴れても、ブランカを守る力もない。己の無力を思い知らされた彼は…

 いかにも「助け合って生きている孤児たち」な雰囲気で始まった物語だ。

 が、家族の中での立場は、それぞれ違う。幼いイザベリータと意識のないブランカはともかく、フアニートには厄介者じゃないか、みたいな負い目がある。やはりクラウディオも無駄飯食らいに近い。対して大黒柱を自認するアロンソ。

 しかし、この関係は、新司令官が兵を差し向けた事件をキッカケに、少しづつ変わってゆく。

 この家族の関係の変化がもたらす空気、特にアロンソとクラウディオの間に漂う緊張が、なかなか不吉かつ不穏。これを微に入り細をうがち、本人すら気づかぬ本音まで掘り下げて描き出すあたり、実に意地が悪い所でもあり、読み応えのある所でもあり。

 などといったミクロな人間関係も楽しいが、その背景にある中米の歴史も、著者ならではの意地の悪い設定。

 なんたって、移民の流れが逆転してるって所が皮肉だ。しかも壁を作ろうとするあたりは、トランプ大統領を予言してる感すらある。また、純潔を求める北米と混血を受け入れる中米を対比させ、双方に災いをもたらすキルケー・ウイルスの性質が、これまたアレで。

 終盤に描かれる、コルテス海ことカリフォルニア湾の航海の場面も、グロテスクかつ壮大で、なかなかの迫力。あまり近くにいたくはないけど、やっぱりデカいモンが暴れる絵はカッコいいよなあ。

 二重三重に仕掛けられた設定の罠と、表向きとは全く異なった家族間の緊張関係。人間ドラマあり、イカれたSFガジェットあり、凄惨な暴力場面ありと、波乱に富んだストーリー。中米のコッテリした社会を、残酷なまでにクールな世界観で描いた、この人ならではの21世紀の日本SF。

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2017年9月13日 (水)

森岡浩之「突変」徳間文庫

「チェンジリングはまずいぜ。理屈じゃねぇんだよなあ。裏地球の関わったもの、場所、すべてが穢れてるみたいに感じる連中がいる」

「家族のもとへ飛んで行こうとでもしているんでしょうかね」

【どんな本?】

 「星界の紋章」で大ヒットを飛ばした森岡浩之による、話題の特異災害SF長編。

 はじまりは七年前、インド洋だった。その海域で、新種の生物が続々と発見されたのだ。しかも、既存の生物とは明らかに違う。次はアメリカのネバダ、そしてスーダン。地球上の一部が消え、代わりに全く異なった生態系が現れる。人々はこの現象を移災と呼んだ。

 やがて、移災の実態が明らかになる。太平洋で消息を絶った貨物船が、再び現れたのだ。どうやら、別の地球の一部と入れ替わったらしい。ただし、なぜ入れ替わるのか、いつどこが入れ替わるかなどは、今もってわからぬままだ。

 移災はその後も続き、日本でも久米島と関西が被害にあう。特に関西は都市圏でもあり、出勤中・旅行中・登校中の家族と生き別れになる人も多かった。

 そして今回の移災は、関東の地方都市、酒川市の花咲が丘。小さな町だけに行政施設もなく、町内の人々は手探りで災害に対処するが…

 2016年第36回日本SF大賞受賞に加え、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2015年版」のベストSF2014国内篇で11位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年9月15日初版。私が読んだのは2015年2月25日の6刷。順調に売れてます。文庫本で縦一段組み、本文約721頁に加え、大森望の解説「新たな代表作の誕生」8頁。9ポイント40字×17行×721頁=約490,280字、400字詰め原稿用紙で約1,226枚。厚めの上下巻か薄めの上中下巻ぐらいの大作。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もSFにしては特に難しくない。ご町内の人々が非常識な災害に襲われた時、どうするかという話なので、一部に「脊索動物」とか銃の種類など細かいウンチクがあるが、面倒くさければ読み飛ばしてもいい。

【感想は?】

 迫真のご町内パニック巨編。

 なんったって、じっくりと地に足のついたヌカミソ臭い生活感がたまらない。登場人物も、それぞれにキャラは立ってはいるが、天才でも特殊戦闘員でもない、普通の人々だし。

 ご町内が、いきなり異なった世界に飛ばされる。ソコは地球のようで、地形も気候も似ているし、大気は呼吸できて水も飲める。が、生物相は全く違い、また電気・ガス・電話など人類の作ったインフラも使えない。

 ここで、飛ばされるのが「ご町内」なあたりが、この小説のミソ。県や市なら、県庁や市議会などの行政組織があり、また警察署などの治安維持組織もある。が、この小説では、花咲が丘3丁目を中心とした一帯、となっている。様々な人はいるが、キチンとした行政組織はない。

 そんなわけで、巻き込まれた人々は、指揮系統から自分たちで作っていかなきゃいけない。のだが、主な登場人物たちは、それ以前に、それぞれの生活や家族を心配する、ごく普通の人々なのがキモ。

 最初に登場するのは、柱本幸介74歳。長く連れ添った奥さんが余命半年と宣言され、ガックリ来ている所を移災に巻き込まれてしまう。子はなく、入院中の奥さんとも生き別れる羽目に。悲しみに暮れる暇もなく、町内会長なんぞを引き受けた因果で、事態の中心に放り込まれ…

 同じリーダー役でも、市長や県知事なら、相応の理想なり野望なりを持つ人がなるものだが、町内会長はだいぶ違う。たいした権限があるわけでもなきゃ役得もない。ご町内の悶着を持ち込まれ、役員たちの意地の張り合いを仲裁する、面倒くさいだけの立場だ。

 加えて町内会は政府から認められた正式な行政組織ってわけでもない。が、困ったことに今回は、ご町内だけが移災にあう。市長や県知事に泣きつきたくても、連絡すら取れない。特にリーダーシップに溢れるわけでもない幸介が、どう立ち回るのか。

 隙あらばなんとか他の人に権限を預けちまおうとする幸介が、いかにも日本人的で身につまされる。

 やはり頼りないがリーダー役を押し付けられるのが、スーパー高見屋マートの雇われ店長、芥川義人44歳独身。彼も特に出世欲があるわけでもなく、大過なく勤めあげようとしている月給取り。

 地方都市のスーパーってのが、作者の目の鋭い所。食品や食器など当面の生活必需品が大量に揃い、また広い駐車場もある。孤立した世界に放り出されたご町内、その気になれば力づくで王にもなれる立場だが、そこは雇われ店長。

 事態に気づいてもサラリーマン気分が抜けきれず、店員と避難者の間に挟まれ、なんとか丸く収めようとする覇気のなさに、妙に親しみが湧いてしまう。

 対して、野望バリバリなのが、市会議員の塚脇朱美。

 あなたの市にもいませんか、妙な自然志向とかに染まった自称リベラルの色物議員が。この人はアレな本のお陰で陰謀論にハマった口で、敵はすべて裏で繋がっていると信じて疑わないお方。煩いオバサンの例に漏れず、喋り出したら止まらない人で、相手の顔色なんざ見ちゃいないw

 他に銃器オタクの引きこもり、かつて夫が移災に巻き込まれた妻と子、しっかり者の家事サービス社員など、そこらにいそうな人々が登場し、それぞれの立場で事態に立ち向かう。

 などと、じっくり生活感豊かに描き込まれた物語は、中盤以降に大きく変化し、終盤では意外な大スペクタクル・シーンまで用意されているサービスの良さ。

 私たちの暮らしと地続きな、でも壮大なスケールのご近所シミュレーション・パニック・ノベル。長大なわりに文章は読みやすく、次々と起こる事件で読者を飽きさせない。気が付けば残りの頁数が少ないのが恨めしくなる、そんな気分を味わえる娯楽作。

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2017年9月 3日 (日)

高山羽根子「うどん キツネつきの」東京創元社

「今、あのゴリラ啼かなかった?」
  ――うどん キツネつきの

「ここ、二階なのに地面がある」
  ――シキ零レイ零 ミドリ荘

「人が意志って呼ぶものと本能って一体どこが違うの」
  ――おやすみラジオ

「どうしてでかいねぶたは祭りが終わってずっと置いとくと良くねえか、解るか」
  ――巨きなものの還る場所

【どんな本?】

 短編「うどん キツネつきの」で、2010年の第一回創元SF短編賞の佳作に輝いた新人・高山羽根子のデビュー短編集。

 パチンコ屋の屋上で拾った犬?を育てる、母と三姉妹を描く表題作、ボロい二階建てのアパートに住む個性豊かな住民の日々を綴る「シキ零レイ零 ミドリ荘」、娘ばかり16人も産んだ母と娘たちの物語「母のいる島」、ラジオらしきモノを拾った子どものブログで始まる「おやすみラジオ」、ねぶたを題材にした「巨きなものの還る場所」の五編を収録。

 日常の中に潜む、ちょっと不思議な事柄と、それを受け入れて淡々と暮らしてゆく人々の姿が印象的な、地に足が付いた語り口の「ちょっと不思議」なお話が持ち味。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」のベストSF2015国内篇で堂々の7位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年11月28日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約260頁。今は創元SF文庫から文庫版が出ている。9ポイント43字×19行×260頁=約212,420字、400字詰め原稿用紙で約532枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくないし、あまりトガったSFガジェットも出てこない。ただ、オチで考えさせられる話が多いので、注意深く読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 題名 / 初出 の順。

うどん キツネつきの / 創元SF文庫『原色の想像力』2010年12月
 2010年第一回創元SF短編賞佳作。高梨家は三人姉妹。美佐と和江は高校生、洋子は中学生。その日、美佐と和江は生まれたばかりの子犬らしきモノを拾ってきた。パチンコ屋の屋上に捨てられていたのだ。母の秀美に怒られるかと思ったが…
 確かにぺスは変わった名前かもしれんが、人の事言えないだろおまいらw 実は大掛かりなSFネタを仕掛けているようでもあり、単に「ヒトはなぜペットを飼うのか」って話のようでもあり。のほほんとした語り口で、「それはそれでいいいんじゃない?」な気分にさせるあたり、この作家、なかなかのクセ者なのかも。
シキ零レイ零 ミドリ荘 / 東京創元社<ミステリーズ!>vol.48 2011年8月
 オンボロな二階建てアパート「ミドリ荘」。101号室の篠田のおっちゃんは、とんでもないホラ吹きで、車にはねられ入院した。102号室のグェンさんは真面目な娘さんで、ベトナムから介護の勉強にきた。103号室のタニムラ青年は大学三年生で本の虫。
 大家の孫ミドリと、母子家庭の子キイ坊、二人の子供の視点で話は進む。ワケありばかりの住民に囲まれながら、二人ともなかなかしっかりした逞しい子に育ってます。グェンさんと王さん、言葉は通じてもスレ違いは変わらないあたりが微笑ましい。にしても、エノキ氏、いったいどういう声を出してるんだろ?
母のいる島 / 河出文庫『NOVA6』2011年11月に加筆修正
 総合病院のある港町から、交通船で三時間かかる島。娘ばかり15人も産んだ母も、今回ばかりは危ぶまれ、満身創痍で16人目の杜夢を産んだ。三女の美樹は通信制の高校を卒業し、島を出て働きながら一人で暮らしている。妹の誕生で久しぶりの里帰りとなったが…
 16人姉妹それぞれ、名前に仕掛けがあるのに思わずニヤリ。よく考えたな母ちゃん。いや考えるってだけじゃ済まないんだけどw それでもブタクサ文句も言わず、逞しく育ってる姉妹が微笑ましい。忙しいながら、ちゃんと仕込むべき事は仕込んでる母ちゃんもさすが。
おやすみラジオ / 書き下ろし
 絵手紙教室の講師を受け持っている比奈子は、奇妙なブログを見つけた。書き手は小学四年生のタケシ。彼とブチョとピッチとヒメは、沢山のスイッチやツマミがある黒い箱を拾う。大人には内緒で、四人は箱を調べ始める。
 「小学四年生が書いたブログ」から始まる、ちょっと不思議な事件のお話。昔はネットと現実はスッパリと分かれていたけど、GoogleMap あたりから境がだいぶ曖昧になって、今はポケモンGOなんてのも出てきた。そういうアリガチな「回線の向こう側」をテーマに扱いながらも、この著者の独特の感性が、この人ならではの味を出してる。
巨きなものの還る場所 /  東京創元社<Webミステリーズ!>2014年8月
 昭和47年(1972年)佐藤伝蔵作、国引(→Google画像検索)は近代ねぶたの最高傑作と言われる。父が撮った国引の写真に感動した市哉は、ねぶた師の那美と杉造に手伝いを申し出た。祭りが終われば、傑作とされるねぶたも数年で解体される。参考のため郷土資料館を訪れた市哉は…
 これは是非、長編化しいて欲しい。中国の弔いに始まり、青森のド派手なねぶた、そしてアレやコレなどの美味しい素材をふんだんに使いながら、キモの部位以外を遠慮なく削ぎ落とし、たったの72頁にギュウッと凝縮した贅沢な作品。この短い頁数にも関わらず、主要なキャラはちゃんと立ってるあたりもさすが。

 全般的に、のほほんとしてトボけた味の作品が多い。裏では大きな仕掛けを使いつつ、表向きは家族の物語だったり、住んでいる街の風景だったりと、日常系の雰囲気が漂うのも、この人の特徴だろう。

 にしても、「巨きなものの還る場所」は、是非とも長編にして欲しいなあ。充分に星雲賞を狙える素材だし、今は亡き某氏の受賞作を彷彿とさせる、大傑作の臭いがプンプン漂ってる。

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