カテゴリー「書評:SF:日本」の180件の記事

2018年12月23日 (日)

谷甲州「工作艦間宮の戦争 新・航空宇宙軍史」早川書房

「下河原特務中尉の見解には、同意できません」
  ――イカロス軌道

戦術指揮がすぐれていれば、雑多な規格の戦闘艦艇群でも、強力な敵艦を圧倒できるはずだ。ただ一度の接敵で、標的を撃破する必要はない。統一行動がとれないことを逆手にとって、数次にわたる波状攻撃を標的にしかけるのだ。
  ――亡霊艦隊

【どんな本?】

 ベテラン作家の谷甲州による人気シリーズ航空宇宙軍史の、「コロンビア・ゼロ」に続く再起動第二弾。

 第二次外惑星動乱は、地球軌道上にある航空宇宙軍の軍港コロンビア・ゼロへの奇襲で始まった。時は2140年、外惑星連合の主力をなす木星と土星の軌道が近接する時期である。奇襲は大きな効果を上げた。

 兵力と産業力で劣る外惑星連合は、この機に乗じ一気に戦況を決めようとする。対する航空宇宙軍は残った艦艇をかきあつめ、その場しのぎの策で応戦を試みるが…

 圧倒的な技術的ディテールでマニアを唸らせる本格スペースオペラの連作短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年5月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約296頁。9ポイント43字×18行×296頁=約229,104字、400字詰め原稿用紙で約573枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 素っ気ない文章だが、余計な比喩や形容詞がない分、むしろ物語の流れは掴みやすい。科学や工学の裏付けが楽しい樂品だが、必要な事は作品内で充分な説明があるので、理科が得意なら中学生でも楽しく読めるだろう。

 敢えて言えば、光速は秒速約30万kmであることと、軍の階級を知っているといい。あと、幾つかの物語は火星や土星の衛星やその近くが舞台なので、調べておくと便利かも。

 続き物だが、これから読み始めても大丈夫。情勢としては、地球と火星は航空宇宙軍、小惑星群は中立、木星と土星が外惑星連合、と覚えておこう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

スティクニー備蓄基地 / SFマガジン2016年4月号
 火星の衛星フォボスにスティクニー備蓄基地がある。重水素タンクなど主な施設は千mの地下にあり、防御は万全だ。フォボスは長径30kmにも満たず表面重力が弱いためか、建設作業中に漂い出た工具などが近い軌道を漂っており、よくデブリとなって降り注ぐ。その日、当直の羽佐間少尉は振動に違和感を覚え…
 冒頭からデブリの怖さが身に染みる。WIkipedia によると拳銃弾の初速は秒速340mぐらいからだけど、国際宇宙ステーションは秒速約7660m。桁が違います。その分、艦艇の装甲を厚くしようにも、あまし重いと動きが鈍くなり燃費が悪くなる。だもんで厚い岩盤で守られてる天体は大変ありがたい。そこをどう攻めるかというと…
イカロス軌道 / SFマガジン2016年8月号
 タイタン防衛宇宙軍の特設警備艦プロメテウス03は、土星軌道の外側を哨戒航行中に、早期警戒システムが重力波源をみつける。質量も速度も異様に大きく、太陽系の外縁から急速に接近してくる。下河原特務中尉はその正体と目的を探るが…
 宇宙空間では下手に電波などを出せば、敵に自分の位置や正体を晒してしまう。そこでお互いに相手の出す熱や反射光などのかすかな情報を受動型センサーで探り、手元にある敵艦のラインナップなどから正体と目的を探ろうとする。現代の潜水艦戦を思わせる、緊張感の漂う頭脳戦が楽しい一編。
航空宇宙軍戦略爆撃隊 / SFマガジン2016年12月号、SFマガジン2017年4月号
 イカロス42、元は外宇宙艦隊のイカロス探査船。太陽系外の探索のため建造された艦だけに、隔絶した航行能力がある。コロンビア・ゼロの奇襲で艦艇が払拭した航空宇宙軍は、外宇宙探索船まで改造して作戦に投入した。その作戦は早乙女大尉が若い頃に書いた論文を元にしたもので…
 あー、早乙女大尉の気持ちもわかるわー。上司に出した計画案が改悪され、しかも自分が現場の担当者になる。最悪だねー。そりゃ不貞腐れるよなー。しかもドサクサとはいえ現場は混乱の極でスケジュールも人員も異例づくしとくりゃ、毒づきたくもなるよねー。
 …はい、もちろん、私怨バリバリ入ってますw
亡霊艦隊 / SFマガジン2017年8月号
 泥縄式に集めた有象無象の艦隊で波状攻撃をしかける。石蕗提督は、そんな無茶な艦隊を指揮する羽目になる。航空宇宙軍は小惑星帯のセンサー群を堅持しつつ、戦線は火星軌道にまで縮小し態勢立て直しを目論んでいるようだ。産業力で優る航空宇宙軍は時間を稼げば優位になる。
 これもまた偵察機Kr-02の扱いをどうするかが主題で、情報戦の緊張感が漂う作品。にしても、「産業力で劣る側が奇襲攻撃で一発カマし、敵がフラついたところで和平交渉」って発想、かつての某国を思わせる戦略で気分が暗くなるんだけど気のせいだろうか。
ペルソナの影 / SFマガジン2017年12月号
 タイタン防衛艦隊の木星系ガニメデ派遣部隊の保澤准尉は、小惑星帯に奇妙な天体を見つけた。正体を探るには、中立である小惑星ケレスが持つデータベースを漁る必要がある。通信のタイムラグもあり、仮想人格の「オフェンダー」を放つことにしたが…
 「コロンビア・ゼロ」収録の「ギルガメッシュ要塞」「ガニメデ守備隊」に連なる作品。今でも合衆国海軍をはじめ各国の海軍は海洋調査にとても熱心で、それというのも海底の地形や海流の情報が、手の読み合いになる潜水艦戦では切り札になるからで、これを宇宙での戦いに当てはめると、この作品になるわけです。それに加えて、通信のタイムラグの使い方も巧み。
工作艦間宮の戦争 / 書き下ろし
 工作艦間宮への命令は常識外れだった。修理中のヴェンゲン09を放り出し、ただちにセンチュリー・ステーションから発進せよ、と。工廠長のハディド中尉は納得しないだろう、そう艦長の矢矧大尉は考える。何しろ命令は無茶なだけでなく、目的すらわからない。
 工作艦は、壊れた艦艇を修理する役割を担う。いわば艦艇が相手の医師。そのためか、矢矧大尉やハディド中尉が抱く、艦への愛着が伝わってくる一編。にしてもハディド中尉の達人ぶりはすごい。過労で死ななきゃいいけど。

 太陽系内を舞台としたスペース・オペラではあるものの、派手な砲撃戦はほとんどなく、少なくあやふやな観測データと既存のデータベースを組み合わせた、緊張感漂う頭脳戦が中心となるのが、このシリーズの特徴だろう。何度も書いたが、息詰まる潜水艦戦が好きな人にお薦め。

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2018年12月 2日 (日)

月村了衛「機龍警察 狼眼殺手」早川書房

 「ここが俺達の腕の見せどころだ。カネの絡んだ事案なら、特捜や一課の連中がどうあがいても俺達にかないっこないってところを見せてやろうぜ」
  ――p75

「由紀谷志朗。おまえのことはよく知っている。<白鬼>か。おまえは俺たちの側の人間だ。警察なんかに入らず、こっちの世界に来ていればよかったものを」
  ――p92

「こうなると、警視庁と地検との全面対決だ。先ほど総監から私のデスクに連絡が入った。徹底してやれとな」
  ――p105

「私だって、警察官です」
  ――p484

【どんな本?】

 アニメの脚本などで活躍した月村了衛による、近未来を舞台とした警察ハードボイルドSFシリーズ「機龍警察」シリーズ第6弾。

 高級中華料理屋で五人が殺された。被害者はフォン・コーポレーションの程詒和,その部下の仲村啓太,金融コンサルタントの花田猛作,木ノ下貞吉参議院議員の私設秘書の湯浅郁夫、そして巻き添えと思われるウエイトレス。

 神奈川県警が現場に赴くが、いきなり警視庁の捜査二課が割り込んだ。本来は詐欺・選挙違反・贈収賄など知能犯を担当する部署である。フォン・コーポレーションの程詒和を追う過程で、事件を嗅ぎつけたのだ。現場には[聖ヴァレンティヌス修道会]の護符が残されていた。

 殺人でもあり、捜査一課も乱入してくる。他の殺人事件との絡みで、経産省主導の国家事業である新世代情報通信クイアコンが浮かび上がってきた。政財界に広く関わる事件だけに、様々な圧力が予想される。その弾除けとして警視庁特捜部を立て、合同捜査が始まった。

 警視庁特捜部。お堅い警察の中では、異例づくしの新設部署である。トップは元外務官僚の沖津旬一郎。また得体の知れない技術を使った龍機兵=ドラグーンを擁し、それを操るのは三人のヨソモノ。元傭兵の姿俊之、ロシアの元刑事ユーリオ・オズノフ、元IRFの闘士ライザ・ラードナー。

 クイアコンは大規模なプロジェクトだけに、関係者も多い。大掛かりな捜査は覚悟していた面々だが、捜査が進むうち想像を超えた多方面へと事態が発展し…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇で11位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年9月15日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約477頁。9ポイント45字×22行×477頁=約472,230字、400字詰め原稿用紙で約1181枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 警察物だけに、ちょっと見は文章が硬そうに見えるが、読み始めると意外とそうでもない。というか読み始めると、早く続き読みたい気持ちと、じっくり事態を把握したい気持ちとの板挟みに苦しむだろう。

 この巻だけでも一応は完結しているので、ここから読み始めても構わない。とはいえ、今までのシリーズで掘り下げてきた人物像や、積み上げてきた人間関係が、重要な下味として効いているので、できれば最初の「機龍警察」から読んだ方がいい。

 この巻だとSFガジェットはあまり出てこないので、SFが苦手な人でも大丈夫。

【感想は?】

 ドSの著者、再びライザちゃんをいぢめまくり。クールな美女に恨みでもあるのか。

 お話はミステリの定番に従い、予告殺人風に始まる。高級中華料理店に残った聖ヴァレンティヌス修道会の護符。これは七枚セットのうちの一枚だった。過去の殺人事件を洗ううち、他の二枚も出てきて…

 と、連続殺人の様相を呈してくる。残るはあと四枚。今までの三枚の共通点は何か。次に狙われるのは誰か。犯人(たち)は誰で、その目的は何か。わざわざ遺留品を残す理由は。

 これに加え、警察内の縄張り争いを中心に、警察組織内の軋轢を巧みに浮かび上がらせてゆく。これは今までのシリーズも同様なのだが、この巻では、一つの頂点に達した感がある。

 新参者の特捜部は、当然ながら他の部署から嫌われている。それでも、今までは確執を乗り越えて、なんとか協力してきた。「暗黒市場」では組織犯罪対策部第五課=マル暴、「未亡旅団」では公安部外事三課。

 この巻でも、殺人を扱う捜査一課と知能犯担当の捜査二課が、冒頭からいきなり角突き合わせてたり。おまけに殺された者の一人は中国のフォン・コーポレーション関係のため、公安も絡み…。

 捜査が進むに従い、話はさらに大きくなり、意外な連中も絡んでくるあたりは、冒険物語の「少しづつ仲間が集まってくる」ワクワク感が漂ってきたり。ほんと、意外な連中が絡んでくるからお楽しみに。

 などに加え、巻を重ねたことで、人間関係にも面白さが深まってきた。「未亡旅団」でロリコン疑惑を掛けられた(←をい)由紀谷主任に対し、体育会系な夏川主任はあまりスポットが当たらなかったが、この巻では男の哀愁が漂いまくり。お互い頑固そうだしなあ。

 などのレギュラー陣は、今までの仕込みがバッチリ効いて、一つ一つの台詞の重みがグッと増している。中には小野寺警視みたく、軽さが増してる人もいるけどw 果たしてただの嫌な奴なのか、何か考えがあるのか。

 ゲストでは財務捜査官の仁礼草介がいい味出してます。彼の台詞、特に特捜部技術部の鈴石さんとの会話は、階級を意識しながら読もう。この人の性格がよく出てる。にしても、この場面は、なんというか、同病相憐れむというかw

 ある意味、ハッカーなんだな。人に対する態度は一見丁寧なようだけど、実はワンパターン。場面や相手によって使い分けてない。当たり障りのないパターンを一つ憶えておけば、それでいいじゃん、みたいな感じ。余計な事にはリソースを割かないタイプ。鈴石さんとは気が合いそうだけど、はてさて。

 銃器への拘りは相変わらずで、今回は弾丸にまで凝ってたり。でもライザちゃんは相変わらずM629Vコンプなのでご安心を←ってなにをw

 終盤では少しだけ異例だらけの特捜部設立の狙いも見えてきて、シリーズもいよいよ盛り上がりまくり。早く次の巻を出して欲しい。あ、それと、ライザちゃんにはもう少し手加減してあげて。その代わり姿をいぢめてもいいから←をいw

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2018年11月29日 (木)

日下三蔵編「日本SF傑作選4 平井和正 虎は目覚める/サイボーグ・ブルース」ハヤカワ文庫JA

あたし、ほんとに思っただけで、生きものを殺せるんです。
  ――死を蒔く女

「いまシティには虎が……凶暴な虎がいるんです」
  ――虎は目覚める

「超能力者狩りのハンターは、同じ超能力者が最適です」
  ――エスパーお蘭

【どんな本?】

 日本SFの初期にデビューし、「エイトマン」「デスハンター」など人気漫画・アニメの原作で多くの子どもたちにSFウイルスを植え付け、後には「幻魔大戦」「ウルフガイ」「地球樹の女神」などの大作シリーズを世に送り出したSF作家・平井和正の、初期作品を集めた傑作選。

 黄金期のアメリカSFの血を受け継いだ、アイデアが光るホラー・タッチの作品もあるが、それよりアメリカン・ハードボイルドの影響を強く受けた作風が特徴だろう。

 無常観が漂う設定、人の心の底に渦巻く悪意を容赦なく暴き出すストーリー、激しいバトル・アクション、過激な暴力シーンやグロテスクな描写に果敢に挑み、日本SFの表現の幅を広げ、独特の世界を形成した。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年2月15日発行。文庫本で縦一段組み本文約766頁に加え、編者解説11頁。9ポイント41字×18行×766頁=約565,308字、400字詰め原稿用紙で約1,414枚。常識的な文庫本なら上中下の三巻に分ける大容量。

 文章はこなれている。超能力やサイボーグなど、SFガジェットは最近の若者にはお馴染みのアイデアが多いので、SFに慣れていない人でも大丈夫だろう。それより全体に漂う厭世観・無常観や、暴力・グロテスクな描写で好き嫌いが分かれるかも。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

レオノーラ / 宇宙塵53号 1962年2月 SFマガジン1962年6月号
 21世紀のアメリカ中世部で、脚をケガした白人の少女に、ケンは手を差し伸べる。周りの白人たちはケンの行為を誤解し、袋叩きにした。大怪我をしたケンは、それ以来、人間を恐れ地下室に閉じこもり、悪夢にうなされ続ける。ケンを心配した妹のジュリは…
 いきなり最初から著者の絶望と怨念と暴力衝動が凝集した、ダークな側面が強く出ている作品。ケンは、いわば究極のひきこもりですね。とはいえ、当時は任天堂スイッチもインターネットもないわけで。でも考えようによっては、似たような事件が今でも起こっているんだよなあ。
死を蒔く女 / 宇宙塵56号 1962年6月
 精神科医は、ひどく恐れていた。だが、それを認めたくない。そんなこと、常識ではありえない。あの女にも、そう言った。想像と現実をとり違えている、それは強迫観念だ、治療すればよくなる、と。
 精神病医ってあたりに、フレドリック・ブラウンなどの影響を受けた当時のSFの潮流を感じさせる。ブラウンの作品は、主に星新一が訳したためか、軽妙でクールな雰囲気なのだが、この作品は著者のカラーのためか、今ならホラーに分類されそうな重苦しい空気が漂っている。
虎は目覚める / SFマガジン1963年2月号
 21世紀から、二つの動きが興った。一方は宇宙開拓。もう一方は、人間精神改革。人類は宇宙に版図を広げると共に、地上では凶悪犯が姿を消した。だが、その反面、地球の者は覇気を失い、活気に満ちた宇宙開拓者たちと袂を分かつ。
 以降の作品にも、「虎」はよく出てくる。エネルギッシュな生命力に満ち、禍々しく凶暴で狡猾。著者お気に入りのメタファーなんだろう。平穏を求めつつも、内には暴力衝動を抱えた葛藤を、主人公のロケット・マンに投影していると思う。
背後の虎 / SFマガジン1963年9月号
 麻須美の流産は三度目だ。今は絶望に囚われ、カーテンを閉め切った部屋に閉じこもっている。夫の幸太郎は、そんな麻須美に、あいさつもせず大阪への出張に出かけた。氷のような麻須美の目に耐えられないのだ。
 ホラー。次々と軽快なテンポで視点を切り替え、雰囲気を盛りあげていく構成は、今でも充分にテレビ・ドラマで通用しそうなくらい、鮮やかな映像が脳内に浮かび上がってくる。これ以降、エイトマンに代表されるテレビ脚本での活躍も納得の手腕だ。
次元モンタージュ / NULL10号 1964年1月
 おかしい。何か世界に違和感がある。不審に思いつつ、ルウは主人の部屋へと向かう。が、何かが違う。それは主人の足音に似ている。だが、主人のものではない。成熟した猫であるにも関わらず、ルウは主人を求めて啼き続ける。
 今放映しているアニメ「あかねさす少女」と同じく、パラレル・ワールドを扱った作品。私はルウに肩入れしちゃったなあ。
虎は暗闇より / SFマガジン1966年2月号
 三か月前、ぼくは交通事故で頭を強く打ち、二か月も入院した。連載に穴をあけてしまったが、幸い今のところ後遺症もない。だが、その日、友人の池見と食事していた時から、様子が変わった。それまでは全く事故や事件を目撃する機会がなかったのだが…
 これもホラー。当時は交通戦争とも呼ばれるくらい、交通事故が多かった時代で、ドライバーのマナーも褒められたモンじゃなかった。登場する友人たちのモデルを考えるのも面白いだろう。安田は星新一かなあ。
エスパーお蘭 / SFマガジン1968年2月号
 増える超能力者を、人類は恐れ、収容所に隔離した。迫害される超能力者も反撃に出る。中でも恐ろしいのは念爆者だ。大統領特別補佐官のショウ・ボールドウィンは収容所を訪れる。目的はオラン・アズマ、感応者だ。彼女の協力を得て…
 サイボーグ警官と超能力者のバディ物。冒頭のビルの爆破シーンから、映像化したら映えそうな迫力に満ちた派手なアクションの連続で、ケレン味たっぷりの娯楽作。スピード感といい危機また危機の展開といい、ヴォクトの「スラン」を思わせる。
悪徳学園 / SFマガジン1969年10月号
 博徳学園、またの名を悪徳学園。私立の中学校だ。おれのクラスには非行少年が集まっていて、<はきだめ教室>と教師たちは呼んでいる。そこに新任の若い女教師が来た。斎木美夜。彼女はワルどものひやかしを軽くいなし、おれを職員室に呼び出した。
 今読むと、主人公の名前が犬神明って時点でネタバレだw でもキャラは神明、またはアダルト・ウルフガイに近く、けっこう軽口もたたく。ヤンキー漫画の舞台に大藪春彦小説の主人公を放り込み、高倉健が主役を演じるヤクザ映画の展開に仕立てた学園物。
星新一の内的宇宙 / SFマガジン1970年5月号
 皆さんは星新一と聞いて、どんな人物を思い浮かべるだろう? マスコミには折り目正しいマジメな姿しか見せていない。だが、SF作家たちに囲まれた星新一は、とても危険な人物になる。研ぎ澄まされた知性が発する発言は、多くのSF作家を痙攣に追い込み…
 タイトルの星新一をはじめ、小松左京・筒井康隆・豊田有恒・矢野徹・大伴昌司・伊藤典夫・森優(南山宏)と、当時のSF界の大物をゲストに迎えた(というよりネタにした)ユーモア掌編。矢野さん、雀卓ではそういう立場だったのかw
転生 / SFマガジン1970年11月増刊号
 高校三年の内藤由紀と野村みどりは、バスを待つ時にクラスメートの江島三郎に声をかける。そこに暴走トラックが突っ込む。大惨事となり多数の被害者が出たが、由紀とみどりは奇跡的にほぼ無傷だった。奇妙なことに、江島は被害者の名簿に載らず、行方も知れない。
 無傷の由紀とみどり、姿を消した江島に始まり、次々と謎と恐怖が深まってゆく前半。事態が悪化しサスペンスが盛り上がる中盤。そして呆然とする結末。携帯電話が普及した今、多少の手直しは要るが、それ以外はほとんどこのまま若手女優の主演映画に使えそうなぐらい、映像化にピッタリの作品だ。
サイボーグ・ブルース / 連作短編集。詳細は後述。
『デスハンター』エピローグ / <狼火>6号 1985年1月
 異星生命体デス。宇宙からの侵略者。ヒトに取り憑き、不死の怪物に変える。デスに対抗するため、人類は国際秘密機関デスハンターを組織する。カーレーサー田村俊夫は事故で大怪我を負い、デスハンターとして蘇生した。だが組織の秘密を知った俊夫は…
 「死霊狩り」は、自らが原作を担当した漫画「デスハンター」を小説化したもの。容赦ない暴力描写といい、絶望と怨嗟に満ちた世界観といい、初期の平井ワールドの到達点としてひとつの頂点をなす作品だろう。ただし読者によっては厨二病を激しく重篤化させる劇薬でもあるので、用法には充分な配慮が求められる。
付録
『悪夢のかたち』ハヤカワ文庫版あとがき わが青春のモニュメント
『悪徳学園』ハヤカワ文庫版あとがき
『サイボーグ・ブルース』ハヤカワ書房版あとがき エイトマンへの鎮魂歌
編者解説
平井和正 著作リスト

【サイボーグ・ブルース】

「私をぶっ倒したかったら、熱線銃かハンド・ミサイルを持ってこい。ついでに戦車にでも乗ってくるがいい」
  ――ブラック・モンスター

「私は機械から自由な人間に戻るんです」
  ――サイボーグ・ブルース

「アーネスト・ライトは死んだんだよ。気のいいくろんぼのアーニーはな。ここにいるのは死人の怨霊さ」
  ――シンジケート・マン

「あんたは時限爆弾とおなじだよ。いつドカンとくるかわからない」
  ――ゴースト・イメージ

 「エイトマン」は人気を博しながらも、関係者のスキャンダルにより打ち切りとなった。そこで出し切れなかった陰の部分を、存分に描き切った連作短編。殉職したがサイボーグ特捜官として復活した黒人警官アーネスト・ライトの苦悩と、彼を取り巻く社会の暗部を、ハードボイルド・タッチで綴る。

 それぞれ 作品名 / 初出。

第一章 ブラック・モンスター / SFマガジン1968年5月号
 サイボーグ特捜官、ライト警部。元は殉職した警官だ。肉体の大部分を人工器官に取り換え、超人的な能力を持つ。メガロポリスを訪れたライトは、二人の若者が目撃した殺人事件に興味を抱く。だが市警は慇懃に協力を拒むばかりか、捜査協力と称したお目付け役まで差し向けてきた。
 目撃者ジュンとレイは、当時のヒッピーを思わせる。また激しい人種差別は、やはり公民権運動が盛り上がった時代を感じさせる。だが、冒頭の警官が示す権力をかさに着たマチズモや、署長のことなかれ主義は、時代も国も超えて存在している。現代は、単に差別が見えにくくなっただけで、実は何も解決していないのかも。
第二章 サイボーグ・ブルース / SFマガジン1968年10月号
 ライトは特捜官を辞めた。その一週間後、生田トオルと出会う。売れない作家だが、その妻オリヴィア・カンバーランドは億万長者だ。彼の豪邸に招かれたライトは、彼らの奇妙な暮らしを目撃する。
 ヒトの脳を持つサイボーグと、全てが機械仕掛けのロボットを対比させ、サイボーグの悩みを浮かび上がらせる作品。なんだけど、私はなぜかトム・リーミイの「サンディエゴ・ライトフット・スー」を思い浮かべた。
暗闇への間奏曲 サイボーグ特捜官 エクストラ / SFマガジン1969年6月号
 リベラは殺し屋だ。飛びぬけて優秀なのにはワケがある。彼はサイボーグなのだ。今回の依頼人はフランク・キャンドレス。表向きは弁護士だが、実態はクライム・シンジケートの司令官の一人。依頼を聴いた帰り道、リベラは奇妙な娘と出逢う。
 今回は特捜官ではなく、犯罪者の側のサイボーグの視点で描く作品。前半では、徹底して合理的で冷静なサイボーグのリベラと、生身の嫌らしさを持つキャンドレスや部下のキノを対比させる。それが後半に入ると…。
第三章 ダーク・パワー / SFマガジン1968年11月号
 違法駐車の罰金の請求が、18歳の少女オルガ・オリベッティに来た。オルガは身に覚えがないと申し立てる。摘発した警官も、オルガを見た覚えがない。違反車の持主は、事件当時は旅行中で不在。交通局が捜査に乗り出すが、担当した捜査官は集めたデータを全て破棄してしまう。そればかりか、腕利きのサイボーグ特捜官のマロリーまで煙に巻かれ…
 冒頭の<覗き屋>は、スパイダーマンのネタかな? 駐車違反なんて、サイボーグ特捜官が乗り出すにはチンケすぎる事件だよな、と思っていたら、意外な方向へ。今さらながら、この作品での警官の描かれ方は、例の事件が関係してるのかも、などと思ったり。にしても終盤のバトル・シーンは、やはり映像化したら映えそうな迫力に満ちている。
第四章 シンジケート・マン / SFマガジン1969年2月号
 珍しい客が来た。メンデイ・メンドーザ、かつての同僚だ。三年前に警察を辞め、今はハリウッドで私立探偵社を営み、50人ほどの従業員を抱えている。元サイボーグ特捜官なら探偵社としては金の卵だから、共同経営者に迎えたい。そんな話だ。
 客の来ないシケた私立探偵の元に、かつての親友で優秀な警官が、美味しい話を持ってくる。私立探偵物のお約束としては、当然ウラがあるわけだか…。著者のハードボイルドな側面を、心ゆくまで堪能できる。
第五章 ゴースト・イメージ / SFマガジン1969年3月号
 サイボーグ特捜官には二つのタイプがある。人の心を喪ってゆくタイプと、怨念で自己を支えるタイプ。だが腕利きのマロリーはいずれでもない。人としての温かみを保ち続ける稀有な存在だ。そのマロリーが訪ねて来た。ブリュースター長官の命で、ライトを護衛するという。
 これも冒頭のバトル・シーンが迫力満点。ってだけでなく、ライトの未来を暗示する秘密もスグに明らかになる。ばかりか、最終回に相応しい展開が待っている。

 フィリップ・ワイリーの「闘士」やA・E・ヴァン・ヴォクトの「スラン」同様、一種のヒーロー物だ。が、確かにこれじゃテレビ・アニメには向かない…と思ったが、最近は悩めるヒーローも珍しくないし、映画「ロボコップ」のように社会の暗部を見せつける作品もあるから、やっと時代が平井和正に追いついたのかもしれない。

 などのダークな部分だけでなく、「背後の虎」や「転生」で光る、映像化に向いた構成や、迫力とアイデアに満ちたアクション・シーンも美味しいところ。久しぶりに「超革命的中学生集団」が読みたくなった←それかい

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2018年11月16日 (金)

大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2013 さよならの儀式」創元SF文庫

愛情や共感は、人類の宿痾だ。
  ――さよならの儀式

「あなた、笑ってますよ」
  ――コラボレーション

「まったく、ウンディ弾きって奴は」
  ――ウンディ

「あんたの依頼、俺たち武佐音研が叶えてみせるぜ」
  ――エコーの中でもう一度

micapon17こそは、我々のもっとも注目するただひとりの心霊写真家である。
  ――今日の心霊

「一枚食べたら……」(略)「もう引きかえせないからね」
  ――食書

なあに難しいことを考える必要はない。好きにやればいいのである。
  ――科学探偵帆村

「かつてのロボトミーは、乱暴で大雑把であった」
「ええ」
「だが、乱暴で大雑把だからこそ、守られたものがあったと言えるのだ」
  ――ムイシュキンの脳髄

わたしはかつて、自分の人生の主人公だった。今は異なる。
  ――イグノラムス・イグノラビムス

目に映るもの、体が感じるものをどう解釈するかは、人によって全く違う。通常なら理解できない他人の感覚をインタープリタが解釈できるのは、彼らが多かれ少なかれ、共感能力を持っているからだ。
  ――風牙

【どんな本?】

 2013年に発表された日本のSF短編から、大森望と日下三蔵が選び出した作品に加え、第五回創元SF短編賞受賞作の「風牙」を収めた、年間日本SF短編アンソロジー。

 芸の細かさと共に作家としての芯の太さを感じさせる表題作「さよならの儀式」,まさしく「今、そこにある未来」を描き出す「コラボレーション」,手慣れた職人芸が光る「ウンディ」,音響SFという新境地を切り開く「エコーの中でもう一度」…と、今回もバラエティに富んだラインナップが揃った。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年6月27日初版。文庫本で縦一段組み、全665頁。8ポイント42字×18行×665頁=502,740字、400字詰め原稿用紙で約1,257枚。上下巻どころか上中下の三巻に分けてもいい大容量。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。

序文:大森望
さよならの儀式 / 宮部みゆき / SF JACK
 家庭向けの汎用作業ロボットが普及した未来。ロボット廃棄手続きの窓口に、若い娘が来た。申請内容は、廃棄するロボットの記憶回収と、新しく買う機体への移植。廃棄する機体はやたら古く、メーカーは既にない。長く使っていたらしく、娘は古い機体に強い愛着を持っていて…
 窓口を担当する技師と、申請に来た娘の二人で話が進む。いかにもクールで合理的な技師、長く使った機体に思い入れたっぷりの娘。ってな雰囲気なんだが、改めて読み直すとガラリと印象が変わる。是非、二度読んでほしい。
コラボレーション / 藤井太洋 / SFマガジン2013年2月号
 検索エンジンの暴走でインターネットは崩壊し、認証付きのトゥルーネットが普及する。だが一部のサービスは様々な事情でインターネットに残り、「ゾンビ・サービス」と呼ばれている。これを監視していた高沢は、懐かしい文字列を見かける。
curl だの vim だのと、IT技術者には突き刺さる用語もさることながら、<匿名主義者>の動きも、GNU などオープンソース系の運動を思わせ、ソッチの人にはたまらない作品。と同時に、最近の著者の作品を読むと、ここ数年で小説家としての腕がぐんぐんと上がっているのも感じる。
ウンディ / 草上仁 / SFマガジン2013年12月号
 シロウとゲンバとズートは、長く三人でバンドをやっている。シロウの愛器サッコは、グレイの長毛種のウンディ。毛糸玉と揶揄される草食の節足動物だ。入門用とされる「セブン」だが、五年も使っていると愛着がわく。一週間後にコンテストを控え、三人はスタジオに集まった。
 音楽SF。あまり売れないながらも、それぞれのペースで音楽を続け、長い付き合いで互いの呼吸も呑み込んでいる、ベテランのバンドの様子がよく出ている。が、それ以上に、サッコがやたらと可愛い。セッションを描くところも秀逸。
エコーの中でもう一度 / オキシタケヒコ / SFマガジン2013年2月号 「波の手紙が響くとき」に収録
 所長・佐敷裕一郎,チーフエンジニア・武藤富士伸,助手のカリン。三人だけの武佐音響研究所に、二つの依頼が飛び込んだ。ひとつは古いテープに録音された生活音の「洗濯」。もうひとつは、今をときめく音楽プロダクションの関係者から、失踪したミュージシャンの捜索。
 なんとも斬新な音響SF。日頃から、私たちは全く意識せずに音を聴いて、そこから多くの情報を得ている。何の音か、どれぐらい近くか、どこの音か。でも、なぜ、どんなメカニズムで、そんな事がわかるのかは、まずもって意識しない。そこを掘り下げていくと…。なお、このシリーズをまとめた「波の手紙が響くとき」は、この短編で張った伏線を含めた大ネタが最後に炸裂する傑作です。
今日の心霊 / 藤井可織 / 群像8月号
 micapon17。知る人ぞ知る、本物の心霊写真家だ。その才能は、なんと二歳の時から開花していた。当時はスマートフォンどころかデジタルカメラさえ普及しておらず、幼い彼女はフィルム式使い捨てカメラを使い…
 ホラーといえばホラーなんだが、それは心霊写真が関わっているため、とは言い切れないあたりが、なんともw それはそれで怖いようなユーモラスなような。それはともかく、私もブログ友達が欲しいぞ←結局それかい
食書 / 小田雅久仁 / 小説新潮9月号
 主人公は、妻と別れひとり暮らしを始めた作家。本屋に入ったところで便意をおぼえ、トイレに駆け行ったはいいが、そこには先客がいた。その女は、あろうことか本のページを破り、食べ始めたのだ。
 そうなんだよなー。なぜか書店や図書館に入ると、トイレに行きたくなるんだよなー。とか思ったら、なんと「青木まりこ現象」なんて名前で Wikipedia に記事が載ってるw そうか、俺だけじゃなかったのか。いや全然そういう話じゃないんだけど←をい
科学探偵帆村 / 筒井康隆 / 群像12月号
 ポーレットが産んだ子はモンゴロイドだった。ローレンは処女懐胎した。いずれも身に覚えはない。この日本でも、奇妙な懐妊が相次いで起こる。この難事件に挑むのは、最新科学を駆使する老探偵・帆村壮六。
 日本SFの始祖・海野十三の生んだ名探偵・帆村壮六を、これまた日本SFの重鎮・筒井康隆が書き継ぐ、ゴールデン・カード。とはいえ、映画ネタは絶対に楽しんで書いてるなあ。おまけにオチといい〆といい、完全に筒井節になってるしw
死人妻 / 式貴士 / 私家版「死人妻」
 若くして亡くなった鬼才・式貴士の、未完成原稿。これだけで式貴士を判断しないでほしい。有名なカンタン刑を始め、エロチックでグロテスクで、時として切ない物語は、彼ならではの独特の芸風なのだ。それだけに読者を選ぶんだけど。
平賀源内無頼控 / 荒巻義雄 / SFファンジン57号
 平賀源内は生きていた。田沼意次の意向で、密かに匿われていたのだ。遠州相良で余生を送る源内に、客がやってきた。田沼意次の深慮が報われる時がきたのだ。と言えば喜ばしいようだが、事態は急を要し…
 これまた著者が楽しんでのびのびと書いてるのが伝わってくる一編。「実は生きていた」ってのはアリガチな手口ではあるけど、そこはクセ者の平賀源内。虚実取りまぜてシリーズ化したら、色々と発展させる余地がありそう。
地下迷宮の帰宅部 / 石川博品 / ファミ通文庫「部活アンソロジー2『春』」
 MMORPGで遊んでいた俺はスカウトされ、なんの因果か地下迷宮を将軍として守る羽目に。なら魔物として悪事を楽しみたいところだが、使命は迷宮の奥にある封印の間を守ること。仕方なく手下の魔物をアチコチに配して陣を整えようとするが…
 舞台や道具立てや語り口は流行りの異世界物。だが、この芸風はフレドリック・ブラウンやロバート・シェクリイなど50年代以前のアメリカSF作家や、その流れを受けた星新一や草上仁を思わせる、ヒネリの利いた短編作家の香りがする。
箱庭の巨獣 / 田中雄一 / アフタヌーン2月号
 凶暴な巨大生物が暴れまわる未来。人々は「巣」に籠り、一匹の巨獣に守られて暮らしていた。その巨獣は…
 巨大な威容を誇るグロテスクな巨獣の姿もさることながら。細かいながらもハッキリした線でミッチリと書き込まれた風景に対し、人物のアップのコマは思い切って背景を省く、そのコントラストが見事。お陰でコマごとの「主役」がとってもわかりやすい。
電話中につき、ベス / 酉島伝法 / 第53回日本SF大会なつこんプログレスレポート2号
 この世界の外にあるトゥクヴァなる村から客として招かれた。そこでしばらく世界を留守にするとになった。数年前、、この世界を訪れた旅人に、世界の様々な逸話を語って聞かせた。それを旅人が広めたのかもしれない。
 2014年茨城県つくば市で開催の日本SF大会の参加申込者に送られる小冊子に掲載したもの。「村じゅうのわたし」とか代理自律格とか、読者の意識を根底から突き崩す魔術的なフレーズが次々と飛び出してくる。
ムイシュキンの脳髄 / 宮内悠介 / 小説現代7月号 「彼女がエスパーだったころ」に収録
 ムイシュキンこと網岡無為は伝説のバンド、プテリドピュタの中心人物だった。些細なことで激高する癖に悩んだ網岡は、オーギトミーを受け、それを機にバンドは解散する。そのオーギトミーには多くの議論があるが、正確な知識はあまり知られていない。
 性格は偏っているが優れた業績を残す人がいる。IT業界ではビル・ゲイツを始めアスペルガー気味の人が多い。ミュージシャンはカート・コバーン,ジャコ・パストリアス,キース・ムーンなど枚挙にいとまがない。だが、その性格を「矯正」したら…
イグノラムス・イグノラビムス / 円城塔 / SF宝石
 「ワープ鴨の宇宙クラゲ包み火星樹の葉添え異星人ソース」。世界中の食通が絶賛する逸品だ。その食材の調達で、わたしは莫大な富を築き上げた。だが、今のわたしは…。いや、確かに美味しいとは感じる。だが…
 いきなりレストラン「宇宙の果て」なんて小ネタで読者のガードを緩めておいて、相変わらずの円城塔らしいメタっぽい話へと向かってゆく。「暗がり仮説」とかは、別にセンチマーニに限らず、歴史物の小説を書こうとすれば誰もが突き当たる障壁じゃなかろか。
神星伝 / 冲方丁 / SF JACK
 頬白哮は母を殺された。哮は悪友たちと組み、母のプラグの履歴を解析する。かすかに残った思念から、犯人の狙いは哮だった事が判明する。母は最期まで哮を守る努力を続けた。怒りに燃える哮は復讐を誓う。
 平安時代の木星を舞台とした合体○○アクション…って、無茶苦茶なようだけど、そうなんだから仕方がないw 話の分かるジャンク屋の親父、気のいい悪友たち、お高くとまった優等生、幼馴染の美少女と傍役もバッチリで、まるきしアニメの開幕編みたいだ。
風牙 / 門田充宏 / 第五回創元SF短編賞受賞作
 社長の不二が倒れ、意識が戻らない。彼を救い出すために、珊瑚は潜行を試みる。彼女はインタープリタ。同じモノを見聞きしても、それをどう感じるかは人によって違う。他人の感覚を解釈するには、特別の能力が必要だ。珊瑚は…
 関西弁のヒロインが斬新。というか、登場人物がみんな口が悪いw 短いだけあって、緊迫感あふれる場面が次々と展開する中で、ユーモラスな会話が巧みに緩急を生み出している。孫くんは可愛らしいし、お話にも王道の感がある。込み入った設定をなんとかすれば、ライトノベルとしてもウケそう。いや漫画やアニメなど絵で見せる方が向いてるかな?
第五回創元SF短編賞選考経過および選評 / 大森望・日下三蔵・瀬名秀明
2013年の日本SF界概況 / 大森望
後記 / 日下三蔵
初出一覧
2013年日本SF短編推薦作リスト

 ここでは新人扱いの藤井太洋は、今じゃベストセラー作家の貫禄を備えてるなあ。「科学探偵帆村」や「平賀源内無頼控」には、ベテランの余裕を感じた。「神星伝」も、娯楽作品のお手本として職人の手堅い手腕が伺える。「地下迷宮の帰宅部」は、一見流行りものに見えるけど、別の素材も巧みに扱えそうな雰囲気がある。いずれにせよ、相変わらずバラエティ豊かなのが嬉しい。

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2018年10月17日 (水)

松崎有理「架空論文投稿計画 あらゆる意味ででっちあげられた数章」光文社

世界最古の論文の記録は、フランス東部のジュラ紀中期の地層から発見された一億六千年前の化石(1)であるというのはまず確実につくり話である。
  ――コラム 論文の歴史

「超高学歴独身男、高層ビルから油揚げをばらまく」
  ――第一章 おしゃべり女

「猫魔が時とは、うっかり猫に出会ってしまう時間帯を指す筆者の造語である」
  ――第二章 大きな石を運ぶ男

いったいどうすれば、研究者たちはしあわせになれるのだろう。
  ――第四章 悪意のあるじゃまもの

【どんな本?】

  「あがり」が2010年の第一回創元SF短編賞に輝いた新鋭SF作家の松崎有理による、ユーモラスで仕掛けに満ち、ある意味レムの「完全な真空」への挑戦ともとれる笑劇の作品集。

 ユーリー小松崎は、蛸足大学の文学部心理学科で、29歳の若さながら助教授を務める。とあるポスドクが引き起こした事件をきっかけに、彼は大胆な実験を始めた。

 まず嘘八百を並べたデッチアゲの論文を書く。それを学術誌に投稿し、受理されるか否か確かめよう。そうして学会の健全性を検証し、現在の研究制度の改善に役立てよう、と。

 若手作家の松崎有里の協力を得て、ユーリー小松崎の研究は始まったが…

 すぐわかる小ネタから、少し注意しないと見逃しがちなトラップ、しょうもないギャグまで様々なネタを取りまぜつつ、現代の研究者たちが置かれた状況も浮き上がらせる、真面目にふざけた Scholar Fiction。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年10月20日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約253頁。9ポイント30字×18行×253頁=約136,620字、400字詰め原稿用紙で約342枚。文庫本ならやや薄い一冊分。とはいえ、レイアウトの関係で文庫本にするのは難しそう。

 文章はこなれていて親しみやすい。当然、論文のフリをした部分もあるし、そこはワザとしゃっちょこばって堅苦しい文体にしている。が、実はこの論文モドキこそ、この本の美味しい所。流し読みでも分かりやすいネタもあれば、注意しないと見逃しがちなネタもあるので、できればじっくりチェックしよう。

【構成】

  • コラム 論文の歴史
  • 第一章 おしゃべり女
    • 島弧西部古都市において特異的に見られる奇習“繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”は戦略的行動か? 解析およびその意義の検証
  • 第二章 大きな石を運ぶ男
    • 経済学者は猫よりも合理的なのか? “反据え膳行動”を通して判明したもっとも合理的な生物とは
  • 第三章 閉じ込められた者たちの嘆き(ヨナやピノキオ)
    • “借りた本に線を引くひと”とはどんなひとか 書きこみされた図書館蔵書における網羅的研究からこころみた人物プロファイリング
    • 図書館所蔵の推理小説に“犯人こいつ He'd done it!”と書きこむひとはどんなひとか 書きこみされた図書館蔵書における網羅的研究からこころみた人物プロファイリングⅡ
  • 第四章 悪意のあるじゃまもの
    • コラム 研究費の歴史、あるいは研究者の懐事情の歴史
    • おやじギャグの社会行動学的意義・その数理解析
    • 比較生物学から導かれる無毛と長寿との関係 はげは長生き?
    • 「ねえ、太った?」は存在証明機会 代数的構造抽出による容姿からかい行動対応策の検討
  • 第五章 朝の薄明
    • 経験則「あらゆる機械は修理を依頼した直後になおる」現象の検証 機械故障にかんする大規模調査
    • プラス思考はほんとうにプラスか 恋愛成功率におけるプラス思考とマイナス思考の効果の比較
    • 「目標は紙に書くと実現する」はほんとうか 大規模長期縦断研究による検証
    • 「あくびはうつる」を応用する あくび伝染反応時間による初対面好感度の類推
  • 第六章 花崗岩でできた狂乱
    • 架空論文投稿実験 その顛末と、研究世界の未来にたいする提言
  • 終章 いつも片目をあけて眠るよく太った猿の王様を目覚めさせるためのファンファーレ
  • あとがきにかえて この本ができるまでの舞台裏を少々
  • 架空論文・初出一覧
  • 研究者心理におけるパーキンソンの法則 メタ研究心理学者・ユーリー小松崎の事件簿

【感想】

 最初から最後まで、大笑いからクスクス笑いまで、ユーモアに満ちた一冊。

 そもそも最初からワケがわからない。「超高学歴独身男、高層ビルから油揚げをばらまく」って、なんじゃそりゃ。なぜに油揚げ? などと読者を考え込ませたところで、ツカミはオーケー。

 その犯人のやらかした真似も、わかるようなわからんようなw 不正するなら、もちっと考えてやれ、と言いたいところだが、根が不正に向いてないんだろうなあ。

 舞台が北の蛸足大学なだけに、「あがり」などで活躍?した彼も出てくるかと思ったら、そうきたか。著者お気に入りのキャラなのかも。

 そんなユーリーの「実験」の影に見え隠れするのが、論文警察。最近の Twitter じゃテレキャスター警察とかハヤカワ狩りとかプログラマ狩りとか物騒な連中が跳梁跋扈しているが、それと似たようなヤバいお方たち。でも、影でやってる事は、実はけっこう役に立つ事だったり。本当はいい人たちなのかもw

 加えて、作家に向く性向まで教えてくれるから嬉しい。おもしろい話が好きで、質問が好きで、嘘八百を考えるのが好きで、キャラを考えるのが好きで…って、ヲタクそのものじゃないかw

 とかも面白いけど、メイン・ディッシュは、やっぱりデッチあげの論文集。

 だいたい4~5頁で、一見お堅いタイトルがついてるし、書き始めの文章も気取っちゃいるが、その中身は…。

 「いや、そのイラスト、何か意味あるの?」「え、それ参考文献に挙げる?」「おお、ソレをアレにこじつけるか!」「このキャプション、どうにかならんのかw」「きっと誰も結論を読んでないんだろうなあ」「○○先生、ごめんなさい」と、ツッコミどころ満載。

 中でも注目して欲しいのが、「文献」の項。有名な論文に混じって、なんじゃい反社会学者ってw 他にも我田引水・メタ我田引水なネタもある。とかの楽しみ方もあるけど、著者の読書傾向も判るのが面白い。へえ~、やっぱり、こういうのが好きなんだあ。などとニタニタしてしまう。

 とかのユーモアにまぶせつつ、現代の研究者が置かれた厳しい状況や、論文を軸とした研究活動の問題点も、ジンワリと伝わってきたり。中でも焦点が当たるのが、査読って制度。論文の品質を保つには役立っちゃいるが、研究者と論文の数が増えるに従い、無理が出てきている様子がよくわかる。

 のはわかるんだが、このデッチアゲ論文集を見ていると、自分でも何か論文が書けそうな気になってくるから困るw 素人が書いたいい加減な論文が学術誌に殺到したら、ただでさえ重い負荷にあえいでる査読者たちの背骨が折れかねないw

 最後の頁にまでネタを詰め込んだ、サービス精神に満ちた一冊。ギャグが好きな人に、論文の書き方に悩む学生に、科研費の申請に苦しむ研究者に、そして文章で遊ぶのが好きな人に。凝り固まったオツムをほぐすのに最適な一冊。

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2018年10月 7日 (日)

山田正紀「バットランド」河出書房新社

「お願いだから大声を出さないで。これには事情があるんだから」おれはそう懇願し、警察官の顔を撃ち抜いた。
  ――コンセスター

「バットランドに行かねばならない。あそこでは何かが起こっている。何か途方もないことが……(略)いいかい、爺さん、これはぼくのためなんかじゃない。勘違いしないでもらいたい。これは人類のためなんだ」
  ――バットランド

「そう、きっとトムがいる別の世界にいっちゃったんですよ」
  ――別の世界は可能かもしれない。

「おぬしたちをわざわざ当陣に呼び寄せたのは他でもない。かの城を『時攻め』にせよ、とのおん大将、上総介(信長)様のお下知が下されたからである」
  ――お悔みなさいますな晴姫様、と竹拓衆は云った

【どんな本?】

 SF・ミステリ・アクション・ホラーなど多様なジャンルで活躍するベテラン作家の山田正紀が、2007年~2014年に発表したSF作品を集めた短編集。

 怪しげな人体実験に始まる惨劇を描く「コンセスター」、老いた詐欺師視点のコン・ゲームが変容してゆく「バットランド」、大雨に襲われた地下鉄路線を舞台としたバトルロイヤル「別の世界は可能かもしれない。」、語呂合わせが楽しい「お悔みなさいますな晴姫様、と竹拓衆は云った」、濃縮ワイドスクリーン・バロックの「雲の中の悪魔」の五編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年5月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約339頁に加え、あとがき3頁。9ポイント43字×19行×339頁=約276,963字、400字詰め原稿用紙で約693枚。文庫本なら厚い一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。内容はかなり凝ったSFガジェットやアイデアを駆使する作品が多いので、そういうのが好きな人向け。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出。

コンセスター / SFJapan2007年冬号
 1970年初頭。ロサンゼルスでの不法就労がバレたおれは、メキシコに逃げる。そこで知り合ったミツオから、美味しい話を聞く。近くの米陸軍の研究所が人体実験の志願者を求めている、一週間で報酬は七百ドルに加えアメリカの永住権。ヤバいのは分かっちゃいたが…
 伊東ゆかりの「ロコモーション」(→Youtube)・キャロル・キングの「イッツ・トゥ・レイト」(→Youtube)と、一気に懐かしい気分になるネタで始まる作品。能天気なリズムに乗って惨劇を繰り広げる犯人は、何を考えているのか。最初は素直に読んだんだけど、一人称だってのを考えると…
バットランド / NOVA4 2011年5月
 ここはどこだ? そうか、おれはクリーニング屋に行くんだ。ところが店に入り、鏡を見て驚いた。え? 俺は七十過ぎの爺いだったのか? 唖然としていたら、店に入ってきた若い男女に連れ出された。おれは認知症だという。
 これまた老人SF。ボケては覚める認知症を患っちゃいるが、元は凄腕の詐欺師って設定が巧い。しかも、マッド・サイエンティストを加えて更にシェイクしてる。いいよね、Birdland(→Youtube)。ジャコのプレイは絶品だけど、性格は最悪だとかw この作品でも性格が悪い奴しか出てこないから、そういう意味では合ってるかも。
別の世界は可能かもしれない。 / SF JACK 2013年2月
 10月31日、ハロウィンは豪雨になった。地下鉄の西六本木駅から六本木に通じるトンネルは、水没が危ぶまれるため、ポンプ列車が出動する。暗闇に紛れ、ネズミらしき群れが同じ線路を進む。六本木駅では、金属バットなどで武装した若者たちが、「殺せ、殺せ」と唱えながら駅へと雪崩れ込んでゆく。
 孤児の坂口、識字障害の五木梨花、供試試料として消費される実験用マウス、機能を失った偽遺伝子、そして地下鉄の施設内に寝泊まりする宿無したち。世界から除け者にされた者たちが、なぜいがみ合わねばならないのか。世界への怨嗟が満ちた作品。
お悔みなさいますな晴姫様、と竹拓衆は云った / 夏色の想像力 2014年7月
 毛利攻めに向かった秀吉は、意気盛んな高松城の攻囲に焦る。そこで竹拓(ちくたく)衆を呼び、『時攻め』を命じる。竹拓衆は時をあやつる鬼道に秀でた一族だ。率いる棟梁の迦具屋晴姫(かぐやはるひめ)は、悩みながらも命を受け入れる。
 墨俣の一夜城・水攻めで有名な高松城・中国大返しなどの事件に、不思議な力を操る一族・竹拓衆を絡めた、SF忍法帖。ハーラン・エリスンのアレにかけたタイトルから始まり、波歩・噛・時場・伝時力などの言葉遊びが楽しくて、ニヤニヤしてしまった。
雲の中の悪魔 / NOVA8 2012年7月
 流刑星<深遠>は、-70℃~-10℃の過酷な環境だ。囚人は房奴と呼ばれ、露天掘り鉱山の作業員として働く。密封衣服は時として暴走し、多くの房奴が死ぬ。この泡宇宙は万物理論知性体が統べる。電磁力知性体の人間には抗う術はない。
 泡宇宙論をベースとして、思いっきり濃いアイデアを惜しげもなく詰めこんだ、珠玉のワイドスクリーン・バロック。冒頭の電磁力知性体/万物理論知性体に始まり、次から次へと繰り出されるブッ飛んだ発想に、思う存分翻弄されっぱなしだった。

 いずれも認知科学・遺伝学・量子力学・宇宙論などの科学トピックに、怪しげな哲学を巧みに滑り込ませ、奇怪な世界へと読者を誘い込む、SFの醍醐味が炸裂した作品ばかり。また、山田正紀ならではのテイストとして、「圧倒的な力を持つ絶対者にしぶとく抗う者」の物語なのも、この作品集の特徴。特に最後の「雲の中の悪魔」は、カルピスの原液を更に濃縮したような濃さで、もはや劇薬と言っていい。SFの瘴気をまき散らし、あなたをSFゾンビに変えてしまう危険な物語だ。

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2018年9月18日 (火)

山田正紀「ここから先は何もない」河出書房新社

「俺らってさ、いや、人間てさ、なんでこんなにつながりたがるんだろ?」
  ――p134

「四万年から五万年前の人間の遺体がどうして小惑星に埋もれていたんだ?」
  ――p245

【どんな本?】

 六年前、日本の宇宙科学研究開発機構は、小惑星探査機<ノリス2>を打ち上げる。小惑星2001AU8、通称ジェエネシスとランデブーし、標本を採集して、地球に持ち帰る計画だ。だが、着陸の直前に全ての通信途切れる。約1時間30分の中断の後、ノリス2がランデブーしたのは、ジェネシスではなく、別の小惑星パンドラだった。しかも、持ち帰ったサンプルは…

 ベテランSF作家の山田正紀が、壮大な構想を元に、お得意の「はみ出し者の寄せ集めチームが難題に直面する」形で、ジェイムズ・P・ホーガンの傑作に挑んだ、本格長編SF小説。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇の8位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年6月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約404頁に加え、あとがき2頁。9ポイント44字×20行×404頁=約355,520字、400字詰め原稿用紙で約889枚。文庫本なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容的には、かなり凝ったSFガジェットを使っている。とはいえ、詳しく知らない人でも楽しめる仕掛けを丹念に施してあるので、分からなければ「そういうもの」として読み飛ばしても構わない。特にコンピュータ関係は冒頭から濃い話がポンポン出てくるので、味見にはちょうどいいだろう。

【感想は?】

 うおお、これだよ、これ。昔、私が大好きだった山田正紀が、今風の素材を使いこなして戻ってきた。

 「襲撃のメロディ」「弥勒戦争」「神狩り」…。いずれも壮大な謎を示し、絶望的な状況の中で、エキセントリックな登場人物が挑む話だ。私は「襲撃のメロディ」の衝撃でSF者になってしまった。

 肝心の謎については、「あの山田正紀が戻ってきた」としか言えない。あとがきにあるように、ジェイムズ・P・ホーガンの傑作「星を継ぐもの」に挑戦状を叩きつけた作品だ。日英の本格SFの巨匠対決である。存分に堪能していただきたい。

 加えて山田正紀の色が濃く出ているのが、謎に挑むチームの面々。これは「火神を盗め」でも発揮しているんだが、とにかくキャラクターが濃い。

 意外性でトップなのが、藤田東子。キャバクラ嬢だ。ノーメイクで朝五時からママチャリで出勤。この時点で相当なモンだが、客との会話が頭蓋骨の話ってのも無茶苦茶だ。それでも店から叩き出されないのは、実績があるから。ある意味、そこらの大企業より実力本位の世界なんだなあ。

 などと破天荒なキャバ嬢の藤田東子、しかしてその正体は…。うーん、そうきたかw 浮世離れした世界のように見えて、特に最近は何かと世知辛い事情も漏れ聞くから、そういう人もいるだろうし、ソッチが好きな客も案外と多いのかも。

 目的のためなら手段を選ばず、キャバ嬢だってやる藤田東子とは違い、手段に振り回されている感があるのが、神澤鋭二。凄腕のクラッカーながら、今は追われる身。彼がお尋ね者になったキッカケも、しょうもないながら、この手の人にはアリガチなパターンなのに苦笑い。

 まあ、アレです。自分にソッチの才能があると気づいたら、どこまで出来るか試してみたくなるってのは、若い男にはよくある話で。彼を中心に描かれる情報セキュリティのネタは、なかなか背筋が寒くなるような話ばかり。スターバックスとかは、いい猟場なんだろうなあ。

 神澤鋭二とコンビを組む大庭卓も、なかなか食えない奴で。凄腕の起業家で、今はセキィリティ関係の会社を営んでいる。元は自衛官で、退任してから興した会社では鋭二を雇い、その才能を存分に発揮させる。

 この大庭と神澤の関係が、これまたかつての傑作「謀殺のチェスゲーム」の宗像と藤野を彷彿とさせて、オールド・ファンとしてはニヤニヤが止まらなかったり。互いが互いの性格を承知して、腕は信用しながらも腹は探り合うあたりが、ハードボイルドか空気を醸し出してる。

 なんて我が強そうな連中に続いて登場するのが、任転動。若い神父もどき。藤田東子とは対照的に、引っ込み思案で状況に流されるタイプ。無神論者なのに神父の真似事をして、極貧ながらフィリピン・パブのホステス相手に教会の仕事をしている。

 信心はないわりにホステスたちのウケはいいあたりは、彼の人徳というか人柄というか。チームの他の面子が強烈なだけに、彼は一服の清涼剤みたいな役割かな。

 ってな個性的な連中が挑むのは、三億キロ彼方の密室<ノリス2>。これは光ですら片道で16分以上必要で、コマンドを送ろうにも、応答が帰ってくるまで30分以上かかる。そんな<ノリス2>を、誰がどんな手段で乗っ取ったのか。そして、<ノリス2>で発見された、あり得ない人骨の謎は…

 アクの強い連中が、それぞれに追い詰められ、仕方なしに組んだチームが、無謀な計画に挑み、壮大な謎を解き明かす。冒険小説と本格SFの楽しさを併せ持つ、とっても贅沢な娯楽作品だった。

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2018年9月 4日 (火)

長谷敏司「BEATLESS」角川書店

人のこころは、行動に動かされる。こころは、人間でないものによっても揺らされる。
  ――p6

「わたしは道具で、責任をとることができません。だから、責任を、とってください」
  ――p27

「それが、わたしとオーナーの契約です。わたしがオーナーの意志の実現を自動化し、オーナーがその責任をとる」
  ――p95

「本当に重要なものなんて、もう人間の世界にどのくらい残っているのかしら」
  ――p189

「僕は、本当に自分の意志で何かをしているのか」
  ――p199

「私のこと、覚えてくれてたらそれでいい」
  ――p333

「大きな変化を社会に押し付けるより、オーナー自身に変わっていただく方が、安全です」
  ――p361

「人間が、人間の世界だと思っているものは、無邪気な信頼で支えられているのですよ」
  ――p481

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・長谷敏司が、派手なアクションとケレン味を利かせたガジェットをふんだんに盛り込み、ヒトとモノの関係を正面から問いただす、正統派の本格SF小説。

 2105年。hIE=humanoid Interface Element と呼ばれるヒト型ロボットが普及し、労働力として街中に溶け込んでいる。普通の hIE は、いわば操り人形だ。常に無線で行動管理クラウドと通信し、そこから TPO に応じた振る舞いの指示を受けて動く。

 ミームフレーム社は、hIE の行動管理クラウドの大手だ。そのミームフレーム社から、五体の hIE が逃げ出した。いずれも量子コンピュータを持つ。そのため、クラウドに頼らず、スタンドアロンで動ける。“彼女”らは、軍用の無人兵器22体を擁する警備部隊に包囲を突破し、市中に紛れこんだ。

 Type-001 紅霞。Type-002 スノウドロップ。Type-003 サトゥルヌス。Type-004 不明。Type-005 レイシア。いずれの能力も、その目的も分からない。

 高校二年生の遠藤アラトは、買い物の帰りに、暴走する自動車と hIE に襲われた。レイシアを名乗る美しい hIE に救われたアラトは、その代償として“彼女”のオーナーとなる。驚異的な能力を誇るレイシアを得たアラトは、やがて人類の未来を左右する争いに巻き込まれ…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2013年版」のベストSF2012国内篇の第3位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は雑誌「月刊ニュータイプ」2011年7月号~2012年8月号。単行本は2012年10月10日初版発行。今は角川文庫から文庫版が上下巻で出ている。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約645頁。8.5ポイント25字×22行×2段×645頁=約709,550字、400字詰め原稿用紙で約1,774字。文庫なら上中下の三巻でもいい大容量。

 文章はやや硬い。たぶん、これはワザとだろう。というのも、特にテーマの芯に触れる部分で、私は読むスピードが遅くなったからだ。どうも著者に「ここ大事だからじっくり考えながら読んでね」と言われているような気がする。

 内容的にも、かなりSF度が濃い。AI やクラウド・コンピューティングをはじめとするSFガジェットが、たっぷり詰めこんである。加えて、ちょっとした細かい部分も、科学・工学的な設定を充分に考えているのが感じられて、拘るタイプには嬉しい配慮が行き届いている。

【感想は?】

 「アナログハック」。この言葉の発明だけでも、SFの新しい地平を切り開いたと言える。

 が、とりあえず、ソレは置いて。冒頭、レイシアたちが逃げ出す場面だけでも、設定の凝りようがヒシヒシと伝わってくる。

 まず、hIE が無線で動く半自動の操り人形って発想が、新しい上に現実的だ。今だと、自動運転車がいい例だろう。

 個々の自動運転車は、路面や信号など周囲の状況に応じてスピードや進路を調整しつつ、GPS や Google Map に応じて道を選ぶ。スタンドアロンで得る情報と、ネットワークから得る情報、双方を考え併せることで、自動運転のシステムとして完成する。

 恐らく近い将来に、交通事故の統計や渋滞情報もネットワーク経由で取り入れ、または他の車と交信して、より安全で早く経済的に目的地へとたどり着く、そんなクルマへと進化し、またクルマ社会のあり方も変えてゆくはずだ。

 だけでなく、マニアを唸らせる考察が嬉しい。

 軍用だと、陸軍と空軍は積極的にドローンを戦場に投入している。というか、ドローンが浸透しているのは、陸と空だ。水中は、あまり聞かない。

 これは単純な理由で、水中だと電波が届かないからだ。海軍も熱心に開発しちゃいるが、リモコンで操るのは難しい。従来のロボット物は意外なくらい無視してきた点だ。それを、この作品では、レイシアたちを警備が追う場面で、ちゃんと踏まえて描いてる。細かい所だけど、こういう配慮がとっても嬉しい。

ちなみに海でロボットが活躍する「深海大戦」シリーズだと、同じ問題を全く違う方法で扱ってて、これも唸らされたなあ。更にイカれているのが「プシスファイラ」で…って脱線するとキリがないのでこの辺で。

 など、細かい所まで充分に考えてますよ、とマニアを唸らせた上で、いよいよ登場しますメインディッシュのアナログハック。

 これも軍用ドローンの話で恐縮だが、プレデターなどの攻撃用ドローン(→Wikipedia)は、ワザと不気味なデザインにしているって噂がある。敵をビビらせるためだ。逆にフェラーリなどイタリアのスーパーカーは、未来的でカッコいい。だから、値段が高くても欲しくなる。

 形は、ヒトの気持ちを動かす。アップル社は、形でヒトの気持ちを操るのが巧い。形だけじゃない。しぐさや声も大事だ。歌手や役者は、声や表情で客の心を動かす。動かすと言えば聞こえはいいが、手品師や詐欺師は「騙す」ためにテクニックを磨く。

 それでも芸人なら大した問題じゃないが、政治家となると話は別だ。映像が残っている政治家で、優れた手腕を発揮したのは、アドルフ・ヒトラーとジョン・F・ケネディだろう。

 なんて例を出すと、なんか悪いことみたいだが、似たような事はみんなやっている。私だって真面目な席に顔を出す時は、ネクタイを締めて紳士のフリをする。逆に遊びに行くなら、ジーンズで行く。コンサートに行くなら、それなりに気合いを入れる。その場に応じて、「見られたい自分」を演出するわけだ。

 いずれにせよ、今までは、形やしぐさを演出するのは、ヒトがヒトの目的のためにやってきた。怖い、欲しい、支持したい、楽しみたい。そんな風に、ヒトはヒトの気持ちを操ろうとしてきたし、実際に操れた。

 確かにヒトラーは悲劇を生み出した。が、それでも、所詮はヒトが選んだ結果だ。騙されたにせよ、騙したのもヒトだ。だが、ヒトより遥かに高度な能力を持つモノが、ヒトを操りはじめたら…

 冒頭のレイシアは、単に愛らしい姿でアラトを翻弄しているだけに見える。だが、物語が進むに従い、“彼女”の底知れない能力が、次第に明らかになってゆく。読み終えて身の回りを見回した時、レイシアの不在を幸福と感じるか、物足りないと思うか。

 ヒトがヒトである限り、アナログハックのセキュリティ・ホールは存在し続ける。そして、テクノロジーの進歩は止まらない。ケレン味たっぷりの娯楽作品の衣をまといつつ、マシンとヒトの関係を根底から問いかける、実はズッシリと重い本格SF小説だ。

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2018年8月23日 (木)

人工知能学会編「AIと人類は共存できるか? 人工知能SFアンソロジー」早川書房

見憲研は、未来を先取りする世界最先端のブラック職場なのである。
  ――仕事がいつまで経っても終わらない件

≪俺が最適な判断をさせてやる。あんたらが生き残るために≫
  ――塋域の為聖者

「それを見てください」
  ――AIは人を救済できるか:ヒューマンエージェントインタラクション研究の視点から

【どんな本?】

 人工知能=AIと人間との関わりをテーマとしたSF短編小説と、AI研究に携わる研究者のコラムを組み合わせた、SFに強い早川書房ならではのユニークな作品&コラム集。

 今は深層学習が大流行りで、それだけがAIだと思っている人もいるかもしれない。でも、実際はAIとい言っても、そのアプローチは様々だ。ばかりでなく、それぞれの研究や分野が目ざす目的も違っている。

 AIとは何か、どんな手法があるのか、そして何を求めているのか。AIを巡る視野を、楽しみながら広げ得られる、ちょっと変わったアンソロジー。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇の16位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月15日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約424頁。9ポイント45字×20行×424頁=約381,600字、400字詰め原稿用紙で約954枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 現在ホットなネタを扱う作品が多く、親しみやすさはそれぞれ。私は長谷敏司の「仕事がいつまで経っても終わらない件」が最もとっつきやすいと感じた。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 著者名 の順。

眠れぬ夜のスクリーニング / 早瀬耕
 奥戸理来は、研究・開発部門の機械翻訳チームからからシステム構築部門に異動になった。以来、不眠と頭痛に悩んでいる。おまけに周囲の者がアンドロイドじゃないかとの疑いが頭を離れない。産業医の勧めでシアトルのクリニックにSkype経由で診察とカウンセリングを受け始めたが…
 冒頭の診察場面で、医師のユウコ・サトウ・ティレルに同情したくなったり。というのも、患者の理来が、医師の質問について、いちいちその意図を探ろうとするから。そりゃやりにくいだろうなあ。でも賢い人って、往々にしてそういう所があると思うべきが、理来が疑心暗鬼に陥っていると解釈すべきか。
人工知能研究をめぐる欲望の対話 / 東京大学特任講師 江間有紗
 「眠れぬ夜のスクリーニング」の構造は、けっこう込み入っている。実は私もよく分かっていない。これを分かりやすく噛み砕くために、別の視点から描いた掌編が入っているのは嬉しいサービス。ヒトが持つ欲望を分類・整理した上で、「科学する欲望」「工学する欲望」なんて出してくる発想も楽しい。もう一つ、「表現する欲望」みたいのも、あってもいいかな、と思ったり。
第二内戦 / 藤井太洋
 2020年の銃規制がきっかけで、テキサスを筆頭とする南部諸州はFSA(アメリカ自由連邦)として独立する。数年後、私立探偵のハル・マンセルマンに依頼人が訪れる。ウォール街の投資技術者アンナ・ミヤケ博士だ。依頼はFSAへの入国、ただし身分を偽って。
 これも冒頭の風車が回る風景で、ちょっと西部劇を思い浮かべたり。中央証券取引所に漂う紫煙や「コルト・ガバメント」など、ちょっとした南部風の小道具にもニタニタしてしまう。BANもいいが、中心となる<ライブラ>の発想は、案外と早く実現するかも。
人を超える人工知能は如何にして生まれるのか? ライブラの集合体は何を思う? / 電気通信大学大学院情報理工学科/人工知能先端研究センター 栗原聡
 <ライブラ>のアイデアを、蟻の行列や鰯の群れに例えて、基礎から丁寧に解説するコラム。そういえば粘菌コンピュータ(→Wikipedia)なんてのもあった。ヒトの出す赤外線やフェロモンを追跡できたら、何か面白い研究ができるかも。
仕事がいつまで経っても終わらない件 / 長谷敏司
 第百八代総理大臣の大味芳彦は、憲法改正に挑む羽目になった。妻の早苗の父で、かつて何度も総理を務めた東山改進に迫られたためだ。今の情勢から見て、改憲は大博打になる。閣僚の結束も崩れ始めた。若手の長岡雄一の勧めに従い、人工知能の利用を試みるが…
 今までシリアスで暗い作品が多かった長谷敏司が、意外とはっちゃけた芸風を見せる作品。見憲研を率いる磐梯敦教授の、研究のためならあらゆる犠牲を厭わないマッドサイエンティストぶりが好きだ。にしてもウサギ耳のソンビ集団ってw
AIのできないこと、人がやりたいこと / 国立情報学研究所 相澤彰子
 やはり磐梯敦教授が気になったのか、「『無謀』と『挑戦』の線引き」なんて楽しいネタで始まるコラム。洗練されているように見える現在のコンピュータ技術も、基礎は案外と繰り返しの多い地味な作業の上に築かれてたりする。もっとも、研究って、たいていはそういうものなのかも。
塋域の為聖者 / 吉上亮
 チェルノブイリは、1986年の原発事故で人が消えた。今は<ゾーン>と呼ばれ、木々が生い茂り、一部は観光コースとなっている。ガイドのイオアンは、五歳の娘リティアを連れた子連れ観光ガイドとして有名だ。予定通り、事故を再現する劇場に、観光客を案内したが…
 <ゾーン>,「案内人」とくれば当然、SF者はストガルツキー兄弟の「ストーカー」を思い浮かべ、ウヒヒとなってしまう。が、お話は劇場から一転、激しいアクションに。今も続くウクライナ紛争に、得体のしれない複数の勢力を絡め、映像化したら映えそうな場面が続く。ほんと、このまんま映画化したらいいのに。
AIは人を救済できるか:ヒューマンエージェントインタラクション研究の視点から / 筑波大学システム情報系助教 大澤博隆
 作品中で扱っている重いテーマ、宗教に切り込んだコラム。ホンダのASIMOとバチカンの関係は知らなかった。かの有名なELIZA(→Wikipedia)やAIBOの葬式とか、案外とヒトってチョロいのかも…と思っちゃったり。ヒトとマシンのコミュニケーションは「機械より人間らしくなれるか?」、宗教は「ヒトはなぜ神を信じるのか 信仰する本能」が面白かったなあ。
再突入 / 倉田タカシ
 軌道上に浮かぶグランドピアノ。高度を維持する速度を失い、やがて大気圏に突入し、流れ星となる。<再突入芸術>という表現形式で名を挙げた故人の、最後の作品であり葬儀でもある。全地球に中継され、多くの人が鑑賞するだろう。
 AIと芸術なんぞという、これまた大変なテーマに挑みつつ、想定外のオチへと持っていく快作。「そもそも芸術とは何か」と根本的な問いも凄いが、それの扱いも「おお、こう料理するか!」と、ひたすら感服。
芸術と人間と人口知能 / 公立はこだて未来大学教授 松原仁
 これも作品と同様、根源的な問いに真摯に向き合ったコラム。話題になった第三回星新一賞の応募作、AIが書いたショートショートと、その舞台裏も掲載。ハーレクイン・ロマンスの正反対なんだなあ。だったら両方を組み合わせれば…とか考えてしまう。ショートショートの面白さはジョークの面白さと似てるんで、「ヒトはなぜ笑うのか」あたりも参考文献として面白いかも。

 複数の作家が競うアンソロジーは、作家ごとの味の違いが楽しめるのも美味しいところ。長谷敏司の意外な芸風が楽しめる「仕事がいつまで経っても終わらない件」では大笑いした。意外とコテコテな芸風もイケるのね。藤井太洋の「第二内戦」も、今SFマガジンで連載中の「マン・カインド」の舞台設定が覗けて嬉しかった。

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2018年8月10日 (金)

池上永一「ヒストリア」角川書店

「ここにいたらちゃんと泣けないの。ここにいたらちゃんと笑えないの。私は毎日怯えて生きている。そんな人生は嫌なのよ!」
  ――p93

「私はここで生きていくのよ。森はどけっ!」
  ――p203

「私はいつまでたっても切れないジジィのしょんべんみたいな戦争が嫌いなの」
  ――p310

「楽しかったでしょ? イマドキのセックスは女が発射するのよ」
  ――p423

私たちは人生のスピード狂で、死のスリルを楽しんでいる。
  ――p472

「いいこと? よく聞くのよ、エルネスト。ボリビアという国は存在しないからよ」
  ――p526

「あなたはコロニアに宿った最初の神様よ」
  ――p590

【どんな本?】

 生まれ育った沖縄に拘り続ける作家・池上永一による、南米に移民した沖縄の女が大暴れする、長編娯楽アクション・ファンタジイ。

 1945年3月、太平洋戦争の末期、沖縄の戦い。知花煉は、米軍の空襲により家も家族も失う。ばかりか、マブイ(魂)までどこかに飛んでしまった。

 なんとか終戦まで生き延びた錬は、コザの闇市でチャンスを見つけ、事業を起こす。人を雇い商売も軌道に乗り始めたころ、行き違いでお尋ね者となり、南米のボリビアへと高跳びする羽目になる。

 ボリビアでも商売を始めたが、なかなか芽が出ない。借金は嵩むが、暮らしていくのがやっとだ。現地で知り合った日系三世のイノウエ兄弟に連れられ、プロレスを見に行った煉は…

太平洋戦争末期の沖縄戦・米軍に占領された沖縄・スペインに占領された南米・その南米に移民した沖縄の人々など、過酷で複雑な社会背景を舞台に、負けん気が強く才気に溢れた女が走り回る、娯楽大作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年8月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約623頁。9ポイント44字×21行×623頁=約575,652字、400字詰め原稿用紙で約1,440枚。文庫本なら上中下の三巻でもいい大長編。

 文章はこなれていて読みやすい。ファンタジイ的な仕掛けはマブイぐらいなので、あまり気にしなくていい。私たちには馴染みのない南米、それもボリビアが舞台で、その歴史・社会・風俗が重要な意味を持つが、必要な事柄は作中でわかりやすく説明してあるので、何も知らない人でも大丈夫。

【感想は?】

 池上ヒロイン大暴れ。

 池上ヒロインとは。本性は両津勘吉だが、見た目は秋本・カトリーヌ・麗子、そんな女だ。

 気位が高く、バイタリティに溢れ、鼻っ柱がやたらと強い。機を見るに敏で、フットワークが軽く、先を見通す目もある。だから商売を始めればまたたく間に繁盛し、あっという間に事業を拡げてゆく。

 ただし堅実に店を守るのは苦手だ。いつだって手を広げすぎ、または鼻っ柱の強さが災いして、地雷原に踏み込み、全てがおじゃんになる。

 そこで泣き怒り頭を掻きむしり、でもすぐに次の事を考えて動き出す。

 この作品の主人公、知花煉も、典型的な池上ヒロインの一人。太平洋戦争の末期、地獄の沖縄戦に巻き込まれ、家も財産も家族も失い、何も持たない孤児となってしまう。

 ここで描かれる、沖縄人から見た太平洋戦争は、かなり不愉快なシロモノだ。当時の大日本帝国がいい国だと思ってる人には、耐えられないだろう。しかも、ここで示されるテーマは、後に舞台がボリビアに移ってからも、何度も繰り返し奏でられる。よって、そういう人は、この本に近づかない方がいい。

 この辺は「終戦史」あたりが詳しいので、参考までに。

 やはりエンジンがかかってくるのは、ボリビアに移ってから。ここで登場するセーザルとカルロスのイノウエ兄弟も楽しい連中だが、なんといっても華があるのは「絶世の美女」カルメン。この物語の、もう一人のヒロインと言っていい。沖縄美女の代表が錬なら、ボリビア美女の代表だろう。

 沖縄でも裸一貫から事業を起こした煉のこと、ボリビアでも何度も転んでは立ち上がる。この中で描かれる、ボリビアを中心とした南米の事情は、船戸与一の南米三部作をギュッと一冊にまとめたような濃さだ。

 ただ、その背景に漂う空気が、だいぶ違う。いずれも無常感が底にあるんだけど、船戸作品はそれが虚無感となるのに対し、池上永一は「なんくるないさー」になる。どこか明るいのだ。

 これは主人公の性格もあるが、やはり池上節というか。

 やたらとテンポが良く、お話がコロコロと転がっていくのに加え、所々に仕込んであるシモネタも効いてる。「ジジィのしょんべん」なんて平気で言っちゃうヒロインだし。そのくせ、ボリビアのファッション・リーダーを気取ってるんだから、凄い女だw

 表紙にあるようにチェ・ゲバラが絡んできたりと、無謀に風呂敷を広げていくのも、池上節の楽しい所。南米物なら定番の悪役も出てくるし、マニア好みなメカも大活躍するので、好きな人はお楽しみに。

 南米ならではの複雑な社会事情を活かしたストーリーに、当時の事件を巧く織り込み、銀色のコンドルで飛び回る場面とか、内藤陳さんが生きていたら、大絶賛しただろうなあ。

 かと思えば、地に足をつけて生きている、路地で生きている人や、農民の暮らしも、ちゃんと描いているのも、この作品への力の入れようがわかる所。特に力がこもっているのが、料理の場面。沖縄の伝統料理を、南米の素材で再現していくあたりは、腹の虫が鳴きまくるので覚悟しよう。

 スピード感に溢れ起伏の激しいストーリー、次々と意外な姿を見せるボリビアを中心とした南米の歴史と社会、バイタリティ溢れるパワフルなヒロイン、人情味あふれる仲間たちが繰り広げるギャグとアクション、そして底に流れる沖縄への想い。寝不足必至の大型娯楽長編小説だ。

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