カテゴリー「書評:SF:日本」の189件の記事

2019年7月17日 (水)

三方行成「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」早川書房

 とにかく、女の子がひとりおりました。
 名前はシンデレラといいました。環大西洋連合王国の臣民です。正式に名乗らせようとすると公開暗号鍵やら契約知性アドレスやら煩雑なので、ここでは省略しましょう。
  ――地球灰かぶり姫

【どんな本?】

 2018年の第6回ハヤカワSFコンテストで優秀賞に輝いた作品を加筆修正したもの。

 シンデレラ、かぐや姫、白雪姫、アリとキリギリス。誰もが知っているおとぎ話だけど、これの舞台をテクノロジーが進歩した遥か未来に移し替え、科学的な裏付けを与えたらどうなるか。奇矯な発想を元に妄想を暴走させ、丹念かつ強引な解釈でおとぎ話を語りなおす、アイデアとギャグに満ち溢れた連作短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年11月25日発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約251頁に加え、第6回ハヤカワSFコンテスト選評6頁。9ポイント45字×18行×251頁=約203,310字、400字詰め原稿用紙で約509枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 最近のインターネットの影響を受けた、ややくだけた文章。私は親しみやすくて好きだが、好みは別れるかも。内容は最新科学っぽいガジェットがたくさん出てくるけど、わからなかったら「なんか凄いモン」ぐらいに思っていれば大丈夫。

【収録作は?】

 一見独立しているように見えて、実はちゃんと構成上の工夫があるので、素直に頭から読もう。

地球灰かぶり姫
 シンデレラは幼い頃に母を事故で亡くしました。父は後妻を迎えましたが、やがて気力を失い体が弱り、シンデレラの看病の甲斐もなく、父も他界します。継母は連れ子の二人の娘とともにシンデレラを苛め抜きます。絶望したシンデレラの前に、魔女が現れました。魔女はシンデレラに尋ねます。「何が欲しい?」
 ああ、うん、そういう話ではあるんだけどw 話が始まって4行目から「公開暗号鍵」だの「契約知性アドレス」なんて言葉が出てくるので、まっとうなおとぎ話じゃないのはすぐ見当がつきますw とーちゃんが気力をなくすあたりも、現代風なのがなんともw カボチャの馬車や舞踏会のタイムリミットも出てくるし、それにちゃんと理屈がついているのも芸が細かいw
竹取戦記
 竹取の翁は、野山の竹をとって暮らしていました。しかし竹も黙ってはいません。マイクロフィラメントを張り巡らし、ウィルスを潜ませたメッセージを翁に送って防ぎます。それでも翁は竹の防御をかいくぐり、竹を手に入れるのでした。ある日、翁は謎の熱源を発見します。そこから翁は赤ん坊を拾い、育て始めたのですが…
 えっと…竹…なのかw やたら口が悪いし。つか普通、竹はしゃべらないだろw カグヤがやたらと育ちが速く、人を惹きつけるのも原作通りだけど、性格も雰囲気もだいぶ違うw そりゃ確かに竹は中身が空っぽだけどw つか何だよ日本粘菌機構ってw などと笑いながら読んでいたら、ティプトリーのネタの後、カグヤの意外な正体が。
スノーホワイト/ホワイトアウト
 女王さまは今朝も鏡に尋ねます。「鏡よ鏡、この世でいちばんいい朝を迎えられるのはだれ?」鏡は答えます。「あなたですよ、女王さま」。ここは女王さまの国なのです。しかし、そこに奇妙なモノが忍び込んできました。白く冷たい雪片です。鏡に尋ねても、雪の正体はわかりません。雪は次第に女王の国のアチコチに現れ…
 パンを焼きスーパーヒーロー着地を決める女王さまってw 白雪姫といえば可憐な美少女を思い浮かべるけど、この作品では不気味な白ヌキの影みたいな存在。もっとも女王さまも、かなりの戦闘能力を持つ暴れん坊だけどw などの語りのあと、この連作短編集の舞台裏が少しだけ覗ける、ちょっとした転回点をなす作品。
<サルベージャ>vs 甲殻機動隊
 ガンマ線バーストの数十年後、木星の第二衛星エウロパ。氷に覆われた海を行くはカニ・テナガエビ・シャコ・タダタダタダヨウガニかな成る甲殻機動隊。目的は放棄されたトランスヒューマンの都市の偵察。トランスヒューマンは彼らを使役するため知性化したが、なぜかエウロパから姿を消した。そこで彼らはトランスヒューマンの遺跡を漁りはじめたのだが…
 お話も後半に入り、舞台はガンマ線バースト後の世界。甲殻機動隊って、ソッチかいw これも芸が細かくて、タダタダタダヨウガニってネタかと思ったら本当にいたし。カニのサイドステップはすぐわかったが、シャコの右左はかなりマニアック(→Wired.jp)。ちょっとデビッド・ブリンの知性化シリーズを思い出してしまった。
モンティ・ホールころりん
 おじいさんとおばあさんは、モンティ・ホールのクイズに挑戦します。大中小、三つの箱からおじいさんは大きい箱を選びます。モンティが中ぐらいの箱に合図すると、中からヤギが飛び出します。そしてモンティはおじいさんに尋ねます。「チェンジ? オア、ノーチェンジ?」
 これまたガンマ線バースト後の世界だけど、舞台はなんと太陽系外縁のオールト雲。こういう舞台設定は、ジョン・ヴァーリイの八世界シリーズみたいだし、トランスヒューマンと○○の関係はブルース・スターリングの某シリーズっぽい。いや「竹取戦記」を考えると、グレッグ・イーガンの「ディアスポラ」かも。
アリとキリギリス
 公共広場で、女と男が出会いました。公共広場は管理を放棄されていましたが、いろいろあって里山の仮想環境イメージを維持するため、管理人を募りました。その一人が女です。男はバイオリンで調子っぱずれな音楽を奏でていました。つまりは暇を持て余している貧乏人です。
 今までの作品を束ね、一つの物語へと収束させるパート。

 「地球灰かぶり姫」で見事に発揮されているように、とにかくツカミが抜群に巧い。冒頭の数行でイカレきった作品世界に引きずり込まれてしまう。かといってただの一発屋ってワケじゃなく、途中でもテンションを保ったまま、一気に最後まで読者を掴んで離さない吸引力がある。ぜひとも、このままSFを書き続けて欲しい。

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2019年7月12日 (金)

草野原々「大進化どうぶつデスゲーム」ハヤカワ文庫JA

「大丈夫。小夜香ちゃんは絶対だから」
  ――p158

「大丈夫よ、わたしは八倉巻早紀なんだから」
  ――p330

【どんな本?】

 「最後にして最初のアイドル」で日本SF界をパニックに陥れた恐怖の若手作家・草野原々が送る、長編SF小説。

 その朝。星智慧女学院は異変に見舞われる。校舎はボロボロになり、生徒たちは猿のような生き物に変身してしまう。校舎にはヒトより大きい二足歩行の猫が侵入し、元は生徒だった猿たちを引き裂いてゆく。なぜか人の姿のままでいた3年A組の18人に、スマートフォンから奇妙なメッセージが届く。

「おめでとうございます! みなさんは、生命進化を守る戦士に選ばれました!」
  ――p70

 人類の生存を賭けた巨大猫とたちとの戦いに投げ込まれた少女たちの冒険を描く、「青春ハードSF百合群像劇」。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年4月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約339頁。9ポイント40字×17行×339頁=約230,520字、400字詰め原稿用紙で約577枚。文庫本では標準的な長さ。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ときどき難しげな理屈が出てくるけど、分からなければ読み飛ばして構わない。それより大事なのは登場人物なので、巻頭の登場人物一覧には栞を挟んでおこう。

【感想は?】

 魔法を使わない「魔法少女まどか☆マギカ」。ただし猫好きには向かない。なにせ猫が悪役だし。

 女子高生18人が、800万年前に飛ばされて、巨大猫たちと戦う。単に戦うだけじゃなく、どちらかが滅びるまで殺り合う。まるきしマンガな設定だ。この無茶な設定に入れ込めるかどうかが、一つの障壁だろう。

 この無茶な設定に、ソレナリに科学っぽい理屈をつけているのが草野原々の特徴というか。この強引な理屈付けは他にもアチコチに出てきて、例えば巨大猫が繁栄する原因なども、ちゃんと設定に組み込んでるあたりが楽しい。しかも、今になって読み返すと、冒頭の大惨事はコレの伏線になっていたり。

 こういう世界設定の細やかさは随所に見られて、当時の生物相を描くあたりは、かなりキッチリ調べてあるのに驚く。こういう所って娯楽小説としては加減が難しいのだ。というのも、あまり科学的に厳密に書いちゃうと、かえって感覚的にはリアリティが薄れちゃったりする。というのも、あの辺の生物には私たちになじみ深い種も多いのだが、当時の姿は私たちが知っている姿とは全く違うからだ。

 にも関わらず、ソコを敢えて現代の科学的知見に基づいて書くあたりに、私は作者のSF魂を感じた。他にもけっこうな量の蘊蓄も入ってて、「アレをこう使うか!」と感心させられる所も多いんだけど、全体を通してみると設定のおバカさで吹っ飛んじゃうのがナンというかw

 で、肝心の百合なんだけど、これスピード感が70年代の漫画なのだ。

 例えば「デビルマン」はコミックスで5巻、「幻魔大戦」が2巻。少女漫画だと「ベルサイユのばら」は本編10巻、「キャンディ・キャンディ」は9巻。いずれも今になって読むと、ストーリーのジェットコースターぶりが半端ない。現代の漫画なら4~5倍の枚数を費やすお話が、短い巻数にギッシリ詰まってる。それぐらい当時ヒットした漫画は濃い。

 それだけに、当時は一話の充実感が大きかった。これはこの作品にも共通していて、とにかくお話がポンポンと進む。

 なにせ登場人物が18人もいて、それぞれが独特の立ち位置を持っている。最初は昔の少年漫画っぽく、それぞれの登場人物の立ち位置は記号化されてる。例えば白鳥純華だ。登場時は八倉巻早紀の取りまきで気取った奴と思ったが、彼女のモノローグで印象はガラリと変わる。

 こういう、最初の印象が裏切られたり、それぞれの関係が変わっていくあたりが、この作品の百合描写の美味しいところ。犬猿の仲だった○○と○○とか、そうくるかw 中でも、最初に登場するだけあって、空上ミカと峰岸しおり、そして八倉巻早紀と龍造寺桜華には注目しよう。当然、生き残りをかけたバトルでも大暴れします。

 などの繊細な心の動きを描きつつも、血液ドバドバ内蔵グチョグチョなスプラッタ描写を随所に挟み込むのも、この作者の特徴で。冒頭の巨大猫 vs 猿からして、容赦なく内臓をブチまけるから容赦ない。そういう趣味なんでしょう、この人はw

 とまれ、不満もあるのだ。なんたって、短すぎる。

 例えば、小春あゆむと氷室小夜香。関係図では「親友」となっているが、明らかにタダゴトじゃない関係なのが、あゆむの台詞からうかがえる。きっと裏設定があると思うんだが、匂わせるだけで終わっちゃうのが切ない。

 やっぱり登場場面を増やしてほしいのが、飯泉あすか。所々でいいアクセントを務めてるんだから、もちっと登場場面を増やしてほしかったなあ。そして、あの終わり方。ミカと○○が××なのはいいが、となると当然○○と○○は××と感じるだろうから…とか考え出すと、妄想マシーンが暴走を始めてしまう。

 もしかしたら、「そんなに気になるならお前が二次創作しろ」という作者の陰謀なのかもしれない。

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2019年6月 5日 (水)

森奈津子「セクシーGメン 麻紀&ミーナ」徳間書店

「きみたちの新たな任務だが、次の二組の夫婦に健全なる夫婦生活の場を提供してほしい」
  ――スワッピング大作戦!の巻

「そ、そんなけがらわしい行為を、一体、だれがしろとおっしゃるんですっ?」
  ――オナニスト・クラブに潜入せよ!の巻

(仲良き事は美しき哉)
  ――変態性欲夫婦を矯正せよ!の巻

【どんな本?】

 SFとSMの境界を容赦なく踏みにじり、読者の理性と腹筋を破壊する魔性の作家、森奈津子による変態ポルノSFギャグ作品集。

 近未来の日本。少子高齢化に悩む政府は、婚姻する男女を様々な形で厚く優遇している。しかし、この制度にタダ乗りする形で偽装結婚する者たちや、自分たちの主義主張によって子をもうけぬ者たちもいた。これらの不届きな者たちに正しい夫婦の在り方を指導するため、厚生労働省は秘密組織を結成する。少子化対策局夫婦生活捜査課、人呼んでセクシーGメン。

 その実体は謎に包まれていた。噂では好色な美男美女によって組織され、セックスレスが発覚した夫婦は組織によって厳しい矯正措置を受けると言われている。

 スレンダーでクールな香田麻紀と、グラマーでコケティッシュな瀬戸ミーナは、セクシーGメンである。今日も厳しい上司の山縣ヒロ子課長の命により、セックスレス夫婦に正しい性の営みを指導すべく、勤務に邁進するのであった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年7月31日初刷。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約238頁に加え、あとがき3頁。9ポイント45字×19行×238頁=約203,490字、400字詰め原稿用紙で約509枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容は…って、普通に変態SMポルノですw

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

スワッピング大作戦!の巻 / 週刊アスキー2007年7月3日号,7月10日号,7月17日号,7月24日号
 獲物もとい任務は二組の夫婦。片や20代の芸術家と大学講師、一方は壮年の医師と女優。上司の山縣の命が下ったのは深夜にもかかわらず、麻紀はさっそく行動に移る。任務に熱心なのか単に好色なのか。それはともかく、麻紀とミーナはターゲットの確保を確保し…
 出だしからオヤジなキャラ丸出しなミーナちゃんが、なんというかw 今の若い女性歌手の衣装は大人しいけど、昔のピンクレディとかはなかなかに過激でありました。いやあいい時代だったなあ←をい クールビューティーな麻紀さん、ちょっと見は凄腕のように見えるけど、最中のチョッカイはどうなのよw もしかして邪魔されると余計に燃えるロミオとジュリエット効果を狙ってるとか?
ハネムーンに介入せよ!の巻 / 週刊アスキー2007年9月18日号,9月25日号,10月2日号,10月9日号、10月16日号
 バリの一流ホテルで優雅な休暇を過ごす麻紀とミーナに、突然の任務がおりてきた。ターゲットは20代で新婚一カ月の若き夫婦、しかしセックスレス歴は3年11カ月に及ぶ。どうやら法的な優遇措置を目当てに入籍したと思われる。二人をまっとうな夫婦に導くか、または婚姻関係を解消させるか、麻紀とミーナは奮闘するのだが…
 二話目ということか、段々と筆が乗ってきた感があって、何より最中の会話がやたらと楽しいw この夫婦、セックスレスとはいえ、ちゃんとお互いを理解し合い尊重し合ってる上に趣味もピッタリで、コンビネーションも息があってるあたり、実に似合いの夫婦なんだけどw 何より道正君のAV論に激しくうなずいてしまうw いやピアノとサンタクロースもいいけどw
オナニスト・クラブに潜入せよ!の巻 / 週刊アスキー2007年10月23日号,10月30日号,11月6日号
 今回の任務は危険である。なにせ秘密クラブへの潜入捜査だ。身元が露見したらタダでは済まない。クラブの名は「オナンの会」。その名のとおり、セックスを拒みオナニーに邁進する者たちの組織である。しかも会員は筋金入りで、セックスレス歴3年以上の猛者ばかりだ。なんとか会場に潜り込んだ麻紀とミーナだが、さっそく麻紀の正体が暴かれてしまい…
 麻紀さん推しの人には嬉しいやら切ないやらの回。つか、なんちゅう羨ましい罰だw ぜひ私もw 「変態には…」ってあたりから、著者の筆はノりにノるw かといって、モテない若者の傷口に容赦なく塩をすりこむのはいかがなものかとw つか麻紀さん、「過去にたしなんでいたもので」って、をいw 終盤での展開は、かの迷作「花と指」を彷彿とさせるスペクタクルですw
SMカップルを裁け!の巻 / 週刊アスキー2007年11月13日号,11月20日号,11月27日号,12月4日号
 弁護士の笹野文太29歳と会社経営者35歳、結婚歴2年6カ月の夫婦のセックスレス歴は5年6カ月に及ぶ。二人はSMカップルである。SMそのものは非難されることではない。性交そして妊娠に至るための段階としてなら、政府は関知しない。しかしSMに入れ込むあまり、性交すら拒むとあらば、セクシーGメンの出番である。
 やっぱりこの人が描くマゾヒストの心情は、かの名作「哀愁の女主人、情熱の女奴隷」で存分に実証済みなわけで、実に楽しいw 特にこの夫婦の場合、そこにキチンとスジを通してるあたり、むしろ尊敬の念すらおぼえてしまうw とはいえ、セクシーGメンにとってマゾヒストってのはなかなかに厄介な相手でw
変態性欲夫婦を矯正せよ!の巻 / SF Japan 2010Autumn
 本間定夢28歳会社員、ユキ25歳公務員。結婚2年1カ月ながらセックスレス歴4年4カ月。いずれも羨まれる職に就いた夫婦であり、また異性愛者でもある。にもかかわらず、両者は妊娠へとつながるセックスを頑なに拒むばかりか、ネットで自らの変態セックスを堂々と喧伝するありさまである。この夫婦を矯正すべく、麻紀とミーナは任務に邁進するのだが…
 序盤、生真面目で理想に燃える山縣課長の演説が楽しい楽しいw それに対して趣味を貫徹しようとする夫婦の主張も、妙に説得力があったりなかったりw かと思えば、それに反論するミーナの理屈も、あってるような違うようなw 麻紀もミーナも山縣課長もガックリきてるけど、これはこれでハッピーエンドだからいいんじゃないかなw
偽装結婚を粉砕せよ!の巻 / SF Japan 2011Spring
 母からの見合いの勧めも断り、麻紀と添い遂げ得ようと考えていたミーナに、衝撃が走った。なんと、麻紀が婚約したというのだ。相手は同僚の伊部、両刀使いの男である。
 今までとは打って変わって、かなりシリアスな作品。いやちゃんとアレな場面はあるんだけど。しかも、ちゃんとSFになってる。それも、かなりまっとうな。いやありがちなオチなんだけど、それを森奈津子ならではの解釈で全く別の形に着地させた、佳作SF短編。

 直前に読んだがズッシリと重い作品なので、気分をリセットすべく頭のネジを緩めてくれる本を選んだんだが、見事に大当たり。やっぱり森奈津子の斜め上にブッ飛んだ発想と異常な状況で連発するギャグは、脳みそをグチャグチャにシェイクしてくれる。中でも、煩悩まみれな小僧をイカれきった設定に投げ込む「オナニスト・クラブに潜入せよ!の巻」が好きだなあ。

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2019年5月10日 (金)

中村融編「猫は宇宙で丸くなる 猫SF傑作選」竹書房文庫

「なんで猫さんは大きくならなきゃいけないの?」
  ――ジェフリー・D・コイストラ「パフ」

「知ってる。さっき会った」
  ――ナンシー・スプリンガー「化身」

強盗は猫!?
警察と夜警、「金庫破り」を射殺
  ――シオドア・スタージョン「ヘリックス・ザ・キャット」

「頭がよくて、信用されてる猫には、そうする方法がいくらでもあるんだ」
  ――ジェイムズ・ホワイト「共謀者たち」

「これはわれわれよりおまえたちにとって大事なことなんだぞ、チビ助!」
  ――ジェイムズ・H・シュミッツ「チックタックとわたし」

これはスティーナとバット、クリフ・モーラン、そして<火星の女帝>の物語だ。
  ――アンドレ・ノートン「猫の世界は灰色」

【どんな本?】

 ロバート・A・ハインラインの「夏への扉」や神林長平の「敵は海賊」シリーズ、高千穂遥の「ダーティペア」シリーズなど、猫?が活躍するSFは多い。本書は1950年代の作品から今世紀の作品まで、主にアメリカの猫SF・猫ファンタジイの傑作を集めた、日本独自の作品集。

 天才仔猫パフを描く「パフ」、妖艶な猫の視点の物語「化身」、知能を得た動物たちの脱出劇「共謀者たち」、そしてタイトルそのままの「宇宙に猫パンチ」など、バラエティ豊かな作品が楽しめる。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇で15位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年9月7日初版第一刷発行。文庫本で縦一段組み本文約421頁に加え、編者あとがき6頁。8.5ポイント41字×17行×421頁=約293,437字、400字詰め原稿用紙で約734枚。文庫本としては厚め。

 SFとはいっても、小難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。

【収録作は?】

 作品ごとに解説が1頁ある。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 / 訳者 / 初出 の順。

<地上編>

ジェフリー・D・コイストラ / パフ / Jeffery D. Kooistra / PUFF / 山岸真訳 / アナログ1993年12月中旬号
 幼い娘のヘイリーのために、生物工学者のわたしはパフを作り上げた。上手くいけば、パフは子猫のまま長く過ごす。成猫になるのは、寿命が来る数年前だ。さいわいヘイリーはパフが気に入った。だが、パフはただの子猫ではなかった。
 子猫ってのは、凶暴なまでに可愛い。そのままでいてほしいって気持ちは、よくわかる。でも成長するとヤンチャで、予め覚悟して準備をしておかないと大変な事になるのも、よくわかる。小さく見えたって、牙と爪を備えた天性のハンターだし。
ロバート・F・ヤング / ピネロピへの贈りもの / Robert F. Young / Pattern for Penelope / 中村融訳 / イフ1954年10月号
 ミス・ハスケルは、教師だった。定年を迎え、今は猫のピネロピと共に年金でつつましく暮らしている。ピネロピはミルクが好きで、ミルク代は頭痛の種だ。二月一日、激しい雪と風の朝、ミス・ハスケルは奇妙な少年を見た。薄着で丘の頂に立っている。心配して家に迎え入れたミス・ハスケルだが…
 ロバート・F・ヤングの影響を強く感じる作家と言えば、梶尾真治だろう。芸幅の広い梶尾真治だが、「美亜へ贈る真珠」などロマンスと時間旅行を絡めた作品は、ヤングのエッセンスを色濃く受け継いでいる。この作品はロマンスが出てこないが、心温まる展開はヤング節が全開だ。
デニス・ダンヴァーズ / ベンジャミンの治癒 / Dennis Danverts / Healing Benjamin / 山岸真訳 / レルムズ・オブ・ファンタシー2009年8月号
 16歳のとき、ぼくは<治療の手>の力を得た。一歳年上の猫ベンジャミンの心臓が止まったとき、ベンのため強く祈った。するとベンは元気になり、以来30年、ベンはぼくと一緒に暮らしている。最近はそれに恋人のシャノンが加わった。幸いシャノンもベンが気に入った。ただ、一つ問題がある。普通、猫は47年も生きない。
 生まれた時から一緒にいる猫を喪ったなら、その悲しみはどれほどのものだろう。だが、たいていのペットはヒトほど長く生きない。昔ならともかく、最近はペットも定期的に獣医に診てもらうようになっている。となれば、47年も生きる猫は色々と困った事態を引き起こす。などはともかく、ローストチキンの場面は爆笑。
ナンシー・スプリンガー / 化身 / Nancy Springer / In Carnation / 山田順子訳 / Catfantastic Ⅱ 1991
 彼女は実体化した。これは九つ目の命だ。幸い、すぐにカーニヴァルを見つけた。力試し、観覧車、オートバイの曲乗り、鏡の迷路、そして欲の匂い。獲物を探し、彼女は会場を物色する。若く、たくましく、醜くない男を。そして見つけた。「あててみようか男」。サングラスで目が見えないが、なにかを持っている。
 「猫は命を九つ持っている」という伝説と、アレを絡めた作品。胡散臭い出し物がズラリと並び、なんかワクワクするが、数日すればどこともなく去ってゆく移動カーニヴァルの怪しげな雰囲気がいい。昭和の頃は酉の市などで蛇女などの怪しげな出店があったんだが、最近はどうなんだろう?
シオドア・スタージョン / ヘリックス・ザ・キャット / Theodore Sturgeon / Helix the Cat / 大森望訳 / Astounding 1973
 ヘリックスは大きな牡の黒猫で、ぼくの親友だ。一年前、ぼくは新しい柔軟ガラスを開発していた。最初のガラス瓶が完成したとき、それが起きた。銃弾が耳元をかすめるような音が聞こえたんだが、ヘリックスには聞こえなかったようだ。しかも手に持っていた栓が勝手に飛び出し、瓶の口におさまった。
 わはは。ヘリックス君、大暴れ。地下室の若き発明家がケッタイなモノを創りだし、それが元で大騒ぎに、ってパターンの作品。スタージョンというと文学的で高尚なイメージがあるが、これは全く違う。狐と狸いや猫の化かし合いというか。ほんと、猫って何を考えてるんだろうなあw

<宇宙編>

ジョディ・リン・ナイ / 宇宙に猫パンチ / Jody Lynn Nye / Well Worth the Money / 山田順子訳 / Cats in Space 1992
 交易船の船長を目指すジャーゲンフスキーに、チャンスが舞い込んできた。ドレブ星人から得たテクノロジーを用いた新型宇宙船<パンドラ>のテスト航行だ。新型だけに危険もあるが、成功すれば特別手当に加え昇進もあり得る。二人のクルー、ダイアニとオカベ、加えて船猫のケルヴィンと共にパンドラは出航し…
 タイトルでだいたいのお話は見当がつくにせよ、こうヒネリを入れるかw もともと捕食獣だし、そういう状況だと頼りになるかも。ただ、その気になるかっていうと、なにせ気まぐれな生き物だけに、そこは問題でw 日本でも三毛猫は縁起がいいとして船乗りに愛されたとか。将来はどうなるんだろうなあ。
ジェイムズ・ホワイト / 共謀者たち / James White / The Conspitarors / 中村融訳 / ニュー・ワールズ1954年6月号
 航行中の宇宙船の中で、<変化>がおきた。<変化>は、脳が小さいほど速い。最初は<小さな者たち>、ネズミだ。知能があがり、テレパシーを使えるようになる。船内でたった一匹の猫、フェリックスの<変化>はゆっくりだが、猫ならではの行動の自由がある。<小さな者たち>と協力して脱出計画を進めているが、そこは猫と鼠。
 図体、というか脳が小さいほど速く賢くなるというアイデアが楽しい。これに加え、狩られる側である鳥のシンガーや鼠の<小さな者>が、ハンターである猫のフェリックスに対し抱く本能的な恐怖が、物語に緊張を与えている。孤独な立場であっても果敢に闘いに挑もうとするフェリックスの姿は、冒険小説のヒーローそのもの。猫の中に熱い血が流れている限り、不可能ということはないのだ。
ジェイムズ・H・シュミッツ / チックタックとわたし / James H. Schmitz / Novice / 中村融訳 / アナログ1962年6月号
 腹黒い叔母のハレットに連れられ、15歳のテルジーはジョンタロウに来た。ここは広大な動物保護区で、狩猟家の楽園でもある。一緒に来たTT=チックタックは、どうも様子がおかしく、何かを伝えたがっているようだ。TTは五年前にテルジーと出合った。当時は猫ぐらいの大きさだったが、今は90kgぐらいに成長した。肢に吸盤があり、体の色を変えられる。
 さすがシュミッツ、やっぱりロリコンだった←をい。わはは。いやだって15歳の天才少女テルジーちゃんと巨猫のチックタックが、いぢわるな叔母ハレットの陰謀に立ち向かう話だし、「惑星カレスの魔女」の著者だし。まあTTは猫じゃなくてカンムリネコだけど。ちょっと映画版「風の谷のナウシカ」みたいな雰囲気の、心地よいジュブナイル。
アンドレ・ノートン / 猫の世界は灰色 / Andre Norton / All Cats Are Gray / 山田順子訳 / ファンタスティック・ユニヴァース1953年8・9月号
 スティーナは大型コンピュータのオペレータで、宙港を渡り歩いている。いつもだぶだぶのつなぎ姿で、滅多に口を開かない。だが彼女が口を開いた時は、じっくり聞いた方がいい。その時、クリフ・モーランはどん底だった。そんなクリスのテーブルに、スティーナが来た。肩に猫のバットをのせて。「そろそろ<火星の女帝>が現れるころよ」
 <火星の女帝>は行方不明になった観光船で、お宝がどっさり載っている、との噂。まるきしタイタニックかU-977か。一攫千金を夢見て捕獲に向かった者もいるが、多くは帰らず、数少ない生還者も堅く口を閉ざす。幽霊船の謎に挑むのは情報通のスティーナと猫のバット、そして野望のほかには借金しかないクリス。という、正統派の宝探しの冒険の物語。
フリッツ・ライバー / 影の船 / Fritz Leiber / Ship of Shadows / 浅倉久志訳 / ファンタシー&サイエンス・フィクション1969年7月号
 <ウインドラッシュ>、またの名をザ・シップ。水夫はキャビンの中に住んでいる。二日酔いのスパーを、猫が叩き起こす。「バカ!ウシュノロ!ヨッパライ!」。野良猫らしい。キムと名づけた。そしてキーパーが営む酒場<こうもりの巣>に出勤する。ゆうべは狼男と吸血鬼と魔女が暴れ、ガーリーとスイートハートが吸血鬼の餌食になった、そうキーパーは言っている。
 帆船ってのは帆があるだけじゃなく、それを操るためのロープも船上に複雑怪奇なまでに張り巡らされてる。舞台の<ウインドラッシュ>も、アチコチにロープがあるから、似てると言えば似てる。が、猫はしゃべるし「排泄管」なんてのはあるし、おまけに吸血鬼や狼男も出る。はてさて。

 いかにもな猫の本音がのぞける「ヘリックス・ザ・キャット」は、皮肉が効いてていい。「共謀者たち」は猫が孤独なヒーローを演じる物語で、一種のハードボイルド。中でも最も猫が活躍するのは、タイトルでわかるように「宇宙に猫パンチ」かな。映像化するなら、実写よりアニメの方が絶対に面白い。

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2019年5月 6日 (月)

高山羽根子「オブジェクタム」朝日新聞出版

「…単純な数字がつながって関係のある情報になり、集まって、とつぜん知識とか知恵に変わる瞬間がある。生きものの進化みたいに」
  ――オブジェクタム

先月、妻が他界しました。
  ――L.H.O.O.Q.

【どんな本?】

 「うどん キツネつきの」で鮮烈にデビューした高山羽根子の作品を集めた、第二作品集。祖父と共に秘密の新聞を作っていた少年時代の思い出を描く「オブジェクタム」,出征した夫と残された妻の手紙で綴る「太陽の側の島」,先立たった妻が遺した犬を探す男の話「L.H.O.O.Q.」、いずれもトボけた法螺話のような味わいの三篇を収録。

  SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」国内篇の10位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年8月30日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約159頁。9ポイント39字×16行×159頁=約99,216字、400字詰め原稿用紙で約249枚。文庫本でも薄い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しい理屈は出てこない。敢えて言えば、表題作の「オブジェクタム」が、昭和の頃の風景や風俗が出てくるので、若い人にはピンと来ないかな、ぐらい。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

オブジェクタム / 小説トリッパー2018年春号
 子どものころに住んでいた町にやってきた。あのころ、町内には壁新聞が貼られていた。月に一回ぐらいのペースで、十数か所に。誰が何の目的で作り貼っているのか、誰も知らない。でも、熱心に読んでいる人も多かった。別に人騒がせなことが書いてあるわけじゃない。「スーパーと八百屋の茄子と柿の傷み具合」など、役に立つような立たないような、そんな記事だ。
 子どものころに見ていた風景が、まざまざと蘇ってくる。曲がり角で不意に見かける、ような気がする何か。河川敷に捨てられているゴムタイヤや空き缶。草ぼうぼうの空き地にコッソリ作った秘密基地。ふだんは通らない道に迷い込んだ末に見つけた、古ぼけた建物。公民館に集まる大人たち。
 そんな、誰もあまり気にかけない、ごく当たり前にソコにあるようなモノや、普段からよく見かける少し変わった人々にも、ちゃんとソコに辿りつくまでの由来や、その人がそうである理由がある。壁新聞に関わることをキッカケに、少年はそれまで見えなかった町や人々の姿を知りはじめる。
 壁新聞に関わることをキッカケに、少年はそれまで見えなかった町や人々の姿を知ってゆく。茄子の傷み具合,柄タイツ,そして図書館。見過ごしがちなモノゴトの中に、秘密を解く鍵が少しづつ潜んでいる。ただし、それらを組み合わせて物語を作り上げるのは、読み解く者の役目だし、すべての鍵が揃うとは限らない。
 とかのお話とは別に、そこに使われるガリ版やパンチカードなどの小道具や、ガラクタが転がっている河川敷の風景が、私にはたまらなく懐かしく嬉しかった。
南の側の島 / 婦人公論2016年4月12日号
 夫の真平は南方の島に出征した。妻のチズは幼い息子の陽太郎と共に、空襲に怯えながら日々を過ごしている。出征とはいえ、真平がやっているのは土地の開墾だ。気候はよく土地も肥えているのか、作物はすくすくとよく育つ。ときおり上空に敵機を見かけるが、何もせずに飛び去ってゆく。現地の者は普段はのんびりしているが、近く祭りがあるとかで、最近は何やらそわそわし始めて…
 南方に出征した夫と、留守宅を守る妻との心温まる手紙のやり取り…かと思っていたらw 航空機を駆使する現代戦と、のんびりした島の暮らしを対比させ、ってな読み方もある。でも、「SFマガジン2018年2月号」の映画紹介とかを見ると、著者の好みをそのまんま出しただけじゃないかと思う。それぐらい「祭り」の場面は鮮烈で、実はこの場面を描きたかったんだろうなあ、とか。いやどう考えても某迷作映画のパロディというか。
 にしてもこの人、「うどん、キツネつきの」もそうなんだけど、得体の知れない生き物を拾って育てる話が好きだなあ。
L.H.O.O.Q. / 文學界2016年8月号
 妻が若くして逝った。あまり器量のいい方ではなかったが、言い寄る男は多かったようだ。もっとも、妻は興味を示さなかったようだが。これは他の男に限らず、私にも興味がなかったらしく、我儘な乱暴者だった。たいした遺産はなかったが、雄犬を飼っていた。太った小型犬だ。特に私が面倒を見ていたわけではないが、犬は妙に私に懐いて…
 L.H.O.O.Q. って何かと思って調べたらマルセル・デュシャン(→Wikipedia)の作品の一つ、「彼女はおしりが熱い」(→Artpedia)が見つかった。とすると、何か元ネタがあるんだろうか? ヒトは強く興味を惹かれると瞳孔が開くから云々、なんて理屈もつけられるけど、たぶんそれは野暮なんだろう。

 表題作の「オブジェクタム」は、少しづつ「鍵」が集まって物語が見えてくる構造が巧い。でもそれ以上に、「南の側の島」の祭りの場面が余りにも強烈だ。きっと著者の趣味だろw いっそ妻子を呼び寄せちゃえばいいのにw

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2019年3月26日 (火)

宮内悠介短編集「超動く家にて」東京創元社

「俺か。俺はZ80だ」
  ――エターナル・レガシー

十一名いるのだ。
  ――超動く家にて

御厨島は海底隆起によって生まれた新島で、国の領土がわずかばかり増えたという以外はあってないような島であったのが、いつしか各地より海女たちが集まり、海に潜ってメタンハイドレートを探るようになったそうなのだ。
  ――弥生の鯨

【どんな本?】

 「盤上の夜」でデビューして以来、快進撃を続ける宮内悠介の、ギャグ/ユーモア/パロディ作品を集めた短編集。

 雑誌「トランジスタ技術」のバックナンバーをいかに手早く薄くするかを競う男たちが熱い闘いを繰り広げる「トランジスタ技術の圧縮」、Z80を名乗る男と若い囲碁の棋士の短い交錯を描く「エターナル・レガシー」、読者の予想を裏切り続けるミステリ「超動く家にて」など、気分のリフレッシュに最適な作品16編に加え、充実したアフターサービスの「あとがき」も楽しい。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」国内篇で8位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年2月23日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約280頁に加え、本編並みに笑えるあとがき11頁と、酉島伝法による解説6頁。9ポイント43字×19行×280頁=約228,760字、400字詰め原稿用紙で約572枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。というか、大半はギャグやユーモア作品なので、あまり真面目に読まないように。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

トランジスタ技術の圧縮 / 電子雑誌「アレ!」VOl.7 2012年3月

 エレクトロニクス総合誌のトランジスタ技術は根強い読者に支えられながらも、異様な厚さがバックナンバーの保存を阻んでいた。その最大の原因である広告頁を取り除けばスリムになり、書棚を節約できる。やがて圧縮技術は競技として競われ、ゴールデンタイムに放送されるまでになったが…

 「トランジスタ技術の圧縮」って作品名からICのことかと思ったら、ソッチかい!って出オチでまず大笑い。そもそもトランジスタ技術を持ち出す時点で理系の人には楽しい上に、その後の展開もどっかで見たような対決物の定石を踏んでいて、ニヤニヤとガハハが止まらない怪作。通勤列車の中で読んではいけません。

文学部のこと / 同人誌「S.E.」2012年5月

 文学。英語圏ではそのままブンガクと呼ばれ、南米では日系人の影響かサクラと言われる。フランスではビュニャークだが、冠詞が男性形か女性形かでもめた。いまのところは日本産が好まれており、原産地などの基礎知識も大事だ。

 これも板面を見ただけでニヤニヤしてしまう作品。なにせ改行が少なく、ビッシリと文字で埋まっている。それぞれの文も無駄に長く、ダラダラと書いている割に特に意味はなかったり。と、いわゆる「ブンガク」をパロってるのかと思ったら、「原産地」なんて意外なモノが混じってきて…。やっぱりソレかいw

アニマとエーファ / 「ヴィジョンズ」2016年10月

 戦後、アデニは景観をウリにして観光客を集めようとする。とはいえ、目ぼしい観光スポットもない。そこで美術館に展示されたのがぼく、アニマだ。いちおう、地元の名士の作品ということになっている。作ったのはセメレ・アファールという爺さんで…

 内戦で荒れた東欧らしき都市を舞台とした、ピノキオみたいな人形の物語。エーファと出合うあたりは、しっとりとしたボーイ?・ミーツ・ガールっぽいんだが、商人のムルカンが登場するあたりから、物語は一気に加速してゆく。作家にとってはありがたいような、疫病神のような。

今日泥棒 / 同人誌「清龍」第11号 2012年11月

 今日も父さんが怒っている。日めくりが明日になっているからだ。出勤前の楽しみなんだ、と言う。そして犯人探しが始まる。ぼくか、妹か、母さんか。

 家族そろっての朝食の席を舞台としたミステリ…というか、お馬鹿ミステリ。確かに日めくりを破るのって、なんか楽しいよね。

エターナル・レガシー / SFマガジン2017年4月号

 葉飛立は囲碁棋士だ。六歳の時に限界を感じ、日本に来た。新人王を獲り有望な若手と言われたが、対コンピュータ戦で負けた。それ以降、どうも気分がすぐれない。そんなある日、奴と飲み屋で出会った。「俺はZ80だ」「こう見えて、宇宙にだって行ったことがあるんだぜ」

 アルファ碁が話題になっていた頃に発表された作品。Z80だのMSXだのと、その手の人には嬉しいクスグリがいっぱい。そうなんだよなあ、掛け算すらできないんだよなあw それでも予め計算しておいて表にしておくとか、当時は色々と工夫したんですよ、はいw にしてもサユリさん、なんで知ってるんだw

超動く家にて / 同人誌「清龍」第10号 2011年11月

 ここはルルウとエラリイ、二人だけの探偵事務所。主に所長のルルウが出かけていき、エラリイは事務雑務を引き受ける。とはいえ、エラリイの仕事はほとんどなく、暇を持て余した所にルルウが謎解きの問題を持ってきた。それはメゾン・ド・マニの平面図で…

 テンポよく、次から次へと読者の思い込みを覆してゆく、お馬鹿ミステリ。わざわざ8個ものイラストまでつけてくれるサービス精神が嬉しい。うん、やっぱり、こういう話は11人いないとねw

夜間飛行 / 人工知能Vol.29 No.4 2014年7月

 飛行任務中の軍用機と、それを遠隔地でサポートするアシスタントとの、会話だけで成り立っている作品。短いながら、いや短いからこそ、基本のアイデアとオチのキレがいい。

弥生の鯨 / 夏色の想像力2014年7月

 海底隆起で生まれた新島、御厨島。メタンハイドレートを採りに海女が集まり、一時は隆盛をきわめた。海女により発展したためか、島は女性中心の社会となった。離島で学校もなく、そんな島で生まれたわたしは海が学校のようなものだった。そして八歳のころ、岩場で弥生と出合い…

 いきなり「海女がメタンハイドレートを採る」で大笑い。いやちゃんとタネも仕掛けもあるんだけどw ボーイ・ミーツ・ガールかと思ったら、うん、確かにボーイ・ミーツ・ガールではあるんだがw

法則 / 小説トリッパー2015年夏号

 使用人としてオーチャードに仕えたのが最大の間違いだった。幸か不幸か、最初に訪ねた時、当時は高校生だった娘のジェシカに気に入られ、住み込みで働き始めた。やがてジェシカと親しくなったのはいいが、オーチャードにバレて…

 ミステリ・ファンにはお馴染みの「ヴァン・ダインの二十則(→WIkipedia)」をネタにした作品。なんだが、そう使うかw

ゲーマーズ・ゴースト / WebマガジンMATOGROSSO 2013年2月・3月

 駆け落ちだってのに、これじゃロマンチックさの欠片もない。そもそもライトバンだし。おまけにナナさんは途中で妙な奴を拾っちまった。欧米人ヒッチハイカーのレドモンドにチェロ弾きのアキオ。二人とも妙にノリがいい。おまけに、黒塗りのライトバンが後をつけてくる。

 なんじゃい「駆け落ち力」ってw シド・アンド・ナンシーだのボニー・アンド・クライドだのと、駆け落ちに変な思い入れたっぷりな語り手「ダンナ」,やたら心の広いナナさん,宿無しヒッチハイカーのレドモンド,追われる身のアキオ。能天気で脱線しまくりな四人の会話が楽しい。

犬か猫か? / 小説すばる2013年1月号

 友達からアリスがもらったぬいぐるみ。アリスはそれを犬だといい、エルヴィンは猫だと言い張る。ここイギリスでもファシストの黒シャツ隊が気勢を上げている。

 最後の参考文献で「おお!」となる作品。私は狸だと思ったw

スモーク・オン・ザ・ウォーター / Webサイト JTスモーカーズID 2016年

 八重洲に隕石が落ちた。幸い深夜なので、道路に穴が開いただけで済んだ。すかさず妹はバイクで出かけ、欠片を拾ってくる。業病で寝たきりとなり、鉱物コレクションが唯一の趣味な父のため、ペンダントにするのだ。父も喜んでくれた。ところが…

 仲の良い家族、奇妙な事件の連続、意外な謎の真相、そして心地よいオチと、お話の進み方は良質のジュブナイルそのもの。なんだけど、ネタがネタなために、お子様や若者にお薦めできるかというとw なんでこういうサイトにこういう話を書くかなあw

エラリー・クイーン数 / 同人誌「清龍」第9号2010年12月

 日本語版 Wikipedia の記事のパロディ。あくまで Wikipedia であって、アンサイクロペディアじゃないあたりが、作家の矜持というかw 

かぎ括弧のようなもの / 読樂2013年8月号

 「かぎ括弧のようなもの」を凶器とした殺人事件をネタにした、ミステリ仕立ての作品。ヴォネガットなのか。私はてっきり筒井康隆だと思った。たぶん虚航船団のせいだろうなあ。

クローム再襲撃 / 書き下ろし

 その晩、僕は相棒のボビイのロフトでクロームを襲った。僕たちは<ジェイズ・バー>で出会った。二人とも落ち目で、そろそろカイボーイをやめ引退を考える年頃だ。そこに万能札、巻き毛のリッキーが現れた。

 ウィリアム・ギブスンの「クローム襲撃」を村上春樹が書いたら、という思い付きをキッチリ短編に仕上げた作品。ギブスンのファンより村上春樹のファンにウケると思うんだけど、どうなんだろw やれやれ。

星間野球 / 小説野生時代Vol.109付録 野生時代読み切り文庫15 2012年

 既にたいした機能も果たさず、とりあえず保守しているだけの宇宙ステーション。駐在しているのは二人、杉村とマイケルだけ。暇を持て余した二人は、古い人工衛星を拾う。中から出てきたのは、子供たちのタイムカプセル。その一つが野球盤で…

 いい歳こいた野郎二人が、宇宙で野球盤に盛り上がる話。いくら歳を重ねても、男ってのはしょうもない生き物で。たかが野球盤、されど野球盤。お互い知恵を振り絞り秘技を繰り出し…って、をいw

 冒頭の「トランジスタ技術の圧縮」から、強烈なギャグで笑いっぱなし。ばかりか、最後の「あとがき」にまで、色々と仕込んでくれるサービス精神が嬉しい。疲れた時にこそ楽しく読めて気持ちをリフレッシュできる、そんな作品集だ。

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2019年3月13日 (水)

梶尾真治「クロノス・ジョウンターの伝説」徳間文庫

「彼女は、まだ、あの時点でぼくの救いを待ち続けているんです」
  ――吹原和彦の軌跡

『おとといはウサギを見たわ。きのうは鹿。そして、きょうはあなた』
  ――鈴谷樹里の軌跡

【どんな本?】

 ベテランSF作家の梶尾真治が、お得意の時間テーマで存分に腕を振るった「クロノス・ジョウンター」シリーズの集大成。

 クロノス・ジョウンターはP・フレック社が開発した、不完全なタイムマシンだ。行けるのは過去だけで、長くは留まれない。自動的に戻れるのはいいが、反動のためか旅立った時間より未来に戻る。遡る年月が遠いほど、留まる時間が長いほど、反動は大きくなり、より先の未来へ飛ばされる。

 過去へと赴き、何かを成そうとする者たち。何のために彼らは自らの人生を犠牲にしてでも時を越えようとするのか。彼らの望みは叶うのか。そして、時を越えた彼らの運命は。

 梶尾真治のリリカルな側面が強く出た、ロマンチックSF作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年2月15日初版。文庫本で縦一段組み、本文約637頁に加え、辻村深月の解説8頁。9ポイント40字×16行×637頁=約407,680字、400字詰め原稿用紙で約1,020枚、普通の文庫本なら上下巻に分ける大容量。

 文章は抜群に読みやすい。内容も特に難しくない。SFなガジェットは一つだけ、書名にもなっているクロノス・ジョウンターのみ。タイムマシンの一種だが、いささか不具合があって…。そんなわけで、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ターミネイター」が楽しめる人なら、問題なくお話に入っていける。

 なお、お話の舞台が1980~1990年代なので、テレホンカードなど当時の風俗を知っていると、懐かしさも手伝って更に楽しめる。

【刊行経緯】

 実は「クロノス・ジョウンターの伝説」と名のつく本は複数ある。人気はあるんだが、たぶんオトナの事情で複雑な運命を辿ったらしい。わかる範囲で今までの刊行経緯をまとめてみた。2019年3月現在だと、徳間文庫版が最も充実してます。

  • 1994年2月 季刊グリフォン新年号に、「クロノス・ジョウンターの伝説」の名で「吹原和彦の軌跡」を掲載。
  • 1994年12月 朝日ソノラマから新書版「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」。
  • 1999年6月 ソノラマ文庫ネクストから「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」。
  • 2003年6月 ソノラマ文庫から「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」「朋恵の夢想時間」。
  • 2008年2月 朝日ソノラマから新書版「クロノス・ジョウンターの伝説∞」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「栗原哲也の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」「きみがいた時間・ぼくのいく時間」「野方耕市の軌跡」。
  • 2015年2月 徳間文庫から「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「栗原哲也の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」「きみがいた時間・ぼくのいく時間」「野方耕市の軌跡」「朋恵の夢想時間」。

【収録作】

 それぞれ 作品名 / 初出。いずれも加筆・訂正している。

吹原和彦の軌跡 / 季刊グリフォン1994年新年号
 科幻博物館は、奇妙な発明品を集めた施設博物館だ。錬金術の装置群、さまざまな永久機関、空間転送機。その一つ、クロノス・ジョウンターの展示室に、不審な若い男が現れた。その男、吹原和彦は、クロノス・ジョウンターを開発したP・フレック社に勤めていた技術者で…
 いいねえ、科幻博物館。フリーエネルギーだの人体磁気調整装置だのと、怪しげなガジェット満載でw 他にもフィラデルフィア計画や「虎よ虎よ」とか、マニアックなクスグリがチラホラ。お話はいささかベタながら、主人公の吹原和彦が人付き合いを苦手とする典型的な理系の技術屋なので、私はすぐに気に入ってしまった。
栗原哲也の軌跡 / SF Japan 2007年Winter
 P・フレック開発三課の栗原哲也は、クロノス・ジョウンター開発に携わっている。仕事は忙しく、泊まり込みも多い。そこに母の訃報が届く。母子家庭だが、母とは折り合いが悪かった。母は小さな呑み屋を一人で営み、哲也とは顔を合わせる時間すら少なかった。幼い頃はベビーシッターが次々と入れ替わり…
 私が初めてこのシリーズに触れたのは「ソノラマ文庫ネクスト」。だもんで、だいぶ感触が違うなあ、と思ったら、比較的に新しい作品だった。親とは縁が薄く、しかも若くて仕事が忙しくやりがいもあるとなれば、どうしてもそうなるよなあ。
布川輝良の軌跡 / 新書版「クロノス・ジョウンターの伝説」1994年12月24日
 小学生の時に、布川輝良は建築家の廣妻隆一郎を知り、その個性的な作品の虜になった。残っているのは写真集だけで、現物は残っていない。最後の作品である朝日楼旅館も、1991年12月に壊されている。そこに「クロノス・ジョウンターのテストの志願者を募る」との知らせが入り…
 世の中には様々なマニアがいるもので、エスカレーターやらエアコンの室外機やら。そんなマニア心ってのはなかなか伝わりにくいんだけど、話が通っちゃうのは、やっぱり変人が多い理系の職場だからだろうか。ウザい傍役だと思ってた香山君が、意外とアレなのも泣かせます。
鈴谷樹里の軌跡 / ソノラマ文庫ネクスト「クロノス・ジョウンターの伝説」1999年6月29日
 1980年の夏、11歳の鈴谷樹里は小児性結核で入院していた。退屈な入院生活だが、談話室でヒー兄ちゃんこと青木比呂志と語る時間は楽しかった。ヒー兄ちゃんは本が好きで、よく童話を聞かせてくれた。その一つは「足すくみ谷の巫女」という話で…
 定番と言えば定番の難病物。まあ11歳から見れば「おじさん」だよなあw ネタにしているロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘」は、古手のSFファンの多くが諸手を挙げて喝采する傑作。この作品も巧みに元ネタをなぞりつつ、見事にアレンジして見せた。ここでも傍役の古谷がいい味出してます。
きみがいた時間・ぼくのいく時間 / 単行本「きみがいた時間・ぼくのいく時間」2006年6月30日
 秋沢里志の人生は充実している。恋人の梨田紘未はプロポーズを受け入れてくれた。双方の両親も互いを気に入ってくれた。ただ、時おり紘未は暗い顔をする。なんでも、仕事を辞める前に、一人の男と会わなければならないのだという。
 何かと不自由なクロノス・ジョウンターにかわり、新兵器?クロノス・スパイラルが登場する作品。でもやっぱり意地悪な制限があって…。この作品もボスの若月さんや同僚の山部、酔っぱらいのイッサンなど、脇役が魅力的。また、今までの作品の登場人物が客演してるのも嬉しい。
野方耕市の軌跡 / 新書版「クロノス・ジョウンターの伝説∞」2008年2月29日
 野方耕市は間もなく80歳になる。妻は他界し、医院は息子の耕平が継いだ。ある日、機敷埜風天と名乗る老人が訪ねてきた。三年後に博物館を開く。その展示物の一つ、クロノス・ジョウンターに、解説のパネルをつけたい。そこで開発秘話を聞かせてくれないか、と。
 かつて自分が携わった仕事の話をしてくれ、なんて言われたら、そりゃ嬉しいよなあ。まして自分が隅々まで知っているとあれば、そりゃねえ。この作品も後年の作だけあって、前の作品のネタも少々。
朋恵の夢想時間 / 徳間デュアル文庫「少女の空間」2001年2月28日
 角田朋恵は派遣としてP・フレックで働いている。といっても研究員じゃない。主に事務や雑務をだ。この会社が何を開発しているのかは知らない。が、研究所員の立田山登が教えてくれた。「時間を超える装置を開発しているんですよ」
 これもまたクロノス・ジョウンターではないタイムマシン?が登場する作品。いやあ立田山君、いい趣味してます。長い髪、ジーンズと粗編みのセーターにナップザックって、おいw CC、何かと制限はキツいけど、「自分ならどう使うだろう」とか考え出すと、妄想が止まらなくなります。

 いささか登場人物の年齢は高いものの、読みやすさとテーマの気恥ずかしさでは、ライトノベルと呼んで差し支えない作品集だ。読んだ後はホンワカした気分に浸りつつ、クロノス・ジョウンターの使い道を考えると眠れなくなりそうな、心地よい作品集だ。

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2019年2月 6日 (水)

東京創元社「ランドスケープと夏の定理」高島雄哉

「反証できたら定理とは呼べなくなる。ぼくはただ、ずっと考えているだけだよ。自分があの夏、何を証明しようとしていたのかを。そして実際には何を証明したのかを」
  ――ランドスケープと夏の定理

『問いを解くことは善か悪か』
  ――ベアトリスの傷つかない戦場

…真実は、あるいは正しさは、わかりやすいとは限らない。
  ――ベアトリスの傷つかない戦場

「宇宙の果てで待ってる」
  ――楽園の速度

【どんな本?】

 2014年の第5回創元SF短編賞に輝いた「ランドスケープと夏の定理」に加え、その続編となる「ベアトリスの傷つかない戦場」「楽園の速度」を収録した、デビュー作品集。

 知性定理。あらゆる知性は、会話が成立しうる。数学専攻のネルスが卒業論文で発表した定理は、第二執筆者が高名な姉であることも手伝い、大きな話題を呼んだ。姉のテオは22歳で教授になった宇宙物理学の天才だ。今は月の向こう側、L2で共同研究者の青花とともに研究に勤しんでいる。

 気まぐれで強引な姉呼び出され、ネルスはL2に向かう。そこに待っていたのは、とんでもないモノだった。

 最新の数学・科学・工学を駆使して知性の彼岸に真っ向から挑み、SFならではの目くるめく風景を描く、王道のサイエンス・フィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年8月31日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約275頁に加え、あとがき6頁+堺三保の解説4頁。9ポイント43字×20行×275頁=約236,500字、400字詰め原稿用紙で約592枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容は、理屈もガジェットもかなり歯ごたえがある、本格的なサイエンス・フィクションだ。

【収録作】

  • ランドスケープと夏の定理
  • ベアトリスの傷つかない戦場
  • 楽園の速度

【感想は?】

 極上かつ王道のサイエンス・フィクション。

 SFならではのガジェットはさておき、まずは姉のテオがいい。絵にかいたようなマッド・サイエンティストである。研究者として優れているのはもちろん、性格も実にマッド。

 この姉と弟の関係は、ケロロ軍曹の夏美と冬樹で考えればいいだろう。もっともテオは夏美を二桁ほどパワーアップした性格に、クルル曹長の頭脳と陰険さと用意周到さを足した感じだけど。才能はもちろん、自信と行動力に溢れ、走りはじめたら止まらない。

 そんなテオの性格もを伝える工夫も巧い。予め予告しているとはいえ、彼女がL2に隠し持っていたアレで、「こりゃとんでもねえ奴だ」と読者も納得する。んなモンを見つけたってだけでも物理学に革命を起こす大ニュースなのに、それを隠して独り占めとはw

 しかも、それを使ってやらかす事が、いかにもテオらしい。そんな所に放り込まれたネルスの気持ちたるやいかにw ただでさえ小突かれてっばかりの姉が、あんなんなったら…

 とかのマッド・サイエンティスト物として読んでも、充分に楽しい。

 そんな姉に鼻面を引き回されるネルスだけど、彼が発表した「知性定理」も、けっこうワクワクするシロモノ。

 あらゆる知性は、会話が成立しうる。というか、会話を成立させるために必要な辞書が存在しうる。あくまでも「可能である」ことを示すだけで、具体的にどうするかは全く分からないんだけど。

 数学だと、写像の概念に近いんだろうか。あらゆるプログラミング言語で書かれたプログラムは、チューリング・マシンで記述しうる、みたいな。中学の数学でも、幾何学と方程式(代数学)の関係がおぼろげに見えてきたような、そんな雰囲気かな?

 この辺は、サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」や、ダグラス・ホフスタッファーの「ゲーデル、エッシャー、バッハ」あたりが好きな人なら、ピンとくると思う。

 この知性定理を導き出す過程も、なかなか数学っぽくって楽しい。つまりは目の付け所を変えるって事なんだけど、日頃から実務に追われていると、ちょっと思いつかないんだよなあ。研究の面白さの一つはパターンを見つける事なんだけど、フラクタルとかの発展の過程にちょっと似てるかも。

 この知性定理は、続く「ベアトリスの傷つかない戦場」「楽園の速度」で、更なる進化を遂げるからお楽しみに。

 加えて、工学的な面白さも盛りだくさん。小さなものでは、最初の宇宙遊泳の場面。こんな便利なモンがあったら、宇宙遊泳もだいぶ楽になるだろう。相応のインフラが整った所でしか使えないけど、回転を止めるぐらいなら、なんとかなりそう。

 やはり楽しいガジェットが、「ベアトリスの傷つかない戦場」で活躍する「新兵器」。ある意味、現代の兵器の大半をガラクタに変え、戦場の姿を一変させかねない便利兵器だ。ここまでくると、ドラ〇もんと区別がつかないw 私は「デューン」のバトル・シーンを盛り上げるアレを思い出した。

 ここで撒かれた騒動の種を刈り取るために、次の「楽園の速度」でテオが取る手段も、いかにもテオらしく豪快でいい。当然、更なる騒動を引き起こして、とんでもないことになるんだけどw ここまでいくと、グレッグ・イーガンというよりルディ・ラッカーな感じかも。

 数学・科学・工学の最新の知見を折り込みつつ、強烈な性格のマッド・サイエンティストで物語を強引に引っ張りまわし、SF者が信奉する「知性」が行きつく先へとまっしぐらに突き進む、堂々たる王道を行くサイエンス・フィクションだ。

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2019年1月30日 (水)

人工知能学会編「人工知能の見る夢は AIショートショート集」文春文庫

ただ、部屋の状況が。普段、普通に掃除機かけられる状態じゃない。これが大問題なんだよね。うん、お掃除じゃなくて、お片づけ。これができないひとが、部屋を汚しているんだよ。
  ――お片づけロボット 新井素子

「僕が完成させるのは」
少年がきっぱりと言った。
「――死後の世界の人間と通信するシステムです」
  ――魂のキャッチボール 井上雅彦

「これから石井さんが経験するのは、脳のバージョンダウンです。その過程を我々に教えてください」
  ――ダウンサイジング 図子慧

【どんな本?】

 人工知能の学会誌「人工知能」に、2012年9月~2016年11月まで掲載した掌編小説を、テーマごとに分類し、専門家の解説をつけて編纂したもの。

 SF界のベテラン新井素子やデビュー以来話題作を連発した宮内悠介から、ライトノベル界の大御所である神坂一など、豪華絢爛かつ色とりどりの執筆陣によるバラエティ豊かな作品が楽しめる。

 私は寡作な森深紅や堀晃が読めるのが嬉しかった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年5月10日第1刷。文庫本で縦一段組み本文約299頁に加え、初出および執筆者プロフィール10頁。9ポイント39字×18行×299字=209,898字、400字詰め原稿用紙で約525枚。文庫本としては普通の厚さ。

 全般的に小説は読みやすいし、内容も特に知識は要らない。解説は様々で、業界の概況を無理矢理に数頁に収めた雰囲気のものもある。歯ごたえはあるが、専門用語を Google や Wikipedia で調べながら読むと、通ぶった会話ができる…かな?

【収録作】

  • まえがき 学会の編纂意図 大澤博隆
  • 対話システム
    • 即答ツール 若木未生
    • 発話機能 忍澤勉
    • 夜間飛行 宮内悠介
    • 解説 人と会話する人工知能 稲葉通将
  • 自動運転
    • AUTO 森深紅
    • 抜け穴 渡邊利通
    • 姉さん 森岡浩之
    • 解説 自動運転:認知と判断と操作の自動化 加藤真平
  • 環境に在る知能
    • 愛の生活 林譲治
    • お片づけロボット 新井素子
    • 幻臭 新井素子
    • 解説 「君の名は。」もしくは「逃げ恥」、それとも「僕の優秀な右手」:人とモノの関わり合いの二つの形 原田悦子
  • ゲームAI
    • 投了 林譲治
    • シンギュラリティ 山口優
    • 魂のキャッチボール 井上雅彦
    • A氏の特別な1日 橋本淳一郎
    • 解説 ゲームAIの原動力としてのSFとその発展 伊藤毅志
  • 神経科学
    • ダウンサイジング 図子慧
    • 僕は初めて夢を見た 矢崎存美
    • バックアップの取り方 江坂遊
    • みんな俺であれ 田中啓文
    • 解説 脳のシミュレーション:コンピュータの中に人工脳を作る 小林亮太
  • 人工知能と法律
    • 当業者を命ず 堀晃
    • アズ・ユー・ライク・イット 山之口洋
    • アンドロイドJK 高井信
    • 解説 AI・ロボットが引き起こす法的な問題 赤坂亮太
  • 人工知能と哲学
    • 202x年のテスト かんべむさし
    • 人工知能の心 橋本淳一郎
    • ダッシュ 森下一仁
    • あるゾンビ報告 樺山三英
    • 解説 人工知能と哲学 久木田水生
  • 人工知能と創作
    • 舟歌 高野史緒
    • ぺチアと太郎 三島浩司
    • 人工知能は闇の炎の幻を見るか 神坂一
    • 解説 どこからが創作? どこまでが創作? 佐藤理史
  • 第4回星新一賞応募作品 人狼知能能力測定テスト 大下幽作
  • 星新一賞への二回目の挑戦 佐藤理史

【感想は?】

 やっぱりプロの作家は巧い。

 最初の若木未生「即答ツール」からして、こんなんあったら私は思わず使ってしまうがな。

 昔はメールといったら「暇なときに読めばいい」シロモノだった。そもそも、そういう目的でプロトコルもできてるし。でも今は何でも速く応答を返さなきゃいけない。文面を考えるのだって、推敲に時間がかかる。LINE なって地獄だ。そんな私に、こんなのがあったら…

 と、最初の作品から引き込まれ、あとは最後まで一気。なにせ数頁の掌編ばかり。「もうちょっと、あと一編だけ」とか言いつつ、気が付いたら全部を読み終えてる。

 同様に身につまされるのが、新井素子「お片づけロボット」。そうなんだよ、掃除が大変なんじゃなくて、その前の片づけ、掃除できる状態にするのが大変なの。だからルンバ買っても、今の私にはほとんど役に立たない。まず床の邪魔物を取り除かないといけない。

 と、「あるある」ネタで読者を引き込みつつ、その後の展開も見事。人工知能は関係なくても、プログラマなら、「そうそう、そうなんだよっ!」と激しくうなずくこと間違いなし。一つのプログラムを動かすまでの苦難苦闘の道のりを、文章で実に鮮やかに再現している。なんで作家がソコまでわかるんだろ?

 楽しみにしていた森深紅「AUTO」は、勤め人の話。イケイケが過ぎてパワハラ気味だった上司の佐藤に耐えかね、僕は転職した。その佐藤は、ここ三月ほど毎朝、同じ電車に乗り合わせている。かつての覇気は消え…

 やっぱりクルマが好きなんだな、この人。で、テーマは「自動運転」。クルマ好きの人が自動運転に持つ、ちと屈折した想いが出てると思う。つまり、技術の進歩は喜ばなきゃいけないんだけど、エンジンやミッションやタイヤと会話を交わし、自らの手足としてマシンを操る楽しさは手放したくないのだ。

 もう一人の楽しみにしていた作品が堀晃「当業者を命ず」。SF大賞受賞者は覆面作家だった。繊維メーカーに勤めながらSFを書いていたが、職務上の都合で正体を隠す必要があり…

 そうか。「職場の居心地が悪くなって、それがきっかけでSFに専念することにしたわけです」って、職場での立場が悪くなれば、私は堀晃の新作が読めるのか。それなら←何をするつもりだ

 堀晃と同様に、ベテランながら寡作な森下一仁の「ダッシュ」。小川のそばで、小学校低学年ぐらいのふたごの男の子に出会った。軽量ヘルメットをかぶり、母親らしき若い女性も近くにいる。私はカワセミを見つけて写真を撮ろうと慎重に近づくと…

 AIの使い方として、このアイデアは実に上手い。エンジニアはついつい便利にする事ばかりを考えるけど、モノにはいろんな使い方があるのだ。

 とかの小説に加え、ツボを突いた解説も、親しみやすかったり濃かったり。

 音声認識に深層学習が活躍してるとは知らなかった。「道具」と「エージェント」の境目も、考えると妄想が膨らむ。これは使う人による違いも大きいんじゃないかな。持ち物に名前を付ける人は、エージェントと認識しがちな気がする。

 掌編という親しみやすい形式ながら、いやむしろアイデアがダイレクトに伝わる掌編だからこそ、それぞれに読者の妄想マシーンに大量の燃料をくべる刺激的な作品が揃った、実はとっても濃い作品集だった。

 あ、そうそう、神坂一の「人工知能は闇の炎の幻を見るか」も、ベストセラー作家らしい手慣れた語り口で、昔からのファンにはたまらない情景を繰り広げつつ、とんでもない所に落とす傑作です。

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2018年12月23日 (日)

谷甲州「工作艦間宮の戦争 新・航空宇宙軍史」早川書房

「下河原特務中尉の見解には、同意できません」
  ――イカロス軌道

戦術指揮がすぐれていれば、雑多な規格の戦闘艦艇群でも、強力な敵艦を圧倒できるはずだ。ただ一度の接敵で、標的を撃破する必要はない。統一行動がとれないことを逆手にとって、数次にわたる波状攻撃を標的にしかけるのだ。
  ――亡霊艦隊

【どんな本?】

 ベテラン作家の谷甲州による人気シリーズ航空宇宙軍史の、「コロンビア・ゼロ」に続く再起動第二弾。

 第二次外惑星動乱は、地球軌道上にある航空宇宙軍の軍港コロンビア・ゼロへの奇襲で始まった。時は2140年、外惑星連合の主力をなす木星と土星の軌道が近接する時期である。奇襲は大きな効果を上げた。

 兵力と産業力で劣る外惑星連合は、この機に乗じ一気に戦況を決めようとする。対する航空宇宙軍は残った艦艇をかきあつめ、その場しのぎの策で応戦を試みるが…

 圧倒的な技術的ディテールでマニアを唸らせる本格スペースオペラの連作短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年5月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約296頁。9ポイント43字×18行×296頁=約229,104字、400字詰め原稿用紙で約573枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 素っ気ない文章だが、余計な比喩や形容詞がない分、むしろ物語の流れは掴みやすい。科学や工学の裏付けが楽しい樂品だが、必要な事は作品内で充分な説明があるので、理科が得意なら中学生でも楽しく読めるだろう。

 敢えて言えば、光速は秒速約30万kmであることと、軍の階級を知っているといい。あと、幾つかの物語は火星や土星の衛星やその近くが舞台なので、調べておくと便利かも。

 続き物だが、これから読み始めても大丈夫。情勢としては、地球と火星は航空宇宙軍、小惑星群は中立、木星と土星が外惑星連合、と覚えておこう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

スティクニー備蓄基地 / SFマガジン2016年4月号
 火星の衛星フォボスにスティクニー備蓄基地がある。重水素タンクなど主な施設は千mの地下にあり、防御は万全だ。フォボスは長径30kmにも満たず表面重力が弱いためか、建設作業中に漂い出た工具などが近い軌道を漂っており、よくデブリとなって降り注ぐ。その日、当直の羽佐間少尉は振動に違和感を覚え…
 冒頭からデブリの怖さが身に染みる。WIkipedia によると拳銃弾の初速は秒速340mぐらいからだけど、国際宇宙ステーションは秒速約7660m。桁が違います。その分、艦艇の装甲を厚くしようにも、あまし重いと動きが鈍くなり燃費が悪くなる。だもんで厚い岩盤で守られてる天体は大変ありがたい。そこをどう攻めるかというと…
イカロス軌道 / SFマガジン2016年8月号
 タイタン防衛宇宙軍の特設警備艦プロメテウス03は、土星軌道の外側を哨戒航行中に、早期警戒システムが重力波源をみつける。質量も速度も異様に大きく、太陽系の外縁から急速に接近してくる。下河原特務中尉はその正体と目的を探るが…
 宇宙空間では下手に電波などを出せば、敵に自分の位置や正体を晒してしまう。そこでお互いに相手の出す熱や反射光などのかすかな情報を受動型センサーで探り、手元にある敵艦のラインナップなどから正体と目的を探ろうとする。現代の潜水艦戦を思わせる、緊張感の漂う頭脳戦が楽しい一編。
航空宇宙軍戦略爆撃隊 / SFマガジン2016年12月号、SFマガジン2017年4月号
 イカロス42、元は外宇宙艦隊のイカロス探査船。太陽系外の探索のため建造された艦だけに、隔絶した航行能力がある。コロンビア・ゼロの奇襲で艦艇が払拭した航空宇宙軍は、外宇宙探索船まで改造して作戦に投入した。その作戦は早乙女大尉が若い頃に書いた論文を元にしたもので…
 あー、早乙女大尉の気持ちもわかるわー。上司に出した計画案が改悪され、しかも自分が現場の担当者になる。最悪だねー。そりゃ不貞腐れるよなー。しかもドサクサとはいえ現場は混乱の極でスケジュールも人員も異例づくしとくりゃ、毒づきたくもなるよねー。
 …はい、もちろん、私怨バリバリ入ってますw
亡霊艦隊 / SFマガジン2017年8月号
 泥縄式に集めた有象無象の艦隊で波状攻撃をしかける。石蕗提督は、そんな無茶な艦隊を指揮する羽目になる。航空宇宙軍は小惑星帯のセンサー群を堅持しつつ、戦線は火星軌道にまで縮小し態勢立て直しを目論んでいるようだ。産業力で優る航空宇宙軍は時間を稼げば優位になる。
 これもまた偵察機Kr-02の扱いをどうするかが主題で、情報戦の緊張感が漂う作品。にしても、「産業力で劣る側が奇襲攻撃で一発カマし、敵がフラついたところで和平交渉」って発想、かつての某国を思わせる戦略で気分が暗くなるんだけど気のせいだろうか。
ペルソナの影 / SFマガジン2017年12月号
 タイタン防衛艦隊の木星系ガニメデ派遣部隊の保澤准尉は、小惑星帯に奇妙な天体を見つけた。正体を探るには、中立である小惑星ケレスが持つデータベースを漁る必要がある。通信のタイムラグもあり、仮想人格の「オフェンダー」を放つことにしたが…
 「コロンビア・ゼロ」収録の「ギルガメッシュ要塞」「ガニメデ守備隊」に連なる作品。今でも合衆国海軍をはじめ各国の海軍は海洋調査にとても熱心で、それというのも海底の地形や海流の情報が、手の読み合いになる潜水艦戦では切り札になるからで、これを宇宙での戦いに当てはめると、この作品になるわけです。それに加えて、通信のタイムラグの使い方も巧み。
工作艦間宮の戦争 / 書き下ろし
 工作艦間宮への命令は常識外れだった。修理中のヴェンゲン09を放り出し、ただちにセンチュリー・ステーションから発進せよ、と。工廠長のハディド中尉は納得しないだろう、そう艦長の矢矧大尉は考える。何しろ命令は無茶なだけでなく、目的すらわからない。
 工作艦は、壊れた艦艇を修理する役割を担う。いわば艦艇が相手の医師。そのためか、矢矧大尉やハディド中尉が抱く、艦への愛着が伝わってくる一編。にしてもハディド中尉の達人ぶりはすごい。過労で死ななきゃいいけど。

 太陽系内を舞台としたスペース・オペラではあるものの、派手な砲撃戦はほとんどなく、少なくあやふやな観測データと既存のデータベースを組み合わせた、緊張感漂う頭脳戦が中心となるのが、このシリーズの特徴だろう。何度も書いたが、息詰まる潜水艦戦が好きな人にお薦め。

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