カテゴリー「書評:SF:日本」の156件の記事

2017年11月 3日 (金)

菅浩江「ID-0 Ⅰ・Ⅱ」ハヤカワ文庫JA 原作:ID-0 Project

「それを決めるのは俺じゃない。あんたが俺という存在をどう認識するかだ」
  ――ID-0 Ⅰ Cognosce te ipsum. ――汝自身を知れ

「今さら過去を知って何になる。この身体で、この意識で生きてきた時間が、今の俺を形作っている」
  ――ID-0 Ⅰ Cognosce te ipsum. ――汝自身を知れ

「こんな形になっても、俺はまだ走り足りねえ。生き足りねえ」
  ――ID-0 Ⅱ Vive hodie ――今日生きよ

調査、仮説、実証。
  ――ID-0 Ⅱ Vive hodie ――今日生きよ

【どんな本?】

 谷口悟朗監督・黒田洋介脚本で、2017年に放送されたSFアニメ「ID-0」を、ベテランSF作家の菅浩江が小説化した作品。

 遠未来。人類は鉱物「オリハルト」を発見する。オリハルトの応用範囲は広い。恒星間航行、遅延のない情報通信、そしてロポットへの意識転位。これにより人類の文明は飛躍的に発展し、遠宇宙へと進出、その版図を広げてゆく。

 しかし、オリハルトには副作用もあった。制御不能の重力異常と空間歪曲を引き起こすのである。

 天涯孤独の学生ミクリ・マヤは、宇宙地質学を専攻している。初めてのオリハルト試掘調査で宇宙に出向くが、慣れぬ作業に加えオリハルト採掘につきもののミゲルストリームに見舞われ、虚空に放り出されたところを採掘業者に助けられた。

 オリハルトは、人類の文明を支えている。その採掘は、大きな報酬が得られる半面、事故に巻き込まれる事も多い、危険な仕事だ。そのため、大企業ばかりでなく、一攫千金を狙う怪しげな採掘業者も多い。

 マヤを助けたのは、エスカベイト社のストゥルティー号。社長のグレイマンを含め、全6人のアットホームな…と言えば聞こえはいいが、つまりは零細企業。しかも、メンバーはいずれもワケありっぽい怪しげな奴らばかりで…

 宇宙空間を舞台に、アクの強い奴らがバトルとチェイスを繰り広げる、痛快娯楽活劇。

 なお、Ⅰ:Ⅱ巻とも、ラテン語の副題がついている。

  • ID-0 Ⅰ Cognosce te ipsum. ――汝自身を知れ
  • ID-0 Ⅱ Vive hodie ――今日生きよ

 Cognosce te ipsum は「デルポイの神殿に刻まれたギリシア語(グノーティ・セアウトン)のラテン語訳」、Vive hodie は「ローマの詩人マルティアーリスの言葉」。いずれも「山下太郎のラテン語入門」より引用した。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 Ⅰは2017年6月25日発行、Ⅱは2017年7月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約264頁+291頁=約555頁。9ポイント40字×17行×(264頁+291頁)=約377,400字、400字詰め原稿用紙で約944枚。文庫本の上下巻としては標準的な分量。

 文章はこなれている。が、内容は、というと…。

 アニメのノベライズのため、アニメを観た人と観てない人では、だいぶ印象が違うはず。私は観ていたので、描かれている場面がアリアリと瞼に浮かんだ。お陰で終盤では、子安声が朗々と脳内に鳴り響く羽目にw

 というのも、序盤からSFガジェット満載な上に、ストーリーもジェットコースターなのだ。そのガジェットもニュートン力学から土木工学・量子力学そして怪しげな未来技術と、バラエティ豊かで高濃度。そのためか、私はアニメ以上のスピード感を楽しめた。が…

 小説から入る人は、あまりのハイテンポと、次から次へと出てくる仕掛けやガジェットに、振り落とされかねない。もしついて行けたなら、あなたはSF者としてかなりの強者に育つ素質を持っている。そんなモンになりたいかどうかは疑問だけど。

 という事で、できれば用語集と登場人物一覧をつけて欲しかったなあ。

【感想は?】

 アニメのノベライズなんて…とナメていたが、とんでもない。これぞ21世紀のスペースオペラ。

 なんたって、序盤から次々と出てくるガジェットに頭クラクラ涎タラタラな上に、ひっそりとリアリティ豊かな小道具を仕込ませているからたまらない。

 例えば冒頭の小惑星採掘の場面。小さな天体は重力も小さい。だから地球上での鉱山採掘とは違った苦労がある。ってな堅苦しくて面倒くさい世界観を、たった3行で説明すると共に、地球の重力の支えがない宇宙空間へと、一機に読者を連れてゆく。

 このスピード感あふれるセンス・オブ・ワンダー。ああ気持ちいい。

 続いて出るのが掘削用語のライザーパイプ(→weblio)に、天体の機動を乱すヤルコフスキー効果(→Wikipedia)。こういう、まっとうな専門用語で物語世界の地盤を充分に固めた上で、ミゲル・ストリームやIマシンなんてハッタリをカマしてくると、SF者の血はザワザワと騒ぎ出す。

 この血の騒ぎは裏切られる事なく、ちょっとした船体のメンテナンス場面でも、一瞬の気のゆるみが永遠の別れになりかねない、力学に支配された宇宙空間の冷酷さと空虚さを感じさせたり。

 かと思えば、Ⅱ巻では、スイングバイからバサードラムジェットに至る、今までのスペースオペラの定番の推進方法をアッサリと総括するあたりも、「わかってるじゃん」と嬉しくなってしまう。

 お話の方も、Ⅰ巻は息つく暇もないアクションとチェイスの連続。

 最初の語り手は女子大生のマヤちゃん。いきなり宇宙空間で始まったかと思えば、さっそく事故を起こし、虚空に放り出され絶体絶命…と思ったら怪しげな連中に拉致もとい救い出され、やれやれこれで一安心…している暇もなく、正規軍に追いかけまわされるお尋ね者に。

 元は施設育ちで天涯孤独。幸い優等生な上に適性があり、アカデミーで宇宙地質学を学ぶ事になる。はいいが、なにせ先立つ物がない。二言目には「奨学金」が口癖の苦労性。まあ、真面目で現実的な人なんですね。

 そんな娘さんが、見るからに海千山千な山師どもに囲まれ命綱を握られてるってだけでも、設定の巧みさが光る。

 とまれ、映像と小説じゃ、得手不得手が違う。派手なアクションは映像の方が映えるが、細かい説明は苦手。そういう点では、アニメで何気なく使っているマスドライバーなどのガジェットに、ちゃんとSFっぽい理屈をつけて辻褄を合わせてくれたのも、考証マニアとしては楽しい所。

 だけでなく、マヤをはじめとして、それぞれの登場人物の背景を掘り下げたあたりも、この作品の読みどころ。特にⅠ巻ではマヤ視点の記述が多く、彼女がタダの優等生ってだけじゃないのが明らかになる。ばかりか、これが軍人のアマンザや主役のイドと絡み、物語のテーマへと迫ってゆく。

 人物配置として「あれ?」と思ったのは、イドとリックの関係。青のイドと赤のリック、戦隊物なら赤のリックが主役を張るところを、青のイドが主役ってのに、何か魂胆を感じたり。考え過ぎかな?にしてもリック、隕石や宇宙塵はヒョイヒョイ避けるのに、女の拳は決して避けないあたり、漢だよなあw

 ただ、終盤のイドとアダムスの絡みは、ちと腐臭が漂ったり。この辺、著者が楽しんで書いてるのがアリアリで、ま、いっかw ある意味、アダムスの想いがアニメより強く伝わってくるのは、気のせいじゃないと思う。

 目まぐるしく転がってゆくストーリーに、次から次へと登場するSFガジェット。意外な所に隠したマニアックなネタに、キャラの立った登場人物。そして、銀河狭しと駆け巡るチェイスに、危機また危機が続く緊張感。21世紀のスペースオペラと呼ぶに相応しい、痛快娯楽活劇だった。

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2017年10月22日 (日)

松崎有理「あがり」東京創元社

 酷い悲しみに直面したとき、ひとはしばしば転位行動をとる。数研の連中ならば多額の懸賞金がかかった未解決問題にとりくみ、地史研はつるはしと岩石は採用鉄槌をかかえて野外に化石を探しにゆく。そして生命研の人間は、実験する。
  ――あがり

予想の証明は、ぼくにとっての不死への手段だ。
  ――ぼくの手のなかでしずかに

研究者というのは自分の仕事について話すのがなによりすきだ。相手がきいていようがいまいが。
  ――代書屋ミクラの幸運

自然とは本質的に、無目的で無作為だ。
  ――不可能もなく裏切りもなく

【どんな本?】

 短編「あがり」が2010年の第一回創元SF短編賞に輝いた、新鋭作家・松崎有理のデビュー短編集。

 仙台の東北大学をモデルとした大学を舞台に、若い研究者たちの仕事ぶりや日々の暮らしや悩みを緻密に描きつつ、そこで起きる事件や出来事を静かに綴ってゆく。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年版」のベストSF2011国内篇で14位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年9月30日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで約268頁。9ポイント43字×20行×268頁=約230,480字、400字詰め原稿用紙で約577枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。今は創元SF文庫から文庫版が出ている。

 文章は比較的にこなれている。ただ、登場人物の多くが大学の研修者なので、その会話は相当にクセが強く、専門用語が頻繁に出てくる。あまりテーマと関係ない場合もあるが、密接にかかわっている話もあるので、要注意。

【収録作は?】

 それぞれ 題名 / 初出 の順。

あがり / 創元SF文庫「量子回廊」2010年7月
 イカルは研究室の設定式温度反復機を占領している。ここしばらくは下宿にも帰らっていいないらしい。原因はジェイ先生が亡くなったショックだ。先生と直接の面識はない。だがイカルは先生を崇拝していた。なんとかせい、とアトリにお鉢が回ってきた。なにせ、おさななじみで同じ四年だし。
 2010年の第一回創元SF短編賞受賞作。生命進化の原動力は個体か遺伝子か。著者インタビュウ(→アニマ・ソラリス)によると、ジェイ先生はスティーブン・ジェイ・グールドだとか。なら「一部の急進的な研究者」はリチャード・ドーキンスかな? 
 大学、それも理工系の研究室に馴染みのある人には、生々しくも懐かしい描写がいっぱい。室内に漂う個性豊かな匂い,研究対象への思い入れ,科学の先端なんて言葉からは程遠いラフな雰囲気,普通の人とは明らかに異質な、でも当人たちには思い入れたっぷりの会話。
 と、やたらリアルな描写が続くと思ったら、そうきたか。この作家、なかなかの曲者です。
ぼくの手のなかでしずかに / 創元SF文庫「原色の想像力」2010年12月号
 科学の発見は時として覆される。だが数学の業績は永遠だ。素数の分布に規則性はあるのか。この問題をエレガントに解ければぼくの名は数学史に永遠に刻まれる。問題にとりかかりつつ、行きつけの書店を覗いたところ…
 主人公の問題へのアプローチは、ソフト屋がデータ構造を考える際の方法に近いかも。最初は最低限の要求を充分に満たす形を考える。その際は、何度も頭の中で、組み立てては潰し、を繰り返す。多少は形になった所で、やっと絵を描き始める。
 ってな事をやっている最中に話しかけられると、脳内の構造物がガラガラと崩れていくんで、ちと悲しい想いをしたり。
 オチの切なさも、ソフト屋にはよくあるパターンで、なかなか身につまされる話だった。
代書屋ミクラの幸運 / 東京創元社<ミステリーズ!>vol.45 2011年2月
 ミクラはかけだしの代書屋だ。対象は論文。俗称「出すか出されるか法」により、研究者は三年に一本は論文を書け、書かなければクビ。そんな厳しい法律だ。だが論文執筆を嫌う研究者は多い。そこで代書屋の出番だ。
 今は子供の夏休みの宿題も商売になるとか。まさか研究者の論文まで…と思ったけど、実はあるらしい。大抵の文書と同様、論文も適切な形式があって、それに沿ってなきゃいけない。査読者も人間だから、分かりやすく印象深ければ評価も高くなる。
 ってんで、書き方にもコツがあり、そこに代書屋の商売が成り立つ余地が出てくる。そんなテーマなので、「上手な論文の書き方」もチラホラと出てきたり。文系と理系の文書の違いも面白い。ブロガーとしちゃ、美味しいネタを教えてもらったような気がする。
 なんて真面目なネタも面白いが、それ以上にキャラクターが楽しい。意味不明な研究に打ち込み、いささか浮世の世渡りには疎い老教授。要領のいいお調子者で小手先は器用なようで、どうにもツメが甘くお人良しで商売が下手なミクラ。いずれも憎めない人だ。
 と思ったら、ミクラ君はシリーズになってる。しばらく著者にいぢられ続けるんだろうか。
不可能もなく裏切りもなく / 東京創元社<Webミステリーズ!>2011年5月
 理論進化学のおれ、微生物系の友人。暑がりなおれ、寒がりな友人。口はよく回るおれ、口下手な友人。二人とも、「出すか出されるか法」の期限まであと半年。そこで二人での共著を考えた。テーマは「遺伝子間領域の存在理由について」。
 これも登場人物が魅力的な作品。性格は対照的ながら、気の合う二人のデコボコ・コンビの、楽し気な大学生活を描いてゆくが…。疑問に思ったら、役に立とうが立つまいが、とりあえず実験しないと気が済まない理系気質は、わかるような気もするw
 また、今までの作品に登場した面々が、再登場するのも嬉しい。加えて、今までの作品でも通奏低音として響いていた、政府の政策が研究の現場に与える影響が、ここではテーマの前面に出てきて、メッセージ色の強い作品となっている。この辺はSFであって欲しいが…
へむ / 書き下ろし
 11歳の夏。少年は、絵を描くことに熱中していた。図画の成績はいいが、他は全滅。クラスでも友だちと遊ばず、絵ばかり描いている。そこに転校生の少女がやってきた。夏休み、二人は秘密の場所に通い始める。
 やや暗いトーンの今までの作品とは打って変わって、ボーイ・ミーツ・ガールの切ない物語。とはいえ、なんともドライな感じに仕上がっているのは、この著者の特徴だろうか。
 大抵の11歳の少年なら、あんなモン見たら大騒ぎしそうなモンだが、静かに観察しちゃうあたりは、将来の大物の片鱗なんだろう。つか、そんなモンを子供に見せちゃう大人も、やっぱり大学の人だよなあw

 いずれも同じ街・同じ大学を舞台としているので、連作短編集と言ってもいいだろう。甘党の私としては、「ゆきわたり」に是非行ってみたい。親切に地図まで載っているあたりは、観光客を増やしたい仙台市のステマなんだろうか。きっと甘味処には不似合いなムサ苦しい野郎どもがタムロして…

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2017年10月 8日 (日)

オキシタケヒコ「波の手紙が響くとき」ハヤカワSFシリーズJコレクション

あの録音を聴いていると、色を思い出せるんです。
  ――エコーの中でもう一度

ヴァイオリンは歌うが、フィドルは踊るんだ。
  ――亡霊と天使のビート

「≪青い海≫はどこにある」
  ――サイレンの呪文

【どんな本?】

 2012年に第三回創元SF短編賞優秀賞に輝いた、新鋭SF作家オキシタケヒコの連作短編賞。

 武佐音響研究所。古くなって劣化した録音テープの音を綺麗にしたり、録音した場所を特定したり、店舗の音響環境を整えるサポートをしたりと、音響関係の技術を提供する企業である。

 所員はたった三人。所長は天使の声を持つデブ佐敷雄一郎、口を開けば罵倒ばかりが出てくるチーフ・エンジニアの武藤富士伸、そして元気ハツラツな雑用係の鍋島カリン。

 ただし、ときおり毛色の変わった依頼も舞い込んでくる。行方不明の有名ミュージシャンの捜索、子供部屋に出る幽霊、謎の奇病の調査。得意の音響技術を駆使して事件に挑む、武佐音響研究所の騒動を描く、本格的かつユニークな「音SF」作品集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」のベストSF2015国内篇で堂々の8位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年5月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約342頁に加え、参考文献2頁。9ポイント43字×17行×342頁=約250,002字、400字詰め原稿用紙で約626枚。文庫本なら少し厚め。

 文章は比較的にこなれている。キモとなるガジェットは、ちとマニアック。オーディオや楽器や音楽に詳しい人にはお馴染みのネタなので、じっくり楽しもう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

エコーの中でもう一度 / SFマガジン2013年2月号
 今日の客は大物だ。大手の音楽プロダクション、ミューズプレックスの御曹司・辻神誠貴。所属の大物アーティスト、≪KYOW≫こと日々木塚響を探してくれ、との依頼だ。手がかりは、彼女の遺した伝言の音声データ。これが特殊な録音で…
 武佐音響研究所の紹介を兼ねた開幕編は、オーディオ・マニア狂喜乱舞の濃いネタをたっぷり仕込み、ど真ん中に剛速球を放り込む本格的なサイエンス・フィクション。SFマガジンで初めて読んだときは、アイデアの斬新さと目の付け所の鋭さに「その手があったか!」と驚いた。
 ただ、今の若者には、「テープが劣化して録った音がこもる」なんて現象が通じないかも、と少し不安になったり。
亡霊と天使のビート / SFマガジン2014年2月号
 依頼人の咲夫妻は身なりの良い四十台。夫の晴彦は弁護士、妻の由美子はヴァイオリニスト。夫妻の子、継音君の部屋に幽霊が出る、というのだ。晴彦は母親の瑤子と折り合いが悪かった。瑤子はフィドラーで、晴彦に館を相続する条件を出した。瑤子愛用のフィドルと、例の幽霊部屋を、継音のものとすること。
 古びた館で、故人がいた部屋に出る幽霊の話。これまた音楽好きとオーディオ・マニアを唸らせる逸品。小道具のフィドルはジグやカントリーで使われ、素朴で軽快なメロディを響かせる、陽気な印象の楽器なのがミソ。しかも、妖精や化け物の伝説が多く残るアイリッシュというのが、泣かせる(→Youtube)。
 ネタバレ注意:…とか思ってたら、現実に事件が起きてしまった。繰り返すが、ネタバレなので要注意(→CNN)。
サイレンの呪文 / SFマガジン2014年10月号
 武佐音響研究所に二人組の暴漢が押し入った。武藤とカリンはすでに帰宅し、会社に残っていたのは所長の佐敷のみ。暴漢の目的は≪青い海≫。これを佐敷が手に入れたのは、高校最後の夏休み。
 この連作短編集の主な登場人物たちを結びつけた、過去の出来事を語る短編。オーディオってのは、凝り始めるとキリがなくて、最終的には建物自体を造っちゃったり。トーマ氏の気持ちはわかるし、「みうず」にも行ってみたい。
波の手紙が響くとき / 書き下ろし
 武佐音響研究所に、再び魔女が降臨した。しかも、とんでもない災厄を引き連れて。
 この作品集の終幕を飾るにふさわしい、オールスター・キャストの作品。賑やかなキャストの中でも、なまじ技能を持つがゆえに貧乏くじを引いた?藤村さんがいいなあ。音にこだわる人に振り回された、彼女の苦労には思わず同情w 文句タラタラながら、それでも仕事はキチンとこなすあたりも、終幕のヒロインに相応しい活躍ぶり。
 やはり、いい味出してるのが、千枝松健二教授。好きな事を続けてたら、いつの間にか相応の実績もできてたって感じの、マイペースな人。理系の教授って、こんな感じの人がよくいるんだろう。トーマ氏といい、引柄慶太郎氏といい、この人の描くオッサンは、楽しげに人生を生きてるのがいいなあ。
 そして、肝心のガジェットも、これまたサイエンス・フィクションの王道ド真ん中を突っ走る、豪快かつ本格的なもの。古き良きSFの醍醐味を、現代の新鮮な素材をふんだんに使い、鮮やかに蘇らせてくれた。

 なんたって、音SFだ。オーディオやDTMに凝っている人は、是非読もう。まさしく「あなたのための物語」なのだから。

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2017年9月24日 (日)

仁木稔「ラ・イストリア」ハヤカワ文庫JA

重要なのは何が事実かではなく、何が事実と信じられているかだ。
  ――p72

「人間は、物語化する病に冒された種だよ」
  ――p288

【どんな本?】

 著者の未来史シリーズ≪HISTORIA≫の一角をなす作品。時系列的には2番目で、「グアルディア」の前日譚にあたる。時系列に並べると、以下の順。

  1. ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち
  2. ラ・イストリア
  3. ミカイールの階梯
  4. グアルディア

 生命科学の発達は、人工子宮や使役用の亜人種・妖精を生み出す。しかし22世紀末、キルケー・ウイルスが暴走、ヨーロッパを中心に荒廃が広がり社会は混乱、人々はいがみ合い殺し合う。

 2256年、バハ・カリフォルニア。アロンソは案内人だ。北米アングロアメリカから中米の新エスパニャに、密入国する者たちを手引きする。その多くは、かつて北米に移民した者の子孫だ。

 アロンソを拾い養ったマリベルが亡くなってから、アロンソが大黒柱として稼いでいる。医術の心得はあるが世間知らずの30男クラウディオ,寝たきりで無反応の少女ブランカ,車椅子生活の少年フアニート,家事に忙しい少女スサナ,幼いイザベリータ。みんなマリベルに拾われた者たち。

 困ったことに、最近は仕事が少しづつ減っている。移民は疫病を運ぶと信じられており、ティファナの新司令官が密入国を厳しく取り締まっているからだ。そればかりか、ついにアロンソの住む町サンタ・ロサリリータにまで兵を差し向けてきた。凶暴な兵たちから家族を守るため、クラウディオは…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年5月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約384頁に加え、香月祥宏の解説「ゆるやかな連鎖が織り成す力強い物語」8頁。9ポイント39字×17行×384頁=約254,592字、400字詰め原稿用紙で約637枚。文庫本としては少し厚め。

 文章は比較的にこなれている。実はこのシリーズ、かなり設定が凝っていて、とっつきにくい作品が多い。その中では、この作品が最もとっつきやすく、スンナリと作品世界に入っていけた。私が設定に慣れたせいもあるが、人間ドラマが面白いためかも。

【感想は?】

 どう考えても表紙は詐欺だw なんたって主人公はアバタ面のアンチャンだし。

 主な舞台は細長いカリフォルニア半島の真ん中あたりの太平洋岸、サンタ・ロサリリータ。ほぼ無人の半島で、密入国の手引きで食ってる、小さな町。

 そこに住むのは、短気で荒っぽく、教養もなければ後先も考えない連中ばかり。そんな物騒な町で、肩を寄せ合うように助け合って生きる身寄りのない子どもたち。ってな感じの舞台設定だが、この著者じゃ、わかりやすいお涙頂戴の話になる筈もなく。

 確かに子どもたちが身を寄せ合って生きちゃいるんだが、そんな中にも、それぞれの想いや緊張がある。それを、陽光のもとに容赦なく晒し、描き出すのが、この作品の面白いところ。

 その中でも、最もわかりやすいのが、語り手の一人アロンソ。16歳の若者だが、今の世の中、ナメられたらやってけない。ってんで、せいぜい落ち着いて無口を装い、タフな運び屋として稼ぎ、「家族」を養っている。

 もう一人の語り手が、クラウディオ。30過ぎのオッサンだが、世間知らずで頼りない。お陰で、アロンソから見ると、扶養家族の一人ってことになる。ただし、単なるニートってわけじゃなく、失われた旧文明の知識の一部も引き継いでいて。

 クラウディオ同様、守られる立場なのが、車椅子の少年フアニート。そろそろ年頃で、寝たきりの少女ブランカに惹かれている。荒っぽい町では、弱者への配慮なぞあり得ない。家の中で銃を持つ兵が暴れても、ブランカを守る力もない。己の無力を思い知らされた彼は…

 いかにも「助け合って生きている孤児たち」な雰囲気で始まった物語だ。

 が、家族の中での立場は、それぞれ違う。幼いイザベリータと意識のないブランカはともかく、フアニートには厄介者じゃないか、みたいな負い目がある。やはりクラウディオも無駄飯食らいに近い。対して大黒柱を自認するアロンソ。

 しかし、この関係は、新司令官が兵を差し向けた事件をキッカケに、少しづつ変わってゆく。

 この家族の関係の変化がもたらす空気、特にアロンソとクラウディオの間に漂う緊張が、なかなか不吉かつ不穏。これを微に入り細をうがち、本人すら気づかぬ本音まで掘り下げて描き出すあたり、実に意地が悪い所でもあり、読み応えのある所でもあり。

 などといったミクロな人間関係も楽しいが、その背景にある中米の歴史も、著者ならではの意地の悪い設定。

 なんたって、移民の流れが逆転してるって所が皮肉だ。しかも壁を作ろうとするあたりは、トランプ大統領を予言してる感すらある。また、純潔を求める北米と混血を受け入れる中米を対比させ、双方に災いをもたらすキルケー・ウイルスの性質が、これまたアレで。

 終盤に描かれる、コルテス海ことカリフォルニア湾の航海の場面も、グロテスクかつ壮大で、なかなかの迫力。あまり近くにいたくはないけど、やっぱりデカいモンが暴れる絵はカッコいいよなあ。

 二重三重に仕掛けられた設定の罠と、表向きとは全く異なった家族間の緊張関係。人間ドラマあり、イカれたSFガジェットあり、凄惨な暴力場面ありと、波乱に富んだストーリー。中米のコッテリした社会を、残酷なまでにクールな世界観で描いた、この人ならではの21世紀の日本SF。

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2017年9月13日 (水)

森岡浩之「突変」徳間文庫

「チェンジリングはまずいぜ。理屈じゃねぇんだよなあ。裏地球の関わったもの、場所、すべてが穢れてるみたいに感じる連中がいる」

「家族のもとへ飛んで行こうとでもしているんでしょうかね」

【どんな本?】

 「星界の紋章」で大ヒットを飛ばした森岡浩之による、話題の特異災害SF長編。

 はじまりは七年前、インド洋だった。その海域で、新種の生物が続々と発見されたのだ。しかも、既存の生物とは明らかに違う。次はアメリカのネバダ、そしてスーダン。地球上の一部が消え、代わりに全く異なった生態系が現れる。人々はこの現象を移災と呼んだ。

 やがて、移災の実態が明らかになる。太平洋で消息を絶った貨物船が、再び現れたのだ。どうやら、別の地球の一部と入れ替わったらしい。ただし、なぜ入れ替わるのか、いつどこが入れ替わるかなどは、今もってわからぬままだ。

 移災はその後も続き、日本でも久米島と関西が被害にあう。特に関西は都市圏でもあり、出勤中・旅行中・登校中の家族と生き別れになる人も多かった。

 そして今回の移災は、関東の地方都市、酒川市の花咲が丘。小さな町だけに行政施設もなく、町内の人々は手探りで災害に対処するが…

 2016年第36回日本SF大賞受賞に加え、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2015年版」のベストSF2014国内篇で11位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年9月15日初版。私が読んだのは2015年2月25日の6刷。順調に売れてます。文庫本で縦一段組み、本文約721頁に加え、大森望の解説「新たな代表作の誕生」8頁。9ポイント40字×17行×721頁=約490,280字、400字詰め原稿用紙で約1,226枚。厚めの上下巻か薄めの上中下巻ぐらいの大作。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もSFにしては特に難しくない。ご町内の人々が非常識な災害に襲われた時、どうするかという話なので、一部に「脊索動物」とか銃の種類など細かいウンチクがあるが、面倒くさければ読み飛ばしてもいい。

【感想は?】

 迫真のご町内パニック巨編。

 なんったって、じっくりと地に足のついたヌカミソ臭い生活感がたまらない。登場人物も、それぞれにキャラは立ってはいるが、天才でも特殊戦闘員でもない、普通の人々だし。

 ご町内が、いきなり異なった世界に飛ばされる。ソコは地球のようで、地形も気候も似ているし、大気は呼吸できて水も飲める。が、生物相は全く違い、また電気・ガス・電話など人類の作ったインフラも使えない。

 ここで、飛ばされるのが「ご町内」なあたりが、この小説のミソ。県や市なら、県庁や市議会などの行政組織があり、また警察署などの治安維持組織もある。が、この小説では、花咲が丘3丁目を中心とした一帯、となっている。様々な人はいるが、キチンとした行政組織はない。

 そんなわけで、巻き込まれた人々は、指揮系統から自分たちで作っていかなきゃいけない。のだが、主な登場人物たちは、それ以前に、それぞれの生活や家族を心配する、ごく普通の人々なのがキモ。

 最初に登場するのは、柱本幸介74歳。長く連れ添った奥さんが余命半年と宣言され、ガックリ来ている所を移災に巻き込まれてしまう。子はなく、入院中の奥さんとも生き別れる羽目に。悲しみに暮れる暇もなく、町内会長なんぞを引き受けた因果で、事態の中心に放り込まれ…

 同じリーダー役でも、市長や県知事なら、相応の理想なり野望なりを持つ人がなるものだが、町内会長はだいぶ違う。たいした権限があるわけでもなきゃ役得もない。ご町内の悶着を持ち込まれ、役員たちの意地の張り合いを仲裁する、面倒くさいだけの立場だ。

 加えて町内会は政府から認められた正式な行政組織ってわけでもない。が、困ったことに今回は、ご町内だけが移災にあう。市長や県知事に泣きつきたくても、連絡すら取れない。特にリーダーシップに溢れるわけでもない幸介が、どう立ち回るのか。

 隙あらばなんとか他の人に権限を預けちまおうとする幸介が、いかにも日本人的で身につまされる。

 やはり頼りないがリーダー役を押し付けられるのが、スーパー高見屋マートの雇われ店長、芥川義人44歳独身。彼も特に出世欲があるわけでもなく、大過なく勤めあげようとしている月給取り。

 地方都市のスーパーってのが、作者の目の鋭い所。食品や食器など当面の生活必需品が大量に揃い、また広い駐車場もある。孤立した世界に放り出されたご町内、その気になれば力づくで王にもなれる立場だが、そこは雇われ店長。

 事態に気づいてもサラリーマン気分が抜けきれず、店員と避難者の間に挟まれ、なんとか丸く収めようとする覇気のなさに、妙に親しみが湧いてしまう。

 対して、野望バリバリなのが、市会議員の塚脇朱美。

 あなたの市にもいませんか、妙な自然志向とかに染まった自称リベラルの色物議員が。この人はアレな本のお陰で陰謀論にハマった口で、敵はすべて裏で繋がっていると信じて疑わないお方。煩いオバサンの例に漏れず、喋り出したら止まらない人で、相手の顔色なんざ見ちゃいないw

 他に銃器オタクの引きこもり、かつて夫が移災に巻き込まれた妻と子、しっかり者の家事サービス社員など、そこらにいそうな人々が登場し、それぞれの立場で事態に立ち向かう。

 などと、じっくり生活感豊かに描き込まれた物語は、中盤以降に大きく変化し、終盤では意外な大スペクタクル・シーンまで用意されているサービスの良さ。

 私たちの暮らしと地続きな、でも壮大なスケールのご近所シミュレーション・パニック・ノベル。長大なわりに文章は読みやすく、次々と起こる事件で読者を飽きさせない。気が付けば残りの頁数が少ないのが恨めしくなる、そんな気分を味わえる娯楽作。

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2017年9月 3日 (日)

高山羽根子「うどん キツネつきの」東京創元社

「今、あのゴリラ啼かなかった?」
  ――うどん キツネつきの

「ここ、二階なのに地面がある」
  ――シキ零レイ零 ミドリ荘

「人が意志って呼ぶものと本能って一体どこが違うの」
  ――おやすみラジオ

「どうしてでかいねぶたは祭りが終わってずっと置いとくと良くねえか、解るか」
  ――巨きなものの還る場所

【どんな本?】

 短編「うどん キツネつきの」で、2010年の第一回創元SF短編賞の佳作に輝いた新人・高山羽根子のデビュー短編集。

 パチンコ屋の屋上で拾った犬?を育てる、母と三姉妹を描く表題作、ボロい二階建てのアパートに住む個性豊かな住民の日々を綴る「シキ零レイ零 ミドリ荘」、娘ばかり16人も産んだ母と娘たちの物語「母のいる島」、ラジオらしきモノを拾った子どものブログで始まる「おやすみラジオ」、ねぶたを題材にした「巨きなものの還る場所」の五編を収録。

 日常の中に潜む、ちょっと不思議な事柄と、それを受け入れて淡々と暮らしてゆく人々の姿が印象的な、地に足が付いた語り口の「ちょっと不思議」なお話が持ち味。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」のベストSF2015国内篇で堂々の7位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年11月28日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約260頁。今は創元SF文庫から文庫版が出ている。9ポイント43字×19行×260頁=約212,420字、400字詰め原稿用紙で約532枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくないし、あまりトガったSFガジェットも出てこない。ただ、オチで考えさせられる話が多いので、注意深く読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 題名 / 初出 の順。

うどん キツネつきの / 創元SF文庫『原色の想像力』2010年12月
 2010年第一回創元SF短編賞佳作。高梨家は三人姉妹。美佐と和江は高校生、洋子は中学生。その日、美佐と和江は生まれたばかりの子犬らしきモノを拾ってきた。パチンコ屋の屋上に捨てられていたのだ。母の秀美に怒られるかと思ったが…
 確かにぺスは変わった名前かもしれんが、人の事言えないだろおまいらw 実は大掛かりなSFネタを仕掛けているようでもあり、単に「ヒトはなぜペットを飼うのか」って話のようでもあり。のほほんとした語り口で、「それはそれでいいいんじゃない?」な気分にさせるあたり、この作家、なかなかのクセ者なのかも。
シキ零レイ零 ミドリ荘 / 東京創元社<ミステリーズ!>vol.48 2011年8月
 オンボロな二階建てアパート「ミドリ荘」。101号室の篠田のおっちゃんは、とんでもないホラ吹きで、車にはねられ入院した。102号室のグェンさんは真面目な娘さんで、ベトナムから介護の勉強にきた。103号室のタニムラ青年は大学三年生で本の虫。
 大家の孫ミドリと、母子家庭の子キイ坊、二人の子供の視点で話は進む。ワケありばかりの住民に囲まれながら、二人ともなかなかしっかりした逞しい子に育ってます。グェンさんと王さん、言葉は通じてもスレ違いは変わらないあたりが微笑ましい。にしても、エノキ氏、いったいどういう声を出してるんだろ?
母のいる島 / 河出文庫『NOVA6』2011年11月に加筆修正
 総合病院のある港町から、交通船で三時間かかる島。娘ばかり15人も産んだ母も、今回ばかりは危ぶまれ、満身創痍で16人目の杜夢を産んだ。三女の美樹は通信制の高校を卒業し、島を出て働きながら一人で暮らしている。妹の誕生で久しぶりの里帰りとなったが…
 16人姉妹それぞれ、名前に仕掛けがあるのに思わずニヤリ。よく考えたな母ちゃん。いや考えるってだけじゃ済まないんだけどw それでもブタクサ文句も言わず、逞しく育ってる姉妹が微笑ましい。忙しいながら、ちゃんと仕込むべき事は仕込んでる母ちゃんもさすが。
おやすみラジオ / 書き下ろし
 絵手紙教室の講師を受け持っている比奈子は、奇妙なブログを見つけた。書き手は小学四年生のタケシ。彼とブチョとピッチとヒメは、沢山のスイッチやツマミがある黒い箱を拾う。大人には内緒で、四人は箱を調べ始める。
 「小学四年生が書いたブログ」から始まる、ちょっと不思議な事件のお話。昔はネットと現実はスッパリと分かれていたけど、GoogleMap あたりから境がだいぶ曖昧になって、今はポケモンGOなんてのも出てきた。そういうアリガチな「回線の向こう側」をテーマに扱いながらも、この著者の独特の感性が、この人ならではの味を出してる。
巨きなものの還る場所 /  東京創元社<Webミステリーズ!>2014年8月
 昭和47年(1972年)佐藤伝蔵作、国引(→Google画像検索)は近代ねぶたの最高傑作と言われる。父が撮った国引の写真に感動した市哉は、ねぶた師の那美と杉造に手伝いを申し出た。祭りが終われば、傑作とされるねぶたも数年で解体される。参考のため郷土資料館を訪れた市哉は…
 これは是非、長編化しいて欲しい。中国の弔いに始まり、青森のド派手なねぶた、そしてアレやコレなどの美味しい素材をふんだんに使いながら、キモの部位以外を遠慮なく削ぎ落とし、たったの72頁にギュウッと凝縮した贅沢な作品。この短い頁数にも関わらず、主要なキャラはちゃんと立ってるあたりもさすが。

 全般的に、のほほんとしてトボけた味の作品が多い。裏では大きな仕掛けを使いつつ、表向きは家族の物語だったり、住んでいる街の風景だったりと、日常系の雰囲気が漂うのも、この人の特徴だろう。

 にしても、「巨きなものの還る場所」は、是非とも長編にして欲しいなあ。充分に星雲賞を狙える素材だし、今は亡き某氏の受賞作を彷彿とさせる、大傑作の臭いがプンプン漂ってる。

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2017年8月20日 (日)

仁木稔「ミカイールの階梯 上・下」ハヤカワSFシリーズJコレクション

「ご存知ですか。男女がそれぞれ同じ程度の暴力を振るった時、人はなぜか女の行為をより残忍だと感じ、恐怖します」
  ――上巻p156

「民族主義とは究極の純粋であり、決して到達し得ない純粋です。その追及は際限ないテロルの応酬か殲滅戦への道であり、すなわち破滅への道です」
  ――上巻p275

「おまえのために命を懸けた時から、あいつはおまえのものになった」冷然と述べた。「そして、おまえはあいつのものだ」
  ――下巻p259

「言葉の最大の強みは、保存も再生も容易なことだ」
  ――下巻p308

【どんな本?】

 「グアルディア」「ラ・イストリア」「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」と共に、未来史≪HISTORIA≫シリーズを成す作品。

 急激な遺伝子の変異を引きおこすウイルスの蔓延により、人類は多数の疫病に襲われる。人々はそれぞれの土地に引きこもり、少しづつ耐性を獲得して生き延びた。だが、遠方から訪れるよそ者は未知の疾病を持ち込むため、人の移動や交易は衰え、文明もまた滅びてゆく。

 舞台は25世紀の中央アジア、現キルギス・カザフスタン・中国の国境付近。旧文明の遺産を継ぐミカイリー一族は、マフディ教団と組んでいる。だが一族の後継争いが起こり、当主候補のミルザは、マルヤム&フェレシュテの母娘と共に亡命を試みる。目的地は中央アジア共和国のイリ州。

 彼らは赤髪の精鋭部隊(グワルディア)に捕えられた。イリ州の軍管区司令官のユスフ・マナシーの指令によるものだ。指揮をとったのは、中央政府より派遣さればかりの、政治将校のセルゲイ・ラヴロフ。

 これが、ミカイリー一族の秘密を握る少女フェレシュテと、赤髪の精鋭部隊の少女リューダの出会いだった。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2010年版」のベストSF2009国内篇で20位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 本文2009年5月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦2段組みで上下巻、本文約277頁+302頁=579頁に加え、あとがき4頁。8.5ポイント25字×19行×2段×(277頁+302頁)=約550,050字、400字詰め原稿用紙で約1,376枚。文庫本なら厚めの上下巻か薄めの上中下巻の分量。

 文章は比較的にこなれている。ただし、内容は、ちととっつきにくい。なんといっても、このシリーズ特有の設定がかなり凝っているためだ。また、遺伝学の知識が多少あったほうがいい。加えて、中央アジアやロシアの歴史に詳しいと、細かいネタが楽しめる。

 それと、残酷な場面が多いので、そっちの耐性が必要。

【感想は?】

 色々な読み方がある。大きな流れとしては、滅亡の縁にたつ人類のあがきだ。が、私はそれより、リューダとフェレシュテの百合物語として楽しんだ。

 リューダは精鋭部隊グワルディアの卵。グワルディアって名前が、デビュー作「グアルディア」を思わせる。また、この精鋭部隊の一族が、赤毛ってのも、ニヤリとしたり。確か赤毛は劣勢遺伝で、将来は滅びるんじゃないか、なんて話もあったり。

 にもかかわらず、過酷な歴史の中で生き延びてる、どころか一族揃って赤毛ってあたりに、「何か仕掛けがあるな」と匂わせてたり。また、精鋭部隊を名乗るだけあって、グワルディアは優れた身体能力・戦闘能力を持つ。いわば傭兵集団だ。究極の体育会系とでも言うか。

 対してミカイール一族は、旧文明の知識を受け継ぐ、知恵の一族。特にフェレシュテは、何かとんでもない秘密を持っているらしく…

 と、人間模様としてはこの二人を中心に、有象無象が絡みダイナミックに物語が展開してゆく。

 中でも存在感が大きいのが、ユスフ・マナシー。中央アジア共和国イリ州の軍管区司令官。この国、現ロシアの成れの果てらしく、ルースとかルイセンコ主義とか、ソレっぽい単語がチラホラ出てくる。はいいんだが、微妙に現代の言葉と意味が違ってるっぽいのが時代を感じさせて、雰囲気を出してる。

 地域で軍閥化が進んでいるのは、人の移動が制限されているためだろう。そんなわけで、地域に溶け込み土着化しているユスフ、ただでさえ腹の中が読みにくいロシア系が、更に複雑怪奇に屈折しまくってる。なかなか底を見せず、次々と隠し玉を繰り出す彼の本心がどこにあるのか、それも読んでのお楽しみ。

 そんなユスフのお目付け役として、中央から派遣される政治将校セルゲイは、ちと頼りない。地元で権勢をふるうユスフにとっちゃ煙たい存在なわけで、大丈夫かいなと心配になったり。おまけに性格が暗いしw

 他にもクセの強い人物が沢山出てきて、それぞれの勢力を率い争うお話なんだが、単純な勢力争いじゃないのが、この作品の大きな特徴。

 先のユスフにしても、地域のボスとして君臨しちゃいる。中央政府の干渉を煙たがってはいるようだが、「支配地域を広げたい」とか「中央に戻り出世しいたい」とかの、わかりやすい目的は持っていない様子。

 そのユスフに対抗するのが、マフディ教団と組むミカイリー一族。その当主候補ミルザは自ら逃げ出すし、もう一方の候補レズヴァーンときたら…。

 とかの何考えてんだかわからない連中が、陰険な策謀を巡らし、アチコチで凄惨な暴力場面が展開するなかで、単純に互いに求め合うリューダとフェレシュテの純愛?が光るわけです。

 SFとしては、やはり遺伝子操作技術が仕掛けの中心となる。が、それ以上に、文明が滅びロシアや中国など大国の影響が薄れた後の、中央アジア情勢って発想が楽しい。

 今でもアフガニスタンで紛争が絶えないように、中央アジアはユーラシアの要所だ。それだけに多くの民族や宗教がぶつかりあい、混じりあっている。今は中国やロシアなどの強国が力で抑えているけど、国家のタガが外れたらどうなるか。

 今でこそ辺境の印象があるけど、かつては交通の要所として栄えた時代もあるだけに、「歴史のif」の一つとしても、興味深い仕掛けを秘めている。

 設定は凝っているし、細かいネタも多い。ユーラシア史に詳しい人なら、更に楽しめるだろう。が、そんな難しい事を考えなくても、百合物語として充分にイケます、はい。

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2017年7月17日 (月)

小川一水「天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと PART1・2」ハヤカワ文庫JA

「跳ばないよ。彼らの一人でも残っているうちはね」
  ――上巻p330

「僕の、きっと究極の、敵だ」
  ――下巻p60

「――しかし、ヒトとはなんだ?」
  ――下巻p233

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・小川一水が全10部の予定で送る、壮大な未来史シリーズ第九弾。

 21世紀初頭、突然人類を襲った感染症・冥王斑。罹患者の大半は死ぬが、稀に生き延びる者がいる。人類の太陽系進出と共に、抑圧される罹患者たちは≪救世群≫として独立した社会を築きあげた。

 25世紀、≪救世群≫は異星人カンミアと接触、身体改造技術を受け強靭な肉体を手に入れ、また冥王斑を太陽系全体に拡散し、人類の大半を殺戮した。

 かろうじて生き残った小惑星セレスでは、少年たちが泥縄式に社会を築き上げてゆく。しかし≪救世群≫もセレスに到着、両者は互いに接触がないまま、セレスは太陽系を離れ何処かへ向かう。

 そして29世紀。セレスはメニーメニー・シープと名乗る世界が成立していた。そこに現れた≪救世群≫のイサリをきっかけとして、互いの正体を知らぬまま両者は衝突へと向かってゆく。

 だが、この両者の対立の奥では、全く異なる存在の思惑が蠢いていた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 PART1は2015年12月25日発行、PART2は2016年10月25日発行。文庫本の上下巻で縦一段組み、本文約324頁+382頁=706頁に加え、下巻に「最終巻の手前でのあとがき」4頁。9ポイント40字×17行×(324頁+382頁)=約480,080字、400字詰め原稿用紙で約1,201枚。上中下の三巻にしてもいい分量。

 文章は読みやすい。ただ、内容は相当に敷居が高い。SFなガジェットが次々と出てくるのもあるが、それより大長編小説の終盤だから、というのが大きい。

 今までに描いた多数のストーリー・ラインが合流し、様々な人々が集う巻なので、これから読み始めるのは無謀。ストーリー・アイデア・スケールすべての面で間違いなく傑作なので、素直に最初の「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ」から読もう。

【感想は?】

 気分は幻魔大戦(→Wikipedia)の最終回。それも平井和正+石森章太郎の漫画版。

 奇妙な異世界の冒険物を思わせながら結末で唖然とさせた「メニー・メニー・シープ」から始まり、現代を舞台としたパンデミック・サスペンスの「救世群」へと飛び…と、それぞれの巻ごとに全く異なる感触で楽しませてくれたこのシリーズ、ついに前の「ジャイアント・アーク」で見事に合流を果たした。

 が、そこに見えてくるビジョンは絶望的なものだった。ここでは、その絶望すら甘いと、更に厳しい状況へ登場人物たちを突き落とす。

 なんたって、それぞれの勢力や思惑を代表する者たちが、それぞれに厳しい重荷を背負っているのだ。

 未曽有の危機に瀕したメニー・メニー・シープで奮闘するカドム,狂える女王ミヒルに率いられた≪救世群≫から逃げてきたイサリ,創造者のくびきに囚われた≪恋人たち≫。加えて、自我は獲得したが書としての不備は抱えたままの異星人カンミア。

 いずれも問題を抱え、かつその解決は絶望的でありながら、チームとしてまとまればどうにかんありそうなのが憎い。

 とは言うものの、素直に「チームワークで行こう!」となならないのが、小川一水世界の厳しいところであり、漫画版・幻魔大戦から半世紀の時の流れを感じさせる。皆さん事情を完全に把握してないってのもあるが、それ以上に、各自の立場や利害があって、大ぴらにできることと出来ないことがあるのだ。

 などの事情を抱えながら、少しづつチームとしてまとまってゆく過程は、オトナの事情にまみれていながらも、王道の少年漫画の持つワクワク感に溢れている。むしろ互いの駆け引きがある分、緊迫感とリアリティが半端ない。

 このワクワク感の盛り上げに一役買っているのが、彼らの出自。

 医師のカドムはともかく。デムパを受信する羊飼い。人工的に身体を増強した≪海の一統≫。全く異なる姿に変えられた≪救世群≫。人造的に造られた≪恋人たち≫。そして、異星人のカンミア。

 彼らのどこまでを、ヒトと認めていいんだろう?

 それどころか、メニー・メニー・シープでは、同じヒト同志が、様々な勢力に別れ睨み合っている。今は争う余力すらないが、水面下では絶え間なく駆け引きが続き、また小競り合いも絶えない。そのメニー・メニー・シープ全体は、≪救世群≫と戦闘状態にある。

 とかのテーマに沿ったお話も面白いが、それと共に、懐かしい面々が続々と顔を出すのも、この巻の楽しい所。やはり奴らはただのヒッグスとウェッジじゃなかったw

 状況が状況だけに、アクション・シーンも多い。

 中でも派手なのが、第二次オリゲネス攻防戦で登場する「ンデンゲイ」。大変に偏った思想で造られたお馬鹿兵器なんだが、こういう「たった一つの性能だけを追求し他の全てを犠牲にした」シロモノって、私は大好きだ。費用対効果は、はなはだ疑問だけどw

 もう一つ、嬉しいアクション・シーンが、終盤で≪海の一統≫が突入する場面。ここに限らず、下巻では彼らが本領を発揮する場面の連続で、こういうフリーダムな奴らが、よくもまあ今まで狭苦しいメニー・メニー・シープで我慢してたなあ、なんて思ってしまう。

 そして、集った者たちが、圧倒的な現実に直面するラストシーン。

 これぞ、私を含め多くのファンが完結を諦めていた傑作、漫画版・幻魔大戦の最終回のラストシーンそのもの。

 著者によれば、最終パートは2018年に刊行とのこと。盛り上がった物語は、どこへと向かうのか。今から楽しみでしょうがない。

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2017年6月14日 (水)

黒石迩守「ヒュレーの海」ハヤカワ文庫JA

「ズバリ! 外に海を探しに行くんだよ!!」

ヒトは妄想で生きている。

【どんな本?】

2016年の第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作を、加筆訂正した作品。

 世界が“混沌”に覆われ、七つの序列国家だけが生き残った世界。無機物からなる生物CEMを発見した人類は、これを自らと融合させ、意識を通信媒体とするKUネットを得て、情報空間を基盤とする新たな現実 VR を獲得した。

 序列第三国家イラの第三都市ルプスは、約一千万の人口を養えるシリンダ型の閉鎖環境だ。うち八割の労働者階級は地下に住み、地上に住めるのは二割ほどの資本家階級のみ。サルベージ・ギルドは、地下に住む不正規技術者集団だ。優れた技術で“混沌”より情報を掘り出し、国家に提供する。

 少女フィと少年ヴェイは、若いながらギルドでも凄腕と認められつつある。フィが掘り出した、“混沌”以前の実写2D動画に映っていたのは、海。それが、騒動の始まりだった。

 危険に満ちた異様な世界と、そこに暮らす変異した人々の中で、海を求めて走り出す向こう見ずな少年少女と、二人を見守る大人たち、そして彼らが暮らす世界の姿を描き出す、思いっきり濃い長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約387頁に加え、第四回ハヤカワSFコンテスト選評9頁。9ポイント40字×17行×387頁=約263,160字、400字詰め原稿用紙で約658枚。文庫本としては少し厚め。

 文章は少々硬い。冒頭からルビを振った造語が遠慮なく出てくるなど、かなりとっつきにくく、相当にSFに慣れている者でないと、振り落とされる。しかも、その説明に使っているのが、ポインタだの構造体だのインスタンスだのといった、プログラミング用語。わかる人はニタニタしながら楽しめるが、そうでない人には辛いだろう。

【感想は?】

 そう、この作品はかなり読者を選ぶ。

 「プシスファイラ」もデジタル・ネットワーク用語ビシイバシでかなりキている作品だった。対してこちらは、プログラミング用語。ポインタだ防火壁だなんてのは可愛いもんで、ポリモーフィズムだ基底クラスだBOOSTだとか、かなり突っ込んだネタが次々と出てくる。

 単に言葉を借りてるだけなら「なんかカッコいい」で済むんだが、世界観やガジェットやトリックの説明で大事な役割を果たしてるんで、なかなかにタチが悪い。

 お陰でプログラマは「おお、アレをこう使うか!」とニヤニヤが止まらないが、そうでない人は、何が書いてあるのか、皆目見当がつかないんじゃないかと思う。そういう私も、作品の世界観はイマイチ把握しきれていない。

 なにせ彼らが住む都市ルプスの外は“混沌”に覆われている。混沌というぐらいで、その正体は判然としない。ここからギルドがサルベージしてくるあたりは、これまたサブカルにかぶれ厨二病の尻尾を断ち切れてない人にはたまらんネタを巧みに使ってて、「おお、そういう事か!」と妙に納得したり。

 そんなギルドで働く若者フィとヴェイは、いかにも今風のキャラ設定。気まぐれで向こう見ずな少女フィと、彼女に振り回されつつサポートは忘れないヴェイって性格付けで、涼宮ハルヒ以降って時代を感じさせる。ハインラインの頃だったら、性格は逆にしてただろうなあ。

 お話は二人を中心に進むが、脇役として登場場面は短いながら強烈な印象を残すのが、サンゴちゃん。いや本人はちゃんづけで呼ばれるのは嫌がるだろうけど。

 どっちかというと悪役の側なんだが、とにかくキャラが分かり易いのがいい。性格は徹底した脳筋な軍人で、無駄に声がデカいってのがいい。新任の士官候補生ながら、無類の忠誠心を持ち、またちょっとした特技もある。

 “混沌”が象徴するように、世界そのものが把握しにくく、また主人公の二人を除く他の登場人物も秘密を抱えている者が多い中で、サンゴのように単純で確固とした行動理念を持つ者が出てくると、物語の輪郭がクッキリしてきて、俄然ノリがよくなる。現実じゃ堅苦しい上に暑苦しくて、あまり近くにいて欲しくないタイプだけどw

 などの登場人物もさることながら、やっぱり最大の魅力は世界観だろう。その基盤となっているのが、無機物ながら生物でもあるCEM。単に生物ってだけじゃなく、ヒトとは全く異なる性質を持つケッタイな奴なんだが、ヒトはCEMと融合する道を選ぶ。

 ヒトがシームレスに仮想空間にアクセスできる物語は多い中、このCEMが生物って設定は、堀晃のシリーズを連想させるが、CEMの不気味さとヤバさはこの作品に独特のもの。単にヒトとは異なる生物ってだけじゃなく、その奥には底知れない淵が控えていて…

 そういったヤバさの向こう側から、何かをカスめ取ってくるサルベージ・ギルドの面々は、ストルガツキーのストーカーっぽいけど、ヤサぐれていながら妙に明るいあたりは、現代のハッカーたちの末裔に相応しい変人集団ぶり。マイペースな奴らながら、それぞれに得意分野が違ってて、互いの手腕を認め合ってたりするのも、チームとして気持ちよさそう。

 出だしから造語バリバリだし、仕掛けも大小とりまぜてんこもり。“混沌”を核とした世界観も、どこかモヤモヤした感が残るものの、SFとしての濃さは一級品。歯ごたえのあるSF小説が欲しい人にお薦め。

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2017年5月21日 (日)

早川書房編集部編「伊藤計劃トリビュート」ハヤカワ文庫JA

「だから怖いんだよ。狙ってすらいない」
  ――公正的戦闘規範 / 藤井太洋

「物語にならない事実は、記憶の中では意味を成さない」
  ――南十字星 / 柴田勝家

「人間の歴史がどんな風に終わるか、考えたことはあるか?」
  ――フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪 / 伴名練

そうさ、これは人類最後の麻薬王の話だ。
  ――怠惰の大罪 / 長谷敏司

【どんな本?】

 「虐殺器官」「ハーモニー」と傑作を発表しながらも、若くして亡くなった伊藤計劃を偲び、同年代の四人(藤井太洋,二木稔,王城夕紀,長谷敏司)と、その後継として期待される若手四人(伏見完,柴田勝家,吉上亮,伴名練)のSF作家の作品を集めたアンソロジー。「テクノロジーが人間をどう変えていくか」をテーマに、今後の日本SF界を担う作家が競う中・短編集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」で、ベストSF2015国内篇17位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年8月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約713頁と、塩澤快浩によるまえがき3頁。9ポイント41字×18行×713頁=約526,194字、400字詰め原稿用紙で約1,316枚。文庫本としては破格の厚さで、上中下に分けてもいい分量。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者。すべて書き下ろし。

公正的戦闘規範 / 藤井太洋
 新疆出身の 趙は、兵役を経て、上海の日系IT企業に入った。明日から長い休暇に入るので、同僚はみな浮かれている。幼い頃、よく遊んだゲーム“偵判打”を話題に出したが、誰も知らないという。そこにETIS(東トルキスタン・イスラム国)が放ったドローン、通称キルバグが現れる。AI制御だが、標的の選び方は適当で、ほとんど無差別に近い。
 盛んに中国に進出した外国企業の内輪を見事に暴く冒頭から、人民解放軍の少数民族対策、そして進化する無人兵器を絡めた、著者お得意の近未来テクノ・スリラー。ちょこちょこと入れたガジェットやエピソードが演出するリアリティと、そこから一歩踏み出したアイデアが生むセンス・オブ・ワンダーは短編でも切れ味が光る。兵蜂に、ちょっとだけ救われたw
仮想の在処 / 伏見完
 双子の姉の八音は死産だった。両親は生まれた赤子の脳を電脳空間に仮想化し、電子的な人格として育てた。両親も友達も八音を可愛がり、わたしは姉のおまけのように扱われた。だが人格を維持する費用の負担は重く…
 八音の妹、有香の一人称で語られる、重く静かな物語。社会の変化もテーマとして扱う短編が多いこの作品集の中では、「個々の人間」に焦点を当てて語っている点が異色かも。その分、自分の事として考えさせられる部分も強い。
南十字星 / 柴田勝家
 ボリビアのアンデス山脈、共和制アメリカの国境付近。本格的な戦争は終わったが、過激派に協力する地域住民も残っている。シズマは人理部隊の一員だ。民族主義者の考え方や組織を理解し、スムーズな和解を目指す、文化技官である。
 長編「クロニスタ 戦争人類学者」の冒頭部分。中心的な役割を果たすガジェット「自己相」が、やたらと便利で憧れる。いや英語を含め外国語はサッパリなもんで。恨みや悲しみなど、ない方が得だよね、と思う感情や思い出はあるけど、それを外科的にアッサリ捨てる気分になれるかというと、それもなあ…。
未明の晩餐 / 吉上亮
 壬生観憐の仕事は、死刑囚に最後の晩餐を供する事だ。食事に満足し、心の底から自分の死を受け入れれば、仕事は成功。大規模な気候変動に伴い、政府は鉄道網を大幅に改革し、従来の鉄道網は不法滞在者が住む廃墟都市となった。食材を買いに出た観憐は、二人の浮浪児を拾う。幸い次の仕事が入ったが…
 夕食後に読んではいけない。下腹に無駄な脂肪がついている身には厳しい作品。出てくる食事はもちろん、それを美味しそうに食べる場面も辛いw ちょっと調べたら、キジバトは免許がなくても捕って食っていいのね。もちろん、時期や得物など幾つかの制限はあるけど。
にんげんのくに Le Milieu Human / 仁木稔
 熱帯の森の奥に、彼らが暮らしている。彼らは他の部族と交わらず、出会えば殺した。彼ら同士でも、他の村や、時として同じ村の者とも殺し合った。そこに若い他所者の女が迷い込み、ある男の妻になり、男の子を産んだが、子が幼いうちに死んだ。子は異人と呼ばれ、後妻に疎んじられながら育つ。異人は精霊と巧く付き合い、村人とも折り合ってきたが…
 ≪HISTORIA≫シリーズの一作。濃密に描きこまれた「人間」たちの暮らしに、ドップリ浸かってしまい、しばらく心が日本に帰ってこなかった。「文明と戦争」や「繁栄」を読む限り、「人間」の暮らしは、それほど誇張されたものでもないみたいだ。というか、私たちの社会も、わかりやすい暴力こそないものの、本質的には似たような事をやってる気がする。
ノット・ワンダフル・ワールズ / 王城夕紀
 技術の天才エレ・ノイと経営の天才テール・ウィステリアが興したLel、ライト・エボリューション・インダストリー。基幹商品は二つ、適切な選択肢を示すeニューロと、選択に即応するeシティ。行き詰まった人類の突破口と期待される Lel が中心となり、都市は大きく変わってゆく。半年で50%のLel社員権を得たケンは、ニュースリリースの草稿が仕事だ。
 アップル社をモデルとしたようなLelを舞台として、人間とテクノロジーの関係を描く作品。既にAmazonの「よく一緒に購入されている商品」や Twitter の「おすすめユーザー」で、eニューロは現実となってるなあ。特に Twitter は、似たような人が集まるんで、快適な半面、次第に世間とズレていくんだが、それに気づかないのが怖い。とはいえ、みんなと店で食べる際に、なかなかメニューを決められない人に、eニューロは魅力的だろうなあ。
フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪 / 伴名練
 19世紀半ば。クリミア戦争で傷を負った俺は、スクタリの野戦病院で異様な女から治療を受ける。荒っぽいが手際のいい手術で俺の命は助かったが、隣の寝台の若い兵隊は運がなかった。消えた青年の行方を追う俺は、地下墓所を見つけた。そこには例の女と共に…
 「屍者の帝国」の雰囲気たっぷりに、切り裂きジャックやヴィクター・フランケンシュタインなどの常連が次々と登場する、トリビュートらしい作品。スチームパンクに対するオーガニック・パンクとでも言うか。狂ったアイデアと異様な風景に加え、虚実交えて意外な人の出演も楽しい所。
怠惰の大罪 / 長谷敏司
 ゲバラとカストロの革命が失敗したキューバ。今はメキシコと並ぶ麻薬の中継地として、多くのファミリーがしのぎを削っている。政府も警察も腐敗したこの国で、崇められるのは密売人だ。サーフハウスで働く傍らアメリカ人観光客相手に大麻を売るカルロスは、より儲けの大きいコカインを流してくれるよう警官と仲買人を兼ねるトニーに頼むが…
 長編の抜粋。掲載分だと、少しはSFガジェットも出てくるが、むしろ血なまぐさいノワール物として面白い。まっとうに生きても浮かび上がる望みはない、どころかいつ消されるか分からない社会で、才覚を武器に密売人として成り上がろうとする男カルロスの物語。ヤバい橋を絶妙のバランス感覚で通り抜け、情勢の変化がもたらす混乱に乗じ、手段を択ばず社会の階梯を駆け上がってゆく男の、ピカレスク・ロマン。大藪春彦

 書名通り、出口の見えない閉塞感やどうしようもない絶望感が漂う作品が多い。

 そんな中では、暗い話ばかりだと思い込んでた吉上亮の「未明の晩餐」が、ダークなトーンを漂わせつつも、ほのかな希望を匂わせてくれたのが意外。

 藤井太洋の「公正的戦闘規範」や長谷敏司の「怠惰の大罪」は、SFというより船戸与一や大藪春彦のような味わいがあって、生活感漂うディテールの細かさに圧倒された。「にんげんのくに」も、佐藤賢一の「ジャガーになった男」を、ちょっと思い出したり。

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