カテゴリー「書評:SF:日本」の169件の記事

2018年7月10日 (火)

菅浩江「五人姉妹」ハヤカワ文庫JA

「でも……みんな嘘」
  ――ホールド・ミー・タイト

「介護ロボットといいっても、介護をするほうじゃない。<中枢>は介護されるロボットを開発したんだ」
  ――KAIGOの夜

お祭りだ。秋祭りだ。五穀豊穣を寿いでみんなが幸せになる、華やかなお祭りだ。
  ――秋祭り

昔を今になすよしもがな
  ――賤の小田巻

【どんな本?】

 ソフトで口当たりの良い文章にのせ、今から少しだけ進んだ科学技術をガジェットとして使い、それが照らし出すヒトの心の屈折や鬱屈を容赦なく描き出す、菅浩江ならではの甘いながらも強烈な毒が詰まった短編集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2003年版」のベストSF2002国内篇14位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年1月に早川書房より単行本刊行。2005年1月15日にハヤカワ文庫JAより文庫版発行。文庫本で縦一段組み、本文約339頁に加え、加納朋子の解説「祈りにも似て」8頁を収録。9ポイント39字×17行×339頁=約224,757字、400字詰め原稿用紙で約562枚。文庫本としては標準的な分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。いや実は所々に凝った先端技術のネタも混じってるんだけど、ほとんど気にならないように甘い衣に包んであるのが、この人の特徴。なので、別にわからなくても小説としては全く問題ないです。

【収録作は?】

五人姉妹
 園川グループは、医療品も手掛ける。社長の一人娘の葉那子は、社の新製品である成長型の人工臓器を埋め込まれて育つ。もしもの時のために、生体臓器のバックアップとして、四人のクローンも育てられていた。父の死に伴い、葉那子は姉妹たちと初めて会い、会話を交わす。
 同じ遺伝子を受け継ぎながらも、個性豊かに育った園川葉那子・吉田美登里・小坂萌・海保美喜・国木田湖乃実の五人姉妹。それぞれに思惑と鬱屈、そして父への想いを抱えながら、何を語るのか。私は美登里さんが好きだなあ。
ホールド・ミー・タイト
 松田向陽美はアラサー。好きな仕事だが上司とは折り合いが悪い。職場では四人の部下がいる。電脳空間では、性別を偽ってホストのまねごとをしている。イケメンに化けて、女の子たちを楽しませるのだ。幸いにして評判はいい。
 逆パターンはよくある話で、出会い系でオッサンがサクラをやったり。お互い同性だとツボを心得ているんだけど、引きどころが難しいそうだなあ。それより私は水木さんみたくバーテンをやってみたい。だって粋で渋くてカッコいいし。ある意味、憧れの職業だよね、バーテン。
KAIGOの夜
 世界は<大患>から立ち直り始め、多少は余裕ができたのか、<中枢>は一年前に個性尊重令を出した。フリーライターのユウジに連れられ、ケンは取材へと向かう。<中枢>は介護「される」ロボットを開発したという。そのロボットの所有者に会いにゆく。
 敢えて手間暇かけて面倒をみるってのは、楽しみの一つかもしれない。「たまごっち」や「プリンセス・メーカー」など、育成ゲームはあるけど、看取りゲームってのはさすがに知らないなあ。敢えて言えば「俺の屍を越えてゆけ」が…いや、だいぶ違うか。育てゲームは先に希望が見えるけど、看取るのは行き止まりなだけに、本質が露わになるのかも。とは別に、オチはロジャー・ゼラズニイの傑作を思わせたり。
お代は見てのお帰り
 バート・カークランドは、十歳の息子アーサーを連れ、ラグランジュ3にある博物館惑星<アフロディーテ>を仕事で訪れた。今は大型企画として大道芸人フェスティバルが開催中。風船芸人,ジャグラー,ダンサー,マジシャンなどが芸を披露するが、アーサーは顔をしかめ…
 「またSFなんてくだらない物ばかり読んで!」と、親からお小言食らって育ったSF者には身に染みる出だし。が、そこにもう一ひねり入ってるあたりが、面白いところ。一時期は大道芸ってあまり見なくなったけど、最近は駅前で歌う若者を見かけるようになった。やっぱり生の歌ってワクワクするよね。
夜を駆けるドギー
 別に大きなトラブルを抱えてるわけじゃない。でも家でも学校でも、どうもシックリこない。目立たぬよう日々をやり過ごしている。ネットではコープス=死体と名乗り、腕利きのHANZと組んでサイトを立ち上げた。テーマはドギー、犬型のマシン・ペットだ。
 「逝ってよし」など、あの頃の2ちゃんの雰囲気を、こんな風に見せつけるのは酷いw コープスのイタさもあって、今となってはムズ痒くてのたうちまわりたくなるw どころか、このブログの昔の記事もなかなかアレなんだが、それを気にしたら負けだw
秋祭り
 巨大なドームに覆われ、土壌も気候も完全に制御された、大規模な農業プラント。作業の大半は機械化されているが、立地が辺鄙なため、後継者が足りない。募集に応じた林絵衣子と高津ムサシは、木田に案内されて見学を続ける。今日は年に一度の秋祭りだ。
 イマドキのスーパー・マーケットは、作物の旬が全くわからない。さすがにスイカや柿は季節によるけど、キャベツやタマネギはいつ行っても売ってるし。改めて考えると、昔の農業ってのは、凄まじく賭け金のデカいギャンブルだよなあ。なんたって一年の年収、どころか下手すっと命が賭かってるんだから。
賤の小田巻
 AIターミナル。老人用の終身保養施設。入所者は頭蓋手術を受け、常時AIにサポートされる。AIは老人たちに心地よい仮想現実を与え、代償として人格パターンを学ぶ。入江雅史の父親、入江燦太郎は大衆演劇の人気役者だったが、座を解散してAIターミナルへ入所した。最後の演目は「賤の小田巻」。
 老いて肌には皴がより、それでも舞台の上では女形として若い娘を演じ続けた燦太郎と、それに反発し芸の道を離れた雅史。ありもしない楽園を入所者に見せ、また訪問者には居もしない若い姿の入所者を見せるAIターミナル。存在しない娘を舞台に現出させる役者。そういえば、作家も、見てきたような嘘を吐く商売だなあ。でもって、読者は「もっと騙してくれ」とせがんでたり。
箱の中の猫
 ISS。国際宇宙ステーション。90分で地上400kmを周回する、宇宙開発の拠点。守村優佳の恋人は、そこにいる。十日に一度、普久原淳夫から通信が入る。遠距離恋愛とはいえ、方向が高さとなると、はるかに遠い。エリートでありながら、淳夫は優佳の仕事、保育士に敬意を払い…
 なんと Wikipedia には「宇宙に行った動物」なんて記事もある。みんな実験用で、さすがに猫はいない。やっぱり猫は実験に向かないよねえ。もちろんネタはシュレーディンガーの猫なんだけど、「箱を開ける」の解釈が見事。
子供の領分
 僕はマサシ。記憶喪失で、十歳ぐらい。山奥の孤児院にいる。訪問者は月に一度、ドレイファス医師が来るだけ。一緒に住んでいるのは五人。妊娠中のマリ先生、11歳で喘息持ちのアキヒコ、14歳でお姫様気取りのカナエ、8歳でガキ大将のコウジロウ、5歳でバレリーナに憧れるリィリィ。
 どっかで聞いた事のあるタイトルだと思ったら、ドビュッシーの曲だった(→Youtube)。リィリィはともかく、他の三人はなかなかに鼻持ちならないクソガキ揃い。が、読み終えて改めてそれぞれの性格を見ていくと、うーむ。マサシから見ると、そう見えるんだろうなあ。

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2018年6月 8日 (金)

宮内悠介「あとは野となれ大和撫子」角川書店

「これから、どうなるんだろうね……」
「ま。なるようになれ、よ」
  ――p54

【どんな本?】

 干上がったアラル海の東にある小国、アラルスタン。ソ連崩壊のドサクサで生まれた、中央アジアの内陸国だ。塩に覆われ干上がった土地を、“最初の七人”と呼ばれる開拓者が切り開き、様々な民族や難民がが集まり、文化が交わる国家を創る。

 小国ながら中央アジアの緩衝地帯として発展を目指し始めた時、二代目大統領のパルヴェーズ・アリーが暗殺される。周辺国は虎視眈々と侵略の機会を狙い、国内では保守的な反政府組織アラルスタン・イスラム運動が暴れる隙を窺う。

 この危機に、議員たちは我先に逃げ出し、議事堂は抜け殻となった。政治空白が長引けば、アラルスタンは戦火に覆われるだろう。自らを、そしてアラルスタンを守るため立ち上がったのは、後宮の女たちだった。

 シリアスなSFから破天荒なギャグまで、七色の芸風で読者を惑わす宮内悠介による、美女と美少女が活躍する痛快娯楽活劇。

  SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇で5位にランクイン。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年4月21日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約370頁。9ポイント43字×21行×370頁=約334,110字、400字詰め原稿用紙で約836枚。文庫本なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらいの分量。なお初出は文芸カドカワ2015年11月号~2016年8月号。

 文章はこなれていてとても読みやすい。内容も、とってもわかりやすい。多少SFっぽいガジェットが出てくるため、一応SFとしたけど、お話の筋を追う分には理科が苦手でも大丈夫。女の子が大活躍するライトノベルを期待して楽しもう。

【感想は?】

 これはぜひ映像化して欲しい。中央アジア版ストライク・ウィッチーズとでも言うか。

 とにかくお話が波乱万丈で捧腹絶倒。なにせ一国の危機に後宮の女たちが立ち上がる、なんて話だ。無茶苦茶といえば無茶苦茶だが、一応の辻褄は合わせてある。後宮とはタテマエで、その実はエリート養成所。見どころのある娘たちを集め、将来の指導者層を密かに育てていたのだ。ナニそれ面白い。

 そんな彼女たちに、次から次へと災難が降りかかる。最初から、庇護者たる大統領が殺され、彼女たちは後ろ盾を失う。

 いかなエリートの卵とはいえ、政治的な立場は無に等しい。しかも、元は無人の荒野を最新技術で開拓した人造国家。政治体制が未熟なのは、議員たちの逃亡でヒシヒシと伝わってくる。新しい国だけに、国民の一体感も乏しい。

 それもそのはず、なんたって、“最初の七人”の方針で、世界の各国から移民・難民を受け入れて創った国家だ。国際色豊かと言えば聞こえはいいが、有象無象が集ってるだけで、国民意識みたいなモノは育ち切っていない。

 ばかりか、困った事に、各国のお尋ね者やテロリストも集まってきている。特に保守的なアラルスタン・イスラム運動は、議会政治にも参加せず武力による政権奪取を狙い…

 と、八方ふさがりの状況を、己の命と国家の存続をかけ、後宮の女たちは知恵と度胸とハッタリで切り抜けようとするのだが…

 などの状況の背景となる、中央アジアの複雑怪奇な舞台設定が、これまた宮内悠介らしいマニアックさで。

 もともとはムスリムが多い遊牧民だった。しかし帝政ロシアとソビエト連邦の膨張で飲みこまれ、政治的にも宗教的にも変革を余儀なくされた上に、アラル海の縮小など困ったツケまで押し付けられる。

 他にもチェチェン紛争など、旧ソ連の遺産がアチコチに仕込まれていて、国際政治マニアは「アレをこう使うか~」と唸らされるばかり。こういった所は故船戸与一を彷彿とさせる点だが、あくまで明るく前向きな所が、船戸与一との芸風の違いかな。

 そう、そんな舞台や状況の中で、もがきつつ暴れまわる後宮の女たちの魅力こそが、映像化を望む最大の理由。なんたって、主人公たちは、複雑な国際情勢を反映して、かなり重い過去を背負ってるんだけど。

 紛争で孤児となった日本人のナツキ。リーダーシップあふれる委員長タイプのアイシャ。一匹狼で食いしんぼのジャミラ。引っ込み思案だがアレな趣味を持つジーラ。他にも眼鏡っ娘やら幼女やらお局様やら、楽しい面々がいっぱい。

 さすがに中央アジアが舞台なので、露出度はチト期待できないが、そこはカラフルでバラエティ豊かな衣装でカバー。加えて、中央アジアの乾いた空気を感じさせる音楽にも期待したい。

 「マッドマックスかよっ!」と突っ込みたくなる首都攻防や、ドタバタ続きの舞台など、勢いのあるアクションやギャグも満載で、読み始めたら頁をめくる手が止まらない。重くマニアックなネタを随所に散りばめながらも、不思議と軽い雰囲気で一気に読ませる、ひたすら楽しい娯楽活劇だった。

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2018年5月29日 (火)

大江健三郎「同時代ゲーム」新潮社

とんとある話。あったか無かったかは知らねども、昔のことなれば無かった事もあったにして聴かねばならぬ。
  ――第二の手紙 犬ほどの大きさのもの

【どんな本?】

 メキシコの大学で日本の文化を教える男が、六通の手紙を送る。彼は四国の山奥で生まれ育った。幼い頃より父=神主から伝えられた、村=国家=小宇宙の神話と伝説を、記す時がついに来たのだ。「壊す人」の巫女となった双子の妹に宛て、彼は創建のいきさつから語り始める。

 創建者たちは、藩から追放された者たちだった。港から船に乗せ海に追いやられた者たちは、藩を欺いて、隠れた河口を見つけ出し川を遡り、山奥へと向かう。行く手をふさぐ大岩塊または黒く硬い土の塊りを爆破し、伝説の地となる谷間と「在」にたどり着く。

 悪臭と大雨と洪水に始まる開拓。村=国家=小宇宙の社会に破壊と創造をもたらす大怪音。幕末から維新にかけての三度の一揆。維新政府に対し独立を守る策略。大日本帝国を相手に戦った五十日戦争。

 そんな伝説の中で、創造の神話から全体を通し、何度も再生を繰り返すように異様な存在感を誇る「壊す人」。それぞれの家に祀られているメイスケサン。村=国家=小宇宙と、それを囲む森をめぐる「死人の道」。森の奥にひそむ怪物フシギ。そして、父=神主から始まる、彼ら家族の生涯。

 大江健三郎の奔放な想像力が紡ぎ出す、壮大で生命力に満ちた物語を、双子の兄が妹に送る手紙の形で綴る、奇想天外なファンタジイ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1979年11月25日初版発行。私が読んだのは1979年12月20日の2刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約487頁に加え、巻頭に大江健三郎と加賀乙彦の対談「現代文明を風刺する」8頁を収録。9ポイント43字×21行×487頁=約439,761字、400字詰め原稿用紙で約1,100枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。なお、今は新潮文庫より文庫版が出ている。

 文章は比較的にこなれている。が、物語そのものは、かなり読みづらい。

 まず、幾つもの話を並行して語っていて、時系列的も混乱していること。書き手の近況,書き手や家族の過去,村=国家=小宇宙の歴史上の様々な事件などが、ブツ切りになって出てくるので、物語や登場人物の全体像が掴みにくい。

 また、近親者に向けた手紙の形をとっているためか、最初のうちは意味不明な言葉や文章が、説明なしにポンポン出てくる。特に最初のうちは背景事情も掴めないので、かなり辛抱強く読む必要がある。

 加えて、一人称の物語でもあり、語り手が少々信用できない。加えて…

【感想は?】

 許容量の広いSFでさえ持て余しかねない怪作。

 敢えてレッテルを貼るなら、民話風ワイドスクリーン・バロック大作とでも言うか。語られる物語、描かれる情景は、四国の山奥なんて狭くるしい舞台ながら、奇想に満ちており、時として壮大ですらあったり。

 四国の山奥なんてキーワードは、いかにも陰惨な猟奇の匂いがする。が、それより、隔離された一種のユートピアを成立させうる場所として選んだようだ。というか、単純に著者が四国を好きなのかも。

 確かにいきなり「恥毛のカラー・スライド」とか出てくるし、語り手がやたらと妹の尻にこだわっていたりと、そういう要素はある。また舞台となる村=国家=小宇宙も、最初は悪臭漂う地だったように、糞尿ネタもちょくちょく出てくる。

 が、いずれも、あまり暗い雰囲気はなく、旺盛な生命力の一つの側面だったり、または再生に必要な肥えのような役割だったり。

 それより何より、個々のエピソードが、とにかく波乱万丈にして奇想天外。舞台のを見つける場面からして、娯楽映画に欠かせない大爆破・大洪水で始まるし。今思えば、これも小宇宙の誕生に相応しいビッグバンを象徴しているのかも。

 その後も、活力を持て余す巨人やら、大怪音やら、冬眠機械やら、五十日戦争やらと、奇矯な話が続々と、ただし語り手の近況報告を交えながら、次々と出てくる。

 中でも痛快なのが、五十日戦争だろう。

 時は太平洋戦争開戦の前夜。それまで村=国家=小宇宙は、政府を謀り半ば独立を維持してきた(この策略も実に無茶苦茶で楽しい)。しかし挙国一致を求める大日本帝国は、支配を強めんと一隊を差し向ける。これに対し独立を守ろうと住民たちは立ち上がり…

 やたらと個性的な登場人物たち、地の利を生かした住民たちのゲリラ戦術、それに翻弄され散々な目に合う軍の将兵、彼らを率いる生真面目な「無名大尉」。遊びを応用した攪乱作戦で活躍する子どもたちや、俘虜になってさえ尋問者を翻弄する大人たちが、いかにもこの地の住民らしくていい。

 そして、そんな村=国家=小宇宙の歴史を通じ、何度も蘇るかに見える創建の立役者「壊す人」。

 名前すら残っていないってのも不思議だし、呼び名の「壊す人」ってのも何か奇妙だ。が、時代の節目に現れては今までの社会構造を変える役割を果たすわけで、そういう意味では「壊す人」でいいのかも。そもそも最初の活躍からしてアレだし。

 などの神話・伝説と共に、語り手の近況も綴られてゆく。これまた最初のうちは何がなんやらよく分からないんだが、家族の生い立ちと近況に至るに従い、彼ら家族の個性的ながらもエネルギッシュな生き方が見えてくる。

 これも今から思えば無茶苦茶なようだけど、「麻雀放浪記」とかを読むと、戦後の混乱期はそんなもんだったんだろうなあ、と思ったり。

 いずれにせよ、語られるのは神話と伝説だ。真偽を突き詰めてもしょうがない。そもそも一人称の語りだから、信用性には疑問があるし、冒頭の引用にあるように、創られまたは飾られたエピソードもある。ばかりか、次第に明らかになるように、語り手に伝える父=神主もまた…

 と、語り口のトリックも相まって、読み解くのは相当にシンドい。特に序盤は、「壊す人」らの前に立ちふさがる「大岩塊または黒く硬い土の塊り」がごとき難所が続く。が、その奥に潜むイメージの奔流は、風刺なんて言葉に収まるほど可愛いシロモノではなく、夜ごと脳内で暴れまわりかねない凶暴さを秘めている。

 読尾見通すにはそれなりの覚悟と時間が必要だ。気力体力を充実させて挑もう。

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2018年4月26日 (木)

谷甲州「エミリーの記憶」ハヤカワ文庫JA

 「死神殺しさ。戦場にあらわれては、死神を殺してまわる神様もいるらしい」
  ――死神殺し

「奴らが攻撃をしかけてくるときは、いつも同じだ。連絡がないんで様子をみにいったら、部隊は全滅している。生存者はいない。何カ月もかけてつくった前進キャンプが、一晩でつぶされたこともある」
  ――猖獗戦線

「あの街は、ぼくの街です」
  ――ぼくの街

「私はL(ララ)。道化師のLよ」
  ――L

【どんな本?】

 ベテランSF作家の谷甲州が、今はなきSF雑誌のSFアドベンチャー(SFA)に寄稿した作品から、宇宙SF以外の短編を集めた作品集。

 航空宇宙軍史や山岳アクションなど、シリーズ物や長編では硬派な作風が多い著者だが、この作品集では、仮想現実や超能力や記憶トリック、淡いボーイ・ミーツ・ガールからヌルヌルのポルノまで、幅広い芸風が楽しめる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は1994年7月に徳間書店より単行本で発行。文庫版は2006年5月15日にハヤカワ文庫JAより発行。文庫本で縦一段組み、本文約420頁に加え、あとがき10頁+文庫版のためのあとがき3頁。9ポイント39字×17行×420頁=約278,460字、400字詰め原稿用紙で約697枚。文庫本としては少し厚め。

 文章はいつもの谷甲州で、短く端的な表現が多くて読みやすい。ガジェットも特に凝ったものは出てこないので、あまり構えなくていいです。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出。

逝きし者 / SFA1986年10月号
 いつも見る夢。地面に横たわったまま、俺を見あげる俘虜。その肩には、すでに血の乾いた銃創。俺は俘虜を尋問している。所属部隊を、現有兵力を、隊長名を、司令部との連絡方法を、隣接部隊名を尋ねる。
 航空宇宙軍シリーズの外伝のような作品。アッサリと平野部を制圧した航空宇宙軍の陸戦隊だが、敵は湿地帯に潜みゲリラ戦を展開する。戦記物を読むと、同じ戦場を描いた作品でも、著者により、書かれている内容が全然違ってたりする。そういう混乱がよく出ていると思う。
死神殺し / SFA1987年3月号
 敵の攻撃を受け、海防艦は沈む。なんとか脱出には成功したものの、助けが来る気配はない。浮遊物にしがみついて一昼夜。周りに陸はおろか、他の浮遊物もない。仲間も力尽きて波間に消えた。おまけに天候も悪化の兆しが見える。そんな時、ゆっくりと近づいてきたのは…
 海で、ジャングルで、極寒の惑星で。様々な戦場で、兵士は死んでゆく。その死の間際に彼らが思うのは何か。同じ死ぬにしても、ジワジワと死ぬ餓死や、苦しい溺死は嫌だなあ。
猖獗戦線 / SFA1989年4月号
 雨がふりつづき、地面はぬかるむジャングルを切り開き、設けられたキャンプ。植物の成長は異様に早く、気を抜けばゾラゾラと呼ばれるシダに似た植物に占領されてしまう。攻撃の起点となる最終キャンプの一つ前、第四キャンプのソベリン一等兵は、最終キャンプ壊滅の報を聞く。
 ベトナム戦争の米軍も、こんな苦労をしたんだろう、と思うような暑苦しい風景の中で展開する、異星の戦場の物語。優れた装備が役に立たなければ、敵の正体もよくわからず、どころか戦争の目的すら判然としないあたりも、ベトナム戦争そのまんま。
竜次 / SFA1989年5月号
 二人の警官に追われる竜次。うち一人が竜次に拳銃を突きつける。その時、竜次の双眸が光を放ち…
 「竜次」って名前で、ヤクザ物、それも下っ端の若いチンピラかな、と思ったら、やっぱりそうだった。映画「竜二」の影響だろうか。当然、私も竜次は金子正次をイメージしながら読みました、はい。お話は全然違うけど。
過去を殺した男 / SFA1987年7月号
 シミュレータで訓練する警官。設定はこうだ。一般市民の多い市街地に、武装した五人の凶悪犯が潜んでいる。可能なら逮捕、抵抗したなら発砲も許可。同地区にほかの警官もいるが、連絡はとれない。まず凶悪犯の一人目を射殺し…
 「戦争における[人殺し]の心理学」によると、たいていの人は他の人を殺すのを強く嫌い、戦場でも発砲するのは10人中1人ぐらいだとか。それを克服するためには、リアルなシミュレーションの効果は大きくて、だから警官もリアルな人形で訓練してるそうな。
ぼくの街 / SFA1989年3月号
 この街に引っ越してきて、もう一年ぐらいになる。この街のことなら、なんでも知っているし、だれとでもしたしくしている。そこに若い警官がやってきた。新しく赴任してきたばかりで、まだ街に慣れていない。ぼくは彼に話しかけ…
 これまたシミュレーションを扱う作品だが、今回の舞台は普通の市街での普通の暮らし。セカンドライフより更にリアルだけど、そこに居る人の大半はコンピュータが創ったNPC。もう少しAIが進歩したら、MMOもNPCをサクラとして使うようになるのかなあ。
エミリーの記憶 / SFA1989年7月号
 あまり流行っていないバーで、エミリーと出会った。見た目は十五、六歳に見えるが、今の簡易美容整形技術ファンダメンタル・メイクなら幾らでも誤魔化せるし、最近はそういうのが流行ってる。エミリーの手にあるのはジョイン・ラブ用のカクテル。
 いつもは軍事物や山岳物など、硬派な男の世界を描く著者が、果敢にも挑戦したポルノ、それもロリータ物。しかも描写に工夫があるんだけど、それは読んでのお楽しみ。
L(ララ) / SFA1989年3月号
 しょっちゅう引っ越してばかりの少年時代。その年の夏休みは、海沿いの地方都市にいた。海ぞいに広がる、人気のない松林が気に入っていた。後で知ったのだが、その松林でむかし自殺した人がいるらしいい。ララと会ったのは、その松林の中だ。
 幼い頃は引っ越しばかりで親しい友達もできず、でもそれなりに人付き合いの妙は心得た少年。少年、夏の青い空、海のそばの街、そして謎の若い女といった定番風の道具立てを使いつつ展開する、幻想的な作品。ひとりで居ることに慣れた者には、色々と突き刺さってくる。
子どもたちのカーニバル / SFA1989年11月号
 長女の摩由は、ことし小学校にあがったばかり。その摩由が、担任の山崎と一緒に帰ってきた。服は泥だらけで、手足にも傷があり、泣きじゃくっている。山崎を問いただすが、どうも要領を得ない。
 最近話題の「いじめ」を扱った作品。子どもには子どもの社会とその掟hがあるんだけど、そういうのって、なかなか大人からは見えない。その見えなさ具合が、うまく書けていると思う。
宗田氏の不運 / SFA1989年9月号
 きっかけは半年ほど前。まずは靴紐が切れた。万年筆のペン先が折れ、エレベーターに乗り損ね、忙しい時に間違い電話がかかってくる。幸か不幸か、その日は早くに体があいたので、普段は行かない店を幾つかハシゴした末に、その男に出会った。
 ちょっと「笑ゥせぇるすまん」に似た雰囲気の作品。順風満帆だった男が、場末の飲み屋で胡散臭い奴と話をしたのが運の尽き…と思ったら。フレドリック・ブラウンやロバート・シェクリイやリチャード・マシスンなど、50年代のアメリカSF風のネタを、和風に仕上げた感じ。
十年の負債 / SFA1989年6月号
 30過ぎで素寒貧の男が、六畳一間のアパートでラーメンをすすっている。そこにいきなり見知らぬ婆さんが現れ、貸した十年を返せと言う。
 これまた古風なアメリカSF風のネタを和風に仕上げた話。とはいえテキサスを舞台にジョー・R・ランズデールあたりが書いたら、やっぱり今でも充分に通用しそうなんで、普遍性をもったネタなんだろう。にしても、嫌な普遍性だw
神の存在 / SFA1989年8月号
 「あなたは神の存在を信じますか」。二日酔いの頭を抱え、ノコノコとドアホンの呼び出しに応じたら、お馴染みの文句と共に来た女は、思った通り化粧っ気のない地味な女だった。だが、意外な事に次の言葉は…
 新聞の売り込みやケッタイな商品のセールスと並び、皆さんお馴染みの宗教勧誘。いずれも最初は正体を隠して話を始めるので、はなはだタチが悪い。やはり懐かしいアメリカSF短編風でもあり、また70年代あたりの日本SF短編のようでもあり。
響子と陽子 / SFA1988年4月号
 「人を一人、消していただきたいのですが」。依頼人は、若い女。俺は個人営業の興信所、つまり探偵だ。幸い幾つかの企業と長い付き合いもあり、今は特に金にも困っていない。あまり物騒な仕事は引き受けたくないのだが…
 ハードボイルドの王道、私立探偵物。ただし掲載誌がSFAだけあって、ちょっと奇妙な能力がある。オケラじゃなく、企業相手に安定した収入がある所が独特だが、確かにこんな能力があれば便利だよね、色々と。
消えた女 / SFA1988年7月号
 「私の過去を、さがしていただきたいのですが」。今度の仕事は、得意先からの紹介だけに断りにくい。依頼人は30半ばの男、高野典夫。それなりの企業の中間管理職だ。二年前の春から秋にかけて、記憶がゴッソリ抜け落ちている、と言う。
 前の「響子と陽子」に続く、私立探偵もの。このままシリーズを続けていたら、山岡由美はレギュラーになったんじゃないかなあ。

 航空宇宙軍史や「星を創る者たち」のように、先端テクノロジーを扱いながらも油臭さが漂う作品が多い人だけど、それとは全く異なる意外な一面が見えるのが興味深かった。

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2018年4月22日 (日)

津久井五月「コルヌトピア」早川書房

 信じている。この現実に隣り合うようにして、目を覚まそうとしているもうひとつの現実があることを、同時に、全く同様に信じながら。
  ――p7

【どんな本?】

 2017年第五回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作「コルヌトピア」を加筆訂正した、長編SF小説。

 2084年。改造した植物=フロラを、計算資源として使う技術が発達した。東京は、直径30km・幅500m~3kmの緑地帯=グリーンベルトで周囲を囲い、巨大な計算資源として使っている。更に、フロラが使う電力用に、植物の根に集まる微生物を利用する緑地発電システムの活用も始まっていた。

 フロラの開発・設計・運用改善を請け負う企業の調査室に勤める砂山淵彦は、グリーンベルト内で起きた小規模火災の調査に駆り出される。ボヤは起きたのは、緑地発電システムの試験運用区域だ。同じチームにいた折口鶲(ひたき)は、多くの植物種をフロラ化した実績を誇る植物学者で…

 緑に囲まれた未来の東京を舞台に、ヒトと環境の関係を描く、長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年111月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約176頁に加え、「第五回ハヤカワSFコンテスト選評」6頁。9ポイント40字×16行×176頁=約112,640字、400字詰め原稿用紙で約282枚。文庫本なら薄い一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。庭いじりが好きな人と、東京またはその近郊に住む人は、ニヤリとする場面が多い。

【感想は?】

 なんか悔しい。

 なんといっても、舞台の風景がいい。コンクリートジャングルの大都会・東京が、大きな森に囲まれている。だけでなく、そこに建つ建物にも、盛んに緑が生い茂っている。

 似たような風景は、池上永一の「シャングリ・ラ」にもあった。が、「シャングリ・ラ」だと、温暖化の影響もあり、かなり荒々しくて猛々しく、ヒトの手に負えない緑だった。

 対してこの作品では、もともと計算資源として使うため人工的に造った緑地帯なだけに、手入れの良さを感じる。というか、実際、かなり細かく手入れしてるんだけど。主人公の砂山淵彦がボヤの調査に赴く場面でも、ヒトが森を丁寧に管理している様子がうかがえる。

 今のインターネット&コンピュータは、大雑把に言って、三種類の計算資源から成り立っている。一つは、大量のサーバを集めたデータセンター。もう一つは、皆さんが使うパソコンやスマートフォン。その間に、企業全体や部署のネットワークやファイルを管理する小規模のサーバ。

 そのデータセンターに当たるのが、東京を囲むグリーンベルトだ。これも魅力なんだが、小規模サーバに当たるシロモノが作り出す風景も、実にユニークで面白い。

 データセンターがフロラ化しているように、小規模サーバもフロラ化してる。もちろん筐体は植物だ。ってんで、あなたが勤めるオフィスにも、緑が生い茂っている。当然ながら、植物には日光が必要だ。だから、フロラに光を与えるために建物にも工夫が凝らされ…

 そんなわけで、表紙にもある新宿の風景が、私にはとっても楽しかった。表紙が描いているのは西口の都庁を中心とした高層ビル群で、これをいかに効率的にフロラで覆うかの工夫も楽しい。

 それ以上に、今のゴミゴミガチャガチャした東口の変貌が、もうねw 実に斬新だよなあ、こんな新宿。新宿がコレなら、渋谷や池袋や浅草はどうなる事やら。秋葉原は、フロラ市場と化すんだろうか。石丸電気も高層の温室に建て替えたりしてw

 などと脱線したが。このフロラ化の理屈も、「アレをそう使うか!」と盲点を突いたもの。最初はちょっと無理があるかな…と感じたのだ。が、読み進むうちに、どうも私の早とちりではないかと疑惑が沸いてきた。

 実はもっと細かい設定はあるんだけど、それ書いちゃうと早口でしゃべるオタクみたいでウザくなり、小説としてのバランスが取れない。そこで敢えて控えたんじゃないか、と。

 これが悔しい。だって「フロラ」って発想が、滅茶苦茶に面白いんだもん。

 今のコンピュータは、ハードディスクの一画が壊れたら、普通はデータを失う。この作品では、冒頭からボヤでグリーンベルトの一画を失っている。が、それで、データを失ったわけじゃなさそうだ。

 たぶん、現在のRAIDみたいな形で、同じデータのコピーを幾つかの区画に置き、保険をかけてるんだろう。焼け落ちた区画は試験運用区域なんで、より慎重に保険をかけていた、または保険のためのコピー用区画だったと考えれば、辻褄はあう。

 演算速度もちと不安があるんだが、これも大量の計算資源を動員した並列処理で、モノによっては補える。例えば、ORACLE など高価な商用DBMSで管理する大規模なデータベースで、多くの表を組み合わせる負荷の高い問い合わせなどは、フロラと相性がいいと思う。

 作品中では全く別の使い方をしてるけど、Oとかのオーダーで爆発的に演算量が増えてくって点は同じだから、そういうモンだと思ってください。

 とか長々しく語っちゃったけど、今なら「クラウド」の一言で表せるから便利だ。いや私もクラウドの意味、よく分かってないけど。で、そういう「隠した設定」を、たった一言で済ましちゃってるあたりが、とっても悔しいのだ。そういう所が美味しいのに。

 とか思ってたら、終盤に入って話は意外な方向に広がる可能性を示唆して終わる。選評では、「受賞後に大胆な書き換えを試みた」が「出版には間に合わなかった」とか。それもまた悔しい。すんげえ読みたいぞ、その風景。

 新宿駅東口のゴチャゴチャした風景を見慣れた人にお薦め。あの風景がこう変わるかー、と驚くだろう。

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2018年4月 4日 (水)

樋口恭介「構造素子」早川書房

「A=A'=false and A=true'」。以下の文字列はその論理式に含まれる。

無数の選び取られた可能性と、無数の選び取られなかった可能性の中で、無数に分岐する物語の可能性が開かれている――。
  ――3 Bugs

H・G・ウェルズ的な未来を思うこと――それは現状の社会を変えることでもあり、未来を変えることでもあった。
  ――6 Variables

誰だって自分が正しいと思うようにコーディングされてる。
  ――7 Engines

物語は無数の可能性の中で分岐し、無数の可能性の中で解釈されますが、分岐の果てに、解釈の果てに、一つの物語のコードが書かれます。
  ――8 Hypotheses

【どんな本?】

 2017年第五回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作「構造素子」を加筆訂正した、長編SF小説。

 L-P/V基本参照モデルにおける、L8-P/V2に属する世界。一年前、エドガー・ロパディンの父ダニエルが死んだ。エドガー・アラン・ポーに憧れたダニエルは小説家を志す。若い頃は幾つかの雑誌に短編が載ったが、次第に時流に乗り遅れてゆく。

 そんな父ダニエルは、一つの草稿を遺した。母ラブレスからエドガーに渡された草稿、そのタイトルは『エドガー曰く、世界は』。

 売れないSF作家だった父ダニエルが遺した草稿、小説を書くという行為の意味と実態、言語と物語・言語と世界の関係、そして父と息子の絆。メタフィクションの手法を駆使して構築する、一つの、そしてあらゆる世界の物語。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年11月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約392頁に加え、「第五回ハヤカワSFコンテスト選評」6頁。9ポイント45字×19行×392頁=335,160字、400字詰め原稿用紙で約838枚。文庫本なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章はやや硬め。これは意図したものだろう。内容も、かなり凝っている。まず、架空の世界の中で架空の物語が増殖していく、みたいな凝った構造だ。また懐かしめのSF・哲学・数学など多岐にわたるガジェットを投入しており、その手のモノが好きな人にはアチコチにお楽しみが埋まっている。

 気になる人は、巻末の「参考・引用文献」をザッと眺めるといい。

【感想は?】

 印象としては「とっつきやすい円城塔」。

 正直、ちゃんと読みこなせてる気がしない。たぶん、最も楽しんで読めるのは、小説や漫画など、自分で物語を創っている人たちだろう。それも、SFやファンタジイなど、世界設定から必要な物語。

 つまり、「私はこんな風に物語を創っています」みたいな話なんだと思う。ただし、書き方はそんなに素直じゃない。なにせ第五回ハヤカワSFコンテストで大賞をかっさらった作品だ。思いっきり今風のSFらしい書き方をしている。なんたって、いきなり…

 あなたの前にモデルがある。L-P/V基本参照モデル。2001年に英国王立宇宙間通信標準化機構によって制定された、異次元間通信を実現するための宇宙の階層構造モデル。

 と、バリバリにSFな雰囲気で始まる。“L-P/V基本参照モデル”なんて言葉で「なんか数学か情報工学っぽい難しい話かな?」と思ってたら、“異次元間通信”で「やっぱハッタリか」と安心させてくれる。と同時に、それが“2001年”って所で、「歴史改変ものかな?」と疑念を抱かせる。

 やはりこの手の作品にコンピュータ、それも量子コンピュータは必須のガジェットらしく、そっちの用語も続々出てくる。そもそも目次からして Bugs,Methods,Variables と、情報系の用語が並んでるし。もちろん、チャールズ・パペッジ&エイダ・ラブレスと解析機関は必須。

 が、あまし深く考えないように。この辺は、どっちかというとスチーム・パンク的なノリで、「あり得たかもしれない世界」に分岐するためのスイッチ的な役割。このスチーム・パンクと量子コンピュータを組み合わせるって発想は、食い合わせとしてかなり強烈な印象を残す。

 などと、この記事を書きながら思い返すと、やはり「父ダニエルの遺した草稿」がキモなのかな、と思ったり。

 この記事を書くにしても、私は一気呵成に書き上げるタイプじゃない。少し書いては消し、どうしても入れたい要素は別のメモに書き散らし、無理矢理捻りだした文章を組み合わせ、なんとかブログ記事の体裁に整える、そんな書き方をしている。

 特にストーリーもなく、人物を生み出すわけでもなく、ましてや世界なんか創る必要もない、自己満足のための短いブログ記事ですら、幾つもの断片を作り出しては潰した末に、やっと出来上がる。ましてや一貫性が要求される物語を創るとなれば、どれほどのスクラップ&ビルド、トライ&エラーが必要な事やら。

 まあ世の中には若い頃のロバート・シルヴァーバーグみたく、椅子に座れば次々と言葉が湧き出してくる人もいるようだが、そうじゃない人だっているのだ。が、それでも「何かを書きたい」って欲望は抑えきれず、こうしてしょうもない駄文を日々量産してるんだが。

 それでも記事として人の目に触れる文章はまだマシで、大半の文章は書いた端から消えてゆく運命にある。とか書いてくと、プログラムも似たようなもんだなあ。特に私の場合、書いたコードの8割以上は捨てられる運命に会ったり。いやホント、日曜プログラマとはいえお恥ずかしい話だ。

 と、この作品は、そんな事を書いているのかな、と思うんだが、全然違うって気もする。

 余計なおせっかいかも知れないが。次々と厨二心を刺激する固有名詞が出てくるが、油断しちゃいけない。たいていは巧妙に創作を交えているので、ちゃんと元ネタは調べよう。そこでまた、新しい世界が生まれてゆくから。

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2018年3月19日 (月)

大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2011 拡張幻想」創元SF文庫

「この世界にはどこまでも先へ行きたいと思う人間がいる。岬へたどり着いたらその先の水平線まで、どこまでも漕ぎ出したいと願うような――」
  ――瀬名秀明「新生」

「我が脳ながら、不可解だね」
  ――伴名練「美亜羽へ贈る拳銃」

「街には規則が存在している。ただし規則は把握できない」
  ――円城塔「良い夜を持っている」

君に想像できたろうか?
よろしい。君が観測者だ。
  ――理山貞二「<すべての夢 | 果てる地で>」

【どんな本?】

 2011年に発表された日本のSF短編から、大森望と日下三蔵が選び出した作品に加え、第三回創元SF短編賞受賞作の「<すべての夢 | 果てる地で>」を収めた、年間日本SF短編アンソロジー。

 2011年の世相を強く反映し、「はやぶさ」の帰還と東日本大震災を扱う作品に加え、SF界のニュースとして、亡くなった小松左京と伊藤計劃へのオマージュも多い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年6月29日初版。文庫本で縦一段組み、約644頁。8ポイント42字×18行×644頁=約486,864字、400字詰め原稿用紙で約1,218枚。上下巻に分けても厚めになる大容量。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。

序文:大森望
宇宙でいちばん丈夫な糸 The Ladies who have amazing skills at 2030. / 小川一水 / ポプラ文庫「妙なる技の乙女たち」
 カリフォルニアの人里離れた土地、一本杉のたもとにあるレンガ建ての家に、青年は住んでいた。多層カーボンナノチューブ(CNT)連続紡出法の発明者、バンブラスキ・チーズヘッド。桁外れの強靭さを誇るCNTを求め、彼を訪ねる者は多かったが、滅多に彼は首を縦に振らず…
 初の軌道エレベーターの麓、赤道直下のリンガ島周辺を舞台とする連作短編集「妙なる技の乙女たち」の前日譚。CNT製造技術の提供を頑なに拒む青年と、軌道エレベーター建設のためあの手この手で彼を口説こうとする交渉役アリッサ・ハービンジャーの駆け引きを描く。
5400万キロメートル彼方のツグミ / 庄司卓 / ファミ通文庫「ショートストーリーズ 3分間のボーイ・ミーツ・ガール」
 地球から約5400万km、約3光分の距離にある小惑星ミチカワ。そこからサンプルを持ち帰る予定の探査機には、シナプスのように自己成長する高分子体でできた自省大人工知能アドバンスAIツグミを搭載した。ツグミを作ったのは当時中学生の関口。ミチカワとの通信は片道3分かかり…
 幾つものトラブルを克服し、満身創痍となりながらも小惑星イトカワから見事にサンプルを持ち帰った探査機「はやぶさ」に触発された作品。これぞ王道のSFと叫びたくなるような、切なく爽やかなエンディングが心に染みる。だれか漫画化してくれないかなあ。
交信 / 恩田陸 / 小説新潮2011年1月号
 これまた「はやぶさ」をテーマとした切ない作品。小説新潮の特集「800字の宇宙」の一作だけに、たった一頁の掌編。短いながら、明らかにレイアウトを強く意識している。執筆から掲載まで、どんな手順で作業が進んだのか、やたら気になるw
巨星 / 堀晃 / 月刊アレ!2011年10月号
 宇宙空間に誕生した<知性>。物質から解き放たれ、半径6千キロメートルに及ぶ球体。目覚めた<知性>は、ある巨大な天体を眺めている。長さ2光年、直径1.2光年の円筒。中心軸はニュートリノを吸収すうる。既に内部には幾つかの知性体が侵入しており…
 小松左京の未完の遺作「虚無回廊」に捧げた短編。小松左京らしい壮大なスケールのオリジナルに、堀晃らしい科学知識を織り交ぜて堀晃なりの解釈をした上に、ちょっとしたオチまでついているのが嬉しい。
新生 / 瀬名秀明 /  月刊アレ!2011年10月号
 ポリネシア、フィジーの小島。ラーメン屋で働いていた遠藤は、発掘チームにコックとして加わる。その日、島に客が訪れる。遠藤は南の高台にある灯台へと向かい…
 これまた小松左京の傑作「ゴルディアスの結び目」に捧げた作品。改めて太平洋の地図を見ると、南太平洋ってのは実に広い。いったい何を考えて人類は、GPSもエンジンもない時代に、こんな所まで進出したんだか。そのバイタリティにはひたすら恐れ入る。
Mighty TOPIO / とり・みき / 東日本大震災チャリティーコミック「僕らの漫画」
 何度もの失敗を乗り越え、やっと完成したロボットのトピオ。だが起動は…
 お馴染みのキャラクター、たきたかんせいや小松先生が出てくると安心しちゃうなあ。やっぱりコンピュータにはオープンリールのテープが必須だよねw
神様2011 / 川上弘美 / 群像2011年6月号
 「あのこと」以来、肌が出る服を着て弁当を持って出かけるのは初めてだ。三つ隣に越してきたくまに誘われたのだ。作業をしている人たちは、この暑いのに防護服で完全防御している。まだ累積被爆量には余裕があるし…
 東日本大震災に伴う福島の原発事故や、その後の騒ぎへの強烈なメッセージがこもった作品。7年が過ぎた今になって読んでも、いやむしろ被災した方々の証言が積み重なった今だからこそ、込められたメッセージは鋭さを増している。
いま集合的無意識を、 / 神林長平 / SFマガジン2011年8月号
 <さえずり>のTLの流れが勢いを増し、お手上げ状態になった。ばかりか、画面が真っ白になってしまう。そこに現れた、投稿者不明の文字列。「いま、なにしてる?」
 これまた東日本大震災と、惜しくも夭折した伊藤計劃に触発された作品。特に「虐殺器官」と「ハーモニー」のテーマに深く踏み込み、著者の肉声が聞こえてくるような生々しさが漂っている。米大統領選げのロシアの介入などを考えると、既にヤバい事になってるよなあ。
美亜羽へ贈る拳銃 / 伴名練 / 特殊検索群i分遣隊「伊藤計劃トリビュート」
 脳マップ完全解読を掲げる神冴脳梁。中心である神冴家の長男、和弥は対外交渉を仕切る地位に就く。次男の光希はインプラント治療を発案するなど才能を期待されたが、出奔して東亜脳外を設立、神冴脳梁の商売敵となる。光希の養女・美亜羽も天才の呼び声高く…
 初出でわかるように、「ハーモニー」の影響を受けた作品。タイトルは梶尾真治の「美亜へ贈る真珠」にひっかけたのかな? 人物の動きは穏やかながら、どんでん返しに次ぐどんでん返しで目まぐるしく構図が変わってゆくストーリーが、実に濃い。
黒い方程式 / 石持浅海 / ミステリマガジン2011年3月号
 わたしも夫もフルタイムで働いているので、掃除ができるのは日曜日ぐらい。わたしの担当のトイレに入ったとたん、困った事に気がついた。なんとゴキブリがいる。スプレー殺虫剤を探したが、いつもの所にはない。もしやと思い、夫の書斎を探すと、やはりあった。トイレにひき返し…
 トム・ゴドウィンの古典的傑作「冷たい方程式」のトリビュート作品。3LDKに住む夫婦が、どう宇宙船の密航者と関係あるのかと思ったら、そうきたか。
超動く家にて / 宮内悠介 / 清龍10号
 所長のルルウと、事務方のエラリイ、二人きりの探偵事務所。二人は、メゾン・ド・マニの平面図を見ながら、話し合っている。メゾン・ド・マニには十人が住む。が、平面図をどう見ても、出入り口が見当たらない。
 コロコロと進むルルウとエラリイの会話が、ドツキ漫才のようで楽しい作品。先の「美亜羽へ贈る拳銃」とはまた違った意味で、次々とどんでん返しが繰り返され、「なんじゃそりゃあ~!」と叫びたくなるw
イン・ザ・ジェリーボール / 黒葉雅人 / SF Japan 2011年春号
 惑星パライバには水族・空族・地族の三種が住む。惑星上、最大にして唯一のテーマパーク「パラダイス・パライバ」で、水族のオスビトが殺された。死体の発見者は、パラダイス・パライバの従業員である地族オスビト。彼の証言によると、被害者は地族のメスビトと一緒におり…
 「宇宙細胞」の人で水族・空族・地族の三種だから…と思ったら、全然違った。一件の殺人事件をめぐる、四人の証言から、事件の真相と彼らの生態が浮き上がってくる。
フランケン・ふらん OCTOPUS / 木々津克久 / チャンピオンRED2011年8月号
 クラス委員の楠ノ木は、最愛の妹・あずさを病気で喪い、絶望に沈み込む。
 漫画。色々とおかしいだろ!と突っ込みたくなるが、細かい事は気にしない一途な楠ノ木君。クッキリとした描線が、少し懐かしい雰囲気で、私のようなオジサンには大変にとっつきやすい。
結婚前夜 / 三雲岳斗 / SF Japan 2011年春号
 明日、嫁いでゆく娘の詩帆が、訪ねてきた。かつては千五百万もの人が住んでいた都市も、今は民家もまばらだ。たった20年ほどで、気候変動や生物の絶滅などの問題も解決しつつある。
 あったね、レコード・プレイヤーのカートリッジ。MM と MC があって…って、どうでもいいか。雑誌<SF Japan>最終号に掲載ってのが、なんか意味深な符号のような気さえしてくる、静かで穏やかな××物。
ふるさとは時遠く / 大西科学 / SFマガジン2011年2月号
 故郷の一石海岸への里帰りは、六年ぶりだ。姉が駅舎まで出迎えにきてくれた。故郷を離れ、私にとっては14年だが、姉にっとっては三年半。背後には山肌が迫り、見あげた水平線の手前には、貨物船が浮かんでいる。
 作品名はウォルター・テヴィス「ふるさと遠く」にかけたのかな? 本当に世界がこんな風になったら、情勢は大きく変わるだろうなあ。ネパールやブータンが躍進し…なんて生臭い話じゃなく、しんみりとしたファミリー・ドラマが展開する。
絵里 / 新井素子 / yom yom vol.23
 あたし矢沢絵里は、四国の田舎で妹の留津といっしょに、児童養育施設で育った。担当の“おばあちゃん先生”はいい人で、あたしは大好き。月に一回、“親”という人から、メールが届く。おばあちゃん先生は、そんなあたし達を「恵まれている」っていう。
 新井素子ならではの、子育てSF。文化人類学の本を漁ると、意外と子育ての形はバラエティに富んでいて、もちっと選択の余地があってもいいかな、と思ったり。とりあえず今の日本だと、保育所の充実や多様化から始めるのが現実的かなあ。
良い夜を持っている / 円城塔 / 新潮2011年9月号
 20年前、突然父が亡くなった。そろそろわたしも父が亡くなった歳に近づいている。前触れもなく「俺は今喋っているか」などと子供に問いかけたりする、素っ頓狂な父だった。そんな父に連れ添った母も変わった人だ。今なら、父の患っていた症候群も多少は判明していて…
 息子が語る、超人的な記憶力を持っていた父の話。物覚えの悪い私には羨ましくて仕方がない能力だが、それはそれで苦労も伴うようで。気のせいか、文体は夏目漱石に似ているような。にしてもAPLは懐かしい。いやもちろん名前しか知らないけど。
<すべての夢 | 果てる地で> / 理山貞二 / 第三回創元SF短編賞受賞作
 インターネットによる為替と株式の取引で稼ぐ個人投資家は、マンションの一室を根城にしていた。そこに襲撃をかける数人の男たち。どうやら投資家の手口を頂戴するつもりらしい。だが、襲撃者たちの目論見は…
 「こういうのが読みたかったんだあぁぁっ!」と叫びたくなるような、骨太の本格サイエンス・フィクションに、テンポのいいアクションとオーウェル効果などオリジナリティのあるガジェットをまぶした、新人とは思えぬ読み応えのある作品。壮大なスケールにヒトの情念を絡め、それこそ小松左京を思わせるズッシリした手ごたえを備えた傑作。
第三回創元SF短編賞選考過程および選評 / 大森望・日下三蔵・飛浩隆
2011年の日本SF界概況 / 大森望
後記 / 日下三蔵
初出一覧
2011年日本SF短編推薦作リスト

 「5400万キロメートル彼方のツグミ」はなんとかヴィジュアル化して欲しいなあ。「交信」は短いながらもジンジンきた。「いま集合的無意識を、」はこの著者には珍しい生々しさ。「超動く家にて」の掛け合い漫才には笑った。「良い夜を持っている」は円城塔のわりにわかりやすい。そして「<すべての夢 | 果てる地で>」はトリを飾るにふさわしい重量級の作品だった。

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2018年2月 9日 (金)

大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2012 極光星群」創元SF文庫

「広瀬は仮想の音を聴くだけでなく、氷波の動きを体感したいと言い出した。C環の巨大波で、サーフィンをしてみたいと」
  ――氷波

「魂とは何だ?」
  ――機巧のイヴ

「何かが、人間よりも上手に自然を理解しはじめたのさ」
  ――内在天文学

SFは風刺であるという。SFは文明批評であるという。だが私はいま知っている。SFは未来をつくるのだ。
  ――Wonderful World

むかし、ぼくらは三人いた。先頭はノチユ、二番手はレラ、最後はぼく――
三人は十億キロ、六十光秒の総体距離を保ち、直線隊列を組んで宇宙を旅していた。
  ――銀河風帆走

【どんな本?】

 2012年に発表された日本のSF短編から、大森望と日下三蔵が選び出した作品に加え、第四回創元SF短編賞受賞作の「銀河風帆走」を収めた、年間日本SF短編アンソロジー。

 1960年代の日本SFの香りがする「群れ」,トボけた味の漫画「とっておきの脇差」,映画にしたら映えそうな「ウェイプスウィード」,直球ド真ん中の本格SF「銀河風帆走」など、バラエティ豊かな作品が味わえる短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年6月28日初版。文庫本で縦一段組み、約507頁。8ポイント42字×18行×507頁=約383,292字、400字詰め原稿用紙で約959枚。上下巻に分けてもいい分量。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。

序文:日下三蔵
星間野球 / 宮内悠介 / 小説野生時代2012年12月号付録
 採算が取れず、見捨てられかけている宇宙ステーションが、半世紀以上前の人工衛星を回収した。入っていたのは、タイムカプセル。子供たちの記念品らしきものが詰まっている。その中には野球盤もあった。ステーションの二人だけの要員マイケルと杉村は、野球盤で遊びはじめ…
 元は「盤上の夜」用のアイデアだったとか。あのシリーズだと、「清められた卓」に雰囲気が似てるかも。いい歳こいた野郎二人が、野球盤に熱くなっていく様子が可愛いやらおかしいやら。「男の子」だった人には、懐かしさと「ニヤリ」が詰まった楽しい作品。
氷波 / 上田早夕里 / 読楽2012年5月号
 人工知性222こと<トリプルツー>は、土星の衛星ミマスで観測任務を続けていた。そこに客が現れる。総合芸術家である広瀬貴之の精神をコピーした人工知性タカユキだ。土星のC環の波打ち現象の<音>を聴くためだ。
 いかにも機械的な反応を示しながらも、意外と親切に説明してくれる<トリプルツー>が可愛い。それに懲りずに会話を続けるタカユキも。土星のC環が引き起こす波の壮大さが凄い。それでサーフィンして何かを得ようとするヒトの意味不明さと、クールなトリプルツーの対比もいい。
乾緑郎 / 機巧のイヴ / 小説新潮2012年11月号
 幕府精煉方手伝、釘宮久蔵。肩書には釣り合わぬ大きな屋敷に住む、六十ほどの男。人そっくりの機巧人形を作ると言われている。ここを訪ねてきたのは仁左衛門、牛山藩の藩士。「ある女に似せた機巧人形を作ってもらいたい」。
 最初に読んだ時は、人とロボットの違いの曖昧さを描いた作品かと思った。が、妙にAIがもてはやされている今となっては、だいぶ印象が違ってくる。世の人が思うほど今のディープラーニング式のAIは万能じゃないのは幸いだが、将来は果たして。
群れ / 山口雅也 / ミステリマガジン2012年7月号
 私と影山は、展望ラウンジから渋谷ハチ公前の交差点を見下ろしている。交差点を行き交う人が、妙な動きを見せる。群衆が長方形・V字編隊・ドーナツ型・五芒星などの隊形を組んでいる。信号が青に変わると、隊形を崩さず、他の群れとすれ違い、それぞれの方向へ向かい…
 この雰囲気は、1960年代~70年代の日本SFの感じだ。小道具は今風だけど、半村良の短編が持つトボけた味わいが蘇る。「逃げ出すロボット」とか、あったら面白いなあ。きっと売れないけどw
百万本の薔薇 / 高野史緒 / 小説現代2012年12月号
 流行歌にカブれたのか、コズロフ書記は赤いバラのこだわりはじめた。おかげで冴えない実験技術者のフィーリンにも機会が回ってきた。上手くこなせば名前を憶えてもらえるだろう。向かうはグルジアの「バラの町」。不審死が相次いでいるらしい。
 著者お得意のソ連を舞台とした作品。歌を Wikipedia で調べたら、複雑な背景があるみたい。Youtube にもあった。お偉方の機嫌で決まる地位、何を買うにも行列の流通、位置すら秘密の町など、いかにもソ連な描写が鮮やか。
無情のうた「UN-GO」第二話(坂口安吾「明治開化 安吾捕物帖 ああ無情」より) / 會川昇 / スタイル「ANIMESTYLE ARCHIVE UN-GO會川昇脚本集」
 白タクから降りた女は、運転手に無理やり頼み込む。大切な荷物を忘れた、取ってきてくれ、と。指示されたとおり、荷物の受け取りに向かった先は、投資家の長田久子の屋敷。そこでスーツケースを受け取ったはいいが…
 アニメの脚本。「何をどう映すか」まで指示が入っているんだなあ、なんて感心してしまった。現代日本とは異なる歴史を重ねたらしき、少し未来の日本を舞台にした、殺人事件の謎を解くミステリ。社会背景がにじみ出てくる仕掛けが見事。
とっておきの脇差 / 平方イコルスン / 成程
 漫画。高速道路を走る車に乗る三人。うち一人が叫ぶ。「忘れた」。
 スクリーン・トーンを使わない絵柄と、手書きのフキダシ。でも「執拗な描き込み」な感はなく、空白を活かしたコマも多く、この人の独特のヌケた味を出している。版の小さい文庫本で絵柄をじっくり味わえないのが惜しい。
奴隷 / 西崎憲 / 飛行士と東京の雨の森
 夏の半ば。義母が亡くなり五カ月ほど経ったころ、芙巳子は奴隷を買おうと思い立つ。夫の聡も賛成してくれた。今までは自分で何かを計画したことはなく、親や友人や義母に任せてきた芙巳子。使用人の吉川や珠美の助けを借りて調べ始めるが…
 ハイソな奥方様の暮らしが、なかなかにカルチャー・ショック。食べるものまで自分で決めたことがないってのは凄い。改めて考えてみると、自分で自分の食事を決められないのは同じだよなあ。
内在天文学 / 円城塔 / THE FUTURE IS JAPANESE
 僕とリオが住むのは、どこまでも続く平原にある小さな町。線路が端をかすめる。星空には、無数の星が新たに出現し、かつての星座の多くはわからなくなった。リオが言う。「そろそろオリオン座が振り向くはずだ」。
 「エレベーターのパラドックス」って、本当にあるんだなあ(→Wikipedia)。フレドリック・ブラウンやR・A・ッラファティ、そしてスター・トレックなどの小ネタを挟みつつ、宇宙と認識の問題を問いかけ…ているのか、おちょくっているのか。
ウェイプスウィード / 瀬尾つかさ / SFマガジン2012年2月号&3月号
 25世紀。地球は海面が上昇、人類はわずかな人数を島嶼部に残し、多くは宇宙のコロニーに移り住む。厳しい規制をくぐり抜け、探索のため地球の大気圏に突入したシャトルは事故を起こし、乗員四人中、生き残ったのは最年少のケンガセンだけ。彼を助けたのは島に住む少女ヨル。
 SFの王道を真っ向から突き進む正統派の作品。小さな島で孤独な立場に置かれ広い世界に憧れる少女ヨル、探索で成果を出さないと後がない研究者のケンガセン。育った環境も目的も違う二人の出会いに、正体不明の複合生物ウェイプスウィードの謎を絡め、壮大でセンス・オブ・ワンダーに満ちたエンディングへと向かう。これぞSSFの醍醐味。
Wonderful World / 瀬名秀明 / 小説現代2012年9月号
 その日の国際学会から、騒ぎは始まった。マルセル・ジェランの巧みな発表には、共同研究者の私たちも翻弄された。聴衆は喝采し、論客で知られるケン・ズウすら感謝の言葉を口にした。ニュースにも取り上げられ…
 レイ・ブラッドベリへのオマージュが溢れる作品。私が幼い頃に思い描いた21世紀と、今の暮らしはだいぶ違う。けど、パソコンやスマートフォンなど意外と身近な所でテクノロジーは絶えず進歩してるし、コンビニや通販など便利な仕組みも充実してたり。公害も減ったしなあ。
銀河風帆走 / 宮西建礼 / 第四回創元SF短編賞受賞作
 遠い未来。人類は太陽系を喪い、恒星間宇宙へと進出する。ナルコル恒星系では三つの「帆船」を建造、いて座Aへと向かわせる。初期推力の核融合ブースターで光速の3.5%まで加速、後にブースターを切り離しマグネティック・セイルで航行する。
 A・C・クラークの「太陽からの風」を時間・空間ともにスケール・アップし、銀河系レベルの危険で壮大な旅を描く力作。やはり銀河系を横切るなんてスケールになると、核融合を使ってさえ推進剤の質量は大変な量になる。新人ながら徹底して硬派な作品に仕上げた力量は見事。
第四回創元SF短編賞選考経過および選評 / 大森望・日下三蔵・円城塔
2012年の日本SF界概況 / 大森望
後記 / 大森望
初出一覧
2012年日本SF短編推薦作リスト

 なんといっても「ウェイプスウィード」には、ひたすら脱帽。こんな正統派の傑作が、書籍で読めるのはこのアンソロジーだけってのは納得いかない。早く短編集を出してほしい。「銀河風帆走」も、このアンソロジーの末尾を飾るにふさわしい力作で、しばらく心を宇宙空間に持っていかれた。こんなSFが毎年読める今が嬉しい。

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2018年1月29日 (月)

山田正紀「屍人の時代」ハルキ文庫

「ウエンカムはオホーツクの悪霊、アザラシの王という」
  ――第一話 神獣の時代

なにしろ、ぼくは幽霊を探偵しているもんですから。
  ――第二話 零戦の時代

いたく錆びしピストル出でぬ
砂山の
砂を指もて掘りてありしに
  ――第三話 啄木の時代

勝手ながら、ここ一両日中に、ご所有の「白鳥の涙」を頂きにあがる所存でおりますので、どうぞ、その旨よろしくお願い申し上げます……
  ――第四話 少年の時代

【どんな本?】

 SF・ミステリ・冒険小説・時代小説と、多様な分野で活躍するベテラン作家・山田正紀による、大正から昭和にかけての時代を舞台とした、ファンタジックなミステリ連作短編集。「人喰いの時代」の続編。

 呪師霊太郎。探偵を自称する年齢不詳の男。目つきも態度も悪い黒猫の耕介を連れ、奇妙な事件が起きる所に出没する。北の果て吐裸羅島でアダラシを追い、太平洋戦争中には幽霊を探り、大正時代に石川啄木の謎を調べ、昭和初期には温泉に浸る。

 彼が巻き込まれる不思議な事件を通して戦前・戦中の日本の闇を暴く、奇想に満ちた短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年9月18日第一刷発行。文庫本で縦一段組み、本文約379頁。9ポイント40字×18行×379頁=約272,880字、400字詰め原稿用紙で約683枚。文庫本としては少し厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくないが、昭和初期の歴史と風俗を知っていると、更に楽しめる。

【収録作は?】

第一話 神獣の時代
 流氷が海を覆うオホーツクの孤島・吐裸羅(とらら)島へと向かう呪師霊太郎。根室から出た船も、流氷に阻まれて島までたどり着けない。氷原を歩く霊太郎を誘うように、数メートルの間隔を置いてアザラシの皮らしきものが落ちている。
 寒波が厳しい今の季節にピッタリの幕開け。1939年といえば、ドイツがポーランドに侵攻した年。緊張感漂う日ソ関係が背景ながら、物語は四人の男が一人の娘を賭けてアザラシの王、ウエンカムのハントに挑む、なんて定石っぽい方向へ進む。
 が、そこは曲者の山田正紀。あっという間に常道を踏み外し、お話はあらぬ方向へ。でも、案外と爽やかなストーリーのような気も。ウエンカムはたぶんゼニガタアザラシだろうなあ。WIkipedia によれば、「野生の肉食獣なので、むやみに近づくのは危険である」とのこと。
第二話 零戦の時代
 役者を目指す緋内結衣子は、池袋で映画のオーディションを受けた。だが、その後なんの知らせもない。不審に思い電話したが、録音で「この電話は使われていない」と返ってくる。オーディション会場だったビルの管理人に尋ねると、そんなオーディションは知らないと言われる。
 改めてお話の構成を見直すと、「これから読者を騙しますよ」とハッキリ宣言してるんだよなあ。それでも私はまんまと騙された。
 1996年の東京で始まった物語は、太平洋戦争が終わった1945年8月の北海道へと飛ぶ。舞台となる美母衣は、たぶん美幌だろう。航空基地もあったし。
 優れた手腕を認められながらも、醜聞のために僻地に送られた零戦パイロットにスポットを当てながら、終盤で光と影が入れ替わる語りが鮮やか。
第三話 啄木の時代
 1961年。21歳の榊智恵子は、日活のスタジオで働いている。当時の日活は石原裕次郎と小林旭に加え、「第三の男」赤木圭一郎を抱え、無国籍アクション映画を量産していた。智恵子はバレエの技術を活かし、レビューのダンサー役で稼いでいたのだ。
 「幻象機械」でも扱ってたし、著者は石川啄木が好きなんだろうなあ。同じく若くして亡くなった人気俳優の赤木圭一郎も登場させ、強いコントラストを出す。
 人気上昇中の赤木圭一郎。存命中はあまり評価されなかった石川啄木。ゴーカートの事故で派手に散った赤木圭一郎。病に倒れた石川啄木。華やかな映画の世界で輝いた赤木圭一郎。赤貧のうちに消えた石川啄木。
 というと、石川啄木は哀れな人にも思えるが、Wikipedia をみると、案外としょうもないヤツじゃないかw 当時の日活のファンには嬉しいクスグリも入ってて、これは著者の趣味だろうなあ。
第四話 少年の時代
 1933年、岩手。地元では富豪で知られる竹内氏に、犯罪予告の手紙が届く。差出人は少年二十文銭。東北と北海道を中心に大胆不敵な活動をしている、正体不明で神出鬼没の怪盗だ。狙うはロマノフ家の秘宝と言われるダイヤ、「白鳥の涙」。
 怪盗の予告状にロマノフ家の秘宝とくれば、古風ゆかしいミステリの定番。おまけに怪盗の名前が少年二十文銭って、もうノリノリだなあ。キャストも怪盗の少年二十文銭と探偵の呪師霊太郎、そして敏腕刑事の御厨と、これまた定番通り。
 …なのに、特高の梶山が絡むのが、山田正紀らしい。過去のミステリの名作にオマージュを捧げつつ、次から次へと謎を投げかけ、唖然とする方向へと話は進む。とはいえ、一部のネタは、舞台でピンと来るかも。

 主役?の呪師霊太郎、年齢も正体も不祥なあたりは、「ファイナル・オペラ」の黙忌一郎っぽいな、といいうのが第一印象。が、微妙な軽さがあって、どこか剽軽なあたりは、だいぶ親しみやすい雰囲気がある。

 禍々しさが漂うタイトルだが、少し救いのあるエンディングの作品が多くて、読後感は意外と心地よかったり。ミステリかSFか迷ったが、私的に山田正紀はSF作家ということになっているので、カテゴリはSF/日本とした。

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2018年1月19日 (金)

池上永一「黙示録」角川書店

人は『太陽(でた)しろ』を生き、神は月しろを生きる。
  ――p10

「舞で千年を生きてみせろ」
  ――p53

貧しさを軽く扱う者は決まって衣食住に足る奴らだ。
  ――p443

【どんな本?】

 「レキオス」「テンペスト」など、沖縄/琉球を舞台にしたスケールの大きい作品を紡ぎ出す池上永一による、琉球歴史ファンタジイ絵巻。

 18世紀初頭、尚益王(→Wikipedia)の治世。琉球は大和・清に挟まれ、両国のバランスを保つ形で生き延びている。しかし、このような小国としての地位をよしとせず、大きな野望を抱く者がいた。

 具志堅文若、唐名を蔡温(→Wikipedia)。若くからその才の評判は高く、在留通事として清で見識を深め、今は王子の教育係を務めている。やがて王子が王位を継げば、その片腕となって働くだろう。

 幸いにして王子は人柄も良く知識欲も旺盛だ。やがてはよき王となるだろう。だが、琉球が更なる高みへとのぼるためには、それだけでは足りない。太陽(でた)しろたる王には、相応しい月しろが必要だ。その月しろたる者は…

 大和と清の両大国を相手に、大胆な外交で琉球の地位を押し上げんと目論む蔡温。遺体すら葬って貰えぬ最下層の身分からの脱出を目指す了泉。了泉に才を見出し復権を図る石羅吾。蔡温のライバル玉城里之子、その秘蔵子で幼い頃から芸一筋に打ち込んできた雲胡。

 綱渡りの王国の命運と、道果てぬ芸人の業、そして神と人の関係を、色鮮やかな琉球を舞台に描く、怒涛の歴史ファンタジイ大作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年9月30日初版発行。単行本ハードカバー縦2段組みで本文約620頁。9ポイント23字×20行×2段×620頁=約570,400字、400字詰め原稿用紙で約1,426枚。文庫本なら上中下の三巻にしてもいい巨大容量。既に角川文庫から文庫版が上下巻で出ている。

 文章はこなれている。琉球語や漢詩がアチコチに入るが、慣れればそれも風情と感じるだろう。内容も特に難しくないが、琉球の歴史を少し齧ると、更に面白みが増す。

【感想は?】

 これぞ池上永一。

 琉球風味はもちろんのこと、波乱万丈・疾風怒濤、大法螺吹きまくりで予測不能な暴風雨が吹き荒れる、ノンストップの娯楽大作。ついでに言うと、舞台化・映像化はまず無理。

 物語は二人の人物が中心となる。いずれも秀でた芸で認められた宿命のライバルだ。

 まずは了泉。人とすら見なされぬ卑しい立場で、食わんがために仕方なく芸の道に入る。幸か不幸か天性の才があり、付け焼刃ながらその踊りは舞台も客席も支配する。

 そのライバルが雲胡。幼い頃より人生を芸に捧げ、厳しい稽古に耐えてきた。長い修練が培った強固な基礎は誰にも負けず、将来を嘱望されている。

 とくれば、さわやかなスポ根ものになりそうだが、そこは池上永一。そんなありきたりでわかりやすい話には決してならない。

 定石なら、舞台に立つうちに互いの芸を高め合うところ。が、なにせ、互いにかかっているものが違う。トップを奪うためなら手段を選ばぬ了泉、そんな了泉を見下し毛嫌いする雲胡。両者が七島灘を渡る場面は、笑うべきか恐れるべきか。

 この両名に関わってくる、脇役もアクの強い奴が揃っていて、特に前半では主役二人を食いかねない大暴れを見せる。

 まず度肝を抜くのが與那城王子。王位継承権第五位なんて御大層な地位だが、王子って立場から連想するのとは全く違う規格外のお方。映像化も舞台化も不可能となった責任の大半は、この人にある。登場場面からして、明らかに人智を越えた存在で…。

 まあ、ある意味、與那城王子こそ、池上永一たる象徴みたいなキャラクターかも。

 次に樺山聖之助。薩摩の侍で、居合の達人。悪い人じゃないんだが、あまり周囲にいて欲しくない人。つか、なんてシロモノを腰に下げてるんだw まさしく○○に××じゃないかw と思ったが、案外と相応しい者に相応しい得物なのかも、な場面もあったり。與那城王子とは別の意味で、人間離れしたお方。

 もう一人、紹介したいのが、瓦版屋の銀次。一昔前のトップ屋、今ならパパラッチ。お江戸のゴシップを一手に引き受け、ある事ない事書き立ててあぶく銭を稼ぐ芸能記者。彼と大物役者の関係は、案外と今でも受け継がれているのかも。

 私が彼を気に入った最大の理由は、彼の特技。ラリイ・ニーヴンのアイデアを、こんな形で蘇らせるとは。こういうのがあると、SF者の血が騒いでしょうがない。

 とかの濃いキャラが次々と騒動を引き起こす前半は、驚きの展開の連続で、読んでるだけでも息切れがするほど。

 これが、後半に入ると、ガラリとトーンが変わり、芸人の業の深さが、恐怖すら伴って忍び寄ってくる。

 蔡温も玉城里之子(玉城朝薫)も、Wikipedia に項目があり、ちゃんと歴史に名が残っている。位の高い政治家だってのもあるが、玉城里之子は組踊の祖としても名高い。

 同じ芸でも、文学や絵画や彫刻は作品が残る。そのため、後の世までも名を残すことができる。音楽でも西洋音楽は楽譜があるので作曲家の名は残るが、演奏家はそうじゃない。これは踊りも同じで、彼らの芸はその場限りで消えてゆく運命にある。

 にも関わらず、彼らはなぜ踊るのか。もちろん、食うため、稼ぐため、出世するためでも、ある。だが、それだけじゃない。

「ぼくのおめけりは凡庸でした。でも誉められた。こんな屈辱があるでしょうか……」
  ――p538

 一つの作品が演じられる時、その舞台の上で、または舞台の裏で、何が起きているのか。新しい作品を生み出そうとする時、それに関わる人は何を考えているのか。終われば消えてしまう踊りに、なぜ役者は懸命になるのか。

 大きな曲がり角を迎えた琉球の歴史を背景に、芸を極めんとする者の業を清濁併せて描く、重量級の娯楽ファンタジイ大作。次の日の朝が早い人は、充分に覚悟して臨もう。

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