カテゴリー「書評:SF:日本」の184件の記事

2019年3月26日 (火)

宮内悠介短編集「超動く家にて」東京創元社

「俺か。俺はZ80だ」
  ――エターナル・レガシー

十一名いるのだ。
  ――超動く家にて

御厨島は海底隆起によって生まれた新島で、国の領土がわずかばかり増えたという以外はあってないような島であったのが、いつしか各地より海女たちが集まり、海に潜ってメタンハイドレートを探るようになったそうなのだ。
  ――弥生の鯨

【どんな本?】

 「盤上の夜」でデビューして以来、快進撃を続ける宮内悠介の、ギャグ/ユーモア/パロディ作品を集めた短編集。

 雑誌「トランジスタ技術」のバックナンバーをいかに手早く薄くするかを競う男たちが熱い闘いを繰り広げる「トランジスタ技術の圧縮」、Z80を名乗る男と若い囲碁の棋士の短い交錯を描く「エターナル・レガシー」、読者の予想を裏切り続けるミステリ「超動く家にて」など、気分のリフレッシュに最適な作品16編に加え、充実したアフターサービスの「あとがき」も楽しい。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」国内篇で8位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年2月23日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約280頁に加え、本編並みに笑えるあとがき11頁と、酉島伝法による解説6頁。9ポイント43字×19行×280頁=約228,760字、400字詰め原稿用紙で約572枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。というか、大半はギャグやユーモア作品なので、あまり真面目に読まないように。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

トランジスタ技術の圧縮 / 電子雑誌「アレ!」VOl.7 2012年3月

 エレクトロニクス総合誌のトランジスタ技術は根強い読者に支えられながらも、異様な厚さがバックナンバーの保存を阻んでいた。その最大の原因である広告頁を取り除けばスリムになり、書棚を節約できる。やがて圧縮技術は競技として競われ、ゴールデンタイムに放送されるまでになったが…

 「トランジスタ技術の圧縮」って作品名からICのことかと思ったら、ソッチかい!って出オチでまず大笑い。そもそもトランジスタ技術を持ち出す時点で理系の人には楽しい上に、その後の展開もどっかで見たような対決物の定石を踏んでいて、ニヤニヤとガハハが止まらない怪作。通勤列車の中で読んではいけません。

文学部のこと / 同人誌「S.E.」2012年5月

 文学。英語圏ではそのままブンガクと呼ばれ、南米では日系人の影響かサクラと言われる。フランスではビュニャークだが、冠詞が男性形か女性形かでもめた。いまのところは日本産が好まれており、原産地などの基礎知識も大事だ。

 これも板面を見ただけでニヤニヤしてしまう作品。なにせ改行が少なく、ビッシリと文字で埋まっている。それぞれの文も無駄に長く、ダラダラと書いている割に特に意味はなかったり。と、いわゆる「ブンガク」をパロってるのかと思ったら、「原産地」なんて意外なモノが混じってきて…。やっぱりソレかいw

アニマとエーファ / 「ヴィジョンズ」2016年10月

 戦後、アデニは景観をウリにして観光客を集めようとする。とはいえ、目ぼしい観光スポットもない。そこで美術館に展示されたのがぼく、アニマだ。いちおう、地元の名士の作品ということになっている。作ったのはセメレ・アファールという爺さんで…

 内戦で荒れた東欧らしき都市を舞台とした、ピノキオみたいな人形の物語。エーファと出合うあたりは、しっとりとしたボーイ?・ミーツ・ガールっぽいんだが、商人のムルカンが登場するあたりから、物語は一気に加速してゆく。作家にとってはありがたいような、疫病神のような。

今日泥棒 / 同人誌「清龍」第11号 2012年11月

 今日も父さんが怒っている。日めくりが明日になっているからだ。出勤前の楽しみなんだ、と言う。そして犯人探しが始まる。ぼくか、妹か、母さんか。

 家族そろっての朝食の席を舞台としたミステリ…というか、お馬鹿ミステリ。確かに日めくりを破るのって、なんか楽しいよね。

エターナル・レガシー / SFマガジン2017年4月号

 葉飛立は囲碁棋士だ。六歳の時に限界を感じ、日本に来た。新人王を獲り有望な若手と言われたが、対コンピュータ戦で負けた。それ以降、どうも気分がすぐれない。そんなある日、奴と飲み屋で出会った。「俺はZ80だ」「こう見えて、宇宙にだって行ったことがあるんだぜ」

 アルファ碁が話題になっていた頃に発表された作品。Z80だのMSXだのと、その手の人には嬉しいクスグリがいっぱい。そうなんだよなあ、掛け算すらできないんだよなあw それでも予め計算しておいて表にしておくとか、当時は色々と工夫したんですよ、はいw にしてもサユリさん、なんで知ってるんだw

超動く家にて / 同人誌「清龍」第10号 2011年11月

 ここはルルウとエラリイ、二人だけの探偵事務所。主に所長のルルウが出かけていき、エラリイは事務雑務を引き受ける。とはいえ、エラリイの仕事はほとんどなく、暇を持て余した所にルルウが謎解きの問題を持ってきた。それはメゾン・ド・マニの平面図で…

 テンポよく、次から次へと読者の思い込みを覆してゆく、お馬鹿ミステリ。わざわざ8個ものイラストまでつけてくれるサービス精神が嬉しい。うん、やっぱり、こういう話は11人いないとねw

夜間飛行 / 人工知能Vol.29 No.4 2014年7月

 飛行任務中の軍用機と、それを遠隔地でサポートするアシスタントとの、会話だけで成り立っている作品。短いながら、いや短いからこそ、基本のアイデアとオチのキレがいい。

弥生の鯨 / 夏色の想像力2014年7月

 海底隆起で生まれた新島、御厨島。メタンハイドレートを採りに海女が集まり、一時は隆盛をきわめた。海女により発展したためか、島は女性中心の社会となった。離島で学校もなく、そんな島で生まれたわたしは海が学校のようなものだった。そして八歳のころ、岩場で弥生と出合い…

 いきなり「海女がメタンハイドレートを採る」で大笑い。いやちゃんとタネも仕掛けもあるんだけどw ボーイ・ミーツ・ガールかと思ったら、うん、確かにボーイ・ミーツ・ガールではあるんだがw

法則 / 小説トリッパー2015年夏号

 使用人としてオーチャードに仕えたのが最大の間違いだった。幸か不幸か、最初に訪ねた時、当時は高校生だった娘のジェシカに気に入られ、住み込みで働き始めた。やがてジェシカと親しくなったのはいいが、オーチャードにバレて…

 ミステリ・ファンにはお馴染みの「ヴァン・ダインの二十則(→WIkipedia)」をネタにした作品。なんだが、そう使うかw

ゲーマーズ・ゴースト / WebマガジンMATOGROSSO 2013年2月・3月

 駆け落ちだってのに、これじゃロマンチックさの欠片もない。そもそもライトバンだし。おまけにナナさんは途中で妙な奴を拾っちまった。欧米人ヒッチハイカーのレドモンドにチェロ弾きのアキオ。二人とも妙にノリがいい。おまけに、黒塗りのライトバンが後をつけてくる。

 なんじゃい「駆け落ち力」ってw シド・アンド・ナンシーだのボニー・アンド・クライドだのと、駆け落ちに変な思い入れたっぷりな語り手「ダンナ」,やたら心の広いナナさん,宿無しヒッチハイカーのレドモンド,追われる身のアキオ。能天気で脱線しまくりな四人の会話が楽しい。

犬か猫か? / 小説すばる2013年1月号

 友達からアリスがもらったぬいぐるみ。アリスはそれを犬だといい、エルヴィンは猫だと言い張る。ここイギリスでもファシストの黒シャツ隊が気勢を上げている。

 最後の参考文献で「おお!」となる作品。私は狸だと思ったw

スモーク・オン・ザ・ウォーター / Webサイト JTスモーカーズID 2016年

 八重洲に隕石が落ちた。幸い深夜なので、道路に穴が開いただけで済んだ。すかさず妹はバイクで出かけ、欠片を拾ってくる。業病で寝たきりとなり、鉱物コレクションが唯一の趣味な父のため、ペンダントにするのだ。父も喜んでくれた。ところが…

 仲の良い家族、奇妙な事件の連続、意外な謎の真相、そして心地よいオチと、お話の進み方は良質のジュブナイルそのもの。なんだけど、ネタがネタなために、お子様や若者にお薦めできるかというとw なんでこういうサイトにこういう話を書くかなあw

エラリー・クイーン数 / 同人誌「清龍」第9号2010年12月

 日本語版 Wikipedia の記事のパロディ。あくまで Wikipedia であって、アンサイクロペディアじゃないあたりが、作家の矜持というかw 

かぎ括弧のようなもの / 読樂2013年8月号

 「かぎ括弧のようなもの」を凶器とした殺人事件をネタにした、ミステリ仕立ての作品。ヴォネガットなのか。私はてっきり筒井康隆だと思った。たぶん虚航船団のせいだろうなあ。

クローム再襲撃 / 書き下ろし

 その晩、僕は相棒のボビイのロフトでクロームを襲った。僕たちは<ジェイズ・バー>で出会った。二人とも落ち目で、そろそろカイボーイをやめ引退を考える年頃だ。そこに万能札、巻き毛のリッキーが現れた。

 ウィリアム・ギブスンの「クローム襲撃」を村上春樹が書いたら、という思い付きをキッチリ短編に仕上げた作品。ギブスンのファンより村上春樹のファンにウケると思うんだけど、どうなんだろw やれやれ。

星間野球 / 小説野生時代Vol.109付録 野生時代読み切り文庫15 2012年

 既にたいした機能も果たさず、とりあえず保守しているだけの宇宙ステーション。駐在しているのは二人、杉村とマイケルだけ。暇を持て余した二人は、古い人工衛星を拾う。中から出てきたのは、子供たちのタイムカプセル。その一つが野球盤で…

 いい歳こいた野郎二人が、宇宙で野球盤に盛り上がる話。いくら歳を重ねても、男ってのはしょうもない生き物で。たかが野球盤、されど野球盤。お互い知恵を振り絞り秘技を繰り出し…って、をいw

 冒頭の「トランジスタ技術の圧縮」から、強烈なギャグで笑いっぱなし。ばかりか、最後の「あとがき」にまで、色々と仕込んでくれるサービス精神が嬉しい。疲れた時にこそ楽しく読めて気持ちをリフレッシュできる、そんな作品集だ。

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2019年3月13日 (水)

梶尾真治「クロノス・ジョウンターの伝説」徳間文庫

「彼女は、まだ、あの時点でぼくの救いを待ち続けているんです」
  ――吹原和彦の軌跡

『おとといはウサギを見たわ。きのうは鹿。そして、きょうはあなた』
  ――鈴谷樹里の軌跡

【どんな本?】

 ベテランSF作家の梶尾真治が、お得意の時間テーマで存分に腕を振るった「クロノス・ジョウンター」シリーズの集大成。

 クロノス・ジョウンターはP・フレック社が開発した、不完全なタイムマシンだ。行けるのは過去だけで、長くは留まれない。自動的に戻れるのはいいが、反動のためか旅立った時間より未来に戻る。遡る年月が遠いほど、留まる時間が長いほど、反動は大きくなり、より先の未来へ飛ばされる。

 過去へと赴き、何かを成そうとする者たち。何のために彼らは自らの人生を犠牲にしてでも時を越えようとするのか。彼らの望みは叶うのか。そして、時を越えた彼らの運命は。

 梶尾真治のリリカルな側面が強く出た、ロマンチックSF作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年2月15日初版。文庫本で縦一段組み、本文約637頁に加え、辻村深月の解説8頁。9ポイント40字×16行×637頁=約407,680字、400字詰め原稿用紙で約1,020枚、普通の文庫本なら上下巻に分ける大容量。

 文章は抜群に読みやすい。内容も特に難しくない。SFなガジェットは一つだけ、書名にもなっているクロノス・ジョウンターのみ。タイムマシンの一種だが、いささか不具合があって…。そんなわけで、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ターミネイター」が楽しめる人なら、問題なくお話に入っていける。

 なお、お話の舞台が1980~1990年代なので、テレホンカードなど当時の風俗を知っていると、懐かしさも手伝って更に楽しめる。

【刊行経緯】

 実は「クロノス・ジョウンターの伝説」と名のつく本は複数ある。人気はあるんだが、たぶんオトナの事情で複雑な運命を辿ったらしい。わかる範囲で今までの刊行経緯をまとめてみた。2019年3月現在だと、徳間文庫版が最も充実してます。

  • 1994年2月 季刊グリフォン新年号に、「クロノス・ジョウンターの伝説」の名で「吹原和彦の軌跡」を掲載。
  • 1994年12月 朝日ソノラマから新書版「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」。
  • 1999年6月 ソノラマ文庫ネクストから「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」。
  • 2003年6月 ソノラマ文庫から「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」「朋恵の夢想時間」。
  • 2008年2月 朝日ソノラマから新書版「クロノス・ジョウンターの伝説∞」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「栗原哲也の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」「きみがいた時間・ぼくのいく時間」「野方耕市の軌跡」。
  • 2015年2月 徳間文庫から「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「栗原哲也の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」「きみがいた時間・ぼくのいく時間」「野方耕市の軌跡」「朋恵の夢想時間」。

【収録作】

 それぞれ 作品名 / 初出。いずれも加筆・訂正している。

吹原和彦の軌跡 / 季刊グリフォン1994年新年号
 科幻博物館は、奇妙な発明品を集めた施設博物館だ。錬金術の装置群、さまざまな永久機関、空間転送機。その一つ、クロノス・ジョウンターの展示室に、不審な若い男が現れた。その男、吹原和彦は、クロノス・ジョウンターを開発したP・フレック社に勤めていた技術者で…
 いいねえ、科幻博物館。フリーエネルギーだの人体磁気調整装置だのと、怪しげなガジェット満載でw 他にもフィラデルフィア計画や「虎よ虎よ」とか、マニアックなクスグリがチラホラ。お話はいささかベタながら、主人公の吹原和彦が人付き合いを苦手とする典型的な理系の技術屋なので、私はすぐに気に入ってしまった。
栗原哲也の軌跡 / SF Japan 2007年Winter
 P・フレック開発三課の栗原哲也は、クロノス・ジョウンター開発に携わっている。仕事は忙しく、泊まり込みも多い。そこに母の訃報が届く。母子家庭だが、母とは折り合いが悪かった。母は小さな呑み屋を一人で営み、哲也とは顔を合わせる時間すら少なかった。幼い頃はベビーシッターが次々と入れ替わり…
 私が初めてこのシリーズに触れたのは「ソノラマ文庫ネクスト」。だもんで、だいぶ感触が違うなあ、と思ったら、比較的に新しい作品だった。親とは縁が薄く、しかも若くて仕事が忙しくやりがいもあるとなれば、どうしてもそうなるよなあ。
布川輝良の軌跡 / 新書版「クロノス・ジョウンターの伝説」1994年12月24日
 小学生の時に、布川輝良は建築家の廣妻隆一郎を知り、その個性的な作品の虜になった。残っているのは写真集だけで、現物は残っていない。最後の作品である朝日楼旅館も、1991年12月に壊されている。そこに「クロノス・ジョウンターのテストの志願者を募る」との知らせが入り…
 世の中には様々なマニアがいるもので、エスカレーターやらエアコンの室外機やら。そんなマニア心ってのはなかなか伝わりにくいんだけど、話が通っちゃうのは、やっぱり変人が多い理系の職場だからだろうか。ウザい傍役だと思ってた香山君が、意外とアレなのも泣かせます。
鈴谷樹里の軌跡 / ソノラマ文庫ネクスト「クロノス・ジョウンターの伝説」1999年6月29日
 1980年の夏、11歳の鈴谷樹里は小児性結核で入院していた。退屈な入院生活だが、談話室でヒー兄ちゃんこと青木比呂志と語る時間は楽しかった。ヒー兄ちゃんは本が好きで、よく童話を聞かせてくれた。その一つは「足すくみ谷の巫女」という話で…
 定番と言えば定番の難病物。まあ11歳から見れば「おじさん」だよなあw ネタにしているロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘」は、古手のSFファンの多くが諸手を挙げて喝采する傑作。この作品も巧みに元ネタをなぞりつつ、見事にアレンジして見せた。ここでも傍役の古谷がいい味出してます。
きみがいた時間・ぼくのいく時間 / 単行本「きみがいた時間・ぼくのいく時間」2006年6月30日
 秋沢里志の人生は充実している。恋人の梨田紘未はプロポーズを受け入れてくれた。双方の両親も互いを気に入ってくれた。ただ、時おり紘未は暗い顔をする。なんでも、仕事を辞める前に、一人の男と会わなければならないのだという。
 何かと不自由なクロノス・ジョウンターにかわり、新兵器?クロノス・スパイラルが登場する作品。でもやっぱり意地悪な制限があって…。この作品もボスの若月さんや同僚の山部、酔っぱらいのイッサンなど、脇役が魅力的。また、今までの作品の登場人物が客演してるのも嬉しい。
野方耕市の軌跡 / 新書版「クロノス・ジョウンターの伝説∞」2008年2月29日
 野方耕市は間もなく80歳になる。妻は他界し、医院は息子の耕平が継いだ。ある日、機敷埜風天と名乗る老人が訪ねてきた。三年後に博物館を開く。その展示物の一つ、クロノス・ジョウンターに、解説のパネルをつけたい。そこで開発秘話を聞かせてくれないか、と。
 かつて自分が携わった仕事の話をしてくれ、なんて言われたら、そりゃ嬉しいよなあ。まして自分が隅々まで知っているとあれば、そりゃねえ。この作品も後年の作だけあって、前の作品のネタも少々。
朋恵の夢想時間 / 徳間デュアル文庫「少女の空間」2001年2月28日
 角田朋恵は派遣としてP・フレックで働いている。といっても研究員じゃない。主に事務や雑務をだ。この会社が何を開発しているのかは知らない。が、研究所員の立田山登が教えてくれた。「時間を超える装置を開発しているんですよ」
 これもまたクロノス・ジョウンターではないタイムマシン?が登場する作品。いやあ立田山君、いい趣味してます。長い髪、ジーンズと粗編みのセーターにナップザックって、おいw CC、何かと制限はキツいけど、「自分ならどう使うだろう」とか考え出すと、妄想が止まらなくなります。

 いささか登場人物の年齢は高いものの、読みやすさとテーマの気恥ずかしさでは、ライトノベルと呼んで差し支えない作品集だ。読んだ後はホンワカした気分に浸りつつ、クロノス・ジョウンターの使い道を考えると眠れなくなりそうな、心地よい作品集だ。

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2019年2月 6日 (水)

東京創元社「ランドスケープと夏の定理」高島雄哉

「反証できたら定理とは呼べなくなる。ぼくはただ、ずっと考えているだけだよ。自分があの夏、何を証明しようとしていたのかを。そして実際には何を証明したのかを」
  ――ランドスケープと夏の定理

『問いを解くことは善か悪か』
  ――ベアトリスの傷つかない戦場

…真実は、あるいは正しさは、わかりやすいとは限らない。
  ――ベアトリスの傷つかない戦場

「宇宙の果てで待ってる」
  ――楽園の速度

【どんな本?】

 2014年の第5回創元SF短編賞に輝いた「ランドスケープと夏の定理」に加え、その続編となる「ベアトリスの傷つかない戦場」「楽園の速度」を収録した、デビュー作品集。

 知性定理。あらゆる知性は、会話が成立しうる。数学専攻のネルスが卒業論文で発表した定理は、第二執筆者が高名な姉であることも手伝い、大きな話題を呼んだ。姉のテオは22歳で教授になった宇宙物理学の天才だ。今は月の向こう側、L2で共同研究者の青花とともに研究に勤しんでいる。

 気まぐれで強引な姉呼び出され、ネルスはL2に向かう。そこに待っていたのは、とんでもないモノだった。

 最新の数学・科学・工学を駆使して知性の彼岸に真っ向から挑み、SFならではの目くるめく風景を描く、王道のサイエンス・フィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年8月31日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約275頁に加え、あとがき6頁+堺三保の解説4頁。9ポイント43字×20行×275頁=約236,500字、400字詰め原稿用紙で約592枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容は、理屈もガジェットもかなり歯ごたえがある、本格的なサイエンス・フィクションだ。

【収録作】

  • ランドスケープと夏の定理
  • ベアトリスの傷つかない戦場
  • 楽園の速度

【感想は?】

 極上かつ王道のサイエンス・フィクション。

 SFならではのガジェットはさておき、まずは姉のテオがいい。絵にかいたようなマッド・サイエンティストである。研究者として優れているのはもちろん、性格も実にマッド。

 この姉と弟の関係は、ケロロ軍曹の夏美と冬樹で考えればいいだろう。もっともテオは夏美を二桁ほどパワーアップした性格に、クルル曹長の頭脳と陰険さと用意周到さを足した感じだけど。才能はもちろん、自信と行動力に溢れ、走りはじめたら止まらない。

 そんなテオの性格もを伝える工夫も巧い。予め予告しているとはいえ、彼女がL2に隠し持っていたアレで、「こりゃとんでもねえ奴だ」と読者も納得する。んなモンを見つけたってだけでも物理学に革命を起こす大ニュースなのに、それを隠して独り占めとはw

 しかも、それを使ってやらかす事が、いかにもテオらしい。そんな所に放り込まれたネルスの気持ちたるやいかにw ただでさえ小突かれてっばかりの姉が、あんなんなったら…

 とかのマッド・サイエンティスト物として読んでも、充分に楽しい。

 そんな姉に鼻面を引き回されるネルスだけど、彼が発表した「知性定理」も、けっこうワクワクするシロモノ。

 あらゆる知性は、会話が成立しうる。というか、会話を成立させるために必要な辞書が存在しうる。あくまでも「可能である」ことを示すだけで、具体的にどうするかは全く分からないんだけど。

 数学だと、写像の概念に近いんだろうか。あらゆるプログラミング言語で書かれたプログラムは、チューリング・マシンで記述しうる、みたいな。中学の数学でも、幾何学と方程式(代数学)の関係がおぼろげに見えてきたような、そんな雰囲気かな?

 この辺は、サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」や、ダグラス・ホフスタッファーの「ゲーデル、エッシャー、バッハ」あたりが好きな人なら、ピンとくると思う。

 この知性定理を導き出す過程も、なかなか数学っぽくって楽しい。つまりは目の付け所を変えるって事なんだけど、日頃から実務に追われていると、ちょっと思いつかないんだよなあ。研究の面白さの一つはパターンを見つける事なんだけど、フラクタルとかの発展の過程にちょっと似てるかも。

 この知性定理は、続く「ベアトリスの傷つかない戦場」「楽園の速度」で、更なる進化を遂げるからお楽しみに。

 加えて、工学的な面白さも盛りだくさん。小さなものでは、最初の宇宙遊泳の場面。こんな便利なモンがあったら、宇宙遊泳もだいぶ楽になるだろう。相応のインフラが整った所でしか使えないけど、回転を止めるぐらいなら、なんとかなりそう。

 やはり楽しいガジェットが、「ベアトリスの傷つかない戦場」で活躍する「新兵器」。ある意味、現代の兵器の大半をガラクタに変え、戦場の姿を一変させかねない便利兵器だ。ここまでくると、ドラ〇もんと区別がつかないw 私は「デューン」のバトル・シーンを盛り上げるアレを思い出した。

 ここで撒かれた騒動の種を刈り取るために、次の「楽園の速度」でテオが取る手段も、いかにもテオらしく豪快でいい。当然、更なる騒動を引き起こして、とんでもないことになるんだけどw ここまでいくと、グレッグ・イーガンというよりルディ・ラッカーな感じかも。

 数学・科学・工学の最新の知見を折り込みつつ、強烈な性格のマッド・サイエンティストで物語を強引に引っ張りまわし、SF者が信奉する「知性」が行きつく先へとまっしぐらに突き進む、堂々たる王道を行くサイエンス・フィクションだ。

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2019年1月30日 (水)

人工知能学会編「人工知能の見る夢は AIショートショート集」文春文庫

ただ、部屋の状況が。普段、普通に掃除機かけられる状態じゃない。これが大問題なんだよね。うん、お掃除じゃなくて、お片づけ。これができないひとが、部屋を汚しているんだよ。
  ――お片づけロボット 新井素子

「僕が完成させるのは」
少年がきっぱりと言った。
「――死後の世界の人間と通信するシステムです」
  ――魂のキャッチボール 井上雅彦

「これから石井さんが経験するのは、脳のバージョンダウンです。その過程を我々に教えてください」
  ――ダウンサイジング 図子慧

【どんな本?】

 人工知能の学会誌「人工知能」に、2012年9月~2016年11月まで掲載した掌編小説を、テーマごとに分類し、専門家の解説をつけて編纂したもの。

 SF界のベテラン新井素子やデビュー以来話題作を連発した宮内悠介から、ライトノベル界の大御所である神坂一など、豪華絢爛かつ色とりどりの執筆陣によるバラエティ豊かな作品が楽しめる。

 私は寡作な森深紅や堀晃が読めるのが嬉しかった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年5月10日第1刷。文庫本で縦一段組み本文約299頁に加え、初出および執筆者プロフィール10頁。9ポイント39字×18行×299字=209,898字、400字詰め原稿用紙で約525枚。文庫本としては普通の厚さ。

 全般的に小説は読みやすいし、内容も特に知識は要らない。解説は様々で、業界の概況を無理矢理に数頁に収めた雰囲気のものもある。歯ごたえはあるが、専門用語を Google や Wikipedia で調べながら読むと、通ぶった会話ができる…かな?

【収録作】

  • まえがき 学会の編纂意図 大澤博隆
  • 対話システム
    • 即答ツール 若木未生
    • 発話機能 忍澤勉
    • 夜間飛行 宮内悠介
    • 解説 人と会話する人工知能 稲葉通将
  • 自動運転
    • AUTO 森深紅
    • 抜け穴 渡邊利通
    • 姉さん 森岡浩之
    • 解説 自動運転:認知と判断と操作の自動化 加藤真平
  • 環境に在る知能
    • 愛の生活 林譲治
    • お片づけロボット 新井素子
    • 幻臭 新井素子
    • 解説 「君の名は。」もしくは「逃げ恥」、それとも「僕の優秀な右手」:人とモノの関わり合いの二つの形 原田悦子
  • ゲームAI
    • 投了 林譲治
    • シンギュラリティ 山口優
    • 魂のキャッチボール 井上雅彦
    • A氏の特別な1日 橋本淳一郎
    • 解説 ゲームAIの原動力としてのSFとその発展 伊藤毅志
  • 神経科学
    • ダウンサイジング 図子慧
    • 僕は初めて夢を見た 矢崎存美
    • バックアップの取り方 江坂遊
    • みんな俺であれ 田中啓文
    • 解説 脳のシミュレーション:コンピュータの中に人工脳を作る 小林亮太
  • 人工知能と法律
    • 当業者を命ず 堀晃
    • アズ・ユー・ライク・イット 山之口洋
    • アンドロイドJK 高井信
    • 解説 AI・ロボットが引き起こす法的な問題 赤坂亮太
  • 人工知能と哲学
    • 202x年のテスト かんべむさし
    • 人工知能の心 橋本淳一郎
    • ダッシュ 森下一仁
    • あるゾンビ報告 樺山三英
    • 解説 人工知能と哲学 久木田水生
  • 人工知能と創作
    • 舟歌 高野史緒
    • ぺチアと太郎 三島浩司
    • 人工知能は闇の炎の幻を見るか 神坂一
    • 解説 どこからが創作? どこまでが創作? 佐藤理史
  • 第4回星新一賞応募作品 人狼知能能力測定テスト 大下幽作
  • 星新一賞への二回目の挑戦 佐藤理史

【感想は?】

 やっぱりプロの作家は巧い。

 最初の若木未生「即答ツール」からして、こんなんあったら私は思わず使ってしまうがな。

 昔はメールといったら「暇なときに読めばいい」シロモノだった。そもそも、そういう目的でプロトコルもできてるし。でも今は何でも速く応答を返さなきゃいけない。文面を考えるのだって、推敲に時間がかかる。LINE なって地獄だ。そんな私に、こんなのがあったら…

 と、最初の作品から引き込まれ、あとは最後まで一気。なにせ数頁の掌編ばかり。「もうちょっと、あと一編だけ」とか言いつつ、気が付いたら全部を読み終えてる。

 同様に身につまされるのが、新井素子「お片づけロボット」。そうなんだよ、掃除が大変なんじゃなくて、その前の片づけ、掃除できる状態にするのが大変なの。だからルンバ買っても、今の私にはほとんど役に立たない。まず床の邪魔物を取り除かないといけない。

 と、「あるある」ネタで読者を引き込みつつ、その後の展開も見事。人工知能は関係なくても、プログラマなら、「そうそう、そうなんだよっ!」と激しくうなずくこと間違いなし。一つのプログラムを動かすまでの苦難苦闘の道のりを、文章で実に鮮やかに再現している。なんで作家がソコまでわかるんだろ?

 楽しみにしていた森深紅「AUTO」は、勤め人の話。イケイケが過ぎてパワハラ気味だった上司の佐藤に耐えかね、僕は転職した。その佐藤は、ここ三月ほど毎朝、同じ電車に乗り合わせている。かつての覇気は消え…

 やっぱりクルマが好きなんだな、この人。で、テーマは「自動運転」。クルマ好きの人が自動運転に持つ、ちと屈折した想いが出てると思う。つまり、技術の進歩は喜ばなきゃいけないんだけど、エンジンやミッションやタイヤと会話を交わし、自らの手足としてマシンを操る楽しさは手放したくないのだ。

 もう一人の楽しみにしていた作品が堀晃「当業者を命ず」。SF大賞受賞者は覆面作家だった。繊維メーカーに勤めながらSFを書いていたが、職務上の都合で正体を隠す必要があり…

 そうか。「職場の居心地が悪くなって、それがきっかけでSFに専念することにしたわけです」って、職場での立場が悪くなれば、私は堀晃の新作が読めるのか。それなら←何をするつもりだ

 堀晃と同様に、ベテランながら寡作な森下一仁の「ダッシュ」。小川のそばで、小学校低学年ぐらいのふたごの男の子に出会った。軽量ヘルメットをかぶり、母親らしき若い女性も近くにいる。私はカワセミを見つけて写真を撮ろうと慎重に近づくと…

 AIの使い方として、このアイデアは実に上手い。エンジニアはついつい便利にする事ばかりを考えるけど、モノにはいろんな使い方があるのだ。

 とかの小説に加え、ツボを突いた解説も、親しみやすかったり濃かったり。

 音声認識に深層学習が活躍してるとは知らなかった。「道具」と「エージェント」の境目も、考えると妄想が膨らむ。これは使う人による違いも大きいんじゃないかな。持ち物に名前を付ける人は、エージェントと認識しがちな気がする。

 掌編という親しみやすい形式ながら、いやむしろアイデアがダイレクトに伝わる掌編だからこそ、それぞれに読者の妄想マシーンに大量の燃料をくべる刺激的な作品が揃った、実はとっても濃い作品集だった。

 あ、そうそう、神坂一の「人工知能は闇の炎の幻を見るか」も、ベストセラー作家らしい手慣れた語り口で、昔からのファンにはたまらない情景を繰り広げつつ、とんでもない所に落とす傑作です。

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2018年12月23日 (日)

谷甲州「工作艦間宮の戦争 新・航空宇宙軍史」早川書房

「下河原特務中尉の見解には、同意できません」
  ――イカロス軌道

戦術指揮がすぐれていれば、雑多な規格の戦闘艦艇群でも、強力な敵艦を圧倒できるはずだ。ただ一度の接敵で、標的を撃破する必要はない。統一行動がとれないことを逆手にとって、数次にわたる波状攻撃を標的にしかけるのだ。
  ――亡霊艦隊

【どんな本?】

 ベテラン作家の谷甲州による人気シリーズ航空宇宙軍史の、「コロンビア・ゼロ」に続く再起動第二弾。

 第二次外惑星動乱は、地球軌道上にある航空宇宙軍の軍港コロンビア・ゼロへの奇襲で始まった。時は2140年、外惑星連合の主力をなす木星と土星の軌道が近接する時期である。奇襲は大きな効果を上げた。

 兵力と産業力で劣る外惑星連合は、この機に乗じ一気に戦況を決めようとする。対する航空宇宙軍は残った艦艇をかきあつめ、その場しのぎの策で応戦を試みるが…

 圧倒的な技術的ディテールでマニアを唸らせる本格スペースオペラの連作短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年5月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約296頁。9ポイント43字×18行×296頁=約229,104字、400字詰め原稿用紙で約573枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 素っ気ない文章だが、余計な比喩や形容詞がない分、むしろ物語の流れは掴みやすい。科学や工学の裏付けが楽しい樂品だが、必要な事は作品内で充分な説明があるので、理科が得意なら中学生でも楽しく読めるだろう。

 敢えて言えば、光速は秒速約30万kmであることと、軍の階級を知っているといい。あと、幾つかの物語は火星や土星の衛星やその近くが舞台なので、調べておくと便利かも。

 続き物だが、これから読み始めても大丈夫。情勢としては、地球と火星は航空宇宙軍、小惑星群は中立、木星と土星が外惑星連合、と覚えておこう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

スティクニー備蓄基地 / SFマガジン2016年4月号
 火星の衛星フォボスにスティクニー備蓄基地がある。重水素タンクなど主な施設は千mの地下にあり、防御は万全だ。フォボスは長径30kmにも満たず表面重力が弱いためか、建設作業中に漂い出た工具などが近い軌道を漂っており、よくデブリとなって降り注ぐ。その日、当直の羽佐間少尉は振動に違和感を覚え…
 冒頭からデブリの怖さが身に染みる。WIkipedia によると拳銃弾の初速は秒速340mぐらいからだけど、国際宇宙ステーションは秒速約7660m。桁が違います。その分、艦艇の装甲を厚くしようにも、あまし重いと動きが鈍くなり燃費が悪くなる。だもんで厚い岩盤で守られてる天体は大変ありがたい。そこをどう攻めるかというと…
イカロス軌道 / SFマガジン2016年8月号
 タイタン防衛宇宙軍の特設警備艦プロメテウス03は、土星軌道の外側を哨戒航行中に、早期警戒システムが重力波源をみつける。質量も速度も異様に大きく、太陽系の外縁から急速に接近してくる。下河原特務中尉はその正体と目的を探るが…
 宇宙空間では下手に電波などを出せば、敵に自分の位置や正体を晒してしまう。そこでお互いに相手の出す熱や反射光などのかすかな情報を受動型センサーで探り、手元にある敵艦のラインナップなどから正体と目的を探ろうとする。現代の潜水艦戦を思わせる、緊張感の漂う頭脳戦が楽しい一編。
航空宇宙軍戦略爆撃隊 / SFマガジン2016年12月号、SFマガジン2017年4月号
 イカロス42、元は外宇宙艦隊のイカロス探査船。太陽系外の探索のため建造された艦だけに、隔絶した航行能力がある。コロンビア・ゼロの奇襲で艦艇が払拭した航空宇宙軍は、外宇宙探索船まで改造して作戦に投入した。その作戦は早乙女大尉が若い頃に書いた論文を元にしたもので…
 あー、早乙女大尉の気持ちもわかるわー。上司に出した計画案が改悪され、しかも自分が現場の担当者になる。最悪だねー。そりゃ不貞腐れるよなー。しかもドサクサとはいえ現場は混乱の極でスケジュールも人員も異例づくしとくりゃ、毒づきたくもなるよねー。
 …はい、もちろん、私怨バリバリ入ってますw
亡霊艦隊 / SFマガジン2017年8月号
 泥縄式に集めた有象無象の艦隊で波状攻撃をしかける。石蕗提督は、そんな無茶な艦隊を指揮する羽目になる。航空宇宙軍は小惑星帯のセンサー群を堅持しつつ、戦線は火星軌道にまで縮小し態勢立て直しを目論んでいるようだ。産業力で優る航空宇宙軍は時間を稼げば優位になる。
 これもまた偵察機Kr-02の扱いをどうするかが主題で、情報戦の緊張感が漂う作品。にしても、「産業力で劣る側が奇襲攻撃で一発カマし、敵がフラついたところで和平交渉」って発想、かつての某国を思わせる戦略で気分が暗くなるんだけど気のせいだろうか。
ペルソナの影 / SFマガジン2017年12月号
 タイタン防衛艦隊の木星系ガニメデ派遣部隊の保澤准尉は、小惑星帯に奇妙な天体を見つけた。正体を探るには、中立である小惑星ケレスが持つデータベースを漁る必要がある。通信のタイムラグもあり、仮想人格の「オフェンダー」を放つことにしたが…
 「コロンビア・ゼロ」収録の「ギルガメッシュ要塞」「ガニメデ守備隊」に連なる作品。今でも合衆国海軍をはじめ各国の海軍は海洋調査にとても熱心で、それというのも海底の地形や海流の情報が、手の読み合いになる潜水艦戦では切り札になるからで、これを宇宙での戦いに当てはめると、この作品になるわけです。それに加えて、通信のタイムラグの使い方も巧み。
工作艦間宮の戦争 / 書き下ろし
 工作艦間宮への命令は常識外れだった。修理中のヴェンゲン09を放り出し、ただちにセンチュリー・ステーションから発進せよ、と。工廠長のハディド中尉は納得しないだろう、そう艦長の矢矧大尉は考える。何しろ命令は無茶なだけでなく、目的すらわからない。
 工作艦は、壊れた艦艇を修理する役割を担う。いわば艦艇が相手の医師。そのためか、矢矧大尉やハディド中尉が抱く、艦への愛着が伝わってくる一編。にしてもハディド中尉の達人ぶりはすごい。過労で死ななきゃいいけど。

 太陽系内を舞台としたスペース・オペラではあるものの、派手な砲撃戦はほとんどなく、少なくあやふやな観測データと既存のデータベースを組み合わせた、緊張感漂う頭脳戦が中心となるのが、このシリーズの特徴だろう。何度も書いたが、息詰まる潜水艦戦が好きな人にお薦め。

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2018年12月 2日 (日)

月村了衛「機龍警察 狼眼殺手」早川書房

 「ここが俺達の腕の見せどころだ。カネの絡んだ事案なら、特捜や一課の連中がどうあがいても俺達にかないっこないってところを見せてやろうぜ」
  ――p75

「由紀谷志朗。おまえのことはよく知っている。<白鬼>か。おまえは俺たちの側の人間だ。警察なんかに入らず、こっちの世界に来ていればよかったものを」
  ――p92

「こうなると、警視庁と地検との全面対決だ。先ほど総監から私のデスクに連絡が入った。徹底してやれとな」
  ――p105

「私だって、警察官です」
  ――p484

【どんな本?】

 アニメの脚本などで活躍した月村了衛による、近未来を舞台とした警察ハードボイルドSFシリーズ「機龍警察」シリーズ第6弾。

 高級中華料理屋で五人が殺された。被害者はフォン・コーポレーションの程詒和,その部下の仲村啓太,金融コンサルタントの花田猛作,木ノ下貞吉参議院議員の私設秘書の湯浅郁夫、そして巻き添えと思われるウエイトレス。

 神奈川県警が現場に赴くが、いきなり警視庁の捜査二課が割り込んだ。本来は詐欺・選挙違反・贈収賄など知能犯を担当する部署である。フォン・コーポレーションの程詒和を追う過程で、事件を嗅ぎつけたのだ。現場には[聖ヴァレンティヌス修道会]の護符が残されていた。

 殺人でもあり、捜査一課も乱入してくる。他の殺人事件との絡みで、経産省主導の国家事業である新世代情報通信クイアコンが浮かび上がってきた。政財界に広く関わる事件だけに、様々な圧力が予想される。その弾除けとして警視庁特捜部を立て、合同捜査が始まった。

 警視庁特捜部。お堅い警察の中では、異例づくしの新設部署である。トップは元外務官僚の沖津旬一郎。また得体の知れない技術を使った龍機兵=ドラグーンを擁し、それを操るのは三人のヨソモノ。元傭兵の姿俊之、ロシアの元刑事ユーリオ・オズノフ、元IRFの闘士ライザ・ラードナー。

 クイアコンは大規模なプロジェクトだけに、関係者も多い。大掛かりな捜査は覚悟していた面々だが、捜査が進むうち想像を超えた多方面へと事態が発展し…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇で11位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年9月15日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約477頁。9ポイント45字×22行×477頁=約472,230字、400字詰め原稿用紙で約1181枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 警察物だけに、ちょっと見は文章が硬そうに見えるが、読み始めると意外とそうでもない。というか読み始めると、早く続き読みたい気持ちと、じっくり事態を把握したい気持ちとの板挟みに苦しむだろう。

 この巻だけでも一応は完結しているので、ここから読み始めても構わない。とはいえ、今までのシリーズで掘り下げてきた人物像や、積み上げてきた人間関係が、重要な下味として効いているので、できれば最初の「機龍警察」から読んだ方がいい。

 この巻だとSFガジェットはあまり出てこないので、SFが苦手な人でも大丈夫。

【感想は?】

 ドSの著者、再びライザちゃんをいぢめまくり。クールな美女に恨みでもあるのか。

 お話はミステリの定番に従い、予告殺人風に始まる。高級中華料理店に残った聖ヴァレンティヌス修道会の護符。これは七枚セットのうちの一枚だった。過去の殺人事件を洗ううち、他の二枚も出てきて…

 と、連続殺人の様相を呈してくる。残るはあと四枚。今までの三枚の共通点は何か。次に狙われるのは誰か。犯人(たち)は誰で、その目的は何か。わざわざ遺留品を残す理由は。

 これに加え、警察内の縄張り争いを中心に、警察組織内の軋轢を巧みに浮かび上がらせてゆく。これは今までのシリーズも同様なのだが、この巻では、一つの頂点に達した感がある。

 新参者の特捜部は、当然ながら他の部署から嫌われている。それでも、今までは確執を乗り越えて、なんとか協力してきた。「暗黒市場」では組織犯罪対策部第五課=マル暴、「未亡旅団」では公安部外事三課。

 この巻でも、殺人を扱う捜査一課と知能犯担当の捜査二課が、冒頭からいきなり角突き合わせてたり。おまけに殺された者の一人は中国のフォン・コーポレーション関係のため、公安も絡み…。

 捜査が進むに従い、話はさらに大きくなり、意外な連中も絡んでくるあたりは、冒険物語の「少しづつ仲間が集まってくる」ワクワク感が漂ってきたり。ほんと、意外な連中が絡んでくるからお楽しみに。

 などに加え、巻を重ねたことで、人間関係にも面白さが深まってきた。「未亡旅団」でロリコン疑惑を掛けられた(←をい)由紀谷主任に対し、体育会系な夏川主任はあまりスポットが当たらなかったが、この巻では男の哀愁が漂いまくり。お互い頑固そうだしなあ。

 などのレギュラー陣は、今までの仕込みがバッチリ効いて、一つ一つの台詞の重みがグッと増している。中には小野寺警視みたく、軽さが増してる人もいるけどw 果たしてただの嫌な奴なのか、何か考えがあるのか。

 ゲストでは財務捜査官の仁礼草介がいい味出してます。彼の台詞、特に特捜部技術部の鈴石さんとの会話は、階級を意識しながら読もう。この人の性格がよく出てる。にしても、この場面は、なんというか、同病相憐れむというかw

 ある意味、ハッカーなんだな。人に対する態度は一見丁寧なようだけど、実はワンパターン。場面や相手によって使い分けてない。当たり障りのないパターンを一つ憶えておけば、それでいいじゃん、みたいな感じ。余計な事にはリソースを割かないタイプ。鈴石さんとは気が合いそうだけど、はてさて。

 銃器への拘りは相変わらずで、今回は弾丸にまで凝ってたり。でもライザちゃんは相変わらずM629Vコンプなのでご安心を←ってなにをw

 終盤では少しだけ異例だらけの特捜部設立の狙いも見えてきて、シリーズもいよいよ盛り上がりまくり。早く次の巻を出して欲しい。あ、それと、ライザちゃんにはもう少し手加減してあげて。その代わり姿をいぢめてもいいから←をいw

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2018年11月29日 (木)

日下三蔵編「日本SF傑作選4 平井和正 虎は目覚める/サイボーグ・ブルース」ハヤカワ文庫JA

あたし、ほんとに思っただけで、生きものを殺せるんです。
  ――死を蒔く女

「いまシティには虎が……凶暴な虎がいるんです」
  ――虎は目覚める

「超能力者狩りのハンターは、同じ超能力者が最適です」
  ――エスパーお蘭

【どんな本?】

 日本SFの初期にデビューし、「エイトマン」「デスハンター」など人気漫画・アニメの原作で多くの子どもたちにSFウイルスを植え付け、後には「幻魔大戦」「ウルフガイ」「地球樹の女神」などの大作シリーズを世に送り出したSF作家・平井和正の、初期作品を集めた傑作選。

 黄金期のアメリカSFの血を受け継いだ、アイデアが光るホラー・タッチの作品もあるが、それよりアメリカン・ハードボイルドの影響を強く受けた作風が特徴だろう。

 無常観が漂う設定、人の心の底に渦巻く悪意を容赦なく暴き出すストーリー、激しいバトル・アクション、過激な暴力シーンやグロテスクな描写に果敢に挑み、日本SFの表現の幅を広げ、独特の世界を形成した。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年2月15日発行。文庫本で縦一段組み本文約766頁に加え、編者解説11頁。9ポイント41字×18行×766頁=約565,308字、400字詰め原稿用紙で約1,414枚。常識的な文庫本なら上中下の三巻に分ける大容量。

 文章はこなれている。超能力やサイボーグなど、SFガジェットは最近の若者にはお馴染みのアイデアが多いので、SFに慣れていない人でも大丈夫だろう。それより全体に漂う厭世観・無常観や、暴力・グロテスクな描写で好き嫌いが分かれるかも。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

レオノーラ / 宇宙塵53号 1962年2月 SFマガジン1962年6月号
 21世紀のアメリカ中世部で、脚をケガした白人の少女に、ケンは手を差し伸べる。周りの白人たちはケンの行為を誤解し、袋叩きにした。大怪我をしたケンは、それ以来、人間を恐れ地下室に閉じこもり、悪夢にうなされ続ける。ケンを心配した妹のジュリは…
 いきなり最初から著者の絶望と怨念と暴力衝動が凝集した、ダークな側面が強く出ている作品。ケンは、いわば究極のひきこもりですね。とはいえ、当時は任天堂スイッチもインターネットもないわけで。でも考えようによっては、似たような事件が今でも起こっているんだよなあ。
死を蒔く女 / 宇宙塵56号 1962年6月
 精神科医は、ひどく恐れていた。だが、それを認めたくない。そんなこと、常識ではありえない。あの女にも、そう言った。想像と現実をとり違えている、それは強迫観念だ、治療すればよくなる、と。
 精神病医ってあたりに、フレドリック・ブラウンなどの影響を受けた当時のSFの潮流を感じさせる。ブラウンの作品は、主に星新一が訳したためか、軽妙でクールな雰囲気なのだが、この作品は著者のカラーのためか、今ならホラーに分類されそうな重苦しい空気が漂っている。
虎は目覚める / SFマガジン1963年2月号
 21世紀から、二つの動きが興った。一方は宇宙開拓。もう一方は、人間精神改革。人類は宇宙に版図を広げると共に、地上では凶悪犯が姿を消した。だが、その反面、地球の者は覇気を失い、活気に満ちた宇宙開拓者たちと袂を分かつ。
 以降の作品にも、「虎」はよく出てくる。エネルギッシュな生命力に満ち、禍々しく凶暴で狡猾。著者お気に入りのメタファーなんだろう。平穏を求めつつも、内には暴力衝動を抱えた葛藤を、主人公のロケット・マンに投影していると思う。
背後の虎 / SFマガジン1963年9月号
 麻須美の流産は三度目だ。今は絶望に囚われ、カーテンを閉め切った部屋に閉じこもっている。夫の幸太郎は、そんな麻須美に、あいさつもせず大阪への出張に出かけた。氷のような麻須美の目に耐えられないのだ。
 ホラー。次々と軽快なテンポで視点を切り替え、雰囲気を盛りあげていく構成は、今でも充分にテレビ・ドラマで通用しそうなくらい、鮮やかな映像が脳内に浮かび上がってくる。これ以降、エイトマンに代表されるテレビ脚本での活躍も納得の手腕だ。
次元モンタージュ / NULL10号 1964年1月
 おかしい。何か世界に違和感がある。不審に思いつつ、ルウは主人の部屋へと向かう。が、何かが違う。それは主人の足音に似ている。だが、主人のものではない。成熟した猫であるにも関わらず、ルウは主人を求めて啼き続ける。
 今放映しているアニメ「あかねさす少女」と同じく、パラレル・ワールドを扱った作品。私はルウに肩入れしちゃったなあ。
虎は暗闇より / SFマガジン1966年2月号
 三か月前、ぼくは交通事故で頭を強く打ち、二か月も入院した。連載に穴をあけてしまったが、幸い今のところ後遺症もない。だが、その日、友人の池見と食事していた時から、様子が変わった。それまでは全く事故や事件を目撃する機会がなかったのだが…
 これもホラー。当時は交通戦争とも呼ばれるくらい、交通事故が多かった時代で、ドライバーのマナーも褒められたモンじゃなかった。登場する友人たちのモデルを考えるのも面白いだろう。安田は星新一かなあ。
エスパーお蘭 / SFマガジン1968年2月号
 増える超能力者を、人類は恐れ、収容所に隔離した。迫害される超能力者も反撃に出る。中でも恐ろしいのは念爆者だ。大統領特別補佐官のショウ・ボールドウィンは収容所を訪れる。目的はオラン・アズマ、感応者だ。彼女の協力を得て…
 サイボーグ警官と超能力者のバディ物。冒頭のビルの爆破シーンから、映像化したら映えそうな迫力に満ちた派手なアクションの連続で、ケレン味たっぷりの娯楽作。スピード感といい危機また危機の展開といい、ヴォクトの「スラン」を思わせる。
悪徳学園 / SFマガジン1969年10月号
 博徳学園、またの名を悪徳学園。私立の中学校だ。おれのクラスには非行少年が集まっていて、<はきだめ教室>と教師たちは呼んでいる。そこに新任の若い女教師が来た。斎木美夜。彼女はワルどものひやかしを軽くいなし、おれを職員室に呼び出した。
 今読むと、主人公の名前が犬神明って時点でネタバレだw でもキャラは神明、またはアダルト・ウルフガイに近く、けっこう軽口もたたく。ヤンキー漫画の舞台に大藪春彦小説の主人公を放り込み、高倉健が主役を演じるヤクザ映画の展開に仕立てた学園物。
星新一の内的宇宙 / SFマガジン1970年5月号
 皆さんは星新一と聞いて、どんな人物を思い浮かべるだろう? マスコミには折り目正しいマジメな姿しか見せていない。だが、SF作家たちに囲まれた星新一は、とても危険な人物になる。研ぎ澄まされた知性が発する発言は、多くのSF作家を痙攣に追い込み…
 タイトルの星新一をはじめ、小松左京・筒井康隆・豊田有恒・矢野徹・大伴昌司・伊藤典夫・森優(南山宏)と、当時のSF界の大物をゲストに迎えた(というよりネタにした)ユーモア掌編。矢野さん、雀卓ではそういう立場だったのかw
転生 / SFマガジン1970年11月増刊号
 高校三年の内藤由紀と野村みどりは、バスを待つ時にクラスメートの江島三郎に声をかける。そこに暴走トラックが突っ込む。大惨事となり多数の被害者が出たが、由紀とみどりは奇跡的にほぼ無傷だった。奇妙なことに、江島は被害者の名簿に載らず、行方も知れない。
 無傷の由紀とみどり、姿を消した江島に始まり、次々と謎と恐怖が深まってゆく前半。事態が悪化しサスペンスが盛り上がる中盤。そして呆然とする結末。携帯電話が普及した今、多少の手直しは要るが、それ以外はほとんどこのまま若手女優の主演映画に使えそうなぐらい、映像化にピッタリの作品だ。
サイボーグ・ブルース / 連作短編集。詳細は後述。
『デスハンター』エピローグ / <狼火>6号 1985年1月
 異星生命体デス。宇宙からの侵略者。ヒトに取り憑き、不死の怪物に変える。デスに対抗するため、人類は国際秘密機関デスハンターを組織する。カーレーサー田村俊夫は事故で大怪我を負い、デスハンターとして蘇生した。だが組織の秘密を知った俊夫は…
 「死霊狩り」は、自らが原作を担当した漫画「デスハンター」を小説化したもの。容赦ない暴力描写といい、絶望と怨嗟に満ちた世界観といい、初期の平井ワールドの到達点としてひとつの頂点をなす作品だろう。ただし読者によっては厨二病を激しく重篤化させる劇薬でもあるので、用法には充分な配慮が求められる。
付録
『悪夢のかたち』ハヤカワ文庫版あとがき わが青春のモニュメント
『悪徳学園』ハヤカワ文庫版あとがき
『サイボーグ・ブルース』ハヤカワ書房版あとがき エイトマンへの鎮魂歌
編者解説
平井和正 著作リスト

【サイボーグ・ブルース】

「私をぶっ倒したかったら、熱線銃かハンド・ミサイルを持ってこい。ついでに戦車にでも乗ってくるがいい」
  ――ブラック・モンスター

「私は機械から自由な人間に戻るんです」
  ――サイボーグ・ブルース

「アーネスト・ライトは死んだんだよ。気のいいくろんぼのアーニーはな。ここにいるのは死人の怨霊さ」
  ――シンジケート・マン

「あんたは時限爆弾とおなじだよ。いつドカンとくるかわからない」
  ――ゴースト・イメージ

 「エイトマン」は人気を博しながらも、関係者のスキャンダルにより打ち切りとなった。そこで出し切れなかった陰の部分を、存分に描き切った連作短編。殉職したがサイボーグ特捜官として復活した黒人警官アーネスト・ライトの苦悩と、彼を取り巻く社会の暗部を、ハードボイルド・タッチで綴る。

 それぞれ 作品名 / 初出。

第一章 ブラック・モンスター / SFマガジン1968年5月号
 サイボーグ特捜官、ライト警部。元は殉職した警官だ。肉体の大部分を人工器官に取り換え、超人的な能力を持つ。メガロポリスを訪れたライトは、二人の若者が目撃した殺人事件に興味を抱く。だが市警は慇懃に協力を拒むばかりか、捜査協力と称したお目付け役まで差し向けてきた。
 目撃者ジュンとレイは、当時のヒッピーを思わせる。また激しい人種差別は、やはり公民権運動が盛り上がった時代を感じさせる。だが、冒頭の警官が示す権力をかさに着たマチズモや、署長のことなかれ主義は、時代も国も超えて存在している。現代は、単に差別が見えにくくなっただけで、実は何も解決していないのかも。
第二章 サイボーグ・ブルース / SFマガジン1968年10月号
 ライトは特捜官を辞めた。その一週間後、生田トオルと出会う。売れない作家だが、その妻オリヴィア・カンバーランドは億万長者だ。彼の豪邸に招かれたライトは、彼らの奇妙な暮らしを目撃する。
 ヒトの脳を持つサイボーグと、全てが機械仕掛けのロボットを対比させ、サイボーグの悩みを浮かび上がらせる作品。なんだけど、私はなぜかトム・リーミイの「サンディエゴ・ライトフット・スー」を思い浮かべた。
暗闇への間奏曲 サイボーグ特捜官 エクストラ / SFマガジン1969年6月号
 リベラは殺し屋だ。飛びぬけて優秀なのにはワケがある。彼はサイボーグなのだ。今回の依頼人はフランク・キャンドレス。表向きは弁護士だが、実態はクライム・シンジケートの司令官の一人。依頼を聴いた帰り道、リベラは奇妙な娘と出逢う。
 今回は特捜官ではなく、犯罪者の側のサイボーグの視点で描く作品。前半では、徹底して合理的で冷静なサイボーグのリベラと、生身の嫌らしさを持つキャンドレスや部下のキノを対比させる。それが後半に入ると…。
第三章 ダーク・パワー / SFマガジン1968年11月号
 違法駐車の罰金の請求が、18歳の少女オルガ・オリベッティに来た。オルガは身に覚えがないと申し立てる。摘発した警官も、オルガを見た覚えがない。違反車の持主は、事件当時は旅行中で不在。交通局が捜査に乗り出すが、担当した捜査官は集めたデータを全て破棄してしまう。そればかりか、腕利きのサイボーグ特捜官のマロリーまで煙に巻かれ…
 冒頭の<覗き屋>は、スパイダーマンのネタかな? 駐車違反なんて、サイボーグ特捜官が乗り出すにはチンケすぎる事件だよな、と思っていたら、意外な方向へ。今さらながら、この作品での警官の描かれ方は、例の事件が関係してるのかも、などと思ったり。にしても終盤のバトル・シーンは、やはり映像化したら映えそうな迫力に満ちている。
第四章 シンジケート・マン / SFマガジン1969年2月号
 珍しい客が来た。メンデイ・メンドーザ、かつての同僚だ。三年前に警察を辞め、今はハリウッドで私立探偵社を営み、50人ほどの従業員を抱えている。元サイボーグ特捜官なら探偵社としては金の卵だから、共同経営者に迎えたい。そんな話だ。
 客の来ないシケた私立探偵の元に、かつての親友で優秀な警官が、美味しい話を持ってくる。私立探偵物のお約束としては、当然ウラがあるわけだか…。著者のハードボイルドな側面を、心ゆくまで堪能できる。
第五章 ゴースト・イメージ / SFマガジン1969年3月号
 サイボーグ特捜官には二つのタイプがある。人の心を喪ってゆくタイプと、怨念で自己を支えるタイプ。だが腕利きのマロリーはいずれでもない。人としての温かみを保ち続ける稀有な存在だ。そのマロリーが訪ねて来た。ブリュースター長官の命で、ライトを護衛するという。
 これも冒頭のバトル・シーンが迫力満点。ってだけでなく、ライトの未来を暗示する秘密もスグに明らかになる。ばかりか、最終回に相応しい展開が待っている。

 フィリップ・ワイリーの「闘士」やA・E・ヴァン・ヴォクトの「スラン」同様、一種のヒーロー物だ。が、確かにこれじゃテレビ・アニメには向かない…と思ったが、最近は悩めるヒーローも珍しくないし、映画「ロボコップ」のように社会の暗部を見せつける作品もあるから、やっと時代が平井和正に追いついたのかもしれない。

 などのダークな部分だけでなく、「背後の虎」や「転生」で光る、映像化に向いた構成や、迫力とアイデアに満ちたアクション・シーンも美味しいところ。久しぶりに「超革命的中学生集団」が読みたくなった←それかい

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2018年11月16日 (金)

大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2013 さよならの儀式」創元SF文庫

愛情や共感は、人類の宿痾だ。
  ――さよならの儀式

「あなた、笑ってますよ」
  ――コラボレーション

「まったく、ウンディ弾きって奴は」
  ――ウンディ

「あんたの依頼、俺たち武佐音研が叶えてみせるぜ」
  ――エコーの中でもう一度

micapon17こそは、我々のもっとも注目するただひとりの心霊写真家である。
  ――今日の心霊

「一枚食べたら……」(略)「もう引きかえせないからね」
  ――食書

なあに難しいことを考える必要はない。好きにやればいいのである。
  ――科学探偵帆村

「かつてのロボトミーは、乱暴で大雑把であった」
「ええ」
「だが、乱暴で大雑把だからこそ、守られたものがあったと言えるのだ」
  ――ムイシュキンの脳髄

わたしはかつて、自分の人生の主人公だった。今は異なる。
  ――イグノラムス・イグノラビムス

目に映るもの、体が感じるものをどう解釈するかは、人によって全く違う。通常なら理解できない他人の感覚をインタープリタが解釈できるのは、彼らが多かれ少なかれ、共感能力を持っているからだ。
  ――風牙

【どんな本?】

 2013年に発表された日本のSF短編から、大森望と日下三蔵が選び出した作品に加え、第五回創元SF短編賞受賞作の「風牙」を収めた、年間日本SF短編アンソロジー。

 芸の細かさと共に作家としての芯の太さを感じさせる表題作「さよならの儀式」,まさしく「今、そこにある未来」を描き出す「コラボレーション」,手慣れた職人芸が光る「ウンディ」,音響SFという新境地を切り開く「エコーの中でもう一度」…と、今回もバラエティに富んだラインナップが揃った。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年6月27日初版。文庫本で縦一段組み、全665頁。8ポイント42字×18行×665頁=502,740字、400字詰め原稿用紙で約1,257枚。上下巻どころか上中下の三巻に分けてもいい大容量。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。

序文:大森望
さよならの儀式 / 宮部みゆき / SF JACK
 家庭向けの汎用作業ロボットが普及した未来。ロボット廃棄手続きの窓口に、若い娘が来た。申請内容は、廃棄するロボットの記憶回収と、新しく買う機体への移植。廃棄する機体はやたら古く、メーカーは既にない。長く使っていたらしく、娘は古い機体に強い愛着を持っていて…
 窓口を担当する技師と、申請に来た娘の二人で話が進む。いかにもクールで合理的な技師、長く使った機体に思い入れたっぷりの娘。ってな雰囲気なんだが、改めて読み直すとガラリと印象が変わる。是非、二度読んでほしい。
コラボレーション / 藤井太洋 / SFマガジン2013年2月号
 検索エンジンの暴走でインターネットは崩壊し、認証付きのトゥルーネットが普及する。だが一部のサービスは様々な事情でインターネットに残り、「ゾンビ・サービス」と呼ばれている。これを監視していた高沢は、懐かしい文字列を見かける。
curl だの vim だのと、IT技術者には突き刺さる用語もさることながら、<匿名主義者>の動きも、GNU などオープンソース系の運動を思わせ、ソッチの人にはたまらない作品。と同時に、最近の著者の作品を読むと、ここ数年で小説家としての腕がぐんぐんと上がっているのも感じる。
ウンディ / 草上仁 / SFマガジン2013年12月号
 シロウとゲンバとズートは、長く三人でバンドをやっている。シロウの愛器サッコは、グレイの長毛種のウンディ。毛糸玉と揶揄される草食の節足動物だ。入門用とされる「セブン」だが、五年も使っていると愛着がわく。一週間後にコンテストを控え、三人はスタジオに集まった。
 音楽SF。あまり売れないながらも、それぞれのペースで音楽を続け、長い付き合いで互いの呼吸も呑み込んでいる、ベテランのバンドの様子がよく出ている。が、それ以上に、サッコがやたらと可愛い。セッションを描くところも秀逸。
エコーの中でもう一度 / オキシタケヒコ / SFマガジン2013年2月号 「波の手紙が響くとき」に収録
 所長・佐敷裕一郎,チーフエンジニア・武藤富士伸,助手のカリン。三人だけの武佐音響研究所に、二つの依頼が飛び込んだ。ひとつは古いテープに録音された生活音の「洗濯」。もうひとつは、今をときめく音楽プロダクションの関係者から、失踪したミュージシャンの捜索。
 なんとも斬新な音響SF。日頃から、私たちは全く意識せずに音を聴いて、そこから多くの情報を得ている。何の音か、どれぐらい近くか、どこの音か。でも、なぜ、どんなメカニズムで、そんな事がわかるのかは、まずもって意識しない。そこを掘り下げていくと…。なお、このシリーズをまとめた「波の手紙が響くとき」は、この短編で張った伏線を含めた大ネタが最後に炸裂する傑作です。
今日の心霊 / 藤井可織 / 群像8月号
 micapon17。知る人ぞ知る、本物の心霊写真家だ。その才能は、なんと二歳の時から開花していた。当時はスマートフォンどころかデジタルカメラさえ普及しておらず、幼い彼女はフィルム式使い捨てカメラを使い…
 ホラーといえばホラーなんだが、それは心霊写真が関わっているため、とは言い切れないあたりが、なんともw それはそれで怖いようなユーモラスなような。それはともかく、私もブログ友達が欲しいぞ←結局それかい
食書 / 小田雅久仁 / 小説新潮9月号
 主人公は、妻と別れひとり暮らしを始めた作家。本屋に入ったところで便意をおぼえ、トイレに駆け行ったはいいが、そこには先客がいた。その女は、あろうことか本のページを破り、食べ始めたのだ。
 そうなんだよなー。なぜか書店や図書館に入ると、トイレに行きたくなるんだよなー。とか思ったら、なんと「青木まりこ現象」なんて名前で Wikipedia に記事が載ってるw そうか、俺だけじゃなかったのか。いや全然そういう話じゃないんだけど←をい
科学探偵帆村 / 筒井康隆 / 群像12月号
 ポーレットが産んだ子はモンゴロイドだった。ローレンは処女懐胎した。いずれも身に覚えはない。この日本でも、奇妙な懐妊が相次いで起こる。この難事件に挑むのは、最新科学を駆使する老探偵・帆村壮六。
 日本SFの始祖・海野十三の生んだ名探偵・帆村壮六を、これまた日本SFの重鎮・筒井康隆が書き継ぐ、ゴールデン・カード。とはいえ、映画ネタは絶対に楽しんで書いてるなあ。おまけにオチといい〆といい、完全に筒井節になってるしw
死人妻 / 式貴士 / 私家版「死人妻」
 若くして亡くなった鬼才・式貴士の、未完成原稿。これだけで式貴士を判断しないでほしい。有名なカンタン刑を始め、エロチックでグロテスクで、時として切ない物語は、彼ならではの独特の芸風なのだ。それだけに読者を選ぶんだけど。
平賀源内無頼控 / 荒巻義雄 / SFファンジン57号
 平賀源内は生きていた。田沼意次の意向で、密かに匿われていたのだ。遠州相良で余生を送る源内に、客がやってきた。田沼意次の深慮が報われる時がきたのだ。と言えば喜ばしいようだが、事態は急を要し…
 これまた著者が楽しんでのびのびと書いてるのが伝わってくる一編。「実は生きていた」ってのはアリガチな手口ではあるけど、そこはクセ者の平賀源内。虚実取りまぜてシリーズ化したら、色々と発展させる余地がありそう。
地下迷宮の帰宅部 / 石川博品 / ファミ通文庫「部活アンソロジー2『春』」
 MMORPGで遊んでいた俺はスカウトされ、なんの因果か地下迷宮を将軍として守る羽目に。なら魔物として悪事を楽しみたいところだが、使命は迷宮の奥にある封印の間を守ること。仕方なく手下の魔物をアチコチに配して陣を整えようとするが…
 舞台や道具立てや語り口は流行りの異世界物。だが、この芸風はフレドリック・ブラウンやロバート・シェクリイなど50年代以前のアメリカSF作家や、その流れを受けた星新一や草上仁を思わせる、ヒネリの利いた短編作家の香りがする。
箱庭の巨獣 / 田中雄一 / アフタヌーン2月号
 凶暴な巨大生物が暴れまわる未来。人々は「巣」に籠り、一匹の巨獣に守られて暮らしていた。その巨獣は…
 巨大な威容を誇るグロテスクな巨獣の姿もさることながら。細かいながらもハッキリした線でミッチリと書き込まれた風景に対し、人物のアップのコマは思い切って背景を省く、そのコントラストが見事。お陰でコマごとの「主役」がとってもわかりやすい。
電話中につき、ベス / 酉島伝法 / 第53回日本SF大会なつこんプログレスレポート2号
 この世界の外にあるトゥクヴァなる村から客として招かれた。そこでしばらく世界を留守にするとになった。数年前、、この世界を訪れた旅人に、世界の様々な逸話を語って聞かせた。それを旅人が広めたのかもしれない。
 2014年茨城県つくば市で開催の日本SF大会の参加申込者に送られる小冊子に掲載したもの。「村じゅうのわたし」とか代理自律格とか、読者の意識を根底から突き崩す魔術的なフレーズが次々と飛び出してくる。
ムイシュキンの脳髄 / 宮内悠介 / 小説現代7月号 「彼女がエスパーだったころ」に収録
 ムイシュキンこと網岡無為は伝説のバンド、プテリドピュタの中心人物だった。些細なことで激高する癖に悩んだ網岡は、オーギトミーを受け、それを機にバンドは解散する。そのオーギトミーには多くの議論があるが、正確な知識はあまり知られていない。
 性格は偏っているが優れた業績を残す人がいる。IT業界ではビル・ゲイツを始めアスペルガー気味の人が多い。ミュージシャンはカート・コバーン,ジャコ・パストリアス,キース・ムーンなど枚挙にいとまがない。だが、その性格を「矯正」したら…
イグノラムス・イグノラビムス / 円城塔 / SF宝石
 「ワープ鴨の宇宙クラゲ包み火星樹の葉添え異星人ソース」。世界中の食通が絶賛する逸品だ。その食材の調達で、わたしは莫大な富を築き上げた。だが、今のわたしは…。いや、確かに美味しいとは感じる。だが…
 いきなりレストラン「宇宙の果て」なんて小ネタで読者のガードを緩めておいて、相変わらずの円城塔らしいメタっぽい話へと向かってゆく。「暗がり仮説」とかは、別にセンチマーニに限らず、歴史物の小説を書こうとすれば誰もが突き当たる障壁じゃなかろか。
神星伝 / 冲方丁 / SF JACK
 頬白哮は母を殺された。哮は悪友たちと組み、母のプラグの履歴を解析する。かすかに残った思念から、犯人の狙いは哮だった事が判明する。母は最期まで哮を守る努力を続けた。怒りに燃える哮は復讐を誓う。
 平安時代の木星を舞台とした合体○○アクション…って、無茶苦茶なようだけど、そうなんだから仕方がないw 話の分かるジャンク屋の親父、気のいい悪友たち、お高くとまった優等生、幼馴染の美少女と傍役もバッチリで、まるきしアニメの開幕編みたいだ。
風牙 / 門田充宏 / 第五回創元SF短編賞受賞作
 社長の不二が倒れ、意識が戻らない。彼を救い出すために、珊瑚は潜行を試みる。彼女はインタープリタ。同じモノを見聞きしても、それをどう感じるかは人によって違う。他人の感覚を解釈するには、特別の能力が必要だ。珊瑚は…
 関西弁のヒロインが斬新。というか、登場人物がみんな口が悪いw 短いだけあって、緊迫感あふれる場面が次々と展開する中で、ユーモラスな会話が巧みに緩急を生み出している。孫くんは可愛らしいし、お話にも王道の感がある。込み入った設定をなんとかすれば、ライトノベルとしてもウケそう。いや漫画やアニメなど絵で見せる方が向いてるかな?
第五回創元SF短編賞選考経過および選評 / 大森望・日下三蔵・瀬名秀明
2013年の日本SF界概況 / 大森望
後記 / 日下三蔵
初出一覧
2013年日本SF短編推薦作リスト

 ここでは新人扱いの藤井太洋は、今じゃベストセラー作家の貫禄を備えてるなあ。「科学探偵帆村」や「平賀源内無頼控」には、ベテランの余裕を感じた。「神星伝」も、娯楽作品のお手本として職人の手堅い手腕が伺える。「地下迷宮の帰宅部」は、一見流行りものに見えるけど、別の素材も巧みに扱えそうな雰囲気がある。いずれにせよ、相変わらずバラエティ豊かなのが嬉しい。

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2018年10月17日 (水)

松崎有理「架空論文投稿計画 あらゆる意味ででっちあげられた数章」光文社

世界最古の論文の記録は、フランス東部のジュラ紀中期の地層から発見された一億六千年前の化石(1)であるというのはまず確実につくり話である。
  ――コラム 論文の歴史

「超高学歴独身男、高層ビルから油揚げをばらまく」
  ――第一章 おしゃべり女

「猫魔が時とは、うっかり猫に出会ってしまう時間帯を指す筆者の造語である」
  ――第二章 大きな石を運ぶ男

いったいどうすれば、研究者たちはしあわせになれるのだろう。
  ――第四章 悪意のあるじゃまもの

【どんな本?】

  「あがり」が2010年の第一回創元SF短編賞に輝いた新鋭SF作家の松崎有理による、ユーモラスで仕掛けに満ち、ある意味レムの「完全な真空」への挑戦ともとれる笑劇の作品集。

 ユーリー小松崎は、蛸足大学の文学部心理学科で、29歳の若さながら助教授を務める。とあるポスドクが引き起こした事件をきっかけに、彼は大胆な実験を始めた。

 まず嘘八百を並べたデッチアゲの論文を書く。それを学術誌に投稿し、受理されるか否か確かめよう。そうして学会の健全性を検証し、現在の研究制度の改善に役立てよう、と。

 若手作家の松崎有里の協力を得て、ユーリー小松崎の研究は始まったが…

 すぐわかる小ネタから、少し注意しないと見逃しがちなトラップ、しょうもないギャグまで様々なネタを取りまぜつつ、現代の研究者たちが置かれた状況も浮き上がらせる、真面目にふざけた Scholar Fiction。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年10月20日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約253頁。9ポイント30字×18行×253頁=約136,620字、400字詰め原稿用紙で約342枚。文庫本ならやや薄い一冊分。とはいえ、レイアウトの関係で文庫本にするのは難しそう。

 文章はこなれていて親しみやすい。当然、論文のフリをした部分もあるし、そこはワザとしゃっちょこばって堅苦しい文体にしている。が、実はこの論文モドキこそ、この本の美味しい所。流し読みでも分かりやすいネタもあれば、注意しないと見逃しがちなネタもあるので、できればじっくりチェックしよう。

【構成】

  • コラム 論文の歴史
  • 第一章 おしゃべり女
    • 島弧西部古都市において特異的に見られる奇習“繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”は戦略的行動か? 解析およびその意義の検証
  • 第二章 大きな石を運ぶ男
    • 経済学者は猫よりも合理的なのか? “反据え膳行動”を通して判明したもっとも合理的な生物とは
  • 第三章 閉じ込められた者たちの嘆き(ヨナやピノキオ)
    • “借りた本に線を引くひと”とはどんなひとか 書きこみされた図書館蔵書における網羅的研究からこころみた人物プロファイリング
    • 図書館所蔵の推理小説に“犯人こいつ He'd done it!”と書きこむひとはどんなひとか 書きこみされた図書館蔵書における網羅的研究からこころみた人物プロファイリングⅡ
  • 第四章 悪意のあるじゃまもの
    • コラム 研究費の歴史、あるいは研究者の懐事情の歴史
    • おやじギャグの社会行動学的意義・その数理解析
    • 比較生物学から導かれる無毛と長寿との関係 はげは長生き?
    • 「ねえ、太った?」は存在証明機会 代数的構造抽出による容姿からかい行動対応策の検討
  • 第五章 朝の薄明
    • 経験則「あらゆる機械は修理を依頼した直後になおる」現象の検証 機械故障にかんする大規模調査
    • プラス思考はほんとうにプラスか 恋愛成功率におけるプラス思考とマイナス思考の効果の比較
    • 「目標は紙に書くと実現する」はほんとうか 大規模長期縦断研究による検証
    • 「あくびはうつる」を応用する あくび伝染反応時間による初対面好感度の類推
  • 第六章 花崗岩でできた狂乱
    • 架空論文投稿実験 その顛末と、研究世界の未来にたいする提言
  • 終章 いつも片目をあけて眠るよく太った猿の王様を目覚めさせるためのファンファーレ
  • あとがきにかえて この本ができるまでの舞台裏を少々
  • 架空論文・初出一覧
  • 研究者心理におけるパーキンソンの法則 メタ研究心理学者・ユーリー小松崎の事件簿

【感想】

 最初から最後まで、大笑いからクスクス笑いまで、ユーモアに満ちた一冊。

 そもそも最初からワケがわからない。「超高学歴独身男、高層ビルから油揚げをばらまく」って、なんじゃそりゃ。なぜに油揚げ? などと読者を考え込ませたところで、ツカミはオーケー。

 その犯人のやらかした真似も、わかるようなわからんようなw 不正するなら、もちっと考えてやれ、と言いたいところだが、根が不正に向いてないんだろうなあ。

 舞台が北の蛸足大学なだけに、「あがり」などで活躍?した彼も出てくるかと思ったら、そうきたか。著者お気に入りのキャラなのかも。

 そんなユーリーの「実験」の影に見え隠れするのが、論文警察。最近の Twitter じゃテレキャスター警察とかハヤカワ狩りとかプログラマ狩りとか物騒な連中が跳梁跋扈しているが、それと似たようなヤバいお方たち。でも、影でやってる事は、実はけっこう役に立つ事だったり。本当はいい人たちなのかもw

 加えて、作家に向く性向まで教えてくれるから嬉しい。おもしろい話が好きで、質問が好きで、嘘八百を考えるのが好きで、キャラを考えるのが好きで…って、ヲタクそのものじゃないかw

 とかも面白いけど、メイン・ディッシュは、やっぱりデッチあげの論文集。

 だいたい4~5頁で、一見お堅いタイトルがついてるし、書き始めの文章も気取っちゃいるが、その中身は…。

 「いや、そのイラスト、何か意味あるの?」「え、それ参考文献に挙げる?」「おお、ソレをアレにこじつけるか!」「このキャプション、どうにかならんのかw」「きっと誰も結論を読んでないんだろうなあ」「○○先生、ごめんなさい」と、ツッコミどころ満載。

 中でも注目して欲しいのが、「文献」の項。有名な論文に混じって、なんじゃい反社会学者ってw 他にも我田引水・メタ我田引水なネタもある。とかの楽しみ方もあるけど、著者の読書傾向も判るのが面白い。へえ~、やっぱり、こういうのが好きなんだあ。などとニタニタしてしまう。

 とかのユーモアにまぶせつつ、現代の研究者が置かれた厳しい状況や、論文を軸とした研究活動の問題点も、ジンワリと伝わってきたり。中でも焦点が当たるのが、査読って制度。論文の品質を保つには役立っちゃいるが、研究者と論文の数が増えるに従い、無理が出てきている様子がよくわかる。

 のはわかるんだが、このデッチアゲ論文集を見ていると、自分でも何か論文が書けそうな気になってくるから困るw 素人が書いたいい加減な論文が学術誌に殺到したら、ただでさえ重い負荷にあえいでる査読者たちの背骨が折れかねないw

 最後の頁にまでネタを詰め込んだ、サービス精神に満ちた一冊。ギャグが好きな人に、論文の書き方に悩む学生に、科研費の申請に苦しむ研究者に、そして文章で遊ぶのが好きな人に。凝り固まったオツムをほぐすのに最適な一冊。

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2018年10月 7日 (日)

山田正紀「バットランド」河出書房新社

「お願いだから大声を出さないで。これには事情があるんだから」おれはそう懇願し、警察官の顔を撃ち抜いた。
  ――コンセスター

「バットランドに行かねばならない。あそこでは何かが起こっている。何か途方もないことが……(略)いいかい、爺さん、これはぼくのためなんかじゃない。勘違いしないでもらいたい。これは人類のためなんだ」
  ――バットランド

「そう、きっとトムがいる別の世界にいっちゃったんですよ」
  ――別の世界は可能かもしれない。

「おぬしたちをわざわざ当陣に呼び寄せたのは他でもない。かの城を『時攻め』にせよ、とのおん大将、上総介(信長)様のお下知が下されたからである」
  ――お悔みなさいますな晴姫様、と竹拓衆は云った

【どんな本?】

 SF・ミステリ・アクション・ホラーなど多様なジャンルで活躍するベテラン作家の山田正紀が、2007年~2014年に発表したSF作品を集めた短編集。

 怪しげな人体実験に始まる惨劇を描く「コンセスター」、老いた詐欺師視点のコン・ゲームが変容してゆく「バットランド」、大雨に襲われた地下鉄路線を舞台としたバトルロイヤル「別の世界は可能かもしれない。」、語呂合わせが楽しい「お悔みなさいますな晴姫様、と竹拓衆は云った」、濃縮ワイドスクリーン・バロックの「雲の中の悪魔」の五編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年5月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約339頁に加え、あとがき3頁。9ポイント43字×19行×339頁=約276,963字、400字詰め原稿用紙で約693枚。文庫本なら厚い一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。内容はかなり凝ったSFガジェットやアイデアを駆使する作品が多いので、そういうのが好きな人向け。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出。

コンセスター / SFJapan2007年冬号
 1970年初頭。ロサンゼルスでの不法就労がバレたおれは、メキシコに逃げる。そこで知り合ったミツオから、美味しい話を聞く。近くの米陸軍の研究所が人体実験の志願者を求めている、一週間で報酬は七百ドルに加えアメリカの永住権。ヤバいのは分かっちゃいたが…
 伊東ゆかりの「ロコモーション」(→Youtube)・キャロル・キングの「イッツ・トゥ・レイト」(→Youtube)と、一気に懐かしい気分になるネタで始まる作品。能天気なリズムに乗って惨劇を繰り広げる犯人は、何を考えているのか。最初は素直に読んだんだけど、一人称だってのを考えると…
バットランド / NOVA4 2011年5月
 ここはどこだ? そうか、おれはクリーニング屋に行くんだ。ところが店に入り、鏡を見て驚いた。え? 俺は七十過ぎの爺いだったのか? 唖然としていたら、店に入ってきた若い男女に連れ出された。おれは認知症だという。
 これまた老人SF。ボケては覚める認知症を患っちゃいるが、元は凄腕の詐欺師って設定が巧い。しかも、マッド・サイエンティストを加えて更にシェイクしてる。いいよね、Birdland(→Youtube)。ジャコのプレイは絶品だけど、性格は最悪だとかw この作品でも性格が悪い奴しか出てこないから、そういう意味では合ってるかも。
別の世界は可能かもしれない。 / SF JACK 2013年2月
 10月31日、ハロウィンは豪雨になった。地下鉄の西六本木駅から六本木に通じるトンネルは、水没が危ぶまれるため、ポンプ列車が出動する。暗闇に紛れ、ネズミらしき群れが同じ線路を進む。六本木駅では、金属バットなどで武装した若者たちが、「殺せ、殺せ」と唱えながら駅へと雪崩れ込んでゆく。
 孤児の坂口、識字障害の五木梨花、供試試料として消費される実験用マウス、機能を失った偽遺伝子、そして地下鉄の施設内に寝泊まりする宿無したち。世界から除け者にされた者たちが、なぜいがみ合わねばならないのか。世界への怨嗟が満ちた作品。
お悔みなさいますな晴姫様、と竹拓衆は云った / 夏色の想像力 2014年7月
 毛利攻めに向かった秀吉は、意気盛んな高松城の攻囲に焦る。そこで竹拓(ちくたく)衆を呼び、『時攻め』を命じる。竹拓衆は時をあやつる鬼道に秀でた一族だ。率いる棟梁の迦具屋晴姫(かぐやはるひめ)は、悩みながらも命を受け入れる。
 墨俣の一夜城・水攻めで有名な高松城・中国大返しなどの事件に、不思議な力を操る一族・竹拓衆を絡めた、SF忍法帖。ハーラン・エリスンのアレにかけたタイトルから始まり、波歩・噛・時場・伝時力などの言葉遊びが楽しくて、ニヤニヤしてしまった。
雲の中の悪魔 / NOVA8 2012年7月
 流刑星<深遠>は、-70℃~-10℃の過酷な環境だ。囚人は房奴と呼ばれ、露天掘り鉱山の作業員として働く。密封衣服は時として暴走し、多くの房奴が死ぬ。この泡宇宙は万物理論知性体が統べる。電磁力知性体の人間には抗う術はない。
 泡宇宙論をベースとして、思いっきり濃いアイデアを惜しげもなく詰めこんだ、珠玉のワイドスクリーン・バロック。冒頭の電磁力知性体/万物理論知性体に始まり、次から次へと繰り出されるブッ飛んだ発想に、思う存分翻弄されっぱなしだった。

 いずれも認知科学・遺伝学・量子力学・宇宙論などの科学トピックに、怪しげな哲学を巧みに滑り込ませ、奇怪な世界へと読者を誘い込む、SFの醍醐味が炸裂した作品ばかり。また、山田正紀ならではのテイストとして、「圧倒的な力を持つ絶対者にしぶとく抗う者」の物語なのも、この作品集の特徴。特に最後の「雲の中の悪魔」は、カルピスの原液を更に濃縮したような濃さで、もはや劇薬と言っていい。SFの瘴気をまき散らし、あなたをSFゾンビに変えてしまう危険な物語だ。

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