カテゴリー「書評:SF:日本」の198件の記事

2019年12月16日 (月)

上田岳弘「塔と重力」新潮社

「お前は神である事に無自覚だからな。誰もがおまえをトレースすべきなのに、お前自身がそのことをよくわかっていない」
  ――塔と重力

無駄話が、惑星上に満ちている。
  ――塔と重力

「考えて。そのために私たちはいるのよ」
  ――重力のない世界

知的生命体が発生し、彼らの群れは生息域である惑星に乗って不動の一点である「ここ」を通過する。そうすると、知的生命体は塔を作り始める。
  ――双塔

【どんな本?】

 2018年下半期の第160回芥川賞を受賞した上田岳弘による、「太陽・惑星」「私の恋人」「異郷の友人」に続く、四冊目の著作。

 1995年の関西・淡路大震災をきっかけとした中編「塔と重力」と、似たテーマを扱う短編二つ「重力のない世界」「双塔」の計三篇を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年7月30日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約199頁。9.5ポイント40字×17行×199頁=約135,320字、400字詰め原稿用紙で約339枚。文庫なら薄い部類。

 文章はこなれている。相変わらず「太陽・惑星」と同じイカれきったネタを使っているので、その発想についていけるかどうかが評価の境目の一つ。

【塔と重力】

 初出は「新潮」2017年1月号。約143頁の中編。

 20年前、1995年、17歳の田辺は、予備校の仲間と合宿に出かける。泊まっていたホテルで阪神・淡路大震災に見舞われ、田辺江と美希子は生き埋めになる。二人は二日後に助け出されたが、美希子は目覚めぬまま亡くなった。

 進学を気に上京し、しばらくはフラッシュバックに悩んだが、やがてそれも消えた。知人の紹介で新興企業に入り、間もなく株式公開を迎える。Facebook を通じて久しぶりに昔の友人と連絡すると、弁護士になった水上からメッセージが届く。学生時代には度を越して合コンに入れあげていた水上は、田辺に「美希子アサイン」を始める。

 おそらく本書の中核を成す作品。なのだが、いやストーリーはわかるんだが、テーマとなると私にはどうにも読み取れない。

 。水上から「美希子アサイン」を受けつつ、葵や桃香とも体の関係を続ける田辺。いい歳してお盛んなことで、などと僻みたくなってしまう。もっとも、肝心の田辺本人は、それほど美希子に強い想いを感じているわけでもないらしい。

 確かに心の傷は残っているようだが、それは美希子の事より、怪我の激痛に苛まされながらの生き埋めなんて恐怖の体験から来るもののように読める。少なくとも、田辺はそう思っているらしい。もっとも、それさえ自分じゃわかってないっぽいのが、涙のくだり。まあ、居合わせた者にとっては不気味だよね、突然に涙を流し始めたら。

 「SFが読みたい!2012年版」では円城塔が「『携帯電話が出てくるような小説は文学ではない』とか言われかねない」などと文学界を揶揄してたけど、これも時代が変わったのか、Facebook や LINE が当たり前のように出てくるのも、この人の作品の特徴だろう。今どきの人の暮らしをリアルに描こうとすると、どうしたって SNS やスマートフォンが出てくる。

 とはいえ、これほど駆使する人も珍しい。田辺が最もよく使うのは葵を相手にする時だが、直接は見も知りもしないカリフォルニアの男にまで、電子の網の上じゃつながってたりする。SNS にありがちな話だね。

 そんな「人とのつながり方」が、やがて葵との関係にも跳ね返ってきて…

 なんて割り切れるほど、わかりやすい話じゃないとは思うんだが、よくわからない。

【重力のない世界】

 初出は「GRANTA JAPAN with 早稲田文学03」。約17頁の短編。

 息子が呼ぶ。「パパ、ねえ、パパ」。リフティングするから見ていて、と。人類は溶けて肉の海になった。そして性別や寿命、そして個人が廃止された。妻が言う。「次は重力を廃止するの」。これは演算された人生だ。

 諸星大二郎の初期の傑作「生物都市」やグレッグ・ベアの「ブラッド・ミュージック」を思わせる設定で、肉の海に呑み込まれた者が見る白日夢の話。なのだが、妙に今風の幸せな家庭の風景っぽいのが、なんとも。

【双塔】

 初出は「新潮」2016年1月号。約33頁の短編。

 村には塔がある。少年は通過儀礼として塔を登る。すると、塔の上からは別の塔が見える。こちらの村で塔に登るのは、祭祀王だけだ。二つの村は、互いに自分の塔の方が優れていると思っている。だが、実際は、双方の村の者が行き来することはない。できないように、「中央」が設定した。

 これまた「肉の海」シリーズの一つ。「ここ」とはどこか、を巡る理屈が、なかなか壮大にSFしていて心地いい。のだけど、お話のオチは道具の強大さに呑み込まれてミもフタもないことに。

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2019年12月15日 (日)

上田岳弘「異郷の友人」新潮社

吾輩は人間である。人間に関することで、吾輩に無縁であるものは何もないと考えている。名前はまだない。
  ――p3

「大再現が起こるんだよ」
  ――p72

【どんな本?】

 2018年下半期の第160回芥川賞を受賞した上田岳弘による、三冊目の著作。

 山上甲哉は幾つもの前世の記憶を持っている。それまでの人生では、経験を活かして歴史に名を残してきたが、今回の人生では平凡に生きることにした。普通に大学を卒業して食品卸会社に入り、10年務めた後に札幌支店に転勤となる。そこで甲哉は見知らぬ男に話しかけられる。

 「自分は経験したはずのない風景が、克明なリアリティを伴って頭の中にある。心あたりはないですかな?」

 ある。その一つはJ、オーストラリア生まれの男の人生だ。高校を卒業するとアメリカの奨学金を得てスタンフォード大学に進み、ハッキング能力を活かしあぶく銭を稼いでいる。

 もう一つはS、淡路島の新興宗教の教祖である。Sは山上甲哉と似た能力を持ち、三万人余の信者の意識を感知している。そのため、山上甲哉もSを通じて信者の意識や記憶がわかる。信者の一人・早乙女は、優れた頭脳を持ちつつ、すべきことを見いだせずにいた。

 平凡な会社員を装う神、優れた能力を持ちつつ目的を見いだせない者、一時しのぎの金稼ぎで日々を無駄に費やしたと痛感したハッカー、ハッカーに仕事を回している組織の幹部、そして新興宗教の教祖。彼らの人生が交わるとき、それは予言の時なのか?

 「太陽・惑星」「私の恋人」と穏やかなシリーズを成す一冊。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年1月30日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約154頁。9ポイント41字×17行×154頁=約107,338字、400字詰め原稿用紙で約269枚。長めの中編ぐらいの長さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も難しくないが、イカれたアイデアを用いているので、それについていけるか否かが問題。また、お笑いコンビのモンスターエンジンのネタを使っているので、詳しい人には嬉しいだろう。

【感想は?】

 いきなり夏目漱石「吾輩は猫である」のパロディで始まる。

 何度も生まれ変わり、その人生を覚えているだけでなく、現世の他の人間の意識までわかるのだがら、確かに「神」と言っていい存在だろう。だが、その扱いはやたら軽い。なにせ名無しの猫並みの扱いだ。おまけに2ちゃんねるにまで降臨する始末。やはり2ちゃんねるに神はいたのだw

 他にも自作品を軽くパロったりモンスターエンジンのネタを取り入れたり、と、今回の作品は全体的に今風のユーモアの色彩が強い。とはいえ、いかにも上田岳弘風味のアクの強い味なので、好みはわかれるかも。

 というのも、例えば主要な登場人物の多くが、やたらオツムの優れた人ばかりなのだ。

 語り手?の「吾輩」は神?だし、神に覗かれるJも高校時代からマスコミのマシンに不法侵入を繰り返す能力の持ち主だ。早乙女も「頭脳を使う分野であればできないことはおそらくほとんどない」と豪語するだけあって、大学在学中はJを凌ぐプログラミング能力を見せる。にしても、確かに汚いコードは気色悪いよねw いや人のことは言えないけどさw

 そしてEだ。コイツはJと同じ奨学金を得た者だが、試験の成績はJより良く、組織でもJを使う側だ。ここまでくると、少しJに同情したくなる。そこまで鼻をへし折らなくてもいいじゃないかw ただでさえヤル気をなくして飲んだくれてるってのにw そのJに付き合ってバーボンを飲むMも、付き合いがいいというかなんというかw

 などと、皆さん優れた頭脳を持ちながら、それを使う意思や脂ぎった欲望に欠けているのも、上田岳弘らしいところ。

 厳しい境遇に育ち、己の能力に相応しい立場を望むEでさえ、その望みは大きくはあるがいささか知的なものだ。Jは飲んだくれて「俺がやるべきことなど、もうこの世にないのではないか?」なんて気分だし、早乙女に至っては「私はあなたの信者になるべきでしょうか?」などと言い出す始末。どの人も妙に我が薄い。

 なかでも、全く分からないのが、新興宗教の教祖であるS。信者たちの人生を覗き見つつ、それで教団の勢力拡張を望むわけでもない。確かに信者たちの相談には乗るし、相応のアドバイスもする。それで少しは心が楽になるものの、人生を大きく変えるわけじゃない。ただ、観ているだけなのだ。

 このSを通して日本の創世神話が出てきたりと、壮大さを感じさせる仕掛けを使いながら、SF的なセンス・オブ・ワンダーへとは決して向かわないあたりが、ブンガクなんだろうか。

 とかの我はないくせに、やたらクセだけは強い連中に囲まれて、それでもなんとか場を持たせようとするMの普通っぷりが可愛い。今までも苦労してきたんだろうなあ。

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2019年11月17日 (日)

高島雄哉「エンタングル:ガール」東京創元社

…わたしは夏を撮ることができたのだろうか。
  ――p9

人間の観測精度には上限がある。それは世界の原理なのだ。
  ――p55

「これって、主語が全部ロボットなんだよね」
  ――p126

そう、世界に謎があるんじゃなくて、世界はそれ自体が謎なんだ。謎がからまって世界を形づくっている。
  ――p163

「…お前はすげえよ、了子。また映画手伝うからさ、舞浜で待っててくれ」
  ――p228

「あたし、この世界を超えたいよ、守凪ちゃん」
  ――p241

【どんな本?】

 2006年放送のTVアニメ「ゼーガペイン」と、2016年の映画「ゼーガペインADP」の、同じ世界を舞台としたスピンオフ小説。

 舞台は少し未来の千葉県、舞浜。守凪了子は映画監督になりたい。中学生の頃から短編は撮っていた。役者は幼馴染の十凍京やその友人の冨貝啓に頼んだが、脚本や撮影や編集は自分ひとりでやってきた。だが、これからはチームで本格的に映画製作に取り組みたい。

 そう考えた了子は、舞浜南高校に入学してすぐ、映画研究部を訪れる。幸い三年で部長の河能亨が部室にいたが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「きみは映画監督になれない」

 映画を愛する少女・守凪了子と、映画研究部の面々の目を通し、ゼーガペイン世界を語りなおす、SF青春群像劇。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年8月31日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約250頁に加え、あとがき5頁+花澤香菜の解説5頁。9ポイント43字×19行×250頁=約204,250字、400字詰め原稿用紙で約511枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。内容も難しくない。量子力学の用語が出てくるけど、実はかなり強引に屁理屈をつけてるので、分からなくても大きな問題はない。ただ、世界設定が重要で、ゼーガペインの設定を知らないと、終盤の印象が大きく違うだろう。また、映画が好きな人向けに、アチコチに仕掛けが施してある。

【感想は?】

 ああ、まぶしい。若さが、熱意が。

 出てくるガジェットは、間違いなく21世紀のSFだ。今より少しだけ進んだ未来が持つ輝きやワクワク感が、ちょっとした小道具から滲み出している。だが、それを使う人の姿は、ちょっと懐かしさが漂ってたり。そう、かの眉村卓が書いた学園ものを思わせる、爽やかで切なく、だがサスペンスが効いた青春群像劇だ。

 やはり主役の守凪了子がいい。今どき映画監督だ。Youtuber じゃない。この、ちょっと古臭い、でも敢えて王道をまっすぐに行こうとする、真面目だけど熱意のある姿勢が、オジサンにはやたら可愛い。と同時に、ダラダラと過ごしてしまった自分の高校時代を、「もったいないことしたなあ」などと悔やんでみたり。じゃ、やりなおしたいか、というと…

 まあいい。ゼーガペインは、守凪の幼馴染である十凍・上腕二頭筋・京を中心に物語が進んだ。サンライズらしいヒーローで、先頭を突っ走るタイプだ。本作の守凪は、ちょっと違う。何せ目指すは映画監督だ。チームを率いなきゃいけない。今まではほぼ独力でやってきたが、これからはチームを動かす必要がある。

 彼女が映画研究部のメンバーを集め、守凪組へとチームに仕立ててゆく過程も、目標へと向け成長しようとする彼女の若さがほとばしる。それを強く感じるのが、三年の飛山千帆を脚本家として引っ張る場面。千帆の卓越した才能は認めるものの、映画人としてはどうしても妬みを感じてしまう。そこをどう乗り越えるか。

 ここの記述はアッサリしているけど、守凪の納得の仕方に、彼女の若さをつくづく感じるのだ。自分の将来像をしっかりと持っていて、今後の己の成長を信じて疑わない姿勢。そうなんだよなあ、いいいなあ、若いって。

 その飛山千帆と因縁を抱えた二年の深谷天音は、ガジェット担当の理系少女。彼女の作るガジェット、特にドローンが、本作では大活躍する。言われてみれば確かに、ドローンの活用が進めば映画の撮影は大きく変わっていくだろう。それは単に様々なアングルで撮れるってだけじゃない。

 特に感心したのは、謎のDVDを巡り守凪と話し合う場面。ここでは、今後のドローン・カメラが克服すべき問題点の指摘に加え、ちょっとヤバさを抱えた可能性も示唆していたり。機能としては嬉しいんだが、そこを自動化するのが果たして良いのかどうか。でも執筆アプリは欲しいなあ。語彙に乏しい私には有難いことこの上ない。

 などの小技に感心しているうち、次第にゼーガペイン世界が物語に侵入してくる。ここで舌を巻いたのが、守凪が映画監督を目指すという、この作品の骨組みだ。守凪が映画を撮ることに、ゼーガペインならではの意味と強いメッセージが関わってくる。それも、幾つものレイヤーで。ヒトによる創作物であること、それが映画であること、映画製作は何人もが関わるチームであること、そしてそれを守凪が率いること。

 花澤香菜の解説も、彼女の肉声が聞こえるような生々しさがある。と同時に、ゼーガペイン世界の、苛烈なまでの厳しさを改めて突きつけてきて、そこで生き映画を撮ろうとする守凪の姿の眩しさが増す。そして脳裏に、あの傑作コピーが蘇るのだ。

消されるな、この想い
忘れるな、我が痛み

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2019年10月 1日 (火)

菅浩江「不見の月 博物館惑星Ⅱ」早川書房

「どんな方式を使おうが、あなたはメインを褒めないでしょうよ。(略)自分は細かいところまで<見えている>と主張したいだけだわ」
  ――お開きはまだ

「また一つ、いい傷ができたな」
  ――手回しオルガン

<アフロディーテ>職員拘束事件は、それから四時間続いた。
  ――オパールと詐欺師

「あら、使っているうちに判ってくる特色だってあるし、パフォーマンスしながら見えてくるコンセプトだって大事な」
  ――白鳥広場にて

「うーん。判った。すぐには判らないということが判った」
  ――不見の月

【どんな本?】

 地球と月のラグランジュ・ポイント3に浮かぶ、オーストラリア大陸ほどの表面積を持つ小惑星<アフロディーテ>は、天体まるごとが巨大な博物館だ。大きく三部門、音楽・舞台・文芸全般の<ミューズ>、絵画と工芸の<アテナ>、動植物の<デメテル>に分かれ、加えて<アポロン>が三部門の調停を担う。いずれも学芸員は独特のインタフェースでデータベースを使える。

 兵頭健は国際警察機構内の組織VWAに所属する新人警備員だ。今は<アフロディーテ>で勤務につきながら、新型の犯罪捜査用データベース・インタフェース<ディケ>の教育係も務めている。<アフロディーテ>側から相方としてあてがわれたのは、<アポロン>所属の新人、尚美・シャハム。職務には熱心だが兵頭には悪態ばかりの尚美を持て余しつつ、健は警備に務めるのだが…

 星雲賞受賞作「博物館惑星 永遠の森」と同じ舞台ながら、主な登場人物をルーキーに変えて語る、期待の続編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年4月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約286頁に加え、あとがき1頁。9ポイント43字×20行×286頁=約245,960字、400字詰め原稿用紙で約615枚。文庫本なら少し厚い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。SFだし、コッソリ最新の科学や先端技術の成果を取り入れているが、ソコはマニア向けのイースターエッグみないなモノなので、分からなくても問題ない。それより、舞台や映画や絵画など、何かを創作したり、鑑賞して感動した経験の方が大事です。とはいえ、ソコも語り手を素人の兵頭健とすることで、グッと分かりやすくなっている。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

黒い四角形 / SFマガジン2017年2月号
 中規模美術館<ペイディアス>の展示「インタラクティブ・アートの世界」の目玉は、二人の有名クリエイターだ。ベテランの楊偉と、彼を崇める若手ショーン・ルース。警備の兵頭健が気になるのは、ショーンのマネージャー、マリオ・リッツォだ。ショーンを売り込むためなら手段を選ばない。今回も無茶を吹っかけてきた。ショーンの作品をメインに据えろ、と。
 肝心の『黒い四角形』は、その名のとおり白い地に真っ黒な正方形を描いたもの。振動を感知し、何らかのタイミングで崩れ落ちる。こういうの、子供が喜びそうだなあ。何かが崩れるのって、妙に心地いいんだよね。昔、爆竹の上に使用済みのマッチ棒を山と載せ、爆発させて遊んだなあ。若者を見守るベテランの目線が心地いい。
お開きはまだ / SFマガジン2018年4月号
 ミュージカル『月と皇帝』の初演を目前にして、兵頭健が気になるのはアイリス・キャメロンだ。若く盲目ながら辛口のミュージカル評論家として名をはせている。特にメインに対し厳しい彼女の評は多くの反感を買い、脅迫状も頻繁に届く。アイリスの武器は Relief aquare、両手に握った浮き彫り画像で失った視覚を補う。その Relief square がバージョン・アップし…
 こんなブログをやってる私には、アイリスに食ってかかるヘレナの台詞がグサグサ突き刺さる。ついついやっちゃうんだよな、「賢い僕ちゃんこんな細かい所までわかってるもんね」的な書評。なるたけ「こういう所も面白いんだよ」的に書きたいんだけど、なかなか。全力で楽しんじゃうと、没頭しちゃって書評どころじゃなくなるし。
手回しオルガン / SFマガジン2018年6月号
 「新天地」は、<アフロディーテ>初期に、手回しオルガンの少年奏者を描いた作品だ。作者はピエール・ファロ。これが話題を呼び、奏者のエミリオ・サバーニも客が増えた。今はエミリオも歳を取り、演奏は若いバックパッカーのアンディ・ジブソンに任せている。肝心のオルガンはシュナイダー&ブルーダー社製の逸品だが、今は塗装も剥げアチコチにガタが来ている。
 広島の原爆ドームは、やたら保存が難しいと聞く。きれいに再建しちゃったら台無しだから、崩れた姿のまま維持しなきゃいけない。ロリー・ギャラガーのストラトキャスターも、塗りなおしたらファンが怒り狂うだろう。もちろん、私も。かといって、塗装が剥げたままじゃボディも痛む。どないせえちゅうねん…と思ったら、禿げた感じの塗装でレプリカを作ってる(→Fender)w 使ってこそ楽器とは思うが、そこに物語が貼りつくと、難しい所。また、手回しオルガンの音を表すオノマトペもやたら楽しい。
オパールと詐欺師 / SFマガジン2018年8月号
 ライオネル・ゴールドバーグは山師だ。世界中を掘りあさり宝石の鉱脈を探している。八年前、<アフロディーテ>は彼から依頼を受けた。仔犬の乳歯をオパール化してくれ、と。やっと完成し、受け取りに来るのはいいが、彼の相棒が問題だ。今はカスペル・キッケルトと名乗っているが、元はクルト・ファン・デン・ラック、かつて別件でオパールをだまし取った前科がある。
 宝石というのは奇妙なもので。採掘の現場は、むさくるしい汗だくの野郎どもが、泥にまみれて地面を掘ってる。ところが商品になると、ベルベットをあしらった小箱に入り、清潔で着飾ったご婦人がご鑑賞なさる。その生成や鑑定の過程では、科学者や技術者が最新の技術を駆使した機器を使ってたり。まあ、商品なんてたいていそんなモンだけど。とかはともかく、終盤、ライオネルがポーズを取ってからの、たたみかけるような展開がスピーディかつダイナミックで実に楽しい。
白鳥広場にて / SFマガジン2018年10月号
 兵頭健は、白鳥広場の展示物「Satu sama lain」を見守る。ワヒドの作品だ。素材は<自律粘土>、観客が押したり引いたり何かを埋め込んだりして刺激を与え、専用の人工知能が学習して色や形や肌触りも変えてゆく。どんな形になるのか、作者のワヒドにも予測できない。だが健が考えているのは別のことだ。人に覆いかぶさったり、長い突起が折れたりしたら、危ないじゃないか。誰かが怪我したらどうする。
 警備員の苦労が伝わってくる作品。気まぐれなアーティストに付き合わされるのは、そりゃシンドかろうなあ。おまけに今回は、あのネネすら押し返すティティ・サンダースまで乱入するんだから、健の心労はどれほどかw どうでもいいが、私はオールナイトで観た映画「ウッドストック」を思い出した。途中で寝ちゃって、起きた時は会場のゴミを片付ける場面になってた。
不見の月 / SFマガジン2019年2月号
 宿泊客が襲われた。被害者は吉村亜希穂、50代の女性、亡きイラストレーター吉村輔の長女。被疑者は男二人、うち一人は既に確保した。吉村輔は次女の華寿穂を可愛がり、彼女の死後はそれをしのんでか「不見の月」という22枚のシリーズを描いた。亜希穂がアフロディーテに来た目的は、「不見の月」の一つ#18の鑑定。賊の狙いは、その絵らしい。
 ちょっと前に長年使っていたモニタを新しいのに変えて、色温度の違いに驚いた身としては、「プロはそうくるかー」と参った。スマートフォンとかは、変化の激しい環境で使われるんで、調整も大変だよなあ。肝心のネタ、私が亜希穂の立場なら、更に怒り狂う気がする。にしても、相変わらず天然は最強だなあ。

 前の「永遠の森」がキッチリ構成した重厚な交響曲なら、今回のは思わず踊りだすビッグバンド・ジャズの雰囲気かな。主人公が気苦労の多い孝弘から、若い新人の兵頭健と尚美・シャハムに変わったことで、お話にも勢いが出てる気がする。何より、野暮天の私には、視点が素人の兵頭健なのがありがたい。加えて嬉しいのが、あとがきのコレ。

この続きは<SFマガジン>で連載中です。
  ――あとがき

 やっぱり連載だったのか。続きを待ってます。

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2019年9月29日 (日)

菅浩江「永遠の森 博物館惑星」ハヤカワ文庫JA

自分にはそう見えるからこれでいいんだ
  ――この子はだあれ

「あそこの人魚、今どうなってるんですか」
  ――嘘つきな人魚

街路樹は変わらないのに、その名前を知らないことを思い知っている自分は、自分ではないような気がする。
  ――きらきら星

【どんな本?】

 口当たりのいい文章に乗せ、新しいテクノロジーに関わることで露わになる人間の業を容赦なく暴き出す菅浩江が、芸術をテーマに綴る連作短編集。

 <アフロディーテ>は、巨大な博物館だ。月と地球のラグランジュ点3に、小惑星を引っ張ってきた。大きさはオーストラリア大陸ほど。マイクロ・ブラックホールにより重力を制御し、深海から火星の地表まで、あらゆる環境を再現した。

 部署は大きく三つに分かれている。音楽・舞台・文芸全般の<ミューズ>、絵画と工芸の<アテナ>、動植物の<デメテル>。学芸員の多くは手術でデータベースと直結しており、頭で思い浮かべたイメージで古今の芸術や生物の情報を引き出せる。

 田代孝弘は<アポロン>に属している。先の三部門の調停を行う部署だ。例えば、歴史的な意義を持つピアノは、音楽を扱う<ミューズ>と工芸を受け持つ<アテナ>の奪い合いになる。珍しい木材を使っていれば、植物を縄張りとする<デメテル>も乱入しかねない。どう決着しようと、三部署から恨まれる立場だ。

 珍しい物が持ち込まれたり、斬新なイベントが行われたりするたび、やっかい事が孝弘に降りかかってくる。そして<アフロディーテ>は旺盛に収集と活動を続け、揉め事は絶えないのであった。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2001年版」のベストSF2000国内篇でトップ、2001年星雲賞の日本長編部門受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2000年7月、早川書房より単行本で刊行。私が読んだのは2004年3月15日発行のハヤカワ文庫JA版。文庫で縦一段組み本文約435頁に加え、三村美衣の解説「美しい科学と文学の殿堂へようこそ」9頁。9ポイント39字×17行×435頁=約288,405字、400字詰め原稿用紙で約722枚。文庫本としては厚い部類。

 文章はこなれていて読みやすい。最新の科学の成果をコッソリ使っているが、ソコはあまり気にしなくていい。わからなくても「そういうものだ」程度に流しておけば楽しめる。それより重要なのは芸術や工芸の素養だろう。でも、実はコッチも大丈夫。たいてい二種類の登場人物が出てくる。詳しい人と素人だ。わからない人は、素人側の登場人物の目線で読めば、美味しく味わえる。

【収録作は?】

天上の調べ聞きうる者
80号の大きな抽象画が届く。描いたのはコーイェン・リー、無名の作曲家で、三年前に亡くなった。脳神経科病棟の絵画療法で描いた作品だ。題して「おさな子への調べ」。絵画の専門家の多くは無価値と切り捨てるが、辛口の美術評論家ブリジッド・ハイアラスが珍しく絶賛し、また病棟の患者の一部も作品を熱心に見つめていた。果たしてこの作品に価値はあるのか?
 病院の名前にちゃっかりネタを仕込むあたり、やっぱり好きなんだろうなあw そういえばバブルの頃は、日本の金持ちが絵画を買い漁って価格を吊り上げた事があったっけ。ほんと投資家って厄介だ。「冬の時代」と言われながらもSFを愛し続けた者には身に染みる作品。好きなんだからしょうがないよね。
この子はだあれ
 職場をでた孝弘は、若い女に呼び止められる。セイラ・バンクハースト、資料室の所属だ。直接接続に妙な思い入れがあるらしい。要件は人形の名前を探り当てること。元は博物館が招いた恐竜学者と人類学者の老夫婦だ。博物館が別件で協力を仰ぎ招いたところ、夫妻は資料室に籠り調べていた。目的は二人が所有する抱き人形。骨董市で買ったものだが、不思議な表情をしている。
 ぬいぐるみも人形も、しょせんはモノだ。にも関わらず、私たちはそこから感情を読み取ってしまう。邪神セイバーみたいな安物の量産品なら、デザインなり製造なりのミスだろうでケリがつくし、手作りの一品ものなら作者の腕のせいにできる。だが、そのハイブリッドとなると…
夏衣の雪
 デメテルで笛方の家元襲名披露を行う。広告代理店がからみ、大きなイベントになる。主役は十五代目鳳舎霓生、16歳だ。先代の祖父が襲名時に行った「夏に雪を降らせる」演出を再現したい。そこで霓生の兄で自らも笛方であり、マネージャーも兼ねる瑛にリハーサルを頼んだが、うまくいかない。しかも衣装の手配が混乱していて…
 和服や笛のネタが満載。こんなん書けるのは世界広しといえど菅浩江だけだろう。私はさっぱりわからなかったが、幸い主人公の孝弘も私同様の野暮天だったw 孝弘と滝村さんのアレも、仕事で部外者と打ち合わせした経験の多い人には、けっこう身につまされる話。よくあるんだよね、困ったことにw そこのSE、身に覚えがあるでしょ。
享ける手の形
 シーター・サダウィはダンサーだ。十代のころには、天才としてもてはやされた。しかし、客ウケを狙い演出が過剰となった上に、彼女の影響を受けたダンサーが次々と出てきたため、次第に自分の芸を見失ってゆく。年齢を重ねると共に体も利かなくなり、性格も僻みっぽくなった。そんなシーターが<アフロディーテ>で公演することになったのだが…
 珍しく孝弘の出番がない作品。ロック・ミュージシャンには若くして才を認められる人が多い。エリック・クラプトンとジェフ・ベックは、いろいろと試したあげく原点のブルースに回帰して何度も復活してきたが、ジミー・ペイジは何やってんだ? まあ、そういう人にファンが何をできるかというと、うーん。
抱擁
 展示室で老いた男が倒れた。マサンバ・オジャカンデス、<アフロディーテ>の元職員。<アテナ>のネネ・サンダースの先輩らしい。実は倒れたわけではない。彼は直接接続者だった。初期の版のため、使うには集中する必要があり、また応答も遅い。そのため、傍からは体調を崩して倒れたように見えたのだ。
 その昔、メロトロンて楽器があった。キーボードを押すと、その音を録音したテープを再生する。一種のアナログ・サンプラーだね。なら色んな楽器の音を録音すりゃどんな楽器も代用できそうなモンだが、再生時にテープの回転が微妙にフラつくため、やや陰鬱な不安定さを持つメロトロン独特の音になる。これをわざわざデジタル・サンプラーで録音してるもの好きなプレイヤーもいたり。まあ、将来は…いや、現在でもそういうデジタル・エフェクトがあるんだろうなあ。そんな風に、昔のアイデアが再利用される事もあるんです。
永遠の森
 お騒がせ新人のマシュー・キンバリーが、また騒動を引き起こしている。マシュー自らが企画した「類似と影響」展の所長のOKが出たのだ。共通点のある作品を並べて展示しようという企画だ。問題は、バイオ・クロック。これは遺伝子組み換え技術で制御した植物の変化で時間を測る。その展示物は、オリジナリティを争って裁判になっている。
 作中じゃ酷くけなされてるけど、私はいいと思うなあ、「類似と影響」展。槍玉にあげられてる一つ、インカのタペストリとモンゴルのショールも、技術史に興味を持つ者としちゃ是非じっくり見たい。もちろん、詳しい解説付きで。それはともかく、作品そのものは、初期の傑作短編のリベンジといった感がある。終盤では、総毛だつほどの盛り上がりだ。
嘘つきな人魚
 最新の技術を駆使しているとはいえ、環境の維持は手間がかかる上に神経をすり減らす。<アフロディーテ>の海を管理するアレクセイ・トラスクは機嫌が悪い。原因は児童主体の博物館惑星見学ツアーだ。イタズラな子供が海にゴミを捨てたら、海の微妙なバランスが狂う。そんなアレクセイに、10歳ほどの子どもが声をかけた。「あそこの人魚、今どうなってるんですか」
 現代の工業製品で盛んに使われている技術を、こう使うか~、と感心した。ならあの本はアイデアの宝庫ではないか。まあ、そこから宝を見つけられるか否かが、優れたクリエイターと凡人の違いなんだろう。何であれ、過去の作品を黒歴史として封じている人には、いろいろと刺さる作品。ええ、ブログなんか書いてると、黒歴史ばっかりです。開き直って公開してるけど。
きらきら星
 二週間ほど前から、<アフロディーテ>は注目の的だ。小惑星イダルゴで発見された物体の解析が、<アフロディーテ>に任されたのだ。物体は二種類。1cmほどの種子らしき物二つと、一辺14mmの五角形で厚さ3mmほどの彩色片が数百。彩色片は<アテナ>のクローディア・メルカトラスのチームが預かった。その助っ人に呼ばれた図形学者のラインハルト・ビシュコフが問題で…
 SF者はラインハルトって名前で金髪の小僧を思い浮かべるが、見事に予想を裏切ってくれるw ワザとだろうなあ、きっとw 性格はともかく、数学者や物理学者の語る「美しさ」と、芸術家の語る「美しさ」の溝は、埋められるんだろうか。そこに橋を架けるのも、SFの役割の一つなのかも。ちなみに小惑星イダルゴは実在します(→Wikipedia)。
ラヴ・ソング
 ベーゼンドルファー・インペリアルグランド、人呼んで「九十七鍵の黒天使」。世界的に有名な老ピアニストのナスターシャ・ジノビエフの愛器だ。海上施設キルケ・ホールの杮落し公演のため<アフロディーテ>に運ばれたが、ナスターシャの許可が下りず調律もままならない。かつてのナスターシャの演奏データを聴いたところ、奇妙なことに…
 お騒がせ小僧マシュー、「九十七鍵の黒天使」、謎の遺物、姿を消した美和子など、今までの作品で張った伏線を鮮やかに回収し、更なる高みへと読者を誘うグランド・フィナーレ。

 テクノロジーと芸術は、一見あまり関係なさそうだけど、「倍音」や「音楽の進化史」を読むと、実は密接に関係してるんだなあ、と感じる。マイクやアンプなど音響機器が発達しなければ、ロックもヒップホップもなかっただろう…って、音楽ばっかだな。まあ現代アートも合成塗料あってのものだし。そういう「未来の芸術」を垣間見せてくれるセンス・オブ・ワンダーと共に、それでも掴み切れない美の本質を求める人々の足掻きがドラマを醸し出す、まさしくサイエンスとフィクションの狭間にある「何か」に挑んだ意欲作だ。

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2019年9月20日 (金)

三方行成「流れよわが涙、と孔明は言った」ハヤカワ文庫JA

孔明は泣いたが、馬謖のことは斬れなかった。
硬かったのである。
  ――流れよわが涙、と孔明は言った

「えうれか」
  ――走れメデス

こいつは世にも珍しい、車とつがうドラゴンの物語だ。
  ――竜とダイヤモンド

【どんな本?】

 「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」で2018年の第6回ハヤカワSFコンテストの優秀賞を勝ち取り、笑劇のデビューを果たした新人SF作家・三方行成の最新SF?短編集。

 有名な諸葛亮孔明と馬謖のエピソードから始まりながらも脱線に脱線を重ねあらぬ方向へと物語が転がってゆく表題作「流れよわが涙、と孔明は言った」、奇妙な味の三部作「折り紙食堂」、作品名からオチをつけている「走れメデス」、不気味な世界を舞台とした「闇」、噂のドラゴンカーセックスをテーマとした「竜とダイヤモンド」の五作を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年4月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約234頁。9ポイント40字×17行×234頁=約159,120字、400字詰め原稿用紙で約398枚。文庫本としては薄い部類。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も、SFというより馬鹿話なので、理科が苦手でも全く問題ない。気軽に楽しむタイプの作品集だ。

【収録作は?】

 それぞれ 題名 / 初出 の順。

流れよわが涙、と孔明は言った / 小説投稿サイト「カクヨム」2017年
 いきなりの強烈なギャグ作品。孔明は泣いて馬謖を斬…斬…斬れない。硬い。なぜだ。
 冒頭、たったの2行で見事に読者を引き込んでしまう。ホントこの人、反則的なまでにツカミが巧い。以後、最初からズレた物語は、行を重ねるごとに更にズレてゆき、テンポのいい語りに乗せて、次から次へと「なぜにそうなる」な方向へとスッ飛んでゆく。今気が付いたけど、これ、上手な漫才コンピの「もし…だったら」的なギャグに芸風が似てるかも。
折り紙食堂 / 小説投稿サイト「カクヨム」2018年
 挫折してうなだれたあなたは、何かを腹に入れようと店をさがす。店は見つかったが、どうにも怪しい。「折り紙食堂」。変だな、と思いつつも、空きっ腹には勝てず店に入ると…
 三部作。最近の流行り「○○食堂」のパロディなのかな? 作品名どおり、「折り紙食堂」をテーマに、最初の作遺品は店の親父の何やら意味深でよさげな言葉が続くが、なんじゃいこのオチはw やはり折り紙+食堂で腹を満たすのは無理だったかw
走れメデス / 書き下ろし
シラクサの王ヒエロンは金で王冠を作らせたが、職人が材料の一部を盗んだのではないかと疑う。そこでアルキメデスを呼び出し、冠を壊さずに調べよ、と命じた。
 これまた有名な話を足掛かりにしながらも、いきなり話は妙な方向に突っ走ってゆく。ある意味、グレッグ・イーガンの向こうをはる数学SFなんだが、この人の手にかかると、やはりこうなるかw
闇 / 「人は死んだら電柱になる:電柱アンソロジー」2014年
 世界は闇につつまれた。だが、電柱がある。電柱についた灯かりが照らす範囲の中は、安全だ。だが、そこから少しでも出て闇に触れると、人は引き込まれる。両親は相次いで死んだ。足をすべらせて、闇に触れたのだ。その両親が死んだあたりに、新しい電柱が二本見つかった。明かりが照らす範囲が増えただけでなく、ほかの村へとつながる橋ができた。そこに「彼」がきた。
 闇に包まれた不条理な世界で展開する、不気味なホラー。よくこんな設定を思いつくなあ。でも、この設定を元にゲームを作ったら、面白いかも。
竜とダイヤモンド / 「WHEELS AND DRAGONS ドラゴンカーセックスアンソロジー」2018年
 ひったくりが、その坊ちゃんからバッグを奪って逃げた。そして俺がバッグを取り戻し、坊ちゃんに返した。バッグにはダイヤモンドの原石が幾つか入っていた。それが始まりだ。俺は坊ちゃんに取材を申し込み、あっさりと了解してもらえた。そして坊ちゃんの家に向かったが…
 ドラゴンカーセックスってなんじゃい、と思ったら、そういうことか(→ピクシブ百科事典)。そんなモン、どうお話を作るのか、と思ったら、テレビスペシャル版「ルパン三世」みたくヒネリの利いた、ちょっとハードボイルドなファンタジイに仕上がってる。みょんみーw

 「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」からツカミの巧さは光っていたが、表題作では更に鋭さが増している。競争の激しい小説投稿サイトで鍛えたからだろうか。語りのスピード感もあるし、突拍子もない発想もいい。ただ、通勤電車や静かな喫茶店で読むには向かないかもw

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2019年9月13日 (金)

石川宗生「半分世界」東京創元社

その家はドールハウスさながら、道路側のおよそ前半分が綺麗さっぱり消失していた。
  ――半分世界

「だとしても、こんなになにもないところに999の路線ですよ」
  ――バス停夜想曲、あるいはロッタリー999

【どんな本?】

 「吉田同名」で2016年の第7回創元SF短編賞を受賞した新鋭SF作家・石川宗生のデビュー短編集。

 ごく普通の月給取りが何の前兆もなく突然19329人に増殖してしまう「吉田同名」、半分にぶった切られ外から丸見えの家で暮らす四人家族及び彼らの追っかけを描く「半分世界」、町の全部をフィールドとしたサッカー?が延々と続く「白黒ダービー小史」、と、異様な状況に直面しつつも常識的?に生きる人々を克明に描く、すっとぼけた作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年1月26日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約291頁に加え、飛浩隆の解説9頁。9ポイント43字×19行×291頁=約237,747字、400字詰め原稿用紙で約595枚。文庫本なら普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。一応はSFとしたが、難しい理屈は全く出てこない。ただし「突然サラリーマンが19239人に増殖する」「半分にぶった切られた家で普通に暮らす」など、かなりイカれた設定で話が進むので、それを受け入れられるか否かで好みが分かれるところだろう。

【収録作は?】

 それぞれ作品名/初出。

吉田同名 / 「アステロイド・ツリーの彼方へ 年刊日本SF傑作選」2016年6月
吉田大輔、36歳、サラリーマン。妻と幼い息子が一人。三年前、仕事を終え駅から家に向かい歩く途中で、突然19329人に分裂/増殖してしまう。すべての吉田氏は体格も記憶も性格も同じだが、意識はそれぞれ独立している。人間がいきなり増殖した事件に社会は混乱し…
 クレイジーな設定で筒井康隆と比べられる著者だが、私はドリフターズの「もしもこんな…」シリーズのコントを連想した。一頁目の「そう語るのは吉田大輔氏の一人、吉田大輔氏である」で大笑い。もっとも、設定こそイカれているものの、語り口はあくまでも落ち着いていて真面目なのが、かえっておかしさを盛り上げる。奥さんの小代子さんの通報も、実にまっとうなんだけど、受ける方も困るよなあw いずれにせよ、出てくる人はみんなマトモで常識的で冷静なのに、そこに描かれる風景がいちいち狂ってるのが楽しい作品。
半分世界 / ミステリーズ!vol.80 2016年12月
ある朝、藤原さんの家は前半分が消え、表から丸見えになっていた。にも関わらず、藤原一家は何事もなかったように暮らしている。翻訳会社の副社長を務めるケンスケ氏、落ち着いた雰囲気のユカ夫人、引きこもりだのカズアキくん、華やかな女子大生のサヤカちゃん。向かいの森野グリーンテラスには、藤原家に注目するフジワラーと呼ばれる者たちがタムロし…
 注目されつつも普通に暮らす藤原一家よりも、彼らに注目するフジワラーたちの生態が楽しい作品。ビートルマニアにもジョン派・ポール派・ジョージ派・リンゴ派があるように、フジワラーにも様々な派閥があり、また各派閥の中でも様々な主張を持つ者たちが喧々囂々の議論を繰り広げるあたりは、ネット上でのヲタクたちの論争を見るようだ。とまれ、そんなコミュニティも藤原家との「見られる者・見る者たち」な関係があってこそ成り立つわけで、「もっと深く藤原家を知りたい」気持ちと、現在の関係を保ちたい気持ちの葛藤は…
白黒ダービー小史 / Webミステリーズ! 2017年8月
長方形をしたその町では、昼夜を問わず白黒ダービーが続いている。町全体がフィールドだ。戦っているのはホワイツとブラックス。南と北の端にスタジアムがあり、ゴールマウスがある。住民も白と黒に分かれ、勢力は拮抗している。ゲームは延々と続き…
町全体をフィールドとした、いつ始まったのかさえ不明なサッカー?のゲームを続ける町を舞台に、ロミオとジュリエットみたいな恋を絡めたお話。それこそ世紀単位で続くゲームを、爽やかなスポーツ物みたく描くトボけた芸がたまらないw 特に後半に出てくる、かつてキーパーだったトムじいさんがいい味出しまくりw なにせフィールドもやたら広いだけに、ルールも奇妙奇天烈だし、ゲームも歴史になってるあたりが、もうねw なんかいい話みたくまとめてるあたりも、なんなんだw
バス停夜想曲、あるいはロッタリー999 / 書き下ろし
バスを降りる。471番のバスに乗り換える予定だ。日差しが強い。赤茶けた道が交差する十字路。ここには001番から999番のバスが止まる。なのに、近くにあるのは大きな岩が幾つか、サボテンと灌木。他には売店も何もない。バスが来るのは1時間に1~2本。471番は来ない。付近の岩陰では、何人かづつが固まってバスを待つ。バスが来るたび、人は入れ替わる。最初に話をした男は、三日間も待っている、と言った。
 うおお、騙されたw 最初は、恐らく中南米を舞台とした貧乏旅行記かと思った。お互いバスを待つ間だけの、一時的な仲間たちの、他愛のない会話劇かと。集団内に一応のルールはあるが、別に文書化されているわけじゃない。日々仲間は入れ替わり、わずかな期間でで新人がベテランになってしまう。
 安宿の大部屋を泊まり歩く長い旅の経験があるなら、「あるよね、そういうの」などと馴染みの宿を懐かしんだり。以前の旅人の置き土産が珍重されてたり、一時的なあだ名で呼び合ったり、物々交換したり。「あるほど、安宿の大部屋をバス停に変えたのか、面白い工夫だねえ、雰囲気も良く出てるし」なんて思っていた。
 ところが、次の節に入ると、話は微妙に方向にズレていく。が、前の節の終わり方から、次の節への変化が、「うん、まあ、そういうのもアリかな」なんて勝手に納得しつつ読み進めていくと…
 いやあ、実にお見事。あんな貧乏ったらしい幕開けから、こんな物語世界へと広げてゆくとはw とにかく、騙りの魅力にあふれた、鮮やかな馬鹿話w いいなあ、こういう人を喰った駄法螺ってw

 前に読んだのが、やたらと重厚長大な本なので、思いっきりお馬鹿な本を読みたいと思って選んだ本なのだが、これが大当たり。存分に楽しませてもらいました。これだからSFはやめられない。

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2019年8月22日 (木)

林譲治「星系出雲の兵站 1~4」ハヤカワ文庫JA

「英雄などというものは、戦争では不要だ。為すべき手順と準備が万全なら、英雄が生まれる余地はない。勝つべき戦いで勝つだけだ。英雄の誕生とは、兵站の失敗に過ぎん」
  ――1巻 p239

「勝てる軍隊とは、凡人を戦力化できる組織なんだよ」
  ――1巻 p362

忠誠を尽くせば、手柄を立てる機会を与えられる。恥ずかしいほどわかりやすい。
  ――2巻 p169

目立たないこと、それこそが有能さの証明だ。(略)真に有能な人間は、全体に目配りし、トラブルの兆候を発見し、それが問題となる前に対処する。
  ――3巻 p77

「権力には責任が伴うということだな」
  ――4巻 p29

【どんな本?】

 遠未来。異星人の侵略を恐れる人類は、多数の播種船を送り出す。播種船の一つは故郷と断絶しながらも出雲星系で文明を築き、他の四つの星系にも進出していた。うち出雲に次ぐ規模の壱岐星系で、異星人のものらしき無人衛星が見つかる。

 二千年来、文明を発達させ、異星人を恐れて軍を維持してきた人類だが、異星人との接触は初めてだ。異星人は高度なステルス技術を持ち、また人類文明の情報を熱心かつ密かに収集していたらしい。

 軍事・経済の主力を担う出雲星系に対し、壱岐星系は独立の気運が育ちつつある。また有力な一族が権力を寡占する状況から、それを脱しようとする中間層の台頭が始まっていた。多くの軋轢を抱えたまま、人類は正体不明の異星人に対処するのだが…

 架空戦記でも活躍したベテランSF作家が、前線から政治そして産業までを俯瞰した視点で描く、ユニークなスペースオペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 発行年月日と頁数は以下。

  • 1巻:2018年8月25日 本文約369頁に加え、あとがき2頁。 
  • 2巻:2018年10月25日 本文約359頁。
  • 3巻:2019年1月25日 本文約302頁。
  • 4巻:2019年4月25日 本文約329頁に加え、あとがき3頁。

 文庫本で縦一段組み、9ポイント40字×17行×(369頁+359頁+302頁+329頁)=約924,120字、400字詰め原稿用紙で約2,311枚。文庫で四巻は妥当なところ。

 文章は一見ぶっきらぼうな印象を受けるが、読んでみると実にわかりやすくて読みやすい。つまりは伝わりやすさを重視し余計なモノを削った、ハードボイルドな文章だ。

 内容はサイエンス重視の軍事物なので、中学卒業程度の科学の知識と、多少の軍事知識が必要。科学はわからなくても凝ってる所が見えない程度で済む。が、軍事は登場人物の行動原理に関わるので、少し知っておいた方がいい。特に大事なのが軍政(→Wikipedia)と軍令(→Wikipedia)。スーパーのチェーンなら、軍令は店舗で働く人、軍政はそれ以外の人事や経理や仕入れ元開拓かな?

【感想は?】

 最初にこの本を知ったとき、「これは全巻揃ってから読み始めた方がいいな」と思った。大当たりだ。

 なぜって、そりゃもちろん読み始めたら止まらないからだ。一応、巻で区切っちゃいるが、お話そのものはスンナリと繋がっている。なお、この四巻は第一部で、既に第二部が始まってます。始まってなきゃ困る。

 書名に「兵站」とあるし、兵站に関する話も多い。この作品での兵站は、「必要な時期に、必要な物資を、必要量供給」すること。ついでに付け加えるなら、「必要な場所へ」だろう。実はこの「必要な場所」ってのが、この作品の舞台設定の巧みなところ。

 舞台は、五つの星系から成る。最も歴史の古い出雲星系が社会的な中心であり、軍事・政治・経済・技術・産業共に強力なリーダーシップを持つ。対して異星人?が見つかった壱岐星系は出雲から遠く、力量も出雲に遠く及ばない。にも関わらず、そこそこ地場産業が育っていて、出雲への対抗意識もある。壱岐独自の軍も持ってるし。出雲が徳川幕府なら、壱岐は薩摩藩ぐらいの位置かな?

 その壱岐に異星人らしき存在が見つかった。なら、主な戦場は壱岐の近くになるだろう。この場合、戦闘に必要なモノ一切合切を、出雲から運んでたらキリがないし、そもそも間に合わない。だから壱岐で調達したい。ところが壱岐は経済規模も小さく産業基盤も弱い。しかも異星人?との接触は初めてで、相手の意図も規模も全く分からない。そんな状態で、何をどれぐらい用意すりゃいいのさ。

 と、暗中模索の状況で物語は始まる。もっとも、暗中模索とは言いつつ、相手はコッソリ覗き見してるような奴で、しかもコッチが探りを入れると、徹底的に正体を隠そうとする。陰険な奴だね。異星人に関しては古い言い伝えもあり、だからこそ軍を組織・維持してきたわけで、気配はいかにも物騒だ。

 そんなワケで、序盤では「いつ、何を、どれだけ」の前に、そもそも壱岐の産業基盤の強化から考えなきゃいけなかったり。これが壱岐の社会構造とも密接にかかわってるあたりが、実に渋くてオジサン好みだ。

 などの兵站の話も美味しいんだが、いささか派手さには欠ける。が、心配ご無用。実はスペースオペラとしての見せ場も、たくさん用意してあるから。互いの意図を探り合う頭脳戦,艦隊同士の撃ち合い,血しぶき舞い散る白兵戦,そしていかにも強そうな新兵器。

 中でも巧いと思ったのは、白兵戦がある所。なにせ恒星系レベルのスペースオペラだ。普通に考えたら、艦隊決戦でケリがついてしまう。射程距離数千km、速度秒速数千kmの世界だし。そんな舞台で、時速ンkm単位の歩兵にどんな仕事がある? この問題をどうクリアしてるのか、お楽しみに。

 とかの白兵戦に始まる戦術レベルのネタも、てんこ盛りだから嬉しい。中でも印象に残っているのが、三角飛びw いやジャッキー・チェンの映画ならともかく、そーゆーレベルでやりますかw

 そういったクレイジーなネタが飛び出すかと思えば、キチンとニュートン力学に沿った戦術もアチコチで見えるからたまらない。というか、その辺の科学的な面を充分に考えているからこそ、三角飛びのマッドさが引き立つんだけど。

 綿密に考え抜かれた科学考証、兵站の難しさを際立たせる舞台設定、アクの強い登場人物、頭脳戦・肉弾戦・新兵器を取りそろえたバトル、そして驚きの異星人の正体。一見地味なタイトルだけど、実は思いっきり重量級かつ見せ場たっぷりの正統派スペースオペラだ。充分に時間を取って一気に読もう。でないと、禁断症状に苦しむ羽目になる。

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2019年7月30日 (火)

門田充宏「風牙」創元日本SF叢書

お願い珊瑚ちゃん、<閉鎖回廊>を今すぐ止めて。
  ――閉鎖回廊

「初めまして、導きの御子さま。お目にかかれて、とても、とても嬉しいです」
  ――みなもとに還る

【どんな本?】

 2014年度の第五回創元SF短編賞を受賞した新人SF作家・門田充宏のデビュー連作短編集。

 舞台は近未来の日本。人は多かれ少なかれ、他人の気持ちを推しはかることができる。中には、それが極端で他人の感覚を我がことのように感じてしまう者もいる。過剰共感能力、HSPと呼ぶ。酷い場合は、他人の感覚と自分の感覚の区別がつかず、普通の暮らしが難しい。

 主人公の珊瑚はグレード5、最上級のHSPだ。幼い頃には感覚の洪水に流され自我の確立すら覚束なかったが、補助機器トランキライザーなどによってなんとか自立できるようになった。今は新興企業の九龍で、記憶翻訳者=インタープリタとして働いている。

 インタープリタとは、他人の記憶データに入り込み、それを解釈・翻訳する職業だ。ヒトの感覚は、人によりそれぞれ異なる。同じ刺激でも、それをどう感じるかは人それぞれだ。この違いを乗り越えるには、HSPの特性が役に立つ。

 幼い頃の記憶の欠落に悩みつつも、珊瑚は凄腕のインタープリタとして名を高めつつあったが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年10月31日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約341頁に加え、あとがき4頁+長谷敏司の解説6頁。9ポイント43字×21行×341頁=約307,923字、400字詰め原稿用紙で約770枚。文庫本なら厚い一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。一見、難しそうな言葉も出てくるが、わからなかったら「なんかソレっぽいコト言ってる」ぐらいに思ってテキトーに流しても構わない。むしろ登場人物たちの言葉や想いが大切な作品なので、そっちに注意して読もう。

【収録作は?】

 実はけっこう設定がややこしいので、できれば素直に頭から読もう。連作短編集としての仕掛けもあるし。

風牙 / 「年刊日本SF傑作選2013 さよならの儀式」2014年6月
 不治の病を患い、余命を宣言された社長の不二が、記憶のレコーディングを望んだ。ただし汎用化(他人に理解できる形に変換する)処理はしないまま。普通なら半日ほどで終わるはずの処理が、五日たっても終わらない。もちろん、不二は意識を失ったままだ。そこで不二の意識を取り戻すため、珊瑚は不二の記憶への潜行を試みるが…
 この作品集の売り物であるガジェット、「インタープリタ」を描く冒頭が、センス・オブ・ワンダー全開で気持ちいい。小さな手掛かりを元に、感覚の翻訳辞書をアドホックに構築し、少しづつ他人の感覚または刺激を自分なりに解釈できるようにしてゆく部分だ。逆に、SFに慣れてない人は、ここが一番の難所かも。
 でも大丈夫。ここさえ乗り越えれば、後は「心のつながり」を描く物語になるから。
 この記事を書くため改めて読み直すと、珊瑚に次ぐ重要人物である不二の印象が大きく変わり、それと共にタイトル・ロールである風牙も、全く違って見えるのが凄い。解説にもあるように、とても優れた犬SFだ。犬好きにはシマックの「都市」やクーンツの「ウォッチャーズ」と並んでお薦めできる傑作。
閉鎖回廊 / <ミステリーズ!>vol.88,89 2018年4月、6月
 新興企業の九龍が、社運を賭けて開発している疑験都市<九龍>。別人となって世界を体験し直すサービスだ。そのオープン前、公開ベータテストは好評を博している。特に、<閉鎖回廊>の恐ろしさは、病みつきになるほどだと評判が高い。しかし、その<閉鎖回廊>の開発者である由鶴から、珊瑚に連絡が入った。<閉鎖回廊>を止めろ、と。
 込み入った設定の説明が必要だった「風牙」に比べ、すんなりと物語を始められる分だけ、著者の特徴が強く出ていると思う。なんといっても、疑験都市のアイデアがいい。曰く、「全く別の誰かとして世界を体験し直す」。今だってオンラインRPGなどで別人になりすます事はできる。やがてSAO=ソードアート・オンラインのように、全感覚の没入だって可能かもしれない。
 だが、<九龍>の発想は、全く違う。私はゴーヤなどの苦い物も好きだ。でも苦い物が嫌いな人もいる。そういう人は、私より苦味を強く感じていたり、または苦い味に慣れていなかったりするんだろう。ちなみに「美味しさ」には味覚のほかに嗅覚や記憶や思い込みが強く関係していて、しかも味覚も嗅覚も人により千差万別らしい(→「おいしさの錯覚」)。
 だから、同じゴーヤチャンプルーを見ても、私はよだれが出るが、苦手な人は「ウゲッ」と感じるだろう。同じ刺激でも、そこから何を感じ取るかは、人によりまちまちだ。
 そこで<九龍>である。私には、ゴーヤが苦手な人の気持ちが分からない。でも、<九龍>なら、そんな人の気持ちも分かる。
 こういう仕掛けに、著者の特徴が出ていると思うのだ。つまり、他の者を理解したい、他の者の気持ちを分かりたい、そういう想いを強く抱いている人なんだろう、と。勝手な想像だけど、私はそういう所が好きになった。いや実はそれ以上にカマラさんが魅力的なんだけどw
みなもとに還る / 書き下ろし
 疑験都市は好評だ。クリエイタも増え、モジュールの売り込みも多い。珊瑚もモジュールのレビューに駆り出される。普通レビュアーはランダムに割り当てるのだが、今回は珊瑚をレビュアーに指名していた。それは明らかに過剰共感能力者を対象とした作品であり、しかも珊瑚に宛てたメッセージだったのだ。
 「閉鎖回廊」のカマラさんに続き、これまた個性的なジョージ君が登場する作品。典型的な理系の朴念仁というか、理屈先行で馬鹿正直なところがいいw
 それに対してお話は、珊瑚の過去を探りつつ、今までボンヤリとした見えてこなかった「過剰共感能力者とは何か」を、理屈ではなく感覚的に伝えてくる作品。出だしの疑験都市の場面で、過剰共感能力者が社会でどんな立場にいるのかを、巧みに描いている。なんと言っても、「子供の遊び」を使っているのが巧い。子供ってのは、時として残酷なほど正直だし。
 そんな過剰共感能力者が、この世界でどう生きていくか。テクノロジーを駆使して能力を武器にしようとする九龍と、全く違ったアプローチをとる彼ら。ある意味、SFが問うべき根本的な問題に、真正面から挑んだ意欲作だ。あと、ちょっと百合味。
虚ろの座 / 書き下ろし
 「みなもとに還る」の舞台裏を明かす作品。すんんません、私にはネタバレを避けて紹介するのは無理です。
 これも珊瑚の過去に関わるお話。先の「みなもとに還る」は、過剰共感能力者の立場で見た社会の話なのに対し、この作品はそうでない者から見た過剰共感能力者との関係を描いている。ちょっとゲストとして出て来た青年は、彼なのかな? みたいなイースターエッグも嬉しいが、「閉鎖回廊」から続く「他の者の立場で世界を体験する」テーマを、残酷なほど見事に突き詰めていると思う。

 最初の「風牙」は過剰共感能力というガジェットが主食のように見えるのに対し、続く作品では次第に人間関係に重点が移ってゆく。SFでデビューしたけど、そうでない小説でも充分に人気が出そうな人だと思う。でもお願いだからSFも書いてね。

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2019年7月17日 (水)

三方行成「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」早川書房

 とにかく、女の子がひとりおりました。
 名前はシンデレラといいました。環大西洋連合王国の臣民です。正式に名乗らせようとすると公開暗号鍵やら契約知性アドレスやら煩雑なので、ここでは省略しましょう。
  ――地球灰かぶり姫

【どんな本?】

 2018年の第6回ハヤカワSFコンテストで優秀賞に輝いた作品を加筆修正したもの。

 シンデレラ、かぐや姫、白雪姫、アリとキリギリス。誰もが知っているおとぎ話だけど、これの舞台をテクノロジーが進歩した遥か未来に移し替え、科学的な裏付けを与えたらどうなるか。奇矯な発想を元に妄想を暴走させ、丹念かつ強引な解釈でおとぎ話を語りなおす、アイデアとギャグに満ち溢れた連作短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年11月25日発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約251頁に加え、第6回ハヤカワSFコンテスト選評6頁。9ポイント45字×18行×251頁=約203,310字、400字詰め原稿用紙で約509枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 最近のインターネットの影響を受けた、ややくだけた文章。私は親しみやすくて好きだが、好みは別れるかも。内容は最新科学っぽいガジェットがたくさん出てくるけど、わからなかったら「なんか凄いモン」ぐらいに思っていれば大丈夫。

【収録作は?】

 一見独立しているように見えて、実はちゃんと構成上の工夫があるので、素直に頭から読もう。

地球灰かぶり姫
 シンデレラは幼い頃に母を事故で亡くしました。父は後妻を迎えましたが、やがて気力を失い体が弱り、シンデレラの看病の甲斐もなく、父も他界します。継母は連れ子の二人の娘とともにシンデレラを苛め抜きます。絶望したシンデレラの前に、魔女が現れました。魔女はシンデレラに尋ねます。「何が欲しい?」
 ああ、うん、そういう話ではあるんだけどw 話が始まって4行目から「公開暗号鍵」だの「契約知性アドレス」なんて言葉が出てくるので、まっとうなおとぎ話じゃないのはすぐ見当がつきますw とーちゃんが気力をなくすあたりも、現代風なのがなんともw カボチャの馬車や舞踏会のタイムリミットも出てくるし、それにちゃんと理屈がついているのも芸が細かいw
竹取戦記
 竹取の翁は、野山の竹をとって暮らしていました。しかし竹も黙ってはいません。マイクロフィラメントを張り巡らし、ウィルスを潜ませたメッセージを翁に送って防ぎます。それでも翁は竹の防御をかいくぐり、竹を手に入れるのでした。ある日、翁は謎の熱源を発見します。そこから翁は赤ん坊を拾い、育て始めたのですが…
 えっと…竹…なのかw やたら口が悪いし。つか普通、竹はしゃべらないだろw カグヤがやたらと育ちが速く、人を惹きつけるのも原作通りだけど、性格も雰囲気もだいぶ違うw そりゃ確かに竹は中身が空っぽだけどw つか何だよ日本粘菌機構ってw などと笑いながら読んでいたら、ティプトリーのネタの後、カグヤの意外な正体が。
スノーホワイト/ホワイトアウト
 女王さまは今朝も鏡に尋ねます。「鏡よ鏡、この世でいちばんいい朝を迎えられるのはだれ?」鏡は答えます。「あなたですよ、女王さま」。ここは女王さまの国なのです。しかし、そこに奇妙なモノが忍び込んできました。白く冷たい雪片です。鏡に尋ねても、雪の正体はわかりません。雪は次第に女王の国のアチコチに現れ…
 パンを焼きスーパーヒーロー着地を決める女王さまってw 白雪姫といえば可憐な美少女を思い浮かべるけど、この作品では不気味な白ヌキの影みたいな存在。もっとも女王さまも、かなりの戦闘能力を持つ暴れん坊だけどw などの語りのあと、この連作短編集の舞台裏が少しだけ覗ける、ちょっとした転回点をなす作品。
<サルベージャ>vs 甲殻機動隊
 ガンマ線バーストの数十年後、木星の第二衛星エウロパ。氷に覆われた海を行くはカニ・テナガエビ・シャコ・タダタダタダヨウガニかな成る甲殻機動隊。目的は放棄されたトランスヒューマンの都市の偵察。トランスヒューマンは彼らを使役するため知性化したが、なぜかエウロパから姿を消した。そこで彼らはトランスヒューマンの遺跡を漁りはじめたのだが…
 お話も後半に入り、舞台はガンマ線バースト後の世界。甲殻機動隊って、ソッチかいw これも芸が細かくて、タダタダタダヨウガニってネタかと思ったら本当にいたし。カニのサイドステップはすぐわかったが、シャコの右左はかなりマニアック(→Wired.jp)。ちょっとデビッド・ブリンの知性化シリーズを思い出してしまった。
モンティ・ホールころりん
 おじいさんとおばあさんは、モンティ・ホールのクイズに挑戦します。大中小、三つの箱からおじいさんは大きい箱を選びます。モンティが中ぐらいの箱に合図すると、中からヤギが飛び出します。そしてモンティはおじいさんに尋ねます。「チェンジ? オア、ノーチェンジ?」
 これまたガンマ線バースト後の世界だけど、舞台はなんと太陽系外縁のオールト雲。こういう舞台設定は、ジョン・ヴァーリイの八世界シリーズみたいだし、トランスヒューマンと○○の関係はブルース・スターリングの某シリーズっぽい。いや「竹取戦記」を考えると、グレッグ・イーガンの「ディアスポラ」かも。
アリとキリギリス
 公共広場で、女と男が出会いました。公共広場は管理を放棄されていましたが、いろいろあって里山の仮想環境イメージを維持するため、管理人を募りました。その一人が女です。男はバイオリンで調子っぱずれな音楽を奏でていました。つまりは暇を持て余している貧乏人です。
 今までの作品を束ね、一つの物語へと収束させるパート。

 「地球灰かぶり姫」で見事に発揮されているように、とにかくツカミが抜群に巧い。冒頭の数行でイカレきった作品世界に引きずり込まれてしまう。かといってただの一発屋ってワケじゃなく、途中でもテンションを保ったまま、一気に最後まで読者を掴んで離さない吸引力がある。ぜひとも、このままSFを書き続けて欲しい。

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