2009年10月18日 (日)

クリス・マッケイ&グレッグ・ミラー「陸軍尋問官 テロリストとの心理戦争」扶桑社

 著者の一人クリス・マッケイは、アフガニスタンに米国陸軍情報部隊の一員として従軍し、現場で実際に捕虜の尋問に携わった。グレッグ・ミラーはロサンゼルス・タイムスの特派員。ミラーがマッケイに取材した上で、文章はマッケイの一人称の形でまとめたみたいだ。

 読後、実にもどかしい気分になる。捕虜が語ったのは事実なのか嘘なのか、著者のマッケイは判っていないし、素直に「わからない」と告白している。尋問での暴力の是非も、著者はどっちつかずの態度を崩さない。「それは効果的だが、大義を損なう」と。優柔不断のようだが、私はそこに著者の誠実さを感じた。

 プロローグはカンダハル空港に捕虜の集団が降り立つシーンから始まる。頭に袋を被せられ、糞尿を垂れ流しながら泣き喚く捕虜の姿はショッキングで、一気に引き込まれる。一般に軍事物は堅い表現が多くて読みにくいんだが、これは読者を引き込む巧い構成だろう。

 マッケイの仕事を極めて粗くまとめると、捕虜を分別する事だ。無実の農夫や下っ端は釈放し、重要な者はキューバのグアンタナモに送る。他に、武器や証拠物件の隠し場所、アジトやその周辺の地理情報など、前線の作戦立案に必要な情報の聞き出しも担当している。

 登場する捕虜の多くは北アフリカや湾岸諸国出身のアラブ人で、何らかの関係でアルカイダに関係している者が多い。彼らは実にしぶとく、自分の経歴や動機などについて嘘の物語を用意している。しかし宿泊したホテルや同居人・組織に誘った者の名前など、具体的な事柄を尋ねると、なぜか記憶がぼやけてしまう。駆け引きで彼らを篭絡し、口を割らせるのが尋問官の仕事だ。例えば「捕虜の一部を故国の政府に引き渡す」と噂を流す。すると多くの捕虜は怯えて同情を請い始める。湾岸諸国政府は、捕虜の扱いについて米軍と異なる見解を持っているし、それはアラブ人の間でも有名らしい。

 中盤、アルカイダの尋問対策マニュアルが登場する。米軍の尋問手法が詳細に記述されていて、著者のチームはパニックになる。そりゃ慌てるわなあ。手の内が完全に読まれてるんだから。

 終盤に登場するハディが切ない。自称17歳のインドネシア人。高圧的な中流階級の父親に反抗して家を飛び出し、チンピラとして生き延びるが、中東への密出国を企ててインドネシア当局の網にかかる。頭がよく機転が効き、記憶力も優れていて有力で具体的な情報を多く提供する。明るく西洋文化に憧れる彼は、多くの尋問官にも好感を持たれる。最終的に彼は…切ないけど、かすかな希望が垣間見える終幕。

 合衆国内の他組織、例えば民間情報機関との軋轢や、捕虜収容所の生々しい描写も面白い。

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2009年9月30日 (水)

坂本康宏「歩行型戦闘車両ダブルオー」徳間書店

 極めて現代に近い未来の日本を舞台に、合体ロボットが怪獣と戦う、そーゆーお話です。そーゆーのが苦手な人はお引き取り下さい。そーゆーのを受け付ける人は、文句なしに楽しめます。ロボットが合体するからといって、某○ンダムとは関係ありません。偶然です、たぶん、いやきっと。

 2001年の第三回日本SF新人賞の佳作入選作。事実上のデビュー作。坂本康宏は、これといい逆境戦隊×[バツ]といい、子供向け特撮/アニメっぽいテーマを、現代の情けない月給取りにオトナの事情を交えて演じさせるといい味を出す。今回も、三人の失業した27歳の青年達がパイロットとなって活躍する話。

 雨月蛍太郎。格闘技に長けた体育会系。会社をリストラされた同じ日に彼女に振られ、呆然としたスキにスカウトされる。
 妹尾環。シューティングゲームの天才。しかしゲームセンターは次第にオタクの溜まり場からカップルや家族が楽しむ明るい娯楽場に変わり、鬱憤が溜まっていた時に「難しいゲーム」という餌に釣られる。
 胡子竜二。腕のいい重機乗りだったが事故を起こし大怪我で入院。やっと退院したが事故の噂が祟って再就職はなかなか決まらない。妻と子を抱え困っていた所に再就職先を紹介されて飛びつく。

 情けない男女の描写も坂本氏の得意技だろう。それでも世を恨むでもなく自分を責めるでもなく、溜息をついて呆然とする、そんな描写が彼の十八番かも。今回もうらぶれた三人の男たちが、安月給で命がけの戦いを繰り広げる傍ら、それぞれが抱えた心の傷にケリをつけ、少しづつ絆を深めチームとしてまとまっていき、熱血ヒーローに相応しいタンカを切りながら、爽やかで切ない終幕を迎える。綺麗に終わっちゃいるが、やっぱり続く形にして欲しかった、ってのは贅沢な不満かな。続き、なんとかなりません?坂本さん。

 なぜ合体するかという深刻な問題も、ちゃんと答えを用意してて、序盤できっちり説明している親切設計。これがまた現実的というかオトナの事情と言うか、それでも否応無しに納得されられると言うか身につまされるというか。なぜ怪獣が現れるか、なぜ日本ばかりが狙われるのか、なぜ自衛隊では歯が立たないのか等もちゃんと説明がついてて、それは読んでのお楽しみ。

 やっぱり彼の作品にはキメ台詞がないとね。絶対崩壊!ゼロバスター!

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2009年9月29日 (火)

マイケル・バー=ゾウハー&アイタン・ハーバー「ミュンヘン オリンピック・テロ事件の黒幕を追え」早川文庫

 原題は「The Quest for the Red Prince」。1972年9月のミュンヘン・オリンピック・テロ事件を頂点とするパレスチナのテロ組織「黒い九月」の興亡と活躍、それを追うイスラエル軍および情報部の暗殺部隊の追走劇。ノンフィクションの筈が、まるで小説の様な盛り上がりと興奮に満ちている。プロローグも72年5月のハイジャック事件の緊張感溢れる場面から始まっていて、小説家でもあるマイケル・バー=ゾウハーの構成の妙が光る。ファタハをはじめパレスチナ側抵抗組織はとことん悪し様に書かれていて、そういう意味では完全にイスラエル寄り。

 Red Prince は「黒い九月」の首領ハサン・サラメの事。380p中、冒頭の160p近くは彼の父で同名のハサン・サラメの生涯を中心に、イスラエル独立前後のパレスチナ人の生活と抵抗運動を生々しく描く。貧しい村に生まれ、チンピラとして愚連隊を率いる立場になり、アラブの大蜂起の波に乗って農民を率い、ユダヤ人のみならず穏健派のアラブ人すら餌食にしてのし上がっていく。1948年にイルグンとの戦いの中で彼は命を落とし、パレスチナの抵抗運動のふたりの指導者のひとりとして記録される(もう一人はアブドゥル・カーデル)。長くなったけど、子ハサンが Prince と呼ばれる所以は、彼の父が偉大な英雄だからなのですね。Red は…うん、ご想像のとおり。

 第二部になって、やっと主人公のハサンが登場。粗野で野蛮な雰囲気の父とは対照的に、知的で線の細いハンサムでスマートな、やや陰のある青年に描かれている。お洒落なのは父譲り。アラファトの寵を得て酷薄で優秀なテロリストとして成長し、PLOの隠然たる保護の下に過激なテロ組織「黒い九月」を成長させ、次々とテロを成功させていく。黒を愛用するお洒落なセンスに享楽的で華やかな生活、ホテルを泊まり歩いてスポーツカーを飛ばす。しかし慎重で注意深く身元を隠し、世界各地を飛び回ってモサドから逃れ続ける彼の姿は、まるきしジェームズ・ボンド。対するモサドの面々を完全に食っちゃってる。作者はモサドの活躍を書きたかったのか、書いてるうちにハサンの魅力に取り憑かれたのか、どっちなんだろ。

 父ハサンの章でわかるんだが、早期に軍の体裁を整えたイスラエルと異なり、パレスチナ側は多数の武装組織が合い争い、虐殺と復讐で無駄に戦力を消耗していく。この内情が実に面白い。武装組織というより暴力団の抗争に近い雰囲気に描かれていて、「そりゃ確かに正面戦闘じゃイスラエルに勝てん、こりゃテロしかないわなあ」と納得させられる。

 著者あとがきはむしろ最終章というか次回予告というか。解決は遠いなあ。

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最相葉月「星新一 1001話を作った人」新潮社

 日本SFの、そしてショート・ショートの巨人、星新一の伝記。ハードカバーで550pを越え、分量はもちろん、資料やエピソードも充実していて、星氏の伝記としちゃ、最初から決定版が出ちゃった感がある。今後、これを越えるのはちと無理じゃなかろうか。最相さん、お見事です。第39回星雲賞ノンフィクション部門受賞も当然でしょう。

 伝記らしく、物語は父親の星一の生涯から始まる。アメリカナイズされた合理的精神で星製薬を日本有数の製薬企業に育て上げ、後藤新平など当時の日本の指導者層と交流し、参議院議員にまで上り詰めながら、同業他者や官吏のイチャモンンで倒産に追い込まれ、それでも最後まで前向きで野心的な姿勢を持ち続けた男。詳しくは新潮文庫の「人民は弱し、官吏は強し」をどうぞ←をい

 父親の死を機にお坊ちゃんだった親一がいきなり会社整理の生臭い状況に叩き込まれ、組合や債権者・会社ゴロなどに揉まれる過程はせつない。最相氏の文章が事実を重視するノンフィクション・ライターらしく冷静なのが救われる。

 黎明期の日本SF界の赤裸々な姿は、いわゆる「SFファン」でなはい、普通のノンフィクション・ライターだからこそ書けた感がある。福島正実と柴野拓美の確執などは、SFファンを自認する人には書けなかっただろう。SFの外から星氏の決定版が出ちゃったのは悔しいが、だからこそ書けるのもあるんだろうなあ、と否応無しに納得させられる。矢野徹と江戸川乱歩の「陰謀」も楽しい。

 星氏は晩年まで、改版の度に作品に手を入れていた。「ダイヤルを回した」を「電話をかけた」に変えるなど、時代の流れで変化する風俗に流されない形に改めると共に、若い読者でもすんなり読めるよう、わかりやすい文章を心がけていた。この辺は、手塚治虫の姿にも重なる気がする。

 SF作家のファンクラブでも、星氏のファンクラブ「ほしづるの会」は会員の年齢層が広いのが特徴だそうだ。古いファンを捕まえて離さず、かつ常に新しく若いファンを獲得し続けている証だろう。星氏は晩年まで現役に拘っていた。少なくとも彼の作品は現役だったわけだ。

 私は仕事で操作手引きなどを書くとき、出来る限りわかりやすく書く事を心がけていた。星氏について語られる際は、その奔放なアイディアが話題になる事が多いが、同時に彼の文章の「わかりやすさ」も、もっと脚光をあびていいと思う。読書に慣れない小中学生のファンを常に獲得し続けている現実が、その実力を証明している。彼には日本語の作文作法を一冊の本にまとめて欲しかった。恐らく文壇や国語教師からは非難轟々で論議を巻き起こすだろうが、多くのテクニカル・ライターや会社員、作家の卵や新人作家担当の編集者はそれをバイブルと崇めたに違いない。

 散歩がてらに近所の本屋を覗いたら、新潮文庫の棚には星氏のゾーンがちゃんと生き延びていた。嬉しいなあ。

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2009年9月21日 (月)

アハメド・ラシッド「タリバン」講談社

 訳は坂井定雄・伊藤力司。著者はパキスタンのジャーナリストで、20年近くアフガニスタンに関わってきた人。タリバンという組織の成長過程・兵士たちの背景・思想・政治手腕などに加え、タリバンをめぐる各国の利害など、ややこしい情勢を解りやすく解説してくれてる。敢えて欠点を挙げれば、日本語版の初版は2000年10月20日と9.11の前なんで、それ以降の情勢には触れていない点。まあこれはないものねだりでしょう。タリバンに限らず、アフガニスタンと周辺諸国の情勢の理解には今まで読んだ中では最適かも。

 アフガニスタンの多くはスンニ派のパシュトゥン人。他にハザラ人やタジク人などが少数民族として北部を中心に住んでいる。タリバンと対立した北部同盟はハザラ人やタジク人も多い。

 タリバンは多数派のパシュトゥン人から生まれた。ソ連の侵略は多くの孤児や難民を生み、彼らはパキスタン西北部の部族直轄地域に避難した。そこのマドラサ(神学校)で、孤児や難民の子供を預かり、共産主義と戦う聖戦士を育てたのが始まり。主な支援者はサウジアラビアの原理主義者とアメリカ、パキスタン。イスラムでも厳格なサウジのワッハーブ派から派生した原理主義とパシュトゥンの民間信仰の混合物を、家庭から切り離した男だけの合宿生活で叩き込む。その結果、死を厭わず戦う事しか知らない狂戦士が量産される。まあ、ある意味、彼らも被害者ではあるんだ。ただ、ソ連と戦ったムジャヒディンとは異なり、その次の世代にあたる。

 ソ連撤退後のアフガンは武装勢力が群雄割拠して相争っていた。特にパシュトゥン人が住むカンダハルは多数の軍閥や強盗の縄張り争いが激しく、民間人を略奪・虐待していた。94年春にオマル率いるタリバンが決起し、カンダハルを支配する。そこにマドラサの学生一万二千人が加わり、3ヶ月ほどでアフガン32州中の12州を支配する。

 タリバンは女性の家庭外労働を禁止する。小学校教師や医療関係者の大半を占めていた女性(その多くは戦争未亡人)は職場を追われ、その子供たちも飢えに直面する。女学校閉鎖で女性は就学を禁じられる。教師が消えたので男児も放置される。98年、ユニセフは「少女の90%、少年の1/3は学校に行っていない」と報告している。異性への医療も禁じたため、事実上女性は医療が受けられない。国連援助機関やNGOが撤退し、民衆が飢えに苦しむ中でオマルは答える。「イスラムが彼らを救うであろう。」つまり、タリバンは民衆を救う能力はおろか、意思すら持ってないと宣言したのだ。

 98年8月、タリバンは北部のマザリシャリフを陥落させる。オマルは2時間の虐殺を許可した。実際には2日間、無差別な虐殺が続き、その後数日間、ハザラ人を目標とした虐殺が続いた。タリバン兵は抑制が効かず、多くのタジク人が巻き添えになった。女性は強姦され、400人ほどが愛人として誘拐された。国連と赤十字国際委員会は虐殺の被害者を五千~六千人、著者は六千~八千人と推定している。それまで略奪せず規律正しかったタリバンは、マザリシャリフを境に破綻し、占領後は略奪と虐殺に酔うようになる。

 タリバンの重要な収入源は密貿易で、アフガニスタン経済に年間30億ドルをもたらす。アフガニスタンは内陸国なので、。貿易保護のため、アラビア海から陸揚げしアフガニスタンに運ぶ貨物に、パキスタンは関税をかけていない。これをパキスタンのマフィアとタリバンが悪用する。貨物を一旦アフガニスタンまで運びパキスタンに戻し、無関税で物品をパキスタンに売りさばく。国内の産業保護のためパキスタンがかけた関税は無意味となり、安く高品質な欧米の工業製品が市場に出回り、パキスタンの産業は崩壊する。マフィアはパキスタンの軍と役人に賄賂を握らせ、政府の腐敗が進む。北部辺境州の闇経済を潤し、中央政府の影響力を削ぐ。

 もう一つの収入源はケシで、ケシ栽培農民の現金収入は年1億ドル、タリバンは少なくとも2千万ドルを税金として徴収している。当初ヘロインはパキスタンで精製していたが、やがてアフガンに施設が移る。必要な無水酢酸は中央アジアから密輸する。麻薬は国内でも消費され、98年までにパキスタン・アフガニスタンでアヘン全生産量の52%が地域内で消費された。汚染はウズベキスタン・タジキスタン・トルクメニスタン・キルギスに広がり、パキスタンに500万人以上、イランですら少なくとも120万人の中毒者がいる。

 とどめは道路の通行料。タリバンは勝手に道路に検問所を設け、高い通行料を徴収する。アラビア海と中央アジアの交易は阻害され、中央アジアの発展は妨げられる。

 カスピ海に接するトルクメニスタン。そこが産する原油と天然ガスの利権を米企業ユノカルが取得した。これをパキスタンに運ぶパイプラインが出来れば、ユノカルと合衆国は勿論、パキスタンとトルクメニスタンの利益にもなる。現在、トルクメニスタンのパイプラインはロシア経由の線しかないため、トルクメニスタンはロシアに服従せざるを得ない。新ラインによりトルクメニスタンはロシア依存から脱却できるだろう。

 アフガニスタンはユーラシアの交通の要所だ。アラビア海と中央アジアを結ぶ道はアフガニスタンを通る。この安定が確保できれば、トルクメニスタン・ウズベキシタン・タジキスタンはロシアを介せず欧米と貿易でき、中央アジアの発展とロシア依存脱却に貢献する…カザフスタンはロシアべったりなんで難しいけど。

 そんな訳で、欧米はアフガニスタンの安定を願っている。98年まで、合衆国はISI(パキスタン軍統合情報部)を介してタリバンを支持していた。ロシアを牽制し、アフガニスタンの安定に役立つだろうと計算した。意外なのはイランで、シーア派保護と女性開放のために北部同盟を支援している。すんません、イランを見直しました。

 今でもISAFとタリバンの激戦は続いている。オバマ大統領は増派を決めたが、米国と欧州の世論は撤兵に傾きつつある。自衛隊の給油継続も危ない。アフガン安定はアフガン国民のみならず日米欧すべてに配当をもたらすが、かと言って「じゃお前が行け」といわれたら、やっぱし尻込みしちゃうなあ。ヘタレでごめんなさい。

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2009年9月12日 (土)

レイチェル・ブロンソン「王様と大統領 サウジと米国、白熱の攻防」毎日新聞社

 訳は佐藤陸雄。主にサウジアラビア側、それもサウド王家から見た、サウジアラビアとアメリカ合衆国の外交史。ハードカバーで本文が400頁を越えるが、実に読みやすく、かつ面白い。時代的には冷戦を中心に1932年から2005年までを扱っている。

 一般に中東の近代/現代史を扱った読み物は、我々日本人には馴染みのない人名が頻出してやたら読みにくいんだが、この本は登場人物を巧くサウド王家中心に絞っているため、読んでてほとんど混乱しない。主に米国の公文書や新聞などの公開記事を中心に、エピソードの羅列に近い形で書かれている。下手すると散漫な印象を与えがちな手法だけど、各エピソードは物語風にアレンジしてあるため、感情移入しやすく、すんなりと頭に入ってくる。

 で、結論から言うと、サウジアラビアがアメリカの財布としていいカモにされ続け、今もカモにされつつある外交史なのですね。老獪なアラブ商人的な印象を持っていたんで、かなり意外だった。

 サウジアラビアはサウド王家の絶対王政だ。よって政策の根幹は二つ、1)サウド王家の利益・王制を守る事 と 2)サウジアラビア国家の利益を守る事 となる。この二つの政策は国内外に敵をもたらす。とりあえず国内の敵は置いといて、外部の敵は近隣諸国、つまりエジプト・イラク・イラン・イスラエル等だ。当時は冷戦であり、エジプトとイラクの背後にはソ連がいる。絶対王政を維持したいサウド王家にとって共産主義ははなはだ都合が悪い。よって共産主義を「神を信じぬ不逞の輩」とみなし、石油取引で絆のある米国をパートナーに選んで、ソ連&友好国と敵対する。

 のはいいんだけど、ここから先が切ない。石油の輸出で金はあるけど工業力はないんで、戦闘機などの武器がない。軍の近代化も進んでないんで、自国だけじゃ防衛できない。そうこうしてるうちにソ連の後押しを得たエジプトのナセルはいい気になってサウジの裏庭イエメンを引っかきまわし、御大ソ連はアフガニスタンに攻め込み、挙句の果てにはイラクのフセインが隣国クェートを占領してしまう。なんてこったい。

 ってんで米に泣きついてみたが、米軍をサウジ国内に展開させるわけにはいかない。仇敵のイスラエルを支援してる米国の軍を迎えたら、サウジ国民が黙っちゃいない。なんとか武器を仕入れようとしてホワイトハウスは説得できても、今度はわからずやの米国議会が邪魔をする。うへえ。

 …てな感じで足元を見られて武器の輸入じゃボラれっぱなし、おまけに「共産主義との戦い」との名目で東側に敵対する勢力、具体的にはソ連に抵抗するアフガニスタンのムジャヒディン、リビア&エチオピアを牽制するスーダン、挙句はニカラグアのコントラにまで出資する羽目になる。

 国内の敵もややこしくて、これはイスラム教をテコに懐柔しようとしたのはいいが、元来サウド王家が守護するワッハーブ派は厳格なせいもあってか、やたら戦闘的な原理主義勢力が勢いを増し、アフガニスタン等に義勇兵として出かけていく。まあ海外で暴れてるうちはともかく、ソ連が撤退したら実戦経験を積んだ荒くれどもが帰国して気勢を上げ始め、「イスラエルを潰せ」と騒ぎ始める。米国と馴れ合うサウド王家も、いつ標的になるかわかったもんじゃない。そんなサウジの国情がアルカイダを産み、9.11 の悲劇につながっていく。

 絶対王政で報道に強い管制が敷かれ実情がわかりにくい現在のサウジアラビアを理解するには、楽しくて手ごろな本だと思う。サウジの登場人物は王族が中心で庶民の生活には全く触れられていないけど、それは仕方ないね。

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2009年8月 8日 (土)

カール・セーガン 科学と悪霊を語る 青木薫訳 新潮社

 最近、早川文庫から出た「悪霊にさいなまれる世界」の元本らしい。あのセーガンのこと、大方の予想通り、内容は科学者による似非科学や迷信の批判。全25章からなっていて、各章は雑誌の連載記事や講義録から教育問題や迷信批判関係の原稿を掻き集めたらしく、内容の重複も多くて統一感に欠ける。具体的なエピソードより思索や意見表明が目立ち、「あのセーガンが書いた一般読者向け科学解説本」としちゃ、イマイチな感じ。
最も私は「科学解説書を書かせたらアジモフよりクラークの方が上」とゆー少数派なんで、これは趣味の違いかも。

 「第12章 トンデモ話を見破る技術」が気になったんで、一部をテキトーに圧縮して引用。

  • 裏づけを取れ。「事実」が出されたら、独立な裏づけをできるだけたくさん取るようにしよう。
  • 議論のまな板にのせろ。証拠が出されたら、さまざまな観点を持つ人たちに、しっかりした根拠のある議論をしてもらおう。
  • 権威主義に陥るな。(略)「科学に権威はいない。せいぜい専門家がいるだけだ」
  • 仮説は複数立てろ。(略)仮説をかたっぱしから反証していく方法を考えよう。(略)
  • (略)自分の出した仮説だからといって、あまり執着しないこと。(略)
  • 定量化しろ。(略)
  • 弱点をたたきだせ。(略)
  • オッカムのかみそり。(略)
  • 反証可能性。(略)

同じ章から、「トンデモ話検出キット」。

  • <対人論証>議論の内容ではなく、論争相手を攻撃すること。
  • <権威主義>
  • <「そうじゃないと具合が悪い」式の論証>髪は確かに存在して、罰と報いをわれわれに割り振っておられる。さもなければ、社会は今よりももっと無法で危険なものになり、無政府状態にさえなっていたかもしれない。
  • <無知に訴える>偽称だと証明されないものは真実だ、あるいは、真実と証明されないものは虚偽だという主張。(略)
  • <特別訴答>あなたは~を理解していない。
  • <論点回避>答えがはじめから決まっている。
  • <観測結果の選り好み>都合のいい場合のみを数える
  • <少数の統計>
  • <統計の誤解>ドワイト・アイゼンハワー大統領は、「アメリカ人の半数は平均以下の知能しかもたない」と知らされて、驚きと警戒の念を表明した。
  • <無定見>旧ソ連で平均寿命が短くなったのは共産主義の失敗のせいだが、米国の乳児死亡率が高いのは資本主義の失敗のせいではない。
  • <前提とつながらない不合理な結論を出す>神は偉大なるがゆえに、わが国は栄える。
  • <因果関係のこじつけ>女が選挙権を得るまでは、核兵器は存在しなかった。
  • <無意味な問い>無敵の力が不動の物体にぶつかったらどうなるか?
  • <真ん中の排除>虚偽の二分法ともいう。中間の可能性もあるのに、両極端しか考えないこと。「夫の味方をすればいいわ。悪いのはいつも私なんだから。」
  • <短期と長期の混同>「莫大な財政赤字を抱えているんだ。宇宙探査や基礎科学を追及する余裕なんかない。」
  • <危険な坂道>妊娠初期の中絶を許せば、月満ちて生まれた子供も殺されるだろう。
  • <相関と因果関係の混同>アンデス山系の地震は、天王星の最接近と相関がある。したがって、天王星が最接近するとアンデス山系に地震が起こる。
  • <わら人形>架空の論敵に吼える:生物は単なる偶然でひょっこりできあがった、と科学者は考えている。
  • <証拠隠し>
  • <故意に意味をぼかす>「民衆にとって唾棄すべきものとなった古い名前の制度に、新しい名前をつけること…これは政治家としての重要なテクニックである」

続いて第20章「火に包まれた家」。前章で教育制度を語ったセーガンに対し、読者から寄せられた反応の一部を引用。

息子はクラスメートにくらべて二学年ぐらい読む力が遅れているのですが、そのまま進級させられてしまいました。学校側の説明を聞きましたが、社会的な配慮ばかりで、教育的な配慮はなされていませんでした。留年させてもらえなければ、息子は決して追いつけないでしょう。

「自分の子供を落第させてくれ、そうしなければ学力がつかない」と主張している。なんとまあ実利本位で愛情に満ちた、そして教育の本質を深く理解した親だろう。こういう人が多くいるなら、合衆国の未来は決して暗くなるまい。

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2009年8月 7日 (金)

アラン・B・クルーガー「テロの経済学 人はなぜテロリストになるのか」東洋経済新報社 薮下史朗訳

テロリストのプロフィールから、経済学・統計学の手法で、相関関係の高い要素を洗い出そうと試みている。

良くも悪くも学者の書いた本で、記述は冷静かつ慎重、悪く言えば煮えきらず退屈かも。とにかく統計の表が多く、誠実である反面、扇情的な文章や憶測での断定がなく、サービス精神には乏しい。まあ私は細かい数字はすっとばして文章を中心に追っかけたんで、あまし退屈はしなかったw

結論だけが欲しい人は表紙をひっくり返してカバー裏を見ればいいというのは親切設計かもw

  1. テロリストは充分教育を受けており、裕福な家庭の出である傾向がある。
  2. 社会で最高の教育を受けている人や高所得の職業に就いている人のほうが、社会的にも恵まれない人たちよりも過激な意見を持ち、かつテロリズムを支持する傾向がある。
  3. 国際テロリストは貧しい国よりも中所得国の出身である傾向が強い。
  4. 市民的自由と政治的権利が抑圧されているとテロに走りやすい。

1.は意外だった。ただしこれにはオチがあって、教育と貧困が蔓延した国や地域ではテロではなく内戦が発生するそうです。余計タチが悪いw
なお、傾向の例外として北アイルランドを挙げている。

読んでて気になったのは、サンプルに偏りがあるんじゃないかって点。米国で入手可能な資料を基にしているため、イラクやイスラエル/パレスチナのサンプルが多いんじゃないか、という疑問が残る。その結果、サウジアラビアやエジプト出身のテロリストがサンプルの多くを占める結果になってるのではないかしらん、と。最も、例えば中華人民共和国内やサウジアラビア国内のテロの統計資料は信頼性に問題があるわけで、ある程度は仕方がないのかも。

もう一つ、所得は豊かだが政治的権利は抑圧されている国家としてはシンガポールが思い浮かぶんだが、あそこはあまりテロと縁がない。とまれサウジアラビアに比べれば信仰の自由は保障されているわけで、政治的権利・市民的自由をどんな尺度で数値化したか/その値はいくつか、それが明示されてないんで、それが関係してるのかも。人口がサウジの1/4なんで、テロリストの実数が少ないのも当然の話。加えて本書ではイスラム教との関係を示唆する部分もあり、それが要因になっている可能性もある。

統計を重視しつつ慎重に議論しているため、自然と懐疑的な読み方をするようになるため、そんな疑問を持つように誘導している気配もある。

著者の本業は経済学者で、本業の手法で分析をしている。経済学者が日頃どんな議論をしてるのか、それを興味深いサンプルでやってくれるのは面白かった。

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2008年3月 9日 (日)

山本周五郎「おごそかな渇き」新潮文庫 続き

 うはは。馬鹿だ俺。最後の疑問の解は付記を見ればわかる。

 「浮かれてんじゃねーよ、武士は馬の良し悪しじゃない、戦で勝ってナンボだろ、既に関ヶ原で大勝したとはいえ豊臣は健在、いつ戦があるかわかんないんだぞ」と暗に主君を戒めた、って所かな。つまりあの演説はまんざら嘘でもなく、平和ボケしていたずらに華美を誇る風潮への批判でもあるわけで。

 山本氏は好戦的な人ではないけど、慶長という時代背景と半之丞の身分を考えれば戦の備えを優先するのは仕方ないやね。

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山本周五郎「おごそかな渇き」新潮文庫

 短編集。突然、紅梅月毛が読みたくなって借りてきた。既に5~6回は読んだにも関わらず、今回も泣けてしまった。

 時は慶長十年。家康は将軍位を秀忠に譲る祝宴の一環として、伏見城で馬術競技が開く。伊勢桑名の本多家からは家中でも馬術の名手である深谷半之丞が選ばれる。この半之丞、腕は立つが無口で周囲からも一目おかれている。馬術のみならず馬の育成も評判で、下僕の和助の妹・お梶と共に熱心に世話をして、平凡な馬を名馬に育て上げる。関ヶ原では愛馬の紅梅月毛を駆り大手柄を立てたものの、紅梅月毛は戦場ではぐれ行方知らずとなってしまった。

 晴れ舞台ということで家中の馬自慢が己の馬を半之丞に乗ってもらおうと押しかけるが、徳川秀忠にさえ所望された名馬・牡丹を老臣の松下河内が差し出すに到り、誰もが納得して引き上げる。牡丹を曳いて家に戻ると、松下の娘・阿市が牡丹の世話係として下女を連れ押しかけてきた。名家の娘にもかかわらず阿市は甲斐甲斐しく牡丹の世話をする。あでやかで明るい阿市は自然と深谷の家に馴染むが、和助兄妹はなんとなく取り残されてしまう…

 無口で実直な半之丞を廻る、お梶と阿市の恋の鞘当も楽しいけど、やっぱり馬でしょう。最後の一頁がひたすら切ない。

 以降、ネタバレなのでそのつもりで。まあ、ネタが割れても充分に楽しめる作品ではあるけど、一応。

 実は三つ疑問が残ってる。とりあえず今の解釈。

  1. なぜ半之丞は予め言わなかったのか:無口だから…じゃ面白くない(をい)。半之丞の選択は身勝手な我侭であり、決して本多家の為ではない事を自覚している。打ち明けてしまえば彼女も共犯となる。自分の身勝手に彼女を巻き込みたくなかった。
  2. なぜ半之丞は最後に打ち明けたのか:事は終わり巻き込む心配もなし、最も大切なナニを預けたワケで、馬にかこつけ…言うだけヤボだね。
  3. なぜ半之丞は競技で真相を話さなかったのか:これが一番わからない。冒頭の関ヶ原のエピソードも考えれば、あの熱弁は完全な嘘じゃないんだろうけど。家臣の教育不徹底のカドで主君に累が及ぶのを避けたかった、ってのが今の私の解釈。でも、なんか釈然としないんだよね。半之丞は無口がウリなワケで、その彼がゴマカシの為に熱弁を振るうってのは自分でも納得いかない。解説には「軍部にへつらう文壇への風刺」とあるけど、この作品の爽やかさには似合わない気がする。盛り上げるための山本氏の演出ってのも下世話すぎるし。「そりゃ速くはないさ、でも俺はコイツとやってきたんだ、今だって俺とコイツが組めば…」みたいな相棒への想い、なのかなあ。

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2007年7月 8日 (日)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 山口防衛戦2」電撃文庫

 予め謝っときます。私はゲーム版のガンパレは22人モードも含め散々やりつくしたけど、ガンオケは小説を読んだだけでプレイしてません。その辺で何か頓珍漢な事を書くかも知れませんが、ご容赦ください。

 まだまだ続くぞガンパレードマーチ。今回も完結せず、お楽しみはこれからって雰囲気。この調子で頼みます榊さん。

 素直に前回の続きから始まる。九州撤退後、夏の自然休戦期のはずが突如幻獣が大挙して山口へ侵攻を始た。5121小隊の面々は徐々に前線に集い、再び前線に立つ。ここまでが前回のお話。
 今回はそれを受け、人類側の苦戦状況から始まる。相変わらず大戦力を押しだす幻獣に対し、ふいを打たれた自衛軍は組織的な抵抗もできずに前線は混乱状態となる。壊滅状態で敗走する自衛軍の中で、5121小隊は遊軍として戦いながら戦場の勘をとりもどしつつあった。小隊を離れた善行は、各地の精鋭を引き抜き壊走した隊を吸収し、善行戦闘団を組織しはじめ、空席となった小隊の指揮を舞に任せる。正式の隊長の役割に戸惑う舞は、期待通りアクの強い5121隊員たちと対立しつつ、次第に善行の意図を理解し始め…

 今回は5121小隊を中心としつつも、次第に榊オリジナルの登場人物や設定が増えてくる。この辺は善行の意図とも関係あるのだが、今まで脇役だった自衛軍の描写も多くなっている。ガンパレードマーチのタイトルを冠してはいるが、5121を中心にしつつも幻獣との戦い全般を書きたくなっているのかも。私は楽しみにしているけど、5121の面々に思い入れのある人には少し物足りないかもしれない。

 前回はいかにもプロローグといった感じで戦闘場面はアクセント程度だったが、今回からはご期待通り戦闘シーンが増えてくる。といっても戦況が戦況だけに敗走シーンが多いんだけど…まあ、そこは読んでのお楽しみ。今回も例の掌編はなしだけど、代わりといっちゃなんだが5121小隊最凶の奴らがひょっこり出てくる。単なる顔見せではなさそうなので、次巻以降も期待できそう。

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2007年6月15日 (金)

マイケル・グリフィン「誰がタリバンを育てたか」大月書店

 書名の結論。主役はパキスタンの軍。その狙いは…結局、よくわからん。パイプラインか関係してるらしい。次いでイランとサウジアラビアとアラブ首長国連邦。これも狙いは恐らくパイプライン。カスピ海周辺からアフガニスタンを通るパイプラインが整備されると、石油の供給が増えて産油国に取っちゃ面白くないって事らしい。

 主な内容は1991年のナジブラー大統領失脚から2000年12月のタリバン政権に対する武器禁輸まで。よって悪夢の2001年9月11日の直前までって事になる。この本によればタリバンはビンラディンを匿い、隠れ家と訓練所を用意するなど便宜をはかっていた、とある。
 とにかく文章が凄まじい悪文で読みにくい。元々の内容が情報ぎっしり、情緒的な記述が少なくニュースの羅列に近く中身が濃い上に、訳が酷いから読めたもんじゃない。結局、頑張って読み通しちゃったけど。以下、少し引用。

 アメリカの外交政策は大統領弁護団の単なる手先になってしまったとの見方を否定しなければならなかった国防長官ウイリアム・コーエンとCIA長官ジョージ・テネットは、人間心理を操る計画首謀者ビンラディンの新たなプロフィルに肉付けをほどこす発言で対応した。

 こんな文章が360頁以上も続く。元々、登場人物の利害や立場が複雑に絡み合う上に、状況によって敵味方が入れ替わり、その支援者(アメリカやロシアね)も支援相手を変える。おまけに本の構成が素直な時系列じゃなくて、時間的に行ったりきたりするから、理解しにくい事このうえない。時折、下手なアメリカンジョークが混じるのもタチが悪い。

 アフガニスタンの現代史を知りたいのなら、他の本を選んだ方がいい。じゃあ何がいいの、と聞かれても答えられないけど。ごめんなさい。

 以降はこの本の紹介から離れて私の考えなんで、書評だけを読みたい人は読み飛ばしてほしい。

 米国の開戦当時にビンラディンがアフガニスタンに居たか否かはわからないが、タリバンを放置していたら絶好の隠れ家を提供していただろう。ビンラディンを確保するための手段と割り切れば、あの戦争は有効だったと言える。ただ、賭けたコストに見合った利益が米国にあったかと問われると、うーん。アフガニスタンを通るパイプラインが完成すれば直接的な利益になるし、サウジアラビアやアラブ首長国連邦を牽制する意味もあるだろう。アフガニスタンの主要産業になりつつあった膨大なケシ畑を潰せるのもポイントの一つ。問題は戦後の復興にかかる費用で、それを考えると収支は、今は赤字で将来はトントンかなぁ。

 じゃあアフガニスタン国民にとってどうかって考えると、これは利益の方が大きいと思う。例え合衆国の傀儡国家であろうとも、治安が安定すれば天然ガスがある上にパイプラインの権益で大きな収入が見込める。

 何より、タリバン政権下で迫害されていた女性の地位が向上するのが大きい。タリバン政権下では女性だけの外出もダメ、7歳を超えた女性に読み書きを教える事すら許されなかった。長い戦乱で夫を亡くした人も多いのに、働くことさえ出来す、成人した独身女性が生きていくのは不可能に近い。労働が許されないから女医も居なくなり、産婦人科は廃業する。国民の半分を人間扱いしないなんて、無茶もいい所だと思う。少し前にNHK-TVでアフガニスタンの小学校を取材した映像を見たんだが、面白いコメントがあった。少女達の向学心は旺盛で、将来の希望を聞くと医者や教師など、自立していける職業を挙げる女の子が沢山いる中で、日本なら確実にトップになる答えが皆無で、それは「お嫁さん」だ、と。母親の苦労を見ていたせいで、男に依存してたんじゃ生きていけない、手に職をつけて自分の人生は自分で作るんだという気概に満ち溢れていた、そんなコメントだった。

 働く女性は好きだよ。今の職場でも尊敬する女性が独身既婚ともに複数いる。正直言って、あの人たちみたいなカッコいい女性が増えるといいな、と思う。でもさ、誰も結婚に夢を持たないってのも変だよな。余程過酷な状況で生きてきたんだろうなぁ。

 で、米国とアフガニスタン国民双方の利益になるからと言って、あの戦争が倫理的に許されるのか、と問われると、これが悩むんだ。許しちゃうと強国のやりたい放題になりかねないし、かと言って放置すれば無実の人がどんどん死んでいく。戦争を仕掛けた側には戦後の国家復興を支援する義務があるけど、その費用は戦争費用の数倍はかかるだろうし、イラクの例でわかるように多数の死者も出る。かと言って政治的空白はテロリストや犯罪者の温床になる。

 結局、内政不干渉ってのは、正義とは言い切れないけど妥当な歯止めなのかな、と思う。

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2007年6月 7日 (木)

ジロミ・スミス「空母ミッドウェイ アメリカ海軍下士官の航海記」光人社

 書名どおり、合衆国海軍の下士官による、空母ミッドウェイの搭乗勤務の記録。湾岸戦争に従軍した際の記述もある。

 著者は東京生まれで中学2年まで日本にいたそうで、母語は日本語らしい。文章も翻訳調でなく自然で、あえて言うならユーモアが兵隊上がりの人に独特の調子がある。好きですよ、この手のユーモア。ヘリコプター部隊勤務で、担当は書いてないけど整備らしい。
 艦上の勤務は平時でも原則1日12時間勤務で休日なし。まあ休んでも艦から降りられるわけではないので休暇を取っても無意味とある。そりゃそうだ。部屋は6人部屋で3段ベッド、プライベートな空間はベッドと荷物を入れるロッカーだけ。24時間、常に誰かが起きていて、逆に言えば常に誰かが寝ているわけで、部屋の中では音を出さないように気を使うそうだ。でも、いくら気を使っても航空機の発着があれば爆音で無意味になるみたいだが。

 艦長(大佐)とエア・ボス(フライト・オペレーションの最高責任者)の紹介が笑った。「寝ない」ってどういうことだよ、おい。固定翼機の着陸の様子、フライト・オペレーション・スタッフの組織と役割の解説、食堂の区分と営業時間、入港時の乗組員の上陸の手順と「ずる」の仕方、基地での休暇の過ごし方など、日々の暮らしが生き生きと描かれている。

 軍である以上、物騒な話題もある。日本海の任務は主にソビエト軍との駆け引きで、ソビエトのスパイ船がミッドウェイの後ろをついて回って「ゴミ」を拾うそうだ。バックファイア爆撃機の情報を得るために散々挑発したが、結局はベア(Tu-95)の相手をする羽目になるらしい。そしてクライマックスは湾岸戦争。保守・整備はもちろんパイロットも疲労の極で、他間のバイキングが誤ってミッドウェイに着艦しかける描写もある。そして、「ミッドウェイ艦載機だけが一機も失われることがなかった」と誇らしげに書かれている。仕事に誇りを持つ人ってカッコいいよね。

 物騒な部分は控えめで、生活臭い部分が多い。空母での生活に多少でも興味があれば、楽しく読めるだろう。

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2007年6月 4日 (月)

長尾精一「粉屋さんが書いた小麦粉の本」三水社

 読んでるとお腹がすいてくる。あー饅頭怖い。

 麦作と加工の歴史から小麦粉の種類と特徴、流通と製粉の仕組み、小麦を使った食品、小麦粉を使った料理のレシピ、選び方使い方保存方法と、ちょっとしたウンチクから実用的な情報まで揃えたとっても便利な本。著者は日清製粉の研究所所長で著作のプロではないけど、文章は相当に気を使ってる上に、イラストが多くて読みやすい。

 美味しそうな食べ物が次から次へと出てくるんで、とにかく読んでてお腹がすく。うどん、饅頭、カステラ、クッキー、餃子、ラーメン、ケーキ、ドーナツ、天婦羅。そして食パン、フランスパン、バターロール、あんパンに蒸しパン。忘れちゃいけないお好み焼き。あーたまんねー。

 うどんを打つのはさすがにしんどそうだけど、饅頭は簡単そうなんで、今度挑戦してみようかなぁ。小麦粉100gにベーキングパウダー2gと砂糖80gを35ccの水でこねて、餡を包んで強火で13~14分蒸して終わり。お好み焼きは昼飯代わりによく作るんだけどね。余り物片付けるのにちょうどいいし。

 あー、腰の入ったきしめんが食べたくなってきた。

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2007年6月 3日 (日)

SFマガジン2007年7月号

 ワールドコン特集Ⅰとして、ヒューゴー賞候補作が5作載ってる。こういう質の高い海外SF作品を沢山紹介してくれると、いかにもSFマガジンって感じがして嬉しいなぁ。マイク・レズニックとか久しぶりだし。

 冒頭を飾るのは職人マイク・レズニック「きみのすべてを」。宇宙港で暴漢が少女を人質を取る事件が起きた。群集の中から一人の中年男が無謀にも暴漢に突進し、少女は助かったが中年男は瀕死の重傷を負う。中年男は退役軍人で、これまでにも何回か無茶な真似をして重傷を負っている。病院に聞くと、この男以外にも最近無茶をして重傷を負った者が居るという。調べると、いずれも惑星ニキータの激戦で負傷している…
 斬新とは言えないアイデアだけど、それを読ませる話に仕上げるレズニックの職人芸はお見事。

 続いてロバート・リード「八つのエピソード」。人気がなく短命に終わったTVドラマ、「小さな世界の侵略」。演出は退屈で演技は硬い。登場人物も平凡でドラマは盛り上がりに欠ける上に、制作者は誰とも知れない。少しでも利益を上げるためにDVDパッケージが売り出されたが、熱狂したのは意外にも天文学者や古生物学者などの科学者だった。
 なんか、ほとんどオチまで書いてしまったような気がする。

 ブルース・マカリスター「同類」。12歳の少年が、異性人のプロの殺し屋に仕事を依頼する。「ある男を殺して欲しい。奴は僕の妹を殺そうとしている。」
 たった9頁のショート・ストーリーだけど、依頼の動機やその解決法、そして多くのSFファンが持つ心情と盛りだくさんのテーマを押し込んだ濃い(濃ゆいではない)作品。もうちょっと長くして心情を掘り下げて欲しかったけど、それもまた味のひとつかも。

 ティム・プラット「見果てぬ夢」。今月号はこれが一番気に入った。主人公は映画オタクのピート。近所は当然、郡内のビデオ・ショップは全部チェックしてる。ところがある日、近所に見逃していたビデオ・ショップを見つけた。店に入って品揃えを見ると、あるはずのないレア物がいくつも見つかる。店員に突っかかると、彼女も映画に詳しいらしく…
 お約束どおりのベタな展開ではあるけど、私はこういうのが好きなんだ。イラストが小菅久実さんなのも作品の雰囲気に合っていて、編集さんはよくわかってるな、と思う。

 トリはマイクル・F・フリンの「夜明け、夕焼け、大地の色」。ワシントン州営の大型フェーリーが、千人近い乗客を乗せたまま、霧の中で行方不明になった。お話はこの事件の目撃者や救助にあたった沿岸警備隊員、遺族や同僚を失った者たちへのインタビューや独白で構成されている。一応SFではあるけど、むしろ9.11以降のアメリカ社会の断面って感がある。小説として読ませる作品ではある。

 鳴り物入りで紹介されている円城塔「A to Z Theory」は、とにかく人を食った作品。バカさ加減はラファティに似ていると思う。…って、この人、紹介の度に違う作家(レムとかヴォネガットとかダグラス・アダムスとか)を引き合いに出されていて、場外大ファールって気もする。なんか楽しみ。

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2007年5月27日 (日)

石田純一「宗教世界地図」新潮文庫

 世界各地の紛争や問題を、宗教と言う切り口で紹介している。雑誌 Foresight 連載のコラムをまとめた本。各コラムは4頁程度なので、興味のある部分だけぽつぽつと拾い読みしてもいい。やはりイスラムとキリスト教が多く、仏教はミャンマーとチベットぐらい。地域では、やはり中東と北アフリカが多い。東南アジアのイスラムとしてインドネシアとマレーシアを紹介してるけど、「穏和で多様」と表現している。

 力が入っているのは中東で、シリア・ヨルダン・イスラエル・イラク・イラン・レバノン・エジプトと盛りだくさん。単行本刊行が平成5年4月というから1993年で国際情勢の変化を考えると少々古い感はあるが、まあ楽しく読めた。南米の解放の神学を扱っているあたり、結構目配りも効いているように思う。楽しみながら国際情勢を知るにはいい本だろう。

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2007年5月26日 (土)

ビング・ウエスト「ファルージャ 栄光なき死闘」早川書房

 イラク ファルージャでの合衆国海兵隊員の戦いの生々しい記録。

 2003年4月のバグダッド陥落後もイラクは不穏な状態が続いている。特にファルージャはスンニ派の支配が強く、武装勢力と合衆国との衝突も激しい。多くの日本人にとってファルージャは三人の日本人が人質になった事件で有名だろう。物騒な雰囲気だけはニュースで伝わってくるが、その実態はどんなものなのかまではあまり報道されない。本書はその実態を、前線で戦う将兵の視点を中心に生々しく伝えている。

 著者は元海兵隊員。そのためか海兵隊員の視点からの描写が多く、武装勢力側の視点は一切ない。かといってアメリカ万歳でもなく、矛盾の多いブッシュ政権の政策や多国籍軍のイラク統治組織・手法にも容赦なく批判を浴びせている。

 正面戦闘なら海兵隊は苦戦しなかっただろう。しかし、ファルージャでは市民が普通に生活していて、武装勢力は市民に溶け込んで突然攻撃を仕掛けてくる。よくあるパターンはこんな感じ。

 民間人がたむろしてる横を海兵隊員が通りかかると、横の路地からいきなり銃撃される。海兵隊員が反撃しようとすると、武装勢力は市民に紛れて逃亡する。反撃しようにも民間人が邪魔になって発砲できず、武装勢力はまんまと逃亡してしまう。

 武装勢力の主な武器はAK47(自動小銃)とRPG(手持ちのロケット砲)、それにIED(即製爆発物)。特にIEDが怖い。金属片をまとめたものに携帯電話などを発火装置にする。犬の死体や樽・段ボール箱や車に仕掛けて1ブロックほど離れた所から爆破スイッチを押す。市民が生活している町なら隠す所はいくらでもあり、いつ爆発するかわからない。攻撃対象は米軍兵士だけでなく、米軍に協力的な政治家も対象となる。

 現地の市民達も非協力的で、有力者と言われる者達を集めても態度が煮え切らない。そもそも、本当の実力者が誰なのかがわからない。仮に協力的に見える者でも、武装勢力から脅されるとあっさりと寝返る。ゲリラのリーダー、ジャナビの言葉がうまく彼らの態度を表している。「金を渡しなさい。あとは自分たちでできます。」

 ワシントンの政治化も日和っぷりは似たようなもので、海兵隊が武装勢力を圧倒し始めると停戦命令を出して敵に戦力を増強する時間を与えてしまう。結局、総攻撃はは2004年11月まで持ち越される。激しい市街戦の末にファルージャの3万9千戸の建物のうち1万8千戸が半壊または全壊する。だったらちまちま市街戦なんかやらないでB52で爆撃した方が早かったんじゃねーの、と考えてしまう。この辺も政治的な妥協の産物なんだろうな

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2007年5月15日 (火)

リー・コープランド「はじめて学ぶソフトウェアのテスト技法」日経BP社

 ソフトウェアのテスト技法の概要を一通り手っ取り早く知りたい人に。

 まえがきでこの本の位置づけを明確に示しているのは良心的だと思う。体系的に詳しく知りたい人には「体系的ソフトウェアテスト入門」を勧める、とまえがきの最初の頁にある。あくまでも入門書であり、これ一冊で実際にテスト計画を作り実施するのはさすがに無理だろうが、人が作ったテスト計画の傾向を読み取ったり、自作のソフトを効果的にテストしたい人には便利だろう。技法の紹介が中心で、テストチームの編成やプロジェクト内の位置づけなど、人員配置については触れていないので、プロジェクトのマネージャやリーダーには物足りないかもしれない。

 目次がそのまま内容を示している感があるので引用する。

第1章 テストのプロセス
第2章 ケーススタディ
-- Section 1 ブラックボックステスト技法 --
第3章 同値クラステスト
第4章 境界値テスト
第5章 デシジョンテーブルテスト
第6章 ペア構成テスト
第7章 状態遷移テスト
第8章 ドメイン分析テスト
第9章 ユースケーステスト
-- Section 2 ホワイトボックステスト技法 --
第10章 制御フローテスト
第11章 データフローテスト
-- Section 3 テストのパラダイム --
第12章 スクリプトテスト
第13章 探索的テスト
第14章 テストの計画
-- Section 4 支援技法 --
第15章 欠陥の分類
第16章 テストの終了判定
-- Section 5 最後の考察技法 --
付録 ケーススタディの説明

 さすがに250頁でソフトウェアテストを完全に解説するのは無理だとしても、概要を俯瞰できる程度には掘り下げてある。経験豊富なプログラマだと、ブラックボックステスト技法のいくつかは無意識にやっているんじゃないかな。それらが分類され名前がつくってだけでも意味はあると思う。例えば後輩を指導する際の指標になるし。この辺はデザインパターンやエクストリーム・プログラミングにも言えることだよね。

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2007年5月14日 (月)

ロビン・ダンバー「科学がきらわれる理由」青土社

 科学教育再生に向けた提言。

 著者は科学を否定したいのか肯定したいのか、よくわからない紛らわしい書名だな、と思う。答えは後者で、著者は英国の科学教育の低迷と理系離れを憂い、その復活のための提案を掲げている。アプローチも理性的といえるだろう。文章の多くを(書名の通り)科学が嫌われる理由に割いていて、最後にその対策を提案して終わっている。

 全般を通し、「科学批判の多くは誤解に基づくものだ」という主張が繰り返し出てくる。例えばアリストテレスへの批判を論じた部分。アリストテレスは優れて科学的な手法を用いていたと著者は主張する。彼が間違っていたのは、彼の取りえる手段・技術に限界があったからだ、と。その証拠として面白い数字を挙げている。以下の表の「彼」は「アリストテレス」に読み替えて欲しい。

彼が自分で確認できた 彼が自分で確認できなかった
彼が正しかったもの 32 2
彼が間違ったもの 2 10

 アリストテレスが自分で確認できたものに関しては正しかったものが大半で、間違ったものは顕微鏡が必要などの理由で確認できなかった事柄に集中している。そして、アリストテレスは経験主義者であり、できるだけ自分の手で調べるよう主張していた。

 科学者が文化的に貧しいという批判に対してはA.C.クラークやアジモフなどのSF作家、モーツァルトの目録を作ったケッヘル等の例を挙げつつ、「人文系を本職とする人々は、平均的な科学者が文化的な素養があるのと同じくらいに科学の素養があるのかと問うべきだ」と辛らつな批評をしている。やんや。

 かといって単に批判だけで終始しているわけではない。最後の10章「帰属の分裂」で科学教育を再生するための様々な試みと、著者なりの意見を出している。人は自分に関係の深い事柄に強く興味を持つ、だから動物の行動・生態学・心理学に重点をおいてはどうか、と。この意見の前半はうなずけるが、後半には賛成できない。けど、著者が科学教育の再生を心の底から願っているのは伝わってくる。どんな知識であれ、それを伝える最善の方法はその面白さを伝える事だと思う。

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2007年5月12日 (土)

ロバート・アスプリン&ピーター・J・ヘック「銀河おさわがせ執事」ハヤカワ文庫

 ユーモアSFシリーズ第六弾。やや息切れの感があるなぁ。

 シリーズはこんな感じ。

 オメガ中隊はクセ者があつまる宇宙軍の吹き溜まり部隊。一見礼儀正しいが奇妙な質問で上官をいらだたせるマハトマ、おたずね者のスシ、喧嘩っ早いドューワップ、妙な宗教に入り込む牧師のレヴ…。そんなオメガ中隊をまとめるのは億万長者のウィラード・フール大尉。資産力で隊の福祉厚生を向上させ、隊員に賢明な資産運営を教え込み、適材適所で隊員の能力を引き出し、独特の方法で中隊をまとめ上げる。フールを快く思わない上官のブリッツクリーク大将の思惑や数々のトラブルにもめげず、オメガ中隊は宇宙軍の輝ける星となるのであった。

 一応舞台は軍隊だけど、血生臭い戦闘とかは一切ない。口絵のカラーイラストもゴルフだったりするし、まあのんびりしたもの。

 さて今回の騒動は。フールの執事ビーカーは、ある意味で中隊一のしっかり者。主人を助け時には検挙に適切な助言を与え、時にはフールのアイデアを実現するため様々な手配をする。そのビーカーが恋人と共に突然休暇を取って旅行に出てしまう。ところがフールとビーカーには特殊な事情があって、フールは緊急にビーカーと連絡を取る必要があるのだ。ビーカーを追いかけて中隊を留守にして銀河を駆け回るフール。しかし間の悪いことに、フールを目のカタキにするブリッツクリーク大将が、フールの揚げ足を取る材料を集めるためにオメガ中隊の視察を思い立った。

 ビーカーを追いかけて銀河の観光惑星を廻るフールのトタバタ・そのフールを追うスシとドューワップの珍道中・ブリッツクリーク大将の対策に頭を悩ませる中隊の面々が交互に描かれる。中隊の全員が一丸となるシーンがないのが寂しい。最初の方で、マハトマが新入隊員サンパーを鍛える(?)シーンがあるんだが、それが伏線になっているわけでもない。なんか散漫な印象があるんだよな。まとめ方も強引であわただしいし。

 まあ、次回に期待って所かな。

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2007年5月 9日 (水)

高林哲,鵜飼文敏,佐藤裕介,浜地慎一郎,首藤一幸「BINARY HACKS ハッカー秘伝のテクニック100選」オライリージャパン

 プログラマの麻薬。

 この手の本に興味を持つ人は限られているだろう。そして、その限られた人にはたまらなく楽しい本であり、そうでない人には意味不明なハナモゲラでしかない。何の役に立つのかと聞かれたら答えに詰まるが、読んでいて楽しい事だけは保障できる…その手の人には。

 書名どおり、低レベル(機械に近い部分)のプログラミングを扱った本。ただしデバイスドライバの様な周辺機器ではなく、実行時のコード書き換えなど CPU 周りが中心。ライブラリや実行ファイルを読み書き実行するテクニックを紹介している。プロセッサは x86 が中心で PowerPC が少し。OS は Linux が中心で BSD, Solaris が少々。

 具体的なテクニックの紹介が中心であり、ソースプログラムを豊富に掲載している。そういう意味では実用的な内容である反面、基礎的・理論的な説明は少ない。お勉強のために読む本ではなく、基礎が出来ている人が実際に作るための本とも言える。しかし、これから勉強したいと思っている人であっても、16進ダンプを見ると血が騒ぐ類の人であるなら充分に楽しめるだろう。

 1章は file 命令の中身や od など、通常ファイルの扱い。2章ではデマングルなどライブラリや実行ファイル中のシンボルの操作。3章では実行時のコード生成やスタック上のコードのコード実行など、ある意味危ない世界を紹介している。「31. main() の前に関数を呼ぶ」のテクニックは盲点だった。見事なアイデアに脱帽。4章はオーバーフローの検出や0と NULL の違い、fakeroot など安全性を確保するテクニックの紹介。5章は実行時のライブラリのロード・コールチェインの制御・プログラムカウンタの取得・関数のフックなど、実行順序を制御する技術を紹介している。インタプリタを作りたい人なら鼻血必然の内容。6章はプロファイラやデバッガの使い方。7章ではその他の Hack としてガベージコレクション機能つきのメモリ割り当てライブラリ BoehmGC, コルーチンライブラリ PCL, クロック数のカウント, 浮動小数点のビット列表現を扱う。

 最後に参考文献リストもあって、サービスは充分と言えるだろう。不満があるとすれば、まだ続巻が出ていないって点かな。著者が全員日本人というのも、少々誇らしい。いい時代だなぁ。

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2007年5月 8日 (火)

SFマガジン2007年6月号

 前号に続き異色作家特集。なんかSFマガジンだかミステリマガジンだかわかんなくなってきてるなぁ。特集のうち2編がロシアで中国とメキシコが1篇づつ。

 ミハイル・ヴェレルの「パリに行きたい」は…えーっと、SFマガジン掲載ってのが逆に面白さを削いでいる気がする。ロシアというよりソヴィエトの小説だな。
 少年の頃からずっとパリに憧れ続けた男の物語。ソヴィエトの田舎に生まれたコレニコフは映画「三銃士」を見てパリに憑かれた。図書館で三銃士や二十年後を借りて熟読し、秘密のルートでファッション雑誌を手に入れ、地元の仕立て屋をこき使う。レコードでフランス語を学び、オニオンスープと蛙の煮込みを調理する。結婚して子供ができ、家族のために働き続けるうちに情熱は冷めたように見えたが…
 解説は必読。作品の読了後に読んだ方がいかも。

 続くヴァジム・シェフネルの「沈黙のすみれ」は、あまりロシアに拘らずに楽しめる。列車で同室になった男は奇妙な頼みごとを持ちかける。「あなたをなぐらせてください」と。聞けばこの男、かなりの不幸を背負っていて…
 いやあ、そりゃ不幸だよなぁ。でも男って多かれ少なかれそんな部分があるよね。勝手に美化して妄想を膨らませ、現実を思い知って後悔する。しかし×ってなんだってあんなに…

 大森望のSF観光局では、噂の最相葉月「星新一 1001話をつくった人」をレビューしている。かなり好意的であると同時に、SF者でない人に優れた星新一伝を書かれてしまった悔しさも伝わってくる。まさしく水玉流「しまった」感というか。これは読まねば。

 ところで「今日の早川さん」はいつ出るんだろう。当然、富士見さんのフルカラー大判ポスター付きだよね←何を期待している?

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2007年5月 3日 (木)

ジョン・トーランド「勝利なき戦い 朝鮮戦争 下」光人社

 上巻は1950年6月24日の開戦・仁川上陸に伴う逆襲・中共義勇軍参戦による反撃を経て1950年11月28日までを収録している。下巻は連合軍の撤退から38度線近辺での一進一退・マッカーサーの罷免とリッジウェイの着任・トルーマンからアイゼンハワーへの大統領交代を経て長引く停戦交渉から1953年7月27日の休戦合意に加え、双方の捕虜収容所および捕虜交換の様子も描かれる。

 下巻に記述があるが、人民解放軍の戦術のパターンはだいたい決まっている。まず比較的手薄な韓国軍に対し攻撃を仕掛けて戦線に穴をあけ、あいた穴に大兵力をつぎ込んで国連軍の後ろに回りこみ包囲殲滅する。敵の弱い部分に戦力を集中する、凡庸で教科書どおりとも言えるが適切な戦術だと思う。
 制空権がないので昼間は動かず、夜間に徒歩や牛馬で山間部などを伝って補給・浸透し、戦線を混乱させる。制空権がなく重砲が貧弱で輸送部隊も機械化されておらず、兵の数だけは存分にあり道路は未整備で起伏に富んている半島の地形を考えると、これも理にかなっている。

 北の捕虜収容所の待遇はかなり悲惨で、拷問を含む自白の強要・非協力的な捕虜への虐待・毎夜の共産党の政治集会など陰険な圧力を四六時中かけられる模様の証言が多い。そのくせ記者会見や捕虜開放などマスコミの前に捕虜を登場させる際は、数日前から豊かな食事や暖かい毛布などを与えるなど、あからさまな報道工作を行っている。

 下巻で鉄の三角地帯攻略にてこずる連合軍の将兵が核を待望する場面もあって、ちょっと複雑な気分になる。単なる「でっかい爆弾」程度にしか考えていないのがよくわかる。黒い雨とか放射能汚染の事は何も知らないんだろうなぁ。

 終盤近く、捕虜の移送先はジュネーブ条約に基づき個人の自由意志に委ねるべきと主張する国連軍に対し、共産軍は全捕虜の帰還を求め、捕虜交換交渉が停滞する。この状況にいらだった韓国の李承晩大統領が、反共主義の捕虜を勝手に解放する場面がある。褒められたことじゃないのはわかってるけど、内心喝采してしまった。

 全体を通して制空権ばかりでなく制海権も連合軍が握っていたようで、海岸線近辺は海軍の艦砲射撃の援護を受けられたみたいだ。その割りに開城が手に入らなかったのは政治的な何かがあったのかな。

 ずっしりと読み応えがある事は確実。じっくり時間をかけ、出来れば地図を手元において読もう。

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2007年4月30日 (月)

ジョン・トーランド「勝利なき戦い 朝鮮戦争 上」光人社

 上下巻があるんだが、とりあえず上巻だけ。書名どおり、朝鮮戦争の全貌を描くノンフィクション。場面場面の紹介は下巻に譲って、ここでは全般的な印象を記述する。

 トーランドの常か、丹念な取材に基づく細かいエピソードを積み上げていく構成のため、読み進めるには時間がかかるが、その分充実感は大きい。資料入手や取材の関係か、全般的に国連軍、というより米軍の描写が多くを占めている。特に戦闘場面では海兵隊の記述が多く、陸軍は比較的少ない。空軍は歩兵の視点で下から見上げるだけで、海軍の記述はほとんどない。韓国軍の描写はホワイティこと白将軍が中心で前線の描写はなし。朝鮮人民軍の描写は、まあしょうがないか。資料なんて手に入らないだろうし。

 マッカーサーや李承晩大統領などの有名な人物の細かい日常描写が充実しているとともに、前線で戦う将兵達の描写も生々しい。敵の後方に置き去りにされた前線の将兵たちの脱出行も複数ある。マギー・ヒギンズなど従軍記者の記述も多いのは職業柄かな。また、敢えてソウルに残った各国の聖職者たちが連行され虐待された、通称「死の行進」の記録は貴重だろう。単位系をメートル法に変換した訳者の心使いが嬉しい。

 上巻では朝鮮人民軍の不意打ちから大邸-釜山までの撤退、仁川上陸から中国人民解放軍の逆襲までを扱っている。特に前半はT34に全く歯が立たず、撤退に次ぐ撤退ばかりなので少々もどかしい…って小説じゃないんだからしょうがないか。戦場での視点の多くが、砲兵や戦車兵ではなく歩兵やその指揮官なのも、無力感を強めている。

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2007年4月22日 (日)

坂本康宏「逆境戦隊×[バツ]1,2」ハヤカワ文庫SF

 ただ、愛のために。

 そう、これは、働いてオトナとして生きている我々のための、熱く切なく情けない戦隊ヒーローの物語なのだ。

 騎馬武秀25歳。地方の食品会社の落ちこぼれ、研究員とは名ばかりの雑用係。チビでモテずお局様と取り巻きに嫌がらせを受け他部署の部長からイビられ、最近は頭髪も危うくなりバカ高いカツラをあつらえたのはいいが、バレるのを恐れ態度は更に卑屈になった。こんなダメ男に付き合ってくれる唯一の親友の欠勤を見舞いに行けば、友はおぞましい怪物に変貌し、自分は戦隊物のヒーローに変身してしまう。

 と、まあ、劣等感の塊の様な主人公が突然変身ヒーローになり、葛藤に悩みながらも怪人たちと戦うってのが大まかなお話。戦隊物らしく主人公はレッド、他にピンク・ブルー・イエロー・グリーン、そして謎のブラックが登場する。必殺技にちゃんと名前があるのも嬉しいところ。

 なにせ主人公の立場が身につまされ切ない。何を考えているのかわからない奴でも社長の命とあらば従わなければならない会社の掟、お局様を筆頭にした女性社員の陰険な企み、無力な三下をイビって喜ぶエリート、氷の様に冷たい人事課のセクハラ担当の女性社員、そしてピンチになると頼りにならない同僚と上司。これだけ悲惨な環境で変身ヒーローになった奴が何をするのかと言うと、日頃の恨みを晴らすために大暴れ…ではなく、やっぱし怪人たちと戦うんだ。時には気に食わないガキを小突いたりもするけど。
 巨大ロボットの出番がなく、正義と悪の区別が不明確で、人数が綺麗に揃わずチームワークが全くないあたりは、戦隊物より平成ライダーに近いかも。それぞれが戦う理由も、正義のためというより個人的な理由だったりするし。その理由ってのが、まあ、色々とオトナの事情だったりするあたりが、この作品の魅力のひとつ。怪人の事情もヒガミや足をすくわれた恨みとか、妙にセコいのが楽しい。

 他の隊員、ピンク・ブルー・イエロー・ブラックもそれぞれ痛みを抱えつつ、その痛みを力に変えて戦っていて、これがラスト・バトルで効いてくる。そのラスト・バトルの展開はもちろんお約束通りのアレなんだが、これがちゃんと(?)裏づけあり曰くありでひたすら燃える燃える。

 書名に1,2とあるから、シリーズ物でまだ続くのかと思ったが、2巻で綺麗に完結している。エンディングがまたいいんだ。あまりにタイミングがアレではあるが、まあそれはそれで戦隊物の最終回の慌ただしさがよく出ているように思う。

 子供に戻り、頭を空っぽにして楽しもう。バーニング・インパクツッ!

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2007年4月21日 (土)

畑村洋二郎 畑村式「わかる」技術 講談社現代新書

 知人に勧められて読んだ。書名に「わかる」が入っているだけあって、サクサク読めるし、著者の具体的な体験談も多く、まあ面白い。ただ、書名に著者の名前が入っているせいか、少し自慢話めいた雰囲気のエピソードが多いのはご愛嬌か。

 理解の方法を説いているのではなく、理解力を高める訓練方法を説いている。だから、これを読んだからといって突然物事が理解できるようになるわけではない。では、この本に書かれていることを実践すれば本当に理解力が高まるのかというと、うーん、やってみなくちゃわからないね。

 いくつかは納得できる、というより元々の自分の考え方に近い記述もあった。例えば数学の習得方法で、「身近な例から学ぶ」のくだり。著者は常磐線の例を出しているが、私は通学路の近道で理解していた。逆演算のあたりは、プログラマならおなじみの思考法だろう。うまくいく論理をまず考えて、次にそれを破綻させる要素を検討し、検証する。まあ最近はテスト・ファーストなんてのも出てきてるけど。

 手の平をいっぱいに広げた際の、親指の先から小指の先までの距離を覚えておけば、大雑把なモノサシの代わりになる、なんてあたりはさすが工学部。自分のを図ってみたら21cmだった。覚えておこう。

 ひとつ、著者が書いていない、けど無意識にやっている事がある。それは図を書くコツ。この人の図の多くは簡略化した「人」が入っている。最近、気がついたんだが、図に「人」が入ってると、「わかりやすさ」が増すんだ。たぶん、著者は長年「わかりやすさ」を追求していて、若い頃に図に人を書く入れるというコツを身につけたんだろう。もう習慣になっていて、無意識にやっていることだから気がつかないんじゃないかな。なんか一本取ったって気分。

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2007年4月18日 (水)

岩崎千尋監修 信託銀行資産運用研究会著「資産運用ハンドブック 上/下」社団法人金融財政事情研究会

 意外と拾い物だった。まさしく金融商品の入門書というか素人向けの教科書。

 外貨や投資信託など、それぞれの商品のしくみを説明している。どうやら一般消費者を読者に想定して書いた訳ではなく、若手の銀行員を対象にしている様だ。金融ビッグバンで銀行も投資信託などを扱う様になり、銀行員も様々な金融商品を学ぶ必要が出てきた当時の時勢に応じて出来た本なんだろう。読者対象が銀行員とはいえ、株や外貨などには素人だろうと判断してか、多少の数式は出てくるものの語り口は平易でわかり易いし、グラフや図版が多くて、素人の私でもスラスラ読めた。読みやすさという意味での難点ば横組みって点だけど、グラフを入れる都合を考えればしょうがないか。とはいえ株式投資関係の数式とかは今のところ興味がないから読み飛ばしたけど。

 あくまでも用語としくみの説明だけで、現在の金融状況には触れていない。1999年の本だし。そんな訳で、この本を読んでも現在の金融商品を判断できる訳ではない。

 全体で6部構成。第一部はリスクとリターン・長期と分散・チャートの見方など、基本的な概念を説明する。実際の商品説明は二部~五部。二部は基礎編で債権と株式。三部は外貨(為替,債券,株式,預金)・デリバティブ(株式先物,債権先物,通貨先物など)・コモディティ(商品先物)など、比較的リスクの高い物を扱う。四部は投資信託で、概要・種類・評価法などを解説する。五部で年金・保険などのその他の金融商品。最後の六部で金融商品の評価法を扱う。

 銀行員向けだけあって、カバーなど一見お堅い印象がある割りに文章は平易だし、中身は網羅的で過不足がない。入門用としてはよく出来ていると思う。

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2007年4月15日 (日)

ロバート・キヨサキ+シャロン・レクター「金持ち父さん貧乏父さん」筑摩書房

 お金についての哲学書。だが、決して実用書ではない。具体例も多く出てくるが、中心は心構えや姿勢におかれている。

 書名のつけ方が巧い。インパクトがあって、しかもよく内容を現している。作者のセンスが良く出ていると思う。文章もこなれていて読みやすく、慣れた人なら2時間もあれば読み通せるだろう。同じ文章が何度も繰り返し出てくるが、これは日頃から本を読みなれていない人を読者に想定して書いたからだろう。売れるモノとはどういうモノかってのを、この作者はよくわかってる。映画でも本でも、大当たりするモノはコアなファンに受けるモノではない。日頃は本を読まない人、年に10本未満しか映画を見ない人を惹きつけたモノが大当たりする。そういう意味でも優れたセンスの持ち主だと思う。

 テーマはお金。それも経済学の様なマクロな話ではなくて、「お金を賢く使えば若くしてリタイアできるよ」みたいな内容。とはいえ、具体的なお金儲けの方法が書いてあるわけではない。「お金についてちゃんと勉強しようよ」みたいな、いわばお説教が大半で、後は「僕の作ったゲーム、キャッシュフローを買ってよ」的な宣伝まがいの文章も多い。
 「家は資産ではなく負債だ」ってのが、この本の有名なフレーズ。「資産は収入を増やすもの、負債は支出を増やすもの」ってのがその真意。家を持てば固定資産税や維持費がかかるから支出が増える。だから負債だ、と言っている。この理屈だと、家を人に貸して家賃収入を得ているのなら、その家は資産になる。だが「借家住まいをしろ」と言っているわけではない…と、思う、たぶん。

 お金について勉強しましょう、会社を作って節税しましょう、投資しましょう、ただし投資対象については充分に勉強しましょう、まあそんな内容。節税云々はともかく、言ってる内容自体には好感を持った。投資については不動産を引き合いにだしてるけど、これは作者が不動産投資を得意としているからで、別に不動産に投資しろと言いたいわけではないだろう。「なんであれ、あなたが興味を持っている対象について充分に勉強して投資しなさい、私は不動産が好きだから不動産取引を勉強して投資しました、こんな風に」ってのが真意だろう。いささか自慢話めいて聞こえるのは、まあしょうがない。

 本としては面白いし、文章も読みやすい。書名もインパクトがあるし、ベストセラーにあるのも頷ける。ただ、内容が気に入るかどうかはまた別。語られるのは哲学であって具体的な手法じゃないから、手っ取り早くお金儲けの方法を知りたい人には向かない。そもそもお金について語るのが好きでない人は、興味すら持たないだろうから問題はないと思う。

 もっとも、これを書いてる私は貧乏してるわけで、つまりこの書評は全く説得力がないね。

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2007年4月14日 (土)

飛浩隆「ラギッド・ガール」ハヤカワSFシリーズJコレクション

 道徳も肉体も超越した、SFだがけが記述しえる新分野の官能小説←褒めてます。「SFが読みたい!2007年版」ベストSF国内部門首位に相応しい作品だけど、健全な未成年にはお勧めできません。

 三部作「廃園の天使」の第二部をなす五編の短編集。仮想空間のリゾート地、<数値海岸(コスタ・デル・ヌメロ)>。そこには多数の区界が用意され、区界ごとにリゾート地に相応しい様々な工夫がなされている。区界には多くのAIが住み、訪れる人々(ゲスト)を歓待していた。しかし<大途絶(グランド・ダウン)>を境にゲストの訪問が途絶えた。AI達は今まで通りの暮らしを維持していたが、数値海岸には様々な変化の兆しが現れる。

 全短編が前作「グラン・ヴァカンス」の前日譚。冒頭を飾る「夏の硝視体」は前作と同じ「夏の区界」を舞台として、若い男女AIの出逢いと大途絶後のAI達の暮らしを描く。一見、おしゃれなフランス映画みたいな雰囲気が漂っている。表題作でもある「ラギッド・ガール」は現実の世界が舞台とした数値海岸の誕生にまつわる話。作者の変態振りと底意地の悪さがよくわかる。続く「クローゼット」は「ラギッド・ガール」と対をなす作品で、重要な伏線を張っている…んじゃ、ないかな。このシリーズが完結すれば、の話だけど、飛さんの事だから次巻がでるのはいつになるやら。「魔述師」は現実と区界をいききしながら、大途絶の真相を描く。ここでも作者の変態振りと底意地の悪さが光ってる。最後の「蜘蛛の王」は前作の敵役、蜘蛛の王ランゴーニの誕生の物語。

 官能SFというと、森奈津子と牧野修はいくつか読んだ経験がある。いずれも「常識」や「正常」に叛旗を翻してるけど、コレに比べたらはるかにマトモ。結局は「常識」なり「正常」なりの概念が既にあるという前提で、それに対するアンチとしてあーゆー作品を書いてる。二人とも色々と肉体を弄ぶけど、「肉体を弄ぶのは不道徳である」という前提を読み手に期待しているし、それだけ肉体に拘っているともいえる。

 ところが飛氏はまさしくSFらしい発想の飛躍を果たし、とんでもない方向に着地する。官能だけがあればいいんだと割り切って、肉体をあっさりと捨ててしまう。その結果、全然肉感的でも色っぽくもないけど、ひたすら気持ちいい(または気持ち悪い)感触だけが残る。

 私が数値海岸のアイデアを思いついたら、きっと肉体的な技能習得を考えるだろう。タイピングとか楽器の習得とか格闘技とか、地味な繰り返しの練習が必要な、けど有用な技能習得の努力を分身に任せ、本人は遊んでいる。分身にヴァカンスを楽しませるって発想に、飛氏の官能へのこだわりを感じる。

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2007年4月10日 (火)

フィリップ・リーヴ「移動都市」創元SF文庫

 天空の城ラピュタや未来少年コナンを思わせる、少年少女を主人公とした波乱万丈の冒険物語。

 60分戦争で文明は荒廃した。都市はエンジンをつけて地表を動き回り、都市同士が狩り狩られ食い食われる弱肉強食の世界となった。大きな都市は小さい都市を狩り立てて食い、小さな都市は群れては逃げる。事故で両親を亡くした孤児トムは、歴史ある移動都市ロンドンの歴史ギルドの見習いだ。ギルドには嫌な奴もいれば美人の史学士もいる。ある日、憧れのギルド長ヴァレンタイン氏が謎の少女へスターに襲われる所を助けたのだが、地表に落っこちてしまった。トムはロンドンに戻るため、へスターはヴァレンタインに復讐するため、共にロンドンを追いかけるが…

 都市が動くとなればクリストファー・プリーストの逆転世界が思い浮かぶけど、そーゆー難しい話じゃない。ひたすら妙なガジェットと不思議な風景、そして冒険に満ちた娯楽活劇に仕上がってる。これでヒロインが可憐ならモロにかつての宮崎駿の世界なんだが、これがとんでもないジャジャ馬。シータというより、ひねくれたナディアかな。

 とにかくビジュアルが魅力的。セントポール大寺院を中心に構えたロンドンが、エンジンとキャタピラつけて動き回るんですぜ。移動都市も色々あって、数世帯のオンボロ小都市、仁義無用の海賊都市、空中都市とかもある。もうひとつ心を惹かれるガジェットが自由に空を舞う飛行船たち。終盤近くじゃ飛行船同士のドッグ・ファイトが展開する。

 登場人物も鮮やかな個性を放っている。主人公のトムはちょっと情けないけど、その分、復讐に燃えるヒロインのへスターが強烈。脇役も曲者ぞろい。気風のいい訳ありの飛行船乗りの姉御アナ・ファン、変なコンプレックス持ちの海賊の親分ピーヴィ。工学ギルドのマッドサイエンティストはおぞましい実験を進め、史学ギルドの史学士たちは救いようのない歴史遺物オタク。ロンドン市長クロームは狂った陰謀を企み、ヴァレンタインの過去は謎に満ちている。そしてエンディングではお約束の世界の危機が訪れ…

 シリーズの一作目ではあるけど、ちゃんと完結した物語になってるんで、安心して読めるのもいい所。王道の少年冒険物語。

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2007年4月 8日 (日)

石郷岡泰「出社拒否 迷う30代、悩む40代」講談社ブルーバックス

 最近のブルーバックスはかなり傾向が変わってきた。いわゆる科学解説書ではない、文系っぽい内容の物が増えてきた。これもそんな傾向の一冊。優秀で頑張り屋で、周囲からも高く評価されていた人が、ふとしたきっかけで突然出社しなくなる。そんな人たちをカウンセラーの立場から扱った本。

 まじめで自己犠牲的でエネルギッシュで競争心を内に秘め、攻撃性を持ち環境をコントロールしようとする要求も強い。感情を素直に出さず弱点を見せず、人との関係は柔軟性がない。そんな人が多いそうな。

 

自分だと前半は外れてるけど後半は当たってるなぁ。なんか、愚痴がいえないんだ。

 具体例というかケーススタディが多くを占めていて、それぞれ読み物として面白い。例えば冒頭では商社の海外勤務のサンプルが出てくる。東南アジア支店で、共に優秀な40代と30代の人が相次いで倒れたというお話。

 表題どおり30代と40代の話が多いが、20代の女性や50代の管理職の例も出てくる。いずれも、職場や家庭での加齢や昇進に伴う立場の変化に巧く対応できないのが原因。で、結論は「温泉にでも行ってリラックスしたら?」だったりする(いやこれにはちゃんとした根拠があるんだけど)。

 人間関係って、面倒くさいね

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2007年4月 5日 (木)

野尻泡介「沈黙のフライバイ」ハヤカワ文庫SF

 大半の収録作が、近未来の宇宙開発や宇宙観測をテーマにしている。どの作品も技術的なリアリティが凄い。登場する技術の多くが、現在既に実験室レベルで成功している、もしくは成功しつつある技術を題材にしている。だから、SFで重要なガジェットに関しては素晴らしい迫力がある。やっぱSFはガジェットだよね。特に宇宙開発関係のガジェットが素晴らしい。JAXA 関係が多くて、ちょっと貧乏臭いのもいい味出してる。

 表題作「沈黙のフライバイ」はファースト・コンタクト物。わずかな情報量の電波信号から、相手の住む星の状況や意図を推理するくだりがゾクゾクする。波長の変化や断続・遅延などから発信源の軌道や遮蔽物を考察していく。信号はデジタルなんだけど、分析はアナログな部分でやってるんだ。

 「轍の先にあるもの」は NASA のシューメーカー探査機が撮影した小惑星エロスの地表の写真をテーマにした "私小説"。たった6メートル程度の幅の地形の写真から、どれほど多くの情報を読み取れるのか、その推測の様がいい。まさかスパイダーが登場するとは思わなかった。

 「片道切符」は火星への有人飛行を題材に…って、このタイトルじゃすぐにネタが割れちゃうじゃないか。

 「ゆりかごから墓場まで」は完全な閉鎖環境を実現する "スーツ" が題材。といっても結局最後は宇宙に出て行って火星が舞台になる。ある意味濃縮したレッドマーズ。この技術、砂漠の緑化にも使えるんじゃないかな。幸い日照だけは充分にあるし。

 最後の「大風呂敷と蜘蛛の糸」は凧で高度80Kmまで人を持ち上げる話。どんな凧かは読んでのお楽しみ。この技術が実用化できたら、小型軽量の低軌道衛星の打ち上げ費用は劇的に下がるだろうなぁ。広域無線ネットワークの中継ステーションに使えないかな。飛行船より安上がりな気がする

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2007年4月 2日 (月)

デイヴィッド・ウェーバー「反逆者の月」ハヤカワ文庫SF

 宇宙戦母艦ダハクで反乱が起きた。艦長は艦のコンピュータには後を託し、反逆者共を寄せ付けないように指示した後、船内を致死性のガスで満たして自分を含めた船内の生物を一掃した。反乱側は数隻の艦載戦艦で目前の惑星に脱出した。鎮圧側の一部の者も救命艇で同じ惑星に脱出した。

 そして数千年の時が過ぎた。

 人類は宇宙に乗り出し、いくつかのスペースコロニーを作り、月の裏側にも恒常的な観測基地を作っていた。月の裏側を飛ぶ探索艇に単独で乗り込んだコリン・マッキンタイア少佐は、何者かに艇の制御を奪われ、拉致される。それはダハクと名乗り、コリンに自らの艦長として就任するように依頼する。

 出だしはやたらスケールがでかい。歴史数千年に及ぶ宇宙帝国と、それを破壊しようと攻撃を仕掛ける正体不明の敵。なんと月は宇宙戦母艦で数千年間も眠り続けてました、とゆー大風呂敷。こりゃ宇宙を飛び回る大冒険かと思いきや、話の大半は地上が舞台で、反乱者たち相手のドンパチが中心。登場人物も軍かその関係者が多く、ミリタリーな雰囲気はある。ほんの少しだけど各国の軍人が悪者を相手に戦う部分があって、わが国の自衛隊が活躍するシーンは燃えた。

 三部作の一作目という事で、次回以降でスケールが大きくなるといいなぁ。

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2007年3月30日 (金)

SFマガジン2007年5月号

 今月は異色作家特集ということで、SF色は薄い。特集で一番面白かったのは、実は小説じゃなくてクリストファー・コンロンの「カリフォルニアの魔術師たち」。TVドラマの創生期に「ミステリー・ゾーン」の台本で活躍したカリフォルニアの若き脚本家たちの連帯とお祭りの日々を綴ったエッセイ。ブラッドベリを後見役とし、チャールズ・ボーモントと中心に、ウイリアム・ノーラン、ジョン・トマーリン、チャド・オリヴァーなどが登場する。今でもこの手のどんちゃん騒ぎがシリコンバレーで続いてるんじゃないかな。なんかカリフォルニアってそんな印象がある。
 小説だと「ウイリー・ワシントンの犯罪」が印象深い。無学で貧しいが敬虔なクリスチャンの黒人ウイリー・ワシントンは無実の罪で死刑を宣告されるが…。

 「SF挿絵画家の系譜」は真鍋博。星新一の文庫本のカバーで覚えている。シャープで無機的な雰囲気が星新一の作品とうまくマッチしてたのを覚えてる。

 梶尾真治の怨讐星域「ハッピーエンド」は地球に残った人たちのお話。主人公は若いカップルなんだが、脇役の老夫婦が主人公を食っちゃってる。OKAGE もそうだけど、最近の梶尾さんは永く寄り添った老夫婦を書くのが巧いなあと思う。

 第2回日本SF評論賞は正賞はなし、優秀賞が2作。今回はハインラインの「宇宙の戦士」を論じる「国民の創生--<第三次世界大戦>後における<宇宙の戦士>の再読」を掲載。あれはファシズムと軍国主義礼賛じゃないよ、反共主義を唱えコミュニケーションの重要性を訴える話なんだよ、そんな主張。内容には素直に納得できないけど、面白い文章ではある。ドイツ系移民と軍の関係を掘り起こすくだりはなかなかの迫力。

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2007年3月26日 (月)

ジェイムズ・ブリッシュ「地球人よ、故郷に還れ」早川書房世界 SF全集20

 50年代テイスト漂うやりたい放題のスペース・オペラ、ただし語り口はしかめっ面。

 ブリッシュの代表作である宇宙都市シリーズ第三弾。遠い未来、地球上の多くの都市は星間航法スピンデイジーの力を得て宇宙に旅立った。仕事を求めて宇宙をさまよう都市達は、1930年代の大不況で職を求めてさまよったオクラホマ農民に例え、「渡り鳥」(オーキー, Okie)と呼ばれた。そんなオーキーの一つ、ニューヨークと市長ジョン・アマルフィの冒険を描く連作短編。

 ブリッシュはハードSFと言われるけど、これに限ってはむしろバカSFでしょう。いかにも怪しげでマッドなガジェットがてんこもりで、しかもそれを真面目くさったしかめっ面でカマしてる。例えばアマルフィが都市のマネージャーに装置の動作原理を尋ねるシーン。

 「例の質量クロマトグラフ装置というのはどうだね?」
 「…金属--純粋であれば、どんな金属でも構わない--その金属の大きな円柱をとって、その一端を精製分離したいと思う素材に接触させる。それから、その一端殻上のほうへ、円盤状の電場を走らせると、各種の金属を含む素材は抵抗熱によって運ばれ、円柱のそれぞれ異なる部分に析出する…」

 おいおい、そりゃ無茶だろ。何か意味ありげだけど、実はお話の展開には全然関係ない。語数を稼ぐためか、安物のスペースオペラらしさを演出するために、強引に挿入したんだろう。この作品はシリアスに読み解くというより、デタラメさを愛でる寛容な態度で楽しめばいいんじゃないかな。

 その分、スペースオペラに必要な無茶なガジェットは事欠かない。石頭のAIシティ・ファーザース、同じ恒星系内で反目し合う二つの惑星、陰険な警察と狡猾な都市の追跡劇、銀河の裂け目(リフト)を漂う放浪惑星、他の都市を襲う海 賊都市、あまりに無茶で後先考えない惑星プレートの補強(このアイディア自体はかなりおバカで好き)、禿頭の圧政者と無知な民衆、都市の吹きだまりジャングルなど、怪しげでスケールの大きいガジェットや意味不明な固有名詞が満載。ある意味ワイドスクリーン・バロックやサーバーパンクの先取り…ってのはさすがに無理で、むしろパルプSFの香りが強い。ブリッシュの語り口は流麗とは程遠くて高校の化学教師みたいに堅苦しく、その辺のミスマッチが微妙なところ。あまりエンタテイメント向きの作家じゃないようだ。

 お話はヒーローが活躍する勧善懲悪ドラマではなくて、生活のために職を探す都市の悪戦苦闘の記録なのがいじましい。制御装置に真空管を使っているたり、登場人物が計算尺をいじってるあたりも、いかにも50年代。

 以下、宇宙都市シリーズの一覧。

  1. 宇宙零年
  2. 星屑のかなたへ
  3. 地球人よ、故郷に還れ
  4. 時の凱歌

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2007年3月23日 (金)

クリフォード・D・シマック「都市」早川書房世界SF全集20

 1952年の作だから古臭いかな、と思ったがとんでもない。シマックさんナメてましたごめんなさい。文句なしに傑作です。特に犬が好きな人にはたまらない作品だろう。

 遠い未来。犬が支配する世界に伝わる「人間」の伝説。その真偽は定かでなく、いまも議論が続いている。「かつて人間と言う種族が世界を支配していた。犬と人間は良き友だった。人間は不思議な風習をもち、その風習の多くは概念すら残っていない。」
 そして語られる8つの短編。犬と人間の歴史。人間の滅びの記録。

 なんと言っても一番の魅力は「犬」。特に第六話「道楽」で、主人公ウエブスターと犬のエベンザーが寄り添うシーンは、犬好きでなくとも涙を誘われる。人と犬の双方が自分が居るべき所を見つけた、そんな幸福に満ちた一瞬。同様に第四話「逃亡者」もいい。ペットを飼う者の永遠の夢が描かれている。この短編にはもう一つ大きなテーマを扱っているんでひどくあっさりと流されているけど、それが逆に最近の水増し長編にない古典ゆえの「濃さ」なのかも。

 次に感じるのが、古きよきアメリカ、特に田園生活に対するシマックの深い愛情。これは第四章を除く全編に明確に出ている。暖かい暖炉の前で安楽椅子を揺らしながら木立を渡る風や小川のせせらぎを聞く夜。傍らには愛犬が寄り添って…あー、たまんないね。冷静になって考えると「安くて自由で高速な輸送機関があったら誰も都会なんかに住まないよ、今は仕事のために仕方なく都会に住んでるだけさ」って発想には少し異論もあるけど、読んでる最中は夢中でそこまで気が回らなかった。

 で。単に犬と田園だけなら牧歌的で能天気な良作で終わっていただろうけど、名作たる所以は第四話「逃亡者」からその一端を見せる。私達人間が無意識に持っている特権意識、ありがちな宗教的原理主義の要因の一つでもある客観性の欠けた思考法の足元を掬う、「人間とは何か」という根源的な問いを投げかける。ファウラーの最後の一言は心に刺さった。

 そして人間は静かに滅びていく。なすべき役割を果たし、継ぐべきものへ道を譲り、誇りに満ちながら。

 ロボットの描写などは確かに古臭い感じはある。けど、本質的なテーマと考察の深さはオールタイム・ベストに名に相応しい。ある意味、身も蓋もないエンディングではあるけど、だからこそ名作の称号を捧げたい。冷徹な知性と詩情が高度なレベルで絶妙なバランスを保つ、SFの王道を行く傑作。

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2007年3月20日 (火)

ロジェ・カイヨワ「遊びと人間」講談社学術文庫

 この手の本にしては文体が平易で読みやすい。「遊び」という切り口で人間の社会と文化を分析している。全体は第一部・第二部・補論・参考資料の4つに分かれている。

 第一部では遊びの分析を試みる。まず、以下四つの分野を挙げる。

  • アゴン=競争:平等な条件下で能力を競う。スポーツやチェスがこれにあたる。
  • アレア=運:偶然が勝敗を決めるもの。要は博打。くじ・ルーレットなど。
  • ミミクリ=模倣:本来の人格を忘れ他の人格を装う。物まね、仮装、~ごっこ。
  • イリンクス=眩暈:知覚の惑乱。メリーゴーランド、ブランコ、スキー。

 その上で、それぞれを更に二つの極でわける。

  • パイディア=遊戯:気晴らし、騒ぎ、発散。
  • ルドゥス=競技:努力・忍耐・技・器用さによって目標に到達しようとする。

 第二部では上記の4分野を基に文化を計ろうとする。原始の社会ではミミクリとイリンクスが主であったが、次第にアゴンとアレアが取って変わったと述べる。

 一般には第一部の4分類が有名で評判がいい。SFでいうセンス・オブ・ワンダーはイリンクスになるのかな。コンピュータ・ゲームはアゴンとアレアの配分が大事だよね。RPGだとそれにミミクリが加わる。経験地稼ぎはルドゥス?試験のあとの開放感はルドゥス→パイディアの落差がもたらすものかも…などと妄想のタネとしてはいいかも。

 第二部も様々な文化の奇妙な風習や博打の紹介が面白かった。コスプレはミミクリの現代社会への再湧出と言えるのかな。

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2007年3月18日 (日)

森岡浩之「星界の断章II」ハヤカワ文庫

 星界シリーズ外伝の短編集その2。全部で12編収録。今回は「饗宴」や「戦慄」の類はない。楽しみにしてたのに。初出一覧を見るとドラマCDから4編、フィルムブックから6編、SFマガジン1編、書き下ろし1編となっている。登場人物個々人に焦点を当てた作品が多いのは、まあそういう事だろう。登場人物に肩入れしている人向け。エクリュアが2回も主役を勤めているけど、人気があるんだろうか。

 正直、「この人、誰?」状態で読んだんでよくわからなかったが、とりあえず「嫉妬」のタクリスと「童友」のサグゼールが気に入った。タクリスがスポール閣下の事を知ったら軍に志願するんだろうか。閣下は嫌がるだろうなぁ。

2007.03.19 追加 各編の主役。

  • 併呑:マーティン侵略をアーヴ側から描く
  • 嫉妬:ジント
  • 着任:サムソン
  • 童友:エクリュア
  • 転居:ジント&ラフィール
  • 謀計:レムセール
  • 球技:ロイ
  • 訣別:自主規制
  • 童戯:エクリュア
  • 祝福:ラフィール
  • 変転:ジムリュアの乱を首謀者側から描く
  • 墨守:アーヴの過去 ← 書き下ろし

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2007年3月16日 (金)

山本弘「アイの物語」角川書店

 相変わらず、山本弘は青臭い。だから好きだ。

 出版が角川書店というハンデを背負いながらも「SFが読みたい!2007年版」の国内部門で堂々の第2位とくれば当然大いに期待してしまう。そして、文句なしに期待を上回ってくれた。泣いたよ、ああ、泣いたとも。

 遠い未来。世界はロボットが支配している。人はロボット達の倉庫や輸送車を略奪して細々と生きている。「僕」は食料を盗もうとして失敗し、怪我をしてロボットに捕まってしまう。少女の姿のロボットはアイビスと名乗り、「僕」に物語を語る。人とロボットの歴史を。ただし、「真実は語らない」という条件で。

 全体の枠組みは千一夜物語と同じ、語り部が物語を語る形式の短編集。人とロボットの歴史を辿る形で各短編が並んでいる。前半のテーマは「人と物語」であり、次第に「人とロボット」に移っていく。アイビスが語る物語の中で、次第に世界の謎が明らかになる。
   なぜ人は衰退したのか。
   なぜロボットが世界を支配しているのか。
   ロボットは何をしようとしているのか。
   そして、なぜアイビスは物語を語るのか。

 日本人が日本を知るには、外国で生活してみるといい。日本がどんな特徴を持っているかがよく分かる。
 何かを知るためには、それとは違う、けれどそれと比べられる物があるといい。
 ヒトを知るには、知性を持ち、かつヒトでない存在を、ヒトと比べればいい。例えば異星人とヒト、例えばロボットとヒト。
 だからSFは異星人やロボットを扱う。「人とは何か」に答えるために。ヒトをもっとよく理解するために。

 「詩音が来た日」は、そのSF王道のテーマ「人とは何か」に取り組んだ作品。主人公は老人保健施設で働く介護士、神原。ある日、新規に開発された老人介護ロボット詩音がやってくる。目的は動作検証と、現場で経験を積むこと、つまり教育。神原は詩音のパートナーに指名される。パワーこそあるものの、人の心を持たない詩音は様々な問題を起こす。神原と共に働くうち、教育の成果もあって次第に成長してゆくが…
 見事だ。この舞台でこの表現。実にわかりやすい。否応無しに納得してしまう。本当は納得してないけど、しょうがないよね、私も人だから。
 ところでこのタイトル、梶尾真治の「詩帆が去る夏」と関係は…考えすぎか。

 作家にとって「人と物語」は切実なテーマだろう。前半で語られたこのテーマは「詩音が来た日」「アイの物語でいったん背景に退くが、最後のインターミッションで再び蘇る。
   人はなぜ物語を語るのか。
 山本氏はこの大きな問題に解を示す。ジャンルの枠を超え、全ての文学、いや映画や舞台も含む全ての物語に通用する解を。しかも、SFだけが示せる形で。
 SFが好きで良かった。本当に、良かった。

 各短編のあちこちにオタクの心をくすぐる仕掛けがあるのも嬉しい。社長、そこはマよりむしろセではないかと。

 山本氏のサイトにこの作品の解説と雑誌掲載時のイラストがある。解説は作品を読んでから見たほうがいいと思う。重要なネタをバラしてる。
   山本弘のSF秘密基地:http://homepage3.nifty.com/hirorin/index.htm
   アイの物語:http://homepage3.nifty.com/hirorin/ainomonogatari.htm

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2007年3月14日 (水)

アイの物語

 山本弘の「アイの物語」を読んでる。今、半分ぐらいまできた所。一篇一篇がとにかく濃ゆい。一気に読みたいような、もったいないような。「ミラーガール」で「そばかすのフィギュア」を思い出し、更に泣けてきた。

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2007年3月13日 (火)

ガブリエル・ウォーカー「スノーボール・アース」早川書房

 スノーボール・アース(雪玉地球)仮説を巡る、地質学者たちの研究と論争を生々しく描いたドキュメント。地質学だけに限らず生物学や物理学にまたがる学際的に仮説を検証する部分も面白いが、それ以上に地質学者たちの野性的な生活や確執に満ちたやりとりに紙数を費やしている。あまり科学に興味のない人でも、灼熱の砂漠や極寒の氷原での冒険に興味があれば、充分楽しめる。

 地質学者たちのフィールドワークは、まるでインディ・ジョーンズの一シーンの様にタフで荒っぽい。吹雪のグリーンランドでクレパスに落下し、北極圏で蚊やブヨと格闘し、熱帯のサンゴにドリルをふるい、ナミビアの砂漠で毒を飛ばすコブラから逃げ出す。著者もナミビアで怒れる野生の象と対峙し、その恐怖を語っている。学者というより探検家・冒険家という呼称が相応しい。

 論争の中心となるポール・ホフマンは、一時期マラソン選手を志すほどの強靭な肉体を持つ行動派。性格は強引で傲慢、しかし周囲の人に「ポールに認められたい」と思わせる何かを持っている。北極に憧れカナダ地質学調査書に入るが、トップと諍いを起こして追い出される。
 相棒のダン・シュラグは上品で社交範囲が広く、34歳でブリンストン大学の終身在職権を得るほどの天才。人と衝突しがちなポールのクッション役を果たしつつ、優れた頭脳でポールのアイデアを裏書する説を組み立てる。
 二人で仮説を誕生させる過程もドラマチックだ。ポールはナミビアで採取した炭酸塩岩の炭素の奇妙な性質についてダンに相談する。ダンは見事に謎を解き、激論を交わしつつポールの仮説に引き込まれていく。

 他にも魅力的な人物が多数登場する。初めて全地球凍結の可能性を示したブライアン・ハートランドは、73歳になってもシロクマがうろつく海岸のテントで眠る。凍結からの復元過程を考えたジョー・カーシュヴィンクは、学生に荒唐無稽な仮説とその検証方法を課題として出す。反対派のニック・クリスティー=ブロックは細部にこだわって突っ込みを入れる。ジョージ・ウイリアムズはどれくさにまぎれて更に荒唐無稽な仮説を唱える。

 ウェーゲナーの大陸移動説以来、地質学は激動が続いている。物理学・天文学・生物学と連携しながら、月の生成・ホットプリューム・恐竜の絶滅など、豪快でダイナミックな仮説が大きな論争を巻き起こしている。野次馬としては見ていて実に楽しい。

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2007年3月11日 (日)

ジョン・スコルジー「老人と宇宙」ハヤカワ文庫SF

 ハインラインの「宇宙の戦士」が好きで、それを宇宙の戦士を茶化されても気にしない、というか茶化して欲しい人向け。

 人類は宇宙に進出した。宇宙は敵対的で多様な異星人に満ちた戦場だった。
 妻に先立たれた75歳の老人ジョン・ペリーはコロニー防衛軍に志願し、地球を後にする。コロニー防衛軍に志願できるのは75歳以上。兵役は最低2年だが大抵は10年勤める羽目になる。地球に二度と戻れず、連絡も取れない。地上での財産は全て失う。地球に住む者にとってコロニー連合は謎に包まれているが、極めて進んだ科学技術を持っているらしい。

 帯にあるとおり、お話は「宇宙の戦士」をなぞっている。というより、パロディに近い。入隊までのくすぐりは好きな人にはたまらないだろう。で、入隊してからは「愛に時間を」だったりする。いい味出してるよアラン。

 主人公のジョンはリコと違って年を取ってる分、落ち着きがある。かといって頑固な堅物というわけでもない。ウケないジョークを連発する余裕もある、常識的で気のいい爺さん。同期で志願した仲間とすぐ打ち解けるあたりは高校生みたいで微笑ましい。

 けど、色々と不満は残る。様々な謎が提示されるんだけど、ほとんど回収されない。なんじゃこりゃと思ったら、解説を読んで判明。続きがあと3冊はあるらしい。私は謎が気になって戦闘シーンとかに今ひとつ没入できなかった。楽しみたければ謎ときは諦めて、冒険物と割り切って読んだほうが吉。とはいえミリタリー物としてもアレなんだよなー。戦闘場面もせいぜい小隊単位で、他兵種との連携とかもほとんどないし。
 何より寂しいのが、パワードスーツが出ない事。カバー見れば出ないのはわかるけど、圧倒的なパワーと機動力と火力で敵を蹂躙し反撃の暇を与えず去ってゆく、爽快感あふれるシーンを期待しちゃうじゃないですか、やっぱり。

 ということで早く全部訳してください内田さん←結局読むんかい

2007.03.12 追加

 なにかが引っかかってもやもやした物が残るなぁ、と思ってたら、coco's bloblog[本] 『老人と宇宙』 ジョン・スコルジーを読んで納得。
 そう、「優しさ」がこの作品の特徴。ジョン・ペリーと奥さんの○○のシーンは良かった。ジョンが奥さんに語りかけた言葉はありふれてるけど、それを語り続けるジョンの想いが切ないんだ。「宇宙の戦士」ってラベルに惑わされてしまった。

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2007年3月 9日 (金)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 山口防衛戦」電撃文庫

 時系列的には九州撤退戦の後、白の章の前。ガンパレード・マーチとガンパレード・オーケストラを繋ぐ作品。単発のおまけかと思ったら、この後もシリーズが続くようだ。つまり、新シリーズ開始の序章。この巻で登場するのは5121の面々が中心で、次に榊版マーチから参加した榊オリジナルの連中。オーケストラの面々は顔見せ程度。悲しいことに遠坂と田辺の出番がない。口絵がすごいことになっているのは榊氏の意気込みの表れかな。芝村色が薄れて榊色が濃くなる予兆かも。

 これから読み始める人には同シリーズの「5121小隊の日常」から刊行順に読むことを勧める。広崎版の「高機動幻想ガンパレードマーチ」は無視していい。あれはコレクター向け。

 自然休戦期になっても、おなじみ5121小隊の面々は相変わらず軍にいる。善行は東京で予算交渉に奔走、原は研究所で例のアレ、茜は士官学校、田代は茜について看護学校。他の面々は山口で待機やら教官やらしながら、のんびりと夏を過ごしていた。そこへ突如幻獣が自然休戦を破り、山口侵攻を始めた。

 この巻は幕開けといった感じで、戦闘シーンもアクセント程度。5121も集結し終わってないし、榊氏の本領発揮はこれからだろう。今までのシリーズではただの学兵だった連中も少しは成長して、多少性格が変わってきている。その辺が不安でもあり楽しみでもあり。

 残念なのは(違う意味で)闇を背負う者たちの掌編がない点。3人が揃う場面がないせいだろうか。

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2007年3月 8日 (木)

SFマガジン2007年4月号

 チャールズ・ストロスの「ローグ・ファーム」がいい。シンギュラリティ後、人口が激減した地球に残った人々を描く。主人公は老夫婦ジョーとマディ。所有者がいなくなった農場に勝手に住み着いて半農半畜の生活をしている。そこに「ファーム」と呼ばれる邪魔者が現れ…
 なにせストロスの描く世界だから、少し、いやかなり今の農家とはズレている。主人公の二人が最初にファームと対峙するシーンや、ジョーと牧羊(?)犬ボブのやりとりとか、とことんおバカなモンティ・パイソン風で楽しい。

 小川一水「千歳の坂も」は、今までの彼の作風とはだいぶ味わいが違う。従来得意としてきた、骨太でありながら細かい設定や構成に拘った本格的な作品じゃない。情緒的な余韻を狙った感じがする。
 不老不死が実現した未来。政府は「健康である事」を義務として国民に課した。しかし、延命措置を拒否して自然な老化に身を任せる者がいた。役人の羽村は、延命拒否者の老女に延命措置を勧めるが…
 不老不死が実現する経過が実もふたもなくて小川一水らしい。エンディングも、ある意味この作者が一貫して書き続けているテーマに沿っているように思う。

 林譲司「大使の孤独」はAADD シリーズの密室殺人ミステリ。異性人ストリンガーとのコミュニケーションは遅々として進まない。人類と異星人は、宇宙ステーションで少人数の共同生活を通して意思疎通を図る実験を始める。しかし、エアロック内で人類のペロシが外傷を負って死亡する。現場にいたのは異性人の使者「大使」のみ。ペロシは殺されたのか?だとすれば異性人の動機は?
 ラストでセイバーヘーゲンのバーサーカー・シリースを思い出した。

 椎名誠のエッセイは…おっさん、なんじゃそりゃ。いや好きですけどね。あまりにSFマガジンのイメージと違うテーマなんで。

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2007年3月 4日 (日)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2007年版」早川書房

 おまつり本。2005年11月1日~2006年10月31日に刊行された新作SFの人気投票、国内と海外のベスト20がメイン。それに加えてライトノベル・伝奇・ファンタジィ・ホラー・ミステリ・ノンフィクション・コミック・映画・アニメなどの関連分野の注目作の紹介もある。おまけで2000年代前半のSFベスト30、SF関連書籍・映像作品の目録も載ってる。

 国内1位は予想通りだったけど、海外の1位は想定外だった。なんか今年の海外は国書刊行会が嵐を巻き起こしてる。国内は、「なんか知らない人がずいぶん出てきたなぁ」って印象。いや、これ見るまで有川さん知らなかったし。

 意外と拾い物だったのが浅倉久志さんのインタビュー。なんて弱気な人なんだ。エッセイを出したなんて知らなかったなぁ。

 給料日前に読むもんじゃないね。地獄を見た。お陰で有川さんを一気に3冊買い込んで、他にも数冊購入予定が詰まってしまった。暫くはSF漬けになりそう。最近は書店になくても Amazon なんて便利なモンがあるから油断できない。どうしてくれる。おまけに今月は星界の断章IIにガンパレも出るし。

 今年の予定じゃ「敵は海賊」が楽しみ。「揺籃の星2」はいけどさ、「ブルーマーズ」はいつになるの、東京創元社さん?

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2007年3月 3日 (土)

ヘンリー・ペトロスキー「橋はなぜ落ちたのか 設計の失敗学」朝日選書

 橋の崩落などの具体例をひもとくケーススタディを通して、設計の失敗に共通する点を探っている。著者は説く。成功例より失敗例にこそ学ぶべき点が数多くある、と。全くその通りだと思う。

 書名が示すように、橋の例が多い。特に後半は鉄橋の設計史の感がある。図版や写真が多くて面白い。
 従来の木材や石材に替えて鉄を使い始めた当初、設計者は慎重に事を運ぶ。考えうる限りの破損に対し対策を施し、大き目の安全率を見込み、模型を作って検証する。数多くの成功を積み重ねるにつれ、より長い橋に鉄が使われ始める。成功を積み重ねるうちに経済性や美観を追求するため、次第に安全率を小さく取るようになる。やがて、初期は見逃されていた、だが充分な安全率の為に問題にならなかった、「力」が、規模の拡大とともに大きな影響を及ぼすようになり、ついに橋が崩落する。ちょっと Youtube を漁ったらありましたよ、有名なのが。

タコマ橋の崩落 Tacoma Narrows Bridge Collapse
http://www.youtube.com/watch?v=maxv71MLJ-w

 しかし、短い棒より長い棒のほうが折れやすい理由、感覚じゃわかるけど、力学的にちゃんと説明しろと言われたらできないなぁ。

 関係ないけど、近所のスーパーでこんなの見つけたんで買ってしまった。

 写真: http://www.morinaga.co.jp/newprod/2006-11/img/new_b02.gif
 記事: http://www.morinaga.co.jp/newprod/2006-11/

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2007年3月 2日 (金)

北村薫「六の宮の姫君」東京創元社

 円紫さんシリーズ。芥川龍之介「六の宮の姫君」と今昔物語、そして当時の文壇をめぐる文芸ミステリ。芥川とその時代が好きな人にはたまらない作品…なんだろう。

 ごめん。肝心のテーマの部分はいまいちピンとこない。たぶん自分が文学を全然知らないからだと思う。ただ、「私」が卒論を書く過程の描写は面白かった。真面目な文学部の学生はこんな風に卒論を書くんだ。

 「私」と円紫さんさんの関係が少し変化してる。成長したって事なんだろうか。

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2007年3月 1日 (木)

竹山聖「独身者の住まい」廣済堂

 建築家(兼京都大学助教授)が書いたエッセイ集。具合的なノウハウを羅列したハウツー本を期待したんだが、全然違った。まあ、ロクに確かめもせず読み始めた私の勘違いなんだけど。

 タイトル通り、「独身者の住まい」を通じて、人々の生活・家族関係の変化・お役所の規制の矛盾・古今の映画・ポップミュージックなどを、穏やかに親しみやすく語りかけてくる。肩の力を抜いて、ラジオを聴く感じで読むといいかも。

 例えば映画なら「いちご白書」「氷の微笑み」「イヤー・オブ・ドラゴン」「ユー・ガット・メール」「家族ゲーム」などが出てきて、それぞれ住まいを通して分析してる。そういえば「イヤー・オブ・ドラゴン」のヒロインの部屋って、確かにとんでもないレイアウトだったね。部屋の真ん中に風呂があるなんて。掃除はどうするんだろう…なんて考えちゃうのは私が貧乏性だからか。

 図書館シリーズでヒートアップした頭を冷やすのには、ちょうどよかった。

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2007年2月28日 (水)

有川浩「図書館危機」メディアワークス

 今回の主人公は玄田。そうとしか思えない。かっこよすぎるぞ、おっさん。

 玄田に限らず、おっさんおばはんが短い登場場面で美味しい所を持っていく。タイトル・ロールの稲嶺はもちろんだが、敵役の彦江も渋く決めて巧く稲嶺を引き立てている。毬江の母親に至っては、いかにもありがちな主婦のつぶやき一言で決めてしまう。そりゃねーでしょ奥さん。どーゆー事すか奥さん。おばさん恐るべし。せっかく主人公の郁が女装して(をい)サービスしてるのに、いいのかちょい役のくせして。「王子様、卒業」はそっちも掛けてる、ってのは考えすぎか。
 他にもかっこいいおっさんじいさん達がいるんだが、ネタバレなので控えざるを得ない。ああ悔しい。

 相変わらず手塚はいじめられる。「昇任試験、来たる」じゃがけっぷちに立たされ、次の「ねじれたコトバ」じゃヘタレのピエロやらされる。玄田とゲストの火花散る男ぶりと比べると哀れでしょうがない。男はつらいよ。引き続き「里帰り、勃発--茨城県展警備--」でも開始そうそうミジメな姿を晒す。そんなに手塚が嫌いか作者。少しは報いてやってくれ作者。でも手塚の女装はちょっと見たかったかも。いやそっちの趣味はないが。

 脇にそれた。タイトルどおり郁が苦手の故郷に帰り、決戦を前に更に様々な悪条件が重なっていく。頼みの綱の柴崎はいない。恐れていた通り、いやそれ以上に問題が膨れ上がる。

 クライマックスは図書館戦争同様の戦闘、それも特殊部隊総出演の全力戦。待ちに待った笠原郁の初陣。新兵のお約束といっちゃなんだが、まあその辺もきっちり書いてくれます。そして、ここから。玄田をはじめおっさん達の渋く熱いドラマが。すまん。ここじゃ書けない。

 とりあえず今は禁断症状。

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2007年2月27日 (火)

有川浩「図書館内乱」メディアワークス

 「図書館戦争」の続き。シリーズなんで、前作を読まないとチンプンカンプンで入っていけない。素直に刊行順に読む事を勧める。ただ、前回とはかなり趣が違う。

 前作が動なら今回は静、前回が陽なら今回は陰。前回の敵が外部のメディア良化委員会なのに対し、今回はタイトル通り図書館の内部抗争。前回は笠原郁を中心に回っていたのに対し、今回はその周辺人物が主人公の話が多い。アクション場面も少なく、今回は表立った戦闘場面もほとんとない。しかも話が進むにつれ雰囲気は重くなる一方。郁や周囲の丁々発止の会話が唯一の救いと言っていい。じゃつまらないかと言えば…すんません、もう次の図書館危機は読了済みです。前回が物語の間口を広げる話だとすれば、今回は登場人物を深く掘り下げる回。

 相変わらず笑わせて泣かせるのは巧い。最初の「両親攪乱作戦」は郁が主人公。となれば当然ドタバタになる。そして台風一過の後に残った物は…まあ、あれだ。次の「恋の障害」は小牧が主人公(少し違う)。いい話なんだけど、小牧ファンには薦めていいのか悪いのか。ちょっと、いや、かなり泣いた。電車の中じゃ読めないや、やっぱし。

 「美女の微笑み」から雰囲気が変わり、一転して陰鬱になる。タイトルでわかるとおり柴崎が主人公。オーソン・スコット・カードの「エンダーズ・シャドウ」のビーンが女性だったら、こんな感じかも。

 「兄と弟」は手塚が主人公…のはずが今までの伏線の展開と新展開の序章。ここでも冷遇されます手塚君。そんなに手塚が嫌いか作者。そんなに手塚をいじめたいか作者←すんません私怨入ってます手塚贔屓なんです

 そして最後の「図書館の明日はどっちだ」。笠原がネチネチといじめられる話。暗い。ひたすら暗い。このまま終わるかと思ったら、最後にでっかい爆弾が落ちて終わり。これじゃ「図書館危機」買うしかないっしょ。

 ということで、堪え性がない人は次の「図書館危機」もあわせて買ったほうがいい。

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2007年2月26日 (月)

有川浩「図書館戦争」メディアワークス

 極上のライトノベル。

 メディア良化法によって検閲が実施される近未来(正確にはちょっと違うけど)、図書館は検閲に対抗し自由を守るために武装して自衛を始めた。

 この設定を受け入れられる人には、最高に楽しめる作品。ブラッドベリの名作「華氏451度」に真っ向から挑戦し、試合開始のゴングと同時に全体重を乗せたドロップキックをかますという無謀をやらかしている。その意気やよし。おじさん応援しちゃうぞ。

 まず、会話のテンポがいい。引用したいけど、これから読む人の楽しみを奪ってしまうような気がするので遠慮する。文章もこなれていて、非常に読みやすい。登場人物の造型も明確でわかりやすい。玄田さんに至っては頭の中で勝手に某声優の声を当てながら読んでしまった。
 ただ、短時間で読めるかというとそうでもない。特に登場人物の性格が把握できた中盤以降。一頁読んでは笑い、二頁読んでは吹き出し、三頁目で膝を叩いて爆笑し、次の頁で涙と鼻水でぐしゃぐしゃになる、そんな感じでなかなか進まなかった。部屋の中で読んでよかった。電車の中で読んだら明らかに「変なオジサン」になっていただろう。

 どうも褒め方に困る。登場人物の紹介をしたくても、作中の各員の登場場面がこれまた面白いんで、ちょっとしたネタバレになってしまう。背景やテーマを紹介するにしても、これまたテーマの紹介・展開が無闇に面白くて、やはり読者の楽しみを奪いかねない。

 主人公は防衛員志願の新人女性図書館員、笠原郁。事務系の業務は苦手な体育会系。物語はいきなり軍事訓練の場面で始まる。以降、戦闘場面もあるけど、むしろ郁や同期の新人達の成長過程や、それを暖かくも厳しい目で見守る…つもりが暴走する主人公に引っ掻き回される周囲の人々、智謀知略に満ちた政治抗争など、読み出したら止まらない。

 4巻物のシリーズであり、既に3巻まで出ている。だいたい半年に1巻のペースで出ているんで、シリーズ物はまとめて読みたい人、禁断症状に苦しむのが嫌な人は9月まで待ってもいいかもしれない。以下は奥付にある初版発行年月日。私が買った図書館戦争は既に10版だった。

  1.  2006年3月5日 図書館戦争
  2.  2006年9月30日 図書館内乱
  3.  2007年3月5日 図書館危機

 「本の雑誌」2006年上半期エンタテイメント第一位。早川書房刊行物とSFが圧倒的に有利な「SFが読みたい!2007年版」ベストSF国内部門でも第6位に入っている。

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2007年2月21日 (水)

川端裕人「クジラを捕って、考えた」PARCO出版

 1992年の第六次捕獲調査に同乗し、その実体を伝えるルポルタージュ。著者は最初から自分のスタンスを明確にしている。ホエールウォッチングの経験はあるが、熱心な反捕鯨論者ではない、と。概ね中立的で誠実なスタンスだと思う。記述は出航から始まり、ほぼ時系列に沿って進むので、展開が素直でわかりやすい。

 調査捕鯨船団には大きく分けて2種類の人が乗り込んでいる。片方は調査を目的とする科学者や報道記者で、もう片方はかつて捕鯨船に乗っていた漁師だ。そして、この本の最大の特徴は、後者の描写にある。

 川端氏は物怖じせず彼らの中に入って生活を共にし、その生き方や船団での生活を活き活きと描き出す。「シャチの弁当持ち」などという言葉はおいそれと引き出せるものじゃないだろう。「白鯨」のような殺伐とした世界を想像したが、意外と家庭的で暴力沙汰はない(あっても書かないだろうけど)。当初は母船に乗っていた著者も、調査が始まるとキャッチャーボートに乗り込んで行く。

 食事はもちろん鯨の肉がでる。船室は2~4人の相部屋。複数人が常時起きて操舵や監視をしている。クジラを探すのは主にキャッチャーボートの仕事。零下7度の寒風が吹きすさぶ中、6人程度で四方を見渡す。群れを見つけても手当り次第に捕るわけではなく、時間帯・種類・頭数など様々な制限を課せられている。

 捕獲できたら母船に運び入れて解体する。主なサンプルのミンククジラは体長8~10mで体重8~13トン。これを解体する"解体さん"の仕事はスプラッターを超え、もはや曲芸の域に達している。

 捕鯨への反発が強まるにつれ新人が入ってこなくなり、乗組員は高齢化している。今回は珍しく3人の新人が乗り組んできた。先輩たちが彼らを見る目は期待に満ちていて温かい。

 かつての港町の酒場でのヒエラルキーが面白い。普通の漁師より捕鯨船乗組員が格上で、中でも最も地位が高いのが "てっぽうさん"(砲手)だそうだ。うまく言葉にならないけど、なんとなくわかる気がする。先の新人にも、"てっぽうさん" に憧れる若者が一人登場する。

 もちろん南氷洋での鯨の生態や捕鯨の歴史、調査の方法やその背景となっている理論と実態、IWCなどの捕鯨をめぐる運動などの記述も入るが、上手に適切なイベントと関連させていて、お固い雰囲気を感じさせず自然に読めるよう工夫されている。シロナガスクジラでいっぱいのロス海かぁ。壮観だろうなぁ。

 所々に入るクジラの種類を紹介するイラスト頁が図鑑を見ているようで、なかなか楽しい。

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2007年2月19日 (月)

P.W.シンガー「戦争請負会社」NHK出版

  • 第一部 勃興
    • 第1章 戦争民営化の時代か?
    • 第2章 軍事民営化の歴史
    • 第3章 民営軍事請負業を見分ける
    • 第4章 なぜ安全保障が民営化されたか?
    • 第5章 世界に広がる軍事請負業
  • 第二部 組織と活動
    • 第6章 民営軍事請負企業の分類
    • 第7章 《軍事役務提供企業》エグゼクティブ・アウトカムズ社
    • 第8章 《軍事コンサルト企業》MPRI社
    • 第9章 《軍事支援企業》BRS社
  • 第三部 さまざまな問題
    • 第10章 請負契約のジレンマ
    • 第11章 市場力学と安全保障の世界的崩壊
    • 第12章 民間企業および文民と軍人の均衡
    • 第13章 公共の終焉は民営軍事か
    • 第14章 道徳と民営軍事請負企業
    • 第15章 結論

 2005年5月、イラクで人質になった末に殺害された日本人男性がいる。彼は営利企業と契約し、仕事でイラクにいた。仕事の内容は軍事力を提供すること。

 PMF(Private Military Firms)。利益目的で軍事的なサービスを提供する企業。傭兵は個人として軍または軍人と契約を結び、直接的な戦闘で金を稼ぐ。PMF は企業として政府又は反政府組織などの文官と契約し、実際の戦闘に加え訓練・補給・施設設営・整備などの後方活動全般、更には従来なら軍の高官の仕事である戦略立案や軍組織の再編成まで行う場合もある。

 本書は台頭しつつある PMF の現状とその背景を描いたノンフィクション。扇情的な書名とは裏腹に、内容は網羅的かつ本格的で、学術的といえるほど歯ごたえがある。警鐘を鳴らしながらも一方的に PMF を叩く内容ではない。

 とにかく構成が巧み。せっかちな人は第一章だけ読めば問題の大きさは把握できる。第一部を読めば歴史・背景・活動内容・現状の概略がわかる。もっと詳しく知りたい人は第二部以降をどうぞ…という、プレゼンテーションのお手本のような構造になっている。大学の教科書にも使えそうなお堅い内容だが、要所でコソボ紛争などの生々しい現場の描写が入るので、素人でも飽きずに読める。少しは見習えよ→おれ

 歴史的には傭兵が軍の主力だった時代の方が多く、20世紀のように国家が大半の軍事力を掌握した時代のほうが稀だそうだ。弓や槍の時代は兵に特殊な技能が必要で、育成にも数年~十数年かかるので、国が兵を育てるより傭兵を雇ったほうが合理的だ。武器や鎧も兵の自前。銃の発達がこれを変える。成人男性なら短期間で操作を仕込めるんで、国民皆兵にして必要な時に徴兵すりゃ一気に戦力を増強できる。銃は規格化して工場で大量生産すれば安上がり。かくして民主主義が台頭し国家が軍事力を独占する。

 冷戦時代は東西が競って発展途上国や衛星国に軍事・経済協力を与えた。しかし冷戦終結で援助が激減したため発展途上国や衛星国の政府が困窮し、軍を掌握できない。軍も将兵や装備を満足に維持できずに弱体化する。反乱や暴動が起きても軍じゃ鎮圧できない、どころか軍が率先して革命を起こしかねない。どないせいちゅうねん。

 先進国は軍縮に熱心。将兵を解雇し装備を叩き売る。元軍人は職を求めている。しかし職歴が戦車の整備や戦闘機の操縦じゃ、履歴書に書いても企業の人事部長にアピールできない。最近の戦車や軍用機は高度化したため整備や操縦にも専門家が必要だ。

 需要と供給を PMF が仲介する。先進国で解雇された将兵を雇い、東側が放出した安価な装備を買いたたいて整備し、弱体化した途上国政府に提供する。実際、ロシアの戦闘機メーカーのスホーイ社は機体・整備員・操縦士のパッケージでレンタルしている。

 PMF の目的は自社の利益であり、顧客の政治的立場に関心はない。あるのは支払能力だけ。反政府的組織や石油企業とも契約すれば、国連組織や人道目的の NGO とも契約する。南米の麻薬王の警護もすれば、対人地雷の除去もする。自国政府の意向?会社の登記を法人税の安い国にしとけばいい。

 弱体な政権が PMF と契約しても、安心はできない。営利企業なのでモトが取れないと判断すれば契約を破棄して撤退する可能性もある。仮に契約を全うして急場を凌いでも、契約が切れれば PMF は引き上げる。残るのは信用できない弱体化した軍だけなので、再び反乱が起きれば手の打ちようがない。やがて1はズブズブの関係となりかねない。

 他にも問題は沢山ある。冷戦終結以降に台頭したため、国際的に法整備が追いつかない。PMF 従業員が捕虜になっても条約で保護されない。逆に PMF 従業員の残虐行為も法や条約で規制できない。先進国が PMF を使って他国に介入しても、それを規制する法がない。国家は税金で戦闘機のパイロットを育てる。軍より PMF の給料が高いなら、パイロットは軍に残るより PMF で稼いだ方がいい。顧客の支払能力に疑問がある場合、PMF は鉱山や油田を担保にする。顧客が一国の政府である場合、これは将来にわたる国の財源を売り渡すに等しい。担保を受けた PMF は国際的な石油企業などと手を結ぶだろう。PMF の市場は戦闘だけじゃない。将兵の訓練・装備の操作教育や故障修理・現地の将兵の宿舎建設と保守etc。規制しようにも線引きが難しい。

 本の内容は濃く広い。一般向けの啓蒙書と言うより、本格的な入門書と言った方がいい。専門家でもマニアでもないけど、充足感を味わいたい人向け。

 ちなみにアフリカじゃT55(ソ連の主力戦車)が一台5万ドルだそうだ。

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2007年2月18日 (日)

北村薫「秋の花」東京創元社

 円紫さんシリーズ第三弾。長編。テーマは女子高生。←違います

 良くも悪くもファン向けって感じがする。登場人物やその背景と関係、それに北村氏の芸風が飲み込めていないと辛いかも。相変わらず日常の描写は見事で、今回は江戸川の河川敷がいい味を出してる。ちょっと出かけてみたくなった。それと、女子高の生徒会の様子が←まだ拘ってます

 相変わらず文学部の学生らしく小説の紹介も多く、今回はフローベルに芥川、伊藤左千夫。

 師匠の出番が少ないのはちょっと寂しいかな。物語の終盤になって謎解きするだけ。こういう役割だと、出番を増やすのは難しいよね。その分、女子高生の出番が多くて華やかで嬉しい←しつこい

以下、資料。

秋海棠はここが写真もあってわかりやすいかも。ベゴニアの仲間で、小ぶりで薄紫の可憐な花。
サイト:おしゃべりな部屋(プラネタリウム,星,植物,熱帯魚,統計学)
URL:http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/
ページ:シュウカイドウ(秋海棠)
URL: http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/shuukaidou.html

以降は青空文庫 ( http://www.aozora.gr.jp/index.html) から。

伊藤左千夫:野菊の墓
http://www.aozora.gr.jp/cards/000058/files/647_20406.html

芥川竜之介:或阿呆の一生
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card19.html

芥川竜之介:奉教人の死
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card49.html

ついでに芥川竜之介:六の宮の姫君
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card130.html

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2007年2月11日 (日)

チャールズ・ストロス「アイアン・サンライズ」ハヤカワ文庫SF

 序盤、25頁~28頁の恒星が超新星化する描写がたまらない。ホーガンの造物主の掟の出だしに匹敵する酩酊感。

ポケット宇宙のなかで時間的次元がプランク長レベルでくるりと閉じて、別の次元--物理学の標準モデルが想定している、折りたたまれた次元のひとつ--がとって」かわった。外で数秒がたつあいだ、ボケット宇宙のなかでは膨大で長さの時間が流れた。

 相変わらずガジェット満載で"アップロード"とかの専門用語(?)が説明無しにポンポン出てくるけど、あまり気にせず読みとばして構わない。

 ちょっと舞台背景を説明する。といっても前作シンギュラリティ・スカイと同じ世界。

 21世紀末、突然人類の9割が消え、以下の三戒を刻んだ一辺10メートルのダイヤモンドが残った。

  1. われはエシャトンなり。汝の神にあらず。
  2. われは汝に由来し、汝の未来に存する。
  3. 汝、決してわが過去光円錐にて因果律を犯すなかれ。

 百年ほどして地球の人類が復興した頃、SETI(地球外知性体探査計画)やFTL(Faster Than Light, 超光速飛行宇宙船)探査が多数の人類らしき文明を発見する。どうやら消えた人類はテラフォーミング済の多くの惑星に転送されたらしい。各惑星には転送と同時に贈り物が届いた。時間とエネルギーと原材料さえあれば、ほとんど何でも作れる豊穣の角コルヌコピア。いくつかの愚かな例外を除き多くの惑星人類は贈り物を賢明に使い、文明を再興した。
 科学者はある仮説を提唱する。コンピュータ・ネットワークが知性を獲得する。それは人類なら百万年かかる思考を数分~数時間で行い、自らを進化させ超知性、すなわちエシャトンとなり、かの事件を起こしたのだろう。
 三戒の三つ目の意味ははやがて明らかになる。超光速航行を使い過去を改変しようとする試みは、なぜか様々な事故を起こし、常に失敗するのだ。

 で、物語と登場人物の紹介。

 ある日、モスコウ星系の太陽が前触れなしに超新星と化し、同星系を焼き尽くした。破滅の風は光速で近隣の太陽系を襲う。数光年離れたオールド・ニューファウンドランド・フォーは避難が始まっていた。16歳の少女ウェンズディは避難船に乗り込む当日、謎の書類と死体を見つけ魔犬に追われる。
 前作シンギュラリティ・スカイで活躍したマーティンと"国連"の秘密情報員レイチェルのカップルも新婚気分で再登場。マーティン君は理想の夫を見事に演じてます。
 巨体の戦争記者フランクは航宙船のバーで奇妙な集団に絡まれる。若く清潔でごつい体格で軍の訓練を受けているらしい。

 前作に比べて小説としてはうまくまとまってると思う。物語はウェンズディの逃避行を軸に進み、それにカップルとフランクが絡む形。主軸が明確な分、わかりやすくなってる。
 とはいえ、光年単位の宇宙空間を舞台にしてる上にカットバックが入るんで、ちょっと時制が混乱しがちかも。例えば冒頭。3.6年前のモスコウの超新星化が、3.6光年はなれたニューファウンドランドじゃ、今起きつつある厄災になる。その辺が難でもあり、同時にこの物語の醍醐味でもある。相対論的宇宙を体感できる作品。

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2007年2月 7日 (水)

中島龍興「照明[あかり]の設計 住空間の Lighting Design」建築資料研究社

関心もなければ仕事にも関係ないけど、ちょっとした出来心で借りた。
インテリアコーディネイターを目指す人向けの照明設計の入門書。
とはいえ写真が豊富なんで素人の私でも楽しく読めた。
計算式やグラフはすっとばしたけど。あはは。
以下、興味深いエピソード。

  • 長波長が多い赤系の光は色温度が低く、短波長の多い青白い光は色温度が高い。
  • 婦人服の量販店で高級感を出そうと色温度の低い蛍光ランプにしたら客足が遠のいた。親しみやすさが薄れて敬遠されたらしい。色温度の高い白色蛍光ランプにしたら売り上げが回復した。
  • ヨーロッパ→アメリカ→日本 の順に高い色温度が好まれる。特に日本は突出して高い色温度(4200K~5000K)を好む。
  • 日本の店は閉店時にショーウィンドウを閉め、住宅は夜にカーテンを閉じるので、夜になると町が急に暗くなる。
    #とはいえ今の季節はカーテンを閉めたほうが暖房効率がいいんだよね
  • 屋外照明は防水じゃなきゃいけない。
    #言われて見れば当たり前だけど気がつかなかった。
  • オペラ座の屋上はガラスのドームになっていて、観客が多いほど赤っぽい色になる。
  • 階段の明かりを設計した際に失敗した。昇りはいが下りの時にランプが直接目に入ってしまう。
    #こういう失敗談って面白いね。

中島さんは中島「日本人はひたすら明るい照明を好むけど、夜は夜らしく夜の雰囲気を楽しめばいいのでは?」という意見らしい。私の寝つきの悪さも照明が原因の一端かもしれない。けど、やっぱし明るくしちゃうんだよね。昼間にプライベートな時間が取れないからかなぁ。

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2007年2月 5日 (月)

北村薫「冬のオペラ」C★NOVELS BIBLIOTHEQUE 中央公論社

北村薫「冬のオペラ」C★NOVELS BIBLIOTHEQUE 中央公論社

叔父の不動産屋に勤める姫宮あゆみ19歳は、奇妙な入居者にであう。
巫(かんなぎ)弓彦、たぶん40代の中年男。
自ら「名探偵」を名乗るが繁盛せず、新聞配達やビアホールのウェイターで
日々の糧を得ているらしい。

妙に現実味のある名探偵とワトソンのコンビが出会う3つの事件の短編集。
といってもあまり派手な事件は…ごにょごにょ。
ミステリはあまり読まないのでトリック云々の出来はよく分からない。
けど、彼の文章は好きだ。

円紫さんシリーズ同様、主人公の姫宮あゆみの視点がいい。
枯山水に日光と砂の駆け引きを見る。
藻の繁殖した池を抹茶羊羹色と語る。
金閣寺を見て金箔の剥げかかった金閣寺を妄想する。
なんとまぁ豊穣な世界に生きていることか。

同じ世界でも、見る目が違えば途端に意味深く彩り豊かな世界になる。
そういえば近所に梅の木があったな。ちょっと様子を観察してみよう。

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2007年2月 4日 (日)

松本仁一「カラシニコフ」朝日新聞社

カラシニコフ自動小銃。AKとも呼ばれる。
1948年ソビエト連邦軍が制式採用。軽く小さく頑丈で使いやすい。
分解しても部品はたったの9個。「遊び」が多く弾詰まりしにくい。
多くの国でライセンス生産され、1億丁以上が流通している。
ソマリアでは中古50ドル、新品は80ドルで手に入る。

書名通り、カラシニコフを中心にアフリカの失敗国家の現状のルポ。
権力者は利権漁りに夢中で社会資本整備や治安維持に興味を持たない。
そこに旧ユーゴスラビアやりビアから製造刻印のない安価なAKが大量に流入する。
扱いやすいAKは13歳の少年を一週間で兵士に変える。
武装組織は学校を襲って子どもをさらい麻薬と暴力で兵士に仕立て上げる。
治安は崩壊し個人が武装して自衛するしかない。

設計者カラシニコフ氏のインタビューもある。典型的な叩き上げの技術者。
第二次大戦に従軍しドイツ軍の突撃銃に衝撃をうけ、歩兵銃の必要性を実感する。
「教育のないソビエト兵が使いこなせる銃」という設計思想で、
当時主流の高精度設計から180度転換して「遊び」の多い銃を設計・開発する。
他の分野、例えばトラックを設計したらきっと名車を作っていたと思う。

失敗国家を見分けるには二つの基準で充分と記述がある。

  1. 警察と兵士にちゃんと給与が支払われているか?
  2. 教師に給料を払っているか?

兵が困窮すれば武器を売るか自分で武器を使って稼ぐかだ。
国の将来を考えれば教育に力を入れるはず。
いずれも為政者が何を重要視しているかの指標になる。

最後にソマリランドの現状を紹介し、現実的な対策の一端を見せて終わる。
結局はいかに武装解除を進めるかが肝になる。
ソマリランドでは地区の長老が中心となって武装勢力を説得し銃の回収を進めた。

軽く味見するつもりで読み始めたら止まらなくなって一気に読んでしまった。
朝日新聞社の割りに思想的な偏りも少ない気がする。

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2007年2月 3日 (土)

SFマガジン2007年3月号

英米SF受賞作特集。

ローカス賞ノヴェレット部門受賞の I:ロボット(コリイ・ドクトロウ) が秀逸。
タイトルが示すとおり、アシモフのシリーズを基にしている。
警官アルトゥーロは12歳の娘と二人暮らし。
ロボット技術者の妻は自由を求めて亡命してしまった。
今日も職権を濫用して学校をサボりがちな娘の行動を監視していると…
なんか映画「ラスト・ボーイスカウト」みたいな、ちょっと情けないお父さんが主人公。
ラストはちゃんとSFらしい仕掛けが施してある。
そうか、だから I:ロボットなのね。

巻頭のカロリーマン(パオロ・バチガルビ)も良かった。
化石燃料が枯渇し、既存の農作物は寄生虫や病気で壊滅状態。
農業はバイオ企業が供給する遺伝子組み換え種子に依存している未来を描く。

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2007年1月27日 (土)

定刻発車,ザ・対決

読んだ本2冊。

三戸裕子「定刻発車」新潮文庫

日本の鉄道の発着はなぜ正確なのかを探ったルポルタージュ。
技術に関する具体的な描写が少なくて少し食い足りない。
まあスジ屋の秘技などは業務上の重要な秘密だろうし、仕方がないか。
根回しのルーツを参勤交代に求めたり、
駅の間隔の短さを江戸時代の旅行が徒歩中心で宿場町が点在していた事で
説明しているのは面白い。
欧州じゃ15分未満の遅れは On Time になるってのも興味深い。
#そのかわりあっちじゃ自転車をバラさずに電車に積める。
#これは日本でも取り入れて欲しい。
#首都圏じゃ難しいだろうけどローカル線なら出来ないかな。

清水義範「ザ・対決」講談社文庫

パスティシュの名手の連作短編集。
一番勝負 ソクラテス vs.  釈迦 で「いきなしこれかよっ!」←褒めてます
まあこんなもんだろうと気を抜いてたら二番勝負 シェイクスピア vs. 近松門左衛門
で妙技を見せ付けられた。
これは!と思って構えてたら三番勝負 ロビンソン・クルーソー vs. ガリヴァーで
足元をすくわれる。そんな感じで翻弄されつつ楽しめた。
ギャグ・シリアス・教養・ホラーなど、バラエティ豊かな連作。

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