カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の112件の記事

2019年5月30日 (木)

世界四大海戦

 きのう読んだ「スペイン無敵艦隊の悲劇」に「世界四大海戦」とある。どの四つか調べると、どうやら人によって違うようだ。世界〇大××とかじゃよくあるパターンだね。とりあえず挙がっている候補は以下6個。

  1. 紀元前480年9月 サラミスの海戦 →Wikipedia
  2. 1571年10月7日 *レパントの海戦 →Wikipedia
  3. 1588年7月~8月 アルマダの海戦 →Wikipedia
  4. 1592年7月7日 閑山島海戦 →Wikipedia
  5. 1805年10月21日 *トラファルガー海戦 →Wikipedia
  6. 1905年5月27日~5月28日 *日本海海戦 →Wikipedia

 *がついているものは、四つに入ったり外れたりする。つまり、サラミス/アルマダ/閑山島がレギュラーで、レパント/トラファルガー/日本海が最後の席を争っている、そんな感じらしい。

 なんで決まらないのかというと、基準が人によって違うからだろう。戦争や歴史に与えた影響を重んじる人もいれば、戦闘に加わった船舶数や人数で考える人もいるし、戦いの鮮やかさ・指揮官の優秀さで選ぶ人もいる。どれも一理あると思う。あ、それと、スペイン人はレパント、イギリス人はトラファルガー、日本人は日本海海戦を入れるんだろう。

 その上で、私なりに選ぶと、こんな感じになる。

  1. 紀元前480年9月 サラミスの海戦
  2. 1588年7月~8月 アルマダの海戦
  3. 1905年5月27日~5月28日 日本海海戦
  4. 1942年6月5日~7日 ミッドウェー海戦 →Wikipedia

 これがどういう基準かというと、戦闘技術で選んだものだ。

 サラミスの海戦は、比較的に波が穏やかな地中海で行われた。主力は三段櫂船である。以後、レパントの海戦まで、主な戦場は内海で、軍船の動力は人力が中心となる。また戦闘方法も、最終的には敵船に乗り込んでの白兵戦が決定的な要素だった。

 次のアルマダの海戦では、戦場が波の荒い外海での戦闘に変わる。また主力艦は風力駆動で木製のガレオン船だ。いや実はガレー船や帆と櫂の両方を使うガレアサ(→Wikipedia)も加わってるんだけど。そんなわけで、潮や風の向きが決定的な意味を持つ。加えて、火砲が使われた。あまり成果はなかったようだけど。なお、この戦いじゃ白兵戦は行われていないが、19世紀初頭のトラファルガーでは白兵戦でケリをつけている。

 これが日本海海戦になると、戦いの様相がガラリと変わる。戦場こそ内海の日本海だが、動力は蒸気機関に変わる。おかげで機動力が段違いに上がり、潮や風の向きの影響が小さくなった。また艦体は鋼鉄製になった。戦闘の大半は砲の撃ち合いで決まり、敵船に乗り込んでの肉弾戦は完全に消えた。また無線電信が導入され、本国との連絡はもちろん偵察・艦隊指揮などで、よりキメの細かい統制が可能となった。

 更にミッドウェー海戦になると、戦闘の決定的な要素は空母と航空機に変わり、艦隊司令官にはほとんど敵船の姿すら見えない。砲の役割も変わり、重要なのは航空機を撃ち落とす対空砲であって、巨砲の価値も軽くなってしまった。いや無くなったわけじゃないのよ。ノルマンディや硫黄島などでは、上陸部隊を支援するために砲撃してたし。でも対陸上戦力用であって、対艦用じゃない。

 いずれの変化も、単に戦い方が変わったってだけじゃなく、国家における海軍の役割や位置づけが変わったって事でもある。レパントの頃なら、国王でなくとも有力な諸侯なら相応の海軍力を持てたかもしれない。でもアルマダ以降は難しくなったし、日本海以降はまず無理だ。もっとも、最近は民間軍事会社が力をつけてきてるから、将来はわからないけど。

 と、適当に選んでみた。なんか偏っている気もするけど、それは私の知識が偏っているためです。「コレが入ってないのはおかしい、なぜなら…」的なご意見は歓迎します、はい。

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2019年4月21日 (日)

やめられるもんならやめてみろ

 長い小説を人に薦めるのは、ちと気が咎める。人によって好みが違うので、ストラーク・ゾーンを外れたらなんか悪いことをしたような気になる。とはいえ、気に入った作品はやっぱり薦めたくなるんで、思い切ってやってみた。

司馬遼太郎『竜馬がゆく』

 司馬史観なんて揶揄されるけど、それはそれだけ多くの人に読まれていて、影響を受けた人も多いからだ。ではなぜ読まれているのかというと、面白いからだ。多くの歴史上の人物を取り上げて、それぞれの人物の印象を変えた司馬遼太郎だが、中でも最も評価が大きく変わったのは、この作品の主人公・坂本竜馬だろう。その理由も簡単で、竜馬がとても魅力的な人物に描かれているからだ。

 文春文庫で全八巻という大長編で、その分量を見ただけで尻込みしたくなるかもしれない。だから「全部読め」とは言わない。最初の一巻だけでいい。いやならそこで投げ出して構わない…そこでやめられるものなら、ね。

田中芳樹『銀河英雄伝説』

 SFファンというのは厄介な連中で、変な選民または賤民意識みたいのがある。だもんで、SFで人気が出るのは、どっかトンガってあまし世間じゃウケない作品も多い。そんな中で、SFファンにも広く世間一般にも好まれている作品の一つが、これだ。

 舞台は遠未来の宇宙だが、実は科学的な部分はけっこうムニャムニャなので、あまり気にしないでいい。戦闘場面は艦隊戦が多いけど、スターウォーズというよりむしろ帆船同士の戦いの趣がある。敵船に乗り込んで白兵戦なんてのもあるしw

 それより魅力的なのは、数多く登場する人物たちだ。いずれもアクが強く、滅茶苦茶にキャラが立ってる。常勝の天才ラインハルト、その頼れる相棒キルヒアイス、彼らのライバルであるヤン・ウェンリー、体育会系に見えて実はアレなミッターマイヤー、ヘテロクロミアの女殺しロイエンタール、女殺しならいい勝負のシェーンコップとポプラン、そして偽善の権化トリューニヒト…

 文庫本で本編10巻に外伝5巻という大長編だから、その分量を見ただけで尻込みしたくなるかもしれない。だから「全部読め」とは言わない。最初の一巻だけでいい。いやならそこで投げ出して構わない…そこでやめられるものなら、ね。

高橋克彦『竜の柩』

 伝奇小説だ。しかも、著者はカバーで「私は真正です」と断言しちゃってる。ちょっと検索すると、信者もけっこういるらしい。そういう点じゃヤバい本なんだが、実際に読んでみると、やたらめったら面白いんだから仕方がない。とにかく読ませる文章を書くのが巧みなんだな。

 伝奇物は「いかに狂った発想を読者に受け入れさせるか」がキモだ。その点、この著者は、身近なシロモノに関する膨大なウンチクで圧倒し「そうだったのか~」とガードを下げさせたスキに、頭のネジが数本吹っ飛んだスケールのデカい発想を叩きこんでくるからたまらない。諸星大二郎や半村良が好きなら、きっと楽しんで読める。

 文庫本で全6巻という大長編だから、その分量を見ただけで尻込みしたくなるかもしれない。だから「全部読め」とは言わない。最初の一巻だけでいい。いやならそこで投げ出して構わない…そこでやめられるものなら、ね。

池波正太郎『剣客商売』

 昭和の時代劇を語るなら、外せないのが池波正太郎。「鬼平犯科帳」「必殺仕事人」などのテレビ・シリーズが有名だが、この「剣客商売」はドラマの知名度じゃ一歩ゆずる。とはいえ、原作の小説の面白さはいずれも甲乙つけがたい。

 にも関わらずこれを選んだ理由は、とっつきやすいから。主人公は老いた剣客の秋山小兵衛と、その一人息子の大治郎。老境を迎え酸いも甘いもかみ分け、人として成熟しきった父の小兵衛。対して若く未熟ながら、それを自覚した素直な性根でぐんぐん成長してゆく大治郎の対比が、とってもわかりやすい。仮面ライダー風に言うなら、知恵と技の小兵衛と、勢いと力の大治郎といったところか。

 新潮文庫で本編16巻に番外編2巻という長大シリーズだから、その分量を見ただけで尻込みしたくなるかもしれない。だから「全部読め」とは言わない。一話完結の短編が続く形なんで、一巻の最初の「女武芸者」だけでいい。いやならそこで投げ出して構わない…そこでやめられるものなら、ね。

 以上四作品、いずれも出版されてから長くたっているにもかかわらずファンが途切れないのが面白さの動かぬ証拠。ちょっと暇が出来たら、少しでいいから味見していただきたい。ただし通勤電車内で読んで乗り過ごしても責任は取れません。

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2019年4月 1日 (月)

素人が考える高校野球のルール

 高校野球にはいろいろ批判がある。素人考えだが、ハッキリと利益目的の興行と位置付けて、プロ化すればいんじゃね?とも思う。そうすれば、児童福祉法と労働基準法が球児たちを守るし。とはいえ、どうせオトナの事情で無理だろうなあ。

 それはそれとして。大きな問題の一つは、投手をコキ使いすぎることだ。投手の肩は消耗品なんて説もある。それが本当かどうかは知らないが、あまり無理をさせるのは良くないだろう。とはいえ、高校野球独自の事情もある。春休み・夏休みに開催するので、期間が限られるのだ。

 そこで、今のスケジュールでどうにかできる案を考えた。素人考えなんで穴だらけだろうけど、馬鹿話の一つとして笑ってやってください。

 ルールは次の三つ。

1.試合の回数

地区予選の序盤に限り、以下の形で攻守の回数を減らす。
 1回戦:5回まで
 2回戦:6回まで
 3回戦:7回まで
 4回戦:8回まで
 5回戦以降:9回まで

2.ポイント制

投手の投球数をポイント制とする。
試合で投手が打者に1球投げると、ポイントは1増える。
*ピッチャーゴロの処理や走者への牽制はポイントに数えない。
地区予選の最初の登板ではポイントは0。
日付が変わるとポイントは半分に減る。小数点以下は切り捨て。
ポイントは101を越えてはいけない。

例:
1回戦で75球投げた:ポイントは75。余りは25ポイント。
次の日:ポイントは75/2=37.5 切り捨てで37。余りは63ポイント。試合はなし。
次の日:ポイントは37/2=18.5 切り捨てで18。余りは82ポイント。試合はなし。
次の日:ポイントは18/2=9ポイント。試合で投げていいのは91球まで。

3.花いちもんめ

ポイント制だと、投手が少ないチームは苦しい。
そこで花いちもんめだ。
勝ったチームは、負けたチームから、選手を3人まで引き抜いていい。
投手陣が苦しければ敵のエース(+捕手)を、打者が欲しけりゃ敵の主砲を戴いてしまえ。

 飛びぬけた投手が引っ張るタイプのチームだと、ポイント制は厳しい。だが序盤は回数制限があるので、切り抜けやすい。中盤以降は花いちもんめで獲得した敵チームの投手をリリーフに使える。また県大会の終盤や全国大会では、オールスターに近いチームのぶつかり合いになり、より高レベルのゲームになるだろう。スター選手もフィールドに残りやすいので、ファンにも嬉しい。

 …ダメかな?

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2019年1月21日 (月)

日本翻訳大賞の推薦受付が始まった

 今年も日本翻訳大賞の推薦作の受付が始まった。締め切りは1月31日(木)まで。

 推薦作を見てると、今年も美味しそうなのがズラリと並んでいる。私はこの辺が気になった。

  • 夏目大訳 ピーター・ゴドフリー=スミス「タコの心身問題」みすず書房
  • 久保尚子訳 ダニエル・M・デイヴィス「美しき免疫の力」NHK出版
  • 福嶋美絵子訳 「Firewatch(ファイアー・ウォッチ)」Campo Santo
  • 田中裕子訳 ジャン=バティスト・マレ「トマト缶の黒い真実」太田出版

 今調べたら、Firewatchってゲームかい。なかなか大胆なセレクトだな。PS4版とSwitch版か。でも面白いなら俺的にはOK。いやゲーム機持ってないけど←をい

 つか気になったのって、他のはノンフィクションばっかじゃないか。しかも Amazon の「こんな商品もチェックしています」を手繰ると、人生が幾つあっても足りないくらい面白げな本が山ほど出てくるなあ。嬉しいような、困ったような。

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2018年12月30日 (日)

2018年に面白かった小説3つノンフィクション3つ

 はい、例年通り、ノリと思い付きで選んでます。

【小説】

ケン・リュウ編「折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉他訳
 活況を呈している現代中国のSFシーンから、選りすぐりの短編を集めた珠玉のアンソロジー。現代中国の社会問題を鋭くえぐる陳楸帆「鼠年」,幼い子供の目を通し、日本同様の高齢化問題に対峙した夏笳「童童の夏」,階層社会を鮮やかに視覚化した郝景芳「折りたたみ北京」,秦の政王(後の始皇帝)と、その暗殺を目論む荊軻を中心にマッドなアイデアを展開する劉慈欣「円」など、SFとしての読みごたえは抜群。
 それに加えて感慨深いのが、中国も日本同様に、SFは欧米からの輸入文化であること。終盤のコラムでは輸入文化と中国人としての自己認識の葛藤が垣間見える。が、中国人でも欧米人でもない日本人の目で作品を見ると、主要人物像はもちろん、端役の振る舞い・風景・ガジェットなどの細部に、隠しようのない中華風味が漂っている。
新井素子「星へ行く船」出版芸術社
 兄のパスポートを失敬してコッソリ宇宙へと家出した森村。個室を予約したはずが、なぜか先客がいる。どうもダブル・ブッキングされたらしい。しかも先客は物騒な奴で…。若き新井素子が当時の若者たちを熱狂させた、ジュブナイルSFの傑作。
 サクサクと読める文章の親しみやすさ、ユーモラスで個性あふれる会話、コロコロと転がってゆくストーリーと、現代ならライトノベルに相当する市場への訴求力は今でも全く衰えていない。加えて「通りすがりのレイディ」から登場するレイディの破壊的な魅力は、それこそ「ヤバ」だ。
ディーン・R・クーンツ「ウォッチャーズ 上・下」文春文庫 松本剛史訳
 36歳の独身男トラヴィス・コーネルは、ピクニックの途中で野良のゴールデン・レトリーヴァーを拾う。やたら人懐っこいが、どこか妙な所がある犬に、トラヴィスはアインシュタインと名づける。アインシュタインを介して知り合ったノーラ・デヴォンにトラヴィスは惹かれ…
 発売当初、全米のペットショップからゴールデン・レトリーヴァーが払拭したとの伝説を持つベストセラー。伝説の真偽は不明だが、読めば本当だろうと思えてくる。とにかくアインシュタインの可愛さったらない。お話の流れは直球の王道だが、それだけに読了後の心地よさもひとしおだ。

【ノンフィクション】

ヨアヒム・ラートカウ「木材と文明 ヨーロッパは木材の文明だった」築地書館 山縣光晶訳
 現代に生きる私たちにとって、木材は構造材の一つという印象が強い。だが歴史的に木材、というか森は、もっと様々な役割を果たしてきた。領主にとっては種猟場であり、農家にとっては家畜の放牧場であり、また薪の補給地でもあり、海軍にとっては軍船の材料だった。特に燃料としての価値は重要で…
 木の性質に注目すれば生物学や工学の側面もあり、農民の暮らしに注目すれば農学や生活史であり、軍船の素材だから軍事学でもあり、薪に注目すれば経済学であり、森の保全を考えれば政治学・社会学でもある。そんな広範囲の学問を含む林学へと読者を誘う、野次馬根性旺盛な者には危険極まりない本。似たテーマを扱った「森と文明」は歴史学の色が濃いが、やはり読み応え・面白さ共に素晴らしい。
アナスタシア・マークス・デ・サルセド「戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係」白揚社 田沢恭子訳
 ハムや瓶詰に始まった、軍事技術が生み出した食品の保存技術は、現代においてインスタントコーヒーからレトルトカレーまでを生み出す。乾燥したインスタントコーヒーはともかく、大量の水分を含むレトルト食品は、なぜ腐らないのか。そこには最新の科学と工学を駆使した米軍の計画的な研究体制があった。
 軍事技術と最新科学が、私たちの暮らしに染み込んでいる事を、毎日食べる食品を通じて否応なしに思い知らせてくれる本。たかがレトルトと馬鹿にしちゃいけない。そこにはとんでもないハイテクが使われてたりする。これは牛乳やジュースも同じで…
マーチン・ファン・クレフェルト「戦争文化論 上・下」原書房 石津朋之監訳
 クラウゼヴィッツは戦争論で主張した。「戦争は政治の延長だ」。戦争とは利害に基づくものであり、勝敗は目的を達したか否かで決まる、と。これに対しクレフェルトはいきなりカマす。「この考えは見当違いもはなはだしい」。ではなぜ戦争が起きるのか。
 いかにもタカ派が好みそうな書名だが、むしろハト派こそが読むべき本。どう見てもリベラルなスティヴン・スピルバーグが創った映画「プライベート・ライアン」に、世界中の軍ヲタは歓喜の声をあげた。CNNが映す湾岸戦争やイラク戦争に、人々はかじりついた。なぜなら…

【終わりに】

 もちろん「われらはレギオン」や「七人のイヴ」や「巨神計画」も面白かったけど、まだ最後まで読んでないし。あ、いや「アイアマンガー」も頭クラクラしましたよ、はい。「ヒストリア」の池上ヒロイン大暴れも楽しかったし、「架空論文投稿計画」にもニヤニヤしたし。

 身のまわりの科学って点じゃ「雑学科学読本 身のまわりのモノの技術」も良かったし、ジョエル・ベストの統計シリーズも少しニュースの見方が変わった。歴史じゃ「平和を破滅させた和平」と「完璧な赤」が読み応えバッチリで、軍事じゃ「戦争は女の顔をしていない」の読みやすさと中身のギャップが凄い。「ヒトはなぜ神を信じるのか」は宗教やオカルトの根源に迫る傑作で、「ネットリンチで人生を壊された人たち」は煽情的な書名と裏腹にヒトの心の働きに切り込んで…と、今年も面白い本を挙げていったらキリがないので、この辺でおやすみなさい。

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2018年7月23日 (月)

Macは普通のパソコンか?

1990年代初頭、某社にて。

当時のIT技術部のコンピュータは、SUN などのUNIX系マシンばかり。
Mac や Windows は少なかった。
そんなIT技術部に、営業さんがFD(*)を持ってきた。
中に入っている文書を読みたいらしい。

*FD:フロッピーディスク。
コンピュータ用外部記憶媒体。
今のUSBメモリのように、文書の持ち運びなどに使う。
ややこしいことに、FDはOSごとにフォーマットが違っていた。
そのため、Mac で書いたFDは Wiindows じゃ読めない。
逆に Windows で書いたFDは、特別な手立てを使うと Mac でも読めた。

そこで交わされた会話。

営業「パソコンある?」
技術「あるよ」Macを示す
営業「そうじゃなくて普通のパソコン」
技術「Macは普通のパソコンだよ」
営業「…もういい!」

確かにMacは普通のパソコンじゃない。
贅沢なパソコンだもんね。

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2018年2月14日 (水)

分類か属性か

 その昔、「ライトノベルの定義ってなんだろう」って記事を書いた。

 瀬尾つかさの「約束の方舟」とか、ライトノベルかSFか悩むよね、って話。結論は、そもそもラジオボタン的にどっちかにしろってのが無茶で、チェックボックス式に考えた方がよくね?みたいな話だった。

 が、もちっと深く考えると、これもちと違うような気がする。改めて図で示してみよう。

 最初の発想はこうだ。

ライトノベル
SF
それ以外

 ライトノベルなら、SFではない。SFなら、ライトノベルではない。そうやって「分類」しましょうって発想。でも、小説って、一つの作品が様々の属性を持ってるよね。ってんで、私の提案はこれ。

ライトノベル
SF
その他

 その作品は、どんな属性を持っているかで考えようよ、ってこと。これなら、一つの作品が、「ライトノベルかつSF」でありえる。おお、悩みが消えた! と一旦は納得したんだが、改めて考えると、こっちの方が近いんじゃなかろか。

ラノベ:
SF  :
その他

 一つの作品は、様々な属性を持っている。そして、属性により、多い少ないがある。でもチェックボックスじゃ、属性の多寡が著せない。そこでスライドバーだ。これなら、より正確に「約束の方舟」を表せる。ラッキー。

 ってな具合に、世の中じゃ二者選択とか三者選択とかあるけど、現実にはスライドバー的に表した方が適切だよね、みたいなのは他にもあって。

 例えば理系/文系だ。こんな感じだと、世の人は思っている。

理系
文系

 理系なら、文系ではない。文系なら、理系ではない。でも、この理屈が当てはまらない人もいる。

 有名な所では、ロボット三原則で有名なアイザック・アシモフだ。化学者だから理系? でもエッセイでは、歴史など文系の蘊蓄も楽しい。加えて、娯楽作家として、読者を楽しませるのも巧みだ。これは芸能・芸術系とでもしよう。とすると、アシモフはこんな感じじゃなかろうか。

理:
文:
芸:

 理系方面は専門の学者だから最高レベルだ。また小説やエッセイの売り上げを見れば、芸能・芸術系でも最高と言っていい。流石に歴史関係じゃ専業の歴史学者には敵わないだろうが、そこらの素人とはレベルが違う。とすると、この辺が妥当だろう。

 対して私は…いやどうでもいいじゃないですか、あはは←をい。

 なんにせよ、こう考えていくと、理系/文系なんてのは、あましアテにならない概念なんじゃなかろか、と思えたり。

 やっぱり怪しいのが、保守/リベラルなんて分け方。ジョナサン・ハイトは「社会はなぜ左と右にわかれるのか」で、こんな主張している。

 政治思想の違いは、倫理、つまり「何が正義か」の判断基準によるものだ。これは感覚的なもので、理屈で答えを導き出してるんじゃない。反応速度の速さがその証拠だ。この倫理感覚は、少なくとも六つの要素から成る。各要素の感度により 保守/リベラル/リバタリアン の三種に分かれる。

保守の人は、忠誠や権威を重んじ、神聖さを大切にする。

ケア/危険:
公正/欺瞞:
忠誠/背信:
権威/転覆:
神聖/堕落:
自由/抑圧:

リベラルは、傷ついた者を守り、公正であろうとする。

ケア/危険:
公正/欺瞞:
忠誠/背信:
権威/転覆:
神聖/堕落:
自由/抑圧:

リバタリアンは、自由こそ正義と感じる。

ケア/危険:
公正/欺瞞:
忠誠/背信:
権威/転覆:
神聖/堕落:
自由/抑圧:

 こんな風に、私たちは右と左なんて単純に分けちゃうけど、実際には様々な要素が絡んでるんだよ、とジョナサン・ハイトは主張してるわけだ。シリアで暴れてた山賊とかは、「神聖/堕落」が強いんだろう、とか考えると、なんか腑に落ちるし、結構いいセンいってる発想だと思う。

 と、そんな風に、単純に二つに分けてたシロモノが、実は幾つかの要素のせめぎ合いだった、みたいな話は、他にもあるんじゃないかな、と思ったり。

 とか偉そうに言ってるけど、実は HTML でスライドバーを書けると知ったので、やってみたかっただけなんです←をい

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2018年1月22日 (月)

再び日本翻訳大賞を勝手に宣伝

 2018年1月21日から、日本翻訳大賞の推薦作の募集が始まっている。締め切りは1月31日(水)まで。

 対象となるのは、「2016年12月1日から2017年12月31日までに日本語に翻訳された公刊物」。こういう賞は小説を思い浮かべてしまうが、この定義ならノンフィクションもアリだ。実際、既に某科学解説書が候補に挙がっている。

 おお祭り的な面白さはもちろんあるし、「面白い本」を探すガイドとしても役に立つ。というか、私は主にソッチの目的で楽しんでいる。「レッド・スペシャル・メカニズム」も、これで見つけた。まだ読んでないけど、「アシュリーの戦争」と「堆塵館」は、近いうちに読もうと思っている。

 こんな風に、受賞作より候補作のリストの方が興味深い賞ってのも、インターネットが普及して、誰もが何かを言える現代ならではだよなあ。

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2017年12月30日 (土)

2017年に面白かった小説3つノンフィクション3つ

 例年と同じに、今日の気分で選んでます。明日になったら、また違ったラインナップになるでしょう。

【小説】

オキシタケヒコ「波の手紙が響くとき」ハヤカワSFシリーズJコレクション
 武佐音響研究所。音響工学の技術を売り物にした零細企業だ。普段は古くなった録音テープから音をサルベージしたり、店舗の音響環境を整えるなどの仕事を請け負う。が、ときおり、奇妙な依頼も舞い込んでくる。録音された音源から録音環境を突き止めるなんてのは可愛い方で、心霊現象の解明なんて事件も…
 SFマガジンに第一話「エコーの中でもう一度」が載った時から、音響科学・工学を素材にする発想の素晴らしさに舌を巻き、書籍化を心待ちにしていた作品。書籍では、そんな私の期待を充分に満足させてくれた。どころか、最終話の「波の手紙が響くとき」では、まさしくSFの王道で彼方まで突き抜けてくれた傑作。
A・E・ヴァン・ヴォクト「スラン」浅倉久志訳 早川書房世界SF全集17
 時は未来。特殊な能力を持つ新人類「スラン」は、人類から追われる身だ。9歳の少年スランは目の前で母を殺され、お尋ね者の烙印を抱え、敵だらけの世界で、ただ一人で生き延びなければならない…
 1940年発表と、SFとしてはとんでもなく古い作品だから、「どうせ古臭くて退屈なんだろう」と思い込んでいたら、とんでもない。危機また危機、謎また謎の連続で、常に緊張感あふれる場面を途切れさせず、またお話もコロコロ…というよりアッチコッチの思わぬ方向へハイスピードで転がってゆく、ジェットコースター・ストーリー。
アレックス・ヘイリー「ルーツ Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」現代教養文庫 安岡章太郎・松田銑訳
 西アフリカのガンビア。マンディンカ族の少年クンタ・キンテは白人に捕えられ、奴隷としてアメリカ南部に売り飛ばされる。事あるごとに希望を打ち砕かれる奴隷の暮らしの中で、しかしクンタ・キンテはマンディンカ族の誇りを持ち続けようと抗うのだが…
 発表した当時はベストセラーとなり、ドラマも史上最高の視聴率を稼いだ化け物コンテンツ。これに影響され、アメリカではご先祖探しのブームまで巻き起こした。そのブームの主流は白人なのが、このお話の凄さを物語っている。奴隷にされた黒人による白人への恨み節として書き始めたそうだ。が、完成した小説は人種間の垣根をアッサリ越え、今生きている全ての人に力強く訴えてくる、骨太の作品となった。今の日本では手に入りにくいのが、つくづく悔しい。

【ノンフィクション】

沢山美果子「江戸の乳と子ども いのちをつなぐ」吉川弘文館
 今は粉ミルクがあるが、江戸時代にそんな便利なモノはない。体や心の具合で乳の出は変わる。しかも、栄養状態は今より遥かに悪い。その上、当時は出産も命がけで、母親が命を落とすことも多かった。
 にも関わらず、私たちは今も生きている。ということは、当時の人たちも、なんとかやりくりして、私たちにまで命をつなげてくれたのだ。それは、どんな工夫だったのか。どんな苦労があったのか。
 書名だけで、面白さが保証されたような本だ。そういった目の付け所のよさは、単なるキッカケに過ぎない。この発想を生かすべく、丹念に資料を集め読み解いた研究の苦労は創造するに余りある。が、完成したこの本は、そういった苦労を微塵も感じさせず、素人にも分かりやすい文章で、当時の人々の暮らしをアリアリと再現してくれる。先の「ルーツ」にも通じる感動が蘇る一冊。
ランドール・マンロー「ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか」早川書房 吉田三知代訳
 タイトル通りの素朴な質問に対し、著者が真面目に計算して答え…た後、質問者が全く考えていなかった影響まで答えてくれる、数学と科学と工学とユーモアがたっぷり詰まった、とっても楽しい一冊。
 光速で野球のボールを投げたらどうなる? 全人類が一斉に飛び跳ねたら地震が起きる? 月に人類が一斉にレーザーポインタを向けたら? なんて、小学生が思いつきそうな質問に対し、キチンと計算して答えるあたりが、とってもワクワクするし、その計算に必要な数字を調達する方法も、著者の柔軟な発想に感心するところ。読み終えると、身の回りの様々な事柄を計算してみたくなる。
吉見直人・NHK取材班「終戦史 なぜ決断できなかったのか」NHK出版
 太平洋戦争の終戦は、1945年8月15日となっている。が、どう頑張っても敗戦が避けられない事は、当時の対日本帝国の上層部にはわかっていた筈だ。もっと早く敗戦を受け入れていれば、原爆や中国残留孤児などの被害は避けられただろう。なぜ無駄な足掻きを続けたのか。
 国内の文書の多くは、敗戦直前に焼却処分され、ほとんど残っていない。そこで著者らは海外に残った外交資料や、各国の情報機関が解読した通信などにあたり、当時の模様を再現してゆく。
 そこから見えてくるのは、敗戦の真相ばかりではない。そもそも、なぜ無謀な戦争に突き進んだのかに至るまで、当時の大日本帝国の根本的な欠陥を露わにしてゆく。また、優れた者が集まるハズの組織で、愚か極まりない結論が下される原因も、この本を読めば、その一端が見えてくる。日本の現代史としての重要性ばかりでなく、一級品の組織論としても読む価値は計り知れない。

【おわりに】

 などと三冊づつ選んだが、当然ながら私は未練タラタラ。

 小説では、16年の時を経て刊行された「ブルー・マーズ」が期待を裏切らない出来だったし、「スペース・オペラ」で一段落ついたジャック・ヴァンス・トレジャリーも捨てがたい。イーガンの「アロウズ・オブ・タイム」も、こんなとんでもないシロモノが読める時代に感謝したいし、「捜神記」の怪しさも捨てがたい。

 ノンフィクションも面白いのがいっぱいあった。

 音楽好きとして「音楽の進化史」は外せない。「暴力の解剖学」は、SF者の妄想マシーンを暴走させる衝撃作。衝撃ではデーヴ・グロスマン「[戦争]の心理学」も期待を裏切らない迫力だった。「戦地の図書館」も、本好きなら感涙の一冊。冒頭に収録した海兵隊員の手紙は、創作に携わる全ての人の心を揺さぶるだろう。その言葉は朴訥ながら、物語に何ができるかを、戦慄すら感じさせる激しさで伝えてくる…

 とか書いているとキリがないので、今日はここまで。

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2017年12月 1日 (金)

スキーと読書

 私は本が好きだ。こんなブログをやってるし。

 なんで好きかというと、楽しいからだ。そして、どんな趣味であれ、ヒトは自分の趣味に他人を引きずり込もうとする性質がある。このブログをやってる理由の一つが、それだ。私にとって、読書は趣味・道楽なのだ。

 が、世の中には、本を読むのは苦行だと思っている人もいる。人により好みは違うから、本より好きな事がある人も多いだろう。そういう人が、本なんか読んでる暇はないと言うなら、納得できる。が、苦行だってのは、ちと違うんじゃないか。

 私は昔、スキーをやっていた。スキーをやらない人は、スキーを苦行だと思うだろう。「なんだって寒い時に、もっと寒い所に行って、シンドイ運動なんかするんだ」と。

 実際、スキーヤーがやってるのは、そういう事だ。しかも高い金を払い、夜中に重たい荷物を担いで歩き、または車で危険な雪道を長いドライブし、帰ってきたら泥だらけの車を洗う手間までかけて。苦労ばかりじゃないか。

 でも、楽しいのだ。自分の腕に合った斜面を、一気に駆け降りる心地よさ。雪を跳ね飛ばして曲がる時の、「もしかして今の俺カッコいんじゃね?」的な気持ち。そして、日常では味わえない、風を切って進むスピード感。心のなかのケダモノを解放する、野生に帰った感覚。

 そりゃ吹雪にあったり、ゲレンデが岩だらけだったり、逆にカチコチのアイスバーンだったりと、ハズレな時もある。でも、状態がいい時の気持ちよさは、そんなハズレを差し引いても、タップリとオツリが来る楽しさに溢れている。何より、スキーに行かなきゃ、スキーの楽しさを味わえないじゃないか。

 そんな楽しさを味わうには、幾つかの条件がある。ゲレンデや天気の良しあしもある。が、その前に。何より、スキーヤーが、ある程度スキーの技術を身につけていなくちゃいけない。

 滑れない人を急斜面に連れて行ったら、そりゃ苦行でしかない。寒いし、コケてばかりで体中痛いし、立ち上がるのにも筋力を使うし。それ以上に、下手なコケ方をすれば、怪我しかねない。

 だから、スキーを始めるなら、まずスキー教室に入って、基本的なスキーの技術を身につけよう。そこで板やストックなど装備の選び方と使い方、怪我をしない転び方、滑り方、止まり方、曲がり方、そしてゲレンデのマナーなど、スキーを楽しむために必要な事を学び、知識と技術を身につけるのだ。

 これは読書も似たようなモンで。

 どんな本でも、それを楽しむためには、ある程度の「技能」が必要なのだ。

 どんな技能がどの程度に必要かは、本によって違う。「補給戦」は、古今の有名な戦いをアチコチで引用しているので、歴史に疎いと、読みこなすのは難しい。逆に、「剣客商売」あたりは、テレビの時代劇の雰囲気をなんとなく知っていれば、充分に楽しめる。

 ばかりでなく、もっと基本的な技能もある。例えば日本語を読む能力だ。これがないと、日本語で書かれた本が読めない。加えて、読解力も要る。

 一言で読解力と言っても、その中身はよく分からない。どんな要素から成っていて、それぞれの能力はどうすれば育つのか。最近になって新井紀子教授の読解力テストが話題になった。これでやっと、「読解力」を構成する要素が見えてきた程度だ。

 が、残念ながら、読解力を構成するそれぞれの能力を、どうすりゃ鍛えられるのかまでは、分かってない。

 これがスキーと読書の大きな違いで。

 スキーだと、必要な技能の洗い出しは終わってる。また、どういう順番で教えるべきかも、だいたいの方針が定まっている。ボーゲンの是非など、多少の議論はあるようだが。

 いずれにせよ、「生徒がどの段階にあるのか、次に何を教えればいいのか」が、スキーはだいたい決まっているし、生徒がどの段階にいるのかも、見ればわかる。だから、教える側は、ガイドラインに沿い、生徒の習得具合に合わせ、段階を踏んで教えていけばいい。

 が、読解力については、スキーほどハッキリしたガイドラインがない。だもんで、教える側も、「とりあえず本を読めや」と、かなり無茶な教え方をしたりする。スキーで言えば、「とりあえずゲレンデに来い」と言ってるようなもんだろう。

 しかも、だ。

 スキーなら、初心者をいきなり急斜面に置き去りにする、なんて真似は無茶だと、誰だって考える。まずは緩い斜面で板に慣れる所から始めるだろう。

 が、これが本になると、いきなりグレッグ・イーガンの直交三部作を勧めるとか、無茶を強要する性格悪い奴がいたり。

 スキーなら、ゲレンデのシンドさは、見ればだいたいわかる。急な斜面は上級者向きで、初心者は緩い斜面の方が楽しめるだろう。それぐらいは、素人でもスグに判断できる。別に斜面を見なくても、斜度(角度)って数字で、ハッキリと難しさがわかるし。

 が、本だと、そうはいかない。

 パッと見てわかるのは、本の厚さだ。が、これが大きな罠だったり。「補給戦」は薄いが、斜面で言えば頂上の急斜面だ。対して「木枯し紋次郎」の傑作選とかは、分厚いわりに、とっても読みやすくてスラスラ読めるのだ。

 また、「難しさ」にも、いろいろある(右図)。

A2  例えば白雪姫。日本語の本なら何の問題もないが、タガログ語で書かれていたら、私にはまず読めない。内容以前に、タガログ語の素養が必要で、私にはソレがないからだ。

 「液晶の歴史」は一般向けの科学解説書だ。とても丁寧に書かれていて、一歩一歩順を踏んで説明している。だもんで、じっくり読めば、なんとか最後までついていける。ただし、途中で投げ出さない執念が必要だ。

 と、こんな風に、同じ「難しい」でも、敷居が高い難しさと、内容の濃さゆえの難しさの、少なくとも二種類がある。他にも、最初は楽そうなのに、途中でいきなりレベルが上がっちゃう本とか。

 などと、難しさや読みにくさの原因は色々ある。けど、斜面の角度のように、本の読みやすさも、ハッキリと数字で示せればいいのに、と思う。

 もっとも、それをどうやって測るかってのが、難しい問題で。とりあえず考えたのが、「私が一時間に何文字読めたか」で測るとか。で、単位の名前は当然、「ちくわぶ」だ。イーガンは千ちくわぶ、「木枯し紋次郎」は4万ちくわぶ、とか。

 なんて馬鹿なことを考えたが、そうやって測るためには、ストップウォッチ片手に読まにゃならん。それは面倒くさいぞ。加えて、SFは全般的に査定が緩くなりそうだ。でも、Kindle とかの電子媒体なら、読むのにかかった時間を勝手に測ってくれそうだなあ。いや私は Kindle 持ってないんだけど。

 などと難しい関門は幾つもありそうだが、なんとか「本の読みやすさの尺度」みたいなモンが出来るといいなあ。あなた、どう思います?

 

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