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2020年12月22日 (火)

バラク・クシュナー「ラーメンの歴史学 ホットな国民食からクールな世界食へ」明石書店 幾島幸子訳

今やラーメンは現代日本の食を象徴するものであり、世界の人々が日本の食とは何かを考えるとき、なくてはならないものとなっている。本書は日本におけるラーメンの長い歴史を掘り下げる試みであり、これらの問いについて考える一助となれば幸いである。
  ――日本語版への序

【どんな本?】

 ラーメンが好きだ。基本的な醤油ラーメン、バターが嬉しい塩ラーメン、野菜に合う味噌ラーメン、こってりした豚骨ラーメン。麺もまっすぐだったり縮れてたり、細かったり太かったり。多くの日本人に愛され、行列ができる店も珍しくない。ばかりか、最近は海外でも盛り上がりつつある。日本を代表する料理である。

 と同時に、ラーメンは日本食の異端児だ。たいてい日本の料理は「ごはん」が主役で、それ以外はわき役に過ぎない。だがラーメンはれっきとした食事の主役である。盛り付けや器の美しさを重んじ、あっさりとした味付けの野菜や魚が中心の、いわゆる「和食」とは、まったく反対の性格を持つ。

ラーメンは日本の伝統料理とは異なるものの、どんな西洋料理のカテゴリーにもあてはまらないし、典型的な中国料理でもなく、類別することは不可能だ。
  ――序 麺王国の歴史と現在

 そして、いくつもの伝説に彩られており、その起源は諸説が紛糾し、いまだ決着がついていない。

ラーメンは正確な発祥地がどこかも、ラーメンという名前の由来もはっきりしていない。
  ――第7章 帝国と日本の料理

 そのラーメンは、どのようなルーツを持っているのか。ラーメンが発達する前の日本の食事の事情は、どのようなものだったのか。いかにしてラーメンは生まれたのか。そこには、どんな歴史の変遷と社会の背景があったのか。既存の日本食とは全く異なる風味のラーメンが、なぜ日本人に受け入れられたのか。

 多くの資料と取材を元に、日本の食糧事情と食文化の変転を背景に、ラーメンの誕生と普及と成長を辿りつつ、「日本食」や「郷土料理」の神話を暴く、驚きと香りに満ちた一般向けの風俗史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Slurp! : A Social and Culinary History of Ramen-Japan's Favorite Noodle Soup, by Barak Kushner, 2012。日本語版は2018年6月11日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約349頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント46字×18行×349頁=約288,972字、400字詰め原稿用紙で約723枚。文庫なら厚めの一冊分。

 お堅い印象がある明石書店だが、翻訳書の中ではこなれている部類。内容もテーマが身近なためか、親しみやすくわかりやすい。日本の歴史を平安時代あたりから辿っているが、中学で学んだ歴史をぼんやり覚えている程度で充分についていける。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

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  • 日本語版への序
    地方のブランド化 B級グルメ大国日本/日本とラーメンを輸出する/ラーメンをめぐる果てしない問い?
  • めん食日本地図
  • 序 序 麺王国の歴史と現在 象徴としてのラーメンへ
    ラーメンをめぐる問い/ラーメンは日本料理か?/麺とナショナリズム
  • 第1章 古代中国の食卓から 麺の誕生
    中国における面のルーツ/謎に包まれた古代の食生活/近代以前の麺 中国から日本へ
  • 第2章 宮廷食と庶民食
    神道と食物/僧が持ち帰った食品技術/武士の台頭と食生活の変化
  • 第3章 日本の国際化、外国の食べ物、鎖国
    様変わりする食習慣/長崎に花開いた文化/中国の影響による食文化の変化/江戸で人気を博した蕎麦/麺料理が全国に広がる
  • 第4章 江戸時代の食文化とラーメン伝説
    朱舜水がラーメンのつくり方を教えた?/富と飢餓の混在/食べ物屋がひしめく江戸の街/江戸と肉食
  • 第5章 明治維新 ラーメンへと通じる食の革新
    開港都市/文明開化における食の役割/肉食の流行/軍隊の食事をめぐる論争/文明開化と新しい味覚/長崎ちゃんぽんと南京そば
  • 第6章 外交と接待術
    国民的料理という概念/帝国主義と食/明治期の中国人/加速する食生活の変化
  • 第7章 帝国と日本の料理
    うま味の発見/衛生状態へのこだわり/食品化学の発展/ラーメンの誕生/ラーメン誕生をめぐる複数の説/盛り場とラーメン店の急増/「栄養学」への関心の高まり/大正期の中国料理ブーム、そして戦争へ
  • 第8章 第二次世界大戦中の料理
    飢えた日本と豊かなアメリカ/戦争への道/戦時と国民食/日本兵と食べ物/否定された食糧不足/日本人のアイデンティティと米/飢えと栄養失調/銃後の社会と食べ物/降伏と国民食の崩壊
  • 第9章 食の歴史 戦後のインスタントラーメン
    敗戦と食糧不足/余剰小麦の輸入/新しい食べ物の必要性/インスタントラーメンの誕生と人気/インスタントラーメンはなぜ開発されたか?/インスタントラーメンとラーメンブーム/フードツーリズムとラーメン/ラーメンの海外進出/ラーメンブームは続く/「日本料理」とは?/ラーメンは日本そのもの
  • 第10章 ラーメンに関わる大衆文化
    音を立てて、ズルズル!/落語家とラーメン/熱狂的ラーメンファン/ラーメンミュージアム/ラーメンテーマパーク/漫画とラーメンの歌/寿司とラーメン/ラーメン ニューヨークの精神で/国際的な注目を浴びるラーメン/大衆文化の人気の高まりとともに
  • 結び
    食べ物の持つ負の側面/日本食のラーメンはヘルシー/新たな食の革命/ラーメンの歴史が物語るもの/さぁ、歴史を食べに行こう!
  • 訳者あとがき/参考文献/索引

【感想は?】

 テーマは親しみやすいが、中身は本格的だ。なにせ「麺」のルーツを巡り、古代の中国から話が始まる。

うどんや蕎麦の先駆けとなった麺は、おそらく奈良時代に中国南東部から日本へ渡ったと思われる。この麺料理は「ほうとう」(今日でも山梨県ではほうとう料理を出す店が多くある)と呼ばれ、うどんのように切った平たい麺を熱い汁に入れて食べる。
  ――第1章 古代中国の食卓から

 なんと、日本の麺の源流はほうとうだったのか。でも香川県民は異論がありそうだなあ。それはさておき、同じ麺でも、蕎麦やうどんとラーメンの違いの一つは、麺が黄色いこと。そう、かん水だ。これの歴史も、けっこう古い。

唐から宋への移行期の中国麺にみられたもう一つの大きな特徴は、麺のコシが強くなったことだ。(略)この「中国」方式は、麺の生地にかん水を加えることで、すぐには噛み切れないコシのある麺にするというものだ。
  ――第1章 古代中国の食卓から

 遣隋使・遣唐使でわかるように、日本の文化は中国の影響を強く受けている。麺に加え、かん水も、中国が発祥だった。ただ、「四本足で食べないのはテーブルだけ」とまで言われる中国の食文化に対し、日本の食文化は貧しかった。いや、食文化どころか、日本そのものが貧しかったのだ。

鎌倉時代が始まった12世紀末から16世紀までの日本社会の特徴の一つは死亡率の高さであり、このことは食糧生産率が全般的に低く、食べ物の質も悪かった(略)ことと関わっている。
  ――第2章 宮廷食と庶民食

 平安時代末期に成立した「今昔物語」の中の「わらしべ長者」には、蜜柑が出てくる。当時、蜜柑は贅沢品だった、とあったのは「品種改良の世界史 作物編」だったか「柑橘類の文化誌」だったか。

(日本の)歴史を振り返れば、国民のほとんどが栄養失調だったといえる。栄養バランスのとれた食事ができたのは、ほんのわずかな金持ちだけだった。
  ――結び

 改めて考えれば、国土は山がちで起伏が多く、川の流れもキツくて治水も難しい上に、貿易も難しい島国なんだから、貧しいのも当たり前か。こういう歴史の教科書に出てこない庶民の暮らしぶりが分かるのも、こういう歴史書の楽しみの一つ。

 そんな日本の食糧事情が変わってくるのは、江戸時代から。江戸には独身の労働者が集まった。長屋住まいの独身男は、料理なんぞする暇はない。今でこそ電気炊飯器があるが、当時はかまどで米を炊いていた。そんな手間をかけるより、屋台で食べた方が簡単だ。「ヌードルの文化史」に曰く、「ヌードルは都会っ子」だ。日本の中心として栄えた江戸は、外食産業と麺の発達に格好の環境となる。

ラーメンについて一番重要なのは、それが家庭で作って食べるものではなく、食堂や屋台で食べるか、出前を注文するものだったという点だ。
  ――第7章 帝国と日本の料理

 今でも江戸前の落語家は、高座で鮮やかに蕎麦をすする(真似をする)。どれぐらい江戸の外食産業が栄えていたのか、というと…

17世紀半ばには、江戸には外食する場所が数多くあり、1900年にヨーロッパでミシュランガイドが出版される100年以上前から、市中の料理屋案内が出版されていた。
  ――第3章 日本の国際化、外国の食べ物、鎖国

 たぶん、江戸の街並みが火事に弱く、幕府が自炊を歓迎しなかったのもあるんだろうなあ。機会があったら江戸の水とエネルギーの事情も知りたい。それはさておき、この江戸の豊かな食文化を、参勤交代で江戸を訪ねた武士団が国元に伝える。

江戸での参勤交代の任務を終え、国元へ戻った大名とお供の者たちは、毎度のことながら故郷の貧しさを痛感させられた。江戸で白米の飯に慣れていた彼らは、麦などの雑穀が混じった飯は食えたものではないと不平をもらした。
  ――第4章 江戸時代の食文化とラーメン伝説

 ここでも再び伝統的な日本の食事の貧しさに触れていて、ちと切なくなるが、それはさておき。同じ麺でも、蕎麦やうどんはあっさりした風味だ。そもそも「和食」は野菜や魚が中心だし、冷たいモノが多い。対してラーメンは濃厚な出汁や油が欠かせないし、なにより熱いうちにすするものだ。これは従来の日本の料理とは大きく方向性が違う。これは、どこから来たのか。

日本人の麺好きはすでに社会に根付いていたとはいえ、19世紀末、麺を濃厚な肉のスープに入れて食べるというアイデアを思いついたのは横浜の華僑たちだった。(略)
日本人の外国料理への順応を後押しする大きな力となったのが、徴兵制の開始とともに創設された常備隊だった。
  ――第5章 明治維新

 明治維新で国の体制が大きく変わり、他国と物や人の行き交いが盛んになった。歴史の教科書には西洋人ばかりが出てくるが、最も多いのは中国人だったのだ。この中国人たちが、コッテリした中国の食文化を日本に持ち込む。ただし、当時の日本は中国を「遅れた国」と見なしていて、特に上流階級ほど、その意識は強かった。これは食に関しても同じで…

明治時代全体を通じて宮中で中国料理が出されたことがただの一度もなかった
  ――第7章 帝国と日本の料理

 それまで藩ごとが国だった体制から中央集権国家に生まれ変わるために、明治政府は国民にも「日本人」としての意識を持たせたかった。これは食に関しても同じで、他国と差別化し、日本は独特の食文化を持っている、とする「神話」が必要だった。

最もよく使われる「和食」は、伝統的なあっさりした味付けの料理を意味するが、これは西洋食を意味する「洋食」(日本ではアジアを発祥とする料理以外はすべてこう呼ばれる)の対語として生まれた可能性が――確実ではないが――高い。
  ――第6章 外交と接待術

 ここでも「とんかつの誕生」や「カレーライスの誕生」と同じく、全国各地から人を集める軍が、日本人の食生活の変化に大きな役割を担っているのが興味深い。出身地ごとに食生活がバラバラだった兵たちが不公平感を抱かないよう、みんなが不慣れなメニューを出したのだ。それでも、今まで雑穀ばかりだった小作人の倅たちは、白米を喜んだらしい。

たしかに米は、概念としての(実際は別にしても)日本の食べ物の中心をなしているが、それは最近の現象だということを忘れてはならない。
  ――第9章 食の歴史

 軍が食文化に与えた影響は大きいらしく、軍関係じゃ他にも意外なの挿話が多い。例えば旅順攻略では…

…川島四郎は、ロシア艦隊が旅順で乃木将軍に降伏したのは適切な栄養を摂取する重要性を知らなかったからだと指摘している。(略)多くのロシア兵がビタミンCの欠乏による壊血病にかかった。(略)皮肉なことに、ロシア軍は倉庫に大豆を大量に保管していたが、それを発芽させた「豆もやし」にはビタミンCをはじめとする貴重な栄養価が含まれていることを知らなかった。
  ――第6章 外交と接待術

 ナポレオンの瓶詰もそうだが、軍にとって食料は大問題なんだなあ。米陸軍も研究熱心だし(「戦争がつくった現代の食卓」)。まったく関係ないが、飛行機乗りには別の苦労もあって…

戦前および戦中の戦闘機は気密性が確保されておらず、(略)急上昇すると、機内の気圧は地上の1/4程度に下がってしまう。上空で気圧が下がると腹中のガスが膨張し、膀胱の中でも同じことが起こる。膀胱中の空気が膨張すると、小便が押し出されてしまうのだ。
  ――第8章 第二次世界大戦中の料理

 まあいい。終盤では、インスタントラーメンやカップラーメンの開発と普及にも触れている。中でもカップラーメンの開発にまつわるネタが面白い。海外進出を目論んだものの、なかなかうまくいかない。なぜって…

アメリカの一般家庭には、浅いスープ皿はあっても、ご飯や汁ソバを入れられる日本のどんぶりのような形の器はない。(略)これがやがて、発泡スチロールのカップの開発につながる。
  ――第9章 食の歴史

 「そこからかい!」と突っ込みたくもなるが、箸を使うのは東アジア・東南アジアだけだしねえ。さて、日本の食文化の海外進出だと、寿司が一歩先を行っているし、政府が力を入れているのも「和食」だ。しかし、庶民にとっては、ラーメンこそが身近だし、カレーライスと並んでラーメンこそが日本の食卓の代表だろう。

基本的にラーメンを楽しむのに専門的な知識はいらない。ラーメンは平均的な日本人のための平均的な料理なのだ。
  ――第10章 ラーメンに関わる大衆文化

 にも関わらず、なぜラーメンはチヤホヤされないのか。著者の見解は身も蓋もないもので、寿司に比べハイソじゃないし安いから、だそうだ。もっとも、新興宗教の聖典にも出てくる程度には、人々に馴染んでるっぽいけど。なにせ今やインスタントラーメンの消費数で、日本は第三位だ。トップは中国で420億食、ついでインドネシアが140憶食、日本は50憶食強(2010年現在)。産地だって…

アジアの工場の実に半数が、日本向けの食品工場であり、アジアの資源の多くは日本人の胃袋に入り、それらの資源は今や枯渇しつつある。
  ――結び

 実は戦前・戦中の大日本帝国も食料自給率は5割を切っていて、こんな風に東アジア・東南アジアから食料を輸入するのも、意外な形で大東亜亞共栄圏が復活しつつあるように思えたり。

 テーマは親しみやすく、語り口も柔らかい。が、10章中の5章までを、ラーメン誕生前の日本の食生活の歴史に充てるなど、その姿勢は日本の食文化の根本から辿る本格的なものだ。歴史の教科書には出てこない庶民の暮らしぶりがわかるのも嬉しい。もっとも、幾つかの和食にまつわる神話を打ち砕いたり、太平洋戦争前後の軍と政府の無責任と無策を追求するあたりは、不愉快に感じる人もいるだろう。それでも、幻想でも創作でもない本当の日本人の姿を知るためには、格好の本だ。

 ただし、ダイエット中の人は、夕食後に読まない方がいい。それは覚悟しておこう。

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2020年11月26日 (木)

ロバート・P・クリース「世界でもっとも正確な長さと重さの物語 単位が引き起こすパラダイムシフト」日経BP社 吉田三知世訳

メートル法が世間の注目を浴びる数少ない話題の一つがスポーツだった。
  ――第7章 メートル好きとメートル嫌い

マルセル・デュシャン「絵画は終わった。あのプロペラを超えるものを誰が作れるというのだ?」
  ――第8章 ご冗談でしょう、デュシャンさん!

チャールズ・サンダース・パース「計測の問題に取り組む際、物理学者たちは、絶対の真実に到達できることなどほとんどあり得ないと心得ており、したがって、ある命題が真か偽かではなく、その誤差はどのくらいの大きさかを問いかけるのである」
  ――第9章 究極の単位という夢

ウィリアム・トムソン(ケルビン卿)「自分が話題にしているものを、測定することができるなら、あなたはそれについて何がしかのことを理解している。しかし、それを測定できず、数値で表現できないなら、あなたの知識は貧弱で不十分なものでしかない」
  ――第9章 究極の単位という夢

ヘンリー・ドレフュス「最も効率的な機械とは、人間を中心に作られたものだ」
  ――第11章 今日の計測を巡る状況

【どんな本?】

 世の中には様々な単位がある。食パンは斤、お米や日本酒は号、土地や建物は坪、海の距離は海里。中には「東京ドームn個分」とかもあれば、出版・印刷業界特有のポイントなんてのもある。一般に1ポイント≒0.353mmと中途半端な印象を受ける単位だが、日本の出版・印刷業界には級という単位もあって、こちらはピッタリ0.25mm=1/4mmだ。

 中途半端な単位とピッタリの単位の違いは何か。

 SI=国際単位系(→Wikipedia)に基づいているか否かだ。

 長さ・重さ・時間などについて、人は地域や目的によって色々な単位を使い分けてきた。人の背丈は尺と寸またはフィートとインチで表すが、土地の距離は里やヤードで表す。同じ里でも日本は約4kmだが中国では約500mだ。

 村で自給自足しているならともかく、他の地域や国と売り買いする際、単位の乱立や不統一は問題を引き起こす。土地の売り買いで日本の里と中国の里を取り違えたら、大きなトラブルになる。どころか東京ロサンゼルス間の旅客機の燃料補給でキログラムとポンドを間違えたら…

 これらの問題を解決するため、SIが登場した。

 SI登場前、ヒトはどんな単位を使い、どのように取引していたのか。SIはどう決まり、どう普及してきたのか、または普及を阻まれてきたのか。そしてSIはどう変わってきたのか。現在のSIの奇妙な定義、例えばメートルを「真空中の光の速さ c を単位ms−1 で表したときに、その数値を 299792458」とする定義の由来は何か。

 世の中の様々な単位の由来や使われ方、そしてSIに統一されてゆく歴史を辿る、一般向けの科学と歴史の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は World in the Balance : The Historic Quest for an Absolute System of Measurement, by Robert P. Crease, 2011。日本語版は2014年11月25日1版1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約382頁に加え、訳者あとがき7頁。9.5ポイント44字×17行×382頁=約285,736字、400字詰め原稿用紙で約715枚。文庫ならやや厚め。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えばフランス革命前後のフランスが大きな焦点となるので、その辺の歴史に詳しいとより楽しめるだろう。

【構成は?】

 だいたい時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

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  • はじめに 正午の号砲
  • 第1章 ウィトルウィウス的人体図
  • 第2章 古代中国 尺と律管
  • 第3章 西アフリカ 金の錘
  • 第4章 フランス 「生活と労働の現実」
  • 第5章 阻まれる普遍化への歩み
  • 第6章 現代文明の最大の勝利
  • 第7章 メートル好きとメートル嫌い
  • 第8章 ご冗談でしょう、デュシャンさん!
  • 第9章 究極の単位という夢
  • 第10章 普遍的な度量衡体系 SI
  • 第11章 今日の計測を巡る状況
  • 第12章 さらば、キログラム
  • エピローグ
  • 謝辞/訳者あとがき/図のクレジット/原注/索引

【感想は?】

 単位とは言語に似ている。ほっとくと勝手に変化・増殖するのだ。

国家が政治的に強固で統一されているときには、国家は単位を統一し単純化する傾向がある。一方、国家が衰弱し、分裂しているときには、単位が多様化しがちだ。
  ――第4章 フランス 「生活と労働の現実」

 なぜか。単位は使うためにある。いわば道具だ。道具は使いやすい方がいい。まずは手近なモノで測れること。首都にしかモノサシがなければ、辺境の村では長さが測れない。それより自分の手足で測れた方がいい。そこで手足の長さを基準としたフィートや尺が登場する。

人間の体は、人間が最初に使った、最古の測定器であった。
  ――第1章 ウィトルウィウス的人体図

 そして目的に沿っていること。魏志倭人伝には「水行十日・陸行一月」なんて記述がある。長さで表すより、旅に必要な日程で表す方が、当時の地理情報としては役に立ったのだろう。本書にも「農夫や牛が一日で耕せる土地の広さ」や「一度に洗える牡蠣の量」や「一頭の乳牛から一度の搾乳で得られるミルクの量」などが出てくる。確かに実用的だ。

 実用的ではあるんだが、他の地域と取引したり、税金を取り立てようとすると、これじゃ困る。専門性と汎用性のジレンマだね。小権力の乱立状態だと地域の専門性が優先されるんだが、強力な中央集権型になると汎用性が重んじられるのだ。

始皇帝が皇帝として行った最初の政策は、国内の度量衡を統一するという詔勅を出したことであった。
  ――第2章 古代中国 尺と律

 ここでは音楽が大きな役割を担っているのが面白かった。笛の音程は笛の長さや穴の位置で決まる。合奏するには音程を合わせにゃならん。それはすなわち笛の長さや穴の位置を規格化する事で…と、音楽と数学と物理学の関係の深さが意外な所で明らかになるのだ。

 残念ながら中国の王朝は国際貿易に不熱心だったが、ヨーロッパは多くの国が乱立していて、かつ貿易も活発だ。そこに産業革命である。工業化で大量生産するには部品などを規格化したいが、単位がバラバラじゃ困る。とはいえ現在の米国がいまだヤード・ポンド法にしがみついているように、どの国や地域も既存の単位系を手放そうとはしない。

 ここで既存の権力構造をひっくりかえすフランス革命が起きたのは、人類の幸運だろう。思想的に過激だっただけに、度量衡も人類史上で過激な発想で決まる。

この度量衡体系(メートル法)の最も大きく目立つ特徴は、自然界に存在する基準に体系全体を結びつけようとしていたこと、もう一つ、体系の監督が、政府の役人ではなく科学者によって行われるようにしようとしていたことだった。
  ――第5章 阻まれる普遍化への歩み

 例えば「長さの単位メートルは子午線の長さの1/一千万」とか。ところが地球は正確な球じゃないのが判ったりして、この発想は没になる。ならメートル原器を基準にすりゃいいじゃん。

この条約(1875年5月20日のメートル条約)の条項には、自然に基づく計測基準という考え方はもはやなかった。人工物を基準とした度量衡体系でうまくいくはずだという考え方に移行したのである。
  ――第6章 現代文明の最大の勝利

 こうなると、もうどっちが元だかわかんないんだが、今さらメートルの長さを変えるわけにもいかないし。

ジェームズ・クラーク・マクスウェル「メートルは、新たに測定しなおされ、より正確になった地球の値に合わせて修正されてはいない。逆に子午線弧の長さのほうが、古いメートルの値に基づいて計算されている」
  ――第9章 究極の単位という夢

 そのメートル原器も知らん間にダイエットしちゃったりしてるから困るw そこで異星でも通用する定義にしようという理想論と、現実に現在の人類の技術で測れる程度の精度でないと使えないとする実用論、そして精密工業が求める精度などのバランスで、現在のSIが定義されてゆくあたりは、科学読み物としてなかなかの迫力。

 こういったSIの普及に、第二次世界大戦以降の世界史が大きく寄与しているのも興味深いところ。

アフリカの大部分が1960年代初期にメートル法を採用する。新たに独立を遂げつつあったアフリカ諸国は、植民地主義から解放され国際社会の一員となるための前提条件としてメートル法を素直に受け入れた。
  ――第10章 普遍的な度量衡体系 SI

 旧宗主国のしがらみに捕らわれたヤード・ポンド法より、SIの方が「国際社会の一員」っぽいし、権力基盤がシッカリしてるように見えるし。

 などの歴史編に対し、やたら精密になりすぎた現代を語る終盤では、売れっ子下着モデルのリタ・マツェラがとってもカッコいい。ワコールなど一流ブランドから引っ張りだこの彼女、ウリは美貌でもスタイルでもない。

 ブラジャーは規格化が極めて難しいのだ。サイズにしたって、測るべき所が沢山ある。そもそも形が千差万別な上に、姿勢や動きも人によりけり、上にはおるドレスも肩を出すか否かで違うし、盛りたいのか抑えたいのかも大事。だからメーカーは色々と工夫し、リタに試着を頼む。そしてリタは…

リタ・マツェラ「デザイナーに何を言ってあげればいいか、わたしにはわかっています」
  ――第11章 今日の計測を巡る状況

 以前の製品とどう違うか、どんな不具合があるか。それを正確に、わかりやすく、デザイナーに伝える。それがリタのウリなのだ。ある意味、伝説のテスト・パイロットであるチャック・イエーガーと似た素質と言えるだろう。鋭い感覚に加え、長い経歴で培った商品知識と、それを巧みに言葉にする表現力。リタが売れっ子たる所以は、そこにあるし、そこがカッコいい。

 SIは国際的で汎用的だが、用途によっては別の単位の方が便利だ。サッカーのフィールドの大きさはメートル法で定義されているが、アメリカン・フットボールはヤードだ。これは国際スポーツのサッカーと、米独自のアメフトの違いだろう。それぞれの単位から、歴史を探るのも面白そうだし、仕事に役立つ自分なりの単位を作るのも便利かもしれない。そんな妄想が広がる本だった。

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【終わりに】

 などとSIを持ち上げている本なのに、なぜか文字サイズはポイントだったり。出版・印刷業界も、こういう所は保守的だよね。とか言ってる私も文字サイズはポイントで表してるんだが、そこはゴニョゴニョ…

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2020年10月27日 (火)

アルベルト・マングェル「読書の歴史 あるいは読者の歴史」柏書房 原田範行訳

解釈やら評釈、注解、注釈、連想、否定、象徴的あるいは寓意的な意味などは、テクストそのものから生まれるのではなく、読者の心の中から生まれてくるものなのである。
  ――読書すること 3 記憶の書

どうして本は日用品と同じように扱ってはだめなの?
  ――読書すること 8 書物の形態

フランシス・ベイコン「書物の中には、その味わいを楽しめるものもあれば、一気に飲みこんでしまうべきものもある。数は少ないが、よく噛んで消化しなければならないものもある。」
  ――読書すること 10 読書の隠喩

バビロンの不思議な魅力は、そこを訪れる者が、一つの都を見るのではなく、いくつもの時代にまたがるさまざまな都の移り変わりを、同時に一つの空間の中に見ることができるということにある。
  ――読者の力 1 起源

全人類の1/6は近視だという。読書隙の中では、この比率はもっと高く24%近くにもなるという。
  ――読者の力 10 書物馬鹿

【どんな本?】

 文字の発明は、時間と空間を超えた情報の伝達を可能とした。これは同時に、二種類の人間を生み出す。著者と読者である。

 古来より、著者について書かれた本は多いが、読み手については、ほとんど無視されてきた。それでも、シュメールの粘土板から現代のペンギン・ブックスまで、人々は書物を読み続けている。

 陽光さす庭で、賓客が集まる応接間で、薄暗い書斎で、心地よい寝室で。見栄をはるために、知識を得るために、楽しむために、暇をつぶすために。著者の心に触れようとして、物語に浸ろうとして、都合の良い文章を探して。買った本を、借りた本を、盗んだ本を、そして自ら著した本を。

 人々は、いつ、どこで、どのように、何のために、どんな本を読んできたのか。本好きの、本好きによる、本好きのための読書の本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A History of Reading, by Alberto Manguel, 1996。日本語版は1999年9月30日第1刷発行。私が読んだのは2000年1月25日発行の第2刷。単行本ソフトカバー縦二段組み本文約340頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント27字×22行×2段×340頁=約403,920字、400字詰め原稿用紙で約1,010枚。文庫なら上下巻ぐらいの大容量。

 文章はやや硬い。内容は特に難しくない。ただ、出てくる書物の多くは西洋の古典なので、そちらに詳しい人ほど楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • 謝辞
  • 読書の意味 訳者はしがきに代えて
  •  最後のぺージ
  • 読書すること
  • 1 陰影を読む
  • 2 黙読する人々
  • 3 記憶の書
  • 4 文字を読む術
  • 5 失われた第一ページ
  • 6 絵を読む
  • 7 読み聞かせ
  • 8 書物の形態
  • 9 一人で本を読むこと
  • 10 読書の隠喩
  • 読者の力
  • 1 起源
  • 2 宇宙を創る人々
  • 3 未来を読む
  • 4 象徴的な読者
  • 5 壁に囲まれた読書
  • 6 書物泥棒
  • 7 朗読者としての作者
  • 8 読者としての翻訳者
  • 9 禁じられた読書
  • 10 書物馬鹿
  •  見返しのページ
  • 訳者あとがき
  • 原註/図版一覧/索引

【感想は?】

 考えてみれば、文字の発明とは不思議なものだ。

 書き手だけでは、文字は意味を成さない。読み手が必要なのだ。現代の私たちは、書く前にまず読むことを覚える。

読むことは書くことに先んじている
  ――最後のぺージ

 では、私たちは、どうやって読み方を身に着けたんだろう? 多くの場合、絵本などを読み聞かせてもらい、読み方を覚える。文章とは、声に出して読むものなのだ。歴史的にも、黙って読むのは珍しい能力だったらしい。

シュメール人による初期の銘板以来、書き言葉は、もともと朗読されるのを意図して記されたものであった。
  ――読書すること 2 黙読する人々

 当たり前だが、声に出して読むと、他の者にも聞こえる。むしろ、聞かせることを目的とした朗読もあった。

中世もかなり時代を下るまで、文筆家は、自分が文章を書いている時にそれを声に出しているのと同じく、読者も、たんにテクストを見るのではなく、それを聞くものだと考えていた。
もっとも、文字を読める人が少なかったため、文字を読める人物が他の人々に読み聞かせるという方法が一般的であった。
  ――読書すること 2 黙読する人々

 そう、朗読は立派な芸だ。今だって音声ブックがあるし、NHKラジオには朗読番組がある。同じ文章でも、読み手によって本の印象は大きく変わる。「読者の力 7 朗読者としての作者」では、朗読の芸を磨いたチャールズ・ディケンズの逸話が楽しい。当然、読むのは自らの作品だ。最初の朗読旅行では40以上もの町で80回以上の朗読会って、まるきし新曲をひっさげライブ・ツアーに出るミュージシャンだ。

 幼い頃に親しんだ童謡も、大人になれば単調に感じる。子供の頃は絵本で満足できても、生意気盛りな年になれば文庫を読み始める。同じ本も、読者の成長や変化によって、読み取るものは変わってくる。

我々は同じ書物、同じページに戻ることは決してありえない。なぜなら、(略)我々自身も変わり、また書物も変化していくからである。
  ――読書すること 3 記憶の書

 同じ読者ですら違うのなら、別の者が読めばさらに違った読み方になるのも仕方がない。

解釈はそれを生み出すテクストの数をはるかに上回る…
  ――読書すること 5 失われた第一ページ

 この章では、カフカの「変身」の解釈の違いが面白い。私はドタバタ・ギャグだと思うんだが、「宗教的倫理的な寓話」「デカダン的な傾向を持つブルジョワの典型的な作品」「青年期の不安を示すアレゴリー」と、受け取り方が人によりまったく違う。あなた、どう読みました?

 そんな風に、「どう読むか」は読み手に任されている。この自由を、困った形で使った者たちを語るのが、「読者の力 3 未来を読む」。

テクストの意味は読者の能力と願望によって拡充される
  ――読者の力 3 未来を読む

 ここで主に取り上げているのが、紀元前70年生まれの詩人ウェルギリウス(→Wikipedia)。彼の作品は予言書みたく扱われていたらしい。今のノストラダムスみたいな扱いだね。ローマをキリスト教化したコンスタンティヌス大帝(→Wikipedia)は、ウェルギリウスからキリスト教の教義を読み取った。いや無茶やろ、と思うんだが、現代のノストラダムス信者も似たようなモンだよなあ。

 もっとも、そういう読み方は、必ずしもマズいワケじゃない。本が増えるに従い、何らかの分類・整理が必要になる。図書館のように膨大な書物を集めるとなれば、なおさらだ。そこで目録を作り分類するんだが…

どんな種類の分類がなされたところで、そうした分類は読書の自由を抑圧することになる。だから、好奇心旺盛で、注意深くある読者ならば、決定づけられてしまった範疇から書物を救い出さなければならないのである。
  ――読者の力 2 宇宙を創る人々

 抑圧というと悪意でやってるようだが、もちろん違う。一冊の本は様々な内容を含んでいて、単純な分類じゃ、どうしても抜け落ちてしまう部分があるのだ。例えば「πの歴史」は、数学の本であると同時に歴史の本でもある。では、どちらに分類すべきだろうか?

 だもんで、読者は野次馬根性を発揮して、自ら本を発掘すべきなのである。そうやって私は社会学の棚から「統計という名のウソ」を救い出したのだ。えっへん。

 この章では、完結明瞭な文章を良しとするカリマコス(→Wikipedia)と、長大な美文を愛するアポロニウス(→Wikipedia)の対立が楽しい。何せこの対立、今も続いてるし。SF作家だと、カリマコス派はフレドリック・ブラウンで、アポロニウス派はレイ・ブラッドベリかな? 私はややカリマコス派だなあ。

 そんな昔から現代へと続く「読書あるある」の中でも、日本人として楽しいのが「読者の力 5 壁に囲まれた読書」。ここでは平安文学、それも源氏物語と枕草子が中心となる。

ある種の書物が、特定の読者のみに向けて書かれたものであるという考え方は、それこそ文学そのものと同じくらい昔からある。
  ――読者の力 5 壁に囲まれた読書

 いずれも書き手の退屈をまぎらわすための著作であると同時に、同じ環境の女官たちに向けて書かれた作品でもあった。特に「蜻蛉日記」にある「退屈な生活を日記という形式で書いてみたら、何か面白いものができるのではないか」って、これモロにブログじゃね?

 この章では男女の問題も扱ってて、「女は男向けの本を読んでも変に思われないのに、男が女向けの本を読むと変態扱いされるのは納得いかん」とムクれてて、全くもって同感です。書店も女流作家って棚はやめてほしい。オッサンが上田早由里や菅浩江や森深紅を買いにくいじゃないか。

 と、読書には人目を気にするって性質もある。

(書物は)そもそもただ所有しているだけでも社会的な地位、ある種の知的な豊かさを示唆するものとなる。
  ――読者の力 4 象徴的な読者

 そして、実際に、「読む能力」は、社会的な権力を手に入れる能力でもあるのだ。だから…

何世紀もの間、独裁者がよく心得ていたように、文字を読めない群集はきわめて容易に支配することができる。
  ――読者の力 9 禁じられた読書

 これは独裁者だけじゃない。社会全体が抑圧に加担した時には…

アメリカ南部では、仲間に綴りを教えようとした奴隷が、農園の所有者によって縛り首にされることさえ一般的であったという。
  ――読者の力 9 禁じられた読書

 こういう歴史的な事柄を考えると、好き放題に本が読める現代の私たちは、とても贅沢な環境にいるんだなあ、としみじみ感じるのだ。ところで私は眼鏡っ娘が大好きなのだが、このアイコンはけっこう由緒正しいシロモノらしい。

14世紀以降、眼鏡は、人物の勤勉で賢い性質を表すものとして多くの絵画に描かれるようになっていく。
  ――読者の力 10 書物馬鹿

 などと、本読みたちの間で話題になるネタが実は昔からある古典的な話題だったり、逆に「これは俺の大発見!」だと思っていたのが大昔から知られてた事だったり、もちろん「え、そうだったの?」な逸話もあって、本好きには楽しい本だった。

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2020年10月12日 (月)

ハワード・グッドール「音楽史を変えた五つの発明」白水社 松村哲哉訳

私は音楽が人間の心に訴えかける力の大きさをしっかりと見極めてみたくなった。それを実際に試みたのが本書である。
  ――はしがき

夢と同じように、耳にした音を紙に書き留めはじめたとたん、それは自分の頭の中で鳴っていた音楽ではなくなり、新しい音楽となって目の前に現れる。
  ――間奏曲 作曲するということ

ヨーロッパ音楽のよりどころとなっているのは、西のグレゴリオ聖歌と東のビザンチン聖歌だが、そのルーツをたどると、どちらもユダヤの宗教音楽に行きつく。
  ――間奏曲 選ばれた人々

【どんな本?】

 現代の音楽は、幾つもの文化から様々な要素を取り入れている。中でも、最も影響が大きいのは、まちがいなく西洋の音楽だ。その西洋の音楽も、元は比較的に単純なグレゴリオ聖歌だった。それから幾つもの穏やかな変化や急激な革命を経て、現代の音楽へと至ったのである。

 本書では、敢えて穏やかな変化を扱わず、急速な進化を可能とした革命的な出来事を、五つに絞って紹介する。グイード・ダレッツォの記譜法、クラアウディオ・モンテヴェルディのオペラ、ヘンリー・モーズリーの金属旋盤が可能とした平均律、バルトロメーオ・クリストフォリ(→Wikipedia)のピアノ、そしてトーマス・アルヴァ・エジソンの蓄音機だ。

 音楽の発展を促したものや音楽そのものを変えたものもあれば、社会における音楽の地位を変えたものや音楽と人との関わり方を変えたものもある。音楽が現代のような形になるまで辿った道のりを、五つの曲がり角で分かりやすく示す、音楽ファンのための少し変わった歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Big Bangs : The Story of Five Discoveries that Changed Musical History, by Howard Goodall, 2000。日本語版は2011年3月10日発行。単行本ハードカバーー縦一段組み本文約254頁に加え、訳者あとがき7頁。9.5ポイント45字×20行×254頁=約228,600字、400字詰め原稿用紙で約572枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。全般的に内容もわかりやすいが、平均律を扱う「3 偶然の産物」だけは少し数学(というより算数)が必要になる。また、音楽の本に漏れず、Youtube などで音源を漁ると、聴き惚れてしまいなかなか読み進められないw

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

クリックで詳細表示
  • はしがき
  • 序曲
  • 1 細く赤い線 グイード・ダレッツォと記譜法の発明
  • 間奏曲 ヴァチカンの秘密
  • 2 革命を引き起こした音楽 オペラの発明
  • 間奏曲 作曲するということ
  • 3 偶然の産物 平均律の発明
  • 4 音量を調整できる鍵盤楽器 バルトロメーオ・クリストフォリとピアノの発明
  • 間奏曲 選ばれた人々
  • 5 メリーさんの羊 トーマス・エジソンと録音技術の発明
  • 終曲 すべては変わらねばならない
  • 謝辞と参考文献/訳者あとがき/索引

【感想は?】

 どのように音楽が進化してきたか。

 それを紐解くには、まず原点を聴いてもらうのが早い。本書はグレゴリオ聖歌を原点としている。こんな感じだ:誠実な十字架(→Youtube)。

 「癒し」なんてキーワードがついている。この理由は澄んだ男声でリズムがゆったりしてるのもあるが、メロディーは単調で起伏が少なく、またコーラスとソロの違いはあっても和音や変調やシンコベーションがなく、刺激に乏しいのも大きい。つまり美しくはあっても単純で、どうにも眠くなる音楽なのだ。

 西欧にキリスト教が根付き聖歌も増えた。七世紀の時点で聖歌は「休みなく演奏しても八時間はかかる」ほどになった。これを聖歌隊に全部覚えさせなきゃいけない。しかも、口移しで。無茶である。この無茶な仕事を仰せつかったグイード・ダレッツォ(→Wikipedia)は考えた。「音楽を読み書き出来たら楽だよね」。そして音の高さと長さを記す手段を生み出す。

史上初めて、人類は音楽を「読む」ことが可能になった。
  ――1 細く赤い線

 これは数学におけるアラビア文字を超え、文学における文字にあたる大発明だろう。彼の譜面は現在の五線譜に比べると単純なものだが、音楽を理屈で考えることを可能にした。それはやがてハーモニーやコードや対位法など、より複雑な技法を生みだしてゆく。西洋音楽が他の音楽と決定的に異なるのが、この点だ。なお彼の遺産は「ドレミファソラシド」として今も残っている。

抜け目のないグイードは、この聖歌(聖ヨハネ賛歌、→Youtube)の各フレーズが最も基本的な旋法の六つの音から始まっていることに気づき、フレーズの最初の音を取って独自の「ウトレミファ音階」による記憶法をつくりあげた。
  ――1 細く赤い線

 おかげでバチカンは秘宝のミゼレーレ(→Youtube)を天才に盗まれたりするんだがw

 次の「2 革命を引き起こした音楽」では、オペラの歴史を辿りつつ、音楽と社会風刺の関係を辿る。最近じゃ社会風刺や時事問題はロックやヒップホップなどポピュラー音楽の専売特許みたいだけど、そのルーツはオペラだし、時として実際に社会も動かしたんだぞ、という話。

オペラの製作者たちは、芝居や朗読よりも歌のほうがはるかに自由な表現が許されるという皮肉な事実に最初から気づいていた。
  ――2 革命を引き起こした音楽

 だからテイラー・スウィフトがBLMを支持するのは、まさしく音楽の伝統に沿った行いなのだ。いや Love Stoory と White Horse しか知らないけど。ファンの人、ごめんなさい。

 続く「3 偶然の産物」では、平均律を扱う。これぞ現代のポップ・ミュージックがガッチリと捉えている枠組みで、エレクトリック・ギターやシンセサイザーは、構造上の問題で平均律から逃れようがない。いやフレットレス・ギターなら話は別だけど。

西洋音楽の楽譜に記されている音符は、実質的にそのほぼすべてが、この平均律といわれる調律システムに基づいて体系化されている。
  ――3 偶然の産物

 つまりはドとレ、レとミ、ミとファ…と、音は次第に高くなる。それぞれの高さを、どういう間隔で分けるか、という話。ギターのフレットは平均律に基づいて区切ってるんで、もう逃げようがない。が、平均律以外だと、調が変わるたびにチューニングしなおさなきゃいけない。まあギターなら曲の途中で持ち替えるって荒業もあるけど。

 いずれにせよ、平均律を現実的にしたのが技術者のヘンリー・モーズリー(→Wikipedia)ってのが面白い。彼の金属旋盤が精密な加工を可能にし、正確なピアノを作れるようになったのだ。先端テクノロジーが音楽を変えた一例だね。

 そのピアノを扱うのが「4 音量を調整できる鍵盤楽器」。ピアノの何が凄いって、音量を調整できるのが凄い。これはピアノより、その先祖のチェンバロ(=ハープシコード)を聴いてもらうのが早い。曲はヘンデルの「調子の良い鍛冶屋(→Youtube)」。確かに上品な音ではあるんだが、弦をはじいて音を出してるんで、強弱をつけられない。

1700年前後にピアノが発明されたことは、西洋音楽の歴史において最も印象的な事件の一つと言って過言ではないだろう。
  ――4 音量を調整できる鍵盤楽器

 ピアノのメカニズムや演奏技術は「ピアノの歴史」が詳しいんだが、本書はピアノが作曲家や生演奏に与えた影響を取り上げている。曰く「ジャズの登場を告げたのはピアノだった」。強弱がつけられるので、強烈なリズムも叩き出せるのだ。確かにチェンバロじゃジャズの弾き語りは無理だよなあ。

 そして最後はヒトと音楽の関わり方を決定的に変えた録音技術を扱う「5 メリーさんの羊」。なんたって…

音楽が歴史上これほど急速に多数の聴き手を獲得した時期は他にない。
  ――5 メリーさんの羊

 音楽が現在のように巨大なカネが動く産業になったのも、録音技術があればこそ。この記事だって、録音技術がなきゃ書けなかったし。私が音楽を好きになったのも、録音技術があればこそ。もっとも、当初エジソンは「それを音楽に利用する気がまったくなかった」のは意外。

 いずれにせよ、音楽を記録するって点ではグイード・ダレッツォの記譜法以来の大転換だ。お陰でカルロス・サンタナみたく楽譜が読めない音楽家まで現れた。ここでは太平洋戦争での大日本帝国のフィリピン占領とLPレコード誕生の逸話が面白い。また、音楽の流行の傾向も変わり…

ロック音楽が常に新しいアーティストと曲を求めたのに対し、クラシック音楽は歴史をどんどんさかのぼることで、レパートリーをふやしていった
  ――5 メリーさんの羊

 そう、今のクラシック・ファンの多くは古典を求めていて、あまし新曲はウケないのだ。もっとも流行音楽も…

1960年から2000年にかけて書かれたポピュラーソングのメロディーとハーモニーを、モーツァルトかシューベルトの声楽曲と照らし合わせてみれば、この二人の作曲家を驚かすような和音やフレーズなどひとつも見あたらないことがわかるだろう。
  ――終曲

 と、音色はシンセサイザー、奏法じゃエレクトリック・ギターのタッピングなど、新しいモノを取り入れちゃいるけど、肝心の楽曲は平均律に縛られ作曲技法もビートルズの焼き直しばっかりだったりと、グチこぼしてる。この辺は平均律からズレてると思うんだけど、どうかな(3 Mustaphas 3 - Bukë E Kripë Në Vatër Tonë,→Youtube)。

 全般的に「音楽の進化史」のコンパクト版みたいな印象はあるが、それだけ手軽に音楽の歴史を辿れるのはありがたい。というか、何はともあれ、音楽の本ってだけで私には嬉しいのだ。

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【今日の一曲】

SKY - Dance of the Little Fairies

 クラシックとポップ・ミュージックの交流と聞いて私が真っ先に思い浮かぶのが SKY。クラシック・ギター奏者ジョン・ウィリアムス(映画音楽の人とは別人)がロック・ミュージシャンと組んだ異色バンド。当時はプログレとかフュージョンとか言われてマニアックな印象があるけど、こんな風に聴きやすくて可愛らしい小曲もやってます。かといって軽く見てると、実は五拍子だったりするから侮れないw

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2020年9月24日 (木)

ヘンリー・ペトロスキー「本棚の歴史」白水社 池田栄一訳

科学技術とはかように、なくなったときに最もその存在が意識されるのだ。
  ――第1章 本棚の本

沈み込む度合いは、棚の長さの四乗に比例する
  ――第5章 書棚

ウィリアム・ユーアード・グラッドストン「(本が)満ちあふれた部屋で、孤独を感じた人間はいないし、孤独を感じるはずがない」
  ――第10章 可動書架

【どんな本?】

「あなたの本棚はどんなの?」と訊ねられて、あなたはどう答えるだろう?

「ハヤカワの青背が三段ほど」「NutShellはやたらデカくて重くて」「東洋文庫にはいささか自信が」…

 などの答えが返ってくるだろう。

「黒のスチール製で高さは180cm幅は120cm…」

 などと返したら「そっちかい!」とハリセンを食らいかねない。

 だが、この本は、まさしくそういう本だ。

 たかが本棚、されど本棚。本棚には幾つかの役割がある。本を収容し、保存し、お目当ての本を探しやすく、または綺麗に並べる。その本も、媒体はパピルス・羊皮紙・パルプと変転し、形も巻物・コデックス・ハードカバーとと変わり、製作技術も写本・活字印刷・電子書籍と進むと共に、経済的な価値も大きく変わった。そして、本を読む環境も。当然、その容れものである本棚や図書館も、本と読書環境に伴い形を変えてきた。

 古代の巻物から電子書籍まで、本を収納する本棚の変遷をたどり、時代とともに変わる道具の役割と形と使い方を描くとともに、古今東西を通して変わらぬ読書中毒者たちの「あるある」を満載した、本好きのためのちょっと変わった技術史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Book on the Bookshelf, by Henry Petroski, 1999。日本語版は2004年2月10日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約263頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント46字×19行×263頁=約229,862字、400字詰め原稿用紙で約575枚。文庫なら並の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もやさしい。ただ、所々にモノの形を説明する部分があって、ソコは丁寧に読む必要がある。あと、「前小口」など本の部分の名前がよく出てくるので、予め調べておこう。株式会社イシダ印刷の「花ぎれ、小口とは? ~本の各部、13の名称~」がわかりやすい。

【構成は?】

 だいたい昔→今と時代を辿ってゆく。が、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 第1章 本棚の本
  • 第2章 巻物から冊子へ
  • 第3章 保管箱、回廊、個人閲覧席
  • 第4章 鎖で机につながれて
  • 第5章 書棚
  • 第6章 書斎の詳細
  • 第7章 壁を背にして
  • 第8章 本と本屋
  • 第9章 書庫の工学
  • 第10章 可動書架
  • 第11章 本の取り扱い
  • 謝辞/原注/訳者あとがき/図版出典/参考文献

【感想は?】

 書名は「本棚の歴史」だが、「本の歴史」が3割と「書斎と図書館の歴史」も3割ほど混じってる。

 本棚。本を保管し、整理する家具。機能は同じだが、肝心の本や読む環境が変わると、形や機能も変わってくる。これがハッキリわかるのが、第2章の冒頭、古代ギリシアや古代ローマを扱う章。なにせ当時の「本」は巻物だ。だもんで、当然、今の本棚には置けない。そこでドラム缶みたいのに立てて入れたり、棚に横置きにしたり。

 ここで「言われてみれば」なのが、巻物の書き方。日本語や中国語は昔は縦書きだから、紙の右端から1行づつ書けばいい。が、ラテン語は横書きだ。じゃどうするかというと、テキトーな所で行を折ったのだ。

 とまれ、巻物は読み終えたら巻き戻さなきゃいけないし、お目当ての個所を探すのも難しい。ということで、本は木などで表裏の表紙を付けたコデックスになり、厚い本へと変わり、私たちにも馴染みの形に近くなる。でも意外なことに…

今日の本と違ってコデックス本(→Wikipedia)には書名がついていなかったのである。本を指し示すには、第一ページの最初の言葉を用いたと思われる。
  ――第2章 巻物から冊子へ

 なんと書名は「なかった」のだ。そして当時の本は高価で、表紙に宝石を埋めこんだりした。となれば、書庫の本を盗もうとする不届き者も出てくる。そこで修道院などの図書室では、本に鎖をつけた。高価な品なので、現代ほど蔵書の数はない。だもんで、書見台ごとに本を置いても、あまし場所を取らずに済んだのだ。また、本の置き方も違い…

最初のうち、本は前小口を外側に、背を棚の内側に向けて収納していたのである。その背景には、背を見ても著者や書名が書いていなかったということのほかに、本がまだ鎖につながれていたという理由があった。
  ――第5章 書棚

 やがてグーテンベルクの印刷によって本は増え始めるのだが…

15世紀より前に出版された本で装丁し直されずに本来の装丁が残っている例は非常に少ない。古い本は次々と装丁し直され、内容を示す印を背に付ける方法が一般化した。(略)
なかには、本の見かけや収納の仕方にこだわる者も現れた。
  ――第6章 書斎の詳細

 まあ、贅沢な品物だったワケです。そして見てくれに拘る気持ちも分かるなあ。もちろん、これは流通にも影響して…

17世紀後半の本屋には、製本された本はまったく置いてなかったようだ。なぜなら、当時は、未製本の、つまり印刷された紙を集めた丁合の段階で本を買う習慣があったからだ。
  ――第8章 本と本屋

 本屋には本文だけ売っていて、製本は別業者だった、と。だもんで、自分の好みに合わせて本をデザインできたのはいいが、その分、お値段も張ったのは想像がつく。

 とかの本そのものの話に加え、土木や建築が専門の著者ならではのネタも出てくる。例えば図書室には当時ならではの工夫も必要だったり。

図書室用に作られた部屋は、比較的狭い間隔で規則正しく窓が並んでいるので、外観からすぐに分かる
  ――第4章 鎖で机につながれて

 なぜか。窓がないと、暗くて本が読めないのだ。電灯がない時代なので、日の光しかなかったのだ。ランプ? 大事な本が燃えたらどうする!

 という風に、本は大切にされていたんだが、印刷本の流通が増えるに従い、読書家の皆さんに共通の悩みが大きくなってくる。

本を入れる場所がどこにもなくなる状態は、膨張し続ける研究図書館では(事実上、すべての図書館で)よくあることだ。
  ――第7章 壁を背にして

 そんなわけで、電化以前の時代は「いかに多くの日光を取り入れるか」に加え、本の置き場が重要な問題として浮上してくる。これ以降は、「いかに多くの本を使いやすく収納するか」の悩みが本書の大きなテーマとなり、俄然親しみがわいてきたり。なにせ、本は単に置けばいいってもんじゃない。人が入る空間も必要なのだ。

使い勝手の良い書庫に改良を加えても、平均して、床面積の65%を通路が占め、本棚の列を置けるスペースはわずか35%というところで行き止まりになったのだ。
  ――第9章 書庫の工学

 以後、本の高さの違いが「空間の無駄だ」と怒ったり、一つの棚に背の高い本と低い本を二段で入れたり、本棚の天板に本を並べたりと、皆さんお馴染みの涙ぐましい努力が続く。中には賢い人もいて…

空間が取れないときに、本をどんんどん貸し出して、返却を滞らせるようにし向ける知恵者の図書館司書もいる。
  ――第10章 可動書架

 その手があったか! ということで、皆さんどんどん図書館を使いましょうw などと苦労しちゃいるけど、本の出版量は増える一方。例えば1944年、ウェスリアン大学の図書館司書フリーモント・ライダーが恐ろしいデータを示してる。

ここ一世紀の間に、コレッジと大学の図書館蔵書数は平均して16年ごとに倍増している
  ――第10章 可動書架

 そりゃいくらあっても足りないわ。そこで「あまり読まれない本は地域の図書館共通の倉庫に入れよう」みたいな案も出てくる。これで空間は節約できるけど、滅多に使わない本は取り寄せるのに時間がかかる。こういう所は、まるきしコンピュータのディスクとキャッシュみたいな関係だな、と思ったり。いずれにせよ、本棚はすぐに満杯になる運命なのだ。なぜって…

空でも満杯でも、本棚が本を引き寄せるのは自然の法則らしい。
  ――第11章 本の取り扱い

 だから、あなたや私の本棚が見苦しいのは仕方のないことなんです、はい。

 と、そんな風に、本好きには終盤に行くほど身につまされ楽しくなる本だ。本の置き場に困っている人なら、きっと楽しめる。

 ただ、中国や日本など、極東の話が出てこないのは残念。なにせ紙の起源となった地域で、昔から出版も盛んだっだ。だが表紙や背を木や厚紙などで補強せず紐で閉じていたので、本は柔らかく書棚に立てられない。これをどう整理していたのか。

 確か「中国文化大革命の大宣伝」で毛沢東の書斎の写真を見た。本に20~30cmほどのポストイット(のような紙の帯)を貼ってたらし、そこに書名などを書いて、平置きにしていた。私たちが本棚から本を探すとき、背表紙で本を見分ける。彼は垂らしたポストイット(に書いてある書名)で本を見分けたようだ。これが極東の標準だったんだろうか?

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【おわりに】

 ちなみに私の本棚は、東急ハンズで買ったスチールの柱と棚板を組み立てたもの。三つの本棚をコの字型に組み合わせ、地震でも倒れないようにしている。引っ越しのついでに蔵書を整理したんで、今は多少の空きがあるんだが、いつまで保つことやら。

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2020年9月10日 (木)

永田和宏「人はどのように鉄を作ってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理」講談社ブルーバックス

古代製鉄炉では直接、低炭素濃度のルッペが製造されたが、溶鉱炉で作る銑鉄は炭素の溶解量が多いため、脱炭して低炭素鋼のルッペ鉄にした。
  ――第8章 精練炉の発展

反射炉は石炭を燃焼させて炉のアーチ型天井を加熱し輻射熱で加熱する方法である。これは鉄が石炭と直接接触しないので硫黄吸収の問題が起こらない。溶鉱炉からの直接鋳造に比べ、反射炉で銑鉄を再溶解すると鉄の品質が良くなり、大型の鋳物を制作することができた。
  ――第8章 精練炉の発展

19世紀は、ヨーロッパで錬鉄から溶鋼へと大きな技術革新が起こった時代である。
  ――第9章 鋼の時代

現代の製鉄法はどれほど進歩したであろうか。
意外に思うかもしれないが、「製鉄法」に限って言えば、現代の溶鉱炉は400年前の木炭溶鉱炉から原理は変わっていないし、製鋼法もベッセマーの転炉法から原理的には全く進歩していないと言える。
  ――第9章 鋼の時代

日本の刃物の鉈、包丁、鑿、鏨、鎌などは合金に刃を鍛接する構造になっている。台金には軟鉄である包丁鉄が使われ、刃には高炭素濃度の鋼が用いられた。
  ――第11章 脱炭と軟鉄の製造

【どんな本?】

 ヒトは様々な方法で鉄を作ってきた。古代のボール炉、産業革命で盛んになった溶鉱炉、現代の電気炉、そして映画「もののけ姫」にも出てきた日本独特のたたら製鉄。

 炉の中では何が起きているのか。なぜ鉄鉱石から鉄が取り出せるのか。それぞれの炉や製法にはどんな特徴があり、どんな鉄が取り出せるのか。そしてたたら製鉄は、どこが独特なのか。

 著者は文献を調べるだけでなく、日本はもちろんスカンジナビアまで飛んで炉の遺跡を巡り、更には自ら炉を作って製鉄や鍛冶に挑み、ばかりか「家庭でできるキッチン製鉄」まで考えだし実際に試してゆく。

 鉄に取り憑かれた著者が、製鉄の原理から歴史と現状そして未来までを思い描く、一般向け製鉄解説書の決定版。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年5月20日第1刷発行。新書版縦一段組み本文約241頁。9ポイント43字×16行×241頁=約165,808字、400字詰め原稿用紙で約415枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 ハッキリ言って「濃い」。いや文章は決して悪くないのだ。気取った表現はなく、モノゴトを素直に表現している。ただ、一つの文章に込められた情報が異様に多い。また、鉧(けら、いわゆる鋼)やノロ(スラグ、廃棄物)などの専門用語や、Fe2O3などの分子式がよく出てくるので、相応の覚悟と時間は必要。とはいえ、中学卒業程度の化学の素養があれば読みこなせる。

 なお、本書に出てくる主な元素記号を以下に挙げる。

  • C:炭素
  • O:酸素
  • N:窒素
  • Na:ナトリウム
  • Mg:マグネシウム
  • Al:アルミニウム
  • Si:ケイ素
  • P:リン
  • S:硫黄
  • Cl:塩素
  • Ca:カルシウム
  • Ti:チタン
  • Mn:マンガン
  • Fe:鉄

【構成は?】

 多少の前後はあるが、だいたい前の章を受けて後の章が続く形なので、なるべく頭から読もう。

  • はじめに
  • 第1章 古代人になって鉄を作ってみよう
    たたらとの出会い/材料と道具を集める/永田式たたらを作る/鉧塊作り
  • 第2章 「鉄を作る」とはどういうことか
    鉄は金属の王/鉄は宇宙で生まれた/鉄は銅と同じくらいの温度で解ける/鉄は魔術師/鉄はどのようにして作るか/スラグを見れば鉄のつくり方がわかる/鋼を作る/鉄と炭素を温度を操る
  • 第3章 製鉄法の発見
    製鉄技術からみた区分/銅精錬法から発見した製鉄法/製鉄炉の立地条件/製鉄技術の伝播
  • 第4章 ルッペの製造
    メヒコへの旅/湖底からの鉄鉱石採取と焙焼/ルッペの製造炉の構造/操業/鍛造/ルッペの性質
  • 第5章 最古の高炉遺跡 ラピタン
    ラピタンへの道/農夫炉/最古の高炉遺跡/ノルベリ周辺の高炉遺跡/ラピタン高炉の復元/木炭高炉の操業
  • 第6章 古代・前近代のルッペの製造炉
    鉄器時代初期の製鉄炉/ローマ時代の製鉄炉/中世の製鉄炉/西洋の低炭素鋼ルッペと東洋の高炭素塊
  • 第7章 溶鉱炉の発展
    レン炉から溶鉱炉へ/初期の溶鉱炉/産業革命時代の溶鉱炉
  • 第8章 精練炉の発展
    精練炉と加熱炉の発展/浸炭/ルツボ鋼の製造/パドル法
  • 第9章 鋼の時代
    製鉄の革命 転炉製鋼法の発明/平炉製鋼法の発明/鋼の大量生産時代/鉄スクラップの溶解/現代の製鉄法
  • 第10章 たたら製鉄のユニークな工夫
    たたら製鉄とその発展/日刀保たたら/微粉の砂鉄を飛ばさない工夫/高温を得る工夫/貧鉱の砂鉄を95%に濃化する技術/溶けた銑鉄と大きな鋼塊を作る
  • 第11章 脱炭と軟鉄の製造
    大鍛冶/包丁鉄の製造
  • 第12章 鉄のリサイクルと再溶解
    鋼の溶解と炭素濃度の調整/永田式下ろし鉄法
  • 第13章 銑鉄の溶解と鋳金
    こしき炉/現代のこしき炉/永田式こしき炉
  • 第14章 鍛冶屋のわざ
    鉄と鉄を接合する/鉄の表面に模様を出す
  • 第15章 「沸き花」の正体
    たたら炉で銑鉄と鋼塊の生成を知る方法/大鍛冶で脱炭の程度を知る方法/こしき炉で銑鉄の溶解を知る/鍛冶の「沸き花」/「沸き花」の発生機構
  • 第16章 和鉄はなぜ錆びないか
    鉄の錆び方/鉄の中の酸素濃度/黒錆ができる理由
  • 第17章 なぜルッペや和鉄の不純物は少ないか
    鋼中の不純物濃度を決めるスラグ中の酸化鉄/製鉄炉が下部の温度と酸素分圧/炉高1mと2mが鋼塊と銑鉄の分かれ目/鉄鉱石のサイズが還元速度に影響する
  • 第18章 インドの鉄柱はどのように作ったか
    デリーの鉄柱/鉄柱はどのように作ったか
  • 第19章 製鉄法の未来
    第3の製鉄法/製鉄炉の生産効率/たたらを現代に/マイクロ波製鉄炉の実現可能性
  • おわりに/参考文献/さくいん

【感想は?】

 ヤバい人だ、この著者。

 なにせ、いきなり刀匠の真似をして自分たちで炉を作るのだ。さすがに最初は失敗したが、著者は諦めない。再び刀匠を訪ね秘伝を聞き出そうと食い下がる。さすがに秘伝は聞き出せなかったようだが(そりゃそうだw)、ヒントをもらい改良を重ね、ついに「永田式たたら」を完成させてしまう。きっと刀匠も根負けしたんだろうなあ。

 この辺を読むと、大学の工業系って楽しそう、なんて思ったり。いわゆる「モノ作り」が好きな人には、天国なんじゃなかろか。まあ、レンガを積み重ねるなど気力体力は使うし、一酸化炭素が出るんで危なくもあるけど。

 もちろん、真面目な話も満載だ。例えば…

現在、鉄は炭素の含有量によって次のように分類されている。
工業用純鉄は炭素濃度0.02%以下のものを言う。
炭素濃度が0.02~2.1%のものを「鋼」、
炭素濃度2.1%以上は「鋳鉄」あるいは「銑鉄」と呼ばれる。
  ――第2章 「鉄を作る」とはどういうことか

 なんて基礎的な話はもちろん、炉の中で何が起きているかも、こと細かく説明しているのが嬉しい。ここで主に関係しているのは、酸素と炭素と鉄。

炭素は炉を高温にするだけでなく、自らが鉄と化合している酸素と結びつくことで、鉄を還元する還元剤になる。更に炭素は鉄に溶解することで、鉄の融点を下げることもできるうえ、溶解量を調節することで、鉄を望みの硬さにできる。
  ――第2章 「鉄を作る」とはどういうことか

 炭素(木炭やコークス)が燃え(=酸素と結びつき)熱を出す。熱で鉄鉱石中の鉄が溶け始める。更に炭素は鉄に混じり融点を下げ、更に鉄を溶けやすくする。鉄鉱石の中にはケイ素やカルシウムもあるけど、それらは酸素と化合し融点の高い二酸化ケイ素や酸化カルシウムになり、鉄と分かれスラグになる。他にも一酸化炭素とかが関係してて、その辺をこの本は実に細かく説明していてありがたい。

 当然、「何がどれぐらい混じっているか」で鉄の性質も違う。だもんで、炉の温度の調整が大事なのだ。

強く吹いて鉱石の溶解を速めると、還元された鉄が吸炭してルッペは銑鉄になる。弱火にするとルッペの鍛造性はよくなるが、鉱石の大部分が未還元のままスラグになり、歩留まりが悪くなる。この中間の最も有利な所を取るのが職人の技である。
  ――第6章 古代・前近代のルッペの製造炉

低い温度で製鉄を行うと、鉄中のリン濃度を低くできる。
  ――第15章 「沸き花」の正体

 今の製鉄は溶鉱炉、ドロドロの液体になった鉄が流れ出すアレだけど、昔は違った。炉の底に鉄の塊=ルッペが残るので、これを取り出し製品を鍛造したのだ。だもんで剣ぐらいは作れるけど、大砲は無理。そこで登場したのが溶鉱炉。

溶鉱炉は16世紀にはイベリア半島を除いて西ヨーロッパに広がり、鋳鉄製大砲が製造された。
  ――第7章 溶鉱炉の発展

溶鉱炉は大型化していき、20世紀後半では炉の高さと容量を急速に大きくした。現在では高さ30m、炉の内容積は5000㎥と巨大になり、送風温度は1200℃になっている。
  ――第7章 溶鉱炉の発展

 もちろん、鉄の性質は炉の温度だけでなく、元になる鉄鉱石の種類によっても違ってくる。ボフォースなど製鉄じゃ名高い北欧のスウェーデンやフィンランドにも著者は出かけ、その秘密を探ってたり。この素材はある意味、砂鉄と近いのかも。素材としては鉄は昔から屑鉄も使われていたけど、最近じゃ…

スクラップは様々な合金元素が混じっており、これらの不純物を鋼材の性質に影響を与えない程度に除去することは困難である。(略)現在、スクラップは品質別に細かく分類して集荷され、不純物が混じらないように破砕して物理的に分別している。
  ――第9章 鋼の時代

 などと前半では主に西洋の製鉄技術を追いかけるが、終盤では日本独自のたたら製鉄に焦点が集まってくる。何せ日本には鉄鉱石が少ない。だもんで、材料からして違う。なんと砂鉄だ。これは何かと面倒で…

砂鉄は直径0.1mm程度の微細な粉末である。強く吹くと吹き飛び、目詰まりして高温ガスの通気を阻害する。そのため溶鉱炉では使えない。世界の製鉄技術の歴史の中で、唯一たたら製鉄だけがこの微粉の砂鉄を使って溶けた銑(銑鉄)と大きな鉧塊(鋼塊)を同じ炉で製造した。
  ――第10章 たたら製鉄のユニークな工夫

 この秘密を探るため日刀保たたらにもぐり込み、秘訣を聞き出そうとしてすげなく断られたりw このあたりが同じ学者でも工学者と伝統芸術の守り手の違いなんだろうか。でも結局は調査などで何かと都合をつけてくれたりするのは、やはり知識を求めてやまない学者の業が同志に通じたのかも。

 そんな著者の学者魂が炸裂してるのが、最後の「第19章 製鉄法の未来」の「マイクロ波製鉄炉の実現可能性」。なんとキッチンで鉄を作ってしまう。これ、下手すると小学生でも夏休みの宿題でやれたりするから、実にヤバいw しかもキチンとコストを計算してるあたりが、さすが工学者というか。

 見た目は薄いが中身は思いっきり濃い。とはいえ文章は素直だし記述は親切なので、じっくり読めばちゃんと理解できる。何より、製鉄の過程、それも炉の中で何が起きているかについて、素材や元素の役割から化合の過程までこと細かく書いているのは嬉しい。ただし、繰り返すが中身は濃いので、じっくり腰を据えて挑もう。

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2020年8月14日 (金)

ジャン=バディスト・マレ「トマト缶の黒い真実」太田出版 田中裕子訳

加工トマト産業に国境はない。
ドラム缶入り濃縮トマトは、コンテナに乗って世界中を巡る。
本書は、世界中に知られる商品の知られざる歴史を追ったルポルタージュである。

自動車メーカーのフォードが、標準化された車をアセンブリーラインで組み立てはじめる前から、ハインツはトマト味のベイクドビーンズの缶詰をピッツバーグ工場でライン生産していた。(略)T型フォードより11年も前のことだ。
  ――第3章 伝説化されたアメリカの加工トマト産業

現在、大さじ二杯以上ならトマトペーストが「野菜」と認められていることから、ピザはアメリカの給食で「野菜」に分類されている。
  ――第10章 ハインツの経営合理化とその影響

【どんな本?】

 肉のトマト煮やミートソースを作るのにトマト缶は便利だ。カレーに使ってもいい。

 ところで、手近にトマト缶があれば、産地を見て欲しい。Amazon にはイタリア産のトマト缶が多く出回っている。ビザもパスタもイタリアが本場だ。だから、きっとイタリアはトマトの生産が盛んなんだろう。それは正しい。が、ラベルに書いてあるのは「トマト缶」の産地であって「トマト」の産地ではない。

 西欧でもトマト缶は大人気で、様々なブランドがある。それ以上にトマト缶はアフリカを席巻している。

 著者はトマト畑から加工工場・技術研究所・港そして市場を訪ね、中国・イタリア・アメリカ・ガーナを駆け巡り、また瓶詰の起源やハインツ社などの社史を漁り、トマト缶の歴史から現状までを調べて回る。

 そこで明らかになった事実は、いささか食欲を失わせるものだった。

 フランスのジャーナリストが体当たり取材で世界中を巡り、トマト缶の生産・加工・流通の実態を暴き、グローバル経済が食に及ぼす影響を明らかにした、衝撃のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は L'empire de l'or rouge: enquete mondiale sur la tomate d'industrie, Jean-Baptiste Malet, 2017。日本語版は2018年3月10日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約321頁に加え、訳者あとがき7頁。10ポイント42字×17行×321頁=約229,194字、400字詰め原稿用紙で約573枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。中国・イタリア・ガーナなどの地名が出てくるので、Google Map か地図帳があると便利。また、イタリア経済の南北問題を、南は貧しく北は豊か、程度に知っていると迫力が増す。ただし、日頃から安いイタリア産のトマト缶をよく使っている人は、読まない方が幸せかも。

【構成は?】

 地理的にも時系列的にもアチコチ飛びまわるんだが、全体として一つのストーリーとなっているので、できれば頭から読もう。

  • 第1章 中国最大のトマト加工工場
  • 第2章 「中国産」のトマトペースト
  • 第3章 伝説化されたアメリカの加工トマト産業
  • 第4章 濃縮トマト輸出トップの会社
  • 第5章 イタリアの巨大トマト加工メーカーのジレンマ
  • 第6章 中国産トマトも「イタリア産」に
  • 第7章 ファシズム政権の政策の象徴、トマト缶
  • 第8章 トマト加工工場の奇妙な光景
  • 第9章 中国の加工トマト産業の暴走 始まりと発展、強制労働
  • 第10章 ハインツの経営合理化とその影響
  • 第11章 加工トマト業界トップ企業、驚異の生産力
  • 第12章 消費者に見えない「原産国」
  • 第13章 天津のトマト缶工場の秘密
  • 第14章 トマト31%に添加物69%のトマト缶
  • 第15章 農薬入りのトマトか、添加物入りのトマト缶か
  • 第16章 アフリカを席巻した中国産トマト
  • 第17章 「アグロマフィア」の象徴、南イタリア産トマト缶
  • 第18章 イタリアの労働者の違法な搾取
  • 第19章 酸化トマト「ブラックインク」をよみがえらせる最新研究
  • 訳者あとがき/原注

【感想は?】

 今度からトマト缶を買う時は原産地をシッカリ確かめよう。イタリア産はヤバい。

 幕あけは新疆ウイグル自治区のトマト収穫の場面だ。そう、たった今噂の新疆ウイグル自治区である。キナ臭いのは感じていたが、相当なものだ。

(新疆生産建設)兵団のもともとの使命は、新疆を漢族の植民地にすることだった。
  ――第4章 濃縮トマト輸出トップの会社

世界ウイグル会議議長ラビア・カーディル「中国で最も多くの労改収容者(政治犯)が働かされているのが、新疆ウイグル自治区です」
  ――第9章 中国の加工トマト産業の暴走

 それはさておき、まず感じたのは、トマトの収穫・輸送方法がやたら荒っぽいこと。んな手荒く扱ったらトマトが潰れる…と思ったが、その心配は無用だった。

加工用トマトと生食用トマトは、リンゴとナシほどに違う。別の目的のために、別の環境で作られた、別の果実と考えるべきだ。
  ――第2章 「中国産」のトマトペースト

収穫機のなかでトマトの実がつるから簡単に離れるようになったのは、機械収穫に適した品種を作るために、研究者たちが幾度も試行錯誤を重ねてきたおかげなのだ。(略)機械に合うトマトを作るほうが、トマトに合う機械を作るよりうまくいくように思われたのだ。
  ――第11章 加工トマト業界トップ企業、驚異の生産力

 サラダに入っているトマトとは品種が違う。茎を揺すれば簡単に落ちるので機械で収穫でき、硬く潰れにくいので痛みにくく運びやすく、水分が少ないので加工しやすい、そういう品種を開発したのだ。ブランドによっては缶に長細いトマトの絵のラベルがついてる。アレだ。トマトが苦手な人の中には、ウニョッとした口当たりが嫌って人がいるが、そういう人には向くかも…じゃなくて。

 さて。なぜ新疆ウイグル自治区か、というと。実はここが加工用トマト生産じゃ世界的な産地だからだ。知らなかったぜ。

トマト加工品の原材料となる濃縮トマトの生産は、アメリカ、中国、イタリアの上位三ヵ国が世界の市場をほぼ独占していて、スペインとトルコがそれに続く。
  ――第1章 中国最大のトマト加工工場

 生産はトップ3なんだが、輸出用となると話は違ってくる。おっとその前に。輸出ったって、トマトをそのまんま輸出するワケじゃない。中国の工場で皮をむきタネを取り除き砕いて水分を飛ばし三倍に濃縮し、ペースト状にしてドラム缶に詰めコンテナ船で輸出するのだ。その方が輸送しやすいし長持ちするしね。

現在、中国は世界最大の濃縮トマト輸出国だ。(略)ほかの生産国は国内に大きな市場があるので、まずはそちらに供給しなければならない。(略)中国の場合、世界第2位の生産国でありながら、その生産量のほとんどすべてを輸出している。
  ――第9章 中国の加工トマト産業の暴走

 コンテナ船は天津を出てイタリアに向かう。そこで…

関税を支払うことなく、「再輸出加工手続き」によって輸入された中国産三倍濃縮トマトは、水で希釈されてわずかな塩を加えられただけで、「イタリア産」の商品に生まれ変わる。
  ――第6章 中国産トマトも「イタリア産」に

 トマトの原産地が大事なのは、そういう事だ。どっかの「国産」でも聞いたような話だね。さて、工場は量産効果か効く。大量に作るほど一個当たりの費用は安くなる。品目ごとにブレンドの割合を変えると費用がかさむ。そこで…

大手スーパーチェーンは、独自のブランド商品を掲げて互いに競合している。ところが、別の店で売られるそれぞれ個性的に見える商品は、いずれもこの巨大工場で生産されるまったく同じものなのだ。
  ――第12章 消費者に見えない「原産国」

 違うのはラベルだけ。マジかい。しかも、最近は西欧市場に加えアフリカ市場も伸びてきた。なにせ…

ガーナの人口は2800万人で、アフリカで13番目だ。ガーナの大衆料理のほとんどにトマトが使われており、国民の野菜消費量の38%をトマトが占めている。
  ――第15章 農薬入りのトマトか、添加物入りのトマト缶か

 トウモロコシもそうなんだが(→「トウモロコシの世界史」)、新大陸原産の作物はアフリカの気候に合うんだろうか。それはさておき、アフリカ市場の美味しいところは…

グローバル化した市場では、ある国で衛生基準を満たさなかった濃縮トマトは、別の国に運ばれて安く売り飛ばされる。
  ――第6章 中国産トマトも「イタリア産」に

 ま、バレても役人には鼻薬が効くし。ってなワケで、無茶苦茶なシロモノがはびこってる。なにせ貧しい地域だ。大事なのは価格。品質は二の次。おかげで、商談じゃ…

「うちの缶詰はリーズナブルですよ。濃縮トマトが45%しか入ってませんからね」
  ――第14章 トマト31%に添加物69%のトマト缶

 そこを席巻するには、価格的な競争力が大事。って言えば偉そうだが、要は「それだけ安いか」だ。そこで強いのが中国産。

今日、アフリカが輸入するトマトの70%が中国産だ。西アフリカだけ見れば、その割合は90%に達する。
  ――第16章 アフリカを席巻した中国産トマト

 いや地元でもトマトを作ってるんだ。でも農業は豊作凶作の波がある上に、市場価格の変動も大きい。

ガーナの農家「トマトは博打だ」
  ――第15章 農薬入りのトマトか、添加物入りのトマト缶か

 何年か損しても食いつなげる金持ちならともかく、小さい農家はすぐ行き詰る。でも食ってかにゃならんので、地中海を渡り出稼ぎに出る。

ある公式統計によると、2012年、イタリアの農業従事者81万3千人のうち、EU圏外からの正規移民は15万3千人で、EU圏内からは14万8千人だった。この数字には不法就労者は含まれていない…
  ――第18章 イタリアの労働者の違法な搾取

 はいいが、違法移民が歓迎される筈もなく。彼らがマフィアのタコ部屋で搾り取られる場面は、なかなかにおおぞましい。とはいえ、日本も技能実習って名目で…

 さて、中国人も馬鹿じゃない。イタリアは中間の加工で稼いでいるが、いつまでも甘い汁を独占させるほど中国商人は甘くない。そこで…

今わたしが望んでいるのは、アフリカ中にトマト缶を広めることだ。そのために、新疆ウイグル自治区の濃縮トマトを、このガーナで再加工して販売することにしたんだ。(略)わたしがここでしているビジネスは、習近平国家主席による国家発展計画に組みこまれているんだよ。(略)新シルクロード(一帯一路)構想だ。
  ――第19章 酸化トマト「ブラックインク」をよみがえらせる最新研究

 一帯一路ってのは、そういう事かい。この最終章では、中国共産党のお偉方とその子弟が、何を目論んでいるのかが明らかになる。先の「ショック・ドクトリン」と考え合わせると、恐るべき未来が間近に迫っているのがわかる。

 たかがトマト缶、されどトマト缶。きっとトマト缶だけでなく、あらゆる加工食品で似たような事が起きているに違いない。スーパーで買い物をする際は、もっと注意深く注意書きを確かめよう、そういう気にさせる怖ろしい本だ。そういえば外食産業も費用削減には熱心だから…いや、やめておこう。

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2020年8月10日 (月)

フェルナンド・バエス「書物の破壊の世界史 シュメールの粘土板からデジタル時代まで」紀伊国屋書店 八重樫克彦+八重樫由美子訳

抑圧者や全体主義者は書物や新聞を恐れるものである。それらが“記憶の塹壕”であり、記録は公正さと民主主義を求める戦いの基本であるのを理解しているからだ。
  ――最新版を手にした読者の皆さまへ

勝者が敗者に法と言語を課すのだ。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第6章 メキシコで焼かれた写本

激しく本を憎む行為はしばしば人種差別と結びつく。人種差別が他の文化の性質を徹底的に否定するためだ。結局のところ他の文化とは、自分たちとは別の民族が生み出した行為の結果である。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第14章 書物の破壊に関する若干の文献

ハインリヒ・ハイネ≪本を燃やす人間は、やがて人間も燃やすようになる≫
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第15章 フィクションにおける書物の破壊

エウゲーニイ・サミャーチン≪ロシアで作家にとっての最高の栄誉は、『禁書目録』に名前が載ることだ≫
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第6章 恐怖の政

実に奇妙な話だが、(キリスト・コミュニティ教会のジャック・)ブロックも彼の信奉者たちも、この善良な少年が活躍する小説(ハリー・ポッター・シリーズ)を一冊たりとも読みとおしたことはないという。
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第8章 性、イデオロギー、宗教

【どんな本?】

 シュメールの粘土板から現代のイラク国立図書館まで、書物は様々な理由で失われてきた。地震や洪水などの自然災害,虫やネズミまたは紙の劣化など不適切な保存,検閲や焚書など意図的な破壊,そして火災や戦争など人為的な災厄。

 本書は時代的には古代から今世紀まで、地理的にはシュメール・エジプト・欧州・中南米・東アジアなど世界中を巡り、意図の有無にかかわらず書物の破壊の歴史をたどり、豊富な例を挙げてその傾向と原因を探り、また次世代に残すべき貴重な資料の現状を訴えるものである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Nueva Historia Universal de la destrucción de Libros : De las tablillas a la era digital, Fernando Báez, 2013。日本語版は2019年3月22日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約631頁。9ポイント44字×20行×631頁=約555,280字、400字詰め原稿用紙で約1389枚。文庫なら上中下ぐらいの大容量。

 文章はややぎこちない。まあ O'Reilly よりマシだけど←一般人には通じない表現はやめろ 内容も比較的に分かりやすい。地理的にも時代的にも世界史を飛び回る本だが、エピソードごとに時代背景を説明しているので、歴史に疎くても大丈夫だ。敢えて言えば、著者がベネズエラ出身のためか、スペイン語圏の話が多いのが特徴だろう。

【構成は?】

 各章はそれぞれ独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

  • 最新版を手にした読者の皆さまへ
  • イントロダクション
  • 第1部 旧世界
  • 第1章 古代オリエント
    書物の破壊はシュメールで始まった/エブラほかシリアに埋もれた図書館/バビロニア王国時代の図書館/アッシュルバニパルの大図書館/謎に包まれたヒッタイトの文書/ペルセポリスの焼き討ち
  • 第2章 古代エジプト
    初期のパピルス文書の消滅/ラムセウム/秘密の文書の焚書/“生命の家”/トートの禁じられた文書
  • 第3章 古代ギリシャ
    廃墟と瓦礫の間に/エンペドクレスの詩の破壊/プロタゴラスに対する検閲/プラトンも書物を焼いた/アルテミス神殿の破壊/古代ギリシャの医師/ふたりのビブリオクラスタ
  • 第4章 アレクサンドリア図書館の栄枯盛衰
  • 第5章 古代ギリシャ時代に破壊されたその他の図書館
    ペルガモン図書館/アリストテレスの著作の消失/廃墟と化したその他の図書館
  • 第6章 古代イスラエル
    契約の箱と十戒の石板の破壊/エレミヤ書/ヘブライ語聖書の崇拝/死海文書/聖書を食べる預言者たち
  • 第7章 中国
    秦の始皇帝と前213年の焚書/始皇帝以後の書物の破壊/仏教文書に対する迫害
  • 第8章 古代ローマ
    帝国の検閲と迫害/失われた図書館の世界/ヘルクラネウムの焼け焦げたパピルス文書
  • 第9章 キリスト教の過激な黎明期
    使徒パウロの魔術書との戦い/テュロスのポルピュリオスの『反キリスト教論』/グノーシス文書/初期の異端/ヒュパティアの虐殺
  • 第10章 書物の脆さと忘却
    無関心による書物の破壊/使用言語の変化がもたらした影響
  • 第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで
  • 第1章 コンスタンティノープルで失われた書物
  • 第2章 修道士と蛮族
    図書館が閉ざされていた時代/アイルランドの装飾写本/中世ヨーロッパの修道院/パリンプセスト/書物の守護者たち
  • 第3章 アラブ世界
    初期に失われた図書館/イスラムを攻撃したモンゴル人たち/アラムトにあった暗殺者たちの図書館/フラグによるバグダートの書物の破壊
  • 第4章 中世の誤った熱狂
    アベラールの焚書/反逆者エリウゲナ/タルムードその他のヘブライ語の書物/マイモニデスに対する検閲/ダンテの悲劇/“虚栄の焼却”/キリスト教のなかの異端
  • 第5章 中世スペインのイスラム王朝とレコンキスタ
    アルマンソルによる焚書/イブン・ハズムの禁じられた詩/シスネロスとコーランの破壊
  • 第6章 メキシコで焼かれた写本
    先コロンブス期の絵文書の破壊/先住民側による自発的な破壊
  • 第7章 ルネサンス最盛期
    グーテンベルク聖書の破壊/ピコ・デラ・ミランドラの蔵書/コルヴィナ文書の消滅/ミュンスターの再洗礼派/異端者ミシェル・セルヴェ/迫害と破壊/興味深いふたつの逸話
  • 第8章 異端審問
    異端審問所と書物の検閲/新世界における異端審問
  • 第9章 占星術師たちの処罰
    エンリケ・デ・ビリェナの蔵書の破壊/トリテミウスの『ステガノグラフィア』/ノストラダムスの発禁処分/ジョン・ディーの秘密の蔵書
  • 第10章 英国における焚書
    正統派による弾圧/迫害された論客/英国の宗教的対立
  • 第11章 厄災の最中で
    ロンドン大火/エル・エスコリアル修道院と古文書の焼失/アイザック・ニュートンをめぐる書物の破壊/アウルトニ・マグヌッソンの蔵書/天災・人災の世紀/海賊の襲撃/海難事故/戦争・暴動/ワシントンの焼き討ちと米国議会図書館の消失/コットン卿の写本コレクションの消失/メリダの神学校図書館
  • 第12章 革命と苦悩
    自由思想に対する責め苦/フランスにおける知識人への攻撃/フランス革命時の書物の破壊/啓蒙専制君主の時代から19世紀にかけてのよもやま話/1871年のパリ・コミューン/スペインとラテンアメリカにおける独立戦争と革命
  • 第13章 過剰な潔癖さの果てに
    ヤコブ・フランク/ナフマン・ブラツラフ/バートンの忌まわしき原稿/猥褻罪による焚書/ダーウィンと『種の起源』/ニューヨーク悪徳弾圧協会とコムストック法
  • 第14章 書物の破壊に関する若干の文献
  • 第15章 フィクションにおける書物の破壊
  • 第3部 20世紀と21世紀初頭
  • 第1章 スペイン内戦時の書物の破壊
  • 第2章 ナチスのビブリオコースト
  • 第3章 第二次世界大尉戦中に空爆された図書館
    緒戦/フランス/イタリア/英国/ドイツ/終焉
  • 第4章 現代文学の検閲と自主検閲
    ジョイスに対する攻撃/著作が破壊されたその他の作家たち/北米における国家の検閲/迫害された作家たち/サルマン・ラシュディ対イスラム原理主義/作家が自著を悔やむとき
  • 第5章 大災害の世紀
    翰林院と『永楽大典』/日中戦争/記憶が危機にさらされるとき/スペイン科学研究高等評議会の蔵書/図書館の二大火災、ロサンゼルスとレニングラード/アンナ・アマリア図書館
  • 第6章 恐怖の政権
    ソビエト連邦における検閲と焚書/スペインのフランコ主義/検閲政権/中国の文化大革命/アルゼンチンの軍事政権/チリの独裁者ピノチェトと文化に対する攻撃/原理主義者たち/アフリカにおける大惨事/パレスチナ、廃墟と化した国
  • 第7章 民族間の憎悪
    セルビアの書物殺し/書物のないチェチェン
  • 第8章 性、イデオロギー、宗教
    性の追放/文化の“粛清”/学生が教科書に抱く憎しみ/『ハリー・ポッター』事件/コーランの焚書騒動
  • 第9章 書物の破壊者
    文書にとっての天敵/自滅する紙/唯一残った書物/出版社や図書館/税関
  • 第10章 イラクで破壊された書物たち
  • 第11章 デジタル時代の書物の破壊
    図書館に対するテロ/ワールドトレードセンターに対する攻撃/書籍爆弾事件/紙の書籍vs電子書籍
  •  謝辞/原注/参考文献/人名索引

【感想は?】

 書名から、焚書などの意図的・人為的なものが中心かと思った。

 実際、最も多いのは抑圧や略奪、または放火や戦火に巻き込まれた場合だ。だが、意外と災害によるケースも多い。例えばエジプトのパピルス。

今日、現存する前四世紀以前のギリシャ語パピルス文書の例はない。
  ――第1部 旧世界 第10章 書物の脆さと忘却

 経年劣化でダメになったのだ。幸いにして幾つかの書物は羊皮紙の写本として残っているが、原本は消えてしまった。これと似た事を現代でも繰り返していいるのが切ない。終盤に出てくる酸性紙(→Wikipedia)である。

 確かに集英社も週刊少年ジャンプを何千年も保存するなんて考えちゃいないだろうが、数世紀未来の人類にとっては、アレも貴重な歴史的資料と目される筈なんだよなあ。同じく未来のことを考えると、現代の電子書籍も…

現在使用している(電子書籍の)端末機器が2100年になっても有効かどうかは疑問だ。
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第11章 デジタル時代の書物の破壊

 端末もそうだし、元データもサーバ側がちゃんとバックアップ取ってりゃいいけど。あとユニコードもいつまでもつやら。今だって配布元の倒産や買収で読めなくなる危険はあるんだよね。もっとも、それは紙も同じで、サンリオSF文庫とかブツブツ…

 などと人類史レベルの規模で「記録」を考えたくなるのが、この本の特徴。

 このブログにしたって、いつまでもつやら。もっとも、残す価値があるかというとムニャムニャ。個人的にも暫くしたら黒歴史になりそうだし。作家自らが自著を葬った話も「第3部 20世紀と21世紀初頭 4章 現代文学の検閲と自主検閲 作家が自著を悔やむとき」で扱ってる。アドガー・アラン・ポーやホルヘ・ルイス・ボルヘスにさえ黒歴史があるなら、泡沫ブロガーが屑記事を書いても当然だよね。

 とか呑気なことばかり言ってられないのが、戦争による被害。これは意図的な場合もあれば、単なる無思慮の時もある。絨毯爆撃すれば、当然ながら図書館だって燃えてしまう。

ドイツ軍はソビエト連邦の侵略に失敗したが、両者の激しい戦闘で1億冊もの本が消滅した(計算違いではない。1億冊である)。
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第3章 第二次世界大尉戦中に空爆された図書館

 広島と長崎はもちろん東京大空襲でも、貴重な本が大量に失われたんだろうなあ。こういう悲劇は今も続いていて…

イラク国内の郭遺跡の略奪で、未発掘の粘土板の断片が15万枚失われたともいわれる。
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第10章 イラクで破壊された書物たち

 きっとシリアでも同じなんだろう。そんなイラクでも、資料を守ろうとする人はいるんだけど。こういう人は昔からいて…

(イタリアのモンテカッシーノ修道院は)1944年、第二次世界大戦中に連合国軍の空襲を受けて全滅した(略)。事前にドイツ占領軍内にいた、敬虔なカトリック信者の将校たちの判断で、古代以来の貴重な写本や芸術品の多くがヴァチカンに移送されていたのは、奇跡としかいいようがない。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第2章 修道士と蛮族

 と、あの激戦(→Wikipedia)から逃れた本もあったのだ。

 そうした幸運に恵まれず、戦争による被害で最も有名なのは、アレクサンドリアの図書館(→Wikipedia)だろう。俗説じゃアラブ人が燃やした事になっているが、本書じゃ三つの説を挙げている。215年~395年のローマ人によるもの,320年~の地震,無関心による放置。俗説と全然ちがうじゃないか。いずれにせよ、戦争は人の命に加え多くの本も道連れにするのだ。

 これに意図的な破壊が加わると、事態は壊滅的になる。中でも最も悲惨なのがスペインによる中南米の侵略だろう。

絵文書、いわゆるアステカ・コデックスに関しては、当時の略奪・破壊の成果で、彼らの歴史を知るうえで重要かつ貴重な写本はほとんど残っていない状況だという。(略)最も重要とされる文献のほとんどが、ヨーロッパにあるという事実に眩暈を覚える。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第6章 メキシコで焼かれた写本

焚書の嵐を生き延びた先コロンブス期のマヤの絵文書は三つのみだった。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第6章 メキシコで焼かれた写本

 と、文明そのものを滅ぼした上に、その痕跡までも消し去っている。これも一つのショック・ドクトリンなんだろう。今ある文化を壊して白紙に戻し、自分たちの文化で上書きしよう、そういう発想だ。

(焚書の)先導者たちの意図は明白だ。過去の記憶も制度も消し去り、聖書の解釈をすべて再洗礼派の思想にゆだねる。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第7章 ルネサンス最盛期

 もちろん、やられる側も黙っているワケじゃない。そこで、どうしたって暴力、それも組織的な暴力が必要となる。

教条主義はいつの時代にも自らの教義を庇護し、それに同意せぬ者を威嚇する機関を必要とする。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第8章 異端審問

 スペインの異端審問はトビー・グリーンの「異端審問」が怖かった。ブレーズ・パスカルが語るように…

≪人は宗教的確信に促されて行うときほど、完全に、また喜んで悪事を働くことはない≫
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第12章 革命と苦悩

 宗教が絡むとヤバい上に、イベリア半島では容疑者の財産の没収など俗な欲望も絡み凄まじい事になる。もっとも変わった異端もあって、2世紀の北アフリカで流行ったアダム派(→Wikipedia)の主張の一つは「裸の状態に回帰」。どうもヒトには「裸になりたい」って欲があるらしい。

 落穂ひろい的なネタとしては、写本時代の本の価格のヒントが嬉しい。

 1573年、スペインのフェリペ二世は筆写者としてニコラオス・トゥリアノスを雇う。トゥリアノスは30年間で「ギリシャ語の古文書40冊の写本を作成した」。極めて大雑把な計算で年一冊。当時の筆写者は相当なインテリだろう。なら写本一冊はエリートの年収ぐらい。印刷以前の本は、とんでもなく高価なシロモノだったのだ。グーテンベルクに感謝。あと蔡倫に始まる製紙法の発明者たちにも。

 今は私のような庶民でも図書館に行けば読み切れないほどの本に出合える。なんと幸福で贅沢で奇跡的な社会であることか。こんな時代がずっと続くといいなあ。

 あ、ただし、「○○で××冊の本が失われた」みたいな記述が延々と続くため、本が大好きで繊細な人は心が痛くて読み通せないかもしれない。そこは覚悟して挑もう。

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2020年6月25日 (木)

小笠原弘幸「オスマン帝国 繁栄と衰亡の600年史」中公新書

本書は、そのオスマン帝国が歴史に姿を見せる13世紀末から、1922年の滅亡までを扱う通史である。
  ――はしがき

メフメト二世の治世を通じて、ヴェネツィアは、少なくとも14を超える暗殺計画を用意していたという。
  ――第2章 君臨する「世界の王」

オスマン帝国憲法は、スルタン制を廃止した(1922年)11月1日、あるいはヴァヒデッティンが廃位された11月18日をもって滅亡したとされる。
  ――第4章 専制と憲政下のスルタン=カリフ

【どんな本?】

 13世紀終盤に勃興したオスマン侯国から1453年のコンスタンティノポリス征服を経て、六世紀にわたりアナトリアを中心として地中海と黒海を支配しながらも、第一次世界大戦を機に崩壊したオスマン帝国。

 一時期は地中海と黒海を支配した大帝国だったが、産業化が進んだ西欧に対し硬直した君主国といった印象が強い。だが、その実体はどんなものだったのか。なぜ六百年もの長きにわたり王朝が存続しえたのか。帝国の歴史は、現代の世界情勢にどんな影響を与えているのか。

 主に王朝内の権力構造と近隣国との争いを中心に、大帝国の歴史を俯瞰する、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年12月25日初版。私が読んだのは2019年3月5日の3版。売れてます。新書版で縦一段組み本文約303頁に加え、あとがき3頁。9ポイント42字×17行×303頁=約216,342字、400字詰め原稿用紙で約541枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。章の頭に地図があるので、たくさん栞を用意しよう。また幾つかの街は現代と違う国に属しているので、地中海周辺の地図があると味わいが深くなる。例えばベオグラード(→Wikipedia)は現在セルビア共和国の首都だが、本書の第2章で登場する際はハンガリー王国の支配下にある。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • はしがき
  • 序章 帝国の輪郭
    • 1 「この国」の呼び方
    • 2 王位継承、権力構造、統治理念
    • 3 四つの時代
  • 第1章 辺境の信仰戦士 封建的諸侯の時代 1299年頃-1453年
    • 1 北西アナトリアという舞台
    • 2 オスマン集団の起源と始祖オスマン
    • 3 14世紀の拡大
    • 4 稲妻王バヤズィド一世の栄光と没落
    • 5 空位時代からの復興
  • 第2章 君臨する「世界の王」 集権的帝国の時代 1453年-1574年
    • 1 征服王メフメト二世とコンスタンティノポリス征服
    • 2 聖者王バヤズィド二世
    • 3 冷酷王セリム一世
    • 4 壮麗なる時代 スレイマン一世の半世紀
    • 5 セリム二世と大宰相ソコッルの時代
  • 第3章 組織と党派のなかのスルタン 分権的帝国の時代 1574年-1808年
    • 1 新時代の幕あけ 分権化の進展
    • 2 王位継承と王権の変容
    • 3 大宰相キョブリュリュの時代
    • 4 18世紀の繁栄
    • 5 近代への助走 セリム三世とニザーム・ジェディード改革
  • 第4章 専制と憲政下のスルタン=カリフ 近代帝国の時代 1808年-1922年
    • 1 マフムト二世 「大王」、「異教徒の帝王」そして「イスラムの革新者」
    • 2 タンズィマート改革
    • 3 アブデュルハミト二世の専制時代
    • 4 第二次立憲政
    • 5 帝国の滅亡
  • 終章 帝国の遺産
    • 1 オスマン帝国史の構造
    • 2 オズマン帝国の残照
  • あとがき/参考文献/年表/索引

【感想は?】

 さすがに600年もの歴史を300頁程度で語るのとなると、どうしても駆け足になる上に、焦点もしぼらなきゃならない。そこで、本書は、歴代スルタンとそれを支えた権力構造が話の中心となる。ある意味、教科書的な構成と言えるだろう。

 その分、民衆の暮らしや帝国周辺の状況、文化や産業などにはあまり触れない。全般的にコンスタンティノポリス=インタンブルを舞台とした、帝国中枢の権力抗争を主に扱っている。

 それだけの長期王朝を可能としたのは、やはり独特の支配構造だろう。

オズマン帝国の長きにわたる存続を可能ならしめたのは、卓越した王位継承のコントロール・システムと、王権を支える柔構造の権力体制であった。
  ――終章 帝国の遺産

 私が思うに、主な特徴は三つだ。1)外姻権力の排除 2)兄弟殺し 3)奴隷の積極的な登用。

 外姻権力の排除については、こんな記述がある。

オスマン朝では、生母の貴賤が問われることはなかった。(略)イスラム法では、母親の身分にかかわらず、認知さえされていれば、子が持つ権利は同等なのである。
  ――第1章 辺境の信仰戦士

 ハレムで有名な地域だが、父親が認知さえすれば、すべての王子はみな同等なのだ。少なくとも、タテマエ上は。実際、「オスマン朝においても、ほとんどの君主の母は奴隷であった」。お陰で姻戚は頼れないが、鎌倉幕府みたく北条氏に乗っ取られることはなくなる。もっとも、北条氏に頼らず源頼朝が幕府を開けたかというと疑問だが、それだけオスマン王家の権力基盤は強かったんだろう。

 ちなみにオスマン王家の初代はオスマン1世だが、その父の名はエルトゥールル。かのエルトゥールル号(→Wikipedia)は、彼から取ったんだろうなあ。

 次の兄弟殺しは、まんまだ。王権を掌握したら、ライバルとなる兄弟を処刑する。残酷なようにも思えるが、将来の反乱の芽を摘むには優れた予防策だろう。もっとも、これは代が下るに従い殺さず軟禁する形に変わり、それに伴い兄弟間の帝位継承も起こるんだけど。

 最後の奴隷の積極的な登用は、イェニチェリが代表的な例だろう。キリスト教徒の農村から見どころのある少年を徴用し、ムスリムに改宗させてトルコ語を仕込む。中でも優れた者は宮廷や常備軍に登用する。これをデヴシルメ制度と呼ぶ。

 何せ彼らは奴隷であり、家族、特に親から切り離されている。そのため、彼らが出世しても、その親がデカいツラする心配はない。当然、彼らの忠誠はスルタンに捧げられる。高級官僚や軍人などの中枢権力を奴隷が占めれば、スルタンのライバルになりそうな国内の有力な一族の台頭を抑えられる。

 もっとも、これも代が下るに従って崩れてきて、イェニチェリも面倒な存在になってくるんだけど。

17世紀には九人のスルタンが即位したが、じつに六度の廃位が行われた(略)。反乱――いずれもイェニチェリ軍団が絡んでいる――による廃位は四回であり、二名のスルタンが殺害されている。
  ――第3章 組織と党派のなかのスルタン

 築城術や火砲の進歩、そして軍制の変化などの近代化にも、既得権益者となったイェニチェリが抵抗したり。それでも西欧やロシアの圧力は次第に強まり、オスマン帝国も改革を余儀なくされてゆく。特に19世紀後半の状況は、日本とよく似ていて胃が痛くなったり。

こうした危機的状況のなか、列強、とくに英仏からの支持を引き出すため、オスマン政府は自分たちが近代国家であることを示す必要性に迫られた。その決め手と考えられたのが憲法制定である。(略)1876年12月23日、オスマン帝国憲法が発布された。
  ――第4章 専制と憲政下のスルタン=カリフ

 大日本帝国憲法が1889年だから、ほぼ同じ時期だ。日本がラッキーだったのは、西欧から遠い上に、ロシアも極東をあまり重視してなかったため、かな?

 対外的には、ウィーン包囲などヨーロッパとの対立が思い浮かぶが、クリミアやバルカン半島を舞台としたロシアも存在感が大きい。また、東では、現在のイラクあたりをめぐりサファヴィー朝と因縁の対決が続いたり。特に終盤の現トルコ共和国誕生のあたりは、記述は短いながらもギリシャとの遺恨がヒシヒシと伝わってきて、トルコの立ち位置の微妙さが少しだけわかった気がする。

 バルカン半島・北アフリカ・シリア・イラクなど、かつてオスマン帝国の勢力下にあった地域は、現代でも紛争が続く。その原因の一つは、民族や宗教の複雑な構成であり、それにはオスマン帝国の興亡が深く関わっている。現代史の背景を知る上でも、なかなか収穫の多い本だった。

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2020年5月 6日 (水)

ジョン・デイビス&アレクサンダー・J・ケント「レッド・アトラス 恐るべきソ連の世界地図」日経ナショナルジオグラフィック 藤井留美訳

この本を読んでいるあなたが地球上のどこにいようと、そこはソ連が少なくとも一度は詳細な地図にしている。
  ――第1章 戦争と平和

デーモン・テイラー「ニュージーランド陸軍中佐だった私は、2003年に情報将校としてアフガニスタンのバーミヤンに入った。最初のうちは、ソ連の地図以外に頼りになるものがなかった」
  ――第4章 復活

元赤軍将校アイバルス・ベルダブス「演習に必要な地図は署名して保管庫から借り受け、返すときも署名した。使用中に汚れたり破れたりしたら、その残骸を返さなくてはならなかった」
  ――

【どんな本?】

 冷戦時代、西側と東側は「鉄のカーテン」に隔てられながらも、互いに互いをこっそりじっくり観察していた。1991年のソ連崩壊により、ソ連が収集していた情報の一部が流出する。その一つに、ソ連が作った地図がある。

 軍事作戦にとって、地図は重要な意味を持つ。特にソ連は、最大の規模で世界中の地図を作ろうとしていた。主な目的は軍事であり、その内容は独特の偏りがある。例えば橋は、素材・桁下高・長さ・幅そして荷重まで記入されていた。

 ソ連は何を重視していたのか。どこから、どのように情報を得たのか。どんな規格に従っていたのか。そして著者たちは、いかにしてソ連製の地図を手に入れたのか。

 冷戦時代にソ連が世界中で繰り広げた巨大プロジェクトの片鱗を、豊富に実例を示しながら紹介する、ちょっと変わった軍事と地理の一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE RED ATLAS, by John Davies and Alexander J. Kent, 2017。日本語版は2019年3月25日第1版第1刷。単行本ソフトカバー縦一段組みで約303頁に加え参考文献と索引。10ポイント46字×18行×303頁=約250,884字、400字詰め原稿用紙で約628枚。文庫本なら少し厚めの一冊分…では、ない。紙面の半分以上を地図が占めているので、実際の文字数は半分以下だろう。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい、と言いたいところだが、何せこの本で大事なのは文章より地図だ。地図からどれだけ多くのモノを読み取れるか、それがこの本を楽しむカギとなる。おまけに地図中の文字はロシア語なので、ちょっと素人には厳しいかも。また、地図中の文字はかなり小さいため、年寄りにはキツい。

【構成は?】

 一応、頭から順に読む構成になっているが、気になった所を拾い読みしても充分に楽しめる。

  • 序文 ジェームズ・ライゼン
  • 本書の読み方
  • はじめに 本書が推理小説である理由
  • 第1章 戦争と平和 物語の背景 ナポレオンのロシア遠征からソビエト連邦の崩壊まで
  • 第2章 世界を紙に描き出す ソ連がつくった世界地図の様式・内容・記号
  • 第3章 策略と計画 表に裏にうかがえる地図作成者の工夫
  • 第4章 復活 ソ連崩壊後の地図発見とその重要性
  • 謝辞
  • 付記1 主要都市地図
  • 付記2 市街図の「基本情報」には何が書いてあったか
  • 付記3 地形図の「基本情報」には何が書いてあったか
  • 付記4 記号と注釈
  • 付記5 用語と略語
  • 付記6 印刷コード
  • 付記7 秘密保守と管理
  • 日本版特別付記 東京 上野・文京/千住/日本橋/池袋/新宿/朝霞/中野/吉祥寺/渋谷/二子玉川・溝の口/葛飾/練馬/武蔵小杉/羽田/月島・豊洲/現在の葛西臨海公園・東京ディズニーリゾート/
  • 参考文献/索引

【感想は?】

 まずはソ連の執念に戦慄する。が、それだけじゃ終わらない。これは東西双方の知恵と執念と労力が結実した本なのだ。

 表紙も私たちを驚かせるのに充分なインパクトを持っている。地図だ。文字こそキリル文字だが、首都圏に住む者なら、あれ?と思うだろう。下半分は海だが、どっかで見たような形だ。それもそのはず、月島・豊洲・晴海の地図なのだ。

 しかも、海には等深線と数字が書き入れてある。おいおい、ヤベェじゃん。これ上陸作戦に使えるじゃん。

 その後、本を開いた最初の地図もヤバさ倍増だ。右中央で鉄道路線が十字に交差してる。これ、秋葉原じゃね? すると左下を占める緑地は… げげ、月島から上陸したら、ここまで目と鼻の先じゃないか。えらいこっちゃ。

 そういう事を、彼らはやっていたのだ。国家プロジェクトとして、組織的に。なんて奴らだ。

 本書には多数の地図が載っている。多くを占めるのは、イギリスとアメリカ合衆国、そして東欧諸国だ。日本の地図にはないが、合衆国や東欧の地図には、橋の幅と長さに加え、荷重まで書いてある。戦車など軍用の重い車が通れるか否かを知るためだろう。また、河川は流速や幅や深さ、そして橋の桁下高も入っている。艀などで荷を運ぶ際に欠かせない情報だ。どうやって調べたんだか。

 そう、「どうやって調べたか」をめぐる謎解きも、本書の楽しみの一つだ。私はこの本で「地図愛好家」なる人々がいる事を知った。彼らは世界中を巡って様々な地図を集めるのだ。ただ集めるだけじゃない。その目的や製作の背景も調べるのである。それも、とんでもない情熱を持って。

 地図愛好家たちが、ソ連製の地図を手に入れ、その製作過程を推理するくだりが、本書のもう一つの醍醐味なのだ。

 日本では、幾つかの組織が独自の地図を出している。最も有名なのは、ゼンリンだろう。自転車で旅行する際は、坂の状況が判る国土地理院の地形図が便利だ。イギリスやアメリカも、日本と同様に複数の組織が地図を作っている。また、地形はともかく、日が立てば新しい建物が立ったり橋ができたりする。そのため、地図は一定期間ごとに更新する必要がある。

 最初に紹介した東京の地図は、1966年版だ。ソ連も、同じ場所の地図を何回か改訂した。この改訂の様子や、廃線など現実の変化から、地図愛好家たちはソ連製地図の製作過程を探ってゆくのである。この執拗かつ綿密極まる捜査のプロセスが、いかにもイギリス人らしい凝り性が出ていて、呆れるやら感嘆するやら。人間、道楽でも入れ込むととんでもない真似をやらかすんだなあ、と深く感じ入る次第。

 極秘プロジェクトだったはずの地図が流失したいきさつも、ソ連の体質をひしひしと感じさせる。つまりは東欧崩壊とソ連崩壊のドサクサに紛れ、抜け目のない連中が火事場泥棒をやらかしたのだ。酷い話だが、「東欧革命1989」や「死神の報復」あたりを読むと、さもありなんと思ってしまう。権力者なんて、結局はそんなものなのかもしれない。

 その東欧なんだが、ソ連が東欧諸国をどう思っていたのかも、色々と地図から見えてくる。というのも、西側の地図に比べ、東欧の地図はやたらと詳しいのだ。これは河や橋の記述を見れば素人でも明らかで、たいいていの橋は荷重までバッチリ書かれている。「プラハの春」(→Wikipedia)を思い浮かべると、連中の腹の内は…

 一見、平和そうに見える地図だが、そこに書かれたモノは、視点によってはひどく物騒な色を帯びる。情報というシロモノの恐ろしさをヒタヒタと感じさせる、歴史書であり軍事書でありホラーでもある、そんな本だ。

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【ひとこと】

 最近の更新が滞っているけど、新型肺炎は関係ありません。「小説家になろう」にハマっているせいです。だって面白いんだもん。

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