カテゴリー「書評:歴史/地理」の245件の記事

2018年11月12日 (月)

エリザベス・ウィルソン「ラブ・ゲーム テニスの歴史」白水社 野中邦子訳

かつて「スポーツ」という言葉はエロティックな戯れを指すのに用いられ、17世紀には悪徳とさえ考えられていた。「(略)なぜなら、スポーツは暇つぶしであり、なんの利益もなく、基本的に不真面目な行為だから」である。
  ――4 スポーツ文化の成長

「世紀の」試合、記憶に残る敗北、驚くべき逆転勝利など、過去のスポーツ界の傑出した試合は、映画フィルムやビデオでは真の姿が捉えきれないという点でダンスや舞台のパフォーマンスに似ている。
  ――8 孤独なアメリカ人

…彼らのような貴族階級に属する(ドイツの)地主たちの生活は、どちらかといえば戦争(第一次世界大戦)の影響をあまり受けなかった。ユンカーと呼ばれる地主階級も、ハイパーインフレによる損害も中産階級ほど甚大ではなかった。むしろ土地の価格はさらに上昇していた。
  ――11 ワイマール時代のテニス そして、その後

1967年12月14日、英国ローンテニス協会(LTA)は投票の結果、アマチュア選手とプロ選手の区別を廃止すると決めた。
  ――16 オープン化

露呈された真理はつねに美しいとはかぎらない。
  ――19 悪童たち

スポーツは「暇つぶしから始まった活動の典型」だったにもかかわらず、勤勉さを称揚する態度、すなわち効率と普段の進歩という理念が横行することになったのだ。
  ――20 企業とテニス

見方によれば、(ランキング制によって)むらのないテニスが有利になったともいえる。いっときの爆発力よりも一貫性のあるテニスのほうがポイントを稼げたのである。
  ――20 企業とテニス

現代では、有名スポーツ選手のキャリアの終わりは精神的な傷になりがちである。(略)いつ引退するかを決めるのは、テニス選手の場合、とくにむずかしい。いまが引き時だと教えてくれるチームやマネージャーはいない。
  ――23 セレブの仲間入り

イギリスのテニス人口の大半は私立校の生徒に限られていたが、イギリスの現役選手の数は21世紀の最初の十年間で半減した。(略)一方、スペイン、フランス、ドイツ、東欧ではテニス人口が増え、広く定着しつつある。
  ――26 バック・トゥ・ザ・フューチャー

【どんな本?】

 テニスは独特のスポーツだ。基本的に個人のスポーツである、にも関わらず、試合時間は異様に長く、時として5~6時間にも及ぶ。得点の数え方も奇妙かつ不規則で、なぜかゼロをラブと呼ぶ。そして何より、オシャレでセクシーだ。

 そんなテニスは、いつ・どこで始まったのか。どんなプレーヤーが、どんなスタイルで闘ったのか。現在の隆盛に至るまで、どんな道を辿ったのか。社会や風俗そして技術の変転は、テニスにどんな影響を与えたのか。

 テニスの熱心なファンであり、ロンドン・メトロポリタン大学の名誉教授である著者が綴る、テニスへのラブレター。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は LOVE GAME : A History of Tennis, from Victorian pastime to globaal phenomenon, by Elizabeth Wilson, 2014。日本語版は2016年11月5日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約373頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント47字×19行×373頁=約333,089字、400字詰め原稿用紙で約833枚。文庫本なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。当然ながらテニスの本なので、テニスに詳しい人ほど楽しめる。

【構成は?】

 歴史の本なので、ほぼ時系列で話は進む。が、過去のプレーヤーでご贔屓の選手がいる人は、気になった所を拾い読みしてもいいだろう。

  •  1 愛のゲーム
  • 第一部 有閑階級
    • 2 健全な興奮をもたらす科学的な競技
    • 3 リアルテニスとスコア方式
    • 4 スポーツ文化の成長
    • 5 リヴィエラで
    • 6 女たちの何が悪いのか?
    • 7 ヘンリー・ジェイムズのテニス
    • 8 孤独なアメリカ人
    • 9 四銃士
    • 10 労働者階級の英雄
    • 11 ワイマール時代のテニス そして、その後
    • 12 英雄の末路
    • 13 三人の女
  • 第二部 スポーツと人生
    • 14 戦場からの帰還
    • 15 ゴージャス・ガールズ
    • 16 オープン化
    • 17 彼らもまた除け者だった
    • 18 テニスとフェミニズムの出会い
  • 第三部 ザッツ・エンターテインメント
    • 19 悪童たち
    • 20 企業とテニス
    • 21 ウーマン・パワー
    • 22 技術による先進
    • 23 セレブの仲間入り
    • 24 新世紀のテニス
    • 25 スポーツとメディア
    • 26 バック・トゥ・ザ・フューチャー
  • 訳者あとがき
  • 図版クレジット/謝辞/原注/参考文献/索引

【感想は?】

 著者のご贔屓はロジャー・フェデラーらしい。ジョン・マッケンローの出番も多い。

 意外な組み合わせ…と思ったが、これは私がテニスに疎いからだ。少し前は錦織圭が、最近では大坂なおみが話題になった。両者の名を知る人は多いが、そのプレースタイルの特徴を知っている人は、どれぐらいいるだろう? 実は私も知らない。

スポーツとしてのテニスにそれほど人気がないのに、テニス選手の名前は世界中で知られている
  ――23 セレブの仲間入り

 そう、優れた選手はスターなのだ。もっとも、これは今に始まったことじゃない。

「…シャマチュアの時代、われわれは運動能力にすぐれたジゴロでしかなかった――これは(ビル・)チルデン(→Wikipedia)の言葉だ」
  ――14 戦場からの帰還

 しかも、錦織圭と大坂なおみが話題になったのは、日本と関係が深いからだ。

スポーツの普及活動は愛国心のプロパガンダである。
  ――25 スポーツとメディア

 もっとも、この手の「仲間意識」は、国ばかりとは限らない。

傑出した黒人はひとりの個人というより、黒人全体の代表とみなされ、彼らの声を代表しているように受け取られる。
  ――17 彼らもまた除け者だった

 こういう、スポーツの持つ様々な面に目を向けているのが、この本の特徴の一つだろう。そのためか、テニスウェアについても、詳しく論じている。

服飾史家のジェイムズ・レーバーによれば、少なくとも18世紀以降、ファッショナブルな衣装、とくに紳士者の流行はすべてスポーツウェアから生まれたという。
  ――4 スポーツ文化の成長

 などと書いてる私も、今はスェット姿だ。エア・ジョーダンに代表されるバスケットシューズは、男の子の憧れでもある。歳を取ったらゴルフウェアでもいい。とか考えると、現代にも充分通じる真理だなあ。もっとも、テニスウェアの変化が大きいのは、女子選手の方だろう。

 これは表紙を見ただけでスグわかる。表紙は1926年のミックスダブルスで、ルネ・ラコステとジュザンヌ・ランラン。ラコステの格好は今でも年配のアマチュアならアリだろう。でもランランの膝下まであるスカートは…。そうは言っても、両者ともに当時のトップ選手なのだ。

 加えて、テニスウェアの特徴と言えば、白である。貴族的で上品な色だ。それはつまり、テニスが「そういうもの」として始まったからだ。ウェアの歴史は、テニスの歴史も反映しているのが納得できる。これも最近はカラフルになった。

テニス界を揺るがした変化のごく初期のシンボルといえば、白を捨てたことだった。
  ――19 悪童たち

 これはテニスがビジネスになったためだ。何せテニス、いやスポーツには金がかかる。当初はアマチュアのスポーツとして始まった。でもそれでやっていけるのは、他に収入の道がある者だけ。そこでスポンサーがつき、アマかプロかわからない「シャマチュア」なる言葉が生まれる。これまた最近は…

皮肉なことに、この(ウェアのスポンサー契約)せいで、ウェアは白のみというルールを廃止に追い込んだときと同じ状況がもたらされた。つまり、対戦する二人の選手の見分けがつかないのだ。
  ――24 新世紀のテニス

 スポンサーが同じだと、ウェアも同じだったりするんですね。こういった企業の関与はプレースタイルにも影響してくる。特に大きいのがラケットとガット。

1990年代後半、(略)「高弾性率」カーボンファイバー(略)のおかげでさらに軽量でありながら、より硬く、より強いラケットが作れるようになった。新しい人工ストリングはより高度なスピンがかけられる(略)。これら(略)によって現在のテニスがもたらされたのである。
  ――22 技術による先進

 というのも…

ラケットヘッドが大きくなるとトップスピンがかけやすくなり、その結果、「[これまで]ボレーが得意だった選手たちは……いまや猛スピードで飛んできて急に落ちるボールに直面させられた」。
  ――24 新世紀のテニス

 トップであれバックであれ、スピンは強力になる。おまけにコートも変わった。金と手間がかかり弾まない芝が減り、全天候対応でよく弾むハードコートが増えた。スピンを武器にする選手が有利になったのですね。私はこの辺が読んでて最も面白かった。このプレースタイルの変化、皮肉な事に…

1950年代まではおそらく、グラウンドストローク主体のプレーから脱却しようとしたのはとくに抜きん出た選手だけであり、たいていの女子選手は従来のやり方で満足していた。
  ――13 三人の女

 と、昔の女子選手のプレースタイルと似ていたり。オーバーハンドサーブとスマッシュが1880年ごろに「発明」された技だった、というのも、時代性を感じさせる。というか、今どきアンダーハンドのサーブを打つプロなんかいるのかな?

 ということで、ロジャー・フェデラーとジョン・マッケンローの共通点だ。二人とも、コートを縦に使うのである。著者はそういう変化に富んだプレーが好きらしい。

 個人スポーツである事が生み出すテニスの特殊性、ウェアに象徴される風俗の変化、オープン化が示す企業の進出など、様々な視点でテニスを語りつつも…

「テニスにかんする過ちのひとつは、実際にプレーしない人たちの事情にあわせてあまりに多くの人がテニスを変えようとしてきたことではないだろうか」
  ――26 バック・トゥ・ザ・フューチャー

 なんて所は、テニスを他のスポーツに差し替えても成立しちゃうあたり、現代のスポーツ全般に共通する問題点も指摘する本なあたりが面白い。

【関連記事】

【つぶやき】

 ところでキズナアイのNHK出演に憤ってる人たちは、女子テニス選手やチアリーダーの衣装をどう思っているんだろう?

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2018年11月 5日 (月)

「KGBの世界都市ガイド」晶文社 小川政邦訳

商店はスパイのエイジェントの仕事にとってバスや地下鉄に劣らず重要である。巨大なハロッズは出入り口が多く、いつも人がいっぱいで、尾行がついても簡単に群衆にまぎれこめる。
  ――ロンドン

「新ロシア人」は書店を一生懸命避けて通ります。博物館、図書館その他あらゆる文化センターがこのカテゴリに入ります。
  ――ベルリン

わたしは、ワシントンでは執行権力の正面入口がのんきにスラム街と隣り合わせになっていることにいつも驚いていました。(略)モスクワではニクソン大統領の最初の訪問までに数区画が撤去され、建物の正面は飾り立てられました。
  ――ワシントン

「ロシアでは全員が子どものときから軍事訓練を受けさせられ、娘たちは十五歳までに自動小銃を発射し、戦車を操縦し、爆薬を仕掛けられるようになるとか」
  ――バンコク

KGBの経理が(博物館や観光名所の)入場券の代金を払ってくれたことは一度もない
  ――パリ

「副領事に伝えてください。彼が明晩カジノ『オマル・ハイヤーム』で会うことになっている人物はCIAのエイジェントです」
  ――カイロ

われわれの部(英文露訳)にはロシアからの移民が大勢いた。彼らはわれわれソビエト人を猛烈に憎み、あらゆる機会に「噛みつく」構えだった。
  ――ニューヨーク

【どんな本?】

 1991年のソビエト崩壊に伴い、ロシアの出版界では一風変わったブームが巻き起こる。元KGBによる海外勤務生活の体験集である。これはそんな本の一つで、世界の有名都市ガイドの体裁を取っているのが特徴だ。

 彼らは数年にわたり各都市に住む。そのため、行きずりの観光客ではなく、そこに暮らす住民としての視点が新鮮だ。不慣れな海外生活でのカルチャー・ギャップも描かれており、それが逆にソ連/ロシア社会の特徴を浮き上がらせる。そしてもちろん、皆さん興味津々なスパイの仕事内容も。

 東西対立の厳しかった冷戦期に、KGBのスパイは何を目論み、どこでどんな事をやっていたのか。いかにして地元の者に取り入り、どんな者をエイジェントに仕立てるのか。そして、それぞれの都市と住民の印象は。

 ちょっと変わった世界の都市ガイド。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Путеводитель кГБ по городам мира, 1996。日本語版は2001年7月10日初版。私が読んだのは2001年7月15日の二刷。売れたんだなあ。単行本ソフトカバー縦二段組みで本文約360頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント25字×22行×2段×360頁=約396,000字、400字詰め原稿用紙で約990枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 執筆者が複数のため、文章の質はいろいろ。全般に、文学かぶれの素人っぽく、気取った比喩や詩の引用を多用した、無理にカッコつけた文章が多い。いかにもロシア人らしいが、KGBの印象とは違う。

 際立った例外がニューヨークのオレーグ・ドミートリエヴィッチ・ブルイキン。彼の文章は落ち着いて礼儀正しいながら、キビキビして歯切れがよく、無駄がなく明確だ。なにより読みやすく分かりやすい。これフレデリック・フォーサイスなどのスリラー作家やジャーナリストの文体だよな…と思って経歴を見たら、専門がジャーナリストだった。

【構成は?】

 それぞれの記事は完全に独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • 序文
  • ロンドン
    スパイ、古巣に戻る/恥ずべき情熱/浣腸器、モロトフ、左側通行/ハイド・パークでレディに言い寄るには/王室のたくらみ/スパイの本場、イギリス/フィッシュ&チップス万歳!/カール・マルクスの墓/衣類の買い方/娼婦たちの魅力について/イギリス人を怒らせるな/テムズ川とロシアの潜水艦/パブで酔ってはいけないか/文化と下劣さ/貧乏は恥ではない
  • ベルリン
    ミュンヘンから首都へ/バイエルン・アルプスの「感化エイジェント」/シュロット博士式治療/アウトバーンを行く/ボンのクラブ「マテルヌス」/ベルリンの「秘密チャンネル」/新ロシア人にアドバイス/ユリアン・セミョーノフのベルリン/国防軍最高司令部外国諜報局商工との出会い
  • ワシントン
    諜報機関チーフの妻の目で/アンドローポフとの会話/体制の都市/ホワイトハウスの周辺/十六番街の邸宅/ごみコンテナの中のFBI用情報/ダレス空港からスーパーマーケット「ミコヤン」へ/特務機関員の侵入/アーリントン墓地と議事堂/『ワシントン・ポスト』の記事/性的スキャンダルの都市/ナショナル・ギャラリーからFBI博物館へ/帰国
  • バンコク
    神の都/場末のレストラン/何でもない/アメリカ軍人への関心/スクンビット通りのバー/イギリス人ごっこ/グルメの天国/チャオプラヤー河岸のスパイの巣/人民解放軍の機密/インド首相の最良の友/あんたのロシアってどこにあるの
  • パリ
    「屋根」としての妻/パリのふしだらな空気/不貞もどきのスパイ活動/アンジュー河岸通りの謎の女エイジェント/シャブリと鳩/ヘルニアとサン・ルイ島/精神異常になるには/女エイジェント、オルセー美術館に登場/サン・ジェルマン・デ・プレで/便所のドラマ/モンマルトルの酔いどれ天才たち/「アジール・ラパン」でのランデヴー/ネー元帥との会話
  • カイロ
    ピラミッドに登る/四千年のほこり/エジプト料理/通信回線としてのオペル車/パレスチナ人の切手収集家/ルクソールを見ずしてエジプトを語るなかれ/スエズ運河の岸辺の秘密/「ヒルトン」会談/町ごとに友を持て/運命よ!わたしをカイロに戻してくれ
  • ニューヨーク
    国連本部で/フルシチョフとキャデラック/八十六回までの階段を駆け上がる/レストラン八十軒のコレクション/ブロンクス動物園の秘密/祖国の裏切り者芸能人/ボリショイから来たバレリーナたち/マディソン・アベニューの四つの角/シカゴで「挟み撃ち」/ホワイトカラーの町での恋
  • 東京
    日出る国への長い道程/60年代の東京/日本人との最初の会話/スパイ妻への指令/寿司屋の大物/わが友アリタさん/途中に交番
  • リオ・デ・ジャネイロ
    旅行中も働く諜報員/「一月の川」/隠れ蓑の職業/カリオカとは/ブラジル式コーヒー/異国情緒を味わいながら/シュラスカリアの二十四種類の肉/軍艦の女性は災いを招く/リオのビーチ/キリストのモニュメント/睦むことはブラジル人の生業/マラカナン・スタジアム/カーニバル/オデオン座近くでの密会/サンボドロモ
  • ローマ
    コロセウム、こんにちは!/クリトゥンノ通り四十六番地/スパゲティ・アッラ・キタッラ/KGBとはデリケートな仕事/ナヴォナ広場での会食/世紀の取引/クラウディア・カルディナーレと再会/スタルエノ墓地のフョードル/真実の口/仕掛けられた時限爆弾/教皇に会見
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 そう、ご期待のスパイ活動についても、もちろん書いてある。が、それとは別に。

 彼らは数年に渡り、それぞれの都市に住む。そのため、行きずりの旅行者ではなく、生活の場として都市を見る。これに加え、スパイには土地勘も必要だ。

 幾つかの記事に共通して書いていることがある。彼らは、赴任してしばらくの間、その都市に馴染むため、アチコチをウロつきまわるのである。そうやって土地と人を知り、鉄道や地下鉄やバスなどに慣れ、エイジェントとのランデブーに相応しい場所を調べる。

 同じ土地でも、旅行者の目と生活者の目は違う。旅行者にはホワイトハウスなどの観光スポットが詰まったワシントンも、暮らす人にはちと不便。なぜって、「ワシントンの大きな店は全部郊外にあるのです。(略)華やかなアーケード街は、都心から車で20分から30分」。さすが車社会アメリカ。

 ちなみに、冒頭の引用にあるように近くにスラム街もある。となれば安い生活用品もソコで仕入れられそうなモンだが、そういう所にロシア人がウロついたら目立つんだろうなあ。

 もちろん観光地もバッチり調べてある。ピラミッドだって頂上まで登っちゃう。本当は立ち入り禁止だけど、エジプトの警官は鼻薬が大好きなのだ。他にもカイロの記事は地元色・スパイ風味いずれも色々と濃い話が盛りだくさんで、なかなか刺激的。

 観光地の話の戻ろう。観光名所を見る時も、スパイの視点はちょっと違う。便利な点は、もちろんある。色とりどりの多くの人がいるので、紛れ込みやすい。また美術館は回廊や行き止まりが多いので、尾行者を巻くのに便利だとか。また書店や動物園もスパイには何かと便利で…

 もっとも、ワザと尾行させる場合もあるけど。だって巻こうとしたら、尾行者が「奴は何か大事な仕事の最中だな」と思うでしょ。ああ、狐と狸の化かし合い。この点、東京は…

交通状況は変わっていたが、悪名高い交番は残っていた。これは諜報員にとって最も不愉快な施設だった。
  ――東京

 と、実に評判が悪い。だって、尾行を巻いても、交番の警官に見つかっちゃうから。あれ、治安以外の役にも立ってたのね。東京の項では、他にも「あの頃」を思い出させる記述がチラホラ。そういえば横断歩道の黄色い旗、最近はあまり見かけなくなったなあ。

 冷戦期の話だけに、時代を感じさせるエピソードも多い。

 カイロに店を出すパレスチナ人の切手収集家もそうだが、ローマの記事も印象的だ。筆者レオニード・セルゲーエヴィチ・コロソフは、第二次世界大戦で戦死したレジスタンスの英雄の墓を訪れる。その英雄は、当時ソ連の兵士で…

 二次大戦がらみでやはり強い印象を残すのが、ベルリンで出会った年配の紳士のエピソード。ポツダム広場の近くに居を構える紳士の正体が、あけてびっくり玉手箱。

 それとは別に、各国のお国柄も楽しい。ドイツでは博士の肩書がモノを言う。タイ人は日本人と同じく、断る時にも相手の面子を潰さないように配慮する。中でも傑作なのが、1964年のリオ・デ・ジャネイロ。軍事クーデターで緊迫した空気の中、ソ連大使館が群衆に包囲される。そこに現れた救世主は…

 などと良いことばかりのようだが、困った点もある。スパイだけに、エイジェントを釣る際には相応の饗応をせにゃならん。ってなわけで、各地の名物料理が次から次へと出てくる。なにせ自分の舌で確かめただけあって、どれも真に迫った描写。空腹時に読むには向かない本だ。ああ牡蠣が食べたい。

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2018年10月18日 (木)

ロレッタ・ナポリオーニ「人質の経済学」文藝春秋 村井章子訳

2004年イラクで誘拐された欧米人は200万ドルの身代金で解放された。しかし今日ではシリアの誘拐で1000万ドル以上を払うこともある。本書は、誘拐によりいかにジハーディスト組織が成立し、伸長していったかを描く
  ――はじめに 誘拐がジハーディスト組織を育てた

「2011年9月に(イタリア)外務省から連絡があり、いましばらく待ってほしい、なにしろ19件の誘拐事件を抱えているので、と言われたそうです」
  ――第1章 すべての始まり9.11愛国者法

「虎に餌をやってしまったら、虎は餌欲しさにひんぱんにキャンプに来るようになる」
  ――第2章 誘拐は金になる

船の乗っ取りと乗組員の拿捕にコストがかかるのは、海賊の側も同じである。だから、交渉が長引くほど利益は減る。
  ――第4章 海賊に投資する人々

マネーロンダリングが手軽にできる最高の場所は、ペルシャ湾岸である。たとえばベルギー船ポンペイ号が2012年4月18日に乗っ取られると、ベルギー当局は、海賊の交渉人からドバイの銀行の口座と暗証番号を指定された。
  ――第5章 密入国斡旋へ

誘拐が頻発する地域は主に二つに分けられる。一つは国家が破綻している地域、もうひとつは並外れた高度成長を遂げている地域、たとえば中国だ。
  ――第7章 ある誘拐交渉人の独白

身代金を払う国の中で、自分で交渉して自分で払うと言い張ることで悪名高いのは、イタリア、ドイツ、フランス、スペインなどだ。(略)これまでのところ最も多額の身代金を払っているのは、イタリアである。
  ――第8章 身代金の決定メカニズム

【どんな本?】

 2004年、イラクで三人の日本人が誘拐され、大騒ぎとなった。2014年にも、シリアでイスラム国を名乗る組織に二人の日本人が誘拐され、殺された。

 かつてのソマリアのように、シリアやアフリカ北部では、誘拐が人質ビジネスとして産業化している。その背景には、どんな事情があるのか。どんな者たちが誘拐ビジネスに携わり、どんな手口を使うのか。彼らを抑え込む方法はあるのか。そして、人質になるのはどんな人たちで、何が彼らの生死を分けるのか。

 テロ組織を研究する気鋭のジャーナリストが、人質となった人々や解放の交渉に当たった専門家に取材し、またアフリカのAQIM・ソマリアの海賊・シリアの反政府組織などの人質ビジネスで稼ぐ組織の内情を暴いた、衝撃のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Merchants of Men : How Jihadists and ISIS Turned Kidnapping and Refugee Trafficking into a Multi-Billion Dollar Business, by Loretta Napoleoni, 2016。日本語版は2016年12月30日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約261頁に加え、池上彰の解説「トランプ後の世界に必読の一冊」5頁。9ポイント42字×20行×261頁=約219,240字、400字詰め原稿用紙で約549枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ただしアメリカ人向けに書いているためか、出てくる人質の多くはアメリカで話題になった人が多い。一応、日本の今井紀明・高遠菜穂子・郡山総一郎・安田純平・後藤健二・湯川遥菜も少し出てくる。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているが、かなり工夫した構成になっているので、素直に頭から読むといい。

  • はじめに 誘拐がジハーディスト組織を育てた
  • 序章 スウェーデンの偽イラク人
  • 第1章 すべての始まり9.11愛国者法
  • 第2章 誘拐は金になる
  • 第3章 人間密輸へ
  • 第4章 海賊に投資する人々
  • 第5章 密入国斡旋へ
  • 第6章 反政府組織という幻想
  • 第7章 ある誘拐交渉人の独白
  • 第8章 身代金の決定メカニズム
  • 第9章 助けたければ早く交渉しろ
  • 第10章 イスラム国での危険な自分探し
  • 第11章 人質は本当にヒーローなのか?
  • 第12章 メディアを黙らせろ
  • 第13章 助かる人質、助からない人質
  • 第14章 あるシリア難民の告白
  • 第15章 難民というビジネスチャンス
  • 終章 欧州崩壊のパラドクス
  • 謝辞/用語集/ソースノート
  • 解説 トランプ後の世界に必読の一冊 池上彰

【感想は?】

 「はじめに」で一気に引き込まれた。読ませる工夫が巧い。お話はこうだ。

 きっかけは2001年のアメリカの愛国者法。米政府は金融機関に命じる。「すべてのドル取引は政府に届けろ」。違法な取引を規制するのが目的だ。

 困ったのはコロンビアの麻薬組織。そこでイタリアのマフィアと手を結び、コカインの欧州市場を開拓し、ユーロ決済の道を作る。この辺は「コカイン ゼロゼロゼロ」にも出てきた。

 ブツは南米ベネズエラを介し、いったん西アフリカのギニアビサウに運ぶ。ここからサハラを超え地中海へ向かうルートは、昔からタバコなどの密輸業者が使っていた。

 このルートを仕切るのが、反政府組織のAQIM(→Wikipedia)。「ボコ・ハラム イスラーム国を超えた[史上最悪]のテロ組織」にも名前が出てきた組織だ。同じルートで欧米の観光客を攫い、政府から金を脅し取れば、いい稼ぎになる。

 「2011年までの間に、AQIMは身代金だけで1憶6500ドルをかせいだという」というから、美味しい商売だ。ドライバーやガイドも抱き込み、ちゃんと地元の者にも利益を還元する。おお、巧い商売…と思ったが、落とし穴もあった。

誘拐の多発で、歴史遺産を誇る砂漠の都市ティンブクトゥの観光産業は息の根を止められた。(略)誘拐による資金調達には、このビジネスがさかんになると人質の供給が突然止まってしまうという致命的な欠点がある。
  ――第3章 人間密輸へ

 そこで新たな商売として始めたのが、アフリカからEUへの難民輸送。

「ヨーロッパに流入した難民の90%は、犯罪組織に頼ってやって来る」
  ――第15章 難民というビジネスチャンス

 これまた輸送先のEU内にも手先が潜り込んでいる上に、受け入れる側でも「難民ビジネス」が成立しちゃってるから手に負えない。

難民に家と食事を提供すれば、一晩当たり31~75ドルがノルウェー政府から支払われるのである。
  ――第15章 難民というビジネスチャンス

 日本の貧困ビジネスみたいなモンだ。

 そんなAQIMに学んだのがイラクやシリアの反政府組織。もともとアサド政権も、国民相手に人質商売をしてた。

いまではアサド体制の主要な資金源の一つが身代金であったことがわかっている。
  ――第6章 反政府組織という幻想

 小金持ちに因縁をつけてブタ箱にブチ込み、金を巻き上げていた。これに倣ってか、反政府側は外国人を攫い一攫千金を狙う。カモはジャーナリストや人道活動家だ。トルコの難民キャンプにも、手先が潜り込んでいる。そこで「特ダネがある」などとジャーナリストに持ち掛け、組織に引き渡すのだ。

 そこで引っかかるのは、特ダネで一発当てて名を挙げようとするジャーナリストの卵。ネットの普及でメディア商売は競争が激しくなり、大手の懐は寂しくなる。おまけに記者の保険料と警備費用は上がる一方。そこで安上がりなフリーランサーに頼るんだが…

フリーランサーがとるリスクは、彼らが得る報酬と比べると、ばかばかしく大きすぎるように見える。大手メディアでさえ、記事一本に200ドル程度しか払わない。
  ――第12章 メディアを黙らせろ

 と、安く買いたたかれる。切ないなあ。

 誘拐する側も楽じゃない。人質だってメシを喰う。取引が長引けば、食わす費用も半端じゃない。

「誰も、女の人質は欲しがらない。(略)施設や待遇の面でも、男の人質のほうがよほど扱いやすい。とりわけ、男と女を両方拘束するのは実に厄介だ」
  ――第9章 助けたければ早く交渉しろ

 不慣れなチンピラがガイジンを攫っても、費用が嵩むだけで、交渉相手を見つける事すら難しい。でも世の中、捨てる神あれば拾う神あり。シリアじゃちゃんと人質市場が成立しているのだ。小組織は大組織に人質を売り飛ばし、小遣いを稼ぐ。相手国との交渉は大組織が受け持ち、ゴッソリ稼ぐ。

 人質の消息が掴めない理由の一つは、これか。じゃ、ビジネスに長けた大組織なら、大切な商品である人質の身は安全か、というと、そうでもなくて…

彼ら(イスラム国)は一度に一つの国と交渉する方式をとっており、最初に解放交渉が行われたのはスペイン人の人質だった。そしてスペインを、というよりもすべての国を震え上がらせるために、いちばん価値の低い人質を処刑した。
  ――第13章 助かる人質、助からない人質

 みせしめや、政治的な目的のために、ワザと人質を始末する場合もあるから、油断はできない。著者によれば、後藤氏は最初は金目的だったのが、安倍首相の中東訪問を機に殺すことに決まったとか。肝心の後藤氏は、戦場に慣れたプロとして注意深く行動していたそうだ。

 人質を取られた各国市民の反応も様々で、日本の反応の特異さもキッチリ書いてある。イタリアみたく人質を英雄視するのはなんか違うと思うが、日本のようにヒステリックに叩くのも、なんだかなあ。

 という板挟みは著者も同じで、結論としては「妙案は何もない」。

 とまれ、地元の人々を抱き込み地場産業に仕立て上げてしまう犯罪組織の内幕や、政府がつける人質の値段、ジャーナリストの現状など、ホットな話題にはこと欠かず、読み始めたら止まらない、エキサイティングな一冊だった。

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2018年10月15日 (月)

イアン・ホワイトロー「単位の歴史 測る・計る・量る」大月書店 冨永星訳

これは、ごく古い文明の時代から今日に至るまでに、人間が世界を秩序立てて理解するために用いてきた手段についての本だ。
  ――はじめに

A0の紙は、縦横比が1.4142であるだけではなく、じつは面積がちょうど1平方メートルなのだ。
  ――第3章 面積の単位

いったいどうやって陽子や中性子の質量を求めたのだろう。
  ――第5章 質量の単位

1キロカロリーとは、標準大気圧の中で1キログラムの水の温度を1℃上げるのに必要な熱量…
  ――第10章 エネルギーと仕事率の単位

【どんな本?】

 単位にはいろいろある。メートル/キログラム/秒などは、SI基本単位として国際的に使っている。また、マイクロ・ミリ・センチ・キロなど、いろいろな接頭語がつく場合もある。

 加えて、国や分野や業界に特有の単位もある。アメリカは今でもガロンやマイルで、ボクサーの体重はポンドだ。文字サイズはポイントで、ダイヤモンドはカラット、原油はバレル。SF者ならAU・光年・パーセクなどがお馴染みだ。

 メートル法だと、ミリやキロは、たいてい10のn乗を示すので、なんとなくわかる。が、ヤード・ポンド法などでは、同じ長さでも、1マイルは1760ヤードと、妙に半端な数字になる。

 なぜこんな半端な数字になるのか。それぞれの単位は、いつ、何を、どう測るために決まったのか。そして、科学者たちは、どのようにモノゴトを測ってきたのか。

 単位をめぐる歴史と、様々なものを測ろうとした科学者の試みを、軽快なコラムで語る、一般向けの科学・歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Measure of All Things : The Story of Man and Measurement, by Ian Whitelaw, 2007。日本語版は2009年5月20日第1刷発行。単行本ハードカバー横一段組みで本文約240頁。8.5ポイント36字×34行×240頁=約293,760字、400字詰め原稿用紙で約735枚。文庫本なら厚い一冊分ぐらいだが、イラストや写真が多いので、実際の文字数は7~8割ぐらい。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。が、ヤード・ポンド法が盛んなアメリカ人・イギリス人向けに書いてあるため、日本人には慣れないグレインやパイントなどの単位が出てくるのは、少し辛かった。また、読み終えてから気がついたんだが、フィートをフートと書いてある。

【構成は?】

 それぞれ1~5頁ぐらいの独立した短いコラムが並ぶ構成だ。だから、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

  • はじめに
  • 第1章 度量衡
    ごく初期の計測/古代地中海文明での計測/世界各地の度量衡/英語を話す世界では/帝制度量衡と慣用度量衡/メートル法の起源/国際単位系/米国でのメートル法
  • 第2章 長さの単位
    フート、ハロン、ロッド/マイルとヤード/海に関する長さの単位/メートルという基本単位/宇宙を測る/馬に関する単位/計測の限界/ゲージ
  • 第3章 面積の単位
    中世の土地の単位/面積の単位/メートル法の面積の単位/紙の大きさを定義する
  • 第4章 体積や容量の単位
    メートル法の体積の単位/ワインボトルのボトルサイズとその呼び名/帝制度量衡の体積の単位/液体を入れる樽の容積/料理に登場する単位
  • 第5章 質量の単位
    質量と重さ/帝制度量衡と慣用度量衡の質量の単位/少量の物や貴重な物の質量/メートル法の質量/きわめて小さなものの質量/物質の密度
  • 第6章 温度の単位
    熱さと冷たさ/度の問題/絶対温度
  • 第7章 時を計る
    年と月/時間と国際単位系/1秒をさらに分割する/地質年代を測定する
  • 第8章 速さの単位
    速さの国際単位/平均の速さ/帝制度量衡と慣用度量衡の速さの単位/光と音の速さ/Cを求めて/加速度
  • 第9章 力や圧力の単位
    力とは何か/国際単位系と慣用度量衡の力の単位/重力と重さ/トルクとてこ/圧力/大気圧
  • 第10章 エネルギーと仕事率の単位
    力が働く/国際単位系以外のエネルギーと仕事率の単位/国際単位系の仕事とエネルギーと仕事率の単位/放射能/電気の単位/放射エネルギー/レーザーで測る/爆発のエネルギー/風力
  • 第11章 さまざまな物を計る
    デジタル情報の単位/薪の量/唐辛子はどれくらい辛いか/指輪のサイズ/濃度の単位/硬さ/活字/国際単位系の図
  • エピローグ
  • 解説 日本の単位 高田誠二
  • 索引

【感想は?】

 世の中には暗記が得意な人と苦手な人がいる。私はとても苦手だ。

 お陰で海外の小説を読む時は、けっこう苦労したり。最近になって、やっと1マイル≒1.6kmと覚えたが、ガロンは今でもピンとこない。

 こないのも当たり前で、アメリカのガロンとイギリスのガロンは違うのだった。アメリカは1ガロン≒3.8リットル、イギリスは1ガロン≒4.5リットル。あー面倒くさい。これは計量スプーンにも影響してるとか。料理本を翻訳する人は大変だ。

 ある意味、メートル法は不自然な単位で、だから直感的にピンとこないのだ、みたいな話を聞いた事がある。というのも、昔の単位は、「何を測るか」に基づいて決まったからだ。例えば、船や航空機の距離や速度を表す、海里やノット。

船が経線に沿って航行し、緯度にして30分移動すると、その船は30海里進んだことになる。
  ――第2章 長さの単位

1時間に1海里進む速さのことを1ノット〔knot〕と呼ぶ。
  ――第8章 速さの単位

 確かにこれだと、色々と便利そうだ。天測で位置を調べるにせよ、海図で距離を調べるにせよ、地球上の角度を単位の基本とすれば、いろいろと便利だろう。なお、ここでの1分は1度の1/60で、1海里≒1.85キロメートル。

 便利そうな単位として面白いのが、「ジレット」。レーザー研究の初期に、レーザーの強さを表すため、研究者のセオドア・レイマンが考え出し、ソレナリに使われたとか。これは、「レーザーで一度に穴をあけられるジレットのカミソリの刃の枚数」を表し、初期のレーザーは2~4ジレットぐらい。

 なんかいい加減なようだけど、「ジレット社製安全カミソリの刃は厚みがかなり一様なので」けっこう信頼できた、というから、工業製品の精度は恐るべし。

 やはり昔の単位は人の身体を基準として決まってるから便利、みたいは話もある。けど、1フート(フィート)は足の大きさで、約30.5センチメートルと聞くと、「ホンマかいな?」と思ったり。いやそれ、やたら足デカくね?見栄はってるだろ、絶対。もしくは足じゃなくてサンダルの大きさなのかな?

 などと、前半では「どうやって決まったか」の話が多い。これが後半になると、「どうやって測ったか」が増えて、科学の色が濃くなる。

 最初に凄いと思ったのが、光速の測り方。ガリレオは巧くいかなかったようだが、1675年にオーレ・レーマー(→Wikipedia)が巧みに計算している。木星の月イオの(食の)周期は、季節により違う。これは季節により地球とイオの距離が違うからだと考えたのだ。

 実際、最も近い時と、最も遠い時では、約2AU(30億km)違う。この距離を光が進む時間だけズレると考えた。今 Google に尋ねたら約16分38秒です。発想も鮮やかだが、当時の観測装置でやった執念も凄い。ちなみにレーマンの誤差は25%だとか。

 光はもっと身近な所でも使われてて、例えばレーザーで距離や大きさを測るなんて技術もある。とはいえ、花火との距離は音と光のズレで分かるけど、光はやたらと速い。んなモン、どうやって調べるのかと思ったら…

レーザービームを分割し、ビームを半分づつ異なる経路を通してから組み合わせ、2つのビームの干渉の具合を見れば、これらの経路に違いがあるかどうかが、ビームの波長の何分の1といったわずかなレベルでわかるのである。
  ――第10章 エネルギーと仕事率の単位

 そうか、位相の違いを見るのか。それなら、波長を変えれば短い距離もわかるね。もっとも、どうやって位相の違いを調べるのかはわからないけど←をい。

 どの章も、ほぼ独立した数頁のコラムを束ねた形なので、気になった所だけをつまみ食いできるのも嬉しい。また、テラ・ギガ・メガ・キロ・ミリ・マイクロ・ナノ・ピコ・フェムトなど、国際単位系の接頭語が整理してあるのも有り難い。ちょっと独自の単位を作ってみたくなったなあ。食品の腐りやすさとか。

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2018年10月12日 (金)

藤代泰三「キリスト教史」講談社学術文庫 2

古代教会におけるローマ・カトリック教会は司教らの教会であったが、中世においてそれは教皇の教会となる…
  ――22 教皇制度の興隆

グレゴリウス九世(在位1227-1241)は1231年に異端審問所を創設した。異端審問所においては告発者と裁判官とは同一人である。
  ――29 分派運動と異端審問所

プロテスタント教会は宗教改革ののちも分裂に分裂を重ねていくが、ローマ・カトリック教会は一つとなって宣教に当たっていった。
  ――39 対抗改革

アフリカのキリスト教徒の数は、北部(主にイスラム教徒や原始宗教信仰者が多い)を除いて、プロテスタント教徒が約千二百万人、そしてローマ・カトリック教徒が約千八百万人であると推定される。
  ――79 アフリカと東南アジアと東アジアとオセアニアとの教会

 藤代泰三「キリスト教史」講談社学術文庫 1 から続く。

【系統樹】

 ある意味、この本を要約してるのが416頁の図、教会系譜。生物の本の系統樹のような、有名な教会の系譜の図だ。400年頃、既に五つに分かれている。エジプトのコプト教会、ペルシアのネストリオス教会、シリアのヤコバイト教会、ローマ教会(後のバチカン&正教会)、そしてアルメニア教会。

 アルメニア教会って正教の一派かと思ってたけど、実はすごく歴史のある宗派だったんだね。

【聖餐】

 キリスト教史全体を通しても、組織体質が最も大きく変わったと感じるのが、ローマに受け入れられていく過程。例えば聖餐。今は教会によって色々な解釈がされてるようだけど…

 まず原始教団では聖餐は共同の食事であり、弟子がユダヤ教の習慣に従ってこの食事に集まり、一人がパンを祝福する時、彼らはかつて主が祝福してパンをさいたあの楽しかった日々を想起した。
  ――9 礼拝と礼典

 と、最初は「みんなで晩メシ食っておしゃべりしよう」的なモノだった。こういう発想を受け継いでるのって、現代日本の「こども食堂」なんでない?

 また、「上流階級に浸透するにつれ、奴隷を兄弟と考える」って発想が薄れてくあたりは、時代と共に人が入れ替わるにつれ、中の人に相応しい形に変わったんだろう。で、特にローマ・カトリックは、当時に得た上流階級用の性質を、現在まで受け継いできたんじゃないか、と。

【世界史】

 キリスト教史を語るにあたって、その時その土地の情勢や背景から説き起こしているのが、この本の凄い所。お陰で、歴史学の底なし沼に読者を誘い込むトラップがアチコチに仕掛けてある。例えば…

(ゲルマンの)神々は人生における助力者であり彼らの敵に対して戦う。神々は氏族の幸福である平和を保障し共同体の守護神となる。神々は祭儀に関して命令するが、その命令はまだ倫理的領域との連関をもっていなかった。
  ――19 ゲルマン民族への宣教

 って、これ、日本の神道とソックリだ。特に祭儀には拘るけど倫理は別って所とか。というか、アブラハムの宗教以外の宗教って、たいていはそんな性格なんじゃなかろか。いや調べてないけど。

 やはりドイツだと、こんな記述もあって。

30年戦争の結果、ドイツの国土は荒廃し道徳は低下し産業も衰え、その人口は三千万人から千二百万人に激減した。
  ――51 敬虔主義

 なにそれ凄い。ニワカとはいえ軍ヲタを自任してるくせに、30年戦争は全く知らなかった。日本だと徳川秀忠~家光あたりか。ヨーロッパは地獄だぜ。

 やはり興味をそそられるのが…

カルヴァンの宗教改革当時ジュネーヴの人口は一万九千人であったが、その約1/3すなわち、六千人の亡命者が住んでいた。
  ――37 カルヴァンの宗教改革

 と、かなり昔からジュヴェーヴは国際都市だった模様。いったい、どんな事情でそうなったのか。いつかジュネーヴの歴史も調べてみたい。とか言ってると、野次馬根性は際限なく広がっていく。果たして死ぬまでに、どれだけの本が読めるんだろう?

【植民地政策】

 とかの歴史ばかりでなく、現代の世界情勢にも目を配ってるから憎い。例えば…

19世紀後期に契約に基づき農園労働者としてこの国(フィジー)に移民したインド人の数は、この国で誕生したインド人を含めて同年に十七万人になったので、すでに1956年にフィジー族の人口は十四万八千人となり、この国のなかで少数民族となってしまった。
  ――79 アフリカと東南アジアと東アジアとオセアニアとの教会

 って、フィジーも大変だ。Wikipedia を見ると、やはり睨み合いはある様子。スリランカといい、イギリスも無茶やってるよなあ。

【新大陸】

 合衆国はプロテスタントの国って印象がある。そうなったのは、どうやら宗派ごとの布教の方法の違いもあるらしい。カトリックはフランシスコ・ザビエルみたく役割を担った伝道者が布教に赴くのに対し、幾つかのプロテスタントは信徒が自ら布教する。これが西部開拓のスタイルに合っていた、と。

 しかも、これが戦争の趨勢にも影響を与える。

それでは教職者はこの戦争(独立戦争)に対してどのような役割を果たしたのであろうか。ニューイングランドほど読み書きが普及しておらず、また新聞報道に接する機会も少なかったところでは、植民地人は時代の諸問題がどのようなものであるかを知ることができず、これらについて知るためには、説教者による以外には手立てはなかった。
  ――52 北米における教会の移植と発展

 要はクチコミ。で、各地を旅する説教者は、同時にニュースを伝える役割も担っていたわけ。今でも「旅人を丁寧にもてなす」習慣が残ってる地域があるのは、こういう事情なのかな? 当時の旅人は、こういう役目があると同時に、山賊に襲われる危険も大きかったんだし。

【儀式】

 プロテスタントは幾つもの宗派に分かれてるが、状況によっては一緒にやっていこうとする場合もある。特にキリスト教徒が少ない土地では、助け合うケースもみられる。この障害の一つが儀式の形で、宗派によっては形も大切なのだ。

定式化した祈祷はいわば魔力的効力を持つものと考えられたから、これを多少でも変更することはこの効力の喪失になると考えられた。
  ――62 東方とロシアの正教会

 特に文字も読めない人が多い所では、こういう形って大事なんだろう。

【正教】

 日本のプロテスタントの記述が多い半面、正教の扱いは少ない。が、少ないなりに、正教は苦闘の歴史を歩んできたのがわかる。正教が盛んな土地は、主にオスマン帝国の支配下にあったため、どうしても少数派として迫害されがちなのだ。

 唯一の楽園はロシアだったんだが、それも革命で…

1933年の初めに、1937年までにはソヴィエト連邦には、ひとつの教会も残らないように目標が設定された。
  ――73 ボリシェヴィキとロシア正教会

 と、スターリンにいぢめられる。確かスターリンは神学校に通ってたはずだが、その時の恨みもあるんだろうか?

【ライバル】

 宗教と科学の対立なんて構図があるけど、最近になって私はこう思うようになった。「宗教の商売敵って、科学より娯楽なんじゃね?」と。この疑念を裏付けてくれる記述もある。

…文明の娯楽――例えばラジオ、新聞の日曜娯楽版、最初は自転車、のちに自動車――が日曜日の習慣を変えてしまった。1850年には恐らく人口の少なくとも半数が教会に規則的に出席していたが、1950年までにその9/10がそのこのような習慣をもたなくなった。
  ――76 英国と英連邦との教会

 昔から漫画やアニメやゲームを敵視する人はいた。世の中には、見慣れないってだけで新しいモノを嫌う人もいる。が、中には異様に攻撃的な人もいる。最近ではキズナアイが騒ぎになった。その背景には、こういう事情もあるんじゃないかと私は疑っている。

 つまり、誰でもスグ手軽に楽しめる娯楽は、新興宗教の市場を食い荒らすのだ。特に最近はネットで同好の志を募るのも楽になった。これは、新興宗教のもう一つのアピール・ポイント、「仲間が見つかる」とも競合する。

 市場拡大を目論む新興宗教にとっては、手軽に楽しめて仲間も見つかるヲタ趣味は、実に目障りな存在だろう。逆に考えると、ヲタ趣味はカルトの力を削ぐのだ。ゲームは世界を平和にするのだ。ホンマかいなw

【おわりに】

 などとケッタイな結論になったが、もちろん本書はそんなふざけた本じゃない。その時々や地域の政治情勢など広く深い歴史の知見を基礎に、教会の組織はもちろん重要人物の思想にまで踏み込みつつも、二千年の歴史を一冊の文庫本にギュッと押し込めた、極めて重い本だ。相応の覚悟をして挑もう。

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2018年10月11日 (木)

藤代泰三「キリスト教史」講談社学術文庫 1

古代教会におけるローマ・カトリック教会は司教らの教会であったが、中世においてそれは教皇の教会となる…
  ――22 教皇制度の興隆

【どんな本?】

 ユダヤ教の中からキリスト教が生まれてから、現在のように世界中に広まるまで、どのような経過を辿ったのか。

 それぞれの地域における時代背景から、権力者と教会の関係、組織内や宗派間の論争や闘争、様々な組織の離散集合や組織体質の変化、他の宗教との競合、戦争や革命などの歴史的事件が各宗派に与えた影響や各宗派が果たした役割、そして世界各地における伝道活動など、キリスト教の歴史を俯瞰的・総合的に描く、学究者向けの専門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は1979年に日本YMCA同盟出版部から単行本で刊行。講談社学術文庫はこれを改訂し、2017年11月10日に第1刷発行。文庫本で縦一段組み、本文約647頁に加え、佐藤優の解説「藤代先生と私」10頁。8.5ポイント41字×19行×647頁=約504,013字、400字詰め原稿用紙で約1,261枚。上中下の三巻に分けてもいい大容量。

 文章は硬い。いわゆる学者の文章だ。内容もかなり難しく、読みこなすには歴史とキリスト神学の充分な知識が要る。神学者または神学者を目指す学生向けの、専門的な学術書だ。少なくとも「コリント人への第一の手紙」と聞かれて、誰が誰に宛てた手紙でどんな内容なのかスラスラと言えなければ、まず歯が立たない。とか書いている私は、何も答えられません、はい。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。なお、各章の冒頭の「序」は、その章の内容を巧みにまとめてあるので、素人は「序」だけを拾い読みすれば、美味しい所をつまみ食いできる。

  • 序論
    私の立場/解釈学/課題の設定/類型論/時代区分

第一部 古代

  • 1 古代史の課題
    課題/時代的限定
  • 2 ギリシア・ローマ文化
    序/ギリシア・ローマ文化の世界/哲学思想 (1)プラトン (2)アリストテレス (3)ストア学派/東方宗教/皇帝礼拝/結語
  • 3 ユダヤ教
    序/政治的状況/ユダヤ教/サドカイ人/パリサイ人/アム・ハ・アレツ/エッセネ人/メシア待望/庶民信仰/クムラン教団/知恵/ディアスポラのユダヤ人
  • 4 イエス
    序/バプティマスのヨハネ/イエス (1)預言者 (2)メシア (3)贖い主/神の国/イエスの復活/イエスの神性
  • 5 原始教団
    序/宣教共同体/ペテロ/パウロ/ヨハネ
  • 6 教会の発展
    序/ユダヤ人キリスト教会/異邦人キリスト教会の宣教/使徒教父
  • 7 教会の内的危機
    序/グノーシス主義 (1)バシレイデス (2)ヴァレンティノス (3)総括と批判/マルキオン/モンタニズム/ナグ・ハマディ文書
  • 8 教会の組織的発展
    序/合同教会/監督職 (1)教会法の導入 (2)教会会議/使徒伝承と信仰告白/正典/史的意義
  • 9 礼拝と礼典
    序/聖餐/洗礼/礼拝/礼拝の時/礼拝の場所
  • 10 キリスト教徒の生活と修道院
    序/慣習と教会規則/この世におけるキリスト教徒の倫理/修道院制度の発生と展開
  • 11 神学思想
    序/弁証家/エイレナイオス/単一神論 (1)動態的単一神論 (2)様態的単一神論/アレクサンドリア学派 (1)クレメンス (2)オリゲネス/アンテオケ学派/アレイオス/ニカイア会議とアタナシオス/カパドギア教父/コンスタンティノポリス会議/キリスト論論争/キュリロス/エウティケス/カルケドン会議/クリュソストモス/東方教会と西方教会の神学思想の相違/テルトゥリアヌス/キプリアヌス/アンブロシウス/ヒエロニムス/アウグスティヌス
  • 12 ローマ帝国と教会の闘い
    序/初期の迫害/キリスト教徒迫害の理由/迫害の法的根拠/国家的規模の迫害/コンスタンティヌスの寛容令/コンスタンティヌスの後継者の時代
  • 13 教皇制度の発生
    序/ローマ教会の卓越性/教皇観念の発生
  • 14 イスラム教のもとのキリスト教会
    序/イスラム教による統一国家/イスラム教のもとのキリスト教会
  • 15 社会と文化と教会
    序/禁欲/教会における社会思想発生の原因/教会における社会思想 (1)所有 (2)労働 (3)商業 (4)家族 (5)奴隷 (6)愛の働き (7)教会と国家/教育
  • 16 古代教会発掘の現状
  • 17 回顧

第二部 中世

  • 18 中世キリスト教史の課題
    時代的限定/課題
  • 19 ゲルマン民族への宣教
    序/ゲルマン民族の文化と宗教/ゲルマン民族への宣教 (1)ゲルマン民族宣教の主要課題 (2)東ゲルマン民族への宣教 (3)西ゲルマン民族とローマ・カトリック教会 (4)ボニファティウス (4)ザクセン人と北方人 (6)ゲルマン民族のキリスト教受容の精神的理由 (7)キリスト教のゲルマン化
  • 20 スラヴ民族への宣教
    序/スラヴ民族の宗教/スラヴ民族への宣教開始/東ローマ帝国とローマ・カトリック教会の対立/西スラヴ民族への宣教/バルト海沿岸地方
  • 21 東方正教会と西方教会の分裂
    序/称号問題/教皇首位権問題
  • 22 教皇制度の興隆
    序/教会の主としての教皇/世界の主権者としての教皇
  • 23 帝国と教皇の闘い
    序/カール大帝の死からオットー一世まで/クリュニー修道院の改革運動/叙任権抗争(1056-1122)/シュタウフェエル朝と教皇庁の闘い
  • 24 十字軍
    序/十字軍の原因/経過/敗因/史的意義 (1)政治的影響 (2)文化的影響 (3)経済的影響 (4)教会への影響
  • 25 新しい修道会の創設
    序/カルトゥジオ修道会/シトー修道会/プレモントレ修道会/フランシスコ修道会/ドミニコ修道会/史的意義
  • 26 神学思想
    序/エリウゲナ/アンセルム/アベラール/ロンバルドゥス/アルベントゥス・マグヌス/トマス/スウコトゥス/オッカム
  • 27 神秘主義
    序/観想的神秘主義 (1)フーゴー (2)ベルナール/静寂的神秘主義 (1)エックハルト (2)タウラー (3)ソイゼ (4)リュスブレック/神の友会/「テエオロギア・ゲルマニカ」
  • 28 秘跡と民衆の信心
    序/七つの秘跡/実体変質説/告解と免償証/婚姻/マリア崇敬/成人と遺物/極端な信心/説教/信心書
  • 29 分派運動と異端審問所
    序/カタリ派/ワルドー派/ヨアキム/ロラード派/フス派/異端審問所
  • 30 中世末期の教皇制度
    序/ボニファティウス八世/教皇理念に反対した思想家/教皇庁の財政/教皇庁の分裂/教会会議運動
  • 31 ルネサンスと人文主義
    序/イタリアのルネサンス/美術/古典語の研究/エラスムス/ルネサンスと宗教改革の関連
  • 32 社会と文化と教会
    序/中世の社会生活とキリスト教の理想/領邦教会の発生と財産/カトリック教会と修道院の土地所有/教会法/トマスの教会的統一文化の理念/トマスの家庭観/教育
  • 33 回顧

第三部 近世

  • 34 近世キリスト教史の課題
    課題/時代的限定
  • 35 ルターの宗教改革
    序/修道院における苦闘/「95箇条提題」からヴァルトブルク城まで/ヴィッテンベルクの宗教改革の発展/エラスムスとの論争/農民戦争(1524-1525)/教会の組織化/カトリック側とプロテスタント側の抗争
  • 36 ツヴィリングリの宗教改革
    序/起源と展開/国家と教会/聖餐論論争/神学の特色
  • 37 カルヴァンの宗教改革
    序/カルヴァンの回心/第一回ジュネーヴ時代/ストラスブール滞在/第二回ジュネーヴ時代/神学の特色 (1)神観における神の栄光と尊厳 (2)二重予定論 (3)調停的聖餐論 (4)歴史における神の意志/カルヴィニズムの発展の理由
  • 38 ラディカル宗教改革運動
    序/再洗派/神秘的心霊主義/反三一神論
  • 39 対抗改革
    序/イエズス会/トリエント会議/異端審問所
  • 40 北欧におけるルター主義の発展
    序/デンマーク/ノルウェー/アイスランド/スウェーデン/フィンランド
  • 41 イングランドの宗教改革
    序/ヘンリ八世/エドワード六世/メリー/エリザベス一世
  • 42 フランス、ネーデルランド、スコットランドにおけるカルヴィニズムの発展
    序/フランス/ネーデルランド/スコットランド
  • 43 ギリシアとロシアの正教会
    序/ギリシア正教会/ロシア正教会
  • 44 インド、中国、東南アジアへの宣教
    序/ローマ・カトリック教会
  • 45 日本宣教の開始と展開と鎖国
    序/宣教の開始と発展(1549-1586)/秀吉の迫害(1587-1598)/徳川幕府初期の政策(1599-1613)/迫害と追放(1614-1637)/苦闘と潜伏(1637-1638)/キリシタン文化
  • 46 ピューリタン運動の発生と展開
    序/ピューリタンの主張/長老派/ピューリタン革命/独立派(会衆派)/バプティスト派/レヴェラー派/クエーカー派(友会)/第五王国論者/ランター派/ピューリタン革命後/ピューリタン運動の史的意義
  • 47 社会と文化と教会
    序/倫理原則/結婚/召命(職業)/国家と教会/経済/文学/芸術/教育
  • 48 回顧

第四部 近代

  • 49 近代キリスト教史の課題
    時代的限定/課題
  • 50 啓蒙主義とキリスト教思想
    序/英国 (1)ロック (2)ニュートン (3)広教会主義 (4)理神論 (5)ヒューム/フランス (1)デカルト (2)スピノーザ (3)理性的宗教理解への批判者パスカル (4)サロン (5)ルソー (6)ヴォルテール/ドイツ (1)ライプニッツ (2)ヴォルフ (3)ライマールス (4)歴史的批判的聖書研究/史的意義
  • 51 敬虔主義
    序/先駆者/シュペーナー/フランケ/ベンゲル/ツィンツェンドルフ/ドイツ敬虔主義の史的意義/メソヂスト運動/ヤンセニズム/静観主義
  • 52 北米における教会の移植と発展
    序/教会の移植/第一次大覚醒運動(第一次信仰復興運動)/独立戦争と教会/信教の自由の確立/欧州の教会や教派からの独立
  • 53 啓蒙的絶対主義王政と教会
    序/教皇領/プロイセン/ドイツ/オーストリア
  • 54 フランス革命とローマ・カトリック教会
    序/宗教的状況/革命の第一段階(1789-1792)/第二段階/ナポレオンの教会政策 (1)「教政条約」 (2)「基本事項」
  • 55 啓蒙主義克服の試み
    序/カント/シュライエルマッハー/ヘーゲル
  • 56 フランスの自由主義カトリック運動
    序/ラムネの自由主義カトリック運動
  • 57 ピウス九世の信仰箇条宣言
    序/「マリアの無原罪の解体」/「謬説表」の発布/「教皇不可謬性」の教義/文化闘争/教皇領の喪失
  • 58 英国の教会とオックスフォード運動
    序/アングリカン教会/諸分離派/メソヂスト派/ローマ・カトリック教会/北アイルランドの宗教事情/オックスフォード運動/スコットランドの教会
  • 59 教会への新しい思想的挑戦
    序/フォイエルバッハ/シュトラウス/ルナン
  • 60 キリスト教社会運動
    序/オーエン/チャーチスト運動/キリスト教社会主義運動
  • 61 米国の教会の西部への発展から南北戦争まで
    序/西部への宣教/第二次大覚醒運動(第二次信仰復興運動)/内国伝道と外国伝道/神学校と大学/新しい教派 (1)モルモン教会 (2)アドベンチスト教会 (3)心霊主義者 (4)科学者キリスト教会/共産主義的共同体の実験/奴隷解放問題
  • 62 東方とロシアの正教会
    序/バルカン半島の正教会の解放/18世紀末までのロシア正教会/オールドビリーヴァー派(古儀式派)その他/19世紀のロシア正教会
  • 63 中国、東南アジア、アフリカ、シベリア、および北極圏宣教
    序/ローマ・カトリック教会 (1)インド (2)中国 (3)東南アジア (4)アフリカ/正教会 (1)西シベリア (2)中国 (3)カルムック人 (4)ヴォルガ川中部 (5)東部シベリア (6)カムチャツカ (7)アリューシャン列島/プロテスタント教会 (1)東南アジア (2)グリーンランド
  • 64 日本カトリック教会の復興
    序/明治初年のキリシタン迫害の発端/外交問題へと発展/迫害/追放移民/切支丹禁制の高札の撤去/赦免帰村/教勢
  • 65 日本プロテスタント教会の創立と発展
    序/プロテスタント教会の宣教開始/諸教会の創立と発展 (1)日本基督一致教会 (2)組合基督教会 (3)聖公会 (4)メソヂスト教会 (5)バプティスト教会 (6)福音協会 (7)美普教会 (8)基督教会 (9)基督友会 (10)基督同信会 (11)スカンジナビアン・アライアンス (12)日本福音ルーテル教会 (13)アライアンス教会 (14)同胞教会 (15)セブンスデー・アドベンチスト教会 (16)フィンランド福音ルーテル教会 (17)自由メソヂスト教会 (18)神の教会 (19)ナザレン教会 (20)ペンテコステ教会 (21)世界宣教団 (22)日本伝道隊 (23)スコットランド一致長老教会 (24)改革派教会 (25)カンバランド長老教会 (26)スコットランド・エジンバラ医師宣教会 (27)ホーリネス教会 (28)救世軍 (29)無教会主義集会 (30)普及福音教会 (31)ユニテリアン協会 (32)同仁教会 (33)近江ミッション(近江兄弟社) (34)その他の教会/一致教会と組合教会の合同の挫折/いわゆる教育と宗教の衝突/神学上の苦闘/教育 (1)東奥義塾 (2)札幌農学校 (3)同志社 (4)立教学院 (5)明治学院 (6)青山学院 (7)東北学院 (8)関西学院 (9)松山学院 (10)名古屋学院 (11)その他の男子校(共学を含む) (12)聖フェリス女学院 (13)横浜共立学院 (14)女子学院 (15)青山女学院 (16)神戸女学院 (17)同志社女学院 (18)梅花学院 (19)平安女学院 (20)立教女学院 (21)その他の女学院/聖書邦訳/賛美歌編集/社会福祉事業/出版事業/YMCAとYWCA/日清、日露戦争と教会/教勢
  • 66 日本正教会の創立と発展
    序/ニコライの来日/ニコライの東京移住/迫害/教会の発展/教勢
  • 67 19世紀後半のプロテスタント神学思想
    序/バウル/リッチュル学派/キェルケゴール
  • 68 カトリック・モダニズム
    序/経過
  • 69 回顧

第五部 現代

  • 70 現代史の課題
    時代的限定/課題
  • 71 神学思想
    序/バルト/ブルンナー/ネオ・オーソドクシイ(新正統主義)/ティーリッヒ/ブルトマン/その他の神学
  • 72 エキュメニカル運動
    序/起源/展開/ローマ・カトリック教会の態度/今後の問題
  • 73 ボリシェヴィキとロシア正教会
    序/ボリシェヴィキの宗教政策/第五回ソヴィエト大会/「活ける教会」の分離/第一次五カ年計画と再迫害/圧迫の緩和/1937年から翌年にかけての粛清/宗教復興
  • 74 全体主義国家とローマ・カトリック教会
    序/教皇庁の政策/イタリア/オーストリア/ポルトガル/スペイン/フランス
  • 75 ナチスとプロテスタント教会
    序/ドイツの教会の状況/教会からの離脱/ドイツ・キリスト者/教会闘争
  • 76 英国と英連邦との教会
    序/教職者数の減少/自由教会の衰退/社会と教会/教会合同/カナダの合同教会/アングリカン教会と教会合同/南インド教会/ローマ・カトリック教会
  • 77 米国の教会
    序/教会の合併と訓練を受けていない教職者/ファンダメンタリスト論争/禁酒運動/国際問題への関心/社会・経済倫理/近代主義宗教教育と礼拝と教会の制度化/教会合同と教会連合/国家とプロテスタント教会/ローマ・カトリック教会/北米日本人キリスト教会
  • 78 東方とチェコスロバキアとの教会
    序/ギリシア/トルコ/チェコスロバキア
  • 79 アフリカと東南アジアと東アジアとオセアニアとの教会
    序/アフリカ/東南アジア (1)インドネシア共和国 (2)ビルマ連邦社会主義共和国 (3)スリランカ共和国(セイロン) (4)インド (5)パキスタン (6)アフガニスタン (7)ネパール (8)フィリピン共和国/東アジア (1)中国 (2)台湾 (3)韓国/オセアニア
  • 80 ラテン・アメリカ諸国の教会
    序/ローマ・カトリック教会/メソヂスト福音主義教会
  • 81 第二ヴァチカン会議
    序/教会一致/典礼/教会論/神の民としての信徒/現代世界に対する教会の役割/ユダヤ教や他の宗教/パウロ六世の聖地巡礼
  • 82 日本ローマ・カトリック教会
    序/発展/教勢/教育/社会福祉事業
  • 83 日本のプロテスタント教会
    序/開教50年記念会/日本基督教会同盟/三教(キリスト教、教派神道、仏教)会同/全国協同伝道/第八回世界日曜学校大会/日本基督教連盟/神の国運動/社会的キリスト教/宗教団体法の成立/二つの信徒大会/日本基督教団の成立/戦時下の教会/天皇の人間宣言/日本基督教団の再編/新設教会 (1)リーベンゼラ日本伝道会 (2)日本アッセンブリー教団 (3)基督兄弟団 (4)基督聖協団 (5)イムマヌエル綜合伝道団 (6)日本福音教団 (7)聖イエス会 (8)イエス之御霊教会教団 (9)日本ユナイト・ペンテコステ教団 (10)極東福音十字軍 (11)クリスチャン文書伝道団 (12)日本聖契キリスト教団 (13)メノナイト派 (14)在日大韓基督教会 (15)東洋ローア・キリスト伝道教会 (16)原始福音 (17)ものみの塔聖書冊子教会(エホバの証人) (18)末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教会) (19)その他の教会/聖書改訳/賛美歌改訂/教会の戦争責任問題/沖縄キリスト教団と日本基督教団の合同/「靖国神社法案」/万国博覧会問題/種谷裁判/津地鎮祭判決/教勢/教育/社会福祉
  • 84 日本正教会
    序/分離の経緯/教勢
  • 結び 展望
    信仰と理性/信仰と社会的実践/社会福祉と教会/政治と経済と信仰生活/諸宗教と福音/文化と福音/教育と福音/平和問題/教会協力と一致/歴史と信仰/旅人
  • 地図 五世紀半までの五総大司教区(総主教区) 16世紀末の宗教分布
  • 図表 教会系譜/文献/解説 藤代先生と私 佐藤優/索引

【感想は?】

 まさしくライフワークだ。良くも悪くも。

 「良くも」は、少なくとも三つ。まず、素人でも一目でわかる巨大ボリューム。次に、時代的にも組織的にも全体を見渡す俯瞰的な視点。そして、神学にに限らず広く深い歴史の知識が、学術的な基礎をシッカリと支えていること。

 なんたって、それぞれの事柄について、その背景にある歴史・社会・経済的な事情から語ってくれるのが嬉しい。例えば、キリスト教の発生についても、それ以前のギリシア文化や、当時のユダヤ教の状況から説き起こしている。

 ただし、あくまでも研究者向けの本であり、キリスト教徒ではない素人向けじゃない。だから、常識的な事は省いてある。例えばイースターやペンテコステについて、「それは何か」は書いていない。お陰で私は散々 Google と WIkipedia のお世話になった。

 「悪しくも」は、著者の研究の方向性が色濃く出ている点だ。これは目次を見ればすぐ分かる。日本の記述が異様に多い反面、正教や中南米の頁は少ない。別に贔屓したわけではなく、単に自らの研究の集大成として書いた結果、そうなったんだろう。

 そんなわけで、ド素人向けの入門書ではない。研究者または研究者を目指す人向けの専門書である。そういう本を、キリスト教徒ですらないド素人の私がどう読んだか、これはそういう記事だ。

 本書は、それぞれの時代の高名な思想家や神学者の考えた事も書いてある。一人につき10行~2頁ぐらいに要点をまとめてあって、興味のある人には便利だろう。が、私は大半を読み飛ばした。何せド素人だから、三一とかの基本的な用語すら何の事だか見当もつかない。

 そんなわけで、思想的な部分には触れない記事になる。詳しくは次の記事で。

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2018年10月 4日 (木)

白戸圭一「ボコ・ハラム イスラーム国を超えた[史上最悪]のテロ組織」新潮社

「ボコ・ハラム」という組織名は、ナイジェリア北部で広く話されているハウサ語で「西洋の知・西洋の教育システム」を意味する「ボコ」と、アラビア語で「禁忌・禁止」を意味する「ハラム」を組み合わせたものである。
  ――プロローグ ワイドナショーが取り上げた武装組織

「こいつらは奴隷だ。奴隷市場でこいつらを売る」
  ――第1章 女子生徒集団拉致事件の衝撃

ナイジェリアは民族の数が桁違いに多く、その数は約250と言われ、最大374に上るという独立後の調査結果もある。
  ――第2章 舞台装置「ナイジェリア」の誕生

社会に不満を抱く大勢の若者が大衆運動に魅了され、その中からシャリーア全面施行にこだわる組織が生まれ、さらにその一部が強硬派として先鋭化し、最も非妥協的な集団が暴力を志向するようになる……。
  ――第3章 イスラーム反体制運動の進展

ボコ・ハラムは潜伏期間中に正式名称を現在の「Jama'atu Ahlu-Sunna Lidda'Awati Wal-Jihad」に変更した。(略)これは「宣教およびジハードを手にしたスンニ派イスラーム教徒としてふさわしき者たち」といった意味である。
  ――第4章 「テロ組織」への発展

「この運動(ボコ・ハラム)は各たる指揮と統制を有した事がない」
  ――第4章 「テロ組織」への発展

(アブバカル・)シェカウ指揮下で新たにボコ・ハラムのメンバーとなった若年層男性の多くは、カヌリ人であると言われている。ボコ・ハラムによるテロが猖獗を極めている地域も、カヌリの人々が住んでいる地域とほbの重なっている。
  ――第4章 「テロ組織」への発展

【どんな本?】

 2014年4月下旬、ナイジェリア発のニュースに世界は騒然となった。ボコ・ハラムを名乗る武装集団が、女子高の寄宿舎を襲い、200~300人の女子生徒を拉致したのだ(→Wikipedia)。アフリカへの関心が薄い日本のマスコミも、この事件は連日ワイドショーが取り上げた。

 彼らはいったい何者なのか。その目的は何か。なぜ同じムスリムに対し非道な事をするのか。アルカイダや自称「ISIS」とは、どんな関係なのか。彼らのような集団が、なぜ生まれたのか。なぜナイジェリア政府は彼らを鎮圧できないのか。

 14世紀のイスラム教の伝来・19世紀以降の大英帝国による間接統治・1960年の独立・長い軍政の果てに誕生した民主政治などの歴史から、多種多様な民族が住み貧富の差が激しく政府への信頼が薄い現在の状況まで、ボコ・ハラムが生まれる背景を描き出し、また組織の誕生から現在へ至るまでの経緯を探り、史上最悪のテロ組織が発生した要因へと迫る、ホットなドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年7月15日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約182頁に加え、あとがき3頁。9.5ポイント43字×18行×182頁=約140,868字、400字詰め原稿用紙で約353枚。文庫本なら少し薄い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も工夫を凝らしており親しみやすい。例えば歴史を語る際、単に数字で年を示すだけでなく、「そのころ日本では」と同時期の日本の世相を合わせて書いてあるので、体感的に「あの頃」が伝わってくる。

【構成は?】

 章ごとに異なった切り口でボコ・ハラムに迫っていく形だ。拾い読みしてもいいが、文字数も少ないので、頭から読んでも一気に読める。

  • プロローグ ワイドナショーが取り上げた武装組織
  • 第1章 女子生徒集団拉致事件の衝撃
    事件の発生/女子生徒の救出を求める世論/世界が「傍観」した大虐殺/ルワンダ人の絶望と憤怒/ウガンダで起きていた大規模な拉致/メディアの注目度に大きな差/異常な注目を生んだもの/世界へと「発信」された犯行/グローバル志向の組織/そもそも「テロ」とは何か/武力紛争とは何か/テロに統一した定義はない/テロが持つ独自の「役割」/急増するテロ/無差別テロの増加/自爆テロの始まり/テロが多発する三つの地域/新しい脅威としてのテロ
  • 第2章 舞台装置「ナイジェリア」の誕生
    ボコ・ハラムを生んだ国/石油が作り上げた地域経済大国/頻発する政治暴力/ボコ・ハラムは「反キリスト教」組織か/「ソコト・カリフ国」というイスラーム国家の原体験/英領植民地ナイジェリアの誕生/埋め込まれた「分断」の火種/英国による間接統治の導入/イスラーム・コミュニティの分裂/火種を抱えたままの独立/シャリーア刑法典の廃止という決断/イスラーム政治エリートへの批判
  • 第3章 イスラーム反体制運動の進展
    混迷するナイジェリア政府/オイルブームが加速した「格差」と「腐敗」/既存秩序の変革を求めて/二つの反体制運動「ヤン・イザラ」と「マイタシン」/シャリーア全面導入要求の台頭/軍政の終焉がもたらしたもの/シャリーア刑法典の施行/骨抜きにされた刑法典/ボコ・ハラムの前身「ユスフィーヤ」の誕生/カルト集団化した強硬派/「ナイジェリアのタリバン」/「テロ組織」ではなかったボコ・ハラム
  • 第4章 「テロ組織」への発展
    組織拡大への道/ボルノ州知事選での暗躍/政治家としての「持ちつ持たれつ」/国際的注目度「ゼロ」の時代/天気となったユスフの死/アルカーイダとの連携/ジハード・テロ組織への変容/強硬派シェカウと過激化する組織/ウサマ・ビンラディンとの接点/二つの「先輩格」のテロ組織/国外逃亡と軍事訓練/アルカーイダ・ブランドによる発展的再建
  • 第5章 ボコ・ハラムはどこへ向かうのか
    推定5%の支持率/「カヌリ人」のナショナリズムを利用/政府軍が破壊した街/治安当局に対する根強い不信/なぜ少女たちは救出されないのか/スタンド・プレイとしての「専門家派遣」/アルカーイダからイスラーム国へ/領域支配の挫折/少女の自爆テロの多発/再び「注目」を求めて/ISに見限られたシェカウ/ネットワーク化するボコ・ハラム/ボコ・ハラムの今後
  • 第6章 サブサハラ・アフリカと過激主義の行方
    ボコ・ハラムは「例外」なのか/高度成長下での台頭と発展/経済成長しても過激派は抑止できない/資源依存な経済成長/弱い生産力と高失業状態/食糧自給できない農業/増え続けるアフリカの人口/3人に1人がアフリカの住人に/平均年齢14.8歳の社会/「人口ボーナス」の恩恵はあるか/軍事政権をめぐる矛盾/ガバナンスの不全/AQIM、アル・シャバーブとガバナンス問題
  • エピローグ アフリカと日本のためのテロ対策
  • あとがき/ボコ・ハラム関連年表/主要参考文献

【感想は?】

 書名ではボコ・ハラムが目立っているが、それは本書の内容の半分。もう半分は、ナイジェリアを中心としたサブ・サハラ情勢報告といった感じ。

 サブ・サハラは、サハラ以南のアフリカを示す。著者はかつて毎日新聞の記者として南アフリカに駐在しており、「ルポ 資源大陸アフリカ」なんて本も出している。「カラシニコフ」や「アフリカを食べる/アフリカで寝る」を著した松本仁一と似た経歴だ。

 そのためか、日本人にはもっとアフリカに関心を持ってほしいとの想いが、全編に溢れている。冒頭からルワンダ大虐殺(→Wikipedia)やウガンダのLRA(神の抵抗軍、→Wikipedia)を例に出し、被害の規模とマスコミの扱いの小ささを嘆いてたり。確かに「ホテル・ルワンダの男」は凄かった。

 さて、肝心のナイジェリア。原油頼りかと思ったが、2013年のGDPに占める石油産業の割合は12.9%。金融・不動産が15.9%など、他の産業も育っている。それより人口が2015年時点で約1.8億人と日本を超えてる。実は大国なのだ。

 数え方によって民族数は300以上なんて多民族国家のナイジェリア、歴史も紆余曲折。大雑把に北はイスラムで貧しく、南はキリスト教で豊か。19世紀に大英帝国が来て、南のラゴスを拠点とする。だって海があって便利だし。ついでに住民をキリスト教に仕込む。が、北は…

 もともとスルタンと首長が君臨するソコト・カリフ国があった。英国はお得意の間接統治でお茶を濁す。英国がスルタンと首長を支配し、首長らが住民を支配する。インドと同じ手口ですね。

 ところが、真面目なウラマー(知識人、イスラム法学者)からすると、首長らは堕落したムスリムで、英国の手先に見える。英国が学校を作って官吏を育て始めると、これも従来のクルアーン学校出身者と睨み合う。それでも英国が頭を押さえているうちは良かったが…

 1960年の独立でウザい英国が去り、南部にあるニジェール川河口の油田開発で南北の経済格差が広がる。ビアフラ戦争(→Wikipedia)など火種は尽きず、相次ぐクーデターで治安は崩壊、政府の信頼性は地に堕ちる。

 と、歴史と現状を見れば、かつての栄光ソコト・カリフ国の復活を望む気持ちもわかる気がする。みんなキリスト教徒が悪い、シャリーア(イスラム法)に基づいて法と秩序を取り戻そう、そういうわけだ。

 そこに1999年の民政復活に伴う選挙で、北部諸州の知事は次々とシャリーア施行を宣言する。だってその方がウケるし。でも州によってはキリスト教徒の住民もいて、ヌルい州と厳格な州の違いが出てくる。失業率の高さもあり、若者たちの不満は高まり…

 2000年代初頭まで、そんな感じでボコ・ハラムは地域の反乱組織に過ぎなかった。そこで警察が駆除に乗り出すんだが、住民の巻き添えが増えるばかり。住民も警察を信用せず、聞き込みにも協力しない。だって下手に関係を疑われたらロクな事にならないし。

 ってな状況に、アルカイダなどのグローバル・ジハードの風潮が来て…

 具体的な資金源や人脈、組織の内情などには迫り切れていない感はある、しかし、中東・アフリカ・中央アジア・イインドネシアなどでイスラム復興を望む人々が増える背景にある事情は、少しわかった気がする。短いが、内容は濃い本だ。

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2018年9月21日 (金)

小倉貞男「物語 ヴェトナムの歴史 一億人国家のダイナミズム」中公新書

ヴェトナムの歴史は、アジアの国際関係史である。この関係史はAとB、二つの軸を形成している。A軸は中国との対立と交渉の関係史だった。(略)B軸はヴェトナムと東南アジアモンスーン地帯の諸民族との関係史である。
  ――序章 ヴェトナムとインドシナ

1797年、アン・エンが死ぬと、むすこのアン・チャンが継いで、1806年、父と同じくバンコクで即位した。これよりカンボジア国王はタイで即位して、ヴェトナムには朝貢するというしきたりになった。
  ――第3章 南進の時代・国際社会との出会い 全土統一 ジャロン(嘉隆)の物語

フランスの武力制圧に抵抗した知識人たちのゲリラ闘争による勤王運動は、フランスの近代的な軍備によって圧倒されたが、この過程に二つの動きが生まれた。
一つはフランスの支配を打ち破るためにゲリラ闘争から組織闘争へ、地域的闘争から民族独立の旗を掲げた国民的闘争への発展を目指す動きである。(略)
第二は反仏抵抗運動の目標がグエン王朝へも向けられるようになった点である。
  ――第4章 フランス植民地時代 民族革命 ファン・ボイ・チャウ(潘佩珠)の物語

ホ・チ・ミン「わたしをレーニンや第三インターナショナルへの信頼に導いたのは、はじめは愛国心であって共産主義ではなかった」
  ――第4章 フランス植民地時代 独立 ホ・チ・ミン(胡志明)の物語

【どんな本?】

 20世紀の独立闘争では驚異的な粘り強さを見せてフランスに次ぎ超大国のアメリカまでも撤退に追い込み、ソ連と中国の両共産主義大国の間で巧みにバランスを取って独自性を保ち、21世紀に入ってからはドイモイ政策による経済成長が期待されるヴェトナム。

 その異様な粘り強さ・優れたバランス感覚そして経済成長の土台は、いかにして築かれたのか。東西に長く起伏に富み海に面した地形と、温かく水に恵まれた気候は、どんな文化や社会を育んだのか。中国・タイ・カンボジアなど近隣諸国とは、どんな関係を持ってきたのか。

 紀元前にまで遡るヴェトナムの歴史を、親しみやすい物語風味で綴る、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1997年7月25日発行。新書版で縦一段組み、本文約357頁に加え、あとがき2頁。9ポイント43字×17行×357頁=約260,967字、400字詰め原稿用紙で約653枚。文庫本なら少し厚めぐらいになる文字量。

 文章はこなれている方だろう。ただ、私は少々手こずった。最大の原因は、ヴェトナム人の名前だ。聞きなれない言葉な上に、似たような名前がたくさん出てくる。目次を見ても、グエンさんばっかりだし。

 内容は王や軍人などの有名な人物を中心として進むので、お話として親しみやすい。その反面、技術・産業・経済・文化などは軽く触れるにとどまっている。また、多民族国家ではあるものの、登場するのは最大多数を占めるキン族が中心であり、キン族視点で話が進む。

*たぶん、これはヴェトナム語に六つの音調(→Wikipedia)があるからだろう。ヴェトナム語だと音調で区別がつく言葉も、カタカナだと同じになって区別がつかなくなってしまう。

【構成は?】

 原則として時系列順に進むので、なるべく頭から読もう。

  • 序章 ヴェトナムとインドシナ
    • ヴェトナムの誕生
      「ヴィェトナム」/「大南」を名乗る/A・B軸の国際関係/友誼関と鎮南関
  • 第1章 中国支配の時代
    • 建国 フン・ヴォン(雄王)の物語
      雄王の祭り/ヴェトナム人はどこから来たか/インドシナ文化の発祥/ホアビン洞窟文化/ドンソン青銅器文化
    • 悲劇の抵抗 チュン(微)姉妹の物語
      南越王国・趙佗の反抗/中国の支配はじまる/漢の行政組織/漢字の導入/不正・残酷・貪欲/漢の同化政策/ハイ・バ・チュンの反乱/チュウ夫人の反乱/あいつぐ反乱/阿倍仲麻呂の鎮圧/ナムチャウ(南詔の征服)/龍神とカオ・ビエン(高駢)の物語
  • 第2章 独立そして国のかたち
    • 勇将 リ・トン・キエト(李常傑)の物語
      中国派vsヴェトナム派/ゴ・グエン(呉権)、バクダン(白藤)江決戦の奇略/ヴェトナムの独立・ゴ朝の樹立/かわうそディン・ボ・リン(丁部領)の物語/ディン・ボ・リンが主導権を握る/国号は「ダイコヴィェト」(大瞿越)/レ・ホアン(黎桓)、宋軍をバクダン江で破る/勇将リ・トン・キエト(李常傑)の戦い/「南の国の山河は南の帝王が支配するところ」/はじめての中央集権国家
    • 救国 チャン・クォック・トアン(陳国峻)の物語
      元軍の三度の侵攻・国難の時代/興道王チャン・クォック・トアンが全軍総指揮官/チャン・クォック・トアン、バクダン江で元軍を破る
    • ヴェトナムの国のかたち
      「リ・チャン(李陳)時代」/皇帝の出身は族長、漁民……/国王と農民/「民衆の力が国を救う」/堤防の建設を重視/仏教の普及発展/インド人僧と美しいむすめの物語/超能力の信仰/禅を学んだチャン・タイ・トン帝/儒教グループの攻撃
    • 国民詩人グエン・チャイ(阮廌)の物語
      天下大いに乱れる/ホ・クィ・リ(胡季犛)の改革/「わが子よ、国のために恥をそそぎ」……/明の併合と同化政策/レ・ロイとグエン・チャイの蜂起/レ・ロイの救国の戦い/降伏した明軍を丁重に送り返す/「明を撃破して国民に告げる書」/グエン・チャイの非業の死
    • 光輝 レ・タイン・トン(黎聖宗)の物語
      光順中興・もっとも輝かしい時代/チャンパ王国への遠征/全国の秀才集まれ/三年・六年ごとの人口調査/民事重視のホン・ドゥック(洪徳)律例/「公田制度」の整備/「竹垣の中には皇帝の威令もとどかない」/村を管理するのは「長老評議会」/「水田は皇帝に属し、寺は村に属する」/いろいろな顔をもった村落への発展
  • 第3章 南進の時代・国際社会との出会い
    • ダイナミックなインドシナ半島の国家形成
      「ブナム」の出現/「チャンパ」の台頭/交易国家チャンパ/チャムの宗教建築美術/チャム人とサヒン文化/「カンブジア」の建国/タイ族の南下
    • 南北挟み撃ちのヴェトナム
      チャンパとの攻防/カンボジア、ラオからの侵攻/「守りに弱い」国のかたち
    • 国民英雄 グエン・フエ(阮恵)の物語
      南北抗争時代/マック氏の権力奪取/マック氏の降伏/チン・グエン(鄭・阮)200年戦争/農村危機を招く/反乱あいつぐ/「広南グエン氏」の乱脈/タイソン(西山)の三兄弟/シャム軍を撃退/清軍の侵攻を破る/グエン・フエの功績
    • 全土統一 ジャロン(嘉隆)の物語
      広南グエン氏のカンボジア領土併合/アドラン司教とヴェルサイユ条約/グエン・フック・アインの反抗
    • 佳人悲しや キン・ヴァン・キェウの物語
      「きみいつ帰るかのときに、桃花咲くころと答えしに」/波乱万丈の女の悲しい一生/ヴェトナム詩の独特のスタイル/チョノム(字喃)は民族のこころ/グエン・ズゥ(阮攸)の生涯/権力の腐敗への憤り/アレクサンドル・ドゥロード
  • 第4章 フランス植民地時代
    • 悲憤 ファン・タイ・ジャン(潘清簡)の物語
      レ・ヴァン・ズエット副王の物語/第二代ミンマン帝の復讐/キリスト教を徹底的に弾圧/フランス軍艦がダナン砲撃/全国統一の実態/ファン・タイ・ジャンの登用/コーチシナの武力併合・東部三省と西部三省/悲劇のファン・タイ・ジャン/「条約に調印するか、王位を譲るか」 カンボジアを保護国に/悲惨な町や村の実情
    • 抵抗 ファン・ディン・フン(潘廷逢)の物語
      グエン・チ・フオン(阮知方)の憤死/トンキン、アンナム、コーチシナ/アンナム、トンキンが保護領に/反仏強硬派グエン・ヴァン・トゥオンとトン・タト・テュエット/中国世界からインドシナ連邦へ/いまも紛争が続く国境問題/絶望 ハムギ帝の抵抗/カイヴオン(勤王)の激/ファン・ディン・フン起つ/ファン・ディン・フンの最後/長期戦 ホアン・ホア・タム(黄花探)/北部のレジスタンス運動/南部 チュオン・コン・ディンの戦い/「祖国の解放を目指す熱望は消え去ることはなく……」/「刀で戦闘艦に立ち向かう」
    • 民族革命 ファン・ボイ・チャウ(潘佩珠)の物語
      独裁者総督ポウル・ドウメ/クォックグの採用/ドウメの悪税/ドウメの土地奪い/ファン・ボイ・チャウ(潘佩珠)は日本へ向かう/「東風一陣、爽快な一事件が起こる」/ファン・ボイ・チャウの東遊運動/ファン・ボイ・チャウの失意/ファン・ボイ・チャウ逮捕される/「ヴェトナム国に政府があるとでもいうのですか」/ファン・チャウ・チン(潘周楨)のフエ政府攻撃/「陛下、わたしはあなたとの闘争を宣言します」/国民党グエン・タイ・ホック(阮太学)の壮絶な死
    • 独立 ホ・チ・ミン(胡志明)の物語
      グエン・アイ・クォック(阮愛国)の大団結/フランスへの旅/「ヴェトナムに自由を……」/「コーディネーター」グエン・アイ・クォック/ゲティン・ソヴィエト/グエン・アイ・クォックに死刑宣告/第二次世界大戦の勃発/日本軍のインドシナ進駐/ヴェトミン(ヴェトナム独立同盟)の結成/「ホ・チ・ミン」とはじめて名乗る/ホ・チ・ミンが一斉蜂起を指令/日本軍が明号作戦・フランス軍を封じ込め/ヴェトミンが権力奪取/ヴェトナムの独立宣言/ホ・チ・ミンの遺言/ドイ・モイ(刷新)政策の発展/バック・ホとヴェトナムの「むら社会」
  • あとがき/主な参考文献/ヴェトナム年表/主な人物データ

【感想は?】

 キン族視点と書いた。それも、今のハノイ周辺の、紅河流域に栄えた王朝の視点が多い。

 ヴェトナム戦争では南北に分かれた国だが、歴史的には三つの地域に分かれるようだ。北部の紅河流域、ダナンやフエなどの中部、そして南のホチミンなどメコン川流域。

 北の紅河流域から始まるためか、やはり中国の影響が大きい。なんたって朝貢国だし。ヴェトナムって国名も、中国の許しを受けてのことだ。建国の王、フン・ヴォン(雄王)も、中国の炎帝新農氏に連なる。

 俗説じゃ雄王による文朗国の建国は「三千年前とか四千年前」と古い。これから18代の王が続いたことになっている。が、「計算だと、フン・ヴォン一代が平均して146年君臨しなければならないことになる」なんてあたりは、我が国と同じだね。

 とはいえ、三国志の時代になって歴史に登場する日本と異なり、ヴェトナムは漢の時代に中国の支配下に入ってしまう。文明化された以降の歴史の長さは、ヴェトナムの方が長いらしい。

 産業としては、その頃からヴェトナムは水田の二期作が出来たのは羨ましい。もっとも水田は治水が大切で、これは以降の支配者たちにとっても、水田の管理は国家権力の基礎体力となる重要な問題で、これを疎かにした王朝は次第に衰えてゆく。

 漢の支配下に入って以降、ヴェトナムでは独立を求める抵抗運動が延々と続く。アメリカが苦戦したのも当たり前で、ヴェトナム人は筋金入りのゲリラ戦士なのだ。日本の元寇で有名な元の侵攻に対しても…

元軍は大軍ながら、全土を支配するために勢力を分散させており、各地の保塁の防衛体制が強固ではない配置を見てとったチャン・クォック・トアンは、チャン軍をジャングルあるいは山岳地帯に退避させ、各地でゲリラ戦法をくりだして元軍に反撃を加えた。
  ――第2章 独立そして国のかたち 救国 チャン・クォック・トアン(陳国峻)の物語

 と、地の利を生かして敵の弱点をチクチクと突いてはサッと引き上げる、教科書通りのゲリラ戦で悩ましている。また、水軍に強いのもヴェトナムの特徴で…

皇帝や地方豪族たちはそれぞれの船を所有しており、国家を司る仕事、遊興、晩餐、将棋遊びなどは船で行われたという。チャン軍は水軍が強力で水上戦闘の巧者だったといわれている。
  ――第2章 独立そして国のかたち 救国 チャン・クォック・トアン(陳国峻)の物語

 時代は下って15世紀。有名な大航海を鄭和に命じた明の永楽帝、たいていの歴史の本では名君との評価だが、この本では侵略を企て圧政を敷いた悪役として登場する。こういう視点による評価の違いも歴史書の面白い所。

 アフリカにまで手を伸ばした永楽帝だけに、隣のヴェトナムに手を付けない筈もなく、七年もかけて制圧した上に、「徹底的な同化政策を強行した」。これに対して立ち上がった抵抗軍は…

レ・ロイが高く掲げたのは「救国の戦い」だった。グエン・チャイはこの目的をヴェトナムの民衆ばかりではなく、敵方の明軍が指揮するヴェトナム人組織の地方軍のなかにも浸透させた。この大掛かりな呼び掛け作戦は効果的で、ヴェトナム地方軍の寝返りやレ・ロイ軍への参加を促した。
  ――第2章 独立そして国のかたち  国民詩人グエン・チャイ(阮廌)の物語

 これ、まるきしアメリカ&南ヴェトナム軍相手に戦った北ヴェトナム軍&ヴェトコンの戦い方そのものだ。ケネディ政権がこの本を読んでいたら、少しはやり方を考えただろうに。

 そういう戦い方ができた秘訣も、この本に書いてある。「竹垣の中には皇帝の威令もとどかない」とあるように、ヴェトナム社会は村の自治権力が強く、村社会を敵に回したら権力を維持できないのだ。戦略村が、いかに愚かな戦略だったか、つくづくよくわかる。

 そんなヴェトナムにも、19世紀には黒船がやってくる。

ヴェトナムの歴史は、1858年8月31日、ダナン軍港に侵入してきたフランス軍艦の砲声一発によって暗転する。
  ――第4章 フランス植民地時代 悲憤 ファン・タイ・ジャン(潘清簡)の物語

 歴代の中国王朝には抗し得たヴェトナムが、なぜフランスには抗し得なかったのか。一つは圧倒的な兵器の差がある。このあたり、フランスの強引な砲艦外交は、国こそ違え同じく黒船に脅された日本人としては、実に腹立たしいと同時に、当時の殺伐とした国際情勢に背筋が寒くなる。

 と同時に、当時のヴェトナムのグエン朝上層部の蓄財に励む腐敗や、地方では匪賊が跳梁跋扈する支配力の弱体化も、徹底的な抗戦が成し得なかった原因だろう。

 というのも。本書に出てくるフランス軍の兵力は、八千程度だ。数万の兵を擁した元や明とは桁が違う。ヴェトナムの村社会まで支配するには、圧倒的に人数が足りない。

 そこで、正面先頭では勝ち目がなくても、孤立した補給部隊をジワジワとイチビるゲリラ戦を全国的に根気強く続ければ、長期的には地元の有利に傾いただろう。結局、グエン王朝に国民の支持がなかったため、国民も「あんな王のために戦うのは嫌だ」って気分だったんじゃなかろか。

 それでもしぶとく抗う人たちはいて、大日本帝国に留学し支援を求める人々も出てくる。こういう人たちとの付き合いも、大日本帝国の運命に影響を与えた…のかなあ?

 なにせ歴史は長く、国内えは多くの勢力があり、また近隣諸国とも複雑な関係を持った国だけに、新書ではやや駆け足の感はある。が、中国の支配に粘り強く抗った歴史と、村を中心とした社会構造を描く所では、アメリカの失敗の原因が皮膚感覚で伝わってくる。それぞれの時代で「その頃、日本では」と思浮かべると、更に感慨が深くなる、そんな本だ。

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2018年9月 9日 (日)

高野秀行「イスラム飲酒紀行」扶桑社

本書はおそらく世界で初めての、イスラム圏における飲酒事情を描いたルポである。ルポというよりは酒飲みの戯言に近いかもしれないが、全てほんとうにあったことだ。
  ――ドーハの悲劇・飲酒篇 序章にかえて カタール・ドーハ

「医者の診断書があれば飲めるんだ。『この病気の治療にはアルコールが必要だ』ってね。医者に金を払ってそれを出してもらう人もいる」
  ――第一章 紛争地帯で酒を求めて パキスタンからアフガニスタンへ

「酒は禁止だから、みんな、家で飲む。ワハハハ」
  ――第三章 秘密警察と酒とチョウザメ イラン

「死体を片付けられねえんだよ」とP先生は伝法な口調で言う。「片付けようとすると仲間だと思われて撃たれるんだ」
  ――第八章 ハッピーランドの大いなる謎 バングラデシュ

【どんな本?】

 「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」をモットーに、世界中のヘンな所に行ってヘンな事をやらかしヘンな本を書くノンフィクション作家、高野秀行の正体は、ほぼ毎日酒を飲むアル中だった(本人はその一歩手前と主張しているが)。

 世界中をほっつき歩く以上、イスラムの国にも行く。そしてイスラムは酒を禁じている。外国から持ち込むのも難しい。イランなど厳しい国で、酒を持っているのを警官に見つかれば、監獄にブチ込まれる。当然、酒を出す店も売る店もない…筈なのだが。

 酒飲みの執念、恐るべし。それでも著者は酒を求め、街路をさ迷い歩き、あるいは人に尋ね、酒場や酒屋を嗅ぎつける。テロが横行するアフガニスタンで、秘密警察が暗躍するイランで、謎の独立国家ソマリランドで。

 いかにして酒を見つけるか。どんな所でどんな酒を飲んでいるのか。なぜイスラム系の国に酒があり、どんな形で流通しているのか。各国の酒飲みたちは、どんな人なのか。そして、酔って親しみやすくなった地元の人たちは、何を語ってくれるのか。

 辺境作家・高野秀行が、イスラム系の国とそこに住む人をユーモラスに描く、一風変わった紀行文。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年6月30日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約283頁に加え、あとがき5頁。10ポイント42字×18行×283頁=約213,948字、400字詰め原稿用紙で約535枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。ただしカラー写真も多いので、実際の文字数は8~9割ぐらい。

 文章はこなれていて親しみやすい。内容も難しくないし、特に前提知識も要らない。「イスラムじゃ酒はご法度」ぐらいを知っていれば充分。国ごとの細かい事情も、文中で説明しているので、地理に疎くても大丈夫。また、肝心の酒についても、私はほとんど飲めないけど充分に楽しめた。酒に詳しい人なら、もっと楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • ドーハの悲劇・飲酒篇 序章にかえて カタール・ドーハ
  • 第一章 紛争地帯で酒を求めて パキスタンからアフガニスタンへ
  • 第二章 酔っぱらい砂漠のオアシス チュニジア
  • 第三章 秘密警察と酒とチョウザメ イラン
  • 第四章 「モザイク国家」でも飲めない? マレーシア
  • 第五章 イスタンブールのゴールデン街 トルコ・イスタンブール
  • 第六章 ムスリムの造る幻の銘酒を求めて シリア
  • 第七章 認められない国で認められない酒を飲む ソマリランド(ソマリア北部)
  • 第八章 ハッピーランドの大いなる謎 バングラデシュ
  • あとがき

【感想は?】

 私はほとんど酒が飲めない。だから旅では少し悔しい思いをする。なんたって、地酒が楽しめないのが悔しい。その分、名物を喰いまくるんだけど。

 そういいう点で、この本はとっても悔しい。だって、この本には酒飲みの楽しみが詰まっているんだから。旅での酒の楽しみは、いろんな酒を味わえるってだけじゃない。酒と肴の組み合わせの妙や、そこにしかない店、そして地元の人と一緒に飲む楽しみだってある。

 この本には、その全てが詰まっている。それだけなら、酒を楽しむ紀行文だ。そこに「イスラム」が絡むと、更に味わいが深くなる。

 なんたって、タテマエじゃ酒が御法度の地域だ。だから、酒を見つけるまでが一苦労。

 おまけに、酒屋を見つけても、まとめ買いができない。というのも、酒を警官に見つかったら、罰金(というより賄賂)で済めば運がいい方で、悪ければ監獄にブチ込まれる。公共交通機関は鬼門だ。空港じゃ税関が荷物を調べるし、バスや列車でも警官の手入れがある。酒を持ち歩くのはヤバいのだ。

 そんなわけだから、行く先々で、著者は酒を求め東に西に駆け巡り、地道に聞き込みを繰り返す。

 この酒にありつくまでの過程が、著者にとっては苦労の連続なんだが、読んでいてとっても楽しい所。なにせタテマエじゃ酒はご法度だ。でもしょせんは人間。ペルシャの詩人オマル・ハイヤームは酒を称えてるし、現代トルコの国父ケマル・アタテュルクは大酒飲み。酒は好きな人は、どこにだっている。

 ということで、イスラム系の国で酒を求めると、自然とそこに住む人のホンネに触れる事になる。

 冒頭のパキスタンからして、私の思い込みを粉々に打ち砕いてくれた。

 なんかパキスタン人って短気でカリカリしてるって印象がある。でも、この本で描かれるパキスタンは、良くも悪くも田舎。ゆるくてのんびりしてる。防弾チョッキと盾を持った警官たちが、原っぱに寝っ転がってる。著者を見ると、気さくに声をかけてくる。珍しいガイジンを見かけたんで、話をしてみたいんだろう。

 つか、なんだよ酒が必要な病気ってw こういうタテマエとホンネの使い分けが、実にイスラムだよなあ。

 が、次のアフガニスタンのカブールでは、民間の旅人ならではの目が光る。

 政府の建物は高い塀に囲まれ、銃を持つ兵士が守っている。まあ、私でもそれぐらいは想像できるとして。意外なのは、役所に表示がないこと。見ただけじゃ、なんの建物かわからないのだ。これは大使館も同じで、国旗も掲げていない。役所だけでなく、外国料理の店も表示なし。

 それほど、テロを警戒しているわけ。こういう点は、地元の人にとっちゃそれが当たり前だから気づかないし、国連軍などの軍人さんや戦場ジャーナリストにとっても「常識的な警戒態勢」だから、やっぱり手記には書かないだろう。能天気な旅人だからこそ、こういう所に気が付く。

 そんな風にヤバい匂いプンプンだってのに、そこはアル中。テロより酒が切れるの方が怖い。ってんでフロント係に尋ねるが…。そうまでして飲みたいかw

 やはりホンネとタテマエの落差が激しいのが、イラン。表向きは革命防衛隊がふんぞり返る宗教国家だ。でもパーレビの頃は鷹揚だったし、歴史的にもオマル・ハイヤームを生み出している。「ホメイニ師の賓客」などで、もしや…と思っていたら、やっぱり。

 なにせ酒は法で禁じられている。日本で言えば大麻みたいな扱いだ。手に入れるには、バイ人と話をつけなきゃいけない。なんとかバイ人を見つけて商談に入ると…。 こんなバイ人、滅多にいるもんじゃないw 酒飲み同士の同志愛ってのもあるんだろうけど、もともとイラン人は人懐っこいんだろうなあ。

 などと、一口にイラン人なんて一まとめにしちゃったけど、それほど単純じゃないってのも、このイラン編から伝わってくる。これはマレーシアもトルコもシリアもバングラデシュも同じで。

 内戦で荒れているシリアの例がわかりやすいだろう。主な勢力としてムスリムじゃスンニ派・アラウィ派、キリスト教はマロン派がいる。イスラム系の国は、こういうモザイク状態が多いみたいだ。といいうより、日本が例外なのかも。

 西洋と東洋の玄関口で歴史的に国際都市なイスタンブールはもちろん、マレーシアはマレー系と中華系の他にポルトガル系やババ・ニョニャやインド商人がいる。バングラデシュじゃ、今話題のロンビギャと逆の立場の…

 まあいい。そんなシリアで、著者が求めるのは、ムスリムのドルーズ派が造るワイン。ムスリムがワインを造るって時点で、なんかオカシイと思うのだが、これが本当にあるから奥が深い。

 なんでこんな事態になったのか。どうも民族や宗教のモザイク状態が関係しているらしい事が、この本を読んでいるとフンワリと伝わってくる。と同時に、中央主権的な近代国家の運営は難しいだろうなあ、って事も。

 なんて難しい事は考えず、アル中が酒を求めて右往左往する姿を笑ってもいいし、苦労の甲斐あって酒にありついた時の喜びを味わってもいいし、各国の酔っぱらいを比べるのも楽しい。いや結局、酔っぱらいはみんな同じ何だけどw

 まあ、アレです。あの高野秀行の本として、くつろいで読みましょう。ただし飲み物を吹き出さないよう気をつけて。

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2018年8月21日 (火)

ロバート・コンクエスト「悲しみの収穫 ウクライナ大飢饉 スターリンの農業集団化と飢餓テロ」恵雅堂出版 白石治朗訳

本書で扱う問題(略)は、1929年から1932年までの間に、スターリンの指導のもとでソヴィエト共産党が、(略)ソ連邦全体の農民にたいしておこなった二つの攻撃という点に絞られる。つまり、富農撲滅運動と農業集団化の二つである。
  ――序文

ウクライナは、フランスと同じ広さの国土をもち、ポーランド以上の人口をかかえながら、両大戦中(一時的な例外はあったが)、独立国家になれなかったヨーロッパ最大の国である。
  ――第2章 ウクライナ国家とレーニン主義

1918年7月、農民全般の格下げが正式に決まった。ソ連の新憲法は、農民よりも労働者にたいして圧倒的に有利なかたちで投票権を与えたのである。つまり、農民の代表一人選ぶのに125,000票を必要としたのにたいして、労働者の代表は一人に25,000票あれば足りたのだ。
  ――第3章 革命、農民運動、飢餓 1917年~1921年

自由市場での価格(1933年)は、政府が強制的に買い上げるときの価格の20~25倍になっており、これからして政府がいかに農民を搾取していたかが分かる(公式統計による)。
  ――第7章 急激な集団化とその失敗 1930年1月~3月

1926年の人口調査によると、ソ連邦におけるカザフ人の人口は、3,963,300人であった。それが1939年の人口調査(それ自身、水増しがあった)では、3,100,900人であった。
  ――第9章 中央アジアとカザフ人の悲劇

2,000万人から2,500万人までの、ウクライナの農業人口のうち、1/4から1/5、つまり約500万人が死んだ。
  ――第12章 飢餓の猛威

さらに重要なことは、そして継続的に行われたことは、すっかり空になった農村、あるいは半ば人のいなくなった農村に、ロシア人の農民が移り住んだことである。
  ――第13章 荒廃したウクライナ国土

1932年のソ連邦の穀物生産の総計が、1931年のものよりも悪くなく、1926~30年の平均値よりもわずかに12%しか低くなかったということであり、飢饉的数字からはかけ離れていたということである。ところが、穀物の徴発は44%も増えている。
  ――第13章 荒廃したウクライナ国土

子供には、また別の危険があった。ポルタヴィア市では犯罪者たちが、子供をあつかう食肉解体処理場を常設していた。
  ――第15章 子供たち

ある見方によると、ソ連の指導部が一般に理論の束縛性をさらに強化しつつあるかどうかは、彼らがどんな農業政策をとっているかを検討することによってチェックできたという。
  ――エピローグ その後の推移

【どんな本?】

 1929年から1932年にかけて、ソ連は主にウクライナで二つの政策を進めた。富農撲滅運動と農業集団化である。当局は富農と見做した者を強制移住などで迫害する。他の農民は集団農場(コルホーズ)や国営農場(ソフホーズ)などに狩り集めた。

 その結果、反乱が頻発し、収穫は激減する。しかしソ連共産党は飢えた農民を支援するどころか、国家政治保安部を先兵として農作物の徴発を強化した。最悪の事態は1933年に訪れる。被害者数は諸説あるが、本書は富農撲滅運動と飢饉を合わせて1,450万人としている。

 現在はホロドモール(→Wikipedia)として知られる、1933年にクライマックスを迎えたウクライナを中心とする大飢饉を、歴史的経緯や当時の政治情勢から、当局が進めた政策とその結果、そして被害者の様子を、多くの証言と文書を元に再現・検証する、衝撃の歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Harvest of Sorrow : Soviet Collectivization and The Terror Famine, by Robert Conquest, 1986。日本語版は2007年4月20日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約568頁に加え、訳者あとがき18頁。年寄りに優しい10ポイントで48字×19行×568頁=約518,016字、400字詰め原稿用紙で約1296枚。文庫本なら上中下の三巻でもいいぐらいの大容量。

 文章はハッキリ言って読みにくい。正確さや根拠を大切にする学者の著作だから、まだるっこしい書き方なのは仕方がない。頭のいい人が書いたためか、またはロシア文学の影響か、一つの文が長い。加えて、文学的な効果を期待したのか、妙にもったいぶった表現が多い。

 ちなみに Wikipedia によると、著者はイギリスで共産党に入党後、第二次世界大戦中に共産主義に幻滅して反共主義に鞍替えしている。よって本書は明らかに政治的な意図を持った本で、そういう匂いが強く漂っている。

 ただし、内容はわかりやすいし、特に前提知識も要らない。当時のウクライナはソ連領だった、ぐらいで充分。敢えて言えば、地名がたくさん出てくるので、ロシア・ウクライナ・カザフスタンなどの地図または Google Map があると更に迫力が増すだろう。

 なお訳注は本文中にあり、いちいち頁をめくらずに済むのてとても有り難い。ばかりでなく、その内容も極めて充実していて、より深く読みこなす際に大いに助けになる。また、軽く流し読みするだけでも、「当時のソ連」の雰囲気が静かに漂ってくる。

 ちなみに1エーカーは約0.4ヘクタール(40m×100m)。

【構成は?】

 訳者あとがき曰く「まず第15章の『子供たち』を読まれたい」。これは実に適切で親切な助言だ。

 本書はだいたい時系列に沿って話が進む。

 そのため、小説で言えば第1部・第2部は舞台設定の説明にあたる。ここではウクライナとロシアの歴史や共産党の政策、そして党内の派閥争いなどを描く。よく知らない名前がたくさん出てくる上にややこしいので、よほど我慢強い人でなければ、途中で放り出してしまうだろう。

 が、それは大変にもったいない。

 なんといっても、第3部の迫力がすさまじい。ここでは「何が起きたか」を明らかにする。忙しい人やつまみ食いしたい人は、訳者の勧めに従い「第15章 子供たち」から読み始めるといい。これで興味を持てたら、「第12章 飢餓の猛威」「第13章 荒廃したウクライナ国土」に戻ろう。

 その上で更に背景を知りたければ、頭から読むといい。

  • まえがき/序文
  • 第1部 主役たち 党、農民、国家
    • 第1章 農民と党
      農民の伝統/農奴解放後/農民の副業/ロシア農業の後進性/ロシア農民論/マルクス主義者の農民観
    • 第2章 ウクライナ国家とレーニン主義
      ウクライナの独立問題/ウクライナの歴史/ウクライナのロシア化/国家と民族問題/ウクライナ中央ラーダとボリシェヴィキ/ゲートマン政権とウクライナ共産党/ディレクトリヤ政府と第二ソヴィエト政府/ウクライナのボリシェヴィズム/ウクライナ語の問題/ウクライナの「独立」
    • 第3章 革命、農民運動、飢餓 1917年~1921年
      農村共同体の復活/農村における階級闘争/農民からの食糧徴発/農民戦争/農民戦争の死亡者数/ロシア社会の崩壊/1921年の大飢饉
    • 第4章 閉塞期 1921年~1927年
      ネップ(新経済政策)/民族問題の譲歩/スターリンの権力闘争と農民問題/経済回復の曙光/共産党の敵たち/村ソヴィエト/「富農」についての定義/「貧農」と「中農」についての定義/階級区分の困難/右派と左派/ウクライナ内部の抗争/不安定な政府
  • 第2部 農民蹂躙
    • 第5章 激突の年 1928年~1929年
      1928年の穀物危機、右派の敗北/ウラル・シベリア方式/シャーフトィ裁判/農民の階級闘争/第一次五カ年計画をめぐって/富農迫害の始まり/富農の抵抗/農村における党の活動/1929年 穀物不足/集団化の計画/トーズ(土地共同耕作組合)/コルホーズ幻想/進まぬ集団化/1929年の混迷/要約
    • 第6章 「富農」の運命
      「富農階級」は存在しなかった/「階級の敵」を必要とした共産党/富農の分類とその処分/年への富農の流入/犠牲になった「富農」の数/富農は虫けらのように抹殺されていった/富農の家族たち/強制移住の実態/生残れなかった人々
    • 第7章 急激な集団化とその失敗 1930年1月~3月
      農業の集団化/農民の反乱/家畜の大量処分
    • 第8章 自由農民の最後 1930年~1932年
      農家隣接地/コルホーズを離脱する農民/工業化と「国内旅券制」/工業化と資本調達/コルホーズの窮状/コルホーズ 穀物徴発のシステム/「労働日」/国営農場(ソフホーズ)/馬とトラクター/機械トラクター・ステーション(MTS)/コルホーズの役割 消された経済学者たち/過大な予測と統計のウソ
    • 第9章 中央アジアとカザフ人の悲劇
      中央アジアにおける家畜と人口の減少/遊牧から農業への転換の困難/カザフ社会の「富農」撲滅/農業集団化とレジスタンス/人災の原因/放浪のカザフ人/少数民族の飢餓と逃亡
    • 第10章 教会と民衆
      無神論と農民/党の宗教政策/反宗教運動の強化/司祭への迫害/教会破壊と農民の抵抗/聖鐘とイコン/キリスト教文化の破壊/福音派教会など/ウクライナ独立正教会とカトリック東方帰一教会イコン/キリスト教文化の破壊
  • 第3部 飢餓テロ
    • 第11章 ウクライナへの猛攻 1930年~1932年
      知識人への迫害/第二の標的 農民/ウクライナ共産党の苦悶 餓死の始まり
    • 第12章 飢餓の猛威
      小麦を盗んで銃殺に/善意の人々/誠実なコルホーズ議長たち/活動分子と作業班/飽食の人々/蛮行にたいするショーロホフの批判とスターリンの反論/飢えを救うのは感傷的行為だ レーニン/農民の暴動/村をでた人々と「外国人専用店」/計画未達の村への制裁/割り当てを達成しても有罪/ウクライナ共産党への批判/コシオールの見解/解任と銃殺/餓死する人々 1933年/生きた農民にウジ虫が/飢餓による死亡率/飢餓の症状/人肉食い/スターリニズムの病理 欺瞞
    • 第13章 荒廃したウクライナ国土
      雑草だらけの畑/救護対策/無責任なモスクワ指導部/駅で腐らせた穀物/ウクライナ民族主義への弾圧/ウクライナ知識人にたいする粛清 1933年/全滅のウクライナ/ジェノサイド
    • 第14章 クゥバーニ川、ドン川、ヴォルガ川
      コサックの伝統/B・シェボルダーエフの闘い/コサック村の壊滅/クゥバーニ川流域のウクライナ文化掃討/死の北カフカース/ヴォルガ・ドイツ自治共和国の惨状
    • 第15章 子供たち
      生存者のトラウマ/餓死する子供たち/母の涙と子供の生き方/浮浪児たち/子供の労働収容所と孤児院の実態/国家の犬にされた子供たち/子供の犠牲者 400万人
    • 第16章 死亡者数
      人口問題/飢餓による死亡者の数/いろいろな数字/飢餓以外の死/結論
    • 第17章 西ヨーロッパの記録
      スターリン 欺瞞の手法/真実は隠せない/騙された人々/ウエッブ夫妻の大過/「最大の嘘つき」 W・デュランティ/欺瞞に加担した人々
    • 第18章 責任問題
      政府の公式見解/スターリンの態度/飢餓の標的 ウクライナ/マルクス主義の責任/総括
  • エピローグ その後の推移
    「勝利者の大会」/農村での粛清/ウクライナの解体/ウクライナの抵抗/その後のウクライナ政策/コルホーズ農業の失敗/大戦後の実績/ルィセーンコと「社会主義的労働の英雄」/その後のコルホーズ/官僚の非人間化/共産主義思想と大量殺戮/秘密主義
  • 訳者あとがき
  • 原注/文献目録

【感想は?】

 「毛沢東の大飢饉」「ポル・ポト ある悪夢の歴史」と並ぶ、人為的な大飢饉を掘り起こした労作。

 映画「キリングフィールド」で、ポル・ポトとクメール・ルージュの狂気は世界に知れ渡った。毛沢東の大躍進の愚行も、多くの日本人は知っている。そのオリジナルがスターリンのホロドモールだ。

 規模的にも、先に書いたように約1,450万人と、充分に大虐殺の資格を備えている(諸説はあるが)。本書が書かれたのは1986年で、ソ連崩壊以前だ。多くの秘密文書が公開される前の研究なので、数字は不正確ではある。が、ソ連とロシアの性格から考えて、「実際はもっと酷かった」となる可能性が高い。

 繰り返すが、ウクライナの飢饉は人為的なものだ。無茶な計画に沿って間抜けな政策を強引に進めたため、単なる不作が大飢饉になった。基本的な構図が大躍進とソックリなのが怖い。

 事の始まりは1928年、不作に見舞われる。党はこれを富農のせいにする。が、しかし…

富農とは、実のところ党が経済的な観点から勝手につくりあげた一つの階級でしかなかった。
  ――第4章 閉塞期 1921年~1927年

 共産主義には階級闘争が要る。貴族を倒したソ連は、次なる獲物として富農が狙われた。といっても、大地主とするには程遠い。

「富農」から没収した物資の金額(略)は、1憶7,000ルーブリ(略)、最近では4憶ルーブリという数字もある。もし富農として解体された家族を、100万という公式数字程度に低く見積もったとすると、右の数字は一世帯当たり170~400ルーブリにしかならない(公定の為替レートで計算すると、それは90~210ドルであった)。
  ――第6章 「富農」の運命

 せいぜい馬を数頭持ってるとか、その程度である。つまりは暮らしに多少のゆとりのある農家に過ぎない。党は集団農業への転換も目論んでいる。個人農家が豊かだと、集団農場の魅力が薄れる。

 また、豊かな農家は往々にして賢く人望が厚いので、村のリーダー格になる。反乱を起こす際にも、暴徒を率いる頭目になるだろう。党は、そういう人を狙って財産を没収しシベリアに送った。それでも反抗的な村は、村ごと中央アジアやシベリアへの強制移住だ。

 豊かになったら党に狙われる。それなら、どうするか。貧しければ狙われない。植え付けを減らし耕作を怠る。牛・馬・豚・羊などの家畜を殺す。または農地を捨てて都市に流れ込む。このサイクルが何年か続けばどうなるか、子供にもわかるだろう。

 集団農場の惨状も、まあご想像のとおり。トラクターは壊れて使えず、畑は住居から遠くて通えず、家畜は適切な餌が与えられず飢えて倒れてゆく。そもそも農場を率いる者が農業を知らない。確かに現在のアメリカじゃ機械化された大規模農場が成功している。けど当時のソ連の現状だと…

農業形態のあり方に関係なく、生産高はまったく単純な方法によって高めることができた。(略)鉄鋼製の犂は、当時まだ使われていた木材性の犂にくらべると、その500万倍もの耐久性をもっていたのだ。
  ――第5章 激突の年 1928年~1929年

 と、もっと地道で単純な農機具の改良で充分に増産が可能だった。何せ1930年代だし。

 それでも党は徴発を続ける。活動分子は、「手足がまだ腫れていない農民」を怪しんでガサ入れする。飢餓の症状が現れていなければ犯罪者扱いって、どういう世界だ。

 そうやって集めた穀物の多くが、無駄に腐っていくから意味が分からない。集荷地で、貨物列車で、駅で、家畜の餌にすらならぬシロモノになってゆく。ドイツの農業専門家は、こう見積もっている。「1933年の収穫の30%近くが失われた」。

 だが、この惨状をスターリンは聞かぬ存ぜぬで押し通す。

飢餓に言及した人は、反ソ的プロパガンダの科で逮捕され、ふつうは五年かそれ以上、強制収容所に送られた。
  ――第12章 飢餓の猛威

 知らんわきゃ、ねえのだ。なぜならウクライナとロシアの「国境」は封鎖され、食料を買い出しに出たウクライナの農民は、帰りの列車内で捕まり、食料を没収されている。国境封鎖なんてのは、相当に上位の者が命令しなきゃ出来ることではない。何より…

外国の報道者たちを飢饉地域に入れなかったことが、つまりは当局が現実に進行していることを実際には暗黙のうちに認めていたということになる。
  ――第18章 責任問題

 見られちゃマズいモンがあるから、外人記者を入れないのだ。それでも党は責任を認めない。

官僚制は、責任を上から下へとおしつけてゆく。
  ――第7章 急激な集団化とその失敗 1930年1月~3月

 家畜の大量死を獣医の無能のせいにして獣医を大量処分した、なんてエピソードもある。

 なぜこれほど愚かな真似をしたのか。これは目次でうっすら想像がつく。ウクライナが団結して独立を求めるとやっかいな事になる。だから反乱の芽を徹底して摘んでおきたかった、そういう事だ。今でもロシアがウクライナにチョッカイを出してるし、かなり納得できる説ではある。

 やたらと量が多い上に、文章もこなれていない。内容も怖く悲しく憂鬱で、じっくり読むと人間不信に陥りかねない。それほど衝撃は大きい。現実を直視する勇気がある人にだけ勧める。

 なお、訳注の人物紹介の多くが「銃殺」で終わってるのも、いかにもソ連だったり。

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【余談】

 この後、ウクライナは1940年代にドイツに攻め込まれ、再び地獄の様相になる。キャサリン・メルデール「イワンの戦争」やアントニー・ビーヴァー「スターリングラード」「ベルリン陥落」などを読むと、この土地は呪われてるんじゃないかとすら思えてくる。

 というのも。独ソ両軍とも、焦土作戦を展開するのだ。

 まずドイツが進撃し、赤軍が撤退する。赤軍は、撤退する際に農地や倉庫を燃やしてゆく。ドイツに食料を渡さないためだ。

 本書のような歴史があるので、当初、ウクライナの者はドイツ軍を歓迎する雰囲気すらあった。ところが、食うに困ったドイツ軍は、ウクライナの農家が隠した食料を奪って食いつなぐ。おまけにユダヤ人の虐殺である。これでウクライナ人は一気に反抗的になり、レジスタンスに参加する者も増えた。

 やがて形勢が逆転したのはいいが。ドイツが撤退する際も、赤軍と同じ作戦を取った。再び焦土作戦で、種もみまで焼き尽くしていった。どっちが勝つにせよ、ウクライナの民は虐げられるのである。

 そういう歴史の末にウクライナの独立があるのだと考えると、現在のウクライナ戦争の意味もだいぶ違ってくるんだよねえ。

 

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