カテゴリー「書評:歴史/地理」の199件の記事

2017年3月30日 (木)

J.E.チェンバレン「馬の自然誌」築地書館 屋代通子訳

ウマの歴史は消化と消化不良の歴史だ。
  ――第1章 霧の中から アメリカの馬と人

荷役馬であれ馬術馬であれ、サーカス馬であれ競走馬であれ、すぐれた馬を育てる人には共通点がある。よく観ているのだ。
  ――第2章 家に馬をもたらす 狩猟馬、農耕馬

ウマと友だちになるには、まずは話しかけ、そして掻いてやることだ。
  ――第2章 家に馬をもたらす 狩猟馬、農耕馬

ウマは戦争を発明したばかりか、軍備拡大競争まで始めたのだ。
  ――第4章 歴史を騒がせた名馬たち アレクサンドロス大王の愛馬から競走馬まで

ウマに関してはモンゴルがいまだ先頭をいっている。この惑星上で、人よりもウマが多い(約300万頭)のはここだけだ。
  ――第5章 世界の馬文化 古代中国から現代ヨーロッパまで

【どんな本?】

 荷車を引き、畑を耕し、人を運び、戦で敵に突撃し、競馬場で華麗に駆けるウマたち。そのウマは、元々どこに住んでいて、本来はどんな生き物なのか。ヒトとウマはいつ、どのように出会い、どのように互いの生き方を変えていったのか。そして、今、ウマとヒトの関係は、どう変わろうとしているのか。

 新石器時代の壁画から古代中国の兵馬俑などの遺物、首あてや鐙などの馬具、アレクサンドロス大王のブケパロスやサラブレッドの祖エクリプスなど歴史上の名馬、そしてアラブや中世欧州や現代のアメリカ先住民などウマと関わりが深い文化などを訪ね、ウマと人間の関係を描く、エッセイ色の強い歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Horse : How the horse has Shaped civilizations, by J. Edward Chamberlin, 2006。日本語版は2014年9月22日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約233頁。9ポイント42字×17行×233頁=約166,362字、400字詰め原稿用紙で約412枚。文庫本なら少し薄めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容もあまり難しくないが、専門用語はしょっちゅう出てくる。例えば走り方だとギャロップやトロット、鹿毛・葦毛・青毛などの毛色、首あて・鐙・鞍など馬具の名だ。説明がない場合も多いので、詳しく知りたければ、近くの競馬ファンに聞くか、Wikipedia などで調べよう。

【構成は?】

 一応、全体としてのストーリーはあるが、各章は比較的に独立しているので、興味を持った所だけを拾い読みしてもいい。

第1章 霧の中から アメリカの馬と人
第2章 家に馬をもたらす 狩猟馬、農耕馬
第3章 地球を駆け巡る 馬の移動と輸送が世界を変えた
第4章 歴史を騒がせた名馬たち アレクサンドロス大王の愛馬から競走馬まで
第5章 世界の馬文化 古代中国から現代ヨーロッパまで
第6章 魂をふるわせる動物 気品、美、力の躍動
 原註および謝辞/さくいん

【感想は?】

 馬は力と地位の象徴だ。少なくとも、ヒトが定住を始めてからは。

 現代日本で馬を持ってると聞けば、かなり懐に余裕があるんだな、と考える。馬は札束を食うなんて言葉もある。一口馬主なんて制度もあるが、申し込む人の大半は儲けより満足感が目的だろう。

 昔はもっとハッキリしている。紀元前二千年ごろはチャリオットが戦場を支配した。アッシリアではウマ専門の商人を導入した。オスマン帝国は純潔アラブ種の国外持ち出しを禁じた。そういえば「日清戦争 近代日本初の対外戦争の実像」でも、当時の日本陸軍の弱点は馬の不足だ、とあったっけ。

 などの物騒な話ばかりでなく、華やかなパレードにも、飾り立てた騎兵隊は欠かせない。ウマは力ばかりでなく、美しさの象徴でもある。

 が、これは数々の矛盾を含んでいるのが面白い。本来、馬は走る生き物だ。一か所に留まって住む動物じゃない。かつてヒトが移動生活をしている時、ウマは単なる獲物だったらしい。「ウマは肉が、アジアでもヨーロッパでも、数万年前から重要な食料源」だった。

 が、定住を始めると、ウマは貴重な使役動物となる。その目的の一つは、移動手段だ。なんたって速いし、長く走れる。「カザフ族のウマは、二時間以内で48キロを走り抜けた記録がある」。速く長く走れる乗り物は、自由と誇りのシンボルだ。

インディアンたちがドーズ法によって土地を手放し、定住者や山師に売った金で最初に手に入れたものは、たいていが車だった。

 定住することで手放した自由を、ウマによって再び手に入れた形になる。どうやらヒトの中では、定住したい欲と旅する欲が争っているらしい。

 おまけに、本来、ウマは狩られる側の動物で、「敵に向かっていくのではなくむしろ敵から逃げ出そうとする」生き物で、戦いには徹底して向かない。ヒトがウマに乗る動作も、狼がウマを襲う動作に近い。にも関わらず、ヒトはウマと密接な関係を築いてきた。

 そんなヒトとウマの関係は、本書でも何回か繰り返される。冒頭の牝馬ビッグバードに始まり、アレクサンドロスとブケパロスもいいが、サラブレッドの祖でもあるゴドルフィンバルブ(→Wikipedia)の話は、ちょっと山本周五郎の紅梅月毛を連想したり。

 中でも最も気に入ったのは、著者が創作した、少女と仔馬が出会う物語。約一万年前、ユーラシアの中央部を舞台として、幼い少女が生まれたての仔馬に目を付けて…って物語。登場人物で想像がつくように可愛らしいお話ながら、ウマの性質を説明しつつ、馴らす基本を巧くまとめてる。

 こういった社会的な事柄に加えて、もっと下世話な、ウマの乗り方も詳しく書いてあるのが、この本の特徴。言われて初めて気が付いたが、いわゆる乗馬の乗り方と、競馬の乗り方は全く違う。同様に、乗馬競技だとヒトは足を延ばし背を立てて乗るけど、競馬の騎手は膝を曲げ背を丸めて乗る。

 競技ばかりでなく騎兵でも色々な乗り方があるらしく、チンギス・ハーンとヨーロッパの鎧騎士の乗り方は全く違うそうな。

 この辺は読んでてよくわからなかったが、チンギス・ハーンは「ウマを手で操るのではなく、膝の動きと体重移動で制御した」とある。そういえば彼らは馬上でも走りながら弓を射れたというから、下半身で馬を御する技術もあったんだろう。加えて、ウマの種類も違うし。

 対して、騎士や武士は手綱を握ってるなあ。バイクだと、チョッパーハンドルのアメリカンと、前かがみなコンチネンタルの違いかな?

 とかの騎乗だけでなく、荷車や馬車を曳くのもウマの仕事。特に馬車の文化は、バギー・キャブリオレー・キャラバン・クーペ・タンデムなどの名詞で、自動車産業が今でも受け継いでる。ちなみにそれぞれ一頭立て軽装馬車・一頭立て二輪で二人座席の折り畳み式幌付き馬車・大型の遊覧馬車・二人乗り箱型四輪馬車・縦並びの二頭引き馬車。

 こういった文献漁りに加え、カナダのブリーダーやブラックフット族の馬商人など、現代のウマ商売に関わる人の話では、著者がウマに寄せる深い愛情が伝わってくる。歴史書と言うにはくだけすぎるが、エッセイ集とするには歴史的エピソードが多すぎて、分類には困るけど、近くの牧場に行って馬に触りたくなる、そんな本だ。

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2017年3月19日 (日)

スチュアート・アイサコフ「ピアノの歴史」河出書房新社 中村友訳

 本書はピアノにまつわる物語だ。演奏者、発明家、巨匠に自称巨匠、教師に生徒、後援者、批評家、プロモーターたちが登場するが、みんなピアノの芸術性追求に生涯を捧げている人たちだ。これらの人たちの力が合わさって、かつて人間が作り出した最も重要な楽器の興味深い物語が誕生した。
  ――第一章 伝統の蓄積

ムスティスラフ・ロストロボーヴィチ「ぼくらはパイロットじゃないんだからね。間違ったところで、みんな死にはしないよ」
  ――第五章 巡業する演奏家たち

ジャズは遠心力、つねに、境界線を外に押し広げようとする力だ。
  ――第九章 リズミスト

どういうわけか、練習は苦痛を伴うものだという認識が、19世紀においては一般的になった。
  ――第十四章 世界進出への鍵

【どんな本?】

 紳士淑女が集うクラシックのコンサートで、酔客がたむろし紫煙漂う酒場で、子供たちが歌う音楽教室で、ピアノは音楽を奏でる。小鳥の軽やかなさえずりから、力強く進む列車、そして嵐の咆哮まで、ピアノは音で描き出す。

 先祖のハープシコード(チャンバロ)から、どのような経過を辿ってピアノは生まれたのか。ピアノはどのように普及し、受け入れられたのか。歴代の演奏家や作曲家は、ピアノの可能性と表現力を、どのように押し広げていったのか。そして現代の演奏家や作曲家たちは、どんな挑戦を続けているのか。

 モーツァルトからオスカー・ピーターソンまで、綺羅星のごとく並ぶ音楽家たちと共に、ピアノとピアノ曲の歴史を辿る、一般向けの音楽史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Natural History of the PIANO : The Instrument, the Music, the Musicians--from Mozart to Modern Jazz and Everything in Between, by Stuart Isacoff, 2011。日本語版は2013年5月30日初版発行。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約425頁に加え、青柳いずみこの解説6頁。9.5ポイント44字×19行×425頁=約355,300字、400字詰め原稿用紙で約889枚。文庫本なら上下巻にわけてもいい分量。

 文章はこなれている。内容は特に難しくないが、出てくる作曲家・演奏家はクラシックの人が多いので、クラシックが好きな人ほど楽しめる。私はクラシックはからしきなので、ちょっと辛かった。ピアノの演奏技術を語る部分も多いが、別にピアノを弾けなくても、「鍵盤は左が低音で右が高音」程度にわかっていれば、雰囲気は掴める。

【構成は?】

 だいたい時系列順に進むので、素直に頭から読むのが無難だが、随所に有名な音楽家のエピソードを綴るコラムが入るので、そこを拾い読みしてもいい。贅沢を言うと、人名索引が欲しかった。

  • 第一章 伝統の蓄積
  • 第二章 ピアノ誕生
  • 第三章 ピアノ界のスーパースター誕生
  • 第四章 ピアノ熱
  • 第五章 巡業する演奏家たち
  • 第六章 四つの音
  • 第七章 燃焼派
    • 第一部 新約聖書
    • 第二部 火は燃え続ける
  • 第八章 錬金術師
    • 第一部 化学
    • 第二部 ショックと畏敬
  • 第九章 リズミスト
    • 第一部 アメリカの冒険の始まり
    • 第二部 オール・ザット・ジャズ
    • 第三部 揺るがぬリズム?
      それとも危ういリズム?
  • 第十章 メロディスト
    • 第一部 心に正直に
    • 第二部 わが道を行く
  • 第十一章 洗練と土着
  • 第十二章 ロシア人たちがやってくる
  • 第十三章 ドイツ人とその親戚
  • 第十四章 世界進出への鍵
  • 第十五章 最前線で
  • 第十六章 温故知新
  • 補遺:補足事項
  • コラムに登場する人物紹介
  • 謝辞/解説 青柳いずみこ/出典その他

【感想は?】

 引用したい文や台詞がいっぱいある。

 オスカー・ピーターソンの「これがぼくの治療さ」から始まって、ルイス・モロー・ゴットシャルクの「詩はしばしば美徳と対立する」とか、ビリー・ジョエルの「わたしは、自分で作曲したクラシックの作品をロックンロールに編曲している」とか。

 お堅いと思っていたクラシックも、実は守旧と革命の歴史なんだなあ。そもそも、肝心のピアノ自体が、次第に進化してきた楽器だし。

 ピアノの親はハープシコード(チェンバロ、→Wikipedia)。見た目はピアノに似てるし、弾き方も近いが、音の出し方が違う。ハープシコードは爪で弦をひっかくので、音に強弱がつけられず、どうしても単調な感じになる。

 これを改造したのが、なんとフェルディナンド・デ・メディチ(→Wikipedia)と、職人バルトロメオ・クリストフォリ(→Wikipedia)。ハープシコードが弦をひっかくのに対し、ハンマーが弦を叩くようにした。と共に、自動的にハンマーを元の位置に戻す「アクション」(→Wikipedia)も発明している。一種のカムかな?

 と言っちゃえば簡単だが、やたら部品が多くて精密かつ頑丈でないとマズい機構で、こんなん鍵盤の数だけ用意するとなると、それなりに腕のいい職人を集め相応の手間暇かける必要があって、そりゃ大公子でもないと資金が続かないだろうなあ。

 もっとも弦をハンマーで叩くって発想には先達がいて、クラヴィコード(→Wikipedia)がそれ。ただ音が小さいのが弱点。これはリュートがギターに駆逐された経緯に似てるなあ。でも最近は電気化されクラヴィネットとしてスティーヴィー・ワンダーの迷信とかで活躍してるね。

 ピアノに戻ると、音も「今より乾いた感じで、より小さく、よりきびきびした響きを持っていた」。たぶん構造材の制限で、減の張力をあまり強くできないのも原因の一端なんだろう。他にも様々な効果をつけるペダルなどの発明で、ピアノの表現力は次第に広がってゆく。

 今でもポップ・ミュージックの音楽家たちはシンセサイザーをいじくりまわしたり波形エディタを使ったりして新しい音を探してるけど、こういう新しい音を求める気持ちってのは、昔からあったのね、と変に感心したり。

 Journey が Wheel in the Sky で演奏ツアー暮らしの厳しさをボヤいてるけど、昔のドサ周りはもっと厳しかった様子。神童と呼ばれたモーツァルトも父レオポルドに連れられ欧州ツアーに出かけたが、どの道中はレオポルド曰く…

「通行不可能な道、乗り心地の悪い馬車、惨めな宿、強欲な宿屋の主人、堕落した税関検査官、旅人を狙う追いはぎ」

 と、半端なくシンドい道中だった様子。19世紀ロシアのアントン・ルビンシテインも、「239日間で215回のコンサート」なんて無茶なアメリカ・ツアーをやってる。たんまり稼いだのはいいが、やっぱり懲りたようで、「ただ機械的に演奏するだけのロボットになってしまう」と、次の誘いは断ってる。

 音そのものに加え、演奏法や曲も、1889年のパリ万博で披露されたガムランに衝撃を食らったり、アメリカじゃアイルランド移民が持ち込んだダンスに影響を受けたりと、クラシックも常に新しい物を求めてるってのは、意外な発見だった。

 全般的に高名な作曲家や演奏家の話が多いけど、普通の音楽好きな人の話も楽しい。

 例えば自動ピアノ。ロール紙に曲を記録し、それを別の自動ピアノに設定すれば、演奏を再生する。これ、19世紀末~20世紀初期に流行ったモノで、どうやらちょっと前のレコードや CD の役割を果たしていたらしい。つまり、家庭で好きな曲を楽しむための機械ってわけ。

 やはり人が音楽を求める想いの強さを感じさせるのが、GIピアノ。第二次世界大戦中、なんと米軍は戦場にピアノを飛行機から投下してたとか。そのため、スタンウェイは専用のタフなピアノを開発しましたとさ。なんちゅう贅沢な。そういえば「イワンの戦争」でも、赤軍がドイツ軍に楽譜をねだるエピソードがあったなあ。

 などと、ピアノに疎い私でも楽しめるエピソードがいっぱい。ピアノに限らず、音楽好きには美味しく味わえる本だ。ただ、出てきた曲やピアニストの演奏を Youtube で漁り始めると、なかなか読み進められないのが欠点w

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2017年3月 6日 (月)

沢山美果子「江戸の乳と子ども いのちをつなぐ」吉川弘文館

…江戸時代の史料には、わたしたちになじみ深い「母乳」という言葉は出てこないことに気づかされたからだ。
  ――いのちへの問い、乳への問い プロローグ

本書の課題は、江戸時代の人々は、どのように子どものいのちをつないできたのか、女の身体と子どもの命の結節点にある乳、そして授乳という行為に焦点を絞って探ることにある。
  ――いのちへの問い、乳への問い プロローグ

【どんな本?】

 今は粉ミルクがあるが、江戸時代にそんな便利なものはない。子どもの命綱であるにも関わらず、保存は効かないし、乳の出は体質や体調や精神状態で大きく変わる。栄養状態も衛生状態も労働条件も当時は今と全く違うわけで、母体の不安定さ=乳の出の不安定さは察するに余りある。

 そのような厳しい状況で、人々はどのように子どもに乳を与え、いのちをつないできたのか。社会階層の違いは、乳にどんな影響を与えたのか。そして乳は社会にどんな影響を与えたのか。

 独特の優れた着想を、主に江戸時代後期・末期を中心として、支配階級である武士から貧しい農民まで、丹念な調査と研究で掘り下げ、いのちをつなごうとする人々の姿を描き出す、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年1月1日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約204頁に加え、あとがき5頁。10ポイント40字×16行×204頁=約130,560字、400字詰め原稿用紙で約327枚。文庫本ならやや薄めの一冊分。

 文章は読みやすい。内容も特に前提知識は要らない。敢えて言えば、子どもの夜泣きやイタズラ、ママ友やご近所との付き合いなど、子育てで悩んだ経験があると、更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、面白そうな所を拾い読みしてもいい。

  • いのちへの問い、乳への問い プロローグ
    いのちをつなぐ/なぜ、いのちと乳か/本書の課題と構成/歴史の現場と当事者の声に即して
  • なぜ乳か
    • 乳から何が見えるか
      乳銀杏との出会いから/授乳の歴史性への問い
    • 授乳風景は語る
      浮世絵、図表に見る授乳風景/飢饉図のモチーフ
    • 西鶴本に見る乳
      子どものいのちと乳/乳?み子を抱えて
    • 乳がない
      貰い乳・乳の代用品/乳母という奉公/乳をめぐる問題群
  • 命綱としての乳
    • 乳の出る薬の配布
      農村女性の乳不足/乳不足の女への配慮/乳の粉/農村の貰い乳/下層武士の乳をめぐる困難
    • 上層武士と乳
      里子と乳代/徴収される乳/里子に出す
    • 乳と捨て子
      「赤ちゃんポスト」のその後/大阪の捨て子たち/乳と世話人/口入屋と捨て子
    • 乳沢山あり
      実子なく乳沢山あり/捨て子を貰う
    • 捨て子のその後
      七歳になった捨て子/捨て子への世間の目/捨て子養子という選択肢
  • 売買される乳
    • 乳持ち奉公に出る女たち
      岡山城下町の口入屋/乳を売る乳持ち奉公/雇われ暇を出される乳母
    • 乳母を選ぶ
      良い乳と悪い乳/乳母選びの基準/乳の質を調べる
    • 乳の売買の裏側
      子殺し・捨て子と乳持ち奉公/「ほし殺し」/乳母に預けた子どもの死/乳の出ない乳母
  • ある家族における乳と子ども
    • 「柏崎日記」に見る乳と子ども
      なぜ「柏崎日記」か?/二つの翻刻/柏崎陣屋での家族
    • 渡部家の子どもたちと授乳
      望ましい出生間隔と授乳/「月の滞り」への不安
    • 乳をめぐるネットワーク
      乳付け/乳付けと性別/乳不足への対処/貰い乳と摺粉/乳への祈願/乳を貰う、あげる
    • 乳を呑むのは「ねんね」
      おろくの場合/真吾の場合/子どもが乳を離すとき/人的ネットワークの中の乳
  • 乳と生殖・胎児観
    • 長期授乳の意味
      授乳と出生間隔/長期授乳根の批判/民間療法と乳/授乳と生殖パターン
    • 出生コントロールと乳
      産あり、出生なし/乳が張る
    • 乳を呑む「胎内の子」
      「胎内十月之図」/乳房を離す/「死胎出産之赤子改善」/乳を呑む胎児/乳綱という命綱
  • 歴史の中のいとちと乳 エピローグ
    江戸のいのちと乳/乳が持っていた多義的な意味/母乳ばかりで/少産少死社会への転換の中で/いのちをつなぐ営みの歴史から見えるもの
  • あとがき/引用・参考文献

【感想は?】

 着想が素晴らしい。もちろん、それに加え手間も時間もかかる丁寧な調査をした立派な研究書でもある。そのわりに、とっても親しみやすくわかりやすいんだけど。

 なんたって乳だ。今は粉ミルクがあるけど、昔はそんなものはない。生ものだから保存は効かないし、母体の体質や体調で出たり出なかったりする。今と比べ当時は栄養状態も良くなかったろうし、近代医療もないから病気になる人も多かったはず。

 実際、本書を読むと、病気で乳の出が悪いなんて場面が何度も出てくる。ばかりでなく…

飛騨の過去帳から作成された衛生統計によると、21歳から50歳の死因のうち、(略)女子に限るならば(産後死および難産死が)死因の1/4を上回っていただろう

 と、当時の出産は命がけだったのがわかる。また子どもの寿命も…

一歳までの死亡率は20%、五歳までの死亡率は20~25%を占め、生まれた子どものうち、成人するまで生きる子どもは半数ほどだった

 など、当時の子育ての難しさがよくわかる。そこを何とか工夫するのが人間で、米粉や片栗粉を使った代用品を与えたり、母親に催乳薬を飲ませたり、乳の出る女がいる家に里子に出したり、逆に乳母に来てもらったり、近所の女の乳を貰ったりと、立場や状況に応じて方法は様々。

 とはいうものの、乳が余る女なんて、そう都合よくいるもんじゃない。

 需給バランスはやっぱり需要の方が多いようで、乳母奉公はかなり稼ぎが良かった模様。飯炊き女の給金が半年で「三匁弐分」に対し、乳母は「前金でそっくり八五匁」に四季のお仕着せ付き。おまけに奥様の古服まなどの余禄もある由を、西鶴の文献から拾ってきている。

 ちなみに乳母選びの基準は色々あるが、一つは「『乳ぶくろ(乳房)の豊かさであった」。やっぱり大きいと父も沢山出るだろう、と考えちゃうんだなあ。まあいい。これだけ待遇が良くて稼ぎが大きいと、ロクでもない事を考える輩もいて…

 そんな風に乳母を雇えるのはソレナリに実入りのある人だけで、貧しい農民はそうはいかない。仙台藩は乳泉散なんて催乳薬を配ってて、意外と福祉にも気を配ってた事がわかる。けど、果たして効果はあったんだろうか。

 他にも仙台藩の生活保護政策は出てきて、奥さんが亡くなり赤子を抱えた上に病を患った百姓が、藩に願を出し、「現在の価値に当てはめると、約11万円ほど」の手当を受け取ってる。これは自分が食うためというより、赤子のために近所の者から「貰い乳」するための手当てって性格らしい。

 そう、「貰い乳」ったって、タダって貰いっぱなしってわけにゃいかず、何かお礼をする事になってた模様。まあ、これは、単に需要供給資本主義な取引って部分もあるだろうけど、人としての心理で、何かお返しをしないと気が済まないって気持ちもあるんだろうなあ。

 これが都市になると、口利き屋が商売で仲介してたりする。昔から、リクルートみたいな仕事はあったわけだ。かと思えば、「桑柏日記」から、桑名藩の下層武士が陣屋内で乳を融通しあうママ友ネットワークを作ってた様子が伺える。

 もう一つ印象深いのは、授乳期間の長さで、当時は三歳ぐらいまで乳を与えてる。授乳期間は妊娠しにくいので、貧しい百姓にとっちゃ格好の避妊手段になってた様子。ばかりでなく、厳しい出産で消耗した母体の回復にも、それぐらいの期間が必要だったんだろう。

 加えて、先の乳母の待遇のよさなどから、乳の出る女は重宝しただろうから、なるたけ乳離れさせず乳が出る状態を長く維持したいって意向もあったんじゃないかな。

 などと乳を通して見えてくるのは、当時の人間関係の濃さ。村にせよ陣屋にせよ、貰い乳のやりとりなどから、人々が互いに助け合って生きてきた姿が浮き上がってくる。そこに鬱陶しさを感じているらしき描写もあるけど、なんとか付き合っていくしかなかった様子。

 この貰い乳なんて風習は、ヒト以外の哺乳類じゃあまり見られないだろうし、とすると、これが人類の繁栄にもたらした影響は、かなり大きいわりに、今まで見過ごされてきたんじゃなかろか。証拠を集めるのは難しそうだけど、時代的にも地理的にも、そして社会学や生物学など他の学会にも広げて研究する価値のある、とても重要でユニークで示唆の多いテーマだと思う。

軽く調べた範囲じゃ、実子以外に授乳する例が、サルだと観察されてる模様。勝山ニホンザル集団での出産観察と母親行動に関する事例報告 - J-Stage(PDF)の「事例5.実子と養子の同時子育て」

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2017年2月19日 (日)

ヴァージニア・スミス「清潔の歴史 美・健康・衛生」東洋書林 鈴木美佳訳

本書は、昨今の多層的アプローチを用い、清潔についての考え方の様々な起点と経過をたどったものである。
  ――序 日本語版によせて

実際のところ、細菌は、「病原生物」にたいする民間の概念にぴったりだった。しかし、コッホの細菌がそれ自体、種であるという特異性をもっているということは、かつてのミアズマ(瘴気)主義を信望する公衆衛生学者にとっては脅威だった。
  ――第9章 健康十字軍

身体の浄化と家庭の収入の相関関係は、他の時代と同じく、ここ数世紀間、不可避だった。
  ――第10章 美しい身体

【どんな本?】

 clean。書名では「清潔」としているが、もっと複雑なニュアンスがある。医学的・衛生学的に無菌,化学的に純粋,片付いている,家や衣服の汚れがない,精神的・霊的に穢れていない,汚職に関わっていない,人工物の反対としての自然…。

 動物の身づくろい,運動・入浴・食事・生活習慣などの健康法,美しく見せるための化粧,都市のトイレなど幅広い視野で、古代ギリシアから中世の西欧そして近代・現代のイギリスまでの歴史を俯瞰し、人々が清潔をどう捉え、どう対処してきたかを語る、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は clean : a history of personal hygiene and purity, by Virginia Smith, 2007。日本語版は2010年3月31日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約378頁。9ポイント46字×19行×378頁=約330,372字、400字詰め原稿用紙で約826枚。文庫本なら厚い一冊分ぐらいの分量。

 文章はやや硬い。いまさら気が付いたのだが、東洋書林は歯ごたえのある本が多いようだ。内容はそれほど難しくない。レコンキスタや産業革命などの歴史的な知識が必要だが、最低限の事柄は本書内に簡単な説明があるので、西洋史のだいたいの流れを中学卒業程度のレベルで知っていれば充分だろう。

【構成は?】

 人類のあけぼのから現代まで、ほぼ時系列順に話が進む。が、各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいいだろう。

  • 序 日本語版によせて/はじめに
  • 第1章 生物としての身体
    内部浄化/感覚/訓練と適応/身体表面の手入れ/場、空間、秩序/汚染/道具、装飾、ボディ・アート/水、泉、かまど
  • 第2章 化粧
    成層化と結果/化粧品貿易/化粧品調合法/特別に神聖な場/聖なる化粧/宮殿の純潔/宮廷の身支度/娼婦
  • 第3章 ギリシアの衛生
    人口統計/水、水、水/迷信深い人間/オリンピック競技/公園と錬成場/訓練と体操/科学的衛生/美容術
  • 第4章 ローマ風呂
    水道橋/公衆浴場とスパ/オウィディウスの身づくろい/身体方法学派/ガノレスの衛生/古代末期の風呂
  • 第5章 禁欲
    ユーラシアの禁欲主義/キリスト教の純潔/新プラトン主義/貞潔/洗浄と入浴/癒しの務め
  • 第6章 忠誠の道徳
    シャルルマーニュの作法/南ヨーロッパ/サレルノ養生訓/身づくろいの空間/『トロトゥラ』なる著作物/公衆浴場/沐浴の祭り/外交のための沐浴/春の沐浴/「売春のための浴場」/浴場の衰退/梅毒
  • 第7章 プロテスタント的養生法
    人文主義君主/(英国の)中産階級/指南書とまじめな生活/鉱泉地と公衆浴場/清教徒の身づくろい/純粋な食べ物/冷たい空気/冷たい水/ジョン・ロックの冷養生
  • 第8章 清潔は市民の美徳
    優雅な時代/秘めたる身体各所/衛生と頑健/海水浴と外気/生理学/子どもの健康/ウィリアム・バハン/革命と衛生と自然哲学/生気論者による健康管理
  • 第9章 健康十字軍
    ホイッグ政権と互助/身体潔癖主義/内なる清潔/薬とコレラ/民間生理学/公衆衛生と水/環境衛生/英国式贅沢/水治療場/世紀末改革/細菌/自然崇拝/貧困と疑い
  • 第10章 美しい身体
    優生学と予防医学/郊外/郊外の子ども/自然崇拝者と裸体主義/1945年以降の売れ筋商品/フラワーパワーと多文化主義/自助とホリスティック医療/現代の健康生活/最後に:将来の傾向
  • 解説:鈴木晃仁/主要参考文献/原註/索引

【感想は?】

 医学・衛生学は、本書のテーマの一部にすぎない。本書は、もっと広い意味での clean を扱っている。序に曰く、清潔,純粋/純潔,衛生,その他。

 今でも健康食品や怪しげな健康法、民間療法などが流行っている。それも仕方がないのだ。どうやらヒトのオツムは、これらと医学や衛生学を似たような物と判断するらしい。ばかりか、美容も同じ器に入っているようだ。

 SF作家の菅浩江は「誰に見しょとて」で、美容と医療を合わせたコスメディックなるアイデアを扱い、それが人の体だけでなく心まで変えてゆく物語を綴った。そういう考え方は別に新しいわけではなく、昔から美容は医療の一部だったようだ。

 大航海時代はスパイスが駆動力となったが、古代ギリシアや古代ローマでは化粧品が同じ役割を果たしている。「それらは小さく、持ち運びしやすく、利益が上がる商品」だった。これは大航海時代のスパイスの定義そのものだ。運びやすく少ない量で高く売れるブツなら、遠く離れた所から運んでも苦労と費用に見合う儲けが出る。

古代の人々が化粧や美に関するケアで理解していた重要な点は、それが体調を整え、健康を保つということだ。
  ――第2章 化粧

 紀元前三千年ごろにヘロドトスが述べている。「居住地域の隅に位置する国々は、最も珍しく美しいと我々が思うものを生産する」。珍しくて値が張るものは、有力者が欲しがる。これが交易を盛んにし、帝国の拡大をもたらすわけ。

 化粧品の容器を工夫するのも、古代エジプトからの伝統。しかも神官はシラミなどを防ぐため、「一日おきに身体全体の毛を剃」っていた。全身脱毛も歴史は古いんだなあ。

 テルマエ・ロマエでローマの公衆浴場が有名になったけど、古代ギリシアも紀元前五世紀から公衆浴場サービスを始めている。

 公衆浴場サービスは抑圧的なキリスト教が猛威を振るったヨーロッパでも生き延びたようで、17世紀スイスのバーゼルの土曜沐浴の習慣はとっても羨ましい。なんと、家で服を脱いで公衆浴場まで裸で歩いていくのだ。しかも混浴ですぜ。

 もっとも、これは助平根性だけでなく、どうもヒトには裸族願望があるんじゃないかと思わせるエピソードもチラホラ。

 例えば17世紀イギリスのクエーカー教徒は、「腰布のみを身につけて、裸ででかけて無垢を示すことがあった」。19世紀にはセバスチャン・クナイプ神父が、裸またはそれに近い格好でオーストリア・アルプスでの散歩や水泳を勧めている。もっとも日光をたくさん浴びようって目論見もあったようだが。

 この裸大好きな傾向も、少なくとも古代ギリシアから綿々と続く自然崇拝思想の末裔。古代オリンピックの選手は裸で競ったしね。菜食主義もピュタゴラス派やオルペウス教が唱えている。ヒトの健康関係の思考ってのは、大昔からあまし変わってないらしい。

 というのも、例えば健康法の本は、古代ギリシア・古代ローマから中世・近世ヨーロッパまでを通し、必ずベストセラーになっている。現代医学から見れば怪しげな内容も多いが、誰でも健康には興味があるのだ。入浴を好む派閥と、大事なのは心の清らかさだよ派の対立も、昔から続いている。

 意外と清潔こそが正義とは限らないようで、世間でチラホラ言われているように、行き過ぎた除菌は子供によくないのかも知れない。

東西ドイツの喘息研究で、清潔で近代的な西ドイツの子どもたちよりも、不潔で衛生度の低かった東ドイツの子どもたちのほうが喘息がはるかに少ないとわかり…

 いわゆる衛生仮説(→Wikipedia)ですね。仮説って名がついてるだけあって、2017年2月現在は専門家の間でも議論が続いている様子。仮に当たっていたとしても、ゴミ溜めの中で育つのはやっぱり良くないわけで、「どの程度の清潔さが最も良いのか」って見極めは難しそうだなあ。

 ってな具合に、現代の医学・衛生学で問われている問題も、少なくとも古代ローマあたりには人々の話題になっているうばかりか、美容でもバッチリメイク派と薄化粧派がいたり、健康法は粗食&運動だったり、どうも医療・衛生・美容関係ってのは、思想や哲学や道徳と深い関係があるようだ。

 これらに加え、トイレや上下水道の問題も扱っていて、ヒトの生理から地域統治まで、広い範囲にわたる話題を取り上げ、読者の興味の向き次第で様々な読み方ができる、見かけより複雑な本だった。歯ごたえはあるが、消化できる人には、それに見合う報酬も用意されている本だ。

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2017年1月24日 (火)

イアン・ゲートリー「通勤の社会史 毎日5億人が通勤する理由」太田出版 黒川由美訳

通勤はいまでこそ日常的な活動ではあるが、かつては紛れもなく革新的な行為だった。それは過去との決別を意味し、新たなライフスタイルの扉を開く鍵でもあった。通勤の短い歴史の大半において、人々はそれをよきものを考えてきた。
  ――序章 誰もいない土地を抜けて

ヘンリー・フォード「都市の問題は都市を離れることで解決する」
  ――4 自動車の発達

「ロシアに道はない、あるのは方角だけだ」
  ――7 二輪は最高

二十世紀の大半で、通勤は移動の自由と経済成長のバロメーターだった。
  ――8 超満員電車

2004年、IT企業の<ヒューレット・パッカード>は、鉄道利用者に電極付きの帽子をかぶらせ、心臓と脳の活動のさまを測定する実験を行った。その結果、場所を奪い合う通勤者の興奮度と緊張度は、交戦中の戦闘機パイロットや暴徒と対峙する機動隊員と同じくらい高いことが判明した。
  ――12 流れをコントロールする

いまでは世界の電力の10%がIT関連で使用され、それは航空業界全体を合わせた消費量より50%も多いのだ。
  ――13 仮想通勤

【どんな本?】

 満員電車はひどく疲れる。奥に詰めればいいのに出位置口で踏ん張る奴がいるし、揺れる度に人にもたれかかってくる者もいる。痴漢と間違われるのは嫌だから吊革につかまりたいが、一人で二つの吊革を占領する横着者もいる。

 なんだってこんなしんどい想いをして通勤せにゃならんのか。そもそも通勤なんて不愉快な習慣が、なぜ始まったのか。

 通勤なる苦行は、いつ・どこで始まったのか。それは私たちの暮らしや社会をどう変えたのか。国や地域による通勤事情はどう違うのか。公共交通機関・自転車・自動車、それぞれの通勤方法にどんな長所・短所があり、どんな影響があるのか。そして今後の通勤事情はどうなるのか。

 イギリスの鉄道開通に始まり、宅地開発・都市形成や自動車の普及などを通した通勤の歴史と、それが社会・産業そしてライフスタイルに与えた影響を辿り、またイギリス・アメリカ・日本・インドなど世界各地の通勤事情を描きつつ、在宅勤務などを視野に入れた未来の通勤事情を探る、身近ながらも意外なトリビアにあふれた、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RUSH HOUR : How 500 Million Commuters Survive the Daily Journey to Work, by Iain Gately, 2014。日本語版は2016年4月15日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約339頁。9.5ポイント44字×17行×339頁=約253,572字、400字詰め原稿用紙で約634枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も難しくない。敢えて言えば、必要なのは通勤・通学の経験。酷暑や雪の中でなかなか来ないバスを待ったり、ギュウギュウ詰めの満員電車に苦しんだり、渋滞にハマってイライラした事があれば、更に楽しめる。

【構成は?】

 第1部は歴史篇。時系列に進むので、素直に頭から読むといい。第2部・第3部は各章が比較的に独立しているので、つまみ食いしてもいい。

  • 序章 誰もいない土地を抜けて
  • 第1部 通勤の誕生と成長、そして勝利
    • 1 一日に二度ロンドンへ行った男
    • 2 郊外の発展
    • 3 スネークヘッドと美食
    • 4 自動車の発達
    • 5 中間地域
    • 6 山高帽とミニクーパー
    • 7 二輪は最高
  • 第2部 粛々と通勤する人々
    • 8 超満員電車
    • 9 ロード・レージ 逆上するドライバーたち
    • 10 移動は喜びなのか?
    • 11 通勤が日常生活に及ぼす影響
    • 12 流れをコントロールする
  • 第3部 顔を合わせる時間
    • 13 仮想通勤
    • 14 すべては変わる
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 通勤の意外な側面に気づかされる。

 私は大雑把に分けて二種類の通勤を経験した。電車やバスの通勤と、自転車・バイクでの通勤だ。今から思うと、この両者には大きな違いがある。

 電車やバスだと、通勤中に本が読める。自転車やバイクだと、本が読めない。電車やバスだと自然に本を読む時間が取れるが、自転車やバイクだと意識しないと本を読む時間が取れない。これは私だけじゃないらしい。

 通勤なる習慣は、イギリスでの鉄道の発達に伴って普及し始めた。三等車の庶民は乗り合わせた者同士で仲良くダベっていたが、一等車の紳士淑女はダンマリだったそうな。かといってずっとダンマリなのも気まずい。そこで活用されたのが、活字。

望まない会話を防ぐ最良の手段は書物と新聞だった。
  ――1 一日に二度ロンドンへ行った男

 この流れは現代でも続き…

通勤しない人はかなり前から本を読むよりテレビを観るようになったのに対し、通勤者はいまでも読書習慣を保ち続けている。
  ――11 通勤が日常生活に及ぼす影響

 と、通勤ある限り本の需要も続くようだ。もっとも今は紙の本を読む人は減り、スマートフォンで電子書籍を読む人が目立ってきてるけど。まあ確かにデカくて重たいハードカバーを通勤電車の中で開くのは無理だしねえ。

じゃ自動車通勤の人は本を読まないのかというと、ネイサン・ローウェルの「大航宙時代」の解説によれば、アメリカじゃ自動車通勤者向けにオーディオ・ブックが流行っているそうな。

 鉄道の発達は都市から離れた所、すなわち郊外の宅地需要を掘り起こす。そして人は「もう一つの人生」を手に入れる。地元の暮らしと、都会の暮らしだ。これが結婚や家族にも関わってくるから面白い。若者が早く親から独立し、核家族化が進んでゆくのだ。

 これがアメリカだと、T型フォードに代表される自動車が郊外の発展の原動力となる。当時のアメリカじゃ自動車は環境にやさしい乗り物だったのだ。少なくとも、馬車に比べれば。

1899年<サイエンティフィックス・アメリカン>誌
「街全体で自動車を使用すれば、どれだけ効率的に環境が改善されることか、評価してもしきれない。通りは清潔になり、ちりも悪臭もなくなる」
  ――4 自動車の発達

 対してイギリスでは自転車が大流行で、自転車専用道路の要望が上がっている。これも意外なんだが、自転車専用道路を望んだのはドライバーで、サイクリストは反対している。出ていくべきは自動車だろ、って言い分。当時はサイクリストの方が声が大きかったのだ。羨ましい。

 これはイタリアでも同じで、自転車泥棒(→Wikipedia)なんて映画ができるぐらい、自転車が流行った…第二次世界大戦後あたりまで。この先が実にイタリアで、画期的な手段が出てくた。ヴェスパだ。これまた映像が関わってて、「おかげでヴェスパは売上を十万台伸ばした」。そう、松田優作主演のTVシリーズ「探偵物語」…じゃない、グレゴリー・ペック&オードリー・ヘップバーンの映画「ローマの休日」。

 公共交通機関が都市化を促し、自動車の普及が渋滞を引き起こすのは、世界のどこでも共通の現象だが、先進国では再び自転車が注目を集めている。

アムステルダムやコペンハーゲンのような、ヨーロッパの平坦な都市や狭い都市では、通勤者の1/3が自転車を利用しており…

 と、自転車への回帰が始まっている。これは日本でもそうだよね。ただ、かなり汗かくんで、シャツをもう一枚余計に持って行かなきゃならないけど。

 日本の満員電車も酷いが、インドは更に過酷で、「<ムンバイ近郊鉄道>の通勤路線では毎日平均十名が死亡する」というから大変だ。なんたって、屋根の上にまで乗ってるんだから。当然黒字だろうし金で解決できりゃするんだろうけど、土地の収用とかややこしい問題が多いんだろうなあ。

 こういう問題は世界のどこも同じなんだが、「残念ながら、快適性と利便性の追求は政策立案者や輸送計画の主たる関心事ではない」のが実情。日本でもリニアモーターの路線は話題になるけど、満員電車を話題に挙げる政治家は小池百合子都知事ぐらいなんだよなあ。

流石に二階建て列車はトンデモだと思うが、満員電車を問題視した点はポイント高いと思う。

 日本に関しても、スーパーカブから恋空、イメクラの痴漢プレイまで調べてて、著者の視野の広さを感じさせる。他にもサンセリフ体がロンドン地下鉄由来だったり、ソ連じゃ都市から農村に通勤してたり、運転手や駅員にインタビュウしてたり、話題は広くて豊富。

 ソフトカバーとはいえ単行本なためサイズ的に満員電車で読むには少し辛いが、次から次へと話題が変わってゆく流れは車窓からの眺めにも似ているし、短いエピソードが続く構成は通勤電車で読むのにも向いている。親しみやすくバラエティ豊かで、とっつきやすいわりに視野を広げてくれる本だった。

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2017年1月16日 (月)

マーク・カーランスキー「紙の世界史 歴史に突き動かされた技術」徳間書店 川副智子訳

紙の歴史を学ぶことは歴史上の数々の誤解を白日のもとにさらすことでもある。(略)すなわち、テクノロジーが社会を変えるという認識である。じつはまったくその逆で、社会のほうが、社会の中でおこる変化に対応するためにテクノロジーを発達させている。
  ――序章 テクノロジーの歴史から学ぶほんとうのこと

ヨーロッパ人にこの(11~13世紀の)スタートを切らせたさまざまな理念はアラブ世界に起源をもつものがほとんどで、アラブ文化に触れる機会が一番多かったイタリアが先導役となった。
  ――第五章 ふたつのフェルトに挟まれたヨーロッパ

印刷は仏教の需要に応じて生まれた技術である。
  ――第六章 言葉を量産する技術

紙の歴史をたどると、なぜ(北アメリカの)入植者たちがイギリスからの独立を望んだかがわかる。硬貨、製紙場、新聞――入植者が欲するのもは国王からたびたび禁止されてきた。そうして、製造を制限された入植者がやむをえずイングランドから輸入しようとすると、その物品に税が課され、それが本国の歳入となる。
  ――第十三章 紙と独立運動

ナポレオン戦争時、人影の消えた吹きさらしの戦場では、兵士の亡骸が葬られるまえにぞっとする場面が繰り広げられていた。古着の収集屋が遺骸をつぶさに調べて、血の付着した軍服を剥ぎ取り、製紙業者に売っていたのだ。
  ――第十五章 スズメバチの革新

新しいテクノロジーが古いテクノロジーを排除することはめったになく、新たな可能性を生み出すだけだ。
  ――第十七章 テクノロジーの斜陽

日本には紙によく似た食品がある。寿司を巻いたり、米を包んだりする、紙のように薄い海藻を「海苔」という。海苔の製法は実際、手漉き紙の製法に驚くほど似ている。それどころか、無作為に織り合わさった繊維という紙の定義はそのまま海苔の定義でもあるのだ。
  ――第十八章 アジアへの回帰

【どんな本?】

 カレンダー、ティッシュペーパー、段ボール。紙は私たちの身の回りに溢れている。昔はエジプトのパピルスが紙の起源と言われたが、今は中国の蔡倫(→Wikipedia)が祖とされている。

 本やノートに代表されるように、紙は記録し伝える情報媒体として大きな影響力を持ち、それゆえ「グーテンベルクの42行聖書が宗教改革のきっかけとなった」などと、テクノロジーが社会を変えた例として引き合いに出される事も多い。

 果たしてそれは本当なのか。ヨーロッパ・中東・極東そして南北アメリカなど、世界各地における製紙と紙の使われ方、そしてその背景にある社会事情を探り、テクノロジーと社会の変化の関係を見直すと共に、古いテクノロジーの行方も追ってわれわれの未来を占う、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は PAPER : Paging Through History, by Mark Kurlansky, 2016。日本語版は2016年11月30日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約435頁に加え、宮崎正勝による付録5頁。9ポイント45字×18行×435頁=約352,350字、400字詰め原稿用紙で約881枚。文庫本なら厚い一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。一部にリグニンや亜硫酸など化学物質の名前が出てくるが、わからなかったら読み飛ばして構わない。それよりエッチングやリトグラフなど、美術や印刷に詳しいと、後半に入ってから楽しみが増す。

【構成は?】

 だいたい時系列順に話が進むが、各章は比較的に独立しているので、気に入った所をつまみ食いしてもいい。できれば索引が欲しかった。

  • 序章 テクノロジーの歴史から学ぶほんとうのこと
  • 第一章 記録するという人間だけの特質
  • 第二章 中国の書字発達と紙の発見
  • 第三章 イスラム世界で開花した写本
  • 第四章 美しい紙の都市ハティバ
  • 第五章 ふたつのフェルトに挟まれたヨーロッパ
  • 第六章 言葉を量産する技術
  • 第七章 芸術における衝撃
  • 第八章 マインツの外から
  • 第九章 テノティチトランと青い目の悪魔
  • 第十章 印刷と宗教改革
  • 第十一章 レンブラントの発見
  • 第十二章 後れをとったイングランド
  • 第十三章 紙と独立運動
  • 第十四章 ディドロの約束
  • 第十五章 スズメバチの革新
  • 第十六章 多様化する使用法
  • 第十七章 テクノロジーの斜陽
  • 第十八章 アジアへの回帰
  • 終章 変化し続ける世界
  •  謝辞/年表/参考文献
  •  宮崎正勝 日本語版付録
    世界を巡る「紙」の歴史に
    新たな一ページを加えたイスラム経済

【感想は?】

 紙、すなわち製紙の歴史でもあるが、冒頭では文字の歴史が、中盤以降では印刷と美術が深く関わってくる。

 著者のメッセージは強烈だ。テクノロジーが社会を変えるんじゃない。社会が変化を求めたとき、それに応じられるテクノロジーが登場する。そして新しいテクノロジーが登場しても、古いテクノロジーはなかなか消えない。

 確かにレコードが登場しても、生演奏は消えなかった。ただ、音楽を記録する技術はメガ・ヒット曲を生み出し、やがてロックやヒップホップなど様々な流行音楽を作りだしてゆく。録音技術がなければピンクフロイドは誕生しなかっただろう。

 そんな風に、媒体が表現に影響を与えることはある。粘土板は楔形文字を生む。これが羊皮紙になると、曲線も書けるようになる。ギリシアの角ばったデルタΔはローマで丸みを加えたDに変わった。

 ヨーロッパじゃアルファベットは滅多に変わらないが、中国じゃ事情が違う。商(殷)の頃に三千、紀元100年頃(後漢)は九千、五世紀(晋~南北朝)に二万、十世紀(唐~北宋)には三万万近くの文字ができた。漢字の特徴で、次から次へと新しい文字が増えるのだ。

 お陰で日本の計算機屋は外字に苦しめられている。今は「とりあえずユニコードでいいじゃん」な雰囲気だが、「使いながら新しい文字を生み出してゆく」漢字の性質を、コンピュータの都合で切り捨てていいんだろうか。

 こういったメディアの変化が表現に与える影響は、中盤以降、主に絵画の世界で大きなテーマとなるが、それはさておき。

 序盤でいきなり「蔡倫伝説は二十世紀になってから瓦解する」と、こっちの常識をひッくり返してくれる。中央アジアの砂漠地帯で、「105年よりまえに作られた無数の紙を考古学調査団が発掘したのだ」。アラブやヨーロッパへの伝播も、唐とアッパース朝が戦った751年のタラス河畔の戦い(→Wikipedia)でアラブに伝わったとされているが、もっと前から中央アジアに紙があったのだ。

 だけじゃない。アメリカ大陸のアステカにも紙があった。「『コデックス・メンドーサ』によれば、毎年、48万枚の紙が貢ぎ物としてテノチティトランに送られていた」。

 どうも紙は世界のアチコチで何度も発明されているらしい。商取引や行政府が大きくなると、大量の記録が必要になる。そこで紙が登場するわけだ。

 やがてヨーロッパにも製紙が伝わり、製紙工場が登場する。大事なのは立地条件。流れのはやい川と、原料のぼろ布を調達できる人口密集地。水質も大事で、「鉄やマグネシウムをふくむ硬水は石鹸を溶かさず、製紙には向かない」。日本で和紙が発達した理由の一つが、川の流れが速く軟水が多いためかも。

 中盤、特にグーテンベルクの登場以降、紙の需要は増えていくが、なかなか供給が追い付かない。というのも、原料のぼろ布がなかなか集まらないのだ。この問題は深刻で、ドイツの博物学者ヤーコブ・クリスティアン・シェファーは1771年に「製紙の代替原料の調査結果を全六巻の本に著し」ている…が、あまり流行らなかった模様。

 19世紀に木材パルプが登場して一気に紙が普及、しまいには紙製ペチコートや紙製カヌー、果ては紙製棺まで登場する始末。紙は使い捨て文化の象徴となってゆく。

 現代の製紙事情を伝える終盤では、日本と中国がスポットライトを浴びる。昔は数人の職人でやっていた製紙も、今は大規模化が進みつつある。廃水処理など環境対策設備に多くの資金が要るので、家族経営じゃ賄えないのだ。

 そのため昔ながらの手漉き職人さんは後継者がなく先細りだが、希望もある。レンブラントが和紙を好んだように、書家や画家などのアーティストには紙質にこだわる人もいて、彼らは好みの紙を求め職人に注文を出すのだ。

 資金はないけど独立したい人は、このあたりでインスピレーションを得るかも。職人仕事なら少ない資金で起業できるのだ。その分、仕事はシンドイけどね。

 分量は多いし、扱う範囲も幅広い。単に製紙技術だけじゃなく、その背景となる社会事情や利用状況などもじっくり書き込み、大きな物語を綴ってゆく。容赦なく動いてゆく歴史の流れを感じさせると共に、未来へのほのかな期待も見せてくれる、重量級の本だ。これだからモノの歴史は面白い。

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2017年1月 8日 (日)

サイモン・ガーフィールド「オン・ザ・マップ 地図と人類の物語」太田出版 黒川由美訳

地図が人を魅了するのは、そこに物語があるからだ。
  ――序文 地図を愛する人々のために デーヴァ・ソベル

一時期、カリフォルニアはアメリカのほかの地域とはまったく異質な土地として知られていた。よりによって、ここは島だと思われていたのだ。
  ――島としてのカリフォルニア

ロバート・ルイス・スティーヴンソン「地名、森の形状、道筋や川の流れ。丘や谷にはっきり残った先史時代の人類の足跡。製粉所や遺跡、池や渡し船。荒れ地に建てられた石、またはドルイド教徒の円形遺跡……。地図は、それを見る目か、理解できるだけの想像力がある人にとっては、無限の興味をかきたててくれるものである」
  ――13 宝島、×印の場所を探せ

アレックス・カム「地図を教育に使う、今はこれが熱いんですよ!」
  ――19 世界最大の地図ディーラー、世界最悪の地図泥棒

この55年のあいだにパトリック・ムーアが執筆したこれらの本には、火星がテーマであるということ以外に、共通点がひとつある。それは、どの本もほかの本の内容をほぼ完全に否定していることだ。
  ――火星の運河

コンピューターゲームの地図は、古代の<マッパ・ムンディ>と同じくひとつの物語を表しているのだ。
  ――21 ビデオゲームと未来の地図

リチャード・ドーキンス「人類の祖先はほかの類人猿が越えられなかった重要な壁を越えたが、それを後押ししたのは地図だったのではなかろうか?」
  ――22 脳の地図を描く

【どんな本?】

 観光ガイドマップ,地下鉄路線図,デパートの売り場案内図,Google Map,宝の地図。世の中には様々な地図が、様々な目的で作られていて、それぞれが別々の物語を秘めている。

 今まで人類はどんな地図を、どうやって作ってきたのか。誰がどんな目的で買い求め、どう使ったのか。現在の地図のようになるまで、どんな経緯を辿ったのか。そんな地図の歴史に加え、地図を売り買いする地図ディーラーたち・地図が変えた旅行の形・物語の中の地図、そしてカーナビから Google Map まで、地図にまつわる面白ネタや地図の楽しみ方を集めた、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ON THE MAP : Why the World Looks the Way it Does, by Simon Garfield, 2012。日本語版は2014年12月11日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約406頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント48字×19行×406頁=約370,272字、400字詰め原稿用紙で約926頁。文庫本なら上下巻でもいい分量だが、図版を豊富に収録しているので、実際の文字数は8~9割ぐらい。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。東京の複雑な鉄道路線図に悩んだり、旅行ガイドブック片手に観光地を歩いたり、ゲームでダンジョンを探索してマップを埋めていったりなど、地図に関する思い出があれば更によし。

【構成は?】

 だいたい時系列順に並んでいるが、それぞれの章はほぼ独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • 序文 地図を愛する人々のために デーヴァ・ソベル
  • プロローグ 新たな地図が浮かびあがる
  • 1 いにしえの賢人たちの功績
  • 2 世界を売った男たち
  • 3 概念としての世界地図
  • 4 ヴェネツィアと中国の地図
  • 5 ヴィンランドの謎
  • 6 アメリゴへようこそ
  • 7 メルカトルの投影図
  • 8 本になった世界地図
  • 9 シティ・マップを作る
  • 10 陸地測量局をめぐる物語 定まりゆく座標
  • 11 伝説のコング山脈
  • 12 コレラの感染を止めた地図
  • 13 宝島、×印の場所を探せ
  • 14 世界最悪の旅、地図のない最後の地へ
  • 15 ミセスPと『ロンドンA-Z』
  • 16 誰もが携帯する地図 旅行ガイド略史
  • 17 カサブランカ、ハリー・ポッター、そしてジェニファー・アニストンの家
  • 18 超大型の地球儀を作る
  • 19 世界最大の地図ディーラー、世界最悪の地図泥棒
  • 20 いかにしてカーナビは普及したのか
  • 21 ビデオゲームと未来の地図
  • 22 脳の地図を描く
  • エピローグ いつでもどこでも自分の居場所がわかる地図
  •  訳者あとがき
  • Pocket Map
    • 時は1250年、私は巡礼の旅に出る
    • ここはドラゴンの地
    • 島としてのカリフォルニア
    • 秘密にされたドレークの世界一周
    • ライオンとワシとゲリーマンダー
    • 19世紀のマーダー・マップ
    • ベンジャミン・モレルの浅はかな嘘
    • バークとウィルズのオーストラリア大陸横断
    • ベックのロンドン地下鉄路線図
    • ピーターパンの作者は、ポケット地図を折りたためなかった
    • 絵本に隠された宝の地図
    • チャーチルのマップルーム
    • 女は本当に地図が読めないのか
    • 火星の運河

【感想は?】

 幼い頃、宝の地図を作ったことがある。オモチャなどを地面に埋めて、立ち木や曲がり角などの目印を書き入れ、お宝の場所には×印をつけた。あの頃のワクワクする気持ちが、蘇ってくる。

 そう、地図には何か人を引きつけるものがある。そこには、何か新しい世界が広がっている。

 自転車に凝り始めた頃は、国土地理院の地勢図を買った。色々と無愛想だが、等高線が入っているので、坂のキツさがわかって便利なのだ。走った経路を赤で書き入れ、次のルートを考えるのも楽しみの一つだった。

 この本の物語は、古代アレクサンドリアの図書館から始まる。パピルスの供給地でもあったのが幸いし、多くの書物を集めた。エラトステネス(→Wikipedia)の地図は、不明な所は空白のままとしたが、クラウディウス・プトレマイオス(→Wikipedia)が困った習慣を持ち込む。空白を想像で埋めたのだ。

 無名の者ならともかく、天下のプトレマイオス様が書いたことに間違いはあるまいと信じた後世の者は、お陰で大変な苦労をしょい込む羽目になるし、地図を作る者にもこの悪癖が受け継がれちまうから被害は甚大だ。

 おかげでマッパ・ムンディ(→Wikipedia)などでは、ユニコーンやマンドレイクやスフィンクスなど、奇矯な化け物が並んでいたりする。「山海経」もそうだけど、遠い所にはケッタイな生き物がいると考えるのは、洋の東西を問わないらしい。

 旅行ガイドは、13世紀に既に登場している。修道士マシュー・パリス(→英語版Wikipedia)が、エルサレムへの巡礼向けガイドブックを書いている。ここでの「旅程」が、ラバで一日で移動できる距離なあたりが、なかなか実用的。にしても、ラバも大変だ。

 ヴィンランド(→Wikipedia)再発見にも、地図がかわっていた。その名もズバリ、<ヴィンランド地図>なるものが発掘されたのだ。ただしこれで「イタリア人やイタリア系アメリカ人が激怒」したあたりは、ちょっと笑ってしまう。

 プトレマイオスの因習はカリフォルニアを島にしたりするが、現代ではワザと間違いを入れたりする。現代ロンドンの街路地図「ロンドンA-Z」では、「セキュリティ目的の架空の道路」を加えているとか。パクられたら、これを証拠にすればいい。確か似たようなことをゼンリンもやっているとか。

 この辺まで読んでくると、そこまでしてパクリを防ぐ理由もわかってくる。ロンドンA-Zの母ミセスPことフィリス・ピアサルの伝説では、「夜明けから、ロンドンに二万三千本あるという街路を歩く旅を始めた」ことになっている。初版は自費で一万部を刷ってから、売ってくれる店を探すあたり、なかなか強気。

 こういった「普通の人が使う地図」の話は、「『ぴあ』の時代」の<ぴあマップ>でも出てきたなあ。次の貧乏旅行者向け旅行ガイド「ロンリープラネット」「ラフガイド」だと、扱う地域の広さに対し資金が足りず…

ネパールのある村の場合は、ガイドブックの調査員がナプキンにさっと描いた絵が唯一の地図だったりする

 なんてのも、「『地球の歩き方』の歩き方」や「あの日、僕は旅に出た」とカブってたり。

 目的によって全く異なるのも、地図の面白い所。ぴあだと大事なのは映画館や劇場で、旅行ガイドだと飯屋やホテルになる。「犯罪は『この場所』で起こる」だと、近所の安全マップを作ろうなんて話も出てきた。

 今はデジタル化・オンライン化で紙の地図ビジネスは難しいようだが、こういった視点の違いを活かした情報ビジネスで生き残りを図っている模様。Ingress やポケモンGOなど、現実に「違った次元」を重ねる手法も出てきたしねえ。

 ニワカ軍ヲタとしては、第二次世界大戦でミシュランやモノポリーが果たした役割や、ニカラグアのコスタリカ侵攻の際のイチャモンなど、物騒な話も面白かった。自分でも近所の特殊地図を作りたくなる、そんな本だ。とりあえず猫のナワバリ地図とか面白そうだなあ。

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2016年12月28日 (水)

田中一郎「ガリレオ裁判 400年後の真実」岩波新書

「誤審」にせよ「冤罪」にせよ、裁判の手続きに照らして判断されるべきであり、裁判として――もちろん現代の裁判ではなく、宗教裁判として――見たとき、実際に何があったかを明らかにしようというのが、本書の目的である。
  ――はじめに

宗教裁判が現代の裁判と大きく異なるのは、第一にそれが有罪か無罪かを争う場ではなかったことである。
  ――第二章 宗教裁判

【どんな本?】

 ガリレオ・ガリレイ(→Wikipedia)。動説を唱え宗教裁判にかけられ、有罪判決を受けるも「それでも地球は動いている」と語り弾圧に抗った者と言われ、科学と宗教の対立を象徴する人物となった。

 1998年、裁判の主体となった検邪聖省の後身・教理聖省の文書が研究者に公開となり、それを元に2009年に『ガリレオ・ガリレイ裁判ヴァチカン資料集(1611~1741)』が出版された。この最新の資料を参考にしながら、有名な裁判の様子を再現し、伝説の実態を明らかにする、一般向け歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年10月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約205頁に加え、あとがき4頁。9.5ポイント42字×15行×205頁=約129,150字、400字詰め原稿用紙で約323枚。文庫本なら薄めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、出てくる人物がイタリア人なので、少し覚えにくいぐらいだが、これも巻末に主要登場人物があるので、特に困らないだろう。

【構成は?】

 基本的に前の章を受けて後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 第一章 ガリレオを愛したナポレオン
  • 第二章 宗教裁判
  • 第三章 天文観測による発見 興奮と忍び寄る危機
  • 第四章 序幕 1616年の宗教裁判
  • 第五章 『天文対話』
  • 第六章 裁判の開始
  • 第七章 第一回審問 1633年4月12日
  • 第八章 第二回審問 4月30日
  • 第九章 第三回審問 5月10日
  • 第十章 判決
  • 第十一章 「それでも地球は動いている」
  • おわりに
  •  主要登場人物/あとがき/主要参考文献

【感想は?】

 軽く読める作品ながら、意外な拾い物だった。なんたって、最初から最後まで、驚きの連続だし。

 まず、裁判そのもの。ガリレオが裁かれたのは宗教裁判と言われるが、宗教裁判にもいろいろある。魔女裁判と異端審問だ。

 魔女裁判は、キリスト教に楯突いた疑いが裁かれる。対して異端審問は、キリスト教徒ではあるけれど、正道を踏み外してるぞ、とするもの。ガリレオ裁判は異端審問の方で、あくまでキリスト教徒として裁かれたわけ。

 なら比較的に罰も軽そうな気がするが、トビー・グリーンの「異端審問」によると、スペインとポルトガルの異端審問は暴走しまくりで、戦中の特高の赤狩りが可愛く見えてくるようなシロモノであり、ゲゲッとなったが、イタリアではバチカンの威光もあり、比較的に秩序だっていた様子。ああ、よかった。

 最初の「第一章 ガリレオを愛したナポレオン」では、裁判資料の行方を辿るのだが、ナポレオンのガリレオに対する敬愛が伝わってくると共に、資料の奇妙な運命が明らかになる。射程など計算が重要な砲科出身だけあって、ナポレオンは科学を愛し、その象徴であるガリレオを敬っていた、と。

 とまれ、ナポレオン、別に裁判資料を詳しく読んでるわけじゃない。当時のガリレオは「旧弊な教会に対し合理的な科学を信じ抗った英雄」みたく思われていて(というか今でもそうだ)、その印象で判断してたわけ。これは本人の思い込みもあるんだろうが、同時に政治的に利用する腹積もりもあったんだろう。

 その結晶でもあるのが、「それでも地球は動いている」って言葉。この台詞については、最後の第十一章で明らかになる。なんとなく嫌な予感がする人、その予感は当たってます。

 そもそも異端審問自体が、現代の裁判の常識からすれば無茶苦茶で。イベリア半島ほどではないにせよ(この区別はとっても大事)、最初から有罪は決まっているのだ。酷いようだが、あくまで「教会との和解」と目的としたもの、というタテマエになっている。

 よって量刑も「改悛、断食、祈祷」なんて軽いものもある。中にはジョルダーノ・ブルーノ(→Wikipedia)みたく火刑もあるが、「1599年から1640年まで、火刑に処せられたのは一年に平均してひとり未満」とあるから、イタリアではかなり抑制が効いていた模様。

 とまれ、肝心の裁判の進み方は、思った通り関係者の思惑次第で左右される形であり、科学的な事実を検証するものでは決してない。つまりは政治的な力関係で結果が決まるわけで、この辺は当時の社会がそうなんだから仕方ないよねとは思うものの、あまり愉快なもんじゃない。

 などと愉快じゃないにせよ、そこには好き嫌いに基づいた人間の感情と、多くの勢力が絡まるバチカンの政治情勢を反映してて、今も昔も変わらぬお役所の事情が伝わってくる。そう、教会といえどもお役所なのだ。

 こういった論争をめぐる屁理屈での辻褄合わせからは、当時の教会が、天動説を半ば見切りながらも、「今までの経緯からハッキリとは支持しにくいんだよね」的な気持ちが少しだけ漏れてくる気がするんだが、これは私の思い過ごしかもしれない。

 などの史学的な話も面白いが、当時の天動説を元にした天体図も、かなり意外で面白い。惑星の動きは周転円(→Wikipedia)で説明されると聞いてて、それはだいたい見当がついたんだけど、驚いたのは地球の位置。天体の中心にあると思ってたんだが、実は中心からズレた位置にある事になってた。

 とすっと、中心にも何かあるんじゃないか、と考える人もいたんだろうなあ、きっと。

 これに対し、ティコ・ブラーエ(→Wikipedia)が提案した宇宙像は、かなり観測結果に合ってるはず。もっとも、このモデル、絵に描くと、どうしても地球より太陽の方が主役っぽく見えちゃうわけで、天文学史じゃあまり重要視されないけど、実は次の世代にインスピレーションを与える役割を果たしたんじゃないかなあ。

 本題の異端審問の実態は、俗説とは全く異なる経過を経て、全く異なる結論へと至る。伝説の英雄の虚像は崩しつつも、ガリレオの真意を察して擁護しようとする著者のまなざしは温かい。

 基本的な部分では、宗教権力が科学を押しつぶそうとした構図は変わらないながらも、当時の宗教裁判の様子や天文学の変転など、私たち素人の思い込みを覆す話は盛りだくさんで、短いだけに軽く読めるが、同時に本を読む楽しみが手軽に味わえる、お得な本だった。

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2016年12月21日 (水)

ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 3 近代への道」筑摩選書 東郷えりか訳

大英博物館で仕事をしていると驚かされることが多々ある。その一つが、ヒンドゥー彫刻の前にときおり花や果物のお供えが恭しく置かれているのを目にすることだ。
  ――68 シヴァとパールヴァティー彫像

興味深いことに、この戦争(文禄・慶長の役)はしばしば「陶工戦争」と呼ばれます。
  ――79 柿右衛門の象

「神奈川沖浪裏」の青さは、日本がヨーロッパから望ましいものは採用した事を、それも揺るぎない自信をもって取り入れたことを示す。
  ――93 北斎「神奈川沖浪裏」

この絵皿は20年の歳月を経て、二度の段階に分けて製作された。それも、驚くほど異なる政治状況において。
  ――96 ロシア革命の絵皿

コフィ・アナン「独立を勝ち取るために必要な手腕は、統治に求められる手腕と同じではないと思います」
  ――98 武器でつくられた王座

移民は故郷に何を置いてゆくにせよ、料理はかならず携えてゆく
  ――100 ソーラーランプと充電器

 ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 2 帝国の興亡」筑摩選書 東郷えりか訳 から続く。

【神様もいろいろ】

 次の「67 『正教勝利』のイコン」は切ない。オスマン帝国に追い詰められコンスタンティノープルに押し込められた東ローマ帝国、なぜ俺たちは負けるのかと考え、解をイスラムに見つける。「俺たちは神の姿を絵にするけど、イスラムはしないからだ。じゃ神を描いたイコンを無くそう」。

 結局、イコンは残るしコンスタンティノープルは落ちるんだが、幻の正教の勝利を描いたイコンは残り、今も大斎(おおものいみ,→Wikipedia)として儀式が残っている。切ないなあ。

 「68 シヴァとパールヴァティー彫像」では、一神教が性に厳しい理由の考察が面白い。だってシヴァにはパールヴァティーって連れ合いがいるけど、一神教の神は一人だからヤれないじゃん、と。その発想はなかったw

【発想】

 「69 ワステカの女神像」は正体不明ながら、アステカ語でトラソルテオトルなる多産・植生・再生の女神らしい。加えて汚物の神でもあるのが不思議なところ。堆肥って意味なんだろうか。

 残念ながらワステカはロクに資料もなく、現地でも言い伝えはほとんど残ってない。それでも研究者が現地で聞き込みを始めると、地元の人も興味津々でいろいろ知りたがるそうな。誰でも自分の身近な事には興味を持つんだね。

 「72 明の紙幣」は、まんまお札。とまれ、紙幣は信用が大事だし、どれぐらい価値があるのかも、知らない人にはよくわからない。そこでこのお札、真ん中に同価値の硬貨の絵が描いてある。おお、賢い。でもすぐに刷りすぎてインフレになっちゃうんだけど。

【市場】

 「64 デイヴィッドの花瓶」で、イランの窯業の壊滅のスキに、中国が染付で市場をかっさらう話が出た。ところが中国も市場を奪われてしまう。

 「79 柿右衛門の象」によると、1644年の明の崩壊に伴い中国の窯業は混乱し、そのスキに日本が市場を奪ったとか。その際には、文禄・慶長の役で連行した朝鮮の陶工の技術も役に立ったんだろう。

【融合】

 厳密に見える一神教も、アジアの熱気は溶かすらしい。「83 ビーマの影絵人形」はインドネシアのジャワ島の遺物。インドネシア名物の影絵芝居は今も昔も大人気で、夜通し演じられる。ところがその主な題材は、マハーバーラタとラーマーヤナ。イスラムの国なのに、ヒンディーの物語が伝統芸能なのだ。

 これを演じるのも大変で、演者は2~6体もの人形を操り、楽器演奏者に合図を出し、人形の声も演じ分けなきゃいけない。ゲディー・リーかよ。最近じゃ政治風刺を盛り込む時もあるとか。マスコミと違い当局の目も届かないんで、ライブじゃトンガったネタがやれるってのは、日本でも同じだね。

【報道】

 グーテンベルクの印刷技術が宗教革命のきっかけになったと言われてるが、誰もが文字を読めるようになったわけじゃない。そこで頭をひねったプロテスタントが考えたのが、大きな絵入りのポスター。「85 宗教改革100周年記念パンフレット」では、一コマ漫画でルターの功績を讃えている。やっぱり絵の力は大きいんだなあ。

 「95 女性参政権を求めるペニー硬貨」では、20世紀初頭イギリスで、女性参政権を求める運動の優れたアイデアを描く。硬貨に「VOTES FOR WOMEN」(女性に選挙権を)と刻印するのだ。厳密に言えば硬貨に傷をつけるのは犯罪だけど、身近な硬貨に記せばメッセージが多くの人に届く。賢い。

【音楽】

 「86 アカンの太鼓」では、アメリカの奴隷制がテーマになる。黒人の歴史家J・A・ロジャース曰く「ジャズの真骨頂は、因習、習慣、退屈、それに悲哀からすら陽気に反乱を起こすことだ」。この言葉、ジャズをブルースやロックに変えても通用したりする。

【アーカイヴ】

 「90 ヒスイの璧」の主人公は、、清の乾隆帝(→Wikipedia)。この本には著者が彼に抱く敬愛の念がにじみでてるんだが、それもそのはず。乾隆帝の成果の一つが『四庫全書』で、これは…

人類史上最大の叢書で、中国文明の黎明期から18世紀までの真正と認められたあらゆる書物が含まれていた。今日、デジタル化された版はCD-ROM167枚に収められている。

 CD-ROM167枚って、80GBぐらいか。DVDなら20枚~40枚。とんでもねえ情報量だ。デジタル技術もない時代に、よくやったなあ。

【鎖国?】

 「93 北斎『神奈川沖浪裏』」では、意外としたたかな江戸期の日本の外交政策が明らかになる。

 青が印象的な絵だが、藍とプルシアンブルー(→Wikipedia)を使いわけている。藍は日本産だが、プルシアンブルーは18世紀ドイツの発明で、舶来品なのだ。構図も欧州の遠近法を取り入れてたり。昔から日本は異国の文化を巧いこと取り入れて自己流に消化してたんだね。

 ちなみに当時のお値段は「蕎麦二杯分」というから、けっこう安いなあ。印刷に加えて製紙の発達も大きいんだろう。

【そして現代】

 「99 クレジットカード」では、ボーダーレス化の象徴としてVISAカードが出てくる。

これまで見てきた硬貨や紙幣はいずれも、その表面に王や国が記されていた。だが、われわれの(クレジット)カードのデザインにはいかなる支配者も国家も記載されておらず…

 と、国を越えて使えるお金なわけ。もっとも、王様のかわりにVISAのロゴが目立ってるわけで、現代は多国籍企業が支配者の時代なのかも。

 しかも、だ。今更ながら気づかされたのが、規格化の威力。クレジットカードはVISAもMASTERもJCBもみんな同じ大きさで、どこの国のATMでも使える。当たり前のように思えるけど、これって凄いことだよね。だって電気のコンセントの形すら国によって違うんだから。

 最後の「100 ソーラーランプと充電器」は、テクノロジーが切り開く明るい未来の一端が顔をのぞかせる。充電器はソーラーパネルで、これを8時間日に当てれば、ランプが100時間光る。これの何が嬉しいかというと、電気のきていない途上国で便利なのだ。

 普通のランタンが10ドルに対し約45ドルと高いが、燃料が要らない。「アフリカの田舎では、平均して収入の20%近くが灯油に使われる」。加えて、携帯電話の充電まで可能な優れもの。電話網が未発達な地域も、インターネットにつながるばかりでなく、収入も増える。

 インドのケララ州じゃ漁民が天気予報と魚市場の情報を仕入れ、収入が約8%増えた。他にも南インドじゃ「日雇い労働者、農民、娼婦、人力車の車夫、小売店主」の収入が増えてる。そういえば日本でも携帯電話は派遣労働者の必須アイテムだよなあ。

【最後に】

 などとモノを通した人類の歴史は、教科書とだいぶ色合いが違って、人々の欲望が浮き上がってくると共に、生活臭も漂うのが楽しいところ。はいいが、読んでるとスコップを持ってそこらを掘り返したくなるのが困りものかも。

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2016年12月19日 (月)

ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 2 帝国の興亡」筑摩選書 東郷えりか訳

これは簡単な球技ではなかった。ゴムボールは重く――3、4キロから15キロ近いボールまであった――球技の目的はそれを空中に放りつづけ、最終的にコートの敵陣側の端に落とすことだった。
  ――38 球技に使われる儀式用ベルト

われわれのなかでツァラトゥストラが実際に何を語ったのか、あるいは彼が誰だったのかすら知っている人は少ない。
  ――43 シャープール二世の絵皿

硬貨に支配者の肖像を描く伝統は、それより1000年近く前のアレクサンドロス大王の時代から、中東一体で馴染み深いものだったが、それが決然と放棄され、文書のみの硬貨が第一次世界大戦まですべてのイスラーム諸国では標準でありつづけた。
  ――46 アブド・アルマリクの金貨

私が敢えて「諸宮殿」と言うのは、アッパース朝のカリフはどうも宮殿を使い捨てする傾向があったようだからです。
  ――52 ハレム宮の壁画の断片

往来皆此路 往来する人はみなこの道を通るが
生死不同帰 生者と死者はともに帰りはしない
  ――55 唐の副葬品

  ニール・マクレガー「100のモノが語る世界の歴史 1 文明の誕生」筑摩選書 東郷えりか訳 から続く。

 時代が進むに従い、ヒトが作る社会は大きくなり、国家の枠組みがハッキリしてくる。そのためか、「1 文明の誕生」ではでは「使う」ための物が多かったのに対し、次第に「見せびらかす」目的を持つ物が多くなり、また宗教的な意味合いを持つ物も出てくる。

【国営企業】

 「34 漢代の中国の漆器」は、漆塗りの杯。なんと30回以上も重ね塗りしてあって、当時は青銅の杯10個以上の価値があったろう、としている。いかにも中国らしいのは、携わった六人の職人と製品検査官七人の名が記されていること。ブランドとしてなのか、責任を明確にするためなのか。

 ここから、漢王朝の経済構造が見えてくるのが、歴史の楽しい所。漢代では、「政府は主要な産業のいくつかは国有化していました」。その目的の一つは、侵入してくる北方・西方の蛮族に対抗するための軍事費。もともと、中国は共産主義と相性がいいらしい。

 もっとも「『塩』の世界史」では、いろんな国が製塩や塩の流通が重要な税収源としてるんで、昔から権力者は主要産業を管理したがる性質があるのかも。

【恋人たち】

 「36 ウォレン・カップ」は、なかなか強烈。エルサレム近くから出てきた、西暦5~15年あたりの銀のゴブレット。いろいろあってエドワード・ウォレンの所有となった。が…

ウォレンは1928年に死去したが、その後何年もこれは売却できなかった。題材がどんな収集家にとってもあまりにも過激だったためだ。

 大英博物館もフィッツウィリアム博物館も買おうとせず、「一時はアメリカ合衆国にすら入国を拒否された」。なにせ模様が恋人たちのアレなナニってだけでなく…。まあ、確かに宴会でこんなモン出されてもアレだしなあw

【アメリカ】

 続く「37 北米のカワウソのパイプ」では、北米先住民の意外な姿が明らかとなる。というのも、副葬品が…

ロッキー山脈のハイイログマの歯、メキシコ湾からのソデボラ科の巻貝、アパラチア山脈からの雲母、五大湖からの銅

 と、北米各地の品が一か所からでてきた。彼らは北米大陸全体に交易ネットワークを持っていたらしい。農業も営み定住してたのに、なぜ国家にならなかったんだろう? 

 その次の「38 球技に使われる儀式用ベルト」でっは、メキシコにも球技があった事がわかる。Wikipedia によるとテニスも起源は紀元前15世紀のエジプトに遡るというから、球技は世界各地で発生したみたいだ。

【大宗教のはじまり】

 「42 クマーラグプタ一世の金貨」では、ヒンドゥーの誕生が語られる。複雑怪奇で曖昧模糊としたヒンドゥーの体系だが、ルーツはハッキリしているのだ。生みの親はクマーラグプタ一世。その権威を確立するために多くの寺院を建て、神々の彫像や絵画を飾り、硬貨にもラクシュミーを彫った。

 絵や像などのヴィジュアルが伴えば、説得力が増す。「彼とその同時代の人びとは、実質上、神々を新たにつくりだしていたのだ」。とすると、いつかはゴジラも神になるんだろうか?

 「43 シャープール二世の絵皿」では、いきなり己の無知を思い知らされる。ツァラトゥストラ、ペルシャ語でザラスシュトラ。しかしてその実態はっつーと、ゾロアスター。実在すら定かじゃないが、いたとすれば「中央アジアのステップに紀元前1000年ごろ生きていたと思われます」。

 多くの穀物や栽培植物のルーツと言われる中央アジアは、アブラハムの宗教のルーツでもあるのか。正義と悪の戦いという二元論的な世界観の思想が流行ったお陰で、中東は大変な事になってるんだけど。

 対して「45 アラビアのブロンズの手」が示す古代の宗教だと、「神々はその土地だけに責任を負う傾向があ」る。日本でも、神社は土地に属するものって雰囲気があるなあ。このイエメンから出た青銅の手、手首から先だけなんだが、やたらとリアル。

 モデルの手は切り落とされたのか、それとも生きてる手を象ったのかを調べるため、なんと整形外科医に診断を仰いでるw 博物館って、そういう事もするのか。診断によると、血管が浮いてるから生きてる手だが、爪が窪んでるから貧血かも、それと華奢だから労働者じゃないね、とのこと。

 どこでも普及の初期の宗教は大らかだったようで。「50 蚕種西漸図」の舞台は中国の西域、現新疆ウイグル自治区のホータン(和田、→Wikipedia)。この章の冒頭を飾る絹のお姫様の話も魅力的だが、発掘された仏教寺院群には「仏教、ヒンドゥー教、イランの神々や、この地元だけの神々の絵もあった」。

 シルクロードの中継地点で各地の商人が出入りしたから、多様な顧客の要望に応えるって意味もあったんだろうなあ。

【写真の凄み】

 多くのカラー写真が載ってるのが、このシリーズの魅力の一つ。

 「54 ターラー像」はスリランカのブロンズ像で、女神さまを象ってるんだが、スタイルが凄い。漫画「ワンピース」に出てくる成人女性みたく、ボン!ギュッ!ボン!なのだ。これじゃ煩悩が溜まるばかりじゃないか、と思ったら、観音様だとか。でも日本の観音様とは全く違うぞ。

 やはり迫力があるのが、ナイジェリアで出た真鍮の「63 イフェの頭像」。1400~1500年ぐらいのシロモノだが、とっても精巧でリアルなのだ。これが出たのは20世紀初頭で、ヨーロッパ人は驚いた。「アフリカの黒人にこれほどの文明があった」とは。

 芸術の価値なんて主観的なものだから、幾らでもゴマカシが効くだろうと考える人もいるかもしれない。でも、この像は、一目見ればそのリアルさと迫力に圧倒されて、嫌でも認めるしかない。芸術が持つ力が充分に伝わってくる、見事な像だ。

 それでも人間てのは愚かなもので、この像を見つけたドイツの人類学者レオ・フロベニウスは珍説をひねり出した。曰く伝説のアトランティス島はナイジェリア沖に沈み、その生き残りがナイジェリアに辿りつき、これを造ったんだ、と。

 人間、一度思い込むと、なかなか抜け出せないようで。

【チャイナ】

 「64 デイヴィッドの花瓶」では、染付の意外なルーツが語られる。

 なんと、「実際にはイランからのものだ」。これがチンギス・カンの侵略で「イランを中心に、中東各地の窯業は打撃をこうむり破壊された」。ポッカリあいた市場の穴を、中国が埋めて乗っ取っちゃったって形。うーむ、抜け目ないなあ。

 という所で、次の記事に続く。

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