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2021年3月 8日 (月)

ポール・シャーレ「無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争」早川書房 伏見威蕃訳

本書は、急速に進化している次世代のロボット兵器の世界を読者が渉猟する道案内になるはずだ。
  ――序 生死を決定する力

武装ドローン貿易の90%以上が中国からの輸出
  ――7 世界ロボット戦争

禁止令の成否は、三つの重要な要素に左右されているように思われる。
その兵器の恐ろしさがどれほど知られているか。
軍事でどれほど役立つと思われているのか。
協力もしくは禁止を成功させるのに必要な当事者がどれだけいるのか。
  ――20 教皇とクロスボウ

【どんな本?】

 1984年の映画「ターミネーター」では、アーノルド・シュワルツェネッガー演じる殺人ロボットT-800が、リンダ・ハミルトン演じるサラ・コナー を、徹底した冷酷さで執拗に追いかけた。あの頃では不可能だった殺人ロボットが、現代ではRQ-1プレデターなどの無人攻撃機として、現実の戦場に投入されている。

 幸いにして今のところ、RQ-1プレデターのミサイル発射ボタンは人間が握っている。人間が標的を確認した上で、「アレを撃て」と命令を下す形だ。しかし、今後はわからない。機械が自動で「誰を殺すか」を決め、自動的にミサイルを発射する、そんな兵器の登場が目前に迫っている。

 このような兵器の開発は、どこまで進んでいるのか。殺人機械にどんな利益があり、どんな危険があるのか。開発者や軍事関係者は、どう考えているのか。倫理的に殺人機械は許されるのか。国際的な規制は可能なのか。

 米陸軍レンジャー部隊員としてイラクやアフガニスタンで戦い、国防省では自律型兵器の研究に従事した著者が、自律型兵器が抱える利害や現状を生々しく伝える、迫真の軍事ルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Army of None : Autonomous Weapons and The Future of War, by Paul Scharre, 2018。日本語版は2019年7月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約453頁+ペイパーバック版あとがき6頁+訳者あとがき3頁+佐藤丙午による解説「無人兵器システムの第一人者による必読書」6頁。9.5ポイント45字×20行×453頁=約407,700字、400字詰め原稿用紙で約1,020枚。文庫なら上下巻ぐらいの文字数。

 軍事系の訳者の中では伏見威蕃は最も親しみやすい日本語を書く。が、本書はやや硬い。いや軍事系の本としては読みやすいんだが、伏見氏の訳書としては硬い印象を受ける。つまりは私の伏見氏に対する期待値が高すぎるってだけなんだけど。

 軍事系のわりに内容はわかりやすい。巻末に略語一覧があるなど、素人読者にも配慮している。切り口も軍事・技術・倫理と広く、初心者に親切な本だ。

【構成は?】

 基本的に各章は独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

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  • 本書への賛辞
  • 序 生死を決定する力
  • 第一部 地獄のロボット黙示録
  • 1 群飛襲来 軍事ロボット工学革命
  • 2 ターミネーターと<ルンバ> 自律とはなにか?
  • 3 人を殺す機械 自律型兵器とはなにか?
  • 第二部 ターミネーター建造
  • 4 未来はいま造られている 自律ミサイル・ドローン・ロボットの群れ
  • 5 パズル・パレスの内部 国防総省は自立型兵器を建造しているのか?
  • 6 境界線を越える 自律型兵器の承認
  • 7 世界ロボット戦争 世界のロボット兵器
  • 8 ガレージ・ロボット DIY殺人ロボット
  • 第三部 ランアウェイ・ガン
  • 9 暴れ狂うロボット 自律システムの故障
  • 10 指揮および意思決定 自律型兵器は安全に使えるのか?
  • 11 ブラックボックス 深層ニューラル・ネットワークの摩訶不思議で異質な世界
  • 12 死をもたらす故障 自律型兵器のリスク
  • 第四部 フラッシュ・ウォー
  • 13 ロボット対ロボット 速度の軍拡競争
  • 14 見えない戦争 サイバースペースの自律
  • 15 “悪魔を呼び出す” 知能を備えた機械の勃興
  • 第五部 自律型兵器禁止の戦い
  • 16 審理にかけられるロボット 自律型兵器と戦時国際法
  • 17 非情な殺し屋 自律型兵器の殺傷力
  • 18 火遊び 自律型兵器と安定性
  • 第六部 世界の終末を回避する 政策兵器
  • 19 ケンタウロス戦士 人間+機械
  • 20 教皇とクロスボウ 軍備管理の雑多な歴史
  • 21 自律型兵器はどうしても必要なのか? ロボット工学の致死原則の探求
  • 結論 運命などなく、私たちが作るものがある
  • ペイパーバック版あとがき ロボット兵器は、現在の戦場をどのように変容させているか
  • 謝辞/訳者あとがき/解説:佐藤丙午/略語/挿絵・口絵クレジット/原注/索引

【感想は?】

 無人兵器を扱った本としては、「ロボット兵士の戦争」に続く本格的なルポルタージュだ。「ロボット兵士の戦争」が無人化に着目したのに対し、本書は自律、つまり完全な自動化を主題としている。機械が標的を定め引き金を引く、そんな兵器の現状と是非を扱っている。

 そう、完全な自動化は怖い。実のところ、完全に自動化した兵器は既にある。地雷だ。

 地雷は設定したとおりに動く。所定の力がかかったら爆発する、それだけの単純な仕掛けだ。ソレが敵兵か友軍兵か民間人か、なんて考えない。戦争が終わったかどうかも知ったこっちゃない。とにかく重さを感じたら爆発する、ただそれだけ。おかげでカンボジアは悲惨な羽目になった。

機械はその行動がもたらす結果など理解せず、なんであろうとプログラムされたとおりのことをやる。
  ――序 生死を決定する力

陸軍の研究者ジョン・ホーリー「機械は過ちを犯していることを知らない」
  ――11 ブラックボックス

 にも関わらず、軍は熱心に自律型兵を研究・開発する。

(2005年から2013年の米国国防総省が公表した未来の無人システム投資に向けた)ロードマップすべてに共通のテーマは、自律性だった。
  ――1 群飛襲来 軍事ロボット工学革命

 とはいえ、本書を読む限り、米軍は研究と開発には熱心だが、実際に使うとなると慎重だ。

米軍の風土には、無人システムに作戦任務を委ねることに強い反発がある。ロボット工学システムは、監視や兵站のような支援の役割はほとんど認められているが、戦闘に適用されることはまれだ。
  ――4 未来はいま造られている

 将兵の命が重い米軍だから、積極的に無人化を進めるかと思ったが、意外とそうでもない。これには「米空軍は戦闘機パイロットの空軍」なんて言われる組織の体質もあるんだろうが、殺すか否かの決定は人間が下すべき、みたいな倫理的な部分も大きいみたいだ。もっとも、世の中はそんな組織ばかりじゃない。

ロシアのさまざまな企業が、われわれはアメリカやイギリスの防衛産業とは違い、自律的な使用について迷ったり抗弁したりはしないと豪語している。
  ――7 世界ロボット戦争

 あー、あの国はそうだろうなー。その客も国家とは限らないし。いやマジ「武器ビジネス」や「死神の報復」とか読むと背筋が凍るよ。そういや傭兵企業もあるなあ(→「ブラックウォーター」)。傭兵は民間だから、国家が決めたルールに従うとは限らないし。そしてもちろん…

フランク・ケンダル米国防次官
“何分の一秒か”で決定しなければならないときには、機械にその役割を担わせるしかない。
「(テロリストが)自動運転を使えば、(略)爆弾を積んだ車を人間に運転させる必要がない」
  ――6 境界線を越える

 テロリストも、だ。

 そんな風に、軍は板挟みになっている。機械はイマイチ信用しきれないが、敵に出し抜かれるのも困る。何より、自律が必要な現状がある。その一つが速度だ。ヒトがどんなに頑張っても、機械の応答速度には敵わない。最終決断をヒトが下すような形にしても…

戦略家トーマス・シェリング「速度が重要であるときには、すさまじい圧力のために事故や誤報の餌食になりやすい」
  ――18 火遊び

 セカされると、アセって失敗する生き物なのだ、人間ってのは。例えば「本日限定」の商品とか、つい買っちゃうよね。いやそんな穏やかな話じゃなくて、核のボタンを押すか否か、みたいな重い話なんだけど。

 もう一つが、敵によるジャミング。昔のアニメだと妨害電波ね。今だって、米軍の無人機やミサイルは、GPSや偵察機などと盛んに通信して精度を上げ、着実に目標に当たるようにしている。

元米国海軍士官ブライアン・マグラス「ミサイルはネットワークに組み込まれなければならない」
  ――3 人を殺す機械 自律型兵器とはなにか?

 でも、妨害電波で通信できなくなったら? そこで自律だ。システムに頼らず、自分で判断して動いてくれたら嬉しいよね。でも、暴走したら怖い。また、お馬鹿な機械は、騙すのも簡単だ。

オートメーションは予想通り動くのが望ましいと人間は見なしているが、敵がいる環境では、それが脆弱性になりかねない。
  ――10 指揮および意思決定

 シューティング・ゲームが上手い人は、敵の動きを読む。単純な敵ほど、先を読むのは易しい。なら複雑にすりゃいいじゃん、と思うでしょ。ところがどっこい。

より複雑な機械は、性能が向上するかもしれないが、使用者が機械の挙動を理解して予測するのが難しくなる。
  ――10 指揮および意思決定

 どう動くのか、使う方もわかんなくなっちゃうのだ。本書に出てくる例の一つが、最近流行りの深層学習=ディープラーニング。画像が犬か否かを見分けるとか、そんな風に使われる。要は機械に条件反射を仕込むと思っていい。ただし、どう見てもゴミな画像を犬と見間違えることもある。困ったことに、なぜその画像を犬と判断したのかがわからない。デバッグ不能なのだ。しかも、このバグは…

この(欺瞞画像)脆弱性は、ニューラル・ネットワークの基本構造から生じるものなので、特定の設計とはかかわりなく、現在使用されている深層ニューラル・ネットワークのほとんどすべてに存在する。
  ――11 ブラックボック

 ヤベーじゃん。でも便利だからアチコチで使われてる。それどころか、人間もそういう機械を相手にすると…

陸軍の操作員は、ペトリオット関係者には“疑問を抱かずにシステムを信頼する”風潮があると結論を下した。
  ――9 暴れ狂うロボット

歩行者は、オートメーション(=自動運転車)のほうが人間の運転手よりも信頼できると考え、違うようにふるまって、その結果、無鉄砲な行動をとる。
  ――17 非情な殺し屋

 「コンピュータなんだから間違わないよね」、そう思っちゃうのだ。ところでそこのプログラマ、あなた、自分がプログラムした飛行機に乗る度胸あります? 私はあります。なぜって、私が作ったプログラムなら、そもそもエンジンすらかからないから。

 ってな冗談はさておき。そんなロボット同士の戦いになるとどうなるかってのは、既にシミュレートされてるよ、って意見が面白い。

オートメーション化された株取引は、オートメーションを軍が取り入れる場合の問題に関して“重要な比較”になると、(DARPA戦略テクノロジー部の部長ブラッドフォ-ド・)タウズリーは考えていた。
  ――13 ロボット対ロボット

 既に株や先物などの取引は、相当数をロボットが動かしている。そのため正のフィードバック・ループに陥って、前触れなく急騰したり暴落したりする。これと似たような状況が起きるんじゃないか、そういう発想だ。確かにあり得る。というか、アシモフが書いてたような気がする。

 そういう怖さはあるにせよ、規制が進むのか、というと…

NGOは、地雷やクラスター爆弾禁止の前例に沿って進むことを期待して禁止運動を進めているが、民間人への危害という懸念を理由に、兵器の予防的な禁止が成功した例はない。
  ――21 自律型兵器はどうしても必要なのか?

 と、なかなか見通しは暗い。そもそも「自律とは何か」って定義すらハッキリしないし。

 などの怖い話が多い中、SF者としては注目したくなるネタもアチコチに出てきて、これが楽しかった。例えば、先の自律の定義だ。なんとなく「知性」と関係ありそうな気がするが、同じ「知性の基準」とされるチューリング・テストも…

AI研究者マイカ・クラーク「知性のある異星の生命体があす地球に降り立ったとして、人間の行動を基準にしているチューリング・テストのようなのもに合格すると予想するのは、正しいだろうか?」
  ――15 “悪魔を呼び出す”

 おお、言われてみれば、確かにそうだよね。同じ知性を測る際に、異星人とコンピュータで基準が違うってのは、なんかおかしい。「じゃ異星人の知性はどうやって測るの?」と言われると、そっこはムニャムニャ。

 また、やっぱりシュワちゃんの印象は大きかったようで…

私の経験では、自律型兵器についての真剣な話し合いの10件に9件で、場所が国防総省の奥の院だろうと、国連の廊下だろうと、かならずだれかが(映画)『ターミネーター』を引き合いに出す。
  ――16 審理にかけられるロボット

 どうしてもそうなるかー。まあ、怖いのはT-800より、スカイネットなんだけど。つか続編じゃ敵(人間側)に乗っ取られてたよね。まあ自律兵器には、そういう危険もあるんです。

 などと、SF者には妄想が広がりすぎて止まらなくなる困った本だった。

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2021年2月24日 (水)

クリスティン・デュボワ「大豆と人間の歴史 満州帝国・マーガリン・熱帯雨林破壊から遺伝子組み換えまで」築地書館 和田佐規子訳

(大豆の)ほとんどの加工と販売は国際的企業の四社が牛耳っている。アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)、ブンゲ、カーギル、ルイ=ドレフュス
  ――第5章 家畜を肥やす肥料となって

政府が(バイオディーゼルに)経済的な支援をするのは主に次の三つの理由からだ。まず農作物のさらなる市場を作ることで農家を支援するため、輸入燃料への依存を軽減するため、そして、大気汚染の緩和だ。
  ――第10章 試練の油 大豆バイオディーゼル

【どんな本?】

 味噌に醤油、豆腐に納豆。暑い日のビールには枝豆が欠かせないし、甘党は黒蜜ときなこの誘惑に勝てない。そして味噌ラーメンにはタップリもやしを盛ってほしい。日本の食卓には大豆が溢れている。

 日本では「畑の肉」とも呼ばれ親しまれる大豆だが、実は世界情勢に大きな影響を与えている。大日本帝国の満州進出を促し、アメリカの戦略作物となり、鶏や豚の飼料として世界中の貧しい者のたんぱく質摂取を支える反面、南米では森林を破壊し、政権の転覆まで引き起こした。男の精子を減らすという噂もあれば、女の乳がんを防ぐとも言われている。なおアメリカ産大豆の90%以上は遺伝子組み換えだ。

 そんな大豆は、いつ、どこで栽培が始まったのか。豆腐や納豆のほかに、世界ではどんな大豆食品があるのか。大豆と戦争に何の関係があるのか。現代の国際貿易で、大豆はどのように扱われているのか。遺伝子組み換え大豆は安全なのか。

 ジョンズ・ホプキンス大学大豆プロジェクト研究部長を務めた著者が、私たちの食卓を彩る大豆の持つ様々な姿を、歴史・生産・流通・加工・消費・貿易・政治・経済・栄養など多様な視点で描く、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Story of Soy, by Christine M. Du Bois, 2018。日本語版は2019年10月31日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約329頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント52字×20行×329頁=約342,160字、400字詰め原稿用紙で約856枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの文字量。

 文章は比較的にこなれていて読みやすい。内容もわかりやすさに気を配り、なるべく専門用語を使わないなど工夫をしている。その分、遺伝子組み換えの科学・技術的な説明は、やや物足りなく感じた。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。また、「序章 隠された宝」が見事に全体をまとめているので、試食にはちょうどいいだろう。

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  • 序章 隠された宝
    大豆と戦争/大豆たんぱく質が家畜を太らせる/巨大化する大豆貿易/大豆と根粒菌の共生関係/マーガリンを作る/南米と大豆/さまざまな工業製品への利用
  • 第1章 アジアのルーツ
    大豆栽培の始まり/食用に加工され始める/豆腐の誕生/フビライ・ハンがインドネシアに豆腐製造を伝える/大豆を発酵させるアジアッ人/相異にあふれるアジアの大豆食品
  • 第2章 ヨーロッパの探検家と実験
    大航海時代にヨーロッパにもたらされる/ヨーロッパで花開く大豆研究/高まる大豆への関心/第一次世界大戦後に始まった新しい利用方法
  • 第3章 生まれたばかりの国と古代の豆
    新大陸と大豆栽培/いかにしてアメリカに大豆食品を根づかせるか/栄養失調の子どもたちに豆乳を/産業・医療への利用 大豆に価値を見いだす/フォード社と大豆
  • 第4章 大豆と戦争
    兵士の食べ物/太刀素は大豆の重要性に気づいていた/満州に目をつけた日本/捕虜の栄養源となる/食糧難のソビエトで渇望された大豆食品/戦時下のイギリスで健康改善に貢献した大豆/戦争に勝つためにはもっと大豆を/戦後のアメリカでは、食用から飼料へ変身する/醤油と豆腐の製造方法が変わった戦後の日本/戦争と結びつけられた大豆
  • 第5章 家畜を肥やす肥料となって
    エジプトから始まった鳥インフルエンザ/鳥の血のソーセージ/飼料大豆の普及/骨付き鶏肉が日本にやってきた/スペインでのオリーブオイルvs大豆油/世界征服をねらうアメリカ産大豆/大豆で大量生産される鶏肉/劣悪な環境で飼育される豚たち/安い肉が引き起こす問題/消費者の健康と大量生産された肉/森林を破壊する飼料大豆/大量の排泄物が引き起こす問題
  • 第6章 大豆、南米を席巻する
    二つの生き方 ブラジル先住民と大農場主/カタクチイワシ不漁に始まる日本のブラジル進出/二人の大豆王/劣悪な環境に置かれた労働者/アマゾンの森林とブラジル農業/アルゼンチンでの闘い/アルゼンチンが大豆かす輸出第一位へ躍り出る/抗議運動/パラグアイでの大豆栽培を巡る緊張/「大豆連合共和国」
  • 第7章 大豆が作る世界の景色
    法的に疑わしいカーギル社の穀物ターミナル/輸出港へのジャングルを貫く道路建設/なぜ南米にばかり環境保護を押しつけるのか/単一栽培が農業を危機にさらす/雑草対策のためのグリホサート耐性をもつ遺伝子組み換え大豆/遺伝子組み換え作物に対する懸念/除草剤の使用を増やす遺伝子組み換え大豆の栽培/遺伝子組み換え作物が土壌に与える影響/グリホサートの農民への影響/クリホサート耐性大豆と不耕起栽培/農業には欠かせない淡水と環境汚染
  • 第8章 毒か万能薬か
    大豆の効果を単純化してはならない/大豆の基本的な知識/大豆に関する三大論争 精子減少・循環器疾患・乳がん/バイオテクノロジーと豆 遺伝子組み換えの基本的ステップ/遺伝子組み換え作物は「フランケンフード」か?/人体への影響は?/非GE大豆とGE大豆/遺伝子組み換え作物のリスク 二つのケース/GMO表示は義務化必要ないか/遺伝子組み換え食品議論のアイロニー/救援物資としての大豆
  • 第9章 大豆ビジネス、大きなビジネス
    大豆のはるかなる旅/先物取引の対象として/大豆をめぐるスキャンダル/懸念を生むアメリカ政府の自国農家への支援/反対運動にあう輸入GE大豆/栽培農家と企業間の不公平な契約/豆乳はミルクか?/大豆産業による土地の強奪
  • 第10章 試練の油 大豆バイオディーゼル
    大豆ディーゼル燃料がインドネシアに与える影響/バイオディーゼルと環境/バイオディーゼルの適切な使用法/バイオ燃料の再生可能燃料識別番号(RIN)制度/気候変動への影響/使用済み油からバイオディーゼルを/使用済み油をめぐる争い/大豆油の需要の高まり/世界の片隅にしわ寄せが/自分の身近な所で変革を
  • おわりに
  • 謝辞/訳者あとがき/参考文献/引用文献/索引

【感想は?】

 先に書いたとおり、「序章 隠された宝」が味見用として見事にこの本をまとめている。20頁に満たないので、好みに合うか否が、ざっと当たりをつけるのにとても都合がいい。なんとも親切な本だ。

 日本人にはお馴染みの大豆だが、作物としては傍役の印象が強い。なんといっても日本の食卓は米が主役で、それ以外は傍役なのだから仕方がない。が、作物としては世界的に極めて重要である由が、ヒシヒシと伝わってくる。

大豆は世界でもっとも多く栽培されている油糧作物で、他を大きく引き離している。また農作物全体では四番目に広い面積で耕作されている(上位三つはトウモロコシ、小麦、それから米で、すべて穀類だ)。
  ――第9章 大豆ビジネス、大きなビジネス

 これら主要作物のうち、トウモロコシは南米がルーツ、小麦はメソポタミア、米は東南アジアあたり。大豆は、というと…

すぐれた品種の野生大豆を見つけだして、農民である母の所に持ち帰ったというこの物語が、9000年前の中国北西部、賈湖の村の近くで実際にあったと推測できる。
  ――第1章 アジアのルーツ

 南京と徐州の真ん中ぐらいかな? そのためか、大豆の利用は中国・朝鮮そして日本と、歴史的にも東アジアが最も発達している。中でもいち早く近代化を成し遂げた日本は、積極的な貿易を繰り広げる。

日本の大豆輸入は1882年と1902年の間で400倍にもなっていた。
  ――第4章 大豆と戦争

 輸入元は満州だ。これは後の満州進出の動機にもなる。にしても、この極端な増え方は、明治維新で食生活が大きく変わったせいかな? いずれにせよ、その成果が世界に広まるきっかけが戦争なのは、なんとも切ない。

(日露戦争から学んだ)ヨーロッパ人が出した一つの結論は、大豆は重要な軍用食料となりうるということだ。
  ――第2章 ヨーロッパの探検家と実験

 中でも最も熱心に大豆栽培に取り組んだのはアメリカ。もともと土地が有り余ってるしね。これは第二次世界大戦で功を奏し…

1942年、ソビエトとイギリスを合わせて、マーガリンなどに使うため、およそ4憶5400万キログラム[45万4千トン]の油脂をアメリカに求めた。こうした需要によって製造が加速し、アメリカの農家は大豆の収穫をたった1年の間に75%も増やした。
  ――第4章 大豆と戦争

 自由の国と言いつつ、戦時体制への移行は素早い原因は何なんだろう? にしても当時のアメリカ、他にも鉄とトラックもソビエトに送ってるんだよなあ。農業と工業のいずれでも世界一って、とんでもねえチート国だ。もっとも、その大豆の使い道、豆腐を愛する日本人にとっては、いささか切ない。

近年では世界で生産される大豆たんぱく質のおよそ70%が鶏や豚の飼料になり、残りのほとんどすべてが牛や羊、馬、養殖魚、その他の家畜、ペットなどの餌として消費されている。
  ――第5章 家畜を肥やす肥料となって

 家畜の餌なのだ。ああ、もったいない。とはいえ、世界的に増えている肉の消費を支えているのも大豆。特に最近、急激な経済成長により肉の消費が増えた中国も…

…アメリカからの輸出大豆のおよそ70%を受け取る中国…
  ――第8章 毒か万能薬か

 はい、アメリカからの大豆輸入に頼ってます。ここでもアメリカが支配力を発揮してる。米中関係が煩い昨今だけど、アメリカは中国の命綱を握ってるんだよね。同様に、かつての日本もアメリカの大豆に頼ってたんだが、今は南米との関わりが深い。この物語も、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な顛末が面白い。

  • 1972~73年、南米西海岸の気候変動によりペルーのカタクチイワシの漁獲量が90%近く落ち込む。
  • カタクチイワシは国際的な家畜の飼料だ。アメリカは国内の肉の高騰を恐れ、同じく飼料となる大豆の輸出を禁じる。
  • アメリカ産大豆に頼っていた日本は、他の供給元を探すが見つからない。なきゃ作る、とばかりにブラジルの大豆生産を支援する。

 この努力が実って…

1970年に150万トンだったブラジルの大豆生産量は、2015~2016年にはほとんど1億トンにまでふくれ上がった。
  ――第6章 大豆、南米を席巻する

 今でも大豆生産はアメリカとブラジルが激しくトップを争ってる。これは他の南米諸国にも波及し…

1995年になるとアルゼンチンは大豆油の主要輸出国となり、1997年には大豆かすの輸出国第一位となり、それ以降この地位を維持し続けている。
  ――第6章 大豆、南米を席巻する

 ばかりではない。大豆は非常時の支援物資としても優れているのだ。

2011年の日本での地震と津波、原発事故の後には、特に大豆は、非常時の援助と助け合いの手段となった。日本が窮地に陥った時、日本政府から何年にもわたって受け取っていた援助に対して、南米の農家がお返しとして援助を行ったのだ。(略)
(パラグアイの)日系人大豆生産者たちの協同組織が100トンもの大豆を寄付してくれたと、後日JICA(国際協力機構)が報告した。(→JICA)
  ――第8章 毒か万能薬か

 ちなみに、この時に提供された大豆は「遺伝子組み換えでない」んだが、これはかなり貴重なのだ。なにせ…

すべての栽培作物の中で、大豆は遺伝子組み換え(GE)種が作付けされている割合が最も大きい(2016年には世界の大豆作付け面積のおよそ80%)。そして、大豆は世界中のGE作物の作付け総面積の最大を占めている(2016年には50%)。
  ――第7章 大豆が作る世界の景色

 遺伝子組み換え技術には様々な意見がある。著者は穏やかな肯定派で、「慎重に検証しながら取り入れていこう」みたいな姿勢だ。中には医薬品用のGE種もあるし。とはいえ、そもそも「遺伝子とは何か」からして、多くの人はわかってない。そういう、よくわらかんモノに対し、人々は…

明確な解説が存在しない時、代わりに推測による解釈が広まる。
  ――第8章 毒か万能薬か

 今回の新型コロナに対しても、様々な噂が飛び交ったしなあ。ワクチンにケチつける人もいるし。少し歴史を調べれば、天然痘がどれほど怖いかわかりそうなモンだけど、ヒトってのは喉元過ぎれば熱さを忘れる生き物なんです。

 ソレはソレとして、欧米じゃ食品としての大豆に馴染みが薄いせいか、大豆に対してイロイロな噂が飛び交ってる。たんぱく質・食物繊維・ミネラルが多いんで健康的って説もあれば、男の精子を減らすって嫌な噂もある。じゃ、本当のところはどうなのか、というと…

医学的研究では、大豆食品がそれほど劇的な効果を持っていることは証明されていない。唯一の例外が、極端なたんぱく質欠乏の状況で人々の命を救っているという点だ。
  ――第8章 毒か万能薬か

 うん、知ってた。魔法の食品なんか、ないんだ。ガックシ。こういう、不慣れっぷりで笑っちゃうのがフランス。EUでミルクと言っていいのは「乳房の分泌物から製造され」たものだけ。じゃ豆乳をどう呼ぶのかっつーと、例えばフランスでは「トウニュウ」って、まんまじゃねーかw ナメとんのかエスカルゴ野郎w

 と、この記事では明るい側面ばかりを取り上げたが、もちろん本書は暗黒面もちゃんと扱っている。例えば冒頭の引用に挙げたように、大豆の流通は寡占状態で、これは結構ヤバい。南米では大規模な農場による土地の収奪が起きているし、大豆飼料で食用肉が増えたはいいが排泄物処理が追い付いてなかったり。また被災時の緊急食糧支援にしても、下手すると現地の農業を潰しかねない。

 などと大豆の様々な側面を、多くの具体例や数字を挙げ、素人にも分かりやすくかつ切実に伝える解説書だ。豆腐や枝豆が好きな人はもちろん、国際情勢に興味がある人にもお薦め。とまれ、つくづくアメリカってのはチートな国だなあ。

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2021年2月 8日 (月)

高田博行「ヒトラー演説 熱狂の真実」中公新書

本書は、一方で言語面に、他方で演説の置かれた政治的・歴史的文脈にスポットライトを当てて、ヒトラー演説に迫ろうとするものである。
  ――プロローグ

ヨーゼフ・ゲッベルス「総統はまだ一度も、空爆を受けた都市を訪問していない」
  ――第六章 聴衆を失った演説 1939-45

(マイク&スピーカーやラジオや映画などの)新しいメディアを駆使したヒトラー演説は、政権獲得の一年半後にはすでに、国民に飽きられはじめていたのである。
  ――エピローグ

【どんな本?】

 ヒトラーは演説が上手く、聴衆を巧みに煽り、それがナチスの台頭につながった、と言われる。それは果たして事実なのか。彼の演説には、どの様な特徴があるのか。演説に際し、彼は何をどう工夫したのか。有名なミュンヘンのビアホールでの演説から、敗色濃い末期まで、彼の演説はどう変化したのか。それに対する聴衆の反応は、どう変わっていったのか。

 著者は、四半世紀にわたるヒトラーの演説から558回150万語をデータ化し、それを統計的に分析した。また、弁論術やレトリックからの考察や、発声法とゼスチャーの習得、そしてレコードやスピーカーなどテクノロジーの使い方など、アナログ的な方法論も取り入れている。そういった多方面からの視野により、主に演説に焦点をあてて、ヒトラーのメディア戦略を明らかにする、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年6月25日発行。新書版縦一段組み本文約256頁に加え、あとがき3頁。9ポイント42字×17行×256頁=約182,784字、400字詰め原稿用紙で約457枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容もわかりやすい。本書を読みこなすには、幾つか前提知識が要る。演説当時の社会情勢や弁論術の基本などだ。幸い、これらの基礎知識は、必要になった所でちゃんと説明があるため、素人でも充分についていける。というか、私は本書で弁論術の基本がわかった、というか、わかったつもりになった。

【構成は?】

 話は時系列順で進む。各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。また、各賞の頭に1頁で章の概要をまとめてあるので、読み飛ばすか否かは章の頭の1頁で判断できる。

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  • プロローグ
  • 序章 遅れた国家統一
  • 第一章 ビアホールに響く演説 1919-24
  • 1 見出された弁舌の才
  • 2 「指導者」としいての語り
  • 3 「一揆」の清算演説
  • 第二章 待機する演説 1925-28
  • 1 禁止された演説
  • 2 演説の理論
  • 3 演説文の「完成」
  • 第三章 集票する演説 1928-32
  • 1 拡声される声
  • 2 空を飛ぶヒトラー
  • 第四章 国民を管理する演説 1928-32
  • 1 ラジオと銀幕に乗る演説
  • 2 総統演説の舞台
  • 第五章 外交する演説 1935-39
  • 1 領土拡大の演説
  • 2 戦時体制に備える演説
  • 第六章 聴衆を失った演説 1939-45
  • 1 同意されない演説
  • 2 機能停止した演説
  • エピローグ
  • あとがき/文献一覧/ヒトラー演説のドイツ語原文

【感想は?】

 舞台役者ヒトラーの栄光と挫折。

 なにせヒトラーの演説に賭ける情熱はすさまじい。まあ演説というよりプロパガンダ、もっと平たく言えば宣伝なんだけど。例えば政権奪取に挑んだ1932年の選挙だ。

ヒトラーは(1932年)7月15日から30日まで、三回目となる飛行機遊説で53か所を回り、200回近くの演説をこなした。
  ――第三章 集票する演説 1928-32

 スターを目指すロック・バンドでも、当時のヒトラーほど激しいライブ・ツアーをくぐり抜けるバンドは、まずいないだろう。確かビーチボーイズが「年300回のライブをこなした」と威張ってたが、たった2週間で200回となると、密度は桁違いだ。

 しかも、単純に同じことを繰り返してるんじゃない。かなりアドリブを利かしてる。

ヒトラーは、きちんとした読み上げ演説原稿を用意することはなかった。その代わりに、演説で扱うテーマについて、扱う順にキーワードもしくはキーセンテンスを書き留めたメモを作成した。
  ――第一章 ビアホールに響く演説 1919-24

 予め決めているのは、大雑把な話の流れと、盛り上げるポイントとなるキーワードだけ。後はその場の雰囲気を読みながら、アドリブで細かい所を詰めてったのだ。相当に頭の回転が速くないとできない芸当だ。

 逆に聴衆がいないスタジオじゃ意気が上がらなかったようで、1933年の最初のラジオ演説は「原稿を読み上げただけ」で、以降はライブの中継や収録を流すようになる。スタジオ盤はショボいけどライブは抜群って、ブレイク前の REO Speed Wagon かい。いやマジ Golden Country とか、スタジオ盤(→Youtube)はイマイチだけどライブ(→Youtube)は盛り上がるのよ。

 すまん、話がヨレた。こういった彼の芸当を、本書は様々な角度から分析していく。その一つは、今世紀ならではの手法、つまりコンピュータを使い単語の出現頻度を調べるのである。

筆者は、(略)ヒトラーが四半世紀に行った演説のうち合計558回の演説文を機械可読化して、総語数約150万語のデータを作成した。
  ――第二章 待機する演説 1925-28

 これで何がわかるか、というと、例えば…

ヒトラーはナチ運動期には「ひと」(man)、「あなた、君」(du, dir, dich)、「われわれ」(wir, uns)を特徴的に多く使用したこと、それに代わってナチ政権期にヒトラーは私(ich, mir, mich)を特徴的に多く使用したことがわかる。
  ――第五章 外交する演説 1935-39

 これから支持者を得てのし上がる時期には、「俺たち仲間だよな」と訴える「あなた」や「われわれ」が多い。対して政権を取ってからは、自分の指導力を示すために「私」が多くなる。

 また政権を取った1933年以降では名詞的文体が増えるのも特徴。これは動詞が名詞になった語を使う文で、「『作る』の代わりに『作成を行う』」とかの、書き言葉っぽい言い方だ。この効果は「荘厳な印象を与える」、要はそれまでの馬鹿っぽい言い方から頭よさげな言い方に変えたんですね。親しみやすさから威厳を持つ感じにした、みたいな。

 と、こういう、立場が変わったら話し方も変わったとか、言われてみりゃ当たり前だが、そこを数字で裏を取るのが学問なんだろう。

 もちろん、著者は統計的な手法だけでなく、内容や話の流れなどに踏み込んだ分析もしている。例えば初期の演説の特徴として…

ヒトラーは失望感の強い帰還兵たちに、誰が敵であるのかをうまく印象づけたのである。
  ――第一章 ビアホールに響く演説 1919-24

 なんて指摘もしてる。こういう手法は、ドナルド・トランプが巧みに使ってたし、日本でも差別主義者がよく使う。

 本書は論の組み立て方も見ていて、例えば「先取り方」だ。これは予想される異論を演説に取込み、それに反論する手口だ。そうすると、話の中身が論理的だと感じる。うん、今度やってみよう。やはりアレな人がよく使うのが対比法。「ガイジンはココがダメだけど日本人はココがいい」とかね。二つを比べ、コントラストを高める手口で、差別主義者はコレを効果的に使う。

 加えて声の使い方も本書は分析してる。先に挙げたように、政権を取る前のヒトラーは熱心にライブをこなした。これは喉に大きな負担がかかる。そこでヒトラーはオペラ歌手デヴリエントの指導を仰ぐ。これは秘密裏に行われ、表ざたになったのは1975年ってのも驚きだが、指導の内容も興味深い。

 喉に負担をかけない発声法はもちろん、声の高さも「出だしはできるだけ低い声で、そうすりゃクライマックスの高い声が際立つ」とか「感情を動かす語にはふさわしい響きを」など、声の使い方も教えている。また、身振りについても「目線は身内がいる前列じゃなく聴衆がいる後列に」や「姿勢はまっすぐ」など、演技の本を持ち出して指導してたり。つくづく「役者やのう」と感心してしまう。

 これらを当時の動画や録音で検証する第四章も、本書のクライマックスのひとつ。

 とまれ。実績はなくて当たり前で、国民を巧いことノせればよかった政権奪取前はともかく、実績が問われる政権奪取後となると…

公共の場で演説を行うことが少なくなっていったことで、ヒトラーと国民とのつながりが減り、溝が広がっていった。大きな演説は、1940年には9回、41年には7回、42年には5回しかなくなった。
  ――第六章 聴衆を失った演説 1939-45

 と、次第に国民の前に姿を現さなくなっていく。特に敗色濃い44年~45年になると壊滅で、まるきし「問題が起きると姿を消す」と言われた某首相だね。

 あくまでヒトラーの演説に焦点を絞った本書だが、同時にあらゆる政治家の演出の手口や、日頃の会話で使われるレトリックも学べるお得な本でもある。もっとも、レトリックについてはサワリだけで、詳しくは修辞学を学んでねって姿勢だが、そこは巻末の文献一覧が参考になる。焦点を絞ったからこそ、具体的な例が多くてイメージが伝わりやすく、素人にもとっつきやすい初心者に親切な本だ。

【我が闘争】

 「第二章 待機する演説 1925-28」では、「我が闘争」の引用を中心として、ヒトラーの宣伝戦略を語っている。これが一世紀前とは思えないほど生々しく、現代の日本でも選挙や政治宣伝では全く同じ手口が使われているので、ここに紹介する。

 まずは宣伝の基本、「誰を対象とするか」。

理念は「大衆の力なくして」実現することはできないと考え、大衆の支持を獲得する手段としてプロパガンダ活動を最重要視する。プロパガンダは「永久に大衆に対してのみ向けられるべき」であって、インテリはその対象とならない。
  ――第二章 待機する演説 1925-28

 賢い人は相手にするな、無学な者だけを対象としろ、というわけ。ドナルド・トランプがモロにこの戦略で大旋風を巻き起こしたんだよなあ。

「その作用は常に感情のほうに向けられるべきで、いわゆる分別に向けられることは大いに制限しておかねばならない。(略)その知的水準は、プロパガンダが向かう対象とする人々のなかでも最も頭の悪い者の知的水準に合わせるべきである」

 論理はどうでもいい、感情を動かせ、と。これまたドナルド・トランプの戦略そのもの。

「人を味方につけるには、書かれたことばよりも語られたことばのほうが役立ち、この世の偉大な運動はいずれも、偉大な書き手ではなく偉大な演説家のおかげで拡大する」

 たいていの人は文章を読むより、話を聞くほうを好むし、影響も聞いた時のほうが大きい、と。先の「論理より感情」の理屈で考えれば、確かに音声のほうが感情を動かしやすいし。音声に映像が加われば、更に影響力は増すんだろうなあ。かつてインターネットは文章だけだったけど、最近は音声や動画が増えてきたんで、更に感情の力が増してるはず。

「本能的な嫌悪、感情な憎悪、先入観にとらわれた拒絶という障壁を克服することは、学術的な意見の誤りを正すことよりも1000倍も困難である」

 差別や因習が、なかなか消えないのも、理屈じゃなくて感情に根ざしてるから、と考えると、スンナリ納得できちゃうのが怖い。

「朝、そしてまた日中には、人間の意志力は自分と異なった意思と見解を強制しようとする試みに対しこの上ないエネルギーで抵抗するように見える。他方、晩には、人間の意志力はより強い意志に支配されやすくなるのである」

 人間ってのは、朝や昼間より、夜のほうが流されやすく盛り上がりやすい。ブラック企業やカルトの合宿研修は、こういう人間の性質を利用してるんだろう。

生活上の重要問題を国民に忘れさせる目的で、政権が意義深く見えるような国家的行事を作り上げて、新聞で大々的に扱わせる。すると、「一か月前には全く誰も聞いたこともなかったような名前」が「何もないところから魔法のように作り出され」、知れ渡り、大衆はそれに大きな希望を寄せるようになるのである。

 「サッカーと独裁者」にもあった。アレな国じゃ、ヤバめで重要な法案は、スポーツ・イベントの開催中に通しちゃうとか。国民がサッカーに熱中し、政治から目を離したスキに、既成事実を作ってしまうのだ。それを考えると、東京オリンピックって…

 地元ドイツじゃ禁書扱いだったりとヤバい本の代表みたいな「我が闘争」だけど、実は民衆をナメきった自分の手口を赤裸々にぶっちゃけてもいて、ちょっとした大衆扇動の教科書というかペテン師の手口紹介というか。いやもちろん、思想的にヤバい部分もあるんだけど。

 当時のドイツじゃ爆発的に売れたけど、果たして買った人のうち何割がちゃんと読んだんだろうか。ちゃんと読んでいたら、「俺たちを馬鹿扱いしやがって」と怒ったり、演説も「どんなペテンの手を使うんだろう」と冷めた姿勢で聞いたはず。ホント、世のベストセラーも、そのうちどれだけがちゃんと読まれていることやら。

 ってな愚痴は置いといて。いずれにせよ、政治の話をする際は、演出や群集心理や感情操作の知識も必要だよね、と思うわけです、はい。

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2020年12月22日 (火)

バラク・クシュナー「ラーメンの歴史学 ホットな国民食からクールな世界食へ」明石書店 幾島幸子訳

今やラーメンは現代日本の食を象徴するものであり、世界の人々が日本の食とは何かを考えるとき、なくてはならないものとなっている。本書は日本におけるラーメンの長い歴史を掘り下げる試みであり、これらの問いについて考える一助となれば幸いである。
  ――日本語版への序

【どんな本?】

 ラーメンが好きだ。基本的な醤油ラーメン、バターが嬉しい塩ラーメン、野菜に合う味噌ラーメン、こってりした豚骨ラーメン。麺もまっすぐだったり縮れてたり、細かったり太かったり。多くの日本人に愛され、行列ができる店も珍しくない。ばかりか、最近は海外でも盛り上がりつつある。日本を代表する料理である。

 と同時に、ラーメンは日本食の異端児だ。たいてい日本の料理は「ごはん」が主役で、それ以外はわき役に過ぎない。だがラーメンはれっきとした食事の主役である。盛り付けや器の美しさを重んじ、あっさりとした味付けの野菜や魚が中心の、いわゆる「和食」とは、まったく反対の性格を持つ。

ラーメンは日本の伝統料理とは異なるものの、どんな西洋料理のカテゴリーにもあてはまらないし、典型的な中国料理でもなく、類別することは不可能だ。
  ――序 麺王国の歴史と現在

 そして、いくつもの伝説に彩られており、その起源は諸説が紛糾し、いまだ決着がついていない。

ラーメンは正確な発祥地がどこかも、ラーメンという名前の由来もはっきりしていない。
  ――第7章 帝国と日本の料理

 そのラーメンは、どのようなルーツを持っているのか。ラーメンが発達する前の日本の食事の事情は、どのようなものだったのか。いかにしてラーメンは生まれたのか。そこには、どんな歴史の変遷と社会の背景があったのか。既存の日本食とは全く異なる風味のラーメンが、なぜ日本人に受け入れられたのか。

 多くの資料と取材を元に、日本の食糧事情と食文化の変転を背景に、ラーメンの誕生と普及と成長を辿りつつ、「日本食」や「郷土料理」の神話を暴く、驚きと香りに満ちた一般向けの風俗史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Slurp! : A Social and Culinary History of Ramen-Japan's Favorite Noodle Soup, by Barak Kushner, 2012。日本語版は2018年6月11日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約349頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント46字×18行×349頁=約288,972字、400字詰め原稿用紙で約723枚。文庫なら厚めの一冊分。

 お堅い印象がある明石書店だが、翻訳書の中ではこなれている部類。内容もテーマが身近なためか、親しみやすくわかりやすい。日本の歴史を平安時代あたりから辿っているが、中学で学んだ歴史をぼんやり覚えている程度で充分についていける。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

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  • 日本語版への序
    地方のブランド化 B級グルメ大国日本/日本とラーメンを輸出する/ラーメンをめぐる果てしない問い?
  • めん食日本地図
  • 序 序 麺王国の歴史と現在 象徴としてのラーメンへ
    ラーメンをめぐる問い/ラーメンは日本料理か?/麺とナショナリズム
  • 第1章 古代中国の食卓から 麺の誕生
    中国における面のルーツ/謎に包まれた古代の食生活/近代以前の麺 中国から日本へ
  • 第2章 宮廷食と庶民食
    神道と食物/僧が持ち帰った食品技術/武士の台頭と食生活の変化
  • 第3章 日本の国際化、外国の食べ物、鎖国
    様変わりする食習慣/長崎に花開いた文化/中国の影響による食文化の変化/江戸で人気を博した蕎麦/麺料理が全国に広がる
  • 第4章 江戸時代の食文化とラーメン伝説
    朱舜水がラーメンのつくり方を教えた?/富と飢餓の混在/食べ物屋がひしめく江戸の街/江戸と肉食
  • 第5章 明治維新 ラーメンへと通じる食の革新
    開港都市/文明開化における食の役割/肉食の流行/軍隊の食事をめぐる論争/文明開化と新しい味覚/長崎ちゃんぽんと南京そば
  • 第6章 外交と接待術
    国民的料理という概念/帝国主義と食/明治期の中国人/加速する食生活の変化
  • 第7章 帝国と日本の料理
    うま味の発見/衛生状態へのこだわり/食品化学の発展/ラーメンの誕生/ラーメン誕生をめぐる複数の説/盛り場とラーメン店の急増/「栄養学」への関心の高まり/大正期の中国料理ブーム、そして戦争へ
  • 第8章 第二次世界大戦中の料理
    飢えた日本と豊かなアメリカ/戦争への道/戦時と国民食/日本兵と食べ物/否定された食糧不足/日本人のアイデンティティと米/飢えと栄養失調/銃後の社会と食べ物/降伏と国民食の崩壊
  • 第9章 食の歴史 戦後のインスタントラーメン
    敗戦と食糧不足/余剰小麦の輸入/新しい食べ物の必要性/インスタントラーメンの誕生と人気/インスタントラーメンはなぜ開発されたか?/インスタントラーメンとラーメンブーム/フードツーリズムとラーメン/ラーメンの海外進出/ラーメンブームは続く/「日本料理」とは?/ラーメンは日本そのもの
  • 第10章 ラーメンに関わる大衆文化
    音を立てて、ズルズル!/落語家とラーメン/熱狂的ラーメンファン/ラーメンミュージアム/ラーメンテーマパーク/漫画とラーメンの歌/寿司とラーメン/ラーメン ニューヨークの精神で/国際的な注目を浴びるラーメン/大衆文化の人気の高まりとともに
  • 結び
    食べ物の持つ負の側面/日本食のラーメンはヘルシー/新たな食の革命/ラーメンの歴史が物語るもの/さぁ、歴史を食べに行こう!
  • 訳者あとがき/参考文献/索引

【感想は?】

 テーマは親しみやすいが、中身は本格的だ。なにせ「麺」のルーツを巡り、古代の中国から話が始まる。

うどんや蕎麦の先駆けとなった麺は、おそらく奈良時代に中国南東部から日本へ渡ったと思われる。この麺料理は「ほうとう」(今日でも山梨県ではほうとう料理を出す店が多くある)と呼ばれ、うどんのように切った平たい麺を熱い汁に入れて食べる。
  ――第1章 古代中国の食卓から

 なんと、日本の麺の源流はほうとうだったのか。でも香川県民は異論がありそうだなあ。それはさておき、同じ麺でも、蕎麦やうどんとラーメンの違いの一つは、麺が黄色いこと。そう、かん水だ。これの歴史も、けっこう古い。

唐から宋への移行期の中国麺にみられたもう一つの大きな特徴は、麺のコシが強くなったことだ。(略)この「中国」方式は、麺の生地にかん水を加えることで、すぐには噛み切れないコシのある麺にするというものだ。
  ――第1章 古代中国の食卓から

 遣隋使・遣唐使でわかるように、日本の文化は中国の影響を強く受けている。麺に加え、かん水も、中国が発祥だった。ただ、「四本足で食べないのはテーブルだけ」とまで言われる中国の食文化に対し、日本の食文化は貧しかった。いや、食文化どころか、日本そのものが貧しかったのだ。

鎌倉時代が始まった12世紀末から16世紀までの日本社会の特徴の一つは死亡率の高さであり、このことは食糧生産率が全般的に低く、食べ物の質も悪かった(略)ことと関わっている。
  ――第2章 宮廷食と庶民食

 平安時代末期に成立した「今昔物語」の中の「わらしべ長者」には、蜜柑が出てくる。当時、蜜柑は贅沢品だった、とあったのは「品種改良の世界史 作物編」だったか「柑橘類の文化誌」だったか。

(日本の)歴史を振り返れば、国民のほとんどが栄養失調だったといえる。栄養バランスのとれた食事ができたのは、ほんのわずかな金持ちだけだった。
  ――結び

 改めて考えれば、国土は山がちで起伏が多く、川の流れもキツくて治水も難しい上に、貿易も難しい島国なんだから、貧しいのも当たり前か。こういう歴史の教科書に出てこない庶民の暮らしぶりが分かるのも、こういう歴史書の楽しみの一つ。

 そんな日本の食糧事情が変わってくるのは、江戸時代から。江戸には独身の労働者が集まった。長屋住まいの独身男は、料理なんぞする暇はない。今でこそ電気炊飯器があるが、当時はかまどで米を炊いていた。そんな手間をかけるより、屋台で食べた方が簡単だ。「ヌードルの文化史」に曰く、「ヌードルは都会っ子」だ。日本の中心として栄えた江戸は、外食産業と麺の発達に格好の環境となる。

ラーメンについて一番重要なのは、それが家庭で作って食べるものではなく、食堂や屋台で食べるか、出前を注文するものだったという点だ。
  ――第7章 帝国と日本の料理

 今でも江戸前の落語家は、高座で鮮やかに蕎麦をすする(真似をする)。どれぐらい江戸の外食産業が栄えていたのか、というと…

17世紀半ばには、江戸には外食する場所が数多くあり、1900年にヨーロッパでミシュランガイドが出版される100年以上前から、市中の料理屋案内が出版されていた。
  ――第3章 日本の国際化、外国の食べ物、鎖国

 たぶん、江戸の街並みが火事に弱く、幕府が自炊を歓迎しなかったのもあるんだろうなあ。機会があったら江戸の水とエネルギーの事情も知りたい。それはさておき、この江戸の豊かな食文化を、参勤交代で江戸を訪ねた武士団が国元に伝える。

江戸での参勤交代の任務を終え、国元へ戻った大名とお供の者たちは、毎度のことながら故郷の貧しさを痛感させられた。江戸で白米の飯に慣れていた彼らは、麦などの雑穀が混じった飯は食えたものではないと不平をもらした。
  ――第4章 江戸時代の食文化とラーメン伝説

 ここでも再び伝統的な日本の食事の貧しさに触れていて、ちと切なくなるが、それはさておき。同じ麺でも、蕎麦やうどんはあっさりした風味だ。そもそも「和食」は野菜や魚が中心だし、冷たいモノが多い。対してラーメンは濃厚な出汁や油が欠かせないし、なにより熱いうちにすするものだ。これは従来の日本の料理とは大きく方向性が違う。これは、どこから来たのか。

日本人の麺好きはすでに社会に根付いていたとはいえ、19世紀末、麺を濃厚な肉のスープに入れて食べるというアイデアを思いついたのは横浜の華僑たちだった。(略)
日本人の外国料理への順応を後押しする大きな力となったのが、徴兵制の開始とともに創設された常備隊だった。
  ――第5章 明治維新

 明治維新で国の体制が大きく変わり、他国と物や人の行き交いが盛んになった。歴史の教科書には西洋人ばかりが出てくるが、最も多いのは中国人だったのだ。この中国人たちが、コッテリした中国の食文化を日本に持ち込む。ただし、当時の日本は中国を「遅れた国」と見なしていて、特に上流階級ほど、その意識は強かった。これは食に関しても同じで…

明治時代全体を通じて宮中で中国料理が出されたことがただの一度もなかった
  ――第7章 帝国と日本の料理

 それまで藩ごとが国だった体制から中央集権国家に生まれ変わるために、明治政府は国民にも「日本人」としての意識を持たせたかった。これは食に関しても同じで、他国と差別化し、日本は独特の食文化を持っている、とする「神話」が必要だった。

最もよく使われる「和食」は、伝統的なあっさりした味付けの料理を意味するが、これは西洋食を意味する「洋食」(日本ではアジアを発祥とする料理以外はすべてこう呼ばれる)の対語として生まれた可能性が――確実ではないが――高い。
  ――第6章 外交と接待術

 ここでも「とんかつの誕生」や「カレーライスの誕生」と同じく、全国各地から人を集める軍が、日本人の食生活の変化に大きな役割を担っているのが興味深い。出身地ごとに食生活がバラバラだった兵たちが不公平感を抱かないよう、みんなが不慣れなメニューを出したのだ。それでも、今まで雑穀ばかりだった小作人の倅たちは、白米を喜んだらしい。

たしかに米は、概念としての(実際は別にしても)日本の食べ物の中心をなしているが、それは最近の現象だということを忘れてはならない。
  ――第9章 食の歴史

 軍が食文化に与えた影響は大きいらしく、軍関係じゃ他にも意外なの挿話が多い。例えば旅順攻略では…

…川島四郎は、ロシア艦隊が旅順で乃木将軍に降伏したのは適切な栄養を摂取する重要性を知らなかったからだと指摘している。(略)多くのロシア兵がビタミンCの欠乏による壊血病にかかった。(略)皮肉なことに、ロシア軍は倉庫に大豆を大量に保管していたが、それを発芽させた「豆もやし」にはビタミンCをはじめとする貴重な栄養価が含まれていることを知らなかった。
  ――第6章 外交と接待術

 ナポレオンの瓶詰もそうだが、軍にとって食料は大問題なんだなあ。米陸軍も研究熱心だし(「戦争がつくった現代の食卓」)。まったく関係ないが、飛行機乗りには別の苦労もあって…

戦前および戦中の戦闘機は気密性が確保されておらず、(略)急上昇すると、機内の気圧は地上の1/4程度に下がってしまう。上空で気圧が下がると腹中のガスが膨張し、膀胱の中でも同じことが起こる。膀胱中の空気が膨張すると、小便が押し出されてしまうのだ。
  ――第8章 第二次世界大戦中の料理

 まあいい。終盤では、インスタントラーメンやカップラーメンの開発と普及にも触れている。中でもカップラーメンの開発にまつわるネタが面白い。海外進出を目論んだものの、なかなかうまくいかない。なぜって…

アメリカの一般家庭には、浅いスープ皿はあっても、ご飯や汁ソバを入れられる日本のどんぶりのような形の器はない。(略)これがやがて、発泡スチロールのカップの開発につながる。
  ――第9章 食の歴史

 「そこからかい!」と突っ込みたくもなるが、箸を使うのは東アジア・東南アジアだけだしねえ。さて、日本の食文化の海外進出だと、寿司が一歩先を行っているし、政府が力を入れているのも「和食」だ。しかし、庶民にとっては、ラーメンこそが身近だし、カレーライスと並んでラーメンこそが日本の食卓の代表だろう。

基本的にラーメンを楽しむのに専門的な知識はいらない。ラーメンは平均的な日本人のための平均的な料理なのだ。
  ――第10章 ラーメンに関わる大衆文化

 にも関わらず、なぜラーメンはチヤホヤされないのか。著者の見解は身も蓋もないもので、寿司に比べハイソじゃないし安いから、だそうだ。もっとも、新興宗教の聖典にも出てくる程度には、人々に馴染んでるっぽいけど。なにせ今やインスタントラーメンの消費数で、日本は第三位だ。トップは中国で420億食、ついでインドネシアが140憶食、日本は50憶食強(2010年現在)。産地だって…

アジアの工場の実に半数が、日本向けの食品工場であり、アジアの資源の多くは日本人の胃袋に入り、それらの資源は今や枯渇しつつある。
  ――結び

 実は戦前・戦中の大日本帝国も食料自給率は5割を切っていて、こんな風に東アジア・東南アジアから食料を輸入するのも、意外な形で大東亜亞共栄圏が復活しつつあるように思えたり。

 テーマは親しみやすく、語り口も柔らかい。が、10章中の5章までを、ラーメン誕生前の日本の食生活の歴史に充てるなど、その姿勢は日本の食文化の根本から辿る本格的なものだ。歴史の教科書には出てこない庶民の暮らしぶりがわかるのも嬉しい。もっとも、幾つかの和食にまつわる神話を打ち砕いたり、太平洋戦争前後の軍と政府の無責任と無策を追求するあたりは、不愉快に感じる人もいるだろう。それでも、幻想でも創作でもない本当の日本人の姿を知るためには、格好の本だ。

 ただし、ダイエット中の人は、夕食後に読まない方がいい。それは覚悟しておこう。

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2020年11月26日 (木)

ロバート・P・クリース「世界でもっとも正確な長さと重さの物語 単位が引き起こすパラダイムシフト」日経BP社 吉田三知世訳

メートル法が世間の注目を浴びる数少ない話題の一つがスポーツだった。
  ――第7章 メートル好きとメートル嫌い

マルセル・デュシャン「絵画は終わった。あのプロペラを超えるものを誰が作れるというのだ?」
  ――第8章 ご冗談でしょう、デュシャンさん!

チャールズ・サンダース・パース「計測の問題に取り組む際、物理学者たちは、絶対の真実に到達できることなどほとんどあり得ないと心得ており、したがって、ある命題が真か偽かではなく、その誤差はどのくらいの大きさかを問いかけるのである」
  ――第9章 究極の単位という夢

ウィリアム・トムソン(ケルビン卿)「自分が話題にしているものを、測定することができるなら、あなたはそれについて何がしかのことを理解している。しかし、それを測定できず、数値で表現できないなら、あなたの知識は貧弱で不十分なものでしかない」
  ――第9章 究極の単位という夢

ヘンリー・ドレフュス「最も効率的な機械とは、人間を中心に作られたものだ」
  ――第11章 今日の計測を巡る状況

【どんな本?】

 世の中には様々な単位がある。食パンは斤、お米や日本酒は号、土地や建物は坪、海の距離は海里。中には「東京ドームn個分」とかもあれば、出版・印刷業界特有のポイントなんてのもある。一般に1ポイント≒0.353mmと中途半端な印象を受ける単位だが、日本の出版・印刷業界には級という単位もあって、こちらはピッタリ0.25mm=1/4mmだ。

 中途半端な単位とピッタリの単位の違いは何か。

 SI=国際単位系(→Wikipedia)に基づいているか否かだ。

 長さ・重さ・時間などについて、人は地域や目的によって色々な単位を使い分けてきた。人の背丈は尺と寸またはフィートとインチで表すが、土地の距離は里やヤードで表す。同じ里でも日本は約4kmだが中国では約500mだ。

 村で自給自足しているならともかく、他の地域や国と売り買いする際、単位の乱立や不統一は問題を引き起こす。土地の売り買いで日本の里と中国の里を取り違えたら、大きなトラブルになる。どころか東京ロサンゼルス間の旅客機の燃料補給でキログラムとポンドを間違えたら…

 これらの問題を解決するため、SIが登場した。

 SI登場前、ヒトはどんな単位を使い、どのように取引していたのか。SIはどう決まり、どう普及してきたのか、または普及を阻まれてきたのか。そしてSIはどう変わってきたのか。現在のSIの奇妙な定義、例えばメートルを「真空中の光の速さ c を単位ms−1 で表したときに、その数値を 299792458」とする定義の由来は何か。

 世の中の様々な単位の由来や使われ方、そしてSIに統一されてゆく歴史を辿る、一般向けの科学と歴史の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は World in the Balance : The Historic Quest for an Absolute System of Measurement, by Robert P. Crease, 2011。日本語版は2014年11月25日1版1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約382頁に加え、訳者あとがき7頁。9.5ポイント44字×17行×382頁=約285,736字、400字詰め原稿用紙で約715枚。文庫ならやや厚め。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えばフランス革命前後のフランスが大きな焦点となるので、その辺の歴史に詳しいとより楽しめるだろう。

【構成は?】

 だいたい時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

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  • はじめに 正午の号砲
  • 第1章 ウィトルウィウス的人体図
  • 第2章 古代中国 尺と律管
  • 第3章 西アフリカ 金の錘
  • 第4章 フランス 「生活と労働の現実」
  • 第5章 阻まれる普遍化への歩み
  • 第6章 現代文明の最大の勝利
  • 第7章 メートル好きとメートル嫌い
  • 第8章 ご冗談でしょう、デュシャンさん!
  • 第9章 究極の単位という夢
  • 第10章 普遍的な度量衡体系 SI
  • 第11章 今日の計測を巡る状況
  • 第12章 さらば、キログラム
  • エピローグ
  • 謝辞/訳者あとがき/図のクレジット/原注/索引

【感想は?】

 単位とは言語に似ている。ほっとくと勝手に変化・増殖するのだ。

国家が政治的に強固で統一されているときには、国家は単位を統一し単純化する傾向がある。一方、国家が衰弱し、分裂しているときには、単位が多様化しがちだ。
  ――第4章 フランス 「生活と労働の現実」

 なぜか。単位は使うためにある。いわば道具だ。道具は使いやすい方がいい。まずは手近なモノで測れること。首都にしかモノサシがなければ、辺境の村では長さが測れない。それより自分の手足で測れた方がいい。そこで手足の長さを基準としたフィートや尺が登場する。

人間の体は、人間が最初に使った、最古の測定器であった。
  ――第1章 ウィトルウィウス的人体図

 そして目的に沿っていること。魏志倭人伝には「水行十日・陸行一月」なんて記述がある。長さで表すより、旅に必要な日程で表す方が、当時の地理情報としては役に立ったのだろう。本書にも「農夫や牛が一日で耕せる土地の広さ」や「一度に洗える牡蠣の量」や「一頭の乳牛から一度の搾乳で得られるミルクの量」などが出てくる。確かに実用的だ。

 実用的ではあるんだが、他の地域と取引したり、税金を取り立てようとすると、これじゃ困る。専門性と汎用性のジレンマだね。小権力の乱立状態だと地域の専門性が優先されるんだが、強力な中央集権型になると汎用性が重んじられるのだ。

始皇帝が皇帝として行った最初の政策は、国内の度量衡を統一するという詔勅を出したことであった。
  ――第2章 古代中国 尺と律

 ここでは音楽が大きな役割を担っているのが面白かった。笛の音程は笛の長さや穴の位置で決まる。合奏するには音程を合わせにゃならん。それはすなわち笛の長さや穴の位置を規格化する事で…と、音楽と数学と物理学の関係の深さが意外な所で明らかになるのだ。

 残念ながら中国の王朝は国際貿易に不熱心だったが、ヨーロッパは多くの国が乱立していて、かつ貿易も活発だ。そこに産業革命である。工業化で大量生産するには部品などを規格化したいが、単位がバラバラじゃ困る。とはいえ現在の米国がいまだヤード・ポンド法にしがみついているように、どの国や地域も既存の単位系を手放そうとはしない。

 ここで既存の権力構造をひっくりかえすフランス革命が起きたのは、人類の幸運だろう。思想的に過激だっただけに、度量衡も人類史上で過激な発想で決まる。

この度量衡体系(メートル法)の最も大きく目立つ特徴は、自然界に存在する基準に体系全体を結びつけようとしていたこと、もう一つ、体系の監督が、政府の役人ではなく科学者によって行われるようにしようとしていたことだった。
  ――第5章 阻まれる普遍化への歩み

 例えば「長さの単位メートルは子午線の長さの1/一千万」とか。ところが地球は正確な球じゃないのが判ったりして、この発想は没になる。ならメートル原器を基準にすりゃいいじゃん。

この条約(1875年5月20日のメートル条約)の条項には、自然に基づく計測基準という考え方はもはやなかった。人工物を基準とした度量衡体系でうまくいくはずだという考え方に移行したのである。
  ――第6章 現代文明の最大の勝利

 こうなると、もうどっちが元だかわかんないんだが、今さらメートルの長さを変えるわけにもいかないし。

ジェームズ・クラーク・マクスウェル「メートルは、新たに測定しなおされ、より正確になった地球の値に合わせて修正されてはいない。逆に子午線弧の長さのほうが、古いメートルの値に基づいて計算されている」
  ――第9章 究極の単位という夢

 そのメートル原器も知らん間にダイエットしちゃったりしてるから困るw そこで異星でも通用する定義にしようという理想論と、現実に現在の人類の技術で測れる程度の精度でないと使えないとする実用論、そして精密工業が求める精度などのバランスで、現在のSIが定義されてゆくあたりは、科学読み物としてなかなかの迫力。

 こういったSIの普及に、第二次世界大戦以降の世界史が大きく寄与しているのも興味深いところ。

アフリカの大部分が1960年代初期にメートル法を採用する。新たに独立を遂げつつあったアフリカ諸国は、植民地主義から解放され国際社会の一員となるための前提条件としてメートル法を素直に受け入れた。
  ――第10章 普遍的な度量衡体系 SI

 旧宗主国のしがらみに捕らわれたヤード・ポンド法より、SIの方が「国際社会の一員」っぽいし、権力基盤がシッカリしてるように見えるし。

 などの歴史編に対し、やたら精密になりすぎた現代を語る終盤では、売れっ子下着モデルのリタ・マツェラがとってもカッコいい。ワコールなど一流ブランドから引っ張りだこの彼女、ウリは美貌でもスタイルでもない。

 ブラジャーは規格化が極めて難しいのだ。サイズにしたって、測るべき所が沢山ある。そもそも形が千差万別な上に、姿勢や動きも人によりけり、上にはおるドレスも肩を出すか否かで違うし、盛りたいのか抑えたいのかも大事。だからメーカーは色々と工夫し、リタに試着を頼む。そしてリタは…

リタ・マツェラ「デザイナーに何を言ってあげればいいか、わたしにはわかっています」
  ――第11章 今日の計測を巡る状況

 以前の製品とどう違うか、どんな不具合があるか。それを正確に、わかりやすく、デザイナーに伝える。それがリタのウリなのだ。ある意味、伝説のテスト・パイロットであるチャック・イエーガーと似た素質と言えるだろう。鋭い感覚に加え、長い経歴で培った商品知識と、それを巧みに言葉にする表現力。リタが売れっ子たる所以は、そこにあるし、そこがカッコいい。

 SIは国際的で汎用的だが、用途によっては別の単位の方が便利だ。サッカーのフィールドの大きさはメートル法で定義されているが、アメリカン・フットボールはヤードだ。これは国際スポーツのサッカーと、米独自のアメフトの違いだろう。それぞれの単位から、歴史を探るのも面白そうだし、仕事に役立つ自分なりの単位を作るのも便利かもしれない。そんな妄想が広がる本だった。

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【終わりに】

 などとSIを持ち上げている本なのに、なぜか文字サイズはポイントだったり。出版・印刷業界も、こういう所は保守的だよね。とか言ってる私も文字サイズはポイントで表してるんだが、そこはゴニョゴニョ…

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2020年10月27日 (火)

アルベルト・マングェル「読書の歴史 あるいは読者の歴史」柏書房 原田範行訳

解釈やら評釈、注解、注釈、連想、否定、象徴的あるいは寓意的な意味などは、テクストそのものから生まれるのではなく、読者の心の中から生まれてくるものなのである。
  ――読書すること 3 記憶の書

どうして本は日用品と同じように扱ってはだめなの?
  ――読書すること 8 書物の形態

フランシス・ベイコン「書物の中には、その味わいを楽しめるものもあれば、一気に飲みこんでしまうべきものもある。数は少ないが、よく噛んで消化しなければならないものもある。」
  ――読書すること 10 読書の隠喩

バビロンの不思議な魅力は、そこを訪れる者が、一つの都を見るのではなく、いくつもの時代にまたがるさまざまな都の移り変わりを、同時に一つの空間の中に見ることができるということにある。
  ――読者の力 1 起源

全人類の1/6は近視だという。読書隙の中では、この比率はもっと高く24%近くにもなるという。
  ――読者の力 10 書物馬鹿

【どんな本?】

 文字の発明は、時間と空間を超えた情報の伝達を可能とした。これは同時に、二種類の人間を生み出す。著者と読者である。

 古来より、著者について書かれた本は多いが、読み手については、ほとんど無視されてきた。それでも、シュメールの粘土板から現代のペンギン・ブックスまで、人々は書物を読み続けている。

 陽光さす庭で、賓客が集まる応接間で、薄暗い書斎で、心地よい寝室で。見栄をはるために、知識を得るために、楽しむために、暇をつぶすために。著者の心に触れようとして、物語に浸ろうとして、都合の良い文章を探して。買った本を、借りた本を、盗んだ本を、そして自ら著した本を。

 人々は、いつ、どこで、どのように、何のために、どんな本を読んできたのか。本好きの、本好きによる、本好きのための読書の本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A History of Reading, by Alberto Manguel, 1996。日本語版は1999年9月30日第1刷発行。私が読んだのは2000年1月25日発行の第2刷。単行本ソフトカバー縦二段組み本文約340頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント27字×22行×2段×340頁=約403,920字、400字詰め原稿用紙で約1,010枚。文庫なら上下巻ぐらいの大容量。

 文章はやや硬い。内容は特に難しくない。ただ、出てくる書物の多くは西洋の古典なので、そちらに詳しい人ほど楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • 謝辞
  • 読書の意味 訳者はしがきに代えて
  •  最後のぺージ
  • 読書すること
  • 1 陰影を読む
  • 2 黙読する人々
  • 3 記憶の書
  • 4 文字を読む術
  • 5 失われた第一ページ
  • 6 絵を読む
  • 7 読み聞かせ
  • 8 書物の形態
  • 9 一人で本を読むこと
  • 10 読書の隠喩
  • 読者の力
  • 1 起源
  • 2 宇宙を創る人々
  • 3 未来を読む
  • 4 象徴的な読者
  • 5 壁に囲まれた読書
  • 6 書物泥棒
  • 7 朗読者としての作者
  • 8 読者としての翻訳者
  • 9 禁じられた読書
  • 10 書物馬鹿
  •  見返しのページ
  • 訳者あとがき
  • 原註/図版一覧/索引

【感想は?】

 考えてみれば、文字の発明とは不思議なものだ。

 書き手だけでは、文字は意味を成さない。読み手が必要なのだ。現代の私たちは、書く前にまず読むことを覚える。

読むことは書くことに先んじている
  ――最後のぺージ

 では、私たちは、どうやって読み方を身に着けたんだろう? 多くの場合、絵本などを読み聞かせてもらい、読み方を覚える。文章とは、声に出して読むものなのだ。歴史的にも、黙って読むのは珍しい能力だったらしい。

シュメール人による初期の銘板以来、書き言葉は、もともと朗読されるのを意図して記されたものであった。
  ――読書すること 2 黙読する人々

 当たり前だが、声に出して読むと、他の者にも聞こえる。むしろ、聞かせることを目的とした朗読もあった。

中世もかなり時代を下るまで、文筆家は、自分が文章を書いている時にそれを声に出しているのと同じく、読者も、たんにテクストを見るのではなく、それを聞くものだと考えていた。
もっとも、文字を読める人が少なかったため、文字を読める人物が他の人々に読み聞かせるという方法が一般的であった。
  ――読書すること 2 黙読する人々

 そう、朗読は立派な芸だ。今だって音声ブックがあるし、NHKラジオには朗読番組がある。同じ文章でも、読み手によって本の印象は大きく変わる。「読者の力 7 朗読者としての作者」では、朗読の芸を磨いたチャールズ・ディケンズの逸話が楽しい。当然、読むのは自らの作品だ。最初の朗読旅行では40以上もの町で80回以上の朗読会って、まるきし新曲をひっさげライブ・ツアーに出るミュージシャンだ。

 幼い頃に親しんだ童謡も、大人になれば単調に感じる。子供の頃は絵本で満足できても、生意気盛りな年になれば文庫を読み始める。同じ本も、読者の成長や変化によって、読み取るものは変わってくる。

我々は同じ書物、同じページに戻ることは決してありえない。なぜなら、(略)我々自身も変わり、また書物も変化していくからである。
  ――読書すること 3 記憶の書

 同じ読者ですら違うのなら、別の者が読めばさらに違った読み方になるのも仕方がない。

解釈はそれを生み出すテクストの数をはるかに上回る…
  ――読書すること 5 失われた第一ページ

 この章では、カフカの「変身」の解釈の違いが面白い。私はドタバタ・ギャグだと思うんだが、「宗教的倫理的な寓話」「デカダン的な傾向を持つブルジョワの典型的な作品」「青年期の不安を示すアレゴリー」と、受け取り方が人によりまったく違う。あなた、どう読みました?

 そんな風に、「どう読むか」は読み手に任されている。この自由を、困った形で使った者たちを語るのが、「読者の力 3 未来を読む」。

テクストの意味は読者の能力と願望によって拡充される
  ――読者の力 3 未来を読む

 ここで主に取り上げているのが、紀元前70年生まれの詩人ウェルギリウス(→Wikipedia)。彼の作品は予言書みたく扱われていたらしい。今のノストラダムスみたいな扱いだね。ローマをキリスト教化したコンスタンティヌス大帝(→Wikipedia)は、ウェルギリウスからキリスト教の教義を読み取った。いや無茶やろ、と思うんだが、現代のノストラダムス信者も似たようなモンだよなあ。

 もっとも、そういう読み方は、必ずしもマズいワケじゃない。本が増えるに従い、何らかの分類・整理が必要になる。図書館のように膨大な書物を集めるとなれば、なおさらだ。そこで目録を作り分類するんだが…

どんな種類の分類がなされたところで、そうした分類は読書の自由を抑圧することになる。だから、好奇心旺盛で、注意深くある読者ならば、決定づけられてしまった範疇から書物を救い出さなければならないのである。
  ――読者の力 2 宇宙を創る人々

 抑圧というと悪意でやってるようだが、もちろん違う。一冊の本は様々な内容を含んでいて、単純な分類じゃ、どうしても抜け落ちてしまう部分があるのだ。例えば「πの歴史」は、数学の本であると同時に歴史の本でもある。では、どちらに分類すべきだろうか?

 だもんで、読者は野次馬根性を発揮して、自ら本を発掘すべきなのである。そうやって私は社会学の棚から「統計という名のウソ」を救い出したのだ。えっへん。

 この章では、完結明瞭な文章を良しとするカリマコス(→Wikipedia)と、長大な美文を愛するアポロニウス(→Wikipedia)の対立が楽しい。何せこの対立、今も続いてるし。SF作家だと、カリマコス派はフレドリック・ブラウンで、アポロニウス派はレイ・ブラッドベリかな? 私はややカリマコス派だなあ。

 そんな昔から現代へと続く「読書あるある」の中でも、日本人として楽しいのが「読者の力 5 壁に囲まれた読書」。ここでは平安文学、それも源氏物語と枕草子が中心となる。

ある種の書物が、特定の読者のみに向けて書かれたものであるという考え方は、それこそ文学そのものと同じくらい昔からある。
  ――読者の力 5 壁に囲まれた読書

 いずれも書き手の退屈をまぎらわすための著作であると同時に、同じ環境の女官たちに向けて書かれた作品でもあった。特に「蜻蛉日記」にある「退屈な生活を日記という形式で書いてみたら、何か面白いものができるのではないか」って、これモロにブログじゃね?

 この章では男女の問題も扱ってて、「女は男向けの本を読んでも変に思われないのに、男が女向けの本を読むと変態扱いされるのは納得いかん」とムクれてて、全くもって同感です。書店も女流作家って棚はやめてほしい。オッサンが上田早由里や菅浩江や森深紅を買いにくいじゃないか。

 と、読書には人目を気にするって性質もある。

(書物は)そもそもただ所有しているだけでも社会的な地位、ある種の知的な豊かさを示唆するものとなる。
  ――読者の力 4 象徴的な読者

 そして、実際に、「読む能力」は、社会的な権力を手に入れる能力でもあるのだ。だから…

何世紀もの間、独裁者がよく心得ていたように、文字を読めない群集はきわめて容易に支配することができる。
  ――読者の力 9 禁じられた読書

 これは独裁者だけじゃない。社会全体が抑圧に加担した時には…

アメリカ南部では、仲間に綴りを教えようとした奴隷が、農園の所有者によって縛り首にされることさえ一般的であったという。
  ――読者の力 9 禁じられた読書

 こういう歴史的な事柄を考えると、好き放題に本が読める現代の私たちは、とても贅沢な環境にいるんだなあ、としみじみ感じるのだ。ところで私は眼鏡っ娘が大好きなのだが、このアイコンはけっこう由緒正しいシロモノらしい。

14世紀以降、眼鏡は、人物の勤勉で賢い性質を表すものとして多くの絵画に描かれるようになっていく。
  ――読者の力 10 書物馬鹿

 などと、本読みたちの間で話題になるネタが実は昔からある古典的な話題だったり、逆に「これは俺の大発見!」だと思っていたのが大昔から知られてた事だったり、もちろん「え、そうだったの?」な逸話もあって、本好きには楽しい本だった。

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2020年10月12日 (月)

ハワード・グッドール「音楽史を変えた五つの発明」白水社 松村哲哉訳

私は音楽が人間の心に訴えかける力の大きさをしっかりと見極めてみたくなった。それを実際に試みたのが本書である。
  ――はしがき

夢と同じように、耳にした音を紙に書き留めはじめたとたん、それは自分の頭の中で鳴っていた音楽ではなくなり、新しい音楽となって目の前に現れる。
  ――間奏曲 作曲するということ

ヨーロッパ音楽のよりどころとなっているのは、西のグレゴリオ聖歌と東のビザンチン聖歌だが、そのルーツをたどると、どちらもユダヤの宗教音楽に行きつく。
  ――間奏曲 選ばれた人々

【どんな本?】

 現代の音楽は、幾つもの文化から様々な要素を取り入れている。中でも、最も影響が大きいのは、まちがいなく西洋の音楽だ。その西洋の音楽も、元は比較的に単純なグレゴリオ聖歌だった。それから幾つもの穏やかな変化や急激な革命を経て、現代の音楽へと至ったのである。

 本書では、敢えて穏やかな変化を扱わず、急速な進化を可能とした革命的な出来事を、五つに絞って紹介する。グイード・ダレッツォの記譜法、クラアウディオ・モンテヴェルディのオペラ、ヘンリー・モーズリーの金属旋盤が可能とした平均律、バルトロメーオ・クリストフォリ(→Wikipedia)のピアノ、そしてトーマス・アルヴァ・エジソンの蓄音機だ。

 音楽の発展を促したものや音楽そのものを変えたものもあれば、社会における音楽の地位を変えたものや音楽と人との関わり方を変えたものもある。音楽が現代のような形になるまで辿った道のりを、五つの曲がり角で分かりやすく示す、音楽ファンのための少し変わった歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Big Bangs : The Story of Five Discoveries that Changed Musical History, by Howard Goodall, 2000。日本語版は2011年3月10日発行。単行本ハードカバーー縦一段組み本文約254頁に加え、訳者あとがき7頁。9.5ポイント45字×20行×254頁=約228,600字、400字詰め原稿用紙で約572枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。全般的に内容もわかりやすいが、平均律を扱う「3 偶然の産物」だけは少し数学(というより算数)が必要になる。また、音楽の本に漏れず、Youtube などで音源を漁ると、聴き惚れてしまいなかなか読み進められないw

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

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  • はしがき
  • 序曲
  • 1 細く赤い線 グイード・ダレッツォと記譜法の発明
  • 間奏曲 ヴァチカンの秘密
  • 2 革命を引き起こした音楽 オペラの発明
  • 間奏曲 作曲するということ
  • 3 偶然の産物 平均律の発明
  • 4 音量を調整できる鍵盤楽器 バルトロメーオ・クリストフォリとピアノの発明
  • 間奏曲 選ばれた人々
  • 5 メリーさんの羊 トーマス・エジソンと録音技術の発明
  • 終曲 すべては変わらねばならない
  • 謝辞と参考文献/訳者あとがき/索引

【感想は?】

 どのように音楽が進化してきたか。

 それを紐解くには、まず原点を聴いてもらうのが早い。本書はグレゴリオ聖歌を原点としている。こんな感じだ:誠実な十字架(→Youtube)。

 「癒し」なんてキーワードがついている。この理由は澄んだ男声でリズムがゆったりしてるのもあるが、メロディーは単調で起伏が少なく、またコーラスとソロの違いはあっても和音や変調やシンコベーションがなく、刺激に乏しいのも大きい。つまり美しくはあっても単純で、どうにも眠くなる音楽なのだ。

 西欧にキリスト教が根付き聖歌も増えた。七世紀の時点で聖歌は「休みなく演奏しても八時間はかかる」ほどになった。これを聖歌隊に全部覚えさせなきゃいけない。しかも、口移しで。無茶である。この無茶な仕事を仰せつかったグイード・ダレッツォ(→Wikipedia)は考えた。「音楽を読み書き出来たら楽だよね」。そして音の高さと長さを記す手段を生み出す。

史上初めて、人類は音楽を「読む」ことが可能になった。
  ――1 細く赤い線

 これは数学におけるアラビア文字を超え、文学における文字にあたる大発明だろう。彼の譜面は現在の五線譜に比べると単純なものだが、音楽を理屈で考えることを可能にした。それはやがてハーモニーやコードや対位法など、より複雑な技法を生みだしてゆく。西洋音楽が他の音楽と決定的に異なるのが、この点だ。なお彼の遺産は「ドレミファソラシド」として今も残っている。

抜け目のないグイードは、この聖歌(聖ヨハネ賛歌、→Youtube)の各フレーズが最も基本的な旋法の六つの音から始まっていることに気づき、フレーズの最初の音を取って独自の「ウトレミファ音階」による記憶法をつくりあげた。
  ――1 細く赤い線

 おかげでバチカンは秘宝のミゼレーレ(→Youtube)を天才に盗まれたりするんだがw

 次の「2 革命を引き起こした音楽」では、オペラの歴史を辿りつつ、音楽と社会風刺の関係を辿る。最近じゃ社会風刺や時事問題はロックやヒップホップなどポピュラー音楽の専売特許みたいだけど、そのルーツはオペラだし、時として実際に社会も動かしたんだぞ、という話。

オペラの製作者たちは、芝居や朗読よりも歌のほうがはるかに自由な表現が許されるという皮肉な事実に最初から気づいていた。
  ――2 革命を引き起こした音楽

 だからテイラー・スウィフトがBLMを支持するのは、まさしく音楽の伝統に沿った行いなのだ。いや Love Stoory と White Horse しか知らないけど。ファンの人、ごめんなさい。

 続く「3 偶然の産物」では、平均律を扱う。これぞ現代のポップ・ミュージックがガッチリと捉えている枠組みで、エレクトリック・ギターやシンセサイザーは、構造上の問題で平均律から逃れようがない。いやフレットレス・ギターなら話は別だけど。

西洋音楽の楽譜に記されている音符は、実質的にそのほぼすべてが、この平均律といわれる調律システムに基づいて体系化されている。
  ――3 偶然の産物

 つまりはドとレ、レとミ、ミとファ…と、音は次第に高くなる。それぞれの高さを、どういう間隔で分けるか、という話。ギターのフレットは平均律に基づいて区切ってるんで、もう逃げようがない。が、平均律以外だと、調が変わるたびにチューニングしなおさなきゃいけない。まあギターなら曲の途中で持ち替えるって荒業もあるけど。

 いずれにせよ、平均律を現実的にしたのが技術者のヘンリー・モーズリー(→Wikipedia)ってのが面白い。彼の金属旋盤が精密な加工を可能にし、正確なピアノを作れるようになったのだ。先端テクノロジーが音楽を変えた一例だね。

 そのピアノを扱うのが「4 音量を調整できる鍵盤楽器」。ピアノの何が凄いって、音量を調整できるのが凄い。これはピアノより、その先祖のチェンバロ(=ハープシコード)を聴いてもらうのが早い。曲はヘンデルの「調子の良い鍛冶屋(→Youtube)」。確かに上品な音ではあるんだが、弦をはじいて音を出してるんで、強弱をつけられない。

1700年前後にピアノが発明されたことは、西洋音楽の歴史において最も印象的な事件の一つと言って過言ではないだろう。
  ――4 音量を調整できる鍵盤楽器

 ピアノのメカニズムや演奏技術は「ピアノの歴史」が詳しいんだが、本書はピアノが作曲家や生演奏に与えた影響を取り上げている。曰く「ジャズの登場を告げたのはピアノだった」。強弱がつけられるので、強烈なリズムも叩き出せるのだ。確かにチェンバロじゃジャズの弾き語りは無理だよなあ。

 そして最後はヒトと音楽の関わり方を決定的に変えた録音技術を扱う「5 メリーさんの羊」。なんたって…

音楽が歴史上これほど急速に多数の聴き手を獲得した時期は他にない。
  ――5 メリーさんの羊

 音楽が現在のように巨大なカネが動く産業になったのも、録音技術があればこそ。この記事だって、録音技術がなきゃ書けなかったし。私が音楽を好きになったのも、録音技術があればこそ。もっとも、当初エジソンは「それを音楽に利用する気がまったくなかった」のは意外。

 いずれにせよ、音楽を記録するって点ではグイード・ダレッツォの記譜法以来の大転換だ。お陰でカルロス・サンタナみたく楽譜が読めない音楽家まで現れた。ここでは太平洋戦争での大日本帝国のフィリピン占領とLPレコード誕生の逸話が面白い。また、音楽の流行の傾向も変わり…

ロック音楽が常に新しいアーティストと曲を求めたのに対し、クラシック音楽は歴史をどんどんさかのぼることで、レパートリーをふやしていった
  ――5 メリーさんの羊

 そう、今のクラシック・ファンの多くは古典を求めていて、あまし新曲はウケないのだ。もっとも流行音楽も…

1960年から2000年にかけて書かれたポピュラーソングのメロディーとハーモニーを、モーツァルトかシューベルトの声楽曲と照らし合わせてみれば、この二人の作曲家を驚かすような和音やフレーズなどひとつも見あたらないことがわかるだろう。
  ――終曲

 と、音色はシンセサイザー、奏法じゃエレクトリック・ギターのタッピングなど、新しいモノを取り入れちゃいるけど、肝心の楽曲は平均律に縛られ作曲技法もビートルズの焼き直しばっかりだったりと、グチこぼしてる。この辺は平均律からズレてると思うんだけど、どうかな(3 Mustaphas 3 - Bukë E Kripë Në Vatër Tonë,→Youtube)。

 全般的に「音楽の進化史」のコンパクト版みたいな印象はあるが、それだけ手軽に音楽の歴史を辿れるのはありがたい。というか、何はともあれ、音楽の本ってだけで私には嬉しいのだ。

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【今日の一曲】

SKY - Dance of the Little Fairies

 クラシックとポップ・ミュージックの交流と聞いて私が真っ先に思い浮かぶのが SKY。クラシック・ギター奏者ジョン・ウィリアムス(映画音楽の人とは別人)がロック・ミュージシャンと組んだ異色バンド。当時はプログレとかフュージョンとか言われてマニアックな印象があるけど、こんな風に聴きやすくて可愛らしい小曲もやってます。かといって軽く見てると、実は五拍子だったりするから侮れないw

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2020年9月24日 (木)

ヘンリー・ペトロスキー「本棚の歴史」白水社 池田栄一訳

科学技術とはかように、なくなったときに最もその存在が意識されるのだ。
  ――第1章 本棚の本

沈み込む度合いは、棚の長さの四乗に比例する
  ――第5章 書棚

ウィリアム・ユーアード・グラッドストン「(本が)満ちあふれた部屋で、孤独を感じた人間はいないし、孤独を感じるはずがない」
  ――第10章 可動書架

【どんな本?】

「あなたの本棚はどんなの?」と訊ねられて、あなたはどう答えるだろう?

「ハヤカワの青背が三段ほど」「NutShellはやたらデカくて重くて」「東洋文庫にはいささか自信が」…

 などの答えが返ってくるだろう。

「黒のスチール製で高さは180cm幅は120cm…」

 などと返したら「そっちかい!」とハリセンを食らいかねない。

 だが、この本は、まさしくそういう本だ。

 たかが本棚、されど本棚。本棚には幾つかの役割がある。本を収容し、保存し、お目当ての本を探しやすく、または綺麗に並べる。その本も、媒体はパピルス・羊皮紙・パルプと変転し、形も巻物・コデックス・ハードカバーとと変わり、製作技術も写本・活字印刷・電子書籍と進むと共に、経済的な価値も大きく変わった。そして、本を読む環境も。当然、その容れものである本棚や図書館も、本と読書環境に伴い形を変えてきた。

 古代の巻物から電子書籍まで、本を収納する本棚の変遷をたどり、時代とともに変わる道具の役割と形と使い方を描くとともに、古今東西を通して変わらぬ読書中毒者たちの「あるある」を満載した、本好きのためのちょっと変わった技術史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Book on the Bookshelf, by Henry Petroski, 1999。日本語版は2004年2月10日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約263頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント46字×19行×263頁=約229,862字、400字詰め原稿用紙で約575枚。文庫なら並の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もやさしい。ただ、所々にモノの形を説明する部分があって、ソコは丁寧に読む必要がある。あと、「前小口」など本の部分の名前がよく出てくるので、予め調べておこう。株式会社イシダ印刷の「花ぎれ、小口とは? ~本の各部、13の名称~」がわかりやすい。

【構成は?】

 だいたい昔→今と時代を辿ってゆく。が、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 第1章 本棚の本
  • 第2章 巻物から冊子へ
  • 第3章 保管箱、回廊、個人閲覧席
  • 第4章 鎖で机につながれて
  • 第5章 書棚
  • 第6章 書斎の詳細
  • 第7章 壁を背にして
  • 第8章 本と本屋
  • 第9章 書庫の工学
  • 第10章 可動書架
  • 第11章 本の取り扱い
  • 謝辞/原注/訳者あとがき/図版出典/参考文献

【感想は?】

 書名は「本棚の歴史」だが、「本の歴史」が3割と「書斎と図書館の歴史」も3割ほど混じってる。

 本棚。本を保管し、整理する家具。機能は同じだが、肝心の本や読む環境が変わると、形や機能も変わってくる。これがハッキリわかるのが、第2章の冒頭、古代ギリシアや古代ローマを扱う章。なにせ当時の「本」は巻物だ。だもんで、当然、今の本棚には置けない。そこでドラム缶みたいのに立てて入れたり、棚に横置きにしたり。

 ここで「言われてみれば」なのが、巻物の書き方。日本語や中国語は昔は縦書きだから、紙の右端から1行づつ書けばいい。が、ラテン語は横書きだ。じゃどうするかというと、テキトーな所で行を折ったのだ。

 とまれ、巻物は読み終えたら巻き戻さなきゃいけないし、お目当ての個所を探すのも難しい。ということで、本は木などで表裏の表紙を付けたコデックスになり、厚い本へと変わり、私たちにも馴染みの形に近くなる。でも意外なことに…

今日の本と違ってコデックス本(→Wikipedia)には書名がついていなかったのである。本を指し示すには、第一ページの最初の言葉を用いたと思われる。
  ――第2章 巻物から冊子へ

 なんと書名は「なかった」のだ。そして当時の本は高価で、表紙に宝石を埋めこんだりした。となれば、書庫の本を盗もうとする不届き者も出てくる。そこで修道院などの図書室では、本に鎖をつけた。高価な品なので、現代ほど蔵書の数はない。だもんで、書見台ごとに本を置いても、あまし場所を取らずに済んだのだ。また、本の置き方も違い…

最初のうち、本は前小口を外側に、背を棚の内側に向けて収納していたのである。その背景には、背を見ても著者や書名が書いていなかったということのほかに、本がまだ鎖につながれていたという理由があった。
  ――第5章 書棚

 やがてグーテンベルクの印刷によって本は増え始めるのだが…

15世紀より前に出版された本で装丁し直されずに本来の装丁が残っている例は非常に少ない。古い本は次々と装丁し直され、内容を示す印を背に付ける方法が一般化した。(略)
なかには、本の見かけや収納の仕方にこだわる者も現れた。
  ――第6章 書斎の詳細

 まあ、贅沢な品物だったワケです。そして見てくれに拘る気持ちも分かるなあ。もちろん、これは流通にも影響して…

17世紀後半の本屋には、製本された本はまったく置いてなかったようだ。なぜなら、当時は、未製本の、つまり印刷された紙を集めた丁合の段階で本を買う習慣があったからだ。
  ――第8章 本と本屋

 本屋には本文だけ売っていて、製本は別業者だった、と。だもんで、自分の好みに合わせて本をデザインできたのはいいが、その分、お値段も張ったのは想像がつく。

 とかの本そのものの話に加え、土木や建築が専門の著者ならではのネタも出てくる。例えば図書室には当時ならではの工夫も必要だったり。

図書室用に作られた部屋は、比較的狭い間隔で規則正しく窓が並んでいるので、外観からすぐに分かる
  ――第4章 鎖で机につながれて

 なぜか。窓がないと、暗くて本が読めないのだ。電灯がない時代なので、日の光しかなかったのだ。ランプ? 大事な本が燃えたらどうする!

 という風に、本は大切にされていたんだが、印刷本の流通が増えるに従い、読書家の皆さんに共通の悩みが大きくなってくる。

本を入れる場所がどこにもなくなる状態は、膨張し続ける研究図書館では(事実上、すべての図書館で)よくあることだ。
  ――第7章 壁を背にして

 そんなわけで、電化以前の時代は「いかに多くの日光を取り入れるか」に加え、本の置き場が重要な問題として浮上してくる。これ以降は、「いかに多くの本を使いやすく収納するか」の悩みが本書の大きなテーマとなり、俄然親しみがわいてきたり。なにせ、本は単に置けばいいってもんじゃない。人が入る空間も必要なのだ。

使い勝手の良い書庫に改良を加えても、平均して、床面積の65%を通路が占め、本棚の列を置けるスペースはわずか35%というところで行き止まりになったのだ。
  ――第9章 書庫の工学

 以後、本の高さの違いが「空間の無駄だ」と怒ったり、一つの棚に背の高い本と低い本を二段で入れたり、本棚の天板に本を並べたりと、皆さんお馴染みの涙ぐましい努力が続く。中には賢い人もいて…

空間が取れないときに、本をどんんどん貸し出して、返却を滞らせるようにし向ける知恵者の図書館司書もいる。
  ――第10章 可動書架

 その手があったか! ということで、皆さんどんどん図書館を使いましょうw などと苦労しちゃいるけど、本の出版量は増える一方。例えば1944年、ウェスリアン大学の図書館司書フリーモント・ライダーが恐ろしいデータを示してる。

ここ一世紀の間に、コレッジと大学の図書館蔵書数は平均して16年ごとに倍増している
  ――第10章 可動書架

 そりゃいくらあっても足りないわ。そこで「あまり読まれない本は地域の図書館共通の倉庫に入れよう」みたいな案も出てくる。これで空間は節約できるけど、滅多に使わない本は取り寄せるのに時間がかかる。こういう所は、まるきしコンピュータのディスクとキャッシュみたいな関係だな、と思ったり。いずれにせよ、本棚はすぐに満杯になる運命なのだ。なぜって…

空でも満杯でも、本棚が本を引き寄せるのは自然の法則らしい。
  ――第11章 本の取り扱い

 だから、あなたや私の本棚が見苦しいのは仕方のないことなんです、はい。

 と、そんな風に、本好きには終盤に行くほど身につまされ楽しくなる本だ。本の置き場に困っている人なら、きっと楽しめる。

 ただ、中国や日本など、極東の話が出てこないのは残念。なにせ紙の起源となった地域で、昔から出版も盛んだっだ。だが表紙や背を木や厚紙などで補強せず紐で閉じていたので、本は柔らかく書棚に立てられない。これをどう整理していたのか。

 確か「中国文化大革命の大宣伝」で毛沢東の書斎の写真を見た。本に20~30cmほどのポストイット(のような紙の帯)を貼ってたらし、そこに書名などを書いて、平置きにしていた。私たちが本棚から本を探すとき、背表紙で本を見分ける。彼は垂らしたポストイット(に書いてある書名)で本を見分けたようだ。これが極東の標準だったんだろうか?

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【おわりに】

 ちなみに私の本棚は、東急ハンズで買ったスチールの柱と棚板を組み立てたもの。三つの本棚をコの字型に組み合わせ、地震でも倒れないようにしている。引っ越しのついでに蔵書を整理したんで、今は多少の空きがあるんだが、いつまで保つことやら。

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2020年9月10日 (木)

永田和宏「人はどのように鉄を作ってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理」講談社ブルーバックス

古代製鉄炉では直接、低炭素濃度のルッペが製造されたが、溶鉱炉で作る銑鉄は炭素の溶解量が多いため、脱炭して低炭素鋼のルッペ鉄にした。
  ――第8章 精練炉の発展

反射炉は石炭を燃焼させて炉のアーチ型天井を加熱し輻射熱で加熱する方法である。これは鉄が石炭と直接接触しないので硫黄吸収の問題が起こらない。溶鉱炉からの直接鋳造に比べ、反射炉で銑鉄を再溶解すると鉄の品質が良くなり、大型の鋳物を制作することができた。
  ――第8章 精練炉の発展

19世紀は、ヨーロッパで錬鉄から溶鋼へと大きな技術革新が起こった時代である。
  ――第9章 鋼の時代

現代の製鉄法はどれほど進歩したであろうか。
意外に思うかもしれないが、「製鉄法」に限って言えば、現代の溶鉱炉は400年前の木炭溶鉱炉から原理は変わっていないし、製鋼法もベッセマーの転炉法から原理的には全く進歩していないと言える。
  ――第9章 鋼の時代

日本の刃物の鉈、包丁、鑿、鏨、鎌などは合金に刃を鍛接する構造になっている。台金には軟鉄である包丁鉄が使われ、刃には高炭素濃度の鋼が用いられた。
  ――第11章 脱炭と軟鉄の製造

【どんな本?】

 ヒトは様々な方法で鉄を作ってきた。古代のボール炉、産業革命で盛んになった溶鉱炉、現代の電気炉、そして映画「もののけ姫」にも出てきた日本独特のたたら製鉄。

 炉の中では何が起きているのか。なぜ鉄鉱石から鉄が取り出せるのか。それぞれの炉や製法にはどんな特徴があり、どんな鉄が取り出せるのか。そしてたたら製鉄は、どこが独特なのか。

 著者は文献を調べるだけでなく、日本はもちろんスカンジナビアまで飛んで炉の遺跡を巡り、更には自ら炉を作って製鉄や鍛冶に挑み、ばかりか「家庭でできるキッチン製鉄」まで考えだし実際に試してゆく。

 鉄に取り憑かれた著者が、製鉄の原理から歴史と現状そして未来までを思い描く、一般向け製鉄解説書の決定版。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年5月20日第1刷発行。新書版縦一段組み本文約241頁。9ポイント43字×16行×241頁=約165,808字、400字詰め原稿用紙で約415枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 ハッキリ言って「濃い」。いや文章は決して悪くないのだ。気取った表現はなく、モノゴトを素直に表現している。ただ、一つの文章に込められた情報が異様に多い。また、鉧(けら、いわゆる鋼)やノロ(スラグ、廃棄物)などの専門用語や、Fe2O3などの分子式がよく出てくるので、相応の覚悟と時間は必要。とはいえ、中学卒業程度の化学の素養があれば読みこなせる。

 なお、本書に出てくる主な元素記号を以下に挙げる。

  • C:炭素
  • O:酸素
  • N:窒素
  • Na:ナトリウム
  • Mg:マグネシウム
  • Al:アルミニウム
  • Si:ケイ素
  • P:リン
  • S:硫黄
  • Cl:塩素
  • Ca:カルシウム
  • Ti:チタン
  • Mn:マンガン
  • Fe:鉄

【構成は?】

 多少の前後はあるが、だいたい前の章を受けて後の章が続く形なので、なるべく頭から読もう。

  • はじめに
  • 第1章 古代人になって鉄を作ってみよう
    たたらとの出会い/材料と道具を集める/永田式たたらを作る/鉧塊作り
  • 第2章 「鉄を作る」とはどういうことか
    鉄は金属の王/鉄は宇宙で生まれた/鉄は銅と同じくらいの温度で解ける/鉄は魔術師/鉄はどのようにして作るか/スラグを見れば鉄のつくり方がわかる/鋼を作る/鉄と炭素を温度を操る
  • 第3章 製鉄法の発見
    製鉄技術からみた区分/銅精錬法から発見した製鉄法/製鉄炉の立地条件/製鉄技術の伝播
  • 第4章 ルッペの製造
    メヒコへの旅/湖底からの鉄鉱石採取と焙焼/ルッペの製造炉の構造/操業/鍛造/ルッペの性質
  • 第5章 最古の高炉遺跡 ラピタン
    ラピタンへの道/農夫炉/最古の高炉遺跡/ノルベリ周辺の高炉遺跡/ラピタン高炉の復元/木炭高炉の操業
  • 第6章 古代・前近代のルッペの製造炉
    鉄器時代初期の製鉄炉/ローマ時代の製鉄炉/中世の製鉄炉/西洋の低炭素鋼ルッペと東洋の高炭素塊
  • 第7章 溶鉱炉の発展
    レン炉から溶鉱炉へ/初期の溶鉱炉/産業革命時代の溶鉱炉
  • 第8章 精練炉の発展
    精練炉と加熱炉の発展/浸炭/ルツボ鋼の製造/パドル法
  • 第9章 鋼の時代
    製鉄の革命 転炉製鋼法の発明/平炉製鋼法の発明/鋼の大量生産時代/鉄スクラップの溶解/現代の製鉄法
  • 第10章 たたら製鉄のユニークな工夫
    たたら製鉄とその発展/日刀保たたら/微粉の砂鉄を飛ばさない工夫/高温を得る工夫/貧鉱の砂鉄を95%に濃化する技術/溶けた銑鉄と大きな鋼塊を作る
  • 第11章 脱炭と軟鉄の製造
    大鍛冶/包丁鉄の製造
  • 第12章 鉄のリサイクルと再溶解
    鋼の溶解と炭素濃度の調整/永田式下ろし鉄法
  • 第13章 銑鉄の溶解と鋳金
    こしき炉/現代のこしき炉/永田式こしき炉
  • 第14章 鍛冶屋のわざ
    鉄と鉄を接合する/鉄の表面に模様を出す
  • 第15章 「沸き花」の正体
    たたら炉で銑鉄と鋼塊の生成を知る方法/大鍛冶で脱炭の程度を知る方法/こしき炉で銑鉄の溶解を知る/鍛冶の「沸き花」/「沸き花」の発生機構
  • 第16章 和鉄はなぜ錆びないか
    鉄の錆び方/鉄の中の酸素濃度/黒錆ができる理由
  • 第17章 なぜルッペや和鉄の不純物は少ないか
    鋼中の不純物濃度を決めるスラグ中の酸化鉄/製鉄炉が下部の温度と酸素分圧/炉高1mと2mが鋼塊と銑鉄の分かれ目/鉄鉱石のサイズが還元速度に影響する
  • 第18章 インドの鉄柱はどのように作ったか
    デリーの鉄柱/鉄柱はどのように作ったか
  • 第19章 製鉄法の未来
    第3の製鉄法/製鉄炉の生産効率/たたらを現代に/マイクロ波製鉄炉の実現可能性
  • おわりに/参考文献/さくいん

【感想は?】

 ヤバい人だ、この著者。

 なにせ、いきなり刀匠の真似をして自分たちで炉を作るのだ。さすがに最初は失敗したが、著者は諦めない。再び刀匠を訪ね秘伝を聞き出そうと食い下がる。さすがに秘伝は聞き出せなかったようだが(そりゃそうだw)、ヒントをもらい改良を重ね、ついに「永田式たたら」を完成させてしまう。きっと刀匠も根負けしたんだろうなあ。

 この辺を読むと、大学の工業系って楽しそう、なんて思ったり。いわゆる「モノ作り」が好きな人には、天国なんじゃなかろか。まあ、レンガを積み重ねるなど気力体力は使うし、一酸化炭素が出るんで危なくもあるけど。

 もちろん、真面目な話も満載だ。例えば…

現在、鉄は炭素の含有量によって次のように分類されている。
工業用純鉄は炭素濃度0.02%以下のものを言う。
炭素濃度が0.02~2.1%のものを「鋼」、
炭素濃度2.1%以上は「鋳鉄」あるいは「銑鉄」と呼ばれる。
  ――第2章 「鉄を作る」とはどういうことか

 なんて基礎的な話はもちろん、炉の中で何が起きているかも、こと細かく説明しているのが嬉しい。ここで主に関係しているのは、酸素と炭素と鉄。

炭素は炉を高温にするだけでなく、自らが鉄と化合している酸素と結びつくことで、鉄を還元する還元剤になる。更に炭素は鉄に溶解することで、鉄の融点を下げることもできるうえ、溶解量を調節することで、鉄を望みの硬さにできる。
  ――第2章 「鉄を作る」とはどういうことか

 炭素(木炭やコークス)が燃え(=酸素と結びつき)熱を出す。熱で鉄鉱石中の鉄が溶け始める。更に炭素は鉄に混じり融点を下げ、更に鉄を溶けやすくする。鉄鉱石の中にはケイ素やカルシウムもあるけど、それらは酸素と化合し融点の高い二酸化ケイ素や酸化カルシウムになり、鉄と分かれスラグになる。他にも一酸化炭素とかが関係してて、その辺をこの本は実に細かく説明していてありがたい。

 当然、「何がどれぐらい混じっているか」で鉄の性質も違う。だもんで、炉の温度の調整が大事なのだ。

強く吹いて鉱石の溶解を速めると、還元された鉄が吸炭してルッペは銑鉄になる。弱火にするとルッペの鍛造性はよくなるが、鉱石の大部分が未還元のままスラグになり、歩留まりが悪くなる。この中間の最も有利な所を取るのが職人の技である。
  ――第6章 古代・前近代のルッペの製造炉

低い温度で製鉄を行うと、鉄中のリン濃度を低くできる。
  ――第15章 「沸き花」の正体

 今の製鉄は溶鉱炉、ドロドロの液体になった鉄が流れ出すアレだけど、昔は違った。炉の底に鉄の塊=ルッペが残るので、これを取り出し製品を鍛造したのだ。だもんで剣ぐらいは作れるけど、大砲は無理。そこで登場したのが溶鉱炉。

溶鉱炉は16世紀にはイベリア半島を除いて西ヨーロッパに広がり、鋳鉄製大砲が製造された。
  ――第7章 溶鉱炉の発展

溶鉱炉は大型化していき、20世紀後半では炉の高さと容量を急速に大きくした。現在では高さ30m、炉の内容積は5000㎥と巨大になり、送風温度は1200℃になっている。
  ――第7章 溶鉱炉の発展

 もちろん、鉄の性質は炉の温度だけでなく、元になる鉄鉱石の種類によっても違ってくる。ボフォースなど製鉄じゃ名高い北欧のスウェーデンやフィンランドにも著者は出かけ、その秘密を探ってたり。この素材はある意味、砂鉄と近いのかも。素材としては鉄は昔から屑鉄も使われていたけど、最近じゃ…

スクラップは様々な合金元素が混じっており、これらの不純物を鋼材の性質に影響を与えない程度に除去することは困難である。(略)現在、スクラップは品質別に細かく分類して集荷され、不純物が混じらないように破砕して物理的に分別している。
  ――第9章 鋼の時代

 などと前半では主に西洋の製鉄技術を追いかけるが、終盤では日本独自のたたら製鉄に焦点が集まってくる。何せ日本には鉄鉱石が少ない。だもんで、材料からして違う。なんと砂鉄だ。これは何かと面倒で…

砂鉄は直径0.1mm程度の微細な粉末である。強く吹くと吹き飛び、目詰まりして高温ガスの通気を阻害する。そのため溶鉱炉では使えない。世界の製鉄技術の歴史の中で、唯一たたら製鉄だけがこの微粉の砂鉄を使って溶けた銑(銑鉄)と大きな鉧塊(鋼塊)を同じ炉で製造した。
  ――第10章 たたら製鉄のユニークな工夫

 この秘密を探るため日刀保たたらにもぐり込み、秘訣を聞き出そうとしてすげなく断られたりw このあたりが同じ学者でも工学者と伝統芸術の守り手の違いなんだろうか。でも結局は調査などで何かと都合をつけてくれたりするのは、やはり知識を求めてやまない学者の業が同志に通じたのかも。

 そんな著者の学者魂が炸裂してるのが、最後の「第19章 製鉄法の未来」の「マイクロ波製鉄炉の実現可能性」。なんとキッチンで鉄を作ってしまう。これ、下手すると小学生でも夏休みの宿題でやれたりするから、実にヤバいw しかもキチンとコストを計算してるあたりが、さすが工学者というか。

 見た目は薄いが中身は思いっきり濃い。とはいえ文章は素直だし記述は親切なので、じっくり読めばちゃんと理解できる。何より、製鉄の過程、それも炉の中で何が起きているかについて、素材や元素の役割から化合の過程までこと細かく書いているのは嬉しい。ただし、繰り返すが中身は濃いので、じっくり腰を据えて挑もう。

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2020年8月14日 (金)

ジャン=バディスト・マレ「トマト缶の黒い真実」太田出版 田中裕子訳

加工トマト産業に国境はない。
ドラム缶入り濃縮トマトは、コンテナに乗って世界中を巡る。
本書は、世界中に知られる商品の知られざる歴史を追ったルポルタージュである。

自動車メーカーのフォードが、標準化された車をアセンブリーラインで組み立てはじめる前から、ハインツはトマト味のベイクドビーンズの缶詰をピッツバーグ工場でライン生産していた。(略)T型フォードより11年も前のことだ。
  ――第3章 伝説化されたアメリカの加工トマト産業

現在、大さじ二杯以上ならトマトペーストが「野菜」と認められていることから、ピザはアメリカの給食で「野菜」に分類されている。
  ――第10章 ハインツの経営合理化とその影響

【どんな本?】

 肉のトマト煮やミートソースを作るのにトマト缶は便利だ。カレーに使ってもいい。

 ところで、手近にトマト缶があれば、産地を見て欲しい。Amazon にはイタリア産のトマト缶が多く出回っている。ビザもパスタもイタリアが本場だ。だから、きっとイタリアはトマトの生産が盛んなんだろう。それは正しい。が、ラベルに書いてあるのは「トマト缶」の産地であって「トマト」の産地ではない。

 西欧でもトマト缶は大人気で、様々なブランドがある。それ以上にトマト缶はアフリカを席巻している。

 著者はトマト畑から加工工場・技術研究所・港そして市場を訪ね、中国・イタリア・アメリカ・ガーナを駆け巡り、また瓶詰の起源やハインツ社などの社史を漁り、トマト缶の歴史から現状までを調べて回る。

 そこで明らかになった事実は、いささか食欲を失わせるものだった。

 フランスのジャーナリストが体当たり取材で世界中を巡り、トマト缶の生産・加工・流通の実態を暴き、グローバル経済が食に及ぼす影響を明らかにした、衝撃のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は L'empire de l'or rouge: enquete mondiale sur la tomate d'industrie, Jean-Baptiste Malet, 2017。日本語版は2018年3月10日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約321頁に加え、訳者あとがき7頁。10ポイント42字×17行×321頁=約229,194字、400字詰め原稿用紙で約573枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。中国・イタリア・ガーナなどの地名が出てくるので、Google Map か地図帳があると便利。また、イタリア経済の南北問題を、南は貧しく北は豊か、程度に知っていると迫力が増す。ただし、日頃から安いイタリア産のトマト缶をよく使っている人は、読まない方が幸せかも。

【構成は?】

 地理的にも時系列的にもアチコチ飛びまわるんだが、全体として一つのストーリーとなっているので、できれば頭から読もう。

  • 第1章 中国最大のトマト加工工場
  • 第2章 「中国産」のトマトペースト
  • 第3章 伝説化されたアメリカの加工トマト産業
  • 第4章 濃縮トマト輸出トップの会社
  • 第5章 イタリアの巨大トマト加工メーカーのジレンマ
  • 第6章 中国産トマトも「イタリア産」に
  • 第7章 ファシズム政権の政策の象徴、トマト缶
  • 第8章 トマト加工工場の奇妙な光景
  • 第9章 中国の加工トマト産業の暴走 始まりと発展、強制労働
  • 第10章 ハインツの経営合理化とその影響
  • 第11章 加工トマト業界トップ企業、驚異の生産力
  • 第12章 消費者に見えない「原産国」
  • 第13章 天津のトマト缶工場の秘密
  • 第14章 トマト31%に添加物69%のトマト缶
  • 第15章 農薬入りのトマトか、添加物入りのトマト缶か
  • 第16章 アフリカを席巻した中国産トマト
  • 第17章 「アグロマフィア」の象徴、南イタリア産トマト缶
  • 第18章 イタリアの労働者の違法な搾取
  • 第19章 酸化トマト「ブラックインク」をよみがえらせる最新研究
  • 訳者あとがき/原注

【感想は?】

 今度からトマト缶を買う時は原産地をシッカリ確かめよう。イタリア産はヤバい。

 幕あけは新疆ウイグル自治区のトマト収穫の場面だ。そう、たった今噂の新疆ウイグル自治区である。キナ臭いのは感じていたが、相当なものだ。

(新疆生産建設)兵団のもともとの使命は、新疆を漢族の植民地にすることだった。
  ――第4章 濃縮トマト輸出トップの会社

世界ウイグル会議議長ラビア・カーディル「中国で最も多くの労改収容者(政治犯)が働かされているのが、新疆ウイグル自治区です」
  ――第9章 中国の加工トマト産業の暴走

 それはさておき、まず感じたのは、トマトの収穫・輸送方法がやたら荒っぽいこと。んな手荒く扱ったらトマトが潰れる…と思ったが、その心配は無用だった。

加工用トマトと生食用トマトは、リンゴとナシほどに違う。別の目的のために、別の環境で作られた、別の果実と考えるべきだ。
  ――第2章 「中国産」のトマトペースト

収穫機のなかでトマトの実がつるから簡単に離れるようになったのは、機械収穫に適した品種を作るために、研究者たちが幾度も試行錯誤を重ねてきたおかげなのだ。(略)機械に合うトマトを作るほうが、トマトに合う機械を作るよりうまくいくように思われたのだ。
  ――第11章 加工トマト業界トップ企業、驚異の生産力

 サラダに入っているトマトとは品種が違う。茎を揺すれば簡単に落ちるので機械で収穫でき、硬く潰れにくいので痛みにくく運びやすく、水分が少ないので加工しやすい、そういう品種を開発したのだ。ブランドによっては缶に長細いトマトの絵のラベルがついてる。アレだ。トマトが苦手な人の中には、ウニョッとした口当たりが嫌って人がいるが、そういう人には向くかも…じゃなくて。

 さて。なぜ新疆ウイグル自治区か、というと。実はここが加工用トマト生産じゃ世界的な産地だからだ。知らなかったぜ。

トマト加工品の原材料となる濃縮トマトの生産は、アメリカ、中国、イタリアの上位三ヵ国が世界の市場をほぼ独占していて、スペインとトルコがそれに続く。
  ――第1章 中国最大のトマト加工工場

 生産はトップ3なんだが、輸出用となると話は違ってくる。おっとその前に。輸出ったって、トマトをそのまんま輸出するワケじゃない。中国の工場で皮をむきタネを取り除き砕いて水分を飛ばし三倍に濃縮し、ペースト状にしてドラム缶に詰めコンテナ船で輸出するのだ。その方が輸送しやすいし長持ちするしね。

現在、中国は世界最大の濃縮トマト輸出国だ。(略)ほかの生産国は国内に大きな市場があるので、まずはそちらに供給しなければならない。(略)中国の場合、世界第2位の生産国でありながら、その生産量のほとんどすべてを輸出している。
  ――第9章 中国の加工トマト産業の暴走

 コンテナ船は天津を出てイタリアに向かう。そこで…

関税を支払うことなく、「再輸出加工手続き」によって輸入された中国産三倍濃縮トマトは、水で希釈されてわずかな塩を加えられただけで、「イタリア産」の商品に生まれ変わる。
  ――第6章 中国産トマトも「イタリア産」に

 トマトの原産地が大事なのは、そういう事だ。どっかの「国産」でも聞いたような話だね。さて、工場は量産効果か効く。大量に作るほど一個当たりの費用は安くなる。品目ごとにブレンドの割合を変えると費用がかさむ。そこで…

大手スーパーチェーンは、独自のブランド商品を掲げて互いに競合している。ところが、別の店で売られるそれぞれ個性的に見える商品は、いずれもこの巨大工場で生産されるまったく同じものなのだ。
  ――第12章 消費者に見えない「原産国」

 違うのはラベルだけ。マジかい。しかも、最近は西欧市場に加えアフリカ市場も伸びてきた。なにせ…

ガーナの人口は2800万人で、アフリカで13番目だ。ガーナの大衆料理のほとんどにトマトが使われており、国民の野菜消費量の38%をトマトが占めている。
  ――第15章 農薬入りのトマトか、添加物入りのトマト缶か

 トウモロコシもそうなんだが(→「トウモロコシの世界史」)、新大陸原産の作物はアフリカの気候に合うんだろうか。それはさておき、アフリカ市場の美味しいところは…

グローバル化した市場では、ある国で衛生基準を満たさなかった濃縮トマトは、別の国に運ばれて安く売り飛ばされる。
  ――第6章 中国産トマトも「イタリア産」に

 ま、バレても役人には鼻薬が効くし。ってなワケで、無茶苦茶なシロモノがはびこってる。なにせ貧しい地域だ。大事なのは価格。品質は二の次。おかげで、商談じゃ…

「うちの缶詰はリーズナブルですよ。濃縮トマトが45%しか入ってませんからね」
  ――第14章 トマト31%に添加物69%のトマト缶

 そこを席巻するには、価格的な競争力が大事。って言えば偉そうだが、要は「それだけ安いか」だ。そこで強いのが中国産。

今日、アフリカが輸入するトマトの70%が中国産だ。西アフリカだけ見れば、その割合は90%に達する。
  ――第16章 アフリカを席巻した中国産トマト

 いや地元でもトマトを作ってるんだ。でも農業は豊作凶作の波がある上に、市場価格の変動も大きい。

ガーナの農家「トマトは博打だ」
  ――第15章 農薬入りのトマトか、添加物入りのトマト缶か

 何年か損しても食いつなげる金持ちならともかく、小さい農家はすぐ行き詰る。でも食ってかにゃならんので、地中海を渡り出稼ぎに出る。

ある公式統計によると、2012年、イタリアの農業従事者81万3千人のうち、EU圏外からの正規移民は15万3千人で、EU圏内からは14万8千人だった。この数字には不法就労者は含まれていない…
  ――第18章 イタリアの労働者の違法な搾取

 はいいが、違法移民が歓迎される筈もなく。彼らがマフィアのタコ部屋で搾り取られる場面は、なかなかにおおぞましい。とはいえ、日本も技能実習って名目で…

 さて、中国人も馬鹿じゃない。イタリアは中間の加工で稼いでいるが、いつまでも甘い汁を独占させるほど中国商人は甘くない。そこで…

今わたしが望んでいるのは、アフリカ中にトマト缶を広めることだ。そのために、新疆ウイグル自治区の濃縮トマトを、このガーナで再加工して販売することにしたんだ。(略)わたしがここでしているビジネスは、習近平国家主席による国家発展計画に組みこまれているんだよ。(略)新シルクロード(一帯一路)構想だ。
  ――第19章 酸化トマト「ブラックインク」をよみがえらせる最新研究

 一帯一路ってのは、そういう事かい。この最終章では、中国共産党のお偉方とその子弟が、何を目論んでいるのかが明らかになる。先の「ショック・ドクトリン」と考え合わせると、恐るべき未来が間近に迫っているのがわかる。

 たかがトマト缶、されどトマト缶。きっとトマト缶だけでなく、あらゆる加工食品で似たような事が起きているに違いない。スーパーで買い物をする際は、もっと注意深く注意書きを確かめよう、そういう気にさせる怖ろしい本だ。そういえば外食産業も費用削減には熱心だから…いや、やめておこう。

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