ドミニク・フリスビー「税金の世界史」河出書房新社 中島由華訳
この本の目的は、現代の人びとに改めて税について考え、語りあってもらうことである。
――第3章 税金を取るわけその社会が自由であるか、専制的であるか――開放的か、抑圧的か――は税制から判断できた。
――第4章 税金の始まりの時代下院議会で、奴隷制こそが南北戦争の原因であったと自由党のウィリアム・フォースターが断言したとき、そこかしこからこんな声が上がった。「違う、違う。関税だ!」
――第10章 アメリカ南北戦争の本当の理由通貨制度とテクノロジーはともに進歩してきた。
――第15章 労働の未来取引と交換によって、われわれは進歩するのだ。
――第16章 暗号通貨 税務署職員の悪夢「インターネットが無料ならば、ユーザーは商品である」
――第17章 デジタルは自由を得る国民の税負担が小さいほど――したがって、国民がのびのびとしているほど――それだけたくさん新発明や新機軸が生まれ、富が増えることになる。これまでの歴史ではずっとそうだった。
――第19章 税制の不備土地はもっとも基本的な富である。また、もっとも不平等に分配されている富でもある。
――第20章 ユートピアの設計
【どんな本?】
政府は税金を取る。給料からは所得税と住民税をピンハネする。税金とは言わないが、社会保険料と年金も差っ引いていく。酒には酒税が、車にガソリンを入れればガソリン税がかかる。というか、何であれ買い物には消費税がかかっている。家を持てば固定資産税を取るし、ささやかな預金金利まで2割以上を税金でふんだくる。
なぜ政府は税金を取るのか。それを何に使うのか。歴史上、どんな税金があり、どんな影響を及ぼしたのか。
イギリスの窓税,ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の1/10税,米国の関税,そして隠れた税金である意図的なインフレなどの例を挙げ、様々な税のエピソードを紹介すると共に、国家の制御下にないビットコインやアップル社などの国際資本など現代のカネの動きを見つめ、理想の徴税と政府支出の形を考える、一般向けの歴史・経済解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Daylight Robbery : How Tax Shaped Our Past and Will Change Our Future, by Dominic Frisby, 2019。日本語版は2021年9月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約271頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント46字×19行×271頁=約236,854字、400字詰め原稿用紙で約593枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。
文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。著者がイギリス人のためか、イギリスの例が多いが、高校の世界史の教科書に出ている話が大半だし、話の背景事情もちゃんと説明しているので、特に構えなくてもいいだろう。
【構成は?】
各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
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- 第1章 日光の泥棒
- 第2章 とんでもない状況からとんでもない解決策
- 第3章 税金を取るわけ
- 第4章 税金の始まりの時代
- 第5章 税金とユダヤ教、キリスト教、イスラム教
- 第6章 史上もっとも偉大な憲法
- 第7章 黒死病がヨーロッパの租税を変えた
- 第8章 国民国家は税によって誕生した
- 第9章 戦争、借金、インフレ、飢餓 そして所得税
- 第10章 アメリカ南北戦争の本当の理由
- 第11章 大きな政府の誕生
- 第12章 第二次世界大戦、アメリカとナチス
- 第13章 社会民主主義の発展
- 第14章 非公式の税負担 債務とインフレ
- 第15章 労働の未来
- 第16章 暗号通貨 税務署職員の悪夢
- 第17章 デジタルは自由を得る
- 第18章 データ 税務当局の新たな味方
- 第19章 税制の不備
- 第20章 ユートピアの設計
- 謝辞/訳者あとがき/参考文献/注と出典
【感想は?】
カテゴリーは「歴史/地理」としたが、むしろ経済、それも政府の財政がテーマだろう。
経済学の本は、著者の姿勢で好みが別れる。本書は小さな政府を好む立場だ。無政府主義とまではいかないが、不器用な政府より「神の見えざる手」の方がたいていの事は上手くやる、そういう考えである。
偉大な文明の誕生は低い税負担と小さな政府を、その凋落は高い税率と大きな政府をともなうのである。
――第5章 税金とユダヤ教、キリスト教、イスラム教
理想の政府の具体例として挙げているのが、香港だ。
私の考えるユートピアは、大まかに香港を参考にしており、現行の制度の逆を行くものになっている。
――第20章 ユートピアの設計
香港と言っても、中国共産党の政策を支持してるワケじゃない。むしろ逆だ。中国返還前の、イギリス統治の時代を理想としている。これがハッキリと現れているのが、第2章。当時の政府財政を担ったジョン・ジェイムズ・カウパスウェイト曰く…
「私はほとんど何もしなかった」
「ただ、余計なことをしでかしかねない要素のいくつかを排除しただけである」
――第2章 とんでもない状況からとんでもない解決策
海に面していて貿易に有利って立地条件はあったものの、土地は狭いながらも経済的に繁栄したのは確かだ。似た例として、シンガポールを挙げている。つまり、著者はそういう人だ。
改めて全体を見ると、読者が税金を憎むように仕向ける構成になってるんだよなあ。いや確かに私も税金は嫌いだけどw 確かに政府ってのは、あの手この手で税金を取ろうとするんだよな。そして頑として減税には応じない。
税は、資金が必要なときに設けられる。たいていは戦費を賄うためである。
臨時税として設定されるが、後日にその期限が撤廃される。
――第1章 日光の泥棒
そういや復興特別所得税、今調べたら2037年までってマジかい。本当に震災の復興に使ってるんだろうか。まあいい。震災は天災だが、戦争は人災だ。そして戦争はカネがかかる。そのカネはどうやって調達するか。大きく分けて二つ、税金と借金(国債・公債)だ。この借金が曲者で。
安易な借金は安易な戦争を招いた。
――第9章 戦争、借金、インフレ、飢餓 そして所得税
もう一つの調達方法、税金も、税制を大きく変えてしまう。例えば所得税。
1938年、イギリスの所得税納税者は総人口約4750万人のうちの400万人だった。終戦時には、その三倍である1200万人を超えていた。アメリカの高所得者の税率94%も過酷だったが、イギリスのそれはなんと97.5%に達していた。
――第12章 第二次世界大戦、アメリカとナチス
「21世紀の資本」の主張の一部は、こういう事なんだろうなあ。で、その性質は戦後も残り…
今日でも、所得税率は第二次世界大戦にかかわった国のほうが高い傾向にある。
――第13章 社会民主主義の発展
イギリスの厳しい累進課税は1970年代まで残ってて、有名なロック・ミュージシャンの多くがアメリカに脱出してた。ちなみに銭ゲバと思われがちなポール・マッカートニーはイギリスに住み続け、社会性の強い芸風のジョン・レノンはアメリカに住んでた。
もう一つ、隠れた増税がインフレである。先の引用で、イギリスの所得税納税者が増えた例を挙げた。インフレは、税収を増やし借金を減らすのである。
2023年4月現在の日本では、年収が103万円未満なら所得税はかからない。年収100万円なら取得税はなしだ。だが、物価が10%上がり、年収も10%増えたら? 一見トントンだが、所得税の対象になる。政府は増税せずに、税収を増やせるのだ。
それともう一つ、政府はインフレで美味しい思いをする。国債・公債の償還が楽になるのだ。
(政府が通貨価値の引き下げとインフレを引き起こす)最終的な目標は、ほぼつねに、債務、とりわけ政府債務の価値を減じることと、財政支出を可能にすることだ。結果として、資産――すなわち国民の財――の価値は政府に移動することになる。
――第14章 非公式の税負担 債務とインフレ
今の日本の国債残高は1,029兆円でGDPの250%を超える(→財務省)。極端な話、物価が10倍になって給与も10倍になれば、単純計算でGDPも10倍になって国債残高はGDPの25%になる…日本円で考えれば。ラッキー。いや現実にはそう簡単にいかんだろうけど。
政府がインフレを望むのは、そういう理由です。ちなみにインフレの影響は、誰もが同じってワケじゃない。負担の大きい人と少ない人がいるのだ。
インフレ税は資産――不動産、会社、株式、さらには美術品や骨とう品――を所有する人びとに恩恵をもたらす。通貨の価値が下がれば、こういう資産の価値が上がりやすいからだ。それと同時にインフレ税は、給与や貯蓄を頼みにする人々に損失をもたらす。
――第19章 税制の不備
最近の政府やマスコミの「インフレは望ましい」って主張、なんか胡散臭いなあと感じてて、それは私がオイルショックを憶えてるからかと思ってたんだが、それだけじゃなかったんだな。
とまれ、ビットコインなら日本円のインフレとは無関係でいられる。なにより、税務署の手入れから逃れられる。
ある対象(有形経済)は、その他にくらべて(税務署に)目をつけられやすいのだ。
――第18章 データ 税務当局の新たな味方
今後は更にビットコインでの取引、それも国際的な取引が活発になるだろう。となると、政府はどこからどうやって税金を取ればいいのか。
著者は、ちゃんと歴史的に実績のある例を示しているし、なかなか説得力があると思う。完全ではないけど、昔も今も完全な税制はなかった。議論のたたき台としては面白い案だ。
税金をテーマとしながら、政府というシロモノの普遍的な性質に切り込んでいく。そこで見えてくる政府の正体は、(少なくとも日本の)社会科の教科書には決して載らない、まさしく「教科書が教えない歴史」である。消費税を含め税金を支払っているすべての人にお薦め。
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