カテゴリー「書評:歴史/地理」の211件の記事

2017年10月27日 (金)

デーヴ・グロスマン,ローレン・W・クリステンセン「[戦争]の心理学 人間における戦闘のメカニズム」二見書房 安原和見訳 3

送り込まれる兵士のうち、100人に10人は足手まといです。80人は標的になっているだけです。9人はまともな兵士で、戦争をするのはこの9人です。残りのひとりですが、これは戦士です。このひとりがほかの者を連れて帰ってくるのです。
  ――第十四章 盾を帯びた現代の勇士

2002年、アンソニー・ハリスらマサチューセッツ大学およびハーヴァード大学の研究チームが、<殺人事件研究>誌に画期的な研究論文を発表した。それによると、1970年以来の医療技術の進歩が、殺人事件のおよそ3/4を阻止しているという。
  ――第十六章 戦闘の進化と国内の暴力犯罪

私は司法省司法統計部のデータを見せた。このデータによれば、第一次大戦、第二次大戦、朝鮮戦争、ベトナム、湾岸戦争の帰還兵は、同じ年齢性別の非帰還兵よりも投獄される割合が低い。
  ――第十六章 戦闘の進化と国内の暴力犯罪

 デーヴ・グロスマン,ローレン・W・クリステンセン「[戦争]の心理学 人間における戦闘のメカニズム」二見書房 安原和見訳 2 から続く。

【戦いの直後】

 戦っている最中、ヒトは興奮してケダモノになる。その後、どう変わるんだろうか?

自分は生きているという大きな喜びがわきあがってくる。
  ――第十三章 殺す決断 

 そう、まず嬉しくなるのだ。それは生き延びたからだが、これを殺しの快感と勘違いする者もいる。彼らはソレを求め再び戦場へ戻ろうとする。「戦場の掟」で描かれた傭兵たちの一部は、その典型だろう。

 その後、落ち着いてくると、「人が死んでるのに喜んでる俺は変だ」と考える人もいる。そして、自分を責めてしまう。これも、ありがちな現象である。前の記事にも書いたが、「暴力的な状況というストレスにさらされると、そこで起きたことは自分のせいだと思い込みやすい」のだ。

 太平洋で戦った帝国陸海軍の将兵も、生きて帰った事で、亡くなった戦友への罪悪感を抱える人が多い。これも、そういう事なんだろう。

【デブリーフィング】

 繰り返すが、戦闘中のヒトは興奮してケダモノになっている。だから、記憶も怪しい。そこで著者のお薦めは、「危機的事件後報告会」だ。

 その場に居合わせた者が集まり、事件を再構成するのである。特に軍の場合は、各将兵の言い分が異なっている場合が多い。みんな自分のせいだと思って、「あの時俺がこうしてれば…」みたいな気持ちを抱えてたりする。

 が、そんな記憶の多くは、思い違いの可能性が高い。興奮している時の記憶はアテにならない。自責の念のあまり、記憶をねつ造していた例が、本書では何回も出てくる。そういった自責の念や記憶の捏造が、よくある現象だと参加者に教えるのも大切な事だ。そして…

心的外傷の後遺症にまだ苦しんでいるときに、自分は正常だと感じるためには、その症状を病気だと思ってはいけないということだ。外的な脅威に対する正常な反応だと思わなくてはならないのである。
  ――第十九章 PTSD

 そう、異常なのは本人ではない。彼が放り込まれた状況が異常なのだ。彼の反応は、異常な状況に対する適切な反応なのだ。たとえそれがクソを漏らす事であっても。

 日本にも戦友会があるが、その目的の一つが、これなのかな、と思ったり。抱えた傷みを癒す適切な手段を、本能的に見つけたんじゃないか、と考えてしまう。

 ちなみに、戦闘を経た直後に、あっちの方がお盛んになるのも、よくある話だとか。中世の戦争じゃ軍に娼婦がついて回ったのは、そういう事なんだろう。

【周囲にできること】

 とはいえ、報告会だのアドバイスだのは、現場に居合わせた人やプロでなきゃ難しい。では、家族や友人が戦いの後遺症で苦しんでいる場合、何ができるんだろう?

個人個人としてまた社会全体として、帰還兵に差し出すことのできる重要な贈り物は三つある。それは「理解、肯定、支援」である。
  ――第二十二章 帰還兵にかける言葉、生き残った者にかける言葉

 マズいのは、興味本位でしつこく尋ねたり、精神科医気取りで分析する事だ。あまり言いたかないが、私はこういう無神経な真似をやらかした経験がある。今から思えば、とんでもなく失礼な事をやらかしたもんだ。

 言っていいのは、「あなたが無事でとてもうれしい」とか「心配したよ、無事でよかった」ぐらいだとか。そういう声をかけられるのは家族や恋人や親友ぐらいで、あまり親しくない人に対しては難しい。とりあえず、素人としては、黙って聞くぐらいしかなさそうだなあ。

 この辺は「戦争ストレスと神経症」や「心的外傷と回復」が参考になるかも。

【その他】

 他にも興味深いエピソードはたくさん載っている。例えば…

それまでおとなしかった容疑者が、手錠の音を耳にしたとたんに激しい感情的な反応を見せることがある。
  ――第三章 交感神経系と副交感神経系

 なんて話。手錠で大人しくなるのかと思ったが、反対なのだ。警官の方は暴漢を捕まえてホッとし、アドレナリンの波がひいて脱力しているが、暴漢の方は手錠でアドレナリンが吹き出しケダモノに変わる。警官は最後まで気を抜いちゃいけないのだ。残心ってのは、この事なのかも…と思ったら。

銃弾によって心臓が止まることはあるが、そのあとでも五秒から七秒は命があるそうだ。
  ――第十二章 銃弾を食らっても戦いつづける

 やはりそうだったか。戦場から命がけで持ち帰った教訓なんだなあ。

 やはり面白いのが、フットボール選手の話。彼らは学業の試験で不利なのだ。

 彼らは、試合に臨む際、心拍数が増えるよう叩きこまれている。その方がパワーが出るからだ。これが試験では裏目に出る。試合は「ここ一番の勝負」だ。それは学業の試験も同じだ。だから、彼らは試験開始のベルと共に、心臓が張り切りだす。

 すると不器用になって字が巧く書けなくなり、視野が狭くなって長い文章が理解できなくなり、落ち着いて考える事もできなくなる。かくして試験の結果は…。

 スポーツだと、打撃の神様こと川上哲治の「ボールが止まって見えた」って話は、まんざらホラじゃないらしい。時間がゆっくり進む現象を、「銃撃戦に巻き込まれた警察官の65%が経験している」。加えて「ものが異常に鮮明に見える」現象もあるとか。

 と思って WIkipedia を見たら、「ボールが止まって見えた」と話したのは川上哲治じゃなかった。

 最近は悪質なあおり運転が話題になっている。あれ、高価な車だと被害にあいにくいようだ。連中は相手を見て仕掛けるらしい。これば暴力犯罪でも同じで、暴力犯の「圧倒的多数が、被害者は意識的に選択する」。「覇気のない歩きかた、受動的な態度、注意力散漫」な者を狙う。

 また、こんな話もある。著者の一人クリステンセンは、ネオナチによる数十の暴力事件を調べた。が、「ひとりで人を襲ったという事件はただの一件もなかった」。クリステンセン曰く「ひとりじゃなんにもできないんだ」。やっぱりね。

【その他】

 などと、興味深いネタが山盛りで入っている。野次馬根性で読むもよし、苦しむ人を楽にするため真面目に読んでもいい。軍ヲタ向けの本だが、読み方によって幾らでも応用が効く。ヲタクに独占させるには惜しい労作にして名著。

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2017年10月19日 (木)

ペーター・ペフゲン「図説 ギターの歴史」現代ギター社 田代城治訳

ギターはその長い歴史の中で、考えられる限りの経験をしてきた。それは非常な敬意を払われると同時に、蔑まれてもきた。それは王侯や皇帝の宮廷でも弾かれたし、酒場や娼窟でも弾かれた。
  ――日本語版への序文

その発展史を通じてずっとそうだったように、ギターは現在も変化を加えられ、細工され、修正され、改良され続けている。いったい誰がこの時代に、新型のヴァイオリンやオーボエを作ろうと考えるだろうか?
  ――第1章 多彩な顔を持つ楽器

やがて明らかになるように、スペインは本当の意味でギターの発展が集中的に行われた国である。
  ――第3章 中世ヨーロッパにおけるギターの発展

変化する音楽は別の楽器を要求する。逆に言えば、楽器製作上の発展は別種の音楽と別種の演奏を可能にする。
  ――第5章 第5の弦

巻弦の発明は楽器の構造に革命をもたらした。新しい弦素材はわずかな太さでよく、響きの上でも倍音が豊かだったから、ほどなくギターは⑥弦をプラスされただけでなく、複弦も不要となった。
  ――第6章 5コース、6コース、そして6単弦へ

ギター史上のいかなる人物も、フランシスコ・エイクセア・タレガ Francisco Eixea Tárrega ほどに、多くの具体的で革命的な、救世主的偉業と革新について感謝を集めている者はいない。
  ――第8章 20世紀

【どんな本?】

 クラシックはもちろん、タンゴやフォルクローレなどの民族音楽・カントリー・ブルース・ジャズ・ロックなどのポップミュージックでも大活躍しているギター。ただ、ギターと一言で言っても、その形や弾き方はバラエティに富んでいる。

 弦の数は6本が普通だが、4本から18本まである。弦の材質もスチール・ナイロン・ガットと様々。ボディは形もひょうたん型が中心だが、腰のくびれやお尻の大きさはそれぞれ。底板も平らなものが多いが、微妙な丸みがついているものもある。指板のフレット数も一定しない。

 チューニングもオープンGなど多種多様だし、弦の弾き方も指の腹だったり爪だったりピックを使ったり。これがエレキギターになると、更にバリエーションが広がってキリがない。バイオリンなどの他の楽器では考えられない柔軟さだ。

 などと、21世紀の今日でも進化を続けるギターは、どのような経緯で生まれ、育ち、現在へと至ったのか。その過程では、どんな演奏者がどんな音楽をどう奏で、それを世間はどう評価したのか。現在のひょうたん型のボディと6コースの弦は、いつ定まったのか。

 多くの人に愛されるギターの歴史を、豊富な図版と共に解き明かす、ギターマニア感涙の書。

 ただし、本書が扱っているのはクラシックだけで、エレキギターはほとんど出てこない。そこは要注意。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Die Gitarre : Grundzüge ihrer Entwicklung, von Peter Päffgen, 1988。日本語版は1997年12月12日第1刷発行。単行本ハードカバー横二段組みで本文約219頁に加え、あとがき1頁+訳者あとがき1頁。9.5ポイント21字×34行×2段×219頁=約312,732字、400字詰め原稿用紙で約782枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 ただし書名のとおり写真やイラストや歴史ある楽譜・絵画などをたくさん収録しているので、実際の文字数は6~7割程度。

 文章はかなり硬い。また、内容も、音楽とギターについて、多少の知識が必要。例えば6コース12弦と言われて、「なるほど12弦ギターか」とわかる程度の前提知識が欲しい。また、撥(バチ)をプレクトラムと書いてたり。加えて、中盤以降は五線譜が出てくるので、読めると更に楽しめる。いや私は読めないんだけど。

【構成は?】

 原則として時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • 第1章 多彩な顔を持つ楽器
  • 第2章 ヨーロッパにおけるギターの起源
    • 起源はヒッタイトとバビロニアか?
    • エジプトはギター発祥の地か?
    • 古代ギリシャのギター
  • 第3章 中世ヨーロッパにおけるギターの発展
    • ギター誕生の地はスペインか?
    • 初期の文献
    • 爪弾かれたのか、掻き鳴らされたのか、弓で弾かれたのか?
    • ヨーロッパのリュート
    • ギターはムーア人の楽器か?
  • 第4章 16世紀のギター属楽器
    • タブラチュア
    • 文献
    • スペインのビウェラ
    • ヴィオラ:イタリアのビウェラ
    • ビウェラ奏者とそのレパートリー
    • 演奏テクニックと演奏の実際
    • ビウェラとギターラ
      • ギターラ・セラニスタ
      • ギターラは小型のビウェラか?
      • 史料
    • 発展の起点か?
  • 第5章 第5の弦
    • タブラチュア
      • フアン・カルロス・イ・アマートの『スペイン式ギターとパンドーラ』
      • イタリア式「アルファベット」
      • 複式タブラチュア
    • ギター奏者とその作品
      • イタリア人たち
      • フランス楽派
      • スペイン楽派
    • 楽器
      • キタラ・バテンテ
  • 第6章 5コース、6コース、そして6単弦へ 近代的な特性を持つ楽器への変遷
    • タブラチュアの終焉
    • 作曲家とその作品
  • 第7章 19世紀のギター
    • 古代ギリシャへの追想 リラ・ギター
    • パリ,ウィーン,ロンドン,ペテルスブルグ遍歴のヴィルトゥオーゾとその作品
    • 演奏テクニックの革命
    • 新たな衰退か? 19世紀後半
  • 第8章 20世紀
    • 新世代の曙 フランシスコ・タレガ
    • タレガの使徒たち
    • アンドレス・セゴビア
    • セゴビア・レパートリー
    • 「爪弾くヴァイオリン」からギターへ
    • 新たな第一歩
    • 第2世代 第2軍?
    • 現代クラシック音楽のレパートリー
    • 作曲されたフォルクローレ 南米のギター音楽
    • こんにちの広範な活動民衆楽器となるギター
    • 新世代のギタリストたち
    • 若きヴィルトゥオーゾとそのレパートリー
  • あとがき
  • 訳者あとがき
  • ギター史年表
  • 参考文献一覧
  • 図版出典一覧
  • 索引

【感想は?】

 楽器には序列がある。女王はパイプオルガンだろう。さて、ギターは、というと…

 その前に、まずはギターの起源だ。残念ながら、この本ではハッキリしない。このあたりは学者らしく、レリーフや壺の絵などの資料を示しながらも、「よく分からない」と慎重な姿勢だ。

 どうやら「紀元前4000年から2000年あたり、それも差し当たり西南アジアとエジプト」としているが、弾き方まではわからない。ただ、胴のくびれの意味は、構造上の都合らしい。ギターの胴は張った弦に引っぱられる。胴がまっすぐな形だと、弦の力で胴がゆがんでしまう。どうしよう?

「葉巻の箱(……)を想像してみるがよい。今度のは側面がやや内側にくびれており、少しでもこの箱をたわめることは不可能だ」

 と、弦の引っ張りに対し、構造材を斜めに入れる事で抵抗力を増したわけ。結局、楽器も工学製品なんだなあ。

 ただ、この後の歴史も判然としない。ギリシャ時代までは多少の史料もあるが、話は一気に15世紀のレコンキスタ(→Wikipedia)へと飛ぶ。とするとムーア人(→Wikipedia)の置き土産みたいだが、そこも断言はしていない。記録が残りやすい文字や絵画に比べ、音は残らないってのが音楽の辛い所。

 とまれ、それでも1500年あたりには楽譜が出回り始めた。嬉しい事に、タブラチュア、俗称TAB譜だ。ここからコースの数とチューニングもわかり、今のギター同様6コースでチューニングも同じらしい。ややこしいのは、ビウェラとギターラと二つの名があること。

 これは楽器の序列の問題で。ビウェアは王侯貴族のもので、ギターラは庶民の楽器という位置づけだ。バイオリンとフィドルみたいなものだろうか。ただしギターラは小型で、4コース。ウクレレかい。

 この序列の問題は現代まで尾を引いてるのが切ない。つまり、クラシックの世界じゃギターはスターじゃないのだ。よって演奏家もギタリストはピアニストやバイオリニストほどもてはやされない。これをなんとかしようとするギタリストの努力を、本書の中盤以降で詳しく描かいてゆく。

 それはさておき、ビウェラ&ギターラで面白いのは、チューニング。曰く、「①弦をできるだけ高く調弦する」。

 今のように、音の高さは、絶対的な周波数で決まってたわけじゃないのだ。全体として調律があっていればいい。独奏なら、それでいいんだろう。また、最高音の弦が基準となるのも、当時ならでは。

 弦っは強く張れば高い音が出る。ただし、あまり張り方が強すぎると、弦が切れてしまう。特に、最も高い音の弦がいちばん切れやすい。そこで①弦を基準とするわけ。弦の素材については書いてないけど、たぶんガット(羊などの腸)だろう。

 弾き方もビウェラとギターラは違う。ビウェラは単音または複音なんで、メロディーを爪弾くのに対し、ギターラはバチでコードを掻き鳴らす。これが互いに影響し合い…

 とまれ、音の小ささは致命的で。この問題を解決するために、最初は複弦にしたり低音弦を追加していたのが、巻弦の登場で「これでいんじゃね?」となる。テクノロジーがギターを救ったのだ。

もっとも、音の小ささは今でも残ってて。アンプで増幅できるロックじゃ、ギタリストはバンドの花形だけど、生音でオーケストラと張りあわにゃならんクラシックじゃ、ギタリストがソロを取るなんて場面は滅多にないのが悲しい。

 やがてテクノロジーは表面板の補強材や指板の素材なども変えてゆく。ギターそのものも、フェルナンド・ソルやフランシスコ・タレガなどスターの登場と退場と相まって浮沈を続ける。アンドレス・セゴビアについても、功績は賞賛しつつチクリと刺すのも忘れないあたりは、音楽家らしい意地の悪さがチラホラw

 安易に俗説に流されず、あくまでも資料を元に慎重な態度で記された学術的な本だ。それだけにまだるっこしい部分もある。だが、ギターマニアなら、豊富に収録された絵画や写真を見るだけでも涎が止まらないだろう。そう、まさしくギターマニアのための本なのだ。

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2017年9月21日 (木)

権二郎「インドまで7000キロ歩いてしまった」彩流社

神戸電鉄と北神急行と神戸市営地下鉄とJR東海道山陽線と赤穂線と両備バスを乗り継いで牛窓に到着したのは10時だった。なんと4時間半もかかっている。こんなに乗り物に乗って、その目的が歩くことなのだからけっさくである。
  ――2002年1月~2003年1月 山陽路を歩く

要するに湖南料理では唐辛子は香辛料ではなく、それ自体が食材だったのである。
  ――2005年8月~2006年8月 華南を歩く

ミャンマーの地図にはロクなものがなかったからである。
人は西に行くほどよくなっているが、地図はひどくなっていた。
  ――2008年12月~2009年1月 ミャンマーを歩く

このときを除けばカレーばかりの毎日だった。
  ――2009年11月~2009年12月 バングラデシュ インドを歩く

【どんな本?】

 2002年1月。天気のよさにつられ、45歳のオヤジが散歩に出る。神戸の自宅から有馬温泉まで6km、温泉を楽しみ電車で帰ってきた。次の休みに有馬から甲陽園まで17kmを歩く。その次には甲陽園から三宮まで19km。

 なんとなく始めた散歩は、やがて泊りがけとなり、次には国境を越え韓国・中国へと伸びてゆく。歩きなだけに、一日で動ける距離は限られ、滅多に外国人が来ない所にも入り込む。ラオスやミャンマーなど、私たちには馴染みのない人々の暮らしを横目で見ながら、オヤジは着々と歩を進めてゆく。

 奇想天外な旅を、特に気負いもなく淡々と綴った、オッサンの一風変わった旅行記。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年8月12日初版第一刷。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約379頁に加え、あとがき3頁。9ポイント43字×17行×379頁=約277,049字、400字詰め原稿用紙で約693枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。その気があれば、GoogleMap などで足跡を辿りながら読んでもいいだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 2002年1月~2003年1月 山陽路を歩く
  • 2003年2月~2003年7月 韓国を歩く
  • 2003年7月~2004年5月 華北を歩く
  • 2004年8月~2005年5月 華中を歩く
  • 2005年8月~2006年8月 華南を歩く
  • 2006年8月~2007年1月 ヴェトナムを歩く
  • 2007年1月 ラオスを歩く
  • 2007年8月~2008年1月 タイを歩く
  • 2008年12月~2009年1月 ミャンマーを歩く
  • 2009年11月~2009年12月 バングラデシュ インドを歩く

【感想は?】

 力みも気負いもない文章が心地ちいい。

 この手の旅行記は、「心のふれあい」だの「素朴な温かみ」だのといった、妙にウェットな感傷が絡みがちなのだが、この本にはほとんどない。ただ、淡々と歩き、その途中で起きた事柄を記録しているだけだ。

 お断りしておくと、一度の旅でインドまで歩きとおしたわけじゃない。キリの良い所まで歩いたら、いったん航空機などで日本に帰る。しばらくしたら再び同じ国を訪れ、前回のゴールまで列車やバスで戻り、そこから歩きはじめる、そんな風に続けた旅だ。

 また、地域によっては、ロクな宿がない所もある。そんな時は、まず大きめの街に宿を取り、そこから歩き始める。適当に歩いたら、バスや乗り合いタクシーなどで街に戻る。そして次の日に、昨日のゴールまでバスなどで移動し、再び歩を進める、そんな風に旅程を稼ぐのである。

 別に誰かに押し付けられたわけじゃなし、律儀に守らんでもいい決まりだとは思うが、始めちゃったからには続けたいよなあ、そんな気分で守り続けた自分ルールなんだろう。実際、このルール、ミャンマーでは規制が厳しく断念するしかなかった。

 と、途中で断念はしたものの、当時の軍事政権下のミャンマーを歩こうなんて発想も大胆だし、それを実際にやっちゃった実行力もたいしたもの。お陰で、貴重なミャンマーの内側も少し覗けたり。バンコックでヴィザを取る過程も、意外な展開に「やっぱり東南アジアだなあ」と変に感心してしまう。

 そのミャンマー、軍政下だけに役人は小うるさいが、人々はおおらかなもの。店先で休んでると、ワラワラと人が集まってきては、楽しいおしゃべりが始まったり。

 アジアの平和な田舎ってのは、どこでも似たようなもんなんだろう。というのも、バングラデシュやインドでも、チャー屋で休んでると同じような状態に陥ってるし。

 こういった小休止の場所や、飲み食いするものが、少しづつ変わっていくのも、ゆっくりした旅行の面白い所。バングラデシュとインドでチャーの淹れ方が違うとは知らなかった。ワラワラと集まってくる面子まで違うのは、やはりお国柄といった所か。

 食事のマナーもお国それぞれ。韓国じゃ「ご飯はスプーンで食べ、おかずは箸で食べる」のがマナーだそうだが、やはり面倒くさがり屋はどこにもいるようで。中国の定食屋はおおらかで、「注文するときは厨房に入っていって並んでいる材料を指せば」いいってのも大胆だなあ。

 などの食べ物ばかりでなく、旅装も一部は現地調達だ。さすがに靴は日本であつらえたようだが、読んでて欲しくなったのはベトナムのノン(→Wikipedia)。帽子のように、頭にかぶる傘だ。これの何がいいかって…

笠を被って歩いてみると涼しくて快適だった。帽子のように蒸れることがなく、日除けはもちろん、雨除けにもなり、逆さにすればカゴのような使い方もできた。

 そう、帽子って、蒸れるんだよなあ。傘って一見、奇妙な形だけど、ちゃんと現地の気候に合ったデザインなんだね。ってんで、暫くはノンを被って歩く著者、お陰でバングラデシュやインドではヴェトナム人に間違われたり。

 徒歩だけに、ゆっくりと風景や食べ物、そして人々が変わってゆく。国境沿いでは両国の人々が入り混じり、様々な物を売り買いしている。かと思えば、何もない船着き場だったり。じっくりと歩くからこそわかる道標などの事情も楽しい、ちょっと変わった旅行記だ。

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2017年9月 5日 (火)

ルース・ドフリース「食料と人類 飢餓を克服した大増産の文明史」日本経済新聞出版社 小川敏子訳

わたしたちはどのようにして非凡な存在となったのか。多くの人が都市で暮らすようになるまでに文明は自然に大幅に手を加える技術をどのように進化させてきたのか。本書ではその道のりを再現していこう。
  ――プロローグ 人類が歩んできた道

人類史が始まって以来ほぼすべての時点で、食料供給量は窒素とリンが循環する速度に縛られてきた。
  ――2 地球の始まり

農耕と牧畜の生活がすっかり定着すると人口増加率は五倍に跳ね上がった。
  ――3 創意工夫の能力を発揮する

微生物が窒素ガスの結合をどのように切り離すのかも、やはり謎に包まれている。
  ――4 定住生活につきものの難題

人びとが井戸を掘るようになったのは、少なくとも農耕が始まるよりも前のことだ。
  ――5 海を越えてきた貴重な資源

リン鉱石を蓄えた奇異な地質は世界各地に散らばっており、ひと握りの国がその上に陣取っている。(略)世界最大の埋蔵量を誇るのは北アフリカの小さな王国モロッコ、そして政治抗争に揺れる西サハラだ。
  ――6 何千年来の難題の解消

料理、宗教上の禁忌、嗜好の違いはあっても、人は豊かになるにつれてデンプン質の摂取量が減る――つまり食生活のなかで小麦、米、トウモロコシ、ジャガイモが減り、肉、鶏、卵、乳、チーズが多くなる
  ――7 モノカルチャーが農業を変える

いま現在も、どれだけ農薬や農薬以外の手段を講じても、世界各地で栽培される作物の約三割は収穫前に病害虫にやられ、収穫したうちの一割もやはり病害虫の被害にあう。
  ――8 実りの争奪戦

ノーマン・ボーローグ「アフリカ、アフリカだ。わたしはまだアフリカで使命を果たしていない」
  ――9 飢餓の撲滅をめざして グローバル規模の革命

 バイオ燃料のために栽培しようとすれば、農地の奪い合いとなって食料価格を押し上げてしまう。
 2000年代に入って10年足らずで、ついに亀裂が生じた。カイロ、ポルトーフランス(ハイチの首都)、ダッカ、モガディシュ(ソマリアの首都)と西アフリカ全域で、米から調理油までの食料品の値上げに抗議する人びとが暴徒化した。
  ――10 農耕生活から都市生活へ

【どんな本?】

 私たちの身の回りには食べ物が溢れている。今の日本で飢えて死ぬ者は滅多にいない。農業従事者はほとんどいないにも関わらず。むしろ今は肥満が問題になっている。

 このような恵まれた状態になるまでに、人類はどのような道のりを経てきたのか。何が食料の生産量を決め、何が増産を阻み、それを人類はどのように克服してきたのか。そして、その過程で、人類はどう変わり、どんな副作用があったのか。

 主に農業と畜産業を中心に、人類と食料の関わりを辿り、また現在の農業・畜産業が抱える問題を浮き彫りにする、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Big Ratchet : How Humanity Thrives in the Face of Natural Crisis, by Ruthe DeFries, 2014。日本語版は2016年1月8日1版1刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約260頁に加え、訳者あとがき3頁。9.5ポイント43字×17行×260頁=約190,060字、400字詰め原稿用紙で約476枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

【構成は?】

 原則として時系列順に話は進む。が、各章は比較的に独立しているので、気になる所だけを拾い読みしてもいい。

  • プロローグ 人類が歩んできた道
  • 1 鳥観図 人類の旅路のとらえかた
    • 文明を動かす究極のエネルギーとはなにか?
    • アイルランドの飢饉に学ぶ
    • 歴史を多眼的にとらえて見えてくるもの
  • 2 地球の始まり
    • 地球が生まれた幸運 宇宙のなかの一等地
    • 地球をめぐりめぐるもの 炭素と窒素とリン
    • 多様な生物が必要なわけ
  • 3 創意工夫の能力を発揮する
    • 非凡な能力 遺伝子から創意工夫へ
    • 繁栄への道ならし 道具、火、言葉
    • 重大な一歩 狩猟採集から農耕へ
  • 4 定住生活につきものの難題
    • 大いなる皮肉
    • もうひとつの栄養素 リンをどう補うか
    • 古代文明 川がもたらす豊かな生活
    • 難題に次ぐ難題 労働力をどうするか
    • 古代中国人の一流の知恵
    • ヨーロッパの試行錯誤
  • 5 海を越えてきた貴重な資源
    • 海鳥からの贈りもの
    • 交易によって変わる世界
    • 火をどうやって確保するか
  • 6 何千年来の難題の解消
    • 画期的な技術の開発 突破口をひらく
    • バッファローの骨と埋もれたサンゴを活用する
    • “過剰”という新たな危機
    • 化石燃料の登場 エネルギー不足の解決
  • 7 モノカルチャーが農業を変える
    • 大量生産の実現 ハイブリッド・コーン
    • 背の低さで勝つ 小麦の品種改良
    • 大豆の旅
    • 化石燃料に頼るモノカルチャー
    • 多くなる肉、少なくなるデンプン
  • 8 実りの争奪戦
    • 自然のめぐみを守る カカシから殺虫剤へ
    • 強力な合成殺虫剤DDTのブーム
    • ブームの果てに
    • 病害虫との終わりなき闘い
  • 9 飢餓の撲滅をめざして グローバル規模の革命
    • 緑の革命の波 メキシコからインドへ
    • 「奇跡の米」の誕生
    • 緑の革命の負の側面
    • 野生にかえる
    • 未踏の領域 バイオテクノロジーによる遺伝的操作
  • 10 農耕生活から都市生活へ
    • より脂っこく、より甘く 肥満の脅威
    • 地球からのしっぺ返し
    • 次なる転機のきざし
    • 喧騒のなかへ
  • 謝辞/訳者あとがき/参考文献/原註

【感想は?】

 現在の食料生産、実はかなり危ういバランスの上に成り立っているらしい。

 本書の視点は広く遠い。なんたって、太陽系での地球の位置から始まる。そういうスケールから、時間的にも空間的にも現代社会に近づき、パターンと問題を見ていく、そういう本だ。

 テーマは食料。その中でも、農業を中心としている。大きな柱は、肥料と品種改良だ。序盤から中盤では肥料にスポットをあて、中盤から終盤では品種改良や機械化や農薬を駆使する「緑の革命」に注目し、地球全体を舞台としたドラマを描き出す。

 前半~中盤の肥料では、窒素とリンを詳しく述べてゆく。これが実に危うい。

リン鉱石を蓄えた奇異な地質は世界各地に散らばっており、ひと握りの国がその上に陣取っている。(略)世界最大の埋蔵量を誇るのは北アフリカの小さな王国モロッコ、そして政治抗争に揺れる西サハラだ。
  ――6 何千年来の難題の解消

 日本の事情を調べると、やはりヤバそうだ(→PDF、農林水産省の肥料及び肥料原料をめぐる事情)。特にリン。リンは輸入に頼ってる。輸入元はアメリカ・中国・西サハラ・モロッコ。アメリカと中国は輸出を渋りはじめてる。この先、需要は増えても埋蔵量が増える見込みはない。

 昔は、もちっと長続きする方法を使ってた。川底のヘドロを畑に撒いたり、人糞を肥やしにしたり。もっとも、そのオツリとして住血吸虫病などの病気も蔓延したんだけど。

 これを変えたのが、グアノ(→Wikipedia)。数千年分の海鳥の糞などが島に積もり固まったもの。窒素とリンをタップリ含むんで、優れた肥料になる。西欧は大西洋を越えてグアノを持ち帰った。はいいが、所詮は限りある資源。今では掘りつくし、枯れちゃってる。

 次に目を付けたのが、骨。パール・バックの「大地」に、「この国の土は新しい。人間の骨が十分に埋まっていない」なんてくだりがあるように、昔から東アジアじゃ有機肥料をうまく使ってた。が、グアノを使いつぶす西欧人の発想は違う。

 北米大陸には、開拓者が殺したバッファローの骨がたくさん転がってた。これを使えばいいって発想だ。当然、これもやがて枯れる。そして現在はリン鉱石だ。これも使いつぶしてる。人類ってのは、なかなか懲りない生き物らしい。

 どころか、農地から流れ出し、川を伝って湖や海に流れ込んだリンと窒素は水の富栄養化をもたらし、水産資源すら潰す始末。増えた窒素は藻を大繁殖させる。その後、死んだ藻は腐り、水中の酸素を減らす。そして魚やカニが酸欠で死ぬ。いわゆる赤潮や青潮って現象だ。

 なんとかリンだけでもリサイクルできないか、と思って軽く調べたが、今のところは下水処理技術としての開発が主で、肥料として利益を出すには費用も生産量も桁が違う模様。

 こういういたちごっこ、肥料は比較的にサイクルが長いが、病害虫はもっとサイクルが短い。奇跡の農薬と思われたDDTをはじめ、病害虫は次々と耐性を持ち始めている。しかも一つの作物を大量生産するモノカルチャーは、病害虫に極めて弱い。

 とはいえ、とりあえず今までのところ、人類は危機を何度も乗り越えてきた。今までは従来の農法を馬鹿にしてきたが、最近ではマメ類とトウモロコシを同時に栽培する中米の伝統農法についても、その合理性が分かる程度に、科学は進歩している。

 再び危機が来るのか、かろうじて切り抜けられるのか。現代ってのは、思ったよりスリリングな時代らしい。

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2017年8月10日 (木)

エリザベス・ハラム編「十字軍大全 年代記で読むキリスト教とイスラームの対立」東洋書林 川成洋・太田直也・大川美智子訳

「エルサレムは世界の中心であり、どこよりも実り豊かな土地、さながら第二の楽園である。この気高い都市は今や敵の手に捕われ……解放を切望している。止むことなくあなた方の助けを求めているのだ」
  ――編者ノート

第一回十字軍はエルサレム征服という偉業を成し遂げたが、第二回十字軍はダマスカスからの撤退という不名誉な結果に終わった。
  ――第3章 第二回十字軍 1147~1149年

第1回十字軍の参加者たちの主な財源は、所領を抵当とした借金と、所領の売却によって捻出されたものだった。
  ――第4章 第三回十字軍 1189~1192年

1204年、第四回十字軍の軍勢はビザンツ帝国の首都であり、東方教会の総主教座であり、ローマ帝国最盛期から受け継いできた文化的・芸術的・知的遺産の宝庫でもあるコンスタンティノープルを攻撃し、略奪した。
  ――第5章 第四回十字軍 1202~1204年

1203年から1204年にかけての第四回十字軍が目標をコンスタンティノープルに転じたということは、13世紀初頭、聖地における十字軍国家にヨーロッパからの支援が、ごくわずかしか届かなかったということを意味していた。
  ――第6章 13世紀の十字軍

聖地からキリスト教徒を排除することから始まった十字軍史上の最後の最後の一時代は、この東ローマ帝国の終焉(1453年5月29日コンスタンティノープル陥落)をもって幕を閉じ、今やオスマン・トルコがローマ帝国の誇り高き後継者となったのである。
  ――第7章 最後の十字軍

【どんな本?】

 11世紀末。西ヨーロッパのカトリックが、イスラム教徒から聖地エルサレムを取り戻すために始まった、壮大な遠征・十字軍。

 だが当時の航海技術で東地中海を渡るのは難しく、バルカン半島からアナトリアを越える陸路も、飢えと賊の襲撃に悩まされる、長く困難な道のりだった。

 第一回十字軍こそ聖地エルサレム奪回を成し遂げたものの、以降の十字軍は次第に性格を変え、やがて異端とされるカタリ派や同じキリスト教徒の都であるコンスタンティノープルすら襲うようになってゆく。

 その背景には、どのような外交・政治・経済そして宗教事情があったのか。

 本書は、遠征軍の主体となった西ヨーロッパ諸国やビザンツ帝国はもちろん、トルコのセルジュークやオスマン、エジプトのアイイユーブやマルムーク、そして中央アジアのティムールに至るまで、関連諸勢力の興亡と同盟・対立関係そして内部紛争などの政治・外交・軍事情勢を明らかにしてゆく。

 それと共に、当時の人々が遺した手紙や手記などの一次資料を大量に集め、遠征参加者の実情や遠征資金の方法、そして地を赤く染める戦闘と略奪の様子までを、生々しい描写で現代に蘇らせる。

 十字軍を中心に、イスラム社会と西欧のカトリック社会の軋轢を描く、やや専門的な歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Chronicle of the Crusades, by Elizabeth Hallam, 2000。日本語版は2006年11月10日発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約607頁に加え、訳者あとがき3頁。8.5ポイント25字×22行×2段×607頁=約667,700字、400字詰め原稿用紙で約1,670枚。文庫本なら3~4巻分の巨大容量。堂々950gは筋トレにも使えそう。ただし図版や写真を豊富に収録しているので、実際の文字数は8~9割ぐらいか。

 文章はやや硬い。内容的にも、かなり突っ込んだ話が多く、素人の私にはちと辛かった。当時のヨーロッパ史に詳しいと、もっと楽しめたと思う。また、地中海とその沿岸が舞台であり、近辺の地名が続々と出てくるので、地図や Google Map などを用意しておこう。

【構成は?】

 原則として時系列順に進む。各章の構成が独特で、詳しくは後で述べる。また、人物解説と用語解説は、項目の並びが一見ランダムに見える。たぶん原書のアルファベット順をそのまま載せたんだろう。できれば50音順にして欲しかった。索引は50音順なんだけどなあ。

  • 編者ノート/序文
  • 第1章 1096年以前のイスラーム圏
    カリフ、アル=ハーキムの行状/アル=ハーキム、キリスト教徒およびユダヤ教徒を迫害/アル=ハーキムの奇怪な最後/武器をとるように、とのキリスト教徒への最初の呼びかけ/1026年のリシャール修道院長の巡礼/聖地への旅/岩のドーム/リエベール司祭の巡礼、1056年/1054年、ビザンツ教会の総主教、破門される/偉大なドイツ人巡礼団/1059年のアルメニアの大虐殺/1071年、マンズィケルトの戦い/アルプ=アルスラーン、罠を仕掛ける/ロマノス皇帝、捕虜となる/1085年、トルコ軍、アンティオキアを攻略/キリスト教国の拡張 スペイン、1065~99年/1094年、エル・シッド、バレンシアを征服/エル・シッド、膨大な戦利品を鹵獲/1094年、エル・クァルティの戦い/キリスト教国の拡張 シチリア、1061~91年/聖者の奇跡的な出現/1072年、パレルモの陥落/ビザンツと西ヨーロッパ 1080~95年/1081年、デュラキオンの包囲/ヴェネツィア艦隊の到着/1085年、ロベール・ギスカールの死/東方と西ヨーロッパとの新たな関係
  • 第2章 第一回十字軍 1096~1099年
    ウルバヌス二世、十字軍を提唱/十字軍の準備/聖者ピエールの十字軍/ユダヤ人の虐殺/アレクシオスと十字軍/ニカエアの攻略/1097年、ドリュラエウムの戦い/エデッサ、最初の十字軍国家/1098年、アンティオキアでの背信/「聖なる槍」の奇跡/アンティオキアからエルサレムへ/1099年、エルサレム包囲/ゴドフロア・ド・ブイヨンの死十字軍国家初の王国、エルサレム/1101年の十字軍/ボードワン一世の治世/ボードワンの死/アレクシオス一世の死/「血染めが原」の戦い/1124年、テュロス陥落
  • 第3章 第二回十字軍 1147~1149年
    1144年、エデッサ、ザンギーに征服される/ザンギー、惻隠の情に動かされる/教皇、新たな十字軍を提唱/コンラート三世十字軍に赴く/ユダヤ人への襲撃、1146~47年/1147年、対ヴェンデ十字軍/バルト十字軍/1147年、ポルトガルにおける十字軍/ルイ七世、東方に出立/コンラート三世、東方に出立する/レーゲンスブルグでのルイ七世/コンラート三世、コンスタンティノープルに到着/アンティオキアでのルイ七世とエレアノール/1148年、ダマスカス攻撃/第二回十字軍の失敗/1154年、ヌールッディーンの勝利
  • 第4章 第三回十字軍 1189~1192年
    レヴァントの支配者、サラディン/1187年、八ッティンの戦い/1187年、サラディン、エルサレムを奪還/1187年、コンラート、アッコに到着/1187年、十字軍提唱/ヘンリー王、援助を約束/カンタベリー大司教、ウェールズで十字軍を勧誘/フリードリヒ一世、十字軍の誓願を立てる/1189年、フリードリヒ一世の十字軍/1190年、メッシーナでのリチャード一世とフィリップ二世/アッコ包囲、1189~91年/リチャード一世、キプロス略奪/1191年、アッコ陥落/1191年、フィリップ王、フランスに帰還/1191年、アルスーフの戦い/1192年、パレスティナにおけるリチャード王/1192年、リチャード王、捕われる/1193年、サラディンの死/教皇、十字軍を提唱/1195~8年、ドイツ十字軍
  • 第5章 第四回十字軍 1202~1204年
    フランス貴族、十字軍に誓願/ヴェネツィアとの条約/ボニファチオ、十字軍の総帥となる/十字軍、条約を守らず/元首、妥協案を提示す/ザーラ、十字軍に降伏/コンスタンティノープル攻撃への同意/教皇、破門を仄めかす/十字軍、コルフ島に召集される/1203年、コンスタンティノープルに到着/第一回コンスタンティノープル包囲/1203年、アレクシオス、即位/ムルツフロス、戴冠/第二回コンスタンティノープル包囲/ムルツフロス、遁走する/1204年、コンスタンティノープル略奪/ボードワン、皇帝に選ばれる/1204年、バルト十字軍/1212年、レコンキスタ(国土回復戦争)/1209~29年、アルビジョワ十字軍/1208年、懲罰十字軍の提唱/十字軍、ランドックに進軍す/ベジエの大虐殺/異端者の焚刑/1211年、トゥールーズ伯レイモン、刑を宣告さる/1213年、ミュレの戦い/1218年、トゥールーズ包囲/新たに誕生したドミニコ修道会/異端審問の開始/少年十字軍
  • 第6章 13世紀の十字軍
    1218年、ダミエッタ包囲/アル=カーミルの休戦提案/教皇、条約を禁ずる/1221年、フランク軍の悲惨な突撃/1221年、ムスリム、ダミエッタを奪還/1228年、フリードリヒ二世の十字軍/1228年、フリードリヒ二世、キプロスに上陸/1229年、フリードリヒ、エルサレムを取り戻す/1240年、コーンウォール伯リチャードの十字軍/1244年、トルコ人、エルサレムを奪取/1244年、ルイ九世、十字軍に誓願/1249年、ルイ九世、エジプトに上陸/1250年、万スーラの戦い/1250年、ルイ王敗退し、捕虜となる/賢王、ルイ九世/ルイ九世の使者、モンゴル帝国へ/1261~3年、バイバルスの台頭/1271~2年、イングランドのエドワード皇太子の十字軍/1289年、トリポリ陥落1291年、アッコ陥落/1291年、シドンおよびベイルートの陥落
  • 第7章 最後の十字軍
    テンプル騎士団の廃絶/ジャック・ド・モレーの罷免/聖地回復の方策/キプロスの十字軍国家/キプロス王ピエール一世が受けたお告げ/ピエール一世、十字軍を提唱/1365年、アレキサンドリア攻撃/十字軍、無に帰す/1369年、ピエール一世の暗殺/1373年、ジェノヴァ人、ニコシアを劫掠/1390年、マハディーヤ十字軍/十字軍の失敗/1396年、ニコポリス十字軍/トルコ軍の逆襲/十字軍の挫折/モンゴル皇帝、ティムール/1420~32年、フス十字軍/マルムークのスルタンの権力/1426年、マルムーク、キプロスを侵略/オスマン・トルコの台頭/征服王メフメト二世/空中に前兆現る、コンスタンティノープルの終焉を示す凶兆/1453年、コンスタンティノープル陥落/コンスタンティノープルの皇帝の最後/トルコ軍、コンスタンティノープルに入城/トルコ軍、コンスタンティノープルを略奪
  • 第8章 1453年以降の地中海
    征服王、メフメト二世/メフメト二世、アテネを訪なう/コンスタンティノープルの復興/オスマン・トルコの海運力の勃興/最後の十字軍教皇、ピウス二世/ピウス二世、十字軍に失望/1477年、モルダヴィア征服/1481年、オスマン・トルコ、ロードス島を攻撃/1481年、メフメト二世の死/1494年、シャルル八世の「聖戦」/スペインにおける聖戦/1482年、アラマ・デ・グラナダの制圧/1484年、セテニール攻略/1492年、グラナダ陥落/1520年、スレイマン大帝、トルコの新スルタンになる/1535年、トルコ軍、チュニスを奪う/1565年、マルタ島の包囲戦/1570年、トルコ軍、ニコシアを奪取/1571年、レパントの海戦/十字軍運動と新世界/クリストファー・コロンブス、1492~1504年/エルナン・コルテス、1519~21年
  • 人物解説/用語解説/年代記/参考文献/図版出典/索引/訳者あとがき

【感想は?】

 かなり本格的な本で、私のような素人が読むには工夫が要る。

 そもそも、「エリザベス・ハラム編」なのがミソ。「著」ではなく、「編」なのだ。キモは各章の構成で、独特の編集をしている。

 各章は、大雑把に三つの要素を含む。

  1. 概要:冒頭8~10頁ほどで、章全体の内容を俯瞰した文章。
  2. 資料集:章の本体を成す部分。当時の人が遺した日記や手紙などの一次資料の翻訳。
  3. コラム:登場人物や重要な概念などを、独立した記事として1頁にまとめたもの。

 なお、資料集の合間に適宜コラムを挟む形になっている。

 こういう形なので、十字軍の大筋を掴みたい素人は、いきなり頭から通して読むのではなく、ちと工夫が要る。つまり、各章の概要だけを拾い読みするのだ。もう少し雑学を仕込みたかったら、美味しそうなコラムをつまみ食いするといい。

 加えて、華麗な図版が沢山載っているので、パラパラめくっっているだけでも結構楽しめる。

 肝心の資料集は、モロに一次資料。これが実に曲者で、ソレナリに読み方を心得ないと解釈が難しい。というのも。

 なにせ当時の人が書いた文章だ。アチコチに聖書やコーランの引用やら「神――その名よ讃えられてあれ――」やらの慣用句やら「ああ!」とかの感嘆符やらが出てくるので、無駄に長い。

 おまけに直接の利害関係者が書いたものが多いので、中身もイマイチ信用できない。

 これは編者も心得てか、中には同じ事件を異なる立場の者が書いた文書を並べてたりする。例えば、最初の十字軍国家エデッサ(→Wikipedia)を、トロス公爵からボードワン・ド・ブーローニュが継ぐくだり。十字軍の従軍司祭フーシェと、アルメニア人年代記作家マチューじゃ、全く様子が違ってたり。

 当然、文中に出てくる台詞は怪しいし、兵数とかの数字も相当に盛ってると考えるべきだろうなあ。

 登場する勢力は大雑把に三種に分かれる。カトリックの西ヨーロッパ、ビザンツ影響下の東ヨーロッパ、そしてイスラム勢力だ。本書の視点や資料は西ヨーロッパが最も多く、次いでイスラム・ビザンツの順。割合としては西ヨーロッパ7:イスラム2::ビザンツ1ぐらいか。

 そう、十字軍というとバチカン vs イスラム教みたいな構図で考えていたが、実はその間に正教のビザンツ帝国があったのだ。このビザンツが、西ヨーロッパ視点だと頼りになったり足をひっぱったり単に無能だったりで、意外と重要な役割を果たす。

 やはり意外だったのが、十字軍の構成員。てっきり、所領を継承できない貴族の次男坊・三男坊が食い詰めた果てに一攫千金の博打に出たのかと思ったが、全然違った。少なくとも、最初の十字軍は。

十二世紀初頭に騎士ひとりあたりの東方遠征にかかった費用を推定する妥当な方法は、年収を四倍すればいい。
  ――序文

 と、そんなわけで、主戦力である騎士として参加するには、相応の費用がかかるわけで、無駄飯ぐらいの次男坊・三男坊が勝手に参加できるほど甘いもんじゃなかったのだ。

 実際、当時の旅は大変だったらしく、陸路でエルサレムを目指した者たちは、バルカン半島じゃ賊に襲われアナトリアじゃ飢えと渇きに苦しんでいる。

 こういう記述を見ると、海路の有難みがよくわかる。そんなわけで、本書全体を通し大きな存在感を示すのが、ヴェネツィア。彼らの持つ海運・海軍力の、いかに頼もしい事か。などと頼もしいのはいいんだが、地中海全般に通商網を張り巡らせた貿易国家だけに、思惑は戦士たちといささか異なり…

 やはり意外な参加者が、巡礼者。

多くの者にとって、十字軍は教皇の祝福を受け、しかも強力な軍隊によって守られた大巡礼団だったのである。
  ――第2章 第一回十字軍 1096~1099年

 と、少なくとも最初はかなりの数の非武装の庶民が参加していた様子が伺える。もっとも、これには教皇ではなく、隠者ピエールなどの乞食坊主っぽい人たちの扇動によるもの。いや乞食坊主どころか貧しい人からは敬われてたみたいだけど。これが後には少年十字軍なんて悲劇も引きおこしたり。

 少年ばかりか女もかなりの数が参加してて、中には太刀をふるって戦う女もいた。かと思えば、「騎士は洗濯女以外を連れてっちゃ駄目」なんてお触れが出るぐらい、怪しげな女もいたらしい。こういったあたりからは、当時の軍の行軍の様子が伺える。

 軍事的には、セルジューク・トルコの戦術が絵に描いたような機動防禦なのに驚いた。

 同じ騎兵でも、十字軍の騎士は重い鎧を着こんだ重武装。対してトルコは、せいぜい鎖帷子の軽騎兵。そこで機動力を活かした戦術を使う。まず矢や投げ槍で挑発し、すぐ退散する。十字軍の騎士が追いかけてきたら、逃げながら伏兵が待つ所へ誘導し、フクロにするって寸法。

 同じ戦術をモンゴル帝国も得意としてたし、イスラエル軍も中東戦争で戦車部隊が活用してた。こういう戦術は、機動力に優れる軍の定石なのかも。

 これが攻城戦になると、双方が坑道戦を使う。城壁の下まで木材で補強しつつトンネルを掘り、最後に城壁の下の木材を燃やしてワザとトンネルを崩落させ、その上にある城壁を崩すのだ。これもまた定石なんだろうなあ。

 などと戦ってる連中はいいが、標的となった都市や周囲に住む人にとっちゃいい迷惑で。都市住民は飢えに苦しんだ挙句に略奪・強姦・虐殺され、周囲の農民は食料を徴発される。困った奴らだ。

 当初は聖地奪回が目的だった十字軍が、スポンサーの都合でコンスタンティノープルやカイロを襲い始めるあたりは、もはや聖戦というより流離の傭兵団といった趣だし、ドイツのユダヤ人虐殺やフランスでのカタリ派掃討あたりは、ドサクサ紛れの乱行としか思えなかったり。

 にしてもカタリ派、Wikipedia で調べても、「カタリ派の思想については大部分が反駁者たちの書物の偏見の混じった記述からしか知ることができない」ってぐらい、徹底的に抹殺されてるあたり、かなり念を入れた虐殺があったんだろうなあ。恐ろしい話だ。

 終盤、西ヨーロッパ諸国はカトリック同士の争いに加えてプロテスタントの離反があり、軍事力・経済力を内輪もめで消耗してゆくのに対し、強力なスルタンに率いられたオスマン・トルコが台頭してくるあたりは、統一国家の強さがひしひしと伝わってくる。

 もっとも、版図が広い分、敵も多くて、ヨーロッパばかりに構っちゃいられないあたりは、大帝国の辛い所。

 などと無駄に長い記事になったが、気になるトピックを挙げていくとキリがないので、この辺で終わりにしよう。容量が凄まじい上に、その多くが一次資料でなっている、本格的な歴史書だ。腰を据えてじっくり読もう。

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2017年8月 6日 (日)

アルフレッド・W・クロスビー「数量化革命 ヨーロッパ覇権をもたらした世界観の誕生」紀伊国屋書店 小沢千重子訳

スコラ学者が考案した諸々のシステムの中で、おそらく最も革命的で有用だったのは、書物の内容を小分けにして示す目次というシステムだろう。
  ――第3章 「数量化」の加速

計測という行為は物事を数字によって表現することであり、数字を処理するという行為は数学にほかならない。
  ――第6章 数学

もちろん、黙読した者はほかにもいたが――ユリウス・カエサルはこの技を使って恋文をひそかに読み、聖アウグスティヌスはパウロ書簡を声を出さずに読んだ――当時はぶつぶつ呟きながら書き、声高らかに朗読するのが普通だった。
  ――第7章 視覚化するということ

実際、ルネサンス期の画家たちは時として、目と対象の間に垂直にガラス板を置き、その上に直接対象を写しとっていた。
  ――第9章 絵画

ウイリアム・トムソン、ケルヴィン卿(1891年)「自分が話していることを計測し、それを数字で表現できるのであれば、それについて何かを理解しているといえる。だが、自分で話していることを計測できなかったり、数字で表現できないような場合は、それを申し分なく十分に理解しているとは言えない」
  ――第3部 エピローグ

【どんな本?】

 現在の世界は、ヨーロッパ、それも西ヨーロッパの文化が覇権を握っている。なぜ西欧がこれほどまでに成功したのだろうか。なぜ中国やアラブではなかったのだろうか。

 この理由を、著者はマンタリテ、精神構造やものの考え方にある、とする。13世紀から16世紀にかけて、西欧では、それまでとは異なった世界観や発想法が生まれ育ち、現代人の精神構造を形づくる基礎が生まれてきた。これらの世界観や発想法が基となり、様々な技術・技法や制度が出現したのだ、と。

 暦・地図・音楽・絵画・簿記など個々の分野につていて、それぞれの起源と変遷をたどり、この時代に導入された技法・手法を解説し、その奥にある精神性の変化を探る、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Measure of Reality : Quantification and Western Society 1250-1600, by Alfred W. Crosby, 1997。日本語版は2003年11月1日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約296頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント43字×18行×296頁=約229,104字、400字詰め原稿用紙で約573枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、西欧史に詳しいと更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 第1章~第3章までは、素直に頭から読んだ方がいい。それ以降は、面白そうな部分をつまみ食いしてもいいだろう。

  • まえがき
  • 第1部 数量化という革命 汎測量術(パントメトリー)の誕生
    • 第1章 数量化するということ
    • 第2章 「敬うべきモデル」 旧来の世界像
    • 第3章 「数量化」の加速
    • 第4章 時間 機械時計と暦
    • 第5章 空間 地図・海図と天文学
    • 第6章 数学
  • 第2部 視覚化 革命の十分条件
    • 第7章 視覚化するということ
    • 第8章 音楽
    • 第9章 絵画
    • 第10章 簿記
  • 第3部 エピローグ
    • 第11章 「新しいモデル」
  • 訳者あとがき/註/人名索引

【感想は?】

 今も昔も、人間には変わらない所がある。そして、時代と共に変わる所もある。

 この本は、変わった部分にスポットを当てた本だ。私たちが当たり前だと思っている事柄が、実は最近になって取り入れられた事だと知るのは、ちょっとしたショックでもある。

 例えば時間の捉え方。「秋の夜長」なんて言葉があるが、現代人にはちとピンとこない。こないのも当たり前なのだ。現代人にとって、昼も夜も1時間は1時間である。流れる時間の幅そのものは変わらない。が、これは、時間を測る時計なんてシロモノがあるからできる芸当で、昔はそんなモノはない。

 じゃどうするかというと。まず一日を昼と夜に分ける。そして昼と夜それぞれを更に12分割する。その結果、夏は昼が長く、冬は夜が長くなる。いわゆる不定時法だ。これは昔の日本も同じだね。いずれにせよ、同じ「1時間」でも、季節によって長さが違ったわけ。

 これが、機械式の時計の出現によって、1時間の長さが固定されてしまう。凄まじい変化だが、西洋はこの変化を積極的に受け入れてゆく。当時の時計は巨大で値も張ったが、多くの都市が住民から税を取ってでも時計塔を作ってゆく。

 対して日本も機械式の時計はあったんだが、不定時報法に合わせたカラクリだったとか。こういう、新技術に社会を合わせるか、社会に技術を合わせるかの違いは、今でも残ってるんだよなあ。そう思いませんか、事務系の情報システムの開発・保守を担当してる人。Excel方眼紙なんて奇矯なのもあるし。

 書法も大きく変わった。今は単語を空白で区切るが、昔は「読みやすさなどおかまいなしに、自分に都合のよいところ」に空白を入れていた。段落も句読点もなし。古文書を読むってのは、大変な仕事なんだなあ、と思うと同時に、今の小うるさい作文作法の歴史の浅さを思い知ったり。

 書き方だけでなく、読み方も変わってくる。昔は声に出して読むのが普通で、そのため「修道院などの写字室や図書室は静謐な場というにはほど遠く、騒々しいほどだった」。今でも文章を読む時に脳内で声が聞こえる人が多いとか。いいなあ。そういう人は、あっふんな作品をより楽しめて←をい

 実はこの黙読、当時はかなり危険な技術だって指摘が鋭い。だって、図書室であっふんな本を音読したら、すぐにバレちゃうし。

 絵画の世界では、遠近法が革命を起こす。それまでは重要性に応じて登場人物の大きさが決まったのに対し、遠くの人は小さく近い人は大きく描くようになる。このサイズの調整に、数学が深く関わっているのが面白い。適切な大きさを決めるのに、数学が必要になるのだ。

 とはいえ、計算はなかなか難しい。そこで補助線を引いちまえ、と考える人も出てくるのが楽しい所。床をタイル張りにすれば、タイルの格子が遠近法の補助線になる。おかげで…

洗礼者ヨハネを荒野の中でタイルの舗床に立たせたり、ベツレヘムの馬小屋にタイル張りの床を描いている。

 なんて、しょうもない奴まで出てくる始末。わはは。

 そして、とどめがルカ・パチョーリ(→Wikipedia)による複式簿記だ。それまでの帳簿はかなりフリーダムで、たとえば…

14世紀には収入を帳簿の前の方に、支出を後ろの方に記帳するのが通例だったので、これらの項目を比較するのは容易ではなかった。

 と、まさしく覚え書き程度の機能しかなかったのだ。だがら、今の自分がどれぐらいの財産や負債があるかハッキリわからない。ばかりか、決算って発想もないから、今年どれぐらい儲かったもかもわからない。これに共同出資の事業なんてのが絡んだら、稼ぎをどう分配すりゃいいのか、見当もつかない。

 ってな混乱状況を、複式簿記が変えてゆく。お陰で商人は事業の様子が見えるようになった。たぶん、これが株式会社の礎になったんだろうなあ。もっとも、お陰で今は事業税や法人税なんてのが出来ちゃったけど。

 などと、ヒトが現実をどう見るかってのが、ダイナミックに変わってきた事がわかるのが楽しいし、数秘術なんて形で、昔の考え方が今でも生き残ってるのも面白い。

 SF者としても、たかだか千年ほどでヒトの世界観がこれだけ変わるんだから、今後も大きく変わるんだろうなあ、なんて考えるのもワクワクする。ちと歯ごたえはあるが、それだけの味わいもある本だった。

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2017年7月18日 (火)

テレサ・レヴィット「灯台の光はなぜ遠くまで届くのか 時代を変えたフレネルレンズの軌跡」講談社ブルーバックス 岡田好恵訳

 フレネルレンズは、数あるレンズの種類のなかでも非常にユニークな存在です。
 収斂が苦手で、鮮明な像を結ぶことこそできませんが、光を集めることにおいて、その右に出るレンズはありません。
  ――はじめに

ジョージ・ブラント「海がしけたら、議員全員をボートに乗せて、岩だらけの浜辺のまわりを回らせろ!」
  ――第5章 遅れをとった大国、アメリカ

けれども、灯台の黄金時代は終わった。
  ――第7章 黄金時代の到来

【どんな本?】

 自動車のヘッドライトや、舞台を照らすスポットライトなどには、同心円状に山と谷が並ぶ、奇妙なレンズがついている。フレネルレンズ(→Wikipedia)だ。このレンズには独特の性質がある。一つの光源から光を集め、一条の光線を遠くまで届けられるのだ。

 これを考え出したのはオーギュスタン・ジャン・フレネル(→Wikipedia)、1788年に生まれ。フランスの元土木技師で物理学者である。

 彼が生み出したフレネルレンズにより、フランスの海岸沿いは灯台が連なり、船乗りたちを導いてゆく。ばかりでなく、フレネルレンズは世界中の灯台に備えられ、各地の海を照らすまでになる。だが、そこに至るまでには幾多の紆余曲折があった。

 海の道しるべとなる灯台、その輝きをもたらしたフレネルの生涯と、彼の遺した偉大な発明フレネルレンズが普及するまでの道のりを描く、一般向けの科学・歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Short, Bright Flash : Augustin Fresnel and The Birth of the Modern Lighthouse, by Theresa Levitt, 2013。日本語版は2015年10月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約279頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント43字×16行×279頁=約191,952字、400字詰め原稿用紙で約480枚。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。虫眼鏡で日光を集め紙を焦がす理科の実験を覚えていれば充分。特に主題となるフレネルレンズの原理は、73頁の図を見れば一発で解る。

 それより、必要なのは地図か Google Map。欧米の海岸や岬の地名が続々と出てくるので、キチンと読みたい人は地形を確かめながら読もう。また、19世紀以降の欧米の歴史を知っていると、より味わいが増すだろう。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 序章 暗く危険な海
    いかだの上の「地獄の生存競争」/海難事故と灯台/大望を抱いた2人の青年
  • 第1章 それは、一人の男の野望から始まった
    マチュー村の「遊びの天才」/いわゆる「オタク」/土木技師・フレネルの夢想/光は「粒子」か「波」か/唯一の理解者、現る/暴君ラプラス/師弟の決別/国賊から英雄へ/回析実験の成功/すばらしい休暇の使い方/チャンス到来/粒子信奉派vs.光波信奉派/信じがたい真実
  • 第2章 「灯台の光」への挑戦
    新生フランス灯台委員会の改革/反射鏡からレンズへ/フレネルが発明した特殊なレンズ/製品化が困難を極めた理由/13日の金曜日、決意の公開実験/海のヴェルサイユ宮殿/レンズの改良/夜のシャンゼリゼ通りが真昼の明るさに/世界初のフレネルレンズ
  • 第3章 より確かな輝きを求めて
    「灯台マップ」の作成/回転装置の改良/完璧なプリズムを作るには/イギリスの灯台事情/スコットランドからの注文/ライバルの無謀な挑戦
  • 第4章 引き継がれた遺志
    フレネル逝く/亡き兄のために/「もっともすばらしい勝利」/蒸気機関の登場/熟練職人の競い合い/最後に残った2つの灯台/ロンドン万博とパリ万博/嘘をついているのは誰?/灯台守の血
  • 第5章 遅れをとった大国、アメリカ
    経費削減の鬼/鯨油とアメリカの灯台の運命/ルイスが作ったランプ/節約のための愚行/ついにアメリカへ上陸/エゴイストの嫌がらせ/とんでもない代物/プレソントンへの逆襲/500ドルで落札された「機械」/変化のきざし/夜8時ちょうどに/合衆国灯台委員会の創設/最高のメンバーが終結/「有用」で「経済的」な光の証明/灯台委員会と議員の闘い/“大西洋の墓場”/万博のスター/メーカーとの駆け引き/太平洋岸への設置/もっとも重要で、もっとも困難な課題/そして、世界一に
  • 第6章 南北戦争と灯台
    灯台の明かりが消えた!/発砲準備/戦争が始まる/ハッテラス岬灯台、国家の裏切り者/とっておきの隠し場所/南北レンズ争奪戦/無法者の一団/西海岸も闇のなか/メキシコ湾岸の「アナコンダ作戦」/ヘッド・オブ・パッシーズの争い/南軍自爆/戻ってきた光/終戦後に見つかった「お宝」
  • 第7章 黄金時代の到来
    フランスとイギリスの争い/テクノロジーの挑戦/「超輝レンズ」第1号/巨大なレンズを回転させる方法/“黒船”ペリーと日本の灯台/ドイツ兵と交わした言葉/フレネルが遺したもの
  • 訳者あとがき/さくいん

【感想は?】

 どちらかというと、科学より歴史寄りの本だ。

 灯台の明かりを沖合まで都度蹴るフレネルレンズが、いかに生まれ、どう育って普及し、世界中の海へ広がっていったか。その道のりを辿る本である。原理や技術の説明は最小限で、製造工程などはほとんど触れない。

 発明者はオーギュスタン・ジャン・フレネル。

 18世紀末のフランスに生まれる。典型的な理系の人で、研究は好きだが人を率いるのは苦手。土木技師として社会に出たが、労働者を監督するのが嫌いで、「私には向かない」と何度も手紙で愚痴をこぼしてたり。親しみが持てるなあ。

 でも創意工夫の才には恵まれていたようで、幼い頃にちょっとした事件を起こしている。戦争ごっこで遊んでいるうち、弓の改良に夢中になり、近くの林で様々な素材の木を試す。結果、弓の性能が上がりすぎて「ごっこ遊び」じゃ済まなくなり、カーチャンたちから大目玉を食らう。これだから男の子ってw

 灯台の役割は目印となることだ。当時は電灯なんかないから、油を燃やす灯かりを反射鏡で集め照らしてた。が、当時の鏡は性能が悪く、光はあまり遠くまで届かない。結果、多くの船が座礁してしまう。

 そこで遠くまで光を届けるため、鏡じゃなくてレンズを使おうってのがフレネルの案のキモの一つ。ところが、問題が二つある。

 一つは原理の話。光は粒子か波動かって対立。粒子派はかのニュートンから始まり、フランスじゃ科学界の親玉のパスカルが粒子派。ところがフレネルは波動派で…。客観的に思える科学の世界でも、人物の好悪や政治力が影響を及ぼす、ありがちな逸話だね。

 もう一つは、レンズの厚さ。フレネルレンズ、理屈は凸レンズなんだが、普通に造ったら中心部が厚くなりすぎて使い物にならない。

 光の屈折はレンズの表面で起きる。大事なのは表面で、厚さそのものはそうでもいい。なら、厚すぎる部分はカットして薄くしちゃえばいいじゃん、ってのがフレネルレンズの賢いところ。

 もっとも、これだけだとランプの明かりの一部しか集まらない。上や下、そしてレンズの反対側に向かった光は無駄になる。これもプリズムや反射鏡を組み合わせて集め、フレネルレンズは進化してゆく。

 こういう「資源の最後の一滴まで搾り取る」工夫は、いかにもフランス流って気がする。今のアメリカだと、資源それ自体を大きくしようって発想になるんだよなあ。

 幸いフレネルレンズは優れた性能を発揮し、「じゃフランス沿岸に灯台を並べて明かりが途絶えないようにしよう」なんて壮大な計画も持ち上がる。ワクワクするでしょ。でも、確かに理屈じゃ可能だけど、肝心のレンズ製作は難しくて…。

 今でも光学機器はデリケートな工業製品の代表だ。まして当時は大半が職人による手作り。しかもフレネルレンズはデカい。一等級だと2mにもなる。それだけのガラス製品を、歪みも泡もなく均等に造ろうってんだから、苦労は相当なもの。事実、レンズの調達に四苦八苦してる。

 などとプロジェクトX的なトーンの前半に対し、後半では舞台がアメリカに移り、キナ臭い香りが漂ってくるのが切ない。特に辛いのが南北戦争のあたり。

 なんたって灯台は船を導くものだ。民間の船も導くが、敵の船も導く。だから時として邪魔にもなり…

 今はGPSが普及し、灯台も役割を終えつつある。とはいえ、華麗で壮大な灯台のフレネルレンズは、各地の灯台で観光の目玉として旅行客にお披露目されている。世界中の船乗りたちを導いた灯台には、科学者と技術者の苦闘の物語が秘められていた。そんな本だった。

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2017年7月14日 (金)

ビー・ウィルソン「キッチンの歴史 料理道具が変えた人類の食文化」河出書房新社 真田由美子訳

本書では、キッチンで使う料理道具が、私たちの食の中身や食のあり様、食に対する考え方にどのような変化をもたらしたかを探ってゆく。
  ――はじめに

人類最初の調理法は炙り焼きだった。炙り焼きの起源は数十万年前にさかのぼることが実証されている。それに対して土器の調理用鍋の歴史はわずか9000年から一万年前に始まる。
  ――第1章 鍋釜類

火は管理する必要がある――火を熾し、適切な温度に保ち、昼間十分な燃料をくべて、夜間は家が火事にならないように火力を落とす。こうした一連の作業が家事で大きな比重を占める生活は、ガスオーブンが登場する今から150年前まで続く。
  ――第3章 火

アメリカ人は人間を月へ送るのにも、18世紀のロンドンで使われていたパイントやブッシェルで考えていた。
  ――第4章 計量する

ヨーロッパにおいて、ルネサンス時代の料理に最大級のイノベーションが起こった。卵の膨張力を使ってお菓子を焼くと膨らむことを発見したのだ(略)。こうしてケーキが誕生した。
  ――第5章 挽く

新しい料理テクノロジーが導入される時は、それがどんなに有用であろうが、いつもどこかから敵意や抗議が巻き起こり、従来の方法が安全で優れている(事実そういう場合もあるが)との声が上がった。
  ――第8章 キッチン

【どんな本?】

 台所はたくさんの道具で溢れている。鍋,包丁,ガスコンロ,ピーラー,冷蔵庫…。電子レンジのように最近になって登場した物もあれば、かまどのように廃れた物もある。西洋のシェフは多数の包丁を使い分けるが、中国の料理人は一本の中華包丁を見事に使いこなす。

 鍋釜は料理に「煮る」という優れた手法をもたらした。冷蔵庫の普及は生活スタイルを変えた。そしてナイフはヒトの顔の形すら変えてしまったらしい。そして今は、最新テクノロジーと柔軟な発想を駆使して新たな調理法と味の開拓を目指す分子ガストロノミーが登場してきた。

 身近な台所を通し、古今東西の調理法や食の実態を掘り起こす、楽しくて美味しい一般向け歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Consider the Fork : A History of Invention in the Kitchen, by Bee Wilson, 2012。日本語版は2014年1月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約330頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×330頁=約294,690字、400字詰め原稿用紙で約737枚。文庫本ならやや厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。当然、自分で料理する人ほど楽しめるが、最も楽しめるのは、料理はするけどあまり上手じゃない人だったりする。

【構成は?】

 各章は独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  •  はじめに
  • 第1章 鍋釜類
  •  コラム 「炊飯器」
  • 第2章 ナイフ
  •  コラム 「メッツァルーナ」
  • 第3章 火
  •  コラム 「トースター」
  • 第4章 計量する
  •  コラム 「エッグタイマー」
  • 第5章 挽く
  •  コラム 「ナツメグおろし」
  • 第6章 食べる
  •  コラム 「トング」
  • 第7章 冷やす
  •  コラム 「モールド(型)」
  • 第8章 キッチン
  •  コラム 「コーヒー」
  •  謝辞/訳者あとがき/参考文献/資料文献

【感想は?】

 私たちの先祖の苦労がしのばれる。

 例えば、火だ。料理に火は欠かせない。私たちは、様々な形で火(または熱)を扱う。ガスコンロ、オーブン、炊飯器、そして電子レンジ。

 でも、昔はそんな物はなかった。火は常に見張らなければならないものだったのだ。熾すのも面倒だが、使い終わっても、常に絶やさぬよう見張んなきゃならない。

 火事の危険もある。昔のイギリスの厨房は別棟だった。火事になっても本館は被害にあわずに済む。使用人にとっちゃ酷い話だが、それぐらい火はヤバいシロモノだったんだろう。それを考えると、木造家屋に住む日本人が、よくもまあ人口の密集した江戸なんて街を作ったものだ。

 やはり苦労を感じるのは、「第5章 挽く」。

 「パンの文化史」や「大聖堂・製鉄・水車」「水車・風車・機関車」などでも詳しいのだが、動力を使わずに粉を作るのは、大変な重労働なのだ。中東の墓地遺跡から出る女性の遺体からは、「膝、腰、足首の骨には、深刻な関節炎の跡」がわかる。

 現代のスーパーで買った小麦粉を彼らに見せたら、どう思うだろう。真っ白でサラサラで混じりっけなしの小麦粉が、百円足らずで買えてしまう。しかも薄力粉と強力粉が綺麗に分かれてる。

 そんな粉挽きの手間を省くため、欧州では水車や風車を使い、それが歯車やクランクなど機械工学を発達させる。水車を蒸気機関に置き換えたのが産業革命。なんだが、蒸気を仕事に変えるってのは、ちと発想に飛躍がある気がする。と思っていたんだが、熱を仕事に変える発想は、既にあった。

 イギリスの名物と言えばローストビーフ。牛肉の炙り焼きだ。

 大きな鉄串に牛肉を刺して、回しながらじっくり焙る。この串を回す係を、動物にやらせようって発想が、16世紀~17世紀にあった。当時は犬やガチョウが回転ドラムを回していたが、17世紀には火の熱で温まった空気で翼を回す「煙回転機」が出てくる。

 熱を回転運動に変える発想は、17世紀にあったのだ。もっとも、ジェームズ・ワットがこれを知っていたとは限らないけど。

 これから料理を始めようって人が、まず困るのはレシピ。今はインターネットで調べりゃいくらでも出てくるが、昔のレシピ本は結構いい加減なものが多かった。「小麦粉ひと握り」とかね。慣れた人なら雰囲気でわかるだろうが、これから料理を始めようって素人には不親切極まりない。

 これを変えたのがアメリカのファニー・メリット・ファーマー。彼女はレシピ本で、ティースプーン一杯・カップ一杯など、全ての食材の量をハッキリと示し、ベストセラーとなる。こういう素人に親切な本を書けた理由が、これまた面白い。

 幼い頃の彼女は、ほとんど料理をしなかった。30近くになって料理学校に入り、才能を開花させる。大人になってから料理を覚えたのが、彼女の特徴であり、親切な料理書を書けた理由でもある。

 幼い頃に料理を覚えた人は、それぞれの食材に必要な調味料の量などを、体で覚えている。はいいが、体が覚えていることを言葉にするのは難しい。その点、彼女は何も知らなかったから、頭で覚える必要があった。だから、プロの料理人が書けない部分を、彼女は文章にできたのだ。

 料理だと、他にもキッチリ測らにゃならんものが幾つかある。例えば時間。カップ麺でも、3分と5分じゃだいぶ違う。でも昔は時計なんかなかった。じゃ、どうするか。

「加熱しながら攪拌してソースを作るにはラテン語の主の祈りを三回唱えよ」

 当時はみんな教会に行ってたから、お祈りのテンポは誰でも知っている。だから時間を測る基準になったわけ。ファンタジイとかに出てくるレシピに「蓋をして呪文を三回唱えよ」とか出てくるのも、ちゃんとネタがあったのだ。

 などと野次馬根性で面白い話が多いのはいいが、OXOピーラーや中華包丁など、色々と台所用品が欲しくなるのは困りものかも。特に中華鍋が欲しいなあ。

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2017年7月 2日 (日)

森勇一「ムシの考古学」雄山閣

三内山遺跡では、酒造りに使われた可能性が高い野生の果実の種子と、それが腐熟していたことを示すおびただしい数のショウジョウバエのサナギがいっしょに発見されたことから、縄文人が果実酒を造って飲んでいたことが想像されるのだ。
  ――2 躍動する縄文人

昆虫の持つ最も重要な特性の一つとして、移動・跳躍に適した三対の脚があり、二対のはねがあることを挙げねばならない。昆虫ほど、周辺環境の変化に対して適応力が速い生物はいない。
  ――コラム 多い・速い・強い 遺跡から見つかる昆虫たち

【どんな本?】

 ムシと考古学。はて、何の関係があるんだ?

 ゲンゴロウは水中に棲む。イネネクイハムシの幼虫はイネの値を食い荒らす。同じ遺跡から両者の化石が多く出てきたら、そこは水田だった可能性が高い。同様に、クワハムシはクワの葉しか食べない。だからクワハムシの痕跡が多かったら、そこは桑畑だったろう。

 そんな風に、遺跡から出てきた昆虫の化石は、その土地がどう使われていたかを調べる手掛かりになる。

 主に日本の縄文時代から江戸時代を中心に、各地の遺跡発掘・調査に携わった著者が、昆虫の化石をどう調べるか・どんな化石が出てきたか・そこから何が分かるかを語る、一般向けの科学/考古学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年8月24日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約229頁に加え、カラー写真の口絵4頁。10ポイント45字×19行×229頁=約195,795字、400字詰め原稿用紙で約490枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分だが、写真を多く収録しているので、実際の文字数は7~8割程度。

 文章はやや硬い。が、内容は意外ととっつきやすい。著者が今まで書いた論文を集め、一般向けに読みやすく書き直した、そんな感じの本だ。

【構成は?】

 基本的に縄文時代から江戸時代まで、時系列順に例を紹介してゆく。それぞれの例はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 緑色のビニール片
  • 1 寒さにふるえた北の狩人
    • オオハンミョウモドキ 岩手県大渡Ⅱ遺跡
    • 氷河時代の環境を推理する 宮城県富沢遺跡
    • 褐色のハネの正体は? 愛知県東白坂地区
    • 昆虫と植物のタイムラグ 岐阜県宮ノ前遺跡
    • ナウマンゾウのウンチを食べる 長野県野尻湖湖底遺跡
    • コラム 昆虫化石は示相化石
  • 2 躍動する縄文人
    • アカスジキンカメムシ 北海道納内六丁目付近遺跡
    • 縄文時代の植生干渉 岐阜県宮ノ前遺跡
    • 5000年前のクリ林と縄文人の知恵 青森県三内丸山遺跡
    • 酒を飲んでいた縄文人 青森県三内丸山遺跡
    • 東高西低の縄文文化 愛知県松川戸遺跡ほか
    • 縄文人の野焼きが黒ボク土を作った! 三重県橋垣内遺跡
    • 矢作川河床埋没林 愛知県矢作川河床埋没林
    • ネブトクワガタの年代を測る 宮崎県福島川河床
    • コラム 火山灰はモノサシ
  • 3 悪臭漂う弥生ムラ
    • イネを食う虫の出現 愛知県岡島遺跡
    • 水田指標昆虫とは 静岡県岳見遺跡
    • ヒトの集中居住に伴う環境汚染 愛知県朝日遺跡
    • キリギリス鳴く弥生ムラ  愛知県朝日遺跡
    • 登呂遺跡を掘る 静岡県登呂遺跡
    • 埋もれた昆虫の完形率 静岡県池ヶ谷遺跡
    • 弥生時代の石器工場 三重県宮山遺跡
    • 珪藻から活断層の活動度を調べる 三重県中縄遺跡
    • コラム 昆虫化石の調べ方
  • 4 火山灰に埋もれた田んぼ
    • ゲンゴロウやガムシでいっぱい 群馬県荻原団地遺跡
    • 古墳時代の運河をのぞいてみると 岐阜県米野遺跡
    • 洪水に襲われた小区画水田 愛知県門間沼遺跡
    • 田んぼの畦にヨモギやギシギシ 三重県筋違遺跡
    • 狗奴国の井泉に落ちたムシ 愛知県八王子遺跡
    • ハムシはみんな偏食家 愛知県猫島遺跡
    • 目が覚めるほど美しい昆虫化石 富山県魚津埋没林
    • コラム 多い・速い・強い 遺跡から見つかる昆虫たち
  • 5 古代 地方都市の賑わい
    • 国府に居たムシ 山口県周防国府跡
    • 郡衙の井戸は糞虫だらけ 静岡県川合遺跡
    • 10世紀のみちのく 青森県新田遺跡
    • 天平のハグロトンボ 愛知県勝川遺跡
    • 北陸の乾いた大地 石川県畝田C遺跡
    • 藻塩法による塩作り 愛知県松崎遺跡
    • 焼けたワラジムシ 山梨県狐原遺跡
    • コラム 水域のバロメーター 珪藻化石を調べる
  • 6 中世農民のフロンティア魂
    • 畑作害虫の末路 愛知県若葉通遺跡
    • ムシが語る中世の大開墾 東京都自然教育園
    • 『海道記』に描かれた畑作地帯 愛知縣富田庄
    • ハッチョウトンボ飛ぶ湿原は、田んぼだった! 佐賀県橿原湿原
    • 安濃津を襲った大事死因と津波 三重県鬼が塩屋遺跡
    • 古井戸考古学 愛知県吉田城遺跡ほか
    • コラム 大型植物遺体と花粉化石
  • 7 信長の米倉
    • 米倉のありかを突きとめる 愛知県清洲城下町遺跡
    • 500年前の夏の夜のできごと 愛知県毛受遺跡
    • ボクが見つけたノコギリカミキリ 愛知県大脇城遺跡
    • 清須の大改修は天正地震の災害復旧工事? 愛知県清洲城下町遺跡
    • コラム スペシャリストとジェネラリスト
  • 8 大名屋敷の台所
    • 床下の埋桶はぬか床だった 愛知県名古屋城三の丸遺跡
    • 目に浮かぶマツのはげ山 愛知県勝川遺跡
    • 寺の境内は虫の宝庫 山梨県宮沢中村遺跡
    • 桑名城下のドウガネブイブイ 三重県桑名城下町遺跡
    • シデムシ誘ういい香り 愛知県室遺跡
    • 粉にまみれたヒルの謎 宮城県沼向遺跡
    • コラム 昆虫化石の電顕観察とDNA分布
  • 9 アンコール文明と長江文明を探る
    • 海外の昆虫に名前がつけられるうだろうか
    • オオミズスマシ住むアンコールトムの環濠
    • 都城内にあった水浄化システム
    • 長江文明をたずねて
    • 幻の仮面王国と龍馬古城遺跡
    • 龍馬古城遺跡からイネクロカメムシ
    • 6000年前の大環濠集落
    • 昆虫分析と珪藻分析
    • 城頭山遺跡の環濠内に都市型昆虫
    • 滇王国の王墓にささげられた花
  • 10 日本にゾウがいたころの昆虫化石
    • ゾウがいて、ワニがいた
    • 博物館建設地から化石ざくざく
    • 亜熱帯の生き物たち
    • トカラ海峡を越えた昆虫
    • ダイコクコガネの絶滅種
    • 500万年前のトックリゴミムシ
    • 極寒の気候下を生き抜いたムシ
  • おわりに 昆虫少年はどこへ行った!

【感想は?】

 掌編ミステリ60連発。

 「ムシの考古学」と言っても、「昔のムシはどうだったか」を調べるわけじゃない。遺跡から出てきた昆虫の化石を基に、その遺跡に住んでいた人々の様子や、当時の気候などを明らかにしようとする話だ。本の分類としては、科学と歴史のどちらにするか悩ましい所。

 そう、この本の面白さは、ミステリの面白さだ。実際、この本のネタは、そのまま本格ミステリにも応用できそうな物が多い。

 本格ミステリ。普通の人が見落としがちな手掛かりを基に、過去を再現してゆく物語。手がかりが小さければ小さいほど、見落としがちであればあるほど、そして身近な手掛かりであるほど、真相究明に至る過程は意外性に富み楽しくエキサイティングになる。

 昆虫マニアでもない限り、人は昆虫にあまり注意を払わない。だが、たいていの場所には、昆虫が棲んでいる。身近だが見落としがち。ミステリの仕掛けとしては、格好のネタだろう。

 そういう点では、この本は充分に面白いミステリと言える。ただ、学者が書いた本のためか、あまり意外性を強調する書き方はしていない。逆に、なるべくわかりやすく正確に伝わるように、丁寧に順を追って語るので、素直に頭に入ってくる反面、ちと娯楽性に欠けるのは仕方がない。

 さすがに書き方は娯楽作家っぽくはないが、ネタそのものの面白さは充分。しかも、それぞれの謎が数頁で提起されては解かれてゆくので、スピード感は半端ない。

 基本は、冒頭の引用にあるように、遺跡から出てきた昆虫の化石を基に、その遺跡の性質や歴史を探る話だ。わかりやすいのがクワハムシで、これはクワの葉だけを食べる。クワハムシが沢山出てきたら、そこは桑畑だったと考えていい。

 が、世の中、それほど簡単な話だけじゃない。幾つかヒネリが必要な場合もある。

 例えば青森の新田遺跡。10世紀から11世紀にかけての遺跡だ。ここからは、クロバエやショウジョウバエなど、食糞性の昆虫が出てきた。多くの人が住み、ゴミや排泄物を出していたと考えられる。また、コメやイネを食べるコクゾウムシも出てきた。が、稲作の害虫であるイネネクイハムシは出てこない。

 コメを食う奴はいる。でもイネの根を荒らす奴はいない。はて。

 答えは簡単。「新田遺跡はイネの消費地ではあっても、イネの生産地では決してなかった」。つまりは都市ですね。

 など、手がかりとしては昆虫の化石が中心だが、他にも様々な手掛かりかた手繰っているのが、エキサイティングな所。

 愛知県の松崎遺跡は、奈良・平安時代の塩作りの跡として知られている。この項では、手がかりとして万葉集の歌に加え、出てきた土器から手繰ってゆく。証拠の品は、なんと珪藻(→Wikipedia)。土器に残る珪藻を調べ、それが海藻に由来するものである事を突き止める。そこから考えられる製塩方は…

炎天下に積み上げた海藻に何度も海水をかけて水分を蒸発させ、濃い塩水を作ったのちこれを煮つめて塩を得る。

 と、虫だけじゃなく、珪藻などの微生物、花粉やプラント・オパールなど植物の痕跡、そしてもちろん土壌や地層など、あらゆる手がかりを総動員して、過去の真実へと迫ってゆくのだ。

 こういうあたり、ミステリとしては科学捜査の面白さそのもの。科学と歴史が交わるところに生まれた、現代ならではの楽しさに満ちた本だった。

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2017年6月18日 (日)

ハワード・グッドール「音楽の進化史」河出書房新社 夏目大訳

これは音楽の歴史についての本だ。音楽というものがこれまでにどのような変遷を経て今日のようなものになったのかを書いている。
  ――はじめに

アントニン・ドヴォルザーク「この国(アメリカ合衆国)の音楽は、いわゆる『ニグロのメロディ』にかかっているのだと私は思う」
  ――第5章 悲劇の時代 1850年~1890年

レコードが普及するにつれ、クラシック音楽には困ったことも起きた。レコードが珍しかった頃とは違い、新しいものより古いものが偏重される傾向が強くなったのである。
  ――第6章 反乱の時代 1890年~1918年

アングロサクソンやケルトの民俗音楽がブルースに与えた影響は意外に大きい
  ――第6章 反乱の時代 1890年~1918年

『ラプソディ・イン・ブルー』が演奏されると、たった14分間で音楽の世界はそれまでとはまったく変わってしまい、もう二度と元に戻ることはなかった。
  ――第7章 ポピュラーの時代Ⅰ 1918年~1945年

ロックンロールは過去のどの音楽よりも世界に影響を与えたと言っていいだろう。
  ――第8章 ポピュラーの時代Ⅱ 1945年~現在

【どんな本?】

 オペラとオラトリオは何が違うのか。バロックや古典派とはどんな音楽で、どんな特徴があるのか。和声や和音は、どのように見つかりどう普及したのか。バッハの何が凄いのか。バイオリンはいつごろから流行りはじめたのか。ポール・マッカートニーの曲の特徴は?

 主に西洋音楽を中心として、霧に包まれた起源から、記譜法や和音など曲作りの技術、当時の楽器や演奏形態、オペラやバレエや映画など他メディアが与えた影響、そしてヴィイヴァルディやストラヴィンスキーなど有名な音楽家が開拓した技法など、音楽の進化の歴史を辿りながら、音楽が表現の幅を広げてゆく過程をた辿りつつ、それが当時の人々にどう受け止められたかなどもあわせて語る、音楽好き(だが音楽の知識はない)人向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The History of Music, by Howard Goodall, 2013。日本語版は2014年5月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約458頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×458頁=約408,994字、400字詰め原稿用紙で約1,023枚。文庫本なら上下巻でちょうどいいぐらいの大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただし、アチコチで魅力的な曲を紹介しているので、その度に Youtube などを漁り始めると、なかなか先に進まないw

【構成は?】

 原則として時系列順に話が進むが、美味しそうな所を拾い読みしても充分に楽しめる。

  •  はじめに
  • 第1章 発見の時代 紀元前4万年~紀元1450年
  • 第2章 懺悔の時代 1450年~1650年
  • 第3章 発明の時代 1650年~1750年
  • 第4章 気品と情緒の時代 1750年~1850年
  • 第5章 悲劇の時代 1850年~1890年
  • 第6章 反乱の時代 1890年~1918年
  • 第7章 ポピュラーの時代Ⅰ 1918年~1945年
  • 第8章 ポピュラーの時代Ⅱ 1945年~現在
  •  謝辞/訳者あとがき/プレイリスト/参考文献

【感想は?】

 最高に楽しい音楽の教科書。

 音楽と言っても、西洋音楽、それもクラシックが中心だが、それは仕方あるまい。なにせ他の音楽はロクに記録が残っていないし。

 なんと言っても、西洋音楽は、軍事的・経済的・政治的に支配的な点を別にしても、記譜法がシッカリしているのが強い。お陰で、技術の発展の歴史が、文書として残っている。他の音楽は、演奏者が途絶えたら、それっきりだし。

 にも関わらず、未だに生き残っているガムランやインド音楽は、逆に凄いとも言えるけど。何が凄いって、いずれも構造が複雑怪奇だってこと。

 西洋の音楽は、教会の影響が強い。聖歌だ。そして聖歌は、記譜法ができるまで、一つの旋律だけで出来ていた。修道院ごとに150曲ほどの聖歌があり、修道士は耳で聞いて覚えなきゃいけない。だもんで、あまし難しい曲を作っても、修道士が覚えきれないのだ。

 1000年頃、グイード・ダレッツォが記譜法を編み出し、音楽を記録できるようになる。お陰で…

グイードの記譜法が生まれ、音楽を書いて記録できるようになると、以前よりも大胆な曲作りをすることも可能になった。覚えやすさを考慮する必要がないからだ。忘れる心配がなければ、遠慮なく変わった曲、複雑な曲も作れる。
  ――第1章 発見の時代 紀元前4万年~紀元1450年

 これが、西洋音楽の発展の始まりだ。これ以降の歴史も山あり谷ありで楽しいんだが、意外とロックの歴史にも似てるのが面白い。

 つまり、開拓者が新しい技法を編み出し新線な驚きをもたらし、やがて技巧を凝らし複雑な曲が増えてくると、その反動で単純化する動きが出てくるのだ。それが行き詰まると民俗音楽など新しい血を取り入れ、または新しい楽器やオペラなどのメディアが音楽を変えてゆくのである。

 例えば宗教改革で有名なルター。社会において改革者だった彼は、音楽においてもパンクスだった。教会で信徒は賛美歌を堂々と歌うべきだ。でも難しい曲じゃ覚えきれないんで、どうしても控えめになる。じゃ易しく覚えやすい歌を作ろう。ラモーンズかよ。

 ただし手法はパンクと違う。既にあるものを使った。民謡を集め、それに詩をつけて賛美歌にしたのだ。いわば替え歌だね。とすると、ラモーンズというより嘉門タツオかアル・ヤンコヴィックか。これに対し教会は…

 プロテスタンティズム、反宗教革命、どちらにしても、教会音楽を単純化し、歌詞を聞き取りやすくしようとしたという点は同じである。
  ――第2章 懺悔の時代 1450年~1650年

 と、似た手口で対抗するから面白い。よっぽど効果的だったんだろうなあ。

 プロのミュージシャン、特にキーボード・プレイヤーは、バッハが好きな人が多い。ヘビメタやプログレの人も、よくバッハを拝借する。それに対し、一般にはモーツァルトの人気が高い。その理由もわかった。

 モーツァルトはフリーランスで、ウケなきゃ飢える立場にいた。だもんで、「誰がいつどこで聴いても気に入ってもらえるようなものを作る必要があった」。つまりは優れたメロディ・メーカーで、とっつきやすいのだ、モーツァルトは。

 対してバッハは、「オルガンを習得しようとすれば、必ずバッハについて徹底的に学ぶことになる」。キーボード・プレイヤーに好かれるわけだ。

 そんな風に音楽そのものを楽しむ風潮が、大衆にまで行き渡ったのが、イタリア。

1850年にトリノやミラノ、ナポリなどに住んでいた人たちにとって、オペラは現代で言うiTunesやテレビのようなものだった。(略)19世紀のイタリアにおいては、オペラはもっと気軽なエンターテイメントだったのである。
  ――第5章 悲劇の時代 1850年~1890年

 今でこそオペラは着飾った紳士淑女が集うハイソな催しだが、19世紀のイタリアじゃ今の映画みたいな立場だったんだろう。

 プログレ・マニアにとってイタリアは大鉱脈で、PFMを筆頭にトロルスやオザンナなど凄いのがゴロゴロいる上に、イ・プーなんてアイドルっぽい連中までパルシファルなんて名作を作ってる土地なんだが、その源流はこういう所にあるのかも。いや「Poohlover」も好きだけどね。

 などと欧州じゃ隆盛を誇り時代をリードしたクラシックも、録音技術やラジオの普及により立場が大きく変わり…

 著者はクラシックの人だが、終盤ではスティーヴィー・ワンダーを絶賛するなど、ポピュラー音楽にも目を配っている。また、映画の音楽がよく例に出てきて、クラシックに疎い人でも「おお、あの曲か!」と、現代人にとっても意外とクラシックが身近なのがよくわかる。

 読み終えて改めて自分が好きな曲を聴くと、今まで見逃していた新しい魅力が見えてきて、更に音楽が好きなる、そんな本だ。かく言う私はビートルズのレット・イット・ビーを聴いて、リンゴの巧みなセンスを40年ぶりに発見したり。いや凄いぜ、あのスネアの入り方。

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