カテゴリー「書評:歴史/地理」の202件の記事

2017年6月18日 (日)

ハワード・グッドール「音楽の進化史」河出書房新社 夏目大訳

これは音楽の歴史についての本だ。音楽というものがこれまでにどのような変遷を経て今日のようなものになったのかを書いている。
  ――はじめに

アントニン・ドヴォルザーク「この国(アメリカ合衆国)の音楽は、いわゆる『ニグロのメロディ』にかかっているのだと私は思う」
  ――第5章 悲劇の時代 1850年~1890年

レコードが普及するにつれ、クラシック音楽には困ったことも起きた。レコードが珍しかった頃とは違い、新しいものより古いものが偏重される傾向が強くなったのである。
  ――第6章 反乱の時代 1890年~1918年

アングロサクソンやケルトの民俗音楽がブルースに与えた影響は意外に大きい
  ――第6章 反乱の時代 1890年~1918年

『ラプソディ・イン・ブルー』が演奏されると、たった14分間で音楽の世界はそれまでとはまったく変わってしまい、もう二度と元に戻ることはなかった。
  ――第7章 ポピュラーの時代Ⅰ 1918年~1945年

ロックンロールは過去のどの音楽よりも世界に影響を与えたと言っていいだろう。
  ――第8章 ポピュラーの時代Ⅱ 1945年~現在

【どんな本?】

 オペラとオラトリオは何が違うのか。バロックや古典派とはどんな音楽で、どんな特徴があるのか。和声や和音は、どのように見つかりどう普及したのか。バッハの何が凄いのか。バイオリンはいつごろから流行りはじめたのか。ポール・マッカートニーの曲の特徴は?

 主に西洋音楽を中心として、霧に包まれた起源から、記譜法や和音など曲作りの技術、当時の楽器や演奏形態、オペラやバレエや映画など他メディアが与えた影響、そしてヴィイヴァルディやストラヴィンスキーなど有名な音楽家が開拓した技法など、音楽の進化の歴史を辿りながら、音楽が表現の幅を広げてゆく過程をた辿りつつ、それが当時の人々にどう受け止められたかなどもあわせて語る、音楽好き(だが音楽の知識はない)人向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The History of Music, by Howard Goodall, 2013。日本語版は2014年5月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約458頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×458頁=約408,994字、400字詰め原稿用紙で約1,023枚。文庫本なら上下巻でちょうどいいぐらいの大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただし、アチコチで魅力的な曲を紹介しているので、その度に Youtube などを漁り始めると、なかなか先に進まないw

【構成は?】

 原則として時系列順に話が進むが、美味しそうな所を拾い読みしても充分に楽しめる。

  •  はじめに
  • 第1章 発見の時代 紀元前4万年~紀元1450年
  • 第2章 懺悔の時代 1450年~1650年
  • 第3章 発明の時代 1650年~1750年
  • 第4章 気品と情緒の時代 1750年~1850年
  • 第5章 悲劇の時代 1850年~1890年
  • 第6章 反乱の時代 1890年~1918年
  • 第7章 ポピュラーの時代Ⅰ 1918年~1945年
  • 第8章 ポピュラーの時代Ⅱ 1945年~現在
  •  謝辞/訳者あとがき/プレイリスト/参考文献

【感想は?】

 最高に楽しい音楽の教科書。

 音楽と言っても、西洋音楽、それもクラシックが中心だが、それは仕方あるまい。なにせ他の音楽はロクに記録が残っていないし。

 なんと言っても、西洋音楽は、軍事的・経済的・政治的に支配的な点を別にしても、記譜法がシッカリしているのが強い。お陰で、技術の発展の歴史が、文書として残っている。他の音楽は、演奏者が途絶えたら、それっきりだし。

 にも関わらず、未だに生き残っているガムランやインド音楽は、逆に凄いとも言えるけど。何が凄いって、いずれも構造が複雑怪奇だってこと。

 西洋の音楽は、教会の影響が強い。聖歌だ。そして聖歌は、記譜法ができるまで、一つの旋律だけで出来ていた。修道院ごとに150曲ほどの聖歌があり、修道士は耳で聞いて覚えなきゃいけない。だもんで、あまし難しい曲を作っても、修道士が覚えきれないのだ。

 1000年頃、グイード・ダレッツォが記譜法を編み出し、音楽を記録できるようになる。お陰で…

グイードの記譜法が生まれ、音楽を書いて記録できるようになると、以前よりも大胆な曲作りをすることも可能になった。覚えやすさを考慮する必要がないからだ。忘れる心配がなければ、遠慮なく変わった曲、複雑な曲も作れる。
  ――第1章 発見の時代 紀元前4万年~紀元1450年

 これが、西洋音楽の発展の始まりだ。これ以降の歴史も山あり谷ありで楽しいんだが、意外とロックの歴史にも似てるのが面白い。

 つまり、開拓者が新しい技法を編み出し新線な驚きをもたらし、やがて技巧を凝らし複雑な曲が増えてくると、その反動で単純化する動きが出てくるのだ。それが行き詰まると民俗音楽など新しい血を取り入れ、または新しい楽器やオペラなどのメディアが音楽を変えてゆくのである。

 例えば宗教改革で有名なルター。社会において改革者だった彼は、音楽においてもパンクスだった。教会で信徒は賛美歌を堂々と歌うべきだ。でも難しい曲じゃ覚えきれないんで、どうしても控えめになる。じゃ易しく覚えやすい歌を作ろう。ラモーンズかよ。

 ただし手法はパンクと違う。既にあるものを使った。民謡を集め、それに詩をつけて賛美歌にしたのだ。いわば替え歌だね。とすると、ラモーンズというより嘉門タツオかアル・ヤンコヴィックか。これに対し教会は…

 プロテスタンティズム、反宗教革命、どちらにしても、教会音楽を単純化し、歌詞を聞き取りやすくしようとしたという点は同じである。
  ――第2章 懺悔の時代 1450年~1650年

 と、似た手口で対抗するから面白い。よっぽど効果的だったんだろうなあ。

 プロのミュージシャン、特にキーボード・プレイヤーは、バッハが好きな人が多い。ヘビメタやプログレの人も、よくバッハを拝借する。それに対し、一般にはモーツァルトの人気が高い。その理由もわかった。

 モーツァルトはフリーランスで、ウケなきゃ飢える立場にいた。だもんで、「誰がいつどこで聴いても気に入ってもらえるようなものを作る必要があった」。つまりは優れたメロディ・メーカーで、とっつきやすいのだ、モーツァルトは。

 対してバッハは、「オルガンを習得しようとすれば、必ずバッハについて徹底的に学ぶことになる」。キーボード・プレイヤーに好かれるわけだ。

 そんな風に音楽そのものを楽しむ風潮が、大衆にまで行き渡ったのが、イタリア。

1850年にトリノやミラノ、ナポリなどに住んでいた人たちにとって、オペラは現代で言うiTunesやテレビのようなものだった。(略)19世紀のイタリアにおいては、オペラはもっと気軽なエンターテイメントだったのである。
  ――第5章 悲劇の時代 1850年~1890年

 今でこそオペラは着飾った紳士淑女が集うハイソな催しだが、19世紀のイタリアじゃ今の映画みたいな立場だったんだろう。

 プログレ・マニアにとってイタリアは大鉱脈で、PFMを筆頭にトロルスやオザンナなど凄いのがゴロゴロいる上に、イ・プーなんてアイドルっぽい連中までパルシファルなんて名作を作ってる土地なんだが、その源流はこういう所にあるのかも。いや「Poohlover」も好きだけどね。

 などと欧州じゃ隆盛を誇り時代をリードしたクラシックも、録音技術やラジオの普及により立場が大きく変わり…

 著者はクラシックの人だが、終盤ではスティーヴィー・ワンダーを絶賛するなど、ポピュラー音楽にも目を配っている。また、映画の音楽がよく例に出てきて、クラシックに疎い人でも「おお、あの曲か!」と、現代人にとっても意外とクラシックが身近なのがよくわかる。

 読み終えて改めて自分が好きな曲を聴くと、今まで見逃していた新しい魅力が見えてきて、更に音楽が好きなる、そんな本だ。かく言う私はビートルズのレット・イット・ビーを聴いて、リンゴの巧みなセンスを40年ぶりに発見したり。いや凄いぜ、あのスネアの入り方。

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2017年6月 4日 (日)

シャロン・バーチュ・マグレイン「異端の統計学ベイズ」草思社 福永星訳

ベイズの法則は、一見ごく単純な定理だ。曰く、「何かに関する最初の考えを、新たに得られた客観的情報に基づいて更新すると、それまでとは異なった、より質の高い意見が得られる」
  ――序文、そして読者の皆さんへのただし書き

「数値を状況から切り離すことはできない」
  ――第10章 ベイズ派の巻き返しと論争の激化

「ベイズの法則はまちがいなのだ……実際に機能するという事実を別にすれば」
  ――第17章 世界を変えつつあるベイズ統計学

【どんな本?】

 迷惑メールを自動的に捨ててくれるベイジアン・フィルタなどで使われており、コンピュータの普及と共に大きな役割を担っているベイズ派統計学。だが、それは統計学の世界では長く異端とされ、何度も葬り去られては復活するゾンビのような歴史を持っていた。

 なぜ異端なのか。厳密な筈の数学の世界で、なぜ綺麗にケリがつかず長く論争が続くのか。ベイズは何が嬉しくて、何が困るのか。そもそもベイズとは何か。そして、数学界での論争とはどのようなものなのか。

 現代の情報技術で脚光を浴びているベイズ統計学の歴史を、個性豊かな登場人物の戦いと活躍で彩り、波乱に満ちたベイズ統計学の物語を綴る、数学と歴史のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Theory That Would Not Die: How Bayes' Rule Cracked the Enigma Code, Hunted Down Russian Submarines, and Emerged Triumphant from Two Centuries of Controversy, by Sharon Bertsch McGrayne, 2011。日本語版は2013年10月29日第1刷発行。

 単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約437頁。9ポイント47字×18行×437頁=約369,702字、400字詰め原稿用紙で約925枚。文庫本なら上下巻に分けてもいい分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。確率については、「釣り鐘型のグラフが正規分布」ぐらいに知っていれば充分に読みこなせる。少し数式も出てくるが、読み飛ばしても特に問題はない。というか、私は読み飛ばした。

 「統計や確率って、やたら沢山の数字を測ったり計算したり、面倒くさいよね」ぐらいに思っていればいい。むしろ計算や面倒くさいことが苦手な人ほど、登場人物の想いが伝わってくるだろう。

【構成は?】

 原則として時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。できれば年表が欲しかった。

  • 序文、そして読者の皆さんへのただし書き
  • 第1部 黎明期の毀誉褒貶
    • 第1章 発見者に見捨てられた大発見
      ベイズ師のすばらしい発見/ベイズが生きた時代ととの人物像/ベイズの天才的ひらめきはいかにして生まれたか/ベイズの大発見はほとんど注目されたかった
    • 第2章 「ベイズの法則」を完成させた男
      数学者ラプラス誕生の背景/天文学と確率論を結びつける/ラプラスはどのようにベイズの法則を発見したか/ラプラス、ベイズを知る/確率の理論を男女出産比率調査で実践/18世紀フランスの政治と統計学/太陽系の安定を示したラプラスの偉業/フランス科学界のリーダーへ/ついにベイズの法則を定式化する
    • 第3章 ベイズの法則への厳しい批判
      誤解に満ちたラプラス像/等確率と主観的信念が攻撃の的になった/フランス軍のなかで生きつづけたベイズの法則/アメリカ電話電信会社を救ったベイズ/アメリカの労災保険料率算出での利用/反ベイズの大物、フィッシャーの人物像/フィッシャーとネイマン、二人の反ベイズ同士の諍い/ベイズの法則が復活の兆しを見せた領域/フィッシャーの有人となったベイズ派、ジェフリーズ/ジェフリーズ対フィッシャー またもベイズ派が負ける
  • 第2部 第二次大戦時代
    • 第4章 ベイズ、戦争の英雄となる
      どうしても答えを出さなければならない問題/ドイツ軍の暗号エニグマを解読せよ/数学者に活躍の出番が回ってくるまで/数学者チューリングがベイズの手法で解読をはじめる/暗号解読に必要なものを手に入れる/ロシアでもベイズは軍用統計学となった/より強力な暗号「タニー」の登場/エニグマ暗号機にホイールが追加される/チューリングとシャノン 戦時下での二人の天才の対話/ユーボート探索の作戦にもベイズが使われた/世界初の大規模電気式デジタル計算機での暗号解読/暗号解読にベイズを使ったチューリング以外の人たち/ベイズの手法の貢献が挺機密扱いになる
    • 第5章 再び忌むべき存在となる
      「頻度主義にあらずんば統計学にあらず」という時代
  • 第3部 ベイズ再興を志した人々
    • 第6章 保険数理士の世界からはじまった反撃
      反ベイズへの逆襲を試みる男/なぜかうまくいくベイズ流損保保険料率に驚く/保険数理士の世界からアカデミズムの世界へ広まる
    • 第7章 ベイズを体系化し哲学とした三人
      統計学者の数が爆発的に増える/外部からは嫌われ内部では分裂する統計学者たち/ベイズを再生に導いた変わり者、グッド/転向して熱烈なベイズ派となった理論家、サヴェッジ/イギリスにベイズ派の拠点を築いたリンドレー
    • 第8章 ベイズ、肺がんの原因を発見する
      がんとたばこの関連を調べた世界初の症例対照研究/たばこと肺がんの因果関係をベイズの手法で証明する/コーンフィールドの大活躍とベイズの復活
    • 第9章 冷戦下の未知のリスクをはかる
      未経験の危機に関する研究へと誘われた若者たち/核兵器事故が起きる不安は募りつつあった/事故の危険を予知した報告書は何を引きおこしたか
    • 第10章 ベイズ派の巻き返しと論争の激化
      ベイズ理論の驚くべき多様化/反ベイズの立場の理論家も密かにベイズを使った/反ベイズの大物たちとの対立はどうなったか/ベイズに注目が集まり他分野にも影響及ぼす
  • 第4部 ベイズが実力を発揮し始める
    • 第11章 意思決定にベイズを使う
      ベイズ派も頻度派も現実の問題に使われてこなかった/情熱と好奇心のアウトサイダー、シュレイファー/意思決定に頻度主義が無力だと悟ったライファ/ライファとシュレイファーがベイズを使えるものにした/二人はベイズの普及に成功したか
    • 第12章 フェデラリスト・ペーパーズを書いたのは誰か
      非軍事分野における最大規模のベイズ手法実践例/現実の問題を扱うことで表出したベイズの困難さ/研究を指揮したモスラーの並外れた能力/著者判別の手がかりとなる単語の発見
    • 第13章 大統領選の速報を支えたベイズ
      テレビ業界の熾烈な競争と世論調査/軍事関連研究の大物、テューキー/なぜテューキーは大統領選速報の仕事を受けたのか/テューキーのベイズ派と頻度主義に対する態度/安全保障のためにベイズの手法は隠された?
    • 第14章 スリーマイル島原発事故を予見
      ベイズ派が停滞期に陥った原因/ベイズ派内でも著しい見解の相違があった/ベイズの手法による分析で原発事故を予見
    • 第15章 海に消えた水爆や潜水艦を探す
      爆撃機が空中爆発して載せていた水爆が行方不明に/仮説を幾つも立てて確率を付与する/水爆探索の現場で何が起きていたか/目撃証言と潜水艇による探索で水爆にたどりつく/ベイズ統計を使う次なる機会 潜水艦探索/潜水艦探索で使われた先進的手法「モンテカルロ法」/探索の理論が漂流船を救助するシステムに応用される/ソビエト潜水艦の発見・追尾にも応用され成功
  • 第5部 何がベイズに勝利をもたらしたか
    • 第16章 決定的なブレークスルー
      コンピュータ発達後も統計学者たちは足踏みを続けた/各分野でベイズの手法を使った成果が出はじめる/ベイズが画像解析に革新をもたらす/ベイズの手法に革命をもたらす数値積分法の発明/マルコフ連鎖モンテカルロ法がもたらしたインパクト/ベイズの手法がソフトウェア化され他分野で大活躍/医学分野でもベイズが使われはじめる/海洋は乳類保護でもベイズが活躍
    • 第17章 世界を変えつつあるベイズ統計学
      ベイズは受け入れられ活用され、論争は沈静化した/ニュースとなり、賞を生んだベイズ統計/金融市場の予測から自動車運転にまで応用されるベイズ/スパムメール除去やWindowsヘルプにも/Eコマーズにもネット検索にもベイズの知見が/ベイズが機械翻訳を大躍進させる/人間の脳もベイズ的に機能している/ベイズ統計は完璧な思考機械を生み出すか
  • 補遺a 「フィッシャー博士の事例集」:博士の宗教的体験
  • 補遺b 乳房X線撮影と乳がんにベイズの法則を適用する
  • 謝辞/用語解説/訳者あとがき/参考文献/原注

【感想は?】

 最初にお断りしておく。この本を読んでも、ベイズ統計学は身に付かない。

 この本は数学の本ではない。だから数学が苦手な人でも楽しめる半面、実際にベイズ統計を使って何かを予測できるようにはならない。ベイズ統計学の入門書ではないので、そこはお間違えないように。

 では何の本かというと、一つの思想の伝記と言っていい。つまり歴史の本だ。

 一つの思想が生まれ、時の流れの中に埋もれ、それが何度も発掘・再発見されては忘れられ、または陰で利用されては葬られ、その度に磨きをかけられて成長し、現代において格好のパートナーを得て大成功を収める、そんな物語だ。

 そう、ベイズ統計そのものを主人公として、艱難辛苦の末に栄光を勝ち取る物語として読むと、とっても気持ちがいい。

 そもそも誕生からして切ない。生んだのは18世紀のアマチュア数学者、トーマス・ベイズ師(→Wikipedia)。今はベイズ統計が情報技術で散々使われているのに、日本語版 Wikipedia の記述もあっさりしたもの。ベイズの法則(→Wikipedia)を見つけたものの、ほったらかしにしたまま亡くなってしまう。

 生まれたはいいが親は何の期待もしなけりゃ育てもせず、橋の下に捨てました、そんな感じ。哀れ。

 この捨て子を拾ったのがピエール・シモン・ラプラス(→Wikipedia)。あの「ラプラスの悪魔」で有名なラプラスだ。男女の出生比などから、ベイズとは無関係にベイズの法則を見つけ、磨きをかけてゆく。ナポレオンと同時代で激動のフランスにありながら、名声を築き上げたラプラスの威光で、ベイズ統計も日の目を見る…かと思ったら。

 いかな天才ラプラスといえど、所詮は人、寿命はある。後援者がいなくなれば生意気な若造は叩かれる。そんなわけで、ラプラスの没後、後ろ盾を失ったベイズの法則は頻度主義者たちから袋叩きにされ、路頭に迷う羽目に…

 なるかと思ったら、世の中捨てる神あれば拾う神あり。今度の救いの神は軍人さん。

 数学者ジョセフ・ルイ・フランソワ・ベルトラン率いるフランス軍が、砲兵将校向けに使い始める。当時は大砲も弾も職人が作っていてバラツキがある上に、撃つ時の風向きや気圧などでも落下地点が変わる。それ全部を計算してたらキリないし、どころか戦場じゃ正確な情報なんてまず手に入らない。

 ってんで、「よーわからん要素」が沢山ある時に、とりあえず使える数字を出すのに向いてるのが、ベイズ統計ってわけ。

 と書くとベイズ統計はいい加減なシロモノみたく思えるが、当然ながらそんな事はない。いや本当に何も分からなけりゃ精度もソレナリなんだが、データが集まってくれば次第に精度も上がってくるのがベイズらしい。

 と、こんな風に、世に出てきては宿命の敵の頻度主義者たちに袋叩きにされ、隅に追いやられては数学の部外者である軍人や保険業者に拾われ、コッソリと実際的な実績を積み重ねる、そんなパターンを何度も繰り返してゆく。

 こういったあたりが、まるきし冒険物語みたいで楽しい。話を創ったんじゃないか、と思うぐらい何度も繰り返すのだ。

 中でも切ないのが軍人さんがパトロンになった時。そうでなくたって秘密主義な人たちで、オープンな学問の世界とは性格が正反対だ。そのため、鮮やかな実績を上げても、軍事機密を理由に全く報われなかったり。これを最もわかりやすく象徴してるのが、かのアラン・チューリング(→Wikipedia)とコロッサス(→Wikipedia)のお話。

 など軍隊とのパートナーシップと秘密主義は今でも続いているようで、画像処理技術なども軍からの払い下げが相当にあるらしい事が、終盤で見えてくる。Photoshop のフィルタも、米軍が開発したアルゴリズムを結構使ってるんだろうなあ。

 やたらと計算量が多いのもベイズの弱点だったが、これもコンピュータなら黙々と計算してくれるわけで、今後もベイズは活躍し続けるだろう。特に学習型AIとかでは、必須の技術になる…というか、既になっている様子。

 厳密な論理に従って話が進むと思っていた数学の世界でも、確率と統計は毛色が違ってる事がわかったし、それ以上に一つの技術が辿った紆余曲折が小説みたいにドラマチックだ。また統計という理論と実践が交わる部隊だけに、個性あふれるコンビが優れたチームワークを発揮する話も気持ちいい。

 と、おお話としては抜群に面白い本だtった。ただし、繰り返すが、ベイズ統計の入門書としては全く使えないので、お間違いのないように。

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2017年5月 5日 (金)

ルース・フィネガン「隠れた音楽家たち イングランドの町の音楽作り」法政大学出版局 湯川新訳

本書は、(略)地元の文脈でamateurの音楽家に実践されている草の根の音楽作りに焦点をあてる。
  ――1 地元音楽の存在とその研究

「舞台上の一人について、舞台外で汗を流す二人の人がいなくてはならない」
  ――7 音楽劇の世界

「演奏の機会を切実に求めているから無料同然でも演奏する」
  ――10 ロックとポップの世界

大半のアマチュアの音楽的イベントの観客は、実演者や観客の他の成員や当該のイベントを運営する組織と何らかの縁故関係があるために参列することになった人々で構成されていた。
  ――12 実演とその諸条件

1980年代のミルトン・ケインズにおいて、常時再生された主題は「慈善」だった。
  ――20 資源、報酬、支援

【どんな本?】

 イングランドのニュータウン、ミルトン・ケインズ。1960年代に開発が始まり、四万人の人口が1985年には12万人に膨れ上がった。

 著者は口承文芸の研究者であり、シエラレオネやフィジー諸島でのフィールドワークの経験がある。またミルトン・ケインズに住み、地元の合唱団に加わっている。

 有名な音楽家の研究は多いが、地元で演奏を続けるセミプロやアマチュア音楽家たちを、育成・社会的地位・経済活動・支援/統率組織・人数・演奏機会・聴衆など、多面にわたり総合的に調べた研究は少ない。

 そこで、著者は自らが住むミルトン・ケインズをフィールドとし、人類学・社会学的な手法で、セミプロやアマチュア音楽家を中心に、その聴衆や支援組織などを調べ、イギリスにおける音楽活動の土台を支える社会構造を掘り起こしてゆく。

 調査は1980年から1984年。ジャンルはクラシック,ブラスバンド,オペラ,ジャズ,カントリー&ウェスタン(以降C&Wと略す),フォーク,ロック/ポップと多岐にわたる。切り口も活動周期や収支からバンドの寿命や総数と、具体例から統計的な数字まで多様な視点で、町の音楽家たちを調べ上げた。

 イギリスにおける豊かな音楽の土壌を、あまり注目されないアマチュア音楽家たちの姿を通して描く、人類学・社会学の研究報告書…でありながら、音楽好きには「あるある」に満ちた、実はとっても楽しい本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Hidden Musicians : Music-Making in an English Town, by Ruth Finnegan, 1989, 2007。日本語版は2011年11月4日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約537頁に加え、訳者あとがき9頁。9ポイント47字×19行×537頁=約479,541字、400字詰め原稿用紙で約1,199枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はかなり硬い。一般向けというより、学術論文だと思っていい。ただし、内容は意外とわかりやすく、社会学や人類学の専門知識は要らない。また、音楽についても、譜面が読めなくても大丈夫。敢えて言えば、合奏や合唱の楽しさを知っていると、更に楽しめる。文化祭や宴会の余興やカラオケでもいいから、人前で歌ったり演奏したりして、楽しいと感じた経験があればなおよし。

 たまにモリスダンス(→Youtube)やケイリ(→Youtube)など馴染みのない言葉が出てくるが、21世紀の今ならネットで調べればすぐわかる。

 といっても、この本の場合、活躍するのは Wikipedia より Youtube。つまり日本人には馴染みのない音楽や楽器や踊りの名前が出てくるが、動画を見ればスグに雰囲気が掴める。お陰で動画に見入っちゃって、なかなか読み進まなかったりするw

 また「フォーク」や「クラブ」の意味が、日本語とは微妙に違うが、文中で充分に説明があるので、あまり気にしなくてもいい。

【構成は?】

 序言によるとキチンとした論文の構成を取っているそうだが、気になる所だけを拾い読みしても意外と楽しめる。

  • 2007年版序言/序言/謝辞/略語一覧
  • Ⅰ 序論
    • 1 地元音楽の存在とその研究
    • 2 音楽家の「アマチュア」と「プロフェッショナル」
    • 3 ミルトン・ケインズとその音楽
  • Ⅱ ミルトン・ケインズにおける音楽世界
    • 4 地元レベルにおけるクラシック音楽の世界
    • 5 ブラスバンドの世界
    • 6 フォーク音楽の世界
    • 7 音楽劇の世界
    • 8 ジャズの世界
    • 9 カントリー・アンド・ウェスタンの世界
    • 10 ロックとポップの世界
  • Ⅲ 対照と比較
    • 11 音楽の学習
    • 12 実演とその諸条件
    • 13 作曲、創造性、実演
    • 14 複数の音楽世界
  • Ⅳ 地元音楽の組織と仕事
    • 15 家庭と学校の音楽
    • 16 教会の音楽
    • 17 クラブとパブの音楽
    • 18 音楽グループの組織と運営
      シャーウッド合唱協会の事例
    • 19 現役の群小バンドとそれらの組織
    • 20 資源、報酬、支援
  • Ⅴ 地元音楽の意義
    • 21 都市生活の小道
    • 22 音楽、社会、人類
  • 補遺 方法と提示にかんするノート
  •  訳者あとがき/参考文献/索引

【感想は?】

 そう、本来はお堅い学術本である。が、音楽が好きなら、誰でも楽しめる本でもあるのだ。

 何より、著者が調査を楽しんでる。あくまで真面目な研究書の体裁をとっているし、統計的な数字を出すあたりは地道な調査をしてる。が、地元の合唱団に加わり歌ってる人でもあり、根は音楽好きな人なのだ。

 日頃は聴かないロックのバンドの調査でも、ライブはもちろん曲作りの現場にまで立ち合い、曲が出来上がる様子をつぶさに観察している。顔を合わせての取材でも、相手と距離を置こうとしちゃいるが、お堅く冷静で小難しそうな文章の奥から、著者・取材相手双方の、「あたしら、なんでこんなシンドいのに音楽を続けてんだろw」みたいな仲間意識が伝わってくるのだ。

 特に「10 ロックとポップの世界」では、楽器を始めて数カ月みたいな高校生バンドにも取材してるんだが、「パンクスにお堅い教授様が何の用だろう」といぶかるバンドの面々の緊張も感じられて、ちょっと微笑ましかったり。

 ロック好きな読者として気になるのが、クラシックからロックまで、様々な音楽ジャンル別に調べた、「Ⅱ ミルトン・ケインズにおける音楽世界」。

 世間の印象だと、クラシックは中産階級以上の音楽で、ロックは労働階級みないな思い込みがあるが、これについては「明確な階級・支配的パターンをまったく示さなかった」と一蹴してる。最も目立ったのは家庭環境で、親から子へ音楽好きが受け継がれるケースが多いそうな。

 これは家に楽器があるとか、子供の楽器の練習(往々にして他人にとっちゃ騒音でしかない)を親が我慢するとか、そういう部分が多いらしい。

 面白い事に、素人音楽の世界では、「年齢に関係なく音楽の側面では平等とする」倫理が支配的なのも楽しい所。例外はロック・ポップで、特に若いバンドは同年代の仲間を求めるとか。もっとも、同じロックでも40代のオッサンがいるバンドは若者大歓迎なんで、私の見解じゃ「年寄りほど年齢に拘らない」んじゃなかろか。

 もう一つの例外はフォークで、彼らが愛する音楽とは対照的に「高度な教育を持つグループ」だったりする。ただし本人たちはそれを知って「彼ら自身が驚愕した」。ばかりでなく、他のジャンルとも接触が少なく、「ある地元の演奏者は、他にも地元の音楽が在ることはさっぱり知らなかった」。

 そのくせ全国規模のフォーク愛好家のネットワークがあり、旅行に行っても旅先のクラブを知ってたりする。新曲も作るけど、民謡を求めてスコットランドまで旅する人もいたり。

 やはり比較的に孤立してるのが、C&W。クラシック・ジャズ・フォーク・ロックいずれの音楽家も、地元のC&W活動の話を聞くと「ほとんどの場合虚を突かれたような反応をして」と、認知すらされていない。あんまりだw

 全般的に楽団の寿命が長いのはクラシック系で、ロック系は短い。もっとも、これは私の考えなんだが、楽団の寿命は楽団の人数と関係があるような気がする。単純に、人数が多いほど続きやすいみたいだ。

 学者らしい視点も光ってて、たとえば演奏会での「暗黙のうちに合意された慣行」なんて発想。

 クラシックはわかりやすい。フォーマルな服装で、演奏中はお喋り禁止。もちろん、歩き回っちゃいけない。曲が終わったら拍手喝采すべし。ただし楽章の合間は不許可。

 対して気楽なC&Wだが、実はちゃんとルールはあるのだ。あましフォーマルな格好は不許可だが、相応にお洒落すること。できればカウボーイやお尋ね者のコスプレが望ましい。ノッてきたら踊ろう。とにかく、楽し気に振る舞うのがルールらしい。

そういえばロックにもマナーはあるんだよなあ。例えばメタルは髪型に煩くて、坊主か長髪でないとダメ。リーゼントなんてグラハム・ボネットぐらいで、しかもすぐに叩き出されたし。

 他にもジャンルを越えた共通点は色々あって、大半の楽団は赤字だ。たいてい、メンバーや支援者の献身的な努力で維持されてる。ただし、これに対する姿勢の違いが面白い。

 クラシック系だと、芸術や奉仕など見栄えのいい理由が付くのに対し、ロック系はあくまでギャラが目的って姿勢を整えなきゃいけないらしい。もっとも、そのギャラは、食券だったりビールだったりするんだがw

 いずれにせよ便利なのは慈善興業で、これだとチケット販売や会場確保などの面倒くさい仕事は興行主が担ってくれる上に、特にロック系だと稼げなくても慈善だから仕方がないって言い訳ができる。

 この慈善の対象が色とりどりで、病院の機器購入・老人ホーム・身障児童用コンピュータ購入・教会の補修・サッカークラブなど地元密着型もあれば、英国心臓基金・聖ジョン救急機構部隊など全国規模、果てはエチオピア飢餓・東アフリカ緊急アピールなど国際的なものもある。

 日本と比べやたら慈善興業が多いんだが、これは税制の違いなんだろうか? なんにせよ、こういうイベントが数多く開催されているのも、イギリスの音楽を豊かにしている理由だろう。

 そしてもう一つ、全てのジャンルで完全に共通している点がある。それは、演奏者が音楽を単なる楽しみではなく、人生の欠かせない要素と感じている事だ。

 調査は1980年~1984年。あれから、音楽を巡る環境は大きく変わった。インターネットが普及してメンバー募集や発表の機会は増え、シンセサイザーも発達して教会のオルガンの代わりも安くあげられる。DTMは「隠れた音楽家」を増やしただろう。だが、それでも生の演奏には独特の魅力がある。

 堅苦しい文体の本だけど、内容は読んでてとっても楽しい。だからこそ、是非とも21世紀のフィールドワークを加え、隠れた音楽家たちが変わった事・変わらなかった事を伝える続編が欲しい。

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2017年3月30日 (木)

J.E.チェンバレン「馬の自然誌」築地書館 屋代通子訳

ウマの歴史は消化と消化不良の歴史だ。
  ――第1章 霧の中から アメリカの馬と人

荷役馬であれ馬術馬であれ、サーカス馬であれ競走馬であれ、すぐれた馬を育てる人には共通点がある。よく観ているのだ。
  ――第2章 家に馬をもたらす 狩猟馬、農耕馬

ウマと友だちになるには、まずは話しかけ、そして掻いてやることだ。
  ――第2章 家に馬をもたらす 狩猟馬、農耕馬

ウマは戦争を発明したばかりか、軍備拡大競争まで始めたのだ。
  ――第4章 歴史を騒がせた名馬たち アレクサンドロス大王の愛馬から競走馬まで

ウマに関してはモンゴルがいまだ先頭をいっている。この惑星上で、人よりもウマが多い(約300万頭)のはここだけだ。
  ――第5章 世界の馬文化 古代中国から現代ヨーロッパまで

【どんな本?】

 荷車を引き、畑を耕し、人を運び、戦で敵に突撃し、競馬場で華麗に駆けるウマたち。そのウマは、元々どこに住んでいて、本来はどんな生き物なのか。ヒトとウマはいつ、どのように出会い、どのように互いの生き方を変えていったのか。そして、今、ウマとヒトの関係は、どう変わろうとしているのか。

 新石器時代の壁画から古代中国の兵馬俑などの遺物、首あてや鐙などの馬具、アレクサンドロス大王のブケパロスやサラブレッドの祖エクリプスなど歴史上の名馬、そしてアラブや中世欧州や現代のアメリカ先住民などウマと関わりが深い文化などを訪ね、ウマと人間の関係を描く、エッセイ色の強い歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Horse : How the horse has Shaped civilizations, by J. Edward Chamberlin, 2006。日本語版は2014年9月22日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約233頁。9ポイント42字×17行×233頁=約166,362字、400字詰め原稿用紙で約412枚。文庫本なら少し薄めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容もあまり難しくないが、専門用語はしょっちゅう出てくる。例えば走り方だとギャロップやトロット、鹿毛・葦毛・青毛などの毛色、首あて・鐙・鞍など馬具の名だ。説明がない場合も多いので、詳しく知りたければ、近くの競馬ファンに聞くか、Wikipedia などで調べよう。

【構成は?】

 一応、全体としてのストーリーはあるが、各章は比較的に独立しているので、興味を持った所だけを拾い読みしてもいい。

第1章 霧の中から アメリカの馬と人
第2章 家に馬をもたらす 狩猟馬、農耕馬
第3章 地球を駆け巡る 馬の移動と輸送が世界を変えた
第4章 歴史を騒がせた名馬たち アレクサンドロス大王の愛馬から競走馬まで
第5章 世界の馬文化 古代中国から現代ヨーロッパまで
第6章 魂をふるわせる動物 気品、美、力の躍動
 原註および謝辞/さくいん

【感想は?】

 馬は力と地位の象徴だ。少なくとも、ヒトが定住を始めてからは。

 現代日本で馬を持ってると聞けば、かなり懐に余裕があるんだな、と考える。馬は札束を食うなんて言葉もある。一口馬主なんて制度もあるが、申し込む人の大半は儲けより満足感が目的だろう。

 昔はもっとハッキリしている。紀元前二千年ごろはチャリオットが戦場を支配した。アッシリアではウマ専門の商人を導入した。オスマン帝国は純潔アラブ種の国外持ち出しを禁じた。そういえば「日清戦争 近代日本初の対外戦争の実像」でも、当時の日本陸軍の弱点は馬の不足だ、とあったっけ。

 などの物騒な話ばかりでなく、華やかなパレードにも、飾り立てた騎兵隊は欠かせない。ウマは力ばかりでなく、美しさの象徴でもある。

 が、これは数々の矛盾を含んでいるのが面白い。本来、馬は走る生き物だ。一か所に留まって住む動物じゃない。かつてヒトが移動生活をしている時、ウマは単なる獲物だったらしい。「ウマは肉が、アジアでもヨーロッパでも、数万年前から重要な食料源」だった。

 が、定住を始めると、ウマは貴重な使役動物となる。その目的の一つは、移動手段だ。なんたって速いし、長く走れる。「カザフ族のウマは、二時間以内で48キロを走り抜けた記録がある」。速く長く走れる乗り物は、自由と誇りのシンボルだ。

インディアンたちがドーズ法によって土地を手放し、定住者や山師に売った金で最初に手に入れたものは、たいていが車だった。

 定住することで手放した自由を、ウマによって再び手に入れた形になる。どうやらヒトの中では、定住したい欲と旅する欲が争っているらしい。

 おまけに、本来、ウマは狩られる側の動物で、「敵に向かっていくのではなくむしろ敵から逃げ出そうとする」生き物で、戦いには徹底して向かない。ヒトがウマに乗る動作も、狼がウマを襲う動作に近い。にも関わらず、ヒトはウマと密接な関係を築いてきた。

 そんなヒトとウマの関係は、本書でも何回か繰り返される。冒頭の牝馬ビッグバードに始まり、アレクサンドロスとブケパロスもいいが、サラブレッドの祖でもあるゴドルフィンバルブ(→Wikipedia)の話は、ちょっと山本周五郎の紅梅月毛を連想したり。

 中でも最も気に入ったのは、著者が創作した、少女と仔馬が出会う物語。約一万年前、ユーラシアの中央部を舞台として、幼い少女が生まれたての仔馬に目を付けて…って物語。登場人物で想像がつくように可愛らしいお話ながら、ウマの性質を説明しつつ、馴らす基本を巧くまとめてる。

 こういった社会的な事柄に加えて、もっと下世話な、ウマの乗り方も詳しく書いてあるのが、この本の特徴。言われて初めて気が付いたが、いわゆる乗馬の乗り方と、競馬の乗り方は全く違う。同様に、乗馬競技だとヒトは足を延ばし背を立てて乗るけど、競馬の騎手は膝を曲げ背を丸めて乗る。

 競技ばかりでなく騎兵でも色々な乗り方があるらしく、チンギス・ハーンとヨーロッパの鎧騎士の乗り方は全く違うそうな。

 この辺は読んでてよくわからなかったが、チンギス・ハーンは「ウマを手で操るのではなく、膝の動きと体重移動で制御した」とある。そういえば彼らは馬上でも走りながら弓を射れたというから、下半身で馬を御する技術もあったんだろう。加えて、ウマの種類も違うし。

 対して、騎士や武士は手綱を握ってるなあ。バイクだと、チョッパーハンドルのアメリカンと、前かがみなコンチネンタルの違いかな?

 とかの騎乗だけでなく、荷車や馬車を曳くのもウマの仕事。特に馬車の文化は、バギー・キャブリオレー・キャラバン・クーペ・タンデムなどの名詞で、自動車産業が今でも受け継いでる。ちなみにそれぞれ一頭立て軽装馬車・一頭立て二輪で二人座席の折り畳み式幌付き馬車・大型の遊覧馬車・二人乗り箱型四輪馬車・縦並びの二頭引き馬車。

 こういった文献漁りに加え、カナダのブリーダーやブラックフット族の馬商人など、現代のウマ商売に関わる人の話では、著者がウマに寄せる深い愛情が伝わってくる。歴史書と言うにはくだけすぎるが、エッセイ集とするには歴史的エピソードが多すぎて、分類には困るけど、近くの牧場に行って馬に触りたくなる、そんな本だ。

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2017年3月19日 (日)

スチュアート・アイサコフ「ピアノの歴史」河出書房新社 中村友訳

 本書はピアノにまつわる物語だ。演奏者、発明家、巨匠に自称巨匠、教師に生徒、後援者、批評家、プロモーターたちが登場するが、みんなピアノの芸術性追求に生涯を捧げている人たちだ。これらの人たちの力が合わさって、かつて人間が作り出した最も重要な楽器の興味深い物語が誕生した。
  ――第一章 伝統の蓄積

ムスティスラフ・ロストロボーヴィチ「ぼくらはパイロットじゃないんだからね。間違ったところで、みんな死にはしないよ」
  ――第五章 巡業する演奏家たち

ジャズは遠心力、つねに、境界線を外に押し広げようとする力だ。
  ――第九章 リズミスト

どういうわけか、練習は苦痛を伴うものだという認識が、19世紀においては一般的になった。
  ――第十四章 世界進出への鍵

【どんな本?】

 紳士淑女が集うクラシックのコンサートで、酔客がたむろし紫煙漂う酒場で、子供たちが歌う音楽教室で、ピアノは音楽を奏でる。小鳥の軽やかなさえずりから、力強く進む列車、そして嵐の咆哮まで、ピアノは音で描き出す。

 先祖のハープシコード(チャンバロ)から、どのような経過を辿ってピアノは生まれたのか。ピアノはどのように普及し、受け入れられたのか。歴代の演奏家や作曲家は、ピアノの可能性と表現力を、どのように押し広げていったのか。そして現代の演奏家や作曲家たちは、どんな挑戦を続けているのか。

 モーツァルトからオスカー・ピーターソンまで、綺羅星のごとく並ぶ音楽家たちと共に、ピアノとピアノ曲の歴史を辿る、一般向けの音楽史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Natural History of the PIANO : The Instrument, the Music, the Musicians--from Mozart to Modern Jazz and Everything in Between, by Stuart Isacoff, 2011。日本語版は2013年5月30日初版発行。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約425頁に加え、青柳いずみこの解説6頁。9.5ポイント44字×19行×425頁=約355,300字、400字詰め原稿用紙で約889枚。文庫本なら上下巻にわけてもいい分量。

 文章はこなれている。内容は特に難しくないが、出てくる作曲家・演奏家はクラシックの人が多いので、クラシックが好きな人ほど楽しめる。私はクラシックはからしきなので、ちょっと辛かった。ピアノの演奏技術を語る部分も多いが、別にピアノを弾けなくても、「鍵盤は左が低音で右が高音」程度にわかっていれば、雰囲気は掴める。

【構成は?】

 だいたい時系列順に進むので、素直に頭から読むのが無難だが、随所に有名な音楽家のエピソードを綴るコラムが入るので、そこを拾い読みしてもいい。贅沢を言うと、人名索引が欲しかった。

  • 第一章 伝統の蓄積
  • 第二章 ピアノ誕生
  • 第三章 ピアノ界のスーパースター誕生
  • 第四章 ピアノ熱
  • 第五章 巡業する演奏家たち
  • 第六章 四つの音
  • 第七章 燃焼派
    • 第一部 新約聖書
    • 第二部 火は燃え続ける
  • 第八章 錬金術師
    • 第一部 化学
    • 第二部 ショックと畏敬
  • 第九章 リズミスト
    • 第一部 アメリカの冒険の始まり
    • 第二部 オール・ザット・ジャズ
    • 第三部 揺るがぬリズム?
      それとも危ういリズム?
  • 第十章 メロディスト
    • 第一部 心に正直に
    • 第二部 わが道を行く
  • 第十一章 洗練と土着
  • 第十二章 ロシア人たちがやってくる
  • 第十三章 ドイツ人とその親戚
  • 第十四章 世界進出への鍵
  • 第十五章 最前線で
  • 第十六章 温故知新
  • 補遺:補足事項
  • コラムに登場する人物紹介
  • 謝辞/解説 青柳いずみこ/出典その他

【感想は?】

 引用したい文や台詞がいっぱいある。

 オスカー・ピーターソンの「これがぼくの治療さ」から始まって、ルイス・モロー・ゴットシャルクの「詩はしばしば美徳と対立する」とか、ビリー・ジョエルの「わたしは、自分で作曲したクラシックの作品をロックンロールに編曲している」とか。

 お堅いと思っていたクラシックも、実は守旧と革命の歴史なんだなあ。そもそも、肝心のピアノ自体が、次第に進化してきた楽器だし。

 ピアノの親はハープシコード(チェンバロ、→Wikipedia)。見た目はピアノに似てるし、弾き方も近いが、音の出し方が違う。ハープシコードは爪で弦をひっかくので、音に強弱がつけられず、どうしても単調な感じになる。

 これを改造したのが、なんとフェルディナンド・デ・メディチ(→Wikipedia)と、職人バルトロメオ・クリストフォリ(→Wikipedia)。ハープシコードが弦をひっかくのに対し、ハンマーが弦を叩くようにした。と共に、自動的にハンマーを元の位置に戻す「アクション」(→Wikipedia)も発明している。一種のカムかな?

 と言っちゃえば簡単だが、やたら部品が多くて精密かつ頑丈でないとマズい機構で、こんなん鍵盤の数だけ用意するとなると、それなりに腕のいい職人を集め相応の手間暇かける必要があって、そりゃ大公子でもないと資金が続かないだろうなあ。

 もっとも弦をハンマーで叩くって発想には先達がいて、クラヴィコード(→Wikipedia)がそれ。ただ音が小さいのが弱点。これはリュートがギターに駆逐された経緯に似てるなあ。でも最近は電気化されクラヴィネットとしてスティーヴィー・ワンダーの迷信とかで活躍してるね。

 ピアノに戻ると、音も「今より乾いた感じで、より小さく、よりきびきびした響きを持っていた」。たぶん構造材の制限で、減の張力をあまり強くできないのも原因の一端なんだろう。他にも様々な効果をつけるペダルなどの発明で、ピアノの表現力は次第に広がってゆく。

 今でもポップ・ミュージックの音楽家たちはシンセサイザーをいじくりまわしたり波形エディタを使ったりして新しい音を探してるけど、こういう新しい音を求める気持ちってのは、昔からあったのね、と変に感心したり。

 Journey が Wheel in the Sky で演奏ツアー暮らしの厳しさをボヤいてるけど、昔のドサ周りはもっと厳しかった様子。神童と呼ばれたモーツァルトも父レオポルドに連れられ欧州ツアーに出かけたが、どの道中はレオポルド曰く…

「通行不可能な道、乗り心地の悪い馬車、惨めな宿、強欲な宿屋の主人、堕落した税関検査官、旅人を狙う追いはぎ」

 と、半端なくシンドい道中だった様子。19世紀ロシアのアントン・ルビンシテインも、「239日間で215回のコンサート」なんて無茶なアメリカ・ツアーをやってる。たんまり稼いだのはいいが、やっぱり懲りたようで、「ただ機械的に演奏するだけのロボットになってしまう」と、次の誘いは断ってる。

 音そのものに加え、演奏法や曲も、1889年のパリ万博で披露されたガムランに衝撃を食らったり、アメリカじゃアイルランド移民が持ち込んだダンスに影響を受けたりと、クラシックも常に新しい物を求めてるってのは、意外な発見だった。

 全般的に高名な作曲家や演奏家の話が多いけど、普通の音楽好きな人の話も楽しい。

 例えば自動ピアノ。ロール紙に曲を記録し、それを別の自動ピアノに設定すれば、演奏を再生する。これ、19世紀末~20世紀初期に流行ったモノで、どうやらちょっと前のレコードや CD の役割を果たしていたらしい。つまり、家庭で好きな曲を楽しむための機械ってわけ。

 やはり人が音楽を求める想いの強さを感じさせるのが、GIピアノ。第二次世界大戦中、なんと米軍は戦場にピアノを飛行機から投下してたとか。そのため、スタンウェイは専用のタフなピアノを開発しましたとさ。なんちゅう贅沢な。そういえば「イワンの戦争」でも、赤軍がドイツ軍に楽譜をねだるエピソードがあったなあ。

 などと、ピアノに疎い私でも楽しめるエピソードがいっぱい。ピアノに限らず、音楽好きには美味しく味わえる本だ。ただ、出てきた曲やピアニストの演奏を Youtube で漁り始めると、なかなか読み進められないのが欠点w

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2017年3月 6日 (月)

沢山美果子「江戸の乳と子ども いのちをつなぐ」吉川弘文館

…江戸時代の史料には、わたしたちになじみ深い「母乳」という言葉は出てこないことに気づかされたからだ。
  ――いのちへの問い、乳への問い プロローグ

本書の課題は、江戸時代の人々は、どのように子どものいのちをつないできたのか、女の身体と子どもの命の結節点にある乳、そして授乳という行為に焦点を絞って探ることにある。
  ――いのちへの問い、乳への問い プロローグ

【どんな本?】

 今は粉ミルクがあるが、江戸時代にそんな便利なものはない。子どもの命綱であるにも関わらず、保存は効かないし、乳の出は体質や体調や精神状態で大きく変わる。栄養状態も衛生状態も労働条件も当時は今と全く違うわけで、母体の不安定さ=乳の出の不安定さは察するに余りある。

 そのような厳しい状況で、人々はどのように子どもに乳を与え、いのちをつないできたのか。社会階層の違いは、乳にどんな影響を与えたのか。そして乳は社会にどんな影響を与えたのか。

 独特の優れた着想を、主に江戸時代後期・末期を中心として、支配階級である武士から貧しい農民まで、丹念な調査と研究で掘り下げ、いのちをつなごうとする人々の姿を描き出す、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年1月1日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約204頁に加え、あとがき5頁。10ポイント40字×16行×204頁=約130,560字、400字詰め原稿用紙で約327枚。文庫本ならやや薄めの一冊分。

 文章は読みやすい。内容も特に前提知識は要らない。敢えて言えば、子どもの夜泣きやイタズラ、ママ友やご近所との付き合いなど、子育てで悩んだ経験があると、更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、面白そうな所を拾い読みしてもいい。

  • いのちへの問い、乳への問い プロローグ
    いのちをつなぐ/なぜ、いのちと乳か/本書の課題と構成/歴史の現場と当事者の声に即して
  • なぜ乳か
    • 乳から何が見えるか
      乳銀杏との出会いから/授乳の歴史性への問い
    • 授乳風景は語る
      浮世絵、図表に見る授乳風景/飢饉図のモチーフ
    • 西鶴本に見る乳
      子どものいのちと乳/乳?み子を抱えて
    • 乳がない
      貰い乳・乳の代用品/乳母という奉公/乳をめぐる問題群
  • 命綱としての乳
    • 乳の出る薬の配布
      農村女性の乳不足/乳不足の女への配慮/乳の粉/農村の貰い乳/下層武士の乳をめぐる困難
    • 上層武士と乳
      里子と乳代/徴収される乳/里子に出す
    • 乳と捨て子
      「赤ちゃんポスト」のその後/大阪の捨て子たち/乳と世話人/口入屋と捨て子
    • 乳沢山あり
      実子なく乳沢山あり/捨て子を貰う
    • 捨て子のその後
      七歳になった捨て子/捨て子への世間の目/捨て子養子という選択肢
  • 売買される乳
    • 乳持ち奉公に出る女たち
      岡山城下町の口入屋/乳を売る乳持ち奉公/雇われ暇を出される乳母
    • 乳母を選ぶ
      良い乳と悪い乳/乳母選びの基準/乳の質を調べる
    • 乳の売買の裏側
      子殺し・捨て子と乳持ち奉公/「ほし殺し」/乳母に預けた子どもの死/乳の出ない乳母
  • ある家族における乳と子ども
    • 「柏崎日記」に見る乳と子ども
      なぜ「柏崎日記」か?/二つの翻刻/柏崎陣屋での家族
    • 渡部家の子どもたちと授乳
      望ましい出生間隔と授乳/「月の滞り」への不安
    • 乳をめぐるネットワーク
      乳付け/乳付けと性別/乳不足への対処/貰い乳と摺粉/乳への祈願/乳を貰う、あげる
    • 乳を呑むのは「ねんね」
      おろくの場合/真吾の場合/子どもが乳を離すとき/人的ネットワークの中の乳
  • 乳と生殖・胎児観
    • 長期授乳の意味
      授乳と出生間隔/長期授乳根の批判/民間療法と乳/授乳と生殖パターン
    • 出生コントロールと乳
      産あり、出生なし/乳が張る
    • 乳を呑む「胎内の子」
      「胎内十月之図」/乳房を離す/「死胎出産之赤子改善」/乳を呑む胎児/乳綱という命綱
  • 歴史の中のいとちと乳 エピローグ
    江戸のいのちと乳/乳が持っていた多義的な意味/母乳ばかりで/少産少死社会への転換の中で/いのちをつなぐ営みの歴史から見えるもの
  • あとがき/引用・参考文献

【感想は?】

 着想が素晴らしい。もちろん、それに加え手間も時間もかかる丁寧な調査をした立派な研究書でもある。そのわりに、とっても親しみやすくわかりやすいんだけど。

 なんたって乳だ。今は粉ミルクがあるけど、昔はそんなものはない。生ものだから保存は効かないし、母体の体質や体調で出たり出なかったりする。今と比べ当時は栄養状態も良くなかったろうし、近代医療もないから病気になる人も多かったはず。

 実際、本書を読むと、病気で乳の出が悪いなんて場面が何度も出てくる。ばかりでなく…

飛騨の過去帳から作成された衛生統計によると、21歳から50歳の死因のうち、(略)女子に限るならば(産後死および難産死が)死因の1/4を上回っていただろう

 と、当時の出産は命がけだったのがわかる。また子どもの寿命も…

一歳までの死亡率は20%、五歳までの死亡率は20~25%を占め、生まれた子どものうち、成人するまで生きる子どもは半数ほどだった

 など、当時の子育ての難しさがよくわかる。そこを何とか工夫するのが人間で、米粉や片栗粉を使った代用品を与えたり、母親に催乳薬を飲ませたり、乳の出る女がいる家に里子に出したり、逆に乳母に来てもらったり、近所の女の乳を貰ったりと、立場や状況に応じて方法は様々。

 とはいうものの、乳が余る女なんて、そう都合よくいるもんじゃない。

 需給バランスはやっぱり需要の方が多いようで、乳母奉公はかなり稼ぎが良かった模様。飯炊き女の給金が半年で「三匁弐分」に対し、乳母は「前金でそっくり八五匁」に四季のお仕着せ付き。おまけに奥様の古服まなどの余禄もある由を、西鶴の文献から拾ってきている。

 ちなみに乳母選びの基準は色々あるが、一つは「『乳ぶくろ(乳房)の豊かさであった」。やっぱり大きいと父も沢山出るだろう、と考えちゃうんだなあ。まあいい。これだけ待遇が良くて稼ぎが大きいと、ロクでもない事を考える輩もいて…

 そんな風に乳母を雇えるのはソレナリに実入りのある人だけで、貧しい農民はそうはいかない。仙台藩は乳泉散なんて催乳薬を配ってて、意外と福祉にも気を配ってた事がわかる。けど、果たして効果はあったんだろうか。

 他にも仙台藩の生活保護政策は出てきて、奥さんが亡くなり赤子を抱えた上に病を患った百姓が、藩に願を出し、「現在の価値に当てはめると、約11万円ほど」の手当を受け取ってる。これは自分が食うためというより、赤子のために近所の者から「貰い乳」するための手当てって性格らしい。

 そう、「貰い乳」ったって、タダって貰いっぱなしってわけにゃいかず、何かお礼をする事になってた模様。まあ、これは、単に需要供給資本主義な取引って部分もあるだろうけど、人としての心理で、何かお返しをしないと気が済まないって気持ちもあるんだろうなあ。

 これが都市になると、口利き屋が商売で仲介してたりする。昔から、リクルートみたいな仕事はあったわけだ。かと思えば、「桑柏日記」から、桑名藩の下層武士が陣屋内で乳を融通しあうママ友ネットワークを作ってた様子が伺える。

 もう一つ印象深いのは、授乳期間の長さで、当時は三歳ぐらいまで乳を与えてる。授乳期間は妊娠しにくいので、貧しい百姓にとっちゃ格好の避妊手段になってた様子。ばかりでなく、厳しい出産で消耗した母体の回復にも、それぐらいの期間が必要だったんだろう。

 加えて、先の乳母の待遇のよさなどから、乳の出る女は重宝しただろうから、なるたけ乳離れさせず乳が出る状態を長く維持したいって意向もあったんじゃないかな。

 などと乳を通して見えてくるのは、当時の人間関係の濃さ。村にせよ陣屋にせよ、貰い乳のやりとりなどから、人々が互いに助け合って生きてきた姿が浮き上がってくる。そこに鬱陶しさを感じているらしき描写もあるけど、なんとか付き合っていくしかなかった様子。

 この貰い乳なんて風習は、ヒト以外の哺乳類じゃあまり見られないだろうし、とすると、これが人類の繁栄にもたらした影響は、かなり大きいわりに、今まで見過ごされてきたんじゃなかろか。証拠を集めるのは難しそうだけど、時代的にも地理的にも、そして社会学や生物学など他の学会にも広げて研究する価値のある、とても重要でユニークで示唆の多いテーマだと思う。

軽く調べた範囲じゃ、実子以外に授乳する例が、サルだと観察されてる模様。勝山ニホンザル集団での出産観察と母親行動に関する事例報告 - J-Stage(PDF)の「事例5.実子と養子の同時子育て」

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2017年2月19日 (日)

ヴァージニア・スミス「清潔の歴史 美・健康・衛生」東洋書林 鈴木美佳訳

本書は、昨今の多層的アプローチを用い、清潔についての考え方の様々な起点と経過をたどったものである。
  ――序 日本語版によせて

実際のところ、細菌は、「病原生物」にたいする民間の概念にぴったりだった。しかし、コッホの細菌がそれ自体、種であるという特異性をもっているということは、かつてのミアズマ(瘴気)主義を信望する公衆衛生学者にとっては脅威だった。
  ――第9章 健康十字軍

身体の浄化と家庭の収入の相関関係は、他の時代と同じく、ここ数世紀間、不可避だった。
  ――第10章 美しい身体

【どんな本?】

 clean。書名では「清潔」としているが、もっと複雑なニュアンスがある。医学的・衛生学的に無菌,化学的に純粋,片付いている,家や衣服の汚れがない,精神的・霊的に穢れていない,汚職に関わっていない,人工物の反対としての自然…。

 動物の身づくろい,運動・入浴・食事・生活習慣などの健康法,美しく見せるための化粧,都市のトイレなど幅広い視野で、古代ギリシアから中世の西欧そして近代・現代のイギリスまでの歴史を俯瞰し、人々が清潔をどう捉え、どう対処してきたかを語る、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は clean : a history of personal hygiene and purity, by Virginia Smith, 2007。日本語版は2010年3月31日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約378頁。9ポイント46字×19行×378頁=約330,372字、400字詰め原稿用紙で約826枚。文庫本なら厚い一冊分ぐらいの分量。

 文章はやや硬い。いまさら気が付いたのだが、東洋書林は歯ごたえのある本が多いようだ。内容はそれほど難しくない。レコンキスタや産業革命などの歴史的な知識が必要だが、最低限の事柄は本書内に簡単な説明があるので、西洋史のだいたいの流れを中学卒業程度のレベルで知っていれば充分だろう。

【構成は?】

 人類のあけぼのから現代まで、ほぼ時系列順に話が進む。が、各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいいだろう。

  • 序 日本語版によせて/はじめに
  • 第1章 生物としての身体
    内部浄化/感覚/訓練と適応/身体表面の手入れ/場、空間、秩序/汚染/道具、装飾、ボディ・アート/水、泉、かまど
  • 第2章 化粧
    成層化と結果/化粧品貿易/化粧品調合法/特別に神聖な場/聖なる化粧/宮殿の純潔/宮廷の身支度/娼婦
  • 第3章 ギリシアの衛生
    人口統計/水、水、水/迷信深い人間/オリンピック競技/公園と錬成場/訓練と体操/科学的衛生/美容術
  • 第4章 ローマ風呂
    水道橋/公衆浴場とスパ/オウィディウスの身づくろい/身体方法学派/ガノレスの衛生/古代末期の風呂
  • 第5章 禁欲
    ユーラシアの禁欲主義/キリスト教の純潔/新プラトン主義/貞潔/洗浄と入浴/癒しの務め
  • 第6章 忠誠の道徳
    シャルルマーニュの作法/南ヨーロッパ/サレルノ養生訓/身づくろいの空間/『トロトゥラ』なる著作物/公衆浴場/沐浴の祭り/外交のための沐浴/春の沐浴/「売春のための浴場」/浴場の衰退/梅毒
  • 第7章 プロテスタント的養生法
    人文主義君主/(英国の)中産階級/指南書とまじめな生活/鉱泉地と公衆浴場/清教徒の身づくろい/純粋な食べ物/冷たい空気/冷たい水/ジョン・ロックの冷養生
  • 第8章 清潔は市民の美徳
    優雅な時代/秘めたる身体各所/衛生と頑健/海水浴と外気/生理学/子どもの健康/ウィリアム・バハン/革命と衛生と自然哲学/生気論者による健康管理
  • 第9章 健康十字軍
    ホイッグ政権と互助/身体潔癖主義/内なる清潔/薬とコレラ/民間生理学/公衆衛生と水/環境衛生/英国式贅沢/水治療場/世紀末改革/細菌/自然崇拝/貧困と疑い
  • 第10章 美しい身体
    優生学と予防医学/郊外/郊外の子ども/自然崇拝者と裸体主義/1945年以降の売れ筋商品/フラワーパワーと多文化主義/自助とホリスティック医療/現代の健康生活/最後に:将来の傾向
  • 解説:鈴木晃仁/主要参考文献/原註/索引

【感想は?】

 医学・衛生学は、本書のテーマの一部にすぎない。本書は、もっと広い意味での clean を扱っている。序に曰く、清潔,純粋/純潔,衛生,その他。

 今でも健康食品や怪しげな健康法、民間療法などが流行っている。それも仕方がないのだ。どうやらヒトのオツムは、これらと医学や衛生学を似たような物と判断するらしい。ばかりか、美容も同じ器に入っているようだ。

 SF作家の菅浩江は「誰に見しょとて」で、美容と医療を合わせたコスメディックなるアイデアを扱い、それが人の体だけでなく心まで変えてゆく物語を綴った。そういう考え方は別に新しいわけではなく、昔から美容は医療の一部だったようだ。

 大航海時代はスパイスが駆動力となったが、古代ギリシアや古代ローマでは化粧品が同じ役割を果たしている。「それらは小さく、持ち運びしやすく、利益が上がる商品」だった。これは大航海時代のスパイスの定義そのものだ。運びやすく少ない量で高く売れるブツなら、遠く離れた所から運んでも苦労と費用に見合う儲けが出る。

古代の人々が化粧や美に関するケアで理解していた重要な点は、それが体調を整え、健康を保つということだ。
  ――第2章 化粧

 紀元前三千年ごろにヘロドトスが述べている。「居住地域の隅に位置する国々は、最も珍しく美しいと我々が思うものを生産する」。珍しくて値が張るものは、有力者が欲しがる。これが交易を盛んにし、帝国の拡大をもたらすわけ。

 化粧品の容器を工夫するのも、古代エジプトからの伝統。しかも神官はシラミなどを防ぐため、「一日おきに身体全体の毛を剃」っていた。全身脱毛も歴史は古いんだなあ。

 テルマエ・ロマエでローマの公衆浴場が有名になったけど、古代ギリシアも紀元前五世紀から公衆浴場サービスを始めている。

 公衆浴場サービスは抑圧的なキリスト教が猛威を振るったヨーロッパでも生き延びたようで、17世紀スイスのバーゼルの土曜沐浴の習慣はとっても羨ましい。なんと、家で服を脱いで公衆浴場まで裸で歩いていくのだ。しかも混浴ですぜ。

 もっとも、これは助平根性だけでなく、どうもヒトには裸族願望があるんじゃないかと思わせるエピソードもチラホラ。

 例えば17世紀イギリスのクエーカー教徒は、「腰布のみを身につけて、裸ででかけて無垢を示すことがあった」。19世紀にはセバスチャン・クナイプ神父が、裸またはそれに近い格好でオーストリア・アルプスでの散歩や水泳を勧めている。もっとも日光をたくさん浴びようって目論見もあったようだが。

 この裸大好きな傾向も、少なくとも古代ギリシアから綿々と続く自然崇拝思想の末裔。古代オリンピックの選手は裸で競ったしね。菜食主義もピュタゴラス派やオルペウス教が唱えている。ヒトの健康関係の思考ってのは、大昔からあまし変わってないらしい。

 というのも、例えば健康法の本は、古代ギリシア・古代ローマから中世・近世ヨーロッパまでを通し、必ずベストセラーになっている。現代医学から見れば怪しげな内容も多いが、誰でも健康には興味があるのだ。入浴を好む派閥と、大事なのは心の清らかさだよ派の対立も、昔から続いている。

 意外と清潔こそが正義とは限らないようで、世間でチラホラ言われているように、行き過ぎた除菌は子供によくないのかも知れない。

東西ドイツの喘息研究で、清潔で近代的な西ドイツの子どもたちよりも、不潔で衛生度の低かった東ドイツの子どもたちのほうが喘息がはるかに少ないとわかり…

 いわゆる衛生仮説(→Wikipedia)ですね。仮説って名がついてるだけあって、2017年2月現在は専門家の間でも議論が続いている様子。仮に当たっていたとしても、ゴミ溜めの中で育つのはやっぱり良くないわけで、「どの程度の清潔さが最も良いのか」って見極めは難しそうだなあ。

 ってな具合に、現代の医学・衛生学で問われている問題も、少なくとも古代ローマあたりには人々の話題になっているうばかりか、美容でもバッチリメイク派と薄化粧派がいたり、健康法は粗食&運動だったり、どうも医療・衛生・美容関係ってのは、思想や哲学や道徳と深い関係があるようだ。

 これらに加え、トイレや上下水道の問題も扱っていて、ヒトの生理から地域統治まで、広い範囲にわたる話題を取り上げ、読者の興味の向き次第で様々な読み方ができる、見かけより複雑な本だった。歯ごたえはあるが、消化できる人には、それに見合う報酬も用意されている本だ。

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2017年1月24日 (火)

イアン・ゲートリー「通勤の社会史 毎日5億人が通勤する理由」太田出版 黒川由美訳

通勤はいまでこそ日常的な活動ではあるが、かつては紛れもなく革新的な行為だった。それは過去との決別を意味し、新たなライフスタイルの扉を開く鍵でもあった。通勤の短い歴史の大半において、人々はそれをよきものを考えてきた。
  ――序章 誰もいない土地を抜けて

ヘンリー・フォード「都市の問題は都市を離れることで解決する」
  ――4 自動車の発達

「ロシアに道はない、あるのは方角だけだ」
  ――7 二輪は最高

二十世紀の大半で、通勤は移動の自由と経済成長のバロメーターだった。
  ――8 超満員電車

2004年、IT企業の<ヒューレット・パッカード>は、鉄道利用者に電極付きの帽子をかぶらせ、心臓と脳の活動のさまを測定する実験を行った。その結果、場所を奪い合う通勤者の興奮度と緊張度は、交戦中の戦闘機パイロットや暴徒と対峙する機動隊員と同じくらい高いことが判明した。
  ――12 流れをコントロールする

いまでは世界の電力の10%がIT関連で使用され、それは航空業界全体を合わせた消費量より50%も多いのだ。
  ――13 仮想通勤

【どんな本?】

 満員電車はひどく疲れる。奥に詰めればいいのに出位置口で踏ん張る奴がいるし、揺れる度に人にもたれかかってくる者もいる。痴漢と間違われるのは嫌だから吊革につかまりたいが、一人で二つの吊革を占領する横着者もいる。

 なんだってこんなしんどい想いをして通勤せにゃならんのか。そもそも通勤なんて不愉快な習慣が、なぜ始まったのか。

 通勤なる苦行は、いつ・どこで始まったのか。それは私たちの暮らしや社会をどう変えたのか。国や地域による通勤事情はどう違うのか。公共交通機関・自転車・自動車、それぞれの通勤方法にどんな長所・短所があり、どんな影響があるのか。そして今後の通勤事情はどうなるのか。

 イギリスの鉄道開通に始まり、宅地開発・都市形成や自動車の普及などを通した通勤の歴史と、それが社会・産業そしてライフスタイルに与えた影響を辿り、またイギリス・アメリカ・日本・インドなど世界各地の通勤事情を描きつつ、在宅勤務などを視野に入れた未来の通勤事情を探る、身近ながらも意外なトリビアにあふれた、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RUSH HOUR : How 500 Million Commuters Survive the Daily Journey to Work, by Iain Gately, 2014。日本語版は2016年4月15日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約339頁。9.5ポイント44字×17行×339頁=約253,572字、400字詰め原稿用紙で約634枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も難しくない。敢えて言えば、必要なのは通勤・通学の経験。酷暑や雪の中でなかなか来ないバスを待ったり、ギュウギュウ詰めの満員電車に苦しんだり、渋滞にハマってイライラした事があれば、更に楽しめる。

【構成は?】

 第1部は歴史篇。時系列に進むので、素直に頭から読むといい。第2部・第3部は各章が比較的に独立しているので、つまみ食いしてもいい。

  • 序章 誰もいない土地を抜けて
  • 第1部 通勤の誕生と成長、そして勝利
    • 1 一日に二度ロンドンへ行った男
    • 2 郊外の発展
    • 3 スネークヘッドと美食
    • 4 自動車の発達
    • 5 中間地域
    • 6 山高帽とミニクーパー
    • 7 二輪は最高
  • 第2部 粛々と通勤する人々
    • 8 超満員電車
    • 9 ロード・レージ 逆上するドライバーたち
    • 10 移動は喜びなのか?
    • 11 通勤が日常生活に及ぼす影響
    • 12 流れをコントロールする
  • 第3部 顔を合わせる時間
    • 13 仮想通勤
    • 14 すべては変わる
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 通勤の意外な側面に気づかされる。

 私は大雑把に分けて二種類の通勤を経験した。電車やバスの通勤と、自転車・バイクでの通勤だ。今から思うと、この両者には大きな違いがある。

 電車やバスだと、通勤中に本が読める。自転車やバイクだと、本が読めない。電車やバスだと自然に本を読む時間が取れるが、自転車やバイクだと意識しないと本を読む時間が取れない。これは私だけじゃないらしい。

 通勤なる習慣は、イギリスでの鉄道の発達に伴って普及し始めた。三等車の庶民は乗り合わせた者同士で仲良くダベっていたが、一等車の紳士淑女はダンマリだったそうな。かといってずっとダンマリなのも気まずい。そこで活用されたのが、活字。

望まない会話を防ぐ最良の手段は書物と新聞だった。
  ――1 一日に二度ロンドンへ行った男

 この流れは現代でも続き…

通勤しない人はかなり前から本を読むよりテレビを観るようになったのに対し、通勤者はいまでも読書習慣を保ち続けている。
  ――11 通勤が日常生活に及ぼす影響

 と、通勤ある限り本の需要も続くようだ。もっとも今は紙の本を読む人は減り、スマートフォンで電子書籍を読む人が目立ってきてるけど。まあ確かにデカくて重たいハードカバーを通勤電車の中で開くのは無理だしねえ。

じゃ自動車通勤の人は本を読まないのかというと、ネイサン・ローウェルの「大航宙時代」の解説によれば、アメリカじゃ自動車通勤者向けにオーディオ・ブックが流行っているそうな。

 鉄道の発達は都市から離れた所、すなわち郊外の宅地需要を掘り起こす。そして人は「もう一つの人生」を手に入れる。地元の暮らしと、都会の暮らしだ。これが結婚や家族にも関わってくるから面白い。若者が早く親から独立し、核家族化が進んでゆくのだ。

 これがアメリカだと、T型フォードに代表される自動車が郊外の発展の原動力となる。当時のアメリカじゃ自動車は環境にやさしい乗り物だったのだ。少なくとも、馬車に比べれば。

1899年<サイエンティフィックス・アメリカン>誌
「街全体で自動車を使用すれば、どれだけ効率的に環境が改善されることか、評価してもしきれない。通りは清潔になり、ちりも悪臭もなくなる」
  ――4 自動車の発達

 対してイギリスでは自転車が大流行で、自転車専用道路の要望が上がっている。これも意外なんだが、自転車専用道路を望んだのはドライバーで、サイクリストは反対している。出ていくべきは自動車だろ、って言い分。当時はサイクリストの方が声が大きかったのだ。羨ましい。

 これはイタリアでも同じで、自転車泥棒(→Wikipedia)なんて映画ができるぐらい、自転車が流行った…第二次世界大戦後あたりまで。この先が実にイタリアで、画期的な手段が出てくた。ヴェスパだ。これまた映像が関わってて、「おかげでヴェスパは売上を十万台伸ばした」。そう、松田優作主演のTVシリーズ「探偵物語」…じゃない、グレゴリー・ペック&オードリー・ヘップバーンの映画「ローマの休日」。

 公共交通機関が都市化を促し、自動車の普及が渋滞を引き起こすのは、世界のどこでも共通の現象だが、先進国では再び自転車が注目を集めている。

アムステルダムやコペンハーゲンのような、ヨーロッパの平坦な都市や狭い都市では、通勤者の1/3が自転車を利用しており…

 と、自転車への回帰が始まっている。これは日本でもそうだよね。ただ、かなり汗かくんで、シャツをもう一枚余計に持って行かなきゃならないけど。

 日本の満員電車も酷いが、インドは更に過酷で、「<ムンバイ近郊鉄道>の通勤路線では毎日平均十名が死亡する」というから大変だ。なんたって、屋根の上にまで乗ってるんだから。当然黒字だろうし金で解決できりゃするんだろうけど、土地の収用とかややこしい問題が多いんだろうなあ。

 こういう問題は世界のどこも同じなんだが、「残念ながら、快適性と利便性の追求は政策立案者や輸送計画の主たる関心事ではない」のが実情。日本でもリニアモーターの路線は話題になるけど、満員電車を話題に挙げる政治家は小池百合子都知事ぐらいなんだよなあ。

流石に二階建て列車はトンデモだと思うが、満員電車を問題視した点はポイント高いと思う。

 日本に関しても、スーパーカブから恋空、イメクラの痴漢プレイまで調べてて、著者の視野の広さを感じさせる。他にもサンセリフ体がロンドン地下鉄由来だったり、ソ連じゃ都市から農村に通勤してたり、運転手や駅員にインタビュウしてたり、話題は広くて豊富。

 ソフトカバーとはいえ単行本なためサイズ的に満員電車で読むには少し辛いが、次から次へと話題が変わってゆく流れは車窓からの眺めにも似ているし、短いエピソードが続く構成は通勤電車で読むのにも向いている。親しみやすくバラエティ豊かで、とっつきやすいわりに視野を広げてくれる本だった。

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2017年1月16日 (月)

マーク・カーランスキー「紙の世界史 歴史に突き動かされた技術」徳間書店 川副智子訳

紙の歴史を学ぶことは歴史上の数々の誤解を白日のもとにさらすことでもある。(略)すなわち、テクノロジーが社会を変えるという認識である。じつはまったくその逆で、社会のほうが、社会の中でおこる変化に対応するためにテクノロジーを発達させている。
  ――序章 テクノロジーの歴史から学ぶほんとうのこと

ヨーロッパ人にこの(11~13世紀の)スタートを切らせたさまざまな理念はアラブ世界に起源をもつものがほとんどで、アラブ文化に触れる機会が一番多かったイタリアが先導役となった。
  ――第五章 ふたつのフェルトに挟まれたヨーロッパ

印刷は仏教の需要に応じて生まれた技術である。
  ――第六章 言葉を量産する技術

紙の歴史をたどると、なぜ(北アメリカの)入植者たちがイギリスからの独立を望んだかがわかる。硬貨、製紙場、新聞――入植者が欲するのもは国王からたびたび禁止されてきた。そうして、製造を制限された入植者がやむをえずイングランドから輸入しようとすると、その物品に税が課され、それが本国の歳入となる。
  ――第十三章 紙と独立運動

ナポレオン戦争時、人影の消えた吹きさらしの戦場では、兵士の亡骸が葬られるまえにぞっとする場面が繰り広げられていた。古着の収集屋が遺骸をつぶさに調べて、血の付着した軍服を剥ぎ取り、製紙業者に売っていたのだ。
  ――第十五章 スズメバチの革新

新しいテクノロジーが古いテクノロジーを排除することはめったになく、新たな可能性を生み出すだけだ。
  ――第十七章 テクノロジーの斜陽

日本には紙によく似た食品がある。寿司を巻いたり、米を包んだりする、紙のように薄い海藻を「海苔」という。海苔の製法は実際、手漉き紙の製法に驚くほど似ている。それどころか、無作為に織り合わさった繊維という紙の定義はそのまま海苔の定義でもあるのだ。
  ――第十八章 アジアへの回帰

【どんな本?】

 カレンダー、ティッシュペーパー、段ボール。紙は私たちの身の回りに溢れている。昔はエジプトのパピルスが紙の起源と言われたが、今は中国の蔡倫(→Wikipedia)が祖とされている。

 本やノートに代表されるように、紙は記録し伝える情報媒体として大きな影響力を持ち、それゆえ「グーテンベルクの42行聖書が宗教改革のきっかけとなった」などと、テクノロジーが社会を変えた例として引き合いに出される事も多い。

 果たしてそれは本当なのか。ヨーロッパ・中東・極東そして南北アメリカなど、世界各地における製紙と紙の使われ方、そしてその背景にある社会事情を探り、テクノロジーと社会の変化の関係を見直すと共に、古いテクノロジーの行方も追ってわれわれの未来を占う、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は PAPER : Paging Through History, by Mark Kurlansky, 2016。日本語版は2016年11月30日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約435頁に加え、宮崎正勝による付録5頁。9ポイント45字×18行×435頁=約352,350字、400字詰め原稿用紙で約881枚。文庫本なら厚い一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。一部にリグニンや亜硫酸など化学物質の名前が出てくるが、わからなかったら読み飛ばして構わない。それよりエッチングやリトグラフなど、美術や印刷に詳しいと、後半に入ってから楽しみが増す。

【構成は?】

 だいたい時系列順に話が進むが、各章は比較的に独立しているので、気に入った所をつまみ食いしてもいい。できれば索引が欲しかった。

  • 序章 テクノロジーの歴史から学ぶほんとうのこと
  • 第一章 記録するという人間だけの特質
  • 第二章 中国の書字発達と紙の発見
  • 第三章 イスラム世界で開花した写本
  • 第四章 美しい紙の都市ハティバ
  • 第五章 ふたつのフェルトに挟まれたヨーロッパ
  • 第六章 言葉を量産する技術
  • 第七章 芸術における衝撃
  • 第八章 マインツの外から
  • 第九章 テノティチトランと青い目の悪魔
  • 第十章 印刷と宗教改革
  • 第十一章 レンブラントの発見
  • 第十二章 後れをとったイングランド
  • 第十三章 紙と独立運動
  • 第十四章 ディドロの約束
  • 第十五章 スズメバチの革新
  • 第十六章 多様化する使用法
  • 第十七章 テクノロジーの斜陽
  • 第十八章 アジアへの回帰
  • 終章 変化し続ける世界
  •  謝辞/年表/参考文献
  •  宮崎正勝 日本語版付録
    世界を巡る「紙」の歴史に
    新たな一ページを加えたイスラム経済

【感想は?】

 紙、すなわち製紙の歴史でもあるが、冒頭では文字の歴史が、中盤以降では印刷と美術が深く関わってくる。

 著者のメッセージは強烈だ。テクノロジーが社会を変えるんじゃない。社会が変化を求めたとき、それに応じられるテクノロジーが登場する。そして新しいテクノロジーが登場しても、古いテクノロジーはなかなか消えない。

 確かにレコードが登場しても、生演奏は消えなかった。ただ、音楽を記録する技術はメガ・ヒット曲を生み出し、やがてロックやヒップホップなど様々な流行音楽を作りだしてゆく。録音技術がなければピンクフロイドは誕生しなかっただろう。

 そんな風に、媒体が表現に影響を与えることはある。粘土板は楔形文字を生む。これが羊皮紙になると、曲線も書けるようになる。ギリシアの角ばったデルタΔはローマで丸みを加えたDに変わった。

 ヨーロッパじゃアルファベットは滅多に変わらないが、中国じゃ事情が違う。商(殷)の頃に三千、紀元100年頃(後漢)は九千、五世紀(晋~南北朝)に二万、十世紀(唐~北宋)には三万万近くの文字ができた。漢字の特徴で、次から次へと新しい文字が増えるのだ。

 お陰で日本の計算機屋は外字に苦しめられている。今は「とりあえずユニコードでいいじゃん」な雰囲気だが、「使いながら新しい文字を生み出してゆく」漢字の性質を、コンピュータの都合で切り捨てていいんだろうか。

 こういったメディアの変化が表現に与える影響は、中盤以降、主に絵画の世界で大きなテーマとなるが、それはさておき。

 序盤でいきなり「蔡倫伝説は二十世紀になってから瓦解する」と、こっちの常識をひッくり返してくれる。中央アジアの砂漠地帯で、「105年よりまえに作られた無数の紙を考古学調査団が発掘したのだ」。アラブやヨーロッパへの伝播も、唐とアッパース朝が戦った751年のタラス河畔の戦い(→Wikipedia)でアラブに伝わったとされているが、もっと前から中央アジアに紙があったのだ。

 だけじゃない。アメリカ大陸のアステカにも紙があった。「『コデックス・メンドーサ』によれば、毎年、48万枚の紙が貢ぎ物としてテノチティトランに送られていた」。

 どうも紙は世界のアチコチで何度も発明されているらしい。商取引や行政府が大きくなると、大量の記録が必要になる。そこで紙が登場するわけだ。

 やがてヨーロッパにも製紙が伝わり、製紙工場が登場する。大事なのは立地条件。流れのはやい川と、原料のぼろ布を調達できる人口密集地。水質も大事で、「鉄やマグネシウムをふくむ硬水は石鹸を溶かさず、製紙には向かない」。日本で和紙が発達した理由の一つが、川の流れが速く軟水が多いためかも。

 中盤、特にグーテンベルクの登場以降、紙の需要は増えていくが、なかなか供給が追い付かない。というのも、原料のぼろ布がなかなか集まらないのだ。この問題は深刻で、ドイツの博物学者ヤーコブ・クリスティアン・シェファーは1771年に「製紙の代替原料の調査結果を全六巻の本に著し」ている…が、あまり流行らなかった模様。

 19世紀に木材パルプが登場して一気に紙が普及、しまいには紙製ペチコートや紙製カヌー、果ては紙製棺まで登場する始末。紙は使い捨て文化の象徴となってゆく。

 現代の製紙事情を伝える終盤では、日本と中国がスポットライトを浴びる。昔は数人の職人でやっていた製紙も、今は大規模化が進みつつある。廃水処理など環境対策設備に多くの資金が要るので、家族経営じゃ賄えないのだ。

 そのため昔ながらの手漉き職人さんは後継者がなく先細りだが、希望もある。レンブラントが和紙を好んだように、書家や画家などのアーティストには紙質にこだわる人もいて、彼らは好みの紙を求め職人に注文を出すのだ。

 資金はないけど独立したい人は、このあたりでインスピレーションを得るかも。職人仕事なら少ない資金で起業できるのだ。その分、仕事はシンドイけどね。

 分量は多いし、扱う範囲も幅広い。単に製紙技術だけじゃなく、その背景となる社会事情や利用状況などもじっくり書き込み、大きな物語を綴ってゆく。容赦なく動いてゆく歴史の流れを感じさせると共に、未来へのほのかな期待も見せてくれる、重量級の本だ。これだからモノの歴史は面白い。

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2017年1月 8日 (日)

サイモン・ガーフィールド「オン・ザ・マップ 地図と人類の物語」太田出版 黒川由美訳

地図が人を魅了するのは、そこに物語があるからだ。
  ――序文 地図を愛する人々のために デーヴァ・ソベル

一時期、カリフォルニアはアメリカのほかの地域とはまったく異質な土地として知られていた。よりによって、ここは島だと思われていたのだ。
  ――島としてのカリフォルニア

ロバート・ルイス・スティーヴンソン「地名、森の形状、道筋や川の流れ。丘や谷にはっきり残った先史時代の人類の足跡。製粉所や遺跡、池や渡し船。荒れ地に建てられた石、またはドルイド教徒の円形遺跡……。地図は、それを見る目か、理解できるだけの想像力がある人にとっては、無限の興味をかきたててくれるものである」
  ――13 宝島、×印の場所を探せ

アレックス・カム「地図を教育に使う、今はこれが熱いんですよ!」
  ――19 世界最大の地図ディーラー、世界最悪の地図泥棒

この55年のあいだにパトリック・ムーアが執筆したこれらの本には、火星がテーマであるということ以外に、共通点がひとつある。それは、どの本もほかの本の内容をほぼ完全に否定していることだ。
  ――火星の運河

コンピューターゲームの地図は、古代の<マッパ・ムンディ>と同じくひとつの物語を表しているのだ。
  ――21 ビデオゲームと未来の地図

リチャード・ドーキンス「人類の祖先はほかの類人猿が越えられなかった重要な壁を越えたが、それを後押ししたのは地図だったのではなかろうか?」
  ――22 脳の地図を描く

【どんな本?】

 観光ガイドマップ,地下鉄路線図,デパートの売り場案内図,Google Map,宝の地図。世の中には様々な地図が、様々な目的で作られていて、それぞれが別々の物語を秘めている。

 今まで人類はどんな地図を、どうやって作ってきたのか。誰がどんな目的で買い求め、どう使ったのか。現在の地図のようになるまで、どんな経緯を辿ったのか。そんな地図の歴史に加え、地図を売り買いする地図ディーラーたち・地図が変えた旅行の形・物語の中の地図、そしてカーナビから Google Map まで、地図にまつわる面白ネタや地図の楽しみ方を集めた、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ON THE MAP : Why the World Looks the Way it Does, by Simon Garfield, 2012。日本語版は2014年12月11日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約406頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント48字×19行×406頁=約370,272字、400字詰め原稿用紙で約926頁。文庫本なら上下巻でもいい分量だが、図版を豊富に収録しているので、実際の文字数は8~9割ぐらい。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。東京の複雑な鉄道路線図に悩んだり、旅行ガイドブック片手に観光地を歩いたり、ゲームでダンジョンを探索してマップを埋めていったりなど、地図に関する思い出があれば更によし。

【構成は?】

 だいたい時系列順に並んでいるが、それぞれの章はほぼ独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • 序文 地図を愛する人々のために デーヴァ・ソベル
  • プロローグ 新たな地図が浮かびあがる
  • 1 いにしえの賢人たちの功績
  • 2 世界を売った男たち
  • 3 概念としての世界地図
  • 4 ヴェネツィアと中国の地図
  • 5 ヴィンランドの謎
  • 6 アメリゴへようこそ
  • 7 メルカトルの投影図
  • 8 本になった世界地図
  • 9 シティ・マップを作る
  • 10 陸地測量局をめぐる物語 定まりゆく座標
  • 11 伝説のコング山脈
  • 12 コレラの感染を止めた地図
  • 13 宝島、×印の場所を探せ
  • 14 世界最悪の旅、地図のない最後の地へ
  • 15 ミセスPと『ロンドンA-Z』
  • 16 誰もが携帯する地図 旅行ガイド略史
  • 17 カサブランカ、ハリー・ポッター、そしてジェニファー・アニストンの家
  • 18 超大型の地球儀を作る
  • 19 世界最大の地図ディーラー、世界最悪の地図泥棒
  • 20 いかにしてカーナビは普及したのか
  • 21 ビデオゲームと未来の地図
  • 22 脳の地図を描く
  • エピローグ いつでもどこでも自分の居場所がわかる地図
  •  訳者あとがき
  • Pocket Map
    • 時は1250年、私は巡礼の旅に出る
    • ここはドラゴンの地
    • 島としてのカリフォルニア
    • 秘密にされたドレークの世界一周
    • ライオンとワシとゲリーマンダー
    • 19世紀のマーダー・マップ
    • ベンジャミン・モレルの浅はかな嘘
    • バークとウィルズのオーストラリア大陸横断
    • ベックのロンドン地下鉄路線図
    • ピーターパンの作者は、ポケット地図を折りたためなかった
    • 絵本に隠された宝の地図
    • チャーチルのマップルーム
    • 女は本当に地図が読めないのか
    • 火星の運河

【感想は?】

 幼い頃、宝の地図を作ったことがある。オモチャなどを地面に埋めて、立ち木や曲がり角などの目印を書き入れ、お宝の場所には×印をつけた。あの頃のワクワクする気持ちが、蘇ってくる。

 そう、地図には何か人を引きつけるものがある。そこには、何か新しい世界が広がっている。

 自転車に凝り始めた頃は、国土地理院の地勢図を買った。色々と無愛想だが、等高線が入っているので、坂のキツさがわかって便利なのだ。走った経路を赤で書き入れ、次のルートを考えるのも楽しみの一つだった。

 この本の物語は、古代アレクサンドリアの図書館から始まる。パピルスの供給地でもあったのが幸いし、多くの書物を集めた。エラトステネス(→Wikipedia)の地図は、不明な所は空白のままとしたが、クラウディウス・プトレマイオス(→Wikipedia)が困った習慣を持ち込む。空白を想像で埋めたのだ。

 無名の者ならともかく、天下のプトレマイオス様が書いたことに間違いはあるまいと信じた後世の者は、お陰で大変な苦労をしょい込む羽目になるし、地図を作る者にもこの悪癖が受け継がれちまうから被害は甚大だ。

 おかげでマッパ・ムンディ(→Wikipedia)などでは、ユニコーンやマンドレイクやスフィンクスなど、奇矯な化け物が並んでいたりする。「山海経」もそうだけど、遠い所にはケッタイな生き物がいると考えるのは、洋の東西を問わないらしい。

 旅行ガイドは、13世紀に既に登場している。修道士マシュー・パリス(→英語版Wikipedia)が、エルサレムへの巡礼向けガイドブックを書いている。ここでの「旅程」が、ラバで一日で移動できる距離なあたりが、なかなか実用的。にしても、ラバも大変だ。

 ヴィンランド(→Wikipedia)再発見にも、地図がかわっていた。その名もズバリ、<ヴィンランド地図>なるものが発掘されたのだ。ただしこれで「イタリア人やイタリア系アメリカ人が激怒」したあたりは、ちょっと笑ってしまう。

 プトレマイオスの因習はカリフォルニアを島にしたりするが、現代ではワザと間違いを入れたりする。現代ロンドンの街路地図「ロンドンA-Z」では、「セキュリティ目的の架空の道路」を加えているとか。パクられたら、これを証拠にすればいい。確か似たようなことをゼンリンもやっているとか。

 この辺まで読んでくると、そこまでしてパクリを防ぐ理由もわかってくる。ロンドンA-Zの母ミセスPことフィリス・ピアサルの伝説では、「夜明けから、ロンドンに二万三千本あるという街路を歩く旅を始めた」ことになっている。初版は自費で一万部を刷ってから、売ってくれる店を探すあたり、なかなか強気。

 こういった「普通の人が使う地図」の話は、「『ぴあ』の時代」の<ぴあマップ>でも出てきたなあ。次の貧乏旅行者向け旅行ガイド「ロンリープラネット」「ラフガイド」だと、扱う地域の広さに対し資金が足りず…

ネパールのある村の場合は、ガイドブックの調査員がナプキンにさっと描いた絵が唯一の地図だったりする

 なんてのも、「『地球の歩き方』の歩き方」や「あの日、僕は旅に出た」とカブってたり。

 目的によって全く異なるのも、地図の面白い所。ぴあだと大事なのは映画館や劇場で、旅行ガイドだと飯屋やホテルになる。「犯罪は『この場所』で起こる」だと、近所の安全マップを作ろうなんて話も出てきた。

 今はデジタル化・オンライン化で紙の地図ビジネスは難しいようだが、こういった視点の違いを活かした情報ビジネスで生き残りを図っている模様。Ingress やポケモンGOなど、現実に「違った次元」を重ねる手法も出てきたしねえ。

 ニワカ軍ヲタとしては、第二次世界大戦でミシュランやモノポリーが果たした役割や、ニカラグアのコスタリカ侵攻の際のイチャモンなど、物騒な話も面白かった。自分でも近所の特殊地図を作りたくなる、そんな本だ。とりあえず猫のナワバリ地図とか面白そうだなあ。

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