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2020年8月10日 (月)

フェルナンド・バエス「書物の破壊の世界史 シュメールの粘土板からデジタル時代まで」紀伊国屋書店 八重樫克彦+八重樫由美子訳

抑圧者や全体主義者は書物や新聞を恐れるものである。それらが“記憶の塹壕”であり、記録は公正さと民主主義を求める戦いの基本であるのを理解しているからだ。
  ――最新版を手にした読者の皆さまへ

勝者が敗者に法と言語を課すのだ。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第6章 メキシコで焼かれた写本

激しく本を憎む行為はしばしば人種差別と結びつく。人種差別が他の文化の性質を徹底的に否定するためだ。結局のところ他の文化とは、自分たちとは別の民族が生み出した行為の結果である。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第14章 書物の破壊に関する若干の文献

ハインリヒ・ハイネ≪本を燃やす人間は、やがて人間も燃やすようになる≫
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第15章 フィクションにおける書物の破壊

エウゲーニイ・サミャーチン≪ロシアで作家にとっての最高の栄誉は、『禁書目録』に名前が載ることだ≫
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第6章 恐怖の政

実に奇妙な話だが、(キリスト・コミュニティ教会のジャック・)ブロックも彼の信奉者たちも、この善良な少年が活躍する小説(ハリー・ポッター・シリーズ)を一冊たりとも読みとおしたことはないという。
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第8章 性、イデオロギー、宗教

【どんな本?】

 シュメールの粘土板から現代のイラク国立図書館まで、書物は様々な理由で失われてきた。地震や洪水などの自然災害,虫やネズミまたは紙の劣化など不適切な保存,検閲や焚書など意図的な破壊,そして火災や戦争など人為的な災厄。

 本書は時代的には古代から今世紀まで、地理的にはシュメール・エジプト・欧州・中南米・東アジアなど世界中を巡り、意図の有無にかかわらず書物の破壊の歴史をたどり、豊富な例を挙げてその傾向と原因を探り、また次世代に残すべき貴重な資料の現状を訴えるものである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Nueva Historia Universal de la destrucción de Libros : De las tablillas a la era digital, Fernando Báez, 2013。日本語版は2019年3月22日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約631頁。9ポイント44字×20行×631頁=約555,280字、400字詰め原稿用紙で約1389枚。文庫なら上中下ぐらいの大容量。

 文章はややぎこちない。まあ O'Reilly よりマシだけど←一般人には通じない表現はやめろ 内容も比較的に分かりやすい。地理的にも時代的にも世界史を飛び回る本だが、エピソードごとに時代背景を説明しているので、歴史に疎くても大丈夫だ。敢えて言えば、著者がベネズエラ出身のためか、スペイン語圏の話が多いのが特徴だろう。

【構成は?】

 各章はそれぞれ独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

  • 最新版を手にした読者の皆さまへ
  • イントロダクション
  • 第1部 旧世界
  • 第1章 古代オリエント
    書物の破壊はシュメールで始まった/エブラほかシリアに埋もれた図書館/バビロニア王国時代の図書館/アッシュルバニパルの大図書館/謎に包まれたヒッタイトの文書/ペルセポリスの焼き討ち
  • 第2章 古代エジプト
    初期のパピルス文書の消滅/ラムセウム/秘密の文書の焚書/“生命の家”/トートの禁じられた文書
  • 第3章 古代ギリシャ
    廃墟と瓦礫の間に/エンペドクレスの詩の破壊/プロタゴラスに対する検閲/プラトンも書物を焼いた/アルテミス神殿の破壊/古代ギリシャの医師/ふたりのビブリオクラスタ
  • 第4章 アレクサンドリア図書館の栄枯盛衰
  • 第5章 古代ギリシャ時代に破壊されたその他の図書館
    ペルガモン図書館/アリストテレスの著作の消失/廃墟と化したその他の図書館
  • 第6章 古代イスラエル
    契約の箱と十戒の石板の破壊/エレミヤ書/ヘブライ語聖書の崇拝/死海文書/聖書を食べる預言者たち
  • 第7章 中国
    秦の始皇帝と前213年の焚書/始皇帝以後の書物の破壊/仏教文書に対する迫害
  • 第8章 古代ローマ
    帝国の検閲と迫害/失われた図書館の世界/ヘルクラネウムの焼け焦げたパピルス文書
  • 第9章 キリスト教の過激な黎明期
    使徒パウロの魔術書との戦い/テュロスのポルピュリオスの『反キリスト教論』/グノーシス文書/初期の異端/ヒュパティアの虐殺
  • 第10章 書物の脆さと忘却
    無関心による書物の破壊/使用言語の変化がもたらした影響
  • 第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで
  • 第1章 コンスタンティノープルで失われた書物
  • 第2章 修道士と蛮族
    図書館が閉ざされていた時代/アイルランドの装飾写本/中世ヨーロッパの修道院/パリンプセスト/書物の守護者たち
  • 第3章 アラブ世界
    初期に失われた図書館/イスラムを攻撃したモンゴル人たち/アラムトにあった暗殺者たちの図書館/フラグによるバグダートの書物の破壊
  • 第4章 中世の誤った熱狂
    アベラールの焚書/反逆者エリウゲナ/タルムードその他のヘブライ語の書物/マイモニデスに対する検閲/ダンテの悲劇/“虚栄の焼却”/キリスト教のなかの異端
  • 第5章 中世スペインのイスラム王朝とレコンキスタ
    アルマンソルによる焚書/イブン・ハズムの禁じられた詩/シスネロスとコーランの破壊
  • 第6章 メキシコで焼かれた写本
    先コロンブス期の絵文書の破壊/先住民側による自発的な破壊
  • 第7章 ルネサンス最盛期
    グーテンベルク聖書の破壊/ピコ・デラ・ミランドラの蔵書/コルヴィナ文書の消滅/ミュンスターの再洗礼派/異端者ミシェル・セルヴェ/迫害と破壊/興味深いふたつの逸話
  • 第8章 異端審問
    異端審問所と書物の検閲/新世界における異端審問
  • 第9章 占星術師たちの処罰
    エンリケ・デ・ビリェナの蔵書の破壊/トリテミウスの『ステガノグラフィア』/ノストラダムスの発禁処分/ジョン・ディーの秘密の蔵書
  • 第10章 英国における焚書
    正統派による弾圧/迫害された論客/英国の宗教的対立
  • 第11章 厄災の最中で
    ロンドン大火/エル・エスコリアル修道院と古文書の焼失/アイザック・ニュートンをめぐる書物の破壊/アウルトニ・マグヌッソンの蔵書/天災・人災の世紀/海賊の襲撃/海難事故/戦争・暴動/ワシントンの焼き討ちと米国議会図書館の消失/コットン卿の写本コレクションの消失/メリダの神学校図書館
  • 第12章 革命と苦悩
    自由思想に対する責め苦/フランスにおける知識人への攻撃/フランス革命時の書物の破壊/啓蒙専制君主の時代から19世紀にかけてのよもやま話/1871年のパリ・コミューン/スペインとラテンアメリカにおける独立戦争と革命
  • 第13章 過剰な潔癖さの果てに
    ヤコブ・フランク/ナフマン・ブラツラフ/バートンの忌まわしき原稿/猥褻罪による焚書/ダーウィンと『種の起源』/ニューヨーク悪徳弾圧協会とコムストック法
  • 第14章 書物の破壊に関する若干の文献
  • 第15章 フィクションにおける書物の破壊
  • 第3部 20世紀と21世紀初頭
  • 第1章 スペイン内戦時の書物の破壊
  • 第2章 ナチスのビブリオコースト
  • 第3章 第二次世界大尉戦中に空爆された図書館
    緒戦/フランス/イタリア/英国/ドイツ/終焉
  • 第4章 現代文学の検閲と自主検閲
    ジョイスに対する攻撃/著作が破壊されたその他の作家たち/北米における国家の検閲/迫害された作家たち/サルマン・ラシュディ対イスラム原理主義/作家が自著を悔やむとき
  • 第5章 大災害の世紀
    翰林院と『永楽大典』/日中戦争/記憶が危機にさらされるとき/スペイン科学研究高等評議会の蔵書/図書館の二大火災、ロサンゼルスとレニングラード/アンナ・アマリア図書館
  • 第6章 恐怖の政権
    ソビエト連邦における検閲と焚書/スペインのフランコ主義/検閲政権/中国の文化大革命/アルゼンチンの軍事政権/チリの独裁者ピノチェトと文化に対する攻撃/原理主義者たち/アフリカにおける大惨事/パレスチナ、廃墟と化した国
  • 第7章 民族間の憎悪
    セルビアの書物殺し/書物のないチェチェン
  • 第8章 性、イデオロギー、宗教
    性の追放/文化の“粛清”/学生が教科書に抱く憎しみ/『ハリー・ポッター』事件/コーランの焚書騒動
  • 第9章 書物の破壊者
    文書にとっての天敵/自滅する紙/唯一残った書物/出版社や図書館/税関
  • 第10章 イラクで破壊された書物たち
  • 第11章 デジタル時代の書物の破壊
    図書館に対するテロ/ワールドトレードセンターに対する攻撃/書籍爆弾事件/紙の書籍vs電子書籍
  •  謝辞/原注/参考文献/人名索引

【感想は?】

 書名から、焚書などの意図的・人為的なものが中心かと思った。

 実際、最も多いのは抑圧や略奪、または放火や戦火に巻き込まれた場合だ。だが、意外と災害によるケースも多い。例えばエジプトのパピルス。

今日、現存する前四世紀以前のギリシャ語パピルス文書の例はない。
  ――第1部 旧世界 第10章 書物の脆さと忘却

 経年劣化でダメになったのだ。幸いにして幾つかの書物は羊皮紙の写本として残っているが、原本は消えてしまった。これと似た事を現代でも繰り返していいるのが切ない。終盤に出てくる酸性紙(→Wikipedia)である。

 確かに集英社も週刊少年ジャンプを何千年も保存するなんて考えちゃいないだろうが、数世紀未来の人類にとっては、アレも貴重な歴史的資料と目される筈なんだよなあ。同じく未来のことを考えると、現代の電子書籍も…

現在使用している(電子書籍の)端末機器が2100年になっても有効かどうかは疑問だ。
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第11章 デジタル時代の書物の破壊

 端末もそうだし、元データもサーバ側がちゃんとバックアップ取ってりゃいいけど。あとユニコードもいつまでもつやら。今だって配布元の倒産や買収で読めなくなる危険はあるんだよね。もっとも、それは紙も同じで、サンリオSF文庫とかブツブツ…

 などと人類史レベルの規模で「記録」を考えたくなるのが、この本の特徴。

 このブログにしたって、いつまでもつやら。もっとも、残す価値があるかというとムニャムニャ。個人的にも暫くしたら黒歴史になりそうだし。作家自らが自著を葬った話も「第3部 20世紀と21世紀初頭 4章 現代文学の検閲と自主検閲 作家が自著を悔やむとき」で扱ってる。アドガー・アラン・ポーやホルヘ・ルイス・ボルヘスにさえ黒歴史があるなら、泡沫ブロガーが屑記事を書いても当然だよね。

 とか呑気なことばかり言ってられないのが、戦争による被害。これは意図的な場合もあれば、単なる無思慮の時もある。絨毯爆撃すれば、当然ながら図書館だって燃えてしまう。

ドイツ軍はソビエト連邦の侵略に失敗したが、両者の激しい戦闘で1億冊もの本が消滅した(計算違いではない。1億冊である)。
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第3章 第二次世界大尉戦中に空爆された図書館

 広島と長崎はもちろん東京大空襲でも、貴重な本が大量に失われたんだろうなあ。こういう悲劇は今も続いていて…

イラク国内の郭遺跡の略奪で、未発掘の粘土板の断片が15万枚失われたともいわれる。
  ――第3部 20世紀と21世紀初頭 第10章 イラクで破壊された書物たち

 きっとシリアでも同じなんだろう。そんなイラクでも、資料を守ろうとする人はいるんだけど。こういう人は昔からいて…

(イタリアのモンテカッシーノ修道院は)1944年、第二次世界大戦中に連合国軍の空襲を受けて全滅した(略)。事前にドイツ占領軍内にいた、敬虔なカトリック信者の将校たちの判断で、古代以来の貴重な写本や芸術品の多くがヴァチカンに移送されていたのは、奇跡としかいいようがない。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第2章 修道士と蛮族

 と、あの激戦(→Wikipedia)から逃れた本もあったのだ。

 そうした幸運に恵まれず、戦争による被害で最も有名なのは、アレクサンドリアの図書館(→Wikipedia)だろう。俗説じゃアラブ人が燃やした事になっているが、本書じゃ三つの説を挙げている。215年~395年のローマ人によるもの,320年~の地震,無関心による放置。俗説と全然ちがうじゃないか。いずれにせよ、戦争は人の命に加え多くの本も道連れにするのだ。

 これに意図的な破壊が加わると、事態は壊滅的になる。中でも最も悲惨なのがスペインによる中南米の侵略だろう。

絵文書、いわゆるアステカ・コデックスに関しては、当時の略奪・破壊の成果で、彼らの歴史を知るうえで重要かつ貴重な写本はほとんど残っていない状況だという。(略)最も重要とされる文献のほとんどが、ヨーロッパにあるという事実に眩暈を覚える。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第6章 メキシコで焼かれた写本

焚書の嵐を生き延びた先コロンブス期のマヤの絵文書は三つのみだった。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第6章 メキシコで焼かれた写本

 と、文明そのものを滅ぼした上に、その痕跡までも消し去っている。これも一つのショック・ドクトリンなんだろう。今ある文化を壊して白紙に戻し、自分たちの文化で上書きしよう、そういう発想だ。

(焚書の)先導者たちの意図は明白だ。過去の記憶も制度も消し去り、聖書の解釈をすべて再洗礼派の思想にゆだねる。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第7章 ルネサンス最盛期

 もちろん、やられる側も黙っているワケじゃない。そこで、どうしたって暴力、それも組織的な暴力が必要となる。

教条主義はいつの時代にも自らの教義を庇護し、それに同意せぬ者を威嚇する機関を必要とする。
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第8章 異端審問

 スペインの異端審問はトビー・グリーンの「異端審問」が怖かった。ブレーズ・パスカルが語るように…

≪人は宗教的確信に促されて行うときほど、完全に、また喜んで悪事を働くことはない≫
  ――第2部 東ローマ帝国の時代から19世紀まで 第12章 革命と苦悩

 宗教が絡むとヤバい上に、イベリア半島では容疑者の財産の没収など俗な欲望も絡み凄まじい事になる。もっとも変わった異端もあって、2世紀の北アフリカで流行ったアダム派(→Wikipedia)の主張の一つは「裸の状態に回帰」。どうもヒトには「裸になりたい」って欲があるらしい。

 落穂ひろい的なネタとしては、写本時代の本の価格のヒントが嬉しい。

 1573年、スペインのフェリペ二世は筆写者としてニコラオス・トゥリアノスを雇う。トゥリアノスは30年間で「ギリシャ語の古文書40冊の40冊の写本を作成した」。極めて大雑把な計算で年一冊。当時の筆写者は相当なインテリだろう。なら写本一冊はエリートの年収ぐらい。印刷以前の本は、とんでもなく高価なシロモノだったのだ。グーテンベルクに感謝。あと蔡倫に始まる製紙法の発明者たちにも。

 今は私のような庶民でも図書館に行けば読み切れないほどの本に出合える。なんと幸福で贅沢で奇跡的な社会であることか。こんな時代がずっと続くといいなあ。

 あ、ただし、「○○で××冊の本が失われた」みたいな記述が延々と続くため、本が大好きで繊細な人は心が痛くて読み通せないかもしれない。そこは覚悟して挑もう。

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2020年6月25日 (木)

小笠原弘幸「オスマン帝国 繁栄と衰亡の600年史」中公新書

本書は、そのオスマン帝国が歴史に姿を見せる13世紀末から、1922年の滅亡までを扱う通史である。
  ――はしがき

メフメト二世の治世を通じて、ヴェネツィアは、少なくとも14を超える暗殺計画を用意していたという。
  ――第2章 君臨する「世界の王」

オスマン帝国憲法は、スルタン制を廃止した(1922年)11月1日、あるいはヴァヒデッティンが廃位された11月18日をもって滅亡したとされる。
  ――第4章 専制と憲政下のスルタン=カリフ

【どんな本?】

 13世紀終盤に勃興したオスマン侯国から1453年のコンスタンティノポリス征服を経て、六世紀にわたりアナトリアを中心として地中海と黒海を支配しながらも、第一次世界大戦を機に崩壊したオスマン帝国。

 一時期は地中海と黒海を支配した大帝国だったが、産業化が進んだ西欧に対し硬直した君主国といった印象が強い。だが、その実体はどんなものだったのか。なぜ六百年もの長きにわたり王朝が存続しえたのか。帝国の歴史は、現代の世界情勢にどんな影響を与えているのか。

 主に王朝内の権力構造と近隣国との争いを中心に、大帝国の歴史を俯瞰する、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年12月25日初版。私が読んだのは2019年3月5日の3版。売れてます。新書版で縦一段組み本文約303頁に加え、あとがき3頁。9ポイント42字×17行×303頁=約216,342字、400字詰め原稿用紙で約541枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。章の頭に地図があるので、たくさん栞を用意しよう。また幾つかの街は現代と違う国に属しているので、地中海周辺の地図があると味わいが深くなる。例えばベオグラード(→Wikipedia)は現在セルビア共和国の首都だが、本書の第2章で登場する際はハンガリー王国の支配下にある。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • はしがき
  • 序章 帝国の輪郭
    • 1 「この国」の呼び方
    • 2 王位継承、権力構造、統治理念
    • 3 四つの時代
  • 第1章 辺境の信仰戦士 封建的諸侯の時代 1299年頃-1453年
    • 1 北西アナトリアという舞台
    • 2 オスマン集団の起源と始祖オスマン
    • 3 14世紀の拡大
    • 4 稲妻王バヤズィド一世の栄光と没落
    • 5 空位時代からの復興
  • 第2章 君臨する「世界の王」 集権的帝国の時代 1453年-1574年
    • 1 征服王メフメト二世とコンスタンティノポリス征服
    • 2 聖者王バヤズィド二世
    • 3 冷酷王セリム一世
    • 4 壮麗なる時代 スレイマン一世の半世紀
    • 5 セリム二世と大宰相ソコッルの時代
  • 第3章 組織と党派のなかのスルタン 分権的帝国の時代 1574年-1808年
    • 1 新時代の幕あけ 分権化の進展
    • 2 王位継承と王権の変容
    • 3 大宰相キョブリュリュの時代
    • 4 18世紀の繁栄
    • 5 近代への助走 セリム三世とニザーム・ジェディード改革
  • 第4章 専制と憲政下のスルタン=カリフ 近代帝国の時代 1808年-1922年
    • 1 マフムト二世 「大王」、「異教徒の帝王」そして「イスラムの革新者」
    • 2 タンズィマート改革
    • 3 アブデュルハミト二世の専制時代
    • 4 第二次立憲政
    • 5 帝国の滅亡
  • 終章 帝国の遺産
    • 1 オスマン帝国史の構造
    • 2 オズマン帝国の残照
  • あとがき/参考文献/年表/索引

【感想は?】

 さすがに600年もの歴史を300頁程度で語るのとなると、どうしても駆け足になる上に、焦点もしぼらなきゃならない。そこで、本書は、歴代スルタンとそれを支えた権力構造が話の中心となる。ある意味、教科書的な構成と言えるだろう。

 その分、民衆の暮らしや帝国周辺の状況、文化や産業などにはあまり触れない。全般的にコンスタンティノポリス=インタンブルを舞台とした、帝国中枢の権力抗争を主に扱っている。

 それだけの長期王朝を可能としたのは、やはり独特の支配構造だろう。

オズマン帝国の長きにわたる存続を可能ならしめたのは、卓越した王位継承のコントロール・システムと、王権を支える柔構造の権力体制であった。
  ――終章 帝国の遺産

 私が思うに、主な特徴は三つだ。1)外姻権力の排除 2)兄弟殺し 3)奴隷の積極的な登用。

 外姻権力の排除については、こんな記述がある。

オスマン朝では、生母の貴賤が問われることはなかった。(略)イスラム法では、母親の身分にかかわらず、認知さえされていれば、子が持つ権利は同等なのである。
  ――第1章 辺境の信仰戦士

 ハレムで有名な地域だが、父親が認知さえすれば、すべての王子はみな同等なのだ。少なくとも、タテマエ上は。実際、「オスマン朝においても、ほとんどの君主の母は奴隷であった」。お陰で姻戚は頼れないが、鎌倉幕府みたく北条氏に乗っ取られることはなくなる。もっとも、北条氏に頼らず源頼朝が幕府を開けたかというと疑問だが、それだけオスマン王家の権力基盤は強かったんだろう。

 ちなみにオスマン王家の初代はオスマン1世だが、その父の名はエルトゥールル。かのエルトゥールル号(→Wikipedia)は、彼から取ったんだろうなあ。

 次の兄弟殺しは、まんまだ。王権を掌握したら、ライバルとなる兄弟を処刑する。残酷なようにも思えるが、将来の反乱の芽を摘むには優れた予防策だろう。もっとも、これは代が下るに従い殺さず軟禁する形に変わり、それに伴い兄弟間の帝位継承も起こるんだけど。

 最後の奴隷の積極的な登用は、イェニチェリが代表的な例だろう。キリスト教徒の農村から見どころのある少年を徴用し、ムスリムに改宗させてトルコ語を仕込む。中でも優れた者は宮廷や常備軍に登用する。これをデヴシルメ制度と呼ぶ。

 何せ彼らは奴隷であり、家族、特に親から切り離されている。そのため、彼らが出世しても、その親がデカいツラする心配はない。当然、彼らの忠誠はスルタンに捧げられる。高級官僚や軍人などの中枢権力を奴隷が占めれば、スルタンのライバルになりそうな国内の有力な一族の台頭を抑えられる。

 もっとも、これも代が下るに従って崩れてきて、イェニチェリも面倒な存在になってくるんだけど。

17世紀には九人のスルタンが即位したが、じつに六度の廃位が行われた(略)。反乱――いずれもイェニチェリ軍団が絡んでいる――による廃位は四回であり、二名のスルタンが殺害されている。
  ――第3章 組織と党派のなかのスルタン

 築城術や火砲の進歩、そして軍制の変化などの近代化にも、既得権益者となったイェニチェリが抵抗したり。それでも西欧やロシアの圧力は次第に強まり、オスマン帝国も改革を余儀なくされてゆく。特に19世紀後半の状況は、日本とよく似ていて胃が痛くなったり。

こうした危機的状況のなか、列強、とくに英仏からの支持を引き出すため、オスマン政府は自分たちが近代国家であることを示す必要性に迫られた。その決め手と考えられたのが憲法制定である。(略)1876年12月23日、オスマン帝国憲法が発布された。
  ――第4章 専制と憲政下のスルタン=カリフ

 大日本帝国憲法が1889年だから、ほぼ同じ時期だ。日本がラッキーだったのは、西欧から遠い上に、ロシアも極東をあまり重視してなかったため、かな?

 対外的には、ウィーン包囲などヨーロッパとの対立が思い浮かぶが、クリミアやバルカン半島を舞台としたロシアも存在感が大きい。また、東では、現在のイラクあたりをめぐりサファヴィー朝と因縁の対決が続いたり。特に終盤の現トルコ共和国誕生のあたりは、記述は短いながらもギリシャとの遺恨がヒシヒシと伝わってきて、トルコの立ち位置の微妙さが少しだけわかった気がする。

 バルカン半島・北アフリカ・シリア・イラクなど、かつてオスマン帝国の勢力下にあった地域は、現代でも紛争が続く。その原因の一つは、民族や宗教の複雑な構成であり、それにはオスマン帝国の興亡が深く関わっている。現代史の背景を知る上でも、なかなか収穫の多い本だった。

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2020年5月 6日 (水)

ジョン・デイビス&アレクサンダー・J・ケント「レッド・アトラス 恐るべきソ連の世界地図」日経ナショナルジオグラフィック 藤井留美訳

この本を読んでいるあなたが地球上のどこにいようと、そこはソ連が少なくとも一度は詳細な地図にしている。
  ――第1章 戦争と平和

デーモン・テイラー「ニュージーランド陸軍中佐だった私は、2003年に情報将校としてアフガニスタンのバーミヤンに入った。最初のうちは、ソ連の地図以外に頼りになるものがなかった」
  ――第4章 復活

元赤軍将校アイバルス・ベルダブス「演習に必要な地図は署名して保管庫から借り受け、返すときも署名した。使用中に汚れたり破れたりしたら、その残骸を返さなくてはならなかった」
  ――

【どんな本?】

 冷戦時代、西側と東側は「鉄のカーテン」に隔てられながらも、互いに互いをこっそりじっくり観察していた。1991年のソ連崩壊により、ソ連が収集していた情報の一部が流出する。その一つに、ソ連が作った地図がある。

 軍事作戦にとって、地図は重要な意味を持つ。特にソ連は、最大の規模で世界中の地図を作ろうとしていた。主な目的は軍事であり、その内容は独特の偏りがある。例えば橋は、素材・桁下高・長さ・幅そして荷重まで記入されていた。

 ソ連は何を重視していたのか。どこから、どのように情報を得たのか。どんな規格に従っていたのか。そして著者たちは、いかにしてソ連製の地図を手に入れたのか。

 冷戦時代にソ連が世界中で繰り広げた巨大プロジェクトの片鱗を、豊富に実例を示しながら紹介する、ちょっと変わった軍事と地理の一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE RED ATLAS, by John Davies and Alexander J. Kent, 2017。日本語版は2019年3月25日第1版第1刷。単行本ソフトカバー縦一段組みで約303頁に加え参考文献と索引。10ポイント46字×18行×303頁=約250,884字、400字詰め原稿用紙で約628枚。文庫本なら少し厚めの一冊分…では、ない。紙面の半分以上を地図が占めているので、実際の文字数は半分以下だろう。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい、と言いたいところだが、何せこの本で大事なのは文章より地図だ。地図からどれだけ多くのモノを読み取れるか、それがこの本を楽しむカギとなる。おまけに地図中の文字はロシア語なので、ちょっと素人には厳しいかも。また、地図中の文字はかなり小さいため、年寄りにはキツい。

【構成は?】

 一応、頭から順に読む構成になっているが、気になった所を拾い読みしても充分に楽しめる。

  • 序文 ジェームズ・ライゼン
  • 本書の読み方
  • はじめに 本書が推理小説である理由
  • 第1章 戦争と平和 物語の背景 ナポレオンのロシア遠征からソビエト連邦の崩壊まで
  • 第2章 世界を紙に描き出す ソ連がつくった世界地図の様式・内容・記号
  • 第3章 策略と計画 表に裏にうかがえる地図作成者の工夫
  • 第4章 復活 ソ連崩壊後の地図発見とその重要性
  • 謝辞
  • 付記1 主要都市地図
  • 付記2 市街図の「基本情報」には何が書いてあったか
  • 付記3 地形図の「基本情報」には何が書いてあったか
  • 付記4 記号と注釈
  • 付記5 用語と略語
  • 付記6 印刷コード
  • 付記7 秘密保守と管理
  • 日本版特別付記 東京 上野・文京/千住/日本橋/池袋/新宿/朝霞/中野/吉祥寺/渋谷/二子玉川・溝の口/葛飾/練馬/武蔵小杉/羽田/月島・豊洲/現在の葛西臨海公園・東京ディズニーリゾート/
  • 参考文献/索引

【感想は?】

 まずはソ連の執念に戦慄する。が、それだけじゃ終わらない。これは東西双方の知恵と執念と労力が結実した本なのだ。

 表紙も私たちを驚かせるのに充分なインパクトを持っている。地図だ。文字こそキリル文字だが、首都圏に住む者なら、あれ?と思うだろう。下半分は海だが、どっかで見たような形だ。それもそのはず、月島・豊洲・晴海の地図なのだ。

 しかも、海には等深線と数字が書き入れてある。おいおい、ヤベェじゃん。これ上陸作戦に使えるじゃん。

 その後、本を開いた最初の地図もヤバさ倍増だ。右中央で鉄道路線が十字に交差してる。これ、秋葉原じゃね? すると左下を占める緑地は… げげ、月島から上陸したら、ここまで目と鼻の先じゃないか。えらいこっちゃ。

 そういう事を、彼らはやっていたのだ。国家プロジェクトとして、組織的に。なんて奴らだ。

 本書には多数の地図が載っている。多くを占めるのは、イギリスとアメリカ合衆国、そして東欧諸国だ。日本の地図にはないが、合衆国や東欧の地図には、橋の幅と長さに加え、荷重まで書いてある。戦車など軍用の重い車が通れるか否かを知るためだろう。また、河川は流速や幅や深さ、そして橋の桁下高も入っている。艀などで荷を運ぶ際に欠かせない情報だ。どうやって調べたんだか。

 そう、「どうやって調べたか」をめぐる謎解きも、本書の楽しみの一つだ。私はこの本で「地図愛好家」なる人々がいる事を知った。彼らは世界中を巡って様々な地図を集めるのだ。ただ集めるだけじゃない。その目的や製作の背景も調べるのである。それも、とんでもない情熱を持って。

 地図愛好家たちが、ソ連製の地図を手に入れ、その製作過程を推理するくだりが、本書のもう一つの醍醐味なのだ。

 日本では、幾つかの組織が独自の地図を出している。最も有名なのは、ゼンリンだろう。自転車で旅行する際は、坂の状況が判る国土地理院の地形図が便利だ。イギリスやアメリカも、日本と同様に複数の組織が地図を作っている。また、地形はともかく、日が立てば新しい建物が立ったり橋ができたりする。そのため、地図は一定期間ごとに更新する必要がある。

 最初に紹介した東京の地図は、1966年版だ。ソ連も、同じ場所の地図を何回か改訂した。この改訂の様子や、廃線など現実の変化から、地図愛好家たちはソ連製地図の製作過程を探ってゆくのである。この執拗かつ綿密極まる捜査のプロセスが、いかにもイギリス人らしい凝り性が出ていて、呆れるやら感嘆するやら。人間、道楽でも入れ込むととんでもない真似をやらかすんだなあ、と深く感じ入る次第。

 極秘プロジェクトだったはずの地図が流失したいきさつも、ソ連の体質をひしひしと感じさせる。つまりは東欧崩壊とソ連崩壊のドサクサに紛れ、抜け目のない連中が火事場泥棒をやらかしたのだ。酷い話だが、「東欧革命1989」や「死神の報復」あたりを読むと、さもありなんと思ってしまう。権力者なんて、結局はそんなものなのかもしれない。

 その東欧なんだが、ソ連が東欧諸国をどう思っていたのかも、色々と地図から見えてくる。というのも、西側の地図に比べ、東欧の地図はやたらと詳しいのだ。これは河や橋の記述を見れば素人でも明らかで、たいいていの橋は荷重までバッチリ書かれている。「プラハの春」(→Wikipedia)を思い浮かべると、連中の腹の内は…

 一見、平和そうに見える地図だが、そこに書かれたモノは、視点によってはひどく物騒な色を帯びる。情報というシロモノの恐ろしさをヒタヒタと感じさせる、歴史書であり軍事書でありホラーでもある、そんな本だ。

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【ひとこと】

 最近の更新が滞っているけど、新型肺炎は関係ありません。「小説家になろう」にハマっているせいです。だって面白いんだもん。

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2020年4月 6日 (月)

ブラッド・トリンスキー&アラン・ディ・ペルナ「エレクトリック・ギター革命史」リットーミュージック 石川千晶訳

鶏が先か卵が先かと言われたら、先に登場したのはエレクトリック・ギターでなくアンプのほうだろう。
  ――第1章 ブラザー、ミュージシャン、聴け、奇跡の音を

すぐに来なさい。ベニー・グッドマン本人に会わせよう。
  ――第2章 偉大なるチャーリー・クリスチャンの功績

ホロウ・ボディのギターは内部が音響室となり、様々に異なる周波数で共鳴するから音が鳴るのだというのがこれまでの常識だった。しかし、そこで弦だけを独立させたらどうなるんだろう?
  ――第3章 レス・ポール ウォキショーから来た魔法使い

振り返ってみれば、テレキャスターはフェンダー王朝が世に送り出すソリッド・ボディ、シングルコイル・ピックアップ、ボルトオン・ネックを特徴とするエレクトリック・ギターの記念すべき第1弾だったのだ。
  ――第4章 モデルT テレキャスターが切り拓いた新世界

…楽器店には安価でも素晴らしい機能を持つもう一つのオプションがあった。どんなアコースティック・ギターでも取り付けた瞬間から電気楽器に変えることができる独立型装置、それが比較的手頃な25ドルという価格で購入できたディアルモンドの電磁ピックアップだ。
  ――第5章 ブルース(とカントリー)から生まれた子、ロックンロール

(セス・)ラヴァーの(ハムバッキング・ピックアップの)コンセプトとは、従来1本だったコイルを2本使い、各々の巻き線の向きと磁極を逆にセットすることにより、電流の流れに干渉、すなわちハムノイズを相殺し合う、もしくは抵抗を大きくするという考え方だった。
  ――第6章 ソリッド・ボディのストラディバリウス

ブリティッシュ・インベーションのサウンドとはすなわちヴォックス・アンプのサウンドだったのだ。
  ――第7章 ファブ12 ビートルズがやって来た

(マイケル・)ブルームフィールドがゴールドトップをプレイしていた頃には、サンバースト(の(レスポール・)スタンダード)など誰も欲しがらなかった
  ――第8章 ジミ・ヘンドリクス アンプリファイドされた革命

エドワード・ヴァン・ヘイレン「ともかく俺はトーン・コントロールには触ったこともない」
  ――第9章 噴火 伝説の爆撃機、世界へ

スティーヴ・ヴァイ「いったい何がトレモロ・ユニットの可変幅を抑止しているのだろう?」
  ――第10章 メイド・イン・ジャパン

ポール・ロード・スミス「当初から僕は、エレクトリック・ギターとは磁気マイクロフォンを搭載したアコースティック・ギターであり、エレクトリック・サウンドとなったときに大きな違いを生むのはソリッド・ボディ・ギターの<アコースティック・サウンド>なのだという独自の推論を立てて製作にあたっていた」
  ――第11章 ギター・オタクの逆襲

人々がその楽器を使って新しい音楽を作ろうとしない限り、楽器も進化していかない。
  ――第12章 プラスティック・ファンタスティック ビザール・ギターの復権

【どんな本?】

 始祖チャック・ベリー,革命児ジミ・ヘンドリックス,重爆撃機エドワード・ヴァン・ヘイレン…。エレクトリック・ギター・プレイヤーには、綺羅星の如く輝けるスター・プレイヤーが連なっている。

 そんな彼らも、アイザック・ニュートンと同様に、巨人の肩の上に乗っているのだ。では、彼らを乗せた巨人とは、どんな者なのか。いつ生まれ、何を食らい、どのように育ってきたのか。

 エレクトリック・ギターは、バイオリンやピアノに比べ、歴史が浅い。それだけに、演奏法も楽器そのものも、今もって激しい変異を繰り返している。その変異は、プレイヤーにみならず、ギター製作者との共謀によって成し遂げられてきた。

 エレクトリック・ギター誕生前夜のリゾネーターから現代のビザール・ギターまで、エレクトリック・ギターの進化史を明らかにする、ユニークでエキサイティングな現代史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Play It Loud : An Epic History of the Style, Sound, and Revolution of the Electric Guitar, by Brad Tolinski and Alan Di Perna, 2016。日本語版は2018年2月23日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約519頁。9ポイント39字×19行×519頁=約384,579字、400字詰め原稿用紙で約962枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。意外と内容も親切だ。というのも、多くのエレキギターの本は、ベグやブリッジなどギターの部品の名前を何の説明もなしに使う本が多いんだが、この本はちゃんと説明している。ただし、頭から順に読めば、だが。

 もっとも、この手の音楽本の例に漏れず、Youtube で音源を漁りはじめると、なかなか前に進めないのが困り物w

【構成は?】

 お話は時系列で進むが、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • 序文 カルロス・サンタナ
  • 第1章 ブラザー、ミュージシャン、聴け、奇跡の音を
    マグネティック・ピックアップの生みの親、ジョージ・ビーチャム/ナショナル&ドブロとドピエラ兄弟/“フライング・パン”の誕生
  • 第2章 偉大なるチャーリー・クリスチャンの功績
    初のエレキ・ギター・ヒーロー、チャーリー・クリスチャン/ギブソンES-150と“チャーリー・クリスチャン・ピックアップ”
  • 第3章 レス・ポール ウォキショーから来た魔法使い
    発明家ギタリスト、レス・ポール/ソリッド・ボディのエレキ・ギター“ログ”/多重録音とエフェクトが生み出した未知のサウンド
  • 第4章 モデルT テレキャスターが切り拓いた新世界
    レオ・フェンダーとポール・ビグスビー、マール・トラヴィス/画期的な量産エレキ・ギター、テレキャスターの誕生/ストラトキャスターとサーフ・ミュージック
  • 第5章 ブルース(とカントリー)から生まれた子、ロックンロール
    マディ・ウォーターズとディアルモンド・ピックアップ/グレッチとチェット・アトキンス/ロックンロールの伝道者、チャック・ベリー
  • 第6章 ソリッド・ボディのストラディバリウス
    光り輝くレス・ポール・モデルの誕生/エリック・クラプトンと1960年製レス・ポール・スタンダード/ギブソンのモダニズム、ES-335とフライングV
  • 第7章 ファブ12 ビートルズがやって来た
    ビートルズという社会現象とリッケンバッカーの躍進/英国勢の大侵略を支えたヴォックス・アンプ/ローリング・ストーンズの愛器たち
  • 第8章 ジミ・ヘンドリクス アンプリファイドされた革命
    ボブ・ディラン、エレキ・ギターを手にする/フォークを葬ったマイケル・ブルームフィールド/フィードバックの料理人、ジェフ・ベックとピート・タウンゼント/マーシャルの咆哮/ジミ・ヘンドリクスの破壊と創造
  • 第9章 噴火 伝説の爆撃機、世界へ
    エドワード・ヴァン・ヘイレンの実験/ディマジオ・スーパー・ディストーション/シャーベルトシェクター/フランケンストラトの誕生/フロイド・ローズが覆すビブラートの概念
  • 第10章 メイド・イン・ジャパン
    スティーヴ・ヴァイの探求心/日本製エレキ・ギターの躍進/アイバニーズJEM/MTV時代のロック・ギター/異端児、スタインバーガー
  • 第11章 ギター・オタクの逆襲
    ポール・リード・スミスのギター・オタク的視点/カルロス・サンタナの要望/ギブソン+フェンダー=PRS/ビンテージ・ギターの再評価/テッド・マカーティに贈る栄冠
  • 第12章 プラスティック・ファンタスティック ビザール・ギターの復権
    安物ビザール・ギターの逆襲/時代を先取ったヴァルコ・エアライン/ガレージ・ロッカーたちの選択/エレクトリック・ギターのこの先
  • 年表/索引

【感想は?】

 やはり楽器は音を聴かなきゃピンとこない。ということで、Youtube の助けを借りながら紹介していこう。

 はじまりは1920年代。ハワイアン・ギタリストのジョージ・ビチャムは悩んでいた。ギターは他の楽器に比べ音が小さい。そこでジョン・ドビエラと組んで作ったのが…

Swamp Dog Blues / 1930s Broman Resonator Guitar

 リゾネーター・ギター、俗にドブロと呼ばれるギター。ブリッジ下に共鳴コーンを取り付けたのが特徴。独特のやや金属的な音だ。今でも桑田佳祐が愛用してる…と、思った。

 だが、まだ音量が足りない。ここで蓄音機のピックアップにヒントを得て、革命的な発想に至る。「弦の振動を直接拾えばいんじゃね?」ピックアップの誕生だ。この偉大さはいくら強調してもしきれない。なにせ、エレキギター自体は、音=空気の振動を伴わない。電気で増幅することで、はじめて音になる。従来の楽器とは、根本的に発想が異なるのだ。

Rickenbacker Frypan Hawaiian Jam

 そして完成したのが、フライング・パン。ブリッジ近くのカバーの下に、シングルコイル・ピックアップがある。動画のように、膝の上にのせ、スティール・ギターの要領で弾く。

 一見ハワイアン向けの楽器のように思えるが…

Rickenbacher, A 22 Electro Hawaiian Guitar

 こんな風に、アンプの使い方次第で、ヘヴィメタルにも使えそうなディストーション(というよりオーバードライブ)・サウンドになったり。この妙に粘っこい音、とっかで聞いたような気がしたが、ジェフ・ヒーリーだった。膝の上で弾くと、こういう粘り気のある音になるんだろうか?

 フライング・パンの成功は、柳の下に次々とドジョウを集める。その一つがギブソン社のES-150。ホロウ・ボディに2個のf型サウンド・ホール、フロント側にバー・ピックアップ、ノブはボリュームとトーン。そしてプレイヤーは…

Charlie Christian SWING TO BOP (1941)

 世界最初のギター・ヒーロー、チャーリー・クリスチャンだ。実は彼のプレイを聞いたのは初めてなんだが、フレージングがあんまりにもスリリングなんで驚いた。その音色はエリック・ゲイルやジョージ・ベンソンなど現代のジャズ・ギタリストに今なお受け継がれている。1942年に25歳の若さで亡くなるって、早すぎる。ここでは人種差別に叛旗を翻すベニー・グッドマンの逸話も心地よい。

 チャーリー・クリスチャンが見つけたフロンティアに、続々と開拓者が集まってくる。中でも野心に溢れていたのが…

Les Paul - Lover - 1948

 今もギブソンの名器に名を残すレス・ポールだ。電気工作にも通じていた彼は、棒切れのような自作ギター「ログ」(→Google画像検索)などで実験を重ねる。動画の「ラヴァー」では、それに多重録音や自宅スタジオでのエフェクトなども試してゆく。後にジミ・ヘンドリックスやプログレ者が向かう「新しい機材による新しい音の追求」の第一走者でもある。

 もちろんメーカーだって黙っちゃいない。新しい楽器に相応しく新しい企業も参入してくる。その代表がレオ・フェンダーことクラレンス・レオニダス・フェンダー。電化の時代の空気を読んだのか、それまでの楽器の概念を覆し「量産の工業製品」然としたエレクトリック・ギターを生み出す。

Johnny Burnette Trio-Train Kept A Rollin'

 レオはカントリーが好きだったが、往々にして優れたモノは作者の思惑を超えて使われる。ギターのポール・バリソンが使っているのは、たぶんエクスワイアだろう。やがてレオはギタリストたちとの交流を通じ、もう一つのベストセラーとなるストラトキャスターや、ガレージ・バンド最後のピースであるプレシジョン・ベースも生み出してゆく。

 安価な市場を切り開いたテレキャスターにすら、貧しい者には手が出ない。だが貧者には最後の手段があった。既存のギターにピックアップを取り付けりゃいいのだ。

Muddy Waters - I Feel Like Going Home

 この救済策に救われたのがシカゴ・ブルースの帝王マディ・ウォーターズ。ここではシカゴ・ブルース誕生の物語も面白い。このマディが Free に大きな影響を与え、Free は MR.BIG へと受け継がれてゆく。ちなみに Free のポール・ロジャースは Muddy Waters Blues なんてソロ・アルバムも出してて、これの参加メンバーが豪華絢爛なんだよなー。

 などの動きは、老舗も無視できない。だが老舗には誇りがある。ブランドに値する品質でなければならない。ここで出てきたのが先のレス・ポール。ただし本書によると、彼はほぼ名前を貸しただけっぽいw

John Mayall and The Bluesbreakers with Eric Clapton

 そんなギブソン・レスポールの名をあげたのが、エリック・クラプトン。ここで聴ける音は、現代のヘヴィメタルに欠かせないディストーション・サウンドだ。いやたぶんアンプによるオーバードライブだけど。もっとも、アルバムが出たのは1966年で、レスポール・スタンダードの発売は1958年~1960年。同時期にギブソンはトチ狂ってフライングVやエクスプローラーも出すんだが、これの売り上げが見事に爆死する話は切ないw ES-335は評判がよかったようだけど。

 そのクラプトンに先立つ1964年、四頭の怪物がアメリカに上陸する。そう、ビートルズだ。

A Hard Day's Night (Remastered 2015)

 これにいち早く目を付けたのがフランシス・ケアリー・ホール率いるリッケンバッカー。最初の来米時に四人と会見の約束を取り付け、グレッチ・マニアだった彼らに売り込みをかける。特にジョージ・ハリスンが12弦の360/12を気に入ったのが功を奏し、飛躍を遂げる。今でもオッサンは動画の最初のコードで理性が蒸発してしまう。ここでは港町リバプールが四人に与えた影響も面白い。

 ビートルズに続きローリング・ストーンズなど、次々と続く侵略に対し、アメリカもイギリスに逆上陸を仕掛け、見事に成功を果たす革命児が現れる。

Jimi Hendrix The Star Spangled Banner American Anthem Live at Woodstock 1969

 恐らくロック史上で最も有名なパフォーマンスだろう。左利きでありながら右利き用のギターをそのまま使い、ギターの常識を覆すサウンドと演奏を次々と生み出した男、ジミ・ヘンドリックス。これを可能にしたのが、ジム・マーシャル製作のギター・アンプと、ロジャー・メイヤーが生み出した数々のエフェクターだ。ギター&エフェクター&アンプの組み合わせによる無限の音色は、音楽の姿そのものを変えてゆく。デッドのサウンド・オブ・ウォールの原点もコレだったのね。

 この後もイーグルスやジョージア・サテライツなど、地元アメリカではパッとしなかった連中がロンドンで成功を勝ち取るケースは続くのだが、それはさておき。

 それだけ選択の自由が増えても、既製品に満足できない者はいる。なければ自分で作るしかない。折しもフェンダー,ギブソン共に儲け路線に走って品質が落ち込んでいた時代。自動車の改造と同じ感覚で、ギターのパーツ交換や改造を試みる者も現れる。そんな者向けの改造用パーツを供給した一人が、ラリー・ディマジオ。レスポール用にパワフルなハムバック・ピックアップを製作・販売し、マニアックながらも評判を得る。

Eddie Van Halen - Eruption

 だが、ディマジオの想像すら超える改造屋が現れた。ギブソンES-335のハムバック・ピックアップを、あろうことかライバルであるフェンダーのストラトキャスターに取り付けるとは、掟破りの改造である。改造もクレイジーだが、プレイは更に常識を外れていた。2分にも満たないソロで、エドワード・ヴァン・ヘイレンはエレクトリック・ギターの歴史を永遠に変えてしまう。そういやバック・トゥ・ザ・フューチャーでも、ヴァン・ヘイレンは宇宙人だった。あの最後のステージの場面は、ギターの歴史を凝縮してた。

 ギブソンとフェンダーの凋落と、エディ・ヴァン・ヘイレンの異次元殺法により、エレクトリック・ギター市場は一気に変貌する。このスキに乗じ日本のメーカーも安価な製品で米国市場振興を図る。最初は安かろう悪かろうだったのが、次第に品質も向上し、またアイバニーズがキンキラなJEMシリーズでステーヴ・ヴァイを射止めたりと、ヴィジュアルが大事なMTVとも相まって、次第に地位を固めてゆく。そういえばジャパン・パッシングで議員が東芝のラジカセを壊したのも、この頃でした。

The Police -Every little thing she does is magic (live´82)

 同じころ、キンキラとは逆に機能美を追求したのがネッド・スタインバーガー。ベースにはデッド・スポット(デッドポイント)がある。特定の音程だけ、妙に「鳴らない」のだ。これは周波数が一致しちゃってヘッドが弦の振動を吸収しちゃうから。「ならヘッドを無くしゃいいじゃん」と、画期的なデザイン変更を成し遂げる。という事で、動画はアンディ・サマーズよりスティングに注目してください。と言いつつ、やっぱアンディはブリッジ改造してるなあ。あれテレキャスターの弱点だしねえ。

 市場の変革は、新しい血の流入も促す。その代表がポール・リード・スミス率いるPRS社だ。ES-335などかつての名器に学びつつ、徹底して品質にこだわった高価な製品を世に送り出し、トップ・ギタリストたちの信頼をかち得てゆく。同じころ、リック・ニールセンやジョー・ウォルシュらコレクターも育ち、ジョージ・グルーンがビンテージ・ギターの市場をリードし始める。

Carlos Santana Victory is Won Live (En 16:9 y Sonido Remasterizado)

 動画はPRSを操るカルロス・サンタナ。もともとふくよかで官能的な音色と永遠とも思える伸びやかなサスティンにこだわるサンタナだけに、売り込むのは苦労したようだが、見事に眼鏡にかなった模様。ここでは団塊のオッサンたちが財力にモノをいわせてヴィンテージを買い漁る描写もあって、なんとも遠いところまで来てしまった的な感慨も。

 もちろん、動きがあれば反動もある。どこの国でも若者は貧しい。でも情熱だけはある。彼らはホームセンターの安物やリサイクル・ショップで中古品を漁り、ガレージで自分たちの音を奏で続ける。

White Stripes Grammy Awards

 彼らの想いを鮮やかに体現したのが、ホワイト・ストライプス。ジャック・ホワイトが抱えるギターは、ゴミ捨て場から拾ってきたようなオンボロだ。しかもバンドはベースすらいない、ギターとドラムのツーピース。これをグラミー賞のゴージャスなステージで演じる度胸には感服すしてしまう。そのステージで彼の出す音は、行き場のない怒りと狂気を否応なしに聴き手に突きつけてくる。

【おわりに】

 リゾネーター→フライング・パン→ES135→ログ と試行錯誤が続いた末に、テレキャスターで一つの完成形へとたどり着くあたりは、ヘンリー・ペトロスキーの「鉛筆と人間」や「フォークの歯はなぜ四本になったか」のように、右往左往しつつ次第に洗練されてゆく工業製品と同様の、技術史としての面白さがある。

 と同時に、作り手と使い手が互いに意見を出し合い、またはレス・ポールやエディ・ヴァン・ヘイレンのように双方を兼ねた者が、突飛なアイデアと職人芸を駆使して新しいモノを作り上げてゆく様子は、初期のオープンソース・ソフトウェア開発の熱気を見るような気分になってくる。

 とかの偉そうな理屈はともかく、この記事を書いている際に、色とりどりなギターの音を聴けるのも楽しかった。The 5, 6, 7, 8´s なんて卑怯なまでにオジサン殺しなバンドも見つけたし。いやホント、あの音には一発で参っちゃったぞ。

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2020年3月 2日 (月)

トム・アンブローズ「50の名車とアイテムで知る 図説 自転車の歴史」原書房 甲斐理恵子訳

自転車は個人旅行に革命をもたらし、馬に頼る近・中距離移動は終わりを告げた。
本書は、200年以上にわたって発展してきた自転車の物語を、進歩の土台となった50種からひも解いていく。
  ――はじめに

フランスで流行しはじめたトライシクル(三輪車)は、イギリスでもすぐに広まった。1881~1886年には、自転車よりトライシクルの生産量のほうが多かったほどだ。
  ――12 コヴェントリー・レバー トライシクル

女性による自転車世界一周は、1894年にすでになしとげられている。同じアメリカ人女性、アーニー・コブチョフスキーがその人だ。
  ――16 エルスウィック・スポーツ 自転車に乗った女性たち

(レンタル自転車の)おもな目的は利益をあげることではなく、利用料で費用をまかないつつ都心の車の交通量を減らすことだ。
  ――43 ヴェリブ 都市型レンタル自転車

オランダは世界で唯一、人口より自転車の台数が多い国なのだ。オランダの人口は1650万人、自転車は約1800万台存在する。
  ――45 ガゼル 自転車の国オランダ

中国では車の5倍の電動自転車が走り、いまや世界トップクラスの電動自転車生産国でもある。毎年中国では1800万台の電動自転車が製造販売され、中国で使われている2輪車の25%以上が電動自転車だ。
  ――49 リビー 電動自転車

【どんな本?】

 お買い物の友ママチャリ。転ぶ心配のないトライシクル(三輪車)。坂道もラクラク電動アシスト自転車。頑丈でパワフルな実用車。持ち運べる折りたたみ自転車。スマートで華麗なロードバイク。荒野を駆け抜けるマウンテンバイク。映画「E.T.」で脚光を浴びたBMX。そして寝っ転がって走るリカンベント。

 ひとくちに自転車といっても、その姿や使われ方は様々だ。これらの自転車は、どのように進化・多様化してきたのか。進化の過程で、どんな技術やアイデアがどんな役割を果たしたのか。そして、どんな人々がどんな目的で自転車に乗ってきたのか。

 ペダルすらない1817年のドライジーネからカーボンファイバーを駆使した現代のレース用マシンまで、50のトピックで自転車の進化を辿る、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The History of Cycling in Fifty Bikes, by Tom Ambrose, 2013。日本語版は2014年9月21日第1刷。単行本ハードカバー横一段組み本文約212頁。8.5ポイント32字×42行×212頁=約284,928字、400字詰め原稿用紙で約713枚。文庫本なら厚めの一冊分だが、写真がたくさん載っているので、実際の文字数は7割ぐらい。

 文章は比較的にこなれている。内容も難しくはない。ただ、ダイヤモンド・フレームやスプロケットなど、自転車の専門用語が説明なしに出てくるので、素人はその度に Google などで調べる必要がある。

【構成は?】

 時代別に並んでいるが、各記事はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • はじめに
  • 1 自転車の原型 庶民の乗り物を求めて
  • 2 ドライジーネ フランス発の初期の2輪車
  • 3 ホビーホース ダンディな若者の選択
  • 4 マクミラン型ペダル自転車 両足を地面から離して
  • 5 ベロシペード 前輪駆動
  • 6 ボーンシェイカー 過酷なサイクリング
  • 7 アリエル 危険なペニー・ファージング
  • 8 ローバー 安全自転車
  • 9 ファシル ドワーフ・オーディナリ
  • 10 サルヴォ・クワドリサイクル マルチホイーラー(車輪の多い自転車)
  • 11 コロンビア・ハイホイーラー アメリカ生まれ
  • 12 コヴェントリー・レバー トライシクル
  • 13 空気タイヤ 快適な乗り心地
  • 14 スウィフト 事務員の自転車
  • 15 アイヴェル 2人乗り自転車
  • 16 エルスウィック・スポーツ 自転車に乗った女性たち
  • 17 ルーカス・ランプ 夜道を照らす
  • 18 ダーズリー・ペダーセン 奇抜なデザイン
  • 19 モルヴァーン・スター オーストラリア横断
  • 20 フランセーズ・ディアマン 初のツール・ド・フランス
  • 21 スターメーアーチャー 変速ギア
  • 22 ラボール・ツール・ド・フランス ねじれ剛性
  • 23 オートモート 初期の長距離レース自転車
  • 24 ヴィアル・ヴェラスティック マアウンテンバイク誕生前夜
  • 25 ヴェロカー レース用リカンベント
  • 26 ハーキュリーズ 女性レーサー
  • 27 バーステル・スペシャル 6日間レース
  • 28 シュル・フュニキロ 初期マウンテンバイク
  • 29 ケートケ トラック用タンデム
  • 30 変速機(ディレイラー) レース用ギア
  • 31 ベインズVS37 1930年代の傑作
  • 32 ビアンキ 偉大なるファウスト・コッピ
  • 33 BSAパラトルーパー 自転車の軍事利用
  • 34 モールトン・スタンダード・マーク1 折りたたみ自転車
  • 35 プジョーPX10 死の山
  • 36 ウーゴ・デローザ エディ・メルクス
  • 37 ブリーザー・シリーズ1 マウンテンバイク
  • 38 ハロー バイシクルモトクロス(BMX)の流行
  • 39 ロータス108 スーパーバイク
  • 40 コルナゴ タイムトライアル自転車
  • 41 スコット・アディクトRC カーボンフレーム
  • 42 プロ・フィット・マドン ランス・アームストロング
  • 43 ヴェリブ 都市型レンタル自転車
  • 44 サーヴェロS5 モダン・クラシック
  • 45 ガゼル 自転車の国オランダ
  • 46 マドセン カーゴ自転車
  • 47 スペシャライズド・ターマックSL3 未来の勝者
  • 48 ピナレロ ウィギンスのマシン
  • 49 リビー 電動自転車
  • 50 四角いホイール? 未来のデザイン
  • 参考文献/索引/図版出典

【感想は?】

 速く走ることに賭けるヒトの執念が伝わってくる。

 幕あけは1791年のパリ、シヴラック伯爵のセレリフェールだ。形はドライジーネ(→Wikipedia)に近い。

 木の枠組みに木の車輪を付けただけで、ブレーキはもちろんペダルもない。現代の幼児用バランスバイクみたいなモンだが、ハンドルはきれない。おかげで曲がる時は「そのつど乗り手が降り、車体を持ち上げて、進みたい方向へ向きを変えなければならなかった」。しかも値段は「乗馬用の馬なみ」。そりゃ流行らんわ。

 だが何故か自転車というアイデアは命脈を保ち続ける。いや飛び飛びに、だけど。とはいえ、さすがに費用は問題で、しばらくは貴族の坊ちゃんの道楽って時代が続く。やっぱり、こういうモノの進歩には、ある程度の社会格差が必要なんだなあ。

 これに動力、というか動力伝動装置がついたのが1839年のマクミラン型ペダル自転車。ただし回転させるんじゃなくて、蒸気機関車みたくペダルの前後動をシャフトでスポークに伝える。1860年代にはペダルで前輪を回すベロシペードが登場、「前輪をデカくすりゃスピードが出るよね」とペニー・ファージング(→Wikipedia)が勢いを得る。

 この辺までは自転車って値段は高いわコケたら危ないわで、今でいうエクストリーム・スポーツ的な位置づけだったことが伺える。これに一石を投じだのが1876年のローバー、安全自転車だ。チェーンで後輪を動かす姿は、現代の実用車に近い。足が地面につくので安全ってわけ。

 子供の頃、自転車を手に入れて、その移動能力に感動したことを覚えているだろうか? あれは、自由の味だ。移動手段を得ることは、自由を得ることでもある。これは女性解放論者にも影響を及ぼす。ただ、スカートで乗るには、トップチューブ(→Wikipedia)が邪魔になる。これを解決したのが1912年のエルウィック・スポーツ。トップチューブをなくし、今のママチャリに近い形になった。

 とかの進化を辿るのも面白いが、最も気にった記事は「33 BSAパラトルーパー 自転車の軍事利用」。そう、自転車と軍事の話だ。

 先陣を切ったのはイギリス陸軍。1885年の演習で偵察隊が自転車で活躍してる。もっとも、1890年に作った8人乗り8輪車は、さすがに失敗したけど。誰か止める奴はいなかったのかw さすがパンジャンドラムの国w もち成功した例も多く、ボーア戦争ではニュージーランド軍兵士が自転車でボーア人騎兵隊を追い捕まえている。馬より自転車の方が速いのだ。飼葉も要らないしね。

 ドイツ軍も電撃戦では…

第2次世界大戦(略)ドイツ軍は(略)ベルギーやフランスへ先頭をきって侵攻する戦車の後ろには、何千台もの自転車が走っていた。
  ――33 BSAパラトルーパー 自転車の軍事利用

 と、歩兵は自転車でグデーリアンを追いかけたのだ。同時期にマレー半島を南下した帝国陸軍の銀輪部隊も出てくるが、「ただし使用されたのは日本製ではなくマラヤ製」だった。日本から送るには船に積む空間が足りず、しかも現地で手に入るってんで、現地で調達…と言えば聞こえはいいが、ようは奪ったわけ。そりゃ恨まれるよ。

 もっとも、そのドイツ軍もベルリン防衛戦では少年兵が自転車にパンツァー・ファウスト(対戦車バズーカ)を括り付けてソ連の戦車T-34に立ち向かう、なんて無謀な手に出てるんだけど(→「ベルリン陥落」)。

 この知恵を継いだのが北ベトナム軍で、かの有名なホーチミン・ルートの補給は、自転車が活躍している。

 フランス相手の第一次インドシナ戦争では、「6万台の自転車」が食料と弾薬を運んでいる。もっともフランス製プジョーを改造して「200キロ以上の荷物を運べるよう」にしてあるんだけど。写真も載ってて、さすがに人が載って漕ぐんじゃなく、押して歩いてる。しいまいにゃ「救急車」まで作ってて、彼らの工夫の才には敬服するばかりだ。

 もちろんロータス108などスピードを追求した過激なレース用自転車も迫力のフルカラーでたくさん載っており、眺めているだけでも充分に楽しめる。

 馬やエンジンなど他の動力に頼らず、自分の力だけで、なるべく長い時間と距離を速く走る。自転車は、ただそれだけが目的のマシンだ。にも関わらず、ヒトはその時々の最新テクノロジーを取り入れ、ひたすらに高速を追及したり安定性を求めたりして、豊かなバリエーションを自転車にもたらした。その歴史は未だ発展途上で、多くの可能性を秘めている。

 歴史を辿ると共に未来への期待が膨らむ、ちょっと変わった技術史の本だ。

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2020年1月27日 (月)

バーツラフ・シュミル「エネルギーの人類史 上・下」青土社 塩原道緒訳 2

基本的に、地球上の文明はすべて太陽放射に依存するソーラー社会に他ならない。
  ――第5章 化石燃料と一次電気と再生エネルギー

エネルギーと経済について語ることは、同じことがらを異なる言葉で語るのと同じだ。
  ――第6章 化石燃料文明 かつてないパワーとその利用

オランダ、イギリス、アメリカが連続して経済大国となり、国際的な影響力を獲得したのは、これらの国がいち早く、有効エネルギー一単位をそれほど必要とせずに抽出できる(つまり、エネルギー純利益が高い)燃料を利用していたことと密接に関連している。
  ――第7章 世界の歴史の中のエネルギー 決定論と選択の狭間で

 バーツラフ・シュミル「エネルギーの人類史 上・下」青土社 塩原道緒訳 1 から続く。

【どんな本?】

 かつて人類のエネルギー源は己の筋力だけだった。次いでウシやウマなど獣の筋力も使うようになり、また条件が許せば水力や風力も使い始める。

 その後、蒸気機関により桁違いのエネルギーを手に入れた人類は、更に内燃機関やタービンによって大きな飛躍を遂げる。だが文明の進歩は平等ではなく、21世紀の今日も生物のエネルギーに頼っている人々もいれば、その2桁以上のエネルギーを浪費する社会もある。国単位で見ると、手に入るエネルギー量は必ずしも国民の生活の向上につながるわけではない。

 エネルギーを中心に人類の歴史を俯瞰し、また現代の人類の状況を分析し、未来の展望を描く、一般向けの歴史解説書。

【製鉄】

 上巻では、紀元前から産業革命前までの歴史を辿ってきた。下巻では、いよいよ蒸気機関による産業革命から石油や天然ガスへと主力が移る現代へと足を踏み入れる。

 ここで、まず虚を突かれたのが、鉄の重要性。少し前まで、製鉄量は国家の力を測る大事な指標だった。太平洋戦争の原因として、よく米国による経済封鎖が言われる。特に石油の禁輸が有名だが、同時に屑鉄なども禁じられた。毛沢東も鉄の生産を重視し、農村で鉄を作った。もっとも、こちらは典型的な粗製乱造に陥って大失敗に終わったけど。

 Wikipedia の粗鋼生産ランキングでも、「20年ぐらい前までは、国内経済の重要指標」とある。にしてもトップが小国ルクセンブルグってのは意外。もちろん、今だって鉄は大事だ。

…さまざまな種類の鋼鉄に使われている鉄は、金属の中で支配的な地位を保っている。2014年、鋼鉄の製造は主な四つの非鉄金属であるアルミニウム、銅、亜鉛、鉛をすべて合わせた総生産量の約20倍だった。
  ――第6章 化石燃料文明 かつてないパワーとその利用

 もっとも粗鋼生産ランキングも今は「経済のグローバル化によりほとんど当てにならなくなっている」とか。このグローバル化、世界経済総生産に対する対外貿易の比率は2015年で25%だが、1900年ではたった5%だった。昔は自国内で調達するしかなかったワケで、鉄の生産量は国力に大きな意味があったのだ。この製鉄で大きいのが…

木炭に変わって冶金用コークスが銑鉄(あるいは鋳鉄)の製錬に使われるようになったことは、間違いなく近代最大の技術的革新のひとつに数えられる。
  ――第5章 化石燃料と一次電気と再生エネルギー  重大な移行

 「ゼロからトースターを作ってみた結果」でも鉄を作るのに苦労してたが、現在の製鉄技術はあまりに高度すぎて、素人には何がどうなってるのか見当がつかない。ちょっと調べたら、「FNの高校物理」の「製鉄の歴史」が分かりやすそうだ。うーむ、ジャンルは物理になるのか。そんな風に、歴史・経済・物理と多くの学問に渡っているのが、本書の大きな特徴の一つ。

【ディーゼル】

 やがて主要なエネルギー源は石炭から石油に代わる。ここで楽しいのがルドルフ・ディーゼル(→Wikipedia)の逸話。そう、ディーゼル・エンジンの生みの親だ。今やディーゼル・エンジンはトラック,列車,タンカーとパワフルな大型マシンの印象が強い。だがドルフが望んだのは動力の小型化・分散化により、多くの人が田園生活を満喫できる社会だってのが皮肉。きっとクリフォード・D・シマックあたりと話が合ったろうなあ。

【高圧電線】

 製鉄のコークス同様、著者が高く評価している技術が、変圧器だ。電力は電流=アンペアと電圧=ボルトを掛けた値になる。変圧器は電圧を上げ電流を減らす、または電流を上げ電圧を減らす。なんでそんなのが要るのかというと、発電と送電の効率を上げるため。発電は電圧が低い方が効率がいい。でも送電は電圧が高い方が効率がいい。だから低電圧で発電し、変圧器で高電圧に変え、高圧電線で電気を送るのだ。高圧電線には、そういう意味があったのか。

【数字】

 とかも楽しいが、本書の最大の特徴は、やたら数字が出てくる点だろう。上巻でも農作業と収穫をむりやりワットに変換してたが、それは下巻も同じ。例えば肉に関しても…

 鶏肉は最も効率的に飼料に変換できる(肉一単位で約三単位の濃厚飼料)。豚肉の比率は約9%で、穀物飼育された牛肉は最も効率が悪く、肉一単位当たり最大25単位の飼料が必要となる。――第6章 化石燃料文明 かつてないパワーとその利用

 なんて計算が出てくる。鶏の唐揚げはエコなのだw でもたまには神戸牛も食べたい。まあいい。一般に都市の暮らしはエコじゃないように言われるが、昔は都市生活しようにもできなかったようだ。というのも…

伝統的社会のエネルギー供給源は耕作地や森林で、その面積は居住地の面積の最低50倍、一般には約100倍はなければならなかった…
  ――第6章 化石燃料文明 結果と懸念

 と、昔から都市は森や耕作地を食いつぶす存在だった。これは「森と文明」が詳しい。よく江戸なんて都市を維持できたなあ。これを変えたのが化石燃料で、調理や暖房もガスや電気で賄えるし、化学肥料やトラクターなどで耕作地の単位面積当たりの収穫量が増えた。だけでなく…

1500年から2000年までのあいだ、家庭暖房のコストは90%近く低下し、産業出力のコストは92%、貨物の陸上輸送のコストは95%、貨物の海上輸送コストは98%下がった。
  ――第7章 世界の歴史の中のエネルギー エネルギー利用の主要なパターン

 と、都市化は効率も上げたりする。こっちは「都市は人類最高の発明である」が詳しい。そうなったのも、特に陸上輸送が発達したお陰ってのが大きい。なにせ昔の馬車ときたら…

1800年の時点では、四輪馬車の一般的な速度が時速10km未満で、大型の貨物用馬車はその半分の速さしか出せなかった。
  ――第7章 世界の歴史の中のエネルギー エネルギー利用の主要なパターン

 人間が歩く速さはだいたい時速4kmだから、貨物用馬車は早歩き程度の速度でしかなかったのだ。たまらんね、そりゃ。もっとも、時代が進めば必ずしも効率が上がるわけじゃなくて、M1A1エイブラムズ戦車の燃費がリッター125m~250mなんて数字も出てくる。さすが合衆国、金満だなあw

【大きいことはいいこと?】

 もっとも、調達できるエネルギーが大きければ暮らしが豊かになるとは限らないのが皮肉な所。本書ではその例として、第二次世界大戦後のソ連と日本を引き合いにしている。毎日が買い物の行列だったソ連だけど、油田と炭田でエネルギー産出量は世界トップだったのだ。今だってロシアは世界第二の原油輸出国だけど、それで産業が発達したかと言えば…あなた、ロシアの自動車メーカー、知ってます?

 などとソ連/ロシアはアレだけど、下巻じゃ近年の中国の存在感は大きいんだよなあ。

【おわりに】

 などと、この記事ではエピソードを中心に紹介したが、他にも興味深いエピソードはてんこもりだ。特に下巻は数字が多く、先進国の食糧の廃棄率だの携帯電話の製造に必要なエネルギーだのと、ヲタク大喜びなトリビアがギッシリ詰まっている。農作業をワットに換算したりと、一見奇妙に思える単位の変換も楽しい。マクニールの「世界史」が好きなら、興味深く読めるだろう。

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2020年1月22日 (水)

バーツラフ・シュミル「エネルギーの人類史 上・下」青土社 塩原道緒訳 1

エネルギーは、唯一無二の普遍通貨だ。
  ――第1章 エネルギーと社会

要するに、鎌と犂がなければ大聖堂はできなかっただろうし、ヨーロッパ人の発見の旅もなかっただろうということだ。
  ――第3章 伝統的な農耕 共通性と特異性

一般に季節ごとに必要となる水の総量は、収穫される穀物の質量の約一千倍とされる。
  ――第3章 伝統的な農耕 集約化への道

農耕の根本的な変化という点で、漢に匹敵しうる時代はほかにない。以後の進歩は緩慢で、西暦14世紀を過ぎると、地方の技術はほぼ停滞した。
  ――第3章 伝統的な農耕 持続と革新

【どんな本?】

 文明を維持するにはエネルギーが必要だ。作物を育てるには日光が要るし、畑も耕さなきゃいけない。灌漑するにも水路の建設と浚渫が欠かせない。料理や暖房や照明、移動・輸送・建築にもエネルギーを使うし、金属の採掘や冶金もエネルギーがあればこそだ。

 文明化以前はエネルギーの大半を人力に負っていた。やがてウシやウマなど家畜の力も使いはじめ、風力も帆船などで古くから使われている。単にエネルギーの総量ばかりでなく、利用効率にも進歩がある。野原での焚火はエネルギーの大半が無駄になるが、高炉を使えばエネルギー効率はグンと上がる。

 人類はどんなエネルギーを使ってきたのか。エネルギー源はどこから調達したのか。エネルギーを価値のある仕事に変換するのに、どんな工夫をしいたのか。それぞれのエネルギーの総量はどれぐらいで、変換効率はどの程度なのか。

 ジュールやワットなどの単位を駆使して、人類史をエネルギーの観点から捉えなおす、今世紀ならではのユニークな視点による歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Energy and Civilization : A History, by Valcav Smil, 2017。日本語版は2019年4月10日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで上下巻、本文約370頁+375頁=745頁に加え、訳者あとがき5頁。9.5ポイント45字×18行×(370頁+375頁)=約603,450字、400字詰め原稿用紙で約1,509枚。文庫なら上中下の三巻に分けてもいい大容量。

 文章はやや硬い。まあ青土社だし、そこはお察し。だが内容は意外とわかりやすい。世界中を行き来するので、世界地図か Google Map があると便利だ。またキロ・メガ・ギガなどのSI接頭辞(→Wikipedia)を覚えているといい。よく出てくるのは三つ、キロは千、メガが百万、ギガは十憶。

【構成は?】

 第1章は「本書を読む上での注意事項」みたいな役割なので、必ず最初に読もう。それ以外の上巻は、テーマごとにほぼ独立しているので、気になった所を拾い読みしてもいい。下巻はまだ手を付けてないです。

  •   上巻
  • 第1章 エネルギーと社会
    • 流れ、貯蔵、管理
    • 概念と尺度
    • 複雑さと注意事項
  • 第2章 先史時代のエネルギー
    • 狩猟採集社会
    • 農業の起源
  • 第3章 伝統的な農耕
    • 共通性と特異性
      畑仕事/穀物の優勢/作付けの周期
    • 集約化への道
      輓獣/灌漑/肥沃化/作物の多様性
    • 持続と革新
      古代エジプト/中国/メソアメリカ文化圏/ヨーロッパ/北アメリカ
    • 伝統農業の限界
      達成されたこと/栄養分/限界
  • 第4章 産業化以前の原動力と燃料
    • 原動力
      生物のパワー/水のパワー/風のパワー
    • バイオマス燃料
      木と木炭/作物残渣と畜糞
    • 家庭での需要
      食事の支度/暖房と照明
    • 輸送と建築
      陸上輸送/櫂船と帆船/建造物
    • 冶金
      非鉄金属/鉄と鋼
    • 戦争
      生物エネルギー/爆薬と鉄砲
  •   下巻
  • 第5章 化石燃料と一次電気と再生エネルギー
    • 重大な移行
      石炭採掘の始まりと広まり/木炭からコークスへ/蒸気機関/石油と内燃機関/電気
    • 技術的イノベーション
      石炭/炭化水素/電気/再生可能エネルギー/輸送の原動力
  • 第6章 化石燃料文明
    • かつてないパワーとその利用
      農業におけるエネルギー/産業化/輸送/情報とコミュニケーション/経済成長
    • 結果と懸念
      都市化/生活の質/政治的影響/兵器と戦争/環境の変化
  • 第7章 世界の歴史の中のエネルギー
    • エネルギー利用の主要なパターン
      エネルギーの時代と移行/長期的傾向とコスト低下/変わっていないことは何か?
    • 決定論と選択の狭間で
      エネルギーの必要と利用からの要請/コントロールの重要性/エネルギー説明の限界
  • 補遺
    • 基本尺度
      エネルギー関連の進歩
    • 科学的単位とその倍量および分量単位
    • パワーの歴史
  • 参考文献に関する付記/参考文献/訳者あとがき/事項索引/人名索引

【感想は?】

 理系大喜びの歴史書。

 そう、本書にはワットだのジュールだのといった、力学の単位がしょっちゅう出てくる。しかも「どうやってソレを計算したか」の過程も。数式にこそなっていないが、文章が示すのは加減乗除の計算式だ。数字が好きな人なら、思わずニタニタしてしまう。

 特に喜ぶのは工学系だろう。往々にして工学系は、効率を重んじる。投入するエネルギーや原材料に対し、どれだけの成果が得られるかが、工学の重要なテーマとなる。判りやすい例が、自動車の燃費だ。1リットルのガソリンで、より多くの距離を走れるエンジンを求め、自動車メーカーは日々研究を積み重ねている。

 自動車は判りやすいが、農業に当てはめるとなると、なかなか難しい。のだが、本書ではあの手この手で換算を試みる。例えば、1ヘクタールの畑を耕すのに、何ジュール必要なのか。同じ量のエネルギーを作物から得るには、何トンの収穫があればいいか。

 人間には基礎代謝があるので、その分を必要なエネルギー量に加える。蒔いた種の中には芽吹かぬものもあるので、その分を収穫量から割り引く。また小麦は製粉時に、米も精米時に相当量を失うので、それも割り引く。貯蔵中にカビや虫やネズミに食われるので、その分も勘定に入れる。米と小麦では重量当たりのエネルギー量が違うので、表にして比べる。

 …なんてことを、農業の項では延々とやってたり。ここでは、「どうやって計算するか」も楽しいが、それ以上に「どこから数字を持ってきたか」「その数字の値はどれぐらいか」も楽しい。というか、そういうのを楽しめる人向けの本なのだ。

 ヒトは直感的にこう考える。「投入するモノを増やせば、得られるモノも多くなる」。農業だと、例えば畜獣の利用だ。ウシやウマに犂を曳かせれば、より多くの畑を耕せる。その通りなのだが、ウシとウマでは最大出力も燃費も違う。ウシと比べウマは最大出力が大きいが、燃費が悪い。ウシは藁や籾殻を与えればいいが、ウマには穀物を食わせないと力が出ない。その点、スイギュウは意外と優秀で…

 ってな、単純なエネルギー収支の話も面白いが、ヒトはカロリーだけじゃ生きられない。他の栄養素だって必要だ。また、同じ土地で同じ作物を作り続ければ、土地が痩せてしまう。

 これを補う代表的な方法が、輪作だ。コムギやコメなどの穀物と、マメ類を交互に作る。土地が痩せる最大の原因は、土中の窒素の不足だ。穀物は土中の窒素を消費するのに対し、マメ類(の根粒菌)は窒素を補給する。と同時に、食べればタンパク質も補給できる。ただし単位面積当たりの収穫量だと、マメ類は穀類の1/3~1/2と少ないのが痛いところ。

 そんな風に、ヒトは農業技術を発達させてきた。まあ発達というか、最適化ですね。ところが、最適化にはソレナリのオツリがある。開拓すれば野獣が減り、狩りの獲物が減る。輪作で安定した収穫が得られるなら、同じ作物を延々と作り続ける。豊かになれば、それだけ人口も増える。その結果…

…伝統農業の千年を通じて、一人当たりの食物供給量に明らかな上昇傾向はない…(略)そしてたいていの場合、時代が新しくなるほど食の多様性が薄まっていた。
  ――第3章 伝統的な農耕 伝統農業の限界

 と、マルサスの罠(→Wikipedia)にまんまとはまったのですね。

 などと第3章ではエネルギーの面から農業を計算したのに続き、第4章では燃料・輸送・建築・冶金・戦争などを、やはりエネルギーの面から計算する。ピラミッドの建設方法が現代でもよくわからないってのは意外だった。てっきり斜面を作って石を持ち上げたのかと思ってたんだが、それにしては斜面の遺物が残っていないとか。

 「木材と文明 」や「森と文明」にあるように、やはり都市は森を食いつぶすようで、本書では冶金での浪費が印象深い。

…燃料となる木材を手に入れられるかどうか、そしてのちには、大型化するふいごやハンマーの動力となる水力を確実に利用できるかどうかが、冶金の進歩を左右する決定的な要因だったのである。
  ――第4章 産業化以前の原動力と燃料 冶金

 薪と木炭ぐらいしか燃料のない時代には、森が主なエネルギーの供給源だったのだ。特に製鉄での木炭は優秀で、単位質量あたりの熱量が薪より40%ほど多いだけでなく、余計な水分がないのでより高い温度を得られる上に、純粋な炭素で硫黄やリンなどを含まないため、鉱物を汚染させない。

 ただし品質には代償があって、「窯で生産された木炭の量は一般に、空気乾燥させた木材の生産量の15%~25%ぐらいしかなかった」。7割以上も量が減っちゃうんですね。その結果…

明らかに、古代の製錬は地中海沿岸地方の森林破壊の主たる原因だったのであり、南コーカサスでもアフガニスタンでも事情は同じだった。そして燃料となる木材が少なくなった結果、その土地での製錬はしだいに縮小せざるを得なくなったのである。
  ――第4章 産業化以前の原動力と燃料 冶金

 現代のアフガニスタンは砂漠が広がる不毛の地みたいな印象があるけど、実はヒトが森を食いつぶした結果みたいだ。

 と、上巻では化石燃料以前の人類史を、敢えてジュールやワットなどの単位を用いて語るという、独特の視点の衝撃が大きい本に仕上がっている。これから読む下巻が楽しみだ。

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2020年1月12日 (日)

マニング・マラブル「マルコムX 伝説を超えた生涯 上・下」白水社 秋元由紀訳

本書の主な目的は、広く語られているマルコムX伝説にとらわれず、マルコムXの人生で実際に起きた出来事を詳しく述べることである。本書はまた、マルコム自身も知り得なかった事実を明らかにする。
  ――プロローグ 伝説にとられえないマルコム

「南部に送り込まれたいんだ。黒ん坊兵士を集めてね、わかる? 鉄砲を盗んで、貧乏白人どもを殺してやる!」
  ――第2章 デトロイト・レッドの伝説

「わたしは南部について何も知らない。わたしは北部の白人によって生み出されたのである」
  ――第5章 「導師なら結婚していなければ」

アメリカにいる2000万の黒人は「自分たちだけで一つの国をつくるだけの数がい」て、その国が成立するために黒人は「自分たちだけの土地が必要」なのである。
  ――第7章 「間違いなく殺すつもりだった」

「…革命家というのは地主に抗する土地を持たない者です」「…革命は破壊的で血にまみれたものです」
  ――第10章 「ニワトりがねぐらに帰るように」

アメリカは暴力を助長してきたのだから、(ケネディ)大統領がその犠牲になったのも驚くべきことではない。
  ――第10章 「ニワトりがねぐらに帰るように」

「これまでのところは黒人だけが血を流してきたが、白人にはそれは流血と見なされていない。白人は白人の血が流れて初めてそれを流血の戦いと見なすのでしょう」
  ――第11章 ハッジで受けた啓示

『わたしとかかわると警察やFBIに悩まされるかもしれませんよ』
  ――第12章 「マルコムをなんとかしろ」

マルコムはわれわれのあるべき姿、黒人としてあるべき姿を体現した人でした!
  ――第16章 死後の生

マルコムが常に伝えようとしていたのは、黒人としての誇り、自尊、自分の受け継ぐ伝統についての自覚を持つことだった。
  ――エピローグ 革命的な未来像とは

【どんな本?】

 マルコムX。1950年代から1960年代前半にかけ、アメリカ合衆国で黒人差別と闘い、同時期のマーティン・ルーサー・キングJr. と並び大きな影響力を持った運動家である。

 差別と闘う点では同じだが、幾つかの点で両者は対照的だ。あからさまな差別が横行する南部出身で、非暴力を訴えたキング。一見進歩的に思える北部の都市部を中心に活動し、より攻撃的な姿勢で話題を呼んだマルコムX。米国の主流宗教であるキリスト教の牧師のキング、米国では少数派のイスラムを学ぶ過程で思想と姿勢を育んだマルコムX。

 1965年2月21日、マルコムXは凶弾に倒れる。しかし、死後も彼を崇めるものは後を絶たず、彼の死の直後に出版された「マルコムX自伝」はベストセラーとなり、1993年にもスパイク・リー監督の映画「マルコムX」が公開されるなど、今なお彼はヒーローであり続けている。

 そんなマルコムXに関する作品は1000点近いが、その大半は「マルコムX自伝」を元にしている。

 「マルコムX自伝」は、マルコムXが自ら語り、それを聞き取った作家アレックス・ヘイリーが整理し編集した作品である。全てマルコムX自身の視点で描かれており、第三者や公的資料による裏取りはされていない。すぐれた文学作品ではあるが、歴史書とは言い難い。

 本書はマルコムX自身の私信はもちろん、関係者へのインタビュウやネイション・オブ・イスラム(NOI)所有の資料に加え、マルコムXをマークしていたFBIの捜査資料までも漁り、マルコムXが知らなかった事柄、例えば周辺にいた潜入捜査員なども含め、より多角的・客観的にマルコムXの人物像と、彼が置かれていた状況を描き出そうとするものである。

 目端の利く悪党デトロイト・レッドの伝説はどこまで本当なのか。いかにしてNOIと出会い、帰依したのか。NOIでは、どのように活動したのか。師イライジャ・ムハマドとの関係は、なぜこじれたのか。なぜ晩年に考えを改めたのか。そして暗殺の真相は。

 激動の60年代を代表する人物を、膨大な取材と資料によってリアルに蘇らせ、伝説の真相を明らかにする、現代の歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は MALCOLM X : A Life of Reinvention, by Manning Marable, 2011。日本語版は2019年2月5日発行。単行本ハードカバー縦一段組みの上下巻、本文約370頁+303頁=673頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント46字×20行×(370頁+303頁)=約619,160字、400字詰め原稿用紙で約,1548枚。文庫なら上中下に分けてもいい大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も私のような年寄りには分かりやすいのだが、若い人にはつらいかも。

 というのも、背景にある60年代合衆国社会や国際社会の説明を、かなりはしょってあるからだ。とりあえず公民権運動(→WIkipedia)は軽く押さえておきたい。ケネディ暗殺や第四次中東戦争に加え、当時のアフリカ・アラブ情勢も知っているとなおよし。

 また、「マルコムX自伝」も頻繁に引用しているので、できれば読み比べたい。マルコムX自身が創り上げた人物像と、現実のマルコムXの違いが見えてくる。その違いにも、マルコムXの強い個性と、当時の米国の黒人の文化や思想が現れている。ちなみに私は20年以上前に抄訳版を読んだだけなので、この記事では勘違いがあるかもしれない。お気づきになった点があれば、ご指摘ください。

【構成は?】

 ほぼ時系列で話が進むので、素直に頭から読もう。ご覧の通り、晩年ほど解像度が高くなる。

  •  上巻
  • プロローグ 伝説にとられえないマルコム
  • 第1章 「巨大な民よ、立ち上がれ!」 1925年~1941年
  • 第2章 デトロイト・レッドの伝説 1941年~1946年1月
  • 第3章 そして「X」になる 1946年1月~1952年8月
  • 第4章 「導師のような方は類まれ」 1952年8月~1957年5月
  • 第5章 「導師なら結婚していなければ」 1957年5月~1959年3月
  • 第6章 「ヘイトが生んだヘイト」 1959年3月~1961年1月
  • 第7章 「間違いなく殺すつもりだった」 1961年1月~1962年5月
  • 第8章 モスクから街頭へ 1962年5月~1963年3月
  • 第9章 「かれは勢いが強すぎた」 1963年4月~11月
  • 用語集/原注
  •  下巻
  • 第10章 「ニワトりがねぐらに帰るように」 1963年12月1日~1964年3月12日
  • 第11章 ハッジで受けた啓示 1964年3月12日~5月21日
  • 第12章 「マルコムをなんとかしろ」 1964年5月21日~7月11日
  • 第13章 「尊厳を求める闘争」 1964年7月11日~11月24日
  • 第14章 「そんな男には死がふさわしい」 1964年11月24日~1965年2月14日
  • 第15章 「死はしかるべきときに来る」 1965年2月14日~21日
  • 第16章 死後の生
  • エピローグ 革命的な未来像とは
  • 注記及び謝辞/用語集/訳者あとがき
  • 参考文献/原注/人名索引

【感想は?】

 著者は歴史家として客観的であろうとしている。が、どうしてもマルコムXへの憧れが漏れ出てしまうのが、ちょっと可愛い。

 やはりアレックス・ヘイリー著「マルコムX自伝」との違いに目が行く。まず気が付くのは、マルコムXが人を惹きつける強い魅力を持っており、それを自分でもわかっていて、巧みに使っていた点だ。

 つまり彼はスターであり、かつ自らの敏腕プロデューサーでもあった。そういう点で、矢沢永吉と似ている。曲も作らないし歌も歌わないが、ライブ=講演で観客を盛り上げる鮮やかな手腕を持っていた。例えば、後輩にこんな指導をしている。

…マルコムは忠告した。必ず最初に講義の主題を提示するのだ。「マルコムはいつも、最後に主題に戻って聞き手に話の要点を思い出させるのを忘れてはいけないと言っていた」。
  ――第9章 「かれは勢いが強すぎた」

 まるで「10分でわかるプレゼンテーションの基礎」みたいな本に出てきそうな話だ。デトロイト・レッドの二つ名でヤンチャしてた頃にショウ・ビジネスと関わったので、その頃に覚えたコツかもしれない。ともっとも、プレゼンテーションの方向性はホワイトカラー向けじゃない。貧しい黒人にウケるように工夫している。

全体としてマルコムは自分をできる限り悪そうに見せようと努めた。そうすればムハマドが伝えるお告げが持つ力によって人の人生が変わることがはっきりと示されるからである。
  ――第9章 「かれは勢いが強すぎた」

 とあるので、「ワルが立ち直った感動話」みたいな印象を受ける。が、それほど単純じゃない。同じワルでも、ただのチンピラと二つ名を持つ有名人じゃ格が違う。自伝では「デトロイトじゃちったあ知られたワル」みたいな空気が漂っているのに対し、本書ではポン引きとセコいペテン師の兼業みたいな感じだ。つまり、なるたけ大物のワルに見せようとしているのだ、マルコムXは。

 こういうあたりや、イザとなれば暴力も辞さない攻撃的な姿勢は、今でもヒップホップ、特にギャングスタ・ラップが受け継いでいる。つまり、そういう市場をマルコムXは狙い、開拓し、そして見事にブレイクしたのだ。

 とかの細かい違いや演出はあるものの、政治活動をする者の著書としては、「マルコムX自伝」は意外と事実に忠実なのも本書で分かる。

 もう一つ意外なのが、現代のヒップホップ・スターと比べ、マルコムXの暮らしがかなりつつましい、どころかむしろ貧しいこと。例えば1964年にマルコムXはメッカ巡礼=ハッジに行くのだが、その旅費1300ドルを異母姉のエラに借りている。このエラ姉さんも面倒見のいい人で…ってのは置いて、この巡礼でマルコムXは大きな転換点を迎える。

 宗教的にはカルトなNOI(ネイション・オブ・イスラム)から主流のスンニ派へと変わる。また政治的にも強固な人種分離主義から「白人にも話の分かる人はいるんじゃね?」的な疑念を抱き始める。やられたらやり返す方針は変わらないけど。これがNOIとの確執になるのは自伝と同じ。が、もっと大きいのが、巡礼での出会いだ。

 合衆国じゃ旅費にも困る暮らしなのに、旅先じゃなんとサウジアラビアのファイサル王子から国賓として迎えられている。同年、再び中東とアフリカを訪れ、ファイサル王子をはじめエジプト・ケニア・タンザニアなどから、賓客としての扱いを受ける。中にはパレスチナ民族評議会ハッジ・アミン・フセイニ(→Wikipedia)なんてヤバい奴までいる。

 これを機にマルコムXは外圧の利用を考え始めるんだが、中国の共産主義革命を持ち上げてたりと、冷戦当時に左派が抱いていた共産主義への幻想に惑わされているあたりは、今になって読むとかなり苦い。他にもエジプトのナセル政権とムスリム同胞団の双方に取り入ろうと苦労してるのも、ちょっと笑っちゃったり。いや両者の深刻かつ暴力的な対立を考えると、笑い事じゃ済まないんだけど。

 こういった細かい他国での日程が、ちゃんとわかるのは、FBIやCIAが他国でのマルコムXの行動を監視していたため。それほどマルコムXを危険と見なしていたのだ、合衆国の治安機関は。当然ながら、そういう情報は「マルコムX自伝」には出てこない。だってマルコムX自身が知らないし。

 やはり当局との関係で笑っちゃうのが、ニューヨーク市警察の特別捜査局BOSSの若き刑事ジェリー・フルチャーの話。父譲りの保守的な人種差別思想の持ち主だったジェリーは、マルコムXが作った政治組織OAAUの盗聴を担当する。「やつらは警察の敵だった」と思い込んでいたジェリーだが、マルコムXの生声を聞くうち…

『…[黒人に]職に就いてほしいと言っている。教育を受けてほしいと。制度に加わってほしいと。それのどこがいけないんだ?』
  ――第12章 「マルコムをなんとかしろ」

 マルコムX自身が何も知らないうちに、当局の者を洗脳していたのだ。

 とかに加え、「マルコムX自伝」の成立過程が見えるのも面白い。てっきりNOIを離れてから取材を始めたんだと思っていたが、実際はNOIにいた頃から取材が始まっていた。マルコムXの考え方が大きく変わる、まさにその時のマルコムXの声なのだ、あの本は。辻褄を合わせるのに苦労しただろうなあ。

 ここでは締め切りを伸ばす手口に長けたアレックス・ヘイリーの口八丁が楽しい。もっとも、出版社もソコはお見通しで…

「書き直しをすればするほど本の完成から遠のくことを忘れないでください」
  ――第12章 「マルコムをなんとかしろ」

 なんて釘をさされてたりw その後のマルコムXの運命を考えれば、締め切りを伸ばした甲斐はあるよね。

 NOIを離れてから、マルコムXは二つの組織を作る。宗教組織MMIと政治組織OAAUだ。いずれもマルコムX自身が改心の途中であるため、根本的な活動方針をハッキリ示していない。加えて、マルコムXの死後は二つともアッサリと空中分解している。つまり、いずれの組織も、実態はマルコムXファンクラブだったんだろう。こういう点も、マルコムXは強いカリスマを持つスターだったんだなあ、と感じるところ。

 彼は議席も役職も持っていなかった。にも関わらず、没後半世紀を過ぎても、彼の影響は生き続けている。デトロイトのチンピラから、多くの人々の指導者に成り上がり、国際的な運動へと向かう途上で倒れた男の生涯を、圧倒的な解像度で描く熱い歴史書だ。

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2019年11月27日 (水)

アン・アプルボーム「グラーグ ソ連集中収容所の歴史」白水社 川上洸訳 3

…強制移住させられた民族は公式文書から抹殺され、『ソヴィエト大百科事典』からさえも末梢された。当局は彼らの故郷の地を地図から消し去り、チェチェン・イングーシ自治共和国、ヴォルガ・ドイツ人自治共和国、カバルジノ・バルカール自治共和国、カラチャーイ自治州を廃止した。
  ――第20章 「よそ者」たち

東ドイツの収容所の入所者の大半は、ナチ高官や札つきの戦争犯罪人ではなかった。そのたぐいの囚人は(略)ソヴィエトの捕虜収容所またはグラーグへ入れられた。
「スペツラーゲリ」は(略)ドイツ・ブルジョアジーの背骨をへし折ることを目的にした。その結果、(略)裁判官、弁護士、企業家、実業家、医師、ジャーナリストらが収監されることになった。
  ――第21章 恩赦 そしてそのあとで

1953年に党中央委員会の命令で実施されたもう一つの監査は、収容所の維持費が囚人労働から得られたすべての利潤を上回っていることを明らかにした。
  ――第22章 収容所=産業複合体の絶頂期

政治囚の数もスターリン時代よりずっと少なかった。1970年代半ばのアムネスティ・インターナショナルの推定によれば、ソ連の囚人100万人のうち政治的判決を受けたのは1万名以下で…
  ――第25章 雪どけ そして釈放

「私たちは彼らを暴露したり、裁判にかけたり、断罪したりしなかった……そういう質問をするだけで、われわれ一人ひとりが愛する誰かを裏切るリスクを冒すことになるのだ」
  ――エピローグ 記憶

これらの数字を合算すると、ソ連における強制労働者の犠牲者は2870万人になる。
  ――補説 犠牲者の数は?

 アン・アプルボーム「グラーグ ソ連集中収容所の歴史」白水社 川上洸訳 2 から続く。

【どんな本?】

  • 第3部 収容所=産業複合体の盛衰 1940~86年
    • 第19章 戦争勃発
    • 第20章 「よそ者」たち
    • 第21章 恩赦 そしてそのあとで
    • 第22章 収容所=産業複合体の絶頂期
    • 第23章 スターリンの死
    • 第24章 ゼークたちの革命
    • 第25章 雪どけ そして釈放
    • 第26章 異論派の時代
    • 第27章 1980年代 銅像のうちこわし
  • エピローグ 記憶
  • 補説 犠牲者の数は?
  • 訳者あとがき/文献・出典一覧/主要人名索引

 アレクサーンドル・ソルジェニーツィンの「イヴァーン・デニーッソヴィチの一日」で一躍有名となり、西側諸国にもその冷酷かつ悲惨な実体が明らかになったソ連の収容所。それはどのように始まり、どのように変わっていったのか。革命→スターリンの君臨→独ソ戦→東欧吸収→スターリン死去→フルシチョーフによるスターリン批判→アンドローポフの締め付けなど政治情勢の変化は、グラーグにどんな影響を及ぼしたのか。

 文学作品や手記そして直接の取材はもちろん、ソ連崩壊に伴い公開された資料も漁り、集中収容所の全貌を明らかにする衝撃のノンフィクション。

【はじめに】

 全体は3部から成る。

  • 第1部 グラーグの起源 1917~39年:収容所の歴史・前半
  • 第2部 収容所の生活と労働:収容所の中の暮らし
  • 第3部 収容所=産業複合体の盛衰 1940~86年:収容所の歴史・後半

 この記事では、「第3部 収容所=産業複合体の盛衰 1940~86年」を中心に紹介する。つまり独ソ戦以降ですね。

【戦争勃発】

 ただでさえ苛烈な収容所の環境は、独ソ戦勃発で更に悪化する。食糧をはじめとする物品の補給が滞った上に、逮捕対象のカテゴリーが広がって入所者が増え、政治囚の刑期が伸びた。つまり入ってくる囚人は増えたが、出ていく囚人は減る。当然、ただでさえ過密な収容所にさらに囚人を詰め込んだというのに、配分すべき物品は減り、作業ノルマは増える。

 おまけに西部の収容所は急いで引っ越しだ。囚人の移送が間に合わない? 刑事囚は釈放していい、だが政治囚は始末しておけ。前の記事にも書いたけど、政治囚に対する冷酷さと憎しみは、なんなんだろうね。その結果…

…二百万を優に超える人びとが戦時中にグラーグの収容所とコロニーで死んだ。
  ――第19章 戦争勃発

 アウシュヴィッツのユダヤ人収容所を見つけたソ連は、解放者として盛んにそれを宣伝したけど、似たような真似を自分たちもやっていたのだ。

【「よそ者」たち】

 1939年のソ連によるポーランド侵攻やバルト三国占領などで、ソ連国内には異邦人が増える。彼らに加え、もともとスターリンの気に入らなかった民族も、戦争を言い訳に弾圧を加える。強制移住だ。

 その対象は様々なカフカース人、クリミア・タタール人、メスヘト・トルコ人、クルド人、ヘムシル人、ブルガリア人、ギリシャ人、アルメニア人などだ。その理屈も無茶苦茶である。

…ヴォルガ・ドイツ人(→Wikipedia)の誰ひとりとして、そのような多数の破壊工作員およびスパイ(略)をソヴィエト当局に通報していない。すなわちヴォルガのドイツ人住民は(略)敵を自分らのあいだに隠匿している。
  ――第20章 「よそ者」たち

 通報がないから、みんなグルにちがいないって、言いがかりにもほどがある。

 加えて、戦争が進むに従い、敵国の捕虜もこれに加わる。ドイツ人捕虜の惨状は「ベルリン陥落」に詳しい。もっとも、捕虜の扱いはドイツ軍も似たようなモンだけど(「スターリングラード」)。もちろん、多くの日本人も捕虜になってます(→Wikipedia)。

 ドイツに対し反旗を翻したポーランド国内軍(「ワルシャワ蜂起」)まで流刑にしてるんだから、その目的は対独戦とは関係ないのがわかるだろう。この手の連中は、国家存亡の危機すら、都合の悪いやつを強引に叩き潰す機会として利用するのだ。たとえそれが戦争遂行に不利になるとしても。連中にとって最も大事なのは自分の権力維持であって、国家の利害は二の次でしかない。

 そんな捕虜や強制移住者たちが追いやられたのは、もちろん何もない荒野である。そして今もロシアはクリミアやチェチェンを牛耳り、ウクライナも東部に居座ろうとしているんだから、たいした鉄面皮だよなあ。

【恩赦 そしてそのあとで】

 とはいえ、戦争中は兵隊が足りない。そこで、政治囚と重い刑事犯を除き、恩赦となる。ったって、行先は悪名高い懲罰大隊(→Wikipedia)だけど。

 ポーランド人にも恩赦が与えられる。ヴワディスワフ・アンデルス将軍が率いるポーランド軍師団を結成するためだ。とはいえ、ソ連は補給も移動手段も与えない。結局、アンデルス将軍はイラン経由で欧州戦線に参加、モンテ・カッシーノ攻略(→Wikipedia)で勇猛果敢の名をはせるんだから、歴史ってのはわからない。加えて、彼らの生き残りの証言は、後に西側諸国にグラーグの実態を知らしめてゆく。

 このグラーグ制度は後に中国に輸出され、今でも北朝鮮で盛んに利用されている。

【収容所=産業複合体の絶頂期】

 戦後も恩赦は続く。政治囚でない女も恩赦の対象となる。というのも、孤児がやたらと増え、それが浮浪児や愚連隊となったからだ。「イワンの戦争」にも「連隊の子供」が出てきたけど、子供こそが戦争の最大の被害者だよなあ。これを扱った「廃墟に生きる戦争孤児たち」も凄い迫力です。

 収容所の管轄も大きく変わる。というのも、NKVDがMGB(後のKGB)と内務省=MVDに別れ、収容所はMVDの管轄となったからだ。それまでに釈放された元囚人も、1948年に再逮捕の波が来る。秘密警察はアルファベット順に逮捕したというから、律義というか間抜けというか。

 この騒ぎは、収容所に大きな変化を起こす。それまでの政治囚は大人しかったが、今度の政治囚の多くは戦場帰りである。ヤクザ共を返り討ちにし、癒着した看守たちにだって歯向かう。この辺は、読んでて気分がよかった。

【スターリンの死】

 しまいにはユダヤ人の収容所送りまで目論んでいたスターリンだが、1953年3月にお陀仏となる。後を継いだベーリヤは果敢に改革を進め、複数の運河計画など無謀な土木工事を取りやめる。中には「サハリーンへの海底トンネル」なんてのもあったから驚きだ。収容所も100万人以上を恩赦とする…が、フルシチョーフによってあえなく塀の中へ。諸行無常ですなあ。

【ゼークたちの革命】

 そのフルシチョーフ、スターリン告発などで路線を大幅に変更、「雪どけ」と呼ばれる方向へ向かう。この頃、収容所は幾つかの民族系派閥が力をつけている。ウクライナ人、バルト人、ポーランド人などだ。いずれも元は筋金入りのパルチザンで、一筋縄じゃいかない。チクリ屋は一掃され、しまいには大規模ストライキへと発展する。

 ただしこのストライキ、MVDの画策だって話もあるから闇が深い。雪どけが進み収容所が閉鎖になったら、失業しちゃうからね。結局、最後は戦車T-34まで投入して鎮圧するんだけど。天安門事件かい。

【雪どけ そして釈放】

54年6月に実施されたグラーグ財政についての再度の調査は、多額の国庫補助金を受けていること、とりわけ警備の費用が財政を赤字にしていることを改めてしめした。
  ――第25章 雪どけ そして釈放

 MVDが懸念したのも当然で、つまりは赤字だったのだ、収容所は。ここでMVDは改革を進めようとし、KGBは骨抜きにしようとする。KGBの体質がよく分かるね。

 駆け引きのためか、恩赦は進むが元囚人の名誉回復は進まない。その理屈が凄い。

もし一挙に全員無実と宣言したら、「この国が合法的な政府ではなく、ギャング団によって動かされていたことが明らかになってしまう」
  ――第25章 雪どけ そして釈放

 「俺たちがギャングだとバレたら困る」ってわけだ。ちなみに戦中と冷戦時の国際会議におけるソ連代表団の素行の悪さは有名で、パリのホテルじゃ備品がゴッソリ消えたとか。フランス外交部は、次の舞台となるロンドンのイギリス外交部にその由を警告したって話をどっかで読んだ。

 フルシチョフの演説は上層部しか知らないが、知人だった囚人が戻ってくれば民衆も雪どけを実感する。もっとも、彼らをチクった連中は居心地の悪い思いをする羽目になるんだが。なお、収容所は釈放に当たって「中であったことを言いふらすな」との文書に署名を求めている。どんだけ往生際が悪いんだか。

 そこに爆弾がさく裂する。アレクサーンドル・ソルジェニーツィンの「イヴァーン・デニーッソヴィチの一日」だ。元囚人による感想は、「戦地の図書館」冒頭に出てくる海兵隊員の手紙に匹敵する極上のファンレターだ。

「涙で顔がぐしゃぐしゃになりましたが、私はそれを拭きませんでした。雑誌のわずかなページに込められたこれらのいっさいが私のもの、私自身が収容所で過ごした15年の毎日毎日身をもってあじわったものだったからです」
  ――第25章 雪どけ そして釈放

【異論派の時代】

 1950年代末から、新たなタイプの囚人が出現する。「異論派」だ。人権活動家たちの多くがスターリンの犠牲者の子弟ってのが興味深い。そりゃ体勢に反感を持つよ。

 中には変わったのもいる。ロシア正教会の古い儀式を守る古儀式派だ。1919年に北部ウラルの原生林に住み着き、「KGBのヘリコプターが50年後に発見するまでそこで完全に秘密に生活していた」。同じころアメリカで流行ったヒッピーのコミューンとは、覚悟も年期も違う。

 古儀式派は例外として、新しい時代の政治囚たちは、「自分がなぜ逮捕されたのかを知って」いるのが、かつての政治囚との大きな違い。しかも、彼らは準備ができていいた。

 というのも、「物語創世」にも出てきた地下出版「サミズダート」が発達していたため。中でも「時事クロニクル」は、人権侵害・逮捕・裁判・デモ・新刊サミズダートを扱い、「スターリン後のソヴィエト収容所の生活についての主要情報源」へと成長する。

 「時事クロニクル」は西側にも漏れ、風当たりが強くなる。これに対するKGBの対策が古典的だ。異論派を精神病者に仕立て上げ、MVD直轄の病院に閉じ込めるのだ。奴らは変わらないなあ。

 この章にはもう一つ、面白い挿話がある。

 1991年、国外追放されていたヴラジーミル・ブコーフスキイが里帰りする。時のロシア大統領エーリツィンは共産党の禁止を求め、反発する共産党は裁判に持ち込んだ。ブコーフスキーは憲法裁判所にハンドスキャナーとラップトップ・パソコンを持ち込み、堂々と証拠書類のコピーを始める。ロシアじゃ誰もパソコンやハンドスキャナーなんか知らないと踏んだのだ。

 彼の目論見は見事に当たり、バレたのは完了間近。ブコーフスキイはまっすく空港に向かい、ロシアから逃げましたとさ。なんつーか、ロシアになっても、まず隠そうとする体質は変わってないんだなあ。

【1980年代 銅像のうちこわし】

 どころか、明らかに逆方向に向かうだろう、と思うのが、フルシチョーフ路線からの逆走を始めたアンドローポフの経歴が…

1956年にブダペスト駐在のソ連大使だった彼(アンドローポフ)は、知識人の運動があっという間に民衆革命に転化するようすをまのあたりにした。
  ――第27章 1980年代 銅像のうちこわし

 現ロシア大統領のプーチンも、元KGBで、1989年に東ドイツでベルリンの壁崩壊を体験してるんだよなあ。

 さて、1980年代の収容所で、政治囚は刑事囚と隔離されている。お陰で収容所は「一種のネットワークづくりのための施設」になった。アラブの刑務所と同じだね(「倒壊する巨塔」,「ブラック・フラッグス」)。ここで若い異論派は、第二次世界大戦の古強者たちと出会い、交流を深めていくのである。

 そしてゴルバチョーフが登場し、市民の間でも新しい動きが現れる。「レーニンの墓」にも出てきた、メモリアール協会だ。メモリアールは、「収容所生存者からの聞き書きを収集していた」。ほんと、事実の記録を残すってのは大切だよね。そして…

ゴルバーチョフは1986年末、ソヴィエトの政治囚全員の全面的釈放を決定した。
  ――第27章 1980年代 銅像のうちこわし

【記憶】

 過去に光を当てようとする動きに対し、元ソ連の人々の反応は様々だ。ロシア人は「昔のことを掘り返すな」、沈黙、そして「もっと知りたい」。リトアニアは追悼施設を、ラトヴィアは占領博物館を、ハンガリーもドイツ占領とソ連時代をいっしょに展示する博物館を開く。対してベラルーシは虐殺跡地を道路にしようとする。わかりやすいね。

 そして肝心のロシアは…

ロシアは弾圧の歴史をあつかった国立博物館をもっていない。ロシアは国立の慰霊場所、犠牲者とその家族の苦しみを公式にみとめるモニュメントももっていない。
  ――エピローグ 記憶

 この点については、日本もロシアを責める資格はないだろう。なにせ特高や憲兵の弾圧を記録し国民に示す国立博物館を持たない。犠牲者の慰霊碑もない。そもそも、この本「グラーグ」に該当するような、特高や憲兵の弾圧を手記から統計まで広く含めた本すら、まず見当たらない。もしご存知なら、ぜひ教えてください。

【おわりに】

 権力が暴走するとどうなるのか、言論弾圧の向こうに何があるのか、自らの間違いを隠すため役人がどこまでやるのか。そんな真面目な意味でも面白かったし、刑事囚と政治囚の関係などは下世話な野次馬根性で楽しかった。分量は多くてちょっと尻込みしたくなる本だが、書かれているエピソードは「まとめブログ」記事が余裕で三桁書けるぐらいの濃いネタがギッシリ詰まってる。やっぱりソ連・東欧物ドキュメンタアリーは刺激的な本が多いなあ。

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【つぶやき】

 悪役令嬢をきっかけに、「小説家になろう」にハマった。今、読んでるのは、「異世界のんびり素材採取生活」と「ラスボス、やめてみた ~主人公に倒されたふりして自由に生きてみた~」。ポンポンとハイテンポでストーリーが進んでいくのが心地いい。

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2019年11月25日 (月)

アン・アプルボーム「グラーグ ソ連集中収容所の歴史」白水社 川上洸訳 1

これはグラーグの歴史、(略)ソ連の東西南北全域にわたって散在していた労働収容所の一大ネットワークの歴史である。
  ――序論

「…ここにはソヴィエト権力はない。あるのはソロヴェールキイ権力だけだ」
  ――第2章 「グラーグ収容所第1号」

【どんな本?】

 「シベリア送り」で象徴される、旧ソ連の収容所。アレクサンドル・ソルジェニーツィンの「収容所群島」などで有名で、多くの人がボンヤリとその印象を持っている。気まぐれな逮捕とおざなりの裁判、そして過酷な労働と劣悪な環境。だが、その実体はどんなものだったのか。

 誰が、どんな理由で収容所に送られたのか。収容所内の暮らしは、どんなものだったのか。どこにどれぐらい収容所があったのか。誰が生き残り、誰が亡くなったのか。ソ連政府のどこが管轄し、どのような目的で運営したのか。

 ソ連崩壊に伴い公開されたソ連の公式文書を中心に、監督官・囚人双方の収容所生活経験者の手記なども漁り、収容所の実態を明らかにする、衝撃のドキュメンタリー。

 2004年度ピュリツァー賞一般ノンフクション部門受賞作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は GULAG, by Anne Applebaum, 2003。日本語版は2006年7月15日発行。単行本ソフトカバー縦二段組み本文約632頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント27字×24行×2段×632頁=約819,072字、400字詰め原稿用紙で約2,048枚。文庫ならたっぷり4冊分の巨大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、歴史と共に収容所の性格も変わっているので、ソ連の歴史を知っていると更に深く理解できる。

【構成は?】

 第一部は収容所の歴史前半、第二部は収容所の実態、第三部は再び収容所の序歴史後半となる。

  • 凡例/謝辞/序論
  • 第1部 グラーグの起源 1917~39年
    • 第1章 端緒をひらいたボリシェヴィキー
    • 第2章 「グラーグ収容所第1号」
    • 第3章 1929年 偉大な転換
    • 第4章 白海運河
    • 第5章 収容所の拡張
    • 第6章 大テロルとその余波
  • 第2部 収容所の生活と労働
    • 第7章 逮捕
    • 第8章 監獄
    • 第9章 移送、到着、選別
    • 第10章 収容所での生活
    • 第11章 収容所での労働
    • 第12章 懲罰と褒章
    • 第13章 警備兵
    • 第14章 囚人
    • 第15章 女性と子ども
    • 図版
    • 第16章 死にざま
    • 第17章 生き残り戦略
    • 第18章 反乱と脱走
  • 第3部 収容所=産業複合体の盛衰 1940~86年
    • 第19章 戦争勃発
    • 第20章 「よそ者」たち
    • 第21章 恩赦 そしてそのあとで
    • 第22章 収容所=産業複合体の絶頂期
    • 第23章 スターリンの死
    • 第24章 ゼークたちの革命
    • 第25章 雪どけ そして釈放
    • 第26章 異論派の時代
    • 第27章 1980年代 銅像のうちこわし
  • エピローグ 記憶
  • 補説 犠牲者の数は?
  • 訳者あとがき/文献・出典一覧/主要人名索引

【感想は?】

 |┃三     , -.―――--.、
 |┃三    ,イ,,i、リ,,リ,,ノノ,,;;;;;;;;ヽ
 |┃    .i;}'       "ミ;;;;:}
 |┃    |} ,,..、_、  , _,,,..、  |;;;:|
 |┃ ≡  |} ,_tュ,〈  ヒ''tュ_  i;;;;|
 |┃    |  ー' | ` -     ト'{
 |┃   .「|   イ_i _ >、     }〉}     ______
 |┃三  `{| _;;iill|||;|||llii;;,>、 .!-'   /
 |┃     |    ='"     |    <  聞かせて貰った!
 |┃      i゙ 、_  ゙,,,  ,, ' {     \ シベリア送りだ!
 |┃    丿\  ̄ ̄  _,,-"ヽ     \
 |┃ ≡'"~ヽ  \、_;;,..-" _ ,i`ー-     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 |┃     ヽ、oヽ/ \  /o/  |    ガラッ

 …なんてアスキー・アートがあるぐらい、ソ連の収容所は有名だし、多くの人がなんとなく知っている。そこは過酷な所で、スターリンの気まぐれで収容所送りになる、と。

 だが、「収容所群島」を読み通した人はどれぐらいいるだろう? いや私も全く読んでないけど。それに、「収容所群島」は文学作品で、ソルジェニーツィンが体験したこと、見聞きしたことを中心に書いている。それに対し、本書はより多くの人々の体験談を集め、また公的文書や統計も漁り、より俯瞰的な視点で収容所の全体像を描き出そうとするものだ。

 この記事では、本書の第一部を紹介する。というか、実は記事を書く時点じゃ第二部までしか読み終えていない。そういうわけで、第一部、収容所の歴史の前半部分、1917~1939年までを紹介する。

 元々、帝政ロシア時代の18世紀から収容所はあった。未開拓の北方と東方を開拓するためだ。革命で権力を奪ったソ連も、これを受け継いだ。が、「この段階では収容所の目的は不明確なままだった」。ボリシェヴィキーも、社会には収容所が必要だと思っていたんだろう。お題目じゃ世界革命を唱える共産主義者も、所詮はロシア的な文化・風習に囚われていたわけだ。

 これが1920年代になると、OGPU(後のKGB)の管轄になり、「経済的利益のために奴隷労働を活用する」方針を打ち出す。つまりはタコ部屋だね。とはいえ、ソ連の経済政策が間抜け極まりないのは皆さんご存知だよね。工業化を目指す最初の五カ年計画で…

もっとも目立ったのは、技術専門家の逮捕だった。
  ――第3章 1929年 偉大な転換

 工業化するのに技術者は不可欠だと思うのだが、OGPUの理屈は違った。工業化計画がコケるのは技術者が怠けているからなのだ。これを皮切りに、馬鹿が権力を握るとロクな事がない、そう感じさせる記述が本書には何度も出てくる。ったく、なんだってこう権力を握る才能を持つ奴ってのは、権力を使う能力が見事に欠けてるんだろう。

 続いて1930年代には「悲しみの収穫」にある農業集団化とホロドモール(→Wikipedia)で、多くの農民が収容所送りとなる。以後、スターリンが死ぬまで農民が収監者の大部分を占めた。飢饉だってのに、農民を農地から離すとは、何考えてんだか。

 そんな収容所の奴隷労働の情報は西側にも届き、反発も出てくる。特に影響が強かったのはアメリカ労働総同盟(AFL)が呼びかけたボイコット。極右の人は労働組合を赤の手先と決めつけるけど、たいていは悪質なデマです。

ソ連側は(収容所に抗議する西側の)ボイコットの脅威をきわめて深刻にうけとめ、外貨流入の途絶を防止するためいくつかの手を打った。これらの措置の一部は、うわべをごまかすだけものもで、たとえばヤーンソン委員会はそのすべての公式発表からコンツラーゲリ(集中収容所)という表現をすっかり削除した。
  ――第4章 白海運河

 ってな具合に、経済制裁にもソレナリの効果はあるのだ。もっとも、ソ連側の対応はいつも通りのセコい隠蔽だけど。

 そういう全体主義の間抜けっぷりがよく出てるのが「第4章 白海運河」。白海とバルト海を運河で結ぼうって壮大な計画だ(→Wikipedia)。スターリンの命令で工事は特急となる。独裁者ってのは、壮大な土木・建設工事が大好きなんです。ところがその無謀な計画に間に合わせる方策は、手抜き工事だ。お陰で運河の水深はたったの3.6m、今じゃ通過する船は「いちばん多くて日に七隻」なんて体たらく。ところが、そのコストは…

ある推定によると囚人二万五千人以上が死んだが、これには病気や事故で釈放された者や、釈放後まもなく死んだ者は含まれていない。
  ――第4章 白海運河

 これだけの人間が、一つの建物に入るはずもなく。だからこそ収容所「群島」と呼ばれる。バラックをボコボコ作り、次第に町となってゆく。しまいにゃ共和国まで出来てしまう。コーミ共和国(→Wikipedia)がソレだ。

 もともと前人未到の荒野で、「1937年までコーミでは有刺鉄線は使用されなかった」。だって周囲は何もないタイガだし。収容所建設の目的は地下資源開発で、そのため1928年11月「絶妙のタイミングでOGPUは著名な地質学者のN・チホノーヴィチを逮捕」している。今もコーミ共和国は石油産業で稼いでますね。

 やがて1930年代後半の大テロルがやってくる。囚人は続々とやってくるが、受け入れ態勢は整っていない。バラックも食料も衣服も足りない。そもそもソ連の流通網の無能さは有名だ。ってんで、囚人は次々と死んでゆく。肝心の経済効果も…

公式統計によれば、全体としてグラーグの収容所の取引額は1936年に35億ルーブルだったのが(大テロルの)1937年には20憶ルーブルに落ち、収容所の総生産も11憶ルーブルから9憶4500万ルーブルに低下した。
  ――第6章 大テロルとその余波

 これにはさすがのベリヤ(OGPUの親玉、→Wikipedia)もヤバいと思って改善に乗り出し、「収容所=産業複合体」へと進化してゆく。

 さて、その収容所の中はどんな具合か、というと、それは次の記事で。

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【つぶやき】

 往年のプログレッシヴ・ロックをカバーしてる Fleesh って二人組がすごい。伸びやかで澄んだ歌声は、アニー・ハズラムを凌駕してるかも(→Youtube)。

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