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2021年10月17日 (日)

リチャード・ローズ「エネルギー400年史 薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで」草思社 秋山勝訳

本書が正面から問いただそうとしているのは、エネルギーそのものをめぐる歴史である。
  ――はじめに

ウィリアム・グリルス・アダムズ「重大な発見のほぼすべては無視されるか、あるいは日の目を見ることのない段階を経過する世間の関心がほかに向いているか、あるいはその発見を受け入れる準備が世間にできていない時期に発見されたのか、そのいずれかの理由で黙殺されてしまうものなのである」
  ――第12章 滔々たる水の流れ

【どんな本?】

 熱源として、照明として、そして動力として。人は様々なモノからエネルギーを得て暮らしてきた。それらのエネルギーは暮らしを変えるとともに、人が住む環境も変えてゆく。

 21世紀初頭の今日、エネルギー源は、石油から天然ガスや原子力、または風力や太陽光などの再生可能エネルギーへと移り変わろうとしているが、多くの問題を抱え、決して順調とは言えない。

 だが、これは今日に始まった話ではない。薪から石炭へ、石炭から石油へと移り変わる際にも、幾つもの問題や軋轢があり、多くの人たちの創意工夫と努力が必要だった。

 産業革命の前日から現代まで、人々はどんな世界でどう暮らし、どんなエネルギーを用い、どんな問題を抱え、どう解決してきたのか。

 エネルギー源の開拓と変遷の歴史を辿り、歴史の視点から21世紀のエネルギー問題を問い直す、一般向けの歴史書。

 なお、気になる人のために示しておく。著者は原子力発電を認める立場だ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ENERGY : A Human History, by Richard Rhodes, 2018。日本語版は2019年7月25日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約535頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント45字×19行×535頁=約457,425字、400字詰め原稿用紙で約1,144枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。最近になって気づいたけど、草思社の翻訳本は読みやすい本が多いなあ。内容も分かりやすい。歴史を辿る本だが、各場面ごとに地理的・歴史的な背景事情を素人向けに説明しているので、私のように歴史が苦手な人でもスルリと頭に入ってくる。距離や重さの単位は原書だとヤード・ポンド法だが、訳者がメートル法で補っているのは嬉しい心遣いだ。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進む。ただし各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • はじめに エネルギーをめぐる400年の旅
    • この世界を形作ったものたち
    • 「気候変動」という難題
    • 歴史から明日への道を学ぶ
  • 第1部 動力
  • 第1章 森なくして王国なし 材木/薪/石炭
    • シェイクスピアの材木争奪戦
    • 国家の安全保障を支える「木」
    • 新大陸に木材を求める
    • 忌み嫌われた「黒い石」
    • ロンドンの貧しき煙突掃除夫たち
    • 病と死をもたらす煤煙
    • 汚染都市をいかに浄化するか
  • 第2章 火で水を汲み上げる 石炭/真空ポンプ/大気圧蒸気機関
    • 子供も女性も家族総出の炭鉱労働
    • 炭鉱ガスによる大爆発事故
    • 水没して放棄される炭鉱
    • 「真空」を利用して水を汲み上げる
    • 火薬を使った動力の研究
    • 大気圧による蒸気機関の誕生
  • 第3章 意志を持つ巨人 セイヴァリの蒸気機関/ニューコメンの蒸気機関
    • セイヴァリの「火で揚水する機械」
    • ニューコメンの蒸気機関
    • 石炭の運搬をめぐる問題
    • 木製軌道のワゴンウェイ
    • 木炭からコークスへ
  • 第4章 全世界を相手にする ワットの蒸気機関
    • グラスゴー大学の実験工房
    • ニューコメンの機関を改良する
    • 「顕熱」と「潜熱」の発見
    • シリンダーから分離された「復水器」
    • ボールトン・アンド・ワット社
    • 直線運動から回転運動へ
  • 第5章 キャッチ・ミー・フォー・キャン 高圧蒸気機関/蒸気車/蒸気機関車
    • ブリッジウォーターの運河
    • 鉄製の軌条と車輪
    • 大気圧機関から高圧蒸気機関へ
    • トレヴィシックの「馬なし蒸気車」
    • 蒸気機関車と馬との競争
    • 「キャッチ・ミー・フォー・キャン」号
  • 第6章 征服されざる蒸気 スティーブンソンの蒸気機関車
    • 化石燃料の時代へ
    • 鉄製軌条を走るトーマスの鉄道
    • スティーブンソンの蒸気機関車
    • リヴァプール・アンド・マンチェスター鉄道
    • チャット・モスとの過酷な戦い
    • レインヒルの機関車トライアル
    • 「ロケット号」の圧勝
    • 時間・空間の観念と感覚が変わる
  • 第2部 照明
  • 第7章 灯心草からガス灯へ 獣脂/コールタール/医療用ガス/石炭ガス/ガス灯
    • 夜の暗闇の弱々しい明かり
    • 照明燃料としての石炭ガス
    • 華やかなガス灯による実演
    • ガス灯を建物に設置する
    • 「人工空気」による吸入ガス治療法
    • 「笑気ガス」による麻酔効果
    • ガス灯でパリを照らす?
    • 30マイルのガス管施設
  • 第8章 大海獣を追って 捕鯨/鯨油・鯨蝋
    • 北米ナンタケット島への移住
    • 灯油を得るための捕鯨
    • 商業捕鯨の再興を求めて
    • 大西洋から太平洋に鯨を追う
    • 最盛期を迎える商業捕鯨
  • 第9章 燃える水 テレピン油/カンフェン/瀝青/ケロシン/石油
    • ダイオウマツからテレピン油を採る
    • アスファルトからケロシンを作る
    • 新しい原材料「石の油」
    • 石油に秘められた商品価値
    • 照明にふさわしい油の発見
    • 石油を求めて井戸を掘る
    • アンクル・ビリー、石油を掘り当てる
  • 第10章 野生動物のようなもの 石油
    • 人口洪水を起こして石油を運ぶ
    • アルコール税で石油が圧勝する
    • 南部軍に追撃される捕鯨船団
    • 「捕獲の原則」と「共有地の悲劇」
  • 第11章 自然に宿る大いなる力 ライデン瓶/動物電気/電堆/電磁誘導/発電機
    • ライデン瓶とフランクリン
    • ガルヴァーニの奇妙な発見
    • ボルタに否定された「動物電気」
    • 電流が磁場を生み出す
    • ファラデーの発電機
  • 第12章 滔々たる水の流れ 直流・交流/水力発電/長距離送電システム
    • 天然の巨大な動力源
    • 直流電気と交流電気の戦い
    • 長距離送電をいかに実現させるか
    • ウェスティングハウスのもくろみ
    • 変圧器を並列に配置する
    • 中央発電所からの定期送電
    • エジソンとウェスティングハウス
    • エジソンの直流送電案
    • ナイアガラ・フォールズからの送電開始
  • 第13章 巨大なチーズの堆積 馬車/肥料/グアノ/馬車鉄道/路面電車
    • 都市の通りにあふれる馬たち
    • 島を覆う「非常に強力な肥料」
    • 病気を運ぶ目に見えないもの
    • 路面電車がもたらした変化
  • 第14章 黒雲の柱 煤煙/天然ガス/都市ガス
    • 町を覆うすさまじい煙
    • 煤煙が街に不道徳をもたらす
    • 天然ガスと製造ガスの競合
  • 第3部 新しき火
  • 第15章 神より授かりしもの 内燃機関自動車/ガソリン添加剤/テトラエチル鉛
    • 多種多様の「馬なし馬車」
    • 内燃機関が蒸気と電気に勝つ
    • ノッキング問題とオクタン価
    • ガソリンの添加剤を模索する
    • 有鉛ガソリンの登場
    • テトラエチル鉛中毒をめぐる攻防
    • 米国内の石油が枯渇する?
  • 第16章 片腕でもできる溶接 探鉱/原油掘削/アーク溶接/電気溶接/天然ガス/パイプライン
    • サウジアラビアに眠る原油
    • イブン・サウード国王との交渉
    • 繰り返される試掘
    • 3200万バレルの原油産出
    • 溶接技術が可能にしたもの
    • 第一次世界大戦と溶接技術
    • 広がるパイプラインと天然ガス
    • Uボートによる油槽船団襲撃
    • アメリカを横断するパイプライン
    • 天然ガスへの移行と炭鉱ストライキ
  • 第17章 1957年のフルパワー 原子炉/原子爆弾/ウラン235/プルトニウム/天然原子炉
    • フェルミの原子炉
    • 「趣意書」に描かれた未来
    • マンハッタン計画とウラン鉱
    • 原子力潜水艦の建造計画
    • 「アトム・フォー・ピース」
    • 民生用原子炉の開発
    • シッピングポート原子力発電所
    • アフリカの「天然原子炉」
  • 第18章 スモッグがもたらすもの 大気汚染/スモッグ/光化学スモッグ
    • ピッツバーグの犠牲者
    • 隠蔽される大気汚染
    • 排気ガスと光化学スモッグ
    • 自動車の公害防止規制
    • 環境クズネッツ曲線
  • 第19章 迫りくる暗黒時代 環境保護運動/優生学/新マルサス主義/水爆実験/LNTモデル
    • 世界の終わりと悲観主義の広がり
    • 「優生学」と「人口爆発」という悪夢
    • 資源の枯渇と人口過剰という恐怖
    • 「放射線」に対する恐怖と誤解
    • ビキニ環礁の水爆実験
    • 「いかなる線量でも危害をもたらす」
    • 直線閾値なし(LNT)モデル
  • 第20章 未来への出航 風力発電/太陽光発電/原子力発電/福島・スリーマイル・チェルノブイリ/放射性廃棄物/脱炭素化/石炭・石油・天然ガス・原子力
    • 風力発電、太陽光発電
    • 温暖化の抑制と「脱炭素化」
    • チェルノブイリ原発事故
    • 事故件数と就業者の死亡災害数
    • 地中深く埋められた廃棄物
    • マルケッティのグラフ
    • 科学とテクノロジーがもたらすもの
  • 謝辞/訳者あとがき/原註/参考文献/人名索引

【感想は?】

 本書の結論を一言で言うと、こうだ。

どのようなエネルギーシステムであれ、そのシステムには強みと弱みがある。
  ――第20章 未来への出航

 原子力発電は一定の電力を続けて出すのに向いている。逆にいきなり出力を上げるのは苦手だ。ベースロード電源とは、そういう意味である。それだけではない。見積もりでは安くあがるはずだったが、核廃棄物(俗称核のゴミ)の処理などを勘定に入れるとだいぶ違ってしまう。もっとも、これも高速増殖炉の是非などで変わるんだけど。

 現在の主なエネルギー源は、石油だろう。原子力であれ風力や太陽光であれ、石油以外のエネルギー源に代わるまでには、しばらくかかりそうだ。これは別に現代だけの話じゃない。歴史的に見てもそうだったんだよ、本書はそういう内容である。

政治学者ルイス・デ・ソウザ「ひとつのエネルギーが市場の1~10%の占有率を獲得するまでには40~50年かかり、1%の時点から、最終的に市場の半分を占めるまでには、ほぼ1世紀の時間がかかる」
  ――第20章 未来への出航

 最も最初に登場したエネルギー源は、薪すなわち木だ。

エリザベス一世が治めていたのは、木で作られた王国だった。
  ――第1章 森なくして王国なし

 だが当時のイギリスは木材が枯渇しつつあった。薪・造船・製鉄そして耕作地などで、国家は森林資源を食いつぶす。このパターンはイギリスに限らず、メソポタミアやローマなど多くの前例があるんだけど(→「エネルギーの人類史」、「森と文明」)。

 ってんで潤沢に手に入る石炭へと移っていくんだが、当時のイギリスの石炭は不純物の多い瀝青炭(→Wikipedia)。だもんでロンドンをはじめイギリス都市部の空は煤煙で真っ黒になる。

 これを動力に使ったのが有名な産業革命だけど、その際の技術史の挿話の中でも印象的なのが、圧力弁。

(ドニ・)パパンの弁は、現代の圧力調整器の安全弁と非常によく似ており、(略)調理器具の爆発を防ぐことができた。
  ――第2章 火で水を汲み上げる

 圧力鍋を作る際の副産物が圧力弁で、これが蒸気機関の発達で大きな役割を果たす。キッチンにある調理器具の工夫が力強いSLに役立つあたりが、技術の面白いところ。

 あと最近「小説家になろう」の異世界転生物にハマってる身として意外だったのが、当時の旅行事情。意外と馬車は使われていないのだ。

昔のイングランドの道は決して褒められたようなものではなかった。(略)
こうした状態は18世紀中頃まで続き、ほこりまみれの夏、地面がぬかるむ冬には、徒歩もしくは馬に乗って人は旅していた。
  ――第3章 意志を持つ巨人

 領主がメンテをサボるせいで道が悪すぎ、とてもじゃないが馬車は通れなかったんですね。

 とまれ、石炭の需要は増え、地表近くの石炭は掘りつくされる。だが地中深くまで坑道を掘ると、地下水が染み出てくる。その排水ポンプ開発の物語が、蒸気機関の発達の物語でもある。

18世紀初頭、エネルギー源としての石炭はイギリスの半分を担っていたが、19世紀初頭の時点で、その比率は75%に達し、その後もさらに増え続けていった。
  ――第4章 全世界を相手にする

 その蒸気機関も高効率化・小型化され、「これなら馬車馬の代わりになんじゃね?」と蒸気機関車が生まれたのはいいが…

「(リチャード・トレヴィシックの蒸気)機関の働きは見事だったが、しかし、その重量のせいで軌条の鉄板がよく割れていた」
  ――第5章 キャッチ・ミー・フー・キャン

 インフラが追い付かなかったんですね。エネルギーの転換で難しいのがコレで、現在でも電気自動車や水素自動車の普及を阻む原因の一つが充電スタンドや水素スタンドの少なさだったり。ちなみにトレヴィシック、最初に作ったのは蒸気機関車じゃなくて蒸気自動車だったりする。無茶しやがって。でも市場を考えたら、自動車の方が大きそうだよね。

 とまれ、産業革命による経済の爆発的発展は凄まじいもので。

1788年以降、イングランドの鉄の生産量は、8~10年ごとに倍増した。
  ――第6章 征服されざる蒸気

 今は(たぶん資本のグローバル化によって)あましアテにならないけど、数十年前までは鉄鋼生産量は国力の重要な指標だったんです。

 さて、動力源として注目された石炭だけど、第九代ダンドナルド伯爵アーチボルド・コクランは石炭からコークスを作る際の副産物コールタールに目をつける。海軍国イギリスは木造の船体に穴をあけるフナクイムシに悩んでて、これを避けるためコールタールを塗りゃいいと考えたのだ。更にその副産物が石炭ガスで、これはやがてガス灯に使われる。

 もっとも、石炭ガスの最初の使い道は肺病の治療用ってのがおかしい。とまれ、この発明は無駄になったワケでもなく。

(ジェームズ・)ワットの人口空気の発生装置は、原理上はガス灯用のガス発生装置とまったく同じだった。
  ――第7章 灯心草からガス灯へ

 こうう紆余曲折が技術史の面白いところだよね。産業革命にしたって、その基礎となる機械工学は小麦を粉に挽く水車で発達してたり(→「水車・風車・機関車」)。

 こういった石炭の利用は新大陸アメリカにも渡る。と同時に、煤煙による大気汚染も輸出されてしまうのが情けない。1861年にピッツバーグを訪れた作家アントニー・トロロープ曰く。

「町は濃密な煙の底に沈んでいる」
  ――第14章 黒雲の柱

 こういった経済の繁栄とともに煤煙ももたらす石炭をよそに、石油も発見されつつあった。ただ、その組成は複雑で。

試料から留出された油成分は、それぞれ沸点が異なっていた。
  ――第9章 燃える水

 詳しくは「トコトンやさしい石油の本」あたりが参考になります。お陰で蒸留によりガソリンや軽油や重油などに分ける事ができるんだけど。特にガソリンは内燃機関=自動車の普及とともに売れ行きが上がるんだが、一つ問題があった。太平洋戦争時の大日本帝国も悩んだオクタン価、すなわちエンジン出力をいかに高めるかだ。そこでガソリンに何かを加えてオクタン価を上げようと頑張り、悪名高い有鉛ガソリン(→Wikipedia)へとたどり着く。この発明も苦労の連続で…

元素が発する臭気がひどくなるほど、その元素のノッキングの抑制効果は高まった。
  ――第15章 神より授かりしもの

 そりゃ悩むよなあ。そうやって苦労して有鉛ガソリンを発明したはいいが、これが光化学スモッグや酸性雨に代表される大気汚染を引き起こすんだから、なんとも。私が若い頃も街頭スピーカーが「光化学スモッグ警報が発令されました」とガナってた。昭和ってのは、そーゆー時代でもあるんです。

 それはともかく、パワーの問題が解決したアメリカは自動車社会へと突き進む。当然、石油の需要も増える。幸い合衆国内には油田が多く、こっちも盛んに開発される。そのため…

(第二次世界大戦)当時、アメリカは全世界の原油生産量の60%以上を占め、一日あたり100万バレル(1憶6千万リットル)を超える余剰生産力を備えていた。
  ――第16章 片腕でもできる溶接

 つくづく、なんでこんな国と戦争する気になったんだか。

 その石油の副産物というか、たいていの油田じゃ一緒に天然ガスも噴き出す。まあ分子の形は似たようなモンだし。要は炭素を水素が取り囲んでるわけ。で炭素が多けりゃ液体つまりガソリンや灯油になり、もっと多けりゃ個体のワックスになり、炭素が少なきゃメタンとかのガスになる。

 ところが当初はガスの使い方がわからず、無駄に捨てたり燃やしたりしてた。

20世紀の数十年間、アメリカをはじめ世界中でどれほど莫大な量の天然ガスが意味もなく放出され続け、地球温暖化を推し進めたのか、その積算を試みた者はまだ誰もいない。
  ――第16章 片腕でもできる溶接

 いや、ちゃんと理由はあるんだ。石油は液体だからタンクで運べる。でもガスを運ぶ技術がなかった。もちLNGタンカーなんかない。今でも天然ガスは地産地消に近い(→「トコトンやさしい天然ガスの本」)。これを解決したのが、長距離パイプライン。

液体燃料の歴史とは、パイプラインの歴史でもある。(略)長距離輸送のパイプライン建造を可能にした技術こそ、放電現象を利用したアーク溶接にほかならなかった。
  ――第16章 片腕でもできる溶接

 当時のパイプの継ぎ目は重ね合わせたり詰め物をしたりリベット溶接とか。その継ぎ目からガスが漏れるんで、あまし長いパイプラインは作れなかった。この問題を解決したのが溶接技術ってのが、技術史の意外さというか面白さと言うか。まあ、言われてみりゃ納得なんだけど。

 終盤では焦点が電力と原子力に移り、配電網の直流と交流の対立から原子力発電の費用などに話が及ぶ。特に原子力発電の費用の試算じゃ燃料も大きな要素で、1950年代では増殖炉(→Wikipedia)などによる核燃料サイクルが可能として計算してたっぽい。いずれにせよ、ピッツバーグが苦しんだ大気汚染の心配はないわけで…

デュケイン・ライト・カンパニーの会長フィリップ・A・フレイジャーに聞いた話では、同社が原子力発電を手がけた基本的な理由は「公害防止」のためだったという。
  ――第17章 1957年のフルパワー

 と、当時はクリーンなエネルギーとして明るい未来を思い描いてたのだ。

 勝手な想像だが、アメリカは特に核への愛着と幻想が強いんだと思う。なにせ第二次世界大戦を終わらせたんだし。その後、キューバ危機やスリーマイル島事故などを経て印象が変わってきたけど。

 それはともかく、放射線被爆の長期的な影響は、そう簡単には分からない。1952年12月、カナダのチョークリバーで原子炉事故が起き、30年後の追跡調査では「平均寿命より一歳以上」長生きなんて結果も出てる。ただ、これには別の解釈もある。

「健常労働者効果」とは、選択バイアスの一種で、そもそも労働者は働けるだけの健康体を持ち、平均すると一般人よりも健康で、死亡率も低くなるという現象だ。
  ――第19章 迫りくる暗黒時代

 いずれにせよ、原子力だの放射線だのって話は、イマイチよくわからない。だもんで、どうしても印象で決めつけちゃう所がある。私も、こんな性質があるとは知らなかった。

(アーネスト・)カスパリの新発見が衝撃的だったのは、1日2.5レントゲンを21日間にわたって照射、合計52.5レントゲンの線量をキイロショウジョウバエに照射したにもかかわらず、突然変異の増加率はまったく変化していなかった点にあった。
  ――第19章 迫りくる暗黒時代

 ある閾値を超えない限り、ほぼ無害なのだ。ゲームのダメージ計算だとアルテリオス計算式(→ニコニコ大百科)ですね←もっとわかんねえよ

 現実問題として、じゃその閾値は具体的に幾つ?とか 1レントゲンは何ベクレル? とか聞かれると私もわかんないんだけど。どうも1レントゲンは10ミリシーベルトらしいWikipedia。シーベルトは被爆量で、ベクレルは放射量かあ(→Wikipedia)。うーむ、こんな事も知らずに私は原子力発電の是非を語っていたのか。

 風力や太陽光とかもエコっぽいけど、風が止まれば風力は使えないし、太陽光も夜は使えない。2016年アメリカの各発電方式の平均設備利用率は、というと。

  • 原子力発電所:92.1%
  • 水力発電網:38%
  • 風力発電:34.7%
  • 太陽光発電:27.2%
  • 火力発電所:50%

 火力と水力の稼働率がけっこう低いのが意外なんだけど、改めて考えればベースが原子力でピークの予備が水力・火力なら当然か。とすると風力は頑張ってる方なんだけど、風は人間の都合に合わせてくれないしねえ。

 全体としてみると、薪→石炭→石油→原子力とエネルギー源が変わるたびに、似たようなメロディを奏でているのがわかる。

  • エネルギーを見つけた当初は喜んで使い始める。
  • 竈や蒸気機関など、より効率的で使いやすい技術が広がる。
  • やがて身近な資源を使い潰し、より遠くから資源を運んでくる。
  • 費用が高騰するが、いまさら止められない。
  • 木を刈りつくして砂漠化、石炭の煤煙によるスモッグなど、ツケが回ってくる。
  • 新しいエネルギーを見つけ、そっちに移る。

 人類ってのは、いつまでたっても学ばない生き物なんだなあ、などと少し悲しくなるんだけど、生物はみんな似たようなモンなのかもしれない。

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【今日の一曲】

Mountain - Nantucket Sleighride

 微妙にテーマからズレた曲ばかりを紹介してる「今日の一曲」だけど、今回は珍しく(←をい)本書の場面の一つ、ナンタケット島の捕鯨を扱った曲を。ベースのフェリックス・パパラルディとギターのレスリー・ウェストが仕切ってたバンドだけど、この曲は珍しくスティーヴ・ナイトのオルガンがいい味出してます。でもライブだとやっぱりギターのレスリー・ウェストが暴れまくるんだけどw

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2021年10月 5日 (火)

ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福 上・下」河出書房新社 柴田裕之訳

歴史の道筋は、三つの重要な革命が決めた。
約7万年前に歴史を始動させた認知革命、
約1万2千年前に歴史の流れを加速させた農業革命、
そしてわずか5百年前に始まった科学革命だ。(略)
本書ではこれら三つの革命が、人類をはじめ、この地上の生きとし生けるものにどのような影響を与えてきたのかという物語を綴っていく。
  ――第1章 唯一生き延びた人類種

特定の歴史上の時期について知れば知るほど、物事が別の形でなくある特定の形で起こった理由を説明するのが難しくなるのだ。
  ――第13章 歴史の必然と謎めいた選択

【どんな本?】

 なぜネアンデルタール人は滅び私たホモ・サピエンスだけが生き残ったのか。狩猟採集から農業による定住生活の移行は何をもたらしたのか。科学の発展と産業革命は、私たちの世界観・価値観をどう変えたのか。その前の人たちは、世界や人生をどう捉えていたのか。そして、未来のサピエンスはどう変わっていくのか。

 イスラエルの歴史学者が、ホモ・サピエンスの歴史全体を見渡し、歴史上の曲がり角とその原因を探り、私たちの歴史観・世界観の足元を揺さぶる、衝撃の人類史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Sapiens : A Brief History of Humankind, by Yuval Noah Harari, 2011。日本語版は2016年9月30日初版発行。私が読んだのは2018 年9月9日発行の58刷。猛烈に売れてます。単行本ハードカバー縦一段組み上下巻で本文約248頁+257頁=約505頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント47字×19行×(248頁+257頁)=約450,965字、400字詰め原稿用紙で約1,128枚。文庫でもやや厚めの上下巻ぐらい。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。世界史から多くのトピックを取り上げるが、たいていは「いつ・どこで・だれが・なにをして・どうなったか」をその場で説明しているので、歴史に疎い人でも大丈夫。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進む。とはいえ、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  •   上巻
  • 歴史年表
  • 第1部 認知革命
  • 第1章 唯一生き延びた人類種
    不面目な秘密/思考力の代償/調理をする動物/兄弟たちはどうなったか?
  • 第2章 虚構が協力を可能にした
    プジョー伝説/ゲノムを迂回する/歴史と生物学
  • 第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし
    原初の豊かな社会/口を利く死者の霊/平和か戦争か?/沈黙の帳
  • 第4章 史上最も危険な種
    告発のとおり有罪/オオナマケモノの最後/ノアの方舟
  • 第2部 農業革命
  • 第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇
    贅沢の罠/聖なる介入/革命の犠牲者たち
  • 第6章 神話による社会の拡大
    未来に関する懸念/想像上の秩序/真の信奉者たち/脱出不能の監獄
  • 第7章 書記体系の発明
    「クシム」という署名/官僚制の驚異/数の言語
  • 第8章 想像上のヒエラルキーと差別
    悪循環/アメリカ大陸における清浄/男女間の格差/生物学的な性別と社会的・文化的性差/男性のどこがそれほど優れているのか?/筋力/攻撃性/家長父制の遺伝子
  • 第3部 人類の統一
  • 第9章 統一へ向かう世界
    歴史は統一に向かって進み続ける/グローバルなビジョン
  • 第10章 最強の征服者 貨幣
    物々交換の限界/貝殻とタバコ/貨幣はどのように機能するのか?/金の福音/貨幣の代償
  • 第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン
    帝国とは何か?/悪の帝国?/これはお前たちのためなのだ/「彼ら」が「私たち」になるとき/歴史の中の善人と悪人/新しいグローバル帝国
  • 原注/図版出典
  •   下巻
  • 第12章 宗教という超人的秩序
    神々の台頭と人類の地位/偶像崇拝の恩恵/神は一つ/善と悪の戦い/自然の法則/人間の崇拝
  • 第13章 歴史の必然と謎めいた選択
    後知恵の誤謬/盲目のクレイオ
  • 第4部 科学革命
  • 第14章 無知の発見と近代科学の成立
    無知な人/科学界の教義/知は力/進歩の理想/ギルガメシュ・プロジェクト/科学を気前良く援助する人々
  • 第15章 科学と帝国の融合
    なぜヨーロッパなのか?/征服の精神構造/空白のある地図/宇宙からの侵略/帝国が支配した近代科学
  • 第16章 拡大するパイという資本主義のマジック
    拡大するパイ/コロンブス、投資家を探す/資本の名の下に/自由市場というカルト/資本主義の地獄
  • 第17章 産業の推進力
    熱を運動に変換する/エネルギーの大洋/ベルトコンベヤー上の命/ショッピングの時代
  • 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
    近代の時間/家族とコミュニティの崩壊/想像上のコミュニティ/変化し続ける近代社会/現代の平和/帝国の撤退/原子の平和
  • 第19章 文明は人間を幸福にしたのか
    幸福度を測る/化学から見た幸福/人生の意義/汝自身を知れ
  • 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ
    マウスとヒトの合成/ネアンデルタール人の復活/バイオニック生命体/別の生命/特異点/フランケンシュタインの予告
  • あとがき 神になった動物
  •  謝辞/訳者あとがき/原註/図版出典/索引

【感想は?】

 歴史の本…ではあるんだが、王様や将軍の名前はあまり出てこない。

 本書が描くのは、それぞれの王様や国が何をしたか、ではない。「農業」や「貨幣」や「科学」などの制度や考え方が、私たちの暮らしや考え方をどう変えてきたか、だ。

 そこで描かれる物語は、私たちの思い込みを次々と覆す。これがとっても気持ちいい。この感覚は、「エコープラクシア」や「オーラリメイカー」などの優れたファースト・コンタクト物の本格SFで味わえる感覚と似ている。脳ミソの溝に溜まった垢や澱を洗い流される、そんな感じ。

 まずはネアンデルタール人などのライバルを駆逐し、私たち=ホモ・サピエンスだけが生き延びた理由について。

虚構、すなわち架空の物事について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。
  ――第2章 虚構が協力を可能にした

 虚構、ファンタジイときたもんだ。なんじゃそりゃ、と思うだろうが、後に貨幣=お金を語るあたりで、否応なしに納得させられる。

 次に驚くのが、狩猟採集から農耕&定住生活への移行。これは最近よく言われているように、個々のヒトにとっては、あまり愉快なモンじゃなかった。食べ物のバリエーションは減るし伝染病は増えるし農業には手間がかかるし。

農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ。(略)
私たちが小麦を栽培化したのではなく、小麦が私たちを家畜化したのだ。
  ――第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇

 なお、本作では狩猟採集生活じゃ常に移動してるように書いてるけど、実は集団ごとに巣とナワバリがあったんじゃないか、と私は思ってる。群れをつくる野生生物だって、たいていはそうだし。

 とまれ、巣は家となり、様々な道具が家に溜まってゆく。最初は「ちょっと便利」なだけの道具も、次第に生活必需品にり、モノが家に溢れ移動生活が難しくなってゆく。これ引っ越しするとよく分かるんだよね。なんでこんなに荷物があるんだ、と驚くから。

歴史の数少ない鉄則の一つに、贅沢品は必需品となり、新たな義務を生じさせる、というものがある。
  ――第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇

 昭和の頃はインターネットなんかなかったけど、今はスマートフォンが当たり前だしねえ。なお、農耕生活を促した原因は酒だって説もあるんだけど、あなたどう思います?

 まあいい。そんな農作物の人類に対する支配力は相当なもので。

近代後期まで、人類の九割以上は農耕民で、毎朝起きると額に汗して畑を耕していた。
  ――第6章 神話による社会の拡大

 歴史の教科書じゃ王様や軍人ばっかり出てくるけど、そんなのはごく一部で、大半は農民だったんです。平安時代も戦国時代も歴史や物語の登場人物は貴族や武士だけど、人口の大半は農民なんだよなあ。

 とまれ、村が集まって国ができたりすると、官僚や軍人などの専門家も生まれてくる。こういう専門家の考え方ってのは、それぞれが独特で…

整理係や会計士は普通の人間とは違う思考法を採る。彼らは書類整理用のキャビネットのように考えるのだ。
  ――第7章 書記体系の発明

 そしてプログラマはコンピュータのように考える…人もいる。たまにいるんだよね、「コンパイラの気持ちになって考えよう」とか言っちゃう人が。いや言いたくなる気持ちは分かるんだけどさ。でもさすがに最近のCPUの気持ちになるのは無理だわ。パイプラインとか分岐予測とか難しすぎて。

 とかの冗談はおいて。虚構はサピエンスを地上の王者にしたけど、弊害もあった。その一つが、差別だ。

想像上のヒエラルキーはみな虚構を起源とすることを否定し、自然で必然のものであると主張するのが、歴史の鉄則だ。
  ――第8章 想像上のヒエラルキーと差別

たいていの人は、自分の社会的ヒエラルキーは自然で公平だが、他の社会的ヒエラルキーは誤った基準や滑稽な基準に基づいていると主張する。
  ――第8章 想像上のヒエラルキーと差別

 あるねえ。というか、某匿名掲示板とかを見ると、サピエンスは常に差別をつくり出そうとする性質があるんじゃないか、とまで思えてくる。この点は著者も悲観的で…

差別ときっぱり訣別できた大型社会を学者は一つとして知らない。
  ――第8章 想像上のヒエラルキーと差別

不正な差別は時が流れるうちに、改善されるどころか悪化することが多い。
  ――第8章 想像上のヒエラルキーと差別

 いわゆる「上級国民」なんて言葉が流行る最近の日本の風潮を見ると、納得したくなるから困る。

 そんな虚構だけど、もちろん役に立つものも多い。その一つが貨幣、お金だ。

これまで考案されたもののうちで、貨幣は最も普遍的で、最も効率的な相互信頼の制度なのだ。
  ――第10章 最強の征服者 貨幣

人々は互いに理解不能の言語を話し、異なる規則に従い、別個の神を崇拝し続けたが、誰もが金と銀、金貨と銀貨を信頼した。
  ――第10章 最強の征服者 貨幣

 今だって合衆国とイランは睨み合ってるけど、どっちもドルは大好きだしね。なお欧米の経済制裁でイラン通貨のリアルが暴落するたびに、イランの政治家と金持ちは金(ゴールド)とドルを買い漁るとか。金こそが世界で最も信仰されているモノなのだ。

 悪く言われてるのはカネばかりじゃない、スターウォーズでも帝国が悪役だったように、帝国って言葉には悪い印象が付きまとう。が、しかし。

帝国は人類の多様性が激減した大きな要因だった。
  ――第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン

帝国は過去2500年間、世界で最も一般的な政治組織だった。この2500年間、人類のほとんどは帝国で暮らしてきた。帝国は非常に安定した統治形態でもある。大半の帝国は叛乱を驚くほど簡単に鎮圧してきた。
  ――第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン

帝国はたいがい、支配している諸民族から多くを吸収した混成文明を生み出した。
  ――第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン

 同時に帝国は多くの文化の交流を促し、グローバル化も推し進めたのだ。中国は秦帝国が母体だし、現代ヨーロッパもローマ帝国の遺体から芽を出したようなもんだ。お陰で学問の世界じゃ今でもラテン語がブイブイいわしてる。「大英帝国は大食らい」では、大英帝国が諸国の文化に与えた影響が味わえます。その(オスマン)帝国が潰れた後の混乱の真っ只中にいるのが中東。

 虚構でもう一つ重要な地位を占めている宗教なんだが、これ前から思ってた事を見事に明文化してくれたのが嬉しい。

じつのところ一神教は、(略)一神教や二元論、多神教、アニミズムの遺産が、単一の神聖な傘下で入り乱れている万華鏡のようなものだ。
  ――第12章 宗教という超人的秩序

 例えばキリスト教だと、悪魔がウジャウジャいれば天使も沢山いる。守護聖人とかって、学問の天神様や商売の恵比寿さん、芸事の弁天様と何が違うのよ? アイルランドの聖パトリックとか、モロに土地神様じゃん。結局、サピエンスって、アニミズムから逃れられないんでない?

 などの宗教に代わって台頭したと言われる科学なんだが、逆になぜソレまで科学や産業が表に出なかったのかというと、それは人々の世界観や考え方が昔はまったく違ってたから、と著者は説く。

西暦1500年ごろまでは、世界中の人類は、医学や軍事、経済の分野で新たな力を獲得する能力が自分らにあるとは思えなかったのだ。
  ――第14章 無知の発見と近代科学の成立

 パイの大きさは決まっていて、多くのパイが欲しければ他の者から奪うしかない、そういう考え方ね。あとエデンの園や北欧神話のラグナロクみたく、「昔はよかった、これから先は悪くなる一方」みたいな歴史観。これ今でもそういう世界観の人が多いよね。実際は交通事故も減って治安も良くなってるのに。

 では、何がソレを変えたかというと、「己の無知を認めたから」ってのが著者の主張。

科学革命の発端は、人類は自らにとって最も重要な疑問の数々を知らないという、重大な発見だった。
  ――第14章 無知の発見と近代科学の成立

 自分は知ってると思い込んでたら、改めてソレについて調べようとは思わない。ダニング=クルーガー効果(→Wikipedia)の「馬鹿の山」(→Twitter)でふんぞり返ってたわけ。

 もっとも、そういう考え方に落ちいていたのも、ちゃんと理由があって。

歴史の大半を通じて、経済の規模はほぼ同じままだった。たしかに世界全体の生産量は増えたものの、大部分が人口の増加と新たな土地の開拓によるもので、一人当たりの生産量はほとんど変化しなかった。
  ――第16章 拡大するパイという資本主義のマジック

 実際、人々の暮らしはたいして良くなっちゃいなかったから。「21世紀の資本」でも、歴史を通じて世界の経済成長は年2%ぐらい、とあった。しかも、本書によれば、ソレは規模がデカくなっただけで、効率は変わっちゃいない、と。

 たとえそうであっても、規模をデカくするのはいいんだよ、それで食える人は増えるんだから、と説いたのが経済学の祖アダム・スミス。事業を起こして稼ぎ、稼いだ金で更に事業を拡げろ、そうすりゃ仕事が増えて失業者が減りみんなハッピー、それが資本主義。

資本主義の第一の原則は、経済成長は至高の善である、あるいは、少なくとも至高の善に代わるものであるということだ。
  ――第16章 拡大するパイという資本主義のマジック

 明治維新以降の大日本帝国も、太平洋戦争後の日本国も、そういう思想で成り上がりました、はい。戦争やオイルショックやバブル崩壊で行き詰ったけど。とまれ、そんな風に成り上がった国は日本ぐらいだったのにも理由があって。

資本は、個人とその財産を守れない専制的な国家からは流出し、法の支配と私有財産を擁護する国家に流れ込む。
  ――第16章 拡大するパイという資本主義のマジック

 腐った国で事業を起こしても、腐った政治家に喰われるだけ。だから事業主は逃げ出す。本書はオランダがスペインから独立した80年戦争(→Wikipedia)を例に挙げてる。この辺は「国家はなぜ衰退するのか」が詳しいです。今だって香港に資本を投入して事業を起こすのは、ちと度胸がいるよね。中国共産党にコネがあるならともかく。

 とまれ、まっとうな資本主義でも、やっぱり格差は広がるのだ。

自由市場資本主義は、利益が公正な方法で得られることも、公正な方法で分配されることも保証できない。
  ――第16章 拡大するパイという資本主義のマジック

 公害とかもあるけど、食べ物の歴史を見ると、利益目的で無茶やらかした例にはこと欠かないんだよな。奴隷貿易(「砂糖の歴史」)とか土地の買い占め(「バナナの世界史」)とか。

 とまれ、科学と資本主義の結びつきは、産業革命で大きな果実をもたらす。それはサピエンスが新しいエネルギー、石炭や石油を調達できたからだ。

歴史を通して人々のやったことのほぼすべてが、植物が捉えた後、筋肉の力に変換された太陽エネルギーを燃料としていた。
  ――第17章 産業の推進力

 それまでの単に規模が大きくなるだけの経済成長から、機械化によって効率をハネあげる経済成長が生まれてくる。これによって「人のぬくもりが消えた」なんて言う人もいるけど、血が流れることも減ったのだ。

暴力の現象は主に、国家の台頭のおかげだ。
  ――第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和

 現代じゃ見知らぬ人同士が駅などで平気でスレ違うけど、これはサピエンス史上じゃ画期的な状態なのだ。群れで狩猟採集してた頃は、ヨソ者=ヤバい奴だったんだから(「文明と戦争」「昨日までの世界」)。

 確かに二つの世界大戦とかもあったけど…

1945年以降、国連の承認を受けた独立国家が征服されて地図上から消えたことは一度もない。
  ――第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和

 せいぜいイラクのクウェート侵攻ぐらいだしね。二次大戦前だったら、イギリスやフランスは喜び勇んでシリアに攻め込んでただろう。例えロシアと事を構える羽目になっても。

 戦争ばっかりみたいな印象があるけど、実際はやたら平和なのだ、今の世界は。

 などと歴史を振り返ったそれまでの章とはガラリと変わり、未来を見つめるのが最後の章。ここはまるきしSFだから楽しい。つまり、バイオテクノロジーなどにより、今後はサピエンスそのものが変わる時代が来るぞ、と説く。その何が問題か、というと。

私たちが真剣に受け止めなければいけないのは、テクノロジーや組織の変化だけでなく、人間の意識とアイデンティティの根本的な変化も含まれるという考えだ。
  ――第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ

 ニュータイプだのコーディネイターだのが生まれるとして、彼らは何を望むんだろう? 昔の人は私たちと全く違う考え方をしていたように、新人類も私たちと全く違う考え方をするはずなのだ。そんな彼らと、私たちは巧く付き合えるんだろうか。ガンダム・シリーズじゃ不幸な結末ばかりが描かれるけど。

 …と、結局はSFな話になっちゃったけど、こういう「認識の変革」を伴う本ってのは、どうしてもSF的な視野になっちゃうんだよね。そんなワケで、グレッグ・イーガンの「しあわせの理由」はいいぞ←結論はそれかい

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2021年9月 3日 (金)

アンドリュー・ナゴルスキ「隠れナチを探し出せ 忘却に抗ったナチ・ハンターたちの戦い」亜紀書房 島村浩子訳

本書では、世界がナチスの犯罪を忘れないように、彼らの当初の成功を覆すことに尽力した比較的少数の人々に焦点を当てる。(略)その過程で悪の本質にまで踏み込み、人間の行動について難題を提起した。
  ――はじめに

【どんな本?】

 ナチ・ハンター。ユダヤ人大虐殺を主導または積極的に協力しながら、それを隠して暮らす者たちの過去を暴き追い詰め、法廷に引き出し罪を明らかにしようとする者たち。ジーモン・ヴィーゼンタールなど有志の個人もいれば、イスラエルのモサドが組織的に狩る場合もある。また政府を動かそうとする合衆国下院議員のエリザベス・ボルツマンのような政治家や、ドイツの判事フリッツ・バウアーやポーランドの判事ヤン・ゼーンなど法律家の努力もあった。

 彼らはどんな人間なのか。なぜナチ・ハンターになったのか。どうやって元ナチを追い詰めたのか。彼らは何を目指し、何を変えたのか。そして元ナチはどんな人間なのか。

 ユダヤ人大虐殺を記録として残し人々の記憶に焼き付けるために闘った人たちの足跡を追い、その実績と人柄を明らかにするとともに、ドイツとイスラエルはもちろんアメリカ・フランス・オーストリア・ブラジル・ボリビア・アルゼンチン・パラグアイなどの諸国と元ナチの関わりを明らかにする、現代のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Nazi Hunters, by Andrew Nagorski, 2016。日本語版は2018年1月17日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約463頁に加え、訳者あとがき6頁。9.5ポイント43字×17行×463頁=約338,453字、400字詰め原稿用紙で約847枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくないが、第二次世界大戦の欧州戦線の概要を知っていた方がいい。とりあえず東欧諸国およびバルカン半島諸国が一時期は枢軸側の支配下にあった、ぐらいで充分。

 冒頭に登場人物一覧があるのはありがたい。ついでにWJC(世界ユダヤ人会議)などの略語が多く出てくるので、略語一覧が欲しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、できれば頭から読んだ方がいい。

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  • 登場人物紹介
  • はじめに
  • 第1章 絞首刑執行人の仕事
  • 第2章 目には目を
  • 第3章 共謀の意図
  • 第4章 ペンギン・ルール
  • 第5章 忘れられたナチ・ハンター、ヤン・ゼーンの物語
  • 第6章 より邪悪でないほう
  • 第7章 不屈のハンターたち ヴィーゼンタールとバウアー
  • 第8章 アイヒマン拉致作戦
  • 第9章 怪物か、悪の凡庸か アイヒマンとハンナ・アーレント
  • 第10章 小市民
  • 第11章 忘れられない平手打ち
  • 第12章 模範的市民という仮面
  • 第13章 ラパスへ
  • 第14章 戦中の嘘
  • 第15章 亡霊を追って
  • 第16章 旅の終わり
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 シャーロック・ホームズみたいな緻密なミステリや007みたいなスパイ活劇を期待すると、肩透かしを食う。

 一応「第8章 アイヒマン拉致作戦」でモサドが(アドルフ・)アイヒマン(→Wikipedia)を捕まえるあたりでスパイ・アクションが生々しく展開するが、それぐらいだ。誘拐の時に目撒くしとかベッドにつなぐとか、ホントなんだね。モサドの活躍が知りたい人は「イラク原子炉攻撃!」「モサド・ファイル」「ミュンヘン」がお薦め。

 実は最も多いのが、判事などの司法関係者。元ナチの裁判に関わった人たちだ。例えば…

  • ニュルンベルク裁判(→Wikipedia)首席検事ベンジャミン・フェレンツ(→ホロコースト百科事典)
  • ポーランド人調査判事ヤン・ゼーン
  • ドイツ人判事フリッツ・バウアー

 もちろん、私たちが思い浮かべるナチ・ハンターも登場する。

  • ジーモン・ヴィーゼンタール(→Wikipedia)
  • トゥヴィア・フリードマン
  • ベアテ・クラルスフェルト(→Wikipedia)&セルジュ・クラルスフェルト(→Wikipedia)

 こういった人々に焦点をあてつつ、その背景にある世界や世論の変化も描いてゆく。全体を通し著者は、ハンターたちの行いを「事実を明るみに引きずり出した」と讃えている。

戦後の裁判は罪人を処罰することだけが目的ではなかった。歴史的記録を残すうえできわめて重要だったのである。
  ――第3章 共謀の意図

 歴史に記した事こそが最大の功績である、と。

モサド長官イサル・ハウエル
「史上初めて、ユダヤ人を惨殺した人間をユダヤ人が裁く機会となる」
「史上初めて全世界に、イスラエルの若い世代に、一つの民族の全滅が命じられた物語が余すところなく語られる」
  ――第8章 アイヒマン拉致作戦

 もちろん、そこには復讐の念もある。

モサド高官「彼ら(元ナチ)がこの世を去る最後の日まで一瞬たりと平穏な時間を過ごせなくしてやるのだ」
  ――第11章 忘れられない平手打ち

 家族や親しい人を殺されて恨みに思うのは当たり前だが、それだけじゃない。彼らの無念を募らせたのは、世間の対応もある。ほじくり返すな、忘れよう、なかったことにしよう、当初はそういう反応が多かったのだ。

ニュルンベルク裁判首席検事ベンジャミン・フェレンツ
「ドイツにいたあいだに、わたしに近寄ってきて後悔の言葉を述べたドイツ人は一人もいなかった」
  ――第4章 ペンギン・ルール

セルジュ・クラルスフェルト「1965年の時点では、西側からアウシュヴィッツへ行こうとする人間なんていなかった」
  ――第11章 忘れられない平手打ち

ドイツ週刊誌「デア・シュピーゲル」記者クラウス・ヴィーグレーフェ
「アウシュヴィッツで行われた犯罪が正しく罰せられなかったのは、数人の政治家や判事の妨害に逢ったからではない」
「犯罪者を断固有罪にし、罰しようとする人々があまりに少なかったからだ。多くのドイツ人はアウシュヴィッツで起きた大量殺人に1945年以降、ずっと無関心のままだった」
  ――第16章 旅の終わり

 とまれ、そこには連合国側の思惑もある。対ドイツ戦が終わると冷戦が始まり、ナチ戦犯より赤狩りが重要になったのだ。日本の逆コース(→Wikipedia)みたいなモンです。その過程で、かのペーパークリップ作戦(→Wikipedia)のように連合軍も元ナチを匿い利用しようとする。

最新の文書の日付は1951年3月27日。(米国)陸軍諜報工作員二名による報告書で、彼らは(クラウス・)バルビー(→Wikipedia)に“アルトマン”名義の偽造証明書をわたしてジェノバまでつき添い、そこから南米へと送り出していた。
  ――第13章 ラパスへ

 そんな中、ナチ・ハンターたちは証拠を集め元ナチを司法の場に引きずり出し、マスコミも動かして世間の空気を変えてゆく。もっとも、なかなか届けるべき人には届かないんだけど。

「(アウシュヴィッツ裁判の新聞記事を)一番読む必要のある人たちが読みたいと思っていないのは確か」
  ――第10章 小市民

 こういうのは、どの国でも同じだよね。私も極右系の本や記事はまず読まないし。それに誰だって元加害者より元被害者の方が居心地いい。

「オーストリア人は、ベートーヴェンがオーストリア人で、ヒトラーがドイツ人だと世界に信じさせたからな」
  ――第14章 戦中の嘘

 それはともかく、やっぱり文字より映像の方が影響力は大きかったようで…

映画『ニュルンベルク裁判 現代への教訓』について米軍政府情報官
「われわれはナチズムについて三年かけてドイツ国民に語ってきたが、この80分間の映画のほうがより多くのことを伝えられる」
  ――第6章 より邪悪でないほう

 とまれ、そういった雰囲気を変える最大のキッカケは、モサドによるドルフ・アイヒマン(→Wikipedia)の誘拐とイスラエルにおける裁判だろう。これは国際的に大きな騒ぎとなり、アイヒマンの動機を巡り大きな論争を巻き起こす。

モサド長官イサル・ハウエル
「いったいどうして、こんなごくふつうにみえる人間が怪物になったのか?」
  ――第8章 アイヒマン拉致作戦

 中でも最も有名な論客はハンナ・アーレント(→Wikipedia)だろう。裁判を取材し著作「エルサレムのアイヒマン」で「悪の凡庸さ」を語り、今なお論戦は続いている。

(アドルフ・)アイヒマンを突き動かしていたのはイデオロギーやユダヤ人に対する憎しみではなく、出世第一主義(略)だった、と(ハンナ・)アーレントは主張した。(略)言い換えるなら、ナチの体制が標的としさえしたら、彼は人種や信仰に関係なくどんなグループであろうと、何百万人もの人々を死に追いやったということだ。
  ――第9章 怪物か、悪の凡庸か アイヒマンとハンナ・アーレント

 もちろん、これに反論する人もいる。

哲学者ベッティーナ・シュタングネト
「人の命を軽んじるイデオロギーは、伝統的な正義の概念や倫理を否定する行動が合法化される場合、自称支配民族の一員にとってきわめて魅力的に映る」
  ――第9章 怪物か、悪の凡庸か アイヒマンとハンナ・アーレント

 ヤバい奴はヤバい空気をチャンスと思う、そういう事です。「国際社会と現代史 ボスニア内戦」とかを読むと、この意見に同意したくなるんだよなあ。

 私の考えは、というと。やはりアイヒマンはヤバい奴だと思う。官僚として有能なのは、みんな認めてる。ただ、有能なだけじゃ熱心に仕事はしない。きっと好きだったんだ、その仕事が。仕事が孤児や捕虜の保護だったら、怠けるか転属を申し出ただろう。やる気にいなれないから。他の商売でも、優れたギタリストはギターが好きだし、優れたプログラマはプログラミングが好きだもん。

 「仕事だから仕方なく」と言うのはアイヒマンに限らず、ほぼ全ての元ナチに共通してる。例えばアウシュヴィッツ収容所所長ルドルフ・ヘース(ナチ党副総統ルドルフ・ヘスとは別人、→Wikipedia)。

「わたしは個人的に誰かを殺したわけじゃない。私はアウシュヴィッツにおける絶滅計画の責任者だっただけだ。命令したのはヒトラーで、それがヒムラーによって伝えられ、移送に関してはアイヒマンから指示があった」
  ――第5章 忘れられたナチ・ハンター、ヤン・ゼーンの物語

 そうは言うものの、仕事の中身はちゃんと判ってた。

「ユダヤ人問題の“最終的解決”とは、ヨーロッパにおけるユダヤ人を一人残らず完全に絶滅させることを意味した」
  ――第5章 忘れられたナチ・ハンター、ヤン・ゼーンの物語

 そして、自分の仕事を誇りに思っていた。

「わたしの心は総統とその理想とともにあった。なぜなら、それは滅びてはならぬものだからだ」
  ――第5章 忘れられたナチ・ハンター、ヤン・ゼーンの物語

 加えて、いささか衝撃的な発言も飛び出る。「普通の人々」も実態に気が付いていた、と。

「絶え間なく死体を焼却しているせいで吐き気をもよおす悪臭があたりにたちこめ、近隣の住民はみな、アウシュヴィッツで大量殺人が行われていることを知っていた」

 これらはアウシュヴィッツ裁判(→Wikipedia)を通し、人々に考え方を変えるようメッセージを発してゆく。

アウシュヴィッツ裁判判事ハンス・ホフマイヤー
「“小市民”は先導したわけではないから無罪だとするのは間違いだ」
「彼らは絶滅計画を机上で作成した者に劣らず、その実施において重大な役割を果たした」
  ――第10章 小市民

 そして、歴史観も変えるべし、と迫る。例えばヒトラー暗殺事件(→Wikipedia)の首謀者たちも、反逆者ではなく愛国者である、と。

ドイツ人判事フリッツ・バウアー
抵抗者らが「ヒトラーを排除し、それによりヒトラーの体制を排除しようとしたのは、祖国への熱き愛と国民に対する自己犠牲も厭わぬ無私の責任感からであった」
  ――第7章 不屈のハンターたち ヴィーゼンタールとバウアー

 終戦についても…

ドイツ大統領リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー(→Wikipedia)「あれ(終戦)は解放の日だった」
  ――第16章 旅の終わり

 これまた被害者ぶってると言えなくもないが、太平洋戦争敗戦後の日本人も、そう感じる人が多かったんじゃなかろうか。「やっと終わった」と。

 そんな風に、世論までも動かすナチ・ハンターたちは、どんな風に思われていたのか、というと。

(アリベルト・)ハイム(→Wikipedia)が――そして十中八九他の逃亡戦犯も(ジーモン・)ウィーゼンタールを恐れ、ほぼ全能の復讐者という世間的なイメージを信じていたのは確かだった。
  ――第15章 亡霊を追って

 KGBの組織力・調査力とシャーロック・ホームズの推理力、そしてインディ・ジョーンズの行動力を兼ね備えたスーパーマンみたいな印象だろうか。でも実際は「探偵1/3、歴史学者1/3、ロビイスト1/3」と地味なモンだったり。探偵にしたって、コナン君みたいなアクション型じゃなく安楽椅子探偵だしなあ。

 その相手の元ナチも豪邸に住み番犬にシェパードを飼う貴族然とした暮らしってワケじゃなく…

「わたしが相手にする元ナチはたいていが、危険な軍閥とはほど遠い70代か80代の白髪頭の凡人で、クリーブランドやデトロイトの郊外でぱっとしない余生を送っている」
  ――第12章 模範的市民という仮面

 はい、たいていの場合、現実は地味なんです。

 もっとも、中には華々しい立場に返り咲く者もいた。終盤では、その象徴でもある国連事務総長でありオーストリア大統領にもなったクルト・ヴァルトハイム(→Wikipedia)をめぐり、ナチ・ハンター同士の内輪もめが描かれる。

 バルカン半島でのヴァルトハイムの階級は中尉。歩兵なら中隊長か小隊長で200人程度の部下がいる立場だが、彼の役割は通訳または情報将校だから部下はいても数人だろう。疑いはマケドニアで三つの村の虐殺に関わったというもの。

 騒ぎになった1986年当時、ヴァルトハイムは大統領選に出馬していた。選挙ともなれば、参加陣営はDisの応酬になる。ここでヴァルトハイムの過去を持ち出せば、選挙に向けた宣伝ととられかねない…というか、ヴァルトハイム側は確実に「それは対抗陣営の選挙宣伝だ」と叫ぶだろう。

 実際、スキャンダルは国際的なニュースとなり、オーストリアは多くの非難を浴びるが、逆にオーストリアではナショナリズムに火を点け、ヴァルトハイムの当選に結びつく。

「当初は“ヴァルトハイムを選べ、世界は彼を愛している”がスローガンだった」
「いまや“ヴァルトハイムを選べ、世界は彼を憎んでいる”だ」
  ――第14章 戦中の嘘

 この件では「どう動くか」を巡り、ナチ・ハンター間での激しい対立が起きる。このあたりでは、理想通りにいかない切なさを感じるものの、同時に彼らも豊かな感情を持ちの血が通った人間なんだなあ、としみじみ感じたり。

ジーモン・ヴィーゼンタール・センターのエルサレム支局長エフライム・ズロフ
「ほかのナチ・ハンターについて、いいことを言うナチ・ハンターには一度も会った事がない」
「嫉妬や競争心、すべてそういうもののせいだ」
  ――第16章 旅の終わり

 どうでもいいがジーモン・ヴィーゼンタール・センターはジーモン・ヴィーゼンタールが作ったんじゃなくて、名前を貸してるだけなのね。ギブソン・レスポールみたいな関係か←一般人に通じない例えはやめろ

 原動力が正義感か私怨か名誉欲かはともかく、彼らの粘り強い働きは単に元ナチを吊るし上げるだけに留まらず、人々が歴史に向かい合う姿勢を大きく変えたのは事実だ。じゃ日本はというと、相変わらず目を背け続けている。それでも、いやそれだからこそ、歴史を掘り返す意味はあるんだと思う。

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2021年8月29日 (日)

Martin Campbell-Kelly/William Aspray/Nathan Ensmenger/Jeffrey R.Yost「コンピューティング史 人間は情報をいかに取り扱ってきたか 原著第3版」共立出版 杉本舞監訳 喜多千草・宇田理訳

本種は19世紀から現代に至るコンピューティング史の通史を取り扱ったものである。
  ――解題と読書リスト

【どんな本?】

 本書はコンピュータの歴史を綴った本である。その構想・設計・開発・製造など理論や技術はもちろん、IBMなどIT関連企業の経営・販売も扱う。中でも最大の特徴は、使い道について詳しく述べている点だ。これは19世紀の紙と手計算による事務処理や航海年鑑から国勢調査などの大規模バッチ処理、航空機座席予約システムやATMなどのリアルタイム処理、ニミコンピュータからマイクロコンピュータそしてパーソナルコンピュータ、ARPAネットとパソコン通信からインターネットなどを経て現代のTwitterやFacebookなどのSNSまでを扱う。

 21世紀の今日では、日々の暮らしに欠かせない技術となったコンピュータ。それは何のために生まれ、どう成長し、どう使われ、どうやって私たちの暮らしに入り込んできたのか。

 技術より使い方と暮らしへの浸透を通して描く、少し変わったコンピュータの歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Computer : A History of the Information Machine, by Martin Campbell-Kelly/William Aspray/Nathan Ensmenger,/Jeffrey R.Yost, 2014。日本語版は2021年4月15日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組み本文約356頁に加え、杉本舞「解題と読書リスト」7頁。9ポイント36字×33行×356頁=約422,928字、400字詰め原稿用紙で約1,058枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 共立出版にしては文章はこなれている。ええ、「共立出版にしては」です。内容は初心者向けで、技術的に突っ込んだ話はほとんど出てこない。それだけに説明不足の感はあるが、いちいち説明していたらキリがないのも理解できる。詳しく知りたかったら巻末の「文献リスト」や「解題と読書リスト」から手繰ろう。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、なるべく頭から読もう。

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  • 謝辞/第3版へのまえがき/序
  • 第1部 コンピュータ前史
  • 1 人間がコンピュータだったころ
  • 2 オフィスに事務機がやってくる
  • 3 バベッジの夢が現実に
  • 第2部 コンピュータの登場
  • 4 コンピュータという発明
  • 5 コンピュータがオフィスの主役に
  • 6 メインフレームの時代 IBMの季節
  • 第3部 日々進化するコンピューティング
  • 7 リアルタイム つむじ風のように速く
  • 8 コンピュータを支配するソフトウェア
  • 9 新しいコンピューティングの登場
  • 第4部 コンピュータの民主化
  • 10 パソコン時代の登場
  • 11 魅力拡がるコンピュータ
  • 12 インターネットの世界
  • 出展に関する注/文献リスト/解題と読書リスト 杉本舞/訳者あとがき/索引

【第1部 コンピュータ前史】

 本書は「コンピュータ史」ではない。「コンピューティング史」である。

 つまり着目点は「何に使うか」だ。これは最初の「1 人間がコンピュータだったころ」で実感できる。ここでは、計算機が登場する前の19世紀に、金融・事務・軍事・科学・技術などの分野で、紙と手計算でどのような処理がなされていたかを描く。

 最初に出てくるのは、ロンドンの銀行の手形交換所だ。A銀行がB銀行に払うカネと、B銀行がA銀行に払うカネは相殺して差額だけを動かせばいい。銀行が2行だけなら経路はA:Bの一本だが、3行だとA:B, A:C, B:C の3つになり、4行だと6つになる。銀行が増えるたび、経路は爆発的に膨れ上がってゆく。これをどう解決するのか、

 ここで登場するコンピュータの父ことチャールズ・バベッジ(→Wikipedia)が、モロにマッド・サイエンティストで面白い。

コンピュータという言葉は、(略)ヴィクトリア期や第二次世界大戦にさかのぼってみれば、(略)ある職業のことを意味していた。
  ――1 人間がコンピュータだったころ

 当時は天文学者用の星表や船乗用の航海年鑑などの数表は、人間が計算していた。バベッジはこれを機械でやろうと考え、かの有名な階差機関(difference engine、→Wikipedia)を思いつく。印刷時のミスを防ぐため活字を組む機構も備えている。原初のコンピュータはプリンタ付きなのだ。

 ところが階差機関の開発は長引き、その途中で汎用の計算機である解析機関(analytical engine、→Wikipedia)の発想に至る。その違いは何か、というと。

解析機関というアイデアは、階差機関で計算の結果をフィードバックさせれば人間の介入をなくせるのではないかとバベッジが考えている時に、着想したものであった。
  ――3 バベッジの夢が現実に

 今ならループとか再起とかの発想だね。それはいいが、肝心の航海年鑑をほったらかしたせいで、スポンサーから資金を打ち切られてしまう。手段のために目的を忘れる、マッド・サイエンティストの鑑ですw そこのプログラマ、ライブラリ作りに熱中してアプリケーションの開発を忘れるとかの経験ありませんか? コンピュータの父はハッカーの祖でもあるのだw

 などと19世紀のイギリスで潰えた事務の機械化の夢は、新大陸アメリカで芽を出す。1890年の国勢調査で使われたハーマン・ホレリス(→Wikipedia)のタービュレイティング・マシン(→Wikipedia)を皮切りに、機械が事務所へと侵入してゆく。その先兵となったのがタイプライター。

タイプライターはオフィス機器産業とそれに続くコンピュータ産業の三つの基本的特徴を拓いた(略)。製品の完成度と低コスト生産、製品を売る販売組織、そしてその技術を使えるように労働者を訓練する組織の三つである。
  ――2 オフィスに事務機がやってくる

 ここでは新し物好きなアメリカに対する保守的なイギリスへの皮肉がチラリ。それはともかく、タイプライターが流行った理由の一つが、手書きより読みやすいってのに冷や汗w 今も Microsoft Word を使う最大の理由は、手書きより綺麗だからだよね。

【第2部 コンピュータの登場】

 などと機械が事務室へ侵入するなか、第二次世界大戦がはじまり、まの有名なENIAC(→Wikipedia)とEDVAC(→Wikipedia)が登場する。今まで両者の違いがよく分かってなかったけど、その一つはプログラム内蔵か否か。ENIACは違うプログラムを走らせるたびに、いちいち配線を変えにゃならなかった。そりゃ面倒くさいよね。ならプログラムも覚えとけよ。ということで…

計算機の記憶装置は、プログラムの命令と、それが処理する数字の両方を保持するのに用いられる
  ――4 コンピュータという発明

 そういやシンセサイザーは音源やエフェクトの設定を記録&呼び出しの機能があるけど、ギターのエフェクターでそういう事ってできるの? いや私はフランジャ―しか持ってないからいいけどw

 まあいい。潤沢な軍の予算で開発した技術が、すぐ民間で活きるのがアメリカの強い点の一つ。そこに喰いつき、うまく活かしたのがビッグ・ブルーことIBM。その成長の原因はサポートにある。日本の自動車産業がアメリカ進出で成功したのも同じ理由だった。トヨタはIBMに学んだんだろうか。

IBMはサービス型企業としての評判が高かった。当初からトレーニングを重視しており、ユーザーのためのプログラミングコースを提供し、また現場に赴くエンジニアによるカスタマーサービスもほかのどの企業より優れていた。
  ――5 コンピュータがオフィスの主役に

 また、将来を見据えた販売戦略も巧かった。つまりプログラマを育てたのだ。

IBMは、650を6割引きで大学などの教育機関に設置した。そうすればコンピューティングの教育課程ができる(略)。この結果、IBM650に慣れ親しんだプログラマやコンピュータ科学者が輩出され、IBMを使いこなせる人々が産業界に大勢いるという状態ができあがった。
  ――5 コンピュータがオフィスの主役に

 これも1980年代~1990年代にアップルが真似して成功している。今だって医療とデザイン関係はMacユーザが多い。ほんと、IBMは販売戦略が巧みだ。もちろん、販売だけでなく、技術戦略でも賢い。巨人 System/360 である。

System/360はソフトウェア互換性のあるコンピュータという概念を軸に、この業界を劇的に作り変えてしまった。
  ――6 メインフレームの時代 IBMの季節

 それまでのコンピュータは、同じメーカーでも機種が違えばソフトウェアに互換性がなかった、つまりプログラムを書き直さなきゃならなかった。それじゃ機械を買い替えるたびに移植の手間と費用がかかる。そりゃ困るってんで、全機種でソフトウェアの互換性を保証した。今なら当たり前のようだが、当時としては画期的な事だったのだ。

 加えてこの章ではRPG(Report Program Generator、→Wikipedia)の話が印象に残る。RPGを一言で説明すると、バッチ処理版のExcelみたいなモン。てっきりCOBOLから派生したと思ってたんだが、実は生まれも育ちも全く別でIBMの純血だし、誕生も1959年と早い。そうだったのかあ。

【第3部 日々進化するコンピューティング】

 米国のコンピュータ史がENIACで始まったように、コンピュータ(というか先端技術)と軍の関わりは深い。が、やがて軍を離れ民間の営利企業が育ってゆく。この境目に当たるのが「7 リアルタイム つむじ風のように速く」だろう。

 ここでは航空機の操縦シミュレータ計画 WhirlWind(→Wikipedia)や防空システムSAGE(→Wikipedia)などの野心的な開発計画が軍の潤沢な予算を得て始まり、その過程で「プリント基板、コアメモリ、大容量記憶装置」などコンピュータの基礎技術が発展し、同時にソフトウェア開発者も育ってゆく物語で始まる。

 ここで育った技術と人は、さっそく民間で活きる。航空機座席予約システムSABRE(→Wikipedia)だ。とまれ、「プロジェクトの実現は10年がかり」というから、当時のシステム開発はそういうペースだったんだなあ。

 ここまでは「既存の需要にコンピュータを組み込む」または「コンピュータ屋が需要を掘り起こす」形だった。そこに、全く新しい利用者が現れる。スーパーマーケットだ。

スーパーマーケットの初期の最も重要なイノベーションは、販売員が商品を持ってくるのではなく、顧客が自分で動いて商品を手にすることで(すなわち、セルフサービスで)販売員の手間を削減したことだ。
  ――7 リアルタイム つむじ風のように速く

 安さがウリのスーパーは、なるたけコストを減らしたい。セルフサービスで店員の人件費は減らせたが、レジで長い行列ができてしまう。これを解決するため、小売り・製造・取引組合など関係する全業界を巻き込み開発したのが、バーコード&スキャナー。お陰でレジが速くなるだけでなく、店に置く商品の種類も爆発的に増え利ざやが大きくなる。

 それまでは既にある仕事の流れにコンピュータを組み込む形での利用だったのが、スーパーではコンピュータを使うことを前提として、業界全体の仕事の流れを変えたのだ。こういう革命的な事がやれるのも、アメリカの強みだよねえ。

 さて、先のSystem/360で出てきたように、コンピュータが増えるとソフトウェア開発の負荷・費用が問題として注目され、ソフトウェア危機が叫ばれ始める。EDSACの2進法からパッケージ・ソフトウェアの成立までを描く「8 コンピュータを支配するソフトウェア」は、プログラマにとって「あるある」の連続で実に楽しい。

 例えば悪名高いフローチャート。

フローチャートは産業界で働くエンジニアのあいだで1920年代に始められた。これを1950年代にコンピュータのプログラムに採り入れたのは、(化学エンジニアの経験があった)フォン・ノイマンである。
  ――8 コンピュータを支配するソフトウェア

 コンピュータ以前にフローチャートはあったのか。にしてもフォン・ノイマン、罪なことをしてくれたもんだ。何せ…

実は多くのプログラマは、理解力のない経営陣の気まぐれを満足させるためにしかフローチャートは役に立たないと感じていたのだ。
  ――8 コンピュータを支配するソフトウェア

 まあ、プログラマにとってフローチャートなんてそんなモンです。フローチャート用定規とかもあったなあ。

 ここでは2進数からニーモニックによるアセンブラ、サブルーチン、リンカ、COBOL・FORTRANなどコンパイラ、構造化設計技法、ソフトウェア・ハウスやパッケージ・ソフトウェアなど、現代のIT産業が立ち上がる姿が早送りで映し出され、とっても楽しい。

 ちなみにパッケージ・ソフトウェア、ここもアメリカらしいと思うのが、業務に合わせてパッケージを開発するより、パッケージに合わせて仕事の流れを変える企業が多かったって点。日本と逆だよね。何が違うんだろ?

 これらは大型汎用機のバッチ処理の話だが、現代のパソコン時代へ一歩近づくのがタイムシェアリング・システム。大型機を多人数で同時に使う、そういう考え方。この発想、消えたように思えるけど、実はクラウド・コンピューティングなどで生き延びてたりする。まあいい。ここではMulticsの失敗からUnixの誕生、そして半導体を使ったミニコンピュータへと続く。ケンとデニスの理想は、インターネットによってさらに飛躍したが…

ケン・トンプソン&デニス・リッチー「私たちが残そうとしたのは、プログラミング環境だけではなく、そのまわりに仲間が集えるような環境全体だった」
  ――9 新しいコンピューティングの登場

【第4部 コンピュータの民主化】

 今までのコンピュータは政府機関や大学、そして企業のオフィスにある物だった。これが家庭に入り込む様子を描くのが第4部。

 「10 パソコン時代の登場」は、意外なことにラジオ放送の歴史から始まる。ラジオ放送局が開設する前から、趣味で無線をイジる人はいた。70年代ごろまでの秋葉原にタムロしてたタイプの人たちだ。彼らが最初にラジオのリスナーになったのだ。そんな無線愛好家と層がカブってる、電子工作の愛好家もいた。とまれ…

ホビイスト以外の人にとっては、自分のコンピュータを欲しがる人がいること自体、不可解極まりないことだった。
  ――10 パソコン時代の登場

 はい、世間には理解されませんでしたw 

 そんな中からビル・ゲイツ&ポール・アレンのマイクロソフト、スティーヴン・ウォズニアック&スティーブ・ジョブズのアップルなどが芽をだし、巨像IBMまで参入してきて互換機市場を作り出す。IBMのロゴがついてりゃ法人ユーザで買いやすいなんてのは、ちょっと笑ってしまった。そりゃヒッピー崩れが売ってたんじゃ稟議を通りにくいよねw

 そういや「安いPCが欲しけりゃ自作」って時代もあったなあ。今の自作派はハイエンド志向みたいだけど。にしても、技術の進歩って、こういう「趣味の人」の充実も大事なんだね。これもまた自由主義の強さの一つ。

 「10 パソコン時代の登場」が8bit機の時代だとすれば、続く「11 魅力拡がるコンピュータ」は16bit機の時代だろうか。同時に、それまでのコマンドライン方式からマウスとGUIへの移行に伴い、ヲタクから非ヲタクへと市場が広がってゆく時代でもある。となると、大事なのは広告や流通。

マーケティングコストは、実にソフトウェア本体の開発費の2倍に及んだ。
  ――11 魅力拡がるコンピュータ

 広告費ゼロのガンパレは、やっぱり掟破りだったんだなあ←しつこい ここではOS/2(→Wikipedia),CAPTAIN(→Wikipedia),CompuServe(→Wikipedia)なんて懐かしい名前も。

 CompuServeの当初の目的はTSSが空く夜の時間を埋めるためってのは賢さに舌を巻いた。けどIT業界がCD-ROMの市場として最初に目をつけたのが百科事典ってのは、賢い人の盲点だよね。ええ、もちろん、キラーコンテンツはゲームとエロでした。わはは。

 そして最後の「12 インターネットの世界」では、インターネットからWWWそしてSNSへと話が進む。

 インターネットの前身ARPAネットから現在のTCP/IPベースであるインターネットへの技術的な進歩は詳しい人には興味深いだろう。それ以上に、そこで人気の出た使い方が、技術屋とそれ以外の感覚の違いが見えて楽しい。まず流行ったのが…

ユーザを引き付けたのは、電子メールを通じてコミュニケーションできるということだった。
  ――12 インターネットの世界

 電子メールだ。開発者曰く、「初めは誰もそれがこんなに大当たりすることになるとは思っていなかった」。賢い人ってのは、人が持つコミュニケーションへの欲求を見過ごすんだよね。

 ここでもUsenet,apache,Mosaic,Netscapeなどの懐かしい名前の後、Yahoo!,Google,Amazom,iPhone,Wikipedia,Facebook,Twitterなど現役でお馴染みの名前も。とまれ、NokiaやBlackBerryやPalmOSとかの名前には、この世界の時の流れの速さに唖然としてしまう。

【終わりに】

 共立出版で横組みだから、小難しい印象を抱くだろう。実際、文章もやや堅いし。だが内容は、むしろ「史記列伝」や「三国志演義」のような、乱世を駆ける英雄たちの栄枯盛衰・群雄割拠の物語に近い。

 スマートフォンとインターネットは、世界を制覇した。それが生まれるには、様々な組織や文化が必要だった。

 階差機関やENIACやARPAネットには政府や軍の支援が。
堅牢な大型コンピュータにはIBMやアメリカン航空のような大企業が。
バーコードには小売りから製造までの企業連合が。
ARPAネットから企業を問わぬインターネットへの進化には、それぞれが自治権と独自文化を持つ大学と、逆説的だが互換性のない多くのコンピュータ企業が。
コンピュータの小型化には電子工作に没頭するヲタクが。
そしてパソコンの普及には山師じみた野心を抱える有象無象の小さな起業家たちが。

 確かにIT技術者なら、この本を楽しく読める。だがそれ以上に、日本の科学・技術の凋落がいわれる昨今、技術立国日本の再生に何が必要なのかを考える人にこそ、熱く訴えるものを本書は秘めている。

【関連記事】

【今日の一曲】

Typewriter - La máquina de escribir. L. Anderson. Dir: Miguel Roa. Typewriter: Alfredo Anaya

 コンピューティング前史に出てくるタイプライターだって、楽器になります。ということで、有名なルロイ・アンダーソンの TypeWriter を。タイプライター奏者のアクションに注目。お堅くて高尚な印象の強いオーケストラだけど、音楽って本来はこういう楽しいものだよね。

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2021年8月 2日 (月)

坪内祐三「靖国」新潮文庫

靖国神社の起源は、幕末の尊王攘夷運動の中で斃れた志士たちの霊を弔慰する目的で作られた招魂墳墓、招魂場にある。
  ――第2章 大村益次郎はなぜその場所を選んだのか

招魂社には当初、神官がいなかったのである。
  ――第4章 招魂社から靖国神社へ、そして大鳥居

【どんな本?】

 靖国神社は、8月15日の政治家の公式参拝をめぐり、政治的な話題となりがちだ。だが、その靖国神社とは、どんな目的で建立され、どのような歴史を辿ってきたのか。なぜ九段坂のあの場所にあるのか。そして、建立以来、日本人は靖国神社をどう見て、どう受け止めてきたのか。

 東京の九段坂という土地に注目し、靖国神社発行の「靖国神社百年史」「事歴年表」はもちろん、大量の書籍・雑誌はては個人所有のスクラップ・ブックまでを漁り、明治維新以降の日本それも東京の文化史・精神史を探る評論。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は1999年1月に新潮社より刊行。2001年8月1日に新潮文庫で文庫化。私が読んだのは2006年7月25日の七刷。じっくりと売れてます。文庫で縦一段組み本文約334頁に加え野坂昭如の解説7頁。9ポイント39字×17行×334頁=約221,442字、400字詰め原稿用紙で約554枚だが、イラストや写真も多く収録しているので、実際の文字数は8~9割ぐらい。文庫では普通の厚さ。

 文章はやや硬い。いや著者の地の文は比較的に読みやすいのだ。だが明治時代の文章の引用が多く、現代文に慣れている私にはソコが少々シンドかった。とはいえ内容は素人にもわかりやすく書いてあるので、特に前提知識はいらない。せいぜい維新→明治→大正→昭和、ぐらいを知っていれば充分。また靖国神社周辺の地理に詳しいと、更に楽しめる。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むが、各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • プロローグ 招魂斎庭が駐車場に変わる時
  • 第1章 「英霊」たちを祀る空間
  • 第2章 大村益次郎はなぜその場所を選んだのか
  • 第3章 嘉仁親王は靖国神社がお好き
  • 第4章 招魂社から靖国神社へ、そして大鳥居
  • 第5章 河竹黙阿弥「島衛月白波」の「招魂社鳥居前の場」
  • 第6章 遊就館と観工場
  • 第7章 日露戦争という巨大な見世物
  • 第8章 九段坂を上る二人の男
  • 第9章 軍人会館と野々宮アパート
  • 第10章 力道山の奉納プロレス
  • 第11章 柳田國男の文化講座と靖国神社アミューズメントパーク化計画
  • エピローグ 「SUKIYAKI」と「YASUKUNI」
  • 文庫版『靖国』の「あとがき」に代えて
  • 解説 野坂昭如

【感想は?】

 タイトルは「靖国」だし、確かに靖国神社が視点の中心にある。

 が、内容はあまり政治的じゃない。例えば各道府県にある護国神社は出てこない。著者の関心はむしろ文化的な面だ。それも東京を本拠地とする明治以降の文化人にこそ、著者の関心は向いている。

 それを示すのが、本書に出てくる人々だ。明治天皇などの政治家や大村益次郎などの軍人も出てくるが、圧倒的に多くの紙面を占めるのは、次のような文化人である。

 開国以来、日本には欧米の文明・文化が雪崩れ込んできた。庶民の生活や政治も変わってゆくが、美術・文筆・建築・舞台などの文化面での衝撃はそれ以上に大きかった。その結果、大きく分けて二つの流れが生まれてくる。

 ひとつは、積極的に欧米の文化を取り入れようとするもの。もう一つは、対象物・比較物としての欧米文化を得て、日本的な文化の神髄を見つめなおそうとするもの。両者は単純に対立するわけではない。多かれ少なかれ、何らかの形で欧米的な手法を取り入れていく。

 中には、新しく伝統を「創造」するものまで居る。その代表が相撲だ。それまで藩のお抱えだった力士たちは、政治体制の変化でパトロンを失う。そこで国技館をシンボルとして「国技」の伝統を創りだし、近代的な相撲界を生み出す(→「相撲の歴史」)。

 こういった東京を発信地とした維新以降の文化の歴史を、著者は九段から辿ってゆく。なんといっても、九段は維新政府の中枢である薩長の者が住む山の手から、旧幕府の支配下にあった下町を監視するのに格好の地だ。

九段坂は、東京の下町と山の手を分断する、まさにその境となる場所だった。
  ――第8章 九段坂を上る二人の男

 このように、靖国神社の元となる招魂社は、あからさまに政治的・軍事的な性質で建立される。祀られているのは、維新で戦死した薩長の軍人たちだ。幕府側は邪霊として祀られない。以後、西南戦争などの内戦でも、官軍の戦死者だけが祀られる。ここにはハッキリと維新政府の意向が出ている。

 これが変化するのは日清・日露戦争だ。以降は維新政府というより大日本帝国政府軍の戦死者が祀られる。内戦の季節を過ぎて統一国家の体裁が整った、そういうことだろう。

 だが、そんな政府や軍の思惑を置き去りにして、場としての靖国は意外な方向へと変わってゆく。なんと庶民の観光名所やアミューズメント・パークと化すのだ。

 なんたって広い。そこで相撲・競馬・勧工場(百貨店、→コトバンク)・ジオラマ・絵画・花火・プロレスなど、多くの庶民を集める見世物・興業が続々と開催される。伝統文化どころか、旺盛に欧米の文化・技術を取り入れた、最新の娯楽施設なのである。

明治初年代の靖国神社は、(略)モダンでハイカラな場所だった。
  ――第10章 力道山の奉納プロレス

 こう変わった原因を、著者は画家・高橋由一に求める。

高橋由一「霊場には必付属の遊興場あるへし」
  ――第6章 遊就館と観工場

 この辺、日本の特異な宗教観が現れているよね。維新政府も高橋由一も意識してなかっただろうけど。いやシナゴーグや教会やモスクに遊興場は要らないだろ普通。もっとも教会のパイプオルガンは極上の娯楽施設だと私は思うんだが、教会は決して認めないはずだ。

 そんな風に、意図せずに靖国神社は日本の伝統的な精神を体現する場になってしまった。お陰で、上記のリストのような文化人たちの足跡が残る。著者はソレを丹念に辿り、明治期の東京を中心とした日本文化の変転を描き上げ、本書として結実したのである。

 明治の、それも東京のハイソな文化にこだわる著者だからこそ描き得た靖国神社の歴史と実態は、終戦記念日に話題となる姿とは全く違ったものだった。これを踏まえて政治家たちの動きを評する“文庫版『靖国』の「あとがき」に代えて”は、なかなか痛快である。明治以降の日本の歴史を捉えなおし、「日本の伝統」の正体を見極める一助となる一冊だ。

【関連記事】

【終わりに】

 ところで、「エピローグ」にはボブ・ディランが登場する。ここで、私は考え込んでしまった。

 本書には多くの文化人が出てくる。その文化人たちの活躍の場は、いずれも東京なのだ。いや「靖国」だから当たり前なんだけど。

 対してアメリカはどうだろう? 私が好きなロックだと、例えば ZZ Top はテキサス、Blue Oyster Cult はニューヨーク、Van Halen はロサンゼルス、Grateful Dead はサンフランシスコと、実に地方色豊かだ。他にもシカゴ・ブルースやカントリー&ウェスタンのナッシュビル、ソウル・ミュージックのデトロイト(モータウン)など、ご当地音楽に事欠かない。

 土地の広さや州政府の自治権の強さ、小出力のFMラジオ局の乱立、そして州が集まって連邦国家ができた歴史など原因は様々だが、文化の発祥地の多さという根本的な豊かさは、とてもじゃないが日本が太刀打ちできるものではない。

 本書では明治天皇の行幸など、維新政府が日本を一つの国にまとめ上げようとした歴史も描いている。その過程で、文化的にも東京への一極集中が進み、地域の色は失われてしまった。

 まあジャズやロックも所詮は輸入物だし、そこに地域の色が入り込む余地は最初からなかったのかもしれない。でも、ビートルズ来日から半世紀も経って、いまだに地域のロックがないのは、どういうことなんだろう? 地域色を放っているのは、せいぜい沖縄ぐらいじゃなかろうか。

 などとウダウダ言ってるけど、要は「もっと色々な音楽が聴きたいぞ」と、そういうことです。まとまりがなくてすんません。

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2021年6月18日 (金)

リジー・コリンガム「大英帝国は大食らい」河出書房新社 松本裕訳

本書は、イギリスの食糧探求がいかに大英帝国の誕生につながったかを語る。(略)
各章で語られるのは別々の物語だが、そのすべてが、帝国の推進力の源泉が食にあったことを明らかにするテーマへとつながってゆく。
  ――はじめに

【どんな本?】

 レシピを集めたサイト cookpad には、在日英国大使館も寄稿している。その一つクリスマス・プティングは、英国大使館料理長が「英国の伝統的なクリスマスのデザート」と認めている。その材料の多くは輸入品だ。レーズンはオーストラリア、ナツメグはマレーシア、牛脂(スエット)はニュージーランド、オレンジピールは南アフリカ、砂糖とラム酒は西インド諸島、ブランデーはキプロス、卵はアイルランド。

 イギリスは帝国へと成長する過程で、植民地から様々な食材を調達し、自国の料理に取り入れ、また植民地にも自国の料理を広めてゆく。中にはカレーや紅茶のように、世界中に広がっていったものもある。と同時に、植民地を帝国の部品の一つとするために産業構造・社会構造を大きく変え、また各地の伝統料理も改造し、または滅ぼしていった。

 親しみやすい料理をテーマとして、その材料がどこでどう作られ流通し、その過程で英国や生産地にどんな影響を及ぼしたのかを描き、大英帝国をモデルとして現在の食のグローバル経済の歴史をたどる、美味しくて少し苦い一般向けの歴史書。

 なお「イギリスとその帝国による植民地経営は、いかにして世界各地の食事をつくりあげたか」の副題がついている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Hungry Empire : How Britain’s Quest for Food Shaped the Modern World, by Lizzie Collingham, 2017。日本語版は2019年3月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約336頁に加え、訳者あとがき3頁+藤原辰史の「皿の上の帝国主義 解説にかえて」4頁。9ポイント44字×21行×336頁=約310,464字、400字詰め原稿用紙で約777枚。文庫なら厚めの一冊分。

 文章は硬くはないんだが、少々ぎこちない。これは訳者のクセだろう。内容はわかりやすい。ただ、スエット(牛脂)やスグリ(→Google画像検索)など、料理に疎い者にはわからない素材がよく出てくる。というか、私は知らなかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に話が進む。が、各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

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  • はじめに
  • 第1部
  • 第1章 ポーツマスの港に居停泊したメアリー・ローズ号では魚の日だった話
    1545年7月18日土曜日/ニューファンドランドの塩ダラはいかにして帝国の基礎を築いたか
  • 第2章 ジョン・ダントンがオートケーキとバターで似たノウサギをコンノートの山小屋で食べた話
    1698年/アイルランドはいかにしてイングランド人に入植され、食料供給基地となって擡頭する帝国の台所となったか
  • 第3章 ホロウェイ一家がトウモロコシ粉のパンと塩漬けの牛肉入りサコタッシュをニューイングランドのサンドイッチで食べた話
    1647年6月/自由農民の夢を追い求めたイギリス人は、いかにして妥協を強いられたか
  • 第4章 ジェームズ・ドラックス大佐がバルバドス島のサトウキビ農園で宴を催した話
    1640年代/西インドのサトウキビの島々はいかにしてイギリス第一帝国の成長を促進したか
  • 第5章 ラ・ベリンゲールがアフリカ西岸でシェール・ミシェル・ジャジョレ・ド・ラ・クールブをアメリカ産のアフリカ料理でもてなした話
    1686年6月/西アフリカはいかにして人間をトウモロコシとキャッサバに換えたか
  • 第6章 サミュエルとエリザベス・ピープスがコヴェント・ガーデンのフレンチレストランでピジョン・ア・レステューヴェとブッフ・ア・ラ・モードを食した話
    1667年5月12日/イギリス人はいかにしてコショウによってインドに導かれ、インド更紗と紅茶に出会ったか
  • 第2部
  • 第7章 レイサム一家がランカシャー州スキャリスブリックで牛肉とジャガイモのシチュー、糖蜜がけプディングを食べた話
    1748年1月22日/イングランドの地方労働者の貧しさはいかにして大規模食糧生産につながったか
  • 第8章 奴隷の一かがサウスカロライナのミドルバーグ農園でトウモロコシ粥とフクロネズミを食べた話
    1730年代/サウスカロライナのアメリカ人入植者はいかにしてアフリカの米によって築かれたか
  • 第9章 レディ・アン・バーナードが喜望峰への船旅で絶品の夕食を楽しんだ話
    1797年2~5月/帝国はいかにして供給産業を奨励したか
  • 第10章 自由の息子たちがボストンのマーチャンツ・ロウにあるゴールデン・ボール亭でラム・パンチを飲んだ話
    1769年1月のある寒い晩/ラム酒はいかにしてアメリカ人入植者を団結させ、イギリス第一帝国を崩壊させたか
  • 第3部
  • 第11章 カマラがビハール州パトナ近郊で家族のために料理をした話
    1811年2月/東インド会社はいかにしてアヘンを茶に変えたか
  • 第12章 サラ・ハーディングと家族がニュージーランドのホークス・ベイ、ワイパワでおいしい食事をたらふく食べて太った話
    1874年7月29日/飢えはいかにして19世紀のヨーロッパ人大移住を加速させたか
  • 第13章 フランク・スワンネルがブリティッシュ・コロンビアで豆のシチュー、種なしパンとプルーンパイを食べた話
    1901年11月15日/加工食品はいかにして家庭を意味する魔法のシンボルとなったか
  • 第14章 ダニエル・タイアーマン牧師とジョージ・ベネット氏がソシエテ諸島のライアテア島でティーパーティーに出席した話
    1822年12月4日/ヨーロッパからの食料品のお普及はいかに味覚を植民地化していったか
  • 第4部
  • 第15章 ダイアモンド鉱山労働者たちが雨季にガイアナの酒場でイグアナカレーをこしらえた話
    1993年/非ヨーロッパ人たちはいかにしてイギリス人のために南国食材を生産する大規模農園で働くべく移住してきたか
  • 第16章 バートン家がマンチェスターのロンドン・ロードにあるスラム地区でウィルソン家をお茶でもてなした話
    1839年5月/労働者階級のパンを焼くための小麦はいかにしてアメリカ人と入植地で作られるようになったか
  • 第17章 プラカーシュ・タンドンがマンチェスターの公営住宅で大家の一家と日曜日のローストを楽しんだ話
    1931年/外国からの食糧輸入はいかにして労働者階級の食生活を改善し、イギリスを帝国に依存させたか
  • 第18章 イリオのレシピが変わった話
    ケニア、1900~2016年/帝国はいかにして東アフリカの自給農家に影響を与え、植民地の栄養不足を招いたか
  • 第19章 歩兵のR・L・クリンプが北アフリカの砂漠にある前線野営地で缶詰牛肉とサツマイモを食べた話
    1941年9月/帝国はいかにして第二次世界大戦中に英国を支えたか
  • 第20章 オールドノウ氏が帝国のプラムプディングを作る夢を見た話、およびブリジット・ジョーンズが新年にウナ・オルコンベリー主催の七面鳥カレービュッフェの昼食会に出席した話
    1850年12月24日/1996年1月1日/クリスマス料理はいかにして帝国をイギリスの家庭へと持ち込んだか
  • 謝辞/訳者あとがき
  • 皿の上の帝国主義 解説にかえて 藤原辰史
  • 註/参考文献/図版クレジット

【感想は?】

 イギリスの食卓が、どうやってできたかの話だ。だが、現在となっては、日本の食卓の話でもある。なにせ食料自給率は40%を切っている(→農林水産省)。飼料自給率に至っては25%だ。日本の食卓も、外国に頼り切っているのだ。

もっとも、日本の食糧自給率が低いのは今さらの話ではなく、戦前から低かったんだけど(→「ラーメンの歴史学」)。

 物語は16世紀から始まる。

大英帝国は、ニューファントランドの岩がゴロゴロする浜辺で生まれた。
  ――第1章

 ニューファンドランド、カナダ東岸の島。この沖グランド・バンクスは今でも豊かな漁場として名高い。ここのタラに目をつけたイギリスの漁師たちが遠征してタラを捕りまくり、英国海軍の胃袋を支えたのだ。漁師たちのバイタリティは凄い。最初に到着した船の船員は森から木を伐りだし、桟橋や小屋そしてボートまで現地で作りあげる。なんという逞しさ。

 だが農民たちは囲い込み(→世界史の窓)で食い詰める。自分の土地を得て腹一杯食うためにニューイングランドに入植した者たちは、原住民の農法やレシピを真似ながらも彼らから土地を奪い、次第に夢を実現してゆく。

アメリカの栄養がすぐれていたことは、独立戦争時のアメリカ兵の身長を見ればわかる。イギリス人兵士と比べると、彼らは平均して約9cmも高かった。
  ――第3章

 昔からアメリカ人はデカかったんだなあ。こういう身長の話はなかなか身に染みて、19世紀になっても…

(イギリスの)工業都市に住む労働階級の思春期の男子は、恵まれた環境の同年代の男子よりも平均してなんと10インチ(約25.5cm)も背が低かった。
  ――第16章

 なんて切ない話も出てくる。本国でさえこうなんだから、植民地の現地人については言うまでもない。

 対して新大陸南部というか西インド諸島に移民した者は、サトウキビで稼ぐ。そこで働くのは、西アフリカから連れてきた奴隷たちだ。その奴隷にしても、ヨーロッパ人が自分で調達するわけじゃない。西アフリカには、既に奴隷市場があったのだ。

(アフリカに)奴隷を探してやってきた彼ら(ヨーロッパ人)は、すでに確立されていた貿易制度に参入することになったのだ。実際、奴隷はアフリカ社会という織物に欠かせない要素であって、単なる動産ではなかった。
  ――第5章

 市場なだけに、ちゃんと需給は調整されている。

意外なことに、人口統計を見ると西アフリカの人口は、奴隷貿易のおこなわれていた300年間で増えなかったものの、安定していたことがわかる。
  ――第5章

 なぜか。新大陸に売られた奴隷のうち「女性は1/4程度しかいなかった」から。嫌な例えだが、一般に牛や羊などの家畜は雄より雌の方が値が張る。子を産むからだ。実際、奴隷たちは消耗品扱いで、「平均余命はたったの七年」。

 その見返りってワケでもないが、アフリカには新大陸からトウモロコシとキャッサバが入ってくる。今、調べたら、キャッサバ生産の世界一はナイジェリア(→Wikipedia)。それは同時に、この地域の伝統的な粟料理を駆逐した事でもある。そういやウガンダじゃバナナが大モテだった(→「バナナの世界史」)。

 そのトウモロコシ、カロリーが高いのはいいが、アルカリで処理しないとナイアシンが不足しペラグラ(→Wikipedia)を引き起こす。新大陸の者は消石灰で煮る調理法で防いでいたが、調理法までは伝わらなかった。「紙と人との歴史」にあるように、モノは伝わっても、技術や製法は伝わりにくいのだ。

 もっとも、アフリカも作物を輸入するだけではなく、輸出もしている。その代表が、意外なもの。

革命(1775年のアメリカ独立戦争)時、米がすべての北米入植地でタバコと小麦粉に次いで三番目に貴重な輸出品だったのも頷ける。
  ――第8章

 そう、米だ。しかも陸稲ではなく水稲。水稲栽培には高い技術とインフラが必要なんだが、奴隷たちが故郷から持ち込んだらしい。現場の者に任せた方が上手くいく場合もあるのだ。

 そうやって力をつけた北米植民地は、ラム酒の勢いもあって独立へと突き進む。

(アメリカの)地元の法廷審問は居酒屋の別室でおこなわれることが多く…
  ――第10章

 自分の土地を持ち豊かになるチャンスがある北米やニュージーランドに、イギリスの農民は移り住み、ヨーロッパ式の農法を広めてゆく。

19世紀を通じて、ヨーロッパからの移民は世界の耕作地や生産性の高い牧草地を拡大し、15~20億エーカー(600万~810万㎢)ほど増やした。これが農業生産に多大な影響を与え、19世紀の最後の四半期に誕生した新たな世界食糧体制の基礎を築いたのだった。
  ――第12章

 それでも故郷の味は懐かしい。とはいえ、気候も植生も違う植民地じゃ、故郷のレシピを再現するのは難しい。大英帝国は国際貿易の中心地で様々なモノが集まるが、辺境の植民地には回ってこない。この問題を解決したのが、食品の保存技術、すなわち缶詰だ。

缶詰食品に対する(イギリス)国内の反応はいまひとつだったかもしれないが、植民地では熱狂的に歓迎された。
  ――第13章

 日本じゃ客をもてなす料理に缶詰を使うのはあまり喜ばれないが、アメリカじゃそうでもないらしいのは、こういう歴史的経緯があるためだろうか。そういや「ナイル自転車大旅行記」では、エジプトの奥様が著者を鰯の缶詰でもてなしていた。

 この傾向を更に助長したのが、冷蔵技術。南米アルゼンチンで育てた牛の肉を、大西洋を越えイギリスまで腐らせずに船で運ぶ技術は、アルゼンチンを「世界で九番目に豊かな国」へと育て上げ、イギリスでも庶民が肉を食べられるようになる。

1890年代までに、イギリスは世界中で取引される食肉の60%を吸収していた。
  ――第17章

 ここでは地元の肉屋が示す冷凍肉への反発と、そのスキにチェーン店を展開するアメリカ等の精肉会社、逆に植民地に農園と工場を作る食料雑貨店の話が面白い。現代の産地から店舗までつながる国際サプライ・チェーンは、19世紀に生まれているのだ。

 もっとも、そういう故郷の味を世界中に持ち込めるのはいいが、現地の味を滅ぼしていくことにもなる。

白人入植者の大流入は、やがて伝統的な暮らしを忘れさせていった。(略)
北米の豆やカボチャ、トウモロコシ、プレーンズ・インディアンの塩漬けバッファロー肉、
マオリ族のシダの根やタロイモ、サツマイモ、
アポリジニのアシの根茎で作ったダンパーやカエルの丸焼き、
こうしたものがすべて、味気なく洗練されてもいない開拓者の食事に淘汰されてしまった。
  ――第14章

 加えて、植民地同士の味の交流も増えるのが面白いところ。産業革命で大英帝国は更に発展するが、そのあおりを食らう者たちもいる。

イギリス国内に独自の大量生産可能な紡績工場ができ、(略)安価なマンチェスターの綿がインドに流れ込み、(インドでは)何百万人もの手工芸職人が職を失った。
  ――第15章

 職を失ったインド人たちは、仕事を求めて他の植民地に稼ぎに行く。大英帝国が奴隷貿易を禁じたため、植民地では働き手を求めていたのだ。故郷の味が恋しいのは白人ばかりじゃない。彼らは移り住むと共に自国の料理も植民地へと広げてゆく。

 そうやって食のグローバル化が進み、農産物は商品化して価格の変動が大きくなる。植民地では換金作物の栽培や一つの産業への集中が進む。巧くいってる時はいいが、ひとたびコケると…

1875年から1914年の間には、1600万人ものインド人が飢餓で命を落としている。(略)
自由市場がなんの制御もなく機能し、商人たちが最も高値をつける外国の入札者に小麦粉を売り続け、インフレによって貧困層が食べ物を買うことができなくなったためなのだ。
  ――第16章

 現在でも、独立した植民地が発展に苦労している原因の一つがこれだ。英帝国は大きな機械みたいなモンで、各植民地はその部品だった。部品に過ぎない植民地は、大戦後に政治的に独立しても、経済的には宗主国に依存したまま。

(第二次世界大戦中の)イギリスはヨーロッパの端にぽつんと浮かぶ小さな島だったのではない。兵士や武器、弾薬、原材料、そしてなんといっても食料を調達する強力なネットワークの中核だったのだ。
  ――第19章

 ドイツ海軍のUボートが脅威だった理由も、ネットワークを切り刻んだためだ。これに対応するためチャーチルはインド洋の船舶を大西洋に回す。当然ながらインド洋の輸送はひっ迫し…

北アフリカ戦線でい命を落とした連合軍の歩兵は3万1千人を少し超えるぐらいだったが、飢餓と栄養失調で死んだベンガル人の数はおよそ300万にのぼった。
  ――第19章

 ベンガルの飢餓は知らなかったなあ。そりゃガンジーも縁を切りたがるよね。

 なお、戦中・戦後に船舶が足りず人々が飢えたのは太平洋も同じ。敗戦後に日本が飢えたのは皆さんご存知だが、インドシナも飢えている。原因の一つは船舶の不足だが、大日本帝国が米どころのビルマやベトナムに換金作物の麻栽培を押しつけたのも大きい。帝国の崩壊は物流ネットワークをズタズタにして、特定の産業に特化した地域も苦境に陥れるのだ。

 食のグローバル化は私たちの食卓を豊かにする面もあるが、同時に地域の独立性を奪い伝統的なレシピをすりつぶしてゆく。大英帝国をモデルとして個々の食卓を描きつつ、その材料の由来やレシピが生まれた背景を掘り下げることで、トラファルガー海戦などの表向きの歴史が大洋の向こうに与える影響も見えてくる。

 各章には主題となる料理のレシピも出ていて、これもなかなか楽しい。中にはウミガメとか無茶な素材もあるけどw どんな味なんだろう?

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2021年5月14日 (金)

アレクサンダー・モンロー「紙と人との歴史 世界を動かしたメディアの物語」原書房 御舩由美子・加藤晶訳 2

イスラム以前にもメッカへの巡礼はすでに行われ、イスラムの言い伝えによればカーバ神殿はイスラム教の主要な聖地となる前は、キリスト教の像を安置していたという。
  ――第11章 新しい音楽

活字は、使われるまでは活字ケースに保管されていた。ケースは上段に大文字をしまい、下段に普通の文字をしまうようになっていた。そこから“アッパーケース(大文字)”“ロアーケース(小文字)”という言葉が生まれたわけである。
  ――第13章 大陸の分断

 アレクサンダー・モンロー「紙と人との歴史 世界を動かしたメディアの物語」原書房 御舩由美子・加藤晶訳 1 から続く。

【はじめに】

 中国で生まれた紙は、その安さや手軽さから従来の竹簡に成り代わり、次第に記録媒体としての地位を獲得してゆく。当初は蔑まれた紙だが、だからこそ従来の枠組みに囚われない小説などの新しい様式を生み出す。

 そんな紙は、タラス河畔の戦いを契機として中央アジアへと進出し、さらに世界を大きく変えてゆく。

 人類文明の進歩を促した革命的な技術の歩みを、東から西へと辿ってゆく、一般向けの歴史解説書。

【シルクロード】

 保守的で竹簡に拘った中国のお役所も、やがて紙の便利さに目を留め、次第に紙へと移行してゆく。税金や命令など、お役所は大量の記録が必要だし。これを活用したのが、モンゴル帝国。

パクス・モンゴリカの大きな強みは、何より情報の伝達に優れていたことだった。
  ――第6章 東アジアを席巻する紙 文と仏教と紙

 なんたって当時の最速の通信媒体であある馬に関しちゃ、モンゴル人はエキスパートだし。40~50kmごとに駅舎をつくり、馬を乗り換えて通信文を運んだのだ。その速度、急行便なら一日で約300km。この辺は「情報と通信の文化史」にもあったなあ。

 もっとも、そんな風に猛スピードで突っ走ったのは公の情報だけで、民間の情報通信や輸送は、というと…

シルクロードを単独で行き来していた商人は、自分たちが売りさばく物品のように、遠く旅することはほとんどなく、物品は商人の手から手へと売られていた。そのなかで思想や製法を伝搬することは、商品を運搬するよりも遥かに難しかったはずだ(略)。
  ――第8章 中国からアラビアへ

 一人または一隊の商人がモノを運んだんじゃなく、転売に転売を重ねて流通していったのですね。そりゃ胡椒の価格も跳ね上がるわけだ。この構図が変わったのが、751年のタラス河畔の戦い(→Wikipedia)。これで製紙の技術が中国から中央アジアへと流出する。ちなみに軍事的にも政治的にも、タラス河畔の戦いそのものは「些末な出来事」だとか。

【イスラムとの出会い】

 とまれ、この戦いを機に、本書の舞台も中央アジア~アラビアへと移ってゆく。となれば、主役を張るのはクルアーンだ。ただ、かの地のクルアラーンは、単なる聖典とはいささか受け取られ方が違う。

今日でさえ、ほとんどのイスラム教徒は、本のページに書き記された言葉としてではなく、何よりもまず朗誦されるものとしてクルアーンに出会う。
  ――第11章 新しい音楽

今日にいたるまで朗誦と文字の緊張関係は続き、クルアーンは黙読するものではなく朗誦すべきだと考えられている。
  ――第11章 新しい音楽

 思うに、クルアーンは文章より楽譜に近いんじゃないだろうか。テンポ・強弱・高低そして声の質、全てが大事なのだ。

 格好のパートナーであるクルアーンに出会った紙は、やがて中東に豊かな書籍文化を育ててゆく。

11世紀のバグダードの町を歩けば、100軒以上の書店を見つけることができただろう。
  ――第12章 バグダードからもたらされた紙と学問

 これだけ豊かな書籍文化が栄えれば、トンガったマニアも出てくる。

愛書家のフサイン・ビン・イスハークは、一冊の本を探し求めてパレスチナ、エジプト、シリアを巡り、結局ダマスカスでやっとその半分を見つけた。
  ――第12章 バグダードからもたらされた紙と学問

 自動車もない時代に、欲しい本を見つけるため、アラブ中を駆け巡るとは、敬うべきヲタク根性だよね。

 もちろん、栄えるだけあって、紙もまた文化に大きな返礼を返す。

紙は勤続細工、磁器製造、織物、陶器製造、編み物、建築なども変えてしまった。はじめにデザインを描きだし、何千マイルも離れた地に住む職人仲間に贈ることができたからだ(ペルシアの細密画、オリエンタルな絨毯、タージマハルは、紙が可能にした文化交流なしには存在しえなかっただろうと言われている)。
  ――第12章 バグダードからもたらされた紙と学問

 それまでは直接に職人の処へ出向き仕様を伝えなきゃならなかったのが、仕様書を送ってブツを送り返してもらえばいい、そういう工程が可能になったのだ。グローバル経済バンザイ。

【そして欧州】

 やがて欧州に達した紙は、もう一つのパートナー、活版印刷と出会う。これを巧みに活用したのが、かのマルティン・ルター。今でいうマルチメディア戦略を駆使した食わせ者みたく思い込んでいたが、本書に登場するルターは炎上に苦しむブロガーのようで、ちょっと親しみが持てる。彼がドイツ語に訳した聖書は大当たりで…

紙の歴史の中で、一冊の本(九月聖書、ルター訳のドイツ語聖書、→Wikipedia)がこれほどまでに即座に読者を引きつけた例はほかにない。
  ――第13章 大陸の分断

 なのはいいが、すぐに質の悪い海賊版に悩まされるあたりも、まるきしパクリに悩むブロガーを思わせて他人事とは思えない。新しい情報伝達媒体の出現による諸問題は、ルターが一通り経験してるんじゃなかろか。

 もう一つ、安価な紙と印刷技術で書物が普及したために、意外な影響が出る。

マシューの聖書で使われていた単語、言葉遣い、構成、様式は英語を統一する力となり…
  ――第14章 ヨーロッパを翻訳する

 「英語」が、固まったのだ。何かの本で読んだんだが、シェイクスピア以前と以後では、以後の方が英語の変化が少ないとか。書物として言葉が固定し人々に普及すると、みなさんソレが「正しい言葉である」と考えるようになるのだ。

 紙と印刷で本が安くなれば、市場も広がる。それまでの貴族から、女子供も本を読むようになり、「小説」が成立する。こういう社会的に立場が弱い者が好むモノは往々にして蔑まれるんだが、だからこそシガラミがなく自由な芸風が花開く…って、どっかで聞いたような。

 そして、意外な分野にも紙と印刷は恩恵を与える。

音楽への印刷物の最大の貢献は、広範囲に広まることで、まったく異なる伝統と互いに触れあえるようになり、ヨーロッパの作曲家と演奏家が密接に結び付いたコミュニティを生んだことだった。
  ――第15章 新たな対話

 五線譜に近い記譜法はあったが、何せ手書きだ。量産はできない。けど、印刷なら何部でもお任せ。もっとも、個々の文字が分かれている文章とは違い、五線譜は色々と苦労したようだけど。現代は専用のコンピュータ・ソフトがあるけど、その前はどうやってたんだろ? スラ―とか。

 それよりなにより、紙が音楽に与えた最大の恩恵は、バッハの曲を蘇らせた事だろう。生前のバッハはオルガン奏者としてはともかく、作曲家としてはほぼ無名だった。死後半世紀たってから遺された楽譜が印刷され、現在の評価につながったのだ。それまでも死後に高く評価される画家はいたけど、音楽家や小説家にも光が当たるようになったのは、紙と印刷のおかげだろう。

 そしてもちろん、科学にも。

この時代(=ルネサンス)、人文学者や科学者がそれぞれの興味の的を追求することができたのは、印刷ではなく紙そのもののおかげだった。すばらしい図書館を得た学者たちにとって必要になったのが、「メモをとること」だったのである。
  ――第16章 大量に印刷する

 これを象徴するのがティコ・ブラーエ(→Wikipedia)。彼が記した天体観測データは、やがてヨハネス・ケプラーによりケプラーの法則として結実する。そのデータを記録するために、ティコ・ブラーエは製紙工場まで作っている。無茶しやがって。

 たかが紙、されど紙。ソレを記録し、伝える手段の進歩は、往々にしてソレの飛躍的な進歩を促す、そんな物語として。また、新しい媒体の登場は、古い世代のシガラミを振り払い新しい地平の開拓する足掛かりとなる、そういう現在も進みつつある歴史のパターンとして。それに加え、仏教・イスラム教・キリスト教の性格の違いを照らし出す試料として。読者の視点によって、さまざまなストーリーが読み取れる本だ。

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2021年5月13日 (木)

アレクサンダー・モンロー「紙と人との歴史 世界を動かしたメディアの物語」原書房 御舩由美子・加藤晶訳 1

本書で描くのは、世界のあらゆる場所で歴史を動かし、時代を変える大事件や民衆運動の“パイプ役”を果たしてきた、なめらかでしなやかな物質の物語だ。
  ――第1章 紙の来た道をたどる マルコポーロが見た紙

【どんな本?】

 私たちの暮らしは紙に包まれている。手紙や葉書、役所の書類、新聞、スーパーのチラシ、そして書籍。印刷物だけではない。キッチンペーパー、ティッシュペーパー、薬包紙、段ボール、紙コップ、そして障子や襖。

 紙は紀元100年ごろに中国の蔡倫(→Wikipedia)が発明したとされるが、実際には紀元前から存在したようだ。その後、中国からユーラシア大陸を西へ西へと向かう中で、それぞれの土地の文化や社会に大きな変化をもたらしてゆく。

 紙が辿った道筋を追いながら、それぞれの土地と時代に生きた人びとの暮らしを描き、また紙がもたらした新しい技術や文化を紹介する、ちょっと変わった「もう一つの人類史」。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Paper Trail : An Unexpected History of a Revolutionary Invention, by Alexander Monro, 2014。日本語版は2017年2月7日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約440頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×440頁=約356,400字、400字詰め原稿用紙で約891枚。文庫なら厚い一冊が薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただ馴染みのない地名がよく出てくるので、地図帳か Google Map があると便利だろう。

【構成は?】

 全体は、ほぼ時系列順に進む。また地理的にも、中国を出発点としてユーラシア大陸を西へ向かって進む。各章は比較的に独立しているので、興味がある所だけを拾い読みしてもいい。

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  • 第1章 紙の来た道をたどる マルコポーロが見た紙
  • 第2章 文字・粘土板・パピルス
  • 第3章 古代中国の文書
  • 第4章 紙の起源
  • 第5章 中央アジアの発掘から
  • 第6章 東アジアを席巻する紙 文と仏教と紙
  • 第7章 紙と政治
  • 第8章 中国からアラビアへ
  • 第9章 書物を愛で者たち
  • 第10章 本を築く
  • 第11章 新しい音楽
  • 第12章 バグダードからもたらされた紙と学問
  • 第13章 大陸の分断
  • 第14章 ヨーロッパを翻訳する
  • 第15章 新たな対話
  • 第16章 大量に印刷する
  • エピローグ 消えゆく軌跡 
  • 訳者あとがき/原注

【感想は?】

 東アジアに住む者としては、ちょっと嬉しい歴史の本だ。

 なんと言っても、中国から始まって西へ西へと物語が向かっていくのが嬉しい。こういう紀元前から始まる歴史書は、せいぜいメソポタミアあたりから始まってヨーロッパが中心となるんだが、この本は中国から中央アジア,アラビアそしてヨーロッパへと向かう。どうも世界史=欧州史みたいな印象があるが、他の土地にだって人が住んで暮らし文化を育んできたんだぞ。

 例えば文字にしたって…

文字は少なくとも三つの独立した古代文明で誕生している。シュメール、中国、そして紀元前三世紀の中央アメリカである。
  ――第2章 文字・粘土板・パピルス

 もっとも、本書で扱うのは中国のみだけど。

 現代では紙コップやティッシュペーパーなど、紙は生活資材としても使われる。だが、歴史的に見ると、やはり情報媒体としての役割が大きい。本書も、多くは情報の記録・伝達媒体としての役割が中心となる…と、思うでしょ。ところが、だ。

紙が当初から書写材として発明されたと信じる歴史学者は一人もいない。
  ――第4章 紙の起源

 そもそも「蔡倫が紀元100年ごろ(後漢の時代)に発明した」ってのも不正確で、「実際のところは、すくなくともその300年前にはつくられていた」らしい。現実に「紀元前二世紀末に中国でつくられた大麻の包装紙が現存している」。じゃ蔡倫はなにをしたかというと、官製のプロジェクトとして原材料と工程を改善した。お役所の仕事だから、正式な歴史書に記録が残り、よって蔡倫の名も残ったわけ。

 とまれ、当時の記録媒体の主流は竹簡。だもんで、お偉方は紙を馬鹿にする。竹簡に書かれたモノは偉くて賢く、紙に書かれたモノは低俗、そんな扱いだった。もっとも、こういう偏見も、逆に新しい文化を生むキッカケになるから世の中は面白い。

以前は不適切だと考えられていた文学の形式も、表舞台に登場した。短編小説、恋愛詩、民話などがそれで、竹簡の時代には高価な書写材に似つかわしくないという理由で口承によって語り継がれていたが、ようやく日の目を見て、格上げされたのである。
  ――第5章 中央アジアの発掘から

 なんたって紙は安いし場所を取らず面積が広い。だもんで、沢山の文字が書ける。おまけに、堅苦しいお役所の目も届かない。媒体が変わったことで、それまでのシガラミから解き放たれ、新しいモノを生み出す土壌が生まれたのだ。こういう蔑まれる所から新しいモノが生まれるパターンは、現代でもSFや漫画やライトノベルで繰り返してる。

 これが更に時代が進み、20世紀ともなると…

1920年代の終わり頃には、中国語の日常的な言い回しや文章が公式なものとして紙に記されるようになった。かくして一般大衆が儒教徒を打ち負かし、書籍や法律上の文書、行政上の文書、新聞に記される文章は平易な口語で書かれることが多くなった。その流れも、元をたどれば劉が気づいたとおり、一世紀、幅広い読者に届けることを目的として、仏典をごく普通の口語に翻訳した時代を発端とする。
  ――第8章 中国からアラビアへ

 いわゆる言文一致だね。これまでの堅苦しい文語体から、話し言葉に近い口語体へと変わってゆく。この変化を促したのが、「翻訳」なのが面白い。日本の言文一致も、開国により他国語からの翻訳が増えた直後に始まった。思うに、翻訳だと韻を踏むのが難しいせいかも。

 もっとも、現代でもお役所言葉の意味不明さは相変わらずは独特で、例えば商法の「社員」は株主の意味だったり(→Wikipedia)。わかるかい、そんなん。

 ここでもう一つ、本書の重要なテーマが顔を出す。仏教だ。中国生まれの道教・儒教に対し、仏教は舶来品。それを中国に根付かせるために、仏典の翻訳文は親しみやすい言葉遣いにしたのだ。

 中国では仏教が重要な役割を担ったが、中央アジアと中東ではイスラムが、欧州ではキリスト教が、紙と書物の歴史で大きな意味を持つ。要は聖典ですね。ただ、それぞれの性格が見事に違うのも面白いところ。

 後継者が勝手に新しい経典を作ってしまうユルさ極まる仏教。禁欲的なまでにムハンマドの言葉を忠実に集め正確さに留意して検証し、アラビア語に拘ったイスラム教。なぜかヘブライ語ではなくラテン語が正統とされ、その後ルターから始まる各国語への翻訳が革命を引き起こすキリスト教。それぞれが広まった土地と時代の空気が鮮やかに反映してる。

 ダラダラと書いてたら長くなったので、続きは次の記事に。

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2021年2月24日 (水)

クリスティン・デュボワ「大豆と人間の歴史 満州帝国・マーガリン・熱帯雨林破壊から遺伝子組み換えまで」築地書館 和田佐規子訳

(大豆の)ほとんどの加工と販売は国際的企業の四社が牛耳っている。アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)、ブンゲ、カーギル、ルイ=ドレフュス
  ――第5章 家畜を肥やす肥料となって

政府が(バイオディーゼルに)経済的な支援をするのは主に次の三つの理由からだ。まず農作物のさらなる市場を作ることで農家を支援するため、輸入燃料への依存を軽減するため、そして、大気汚染の緩和だ。
  ――第10章 試練の油 大豆バイオディーゼル

【どんな本?】

 味噌に醤油、豆腐に納豆。暑い日のビールには枝豆が欠かせないし、甘党は黒蜜ときなこの誘惑に勝てない。そして味噌ラーメンにはタップリもやしを盛ってほしい。日本の食卓には大豆が溢れている。

 日本では「畑の肉」とも呼ばれ親しまれる大豆だが、実は世界情勢に大きな影響を与えている。大日本帝国の満州進出を促し、アメリカの戦略作物となり、鶏や豚の飼料として世界中の貧しい者のたんぱく質摂取を支える反面、南米では森林を破壊し、政権の転覆まで引き起こした。男の精子を減らすという噂もあれば、女の乳がんを防ぐとも言われている。なおアメリカ産大豆の90%以上は遺伝子組み換えだ。

 そんな大豆は、いつ、どこで栽培が始まったのか。豆腐や納豆のほかに、世界ではどんな大豆食品があるのか。大豆と戦争に何の関係があるのか。現代の国際貿易で、大豆はどのように扱われているのか。遺伝子組み換え大豆は安全なのか。

 ジョンズ・ホプキンス大学大豆プロジェクト研究部長を務めた著者が、私たちの食卓を彩る大豆の持つ様々な姿を、歴史・生産・流通・加工・消費・貿易・政治・経済・栄養など多様な視点で描く、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Story of Soy, by Christine M. Du Bois, 2018。日本語版は2019年10月31日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約329頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント52字×20行×329頁=約342,160字、400字詰め原稿用紙で約856枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの文字量。

 文章は比較的にこなれていて読みやすい。内容もわかりやすさに気を配り、なるべく専門用語を使わないなど工夫をしている。その分、遺伝子組み換えの科学・技術的な説明は、やや物足りなく感じた。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。また、「序章 隠された宝」が見事に全体をまとめているので、試食にはちょうどいいだろう。

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  • 序章 隠された宝
    大豆と戦争/大豆たんぱく質が家畜を太らせる/巨大化する大豆貿易/大豆と根粒菌の共生関係/マーガリンを作る/南米と大豆/さまざまな工業製品への利用
  • 第1章 アジアのルーツ
    大豆栽培の始まり/食用に加工され始める/豆腐の誕生/フビライ・ハンがインドネシアに豆腐製造を伝える/大豆を発酵させるアジアッ人/相異にあふれるアジアの大豆食品
  • 第2章 ヨーロッパの探検家と実験
    大航海時代にヨーロッパにもたらされる/ヨーロッパで花開く大豆研究/高まる大豆への関心/第一次世界大戦後に始まった新しい利用方法
  • 第3章 生まれたばかりの国と古代の豆
    新大陸と大豆栽培/いかにしてアメリカに大豆食品を根づかせるか/栄養失調の子どもたちに豆乳を/産業・医療への利用 大豆に価値を見いだす/フォード社と大豆
  • 第4章 大豆と戦争
    兵士の食べ物/太刀素は大豆の重要性に気づいていた/満州に目をつけた日本/捕虜の栄養源となる/食糧難のソビエトで渇望された大豆食品/戦時下のイギリスで健康改善に貢献した大豆/戦争に勝つためにはもっと大豆を/戦後のアメリカでは、食用から飼料へ変身する/醤油と豆腐の製造方法が変わった戦後の日本/戦争と結びつけられた大豆
  • 第5章 家畜を肥やす肥料となって
    エジプトから始まった鳥インフルエンザ/鳥の血のソーセージ/飼料大豆の普及/骨付き鶏肉が日本にやってきた/スペインでのオリーブオイルvs大豆油/世界征服をねらうアメリカ産大豆/大豆で大量生産される鶏肉/劣悪な環境で飼育される豚たち/安い肉が引き起こす問題/消費者の健康と大量生産された肉/森林を破壊する飼料大豆/大量の排泄物が引き起こす問題
  • 第6章 大豆、南米を席巻する
    二つの生き方 ブラジル先住民と大農場主/カタクチイワシ不漁に始まる日本のブラジル進出/二人の大豆王/劣悪な環境に置かれた労働者/アマゾンの森林とブラジル農業/アルゼンチンでの闘い/アルゼンチンが大豆かす輸出第一位へ躍り出る/抗議運動/パラグアイでの大豆栽培を巡る緊張/「大豆連合共和国」
  • 第7章 大豆が作る世界の景色
    法的に疑わしいカーギル社の穀物ターミナル/輸出港へのジャングルを貫く道路建設/なぜ南米にばかり環境保護を押しつけるのか/単一栽培が農業を危機にさらす/雑草対策のためのグリホサート耐性をもつ遺伝子組み換え大豆/遺伝子組み換え作物に対する懸念/除草剤の使用を増やす遺伝子組み換え大豆の栽培/遺伝子組み換え作物が土壌に与える影響/グリホサートの農民への影響/クリホサート耐性大豆と不耕起栽培/農業には欠かせない淡水と環境汚染
  • 第8章 毒か万能薬か
    大豆の効果を単純化してはならない/大豆の基本的な知識/大豆に関する三大論争 精子減少・循環器疾患・乳がん/バイオテクノロジーと豆 遺伝子組み換えの基本的ステップ/遺伝子組み換え作物は「フランケンフード」か?/人体への影響は?/非GE大豆とGE大豆/遺伝子組み換え作物のリスク 二つのケース/GMO表示は義務化必要ないか/遺伝子組み換え食品議論のアイロニー/救援物資としての大豆
  • 第9章 大豆ビジネス、大きなビジネス
    大豆のはるかなる旅/先物取引の対象として/大豆をめぐるスキャンダル/懸念を生むアメリカ政府の自国農家への支援/反対運動にあう輸入GE大豆/栽培農家と企業間の不公平な契約/豆乳はミルクか?/大豆産業による土地の強奪
  • 第10章 試練の油 大豆バイオディーゼル
    大豆ディーゼル燃料がインドネシアに与える影響/バイオディーゼルと環境/バイオディーゼルの適切な使用法/バイオ燃料の再生可能燃料識別番号(RIN)制度/気候変動への影響/使用済み油からバイオディーゼルを/使用済み油をめぐる争い/大豆油の需要の高まり/世界の片隅にしわ寄せが/自分の身近な所で変革を
  • おわりに
  • 謝辞/訳者あとがき/参考文献/引用文献/索引

【感想は?】

 先に書いたとおり、「序章 隠された宝」が味見用として見事にこの本をまとめている。20頁に満たないので、好みに合うか否が、ざっと当たりをつけるのにとても都合がいい。なんとも親切な本だ。

 日本人にはお馴染みの大豆だが、作物としては傍役の印象が強い。なんといっても日本の食卓は米が主役で、それ以外は傍役なのだから仕方がない。が、作物としては世界的に極めて重要である由が、ヒシヒシと伝わってくる。

大豆は世界でもっとも多く栽培されている油糧作物で、他を大きく引き離している。また農作物全体では四番目に広い面積で耕作されている(上位三つはトウモロコシ、小麦、それから米で、すべて穀類だ)。
  ――第9章 大豆ビジネス、大きなビジネス

 これら主要作物のうち、トウモロコシは南米がルーツ、小麦はメソポタミア、米は東南アジアあたり。大豆は、というと…

すぐれた品種の野生大豆を見つけだして、農民である母の所に持ち帰ったというこの物語が、9000年前の中国北西部、賈湖の村の近くで実際にあったと推測できる。
  ――第1章 アジアのルーツ

 南京と徐州の真ん中ぐらいかな? そのためか、大豆の利用は中国・朝鮮そして日本と、歴史的にも東アジアが最も発達している。中でもいち早く近代化を成し遂げた日本は、積極的な貿易を繰り広げる。

日本の大豆輸入は1882年と1902年の間で400倍にもなっていた。
  ――第4章 大豆と戦争

 輸入元は満州だ。これは後の満州進出の動機にもなる。にしても、この極端な増え方は、明治維新で食生活が大きく変わったせいかな? いずれにせよ、その成果が世界に広まるきっかけが戦争なのは、なんとも切ない。

(日露戦争から学んだ)ヨーロッパ人が出した一つの結論は、大豆は重要な軍用食料となりうるということだ。
  ――第2章 ヨーロッパの探検家と実験

 中でも最も熱心に大豆栽培に取り組んだのはアメリカ。もともと土地が有り余ってるしね。これは第二次世界大戦で功を奏し…

1942年、ソビエトとイギリスを合わせて、マーガリンなどに使うため、およそ4憶5400万キログラム[45万4千トン]の油脂をアメリカに求めた。こうした需要によって製造が加速し、アメリカの農家は大豆の収穫をたった1年の間に75%も増やした。
  ――第4章 大豆と戦争

 自由の国と言いつつ、戦時体制への移行は素早い原因は何なんだろう? にしても当時のアメリカ、他にも鉄とトラックもソビエトに送ってるんだよなあ。農業と工業のいずれでも世界一って、とんでもねえチート国だ。もっとも、その大豆の使い道、豆腐を愛する日本人にとっては、いささか切ない。

近年では世界で生産される大豆たんぱく質のおよそ70%が鶏や豚の飼料になり、残りのほとんどすべてが牛や羊、馬、養殖魚、その他の家畜、ペットなどの餌として消費されている。
  ――第5章 家畜を肥やす肥料となって

 家畜の餌なのだ。ああ、もったいない。とはいえ、世界的に増えている肉の消費を支えているのも大豆。特に最近、急激な経済成長により肉の消費が増えた中国も…

…アメリカからの輸出大豆のおよそ70%を受け取る中国…
  ――第8章 毒か万能薬か

 はい、アメリカからの大豆輸入に頼ってます。ここでもアメリカが支配力を発揮してる。米中関係が煩い昨今だけど、アメリカは中国の命綱を握ってるんだよね。同様に、かつての日本もアメリカの大豆に頼ってたんだが、今は南米との関わりが深い。この物語も、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な顛末が面白い。

  • 1972~73年、南米西海岸の気候変動によりペルーのカタクチイワシの漁獲量が90%近く落ち込む。
  • カタクチイワシは国際的な家畜の飼料だ。アメリカは国内の肉の高騰を恐れ、同じく飼料となる大豆の輸出を禁じる。
  • アメリカ産大豆に頼っていた日本は、他の供給元を探すが見つからない。なきゃ作る、とばかりにブラジルの大豆生産を支援する。

 この努力が実って…

1970年に150万トンだったブラジルの大豆生産量は、2015~2016年にはほとんど1億トンにまでふくれ上がった。
  ――第6章 大豆、南米を席巻する

 今でも大豆生産はアメリカとブラジルが激しくトップを争ってる。これは他の南米諸国にも波及し…

1995年になるとアルゼンチンは大豆油の主要輸出国となり、1997年には大豆かすの輸出国第一位となり、それ以降この地位を維持し続けている。
  ――第6章 大豆、南米を席巻する

 ばかりではない。大豆は非常時の支援物資としても優れているのだ。

2011年の日本での地震と津波、原発事故の後には、特に大豆は、非常時の援助と助け合いの手段となった。日本が窮地に陥った時、日本政府から何年にもわたって受け取っていた援助に対して、南米の農家がお返しとして援助を行ったのだ。(略)
(パラグアイの)日系人大豆生産者たちの協同組織が100トンもの大豆を寄付してくれたと、後日JICA(国際協力機構)が報告した。(→JICA)
  ――第8章 毒か万能薬か

 ちなみに、この時に提供された大豆は「遺伝子組み換えでない」んだが、これはかなり貴重なのだ。なにせ…

すべての栽培作物の中で、大豆は遺伝子組み換え(GE)種が作付けされている割合が最も大きい(2016年には世界の大豆作付け面積のおよそ80%)。そして、大豆は世界中のGE作物の作付け総面積の最大を占めている(2016年には50%)。
  ――第7章 大豆が作る世界の景色

 遺伝子組み換え技術には様々な意見がある。著者は穏やかな肯定派で、「慎重に検証しながら取り入れていこう」みたいな姿勢だ。中には医薬品用のGE種もあるし。とはいえ、そもそも「遺伝子とは何か」からして、多くの人はわかってない。そういう、よくわらかんモノに対し、人々は…

明確な解説が存在しない時、代わりに推測による解釈が広まる。
  ――第8章 毒か万能薬か

 今回の新型コロナに対しても、様々な噂が飛び交ったしなあ。ワクチンにケチつける人もいるし。少し歴史を調べれば、天然痘がどれほど怖いかわかりそうなモンだけど、ヒトってのは喉元過ぎれば熱さを忘れる生き物なんです。

 ソレはソレとして、欧米じゃ食品としての大豆に馴染みが薄いせいか、大豆に対してイロイロな噂が飛び交ってる。たんぱく質・食物繊維・ミネラルが多いんで健康的って説もあれば、男の精子を減らすって嫌な噂もある。じゃ、本当のところはどうなのか、というと…

医学的研究では、大豆食品がそれほど劇的な効果を持っていることは証明されていない。唯一の例外が、極端なたんぱく質欠乏の状況で人々の命を救っているという点だ。
  ――第8章 毒か万能薬か

 うん、知ってた。魔法の食品なんか、ないんだ。ガックシ。こういう、不慣れっぷりで笑っちゃうのがフランス。EUでミルクと言っていいのは「乳房の分泌物から製造され」たものだけ。じゃ豆乳をどう呼ぶのかっつーと、例えばフランスでは「トウニュウ」って、まんまじゃねーかw ナメとんのかエスカルゴ野郎w

 と、この記事では明るい側面ばかりを取り上げたが、もちろん本書は暗黒面もちゃんと扱っている。例えば冒頭の引用に挙げたように、大豆の流通は寡占状態で、これは結構ヤバい。南米では大規模な農場による土地の収奪が起きているし、大豆飼料で食用肉が増えたはいいが排泄物処理が追い付いてなかったり。また被災時の緊急食糧支援にしても、下手すると現地の農業を潰しかねない。

 などと大豆の様々な側面を、多くの具体例や数字を挙げ、素人にも分かりやすくかつ切実に伝える解説書だ。豆腐や枝豆が好きな人はもちろん、国際情勢に興味がある人にもお薦め。とまれ、つくづくアメリカってのはチートな国だなあ。

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2021年2月 8日 (月)

高田博行「ヒトラー演説 熱狂の真実」中公新書

本書は、一方で言語面に、他方で演説の置かれた政治的・歴史的文脈にスポットライトを当てて、ヒトラー演説に迫ろうとするものである。
  ――プロローグ

ヨーゼフ・ゲッベルス「総統はまだ一度も、空爆を受けた都市を訪問していない」
  ――第六章 聴衆を失った演説 1939-45

(マイク&スピーカーやラジオや映画などの)新しいメディアを駆使したヒトラー演説は、政権獲得の一年半後にはすでに、国民に飽きられはじめていたのである。
  ――エピローグ

【どんな本?】

 ヒトラーは演説が上手く、聴衆を巧みに煽り、それがナチスの台頭につながった、と言われる。それは果たして事実なのか。彼の演説には、どの様な特徴があるのか。演説に際し、彼は何をどう工夫したのか。有名なミュンヘンのビアホールでの演説から、敗色濃い末期まで、彼の演説はどう変化したのか。それに対する聴衆の反応は、どう変わっていったのか。

 著者は、四半世紀にわたるヒトラーの演説から558回150万語をデータ化し、それを統計的に分析した。また、弁論術やレトリックからの考察や、発声法とゼスチャーの習得、そしてレコードやスピーカーなどテクノロジーの使い方など、アナログ的な方法論も取り入れている。そういった多方面からの視野により、主に演説に焦点をあてて、ヒトラーのメディア戦略を明らかにする、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年6月25日発行。新書版縦一段組み本文約256頁に加え、あとがき3頁。9ポイント42字×17行×256頁=約182,784字、400字詰め原稿用紙で約457枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容もわかりやすい。本書を読みこなすには、幾つか前提知識が要る。演説当時の社会情勢や弁論術の基本などだ。幸い、これらの基礎知識は、必要になった所でちゃんと説明があるため、素人でも充分についていける。というか、私は本書で弁論術の基本がわかった、というか、わかったつもりになった。

【構成は?】

 話は時系列順で進む。各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。また、各賞の頭に1頁で章の概要をまとめてあるので、読み飛ばすか否かは章の頭の1頁で判断できる。

クリックで詳細表示
  • プロローグ
  • 序章 遅れた国家統一
  • 第一章 ビアホールに響く演説 1919-24
  • 1 見出された弁舌の才
  • 2 「指導者」としいての語り
  • 3 「一揆」の清算演説
  • 第二章 待機する演説 1925-28
  • 1 禁止された演説
  • 2 演説の理論
  • 3 演説文の「完成」
  • 第三章 集票する演説 1928-32
  • 1 拡声される声
  • 2 空を飛ぶヒトラー
  • 第四章 国民を管理する演説 1928-32
  • 1 ラジオと銀幕に乗る演説
  • 2 総統演説の舞台
  • 第五章 外交する演説 1935-39
  • 1 領土拡大の演説
  • 2 戦時体制に備える演説
  • 第六章 聴衆を失った演説 1939-45
  • 1 同意されない演説
  • 2 機能停止した演説
  • エピローグ
  • あとがき/文献一覧/ヒトラー演説のドイツ語原文

【感想は?】

 舞台役者ヒトラーの栄光と挫折。

 なにせヒトラーの演説に賭ける情熱はすさまじい。まあ演説というよりプロパガンダ、もっと平たく言えば宣伝なんだけど。例えば政権奪取に挑んだ1932年の選挙だ。

ヒトラーは(1932年)7月15日から30日まで、三回目となる飛行機遊説で53か所を回り、200回近くの演説をこなした。
  ――第三章 集票する演説 1928-32

 スターを目指すロック・バンドでも、当時のヒトラーほど激しいライブ・ツアーをくぐり抜けるバンドは、まずいないだろう。確かビーチボーイズが「年300回のライブをこなした」と威張ってたが、たった2週間で200回となると、密度は桁違いだ。

 しかも、単純に同じことを繰り返してるんじゃない。かなりアドリブを利かしてる。

ヒトラーは、きちんとした読み上げ演説原稿を用意することはなかった。その代わりに、演説で扱うテーマについて、扱う順にキーワードもしくはキーセンテンスを書き留めたメモを作成した。
  ――第一章 ビアホールに響く演説 1919-24

 予め決めているのは、大雑把な話の流れと、盛り上げるポイントとなるキーワードだけ。後はその場の雰囲気を読みながら、アドリブで細かい所を詰めてったのだ。相当に頭の回転が速くないとできない芸当だ。

 逆に聴衆がいないスタジオじゃ意気が上がらなかったようで、1933年の最初のラジオ演説は「原稿を読み上げただけ」で、以降はライブの中継や収録を流すようになる。スタジオ盤はショボいけどライブは抜群って、ブレイク前の REO Speed Wagon かい。いやマジ Golden Country とか、スタジオ盤(→Youtube)はイマイチだけどライブ(→Youtube)は盛り上がるのよ。

 すまん、話がヨレた。こういった彼の芸当を、本書は様々な角度から分析していく。その一つは、今世紀ならではの手法、つまりコンピュータを使い単語の出現頻度を調べるのである。

筆者は、(略)ヒトラーが四半世紀に行った演説のうち合計558回の演説文を機械可読化して、総語数約150万語のデータを作成した。
  ――第二章 待機する演説 1925-28

 これで何がわかるか、というと、例えば…

ヒトラーはナチ運動期には「ひと」(man)、「あなた、君」(du, dir, dich)、「われわれ」(wir, uns)を特徴的に多く使用したこと、それに代わってナチ政権期にヒトラーは私(ich, mir, mich)を特徴的に多く使用したことがわかる。
  ――第五章 外交する演説 1935-39

 これから支持者を得てのし上がる時期には、「俺たち仲間だよな」と訴える「あなた」や「われわれ」が多い。対して政権を取ってからは、自分の指導力を示すために「私」が多くなる。

 また政権を取った1933年以降では名詞的文体が増えるのも特徴。これは動詞が名詞になった語を使う文で、「『作る』の代わりに『作成を行う』」とかの、書き言葉っぽい言い方だ。この効果は「荘厳な印象を与える」、要はそれまでの馬鹿っぽい言い方から頭よさげな言い方に変えたんですね。親しみやすさから威厳を持つ感じにした、みたいな。

 と、こういう、立場が変わったら話し方も変わったとか、言われてみりゃ当たり前だが、そこを数字で裏を取るのが学問なんだろう。

 もちろん、著者は統計的な手法だけでなく、内容や話の流れなどに踏み込んだ分析もしている。例えば初期の演説の特徴として…

ヒトラーは失望感の強い帰還兵たちに、誰が敵であるのかをうまく印象づけたのである。
  ――第一章 ビアホールに響く演説 1919-24

 なんて指摘もしてる。こういう手法は、ドナルド・トランプが巧みに使ってたし、日本でも差別主義者がよく使う。

 本書は論の組み立て方も見ていて、例えば「先取り方」だ。これは予想される異論を演説に取込み、それに反論する手口だ。そうすると、話の中身が論理的だと感じる。うん、今度やってみよう。やはりアレな人がよく使うのが対比法。「ガイジンはココがダメだけど日本人はココがいい」とかね。二つを比べ、コントラストを高める手口で、差別主義者はコレを効果的に使う。

 加えて声の使い方も本書は分析してる。先に挙げたように、政権を取る前のヒトラーは熱心にライブをこなした。これは喉に大きな負担がかかる。そこでヒトラーはオペラ歌手デヴリエントの指導を仰ぐ。これは秘密裏に行われ、表ざたになったのは1975年ってのも驚きだが、指導の内容も興味深い。

 喉に負担をかけない発声法はもちろん、声の高さも「出だしはできるだけ低い声で、そうすりゃクライマックスの高い声が際立つ」とか「感情を動かす語にはふさわしい響きを」など、声の使い方も教えている。また、身振りについても「目線は身内がいる前列じゃなく聴衆がいる後列に」や「姿勢はまっすぐ」など、演技の本を持ち出して指導してたり。つくづく「役者やのう」と感心してしまう。

 これらを当時の動画や録音で検証する第四章も、本書のクライマックスのひとつ。

 とまれ。実績はなくて当たり前で、国民を巧いことノせればよかった政権奪取前はともかく、実績が問われる政権奪取後となると…

公共の場で演説を行うことが少なくなっていったことで、ヒトラーと国民とのつながりが減り、溝が広がっていった。大きな演説は、1940年には9回、41年には7回、42年には5回しかなくなった。
  ――第六章 聴衆を失った演説 1939-45

 と、次第に国民の前に姿を現さなくなっていく。特に敗色濃い44年~45年になると壊滅で、まるきし「問題が起きると姿を消す」と言われた某首相だね。

 あくまでヒトラーの演説に焦点を絞った本書だが、同時にあらゆる政治家の演出の手口や、日頃の会話で使われるレトリックも学べるお得な本でもある。もっとも、レトリックについてはサワリだけで、詳しくは修辞学を学んでねって姿勢だが、そこは巻末の文献一覧が参考になる。焦点を絞ったからこそ、具体的な例が多くてイメージが伝わりやすく、素人にもとっつきやすい初心者に親切な本だ。

【我が闘争】

 「第二章 待機する演説 1925-28」では、「我が闘争」の引用を中心として、ヒトラーの宣伝戦略を語っている。これが一世紀前とは思えないほど生々しく、現代の日本でも選挙や政治宣伝では全く同じ手口が使われているので、ここに紹介する。

 まずは宣伝の基本、「誰を対象とするか」。

理念は「大衆の力なくして」実現することはできないと考え、大衆の支持を獲得する手段としてプロパガンダ活動を最重要視する。プロパガンダは「永久に大衆に対してのみ向けられるべき」であって、インテリはその対象とならない。
  ――第二章 待機する演説 1925-28

 賢い人は相手にするな、無学な者だけを対象としろ、というわけ。ドナルド・トランプがモロにこの戦略で大旋風を巻き起こしたんだよなあ。

「その作用は常に感情のほうに向けられるべきで、いわゆる分別に向けられることは大いに制限しておかねばならない。(略)その知的水準は、プロパガンダが向かう対象とする人々のなかでも最も頭の悪い者の知的水準に合わせるべきである」

 論理はどうでもいい、感情を動かせ、と。これまたドナルド・トランプの戦略そのもの。

「人を味方につけるには、書かれたことばよりも語られたことばのほうが役立ち、この世の偉大な運動はいずれも、偉大な書き手ではなく偉大な演説家のおかげで拡大する」

 たいていの人は文章を読むより、話を聞くほうを好むし、影響も聞いた時のほうが大きい、と。先の「論理より感情」の理屈で考えれば、確かに音声のほうが感情を動かしやすいし。音声に映像が加われば、更に影響力は増すんだろうなあ。かつてインターネットは文章だけだったけど、最近は音声や動画が増えてきたんで、更に感情の力が増してるはず。

「本能的な嫌悪、感情な憎悪、先入観にとらわれた拒絶という障壁を克服することは、学術的な意見の誤りを正すことよりも1000倍も困難である」

 差別や因習が、なかなか消えないのも、理屈じゃなくて感情に根ざしてるから、と考えると、スンナリ納得できちゃうのが怖い。

「朝、そしてまた日中には、人間の意志力は自分と異なった意思と見解を強制しようとする試みに対しこの上ないエネルギーで抵抗するように見える。他方、晩には、人間の意志力はより強い意志に支配されやすくなるのである」

 人間ってのは、朝や昼間より、夜のほうが流されやすく盛り上がりやすい。ブラック企業やカルトの合宿研修は、こういう人間の性質を利用してるんだろう。

生活上の重要問題を国民に忘れさせる目的で、政権が意義深く見えるような国家的行事を作り上げて、新聞で大々的に扱わせる。すると、「一か月前には全く誰も聞いたこともなかったような名前」が「何もないところから魔法のように作り出され」、知れ渡り、大衆はそれに大きな希望を寄せるようになるのである。

 「サッカーと独裁者」にもあった。アレな国じゃ、ヤバめで重要な法案は、スポーツ・イベントの開催中に通しちゃうとか。国民がサッカーに熱中し、政治から目を離したスキに、既成事実を作ってしまうのだ。それを考えると、東京オリンピックって…

 地元ドイツじゃ禁書扱いだったりとヤバい本の代表みたいな「我が闘争」だけど、実は民衆をナメきった自分の手口を赤裸々にぶっちゃけてもいて、ちょっとした大衆扇動の教科書というかペテン師の手口紹介というか。いやもちろん、思想的にヤバい部分もあるんだけど。

 当時のドイツじゃ爆発的に売れたけど、果たして買った人のうち何割がちゃんと読んだんだろうか。ちゃんと読んでいたら、「俺たちを馬鹿扱いしやがって」と怒ったり、演説も「どんなペテンの手を使うんだろう」と冷めた姿勢で聞いたはず。ホント、世のベストセラーも、そのうちどれだけがちゃんと読まれていることやら。

 ってな愚痴は置いといて。いずれにせよ、政治の話をする際は、演出や群集心理や感情操作の知識も必要だよね、と思うわけです、はい。

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