カテゴリー「書評:歴史/地理」の256件の記事

2019年4月22日 (月)

デヴィッド・ハジュー「有害コミック撲滅! アメリカを変えた50年代『悪書』狩り」岩波書店 小野耕世・中山ゆかり訳

ジャニス・ヴァロー・ウィンクルマン(ジャニス・ヴァロー)「私はそこには戻れなかったのです――死ぬほど怖かったんですよ。あの人たちが私になにをしたか、あなたは知らないんですか?」
  ――プロローグ

…スーパーマンは大恐慌を生きのびた者たちに直接話しかける。彼自身も他の星からの移民なのだ。
  ――第1章 社会なんかくそくらえ アメリカン・コミックス誕生

ジュールズ・ファイファー「その当時、俺たちのものだとほんとうに思えるものは、ほかになかった」
  ――第2章 金かせぎだったのさ コミックスのゴールド・ラッシュ時代

「見たかね? 絵によって何が可能かわかったかね?」
  ――第4章 若者が危ない カトリック教会の禁書リスト

「彼らがぼくらを利用しようとしているのだと思ったし、それが正しいことだとは思えなかった。そのことが、ぼくを相当に怒らせた。そしてそれ以後は、先生たちのことを以前とは同じように考えることは二度となくなってしまった」
  ――第7章 ウーファーとツイーター 大騒ぎは続く

「…子どもたちは、われわれがしようとしていたことをほんとうに気に入ってくれていた。それはこちらが彼らを子ども扱いしなかったからだと思う。というか、われわれ自身が実際には子どもだったんだな。まあ、だからこそわれわれは、子どもたちを見下したりしなかったわけだけど」
  ――第8章 ラブだ……ラブだ……ラブなんだ!! 花咲くロマンス・コミックス

「なぜなら、これは親たちの問題であって、子どもたちの問題ではないと思っていたからだ」
  ――第10章 頸静脈のなかのユーモア ゲインズとカーツマン、「マッド」創刊

ビル・ゲインズ「彼らは自分たち向けのコミックスが嫌いなのではない!」「君たち向けのコミックスが嫌いなのだ!」
  ――第13章 われわれは何を恐れているのか? 公聴会が開かれる

ビル・ゲインズ「私は今、そのホラーと犯罪もののコミックスのすべてを廃刊にする決心をしました。この決断は即時に実行されます」
  ――第14章 もう、うんざりなんだ! ゲインズは反撃したが……

…親たち(略)は、そのための解決策を必死に求め、そしてコミックブックがそのお格好のターゲットとなった。……なぜならコミックブックには、信頼に足る擁護者がいなかったからだ。
  ――第14章 もう、うんざりなんだ! ゲインズは反撃したが……

コミックスの題名に使われる言葉に関するフィッツパトリック法の規制が、もし他の書籍にも適用されることがあれば、ドフトエフスキーの『罪と罰』やソモーヌ・ド・ボーヴォワールの「第二の性』も禁止されたことだろう。
  ――第15章 マーフィーの法則 コミックス・コードという自主検閲

チャールズ・F・マーフィー「だめだ。黒人を描くことはできない」
  ――第16章 受難は続く ゲインズが選んだ道

【どんな本?】

 スーパーマン,バットマン、キャプテン・アメリカ、スパイダーマン…。アメリカン・コミックスと聞けば、多くの人がヒーロー物を思い浮かべるだろう。そのアメリカン・コミックスは、19世紀末に新聞の日曜版のコミックに始まり、1950年代前半までは隆盛を誇る。だがコミックスの流行と共に反発も強まり、1954年の「コミックス・コード」制定に伴ない市場は崩壊、長い雌伏を強いられる。

 アメリカのコミックスはいかに始まったのか。それはどんな者たちがどのように作り、どんなところで売られ、誰が買って読んだのか。コミックスが描いたのはどんな内容で、何を売り物にし、売れ筋はどう移り変わったのか。そして「コミックス・コード」はどんな経緯で制定され、どんな規制がどんな形で行われたのか。

 コミック・コード制定と共に派手に飛び散ったEC社(→Wikipedia)を中心に、アメリカン・コミックの勃興と繁栄そして突然の没落を描く、20世紀のコミック黙示録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE TEN-CENT PLAGUE : The Great Comic-Book Scare and How It Changed America, by David Hajdu, 2008。日本語版は2012年5月24日第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約409頁に加え、小野耕世の訳者あとがき「アメリカのコミックブックとともに育って」12頁。9ポイント24字×21行×2段×409頁=約412,272字、400字詰め原稿用紙で約1,031枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、登場人物がやたらと多いので、できれば人名索引が欲しかった。当然ながら、アメリカン・コミックスに詳しい人ほど楽しめる。SF者の私はハリイ・ハリスンが顔を出したのが嬉しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列に話が進むので、できれば素直に頭から読んだ方がいい。

  • プロローグ
  • 第1章 社会なんかくそくらえ
    アメリカン・コミックス誕生
  • 第2章 金かせぎだったのさ
    コミックスのゴールド・ラッシュ時代
  • 第3章 犯罪はひきあう
    犯罪コミックス大躍進
  • 第4章 若者が危ない
    カトリック教会の禁書リスト
  • 第5章 血だまり
    コミックス弾劾の声
  • 第6章 では、ぼくらがなすべきことをしよう
    有害コミックスを燃やせ!

 

  • 第7章 ウーファーとツイーター
    大騒ぎは続く
  • 第8章 ラブだ……ラブだ……ラブなんだ!!
    花咲くロマンス・コミックス
  • 第9章 ニュートレンド
    ホラー・コミックスの大ブーム
  • 第10章 頸静脈のなかのユーモア
    ゲインズとカーツマン、「マッド」創刊
  • 第11章 パニック
    「マッド」の姉妹誌「パニック」
  • 第12章 ペイン博士の勝利
    ワーサムの新著「無垢なる者たちへの誘惑」

 

  • 第13章 われわれは何を恐れているのか?
    公聴会が開かれる
  • 第14章 もう、うんざりなんだ!
    ゲインズは反撃したが……
  • 第15章 マーフィーの法則
    コミックス・コードという自主検閲
  • 第16章 受難は続く
    ゲインズが選んだ道
  • エピローグ
  • 訳者あとがき アメリカのコミックブックとともに育って 小野耕世
  • 付録/原書註

【感想は?】

いかにも悪書狩りに焦点を当てたような書名だが、通して読むとだいぶ印象は違う。

 先に書いたように、アメリカン・コミックスの誕生から勃興と隆盛、そして1954年の崩壊に至るまでの歴史とする方が相応しいだろう。もちろん、崩壊の原因は悪書狩りだ。だから、コミックスを敵視する運動についても、その始まりから1954年の勝利まで、詳しく書いてある。

 そういう点では、コミックス平家物語といった趣もあったり。

 表紙でもだいたい想像がつくんだが、当時のアメリカン・コミックスは、私たちに馴染みのある日本の漫画とは、大きく違う。全頁がカラーで、頁数は16頁~32頁。一つのストーリーは8頁ぐらい。だから、2~4個ぐらいの別々のお話が入ってる。売り場も書店じゃない。ニューススタンドやドラッグストアだ。それが「1952年には、アメリカ合衆国では約五百タイトル」もあった。

 日本の漫画雑誌は、一つの雑誌に様々な傾向の作品が載っている。スポーツ物、ラブコメ、群像劇、冒険ファンタジイ、ギャグ、ホラー、ミステリ。でも、当時のアメリカン・コミックスは、傾向ごとに分かれていた。犯罪物、恋愛物、ホラー、ヒーロー物、戦争物など。「ONE PIECE」と「ぼくたちは勉強ができない」は、別のタイトルとして出るのだ。

 出版体制も全く違う。週刊少年ジャンプは「小説すばる」と同じ集英社が出している。が、当時のEC社はコミックス専門だ。日本じゃ漫画家は出版社と独立している。だがEC社は、社内に制作チームを抱えている。そうそう、日本の漫画家は一人で書く人もいるけど、アメリカン・コミックスは早いうちからスタジオ形式でチーム制作だ。それも、かなり細かく工程が分かれている。

 キャラクター・デザイン、ストーリー展開、レイアウト&下書き、主人公を描く人、脇役を描く人、背景を描く人、色を塗る人、文字を描く人。それぞれ別々の人が担当する。日本でも売れっ子の漫画家はキッチリと会社形式にしてるだろうけど、アメリカはかなり初期から分業体制だった。たぶん、これは、手のかかるカラーばっかりってのも原因なんだろう。

 しかも、EC社だと、社内で制作スタジオを持ってたりする。そのためか、ボスのビル・ゲインズの影響力がやたら強い。また、地理的にも、大半のコミックスの制作陣はニューヨークに集中してるのも特徴だろう。これが検閲に対する大きな弱点になる。というのも、ニューヨークで規制が強まれば、アメリカのコミックスが全滅してしまうからだ。

 1930年代から興隆に向かうコミックスだが、ハッキリ言って業界はどうにも節操がない。スーパーマンは流行れば続々と他のスーパーヒーロー物が後を追い、犯罪物が売れれば柳の下のドジョウが百近くも現れ、それが世間の顰蹙を買えば恋愛物に乗り換え、次にはドオギツさが売り物のホラーへと誰もがなびく。

 中でも酷いのが、「ザ・スピリット」。これががヒットすると、同じ制作陣にまるきしパクリの「ミッドナイト」を作らせるのだ。「ザ・スピリット」の作者ウィル・アイズナーに何かあった時の保険って理由だが、著作権にうるさい現在のアメリカからは考えられない話だ。

 新しいモノが流行れば、それに反発する者たちもいる。コミックスも例外じゃない。まして犯罪だのドギツいホラーだのを、派手なカラーで描けば、反射的におぞましく感じる人も出てくる。1940年に児童文学者ノスターリング・ノースが始めたコミックス批判は、第二次世界大戦後にカトリック教会が受け継ぎ、精神科医のフレデリック・ワーサムの著書「無垢なる者たちへの誘惑」として結実する。

 この動きに対しては、根拠の薄さや論理の破綻を本書内でもさんざんに指摘しているが、同時に冷静に話し合える雰囲気じゃなかったのも伝わってくる。まあ、現代日本でコミック規制を叫ぶ人たちも、話が通じないって点じゃ同じだけど。

 中でも泣いていいのか笑うべきなのかわかんないのが、12歳で首を吊って自殺したウィリアム・ベッカーの母親。息子は絶えずコミックブックを読んでいた、「私はコミックブックを見つけ次第、一冊残らず埋めていました」。いや子供だって自分の好きな物を否応なしに奪われたら絶望するだろ、と思うんだが、母親はそうは考えない。

 息子はコミックブックの真似をしたんだ、と言い張るし、陪審も「事故死と認定したが、コミックブックに責任があると認めた」。いったん悪役を割り振られたら、そのレッテルをはがすのは難しい。

 こういう人たちの考え方を最もよく表していると私が思うのは、コミックス・コードの一般規定パートAの第五条だ。

警察官、裁判官、政府官僚や尊敬されるべき機関が、これら既存の権威者たちに対する軽蔑を生み出すような手法で表されてはならない。

 権威には逆らうな、というわけだ。これを他ならぬアメリカ人が望むってのが腹立たしい。

 OK、じゃアメリカもイギリス国王ジョージ3世に逆らうべきじゃなかったよな。ルターは教会に歯向かうべきじゃなかったし、ジーザスはローマに頭を下げるべきだった。フランスはマキなんか組織してナチスと戦っちゃいけなかったし、1944年のワルシャワ蜂起もけしからんってわけだ。違うか? こういうのを望む人ってのは、ジョナサン・ハイトが言う「権威/転覆」に敏感な人たちなんだろう。

 すまん、興奮して本書の内容から外れてしまった。

 終盤ではコミック・コードが敷かれた後の悲惨な状況を描いてゆく。これはまさしく理不尽な検閲で、「審判の日」(→Wikipedia)をめぐるやり取りは狂気すら感じてしまう。

 アメリカン・コミックスの黎明期から勃興、そして規制による壊滅まで、膨大な資料と取材によって裏を取り、誠実に描いた歴史書と言っていい。単に世間の流れを追うだけでなく、コミック業界の内側にまで入り込み、その営業形態や制作体制に至るまで細かく書いているのも嬉しい。表現規制に興味があるなら、一度は読んでおこう。

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2019年3月28日 (木)

鈴木静夫「物語 フィリピンの歴史 『盗まれた楽園』と抵抗の500年」中公新書

…フィリピンの歴史を、ラス・カサス的な曇りのない目で捉えなおしてみることにしよう。植民地主義者や帝国主義者の観点からではなく、何より原住民の立場で、彼らの追い込まれた境遇や息遣いに迫ることである。
  ――はじめに

…1898年6月12日、アギナルドによってフィリピンの独立が宣言された。
  ――7章 アメリカのフィリピン占領

ダグラス(・マッカーサー)は独立までに1万1千人の正規軍と、40万人の予備軍を作る計画を立案した。仮想敵国は当然日本であり、もし戦争となれば、最終的にはゲリラ戦をも想定した。
  ――8章 「友愛的同化」の虚と実

フク団との対立のさなか、フィリピンは1946年7月4日、アメリカ合衆国から独立した。
  ――12章 戦後の反政府活動

フィリピンの地主階級や金持ちは、多くの場合私兵を持つか、外部からの侵略に備えてガードマンを置くのが常である。
  ――13章 ニノイ・アキノとフィリピン政治

86年にエッドサで打倒されるまでに、マルコスは実に360憶ドルの対外債務をつくりだし、国家財政を麻痺させた。
  ――14章 マルコス政治と“ピープル・パワー”(人民の力)革命

農地改革は、戒厳令で非常大権を握ったマルコス大統領ですら、ほとんど実効をあげることができなかった。
  ――14章 マルコス政治と“ピープル・パワー”(人民の力)革命

【どんな本?】

 最近はドゥテルテ大統領の大胆かつユニークな政策が話題を呼んでいるフィリピン。巧みに英語を操る人が多いと同時に、南欧風の人名や地名も目立ち、カトリックが支配的ながらムスリムもいる。第二次世界大戦では激烈な戦場となり、戦後は独立したものの経済的な発展ではやや遅れをとっている。

 そんなフィリピンは、どのような歴史を辿ったのか。スペインと、その後のアメリカの支配はどのようなもので、いかにしてそこから独立を勝ち取ったのか。そして独立後の歩みはいかなるものか。

 文献だけに留まらず、現地フィリピンや旧宗主国であるアメリカにも足を運んで取材し、政府要人から反政府運動の活動家や宗教指導者などの声も集めて書き上げた、一般向けのフィリピンの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1997年6月25日発行。新書版で縦一段組み、本文約300頁。9ポイント43字×17行×300頁=約219,300字、400字詰め原稿用紙で約549枚。文庫本でも普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。特に「そのころ日本は」的な記述が入っているのが有り難い。ただ、耳慣れない略語や人名がよく出てくるので、できれば索引か用語集が欲しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 1章 フィリピンの歴史を遡上する
  • 1 自由な天地で
    「ラグナ銅板碑文」の世界/中国人との海上交易
  • 2 アジア世界を求めて
    大航海時代の幕開け/マゼラン船団の出発/西と東 最初の出会い/マゼラン、ラブラブとの戦闘で敗北
  • コラム フィリピン人の名前と国名/世界一周、一番乗りの男エンリケ・デ・マラッカ

 

  • 2章 盗まれた楽園
  • 1 スペイン政府派遣の遠征隊
    レガスピ遠征隊、セブにとりつく/セブ―パナイ―マニラ
  • 2 エンコミエンダ制の整備
    植民地の拠点・マニラ
  • 3 もう一つの「海のシルクロード」
    フィリピン経済を破壊したガレオン貿易
  • コラム スペインを悩ませた倭寇と秀吉

 

  • 3章 カトリック宣教と原住民
  • 1 「改宗は簡単。押し付ければ信じる」
  • 2 修道会のフィリピン支配
  • 3 原住民の三重苦 貢税・奴隷化・強制労働
  • コラム モロ戦争の歴史1

 

  • 4章 全民族の抵抗運動へ
  • 1 原住民キリスト教徒の抗議 ダゴホイ事件 1744-1829
  • 2 対英協力で反スペイン闘争 ディエゴ・シランの反乱
  • 3 祈りによる抗議 アポリナリオ・デ・ラ・クルスの兄弟会
  • 4 巡回権問題と人種対立
  • 5 在俗司教のフィリピン化
  • 6 抵抗のもう一つの起爆剤 ゴンブルサ事件
    イスキエルドの着任
  • コラム モロ戦争の歴史2

 

  • 5章 中国系メスティーソの勃興と抵抗
  • 1 パリアン(生糸市場)から全国の流通を支配
  • 2 初期プロパガンダ運動と「フィリピン人意識」
  • 3 プロパガンダ運動の発展
  • 4 フリーメーソンからの支援

 

  • 6章 フィリピン革命
  • 1 三人の戦士 リサール、ボニファシオ、アギナルド
    「第三の社会」示したリサール/ボニファシオの歴史的直観の冴え
  • 2 「カティプナン」ついに蜂起
  • 3 リサール処刑される
  • 4 ボニファシオの処刑
  • 5 ビアクナバト 和平か売国か

 

  • 7章 アメリカのフィリピン占領
  • 1 太平洋に進出した米帝国主義
    太平洋の誘い/アメリカの“国盗り計画”/マニラ解放と米軍の背信
  • 2 束の間のフィリピン独立
    マロロス議会/フィリピン戦争の勃発
  • コラム フィリピン独立教会創設

 

  • 8章 「友愛的同化」の虚と実
  • 1 マッキンリー米大統領の政策表明
  • 2 タフトのフィリピン操縦術
  • 3 米国への併合願った連邦党
  • 4 宥和政策と「合法的独立運動」
  • 5 フィリピン戦争は収束せず
  • 6 独立法案とケソンの独裁
  • 7 フィリピン社会の変質
  • コラム モロ戦争の歴史3

 

  • 9章 1930年代の民族主義の軌跡
  • 1 農民意識の変化と社会主義運動
  • 2 サクダル蜂起
    ケソンの訪日
  • 3 第7回コミンテルン大会とフィリピン共産党
  • 4 反共から溶共へ 反ファシズム統一戦線の取り込み
  • コラム ダバオ開発の光と影

 

  • 10章 日本軍のフィリピン占領とエリートの“対日協力”
  • 1 日本の南方作戦 フィリピン戦
    日本軍のマニラ進軍/バタアン半島「死の行進」
  • 2 エリートの選んだ“民族主義的”対日協力
    バルガスを「大マニラ市」市長に任命/反米的な愛国者アキノ/ラウレル大統領の姿勢/レクト外相の愛国主義
  • コラム 日本軍の“傭兵”ガナップ、マカピリ隊

 

  • 11章 抗日人民軍(フク団)と米比軍ゲリラ
  • 1 共産党は抗日軍編成を迫られる
  • 2 フク団が発足
  • 3 村落統一防衛隊が誕生
  • 4 全土に産まれる各種のゲリラ組織
  • 5 マッカーサーは「待機せよ!」と指令

 

  • 12章 戦後の反政府活動
  • 1 米軍がフク団に向ける「むきだしの敵意」
  • 2 ロハスはフク団に接近
  • 3 アメリカ合衆国から独立 第三共和政成立
    タルクの「凱旋」
  • 4 キリノ政権でマグサイサイは辣腕を発揮
    天才記者ニノイとマグサイサイ大統領

 

  • 13章 ニノイ・アキノとフィリピン政治
  • 1 タルクの処遇をめぐり大統領と対立
  • 2 政治に手を染める 町長から大統領補佐官まで
  • 3 政治人間から農場経営者に、そして副知事に
  • 4 知事昇格と「タルラクの包囲」
  • 5 マルコス大統領の登場
  • 6 上院に議席を占め、マルコスを攻撃
  • 7 「独裁者、アメリカの走狗マルコス」

 

  • 14章 マルコス政治と“ピープル・パワー”(人民の力)革命
  • 1 ホセ・マリア・シソン 新しい民衆運動の興隆と背景
  • 2 マルコスの農地改革 全土を改革対象地域に指定
  • 3 ニノイ・アキノの暗殺 「フィリピン人のためなら死ぬ価値がある」
  • 4 国民が無視しはじめたマルコスの存在と戒厳令
  • 5 コラソン・アキノの大統領就任
  • 6 包括的農地改革法と農民の怒り、失望
    チノ・ローセスの叱正
  • 7 アキノ大統領が痛感する「国語問題」
  • おわりに
  • フィリピンの歴史・略年表/参考文献

【感想は?】

 人物を中心とした物語風の歴史はわかりやすい。その反面、著者の歴史観が強く出るので、「洗脳」されやすい。

 その点、この本は、最初の「はじめに」で、著者の姿勢を明らかにしているのが有り難い。この記事の冒頭に引用したように、もともとフィリピンに住んでいた人たちの立場で歴史を見る、そういう歴史観だ。

 よってスペイン人は侵略者として描かれ、次に来たアメリカも抑圧者となる。スペインやアメリカに対し、いかに抗って独立を手に入れたか、そんな流れとなる。

 ただ、フィリピンにも様々な人がいるんだが、記述の大半はマニアがあるルソン島に割かれ、南部のミンダナオ島の話が少ないのは寂しい。とはいえ、それぞれの地方まで書いてたら五冊ぐらいになっちゃうだろうから、仕方がないか。

 そういう姿勢ではあるんだが、スペイン襲来以前の歴史資料が乏しいのは辛い。高温多湿な気候が災いして、文書が残っていないのだ。1990年にルソン島で見つかったラグナ銅板碑文によると、十世紀には法に支配され活発な経済を営む社会があったらしい。

 また982年の宋の史書「文献通考」にも「モ・イ国の商人たちが商品を持って広東沿岸を訪れた」とあり、1225年の「諸蕃志」にも、役人が貿易船の荷を調べる様子が出てくる。

 日本も世界史に登場するのは魏志倭人伝だし、変な所で中国の存在感を感じてしまった。中国視点で世界史を書いたら、私が知っているのとは全く違う歴史になるだろうなあ。

 本格的に世界史に登場するのは、16世紀のマゼラン到来から。この時、住民の多くはムスリムだったのが、結構アッサリとキリスト教に改宗している。当時のイスラム教はユルかったんだなあ。つかキリスト教徒より前にイスラム教がフィリピンに来てるじゃん。アラビア語文献の発掘が進めば、フィリピン史はまた違ってくるかも。

 そのキリスト教の布教は侵略の尖兵だったと、よく言われる。その実態を細かく描いているのも、この本の嬉しいところ。悪名高いエンコミエンダ制(→Wikipedia)やガレオン船貿易で、商人ばかりか修道会も土地を食い荒らし荒稼ぎする。

 「コラム スペインを悩ませた倭寇と秀吉」にあるように、当時は日本人もフィリピンにいて、秀吉はなんと
フィリピン侵攻をほのめかす手紙を送っている。宣教師が侵略の尖兵だと、なぜ当時の日本の権力者たちが気づいたか。フィリピン情勢がヒントになったのかも。

 もちろん、フィリピンだって黙って支配に甘んじていたワケじゃなく…

(スペインへの)反乱は(16世紀から)19世紀末に向かって、一層激しさを増し、サイデによると「100回以上」、アゴンシリョによると「四、五年に一度の割」で起きている。
  ――4章 全民族の抵抗運動へ

 と、盛んに反乱を起こしている。情勢が大きく変わったのは米西戦争(→Wikipedia)で、以降もなんとかスキを見ては独立を勝ち取ろうと様々な組織が国内で動き始める。

 独立後の話では、なんといってもフェルディナンド・マルコス大統領の存在感が大きい。

 強引な独裁者として悪評高いが、リンドン・ジョンソンと交渉しベトナム派兵の見返りに3800万ドルをせしめる手腕はたいしたもの。もっとも、派兵したのは医療関係者で、貰った金は自分でガメちゃったんだけど。せめて国民のためにカネを使っていればなあ。

 そんなマルコスのライバル、ニノイ・アキノ(→Wikipedia)は、高潔な人格と卓越した能力を持ちながらも非業の死を遂げた英雄として描いている。ちょっと出来すぎな気もするが、これが現代フィリピン人の共通認識なんだろう。

 出版が1997年だけに、コラソン・アキノの苦闘で終わっている。彼女の苦労は土地改革に加え、ケッタイな教育体系にも表れている。国語・社会・図工・体育はフィリピン語、英語・算数・理科は英語で教えているため、理数系は脱落者が多いとか。そりゃそうだよなあ。

 カトリックが盛んで地主が私兵を雇うなど治安が悪く貧富の差が激しいあたりは、ブラジルやアルゼンチンなど南米の元南欧植民地とも似ているが、中国系商人やイスラムの影響もあるのは、やはり東南アジアならでは。著者の戦旗鮮やかな姿勢も相まって、物語としても楽しめる本だった。

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2019年3月15日 (金)

スティーブン・ジョンソン「世界を変えた6つの『気晴らし』の物語 新・人類進化史」朝日新聞出版 太田直子訳

本書の歴史は、あまり実用性のない楽しみの話である。楽しそうだとか、びっくりするようなものだという事実のほかに、明らかな理由もなく生まれた習慣や環境の話なのだ(略)。
  ――序章 マーリンの踊り子

彼らを(地中海から)外洋へとおびきだした最初の誘惑は、単純な色だったのだ。
  ――第1章 下着に魅せられた女たち ファッションとショッピング

紀元前2000年、世界中の人間社会のほとんどは、まだ言語のための表記方法を発明していなかった。ところがどういうわけか、古代シュメール人はすでに楽譜をつくっていたのだ。
  ――第2章 ひとりでに鳴る楽器 音楽

紀元900年ごろのイスラムによる香辛料貿易の地図は、今日の世界中のイスラム教徒人口を示す地図に、ほぼぴったり合致する。
  ――第3章 コショウ難破船 味

熱帯地方におもしろい香辛料があるのは、基本的に熱帯地方にはあらゆるものがたくさんあるからだ。
  ――第3章 コショウ難破船 味

リチャード・アルティック「好奇心はつねに万民を平等にする」
  ――第4章 幽霊メーカー イリュージョン

私たちはゲームを、統治形態や法律、あるいは純文学小説ほどは深刻に受け止めないかもしれないが、どういうわけか、ゲームには国境を越えるすばらしい能力がある。
  ――第5章 地主ゲーム ゲーム

…メソアメリカの人々は、グッドイヤーが実験を始める数千年前に、加硫の手法を開発していたのだ。
  ――第5章 地主ゲーム ゲーム

私たちの脳は、世のなかの何かに驚かされると、注意を払うようにつくられているのだ。
  ――終章 驚きを探す本能

【どんな本?】

 現代社会は、幾つものテクノロジーに支えられている。歯車やピストンなどの機械工学、貿易を支える船と航海術、自動車のタイヤのゴム、そしてコンピューター。いずれも私たちの暮らしを便利にし、面倒な手間や苦労を省いてくれる。

 それらは役に立つ。だが、ルーツをたどると、最初は全く違った目的のために作られた技術や、考え出されたしくみ・制度も多い。役立たせるためではなく、人を驚かせ、または楽しませる、要は「面白さ」のために生み出されたものだ。

 ファッション・音楽・香辛料・幻影・ゲーム・娯楽施設など、いわゆる「気晴らし」のために生まれ発達したモノや考え方が、私たちの世界をどう変えたかを綴り、「遊び」の効用を再評価する、一般向けのちょっと変わった歴史のウンチク本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は WONDERLAND : How Play Made the Modern World, by Steven Johnson, 2016。日本語版は2017年11月30日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約371頁、9.5ポイント43字×17行×371字=約271,201字、400字詰め原稿用紙で約679枚。文庫本なら少し厚い一冊ぐらいの文字量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。世界史や技術史に詳しいと更に楽しめるが、疎くても「そうだったのか!」な驚きをたくさん味わえる。特に、この本が扱う6つのテーマのいずれかに興味があれば、更に楽しめる。ただし、受験用の歴史学習にはほとんど役に立たないと思う。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、興味のある所から読んでもいいだろう。私は第2章の音楽と第4章の映画、そして第5章のゲームが特に楽しかった。

  • 序章 マーリンの踊り子
  • 最古のテクノロジー
  • 機械時計から生まれた初期ロボット
  • 屋根裏の美しい踊り子
  • 「気晴らし」の種はヨーロッパ以外で育つ
  • 「気晴らし」を探れば未来が見える
  • 第1章 下着に魅せられた女たち ファッションとショッピング
  • ティリアン・パープルへの欲求
  • 買い物が手段で無くなった日
  • 店舗ディスプレイと産業革命
  • 羊と羊の闘い
  • 木綿ビッグバン
  • 木綿が引き起こした史上最悪の出来事
  • ファッションは社会に挑む
  • 商業の大聖堂
  • 「百貨店病」の流行
  • 「売るための機械」が落とした影
  • ウォルト・ディズニーのイマジニアリング
  • モールか、モールなしか?
  • 第2章 ひとりでに鳴る楽器 音楽
  • 旧石器時代の音楽
  • 音楽は異質な音から生まれた
  • プログラムできる音楽
  • 音楽が模様をつくる
  • メディチ家の結婚式
  • 鍵盤からタイプライターへ
  • 音楽なくしてテクノロジーなし
  • 「バレエ・メカニック」のとっぴな「オーケストラ」
  • 自動演奏ピアノの軍事利用
  • 世界最古の電子楽器
  • 図形を音に変換する装置
  • 音楽はコンピューターの母だった
  • 第3章 コショウ難破船 味
  • 味覚のグローバル化
  • 世界を変えた香辛料
  • 世界最強の通貨
  • 盗賊になった宣教師
  • 銀と等価だったバニラビーンズ
  • 革命を起こした12歳の少年
  • 中世貴族に使えた香辛料師
  • ヨーロッパ人の誤解
  • エリザベス一世が伝えた神意
  • 香辛料のメッセージは「火事だ!」
  • 第4章 幽霊メーカー イリュージョン
  • ホラー映画を生んだ霊媒師
  • 幽霊ショーとマルクス
  • 階級の垣根を越えた、だまされる喜び
  • 視覚はだまされる
  • 360度の眺望を描く
  • パノラマが生んだ疑似体験
  • イリュージョンを駆逐した映画
  • 映画を芸術に持ち上げた欠点
  • ディズニーの『白雪姫』
  • 「1秒12フレーム」から疑似友人へ
  • 第5章 地主ゲーム ゲーム
  • 修道士が著した風変わりな本
  • チェス盤上に示された社会の有様
  • チェスと人工知能
  • 知られざるモノポリーの祖先
  • 神話化される偽のゲーム発明者
  • 社会を変えた「運」のゲーム
  • 運を確率論で説明した男
  • サイコロのデザインと統計学
  • コロンブスが出会ったゴムボール
  • ゴムのイノベーション
  • コンピューターゲームの誕生
  • 「スペースウォー!」とジョブスのつながり
  • カジノで使われた初めてのウェラブル
  • 人間にもっとも近い「ワトソン」の未来
  • 第6章 レジャーランド パブリックスペース
  • 人種の境界なき酒場の悲劇
  • 民主主義はバーで生まれた
  • もし歴史から飲み屋が消えたなら
  • LGBTにとってのバーという場所
  • 居酒屋のハチドリ効果
  • 人間とコーヒーの物語
  • トルコ人の頭
  • コーヒーハウスの使われ方
  • 奇妙なコレクションのあるコーヒーハウス
  • 詩人も地主も起業家も科学者も
  • 自然を楽しむというイノベーション
  • モンブラン踏破とダーウィンの進化論
  • 人間の楽園に変わった自然
  • 初めての動物園のおしゃれなオランウータン
  • 野生動物商人がつくった巨大テーマパーク
  • 世界は狭まり「遊び場」が生まれる
  • 終章 驚きを探す本能
  • 謝辞/原注/参考文献/クレジット

【感想は?】

 歴史はセンス・オブ・ワンダーでいっぱいだ。

 著者はソレを「ハチドリ効果」と呼んでいる。他の目的のために生まれた発想や技術が、全く別の分野に応用され、発展して世界を席巻してゆく、そんな現象である。

誰かが明確に一つの目的を持った装置を発明するが、その装置をより広い社会に導入することで、発明者が想像もしていなかった一連の変化が起こるのだ。
  ――第6章 レジャーランド パブリックスペース

 歴史の視点には大きく分けて二つの型がある。一つは人物に焦点を当て、王朝や英雄の活躍を語るもの。昔から物語のネタとしてよく使われた。もう一つは技術や産業の伝播や発達を追うもので、ウィリアム・H・マクニールの「世界史」が代表だろう。

 この本は後者、すなわち技術や産業や概念の伝播と発達、そして変化や成長を追うタイプだ。ただしマクニール的に技術を追うタイプでも、「それが何の役に立つのか」が説得力の基礎をなす。だが、この本では、何の役にも立たないモノを主役に据える。

 この本が扱うのは、ファッション・音楽・香辛料・幻影・ゲーム・娯楽施設などだ。いずれも、現代では重要な産業を成している。が、無くなった所で文明が崩壊するわけじゃない。それでも、この本を読むと、こういった「遊び」こそが文明の発展の原動力なんじゃないかと思えてくる。

 上にあげた6つのテーマのうち、たいていの人なら一つぐらいは興味を惹くものがあるだろう。そこから読み始めてもいい。

 私が最も惹かれたのは、第2章の音楽だ。ヒトの音楽にかける執念は、パイプオルガンを見ればわかる(→「パイプオルガン 歴史とメカニズム」)。あのとんでもなく精密で大規模なメカニズムを、心地よい音を響かせるためだけに作ったのだ。この音を求める欲求は洞窟に暮らしていた頃からのものらしい。

旧石器時代の洞窟遺跡で発掘された骨笛のなかには、音を出せるぐらい無傷のものもあり、多くの場合、骨にあけられている指孔は、現在、完全四度および完全五度と呼ばれている音程を出す間隔になっていることを、研究者は発見している(略)。
  ――第2章 ひとりでに鳴る楽器 音楽

 音楽理論なんざ欠片もなく、狩りと採取で暮らしていた頃から、ヒトは「心地よいメロディー」を求めたのだ。幸い骨だからモノが今も残っているが、皮は残らない、考古学者によると、皮で作る太鼓は10万年以上の歴史があり、「音楽の技術は狩猟や体温調節のための技術とおなじぐらい古い」。樋口晶之のドラム(→Youtube)で血が騒ぐのは、そのためか。

 時は流れ9世紀。バグダッドのハイテク・エンジニア兄弟、バーヌ・ムーサは自動オルガンを作る。笛の穴を、指で塞ぐのではなく、シャフトで塞ぐ。シャフトはカムで上下する。カムというより太い円筒で、理屈はオルゴールに似ている。

 この発明の凄い所は、円筒を取り換えれば別の曲を奏でられること。つまり「プログラム可能だったのだ」。ハードウェアとソフトウェアが分かれたのだ。一種の万能機械といえよう。バーヌ・ムーサは得意絶頂だったろうなあ。ところが、この偉大なる発明は…

800年にわたって、人間はプログラム可能性という変幻自在の手段を手にしていながら、その期間、その手段をもっぱら心地よい音波のパターンを空中に発生させるために利用していたのだ。
  ――第2章 ひとりでに鳴る楽器 音楽

 と、音楽とからくり人形だけにしか使われなかった。これを変えたのがジョセフ・マリー・ジャカール、産業革命のきっかけとなったパンチカード式の自動織機である。このパンチカードはチャールズ・パペッジの解析機関へと引き継がれ、やがて現代のコンピューターへと発展してゆく。

 この章では、成功した発明だけでなく、消えていった発明も扱っている。中でも是非復活してほしいのが、ダフネ・オラム(→Wikipedia)が発明した楽器、オラミクス・マシン。発想が素晴らしい。オシロスコープは波形を画像にする。なら画像を波形、すなわち音にできるんじゃね?

 残念ながら当時のテクノロジーじゃ使い勝手が悪い上に、世間も電子音楽を受け入れる土壌が育ってなかった。でも現代なら、彼女が考えたインタフェースはシンセサイザーやDTMで実現できるだろうし、かなり面白いモノになると思う。

 終章では、なぜ遊びがイノベーションに重要かを解き明かしてゆく。遊びは気持ちをリラックスさせて想像力を刺激し、珍奇なアイデアを受け入れる心の余裕を広げるのだ。確かにギスギスした雰囲気だと面白い発想は出てこないしねえ。

 この記事では明るい話だけを取り上げたが、本書では胡椒や木綿が引き起こした惨劇もキチンと描いている。またクロード・シャノンの意外な人物像など、ドラマとして面白いネタも多い。ファッションが、音楽が、映画が、ゲームが好きな人に加え、エンジニアにもお薦めできる一冊。

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2019年3月11日 (月)

ジェレミー・A・グリーン「ジェネリック それは新薬と同じなのか」みすず書房 野中香方子訳

本書は20世紀後半から21世紀初頭の米国における、ジェネリックの社会的、政治的、文化的歴史を記録し、二種類の薬を同一と称することのリスクを検証しようとするものだ。
  ――序 同じであって同じでない

「思うに、公聴会は、法案を求める声を作り出すために、つまり、国民を動かすために開くのです。言うなれば、公聴会は情報のために開くのです。と言っても、私が情報を得るためではなく、国民に情報を伝えるためです」
  ――第6章 同等性コンテスト

「ジェネリックはどこで入手できるのですか。ブランド薬との比較で、より安いジェネリックはどれですか。同一性の保証はどうすれば得られるのですか」
  ――第10章 囚われの身の消費者を開放する

2007年、市場調査企業のIMSヘルスは、世界の製薬市場についての報告の中で、ジェネリックの市場シェアと、ブランド薬をジェネリックに替えて倹約した金額に応じて、各国をランク付けした。米国はその両方でトップだった。
  ――第14章 地球規模のジェネリック

インスリンが最初に特許を得たのは1921年のことだったが、それから一世紀近くたった今でも、市場でインスリンのジェネリックを見ることはほとんどない。
  ――結論 類似性の危機

研究開発費10憶ドルあたりのFDAに承認された薬の数は、1950年から2010年までの間で、九年ごとに半減してきた。
  ――結論 類似性の危機

【どんな本?】

 ジェネリック薬。特許の切れた医薬品と同じ有効成分を持つ薬。たいてい既にある薬とは別の企業から売り出され、価格も安い。

 だが、それは本当に「同じ」なのか。どんな根拠で「同じ/違う」と主張するのか。それは信用できるのか。ジェネリックの流通は、医療にどんな影響をもたらすのか。製薬会社・医師・薬剤師・薬局・政府機関・保険会社そして患者は、どのようにジェネリックを見てきたのか。ジェネリックで医療費の高騰は抑えられるのか。

 アメリカの医療でジェネリック薬が辿った歴史を、医療の現場に加え、政治・法律そして市民運動の面からとらえ、ジェネリック薬がもたらす影響を描く、一般向けのノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は GENERIC : The Unbranding of Modern Medicine, by Jeremy A. Greene, 2014。日本語版は2017年12月15日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約373頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×373頁=約302,130字、400字詰め原稿用紙で約756枚。文庫本なら厚い一冊分。

 みすず書房の本の中では文章はこなれている方だろう。内容も特に難しくない。あまり医学・薬学・化学には踏み込まないので、理科が苦手な人でも大丈夫。むしろ企業・政府・政治家の動きなどの社会的な側面が多く、特に連邦政府と州政府の関係など、アメリカ独特の制度や事情が強く関係しているので、その辺に詳しいと更に楽しめる。

【構成は?】

 全般的に前の章を受けて次の章が展開する形なので、なるべく頭から読もう。

  • 謝辞
  • 序 同じであって同じでない
    ただほど高いものはない/甲状腺騒動/ジェネリックの歴史/同等性の科学/医薬品の脱ブランド化
  • Ⅰ 名前には何が込められているのか?
  • 第1章 治療の世界に秩序をもたらす
    命名法/薬局方の政治/医薬品向けに合理的な言語を考案する/合理的な命名法/不合理な顛末
  • 第2章 ブランド批判としてのジェネリック
    不安定なつながり/一般名と特定のもの
  • Ⅱ ジェネリックなんてものはない?
  • 第3章 匿名薬
    偽造の歴史 模造品と粗悪な薬/闇市場の医薬品
  • 第4章 控えめな業界の起源
    処方薬からジェネリックに移行 プレモ製薬/ラリーとボブと一緒に浴室で薬をつくろう ボラー製薬/昔の特効薬を蘇らせる ゼニス製薬
  • 第5章 ジェネリックの特異性
    安いが、危険なほど安いわけではない ピュアパック/ジェネリックのブランド化 SKライン、ファイファーメクス、レダール・スタンダード・プロダクツ/自家商標の危機 マイラン製薬/新薬はいつから旧薬になるのか/ジェネリック医薬品の誕生
  • Ⅲ 同等性の科学
  • 第6章 同等性コンテスト
    モノを同じにする/研究のカギ 薬物の溶出の生体外モデル/差異の科学に投資する
  • 第7章 差異の意義
    生産の違い/立証責任/複数存在する同等性/分断された同等性の科学/患者が服用しているその薬は一度も試験されていない/生物学的同等性を超えて
  • Ⅳ 代替調剤に関する法律
  • 第8章 代替の悪徳と美徳
    「増大する悪」ブランド代替を犯罪と見なす/代替のテクノロジー/代替を合法化する/代替のルール、地域で、また世界で
  • 第9章 普遍的な代替
    ジェネリック派の肖像 ウィリアム・ハダッド/ニューヨーク州ジェネリック調査/ニューヨーク州の処方集と大衆/ニューヨークからワシントンへ 互換性のある医薬品の結集/失敗した標準化 国政、そして代替の特異性/代替の地形
  • Ⅴ ジェネリック消費のパラドックス
  • 第10章 囚われの身の消費者を開放する
    囚われた薬剤消費者/ジェネリックのユーザーズガイド/ジェネリック利用のためのハンドブック/非合理な処方者/必須でない薬のための、必須のガイドブック/ジェネリック消費者になる
  • 第11章 診断書、薬局、スーパーマーケットでのジェネリック消費
    消費者としての医師/ジェネリック消費の場所 薬局とスーパーマーケット/禁欲の祝典/ジェネリックの分岐
  • Ⅵ ジェネリック医薬品
  • 第12章 模倣薬の科学と政治
    分子操作/薬はいつから十分良いものになるか/薬はいつから十分良いものでなくなるか/代替政策の復活
  • 第13章 推奨薬、公的に、あるいは民間で
    医薬品の手品(ごまかし、こじつけ)/公的推奨 薬効評価計画/公的及び民間の合理的行動
  • 第14章 地球規模のジェネリック
    必須医薬品と活動家の地位、ジュネーヴからリオ・デ・ジャネイロまで/輸出市場としてのジェネリック インド亜大陸での拡大/ジェネリック巨大企業
  • 結論 類似性の危機
    あらゆる分子、大きいのも、小さいのも/ジェネリックの歴史、ジェネリックの未来 同じだが同じではない
  • 訳者あとがき/原注/略語/索引

【感想は?】

 ジェネリック薬は最近のものだと思っていた。が、しかし。

 例えばアスピリン。今 WIkipedia で調べたら、なんとまあ。バファリンやケロリンもアスピリンを含むのか。他にもアスピリンのジェネリックは沢山ある(→KEGG DRUG)。ずっと昔から、ジェネリックは私たちの身近にあったのだ。

 そんなわけで、この本も、けっこう昔の話を多く含んでいる。特にジェネリックが社会的な脚光を浴び始めるのは、1960年代から。

 主な登場人物は、まず先行薬の製薬企業とジェネリックの製薬企業。それに医師・薬剤師・ドラッグストアなど、薬を扱う職業の人々。当然、医薬品の認可を司るFDAも重要な役割を果たす。それに保険会社や州政府・政治家・消費者団体なども絡んでくる。

 先行薬の企業はジェネリックに否定的で、後発薬の企業は肯定的だ。まあ当たり前だね。

 ところが、一部の大手先行薬企業も、ジェネリックに手を出してる。例えばファイザー社はジェネリック部門の「ファイファーメクス」を持ってたり。ファイザーのブランドで差別化を図ろうってわけ。対してジェネリックの企業は、「同じである」のがウリなだけに、差別化が難しい。

 保険会社や、州の健康保険関係者は、安上がりなジェネリックを歓迎する傾向が強い。独特の立場でジェネリックを推したのが、ウォルグリーン社。薬局のチェーン店だ。顧客にアピールするチャンスと見て、小冊子「処方薬での節約法」を配る。

 なぜ薬局が、と思うだろうが、ここに薬のややこしさが関係している。例えばアスピリン。幸い日本だと「アスピリン」が一般名で、複数の会社が同じ商品名=アスピリンを出している。が、全星薬品工業の商品名は「ゼンアスピリン」だ。

 処方箋は医師が書く。それを見て薬局が処方する。処方箋に「アスピリン」とあったら、まずもって全星薬品工業の「ゼンアスピリン」は処方しないだろう。

 では、処方箋に医師が書くのは商品名か一般名か。たいてい商品名を書くのだ。そして、医師は病気には詳しくても薬品、特に商品としての薬品には詳しくない。それは薬剤師の仕事だ。だから、医師は慣れた商品名で処方する。たいてい古株の先行薬の名前を書く。だって学校や先輩にそう習ったし。

 薬剤師は処方箋を見て薬を出す。処方箋に書かれたとおりに薬を出せば、たいてい高価な先行薬になる。安く上げようとするなら、ちと面倒な作業をしなきゃいけない。処方箋の商品名から一般名を調べ、同じ一般名の薬から安くて在庫のある薬を探すのだ。

 今ならRDBを使ってSELECT文一発だろうが、昔はそうじゃない。それを何とかしようとしたのが、ニューヨーク・ホスピタル。在庫管理のために院内処方集を作った。これが評判よくて、1961年には「国内の主な病院の60%に導入された」。なんかK&Rみたいな話だね。

 こういう動きは消費者にも出てくる。医師リチャード・ビュラックは『処方薬ハンドブック』を1967年に著し、これがッベストセラーとなるのだ。買ったのは医師じゃなくて消費者。日本でも「医者からもらった薬がわかる本」が売れてるなあ。

 は、いいが。これらには法律も絡んでくる。薬剤師が勝手に薬を変えていいのか? 薬を選ぶのは医師の仕事ではないのか?  また、何を根拠に「同じ」と見なすか、なんて問題もある。そんなわけで、政府機関や政治家も、この本では重要な役割を果たす。面倒なことにアメリカは州の権限が強く、州ごとに違ってたりするから大混乱だ。

ちなみに今の日本だと、医師と薬局の両方にジェネリック医薬品希望カードを示し「ジェネリックでお願い」と伝える必要があるらしい(→第一三共エステファ株式会社)。

 さらに終盤では、ブラジルやインドなど国際的な問題にまで触れ、また新薬開発が難しくなっている事もあり、製薬業界が大きな嵐に見舞われている現状を生々しく描いている。

 正直、私のような素人には、いいささか詳しすぎる内容だったが、同時にビジネスもロビー活動も激しいアメリカの空気が否応なしに伝わってくる迫力もあった。科学というよりは、ジェネリックの歴史と現状を伝えるドキュメンタリーの色彩が強い本だ。

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2019年2月11日 (月)

ジョージ・ダイソン「チューリングの大聖堂 コンピュータの創造とデジタル世界の到来」早川書房 吉田三知世訳 1

1953年3月、地球上に存在した高速ランダムアクセス・メモリは合計53キロバイトだった。
  ――第1章 1953年

【どんな本?】

 1930年代、アメリカのニュージャージー州プリンストンに、一つの研究機関が誕生した。その名も「高等研究所」。目指すは学者のパラダイスである。欧州ではナチスが台頭し始め、アインシュタインなど優れた頭脳が新大陸に逃れてくる。そして高等研究所は彼らに格好の避難所となった。

 その一人がハンガリー出身のジョン・フォン・ノイマンである。卓越した頭脳と斬新な発想、旺盛な行動力と新分野への臆せぬ開拓心、そして豊かな社交性を持った彼は、純粋数学の功績はもちろん、ゲーム理論など新しい数学を生み出し、現在の私たちに欠かせない「プログラム内蔵型コンピュータ」も創り出した。

 ENIAC など黎明期のコンピュータは、どのようなものだったのか。開発にはどんな障壁があり、どう乗り越えたのか。プログラム内蔵型コンピュータの何が斬新だったのか。誰がどんな貢献をなしたのか。黎明期のコンピュータは何に使われたのか。そして、高等研究所とはどんな組織なのか。

 膨大な資料を駆使して再現する、プログラム内蔵型コンピュータ誕生の物語。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は TURING'S CATHEDRAL : The Origins of the Difital Universe, by George Dyson, 2012。日本語版は2013年2月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約546頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント45字×20行×546頁=約491,400字、400字詰め原稿用紙で約1,229枚。文庫なら厚い上下巻か薄めの上中下巻ぐらいの大容量。今はハヤカワ文庫NVから上下巻で文庫版が出ている。

 文章はやや硬い。語り手の多くが数学者や物理学者だからかもしれない。内容も、特にコンピュータの実装の話は、かなり突っ込んだネタが出てくる。ここではソフトウェアよりハードウェアの知識が必要だ。中でも重要なのは真空管の知識。私は完全にお手上げだった。

【構成は?】

 ほぼ時系列ではあるが、章ごとに人や事件にスポットをあてていく形なので、かなり時間は前後する。面白そうな所だけを拾い読みしてもいい。

 内容的に大雑把に四部ぐらいに分かれている。コンピュータを主人公とすると、1)前史・2)誕生・3)活躍・4)未来、といったところか。

  • まえがき 点源解
  • 謝辞 はじめにコマンド・ラインがあった
  • 主な登場人物
  • 第1章 1953年
  • 第2章 オルデン・ファーム
  • 第3章 ヴェブレンのサークル
  • 第4章 ノイマン・ヤーノシュ
  • 第5章 MANIAC
  • 第6章 フルド219
  • 第7章 6J6
  • 第8章 V40
  • 第9章 低気圧の発生
  • 第10章 モンテカルロ
  • 第11章 ウラムの悪魔
  • 第12章 バリチェリの宇宙
  • 第13章 チューリングの大聖堂
  • 第14章 技術者の夢
  • 第15章 自己複製オートマトンの理論
  • 第16章 マッハ9
  • 第17章 巨大コンピュータの物語
  • 第18章 39番めのステップ
  • 訳者あとがき/原注/原注中の引用元略語一覧

【感想は?】

 私が副題をつけるなら「ジョン・フォン・ノイマンと愉快な仲間たち」または「プログラム内蔵型コンピュータの誕生と成長」かな?

 今となっては、プログラム内蔵型ではないコンピュータを想像する方が難しい。というか、実は私もよくわかってない。イメージ的には「たまごっち」が近いかも。一つのプログラム=アプリケーションだけが動くコンピュータだ。もっとも、実は「たまごっち」も、中身はプログラム内蔵型なんだけど。

 昔は、解くべき問題=アプリケーションごとに、異なるハードウェアが必要だったのだ。そして、みんなソレが当たり前だと思っていた。想像してみよう。Excel専用機とかメール専用機とかPhotoShop専用機とか。アプリケーションごとに別々のマシンが必要な世界を。

プログラム内蔵型コンピュータのルールの一つは、ルールを変えられるということだ。
  ――第6章 フルド219

 ルールというより、アプリケーションと言う方が現代の読者には分かりやすいだろう。パソコンもスマートフォンも、アプリケーションを入れる事で出来ることが増える。これが、実は画期的な事なのだ。それ以前の世界の考え方からすれば。

 この本では、弾道計算にルーツを求めている。

 敵の位置が分かっているとき、銃や砲をどの角度にすればいいか。単純に考えると微分方程式を解けば良さそうな気がする。でも、現実には、砲や砲弾により飛び方が違う。おまけに技術の進歩で飛距離が伸びると、コリオリの力とかも関係してくる。じゃ、どうするか。

 試しに幾つか撃って、結果を表にしよう。でも予算も時間も限りがある。やたらと撃ちまくるわけにはいかない。だから表は隙間だらけのスカスカだ。そこで数学者を雇い、間を計算で埋めるのだ。もっとも、数学者は式を考えるだけ。実際に計算するのは、学生バイトだったり。

ノーバート・ウィーナー「第一次世界大戦後何年ものあいだ、アメリカの優れた数学者の大多数は、(弾道)性能試験場で訓練を受けた者たちだった。こうして世間の人々は、われわれ数学者にも実世界で果たせる役割があるということに初めて気づいたのである」
  ――第3章 ヴェブレンのサークル

 そんなワケで、当時から計算の需要はあったのだ。切ないのは、目的が軍事だってこと。これは、本書の最後まで一貫している。インターネットや画像認識など、コンピュータは軍事と分かちがたく関わっている。

 さて。当時の発想としては、方程式を解く専用機を造ろうって方向に行く。でも、専用機だって、データを与えなきゃいけない。そこでアラン・チューリングとジョン・フォン・ノイマンは考えた。「プログラム=アプリケーションもデータも、結局はビットの集まりだよね。なら同じに扱えるんじゃね?」

アラン・チューリングが考案しジョン・フォン・ノイマンが実現したプログラム内蔵型コンピュータは、「何かを意味する数」と「何かを行う数」の区別をなくした。これによってわれわれの宇宙はすっかり変貌し、その後二度と元に戻ることはなくなったのである。
  ――まえがき 点源解

 実は上の文章、一つ飛躍がある。データがビットの集まりだってのはいい。でも、プログラムがビットの集まりってのは、ちと納得しがたいだろう。が、これ、既に17世紀に発想の兆しがあったってのが驚きだ。

ゴットフリート・ウィリアム・ライプニッツ「無謬の計算を行うことによって、人生に最も有益な原理、すなわち、倫理の原理と形而上学の原理を(この方法に基づいて)理解するためには、たった二つの記号しか必要ないだろう」
  ――第6章 フルド219

 まったく、数学者ってのは、なんだってこう突拍子もない事を考えるんだろう。これは20世紀になっても相変わらず、どころかコンピュータに妄想を刺激された数学者・科学者たちが中盤以降にゾロゾロと出てきて、SF作家を凌ぐ豊かな発想力を見せつけてくれるんだが、それは次の記事で。

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2019年1月23日 (水)

藤原辰史「トラクターの世界史 人類の歴史を変えた『鉄の馬』たち」中公新書

トラクターとは、物を牽引する車のことである。
  ――第1章 誕生 革新主義時代の中で

第二次世界大戦時にはほとんどのトラクター企業が戦車開発を担うようになる。
  ――第3章 革命と戦争の牽引 ソ独英での展開

1938年7月企画院産業部『小型自動耕耘機ニ就テ』より
「比較的乾燥せる田地又は耕耘砕土後直ちに播種、植付(例えば裏作として麦類の作付等)を行う地方及び畑地利用には好適なるべし」
  ――第5章 日本のトラクター 後進国から先進国へ

北海道のトラクター死亡事故の原因を分析した伊藤紀克は、眠気対策として、(略)高い声で歌をうたうことを勧めている。
  ――第5章 日本のトラクター 後進国から先進国へ

【どんな本?】

化学肥料と共に、20世紀の農業を支え大きく変えたトラクター。それは単に農業を機械化しただけではない。アメリカ,ソ連,ドイツそして日本など各国の基本政策に大きな影響を与え、それぞれの国で様々な形で導入・利用され、有名なソ連の集団農場のように国家の形態にまで関与していた。

 トラクターは、土を耕すことによって農作業を省力化し短期的には収穫を増やす反面、使い方によっては幾つもの弊害ももたらし、また戦車の原型となったように戦争との関係も深い。

 さまざまな国におけるトラクターの発達と普及の歴史を追うなかで、それぞれのお国柄や農業のおかれた立場を浮かび上がらせつつも、アチコチにトラクターへの愛が滲み出る、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年9月25日発行。新書版で縦一段組み本文約249頁に加え、あとがき3頁。9ポイント41字×17行×249頁=約173,553字、400字詰め原稿用紙で約434枚。文庫本ならやや薄めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。時おりPTOなど専門用語が出てくるが、すぐに説明があるので気にせず読み進めよう。

【構成は?】

 だいたい前の章を受けて後の章が続く形なので、素直に頭から読もう。

  • まえがき
  • 第1章 誕生 革新主義時代の中で
    • 1 トラクターとは何か
    • 2 蒸気機関の限界、内燃機関の画期
    • 3 夜明け J・フローリッチの発明
  • 第2章 トラクター王国アメリカ 量産体制の確立
    • 1 巨人フォードの進出 シェア77%の獲得
    • 2 農機具メーカーの逆襲 機能性と安定性の進化
    • 3 農民たちの憧れと憎悪 馬への未練
  • 第3章 革命と戦争の牽引 ソ独英での展開
    • 1 レーニンの空想、スターリンの実行
    • 2 「鉄の馬」の革命 ソ連の農民たちの敵意
    • 3 フォルクストラクター ナチス・ドイツの構想
    • 4 二つの世界大戦下のトラクター
  • 第4章 冷戦時代の飛躍と限界 各国の諸相
    • 1 市場の飽和と巨大化 斜陽のアメリカ
    • 2 東側諸国での浸透 ソ連、ポーランド、東独、ヴェトナム
    • 3 「鉄牛」の革命 新中国での展開
    • 4 開発のなかのトラクター イタリア、ガーナ、イラン
  • 第5章 日本のトラクター 後進国から先進国へ
    • 1 黎明 私営農場での導入、国産化の要請
    • 2 満州国の「春の夢」
    • 3 歩行型開発の悪戦苦闘 藤井康弘と米原清男
    • 4 機械化・反機械化論争
    • 5 日本企業の席捲 クボタ、ヤンマー、イセキ、三菱農機
  • 終章 機械が変えた歴史の土壌
  • あとがき
  • 参考文献/トラクターの世界史 関連年表/索引

【感想は?】

 ジョン・K・ガルブレイス「不確実性の時代」に曰く。

産業革命が起こるまで、そして多くの国ではその後も長いあいだ、すべての経済学は農業経済学だったのです。

 これを改めて強く感じさせてくれる一冊だ。いや経済学だけじゃない。各国の国家政策そのものが、20世紀も農業の世紀だったし、今でも国によっては農業政策が国家政策の基盤なのだ、と思わせてくれる。

 それを最もあからさまに表しているのは、他でもないソ連だ。かの悪名高いコルホーズ&ソフホーズである。直感的にも、集約・大型化は効率がいいように感じる。チマチマ小さい農地が分散してるより、機械化してデカい農地で作った方が、巧くいきそうだ。

 ただ、ソ連は頭ごなしにやったのが祟った。

 なにせ1920年代~1930年代、モータリゼーション黎明期である。おまけに農機具なんで、使われる環境も過酷だ。平らなアスファルトの上を走るワケじゃない。だもんで、何かと故障する。本書には「数年で市場から消えるのが通常であるトラクターの世界」なんて文章もある。

 故障したら直さにゃならん。そのためには部品も要れば技術者も欲しい。燃料だって必要だ。が、当時のソ連にはどれも足りなかった。「第5章 日本のトラクター」には日本の農機具メーカーの特徴として、販売員が足蹴く農家に通う点を挙げている。そういうキメの細かいアフターサービスが大事らしい。

 「トラクターが来るなら牛馬は不要」とっばかりに早まって家畜を処分したのも祟り、スターリンの理想は悪夢と化す。

…クリミアで強制的にMTS(機械トラクターステーション)のサービス範囲に組み込まれた入植地では、MTSのトラクター隊が保有するフォードソンのうち3/4が故障していた…
  ――第3章 革命と戦争の牽引 ソ独英での展開

 これに対し市場原理で巧くいったのがアメリカ。幾つもの企業が競争してトラクターの改善を進めていく。金属タイヤが主流だった時代に、見慣れぬゴムタイヤを導入したアリス=チャルマーズ社がの宣伝が、いかにもアメリカ。レース・ドラーバーをを雇ってトラクターレースを開催するのだ。

 そんな競争の結果か、アメリカの農業は自然と大規模化・集約化が進む。社会ってのは、なかなか政治家の思い通りにはいかないモンです。

 どの国でも、新しいモノは反発を招く。が、若者が力強いマシンに憧れるのも万国共通らしい。

「君のところの農場でトラクターが走るとは夢にも思わなかったよ」
「こうでもしなければ、息子はわたしのそばからいなくなっていたよ」
  ――第2章 トラクター王国アメリカ 量産体制の確立

 これはアメリカだけでなく、ポーランド・東ドイツ・ヴェトナム・中国などでも、トラクターに憧れる若者が出てくる。

 が、そんな若者を、戦争が奪ってゆく。農家は人手が足りなくなる。そこで省力化のため更にトラクターが普及する…と思いきや、トラクター工場は戦車工場に転用されたり。

 もっとも、農場でトラクターのウ運転や修理に慣れた若者たちは戦地で優れた活躍を見せたりするんだが。こういう所は、化学肥料の開発を扱った「大気を変える錬金術」と同じ皮肉を感じたり。

 改めて考えると、日本の高齢化した農業もトラクターのお陰で維持し得てるわけで、実はたいへんな縁の下の力持ちなんだなあ、と実感する。

 と共に、エルヴィス・プレスリーやボブ・フェラー(→Wikipedia)などトラクターのコレクターを紹介するくだりには、著者のトラクターに寄せる思いが漂ってくる。特にボブ・フェラーの話は、まるきしW.P.キンセラ「シューレス・ジョー」だw

 小さく具体的なエピソードを積み重ねて臨場感を出しながら、統計数字も駆使して大きな流れも示し、分量の限られた新書ならではのバランスの取れた楽しい本だった。

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2019年1月20日 (日)

ジェラード・ラッセル「失われた宗教を生きる人々 中東の秘教を求めて」亜紀書房 臼井美子訳

「マンダ教は世界最古の宗教です」とシャイフ・サッタールは言った。「その起源はアダムの時代にさかのぼります」
  ――第一章 マンダ教徒

「お願いです。イラクに残っているマンダ教徒は二、三百人です。みな、ここから出たがっています。あなたの国に亡命させてください」
  ――第一章 マンダ教徒

「おしまいです。私たちは誇りを失い、家畜を失い、女性を失いました。イラクにはもう、私たちの未来はありません」
  ――第二章 ヤズィード教徒

『アヴェスター』は、犬を殺したものに18項目に及ぶ苦行を求めている。その苦行の一つは一万匹の猫を殺すというものだ。
  ――第三章 ゾロアスター教徒

「伝統を守る人間というのは、みな、珍しい存在なんです」
  ――第五章 サマリア人

アラム語を放す人は、今はバグダードよりもデトロイト大都市圏のほうが多く、この都市と周辺地域には、十万人を超えるイラク人のカルデア教会の信徒が住んでいる。
  ――エピローグ デトロイト

「人間を形成するのは物語です」
  ――エピローグ デトロイト

「私たちは溶けて、消えつつある」」「責めを負うべきはわれわれだ。われらを一つにまとめるものを見つけられなかったのだから」
  ――エピローグ デトロイト

【どんな本?】

 エジプト、レバノン、シリア、イラク、イラン、そしてパキスタン。いずれも住んでいるのはイスラム教徒ばかりのように思われている。だが、最近のニュースではシリアでヤズィード教徒の虐殺が話題になったように、実際はさまざまな宗教を信じる人々が住んでいる。

 イラク南部の湿地帯に住んでいたマンダ教徒、拝火教とも呼ばれるゾロアスター教徒、聖書にも出てくるサマリア人、一時期はエジプトで隆盛を誇ったコプト教徒。いずれも今はマイノリティとなった。

 イギリスの外交官だった著者は、彼らの社会や暮らしを知るため、各地を訪れる。簡単に出会える場合もあれば、ロクな道もない山奥へと出向く時もある。

 あまり知られていない彼らは、どんな所で、どのように暮らしているのか。周囲の人々との関係は、どんなものか。どのような教義を抱き、どうやってそれを維持しているのか。戦争や内戦や革命は、彼らの地位や社会にどんな影響を与えたのか。そして、今後の展望はどんなものか。

 私たちの思い込みとは異なった中東の姿を描く、現代のスケッチ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Heirs to Forgotten Kingdoms : Journeys into the Dissappearing Religions of the Middle East, by Gerard Russell, 2014。日本語版は2017年1月9日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約450頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×450頁=約364,500字、400字詰め原稿用紙で約912枚。文庫本なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などのアブラハムの宗教に関係する話が多いが、特に知らなくても大きな問題はないだろう。敢えて言えば、旧約聖書に詳しいとより楽しめる。

 ただ、一部の固有名詞を独特に表記しているので、ちと戸惑う。例えばヒズブ・アッラーはヒズボラだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。それぞれの章の冒頭には青木健による2頁ほどの解説があり、短いながらもよくまとまっている。

  • 地図/年表
  • 序文
  • 第一章 マンダ教徒
  • 第二章 ヤズィード教徒
  • 第三章 ゾロアスター教徒
  • 第四章 ドゥルーズ派
  • 第五章 サマリア人
  • 第六章 コプト教徒
  • 第七章 カラーシャ族
  • エピローグ デトロイト
  • 出典および参考文献
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 日本だって様々な宗教がある。が、大半は新興宗教だ。

 対してこの本に出てくる宗教は、それぞれに長い歴史を持つものばかり。そこが日本とは大きく違う。もう一つ、大きく違う点がある。それは、教徒どうしの結びつきが強い点だ。

 イラク南部の湿地帯に住んでいたマンダ教徒や、パキスタンとアフガニスタンの国境近くのヒンドゥークシュ山脈に住むカラーシャ族が代表的な例で、一つの町や村にまとまって住んでいる。いずれも交通の便が悪く、権力の影響が及びにくい場所だ。

 日本なら「平家の隠れ里」なんて伝説がありそうな、大軍を動かすのに向かない地形ですね。

 かと思えば、コプト教徒のように都市の人々に紛れて暮らす人もいる。もっとも、コプト教徒は人数も多く、400万人~1200万人だ。それでも人口約1憶のエジプトでは少数派。そのためか教会を通した信徒同士の結びつきは強く、「信者たちは教会の前庭で何時間もおしゃべりをした」。

 やっぱり宗教ってのは、人と人を結びつける力があるのだ。「私たちは少数派同士」って想いが、彼らの絆を強めるんだろう。これに集団の危機感が加わると、更に絆は強くなる。

「他人に身を脅かされていると感じると、強いアイデンティティを持つようになります」
  ――第六章 コプト教徒 

 この章ではエジプトの政権の変転に伴うコプト教徒の地位の変動も詳しく書いてある。国民をまとめるにあたり、何を中心に据えるか。エジプトという国家か、アラブか、またはイスラムか。ファラオの評価も政権や人によりまちまちで、称える人もいれば憎む人もいる。

 今はムスリム同胞団が猛威を振るっているが、逆にムスリムが人間の鎖を作りキリスト教会を守った、なんて話もある。また悪魔払いの神父がムスリムに人気があるとか、エジプト人の意外な素顔が見られるのも、この章の楽しい所。

 ちょっと神道と似てるかな、と思ったのが、「第四章 ドゥルーズ派」。あなた、神道の教義を知ってますか? 私は知りません。これはドゥルーズ派も似てて、「伝統はありますが規則はありません」。単に知られていないってだけじゃなく、ドゥルーズ派は極端な秘密主義なのだ。

ドゥルーズ派の一般信者は、コミュニティの防衛と維持に努め、信者同士で結婚するという条件のもと、基本的には自由な人生を送る。だが、自分の宗教の教義を知る権利はない。
  ――第四章 ドゥルーズ派

 この秘密主義のルーツが、古代ギリシャのピタゴラス教団にまで遡るというから、ヲタク心が騒ぐ。輪廻転生もあるんだが、仏教とはだいぶ違う。「ムハンマドはキリストの再来」なんて理屈で、キリスト教・イスラム教の両方に折り合いをつけてるのも巧いw その理屈ならどんな宗教もOKじゃないかw

 やはり神道に似てると思うのが、「第七章 カラーシャ族」。

「彼らの慣習にとまどった外部の人間が説明を求めても、その答えはいつも同じだった。『それが習わしだからだ』と言うのである」
  ――第七章 カラーシャ族

 形はあっても理屈はないのだ。案外と、信仰の原点って、こういうモンじゃないかと思う。拝みたいから拝むのだ。理屈じゃない。本能みたいなもんである。穢れの発想や山岳信仰っぽいのもあって、ちょっと親しみを感じてしまう。ここでは、住みついちゃった日本人女性も出てくる。

 逆に異国情緒たっぷりなのが「第三章 ゾロアスター教徒」。中身はともかく、言葉がヲタク心をくすぐりまくり。「アフラ・マズダー」「アンラ・マンユ」「アヴェスター」「サオシュヤント」とか、意味が分かんなくても、音の感じで妙にワクワクする。この章では、イランの意外な素顔が見れるのも楽しい。

 元外交官が書いた宗教の本だけに、教義や儀式だけでなく、国の中での立場や生活様式、そしてコミュニティの存続にまで目を配っているのが特徴だろう。加えて、イギリスのツーリストの伝統か、敢えて空路を避け厳しい陸路を選んだりと、旅行記としての面白さもある。一見、お堅く見える本だし、そういう部分も充分にあるが、同時に秘境好きの旅行記としても楽しめる、ちょっとおトクな本だった。

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2019年1月10日 (木)

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「セカンドハンドの時代 『赤い国』を生きた人びと」岩波書店 松本妙子訳 3

生活はよくなったよ。
しかし、数千倍もよくなった連中がいるんだ。
  ――街の喧騒と台所の会話から(2002-2012)

モスクワでテロ事件が起きたのは、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2006年、2010年、2011年である。
  ――あいつらを皆殺しにしてやりたい、そう望んだあとの恐怖

「ほんものの愛国者が望んでいるのは、ロシアが占領されることだけだ。ロシアをだれかが占領してくれることだ」
  ――大鎌を持った老婆とうつくしい娘

「女の部分をそっくり切り取ってください。手術してください。女でいたくないんです! 愛人でいるのもいや! 妻でいるのも、母親でいるのもいや!」
  ――クソのような人生と白い小さな壺のなかの百グラムの軽い砂

「ママだって知っているでしょ。わたしたちの国ではいつも、表向きは志願だけど実際には強制なんだから」
  ――死者たちの無関心と塵の沈黙

「あの人の目がすごく冷たく、すごくうつろになった。いつかわたしは殺されるわ。わかるの、あの人がどんな目をしてわたしを殺すか」
  ――狡猾な闇と「そこから作りうる別の人生」

町に繰りだしていたのは若者たちで、これは「お子さま革命」だった。
  ――勇気とそのあとのこと

 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「セカンドハンドの時代 『赤い国』を生きた人びと」岩波書店 松本妙子訳 2 から続く。

【どんな本?】

 ウクライナに生まれベラルーシで育ち、2015年度にはジャーナリストとしては初のノーベル文学賞に輝いたノンフクション作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが、旧ソ連に住む人々から、今までの暮らしと今の想いを聞き取り、その肉声を集めたインタビュウ集。

 1989年の東欧崩壊に続き、1991年にはソ連が崩壊する。これによりバルト三国をはじめ多くの国がソ連から独立し、旧ソ連国内に居た人々の暮らしは一変した。時流に乗り大金を稼いだ者もいれば、つつましく年金で暮らす者もいる。

 この記事では、「第二部 空の魅力」を中心に紹介する。

【内戦】

 東欧崩壊後、ユーゴスラヴィアは内戦になった。ではロシア崩壊後は?

 やはり、幾つもの地域で殺し合いが起きたのだ。私はほとんど知らなかったけど。この本には、有名なチェチェンのほか、ジョージアのアブハジア(→Wikipedia)・アルメニア・アゼルバイジャンなどが出てくる。

 その典型が「ロミオとジュリエット……ただし彼らの名前はアブリファーズとマルガリータ」だ。

 語り手はマルガリータ・K、アゼルバイジャンのバクーに住んでいたアルメニア人。アゼルバイジャンはムスリムが多い。アルメニア人はキリスト教の正教。これはムスリムのロミオとクリスチャンのジュリエットの物語となる。

 ロシア崩壊前のバクーは国際都市で、ムスリム・アルメニア人に加え、ロシア人・ウクライナ人・タタール人などが混じって住んでいた。語り手もアブリファーズと結婚する。そこにロシア崩壊だ。少し離れた町に住む同僚から、語り手に連絡がくる。

「母は中庭に引きずりだされ全裸にされて、たき火のなかへ! 身重の姉はたき火のまわりでむりやり踊らされた……殺されたあと、鉄の棒であかちゃんがおなかからかきだされた」「父はめった切りにされた……オノで。親戚は靴を見てやっと父だとわかった」

 アルメニア人の虐殺が始まったのだ。アゼルバイジャン人の友人が語り手を匿う。屋根裏で暮らす場面は、まるきしアンネ・フランクだ。

 先の引用だとアゼルバイジャン人が悪役のようだが、事態は単純じゃない。語り手はホジャリに住む友人から話を聞く。互いの役割を交代しただけで、事態は似たように進む(→Wikipedia)。ロシア軍の介入で落ち着くが…

【新兵】

 「大鎌を持った老婆とうつくしい娘」は、新兵としてチェチェンに派遣された男。実に典型的な新兵イビリの様子を語ってくれる。「きつい長靴はない、なちがっているのは足の方だ」なんてのは可愛い方で、食料のピンハネやら強姦やら。

【遺族】

 「死者たちの無関心と塵の沈黙」の語り手は、チェチェンで亡くなった娘の母。

 娘は警察伍長。警官も戦地に行くんだなあ。当局の報告では自殺となっている。遺体はびしょ濡れの棺に入ってきた。「開けないでください。なかはゼリー状だ」と言い張り、面会させようとしない。スキを見て棺を開けると、きれいな顔のままで、頭の左側に小さな穴。

 他にも奇妙な点が多い。本来の年齢は28歳だが、書類は21歳。書類は「右側頭部に発砲」だが、穴は左側。娘の同僚たちは云う。「これは自殺じゃない、2~3mの距離から撃たれたんだ」。死亡日時は、書類だと11/13、実際は11/11。血液型も書類はO型、実際はB型。

 母は探り始める。一緒に出征した同僚たち。娘の隊長。だが、誰も語らない。やがて警察は母に告げる。「ここで質問するのはわれわれのほうだ」。それでも、母は真実を探り続ける。

 この物語のエンディングは、まるで池上永一の「ヒストリア」そのままだ。ソ連がロシアに変わっても、権力側の体質は何も変わっちゃいない。そういえば「レーニンの墓」に「メモリアル」なんて運動があったなあ、と思って検索したら、なんとまあ(→ハフポスト)。

【難民】

 先の「ロミオとジュリエット……ただし彼らの名前はアブリファーズとマルガリータ」は、モスクワで難民として暮らしている。難民といえば聞こえはいいが、不法入国者であり出稼ぎ労働者でもある。正規の身分証がない者の暮らしを鮮烈に描くのが、「神様があなたの家の敷居に置いた他人の悲しみ」だ。

 なにせ、そこに居ることすら違法な身だ。スキンヘッドのチンピラはウサ晴らしに殴る蹴る。雇う側はやりたいほうだい。賃金の踏み倒しは当たり前で、文句を言えばギャングが家族ごと始末しに来る。17人の労働者をコンテナに閉じ込めて火を放つ、なんて奴もいる。

 警察にも頼れない、どころか敵にすらなる。なんと警官が難民の娘を車に押し込んで人気のない所へ連れて行こうとする。目的は、まあそういう事だ。にも関わらず、警察の将官は語る。

「あなたがたのためなんですよ。あなたがたは一刻も早でていくようにね。モスクワには外国人労働者が200万人いて…」

 地下アパートに大勢で暮らすタジク人・ウズベク人たちの姿は、日本の違法労働者とソックリだ。年長の者はロシア語を話すが、若い者は話せない、なんてのも、日本と隣国の関係に似ている。そんなモスクワでも、内戦が無くて仕事があるだけ、故郷よりマシなのだ。

 違法労働者が増えれば、職を奪われる者も出てくる。血の気の多い若者の中には、ガイジンをボコってウサ晴らしする輩も増える。

 なぜチェチェン・マフィアが勢力を伸ばしたか、これで見当がつく。警察も頼れない難民は、自分で自分を守るしかない。だから武装して地下組織を作る。最初から違法な武装組織だ。国家の法なんざ知ったことか。どうせまっとうに働いたって食い物にされるだけだ。それなら…

 こういった過程は、シシリアン・フマフィアをモデルに「ゴッドファーザー」が巧みに描いていた。あの作品、やたらめったら面白いだけじゃなく、こういう背景事情もキチンと書き込んでたんだなあ。

 無計画に外国人労働者を受け入れるってのは、そういう事だ。ちゃんと彼らの人権を保障するならともかく、使い捨ての奴隷にするつもりなら、必ず後でツケが回ってくる。

【女】

 とか、わかったような理屈を並べたが、そういった賢しらな私を蹴っ飛ばすのが「狡猾な闇と『そこから作りうる別の人生』」。

 ここの主人公、レーナことエレーナの生きざまは、何とも言い難い。よき夫と幸福な家庭を築きながらも、離婚して会った事すらない死刑囚と結婚した女。と書くと、ただの頭のイカれた女にしか思えないが、彼女を「天使だよ」と語る人もいる。元夫も、彼女を温かく見守っている模様。

 まったく意味が分からないと思うが、私にもわからない。

【おわりに】

 やはり酒は業病のようで、酒癖の悪い男に苦しむ女の話は繰り返し出てくる。辛気臭い話が多い中で、広告マネージャーのアリサの話は、とてもバブリー。要はチャッカリと荒稼ぎしてる女なんだが、ぜいたくこそ人生と割り切る姿は、いっそ清々しくすらある。

 かと思えば「愛よね、愛」なんて、お前はクラシカロイドのリストかい!ってな人もいて、悲劇の隣にある色とりどりの人生模様って点では、「アンダーグラウンド」と似ている。決して難しい本じゃない。飲み屋でたまたま隣に座った人から、今までの半生を聞いた、そんな面白さがギッシリ詰まっている。

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2019年1月 9日 (水)

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「セカンドハンドの時代 『赤い国』を生きた人びと」岩波書店 松本妙子訳 2

いま会社を持っているのはどんな人ですか。キプロス島やマイアミに別荘を持っているのは? 共産党のお偉方だった人たちです。
  ――街の喧騒と台所の会話から(1991-2001)

彼ら全員が共産主義者というわけではなかったが、全員が偉大な国家を支持していた。変化をおそれていたんですよ。というのも、変化があるたびにいつも貧乏くじを引いてきたのは農民だったから。
  ――孤独な赤い元帥と忘れられた三日間の革命

いまなら発言ではなく、なにか行動しなくちゃならない。なんでもかんでもいうことができるけど、ことばにはもうどんな力もないのです。
  ――思い出の施し、意味の渇望

あの人は、パンを見るとすぐに、もくもくと食べはじめるのです。どんな量であっても。パンは残しておいちゃいけないものなんです。それは収容所の割当食。
  ――苦悩することの甘美さとロシア的精神の焦点

ひと月前はみんながソヴィエト人だったのに、いまではグルジア人とアブハジア人……
  ――殺人者のだれもが、自分は神に仕えていると思っている時代

「恐怖がなければわが国ではすべてが一瞬でばらばらになってしまうんだ」
  ――赤い小旗と斧の微笑

 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「セカンドハンドの時代 『赤い国』を生きた人びと」岩波書店 松本妙子訳 1 から続く。

 この記事では、「第一部 黙示録による慰め」を中心に紹介する。

【どんな本?】

 千万単位の犠牲者を出しつつも独ソ戦にかろうじて勝利し、以後は冷戦の一極として東側に君臨し、ゴルバチョフの登場で淡い期待を抱きつつ、1991年のクーデター&エリツィン登場で新時代の到来を夢み、だが訪れたのは国の崩壊とならず者の跳梁跋扈だった、旧ソ連。

 そんなソ連に産まれ生きた人びとは、どんな人生を歩み、何を考え、今は何をしているのか。どんな家族に囲まれ、新しい時代をどう思tっているのか。

 ウクライナ産まれベラルーシ育ちで、2015年度にノーベル文を学賞したジャーナリスト、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチによる、旧ソ連で生きた人びとの声を届ける、膨大なインタビュウ集。

【第二次世界大戦】

 最初から貴重な証言が出る。なんと対フィンランド戦、冬戦争(→Wikipedia)だ。

 従軍したのは証言者の父。いきなり「この戦争のことは伏せられていて、戦争ではなく、フィンランド出兵と呼ばれていたんです」。そりゃ、あれだけ被害を出せば、なあ。

 フィンランドの戦い方は噂の通り。「スキーをはき、白い迷彩マントを着て、どこにでもひょいとあらわれる」「ひと晩のうちに前哨部隊や一個中隊が全滅させられる」。しかもスナイパーを恐れていたというから、シモ・ヘイヘみたいな人は多かったんだろう。

 幸か不幸か捕虜となって生還。しかし「わが国の捕虜は(略)敵として迎えられた」。てんで、永久凍土を相手に鉄道建設。

 日本も捕虜になった兵には冷たかった。そういう体質は、ソ連やロシアと似てるんだよなあ。

 ただ、出征した人からもその家族からも、戦争中にアメリカから莫大な支援を受けていた事は、全く出てこない。きっと、知らないんだろう。

【ユダヤ】

 ソ連時代、同級生がイスラエルに移り住んだ時の思い出話。

 学校全体で同級生を説得する。「わが国にはりっぱな孤児院がある、ソ連に残りなさい」と。「ぼくらにとってその子は裏切り者だったんです」。

 だが出国が決まり、校長先生は朝礼でわざわざ話題にあげる。「あの子と文通をはじめる生徒は卒業がむずかしくなりますよ」。さて、子どもたちはどうしたか。「その子が出国したあと、ぼくらはみんなでいっせいに彼に手紙を書き始めたんです」。

 大人のタテマエより友情を取ったいい話なのか、子供でも西側とのコネの価値がわかっていたって事なのか。私は後者だと思うんだが、どうだろうね。

【孤児院】

 その「立派な孤児院」とやらの実情が分かるのが、第一部の最後「赤い小旗と斧の微笑」。

 語り手は59歳の建築家、女。なんと、生まれはカザフスタンの収容所だ。まず父が逮捕され、その無実を証明しようとした母も収容所送りとなる。なんの科かは不明だが、他の記事で「スターリンに似ていたから」なんて理由もあった。なんじゃい、そりゃ。

 それがともかく、収容所に送られた時、母は胎内に語り手を宿していた。語り手曰く。

ソルジェニーツィンの『イワン・デニースヴィチの一日』が(略)掲載されたときのことが。(略)みんなが衝撃をうけていた。(略)でも、わたしには理解できなかった、なぜそんなに関心がもたれるのか(略)。わたしにとっては知っていることばかり、ごくあたりまえのことでしたから。
  ――赤い小旗と斧の微笑

 母と共に暮らしたのは三~五歳まで。ちなみに収容所の区域は「ゾーン」と呼ぶそうな。ストルガツキー「ストーカー」の「ゾーン」は、ここから来たんだろうか?まあいい。収容所の暮らしは、ご想像のとおり。

わたしたちは、ひろえるものならなんでもひろって口にしていた。なにか見つけて食べようと、いつも足元を見ていた。草も食べ根っこも食べ、石ころをぺろぺろなめていた。

 そんな彼女も五歳になり、孤児院に送られる。「保母さんや先生というのはいなかった。(略)いたのは指揮官たち」。その指揮官は、子供たちに対し…

「あんたたちはぶってもいいし、殺したっていいくらいだ。あんたたちの母親は敵なんだからね」

 ってなわけで、実際、言葉通り「ふとしたことでぶったり、ただなんとなく……ぶったりした」。当然、子供たちの健康状態も悲惨で、「みんな疥癬もちで、おなかに赤くてぶあついおできができていた」。家畜だって、もう少しはマシな扱いを受けるもんだが。

 教育も恐ろしい。なんたって「密告する子はいい子」だ。実際、「子どもたちはおたがいに密告しあっていました」。ただ、誰がチクったのかは子どもたちも気づいた様子。

 当然、スターリン崇拝も仕込まれる。「わたしたちが文字を覚えると、(略)口述されるままに、(略)わたしたちの統率者に手紙を書いたのです」。権力ってのは、まず最も弱い者にヤラセを強いるんです。

 そんな語り手も、母親が刑期を終え、迎えに来る。とっはいっても、完全に自由になったわけじゃない。内務人民委員部からお触れが出る。「国境地帯に住んではならない、軍需企業や大都市の近くに住んではならない」。どないせいちゅうねん。

 やがて家庭を持った語り手は、かつて住んだ収容所の跡地を訪れる。が、既に畑になっていた。地元の農民曰く…

「ジャガイモ畑じゃ、毎年春の雪どけや雨のあとで骨がでてきよる」「ここらの土地はそこらじゅう骨がごろごろ、石ころみたいなもんじゃ」

 語り手と同じ目的で訪れた人は語る。

「わたしはここの老人たちと話をしたんです。彼ら全員が収容所で勤務、あるいは仕事(略)していた。料理人、看守、特務部員」。

 仕事のない土地じゃ、収容所は稼ぎの安定した職場だったのだ。やはり別の男は語る。彼の父も「仕事」をしていた。

「父親は、フルシチョフ時代にこの地を離れたかったのだが、許可が下りなかった。国家の秘密を口外しないという念書を全員が書かされていた。だれも外に出すわけにはいかなかったのです」

 この後、語り手の息子のインタビュウが続く。これがまた強烈だ。密告した者とされた者、拷問した者とされた者が、隣り合って生きているロシアの現状を、まざまざと見せつけてくれる。

【おわりに】

 第一部では、他にも「粗連人(ソヴォーク)」なんて自嘲の言葉が印象に残る。1991年に抱いたエリツィンヘの期待と、その後の失望を語る人が多い。モスクワは相当にヤバかったようで、アパートの中庭にはしょっちゅう死体が転がっていたそうだ。

 なんか、この本の凄さを全く伝えられてない気がするけど、次の記事でなんとか…

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2019年1月 8日 (火)

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「セカンドハンドの時代 『赤い国』を生きた人びと」岩波書店 松本妙子訳 1

ビール売り場のそばで男たちが汚いことばで党をののしることがあっても、KGBをののしることは絶対になかった。
  ――独裁政治の美とセメントの中の蝶々の秘密

【どんな本?】

 ウクライナに生まれベラルーシで育ち、2015年度にはジャーナリストとしては初のノーベル文学賞に輝いたノンフクション作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチによる、膨大なインタビュウ集。

 1989年の東欧崩壊に続き、1991年にはソ連が崩壊する。これによりバルト三国をはじめ多くの国がソ連から独立し、旧ソ連国内に居た人々の暮らしは一変した。時流に乗り大金を稼いだ者もいれば、つつましく年金で暮らす者もいる。

 いずれにせよ、検閲が緩んだことで、人々は本音を語れるようになった。

 大祖国戦争(第二次世界大戦の対独戦)で戦った兵士、自らや家族や知人が収容所に連行された人、砂糖を買うため何時間も行列に並んだ女、エリツィンに歓声をあげた若者、かつての大国の誇りを懐かしむ声、陰謀論者、元クレムリンの高官、年金生活者、教師。そして、そんな人たちの伴侶や子供。

 かつてのソ連の暮らしはどうだったのか。共産主義を信じていたのか。スターリンやゴルバチョフなどソ連の指導者をどう思うか。エリツィンに何を期待したのか。ソ連崩壊をどう感じたのか。そして、現在のロシアを、自分の暮らしを、人々の生き方を、どう感じているのか。

 激動の時代を生き抜いた旧ソ連人々の肉声を生々しく伝える、現代のスナップショット。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Время секонд хэнд, Святла́на Алякса́ндраўна Алексіе́віч, 2013。綴りは自信ない。日本語版は2016年9月29日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約600頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント48字×20行×600頁=約576,000字、400字詰め原稿用紙で約1,440枚。文庫本なら上中下の三巻でもいい大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。もとがインタビュウ集で、「普通の人々」の声を集めたものだからか、あまり難しい言葉も持って回った言い回しもなく、親しみやすい言葉で訥々と語りかけてくる雰囲気だ。内容も特に難しくないが、ソ連~ロシアの現代史を知っていると、更に迫力が増す。

【構成は?】

 人びとの雑多な声を集めた形なので、気になった所をつまみ食いしてもいい。

  • 共犯者の覚え書き
  • 第一部 黙示録による慰め
  • 街の喧騒と台所の会話から(1991-2001)
  • 赤いインテリアの十の物語
    • 独裁政治の美とセメントの中の蝶々の秘密
    • 兄弟姉妹たち、迫害者と犠牲者……そして、選挙民
    • ささやき声とさけび声……そして感嘆
    • 孤独な赤い元帥と忘れられた三日間の革命
    • 思い出の施し、意味の渇望
    • べつの聖書とべつの信者たち
    • 炎の冷酷さと高みによる救済
    • 苦悩することの甘美さとロシア的精神の焦点
    • 殺人者のだれもが、自分は神に仕えていると思っている時代
    • 赤い小旗と斧の微笑
  • 第二部 空の魅力
  • 街の喧騒と台所の会話から(2002-2012)
  • インテリアのない十の物語
    • ロミオとジュリエット……ただし彼らの名前はアブリファーズとマルガリータ
    • 共産主義のあと人びとはすぐに変わってしまった
    • 孤独、それは幸福にとても似ている
    • あいつらを皆殺しにしてやりたい、そう望んだあとの恐怖
    • 大鎌を持った老婆とうつくしい娘
    • 神様があなたの家の敷居に置いた他人の悲しみ
    • クソのような人生と白い小さな壺のなかの百グラムの軽い砂
    • 死者たちの無関心と塵の沈黙
    • 狡猾な闇と「そこから作りうる別の人生」
    • 勇気とそのあとのこと
  • 庶民のコメント
  • 訳者あとがき/関連地図/関連年表/人名注

【感想は?】

 書名の「セカンドハンドの時代」が、この本を巧みに表している。

 セカンドハンド、中古品、お古。少し前まで、ロシア人とパキスタン人が組んで日本の中古車をロシアにせっせと運んでいた。そういう、モノの中古品って話かと思ったが、全然違った。

 解説に曰く、「思想もことばもすべて他人のおさがり」。

 実はこれで少しカチンときた。なぜなら、日本はずっと他の国から学んできた国だからだ。奈良・平安時代は中国に学んで国を作り、明治維新・文明開化では西洋文明を学んでのし上がり、戦後は民主主義や品質管理を導き入れて這いあがった。漢字だって中国のおさがりだ。それで何が悪い。喧嘩売ってんのか。

 たぶん、これは日本とソ連の歴史の違いだろう。

 日本は独立しちゃいるが周辺国だ。周囲の国々を従える帝国じゃない。

 黎明期は中国の周辺国で、だから遣隋使や遣唐使で留学生を送り込み隋や唐に学ぶ。中世と近世は独自の国として過すが、黒船で危機に気づく。以後、欧米に学び産業革命を成し遂げたが、太平洋戦争でオジャンとなり、鼻っ柱をへし折られ、アメリカに次ぐナンバー2で満足するようになる。

 あくまでも日本の望みは独立の維持であって、他国を従えて世界のリーダーになる事じゃない。

 ソ連は違う。

 世界に先駆けて共産主義革命を成し遂げた。第二次世界大戦では最も多くの犠牲者を出しながらも、ナチスと大日本帝国にとどめをさした。戦後の冷戦でもアメリカと張り合い、二大国の一局を占めた。バルト三国・ベラルーシ・ウクライナ・グルジアなどに君臨し、東欧諸国も支配した。

 ソ連は世界のリーダーだったのだ。少なくとも国民の認識では。ニュースでも、初期の宇宙開発ではソ連がリードしていた。そして、国家もまた、国民にそう教えていた。

――ばんざーい! 無学の労働者がソ連のステンレス技術を開発――勝利だ! その技術がとっくの昔に世界の常識だったことを、わたしたちが知ったのはあとになってから。
  ――ささやき声とさけび声……そして感嘆

 そういう「偉大だった時代」を懐かしむ声も、けっこうある。豊かな暮らしより、偉大な国の一部であることを望む人もいる。たとえシベリア送りに怯える日々が続いても。

われわれは、あのように強くて大きな国にもう二度と住むことはないだろう。
  ――べつの聖書とべつの信者たち

 こういった気持ちを支える最も大きな記憶は、大祖国戦争の勝利だろう。

 戦争関係のエピソードも豊富だ。似たような記憶をイランも持っている。イラン・イラク戦争の勝利だ。おまけにイランはかつてのペルシャ帝国でもある。そんな「昔は凄かった」的な帝国意識というか屈折した優越感というか、そんなモノを抱えている人が多い。

 屈折した、というのは単純で、つまり現代の旧ソ連は二流国だからだ。

たいしたもんだ。敗戦国のやつらのほうが戦勝国のわしらより100倍もいいくらしをしている。
  ――炎の冷酷さと高みによる救済

 しかも、ソルジェニーツィンがバラしたりグラスノスチで明らかになったように、制度的にも暗黒面が明るみに出た。そのためか、年配者の中には経済以外の面に慰めを見出そうとする人もいる。

人は、偉大な思想をもたずに、ただ生きたがっている。これはロシアの生き方には今までなかったことで、ロシア文学もこのような例を知らない。
  ――共犯者の覚え書き

 素直に読めば「思想や文学や芸術が廃れ、モノとカネが取って代わった」とも取れる。でも、これ、どの国でも年寄りは似たような事を言うだよね。「俺たちの世代は高尚だった、でも近ごろの若いモンは軽薄で…」と。

 そもそも、いつでもどこでも、年寄りが好むモノは高尚とされ、若者の好みは軽薄とされる。これは別に旧ソ連に限ったことじゃない。

 とまれ、共産主義を信じていた人からは、「建設していた」って言葉がよく出てくる。今は貧しく苦しくても、前に向かって進んでいる、そういう希望があったのだ。それがみんなウソだったとは、なかなか受け入れられない。

 そういった、落ちぶれた国に住む者の屈折した想いや、国家が隠していた暗黒面から目を背けたい気持ち、現在の旧ソ連国の暮らしのシンドさ、いきなり変わった社会や価値観に抱く違和感、成金への怒り、知られざる内戦の数々など、様々な人々の雑多な言葉が、ほとんど生のまま本に詰まっている。

 そのいずれもが強烈なインパクトを持っていて、「こういう本だ」などとわかりやすく正確に説明するのは、私には無理だ。次の記事から幾つかエピソードを紹介する。少しでも雰囲気が伝われば幸いだ。

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