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2020年7月13日 (月)

デイビッド・モントゴメリー「土・牛・微生物 文明の衰退を食い止める微生物の話」築地書館 片岡夏美訳

土壌劣化の問題は、人類が直面する差し迫った危機の中で、もっとも認識されずにいるが、同時にきわめて解決しやすいものでもある。(略)その秘訣は、彼らが収穫量を維持し、あるいは増やしながら利益を向上させていることにあるのだ。
  ――序章

小規模で多様性の高い農場は、工業化された単一栽培の大規模なものより、面積当たりの収穫量が多いのだ。(略)1992年のアメリカ農業センサスの報告によれば、小規模な農場はエーカーあたり、大規模な農場の二倍もの生産高をあげている。
  ――第2章 現代農業の神話

「家畜がいないわけじゃない。顕微鏡でないと見えないんだ」
  ――第6章 緑の肥料

(集約放牧で成功したゲイブ・)ブラウンは、自分のやり方では財政が多様であるため、人のためにも土地のためにもいいのだと確信している。
  ――第9章 過放牧神話の真実

鍵となる概念の転換は、短期間の集約放牧のあとに長い回復期間を置くという組み合わせだ。
  ――第9章 過放牧神話の真実

熱帯地方はバイオマス生産の速度では最高だが、分解の速度ももっとも速い。したがって有機物の蓄積が難しい。
  ――第10章 見えない家畜の群れ

産業革命から20世紀の終わりまでに大気に加えられたすべての炭素の1/4~1/3は、耕起によって増えたものだ。
  ――第11章 炭素を増やす農業

…現在は中国が世界のリン生産のほぼ半分を占めている。
  ――第12章 閉じられる円環

【どんな本?】

 「土の文明史」で、著者は警告した。「土が荒れれば文明は滅ぶ、土を守れ」と。実際、合衆国はダストボウル(→Wikipedia)で痛い目を見た。

 だが、守るだけではジリ貧だ。世界の人口増加はしばらく続く。だから食糧生産も増やさなきゃいけない。新しい農地を開拓するだけでなく、既に荒れた農地を蘇らせる方法はないのか?

 ある、と著者は言う。環境保全型農業だ。その名前から、ナニやらいかがわしい臭いを嗅ぎつける人も多いだろう。実際、その手法は従来の農業の常識を覆している。そこで、論より証拠とばかりに著者は合衆国・ガーナ・コスタリカなど世界を巡り、環境保全型農業に切り替えて稼ぎを増やしている農家を訪ね歩く。

 環境保全型農業とは何か。それはどんな方法で、どんな効果があるのか。そこにはどんなメカニズムが働いているのか。なぜ稼げるのか。誰が得をして誰が損をするのか。そんなに美味しい方法なら、なぜすべての農家が採用しないのか。

 環境保全・科学・経済・政治など、多角的な視点で環境保全型農業の推進を訴える、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Growing a Revolution : Bringing Our Soil Back to Life, by David R. Montgomery, 2017。日本語版は2018年9月7日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約314頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント49字×19行×314頁=約292,334字、400字詰め原稿用紙で約731枚。文庫なら厚い一冊分ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。敢えて言えば、農家への補助・保険制度がよくわからなかった。また、あくまでも一般向けの解説書であって、本業の農家向けではない。原理・原則は何度も繰り返し触れているが、実際の手法は個々の農家の事情により異なるため、このままでは使えない。もっとも、日本では、似たような事を既にやっている農家も多いと思う。

【構成は?】

 全体として一つの物語になるように組み立てているので、できれば頭から素直に読もう。

  • 序章
  • 第1章 肥沃な廃墟 人はいかにして土を失ったのか?
    人類最悪の発明 犂/自然と働く道/新たな革命 土壌の健康を求める農法
  • 第2章 現代農業の神話 有機物と微生物から考える
    神話の真実 化学製品は世界を養うか?/遺伝子組み換え作物が招いたいたちごっこ
  • 第3章 地下経済の根っこ 腐植と微生物が植物を育てる
    回帰の原則 菌根菌の役割に気づいた農学者/土の中の生命 根の回りで起きていること/微生物がにぎわう健康な土
  • 第4章 最古の問題 土壌侵食との戦い
    高いコストと衰えゆく土/土壌有機物はなぜ半減したのか?/くり返す土壌喪失 古代ギリシャと新大陸/土が文明を左右する
  • 第5章 文明の象徴を手放すとき 不耕起と有機の融合
    新たな道 環境保全型農業の三原則/ダスト・ボウルへの道 犂がもたらした大砂嵐/誰もが無料で採用できる解決策/零細農家を救った被覆植物/普遍的で単純な土壌管理の原則/深く根を張る作物を求めて/新しい多年生作物
  • 第6章 緑の肥料 被覆作物で土壌回復
    実物大の実験農場/雑草が生える余地をなくす方法/自給自足の肥料/輪作で害虫管理/ハイテク不耕起農業/農業システムを改善するための単純な原則
  • 第7章 解決策の構築 アフリカの不耕起伝道師
    自給農家向け不耕起センター/ミスター・マルチ/農民たちの日曜学校/渇水から作物を守る/森の土壌を再現する/食糧ジャングルの成案力/金は食べられない/土地の特徴を生かす研究
  • 第8章 有機農業のジレンマ 何が普及を阻むのか?
    有機不耕起農法は可能か?/有機農業のメリット 経済・環境・土のメリット/「有機っぽい」農業のすすめ/「農業はなくてはならない」/菌根菌と土壌団粒 グロマリンの働き/再生可能な農法へ
  • 第9章 過放牧神話の真実 ウシと土壌の健康
    四種の畑/よりよいやり方/低コストの再生可能農業/雑草をベーコンに 有畜農業/水の浸透と昆作の関係/過放牧の効果/ウシが温暖化を食い止める
  • 第10章 見えない家畜の群れ 土壌微生物を利用する
    微生物を生かすバイオ炭/コンポストティー/コーヒー農家を変えた微生物接種/さび病と土壌微生物/食べ物の森 経済と生物の恩恵/バイオ炭に棲む地下の家畜/希望の光
  • 第11章 炭素を増やす農業 表土を「作る」
    炭素を土中へ/根菜が高める土壌栄養素/農場破産の原因/成功の鍵は多様性/世界が注目する農場/庭に見る土壌の回復
  • 第12章 閉じられる円環 アジアの農業に学ぶ
    排泄物を肥料に/バイオソリッド 現代の栄養循環/都市農業を活性化させる/終わりのない再生
  • 第13章 第五の革命
    生物多様性と持続可能な農業/農法転換の鍵/土を取り戻す新しい哲学
  • 謝辞/訳者あとがき/参考文献/索引

【感想は?】

 いきなり、けっこう無茶を言ってくる。不耕起、つまり「耕すな」だ。アタマ大丈夫かおい。マリファナで頭ヤラれたんじゃねえの? だが、読み進めると、それなりに理に適っているように思えてくる。実は単に不耕起ってだけじゃない。三つを組み合わせなきゃいけないのだ。

環境保全型農業は三つの単純な原理の上に成り立つ農業体系だ。
1.土壌の攪乱を最小限にする。
2.被覆作物を栽培するか作物残渣を残して土壌が常に覆われているようにする。
3.多様な作物を輪作する。
  ――第5章 文明の象徴を手放すとき

 これらの目的は、土を作ることにある。肥えた土を作り保つこと。それが環境保全型農業のキモだ。実際、昔から、農地は質で価値が違った。肥えた土地は高価で痩せた土地は誰も欲しがらない。なら肥えさせりゃいいじゃん、そういう理屈だ。けど、そんな事、本当にできるの?

 やはり昔から、農家は肥えた土地と痩せた土地を見分けがついた。ドイツの化学者ユストゥス・フォン・リービッヒが、これに科学的のお墨付きを与える。リービッヒの最小律(→Wikipedia)だ。植物の育成に必要な養分は三つ、窒素・リン酸・カリウムだ、と。なら足りない養分を補えばいいってんで出来たのが化学肥料。フリッツ・ハーバーさん、カール・ボッシュさんありがとう。あなたがたは人類を救った(→「大気を変える錬金術」)

 …はずだったが、結果はダストボウルだ。どうしてこうなった? 土が死んだからだ。むき出しの土地は死ぬ。だから被覆作物で覆え。同じ作物を作り続けると土地が痩せる。そこで多様な作物の輪作で防げ。

 って、ちと急ぎ過ぎた。実は本書もリービッヒの最小律を認めている。ただ、三要素の補い方が違う。ここで意外な元素に目を向ける。炭素だ。ほおっておいても、植物は土に炭素を注ぎ込む。また枯れた茎や落ち葉も土に炭素を供給する。これの何が嬉しいか、というと…

植物は土壌中に、みずから作った炭素を豊富に含むさまざまな分子を放出する。それは光合成による生産物の1/3以上を占めることもある。こうした滲出液は主に、土壌微生物には魅力的な餌となるタンパク質と炭水化物(糖)でできている。
  ――第3章 地下経済の根っこ

有機物含有量が1%から3%に増えると、土壌の保水力は時には二倍になり、一方で浸水した土壌中の病原体が好む嫌気的な条件ができるのを防ぐのに役立つ。
  ――第6章 緑の肥料

 土がフカフカになって、水を保ちやすくなるんですね。だけじゃない。マメ類に寄生する根粒菌は窒素を固定して土を肥やすのが知られている。根粒菌だけじゃなくて、他にも様々な菌があって、リンやカリウムも補ってくれるのだ。

「土壌がなければ植物はありえないし、植物がなければ土壌もありえない。ミッシング・リンクは菌類だった」
  ――第8章 有機農業のジレンマ

 ただし、菌類が増えるには炭素、つまり有機物が必要なんです。

炭素は、施肥設計に欠かせないものとして計画されることはない。農家と研究者は通常、窒素、リン、カリウム、ことによるとカルシウム、硫黄、亜鉛に重点を置く。植物は土壌炭素を直接吸収しないからだ。だが炭素は、植物のマイクロバイオーム、つまり根圏に生息する錬金術師のような微生物の集団の餌になる。
  ――第11章 炭素を増やす農業

 と、大雑把な理屈はそうだし、具体例も本書にたくさん出ている。ただし、理屈を現実に当てはめるのは難しい。農家だって食ってかなきゃいけない。そもそも、農業はバクチだ。米作農家でコメが取れなかったら年収を失う。農家が頑固なのも当たり前なのだ。あなた、一年間も無収入でやってけます? だから、どうしても今までやってこれた方法にすがるのも仕方がない。ところが、昆作だと自前の保険が効くのだ。

農家が輪作、群集、昆作を使って多様な作物を育てているとき、それは自家製の保険のようなものなのだ。もしある作物がだめになっても、別のものに頼ることができる。
  ――第7章 解決策の構築

 それでも、少しづつ環境保全型農業は広がっている。その原動力が…

私が訪れた地域で、環境保全型農業の受け入れがうまくいくための共通要素は、農家に採用を促進する実験農場が重視されていたことだった。
  ――第13章 第五の革命

 小難しい理屈を並べる奴より、実際に稼いでいる人の方が説得力がある、と。そりゃそうだ。もっとも、それだけじゃなく、環境保全型農業で安定して稼ぐのは難しいのだ。

私がインタビューした人の例に漏れず、(オハイオ州立大学のラッタン・)ラルは、この方法を実行する際、慣行農法から低投入不耕起栽培への移行に二、三年を要すると注意を促した。
  ――第11章 炭素を増やす農業

 と、切り替えに時間と費用がかかる。だけじゃなく、土の状態・気候・市場などで、具体的な作物や栽培法が違うため、広く深い知識と経験が必要ななのだ。

(ガーナ不耕起農業センター所長コフィ・)ボアは作物の収穫後の地面の状態と市場の状況――作物が熟する時期に売れるもの――に応じて決定を下す。(略)浅根の作物のあとに深根のものを栽培したほうがよい。バイオマス生産量の低い作物のあとに高いものを栽培したほうがよい。栄養を吸収する作物のあとに栄養を固定するものを栽培したほうがよい。
  ――第7章 解決策の構築

単純なレシピがあれば有機農業はもっと受け入れやすいんだが
  ――第8章 有機農業のジレンマ

多くの地域で、環境保全型農業を地域の条件と作物に適応させる知識が欠けていることが、その採用の主な障害となっている。
  ――第13章 第五の革命

 昔のSFじゃ、世代型宇宙船の食糧は水耕栽培が供給していたけど、植物ってのは、それほど単純じゃないらしい。とまれ、実は複雑な生態系が実りを支えている、みたいな話なので、異星に植民して開拓する話とかに膨らませることはできそう。なんてSFな妄想は置くとしても、大気中の炭素を減らす案もあって、いろいろと夢が広がる本だった。

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2020年5月21日 (木)

モートン・D・デービス「ゲームの理論入門 チェスから核戦略まで」講談社ブルーバックス 桐谷維・森克美訳

ゲームの理論は当初、経済問題に対する新しいアプローチのために創造されたものである。
  ――著者序

均衡戦略とか均衡点とかは(略)、二つの戦略があって、どちらのプレーヤーも自分の戦略を一方的に変えても得にならないとき、この戦略は均衡点にあるという。(略)その名の示すように、均衡点は非常に安定している。
  ――第3章 一般・有限・2人・ゼロ和ゲーム

我々の理論の最も弱い部分は、(略)プレーヤーがつねに自分の平均利得を最大にするという仮定である。
  ――第3章 一般・有限・2人・ゼロ和ゲーム

…攻撃的で激しやすいプレーヤーの方が、どちらかというと控え目なプレーヤーより有利に立ち回るのである。
  ――第6章 n人ゲーム

実際の実験では、いったん結託が結成されると、結果が確定的になることがプレーヤー達にすぐわかった。(略)また実は、明らかでないにしても、ウェイトはたんなる飾りに過ぎなかった。
  ――第6章 n人ゲーム

【どんな本?】

 ジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンによる1944年の著書「ゲームの理論と経済行動」から、新しい数学が生まれた。ゲーム理論である。「囚人のジレンマ」が有名な理論だが、その応用範囲は幅広く、遊技のゲームはもちろん、経営・経済・軍事そして政治にまで及ぶ。

 「ゲームの理論と経済行動」は本格的な内容だけに、充分な数学の基礎を読者に求める。対して本書はより広い読者を想定している。敢えて数学的な詳細にまでは立ち入らず、できる限り数式を使わずに、ゲーム理論の全体像を読者に示そうとした、一般向けゲーム理論の入門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は GAME THEOLY, by Morton D. Davis, 1970。日本語版は1973年9月30日第1刷発行。私が読んだのは1978年3月10日発行の第9刷。新書版で縦一段組み本文約267頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント43字×17行×267頁=約195,177字、400字詰め原稿用紙で約488枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はちと硬い。日頃から論文を書きなれた数学者が慣れない入門書に挑戦した、そんな感じだ。そのため、数学的な表現が多い。とはいえ、算出方法は述べずに解の数字だけ示す所も多く、面倒な計算には敢えて深く立ち入らずに済ます姿勢が明らかだ。また、数学といっても出てくるのは加減乗除ぐらいなので、実は中学生でも充分に読みこなせる。必要なのは数学の能力じゃない。お堅い文章にビビらない度胸だ。

【構成は?】

 数学の本だけに、前の章を受けて次の章が展開する。素直に頭から読もう。ただし、数学っぽいのは頭の方だけで、終盤に向かうに従い政治や心理学や社会学の色が濃くなってゆく。数学は苦手だが人間や人間同士の関係に興味がある人は、頑張ればそれだけの報いが得られる。

  • 序 オスカー・モルゲンシュテルン
  • 著者序
  • 第1章 一人ゲーム
    人間対自然のゲーム
  • 第2章 完全情報・有限・二人・ゼロ和ゲーム
    チェスの研究/ゲームを記述する/いくつかの定性化と再考/付録
  • 第3章 一般・有限・二人・ゼロ和ゲーム
    日米両軍の知恵くらべ/二大政党の綱領/二将軍の攻防戦/テレビ広告によるマーケティングの例/マーケティングの例の解/単純化されたポーカー/新しく変えた古い問題/ミニマックス定理/いくつかの再考/いくつかの実験的研究
  • 第4章 効用理論
    「効用」とは何か/効用関数とその役割/効用関数の存在と一意性/かくれた落とし穴/効用関数を作る/人々の選考パターンは本当に整合的だろうか?/付録
  • 第5章 二人・非ゼロ和ゲーム
    協力ゲームと競争ゲーム/二人・非ゼロ和ゲームの分析/ガソリンの値下げ競争/議員の悩み/異性間の闘争/業務提携の例/マーケティングの例/いくつかの複雑化/コミュニケーション/プレーの順序/不完全情報の効果/選択対象を限定する効果/脅迫/拘束的協定とサイド・ペイメント/脱獄への応用/囚人のジレンマ/過去の囚人のジレンマ/ナッシュの調停方式/二人・非ゼロ和ゲームの実験/「囚人のジレンマ」に関する実験/交渉の実験/「最適な」戦略/三変数の実験ゲーム/プレーヤーの個性/せりの実験/ほとんど協力的なゲーム/いくつかの一般的な観察/行動パターン/現実の二人・非ゼロ和ゲーム
  • 第6章 n人ゲーム
    大統領選挙は不公平か/予算配分の政治例/いくつかの経済例/一つの分析/フォン・ノイマン=モルゲンシュテルンの理論/特性関数形/優加法性/配分と個別合理性/優越/フォン・ノイマン=モルゲンシュテルンの解の概念/N-M理論に関する最終コメント/ヴィクレイの自己治安配分集合/自己治安パターン/n人ゲームに関するオーマン=マシュラー理論/形式構成/異議/報復異議/オーマン=マシュラー理論とフォン・ノイマン=モルゲンシュテルン理論の比較/シャプレー値/三人組の理論/実験による証明/投票ゲーム/投票モデルの応用/プレーヤーの先験的「価値」/要約/付録
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 さすがに昔の本なので、今はもっと親しみやすい本が出ているかも。でも、当時としては、優れた入門書だった。

 最初に近い「第2章 完全情報・有限・二人・ゼロ和ゲーム」では、ゲーム理論の基礎…というより、以降の章で必要になる基本概念を紹介する部分だ。

 名前が「ゲーム理論」なので、カード・ゲームやドラゴンクエストなどと関係ありそうと思うだろう。確かに関係はある。だが、それは「どうすれば面白いゲームを作れるか」では、ない。一つは「どうやって必勝法を求めるか」であり、また「様々な状況で人はどう行動するか」の実験だったりする。

 必勝法の求め方は、ミニマックス定理(→Wikipedia)が原則だ。相手が最善の手を打つと仮定して、その場合の被害を最小にする。三目並べは、これに従えば確実に引き分けに持ち込める。そして、引き分けがゲームの値となる。

ゲームの理論家は、相手が完璧なプレーをするという、悲観的な、そしてしばしば不完全な仮定を置くのである。
  ――第2章 完全情報・有限・2人・ゼロ和ゲーム

 ただ、世の中は、三目並べほど単純じゃない。例えばポーカーは相手の手が判らない、つまり完全情報じゃない。都市部は美容室や飲食店の競争が激しい。だから店には多くの商売敵がいる、つまり2人ゲームじゃない。また互いに店をたたむ気はないから、有限ゲームでもない。加えて近所の景気がよくなれば地域全体の売り上げも増えるから、ゼロ和ゲームでもない。

 このように現実に近づくほど、数学以外の要素が大きな影響を持ってくる。

…分析が簡単なゲームはあまりない。
  ――第4章 効用理論

 そんなわけで、5章以降は数学より実験の結果の記述が多くなる。最近はコミュニケーション能力を重んじる企業が多い。これは企業活動を協力ゲームと見なせば、理屈に合っているのかも。

一般に、ゲームが協力的になればなるほど――プレーヤー達の利害が一致するほど――コミュニケートする能力はより重要になる。
  ――第5章 二人・非ゼロ和ゲーム

 もっとも、本書の言う「コミュニケートする能力」は、俗にいうコミュ力とは少し違う。「利得=自分は何を求めるか」「戦略=自分は何をするか」を他のプレーヤーに伝える、または他のプレーヤの利得や戦略を知る能力を示す。軍は偵察や通信手段に、企業は電子メールやチャットに投資するのも、そういう事なんだろう。「無人暗殺機 ドローンの誕生」は、コミュニケートする能力の重要性がヒシヒシと伝わってくる本だった。

 もちろん、世の中はゼロ和じゃない。人類の歴史を長い目で見ると、世界の経済は成長を続けてきた。人同士や国同士は、争うより協力しあう方が、互いに得をする。それは誰もが判っているが、往々にして争いが起きる。これを確かめた実験も出ている。

被験者達はこれらのゲームを純粋競争的であるとみなしていたようにみえる。自分のパートナーを打ち負かすことはもっとも重要であった。そしてプレーヤー自身の利得は二義的なものに過ぎなかった。
  ――第5章 二人・非ゼロ和ゲーム

 この実験の結果は、とても怖い。全体の利益より自分の利益を取るのなら、まだわかる。そうじゃないのだ。自分は損をしても、相手が自分より大きな損をすればいい、そういう戦略を取る被験者が多くいた。どんな戦略を好むかは人によりけりで、本書は三つの傾向に分けている。

  • 個人主義。自分の損得だけを考えて、相手の損得には関心がない。
  • 日和見。相手の出方に合わせようとする。
  • 競争型。相手に勝つことだけに関心がある。

 協力ゲームでプレーヤー同士のコミュニケーションが許された時、どうなるか。意外な事に、最も協力を成功させたのは、個人主義者だった。それ以外は、コミュニケーションを許されても、協力の割合は増えなかった。日本ではチームワークを壊すように思われている個人主義だが、実際には最もチームワークに貢献するのだ。ただし、充分にコミュニケーションが取れている場合に、だけど。

 これを政治的な対立で考えると、更に怖い。「社会はなぜ左と右にわかれるのか」では、左派と右派の対立の原因を、倫理感覚の違いとした。それは確かにあるんだろうが、インターネットの普及に伴い、対立は更に深まっているように見える。例えば匿名掲示板などでは、互いにパヨク/ネトウヨと罵りあっている。憎み合わなければならぬほどの問題なんだろうか?

 これも、競争型を考えに入れれば、納得できる。大事なのは相手に勝つことであって、自分は損をしても構わないのだ。まあ、これは右派と左派の対立に限らず、国際的な対立、例えば経済制裁などでも、よく見かける構図だったり。

 終盤では、少数派の政党が連合政権に加わった際の影響力はどうなるか、みたいな実験もしていて、これもかなり怖い。

 文章は堅いし、序盤は数学者っぽい文章にたじろぐだろう。だが、じっくり読み進めると、後になるほど切実な内容が多くなる。さすがに入門書なのであまり深くまでは掘り下げないが、ゲーム理論が持つ底知れぬ力はヒシヒシと伝わってくる。数学の本ではあるが、政治や経済や人間関係に興味がある人こそ楽しめる本だ。

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【つぶやき】

 パソコンのハードディスクが寿命を迎えたらしいので買い替えたのはいいが、ここ数日はデータやアプリケーションの移行作業に四苦八苦。昔のMS-DOSみたく単純なコピーじゃ済まないのが辛いところ。ハードディスクの容量もメガ単位からギガ/テラ単位に増えているので、バックアップを取るにしてもやたら時間がかかるし。これからも微妙な使い勝手の違いで戸惑いそうなので、暫く更新は滞りそう。

 この本を読んだきっかけは、山田正紀の「謀殺のチェス・ゲーム 」にカブれた時。かなり戯画化しているとはいえ、追う者と追われる者の、脳髄を絞り出すような頭脳戦が楽しいアクション小説の傑作だった。

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2020年3月 5日 (木)

スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック「知ってるつもり 無知の科学」早川書房 土方奈美訳 2

何かに対してはっきりした意見を持っているという事実によって、私たちは自らの意見には確固たる根拠があると思い込む。
  ――第8章 科学について考える

自分が何を知らないかを理解する良い方法は、対象となる分野に関連する仕事をすることを通じてそれを学ぶことだ。
  ――第11章 賢い人を育てる

 スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック「知ってるつもり 無知の科学」早川書房 土方奈美訳 1 から続く。

【どんな本?】

 身のまわりの事柄を、私たちは「わかったつもり」になっている。だが、いざ「じゃ詳しく説明してよ」と言われると、あっさり馬脚を現す。案外と私たちはわかってない。にも関わらず、世の中はソレナリに巧く回っている。

 ホットな時事問題に対しても、たいていの人は何らかの意見を持っている。中には、強固に自分の意見を主張する人もいる。しかし「それってどういう事なのか、どんな影響があるのか」を問われると、シドロモドロになりがちだ。つまり、わかっていないのである。なぜ「わかっていない」のに、確固たる意見を持てるのか。

 このような意見は、誤解に基づいている場合もある。誤解をとき本当のことを知ってもらおうと、一生懸命に広報を繰り広げる専門家や化学者も多い。だが、世にペテン師は尽きず、相変わらずケッタイな商売が幅を利かせている。

 どうすれば勘ちがいが解けるのか。なぜ意味も分からず強固な信念を持つのか。たいして知恵のない者たちの集団なのに、なぜ世間は回っているのか。

 人類の文明と、それを生み出した知性について、「無知」からアプローチし、その特性をあぶりだそうとする、興奮の一般向け科学解説書。

【科学】

 幼い頃からSFアニメを見て育ち、アポロの月着陸に興奮した世代のためか、私は科学に大きな期待を寄せている。が、そうじゃない人も多い。例えば、こんな現実もある。

オクラホマ州立大学農業経済学部は消費者を対象に、遺伝子組み換え技術を使った製品は表示を義務付けるべきか尋ねた。80%近い回答者が義務化すべきと答えた。(略)
同調査の回答者の80%は、DNAを含む食品についても法律によって表示を義務化すべきだと答えた。
  ――第9章 政治について考える

 いや肉も野菜もDNAを含んでるんですが。むしろDNAを含まない食品の方が怖い…いや食塩は含まないか。とか判った風なことを言ってるけど、「じゃDNAって何よ、例えばどんな元素を含んでるの?」と言われたら、やっぱ説明できないです、はい。

 もっとも、この設問は、科学以外の要素も含んでいるのが面倒なところ。ネタが遺伝子組み換え技術なだけに、宗教や倫理によって、眼鏡に色がついちゃうのだ。

【政治】

 やはりよくわかってなくても、確固たる意見を抱きやすいのが、政治の問題。個々の政策について、キチンと説明できる人は滅多にいない。そもそも大半の人は法案なんか読まないし。というか、私も「どうすりゃ法案が読めるのか」すら知らない。ダメじゃん。

 そんな者同士が意見を交わしても、まずもって無駄に終わる。そして互いに「奴は馬鹿だ」と思い込んで別れる。これはマズい。どうすりゃ有意義な会話ができるのか。「相手を罵ってはいかん」なんてマナーは勿論だが、他にも工夫のしようはある。

 テレビのインタビュウなどでは、「なぜその政策を支持するのか」を尋ねる事が多い。だが、これじゃ、まずもって語り手の意見は変わらない。逆に変わりやすいのは…

必要なのは、政策そのものを考えること、具体的にどのような政策を実施したいのか、その政策の直接的影響はどのようなものか、その影響の影響はどのようなものかを考えることである。つまり、ふだん行っている以上に物事の仕組みについて深く考える必要がある。
  ――第9章 政治について考える

 「ソレはどんな政策か、その直接的な影響は何か、間接的な影響は何か、予算は幾らで効果はどれぐらいか」と、政策を詳しく説明させる。すると、「あれ?実は俺、よくわかってないいんじゃね?」と気づき、腰砕けになるのだ。つまりは前の記事のファスナーですね。

 もっとも、これが効かない場合も多い。宗教や倫理や価値観に基づく時だ。本書では妊娠中絶と尊厳死を挙げている。これはキリスト教的倫理観に基づくものだろう。日本だと、夫婦別性や児童の性教育かな? あと恵方巻などの食糧廃棄も。こういうのは…

政策が良い結果、あるいは悪い結果を生むかはどうでもいい。重要なのは、政策に現れた価値観である。
  ――第9章 政治について考える

 政治ってのは利害だけじゃなく、価値観や世界観の違いも対立の原因なのだ。また、勘ちがいを指摘するのも善し悪しで…

知識の錯覚を打ち砕くことは人々の好奇心を刺激し、そのトピックについて新たな情報を知りたいと思わせるのではないか、と期待していた。だが実際にはそうではなかった。むしろ自分が間違っていたことがわかると、新たな情報を求めることに消極的になった。
  ――第9章 政治について考える

 誰だって自分は馬鹿だと思いたくないし、恥をかくのも嫌いだ。面と向かって無知を指摘されるとムカつく。もっとも、私の場合は例外もあって、Webやこの本など相手の顔が見えない媒体だと、素直に受け入れる、どころか尊敬に変わったりする。まあ、本書の場合だと、無知を指摘されてるのは私だけじゃないしね。

【だが世間は】

 有名なジョークがある。「法隆寺を造ったのは誰か」「大工さん」。ジョークではあるが、けっこう本質を突いたネタでもある。なぜなら…

 法隆寺を造るには、たくさんの人の協力が必要だ。プロジェクトをブチあげ、予算と人を集め、場所を選んで確保し、工法を学び、設計図を描き、木を伐り、運び、加工し、組み上げ…。あ、もちろん、斧やカンナも調達しないとね。というワケで、聖徳太子が一人で全部をやったワケじゃない。にも関わらず、世間に流布している人物は聖徳太子だけだ。これにはヒトのクセが絡んでいる。

私たちは物事を単純化しようとする。その一つの手段が英雄信仰、すなわち重要な個人とそれを支える知識のコミュニティを混同することだ。
  ――第10章 賢さの定義が変わる

 木こりや大工まで、イチイチ憶えてたらキリがない。そこでヒトはモノゴトを単純化する。とりあえずプロデューサーの聖徳太子だけでいいや。そういうコトだ。その聖徳太子にしたって、一から考えたワケじゃなく、隋や帰化人から知識を仕入れたんだろうけど、そこまで追求するのは学者に任せよう。

 が、現実は違う。仕事をしていれば誰だって気がつくが、どんな仕事でも自分だけじゃ完結しない。職場に通うには道路や列車が要る。停電したら何もできない。営業しようにも商品が無けりゃ売れないし、モノを作るにも原材料と工具が必要だ。結局、みんなが少しづつ役割を果たすから、世の中は回る。

【チーム】

 つまり、そういう事だ。みんな、少しづつしか知らない。でも、そんな人たちが協力し合うから、世の中は回るし、進歩していく。ここで大事なのは、みんな同じじゃマズいって点。得意分野が違うから、全体として上手くいく。聖徳太子を千人集めても、法隆寺はできない。誰かがメシを炊かなきゃいけないし、薪を集める人も要る。

 これを一言で言えばダイバーシティとか多様性だろう。世の中イロイロだから私たちはカレーライスやトンカツを楽しめる。和食だけじゃ、こうはいかない。「みんな同じ」を求めると、ロクな事にならない。その見本が文化大革命やクメール・ルージュ、そして大日本帝国だ。そういう集団は、いわゆるエコーチェンバー(→Wikipedia)に陥りヤバい方向へと突っ走る。

【紙がない!】

 とか書いてる今(2020年3月5日)、日本はちょっとしたパニックが起きている。トイレットペーパーが手に入らない。これは経済が理屈通りに動いていないからだ。

世の中の誰もが地球は平らだと信じたところで、地球が平らになるわけではない。しかし経済は違う。
  ――第12章 賢い判断をする

 トイレットペーパーは足りている。でも多くの人が「足りない」と思い込む。その結果、本当に店頭からトイレットペーパーが消えてしまった。馬鹿な話だが、現実なんだからしょうがない。これもまた、一種のエコーチェンバーだろう。今までは、これらの問題に対し、「教育が大事」と叫ばれてきた。だが、オイルショックの経験を経ても、あまり学習が進んだようには思えない。

 じゃ、どうすりゃいいのか、というと…

【終わりに】

 うまくまとめられないけど、機会があったら「機械の再発見」を読んでみてください。少なくとも「自分が身のまわりのモノについてどれほどわかっていないか」は実感できます。

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2020年3月 4日 (水)

スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック「知ってるつもり 無知の科学」早川書房 土方奈美訳 1

本書には三つの主張がある。無知、知識の錯覚、そして知識のコミュニティである。
  ――結び 無知と錯覚を評価する

私たちは「命題的」論理、すなわち特定の見解が正しいか否かを判断するための論理で思考するのではない。「因果的」論理、すなわち特定の事象がどのように起こるかという知識に基づく因果関係の論理でモノを考え、結論を導き出す。
  ――第3章 どう思考するのか

知的活動は脳内だけで起こるのではない。むしろ脳は身体その他の物質世界を巻き込んだプロセス体系の一部にすぎない。
  ――第5章 体と世界を使って考える

金融サイトを数分眺めても、投資の勘どころをつかむことはできない。だがすぐ手に入るところに世界中の知識があると思うと、まるでその多くが自分の頭の中にあるような気になってしまう。
  ――第7章 テクノロジーを使って考える

【どんな本?】

 地球温暖化,遺伝子組み換え食品,財政健全化,円とドルの為替レート…。世の中にはとても多くの問題があり、ニュースは連日それらの問題を報じている。現代社会で生きていくには、実に多くの知識が必要だ。しかも、問題は増える一方である。テレビのニュースについていくだけでも、毎日のように学び続けなければならない。

 …はずだが、皆さん、ホントに毎日勉強してます? もちろん、私はしていません。

 にもかかわらず、私たちの大半は、なんとなく毎日を過ごしていけるし、知識不足で悩むことも滅多にない。ばかりでなく、先に挙げた問題について、誰もが多かれ少なかれ意見を持っている。

 この本は、「無知」についての本だ。ヒトは、どれほど自分の無知について分かっているのか。無知であるにも関わらず、なぜ判断できるのか。なぜ問題なく暮らしていけるのか。どうすれば無知をカバーできるのか。

 ヒトの知能・知性について、その欠落部分、すなわち「無知」からアプローチした、ユニークな認知科学の一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Knowledge Illusion : Why We Never Think Alone, by Steven Sloman and Philip Fernbach, 2017。日本語版は2018年4月15日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約277頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント45字×20行×277頁=約249,300字、400字詰め原稿用紙で約624枚。文庫なら少し厚い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただ、米国人向けに書かれているので、所によってはピンとこないかも。例えばブリンストン大学とMITの違いとか。

【構成は?】

 原則として前の章を受けて次の章が展開する。のだが、面白そうな所だけを拾い読みしても結構イケる。

  • 序章 個人の無知と知識のコミュニティ
    思考は集団的行為である/無知と錯覚/思考は何のためか/知識のコミュニティ/なぜこれが重要なのか
  • 第1章 「知っている」のウソ
    どれだけの知識があるか/錯覚の抗いがたい魅力
  • 第2章 なぜ思考するのか
    脳はなんのためにある?/賢い脳/フネスの苦しみ
  • 第3章 どう思考するのか
    人間は物事の因果を考える/前向き推論と後ろ向き推論/物語
  • 第4章 なぜ間違った考えを抱くのか
    必要十分/因果的推論には2タイプある/直感、熟慮、説明深度の錯覚
  • 第5章 体と世界を使って考える
    知能を具現化する/人間のデザイン/世界が私たちのコンピュータである/脳は知性の中にある
  • 第6章 他者を使って考える
    集団的狩猟/賢さ/志向性の共有/今日のチームワーク/境界での混乱/個人を知識のコミュニティに合わせてデザインする/集団意識の強みと危険性
  • 第7章 テクノロジーを使って考える
    思考の延長としてのテクノロジー/テクノロジーは(まだ)志向性を共有しない/真の超絶知能/未来を予測する
  • 第8章 科学について考える
    科学に対する国民の理解/コミュニティへの忠誠心/因果モデルと科学への理解/知識の欠乏を埋める
  • 第9章 政治について考える
    錯覚を打ち砕く/価値観と結果/ガバナンスとリーダーシップ
  • 第10章 賢さの定義が変わる
    知能/知能テストの歴史/知識のコミュニティからのインスピレーション/集団知能とその重要性
  • 第11章 賢い人を育てる
    何を知らないかを知る/知識のコミュニティと科学の授業/学習のコミュニティ
  • 第12章 賢い判断をする
    説明嫌いと説明マニア/情報量を増やすことは解決策にならない/集団意識が経済を動かす/より良い判断を「ナッジ」する/教訓1 かみ砕く/教訓2 意思決定のための単純なルールをつくる/教訓3 ジャスト・イン・タイム教育/教訓4 自分の理解度を確認する
  • 結び 無知と錯覚を評価する
    無知は絶対的に悪か/コミュニティの判断力を高める/錯覚を評価する
  • 謝辞/訳者あとがき/原注

【感想は?】

 質問です。

1.あなたはファスナーの仕組みをどれだけ理解しているか、七段階評価で答えてください。

 では、次に…

2.ファスナーはどのような仕組みで動くのか、できるだけ詳細に説明してください。

 もう一度、1.に答えてください。

 答えが変わった人は、「説明深度の錯覚」を理解した人です。ガッカリする必要はなくて、たいていの人は変わります。なんであれ、ソレについて「詳しく説明」させると、本当の理解度をあぶりだせるわけ。人に教えると更に深く理解できるとか、よくあるよね。

 プログラマはしゅっちゅう体験してる。「こんなん簡単じゃん」と思ったプログラムも、いざコードを書く段になると四苦八苦したり。コードとして具体化しようとすると、要求仕様をまとめた時は気が付かなかったアラが見つかるのは、よくある話。だからシステム開発の予算は際限なく膨れ上がり、納期はズルズルと延びてゆく。

 と、けっこう衝撃的な事実で本書は幕を開ける。私たちは、自分で思っているほど、モノゴトについてわかっちゃいない。にも関わらず、世の中は問題なく動いているし、特に不自由もなく暮らしていける。

 なぜ「わかっている」と思い込むのか。なぜ不自由を感じないのか。そんな不完全で傲慢なヒトが、なぜ高度文明を築き得たのか。この不完全さが、どんな問題を引き起こすのか。どうすれば問題を避けられるのか。

 これについて、序盤ではヒトの思考のメカニズムを分析・解明してゆく。こういう所は、SFファンには美味しいところ。または人工知能や哲学に興味がある人にもお薦め。例えば、知能の定義だ。かの有名なフレーム問題を語ったあと、こう結論づける。

知的であるとは要するに、五感から入ってくる膨大なデータから本質的で抽象的な情報を抽出する能力があるということだ。
  ――第2章 なぜ思考するのか

 そう、機械学習が脚光を浴びる前の人工知能研究は、これがネックになっていた。

 ヒトは音や形から、ほぼ瞬間的に重要な情報を抜き出し、それ以外は無視する。狩りの途中で虎の新しいフンを見かけたら、その横にある草の種類はどうでもいい。とりあえず、その場から離れるべきだ。でなけりゃ自分が虎のフンになる。従来の人工知能には、そういう「何が重要か」って判断ができなかった。少なくとも、実用的な速度では。

 ヒトは情報の重要性を瞬時に判断できる。だが、これは困った副作用がある。つまりは「社会はなぜ左と右にわかれるのか」の像と象使い、「リスクにあなたは騙される」の腹と頭だ。

 腹は判断が速い。でも、けっこうウッカリさんでもある。例えば…

バットとボールで合計1ドル10セントである。バットはボールより1ドル高い。ボールはいくらか。

 と聞かれると、腹は「10セント」と答えてしまう。これ、ひっかかる人の方が多いんだが、ひっかからないタイプを著者は「熟慮型」と呼び、幾つか面白い傾向がある。

熟慮型の人、すなわちCRTのスコアが高い人には、そうではない人ほど「説明深度の錯覚」が見られない。
  ――第4章 なぜ間違った考えを抱くのか

 しかも、モノゴトを説明するのが好きなのだ。また、モノを買う際に、短いキャッチフレーズより、ダラダラと長い説明があるモノを選んだり。もっとも、そういう人でも…

自分の専門分野(家庭用品、クラシックカー、オーディオ設備など)については説明マニアでも、興味のない分野については説明嫌いになる人も多い。
  ――第12章 賢い判断をする

 なんのこたあない、ヲタクの生態そのものじゃないかw つまりは誰だって自分の好きな事柄は喋りたがり、そうでない事は深く考えないのだ。もっとも、ヲタクにも自覚してるヲタクとそうでないヲタクがいて…

知識の呪縛とは、私たちは自分の頭の中にあることは、他の人の頭の中にもあるはずだと考えがちなことを指す。一方、知識の錯覚は、他の人の頭の中にあることを、自分の頭の中にあると思い込むことを指す。
  ――第6章 他者を使って考える

 そう、誰もが連邦とジオンの関係を知ってるワケじゃないのだ。にも関わらずガノタときたらブツブツ…。まあ、かく言う私も、「ポール・ロジャースはあまり知られていない」と最近になって思い知らされ、ガックリきたんだが。なんで知らないんだよ~。ちょっと前、Queen として来日したじゃないかあぁぁ!←落ち着け

 もっとも、逆にコレをよく実感しているヲタクもいる。

それぞれの個体が特定の役割に精通すると、その結果として生まれる集団的知能は部分の総和を超える。
  ――第6章 他者を使って考える

 これを実によく表しているアニメがあって、それは「映像研には手を出すな!」なのですね。優秀なプロデューサーの金森さやか、設定と演出にうるさい浅草みどり、動きにこだわる水崎ツバメのチームワークが心地よいアニメです。

 「映像研」にはもう一つ、私たちに気づかせてくれることがあって、それは映像を観ている者は映像についてほとんどわかっちゃいないのだ、と教えてくれること。まあ映像は観るだけだけど、使いながら自分でも不安になるテクノロジーは、やっぱりあるのだ。例えば漢字変換。

優れたテクノロジーというのは決まって使いやすい。(略)今後、複雑化しつづけるシステムに対する理解度は一段と低下していくが、それでも私たちは理解しているかのような感覚を抱き続けるだろう。
  ――第7章 テクノロジーを使って考える

 「鬱陶しい」とPCで書くのは簡単だけど、鉛筆じゃ私は書けない。おまけに最近の変換技術は凄くて、例えばGoogleはウロおぼえの言葉でも「次の検索結果を表示しています」で補ってくれる。私は何度 Neal schon の綴りを間違えたことか。にも関わらず、どうやって補っているのか、私は説明できない。ばかりか、Google が間違えても、私は間違った綴りを正しいと思ってしまうだろう。

 などととりとめのないまま、次の記事へ続く。

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2020年3月 2日 (月)

トム・アンブローズ「50の名車とアイテムで知る 図説 自転車の歴史」原書房 甲斐理恵子訳

自転車は個人旅行に革命をもたらし、馬に頼る近・中距離移動は終わりを告げた。
本書は、200年以上にわたって発展してきた自転車の物語を、進歩の土台となった50種からひも解いていく。
  ――はじめに

フランスで流行しはじめたトライシクル(三輪車)は、イギリスでもすぐに広まった。1881~1886年には、自転車よりトライシクルの生産量のほうが多かったほどだ。
  ――12 コヴェントリー・レバー トライシクル

女性による自転車世界一周は、1894年にすでになしとげられている。同じアメリカ人女性、アーニー・コブチョフスキーがその人だ。
  ――16 エルスウィック・スポーツ 自転車に乗った女性たち

(レンタル自転車の)おもな目的は利益をあげることではなく、利用料で費用をまかないつつ都心の車の交通量を減らすことだ。
  ――43 ヴェリブ 都市型レンタル自転車

オランダは世界で唯一、人口より自転車の台数が多い国なのだ。オランダの人口は1650万人、自転車は約1800万台存在する。
  ――45 ガゼル 自転車の国オランダ

中国では車の5倍の電動自転車が走り、いまや世界トップクラスの電動自転車生産国でもある。毎年中国では1800万台の電動自転車が製造販売され、中国で使われている2輪車の25%以上が電動自転車だ。
  ――49 リビー 電動自転車

【どんな本?】

 お買い物の友ママチャリ。転ぶ心配のないトライシクル(三輪車)。坂道もラクラク電動アシスト自転車。頑丈でパワフルな実用車。持ち運べる折りたたみ自転車。スマートで華麗なロードバイク。荒野を駆け抜けるマウンテンバイク。映画「E.T.」で脚光を浴びたBMX。そして寝っ転がって走るリカンベント。

 ひとくちに自転車といっても、その姿や使われ方は様々だ。これらの自転車は、どのように進化・多様化してきたのか。進化の過程で、どんな技術やアイデアがどんな役割を果たしたのか。そして、どんな人々がどんな目的で自転車に乗ってきたのか。

 ペダルすらない1817年のドライジーネからカーボンファイバーを駆使した現代のレース用マシンまで、50のトピックで自転車の進化を辿る、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The History of Cycling in Fifty Bikes, by Tom Ambrose, 2013。日本語版は2014年9月21日第1刷。単行本ハードカバー横一段組み本文約212頁。8.5ポイント32字×42行×212頁=約284,928字、400字詰め原稿用紙で約713枚。文庫本なら厚めの一冊分だが、写真がたくさん載っているので、実際の文字数は7割ぐらい。

 文章は比較的にこなれている。内容も難しくはない。ただ、ダイヤモンド・フレームやスプロケットなど、自転車の専門用語が説明なしに出てくるので、素人はその度に Google などで調べる必要がある。

【構成は?】

 時代別に並んでいるが、各記事はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • はじめに
  • 1 自転車の原型 庶民の乗り物を求めて
  • 2 ドライジーネ フランス発の初期の2輪車
  • 3 ホビーホース ダンディな若者の選択
  • 4 マクミラン型ペダル自転車 両足を地面から離して
  • 5 ベロシペード 前輪駆動
  • 6 ボーンシェイカー 過酷なサイクリング
  • 7 アリエル 危険なペニー・ファージング
  • 8 ローバー 安全自転車
  • 9 ファシル ドワーフ・オーディナリ
  • 10 サルヴォ・クワドリサイクル マルチホイーラー(車輪の多い自転車)
  • 11 コロンビア・ハイホイーラー アメリカ生まれ
  • 12 コヴェントリー・レバー トライシクル
  • 13 空気タイヤ 快適な乗り心地
  • 14 スウィフト 事務員の自転車
  • 15 アイヴェル 2人乗り自転車
  • 16 エルスウィック・スポーツ 自転車に乗った女性たち
  • 17 ルーカス・ランプ 夜道を照らす
  • 18 ダーズリー・ペダーセン 奇抜なデザイン
  • 19 モルヴァーン・スター オーストラリア横断
  • 20 フランセーズ・ディアマン 初のツール・ド・フランス
  • 21 スターメーアーチャー 変速ギア
  • 22 ラボール・ツール・ド・フランス ねじれ剛性
  • 23 オートモート 初期の長距離レース自転車
  • 24 ヴィアル・ヴェラスティック マアウンテンバイク誕生前夜
  • 25 ヴェロカー レース用リカンベント
  • 26 ハーキュリーズ 女性レーサー
  • 27 バーステル・スペシャル 6日間レース
  • 28 シュル・フュニキロ 初期マウンテンバイク
  • 29 ケートケ トラック用タンデム
  • 30 変速機(ディレイラー) レース用ギア
  • 31 ベインズVS37 1930年代の傑作
  • 32 ビアンキ 偉大なるファウスト・コッピ
  • 33 BSAパラトルーパー 自転車の軍事利用
  • 34 モールトン・スタンダード・マーク1 折りたたみ自転車
  • 35 プジョーPX10 死の山
  • 36 ウーゴ・デローザ エディ・メルクス
  • 37 ブリーザー・シリーズ1 マウンテンバイク
  • 38 ハロー バイシクルモトクロス(BMX)の流行
  • 39 ロータス108 スーパーバイク
  • 40 コルナゴ タイムトライアル自転車
  • 41 スコット・アディクトRC カーボンフレーム
  • 42 プロ・フィット・マドン ランス・アームストロング
  • 43 ヴェリブ 都市型レンタル自転車
  • 44 サーヴェロS5 モダン・クラシック
  • 45 ガゼル 自転車の国オランダ
  • 46 マドセン カーゴ自転車
  • 47 スペシャライズド・ターマックSL3 未来の勝者
  • 48 ピナレロ ウィギンスのマシン
  • 49 リビー 電動自転車
  • 50 四角いホイール? 未来のデザイン
  • 参考文献/索引/図版出典

【感想は?】

 速く走ることに賭けるヒトの執念が伝わってくる。

 幕あけは1791年のパリ、シヴラック伯爵のセレリフェールだ。形はドライジーネ(→Wikipedia)に近い。

 木の枠組みに木の車輪を付けただけで、ブレーキはもちろんペダルもない。現代の幼児用バランスバイクみたいなモンだが、ハンドルはきれない。おかげで曲がる時は「そのつど乗り手が降り、車体を持ち上げて、進みたい方向へ向きを変えなければならなかった」。しかも値段は「乗馬用の馬なみ」。そりゃ流行らんわ。

 だが何故か自転車というアイデアは命脈を保ち続ける。いや飛び飛びに、だけど。とはいえ、さすがに費用は問題で、しばらくは貴族の坊ちゃんの道楽って時代が続く。やっぱり、こういうモノの進歩には、ある程度の社会格差が必要なんだなあ。

 これに動力、というか動力伝動装置がついたのが1839年のマクミラン型ペダル自転車。ただし回転させるんじゃなくて、蒸気機関車みたくペダルの前後動をシャフトでスポークに伝える。1860年代にはペダルで前輪を回すベロシペードが登場、「前輪をデカくすりゃスピードが出るよね」とペニー・ファージング(→Wikipedia)が勢いを得る。

 この辺までは自転車って値段は高いわコケたら危ないわで、今でいうエクストリーム・スポーツ的な位置づけだったことが伺える。これに一石を投じだのが1876年のローバー、安全自転車だ。チェーンで後輪を動かす姿は、現代の実用車に近い。足が地面につくので安全ってわけ。

 子供の頃、自転車を手に入れて、その移動能力に感動したことを覚えているだろうか? あれは、自由の味だ。移動手段を得ることは、自由を得ることでもある。これは女性解放論者にも影響を及ぼす。ただ、スカートで乗るには、トップチューブ(→Wikipedia)が邪魔になる。これを解決したのが1912年のエルウィック・スポーツ。トップチューブをなくし、今のママチャリに近い形になった。

 とかの進化を辿るのも面白いが、最も気にった記事は「33 BSAパラトルーパー 自転車の軍事利用」。そう、自転車と軍事の話だ。

 先陣を切ったのはイギリス陸軍。1885年の演習で偵察隊が自転車で活躍してる。もっとも、1890年に作った8人乗り8輪車は、さすがに失敗したけど。誰か止める奴はいなかったのかw さすがパンジャンドラムの国w もち成功した例も多く、ボーア戦争ではニュージーランド軍兵士が自転車でボーア人騎兵隊を追い捕まえている。馬より自転車の方が速いのだ。飼葉も要らないしね。

 ドイツ軍も電撃戦では…

第2次世界大戦(略)ドイツ軍は(略)ベルギーやフランスへ先頭をきって侵攻する戦車の後ろには、何千台もの自転車が走っていた。
  ――33 BSAパラトルーパー 自転車の軍事利用

 と、歩兵は自転車でグデーリアンを追いかけたのだ。同時期にマレー半島を南下した帝国陸軍の銀輪部隊も出てくるが、「ただし使用されたのは日本製ではなくマラヤ製」だった。日本から送るには船に積む空間が足りず、しかも現地で手に入るってんで、現地で調達…と言えば聞こえはいいが、ようは奪ったわけ。そりゃ恨まれるよ。

 もっとも、そのドイツ軍もベルリン防衛戦では少年兵が自転車にパンツァー・ファウスト(対戦車バズーカ)を括り付けてソ連の戦車T-34に立ち向かう、なんて無謀な手に出てるんだけど(→「ベルリン陥落」)。

 この知恵を継いだのが北ベトナム軍で、かの有名なホーチミン・ルートの補給は、自転車が活躍している。

 フランス相手の第一次インドシナ戦争では、「6万台の自転車」が食料と弾薬を運んでいる。もっともフランス製プジョーを改造して「200キロ以上の荷物を運べるよう」にしてあるんだけど。写真も載ってて、さすがに人が載って漕ぐんじゃなく、押して歩いてる。しいまいにゃ「救急車」まで作ってて、彼らの工夫の才には敬服するばかりだ。

 もちろんロータス108などスピードを追求した過激なレース用自転車も迫力のフルカラーでたくさん載っており、眺めているだけでも充分に楽しめる。

 馬やエンジンなど他の動力に頼らず、自分の力だけで、なるべく長い時間と距離を速く走る。自転車は、ただそれだけが目的のマシンだ。にも関わらず、ヒトはその時々の最新テクノロジーを取り入れ、ひたすらに高速を追及したり安定性を求めたりして、豊かなバリエーションを自転車にもたらした。その歴史は未だ発展途上で、多くの可能性を秘めている。

 歴史を辿ると共に未来への期待が膨らむ、ちょっと変わった技術史の本だ。

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2020年2月14日 (金)

塩之入洋「高血圧の医学 あなたの薬と自己管理」中公新書

本書は、成人の最大疾患群「高血圧」がもついろいろな問題点の解説、危険な合併症を防ぐための対策、高血圧の持続的な治療の必要性、高血圧治療薬の適応と副作用、「快適な生活を過ごす」ために知っておくべき知識などを記述しました。
  ――はじめに

安静時の成人の正常な動脈血圧は、収縮期(最大)血圧が100-130mmHg、拡張期(最小)血圧が50-85mmHgにあります。
  ――第1章 高血圧と血圧測定

【どんな本?】

 30歳以上の日本人のうち、約3300万人、つまり三人に一人が高血圧と思われる。もはや日本の国民病と言ってもいいだろう。

 その高血圧とは、どんな状態か。高血圧の何が悪いのか。高血圧か否かは、どうやって調べるのか。なぜ高血圧になるのか。高血圧を防ぐには、どうすればいいのか。どんな治療法があるのか。高血圧の薬には、どんなものがあるのか。それぞれの薬には、どんな特徴があるのか。薬を服用する際には、どんな事に気を付ければいいのか。

 老化に伴う宿命ともいえる高血圧について、その危険と対策、そして主な薬を中心に語る、医学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年1月25日発行。新書版で縦一段組み本文約237頁に加え、あとがき2頁。9ポイント41字×16行×237頁=約155,472字、400字詰め原稿用紙で約389枚。文庫なら薄めの一冊分ぐらいの文字量。

 文章の読みやすさと、内容のわかりやすさは、読者による。というか、対象読者を絞り込めていない。

 素人向けだとしたら、文章は硬すぎるし、専門用語を説明抜きで使いすぎる。細かいところでは、「増大する」「減少する」より「増える」「減る」の方が親しみやすい。「過剰な食塩を摂取」を「塩の摂りすぎ」にするなど、工夫してほしい。また「レニン-アンジオテンシン系」とか言われても、素人には見当がつかない。

 特に第4章~第8章は、医師や厚生省の役人など専門家向けの内容だろう。これが本書の半分近くを占めてたりする。

 かと思えば、高血圧の説明に水まき用のホースで例えるなど、素人向けに工夫している所もあるから、評価に困ってしまう。

 日頃から論文や報告書などの専門家向けの文書を書きなれた人が、同じ勢いで書き下ろした、そんな雰囲気の本だ。

【構成は?】

 素人なら、第1章と第2章は、ちゃんと読もう。第3章は軽く流し読みでいい。第4章~第8章は、読み飛ばしてもいいし、自分が当てはまる所だけをつまみ食いしいてもいい。第9章と第10章はちゃんと読もう。

  • はじめに
  • 第1章 高血圧と血圧測定
  • 第2章 高血圧の診断と危険因子
  • 第3章 高血圧治療と降圧剤
  • 第4章 第一選択薬の特性と選択
  • 第5章 高血圧治療薬の薬物相互作用
  • 第6章 合併症を持つ場合の高血圧治療薬の選択と注意
  • 第7章 女性と小児の高血圧
  • 第8章 特殊な高血圧 二次性高血圧など
  • 第9章 高血圧治療 ちょっと気になる疑問
  • 第10章 飲酒と喫煙
  • 付章 低血圧
  • あとがき

【感想は?】

 最近の健康診断で高血圧と言われた。まあ歳だし、とは思うが、やっぱり怖い。何ができるかを知りたくて読んだんだが、これが実にみもフタもない。要は食事と生活習慣を変えろ、だ。

…ライフスタイル改善の共通点は、過剰なカロリー(エネルギー)摂取制限と、適切な運動にあります。
  ――第2章 高血圧の診断と危険因子

 思い当たるフシは、確かにある。体を動かすのは嫌いだし、食事は偏ってる。あまり塩分は摂らないが、甘いものは大好きだ。酒は飲まないが、煙草は吸う。ダメじゃん。

 せめて少しは体を動かすようにしよう。でも走るのは嫌だなあ。筋トレなんて冗談じゃない。なんて思っていたら、実はそれでも構わないのだ。

運動ではとくに有酸素運動(エアロビクス)が勧められ、全身の大きな筋肉を繰り返し時間をかけて動かすものがよいとされます。具体的には、散歩、早歩き、球技、水泳、サイクリング、ダンスなどです。
  ――第9章 高血圧治療 ちょっと気になる疑問

 うん、それならできる。ヲタクの例に漏れず、歩くスピードは速い方だ。なら早歩きで散歩すりゃいいか。

 …で記事が終わっちゃったらアレなので、後は野次馬根性で面白かった所を。まずは、高血圧の原因について。

高血圧は大別して、本態性高血圧(原発性高血圧、体質性高血圧)と二次高血圧にわけられます。本態性高血圧は、現在のところ、真の原因が不明な高血圧で、全体の90%を占めています。
  ――第2章 高血圧の診断と危険因子

 同じ高血圧でも、内臓疾患などによる場合もあるのだ。もっとも大半は「真の原因が不明」の方だけど。つか、わかってないのか。とはいえ、医者の言う「わかってない」は、素人が考える「わかってない」とは違うようだが。たぶん、原因と結果は見当がついているけど、途中でどんなホルモンや酵素がどう関わっているのか、そのメカニズムの一部が明らかになっていない、みたいな意味なんだろう。

 ちなみに子供も高血圧になるとか。ただし、二次高血圧の疑いもあるので、尿タンパクなど他の検査も併せて考えましょう、と。パタリロはコレかな?

 本質的な解決にはなってないんだが、ある程度は医者を誤魔化す方法も書いてあったり。曰く、血圧を測る前の30分はコーヒーを飲まず煙草も吸わない。冬より春や秋の快適な季節は血圧が低くなりやすい。そうか、次の健康診断では←をい

 ゴマカシじゃないけど、喪男にありがちなのが、白衣高血圧。要は血圧を測る時に緊張しちゃって、普段より高い値になっちゃう。うん、きっと俺はコレだわ←をい。まあ、それだけじゃなくて、日頃から仕事や睡眠不足でストレスが溜まってると、血圧も高くなるわけで、健康診断の前日は早く寝ましょう。

 いわゆる代替医療への警告もチラホラと。特に著者が気にしているのが、セイヨウオトギリソウ俗称セント・ジョーンズ・ワート(→Wikipedia)。他の薬との飲み合わせによっては、「深刻な病状の悪化」もあり得るので、「厚生労働省からも警告」が出ている。きっと当時は流行ってたんだろうなあ。

 というか、第5章を流し読みした限り、日頃から飲んでる薬などは、ハッキリと医師に告げておく方が無難だよね、と感じる。薬どうしで効果を強めたり弱めたり、または思わぬ副作用をもたらしたり、イロイロあるのだ。素人が全貌を掴むのはまず無理なので、医師に正確な情報を伝えて判断を任せた方がいい。

 2001年と医学系の本の中だと最新とは言い難いが、基本的な対策は今も大きく変わっちゃいない。つまり酒・煙草・暴飲暴食・塩分を控え、長時間の軽い運動をしましょう、医師には隠さず正直に相談しよう、そんなあたりだろう。とはいえ、わかっちゃいるけどやめられない、なんだよなあ。困ったもんです。

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2020年2月 7日 (金)

齋藤勝裕「知られざる鉄の科学: 人類とともに時代を創った鉄のすべてを解き明かす」ソフトバンク・クリエイティブ サイエンス・アイ新書

一般に炭素が多いと、硬くてもろくなり、構造材には用いられません。逆に炭素が少ないと柔らかく、粘り強くなります。刃物や構造材に用いられるのは後者です。
  ――第5章 鉄の製造 column 鉄の種類

最近の研究では、ダマスカス鋼に含まれる炭素がただの炭素でなく、カーボンナノチューブが含まれていることがわかり、その神秘性はますます高くなっています。
  ――第7章 不思議な鉄 7-1 幻のダマスカス鋼

【どんな本?】

 鉄はもっとも身近な金属だ。身の回りには、たくさんの鉄製品がある。包丁,スプーン,釘,自動車,鉄道のレール,鉄筋コンクリートのビル…。それぞれ使い方は違い、求められる性質も違う。

 鉄はどうやって出来たのか。ヒトはどこから鉄を掘り出し、どうやって加工したのか。様々な性質の鉄は、何が違うのか。そして、どんな所で鉄を使っているのか。

 鉄原子の誕生から先端技術まで、鉄の雑学を集めた一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年2月25日初版第1刷発行。新書版フルカラー横一段組みで本文約182頁。8ポイント29字×27行×182頁=約142,506字、400字詰め原稿用紙で約357枚。文庫ならやや薄い一冊分ぐらいの計算だが、写真・イラスト・グラフなどが沢山載っているので、実際の文字数は6~7割ぐらい。

 文章はこなれている。内容は、中学卒業程度の理科がわかればついていける。またカラーの写真やイラストが多いので、紙面が親しみやすい。

【構成は?】

 それぞれ数頁のほぼ独立した記事が並ぶ構成なので、気になった所を拾い読みしてもいい。

  • はじめに
  • 第1章 鉄の歴史
    • 1-1 鉄の発見と加工の歴史
    • 1-2 日本に伝わった製鉄技術
    • 1-3 産業と鉄
    • 1-4 国家と鉄
  • 第2章 鉄の性質
    • 2-1 原子としての鉄
    • 2-2 鉄は金属元素
    • 2-3 鉄は強い?
    • 2-4 鉄は電気を通す
    • 2-5 鉄は磁石と超伝導体になる
    • 2-6 鉄は重く、融けにくく、錆びやすい
    • column 燃える金属
    • column 鉄のにおい
  • 第3章 鉄の化学
    • 3-1 鉄の存在量
    • 3-2 ビッグバンと鉄原子
    • 3-3 鉄は多くの原子の生みの親
    • 3-4 鉄の結晶状態
    • 3-5 鉄の化学反応
    • column 黒豆と古釘
  • 第4章 変貌する鉄
    • 4-1 合金の今昔
    • 4-2 高硬度鋼は特殊用途向け
    • 4-3 熱さ・冷たさを克服した耐熱鋼
    • 4-4 変化自在な鉄合金
    • 4-5 鉄の未来形
    • column 鉄と放射性元素
  • 第5章 鉄の製造
    • 5-1 鉄鉱石の採掘
    • column 鉄とレアメタル
    • 5-2 鉄の製造
    • column 鉄の種類
    • 5-3 世界の製鉄の歴史
    • 5-4 日本の伝統的な製鉄法
    • column 鉄バクテリア
  • 第6章 日本刀の秘密
    • 6-1 日本刀の歴史
    • column 時代による刀装
    • 6-2 日本刀の構造
    • 6-3 日本刀のつくり方
    • 6-4 日本刀の秘密
    • 6-5 日本刀鑑賞の秘密
    • column 鉄仏とは
  • 第7章 不思議な鉄
    • 7-1 幻のダマスカス鋼
    • 7-2 チャンドラバルマンの鉄塔
    • 7-3 現代の不思議な鉄
    • 7-4 日本の伝統的な鉄器製作技術
    • 7-5 製鉄と伝説
    • column 鉄とDDS
  • 第8章 生命と鉄
    • 8-1 原始地球と生命
    • 8-2 猛毒酸素から地球を救った鉄
    • 8-3 細胞に酸素を運ぶ鉄
    • 8-4 生活と鉄
    • 8-5 芸術と鉄
  • 参考文献/索引

【感想は?】

 手軽な科学解説書には、幾つかのブランドがある。

 講談社ブルーバックスは老舗の貫禄を誇る。日刊工業新聞社の「トコトンやさしい」B&Tブックスは産業系のラインナップが充実している。ハヤカワ文庫NFは翻訳物が嬉しい。そしてサイエンス・アイ新書は新手ながら、親しみやすいフルカラーがウリだろう。

 いずれも「いかにわかりやすく読者に伝えるか」に工夫を凝らしている。それぞれ工夫の仕方は、ブランドによって違う。中でもB&Tブックスの手法は素人にも判別しやすい。レイアウトを定めて、キッチリ守るのだ。

 とはいえ、実績のある学者や産業界で活躍した人は、初心者向けの解説者としては向かない場合が多い。ただでさえ知識と経験が豊かな上に、自分の研究領域や仕事の内容が大好きな人が多い。だもんで、話題が豊富なのはいいが、語り始めると「アレも書きたい、コレも伝えたい」となる。それでも序盤は初心者向けを意識して丁寧に解説する。だが、本の頁数には限りがある。お陰で最新技術を伝える終盤では、素人には意味不明な数式や分子記号がズラズラと並ぶ羽目になる。

 そこをいかにコントロールするかが編集の腕の見せ所。その点、サイエンス・アイ新書の編集は腕利きが揃っているようだ。それがよくわかったのが「銃の科学」。マニアには常識でも軍事や銃器の素人は「言葉しか知らない」事柄をキチンと説明しつつ、著者の趣味にも配慮して独自色を見せた。

 そういった編集の妙は本書にもよく現れている。著者は物理と化学に詳しい人らしく、特に第2章と第3章に著者の色がよく出ている。もっとも、これは単に著者の好みだけではない。変化自在な鉄の性質を呑み込むには、こういう部分が大事だったりするんだが、それが判るのは終盤に入ってから。

 中でも素人に嬉しいのが、「第5章 鉄の製造 column 鉄の種類」。いわゆる「鉄」と「鋼」の違いを説明するコラムだ。今までも Wikipedia などで調べたが、いまいちピンとこなかった。炭素量が違うらしい、まではわかったが、どう違うのかがわからなかったのだ。

 本書によれば、炭素量2~6%は鋳鉄、つまり鋳物だ、これは硬いが割れやすい。鋼は炭素量2%未満で炭素量が少ないほど柔らかく割れにくい。0.5~0.7%が最硬鋼、0.13~0.2%が軟鋼。とすると、かなり精密な成分を調整する必要がある。

 にも関わらず、世にある製鉄の説明は、相当に荒っぽい。高炉に鉄鉱石とコークスと石灰石を流し入れて火をつけ云々。それじゃ成分の調整なんかできないじゃないか。

 そう、できないのだ。実は高炉から出てくるのは銑鉄で、成分は鋳鉄に近い。現代では、銑鉄を更に転炉に入れ、炭素やケイ素を酸素と化合させて取り除く。そうやって鉄は鋼になるのだ。なんかわかった気がする。いや多分、大事なところはまったくわかってないけど。

 などといった、製品としての鉄の話題ばかりでなく、鉄に関する歴史や現象などの話も豊富なのが、本書のもう一つの特徴だろう。

 例えば「column 鉄バクテリア」(→Wikipedia)。取水口とかにある、サビ色のドロドロ、あれは鉄バクテリアの死骸なのだ。

 やはり意外だったのが、日本刀のつくり方。あれ一つの鉄塊から作るのかと思ったら、とんでもない。よく言われるように、日本刀は芯が柔らかく刃が硬い。だから切れ味は鋭いわりに折れにくい。どうすりゃそうなるのか。実は材料が違うのだ。柔らかい鋼の芯棒に、硬い鋼の刃をかぶせるのである。手が込んでるなあ。

 日本刀のもう一つの特徴である反りも、「刀工が意図的に曲げたものではありません」。へ? これ、焼きを入れて冷やす際に、結晶構造が変わる事で勝手に反るのだ。マルテンサイト変態(→Wikipedia)と呼ぶらしい。結晶構造で性質が変わるって、チョコレートみたいだ。

 やはり結晶構造ではアモルファス(→Wikipedia)なんてネタも出てきた。いやアモルファスは結晶じゃなくて、むしろガラスみたく分子が出鱈目に並んでる状態なんだけど、「機械的強度や耐酸性が高いだけでなく、磁性が強い」って、錆びにくく磁気を帯びやすいって事かな? よくわからんがエレキギターの弦に使ったら、音が大きい上に長持ちするとか?

 かと思えば宇宙創成みたいな話も出てきて、幅広く鉄について学べる本だった。アチコチに化学式が出てくるけど、それにアレルギーがなければ、豊富なイラストや写真で楽しみながら鉄の知識が身につく、一般向け科学解説書のお手本みたいな本だった。

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2019年12月22日 (日)

Geoge T. Heineman. Gary Pollice, Stanley Selkow「アルゴリズム クイックリファレンス 第2版」オライリージャパン 黒川利明,黒川洋訳

探索木によっては、盤面状態の数が大変多くなるので、深さ優先探索は、最大探索深さが前もって定まっているような場合にのみ実用的となる。
  ――7.7 深さ優先探索

幅優先探索は、もし経路が存在するなら、目標状態への最短経路を見つけることが保証されている。
  ――7.8 幅優先探索

人口知能(AI)分野の初期の開拓者の多くの特徴は、いまだ解がわからない問題を解こうとしていることであった。問題を解く一般的方法は、大規模なグラフの探索問題に変換する事であった。
  ――12.5 探索を構築せよ

【どんな本?】

 コンピュータで問題を解くには、アルゴリズムが欠かせない。そしていつの時代も、より速く問題を解く需要は尽きない。往々にして単純な解き方だと、問題の規模の二乗に比例する時間がかかる。CPUもバスも速度は上がったが、最近はリアルタイム性の要求も厳しくなった。弾幕ゲームで弾数の二乗の演算時間を費やすわけにはいかない。

 本書では基本となる全順序集合の整列と探索に始まり、地図などの経路探索や完全情報ゲームの最善手の探索、二次元ゲームの当たり判定などに便利な空間木構造など、現代のプログラミングで必要となるアルゴリズムとデータ構造を紹介する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ALGOTITHMSS : In a Nutchell Second Edition, by Geoge T. Heineman. Gary Pollice, Stanley Selkow, 2016。日本語版は2016年12月22日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組み約415頁。8.5ポイント37字×31行×415頁=約476,005字、400字詰め原稿用紙で約1,191枚。文庫なら厚めの上下巻ぐらいの分量。

 文章はやや硬い。「任意の点pにおいて」など、数学っぽい表現も容赦なく出てくるので、そこは覚悟しよう。サンプル・プログラムも多数収録している。使っているのは c, c++, Java, Python。c++ か Java か Python がわかれば、たいがい読めるだろう。

【構成は?】

 各章はゆるく独立しているが、できるだけ頭から読んだ方がいい。

  • 第2版日本語版へ寄せて
  • 第2版まえがき
  • 1章 アルゴリズムで考える
    • 1.1 問題を理解する
    • 1.2 素朴解
    • 1.3 賢い方式
      • 1.3.1 貪欲法
      • 1.3.2 分割統治法
      • 1.3.3 並列法
      • 1.3.4 近似法
      • 1.3.5 一般化
    • 1.4 まとめ
    • 1.5 参考文献
  • 2章 アルゴリズムの数学
    • 2.1 問題インスタンスのサイズ
    • 2.2 関数の成長率
    • 2.3 裁量、平均、最悪時の分析
      • 2.3.1 最悪時
      • 2.3.2 平均時
      • 2.3.3 最悪時
      • 2.3.4 下限と上限
    • 2.4 性能分類
      • 2.4.1 定数的振る舞い
      • 2.4.2 対数的振る舞い
      • 2.4.3 d<1に対する下位線形O(nd)の振る舞い
      • 2.4.4 線形性質
      • 2.4.5 線形対数(n log n)の性能
      • 2.4.6 二乗の性質
      • 2.4.7 あまり明白でない性質を示す計算
      • 2.4.8 指数性能
      • 2.4.9 漸近的成長のまとめ
    • 2.5 ベンチマーク演算
    • 2.6 参考文献
  • 3章 アルゴリズムの構成要素
    • 3.1 アルゴリズムテンプレートの形式
    • 3.2 疑似コードのテンプレート形式
    • 3.3 評価実験の形式
    • 3.4 浮動小数点計算
      • 3.4.1 性能
      • 3.4.2 丸め誤差
      • 3.4.3 浮動小数点数値の比較
      • 3.4.4 特殊な値
    • 3.5 アルゴリズム例
      • 3.5.1 名前と概要
      • 3.5.2 入出力
      • 3.5.3 文脈
      • 3.5.4 解
      • 3.5.5 分析
    • 3.6 一般的なアプローチ
      • 3.6.1 貪欲法
      • 3.6.2 分割統治
      • 3.6.3 動的計画法
    • 3.7 参考文献
  • 4章 整列アルゴリズム
    • 4.0.1 用語
    • 4.0.2 表現
    • 4.0.3 比較可能な要素
    • 4.0.4 安定整列
    • 4.0.5 整列アルゴリズムの選択基準
    • 4.1 転置ソート
      • 4.1.1 挿入ソート
      • 4.1.2 文脈
      • 4.1.3 解
      • 4.1.4 分析
    • 4.2 選択ソート
    • 4.3 ヒープソート
      • 4.3.1 文脈
      • 4.3.2 解
      • 4.3.3 分析
      • 4.3.4 変形
    • 4.4 分割ベースのソート
      • 4.4.1 文脈
      • 4.4.2 解
      • 4.4.3 分析
      • 4.4.4 変形
    • 4.5 比較なしの整列
    • 4.6 バケツソート
      • 4.6.1 解
      • 4.6.2 分析
      • 4.6.3 変形
    • 4.7 外部ストレージのある整列
      • 4.7.1 マージソート
      • 4.7.2 入出力
      • 4.7.3 解
      • 4.7.4 分析
      • 4.7.5 変形
    • 4.8 整列ベンチマーク結果
    • 4.9 分析技法
    • 4.10 参考文献
  • 5章 探索
    • 5.1 逐次探索
      • 5.1.1 入出力
      • 5.1.2 文脈
      • 5.1.3 解
      • 5.1.4 分析
    • 5.2 二分探索
      • 5.2.1 入出力
      • 5.2.2 文脈
      • 5.2.3 解
      • 5.2.4 分析
      • 5.2.5 変形
    • 5.3 ハッシュに基づいた探索
      • 5.3.1 入出力
      • 5.3.2 文脈
      • 5.3.3 解
      • 5.3.4 分析
      • 5.3.5 変形
    • 5.4 ブルームフィルタ
      • 5.4.1 入出力
      • 5.4.2 文脈
      • 5.4.3 解
      • 5.4.4 分析
    • 5.5 二分探索木
      • 5.5.1 入出力
      • 5.5.2 文脈
      • 5.5.3 解
      • 5.5.4 分析
      • 5.5.5 変形
    • 5.6 参考文献
  • 6章 グラフアルゴリズム
    • 6.1 グラフ
      • 6.1.1 データ構造の設計
    • 6.2 深さ優先探索
      • 6.2.1 入出力
      • 6.2.2 文脈
      • 6.2.3 解
      • 6.2.4 分析
      • 6.2.5 変形
    • 6.3 幅優先探索
      • 6.3.1 入出力
      • 6.3.2 文脈
      • 6.3.3 解
      • 6.3.4 分析
    • 6.4 単一始点最短経路
      • 6.4.1 入出力
      • 6.4.2 解
      • 6.4.3 分析
    • 6.5 密グラフ用ダイクストラ法
      • 6.5.1 変形
    • 6.6 単一始点最短経路選択肢の比較
      • 6.6.1 ベンチマークデータ
      • 6.6.2 密グラフ
      • 6.6.3 疎グラフ
    • 6.7 全対最短経路
      • 6.7.1 入出力
      • 6.7.2 解
      • 6.7.3 分析
    • 6.8 最小被覆木アルゴリズム
      • 6.8.1 入出力
      • 6.8.2 解
      • 6.8.3 分析
      • 6.8.4 変形
    • 6.9 グラフについての考察
      • 6.9.1 ストレージの問題
      • 6.9.2 グラフ分析
    • 6.10 参考文献
  • 7章 AIにおける経路探索
    • 7.1 ゲーム木
      • 7.1.1 静的評価関数
    • 7.2 経路探索の概念
      • 7.2.1 状態の表現
      • 7.2.2 可能な手の計算
      • 7.2.3 拡張深さの限度
    • 7.3 ミニマックス
      • 7.3.1 入出力
      • 7.3.2 文脈
      • 7.3.3 解
      • 7.3.4 分析
      • 7.3.5 
    • 7.4 ネグマックス
      • 7.4.1 解
      • 7.4.2 分析
    • 7.5 アルファベータ法
      • 7.5.1 解
      • 7.5.2 分析
    • 7.6 探索木
      • 7.6.1 経路長のヒューリスティック関数
    • 7.7 深さ優先探索
      • 7.7.1 入出力
      • 7.7.2 文脈
      • 7.7.3 解
      • 7.7.4 分析
    • 7.8 幅優先探索
      • 7.8.1 入出力
      • 7.8.2 文脈
      • 7.8.3 解
      • 7.8.4 分析
    • 7.9 A*探索
      • 7.9.1 入出力
      • 7.9.2 文脈
      • 7.9.3 解
      • 7.9.4 分析
      • 7.9.5 変形
    • 7.10 探索木アルゴリズムの比較
    • 7.11 参考文献
  • 8章 ネットワークフローアルゴリズム
    • 8.1 ネットワークフロー
    • 8.2 最大フロー
      • 8.2.1 入出力
      • 8.2.2 解
      • 8.2.3 分析
      • 8.2.4 最適化
      • 8.2.5 関連アルゴリズム
    • 8.3 二部マッチング
      • 8.3.1 入出力
      • 8.3.2 解
      • 8.3.3 分析
    • 8.4 増加道についての考察
    • 8.5 最小コストフロー
    • 8.6 積み替え
      • 8.6.1 解
    • 8.7 輸送
      • 8.7.1 解
    • 8.8 割り当て
      • 8.8.1 解
    • 8.9 線形計画法
    • 8.10 参考文献
  • 9章 計算幾何学
    • 9.1 問題の分析
      • 9.1.1 入力データ
      • 9.1.2 計算
      • 9.1.3 タスクの性質
      • 9.1.4 仮定
    • 9.2 凸包
    • 9.3 凸包検査法
      • 9.3.1 入出力
      • 9.3.2 文脈
      • 9.3.3 解
      • 9.3.4 分析
      • 9.3.5 変形
    • 9.4 線分交差を計算する
    • 9.5 線分走査法
      • 9.5.1 入出力
      • 9.5.2 文脈
      • 9.5.3 解
      • 9.5.4 分析
      • 9.5.5 変形
    • 9.6 ボロノイ図
      • 9.6.1 入出力
      • 9.6.2 解
      • 9.6.3 分析
    • 9.7 参考文献
  • 10章 空間木構造
    • 10.1 最近傍クエリ
    • 10.2 範囲クエリ
    • 10.3 交差クエリ
    • 10.4 空間木構造
      • 10.4.1 k-d木
      • 10.4.2 四分木
      • 10.4.3 R木
    • 10.5 最近傍法
      • 10.5.1 入出力
      • 10.5.2 文脈
      • 10.5.3 解
      • 10.5.4 分析
      • 10.5.5 変形
    • 10.6 範囲クエリ
      • 10.6.1 入出力
      • 10.6.2 文脈
      • 10.6.3 解
      • 10.6.4 分析
    • 10.7 四文木
      • 10.7.1 入出力
      • 10.7.2 解
      • 10.7.3 分析
      • 10.7.4 変形
    • 10.8 R木
      • 10.8.1 入出力
      • 10.8.2 文脈
      • 10.8.3 解
      • 10.8.4 分析
    • 10.9 参考文献
  • 11章 新たな分類のアルゴリズム
    • 11.1 方式の種類
    • 11.2 近似アルゴリズム
      • 11.2.1 入出力
      • 11.2.2 文脈
      • 11.2.3 解
      • 11.2.3 分析
    • 11.3 並列アルゴリズム
    • 11.4 確率的アルゴリズム
      • 11.4.1 集合のサイズを推定する
      • 11.4.2 探索木のサイズを推定する
    • 11.5 参考文献
  • 12章 結び:アルゴリズムの諸原則
    • 12.1 汝のデータを知れ
    • 12.2 問題を小さく分割せよ
    • 12.3 正しいデータ構造を選べ
    • 12.4 空間と時間のトレードオフを使え
    • 12.5 探索を構築せよ
    • 12.6 問題を別の問題に帰着させよ
    • 12.7 アルゴリズムを書くのは難しい、アルゴリズムをテストするのはさらに難しい
    • 12.8 可能なら近似解を受け入れよ
    • 12.9 性能を上げるために並列性を加えよ
  • 付録A ベンチマーク
    • A.1 統計の基礎
    • A.2 例
      • A.2.1 Javaベンチマーク
      • A.2.2 Linuxベンチマーク
      • A.2.3 Pythonベンチマーク
    • A.3 報告
    • A.4 精度
  • 訳者あとがき/索引

【感想は?】

 この手の本の古典としては Niklaus Wirth の「アルゴリズム+データ構造=プログラム」がある。プログラミングの基礎から始めて、Pascal のコンパイラを作ってゆく。その過程で、リストやバランス木などのデータ構造や、再起呼び出しなどの手口を身に着ける本だ。

 優れた本だが、さすがに今の時代に Pascal は厳しい。それにリストや連想配列(ハッシュ, 辞書)なら、イマドキのプログラミング言語は処理系やライブラリが備えている。

 ということで、そういった基礎的な部分は最小限にして、現代のプログラマ、特にリアルタイム性が必要なゲームの製作で求められる、二次元空間の探索などを加えたのが本書だ。

 とはいえ、同じ整列や探索でも、現代のプログラマ、特に Web サービスで扱うデータ量は桁違いに多い。と同時に、使えるメモリ量もキロバイト単位からギガバイト単位に変わった。またオンライン業務では、データの追加・変更・削除が頻繁に起こる。となると、探索の効率とデータの追加・削除のコストのバランスも変わってくる。

 そんなわけで、一応は昔ながらのバッチ処理に向くマージソートも出ているが、むしろハッシュを使ったブルームフィルタ(→Wikipedia)の方が実用的な場面が多いかも。

 などと5章までは「処理系のハッシュ使えばいいじゃん」で済む問題が多いが、6章からは「どんなデータ構造で表すか」がキモとなる問題が増えてくる。例えば、6章の最初に出てくる問題は、二次元の迷路の探索だ。あなた、迷路をどんなデータ構造で表します? 表せれば、とりあえず問題は解けます…処理時間はともかく。

 本書では、節と辺からなるグラフとして扱ってる。分岐点と行き止まりを節、直接に行き来できる節同志を辺でつなぐ。これで問題は半分解けたようなもん。ただ、単純に深さ優先探索すると、節の数が増えるに従い演算時間が爆発するので、何かと工夫が必要だったり。

 「7章 AIにおける経路探索」は、ちょっと誤解を招くかも。というのも、ここで言うAIは、今の流行りの強化学習じゃない。三目並べなど完全情報ゲームでの最善手を探るアルゴリズムを示すもの。昔ならLISPやPrologが得意とした問題分野ですね。今はチェスも強化学習になっちゃってるけど。

 これが「9章 計算幾何学」以降に入ると、二次元ゲームを作る際に突き当たる問題が山盛り。「与えられた点から最も近い点を見つける」「点の集合をすべて含む最小の凸多角形を見つける」「任意の多角形の集合の交差を全部見つける」とか、ありがちですね。ただし、この辺になると、放物線の幾何学とかの素養が必要だけど。ええ、私は読み飛ばしました。

 次の「10章 空間木構造」も、ゲーム屋必須の章。交差クエリとかは、モロに当たり判定だったり。

 オブジェクトが少ないうちは力任せ、すなわち全オブジェクト同士で交差判定すりゃいいけど、撃ちまくりの弾幕ゲームでそんな事やったらキリがないい=オブジェクト数の二乗で演算時間が増えていく。リアルタイム性が求められるゲームでは、1/60秒未満で処理を終える必要があるし。

 そこで演算時間を節約するにはどうすれば、という話。

 ここの基本は、「いかに無駄な判定をせずに済ますか」。つまり、どう考えても当たらない要素同士は、なるたけ計算せずに済ませましょう、ってこと。ただし、そのためには、n次元空間上にバラけている点の集合を、単なる配列やリストにするのではなく、k-d木や四分木など、何らかの秩序だったデータ構造にする必要があるのだ。

 この辺を読んでると、グレッグ・イーガンの描く派手で自由度の高いVR世界も、その末端では忙しくリストから要素を出し入れして最適化してるのかな、とか考えちゃったり。でないと、すぐに演算量が爆発しちゃうから。問題に対し、必要な演算量を見積もり、適したデータ構造とアルゴリズムを選ぶマシンなんて、本当に作れるんだろうか?

 と、序盤では古典的なネタで肩慣らししつつ、中盤以降は二次元以上の空間を扱い、より現代的な問題にアプローチしてゆく、今世紀に相応しいアルゴリズムとデータ構造の本だった。その分、歯ごたえも充分にあるので、覚悟して挑もう。

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2019年11月19日 (火)

薄葉重「虫こぶ入門 増補版 虫えい・菌えいの見かた・楽しみかた」八坂書房

…生物の寄生の影響で、植物体の細胞に生長や分化の異常が起こり、結果として奇形化したり、過度に肥大化あるいは未発達に終わるような組織や器官が“ゴール(gall)”ということになる。
  ――第2章 虫こぶの生物学 1.虫こぶの定義

虫こぶをつくる昆虫で、最も種類数が多く、広範囲の植物群に虫こぶを作っているのはタマバエ類である。タマバエ科のハエは4500種ほど知られ、その約半分は虫こぶを作るという。
  ――第2章 虫こぶの生物学 8.タマバエ類とその生活

…菌糸は虫こぶ内で保護されて育ち、タマバエ幼虫は菌糸から栄養を摂取する。また成虫は菌の胞子などを伝播して繁殖を助ける。
  ――第2章 虫こぶの生物学 9.虫こぶを利用する他の生き物

一般に群落の内部は虫こぶを探しにくく、実際にも少ないように思われる。群落の周辺部、道端、渓流の岸など植生に変化があるところを探すのが能率的である。
  ――付録A 虫こぶ観察の手引き 2.探し方のポイント

虫こぶを開いて、すぐ成虫が見つかるのはアブラムシ類やクダアザミウマ類ぐらいで、多くは幼虫なので、すぐには虫こぶをつくる昆虫がわからない場合が多い。
  ――付録A 虫こぶ観察の手引き 4.虫こぶの記録・標本の保存

【どんな本?】

 葉がきれいに開かず、一部がクルリと巻いてしまう。緑色の葉の上に、虫ピンの頭のような形の赤い珠や、黄色いピラミッド状のものができる。果実が異様に大きい、または未熟なまま変形する。幹や枝の途中に妙なデキモノができる。

 これらは虫こぶかもしれない。原因はウイルスや菌の場合もあるが、多くは昆虫が作ったものだ。往々にして農家や園芸家にとっては大敵だが、時として植物と共生関係を築いているものもあれば、人間が利用する場合もある。

 理科教師として勤務する傍ら、虫こぶに魅せられ各地の虫こぶを収集・研究してきた著者が、虫こぶの魅力と研究の実態を伝える、身近な生物学研究の案内書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は1995年に八坂書房より自然史双書6「虫こぶ入門 虫と植物の奇妙な関係」として出版。2007年7月30日に同社から増補版として初版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組み約271頁。9ポイント29字×29行×271頁=約227,911字、400字詰め原稿用紙で約570枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分ぐらいだが、イラストや写真を多く収録しているので、実際の文字数は8割ぐらい。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。植物、特に樹木に詳しいと更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 素人向けに親しみやすさを考えた構成なので、素直に頭から読もう。

  • 序章 春のマジック 舞台はエゴノキ
  • 第1章 虫こぶの文化誌
  • 1.虫こぶの歴史
    • 虫こぶをめぐる関心と混乱
    • 日本の古い記録に見る虫こぶ
      笹魚/ナラゴウ/五倍子/イスノキの虫こぶ/マタタビの虫こぶ
  • 2.虫こぶの利用
    • 虫こぶが利用されてきたわけ
    • どのように利用されてきたのか
      薬にする/インクをつくる/なめす/染める/食べる/入れ墨・お歯黒・花材・除草など
  • 3.有名な虫こぶ
    • 没食子
    • 五倍子
  • 4.イチジク果の中の虫こぶ
  • 5.飛び跳ねる虫こぶ
  • 6.忠誠のシンボルとして
  • 7.奇妙な学名
  • 8.植物図鑑に現れた虫こぶ
    イスノキ/ヌルデ/ノブドウ/マタタビ/ニガクサ/ムシクサ/シラヤマギク/マコモ/エゴノキ/ケヤキ
  • 第2章 虫こぶの生物学
  • 1.虫こぶの定義
  • 2.ゴールの細胞や組織の特徴
  • 3.ゴール形成の仕組
  • 4.ゴールのつくりとでき方
  • 5.ゴールが見られる植物
  • 6.ゴールをつくる生物
  • 7.タマバチ類とその生活
    • 分類上の位置とおよその生活
    • 生活史の型
  • 8.タマバエ類とその生活
    • 分類上の位置とおよその生活
  • 9.虫こぶを利用する他の生き物
    • 寄生者(Parasite)
    • 寄居者(Inquiline)
    • サクセッソリ(Successori)
    • 共生者
  • 10.虫こぶの害
    • ヘシアンフライ
    • フィロキセラ(ブドウネアブラムシ)
  • 11.“移動”する虫こぶ
    • クリタマバチ
    • イギリスでのタマバチの分布拡大
    • 日本の帰化植物の虫こぶ
  • 第3章 虫こぶ観察ノートから
  • 1.カイガラキジラミ
  • 2.ムクノキトガリキジラミ
  • 3.トゲキジラミ
  • 4.タケノウチエゴアブラムシ
  • 5.イスノキの虫こぶ
  • 6.シバヤナギのハバチによる虫こぶ
  • 7.ニシキウツギハコブフシ
  • 8.日本の野生イチジク類とコバチ類
    イヌビワ/アコウ、ガジュマルなど
  • 9.ヤブコウジクキコブフシ
  • 10.アオカモジグサクキコブフシ
  • 11.ヨシメフクレフシと寄生蜂
  • 12.ヨシのタマバエによる虫こぶ
  • 13.ハリオタマバエ類
    キヅカツボミフシ/シラキメタマフシ/ヘクソカズラツボミホソフシ/ヒイラギミミドリフシ/ヤブコウジフクレミフシ/アセビツボミトジフシ/ダイズサヤクビレフシ
  • 終章 日本の虫こぶ研究
  • 付録A 虫こぶ観察の手引き
  • 1.採集
  • 2.探し方のポイント
  • 3.飼育
  • 4.虫こぶの記録・標本の保存
  • 5.野外観察
  • 付録B 日本で普通にみられるゴール
  • あとがき/用語解説/参考文献/索引/補遺

【感想は?】

 きっかけは、こんな葉だ(蓮コラなど集合体恐怖症の人は要注意、→写真)。

 散歩していて、見つけたものだ。実は本書を読み終えた今でも、正体はわからない。虫こぶかもしれないし、病気かもしれない。いずれにせよ、やたら目を惹く葉である。

 本書に出てくる虫こぶは、もっと派手なモノが中心だ。大きさは1cmぐらいから、中には10cmを超えるものもある。その多くはタマバエまたはタマバチによるもの。かつては薬として使われたモノもある。ケッタイな形で目立つから、つい「何か凄い効用がありそう」とか思っちゃうんだろうなあ。

 著者も剛毅で、ナラゴウを「味わってみると柔らかく、うすい酸味とかすかな渋みが残る」とか、食ったんかい。やんちゃだなあ。科学を志す人は、好奇心旺盛な人が多いんだろう。もっとも、メキシコじゃ「砂糖より甘い虫こぶがあり、果物店で売られているという」。でも大抵の虫こぶはタンニンが濃いので、あまし美味しくなさそうだ。その代わり、皮なめしに使われてたり。

 虫こぶを作る虫の生態も、けっこう複雑で、例えばオーク・アップルに虫こぶを作るタマバチ、Biorhiza Pallida。

  1. 交尾後の雌が、オークの根に大豆ぐらいの虫こぶをつくる。
  2. 根の虫こぶから成虫が出てくる。ただし雌だけで、蟻のように羽根がない。
  3. 蟻雌がオークの冬芽に卵を産み、これが虫こぶになる。
  4. この虫こぶから雌雄双方が出てきて交尾する。

 世代ごとに雌だけだったり、雌雄双方があったりする。おまけに雌のみ世代は羽根がない。だもんで、かつては二つの世代は別の種だと思われていたとか。そりゃそうだよね。つか、どうやって同じだと判ったんだろう。往々にして実在の生物の生態は、SF作家の想像力を超えてるなあ。

それとも七回の変態で八つの姿を経る、と考えるべきだろうか。根の卵→根の幼虫→根の蛹→根の成虫→芽の卵→芽の幼虫→芽の蛹→芽の成虫、と。

 などと、一種だけでも複雑なのに、一つの虫こぶに複数種の虫がいるからややこしい。

…寄生者に二次的、三次的に寄生する高次寄生者(Hypetparasite)があり、なかには同種の他個体に寄生するものもある(Autoparasitism,自己寄生)。
  ――第2章 虫こぶの生物学 9.虫こぶを利用する他の生き物

 虫こぶは目立つ。寄生バチにとっては、産卵所のいい目印だ。例えば、既にある卵や、幼虫が幼いうちに卵を産み付け、美味しく育ったところでいただく。寄生されるタマバエにとっちゃたまらん話だが、観察する研究者にとってもいい迷惑だったりする。というのも…

 「面白い虫こぶだ」と思って観察してたら、タマバチが出てきた。「おお、これはタマバチの虫こぶか」と思うでしょ、普通。ところが、実際にはタマバエが作った虫こぶで、そこにタマバチが寄生してた、とかあり得るのだ。しかも、空き家になった虫こぶに住み着くアリやハチやクモがいたり。つか、これも宇宙SFのネタになりそうな話だなあ。

 当然ながら、寄生される植物にとっちゃ嬉しくない、どころか時として壊滅的な被害をもたらす事もある。1920年代にアメリカのコムギに大損害を与えたタマバエのヘシアンフライや、19世紀末にヨーロッパのブドウに猛威を振るったアブラムシのフィロキセラの話などは、農業が本質的に持っている脆さが肌に伝わってくる。単一種を大規模で栽培するってことは、病原菌や害虫に楽園を提供することでもあるのだ。

 「第3章 虫こぶ観察ノートから」では、著者ならではの旅行の楽しみ方を持っているのが伺えて微笑ましい。高校の教師として勤める傍ら、部活の合宿や修学旅行などで出かけた先で、虫こぶを探しては集め研究者の仲間に相談し…と、思いっきり満喫している。私にはただの林に見える風景も、著者には変化に富んだ採集フィールドに見えるんだろうなあ。そういう人生って、豊かだよね。

 とか思うと同時に、生物学という学問の、底知れない幅の広さも、つくづく思い知らされる本だった。何せ昆虫は種類が異様に多い。Wikipedia によれば「2018年時点で知られている昆虫は約100万種」だ。それをカバーするには、著者のような在野の研究者による、熱心なフィールドワークの協力は欠かせないだろう。何か自分にもできることがあるんだろうか。いや今の私は樹木の区別もつかないボンクラなんだけど。

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2019年10月21日 (月)

コリン・エヴァンス「不完全犯罪ファイル2 最新科学捜査が挑んだ88の殺人・凶悪事件」明石書店 藤田真利子訳

全国火災データセンターが発表した数字によると、アメリカでは毎年ほぼ200万件の火災が起きている。そのうちおよそ1/4が故意の火災である。(略)放火の動機には通常三つの種類がある。保険金詐欺、復讐、窃盗や殺人など他の反抗の隠蔽である。
  ――放火

銃身を作るのに使われる工具は刻々と磨り減るので、どの銃にも同じ線条をつけるのは不可能である。
  ――弾道学

燃えるときに出すエネルギーは物によって違う。(略)その大きさの洗濯物が出すエネルギーを176キロワットと算出した。(略)炎の最大の高さを算出できる。この事例ではちょうど75cm(略)。しかし、衣類の山に(略)ガソリンをかければとたんに1300キロワットのエネルギーが生み出され、空中に4mの炎を吹き上げる。
  ――クレゴリー・ブラウンとダーリーン・バックナー事件

LE(弱火薬)に殺傷力を与えるのは容器なのだ。(略)最大の損傷を与えるのは秒速900mで外側に進行する衝撃波である。
TNT(トリニトロトルエン)、ダイナマイト、PETN(四硝酸ペンタエリトール)のような高性能爆薬は(略)爆発の速さは秒速6000mにものぼり…
  ――爆発物

復顔の技術には9000年以上の歴史があることを示す証拠がある。1953年にジェリコで発見された紀元前7500年の頭蓋骨は、石膏で肉付けされ、眼窩には貝殻がはめ込まれて目の代わりになっていた。
  ――復顔

「ヘレナがお墓の中から犯人を指差している」
  ――デイヴィッド・フレディアーニ事件

織物のいたんだ部分も繊維を落としやすい。たとえば、自動車が歩行者を轢いたとき、車体にはほぼ確実に衣服からの繊維がついている。
  ――毛髪と繊維

ヴァッサー大学文学部教授ドナルド・フォスター「人間はみな自分の言葉の囚人なのだ」
  ――シオドア・カジンスキー事件

指紋は別かもしれないが、拡大レンズは他の法医学の道具のなかで最も大勢の犯罪者を監獄に送り込んでいる。
  ――顕微鏡

シアン化水素の存在を臭いでわかるかどうかは遺伝的な能力で、40%の人だけに限られている。
  ――リチャード・オヴァートン事件

二人の試験者に(嘘発見器の)同一の結果を渡して解釈させると、(略)二人が正反対の結論を出すことがある。
  ――嘘発見器(ポリグラフ)

プロの殺し屋は、弾丸が貫通しないで被害者の体内に留まるように力を弱くした武器(弾丸)を選ぶということもある。
  ――ウドハム・シン事件

死体を探す典型的な方法は、T型の鉄の探り棒を持ち、地面に突き刺し、それを抜いて腐敗する肉の存在を示す匂いを嗅ぎ取る。
  ――クライド・スノウ

(科学者ジェームズ・)シューメーカーは(略)実験をしてみた。プロピオン酸の入っている血液を七つの研究所に送ってみたのである。おそろしいことに、三カ所までがそれをエチレングリコールと誤って判定した。
  ――パトリシア・ストーリングズ事件

歯の髄質は自然によって汚染されることがないため、最も豊かなDNA情報源となる。
  ――ダレン・ヴィカーズ事件

鋭錐石は自然の中に存在するが量は少なく、存在するのはぎざぎざの不規則な結晶の形である。
  ――ヴィンランドの地図事件

【どんな本?】

「不完全犯罪ファイル」の続編。

 銃で撃ち殺す。火で焼き殺す。ナイフで刺し殺す。ひもで絞め殺す。鈍器で殴り殺す。自動車で轢き殺す。毒を盛る。様々な殺し方があるが、犯人は何らかの形で被害者と接触する。そして接触すれば、どこかに痕跡を残す。

 血痕の形が分かれば、との時に被害者がどんな姿勢でどう動いたのかがわかる。銃創があれば、どんな角度でどれぐらいの距離で撃ったのかがわかる。指紋が決定的な証拠なのは、ミステリ・ファンでなくとも知っている。最近はDNA鑑定がこれに加わった。ひもや布も、繊維が残っていれば決定的な証拠となりうる。そればかりか、大量生産される工業製品さえ、根気よく調べれば「個性」が見つかる。

 物的証拠が犯人を突き止める決定的な証拠となった事件を多数紹介し、犯罪捜査における科学が果たす役割を明らかにするとともに、科学捜査の手法とその進歩に功績を残した人々を紹介し、科学捜査の歩みを記すミステリ・ファン必携の書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Murder Two : The Second Casebook of Forensic Detection, by Colin Evans, 2004。日本語版は2006年2月15日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み約519頁。9ポイント46字×18行×519頁=約429,732字、400字詰め原稿用紙で約1,075枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。というか、あまり科学の話は出てこない。内容の多くは事件の概要や捜査や裁判の話で、科学の話は1/4~1/5ぐらいか。やはり凶悪犯罪が中心なので、グロが苦手な人には向かないかも。

【構成は?】

 それぞれ4~6頁の独立した記事からなるので、気になった所から拾い読みしてもいい。〇がついた記事は、科学捜査に功績があった人や、科学捜査で使われる手法の紹介で、ついていない記事は事件の紹介。

  • 謝辞/序文
  • ジョン・アラン事件
  • ロウエル・エイモス事件
  • 〇法人類学
  • トロイ・アームストロング事件
  • 〇放火
  • フランク・アトウッド事件
  • 〇検死
  • 〇マイケル・ベイデン 1939~
  • 〇弾道学
  • ロイ・ベック・ジュニア事件
  • 〇アルフォンス・ベルティヨン 1853~1914
  • 〇血痕分析
  • イボリットとリディ・ド・ボカルメ事件
  • ブース・ディリンジャー事件
  • 〇脳指紋
  • アール・ブラムブレット事件
  • クレゴリー・ブラウンとダーリーン・バックナー事件
  • エドウィン・ブッシュ事件
  • ブライアン・カルザコルト事件
  • スデュアート・キャンベル事件
  • 〇フランシス・カンプス 1905~1972
  • サー・ロジャー・ケイスメント日記事件
  • 〇クロマトグラフィ
  • 〇ロバート・チャーチル 1886~1958
  • ハドン・クラーク事件
  • マーティン・コルウェル事件
  • 〇検視官
  • フレデリック・クロウ事件
  • ジェームズ・ロバート・クルス事件
  • ジョーン・カーリー事件
  • 〇DNA鑑定
  • ハワード・エルキンズ事件
  • フレデリック・エメット=ダン事件
  • 〇法昆虫学
  • 〇爆発物
  • 〇復顔
  • 〇指紋
  • ジェイク・フリーグル事件
  • デイヴィッド・フレディアーニ事件
  • テリー・ギブス事件
  • 〇ジョン・グレイスター 1892~1971
  • ジョージ・グリーン事件
  • 〇ハンス・グロス 1847~1915
  • ジョージ・グァルトニー事件
  • ジョン・ヘイ事件
  • 〇毛髪と繊維
  • ジェームズ・ハンラッティ事件
  • ルイス・ハリー事件
  • エリック・ヘイデン事件
  • スティーヴン・ヘフリン事件
  • 〇エドワード・O・ハインリヒ 1881~1953
  • 〇ミルトン・ヘルバーン 1902~1977
  • 〇サー・エドワード・ヘンリー 1850~1931
  • ウィリアム・A・ハイタワー事件
  • デイヴィッドとジョイ・フッカー事件
  • ウィルバー・ハワード事件
  • アイスマン事件
  • マーク・ジャーマン事件
  • 〇サー・アレック・ジェフリーズ 1950~
  • クレイトン・ジョンソン事件
  • ブライアン・モーリス・ジョーンズ事件
  • シオドア・カジンスキー事件
  • ジーン・カイデル事件
  • ロジャー・キビー事件
  • 〇ナイフの傷
  • 〇アレクサンドル・ラカサーニュ 1843~1924
  • カセム・ラシャール事件
  • マリー・ラファルジュ事件
  • アンジェロ・ジョン・ラマルカ事件
  • 〇ヘンリー・リー 1938~
  • エドワード・レオンスキー事件
  • 〇エドモン・ロカール 1877~1966
  • ジョージ・マッケイ事件
  • エルマー・マカーディ事件
  • デイヴィッド・マイヤーホファー事件
  • 〇顕微鏡
  • デイヴィッド・ミドルトン事件
  • ウォルター・リーロイ・ムーディ・ジュニア事件
  • モルモン遺言書事件
  • アール・モリス事件
  • ケヴィン・モリソン事件
  • 〇中性子放射化分析
  • 〇トーマス・ノグチ 1927~
  • 〇チャールズ・ノリス 1867~1935
  • 〇法歯学
  • リチャード・オヴァートン事件
  • スタンリー・パトレクとジョゼフ・ステブカ事件
  • ライザ・ベン事件
  • サムソン・ペレーラ事件
  • ペルシャ・ミイラ事件
  • チャーリー・フィリップス事件
  • フォーンマスターズ事件
  • 〇アラン・ピンカートン 1819~1884
  • ウィリアム・ポドモア事件
  • 〇嘘発見器(ポリグラフ)
  • エドモン・ド・ラ・ポムレ事件
  • 〇心理プロファイリング
  • 〇不審文書
  • デニス・ラーゾとスティ-ヴン・アッツォリーニ事件
  • ジェームズ・ロバートソン事件
  • キース・ローズ事件
  • ダーリー・ルーティエ事件
  • スティーヴン・シャー事件
  • ジョン・シュニーバーガー事件
  • 〇血清学
  • ロジャー・セヴァーズ事件
  • 〇キース・シンプソン 1907~1985
  • ポーラ・シムズ事件
  • ウドハム・シン事件
  • デヴフック・シヴリ事件
  • デニス・スモーリー事件
  • 〇サー・シドニー・スミス 1883~1969
  • 〇クライド・スノウ 1928~
  • ディモシー・スペンサー事件
  • 〇サー・バーナード・スピルズベリー 1877~1947
  • サー・リー・スタック襲撃事件
  • バーバラ・ステイガー事件
  • パトリシア・ストーリングズ事件
  • 〇ケニス・スターズ 1931~
  • 〇オーギュスト・アンブロワーズ・タルディユー 1818~1879
  • 〇チャールズ・アンソニー・テイラー 1885~1965
  • エリック・テツナー事件
  • シャルル=ルイ・テオバル事件
  • 〇死後経過時間
  • 〇毒物学
  • ジャック・ウンターヴェーガー事件
  • ヴィレム・ファン・リー事件
  • ダレン・ヴィカーズ事件
  • 〇フランソワ=ユ-ジェーヌ・ヴィドック事件 1775~1857
  • ヴィンランドの地図事件
  • 〇声紋
  • アルバート・ウォーカー事件
  • 〇デルバート・ウィード事件
  • 〇シリル・ウェクト 1931~
  • レイモンド・ホワイト事件
  • グスタフ・ウィルソン事件
  • ポール・ウルフ事件
  • ウィリアム・ザフ事件
  • 法医学の歩み/索引

【感想は?】

 事例としては、やはり殺人事件が多い。そのため、全体的に殺伐とした雰囲気が漂っている。

 まあ、仕方がないかな、とも思う。なにせ警察も忙しい。どの事件も、捜査にはやたら手間がかかってる。それは科学的な分析だけじゃない。現場から証拠物件を探したり、物件の製造・流通ルートを探ったり、そういった「足で調べる」類の捜査で、大勢の警官が動いている事例が多いからだ。

 だもんで、本書が扱うのも、いわゆる重大事件が中心となる。例えばハドン・クラーク事件では、ヘアブラシから見つかった、たった一本のかつらの繊維が、犯人を追い詰めてゆく。これを証拠とする科学の手法以上に、たった一本の繊維が重要な証拠となると見抜いた捜査員の手腕も凄い。

 髪といえば、ジョーン・カーリー事件も印象深い。ここでは髪の毛からタリウムを盛られた時期を特定した時期を明らかにする。

人間の髪の毛は毒による悪事の驚くべきバロメーターなのだ。人体内にある毒物は髪の毛の中に移動する。髪はかなり一定の割合で成長するので(およそ2.7日に1mm)、毒物がいつ摂取されたかをおおまかなグラフにすることができる。
  ――ジョーン・カーリー事件

 そんなワケで、髪は大事なのだ。私も残った少ない髪をせいぜい大切にしよう。ああ切ない。

 生物的な証拠としては、指紋とDNAが双璧だろう。他にも「死体につく虫が犯人を告げる」ではウジが活躍した。花粉が現場を示すこともある。死体を水中に捨てても…

顕微鏡検査によって、(被害者の体についていた)藻にははっきりと二つの世代があることがわかった。今年生えてきた新鮮な藻と、去年の死んだ藻である。つまり、死体は少なくとも18カ月は水中にあったということだ。
  ――ウィルバー・ハワード事件

 と、藻が死体の経歴を明らかにしたり。

 私が驚いたのは、大量生産の権化でもあるビニール袋にさえ、その気になれば「個性」を見つけられる、ということ。「ポーラ・シムズ事件」では、ビニールのゴミ袋からアシがついた。ゴミ袋は一日に100万mも作られ、どれもこれも同じように見える。だが、顕微鏡で調べれば、違いが見つかるのだ。コンクリートだって…

コンクリートは砂とセメントと水と骨材をいっしょにして型に入れて作られる。乾くと、その混合比によって独特のパターンができる。
  ――マーク・ジャーマン事件

 と、素材の比率を調べれば、出所は判ったり。

 全般的に殺伐とした事件が多い中で、息抜きになりそう、と思ったのがペルシャ・ミイラ事件。

「わたしはクセルクセス王の娘、ローデュギューネ」
  ――ペルシャ・ミイラ事件

 パキスタンのカラチで、紀元前五世紀のペルシャ帝国の王クセルクセス(→Wikipedia)の娘ローデュギューネのミイラが見つかった、なんて話だ。紀元前五世紀当時、ミイラ技術はエジプトにしかないはず。ミイラが本物なら、ペルシャにも技術が伝わっていたか、王女がエジプトで死んだかだ。いずれにせよ、歴史の通説は大きく揺らぐ。ところが…。

 物騒なネタが多い中で、こういった贋作事件は、やはり気分転換になる。中でも印象深いのが、モルモン遺言書事件だ。前の巻でも出てきた変わり者の大富豪ハワード・ヒューズは、亡き後も世間を騒がせる。遺産を巡り人々が騒ぎ駆けずり回る中、彼の自筆の遺言書がモルモン教の本部に届いたのだ。果たして…って、改めて読むと、かなりお粗末な手口だけどw

 偽造事件としては、ヴィンランドの地図事件の方がよほど洗練されている。時は1965年、1440年ごろに書かれたと思われる地図が見つかる。そこには大西洋西部にヴィニランダ・インスラことヴィンランドが書かれていた。用紙の仔牛皮紙は1434年ごろのもの、付属の文書は中世ラテン語。しかし…

 前巻同様、事件物として面白い記事が盛りだくさんだ。ただ、それぞれの事件のタイトルで、少し損をしているのも、前巻と同じ。例えばブース・ディリンジャー事件は、エイブラハム・リンカーン暗殺事件で使われた銃をめぐる話だし、シオドア・カジンスキー事件は、かの有名なユナボマーの記事だ。

 進歩の速い現代科学の世界で2004年の作品というのはいささか残念だが、それでも科学が犯罪捜査にどれほど役立つかは充分に伝わってくる。また、こういった手法が未発達な昔を想像すると、うすら寒い気分になるし、「検視官」のようにその懸念を裏付ける記事もある。「小さな塵の大きな不思議」とかを読むと、未来の犯罪捜査にまで妄想が広がって、眠れなくなったり。

 そこまで妄想を働かせなくとも、犯罪の事例集として野次馬根性で読んでも充分に楽しめるので、気軽に手に取ってみよう。

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