カテゴリー「書評:科学/技術」の262件の記事

2019年5月12日 (日)

レベッカ・スクルート「不死細胞ヒーラ ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生」講談社 中里京子訳

「ヒーラ細胞は、過去百年間に医学界に生じたもっとも重要な出来事のひとつだ」
  ――プロローグ 写真の女性

「あの人たち、あんたをタールみたいに真っ黒に焼いちゃったんだね」
  ――5 「真っ黒なものが体中に広がってる」 1951年

「なんでもかんでも、あの細胞の話だけなんだ。もんな母さんの名前さえ、どうでもいいと思ってる」
  ――6 初めての電話 1999年

「なんで彼女が死んで、あれがまだ生きとるのか。ここに住んでるみんなには、まったくわからんのだ。謎は、そこなんだよ」
  ――10 霊の仕業 1999年

米国医師会は、1910年に実験動物を保護する規定を公布していたが、人間に関する規定については、(1947年のニュルンベルク綱領まで)なにも手がけていなかった。
  ――17 人の道にもとる研究 1954年~1966年

ことの発端は「細胞のセックス」である。
  ――18 もっとも奇妙な雑種生命体 1960年~1966年

「もっともシンプルな説明は――」と(スタンリー・)ガートラーは聴衆に語りかけた。「この18種類の細胞はみな、ヒーラ細胞に汚染されているというものです」
  ――20 ヒーラ爆弾 1966年

「…ぼくは“モー”だったんだ。単なる細胞株で、肉片みたいなものだったのさ」
  ――25 「ぼくの脾臓を売っていいなんて誰が言った?」 1976年~1988年

進化生物学者リー・ヴァン・ヴェイレン「われわれはここに、ヒーラ細胞が新たな生物種として独立したとみなすよう、真摯に提案するものである」
  ――27 不死の秘密 1984年~1995年

「あたしが望んでいるのは、ヒーラって呼ばれてる母さんのほんとうの名前はヘンリエッタ・ラックスだってみんながわかるように、ちゃんと歴史に残すことだけなんだ」
  ――29 デボラとの対面 2000年

「たとえ、あたしたちが傷つくことになっても、ザカリヤには話をさせなきゃって。ザカリヤは怒ってる。だから、それを吐き出させなきゃならない。でなけりゃ、爆発しちまうって」
  ――30 ザカリヤ 2000年

「おじょうちゃん、あんたはたった今、奇跡を目にしたんだよ」
  ――32 「これが全部母さん……」 2001年

「覚悟はしておいた方がいい」(略)「知ることは、知らなかったのと同じくらい辛いことがあるから」
  ――33 ニグロ専用精神病院 2001年

「あたしらはもっといっぱい取材しなくちゃならないんだ」
  ――33 ニグロ専用精神病院 2001年

「いつの日かこの子は、曾祖母のヘンリエッタが世界を助けたことを知るだろう!」
  ――37 「怖がることなんて何もない」 2001年

【どんな本?】

 ヒーラ細胞(→Wikipedia)は、ヒトの細胞株の一種である。癌細胞に由来し、増殖が速い。最大の特徴は、「不死」である点だ。普通の細胞は50回程度の細胞分裂で死ぬが、ヒーラ細胞はずっと細胞分裂を続ける。そのため培養しやすく、医学や生物学の実験に便利だ。

 その成果も絶大で、癌の遺伝子研究をはじめヘルペス・血友病・インフルエンザ・血友病・パーキンソン病などの治療薬の開発や、性感染症・虫垂炎・ヒトの寿命など、多くの利益を人類にもたらしている。

 だが、その細胞を提供した人物、ヘンリエッタ・ラックスについては、ほとんど知られていなかった。ラックスの家族すら、彼女が何をしたのか、彼女の細胞がどう使われ、どんな役に立ったのか、全く知らなかったのだ。

 いかにしてヒーラ細胞は誕生し、普及したのか。それは医学・生物学にどんな影響を及ぼし、どう変えたのか。なぜヘンリエッタの家族は何も知らなかったのか。ヘンリエッタ・ラックスとはどんな人物で、どんな生涯を送ったのか。

 不死細胞の由来を追い、現代の医学・生物学そして医療の進歩と問題点を明らかにするとともに、ヘンリエッタ・ラックスとその家族の人生を描き出す、迫真の科学ドキュメント。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Immortal Life of Henrietta Lacks, by Rebecca Skloot, 2010。日本語版は2011年6月14日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで約451頁。9ポイント45字×20行×451頁=約405,900字、400字詰め原稿用紙で約1,015枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。理科で細胞について学んでいれば、中学生でも読みこなせるだろう。

【構成は?】

 ご覧のように時系列は前後するが、ちゃんと考えた上での構成なので、できれば素直に頭から読んだ方がいい。

  • 本書について/主な登場人物/地図
  • プロローグ 写真の女性
  • 娘・デボラの言葉
  • 第1部 生
  • 1 運命の検査 1951年
  • 2 クローヴァー 1920年~1942年
  • 3 診断と治療 1951年
  • 4 ヒーラ細胞の誕生 1951年
  • 5 「真っ黒なものが体中に広がってる」 1951年
  • 6 初めての電話 1999年
  • 7 培養細胞の死と生 1951年
  • 8 再入院 1951年
  • 9 ターナーステーション 1999年
  • 10 霊の仕業 1999年
  • 11 痛みの悪魔 1951年
  • 第2部 死
  • 12 嵐 1951年
  • 13 ヒーラ・ファクトリー 1951年~1953年
  • 14 ヘレン・レイン 1953年~1954年
  • 15 虐待 1951年~1965年
  • 16 白人も黒人も 1999年
  • 17 人の道にもとる研究 1954年~1966年
  • 18 もっとも奇妙な雑種生命体 1960年~1966年
  • 19 クレイジージョー 1966年~1973年
  • 20 ヒーラ爆弾 1966年
  • 21 夜の医者 2000年
  • 22 明かされた名前 1970年~1973年
  • 第3部 永遠なる命
  • 23 「生きてるんだって!」 1973年~1974年
  • 24 せめてすべきこと 1975年
  • 25 「ぼくの脾臓を撃っていいなんて誰が言った?」 1976年~1988年
  • 26 プライバシーの侵害 1980年~1985年
  • 27 不死の秘密 1984年~1995年
  • 28 ロンドンの後 1996年~1999年
  • 29 デボラとの対面 2000年
  • 30 ザカリヤ 2000年
  • 31 死の女神ヘラ 2000年~2001年
  • 32 「これが全部母さん……」 2001年
  • 33 ニグロ専門精神病院 2001年
  • 34 医療記録 2001年
  • 35 魂の浄化 2001年
  • 36 天に属するもの 2001年
  • 37 「怖がることなんて何もない」 2001年
  • 38 クローヴァーへの遠い道 2009年
  • 登場“人物”のその後
  • あとがき

【感想は?】

 科学ドキュメンタリーかと思って読み始めたら、実は「もう一つの『ルーツ』」だった。

 お話は、大きく分けて三つのテーマから成っている。一つは、ヘンリエッタ・ラックスと家族の生涯。次に、ヒーラ細胞が医学界・生物学会に引き起こした騒動。そして最後に、著者がヘンリエッタ・ラックスへと迫ってゆく過程。

 私は二番目、つまり医学・生物学の話を期待して読み始めた。もちろんソレも面白かったが、最初のヘンリエッタ・ラックス一族の歴史と、最後の取材過程の迫力には、ひたすら圧倒された。特にヘンリエッタの末娘デボラが本格的に登場する第3部後半は、嵐のようなドラマが展開する。

 ヒーラ細胞が普及する過程で印象に残るのは、その培養に成功したジョージ・ガイだ。苦学してピッツバーグ大学で学び、ジョンズ・ホプキンス病院に勤める。モノ作りの才も豊かで、研究室まで妻のマーガレットと共に自作してしまう。ハードウェアも自作した、コンピュータ黎明期のハッカーと同じタイプだ。

 しかも、ヒーラ細胞が普及する過程も、unix黎明期とソックリなのに笑った。ヒーラ細胞の培養に成功し、その便利な性質を知ったガイは、誰彼構わず研究者たちにヒーラ細胞を配りまくるのである。おまいはケン・トンプソンかw 科学の進歩に貢献するのが嬉しくてたまらない、そういう人なんだろう。

 ヒーラ細胞の何が嬉しいかというと。たいていの細胞は、培養が難しい上に、増殖に限界がある。50回ほど分裂したら、死んでしまう。科学の実験は、誰もが同じ条件で追実験できなきゃいけない。でも肝心の実験材料=細胞に限りがあったら、同じ実験を再現できない。でもヒーラ細胞は幾らでも増殖する。だから、誰でも同じ条件で追実験できる…はず。

 しかも、ヒトの細胞だ。例えば新しい薬の効果を調べたい。マウスで効果があった。でもヒトでどうなるかはわからない。そこでヒーラ細胞だ。ヒーラ細胞に薬を与えて、効けばよし。効かない、どころか死んじゃったとしても、ヒーラ細胞なら代わりはいくらでもある。ヒーラ細胞を使ってマズい所を突き止め、再び実験すればいい。

 手軽に使える実験材料があるから気軽に実験できる。お陰でポリオのワクチンを皮切りに、ヒーラ細胞は幾つもの研究に貢献してゆく。中には、化粧品の研究まであるのが感慨深い。

 ただ、培養しやすいのは長所ばかりとは限らず、思わぬ落とし穴があるのも、科学の怖いところ。

 さて、化粧品が感慨深いのには、理由がある。元となったヘンリエッタ・ラックスが、身だしなみに気を遣うおしゃれなご婦人だからだ。亡くなった時も、癌に苦しみながら、ベティキュアは忘れなかった。おまけに明るくて気立てが良く、子どもたちを深く愛していた。この辺は是非とも本書をお読みいただきたい。

 そんなヘンリエッタの人生を掘り起こそうとする著者が、ラックス一族へと迫ってゆく過程が、まさしく『ルーツ』そのものなのだ。

 大学院卒で無神論者に近いユダヤ系の著者と、貧しく無学で信心深い黒人のラックス一族の間には、深い溝がある。特に母ヘンリエッタの事を知りたいと強く願いつつも、それまでの無神経な取材や医学者たちの態度に根深い不信感を持つ末娘のデボラが、著者とチームとなり、ヘンリエッタの生涯を追うストーリーは、ミステリとしても大河ドラマとしても重量級の迫力がある。

 このデボラもまた感情豊かな人で、特に弟のザカリヤを見守る姿は、縁こそ薄かったもののヘンリエッタから愛情の深さをちゃんと受け継いでるんだなあ、なんてしみじみ感じてしまう。…とか書いてるとキリがないんで、今日はこの辺で。

 医学・生物学における一つの技術が普及するまでの科学ノンフィクションであり、遺伝子技術が発達した現代における法と倫理を問う問題作であり、激しい人種差別があった時代のスナップ・ショットであり、また今なお残るその禍根のルポルタージュであり、そして何より厳しい中で生き抜いてきたラックス一族のファミリー・ドラマだ。ただし寝不足になっても私は責任を取らないのでそのつもりで。

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2019年4月28日 (日)

ロバート・P・クリース「世界でもっとも美しい10の科学実験」日経BP社 青木薫訳

本書で取り上げた実験はどれも、科学における大きなパラダイム・シフト――アリストテレスの運動観からガリレオの運動観へ、光の粒子像から波動像へ、古典力学から量子力学へ――を力強く例証しているか、あるいはそれらパラダイム・シフトを起こさせる契機となったかのいずれかである。
  ――序文 移り変わる刹那

斜塔の実験には今日なおわれわれを驚かせる力があるのだ。
  ――第2章 球を落とす

「これを理解したとき、私は前述のガラス磨きの仕事をやめました。というのもこの性質があるせいで、望遠鏡の性能には限度があるとわかったからです」
  ――第4章 決定実験

「地球の自転を見に来られたし」
  ――第7章 地球の自転を見る

「あの実験を見た者は、言葉通りの意味において電子を見たのです」
  ――第8章 電子を見る

私が行った意見調査では、この実験を挙げた人が他を引き離して圧倒的に多かった。
  ――第10章 唯一の謎

【どんな本?】

 2002年、著者は≪フィジックス・ワールド≫誌で読者にアンケートを取る。「一番美しいと思う物理学の実験は何か」。読者が挙げた実験は三百以上にのぼる。その中から、最も人気の高かった10の実験を選び、それぞれの実験は何を調べようとしたのか・どのように実験が行われたのか・その実験はどんな意味があるのかなど、実験の背景・理論・実態そして影響を語り、科学における実験の面白さを伝える、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Prism and the Pendulum : The Ten Most Beautiful Experients in Science, by Robert p. Crease, 2003。日本語版は2006年9月19日1版1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約296頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント45字×17行×296頁=約226,440字、400字詰め原稿用紙で約567枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容は後に行くほど高度になり、また実験を素人が再現するのも難しくなる。

【構成は?】

 歴史的に古い実験から新しい実験へと話が進む。これは同時に科学の進歩に合わせた構成にもなっている。各章はほぼ独立しているので、興味のある所だけを拾い読みしてもいい。とはいえ、全他の流れとしては科学の歩みをなぞる形になるので、できれば頭から読んだ方が楽しいだろう。

  • 序文 移り変わる刹那
  • 第1章 世界を測る
    エラトステネスによる地球の外周の長さの測定
    interlude なぜ科学は美しいのか
  • 第2章 球を落とす
    斜塔の伝説
    interlude 実験とデモンストレーション
  • 第3章 アルファ実験
    ガリレオと斜面
    interlude ニュートン=ベートーヴェン比較論
  • 第4章 決定実験
    ニュートンによるプリズムを使った太陽光の分解
    interlude 科学は美を破壊するか
  • 第5章 地球の重さを量る
    キャヴェンディッシュの切り詰めた実験
    interlude 科学と大衆文化の統合
  • 第6章 光という波
    ヤングの明快なアナロジー
    interlude 科学とメタファー
  • 第7章 地球の自転を見る
    フーコーの崇高な振り子
    interlude 科学と崇高
  • 第8章 電子を見る
    ミリカンの油滴実験
    interlude 科学における知覚
  • 第9章 わかりはじめることの美しさ
    ラザフォードによる原子核の発見
    interlude 科学の芸術性
  • 第10章 唯一の謎
    一個の電子の量子干渉
    interlude 次点につけた実験
  • 終章 それでも科学は美しくありうるか?
  • 謝辞/訳者あとがき/図・写真一覧/原注/索引

【感想は?】

 「重大な」では、ない。「美しい」だ。同じようで、微妙に違う。美しさは重大さを含んでいるが、それ以外の何かもあるのだ。

 なんとなく、わかるのもある。第1章から第4章、それと第6章と第7章は、私も美しいと感じる。これをグループAとしよう。第5章は、美しさの理由が少し違う。これはグループB。第8章以降は、量子力学の世界だろう。これはグループCだ。

 グループAは、幾つかの共通点がある。最も大きいのは、私にもわかる点だ。わはは。

 ソレで何が証明できるのか。どんな理屈で証明できるのか。ソレが人々の世界観を、どう変えるのか。そういった事が、私にもわかるのだ。また、簡単に再現できる(気がする)のも大きい。実験が単純なほど美しいと私は感じるのだ。

 第1章のエラトステネスによる地球の外周を測る実験(→Wikipedia)は、単に地球の大きさがわかるだけじゃない。世界観とダイレクトに直結している。世界=地球が球形であることを明らかにしたのだ。それも、夏至の日に影の長さを測るという、極めて簡単な方法で。この、単純さと事の重大さの落差こそ、私が美しいと感じる理由だ。

 第2章と第3章は、ガリレオが主役を務める。科学におけるガリレオの影響の大きさがよくわかる構成だ。いずれも物を落とす実験なのか、彼の性格のため…じゃ、ないよね、たぶん。もしかしたら弾道学と関係あるのかも。

 第2章では、ピサの斜塔から重い玉と軽い玉を落とした事になっている。そしてゆで理論(→ピクシブ百科事典)は敗れるのだ。まあ、ゆで理論と言うと馬鹿な話のようだが、人の直感的としては、重い物の方が早く落ちるような気がするし、当時の人々もそう考えていたのだ。なんたって元祖はアリストテレスだし。

 第3章になると、更に一歩先へと進む。斜面に球を転がして、その速さの変化を求めるのである。実際には、一定時間内に転がった距離の変化なんだけど。ここで問題なのは、「一定時間」をどうやって測ったのか、という点。なんと、「腕のいいリュート奏者だったガリレオは、正確に拍子を取ることができた」。楽器演奏は物理学にも役立つのだ。ホンマかいな。

この本には書いてないけど、この実験は軍事にも大きな影響を与えたはずだ。というもの、昔は大砲の玉は、垂直に落ちると思われていたからだ。アルファ実験によって、放物線を描く事が明るみになる。当時の情勢を考えると、これは実にヤバい知識だよなあ。

 第4章の決定実験と第6章の二重スリット実験は、光の性質に関するもの。第4章でニュートンが「光は粒子だ」とした説を、第6章でヤングが「光は波だ」とひっくり返すのが感慨深い。いずれも、ちょっとした道具があれば自分でも出来そうなのが嬉しい。

 第7章のフーコーの振り子は、第1章の続編といった趣がある。私は上野の科学博物館で見た。何より、仕掛けの単純さが感動させる。要は紐の長い振り子ってだけなんだから。振り子自体は、同じ軌道を描いて揺れ続ける。だが地球は自転している、つまり振り子以外の世界が回っているので、私たちが見ると振り子の軌道が変わっていくように見える。動いているのは私たちであって、振り子じゃないのだ。

 単に振り子ってだけの単純な仕掛けで、地球の自転を感じさせる。実に見事な実験だと感服してしまう。

 とかの中で、美しさの毛色が違うと感じるのが、第5章のキャヴェンディッシュの実験。「地球の重さを量る」とあるが、彼が実際に量ったのは、二つの重い球の間に働く力だ。理屈は単純だが、これを現実に量るとなると、話は全く違ってくる。というのも、あまりに小さな力であるために、ちょっとした事柄が大きな誤差となるからだ。

 装置が重ければ、装置が球に力を及ぼしてしまう。温度が違えば対流で球が揺れる。球が鉄だと地磁気の影響を受ける。などの「雑音」を無くすために、キャヴェンディッシュは実験装置に徹底的に凝るのだ。この実験を最も美しいと感じるのは、オーディオ・マニアじゃないかと思う。また、この実験に票を入れたのは、実験物理学者だろう。彼らが日頃から苦労して心がけている「雑音を取り除く事」の難しさを、キャヴェンディッシュの実験が鮮やかに現わしているのだから。

 第9章は量子力学の実験ながら、自分でもできそうな気になる。これはアルファ線の正体を探る実験だ。まずガラス管の中にラドンを入れる。ラドンはアルファ線を出すことが知られていた。次に、そのガラス管を大きな真空のガラス管の中に入れる。二重のガラス管の中にラドンを閉じ込めるのだ。

 小さなガラス管と大きなガラス管の間は真空の筈だ。だが、時間がたつと、ヘリウムが溜まるのである。ヘリウムの元は、ラドンが出したアルファ線だろう。つまり、アルファ線=ヘリウムということだ。

 なんか簡単そうだし、今でも追実験できそうだが、interlude で望みを叩き潰すからいけず。

 正直、第8章以降は、自分の目で見ないと、ピンとこないと思う。いや実際に見ても、やっぱり「何かトリックがあるんじゃないか?」と勘ぐってしまうだろう。だからこそ、「美しい」のだ。私たちの直感を裏切り、理性が生み出した方程式に従う、そんな性質が、これらの実験の美しさの源なんだと思う。

【あなたなら?】

 著者も語っているように、この本の実験は物理学に偏っている。もともと質問が「一番美しいと思う物理学の実験」だし。科学に目を広げると、私は次の二つを付け加えたい。

  • ヤン・ファン・ヘルモント(→Wikipedia)の柳の木の実験。鉢に柳の木を植え、五年ほど育てる。減った土の重さと柳の重さを比べ、「柳は水で育った」と主張した。
  • グレゴール・ヨハン・メンデルのエンドウマメの交配実験(→Wikipedia)。今から考えれば、彼は遺伝学という新しい学問分野の種を蒔いたのだ。

 あと、思考実験も加えていいなら、メンデレーエフの元素周期表(→Wikipedia)も加えたい。混沌の中に美しい秩序を見いだすってのは、科学の面白さそのものだと思う。

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2019年4月 5日 (金)

サイモン・シン「数学者たちの楽園 『ザ・シンプソンズ』を作った天才たち」新潮社 青木薫訳

398712+436512=447212
  ――第3章 ホーマーの最終定理

優れたクイズとジョークは人を考えさせ、答えがわかった瞬間に、人を微笑ませる
  ――第4章 数学的ユーモアの謎

「…アニメは純粋数学に似ている。あるセリフにどんなニュアンスを含めるか、セリフ回しをどうするかまで、徹底的にコントロールできる。あらゆることがコントロール可能だ。アニメは数学者の宇宙なんだ」
  ――第4章 数学的ユーモアの謎

「信じられない、幾何学が何かの役に立つなんて」
  ――第6章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王

平均的人間には、乳房がひとつと、睾丸がひとつある。
  ――第6章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王

この問題が誕生してから30年以上を経ているというのに、力ずくの計算をせずにすむよう、パンケーキ数を予想する式を見いだした者はいないのだ。
  ――第9章 無限とその向こう

ウォルト・ディズニー「金銭的なことを言えば、六分半の短いアニメを構成する四万五千枚の作画について、すべての手から指を一本減らせば、スタジオとして数百万ドルの経費削減になる」
  ――第12章 πをもうひと切れ

「白鳥座X-1で起こることは、白鳥座X-1にとどまる」
  ――第17章 フューチラマの定理

【どんな本?】

 アメリカで人気の長寿アニメ番組「ザ・シンプソンズ」。ユルくてお気楽極楽なファミリー・ドラマかと思いきや、実はごく狭い市場に向けた濃いネタをゴマンと仕込んでいたのだ。仕込んだのは、シンプソンズの脚本チーム。そこには、数学や物理学の学位を持つ者が寄り集まっていた。

 数学や科学の優れた才能を持つ者が、なぜアニメの脚本家になったのか。人によっては頭痛すら訴えるほど嫌われる数学のネタを、リラックスして楽しむべき番組に、なぜ、どのように仕込んだのか。どんなネタを、どこに仕込んでいるのか。そのネタには、どんな意味があるのか。

 「宇宙創成」「フェルマーの最終定理」「暗号解読」など、現代の最新科学・数学トピックを、わかりやすく、かつエキサイティングに伝えてきたサイモン・シンが、人気番組「ザ・シンプソンズ」に隠された暗号を読み解く、マニアックでユーモラスなドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Simpsons and Their Mathmetical Secrets, by Simon Singh, 2013。日本語版は2016年5月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約358頁に加え、訳者まえがき8頁+訳者あとがき4頁、それにジョーク集「算術(コチョコチョ)と幾何学(クスクス)の試験」15頁+数学のエピソード集「付録」9頁。実に豪華なオマケだ。

 9ポイント35字×18行×358頁=約225,540字、400字詰め原稿用紙で約564枚、文庫本なら普通の厚さの一冊分。と言いたいところだが、実際はもっと多い。というのも、少し手の込んだレイアウトのため。紙面の下1/4ほどが脚注の領域になっていて、頁をめくらずに脚注を読めるようにしている。編集の手間は増えるが、読者には嬉しい工夫だ。

 文章はこなれている。ネタの多くは数学だが、中学卒業程度でもなんとかなる。加減乗除と累乗が分かれば、大半のギャグが笑えるだろう。加えて虚数を知っていれば充分。というか私がその程度だ。あ、それと、数学以上に、実は英語の素養が大事だったりする。なんたってギャグの基礎は地口だし。

 もう一つの重要なネタは、シンプソンズそのもの。キャラクターはアチコチで見かけるものの、番組は見たことはない人が多いだろう。実は私もそうだ。でも大丈夫。必要なことは文中に全部書いてある。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。シンプソンズを知らない人は、「訳者まえがき」と「第0章 シンプソンズの真実」だけは読んでおいた方がいいかも。

  • 訳者まえがき
  • 第0章 シンプソンズの真実
  • 第1章 天才バート
  • 第2章 πはお好き?
  • 第3章 ホーマーの最終定理
  • 第4章 数学的ユーモアの謎
  • 第5章 六次の隔たり
  • 第6章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王

 

  • 第7章 ギャルジェブラとギャルゴリズム
  • 第8章 プライムタイム・ショー
  • 第9章 無限とその向こう
  • 第10章 案山子の定理
  • 第11章 コマ止めの数学
  • 第12章 πをもうひと切れ
  • 第13章 ホーマーの三乗
  • 第14章 フューチュラマの誕生

 

  • 第15章 1729と、「夢のような出来事」
  • 第16章 一面的な物語
  • 第17章 フューチラマの定理
  • エπローグ
  • 謝辞/訳者あとがき
  • 算術(コチョコチョ)と幾何学(クスクス)の試験
  • 付録/索引

【感想は?】

 サイモン・シンの本は、ややお堅くて難しそうな雰囲気がある。

 「宇宙創成」「フェルマーの最終定理」「暗号解読」とか、タイトルからしていかにも「お勉強」な空気が漂ってるし。でも 実際に読むと、わかりやすいわワクワクゾクゾクするわで、楽しんだ上に賢くなった気分が味わえる、とってもおトクな本だ。

 その点、この本は、カバーがラッカーで塗ったようなまっ黄色な上に、テーマがアニメの「ザ・シンプソンズ」。親しみやすさは抜群だろう。で、読んでみると、やっぱり印象がだいぶ違う。何が違うと言って、エピソードの多くが「ギャグ」なのだ。思いっきり読者を笑わせてくれる本なのである。

 お陰で書評が書きにくくってしょうがない。だってギャグのネタを明かすのはミステリで犯人をバラすようなもんだし。ちなみにこの記事の最初の引用もギャグだ。サイモン・シンの本だってのがスパイスになってるのも憎い。

 優れた本格ミステリは、謎解きの際に証拠と論理の道筋を辿る場面が楽しい。この本でも、一つのギャグからそのネタを辿る道筋が楽しかったりする。

 例えば「第6章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王」だ。シンプソン家の次女で八歳の天才児、リサ・シンプソンが少年野球チームのコーチを引き受ける話である。当然、賢いリサはデータ野球に突っ走る。となればしめたもの、脚本陣はやりたい放題だ。これは著者のサイモン・シンも同じで、「マネー・ボール」の話を得々と語ったり。

 ちなみに、ちゃんと「マネーボール」の後日談もある上に、付録にはサッカー版までついてます。

 こういう寄り道が楽しいのもサイモン・シンならでは。私はネイピア数e(→Wikipedia)の話が面白かった。いや意味わかんないんだよね、eって。「自然対数の底」とか言われても、何それ美味しいの?だし。でもこの本みたく具体的に語られると、なんか分かった気分になれる。いや「なぜその値に収束するのか」と言われると、やっぱり説明できないんだけど。あとP=NPもわかりやすかった。

 残念ながら、世の中には数学や科学を嫌う人も多い。そんな人にも、シンプソンズはウケる。これは脚本陣がちゃんとわきまえてて、「わかる奴だけわかりゃいいい」な態度でネタを仕込んでるからだ。どころか、「いや普通わかんねーだろ」な仕込み方までしてるから困る。

 注目すべきポイントの一つは、文字だ。分かりやすいのは本の背表紙や黒板の式だが、何の気なしに出て来た数字も重要だったりする。こういうのは注意深く見てけば気が付くが、時おりワザとわからなくしてるのがあるから困るw ダラダラと長い文章が流れてきたら要注意で、中には「たった四秒ほどのシーンに、34ものコマ止めギャグ」を仕込んでたり。

 それでも文字は、ちゃんと目印があるからいい。難しいのはちょっとした落書きの絵や部屋にある小物で、ティーポットがマニアックな意味を持ってたりとかは、誰に向けて脚本を書いてるんだかw

 制作陣がコレだから、観る側も意地になってスロー再生して探したり。こういう油断もスキもない番組作りを真似する奴が、日本にも出てきたから困る。なんじゃいスーパーバリザーって。まあいい。マジになるのがオタクだけならともかく、本職の数学者までアツくなって論文を書いちゃうから怖い。

 これはネタを探すというより、アニメのネタを数学の問題として解くって形になるんだが、「数学ってのはどこにでも転がってるんだなあ」なんて感心してしまった。晩飯のメニューを決めるなんて問題も、きっとどっかの数学者が論文を書いてるに違いない。いや制約条件が色々あるでしょ、冷蔵庫のなかの食材とか昨日のメニューとか調理の時間とか財布の中身とか。

 一見、何の関係もなさそうなアニメと数学を、どういう因果かつないでしまった「ザ・シンプソンズ」の制作陣と、それを鋭く嗅ぎつけて徹底的にほじくり返したサイモン・シンの、絶妙なコンビネーションが産んだ、ユーモアたっぷりのドキュメンタリー。ちょっとした暇つぶしのつもりで読み始めてもいい。その後、しばらくは数学の問題に頭を占領されるかもしれないけどw

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2019年3月18日 (月)

チャールズ・スペンス「『おいしさ』の錯覚 最新科学でわかった、美味の真実」角川書店 長谷川圭訳

食の喜びは心で感じる、口ではない。
  ――アミューズ・ブーシュ

オックスフォードとケンブリッジの研究者たちによると、皿やボウルのサイズを小さくすると、私たちが実際に口にする量はカロリーにして平均およそ10%(160カロリー)低下する。
  ――第3章 見た目

食の世界ほど思い込みに惑わされている分野も珍しい
  ――第4章 音

食べ物は手で食べたほうがほんとうにおいしい、と多くの人が私に報告してくれている。特にインド出身の人々のその傾向が強い…
  ――第5章 手触り・口当たり

BGMにクラシック音楽を流せば、人々が散在する傾向が強くなることもわかっている。
  ――第6章 雰囲気

食べ物を共有するというのは、人間という生き物にとって普遍的な現象だとされていて、考古学では一万二千年前に祝宴が行われていた証拠が見つかっている。(略)
最近の調査では、ともに食事をすることで、人は他人の意見に同意しやすくなることもわかった
  ――第7章 ソーシャルダイニング

…飛行機内の空気はだいたい高度1800mから2500mぐらいの大気と同じぐらいの圧力にあるように調整されているのだが、そのような条件下では甘さや酸っぱさ、あるいは苦さを感じるのが難しくなる。
  ――第8章 機内食

【どんな本?】

 著者は2008年度イグ・ノーベル賞栄養学賞の受賞者だ。ボテトチップスを食べる際、パリパリ音を強調すると、より新鮮に感じる、そんな研究である。

 先の研究が示すように、料理のおいしさには様々な要素が関わっている。味はもちろん、香り・食器や盛り付けや色・音・口当たりなどだ。レストランは店の飾りつけに凝るし、ケーキ屋は丁寧にケーキの形を整え、食品メーカーはパッケージ・デザインに気を配る。いずれもちゃんと理由がある。

 それぞれ具体的には、どんな要素がどのように影響するのだろうか? それぞれの要素に個人差はあるんだろうか? どんな料理にどんな食器が相応しいのだろうか? 食欲を増すには、または少ない量で満足するには、どんな工夫をすればいいんだろうか?

 オックスフォード大学の研究者が、数多くの実験に加え、一流シェフに協力を仰ぎ、さらに世界各国のレストランを食べ歩いたフィールドワークの成果を結集した、おいしくて楽しい一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は GASTROPHYSICS : The New Science of Eating, by Charles Spence, 2016。日本語版は2018年2月28日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約365頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント41字×16行×365頁=約239,440字、400字詰め原稿用紙で約599枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も難しくない。出てくる食品や料理は欧米の物が多いので、ソッチに詳しい人ほど楽しめるだろう。ただし、体重が気になる人は、夕食後に読んではいけない。

【構成は?】

 大雑把に分けて二部に分かれている。第6章までは基礎編、第7章以降は応用編だ。基礎編では、何がどうおいしさに関わるかを語る。応用編では、それを受けてシェフや企業がどんな工夫をしているかを紹介する。

  • 序文 ヘストン・ブルメンタール
  • アミューズ・ブーシュ
    ガストロフィジックス 新しい食の科学/ガストロフィジックスとは?/“クロスモーダル”と“マルチセンソニー”/皿から口へ ナイフとフォークがいちばん便利?/直感のテスト/雰囲気はどのくらい影響する?/オフ・ザ・プレート・ダイニングとは?/おいしいものはおいしい?
  • 第1章 味
    それは味?それともフレーバー?(そんなことどうでもいい?)/期待に応える/どんな名前?/大きな期待/値段、ブランド、名前、ラベルの影響/味の世界/「味以上の味がある」
  • 第2章 香り
    バニラの香りは甘い?/背景としての香り/嗅覚をつくる/どうすればフレーバーの効果を拡大できる?/嗅覚ディナーパーティー/香りと感性
  • 第3章 見た目
    色を味わう?/形を味わう?/皿を味わう?/“フードポルノ”の歴史と今後/“卵黄ポルノ”とは?/マクバン/フードポルノの欠点は?/自宅でガストロポルノ?/消費のイメージ/醜いフルーツ/食という名のポルノ
  • 第4章 音
    調理の音/すべてはポテトチップスから始まった/食べ物の音/サクサクとパリパリ/昆虫を食べる?/ポテトチップスは袋もうるさい?/ザク、パリ、ポン/自宅の食べ物はどんな音?/「えっ、何?」/ディナーと騒音/音響強化フードとドリンク
  • 第5章 手触り・口当たり
    味とフレーバーに対する触感の影響?/マリネッティの触覚ディナー/最初に味わうのは手?/冷たくて滑らかな金属はお好き?/でこぼこのスプーンを使ってみたい?/重さは何かの役に立つ?/毛皮のカトラリー?/手で食べる/食べ物を口に運ぶ楽しさ?/感情の腹話術
  • 第6章 雰囲気
    ビートに合わせて/快適さは必要?/白いキューブの中で食事がしたい?/試飲イベント/<シングルトン・センソリアム>/<カラー・ラボ>/レストランにおける環境のコントロール/雰囲気の未来
  • 第7章 ソーシャルダイニング
    どうして一人で食事をする人が多いのか?/一人で食事をするのは悪いこと?/気が散る食事/一人の食事は楽しい?/ソロ・ダイニング/タパス化/どうして外食するの?/テレマティックディナー
  • 第8章 機内食
    過去の機内食/有名シェフは一万メートルの上空でも才能を発揮できるか?/飛行機の騒音とトマトの関係/超音速調味/空気圧/サービスのための簡単なヒント/マルチセンソリー体験のデザインは飛躍できる?
  • 第9章 記憶
    食の記憶/選択盲/“スティックション”とは?/何を注文したか覚えている?/何を食べたか覚えている?/忘れられた食事/食の記憶のハッキング/忘れないで……
  • 第10章 個人食
    みんな個人化が大好き/“自己優先化効果”とは?/レストランにおける個人化/誰もがあなたの名前を知っている場所/初めて訪れた客人をもてなす方法/個人化の未来/シェフのテーブルにて/選択の問題/“イケア効果”/ケーキづくり/「ちょっと塩とコショウをちょうだい」/カスタマイズする料理としない料理の違いは?/私の個人的な考え
  • 第11章 新しい食体験の世界
    芝居がかかった食事/凝った演出の盛り付け?/“そのほかの要素”/テーブル・パフォーマンス/テーブルで紡ぎ出される物語/テーブル劇場/食べ物を使ったパフォーマンスアート/食体験の未来
  • 第12章 デジタルダイニング
    3Dフードプリンター?/デジタルメニューで注文?/タブレットの味/火星でチーズケーキはいかが?/拡張現実ダイニング/「サウンド・オブ・ザ・シー(海の音)」を聞いたことがある?/びっくりスプーン/デジタルフレーバー/震えるフォークで素敵な食事?/電気味覚/食風景を変えるデジタル技術/ロボットの料理人は優れたシェフになれるか/
  • 第13章 未来派への帰還
    未来派料理 分子ガストロノミーは1930年代に発明されていた?/未来派パーティーを開こう!/食の未来の展望/ビッグデータと食べ物/共感覚体験のデザイン/「ゲザムトクンストヴェルク」とは?/より健康で、より持続可能な食の未来のために/最後に 健康な食生活とは?
  • 注釈/図の出典/謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 書名がうまい。「『おいしさ』の錯覚」だ。「『味』の錯覚」じゃない。

 本当は、みんな気づいてる。「おいしい」は、味覚だけじゃない。カレーやコーヒーは香りが大切だ。トーストはサクサクがいい。お好み焼きの上で鰹節が躍るとワクワクする。

 そう、「おいしい」には、味覚以外のものが関係している。豊かなにおい、歯触りや噛み応え、見た目の美しさや躍動感、そしてポテトチップスのパリパリ音。嗅覚・触覚・視覚・聴覚。「おいしさ」は、五感すべてが関わって創り上げる、総合的な感覚なのだ。

 そこまでは、誰でも気づいている。では、具体的に何がどう関わっているんだろう? 経験的に知っている人はいる。料理人や食品メーカーの開発者だ。店の飾りつけや炭酸飲料の色あいは、売り上げを大きく変える。

 ただ、彼らの知識は断片的で偏っている。高級レストランのシェフはジャンクフードを知らないし、ポテトチップスのメーカーは食器を気にしても仕方がない。そこで学者の出番だ。

 著者は各国のレストランを食べ歩いては(まったくもって妬ましい!)シェフと語らい、食品メーカーの開発者の相談に乗りつつネタを集め、そして時には研究者として実験を企画・実施してはデータを集め論文を書き、その結論をシェフや技術者に伝え…

 などの活動の成果がこの本だ。

 その結論は意外でもあり、また同時に「そうじゃないかと思っていた」ような所もある。例えば、何をおいしそうと感じるかは、人によって大きく違う。これは育った環境による部分もあれば、体質によるものもある。

 関西で生まれ育った人は、納豆が苦手な人が多い。著者も、日本の抹茶アイスで味わった「苦い」思い出を語っている。あの色からミントを期待して食べたが…。「おいしい」には、思い込みや期待も大切なのだ。当然、これは育った環境で変わる。私たちは「抹茶」の名で苦さを、著者はクールさを期待したのだ。

ところで抹茶アイスって原料は牛乳と卵と砂糖と抹茶だよね。日本人は茶に砂糖やミルクを入れるのを邪道と感じるけど、実はイケるんじゃね?

 こういった文化・社会的な要因もあるが、体質も関わってくる。塩味・甘味・酸味などは、人によって感度が違う。超味覚者と呼ばれる人もいて、そういう人の舌先には「普通の人の16倍もの味蕾がある」。特に違いが大きいのが苦味だそうだ。子供は私たちより苦味を強く感じるのかもしれない。

 もちろん、「おいしい」には匂いも大事だ。ところが、匂いの感じ方も人により大きく違う。「人口のおよそ1%は、バニラの香りを感じることができない」。匂いの元となる物質は星の数ほどあり、それぞれ人によって感度が違う。つまり…

人はそれぞれ違う味の世界に生きている
  ――第1章 味

 のだ。人により食べ物の好みが違うのも、当たり前なんだなあ。

 この匂いを巧みに使ったのが、食品メーカー。チョコレート味のアイスクリーム・バーに、ちょっとした工夫をした。本来、チョコレートは凍らせると香りが出ない。そこでメーカーは、パッケージの接着剤に、合成したチョコレートの香りを加えた。パッケージを開けると、チョコレートの香りが広がる。いいのかw

 訳者あとがきにもあるんだが、妙に和食・日本食の工夫を連想する記述が多いのも、この本の特徴の一つ。

 例えば、サンディエゴのレストラン≪トップ・オブ・ザ・マーケット≫の総料理長アイヴァン・フラワーズ。シェフに、カウンター席の客と会話するようにした。これ、寿司屋や屋台のおでん屋の親父がやってる事だよね。

 また、「イケア効果」なるものもある。

人は自分でつくったものは、ほかよりも価値が高いと感じる傾向がある。
  ――第10章 個人食

 何かをつくる趣味がある人なら、わかるだろう。私も、このブログの記事はとても面白いと思っている。これは料理も同じだ。少しでも自分の手が入っていれば、おいしく感じるのだ。これを巧みに取り入れたのが、お好み焼きだろう。焼くだけなんだけど、それでもおいしく感じるのだ。バーベキューも、そうなのかな?

 手を入れなくても、「自分の物」だと思うだけで、やはり価値が高いと感じる「授かり効果」なんてのがある。ボトルキープなんて習慣は、これだろう。脚注にも食品サンプルの話があったりするので、なかなか油断できない。

 後半では、レストランのシェフや食品メーカーなど現場の話が増え、特に終盤ではかなり過激な演出の食事会を紹介していて、シェフたちの創意工夫と新奇さを求めるヒトの欲望にアングリしたり。またダイエットに役立つ情報もチラホラあって、なかなか役立つネタも多い。

 ただ、楽しみながら学べるのはおおいに結構なんだが、出てくるメニューがとにかく食欲を刺激するのが困りもの。読むなら食前にしよう。間違っても夕食後の深夜に読んではいけない。

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2019年3月11日 (月)

ジェレミー・A・グリーン「ジェネリック それは新薬と同じなのか」みすず書房 野中香方子訳

本書は20世紀後半から21世紀初頭の米国における、ジェネリックの社会的、政治的、文化的歴史を記録し、二種類の薬を同一と称することのリスクを検証しようとするものだ。
  ――序 同じであって同じでない

「思うに、公聴会は、法案を求める声を作り出すために、つまり、国民を動かすために開くのです。言うなれば、公聴会は情報のために開くのです。と言っても、私が情報を得るためではなく、国民に情報を伝えるためです」
  ――第6章 同等性コンテスト

「ジェネリックはどこで入手できるのですか。ブランド薬との比較で、より安いジェネリックはどれですか。同一性の保証はどうすれば得られるのですか」
  ――第10章 囚われの身の消費者を開放する

2007年、市場調査企業のIMSヘルスは、世界の製薬市場についての報告の中で、ジェネリックの市場シェアと、ブランド薬をジェネリックに替えて倹約した金額に応じて、各国をランク付けした。米国はその両方でトップだった。
  ――第14章 地球規模のジェネリック

インスリンが最初に特許を得たのは1921年のことだったが、それから一世紀近くたった今でも、市場でインスリンのジェネリックを見ることはほとんどない。
  ――結論 類似性の危機

研究開発費10憶ドルあたりのFDAに承認された薬の数は、1950年から2010年までの間で、九年ごとに半減してきた。
  ――結論 類似性の危機

【どんな本?】

 ジェネリック薬。特許の切れた医薬品と同じ有効成分を持つ薬。たいてい既にある薬とは別の企業から売り出され、価格も安い。

 だが、それは本当に「同じ」なのか。どんな根拠で「同じ/違う」と主張するのか。それは信用できるのか。ジェネリックの流通は、医療にどんな影響をもたらすのか。製薬会社・医師・薬剤師・薬局・政府機関・保険会社そして患者は、どのようにジェネリックを見てきたのか。ジェネリックで医療費の高騰は抑えられるのか。

 アメリカの医療でジェネリック薬が辿った歴史を、医療の現場に加え、政治・法律そして市民運動の面からとらえ、ジェネリック薬がもたらす影響を描く、一般向けのノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は GENERIC : The Unbranding of Modern Medicine, by Jeremy A. Greene, 2014。日本語版は2017年12月15日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約373頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×373頁=約302,130字、400字詰め原稿用紙で約756枚。文庫本なら厚い一冊分。

 みすず書房の本の中では文章はこなれている方だろう。内容も特に難しくない。あまり医学・薬学・化学には踏み込まないので、理科が苦手な人でも大丈夫。むしろ企業・政府・政治家の動きなどの社会的な側面が多く、特に連邦政府と州政府の関係など、アメリカ独特の制度や事情が強く関係しているので、その辺に詳しいと更に楽しめる。

【構成は?】

 全般的に前の章を受けて次の章が展開する形なので、なるべく頭から読もう。

  • 謝辞
  • 序 同じであって同じでない
    ただほど高いものはない/甲状腺騒動/ジェネリックの歴史/同等性の科学/医薬品の脱ブランド化
  • Ⅰ 名前には何が込められているのか?
  • 第1章 治療の世界に秩序をもたらす
    命名法/薬局方の政治/医薬品向けに合理的な言語を考案する/合理的な命名法/不合理な顛末
  • 第2章 ブランド批判としてのジェネリック
    不安定なつながり/一般名と特定のもの
  • Ⅱ ジェネリックなんてものはない?
  • 第3章 匿名薬
    偽造の歴史 模造品と粗悪な薬/闇市場の医薬品
  • 第4章 控えめな業界の起源
    処方薬からジェネリックに移行 プレモ製薬/ラリーとボブと一緒に浴室で薬をつくろう ボラー製薬/昔の特効薬を蘇らせる ゼニス製薬
  • 第5章 ジェネリックの特異性
    安いが、危険なほど安いわけではない ピュアパック/ジェネリックのブランド化 SKライン、ファイファーメクス、レダール・スタンダード・プロダクツ/自家商標の危機 マイラン製薬/新薬はいつから旧薬になるのか/ジェネリック医薬品の誕生
  • Ⅲ 同等性の科学
  • 第6章 同等性コンテスト
    モノを同じにする/研究のカギ 薬物の溶出の生体外モデル/差異の科学に投資する
  • 第7章 差異の意義
    生産の違い/立証責任/複数存在する同等性/分断された同等性の科学/患者が服用しているその薬は一度も試験されていない/生物学的同等性を超えて
  • Ⅳ 代替調剤に関する法律
  • 第8章 代替の悪徳と美徳
    「増大する悪」ブランド代替を犯罪と見なす/代替のテクノロジー/代替を合法化する/代替のルール、地域で、また世界で
  • 第9章 普遍的な代替
    ジェネリック派の肖像 ウィリアム・ハダッド/ニューヨーク州ジェネリック調査/ニューヨーク州の処方集と大衆/ニューヨークからワシントンへ 互換性のある医薬品の結集/失敗した標準化 国政、そして代替の特異性/代替の地形
  • Ⅴ ジェネリック消費のパラドックス
  • 第10章 囚われの身の消費者を開放する
    囚われた薬剤消費者/ジェネリックのユーザーズガイド/ジェネリック利用のためのハンドブック/非合理な処方者/必須でない薬のための、必須のガイドブック/ジェネリック消費者になる
  • 第11章 診断書、薬局、スーパーマーケットでのジェネリック消費
    消費者としての医師/ジェネリック消費の場所 薬局とスーパーマーケット/禁欲の祝典/ジェネリックの分岐
  • Ⅵ ジェネリック医薬品
  • 第12章 模倣薬の科学と政治
    分子操作/薬はいつから十分良いものになるか/薬はいつから十分良いものでなくなるか/代替政策の復活
  • 第13章 推奨薬、公的に、あるいは民間で
    医薬品の手品(ごまかし、こじつけ)/公的推奨 薬効評価計画/公的及び民間の合理的行動
  • 第14章 地球規模のジェネリック
    必須医薬品と活動家の地位、ジュネーヴからリオ・デ・ジャネイロまで/輸出市場としてのジェネリック インド亜大陸での拡大/ジェネリック巨大企業
  • 結論 類似性の危機
    あらゆる分子、大きいのも、小さいのも/ジェネリックの歴史、ジェネリックの未来 同じだが同じではない
  • 訳者あとがき/原注/略語/索引

【感想は?】

 ジェネリック薬は最近のものだと思っていた。が、しかし。

 例えばアスピリン。今 WIkipedia で調べたら、なんとまあ。バファリンやケロリンもアスピリンを含むのか。他にもアスピリンのジェネリックは沢山ある(→KEGG DRUG)。ずっと昔から、ジェネリックは私たちの身近にあったのだ。

 そんなわけで、この本も、けっこう昔の話を多く含んでいる。特にジェネリックが社会的な脚光を浴び始めるのは、1960年代から。

 主な登場人物は、まず先行薬の製薬企業とジェネリックの製薬企業。それに医師・薬剤師・ドラッグストアなど、薬を扱う職業の人々。当然、医薬品の認可を司るFDAも重要な役割を果たす。それに保険会社や州政府・政治家・消費者団体なども絡んでくる。

 先行薬の企業はジェネリックに否定的で、後発薬の企業は肯定的だ。まあ当たり前だね。

 ところが、一部の大手先行薬企業も、ジェネリックに手を出してる。例えばファイザー社はジェネリック部門の「ファイファーメクス」を持ってたり。ファイザーのブランドで差別化を図ろうってわけ。対してジェネリックの企業は、「同じである」のがウリなだけに、差別化が難しい。

 保険会社や、州の健康保険関係者は、安上がりなジェネリックを歓迎する傾向が強い。独特の立場でジェネリックを推したのが、ウォルグリーン社。薬局のチェーン店だ。顧客にアピールするチャンスと見て、小冊子「処方薬での節約法」を配る。

 なぜ薬局が、と思うだろうが、ここに薬のややこしさが関係している。例えばアスピリン。幸い日本だと「アスピリン」が一般名で、複数の会社が同じ商品名=アスピリンを出している。が、全星薬品工業の商品名は「ゼンアスピリン」だ。

 処方箋は医師が書く。それを見て薬局が処方する。処方箋に「アスピリン」とあったら、まずもって全星薬品工業の「ゼンアスピリン」は処方しないだろう。

 では、処方箋に医師が書くのは商品名か一般名か。たいてい商品名を書くのだ。そして、医師は病気には詳しくても薬品、特に商品としての薬品には詳しくない。それは薬剤師の仕事だ。だから、医師は慣れた商品名で処方する。たいてい古株の先行薬の名前を書く。だって学校や先輩にそう習ったし。

 薬剤師は処方箋を見て薬を出す。処方箋に書かれたとおりに薬を出せば、たいてい高価な先行薬になる。安く上げようとするなら、ちと面倒な作業をしなきゃいけない。処方箋の商品名から一般名を調べ、同じ一般名の薬から安くて在庫のある薬を探すのだ。

 今ならRDBを使ってSELECT文一発だろうが、昔はそうじゃない。それを何とかしようとしたのが、ニューヨーク・ホスピタル。在庫管理のために院内処方集を作った。これが評判よくて、1961年には「国内の主な病院の60%に導入された」。なんかK&Rみたいな話だね。

 こういう動きは消費者にも出てくる。医師リチャード・ビュラックは『処方薬ハンドブック』を1967年に著し、これがッベストセラーとなるのだ。買ったのは医師じゃなくて消費者。日本でも「医者からもらった薬がわかる本」が売れてるなあ。

 は、いいが。これらには法律も絡んでくる。薬剤師が勝手に薬を変えていいのか? 薬を選ぶのは医師の仕事ではないのか?  また、何を根拠に「同じ」と見なすか、なんて問題もある。そんなわけで、政府機関や政治家も、この本では重要な役割を果たす。面倒なことにアメリカは州の権限が強く、州ごとに違ってたりするから大混乱だ。

ちなみに今の日本だと、医師と薬局の両方にジェネリック医薬品希望カードを示し「ジェネリックでお願い」と伝える必要があるらしい(→第一三共エステファ株式会社)。

 さらに終盤では、ブラジルやインドなど国際的な問題にまで触れ、また新薬開発が難しくなっている事もあり、製薬業界が大きな嵐に見舞われている現状を生々しく描いている。

 正直、私のような素人には、いいささか詳しすぎる内容だったが、同時にビジネスもロビー活動も激しいアメリカの空気が否応なしに伝わってくる迫力もあった。科学というよりは、ジェネリックの歴史と現状を伝えるドキュメンタリーの色彩が強い本だ。

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2019年2月13日 (水)

ジョージ・ダイソン「チューリングの大聖堂 コンピュータの創造とデジタル世界の到来」早川書房 吉田三知世訳 3

「形式論理の込み入った領域では、そのものを作り出すよりも、そのものに何をすることができるのかを判定することの難しさのほうが一段階上なのが常なのです」
  ――第15章 自己複製オートマトンの理論

Googleの技術者「わたしたちが本を全部スキャンしているのは、人に読んでもらうためではないんです」「AIに読ませるためにスキャンしているんです」
  ――第17章 巨大コンピュータの物語

ジュリアン・ビゲロー「われわれはただ仕事をしていただけで、その仕事がとても面白かったのです」
  ――第18章 39番めのステップ

ロバート・リヒトマイヤー「今やコンピュータは、何かの問題解決に当たる人々がその手段として設計しているのではなく、コンピュータ自体を目的と見なす人々によって設計されている」
  ――第18章 39番めのステップ

 ジョージ・ダイソン「チューリングの大聖堂 コンピュータの創造とデジタル世界の到来」早川書房 吉田三知世訳 2 から続く。

【どんな本?】

 1930年代にアメリカのニュージャージー州プリンストンに、学者のパラダイスを目指して高等研究所が設立された。欧州でのナチス台頭に伴ない流出したアインシュタインなどの優れた頭脳を吸収し、やがてジョン・フォン・ノイマンを中心にプログラム内蔵型コンピュータを生み出す。

 その豊かな演算資源に惹かれ、熱核兵器開発を目論む軍をはじめとして、様々な人物がそれぞれの目的を持って高等研究所に集まってきた。

 今から思えば、当時のマシンの能力は極めて貧しい。例えばメモリはわずか数キロバイト、スマートフォンはおろかファミリーコンピュータにすら劣る。それでも、彼らの目的は壮大であり、またそれを実現するための工夫は、現代のコンピューティングの基礎になった物も多い。

 稀代の天才ジョン・フォン・ノイマンを中心として、プログラム内蔵型コンピュータの誕生と黎明期の成長を描く群像劇。

【第13章 チューリングの大聖堂】

 数学者や科学者が多く登場する本だけに、数学や科学の根本を成す「なにものか」もテーマに浮き上がってくる。例えば…

「究極的な独創性が示す一つの側面は、それより劣った精神なら自明だと見なす事柄を自明と見なさないことです」
  ――第13章 チューリングの大聖堂

 なんてのは、優れた科学者に共通する能力だろう。並みの者は「リンゴが落ちるのは当たり前」と思い込み、天才は「なぜリンゴが落ちるのか」と考える。これはソフトウェアの設計でも同じで、「なぜそんな機能が要るのか」を問いただすと、案外と簡単に解決する…場合も、あります。

 やはり当時から人工知能って発想はあったようだが、数学者はどう考えたか、というと…

アラン・チューリング「機械が絶対に間違いをおかさないと期待されるなら、それは知性を持つこともできないということです」
  ――第13章 チューリングの大聖堂

 まあ、それ以前に、そもそも「知性とは何か」って問題があるんだけど。とまれ、現在の強化学習ベースのシステムは、けっこう間違えるんだよなあ。おまけに「なぜ間違えたか」も、よく分からない。ってな事も、キッチリ予言してたり。

人工知能のパラドックスは、理解できるほど単純なシステムはどれも、知的に振舞えるほど複雑ではなく、知的に振舞えるほど複雑なシステムはどれも、理解できるほど単純ではないということだ。
  ――第13章 チューリングの大聖堂

 もっとも、私はコレで、「エイリアンから手に入れた奇妙な機械」を想像したけど。いやSF映画でありそうでしょ。何だかわかんないマシンけど、とりあえず使ってみよう、みたいな。

【第14章 技術者の夢】

 最近は義務教育にプログラミングを取り入れよう、なんて話もある。色々と意見はあるが、プログラミングの経験は、一つ大きな利益がある。それは、「自分はよく間違える」と思い知る事だ。

ジュリアン・ピゲロー「自分がやろうとしていることをほんとうに理解している人々は、彼らの考えをコード化された指令として表現することができ……、そして答を見出し、数値表現によって明確に表現することができるだろう。このプロセスは、知識を高め、確固たるものにし、人間を正直でいさせる傾向がある」
  ――第14章 技術者の夢

 プログラマなら、たいてい経験している。バグを指摘されると、最初は利用者のせいにする。次にOSやライブラリ、次にコンパイラの、しまいには「CPUのバグだ」とか言い出す。でも…

 そういう事を何度か経験すると、多少は謙虚さを身に着けるんです。

 やはり最近は発達したAI(というか強化学習)が人の仕事を奪う、なんて話もあるけど…

ジョン・フォン・ノイマン「われわれにできる最善のことは、すべてのプロセスを、機械のほうが得意なことと人間のほうが得意なことに分け、そして、この両者を追求する方法を創り出すことです」
  ――第14章 技術者の夢

 なんて、けっこう常識的な事も言ってるんだよなあ。もっとも、ポルノなんて使い道は考えなかっただろうけど。

【第17章 巨大コンピュータの物語】

 終盤に入ると、だいぶ現代に近い話もでてきて、ばかりでなく、未来への展望も少々。

 SF者としてとっても楽しかったのが、この章。物理学者のハンス・アルヴェーン、片手間に小説も書いてた。ペンネームはウロフ・ヨハネッソン、作品名は「未来コンピュータ帝国」。今は版元が潰れてるから手に入れるのは難しそうだけど、なんか面白そう。なんたって…

(ハンス・)アルヴェーンのヴィジョンでは、コンピュータは世界最大の脅威の二つ――核兵器と政治家――を直ちに廃絶することになっていた。
  ――第17章 巨大コンピュータの物語

 とか。政治家こそが脅威ってのがいい。あ、もちろん、政治家がすなおに地位を受け渡すハズはないってのも、ちゃんと織り込んでる。おまけに…

ハンス・アルヴェーン「データ・マシンたちは大々的に進歩したのに、人間はそうではありませんでした」
  ――第17章 巨大コンピュータの物語

 なんて、見事にムーアの法則を予言してる。どころか、コンピュータ・ネットワークの発達がデマの流布に拍車をかけるなんてのは、さすがに想像できなかっただろうなあ。

【第18章 39番めのステップ】

 最終章は、やはりプログラマの胸に突き刺さる言葉で始まる。

ジョン・フォン・ノイマン「新しいコードを書くほうが古いコードを理解するよりも容易です」
  ――第18章 39番めのステップ

 いやまったく。あなたもありませんか、面倒だから全部書き直しちゃえ、なんて思ったことが。私は何度もあるし、実際にやりました。テヘw ちなみに感想は常に「やってよかった」です。

【おわりに】

 読み終えてみると、読後感はちょっとトム・ウルフの「ザ・ライト・スタッフ」に似てる。つまり、「なんでここで終わるかなあ、これからが面白いのに」だ。もっとも、そんな読者の要望に応えてたら、いつまでたっても終わらないのも同じ。誰か続きを書いてくれないかなあ。

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2019年2月12日 (火)

ジョージ・ダイソン「チューリングの大聖堂 コンピュータの創造とデジタル世界の到来」早川書房 吉田三知世訳 2

ウラジーミル・ツヴォルキン「走っていなければ、アイデアに出くわすことなんてできないよ」
  ――第5章 MANIAC

ジョン・フォン・ノイマン「彼(クルト・ゲーデル)ほどの力量と実績のある人物の行為を評価できるのは、本人だけです」
  ――第6章 フルド219

 ジョージ・ダイソン「チューリングの大聖堂 コンピュータの創造とデジタル世界の到来」早川書房 吉田三知世訳 1 から続く。

【どんな本?】

 1930年代、学者の楽園を目指し設立されたプリンストン高等研究所。第二次世界大戦により欧州から優れた頭脳が流入すると共に、軍の思惑もあって「計算」の需要が増し、数学者や技術者たちはプログラム内蔵型コンピュータを生み出す。

 プリンストン高等研究所を中心に、現代的なコンピュータの誕生と、それに携わった数学者・科学者・技術者たちの姿を描く、一般向けの科学・歴史解説書。

【ハードウェア】

 本書にはハードウェアの解説もある。が、正直言って、私はよくわからなかった。電気、それも弱電に強い人ならついていけるかも。

 とまれ、面白いと思ったのは二つ。

 一つは内蔵メモリ。なんとブラウン管=CRTだ。ブラウン管のテレビも液晶テレビと同様、沢山のドットが集まって映像になる。ブラウン管の個々のドットは、電子ビームが当たると光る。ビームが切れても、少しの間だけ光り続ける。消える前に再びビームを当てれば、記録を残せるじゃん。

 ってんで、画面を32×32の領域にわければ、1024ビットのメモリが出来上がる。今の表現だと128バイトですね。こういうCRTを幾つかまとめたのが、黎明期のコンピュータのRAMだった。今だと、ベクトル・レジスタ代わりにGPUを使うって手口があるけど、そのご先祖様はコレなのかも。

 もう一つは外部メモリ。今ならハードディスクあたる部品。なんと、理屈の上では無限なのだ。なぜって、パンチカードだから。必要なだけカードを用意すりゃいいのだ。同じ理屈は、今のパソコンでも使える。USBメモリを山ほど用意すれば、理論上は無限の容量になる。

 ただ、USBメモリの抜き差しは人がやるから、RAMに比べ異様に遅い。同様に、パンチカードも読み込みや穿孔に時間がかかる。昔から、早いメモリは高く遅いメモリは安かったのだ。

【変人さん大集合】

ジョン・フォン・ノイマン「このタイプの装置の新しさはあまりにラディカルであり、実際に作動するようになってはじめて、その利用法の多くが明らかになるでしょう」
  ――第5章 MANIAC

 かような計算資源の匂いを嗅ぎつけたのか、プリンストンには様々な人が集まってくる。彼らが持ち寄る「課題」と「解法」は、現代でも充分に現役で活躍している、または盛んに研究されているモノが多く、私にはこの部分が最も読んでて楽しかった。例えばクルト・ゲーデルは短期間だけど日本にも立ち寄ってる。

 と、その前に。

 世界で最初のプログラマはエイダ・ラブレスと言われている。彼女に次ぐプログラマも、実は女だったのだ。その名もクラリ・フォン・ノイマン。ジョン・フォン・ノイマンの奥さんだ。

 プログラムったって、VisualBasic みたいなスクリプト言語じゃない。アセンブラですらなく、生の機械語を、16進数でガリガリ書いていくのだ。アドレスだって自分で計算せにゃならん。変数ならともかく、分岐先のアドレスまで手計算するのである。現在、そんな真似ができる人がどれだけいることか。

 お陰でデバッグも大変だが、マシンだって常に上機嫌とは限らない。

「動かすために、コードを二度ロードしないといけないことがあるのはなぜなのか、どうもわからん。しかし、二度目に動くことのほうが普通だ」
  ――第8章 V40

 なんて台詞も出てくる。かつて「マイコン」と呼ばれた時代、カセットテープでプログラムをロードしていた頃を思い出して微笑む人も多いだろう。

【第9章 低気圧の発生】

ルイス・フライ・リチャードソン「おそらくいいつか漠然とした将来に、天気が変化するよりも速く計算ができるようになり、しかも、人類にもたらされる情報についていえば、そのために費やされるコストを補って余りある蓄積ができることだろう」
  ――第9章 低気圧の発生

 さて、集まった頭脳の中には、気象学者もいた。リチャードソンは1920年ごろに気象シミュレーションの概念を発表している。当時は軍も天気予報の重要性を充分にわかっていただろう。なんたってノルマンディ上陸作戦で苦労した直後だし。

 技術がリチャードソンの発想に追いついたのが1950年。ジュール・グレゴリー・チャーニーらが、ENIAC で予測を出す。

「24時間予測のための計算の所要時間は約24時間となり、こうしてわれわれは天気と同じペースで計算できるようになったのである」
  ――第9章 低気圧の発生

 まさしく実時間シミュレーションだ。それに何の意味があるのかって問いが野暮なことは、後のコンピュータの歴史が証明している。

 ちなみにこの章ではオラフ・ステープルドンもゲストに出てきたり、二酸化炭素による温暖化問題が1950年代から唱えられてたりと、意外性も抜群だ。

【第10章 モンテカルロ】

スタン・ウラム「ゲーデルの定理の一つの意味は、これら(ソリティアなど)のゲームの性質の一部は、それを実際にプレイしないことには究明できないということである」
  ――第10章 モンテカルロ

 ここで主役を務めるのはスタン・ウラムと、彼が生み出したモンテカルロ法。分子の動きなどをコンピュータでシミュレーションをする際に、全ての分子を計算するのではなく、ランダムに選んだ幾つかの分子だけの計算で済まそうとする、一種の最適化・高速化の手法だ。

 ただし、ランダムと言っても、本当のランダムを作り出すのは難しい。

ジョン・フォン・ノイマン「乱数を算術的方法によって生成しようとする者は皆、罪をおかしている」
  ――第10章 モンテカルロ

 これは今でも変わっていない。というか、当時からソレに気づいていたフォン・ノイマンすげえ。ただ、モンテカルロ法の誕生の秘密は、ちと切ない。

デジタル宇宙と水素爆弾は同時に誕生した。
  ――第11章 ウラムの悪魔

 先に「分子の動き」と言った。アレは単なる例えじゃない。核融合を起こす状態にまで重水素を加熱・圧縮する方法を探るためのシミュレーション法として使われたのだ。次の11章では、悪名高いオリオン計画(→Wikipedia)も少し出てくる。

【第12章 バリチェリの宇宙】

(ニルス・アール・)バリチェリは、問題は地球外生命が存在するか否かではなく、われわれにそれが認識できるかどうかだと確信していた。
  ――第12章 バリチェリの宇宙

 第12章の主役はニルス・アール・バリチェリ。彼が挑んだのは、生存競争のシミュレーションから、進化の謎を解き明かすこと。この本を読む限り、彼が行ったのは、現代の遺伝的アルゴリズム(→Wikipedia)の雛型のように思える。

 当時の発想が今でも研究の対象になるってのは、なんなんだろうね。ソフトウェアの進歩ってのは、そんなもんなのか、またはもっとトンデモナイ発想は出てきてるけど、私が知らないだけなのか。

【おわりに】

 ダラダラと長くなっちゃったけど、次の記事で終わります、たぶん。

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2019年2月11日 (月)

ジョージ・ダイソン「チューリングの大聖堂 コンピュータの創造とデジタル世界の到来」早川書房 吉田三知世訳 1

1953年3月、地球上に存在した高速ランダムアクセス・メモリは合計53キロバイトだった。
  ――第1章 1953年

【どんな本?】

 1930年代、アメリカのニュージャージー州プリンストンに、一つの研究機関が誕生した。その名も「高等研究所」。目指すは学者のパラダイスである。欧州ではナチスが台頭し始め、アインシュタインなど優れた頭脳が新大陸に逃れてくる。そして高等研究所は彼らに格好の避難所となった。

 その一人がハンガリー出身のジョン・フォン・ノイマンである。卓越した頭脳と斬新な発想、旺盛な行動力と新分野への臆せぬ開拓心、そして豊かな社交性を持った彼は、純粋数学の功績はもちろん、ゲーム理論など新しい数学を生み出し、現在の私たちに欠かせない「プログラム内蔵型コンピュータ」も創り出した。

 ENIAC など黎明期のコンピュータは、どのようなものだったのか。開発にはどんな障壁があり、どう乗り越えたのか。プログラム内蔵型コンピュータの何が斬新だったのか。誰がどんな貢献をなしたのか。黎明期のコンピュータは何に使われたのか。そして、高等研究所とはどんな組織なのか。

 膨大な資料を駆使して再現する、プログラム内蔵型コンピュータ誕生の物語。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は TURING'S CATHEDRAL : The Origins of the Difital Universe, by George Dyson, 2012。日本語版は2013年2月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約546頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント45字×20行×546頁=約491,400字、400字詰め原稿用紙で約1,229枚。文庫なら厚い上下巻か薄めの上中下巻ぐらいの大容量。今はハヤカワ文庫NVから上下巻で文庫版が出ている。

 文章はやや硬い。語り手の多くが数学者や物理学者だからかもしれない。内容も、特にコンピュータの実装の話は、かなり突っ込んだネタが出てくる。ここではソフトウェアよりハードウェアの知識が必要だ。中でも重要なのは真空管の知識。私は完全にお手上げだった。

【構成は?】

 ほぼ時系列ではあるが、章ごとに人や事件にスポットをあてていく形なので、かなり時間は前後する。面白そうな所だけを拾い読みしてもいい。

 内容的に大雑把に四部ぐらいに分かれている。コンピュータを主人公とすると、1)前史・2)誕生・3)活躍・4)未来、といったところか。

  • まえがき 点源解
  • 謝辞 はじめにコマンド・ラインがあった
  • 主な登場人物
  • 第1章 1953年
  • 第2章 オルデン・ファーム
  • 第3章 ヴェブレンのサークル
  • 第4章 ノイマン・ヤーノシュ
  • 第5章 MANIAC
  • 第6章 フルド219
  • 第7章 6J6
  • 第8章 V40
  • 第9章 低気圧の発生
  • 第10章 モンテカルロ
  • 第11章 ウラムの悪魔
  • 第12章 バリチェリの宇宙
  • 第13章 チューリングの大聖堂
  • 第14章 技術者の夢
  • 第15章 自己複製オートマトンの理論
  • 第16章 マッハ9
  • 第17章 巨大コンピュータの物語
  • 第18章 39番めのステップ
  • 訳者あとがき/原注/原注中の引用元略語一覧

【感想は?】

 私が副題をつけるなら「ジョン・フォン・ノイマンと愉快な仲間たち」または「プログラム内蔵型コンピュータの誕生と成長」かな?

 今となっては、プログラム内蔵型ではないコンピュータを想像する方が難しい。というか、実は私もよくわかってない。イメージ的には「たまごっち」が近いかも。一つのプログラム=アプリケーションだけが動くコンピュータだ。もっとも、実は「たまごっち」も、中身はプログラム内蔵型なんだけど。

 昔は、解くべき問題=アプリケーションごとに、異なるハードウェアが必要だったのだ。そして、みんなソレが当たり前だと思っていた。想像してみよう。Excel専用機とかメール専用機とかPhotoShop専用機とか。アプリケーションごとに別々のマシンが必要な世界を。

プログラム内蔵型コンピュータのルールの一つは、ルールを変えられるということだ。
  ――第6章 フルド219

 ルールというより、アプリケーションと言う方が現代の読者には分かりやすいだろう。パソコンもスマートフォンも、アプリケーションを入れる事で出来ることが増える。これが、実は画期的な事なのだ。それ以前の世界の考え方からすれば。

 この本では、弾道計算にルーツを求めている。

 敵の位置が分かっているとき、銃や砲をどの角度にすればいいか。単純に考えると微分方程式を解けば良さそうな気がする。でも、現実には、砲や砲弾により飛び方が違う。おまけに技術の進歩で飛距離が伸びると、コリオリの力とかも関係してくる。じゃ、どうするか。

 試しに幾つか撃って、結果を表にしよう。でも予算も時間も限りがある。やたらと撃ちまくるわけにはいかない。だから表は隙間だらけのスカスカだ。そこで数学者を雇い、間を計算で埋めるのだ。もっとも、数学者は式を考えるだけ。実際に計算するのは、学生バイトだったり。

ノーバート・ウィーナー「第一次世界大戦後何年ものあいだ、アメリカの優れた数学者の大多数は、(弾道)性能試験場で訓練を受けた者たちだった。こうして世間の人々は、われわれ数学者にも実世界で果たせる役割があるということに初めて気づいたのである」
  ――第3章 ヴェブレンのサークル

 そんなワケで、当時から計算の需要はあったのだ。切ないのは、目的が軍事だってこと。これは、本書の最後まで一貫している。インターネットや画像認識など、コンピュータは軍事と分かちがたく関わっている。

 さて。当時の発想としては、方程式を解く専用機を造ろうって方向に行く。でも、専用機だって、データを与えなきゃいけない。そこでアラン・チューリングとジョン・フォン・ノイマンは考えた。「プログラム=アプリケーションもデータも、結局はビットの集まりだよね。なら同じに扱えるんじゃね?」

アラン・チューリングが考案しジョン・フォン・ノイマンが実現したプログラム内蔵型コンピュータは、「何かを意味する数」と「何かを行う数」の区別をなくした。これによってわれわれの宇宙はすっかり変貌し、その後二度と元に戻ることはなくなったのである。
  ――まえがき 点源解

 実は上の文章、一つ飛躍がある。データがビットの集まりだってのはいい。でも、プログラムがビットの集まりってのは、ちと納得しがたいだろう。が、これ、既に17世紀に発想の兆しがあったってのが驚きだ。

ゴットフリート・ウィリアム・ライプニッツ「無謬の計算を行うことによって、人生に最も有益な原理、すなわち、倫理の原理と形而上学の原理を(この方法に基づいて)理解するためには、たった二つの記号しか必要ないだろう」
  ――第6章 フルド219

 まったく、数学者ってのは、なんだってこう突拍子もない事を考えるんだろう。これは20世紀になっても相変わらず、どころかコンピュータに妄想を刺激された数学者・科学者たちが中盤以降にゾロゾロと出てきて、SF作家を凌ぐ豊かな発想力を見せつけてくれるんだが、それは次の記事で。

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2019年1月30日 (水)

人工知能学会編「人工知能の見る夢は AIショートショート集」文春文庫

ただ、部屋の状況が。普段、普通に掃除機かけられる状態じゃない。これが大問題なんだよね。うん、お掃除じゃなくて、お片づけ。これができないひとが、部屋を汚しているんだよ。
  ――お片づけロボット 新井素子

「僕が完成させるのは」
少年がきっぱりと言った。
「――死後の世界の人間と通信するシステムです」
  ――魂のキャッチボール 井上雅彦

「これから石井さんが経験するのは、脳のバージョンダウンです。その過程を我々に教えてください」
  ――ダウンサイジング 図子慧

【どんな本?】

 人工知能の学会誌「人工知能」に、2012年9月~2016年11月まで掲載した掌編小説を、テーマごとに分類し、専門家の解説をつけて編纂したもの。

 SF界のベテラン新井素子やデビュー以来話題作を連発した宮内悠介から、ライトノベル界の大御所である神坂一など、豪華絢爛かつ色とりどりの執筆陣によるバラエティ豊かな作品が楽しめる。

 私は寡作な森深紅や堀晃が読めるのが嬉しかった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年5月10日第1刷。文庫本で縦一段組み本文約299頁に加え、初出および執筆者プロフィール10頁。9ポイント39字×18行×299字=209,898字、400字詰め原稿用紙で約525枚。文庫本としては普通の厚さ。

 全般的に小説は読みやすいし、内容も特に知識は要らない。解説は様々で、業界の概況を無理矢理に数頁に収めた雰囲気のものもある。歯ごたえはあるが、専門用語を Google や Wikipedia で調べながら読むと、通ぶった会話ができる…かな?

【収録作】

  • まえがき 学会の編纂意図 大澤博隆
  • 対話システム
    • 即答ツール 若木未生
    • 発話機能 忍澤勉
    • 夜間飛行 宮内悠介
    • 解説 人と会話する人工知能 稲葉通将
  • 自動運転
    • AUTO 森深紅
    • 抜け穴 渡邊利通
    • 姉さん 森岡浩之
    • 解説 自動運転:認知と判断と操作の自動化 加藤真平
  • 環境に在る知能
    • 愛の生活 林譲治
    • お片づけロボット 新井素子
    • 幻臭 新井素子
    • 解説 「君の名は。」もしくは「逃げ恥」、それとも「僕の優秀な右手」:人とモノの関わり合いの二つの形 原田悦子
  • ゲームAI
    • 投了 林譲治
    • シンギュラリティ 山口優
    • 魂のキャッチボール 井上雅彦
    • A氏の特別な1日 橋本淳一郎
    • 解説 ゲームAIの原動力としてのSFとその発展 伊藤毅志
  • 神経科学
    • ダウンサイジング 図子慧
    • 僕は初めて夢を見た 矢崎存美
    • バックアップの取り方 江坂遊
    • みんな俺であれ 田中啓文
    • 解説 脳のシミュレーション:コンピュータの中に人工脳を作る 小林亮太
  • 人工知能と法律
    • 当業者を命ず 堀晃
    • アズ・ユー・ライク・イット 山之口洋
    • アンドロイドJK 高井信
    • 解説 AI・ロボットが引き起こす法的な問題 赤坂亮太
  • 人工知能と哲学
    • 202x年のテスト かんべむさし
    • 人工知能の心 橋本淳一郎
    • ダッシュ 森下一仁
    • あるゾンビ報告 樺山三英
    • 解説 人工知能と哲学 久木田水生
  • 人工知能と創作
    • 舟歌 高野史緒
    • ぺチアと太郎 三島浩司
    • 人工知能は闇の炎の幻を見るか 神坂一
    • 解説 どこからが創作? どこまでが創作? 佐藤理史
  • 第4回星新一賞応募作品 人狼知能能力測定テスト 大下幽作
  • 星新一賞への二回目の挑戦 佐藤理史

【感想は?】

 やっぱりプロの作家は巧い。

 最初の若木未生「即答ツール」からして、こんなんあったら私は思わず使ってしまうがな。

 昔はメールといったら「暇なときに読めばいい」シロモノだった。そもそも、そういう目的でプロトコルもできてるし。でも今は何でも速く応答を返さなきゃいけない。文面を考えるのだって、推敲に時間がかかる。LINE なって地獄だ。そんな私に、こんなのがあったら…

 と、最初の作品から引き込まれ、あとは最後まで一気。なにせ数頁の掌編ばかり。「もうちょっと、あと一編だけ」とか言いつつ、気が付いたら全部を読み終えてる。

 同様に身につまされるのが、新井素子「お片づけロボット」。そうなんだよ、掃除が大変なんじゃなくて、その前の片づけ、掃除できる状態にするのが大変なの。だからルンバ買っても、今の私にはほとんど役に立たない。まず床の邪魔物を取り除かないといけない。

 と、「あるある」ネタで読者を引き込みつつ、その後の展開も見事。人工知能は関係なくても、プログラマなら、「そうそう、そうなんだよっ!」と激しくうなずくこと間違いなし。一つのプログラムを動かすまでの苦難苦闘の道のりを、文章で実に鮮やかに再現している。なんで作家がソコまでわかるんだろ?

 楽しみにしていた森深紅「AUTO」は、勤め人の話。イケイケが過ぎてパワハラ気味だった上司の佐藤に耐えかね、僕は転職した。その佐藤は、ここ三月ほど毎朝、同じ電車に乗り合わせている。かつての覇気は消え…

 やっぱりクルマが好きなんだな、この人。で、テーマは「自動運転」。クルマ好きの人が自動運転に持つ、ちと屈折した想いが出てると思う。つまり、技術の進歩は喜ばなきゃいけないんだけど、エンジンやミッションやタイヤと会話を交わし、自らの手足としてマシンを操る楽しさは手放したくないのだ。

 もう一人の楽しみにしていた作品が堀晃「当業者を命ず」。SF大賞受賞者は覆面作家だった。繊維メーカーに勤めながらSFを書いていたが、職務上の都合で正体を隠す必要があり…

 そうか。「職場の居心地が悪くなって、それがきっかけでSFに専念することにしたわけです」って、職場での立場が悪くなれば、私は堀晃の新作が読めるのか。それなら←何をするつもりだ

 堀晃と同様に、ベテランながら寡作な森下一仁の「ダッシュ」。小川のそばで、小学校低学年ぐらいのふたごの男の子に出会った。軽量ヘルメットをかぶり、母親らしき若い女性も近くにいる。私はカワセミを見つけて写真を撮ろうと慎重に近づくと…

 AIの使い方として、このアイデアは実に上手い。エンジニアはついつい便利にする事ばかりを考えるけど、モノにはいろんな使い方があるのだ。

 とかの小説に加え、ツボを突いた解説も、親しみやすかったり濃かったり。

 音声認識に深層学習が活躍してるとは知らなかった。「道具」と「エージェント」の境目も、考えると妄想が膨らむ。これは使う人による違いも大きいんじゃないかな。持ち物に名前を付ける人は、エージェントと認識しがちな気がする。

 掌編という親しみやすい形式ながら、いやむしろアイデアがダイレクトに伝わる掌編だからこそ、それぞれに読者の妄想マシーンに大量の燃料をくべる刺激的な作品が揃った、実はとっても濃い作品集だった。

 あ、そうそう、神坂一の「人工知能は闇の炎の幻を見るか」も、ベストセラー作家らしい手慣れた語り口で、昔からのファンにはたまらない情景を繰り広げつつ、とんでもない所に落とす傑作です。

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2019年1月22日 (火)

デイヴィッド・イーグルマン「意識は傍観者である 脳の知られざる営み」早川書房 太田直子訳

盲点は小さいと思ってはいけない。とても大きいのだ。夜空に浮かぶ月の直径を想像してほしい。盲点にはその月が17個入る。
  ――第2章 五感の証言 経験とは本当はどんなふうなのか

周囲に対する意識は、感覚入力が予想に反する場合にのみ生じるのだ。
  ――第2章 五感の証言 経験とは本当はどんなふうなのか

現実は脳によって受動的に記録されるのではなく、脳によって能動的に構築される。
  ――第4章 考えられる考えの種類

心はパターンを探す。
  ――第5章 脳はライバルからなるチーム

秘密について知られている重要なことは、それを守ることが脳にとって不健全だということである。
  ――第5章 脳はライバルからなるチーム

すべての大人には正しい選択をする同じ能力があると考えたがる人が多い。すてきな考えだが、まちがっている。
  ――第6章 非難に値するかどうかを問うことが、なぜ的はずれなのか

私たちは情報がないところに黒い大きな穴を感じているわけではない――そうではなく、何かが欠けていることに気づかないのだ。
  ――第6章 非難に値するかどうかを問うことが、なぜ的はずれなのか

【どんな本?】

 平等な民主主義社会は、幾つかの仮定に基づいて築かれている。その一つは、私たちには自由意志がある、というものだ。自分の判断で信仰し、自分の判断で仕事を選び、自分の判断で伴侶と結ばれ、自分の判断で住む所を決める。

 現実には親の宗派を受け継ぐことが多いし、誰もがプロ野球選手になれるわけでもない。いろいろなシガラミもあるにせよ、タテマエとしてはそういう事になっている。

 だが、私たちが何かを行動に移すとき、そこにどれだけ自由意志なるモノが働いているのか。そもそも、自由意志なんてモノは、本当にあるのか。

 神経科学者の著者が、古の哲学者の思想から最新科学までのデータを駆使し、ヒトの脳が持つ奇妙な性質と、それが生み出す「意識」の不思議な性質について、身近な商品から奇想天外な逸話を交えて語る、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Incognito : THe Secret Lives of the BRain, by David Eagleman, 2011。日本語版は2012年4月15日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約289頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×17行×289頁=約221,085字、400字詰め原稿用紙で約553枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。なお、今はハヤカワ文庫NFから文庫版が出ている。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただしアメリカ人向けに書かれているので、「クリスマス・クラブ」などの見慣れない言葉が出てくる。が、心配いらない。たいてい、わかりやすい説明がついている。

【構成は?】

  • 第1章 僕の頭のなかに誰かがいる、でもそれは僕じゃない
    ものすごい魔法/王座を退くことのメリット/広大な内面世界を最初にかいま見た人々/私、私自身、そして氷山
  • 第2章 五感の証言 経験とは本当はどんなふうなのか
    経験の分解/目を開く/どうして岩が位置を変えずに上昇するのか?/見ることを学ぶ/脳で見る/内からの活動/どれぐらい遠い過去に生きているのか?
  • 第3章 脳と心の隙間に注意
    車線変更/ヒヨコ雌雄鑑別師と対空監視員の謎/目が差別主義者だと知る方法/どんなにあなたを愛しているか、Jを数えてみましょう/意識の水面下にある脳をくすぐる/虫の知らせ/ウィンブルドンで勝ったロボット/迅速かつ効率的な脳のマントラ 課題を回路に焼き付けろ
  • 第4章 考えられる考えの種類
    環世界 薄片上の世界/進化する脳のマントラ 本当に優れたプログラムはDNAにまで焼きつけろ/美しさ 誰の目にも明らかに永遠に愛されるためにある/不倫の遺伝子?
  • 第5章 脳はライバルからなるチーム
    本物のメル・ギブソンさん、起立してください/ぼくは大きくて、ぼくの中には大勢がいる/心の民主制/二大政党制 理性と感情/命の損得勘定/なぜ悪魔は今の名声とひきかえに、あとで魂を手に入れられるのか?/現在と未来のオデュッセウス/たくさんの心/たゆまぬ再考案/多党制の強靭性/連合を維持する 脳の民主国における反乱/多をもって一を成す/いったいなぜ私たちにはいしきがあるのか?/大勢/C3POはどこ?
  • 第6章 非難に値するかどうかを問うことが、なぜ的はずれなのか
    タワーの男が投げかけた疑問/脳が変わると、人が変わる 予想外の小児性愛、万引き、ギャンブル/来し方行く末/自由意志の問題と、答えが重要でない理由/非難からの生物学への転換/断層線 なぜ、非難に値するかと問うのはまちがいなのか/これからどうするか 脳に適した前向きな法制度/前部前頭葉トレーニング/人間は平等という神話/修正可能性にもとづく判決
  • 第7章 君主制後の世界
    権威失墜から民主制へ/汝自身を知れ/物理的パーツで構成されるとは、どういう意味であって、どういう意味ではないか/パスポートの色から創発特性まで
  • 付録/謝辞/訳者あとがき/図版クレジット/参考文献/原注

【感想は?】

 オリヴァー・サックスやV・S・ラマチャンドランと似た傾向の本だ。

 …って、わかる人には分かるけど、分からない人には全く通じない説明だな。つまりは、人の脳の不思議を語る本なのだ。

 まず、脳を臓器の一つと考える。そういう前提で最近の科学で調べたら、幾つか分かってきた。そうしたら意外な事柄が見えて来たし、中には直感や倫理観に反するものもある。だから世の中の仕組みも少し調整したほうがいいよね。あ、でも、完全に分かったワケじゃないから、慎重に。

 まあそんな感じなんだが、いきなりカマしてくるあたり、柔らかい口調の割に実は挑発的。

自分たちの回路を研究してまっさきに学ぶのは単純なことだ。すなわち、私たちがやること、考えること、そして感じることの大半は、私たちの意識の支配下にはない、ということである。
  ――第1章 僕の頭のなかに誰かがいる、でもそれは僕じゃない

 つまり、ヒトがやることの大半は、無意識にやっている、そういう事です。例えば、ヒトは歩くとき、どの筋肉をどう動かすのか、特に考えてない。歩くどころか、立つってだけでも沢山の感覚器や神経や筋肉を使ってるんだけど、普段は全く意識していない。しかも、説明しろったって、できない。

…重要なのは、特化して最適化された本能の回路は、スピードとエネルギー効率のメリットすべてをもたらすが、その代償として意識のアクセス範囲からはさらに遠ざかることだ。
  ――第4章 考えられる考えの種類

 お陰で人工知能研究者やロボット工学者は散々苦労してきた。でも最近はディープ・ラーニングなんてのが出てきて、ヤマを一つ越えた感がある。が、あくまで一つ越えたってだけで、実はその向こうにも沢山の山脈が連なっているのだ。

 なぜか。今のディープラーニングは、ネコの写真を分別できる。でも、なぜネコだと分かるのかは、説明できない。似たような例が、この本に載っている。ヒヨコの雌雄判別とバトル・オブ・ブリテン時の対空監視員(敵機と友軍機を識別する人)の育成だ。

 いずれも、巧みに識別できる人がいる。でも、なぜわかるのかは、説明できない。そこで、まず師匠と弟子をペアにする。弟子の判断を師匠が見守り、「よし」「だめ」と判定する。何週間か続けると、正しく判断できるようになる。でも、師匠と同様に、なぜわかるのかは説明できない。

 まるきしディープラーニングだ。この例だとアカデミックなようだが、たいていの人は似たような技能を身に着けている。水泳、自転車の運転、キャッチボール、料理の味付け。どれも出来る人は多いけど、巧く説明できる人は滅多にいない。天才が育成者に向かないってのは、そういう事なんだろう。

 とか、脳には幾つかのクセがある。中には悪用されがちなクセもある。例えば真実性錯覚効果だ。「嘘も百回言えば本当になる」なんてネットで言われるが、その通りだ。繰り返し聞かされると、脳は本当だと思い込むのだ。

真実性錯覚効果は、同じ宗教的布告や政治的スローガンに繰り返し接触することが、人々にとって潜在的に危険であることを浮き彫りにする。
  ――第3章 脳と心の隙間に注意

 困った性質のようだが、この性質を心得て巧みに操ろうとする人もいる。別に珍しいことじゃない。例えば貯金箱だ。手元にあると使っちゃうから、隔離する。自分の脳の性質を掴み、その裏をかくわけ。これをダイエットに応用した例も出てくる。効果あるだろうなあ。

 深刻な所では、PTSDをハードウェア的に説明する部分がある。

…日常的な出来事の記憶は海馬(略)に統合されている(略)。しかし恐ろしい状況(略)に遭遇しているときは、偏桃体(略)も、独立した第二の記憶手順に沿って記憶を蓄える。偏桃体記憶は(略)消去されにくく、「フラッシュ」のように突然よみがえることがある…
  ――第5章 脳はライバルからなるチーム

 この本じゃPTSDとは書いてないけど、まるきしPTSDの症状そのものじゃないか。

 終盤では神経科学と犯罪、そして司法の問題へと発展し…

(性犯罪者の再犯可能性について)精神科医と仮釈放委員会メンバーの予測精度はコイン投げと同じだった。
  ――第6章 非難に値するかどうかを問うことが、なぜ的はずれなのか

 なんて怖いエピソードもあったり。日本の法務省も、ちゃんと統計を取ってるんだろうか? 仮に統計を取っていたとして、ソレに従うかどうかも、かなり疑問ではあるけど。

 最初に書いたように、この手の本が好きな人にとっては、どっかで読んだようなエピソードが多い。ただ、語り口は親しみやすいし、分量も多くないので、入門用としては悪くないだろう。

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