カテゴリー「書評:科学/技術」の222件の記事

2017年9月17日 (日)

ギルバート・ウォルドバウアー「食べられないために 逃げる虫、だます虫、戦う虫」みすず書房 中里京子訳

陸地と淡水にすむ肉食動物にとり、昆虫は抜きん出て豊富に存在する動物性食物源だ。
  ――プロローグ

昆虫は、優秀な生化学者だ。
  ――第八章 身を守るための武器と警告シグナル

【どんな本?】

 昆虫は、あらゆる所にいる。しかもたくさん。単位面積あたりの総重量でも、昆虫がトップを占める。それだけに、昆虫は他の生物の重要な食料でもある。植物から肉食動物に至る食物連鎖でも、植物と他の生物をつなぐ役割を担っている。

 とはいえ、昆虫も黙って食われるわけにはいかない。群れ、隠れ、逃げ、騙し、脅し、刺し、毒を盛り、食べられないために様々な工夫を凝らす。食べる方も必死だ。餌で釣り、罠を仕掛け、他の生き物を利用する。

 食う者と食われる者の不思議で巧みな戦略を紹介しながら、生き物たちの驚きに満ちた生態を語り、生物学の面白さを伝える、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How Not to Be Eaten : The Insects Fight Back, by Gilbert Waldbauer, 2012。日本語版は2013年7月23日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約259頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×259頁=約209,790字、400字詰め原稿用紙で約525枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。虫に抵抗がなければ、中学生でも楽しめるだろう。ただ、馴染みのない虫や鳥が続々と出てくるので、その度に Google などで調べていると、なかなか先に進めない。特に擬態のあたりは要注意。唖然としてそのままネットの海に入り込む危険が高い。

【構成は?】

 一応、頭から順に読む構成になっている。が、面白エピソードを並べる形で話が進むので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • プロローグ
  • 謝辞
  • 第一章 生命の網をつむぐ昆虫
  • 第二章 虫を食べるものたち
  • 第三章 逃げる虫、隠れる虫
  • 第四章 姿を見せたまま隠れる
  • 第五章 鳥の糞への擬態、さまざまな偽装
  • 第六章 フラッシュカラーと目玉模様
  • 第七章 数にまぎれて身を守る
  • 第八章 身を守るための武器と警告シグナル
  • 第九章 捕食者の反撃
  • 第十章 相手をだまして身を守る
  • エピローグ
  •  訳者あとがき/主な引用文献/索引

【感想は?】

 そう、一応は一つの流れがあるのだが、あまり気にしなくていい。

 この本の面白い所は、次々と紹介される昆虫やそれを食べる捕食者たちの生態だ。テレビの自然ドキュメンタリーを楽しむ気分で、気楽に読もう。

 いきなり「そうだったのか!」と気づかされたのは、蝶や蛾の鱗粉。単なる模様かと思っていたが、とんでもない。生き延びるための工夫だった。ネバネバするクモの巣に捕まっても、鱗粉がはがれるだけで、本体は逃げおおせることができる。そういう意味があったのか。

 農家にとってイモムシは敵かと思ったが、そうでないイモムシもいる。カイガラムシ類を食べるイモムシだっているのだ。二万五千種のうち50種だけだけど。もっとも、実際に生物農薬として使われるのは、テントウムシが多いようだ。

 やはり知らなかったのが、蚊柱。いかにも刺されそうだが、あれオスだけの群れなのね。だから刺さない。あまりビビる必要はなかったのか。そうやって群れていれば、鳥やトンボが襲ってきても、群れの外側にいるはぐれ者が食われるだけで、他の者は食われずに済む。群れには意味があるんだなあ。

 かと思えば、化学兵器で反撃する者もいる。今の日本で話題のヒアリも出てくるが、ホソクビゴミムシ(俗称ヘッピリムシ)も凄い。なんと摂氏100℃の液体を尻から噴射するのだ。

 彼らの腹には燃料タンクが二つあって、それぞれ過酸化水素水とヒドロキノンが入ってる。この二つを混ぜて高熱のベンゾキノンを作り、噴射管から発射する…って、まるきしロケット・エンジンだね。

 などと強力な化学兵器を持つ昆虫は、ヒトにも生物・化学兵器として利用されたり。なんと古代ギリシアからローマ帝国の時代にまで遡れるというから、業が深い。つまりはミツバチの巣を投石器で敵の城に投げ込むのだ。怒ったミツバチは周囲のヒトを刺しまくり…。ひええ。

 とはいえ、食う方も黙ってやられちゃいない。ゴミムシダマシも似たような手を使うが、バッタネズミは一枚上手だ。捕まえたゴミムシダマシの腹を砂の中に埋め、「分泌物を無駄に砂の中に噴射させてしまう」。インスタント泥抜きかい。その上で頭から食べ、邪魔な「腹部先端は食べ残す」。賢いなあ。

 毒抜きには他の手もある。

 バッタの一種ラバー・グラスホッパーは、食われそうになると臭い泡を胸から出す。お陰で多くの鳥やカエルは逃げ出すが、勇者もいる。アメリイカオオモズだ。捕まえた「バッタをイバラのトゲに刺し、一~二日経って、バッタの化学的防御物質の一部が分解してから食べる」。モズのはやにえは、天日干しの毒抜きって意味があるのかも。

 とかの虫や鳥の生態は面白いが、それを追う人間の生態も面白い。

 男の子なら、カブトムシやクワガタムシを捕まえるため、特製のジュースを樹に塗り付けた事があるだろう。似たような事を大人になってもやってる人たちがいる。ただし彼らの獲物は甲虫じゃなく、蛾だ。日没前に特製ジュースを樹に塗り、夜に見に行くのだ。皆さん秘密のレシピがあるとか。

 このジュース、ビールやラム酒を混ぜるためか、蛾や蝶も「酩酊してまっすぐ歩くこともできず」って、虫もアルコールに酔うんだなあ。

 コウモリが超音波で「見る」のは有名だが、これが判明する過程も、ちょっとした物語。

 18世紀末までは「魔力だと思われていた」。18世紀末にラザロ・スパランツァーニは、コウモリに目隠したり目を取り去ったりしたが、やっぱり影響なし。コウモリも災難だなあ。次いでチャールズ・ユリネがコウモリの耳に耳栓をしたら、効果てきめん。どうやら音が大事らしいと判明する。

 謎を解いたのはドナルド・グリフィン、1950年代になってから。磁気テープのアメリカでの普及が1950年代(→Wikipedia)だから、そのお陰かも。にしても、よくもまあ、超音波だなんて思いついたねえ。

 などと、この本だけでも面白いが、Google で画像を漁ると、もっと楽しめる。特にビックリするのが、スズメガの一種ビロードスズメの幼虫(→Google画像検索)。是非、ご覧いただきたい。あ、でも、心臓の弱い人は要注意。

 と、食べられないための虫の工夫も面白いし、それを狩る鳥やネズミの賢さも楽しい。それ以上に、彼らを調べる動物学者たちの生態も可笑しい。虫を中心とした、バラエティ豊かな「どうぶつの本」。リラックスして楽しもう。

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2017年9月 1日 (金)

エイドリアン・レイン「暴力の解剖学 神経犯罪学への招待」紀伊国屋書店 高橋洋訳

女の殺人犯一人につき、男の殺人犯がおよそ九人いる。
  ――第1章 本能 いかに暴力は進化したか

「遺伝子は、世の中には犯罪者もいればそうでない者もいる理由の半分を説明する」
  ――第2章 悪の種子 犯罪の遺伝的基盤

暴力犯罪者の多くは、いかに重い罪であれ、法を犯す際に発汗したりはしない。
  ――第4章 冷血 自律神経系

警官、税関吏、FBI捜査官、保護観察官でも、欺瞞行為を検知する能力にかけては一般の大学生とたいして変わらない。
  ――第5章 壊れた農 暴力の神経解剖学

テスト前の四日以内に近所で殺人事件が発生すると、読解力のテストのスコアがほぼ10点(標準偏差の2/3)落ちる。同様に、語彙テストのスコアが、標準偏差の半分ほど低下する。
  ――第8章 バイオソーシャルなジグソーパズル 各ピースをつなぎ合わせる

私はいつも助けを求めていた。だが、誰かを傷つけるまで、手を差し伸べようとする者は一人もいなかった。誰かを傷つけると、人々は私を治療しようとした。だが家に帰るとすべてが同じだった。
  ――第10章 裁かれる脳 法的な意味

常習的な暴力犯罪は、臨床障害なのだ。
  ――第11章 未来 神経犯罪学は私たちをどこに導くのか?

新たな知識が抑圧されたり無視されたりする場合、そこには現状を維持したい特定のグループの願望がつねに存在する。
  ――第11章 未来 神経犯罪学は私たちをどこに導くのか?

【どんな本?】

 カエルの子はカエルと人は言う。競走馬は血統が大事だ。馬に限らず、作物や家畜の品種改良は交配がキモとなる。では、ヒトはどうなのか。背の高さや肌の色が親に似るように、生まれつきの犯罪者がいるのではないか。それとも、環境次第でどうにでもなるのだろうか。

 この問いに対し、著者は大胆にも宣言する。犯罪を犯しやすい体質はある、と。

 だが、血統ですべてが決まるわけではない。それほど単純ではないのだ。血統が良くても問題が起きる場合もあれば、環境で変わる場合もある。事故や病気で運命の歯車が狂うこともあれば、医療措置やサプリメントによる予防や回復も可能だ。

 これが事実なら、現在の司法制度も根本から見直す必要が出てくる。

 主に暴力犯罪を中心に、多くの犯罪者を調べ、または対象群を設定して統計を取り、最新の生物学・医療技術である遺伝子解析やPETなどを駆使して、神経学的に犯罪者を分析し、衝撃の事実を明らかにするとともに、大胆な未来予測を展開する、エキサイティングな科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Anatomy of Violence : The Biological Roots of Crime, by Adrian Raine, 2013。日本語版は2015年3月19日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約542頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント45字×18行×542頁=約439,020字、400字詰め原稿用紙で約1,098枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容はかなり難しい所もあるので、読み方にはコツが必要。例えば脳を解析するあたりは、脳の部署や化学物質などの専門用語がズラズラと並ぶ。

 が、ハッキリ言って、こういう所はテキトーに読み飛ばしていい。いずれは神経学者になるつもりか、ネタを探すSF作家なら話は別だが。

【構成は?】

 全体は大きく3つの部分に分かれる。第2章までは導入編、第3章~第8章は実証編、第9章以降は対策編とでも言うか。

  • はじめに/序章
  • 第1章 本能 いかに暴力は進化したか
    ナンバーワンを求めて 騙し合い/さまざまな文化のもとでのサイコパス/自分の子どもを殺す/自分の妻をレイプする/男は戦士、女は心配性
  • 第2章 悪の種子 犯罪の遺伝的基盤
    二重のトラブル/同じ豆を別のサヤに/だが環境の影響は?/養子の研究 ランドリガンの事例に戻る/ニキビとXYY/卑劣なモノアミン/戦士の遺伝子、再び/「瞬間湯沸かし器」ジミー キレやすい脳の化学/始まりの終わり
  • 第3章 殺人にはやる心 暴力犯罪者の脳はいかに機能不全を起こすか
    殺人者の脳/バスタマンテの壊れた頭 モンテの証言/連続殺人犯の脳/反応的攻撃性と先攻的攻撃性/辺縁系の活性化に対する前頭前皮質のコントロール/「殺人にはやる心」の機能的神経解剖学/配偶者虐待の新たな言い訳?/嘘をつく脳/道徳的な脳と反社会的な脳/ジョリー・ジェーンのなまめかしい脳/ジョリー・ジェーンの脳の何が問題だったのか?/脳の総合的な理解に向けて
  • 第4章 冷血 自律神経系
    有害な心臓/刺激を求めて暴力を振るう/幼少期の共通の性質、成人後の多様性/良心が犯罪を抑制する/今日は恐れを知らぬ乳児、明日は残忍な暴漢/上首尾なサイコパス/血がたぎる連続殺人犯/恐怖心のなさ、それとも勇気?
  • 第5章 壊れた農 暴力の神経解剖学
    脳をベーコンのようにスライスする/フィニアス・ゲージの奇怪な症例/前頭前皮質のさらなる探求/男性の脳 犯罪者の心/留意すべき三つの臨床例/スペインのフィニアス・ゲージ/ユタ州のロシアンルーレット少年/フィラデルフィアのクロスボウ男/生まれつきのボクサー?/恐れを知らないアーモンド?/パトロールする海馬/報酬を手にする/ピノキオの鼻と嘘をつく脳/優秀な脳を持つホワイトカラー犯罪者
  • 第6章 ナチュラル・ボーン・キラーズ 胎児期、周産期の影響
    公衆衛生の問題としての暴力/生まれつきのワル/カインのしるし/掌紋から指へ/妊娠中の喫煙/妊娠中のアルコール摂取
  • 第7章 暴力のレシピ 栄養不良、金属、メンタルヘルス
    オメガア3と暴力 魚の話/強力なミクロ栄養素/トゥインキー、ミルク、スイーツ/重金属は重犯罪を生む/精神疾患は卑劣さを生む/レナード・レイクの狂気
  • 第8章 バイオソーシャルなジグソーパズル 各ピースをつなぎ合わせる
    バイオソーシャルな共謀 相互作用の影響/社会的プッシュ/遺伝子から脳、そして暴力へ/社会から脳、そして暴力へ/あらゆる悪の母 母性剥奪とエピジェネティクス/脳の各部位を結びつける
  • 第9章 犯罪を治療する 生物学的介入
    復習/決して早すぎることはない/決して遅すぎることはない/やつらの首をちょん切れ!/714便 タンタンの冒険/ケーキを食べれば?/脳を変える心
  • 第10章 裁かれる脳 法的な意味
    自由意志はどの程度自由なのか?/慈悲か正義か ページは死刑に処せられるべきか?/報復による正義/ページからオフト氏に戻る
  • 第11章 未来 神経犯罪学は私たちをどこに導くのか?
    日陰から日なたへ 臨床障害としての暴力犯罪/ロンブローゾ・プログラム/全国子ども選別プログラム/マイノリティ・レポート/実践的な問い それは起こり得るのか?/神経犯罪学をめぐる倫理 それは起こるべきなのか?/まとめ 砂に頭をうずめるダチョウになるのか
  •  訳者あとがき/原注/索引

【感想は?】

 考え方によっては、忌まわしい本と言える。なんたって、いきなりロンブローゾなんて名前が出てくるし。

 チューザレ・ロンブローゾ(→Wikipedia)、1835年生まれのイタリア人で犯罪学の始祖。犯罪者には生物学的な要因があると主張した。彼の説は後に優生学を生み出す。

 ところでロンブローゾはユダヤ人と北部イタリア人を頂点としたが、後世の者は意見が違ったようだ。

 ある意味、本書はロンブローゾを再評価する本だ。ただし、人種で優劣を決めるなんて単純でわかりやすい主張ではない。

 ヒトも生物である以上、遺伝の影響はある。肌の色や髪の形質ばかりでなく、酒の強弱も遺伝する。これは肝臓が分解酵素を作る能力のよる。肝臓が臓器であるように、脳も臓器だ。なら、脳の働きだって遺伝するだろう。

 とは言うものの、脳は肝臓ほどわかりやすくない。多くの部位に分かれていて、それぞれの働きもハッキリとは判っていない。そもそも、生きてる脳の働きをジックリ観察する方法なんてなかったし。

 これをfMRI(→Wikipedia)やPET(→Wikipedia)が変えた。どんな時にどの部位が活発に働くか、どんな部位がどんな働きをするのか、少しづつわかってきた。そして、犯罪者の脳にどんな特徴があるのか、も。この特徴は、遺伝も影響するのだ。酒の強弱のように。

 が、遺伝で全てが決まるわけじゃない。戦後、日本人の身長は急激に伸びた。食料事情が変わったからだ。同様に、脳も環境に大きな影響を受ける。ところであなた、刺身は好きですか?サバの味噌煮は?サンマの塩焼きは? この本、こんな事も書いてあったり。

魚の消費量が上がるにつれ、殺人発生率は下がる。
  ――第7章 暴力のレシピ 栄養不良、金属、メンタルヘルス

 これは噂のDHAが関係していて、「暴力の発現を防ぐ遺伝子をオンにする(略)と、理論上は考えられる」。

 実際、DHAの元になるオメガ3(→Wikipedia)を含むサプリメントをモーリシャスの子どもに半年間与えた調査では、投与を終えた半年後にも「攻撃性、非行の度合い、注意力の不足を示す数値がさらに減退し続けた」。似たような試験は刑務所でもやってて、効果はあるらしい。

 こういう栄養素の不足は、他に鉄と亜鉛が挙がってる。という事で、レバニラ定食を食べましょう。

 悩ましい事に、ゲーム脳はあるのかも知れない。たった一例だが、ゲームが犯罪傾向に影響を与えた例が載っているのだ。ただし、更生に役立った例だが。

 豊かで愛情に満ちた家庭に育ったが、手の付けられない不良になtった少年の例だ。彼は集中力に難があった。そこで脳波を測りながらパックマンをプレイさせる。このパックマンは特別製らしく、集中が止まるとパックマンが動かなくなる。これを一年続け結果、見事に彼は更生した。

 脳の性質で、覚醒度が低く集中力に欠ける人がいる。一般にこういう人は、平常時の心拍数が少ない。目を覚まし、生きている実感を与えてくれるのは、犯罪だけだ。そこでパックマン特別製バージョン。集中力を養うことで脳を改造し、普通の暮らしにも刺激を感じるようにするのだ。

 などの理論と実証を経た後、第3部で展開する対策編は、まるきしSFで、かなり挑発的な意見を出している。ここについては私も違う案を考えたが、他の人も様々な案を言いたくなるだろう。

 などの本筋はもちろん、その資金を調達する方法も、いかにもアングロサクソン的。なんと債権を発行しよう、なんて言ってる。効果が出て政府の出費が減ったら、それを配当として債券保有者に還元しましょう、って理屈。リバタリアンが好みそうな方法だなあ。

 犯罪者は生まれで決まる、なんて単純な内容じゃない。むしろ、犯罪を防ぎ犯罪者を更生させるために、最近の医学や犯罪学の知見を使ってくれ、そんなメッセージが込められた本だ。

 読むならちゃんと全部を読もう。聞きかじりで都合のいい所だけを引用すると、どんな理屈にも応用できてしまう。そういう意味では危険な本でもあるが、それだけにエキサイティングな本でもある。とりあえず私は文化サバ定食を食べることにします。いや魚は煮物より焼いた方が好きだし。

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2017年8月25日 (金)

ジョナサン・ウォルドマン「錆と人間 ビール缶から戦艦まで」築地書房 三木直子訳

錆による被害の総額は、錆以外のあらゆる自然災害による被害を足し合わせたよりももっと大きく、その年額はアメリカの国内総生産の3%にあたる4370億ドルにのぼる。
  ――序章 蔓延する脅威 錆という敵

そんなわけで、アメリカ側の修復チームはまず、(自由の)女神像が巨大な電池と化しているということを発見した。
  ――第1章 手のかかる貴婦人 自由の女神と錆

実際、強靭で健全なアルミ缶の製造はものすごく難しく、膨大な量の研究と設計、そして精密な機械加工を必要とするため、アルミ缶は世界で最も工学的に優れた製品であると考える人が多いのである。
  ――第4章 缶詰の科学 錆と環境ホルモン

全体として、「防錆政策および監督局」は出資するプロジェクトの平均的費用対効果は、会計監査院の予測では50倍である。
  ――第6章 国防総省の錆大使

…全国防食技術者協会(NACE)によれば、亜鉛めっきした建造物の建造および維持費用の総額は、塗料を使った建造物の建造・維持費の1/2から1/3なのである。
  ――第7章 亜鉛めっきの街

錆は、比較的限られた場所に集中して起こり、それがさらに錆を引き起こす。
  ――第9章 錆探知ロボット パイプラインと錆

【どんな本?】

 錆びたフライパンは目玉焼きを焦がす。この程度なら可愛いが、時として錆は船を沈め、橋を落とし、人工衛星をただの宇宙ゴミに変えてしまう。錆はあらゆるモノを腐らせ弱らせる。

 そんな錆を防ぎ、被害を減らすため、日夜戦い続ける者たちがいる。製鉄・自由の女神・飲料用の缶・軍用輸送機・石油パイプライン、それぞれに異なるアプローチで、異なる問題に挑み続けてきた。

 彼らはどんな人間で、どんな問題に向き合い、どう対処しているのか。身近なアルミ缶から巨大な廃工場、そしてアラスカのパイプラインまで、著者は錆とそれに関する人々を追い、ユニークで意外性に満ちた物語を掘り起こす。

 身近でありながら注目されない錆をテーマに、現代文明の知られざる面を照らし出す、楽しい科学・工学ルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RUST : The Longest War, by Jonathan Waldman, 2015。日本語版は2016年9月6日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本部約343頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント25字×22行×2段×343頁=約377.300字、400字詰め原稿用紙で約945枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれている。内容も難しくない。金属が錆びるのは化学変化だが、特に化学の知識は要らない。分子式も滅多に出てこない。私が覚えているのは一か所だけだし、それも無視してかまわない所だった。単位系もたいていメートル法に換算した値を訳者が補っている。

【構成は?】

 エピローグを除き、各章は独立しているので、気になる所だけを拾い読みしていい。

  • 古いオンボロ船
  • 序章 蔓延する脅威 錆という敵
  • 第1章 手のかかる貴婦人 自由の女神と錆
    侵入者/錆びた女神/修復基金の設立/100年目の化粧直し/修復を巡る思惑/国定腐食修復地
  • 第2章 腐った鉄 錆と人間の歴史
    腐食の発見/酸素と金属
  • 第3章 錆びない鉄 ステンレス鋼の発見
    ハリー・ブレアリーという男/貧しい生い立ち/鋼鉄に恋して/時代の変遷/錆びない鉄鋼/ステンレスのナイフ/ベッセマー・ゴールドメダル/理想主義者の最後
  • 第4章 缶詰の科学 錆と環境ホルモン
    ネズミを溶かす飲料/缶と腐食/フレーバールーム/ボール・コーポレーション/缶詰誕生/缶の進化/缶の秘密/カン・スクールとBPA/不確かな安全性/死の薬
  • 第5章 インディアナ・ジェーン 錆の美
    錆のフォトグラファー/雪の中の製鋼所/写真家の好奇心/溶鉱炉の死
  • 第6章 国防総省の錆大使
    防食の帝王/軍隊を襲う錆/ダンマイアーの戦い/スター・トレックと防食ビデオ/「防食対策と監督」局/錆大使の任命/防食と塗料/戦士の育成/国防総省の変わり者/優れた費用対効果
  • 第7章 亜鉛めっきの街
    めっきと塗装/亜鉛で覆う/劣化しない橋
  • 第8章 錆と戦う男たち
    防食技術者という仕事/変わり者たち/全国防食技術者協会
  • 第9章 錆探知ロボット パイプラインと錆
    ≪0キロ地点≫:旅の始まり/パイプラインと腐食
    ≪167キロ地点≫:追跡/ピグの誕生と発達/ピグのミステリー
    ≪231キロ地点≫:小休止/完全性マネージャー
    ≪257キロ地点≫:アラスカ州政府との攻防
    ≪725キロ地点≫:漏洩事故が与える影響/原油量の減少という危機
    ≪883キロ地点≫:ピグとロウ
    ≪1287キロ地点≫:到着前夜/最果ての終着点
  • 第10章 暮らしの中の防錆用品
    防錆専門店/一般家庭の錆/防錆詐欺/商売の理由
  • 第11章 防食工学の未来
    維持管理の重要性/学問としての防食/錆と国家
  • エピローグ
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 原書より日本語版の方が、書名は適切。

 原書は RUST : The Longest War。錆:終わりなき戦い。日本語版では「錆と人間」。原書は錆そのものがテーマにように見える。確かに内容の半分はそうだ。が、残りの半分は、錆と戦う人に焦点を当てている。

 それが最も強く出ているのは、「第3章 錆びない鉄 ステンレス鋼の発見」だろう。ここでは、ステンレス(→Wikipedia)の発明者ハリー・ブレアリー(→Wikipedia)にスポットをあて、鉄鋼屋の魂を生き生きと描き出してゆく。

 貧しい生い立ちでロクな教育は受けていないが、12歳で製鋼会社の研究助手となり、学問と技術を身につける。冶金に入れ込み、業界でも認められてゆく。ただし営業トークは苦手なようで、ステンレスの売り込みには苦労したらしく…

ハリー(・ブレアリー)はステンレス鋼について、成功させる方法以外は何でも知っている

 なんて言われている。現場にこだわるあたりは、いかにも叩き上げで職人肌だが、同時に柔軟な考え方を強調する所は、やっぱり技術屋だよな、と感じる所。

 やはり人物伝として楽しいのが、「第5章 インディアナ・ジェーン 錆の美」。ここではインディアナ・ジェーンことアリーシャ・イブ・サックが主役を務める。錆の美しさに捕えられた写真家だ(→Google画像検索)。ペンシルバニア州の廃鉄工所に忍び込み、警備員の目を盗んで写真を撮り続ける。

 彼女の行動力も凄まじいが、私はそれより写真の難しさを思い知った。なんたって、「昨日までに撮影した28,093枚の錆の写真のうち、ご褒美は113枚である」ときた。ご褒美とは、「自分が気に入り、売れる写真」。

 プロが危険を冒し工夫を凝らして撮っても、「いい」と思える写真は1%もない。欲しい光を求めて朝から晩まで張り込み、何度もアングルを変え、また同じ位置で露出時間を幾つも変えて撮り、それでも使えるのは1%未満。

 プロでこれなんだから、素人の私が一発でいい写真なんか撮れるわけないよなあ。いい写真が欲しかったら、もっと撮りまくらないと。特にデジタルカメラはフィルムに比べりゃ、写真1枚にかかる費用もタダみたいなもんだし。

 対して科学・技術方面の印象が強いのは、「第4章 缶詰の科学 錆と環境ホルモン」。ここのテーマは、飲料のアルミ缶だ。著者はアメリカ最大の缶メーカーが主催するカン・スク-ルに潜り込む。が、BPA(→Wikipedia)について突きすぎ、叩き出されてしまう。そりゃそうだw

 が、ここで描かれるアルミ缶製造技術は、驚きの連続。なんといっても、中身ごとに缶の作りが違うってのが凄い。

 所詮、缶はアルミ、金属だ。金属は酸や塩で錆びる。その缶に、酸たっぷりのレモンジュースや、塩分たっぷりのアイソトニック飲料を入れれば、当然錆びる。だけじゃない。イチゴやサクランボは色が褪せるし、豆は硫黄を含むんで黒ずんでしまう。

 そりゃ困るってんで、缶の内側をプラスチックの膜で覆い、缶と中身が直に触れないようにした。この膜の厚さの調整が難しい。モノにより必要な塗料が違い、「コーティングには15,000種類以上」ある。加えて、膜の適切な厚さもモノにより違う。

 ビールは比較的に薄くて済むが、コカ・コーラはやや厚く、レモン系は酸性が強いのでもっと厚い。だもんで、飲料ごとに専用の缶が必要になる。飲料メーカーが新しい製品を売り出すたびに、専用の缶を開発しているわけ。にも拘わらず、工場じゃ毎日600万個の缶を作っている。なんちゅう製造速度だ。産業パワー恐るべし。

 やはり巨大産業の脅威を感じるのが、「第9章 錆探知ロボット パイプラインと錆」。アラスカ半島を縦断する1000kmを越える石油パイプラインを、調査・保守・管理する者たちの話。ここでパイプラインを次から次へと襲うトラブルは、巨大メカが好きな人の背筋を凍らせるものばかり。

 デカいモノってのは、沢山の部品からなっている。それだけに、トラブルの種類もバラエティに富んでいる。維持管理の手間も半端じゃないのだ。ここじゃ日本のNKKも少し出てきて、彼らの行動がいかにも日本人なのに苦笑い。

 地味ながら意外と高級取りな技術者たちだが、彼らが感じる所属組織の体質は、日本の技術者たちも大いに賛同するだろう。錆なんて一見地味なネタだが、その向こうにはとてもエキサイティングな世界が広がっていた。何であれ、何かに凝るタイプの人には、特にお薦めの一冊。

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2017年8月21日 (月)

触媒学会編「トコトンやさしい触媒の本」日刊工業新聞社B&Tブックス

一体、触媒とはどのような物質で、どんな役割をしているのでしょうか?化学の教科書では「反応物質よりも相対的に少量で、反応速度を促進させ、それ自身は反応中消費されない物質」と定義されています。
  ――はじめに

元素の手の数は決まっており、水素(H)と、酸素(O)と窒素(N)と炭素(C)の手の数がそれぞれ1,2,3,4ということだけです。
  ――第1章 触媒って何だろう

ラジカルとは、一本の手が何にも掴まっていない状態の分子の総称で、これがエチレンの分子を「攻撃」するのです。
  ――第4章 触媒を駆使する化学産業

【どんな本?】

 触媒。名前はよく聞くが、どんなモノかはイマイチよくわからない。かつて自動車の排気ガス規制が厳しくなった時、よく話題になったような気がする。

 が、実際には、現代文明を支える重要な技術であり、また私たちの体内でも命をつなぐ大切な役割を担っている。

 触媒とは何か。それは何で出来ていて、どんな働きをするのか。どんな特徴があり、どこで使われて、どんな役割を果たしているのか。そして、将来的にはどんな触媒が考えられるのか。

 大学・企業の幅広い研究者たちによる、一般向けの科学・工学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年2月28日初版1刷発行。単行本ソフトカバー縦二段組で本文約140頁。9ポイント23字×17行×2段×140頁=約109,480字、400字詰め原稿用紙で約274頁。小説なら中編の分量だが、図版やイラストを豊富に収録しているので、実際の文字数は半分程度。

 文章はです・ます調で一見親しみやすいが、専門家が書いた文章らしく、読んでみるとやや堅い。本来、化学の広く深い知識が必要な内容だが、素人に伝わるように色々と工夫している。が、基礎から最新技術までカバーするにはさすがに頁数が足りず、駆け足になっている所がアチコチに見られる。

 このシリーズの特徴は、知識と経験が豊富な、その道の一人者が著す点だ。反面、ド素人向けの著述は不慣れな人が多く、とっつきにくい文章になりがちである。著者の長所を引き出し短所を補うため、編集・レイアウト面で徹底的な配慮をしている。以下は、シリーズ全体を通した特徴。

  • 各記事は見開きの2頁で独立・完結しており、読者は気になった記事だけを拾い読みできる。
  • 各記事のレイアウトは固定し、見開きの左頁はイラストや図表、右頁に文章をおく。
  • 文字はゴチック体で、ポップな印象にする。
  • 二段組みにして一行の文字数を減らし、とっつきやすい雰囲気を出す。
  • 文章は「です・ます」調で、親しみやすい文体にする。
  • 右頁の下に「要点BOX」として3行の「まとめ」を入れる。
  • カラフルな2色刷り。
  • 当然、文章は縦組み。横組みだと専門書っぽくて近寄りがたい。
  • 章の合間に1頁の雑学的なコラムを入れ、読者の息抜きを促す。

 この本は多数の執筆者によるものだが、例えば元素同士の結合の様子を「手がn本」という言葉に統一するなど、丁寧な編集がなされている。

【構成は?】

 はじめに
第1章 触媒って何だろう
第2章 触媒はどんな形をしているか
第3章 エネルギー・環境と触媒
第4章 触媒を駆使する化学産業
第5章 グリーンケミストリーと触媒
第6章 意外な触媒の利用
第7章 ノーベル賞と触媒
 元素の周期律表(元素索引)/参考書/索引/奥付

 第2章までは基礎編として原理の話、第3章以降は応用編として使われ方の紹介が多い。

【感想は?】

 「尺が全然足らねえ!」という執筆者の悲鳴が聞こえてきそうな本。

 第2章までは、基礎編としてどうにかついていけた。特に「手がn本」とか酸とアルカリの違いなどは、今更ながら化学の基礎をおさらいできて、とっても得した気分になる。

 特に表面積の話からゼオライト(→Wikipedia)に向かうあたりは、お話の流れとして実に巧い。ZSM-5(→Google画像検索)の形とかも、なんかフラクタルっぽいと思ったが、どうやら違うみたいだ。でも不思議な形だよなあ。

 と、第2章までは、なんとか振り落とされずに済んだのだが。

 通して読むと、触媒が現代文明を支えている事は充分に伝わってくる。特に中盤以降は、様々な産業での触媒の使われ方の紹介が中心だ。

 ここでは、「もっと詳しく説明したいのに、なんで2頁しかくれないんだ」とか「他にも面白いネタが沢山あるのに、頁をくれない」みたいな雰囲気がプンプン匂ってくる。

 というのも。第3章以降は、実際の応用例が中心を占めている。産業として成立させるまでには多くの問題があって、それを分からせるには広く深い化学の知識が必要だ。でも、この本にはそんな余裕はない。

 ってんで、理屈の部分はアッサリと触れるだけにして、「こんな風に触媒が使われてるんですよ」と、見栄えのいい結果だけをポンと出した、そんな雰囲気の話が多くなる。

 とまれ、その例も石油関係の話が多くて、クルマ好きや国際問題や環境問題に関心のある人には、興味深い話が多い。例えばクリーン・エネルギーとして期待されている水素だ。キレイなのはいいが、どっから水素を調達するうんだろう? と思っていたら。

 なんと、「大部分の水素は意外にも天然ガスや石油成分(炭化水素)を原料としています」。おーい。

 石油の主な成分は炭素Cと水素Hの化合物だ。これに水HOを加え、水素Hと二酸化炭素COを取りだす。結局、今の調達方法じゃ、出てくる二酸化炭素の量は変わらないって事じゃないか。

 やはり現代の応用例として驚いたのが、空気からアンモニアを作るハーバー・ボッシュ法。20世紀前半の食糧危機を乗り越える原動力となった、偉大な発明だ。これに関わっているのが、鉄触媒。Fe3O4。いわゆる黒錆だ。どういう理屈かは全くわからないが、意外なモノが意外な所で活躍してるんだなあ。

 身近なモノでは、ポリエチレン(→Wikipedia)の製造法が面白い。スーパーのポリ袋でお馴染みのアレだ。分子式はCHがヒモのように次々と並ぶ形。アレ全体が巨大な一つの分子なのか。これを作るには、エチレンにラジカルを一個突っ込むと、次々とエチレンがポリエチレンにかわってゆくのですね。

 などと様々な所で活躍している触媒だが、泣き所もある。その一つがお値段で、白金(プラチナ)などの貴金属を使う場合が多い。

 だもんで、例えばクルマを廃車にする時は、排気ガス浄化装置を「丁寧にハ外されて集められます」。そりゃそうだよなあ。その結果、「白金などの貴金属の回収率は95~98%」というから、たいしたもの。意外な所に貴金属が使われているんだなあ。

 はいいけど、なんで白金なの? その辺の説明も欲しかったなあ。

 なんて不満がある人は、巻末の参考文献から手繰って知識を深めましょうって事なんだろう。そういう意味では、入門書として巧い構成なのかも。

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2017年7月18日 (火)

テレサ・レヴィット「灯台の光はなぜ遠くまで届くのか 時代を変えたフレネルレンズの軌跡」講談社ブルーバックス 岡田好恵訳

 フレネルレンズは、数あるレンズの種類のなかでも非常にユニークな存在です。
 収斂が苦手で、鮮明な像を結ぶことこそできませんが、光を集めることにおいて、その右に出るレンズはありません。
  ――はじめに

ジョージ・ブラント「海がしけたら、議員全員をボートに乗せて、岩だらけの浜辺のまわりを回らせろ!」
  ――第5章 遅れをとった大国、アメリカ

けれども、灯台の黄金時代は終わった。
  ――第7章 黄金時代の到来

【どんな本?】

 自動車のヘッドライトや、舞台を照らすスポットライトなどには、同心円状に山と谷が並ぶ、奇妙なレンズがついている。フレネルレンズ(→Wikipedia)だ。このレンズには独特の性質がある。一つの光源から光を集め、一条の光線を遠くまで届けられるのだ。

 これを考え出したのはオーギュスタン・ジャン・フレネル(→Wikipedia)、1788年に生まれ。フランスの元土木技師で物理学者である。

 彼が生み出したフレネルレンズにより、フランスの海岸沿いは灯台が連なり、船乗りたちを導いてゆく。ばかりでなく、フレネルレンズは世界中の灯台に備えられ、各地の海を照らすまでになる。だが、そこに至るまでには幾多の紆余曲折があった。

 海の道しるべとなる灯台、その輝きをもたらしたフレネルの生涯と、彼の遺した偉大な発明フレネルレンズが普及するまでの道のりを描く、一般向けの科学・歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Short, Bright Flash : Augustin Fresnel and The Birth of the Modern Lighthouse, by Theresa Levitt, 2013。日本語版は2015年10月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約279頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント43字×16行×279頁=約191,952字、400字詰め原稿用紙で約480枚。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。虫眼鏡で日光を集め紙を焦がす理科の実験を覚えていれば充分。特に主題となるフレネルレンズの原理は、73頁の図を見れば一発で解る。

 それより、必要なのは地図か Google Map。欧米の海岸や岬の地名が続々と出てくるので、キチンと読みたい人は地形を確かめながら読もう。また、19世紀以降の欧米の歴史を知っていると、より味わいが増すだろう。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 序章 暗く危険な海
    いかだの上の「地獄の生存競争」/海難事故と灯台/大望を抱いた2人の青年
  • 第1章 それは、一人の男の野望から始まった
    マチュー村の「遊びの天才」/いわゆる「オタク」/土木技師・フレネルの夢想/光は「粒子」か「波」か/唯一の理解者、現る/暴君ラプラス/師弟の決別/国賊から英雄へ/回析実験の成功/すばらしい休暇の使い方/チャンス到来/粒子信奉派vs.光波信奉派/信じがたい真実
  • 第2章 「灯台の光」への挑戦
    新生フランス灯台委員会の改革/反射鏡からレンズへ/フレネルが発明した特殊なレンズ/製品化が困難を極めた理由/13日の金曜日、決意の公開実験/海のヴェルサイユ宮殿/レンズの改良/夜のシャンゼリゼ通りが真昼の明るさに/世界初のフレネルレンズ
  • 第3章 より確かな輝きを求めて
    「灯台マップ」の作成/回転装置の改良/完璧なプリズムを作るには/イギリスの灯台事情/スコットランドからの注文/ライバルの無謀な挑戦
  • 第4章 引き継がれた遺志
    フレネル逝く/亡き兄のために/「もっともすばらしい勝利」/蒸気機関の登場/熟練職人の競い合い/最後に残った2つの灯台/ロンドン万博とパリ万博/嘘をついているのは誰?/灯台守の血
  • 第5章 遅れをとった大国、アメリカ
    経費削減の鬼/鯨油とアメリカの灯台の運命/ルイスが作ったランプ/節約のための愚行/ついにアメリカへ上陸/エゴイストの嫌がらせ/とんでもない代物/プレソントンへの逆襲/500ドルで落札された「機械」/変化のきざし/夜8時ちょうどに/合衆国灯台委員会の創設/最高のメンバーが終結/「有用」で「経済的」な光の証明/灯台委員会と議員の闘い/“大西洋の墓場”/万博のスター/メーカーとの駆け引き/太平洋岸への設置/もっとも重要で、もっとも困難な課題/そして、世界一に
  • 第6章 南北戦争と灯台
    灯台の明かりが消えた!/発砲準備/戦争が始まる/ハッテラス岬灯台、国家の裏切り者/とっておきの隠し場所/南北レンズ争奪戦/無法者の一団/西海岸も闇のなか/メキシコ湾岸の「アナコンダ作戦」/ヘッド・オブ・パッシーズの争い/南軍自爆/戻ってきた光/終戦後に見つかった「お宝」
  • 第7章 黄金時代の到来
    フランスとイギリスの争い/テクノロジーの挑戦/「超輝レンズ」第1号/巨大なレンズを回転させる方法/“黒船”ペリーと日本の灯台/ドイツ兵と交わした言葉/フレネルが遺したもの
  • 訳者あとがき/さくいん

【感想は?】

 どちらかというと、科学より歴史寄りの本だ。

 灯台の明かりを沖合まで都度蹴るフレネルレンズが、いかに生まれ、どう育って普及し、世界中の海へ広がっていったか。その道のりを辿る本である。原理や技術の説明は最小限で、製造工程などはほとんど触れない。

 発明者はオーギュスタン・ジャン・フレネル。

 18世紀末のフランスに生まれる。典型的な理系の人で、研究は好きだが人を率いるのは苦手。土木技師として社会に出たが、労働者を監督するのが嫌いで、「私には向かない」と何度も手紙で愚痴をこぼしてたり。親しみが持てるなあ。

 でも創意工夫の才には恵まれていたようで、幼い頃にちょっとした事件を起こしている。戦争ごっこで遊んでいるうち、弓の改良に夢中になり、近くの林で様々な素材の木を試す。結果、弓の性能が上がりすぎて「ごっこ遊び」じゃ済まなくなり、カーチャンたちから大目玉を食らう。これだから男の子ってw

 灯台の役割は目印となることだ。当時は電灯なんかないから、油を燃やす灯かりを反射鏡で集め照らしてた。が、当時の鏡は性能が悪く、光はあまり遠くまで届かない。結果、多くの船が座礁してしまう。

 そこで遠くまで光を届けるため、鏡じゃなくてレンズを使おうってのがフレネルの案のキモの一つ。ところが、問題が二つある。

 一つは原理の話。光は粒子か波動かって対立。粒子派はかのニュートンから始まり、フランスじゃ科学界の親玉のパスカルが粒子派。ところがフレネルは波動派で…。客観的に思える科学の世界でも、人物の好悪や政治力が影響を及ぼす、ありがちな逸話だね。

 もう一つは、レンズの厚さ。フレネルレンズ、理屈は凸レンズなんだが、普通に造ったら中心部が厚くなりすぎて使い物にならない。

 光の屈折はレンズの表面で起きる。大事なのは表面で、厚さそのものはそうでもいい。なら、厚すぎる部分はカットして薄くしちゃえばいいじゃん、ってのがフレネルレンズの賢いところ。

 もっとも、これだけだとランプの明かりの一部しか集まらない。上や下、そしてレンズの反対側に向かった光は無駄になる。これもプリズムや反射鏡を組み合わせて集め、フレネルレンズは進化してゆく。

 こういう「資源の最後の一滴まで搾り取る」工夫は、いかにもフランス流って気がする。今のアメリカだと、資源それ自体を大きくしようって発想になるんだよなあ。

 幸いフレネルレンズは優れた性能を発揮し、「じゃフランス沿岸に灯台を並べて明かりが途絶えないようにしよう」なんて壮大な計画も持ち上がる。ワクワクするでしょ。でも、確かに理屈じゃ可能だけど、肝心のレンズ製作は難しくて…。

 今でも光学機器はデリケートな工業製品の代表だ。まして当時は大半が職人による手作り。しかもフレネルレンズはデカい。一等級だと2mにもなる。それだけのガラス製品を、歪みも泡もなく均等に造ろうってんだから、苦労は相当なもの。事実、レンズの調達に四苦八苦してる。

 などとプロジェクトX的なトーンの前半に対し、後半では舞台がアメリカに移り、キナ臭い香りが漂ってくるのが切ない。特に辛いのが南北戦争のあたり。

 なんたって灯台は船を導くものだ。民間の船も導くが、敵の船も導く。だから時として邪魔にもなり…

 今はGPSが普及し、灯台も役割を終えつつある。とはいえ、華麗で壮大な灯台のフレネルレンズは、各地の灯台で観光の目玉として旅行客にお披露目されている。世界中の船乗りたちを導いた灯台には、科学者と技術者の苦闘の物語が秘められていた。そんな本だった。

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2017年7月 2日 (日)

森勇一「ムシの考古学」雄山閣

三内山遺跡では、酒造りに使われた可能性が高い野生の果実の種子と、それが腐熟していたことを示すおびただしい数のショウジョウバエのサナギがいっしょに発見されたことから、縄文人が果実酒を造って飲んでいたことが想像されるのだ。
  ――2 躍動する縄文人

昆虫の持つ最も重要な特性の一つとして、移動・跳躍に適した三対の脚があり、二対のはねがあることを挙げねばならない。昆虫ほど、周辺環境の変化に対して適応力が速い生物はいない。
  ――コラム 多い・速い・強い 遺跡から見つかる昆虫たち

【どんな本?】

 ムシと考古学。はて、何の関係があるんだ?

 ゲンゴロウは水中に棲む。イネネクイハムシの幼虫はイネの値を食い荒らす。同じ遺跡から両者の化石が多く出てきたら、そこは水田だった可能性が高い。同様に、クワハムシはクワの葉しか食べない。だからクワハムシの痕跡が多かったら、そこは桑畑だったろう。

 そんな風に、遺跡から出てきた昆虫の化石は、その土地がどう使われていたかを調べる手掛かりになる。

 主に日本の縄文時代から江戸時代を中心に、各地の遺跡発掘・調査に携わった著者が、昆虫の化石をどう調べるか・どんな化石が出てきたか・そこから何が分かるかを語る、一般向けの科学/考古学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年8月24日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約229頁に加え、カラー写真の口絵4頁。10ポイント45字×19行×229頁=約195,795字、400字詰め原稿用紙で約490枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分だが、写真を多く収録しているので、実際の文字数は7~8割程度。

 文章はやや硬い。が、内容は意外ととっつきやすい。著者が今まで書いた論文を集め、一般向けに読みやすく書き直した、そんな感じの本だ。

【構成は?】

 基本的に縄文時代から江戸時代まで、時系列順に例を紹介してゆく。それぞれの例はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 緑色のビニール片
  • 1 寒さにふるえた北の狩人
    • オオハンミョウモドキ 岩手県大渡Ⅱ遺跡
    • 氷河時代の環境を推理する 宮城県富沢遺跡
    • 褐色のハネの正体は? 愛知県東白坂地区
    • 昆虫と植物のタイムラグ 岐阜県宮ノ前遺跡
    • ナウマンゾウのウンチを食べる 長野県野尻湖湖底遺跡
    • コラム 昆虫化石は示相化石
  • 2 躍動する縄文人
    • アカスジキンカメムシ 北海道納内六丁目付近遺跡
    • 縄文時代の植生干渉 岐阜県宮ノ前遺跡
    • 5000年前のクリ林と縄文人の知恵 青森県三内丸山遺跡
    • 酒を飲んでいた縄文人 青森県三内丸山遺跡
    • 東高西低の縄文文化 愛知県松川戸遺跡ほか
    • 縄文人の野焼きが黒ボク土を作った! 三重県橋垣内遺跡
    • 矢作川河床埋没林 愛知県矢作川河床埋没林
    • ネブトクワガタの年代を測る 宮崎県福島川河床
    • コラム 火山灰はモノサシ
  • 3 悪臭漂う弥生ムラ
    • イネを食う虫の出現 愛知県岡島遺跡
    • 水田指標昆虫とは 静岡県岳見遺跡
    • ヒトの集中居住に伴う環境汚染 愛知県朝日遺跡
    • キリギリス鳴く弥生ムラ  愛知県朝日遺跡
    • 登呂遺跡を掘る 静岡県登呂遺跡
    • 埋もれた昆虫の完形率 静岡県池ヶ谷遺跡
    • 弥生時代の石器工場 三重県宮山遺跡
    • 珪藻から活断層の活動度を調べる 三重県中縄遺跡
    • コラム 昆虫化石の調べ方
  • 4 火山灰に埋もれた田んぼ
    • ゲンゴロウやガムシでいっぱい 群馬県荻原団地遺跡
    • 古墳時代の運河をのぞいてみると 岐阜県米野遺跡
    • 洪水に襲われた小区画水田 愛知県門間沼遺跡
    • 田んぼの畦にヨモギやギシギシ 三重県筋違遺跡
    • 狗奴国の井泉に落ちたムシ 愛知県八王子遺跡
    • ハムシはみんな偏食家 愛知県猫島遺跡
    • 目が覚めるほど美しい昆虫化石 富山県魚津埋没林
    • コラム 多い・速い・強い 遺跡から見つかる昆虫たち
  • 5 古代 地方都市の賑わい
    • 国府に居たムシ 山口県周防国府跡
    • 郡衙の井戸は糞虫だらけ 静岡県川合遺跡
    • 10世紀のみちのく 青森県新田遺跡
    • 天平のハグロトンボ 愛知県勝川遺跡
    • 北陸の乾いた大地 石川県畝田C遺跡
    • 藻塩法による塩作り 愛知県松崎遺跡
    • 焼けたワラジムシ 山梨県狐原遺跡
    • コラム 水域のバロメーター 珪藻化石を調べる
  • 6 中世農民のフロンティア魂
    • 畑作害虫の末路 愛知県若葉通遺跡
    • ムシが語る中世の大開墾 東京都自然教育園
    • 『海道記』に描かれた畑作地帯 愛知縣富田庄
    • ハッチョウトンボ飛ぶ湿原は、田んぼだった! 佐賀県橿原湿原
    • 安濃津を襲った大事死因と津波 三重県鬼が塩屋遺跡
    • 古井戸考古学 愛知県吉田城遺跡ほか
    • コラム 大型植物遺体と花粉化石
  • 7 信長の米倉
    • 米倉のありかを突きとめる 愛知県清洲城下町遺跡
    • 500年前の夏の夜のできごと 愛知県毛受遺跡
    • ボクが見つけたノコギリカミキリ 愛知県大脇城遺跡
    • 清須の大改修は天正地震の災害復旧工事? 愛知県清洲城下町遺跡
    • コラム スペシャリストとジェネラリスト
  • 8 大名屋敷の台所
    • 床下の埋桶はぬか床だった 愛知県名古屋城三の丸遺跡
    • 目に浮かぶマツのはげ山 愛知県勝川遺跡
    • 寺の境内は虫の宝庫 山梨県宮沢中村遺跡
    • 桑名城下のドウガネブイブイ 三重県桑名城下町遺跡
    • シデムシ誘ういい香り 愛知県室遺跡
    • 粉にまみれたヒルの謎 宮城県沼向遺跡
    • コラム 昆虫化石の電顕観察とDNA分布
  • 9 アンコール文明と長江文明を探る
    • 海外の昆虫に名前がつけられるうだろうか
    • オオミズスマシ住むアンコールトムの環濠
    • 都城内にあった水浄化システム
    • 長江文明をたずねて
    • 幻の仮面王国と龍馬古城遺跡
    • 龍馬古城遺跡からイネクロカメムシ
    • 6000年前の大環濠集落
    • 昆虫分析と珪藻分析
    • 城頭山遺跡の環濠内に都市型昆虫
    • 滇王国の王墓にささげられた花
  • 10 日本にゾウがいたころの昆虫化石
    • ゾウがいて、ワニがいた
    • 博物館建設地から化石ざくざく
    • 亜熱帯の生き物たち
    • トカラ海峡を越えた昆虫
    • ダイコクコガネの絶滅種
    • 500万年前のトックリゴミムシ
    • 極寒の気候下を生き抜いたムシ
  • おわりに 昆虫少年はどこへ行った!

【感想は?】

 掌編ミステリ60連発。

 「ムシの考古学」と言っても、「昔のムシはどうだったか」を調べるわけじゃない。遺跡から出てきた昆虫の化石を基に、その遺跡に住んでいた人々の様子や、当時の気候などを明らかにしようとする話だ。本の分類としては、科学と歴史のどちらにするか悩ましい所。

 そう、この本の面白さは、ミステリの面白さだ。実際、この本のネタは、そのまま本格ミステリにも応用できそうな物が多い。

 本格ミステリ。普通の人が見落としがちな手掛かりを基に、過去を再現してゆく物語。手がかりが小さければ小さいほど、見落としがちであればあるほど、そして身近な手掛かりであるほど、真相究明に至る過程は意外性に富み楽しくエキサイティングになる。

 昆虫マニアでもない限り、人は昆虫にあまり注意を払わない。だが、たいていの場所には、昆虫が棲んでいる。身近だが見落としがち。ミステリの仕掛けとしては、格好のネタだろう。

 そういう点では、この本は充分に面白いミステリと言える。ただ、学者が書いた本のためか、あまり意外性を強調する書き方はしていない。逆に、なるべくわかりやすく正確に伝わるように、丁寧に順を追って語るので、素直に頭に入ってくる反面、ちと娯楽性に欠けるのは仕方がない。

 さすがに書き方は娯楽作家っぽくはないが、ネタそのものの面白さは充分。しかも、それぞれの謎が数頁で提起されては解かれてゆくので、スピード感は半端ない。

 基本は、冒頭の引用にあるように、遺跡から出てきた昆虫の化石を基に、その遺跡の性質や歴史を探る話だ。わかりやすいのがクワハムシで、これはクワの葉だけを食べる。クワハムシが沢山出てきたら、そこは桑畑だったと考えていい。

 が、世の中、それほど簡単な話だけじゃない。幾つかヒネリが必要な場合もある。

 例えば青森の新田遺跡。10世紀から11世紀にかけての遺跡だ。ここからは、クロバエやショウジョウバエなど、食糞性の昆虫が出てきた。多くの人が住み、ゴミや排泄物を出していたと考えられる。また、コメやイネを食べるコクゾウムシも出てきた。が、稲作の害虫であるイネネクイハムシは出てこない。

 コメを食う奴はいる。でもイネの根を荒らす奴はいない。はて。

 答えは簡単。「新田遺跡はイネの消費地ではあっても、イネの生産地では決してなかった」。つまりは都市ですね。

 など、手がかりとしては昆虫の化石が中心だが、他にも様々な手掛かりかた手繰っているのが、エキサイティングな所。

 愛知県の松崎遺跡は、奈良・平安時代の塩作りの跡として知られている。この項では、手がかりとして万葉集の歌に加え、出てきた土器から手繰ってゆく。証拠の品は、なんと珪藻(→Wikipedia)。土器に残る珪藻を調べ、それが海藻に由来するものである事を突き止める。そこから考えられる製塩方は…

炎天下に積み上げた海藻に何度も海水をかけて水分を蒸発させ、濃い塩水を作ったのちこれを煮つめて塩を得る。

 と、虫だけじゃなく、珪藻などの微生物、花粉やプラント・オパールなど植物の痕跡、そしてもちろん土壌や地層など、あらゆる手がかりを総動員して、過去の真実へと迫ってゆくのだ。

 こういうあたり、ミステリとしては科学捜査の面白さそのもの。科学と歴史が交わるところに生まれた、現代ならではの楽しさに満ちた本だった。

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2017年6月21日 (水)

松永猛裕「火薬のはなし 爆発の原理から身のまわりの火薬まで」講談社ブルーバックス

火薬はエネルギーを貯蔵できる素晴らしい化学物質です。
  ――まえがき

有機物質の可燃物は分子の中に水素や炭素があり、そmのため可燃物となる。TNTは分子の中に可燃物と酸化剤が同居していると考えてよい。
  ――第1章 火薬の原理

炎色の研究は量子化学への入り口だ。
  ――第4章 花火

これら地震波の測定結果を踏まえて、NASAの科学者が月のモデルを作成したところ、「中身が空の、チタニウム合金製の球体」という説であった。
  ――第5章 火薬のいろいろな使い方

【どんな本?】

 火薬はなぜ爆発するのか。花火の火薬とダイナマイトとTNTは何が違うのか。研究者はどうやって火薬や爆薬を見つけるのか。なぜ花火には様々な色があるのか。そもそも火薬なんか物騒な事にしか役に立たないんじゃないの?

 産業技術総合研究所で火薬などの安全研究に携わる著者が、火薬や爆発の原理・歴史から、様々な爆発物の性質、今までにあった事故とその原因、そして自家用車などでの意外な使われ方まで、火薬についての全般を伝える一般向け科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年8月20日第1刷発行。新書版で横一段組み、本文約241頁。9ポイント26字×26行×241頁=約162,916字、400字詰め原稿用紙で約408枚。文庫本なら少し薄めの一冊分だが、写真やイラストやグラフを多く収録しているので、実際の文字数は8~9割程度。

 文章はこなれている。が、内容はかなり専門的な部分もある。なんたって、第1章から化学式や亀の甲みたいな分子図が続々と出てくるし。私は化学が苦手なので、難しい所は飛ばして読んだが、それでも充分に楽しめた。

【構成は?】

 原則として頭から順に読むような構成になっている。が、冒頭は化学式など専門的な言葉が続くので、かなりとっつきにくい。わからなかったら、適当に飛ばして読もう。

  • まえがき
  • 第1章 火薬の原理
    • 1-1 普通の化学物質と火薬との違い
      火薬の基本/基本は燃えるものを燃やすこと/火薬の反応は酸化反応 燃焼、爆燃、そして爆轟/爆轟
    • 1-2 化合火薬の原理 エネルギー源
      エネルギー源/爆発性原子団 どんな化学構造が爆発するか?
    • 1-3 混合火薬の原理 可燃物と酸化剤
      可燃物になる元素/酸化剤になる元素/集合体としての可燃物と酸化剤
    • 1-4 化学反応から見た爆発の考察
      化学反応はなぜ起こる? エンタルピー、エントロピー、そしてギブス自由エネルギー/混合火薬の劣化
    • 1-5 火薬は燃料としては最強ではない!?
      チョコチップクッキーはTNTの8倍のエネルギー!/爆薬の性能比較
  • 第2章 サイエンスの視点で見た火薬
    • 2-1 高エネルギー物質
    • 2-2 高性能爆薬
      爆発威力の評価/GW/cm2という単位/「究極の爆薬」は?/高密度エネルギーにするための戦略/オクタニトロキュバイン/単結合窒素化合物 ポリ窒素化合物
    • 2-3 起爆薬
      雷汞/DDNP/アジ化鉛/トリシネート/シアヌール酸トリアジド
    • 2-4 熱発生剤 テルミット
      原理と組成物の例/可燃剤(燃えるもの)概論/酸化剤(燃やすもの)概論/実用化されているテルミット/テフロンが酸化剤?/マグテフ/鉄道レールを修復・接続するテルミット溶接技術/製鉄分野でも活躍するテルミット反応/テルミット反応を使う材料合成 燃焼合成/金属粉末の粉塵爆発危険と自然発火危険
    • 2-5 ガス発生剤
      窒素発生剤/水蒸気発生剤/酸素発生剤/煙発生剤
    • 2-6 耐熱爆薬
      TATB/HNS/TACOT/PXY/BTDAONAB
    • 2-7 困りものの爆発物
      金が爆発する!世界最古の起爆剤 雷金/爆発性のある銀化合物/三塩化窒素 プール施設で爆発!?
  • 第3章 実用化されている火薬
    • 3-1 黒色火薬
      黒色火薬の特徴
    • 3-2 ロケット推進薬
      ロケットとミサイルの違い/ロケットの歴史は意外に古い!/コンポジット推進薬
    • 3-3 硝酸アンモニウムを使った爆薬
      硝酸アンモニウムの爆発事故/ANFO/含水爆薬 スラリー爆薬・エマルジョン爆薬/SMBE 爆薬中間体をサイトミキシング
    • 3-4 ダイナマイト
  • 第4章 花火
    • 4-1 花火の歴史
      中国の歴史/日本で初めて花火を見たのは?/隅田川花火のはじまり 玉屋と鍵屋/ヨーロッパの歴史
    • 4-2 おもちゃ花火
      炎・火の粉・火花/回転、走行、飛翔/打ち上げ/爆発音/煙/おもちゃ花火の安全管理
    • 4-3 打ち上げ花火
      玉名 花火の名付け方
    • 4-4 仕掛け花火
    • 4-5 伝統花火
      手筒花火/伊那の綱火/秩父 龍勢
    • 4-6 花火に使われる化学物質
      酸化剤/可燃剤/効果剤 炎色/効果剤 キラキラ/バインダー(結合剤)/花火に用いられる代表的な組成物
    • 4-7 花火のサイエンス
      花火の燃焼機構/花火の発火現象 化学発光(ケミルミネセンス)/花火の炎色を測る/原子の発光スペクトル/分子の発光スペクトル/花火のキラキラ 白熱(インカンデセンス)
    • 4-8 花火の安全
      国内での事故例(失敗知識データベースより)/海外での事故例/ラボスケールでの各種感度評価/自然発火危険性の評価/野外大爆発実験/花火の安全化・高性能化へのチャレンジ ポリマー成型花火/直径1cmの世界最小打ち上げ花火を作る/安全はすべてに優先する
  • 第5章 火薬のいろいろな使い方
    • 5-1 着火・起爆装置
      専用の装置がないと爆発しない/花火で使われる着火装置/火工品/電気着火は点火玉/電気導火線/爆薬を起爆する電気雷管
    • 5-2 火薬を使った発破
      黒色鉱山火薬による花崗岩のマイルドな発破/海底発破/ビルの爆破解体ショーは日本では無理/人口雪崩
    • 5-3 ロケット・人工衛星
      いろいろなロケット/ペイロードとは?/火薬を使った溶融塩電池/ロケットに使われる火工品
    • 5-4 緊急時に使われる火工品
      緊急保安炎筒/海難救助用火工品
    • 5-5 自動車用安全装置
      運転者用フロントエアバッグ/助手席用エアバッグ/その他のエアバッグ/シートベルトプリテンショナー/歩行者保護のためのボンネット上昇装置とエアバッグ/ロールオーバー・プロテクション
    • 5-6 金属を無理矢理くっつける? 爆発圧着
    • 5-7 ドカンと一発! ダイヤモンド合成
      もう一つの超硬物質 窒化ホウ素/超高圧は面白い
    • 5-8 物理探査 月面で人工地震をおこす
      物理探査/アポロ計画の人工地震/月は空洞になっていて、中には宇宙人が!
    • 5-9 大深度地下探索 まだ掘れるオイルとガス
      高温高圧の大深度地下で火薬を使う/シェールガス、シェールオイルの現状
    • 5-10 医療への応用
      体内の結石を爆破!/無針注射
    • 5-11 遺棄・老朽化化学兵器の無害化処理
      遺棄・老朽化化学兵器/爆縮を使った無害化処理
  • 第6章 国内の法令および国際的な取り決め
    • 6-1 法令で定義する化学物質の危険有害性
    • 6-2 法令はインターネットで検索できる
    • 6-3 日本における火薬の定義
      火薬/爆薬/火工品/火薬類取締法は火薬として使うことが大前提/適用除外
    • 6-4 国際的な取り決め
      危険物輸送に関する国連勧告(TDG)/危険物輸送から世界調和へ/国連の危険物分類と定義/オレンジブックとパープルブック/火薬の輸送形態の実例/危険区分を決める国連勧告のフローチャート/フローチャートの中にある試験法
  •  さくいん

【感想は?】

 私が知りたかったのは、火薬と爆薬の違いだ。

 「銃の科学」で、爆発には2種類あると知った。爆燃と爆轟だ。違いは反応速度で、爆燃はミリ秒単位、爆轟はマイクロ秒単位。それこそ桁が違う。黒色火薬や花火は爆燃で、TNTなどの爆薬は爆轟。

 銃で使うのは爆燃で、爆薬だと銃が破裂してしまう。威力が強すぎるのだ。不純物を混ぜるとかして、なんとか調整できないの?と思ったんだが、どうやら無理らしい。組成も反応の形も、全く違うからだ。

 いずれも、化学エネルギーが解放されることで熱エネルギーに変わり、高温高圧のガスが噴き出す。たいていは何かと酸素が結合する、つまりは急激に燃えるって形だ。または、不安定な結合が安定した結合に変わるとか。

 ただし、火薬と爆薬は、酸素の在処が違う。火薬は酸素を含む物質(酸化剤)が、燃える物質と混ざっている。それに対し、爆薬は、同じ分子の中に可燃物と酸素の両方を含んでいる。距離が全然違うのだ。

 などといった原理の話が第1章~第2章に出てきて、これはかなり難しい。が、化学が苦手な人は、テキトーに読み飛ばそう。というか、私は読み飛ばした。以降の章では、意外な火薬の使い道や、花火の仕組みなどが出てきて、素人でも充分に楽しめる。

 火薬の使い道として、まず思い浮かぶのがは花火だ。これは後で述べるとして、「言われてみれば」なのが、ロケットの固形燃料。基本的な理屈はロケット花火と同じで、つまりは火薬を燃やしてるわけ。

 子供の頃、ロケット花火を池に向けて撃ったことがある。困ったガキだね。面白い事に、水の中でもロケット花火は燃え続けた。おかげで、火薬が燃えるのに酸素は要らないと、幼い頃に私は学んだ。えっへん←をい。なんでかというと、火薬の中に酸素が入っているから。固形燃料や花火も、同じ理屈だ。

 火薬は意外な所で使われている。分かり易いのが、パーティなどで使われるクラッカー。中には、物騒どころか、人を守るために使われている場合もある。あなたの自家用車にも、少なくとも二つ、火薬を使っているものがある。

 一つは緊急保安炎筒。急に車が動かなくなった時、他の車に事故を知らせるため光と煙を出す。もうひとつは、エアバッグだ。これを膨らませるのに、火薬を使っている。急いで膨らませるには、火薬を使うのが最も手ごろなのだ。

 ハイテクに感動したのが、爆発圧着。溶接しにくい二種類の金属を結合させるのに使う。要は爆発の圧力でくっつけちゃえって発想だ。チタンは腐食に強いが値段が高くて加工しにくい。そこで全体は軽くて安いアルミで作り、肝心の部分だけチタンにしたり。

 でもやっぱり、この季節に気になるのは花火。第4章をまるまる使って説明してくれるのが嬉しい。最近の花火は途中で色が変わったり、最後にキラキラ輝いたりする。

 花火の基本は黒色火薬なんだが、様々な工夫をこらしている。火が付くタイミングは導火線の長さで調整し、色は混ぜ物で創り上げる。この色、電子が関係してるあたりが、科学の意外な所。なんと炎色反応(→Wikippedia)の理屈なのだ。だもんで、本書では分光器で火薬の組成を調べてたり。野暮なんだかロマンチックなんだかw

 終盤では旧日本軍が国内に遺棄した毒ガスの話が出てきた。中国での遺棄兵器はニュースになったので知っていたが、考えてみれば、日本国内にも遺棄された化学兵器がある筈なんだよね。あんましニュースにならないけど。ニワカとはいえ軍ヲタなら、思いついて当然だろうに。

 物騒に思える火薬だが、花火はもちろん自動車の安全装置や金属加工、果ては医療など、実は様々な所で使われているし、そのために求められる性質も色とりどり。冒頭は専門的でとっつきにくいけど、中盤以降は素人でも楽しめる話が多い。「わからない所は読み飛ばす」姿勢で臨もう。

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2017年6月12日 (月)

バリー・パーカー「戦争の物理学 弓矢から水爆まで兵器はいいかに生み出されたか」白揚社 藤原多伽夫訳

本書では物理学のたいていの分野に触れ、それらが軍事にどのようにおうようされているかを解説する。
  ――1 はじめに 本書の概要

弓の威力を決めるのに重要な要素はいくつかあるが、そのうちの三つは、弓の長さ、形、材料だ。一般的に弓は長ければ長いほど威力を増す…
  ――3 古代の兵器の物理学

理論上、水爆の威力には限界がない
  ――18 水素爆弾、大陸間弾道弾ミサイル、レーザー、そして兵器の未来

【どんな本?】

 戦闘と物理学と言えば、マンハッタン計画が生み出した原爆や話題の無人航空機、SFに出てくる光線銃や衛星兵器を思い浮かべるだろう。しかし、大昔から使われている弓や投石器、騎士がふるう剣やまとう鎧にも、物理学は大きく関係している。

 古代の戦車(チャリオット)から攻城用兵器、大砲や銃の進歩や使われている技術と原理、航空機や潜水艦などの乗り物、そして核兵器からレーダーなどの情報機器まで、軍用機器の歴史を辿ると共に、それに関係した物理学のトピックを、色とりどりのエピソードに交えて語る、一般向けの科学・軍事解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Physics of War : From Arrow to Atoms, by Barry Parker, 2014。日本語版は2016年3月25日第一版第一刷発行。私が読んだのは2016年5月10日発行の第一版第二刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約402頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント46字×19行×402頁=約351,348字、400字詰め原稿用紙で約879枚。文庫本なら上下巻にしてもいい分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。アチコチに数式が出てくるが、だいたいの意味は文章でも説明しているので、わからなければ無視しても構わない。理科が得意で軍事にアレルギーがなければ、中学生でも充分に楽しめるだろう。

 ただし、これを読んでも、さすがに原爆は作れない。原理は分かるけど。でも威力のある弓ぐらいは作れそう。

【構成は?】

 時系列順に並んではいるが、各章はけっこう独立しているので、美味しそうな所だけを拾い読みしてもいい。

  • 序文
  • 1 はじめに 本書の概要
  • 2 古代の戦争と物理学の始まり
    カデシュの戦い/古代の戦闘馬車/銅、ブロンズ、鉄/アッシリア人/ギリシャ人と物理学の始まり/投石器/アレクサンドロス大王/アルキメデス
  • 3 古代の兵器の物理学
    速度と加速度/力と慣性/運動量と力積/重力の影響/エネルギーと仕事率/角運動量とトルク/機械/弓矢の物理学/投石器の物理学
  • 4 ローマ帝国の勃興と、英仏の初期の戦い
    ローマ軍とその武器/英仏の初期の戦い/ロングボウの起源と物理学
  • 5 火薬と大砲 戦争の技法と世界を変えた発見
    ロジャー・ベーコン/書記の大砲/百年戦争/ウルバン砲とコンスタンティノープル包囲/イングランドとスコットランドの戦いで使われた大砲/フランス軍/シャルル八世とナポリでの勝利
  • 6 時代を先取りした三人 レオナルド・ダ・ヴィンチ、タルタリア、ガリレオ
    レオナルドと物理学/軍事に関わるレオナルドの発明/戦争に対するレオナルドの姿勢/タルタリア/ガリレオ/弾道学の問題
  • 7 初期の銃から、三十年戦争、ニュートンの発見まで
    戦争と銃/海での戦い/ヘンリー八世/ウィリアム・ギルバート/経度の問題/三十年戦争/スウェーデンの介入/発見の新時代をもたらしたニュートン
  • 8 産業革命の影響
    フランス革命/イギリスの産業革命/ジェームズ・ワットと蒸気機関/ウィルキンソンの鉄工技術/銃の命中精度を高めたロビンス/フリントロック/クリスティアン・ホウヘンス/軍事技術とのかかわり
  • 9 ナポレオンの兵器と電磁気の発見
    フランス革命/大砲の製造法を変えたグリヴォーヴァル/ナポレオンの兵器/摩擦熱を研究したランフォード伯/電気と磁気の関係/電気が戦争に及ぼした影響
  • 10 アメリカの南北戦争
    雷管の開発/ミニエー弾/ライフル銃と大砲における革命/南北戦争/電信の役割/発電機(ダイナモ)/ガトリング法/海上での戦い/スクリュープロペラの物理学/「知るか、機雷なんか」/潜水艦/気球
  • 11 銃弾と砲弾の弾道学
    砲内弾道学/反動/過渡弾道学とソニックブーム/砲外弾道学/銃弾の安定性/終末弾道学
  • 12 航空力学と最初の飛行機
    飛行機の発明につながる発見/ライト兄弟/飛行機が飛ぶ仕組み/揚力の物理学/抗力とは/飛行機の操縦/飛行機が戦争に使われた最初の事例
  • 13 機関銃の戦争 第一次世界大戦
    機関銃の開発/その他の兵器/第一次世界大戦の開戦/初期の戦闘機/海戦と海中の脅威/毒ガス/初期の戦車/アメリカの参戦
  • 14 無線とレーダーの開発
    電磁波の生成と検出/電磁スペクトル/電波/X線/光と赤外線/レーダー/レーダーの性能を高める装置
  • 15 ソナーと潜水艦
    アルキメデスの原理/潜水艦の物理学/スクリュープロペラの動力/船体の形状と潜望鏡/航法/ソナー/水雷/魚雷の仕組み/第二次世界大戦での潜水艦
  • 16 第二次世界大戦
    大戦はいかにして始まったか/戦争に備える/フランスでの戦闘とダンケルクの戦い/レーダーの強み/ブリテンの戦い/アメリカの参戦/飛行機の進歩/戦争で使われた初期のロケット/その他の兵器と小火器/コンピューターと諜報活動
  • 17 原子爆弾
    そもそもの始まり/アインシュタインの役割/イタリア人の大発見/ハーン、マイトナー、シュラスマン/1938年のクリスマス/連鎖反応/大統領への書簡/開戦/イギリス側の動き/ハイゼンベルクとボーア/マンハッタン計画/最初の原子炉/マンハッタン計画は続く/トリニティ実験/ドイツ側の原爆開発/日本への原爆投下を決断
  • 18 水素爆弾、大陸間弾道弾ミサイル、レーザー、そして兵器の未来
    水素爆弾の開発/ウラムとテラーの大発見/最初の実験「アイヴィー・マイク」/水爆の物理学/長距離ミサイル/レーザー/半導体とコンピューター/人工衛星とドローン/未来の兵器
  •  訳者あとがき/註/主な参考文献

【感想は?】

 ニワカ軍ヲタ大喜びの本。

 さすがに「戦闘技術の歴史」シリーズほどには体系化されていないものの、軍事の素人には、思い込みを覆されるエピソードが何度も出てくる。

 例えば弓だ。イングランドのロングボウは「戦闘技術の歴史 2 中世編」で出てきたが、内容が専門的過ぎて、肝心の「何が嬉しいのか」がイマイチ分からなかったが、これでよくわかった。要は飛距離と威力だ。直感的にわかるように、弓は長い方が威力も大きいのだ。

 似たような兵器にクロスボウ(弩)がある。威力が大きく、使いこなすのは弓より簡単そうなのに、あまり流行ってない。なんでだろう?

 と持ったら、クロスボウは中精度が悪い上に、連射が効かないのだ。イングランドのロングボウは一分に5~6本撃てるのに対し、クロスボウは一分に1~2本。当時の戦争はせいぜい2~300mほどでの撃ちあいだから、走り抜ければ1~2分で接近戦になる。となれば、連射能力の差は大きいよなあ。

 科学の進歩がわかるのも、楽しい点の一つ。私たちは、空中に放り投げた物がどんな軌跡をたどるのか、だいたい知っている。野球のホームランボールの軌跡がソレで、つまりは放物線だ。しかも、横向きの動きは、空気抵抗で次第に遅くなる。

 これは野球の玉に限らず、大砲や銃の弾も似たようなもんだろう、と私たちは考える。

 が、16世紀ごろまでは違ってて、「砲弾が砲身を離れたあと加速すると考えられていた」。これを正したのがイタリアのニコロ・タルタリア(→Wikipedia)。ここから弾道学が始まる。

 今でこそ写真も動画もあるから、ホームランの軌跡はわかるし、義務教育で基礎的な物理学を学ぶから、なんとなく銃弾や砲弾の動きも見当がつく。でも当時はニュートン以前だし、速すぎて砲弾の動きも見えないから、想像するしかなかったのだ。実験って概念も普及してなかったし。

 この章、レオナルド・ダ・ヴィンチやガリレオ・ガリレイも出てくる。ちと切ないのが、タルタリアを含めた三人とも、食うために軍事に手を出してる点。いずれも「本業ではあまり稼げなかったが、兵器の開発では高い収入を得られた」。昔から軍事研究は儲かる仕事だったのだ。なんだかなあ。

 銃の歴史も、素人向けで実に分かり易い。マスケット銃だのミニエー銃だのと名前はよく聞くが、どこがどう違うのか、歴史の教科書じゃ説明していない。

 アッサリ言うと、マスケット銃は丸い弾丸でライフリングなし、ミニエー銃はロケット型の弾丸でライフリングあり。

 銃身にライフリングがあると弾丸は一定の回転を与えられ、ジャイロの理屈で軌道が安定する。これがないと、丸い弾丸は銃身内を進む際に不規則な回転を与えられ、軌道が安定しない。野球だと、ナックル・ボールみたいな感じ?いや多分違うけど。

 決まった回転を与えりゃいいのはわかったが、そのためには弾丸が銃身に密着しなきゃいけない。ミニエー銃の弾丸は底にくぼみがあり、火薬の熱でこれが膨らみ、弾丸がライフリングに密着する。言われてみりゃその通りだが、発想は見事だよなあ。

 この辺の理屈を考えたのはベンジャミン・ロビンズなんだが、彼の手法は見事なまでに科学的でエレガント。

 例えば弾丸の速さを測る方法。重さの分かっている角材を紐でぶら下げ、これを銃で撃つ。角材の揺れ幅を見れば、弾丸が角材に与えたエネルギーがわかる。弾丸の重さも分かるから、後は計算すれば弾丸の速さが分かる。実に鮮やかにニュートンの業績を使いこなしてます。

 銃の発砲音も、私はアレ火薬が爆発した音だと思ってたけど、実は全然違った。銃身内のガスが銃口で急に拡散した時に出る音なのだ。だから消音機は銃口につけるのか。

 と、ここでは銃の話ばかりを書いちゃったけど、目次を見ればわかるように、電信や航空機や原爆など、様々な兵器や軍事用機材の話が出てきて、なかなかバラエティ豊か。特にプロペラの形状の話とかは、モノの形の不思議さを感じるところ。

 全般的に初心者向けで、マニアには物足りないけど、素人には楽しい話がいっぱい載ってるし、書名で感じるほどには難しくもない。科学の話も中学生で充分ついていけるので、気楽に読もう。

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2017年6月 4日 (日)

シャロン・バーチュ・マグレイン「異端の統計学ベイズ」草思社 福永星訳

ベイズの法則は、一見ごく単純な定理だ。曰く、「何かに関する最初の考えを、新たに得られた客観的情報に基づいて更新すると、それまでとは異なった、より質の高い意見が得られる」
  ――序文、そして読者の皆さんへのただし書き

「数値を状況から切り離すことはできない」
  ――第10章 ベイズ派の巻き返しと論争の激化

「ベイズの法則はまちがいなのだ……実際に機能するという事実を別にすれば」
  ――第17章 世界を変えつつあるベイズ統計学

【どんな本?】

 迷惑メールを自動的に捨ててくれるベイジアン・フィルタなどで使われており、コンピュータの普及と共に大きな役割を担っているベイズ派統計学。だが、それは統計学の世界では長く異端とされ、何度も葬り去られては復活するゾンビのような歴史を持っていた。

 なぜ異端なのか。厳密な筈の数学の世界で、なぜ綺麗にケリがつかず長く論争が続くのか。ベイズは何が嬉しくて、何が困るのか。そもそもベイズとは何か。そして、数学界での論争とはどのようなものなのか。

 現代の情報技術で脚光を浴びているベイズ統計学の歴史を、個性豊かな登場人物の戦いと活躍で彩り、波乱に満ちたベイズ統計学の物語を綴る、数学と歴史のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Theory That Would Not Die: How Bayes' Rule Cracked the Enigma Code, Hunted Down Russian Submarines, and Emerged Triumphant from Two Centuries of Controversy, by Sharon Bertsch McGrayne, 2011。日本語版は2013年10月29日第1刷発行。

 単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約437頁。9ポイント47字×18行×437頁=約369,702字、400字詰め原稿用紙で約925枚。文庫本なら上下巻に分けてもいい分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。確率については、「釣り鐘型のグラフが正規分布」ぐらいに知っていれば充分に読みこなせる。少し数式も出てくるが、読み飛ばしても特に問題はない。というか、私は読み飛ばした。

 「統計や確率って、やたら沢山の数字を測ったり計算したり、面倒くさいよね」ぐらいに思っていればいい。むしろ計算や面倒くさいことが苦手な人ほど、登場人物の想いが伝わってくるだろう。

【構成は?】

 原則として時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。できれば年表が欲しかった。

  • 序文、そして読者の皆さんへのただし書き
  • 第1部 黎明期の毀誉褒貶
    • 第1章 発見者に見捨てられた大発見
      ベイズ師のすばらしい発見/ベイズが生きた時代ととの人物像/ベイズの天才的ひらめきはいかにして生まれたか/ベイズの大発見はほとんど注目されたかった
    • 第2章 「ベイズの法則」を完成させた男
      数学者ラプラス誕生の背景/天文学と確率論を結びつける/ラプラスはどのようにベイズの法則を発見したか/ラプラス、ベイズを知る/確率の理論を男女出産比率調査で実践/18世紀フランスの政治と統計学/太陽系の安定を示したラプラスの偉業/フランス科学界のリーダーへ/ついにベイズの法則を定式化する
    • 第3章 ベイズの法則への厳しい批判
      誤解に満ちたラプラス像/等確率と主観的信念が攻撃の的になった/フランス軍のなかで生きつづけたベイズの法則/アメリカ電話電信会社を救ったベイズ/アメリカの労災保険料率算出での利用/反ベイズの大物、フィッシャーの人物像/フィッシャーとネイマン、二人の反ベイズ同士の諍い/ベイズの法則が復活の兆しを見せた領域/フィッシャーの有人となったベイズ派、ジェフリーズ/ジェフリーズ対フィッシャー またもベイズ派が負ける
  • 第2部 第二次大戦時代
    • 第4章 ベイズ、戦争の英雄となる
      どうしても答えを出さなければならない問題/ドイツ軍の暗号エニグマを解読せよ/数学者に活躍の出番が回ってくるまで/数学者チューリングがベイズの手法で解読をはじめる/暗号解読に必要なものを手に入れる/ロシアでもベイズは軍用統計学となった/より強力な暗号「タニー」の登場/エニグマ暗号機にホイールが追加される/チューリングとシャノン 戦時下での二人の天才の対話/ユーボート探索の作戦にもベイズが使われた/世界初の大規模電気式デジタル計算機での暗号解読/暗号解読にベイズを使ったチューリング以外の人たち/ベイズの手法の貢献が挺機密扱いになる
    • 第5章 再び忌むべき存在となる
      「頻度主義にあらずんば統計学にあらず」という時代
  • 第3部 ベイズ再興を志した人々
    • 第6章 保険数理士の世界からはじまった反撃
      反ベイズへの逆襲を試みる男/なぜかうまくいくベイズ流損保保険料率に驚く/保険数理士の世界からアカデミズムの世界へ広まる
    • 第7章 ベイズを体系化し哲学とした三人
      統計学者の数が爆発的に増える/外部からは嫌われ内部では分裂する統計学者たち/ベイズを再生に導いた変わり者、グッド/転向して熱烈なベイズ派となった理論家、サヴェッジ/イギリスにベイズ派の拠点を築いたリンドレー
    • 第8章 ベイズ、肺がんの原因を発見する
      がんとたばこの関連を調べた世界初の症例対照研究/たばこと肺がんの因果関係をベイズの手法で証明する/コーンフィールドの大活躍とベイズの復活
    • 第9章 冷戦下の未知のリスクをはかる
      未経験の危機に関する研究へと誘われた若者たち/核兵器事故が起きる不安は募りつつあった/事故の危険を予知した報告書は何を引きおこしたか
    • 第10章 ベイズ派の巻き返しと論争の激化
      ベイズ理論の驚くべき多様化/反ベイズの立場の理論家も密かにベイズを使った/反ベイズの大物たちとの対立はどうなったか/ベイズに注目が集まり他分野にも影響及ぼす
  • 第4部 ベイズが実力を発揮し始める
    • 第11章 意思決定にベイズを使う
      ベイズ派も頻度派も現実の問題に使われてこなかった/情熱と好奇心のアウトサイダー、シュレイファー/意思決定に頻度主義が無力だと悟ったライファ/ライファとシュレイファーがベイズを使えるものにした/二人はベイズの普及に成功したか
    • 第12章 フェデラリスト・ペーパーズを書いたのは誰か
      非軍事分野における最大規模のベイズ手法実践例/現実の問題を扱うことで表出したベイズの困難さ/研究を指揮したモスラーの並外れた能力/著者判別の手がかりとなる単語の発見
    • 第13章 大統領選の速報を支えたベイズ
      テレビ業界の熾烈な競争と世論調査/軍事関連研究の大物、テューキー/なぜテューキーは大統領選速報の仕事を受けたのか/テューキーのベイズ派と頻度主義に対する態度/安全保障のためにベイズの手法は隠された?
    • 第14章 スリーマイル島原発事故を予見
      ベイズ派が停滞期に陥った原因/ベイズ派内でも著しい見解の相違があった/ベイズの手法による分析で原発事故を予見
    • 第15章 海に消えた水爆や潜水艦を探す
      爆撃機が空中爆発して載せていた水爆が行方不明に/仮説を幾つも立てて確率を付与する/水爆探索の現場で何が起きていたか/目撃証言と潜水艇による探索で水爆にたどりつく/ベイズ統計を使う次なる機会 潜水艦探索/潜水艦探索で使われた先進的手法「モンテカルロ法」/探索の理論が漂流船を救助するシステムに応用される/ソビエト潜水艦の発見・追尾にも応用され成功
  • 第5部 何がベイズに勝利をもたらしたか
    • 第16章 決定的なブレークスルー
      コンピュータ発達後も統計学者たちは足踏みを続けた/各分野でベイズの手法を使った成果が出はじめる/ベイズが画像解析に革新をもたらす/ベイズの手法に革命をもたらす数値積分法の発明/マルコフ連鎖モンテカルロ法がもたらしたインパクト/ベイズの手法がソフトウェア化され他分野で大活躍/医学分野でもベイズが使われはじめる/海洋は乳類保護でもベイズが活躍
    • 第17章 世界を変えつつあるベイズ統計学
      ベイズは受け入れられ活用され、論争は沈静化した/ニュースとなり、賞を生んだベイズ統計/金融市場の予測から自動車運転にまで応用されるベイズ/スパムメール除去やWindowsヘルプにも/Eコマーズにもネット検索にもベイズの知見が/ベイズが機械翻訳を大躍進させる/人間の脳もベイズ的に機能している/ベイズ統計は完璧な思考機械を生み出すか
  • 補遺a 「フィッシャー博士の事例集」:博士の宗教的体験
  • 補遺b 乳房X線撮影と乳がんにベイズの法則を適用する
  • 謝辞/用語解説/訳者あとがき/参考文献/原注

【感想は?】

 最初にお断りしておく。この本を読んでも、ベイズ統計学は身に付かない。

 この本は数学の本ではない。だから数学が苦手な人でも楽しめる半面、実際にベイズ統計を使って何かを予測できるようにはならない。ベイズ統計学の入門書ではないので、そこはお間違えないように。

 では何の本かというと、一つの思想の伝記と言っていい。つまり歴史の本だ。

 一つの思想が生まれ、時の流れの中に埋もれ、それが何度も発掘・再発見されては忘れられ、または陰で利用されては葬られ、その度に磨きをかけられて成長し、現代において格好のパートナーを得て大成功を収める、そんな物語だ。

 そう、ベイズ統計そのものを主人公として、艱難辛苦の末に栄光を勝ち取る物語として読むと、とっても気持ちがいい。

 そもそも誕生からして切ない。生んだのは18世紀のアマチュア数学者、トーマス・ベイズ師(→Wikipedia)。今はベイズ統計が情報技術で散々使われているのに、日本語版 Wikipedia の記述もあっさりしたもの。ベイズの法則(→Wikipedia)を見つけたものの、ほったらかしにしたまま亡くなってしまう。

 生まれたはいいが親は何の期待もしなけりゃ育てもせず、橋の下に捨てました、そんな感じ。哀れ。

 この捨て子を拾ったのがピエール・シモン・ラプラス(→Wikipedia)。あの「ラプラスの悪魔」で有名なラプラスだ。男女の出生比などから、ベイズとは無関係にベイズの法則を見つけ、磨きをかけてゆく。ナポレオンと同時代で激動のフランスにありながら、名声を築き上げたラプラスの威光で、ベイズ統計も日の目を見る…かと思ったら。

 いかな天才ラプラスといえど、所詮は人、寿命はある。後援者がいなくなれば生意気な若造は叩かれる。そんなわけで、ラプラスの没後、後ろ盾を失ったベイズの法則は頻度主義者たちから袋叩きにされ、路頭に迷う羽目に…

 なるかと思ったら、世の中捨てる神あれば拾う神あり。今度の救いの神は軍人さん。

 数学者ジョセフ・ルイ・フランソワ・ベルトラン率いるフランス軍が、砲兵将校向けに使い始める。当時は大砲も弾も職人が作っていてバラツキがある上に、撃つ時の風向きや気圧などでも落下地点が変わる。それ全部を計算してたらキリないし、どころか戦場じゃ正確な情報なんてまず手に入らない。

 ってんで、「よーわからん要素」が沢山ある時に、とりあえず使える数字を出すのに向いてるのが、ベイズ統計ってわけ。

 と書くとベイズ統計はいい加減なシロモノみたく思えるが、当然ながらそんな事はない。いや本当に何も分からなけりゃ精度もソレナリなんだが、データが集まってくれば次第に精度も上がってくるのがベイズらしい。

 と、こんな風に、世に出てきては宿命の敵の頻度主義者たちに袋叩きにされ、隅に追いやられては数学の部外者である軍人や保険業者に拾われ、コッソリと実際的な実績を積み重ねる、そんなパターンを何度も繰り返してゆく。

 こういったあたりが、まるきし冒険物語みたいで楽しい。話を創ったんじゃないか、と思うぐらい何度も繰り返すのだ。

 中でも切ないのが軍人さんがパトロンになった時。そうでなくたって秘密主義な人たちで、オープンな学問の世界とは性格が正反対だ。そのため、鮮やかな実績を上げても、軍事機密を理由に全く報われなかったり。これを最もわかりやすく象徴してるのが、かのアラン・チューリング(→Wikipedia)とコロッサス(→Wikipedia)のお話。

 など軍隊とのパートナーシップと秘密主義は今でも続いているようで、画像処理技術なども軍からの払い下げが相当にあるらしい事が、終盤で見えてくる。Photoshop のフィルタも、米軍が開発したアルゴリズムを結構使ってるんだろうなあ。

 やたらと計算量が多いのもベイズの弱点だったが、これもコンピュータなら黙々と計算してくれるわけで、今後もベイズは活躍し続けるだろう。特に学習型AIとかでは、必須の技術になる…というか、既になっている様子。

 厳密な論理に従って話が進むと思っていた数学の世界でも、確率と統計は毛色が違ってる事がわかったし、それ以上に一つの技術が辿った紆余曲折が小説みたいにドラマチックだ。また統計という理論と実践が交わる部隊だけに、個性あふれるコンビが優れたチームワークを発揮する話も気持ちいい。

 と、おお話としては抜群に面白い本だtった。ただし、繰り返すが、ベイズ統計の入門書としては全く使えないので、お間違いのないように。

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2017年5月15日 (月)

松原始「カラスの補習授業」雷鳥社

カラスの知能について「霊長類並みに進歩している!」といった解釈をするのは、間違いとは言えないにせよ、必ずしも正しくない。霊長類の知能が唯一絶対の到達点などではないからである。
  ――カレドニアガラスの道具使用

親鳥が巣で眠ることはほとんどない。あったとしても雛を抱くついでである。
  ――営巣場所と造巣行動

カラスは日本最大の農業害鳥でもある。鳥による農業被害として申告される被害額のうち、約半分がカラスによるものだ(次はヒヨドリ)。
  ――被害防除に関する、多少は真面目な話

河川周辺はハシボソガラスの縄張りで埋め尽くされている。
  ――鴉屋の京都御所にて悪戦苦闘すること

ハシブトガラスの行動圏はとことん、ゴミ基準なのだった。
  ――鴉屋の京都御所にて悪戦苦闘すること

【どんな本?】

 「カラスの教科書」に続く、カラスに憑かれた動物行動学者による一般向け科学解説書。

 カラスそのものの記述に加え、それのどこに注目してどう観察するか、観察する際の注意点や苦労することは何か、観察結果をどう記録しどう解釈するか、優れた観察者になるにはどうすればいいかなど、研究する側の話も多く、センス・オブ・ワンダー度ではこちらの方が濃い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年12月20日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約385頁。9.5ポイント39字×14行×385頁=約210,210字、400字詰め原稿用紙で約526枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分だが、ユーモラスなイラストが沢山載っているので、文字数は7~8割ぐらいだろう。

 文章はこなれていて読みやすく、親しみやすい。内容は先の「カラスの教科書」に比べるとやや突っ込んだ話が多いが、素人でも充分についていける。「カラスの教科書」は国語が得意なら小学生の高学年でも楽しめる程度、これは国語と理科が得意なら小学生の高学年でも楽しめる程度、ぐらいか。

 それと、あまり言いたくはないが、文字サイズが大きいのはありがたい。そういう歳なんです、はい。また、双眼鏡が欲しくなるかも。相変わらず植木ななせのトボけたイラストがいい味出してる。

【構成は?】

 一応、構成は順番通りに並んでいるようだが、美味しそうな所だけを読み散らかしても楽しめる。

  • はじめに
  • 授業の前に
    • カラスって何でしたっけ?
    • 食べるな危険
    • カラスはどうして黒いのかなあ?
  • 一時間目 歴史の時間
    • カラスの系統学
  • 二時間目 カタチの時間
    • カラスの形態と運動
    • ヘッツァーとハシブトガラス
  • 三時間目 感覚の時間
    • 嗅覚編
    • 視覚編
    • 聴覚編
  • 四時間目 脳トレの時間
    • 鳥アタマよ、さらば
    • カラスの知能、再び
    • カレドニアガラスの道具使用
  • 五時間目 地理の時間
    • ミヤマガラスとコクマルガラス
    • ヨーロッパのカラス科たち
  • 六時間目 社会Ⅰの時間
    • カラスの配偶システム
    • 営巣場所と造巣行動
    • ハシボソさんとハシブトさんの種間関係
    • ねぐら
    • カラスの集団と社会
  • 七時間目 社会Ⅱの時間
    • 被害防除に関する、多少は真面目な話
    • カラスはいかにして悪魔の化身に堕とされしか
  • 実習 野外実習の時間
    • 鴉屋の今日の町を走ること
    • 鴉屋の京都御所にて悪戦苦闘すること
  • おわりに
  • 参考文献とオススメ文献
  • おまけ カラスくんまんが

【感想は?】

 そう、センス・オブ・ワンダーだ。

 センス・オブ・ワンダー。SF者にはお馴染みの言葉だが、その意味は人によって違う。「なんか変だけど面白い」だったり、「その発想はなかった」だったり、「なぜそんな事を思いつく?」だったり。

 この本の場合、「あれ?そうだったの?」とか、「俺はずっと勘違いしてたのか!」とか、「そういうのもアリなのか」とか、「その手があるのか!」とか、「よかった、俺だけじゃなかった」とか。いや最後のは少し違うけど。

 そういう、盲点を突かれたり、世界観をひっくり返されたりする話が、ドッサリ載ってる。普通は勘違いを指摘されると、ちょっとムカつくもんなんだが、本ってのは読んでる本人しかわからないから人前で恥かく心配がないんで有り難い。脳みそのシワに溜まったアカが洗い流されるような爽快感がある。

 しかも、この本は、著者のとっつきやすい文章に加え、植木ななせによる微妙にユルいイラストが、親しみやすさを増している。粗い紙質や頁の行数の少なさも、計算した上での選択なんだろう。

 こういったヴィジュアル面でのセンス・オブ・ワンダーが強いのが、84頁にある(松原始による)ハシボソガラスの骨格イラスト。まるきし恐竜である。ただし足、特に脛が長くてスタイルがいい所が違う。やっぱり鳥は恐竜の生き残りなんだなあ。

 しかも、くるぶしの位置がヒトと全く違う。というか、私たちに見えている鳥の足ってのは、ヒトだと足の甲にあたる部分だけ。ネコやイヌと同じように、彼らは常につま先立ちなのだ。というか、ヒトみたく足の裏を地面にベッタリつける方が、生物としてはむしろ珍しいんじゃないかと思えてくる。

 やはり同様に足元をすくわれる感覚が味わえるのが、カラスの知能を考える「四時間目 脳トレの時間」。私たちは犬や猫や鳥に対して、頭がいいとか悪いとか言うけど、知能を測るモノサシの座標は何なんだ?という話。

 ヒトとカラスは、体も違えば生き方も違うし、生きている環境も違う。けれど、ヒトが動物の知能を測る時は、往々にしてヒトの生き方・環境を基準に頭の良しあしを語ってしまう。それってどうなの? そう、カラスにはカラス向きの知能があるし、ハシブトガラスとハシボソガラスでも違うんだぞ、と。

 このあたりは、良くできたファースト・コンタクト物のSFを読んでるような感じで、なかなか心地よかった。わざわざ他の星まで出かけなくても、私たちの身の回りにエイリアンはたくさんいるのだ。

 ただ、コミュニケーションはやたら難しい。なにせ感覚器からして違う。鳥や昆虫はRGBに加え紫外線も見えるのだ。しかも「色彩分解能も高い」。私には同じ色に見えても、鳥には見分けがつくらしい。鳥型エイリアンを出すなら、優れたファッション・センスを持たせるべきだろう←違う。

 コミュニケーションったって、そんなモン取りたがってるのは人間だけだ。カラスはマイペースで自分の人?生を生きている。それでも相手にしてほしけりゃ、人間がカラスのコミュニケーションを学ばにゃならん。そのためにはまずじっくり観察。

 とは言っても、何をどう観察すりゃいいのか、素人にはわからない。そこで、様々な観察法を教えてくれるのも嬉しい所。

 科学ってのは、往々にして何かを数字にする所から始まる。この本では、今までの研究で、何をどう数え計ったかが出てきて、ちょっとした野鳥観察のガイドになっているのも嬉しい。まあ、野鳥ったって、私の場合はスズメとハトとムクドリとカラスぐらいなんだが。

 例えば、歩き方。スズメは、ピョンピョンと跳ねる。対してハトはひょこひょこと歩く。小さい鳥は跳ねるのかと思ったら、セキレイあたりはとても器用にテケテケと走っていく。同じ鳥でも全然違う。言われてみれば「そうだね」だけど、私は今までそんな事は全く意識していなかった。こういう事を知ると、見慣れた風景も違って見えるから楽しい。

 アニメを作る人は、こういう観察眼が優れてるんだろうなあ。とか思ったら、目を鍛える方法も出てきた。スケッチである。どうやら生物学者に絵心は必須らしい。ちゃんとやれば、個体も識別できるようになるとか。私もせめてハシブトとハシボソの違いぐらいはわかるようになりたい。

 当然、他の事も測る。地上滞在時間とか、何かを突っつく回数とか、歩く歩数とか。これがハシブトとハシボソでかなり違うんで、最初は行動で見分けてみよう。ハシブトは目標めがけてスッと舞い降り、あまし地上には留まらない。対してハシボソは石をひっくり返したり地面をつついたりと、忙しい。

 とかを読んでると、いい双眼鏡が欲しくなるから困る。

 などの真面目な話も面白いが、他の生物や学者の逸話も楽しいのが多い。特に強烈なのがコンラート・ローレンツで、悪魔のコスプレで屋根に上ったり、耳にミールワームを突っ込まれそうになったりと、なかなか楽しい人生を送ったようだ。人類学者が彼を観察したら、頭を抱えるんじゃなかろか。著作じゃ「攻撃」や「ソロモンの指輪」が有名な人だけど、自伝を書いてたらベストセラー間違いなしだったのに。

 ユーモラスな文章と愉快なエピソードで読者を惹きつけつつ、知らぬ間に科学の基本を洗脳する恐るべき書物。植木ななせによる肩の力が抜けたイラストに騙されて手に取ると、理系人間に改造されてしまう困った本だ。

 それと、旅行の楽しみが一つ増えるかもしれない。なにせ旅先で見かける生き物は、日頃の生活圏にいる生き物と違うのだから。

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