カテゴリー「書評:科学/技術」の243件の記事

2018年7月18日 (水)

スティーブン・ジョンソン「世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史」朝日新聞出版 大田直子訳

本書のテーマのひとつは、この不思議な影響の連鎖、「ハチドリ効果」である。ある分野のイノベーション、またはイノベーション群が、最終的に、まるでちがうように思われる領域に変化を引き起こす。
  ――序章 ロボット歴史学者とハチドリの羽

グーテンベルクの発明から100年とたたないうちに、ヨーロッパ全土で多くの眼鏡メーカーが繁盛し、眼鏡はふつうの人がふつうに身に着ける――新石器時代の衣服の発明以来――最初の先進技術になった。
  ――第1章 ガラス

アイデアというものは根本的にほかのアイデアとのネットワークだからである。
  ――第2章 冷たさ

都市の成長と活力はつねに、人々が密集するとできる人間の排泄物の流れを管理できるかどうかにかかっている。
  ――第4章 清潔

リースはずっと、共同住宅改革――および都市貧困に対する戦略全般――の問題は、結局、想像力の問題ではないかと思っていた。
  ――第6章 光

「このプロセスの本質は代数や分析ではなく算術と数字のはずだと思っている人が多い。これはまちがいだ。この機関は数字で表された量を、まるで文字などの一般的符号であるかのように、配列して組み合わせることができる」
  ――第7章 タイムトラベラー

【どんな本?】

 私たちの暮らしは、様々な技術に支えられている。日の光は取り入れるが風や雨は遮るガラス。食品を長持ちさせる冷蔵庫。ニュースを伝えるラジオ。安心して飲める水。正確な時を刻む時計。夜を照らす電灯。そして、このブログを読み書きするコンピュータ。

 いずれも今の私たちにとっては当たり前のものだが、それの土台となる技術は、今とは全く異なる目的のために開発され、予想外の出会いと紆余曲折を経て、現在の形へと至ったものだ。

 ガラス・冷たさ・音・清潔・時間・光そして演算装置の七つの技術の誕生と成長の歴史を辿り、ヒトの知識と技術が社会にもたらす意外な効果を解き明かす、一般向けの技術史読本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How We Got to Now : Six Innovations That Made the Modern World, by Steven Johnson, 2014。日本語版は2016年8月30日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約310頁。9.5ポイント43字×17行×310頁=約226,610字、400字詰め原稿用紙で約567枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。たまに馴染みのない化学物質の名前が出てくるが、「そういうモノがある」程度に思っていれば充分で、理科が苦手でも大丈夫。どちらかというと科学より歴史の本なので、常識程度に世界史を知っていれば更に楽しめる。

【構成は?】

 各章は穏やかに繋がっているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。ただ、全体を通して一貫したメッセージもあり、それは頭から読んだ方が伝わりやすい。

  • 序章 ロボット歴史学者とハチドリの羽
    ハチドリの羽はどうやってデザインされたのか?/世界を読み解く「ロングズーム」
  • 第1章 ガラス
    ツタンカーメンのコガネムシ/ガラスの島/グーテンベルクと眼鏡/顕微鏡からテレビへ/ガラスで編まれたインターネット/鏡とルネサンス/ハワイ島のタイムマシン/ガラスは人間を待っていた
  • 第2章 冷たさ
    ボストンの氷をカリブに運べ/氷、おがくず、空っぽの船/冷たさの価値/氷によってできた街/人工の冷たさをつくる/イヌイットの瞬間冷凍/エアコンの誕生と人口移動/冷却革命
  • 第3章 音
    古代洞窟の歌/音をつかまえ、再生する/ベル研究所とエジソン研究所/勘ちがいから生まれた真空管/真空管アンプ、大衆、ヒトラー、ジミヘン/命を救う音、終わらせる音
  • 第4章 清潔
    汚すぎたシカゴ/ありえない衛生観念/塩素革命/清潔さとアレルギー/きれいすぎて飲めない水
  • 第5章 時間
    ガリレオと揺れる祭壇ランプ/時間に見張られる世界/ふぞろいな時間たち/太陽より正確な原子時計/一万年の時を刻む時計
  • 第6章 光
    鯨油ロウソク/エジソンと“魔法”の電球/“天才”への誤解/ピラミッドで見いだされた光/スラム街に希望を与えたフラッシュ/100リットルのネオン/バーコードの“殺人光線”/人口の“太陽”
  • 第7章 タイムトラベラー
    数学に魅せられた伯爵夫人/180年前の“コンピューター”/隣接可能領域の新しい扉
  • 謝辞/原注/参考文献/クレジット

【感想は?】

 「風か吹けば桶屋が儲かる」の技術史版。

 新しい技術が出てきた時、「それが何の役に立つの?」と見下そうとする人がいる。そういう人を言いくるめるのに、この本はとても役に立つ。

 それが最もよく出ているのが、「第1章 ガラス」だ。あなたの部屋の窓にはまっている、あのガラスだ。

 話は古代エジプトのツタンカーメンのスカラベから始まり、1204年のコンスタンティノープル陥落へと飛ぶ。オスマン軍から逃げたガラス職人たちは、ヴェネチアに引っ越す。彼らの技術は金になるが、火を扱うので火事が怖い。そこで首長はガラス職人を街区から追い出し、ムラーノ島に集めた。

 これが現在のシリコンバレーと同じ効果をもたらした。職人同士が技を競い、新しい工夫を交換し合って、ヴェネチア・グラスのブランドを打ち立てる。中でも秀でているのが、アンジェロ・バロヴィエールの功績だ。彼は「とびきり透明なガラス」を創り上げた。

それまでのガラスは、何かしら色がついていた。教会のステンド・グラスがカラフルなのは、ワザとじゃない。透明なガラスがないので、そうするしかなかったのだ。

 時代は飛んで15世紀。グーテンベルクが印刷機を発明する。これが、人々に意外な発見をもたらす。「なんかこの本、読みにくいなあ」。

 昔から遠視の人はいた。ただ、細かい字なんか読まないから、気が付かなかった。そこに安い本がやってきて、識字率もあがる。否応なしに、多くの人が自分が遠視だと気づかされたのだ。

 これで喜んだのが、眼鏡業界。透明なガラスがレンズを実用化したのはいいが、それまでは細々とした商売だった。だって字なんか読めるのは、修道院の学者さんぐらいだし。

 ところが印刷機の発明で、レンズの市場が一気に広がる。やがてレンズを組み合わせた顕微鏡が生まれ、コッホが細菌を見つけ出す。この発見が現代医学に、どれほどの貢献した事か。やがてレンズはカメラや携帯電話に搭載され、またグラスファイバーは断熱材や航空機、果ては光回線に…

 透明なガラスは別の変化ももたらす。職人はガラスの裏にスズと水銀の合金を貼った。鏡の誕生である。私たちは、やっと自分の姿をハッキリと見られるようになったのだ。これは絵画の世界に革命をもたらす。最初は自画像の流行だが、また遠近法も生み出してしまう。

 コンスタンチノープルの陥落から、遠近法の誕生や細菌の発見を予測できる者が、果たしてどれぐらい居ることやら。一つの技術が世界にどんな影響をもたらすのか、誰にもわからないのだ。

 とかの、巧くいった技術の歴史も面白いが、発明者の勘違いも面白い。

 例えば、かの有名なトーマス・エジソンとアレキサンダー・グラハム・ベル。蓄音機のエジソンと電話のベルだ。両者が最初に目論んだ目的が、見事にスレ違っている。

 エジソンは、蓄音機を手紙の代わりとして考えていた。声を吹き込んだ巻物を相手に郵便で送れば、メッセージを送れる。ボイスメールだね。そしてベルは、電話によるコンサートの実況中継を目論んでいた。今ならケーブルテレビの生中継に当たるんだろうか。

 ところが現実には、電話が個人相手へのメッセージ伝達に、録音機材が不特定多数相手の放送に使われている。開発者の言葉を鵜呑みにしちゃいけません。ティム・バーナーズ=リーだって、出会い系やXVIDEOS、ロシアによるアメリカ大統領選への介入までは予測できなかっただろう。

 同様に戸惑っているのが、真空管の父リー・ド・フォレスト。真空管はやがてラジオを生み出し、そこから流れてくるのは南部の黒人が生み出したジャズ。

「あなたがたは私の子どもであるラジオ放送に、何をしてくれたのだ?ラグライムだの、スイングだの、ブギウギだのといったぼろを着せて、このこの品位を落としている」
  ――第3章 音

 やがて真空管はエレクトリック・ギターを生み出す。アンプを通すまで「空気の振動」が存在しない、異端の楽器だ。新世代のミュージシャンたちは真空管に過大な負荷をかけると奇妙な効果が起きることを見つける。ヘビメタには不可欠なディストーション・サウンドの誕生だ。

 どうでもいいいが、この次にある「ハウリング」は、ギタリストの間じゃ「フィードバック」と呼ばれてる。

 などと、一つの技術や製品が生まれるまでの紆余曲折は、実に意外性に満ちていて楽しい。と同時に、一つのアイデアや技術が、社会にもたらす影響の予測の難しさもよくわかる。また、終盤では、アイデアを生み出す源泉について、面白い考察もしている。

 楽しく読みやすく意外性に満ちて、小ネタも満載。ほんと、技術史の本ってのは面白いなあ。

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2018年7月12日 (木)

マイケル・S・ガザニガ「脳のなかの倫理 脳倫理学序説」紀伊国屋書店 梶山あゆみ訳

私は脳神経倫理学をこう定義したい――病気、正常、死、生活習慣、生活哲学といった、人々の健康や幸福にかかわる問題を、土台となる脳メカニズムについての知識に基づいて考察する分野である、と。
  ――はじめに

胚をどの時点から人とみなすべきか
  ――1章 胚はいつから人になるのか

音楽家の体性感覚野を見ると、特定の指に対応する領域が大きくなっていて、どの指の領域が大きくなるかは楽器の種類によって異なる。
  ――4章 脳を鍛える

どうやら脳では、何かの課題をはじめて行うときにはたくさんの脳細胞(ニューロン)が使われるのに、技能が身につくにつれて、関与するニューロンの数がしだいに少なくなっていくらしい。
  ――4章 脳を鍛える

リタリンという薬は、多動症の子供の学業成績をよくするだけでなく、正常な子供に対しても同じ効果を発揮する。多動症でもそうでなくても、リタリンを飲めばSAT(大学進学適性試験)の点数が100点以上アップすると言われている。
  ――5章 脳を薬で賢くする

「ハリーがやったのではありません。ハリーの脳がやったのです。ハリーに行為の責任はありません」
  ――6章 私の脳がやらせたのだ

科学者と伝道者を比べた研究によると、新しいデータを突きつけられたとき、自分の考えをなかなか改められないのは科学者のほうだとの興味深い研究結果もある。
  ――9章 信じたがる脳

「三つの考え方はそれぞれ異なる脳領域を重視しているとみなせそうだ。カント(功利主義)は前頭葉。ミル(義務論)は、前頭前野と、大脳辺縁系と、感覚野。アリストテレス(徳倫理)はすべてを適切に連携させながら働かせる」
  ――10章 人類共通の倫理に向けて

人間は状況に対して自動的に反応している。脳が反応を生み出しているのだ。その反応を感じたとき、私たちは自分が絶対の真実に従って反応していると信じるに至る。
  ――10章 人類共通の倫理に向けて

【どんな本?】

 ES細胞の研究はどこまで許されるべきか。老いて認知症となった人の安楽死を認めてよいのか。自らの子の遺伝子改造はどうか。アスリートのドーピングが悪なら、試験前にコーヒーで脳にカツを入れるのはいいのか。P・K・ディックの小説「マイノリティ・レポート」のように、犯罪傾向の強い者の監視は許されるのか。記憶はどこまで信用できるのか。信念や信仰心はどこから来るのか。

 2001年から米国の「大統領生命倫理評議会」のメンバーとなった神経科学者が、fMRIやPETなどの技術が明らかにしたヒトの脳の性質を踏まえ、科学と倫理が交わる領域に生まれる様々な問題を取り上げて吟味する、一般向けの科学と倫理の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Ethical Brain, by Michael S. Gazzaniga, 2005。日本語版は2006年2月2日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約229頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント44字×17行×2299頁=約171,292字、400字詰め原稿用紙で約429枚。文庫本なら少し薄めの一冊分ぐらいの文字数。

 文章は比較的にこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。「前頭葉」や「灰白質」など脳の部位や要素の名前が出てくるが、具体的な場所や形は気にしなくていい。本気で脳神経学者になるつもりなら話は別だが、興味本位で読む分には、「脳にはそういう名前の場所がある」ぐらいに思っていれば、充分に楽しめる。

【構成は?】

 各章のつながりは穏やかなので、気になった所だけを拾い読みしても楽しめるだろう。

  • 謝辞/はじめに
  • 第1部 脳神経科学からみた生命倫理
    • 1章 胚はいつから人になるのか
    • 2章 老いゆく脳
  • 第2部 脳の強化
    • 3章 よりよい脳は遺伝から
    • 4章 脳を鍛える
    • 5章 脳を薬で賢くする
  • 第3部 自由意志、責任能力、司法
    • 6章 私の脳がやらせたのだ
    • 7章 反社会的な思想とプライバシーの権利
    • 8章 脳には正確な自伝が書けない
  • 第4部 道徳的な信念と人類共通の倫理
    • 9章 信じたがる脳
    • 10章 人類共通の倫理に向けて
  • 訳者あとがき/原注

【感想は?】

 つぎの言葉にピンときたらお薦め。

  • オリヴァー・サックス
  • V・S・ラマチャンドラン
  • デーヴ・グロスマン
  • ジョナサン・ハイト
  • ダニエル・C・デネット
  • ロバート・B・チャルディーニ
  • マイケル・サンデル
  • ミラーニューロン
  • ブレイン・マシン・インターフェース

 「脳倫理学」と書くと何やら難しそうだが、取り上げるテーマは多くの人の興味をそそる。曰く…

  • ヒトの受精卵を使うES細胞の研究は、どこまで許されるべきか?
  • 認知症を患った者の尊厳死は許されていいのか?
  • 遺伝子改造で「賢い子」を作るのは?
  • アスリートの本番のドーピングは不許可だが、練習中のドーピングは?
  • ドーピングが不許可なら、賢くなる薬はどうなの?
  • 脳が原因で暴力的な者に、刑事責任を問えるのか?
  • fMRIなど脳医学の先端技術を、法廷に持ち込むべきか?
  • 記憶はどこまで信用できるのか?「のどまで出かかってるのに出てこない」のはなぜ?
  • 「信念」は、どうやって生まれる?
  • 道徳は生来のものか、学んで身に着けたのか。

 それぞれの問題につき、誰もが意見を持っている。だが、親しい人と話し合うのは難しい。営業さんにとって政治と宗教と野球の話がタブーであるように、この手の話はみんな頑固に自分の考えを曲げようとしない。だから、下手に話題にすると、人間関係まで壊しかねない。

 人間、いったん口に出した意見を変えるのは難しい。なんか意地になっちゃうし。その点、本はいい。書いてあることが気に入ればパクればいいし、気に入らなければ無視すればいい。本で考えが変わったら、読む前から知っていたような顔をしたってバレなきゃ大丈夫。

 なんかズルいと思うかもしれないが、ヒトの脳なんて実はかなりいい加減なシロモノなんだと、この本を読めばわかる。裁判にしたところで、目撃証言はあまりアテにならないと、統計と事例で証明してくれる。加えて記憶の正確さと、証言者の自信は、ほとんど関係ないなんて、ショッキングな事実も。

 ばかりか、ある程度、記憶は作れるのだ。

空想や作り話だとわかっている情報の場合も、「のちにそれを現実のものとして[被験者が]記憶する妨げにならない」ことが明らかになっている。それどころか、誤った情報を繰り返し提示するだけで、その情報が真実に間違いないものとして記憶される確率は高くなる。
  ――8章 脳には正確な自伝が書けない

 と、「嘘も百回言えば本当になる」は、あながち間違いでもないらしい事。これが積もれば偏見を助長する。ネットでデマが出回っている今、これは深刻な問題なのかも。

 こういう、技術と法廷の問題に関して、私はちょっと疑問を持った。

 というのも。fMRIで、ある程度は相手に対する好悪の感情を調べられるとか。アメリカじゃ弁護士は証人に対して使いたいらしい。O・J・シンプソン裁判など、人種差別が大きな問題となっているアメリカだ。これで証人の人種偏見の有無を調べ、被告に有利な証拠としたい。

 ただしこの技術、データの解釈が難しい。嫌な感情を抱いたのは分かるが、ソレが人種差別なのか、嫌いな奴に似ているからなのかは、わからない。そもそも技術の信頼性もアレだし。

 で、だ。

 この技術、判事の差別意識の有無を調べるため、判事に対して使いたいと言ったら、判事はどう答えるだろう? 裁判員に選ばれた時、あなたはこの技術による判定を、受けてもいいと答えますか?

 先に書いたように、V・S・ラマチャンドランやダニエル・C・デネットなど、似たようなテーマの本は多い。それだけに、どこかで読んだようなネタもよく見かける。ミラーニューロンが、その代表だろう。が、やはりあった、意外な盲点が。

 中でも恥ずかしいのが、これ。

認知症とは、認知機能の低下をもたらすさまざまな疾患や損傷に対する総称だ。認知症の原因としては、過度の飲酒、喫煙、慢性的ストレス、脳外傷、脳卒中のほか、ハンチントン舞踏病、パーキンソン病、アルツハイマー病などの脳疾患が考えられる。
  ――2章 老いゆく脳

 認知症って、一つの病気を示すのかと思ったら、全然違った。幾つもの病気の症状をまとめて認知症と呼ぶのか。全然知らなかった。いやあ、恥ずかしい。

 他にも「ドーピングが駄目なら、試験前にコーヒーで頭をシャッキリさせるのはいいのか?」とか、男女の出生比が偏ってる国の一覧(ちなみにアゼルバイジャン・アルメニア・グルジアが1:1.2)とか、表情を読むATMとか、小ネタは満載。

 私が特に興味を持ったのは音楽家の話で。ミュージシャンには左利きが異様に少ない。私が知っているのは、ジミ・ヘンドリクスとポール・マッカートニーと秋山澪(←をい)ぐらいだ。ところが意外な事に、「幼いうちに訓練を始めた音楽家は、非音楽家より手の器用さに左右差が少ない」とか。

 つまりは両手利きが多いのだ。そういえばリンゴ・スターも本来は左利きだって噂もあるなあ。左利き用の楽器は手に入りにくいんで、右利き用の楽器を使っているうちに馴染んじゃったってケースが多いんだろうか。

 まあいい。それぞれのテーマについて、著者なりの考えも書いている。が、あまり押しつけがましくはなく、逆に「あなたはどう思います?」と問いかける感じで、ブログのネタ帳としても便利かもしれない。

 原書の出版が2005年といささか古いが、ネタそのものの面白さは色あせていない。むしろ、この本では空想だったことの幾つかは、既に実現していて、更にエキサイティングになっている。自分に、正義に、そして科学に興味がある人にお薦め。

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2018年7月 3日 (火)

ブライアン・フェイガン「古代文明と気候大変動 人類の運命を変えた二万年史」河出書房新社 東郷えりか訳

われわれの祖先は過去7,8万年のあいだに、少なくとも九回の長い氷期をくぐり抜けてきた
  ――はじめに

こうした技術革新も、過小評価されているある単純な発明がなければ、価値のないものになっただろう。それは今日もまだ使用されているもの――針と糸である。
  ――第2章 氷河時代末期のオーケストラ 18000年~15500年前

「クローヴィス人は世代ごとにおそらく一頭のマンモスを仕留め、それから残りの生涯をその話をしながら過ごしたのだろう」
  ――第3章 処女大陸 15000年~13000年前

それもこれもすべて、とどのつまりは、アガシー湖の湖岸が崩れたからなのである。
  ――第5章 1000年におよぶ干ばつ 紀元前11000年~前10000年

前8000年には、近くの山間にあった定住地ガンジ・ダレで、住民が家畜化したヤギの群れを飼っていた。その事実が判明しているのは、骨の中にオスは成獣に近い個体が多数あり、一方、メスはほとんどが年をとっていたからだ。
  ――第6章 大洪水 紀元前10000年~前4000年

エジプトのクフ王と後継者たちがナイル川沿いのギザにピラミッドを建設していた前2550年ごろまで、砂漠には多数の淡水湖があり、いくつかはかなり広大なものだった。マリ北部にはクロコダイルとカバが生息していた。現在、この地域の降雨量は年間5mmしかない。
  ――士の争い/アッカド帝国第8章 砂漠の賜物 紀元前6000年~前3100年

19世紀にはENSO(→Wikipedia)と干ばつによって生じた飢え、および飢饉に関連した感染症から、少なくとも2000万人が死亡した。
  ――エピローグ 西暦1200年~現代

【どんな本?】

 人類はアフリカで生まれ、世界中に散らばり、アメリカ大陸まで渡っていった。その時期とルートについては幾つかの説がある。中でも最も有力なのが、15000年以降に、今のベーリング海峡を歩いて渡った、とする説だ。

 当然ながら、この説が成り立つには、ベーリング海峡が陸地でなければならない。たかだか一万年かそこらで、海峡が干上がったり沈んだりと、地形は大きく変わった事になる。もちろん、それらは気候の大変動も連動している。

 気候の変化は、人類を地球全体へと拡散させた。狩猟採集から遊牧や農耕へと人類の暮らしの形を変え、メソポタミア・古代エジプト・マヤなど幾つもの文明を興しては滅ぼした。そこには、どんな気候要因が働いたのか。人々の暮らしは、どう変わったのか。それは、なぜわかるのか。

 アメリカの考古学者が、二万年ものスケールで、人類の歴史と気候の関係を全地球規模の視野で明らかにし、ダイナミックに脈動する地球の気候を伝える、衝撃的な一般向けの科学・歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Long Summer : How Climate Changed Civilization, by Brian Fagan, 2004。日本語版は2005年6月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約336頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント46字×19行×336頁=約293,664字、400字詰め原稿用紙で約735枚。文庫本なら厚い一冊分ぐらいの文字数。なお、今は河出文庫から文庫版が出ている。

 文章は比較的にこなれている。内容は多岐にわたり、できればスマートフォンかパソコンの助けを借りながら読むといい。というのも、世界中の地名や歴史上の出来事が頻繁に出てくるためだ。地名は Google Map で調べたくなるし、歴史上の出来事は年表で確かめたくなる。

 出てくる出来事は東地中海の話が多い。ただ、読んでいくと、それらは「地球の気候」という点で全世界に影響を及ぼしている事が次第にわかってくる。とすると、我々としては、つい「その頃、中国では」とか「日本では」とか考えちゃうよね。

【構成は?】

 原則として時系列順に進むので、できれば素直に頭から読む方がいい。

  • はじめに/著者注
  • 第1章 もろくて弱い世界に踏み入れて
    古代都市ウルの悲劇/ミシシッピ川の洪水との闘い
  • 第1部 ポンプとベルトコンベヤー
    • 第2章 氷河時代末期のオーケストラ 18000年~15500年前
      狩猟集団/氷河時代のステップ・ツンドラ/クロマニョン人が生き延びた理由/世界の気候はつねに変化した/はてしなくつづくステップ・ツンドラ/シベリア北東部へ/ひたすら前進する狩猟採集民
    • 第3章 処女大陸 15000年~13000年前
      最初のアメリカ人/「クローヴィス尖頭器」が語ること/アメリカ大陸定住へのシナリオ/シベリア北東部より/ベーリング陸橋の東側/氷河の後退/無氷回廊はなかった/南下をつづけて/大温暖化による新たな機会と危機
    • 第4章 大温暖化時代のヨーロッパ 15000年前~13000年前
      温暖化のもたらした変化/様変わりする環境のなかで/臨機応変なクロマニョン人/弓の発明
    • 第5章 1000年におよぶ干ばつ 紀元前11000年~前10000年
      ケバラ人/どんぐりがもたらした影響/アブ・フレイラ/アガシー湖/農耕の始まり/移動生活の終わり
  • 第2部 何世紀もつづく夏
    • 第6章 大洪水 紀元前10000年~前4000年
      定住と祖先への信仰/チャタルホユックの巨大な塚/ミニ氷河時代/エクウセイノス湖の大氾濫/移住/狩猟民と農耕民の思わぬ交流/共同体の発展/生活様式の変遷
    • 第7章 干ばつと都市 紀元前6200年~前1900年
      メソポタミアの調査/ウバイド人/干ばつとの闘い/シュメールの都市国家/都市同士の争い/アッカド帝国
    • 第8章 砂漠の賜物 紀元前6000年~前3100年
      サハラ砂漠/熱帯収束帯/ナイル川/サハラの牛とオーロックス/先王朝時代
  • 第3部 幸運と不運の境目
    • 第9章 大気と海洋の間のダンス 紀元前2200年~前1200年
      干ばつによって崩れたファラオの無謬性/レヴァント南部の社会崩壊/ウルブルンの沈没船/ミュケナイとヒッタイトと滅ぼしたもの/干ばつが侵略を生んだ/人類は新たに脆弱さをさらけだす
    • 第10章 ケルト人とローマ人 紀元前1200年~前900年
      ヨーロッパの気候の境界線/地中海北部地方の農民たち/火山と気候の変化/牧畜民の生活/太陽と気候の変化/農耕と戦争/ケルト人との交流/移動しつづける移行帯/世界各地の大干ばつ/運命は神の掌中
    • 第11章 大干ばつ 西暦1年~1200年
      南カリフォルニアでの調査/チュマシュ族/チュマシュ族の知恵/アンセストラル・プエブロ
    • 第12章 壮大な遺跡 西暦1年~1200年
      マヤ文明の繁栄/マヤ文明を滅ぼしたもの/新しい証拠/プレ・インカの都市、ティワナク
  • エピローグ 西暦1200年~現代
  • 謝辞/訳者あとがき/原注

【感想は?】

 SFだと、やがて太陽系を飛び出す人類は、他の恒星系の惑星上に植民地を築くことになっている。

 あれは間違いだ。他の恒星系に進出するほど賢ければ、地表なんかに定住地を作らない。小さな観測基地や、鉱山の周囲に町ぐらいは作るだろう。でも、商業や政治の中心となる大都市は作らない。

 なんたって、地表はヤバい。たかだか一万年かそこらで、ベーリング海峡が干上がったり沈んだりする。「一万年?悠長だねえ」と、前半では思えるかもしれない。でも、終盤の第三部になると、数百年どころか数十年のオーダーで、大都市が興り滅びてゆく様を、この本は見せつけてくれる。

 基本的なテーマは、最初の「はじめに」と「第1章 もろくて弱い世界に踏み入れて」に出てくる。気候変動のスケールと、集落のスケールの関係だ。

生存できるか否かは、往々にして規模の問題となる。(略)小規模の災害にたいする万全の対策として興隆した都市は、より大きな災害にはますます脆弱になっていたのだ。
  ――第1章 もろくて弱い世界に踏み入れて

 ちょっと想像して欲しい。数年の間、日本列島に日照りが続いたら、どうなるだろうか?

 縄文時代なら、大きな問題にはならない。今、住んでいる場所を捨て、他の所に移ればいい。小さな川や池は干上がるだろうが、利根川や琵琶湖の近くなら、なんとかやっていけるだろう。だが、人々が一つの所に定住し、人口も増えた現在では、大変な災害になる。

 人口が少ない頃は、治水も難しい。ちょっとした日照りや洪水で、すぐに耕地は駄目になる。その反面、新田を開墾する余地は充分にあるので、新しい土地に移って開墾すれば、いくらでもやり直せる。

 現代の東京の河川は、岸をコンクリートで固め、また河川敷を広くとった上で堤防を築いているので、滅多に洪水で浸水することはない。が、ひとたび堤防が切れたら、いったいどうなる事やら。多くのデータセンターが停電しFGOも止まり阿鼻叫喚の←違うだろ

 つまりだ。昔は集落が小さかった。そのため治水もロクにできず、ちょっとした日照りや洪水でも村や町が消えた。だが、人々は他の土地に移り住めば、いくらでもやり直しがきいた。それだけ土地は余っていたし、人と土地の関係も薄かった。

 だが大都市となると、話は違ってくる。運河や貯水池や堤防を築き、多少の日照りや洪水には耐えられるようになった。だが、予測を超えた干ばつや大洪水に襲われると、どうしようもない。増えた人口を養う蓄えは尽き、かといって周辺には大量の移民を受け入れる余地がない。

 大都市は小さな災害には耐えられるけど、大きな災害が来たら立ち直れない。

 本書は、そこまでしか書いていない。「都市化が進んだ現代って、ヤバくね?」とは、書いていない。が、少しでも想像力があれば、そういう恐怖がジワジワと湧き上がってくる。

 この本が描くのは、幾つもの文明の勃興と滅亡だ。パターンはだいたい決まっている。気候のいい時に文明と都市が栄え、人口も増える。周囲の耕作に適さない土地も、開墾や灌漑で耕地に変え、更に人口が増える。だがやがて気候が変わり…

 この気候の変わり方が、制御はおろか予想すら難しい。1783年のアイスランドのラーキ火山の噴火は、ヨーロッパばかりか日本にも天明の飢饉をもたらした。前11000年のシリアのアブ・フレイラの干ばつは、もっとややこしい。

 北アメリカ大陸中央、五大湖の西、カナダとアメリカの国境近く。当時はアガシー湖があった。その北にはローレンタイド氷床が広がっていた。

 地球が温かくなり氷床が解け始め、アガシー湖に解けた水が流れ込む。湖は広がり五大湖へと注ぎこみ、果てはラブラドル海(カナダとグリーンランドの間,→Wikipedia)へと向かう。これは北上していた暖流のメキシコ湾流を止め、ヨーロッパの気温を下げ、東地中海に干ばつをもたらす。

 北アメリカの湖が、シリアに干ばつを引き起こしたのだ。ここまで複雑なメカニズムは、予測のしようもない。まあ遠い未来なら、量子コンピュータの莫大な演算量でどうにかなるかもしれんが…

前一万年前から前四千年までは地球の軌道パラーメーターが変化したおかげで、夏の気温が上がり、降雨量も増えたことがわかる。こうした変化によって、北半球は以前よりも7%から8%は多く、太陽放射にさらされるようになった。
  ――第7章 干ばつと都市 紀元前6200年~前1900年

 とかになると、もうお手上げだ。なんたって原因は地球の軌道なんだから。地表というのは、意外と気候の変動が激しいのだ。こんな所に大都市を築くなんて頭がイカれている。せめて太平洋上に移動可能な洋上都市を…

 すんません。妄想が暴走しました。

 そんな風に、気候の変化が人類を西に東に南に北にと拡散させ、都市を興しては滅ぼしていく過程を、じっくりと描いたのがこの本だ。もちろん、単に過程を描くだけではなく、それをどうやって調べ裏付けたかも、面白い話がいっぱいだ。

 わかりやすい所では木材の年輪や遺跡から出た遺物があり、また地底・海底のコアからの同位元素比率の測定や黒曜石の微量元素など、先端科学を駆使した手法も出てくる。甲虫や花粉、スズメやネズミの骨など、生物の遺物を元にした推定も意外性に溢れている。

 地理的に地中海近辺とアメリカ大陸に偏っていて、東南アジアと中国がほとんど出てこないのは寂しいが、スケールは微量元素から太陽黒点までと融通無碍で、それに翻弄される人類の姿は逞しくもあり切なくもあり。特にSF者にはツボを刺激され妄想が止まらない困った本だった。

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2018年7月 1日 (日)

アナスタシア・マークス・デ・サルセド「戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係」白揚社 田沢恭子訳

(湾岸戦争の掩蔽壕で米軍)兵士たちが分け合った食料――数年前につくられたビーフパティとブラウンソースがレトルトパウチに入ったもの――は、自宅の冷蔵庫や食器棚に入っている食べ物とはまるで無縁のもののように思われる。
  ――第1章 子どもの弁当の正体

戦闘食糧配給局キャシー=リン・エヴァンゲロス「賞味期限は摂氏27℃で三年としています」
  ――第2章 ネイティック研究所 アメリカ食糧供給システムの中枢Ⅰ

別の分子から電子をもらう分子を酸化剤、電子を与える分子を還元剤という
  ――第5章 破壊的なイノベーション、缶詰

「現在の私たちが口にする食品の多くや、受容性や簡便性という概念、それに食品の安定性は、すべて戦争を背景として陸軍需品科が生み出したものなのだ」
  ――第6章 第二次世界大戦とレーション開発の立役者たち

念のための備えとして、ネイティック研究所はフリーズドライほど大がかりで高価な設備を必要としない、水分を含んだ食品の研究も行っていた。その食べ物とはドッグフードだ。
  ――第7章 アメリカの活力の素、エナジーバー

戦場に配置されてレーションばかり食べる兵士の場合、ゴミの量は通常の10倍にもなる。
  ――第10章 プラスチック包装が世界を変える

第二次世界大戦は、戦地の兵士の食事が一般市民と著しく異なり、食べるものはほぼすべて加工食品からなるレーションだったという点で、過去に例のない戦争だった。
  ――第12章 スパーマーケットのツアー

リンゴやバナナなど、収穫後に成熟するクリマテリック型果実と呼ばれるものはエチレンを大量に放出する。エチレンは1ppmの濃度でも、一緒に運ばれているレタスすべてを一日で堆肥の山送りにしてしまう。
  ――第13章 アメリカ軍から生まれる次の有力株

イラク戦争とアフガニスタン戦争は、(略)護衛付きの輸送車隊の車両の七割が給油車だった。基地へ届ける燃料一ガロンにつき、輸送のために燃料を七ガロン使っていた。
  ――第13章 アメリカ軍から生まれる次の有力株

料理というのは、先に音楽がたどったのと同じ道を歩んでいて、いわば死にかけのアートだ。内輪の個人的なもの――曽祖父母の世代は自分たちで歌を歌ったり楽器を演奏したりしていた――から、大勢で共有する商業的なものへと移り変わってきている。
  ――第14章 子どもに特殊部隊と同じものを食べさせる?

【どんな本?】

 著者は料理が好きで、学校に通う子には手作り弁当を持たせた。後にフードライターとして取材を重ねるうち、困った事実を掘り起こしてしまう。手作り弁当は、幾つかの点で学校給食に及ばない。鮮度はともかく、栄養価でも環境負荷でも。

 インスタントコーヒー・クラッカー・ハム・パンなど、多くの加工食品は賞味期限が異様に長い。レトルト・パックもそうだ。これらの秘密を探る著者は、やがて合衆国陸軍の一部署にたどり着く。スーパーに並ぶ加工食品が使っている技術の多くは、もともと軍用だったのだ。

 部署の名は、ネイティック研究所。

 遠い異国で戦う将兵も、食べなければ戦えない。だが熱帯のジャングルでは何もかもがすぐに腐り、熱砂の砂漠では干からびる。ゲリラ戦は輸送隊を襲うのが常道だ。イラクやアフガニスタンでは、前線まで物資を届けるのも一苦労である。かといって食事がマズければ、将兵は戦意を失う。

 だから、将兵が持ち歩くレーションは、運びやすく長持ちし、栄養価が高く美味しくなければならない。

 これらの目的を達成するために、どんな困難があり、どんな技術で乗り越えたのか。そもそもなぜ食品は劣化するのか。そこには、どんなプロセスが働いているのか。軍用の技術をどのように民間移転したのか。それはどんな食品に使われているのか。それは安全なのか。

 私たちが毎日気づかずに使っている身近な軍用技術について、その歴史的経緯から科学的な原理までを、熱心な取材と調査で明らかにした、衝撃のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Combat-Ready Kitchen : How the U.S. Military Shapes the Way You Eat, by Anastacia Marx de Salcedo, 2015。日本語版は2017年7月20日第一版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約320頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×19行×320頁=約273,600字、400字詰め原稿用紙で約684枚。文庫本なら少し厚め。

 文章は比較的に読みやすい。内容も特に難しくない。一部に好気性やフリーラジカルとか科学っぽい言葉が出てくるが、面倒なら読み飛ばしてもいい。大事っぽいのはpH(→Wikipedia)で、酸性かアルカリ性かを示す。7が中性、それより小さければ酸性、大きければアルカリ性。

 また、アメリカ人向けに書いているので、日本では馴染みのない食品も出てくる。

 その代表はエナジーバー。スニッカーズやカロリーメイトみたく棒状の加工食品らしい。調べたら特色もウリも様々で、アスリート向けプロテイン型,登山向け高カロリー,ダイエット向け低カロリー,ベジタリアン向け,フルーツ入りから版権キャラクター物まで、色とりどり。

 製品ばかりか手作り用のレシピもあるので、加工食品というより、「クッキー」や「麺」みたく食品の形態の一つ、ぐらいの位置づけなのかも。

【構成は?】

 前半は時代を辿り、中盤では個々の技術を紹介し、終盤で現在から未来を見る形。できれば頭から読んだ方がいいが、美味しそうな所をつまみ食いしてもいいだろう。

  • 第1章 子どもの弁当の正体
  • 第2章 ネイティック研究所
    アメリカ食糧供給システムの中枢Ⅰ
  • 第3章 軍が出資する食品研究
    アメリカ食糧供給システムの中枢Ⅱ
  • 第4章 レーションの黎明期を駆け足で
  • 第5章 破壊的なイノベーション、缶詰
  • 第6章 第二次世界大戦とレーション開発の立役者たち
  • 第7章 アメリカの活力の素、エナジーバー
  • 第8章 成形肉ステーキの焼き加減は?
  • 第9章 長持ちするパンとプロセスチーズ
  • 第10章 プラスチック包装が世界を変える
  • 第11章 夜食には、三年前のピザをどうぞ
  • 第12章 スパーマーケットのツアー
  • 第13章 アメリカ軍から生まれる次の有力株
  • 第14章 子どもに特殊部隊と同じものを食べさせる?
  • 謝辞/訳者あとがき/註/参考文献

【感想は?】

 自分で料理する者にとっては、美味極まりない本。軍ヲタであれ、自然食品派であれ。

 ニワカ軍ヲタとしては、将兵が飢え死にするに任せた帝国陸海軍と、食事の味にまで気を配った米軍の違いに歯ぎしりする思いだ。「われレイテに死せず」では、米軍将兵に不評だったレーションを、帝国陸軍将兵が命がけで奪う場面がある。ガダルカナルとかジンギスカン作戦とか、もうね…

 とにかくアメリカは、科学技術にかける熱意と規模、そして視野が違う。

連邦政府は、アメリカ国内で行われる科学技術関連の研究開発全体のうち、およそ1/3に資金を拠出している。(略)基礎研究においては政府の資金が59%を(略)、開発研究では(略)18%…
  ――第3章 軍が出資する食品研究 アメリカ食糧供給システムの中枢Ⅱ

 選択と集中とか言ってるどこぞの政府とは大違いだ。

 しかも、大胆に民間を巻き込んでやってる。これにも、ちゃんと意味があるのだ。予め民間に技術を移転し、大規模な製造体制を整えておけば、イザという時、素早く安上がりに軍事に転用できる。これは、いきなり巻き込まれた二回の世界大戦から学んだ教訓。こういう歴史に学ぶ姿勢も侮れない。

 民間だって、モトっが取りにくい基礎研究を、官費で賄えるなら美味しい話。上手くいけば商品化して大儲けできる。アメリカは、こういう制度作りが巧みなんだよなあ。

 とかの社会的な面も読みどころ盛りだくさんだが、賞味期限を延ばす科学・工学的な話も驚きの連続。

 まずは、時と共に食品が腐ったりマズくなるのはなぜか、食品のなかで何が起きているのかから、話は始まる。要は中で菌が暴れ出すからだ。細胞が死ぬと、酵素が細胞内の糖を乳酸に変えpHを下げ(酸性にな)ると、タンパク質が水と結合しにくくなり云々…

 やっと水が出た。昔から食品を長持ちさせる方法には、幾つかの定番があった。乾燥させる、塩や砂糖につける。いずれも食品内の水を減らし、菌が増えないようにするのだ。他にも酢漬けって手もある。強い酸性だと、菌は生きていけない。

 つまり水を減らして菌が増えないようにするってのが、保存食品の基本である。干物やインスタント・コーヒーは乾燥、塩漬け肉や砂糖漬けフルーツは砂糖や塩で水分を奪う方法。が、最近のレトルト食品は、ドロドロしてかなり水分があるよね。

 これは予め殺菌してあるから。最もわかりやすいのは缶詰で、熱で菌を殺す。常識だね。逆に冷凍庫に突っ込む手もあるが、往々にして港にコンテナが放置されたりするんで、あまし信用できない。

 またジュースや牛乳を沸騰させたり凍らせたりしたら、味が変わってしまう。そこで高圧加工だ。菌だって、高圧にさらされれば死ぬ。どれぐらいかというと、「1セント硬貨の上にミニバンを20台積み重ねたぐらい」の圧力をかける。

 などの調理法に加え、レトルト食品用パウチのハイテクぶり、サランラップやアルミホイルなどの包装材、レタスを腐らせるエチレンをソーラー発電で分解するハイテク・コンテナなど、包装や輸送の技術は、私たちの身のまわりにセンス・オブ・ワンダーが溢れている事に改めて気づかせてくれる。

 他にも人類定住の異説やマックリブの秘密など、小ネタには事欠かない。軍ヲタに、料理好きに、お菓子マニアに、SF者にと、様々な人にお薦めできる、一冊で二度も三度も美味しいお得な本だ。

 でもパンの長期保存は難しいらしい。

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2018年6月20日 (水)

涌井良幸・涌井貞美「雑学科学読本 身のまわりのモノの技術」中経の文庫

エスカレーターの利点は搬送能力が高いこと。エレベーターに比べて格段に効率がいい。
  ――エスカレーター

電気自動車は普通の車よりも部品点数が少なく、2/3程度ですんでしまう。
  ――ハイブリッドカーと電気自動車

人の汗自体にはニオイがない。
  ――制汗・制臭スプレー

ファクスの起源は古く、電話よりも早い1843年にイギリス人が発明したそうである。
  ――ファクス

【どんな本?】

 新幹線のぞみはなぜアヒルの口みたいな恰好なの? 電子温度計が早く体温を測れるのはどうして? お米はとぐものだよね。じゃ無洗米は予めといであるの? デジカメのオートフォーカスはどうやってるの?

 私たちが日ごろ使っている新商品や、よく見かける新しい機械は、便利だし使い方も簡単だ。でも、どんな理屈で動くのか、どんな素材を使っているのかなどは、まずもってわからない。身の回りにある最新テクノロジーを、ふんだんにイラストを使ってわかりやすく伝える、一般向け科学(というより雑学)解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年8月1日第1刷発行。私が読んだのは2012年12月31日発行の第8刷。売れたなあ。文庫本で縦2段組み、本文約274頁。9.5ポイント17字×15行×2段×274頁=約139,740字、400字詰め原稿用紙で約350枚。文庫本としてはやや少なめの文字数。加えて、ふんだんに説明用のイラストが入っているため、実際の文字数は7割程度。

 文章は比較的にこなれている。内容も、あまり細かく難しい所には踏み込まない。特にデジタル処理のあたりは、かなり大雑把に感じた。反面、機械工学や化学の方面では、イラストが絶大な効果を発揮して、とってもわかりやすい。

 ただ、表紙の独特なセンスは好みが分かれる所w 昭和30年代の子供向け漫画雑誌に描かれる21世紀の風景、とでも言うか。むしろ、そういうモノを読むつもりで、気軽に手に取ってほしい、そんな想いを込めたのかも。

 ちなみに表紙図版は小林哲也、表紙イラストは松島ひろし、表紙デザインはMalpu Design(清水良洋)。本文デザインは島田利之(シーツ・デザイン)、本文イラスト・図版は小林哲也。

【構成は?】

 ぞれぞれ4頁ほどの独立した記事が並ぶ格好。しかも、各記事には1~2頁のイラストが必ず入っている。しかもこのイラスト、実に的確かつ分かりやすく原理や仕組みを伝えてくれる。

  • はじめに
  • 第1章 街で見かけるモノの技術
    タワークレーン/エスカレーター/エレベーター/耐震・制震・免震構造/飛行機/新幹線の形/自動改札/ETC/交通信号
  • 第2章 外出先で触れるモノの技術
    FM放送とAM放送/カーナビ/パワーステアリング/歩数計/ハイブリッドカーと電気自動車/高機能タイヤ/WiFiとWiMAX/リライトカード/バーコード/ICタグ/生体認証
  • 第3章 身近にあるモノの技術
    ボールペン/電子体温計/体脂肪計/使い捨てカイロ/制汗・制臭スプレー/日焼け・日焼け止めクリーム/瞬間接着剤/撥水スプレー/形態安定シャツ/ヒートテック/遠近両用コンタクトレンズ/放射線測定器/紙おむつ/透けない水着
  • 第4章 生活で使うモノの技術
    無洗米/石けんと合成洗剤/洗剤浮揚の布とスポンジ/抗菌グッズ/フッ素樹脂加工のフライパン/電子レンジとIH調理器/スチームオーブンレンジ/曇らない鏡/LED照明/リンスインシャンプー/サイクロン掃除機/リモコン/ファクス/エアコン/インバーター蛍光灯/電波時計/ガラス
  • 第5章 ハイテク時代のモノの技術
    フラッシュメモリー/デジカメ/オートフォーカス/ブロードバンドの上りと下り/インターネット電話/デジタル放送とデジタルテレビ/インターネット放送/薄型テレビ/立体テレビ/DVDとBru-Ray/BSとCS/タッチパネル/ノイズキャンセリングヘッドフォン/サイレントギター/プラズマクラスターイオン
  • コラム
    コンセントの穴の大きさが異なる理由/電線は3本1セット/電池の起源は「カエル」だった!?/羽根のない扇風機/お掃除ロボット
  • おもな参考文献/おもな参考ホームページ

【感想は?】

 表紙で損してるんだか得してるんだかw

 先にも書いたように、昔の少年漫画雑誌に載ってる「未来のメカ」みたいな雰囲気で、かなり遊んでる。悪く言えばふざけた感じがあるが、同時に親しみやすく楽しげだ。

 で、読んでみると、確かに親しみやすくて楽しいんだけど、決してふざけてはいない。ICやLSIなどデジタル関係のネタは相当にはしょった感はある。でも、「じゃお前が書いてみろ」と言われたら、お手上げだなあ。

 本当に「わかる」かどうかは置いて、とりあえず「わかったつもり」にはさせてくれる。それぞれの記事はせいぜい4頁な上に、イラストで少なくとも1頁は取られるので、実際の文字数は3頁程度。それで最新技術を素人の読者に一応は納得させるんだから、これは難行だよなあ。

 じゃ誤魔化しているのかというと、決してそんなことはない。私がこの本を読もうと決めたのは、無洗米の記事だ。書棚から取りだしパラパラとめくって、たまたま無洗米が目に入った。てっきり予めといであるのかと思ったら、全然違った。

 普通に精米すると、米粒の肌に糠がこびりついてる。これを更に精米して、肌の糠を取るのだ。というか、米を研ぐって、米粒の肌に残った糠を取るって事だったのか。しょっちゅうやってるのに、私は作業の意味を全く分かってなかった。

 比較的に良く知られていそうなのは、新幹線のぞみの先頭車両、あのアヒルのくちばしみたいな格好。てっきり空気抵抗を減らすためと思ったが、これも全然違った。トンネルか抜ける時に出る爆発音を減らす工夫だったのか。

 つまりは銃口にサイレンサーをつけるのと同じ目的ね。ということは、弾丸も形を工夫すれば消音弾が←これだから軍ヲタは

 こういう基本的な事を、ちゃんと書いてあるのが、この本の嬉しい所。例えばラジオのAMとFM。AMは振幅で、FMは周波数を変える。これはよく言われるんで知ってたんだが、なぜFMは雑音が少ないのか私はわからなかった。理屈は簡単で、雑音は振幅を変えるけど周波数は変えないから。

 そういう事かあ。いや電気に詳しい人なら雑音と振幅と周波数の関係がスグ分かるんだろうけど、素人にはソコがわかんないんだよなあ。こういう素人がつまづきそうな所まで、キチンと目を配っているのが、この本の嬉しい所。

 かつて途上国が発展するにはまず軽工業を立ち上げ、次第に重工業に、なんて言われてた。でも、そんな発想は時代遅れなのかも、と思わされるのが、繊維関係の記事。

 「形態安定シャツ」「ヒートテック」「紙おむつ」「透けない水着」、どれも昔なら軽工業に属する製品だ。しかし、そこに使われている技術は、とんでもなく精密かつ高機能なシロモノ。いずれも独特の性質を持った複数の素材を、ミクロのレベルで組み合わせている。

 透けない水着とかは、繊維からして三重構造だし。こんな繊維、どうやって作るんだ? よほどの化学技術と精密工学技術がなきゃ出来ないぞ。 かと思えば、「形態安定シャツ」では…

ちなみに、形態安定加工された衣服は、「濡れ干し」が基本である。雫がたれるぐらいが理想だ。水分の重みでシワが自然に伸びるからである。

 とか、使い方のコツまで教えてくれたり。

 IT関係だと自動改札やETCや生体認証やタッチパネルなど、ワンチップ物に驚くばかり。ああいうアナログな信号に近いモノってのは、電源も不安定だし雑音も多い上に演算能力も貧しいってのに、なんであんな高機能な情報処理ができるんだか。

 いや理屈は分かるんだが、テキスト・エディタ一つ満足に作れないヘタレプログラマとしては、あれだけ不安定で資源も貧しい環境で、あんな高度な機能を実装できるってのが信じられないのよ。まさしくウィザードだね。

 などと、素人には優しく痒い所に手が届き、同時に自分たちの身の回りに溢れている驚異に改めて気づかせてくれる、センス・オブ・ワンダーを詰め込んだ本だった。

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2018年6月11日 (月)

武蔵工業大学編「なんでも測定団が行く はかれるものはなんでもはかろう」講談社ブルーバックス

「はかれるものはすべてはかろう。はかれないものは、はかれるようにしよう」
  ――1 フィートは足の長さ、ではインチの長さの基準は?

つまり、「致死量」とは実験動物群の半数が死亡し、半数が生き残る統計的数値である。
  ――11 ダイオキシン1グラムで死ぬ人の数は?

一般に荷重変動幅が二倍になると橋に与える疲労のダメージはその三乗(23)で八倍となる。
  ――12 橋の寿命はどうやって予測するの?

青函トンネルの(略)貫通誤差は水平方向で37.4cm、垂直方向で52.5cmであり、また高さの出会い差は19.6cmであった。
  ――13 トンネルを掘るとき、真ん中でピタリと出会う測量の技術

ダイオキシンは、正式にはポリクロロジベンゾジオキシンおよびポリクロロジベンゾフランとよばれ、ベンゼン核につく塩素の位置と数により、それぞれ75,135の異性体とよばれる仲間がある。現在までに両方で17種の異性体に強い毒性が確認されている。
  ――33 超微量のダイオキシン類を分離するカラムの長さの秘密

ヒノキは非常に優れた材料で、伐採後200~300年間は強度が増していき、千数百年経ったとき、ほぼ伐採時の強度に戻るといわれている。(略)古い樹木の寿命は、ほぼ樹齢と等しい…
  ――35 木を切らずに樹木の年齢ははかれるの?

【どんな本?】

 科学や工学では、正確に測ることが大切だ。また、政治や経済でも、人口や失業率の数字は重要な指標になる。では、どうやって地球の重さを調べたのか。二酸化炭素の濃度はどう測るのか。飛行機は自分の高度がなぜわかるのか。選挙のニュースでは、どうやって当確を出すのか。

 科学から社会問題まで、モノゴトの基本となる数字をどう出したのか、そして実際の数字は幾つなのかを、読みやすい短いコラムにまとめた、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2004年8月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約230頁に加え、あとがき2頁。9ポイント43字×17行×230頁=約168,130字、400字詰め原稿用紙で約421枚。文庫本ならやや薄い一冊分ぐらいだが、イラストやグラフも結構あるので、実際の文字数は9割ぐらいか。

 なお、武蔵工業大学編となっているが、著者を隠す意図はない。各記事の末尾に執筆者が、また巻末にも執筆者一覧がある。

 各記事ごとに執筆者が違うので、読みやすさはそれぞれ。全般的に「もっと頁をくれ」みたいな執筆者の叫びが聞こえてきそうな記事が多かった。

【構成は?】

 それぞれ4~6頁の独立した記事は並ぶ形なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • はじめに 発刊によせて
  • 第1章 はかる歴史
    • 1 フィートは足の長さ、ではインチの長さの基準は?
    • 2 宇宙空間では重さはゼロなのに、質量は存在するの?
    • 3 温度目盛りは人間の血液の温度から始まった!
    • 4 原子時計ではかると一日の長さは一定ではない!?
    • コラム1 ナノワールドの温度変化をとらえる
    • コラム2 「はかる」という言葉の意味はさまざま
  • 第2章 人間をはかる
    • 5 知能指数で本当に頭の良し悪しがわかるの?
    • 6 自分に適した一日の栄養摂取量を計算してみる
    • 7 眠りの深さと夢の関係をはかる
    • 8 注射してから薬が効き始めるまでの時間は?
    • 9 人間の知恵ってはかれるの?
    • 10 運動神経のいい人と悪い人はどこが違うの?
    • 11 ダイオキシン1グラムで死ぬ人の数は?
  • 第3章 ものをはかる
    • 12 橋の寿命はどうやって予測するの?
    • 13 トンネルを掘るとき、真ん中でピタリと出会う測量の技術
    • 14 飛んでいる飛行機の高度はどのようにはかるの?
    • 15 一秒間に地球を七周半する光の正体とは?
    • 16 色や鮮やかさの違いはどのようにはかるの?
    • 17 原子核や中性子、宇宙の起源にせまる電子顕微鏡のしくみとは?
    • 18 土器の実年代はどのようにはかるの?
    • 19 車が衝突したときに受ける衝撃の大きさをはかる
  • 第4章 地球をはかる
    • 20 地球の重さをはかる
    • 21 地球の直径をはかる
    • 22 隣の銀河までの距離はどのようにはかるの?
    • 23 太陽の年齢は50憶年! 星に年齢はどのようにはかるの?
    • コラム3 大きな数の表し方
  • 第5章 情報をはかる
    • 24 コンピュータの速さをはかる
    • 25 カーナビはどうやって自分の位置を認識するのか?
    • 26 情報セキュリティで大切な暗号の強度をはかる
    • 27 音紋分析で声の何がわかるの?
    • 28 携帯電話のアンテナが立ったり立たなかったり 電波の強さはどのようにはかるの?
  • 第6章 環境をはかる
    • 29 地球の平均気温はどのようにはかるの?
    • 30 南極大陸の二倍に達したオゾンホールとオゾン濃度のはかり方
    • 31 100年後に「秋の七草」が「秋の五草」になる!?
    • 32 石油の寿命は40年! 地中深くにある石油の埋蔵量がどうしてわかるの?
    • 33 超微量のダイオキシン類を分離するカラムの長さの秘密
    • 34 生き物がすめる環境はどのようにはかるの?
    • 35 木を切らずに樹木の年齢ははかれるの?
    • 36 世界一透明な湖は桐の摩周湖!?
    • 37 迷惑な騒音の大きさってはかれるの?
    • 38 放射線・放射能をはかる
    • 39 地震のときの「地域危険度」を知っていますか?
    • 40 温暖化の原因 二酸化炭素の発生量ってどのくらい?
    • 41 地球の砂漠化はどれくらい進んでいるの?
  • 第7章 社会をはかる
    • 42 一億人を超える日本の人口はどのようにはかるの?
    • 43 平均寿命80歳時代 さてあなたはあと何年生きられるか?
    • 44 世論調査はあなたの気持ちを反映しているの!?
    • 45 当選確実!ってどのくらい確実? 選挙の当落はどのように予測するの?
    • 46 模擬試験で偏差値50 大学の合格率50%!?
    • 47 大混乱の初詣で、人出はどのようにはかるの?
    • 48 人は一生の間に地球を何周分移動する?
    • 49 失業率5% 失業者数はどうしてわかるの?
    • 50 会社の価値ってどのようにはかるの?
  • 付録/あとがき/執筆者一覧/さくいん

【感想は?】

 私は数字が好きだ。数字を覚えるのは苦手だけど。数字が出ると、なんか信用できる気がする。

 けど、どっからどうやって数字を出したのか、よく分からない場合もあるし、信用できそうもない数字もある。実際に自分がどう測るかを考えると、全く見当もつかない場合も多い。

 例えば地球の重さ(というより質量)。重力は質量に比例し、距離に反比例する。なら1kgあたり、どれぐらいの重力が出るのか、わかればいい。でも1kgのモノが出す重力はやたら小さい。この小さな力を、ICもレーザーもない1798年に測ってるから凄い(→Wikipedia)。よく思いついたなあ。

 やはり賢さを感じさせるのが、カーナビ。GPSでだいたいの位置はわかるが、精度が荒い(誤差30mぐらい)。海や砂漠ならともかく、街中じゃ30mは大きな違いだ。そこで微調整しなきゃいけない。

 当たり前だが、車は道路を走る。河や住宅の中は走らない。そしてカーナビは道路の座標を知っている。だから、計算で出た座標に近い道路に寄せるのだ。お絵かきソフトを使う人は、グリッド調整みたいなモンだと思って欲しい。

 意外と単純なのが、放射線の量を測るガイガー・ミュラー・カウンター。SF小説とかじゃガイガー・カウンターと呼ばれるが、ガイガーもミュラーも人の名前(→Wikipedia)だったとは。ミュラーさん、いつも無視してごめんなさい。

 さて、しくみは。原子核は、崩壊する際にβ線(電子か陽電子、→Wikipedia)を出す。物質は、β線に当たると、陽イオンと電子に分かれる。いずれも電荷があるので、電極に引き寄せられる。そこで電極に寄ってきた電子や陽電子の数を数えるわけ。ちなみにベクレルも人の名前だった(→Wikipedia)。

 これが生物や社会になると、ちと精度が悪くなる。例えば毒などの致死量。マウスとかの動物実験で試し、半数が死んだ量を、ヒトの体重に換算して出す。種や個体差や体調で数値は違う上に、「半数が死んだ量」だから、確実に死ぬとは言い切れないのだ。

 社会だと、選挙の当確の出し方が興味深かった。要は面接と電話と出口調査なんだが、これで出した数字は「特定の党は常に低め(あるいは高め)に出る」ってのは興味をそそられる。いわゆる「濃い」政党は低めに出るんだろうか?

 当然、これには統計が関わってくる。となると気になるのは標本(サンプル)数と誤差。標本数400で誤差5%、2500で誤差2%だとか。「誤差を半分にするには調査する人数を四倍」にせにゃならんとは、なかなか厳しい。とすると、内閣支持率の1~2%の変化とかは、ほとんど誤差だねえ。

 とか、本論の「はかり方」の話も面白いが、測った結果や、関係なさそうな雑学的な話も面白い。

 なんと言っても、驚いたのがトキ。なんと「田んぼでドジョウやカエルをたべ、近くの雑木林をねぐらとする」と言うから、里の鳥だったとは。人里離れた山奥に住む鳥だとばかり思っていた。じゃ農薬の影響も大きいんだろうか。

 生まれと育ちで気になるのが、いわゆる運動神経。オッサンにも希望はあるのか?と思ったが…

 これについては、「遺伝の影響はわずかしかない」と、少し希望が持てる。が、悲しいことに、大事なのは幼い頃、特に5~12歳ごろの運動経験。5~8歳に神経回路が発達し、9~12歳で使い方が巧みになる。この時期が大事なのだ。「子供は外で遊べ」は、真実なのかも。

 短く独立した記事が並ぶ本なので、気になる所だけを拾い読みできるから、コマ切れの時間しか取れない忙しい人には嬉しいかも。科学などと肩ひじ張らず、セシル・アダムズの「こんなこと、だれに聞いたらいいの?」みたく、雑学系の本を楽しむ感じでつまみ食いしよう。

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2018年5月24日 (木)

マリオ・リヴィオ「なぜこの方程式は解けないか? 天才数学者が見出した[シンメトリー]の秘密」早川書房 斉藤隆英訳

対称性は、科学と芸術、心理学と数学の橋渡しをする最高のツールだ。
  ――1 対称性

電子や陽子を多くもつ原子ほど、原子核と電子の間に働く電気的引力は強くなるため、水素原子より酸素原子は小さく、ウラン原子はさらに小さくなると考えられる(略)。ところが、事実はまるで違うことが実験から明らかになっている。電子の数に関係なく、原子の大きさはおおむね同じとわかっているのだ。
  ――1 対称性

どんな系でも、すべての対称変換の集合は必ず群になる。
  ――2 対称性を見る心の目

エヴァリスト・ガロア「私が提案した一般的命題は、それを応用するだれかが私の著作を念入りに読んだときに初めて完全に理解できるだろう」
  ――5 ロマンチックな数学者

アンリ・ポアンカレ「どんな数学も群の問題」
  ――6 群

「群が現れるか導入できるところでは必ず、混沌から単純さが結晶化した」
  ――7 対称性は世界を支配する

バートランド・ラッセル「物理学が数学的なのは、われわれが物理学の世界をよく知っているからではなく、ほとんど知らないからである。我々に見いだせるのは、物理学の数学的特性だけなのだ」
  ――8 世界で一番対称なのはだれ?

創造性で一番肝心なのは、一般の思い込みを打ち破り、既存の発想から抜け出す能力と言っていい。
  ――9 ロマンチックな天才へのレクイエム

【どんな本?】

 二次方程式 ax2 + bx + c = 0 となる x は、( -b ± ( b2 -4ac )(1/2) ) / 2a で計算できる。「解の公式」として有名な式だ。三次方程式と四次方程式の解き方は、16世紀にジェローラモ・カルダーノ(→Wikipedia)が著作「アルス・マグナ」で公にした。では、五次方程式は?

 この問題に挑んだ者は多い。中でも19世紀の若き天才二人、ニルス・ヘンリック・アーベル(→Wikipedia)とエヴァリスト・ガロア(→Wikipedia)は、画期的な方法で取り組む。特にガロアは、20歳そこそこで群論(→Wikipedia)への道を切り開く。

 これは後の数学に大きな変革をもたらすばかりでなく、物理学・言語学・文化人類学など数多の学術分野に多くの示唆を与え、偉大な発見の礎となる理論だった。

 方程式の解法が、結婚相手の決め方やルービック・キューブ、そして宇宙の姿と何の関係があるのか。ガロアは何を成したのか。そして、偉大な業績を残す天才には、どんな性質が備わっているのか。

 群論の誕生から現在までの成長を、「対称性」をキーワードとして語ると共に、若くして非業の死を遂げたエヴァリスト・ガロアの生涯を辿る、一般向けの数学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Equation that Couldn't be Solved : How Mathematical Genius Discovered the Language of Symmetry, by Mario Livio, 2006。日本語版は2007年1月31日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約361頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×20行×361頁=約324,900字、400字詰め原稿用紙で約813枚。文庫本なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章そのものは比較的にこなれている。意外と数学の能力は要らなくて、中学卒業程度でも充分についていける。私も二次方程式の解の公式はほとんど忘れていたが、それでも充分に楽しめた。

 ただし、群論を述べる所は、ややこしい言い回しが付きまとう。あくまでも「ややこしい」のであって、「難しい」わけじゃない。中学生程度の数学についていける人なら、あせらずじっくり読めば、群論の雰囲気は掴める。

 もっとも、あくまで雰囲気であって、群論そのものがマスターできるわけじゃない事は、念のためにお断りしておく。

【構成は?】

 ややこしい群論の雰囲気を伝えるため、全体の流れを工夫しているので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 1 対称性
  • 2 対称性を見る心の目
  • 3 方程式のまっただ中にいても忘れるな
  • 4 貧困に苛まされた数学者
  • 5 ロマンチックな数学者
  • 6 群
  • 7 対称性は世界を支配する
  • 8 世界で一番対称なのはだれ?
  • 9 ロマンチックな天才へのレクイエム
  • 訳者あとがき
  • 図版・引用出典/参考文献
  • 原註/付録

【感想は?】

 この本の面白さは、陰謀論に似ている。

 世の中には、いろんな問題がある。陰謀論は、一つの仮説で全ての問題を説明してしまう。曰くアトランティス、レムリア、ニャントロ星人…。

 ニャントロ星人ぐらい間抜けな名前ならネタだと思えるが、現実に居る人間だと、なんだか本当っぽい半面、その被害も冗談じゃ済まないんだが、それは置いて。多くの問題を解決できる一つの道具を手に入れた時、ヒトは強い高揚感を味わう。

 ナスカの地上絵は、地上からじゃ見えない。あまりに大きいので、上空から見ないとパターンが見えてこないのだ。あれを見るには、視点を変えなきゃいけない。大きなパターンを見つけるには、高い視点が必要なのだ。

 私のような駄目プログラマは、個々の問題を解くプログラムを作る。優れたプログラマは、多くの問題に共通するパターンを見つけ出し、そのパターンを解くプログラムを作る。更に優れたプログラマは、多くのパターンに共通するパターン=メタパターンを見つけ出し、メタパターンを解くプログラムを作る。

 駄目プログラマは個々の問題視か見ない。優れたプログラマは、問題からパターンを見出す。そして更に優れたプログラマは、パターンのパターンを見出す。優秀なプログラマは、視点が違うのだ。よりメタな視点で問題を見る者が、より優れたエンジニアとなる。

 ガロアは、これを数学の世界でやった。数学そのものを数学したのだ。その結果が群論だ。この本は、そういう物語だと、私は読んだ。

 群とは何か。これは2章に説明がある。私なりに説明してみよう。以下4つの条件をすべて満たすものが、群だ。ここでは整数と加算(足し算)からなる群を例に挙げる。整数を元、加算を操作と呼ぶ。

  1. 閉包:整数と整数を足したら、結果は必ず整数になる。
  2. 結合法則:どんな順番で足しても結果は同じになる。(x+y)+z=x+(y+z)。
  3. 単位元:x+a=xとなるaがある。整数だと0がソレ。
  4. 逆元:すべてのxは、x+y=0(単位元)となるyを持つ。整数だと、+2の逆元は-2。

 以上の4つを満たすシロモノを群と呼び、群の性質を探るのが群論だ。たぶん間違ってるけど←をい

 これの何が凄いかというと、これは数学そのものを表しているからだ。

 どんな論理体系であれ、それが群を成しているなら、群論で結果を予言できる。代数はもちろん、幾何学・集合論・論理学など、数学のあらゆる分野に群論は応用できる。「元」と「操作」に、いろいろなモノを当てはめていけばいい。

 今まで「四色問題」や「史上最大の発明アルゴリズム」を読んでもピンとこなかったが、多分これは群論が絡む所で躓いてたんだろうなあ、と今さらながらに思い知った。もっとも、プログラムにバグが一つとは限らないように、他にも躓きのもとはあるのかも知れないが。

 これは幾何学にも応用できて、ルービック・キューブにも群論は応用できる。グラフ理論に応用したのが、「バースト! 人間行動を支配するパターン」や「複雑な世界、単純な法則」や「スモールワールド・ネットワーク 世界を知るための新科学的思考法」だろう。

 また、「元」をデータに、「操作」を「演算子」や「関数」に当てはめれば、これはコンピュータのプログラムそのものだ。LISPには関数を返す関数なんてのもあるから、関数を元に組み込むと、更に世界は広がる。オラ、なんだかワクワクしてきたぞ。

 など、とんでもなく広い世界を、5次方程式の解法を求める過程で、ガロアは見つけてしまった。今まで「ガロアは天才だ」と言われてもピンとこなかったが、この本でその片鱗が掴めた…ような、気がする。

 終盤では、ガロアが切り開いた世界が、音楽や物理学にまでつながっていた由を説き、また天才が備える性質にも切り込んでゆく。ジミヘンやプリンスも、ある点じゃガロアに似てるなあ、と思ったり。

 世界の謎を解く鍵を与えてくれるという点で、この本は陰謀論に似ているし、読んでいる最中の高揚感も同じだ。残念ながら群論そのものについては雰囲気しかつかめないが、その面白さは充分に伝わってくる。世界の謎に迫るワクワク感が好きだけど、群論は知らない人にお薦め。

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2018年4月24日 (火)

マイケル・L・パワー,ジェイ・シュルキン「人はなぜ太りやすいのか 肥満の進化生物学」みすず書房 山本太郎訳

本書はヒトの生物学(ヒューマンバイオロジー)についての本である。(略)
本書は、どのようにすれば肥満を予防できるか、肥満を「治療」できるかといった問題に解答を与えるものではない。ヒトがなぜ、そしてどのように肥満になるかを理解しようという試みなのである。
  ――はじめに ヒューマンバイオロジー、進化、肥満

唾液中に含まれる消化酵素アミラーゼはデンプンを単糖類に分解する。デンプンの消化は食物が嚥下される前から始まっているのである。
  ――第2章 私たちの遠い昔の祖先

肥満と栄養失調は同じ集団のなかで見られるばかりでなく、同一個人においても見られる。
  ――第5章 進化、適応、現代の試練

肥満は同時に、血中の低いカルシフェジオール濃度とも関係しており、それはビタミンD欠乏症のリスクを増大させる。(略)脂肪組織の大きな塊は、過剰なビタミンDや他の脂溶性ビタミンを脂肪組織に貯蓄し隔離してしまう。
  ――第10章 食べるということの逆説

【どんな本?】

 ご存知のように、アメリカ人はやたらと太っている。もっと酷いのは南太平洋の島々で、ナウルでは70%以上の人が肥満と判断された。これは世界的な傾向で、エピデミックと言ってよい。そのためアメリカでは回転ドアや自動車のチャイルドシートも大きくなり、航空機の燃費も悪くなった。

 遺伝子の異常で太る人もいるが、それは肥満者の5%未満だ。今の肥満は、進化の過程でヒトの体に備わった性質と、高カロリー小運動の現代生活とのミスマッチと考えていいだろう。

 と言うと何かわかったような気になるが、具体的にはどういう事なんだろう? 食物を食べ、消化し、エネルギーまたは脂肪に変える際、私たちの体の中では何が起きているんだろう?

 脳は、胃は、腸は、肝臓は、脂肪細胞は、それぞれ何を分泌し、分泌物はどこに作用し、どんな反応を引き起こすのか。そこにはどんな遺伝子のどんな働きが関わっているのか。それぞれの遺伝子は、長い進化の過程で、どんな環境で生き延びるために、どんな役割を果たしてきたのか。

 食物の摂取・消化・吸収・加工・保存・利用のプロセスを、生化学的に細かく調べ、ヒトの体の複雑さ・巧妙さを描き出すと共に、現代科学の先端で行われている研究の成果と不明点も紹介する、一般向けのやや高度な科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Evolution of Obesity, by Michael L. Power and Jay Schulkin, 2009。日本語版は2017年7月18日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約333頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント46字×19行×333頁=約291,042字、400字詰め原稿用紙で約728枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章はやや硬い。なんたって、みすず書房だし。内容も、かなり難しい。専門書ってほどでもないが、高校卒業程度の化学や生理学の知識か、または知らない化学物質の名前が出てきてもビビらない度胸が必要。だって単糖とかウロコルチンとか弓状核とか、小難しい言葉がしょっちゅう出てくるし。

【構成は?】

 原則として前の章を受けて次の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。

  • はじめに ヒューマンバイオロジー、進化、肥満
  • 第1章 肥満への道
    肥満を測定する/肥満の流行は本当に存在するのか?/世界の肥満者割合/健康上の帰結/健康以外の帰結/肥満の流行に対する理解/肥満と進化/何が肥満を引き起こすのか?/なぜ、太らない人もいるのか?/まとめ
  • 第2章 私たちの遠い昔の祖先
    初期のヒト/大きな体を持つことの利点/食物と適応/進化の歴史における食物の変化/ヒトの消化管/食物の腸内滞留時間/デンプンの消化/私たちの消化機構と現代の食事/「不経済な組織」仮説/まとめ
  • 第3章 食事の進化
    ヒト、食物、食べるという行為/食事とは何か?/チンパンジー、肉食、そして食事/食事と脳/協働と忍耐/チンパンジーとボノボ/協調と公平性/獲物と捕食者/協働と効率/まとめ
  • 第4章 進化、適応、ヒトの肥満
    ミスマッチ・パラダイム/恒常性パラダイム/アロスタティックロード/過去から受け継いだ機械装置/怠けることは、一つの適応か?/旧石器時代の食事/稀なものが貴重になる/ハチミツ/脂肪/脳と脂肪酸/まとめ
  • 第5章 進化、適応、現代の試練
    現代の食事/カロリーを生む液体/フルクトース(果糖)/高グリセミック指数食/カロリー源として以上のもの/外食/一人前のサイズ/身体活動/建造環境/睡眠/栄養転換/ひいマンと栄養失調/肥満は伝染するのか?/まとめ
  • 第6章 エネルギー、代謝、生命の熱力学
    エネルギーと代謝/生命の熱力学/エネルギーを取り除く/「食べる」こととエントロピー/エネルギー支出/エネルギー総支出量/「不経済な組織」仮説の再検討/エネルギー摂取/エネルギーバランス/均衡試験/エネルギーの貯蔵/エネルギー貯蔵組織/エネルギー貯蔵とエネルギー要求性/まとめ
  • 第7章 情報分子とペプチド革命
    進化的視点/情報分子/ペプチド革命/ホルモンと内分泌腺/消化を助ける内分泌腺/脳腸ペプチド/膵臓ポリペプチド/レプチン物語/ニワトリ・レプチンの興味深い例/レプチンの栄養機能/魔法の弾丸か鉛の散弾か/まとめ
  • 第8章 食欲と飽満
    満腹感、飽満、食欲/食欲を制御する信号/脳、食欲、そして満腹ということ/代謝モデル/代謝と肥満/まとめ
  • 第9章 食べるための準備を整える
    パブロフ再検討/脳相反応/制御生理における期待反応の重要性/摂食における期待反応の重要性/脳相反応の証拠/味覚の役割/脂肪に対する味覚は存在するか?/中枢神経の貢献/脳相インスリン反応/まとめ
  • 第10章 食べるということの逆説
    食欲における脳相反応の役割/満腹における脳相反応の役割/情報分子の多様な機能/食欲と飽満、そしてエネルギー収支/まとめ
  • 第11章 脂肪の生物学
    脂肪組織/内分泌系/脂肪組織と内分泌機能/ステロイドホルモンとしてのビタミン/ビタミンDと脂肪組織/ステロイドホルモンと脂肪/レプチン/レプチンと妊娠/腫瘍壊死因子/アディポネクチン/神経ペプチドY/肥満と炎症/中心性肥満と末梢性肥満/まとめ
  • 第12章 脂肪と生殖
    脂肪、レプチン、生殖/脂肪過多における性差/中心性肥満 対 末梢性肥満/性ホルモンが脂肪蓄積と代謝へ与える影響/レプチンとインスリン/脂肪の代謝/生殖における脂肪の利点/太った赤ん坊/脂肪と女性の生殖/脂肪、レプチン、思春期/肥満と出産/肥満、妊娠、出産の結果/まとめ
  • 第13章 肥満の遺伝とエピジェネティクス
    古い遺伝学/新しい遺伝学/一塩基多型/子宮内での代謝プログラミング/貧困、栄養、心疾患/エピジェネティックな要因/倹約遺伝子/子宮内プログラムの機構/倹約遺伝子仮説への批判/ヒトの多様性/体脂肪分布と代謝/ピマ・インディアン/同類婚と肥満の流行/緯度と食事中の脂肪/まとめ
  •  訳者あとがき/表/参考文献/索引

【感想は?】

 みすず書房の本だけあって、ダイエットの教本としてはからきし役に立たない。なんたって…

肥満は、摂取カロリーが消費カロリーを上回るという驚くほど単純な事実に起因する。
  ――第1章 肥満への道

 と、みもふたもない。得られる教訓は、せいぜい、バランスのいい食事と適度な運動ってぐらいだ。そういう点では、小学校の家庭科の教科書の方が遥かに役に立つ。

 とはいえ、多少は小技的に役立ちそうな事もある。例えば、甘い物だと…

摂取された果糖(フルクトース)は同カロリーのグルコース(ブドウ糖)より摂取の際のインスリン反応が弱い。(略)もし、インスリンが満腹に重要な役割を演じるならば、高果糖のコーンシロップで味付けしたような食物は、潜在的には(単位)カロリーに対して低い満腹感しか示さなくなるだろう。
  ――第9章 食べるための準備を整える

 果糖はカロリーの割に満腹感が少ないので、つい摂りすぎちゃうのだ。「甘い物は別腹」ってのは、本当だったんだね。他に重要な栄養素だと、カルシウムが印象に残る。

習慣的なカルシウム摂取が、ボディマス指数や体重増加、体脂肪量と逆相関することを示す多くの研究結果がある。
  ――第4章 進化、適応、ヒトの肥満

 カルシウムが足りないと運動しても贅肉が落ちにくい、のかもしれない。マウスの実験では、そんな結果が出た。ただしヒトへの影響は分かっていない。また、妊娠・出産・授乳でも大事で…

一般に女性は授乳期間中に、3~10%ものカルシウムを骨から失う。(略)食事中のカルシウムはほとんどこうしたカルシウム代謝に影響を与えない。高カルシウム食は、妊娠期間中に骨カルシウム量を増加させるが、授乳期間中のカルシウム補助食品は、(略)尿からのカルシウム排泄を増加させるだけである。
  ――第12章 脂肪と生殖

 赤ちゃんが育つ時、当然ながら赤ちゃんの骨も育つ。骨の主な原料はカルシウムだ。そのカルシウムは、母乳から得る。その乳のカルシウムは、母体の骨からきている。でも出産後にカルシウムを摂っても手遅れで、オシッコとして出ちゃう。カルシウムは妊娠中に摂らないと意味ないのだ。

 つか、母親ってのは、まさしく骨を削って子供を育ててるんだなあ。もちろん、赤ちゃんは骨だけで出来てるわけじゃない。ガリガリどころか、たいていはプニプニしてる。ヒトの赤ちゃんってのは、哺乳類の中でも異様に脂肪が多いのだ。特に赤ちゃんの脂肪は大事で…

赤子では、エネルギー支出の50%以上が脳代謝のために使用されている。ヒトの赤子の脳のエネルギーコストは、チンパンジーの赤子と比較して三倍か、それ以上に上る。
  ――第12章 脂肪と生殖

 ヒトの脳はバカでかい。デカいだけあって、燃費も悪く、多くのエネルギーが要る。それを賄うためにも、脂肪は大事なんだが、ヒトの乳は意外と脂肪が少ない。だから、体の肉付きが大事なのだ。

 加えて、ヒトの赤ちゃんは、凄まじい勢いで成長する。特に脳の成長は著しい。その脳は、大半が脂肪でできている。だもんで…

ある種の脂肪酸は、脳の適切な成長と発展に必須である。
  ――第4章 進化、適応、ヒトの肥満

 一般に脂っこい食べ物はダイエットの敵だ。重さが同じなら、油のカロリーは炭水化物の三倍もある。だからといって、若い人が油を摂らないと、ヤバい事になるかもしれない。

 と、そんな風に、ダイエット本だと思うと、「どないせえちゅうねん」と暴れたくなるぐらい役に立たない。これはそういう本じゃないのだ。ヒトが何かを食べる時、体の中で何が起きているのか。食べ物として摂ったエネルギーを、ヒトの体はどう使い蓄えるのか。そういう事が書いてある。

 これがやたらと複雑で。胃は胃液で食物を溶かし、腸は吸収し…と、それぞれの臓器は何かの役割を担っている。が、それだけなく、臓器同士は化学物質で連絡を取り合うのだ。例えば…

脳と消化管は多くの脳腸ペプチドで結ばれている。(略)たとえば胃で産生される腸ペプチドであるグレリンは、下垂体に働き成長ホルモンの分泌を促す。また、食欲を刺激する。
  ――第7章 情報分子とペプチド革命

 そんな風に、腹が減ったら食欲が増え、たくさん食べたら食欲がなくなるのも、当たり前だと私たちは思っている。でも、そのメカニズムを調べると、胃や腸と脳が連絡を取り合い、調整し合っている。このメカニズムは体の具合にもよって、寝不足だと食欲が増えたりする。当然、肥満も影響して…

ヒトやラットには、強固な脳相インスリン反応が存在する。食物の咀嚼や味覚情報に反応して、膵臓は素早くインスリン分泌を開始する。(略)
肥満した人では、脳相インスリン反応が欠如しているか減弱していることが多い。
  ――第9章 食べるための準備を整える

 などと、太ることで消化能力が変わったりもする。気分も関係あって、例えば苦しみや悲しみや恐怖を感じると、胃腸はウロコルチンや副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンを出す。これは食欲を減らし、「直腸運動を促進する」、と書くと偉そうだが、つまりは漏らすのだ。

 お陰で体は軽くなり、胃腸に回ってた血は脳や筋肉に回るんで、判断も動きも速くなる。これは「[戦争]の心理学」にもあったなあ。この現象、ちゃんと生理学的にも解析されてたんだね。

 ってな具合に、胃腸だけでなく脳や膵臓、そして皮下脂肪に至るまで、私たちの体は化学物質による情報ネットワークで繋がってて、盛んにメッセージをやりとりしているらしい。脳を中心とした神経系によるトップダウンのネットワークってイメージは、これでガタガタと崩れてゆく。

 SF者としては、なんかワクワクする話だよねえ。とすると、AIによるシンギュラリティってのは、やっぱり無理で、身体が必要なのかも、それならそれで、IoTが突破口に…ってな妄想は置いて。

 体の話に戻ろう。それぞれの化学物質と、それが意味する情報や命令は、必ずしも一対一に対応しているわけじゃない上に、タイミングや位置によってメッセージの意味は違い…

 と、肥満をネタにしつつ、その実はヒトの体が秘めた複雑怪奇な化学物質駆動型の情報ネットワークの一端を解き明かし、また環境の変化に応じて動的に平衡のバランスを変えてゆくアロスタシスなる概念を紹介するなど、体が持つダイナミックな性質を語る、現代科学ならではの興奮に満ちた本だった。

 ただし、文章は硬いし、専門用語も容赦なく出てくるので、相応の歯ごたえがあるのは覚悟しよう。

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2018年4月20日 (金)

ケン・トムソン「外来種のウソ・ホントを科学する」築地書館 屋代通子訳

本書は、在来種と外来種、さらには外来侵入種産業と呼べるほどに膨らんだ分野にかかわるあらゆる問いと、その陰にある意味とを精査しようとする試みだ。
  ――序 ラクダはどこのものか

今日のニュージーランドの植物学者は全員が、人間からの直接または間接の作用を排除すれば、在来植物は常に外来種に優位を保っていられるという意見だ。
  ――第2章 在来種のわずかな歴史

2007年末の時点で、連邦共和国としてのアメリカ合衆国からも、アメリカのどの州からも、外来種との競争で失われた植物種がひとつでもあるという証拠は皆無なのだ。
  ――第6章 生態学の講義を少々

生物防除のために導入された生物のうち、定着するのは三例にひとつで、そのうちのおよそ半数(つまり、導入された全体の約16%)だけが狙った標的の駆除に成功している。
  ――第8章 制御不能

【どんな本?】

 昨年はヒアリが大きな騒ぎになった。セイタカアワダチソウはあまり騒がれなくなったが、最近はアライグマが話題だ。ブラックバスも嫌われ者だし、異国から入ってくる生物は、ロクなもんじゃない

 …と、決めつけられたら困る。なんたって、アメリカ大陸からやってきたジャガイモもトマトも大好きだし。牛や豚や鶏だって、今どきはイギリスやアメリカからの輸入種か、またはその混血種だ。

 昔の外人レスラーよろしく、とかく悪役にされがちな外来種だが、本当にそうなのか。

 英国シェフィールド大学の生物学・生態学者が、イギリス・アイルランド・ニュージーランド・ハワイなどの島・島国や、オーストラリア・ヨーロッパ・アメリカ合衆国など大陸も見渡し、外来種がはびこる理由・その悪行の実態と興亡・悪評の原因などを追究し、環境保護活動に疑問を呈する一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Where Do Camels Belong? : The Story and Science of Invasive Species, by Ken Thompson, 2014。日本語版は2017年3月3日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約277頁、9ポイント45字×18行×277字=約224,370字、400字詰め原稿用紙で約561枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。た舞台は世界中を飛び回るので、世界地図があると便利。

 ただ、タイトルで見当がつくように、いくらか政治的な主張を含んでいる。そのため、意見が合わない人もいるだろう。

【構成は?】

 全体は穏やかにつながっているので、できれば頭から読もう。

  • 序 ラクダはどこのものか
  • 第1章 移動する種
    • 生物種と大陸
    • 残存種、避難圏、そして氷河時代
    • 渡り、海や鳥を伝う分散
    • 人の手による分散
    • どれほど長くて不思議な旅だったことか
  • 第2章 在来種のわずかな歴史
    • 「在来」とは何か
    • 戦争と平和
    • 在来であることの価値
    • 急を要する保護
    • 金の力
    • 本書の今後
  • 第3章 まずは悪いニュースを少々
    • ミナミオオガシラ グアムの在来鳥類減少事件
    • カワホトトギスガイ 五大湖イシガイのミステリー
    • ギョリュウ アメリカ南西部の砂漠化植物
    • エゾミソハギ 大惨事を引き起こす湿地の侵入者
  • 第4章 訴状の通り有罪か?
    • エゾミソハギ 目立ちすぎが災いする?
    • ギョリュウ ほんとうに水を使いすぎているのは誰か?
    • カワホトトギスガイ 恩恵を受ける生き物たちもいる
    • それはわかった。だがミナミオオガシラはどうなんだ?
  • 第5章 いいものなら在来種に違いない
    • 英国固有の植生
    • ノウサギ、アナウサギ、ザリガニ
    • 英国のビーバー
    • 誤解されるディンゴ
    • カリブのアライグマ
    • コガタトノサマガエルのこんがらがった物語
    • 攻撃される在来性
  • 第6章 生態学の講義を少々
    • ニッチ理論を少し
    • ニッチ理論を検証する
    • ニッチと侵入
    • コラム 「島の生物地理学」理論
    • 外来種と地球規模の生物多様性
    • コラム カウリの物語
    • 歴史から学ぶ
  • 第7章 悪いやつを探せ
    • 勝者と敗者
    • どちらかといえば的外れな理論ふたつ
    • 少しはましな理論
    • コラム ロードデンドロン・ポンティクム 在庫一掃セール、1000株につき105シリング
    • 順化協会
  • 第8章 制御不能
    • 外来種と島
    • 大陸ではどうか 「悪魔の爪」の例
    • 有用な外来種
    • 生物防除とふたつのカタツムリ
    • 外来種と法律
  • 第9章 後戻りなし
    • 外来種を最大限に利用する
    • 長い見通し
    • 外来種の進化
    • 侵入された側の進化
    • 氷山の一角
  • 第10章 競技場を均すには
    • 意図的導入 ナミテントウの奇妙なお話
    • 園芸家の世界
    • イタドリ 救世主シラミ見参
    • 移住支援
    • コラム 英国に移転させるべき生物候補六種
  • 第11章 侵入にまつわる五つの神話
    • 神話その1:外来種による侵入が生物多様性を損ない、生態系の機能を失わせる
    • 神話その2:外来種はわたしたちに多額の損害を与える
    • 神話その3:悪いのはいつも外来種
    • コラム ハイタカとカササギ 現行犯?
    • 神話その4:外来種はわたしたちを狙って野をうろついている
    • 神話その5:外来種は悪者、在来種はいい者
  • 第12章 わたしたちはどこに向かうのか
  • 謝辞/訳者あとがき/写真クレジット/参考文献/索引

【感想は?】

 いきなり、冒頭から足元をすくわれた。ラクダだ。原産地はどこだろう?

 北アフリカでもアジアでもない。なんと、「4000万年ほど前に北アメリカで進化した」。北米産かい。ちなみに眷属は「リャマ、アルパカ、グアナコ、ビクーニャ」。アルパカってラクダに近いのか。言われてみると、微妙にユーモラスなところは似てるかも。

 ってのはおいて。

 今、北米に野生のラクダはいない。オーストラリアにはいるらしいが。でもラクダで想像するのは、アフガニスタン・パキスタンなどの中央アジアや、シリア・アラビア・エジプトなど中東だろう。時とともに、ラクダの住む所も変わってきたのだ。

 とすると、在来種と外来種って、どうやって区別するんだろう?

 この問いは、日本のような島国だと、さらに深刻になる。主食のイネをはじめ、たいていの生物種は、中国や東南アジアから来た種だし。

 そういう点では、著者が島国のイギリス人なのも、日本と似た視点を持っていて、ちょっと親しみが湧く。近くに大陸(ヨーロッパ)があるのも似ているし、かつての大帝国(ローマ)の遺産が大きいのも、中国の影響を受けた日本と似ている。

 もちろん、違う所もある。特に大きいのが、イギリス連邦の遺産なのか、オーストラリアとニュージーランドの資料が多いこと。いずれも外来種と在来種のせめぎあいが激いが、大陸オーストラリアと島国ニュージーランドの違いもあって、科学者にとっては格好の比較材料だ。例えばオーストラリアは…

こと哺乳動物に関しては、地球上でもオーストラリアが絶滅集中地点だ。ヨーロッパ人が入植して以来、18種が絶滅していて、これは同じ期間中に世界中で絶滅した全哺乳類のほぼ半数にあたる。主な原因が、持ち込まれた捕食動物――キツネと野生化したイエネコの子孫であるのはまず間違いない。
  ――第5章 いいものなら在来種に違いない

 と、希少種の保護に関心が深い人にとっては、注目の土地だ。しかも、ソコの外来種は、たいていイギリス人が持ち込んだもので、著者にも馴染みが深い。そんな著者の主張は、いささか極端に聞こえる。

外来種を排除したければ――究極の目標が在来種森林の再生ならば――無視するのが一番だということだ。
  ――第9章 後戻りなし

 つまり、「ほっとけ」だ。一時的に増えて在来種を駆逐するように見えるけど、たいていはすぐに勢いが衰えて在来種と共存するよ、と。もっとも、「すぐ」ってのが、学者さんの時間感覚で、50年とか100年とかなんだけど。

 と、かなり悠長なことを言っているようにも見えるが、厳しい指摘もある。例えば私たちの思い込みだ。昔のプロレスじゃ外人レスラーは悪役だったように、たいていヨソ者は悪者扱いされる。何か悪い事があると、ヒトはヨソ者を疑う。おまけに、目立つヨソ者ならなおさらだ。

外から持ち込まれる生物が共通して持っているものは何なのかを、最初の一目で見抜くのは難しい。ただ実際にはどれもが、目には定かに見えないが、ある一つの共通項を持っている。人間の近くで栄えるという点だ。
  ――第10章 競技場を均すには

 新顔で、しかもヒトのそばではびこる奴は、どうしたって目立つ。そういう奴は、どうしても悪役を押し付けられやすい。

 が、たいていは、宅地開発など、ヒトによる変化が原因だったりする。環境が変わったため、新しいニッチができて、そこにそかさず新種が入り込んだ、そういう事だ。

英国でもどこでも、そして在来種でも外来種でも、繁栄する植物は変化があったことの指標であって、それ自体が変化を推進するものではなく、彼らはただ、人間が自然環境をこんな風に変えてくれてうれしいよ、と言い続けているのだ。
  ――第7章 悪いやつを探せ

 加えて、ヒトには判官びいきな傾向もある。

一般的に言って、わたしたちは、愛らしくてわれわれに厄介をかけない動物や植物が好きだ。さらに言えば、生息数が減少している生き物が好きで、彼らになりかわって頑張ってしまうことさえしばしばある。
  ――第5章 いいものなら在来種に違いない

 トキなど絶滅しそうな生き物は、ついつい応援したくなるのだ。また、ヒトは、昔からある慣れた脅威より、目新しい脅威に注目しがちだ。デング熱がいい例だろう。交通事故の方が2~3桁ほど被害は大きいのに、マスコミは大騒ぎした。なんたって…

在来種は外来種ほどニュースバリューがないのだ。
  ――第11章 侵入にまつわる五つの神話

 そう、マスコミは見慣れた事柄を取り上げないのだ。だって手あかがついてて面白くないし。といった、ヒトの心理的な盲点を突いてくるのも、この本の特徴だろう。で、実際問題として、外来種は益と害、どっちが多いのか、というと…

生態系には数多くの機能があり、どの機能を測定するかでも話は大きく変わってくる。しかし実際に測定されたたくさんの機能のうち、ほとんどが外来種の影響を被っていなかったし、生産性、微生物の活動、土壌の炭素、窒素とリンの総量、利用可能な窒素量に関しては、外来種が存在することでむしろ増えていた。
  ――第11章 侵入にまつわる五つの神話

 と、全体的には、生態系を活発にして、しかも種の多様性を豊かにする傾向が強いとか。逆に言うと、雑草が増えるって事なんだけど、それが損か得かはヒトの都合によるから、ヒトってのは勝手なもんです。

 著者の主張はマスコミの論調と大きく違うし、そこに違和感を持つ人も多いだろう。でも、一般にマスコミの報道はヒステリックになりがちなものだし、冷や水を浴びせるような主張は報じない。落ち着いて考えるために必要な、新しい視点を与えてくれる本、ぐらいに考えて読んでみよう。

 どうでもいいが、Ken Thompson って名前、IT系の人は一瞬ギョッとするけど、もちろん別人です。

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2018年4月 3日 (火)

ジョエル・ベスト「統計はこうしてウソをつく だまされないための統計学入門」白揚社 林大訳

この本は、おかしい統計についての本、おかしい統計がどこから生まれ、なぜなかなか消え去らないのかについての本である。
  ――はじめに

私たちが何らかの社会問題に気づき、心配しはじめるのは、普通、さまざまな問題宣伝者――活動家、記者、専門家、公職者、民間組織――の努力の結果である。
  ――1 社会統計の重要性

活動家は、広い定義に基づく大きな数字と、最も深刻なケースという関心を引きつける例を組み合わせて用いる。
  ――2 ソフトファクト おかしい統計の根源

報道機関は群集の規模をめぐる論争に興味をもったが、記者は概してただ相対立する数字を伝えただけだった。おおかたの記者はそれぞれの数字がどのように導き出されたのかを理解する努力などしなかった。
  ――5 スタット・ウォーズ 社会統計をめぐる紛争

【どんな本?】

 アメリカは弁護士が多い、と言われる。日本では人口1万人当たり1人ぐらいなのに対し、アメリカでは1万人あたり28人もいる、と。このように具体的な数字を出されると、いかにも本当らしく聞こえる。だが、その実体は…

 世論調査や政策決定には、よく統計数字が使われる。マスコミも「〇分に一人が云々」などと報じるし、広告でも「当社比で×%」などと数字を出す。だが、それらはどれぐらい信用できるのだろうか。どんな数字が信用できて、どんな数字を疑うべきなんだろうか。

 社会学者として統計数字に接する機会の多い著者が、世に流布する様々な「おかしい」数字について、なぜおかしくなるのか、どんな経緯でおかしくなるのか、そしてどんな意図でおかしくするのかなど、異様な数字が出てくる原因を探り、私たちが確かめるべき事柄を示す、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Damned Lies ans Statistics : Untangling Numbers from the Media, Politicians, and Activists, by Joel Best, 2001。日本語版は2002年11月10日第一版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約207頁に加え、訳者あとがき3頁。9.5ポイント42字×15行×207頁=約130,410字、400字詰め原稿用紙で約327枚。文庫本なら薄めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。一部にややこしい理屈が出てくるが、「何か面倒くさいことを言ってるんだな」程度に捕えても、だいたいは通じる。たぶん最も難しい統計用語は「オッズ」(→Wikipedia)だろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • はじめに 最悪の社会統計
  • 1 社会統計の重要性
    • 社会統計の台頭
    • 社会問題をつくりだす
    • 数字オンチの受け手としての一般大衆
    • 組織慣行と公式統計
    • 統計を社会的産物として考える
    • 本書の構想
  • 2 ソフトファクト おかしい統計の根源
    • 当て推量
    • 定義
    • 計測
    • 標本抽出
    • よい統計の特徴
  • 3 突然変異統計 数字をおかしくする方法
    • 一般化 初歩的な種類の誤り
      疑わしい定義/不適当な計測/まずい標本
    • 変換 統計の意味を変える
    • 混乱 複雑な統計をねじ曲げる
    • 複合的な誤り おかしい統計の連鎖をつくりだす
    • 突然変異統計の根源
  • 4 リンゴとオレンジ 不適切な比較
    • 異なる時点の比較
      計測方法の変化/変わらない尺度/予測
    • 異なる場所の比較
    • 集団間の比較
    • 社会問題の比較
    • 比較の論理
  • 5 スタット・ウォーズ 社会統計をめぐる紛争
    • 特定の数字をめぐって論争する 100万人が行進したのか
    • データ収集をめぐって論争する 国勢調査はどのように人口を数えるか
    • 統計と争点
    • 統計の権威を主張する
    • スタット・ウォーズを解釈する
  • 6 社会統計を考える 批判的アプローチ
    • 素朴な人々
    • シニカルな人々
    • 批判的な人々
    • 避けられないものに立ち向かう
  • 謝辞/訳者あとがき/註/索引

【感想は?】

 内容的には「統計という名のウソ」「あやしい統計フィールドガイド」と、ほぼ同じ。というか、本書が「柳の下の最初のドジョウ」なんだけど。

 どれか一冊だけを選ぶなら、私は「統計という名のウソ」が一番好き。そこそこ量もあるし、具体例と理論のバランスもいい。文章の構成も、一般の読者に向けた書き方に慣れてきた感がある。「あやしい統計フィールドガイド」は、無理してネタをひねり出した雰囲気が漂ってるし。

 と、テーマそのものは他の二冊とほぼ同じなので、続けて読むと、ちとクドく感じたり。それでも、出てくる具体例はそれぞれ違うので、雑学としての様々な数字が好きな人には、それなりの楽しみがある。

 なんたって、いきなり衝撃的な例が出てくるのだ。とある論文の一節に、こうあった。曰く「米国で銃によって殺される子供の数は、1950年以来、年ごとに倍増している」。

 これのどこがおかしいか、IT関係の職に就いている者なら、すぐピンとくるだろう。毎年倍に増えるとなると、数字は雪だるま式に膨れ上がってゆく。1年なら倍で済むが、10年で千倍以上、20年で百万倍以上、30年で十億倍以上に増えてしまう。アメリカの全人口(約3憶)より遥かに多い。

要は2のn乗だ。ちなみに2の10乗は1024≒1K(キロ),20乗は1,048,576≒1M(メガ),30乗は1,073,741,824≒1G(ギガ)となる。

 なんでこんな数字が出てきたか、というと。元はCDF(児童保護基金)の「1994年版 米国の児童の現状に関する年報」。そこには、こうあった。「1年間に米国で銃によって殺される子供の数は、1950年以来倍増している」。

 毎年増えている、じゃないのだ。1950年と比べて、1994年は倍になった、と言っている(または、1950年には1994年の半分だった)。ちょっとした言い間違いが、大変な違いを生み出してしまう。

 最初に出した日米の弁護士の数の差は、もっと微妙な違いによるものだ。実はここ、今になって Wikipedia を調べて気づいたんだが、本書の訳文はちとわかりにくい。要は、「弁護士」と「lawer」の違いだ。

 いずれも、「法学の学位を取得して司法試験に合格した人」を示すと思っていい。「法学の学位を取り」、かつ、「司法試験に合格した人」だ。ここでは、日米の司法試験の違いが原因となる。

 日本の司法試験は難関試験の代名詞みたいなモンで、司法浪人なんて言葉もあるくらいだ。Wikipedia によると、2010年以降の合格率は25%前後の狭き門。よって、法学部を出ても司法試験を受けない人は多い。そういう人は、政府や企業の法律部門で働くが、「弁護士」ではない。

 対してアメリカの司法試験は、「司法試験を受ける人の大半は合格する」。なんじゃい、そりゃ。そして、合格者の大半は、やっぱり政府や企業の法律部門で働き、「lawer」と呼ばれる。

 つまり、「法学の学位は持っているが、弁護士業には就かず政府や企業の法律部門で働いている人」を、アメリカはカウントしていて、日本ではカウントしていない。この差が、日米の弁護士数の違いなわけ。こういう、定義や言葉の違いが数字の違いとなって出ている場合も、統計にはあるのだ。

 これに政治が絡むと、事は更に面倒になる。なにせ賛否双方に思惑があるので、いずれも譲らない。ここではネイション・オヴ・イスラム(→Wikipedia)の1995年の百万人大行進が印象深い。主催者側は参加者数が百万人を超えたと主張するが、「公園警察は40万と見積もった」。

 倍以上の違いだ。当時、公園警察は散々に罵られたが、著者は公園警察が妥当だろうとしている。ちなみに、公園警察によると、百万人を超えたのは二回だけで、「1965年のリンドン・ジョンソンの大統領就任式と1976年の建国200年祭」。ジョンソンって人気あったんだなあ。

 ってのは置いて。困った事に、マスコミは「百万を超えたか否か」だけに焦点を当てて報じた。過去に同規模のデモはあったか、他の有名なデモは何人ぐらいだったかなど、他と比べる報道はほとんどなかった。比べていれば、私たちの受ける印象はだいぶ違っていただろう。

 ある意味、ペテンの手口を暴く本でもある。なので、「真相はいかに?」みたいな下世話な興味で読んでも面白い。頁数も少ないし、意外なエピソードも多い。堅苦しく構えず、気楽に読もう。

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