カテゴリー「書評:科学/技術」の323件の記事

2024年2月22日 (木)

楢崎修一郎「骨が語る兵士の最後 太平洋戦争 戦没者遺骨収集の真実」筑摩書房

本書は、2011年から2018年まで、私が17回にわたって太平洋地域を中心に派遣された遺骨収集とその鑑定の物語である。
  ――おわりに

いまだに最後の様子もわからない兵士の骨が、戦後70年以上が過ぎた現在も、太平洋地域を中心とした激戦の地、玉砕の島々には数多く眠ったままだ。
  ――はじめに

現時点で大掛かりに遺骨収取に取り組んでいる国は、日本とアメリカの二ヵ国しかない。
  ――第1章 幻のペリリュー島調査

【どんな本?】

 太平洋戦争では、多くの将兵や民間人が亡くなった。海外での戦没者は(硫黄島と沖縄を含め)約240万人とされている。その多くは現地に葬られ、または海に流された。著者は主に厚生労働省の遺骨収集事業に同伴し、人類学者として遺骨の判定を行ってきた。

 というのも。骨が出てきても、必ずしも日本人の骨とは限らない。米軍将兵や現地人、果ては獣骨の場合もあるからだ。

 人類学者は、いかにして骨を見分けるのか。その際に、どんな事柄に配慮するのか。などの学術的な話題に加え、戦没者の遺骨収集の現場の様子を現地で遭遇するトラブルも含めて語る、ちょっと変わったルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年7月15日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組本文約215頁。9.5ポイント41字×16行×215頁=約141,040字、400字詰め原稿用紙で約353枚。文庫ならやや薄め。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、ときどき人類学の専門用語が説明なしに出てくる。日本語の嬉しい性質で、「伸展葬」とかは文字を見ればだいたい意味が分かるのはいいが、寛骨(→Wikipedia、俗にいう骨盤の一部)など、主に骨の名前が多い。

 また、アチコチに地図があるので、栞を多く用意しよう。

【構成は?】

 はじめに~第2章までは基礎知識を語る所なので、最初に読もう。第3章~第6章はそれぞれ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • はじめに
  • 第1章 幻のペリリュー島調査
    • 1 遺骨収集へのきっかけ
    • 2 各国の遺骨収集の比較
  • 第2章 骨を読む
    • 1 遺骨は誰が鑑定するのか
    • 2 骨の読み方
  • 第3章 撃墜された攻撃機 ツバル共和国ヌイ環礁
    • 1 現地調査までの困難
    • 2 現地到着から調査開始まで
    • 3 発見
  • 第4章 玉砕の島々
    • 1 銃殺された兵士 マーシャル諸島クェゼリン環礁
    • 2 集団埋葬の島 サイパン島
    • 3 不沈空母の島 テニアン島
    • 4 天皇の島 パラオ共和国ペリリュー島
  • 第5章 飢餓に苦しんだ島々
    • 1 処刑も行われた島 マーシャル諸島ミリ島
    • 2 日本のパールハーバー トラック諸島
    • 3 水葬の島 メレヨン環礁
  • 第6章 終戦後も戦闘が行われた島 樺太
  • おわりに
  • 参考文献/太平洋戦争関連年表

【感想は?】

 著者は人類学者、それも文化ではなく自然人類学者だ。その本領が出ているのが、第2章「骨を読む」。ここでは、人体の骨の構成から性別や年齢や民族ごとの違いなどを、駆け足で語ってゆく。

 骨盤で男女が判るのは有名だが、歯だけでも専門家が見れば多くの情報が得られるのが分かる。

我々アジア人の前歯と呼ばれる上顎切歯の裏は、凹んでいる。
  ――第2章 骨を読む

 とかね。ココを読んだとき、思わず自分の歯を指でまさぐってしまった。この歯による鑑定は、後の章でも日本人と現地人の判別で頻繁に登場するので覚えておこう。

 と書くと、著者は骨の形を見るだけのように思われるが、とんでもない。例えば「第3章 撃墜された攻撃機」では、探すべき陸攻の記録を調べ、一式陸攻ではなく96式陸攻じゃないか、などと当たりをつけている。当時の戦況や部隊の構成など、できる限りの情報を集めた上で現地に赴いているのだ。もはや探偵である。

 もちろん、集めるのは帝国陸海軍の情報だけではない。現地の分野や風習なども、遺骨の判定の重要な手がかりとなる。

全員、頭を北に向け、足を南に向けた伸展葬である。現地の人々は逆で、頭は南で足は北だという。
  ――第5章 飢餓に苦しんだ島々

 このあたりは、文化人類学の領域だろう。南洋の島々が多いだけに、ピンロウジュ(→Wikipedia)に染まった歯が決め手になったり。

 かと思えば、分かりやすい証拠として帝国陸軍の手榴弾が出てきたり。かなり危ない作業でもあるのだ。特に切なかったのが、ペリリューの話。

ペリリュー州の法律で、地表から15cmまでしか掘ってはならないという。この15cmの根拠はよくわからないが、地雷や爆弾が埋まっている可能性があるためという説明を後で受けた。
  ――第4章 玉砕の島々

 勝手にやってきた連中が勝手に争ったため、現地の人々が今でも不便な思いをしているのだ。彼らの気持ちは複雑だろう。そのためか、「そこは俺の土地だから金を払え」とゴネられたり。そういった、現地の人々への心遣いも遺骨収集を巧く進める大事なコツ。

現地の人々の共同墓地で発掘調査をする際は、衆人環視の中で説明しながら行うことが重要である。
  ――第3章 撃墜された攻撃機 ツバル共和国ヌイ環礁

 ヨソ者がやってきて俺たちの墓を掘り返すとなれば、そりゃ心穏やかではいられない。たいてい、専門家がやる作業なんて素人には意味不明である。そこで、あらぬ誤解を避けるために、「今は何をしてるか、この作業にはどんな意味があるのか、それで何が分かったのか」を野次馬たちに説明し、理解してもらえるように努めるのだ。こういう細かいことが大事なんだろうなあ。

 それと、もう一つ意外だったのが、遺骨収集団のスケジュールが極めて厳しい点。なにせ南洋の島々だけに、現地にたどり着くまで3日ぐらいかかる。しかも船のエンジンが止まるなど、トラブルに見舞われることもしばしば。にもかかわらず、許された日程が8日ぐらいだったりで、実際の作業に充てられるのが2~3日しかない。せめて一カ月ぐらいかけてもいいんじゃないかと思う。

 かつての戦場を訪れ亡くなった方々の最後を再現する作業だけに、どうしても悲惨な場面を思い起こさなきゃならん場合もある…というか、特にテニアン島やサイパン島は民間人の犠牲者も多いため、なかなか読んでいて辛かった。

サイパン島やテニアン島の洞窟を調査していると、時々、部分的に焼けた焼骨が出土することがある。これらは恐らく、米軍による火炎放射器による犠牲者であると推定される。
  ――第4章 玉砕の島々

 この辺、著者はあくまで学者として冷静な姿勢を保っているが、故人の想いが起こしたかのような奇妙な出来事もあって、オカルトと片づけたくもあるが、そういった所に著者の故人に寄せる追悼の気持ちが表れているようにも感じるのだ。

 終盤、ペレストロイカの影響で入国が許された樺太での活動に続き、最後の「おわりに」で語る著者の、「いつの日か、ビルマに収骨する日が来ることを望んでいる」との想いが切ない。

 人類学者としての遺骨の判別という、いわば単なる事実確認を求められる立場で体験した事柄を書いた本だけに、乾いた筆致を心がけた文章が続く。が、行間には故人を悼む気持ちが滲み出ている。

 遺骨収集とは、過去にケリをつける儀式ではない。まさしく過去を掘り返し、私たちの眼の前に突きつける、厳しい歴史の授業なのだ。

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2024年2月 8日 (木)

ダニエル・オーフリ「患者の話は医師にどう聞こえるのか 診察室のすれちがいを科学する」みすず書房 原井宏明・勝田さよ訳

本書では、何名かの医師と患者が歩んだ道筋をたどり、一つのストーリーが人から人にどのように伝わるかを考察する。
  ――第1章 コミュニケーションはとれていたか

…患者がその数字をもとに医師を選択するとはかぎらない。患者は、信頼できる医師を選ぶ傾向がある。
  ――第2章 それぞれの言い分

「医学部の授業では、患者に悪いニュースを伝えなければならないときは、その後に大事なことは一切言うなと教わります。悪い知らせを聞かされた患者は聞く耳を一切持たないからです」
  ――第3章 相手がいてこそ

ストーリーを語るという行為は語り手にとってとても治療的であり、そしてそれを聞くことも聞き手にとって治療的である。
  ――第5章 よかれと思って

敬意のこもったふるまいには伝染性がある。
  ――第13章 その判断、本当に妥当ですか?

【どんな本?】

 問診。医師が「どうしましたか?」と問い、患者が「腹が痛くて…」などと答える。それこそ医療が呪術師の領分だった大昔からの、医療の基本だ。

 顕微鏡以来、医学や薬学は長足の進歩を遂げた。レントゲン,CTスキャン,MRIなど、最新技術を駆使した医療機器も充実してきた。だが、基本となる問診は、どうだろう?

 内科医の著者が、自らの経験や先輩友人知人に加え患者への取材、そして師からの教えを元に、問診の重要性とその技術を磨くことの大切さを訴える、医師向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は What Patients Say, What Doctors Hear, by Danielle Ofri, 2017。日本語版は2020年11月10日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約275頁に加え、原井宏明による訳者あとがき2頁。9ポイント48字×19行×275頁=約250,800字、400字詰め原稿用紙で約627枚。文庫なら厚めの一冊分。

 意外と文章はこなれていて読みやすい。医学の本だけに専門用語はビジバシ出てくるが、「何か専門的な事を言ってるんだな」ぐらいに思っていれば充分だ。内容も特に難しくない。中学生でも読みこなせるだろう。敢えて言えば、病院に行って「なんかぶっきらぼうだよな」「先生、怖い」などの不満を抱えた経験があると、より切実に感じるだろう。

【構成は?】

 各章は緩やかに結び付いているが、それぞれ独立したエピソードを中心としているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • 第1章 コミュニケーションはとれていたか
  • 第2章 それぞれの言い分
  • 第3章 相手がいてこそ
  • 第4章 聞いてほしい
  • 第5章 よかれと思って
  • 第6章 なにが効くのか
  • 第7章 チーフ・リスニング・オフィサー
  • 第8章 きちんと伝わらない
  • 第9章 単なる事実と言うなかれ
  • 第10章 害をなすなかれ それでもミスをしたときは
  • 第11章 本当に言いたいこと
  • 第12章 専門用語を使うということ
  • 第13章 その判断、本当に妥当ですか?
  • 第14章 きちんと学ぶ
  • 第15章 ふたりの物語が終わる
  • 第16章 「ほんとうの」会話を
  •  謝辞/訳者あとがき/出典と註/索引

【感想は?】

 「患者は医師にどう語るべきか」な本だと思ったが、まったく違った。医師向けの本で、「医師は患者の話をどう聞くか」みたいな内容だ。

 じゃ医療と関係ない人には役立たないかというと、そうでもない。

 というのも。医師と患者の関係は、平等じゃない。たいていの場合、医師が圧倒的に強い。なんたって、患者は命を握られているのだ。専門知識だって、ない。血液検査の結果を見たって、チンプンカンプンだ。というか、様々な検査をするが、その意味や役割すら分からない。

 おまけに、医師は忙しい。一日に何十人もの患者を診る。患者からすればたった一人の医師だが、医師にとっては沢山の患者のうちの一人でしかない。

 そんな、いわば権力の勾配がある両者で、キチンと会話が成り立つのか?

 そう、往々にして、成り立っていない。いや強い側つまり医師は成り立っていると思っているが、患者はそうじゃない。医師の言葉が理解できなかったり、「ちゃんと話を聞いてくれない」と不満を抱いたりする。

イギリスの二人の心臓専門医が、自分たちの病院の患者にアンケートをとったところ、その多くが、心不全、ステント、心臓弁からの漏れ、エコー、不整脈といった、循環器病棟で常用される用語を正しく定義できていないことがわかった。
  ――第12章 専門用語を使うということ

 本書では医師と患者の関係だが、似たような関係は世間でよくある。上司と部下・教師と生徒・役人と民間人など、「強く忙しく大勢を相手にする側」と「弱く頼るしかない側」での会話だ。

 この勾配が、事態をややこしくする。医療で必要な事柄が、必ずしもちゃんと聞き出せるとは限らない。

診察でいえば、一人の医師の平均的な診察日に、診察の主目的まで容易に到達できない患者が数名いるということだ。
  ――第11章 本当に言いたいこと

 まあ、こういうのは、計算機屋も往々にして経験している。「それ、先に言ってよ~」って奴だ。もっとも、大抵の場合、権力勾配は計算機屋が圧倒的に弱いんだがw そういう経験をした計算屋は、次の言葉に深く頷くだろう。

患者は最良の教師だ。
  ――第14章 きちんと学ぶ

 計算機屋との共通点は、他にもある。最近になって、便利なツールが爆発的に増えた。楽になったようだが、そうでもない。というのも、それぞれの案件について、選択肢が増えすぎて最適なツールを選ぶのが却って難しくなってきたからだ。結局、使い慣れた道具に頼ったり。

過去半世紀の間に医学の知識と治療の選択肢は爆発的に増えたが、すべてをやりとげるのに使える時間は昔と変わらず15分程度である。
  ――第16章 「ほんとうの」会話を

 そんなワケで、計算機屋でも聞く技術の重要性は増してるんだが、それを体系立てて教える教程って…あるのかなあ。まあいい。少なくとも医学界では、幾つかの抵抗にあいながらも、ジワジワと広がっているらしい。

 その抵抗する気持ちも、ちょっとだけわかる気がする。

何世紀も前からシャーマンが使用している技術が、100万ドルをかけた大規模臨床試験の裏づけがある医薬品と同じくらい効果的であるという話には、(医師は)なにか漠然と不愉快さを感じる。
  ――第6章 なにが効くのか

 計算機屋なら、「そんな暇があったら新しい言語を学ぶ」みたいな感じ? とまれ、医師がじっくり話を聞くことの重要性を、認めた政府もあるのだ。

最近、オランダ政府は、傾聴の医療保険コードを承認した。つまり医師は、処置や検査と同じように、診察の一部として堂々と患者の話を聞けるということだ。
  ――第7章 チーフ・リスニング・オフィサー

 他にも、医療以外で役立つ話は結構ある。やはり計算機屋が苦しむのが、トラブル対応だ。計算機屋が集まってガヤガヤやっているが、肝心の顧客は置いてけぼり、なんてケースも昔は珍しくなかった。

ベンソン夫人は、文字通りの意味でも比喩的にも、廊下に取り残された。
  ――第10章 害をなすなかれ それでもミスをしたときは

 まあ、往々にしてしょうがないんだけどね。少なくとも原因が判明するまでは。でもって、イライラしてつっけんどんな対応しちゃったり。

医学は、私たちが期待するよりずっと不明瞭だ。だから、質問の紙が広げられたときから、自分があいまいな表現に終始することが――そして相手を失望させてしまうことが――予想できてしまう。私もそうだが、患者もいらいらするだろう。
  ――第4章 聞いてほしい

 また、要求仕様の確認とかだと、最近はキチンと文書でやりとりするんだろうけど、急ぎの仕事だと口頭でやりとりしたり。

事実を手短かに言いかえたいときは、最初に「きちんと理解できているかどうか確認させてください」と言えば簡単だ。このフレーズは、事実をはっきりさせるのに適した方法であるのみならず、本当に話を聞いているという、患者への確かな合図にもなる。
  ――第9章 単なる事実と言うなかれ

 もっとも、異様に気が短い相手だと、こっちが復唱してる時に口をはさんできたりするんだよなあ。なんなんだろうね、あれ。まあいい。

 他にも、人を説得する際の技術がちょっとだけ書いてあったり。

事実を繰り返し叩き込む戦略によって望ましい結果が得られることはほとんどない。
  ――第5章 よかれと思って

 どないせいちゅうねん、と思った方は、本書を読んでください。

 そんなワケで、「患者が気を付けるべきこと」ではなく、「医師が心がけること」の本であり、医師向けの本である。ではあるが、医療に素人の私でも楽しく読めた。エピソードは医療に限っているが、これはヒトとヒトとの会話の本なのだ。コミュニケーションに興味がある人や、オリヴァー・サックスのファンにお薦め。

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2024年1月24日 (水)

トーマス・J・ケリー「月着陸船開発物語」プレアデス出版 高田剛訳

この本はアポロ計画の月着陸船を設計した主任設計者が、研究、提案段階から、設計、製作、実際の月着陸の支援活動について、自分が経験した内容を詳しく述べたものです。
  ――訳者あとがき

グラマン社はM-1号機のモックアップ審査で、宇宙飛行士は特別な存在として対応する必要があることを学んだ。彼らは同じ職業の操縦士を通じて調整しないといけない。飛行機の操縦をしない技術者や管理者は、いかに有能であろうと、彼らから全面的に尊敬され評価される事はない。
  ――第6章 モックアップ

多くの飛行機や宇宙線に関して蓄積された実績データによれば、最初の大まかな設計と、基本構想段階の搭載システムによる初期の重量は、最終的な製品の重量より20%から25%少ないのが普通だ。
  ――第8章 重量軽減の戦い

搭乗員用の船室の円筒形部分のアルミ外板は、厚さが0.3ミリ、つまり家庭用アルミフォイルの三枚分の厚さだった。
  ――第8章 重量軽減の戦い

【どんな本?】

 人類を月へと送り出すアポロ計画に、グラマン社は参加を望む。幸い月着陸船の受注に成功したものの、不慣れな宇宙用機材の設計・開発・製造は苦難の道だった。

 海軍用の航空機では、その頑健さで鉄工所の二つ名を勝ちえたグラマン社。だが月着陸船では勝手が違った。増殖する不具合・相次ぐ仕様変更・複雑きわまりない設計・特殊な素材と部品そして失敗が許されない厳しいNASAの要求。当然、スケジュールは遅れ作業の手間は増え必要な書類も積みあがってゆく。

 合衆国の宇宙開発機器開発の現場を赤裸々かつ生々しく描くと共に、まったく新しい分野に挑戦したエンジニアたちの奮闘を記録した、技術屋魂が炸裂する挫折と冷や汗と歓喜のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Moon Lander : How We Developed the Apollo Lunar Module, by Thomas J. Kelly, 2001。日本語版は2019年3月1日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約358頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント52字×20行×358頁=約372,320字、400字詰め原稿用紙で約931枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はやや硬い。だってバリバリの航空エンジニアが書きバリバリの航空エンジニアが訳した文章だし。その分、技術的な詳細と正確さは信用できる。内容は、工学と宇宙開発に多少の知識があるといい。少なくともアポロ計画(→Wikipedia)とアポロ宇宙船(→Wikipedia)は知っておいて欲しい。

 それだけに、マニアには美味しいネタがギッシリ詰まってる。特に設計・開発が始まる第7章以降は読みどころが満載。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、できれば頭から読もう。

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  • 第1章 納入までの苦闘
  • 第1部 勝利
  • 第2章 月へ行けるかもしれない
  • 第3章 月着陸船の提案
  • 第4章 最終決定
  • 第2部 設計、製作、試験
  • 第5章 難しい設計に挑む
  • 第6章 モックアップ
  • 第7章 図面発行に苦戦する
  • 第8章 重量軽減の戦い
  • 第9章 問題に次ぐ問題の発生
  • 第10章 日程、コストとの戦い
  • 第11章 悲劇がアポロを襲う
  • 第12章 自分が設計した宇宙船を作る
  • 第3部 宇宙飛行
  • 第13章 宇宙飛行を行った最初の月着陸船、アポロ5号
  • 第14章 最終的な予行練習、アポロ9号と10号
  • 第15章 人類にとっての大きな飛躍 アポロ11号
  • 第16章 巨大な火の玉! アポロ12号
  • 第17章 宇宙からの救出 アポロ13号
  • 第18章 不屈の宇宙飛行士の勝利 アポロ14号
  • 第19章 大いなる探索 アポロ15号、16号、17号
  • 第20章 スペースシャトルの失注
  • 結び アポロ計画が残したもの
  •  注/訳者あとがき/索引

【感想は?】

 マニアにはたまらなく美味しい本だ。特に挑戦的で新しいモノの開発に従事した経験のある人は、何度も「そうだ、そうなんだよっ」と拳を振り上げるだろう。

 今からアポロ計画を調べると、月への往復方法も各宇宙船の形も、アレが最善だと思うだろう。だが、構想段階では様々な案があった。本書の主役である月着陸船も、結局は四本足の蜘蛛みたいな形になったが、構想段階ではもっとスマートだった。

「実際に作られるアポロ宇宙船は、僕らが研究したどれにも似てないと思う」
  ――第2章 月へ行けるかもしれない

 そう、細かい所は実装を煮詰めるに従ってドンドン変わっていくし、最初は気づかなかった問題も見えてくる。問題の解決案は時として常識破りな発想が画期的な手段となり、それが全体の形も変えてゆくのだ。

「座席をやめたらどうだろう?」
  ――第5章 難しい設計に挑む

 とかね。まっとうな航空機のエンジニアには、まず出てこない発想なんだが、この案が幾つもの問題を解決したり。

 多少なりとも大掛かりなシステムを設計・開発した人なら、次の文に激しく頷くはずだ。

目の前の課題を詳しく見れば見るほど、もっと細かな課題が見えてくるのだ。
  ――第7章 図面発行に苦戦する

 その「細かな課題」が、分かりやすく具体的に書いてあるのが、本書の最も大きな魅力だ。少なくとも私は、そういう所が最も美味しかった。

 結果としてアポロ計画は成功裏に終わる。だが、それは大量の失敗の積み重ねによるものだ。何度もの厳しい試験で一つづつ課題を潰し、問題のないモノを創り上げたのである。この辺、デバッグに苦しむ計算機屋は、我が事のように感じるだろう。そんな課題の一つがポゴ。

ポゴは、ロケットの縦方向の振動で、ロケット・エンジンの推力が変動すると、その影響で燃料ポンプの入口圧力が変化し、それによって推力がもっと大きく変化することで生じる振動である。
  ――第7章 図面発行に苦戦する

 言われてみれば確かに起きそうな問題だが、素人が予め予測するのは難しい。そんなネタが続々と出てくるのが、私にはとても嬉しかった。そして、そんな課題を前もって危惧する著者たちの能力にも恐れ入る。例えば月着陸船の離陸時の懸念だ。

緊急上昇時には、上昇段のロケット排気が当たる影響で、姿勢制御能力を持たない降下段がひっくり返ることが懸念された。降下段がひっくり返ると、分離した上昇段にぶつかる可能性がある。
  ――第13章 宇宙飛行を行った最初の月着陸船、アポロ5号

 「そこまで考えるのか」と感心するが、月から離陸する際の発進方法も、なかなか背筋が凍る。

月面からの離陸では、(略)(上昇段の)ロケット・エンジンの推進剤の弁を開いて点火が起きた瞬間に、爆薬が上昇段と降下段を繋ぎとめているボルトとナットを断ち切る。段と段の間の直径10cmの電線と配管の束をギロチンカッターが切断し、無抵抗分離型のコネクターがその電線への電力を止める。
  ――第15章 人類にとっての大きな飛躍 アポロ11号

 ホンの少しでも電線や配管の切り残しがあったり、爆薬が暴発したり、動作のタイミングがズレたら、取り返しのつかない羽目になる。これを前人未到で真空かつ高温にさらされる月面(→JAXAの「もっと知りたい! 「月」ってナンだ!?」)で行うのだ。なんちゅう無茶な注文だろう。

 やはり予測した問題の一つが、かの有名なアポロ13号(→Wikipedia)の事故だ。これはグラマン社のお手柄で、月着陸船が宇宙飛行士たちの命綱になった。が、電源を節約したため船内の温度が下がり、こんな懸念が持ち上がる。

司令船を再稼働すると、搭乗員の呼吸により、冷えている場所に結露が予想される。電線やコネクターが濡れるが、ショートを起こさないだろうか?
  ――第17章 宇宙からの救出 アポロ13号

 こういう所まで気が回るあたりは、つくづく尊敬してしまう。

 などの課題の中には、こんな嫌らしいシロモノもあって、著者らは暗闇の中に叩きこまれたような絶望も味わうのだ。

一般には燃料不安定は、ロケット・エンジンを作動させた時に毎回起きるものではなく、平均して何回に一回生じるかと言う、確率的な現象である。
  ――第9章 問題に次ぐ問題の発生

 うわ、嫌らしい。何が嫌といって、再現性がないのがタチが悪い。試せば必ず問題が起きるのなら、現象が消えれば安心できる。でも、起きたり起きなかったりするんじゃ、巧くいっても運が良かったのか問題が解決したのか、わからない。内輪の試験で巧く行っても、本番でコケたら目も当てられない。

 グラマン社の担当部分ではないが、アポロ1号の悲劇(→Wikipedia)も影響が大きかった。

火は飛行士がチェックリスト、飛行計画などを入れる網ケースなどの、燃えやすいナイロン製品に燃え移り、それから船室全体に急激に広がった。環境制御装置の、可燃性のグリコール(→Wikipedia)水溶液の冷却液が流れるアルミニウム製の配管が熱で溶け、可燃性の液体を火災の中にまき散らした。
  ――第11章 悲劇がアポロを襲う

 これにより、月着陸船にも大幅な仕様変更が入る。あらゆる配管の漏れが厳しく検査されると共に、燃えやすい素材が全て使用不許可となるのだ。全ての部品と素材を洗い出し、ヤバいのは耐熱性のあるモノに変える。言うのは簡単だが、実際にやるのはとんでもなく手間と忍耐力が要求される。頭抱えたくなっただろうなあ。

 その配管の漏れも、グラマン社は散々苦労したようで、長々と書いている。地上ならゴムのパッキンとかでどうにか出来そうだが、なにせ月面で動かすシロモノだ。おまけに燃料は四酸化二窒素とエアロジン、毒物ってだけじゃなく、混ぜるな危険の代表みたいなモン。そう、混ぜるだけで爆発するのだ。だからロケット・エンジンに使えるんだけど。

 つか、ロケットの液体燃料って、みんな液体酸素と液体水素だとばかり思い込んでた。ちゃんと調べないと駄目だね。

 など苦労の甲斐あって、どうにか打ち上げに漕ぎつけるのだが、その本番でも順調に見える飛行の裏側で、数多くのトラブルに見舞われ、即興で解決していた事がわかるのが、本書の終盤。中でも印象的なのが、打ち上げ直後に災難に遭ったアポロ12号。

打ち上げから36秒後と52秒後に、アポロ12号は二回被雷した事が分かった。一度目の落雷の影響で司令船の各系統の電源が切れ、二度目の落雷で誘導装置のジャイロのプラットフォームが機能を停止した。サターン・ロケットのイオン化した排気の長い流れが巨大な避雷針の役割をして、上空の黒い雲から地上への電気が通りやすい通路ができたのだ。
  ――第16章 巨大な火の玉! アポロ12号

 なんとまあ、ロケットには落雷の危険もあるのだ。よくそれで無事だったなあと思う。

 一つのちゃんと動くモノを創り上げるために、どれほどの問題が起こり、それを確かめ、解決しなければならないか。そして問題を防ぐため、いかにしち面倒くさい手順が求められるのか。それだけ注意を払っても、見落としやスレ違いは起きてしまう現実。ロケット・マニアはもちろん、すべてのエンジニアが「よくぞ書いてくれた!」と随喜の涙を流す傑作だ。

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2023年12月18日 (月)

サイモン・ウィンチェスター「精密への果てなき道 シリンダーからナノメートルEUVチップへ」早川書房 梶山あゆみ訳

精密さとは、意図的につくり出された概念だ。そこにはよく知られた歴史上の必要性があった。
  ――はじめに

ついに機械をつくるための機械が生み出され、しかもそれは、正確かつ精密につくる能力をもっている。
  ――第1章 星々、秒、円筒、そして蒸気

ジェームズ・スミス著『科学技術大観』
「一つの面を完璧に平坦にするためには、一度に三つの面を削ることが……必要である」
  ――第2章 並外れて平たく、信じがたいほど間隔が狭い

空気がなければ歪みもない
  ――第7章 レンズを通してくっきりと

GPS衛星群に数々の有用性があるとはいえ、それを煎じ詰めれば時刻の問題になるのだ。
  ――第8章 私はどこ? 今は何時?

1947年、トランジスタは幼い子供の手いっぱいに載るほどの大きさがあった。24年後の1971年、マイクロプロセッサ内のトランジスタは幅わずか10マイクロメートル。人間の髪の毛の太さの1/10しかない。
  ――第9章 限界をすり抜けて

(2011年3月11日の東日本大震災と津波で)杉や松は完膚なきまでに破壊されたのに、竹はまだそこにある。
  ――第10章 絶妙なバランスの必要性について

こうして時間がすべての基本単位を支えるものとなった
  ――おわりに 万物の尺度

【どんな本?】

 カメラ、スマートフォン、自転車、自動車、ボールペン。私たちの身の回りには、精密に作られたモノが溢れている。これらが誇る精密さは、自然と出来上がったのではない。精密さを必要とする需要や、精密さが優位となるビジネス上の条件があり、ヒトが創り上げた概念だ。

 ヒトはいかにして精密さの概念を見つけたのか。そこにはどんな需要があり、どのような人物が、どのように実現したのか。そして精密さは、どのように世界を変えてきたのか。

 「博士と狂人」で歴史に埋もれた二人の人物のドラマを魅力的に描いたサイモン・ウィンチェスターが、今度は多彩な登場人物を擁して描く、歴史と工学のノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Perfectionists : How Precision Engineers Created the Modern World, by Simon Winchester, 2018。日本語版は2019年8月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約425頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×19行×425頁=約363,375字、400字詰め原稿用紙で約909枚。文庫なら薄めの上下巻ぐらい。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。敢えて言えば、本棚やプラモデルなどを自分で部品から何かを組み立てて、「あれ? この部品、なんかうまくはまらないな」と戸惑った経験があると、身に染みるエピソードが多い。

【構成は?】

 原則的に時系列順に進むが、各章はほぼ独立しているので、気になった所を拾い読みしてもいい。

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  • 図版一覧
  • はじめに
  • 第1章 星々、秒、円筒、そして蒸気
  • 第2章 並外れて平たく、信じがたいほど間隔が狭い
  • 第3章 一家に一挺の銃を、どんな小屋にも時計を
  • 第4章 さらに完璧な世界がそこに
  • 第5章 幹線道路の抗しがたい魅力
  • 第6章 高度一万メートルの精密さと危険
  • 第7章 レンズを通してくっきりと
  • 第8章 私はどこ? 今は何時?
  • 第9章 限界をすり抜けて
  • 第10章 絶妙なバランスの必要性について
  • おわりに 万物の尺度
  • 謝辞/用語集/訳者あとがき/本書の活字書体について/参考文献

【感想は?】

 歴史の授業で工場制手工業って言葉を学んだ。ソレで何が嬉しいのかは分からなかったが。この本で、少しわかった気がする。

 これが分かったのが、「第5章 幹線道路の抗しがたい魅力」。ここでは、最高級の自動車を生み出すロールス-ロイス社と、T型フォードの量産に挑んだフォード社の誕生を描く。

 その工程は対照的だ。ロールス-ロイス社は熟練の職人による手仕事で、一台づつ丁寧に作ってゆく。対してフォード社は、ベルトコンベアによる流れ作業だ。そこで部品に精密さを求めるのは、どちらだろうか?

 意外なことに、フォード社なのだ。

 ロールス-ロイス社は、職人が丁寧に組み立てる。そこで部品のサイズが合わなければ、ヤスリで削って調整する。それぞれピッタリ合わせるので、ガタつくことはない。ぶっちゃけ古いやり方だが、だからこそ品質を保証できる。

 だが、フォード社は流れ作業だ。合わない部品があると、そこで作業が止まってしまう。だから、予め部品の規格や誤差範囲を厳しく決め、守らせる。部品の精密さでは、フォード社の方が要求は厳しいのだ。

低コストでたいした複雑さもなく、記憶にもさして残らないフォード車のほうが、(ロールス・ロイス車より)精密さがより重要な生命線となっていた。
  ――第5章 幹線道路の抗しがたい魅力

 「ニコイチ」や「共食い整備」なんて言葉もある。壊れた二台の自動車から使える部品を取り出して組み合わせ、一台の動く自動車を組み立てる、そんな手口だ。これは意外と現代的な概念だとわかるのが、「第3章 一家に一挺の銃を、どんな小屋にも時計を」だ。

 この章は1914年の米英戦争さなかの合衆国で幕を開ける。当時、マスケット銃の部品が壊れたら、どう直すか? 現代なら、他の部品に交換するだろう。だが、当時はできなかった。当時の銃は、ロールス-ロイス社風の方法で作っていたからだ。部品を交換するには、職人の所へ持っていき、調整してもらう必要があった。そうしないと、「合わない」のだ。当時の製品は、みんなその程度の精度だったのだ。

 これを変えたのが、フランスのオノレ・ブラン(→Wikipedia)。彼の造った銃は…

どの部品も完全に互換性をもっていた。
  ――第3章 一家に一挺の銃を、どんな小屋にも時計を

 逆に言えば、同じ工業製品の同じ部品でも、互換性がないのが普通だったのだ、当時は。軍事ヲタク界隈じゃ共食い整備は末期症状と言われるが、そんな事が出来るのも精密さのお陰だったりする。

 こういった互換性の基礎をもたらしたのが、私たちの身の回りに溢れているシロモノなのも意外。

(ジョゼフ・)ホイットワース(→Wikipedia)は、あらゆるネジの規格を統一するという発想を推し進めた
  ――第4章 さらに完璧な世界がそこに

 そう、ネジなのだ。実際、よく見ると、ネジって長さや太さやネジ山の高さや距離など、予め規格がキッチリ決まってないと困るシロモノなんだよね。本書の前半では、他にもネジが重要な役割を果たす場面が多くて、実はネジが工学上の偉大な発明である事がよくわかる。

 後半では、こういった精密さが更に桁を上げた現代の物語へと移ってゆく。

 特に「第6章 高度一万メートルの精密さと危険」がエキサイティングだった。ここでは航空機用ジェット・エンジンの誕生と現状を語る。そのジェット・エンジン、理屈は単純なのだ。原則として動くのは「回転するタービンと圧縮機だけ」。可動部が少なければ、それだけ機械としては頑丈で安全となる…はず。理屈では。

フランク・ホイットル(→Wikipedia)
「未来のエンジンは、可動部が一つだけで2000馬力を生み出せるようでなければならない」
  ――第6章 高度一万メートルの精密さと危険

 ホイットルを支援する投資会社のランスロット・ロー・ホワイトの言葉も、エンジニアの魂を強く揺さぶる。

「大きな飛躍がなされるときは、かならず旧来の複雑さが新しい単純さに取って代わられるものだ」
  ――第6章 高度一万メートルの精密さと危険

 そうなんだよなあ。私は初めて正規表現に触れた時、その理屈の単純さと応用範囲の広さに感動したのを憶えてる。新しい技術は、たいてい洗練された単純な形で出てきて、次第に毛深くなっちゃうんだよなあ。

 まあいい。ここでは、蒸気からレシプロそしてタービンまで、モノを燃やして力を得るエンジンの神髄を説く言葉も味わい深い。

(エンジンは)熱ければ熱いほど速くなる
  ――第6章 高度一万メートルの精密さと危険

 モノを燃やすエンジンは、すべてボイル=シャルルの法則(→Wikipedia)に基づく。曰く、気体の体積または圧力は、温度に比例する。モノを燃やすエンジンは、高温で体積が増える気体の圧力がパワーの源だ。よってパワーを上げるには、エンジンの温度を高く(熱く)すればいい。

 だが、エンジンは金属だ。金属は熱くなると柔らかくなり、ついには溶ける。この相反する要求を叶えるには、なるたけ高温に耐える素材を使うこと。冶金技術が国力の源である理由が、コレだね。もう一つ、高熱にさらされるエンジン内でタービン・ブレードの温度を下げる手もある。これを叶えるロールス-ロイス社の工夫が凄い。

 実はこの辺、「ジェット・エンジンの仕組み」にも書いてあったんだが、すっかり忘れてた。わはは。

 この章では、他にも「ホイットルの時代の初歩的なジェットエンジンであっても、(吸い込む空気の量は)ピストンタイプのざっと70倍」とか、ジェットエンジンつかガスタービンの布教としか思えぬ記述が溢れてる。

 それはともかく、そんなロールス-ロイス社のトレント900エンジンを積んだエアバスA380機が、2010年に事故を起こす。カンタス航空32便エンジン爆発事故(→Wikipedia)だ。原因はエンジン部品の不良。この事故を調べたオーストラリア政府による事故調査報告書は、教訓に富んでいる。

複雑な社会技術システムは、元々内在する性質により、絶えず監視されていなければ自然と後退するという傾向を持つ。
  ――第6章 高度一万メートルの精密さと危険

 複雑で精密なシロモノは、放っとくと劣化するのだ。これはモノだけでなく、製造・流通・運用など全ての過程で関わるヒトや組織にも当てはまる。特に、コスト削減とかの圧力が加わった時は。なら、原子力発電も…などと考えてしまう。

 以降、本書は騒ぎとなったハップル天文台や現代では必需品となったGPSそして集積回路を経て、第10章ではなぜか日本が舞台となる。ここの記述は日本人としてはいささか気恥ずかしさすら覚えるほどの日本賛歌なので、お楽しみに。

 今や当たり前となったネジや部品交換そして互換性の概念は、意外と近年に生まれた考え方だった。私たちの暮らしを楽しく便利にしてくれる様々な工業製品も、巷で話題のグローバル経済も、先人が創り上げた精密さの上に成り立っている。そんな感慨に浸れると共に、歴史の教科書ではあまり触れられない職人たちの人物像にも光を当てた、一風変わった歴史と工学の本だ。

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2023年11月12日 (日)

ニコラス・マネー「酵母 文明を発酵させる菌の話」草思社 田沢恭子訳

太古の時代、人類は酵母とどんなふうに依存しあっていたか、歴史の中で微生物と人間が互いをどう導いてきたか、そして21世紀に入り、両者の関係がいかに発展しているか。本書はこれらのテーマについて語る。
  ――第1章 はじめに 酵母入門

ヒトゲノムは酵母ゲノムよりも大きいが、そのうちタンパク質に翻訳されるのは2%にすぎないのだ。
ヒトはおよそ1万9千個の遺伝子をもつが、ジャンクDNAが圧倒的に多い。
  ――第4章 フランケン酵母 細胞

タマネギはヒトの5倍のDNAをもつ
  ――第4章 フランケン酵母 細胞

カリフォルニア州にあるボルト・スレッズという会社は、クモの遺伝子を導入した酵母を発酵槽内で育ててクモの糸を作らせ、衣料品製造用の合成シルク繊維を取り出している。
  ――第5章 大草原の小さな酵母 バイオテクノロジー

【どんな本?】

 酵母は働き者だ。穀物や果実のデンプンや糖分からアルコールを生み出し、小麦粉を膨らませて柔らかいパンにする。ヒトが狩猟採集生活から農耕中心の定住生活に移った原因は酒だと主張する説もあり、だとすれば文明の発達の足掛かりを作ったのは酵母ということになる。

 その酵母とは、どんなシロモノなのか。どんな所に棲んでいて、どう増え、どんな性質があるのか。パンが膨らむ時、パン生地の中では何が起きているのか。酒とパンの他には、どう利用されているのか。最近の遺伝子科学/工学の進歩は、酵母の研究/利用に、どんな変化をもたらしているのか。

 イギリス生まれでマイアミ大学の生物学教授を務める著者が、持ち前の菌類への愛を炸裂させた、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Rise of Yeast: How the Sugar Fungus Shaped Civilization, by Nicholas P. Money, 2018。日本語版は2022年3月1日第1刷発酵もとい発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約233頁に加え訳者あとがき2頁。9.5ポイント41字×17行×233頁=約162,401字、400字詰め原稿用紙で約407枚。文庫ならやや薄めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。生物学、それも真菌をテーマとした本だが、中学卒業程度の理科の素養があれば充分に読みこなせるだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。ただし、でっきれば「第1章 はじめに 酵母入門」だけは最初に読んでおこう。酵母の基本的な知識が書いてあるので、他の章の基礎となる部分だ。

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  • 第1章 はじめに 酵母入門
    酵母の発見/化学的に見た定義/酵母遺伝子の革命/発酵という魔術/最先端研究のモデル/バイオエネルギーへの貢献/人体にもたくさん存在する
  • 第2章 エデンの酵母 飲み物
    野生の酒宴/酔っぱらったサル/最初のアルコール依存症/最古の醸造/酵母と人類の遺伝子/移動する酵母/ハエも酔っぱらう
  • 第3章 生地はまた膨らむ 食べ物
    パンができるプロセス/酵母製法の発展/酵母の産業化/チョコとコーヒー/酵母そのものを食べる/食用酵母の驚くべき展開/マーマイトと宗教
  • 第4章 フランケン酵母 細胞
    酵母と発酵の構造を理解する/遺伝子レベルで調べる/不要なDNAがたくさん?/酵母の結晶/酵母を改造する
  • 第5章 大草原の小さな酵母 バイオテクノロジー
    バイオ燃料の生産風景/コスト評価/サトウキビを使う/バイオ燃料用に改良される酵母/廃棄物を食べる酵母がいれば/マラリア、糖尿病との意外な関係/ドラッグへの悪用
  • 第6章 荒野の酵母 酵母の多様性
    ミラー酵母/残忍な仲間たち/粘液の痕跡に潜む酵母/水中や高温下にもいる/ノーベル賞と酵母/ワインに欠かせない分裂酵母
  • 第7章 怒りの酵母 健康と病気
    サッカロミセス感染症/文豪も入れ込んだ発酵乳/人体内でアルコールが生成される!?/炎症性腸疾患との関係/喘息と酵母/膣内酵母/重篤な症状を引き起こす酵母/頭皮のフケにも酵母あり
  • 訳者あとがき/図版一覧/原注/用語集

【感想は?】

 著者は生物学それも菌の学者ながら、一般向けの解説書の著作が多い。そのためか、素人向けの説明はなかなか巧みだ。

 先に書いたように、各章はほぼ独立している。とはいえ、「第1章 はじめに 酵母入門」だけは、最初に読むのを勧める。タイトル通り、以降の章の基礎知識を語る部分だからだ。

 酒飲みはみんな知っているだろう。酒の醸造は微妙な手際が要求される。これがよく分かるのが19頁の図3。醸造中に、酵母が何をするかを描いた図だ。発酵は2段階で進む。最初の段階では糖をピルビン酸に分解し、副産物として二酸化炭素CO2を出す。ビールの泡や、パンが膨らむ理由はコレか。

 それはともかく、二段階目が難しい。酸素があれば更に分解を進め、ピルビン酸を水と二酸化炭素にしてしまう。だが酸欠になると、ピルビン酸をアセトアルデヒドを経由してエタノールつまりアルコールに変える。適度に酸素つか空気を遮るのが大事なんだな。しかもアルコールは他の菌を殺すので、生き残るのは酵母だけ。賢い。

 もっとも、アルコール濃度が10%~15%を超えると、酵母も死んじゃうんだけど。酒造りにとっては、実に都合がいい生態だ。

 そのためか、ヒトと酒の付き合いも長い歴史がある。アフリカの十万五千年前の石器からヤシ酒の痕跡が見つかってる。また8600~8200年前の中国の陶器片からも、米か蜂蜜か果実から発酵飲料をつくってた証拠がある。文明は酒と共にあったらしい。とすると…

文明はアルコールへの愛に駆り立てられたと言われるが、これは醸造家に原料を与えることが穀物農業とそれに伴う定住の目的だったとする説にもとづいている。
  ――第2章 エデンの酵母 飲み物

 なんて説にも説得力がありそうな。だって酒を造るには、しばらく一カ所に留まる必要があるし。

 それはともかく、酒とパンに関わるだけあって、酵母は産業界からも熱い注目を浴びているらしく、学者にも潤沢に資金が流れているようだ。その証拠に…

真核生物で全ゲノムが明らかになったのは酵母が初めてだった。(略)
ヘモフィルスのゲノムを構成するA,T,C,Gは180万個だが、酵母のゲノムを記す文字は1200万個を上回る。
  ――第4章 フランケン酵母 細胞

 章のタイトルで分かるように、ここでは酵母の遺伝子分析や改変の話が中心だ。ネタは最新科学だが、やってる事は意外と地味な単純作業の繰り返しが多い。例えば「6000個の遺伝子のうち1個を欠いた数千株をすべて作成する」とか。各遺伝子が何をしているのか、しらみつぶしに調べたんですね。

 にも拘わらず、「じつは遺伝子の10個につき1個は依然として機能が判明していない」から、生命ってのはわからない。つか、IT系技術者でファイルフォーマット解析とかやった経験がある人は、遺伝子を一つづつ無効化する手法を「あるあるw」とか思うんじゃなかろか。最先端の研究も、現場は地味な作業の積み重ねだったりする。だからこそ、量を確保する予算が大事なんだな。

 もちろん酵母の産業利用もやってて、その一つがバイオ燃料。だってアルコールを作るんだし。ただ困った邪魔者がいて、それが乳酸菌ってのは意外だった。納豆菌も嫌われるんだろうなあ。

 その乳酸菌が名を挙げた挿話も楽しい。主人公はロシアの生物学者イリヤ・メチニコフ(→Wikipedia)。19世紀末、ロシアじゃ発酵したウマの乳で作る飲み物クミスが流行り、彼はこれに興味を持つ。パリのパスツール研究所に移った彼は、同僚からブルガリアのヨーグルトが長生きの秘訣と聞いて売り込みを始める。ブルガリア・ヨーグルトの仕掛け人はロシア人だったのか。

 酒を醸し、パンを膨らませ、私たちの暮らしを豊かにしてくれた酵母。世界各地で酒が造られていることでも分かるように、酵母自体は別に珍しいものではなく、実はどこにでもいる。だが、その正体が真菌類のサッカロミセス・セレビシエであり、豆が連なったような形だと知る人は少ないだろう。

 身近な酵母を通し、菌の知識を広めようとする著者の熱意と愛情が滲み出た、親しみやすい科学解説書だ。科学に興味がある人に加え、呑兵衛にもお薦めの一冊。ただし出来ればシラフで読んでほしい。

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2023年9月19日 (火)

宮原ひろ子「地球の変動はどこまで宇宙で解明できるか 太陽活動から読み解く地球の過去・現在・未来」化学同人DOJIN文庫

惑星がほどよい気温を保てるかどうかは、太陽が放出する光の量と太陽からの距離で決まります。けれども、その心地よさがわずかに変わるということが、太陽の状態が刻々と変化することによっておこってくるわけです。それを研究対象にしているのが宇宙気候学です。
  ――第1章 変化する太陽

電離圏には、雷雲によって上層に運ばれた正の電荷が溜まっていて、地表と電離圏のあいだには、数百キロボルトもの電位差が生じています。
  ――第4章 宇宙はどのようにして地球に影響するのか

現在の地球では、炭素13が炭素12の1/100程度しか含まれていませんが、超新星残骸にある炭素には、炭素12と炭素13がほぼ同じ割合で含まれているのです
  ――第5章 変わるハビタブルゾーン

【どんな本?】

 太陽の活動が地球の気候に影響を与える。日中は温かいし、夜は冷える。「太陽の光が地球を暖めているんだから、当たり前じゃないか」と思うだろう。だが、冒頭で意外な事実が明らかになる。太陽の光の量はほとんど変わらないのだ。

 では、何が問題なのか。これも冒頭で想定外の仮説を著者は示す。宇宙から地球に降り注ぐ宇宙線が地球の天気を支配している、と。

 地球の気候と宇宙線に、何の関係があるのか。太陽の活動は?

 そもそも太陽とは何か、なぜ太陽活動が活発だと黒点が増えるのかなどの基礎的な事柄から、過去の太陽活動や地球の気候をどうやって調べるか、なぜ宇宙線が地球の気候を変えるのかなどの科学トピック、そして恐竜絶滅の謎に迫る壮大な仮説まで、極小の原子の世界から銀河系の運動へと様々な時間と空間のスケールで語る、エキサイティングな科学解説書。

 第31回講談社科学出版賞受賞作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は2014年8月に化学同人DOJIN選書より刊行の同名の単行本。文庫版は2022年12月5日第1刷発行。文庫版は加筆・訂正していて、特に第6章などで最新の情報が加わっている。9ポイント38字×17行×205頁=約132,430字、400字詰め原稿用紙で約332枚。文庫でも薄め。いや中身は濃いけど。

 文章は意外とこなれている。中身も素人に親切でわかりやすい。とうか、涙を呑んで専門的な言葉や説明をバッサリ切った感がある。例えば宇宙線(→名古屋大学宇宙線物理学研究室)について、その詳しい実態は説明していない。数式も出てこないので、理科が得意なら中学生でも読みこなせるだろう。

【構成は?】

 前の章を踏まえて後の章が続く構成なので、素直に頭から読もう。

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  • まえがき
  • 序論
  • 第1章 変化する太陽
  • 1 太陽とはどのような星か
    恒星の進化/太陽がつくり出すエネルギー/惑星を温める太陽のエネルギー/磁場を持つ太陽
  • 2 黒点とは
    太陽の自転と黒点の生成/太陽活動の長期的な変化の謎
  • 3 マウンダ―極小期の謎
    マウンダ―極小期の発見/小氷期の謎/太陽の光量の変動/月に残された太陽光の変化
  • 4 ダイナミックに変化する太陽と宇宙天気
    宇宙の天気とは/オーロラはなぜ発生するのか/宇宙天気災害/太陽フレアと放射線被ばく/磁場が引き起こすトラブル/通信機器への影響/宇宙天気災害と地磁気のかたち/太陽フレアの規模と宇宙天気災害の規模の関係性
  • 第2章 太陽の真の姿を追う
  • 1 太陽活動史を復元する方法
    樹木に記録される太陽の活動/太陽活動の指標となる炭素14/屋久島に残された太陽活動の記録/太陽の記録を残す南極の氷 ベリリウム10
  • 2 宇宙線の変動は何を映し出すか
    地球を包み込む太陽のシールド/太陽圏磁場のスパイラル構造/太陽圏はどのように宇宙線を遮るか/宇宙線量の11年周期変動/太陽磁場の反転の影響による宇宙線の22年周期変動/太陽圏の構造と宇宙線量
  • 3 復元された太陽活動
    過去に何度も起こっていた無黒点期/樹木に残された太陽の“心音”/正確な太陽活動の復元をめざして
  • 4 太陽活動を駆動するのは
  • 第3章 太陽活動と気候変動の関係性
  • 1 過去の気候を調べる方法
    年輪から探る過去の気候/樹木の年輪以外を使って気候を調べる方法/試料の年代決定
  • 2 ミランコビッチ・サイクル
    天文学的な要素による太陽の地球への影響/氷期と間氷期の10万年周期
  • 3 ボンド・イベント
    1000年スケールの気候変動と太陽活動/氷期における太陽活動と気候変動
  • 4 小氷期が社会に与えるインパクト
    小氷期の発生と太陽活動/社会に与えた影響
  • 第4章 宇宙はどのようにして地球に影響するのか
  • 1 宇宙線の影響を見分けるには
    太陽活動が気候に影響するいくつかの経路/地磁気の変動を利用して宇宙線影響を探る/宇宙線だけに特徴的な22年周期変動を手がかりにする/太陽圏環境に左右される気候
  • 2 宇宙線と雲
    宇宙線が影響するプロセス/宇宙線の影響を受容しやすいホットスポットはどこか/宇宙線のもうひとつの効果
  • 第5章 変わるハビタブルゾーン
  • 1 地球の謎は解けるか?
    宇宙線の密集域への接近/地球史上の大イベント/地磁気変動との相乗効果/恐竜が滅んだのは?/数億年スケールの地球史を記録する地層/生命誕生と宇宙線
  • 2 暗い太陽のパラドックス
    暗い太陽のもとで生命は誕生した/パラドックスは解けるか/変わるハビタブルゾーン
  • 3 地球型惑星を探せ!
    地球型惑星の探査方法/住み心地のよい環境かどうかの観測
  • 第6章 未来の太陽と地球
  • 1 太陽はマウンダ―極小期を迎えるのか
    突然訪れた太陽活動の異常/マウンダ―極小期が再来するかどうかのカギ/地球への影響
  • 2 天気予報は変わるか
    宇宙天気と天気/太陽フレアと宇宙線のフォーブッシュ減少/天気予報につながるか?/得られ始めた太陽フレア予測への手がかり
  • 参考文献/あろがき/文庫版あとがき

【感想は?】

 宇宙気候学なんて名詞だけでもゾクゾクしてくる本だが、内容は思った以上に意外性に富んでいる。

 太陽の活動が地球の気候を変える。そんなの当たり前、と思うだろう。特に日差しが強くクソ暑い夏には。でも、太陽の光量は意外と変わらないのだ。変わるのは、宇宙線の量。

恒星の残骸から飛んでくる宇宙線は、太陽フレアが発生した際に太陽から飛んでくる放射線よりエネルギーが何桁も高く…
  ――第2章 太陽の真の姿を追う

 だが、宇宙線と気候の関係は冒頭で軽く仄めかされるだけ。冒頭で疑問を抱かせておいて、話は太陽の活動へと移る。イケズだが、必要なのだ。なに、親しみやすい言葉で書かれた文字数の少ない本でもあるし、スグに解が出てくる。ミステリだと思って、素直に読もう。

 その地球に降り注ぐ宇宙線の量を変えているのが、太陽の磁場。地球の磁場が数十万年に一度ぐらい反転するのに対し、太陽の磁場は忙しい。

太陽は頻繁に磁場の向きを変えているのです。(略)太陽活動が活発になって黒点数がピークを迎えたときに反転していますので、11年に1回反転していることになります。
  ――第2章 太陽の真の姿を追う

 太陽の磁場は、銀河の宇宙線から地球を守っている。太陽の磁場が弱まると、地球に降り注ぐ宇宙線が増える。実際はもっと複雑なんだが、その結果として…

太陽活動が11年周期で変動するのにともなう銀河宇宙線量の変動は、20~30%にもなります。
  ――第4章 宇宙はどのようにして地球に影響するのか

 と、宇宙線の量が変わるのだ。その宇宙線が、気候にどう影響するのか、というと。

1997年にデンマークのフリス・クリステンセンとヘンリク・スペンスマルクは、銀河宇宙線の変動と地球をおおう雲の量がよく一致しているという驚くべき論文を発表しました。
  ――第4章 宇宙はどのようにして地球に影響するのか

 宇宙線が増える→雲が増える→太陽光を雲が遮り地球が冷える、そんな感じ。でも、過去の宇宙線の量なんて、どうやって調べるのかっつーと、ハイ出ました、過去の気候調査の王道、木の年輪。

木の成長速度が気温に大きく依存する地域では、年輪幅の増減から気温の変動を知ることができますし、成長速度が降水に大きく依存している地域では、降水量の増減を知る手がかりが得られます。
  ――第3章 太陽活動と気候変動の関係

 これ、生きてる木だけでなく、いつ倒れたかわからん倒木でも調べる方法があるんだけど、その方法ってのが…

伐採年が分からない場合は、炭素14の濃度を測定し、1964年の年輪に特徴的な濃度の増加を検出します。これは、1963年に施行された部分的核実験禁止条約を前に相次いで行われた大気中での核実験によって、大量の中性子が大気中に放出され、それによって大量の炭素14がつくられ、濃度が急上昇したことによるものです。
  ――第3章 太陽活動と気候変動の関係

 世界的な地震計の設置も、冷戦時代に敵国の核実験を調べるために進んだなんて話もあって、なんだかなあ、と思ったり。さて、炭素14とかの同位元素、これが宇宙線の増減を知る手がかりになるってのも面白い。要は高エネルギーの荷電粒子(たいていは陽子)が他の元素にぶつかると、原子核が陽子を吸収した後に陽子が電子を放出し中性子に変わり同位体になるんだな。原発でトリチウム(三重水素)ができるのも、確か同じ理屈だったはず。

 これが終盤になると、話がドカンとデカくなる。なんと、天の川銀河系の中の太陽系の位置が謎のカギになってきたり。

超新星残骸の衝撃波が、荷電粒子を高エネルギーに加速するのです。ですから、太陽圏に飛んでくる宇宙線の量は、太陽系の近傍にどれくらい超新星残骸があるかということに依存して、変化することになります。
  ――第4章 宇宙はどのようにして地球に影響するのか

 この辺のゾクゾク感は、ブルーバックスの「恐竜はなぜ絶滅したか」以来だなあ。これには状況証拠もあって。

全球凍結が発生していた24憶~21憶年ほど前と8憶~6憶年前は、天の川銀河がスターバースト(→Wikipedia)を起こしていた時期で、太陽系が暗黒星雲をかすめてもおかしくない状況にあったことがわかります。
そのほか、1.4憶年ごとに繰り返す寒冷化のタイミングは、太陽系が銀河の腕を通過するタイミングと一致していますし、生物種の数に見られる6000万年~7000万年周期という変動は、銀河の中での太陽系のアップダウン運動と関連する可能性が指摘されています。
  ――第5章 変わるハビタブルゾーン

 他にも、天の川銀河内の太陽系の軌道も、私の思い込みと全く違ってて、小さい規模から大きい規模まで、「そうだったのか!」の連続で思い込みを覆されるネタが続々と出てきて楽しい本だった。

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2023年8月21日 (月)

伊藤茂編「メカニズムの事典 機械の素・改題縮刷版」理工学社

機械は(略)動力の状態を変化させるものである。
(略)小さい力を大きい力に、不規則な運動を整然とした運動または特殊な運動に、遅い運動を速い運動に、あるいはその逆にそれぞれ変換したい場合に用いられる。
  ――序論

摩擦面の動く距離が比較的小であるので、摩擦に消費される仕事が少なく、したがって摩耗も少ないため、長期間の使用に適する。したがって、なるべくこの機構を用いて機械を作るのが有利である。
  ――2 四節機構(クオドリック チェーン)

ベルトが水平あるいは斜めにかかる場合は、張り側を下にするほうがよい。これはベルトがベルト車に巻き付く部分を増すから、摩擦が増してベルト車とベルトとのすべりを少なくする。
  ――14 ベルト車とロープ車

映画のフィルム送り機構およびじょうなどに応用されている。
  ――19 ゼネバ ストップおよび類似の機構

【どんな本?】

 歴史的に使われてきた人力や水力や風力であれ、現代的な石油や原子力であれ、それぞれの動力が生みだす動きは、単純に一方向へ押す、または周辺全体に広がろうとする圧力である。これを人間に都合のいい回転や複雑な仕事に変えるのが、クランクや歯車などの機械=メカニズムだ。

 往復運動を回転運動に変える・往路と復路で速度を変える・逆転を防ぐ・小さい力で大きな物を動かすなど、機械部品の働きや仕組みを、図と解説文を組み合わせて紹介する、機械設計屋むけの事典。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1983年5月10日第一刷発行。元は1912年初版の浅川権八「機械の素」を、福原達三・中田孝・草間秀俊・谷口修・小川潔・伊藤茂で1966年10月に「新編・機械の素」として復刻し、更に1983年に改訂・縮刷したもの。

 単行本ソフトカバー横一段組み本文約215頁。各頁は2~4個の機構の説明がある。頁の左側に機械の図を、右側に説明文を置く。説明は8ポイント25字。図と説明文の組み合わせが重要なので、仮に文庫にしたらレイアウトを大きく変えなきゃいけない。例えば1頁1機構にして、600頁超えの大容量にするか、上中下の三巻になるか。

 文章はモロに教科書で、しかもやや古風。図を見つつ説明文で動きを想像しながら読んでいくので、読み進むのにはかなり時間がかかる。教科書なんだから当然だし、それだけ中身の濃い本だ。

【構成は?】

 原則として個々の記事は独立しているが、たまに「○○を参照」と他の記事との関係を示すものもある。素人は気になった所だけを拾い読みしてもいい。プロまたやプロ予備軍は後述。

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  • 序論
  • 1 機械の部分品および器具
  • 2 四節機構(クオドリック チェーン)
  • 3 スライダ クランク機構
  • 4 クロス スライダ クランク機構
  • 5 立体機構
  • 6 平行クランク
  • 7 はかり(バランス)
  • 8 2,3,4の変形機構
  • 9 歯車および歯車装置
  • 10 変形歯車
  • 11 平行運動
  • 12 近似平行運動
  • 13 パンタグラフ(縮図器)
  • 14 ベルト車とロープ車
  • 15 鎖伝動装置
  • 16 ロープを用いた仕掛け
  • 17 つめとつめ車
  • 18 カム
  • 19 ゼネバ ストップおよび類似の機構
  • 20 エスケープ
  • 21 じょうおよびじょう仕組
  • 22 ねじの利用
  • 23 ばねの利用
  • 24 摩擦を利用した装置
  • 25 摩擦を軽減する装置
  • 26 軸接手
  • 27 回転ポンプ・送風機類
  • 28 複式機構

【感想は?】

 内容は「実用メカニズム事典」とだいぶカブっているが、数式は少ない。その辺は専門書で補えって事なんだろう。だって事典だし。

 基本的にプロ向けの本だ。だから、プロは「実用メカニズム事典」同様、こんな読み方というか使い方をするんだろう。

  1. 軽く全体を流し読みして「どこに何を書いてあるか」を掴む。分からない所はトバす。
  2. 折に触れトバした所を読み返す。
  3. 必要になったら、関係ありそうな所を読み返す。

 とか書いてる私は素人なので、この記事はそのつもりでお読みいただきたい。

 元が1912年初版の浅川権八「機械の素」とあるので、出たのは百年以上も前だ。その割に、今でもアチコチで使われていそうな機構が続々と出てくる。もっとも、その素材は鋼鉄からセラミックになってたりするんだろうけど。

 読み解けたのは単純なものが多い。単純なだけに、今でもどっかで見たようなモノもある。

 例えば持ち上げた荷物を簡単に外せる「1.22 すべりかぎ」とかは、クレーン車などで使われていそうだし、「1.23 やっとこ(トング)」は氷屋で見た。「17 つめとつめ車」は、テニスやバレーボールのネット張りに使ってるアレね。「17.28 オチス安全停止装置」はエレベーターで使ってるんだろうなあ。「21.17 採泥機」は逆に引くと閉まる。「18.4 回転斜板」も、単純な仕掛けで回転運動をなめらかな往復運動に変える。「21.15 バヨネット継手」は、パイプなどを連結するのによく見る機構。

 やっぱり自転車関係は気になる。「17.47 スプロケットのすべり装置」はペダルと前歯車だろう。「26.12 ランニング・フェース・ラチェット(その2)」もたぶん後輪と歯車の軸受け。

 「コイルばねたわみ継手」は一瞬ブルワ○カ○かと思ったw

 賢さに感心するのも多い。「2.5 ブカナン水車」は簡単な工夫で効率を大きく上げてる。「3.14 中心おもり調速機」は機械的なフィードバック機構だ。「16.5 偏心輪による足踏み装置」は、足踏みミシンのアレかな。中心をズラした円とベルトとペダルを組み合わせ、往復運動を回転運動にする。精密機械の代表、時計に使われる「20 エスケープ」も見事なものが多い。

 そうだったのか!もある。「3.16 船用可変ピッチプロペラ」は複雑だが、そもそも船のプロペラがピッチ可変とは知らなかった。やはり船で「16.2 かじ取り装置」は、帆船などのかじに使ってたんだろうなあ。「9.12 はす歯車」は、歯を斜めに切った歯車。なぜかと思ったら、「平滑に静かに回転する」。そういう利点があるのか。ねじって身近な割に作るのは大変そうと思うんだが、「9.35 旋盤のねじ切り装置」で少し納得。「23.20 給油口カバー」、中にばねが仕込まれてたのね。

 「やっぱりそうか」も幾つか。「17.30 カウンティング ホイール」は、ほぼ想像した通り。「23.13 特殊ばねの応用の一例」じゃ複式皿形ばねが荷車のサスペンションによさそう。「28.44 映画撮影機の送りつめ機構」では、映画フィルムの両端に定間隔で穴が開いてる理由がわかった。

 形が大事な機構も。「18.13 対数曲線てこ」は、接触面を対数曲線にすることで、「すべりがない」。「24.17 ジョンズ・ラムソン摩擦車」と「24.47 2軸の回転費を変化する摩擦車」は一種の差動装置(デフ)。もっとも摩擦車なんで自動車には向かないけど。「27 回転ポンプ」には、2組の歯車を使った例が多くて意外だった。

 応用例で「おお!」と思う例が、「3.15 速射砲の尾せん開閉装置」。「機械の素」の時代背景が伺える。

 最近「小説家になろう」にハマってる身としては、「25.1 減摩車(その1)」に感心した。なんか馬車の軸受けに使えそうだし。でも実際の応用例は「1780年に、始めてアトゥード重力測定機に用いられた」というから、性質は全く違うんだろうなあ。「25.9 重ね座金付きピボット軸受け」は、すべり軸受を多層にして各層の回転数の差を減らす発想が使えそう。「28.35~37 製じょう機」は、最後に「発明者は、力織機の発明者イギリスのエドムンド・カートライトである」って、つまり紡績機か。

 イラストが大事な本で、動きを想像しながら読み解いてゆくので、どうしても読み進めるには時間がかかる。単純な歯車ならともかく、遊星歯車やクランクと組み合わせたものは、その巧妙さに感心するものが多い。まさしく人類の叡智の堆積を感じる、一見は実用一辺倒かつ無味乾燥ながら実は重い一冊だった。

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2023年8月 8日 (火)

マイケル・フレンドリー&ハワード・ウェイナー「データ視覚化の人類史 グラフの発明から時間と空間の可視化まで」青土社 飯嶋貴子訳

本書が提起する中心的な問題は、「数字をグラフで表す方法はどのように出現したか?」、そしてもっとも重要なことに「それはなぜか?」ということだ。
  ――はじめに

19世紀英国の疫学者ウィリアム・ファー「病気は治すより防ぐほうが簡単であり、予防の最初のステップは既存の原因を発見することである」
  ――第4章 人口統計 ウィリアム・ファー,ジョン・スノウ,そしてコレラ

人間の目は、表示されたものの長さではなく面積を感知する傾向にある
  ――第4章 人口統計 ウィリアム・ファー,ジョン・スノウ,そしてコレラ

グラフ手法は長い間、二次元の表面に限定されていた。
  ――第8章 フラットランドを逃れて

ミース・ファン・デル・ローエ(20世紀ドイツの建築家、→Wikipedia)
「少ないことはよいことだ」
  ――第10章 詩としてのグラフ

【どんな本?】

 割合を示す円グラフ、変化を表す線グラフ、関係を見せる散布図、風景を写し取る写真、そして動きを表すアニメーション。いずれも共通した性質がある。下手な文章より、はるかに短い時間でわかりやすく強烈にモノゴトを伝えるのだ。

 これらは、いつ、誰が、何を伝えるために生み出したのか。それは、私たちにどんな影響を与えたのか。

 コンピュータとインターネットの普及により、最近はさらに身近になったグラフや図表について、その起源と歴史と進歩、そしてその影響を描く、少し変わった歴史と科学の本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A History of Data Visualization & Graphic Communication, by Michael Friendly and Howard Wainer, 2021。日本語版は2021年11月10日第一刷発行。私が読んだのは2022年4月10日の第三刷。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約342頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント46字×18行×342頁=約283,176字、400字詰め原稿用紙で約708枚。文庫なら厚めの一冊分…と言いたいところだが、グラフや図表を多く収録しているので、文字数は8割ぐらいか。

 文章はやや硬いというか、まだるっこしい。まあ、青土社の翻訳物だし。ただし内容はわかりやすい。なんたって、モノゴトを分かりやすく伝える手段を扱ってるんだし。何より、多くのグラフや図表を収録しているのが嬉しい。しかも一部はカラーだ。敢えて言えば、もっと版が大きければ、更に迫力が増しただろうなあ、と思う。もっとも、価格との釣り合いもあるんだけど。

【構成は?】

 原則として時系列順に進むので、できれば頭から読んだ方がいい。が、とりあえず味見するなら、257頁からのカラー図版をどうぞ。

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  • はじめに
  • 第1章 始まりは……
  • 第2章 最初のグラフは正しく理解していた
  • 第3章 データの誕生
  • 第4章 人口統計 ウィリアム・ファー,ジョン・スノウ,そしてコレラ
  • 第5章 ビッグバン 近代グラフィックの父、ウィリアム・プレイフェア
  • 第6章 散布図の起源と発展
  • 第7章 統計グラフィックスの黄金時代
  • 第8章 フラットランドを逃れて
  • 第9章 時空間を視覚化する
  • 第10章 詩としてのグラフ
  • おわりに
  • さらに詳しく学ぶために
  • 謝辞/註/参考文献/訳者あとがき/索引

【感想は?】

 まず気づくのは、地図と関係が深い点だ。

 最初の例からして、地図作成者の手によるものだ。17世紀オランダのミヒャエル・フローレント・ファン・ラングレン(→Wikipedia)が作った、トレド・ローマ間の経度距離の概算図だし。

 やはり勃興期の例として出てくるのも、地図だ。19世紀前半のフランスで、教育レベルや犯罪の多寡を県ごとに色付けした地図が出てくる。これらは、それまでのインテリたちの議論とは全く違った現実の姿を見せつけた。

19世紀フランスの弁護士アンドレ=ミシェル・ゲリー
「毎年、同じ地域で同じ程度に発生する同じ数の犯罪が見られる。……われわれは、道徳的秩序の事実が、物理的秩序の事実と同様に、不変の法則に左右されると認識せざるを得ない」
  ――第3章 データの誕生

 この傾向の頂点は、ナポレオンのロシア遠征で大陸軍が消耗していく様子を描いた、あの地図だろう(→英語版Wikipedia)。心当たりがない人は、ぜひ先のリンク先をご覧になっていただきたい。ナイチンゲールが作ったクリミア戦争犠牲者を示すグラフ(→Wikipedia)と並び、世界でもっとも有名なグラフだ。

(シャルル・ジョゼフ・)ミナール(→英語版Wikipedia)の最高傑作は、失敗に終わった1812年のロシア遠征中にナポレオンの大陸軍によって大量の人命が奪われたようすを描いたものである。
  ――第7章 統計グラフィックスの黄金時代

 こういった視覚化が、人々の考え方まで変えていくのも面白い。

実データをプロットすることには、莫大な、また多くが思いがけない利点があった。
(略)科学に対する近代の経験的アプローチが生まれた。
観測によって得たデータ値をグラフに表し、そこに暗示されるパターンを見つけ出すという方法だ。
  ――第1章 始まりは……

米国の統計学者ジョン・W・テューキー(→Wikipedia)
「図解の最大の価値は、それが、われわれの予想をはるかに超えるものに気づかせてくれたときである」
  ――第5章 ビッグバン 近代グラフィックの父、ウィリアム・プレイフェア

 あーだこーだ考えるより、まずデータを集めて、そこから現れるパターンを見つけよう、そういう考え方である。なんのことはない、経験主義というか科学というか、そういう発想だ。もっとも、そのためには、大量のデータを集めなきゃいけないんだけど。

 とはいえ、その利用の多くが、科学ではなく社会・経済方面なのも意外だった。本書に出てくる例の多くが、国勢調査や経済統計だったり。

19世紀初頭に統計グラフィックスの基本的形式の発明の発端となったある重要な発展は、社会問題(犯罪、自殺、貧困)と病気(コレラ)の発生に関するデータの幅広い収集だった。
  ――第7章 統計グラフィックスの黄金時代

 ここでは「感染地図」で主役を務めたジョン・スノウが登場して、ちょっと嬉しかった。あの地図(→Wikipedia)には、やはり強いインパクトがあるよね。

 これらの経緯を経て、グラフの代表ともいえる円グラフ・棒グラフそして折れ線グラフを開拓したのが、18~19世紀イギリスのウィリアム・プレイフェア。彼がグラフ作成に入れ込むきっかけが、これまた面白い。

ウィリアム(・プレイフェア)は、一日の最高気温を長期にわたって記録するという課題を兄から課されたことを思い起こしている。(兄の)ジョンは彼に、自分が記録したものを、隣り合わせに並べた一連の温度計と考え、(略)それらをグラフに記録するように教えた。
  ――第5章 ビッグバン 近代グラフィックの父、ウィリアム・プレイフェア

 兄ちゃん、なんと賢くセンスもいい事か。つかこの発想、今でも使えるよね。

 さて、それまでグラフは時系列や国/地域別を表すものだった。が、それ以外の二つの値の関係の深さを表すのに便利なのが、散布図。この発想のきっかけが、今思えば当然ではあるが…

散布図の第一の前提条件は座標系という考え方だった。(略)たとえばある線の一次方程式y=a+bxなどのような…
  ――第6章 散布図の起源と発展

 デカルト座標系または直交座標系(→Wikipedia)の考え方だね。変数xの変化に伴い、値yも規則的に変わる、そういう関係だ。

 とかの「人間による視覚化」ばかりでなく、科学と技術の進歩は機械による視覚化も可能にする。その好例が写真だ。今でもX線写真は医師の頼もしい見方だし。本書では生物、それも人間の運動を研究するのに連続写真を活用し、そのために自ら1秒に12フレームを記録できる写真銃を開発した19世紀フランスの生理学者エティエンヌ=ジュール・マレー(→Wikipedia)を紹介している。彼曰く…

「生命の現象において明確なのは、まさに物理的・機械的秩序をもつ現象である」
  ――第9章 時空間を視覚化する

 彼の撮影した、クラウチング・スタートで短距離走者が走り出すシーンを写した連続写真は見ごたえがある。

 同様に、運動を撮影したものとして、猫の宙返りで物理学者が悩む話(→Wikipedia)には笑ってしまう。当然ながら何度も猫が投げられるのだが、その連続写真を見たネイチャー誌の筆者曰く…

「最初の連続写真の終わりに猫が見せた、尊厳が傷つけられたような表情は、科学的調査に対する関心の欠如の現れである」
  ――第9章 時空間を視覚化する

 そりゃ猫も納得せんだろw

 などといった写真は事実を写し取るものだが、視覚化にはもう一つの側面がある。顕著なのがナイチンゲールによるクリミア戦争犠牲者のグラフだ。このグラフには、ハッキリした目的がある。野戦病院を清潔に保つよう、政府に働きかけることだ。視覚化は、メッセージを伝える強い力を持つ。この点の危険に気づき、早くから警告も発せられていた。

ジョン・テューキー(20世紀アメリカの数学者、→Wikipedia)
「正確な問題に対するおおよその解答は、しばしば曖昧であるが、間違った問題に対する正確な解答よりもはるかによい。後者はつねに、故意に正確にすることができるからだ」
  ――第9章 時空間を視覚化する

 表紙がナイチンゲールの鶏頭図なだけに、グラフの歴史かと思ったが、地理・地図との関係が深いのは意外だった。また、科学より社会系の例が多いのも意表を突かれた。加えて、19世紀末~20世紀初頭の政府刊行物が、思ったよりカラフルで図表を多用していたのも知らなかった。

 文章こそやや冗長でいささか硬いが、有名で見ごたえのあるグラフをたくさん収録しているのは嬉しい。また、現代のグラフの多くを産みだしたウィリアム・プレイフェアを知れたのも収穫だった。技術史に興味がある人にお薦め。

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2023年6月 5日 (月)

ジェフリー・S・ローゼンタール「それはあくまで偶然です 運と迷信の統計学」早川書房 石田基広監修 柴田裕之訳

意味のないただの偶然という単純明快な説明は、はっきり言って退屈なのだ。(略)
人は身の回りの運やランダム性について考えるとき、それらには特別な意味があってほしいと願う。
魔法に飢えているのだ。
  ――第5章 私たちは魔法好き

統計学は素晴らしく、役に立ち、重要で、発展中の領域だ。
ただし、一つだけ小さな問題がある。
誰もが大嫌いなのだ。
  ――第12章 統計学の運

誤差の範囲には単純な公式がある。98%をコインを放り上げた回数の平方根で割るというものだ。
  ――第17章 ラッキーな世論調査

【どんな本?】

 運の良し悪しとは何か。マクベスを引用すると不幸が訪れるって、ホント? 宝くじを当てる秘訣は? バンビーノの呪いってマジ? 生き別れの兄弟に出会えたのは奇跡? シューレス・ジョーはなぜ面白い?

 世の中には様々な迷信やジンクスが流布している。超能力の報告や霊能力者を名乗る者もいる。マスコミは奇跡の出会いをはやし立てる。これらは、本当に運命なのか。

 13日の金曜日に生まれたカナダの統計学者が、多くの運命の導きエピソードや古来からの言い伝えを紹介しつつ、その実態を暴いてゆく、一般向けの数学エッセイ集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Knock on Wood : Luck, Chance, and the Meaning of Everything, by Jeffrey S. Rosenthal, 2018。日本語版は2021年1月25日初版発行。2022年8月にハヤカワ文庫NFから文庫版が出ている。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約386頁に加え、訳者あとがき3頁+徳島大学社会産業理工学研究部教授の石田基広による解説6頁。9ポイント45字×18行×386頁=約312,660字、400字詰め原稿用紙で約782枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。数式も出てくるが、大半は掛け算と割り算で、ごく一部に平方根が出るぐらい。しかもxやyは使わず、90/430,666*100.00 とかの具体的な値を示した式なので、数学が苦手でも大丈夫。あ、もちろん、解も示しているので、算数が嫌いでも問題ない。

【構成は?】

 各章は穏やかに独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • 第1章 あなたは運を信じていますか?
  • 第2章 ラッキーな話
  • 第3章 運の力
  • 第4章 私が生まれた日
  • 第5章 私たちは魔法好き
  • 第6章 射撃手の運の罠
  • 第7章 運にまつわる話、再び
  • 第8章 ラッキーなニュース
  • 第9章 この上ない類似
  • 第10章 ここらでちょっとひと休み 幽霊屋敷の事件
  • 第11章 運に守られて
  • 第12章 統計学の運
  • 第13章 繰り返される運
  • 第14章 くじ運
  • 第15章 ラッキーな私
  • 第16章 ラッキーなスポーツ
  • 第17章 ラッキーな世論調査
  • 第18章 ここらでちょっとひと休み ラッキーなことわざ
  • 第19章 正義の運
  • 第20章 占星術の運
  • 第21章 精神は物質に優る?
  • 第22章 運の支配者
  • 第23章 ラッキーな考察
  • 謝辞/用語集/訳者あとがき/解説:石田基広/注と情報源

【感想は?】

 アイザック・アシモフやスティーヴン・ジェイ・グールドの科学エッセイに連なる系統だろう。終盤では奇術師で懐疑論者のジェイムズ・ランディ(→Wikipedia)がヒーローとして登場するし、そういう姿勢の本だ。

 つまりは迷信やジンクスや運命の出会いなどを否定し、その手口を統計の手法で暴いてゆく。ただ、著者の語り口は柔らかめだし、なるべくユーモラスであろうとしている。と同時に、なぜヒトは迷信やジンクスに惹かれるのか、といった考察も多い。

 著者の武器は統計である。とはいえ、その切り口は様々だ。正攻法で計算する場合もあるが、むしろ嘘やインチキを暴いたり、マスコミの大げさな表現を揶揄するエピソードの方が多い。そういう点では、ジョエル・ベストの「統計はこうしてウソをつく」が近いかも。

 大げさな表現では、「銃の夏」が印象深い。著者の住む町で、殺人事件が急に増えたのだ。どれぐらい? 著者が調べると、10万人あたり2.6件から3.2件に増えた。約25%の増加だ。凄いように思えるが、実は「カナダの全国平均よりも低い」。しかも次の年には12.5%減ったが、「それについての新聞記事は事実上皆無だった」。悪いことは騒ぐがいいことはスルー、マスコミの対応としちゃありがちだよね。

 なお、ここでは注が興味深い。FBIの統計によると、2005年の謀殺と故殺は10万人当たりニューヨークが6.64、ロサンジェルスは12.63、アトランタは20.9、デトロイトは39.29。ニューヨークって、意外と安全なんだなあ。

 マスコミが関わる話では、世論調査を語る「第17章 ラッキーな世論調査」が面白かった。なんといっても、2016年の合衆国大統領選挙の大外れは記憶に新しい。マスコミの論調では民主党のヒラリー・クリントンが僅差で有利だったが、実際には共和党のドナルド・トランプが勝った。

 著者は原因を「サンプルの偏り」としている。実際、「ほとんどの世論調査で、回答率は10%を下回る」そうで、答える人の方が特殊ではあるのだ。とはいえ、調査する側も、偏りがあるのは分かった上で、なるべく偏りがないようにサンプルを選んで調べてるハズなんだが、読み切れなかったワケだ。

 やはりサンプルの偏りが如実に出ているのが、宗教だ。「世界には5憶人近い無神論者がいる」とかで、世界人口を約80憶だとすると、約6.25%だ。だがアメリカの科学アカデミーで「人格神の存在を信じる人は7%」、「イギリス王立協会フェローの64%は、神が存在するとはまったく思っていない」。凄まじい偏りでだなあ。

 「第8章 ラッキーなニュース」では、最近流行ってるニューラルネットワークを使った論文を槍玉にあげている。見た目で同性愛者と異性愛者を区別できる、精度は男は81%で女は74%。使ったデータは三万五千枚以上の写真。

 冒頭の引用にある誤差範囲の公式だと、約0.524だ。なんか信用できそうじゃね?

 と思ったが、ちゃんとオチがついてた。データは出会い系サイトで集めたものだったのだ。誰だって、その界隈に好まれる格好や表情をする。中には Phootoshop などで写真をイジる人だっているだろう。つまりは、その界隈での好みや流行りの違いだったのだ。

 他にも、論文などで意味ありげな関係性をでっちあげる手口や、インチキ医療が統計ではなく逸話をアピールする傾向など、好きな人にはお馴染みのネタを取り上げている。また、「スコットランドの悲劇」や「ウサギの足」、そして書名にもなっている Knock on Wood とかの、西欧のジンクスが判るのも楽しい。珍しく著者が活躍した話では、宝くじの不正を暴いたエピソードが痛快だ。

 難しい印象が強い統計学の本だが、章ごとに独立した短いエピソードを連ねる構成で親しみやすい。また出てくる式も掛け算と割り算だけなので、数学が嫌いでも大丈夫だろう。星占いやジンクスを叩いているので、そういうのに入れあげている人にはむかないが、そうでなければ楽しく読める。

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2023年4月20日 (木)

ランドール・マンロー「ハウ・トゥー バカバカしくて役に立たない暮らしの科学」早川書房 吉田三知世訳

これは、うまくないアイデアを集めた本です。
  ――こんにちは!

理想的な状況で、物体を45度の角度で上向きに飛ばしたときの到達距離を求める、簡単な公式がある。
到達距離=速度2/重力加速度
(略)時速16kmで走るなら、あなたは約2mの距離を飛びこえられると見積もれる。
  ――第6章 川を渡るには

最高齢の木は最善の環境ではなく、最悪の環境に生えていることが多い。熱、低温、風、そして塩分などに曝されるような、特に過酷な環境にあるとき、ブリッスルコーンパインは成長のペースを遅くして、寿命をのばす。
  ――第25章 ツリーを飾るには

地球から直接太陽に向けて打ち上げるのは非常に難しい――実際、その物体を完全に太陽系の外まで届けるよりも多くの燃料が必要になるのだ。
  ――第28章 この本を処分するには

【どんな本?】

 デビュー作「ホワット・イフ?」で、馬鹿々々しい問いの物理面・経済面を馬鹿真面目に計算し、計算の楽しさを伝えると共に脱力のオチをつけ、全世界の読者の腹筋を崩壊させたランドール・マンローが、今度は真面目な相談に馬鹿々々しい手法で挑みつつも、やはり物理面・経済面を馬鹿真面目に計算して、再び読者の常識を破壊しようと目論む、楽しい科学・工学解説書。

 川を渡る・引っ越す・ などの常識的な相談に、 非常識かつ不合理、そして時にはファンタジイ要素満載の手法を示しつつ、 あくまでも大真面目に必要なエネルギーや費用を算出し、現在の技術で実現可能な手段を示す …のはいいが、まずもって無茶で無意味な手口ばかりなのが楽しい。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は HOW TO : Absurd Scientific Advice for Common Real-World Problems, by Randall Munroe, 2019。日本語版は2020年1月25日初版発行。単行本ソフトカバー横一段組み本文約381頁に加え、訳者あとがき1頁。9ポイント33字×29行×381頁=約364,617字、400字詰め原稿用紙で約912枚。計算では文庫で上下巻ぐらいの文字量だが、1~2コマの漫画がアチコチにあるので、実際の文字量は7~8割ほど。

 ちなみに、すべてを読み終えるのにどれぐらい時間がかかるかは、冒頭の「読むスピードの選び方」でわかる親切設計。

 文章はこなれていて読みやすい。内容は、中学卒業程度の理科と数学ができれば充分に楽しめる。アチコチに数式が出てくるが、面倒くさかったら読み飛ばそう。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

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  • おことわり
  • こんにちは!
  • 本を開くには
  • 読むスピードの選び方
  • 第1章 ものすごく高くジャンプするには
  • 第2章 プールパーティを開くには
  • 第3章 穴を掘るには
  • 第4章 ピアノを弾くには(すみからすみまで)
    音楽を聴くには
  • 第5章 緊急着陸をするには
  • 第6章 川を渡るには
  • 第7章 引っ越すには
  • 第8章 家が動かないようにするには
    竜巻を追いかけるには(ソファに座ったままで)
  • 第9章 溶岩の堀を作るには
  • 第10章 物を投げるには
  • 第11章 フットボールをするには
  • 第12章 天気を予測するには
    行きたい場所に行くには
  • 第13章 鬼ごっこをするには
  • 第14章 スキーをするには
  • 第15章 小包を送るには(宇宙から)
  • 第16章 家に電気を調達するには(地球で)
  • 第17章 家に電気を調達するには(火星で)
  • 第18章 友だちをつくるには
    バースデーケーキのロウソクを吹き消すには
    犬を散歩させるには
  • 第19章 ファイルを送るには
  • 第20章 スマートフォンを充電するには(コンセントが見つからないときに)
  • 第21章 自撮りするには
  • 第22章 ドローンを落とすには(スポーツ用品を使って)
  • 第23章 自分が1990年代育ちかどうか判別するには
  • 第24章 選挙で勝つには
  • 第25章 ツリーを飾るには
    高速道路を作るには
  • 第26章 どこかに速く到着するには
  • 第27章 約束の時間を守るには
  • 第28章 この本を処分するには
  • 謝辞/参考文献/訳者あとがき
    電球を交換するには

【感想は?】

 基本路線は前の「ホワット・イフ?」と同じ。お馬鹿な発想を真面目に計算して、ケッタイな結果を出す。その過程で出てくるイカれた発想を楽しむ本だ。

 ただ、「ホワット・イフ?」が狂った問いを真面目に解くのに対し、今回は真面目な問いを狂った手法で解くのが違うってぐらい。いずれにせよ、狂った状況を真面目に計算することに変わりはない。

 例えば、最初の「第1章 ものすごく高くジャンプするには」。

 まずは普通に跳びあがる。次に道具を使い始める。その時点で明らかに常識からズレてるんだが、気にせずドンドンとエスカレートして、しまいには11万5千メートルなんて無茶な数字まで出てくる。いや誰もそんなん求めてないってw

 「第6章 川を渡るには」も、なかなかに狂った発想で言印象深い。普通にジャブジャブと歩いて渡るまではいい。次のピョンと飛び越えるあたりから、次第に常識を外れてきて、カンザス州大停電まで引き起こしてしまうw そのくせ、「橋を渡る」なんて常識的な発想は決して出てこないw

 次の「第7章 引っ越すには」も、とりあえず持ち物を段ボールに詰め込むまではいいが…

たいていのターボファン・エンジン(ターボジェットエンジンの前後にファンをつけ、効率を上げ、騒音を抑制したエンジン)が最大の推力を出すのは、まだ静止しているときなのだ。
  ――第7章 引っ越すには

 いや、なんでターボファンエンジンが必要になるんだw

 そのターボファンエンジンは、当然ながら航空機のエンジンだ。「第5章 緊急着陸をするには」では、空を飛ぶ専門家、国際宇宙ステーションの船長も務めたクリス・ハドフィールド大佐まで引っ張り出して、いろいろと無茶な質問をしてる。私は「機体の外にいて飛行機を着陸させるには」が楽しかった。ハドフィールド大佐、よくもまあ、こんな馬鹿な質問に真面目に答えたもんだw

 やはりプロが出てくるのが、「第16章 家に電気を調達するには(地球で)」。普通に電気会社から電線を引けばいいのに、なんとか庭を使って再生可能エネルギーを捻りだそうと頑張る。初期費用の回収に3600万年もかかる手法なんて、誰が使うんだw ってな著者も酷いが、物理学者のケイティー・マック博士も自重してくれw いや似たような事を私も考えたことがあるんだけどw

 同じ電気の調達でも、火星の場合は「なんかイケそう」な気がしてくるから怖い。衛星フォボスの位置エネルギーを使って、電力を賄おうって理屈だ。どうやってエネルギーに変えるかは、読んでのお楽しみ。なんかSF小説で使えそうだが、どうなんだろ。いやこれ、フォボスじゃなくて、地球の月でも…いや、距離的に無茶か。

1人当たりのアメリカ人が使う電力は平均1.38キロワットなので、フォボスの軌道には、アメリカ人と同じ規模の人口が必要とする電力をほぼ3000年にわたって供給できるエネルギーが含まれていることになる。
  ――第17章 家に電気を調達するには(火星で)

 やはりSFに出てきそうなのが、DNAを記憶媒体として使うって発想。これ、本当にやってみた人がいるらしい。

DNAをストレージとして利用すれば、この問題を回避し、伝達速度を劇的に向上できる可能性もある。研究者たちはデータを暗号化してDNA試料のなかに埋め込み、その後DNAを配列を解読してデータを再現することにすでに成功している。
  ――第19章 ファイルを送るには

 もっとも、読み書きにかかる時間を考えると、実用性はないんだろうけど。少なくとも、今のところは。

 そんな創作物と現実の違いを思い知らされたのが、「第21章 自撮りするには」。アニメや映画でよくある、満月に人物の影絵が浮かび上がる構図。実際にアレをやろうとしたらどうなるか、簡単な図と計算式で教えてくれる。まあ、そうだよね。

 もちろん、相変わらずちょっとしたトリビアも満載だ。中でもアレ?と思ったのが、地球を周回するISSから紙飛行機を軌道上に飛ばして、地球に着陸させようって実験。

日本の研究者らのチームがISSから紙飛行機を飛ばして、これを試そうと計画した。
  ――第15章 小包を送るには(宇宙から)

 残念ながら、まだ実験は実現していないが、これ思いついた人は「銀河漂流バイファム」のファンじゃなかろうか。リメイクして欲しいなあ。

 手法のクレイジーさでは、「第14章 スキーをするには」が際立ってる。スキーは楽しい。でも、どんなゲレンデでも、麓まで滑り降りれば終わりだ。そこで、もっと長く滑り続けるにはどうすればいい? 普通は「長い斜面を探す」とかだろう。だが、そこは著者。どうしてそうなる?な発想が飛び出して…

 「ホワット・イフ?」と同じく、狂った発想と真面目な計算を組み合わせ、ケッタイな構図を笑うと同時に、「軽くザッと計算してみる」ことの楽しさと様々な計算法を伝える本だ。理科好きはもちろん、お馬鹿な発想が好きな人にお薦め。

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