カテゴリー「書評:科学/技術」の211件の記事

2017年4月17日 (月)

ハナ・ホームズ「小さな塵の大きな不思議」紀伊国屋書店 岩坂泰信監修 梶山あゆみ訳

地球は今でも毎日100トン以上の宇宙の塵を集めている。(略)塵のほとんどは小惑星や彗星から飛びだしてきたものである。
  ――第3章 静かに舞い降りる不思議な宇宙の塵

最近、米国農務省は、二酸化炭素(地球温暖化の原因とみなされている)の多い温室でブタクサを育てる実験をおこなった。すると、ブタクサがつくる花粉の量は増えたのである。実験を担当した研究者によれば、ブタクサが吐き出す花粉の量は過去100年間で倍になった可能性がある。
  ――第5章 空を目指す塵たち

「タンカーに半分くらい鉄を積んで私によこしてくれ。そうしたら、氷河期を引きおこしてみせる」
  ――第7章 塵は氷河期に何をしていたのか

…家のなかで塵がとくに濃く立ちこめている場所がわかった――なんと人間のまわりである。
  ――第10章 家のなかにひそむミクロの悪魔たち

たとえば、100グラムの小麦粉の場合、昆虫のかけらが150個とネズミの毛二本までなら、なかに混ざっていても法的に「不衛生な小麦」とはみなされない。
  ――第10章 家のなかにひそむミクロの悪魔たち

【どんな本?】

 塵もつもれば山となる。いや、それどころか、星にだってなる。流れ星にもなるが、恒星にだってなる。そして星から出た塵は、今も地球に降り注いでいる。地球も沢山の塵を生み出し、空に放ち、地に降り注ぐ。それは土を肥やし、海の生物を育み、または疫病を流行らせ、時として気候すら変えてしまう。

 宇宙塵・隕石・黄土・火山灰などの無機物から、花粉や胞子などの生物、硫黄ビーズやアスベストなどの人工物まで、様々な塵の性質と働き、それが私たちの暮らしにもたらす影響を語ると共に、そんな塵を調べる科学者たちのセンス・オブ・ワンダーあふれる研究を紹介する、一般向け科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Secret Life of Dust : From the cosmos to the kitchen counter, the big consequences of little things, by Hannah Holmes, 2001。日本語版は2004年3月31日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約377頁に加え、監修者の岩坂泰信による解説が豪華11頁+訳者あとがき3頁。9ポイント46字×18行×377頁=約312,156字、400字詰め原稿用紙で約781枚。文庫本なら厚い一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただし終盤は鼻や皮膚がムズムズする内容が多いので、繊細な人には向かないかも。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • 謝辞
  • はじめに
  • 第1章 一粒の塵に世界を観る
    地球は塵にとり地球は塵にとりまかれていた/小粒の塵は鼻をすり抜けて肺へ達する/「善玉」の塵もお忘れなく/塵は人間の生活にもかかわってきた/塵には「凶悪犯」が紛れこんでいる/塵から塵へ これが逃れられない運命
  • 第2章 星々の生と死
    塵を宇宙に吐き出す星雲/宇宙塵の形のミステリー/宇宙空間は塵だらけ/太陽系を産んだ塵の雲/塵の雲からアミノ酸もできる?/「塵の揺りかご」から太陽の誕生へ/「塵のドーナツ」から地球の誕生へ/宇宙塵は昔も今も星たちの運命とともに
  • 第3章 静かに舞い降りる不思議な宇宙の塵
    生物大量絶滅の謎と塵/宇宙塵と「夜光雲」/南極基地の井戸に溜まった宇宙塵/二万メートルの上空で宇宙塵を集める/宇宙塵の標本をつくる/塵のルーツ探し/過去を語る塵/星くずから母なる星を探す
  • 第4章 砂漠の大虐殺
    ゴビ砂漠が生まれたとき/恐竜の足跡を見つけた/ゴビの風、舞い上がる砂粒…/塵のベールが頭上を覆っている/世界で猛威をふるう砂塵嵐/砂塵嵐が原因との説には疑問あり/雨と砂崩れと塵と
  • 第5章 空を目指す塵たち
    火山の塵はいつまでどこまで「悪さ」をする/飛行機事故を起こした「火山灰の雲」「硫黄ビーズ」のさまざまな働き/海の白波の塵、ペンギンの塵/植物も塵を吐き出す 胞子、花粉、有機化合物/氷河のまんなかに、ケイ藻が飛ばされて住みついた/蜘蛛の中で子孫を殖やすバクテリア/菌類は岩をも溶かし、塵となす/火と塵 山火事、焼畑農業、戦争による火災/車の排気ガスによる塵
  • 第6章 塵は風に乗り国境を越えて
    空を流れる「塵の河」/大国・中国の「塵」事情/水平線に浮かぶ「塵の帯」を見る/アジアからアメリカへ 「塵の河」をついにとらえた/「アジア直送便」の姿が見えはじめた/塵が水滴と出会うとき/ケネディ・ジュニアの飛行機事故/「サハラ砂塵層」の発見/「塵予想」が現実味を帯びてきた
  • 第7章 塵は氷河期に何をしていたのか
    水に埋め込まれた塵が地球の歴史を語る/「空気の化石」が教えてくれたこと/何かが地球を冷やしている/自然界の塵が地球に与える影響/グリーンランドの塵が語るもの/氷期のほうが風は強く吹いた/南極の氷から見つかった塵の出どころ/氷河期の終焉と塵/塵が植物プランクトンの大増殖を促す/人間が生み出した塵
  • 第8章 ひたひたと降る塵の雨
    カリブの土の謎/南極の氷の下で命を育んだもの/マリンスノー 海のオアシス/農地や庭に塵をまく/サハラの塵が病原体を運ぶ?/空を旅する胞子のゆくえ/空を飛ぶ有機汚染物質/人間の肺にも降りつもる塵/塵が人間を病気にするとき/
  • 第9章 ご近所の厄介者
    トルコの洞窟の村々を襲った奇妙な癌/アメリカ北中部の街を襲った肺疾患/アスベストの塵が原因/石切り工と石灰の塵/肺の中で何が起きるのか/炭鉱夫たちを襲った病/鉱物の塵と職業病/綿花や木材の塵、小麦粉も肺を襲う/イヌ、ネコ、ネズミ、バッタの塵/ゴミの塵とダイオキシン/健康的な農場にも 有機塵中毒症候群/糞便の塵、穀物の粒の塵/古代ミイラの体を蝕んでいた塵/「「渓谷熱」、ハンタウィルス、ホコリタケ
  • 第10章 家のなかにひそむミクロの悪魔たち
    喘息患者が激増している/パーソナル・クラウド 人のまわりを取りまく塵の雲/掃除機がまき散らす塵の量/消臭剤とアロマキャンドルが生みだす塵/意外と恐ろしいベビーパウダー/料理をつくると塵ができる/加湿器とホットタブと微生物/殺虫剤とタバコの煙/カーペットは有害な塵の宝庫/カビのまき散らす塵が喘息の原因?/大食漢チリダニとアレルゲン/ハウスダストの生態系/外で遊ばないことと子供の喘息の関係/塵の何かが免疫系を鍛える?!
  • 第11章 塵は塵に
    人間の死 土葬と鳥葬と/火葬は「暖炉で薪を燃やす」よりも空気にやさしい/遺骨と遺灰はどこへ/地球もまた塵に返る
  • 解説:岩崎泰信/訳者あとがき/参考ウェブサイト/参考文献

【感想は?】

 塵と、それを調べる研究者・研究方法と、どっちが面白いのか悩む。

 研究方法で印象的なのが、パナマシティーのスミソニアン熱帯研究所で、大昔の植生を調べるドロレス・ピペルノ。研究対象は湖の底の泥だ。

 彼女によると、1万1千年前までは森が多かったが、次第に減ってゆき、四千年ほどで森の木は消える。代わりに開けた土地に生える植物が増え、四千年ほど前からは、トウモロコシが一定の期間をおいて増え、やがてこれにカボチャが加わる。そして500年ほど前から、再び森の植物が増えた。

 これはアメリカ大陸の人間の歴史を語っている。1万1千年ほど前に人類が中央アメリカにやってきて、森を切り開いていった。四千年ほど前からトウモロコシの農耕が始まり、次にカボチャも加わった。しかし500年ほど前にスペイン人がやってきて、彼らを根絶やしにした。

 なぜそんな事がわかるのか。

 タネはプラントオパール(→Wikipedia)だ。多くの植物は、とても小さい石を作る。果物の皮や葉の表面に蓄え、イモムシなどから守っているらしい。このプラントオパール、種によって形が違うし、含んでいる炭素を調べれば、いつごろの物かもわかる。

 たかが塵でも、現代科学を駆使して調べれば、様々な事がわかるのだ。これから先、こういった科学を駆使した方法で、私たちが思い込んでいた歴史も、色々と書き換わっていくんだろうなあ。

 サハラの砂漠化も良しあしで。どうやらサハラの砂塵はヨーロッパから大西洋を経て南北アメリカまで、生態系に大きな影響を及ぼしているとか。

 その代表が、カリブ海の島バルパドス島。ここはサンゴ礁の島だ。サンゴ礁は炭酸カルシウム(石灰岩)で、植物を育てるには向かない。にも関わらず、バルパドス島は緑に覆われている。土は40cm~1mほどの厚さがあり、アルミニウムとケイ素を豊かに含む。

 一体、この土はどこからやってきた?

 サハラから、はるばる大西洋を越えてやってきたらしい。ばかりではない。あのアマゾンの大密林も、サハラの恵みを受けている。雨の多いアマゾンでは、土の栄養分がすぐに流れ出てしまう。これをサハラから飛んでくる砂塵が補っているとか。

 とすると、下手にサハラを緑化したら、アマゾンのジャングルは消えてしまいかねない。地球の気候ってのは、何がどうつながってるのか、やたら複雑なものらしい。

 やはり砂塵で有名なのが中国から飛んでくる黄土だけど、これも中国北部の土を富ませているとか。黄土も悪い事ばかりじゃないのだ。いや同時にPM2.5なんて困ったモンも飛んでくるんだけど。これがまたタチが悪くて、「中国ではじつに年間100万人」が塵で亡くなっている。

 終盤では、人の命を奪う塵の話が嫌というほど出てくる上に、なんと人間の周りは塵だらけなんて話も出てくる。私たちは塵に囲まれて生きているのだ。これを称してパーソナル・クラウドと呼ぶ。ところが、この正体が、「この塵の雲が何からできているのか、じつはまだはっきりしない」。

 パーソナル・クラウドに限らす、この本は全般的に、「まだよくわかっていない」ネタが多い。一応の仮説は示すのだが、今後の研究待ちってエピソードが沢山ある。

 こういうのは、塵だけにモヤモヤするが、同時に「これからどんな事がわかるんだろう」とワクワクする所でもある。やはり塵が温暖化に与える影響や、南極の氷河の下の湖で見つかった生物、雲のなかで繁殖するバクテリイアなど、SF者の魂を揺さぶるネタは盛りだくさん。もちろん、破滅物が好きな人にも、ふんだんにネタを提供してくれる。

 ただし、潔癖な人にはいささか耐え難い現実も突きつけてくるので、神経質な人には向かないかも。しかし、ペンギンって、可愛いだけじゃないのねw

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2017年3月27日 (月)

川上和人「生物ミステリー 鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」技術評論社

本書の主題は、鳥類と恐竜の緊密な類縁関係を拠り所とし、鳥類の進化を再解釈することと、恐竜の生態を復元することである。
  ――はじめに 鳥類学者は羽毛恐竜の夢を見るか

この本は恐竜学者による恐竜本である。これぐれも詭弁というなかれ。
  ――あとがき 鳥類学者は羽毛恐竜の夢を見たか?

【どんな本?】

 私が幼い頃に図鑑で見た恐竜は、ヘビやワニのように鱗で覆われていて、肌も暗い灰色の味気ない姿だった。だが最近の恐竜の絵は、カラフルな羽毛に覆われている。もし今日に映画「ジュラシック・パーク」がリメイクされたら、恐竜たちは全く異なった姿に描かれるだろう。

 恐竜は鳥盤類と竜盤類に分かれるとされる。しかし2017年3月に、従来の分類法を覆しかねない論文が発表された(→時事ドットコム)。現在の恐竜学は、激しく揺れ動いている。

 なぜ古生物学者ではなく鳥類学者が恐竜を語るのか。そんな疑問を持つ、恐竜に興味はあるが最先端の恐竜学には疎い読者に向け、21世紀の恐竜事情をユーモアたっぷりに伝える、一般向けの楽しくエキサイティングな科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年4月25日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約260頁に加え、あとがき3頁。10ポイント37字×19行×260頁=約182,780字、400字詰め原稿用紙で約457枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も意外なほどわかりやすい。また、えるしまさくのイラストを豊富に収録していて、これがわかりやすさと親しみやすさの大きな助けになっている。ただし文中に様々な恐竜の名前が出てくるので、Google 等で調べながら読むと、なかなか前に進まない。

【構成は?】

 一応、頭から読む構成になっているが、各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしても構わない。

  • はじめに 鳥類学者は羽毛恐竜の夢を見るか
  • 序章 恐竜が世界に産声をあげる
    • Section 1 恐竜とはどんな生物か
    • Section 2 京留学の夜明け、そして…
  • 第2章 恐竜はやがて鳥になった
    • Section 1 生物の「種」とはなにかを考える
    • Section 2 恐竜の種、鳥類の種
    • Section 3 恐竜が鳥になった日
    • Section 4 羽毛恐竜の主張
  • 第3章 鳥は大空の覇者となった
    • Section 1 鳥たらしめるもの
    • Section 2 羽毛恐竜は飛べるとは限らない
    • Section 3 二足歩行が鳥を空に誘った
    • Section 4 シソチョウ化石のメッセージ
    • Section 5 鳥は翼竜の空を飛ぶ
    • Section 6 尻尾はどこから来て、どこに行くのか
    • Section 7 くちばしの物語は、飛翔からはじまる
  • 第4章 無謀にも鳥から恐竜を考える
    • Section 1 恐竜生活プロファイリング
    • Section 2 白色恐竜への道
    • Section 3 翼竜は茶色でも極彩色でもない
    • Section 4 カモノハシリュウは管弦楽がお好き
    • Section 5 強い恐竜にも毒がある
    • Section 6 恐竜はパンのみに生きるにあらず
    • Section 7 獣脚類は渡り鳥の夢を見るか
    • Section 8 古地球の歩き方
    • Section 9 恐竜はいかにして木の上に巣を作るのか
    • Section 10 家族の肖像
    • Section 11 肉食恐竜は夜に恋をする
  • 第5章 恐竜は無邪気に生態系を構築する
    • Section 1 世界は恐竜で回っている
    • Section 2 恐竜の前に道はなく、恐竜の後ろに道はできる
    • Section 3 そして誰もいなくなった
  • あとがき 鳥類学者は羽毛恐竜の夢を見たか?

【感想は?】

 若い人より、年配の人の方が楽しく読める本だ。

 昔の恐竜は、鱗に覆われ単色だった。おかげでゴジラも、あんな姿になった。今の恐竜はカラフルだ。羽毛でモフモフだったり、色も斑点があったりシマシマだったりする。

 そういう、昔の恐竜の姿と、今の恐竜の姿に大きなギャップを感じる人こそ、この本を楽しめる。ついでに言うと、著者は文中に大量のギャグを混ぜ込んでいるが、このセンスはかなりオヤジが入っている。ギャグはノリが大事だ。なので、ギャグ・センスがいささか古い人ほど、いい感じにノれる。

 加えて、最新の恐竜学に疎い方がいい。幼い頃は恐竜図鑑にワクワクしたけど、今はそれどころじゃない、そんな人ほど楽しめる。鳥と恐竜に、何の関係がある? この本は、そんな疑問を抱く人に向けた本だ。

 そんな人にとって、この本は、長年の思い込みを次々と覆されると同時に、自分が生きてきた間に進んだ科学の成果を、存分に堪能できる。その反動で年甲斐もなく恐竜マニアになるかもしれないが、それはそれ。老後の楽しみが増えてよかったじゃないか。

 なんたって、この半世紀の科学の進歩は凄い。今じゃDNA判定なんてものもある。ジュラシック・パークじゃ琥珀の中の蚊から、蚊が吸った血液を取り出してDNAを復元した。流石にあれはフィクションで、DNAの分析までは難しそうだが、似たような手口もあるのだ。つか、よく考えたなあ、こんな手口。

 羽毛そのものの化石も少しは出ているが、多くの化石に羽毛そのものは残らない。また羽毛の化石は残っていても、色まではわからない。でも今は、羽毛の有無どころか、色だって調べる方法があるってのが凄い。

 鳥も哺乳類も、色だけじゃなく様々な模様をまとっている。シマウマはシマシマだし、ヒョウには斑点がある。クジャクは極彩色だし、ペンギンはシックな黒と白だ。それぞれ環境や生態に応じ、保護色だったり、逆に派手だったりする。

 そんな風に、それぞれの恐竜が住む環境や生態から、彼らの色や模様を推理していく所も、羽毛恐竜以降に増えた恐竜学の楽しみだろう。私はプテラノドンはペンギンみたく背は黒く腹は白いと思うんだけど、あなたどう思います?

 でもプテラノドン、正確には恐竜じゃないそうな。ショック。翼竜も首長竜も、恐竜とは異なる種って事になっている。ネッシーも恐竜じゃないのか。残念。

 羽毛と色だけじゃない。姿勢も大きく変わった。昔のティラノサウルスは直立して尻尾は引きずってたけど、今のティラノサウルスは短距離ランナーのように前かがみだ。いかにもダッシュ力がありそう。でもゴジラはやっぱり直立してた方がカッコいいいなあ。

 などの感想に大きく貢献しているのが、たっぷり収録したイラスト。なにせ形や姿勢の話が多く、これらが一発で伝わるイラストの効果は大きい。肩の力が抜けた漫画っぽいものもいいが、特徴を巧く捉えた姿絵は、写真よりもわかりやすい。もっとも、相手が恐竜だけに、写真は無理だけど。

 中でも私が一番気に入ったのは、226頁の「夜行性の獣脚類」。たぶん肉食なんだろうけど、妙に色っぽいんだよなあ←ケモナーかい

 と、暫く恐竜にご無沙汰だった人にとっては、最近の恐竜学の成果を仕入れるいい機会となるだけでなく、恐竜学の進歩の原動力となった科学的な解析・分析方法がわかるのも嬉しい。こういう手法の幾つかは古生物学に限らず歴史学にも応用されてて、現在の学問は理系・文系問わず、凄まじい変化に見舞われている。

 そんな激動の一端を垣間見せ、現代科学が引き起こしつつある革命をヒシヒシと感じさせる、とってもエキサイティングな本だ。普段は科学に触れないけど、かつてはティラノサウルスやトリケラトプスにワクワクする男の子だったオジサンこそ、この本を最高に美味しく楽しめる。

 ただ、勢いに任せて今恐竜のプラモデルを買っちゃうと、数年後には塗りなおす羽目になるかもしれない。これは覚悟しよう。

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2017年3月14日 (火)

フランク・スウェイン「ゾンビの科学 よみがえりとコントロールの探求」インターシフト 西田美緒子訳

マニサにあるジェラルバヤル大学のコル・イェレリ教授は幅広く調査を行い、トルコの交通事故の多くは、実際には市民の脳に侵入した寄生生物によって画策されていることを発見した。
  ――第6章 感染プログラム

【どんな本?】

 ゾンビ。ハイチに伝わる、歩く屍。歩いて動き回るのなら、それは生者とどう違うんだろう? そもそも死者と生者の違いは? ゾンビは本当に存在するんだろうか? ヒトをゾンビにする方法はあるんだろうか?

 一見お馬鹿な疑問のようだが、生と死の狭間にある溝を越えようと足掻いた者は多く、また生物界には恐るべき精密さで宿主を操る寄生生物もいる。医学の歴史から最新の神経科学、奇想天外な寄生生物の生態から諜報機関の怪しげな計画まで、サイエンス・ライターの著者が不気味で魅力的なエピソードをたっぷり交えて送る、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How to Make a Zombie : The Real Life (and Death) Science of Reanimation and Mind Control, by Frank Swain, 2013。日本語版は2015年7月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約219頁に加え、本書出版プロデューサー真柴隆弘の解説2頁。9.5ポイント44字×19行×219頁=約183,084字、400字詰め原稿用紙で約456枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ときおり見慣れない生物や化学物質や脳の部位の名前が出てくるが、「そういうモノがあるのね」程度に思っておけば充分。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • プロローグ 眠れなくなるような真実
  • 第1章 ゾンビの作り方
    • 本物のゾンビを追って
    • 棺のなかの釘
    • 教授とブギーマン
    • 脳のスイッチをしばらく切る
    • 眠れない人口冬眠
  • 第2章 よみがえりの医療
    • 死の境界から連れ戻す
    • 生命の電気
    • 死んだロシア人がやってくる
    • シーソーに揺られて
    • 柔道の「活」は動物に効く?
    • 臨死への冒険
    • 青に埋もれる
  • 第3章 マインドコントロールの秘密兵器
    • 脳が腐る
    • 洗脳されたスパイを育てる
    • 身も心もリクルートされて
    • 服従してしまう心理
    • 信じることが見えること
  • 第4章 行動を遠隔操作する
    • すべては脳の中に
    • 隠れ家に踏み込む
    • 心を取り除く
    • 喜びを生む機械
    • 昆虫偵察機
  • 第5章 脳を操る寄生生物
    • 生きた備蓄食料兼育児室
    • 奴隷になった乳母
    • 考える帽子
    • ゴルディオンの結び目
    • 体が戦場
  • 第6章 感染プログラム
    • キスで封印
    • 憂鬱の汚れた空気
    • 激怒に感染する
    • ネコからヒトへ乗り移る
    • 統合失調症の原因?
  • 第7章 人体資源
    • 生命エネルギーを取り出す
    • 冷たい血の中で
    • 臓器のサプライチェーン
    • ヒューマン・ヴェジタブル
    • 死者から授かった子ども
    • 格別のごちそう
  • エピローグ あなたもゾンビだ
  • 謝辞/注/参考文献/解説

【感想は?】

 キワモノっぽいタイトルだし、各頁も真っ黒に縁どられてて、とっても怪しげ。

 だもんで、「どうせアレな本だろう」などと思い込んで見逃したら、もったいない。実は真面目な、でもってとっても楽しい科学エッセイ集だ。アイザック・アシモフやスティーヴン・ジェイ・グールドのエッセイが好きなら、読んで損はない。もちろん、ゾンビが大好きな人も。

 ただし、ネタがネタだけに、結構エグい所はある。それは覚悟しよう。

 中でも印象に残るのは、ロシアの科学者セルゲイ・ブリュコネンコの実験。なんと犬を首だけで生かす事に成功し、その様子の映画を1943年に公開している。今でいう人工心肺装置を作り上げたわけだが、当時はキワモノのように思われていた模様。

 これが犬だけで済んでりゃよかったが、そのうち人間で試してみようって人も出てきて…。このあたりは、科学エッセイというよりホラーに近い。

 死体を動かすのは無理でも、生きてる人間なら操れるんじゃね? と考える奴もいる。そこでまず出てくるのが薬物。有名な暗殺組織アサシンはルーキーに大麻を与えて洗脳したとされるが、「どうやらおもしろおかしい作り話にすぎないらしい」。いけず。

でも現実はもっと過酷で、例えばシエラレオネ内戦じゃ少年兵をヤク漬けにして使い捨てにしてる。「アメリカン・スナイパー」でも、イラクのテロリストは麻薬を使いハイになった状態で戦っているとか。

 操れないまでも、正気を失った者は色々と使い道がある。女を酔い潰してムニャムニャなんてのは常道で、海外旅行先で貰った飲み物に変な薬が入ってて、なんてのもありがち。どころか、薬も使わず電話だけで若い娘さんにストリップさせたエピソードも出てくる。

 もちっとハイテクを使う方法だと、脳に電極を埋め込む話も出てくる。さすがに思考までは操れないけど、腹立つとか心地いいとかの気分は操れるらしい。ヤバくはあるけど役にも立って、狂暴な男の小脳に電極を差し、「五分おきに怒りを鎮めるパルスを送」ったところ、見事に症状が改善したとか。困ったことに、こういう装置に興味を持つのは医療関係者ばかりとは限らず…

このあたり、著者はアッサリ流しちゃってるけど、実は難しい問題を投げかけてるんだよね。例えば暴行や傷害で服役してる人の何割かは、感情にブレーキが利かない人なわけで、こういう措置を講じれば再犯の恐れはなくなると思うんだけど、果たして世間はそれで納得するんだろうか?

 ハイテクの次はバイテクとばかりに、寄生生物の恐ろしい戦略も実に恐ろしい。今でも約二億人が犠牲になっているマラリア、これに感染した人は、蚊に狙われやすくなるというから怖い。マラリア原虫が、汗や息のにおいを変えちゃうのだ。ただし、どうやってるのかは、今でも不明。原虫のくせに。

 狂犬病もおっかない上に、歴史も古い。なんと四千年前のメソポタミアで法律ができてる。曰く、「狂犬病にかかったイヌをちゃんと管理していなかった飼い主に重い罰金を科す」と。18世紀のロンドンは犬にとって受難の街で…

 とはいえ、現代日本じゃまずもって狂犬病に罹る事はないんで一安心なんだが、思いもよらぬ所から侵入者はやってくる。その名もトキソプラズマ(→Wikipedia)。猫好きは納得しがたいだろうけど、猫から感染する時もある。もっとも一番多いのは「生焼けの肉を食べる社会ほど感染率も高い」。

 Wikipedia にもあるように、成人は感染しても大した自覚症状は出ない。ちょっと体の調子が悪いかな、って程度。でも性格が変わっちゃうのだ。これは男と女じゃ影響が違って…

男性は軽率になり、ルールを無視する傾向が強く、「より功利主義的で、疑い深く、独善的」にもなる。(略)女性は「より心温かく、社交的で、誠実で、粘り強く、道徳的」になる。

 加えて運動能力も低くなり、交通事故を起こしやすくなるばかりか、統合失調症とも関係がありそう。もっともこれは、「あんま関係ないみたい」って結果が出てる実験もあるんだけど。

 他にもラフガディオ・ハーンが出てきたり、毒ハチミツで戦争に勝つ話とか、プルシアンブルー誕生秘話など、トリビアがいっぱい。読み終えた後は思わず手を洗いたくなるのが、唯一の欠点かも。

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2017年2月27日 (月)

佐藤芳彦「図解 TGV vs. 新幹線 日仏高速鉄道を徹底比較」講談社ブルーバックス

TGVは線路の幅が同じというメリットを活かして、在来線との直通運転により、新線区間以外へのネットワークを構築している。新幹線は東京起点で4方向に路線を伸ばしているが、線路の幅が違うことがネックとなって、狭軌在来線との直通運転ができないのが難点である。
  ――4 高速鉄道ネットワーク

【どんな本?】

 現在、世界各国で売り込み合戦を繰り広げているフランスのTGVと日本の新幹線。それぞれに特徴があり、長所短所がある。そこには、両高速鉄道が生まれた国の事情や、育ってきた経緯や環境、そして求められた事柄の違いがあった。

 TGVと新幹線、双方のお国事情や歴史的背景から始まり、運航の模様や路線の形態、駅や線路や電源などのインフラ、そして車両の技術に至るまで、広い視野と技術的な細部の双方に目を配りながら両者を比べ、違いを明らかにすると共に、高速鉄道そのものの姿をわかりやすく伝える、一般向け技術解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年10月20日第1刷発行。新書版で横一段組み、本文約290頁。9ポイント26字×27行×290頁=約203,580字、400字詰め原稿用紙で約509枚。文庫本なら標準的な一冊分の厚さだが、写真やイラストが豊富に入っているので、実際の文字数は6割程度。

 文章はこなれている。が、内容の一部はかなり専門的。特に電気関係が素人には厳しい。ボルトとアンペアや直流と交流はもちろん、「三相誘導電動機」や「インバーター」が説明なしに出てくるので、全部を理解したければ、相応の前提知識が必要。私は全く分からないので、こういった所はすっぱり読み飛ばしました、はい。

【構成は?】

 視点が全体を俯瞰する所から次第に近づいて細部を見ていく構成になっているので、素人は頭から読もう。

  • はじめに
  • 日仏主要車両・世界の高速鉄道
  • 1 プロローグ
    • 1.1 パリ・リヨン駅からの旅立ち
    • 1.2 東京駅からの旅立ち
  • 2 TGVと新幹線の歩み
    • 2.1 旅客輸送量と距離帯別シェア
    • 2.2 開発コンセプトの比較
    • 2.3 世界記録挑戦はいつもTGV
    • 2.4 TGVが安くできたわけ
    • 2.5 航空機と仲良しのTGV
  • 3 鉄道システムの比較
    • 3.1 鉄道をシステムとしてとらえる
    • 3.2 鉄道の経営形態
    • 3.3 技術規制
  • 4 高速鉄道ネットワーク
    • 4.1 新幹線ネットワークの発展
    • 4.2 TGVネットワークの発展
  • 5 営業システム
    • 5.1 運賃比較
    • 5.2 乗車券の日仏比較
    • 5.3 常に混雑する駅窓口
    • 5.4 インターネットによる切符販売
  • 6 列車運行システム
    • 6.1 ダイヤと列車種別
    • 6.2 国境を越えるTGV
    • 6.3 混雑時期への対応
    • 6.4 列車運行管理
    • 6.5 列車の整備
  • 7 インフラストラクチャー
    • 7.1 建設基準
    • 7.2 軌道
    • 7.3 騒音対策
    • 7.4 電気システム
    • 7.5 電車線とパンタグラフ
    • 7.6 信号システム
    • 7.7 インフラの保守
    • 7.8 車両基地と車両保守
  • 8 車両技術の概要
    • 8.1 車両のシステム構成
    • 8.2 車体
    • 8.3 プロパルジョンシステム
    • 8.4 台車と駆動装置
    • 8.5 ブレーキシステム
  • 9 TGVと新幹線車両比較(第1世代)
    • 9.1 日本 新幹線電車開発までの道のり
    • 9.2 フランス TGV-SE開発までの道のり
    • 9.3 国鉄末期の新幹線電車
  • 10 TGVと新幹線車両比較(第2世代)
    • 10.1 同期電動機から誘導電動機へ
    • 10.2 高速化、輸送力増強への試み
  • 11 TGV新幹線車両比較(第3世代)
    • 11.1 ネットワーク拡大への対応
    • 11.2 高速列車開発の集大成
  • 12 世界市場でのTGV vs 新幹線
  • 13 文化の違いと高速鉄道
  • おわりに
  • 参考文献/さくいん

【感想は?】

 まず、世界の鉄道関係者に謝りたい。鉄道ナメてました。

 クリスティアン・ウォルマーの「世界鉄道史」とかを読むと、鉄道の黎明期にはしゃにむに線路を伸ばしていく様子が描かれる。極端なのでは、第一次世界大戦の塹壕戦の背後で前線の兵站を支えた軽便鉄道とかは、泥縄式に線路を作ってるし。

 書名は「TGV vs 新幹線」だし、内容もTGVと新幹線を比べる形になっている。一見、両者の特徴を並べただけのように見えるし、実際そういう部分もあるんだが、これが発想の妙とでもいうか、鉄道に疎い素人の読者には、大きな驚きを与える楽しい本となった。

 TGV と新幹線を比べる、そう聞くと、アヒルのくちばしみたく鼻づらの尖った新幹線の車両と、微妙にいかつい感じのするTGVの車両を比べ、どっちが速いかをジャッジするかのように思ってしまう。

 が、現代の鉄道は、そんな単純なシロモノじゃないのだ。線路・駅・電力網・情報システム・車両基地などのインフラも含めた、とても大規模で複雑なシロモノなのだった。

 こういった事が分かるのも、この本が、TGV・新幹線それぞれの歴史から掘り起こしているため。確かに両者ともお国の威信を背負ってる部分はあるが、それぞれに求められたモノも、生まれ育った環境も、全く違うわけで、単純には比べられない事がよくわかる。

 新幹線のキモは、輸送量。一日の輸送人員がTGV10万人なのに対し、新幹線は50万人。これは総輸送量だけでなく、一編成で送れる数も、TGVは500人程度なのに対し、新幹線は軒並み1000人を超えてる。

この本には書いてないけど、たぶん客層もだいぶ違うんだろうなあ、と思う。日本じゃ普通の人も新幹線を使うけど、フランスは中産階級以上の乗り物なんじゃなっかろか。車両構成も、それを反映してる気がする。

 平均駅間距離も、全く違う。TGVが213kmと長いのに対し、新幹線はたった33km。駅に停まればスピードを稼げないばかりでなく、客の乗り降りもあるわけで、新幹線はかなり厳しい条件で動かしてるわけだ。

 が、新幹線に有利な点もある。在来線は軌道の幅(レールとレールの間)が狭く、新幹線は広い。既にある線路もホームも使えないので、駅や線路などインフラから新幹線専用に作る羽目になった。予算はかかるが、既存システムとの互換を取る必要がないのは、新技術を開発する者にとっちゃ有り難い。

 対してTGVは在来線と相互乗り入れできるんで、同じホームを使える反面、運行システムはもちろん切符販売などの情報システムも含め、既存のインフラに縛られる部分もある。冒頭で著者はパリのリヨン駅からTGVに乗る際、列車が来るホームを探しあてるのに苦労してるけど、これにはそういう事情が大きく関わってる事が、後に明らかとなる。

 全般的に海外への売り込みじゃ新幹線が苦戦してる模様だけど、その理由の多くがコレじゃないかと思う。標準軌の国だと、TGVは既にあるインフラを使えるんで、導入しやすいんだろう

 加えて電源も複雑だ。新幹線も関西の60Hzと関東の50Hzの違いがあるが、TGVはもっと複雑。なにせドイツ・ベルギーそしてドーバー海峡を越えイギリスまで走るんだが、それぞれの国で電圧ばかりか直流/交流まで違う。こんなもん、よく対応できたなあ。いや中身は全く見当つかないんだけど。

 海外売り込みでTGVが有利なもう一つは、これかも。既に多国間で動いてる実績があるなら、技術面に加え運用面でのノウハウも溜ってそうだし。

 と、こういった所から、鉄道ってのは、車両だけでなく、線路や駅や電力網や情報システムも含めた、とっても大きくて複雑なシステムなんだって事が、素人にも充分に伝わってくる。機関車や客車は、そういった大きなシステムの一部なわけ。

 とはいえ、当然ながらシステムの違いは車両の違いにも表れるわけで、その辺も詳しく、しかも嬉しい事にわかりやすいイラスト付きで解説してる。

 私のような素人でも通勤列車と新幹線の違いがハッキリわかるのは、速いってだけじゃなく、乗り心地がとってもいい事。速く走れば振動も大きくなる筈なのに、やたら静かで落ち着いてる。この秘訣を明かす台車のイラストは、その複雑さにクラクラしながらも、じっくり見つめてしまった。よくこんな複雑なモン作ってメンテしてるなあ。

 と、書名はTGVと新幹線の優劣を語るようだし、実際にそういう内容なんだが、素人にとっては、鉄道ってシステムの複雑さと規模の大きさを肌で感じさせてくれて、意外な収穫に溢れる本だった。

 にしても、2006年の東海道新幹線の平均遅延時間がたったの0.3分って、人間技じゃない。たぶん日本以外の国は、この数字を信じないだろう。これ1987年からのグラフになってて、最も成績の悪い1987年でさえ2.7分。夏から秋には台風が暴れ冬には雪が降る露天を500km以上走り、迷子やタチの悪いクレーマーの相手までこなして3分も狂わないって、JR職員はコンピュータ制御のサイボーグか?

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2017年2月12日 (日)

トレヴァー・コックス「世界の不思議な音 奇妙な音の謎を科学で解き明かす」白揚社 田沢恭子訳

私は校舎研究の一環として、生徒が読解や暗算などの単純なタスクを遂行しているおときに雑音を聞かせる実験をした。ある実験では、14歳から16歳の集団にざわついてうるさい教室の音を聞かせると認知能力が低下し、静かな場所でタスクをおこなう11歳から13歳の対照群と同程度になった。
  ――プロローグ

1924年には、高名なチェリストのベアトリス・ハリソンとナイチンゲールの共演が、BBCラジオ初の屋外からの生中継として放送された。イングランドのオックステッドで暮らすハリソンの自宅周辺には林があり、そこに棲むナイチンゲールが彼女の練習するチェロを音まねするようになっていたのだ。
  ――3 吠える魚

【どんな本?】

 歌う砂丘。壁に向かって囁くと、部屋の反対側にいる人に聞こえる壁。セミの声がやかましい理由。コンサート・ホールの設計のコツ。車で走ると「ウィリアム・テル序曲」が聞こえる道。

 日光の鳴き龍など、世の中には不思議な音がある。虫の声や木の葉の揺れる音など、私たちの暮らしは様々な音に囲まれている。うるさい音もあれば、気持ちが落ち着く音もある。

 奇妙な音は、どうやって生まれるのか。エルビス・プレスリーの独特のエコーを、どうやって作ったのか。そして、様々な音や音響環境は、私たちの暮らしや音楽、そして他の生き物たちにどんな影響を与えるのか。

 音響工学教授の著者が、世界を駆け巡り、音をめぐるエピソードを集め、音響工学の面白さや意外な利用法を語る、楽しくて役に立つ一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Sound Book : The Science of the Sonic Wonders of the World, by Trevor Cox, 2014。日本語版は2016年6月30日第一版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約300頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント45字×19行×300頁=約256,500字、400字詰め原稿用紙で約642枚。文庫本なら少し厚め。

 文章は読みやすい。内容も特に難しくない。音楽が好きなら、楽しく読める。「音は波である」「波長が長いほど音は低い」程度に分かってれば、充分に読みこなせる。こういった事はギターやバイオリンを弾く人なら、直感的に分かるだろう。シンセサイザーなどDTMに興味があれば、更によし。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • プロローグ
  • 1 世界で一番よく音の響く場所
  • 2 鳴り響く岩
  • 3 吠える魚
  • 4 過去のエコー
  • 5 曲がる音
  • 6 砂の歌声
  • 7 世界で一番静かな場所
  • 8 音のある風景
  • 9 未来の驚異
  •  謝辞/訳者あとがき/註

【感想は?】

 サウンド・エディタが欲しくなる本だ。私は思わず Audacity を手に入れ、遊びまくってしまった。更新が遅れたのは、そのせいだ。まだ機能の1/10もわかっちゃいないけど、遊び始めるとキリがない。

 本書を読みこなすキモは、エコー(こだま)とリバーブ(残響)の違い。

 エコーは、こだま。山に向かって「ヤッホー」と叫べば、「ヤッホー」と返ってくるやつ。リバーブは、お風呂の中で歌うと、よく響いて歌が上手くなった気がする効果。

 この二つをややこしくしてるのが、カラオケのエコーマイク。あれ、エコーって名前がついてるけど、実はリバーブの効果をつけてる。だもんで、本当はリバーブ・マイクが適切。

 エコーもリバーブも、何かにぶつかって返ってきた音を示す。

 これを研究して建築音響学を開拓したのが、19世紀の物理学者ウォーレス・クレメント・セイビン(→Wikipedia)。

 空気中の音はだいたい秒速340mぐらいで進む。雷が光ってから音がするまでの時間が分かれば、雷までの距離が分かる、お馴染みの理屈だ。低い音は残響が長く残り、高い音はすぐに消える。一般に遠くの音はくぐもって聞こえるものだ。壁の材質でも違ってくる。石やタイルなどの硬いものはよく反響し、布など柔らかいものはあまり反響しない。

 これらを組み合わせると、コンサート・ホールの設計に役立つほか、色々な応用もできる。物騒なものの代表は、潜水艦のソナーだろう。米軍は、アフガニスタンの戦場で洞窟の中を調べるため、銃声の反響音を分析する研究をした。

 音楽好きとして興味深いのは、演奏場所の残響効果の違いが音楽そのものに与える影響。

 宗教改革以前、ドイツの聖トーマス教会は、「司祭の声が消えるまでに八秒かかっていた」。16世紀半ばに改築し、木製の廻廊を付けたし布を垂らすと、残響時間が1.8秒に減った。これが音楽に大きな影響を与えたのだ。

18世紀になると、残響が短くなったことを生かして、聖歌隊長だったヨハン・セバスティアン・バッハがそれまでよりもテンポの速い複雑な曲を作るようになった。

 残響の短さが、音楽のテンポを速くしたわけ。言われてみると、世界の民族音楽も、残響がない野外で演奏されるものは、テンポが速い曲が多い気がする。こういった事は、「倍音」でも面白い分析をしていたなあ。

 とかの人工的な音の話に加え、自然界の音の話も盛りだくさん。

 音に頼る生き物の代表が、コウモリだろう。超音波を発してソナーのように使い、周りの状況を「見る」。コウモリの出す声は人間に聞こえないが、機械を使って周波数を下げれば聞こえるようになる。これを使うと、静かな湖畔が、「超音波域の繰り広げられる修羅場」に変貌してしまう。

 そのコウモリ、たいていは虫を食べて生きている。虫だって食われたくない。そこで工夫したのがマダガスカルオナガヤママユ(→Google画像検索)。長い尻尾はコウモリの声を強く反射し、尾は食われるが胴体は無事に済む。軍用機が使うフレアみたいな作戦だ。

 静かに思える水の中も、実は音で溢れている。「テッポウエビの大群は、炎がもえさかるときのパチパチという音に似た音を出す」。お陰で、海軍は第二次世界大戦中にテッポウエビの研究を始めにゃならんかった。ソナーの邪魔になるからだ。

 様々な音響環境を調べるため、著者は世界中を駆け巡る。ロンドンの下水道を探検し、廃棄された石油貯蔵施設に潜り込み、モハーヴェ砂漠に突っ込み、イランのイスファハンのイマーム・モスクを訪れる。

 などの冒険行も楽しいが、その後で聞いた音について科学的にわかりやすく説明してくれるのも著者ならでは。他にもスター・ウォーズのレーザー音の秘密や、レッド・ツェッペリンの「天国への階段」のデマなど、面白いエピソードがぎゅうぎゅう詰まってる。

 日頃、外出する時は iPod nano を手放せない私だが、ちょっと耳を澄まして街の音に注意してみよう、そんな気になった。でも今は Audacity に夢中だけどw

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2017年1月20日 (金)

オリヴァー・サックス「妻を帽子とまちがえた男」ハヤカワ文庫NF 高見幸郎・金沢泰子訳

固有感覚というのはからだのなかの目みたいなもので、からだが自分を見つめる道具なんですね。
  ――3 からだのないクリスチーナ

「チック症を治すことができたとしても、あとに何が残るっていうんです? ぼくはチックでできているんだから、なんにも残らなくなってしまうでしょう」
  ――10 機知あふれるチック症のレイ

「病気を治療してほしいのかどうか、自分でもわからないんです。病気だってことはわかるんですが、おかげで気分がいいんですからねえ」
  ――11 キューピッド病

われわれは「物語」をつくっては、それを生きているのだ。物語こそわれわれであり、そこからわれわれ自身のアイデンティティが生じると言ってもよいだろう。
  ――12 アイデンティティの問題

【どんな本?】

 モノの色や形はわかるが、「それが何か」がわかならくなった男。1945年より後の記憶を失ってしまった元海兵、自分の足をベッドから放り出そうとする男、いつも傾いた姿勢の元大工、忘れられた病気、次から次へと話を作りだす男、頭の中で音楽が鳴り響く女。

 脳神経科医として働きながら、彼が出会った不思議な患者を温かいまなざしで描き、ヒトの神経系の巧妙さや、普段は意識しない感覚のしくみを伝えると共に、神経系の不調を抱えながらも社会との折り合いをつけて生きていこうとする人間の逞しさを描く、オリバー・サックスの医学エッセイ集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Man Who Mistook His Wife for a Hat, by Oliver Sacks, 1985。日本語版は1992年1月に晶文社より単行本を刊行。2009年7月15日にハヤカワ文庫NFより文庫版刊行。私が読んだのは2015年4月15日の四刷。着実に売れてます。

 文庫本で縦一段組み、本文約410頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント40字×17行×410頁=約278,800字、400字詰め原稿用紙で約697枚。文庫本としては厚い部類。

 文章はこなれている。時々、脳の部位を示す側頭葉などの専門用語が出てくるが、わからなければ「脳のどこかだな」ぐらいに思っておけば充分。ただ、個々の症状は多少ややこしいので、症状を説明している部分は注意深く読もう。そこさえ気を付ければ、中学生でも楽しめる。

【構成は?】

 個々の章は独立しているので、美味しそうな所からつまみ食いしてもいい。

  • はじめに
  • 第一部 喪失
    • 1 妻を帽子とまちがえた男
    • 2 ただよう船乗り
    • 3 からだのないクリスチーナ
    • 4 ベッドから落ちた男
    • 5 マドレーヌの手
    • 6 幻の足
    • 7 水準器
    • 8 右向け、右!
    • 9 大統領の演説
  • 第二部 過剰
    • 10 機知あふれるチック症のレイ
    • 11 キューピッド病
    • 12 アイデンティティの問題
    • 13 冗談病
    • 14 とり憑かれた女
  • 第三部 移行
    • 15 追想
    • 16 おさえがたき郷愁
    • 17 インドへの道
    • 18 皮をかぶった犬
    • 19 殺人の悪夢
    • 20 ヒルデガルドの幻視
  • 第四部 純真
    • 21 詩人レベッカ
    • 22 生き字引き
    • 23 双子の兄弟
    • 24 自閉症の芸術家
  • 訳者あとがき/参考文献

【感想は?】

 人間って、すごい。

 計算機屋は、よくそう感じる事がある。一見、簡単そうな仕様なのに、いざ実装しようとすると、とんでもなく難しい問題がうじゃうじゃ出てくる事がある。

 ヒトの頭や体は、コンピュータにできない事を一瞬でやってのける。あまりに簡単なので、そんな機能がある事すら気づかない。だから簡単な仕事だろうと思い込んで安請け合いし、後で地獄を見るなんて経験を、計算機屋は何度もしている。

 断水や停電の経験はあるだろうか? いつでもソコにあって、何の不調もなく動いていると、それがソコにあって大切な役割を担っているのに気が付かない。何か問題が起きて初めて、「ああ、水道や電気って大事なんだなあ」と気が付く。

 この本に出てくる症例の多くは、そんな感じの、私たちが気づかないヒトの体の機能を教えてくれる。

 例えば「固有感覚」。今、あなたは、どんな姿勢でいるだろうか? たいていの人は、目をつぶっていても、自分が立っているか座っているか、右手を上げているか下ろしているか、わかる。自分の手や足がどこにあるか、教えられなくても知っている。これは、脳と神経系が、常に体を監視しているからだ。

 これが壊れると、自分の手足や胴体がどうなっているか、分からなくなる。自分の足が他人の足のように思えてきてしまう。「毛むくじゃらで気持ち悪い足が俺のベッドに入り込んでいる」と思い込み、蹴りだそうとする。

 素人には頭のおかしい人にしか思えないけど、そういう病気なのだ。こんなふうに、今までは奇妙な癖に思われていたのが、実際には病気だと判明する事は、結構あるみたいだ。

 これで怖いのがトゥレット症候群(→Wikipedia)。軽ければチックや突発的な罵倒などで済む。これが見つかったのは1885年なんだが、1970年頃まで病気が医学界から忘れられてしまう。病気がなくなったわけじゃない。著者はニューヨークの繁華街で「三人のトゥレット症患者を見つけたように思った」。とてもありふれた病気らしい。

 などの医学的な内容も面白いが、サックス先生が本領を発揮するのは、この後だ。

 サックス先生の特徴は、その視線にある。患者を単なる症例として見るのではなく、生きている人間として見る。そして、彼らが病気と折り合いをつける姿を、温かく見守ってゆく。

 トゥレット症候群には問題もあるが、利益もある。落ち着きはないが機転が利き、反射もいい。ここに出てくるレイは、この性質を生かし優れたジャズドラマーとして生計を立てていた。治療法もあるんだが、治すとリズムセンスも消えてしまう。そこで彼は…

ミュージシャン、特にロックの人には激しい性格の人が多いけど、実はこういう症状を抱えている人も多いんじゃなかろか。キース・ムーンとか。

 やはり患者との交流を感じるのが、「7 水準器」。元大工のマクレガー爺さんは、パーキンソン病で固有感覚を病み、水平感覚が20度ほどズレる。傾いた姿勢を水平だと感じるのだ。そこで症状の説明を聞いたマクレガー爺さん曰く…

「大工をやってたんでね。いつも、水平かどうか、垂直線からぶれてないかどうか見るために水準器を使ったもんだ。脳の中にも水準器みたいなものがあるんですかい」

 と呑み込みは早い。ばかりでなく、「じゃ常に使える水準器があればいいじゃん」と、眼鏡に水準器を付ける工夫を思いつく。サックス先生も乗り気で、何回か試作を繰り返し使いやすくしていく。こういう解決に向けた動きが出来たのも、マクレガー爺さんとサックス先生の間に、気持ちが通い合っていたからだろう。

 それとは別に、人間の思考過程について考えこみたくなるのが、「12 アイデンティティの問題」に出てくるトンプソン氏。コルサコフ症候群(→Wikipedia)で、数秒しか記憶が持たない。だが人柄は明るくほがらかで、彼と話す人はみな愉快な人だと感じる。

 彼は自分が誰なのかすら、ほとんど覚えていない。「自分は誰で相手は誰か、なぜ相手と話しているのか」などの設定を、即興で創り上げるのだ。しかも無意識に。

 「そりゃ病気だからだろう」で納得するのは簡単だが、改めてじっくり考えると、自分も含めたいていの人は似た傾向を持っている。私は北朝鮮人民の暮らしについて何も知らないが、勝手にイメージを創り上げている。ノンフィクション系の本を読めば、いつだって思い込みを覆されてばかりだ。

 私たちが知らない人体についての知識が得られるのはもちろんだが、それ以上に、不調を抱えながらもなんとか世界と折り合いを付けようとする、病気を抱えた人々の生きざまに心を動かされ、またじっくり読めばヒトの心の働きも少しだけ見えてくる、七色の読み方ができる本だ。

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2017年1月11日 (水)

ランドール・マンロー「ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか」早川書房 吉田三知代訳

光速の90%の速さで投げられた野球のボールを打とうとしたら、どんなことが起こりますか?

地球にいる人間全員が一斉にレーザー・ポインターを月に向けたら、月の色は変わるでしょうか?

マシンガンを何挺か束ねて下向きに撃ってジェットパックの代わりにし、飛ぶことはできますか?

「……金曜日までに答が知りたいんだ」

【どんな本?】

 ロボット工学者として NASA に勤めた著者のサイトに寄せられた難問・珍問・奇問に、数学や科学の知識に加え、関連分野・非関連分野の論文、Google や Mathmatica はもちろん友人・知人から見知らぬ専門家までも巻き込み、それなりに妥当な解を漫画を交えユーモラスに示した、一般向けの楽しい科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は WHAT IF? : Serious Scientific Answers to Absurd Hypothetical Questions, by Randall Munroe, 2014。日本語版は2015年6月25日初版発行。単行本ソフトカバー横一段組みで本文約369頁に加え、訳者あとがき1頁。9ポイント33字×19行×369頁=約231,363字、400字詰め原稿用紙で約579枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分だが、著者のイラストがたくさん載っているので、実際の文字数は6~7割程度。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。理科と数学が得意なら、中学生でも楽しく読めるだろう。アメリカのTVドラマに詳しければ更によし。

【構成は?】

 おことわり/はじめに
読者からの質問と著者の解答
 謝辞/参考文献/訳者あとがき

 質問と回答は、一つの質問に5~10頁程度の解答が続く形。それぞれ完全に独立した記事なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

【感想は?】

 肩の力が抜けた著者のユーモアが楽しい一冊。

 科学というと構えちゃう人でも大丈夫。アチコチに幾つか数式が出てくるけど、分からなかったら無視しよう。それがこの本を楽しむコツだ。ちゃんと著者が計算して、答えを出してくれるし。

 やっぱりタイトルにもなってる「野球のボールを光速で投げたらどうなるか」が、この本の面白さを見事に表してる。この項だと、最初は真面目に考えているのだ。光速で動くボールを、その前にある空気は避ける暇がない。そのため空気とボールは核融合を起こしガンマ線を発し…

 と、そんなわけで、色々と大変な事になるわけだが、最後のオチが「ソコかい!」と突っ込みを入れたくなるハズし方。こういうユーモアのセンスが随所で光ってる。

 やはりハズし方が光るのが、「世界中の人間全員が一斉にジャンプしたらどうなるか」ってな質問。確かセシル・アダムス先生も中国人バージョンの質問に答えてたが、誰でも似たような事を考えるらしい。が、ランドール君のセンスが生きるのは、ジャンプした後。そっちの心配かいw

 こういったユーモアを際立たせているのが、彼の描くマンガ。ったって、人は〇の頭に線の胴体と手足をつけただけの単純なシロモノなんだが、ポニーテールやヒゲで細かい表情を付け、ソレナリに違いがわかるようになってる。

 いかにも子供のラクガキっぽい単純さなのに、ちゃんと何がどうなってるのかが分かるのは大したもの。こういう風に、最低限の線でモノゴトを分かりやすく表すのも、一つの巧さと言っていいんだろうか。私は絵に疎いのでよくわからないんだけど。

 などのユーモラスな雰囲気ではあるけど、やっぱりエンジニアだなあと思うのが、いい加減な質問に対し、「現実にはどうやるか」を考えて相応しい制限事項を設ける所。

 「人間全員が月にレーザーポインタを向けたら?」なんて質問には、まず「人間全員が月をレーザーポインタで狙うにはどこに集まればいいか」なんて考えてる。そりゃそうだ、日本とブラジルから同時に月を狙うのは無理だしね。

 ここじゃギャグの基本、「繰り返し」を使って事態をグングンとエスカレートさせた挙句のオチが…

 かと思えば、「さすが NASA のエンジニア」と思わせる所も多い。NASA だけあって、運動エネルギーと反動の問題はお手の物。束ねた銃を下に向けて撃ったら飛べるか? なんて質問じゃ、ちゃんと射出速度と弾丸の重さなどから計算してる。

 だけでなく、友人知人の知恵も遠慮なく拝借してたり。やっぱり顔の広さは大事だね。先の質問でも、銃器に詳しい友人(当然、テキサス人)の知恵を借りて、一見現実的な解を出してる。にしても、アベンジャー(→Wikipedia)にそういう使い道があったとはw

 エンジニアというと、小数点以下の細かい数字に拘る生き物だと思う人も多いが、常にそうとは限らない。開発や設計の最初期、つまり「できるかできないか」を見積もるあたりだと、相当に大雑把な計算をする。桁が2つまでなら違っててもいいや、ぐらいのテキトーさで。

 なにせ質問もテキトーなので、計算の元の数字もテキトーにデッチあげている。架空の数字の見積もり方も、この本の魅力の一つ。「ヨーダはどれぐらいのフォースを出せますか?」では、ヨーダがXウィングを沼から引き上げる場面を元に、出力を見積もってたり。

 こういう、「どこからどうやって数字を持ってくるか」ってセンスも、なかなか感心するところ。

 そんなランドール君のセンスに加え、質問も面白いのが揃ってる。「太陽がなくなったらどうなる?」「ホッケーのパックでキーパーをブッ飛ばせる?」なんて誰もが考える疑問もあれば、「猫を鳴かせてッ飛行機を落とす」なんて「一体お前は何が知りたいんだ」的な質問も。

 あまりお堅いことは考えず、楽しみながら読もう。読み終えた後、もしかしたらたまには何かを計算したくなるかも知れない。猫の毛は何本あるのか、とかの役に立たない計算を。

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2016年12月23日 (金)

D.A.ノーマン「複雑さと共に暮らす デザインの挑戦」新曜社 伊賀聡一郎・岡本明・安村道晃訳

複雑さは良いのだが、分かりにくいのはいけない。
  ――日本語版への序文

ヒューマンエラーの歴史を振り返れば、左右の混乱は頻繁に見られ、上下ではほとんど起きていない
  ――2 簡素さは心の中にある

標識や説明書きが装置に付いていれば、それは悪いデザインの印だ。(略)まして、利用者が自分で標識を付けざるを得ないようではいけない。
  ――3 簡単なものがいかにして我々の生活をややこしくするのか

自分のために作ったサインは非常に役に立つが、他の人が作ったサインは悩みの種だ。
  ――3 簡単なものがいかにして我々の生活をややこしくするのか

エラーメッセージは実際のところ、システム自体が混乱していること、どうやって進めたらよいか分からないことを意味している。叱責されるべきなのはシステムであって人ではない。
  ――8 複雑さに対処する

何かを学ぶ最も幼良い時期とは、それが必要であると学習者が気づいた直後だ。
  ――8 複雑さに対処する

彼ら(自動車の評論家)は、険しいコースで加速やブレーキをかけたときのオーバーステアとアンダーステアについて語るのだが、ほとんどのドライバーはこのような状況はけっして経験しないのだ。
  ――9 挑戦

【どんな本?】

 最近のテレビや炊飯器などの機械はボタンやパネルが多い。それだけ機能が多いんだろうが、実際に使うのは機能のごく一部だし、たまに変わった機能を使いたくても、使い方がわからない。

 これはパソコンも同じで、Excel の機能を全て知っている人は滅多にいない。なんとか覚えても、バージョンアップでメニューやボタンの位置が変わり、また一から覚えなおしなんて悲劇に悩まされる人は多い。

 機械やソフトウェアだけじゃない。お役所は様々なサービスを提供しているが、私たちはその大半を知らない。定食屋でソースと醤油を取り違えるなんてのは、日本人ならみんな経験してる。スーパーのレジや渋滞では、隣の列が速く進むと相場が決まっている。

 こういった不具合の多くは、デザインによって解決できる。デザインとは、見た目のカッコよさだけではない。使いやすさもデザインのうちだ。

 では、どんなデザインがよいのか。どうすれば使いやすくなるのか。デザイナーはどんな事に気を配るべきなのか。複雑なシステムに対し、デザインは何ができるのか。

 「誰のためのデザイン?」で論争を巻き起こしたD. A. ノーマンが、「アフォーダンス」などの反省も含め、複雑になってしまった現代の暮らしの中で、製品やサービスを提供する者に何ができるか、どんなデザインを心がけるべきかを綴った、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Living With Complexity, by Donald A. Norman, 2011。日本語版は2011年8月1日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約296頁に加え、訳者あとがき6頁。9.5ポイント46字×17行×296頁=約231,472字、400字詰め原稿用紙で約579枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。パソコンやスマートフォンや病院の窓口でイライラした経験があれば、誰でも楽しく読めるだろう。もちろん、Web サイトの運営者ならなおさら。

【構成は?】

 各章は穏やかにつながっているが、美味しそうな所だけを拾い読みしてもいい。

  • 日本語版への序文
  • 1 複雑さと共に暮らす なぜ複雑さは避けられないのか
    • ほとんどすべての人工のモノはテクノロジーである
    • 複雑なものは楽しみになり得る
    • 何カ月もの学習を要する人生のよくある断面
  • 2 簡素さは心の中にある
    • 概念モデル
    • なぜすべてのものが打出しハンマーのように簡単にならないのか
    • ボタンの数が少ないとなぜ操作が難しくなるのか
    • 複雑さについての誤解
    • 簡単だからといって、機能が少ないということではない
    • 一般に仮定されている簡単さと複雑さの間のトレードオフは、なぜ間違っているのか
    • 誰もが機能好き
    • 複雑なものも理解可能だし、簡単なものにも混乱させられることがある
  • 3 簡単なものがいかにして我々の生活をややこしくするのか
    • 実世界に情報を置く
    • サインが役に立たないとき
    • 専門家はいかにして簡単なタスクを混乱させるか
    • 強制選択法で複雑さを減少させる
  • 4 社会的シグニファイア
    • 文化的複雑さ
    • 社会的シグニファイア 何をするべきかを世界は我々にどのように伝えるのか
    • 実世界の中の社会的シグニファイア
  • 5 人間支援のデザイン
    • スプラインを網目化中
    • 目標とテクノロジーの間の不一致
    • 割込み
    • 利用パターンを無視すると、シンプルで美しいものも複雑で醜いものになる
    • 望みのライン
    • 痕跡とネットワーク
    • 推奨システム
    • グループへの支援
  • 6 システムとサービス
    • システムとしてのサービス
    • サービス青写真
    • エクスペリエンスとデザインする
    • 心地よい外界とのエクスペリエンスの創造 ワシントン相互銀行
    • 工場のデザインのようにサービスをデザインする
    • 病院でのケア
    • 患者はどこにいる?
    • サービスデザインの今
  • 7 待つことのデザイン
    • 待ち行列の心理学
    • 待ち行列の六つのデザイン原理
    • 待つことのデザイン的解決法
    • 列は一つか複数か? 片側だけのレジと両側のレジ
    • 二重バッファリング
    • 列をデザインする
    • 記憶は現実よりも重要である
    • 待ちが適切に扱われるとき
    • エクスペリエンスをデザインする
  • 8 複雑さに対処する パートナーシップ
    • T型フォード車をどのように始動させるか
    • 複雑さを扱う基本原則
      デザイナーのための規則 複雑さを扱いやすくする/我々のための規則 複雑さに対処する
  • 9 挑戦
    • 販売員のバイアス
    • デザイナーと客の間のギャップ
    • 評論家のバイアス
    • 社会的インタラクション
    • なぜ簡単なものが複雑になるのか
    • デザインの挑戦
    • 複雑さと共に暮らす パートナーシップ
  • 謝辞/注/訳者あとがき/文献/索引

【感想は?】

 最初の頁から、いきなり引きこまれた。アル・ゴアの書斎の写真だ。書類が乱雑に積み上げられ、ゴチャゴチャしている。

 同居人や同僚と、こんな会話をした経験はあるだろうか?

同居人「ちったあ片付けろよ」
あなた「片付いてるよ」
同居人「汚いじゃないか、片づけるぞ」
あなた「うわあぁ、やめてくれえぇぇ!」

 私はあります。一見腐海のように見えるけど、それぞれのモノの位置には、ちゃんと意味があるのだ。汚いようでも、頻繁に使う物や重要なものは手の届く範囲にあるし、書類の山はテーマごとに分けてある。何より、何がどこにあるか、本人はちゃんと分かっている。

 混沌の国のように見えて、実はその中にはちゃんと秩序があるのだ。ただ、その秩序が他人にはわからないだけで。これを本書では、こう書いている。

何がモノを簡単にしたり複雑にしたりするのだろう。ダイヤルやボタンの数や機能がいくつあるかによるのではない。機器を使う人が、それがどう動くかについての良い概念モデルを持っているかどうかによるのである。
  ――2 簡素さは心の中にある

 ゴアの書斎は、ゴアには使いやすい。その中の構造を、ゴアは知っているからだ。他の人には構造が見えないので、片付いていないようにみえるのだ。キチンと目立つラベルでもつければわかってもらえるんだろうが、どうせ使うのは自分だけだし、なら面倒くさい手間をかけるだけ無駄じゃないか。

 書斎なら本人しか使わないからそれでもいいけど、電化製品やソフトウェアじゃ、そうも言ってられない。にも拘わらず、なんだって使いにくいシロモノが大手を振って世に溢れているのか。

ユーザーに使いやすくすればするほど、デザイナーやエンジニアにとってより難しくなる
  ――2 簡素さは心の中にある

 そう、使いやすいモノを創るのは、メンドクサイのだ。加えて、人はより機能が多いほどいいモノだと思い込んでいるから、多機能なモノほどよく売れるし、機能追加の要望も絶えない。その結果、機械はボタンとパネルが所狭しと並び、私たちは時刻合わせの方法すらわからない。これをひっくり返したのが、Apple の iPod だ。

絶対に、顧客が解決しろといった問題を解いてはいけない
  ――6 システムとサービス

 iPod に限らず、Apple 社の製品には共通した特徴がある。なるべくボタンの数を減らす。昔はマウスすら1ボタンだった。その代わり、マウスの動きとマウスカーソルの動きには凝る。動き始めはゆっくり、途中は素早く。カーソルが動く距離は、マウスの動いた距離ではなく、マウスを動かす速さに従う。つまらない事のように思えるけど、これが使う時の気持ちよさにつながっている。

 昔の Apple の功績は偉大で、例えばメニューの並び。パソコンのソフトは、メニューが左からファイル→編集→…ヘルプ、と並ぶ。このメニューの並びも、昔はソフトによりそれぞれだった。Apple が「メニューはこう並べなさいね」と決め、従わない者にはキツくお仕置きした。混沌の中に秩序を持ち込んだのだ。それも、かなり強引に。

 そう、「いつでも何でもできる」のは、一見便利そうに見えて、実際には混乱のもとになる。ある程度の制限や強制はあった方がいい場合もある。電子レンジは扉が開いていると動かない。その方が安全だからだ。

 実はこの記事、あんまりこの本と関係ない話も盛り込んである。というのも、読んでると色々と思い当たるフシが沢山ありすぎて、つい書きたくなるからだ。二重ロール型トイレットペーパー・ホルダーの話とかは、実に意外だった。小さいほうから使うでしょ、普通。

 塩と胡椒の容器の話では、醬油とソースに置き換えると、とっても切実。パッと見てすぐに醤油とソースの見分けがつく容器のデザイン、あなた思いつきます?

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2016年12月 7日 (水)

マット・リヒテル「神経ハイジャック もしも『注意力』が奪われたら」英知出版 三木俊哉訳

「何があったんですか?」とレジーは訊く。
男は蹄鉄工のカイザーマンだった。彼が答える。「あんたがあの車にぶつかったんだ」

「注意は有限な資源である」

双方向メディアはなぜそれほどまでにわれわれの注意を引きつけるのか――。

運転中にメールをすると衝突のリスクが六倍になる、と彼はくり返した。一方、運転中に電話するとリスクは四倍になる。これは血中アルコールが法定基準以上のドライバーと同水準である。

「どれくらい複雑な交通事情かにもよりますが、『送信』ボタンを押してから15秒ないしそれ以上たたないと、正常な状態に完全復活できないかもしれません」

児童虐待などの裁判はたいてい検察側が負ける、と彼は言う。人間どうしがいかに恐ろしい行為に手を染められるか、その現実を人々が認識できないのだ。

【どんな本?】

 2006年9月22日朝、ユタ州で起きた交通事故で二名が亡くなる。事故の原因となったドライバーは、何が起きたのかさえロクにわかっていなかった。運転中に携帯電話でメールをやりとりしていたらしい。

 この事故をきっかけに、多くの人が動き始める。事故の原因となった運転手のレジー・ショーとその家族、被害者二名の遺族、事件の捜査を担う警官のバート・リンドリスバーガー。

 加えて被害者遺族を支援するテリル・ワーナーは、事件の真相を探るため駆け回り、神経学者や心理学者を巻き込み、やがては州の議会まで動かしてゆく。

 私たちの暮らしに入り込んできた携帯電話などのテクノロジーは、ヒトの脳にどんな影響を与えるのか。それは生活や自動車の運転にどう関係してくるのか。その関係を科学者たちはどうやって調べ、何がわかってきたのか。私たち人間はテクノロジーと共存できるのか。

 そういった科学トピックばかりでなく、事故を起こした若者レジー・ショーの過酷な運命、粘り強く戦い続けたテリル・ワーナー、事故で家族を失ったオデル家とファーファロ家などの個性的な人々とその運命の変転、そして交通事故の捜査や法的処理なども加え、いつ私たちに降りかかってもおかしくない交通事故が引き起こす混乱を描く、身近で迫真の科学ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Deadly Wandering : A Tale of Tragedy and Redemption in the Age of Attention, by Matt Rechtel, 2014。日本語版は2016年6月25日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約498頁に加え、訳者あとがき5頁+小塚一宏の解説8頁。9ポイント43字×18行×498頁=約385,452字、400字詰め原稿用紙で約964枚。文庫本なら上下巻に分けてもいい分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。米国が舞台なので法律関係が日本と違うが、必要な説明は文中にあるので知らなくても大丈夫。

 特にスマートフォンや携帯電話が手放せない人は必読。

【構成は?】

 お話は時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

 プロローグ
第Ⅰ部 衝突
第Ⅱ部 審判
第Ⅲ部 贖罪
 エピローグ
 おわりに
 謝辞/訳者あとがき/解説/索引

【感想は?】

 だいぶ前から歩きスマホが話題だし、運転中にポケモンGOで遊んでいて事故を起こす(→ハフィントンポスト)なんてニュースもあり、かなりホットな話題だ。それだけに時流に乗った本みたいだし、そういう部分もあるが、内容の半分以上は10年後でも輝き続けるだろう…残念なことに。

 主題は簡単だ。運転中に携帯電話でメールをやりとりしていた若者が交通事故を起こす。その事故に関わった人たちに取材したドキュメンタリーだ。

 啓蒙書としての結論はわかりやすい。携帯電話やスマートフォンは注意力を奪う。送信ボタンを押しても15秒ほどはドライバーの意識が運転に向かず、注意散漫になる。通話だけでも飲酒運転並みに危ないし、メールだと飲酒運転より5割方危険が増す。本書には書いてないが、LINEも似たようなモンだろう。

 なぜメールがヤバいのか。ヒトの注意力には限りがあるからだ。注意力には大雑把に二種類あって、片方が増えるともう一方は減る。

 第一は予定をこなす注意力。カレーを作ろうとしてニンジンを洗い皮をむき一口サイズに切り…など、目的に向かい手順をこなすもの。

 そこに電話が鳴る。ここで第二の注意力が動き出す。鳴った電話に出ようと、突発的で予定とは違う問題に対処するための注意力だ。

 プログラマなら、定型処理と割り込みとでも言うだろう。

 ヒトは野生で進化してきた。突発的な事柄は命に関わる場合がある。捕食獣が襲ってきたら、急いで逃げなきゃいけない。だから、第二の注意力=割り込みの方が優先順位が高い。アクシデントが起きると、それに頭を奪われ、予定をこなす第一の注意力は落ちる。

 とか書くと難しそうだが。

 仕事中や勉強中に、やかましい物音や妙なにおいがしてきたら、集中できないよね。いわゆる「気が散る」状態。で、原因の音や匂いがおさまっても、元の集中を取り戻すには時間がかかる。注意力や集中力ってのは、どこかに集まれば他が疎かになるってのは、誰でも経験してると思う。つまりヒトが一時期に使える注意力には限りがあるわけ。

 で。一般に携帯電話の操作は第二=割り込み型の注意力を主に刺激する。ヒトは第二の注意力の方が優先順位が高いので、注意力の多くを携帯電話が奪い、その分、運転の注意力が減る。おまけに、メールを送った後も暫くは戻らない。そこに子供が飛び出して来たら、どうなるか。

 などと改めて書くまでもなく、みんな「ながらスマホは危ない」ぐらいは、ウスウス気づいてる。でもやめられない。これが最もヤバい所。わかっちゃいるけどやめられないのだ。要はアル中と同じ。中毒になっちゃう。これも、ヒトの進化の副作用。

 ヒトは社会的動物だ、と言われる。実際、脳もそういう構造になっていて、他のヒトと情報交換するとキモチイイのだ。特に相手が見知った人だと。SNSやLINEが流行るのも当然だろう。お陰で私のブログは閑古鳥だがブツブツ←いやそれ単に記事がつまらないからだろ

そういえば「文明と戦争」か「昨日までの世界」か「繁栄」に、未開人はのべつまくなしにゴシップを交換してる、みいたいな話が載ってた。そうするように、脳が仕向けているわけだ。

 なんにせよ、ヒトって生き物は携帯電話やスマートフォンにハマりやすくできてるわけで、それが走る凶器である自動車と合体したらどうなるかは、ご想像の通り。

 ってな科学の話だけでなく、事故の当事者たちの人生を丹念に追い、交通事故がもたらす運命の激変もつぶさに描き出すのが、本書のもう一つの読みどころ。結局のところ、事故のせいでみんなが苦労をしょい込む羽目になってるんだが、それは読んでのお楽しみ。とりあえず、携帯が手放せない人は、今のメールと家族、どっちが大事か考えましょう。

 中でも魅力的なのが、テリル・ワーナー。彼女がもう一人の主人公と言っていい。幼い頃の過酷な運命と、それに立ち向かう強い心。やがて成長した彼女は、傷ついたものを守り不正を正す仕事に情熱を燃やす。それこそ冒険小説や漫画の主人公みたいな、強さと優しさを備えた、最高にカッコいい人。人妻だけどねw

 ぶ厚い本だけに、内容も多岐にわたる。交通事故の法的処理にかかる手間の凄まじさも驚きだし、携帯電話の使用履歴の捜査も意外。モルモン教の影響が濃いユタの社会も軽いセンス・オブ・ワンダーだし、児童虐待事件の告発の難しさは別の意味で辛く悲しい。

 携帯電話やスマートフォンが手放せない人や自動車を運転する人ばかりでなく、スマートフォンを欲しがる年頃の子供がいる人も、読めば大きなショックを受けるだろう。

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【おまけ】

♪ ちょいとチェックの つもりで覗き
  いつのまにやら 送信中
  気がつきゃ画面は 会話の嵐
  これじゃ周りが 見えるわきゃないよ
  わかっちゃいるけど やめられね

 植木等さんごめんなさい

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2016年11月 3日 (木)

西田宗千佳「すごい家電 いちばん身近な最先端技術」講談社ブルーバックス

「吸引力」ばかりに注目しがちですが、掃除機の命の半分は「ノズル」にあるのです。
  ――#03 掃除機

放送される番組そのものに「チャプター情報」が含まれているわけではありません。あくまでレコーダーが自動判定して、区切りを入れているのです。
  ――#07 ビデオレコーダー/ブルーレイディスク

赤・青・緑っを担当するPDの数は、同数にはなっていません。人間の目が特に緑への感度が高いことに対応するため、他の2色より緑の量を多くするケースが多くなっています。
  ――#08 デジタルカメラ/ビデオカメラ

リチウムイオン二次電池には、いわゆるメモリー効果がないため、継ぎ足し充電をしても容量は減りません。
  ――#15 電池

テレビ(LED式)やパソコンなど、一般的な家電製品の消費電力は、それほど高くはありません。(略)これに対し、エアコン、IHクッキングヒーター、給湯器の3つは、常時多くの電力を使用します。
  ――#17 HEMS

【どんな本?】

 冷蔵庫はなぜ冷える?エアコンとクーラーって違うの?HEMSって何?など電化製品の基本的な事柄から、ドライと冷房どっちが節電?マンガン電池とアルカリ電池どっちがいい?スマホの電池を長持ちさせるには?など電化製品を選ぶ・使う時のコツ、IHって何が嬉しいの?など専門用語の解説、テレビやデジカメに使われている驚きのハイテク、そしてマッサージチェアやトイレ開発秘話など、電化製品の基本から賢い使い方に加え、身近にある最先端技術のトピックを語る、楽しくて便利で役に立つ一般向け科学・技術解説書。

 ただし出てくる製品はみなパナソニック製なので、メーカーにこだわりがある人は要注意。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年12月20日第1刷発行。新書版で横一段組み、本文約291頁。9ポイント26字×26行×291頁=約196,716字、400字詰め原稿用紙で約492頁だが、写真やイラストをたくさん載せているので、実際の文字数は6~7割ぐらい。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 思ったより文章はこなれている。内容も意外と難しくない。ブルーバックスの中では、最も親しみやすい部類だろう。家電の宣伝では「サイクロン方式」や「IH」など意味が解らない言葉を使う時もあるが、そういった「よくわからない言葉」も写真やイラストを交え懇切丁寧に教えてくれる。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になる所だけを拾い読みしてもいい。

  •  はじめに
  • 第1章 生活に欠かせない家電
    • #01 洗濯機 ライフスタイルの変化が進化の原動力
      ぜいたく品の象徴だった!/どうして汚れがとれる?/「洗濯コース」がたくさんある理由/“洗濯機の常識”は文化によりけり/ななめドラムが起こした革命/ダム1杯分の節水を実現/水温をどう考えるか
    • #02 冷蔵庫 気化と凝縮の熱交換器
      “家電”以前の歴史あり/ポンプで熱を庫外に「追い出す」/冷蔵庫の歴史は冷媒の歴史/日本固有の機能が仇に/「食材」が冷蔵庫の形を変えてきた/実は難題だった冷凍庫の移動/引き出しに施された工夫/かつての“不人気”機能が復活
    • #03 掃除機 吸引力だけでは測れないその「実力」
      掃除機の進化は「ゴミの分離方法」にあり/掃除機の“命”の半分はノズルにあり/掃除機だけが要求される条件とは?/ロボット型掃除機の“役割”とは?
    • #04 電子レンジ 通信機器との意外な関係
      「軍用レーダー」の開発過程で/電波で調理できるのはなぜ?/どうして2.455GHzなのか/年100台しか売れない“不人気”商品だった/どうして「使えない食器」があるのか/「回る」レンジと「回らない」レンジの違いは?/多彩な加熱コントロールで調理用に用途拡大
    • #05 炊飯器 高額商品ほど売れてる“デフレ逆行”家電
      75%が製品寿命がくる前に買い替え!?/「ジャポニカ米」をおいしく炊くことに特化/マイコン制御が実現した「自動炊飯」/電磁誘導でご飯を炊く「IH炊飯器」/内釜が「アツい」理由/「甘み」と「うま味」を生み出すプロセス/「炊飯器だけに可能な炊き方」とは?/「万人受けするご飯」不在の時代に
  • 第2章 生活を豊かにする家電
    • #06 テレビ 天文衛星の技術が促す進化
      デジタル時代になって“ノイズ”にも変化が/走査線でどう映像を描いていたのか/液晶とは「シャッター」である/有機ELディスプレイは液晶を駆逐する?/高解像度テレビならではの弱点とは?/粗い画像を美しく見せる「超解像」技術/どうやって高解像度化するのか/次なるターゲットは「色」の見直し
    • #07 ビデオレコーダー/ブルーレイディスク テレビの使い方を変えた録画カルチャー
      新規ビジネスが普及を後押し/日本独自の「録画文化」/チャプターはなぜ自動設定できる?/すべての映像は「圧縮」されている/シーンごとに最適な圧縮法を選択/「同面積の情報密度を上げる」歴史/ブルーレイに施された“構造改革”
    • #08 デジタルカメラ/ビデオカメラ 動画と静止画が交互に技術革新を生む
      35mmフィルムの源流とは?/デジタルは動画が先行/その「デジカメ」は動画用?静止画用?/光をデータに変える「イメージセンサー」のしくみ/デジカメの「画質」は何が決める?/デジカメの“命”はレンズ設計にあり/「手ブレ防止」の仕組みとは?/「一眼レフ」とコンパクトカメラの関係
  • 第3章 生活を快適にする家電
    • #09 エアコン 超高度な制御技術を装備した最先端家電
      エアコンとクーラーの違い、知っていますか?/エアコンの“命”は「ヒートポンプ」/「環境重視」で冷媒も変遷/省エネに効果絶大の「自動清掃機能」/「耳かき2杯分」のホコリを毎日お掃除/ドライと冷房、省エネはどっち?/賢く省エネな自動運転を支える「人感センサー」/「よくいる場所」も「よくいる時間」も認識
    • #10 照明 光源と演出力の進化
      エジソンが一番乗り…ではなかった!?/2000時間の寿命をもつ照明/LEDの利点と欠点/「白」をどう出すか、それが問題だ/LED照明が蛍光灯におよばない点とは?/「発熱」と「光の指向性」をどう抑えるか/「偉大な照明」への創意工夫
    • #11 電動シェーバー “切れ味”を生み出す超微細加工技術
      ヒゲの硬さは「銅線」なみ!?/役割分担している2種類の刃/日本刀と同じ「鍛造」技術を応用/「~枚刃」の数は何を意味している?/わずか5μmの差が「痛くない剃り味」を決める/精巧な刃は消耗品と心得よう
    • #12 マッサージチェア 「銭湯」から普及した日本の「リラックス家電」
      ライバルは「プロのマッサージ師」/プロの技をどう再現するか/書道ができるマッサージチェア!?/「手のぬくもり」をどう再現するか/設計難度の高い家電
    • #13 トイレ 急速に進化する新しい家電
      「重力の力で水を流す」が基本原則/1960年代に「家電化」の萌芽が/「汚れにくい」素材と形状に進化/消費電力を遥かに上回る「節水」を実現/トイレ研究に不可欠な「疑似便」
    • #14 電気給湯器(エコキュート) オフピークを活用する省エネ家電
      ピークシフトで「社会にも家計にもエコ」/二酸化炭素を使う「ヒートポンプ」/その熱を逃がすな!/「熱くも冷たくもない水」を活用/「快適なシャワー」を生み出すリズム
  • 第4章 暮らしのエネルギーを支える家電
    • #15 電池 デジタル機器が進化を促す「縁の下の力持ち」
      一次電池と二次電池/電気はどう生まれるか/電気を持続的に発生させるには?/「乾いている電池」とは?/単3形を単1形として使う!?/アナログ機器とデジタル機器で電池を替える/高価な電池にのみ許される構造/最も電気容量の大きい電池とは?/「継ぎ足し充電NG」ってホント?/過熱を抑えるセーフティネット
    • #16 太陽電池 30年スパンで効率を考えるシステム型家電
      半導体に光が当たるとなぜ発電する!?/太陽パネルはなぜ八角形をしている?/単結晶と多結晶、どちらのパネルを選ぶべき?/実は高温に弱い太陽光発電/長期視点で製品選びを
    • #17 HEMS 家庭内の電力利用の“お目付け役”
      電力消費を平坦にならすという発想/太陽電池と二人三脚/電力を「見える化」してムダをなくす/分電盤を利用して家電の動きぶりを把握/節電対策の「三種の神器」/自動車が家電になる日
  • おわりに
  • 謝辞/さくいん

【感想は?】

 賢い主婦/主夫のアンチョコ。

 書名に「最先端技術」とあるので難しい本かと思ったら、意外とそうでもない。どころか、とってもわかりやすくて親切。イラストや写真も多いし。

 家電マニアのお兄さん・おじさん向けに書いた本っぽく見えるけど、これを読んで最も喜ぶのは、全く違う層だろう。日頃から洗濯機や電子レンジを使うけど、本音を言うとキカイは苦手、そんな人向けに、今よりちょっとだけ賢い家電の使い方・選び方を教えてくれる本だ。

 いや実は難しい事も書いてあるし、最先端技術も扱ってるんだが、もっと下世話で実用的でおトクな話もたくさん載ってて、それがとっても嬉しい。とりあえず私は「#04 電子レンジ」を読み終えた直後、さっそく電子レンジの中を掃除した。うひゃあ、すんげえ汚れてるw

 というのも、電子レンジの汚れは「異常加熱の原因にもな」るから。私の電子レンジは安物なんで小難しいセンサーの類はついてないけど、壊れたら困るし、電気も無駄になるし。

 他にも、エアコンのフィルターは月に2回ぐらい掃除しよう、なんて有り難いアドバイスがギッシリ。フィルターにチリやホコリが詰まると空気の流れが悪くなり、その分無駄に電気を使っちゃうのだ。まあ、この辺は直感的にわかるよね。

などの使い方ばかりではなく、選び方も教えてくれるぞ。例えば掃除機だ。つい吸引力ばかりに注目しちゃうけど、それだけじゃない。ホコリは静電気で床に貼り付いている。これをブラシでいかに剥がすかも大事なのだ。中には「ブラシ部の回転によってマイナスイオンを発生させ」って、ちと怪しげだが…

一般的にプラスに帯電しているホコリの電荷を中和させることで、静電気で床に貼りつくホコリを取り去るしくみも使われています。

 怪しげな印象がつきまとうマイナスイオンだが、そういう使い方もあったのね。

 乾電池だって向き不向きがある。安いマンガン電池が向くのは、あまし電圧が要らないもの、つまり「リモコンや懐中電灯」。逆に高いアルカリ電池が向くのは、高い電圧が必要な「デジタルカメラなどのデジタル機器」。向き不向きを考えて賢く選ぼう。

 当然、書名の「最先端技術」も、キチンと扱ってる。

 まず驚いたのが、テレビだ。最近のテレビは受け取った信号どおりに動くわけじゃない。いろいろと補正しているのだ。超解像技術とかは、解像度の粗い画像を、高解像度の画面にキレイに映す技術。単純に画像を拡大しただけだと、どうしてもジャギーが出たりボケたりする。そこでどうするか。

「明るさ(輝度値)が大きく変化する部分=エッジ」を検出し、その境界部がはっきりシャープに見えるよう加工すればよいのです。

 静止画だって解像度を上げるのは大変なのに、リアルタイムが要求される動画で、そんな難しい事やってるのか!しかも、だ。パソコンの画像変換アプリなら、ギガ単位のメモリ使い放題の上に、バグがあったらアップデート版を配りゃいいが、家電じゃそうはいかないってのに…。他にも高解像度化には様々な工夫があって…

 逆に画像を記録するデジタルカメラ/ビデオカメラも、最近の機種は手ブレ補正機能がついてる。廉価版は常にトリミングしてて、ブレた時にトリミングする領域を変える電子式だが、高級品は凄い。なんとレンズを動かすのだ。とんでもねえ精度だよなあ。

 電動シェーバーも驚きだ。昔は回転モーターだったけど、今はリニアモーターだ。そう、リニアモーターカーのリニアモーター。列車と違い量がはけるなら、それなりに安くできるんだなあ。まあ必要なパワーも桁違いだけど。

 加えて、刃の精度もすごい。網状になってて、刃の厚さがタテとヨコで違う。ヨコは60μmm、タテは41μmm。0.06ミリと0.041ミリですぜ。どうやってそんな精度を出すんだか。意外な事に素材はステンレス。剣としちゃステンレスは使い物にならないっぽいけど(→「人類を変えた素晴らしき10の材料」)、ヒゲ剃りには使えるんだなあ。

 などの他、時代による生活の変化や、世代や国や地域による売れ筋の違いなども面白い。最もよくわかるのは冷蔵庫の項で、1960年代までは毎日その日の分を買いに行ってたけど、だんだんとまとめ買いすうるようになった、と。これは生活習慣と冷蔵庫の普及が互いに影響しあったんだろう。

 洗濯機も、昔は大家族だったんで洗い物が沢山あり、大量に洗える縦型が好まれたけど、核家族化でドラム型が好まれるこうになったとある。また炊飯器の項では、高齢者は柔らかめのご飯を好み、若い人は硬めのご飯が好きだとか。硬めが好きな私は若者に属するんだろうか。あなたはどっち?

 など、色々楽しい本だが、読み終えた後は最新の家電製品が欲しくなるのが困るw 給料日やボーナス直後の、懐が温かくて気が大きくなっている時には、避けた方がいいかも。

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