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2018年1月17日 (水)

ブライアン・メイ+サイモン・ブラッドリー「レッド・スペシャル・メカニズム」DU BOOKS 坂本信訳

僕のレッド・スペシャルは、父の工房で父と僕とふたりで作ったんだ
  ――第1章 父ハロルドの工房からすべてが始まった

ブリッジはアルミニウムの塊をノコギリで切ってヤスリで削って作った。ぼくのアイデアは、弦を載せるサドルの代わりに、ステンレスのローラーを使うというものだった。
  ――第2章 レッド・スペシャル誕生秘話

もともとはセミ・アコースティックにするつもりで――頭の中ではそう考えていた――fホールをひとつ開けることになっていた。
  ――第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開

最初の頃は、チューニングがひどく狂う傾向があったけれど、その原因はペグにあることを突き止めたんだ。
  ――第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開

【どんな本?】

 20世紀末のポップ・ミュージック・シーンに君臨した Queen。そのギタリスト、ブライアン・メイの愛器レッド・スペシャルは、彼と父が設計し、自宅で造った手作りの一品だった。

 Tie Your Mother Down(→Youtube) の迫力あるリフ、Killer Queen(→Youtube) の甘くエロティックなソロ、そして血液までもが躍り出す Keep Yourself Alive(→Youtube) のリズム。千変万化でありながらも唯一無二のサウンドは、どのように創りだされたのか。

 ブライアン・メイ自らが、音楽ジャーナリストであるサイモン・ブラッドリーの協力を得て書き上げた、最も個性あふれるギターの伝記。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Brian May's Red Special : The Story of the Home-made Guitar That Rocked Queen and the World, by Brian May + Simon Bradley, 2014。日本語版は2016年1月1日初版発行。

 単行本ソフトカバーで横2段組み144頁。7ポイント31字×49行×2段×144頁=437,472字、400字詰め原稿用紙で約1,094枚。文庫本なら上下2巻分ぐらいの大容量…では、ない。実は紙面の6~8割を写真と図版が占めているので、文字数だけなら文庫本一冊に余裕で収まる。

 ただし、図版はレッド・スペシャルのパーツの設計図だったり、写真も取り外したピックアップやスライド・スイッチの裏側だったりと、実に貴重であり、また内容を理解するのに必須なものも多いので、文庫サイズにするわけにはいかないだろうなあ。

 文章は音楽雑誌によくある文体。インタビュウ形式の一人称で、親しみやすい。ところでブライアンの一人称が「僕」なのは、日本の音楽雑誌のお約束なのか…と思って少し検索したら、どうも Queen はみんな「僕」らしい。

 内容は、それなりに前提知識が必要。特にハイライトの「第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開」。当然ながら、読者には Queen のファンを想定しているので、曲を知っていること。加えて、エレクトリック・ギターの知識も必要。できればピックアップのメーカーも知っているといい。

【構成は?】

 メカに興味がある人にとっては、第3章がクライマックスだが、第2章もなかなかの読みごたえ。

  • 序文/序章
  • 第1章 父ハロルドの工房からすべてが始まった
  • 第2章 レッド・スペシャル誕生秘話
  • 第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開
  • 第4章 クイーンのサウンドを支えたレッド・スペシャル
  • 第5章 エリザベス女王も聴いたイギリス国歌演奏
  • 第6章 ブライアン所有のレッド・スペシャル量産モデル
  • 謝辞

【感想は?】

 とある優れたアナログ・ハックの記録。

 そう、ブライアン・メイはハッカーだった。彼の父ハロルド・メイもそうだ。彼はハッカーの家に生まれ、ハッカーとして育ち、そして意外な世界で成功したのだ。

 世にギター小僧はウジャウジャいるが、自分でギターを作ろうなんて考える奴は滅多にいない。仮にいても、たいていは市販品を組み合わせて満足する。それを、木材から調達して電気系統の配線も自分でやろうなんてのは、彼とエディ・ヴァンヘイレンぐらいしか私は知らない。

 特にハッカー気質を感じるのは、道具も自作するあたり。

万力の力で正確にフレットを曲げるための工具は、試行錯誤しながら開発した
  ――第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開

 フレットを指板のカーブに沿って曲げるため、専用の道具から作ったのだ。こういう「道具を作る道具を作る」あたりが、強烈にハッカー気質を感じさせる。この後、フレットを指板に接着する時も、専用の工具を作ってたり。

 このフレットを指板のどこに置くかも、ちょっとした難しい問題。というのも、フレットの位置で音程が決まるからだ。これを間違えると、音痴なギターになる。普通のギターと同じサイズなら、その値を定規で測って真似すればいい。が、しかし。

 レッド・スペシャルは、少し小型なので、他のギターの数値は使えないのだ。

 幸いにして現代の12平均律は、厳密な数学規則にのっとって決まっている(→Wikipedia)。今ならネットで調べればすぐ出てくるが、当時はそんなモノはない。じゃどうするかというと、自分で計算するのだ。ここでは、デジタルのハックもしてたりw 今なら Excel 一発だが、当時は大変だったろうなあ。

 など、製作の苦労も面白いが、独特のメカニズムも驚きがいっぱい。もっとも、熱心な Queen のファンには常識かもしれないが。

 まず私の恥を告白しよう。今までずっと、ピックアップはハムバックだと思いこんでいた。んなの、ちょっと見ればわかりそうなモンだが、全く注意してなかったのだ。ああ恥ずかしい。

 それもこれも、音がゴージャスで豊かなせいだ。シングルコイル特有のトンガった感じがしない。6ペンス硬貨をピックに使う独特のアタックのせいもあるが、配線もやたらマッド。

 外から見ると、シングルコイルのピックアップが3個だ。ストラトと同じだね…と思ったら、なんと直列でつないでいる。え? 加えて、ボディ下の6個のスイッチもキモ。各ピックアップのオン・オフに加え、位相も反転できるという凝りよう。 って、それハムバックじゃん! 俺の耳は間違ってなかったんだ←をい。

 などの電気系統の工夫は他にも幾つかあって、やっぱりシングルコイルの弱点、ノイズには悩まされた模様。配線系の写真を見ると、こんなに細くて頼りないコードから、あんなに大きくて迫力ある音が生まれるというのが、ちょっと信じられなかったり。

 ギタリストの悩みとしてノイズと並ぶのが、チューニングの狂い。特にトレモロはトラブルメーカーで、安物はすぐにチューニングが狂ってしまう。と同時に、巧みに操れば「飛行機の爆音やクジラの鳴き声」も出せて、変化に富んだサウンドを生み出せる強力な武器になる。

 いかにして正確なチューニングを維持するかが、製作者の腕の見せ所。それはレッド・スペシャルも同じ。金属板の焼き入れの工夫から弦と接するサドル、そしてヘッドのペグの位置まで、「いかに正確なチューニングを保つか」に心を配ってたり。

 でも弦が切れた時は大変だなあ。あとオクターブ・チューニングも難しそう…と思ったら、写真を見る限り、やっぱり完成後に微調整したっぽい。

 ボディがホロー(中空)ってのも意外だったし、直筆の設計図も貴重。貴重と言えば、なんとX線写真まで収録した凝りよう。長年の酷使ですり減ったフレットや、メンテ中の部品のアップは、かなりの迫力。マニア向けの本だが、だからこそマニアには美味しい一冊。

 ただ、ブライアンの一人称、特にこの本に限れば「私」が相応しいと思うんだけど、あなた、どうです?

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2018年1月14日 (日)

リチャード・フォーティ「<生きた化石> 生命40憶年史」筑摩選書 矢野真知子訳

この本では、地質時代から生き残ってきた残存種と、その種が語る進化の道程という私個人の関心事をテーマにしている。(略)残存種がこんにちまでどのように生き延びたのかを観察することは、(略)かれらの長寿の理由について手がかりを得ることになる。
  ――第1章 カブトガニと三葉虫

海中生活に適応している地衣類はない。
  ――第2章 カギムシを探して

現在の微生物学者の標準的な見方では、古細菌は真核生物に近く、細菌とは離れている。
  ――第4章 熱水泉での暮らし

物事をよく知る人ほど、自分が無知であることをよくよく自覚している。
  ――第5章 ホネのないやつ

分岐図は経験により作業者により、少しづつ違ったものができてくる。
  ――第8章 保温性を手に入れる

こんにちのクロマグロもそうだが、ある動物が希少になると値段が上がり、その市場価値がさらに乱獲を招いて絶滅させる方向に進んでしまう。
  ――第9章 島と氷

カブトガニは太古の昔から変わらない甲羅を背負っているように見えるかもしれないが、それでも時代とともに少しづつ変わっている。
  ――第10章 困難をくぐり抜けて生き残る

【どんな本?】

 イギリスの古生物学者で三葉虫を専門とし、「生命40憶年全史」や「地球46億年全史」などの著作がある、リチャード・フォーティによる一般向け科学解説書。

 カブトガニ,カギムシ、イチョウ,シーラカンスなど、太古から現在まで生き延び「生きた化石」と呼ばれる種をテーマに、彼らは現在のどんな種に近いのか,生まれた時の地球の状況,彼らの暮らしぶり,生き延びてきた秘訣などを探り、逞しく生きてゆく姿を描き出す。

 なお、「生命40憶年全史」と似た書名だが、違う本なので要注意。というか私も勘違いして読んでしまった。でも面白かったからいいや。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Survivors : The Animal and Plants that Time Has Left Behind, by Richard Fortey, 2011。日本語版は2014年1月15日初版第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約395頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント43字×18行×395頁=約305,730字、400字詰め原稿用紙で約765枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に前提知識は要らない。国語と理科、特に生物系が好きなら、中学生でも楽しめるかも。

【構成は?】

 全体を通しての流れはある。が、個々の章は、別々の読み物としても楽しめるので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • プロローグ
  • 第1章 カブトガニと三葉虫
    古びた海辺の真夜中の宴/カニではない/青い血の恵み/ジュラ期のメソリムルス/「生きた化石」/カンブリア紀の三葉虫/婚礼の最中の大惨事?
  • 第2章 カギムシを探して
    古くて新しい孤島/丸木の影で悠久の時を生きる/カンブリア紀の葉足動物/系統樹におけるカギムシの位置/エディアカラ紀のフラクタルな生物/悠然と歴史から消える/海はすべてを飲みこみ存続する
  • 第3章 シアノバクテリアの造形
    無限にくり返される風景/ストロマトライトの息づく被膜/地球の生命史の長さを見直す/内部共生という飛躍/地球に酸素を/原生代の生き残り「海苔」/食べるもの、食べられるもの/菌類の起源/オゾン層をもつくり出す
  • 第4章 熱水泉での暮らし
    プレートがぶつかり合う場所/あらゆる地熱現象/三つのドメイン/35億年の縮図/深海のオアシス/動物の消化器という新天地
  • 第5章 ホネのないやつ
    栄養豊富な干潟/新参者と共存する腕足動物/多様な軟体動物/中生代の動物が入植した海苔/相称形をとらない海綿動物/クラゲとサンゴ
  • 第6章 大地を緑に
    上陸に必要ないくつかの構造/日陰の主役たち/天目山のイチョウ/恐竜時代の頑丈な植物/ゴンドワナ遺産の植物たち/砂漠に居座るウェルウィッチア/花咲く世界へ
  • 第7章 ホネのあるやつ
    肺呼吸する魚/ひれから肢へ/古い言語が生き残っている国/顎の発明/陸生動物の試作品/ゆっくり生きるムカシトカゲ/大量絶滅期をくぐり抜けた爬虫類たち
  • 第8章 保温性を手に入れる
    卵を産む哺乳類/ハリモグラとカモノハシ/霊長類の枝の根本/燃料を積んで空へ飛び立つ/陸に戻った鳥たち/現生鳥類への道のり
  • 第9章 島と氷
    マリョルカ島のサンバガエル/巨大なオタマジャクシ/孤島の進化の脆弱さ/北極圏という孤島/氷期を生き延びた大型動物/気候変動かヒトの干渉か/アメリカバイソンと微生物
  • 第10章 困難をくぐり抜けて生き残る
    生き残るための秘訣はあるのか/地質時代のハードル/重要なのは生息地の存続/時の避難所/資質について考える
  • エピローグ
  • 謝辞/用語解説/訳者あとがき/図版クレジット一覧/参考文献/事項索引/生物名索引

【感想は?】

 そう、本書全体を通してのテーマはある。

 大昔から現在までしぶとく生き残り、「生きた化石」と言われる生物がいる。最も有名なのはシーラカンスだろう。肺魚やカモノハシなど、系統樹の境界にいる生物もよく知られている。身近な所では、イチョウやシアノバクテリア、そしてゴキブリも登場する。

 ちなみにシアノバクテリアって何かというと、藍藻(→Wikipedia)。庭やベランダに水を入れたコップを放置すると、水が緑色に濁るよね。あの緑色のヤツがシアノバクテリア。原核生物のクセに光合成する生意気な奴。

 ばかりか、太古の無酸素状態の地球に酸素で満たし、巨大な鉄鉱床を作った(→Wikipedia)、小さいけど凄い奴…と思っていたが、地球を酸素で満たす過程は、それほど単純じゃないらしい。

 とかを描いているのが、「第3章 シアノバクテリアの造形」。ここで主役を務めるストロマトライト(→Wikipedia)も変な奴。海岸にある岩にしか見えないんだけど、れっきとした生物のコロニーだ。水に入れて光を当てると、泡を出す。なんと光合成してるのだ。

 など、各章に出演する生物たちのキャラが濃すぎて、読んでる最中はテーマをつい忘れてしまう。

 先のストロマトライトもそうなんだが、SFやファンタジイを書く際に、印象的なシーンのヒントになりそうな場面にも事欠かない。

 例えば最初の「第1章 カブトガニと三葉虫」は、砂浜にカブトガニの大群が押し寄せるシーンで始まる。夜の砂浜には、カチカチという音が響く。ギッシリと群れた彼らの甲羅がぶつかり合う音である。彼らは命がけで卵を産みにきたのだ。

 こういう、あたり一面を埋め尽くす○○なんて描写は、SF者の妄想マシーンを刺激してやまない。しかも目的が生殖だ。梶尾真治ならどう料理するんだろう…とか考え出すと、キリがない。やはり物語好きには、「そうだったのか!」なネタもある。先の「第3章 シアノバクテリアの造形」だと…。

海苔は海水中のヨウ素を多くとりこんでしまうため、暑い日には揮発性元素が蒸発し、それが大気中で水滴になるのが海霧だということがこれまでに確認されている。
  ――第3章 シアノバクテリアの造形

 海苔とあるが、つまりは海藻だ。私が連想したのは「あゝ伊号潜水艦」の、巨大昆布に覆われたベーリング海で、濃霧に包まれる所。海洋冒険物語が好きな人なら、艦が濃霧のサルガッソで立ち往生する場面を思い浮かべるだろう。あの濃霧は、コンブが作り出したのか!

 が、逆に、SF者に水を差すフレーズも。

 なぜオーストラリアやニュージーランドにカモノハシやハリモグラなどの固有種が多いのか、というと、大陸から海で隔てられていたから。だもんで、大陸からネズミやネコが侵入してくると、彼らは易々とエジキになってしまう。こういうのは、経過が決まってて…

広大な本土で進化した生き物と出会ったとき、島の固有種はかならず負ける。別の言い方をしてみよう。最初に小さな島で進化した種が、その後に近くの本土に入植して大繁栄し、在来種を駆逐したという例を、私は一つも見つけられない。
  ――第8章 保温性を手に入れる

 じゃ、マタンゴはナシか。南洋の無人島で拾った小動物が大繁殖して人類ピンチ!は定番パターンなのに。そういえば、キング・コングも殺されたなあ←違う。

 とか、物語好きの血が騒ぐのは、出演者のキャラが濃いってだけじゃない。時間的なスケールでも、何かと妄想の種をワンサカと仕込んでいるからだ。例えば、恐竜物の映画は、たいていシダやソテツが生い茂っている。植物相が今とは違うのだ。しかし…

中新世以降は、頭頂部が食われても根元からひっきりなしに再生する草が平原を覆い、偶蹄類の草食動物や反芻動物の命を支えた。
  ――第6章 大地を緑に

 WIkipedia の植物の進化で確認すると、「最も新しく登場した大きなグループはイネ科の草で、およそ4000万年前の第三紀中期から重要な存在になってきた」とある。恐竜退場後にスポットを浴びた、意外と新参者なのだ。これがあったから、人類はイネ・ムギ・トウモロコシなどの農耕を始められた。

 ばかりでなく、ウシやブタやヒツジなど、後に家畜となる動物たちも、草に支えられている。とすると、イネ科の植物がない異星の生態はどうなるんだろう、とか考え出すと、なかなか眠れそうにない。これにゴンドワナ大陸とかの地形の影響も絡むと…

 など、個々のエピソードはSF者の妄想癖を煽りまくる。お陰で読んでる途中は「あれ、これ、何の本だっけ?」と、完全に主題を忘れてしまう始末。最後の章で主題に戻るんだが、その頃にはアクの強いキャラたちの印象が強すぎて、「そういえばそういう本だった」と、主題はどうでもよくなってたり。

 なにはともあれ、変な生き物や変わった風景が好きな人には、刺激的な場面が次々と出てくる、そんな本だ。

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2017年12月27日 (水)

ジェニファー・アッカーマン「からだの一日 あなたの24時間を医学・科学で輪切りにする」早川書房 鍛原多恵子訳

本書はあなたの身体に関する新しい科学的知見にかかわるものであり、1日24時間のうちに体内で起きる複雑で興味深い出来事を多数見ていこうとするものである。
  ――プロローグ

私たちは五感をとおして1秒につき数千万ビットの情報を取り入れているけれども、意識が処理できるのはわずかに7~40ビットに限られている。
  ――第3章 機知

(空腹感を司る)ホルモンレベルは食事前にほぼ80%急上昇し、胃が空っぽになる食事前にピークを迎え、食後一時間すると最低レベルまで降下する。
  ――第4章 正午きっかり

秒速1.8m超、つまり時速4.8kmの速度での歩行がもっとも効率がいいそうだ。筋肉がこの歩調で歩くときの歩幅と歩数でもっともよく動くというのが一つの理由だ。
  ――第5章 ランチのあと

昼寝することによって、その後の注意力、気分、俊敏性、生産性が上がるとする研究は山積している。
  ――第6章 居眠りの国

あなたの肉体は一日のやや遅い時間に最高の状態になる。(略)手と背骨は一日の早いい時間と比べて約6%強靭になっている。
  ――第8章 運動する

一般的にいって、筋肉痛は激しい運動の24~48時間後にピークを迎える。
  ――第8章 運動する

「疲れるのは脳で、体ではないのよ」
  ――第8章 運動する

消化管内壁の細胞は夜に比べて昼には23倍の速さで増殖する
  ――第11章 夜風

【どんな本?】

 時差ボケを経験した人は見に染みてわかるだろうが、私たちの体には24時間のリズムがある。なら、勉強に適した時間や運動に適した時間もあるんだろうか? 

 世の中には朝型の人と夜型の人がいる。同じように食べても、太る人と太らない人がいる。悲観的な人と楽観的な人がいる。これは何が違うんだろうか?

  目覚めのとき。音楽を聴くとき。歩くとき。驚いたとき。あくびが出るとき。疲れたとき。恋に落ちたとき。眠るとき。食事のとき。そして消化のとき。私たちの体には、何か起きているんだろうか。

 著者は「かぜの科学」でも体当たり取材に挑んだ突撃型サイエンス・ライター。現代科学が解き明かした私たちの体の謎を、抜群の行動力によって世界中の医学者・科学者に取材し、時には自ら被検体となってかき集め、親しみやすく紹介する、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Sex Sleep Eat Drink Dream : A Day in the Life of Your Body, by Jennifer Ackerman, 2007。日本語版は2009年10月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約330頁に加え、訳者あとがき5頁。9.5ポイント43字×16行×330頁=約227,040字、400字詰め原稿用紙で約568枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ときおり脳の部位やホルモンや化学物質の名前が出てくるが、「そういうモノ」ぐらいに思っていれば充分に楽しめる。国語が得意なら、中学生でも読めるだろう。

 ちなみに原題 Sex Sleep Eat Drink Dream は King Crimson の曲(→Youtube)。アルバム Thrak 収録。そういう趣味だったのね。

【構成は?】

 プロローグと第1章は、本書全体の基礎となる事が書いてあるので、最初に読もう。以降の各章はほぼ独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

プロローグ

 第1章 目覚め
 第2章 外界をさぐる
 第3章 機知

 第4章 正午きっかり
 第5章 ランチのあと

午後
 第6章 居眠りの国
 第7章 緊張感
 第8章 運動する
夕暮れ
 第9章 パーティーの顔


 第10章 魅せられて
 第11章 夜風
 第12章 眠り
 第13章 狼の時刻
謝辞/訳者あとがき/原注

【感想は?】

 誰だって何が一番気になるかは決まっている。自分の事だ。だから、この本は面白い。だって、この本は、私の、そしてあなたの体の事を書いているんだから。

 とはいえ、同じ体のことでも、人によって気になる点は違う。

 受験生なら、もの憶えのいい時間を知りたいだろう。体重が気になる人は、運動と食べ物と消化関係。寝つきが悪い人は、睡眠関係。スポーツ好きな人なら、筋力がつきやすいトレーニング方法。そして、誰もが気になるのが、モテる方法だ。安心していい。みんな、役立つ事が書いてある。

 例えば勉強に向く時間だ。

注意力、記憶力、明確に思考し学習する能力は、1日のあいだで15~30%変動するという研究がある。たいていの人は目覚めてから2時間半から4時間のあいだがいちばん頭が冴えている。
  ――第3章 機知

 そんなわけで、午前中に集中して学ぶといい。ヒトの体には、一日のリズムがあるのだ。

体温は1日のうちに2度近く変動する。早朝のおよそ36度1分という体温に始まり(つまり朝いちばんに測った体温が37度なら、あなたは微熱がある)、午後遅くか夕刻早くにはおよそ37度2分あるいは37度8分まで上昇するのだ。
  ――第1章 目覚め

 このリズムを巧く使えば、色々と役に立つ。ただし、試験の日は寝坊厳禁だ。1950年代、米空軍は駐機中の戦闘機のコクピットにパイロットを眠らせ、いつでも離陸できるようにした。これが大失敗。叩き起こされた直後のパイロットは寝ぼけているため、事故が続出した。

 睡眠については他にもあって、終盤では睡眠不足の恐ろしさを繰り返し警告してたり。現在、バスの運転手は人手不足を超過勤務でカバーしているらしいが、これはとても恐ろしい事なのだと、つくづく感じる次第。

 さて。私は付箋をつけながら読んでいる。読み終えて改めて「どこに付箋がついているか」を眺めると、食事と消化が最も多く、次に睡眠関係だった。本能に忠実に生きてるなあ。

 私は温かい食べ物が好きだ。夏でもコーヒーはホットで飲む。これにも、ちゃんと理由があった。

温度も味覚に関係している。食べ物を温めると、甘さや苦みが増す(コーヒーがおいしく感じられるもう一つの理由である)。実際、舌の温度を変える(上げたり下げたりする)だけで、50%の人が味を感じる。
  ――第2章 外界をさぐる

 温かい方が、より味を強く感じるのだ。逆に、アイスコーヒーは、より濃くする必要があるんだろう。甘い物が好きだけど太りたくないなら、ホット派に鞍替えしよう。加えて、朝ご飯はガッチリ食べた方がいい。

毎日一度、朝食に2000キロカロリーの食事を摂ったとすると、体重は減るかもしれない。ところが、同じ量を夕食に摂れば、おそらく体重が増えるだろう。
  ――第5章 ランチのあと

 これも一日の体のリズムが原因だ。

 また、睡眠不足もダイエットの敵。寝足りないと、食事の量が増える。また、脂っこいものが欲しくなる。あなたも経験あるでしょ? だけでなく、体に脂肪がつきやすくなってしまうのだ。がび~ん。悲しい事に、太りやすい体質ってのも、ある。これは遺伝子いだけじゃない。なぜって…

「健全な人体を構成するすべての細胞の中で、99%以上が皮膚や腹部などに暮らす微生物なのだ」
  ――第5章 ランチのあと

 この体内、特に腸内の微生物がクセ者。

バクテロイデス・テタイオタオミクロンのような細菌がいなければ、炭水化物はカロリーの源になることもなく、ただ私たちの体内を通過してしまっていたことだろう。
  ――第5章 ランチのあと

 彼らは消化を助けてくれる。のはいいが、この腸内微生物の構成が、人により違う。太りやすい人は、消化を助ける微生物を沢山飼っているらしい。余計なことをしやがって。

 なんていう悩みやストレスも、少しなら役に立つ。

ストレスそのものは体にいいのだという。ただし、短い時間であれば、という条件つきである。
  ――第7章 緊張感

 驚いた時、筋肉が緊張して呼吸が荒くなり脈も増える。体が戦闘状態に入るわけだ。いわゆる「火事場の馬鹿力」ですね。ホラーやジェットコースターなど、恐怖やスリルを「楽しむ」娯楽があるのは、このためなんだろうか。

 ただし、長い期間に渡り続くストレスは「選択を誤りがち」になる。パワハラ上司やカルト宗教の洗脳は、こういう体の働きを悪用してるのかも。

 悪用って程でもないが、モテるコツも載っていて、例えばカレシに自撮り写真を渡すなら…

 と、役に立つ事から野次馬根性で楽しめるネタまで幅広く扱っていて、読んでいて飽きない。半面、あまりに身近過ぎて考え込んでしまう話も多い。文章は読みやすく内容も分かりやすいが、読み通すのには意外と時間がかかる本だった。

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2017年12月 4日 (月)

ジーナ・コラータ編「ニューヨークタイムズの数学 数と式にまつわる、110の物語」WAVE出版 坂井公監修 2

たとえ統計的に見て実際にパターンが存在しないとしても、人間の脳はパターンを探してしまうようにできている
  ――第2章 統計学、偶然の一致、驚くべき真実
     こんなことありうる? 関節炎の痛みに天気は関係ない?

問題は、一般的に言って、数学者が物理学者に100年先んじていることなのです。
  ――第3章 広く知られた問題の数々:解決済みの問題と未解決の問題
     〔科学質問箱〕ポアンカレの予想

構造は目に見えません。
  ――第3章 広く知られた問題の数々:解決済みの問題と未解決の問題
     無秩序に見える流れの中に秩序を見つける

カタストロフィー理論はあまりにも曖昧で具体性に欠き過ぎるために役に立たないという非難に対し、ジーマン博士はこう問い返しました。「それでは数字はどうなのだ。1、2、3、それから?具体性に欠き、曖昧でもあるが、役に立たないなどと言い切れるのか?」
  ――第4章 カオス、カタストロフィー、ランダムネス
     専門家が災害の予測について議論する

古典的な幾何学の形は、線、面、円、球、三角形、錐です。
  ――第4章 カオス、カタストロフィー、ランダムネス
     新たな幾何学を作った人

乱数発生器はすべてのコンピューターに実装されています。現在用いられているどの発生器にも何らかの欠点があります。
  ――第4章 カオス、カタストロフィー、ランダムネス
     本当のランダムネスに対する探究が、ついに成功する

(グレース・マレー・)ホッパー准将の話によると、はじめてのバグは実際に蛾だったのです。
  ――第6章 数学の世界に登場したコンピューター
     准将グレイス・M・ホッパー:コンピューターに革新をもたらし85歳でこの世を去る

「自分にはできないということだけを理由に、何かを難しいと決めてかかってはならない。自民には見えないが鼻先に簡単な解決法があるかもしれないのだ」
  ――第6章 数学の世界に登場したコンピューター
     ソヴィエトの発見が数学世界を攪乱させる

「印刷機は科学革命を起こさなかった。でも、印刷機なしでは科学革命は起こらなかっただろう」
  ――第6章 数学の世界に登場したコンピューター
     ステップ1:不可解な証明を投稿する ステップ2:騒ぎを見守る

 ジーナ・コラータ編「ニューヨークタイムズの数学 数と式にまつわる、110の物語」WAVE出版 坂井公監修 1 から続く。

【何の関係が?】

 と驚いたのが、「第2章 統計学、偶然の一致、驚くべき真実  ゲーム理論は、イランがいつ爆弾を手に入れるかを予測できるのか?」での、ブルース・ブエノ・デ・メスキータの登場。

 あの衝撃の書「独裁者のためのハンドブック」の著者だ。なんと彼は、権力者たちの椅子取りゲームをスプレッドシート(Excel みたいな表計算)に落とし込み、「CIAの分析官による予測よりも2倍の頻度で“大当たりした”」のだ。

 もちろん、表計算に入れるデータは必要だ。それは依頼者から手に入れる場合もあるが、彼自身が自ら取材してデータを集める時もある。その取材能力を高く評価する人もいるのだが、本人は「インタビューは誰にでもできますよ」。

 でも謙遜しているわけじゃないらしいのが、彼の面白い所。たまにいるよね、能力と評価基準がズレちゃってる人って。

【応用問題】

 確率はややこしい。とはいえ問題が数式の形で出れば、数学が得意な人は正確な解を出せる。が、モンティ・ホール問題のように、文章で問われると、専門家でも間違える時がある。そして、裁判で確率が重要な時、ソレは文章の形で問われる。

 「第2章 統計学、偶然の一致、驚くべき真実  見込みに賭ける」では、O・J・シンプソン事件の例が出てくる。被告シンプソンはしょっちゅう被害者の妻を虐待していた。これに対し弁護側は、こう語る。「アメリカじで夫に虐待される妻は、年に400万人いる。けど殺される妻は2500人に1人だ(意訳)」。

 だが、検察側は、こう返すべきだった、と指摘している。「虐待され、かつ殺された女のうち、虐待犯が殺人犯だったのはどれぐらいか?」答えはなんと90%。

 間違いは計算で起こるんじゃない。何を問うかが大切らしい。

【とはいえ…】

 数学の問題は、そもそも何を問うているのかすらわからないモノがある。

 リーマン予想とかは Wikipedia を見るとグラフがあるんで一瞬わかりやすそうに思えるんだが、説明に出てくるリーマンゼータ関数(→Wikipedia)で挫折したり。

 理由の一つに、数学はやたら小難しい言葉で語ってるから、ってのがある。これを親しみやすい言葉で言い換えてくれるのが、この手の本の嬉しい所。とはいっても、大抵はわかってるわけじゃなく、わかった気分になるってだけなんだけど。

 「第3章 広く知られた問題の数々:解決済みの問題と未解決の問題  捉えどころのない人物による捉えどころのない証明」では、ポアンカレ予想(→Wikipedia)を説明して曰く、幾何学の世界では「穴のないものは球でなければならない」。

 なるほど。問題は分かった…気がする。が、しかし。

 その証明がなぜ難しいのか、なぜ証明をせにゃならんのかが、私にはわからないのであった。だって、幾何学の世界じゃ、穴のない三次元のシロモノは、球として扱っていいんじゃなかったっけ?

【歴史】

 この本、個々のコラムは独立している。が中には、一つのテーマを追って時系列順に並べた所がある。これが、20世紀の歴史を感じさせて、なかなか趣が深い。

 3章「第3章 広く知られた問題の数々:解決済みの問題と未解決の問題 」では、先のポアンカレ予想・四色問題・フェルマーの最終定理がソレ。新聞の切り抜きを集めたような雰囲気で、ちょっとエキサイティングな気分になる。

 4章「第4章 カオス、カタストロフィー、ランダムネス 」は、ほとんどカオス理論の歴史といった感じ。「雲をそのように描くのかどうしても知りたい」なんて台詞が出てきて、CGに詳しい人はニヤリとするだろう。「カークウッドの間隙」(→Wikipedia)とかも、カオスに関係してるとは知らなかった。

 特にニュース的な色合いが強いのが、「第5章 暗号学と、絶対に破れない暗号の出現 」。ここでは、オープンな文化の数学者と、やたら秘密主義な国家安全保障局(NSA)の戦いを、1977年から順を追って綴ってゆく。

ちょっと違うけど、アップルも PowerMacG4 の広告で秘密主義を茶化してたっけ(→Youtube)。当時の基準じゃ PowerMacG4 の演算能力がパワフルすぎて、アメリカの輸出規制にひっかかったのだ。

 数ある学問の世界でも、数学者は飛びぬけてフリーダムだから、NSAも手を焼いただろうなあ。「太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで」でも、合衆国海軍内の暗号解読部隊の話があって、やはり軍内部でも異彩を放っていた様子。

 そんな「歴史を体験する感覚」が最も強いのが、「第6章 数学の世界に登場したコンピューター 」。ここでは、なんと1927年のヴァネヴァ・ブッシュ(→Wikipedia)のアナログ・コンピューターであるプロダクト・インテグラフ(→Wikipedia)から、コンピューターの歴史をニュースで追ってゆく。

 にしてもパンチカード(→Wikipedia)が1801年からあるとは知らなかった。磁気コアとか磁気ドラムとか ALGOL とか、懐かしい名前が続々と出てくるのもオジサンには嬉しい。画像圧縮技術に、意外な人たちが熱いまなざしを送ってたり。

【おわりに】

 数学というと堅苦しい印象があるし、この本でも少しは堅苦しい部分はある。けど、大半は親しみやすい言葉で書かれているし、何より嬉しいのは各コラムが数頁と短い点。テーマもバラエティに富んでいるし、美味しそうな所だけをつまみ食いできるのもいい。

 黒い表紙のハードカバーで600頁越えと威圧感はあるが、中身は意外と読みやすい。気後れせずに、ちょっと手によって少し味見してみよう。

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2017年12月 3日 (日)

ジーナ・コラータ編「ニューヨークタイムズの数学 数と式にまつわる、110の物語」WAVE出版 坂井公監修 1

科学の知識は暫定的なもので絶えず修正されるのに対し、数学はたいてい永久不変のものと見なされます。
  ――第1章 数学とは何か?
     役に立つ発明か、絶対的な真理か;数学とは何か?

【どんな本?】

 ニューヨークタイムズ紙に載った、数学関係のコラムを集め、テーマごとに編集した、一般読者向け数学コラム集。

 テーマは数論・数学の歴史・数学者の横顔・フェルマーの最終定理やモンティ・ホール問題など有名な話題・コンピューターが数学界に与えた影響・カオスや暗号など流行りの数学分野、そしてコンピューターや公開鍵暗号などが引き起こした騒動の記録など、バラエティに富んでいる。

 また文章が書かれた時代も、古くは1920年代のコラムから、新しいのは21世紀までと様々な上に、コラムの長さも、短いのはたった1頁から、長いのは20頁を越えるものまでと色とりどり。

 数学というと構えてしまう人もいるが、雑学本として気軽に楽しむ本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The New York Times Book of Mathematics : More Than 100 of Writing by The Numbers, ED. by Gina Kolata, 2013。日本語版は2016年5月25日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー横一段組みで本文約650頁。9ポイント33字×30行×650頁=約643,500字、400字詰め原稿用紙で約1609枚。文庫本なら上中下の三巻ぐらいの巨大容量。

 文章はこなれている。内容は…全部を理解しようとすると、大学の数学科並みの数学力が要る。根拠は私の想像。が、楽しむだけなら、中学二年程度の数学力で充分。根拠は私。なんたって私は二次方程式の解の公式すら Google で調べにゃならん体たらくなのに、この本は楽しめたんだから。何より、数式が滅多に出てこないし。

 それより大事なのは、わからんところを読み飛ばす図太い神経。書いてある事全てがわからないと気が済まない人には向かない。特に数学者が式の意味について語る所などは、「なんかグリンゴン語を話してるな」ぐらいに軽くいなす神経が必要。

 なお、コラムの執筆陣は以下。

  • リサ・ベルキン
  • マルコム・W・ブラウン
  • ケネス・チャン
  • インフェイ・チェン
  • アン・アイゼンバーグ
  • ピーター・B・フリント
  • ジェームズ・クリック
  • ヤッシャ・フマン
  • ポール・ホフマン
  • ジョージ・ジョンソン
  • デヴィッド・ケイ・ジョンストン
  • ジーナ・コラータ
  • ウィリアム・L・ローレンス
  • ヘンリー・L・バーマン
  • ウィル・リズナー
  • スティーブ・ローア
  • ジョン・マーコフ
  • プラディープ・ムタリク
  • ジョン・A・オスムンセン
  • デニス・オーヴァーバイ
  • ジョン・アレス・バロウス
  • サラ・ロビンスン
  • ブルース・シェクター
  • リチャード・セベーロ
  • レナード・シルク
  • ジャネット・スタイツ
  • ウォルター・サリバン
  • クライブ・トンプソン
  • ジョン・ティアニー
  • ビナ・ヴェンカタマラン
  • ピーター・ウェイナー
  • ジョゼフ・ウィリアムズ

 訳者は以下四名。

  小川浩一 河野騎一郎 宮本寿代 守信人

【構成は?】

 各コラムは独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。ただし、第3章・第4章・第5章・第6章などの一部は、当時のニュースが時系列に並ぶ形なので、順に読むと世の移り変わりが分かる仕掛けになっている。

  • 序文/イントロダクション
  • 第1章 数学とは何か?
    • 役に立つ発明か、絶対的な真理か;数学とは何か?
    • でも、真理と美があれば十分なんじゃないですか?
    • コンピューターが生み出すアイデアに直面する数学者たち
    • ようやうログオンした数学者たち
    • 重要な数学の証明で、知性を持たないコンピューターが推論能力を発揮する
    • コンピューターはまだ美しい数学ができない
    • 10京回の計算の末に、分かった!
    • 統計学の不確定要素に、コンピューターの力を応用する理論家
  • 第2章 統計学、偶然の一致、驚くべき真実
    • 1兆に1つの偶然の一致? 実際はそれほどでもないことを専門家たちが突きとめる
    • より重い物体は、一番上へ移動することがある:これがその理由
    • モンティ・ホール問題の裏側:当惑、論争、そして解答?
    • 42番通りを封鎖したらどうなるかに、なぜ誰も気づかなかったか?
    • 計測不能 なぜ一部の数字はとてもよくできた推測でしかないのか
    • こんなことありうる? 関節炎の痛みに天気は関係ない?
    • 電子工学が気象についての計算を手助けする
    • 研究としての保険業 事業を代数によって計算する人々の重要性
    • レオンチェフの貢献
    • 多くの小さな出来事が積み重なって、大量絶滅が起こる可能性がある
    • 数値評価マニア
    • トランプカードをシャッフルする時は、7回が必要かつ十分
    • ゲーム理論は、イランがいつ爆弾を手に入れるかを予測できるのか?
    • リスクをモデル化するさいに、見落とされた人的要因
    • 見込みに賭ける
    • 月曜日のパズル:誕生日問題の解答
    • 遺伝子ルーレットにおけるあなたの確率はどれくらい?
    • 2000年の大統領選挙:数える事の科学
    • コンピューター・プログラムは市場を理解できるか?
    • 脱税者を見つけ出すための国税庁の新たな手段
  • 第3章 広く知られた問題の数々:解決済みの問題と未解決の問題
    • 2つの世界をつなぐ新しい数学
    • 捉えどころのない人物による捉えどころのない証明
    • 〔科学質問箱〕ポアンカレの予想
    • グレゴリー・ベルクマンの美しき精神
    • 難問を解決した数学者、賞金100万ドルを辞退
    • 解決に向かう「4色問題」
    • 4色問題の予想
    • ゴールドバッハの予想:証明される日が来るかもしれないが、それは誰にもわからない
    • 350年来の数学の問題、間もなく解決か?
    • フェルマーの定理、またも解決ならず
    • フェルマーの最終定理、いまだ解決法なし
    • 長年の数学の謎に、ようやく「解けた!」の叫び
    • フェルマーの定理
    • 数学の証明に不備、手直しが進行中
    • あれから1年、フェルマーの難問は「Q.E.D.(証明完了)」まで、まだあと一歩
    • フェルマーの証明の隙間は、いかにして埋められたのか
    • 2つの主要な数学問題、25年後に解決
    • ポーカーの数学的理論をビジネス問題に応用する
    • 古い数学問題におけるシャボン玉の新しい役割
    • 数学の進歩が結び目の秘密を暴く
    • 四面体の詰めこみ、限界に迫る
    • 無秩序に見える流れの中に秩序を見つける
    • 泡と金属、その姿を変える技術
    • 完全な対称性への科学的展望
    • いまだに数学者を駆り立てる143年来の問題
    • 今日、数学でもっとも重要な問題は何か?
    • 古くからの難問の解決:最短経路はどれ?
  • 第4章 カオス、カタストロフィー、ランダムネス
    • 新しい方程式によるカオスの定義
    • 専門家が災害の予測について議論する
    • カオスという数学の難問を解く
    • 新たな幾何学を作った人
    • 科学的な徹底探索によって、雪の結晶の謎がようやく判明する
    • カオスの物語:宙返りする衛星と不安定な小惑星
    • 一種の流体数学がことを簡単にする
    • カオスが市場を支配するとき
    • 鳥の群れの複雑さを新たに理解する
    • 壊れない波が超伝導体のカギを握る
    • 本当のランダムネスに対する探究が、ついに成功する
    • コンピューターでコイントスをすると、捕えがたい偏りが見えてくる
    • カオスの予測不可能性のため、ぼんやりとした将来を科学は横眼で眺めている
    • 疾病クラスターを調べる:証明するよりも見当をつける方がたやすい
    • そのオッズ
    • フラクタルの視点
  • 第5章 暗号学と、絶対に破れない暗号の出現
    • 暗号研究にいやがらせを受けたと主張
    • 研究者ら公開前チェックに同意へ
    • 暗号学の進歩に対し保安規定を厳格化
    • 秘密保護の新手法を発見
    • アメリカ政府の一時差し止めに怒り
    • 困難な数学問題を解決
    • 最大の割り算、数学の巨大な一歩
    • 暗号を破る数学の道具を科学者が考案
    • 攻めあぐねる暗号研究者、限界に挑戦
    • 白昼堂々と暗号論争
    • 政府の暗号機関が民間と縄張り争い
    • コンピューター暗号は解読可能と研究者が証明
    • ニック・パターソン 冷戦の暗号研究者、DNAの秘密に挑戦
    • 安全保障への脅威に数学も
    • 賞はさておきP対NP問題の余波続く
  • 第6章 数学の世界に登場したコンピューター
    • 「考える機械」が高度な数学に挑む 人間なら数カ月かかる方程式を解く
    • 新型の巨大な「脳」が魔法使いのように働く
    • 戦時の難問解決のため「脳」はスピードアップした
    • デジタルコンピューター どのように誕生したのか、どのように動き、何ができるのか
    • 長い数学の証明に見いだされたショートカット
    • 新しい技術によって、画像がより効率的に格納できる
    • 巨大コンピューターが、実質的に空間と時間を征服する
    • 准将グレイス・M・ホッパー:コンピューターに革新をもたらし85歳でこの世を去る
    • フランシス・E・ホルバートン 84歳:初期のコンピューター・プログラマ
    • アコーディオンのようにデータを押し潰す
    • 電子脳がつながる
    • ソヴィエトの発見が数学世界を攪乱させる
    • ヘルスケア論争 役に立つものを探す
    • ステップ1:不可解な証明を投稿する ステップ2:騒ぎを見守る
  • 第7章 数学者とその世界
    • 数学の最前線の旅人ポール・エルデシュ(83歳)、死す
    • ある天才数学者の素顔を求めて
    • 数学界最高の名誉を辞退
    • 〔科学者の仕事場〕ジョン・H・コンウェイ とらえがたい数学世界の達人
    • 名傍役、クロード・シャノン
    • 孤立した天才に正当な評価
    • 〔科学者の仕事場〕アンドリュー・ワイルズ 350年来の問題に挑む数学の達人
    • 〔科学者の仕事場〕レオナルド・エーデルマン コンピューター理論の核心を突く
    • 〔追悼〕数学者クルト・ゲーデル博士(71歳)
    • 天才かデタラメか? 数学変人の奇妙な世界

【感想は?】

 数学と数学者、どっちが面白いか難しい所。

 エルディシュ数の元ネタになったさすらいの数学者ポール・エルディシュ(→Wikipedia)はさすがに飛びぬけてるが、セミョン・ファイトロヴィチと、彼の仕事もおかしい。

 私たちは問題を解くためにコンピューターを使う。または自分の予想が当たってるか外れてるかを確かめるために使う。少なくとも科学者と工学者はそうだ。だがファイトロヴィチが作ったプログラムのグラフィティは逆だ。グラフィティは問題を出す。いやクイズ・ゲームでも脳トレの類でもない。

 グラフィティは、グラフ理論における「予想」(→Wikipedia)を吐き出すのだ。その大半はクズだが、たまに数学者の興味を引くものがある。それを証明してみろ、というわけ。たかが機械のくせに生意気な、と思うが…

少なくとも20人の数学者がこのプログラムの生み出した予想の証明に取り組んでいて、<グラフィティ>の予想を証明した論文は5編あることが分かっている

 というから侮れない(1989年6月現在)。もっとも、卒論のテーマが見つからず悩む学生は、「俺の専攻向けに改造してくれ」と望むかもしれない。機械に指示されて嬉しいのか?って気もするが、実際に役立ってるんだから仕方がない。

 何考えてこんなモン作ったんだろう?もしかしたら、作ってみたかったから、じゃないかな。

 などの浮世離れした話題が多い中で、確率や統計関係は、身近に感じる楽しさがある。かの有名なモンティ・ホール問題(→Wikipedia)も出てきた。今まで私はなんか納得できなかったが、この本でなんとなくわかった…気がする。説明してみろ、と言われたらムニャムニャだけど。

 何より、実験してみて確かめたってのに、説得力を感じてしまう。もっとも、実際の番組では、司会のモンティ・ホールが、参加者が間違えるよう巧みに誘導するんで、計算通りとはならないとか。

 などと面白いネタはたくさんあるので、次の記事に続きます。

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2017年11月10日 (金)

シンシア・バーネット「雨の自然誌」河出書房新社 東郷えりか訳

ブラッドベリはただ雨が好きだったのだ。
  ――プロローグ 始まり

気候はクローゼットのなかのすべての衣装で、気象は特定の日に私たちが着ている服である
  ――4章 気象観測者

(イギリスの)18世紀初頭には、(略)男性が傘を手にするのは、めめしさの究極のしるしだった。
  ――5章 雨具

洪水とは、ミシシッピ川をその本来の姿にすることだ
  ――7章 耕せば雨が降る

中国は過去10年間に56万回の雲の種まきを実施し、それによって5000億トンに近い、もしくは長江にまたがる三峡ダムの貯水量の11倍相当の雨を降らせたと主張する。
  ――8章 雨降らし人

雨が降ったあとは、南カリフォルニアのサーファーは、たとえどれだけ波がよくても、海に入らないほうがよいことを知っている。
  ――11章 都市の雨

私たちの頭上に降る雨は往々にして、人間が地上に放出したものを、ただ上から降らせているだけだ。
  ――12章 奇妙な雨

【どんな本?】

 地上にはサハラのように滅多に雨が降らない土地もあれば、インド東北部のように四六時中降っている土地もある。降りすぎれば洪水となり、降らなければ旱魃に人があえぐ。人は天気を占い、操ろうとし、川の流れを変えようとした。

 夕立、霧雨、五月雨、土砂降り。昔から人は雨に幾つもの名をつけた。他にも変わった雨がある。「黒い雨」は禍々しいが、カエルや魚が降る事件は、幾つも記録が残っている。

 地形や気候による雨のメカニズム、雨の多寡で左右される人間の悲喜劇、雨が生み出す芸術、土地計画と雨の関わり。科学・歴史・産業・芸術そして文明のあり方に至るまで、雨に関する色とりどりのテーマとエピソードを綴る、雨の事典。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RAIN : A Natural and Cultural History, by Cynthia Barnett, 2015。日本語版は2016年9月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約337頁。9ポイント46字×19行×337頁=約294,538字、400字詰め原稿用紙で約737枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。日本列島の日本海側が豪雪地帯となる理由がわかる人なら、充分に理解できるだろう。ただ、世界中の地名が多く出てくる上に、地形が重要な意味を持つので、世界地図か Google Map の地形図機能を使おう。

 ちなみにカート・コバーン、発音はコベインが近いそうです。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • プロローグ 始まり
  • 第1部 自然の雨
    • 1章 曇り、ところにより文明
    • 2章 旱魃、洪水、悪魔の仕業
    • 3章 雨乞い
  • 第2部 雨の見込み
    • 4章 気象観測者
    • 5章 雨具
  • 第3部 アメリカの雨
    • 6章 天気予報士の父
    • 7章 耕せば雨が降る
    • 8章 雨降らし人
  • 第4部 雨を捉えて
    • 9章 嵐を描く人たち
    • 10章 雨のにおい
    • 11章 都市の雨
  • 第5部 気まぐれな雨
    • 12章 奇妙な雨
    • 13章 そして予測は変革を求める
  • エピローグ 雨を待って
  • 謝辞/訳者あとがき/原註

【感想は?】

 プロローグでいきなりビックリ。雨粒の形を、私は完全に勘違いしていた。

 いや形は正しいのだ、水滴の形で。ただし上下が逆。丸い方が上で、とんがってる方が下。つまり雨は空気を切り裂いて落ちてくる。どうりで強い雨に打たれると痛いわけだ←たぶん違う

 気候は生態系を変える。湿地と砂漠で違うのは当たり前だが、生物の色も変わってくる。ジャングルの鳥と聞けば原色のカラフルな羽根を思い浮かべるが、これは雨のせいらしい。雨が降ると風景がけぶる。そこで同種の仲間を見つけるには、目立つケバい格好をした方がいい。そういう事かあ。

 雨はヒトの生理も変えた。風呂に入ると、手足の指先の皮膚にしわがよる。これ、皮膚が水を吸ってふやけるから…では、ないのだ。1930年代から、一部の医師は知っていた。腕の神経を損傷すると、しわが寄らない。ヒトの神経系が、ワザとシワを作っているのだ。なぜか。

「雨だとしわが寄るいい理由が思いつくかい?」
「雨用の溝(トレッド)とか?」
  ――1章 曇り、ところにより文明

 レーシングカーは、晴れた時は溝のないスリックタイヤを、雨だと溝のあるトレッドタイヤを使う。いずれも地面を掴みクルマが滑らないようにするためだ。指先のしわも同じ理屈らしい。だって他の部分はふやけないでしょ?

 なんて自然科学の話もあるが、もっと繊細な話もある。例えば「9章 嵐を描く人たち」。

 19世紀の詩人エミリー・ディキンソン(→Wikipedia)、秋と冬は鬱に見舞われたとか。日が差さないと気分も落ち込む病気(→Wikipedia)。これは作品にも影響してて、作品数は春と夏に多い。が、質は? どうも、傑作は秋と冬が多いとか。

 このエピソードは、質をどうやって図ったかが面白い。後年に編纂されたダイジェストやアンソロジーを漁り、選ばれた作品を、季節ごとに数えたのだ。なんでも測り方ってのはあるもんなんだなあ。

 この章では、ザ・スミスのモリッシーと、ニルヴァーナのカート・コベイン、両者の共通点へと話を繋げてゆく。マンチェスター出身のモリッシー、アバディーン出身のカート。両都市の共通点は、雨が多いこと。彼らの才能は、雨がもたらす憂鬱が育んだのだ。曰く…

創造力には絶望の季節が必要だ
  ――9章 嵐を描く人たち

 やはり雨の多い「アイスランドでは10人に一人が本を出版すると言われている」とか。締め切りを破る作家を、暗い部屋に缶詰めにするのは、理に叶っているのかも。

 なんて編集者は酷いようだが、もっと酷いのが建築家。一言で言えば…

一般的には、家とその上の屋根の外観が派手であればあるほど、雨漏りする可能性が高い。
  ――6章 天気予報士の父

 ときた。特に無茶苦茶なのが、かの有名なフランク・ロイド・ライト。彼の「作品」は雨漏りで有名で、落水荘(→Wikipedia)も「水漏れやくすみ、コンクリートの破損に年中苛まされている」。

 ライトの従弟のリチャード・ロイド・ジョーンズ・シニアが頼んだウエストホープ邸も雨漏りが酷く、フランクに電話したところ…

ジョーンズ「俺の机に雨漏りしてるぞ!」
ライト「なぜ机を移動させないんだ?」
  ――6章 天気予報士の父

 なんちゅうやっちゃw

 なんて無茶な話もあれば、気候変動が文明の興亡を左右した話、天気予報黎明期の開拓者たちの努力、ムスリムがインドの香水を好む理由、和傘の意外な最盛期、都市と雨の関係など、話題は大小色とりどり。科学・歴史・地理・社会問題と、多くの分野にまたがる、バラエティに富むネタを集めた本だ。

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2017年10月10日 (火)

Chris Lefteri「『モノ』はどのようにつくられているのか? プロダクトデザインのプロセス事典」オライリー・ジャパン 田中浩也監訳 水原文訳

自分たちの身の回りにある、当たり前のものたちが、どのようにしてつくられてきたのかを、改めて知りたい、分かりたいと思う「すべての人たち」に対して、本書は開かれているのである。
  ――序文 「ものの読み書き」に向けて 田中浩也

ベニヤ板を木目が交差するように積層して行くプロセスは、古代エジプト人によって発明された。
  ――5.固化 木材注気加工

材料の種類によって異なるが、±0.005mmの精度が可能。
  ――6.複雑 セラミック射出成型(CIM)

【どんな本?】

 スーパーのレジ袋,アルミ缶のプルタブ,セラミック包丁,ガラスの灰皿。私たちの身の回りには、様々な素材でできた、様々な形の様々なモノがある。それぞれのモノについて、私たちは使い方は知っているが、それがどう作られているかは、ほとんど知らない。

 それらのモノは、どんな技術を使って作られているのか。その技術には、どんな特徴があって、どんな素材に向いて、どんな制限があるのか。費用はどれぐらいかかり、何個ぐらいを作るのに向くのか。どれぐらいの大きさのモノに仕えるのか。

 日頃から使ってるコーヒカップやパソコンのキーボードなど身近なモノから、航空機のジェットエンジンや医療用インプラントなど特殊なモノまで。手吹きガラスや釉薬がけなど歴史のある技術から、3Dプリンタや特殊な物質を駆使した最新の技法まで。数十万個の大量生産向きの原理から、一つを作るのに数日かかる手法まで。

 モノを加工するためのあらゆる技法を網羅した、モノづくりの事典。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Making It : Manufacturing Techniques for Product Design 2nd Edition, by Chris Lefteri, 2012。日本語版は2014年5月26日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー横2段組みで約287頁。8ポイント20字×39行×2段×287頁=約447,720字、400字詰め原稿用紙で約1,120枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。ただしイラストや写真が紙面の3~5割。

 文章は直訳っぽい。またダイ(→日本語表現辞典Weblio辞書)・キャビティ(→日本語表現辞典Weblio辞書)・アンダーカット(→株式会社リッチェル)など加工に関する基礎用語や、熱硬化性プラスチック(→日本語表現辞典Weblio辞書)・アラミド(→Wikipedia)など素材名もよく出てくる。

 要は O'Reilly 文体。慣れている人は「またか」で済むが、慣れない人にはとっつきにくい。

 意外な事に、紹介される技法の多くは、料理で使う調理法と似ているものが多い。特にお菓子作りが好きな人は、「クッキーの型抜きね」で分かったりする。

【構成は?】

 「1.個体の切断」~「8.仕上げテクニック」の各章は、具体的な加工法を紹介する3~4頁の節からなる。例えば「5.固化」は、「焼結」や「鍛造」など、12の節を含む。ほぼ事典に近い構成なので、興味がある節だけを拾い読みしてもいい。

 序文(田中浩也)/はじめに/プロセスの比較
1.個体の切断
2.シート
3.連続体
4.薄肉・中空
5.固化
6.複雑
7.多様なデジタル・ファブリケーション
8.仕上げテクニック
 用語解説/索引

 なお、各節は、次の項目を含む。

  • その加工法の説明
  • その加工法で作った製品の紹介。写真・製造業者・特徴など。
  • 製造ボリューム:何個ぐらいを作るのに適しているか。
  • 単価と設備投資:ポリ袋の単価は安いけど大掛かりな機械が要る。手吹きガラスを職人に頼めば単価は張るけど設備投資は要らない。そういう話。
  • スピード:その工程に何秒~何時間かかるか。
  • 面肌:表面がツルツルかガタガタか。
  • 形状の種類・複雑さ:アンダーカットや非対称などの可否
  • スケール:作れる製品の大きさ
  • 寸法精度:誤差が製品にどれぐらい出るか
  • 関連する材料:どんな材料に向くか
  • 典型的な製品:この加工法を使って、どんなモノを作っているか
  • 同様の技法:似た方法
  • 持続可能性:エネルギー使用量、廃棄物の多寡や有毒性の有無など。
  • さらに詳しい情報:主にインターネット上の情報源

【感想は?】

 「ゼロからトースターを作ってみた結果」の解答編および続編。

 家電量販店で買えば500円ほどのトースターを、ゼロから自分で作ったら15万円もかかった。しかも、出来上がりは出来損ないのゾンビみたいな悲惨なシロモノ。

 なんでそうなるのか、あの本じゃ解は示していない。まあ、だいたい想像はつくけど。その想像を、微に入り細に渡り描いてくれるのが、この本だ。その理由を、最も端的に示しているのは、「3.連続体」の「吹き込みフィルム」だろう。

 この技法の「典型的な製品」は、スーパーのレジ袋。今は有料のスーパーもあるが、コンビニや昔のスーパーは無料だった。それぐらい安上がりなモノだ。だが、ゼロから作ろうとすると、とんでもなく高くつく。工場を一個建てるようなもんだからだ。これがイラスト一発で分かるのは嬉しい。

 こういった現代の産業社会を象徴する技法が中心だが、伝統的な手法もアチコチに顔を出す。例えば鍛造。手口としては、ご飯を型に入れておにぎりにするのと同じ。ただし材料はご飯じゃなくて金属の塊だ。これの「典型的な製品」が、日本刀から航空機のエンジンまでと、実に幅広い。

 同様に型に入れて固めるんだが、粉末を使うのがコールドアイソスタティック成型(CIP)。金属やセラミックの粉を、ゴム製の型に入れる。で、例えばウェットバッグだと、型ごと水に入れ、その水に高い圧力をかける。すると粉が固まり、一つのモノになる。

 この手法の嬉しい点は、全方向に均一な圧がかかること。出来上がりの表面は、意外となめらか。なんたって、「CIPで製造される最もありふれた製品はスパークプラグ」のアルミナ(碍子、→デンソー)だ。

 やはり伝統と工業技術の組み合わせで面白いのが、合板曲げ加工。普通の木材を割らずに曲げるのは難しい。が、紙のように薄ければ、割らずに曲げることもできる。ってんで、紙のように薄い板と接着剤を何層ものサンドイッチにして重ね、曲げれば、立体的なフォルムが作れる。

 木材でも、かなり自由な形が作れるのだ。凄え…と思ってたら、「2つの世界大戦の間には、航空機のフレームが曲げ加工された合板から作られていた」。それなりに歴史ある手法なのね。

 などと、「おお、そうだったのか!」な驚きは他にもあって。例えば瀬戸物。あれ、だいたいはスベスベなのに、底だけはザラザラしてる。あれ、なんのことはない、釉薬がけの都合だった。

 粘土を焼いただけの素焼きは、小さな穴がたくさん開いてるんで、水が漏れちゃう。それを防ぐのが釉薬。炉の中で溶けてガラスになり、素焼きの穴をふさぐ。ただし、炉と接する底に釉薬をつけると、瀬戸物が炉にくっつく。だから、底には釉薬をつけず、よって底は素焼きのザラザラのまま。

 とかの伝統的な手法に対し、最新の手法は、軽くて丈夫なモノが作れるのが嬉しい。例えば選択的レーザー焼結。一種の3Dプリンタを使う方法。

 器に金属粉を入れ、平らにならす。その表面にCAD制御のレーザーを当てる。当たった所は溶けて固まる。再び表面に金属粉を撒き、平らにならし、表面にレーザーを当てて溶かし…と繰り返す。すると、針金を組みあわせたように、骨組みだけでスカスカのモノができる。

 ただ、今のところ、精度は高いんだけど、あまし大きなモノは作れないらしい。きっと航空機産業も研究してるんだろうなあ。

 もっと身近な「軽くて丈夫」は、中空成形。PETボトル製造で使われる方法(→東洋製罐株式会社)。で、まさしくPETを使って、椅子を作った会社がある。Magis Sparkling Chair(→Magis Japan)。なんといっても、軽いってのは魅力だよなあ。

 より未来的な雰囲気なのが、自己修復性被膜。正体は透明なポリウレタンで、例えば自動車のボディの表面に塗る。ボディに引っかき傷がついたら、車を日なたに置いとけばいい。ろうが熱に溶けるように、被膜が日光で溶けて傷を埋めてしまう。まるきし∀ガンダムのナノスキンだ。

 とかの妄想のネタとしても面白いし、自分で何かを作る際のヒントにしてもいい。製造業に勤める知人にこの本を見せたら、食い入るように眺めていたので、プロにも役立つ本らしい。文章は硬いが、イラストでの説明が多いので、素人でもけっこう頭に入ってくる。色々な読み方ができる本だ。

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2017年9月17日 (日)

ギルバート・ウォルドバウアー「食べられないために 逃げる虫、だます虫、戦う虫」みすず書房 中里京子訳

陸地と淡水にすむ肉食動物にとり、昆虫は抜きん出て豊富に存在する動物性食物源だ。
  ――プロローグ

昆虫は、優秀な生化学者だ。
  ――第八章 身を守るための武器と警告シグナル

【どんな本?】

 昆虫は、あらゆる所にいる。しかもたくさん。単位面積あたりの総重量でも、昆虫がトップを占める。それだけに、昆虫は他の生物の重要な食料でもある。植物から肉食動物に至る食物連鎖でも、植物と他の生物をつなぐ役割を担っている。

 とはいえ、昆虫も黙って食われるわけにはいかない。群れ、隠れ、逃げ、騙し、脅し、刺し、毒を盛り、食べられないために様々な工夫を凝らす。食べる方も必死だ。餌で釣り、罠を仕掛け、他の生き物を利用する。

 食う者と食われる者の不思議で巧みな戦略を紹介しながら、生き物たちの驚きに満ちた生態を語り、生物学の面白さを伝える、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How Not to Be Eaten : The Insects Fight Back, by Gilbert Waldbauer, 2012。日本語版は2013年7月23日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約259頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×259頁=約209,790字、400字詰め原稿用紙で約525枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。虫に抵抗がなければ、中学生でも楽しめるだろう。ただ、馴染みのない虫や鳥が続々と出てくるので、その度に Google などで調べていると、なかなか先に進めない。特に擬態のあたりは要注意。唖然としてそのままネットの海に入り込む危険が高い。

【構成は?】

 一応、頭から順に読む構成になっている。が、面白エピソードを並べる形で話が進むので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • プロローグ
  • 謝辞
  • 第一章 生命の網をつむぐ昆虫
  • 第二章 虫を食べるものたち
  • 第三章 逃げる虫、隠れる虫
  • 第四章 姿を見せたまま隠れる
  • 第五章 鳥の糞への擬態、さまざまな偽装
  • 第六章 フラッシュカラーと目玉模様
  • 第七章 数にまぎれて身を守る
  • 第八章 身を守るための武器と警告シグナル
  • 第九章 捕食者の反撃
  • 第十章 相手をだまして身を守る
  • エピローグ
  •  訳者あとがき/主な引用文献/索引

【感想は?】

 そう、一応は一つの流れがあるのだが、あまり気にしなくていい。

 この本の面白い所は、次々と紹介される昆虫やそれを食べる捕食者たちの生態だ。テレビの自然ドキュメンタリーを楽しむ気分で、気楽に読もう。

 いきなり「そうだったのか!」と気づかされたのは、蝶や蛾の鱗粉。単なる模様かと思っていたが、とんでもない。生き延びるための工夫だった。ネバネバするクモの巣に捕まっても、鱗粉がはがれるだけで、本体は逃げおおせることができる。そういう意味があったのか。

 農家にとってイモムシは敵かと思ったが、そうでないイモムシもいる。カイガラムシ類を食べるイモムシだっているのだ。二万五千種のうち50種だけだけど。もっとも、実際に生物農薬として使われるのは、テントウムシが多いようだ。

 やはり知らなかったのが、蚊柱。いかにも刺されそうだが、あれオスだけの群れなのね。だから刺さない。あまりビビる必要はなかったのか。そうやって群れていれば、鳥やトンボが襲ってきても、群れの外側にいるはぐれ者が食われるだけで、他の者は食われずに済む。群れには意味があるんだなあ。

 かと思えば、化学兵器で反撃する者もいる。今の日本で話題のヒアリも出てくるが、ホソクビゴミムシ(俗称ヘッピリムシ)も凄い。なんと摂氏100℃の液体を尻から噴射するのだ。

 彼らの腹には燃料タンクが二つあって、それぞれ過酸化水素水とヒドロキノンが入ってる。この二つを混ぜて高熱のベンゾキノンを作り、噴射管から発射する…って、まるきしロケット・エンジンだね。

 などと強力な化学兵器を持つ昆虫は、ヒトにも生物・化学兵器として利用されたり。なんと古代ギリシアからローマ帝国の時代にまで遡れるというから、業が深い。つまりはミツバチの巣を投石器で敵の城に投げ込むのだ。怒ったミツバチは周囲のヒトを刺しまくり…。ひええ。

 とはいえ、食う方も黙ってやられちゃいない。ゴミムシダマシも似たような手を使うが、バッタネズミは一枚上手だ。捕まえたゴミムシダマシの腹を砂の中に埋め、「分泌物を無駄に砂の中に噴射させてしまう」。インスタント泥抜きかい。その上で頭から食べ、邪魔な「腹部先端は食べ残す」。賢いなあ。

 毒抜きには他の手もある。

 バッタの一種ラバー・グラスホッパーは、食われそうになると臭い泡を胸から出す。お陰で多くの鳥やカエルは逃げ出すが、勇者もいる。アメリイカオオモズだ。捕まえた「バッタをイバラのトゲに刺し、一~二日経って、バッタの化学的防御物質の一部が分解してから食べる」。モズのはやにえは、天日干しの毒抜きって意味があるのかも。

 とかの虫や鳥の生態は面白いが、それを追う人間の生態も面白い。

 男の子なら、カブトムシやクワガタムシを捕まえるため、特製のジュースを樹に塗り付けた事があるだろう。似たような事を大人になってもやってる人たちがいる。ただし彼らの獲物は甲虫じゃなく、蛾だ。日没前に特製ジュースを樹に塗り、夜に見に行くのだ。皆さん秘密のレシピがあるとか。

 このジュース、ビールやラム酒を混ぜるためか、蛾や蝶も「酩酊してまっすぐ歩くこともできず」って、虫もアルコールに酔うんだなあ。

 コウモリが超音波で「見る」のは有名だが、これが判明する過程も、ちょっとした物語。

 18世紀末までは「魔力だと思われていた」。18世紀末にラザロ・スパランツァーニは、コウモリに目隠したり目を取り去ったりしたが、やっぱり影響なし。コウモリも災難だなあ。次いでチャールズ・ユリネがコウモリの耳に耳栓をしたら、効果てきめん。どうやら音が大事らしいと判明する。

 謎を解いたのはドナルド・グリフィン、1950年代になってから。磁気テープのアメリカでの普及が1950年代(→Wikipedia)だから、そのお陰かも。にしても、よくもまあ、超音波だなんて思いついたねえ。

 などと、この本だけでも面白いが、Google で画像を漁ると、もっと楽しめる。特にビックリするのが、スズメガの一種ビロードスズメの幼虫(→Google画像検索)。是非、ご覧いただきたい。あ、でも、心臓の弱い人は要注意。

 と、食べられないための虫の工夫も面白いし、それを狩る鳥やネズミの賢さも楽しい。それ以上に、彼らを調べる動物学者たちの生態も可笑しい。虫を中心とした、バラエティ豊かな「どうぶつの本」。リラックスして楽しもう。

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2017年9月 1日 (金)

エイドリアン・レイン「暴力の解剖学 神経犯罪学への招待」紀伊国屋書店 高橋洋訳

女の殺人犯一人につき、男の殺人犯がおよそ九人いる。
  ――第1章 本能 いかに暴力は進化したか

「遺伝子は、世の中には犯罪者もいればそうでない者もいる理由の半分を説明する」
  ――第2章 悪の種子 犯罪の遺伝的基盤

暴力犯罪者の多くは、いかに重い罪であれ、法を犯す際に発汗したりはしない。
  ――第4章 冷血 自律神経系

警官、税関吏、FBI捜査官、保護観察官でも、欺瞞行為を検知する能力にかけては一般の大学生とたいして変わらない。
  ――第5章 壊れた農 暴力の神経解剖学

テスト前の四日以内に近所で殺人事件が発生すると、読解力のテストのスコアがほぼ10点(標準偏差の2/3)落ちる。同様に、語彙テストのスコアが、標準偏差の半分ほど低下する。
  ――第8章 バイオソーシャルなジグソーパズル 各ピースをつなぎ合わせる

私はいつも助けを求めていた。だが、誰かを傷つけるまで、手を差し伸べようとする者は一人もいなかった。誰かを傷つけると、人々は私を治療しようとした。だが家に帰るとすべてが同じだった。
  ――第10章 裁かれる脳 法的な意味

常習的な暴力犯罪は、臨床障害なのだ。
  ――第11章 未来 神経犯罪学は私たちをどこに導くのか?

新たな知識が抑圧されたり無視されたりする場合、そこには現状を維持したい特定のグループの願望がつねに存在する。
  ――第11章 未来 神経犯罪学は私たちをどこに導くのか?

【どんな本?】

 カエルの子はカエルと人は言う。競走馬は血統が大事だ。馬に限らず、作物や家畜の品種改良は交配がキモとなる。では、ヒトはどうなのか。背の高さや肌の色が親に似るように、生まれつきの犯罪者がいるのではないか。それとも、環境次第でどうにでもなるのだろうか。

 この問いに対し、著者は大胆にも宣言する。犯罪を犯しやすい体質はある、と。

 だが、血統ですべてが決まるわけではない。それほど単純ではないのだ。血統が良くても問題が起きる場合もあれば、環境で変わる場合もある。事故や病気で運命の歯車が狂うこともあれば、医療措置やサプリメントによる予防や回復も可能だ。

 これが事実なら、現在の司法制度も根本から見直す必要が出てくる。

 主に暴力犯罪を中心に、多くの犯罪者を調べ、または対象群を設定して統計を取り、最新の生物学・医療技術である遺伝子解析やPETなどを駆使して、神経学的に犯罪者を分析し、衝撃の事実を明らかにするとともに、大胆な未来予測を展開する、エキサイティングな科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Anatomy of Violence : The Biological Roots of Crime, by Adrian Raine, 2013。日本語版は2015年3月19日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約542頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント45字×18行×542頁=約439,020字、400字詰め原稿用紙で約1,098枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容はかなり難しい所もあるので、読み方にはコツが必要。例えば脳を解析するあたりは、脳の部署や化学物質などの専門用語がズラズラと並ぶ。

 が、ハッキリ言って、こういう所はテキトーに読み飛ばしていい。いずれは神経学者になるつもりか、ネタを探すSF作家なら話は別だが。

【構成は?】

 全体は大きく3つの部分に分かれる。第2章までは導入編、第3章~第8章は実証編、第9章以降は対策編とでも言うか。

  • はじめに/序章
  • 第1章 本能 いかに暴力は進化したか
    ナンバーワンを求めて 騙し合い/さまざまな文化のもとでのサイコパス/自分の子どもを殺す/自分の妻をレイプする/男は戦士、女は心配性
  • 第2章 悪の種子 犯罪の遺伝的基盤
    二重のトラブル/同じ豆を別のサヤに/だが環境の影響は?/養子の研究 ランドリガンの事例に戻る/ニキビとXYY/卑劣なモノアミン/戦士の遺伝子、再び/「瞬間湯沸かし器」ジミー キレやすい脳の化学/始まりの終わり
  • 第3章 殺人にはやる心 暴力犯罪者の脳はいかに機能不全を起こすか
    殺人者の脳/バスタマンテの壊れた頭 モンテの証言/連続殺人犯の脳/反応的攻撃性と先攻的攻撃性/辺縁系の活性化に対する前頭前皮質のコントロール/「殺人にはやる心」の機能的神経解剖学/配偶者虐待の新たな言い訳?/嘘をつく脳/道徳的な脳と反社会的な脳/ジョリー・ジェーンのなまめかしい脳/ジョリー・ジェーンの脳の何が問題だったのか?/脳の総合的な理解に向けて
  • 第4章 冷血 自律神経系
    有害な心臓/刺激を求めて暴力を振るう/幼少期の共通の性質、成人後の多様性/良心が犯罪を抑制する/今日は恐れを知らぬ乳児、明日は残忍な暴漢/上首尾なサイコパス/血がたぎる連続殺人犯/恐怖心のなさ、それとも勇気?
  • 第5章 壊れた農 暴力の神経解剖学
    脳をベーコンのようにスライスする/フィニアス・ゲージの奇怪な症例/前頭前皮質のさらなる探求/男性の脳 犯罪者の心/留意すべき三つの臨床例/スペインのフィニアス・ゲージ/ユタ州のロシアンルーレット少年/フィラデルフィアのクロスボウ男/生まれつきのボクサー?/恐れを知らないアーモンド?/パトロールする海馬/報酬を手にする/ピノキオの鼻と嘘をつく脳/優秀な脳を持つホワイトカラー犯罪者
  • 第6章 ナチュラル・ボーン・キラーズ 胎児期、周産期の影響
    公衆衛生の問題としての暴力/生まれつきのワル/カインのしるし/掌紋から指へ/妊娠中の喫煙/妊娠中のアルコール摂取
  • 第7章 暴力のレシピ 栄養不良、金属、メンタルヘルス
    オメガア3と暴力 魚の話/強力なミクロ栄養素/トゥインキー、ミルク、スイーツ/重金属は重犯罪を生む/精神疾患は卑劣さを生む/レナード・レイクの狂気
  • 第8章 バイオソーシャルなジグソーパズル 各ピースをつなぎ合わせる
    バイオソーシャルな共謀 相互作用の影響/社会的プッシュ/遺伝子から脳、そして暴力へ/社会から脳、そして暴力へ/あらゆる悪の母 母性剥奪とエピジェネティクス/脳の各部位を結びつける
  • 第9章 犯罪を治療する 生物学的介入
    復習/決して早すぎることはない/決して遅すぎることはない/やつらの首をちょん切れ!/714便 タンタンの冒険/ケーキを食べれば?/脳を変える心
  • 第10章 裁かれる脳 法的な意味
    自由意志はどの程度自由なのか?/慈悲か正義か ページは死刑に処せられるべきか?/報復による正義/ページからオフト氏に戻る
  • 第11章 未来 神経犯罪学は私たちをどこに導くのか?
    日陰から日なたへ 臨床障害としての暴力犯罪/ロンブローゾ・プログラム/全国子ども選別プログラム/マイノリティ・レポート/実践的な問い それは起こり得るのか?/神経犯罪学をめぐる倫理 それは起こるべきなのか?/まとめ 砂に頭をうずめるダチョウになるのか
  •  訳者あとがき/原注/索引

【感想は?】

 考え方によっては、忌まわしい本と言える。なんたって、いきなりロンブローゾなんて名前が出てくるし。

 チューザレ・ロンブローゾ(→Wikipedia)、1835年生まれのイタリア人で犯罪学の始祖。犯罪者には生物学的な要因があると主張した。彼の説は後に優生学を生み出す。

 ところでロンブローゾはユダヤ人と北部イタリア人を頂点としたが、後世の者は意見が違ったようだ。

 ある意味、本書はロンブローゾを再評価する本だ。ただし、人種で優劣を決めるなんて単純でわかりやすい主張ではない。

 ヒトも生物である以上、遺伝の影響はある。肌の色や髪の形質ばかりでなく、酒の強弱も遺伝する。これは肝臓が分解酵素を作る能力のよる。肝臓が臓器であるように、脳も臓器だ。なら、脳の働きだって遺伝するだろう。

 とは言うものの、脳は肝臓ほどわかりやすくない。多くの部位に分かれていて、それぞれの働きもハッキリとは判っていない。そもそも、生きてる脳の働きをジックリ観察する方法なんてなかったし。

 これをfMRI(→Wikipedia)やPET(→Wikipedia)が変えた。どんな時にどの部位が活発に働くか、どんな部位がどんな働きをするのか、少しづつわかってきた。そして、犯罪者の脳にどんな特徴があるのか、も。この特徴は、遺伝も影響するのだ。酒の強弱のように。

 が、遺伝で全てが決まるわけじゃない。戦後、日本人の身長は急激に伸びた。食料事情が変わったからだ。同様に、脳も環境に大きな影響を受ける。ところであなた、刺身は好きですか?サバの味噌煮は?サンマの塩焼きは? この本、こんな事も書いてあったり。

魚の消費量が上がるにつれ、殺人発生率は下がる。
  ――第7章 暴力のレシピ 栄養不良、金属、メンタルヘルス

 これは噂のDHAが関係していて、「暴力の発現を防ぐ遺伝子をオンにする(略)と、理論上は考えられる」。

 実際、DHAの元になるオメガ3(→Wikipedia)を含むサプリメントをモーリシャスの子どもに半年間与えた調査では、投与を終えた半年後にも「攻撃性、非行の度合い、注意力の不足を示す数値がさらに減退し続けた」。似たような試験は刑務所でもやってて、効果はあるらしい。

 こういう栄養素の不足は、他に鉄と亜鉛が挙がってる。という事で、レバニラ定食を食べましょう。

 悩ましい事に、ゲーム脳はあるのかも知れない。たった一例だが、ゲームが犯罪傾向に影響を与えた例が載っているのだ。ただし、更生に役立った例だが。

 豊かで愛情に満ちた家庭に育ったが、手の付けられない不良になtった少年の例だ。彼は集中力に難があった。そこで脳波を測りながらパックマンをプレイさせる。このパックマンは特別製らしく、集中が止まるとパックマンが動かなくなる。これを一年続け結果、見事に彼は更生した。

 脳の性質で、覚醒度が低く集中力に欠ける人がいる。一般にこういう人は、平常時の心拍数が少ない。目を覚まし、生きている実感を与えてくれるのは、犯罪だけだ。そこでパックマン特別製バージョン。集中力を養うことで脳を改造し、普通の暮らしにも刺激を感じるようにするのだ。

 などの理論と実証を経た後、第3部で展開する対策編は、まるきしSFで、かなり挑発的な意見を出している。ここについては私も違う案を考えたが、他の人も様々な案を言いたくなるだろう。

 などの本筋はもちろん、その資金を調達する方法も、いかにもアングロサクソン的。なんと債権を発行しよう、なんて言ってる。効果が出て政府の出費が減ったら、それを配当として債券保有者に還元しましょう、って理屈。リバタリアンが好みそうな方法だなあ。

 犯罪者は生まれで決まる、なんて単純な内容じゃない。むしろ、犯罪を防ぎ犯罪者を更生させるために、最近の医学や犯罪学の知見を使ってくれ、そんなメッセージが込められた本だ。

 読むならちゃんと全部を読もう。聞きかじりで都合のいい所だけを引用すると、どんな理屈にも応用できてしまう。そういう意味では危険な本でもあるが、それだけにエキサイティングな本でもある。とりあえず私は文化サバ定食を食べることにします。いや魚は煮物より焼いた方が好きだし。

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2017年8月25日 (金)

ジョナサン・ウォルドマン「錆と人間 ビール缶から戦艦まで」築地書房 三木直子訳

錆による被害の総額は、錆以外のあらゆる自然災害による被害を足し合わせたよりももっと大きく、その年額はアメリカの国内総生産の3%にあたる4370億ドルにのぼる。
  ――序章 蔓延する脅威 錆という敵

そんなわけで、アメリカ側の修復チームはまず、(自由の)女神像が巨大な電池と化しているということを発見した。
  ――第1章 手のかかる貴婦人 自由の女神と錆

実際、強靭で健全なアルミ缶の製造はものすごく難しく、膨大な量の研究と設計、そして精密な機械加工を必要とするため、アルミ缶は世界で最も工学的に優れた製品であると考える人が多いのである。
  ――第4章 缶詰の科学 錆と環境ホルモン

全体として、「防錆政策および監督局」は出資するプロジェクトの平均的費用対効果は、会計監査院の予測では50倍である。
  ――第6章 国防総省の錆大使

…全国防食技術者協会(NACE)によれば、亜鉛めっきした建造物の建造および維持費用の総額は、塗料を使った建造物の建造・維持費の1/2から1/3なのである。
  ――第7章 亜鉛めっきの街

錆は、比較的限られた場所に集中して起こり、それがさらに錆を引き起こす。
  ――第9章 錆探知ロボット パイプラインと錆

【どんな本?】

 錆びたフライパンは目玉焼きを焦がす。この程度なら可愛いが、時として錆は船を沈め、橋を落とし、人工衛星をただの宇宙ゴミに変えてしまう。錆はあらゆるモノを腐らせ弱らせる。

 そんな錆を防ぎ、被害を減らすため、日夜戦い続ける者たちがいる。製鉄・自由の女神・飲料用の缶・軍用輸送機・石油パイプライン、それぞれに異なるアプローチで、異なる問題に挑み続けてきた。

 彼らはどんな人間で、どんな問題に向き合い、どう対処しているのか。身近なアルミ缶から巨大な廃工場、そしてアラスカのパイプラインまで、著者は錆とそれに関する人々を追い、ユニークで意外性に満ちた物語を掘り起こす。

 身近でありながら注目されない錆をテーマに、現代文明の知られざる面を照らし出す、楽しい科学・工学ルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RUST : The Longest War, by Jonathan Waldman, 2015。日本語版は2016年9月6日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本部約343頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント25字×22行×2段×343頁=約377.300字、400字詰め原稿用紙で約945枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれている。内容も難しくない。金属が錆びるのは化学変化だが、特に化学の知識は要らない。分子式も滅多に出てこない。私が覚えているのは一か所だけだし、それも無視してかまわない所だった。単位系もたいていメートル法に換算した値を訳者が補っている。

【構成は?】

 エピローグを除き、各章は独立しているので、気になる所だけを拾い読みしていい。

  • 古いオンボロ船
  • 序章 蔓延する脅威 錆という敵
  • 第1章 手のかかる貴婦人 自由の女神と錆
    侵入者/錆びた女神/修復基金の設立/100年目の化粧直し/修復を巡る思惑/国定腐食修復地
  • 第2章 腐った鉄 錆と人間の歴史
    腐食の発見/酸素と金属
  • 第3章 錆びない鉄 ステンレス鋼の発見
    ハリー・ブレアリーという男/貧しい生い立ち/鋼鉄に恋して/時代の変遷/錆びない鉄鋼/ステンレスのナイフ/ベッセマー・ゴールドメダル/理想主義者の最後
  • 第4章 缶詰の科学 錆と環境ホルモン
    ネズミを溶かす飲料/缶と腐食/フレーバールーム/ボール・コーポレーション/缶詰誕生/缶の進化/缶の秘密/カン・スクールとBPA/不確かな安全性/死の薬
  • 第5章 インディアナ・ジェーン 錆の美
    錆のフォトグラファー/雪の中の製鋼所/写真家の好奇心/溶鉱炉の死
  • 第6章 国防総省の錆大使
    防食の帝王/軍隊を襲う錆/ダンマイアーの戦い/スター・トレックと防食ビデオ/「防食対策と監督」局/錆大使の任命/防食と塗料/戦士の育成/国防総省の変わり者/優れた費用対効果
  • 第7章 亜鉛めっきの街
    めっきと塗装/亜鉛で覆う/劣化しない橋
  • 第8章 錆と戦う男たち
    防食技術者という仕事/変わり者たち/全国防食技術者協会
  • 第9章 錆探知ロボット パイプラインと錆
    ≪0キロ地点≫:旅の始まり/パイプラインと腐食
    ≪167キロ地点≫:追跡/ピグの誕生と発達/ピグのミステリー
    ≪231キロ地点≫:小休止/完全性マネージャー
    ≪257キロ地点≫:アラスカ州政府との攻防
    ≪725キロ地点≫:漏洩事故が与える影響/原油量の減少という危機
    ≪883キロ地点≫:ピグとロウ
    ≪1287キロ地点≫:到着前夜/最果ての終着点
  • 第10章 暮らしの中の防錆用品
    防錆専門店/一般家庭の錆/防錆詐欺/商売の理由
  • 第11章 防食工学の未来
    維持管理の重要性/学問としての防食/錆と国家
  • エピローグ
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 原書より日本語版の方が、書名は適切。

 原書は RUST : The Longest War。錆:終わりなき戦い。日本語版では「錆と人間」。原書は錆そのものがテーマにように見える。確かに内容の半分はそうだ。が、残りの半分は、錆と戦う人に焦点を当てている。

 それが最も強く出ているのは、「第3章 錆びない鉄 ステンレス鋼の発見」だろう。ここでは、ステンレス(→Wikipedia)の発明者ハリー・ブレアリー(→Wikipedia)にスポットをあて、鉄鋼屋の魂を生き生きと描き出してゆく。

 貧しい生い立ちでロクな教育は受けていないが、12歳で製鋼会社の研究助手となり、学問と技術を身につける。冶金に入れ込み、業界でも認められてゆく。ただし営業トークは苦手なようで、ステンレスの売り込みには苦労したらしく…

ハリー(・ブレアリー)はステンレス鋼について、成功させる方法以外は何でも知っている

 なんて言われている。現場にこだわるあたりは、いかにも叩き上げで職人肌だが、同時に柔軟な考え方を強調する所は、やっぱり技術屋だよな、と感じる所。

 やはり人物伝として楽しいのが、「第5章 インディアナ・ジェーン 錆の美」。ここではインディアナ・ジェーンことアリーシャ・イブ・サックが主役を務める。錆の美しさに捕えられた写真家だ(→Google画像検索)。ペンシルバニア州の廃鉄工所に忍び込み、警備員の目を盗んで写真を撮り続ける。

 彼女の行動力も凄まじいが、私はそれより写真の難しさを思い知った。なんたって、「昨日までに撮影した28,093枚の錆の写真のうち、ご褒美は113枚である」ときた。ご褒美とは、「自分が気に入り、売れる写真」。

 プロが危険を冒し工夫を凝らして撮っても、「いい」と思える写真は1%もない。欲しい光を求めて朝から晩まで張り込み、何度もアングルを変え、また同じ位置で露出時間を幾つも変えて撮り、それでも使えるのは1%未満。

 プロでこれなんだから、素人の私が一発でいい写真なんか撮れるわけないよなあ。いい写真が欲しかったら、もっと撮りまくらないと。特にデジタルカメラはフィルムに比べりゃ、写真1枚にかかる費用もタダみたいなもんだし。

 対して科学・技術方面の印象が強いのは、「第4章 缶詰の科学 錆と環境ホルモン」。ここのテーマは、飲料のアルミ缶だ。著者はアメリカ最大の缶メーカーが主催するカン・スク-ルに潜り込む。が、BPA(→Wikipedia)について突きすぎ、叩き出されてしまう。そりゃそうだw

 が、ここで描かれるアルミ缶製造技術は、驚きの連続。なんといっても、中身ごとに缶の作りが違うってのが凄い。

 所詮、缶はアルミ、金属だ。金属は酸や塩で錆びる。その缶に、酸たっぷりのレモンジュースや、塩分たっぷりのアイソトニック飲料を入れれば、当然錆びる。だけじゃない。イチゴやサクランボは色が褪せるし、豆は硫黄を含むんで黒ずんでしまう。

 そりゃ困るってんで、缶の内側をプラスチックの膜で覆い、缶と中身が直に触れないようにした。この膜の厚さの調整が難しい。モノにより必要な塗料が違い、「コーティングには15,000種類以上」ある。加えて、膜の適切な厚さもモノにより違う。

 ビールは比較的に薄くて済むが、コカ・コーラはやや厚く、レモン系は酸性が強いのでもっと厚い。だもんで、飲料ごとに専用の缶が必要になる。飲料メーカーが新しい製品を売り出すたびに、専用の缶を開発しているわけ。にも拘わらず、工場じゃ毎日600万個の缶を作っている。なんちゅう製造速度だ。産業パワー恐るべし。

 やはり巨大産業の脅威を感じるのが、「第9章 錆探知ロボット パイプラインと錆」。アラスカ半島を縦断する1000kmを越える石油パイプラインを、調査・保守・管理する者たちの話。ここでパイプラインを次から次へと襲うトラブルは、巨大メカが好きな人の背筋を凍らせるものばかり。

 デカいモノってのは、沢山の部品からなっている。それだけに、トラブルの種類もバラエティに富んでいる。維持管理の手間も半端じゃないのだ。ここじゃ日本のNKKも少し出てきて、彼らの行動がいかにも日本人なのに苦笑い。

 地味ながら意外と高級取りな技術者たちだが、彼らが感じる所属組織の体質は、日本の技術者たちも大いに賛同するだろう。錆なんて一見地味なネタだが、その向こうにはとてもエキサイティングな世界が広がっていた。何であれ、何かに凝るタイプの人には、特にお薦めの一冊。

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