カテゴリー「書評:ライトノベル」の86件の記事

2018年10月14日 (日)

森岡浩之「星界の戦旗Ⅵ 帝国の雷鳴」ハヤカワ文庫JA

朕は遥か昔、人類の故地で生まれた。役割はいまと変わらず、顧問である。
  ――p6

「星界軍がかくも貧しく戦うことになろうとは」
  ――p184

「歴史の指し手にでもなったつもりか、殿下?」
  ――p246

【どんな本?】

 ベテランSF作家の森岡浩之による、大人気スペース・オペラ「星界」シリーズ待望の第二部が、約五年を経てついに開幕。

 遠未来。人類は銀河に広く広がった。長寿のアーヴは平面航法により超光速航行を手に入れ、恒星間航行を支配し、銀河に帝国を築く。だがアーヴ以外の人類は同盟を組んでアーヴに挑み、帝都ラクファカールを墜とす。

 平面航法の要となる門が集中する帝都を失ったアーヴは、幾つかの領域に別れ孤立し、それぞれに力を蓄えて時を待つ。

 アーヴの皇太女ラフィールは、練習艦隊の司令長官を務めている。そこに皇帝ドゥサーニュより、命が下った。ついに反攻の時が来たのだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年9月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約288頁に加え、あとがき4頁。9ポイント39字×17行×288頁=約190,944字、400字詰め原稿用紙で約478枚。文庫本としては普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。ただし内容は続き物で登場人物も多く、また作品世界の設定も込み入っているので、できれば「星界の紋章」から読んだ方がいい。

【感想は?】

 珍しく?主人公のラアフィールが大活躍する巻。

 アブリアルらしく誇り高く野心もあり血の気も多いとはいえ、元来が優秀な人だけに、ラフィールが艦隊を指揮するとなれば、かなりの安定感がある。そういう意味じゃ、この巻はサクサク読める心地よさだ。

 とはいえ、著者お得意の陰険な会話は相変わらず順調だ。こういう点じゃラフィールはいささか素直すぎるんだが、その分を上皇ラムローニュ猊下がもったいなくも補ってくださる。おまけにジントも多少アーヴの色に染まったのか、終盤では「社交辞令」を巧みに使いこなしてたり。

 とはいえ、嫌味合戦と言えば、やはりこのお方を忘れちゃいけない。ご無事で何よりです、スポール閣下。この巻じゃ出番は少ないものの、相変わらずの傲岸不遜でわがまま放題な姿が拝めます。クファディスさんも苦労するなあ。

 そのスポール閣下に下る命というのが、実に皮肉というか嫌がらせというかw

 まあ、極めて優秀ではあるものの、誰の指揮下についても、マイペースで好き勝手に動く人だしなあ。重大で独立裁量の幅が広い反面、あまし危なっかしい真似は出来ない役割は、適役なのかも。その分、クファディスさんの苦労は増えるだろうけど。

 そんなスポール閣下を相手に交渉するなんて仕事は、できれば御免こうむりたいところ。となれば並みの神経じゃ務まらないわけで、そこでこの人選とは妙手だw いずれも熱心なファンの多いお方だけに、両者の交渉場面は「断章」で是非とも書いて欲しい。

 刊行ペースが長い作品だけに、読者も設定をほとんど忘れている。特にこの巻では大艦隊を率いての遠征が中心だ。それだけに、平面航法を柱とした航法系や、艦隊同士の戦い方など、スペース・オペラとしての設定を、アチコチでおさらいしてくれるのは嬉しい心づけ。

 特に、鉄道網でいう駅の役割を果たす<門>とその性質、そして平面宇宙と通常宇宙の関係などは、改めて詳しく説明している。通信のタイムラグや、質量と速度の関係とかで、艦隊の行動が設定に強く縛られているのがわかり、特に補給の面でいい味を出してたり。

 前巻ではアーヴ危うしな雰囲気だったが、この巻では地上人側も楽観はしていられない様子なのが、チョトチョロと見えてくる。中でも終盤に出てくる舞台は、「星界の断章Ⅲ」でチョロっと姿を見せたアレだったり。こういうのも、長いシリーズならではの楽しみだろう。

 いよいよ逆襲に転じたアーヴ。ラフィールの快進撃は続くのか。にしても、この刊行ペース、もしかしたら著者はアーヴなのかも知れない。少しは寿命の短い地上人の事情も考えて欲しい。

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2018年8月 5日 (日)

オキシタケヒコ「おそれミミズク あるいは彼岸の渡し綱」講談社タイガ

ぼくはこの座敷牢に、話をするために通い続けている。
そして彼女が望んでいるのは、まさに――そういう話なのだ。
  ――p39

「ぬしのこわいは、とてもよいぞ、ミミズク」
  ――p62

【どんな本?】

 2015年の「波の手紙が響くとき」でSFファンを狂喜させた新鋭作家オキシタケヒコによる、ライトノベル風味のホラー。

 逸見瑞樹は22歳。親の死により、12歳の時に引っ越してきた。今は叔母が営む新聞店で、配達の仕事をしている。海沿いの町は過疎化が進みつつあり、人口も三千を割った。

 逸見は人付き合いが苦手だ。この町に住んで10年になるが、親しい友人は同級生の入谷勇と、ツナという名の少女だけ。既に入谷は都会で働いている。そしてツナは…

 引っ越してきた年に、瑞樹は自転車で町を走り回った。土地勘を養うためだ。その最中に、逸見はあの屋敷を見つけた。なんの因果か屋敷の奥に通された逸見は、座敷牢に閉じ込められた少女ツナと出会う。色白で下半身が動かないツナは、この十年、ほとんど成長していないように見える。

 逸見は、週に一度、ツナに会いにゆく。彼女に怖い話を聞かせるために。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇の17位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年2月20日第1刷発行。文庫本で縦一段組み、本文約317頁。8.5ポイント40字×18行×317頁=約228,240字、400字詰め原稿用紙で約571枚。文庫本としては標準的な分量。

 文章はこなれている。特に難しい理屈も出てこない。ただし巧妙な仕掛けがあるので、謎解きが好きな人は、特に序盤を注意深く読もう。

【感想は?】

 SFファンが楽しめるホラー。

 SFの面白さは、いろいろある。中でも私が好きなのは、世界観をひっくり返される感覚だ。A.C.クラークの「幼年期の終り」や山田正紀の「弥勒戦争」とか、実にたまらない。

 お話は伝奇物風に始まる。

 舞台は海辺の寂れゆく町。主人公の瑞樹は22歳の孤児。まだ若いのにマトモな職に就かず、今は叔母の営む新聞店で配達を手伝っている。田舎の町ではロクな職もなく、身を寄せる新聞店も、この先の営業は思わしくない。何より人付き合いが苦手な上に極端な怖がりで、慢性の胃潰瘍に苦しんでいる。

 と、お先真っ暗…というか、むしろ自ら将来を投げ捨てているような瑞樹だが、この町を離れられない理由もある。

 それはツナ。小径の奥にある屋敷。雨戸までシッカリ閉めた暗い屋敷に、住んでいるのは老婆のシズと、座敷牢に閉じ込められたツナだけ。当然、ツナが着ているのは和服である。おお、いかにも忌まわしい曰くがありそう。

 とかの陰鬱な舞台装置を、更に盛り上げるのが、作品中に散りばめられた、短い恐怖譚。

 なぜかツナは怖い話を聞きたがる。そのため、瑞樹はツナに話す「怖い話」を仕入れなきゃいけない。そんなわけで、数頁の体験談が、作中作として入っていて、これがなかなかに不気味。

 怖い話も様々だ。古典的なパターンは、怪異の正体がわかっているもの。番町皿屋敷のお菊や、瓜子姫を攫う天邪鬼は、幽霊だったり妖怪だったりと、一応は正体がわかってる。子供はこういうのが好きだけど、大人になると怖さが薄れ、人によっては研究の対象になっちゃったりする。

 対して、この作中作に出てくるのは、名前がついてない。現代人の体験談なので、どうしても都市伝説風になる。怪異の正体もわからず、結論を放り出していて、これが更に怖さを際立たせる。思うに、口裂け女や人面犬も、名前がつく前に話を聞いたら、もっと怖かったと思う。

 正体不明なのは、ツナも同じ。そもそも座敷牢に閉じ込められ、怖い話をせがむってのが、意味わからん。なまじ愛らしい上に、怖い話を聞くと喜ぶってのも、なんかヤバそうだ。もしかして瑞樹、アブないシロモノに魅入られてるんじゃ…

 とか思って読んでいくと、全く違う風景が忍び込んできて。

 これがまた、世界をひっくり返すと同時に、おぞましい深遠を垣間見せる仕掛けになってるのが、なかなか憎い。おまけに初秋に目立つアレの印象も、ガラリと変わっちゃったり。

 思い込みを覆されるのを心地よく感じる人にお薦め。

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2018年6月25日 (月)

エドワード・ケアリー「アイアマンガー三部作3 肺都」東京創元社 古屋美登里訳

邪悪なものがこの町にやってきた。
  ――幕開け 小さな女を見た

まあ、たしかにおかしいよ。だがよ、ロンドンほどおかしな人間がいる都市はねえよな。
  ――第4章 ロンドン・ガゼット 二

ごみは一瞬にして自分がごみになったとわかる。
  ――第7章 ボットン?

鼠よ、鼠、可愛い鼠、わたしたちを導いてくれるわね?
  ――第12章 水

さあ、来たれ、ここに。集え、すべてのものたち!
  ――第29章 戦いの前夜の叫び

【どんな本?】

 イギリスの作家エドワード・ケアリーによる、グロテスクでユニークで奇想天外な10代の少年少女向け長編ファンタジイ、アイアマンガー三部作の完結編。

 19世紀後半。ゴミで財を成したアイアマンガー一族は、ロンドン郊外の巨大なゴミ捨て場に君臨していた。隣のフィルチング区は壁でロンドンから隔離されており、貧しい者たちが住む。

 アイアマンガー一族の者は、生まれた時に特別な品「誕生の品」を贈られる。ドアの把手、安全ピン、曲がった鉗子、首つり用ロープ、踏み台などだ。一族の掟で、誕生の品は常に肌身離さず持たねばならない。

 クロッド・アイアマンガーは15歳。誕生の品は排水口の栓。栓には名前がある。ジェームズ・ヘンリー・ヘイワード。それが判るのはクロッドだけ。クロッドには物の声が聞こえるのだ。ばかりでなく、クロッドは物に対する特別な能力があった。

 ルーシー・ペナントはフィルチングの少女。病気で両親を喪い、堆塵館で働くうちにクロッドと出会う。二人の出会いをきっかけに始まった騒動は、アイアマンガー一族とフィルチングを巻き込み、ロンドンにまで忍び寄り…

 不思議な音感の言葉をふんだんに織り込み、リズミカルな文章で異様な人々と事件を、先の読めない驚きの連続な展開、そして著者自らのイラストで綴る、娯楽長編ファンタジイ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は IREMONGER BOOK 3 : LUNGDON, by Edward Carey, 2015。日本語版は2017年12月22日初版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約500頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント44字×20行×500頁=約440,000字、400字詰め原稿用紙で約1,100枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 文章は相変わらずリズミカルで心地よく読める。もともと少年少女向けだし、難しい理屈は出てこない。ただしファンタジイなので、常識じゃありえない事が度々おこる。子供に戻って頭を柔らかくして読もう。

【感想は?】

 解説によると、映画化の権利が売れたとか。それは是非とも観たい。

 このシリーズらしいのが、ファンからのリクエスト。「監督はティム・バートンに!」。そう、たしかにティム・バートンならピッタリだ。

 ティム・バートンが描くのは、社会からはみ出してしまう者たちだ。異形の者、奇形の者。「普通」に生きてゆく、ただそれだけの事が、どうしても出来ない者たち。この物語にも、そんなはみ出し者が次から次へと登場する。

 ある者は打ちひしがれ、ある者は運命を受け入れ、ある者は元気いっぱいに暴れまわる。そして、徒党を組んで叛逆を目論む者もいる。

 そういった者たちが潜む町として、ロンドンは実に相応しい。大英帝国の首都であり、疫病流行の震源地であり、また生きている人間より幽霊の方が多いと言われる町。急速に拡大し、路地裏には有象無象がたむろし、工場の煙は蛾すら黒く変えてしまう。

 そんなロンドンに、アイアマンガー一族がやってくる。私たちが知っている LONDON を、LUNGDON にするために。

 ゴミでのしあがったアイアマンガー一族だ。不思議な力を持つ者も多い。主人公のクロッドは、物の声が聞こえる。それだけじゃないのは、このシリーズの読者ならご存知だろう。確かにクロッドは特別だが、家長のウンビットを筆頭に、他にも不思議な力を持つ者はいて…

 と、そんなアイアマンガー一族が、19世紀のロンドンに潜み、陰謀に向かい着々と計画を進めてゆく。もうこれだけで、お話としては充分に美味しいネタだ。

 が、もちろん、それ以外にも読みどころは沢山ある。

 その筆頭は、我らがヒロイン、赤毛のルーシー・ペナントが暴れまわるパート。気性の激しい暴れん坊、やられたらやり返す山猫娘。

 「穢れの町」から次第にリーダーとしての素質を表し始めたルーシー、この第三部ではロンドン狭しと走り回る。汚物にまみれゴミに埋もれ、それでも生き延びるために暴れまわる。彼女の役を演じる役者さんは災難だなあw

 クロッドの場面がビックリ仰天なアイデア満載なのに対し、ルーシーの場面は傷だらけになりながらの激しいアクションが中心。そのため、動きが多くて物語に勢いをもたらしてる。

 加えて、新登場のゲストも相変わらずクセの強い連中が多い。私が気に入ったのは、真っ暗なロンドンを我が物顔で闊歩する角灯団。本来なら隅っこに押しやられてしまう者たちだが、アイアマンガー一族の潜入と共に起きた異常事態にいち早く立ち上がり、重要な役割を果たす。

 こういう所が、本来の読者である少年少女たちに、たまらない魅力なんだろうなあ。こういう連中ってのは、普通の人が知らない所もよく知ってるし、まさしくピッタリな役どころ。

 もちろん、レギュラー陣も負けずに頑張ってます。やはり期待をたがえずドス黒い輝きを放ちまくるのが、いじめっこの暴れん坊モーアカス。もともと異様に凶暴だったモーアカス、この巻では悪辣さが更に増し、悪知恵もパワーも数段アップして活躍しいてくれる。

 表紙も書名も不気味で暗く陰鬱な雰囲気を漂わせているし、実際に前半はそういう場面も多い。が、完結編だけあって、特にこの巻の終盤では、大掛かりなスペクタクル・シーンが目白押し。ロンドン観光の目玉の一つ、アレまでナニして、それこそ怪獣映画のごとき阿鼻叫喚の場面が…

 奇想天外のアイデア、歯切れよく読みやすい文章、激しいアクション、輝ける大英帝国の影に隠れた忌まわしい事実、虐げられたものたちの逆襲、強烈な個性を持つキャラクターたち。子供向けとはいえ、盛り込まれたサービスはてんこもり。読み始めたら止まらない、ケレン味たっぷりの娯楽大作だ。

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2018年6月24日 (日)

エドワード・ケアリー「アイアマンガー三部作2 穢れの町」東京創元社 古屋美登里訳

「おれは仕立屋を見たよ。あの仕立屋だよ。しばらくのあいだ奴のポケットに入っていた」
  ――第3章 十シリング金貨の苦難の旅

「山からあの赤ん坊を奪えば、壁は落ちる」
  ――第6章 この少年を見たことがありますか

「穢れの町が騒がしい。よく聞こえない。しかしいるぞ。そこに。私は聞き漏らさない。アイアマンガー?」
  ――第11章 穢れの町の通りで

「そうだ、クロッド・アイアマンガー。おまえがやらなければならない。おまえにはアイアマンガーの力が備わっている。それは間違いない。その力を正しく使うんだ」
  ――第12章 そこで約束がなされ、なにかが解ける

「そんなこと、もうさせちゃいけない。立ち上がらなければ。もうこれ以上、あの人たちの好きにさせちゃいいけない。わたしたちの、戦う集団を作るの」
  ――第21章 門へ

【どんな本?】

 イギリスの作家エドワード・ケアリーによる、グロテスクでユニークで奇想天外な10代の少年少女向け長編ファンタジイ、アイアマンガー三部作の第二部。

 19世紀後半。ロンドン郊外に、巨大なゴミ捨て場がある。アイアマンガー一族はゴミで財を成し、ゴミの山の奥の堆塵館に君臨する。ゴミ山の隣はフィルチング区。今は穢れの町と呼ばれ、ロンドンから壁で隔離されていて、ゴミ山やアイアマンガー一族に依存する貧しい者たちが住む。

 アイアマンガー一族の者は、生まれた時に特別な品「誕生の品」を贈られる。ドアの把手、安全ピン、曲がった鉗子、首つり用ロープ、踏み台などだ。誕生の品は、常に肌身離さず持つ。それが一族の掟だ。

 クロッド・アイアマンガーは15歳。誕生の品は排水口の栓。栓には名前がある。ジェームズ・ヘンリー・ヘイワード。それが判るのはクロッドだけ。クロッドには物の声が聞こえるのだ。

 ルーシー・ペナントはフィルチングの少女。病気で両親を喪い、堆塵館で働くうちにクロッドと出会う。二人の出会いは堆塵館を、アイアマンガー一族を、そしてフィルチングを巻き込む大事件へと発展し…

 不思議な音感の言葉をふんだんに織り込み、リズミカルな文章で異様な人々と事件を、先の読めない驚きの連続な展開、そして著者自らのイラストで綴る、娯楽長編ファンタジイ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は IREMONGER BOOK 2 :FOULSHAM, by Edward Carey, 2014。日本語版は2017年5月31日初版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約323頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント44字×20行×323頁=約284,240字、400字詰め原稿用紙で約710枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章はリズミカルで心地よく読める。たぶん原書もそうなんだろう。これを見事に日本語に写しとった翻訳者の工夫に敬服する。

 少年少女向けのためか、難しい理屈は出てこない。ただしファンタジイなので、常識じゃありえない事が度々おこる。子供に戻って頭を柔らかくして読もう。

【感想は?】

 世の中には、モノに名前をつける人がいる。そういう人には、麻薬のような魅力がある本だろう。

 なんたって、モノがしゃべるのだ。第一部「堆塵館」の冒頭では、クロッドの特殊能力とされていた。確かに特殊能力ではあるんだが、それには秘密があって…

 そんなわけで、「第3章 十シリング金貨の苦難の旅」の冒頭、パイの店の場面では、幼い頃に浸った妄想が蘇ってきたり。今でも私の〇〇の中では、××同士でおしゃべりしてるのかも。きっとアレが一番威張ってるんだろうなあ。デカいし重いしギザギザがあるし。

 そんな童話っぽい楽しさが、ギッシリ詰まってるのが、このシリーズの嬉しい所。なんたって、読み始めてすぐ、お約束の台詞が飛び出すし。

「その金貨は決して使ってはならんぞ。いいな、ジェームズ・ヘンリー」
  ――第1章 子供部屋から見ると

 「振り返るな」と言われれば振り返り、「覗いてはけない」と言われれば覗き、「入ってはいけない」と言われれば侵入するのがお約束。当然、読む者としては、「いつ、どうやって手放すんだろ?」と意地悪い期待をしながら読むわけですねw そしてもちろん、禁忌には秘密があると相場が決まってるし。

 とかのお約束のパターンで読者を引っ張るかと思えば、想像の斜め上をいく発想を次から次へと繰り出すのも、このシリーズならでは。加えて場面の大半にゴミが絡んでるあたり、イギリス人らしいヒネクレ方だよなあ。

 全般的に重くドンヨリした雰囲気だった第一部に対し、第二部ではチェイスやバトルなどのアクションも増え、かなりお話も人物も動きが多くなった。もともとお転婆なルーシーはもちろん、陰気なクロッドも暴れる場面が出てきたり。

 でもキャラクターだと、主人公のクロッドとルーシーより、脇役の方が色々と強烈だったり。「第4章 ごみでできた男」で初登場のビナディットとかは、登場のインパクトじゃ群を抜いてる。もともとヒトとモノの境があやふやな物語なだけに、何者なのかと怪しみながら読むと…

 このピナディットが「変装」する場面も、大笑いしてしまった。確かに正体はバレなくなるけど、「剥がれない」って、ヒドいじゃないかw

 モノへの愛情があふれ出すのが、ホワイティング夫人。思い出の品を大切にする年配のご婦人は多いが、彼女の場合は…。まあ、このお話に出てくる人だし。何かのコレクターにとっては、格好の伴侶。もっとも、人には見られたくないモノを集めてる人は、チト困るかもw

 そして、クロッドの運命を大きく変えるのが、「仕立屋」。きっとモデルはあの有名人(ヒント:1888年ロンドン)だろうなあ、と思ったり。

 加えて、やっぱり出ましたモーアカス。相変わらず凶暴で凶悪で傲慢です。近づく者すべてを見下し罵り脅し殴り暴れまわる。やっぱりモーアカスはこうでなくちゃ。困った奴ばかりのアイアマンガー一族の中でも、最も悪辣な上に若く体力もあるからタチが悪い。

 などと意表をついてくるのは人物ばかりではなく、もちろんストーリーも驚きの連続。最後も「おいおい、どうすんだよコレ!」で終わるので、次の「肺都」を用意して読み始めた方がいいかも。

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2018年6月22日 (金)

エドワード・ケアリー「アイアマンガー三部作1 堆塵館」東京創元社 古屋美登里訳

「安全ピンの叫び声が聞こえたんです」
  ――第1章 なんの変哲もない浴槽の栓

「わたし、ほかにはなにも持っていないの! なにひとつ持っていないのよ! 自分の物はひとつも」
  ――第13章 口髭用カップ

「これがあれば自分が何者かがいつもわかるだろう」
  ――第19章 大理石のマントルピース

【どんな本?】

 イギリスの作家エドワード・ケアリーによる、グロテスクでユニークで奇想天外な10代の少年少女向け長編ファンタジイ。

 時は19世紀後半、場所はロンドン郊外のフィルチング区。そこは大量のゴミが山を成す巨大なゴミ捨て場だった。ゴミの山の中央に、堆塵館がある。ゴミで財を成したアイアマンガー一族が住む館。

 一族の者は、生まれた時に特別な品物「誕生の品」を贈られる。それはドアの把手だったり、安全ピンだったり、曲がった鉗子だったり、首つり用ロープだったり、踏み台だったり。誕生の品は、常に肌身離さず持っていなければならない。

 若きアイアマンガーの一人、クロッドは15歳。誕生の品は排水口の栓。栓には名前がある。ジェームズ・ヘンリー・ヘイワード。それが判るのはクロッドだけ。クロッドには物の声が聞こえるのだ。

 堆塵館に住まうのは、二種類のアイアマンガー。純血のアイアマンガーが君臨し、その血を引く混血のアイアマンガーが仕え働く。その日、一人りの少女が、フィルチングから館に連れてこられた。名前はルーシー・ペナント。両親を喪い、孤児となったルーシーは、これから堆塵館で働くことになる。

 やがてクロッドとルーシーは、堆塵館に大きな騒ぎを引き起こし…

 不思議な音感の言葉をふんだんに織り込み、リズミカルな文章で異様な人々と事件を、先の読めない驚きの連続な展開、そして著者自らのイラストで綴る、娯楽長編ファンタジイ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は IREMONGER BOOK 1 : HEAP HOUSE, by Edward Carey, 2013。日本語版は2016年9月30日初版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約388頁に加え、訳者あとがき9頁。9ポイント44字×20行×388頁=約341,440字、400字詰め原稿用紙で約854枚。文庫本なら厚い一冊分。

 文章は翻訳物とは思えぬ読みやすさ。たぶん原書の文章にも微妙なリズムがあるんだろう。このリズムを巧みに日本語に写しとっている。お陰で心地よく読める反面、「あれ、なんか今、大変な事が起こったよね?」と何度も同じところを読み返す羽目に。

 少年少女向けのためか、難しい理屈は出てこない。ただしファンタジイなので、常識じゃありえない事が度々おこる。子供に戻って頭を柔らかくして読もう。

【感想は?】

 読むミュージカル。

 少年少女向けとはいえ、翻訳物だ。言葉の選び方や、文章のリズムなどで、普通は多少ぎこちなくなる。が、この作品は、なんかリズムのようなものを感じるのだ。リズムというよりグルーヴが近いかも。

 中でも私が脱帽したのは、執事スターリッジが歌で自己紹介する場面。

「私は管理者、あるべき場所に物を置く。箒と塵取り、磨いては叱る。ご機嫌いかが?」
  ――第7章 鼈甲の靴べら

 全然キャラは違うけど、私はここで映画「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」のドS歯医者を思い浮かべた。あ、86年のリメイクの方です。あと、ロッキー・ホラー・ショーでバイク乗りのエディが登場する場面。いやいずれも雰囲気は全く違うんだけど、変な奴が続々と出てくるのが共通点かな?

 とかの文章に乗って登場するキャラクターたちは、イギリスのファンタジイらしくケッタイな奴ばかり。

 主人公のクロッドからして、体が弱く暗くイジケた性格の小僧な上に、物の声が聞こえるという変な能力を持っている。バトル物なら、この特殊能力が何かの役に立つかもしれないが、生憎とそんな単純なお話じゃない。

 従兄のモーアカスはいばりんぼのいいじめっこ。乱暴な奴で、コイツに見つかったらタダじゃ済まない。小うるさいロザマッド伯母さんの誕生の品はドアの把手。不愛想で子供たちの粗さがしに余念がない。いるよね、こういう小言オバさん。

 でも少しは気が合う人もいる。従兄のタミスは二つ年上。大人しくて生き物が好きだが、一族から軽んじられている節がある。伯父のアライヴァーは医師。落ち着いていて理知的だから、珍しくマトモな人かと思ったら…。そういうアレな所も含めて、私はアライヴァーが気に入った。

 そんな変人ばかりが住む堆塵館は、屑山に取り囲まれている。

 最近の世の中は安全意識が高まってて、危ない場所は有刺鉄線などで囲み子供が入れないようにしてある。でも私が幼い頃は廃材置き場みたいなのが近所にあって、悪ガキどもの遊び場になってた。今から思えば無茶苦茶な時代だw

 そんな悪ガキの血が騒ぎだすのが、屑山を描く場面。なんだが、近所の廃材置き場なんて甘っちょろいシロモンじゃない。見渡す限りのゴミの山で、毒ガスが噴き出してくる。足元も安定しておらず、崩れたり大きな穴が隠れてたり波打ってたり。

 想像がつかなかったら、「スモーキー・マウンテン」で画像検索してみるといいかも。

 そんな舞台で繰り広げられるドラマも、これまた奇妙奇天烈なエピソードがてんこもり。そもそも「誕生の品」からして、何の意味があるのやら。

 風呂の栓や安全ピンぐらいなら、役に立たないまでも、少なくとも邪魔にはならない。でも、これが片手鍋や踏み台やブリキの如雨露は、ちと邪魔くさい。なんだってそんなモンを持ち歩かにゃならんのか。それでも持ち歩けるならまだマシで…

 そんな彼らアイアマンガー一族が、後生大事に守るケッタイなしきたりの数々は、今でも残るイギリスの貴族制度を皮肉っているのかな?

 もっとも、そういう小難しい事を考えなくても、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」から続く、イギリスのナンセンス・ファンタジイの豊かな地脈の色合いが濃いかも。独特のリズム感があるあたりは、マザー・グースの香りも少々。

 変テコな舞台で変テコな者たちが変テコな信念に基づく変テコな儀式を繰り広げつつ、アッと驚く展開で目まぐるしく話が進んだ末、「なんだってー!」な場面で第一部は終わる。気の短い人は、第三部の「肺都」まで揃えてから読み始めよう。でないと、屑山の悪夢に悩まされるかも。

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2018年4月 2日 (月)

新井素子「そして、星へ行く船」出版芸術社

あたし、あなたのことが好きだったのに。
  ――そして、星へ行く船

「でも、これが、この星のあるがままの姿です。地球の感覚だと、異常な世界に見えるかも知れませんけど、これが、この星の自然です」
  ――そして、星へ行く船

【どんな本?】

 デビュー作「あたしの中の…」から、若い女の子の話ことばをそのまま書き起こしたような文体で、喧々囂々の議論を巻き起こした新井素子による、初期の長編シリーズ完結編。長編「そして、星へ行く船」に加え、短編二編「αだより」「バタカップの幸福」を収録。

 人類が宇宙へと積極的に進出している未来。森村あゆみは19歳で地球から家出し、火星に居を構える。幸いにして仕事も見つかり、21歳になった。

 勤め先は水沢総合事務所。所長の水沢良行、事務担当で水沢所長の奥さんの麻子さん、元ベテラン商社マンの熊谷正浩、自称腕利き探偵の山崎太一郎、あゆみと同期で情報屋の中谷広明、そして森村あゆみの小さな所帯。主な業務は、やっかいごとよろず引き受け業、平たく言えば私立探偵兼なんでも屋。

  麻子さんのストライキに始まり、あゆみに届いた不審な手紙・挙動不審な痴漢・新時代の殺し屋と、予想外の展開を見せた事件は、懐かしい人物たちの再登場と共に火器を用いた乱戦へと発展し…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は集英社文庫コバルトシリーズ「そして、星へ行く船」として1987年に発行。その一部を手直しし、短編二編「αだより」「バタカップの幸福」を加え、2017年3月30日に出版芸術社より第一刷発行。

 単行本ソフトカバーで縦一段組み、本文約416頁に加え、定番の書き下ろしのあとがき8頁。9.5ポイント42字×17行×416頁=約297,024字、400字詰め原稿用紙で約743枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章は例の新井素子調。かなり個性が強いが、最近のライトノベルに慣れていれば問題はないだろう。内容はSFとはいえ、特に難しい理屈は出てこないので、理科や数学が苦手でも大丈夫。

 ただし、お話は「逆恨みのネメシス」から直接続いているので、一つの長編の上下巻にような関係にある。シリーズ全体を通しての伏線回収や、懐かしい人物が重要な枠割を果たす場面も多いので、できれば最初の「星へ行く船」から読もう。

【感想は?】

 うーむ、こそばゆい。

 このシリーズの感想を書く際、なんとなく避けてきた点がある。他でもない、これはラブコメだって事だ。最初は薄かったラブコメ色が、巻を追うごとに濃くなり、この巻では満開で迫ってくる。

 せめて煩悩にまみれたエロ坊主視点なら、息継ぎの合間もあるんだが、生真面目な若い娘さんの視点で書かれているため、そんなスキもない。おまけに拍車をかけるのが、この巻で明らかになるあゆみの秘密。

 これは幸福なのか不幸なのか。知らなきゃ、ずっと幸福でいられたろうなあ。もしくは、もちっと違う育ち方をしたら…いや、それを許さないのが、この秘密なわけで。いずれにせよ、やっぱりあゆみになってしまうのが、この「秘密」の怖い所。

 と、散々こそばゆい想いをさせてくれただけに、広明の報復には思わず喝采しちゃったぞ。よくやった広明、これでこそ広明。そういう立場なら、是非ともそうせねば。にしても、そういう所で使うなら、素材も特殊だろうし、手間ばかりか予算も相当の額になると思うが、何にせよよくやったw

 そんなわけで、五巻の大長編のフィナーレに相応しく、ちょっと切ない完結編だった。が、こういうこそばゆいラブコメは、若いうちに読んでおきたいね。

 SF者として気になるのが、火星の風景。ちょっと調べた限りでは、今になっても空の色はよくわからないらしい。日本にしても、季節によって多少違うばかりか、春には黄砂なんて現象もあるわけで、火星でも場所と季節と天気によって違うんだろうなあ。

 他にも苔むしたSF者には懐かしい名前が出てきて、「おおっ!」となったり。ちょうど最近、傑作選が出たばかりなのは、嬉しい偶然か。

 短編「αだより」「バタカップの幸福」は、いずれも本編の後日譚で、コメディ・タッチ。

 「αだより」は、本編を受けた、直接の続編と言っていい。そのためか、ほとんどピンク色に染まった雰囲気の中で話が進み、やっぱり何かとこそばゆい作品。にしても、悪あがきすればするほど、事態を悪化させてしまう太一郎には、やっぱり「ざまあ」と言ってやりたいw

 「バタカップの幸福」は、お待ちかねバタカップが主役を務める作品。

 こと研究に関係した事となると空気が読めなくなるイワンさんが素敵だw やっぱり第一線で働く研究者は、これぐらい人間が壊れてないとw ちなみに、これに出てくるウミウシモドキ、似たような能力を持つ生物は日本にもいます(→Wikipedia)。

 本編で明らかになる問題が問題だけに、どちらの短編もコミュニケーションが重要なカギとなっているのは、ワザとなのか偶然なのか。特に猫は、数年どころか一万年近くもヒトと付き合いがあるってのに、なかなかコミュニケーションが取れないのは、どういう事なんだか。

 文章は読みやすく、物語は起伏に富み、展開はスピーディー。実は考証もシッカリしたSFでありながら、それを感じさせずサラリと流す職人芸。独特の文体も相まって、この時期、既にライトノベルとしての形を完成させていた力量に、改めて恐れ入ったシリーズだった。

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2018年4月 1日 (日)

新井素子「逆恨みのネメシス」出版芸術社

森村あゆみ様
私はあなたが嫌いです。
  ――逆恨みのネメシス

【どんな本?】

 若い女の子の話ことばのような文体で、デビュー作「あたしの中の…」から喧々囂々の議論を巻き起こした新井素子による、初期の長編シリーズ第四弾。長編「逆恨みのネメシス」に加え、書き下ろし短編「田崎麻子の特技」を収録。

 人類が宇宙へと積極的に進出している未来。森村あゆみは19歳で地球から家出し、火星で職と住処にありつき、21歳になった。

 職場は水沢総合事務所。所長の水沢良行、事務担当で所長の奥さん水沢麻子、元ベテラン商社マンの熊谷正浩、自称腕利き探偵の山崎太一郎、あゆみと同期で情報屋の中谷広明、そして森村あゆみの小さな所帯だ。職務内容は、やっかいごとよろず引き受け業、平たく言えば私立探偵兼なんでも屋。

 朝からあゆみはため息ばかり。というのも、妙な手紙がポストに入っていたため。脅すでもなく、悪く言うでもなく、単に「私はあなたが嫌いです」、それだけ。害を加えようとしているわけでもなく、犯罪として成立しないだけに、余計に気味が悪い。

 あゆみの今までの仕事を考えれば、人に恨まれる心当たりはいくらでもある。モヤモヤしたまま、太一郎と食事に出かけたあゆみに、奇妙な男が近づき…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は集英社文庫コバルトシリーズ「逆恨みのネメシス」として1986年に発行。これの一部を手直しし、短編「田崎麻子の特技」を加え、2017年1月27日に出版芸術社より第一刷発行。

 単行本ソフトカバーで縦一段組み、本文約246頁に加え、書き下ろしのあとがきが豪華34頁。9.5ポイント42字×17行×246頁=約175,644字、400字詰め原稿用紙で約440枚。文庫本ならちょい薄めの一冊分。

 文章は例の新井素子調。アクは強いものの、実はスラスラ読める。内容はSFだが、特に難しい理屈は出てこないので、理科や数学が苦手でも大丈夫。ただし、今までのシリーズと繋がっているので、開幕編の「星へ行く船」から読もう。

【感想は?】

 ぐおお、ここで<つづく>かよおぉぉっっ!

 そう、これは完結していない。むしろ「そして、星へ行く船」前編と言った方がいい。そして、謎も物語もアクションも思いっきり盛り上がった所で終わる。だから、気の短い人は、予め「逆恨みのネメシス」「そして、星へ行く船」の二冊を用意してから読み始めた方がいい。

 滑り出しは陰険コメディ。水沢総合事務所の面々が揃った場面ながら、珍しくどよ~んとした雰囲気で始まる。空気は淀みがちながら、事務所内の序列がハッキリわかるのが楽しい。やっぱりボスはあのお方かいw

 先の「カレンダー・ガール」もそうなんだけど、冒頭から「変な事件」で読者を一気に物語に引き込む手腕は見事。この巻では奇妙な手紙だ(この記事冒頭の引用)。何やら敵意を持っているらしいのはわかるが、にしても何かを要求しているわけでも、脅しているわけでもない。所内の面々は嫌な想像をしてばかり。

 とか悩んでいるうちに、事態はさらに素っ頓狂な方向にすっ飛んでいくから、読んでて飽きない。テンポよく話が進む上に、次々と意表をついてくれるんで、頁をめくる手は逸るんだが、そうもいかないから意地が悪い。

 というのも、話そのものがかなり込み入ってるんで、じっくり読む必要があるのだ。事件そのものの仕組みが込み入っているので左脳を駆使せにゃならん上に、あゆみと手紙の主の関係がアレで、それぞれの心の奥まで探っていくため、右脳もフル稼働する羽目になる。にしても「新しいタイプの殺し屋」ってw

 そう、前の「カレンダー・ガール」もそうだったんだが、ここでも懐古趣味がチョロチョロと顔を出して。「小癪千万」とか、完全に入り切っちゃってるよなあ。やっぱし未来にも時代劇は生き残ってるんだろうか。今はロケ地も減り制作費の問題もあり、難しい状況らしいけど。

 などに加え、いよいよシリーズも終盤に入って来たな、と感じさせる展開になっているのも、「読みたい、でもじっくり味わいたい」のジレンマに陥らせる原因。今までのシリーズで登場した懐かしい連中が、意外な場面で意外な形で登場してくる。

 といったドラマも面白いが、SF者へのサービスも忘れちゃいない。

 正直言うと、ちょっと引っかかっていたのだ、あの左腕。全体として考えると理屈に合わない所もあるけど、お話としては面白いから、ま、いっか、と思って流していたんだ。

 が、その「引っかかっていた」所をズバリと突いて、しかもキチンと理屈をつけてくれたから嬉しい。こんなの気にするのは重箱の隅をつつくSF者ぐらいだろうに、敢えてソコを逆手に取り、ストーリー上の重要なポイントに持ってくるとは。そこまで考えていたのか。

 もう一つ、SF作家としての斬新な発想を見せてくれるのが、短編「田崎麻子の特技」。なんと料理SFだ。

 やってる人ならわかると思うが、料理ってのは、案外と頭を使う仕事で。何より、慣れないとスケジュール調整が難しい。私の場合はガスレンジが二口なんで単純な方なんだが、それでも鍋とフライパン、そしてまな板を同時並行的に扱っていく。何より大事なのは、あったかい品はあったかいまま食卓に出すこと。

 ってんで、スケジュールは完成する時点から逆算して組んでいく。煮物と炒め物の例だと。

 まず鍋に水を入れて湯を沸かし、その間にまな板で皮を剥いたり刻んだり。一般に煮物は火をかけちゃえばあまりかき回さずに済むが、炒め物は強火で炒める間、常にかき回す。だから鍋で煮ている間にフライパンで炒め、両方が同時に完成するようにスケジュールを組むと、アツアツの食事を楽しめる。

 慣れればこういった計算は瞬時にできるんだが、コンピュータにやらせようとすると、これはこれで面白い問題なのだ。使えるリソースは限られている。食材・調味料・火の口・加工する人手・包丁やピーラーなどの道具。これらの組み合わせで、最適な調理スケジュールをはじきだす。ちょっとした線形計画法である。

 まあオッサンの料理なんで「食えりゃいいじゃん」ぐらいの完成度で充分だし、多少味はアレでもあったかけりゃ大抵のモノは食える。線形計画法ったって、まず「何を最適化するか」って要求仕様が大事なんだが、オッサンなら求めるべき最適値も、だいたい定まってる。安く手軽に、だ。

 が、人に出す、それも大切な人に出すとなると、この程度じゃ済まない。下ごしらえして何日か寝かせにゃならん物もあるし、食材も「ソコにある物」ってワケにゃいかない。組み合わせによる相性もあるし、その時に手に入る食材の鮮度もある。考えるべき要素と制約条件は雪だるま式に膨れ上がっていく。

 ばかりか麻子さん、実は完璧主義者で…

 といった、指数関数的に膨れ上がるスケジューリングの計算量に加え、宇宙時代ならではの食の事情にまで掘り下げていくから楽しい。こんなに短いのが恨めしくなるほど、妄想が膨らむ書き下ろしだった。

 なのはともかく、本編の引きは完全に狙ったもの。続きを何カ月も待たずに読める今が本当に嬉しい。

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2018年3月30日 (金)

新井素子「カレンダー・ガール」出版芸術社

あずかった。ついては我々の支示に
察に連落した場合女の命の保
  ――カレンダー・ガール

「あの二人、たたき殺してやる」
  ――カレンダー・ガール

【どんな本?】

 デビュー作「あたしの中の…」から、若い女の子の話ことばをそのまま書き起こしたような文体で、喧々囂々の議論を巻き起こした新井素子による、初期の長編シリーズ第三弾。長編「カレンダー・ガール」に加え、書き下ろし短編「熊谷正浩は“おもし”」を収録。

 人類が宇宙へと積極的に進出している未来。森村あゆみは19歳で地球から家出し、火星で職と住処にありつき、間もなく21歳になる。

 職場は水沢総合事務所。所長の水沢良行、事務担当の田崎麻子、元ベテラン商社マンの熊谷正浩、自称腕利き探偵の山崎太一郎、あゆみと同期で情報屋の中谷広明、そして森村あゆみの小さな所帯だ。職務内容は、やっかいごとよろず引き受け業、平たく言えば私立探偵兼なんでも屋。

 仕事中毒の所長・水沢良行がやっと折れ、めでたく麻子さんと挙式とあいなった。一カ月の予定で太陽系をめぐる新婚旅行に出かけた二人。だが、さっそく困った事態に陥ってしまう。どうも麻子さんが誘拐されたらしい。しかし、残された脅迫状とおぼしき紙片には…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は集英社文庫コバルトシリーズ「カレンダー・ガール」として1983年に発行した作品。これの一部を手直しし、短編「熊谷正浩は“おもし”」を加え、2016年11月25日に出版芸術社より第一刷発行。

 単行本ソフトカバーで縦一段組み、本文約334頁に加え、定番の書き下ろしのあとがき7頁。9.5ポイント42字×17行×334頁=約238,476字、400字詰め原稿用紙で約597枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章は例の新井素子調。かなり個性が強いが、最近のライトノベルに慣れていれば問題はないだろう。内容はSFとはいえ、特に難しい理屈は出てこないので、理科や数学が苦手でも大丈夫。

【感想は?】

 わはは。新井素子版スペース・オペラだ。

 謎めきつつもスピーディーな展開は相変わらずで、結婚式からケッタイな誘拐とその真相まで、テンポのいいコメディを織り交ぜながら、お話はポンポンと進む。

 このコメディ、特に男女がセットになると、夫婦漫才よろしく、口のまわる女性陣に、モゴモゴと話す男性陣がタジタジとなる展開が多いのは、この人の芸風なんだろうかw 前の村田とあゆみのように素っ頓狂な会話も健在で、この事務所は常識じゃ測れない事件に巻き込まれる運命らしい。

 ゲストのヒロインが魅力的なのも、前の「通りすがりのレイディ」と同じで。あんな無敵にカッコいいお姉さんを出しちゃったら、もう後がないだろうと思ったら、そうきたかあ。きっと彼女にとっては、麻子さんが「レイディ」に見えるんだろうなあ。

 その麻子さんのカッコよさには、レイディが不可欠だったりするあたり、仕込みの巧みさが光ってる。なまじデキる人が身近にいると、どうしても自分の存在意義に不安を感じるもので。

 もっとも、オッサンになった今から思うと、そういう「上を見る姿勢」を持ち、自分に足りない物を知ってる人って、伸びるんだよね、ジリジリと。何より、伸びようとするからこそ、不安感を持つんだし。そういう所も含めて、今回のヒロインも滅茶苦茶カッコよくて可愛い。

 とかに加えて、コッソリとオッサン好みの隠し味まで仕込んでるから、この人は憎い。

 目次を見てスグのわかるのは、書き下ろし短編「熊谷正浩は“おもし”」。

 今までの所は、なんか冴えないが気のいいオッサンに見える熊谷さんが主役を務める作品。緊張すると腹を下す人には、身に染みる話です。いやホント、ヒトゴトじゃないのよ。初対面の人相手に、いきなり「トイレどこですか?」なんて聞く時の体面の悪さったら。

 やはり身につまされるのが、近藤さん。きっと、あんまし見た目は良くないんだろうなあ。それだけに、「これしかない」と思っちゃったんじゃなかろか。生い立ちもあって、どうすりゃいいか、わかんなかったんだろうなあ。切ないねえ。でも、顧客の事情もよく知ってるあたりは、さすがと言うか。

 にしても、理想とステテコってのは…。先の熊谷さんも同じなんだけど、理屈と生の現実って、違うんだよね、どうしても。最近読んだ統計の本なんてのは、完全に理屈の世界で、それはそれで大事なんだけど、現場はまた違ってて…。

 加えて怪談やら忍法帖やら、オッサン向けのクスグリをコッソリ仕掛けてあるのは、どういう事なんだろうw 確か初出は高校生向け雑誌の連載のはずなんだがw

 いや、ちゃんと若者向けの話でもあるんだ。何より、視野が広がっていく感覚。

 開幕編の「星へ行く船」では、主に狭い個室でドラマが終始した、続く「通りすがりのレイディ」は、火星の市街へと舞台が広がる。そしてこの作品では、火星軌道の外側までビュンビュンと飛び回る。この「広さ」を感じさせるあたりが、とっても心地いい。

 そして、逆襲に転じてから始まる、パワフルなアクション。もっとも、最後の最後までパワフルなのはアレだけどw 近藤さんの気持ちが、少しはわかったんじゃないかなw

 と、ニヤニヤして読みながらも、入念な仕込みに舌を巻いた第三弾。この先、どう翻弄してくれるんだろう。

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2018年3月29日 (木)

新井素子「通りすがりのレイディ」出版芸術社

「わたしはそう簡単に殺されてあげるような素直な女じゃありません」
  ――通りすがりのレイディ

【どんな本?】

 SF・ホラー・コメディ・エッセイと多彩な分野で活躍し、またライトノベルの祖の一人でもある新井素子による、初期の長編シリーズ第二弾。長編「通りすがりのレイディ」に加え、書き下ろし短編「中谷広明の決断」を収録。

 人口過密な地球から家出した19歳の森村あゆみは、トラブルに巻き込まれた末、火星に住居と職を得る。水沢総合事務所、俗称やっかいごとよろず引き受け業。なんでも屋と私立探偵を兼ねたような仕事で、所長を含め六人の小さな所帯だ。

 勤め始めて一年ほどたち、仕事にも職場にも慣れたころ。先輩の山崎太一郎の家を訪ねたあゆみは、魅力的な喪服の美女に出会う。思わず見とれていたあゆみの目の前で、美女は崩れ落ちた。撃たれたのだ。

 これをきっかけに、あゆみは大騒動のド真ん中に放り込まれ…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は集英社文庫コバルトシリーズ「通りすがりのレイディ」として1982年に発行した作品。これの一部を手直しし、短編「中谷広明の決断」を加え、2016年9月16日に出版芸術社より第一刷発行。

 単行本ソフトカバーで縦一段組み、本文約317頁に加え、お待ちかね書き下ろしのあとがき9頁。9.5ポイント42字×17行×317頁=約226,338字、400字詰め原稿用紙で約566枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章は例の新井素子調。一人称「あたし」で、親しみやすい話ことばっぽい文体。内容はSFだが、特に難しい理屈は出てこないので、理科や数学が苦手でも大丈夫。

【感想は?】

 これぞ若者向け娯楽小説の王道。

 読みやすく親しみやすい文章で、テンポよくストーリーが転がってゆく。お話の構成も見事で、序盤から中盤に向け謎が深まってゆき、と同時に事件の規模も雪だるま式に膨れ上がってゆく。「おいおい、ここまで風呂敷を広げて大丈夫か?」と不安になりながら読み進むと…

 なんといっても、レイディがいい。あゆみより少し年上ながら、可愛らしさを充分に残している。なんて見とれてたら、実はとんでもない武闘派のスーパーレディで、悠々と主役のあゆみを喰っちゃっう大活躍。

 「星へ行く船」にもちょろっとチャンドラーが出てきたけど、彼女は女版マーロウとでも言うか。単にバトルに強いだけでなく、頭の回転も速く機転が利き、洒落た台詞を連発するのに加え、とんでもなくタフで前向き。

 こんなん年頃の娘さんに読ましたら、そりゃ惚れてまうやろ。当時、レイディに憧れた女の子は多いだろうなあ…と思って Amazon のレビューを見たら、やっぱりいた。そりゃそうだよねえ。決して完璧じゃない所まで、愛しくなってしまう。

 なんて謎めいた美女は、かつて水沢総合事務所と縁があり、しかも彼女が関わっている事件はやたらと深い闇につながっていて…

 とかの謎解きも面白いが、それを彩るアクションが派手なのも、今回の読みどころ。「星へ行く船」でのアクションの多くが、狭い船内の限られた空間で展開するのに対し、今回は市街地・高級ホテル・郊外、果ては〇〇にまで飛び出すバラエティ豊かな舞台。

 これもレイディの登場あってのものだろうなあ。一応はあゆみのアクションもあるんだけど、なにせアレあゆみなんで、どうしてもアクションというよりドタバタ・ギャグになってしまうw 特に宇宙服騒ぎのあたりは、読んでて笑いが止まらなかった。そりゃビビるわなあw しばらく悪夢にうなされるんじゃなかろか。

 可笑しいと言えば、あゆみと村田とのかけあい漫才も楽しいところ。村田さん、ノリがいいというか乗せられやすいというか。きっとモノゴトを論理的に考える人なんだろうなあ。だから、脱線だらけのあゆみには意表をつかれて足元をすくわれちゃう。いや悪役なんだけどね、本来はw

 どうも私の脳内じゃ村田は「すすめ!パイレーツ」の村田になっちゃって、なまじ具体的にイメージが沸く分、余計にギャグのキレが増してしまう。

 裏社会の空気を漂わせつつ、その道のプロ意識があって、冗談が通じそうにない、そんな役者さんを想像して読んでみよう。私のようなオッサンは、若い頃の渡哲也や高倉健を思い浮かべるけど、そこは読む人のお好みに合わせて。

 とかのキャラクターもいいが、ストーリーも中盤以降は怒涛の展開。特に事件の構造が明らかになり、あゆみが解決に向けて突っ走り始めるあたりから、「ここまでやっちゃってシリーズが続けられるんだろうか?」と変に心配しちゃったり。

 きっと「図書館戦争」の有川浩も、これ読んでるんだろうなあ…と思ったら、やっぱりお気に入りだった(→週刊現代)。若い娘さんが主役で、職場の先輩が頼れるオトナってあたりが、似た匂いを放ってて。堂上の背がアレな所も太一郎とカブったり。

 そんなわけで、有川浩が好きな人にもお薦め。にしても、当時、新刊で読んでいた人は、さぞかし次巻が待ち遠しかったろう、と思える幕引きだった。

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2018年3月28日 (水)

新井素子「星へ行く船」出版芸術社

「俺たちは巨大なごみ捨て場――莫迦でかい墓場に囲まれていきているんだ」
  ――星へ行く船

【どんな本?】

 デビュー作から独特の文体で話題を呼び、SF・ホラー・コメディ・エッセイと多彩な分野で活躍し、またライトノベルの祖の一人でもある新井素子の、初期の長編シリーズ開幕編。中編「星へ行く船」「雨の降る星 遠い夢」の二編に加え、書き下ろし短編「水沢良行の決断」を収録。

 地球は人口過密に苦しみ、宇宙への植民が盛んになった未来。19歳の森村は、地球から宇宙へと旅立とうとしていた。乗り込むのは定期宇宙船ダフネ18号、目的地は惑星シイナ。ただし一つ気がかりがある。パスポートは、2歳年上の兄のものを失敬してきたのだ。

 なんとかゲートは通過したものの、出発早々に問題が起きた。事情があって異様に料金が高い個室を予約したはずなのだが、既に先客がいる。どうもダブル・ブッキングされたらしい。困った事にダフネ18号に個室はひとつだけ。先客は「俺のまわりにいると危ない」などと物騒な言葉を吐き、譲ろうとしない。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は集英社文庫コバルトシリーズ「星へ行く船」として1981年に発行した作品。これの一部を手直しし、短編「水沢良行の決断」を加え、2016年9月16日に出版芸術社より第一刷発行。

 単行本ソフトカバーで縦一段組み、本文約286頁に加え、お待ちかね書き下ろしのあとがき7頁。9.5ポイント42字×17行×286頁=約204,204字、400字詰め原稿用紙で約511枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章は例の新井素子調。一人称「あたし」が、若い娘さんの口調で語る形で話が進む。当時はこの文体が議論をかもした。新井素子によるライトノベルへの多大な貢献の一つだろう。内容はSFだが、特に難しい理屈は出てこないので、理科や数学が苦手でも大丈夫。

【感想は?】

 あれ? 一人称が「あたし」じゃない。

 なんて違和感を持てるのも、今ならではではだなあ、なんて感慨にふけってしまう。

 SF者としては、冒頭の宇宙船に乗り込むあたりから、細かい気配りに嬉しくなったり。例えば、肝心の定期宇宙船は「宙に浮かんで」いて、宙港にはない。デカすぎて地上との往復に耐えられないんだろう。だもんで、地球から定期宇宙船までは、小型の宇宙艇で往復する。

 とっても合理的な設定なんだが、そこんとこを理屈っぽくもしつこくも小難しくもなくアッサリと流し、SFに慣れない人にもアレルギーを感じさせないように処理してるあたりは、さすが売れる人は違う、と感じさせる。

 この「さりげなく作り込まれた設定」は、この記事を書くため改めて読み直すと、他にも色々と見つかる。「星へ行く船」の中ほどに描かれる、森村が過ごした地球の田舎の様子も、未来の風景を未来の子供の視点で描き、生活感がありながらもセンス・オブ・ワンダーを感じさせてくれる。

 とかのSF者のこだわりはおいて。

 お話として読むと、とにかく展開がスピーディーでコロコロ転がっていき、どんでん返しの連続になっているのも見事。こういう話は、どうも紹介しにくいんだよなあ。序盤から沢山の伏線が仕掛けてあるから、下手なことは書けないし。

 さすがに30年以上前の作品だけあって、今読むから感じる時代性みたいなのも色々と。私が一番感じたのは、煙草。困った事に個室がカチあっちゃった先客の太一郎、スパスパ吸いまくる。今ならきっと非難ごうごうだろう。当時は大らかだったなあ。

 コンピュータ関係が全く出てこないのも、当時ならでは。まあ、これは時を経たSFを読む際のお約束で、「そういうもの」としてスルーしよう。

 続く「雨の降る星 遠い夢」は、若い娘さんが自分の足で歩き始める物語。ちょっと自分が職に就いたばかりの頃を思い出し、「そういえばそうだったなあ」なんて気持ちになったり。

 なんたって、社会人になったのだ。いつまでもネンネ扱いされるのは、なんか納得いかない。ちゃんと「仕事をした」って手ごたえが欲しい。同期に差をつけられてるなら、なおさらだ。ってんで、張り切るのはいいが…

 とかの若者ならではの気負いには、ついつい遠い目になっちゃうが、舌を巻いたのが会話の巧さ。

 これがよく表れてると感じたのは、ターゲットの会社に突撃取材する場面。受付嬢の台詞が、単に読者に情報を伝えるだけでなく、それぞれの人物がそれぞれをどう見ているか、どんな気持ちを抱いているか、そういった「気持ち」や「空気」まで、短い文章に巧みに織り込んでいる。

 とか思って「これは若い娘さんを主役に据えた○○ビンビン物語なのね」などと油断してると、終盤で全体重を乗せた右ストレートを放ってくるから侮れない。

 なんて難しいことは考えず、「スラスラ読める楽しい物語」ぐらいに思って手に取ってみよう。楽しく読めるのは確実に保証できるから。

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