カテゴリー「書評:軍事/外交」の198件の記事

2019年8月 6日 (火)

岩瀬昇「日本軍はなぜ満州大油田を発見できなかったのか」文春新書

杉山元参謀総長「本報告の調査および推論の方法はおおむね完璧で間然とするところがない。しかしその結論は国策に反する。したがって、本報告の謄写本は全部直ちに焼却せよ」
  ――第5章 対米開戦、葬られたシナリオ

【どんな本?】

 蒸気機関の戦争だった第一次世界大戦に対し、第二次世界大戦は石油の戦争となった。戦車も航空機も空母も燃料は石油だ。太平洋戦争では、南方の油田を目指し帝国陸海軍が突進した。陸軍・海軍ともに、石油の重要性はわかっていたようだ。

 では、戦前・戦中の石油を含む大日本帝国のエネルギー政策は、どんなものだったのか。例えば満州には大慶油田(→Wikipedia)や遼河油田(→Wikipedia)が眠っているが、大日本帝国はなぜ発見できなかったのか。米国が先導する経済制裁に対し、どのような対応策を取ったのか。更には、日米の圧倒的な経済力の差を、どう認識して開戦に踏み切ったのか。

 著者は三井物産及び三井石油開発に勤務し、退職後もエネルギーアナリストとして研究を続けている。終戦直後、軍や政府の資料は多くが焼却されてしまった。しかし、石油関連会社など民間の資料は残っている。

 本書はこれらに加え、戦後に出版された軍人・民間人の手記や回顧録などを丹念に漁り、また仕事を通じて培ったエネルギー関連の豊かな人脈を駆使して、戦前・戦中における大日本帝国のエネルギー政策を検証する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年1月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み本文約238頁。9ポイント42字×16行×238頁=約159,936字、400字詰め原稿用紙で約400枚。文庫本なら少し薄めの一冊分ぐらい。

 文章は比較的こなれている。内容も特に難しくない。全体を理解するには日本現代史と石油の双方の知識が必要だが、本当に重要な点は本書内にちゃんと書いてあるので、あまり前提知識は要らない。その分、頁数の割に中身は濃い本だが、じっくり読めば必要な事は理解できるので、あせらずに読もう。また日付を元号と西暦の双方で書いてある工夫が有り難い。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、なるべく頭から読もう。

 はじめに
第1章 海軍こそが主役
第2章 北樺太石油と外交交渉
第3章 満州に石油はあるか
第4章 動き出すのが遅かった陸軍
第5章 対米開戦、葬られたシナリオ
第6章 南方油田を奪取したものの
第7章 持たざる者は持たざるなりに
 主な引用・参考文献

【感想は?】

 今も昔も、国の盛衰はエネルギー次第なのだ。

 昔については、「森と文明」で思い知った。大英帝国の躍進も、豊かな炭田があったからだ。では、大日本帝国のエネルギー政策はどうだったのか。これを検証するのが、この本だ。

 全編を通し、著者の静かな怒りが伝わってくる。決して罵らず口調も荒げず、淡々と事実を記すだけだ。だからこそ、当時の大日本帝国の支配層が、いかに現実を受け入れようとしなかったか、思い込みにはまり込んで愚行に走ったかを、根拠に基づいて冷静かつ論理的に指摘してゆく。

 なにせ冒頭の「はじめに」から、「戦前、戦中を通じ、国家としての統一された石油政策が存在したとはいいがかたく」とある。当時の大日本帝国が、マトモな経済政策や軍需政策を持っていなかったのは、「海上護衛戦」でも散々に指摘されていた。

 第一部では、海軍は比較的に早くから石油の重要性を認識していた、とある。が、その直後に、水ガソリン詐欺事件を引っ張り出す。1938年、詐欺師が水をガソリンに変えると触れ込んで、海軍上層部が危うく騙されかけた事件だ。技術屋はペテンだと指摘したにも関わらず、井上成美軍務局長曰く「上長批判はけしからん」。いや化学に上長もヘッタクレもねえだろうに。

 もちろん著者は「ヘッタクレ」なんて下品な言葉は使わない。調査と取材で得た事実を記すだけである。それだけに強い説得力を持って、当時の軍はそういう体質だったのだ、という現実が痛いぐらいに伝わってくる。

 実はもう一つ、重要な点がある。本書全般を通し、陸軍と海軍を対比して描いている点だ。「第6章 南方油田を奪取したものの」では、1942年11月に海軍のタンカー黒潮丸がパレンバンで陸軍の製油所から給油を受けた事件を紹介している。上との連絡が取れず、独断で給油を指示した陸軍の廠長、なんと上からお叱りを受け、昇進も邪魔されている。独断はけしからん、と。

 独断云々はタテマエで、陸海軍の睨み合いが原因なのは、読んでいればだいたいわかる。そもそも陸海軍が別々に石油政策を持っている事がおかしい。まあ、他にもあらゆる軍需品に関してマトモな計画がなかったのは、「海上護衛戦」で散々に毒づいてるけど。

 とかの分かりやすい量の問題に加え、当時の大日本帝国は質の問題も抱えていた。走り屋はみんな知ってるオクタン価(→Wikipedia)だ。これも当時の事情は…

揮発油(ガソリン、ジェット燃料)の品質基準に「オクタン価」というものがあることを、日本の石油関係者が知ったのは、昭和七(1932)年から一年間、海軍機関少佐だった渡辺伊三郎が欧米視察に出たときのことだった。
  ――第4章 動き出すのが遅かった陸軍

 というから、陸海軍の技術軽視は凄まじい。もっとも、「兵士というもの」にも、陸軍兵士は技術の話をほとんどしなかった、とあるので、世界的に陸軍は技術を軽んじる傾向があるのかも。対して空軍兵はエンジンを重視したとかで、空軍が独立してたドイツじゃ技術屋は比較的にマシだったんだろうなあ。

 終盤では、開戦前に日米の経済力を比べた秋丸機関(→Wikipedia)と、それとは別に陸軍参謀本部が新庄健吉陸軍主計大佐に命じて行った経済力調査の顛末が出てくる。結果は、ご想像のとおり。なんで「愚行の世界史」か取り上げなかったのか、と不思議に思うぐらい、愚か極まりない結論に向かって突っ走ってゆく。

 他にもソ連に翻弄される北樺太油田、満州での関東軍あげてのペテン、軍事機密に阻まれ必要な統計すら取れない縦割り組織の悲劇、「軍人、軍馬、軍犬、軍鳩、軍属」と揶揄される軍の技術者軽視など、もはや笑うしかない当時の大日本帝国の出鱈目さを、あくまでも冷静沈着に事実だけを記す形で綴ってゆく。

 歴史を掘り起こし、そこから国家のエネルギー戦略の教訓を学ぶと共に、あの戦争の原点を探ろうとする、見た目は薄いながらも中身は極めて濃い本だ。

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2019年7月22日 (月)

ゼンケ・ナイツェル,ハラルト・ヴェルツァー「兵士というもの ドイツ兵捕虜盗聴記録に見る戦争の心理」みすず書房 小野寺拓也訳

我々が本書で再構築し、描写しようとするのはこの参照枠組みである。兵士たちの世界はどのようなものであったか。彼らは自分自身や敵をどのように見ていたのか。アドルフ・ヒトラーやナチズムについて何を考えていたのか。戦争がすでに敗色濃厚であったときでさえも戦い続けたのはなぜか。
  ――プロローグ

ジグムント・フロイドが言うように、錯覚を共有している人間には、それが錯覚であることがわからない。
  ――第2章 兵士の世界 「第三帝国」の参照枠組み

これらの事例において注目すべきなのは、(略)「ユダヤ的なもの」のさまざまな側面を見つけ出すために発揮される創造性であり、もうひとつは(略)反ユダヤ主義的な排除措置を自発的に、しばしば先回りする形で行っていたことである。
  ――第2章 兵士の世界 「第三帝国」の参照枠組み

本書で利用する史料を通覧する限りでは、ユダヤ人絶滅の事実ややり方に関する知識は兵士たちの間で広まっていたものの、彼らはこうした知識に特別な関心を示さなかったと判断せざるをえない。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 絶滅

ヒエラルキーの中での地位が高くなればなるほど、失敗を認める能力も低下する。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 勝利への信念

盗聴記録において印象深いのは、武装SSにおいては戦争犯罪というテーマについて語ることがきわめて当然であったこと、完全に無頓着であったことが示されている点である。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 武装SS

すでに第一次世界大戦において捕虜は、報復もしくは妬みから殺害されている。自分自身は戦い続け、自分の命を危険にさらし続けなければいけないのに、戦争捕虜は安全ではないかと考えられたためだ。
  ――第4章 国防軍の戦争はどの程度ナチ的だったのか

連合国の秘密情報機関にとって大いに喜ばしいことに、彼ら(捕虜)にとってのタブーテーマは、彼ら自身の感情だけであった。
  ――補遺

【どんな本?】

 1996年、ある資料が機密解除される。第二次世界大戦中、英米軍はドイツ兵の捕虜収容所に盗聴器を仕掛け、彼らの会話を盗み聞きし、記録を取っていたのだ。

 手紙や回顧録などの文書は、誰かに読まれる前提で書く。そのため、都合の悪いことは書かないなどの脚色が入るし、相応の教育を受けた者の手による資料が多い。後年での取材では、取材を受ける者がその後の経緯を知っているため、記憶が歪められがちだ。だが同時代のナマの会話なら、これらの改変を免れる。

 もっとも、会話ならではの問題もある。「武勇伝」は誇張されがちだ。話相手の期待に沿わない話題も出てこない。話題はアチコチに飛び、論理的な一貫性もない。

 それを踏まえた上でも、この史料は貴重である。この点に気づいた歴史学者のゼンケ・ナイツェルは、社会心理学者のハラルト・ヴェルツァーと組み、史料の研究を始める。

 目的は、捕虜であるドイツ軍将兵の「参照枠組み」を明らかにすること。

 私たちの言動は、多かれ少なかれ、その場の「空気」に従う。コンサートで優れた演奏を聴いた時、ヘビメタならスグに大声で歓声をあげるが、クラシックなら曲または楽章が終わるまで待つだろう。その場の言動の良し悪しを決めるのが、参照枠組みである。

 参照枠組みにも、強弱がある。一時的に集まった群衆、例えば同じ電車に乗り合わせた人々の場合、参照枠組みは弱く、それぞれの個性が発揮される余地が広い。対して軍隊は極めて参照枠組みが強く、各将兵が個性を発揮する余地はほとんどない。軍が求めるのは命令に忠実に従う兵士であって、自らの考えで善悪を判断する人間ではないのだ。

 著者らは捕虜となったドイツ軍将兵の膨大な会話記録を調べ、その根底にある当時のドイツ軍および第三帝国の、参照枠組み=「空気」を掘りだそうと試みる。

 彼らは敵をどう見ていたのか。ナチスやヒトラーを、本当に信じていたのか。敗色濃厚となっても、なぜ戦い続けたのか。民間人やユダヤ人の虐殺を、どう考えていたのか。

 歴史学者と社会心理学者のコンビが、盗聴記録という貴重な資料を基に、兵士たちの本音に迫る、重厚な研究書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SOLDATEN : Protokolle vom Kämpfen, Töten und Sterben, by Sönke Neitzel&Harald Welzer, 2011。日本語版は2018年4月16日第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組み本文約393頁に加え、訳者あとがき17頁。9ポイント26字×22行×2段×393頁=約449,592字、400字詰め原稿用紙で約1,124枚。文庫なら厚めの上下巻ぐらいの分量。

 文章はやや硬い。内容も素人には不親切。捕虜の会話では、その背景が大事だ。だから第二次世界大戦でのドイツ軍の戦況・部隊の性質・ユダヤ人虐殺などの知識が要る。にもかかわらず、これらについての説明は少ない。読みこなすには、現代の普通の日本人の感覚からすると、学者とまではいかないまでも、ヌルい軍ヲタ並みの知識が必要だ。

まったく、社会学者ってのは、人の立場で考えるって能力が酷く欠けてるんだよなあ。

 第二次世界大戦の概要はこちら(→Wikipedia)。大雑把には、こんな感じ。1939年9月に始まり、1941年冬までドイツ軍は好調、1943年2月まで膠着状態、以後ドイツ軍は負け続け。

  • 1939年9月 ドイツ軍とソ連軍がポーランドに侵攻、第二次世界大戦が始まる。
  • 以後1940年にオランダ・ベルギー・ルクセンブルグ・フランス、1941年6月にはソ連にも侵攻、快進撃が続く。
  • 1941年冬に進撃が止まる。
  • 1943年2月、ソ連が逆襲に転じ、以降ドイツ軍は負けが続く。
  • 1945年4月30日 ベルリンが墜ち、ドイツが負ける。

 もう少し細かく、この本に関係が深い事柄を次にあげる。

  • 1939年9月 ドイツ軍とソ連軍がポーランドに侵攻、占領。
  • 1940年4月 ドイツ軍がデンマークとノルウェーに侵攻、占領。
  • 1940年5月 ドイツ軍がオランダ・ベルギー・ルクセンブルグおよびフランスに侵攻、占領。
  • 1940年8月 ドイツ空軍がイギリス攻撃を始める(バトル・オブ・ブリテン)。苦戦の末イギリスが守り切る。
  • 1941年2月 ドイツ軍ロンメルがアフリカ上陸、イギリス軍と一進一退の戦闘を繰り広げる。
  • 1941年6月 ドイツ軍がソ連に侵攻。最初は軽快に進軍していたが、冬に戦線が膠着。
  • 1941年12月 日本が参戦。
  • 1942年 ドイツ海軍のUボートが主に大西洋で活躍、連合国の補給を潰す。
  • 1942年10月 アフリカのエル・アラメインでイギリスがドイツ軍を破り、以後ドイツ軍ロンメルは後退を続ける。
  • 1943年2月 ソ連スターリングラードでソ連軍が逆襲に転じる。以後ドイツ軍は東部戦線で後退を続ける。
  • 1943年5月 イギリスとアメリカがアフリカからドイツ軍を追い出す。
  • 1943年9月 イギリスとアメリカがイタリアに上陸、ドイツ軍はジリジリと後退を続ける。
  • 1944年6月 イギリスとアメリカがフランスのノルマンディーに上陸。
  • 1944年12月 ドイツ軍がベルギーとルクセンブルグで大攻撃を始めるが(バルジの戦い)、1カ月ほどで力尽きる。
  • 1945年4月 ソ連軍がベルリン攻撃を始め、4月30日に陥落、ヒトラーは自殺する。
    ヒトラーの遺志によりドイツ海軍元帥カール・デーニッツが後を継ぎ、降伏の交渉を始める。

【構成は?】

 実際の将兵の声を収録しているのは「第3章 戦う、殺す、そして死ぬ」だ。著者のゴタクを抜きにして将兵の声が知りたい人は、3章だけを読めばいい。

  • プロローグ
  • 第1章 戦争を兵士たちの視点から見る 参照枠組みの分析
    基礎的な方向付け ここではいったい何が起きているのか/文化的な拘束/知らないということ/予期/認識における時代背景の文脈/役割モデルと役割責任/「戦争は戦争だ」という解釈規範/形式的義務/社会的責務/さまざまな状況/個人的性格
  • 第2章 兵士の世界
    「第三帝国」の参照枠組み/戦争の参照枠組み
  • 第3章 戦う、殺す、そして死ぬ
    撃つ/自己目的化した暴力/冒険譚/破壊の美学/楽しさ/狩り/撃沈する/戦争犯罪 占領者としての殺害/捕虜にたいする犯罪/絶滅/絶滅の参照枠組み/射殺に加わる/憤激/まともであること/噂/感情/セックス/技術/勝利への信念/総統信仰/イデオロギー/軍事的諸価値/イタリア兵と日本兵/武装SS/まとめ 戦争の参照枠組み
  • 第4章 国防軍の戦争はどの程度ナチ的だったのか
  • 補遺/謝辞/訳者あとがき/原註/文献/索引

【感想は?】

 「ベルリン陥落 1945」を読んで、納得できなかった点がある。

 ベルリンの防衛で戦ったドイツ軍将兵の気持ちだ。なぜ戦うのか。いくら後方にいて、政府が法螺を吹いても、戦況はわかったはずだ。緒戦じゃモスクワまで押し込んだけど、今はベルリンまで押し返されている。もう勝てないのはわかっただろう。守るべき国は、もうすぐ無くなる。時間を稼いだところで、何かが好転するわけでもない。なのに、なぜ命を懸けて戦うのか。

 それが知りたくて読んだ。ちなみに「ベルリン陥落 1945」には、こうあった。「やめてもいいと言ってくれる者がだれもいなかったから」。

 なぜ無駄な抵抗を続けたのか。その解は、この本で分かった気がする。彼らにとって、全体の戦況はたいして意味がないのだ。重要なのは上官と戦友である。

前線兵士がもっぱら義務感を覚えていた社会的単位は、戦友集団と上官である。(略)彼らの恋人や妻、もしくは両親がどう考えようと、それはほとんど重要ではない。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ まとめ 戦争の参照枠組み

 戦友が戦っているから。戦友の敵を討つため。上官が命じるから。そういうことだ。思考の材料は自分の周囲10mの事柄だけ。今後のドイツの運命とか、この戦いがドイツの運命にどう影響するのかとか、そういう大きな枠組みは、全く考えていない。だから敗戦が決定的になっても…

全体が無駄であったとしても、自らの役割や任務を位置づけている参照枠組みが修正されることはない。むしろその逆である。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ まとめ 戦争の参照枠組み

 「この戦争は無意味だ」とは思わず、目先の義務を果たす事だけに集中してしまう。こういう、視野が狭まる現象は、「太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで」でも、大日本帝国が敗戦に踏み切った理由として指摘していた。帝国陸軍と帝国海軍の双方が、国内での勢力争い(というか予算の奪い合い)を止められなかったから、と。組織の権益に目がくらみ、国家の利害が考えられなかったから、と。

 あなたの職場でも、似たような現象がありませんか? 組織全体の目的より、職場の目的で方針が決まる、みたいな。

 まあいい。なんにせよ、戦況は絶望的だ。将兵は、総統に騙された、とは思わなかったのか。思わないのだ。じゃ誰のせいか、というと…

(1943年3月22日、爆撃機パイロット中尉)ホルツアプフェル 指導部がこんなに馬鹿だとは、想像もできませんでしたね。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 勝利への信念

(1944年6月以降、歩兵指揮官少佐)アルノルト・ターレ  目下我々の戦争指導部の問題は、誰一人として責任という感情をもっていない、もしくは誰一人とし何らかの責任を取ろうとしないということです。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 勝利への信念

 取り巻きが悪い、そう考えている。まあ、日本人も太平洋戦争についちゃ似たように考える人が多いし、今の日本でも「悪いのは首相じゃなくて官僚、特に財務省」なんて理屈まで出てくる。いや内閣人事局…まあいい。封建制でも、よくある形だ。平民は王を支持し、悪いのは貴族だと考えがち。だもんで…

(1942年6月28日、空軍少尉)ヴァーラー ひょっとするとあれ(ヒトラー)は影武者で、もしかすると彼はとっくの昔に死んでいるのかもしれない。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 総統信仰

 なんて無茶な発想まで出てくる。まあ、小説の設定としちゃ面白そうだが。敗色濃厚になっても、総統信仰は衰えない。報復兵器V1(→Wikipedia),V2(→Wikipedia)で一発逆転とか夢を見ている。ちなみにV2、連合国よりドイツ側の被害の方が大きかったとか。無茶な強制労働で労働者がバタバタ死んだのだ。

 それはともかく、なんでそこまでヒトラーを信じるのか。

(1945年3月22日、第17降下猟兵連隊長)マルティン・フッター大佐 ナチズムについては一人一人が好きなように考えればよいが、アドルフ・ヒトラーはまさに総統〔指導者〕であって、ドイツ民族ににたいして(略)多大なものをもたらしてきた。ついにふたたび、我々の民族を誇りに思うことができた。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 総統信仰

 そう、誇りだ。ドイツ人の誇りを取り戻した、だから総統は偉大だ、そういうことだ。もっとも、ここでは話者の属性も大事。降下猟兵(→Wikipedia)はエリート部隊で、武装SS(→Wikipedia)に次いで狂信的な者が多かった。その武装SSは狂信的な連中という印象が強く、国防軍の将兵もそういう目で見ていたが…

…歴史家リューディガー・オーヴァーマンは、武装SSにおける戦死者の比率は陸軍のそれと比べてもそれほど高いわけではなかったことを指摘している。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 武装SS

 と、特別に無謀だったワケでもなさそう。というか、国防軍と武装SSの違いとか知ってるのは専門家と軍ヲタぐらいだろうに、そういう解説がないあたり、この本は不親切だよなあ、と思う。

 それはそれとして、陸海空の違いも面白い。

…陸軍兵士たちの会話において、技術的な側面が登場することはほとんどない(略)。陸軍兵士たちの装備には、他の兵科と比較すると、六年にわたる戦争のあいだにもさほど変化がないのである。(略)
空軍の状況はまったく異なっていた。(略)六年間にわたる戦争のあいだに並外れた急速な技術革新が見られた。(略)1939年のMe109は、1945年のそれとはほとんど似て非なるものであった。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 技術

 銃や砲は成熟した技術なので進歩が穏やかで航空機は若いから進歩が速いのか、銃の性能は戦闘にあまり影響しないのか、陸軍の装備は生産量が膨大だから下手に更新できないのか、どうなんだろうね。この本じゃ戦車兵が出てこなかったけど、彼らはどうなんだろう? それはともかく、空軍が特に注目したのは…

航空機の性能は、たいていの場合エンジンで評価される。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 技術

 と、当時はエンジンが最も大事だった。たぶんこれは、現代でも大きくは変わってないと思う。また戦況についても、陸海空の違いは大きい。

…電撃戦の時期に兵士たちは、(略)非常に明るい将来への期待を強めていた。空軍と陸軍においては(略)自分が捕虜になったときでさえも、自信が根本的に揺らぐことがなかった。
これに対して海軍兵士にとっては、(略)巨大なイギリス海軍にたいして自分たちがいかに劣勢であるかということを、彼らはあまりにも痛感していたのである。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 勝利への信念

 電撃戦の時期とは1940年前半で、破竹の快進撃を続けていた頃。つまり彼らは、自分の部署の好不調=戦争全体の趨勢、みたく考えていたのだ。意外なのがUボートへの評価で…

(1940年11月、U32艦長ハンス・イェニシュ中尉)「私の意見では、Uボートは時代遅れですね」
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 勝利への信念

 連合軍からは恐怖の象徴のように見られていたUボートだが、現場の将兵の評価はなぜか低い。1940年11月と、Uボートが猛威を振るっていた時期の言葉であることに注目しよう。なぜこうまでも低評価なのかは不明だけど。

 敵に対しては、パルチザンへの憎しみの強さが印象に残る。ちょっと「狙撃手」への憎しみに似ているかも。いつ、どこから撃たれるかがわからないって不安と恐怖が、怒りに転じたのかな。それだけに、パルチザンへの報復は激しく、民間人の巻き添えも厭わないものとなる。南京虐殺やソンミ村事件などは、こういう心理が高じた…ってのは、仮定を重ねすぎか。

 この記事では触れなかったが、ユダヤ人虐殺や民間人の強姦そして赤軍捕虜の虐待などにも、本書は多くの紙数を割いている。ちなみに西部戦線は激しくとも紳士的?な戦いだったが、東部戦線は独ソともに相手民族の殲滅を望み軍人民間人を問わない蛮行が横行した(「スターリングラード」「ベルリン陥落 1945」)。その東部戦線で戦った者が少ないのが、不満といえば不満かも。

 なぜナチス・ドイツはおぞましい蛮行に走ったのか。それを探る上で、重要な示唆を本書は与えてくれる。その結論は、平和な現代日本に生きる私たちを不安にさせるものだ。それだけに多くの人に読まれて欲しい。ただ、先の東部戦線と西部戦線の違いなど、読みこなすには軍ヲタでもなければ分からない知識が必要なのは惜しい。逆にニワカな軍ヲタにとっては、陸海空の違いや情報収集にかけるイギリスの執念など、美味しいネタ満載なのが嬉しかった。

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2019年7月 2日 (火)

デルフィーヌ・ミヌーイ「シリアの秘密図書館 瓦礫から取り出した本で図書館を作った人々」東京創元社 藤田真利子訳

「本を読むのは、何よりもまず人間であり続けるためです」
  ――p51

「サラエボのことを読むと、ひとりぼっちじゃないと思える。僕たちの前に、ほかの人たちも同じ困難を経験してきたんだって」
  ――p125

「町を破壊することはできるかもしれない、でも考えを破壊することはできない」
  ――p167

【どんな本?】

 2013年の末、ダマスカスの南西7kmの町、ダラヤ。反政府軍の支配地域として、アサド政府軍による包囲が一年ほど続いている。毎日ヘリコプターから樽爆弾が降り注ぎ、瓦礫だらけとなった町で、青年たちは崩れ落ちた家を掘り返していた。そこは小学校の校長の家だったが、一家は既に町から避難している。青年たちが掘り出していたのは、本だった。

 21歳のアフマド・ムジャヘドは、それまで本に縁がなかった。だが、友人に誘われて本の発掘を手伝ううちに、アフマドの何かが変わった。

 それからアフマドは仲間を集めてピックアップトラックで町を走り回り、瓦礫の下から本を掘り出し始める。やがて集まった本は一万四千冊になる。置き場所を考えなきゃいけない。

 そこで彼らは地下に公共図書館を作る。ダラヤで最初の図書館だ。それまで、アサド政権下のダラヤには図書館がなかった。青年たちは棚板を切り、本の破れを修理し、テーマ別に分類してアルファベット順に並べる。本には持ち主に返せるように、所有者の名前を書き入れた。そして窓には砂袋を積み上げる。

 やがて図書館が開館する。休館日は礼拝のある金曜日、それ以外は九時から十七時まで。無差別に投げ落とされる爆弾の雨が降る中、図書館には人々が集まり始める。十年前の抵抗運動の闘士、映像ジャーナリスト志望の青年、自由シリア軍の兵士、家で待つ妻や子供のために本を借りに来る人もいる。

 ダラヤから1500km離れたイスタンブールに住む著者は、フェイスブックでダラヤの図書館を知る。やがてアフマドに辿りついた著者は、スカイプやワッツアップを介して、彼らの物語に触れ…

 シリアはどんな国で、いったい何が起きているのか。自由シリア軍・ヌスラ戦線・自称イスラム国は、どんな勢力なのか。アサド政府軍は、どのように戦っているのか。包囲された町で、人々はどうやって暮らしているのか。そしてアフマドたちは、死と隣り合わせの状況にありながら、なぜ図書館を運営するのか。

 空襲の下で暮らす人々の視点で描く、ちょっと変わったシリア内戦のレポート。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Les Passeurs de livres de Daraya : Une bibliothèque secrète en Syrie, Delphine Minoui, 2017。日本語版は2018年2月28日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約178頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント40字×16行×178頁=約113,920字、400字詰め原稿用紙で約285枚。文庫本でも薄い一冊分。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。いちおうカテゴリーは軍事としたけど、特に軍事知識は要らない。「なんか今シリアは大変なことになってるよね」ぐらいに知っていれば充分。

【感想は?】

 内戦の現地報告だ。それだけに、読者の政治的な立場で評価は大きく変わる。

 この本だと、最大の悪役は大差をつけてアサド政府だ。次に自称イスラム国、ヌスラ戦線と続く。自由シリア軍は比較的にマシだけど、あまりいい扱いじゃない。だから、アサド政権を支持する人には腹立たしい本だろう。さようなら。

 ルポルタージュと言うには、客観性にいささかの疑問はつく。なにせ著者はイスタンブールにいて、現地ダラヤに行っていない。当時のダラヤはアサド政府軍に包囲されていて、ジャーナリストは出入りできなかった。

 では、どうやって取材したのかと言うと、これが今世紀ならではの方法。インターネット経由のお喋りソフトであるスカイプや、スマートフォンのメッセージ・アプリケーションのワッツアップで、秘密図書館のメンバーであるアフメドらと連絡を取り合ったのだ。そんなワケで、本書はダラヤの住民の視点で描かれる。

 ここが少々ややこしい。実のところ、アフメドらはノンポリってワケじゃない。アサド政府軍は包囲前に避難勧告を出していて、それでも残ったのが彼らだ。だから、反政府組織ではあるのだ。とまれ、いきなり「殺されたくなければ出て行け」と言われて、ハイそうですかと素直に住み慣れた家を出ていきますか? そうやって我が家から叩き出す政府を支持できますか?

 まあいい。この本では、なぜダラヤがしぶとく抵抗を続けたのかを、アフマドの父に遡って説明している。民主化を求める運動では、筋金入りなのだ、ダラヤという町は。また、そんなダラヤに対し、アサド政府軍がどう対応したのかも。加えて、為政者にとって、市民のデモがどんな意味を持つのかも、読み取れるだろう。これを読むと、香港のデモの解釈も違ってきます。

 そんな風に、サリンや樽爆弾が毎日降り注ぐ中、彼らは秘密図書館に通い続ける。この図書館が出来る前のシリアの出版事情は、独裁政権のお約束通りの検閲バッチリだ。が、彼らが作った図書館は文字通りの掘り出し物で、実はソレナリに色々あったのがわかる。だけじゃない。スカイプやワッツアップを使いこなす青年だけあって、電子図書まで扱い、さらには自主出版にまで手を出す。わはは。

 そんな彼らの多くが、包囲前はあまり本を読まなかった、というのも意外な話。そして本を読むようになって、どう変わっていったのかってあたりは、本好きの涙腺を刺激しまくりだ。爆弾もミサイルも検問も気にせず、気軽に書店や図書館に通える暮らしの有難みを、改めて感じさせてくれる。私って、実は贅沢な環境に恵まれてたんだなあ。

 とまれ、さすがに一万冊を超える本があれば、片っ端から全部読むって訳にもいかない。本の選び方にも性格が出る。うーむ、私はやっぱり優柔不断だったかw でもさ、ズラリと並ぶ本棚を眺めるのって、ちょっとウィンドウ・ショッピングみたいな楽しさがあるよね、ね。

 選ばれる本だって、人気不人気がある。彼らの間でベストセラーになるのは何かってのも、ちょっとした野次馬根性で楽しめた。いかにもアラブだなあと思う本もあれば、私たちにも馴染みの本もあるし、包囲下のダラヤならではの実用書もある。ここに少し不満があって、できれば「本書内に出て来た本の一覧」が欲しかったなあ。

 潤沢な予算と兵器と兵力に加え、イランやロシアの傭兵、そして御法度の毒ガスまでも使って、市民たちの自由を押しつぶそうとするアサド政府軍に対し、「秘密図書館」という奇想天外な方法で抗おうとした若者たちの物語。本が好きな人はもちろん、「市民から見たシリア内戦」を知りたい軍ヲタにもお薦めの一冊だ。

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2019年6月23日 (日)

ロイ・アドキンズ「トラファルガル海戦物語 上・下」原書房 山本史郎訳

ナポレオン・ボナパルト「我々が海を支配しなければならないのは、たった6時間でよい。そうしたら、イギリスという国はもはやこの世に存在しなくなる」
  ――第1章 侵略

…艦尾や艦首には数門程度の砲しか設置する余地がないため、軍艦の火力は舷側に集中していた。標準的な戦術は、戦艦の艦首または艦尾に対して垂直の位置につけることだった。こうすれば敵に対して片舷斉射をフルに見舞えるいっぽう、敵からはほんの数門の砲撃しか浴びない。
  ――第3章 舞台はととのった

トラファルガル海戦は帆走の木造戦艦からなる二つの艦隊が、まともにぶつかり合う最後の大決戦となる。
  ――第4章 戦闘開始

フランス・スペインの艦艇は、合計で三万名の人員を擁していたので、17000名だったイギリス艦隊に比べて、ほぼ倍の兵力だった。ところが、フランス・スペインの乗組員のうち、多くは陸兵だった。
  ――第4章 戦闘開始

(フランス艦ルドゥターブルの)643名の乗組員のうち、522名が戦闘富農となったが、そのうち死者は300名、負傷者222名だった。
  ――第7章 殺戮

あの当時、我々(フランス・スペイン連合艦隊)はマストを狙うことを原則としており、敵に真の損害をもたらすために、大量の砲弾をむだに使った。(略)彼ら(イギリス艦隊)は…水平に砲撃した。そのおかげで、たとえ砲弾が直撃せずとも、少なくとも海面を跳ね、跳弾としてきわめて大きな効果があった。
  ――第8章 地獄絵図

海戦の日に沈んだのは、爆発したアシルただ一隻だったが、それにつづく一週間のあいだに、さらに14隻のフランス・スペイン連合艦隊の船が難破もしくは沈没し、その結果イギリス軍の手に残った捕獲艦はわずか四隻(バハマ、サンイルデフォンソ、サンファンネポムセーノ、スウィフトシュール)にすぎなかった。
  ――第11章 ハリケーン

トラファガル海戦のニュースはフランスで一か月以上のあいだ首尾よく隠匿され、ついに新聞各紙がその話を掲載するにいたったときには、フランス・スペイン連合艦隊の空前絶後の大勝利として、大本営発表がなされた。
  ――第12章 使者たち

(英国海軍の)多くの者にとって、トラファルガル海戦の勝利の報酬として得たものは、死ぬほどの退屈と、未来への不安だった。
  ――第15章 英雄、それに悪者

スペインは、(略)トラファルガル海戦は名誉ある敗北と考え、(略)戦闘に参加したスペイン人士官はみな昇進をえて、どの水兵も兵士もその日のために三倍の給料をもらった。
  ――第15章 英雄、それに悪者

【どんな本?】

 1805年10月21日。ネルソン率いるイギリス艦隊27隻と、ヴィルヌーヴ率いるフランス・スペイン連合艦隊33隻が、スペインのトラファルガル岬沖で激突する(→Wikipedia)。帆船同士の戦いとしては史上最大級であり、またナポレオンが席捲するヨーロッパの命運を左右する戦闘でもあった。

 この戦いはどんな経緯を辿ったのか。それぞれの艦はどう戦ったのか。そして、戦いが終わったあと、戦士たちにはどんな運命が待ち受けていたのか。

 戦闘記録だけではなく、当時の風俗や軍艦そして乗り込んだ者たちについて、艦の構造・操艦・各所の住み心地にはじまり、軍船の積荷、砲の射程・精度・威力や発射までの手順、将兵の給与・食事・排泄・就寝・着衣、それぞれの部署や役職の平時・戦闘準備・戦闘時の行動などを、公的な資料に加え新聞や水兵の私信まで動員し、綿密かつリアルに再現した、迫真の歴史書である。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Trafalgar : The Biography of a Battle, by Roy Adkins, 2004。日本語版は2005年11月10日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み上下巻で本文約249頁+237頁=約486頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×18行×(249頁+237頁)=約393,660字、400字詰め原稿用紙で約985枚。文庫本でも上下巻ぐらいの分量。

 文章は軍事物とは思えぬほどこなれていて読みやすい。また内容も当時の軍事・政治情勢から庶民の生活・風俗に至るまで綿密に描いているわりに、素人にも分かりやすく懇切丁寧に説明しているので、拍子抜けするほど素直に頭に入ってくる。また帆船の構造や操船方法など、初歩的なこともイラストを使って説明していて、入門書としても優れている。

 敢えて言えば、戦場となるヨーロッパ西部の地図があるといいだろう。また、随所に戦闘図や用語説明などが入っているので、栞をたくさん用意しておこう。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •   上巻
  • 図版一覧(地図、海戦図、軍艦)/口絵
  • はじめに 商売をおぼえる
  • プロローグ 初弾発射
  • 第1章 侵略
  • 第2章 戦い前夜
  • 第3章 舞台はととのった
  • 第4章 戦闘開始
  • 第5章 初弾発射
  • 第6章 第二撃
  • 第7章 殺戮
  • 第8章 地獄絵図
  • 注釈/出典一覧
  •   下巻
  • 図版一覧(地図および海戦図)/口絵
  • 第9章 降伏
  • 第10章 失って、そして勝った
  • 第11章 ハリケーン
  • 第12章 使者たち
  • 第13章 余波
  • 第14章 勝利の果実
  • 第15章 英雄、それに悪者
  • 船と艦長/謝辞/参考図書/注釈/訳者あとがき/出典一覧/参考文献

【感想は?】

 原書房って、ややマニアックな本が多いと思っていたが、この本で大きく印象が変わった。

 いや内容がマニアックなのは確かだ。なにせ帆船同士の戦いを再現するって本だし。が、信じられないほど初心者に親切に書いてある。C・S・フォレスターのホーンブロワー・シリーズなどの帆船小説を読む前に、これを入門書として読んでもいいぐらい。

 なんたって、表紙を開いたら見返しにいきなり、帆船の帆と甲板の名前をイラストで説明してる。裏表紙にはマストと索の説明だ。実際、私は読みながら何度もこのイラストを見直した。また、「上手回し」「下手回し」などの基本的な用語も、その理屈から使い道まで、素人にもわかよう、イラストを交えて書いてある。なるほど、上手回しは速いけど難しく、下手回しは遅いけど易しいのね。

 なにせ舞台は19世紀初頭だ。外国でもあるし、21世紀に暮らす私たちにはピンとこない、どころかとんでもない勘違いをしかねないところも多い。そういう部分を、懇切丁寧に教えてくれるのが、この本の嬉しい点。私のようなSF者にとって、こういう私たちとは全く違う暮らしの描写は、とっても美味しいご馳走なのだ。

 例えば当時の通信システム。今なら携帯電話一発だが、当時は無線なんかない。手旗信号がせいぜいだ。これが艦隊だと、広い範囲に艦が散らばってるんで、手旗信号のリレーになる。だもんで、敵艦隊がカディス港を出たとの報は、発信してからネルソンに届くまで二時間もかかってる。ばかりか、戦闘が終わってから勝利の報がロンドンに届くまでも、戦闘後に艦隊が嵐に巻き込まれた事もあって…。

 やはり迫力あるのが、艦上の暮らしを描くところ。食事も酷いもんで、とにかく何でもすぐ腐る。水だって川の水を樽に詰めただけ。「数日もたてば(略)腐臭を放った」はいいが、「それがふたたび旨くなり、飲料可能となることも多かった」って、なにそれ怖い。ブランデーがあるんだから蒸留技術はあったはずなんだが、原因である細菌とかは知られてなかったのだ。

 バターやチーズもすぐ腐る。が、腐ったバターはロープに刷り込む。それで防水性を高めしなやかになるが、臭いは…。堅パンも最初は堅いが、やがて軽くグズグズになる。ゾウムシが沸くのだ。「この虫は食べると苦い味がした」って、ひええ。おまけにネズミも走り回り、これも水兵の腹の足しになった上に、壊血病も防いでくれた。とはいうが、病気になるがネズミを喰うかって、かなり厳しい選択だよなあ。

 そんなんだから入浴や洗濯は推して知るべしで。つくづく、電気と冷蔵庫の有難みを感じてしまう。加えてトイレの話もちゃんと出てくる。水洗便所はもちろんトイレットペーパーなんかない時代だから…

 とかの暮らしの描写も鮮やかだが、戦闘についても知らないことばかり。かの有名なネルソン・タッチにしても、思い込みを見事に覆してくれる。敵の縦列に対し横から二列で突っ込んでいく、あの有名な戦術だ。

 突っ込んでいくと書くと勢いよく突っ走ったように思えるが、当日はほとんど風がなかった。だもんで、戦闘準備が終わってから、実際に弾が飛んでくるまで、数時間かかっている。先頭にいるコリングウッドが乗るロイヤルソヴリンも大変で、数十分も敵艦隊の片舷斉射を受ける。その間、ひたすら耐えるだけ。艦隊の形こそ日本海海戦と似ているが、実際の戦い方は全く違うのだ。

 となれば指揮の方針も全く違う。ネルソンが狙ったのは、敵味方入り乱れての泥仕合だった。

サー・ホレイシオ・ネルソン「…混戦にもっていくつもりなのさ。それがわたしの狙いなんだ」
  ――第5章 初弾発射

ネルソンはわざわざ特別の取り決めをおこない、戦いがはじまってしまえば、それぞれの艦長が独自の判断によって行動してもよいことにしておいた。
  ――第5章 初弾発射

 勝手にやれってワケだ。なぜかというと、イギリスの方が練度が高く、それぞれがサシでやりあえばまず勝てると踏んだから。もっとも、それだけじゃなく、互いが撃ち合えば砲煙で真っ白になり、命令の伝えようがないってのもあるけど。たいした自信だけど、当時の軍は通信手段の問題もあって、前線指揮官に大きな権限を与えるのは普通だったんだろう。

 これを敵の司令官ヴィルヌーヴが、ちゃんと見通してたってのも意外だった。

ピエール=シャルル=ジャン=バティスト=シルベストル・ド・ヴィルヌーヴ「彼らは我々の戦列の真ん中を突っ切り、〔わが艦隊本体から〕分断された艦艇に兵力を集中させて包囲し、粉砕するだろう」
  ――第3章 舞台はととのった

 ヴィルヌーヴの最後は下巻で描かれるんだが、これを読むとナポレオンの印象が大きく変わる。

 砲についても、撃つまでの手順が細かく書いてあって、「確かにこれじゃたいした精度は期待できないなあ」と嫌でも納得できる。なにせ点火から発射まで数分かかるし、その間に艦も波で揺れる。だからよほど近くないと当たらないのだ。実際、砲口が敵艦にぶつかる場面もよく出てくる。これが実に怖くて…

 何が怖いと言って、火事が怖い。現在の火薬は火がついても燃えるだけだが、当時の火薬は爆発する。だから、弾薬室は最下層にある。ここに入るには、持ってる金属をみんな取り出さなきゃいけない。当時は照明もカンテラなんだけど、もちろん火なんか持ち込むワケにはいかず…

 そんなわけで、敵艦の砲口は怖い。弾が出てくるってだけじゃなく、砲口は熱くなってる。この熱が船体や索や帆に移ったら、艦が燃えて爆発炎上してしまう。だもんで、敵艦の砲口に水をかける場面が何度も出てくる。というか、そういう間近な距離で撃ち合ったのだ。

 弾丸にしても当時は信管なんてない鉄の球。または散弾銃がわりのぶどう弾(→Wikipedia)だ。ならたいして怖くない、なんて思ってたんだが、これも大間違い。

弾丸が貫通すると、さしわたし30ヤードの空間に木の裂片を雨のように降らせ、そこにいる者を殺傷する。
  ――第4章 戦闘開始

 おまけに、艦を貫通すりゃともかく、艦内に弾丸が残ると、これがゴロゴロ転がって人を踏み潰す。だもんで、撃つ方も、至近距離だとワザと貫通しないように火薬を減らしたり、砲に弾丸を二つ三つ込めて勢いを殺したり。しかも負傷した後も怖い。当時は感染症も知られてない。医者がやるのは、使いまわした刃物で傷ついた手足を切り取るだけ。麻酔もないから…

もっともすばやい医師が、もっとも手術の成功率の高い医師であった。
  ――第8章 地獄絵図

 さっさと切らないと、患者が痛みでショック死しちゃうのだ。この手術の様子もミッチリ書いてあるので、スプラッタなホラーが好きな人は楽しみにしておこう。

 と、そんな具合に、単に海戦を描くってだけじゃなく、当時の艦上の暮らしを、かぐわしい?香りが漂ってきそうなほど、詳細かつ鮮明に、かつ素人にも分かりやすく書きこんであって、これが迫力を増している。先頭の記録なんでカテゴリはいちおう軍事/外交としたけど、むしろ歴史の一場面を再現するって点で、とても面白い本だった。

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2019年5月29日 (水)

岩根圀和「スペイン無敵艦隊の悲劇 イングランド遠征の果てに」彩流社

イギリスが自力で勝ったのではなく、むしろ戦闘と言われるほどの戦闘はなかったのが事実であった。ありていにはスペイン艦隊はイギリスから打撃を被ったのではなく、飢えと渇きと病気、そして悪天候による強風と嵐による難破のせいで被害を被ったのがほとんどであった。
  ――まえがき

…(予定では)スペインから大規模の艦隊をフランドル沖へ回航配備して海峡の掃討警備を固め、その保護のもとにパルマ公麾下のフランドル軍が安全に海峡を渡ってテムズ河口に上陸する。そこから一気呵成に敵軍を蹴散らして一週間でロンドンへ攻め込んでエリザベスの身柄を確保するのである。
  ――第2章 イングランド遠征計画

ベネチア大使リッポマーノがメディナ・シドニア公を評して「この貴族はスペイン随一の大公である。素晴らしい性格で誰からも愛されている。慎重で勇敢なばかりかきわめて善良で温厚な人物である。多数の貴族そしてアンダルシア全体から慕われるだろう。惜しむらくは海の経験が広くない」
  ――第3章 サンタ・クルス候の死去

…この規則はメディナ・シドニア公とても例外なく厳密に適用され、総司令官と言えども水夫と同じビスケットを齧り、おなじぶどう酒を飲んでいた。
  ――第4章 メディナ・シドニア公に王室旗の譲渡

帆船同士の戦いでは先手を取って風上の位置を占めるのが有利に戦うための絶対条件である。
  ――第6章 プリマス沖戦闘 7月31日

イギリスはスペイン艦隊を撃滅する必要はなく、またそれだけの戦力もなかったが、敵をイギリス沿岸から寄せつけずに上陸を阻み、風下へ追いやればよかった。
  ――第13章 北海からスコットランドへ

【どんな本?】

 1558年に行われたスペインの無敵艦隊とイギリス艦隊の海戦、いわゆるアルマダ海戦(→Wikipedia)は、帆船小説の舞台にもよく使われ、名前はよく知られている。だが、その多くは英国の資料や言い伝えに基づくものであり、スペイン側の視点で語られることは少ない。

 本書はスペイン側の資料を丁寧に漁り、当時の時代背景と戦局・アルマダ海戦の目的・計画・準備などから始まり、参加した艦船の種類と能力・搭載した火器の種類と性能・乗艦した人員の出自と技能・食事など船上の生活などにも目を配りつつ、主にスペイン艦隊を指揮したメディナ・シドニア公を中心に、アルマダ海戦の計画から帰還までを再現したものである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年3月30日第1猿発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約308頁。9ポイント48字×19行×308頁=約280,896字、400字詰め原稿用紙で約703枚。文庫本ならやや厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もあまり細部にまでは踏み込まず、素人にも理解できるレベルに抑えている。敢えて言えば、イギリス沿岸の地図があるとわかりやすいだろう。

【構成は?】

 序章を例外として、ほぼ時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

  • まえがき
  • 序章 フェリペ二世の崩御
  • 第1章 スペイン艦隊総司令官メディナ・シドニア公
    エリザベス女王の破門/海賊ドレイク/サン・ファン・デ・ウルア事件/スコットランド女王メアリ・ステュアートの処刑/フランドル軍資金運搬船の拿捕/ポルトガル王位僭称者ドン・アントニオ/ベルナルディーノ・デ・メンドサ隊士の書簡
  • 第2章 イングランド遠征計画
    ドレイクのカディス襲撃/スペイン艦隊の被害状況/ドレイクのその後の行方/*樽材の焼却事件
  • 第3章 サンタ・クルス候の死去
    メディナ・シドニア公の断り状/メディナ・シドニア公、総司令官の受諾/メディナ・シドニア公の管理能力/リスボン出撃まで/スペイン艦隊の全容/スペイン艦隊の主要指揮官/艦船の種類/*三日月型陣形
  • 第4章 メディナ・シドニア公に王室旗の譲渡
    リスボン出港/ひたすらにマーゲイト岬へ/神学校のピクニック/厳しい艦隊生活/スペイン艦隊の食糧事情/食糧・飲料水の腐敗、コルーニャ入港/遠征の中止を進言/イギリスの防衛体制
  • 第5章 コルーニャ出撃 7月21日
    *兵隊の給料
  • 第6章 プリマス沖戦闘 7月31日
    上陸地点の確定/プリマス攻撃の主張
  • 第7章 スペイン艦隊の大砲その他の火器
    大砲類/火縄銃とマスケット銃
  • 第8章 「ロサリオ」放置事件
    事故船の救援活動/ペドロ・バルデスの主張/「サン・サルバドール」爆発事故
  • 第9章 ポートランド沖戦闘 8月2日
    おとり作戦/ワイト島通過/*スペイン艦隊の病院船
  • 第10章 カレー沖 8月8日
    火船攻撃/「サン・ロレンソ」蟹のように潰れて
  • 第11章 出撃してこなかったパルマ公
    相次ぐ出撃要請/パルマ公の裏切り/*スペインの通信網
  • 第12章 グラベリーヌ沖海戦 8月8日
  • 第13章 北海からスコットランドへ
    北北東に進路を取れ
  • 第14章 フランシスコ・クエジャルの苦難
    「ラビア」の座礁/船でスコットランドへ
  • 第15章 アイルランド沖難破、消えた54隻
    サンタンデール入港/ミラノ騎兵隊総司令官レイバの戦死/アイルランド漂着者の処刑/帰還後のフェリペ二世の指令
  • 第16章 スペイン艦隊のその後
    領地サンルカルへ/イングランドの反撃
  • 終章 メディナ・シドニア公の死
  • あとがき
  • スペイン艦隊年表/註/参考文献

【感想は?】

 明らかに著者はスペイン贔屓だ。

 中でもイチオシは艦隊総司令官のメディナ・シドニア公、次いで国王フェリペ二世が好きらしい。対してパルマ公は嫌われている。

 さて、名前は有名なアルマダ海戦だが、その実体を読んでみると意外な事ばかりだ。なんといっても、マトモな戦闘らしきものがほとんどない。いや戦闘はあったんだが、その被害がほとんどないのだ。少なくとも、スペイン側には。

 スペイン側の総数は約130隻。うち戦闘で失ったのは6~7隻だ。ただしスペインに帰れたのは65隻。勘定が合わない分は帰路で失われた。帰路で多くが消息を絶ったのは有名だが、戦闘の被害がそれほど少ないのは意外だった。

 それだけじゃない。当時の海戦じゃ艦砲はほとんど脅しで、最終的な決着は敵船に乗り移っての白兵戦が主体だと私は思っていた。実際、1571年のレパントの海戦(→Wikipedia)では激しい白兵戦になっている。だが、17年後のアルマダの海戦じゃ白兵戦が起きていない。銃の撃ち合いはあっても、剣や槍の出番はなかったのだ。

 有名なカレー海戦におけるドレイクの火船にしても、物語に登場するのとは全くイメージが違う。そもそも火船は奇襲じゃなかった。「木造帆船は火がつきやすいので火船攻撃はこの頃の常識であった」。だからスペイン側も、「水夫の末端に至るまで誰もが火船攻撃を予想して警戒態勢を怠らなかった」と、充分に予測していたのだ。実際、結果も物語とは全く違う。

火船攻撃による実害はなかった。つまり火が燃え移って火災を起こしたスペイン艦船は一隻もなかった。
  ――第10章 カレー沖 8月8日

 確かに密集はしていたし、混乱は起きた。索が絡まるのを防ぐために断ち切ったりはしたが、燃え上がった艦はなかった。なんとも意外な話である。もっとも、映画やドラマを作る立場からすれば、ここでド派手に燃え上がった方が見栄えがするんで、どうしても燃やしたくなるんだろう。

 通して読むと、最初からスペイン艦隊の負けが決まっていたように思える。

 そもそも、スペインの目的は英海軍との戦いじゃない。フランドル(今のオランダ・ベルギー・ルクセンブルグ)のパルマ公と合流し、イギリスに上陸することだ。陸兵をイギリスに届けさえすればいいのである。物語では総司令官のシドニア公が覇気に欠けるように描かれるが、それも当然のこと。目的は陸軍に海峡を渡らせることであって、それまでは戦力を温存したかったのだ。

 ところが、終盤で明らかになるのだが、肝心のパルマ公にはやる気が全くない。イギリス上陸に割く余裕があるなら、フランドルに援軍を寄越せ、というのがパルマ公の本音である。これをシドニア公→パルマ公、パルマ公→フェリペ二世の書簡で暴いていくあたりは、終盤での読みどころだろう。

 書簡を多く収録しているのも本書の特徴で、彼らの人物像が鮮やかに伝わってくる。

 主役のシドニア公は礼儀正しく穏健ながら細部に目が行き届くキレ者で、海の素人とか言われちゃいるがとんでもない。そもそも艦隊そのものから人員や備品まで遺漏なく整備・調達したのはシドニア公で、最初に総司令官に予定されていたサンタ・クルス侯が亡くなった以上、艦隊にもっとも詳しく誰もが順当な人選だと考えていた。

 人物像で私が最も意外に感じたのはフェリペ二世だ。絶対王政の君主だから強引な人かと思ったら正反対。

 特にシドニア公に宛てた手紙を多く収録しているんだが、何度も「あなたはたいへん優れた仕事をしているし、私はあなたを信頼している」と繰り返している。政治的にも財政的にもシドニア公は有力で疎かにできないってのもあるんだろうが、権力をかさにきてゴリ押しするような人じゃない。むしろ若い頃の秀吉のように、相手を巧みに取り込むタイプに見える。

 もっとも、この遠征はさすがに無茶だったけど。それでもちゃんと己の非を認める器量はあって…

国王(フェリペ二世)はメディナ・シドニア公へ迅速に指令を出して帰還者に対する手厚い庇護の手を差し伸べている。
  ――第15章 アイルランド沖難破、消えた54隻

メディナ・シドニア公に対するフェリペ二世からの叱責はいっさいなかった。
  ――第16章 スペイン艦隊のその後

 と、敗戦の将兵を厚くねぎらっている。まあ、下手に刺激して内戦なんかやってる場合じゃないってのもあるんだろうけど、かなり巧みな政治的センスの持ち主なのが伝わってくる。

 とかの偉い人の話に加え、当時の船上での生活を描いているのも、本書の嬉しい所。中でも迫真のリアリティを感じるのが、食事の配給。ビスケットやワインなどの一日の配給量を数字を挙げて書いている。中には米なんてのもあるが、それをどう調理したのかは不明なんて書いてあるあたりには、著者の誠実さを感じる。

 ここではスペインはワインなのに対しイギリスはビールってあたりに、お国柄を感じてクスリとなったり。またベーコンやチーズなども積んでいるんだが、これが続々と腐っていくあたりは、当時の海の恐ろしさを感じると共に、戦略物資としての塩の重要性も伝わってくる。また水の配給量をみると、衛生面もだいたい見当がついたり。臭かっただろうなあ。

 加えて艦の種類や性質、砲の能力なども過不足なく書いてあり、政略などの俯瞰的な視点から、戦術・戦闘技術などニワカ軍ヲタ向けの基本知識、そして給金や食料など兵の生活に関わる部分まで、バランスの取れた内容でスペイン艦隊の悲劇を再現する、迫力あふれる本だった。

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2019年4月17日 (水)

崔文衡「日露戦争の世界史」藤原書店 朴菖熙訳

日露戦争は単なる日本とロシア両国間だけの戦争などではなくそれは韓国・満州をつつみこんだアジアの戦争であり、欧米列強が介在し、帝国主義国間の利害が直接、かつ複雑に絡み合った、一つの世界大戦であったと見なされる。
  ――序文

クロパトキンは義和団事件が起こると「たいへん喜ばしいことである。これが我々に満州占領の口実を与えてくれるだろう」と喜んだ。
  ――第2章 ロシアの満州占領と列強の反応

≪日英同盟≫はその成立とともにロシアを当惑させ、先ずは彼らの対清外交を委縮させた。
  ――第2章 ロシアの満州占領と列強の反応

≪六か条の対ロシア協商草案≫ 第二条:ロシアは韓国における日本の優越した利益を承認し、日本は満州における鉄道経営におけるロシアの特殊利益を承認する。
  ――第3章 アメリカ・イギリスの対日支援と日露開戦への道

ルーズベルトは韓国での利権を日本に譲り、満州において日本とロシアを対決させて勢力の均衡を維持したいと考えた。
  ――第3章 アメリカ・イギリスの対日支援と日露開戦への道

列強はもともと韓国に対する日本の独走をけん制する意図がなかった。ロシアの場合牽制する意思があったとしてもそれだけの能力が無かった。
  ――第4章 日露戦争と国際関係

…日本は、イギリス・フランスの支援の下、ロシアとの間で満州問題が解決されてはじめて≪韓国併合≫が可能になった。すなわち、ロシアは日本と野合し、イギリス・フランスは日本の韓国併合を黙認した。前者は満州での自国の権益維持のためであり、後者両国は対独包囲網構築に日本を利用せんがためであった。
  ――第5章 戦後の状況と日本の≪韓国併合≫

【どんな本?】

 日露戦争は、その名のとおり日本とロシアの戦争だ。しかし、その陰で、ヨーロッパ各国やアメリカは活発に外交活動を続け、また一部では軍が動くこともあった。それぞれの国の内情と思惑は、どんなものだったのか。そして、戦争の帰趨は、各国の動きにどう影響したのだろうか。

 日本・ロシア・清・韓国はもちろん、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツなど主要な国々で資料を集めて分析し、当時の世界情勢の中での出来事という俯瞰的な視点で日露戦争と韓国併合を捉えなおす、専門家向けの研究書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 韓国版の翻訳だ。少し調べたが、朝鮮語での書名はわからなかった。訳者あとがきによると、韓国版の書名は(日本語に訳すと)「国際関係史から見た日露戦争と日本の韓国併合」だとか。日本語版は2004年5月30日初版第1刷発行。予定ではソウル・東京同時出版。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約324頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント46字×17行×324頁=約253,368字、400字詰め原稿用紙で約634枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はやや硬い。内容はかなり専門的で、はっきり言って研究者向け。読みこなすには、当時の事件や社会情勢に関して、相応の前提知識が必要だ。

 例えば閔王妃殺害(→Wikipedia)や俄館播遷(→Wikipedia)などについて、「ソレは何か」の説明はない。いきなり背景や影響など、深く掘り下げた記述が入る。その程度は説明しなくてもわかる人向けの本だ。これは日露だけに関わらず、ボーア戦争(→Wikipedia)やアメリカのマニラ湾侵攻(→Wikipedia)など、広い範囲の世界史の知識が必要だ。

 また、朝鮮半島や満州の地名がたくさん出てくるので、GoogleMap か世界地図があると便利。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

  • 序文
  • 第1章 列強の東アジア分割競争
  • 総説
  • 1 列強の中国大陸分割競争
    • 1 ドイツの膠州湾占領、及びロシアの旅順・大連占領とその余波
    • 2 イギリスの威海衛獲得とロシアの南下阻止
    • 3 日本・フランスなど列強の租借地獲得
  • 2 アメリかのマニラ湾侵攻と列強の反応
    • 1 ルーズベルトの単独命令とデューイのマニラ湾侵攻
    • 2 アメリカのマニラ湾侵攻に対する日本・イギリス・ドイツの反応
    • 3 アメリカのマニラ湾侵攻に対するロシアの反応
    • 4 米国のフィリピン領有決定
    • 5 アメリカの中国門戸解放政策通牒
  • 3 韓半島をめぐる日本とロシアの対立
    • 1 列強の混戦から日本・ロシア対決への転移
    • 2 韓半島支配をめぐる日本とロシアの対立
    • 3 俄館播遷期の日本の対ロシア妥協外交と韓国に関するロシアの対日外交
    • 4 韓国王の還宮とその後の日本とロシアの対立
    • 5 ロシアの旅順・大連租借と西 ローゼン協商

 

  • 第2章 ロシアの満州占領と列強の反応
  • 総説
  • 1 ≪露清単独秘密協定≫と日本の対応
    • 1 義和団事件とロシアの満州占領
    • 2 アレクセーエフ 増棋協約と列強の対露疑惑
    • 3 ロシアの≪韓国中立案≫と日本の≪満韓不可分一体論≫
  • 2 ロシアの満州支配に対する列強の反応
    • 1 ≪ラムズドルフ 楊儒協約≫とドイツ・フランスの対ロシア支援の限界
    • 2 イギリス・アメリカのロシア牽制と対日紫煙の限界
    • 3 日本の対ロシア単独対応と≪1901年3月~4月の戦争危機≫
  • 3 ≪日英同盟≫の成立とその意味
    • 1 日本・イギリスの利害一致と≪同盟の絆≫
    • 2 同盟締結のための日本とイギリスの利害調整と意見折衷
    • 3 ≪日英同盟≫の内容とロシアの対応策模索
    • 4 ロシアの対応措置と≪露清満州撤兵協約≫

 

  • 第3章 アメリカ・イギリスの対日支援と日露開戦への道
  • 総説
  • 1 ロシアの撤兵条約不履行と≪ニューコース≫の確立
    • 1 ベゾブラゾフの登場とツァーリのヴィッテ不信
    • 2 ベゾブラゾフの東アジア視察旅行と≪前進政策≫
    • 3 閣僚・外交実務陣の対策会議と過渡期的混乱
    • 4 ロシアの対清≪七ヶ条要求≫とツァーリの≪ニューコース≫政策採択
    • 5 旅順会議と東アジア総督・東アジア問題特別委員会
  • 2 列強の対ロシア抗議とイギリス・アメリカの対日支援の限界
    • 1 列強の対ロシア消極外交とロシアの対清≪七ヶ条要求≫に対する抗議
    • 2 アメリカの対ロシア寛容外交と日・米・英の対ロシア共同戦線の限界
  • 3 日本の対ロシア協商原則確定と開戦外交
    • 1 日本の対ロシア協商原則確定
    • 2 日本の対ロシア開戦外交
  • 4 アメリカの反ロシア親日政策と対韓政策
    • 1 アメリカの対ロシア宥和から強硬への転換
    • 2 ルーズベルトの販路親日政策の確立
    • 3 ルーズベルトの対韓政策とアレンの批判
  • 5 アメリカの対日積極支援と日本の対ロシア開戦
    • 1 アメリカの対日積極支援とイギリスの対日支援の限界
    • 2 ロシアの孤立と専制政治の矛盾

 

  • 第4章 日露戦争と国際関係
  • 総説
  • 1 日露開戦とアメリカの対日政策
    • 1 アメリカの対日積極支援措置と日本の勝利牽制
    • 2 アメリカ政府の≪日本の韓国保護≫内定とアレンの所信放棄
  • 2 日露戦争の戦況変化とバルチック艦隊
    • 1 戦況の変化とロシア・バルチック艦隊の東進
    • 2 日本のバルチック艦隊撃破と戦争の終結
  • 3 戦況の推移と国際情勢の変化
    • 1 ≪英仏協商≫締結のための両国トップの相互訪問
    • 2 ≪ドッガー・バンク事件≫とドイツの≪大陸同盟≫提議
    • 3 奉天会戦と第一次モロッコ事件
    • 4 バルチック艦隊の壊滅と≪ビョルケ密約≫
    • 5 アルヘシラス会議とドイツの孤立
  • 4 戦況の推移と講和問題
    • 1 戦況の推移と講和問題の抬頭
    • 2 戦況の推移と日本の講和条件の追加要求
  • 5 戦況の推移と日本の韓国植民地化推進
    • 1 日本軍の仁川上陸と日韓議定書・第一次日韓協約の強圧
    • 2 海戦の戦況変化と日本の韓露間諸条約廃棄強圧
    • 3 バルチック艦隊の来航と日本の独島(竹島)併合
  • 6 ≪ポーツマス講和条約≫と日本の韓国保護
    • 1 ≪桂・タフト秘密協約≫と日本の韓国保護
    • 2 ≪第二次日英同盟≫と日本の韓国保護
    • 3 ≪ポーツマス講和条約≫と日本の≪韓国保護≫
    • 4 乙巳保護条約(第二次日韓協約)とアメリカの駐韓公使館の自発的閉鎖

 

  • 第5章 戦後の状況と日本の≪韓国併合≫
  • 総説
  • 1 満州門戸閉鎖に対するアメリカ・イギリスの抗議と日本の対応
    • 1 満州門戸閉鎖に対するアメリカ・イギリスの対日抗議
    • 2 西園寺内閣の対アメリカ・イギリス妥協政策と軍部及び満鉄側の反撥
  • 2 ≪第一次日露協約≫と日本の≪韓国併合≫の企て
    • 1 終戦直後の日ロ間の敵意と接近の背景
    • 2 ≪第一次日露協約≫の締結とその意味
    • 3 ロシアの対日支援外交と≪丁未七条約(第三次日韓協約)≫
  • 3 アメリカの東アジア政策と日本の≪韓国併合≫の黙認
    • 1 日本移民の問題と日本の日清条約強圧に対するアメリカの反日感情
    • 2 独清米協商案と日本の対アメリカ友好追及
    • 3 ≪高平・ルート協定≫と日本・アメリカの一時和解
  • 4 ノックスの満州諸鉄道中立化計画と第二次日露協約
    • 1 タフト政府とアメリカの対日強硬策
    • 2 アメリカの満州鉄鉄道買収政策と日露の動向
    • 3 日本の満州独占の企てと≪露米提携≫対≪日露提携≫
    • 4 ノックスの満州諸鉄道中立化提議と≪第二次日露協約≫
  • 5 日本の≪韓国併合≫
  • 原注/訳者あとがき/関連資料(関連年表・人名索引)

【感想は?】

 軍事の本ではない。外交史の本だ。

 戦闘の記述は、ほとんどない。出てくるのは旅順攻略・対馬海戦・奉天会戦ぐらいだ。それも兵器や戦闘の推移にはほとんど触れない。

 その分、関係する各国の内政状況と、それぞれが外交に抱く思惑について、濃密かつ精微な記述が続く。これにより、特にヨーロッパとアメリカから見た日露戦争…というより中国と満州と朝鮮半島の位置づけが、次第につかめてくる。

 主役はもちろん日本とロシアだ。これにヨーロッパ勢としてイギリス・フランス・ドイツが加わり、新興勢力としてアメリカが横車を押す形となる。読み終えると、日露戦争は第一次世界大戦への大きな曲がり角に思えてくるし、また太平洋戦争への道筋までうっすらと見えてくる。

 対して、戦場となった清と、日本にとっては重要な眼目だった韓国の影は薄い。当時はそういう立場だったんだろう。ちなみに本書では「朝鮮」ではなく「韓国」を使っている。また「竹島」ではなく「独島」としている。

 戦前の各国の立場を大雑把に言うと。

 日本は韓国を完全に植民地化したい。だが南下を企てるロシアが煩い。特に邪魔なのが遼東半島の大連と旅順の軍港と、満州に敷いた鉄道。おまけに鴨緑川周辺にまでロシア人がウロチョロしていて、韓国への侵入を目論むのもウザい。

 ロシアは満州が欲しい。その拠点として旅順と大連を確保した。またシベリア鉄道と満州の鉄道をつなげ、極東への動脈としたい。そのためには北上してくる日本が邪魔になるんで、あの手この手で嫌がらせを仕掛ける。特に韓国は手ごろな道具だ。

 つまり日本は韓国の完全支配を、ロシアは満州の確保が目的だった。それぞれ、その言い訳として、日本はロシアの満州進出を、ロシアは日本の韓国支配を、「奴らは悪いことしてるよね」と世界に訴えようとした、そういう構図だ。

 アメリカにとって重要なのはフィリピンだ。台湾を支配する日本とはぶつかりたくない。よって言い分としては、「日本の韓国には目をつぶるからフィリピンには手を出すな」となる。当時の日本はフィリピンに執着はないから、「おk、把握」な態度。また、満州の利権に食い込みたいので、ロシアが邪魔。

 イギリスはロシアの南下にピリピリきてる。既にインド(当時のインドは現在のパキスタンを含む)やアフガニスタンでロシアとぶつかってるし。だもんで、極東にまでは手が回らない。そこで日本がロシアを抑えてくれるんならラッキーじゃん。

 ドイツは植民地獲得に出遅れたんで、中国を喰いたい。だもんで、中国に食い込もうとする日本が邪魔だ。また、イギリスやフランスと睨み合ってる間柄なんで、ロシアを味方につけたい。特にフランスとロシアの仲を割きたい。

 フランスもドイツと睨み合ってる。だから、ロシアにはドイツを牽制して欲しい。もともとロシアとは縁が深いし。

 そんなわけで、日英米 vs 露独仏 みたいな構図で、日露戦争に突っ込んでいく。この対立の構図が、アメリカのマニラ侵攻での各国海軍の配置で鮮やかに浮き上がるのが面白い。

 とかの構図が、日露戦争の終結で大きく変わってゆく「第5章 戦後の状況と日本の≪韓国併合≫」が、読んでいて最も面白かった。この手の本にありがちなように、最初は五里霧中だったのが、読み進むにつれて全体の構図が見えてくるって効果もある。と同時に、本書の眼目である国際関係が、戦争の帰趨で大きく動くため、そのダイナミズムが楽しい。

 ロシアは極東からバルカン半島へと目を転じ、オーストリア&ドイツと対立を深める。これにより英仏との利害一致が増え、日本との対立は軽くなる。いかにも第一次世界大戦に向けて走り出しているようだ。

 あおりを食ったのは韓国で、日本の支配は着々と進む。加えて日本は満州にも手を伸ばし、これがアメリカとの対立の種へと育ってゆく。ここでは鉄道王ハリマン(→Wikipedia)も顔を出し、ビジネスマンの視野の広さと抜け目の無さと世界を飛び回るバイタリティに感心すると共に、当時の鉄道が持つ世界情勢への影響の大きさが伝わってくる(→「世界鉄道史」「鉄道と戦争の世界史」)。

 日露戦争を、日露だけに留まらず、世界史の中の事件として捉えた俯瞰的な視点で描くと共に、当時の国際関係と関係諸国の内情にまで踏み込んで説得力を持たせた、研究者向けの歴史の本だ。かなり専門的なのでいささか歯ごたえはあるが、じっくり読めばジワジワと味が出てくる、そんな本だった。

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2019年3月 7日 (木)

マーチン・ファン・クレフェルト「エア・パワーの時代」芙蓉書房出版 源田孝監訳

1939年の時点で、(略)アメリカの工業力を3.0とすると、二番手のドイツは1.2であった。大英帝国は1.0、ソ連は0.8、日本は0.5、フランスは0.3そしてイタリアは0.24であった。
  ――第6章 工場の戦い、頭脳の戦い

B-29の開発経費は、初めて原子爆弾を開発した経費とほぼ同じであった。
  ――第8章 空母の戦いから最終決戦まで

激しい戦闘が行われた場合を除けば、(朝鮮戦争で)中国軍や北朝鮮軍の一個師団に必要な物量は、一日当たり40トンから50トンを越えることはなかった。(略)この量は同数のアメリカ軍の師団が第二次世界大戦の最終年に必要とした量のわずか1/10であった。
  ――第14章 朝鮮からシナイ半島へ

換言すれば、(第四次中東戦争で)アメリカが援助した真の動機は、戦争そのものの経過にあったのではなく、核を使用するというイスラエルの見え透いた脅迫によるものかもしれなかった。
  ――第15章 シナイ半島からテヘランへ

【どんな本?】

 19世紀末の気球に始まった航空機の軍事利用は、第一次世界大戦で脚光を浴び、第二次世界大戦の電撃戦に始まり原爆に至る華々しい活躍で、現代の軍における必須のものとなった。しかし、金満国家のアメリカでさえF-22の調達が削減されるなど、あまり芳しくない話もある。

 軍事に於いて航空機はどのように使われてきたのか。どう使えば効果があるのか。どんな指揮系統が相応しいのか。効果的に航空機を使えるのは、自然・社会的にどんな状況か。そして、航空戦力の将来はどこに向かうのか。

 「補給戦」や「戦争文化論」などの著作で知られる著者が、豊かな歴史・軍事知識を元に歯に衣着せぬ厳しい論を展開する、斬新な視点の空軍論。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Age of AirPower, by Martin Van Creverd, 2011。日本語版は2013年2月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約527頁に加え、監訳者あとがき6頁。年寄りに優しい10ポイントで47字×20行×527頁=約495,380字、400字詰め原稿用紙で約1,239枚。文庫なら厚い上下巻か薄い上中下巻の大容量。

 この手の本にしては比較的に文章はこなれている。博覧強記の著者だけに、過去の軍事エピソードが次々と出てくる。が、「補給戦」に比べるとかなりわかりやすかった。その理由は二つ。まず、20世紀の例が大半なので、私が知っている例が多いこと。もう一つは、「補給戦」と違い、個々の例の背景を文中で説明していること。

 当然ながら、軍用機の名前もたくさん出てくる。実は知らなくてもあまり問題はない。が、もちろん、多少は知っていた方が楽しく読める。扱う年代の関係で、第二次世界大戦~1970年代が多いため、センチュリー・シリーズなどが好きな人は楽しめるだろう。

【構成は?】

 監修者あとがきが見事にこの本を要約しているので、忙しい人はあとがきだけを読めばいい。もう少し時間が取れるなら、最終章も加えよう。もちろん、できれば全部読んだ方が楽しいけど。

  • 日本語版への序/はじめに
  • 第一部 大空へ、1900年~1939年
  • 第1章 出自と始まり
  • 第2章 乗り越えた試練
  • 第3章 ビジョン、組織そして試練
  • 第4章 戦争と戦争の狭間
  • 第二部 史上最大の戦争、1939年~1945年
  • 第5章 勝利から膠着状態へ
  • 第6章 工場の戦い、頭脳の戦い
  • 第7章 閉じられた包囲
  • 第8章 空母の戦いから最終決戦まで
  • 第三部 目新しい戦争、1945年~1991年
  • 第9章 支配的な要因
  • 第10章 ジェット機とヘリコプター
  • 第11章 ミサイル、衛星そして無人機
  • 第12章 紙の上の戦争
  • 第四部 小規模戦争、1945年~2010年
  • 第13章 海軍航空の黄昏
  • 第14章 朝鮮からシナイ半島へ
  • 第15章 シナイ半島からテヘランへ
  • 第16章 見せかけの勝利?
  • 第五部 住民の中の戦争、1898年~2010年
  • 第17章 最初の40年間
  • 第18章 敗北と撤兵
  • 第19章 あまりにも遠い戦争
  • 第20章 ヴェトナム戦争を越えて
  • 最終章 凋落、1945年以降?
  • 監訳者あとがき/原書注/索引

【感想は?】

 軍用機、特に戦闘機が好きな人には、いささか辛い本だ。

 実のところ、私も少しモヤモヤしていた。その理由は機体数だ。零戦は1万機以上作った。だが、現在の航空自衛隊のF-15Jは200機少々である。F-4EJは150機ほど、F-2は100機に満たない。

 もちろん、性能は全く違う。が、いかに天下のイーグルといえど、さすがに空対空ミサイルを百発は積めない。なら安い戦闘機を沢山用意した方がいいんじゃね? なんて発想も出てくる。パイロットを使い捨てにする血も涙もない発想だけど。似たような事を、この本も最終章に書いてある。

1950年から1970年代初頭までの間、合計で1万5948機の戦闘機(略)が生産され、アメリカ空軍やその他の国で運用された。一方で1975年から2009年の間の戦闘機の生産数は、F-15やF-16を含めて、わずかこの1/3である。
  ――最終章 凋落、1945年以降?

 これは機体数だけでなく、種類もそうだ。第二次世界大戦中、軍用機は次々とモデルチェンジした。対してF-4ファントムのデビューは1960年代初頭である。既に半世紀以上の高齢だ。レーダーや電子系統は大きく変わっているし、シリーズが幾つかあるとはいえ、なんか変じゃないか?

 他にもある。使いやすさだ。ノルマンディー上陸作戦で、米陸軍航空隊のバイパー・カブ偵察機は、50mほどを整地すれば離陸できた。現在の空軍機で、それほど気楽に基地を動かせる機体はあるのか? こでは第二次世界大戦の電撃戦でも同様で…

(第二次世界大戦での)ドイツ空軍の最も感嘆すべき特徴は、敵の飛行場を奪取してすぐに使用できるように後方支援組織を前進させる能力にあった。
  ――第5章 勝利から膠着状態へ

 つまり遠距離砲撃のかわりに軽爆撃機を使うって発想だけじゃなく、使えるようにする整備や補給や飛行場建設の能力も優れていたのだ。これで痛い目を見たのが帝国海軍のガダルカナルで…。もっとも、今はカブやスツーカの役割をヘリコプターや無人機が担ってて、たいてい陸軍の管轄になってる。

まあ、でも、改めて考えると、専守防衛なら、非工場建設能力はなくてもいいんだよね。守るだけなら、敵地に飛行場を作る必要もないんだし。

 などと暗い話になったが。航空戦力が最も華やかだったのは、第二次世界大戦だろう。ドイツ軍の電撃戦に加え、米海軍も…

ミッドウェー海戦が終わってから二週間もしないうちに、アメリカ下院海軍委員会は、16インチ砲を搭載する五万八千トンのモンタナ(USS Montana)級戦艦五隻の建造計画を満場一致で廃案に(略)五万トンを超える新しい航空母艦の建造を承認した。
  ――第8章 空母の戦いから最終決戦まで

 と、航空戦力に舵を切り替える。ただし、海軍はともかく、陸上での使い方では、著者は厳しい。戦略爆撃はもちろん電撃戦みたいな使い方にも否定的で、最も効果的なのは…

上空である程度の行動の自由が確保できるとするならば、「三位一体(訳者注:政府、国民、軍隊が一体)」の軍隊に対する戦争において空軍を役立てる最善の方法は、近接航空支援や戦略爆撃ではなく、阻止でほぼ間違いないということである。
  ――第5章 勝利から膠着状態へ

 と、ちょっと変わった見解を示す。戦略爆撃は効果が疑わしいし、近接航空支援=敵前線部隊への攻撃は被害がデカい上に友軍への誤爆がある。阻止ってのは、敵の補給部隊や応援部隊を潰すこと。弾薬が無きゃ撃てないし、油が無きゃ戦車も止まる。逆に最も無駄なのは…

(第二次世界大戦のユーゴスラビアでドイツ軍の)エア・パワーは、反乱戦力を鎮圧する手助けにはほとんどなっていなかった。
  ――第17章 最初の40年間

 レジスタンスやテロリストなど、人ごみや山陰に隠れ軽装備で嫌がらせする敵に対しては、手間とカネがかかる割に、ほとんど効果がない。これはイスラエルのレバノン侵攻やアメリカのベトナム・アフガニスタン・イラクと、何度も証明されている。思えば日中戦争の重慶爆撃もそうだなあ。

 これは戦場の適不適もある。航空機は砂漠などの開けた場所で威力を発揮する。ジャングルや峻険な山、ゴチャゴチャした都市には向かない。おまけに高射砲や地対空ミサイルなどの進歩で、空は安全地帯じゃなくなった。しかも長距離ミサイルやヘリコプターや無人機などライバルも多い。

UAVに必要な設備は小規模かつ簡素であり、そのため運用コストが有人機の5%に過ぎないと言われている。
  ――第11章 ミサイル、衛星そして無人機

 極端な話、ドローンにスマートフォンを積めば、簡単な偵察機になるんだよね。加えて、空軍のもう一つの重要な任務、防空に関しても、長距離ミサイルと核の発達で…

入手可能な公刊情報から判断すると、2010年現在、断固たる攻撃から都市を1000%守ることのできるシステムを有している国家は存在しない。
  ――第11章 ミサイル、衛星そして無人機

 と、いいささか切ない状況にある。逆に都市攻撃にしても、大型爆撃機はB-52ぐらいしかない。え?B-1とB-2? 何か仕事したっけ? ああ、「レッド・プラト-ン」でB-1は活躍してたなあ。前哨基地の防衛だけど。

 と、そんなわけで、将来の展望としては…

軍用機、すなわち有人の作戦機に関しては、明らかに絶滅の方向に向かいつつあり、他の兵器の役割が増大していくため、多くの場合、空軍は、ずたずたにされることになるであろう。
  ――最終章 凋落、1945年以降?

 と、軍用機が好きな人にははなはだ悲しい結論になっている。もっとも、希望はある。

 軍というのは、いつだって直前の戦争から学ぶ。まずもって先見の明とは縁がない。今後も大きな戦争がなければ、ずっと今の状態が続く。だから、戦闘機ファンは、戦争が起きないように働きかけよう。戦争がなければ、これからも戦闘機が花形兵器でありつづけるだろう。

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2019年2月 1日 (金)

クルツィオ・マラパルテ「クーデターの技術」中公選書 手塚和彰・鈴木純訳

私の課題は、いかにして現代の国家権力を奪取し、またいかにしてそれを防衛するかについて述べることにある。
  ――初版序

軍人が言う「自由主義」というものには警戒しなければならない。
  ――第5章 ボナパルト 初めての現代的クーデター

【どんな本?】

 クーデター。強引に政権を巧い取ること。この本では、敢えてその倫理や道徳は問わない。「どうすれば成功するか」「どう防げばよいか」に焦点を絞り、あくまでも技術論として話を進めてゆく。

 著者がお手本とするのは、ロシアの十月革命(→Wikipedia)である。ただし注目するのはレーニンの戦略ではない。トロツキーの戦術だ。トロツキーはこう語ったという。

「反乱を起こすためには、有利な状況など必要ない。反乱は、状況とは無関係に起こす事が可能なのだから」
  ――第1章 ボリシェヴィキ・クーデターとトロツキーの戦術

 戦略は要らない、必要なのは戦術だけ、そういう意味だ。そして、その戦術は、どんな国のどんな政府にも使える、と。

 この本では、ロシアの十月革命,ナポレオンのブリュメールのクーデター,ムッソリーニのローマ進軍などを例として、それぞれの経過と手段を解説し、その巧拙を語ってゆく。

 第一次世界大戦と第二次世界大戦の間。ロシアでは革命が起き、欧州各国ではコミュニストが根を広げ、イタリアやドイツではファシストが台頭し、機械化と情報化が進む欧州が嵐の予感に怯えていた時代に書かれた、現代向けクーデターの手引書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Technique du Coup d'État, Curzio Malaparte, 1931。日本語版の出版経緯は後述。私が読んだのは2015年3月10日初版発行の中公選書版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約308頁に加え、訳者あとがき3頁。9.5ポイント43字×17行×308頁=約225,148字、400字詰め原稿用紙で約563枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 さすがに文章はやや硬い。読みこなすのにも、けっこう前提知識が要る。当時の欧州の知識人向けに書いているらしく、古代ローマのカティリナ(→Wikipedia)やプルターク(→Wikipedia)などが出てくる。とはいえ、重要な人物は訳注で説明しているのがありがたい。

 扱っている事例は以下。本書中でも事件の概要を軽く説明しているが、だいたいの流れを予め知っていると、頭に入りやすいだろう。

  1. ロシアの十月革命(→Wikipedia)
  2. レーニン没後のトロツキー(→Wikipedia)とスターリン(→Wikipedia)の権力抗争
  3. 1920年ポーランド・ソビエト戦争(→Wikipedia)およびユゼフ・ピウスツキ(→Wikipedia)
  4. 1920年ドイツのカップ一揆(→Wikipedia)
  5. 1799年ナポレオンのブリュメールのクーデター(→Wikipedia)
  6. 1923年スペインのプリモ・デ・リヴェラ(→Wikipedia)のクーデター
  7. 1922年イタリアのムッソリーニのローマ進軍(→Wikipedia)

 日本での出版経緯:

  • 1932年に改造社より木下半治訳「近世クーデター史論」として出版。当時の状況により伏字だらけ。
  • 1971年にイザラ書房より矢野秀訳で出版。ただし矢野秀はペンネームで、正体は手塚和彰&鈴木純。
  • 2015年に中公選書より出版。イザラ書房版を全面改訂。

【構成は?】

 大仰なゴタクが嫌いな人は、解題や序を飛ばして第1章から読んでもいいだろう。

  • 解題 『クーデターの技術』その意義について
  • 1948年版 序 自由の擁護は≪引きあわぬ≫こと
  • 初版序
  • 第1章 ボリシェヴィキ・クーデターとトロツキーの戦術
  • 第2章 失敗せるクーデターの歴史 トロツキーとスターリンの対立
  • 第3章 1920年 ポーランドの体験
  • 第4章 カップ・三月対マルクス
  • 第5章 ボナパルト 初めての現代的クーデター
  • 第6章 プリモ・デ・リヴェラとピウスツキ 宮廷人と社会主義将軍
  • 第7章 ムッソリーニとファシスト・クーデター
  • 第8章 女性・ヒトラー
  • 1948年版への覚え書き
  • 1948年版に付された著者マラパルテの経歴
  • 訳注/訳者あとがき

【感想は?】

 当時は幾つかの国で発禁になったそうだ。さもありなんw

 書名に偽りはない。当時の状況を考えると、実にまっとうなクーデターの教科書である。今になって思いついたんだが、軍による都市制圧やテロの教本としても優れているなあ。

 さすがに1931年の本なので、21世紀の今となっては、メソッドに多少の手直しが必要だ。が、この本が述べる基本原則が分かっていれば、アレンジは難しくない。攻める側も、守る側も。

 あくまでもテクニックを語る本なので、倫理や政治思想は棚上げにしている。そういう意味で、つまりクーデター参謀として著者が最も高い評価を与えているのは、トロツキーだろう。次いでムッソリーニ。意外とヒトラーの評価は低い。

 ただし、あくまでもクーデター者、つまり武力による権力奪取の手腕の評価だ。議会で多数派を占め合法的に権力を握るのは、クーデターじゃない。だからローマ進軍で権力を握ったムッソリーニの評価は高く、議会で多数派を占めたヒトラーの評価は低いのだ。改めて考えると無茶苦茶な理屈だなw

 肝心のクーデターのテクニックは、さすがにヤバすぎてインターネットで公開する勇気は私にはない。まあ、こういう風に書籍として流通してるんだから、隠してもあまし意味はない気がするけど。言論の自由って素晴らしい。いやマジで、皮肉じゃなく。中央公論新社の度胸には敬服する。

 逆に、クーデターを防ぐには、どうすればいいか。これには二つの例が出てくる。ちなみに…

政党は、ファシズムに対抗するうえでは、あまりにも無力な存在であった。それは、ファシズムの闘争手段(略)は、政治的手段と呼ばれているものとは、まったく異質のものであったからである。
  ――第7章 ムッソリーニとファシスト・クーデター

 と、まっとうな手段じゃ防げない。効果的な防衛法の第一は、スターリンの手法だ。

スターリンとトロツキーとの抗争は、トロツキーによる権力奪取の試みと、それに対抗するスターリンとオールド・ボルシェヴィキによる国家防衛の歴史に他ならない。
  ――第2章 失敗せるクーデターの歴史 トロツキーとスターリンの対立

 要は秘密警察を駆使する事。ヤバい奴を見張り、自分の手下を敵の組織に浸透させる。今でも北朝鮮やエジプトなどの抑圧的な国家が使う手口。ただ、今となっては、イラン革命(→Wikipedia)や東方崩壊や「アラブの春」などで、必ずしも防げるとは限らないと実証されてしまった。

 もう一つの手段は、ムッソリーニの例で出てくる。ここで登場するのが、意外なアレ。

労働組合は、(略)政府をおびやかす危険から、自由主義国家を防衛することのできる唯一の対抗勢力となっていた…
  ――第7章 ムッソリーニとファシスト・クーデター

 ここでは、当時のイタリアで、ファシストの台頭に対し、労働組合が頑強に抗った様子を描いている。ファシストが労働組合を目の敵にしたのも、一つの裏付けだろう。なぜ労働組合なのかは、トロツキーの手口をマスターすれば、自然と理解できます。

 とすると、組合が弱い今世紀の日本は、ある意味クーデターに対し脆弱かも。地形を考えれば、ゼネストによる危機にツケ込んで隣国の陸軍が大兵力で攻め込んでくるなんて危険は少ない国だけに、これは困った状態だよなあ。

 作家の著作なためか、なかなかヒネくれた文章も多い。だいたい冒頭からしてコレだし。

私はこの本を憎む。心の底からこの本を憎む。この本は名声、世間が名声と呼ぶくだらぬものを私に与えたが、同時にまた、この本こそ私のあらゆる不幸の原因だったのである。
  ――1948年版 序 自由の擁護は≪引きあわぬ≫こと

 幾つかの国で発禁、どころかドイツじゃ焚書の憂き目にあったことに対しては…

『クーデターの技術』は、もえさかる薪の中に投げ込まれ、人種的または政治的理由で非合法化された多くの書物と一緒に灰になった。今日からみれば、この結末は、一介の作家が自分の著書に望みうる最高の結末である。
  ――1948年版 序 自由の擁護は≪引きあわぬ≫こと

 なんて言ってるのは、作家の矜持だろう。他国の事情にも明るいためか、なかなか辛辣な事も言っている。

ポーランド人は、ポーランドの国民生活に生じた出来事が、他国の国民生活にも見出されるとは露ほどにも思っていない。(略)ポーランドの人々は、政府を含め、歴史から教訓を学びとろうとしていなかった。
  ――第3章 1920年 ポーランドの体験

 これポーランドを現代日本に置き換えても成り立つから腹が立つ。

 著者は新聞の編集にも携わっていたためか、当時の世界情勢解説としても面白い視点を与えてくれる。中でも私が面白いと思ったのが、ムッソリーニを扱った第7章と、ヒトラーを扱った第8章。

 第7章で描かれる、ダンヌンツィオによるフィウメ占領(→コトバンク)が、ファシスト党内でのムッソリーニとの関係に与えた影響は、「おお、そういう事か!」と目を見開いた。また、第8章でのヒトラーと突撃隊の関係などは、ちょっと切ないものがあったり。ヒトラーに対しては辛辣で…

耽美主義への傾倒は独裁制を夢見る者の顕著な特徴である
  ――第8章 女性・ヒトラー

ほとんどすべての独裁者は、ある出来事について人を評価するとき、ある特徴的な判断基準を用いる。その判断基準とは嫉妬心である。
  ――第8章 女性・ヒトラー

 特に後者については、独裁者に限らず、権力志向の強い人全般に当てはまる気がする。そう思いませんか、専門技能を持つ方々。

 クーデター教本、またはクーデター防衛の古典としてだけじゃなく、占領政策またはレジスタンスのマニュアルとしても、テロ組織育成または大規模テロ直後の対応用や、パニック小説のネタ本としても使える、とっても便利で困った本だった。

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2018年12月26日 (水)

クリントン・ロメシャ「レッド・プラトーン 14時間の死闘」早川書房 伏見威蕃訳

これから述べるのは、ひとりの物語ではなく、小隊全体の物語である。
  ――序章 いまよりマシにはならない

最終的には、おたがいを信じる身内組の緊密な核のまわりを、溶け込めそうにない一匹狼のばらばらな塊が周回することになる。
  ――第2章 手勢をそろえる

要するに、キーティングは遠陬にあり、孤立し、補給がほとんど不可能で、俯瞰射撃に対してあまりにも無防備なので、防御するには大規模な砲兵部隊と航空力を必要とする。
  ――第3章 キーティング

「おれたちはすごい強兵だから」コプスはそういうときにレッド小隊のことを自慢する。「うんこ缶とも戦うんだ」
  ――第4章 金魚鉢のなか

ベラミーはバンダーマンに、フリッチーが全方位からの大規模な射撃にさらされていると説明した。その大部分が、重火器でキーティングを支援できないように、迫撃砲掩体壕に集中していた。
  ――第10章 視野狭窄

フォート・カーソンで戦闘訓練の際に、兵士たちの頭に植え付けたもっとも重要な注意点は、複数の方向から攻撃されているときには、ひとりもしくはひとつの集団のみに神経を集中してはいけないということだった。
  ――第10章 視野狭窄

小さく固まるのは、全滅を覚悟して最後の抵抗の準備をするときだけだ。
  ――第12章 「敵が鉄条網内に侵入」

「あんたたちは外のやつらを片付けてくれ。われわれはなかの敵をすべて殺す」
  ――第14章 そいつらを燃やせ

“死体はつぎの死体を惹きつける”
  ――第18章 生きている!

訓練の際の、経験と常識に基づいた方式では、離隔距離――爆発点ともっとも近い兵員の距離――は、1ポンド当たり90cm以上でなければならないとされている。
  ――第19章 B-1

【どんな本?】

 2009年10月3日。アフガニスタン北東部ヌーリスタン州にある、米軍の戦闘前哨(COP)キーティングは、タリバンの激しい攻撃を受ける。基地を守るのは合衆国陸軍第4歩兵師団第4旅団戦闘団第61騎兵連隊第3偵察大隊B中隊の約50名のほか、アフガニスタン国軍の40名ほど。攻撃側のタリバンは300名ほどと見られる。

 キーティングは周囲を山に囲まれ、すり鉢の底のような所にある。四方から見下ろして狙撃できるため、防衛には最悪の地形である。以前からタリバンは軽い攻撃を繰り返し、米軍の反撃パターンを学び、効果的な攻略法を編み上げていた。

 朝6時に攻撃が始まると、たちまちアフガニスタン国軍の将兵は散り散りになって逃げてしまう。米兵50名で、300名のタリバンに応戦しなければならない。近く撤収の予定があるためか、ロクに陣も築けていない状況で、B中隊は四方からの銃撃・砲撃に晒される。

 「キーティングの戦い」と呼ばれるこの激戦で、前線に立ち戦闘を指揮したクリントン・ロメシャ二等軍曹が、自らの記憶に加え共に戦ったB中隊の面々や、支援に駆け付けたヘリコプター・戦闘機・攻撃機部隊などへの綿密な取材、そして米軍が提供する資料を元に、壮絶な戦いを分単位で再現する、迫真の戦闘記録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Red Platoon : A True Story of American Valor, by Clinton Romesha, 2016。日本語版は2017年10月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約400頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント45字×21行×400頁=約378,000字、400字詰め原稿用紙で約945枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も軍事物のわりに意外とわかりやすい。戦闘物なので兵器の名前が次々と出てくるが、大半は説明があるので、丁寧に読めば素人でも雰囲気は掴める。ただし用語集のような形にはまとまっていないので、多数の栞を用意しよう。

 敢えて言えば、小銃・重機関銃・擲弾銃・迫撃砲の違いがわかるといい。小銃は普通の歩兵が持つ銃。重機関銃は地面において撃つ大型の機関銃。擲弾銃は銃弾の代わりに小型の爆弾を打ち出す。迫撃砲は擲弾銃より大きい爆弾をより遠く正確に撃てる。

【構成は?】

 ほぼ時系列に進むので、素直に頭から読もう。

  • 本書への賛辞
  • 序章 いまよりマシにはならない
  • 第1部 ヌーリスタンへの道
    • 第1章 部下を失う
    • 第2章 手勢をそろえる
    • 第3章 キーティング
    • 第4章 金魚鉢のなか
    • 第5章 だれでも死ぬ
  • 第2部 最大発射速度での連射
    • 第6章 「だれかを殺しに行こうぜ」
    • 第7章 重度の接触
    • 第8章 コンバット・カーク
    • 第9章 運
    • 第10章 視野狭窄
  • 第3部 蹂躙
    • 第11章 唯一の応戦陣地
    • 第12章 「敵が鉄条網内に侵入」
    • 第13章 アラモ陣地
    • 第14章 そいつらを燃やせ
  • 第4部 こいつを取り戻す
    • 第15章 反撃開始
    • 第16章 持ちこたえられない
    • 第17章 オックスとフィンチ
    • 第18章 生きている!
    • 第19章 B-1
  • 第5部 ステファン・メイスを救う
    • 第20章 「そいつを片付けろ」
    • 第21章 遺体回収
    • 第22章 火災
    • 第23章 さらばキーティング
    • 第24章 残り火
  • エピローグ
  • 追悼/情報源についての覚書/謝辞
  • 訳者あとがき

 登場人物が多く、多数の兵器や略語が出てくるので、登場人物一覧と用語集が欲しかった。

【感想は?】

 つくづく思う。アメリカ軍は強いが、アメリカ政府は戦争が下手だ。

 キーティング基地からして、素人でも最悪の場所だとわかる。なんたってすり鉢の底だ。四方から見下ろして打ち放題である。で、実際、B中隊はそういう目に遭う。

 陸路での補給もできないんで、補給はヘリ頼り。だってのに、ヘリの発着場は基地の外、橋を渡った向こう側。築陣もなってない。二次大戦中のドイツ軍ならコンクリート製の強固な要塞を建てたろうに、塹壕すら掘ってない。

 運営もなっちゃない。地元民に工事を頼むって、朝鮮戦争で痛い目を見たのを忘れたのか(→コールデスト・ウィンター)。どころかアフガニスタン治安警備隊(アフガニスタン国軍とは別組織)の指揮官が基地内に店を開き、そこに地元民も出入りしてる。内情はタリバンに筒抜けじゃん。つか店の商品は横流し品だろ。

 隊の編成も出鱈目。B小隊、以前はイラクにいたんだが、20名の隊員中、帰国後に残ったのは3人だけ。小隊長も変わる。ってんで、中身はほぼ総とっかえ。しかも途中で補充兵がくる。エイブラム・カーディナーが補充兵のヤバさをさんざん警告してるのに(→戦争ストレスと神経症)。そんな有象無象をチームに仕立てる軍曹さんの苦労がしのばれる。

 衛生状態も医療関係者が読んだら卒倒しそうなシロモノで。なんじゃい小便チューブって。糞も焼却かいw しかもシャワーは週に一度ありゃいい方で、ノミが跳梁跋扈。きっとシラミもいるんだろうなあ。

 対するタリバンは、だいぶ前から軽い攻撃を繰り返して米軍の応戦パターンを掴むなど、かなり用意周到。当日の作戦も見事で、単に四方から撃ちまくるだけじゃなく、ちゃんと標的の優先順位も考えてる。何より発電機をヤられたのが痛い。しかも護衛の砲術基地も同時に攻撃する周到さ。

 前日譚じゃ少しイラクの話も出てきて、輸送隊が道路を逆走する意味もわかった。「戦場の掟」や「ブラックウォーター」じゃ狙撃を避けるためとあったが、ここでは敵を挑発するため、となっている。敵を狩る目的で小隊を指揮する軍曹としては適切な行動だが、イラクの安定が目的の米軍としちゃどうよ。

 そんな前日譚に続く当日の様子は、まさに分刻みの精密な描写に驚く。これが単に基地内だけではなく、なんと中東のカタールにまで及んでいる。混乱を極めた戦闘を、ここまで鮮やかに再現できたのは、綿密な取材あればこそ。同じ地獄を味わった戦友、という絆が可能にしたんだろう。

 戦闘では、まずMk.19自動擲弾銃(→Wikipedia)の有難みが光る。要は手榴弾をバラまく銃だ。機関銃と違い、爆弾を飛ばすんだから、だいたいの狙いを付けりゃ多少外れても構わないし、木や岩の影にいる敵もその後ろに当てれば吹っ飛ぶから、威力は絶大だ。富豪米軍ならではの贅沢な装備。

 終盤ではMQ-9リーパー無人機・AH-64アパッチ攻撃ヘリ・F-15Eイーグル戦闘機・A-10サンダーボルト攻撃機・AC-130Hスペクター攻撃機が入り乱れ、KC-135ストラトタンカー空中給油機・KC-10空中給油機に加え、カタールからB-1ランサー大型爆撃機まで出演する大盤振る舞い。つくづく米軍の金満ぶりにあいた口がふさがらない。

 冒頭では「ホース・ソルジャー」や「アフガン、たった一人の生還」など、同じアフガニスタンを舞台とした作品への言及もあり、著者の視野の広さをうかがわせる。と同時に、一つのトラックの中に閉じ込められた数人の兵の動きを鮮やかに再現するなど、細かい部分の解像度も凄まじい。

 徹底してリアルに戦場の一日を、分刻みの細かさで描き出すことで、圧倒的な迫力を持つことに成功した、戦場記録の傑作だ。

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2018年12月 6日 (木)

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「戦争は女の顔をしていない」岩波現代文庫 三浦みどり訳

この(レニングラードの)子たちは封鎖された町で何を食べたか話してくれた。皮のベルトとか新しい皮靴を煮出したスープ、木工用の膠で作った煮こごり、カラシ入りのクレープ巻き、。街の中では猫も犬も食い尽くした。
  ――わが家には二つの戦争が同居してるの

負傷したことは誰にも言えなかった。そんなことを言ったら、誰が仕事に採用してくれる?  結婚してくれる? 私たちは固く口をつぐんでいた。誰にも自分たちが前線にいたことを言わなかった。
  ――受話器は弾丸を発しない

多くの人は身内が敵に占領された区域にいたり、そこで死んだりしていた。そういう人たちは手紙を受け取るあてがない。そこで、私たちが「見知らぬ女の子」になって代わりに手紙を書いたの。
  ――私たちは銃を撃ってたんじゃない 郵便局員

私たちが通った跡には赤いしみが砂に残った。女性のあれです。隠しようもありません。兵士たちは後ろを歩きながら、気づかないふりをする……
  ――甲高い乙女の「ソプラノ」と水兵の迷信 通信兵

これは数人の会話ではなく、二人きりの時と限られていました。三人目は余計なの、三人目が密告するから……
  ――間違いだらけの作文とコメディー映画のこと 看護婦

私たちのズボンは乾くとそのまま立てておけたほど。普通の糊付けだって、こんなふうに立ってはいないよ。血のせいだよ。
  ――ふと、生きていたいと熱烈に思った 衛生指導員

【どんな本?】

 2015年度にはじめてジャーナリストとしてノーベル文学賞に輝いたベラルーシ出身の作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの代表作。

 第二次世界大戦の独ソ戦では、約三千万人が亡くなったと言われる。赤軍には多くの女が志願し、またはパルチザンとしてドイツ軍に戦いを挑んだ。狙撃兵として終日雪に這いつくばった者、おむつの赤ん坊をダシに検問所をすり抜けた者、衛生兵として銃弾の中で負傷者を救い出した者…。

 彼女たちは何を考えて戦場に赴き、そこで何を見てどんな体験をして何を思い、戦後はどのように暮らしたのか。五百人を超える口の重い女たちを見つけ出し、訪ね、彼女たちの声を書き留め、厳しい検閲や妨害にもめげず数年がかりで出版にこぎつけた、衝撃のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は У ВОЙНЫ НЕ ЖЕНСКОЕ ЛИЦО, 
Святла́на Алякса́ндраўна Алексіе́віч, 1984, 2013。綴りは自信ない。日本語版は2008年7月に群像社より刊行、後に2016年2月16日に岩波現代文庫から第1刷発行。私が読んだのは岩波現代文庫版2017年3月6日発行の第4刷。

 文庫本で縦一段組み、本文約482頁に加え訳者あとがき7頁+澤地久枝の解説「著者と訳者のこと」8頁。9ポイント39字×17行×482頁=約319,566字、400字詰め原稿用紙で約799枚。文庫本としては厚い部類。

 文章は「おばちゃんが話しかける口調」で、親しみやすく読みやすい。内容も特に難しくない。「第二次世界大戦ではドイツとソ連が戦った」ぐらいを知っていれば充分。が、正直言って、読み通すのは辛かった。とにかく生々しくショッキングな話が続々と続くためだ。覚悟して読もう。

【構成は?】

 各章は特定のテーマや兵科を集めたり、一つの町や村での声を束ねたもので、あまり強いまとまりはない。また、順番も特に意味はない。大半の章は、何人かの取材相手の「声」で構成されている。一つの「声」は数行~数頁の短いものだ。短めの記事を味見したり、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 人間は戦争よりずっと大きい 執筆日記1978年から1985年より
  • 思い出したくない
  • お嬢ちゃんたち、まだねんねじゃないか
  • 恐怖の臭いと鞄いっぱいのチョコレート菓子
  • しきたりと生活
  • 母のところに戻ったのは私一人だけ
  • わが家には二つの戦争が同居してるの
  • 受話器は弾丸を発しない
  • 私たちの褒美は小さなメダルだった
  • お人形とライフル
  • 死について、そして死を前にしたときの驚きについて
  • 馬や小鳥たちの思い出
  • あれは私じゃないわ
  • あの目を今でも憶えています
  • 私たちは銃を撃ってたんじゃない
  • 特別な石けん「K」と営倉について
  • 焼きついた軸受けメタルとロシア式の汚い言葉のこと
  • 兵隊であることが求められたけれど、可愛い女の子でもいたかった
  • 甲高い乙女の「ソプラノ」と水兵の迷信
  • 工兵小隊長ってものは二ヶ月しか生きられないんですよ、お嬢さん方!
  • いまいましい天と五月のバラの花
  • 空を前にした時の不思議な静けさと失われた指輪のこと
  • 人間の孤児と弾丸
  • 家畜のエサにしかならないこまっかいクズジャガイモまでだしてくれた
  • お母ちゃんお父ちゃんのこと
  • ちっぽけな人生と大きな理念について
  • 子供の入浴とお父さんのようなお母さんについて
  • 赤ずきんちゃんのこと、戦場で猫が見つかる喜びのこと
  • ひそひそ声と叫び声
  • その人は心臓のあたりに「てをあてて……
  • 間違いだらけの作文とコメディー映画のこと
  • ふと、生きていたいと熱烈に思った
  • 訳者あとがき
  • 解説 著者と訳者のこと 澤地久枝

【感想は?】

 予想はしていたが、やっぱり東部戦線物はSAN値をガリガリと削られる。

 私は最近になって「イワンの戦争 赤軍兵士の記録1939-45」や「スターリングラード 運命の攻囲戦 1942~1943」などで東部戦線の地獄っぷりを知った。東部戦線には、帝国陸海軍の南方での戦闘とは、また違った恐ろしさがある。

 いずれも飢えと病に苦しむ点は同じだ。東部戦線だと、これに加えて寒さがある。また、両軍ともに、敵を人と見做さず、互いをケダモノのように扱った。陸戦協定もヘッタクレもない。

 それ以上に怖いのは、「戦場に住んでいた人々」の声だ。帝国陸海軍に従軍した方々の手記は日本で多く出ているが、戦場となったフィリピンなどに住んでいた人々の手記は滅多に見かけない。たぶん、沖縄戦を生き延びた方々の手記なら、この本の迫力に迫れるだろう。

 語り手の多くは、ウクライナやベラルーシに住んでいた人々だ。最初はドイツに占領され、焼け野原にされた。男たちばかりか、牛や馬まで兵隊にとられ、女と子供だけで犂を曳いて畑を耕す。その畑には死体が転がっていたり。おまけに地元の警官がドイツに寝返り、隠した食料も巻き上げてゆく。

 などの恨みが積もったり、または愛国心に突き動かされて、十代の娘たちが軍に志願したり、パルチザンとして闘ったり。みんなソ連は好きだけど、スターリンについては色々。

 軍に入り部隊に配属されても、最初は部隊長に「たかが小娘」と侮られる話も多い。それでも、「戦火をくぐって481人の負傷者を救い出した」なんて英雄もいたり。シモヘイヘのように敵を倒した人の名は残るけど、命を懸けて人を救った人の名は残らないってのは、なんだかなあ。

 ちなみに「前線での戦死者についての統計があるが、歩兵大隊の戦死者の次に医療班が多い」とか。証言者には看護師や衛生指導員が多いけど、ナメちゃいけません。銃弾が飛び交う中、負傷兵を引きずって連れ帰った勇者たちです。

 そんな負傷兵の中には、腹から腸が飛び出している者もいる。そして看護師に言うのだ。「俺を置いていけ、俺はもう死ぬんだから」。

 などの東部戦線の地獄っぷりには、何度読んでも身震いして、なかなか読み進められない。女の声を女が集めた本だから、ジェンダー的な部分ばかりがアピールされるけど、それを抜きにして戦場の生々しい報告としても、抜群の迫力を誇っている。

 とまれ、やはり女の立場ならではの記述もある。多くの人に共通しているのが、髪。みんなおさげにしていたのを、入隊してすぐに切られてしまい、それを悲しんでたり。服も男物しかない。当然、下着も。加えて、前線では排泄も辛い。男ならちょいとツマんで道端でできるが…

 中には従軍してから初潮が来てパニックになった人や、逆に止まっちゃった人も。そりゃおかしくなるよ。って、この人、「夜の魔女(→WIkipedia)」の一人だ、たぶん。親衛隊でPo-2だし。一晩12回の出撃って、無茶だけど、そういう状況だったんだなあ。

 などの地獄をくぐり抜け、戦争は終わっても、彼女たちの苦労は続く。工兵隊で地雷を取り除いたり、負傷した脚を切り取ったり。捕虜になって脱走しフランスでマキに加わって戦った人は、内通者と疑われたり。

 故郷に帰っても…

「あんたたちが戦地で何をしていたか知ってるわ。若さで誘惑して、あたしたちの亭主とねんごろになってたんだろ」
  ――人間の孤児と弾丸 狙撃兵

 ってな具合だから、彼女たちはずっと黙っていた。静かに、黙って、必死に生きてきた。

こういう人たちは日常、ほかの人に紛れてしまって目立たない。なぜなら、少しづつ亡くなっていって、ますます少なくなってきているからだ。
  ――お人形とライフル

そして、人生が黄昏を迎えた頃、おずおずと語り始める。そして、著者が取材を始めると、芋づる式に証言者が現れた。取材の噂が流れると、著者の元に多くの手紙が舞い込んでくる。

これは残るようにしなけりゃいけないよ、いいけない。伝えなければ。世界のどこかにあたしたちの悲鳴が残されなければ。あたしたちの泣き叫ぶ声が。
  ――ふと、生きていたいと熱烈に思った 衛生指導員

 原書の初版は1984年。東欧崩壊の前だ。共産党の支配下で、取材は難しかったろうに、よくもここまで生々しい話を聞きだしたものだと感心する。1時間ドラマを数年分も作れそうな、濃い逸話が詰まったルポルタージュだ。

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