カテゴリー「書評:軍事/外交」の182件の記事

2018年7月 1日 (日)

アナスタシア・マークス・デ・サルセド「戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係」白揚社 田沢恭子訳

(湾岸戦争の掩蔽壕で米軍)兵士たちが分け合った食料――数年前につくられたビーフパティとブラウンソースがレトルトパウチに入ったもの――は、自宅の冷蔵庫や食器棚に入っている食べ物とはまるで無縁のもののように思われる。
  ――第1章 子どもの弁当の正体

戦闘食糧配給局キャシー=リン・エヴァンゲロス「賞味期限は摂氏27℃で三年としています」
  ――第2章 ネイティック研究所 アメリカ食糧供給システムの中枢Ⅰ

別の分子から電子をもらう分子を酸化剤、電子を与える分子を還元剤という
  ――第5章 破壊的なイノベーション、缶詰

「現在の私たちが口にする食品の多くや、受容性や簡便性という概念、それに食品の安定性は、すべて戦争を背景として陸軍需品科が生み出したものなのだ」
  ――第6章 第二次世界大戦とレーション開発の立役者たち

念のための備えとして、ネイティック研究所はフリーズドライほど大がかりで高価な設備を必要としない、水分を含んだ食品の研究も行っていた。その食べ物とはドッグフードだ。
  ――第7章 アメリカの活力の素、エナジーバー

戦場に配置されてレーションばかり食べる兵士の場合、ゴミの量は通常の10倍にもなる。
  ――第10章 プラスチック包装が世界を変える

第二次世界大戦は、戦地の兵士の食事が一般市民と著しく異なり、食べるものはほぼすべて加工食品からなるレーションだったという点で、過去に例のない戦争だった。
  ――第12章 スパーマーケットのツアー

リンゴやバナナなど、収穫後に成熟するクリマテリック型果実と呼ばれるものはエチレンを大量に放出する。エチレンは1ppmの濃度でも、一緒に運ばれているレタスすべてを一日で堆肥の山送りにしてしまう。
  ――第13章 アメリカ軍から生まれる次の有力株

イラク戦争とアフガニスタン戦争は、(略)護衛付きの輸送車隊の車両の七割が給油車だった。基地へ届ける燃料一ガロンにつき、輸送のために燃料を七ガロン使っていた。
  ――第13章 アメリカ軍から生まれる次の有力株

料理というのは、先に音楽がたどったのと同じ道を歩んでいて、いわば死にかけのアートだ。内輪の個人的なもの――曽祖父母の世代は自分たちで歌を歌ったり楽器を演奏したりしていた――から、大勢で共有する商業的なものへと移り変わってきている。
  ――第14章 子どもに特殊部隊と同じものを食べさせる?

【どんな本?】

 著者は料理が好きで、学校に通う子には手作り弁当を持たせた。後にフードライターとして取材を重ねるうち、困った事実を掘り起こしてしまう。手作り弁当は、幾つかの点で学校給食に及ばない。鮮度はともかく、栄養価でも環境負荷でも。

 インスタントコーヒー・クラッカー・ハム・パンなど、多くの加工食品は賞味期限が異様に長い。レトルト・パックもそうだ。これらの秘密を探る著者は、やがて合衆国陸軍の一部署にたどり着く。スーパーに並ぶ加工食品が使っている技術の多くは、もともと軍用だったのだ。

 部署の名は、ネイティック研究所。

 遠い異国で戦う将兵も、食べなければ戦えない。だが熱帯のジャングルでは何もかもがすぐに腐り、熱砂の砂漠では干からびる。ゲリラ戦は輸送隊を襲うのが常道だ。イラクやアフガニスタンでは、前線まで物資を届けるのも一苦労である。かといって食事がマズければ、将兵は戦意を失う。

 だから、将兵が持ち歩くレーションは、運びやすく長持ちし、栄養価が高く美味しくなければならない。

 これらの目的を達成するために、どんな困難があり、どんな技術で乗り越えたのか。そもそもなぜ食品は劣化するのか。そこには、どんなプロセスが働いているのか。軍用の技術をどのように民間移転したのか。それはどんな食品に使われているのか。それは安全なのか。

 私たちが毎日気づかずに使っている身近な軍用技術について、その歴史的経緯から科学的な原理までを、熱心な取材と調査で明らかにした、衝撃のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Combat-Ready Kitchen : How the U.S. Military Shapes the Way You Eat, by Anastacia Marx de Salcedo, 2015。日本語版は2017年7月20日第一版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約320頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×19行×320頁=約273,600字、400字詰め原稿用紙で約684枚。文庫本なら少し厚め。

 文章は比較的に読みやすい。内容も特に難しくない。一部に好気性やフリーラジカルとか科学っぽい言葉が出てくるが、面倒なら読み飛ばしてもいい。大事っぽいのはpH(→Wikipedia)で、酸性かアルカリ性かを示す。7が中性、それより小さければ酸性、大きければアルカリ性。

 また、アメリカ人向けに書いているので、日本では馴染みのない食品も出てくる。

 その代表はエナジーバー。スニッカーズやカロリーメイトみたく棒状の加工食品らしい。調べたら特色もウリも様々で、アスリート向けプロテイン型,登山向け高カロリー,ダイエット向け低カロリー,ベジタリアン向け,フルーツ入りから版権キャラクター物まで、色とりどり。

 製品ばかりか手作り用のレシピもあるので、加工食品というより、「クッキー」や「麺」みたく食品の形態の一つ、ぐらいの位置づけなのかも。

【構成は?】

 前半は時代を辿り、中盤では個々の技術を紹介し、終盤で現在から未来を見る形。できれば頭から読んだ方がいいが、美味しそうな所をつまみ食いしてもいいだろう。

  • 第1章 子どもの弁当の正体
  • 第2章 ネイティック研究所
    アメリカ食糧供給システムの中枢Ⅰ
  • 第3章 軍が出資する食品研究
    アメリカ食糧供給システムの中枢Ⅱ
  • 第4章 レーションの黎明期を駆け足で
  • 第5章 破壊的なイノベーション、缶詰
  • 第6章 第二次世界大戦とレーション開発の立役者たち
  • 第7章 アメリカの活力の素、エナジーバー
  • 第8章 成形肉ステーキの焼き加減は?
  • 第9章 長持ちするパンとプロセスチーズ
  • 第10章 プラスチック包装が世界を変える
  • 第11章 夜食には、三年前のピザをどうぞ
  • 第12章 スパーマーケットのツアー
  • 第13章 アメリカ軍から生まれる次の有力株
  • 第14章 子どもに特殊部隊と同じものを食べさせる?
  • 謝辞/訳者あとがき/註/参考文献

【感想は?】

 自分で料理する者にとっては、美味極まりない本。軍ヲタであれ、自然食品派であれ。

 ニワカ軍ヲタとしては、将兵が飢え死にするに任せた帝国陸海軍と、食事の味にまで気を配った米軍の違いに歯ぎしりする思いだ。「われレイテに死せず」では、米軍将兵に不評だったレーションを、帝国陸軍将兵が命がけで奪う場面がある。ガダルカナルとかジンギスカン作戦とか、もうね…

 とにかくアメリカは、科学技術にかける熱意と規模、そして視野が違う。

連邦政府は、アメリカ国内で行われる科学技術関連の研究開発全体のうち、およそ1/3に資金を拠出している。(略)基礎研究においては政府の資金が59%を(略)、開発研究では(略)18%…
  ――第3章 軍が出資する食品研究 アメリカ食糧供給システムの中枢Ⅱ

 選択と集中とか言ってるどこぞの政府とは大違いだ。

 しかも、大胆に民間を巻き込んでやってる。これにも、ちゃんと意味があるのだ。予め民間に技術を移転し、大規模な製造体制を整えておけば、イザという時、素早く安上がりに軍事に転用できる。これは、いきなり巻き込まれた二回の世界大戦から学んだ教訓。こういう歴史に学ぶ姿勢も侮れない。

 民間だって、モトっが取りにくい基礎研究を、官費で賄えるなら美味しい話。上手くいけば商品化して大儲けできる。アメリカは、こういう制度作りが巧みなんだよなあ。

 とかの社会的な面も読みどころ盛りだくさんだが、賞味期限を延ばす科学・工学的な話も驚きの連続。

 まずは、時と共に食品が腐ったりマズくなるのはなぜか、食品のなかで何が起きているのかから、話は始まる。要は中で菌が暴れ出すからだ。細胞が死ぬと、酵素が細胞内の糖を乳酸に変えpHを下げ(酸性にな)ると、タンパク質が水と結合しにくくなり云々…

 やっと水が出た。昔から食品を長持ちさせる方法には、幾つかの定番があった。乾燥させる、塩や砂糖につける。いずれも食品内の水を減らし、菌が増えないようにするのだ。他にも酢漬けって手もある。強い酸性だと、菌は生きていけない。

 つまり水を減らして菌が増えないようにするってのが、保存食品の基本である。干物やインスタント・コーヒーは乾燥、塩漬け肉や砂糖漬けフルーツは砂糖や塩で水分を奪う方法。が、最近のレトルト食品は、ドロドロしてかなり水分があるよね。

 これは予め殺菌してあるから。最もわかりやすいのは缶詰で、熱で菌を殺す。常識だね。逆に冷凍庫に突っ込む手もあるが、往々にして港にコンテナが放置されたりするんで、あまし信用できない。

 またジュースや牛乳を沸騰させたり凍らせたりしたら、味が変わってしまう。そこで高圧加工だ。菌だって、高圧にさらされれば死ぬ。どれぐらいかというと、「1セント硬貨の上にミニバンを20台積み重ねたぐらい」の圧力をかける。

 などの調理法に加え、レトルト食品用パウチのハイテクぶり、サランラップやアルミホイルなどの包装材、レタスを腐らせるエチレンをソーラー発電で分解するハイテク・コンテナなど、包装や輸送の技術は、私たちの身のまわりにセンス・オブ・ワンダーが溢れている事に改めて気づかせてくれる。

 他にも人類定住の異説やマックリブの秘密など、小ネタには事欠かない。軍ヲタに、料理好きに、お菓子マニアに、SF者にと、様々な人にお薦めできる、一冊で二度も三度も美味しいお得な本だ。

 でもパンの長期保存は難しいらしい。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月 5日 (火)

スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 3

テロの根絶をめざすことは、失業の根絶をめざすのと同じように不健全なことだと(CIAテロ対策センター副所長のポール・)ピラーは考えた。
  ――第23章 戦争をしているのだ

彼ら(CIA)が頼りにした(アルカイダの)目印は、高級四輪駆動車の集団だった。ほとんどのアフガン人は四輪駆動車どころか自動車も持っていない。CIAは衛星をカブール上空に飛ばし、分析官は「ふむ、ランドクルーザーが八台か。あの家には誰か悪い奴がいるな」…
  ――第27章 クレージーな白人連中

特殊部隊の教義によれば、襲撃に必要な部隊の規模は諜報の質で決まる。諜報が不確かなほど、大きな兵力が必要となる。
  ――第27章 クレージーな白人連中

(タリバンの指導者ムハンマド・)オマルは2001年1月16日、(パキスタン大統領ベルベズ・)ムシャラフに私信を送り、パキスタンの宗教政党をなだめるために「イスラム法を少しづつ執行する」よう要求した。
  ――第30章 オマルはどんな顔を神に見せるのだ?

(911の)攻撃実行犯19人は7月中旬までに安全にアメリカへ入国した。15人がミダルとハズミを含むサウジアラビア人。二人がアラブ首長国連邦から来た。モハメド・アッタはただ一人のエジプト人、ジアド・ジャラーは唯一のレバノン人。
  ――第31章 多くのアメリカ人が死ぬ

 スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 2 から続く。

【どんな本?】

 16980年のソ連によるアフガニスタン侵攻から、CIAは密かにアフガニスタンへの介入してきた。しかし、長年の努力にもかかわらず、アフガニスタンは聖戦主義者とテロリストの巣窟と化し、2001年9月11日の悲劇は起き、今なおアフガニスタンの戦火は絶えない。

 なぜ防げなかったのか。CIAは、ホワイトハウスは、何をやっていたのか。なぜパキスタンはタリバンやビンラディンを匿うのか。誰が、なぜ、聖戦主義者を支えるのか。なぜ聖戦主義者が絶えないのか。

 CIAのアフガニスタン対策を中心に、ワシントンからカブール・イスラマバード・リヤド・カイロ・ハルツームなど関連各国を見渡し、大量の資料と取材を元に、911までの経緯を再現する、迫真のドキュメンタリー。

【同盟者】

 著者の筆致は冷静だが、贔屓の人物はなんとなく伝わってくる。パンジシールの獅子ことアハメド・シャー・マスードだ。アメリカ側の記述の多くを、「なぜマスードを支援できなかったのか」に割いている。

 もちろん、マスードも完全無欠な人物じゃない。麻薬で稼いでいた由も書いてある。が、この本を読むと、「アメリカの支援が得られない故の軍資金稼ぎ」と思えてくる。

 戦闘指揮官としてのマスードは、チェ・ゲバラの優れた弟子と言っていい。「新訳 ゲリラ戦争」に学び、アフガニスタンの地形・気候・社会に応用したもの。

 情勢が不利な時は山に籠り、正面戦闘は避ける。敵部隊に内通者を張り巡らし、輸送部隊を襲って物資を奪う。山がちなアフガニスタンに相応しい戦い方だ。

 などと地形を考えると、アフガニスタンが中央集権国家としてまとまりにくいのも、わかる気がする。起伏が多く地形が複雑なので、少数の地元戦力でも地の利を活かせば中央の大軍に対抗できる。そのため、地域ごとに独立性の強い少数権力が乱立しやすい。それ考えると、今後も苦労するだろうなあ。

 とはいえ、マスードとCIAじゃ立場も目的も違う。これが鮮やかに出ているのが、ビンラディンへの対応。CIAにとって最善は、生きたまま捕えて法廷に引きずり出すこと。せめて彼だけを殺せればマシだ。誰かを巻き添えにしたら、とってもマズい。ところが、マスードの立場じゃ逆で…

ビンラディンを殺すという決断は正当化できるかもしれない。彼は戦争をしているのだ。だがイスラムのシャイフをCIAのために拉致し、アメリカの法廷での屈辱的な裁判に引き渡すことは別だ。独立心の強い伝説的ゲリラとしてのマスードの名声を輝かせることにはなりそうもない。
  ――第27章 クレージーな白人連中

 マスードは、孤高の戦士として、ムスリムの間でも人気だ。だが、それがCIAのヒモつきで、ビンラディンをアメリカに売ったとなれば、話は変わってしまう。立場の違いってのは、実に面白い。

 いずれにせよ、金欠に悩むマスード、金満のアメリカからは想像もつかない真似をする。CIAは彼を支援しようと技術者チームを送り込むのだが…

マスード側は彼らをドゥシャンベの飛行場に案内し、Mi17(ヒップ、ソ連製多目的ヘリコプター、→Wikipedia)を見せた。技術者たちは驚愕した。ハインド攻撃ヘリ(Mi24、→Wikipedia)用に製造されたエンジンが、Mi17に取り付けられていたのだ。合うはずのないエンジンで、空飛ぶ奇跡といえた。
  ――第27章 クレージーな白人連中

 Mi17もMi24もソ連製だからって事かもしれないけど、それで空を飛ぶ度胸は凄いw こんな改造をしたエンジニアも凄腕と言っていい。往々にして交通が不便な地域では「なんでも直す」町の技術屋がいたりするけど、そういう人がやったんだろうなあ。

【軍事】

 やはりアフガン流の賢さを感じさせるのが、ソ連軍が残した地雷原の処理法。ロープに繋いだ丸太を、ラバに曳かせて地雷原を歩かせるのだ。地雷の上を丸太が通れば爆発する。ラバは可哀そうだが、人が死ぬよりはマシだし。

 お面白いのが、ソ連に抵抗するムジャヒディンに、アメリカが送った武器の出所。なんと湾岸戦争でイラク軍がクウェートに置いてった戦車や装甲車を、アフガンまで運んだとか。T-72同士の対決もあったんだろうか。

【スパイの苦悩】

 「CIA秘録」によると岸信介まで取り込んでいたCIA。しかしアルカイダには…

数年間の努力にもかかわらず、CIAはアルカイダの中核指導部に一人もスパイを獲得できなかった。
  ――第27章 クレージーな白人連中

 と、なかなかガードは固かった様子。それというのも…

スパイを侵入させる秘密作戦が成功しやすいのは、情報機関が敵と同じ言語圏、文化圏に属し、地理的にも近い場合だ。
  ――第32章 なんと不運な国だ

 とすると、アメリカから見ると、日本の官僚や政治家の方が、聖戦主義者より、考え方が近いって事なんだろうか。日本からすると、アメリカもアラブも同じアブラハムの宗教に見えるんだが。

 ビンラディンの居所やアルカイダが企む次のテロの計画など、確実で具体的な情報は掴めずイラつくCIA。だが、ついに美味しいネタを嗅ぎ当てる。アラブ首長国連邦の首長とビンラディンが、アフガン国内で狩りを企画したのだ。逸るCIAは…

(CIAイスラマバード支局長ゲーリー・)シュローンが現場の雰囲気を回想している。「吹き飛ばしてしまおうぜ。ビンラディンと一緒にシャイフを五人ほど殺してしまったら、ごめんなさいだ。(略)犬と一緒に寝れば、ノミが移されることもあるだろう」
  ――第24章 吹き飛ばしてしまえ

 「アメリカの卑劣な戦争」にもあったけど、巻き添えの被害を顧みない姿勢は、昔からなんだなあ。

 あと、「秘密の手紙」の書き方が楽しい。パラフィン紙と手紙を重ねてタイプするのだ。手紙は真っ白だけど、文字の所に蝋が乗ってる。読む者は手紙にシナモンの粉を振りかけた後に吹き飛ばす。すると蝋の所に粉が残り、文字が浮かび上がってくる。子供相手に試すとウケそうだね。

 などと悩むCIAが手に入れた秘密兵器が、「無人暗殺機 ドローンの誕生」の主役プレデター。

 ただし1995年当時は「平均時速110kmと極端に遅く非常に軽いため、向かい風が強いと後方に押し戻される」なんて可愛らしいシロモノ。おまけに冬は機体に氷が貼りつくなんて問題もあったとか。対ロシアじゃ使いにくそうだなあ。

 他にも妙な調査をしてる。パキスタンの士官学校にいる、欧米の交換留学生に頼み、顎ひげをたくわえてるパキスタン軍の士官と将官を調べた。何のためかというと、顎ひげはイスラムの伝統で、聖戦主義者の証って理屈だ。キューバのカストロといい、アメリカはやたら髭にこだわる癖があるなw

【ホワイトハウス】

 CIAが苦しんだ原因の一つは、合衆国政府の姿勢。

 まず、何を決めるにも、やたら時間がかかる。閣僚や補佐官が会議を重ね、時として議会にも図らなきゃいけない。

 次に、優先順位。1980年代はソ連第一だし、90年代でも崩壊後の元ソ連諸国や東欧諸国が大事で、次に中国とイラク。「テロも南アジアも重点政策の上位には入っていなかった」。だもんで、大統領はもちろん閣僚も、アフガニスタンには疎い。

 そして、大統領が変わるたびに政策も変わること。政策ばかりかCIA長官も変わり、当然ながらCIAの方針も変わる。予算も山あり谷ありで…

 とか読んでいくと、民主主義ってのは戦争に向かないなあ、なんて思いたくなるからヤバい。

【おわりに】

 似たテーマを扱った本としては、「倒壊する巨塔」がある。こっちはFBIが主役で、いずれもCIAとFBIの連携の悪さを指摘している。原因も組織の秘密主義と同じ。ただし、「倒壊する巨塔」ではCIAを、本書ではFBIが悪役になっている。ドキュメンタリー作家も、取材相手には親しみを持っちゃうんだろうか。

 いすれにせよ、丹念な取材と丁寧な調査に裏付けられた、ドキュメンタリーの労作だ。質的にも物理的にも重量級で、充分な覚悟を持って挑もう。覚悟に相応しいだけの内容を、たっぷり備えている。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月 4日 (月)

スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 2

(1992年初頭に)第一次アフガン戦争は終わった。第二次戦争がもう始まっていた。
  ――第12章 われわれは危険の中にいる

問題は、テロに対処するのは国家安全保障の問題だとして戦争の一種と考えるか、警察や検察が主導すべき法執行の問題と考えるかである。
  ――第13章 敵の友

(CIAテロ対策センター分析部門の責任者ポール・)ピラーと同僚たちは、1991年のソ連崩壊と1979年のイラン王制崩壊を、政治的破綻のモデルとして学ぶべきだと考えた。(略)いずれも信頼度の低く腐敗し破綻した政府が民衆の反乱に直面し、自己改革を試みるが結局は自壊した。ピラーが学んだ教訓とは、中途半端を避けなければならないということだった。
  ――第14章 慎重に距離を置け

世界貿易センター爆破事件は国際的テロリズムの分岐点であった。どこにも帰属せず、あちこち移動する宗教的暴力活動の新種が登場したのである。
  ――第14章 慎重に距離を置け

 スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 1 から続く。

【どんな本?】

 1980年のソ連のアフガニスタン侵攻から、イスラマバードのCIAはパキスタンのISI(三軍統合情報部)と組み、ソ連を苦しめるべくアフガニスタンへの介入を始める。

 これには、様々な思惑を抱く組織や集団が関わってゆく。独自の目的を追求するマスードなどアフガンの抵抗勢力、カシミールをめぐり睨み合うパキスタンとインド、無知と無関心に加え方針の定まらぬホワイトハウス、お家騒動を抱えるサウジアラビア…。

 複雑に絡み合う国家の狭間で、ビンラディンに代表される国際的な反米テロ・ネットワークが育ち始めていた。この危険に気づいたCIAは対策を模索するのだが…

 20世紀終盤から今世紀初頭にかけ、中東・南アジア・中央アジアで育ち孵化したイスラム原理主義の勃興と、アフガニスタン・パキスタンを舞台に暗躍したCIAの闘いを描くドキュメンタリー。

【パキスタン】

 アフガニスタン情勢には、パキスタンが強く関わっている。ニュースを見るだけじゃ、なぜパキスタンが大事なのか、その理由まではよく分からない。

 とはいえ、素人でも、地図を見れば多少の関わりは見当がつく。なんたって隣国だし。アフガニスタンは内陸国なので、欧米との貿易はパキスタンを通る。欧米はイランと仲が悪いので、そっちの経路は使いたくないだろうし。が、それだけとは思えぬほど、パキスタンとの関わりは深い。

 この本では、パキスタンの立場、それも主に政府とISIの視点で見ることで、パキスタンの事情を教えてくれる。

 私が見落としていたのは、インドとの関係だ。独立した時から睨み合っていたし、三度の戦争もあり、しまいには東パキスタン=バングラデシュも失う。これはパキスタンにとって大きな痛手として国民の心に刻み込まれているし、今でもカシミールの帰属をめぐり小競り合いが続いている。

 パキスタンにとって、最も警戒すべき脅威はインドなのだ。日本にとってのロシアみたいな関係かな。それに比べれば、アフガニスタンはたいした問題じゃない。

 とはいえ、ソ連から共産主義者がパキスタン国内に潜り込んできたらマズい。そこで抵抗勢力に肩入れする。問題は、誰を支えるか、だ。ここで、アメリカとの利害が違ってくる。

 パキスタンはイスラム国家だ。そしてパシュトゥン系の者が多い。だからアフガンでもパシュトゥンに肩入れしたい。それも、できればイスラム主義者に。と、いうのも。

 ここでカシミールが関わってくる。アラブからやってくるイスラム主義者を、パキスタンはカシミールに送り込み、暴れさせていた。また、CIAとは別口のスポンサー、サウジのご機嫌もある。アラブはイスラム主義者がご贔屓だし。

 と、いう事で、選ばれたのが、グルブディン・ヘクマティアル。一時期ヘクマティアルがブイブイ言わしてたのは、こんな理由なのね。お陰でCIAは金と武器を毟り取られた上に、将来の敵まで育てる羽目になるんだけど。

 いずれにせよ、国際関係を理解するには、相手の立場に立って考えようね、と改めて教えられた。

【タリバン】

 そのタリバンを率いるムハンマド・オマルについては、この本でもよく分からない。ただ、少し気になる記述がある。

彼はときとして自分のことを第三者のように、まるで他人の話に出てくる人物のように語るのだった。
  ――第16章 ゆっくりゆっくり呑みこまれた

 自分を三人称で語る人って、他でもどっかで読んだような。「信仰が人を殺すとき」に出てくる、モルモン教の教祖ジョセフ・スミスだったかな? 何か共通する気質の兆候なのかも。

 もう一つ、意外なタリバン支持勢力がいた。パキスタンの運送業界だ。

パキスタンのトラック運送業界は、タリバンがカンダハル街道の障害を取り除いてくれることを期待して、以前からタリバンに金と武器を渡していた。
  ――第16章 ゆっくりゆっくり呑みこまれた

 戦乱のアフガニスタンじゃ、それぞれの勢力が勝手に道路を封鎖して、通る車から「通行料」を巻き上げる。タリバンが一帯を押さえれば、ミカジメ料の支払先が一本化されて、面倒が減る。これを期待したようだ。

 ところで、「戦場の掟」や「ブラックウォーター」などで、イラクで働くトレーラー運転手はパキスタン人が多いと感じたんだが、その理由がわからなかった。もしかしたら、アフガニスタンで戦場に慣れた運転手が多いから、なんだろうか?

【中央アジア】

 ソ連崩壊後、カザフスタン・トルクメニスタン・ウズベキスタン・タジキスタンなど中央アジア諸国は不安定になる。と同時に、様々な人物が出入りし始める。

 共産主義だったので宗教的にも真空地帯となり、ワッハーブ派の宣教師が入り込んだのはアハメド・ラシッドの「聖戦」に詳しい。CIAも盛んに潜り込んだようで、その目的は「イランの野心をくじくこと」。そういう点じゃ、ワッハーブ派と同じ目的だったんだなあ。

 中でもトルクメニスタンでは、大きな要素が絡んでくる。石油だ。トルクメニスタンの油田&ガス田、輸出しようにも経路はロシアのパイプラインしかない。お陰でトルクメニスタンはロシアのご機嫌を取らなきゃいけない。

 けどアフガニスタンを通りインド洋までのパイプラインができれば、ロシアの軛から解放される。パキスタンもインドも石油とガスは足りない。アフガニスタンはパイプラインの通行料が手に入る。みんな得だね。ラッキー。

ついでに言うと、パキスタンじゃトラックなど業務用の車は天然ガス車が中心。

 ここで石油会社のユノカルが登場、パイプライン計画を立ち上げる。問題はアフガニスタン。誰かが暴れてパイプラインを爆破したら困る。ってんで、タリバンとパキスタンに話を持ち掛けるが、どうも芳しくない。

 パキスタンは別口から似た計画を持ち掛けられ、ソッチに傾きつつある。タリバンは、そもそも治安を維持する気があるのかどうか。それでもなんとか話を持ち掛けるが、ここで奇妙な出会いが。

ユノカルはカンダハル中心部で、ビンラディンが新しく構えた屋敷の真向かいに家を借りた。
  ――第19章 われわれはスティンガーを手放さない

 当時のカンダハルには外国から有象無象が集まっていて、こういう偶然もよくあったらしい。CIAがこれを知っていたら、色々と協力しただろうなあ。

 にしても、国境を越えてゆく商人の行動力と逞しさには恐れ入る。

【土地柄】

 アフガニスタン関係のニュースで、よく名前が出てくる都市は、カンダハルとカブール。両者は、かなり性格が違うらしい。

 カブールは首都だけあって、都会的で国際色が豊か。マスードの拠点パンジシールも近く、タジク人も多い。たぶんアフガニスタンの中ではリベラルな土地柄なんだろう。対してカンダハルは、パシュトゥンの都で、保守的な土地柄。タリバンの影響が強い地域でもある。

 ってな事を知っていると、ニュースを聞いた時に、少し解釈が違ってくるかも。

【おわりに】

 ああ、肝心のCIAのネタを全然紹介してない。などと反省しつつ、次の記事に続く。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月 3日 (日)

スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 1

この物語でアメリカの主役はCIAだ。
  ――プロローグ 信頼できる説明 1996年9月

「ロシア人を撃つ銃弾を中国人から買うなんて最高だ」
  ――第3章 暴れてこい

サウジアラビアは、聖戦によって創設された唯一の近代国民国家だったのだ。
  ――第4章 ウサマが大好きだった

ソ連のアフガン戦費は直接的な支出だけで120憶ドルに達した。一方でアメリカの納税者が支払ったのは(1984年までに)二億ドルで、これに加えてトゥルキ王子のサウジアラビア情報局(GID)が二億ドルを支出したと(CIA長官ウィリアム・)ケーシーは報告した。
  ――第5章 おれたちの戦争にするな

(アハメド・シャー・)マスードはアフガン軍内部のシンパに対し、軍を離脱しないよう説得する必要に迫られることさえあった。情報源として価値が高かったからだ。
  ――第6章 そのマスードとは誰だ?

「彼ら(アフガニスタン人)が政治的にまとまるなどという幻想を抱くのは禁物だ。ソ連が敗北する前でも後でもだ」
  ――第7章 世界がテロリストのものに

「テロリズムとは劇場だ」
  ――第7章 世界がテロリストのものに

「やつら(ワッハービ)はおれたち(アフガニスタン人)がコーランもわからぬ愚か者だと言う。だがやつらは百害あって一利なしだ」
  ――第8章 神がお望みなら、あなたにもわかる

アフガン人はナジブラを憎んでいたが、ヘクマティアルのことは恐れていた。
  ――第9章 勝った

【どんな本?】

 1970年代末より、イスラム急進主義を紐帯とした国際的な活動が活発化しはじめる。1979年には在イラン米国大使館占拠事件に続き、パキスタンのイスラマバードでも米国大使館が暴徒に襲われた。

 1980年にはソ連がアフガニスタンに侵攻する。ソ連軍撤退を望むアメリカは、CIAを中心に密かな介入を始めた。パートナーとしてISI(パキスタン三軍統合情報部)と組み、ソ連軍に抗うアフガニスタンの抵抗勢力に資金や武器を流し始める。

 しかしアフガニスタンの抵抗勢力は一枚岩ではなかった。様々な地域・部族・軍閥が群雄割拠し、一時的に同盟を組んでは寝返ってのバトルロイヤルである。

 どの勢力にカネと武器を渡すべきかをめぐり、アフガニスタンへの影響力を強めたいISIや、独自の思惑と財源を持つアウジアラビアが動き始め、アフガニスタン情勢は混沌の度合いを増すばかりでなく、パキスタンの政治情勢やアラブ諸国の動向も大きく変わってゆく。

 国際的な連携を進めるイスラム原理主義、パキスタン国内での影響力を増すISI、王家の威厳の源でありながら反体制的なワッハーブ派に板挟みとなるサウド王家、群雄割拠のアフガニスタンで相争う様々な勢力、そしてソ連撤退後に躍進を始めるタリバン…。

 多種多様な勢力と共に、大統領の方針にも翻弄されるCIAは、混迷するアフガニスタン情勢をどう考え、何を成し、どんな成果を得たのか。そして、なぜ911の悲劇を防げなかったのか。

 ワシントン・ポストの元編集局長が、膨大な公開情報と丹念な取材をもとに、複雑怪奇なアフガニスタンの現代史と、CIAの暗躍を中心に、国際的なイスラム・テロ組織の発達を描く、重量級のドキュメンタリー。

 2005年ピュリツァー賞一般ノンフィクション部門、2005年アーサー・ロス章金賞受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Ghost Wars : The Secret History of the CIA, Afghanistan, and Bin Laden, from the Soviet Invasion to September 10, by Steve Coll, 2001。日本語版は2011年9月10日発行。単行本の上下巻ハードカバー縦一段組みで本文約480頁+276頁=756頁に加え、あとがき5頁+訳者(坂井定雄)解説「『9.11』と本書」9頁。9ポイント46字×20行×(480頁+276頁)=約695,520字、400字詰め原稿用紙で約1,739枚。なお下巻の原注も127頁に及ぶので、文庫本なら4巻でもいい巨大容量。

 文章は少しシンドい。諜報を扱う政治・軍事物の中では、ジャーナリストの作品らしくこなれている方でだ。が、いかんせん個々の文章が長い。多数の勢力や人物が絡み合う話なので、一つの文に多くの人物が登場し、内容を把握するには丁寧に読む必要がある。

 とはいえ、説明は丁寧で、専門用語もほとんど出てこない。じっくり読めば、何が言いたいのかはちゃんと理解できる。また、上下巻ともに巻頭に登場人物一覧があるのは嬉しい。

 ただ、原注を下巻にまとめちゃったのは辛い。できれば上下巻に分けて欲しかった。大半は情報のソースを示すものだが、たまに美味しいエピソードも混じってたりするので、うっかり読み逃しては勿体ない。

【構成は?】

 かなり複雑な話なので、素直に頭から読もう。

  •   上巻
  • プロローグ 信頼できる説明 1996年9月
  • 第1部 血を分けた兄弟 1979年11月-1989年2月
    • 第1章 おれたちはここで死ぬ
    • 第2章 レーニンが教えてくれた
    • 第3章 暴れてこい
    • 第4章 ウサマが大好きだった
    • 第5章 おれたちの戦争にするな
    • 第6章 そのマスードとは誰だ?
    • 第7章 世界がテロリストのものに
    • 第8章 神がお望みなら、あなたにもわかる
    • 第9章 勝った
  • 第2部 隻眼の王 1989年3月-1997年12月
    • 第10章 深刻なリスク
    • 第11章 暴れ象
    • 第12章 われわれは危険の中にいる
    • 第13章 敵の友
    • 第14章 慎重に距離を置け
    • 第15章 新世代
    • 第16章 ゆっくりゆっくり呑みこまれた
    • 第17章 ニンジンをぶら下げる
    • 第18章 起訴できなかった
    • 第19章 われわれはスティンガーを手放さない
    • 第20章 アメリカにCIAは必要か?
  •   下巻
  • 第3部 遠くの敵 1998年1月-2001年9月10日
    • 第21章 殺さずに捕獲せよ
    • 第22章 王国の利益
    • 第23章 戦争をしているのだ
    • 第24章 吹き飛ばしてしまえ
    • 第25章 マンソン・ファミリー
    • 第26章 あの部隊は消えた
    • 第27章 クレージーな白人連中
    • 第28章 何か政策はあるのか?
    • 第29章 「殺してみろ」と挑発している
    • 第30章 オマルはどんな顔を神に見せるのだ?
    • 第31章 多くのアメリカ人が死ぬ
    • 第32章 なんと不運な国だ
  • あとがき
  • 原注/謝辞/訳者解説/参考文献/人名索引

【感想は?】

 まだ上巻だけしか読んでない状態で、この記事を書いてる。

 筆致は冷静で、著者の政治姿勢や主義主張はあまり出ていないように思う。徹底的に大量の資料を漁り、また多くの人物に取材して裏付けを取り、ハッキリわかる事実を並べた、そんな感じの本だ。

 それでも、CIAが話の中心なだけに、スパイ物に付き物の「秘密を垣間見る」面白エピソードは多い。なまじ文章が落ち着いていて、あまり主張してこないだけに、寝ぼけ眼で文章を追いかけていると、美味しい所を見逃してしまう。

 が、それ以上に、複雑怪奇に絡み合う、各勢力・組織・人物を、かなり巧みに整理して書いてあるのは見事。

 今まで読んだアフガン物だと、アハメド・ラシッドの「タリバン」が巧くまとまってた。書名どおりタリバンを中心とした本で、タリバンの内情や、タリバンが勢いを増した理由などはよくわかる。が、タリバン以外の軍閥や、パキスタン・サウジアラビア・アメリカなど他国の内情は軽く流してた。

 対してこの本は、上記の諸国に加え、エジプトやスーダンなどアラブ諸国の内情も書いてあるのが嬉しい。お陰で、当時の国際情勢の中でのアフガニスタンを、俯瞰する視点が持てる。また、マスードやヘクマティアルなど、タリバン以外のアフガニスタン内勢力に詳しいのも有り難い。

 それに加え、当然ながらホワイトハウスとCIAの動きも詳しい。特に、先の「タリバン」では疑問として残った、ISIについてキッチリ書いているのが嬉しいところ。なぜISIがアフガニスタン情勢に絡んでくるのか。パキスタン国内で、なぜISIが強い存在感を持つのか。そもそもISIとは何か。

 ISIに関しては、ソ連のアフガン侵攻に端を発し、これに介入を企てるCIAが育ててしまった形になっているのが、皮肉な所。

 ISIは、アフガン最大勢力であるパシュトゥン系と関係が深い。そこでCIAはISIをパイプとしてパシュトゥン系勢力にカネと武器を流す。それをISIがピンハネして肥え太りパキスタン国内での権力を増し、またアフガンへの影響力も強くなった、そんな感じ。

 結果としてアメリカの支援がパキスタンの権力を腐敗させた形なわけで、それが今でも祟ってるんだよなあ。また対空ミサイルのスティンガーも、ソ連撤退後は回収にアタフタしてたり、なんとも間抜けな話だ。

 それに加えてサウジアラビア王家を筆頭に、湾岸のオイルダラーからも豊かな支援があり、また王家とは別にワッハーブ派からも人・物・カネが流れてくる。中でもワッハーブ派にはサウド家に反感を抱く集団もあり…と、国際情勢は国を単位に見たんじゃわかんないよね、と思い知らされる。

 また、アブラシド・ドスタムやグルブディン・ヘクマティアルなど、アフガンの軍閥について書いてあるのも、私には嬉しかった。ドスタムが元は共産党系とは知らなかった。

 それより全く勘違いしてたのが、ヘクマティアル。地域に根を張るパシュトゥン軍閥だと思い込んでいたが、全然違う。大学在学中にイスラム原理主義にかぶれた、一種の革命児だ。戦国大名みたく損得でタリバンと組んだと思てたが、思想的に近かったのだ。そりゃヤバいわ。

 などとまとまりのないまま、次の記事に続く。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月 6日 (日)

デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争 上・下」白水社 平賀秀明訳 4

「クルチャトフ研究所」に所属するロシアの指導的核科学者のひとりは、1994年3月に訪露したアメリカ代表団にこう告げている。多くの施設は保有する兵器級物質の在庫状況を全面調査したことが一度もないので、仮に何かが無くなっていても分からないかもしれないと。
  ――第21章 「サファイア計画」

 デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争 上・下」白水社 平賀秀明訳 3 から続く。

【どんな本?】

 1972年、BWC(生物兵器禁止条約、→Wikipedia)が調印、米ソ共に署名した。戦争目的での細菌の開発・生産を禁じる条約である。

 1979年4月。ソ連スヴェルドオルスク(現エカテリンブルク)郊外で、ヒツジやウシが死に始める。続いて人間も倒れた。彼らは病院に運び込まれたが、次々と亡くなってゆく。症状は肺炎に似て、肺やリンパ節から激しい出血がある。疫病の流行は、七週間ほど続いた。

 汚染した肉が原因である、それがソ連の公式発表だった。

 被害が出た地区から北北西1.6kmほどに、軍の施設「第19区」がある。ソ連国防省の第15総局の微生物関連施設であり、その目的は炭疽菌をふくむ致死性病原体の開発・試験センターである。当日は、施設から被害地区へと風が吹いていた。

 ソ連はBWCを破り、密かに生物・化学兵器を開発していた。ペスト、ブルセラ、炭疽などの細菌。天然痘、エボラ、マールブルグなどのウイルス。サリン、ソマン、VXなどの化学兵器。そして、半ば自動化された核による報復システム“死者の手”。

 1980年代より悪化した共産圏の経済は、1989年に東欧崩壊へと至り、1991年にはソ連邦まで崩壊してしまう。ソ連経済の約20%を占めていた軍事予算は枯渇し、国は各部門に自活を求める。核・生物・化学兵器の研究・開発・生産部門も例外ではない。

 だがビジネスに慣れぬ軍人や研究者が運営する組織は、軍事から民生への転換も上手くいかず、経営は行き詰まる。施設は老朽化し在庫管理もままならない。給与の遅配に苦しむ研究者たちは、自宅の庭で育てた作物で飢えを満たす。

 世界を見渡せば、核や生物兵器や毒ガスを求める国や組織はいくらでもある。混乱に乗じて、苦しむ研究者たちにも、「救いの手」が伸びようとしていた。

 鉄のカーテンの向こう側で行われていた狂気の兵器開発、それを管理するソ連・ロシアの疲弊しきった組織、そしてソ連軍産複合体の恐るべき遺産を描く、恐怖のドキュメンタリー。

【交渉の裏で】

 ちょうど今、はしか(麻疹)が話題になっている。生物兵器ってのは、こういう病気をワザと流行らせようという、とんでもねえ話だ。これを国家あげてのプロジェクトにしてたんだから、何を考えてたんだか。ルイセンコ論争(→Wikipedia)による遅れが、彼らを焦らせたのかもしれない。

 が、よく読むと、案外と医療に役立ちそうな話も載っている。

 兵器に望ましい菌やウイルスは、増やしやすく、害が多く、感染しやすく、タフで暑さ寒さ乾燥に強いものだ。ところが、「生産者としての特性を伸ばそうとすると、しばしば殺人者としての特性が劣化」してしまう。増えやすい=感染しやすい菌やウイルスは、症状が軽いのだ。

 抗生物質が効かない菌を作る話もあるが、これも同じ。多くの抗生物質に耐える菌は、毒性が弱まる。薬剤耐性(→Wikipedia)が問題になっているが、意外な形で解決するかもしれない。

 というか、きっと、こういう研究をしている人もいるんだろうなあ。

【ガジェット】

 これらを開発する研究者たちの工夫は、まるきしSFだ。

 病原菌の中に別の病原菌を仕込む。またはペスト菌や野兎金にジフテリアの遺伝子を組み込む。散布用の工夫もある。病原体をふくむ粒子を、重合体のカプセルでくるむ。こうすると、紫外線じゃ殺菌できない。または低空を飛ぶ巡航ミサイルから菌をまき散らす方法。

 加えて、アメリカの小麦畑を潰すため、「植物を標的とする病原体の開発」まで手掛けている。

 化学兵器では、「バイナリー」って工夫が怖い。理屈はへっぴり虫(→Wikipedia)に似てる。普段は安定した二種類の成分に分けておく。そして「最後の瞬間、砲弾や爆弾のなかで一体化して、毒のカクテルに変わる」。空港のチェックにも引っかかりにくいだろうし、テロリストは大喜びだろうなあ。

 核だって凄い。ソ連の科学者によれば、小型核はアメリカ製に比べ「重量は半分、核出力は倍」。大砲から撃ちだせる核爆弾も作ってる。

【査察】

 それでも一応BWC参加国だし、ゴルバチョフのグラスノスチもあるので、アメリカ人が査察に来る。これを誤魔化す手口も涙ぐましいというかセコいというか。

 まずは想定問答集を作り、労働者に覚えさせる。無駄な飲食やプレゼンで現場を見る時間を潰す。電球が切れていると言い訳して照明をつけず、暗くして細部を見にくくする。ペスト菌が残っていると脅して部屋に入れない。査察団ってのは、この手のインチキを出し抜く能力も必要なんだなあ。

 こういう誤魔化しは、エリツィン時代まで続いていた、と本書にはある。たぶん今でも変わっていないだろう。

【確執】

 などの情報の多くを提供したのは、科学者たちだ。彼らの愚痴は日本の企業で働く研究者・開発者もうなずくだろう。

 生物兵器開発の拠点の一つ、ナポレオンスクを仕切ったのは、ニコライ・ウラコフ少将。軍人さんだ。ところが彼は、部下の研究者たちがあまり気に入らなかった。研究者のセルゲイ・ポポフは愚痴っている。

「自分がもはや問題について行けないこと、この研究所の微生物方面のレベルがあまりに高いことに気づいたからさ」
  ――第13章 細菌、毒ガス、そして秘密

 IT開発者の皆さん、心当たりがありませんか、そんな上司。

【死者の手】

「ソ連指導部という“死者の手”が痙攣すると、核攻撃によって祖国が一掃されたあと、大規模報復攻撃が解き放たれるのである」
  ――第19章 発覚

 そして、書名にもなっている DEAD HAND。これぞまさしくSF。敵の攻撃で軍や指導部が全滅したら、自動で大量の核ミサイルを敵国に撃ち込むシステムである。ソ連は本気で作っていた。ただ、全自動とまではいかないけど。

にしても、これを秘密にしたのは、ソ連の性格だろうか。「ある」と言うから脅し=抑止力になるんで、黙ってたら意味がないと思うんだが。

 ただ、このシステムには、大きな問題があった。大韓航空機撃墜事件やルスト君の赤の広場訪問でわかるように、ソ連の警戒網はガタガタだった。中国からのミサイルでも、アメリカからだと勘違いする可能性が充分にあったのだ。

【パンドラの箱】

 それでもソ連があるうちは、一応の統制が取れていた。だがそのソ連は潰れ、混乱状態になる。独立したカザフスタン・ウウズベキスタン・トルクメニスタン・ウクライナなどは、多くの核・生物・化学兵器を抱えていた。元ソ連の国同士で争奪戦が起きてもおかしくない。

 にも関わらず、それぞれの研究・開発・製造組織は、自活を求められる。自ら商売せえってわけだ。などと言われても、今まで共産主義でやって来たので…

「利益というのは、どうやって計算するのですか?」と工場長は尋ねた。
  ――第17章 大変動

 などとお粗末な有様だ。ロシア語ができるなら、商業高校の卒業生でも経理で優れた仕事ができだろう。給料は激安だけど。追い詰められた彼らは…

「チュテク」は特別業務を売り物にしていた。化学物質や毒物からなる工業廃棄物、原子炉、その他ありとあらゆるものを、地下の核爆発で破壊して見せます――という触れ込みだった。
  ――第17章 大変動

二人きりになると、メッテは真顔になった。じつはアメリカ政府にウランを売れるかどうか、その可能性について話がしたいのだがと切り出した。
  ――第21章 「サファイア計画」

 と、無茶苦茶な商売を考え始める。しかも、ソ連の管理体制ときたら…

ソ連邦は1959年から92年まで、核廃棄物や要らなくなった原子炉を北極海に無断投棄してきた。潜水艦用原子炉12基のうち6基などは、燃料を装填したまま捨てられている。
  ――第19章 発覚

 なんてお粗末なシロモノだ。そして、火事場泥棒よろしく、この機に付け込もうとする目ざとい連中は、世界にいくらでもいる。

極端な例だが、北朝鮮がとあるミサイル設計局をまるごとリクルートしようと試みたことがあった。
  ――第18章 科学者たち

 実際、そうするだけの価値は充分にあるのだ。炎上した油田の火を消す装置を開発しちゃったり。そんな優れた人たちが、食うために庭を畑にしている状態だった。にしても、イランからのリクルートの話は、いかにもイランらしくて、ちょっと笑っちゃったが。

 って、全然笑い事じゃないんだが、そういう明るいネタで気を紛らわさないと、私の神経が持たないんです、特に第三部は。暑苦しい夏の夜に読むと、少しは涼しくなるでしょう。

【関連記事】

【一方ロシアは】

 とかの舌の根も乾かぬうちに、最後にロシアネタを一発。

 混乱期のロシアで宙に浮いたウランを買い取るため、アメリカからC5ギャラクシー輸送機が飛んでくる。積み終わり離陸しようとしたが、滑走路が雪に埋もれて使えない。困ったとボヤいていると、除雪車がやってきた。といってもブルドーザーじゃない。トラックだ。

 ただし、後部にジェット・エンジンを積んでいる。排気炎で雪を吹き飛ばすのだ。さすがロシア、豪快なw

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月 4日 (金)

デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争 上・下」白水社 平賀秀明訳 3

ミハイル・ゴルバチョフ「われわれは負ける。なぜなら、いま現在、われわれはその能力の限界点まで来ているのだから」
  ――第11章 レイキャヴィクへの道

それより何より、「サリー・シャガン」にはどうしても隠さなければならないものがあった。すなわち、ソ連の技術レベルがあまりにも立ち遅れているという、苦痛に満ちた現実である。
  ――第12章 武器よさらば

1個あたり 通常兵器 $2000
      核    $800
      化学   $60
      生物   $1
  ――第14章 失われた年

マーガレット・サッチャー「われわれはミハイル(・ゴルバチョフ)を助けなければならない」
  ――第16章 不穏な年

 デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争 上・下」白水社 平賀秀明訳 2 から続く。

【どんな本?】

 長く続いた冷戦のさなか、核廃絶の夢をひそかに抱くロナルド・レーガンは、やっと話の出来る相手が出てきたと思い始めていた。ミハイル・ゴルバチョフ、彼は今までのソ連の指導者とは毛色が違う、と。

 着々と改革に乗り出すゴルバチョフだったが、既にソ連を中心とした共産主義は限界に達していた。チェルノブイリの原発事故、赤の広場に降り立つセスナ機、相次ぐ亡命、そしてベルリンの壁崩壊。それらは、改革を目指すゴルバチョフの足元も突き崩してゆく。

 しかし、その陰で、人類を滅ぼしかねない凶悪な兵器の開発だけは、着々と進んでいた。

 冷戦末期、核廃絶を求めた指導者たちの姿と、機密に包まれた兵器開発やスパイ合戦の実像を描く、国際ドキュメンタリー。

【チェルノブイリ】

 確かにソ連の末期は酷かった。ほころびが見え始めたのは、1986年のチェルノブイリ原発事故だろう。

 それまでも、人の流れで揃うとでもなんとなく想像はできた。ソ連から逃げてくる人は多いが、逆は滅多にいない。向こうの暮らしは辛いんだろう、ぐらいの事は誰でも想像がつく。

 これが確信にかわったのが、チェルノブイリ原発事故だ。日本でもスウェーデンなどから汚染物質検知のニュースが入ってくるが、肝心のソ連からは何の発表もない。余程ヤバくて言えないんだろう、と私は思っていた。

 が、実態はもっと酷かった。国のトップですら、何が起きたのか分からなかったのだ。「原発所長が最初にとった行動のひとつは、チェルノブイリ周辺の不要不急の電話回線を閉じることだった」。現場の責任者が、まず隠蔽を画策したのである。そして防護服すら与えず兵を派遣する。

 などの後処理もショッキングだが、事故が起きた原因もわかりやすく書いている。

 炉に冷却水を送るポンプは電動だ。電源を切っても、惰性で暫くは回り続ける。なら、惰性で炉に冷却水を送れるんじゃね? ちょっと試してみよう。

 と思いついて試すのはいいが、現場の運転員に「どんな目的で何をするのか」をちゃんと知らせていない上に、原子炉の設計にも欠陥があった。運転員は馬鹿正直に手順書に従い…

 「いいから黙って言うとおりにしろ」と命じたくなる時は、ある。でも部下を馬鹿扱いするボスには、無能な部下しかつかないだよなあ。

【最強兵器】

 更に追い打ちをかけたのが、1987年5月に赤に広場におりたったセスナ機。かのマティアス・ルスト(→Wikipedia)君だ。大韓航空機撃墜事件もそうだが、これもソ連防空網のほころびを象徴する事件だった。

 ソコロフ国防相や防空軍のトップをはじめ、「およそ150人の上級将校」の首を飛ばしたため、西側の最強兵器なんて言われた。が、どうもゴルバチョフはこの事件を利用して軍のウザい連中を始末した気配もある。

 ちなみに当時のソ連の権力を握るのは五つの組織。曰く「国防省、外務省、KGB、軍事工業委員会、中央委員会」。日本だと財務省が最強で、経産省が二番手って感じ。国防第一のソ連、経済重視の日本と、国の性格の違いがよく出てるなあ。

【軍とカネ】

 往々にして軍は経済観念に乏しいもんだが、ソ連もご多分に漏れず。

 「セルゲイ・コロリョフ ロシア宇宙開発の巨星の生涯」でも、とにかくロケット技術は作って飛ばしの繰り返しで進むもの、みたいな大雑把な感覚で、風洞実験やシミュレーションとかのシミったれた事は一切考えず予算を湯水のごとく使う、ソ連ロケット開発の贅沢な姿を描いてた。

 これは軍も同じで「なかでも海軍は最悪だった」。タイフーン級潜水艦の発射手順訓練でも、「200室のアバートを建設できる」価格の本物のミサイルを撃ちまくる。訓練の目的は発射手順を乗員に仕込む事なので、「中にコンクリートを詰めた訓練用ミサイルでも、乗員にとっては何ら変わりがない」。

 日々やりくりに苦労している防衛相や自衛隊の人は、どう思うんだろう。

【逃した魚】

 そんな中、ソ連から逃げ出す兵器研究者たち。中でも笑っちゃうのが、ウラジーミル・バセチニク。生物兵器を統括する「バイオプレパラト」で、病原体を凝縮し、また微粒子にして噴霧する研究所の管理職。彼はフランス出張を利用して亡命するんだが…

カナダ大使館まで歩いていき、ドアをノックし、こう告げていた。自分はソ連の秘密生物兵器研究機関の科学者で、貴国に亡命したのだがと。
  ――第15章 最大の突破

 これに対するカナダ大使館は「バセチニクに門前払いを喰らわせた」。おツムがアレな人と思ったんだろうか。幸いイギリスは彼を温かく迎えたんだが、ソ連の生物兵器開発の実態を語る彼の証言に度肝を抜かれる。「そんなものはない」ってのが、ソ連の表向きの態度だったからだ。

ちなみにバックパッカーの間では、困った時に駆け込むなら日本大使館よりアメリカ大使館にしろ、なんて話もあって。日本大使館はカナダみたく追い払われるけど、アメリカはとりあえず保護してくれるとか。いや試したことはないけど、瀋陽総領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件(→Wikipedia)じゃ…

 その実体は、次の記事で。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月 3日 (木)

デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争 上・下」白水社 平賀秀明訳 2

ロナルド・レーガン「その人間になりきるという、昔ながらの役者のテクニックを試してみた。別の人間の目から、世界がどのように見えるかを想像し、観客がそうした私の目をとおして、世界を見るのを助けるのだ」
  ――第7章 アメリカの夜明け

ロナルド・レーガン「核戦争に勝利者はなく、ゆえに決して戦ってはならないのです」
  ――第10章 剣と楯

 デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争 上・下」白水社 平賀秀明訳 1 から続く。

【どんな本?】

 冷戦が続く1980年代。ソビエト連邦の指導部は生気の失せた老人が支配し、あらゆる変化を頑迷に拒んでいた。増え続ける軍事負担は国家の産業構造を歪め、特に先進技術において取り返しのつかない遅れを生み出していた。

 対する合衆国大統領ロナルド・レーガンは、核兵器の廃絶を夢見て、核ミサイルを迎え撃つSDI(戦略防衛構想、Strategic Defense Initiative、→Wikipedia)をブチあげる。

 そこに新しい男が登場する。ミハイル・ゴルバチョフ。マーガレット・サッチャーは変化の匂いを嗅ぎつけ、レーガンは「彼となら話し合いができるのではないか」と希望の光を見る。だが、その影では、CIA・MI6そしてKGBが熾烈な駆け引きを演じ、また軍も人類を滅ぼしかねない兵器の開発に余念がなかった。

 冷戦時代の舞台裏を描く、白熱のドキュメンタリー。

【まずニュース】

 前の記事で「プーチンは核の引き金を軽くしている(→「力の信奉者ロシア その思想と戦略」)」と書いた直後に、「ロシア軍事費、1998年以来のマイナスに」(AFP)なんて記事を見つけた。どうも経済制裁のダメージが軍事費にまで押し寄せたって事らしい。

 もっとも、軍事費を誤魔化す手口は色々あって。例えばウクライナへの介入は「義勇兵」だし、シリアには民間軍事会社を使ってる。日本だと、確か軍人恩給は厚労省(*)防衛相じゃなく総務省の管轄なので軍事費には入らない。また、下巻に詳しいんだが、ソ連は民生用を装う手口を使ってた。

*2018.05.04訂正。こういうのはちゃんと調べてから書かないと駄目ですね。

 それはともかく。今、東欧が崩壊する所を読んでいて、朝鮮半島情勢を思わせ、とっても生々しく感じる。先のニュースも…

【圧壊】

 現ロシアの軍事費削減は経済の不調の影響だ。当時のソ連の軍事費も、増える一方で…

「前回の五カ年計画の期間中、軍の支出は、国民所得の二倍の勢いで成長した。
  ――第10章 剣と楯

 まあ、それも国民所得が増えてるって前提での話で。共産主義国の統計は、「毛沢東の大飢饉」を読むと信頼性はかなり疑問なんだが、まあそれは置いて…

状況をさらに悪化させているのは、問題の分析すらできないという事実である。軍産複合体にかんするあらゆる数字は、機密扱いなのだ。たとえ政治局のメンバーであろうと、その閲覧は叶わないのだ
  ――第10章 剣と楯

 と、実体すらわからないってんだから、酷い話だ。それでも一応の目安は出ていて…

1985年、防衛関連産業の全体的規模は、ソ連経済の20%に相当したとカターエフは推計している。
  ――第10章 剣と楯

 まあ、それじゃ国も亡びるだろうねえ。加えてKGBの職員や御用聞きも多かったみたいだし。

 それぐらい熱心に軍備増強を図ったのに、兵器の出来具合はイマイチで。自動小銃の名作AK47は製作時の加工精度が悪くてもチャンと動くのが長所のひとつ。またソ連製の戦闘機は安いけどエンジンがすぐにダメになるって噂がある。

 というのも、兵器の土台となる金属の純度や材質、そして製作時の精度も悪いので、ロクなモノが作れない。要は軍事産業の基盤となる工業が、軍事費の負担に負けてグズグズだったのだ。

【SDI】

 更にソ連を追い詰めたのが、SDI。西側じゃ評判悪いが、ソ連の首脳はこれに相当ビビったらしく、対抗策をあれこれと考える。チャフや囮ミサイルで目をくらませる、弾頭数を増やした飽和攻撃、そして同等のレーザー迎撃システム。

 これらの迷走が、更にソビエト経済を圧迫してゆく。おまけにサウジアラビアの石油増産による原油価格の下落は、ソ連の主な外貨獲得手段である原油輸出も痛めつけ、「モスクワは年間200憶ドルを失ったという」。踏んだり蹴ったりですな。

 ただし、レーガンの出方も大胆だ。

もしこれが機能するようなら、このシステム(SDI)をソ連側にもシェアするつもりであると(ゴルバチョフに)語った。
    ――第10章 剣と楯

 しかし、ゴルバチョフはあくまでもSDIを拒み、後の軍縮交渉でもSDIが障害となって話が進まなくなる。彼が何を恐れたのか、どうもよくわからない。

【影の男たち】

 などと表舞台が動く陰で、スパイは仕事に励む。

 ここは二重スパイ三重スパイは入り乱れる話で、結構ややこしいのだが、じっくり読む価値があるし、実際にとっても面白い。

 最初に登場するのは、1970年代~1980年代、KGBロンドン支局に勤めるオレグ・ゴルディエフスキー。西側の暮らしに触れた彼は、共産主義に幻滅してゆく。そんな彼の上司は、RYAN(核の第一撃)を恐れ…

 「接触している相手を総動員して、パーシングにも巡航ミサイルにも反対するキャンペーンを立ち上げるのだ!」
  ――第2章 ウォーゲーム

 今もロシアはインターネットでアメリカ大統領選にチョッカイ出したりしてるが、昔から似たような真似をやってたのだ。反戦運動の一部は、彼らが扇動してたんだろうなあ。あくまでも一部は、だけど。

 加えて、ボスが望む情報を渡さないと、ボスの機嫌が悪くなり評価が落ちる。そこで部下もボスの思い込みに沿ったネタばかりを送り付け、それが更にボスの思い込みを強化し…ってな悪循環に落ち込む。大きな組織にはありがあちな構図だね。

 なんてKGBも間抜けなら、CIAも負けず劣らずの失態を演じ…

【終わりに】

 今のところはスパイ関係とソ連の暗部ネタが面白い。やっぱり隠された所に魅力を感じるスケベ根性のせいだろうか。などと言いつつ、次の記事に続く。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月 2日 (水)

デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争 上・下」白水社 平賀秀明訳 1

ロナルド・レーガン「敵への復讐よりも、まずはわが国民の命を守ることのほうが重要なのではないでしょうか」
  ――第1章 危地にて

ソ連側はかねてより、西側が訓練と称して、実際の攻撃をおこなうような事態を恐れていたし、ソ連側の戦争計画でも、有事の際は、これと似た欺瞞工作がおこなわれることになっていた。
  ――第3章 「戦争恐怖症(ウォースケア)」

「そんな愚行(細菌兵器開発)に加担した私にとって、唯一可能な正当化事由は、強要されたのだから仕方がないということだった」
  ――第4章 細菌の悪夢

アメリカは1949年から69年にかけて計239回もの野外実験をおこなっている。そのなかにはアメリカの都市を無断で実験場に使い、エアロゾル化された“細菌”をテスト散布した例もあり、「ペンシルヴェニア高速道路」のトンネルもそうした“実験場”のひとつだった。
  ――第4章 細菌の悪夢

【どんな本?】

 第二次世界大戦の終戦は、同時に米ソの睨み合いの始まりでもあった。両大国はともに核兵器・生物兵器・化学兵器の研究・開発・配備を進めると共に、それを敵地に叩きこむミサイル技術や、海に潜み動くミサイル発射基地となる原子力潜水艦も充実させてゆく。

 何度も人類を破滅させ得る軍拡競争に世界が怯える中、二人のリーダーが登場する。役者あがりでコワモテのカウボーイと目されるロナルド・レーガン、ソ連共産党の序列を大幅に飛ばしてトップに立ったミハイル・ゴルバチョフ。

 世界を巻き込む冷戦の裏側で、どのような計画が行われていたのか。当時の米ソ両国の実情は、どんなものだったのか。そして冷戦の遺産は、どのように配分されたのか。

 レーガンとゴルバチョフを中心に、大韓航空機撃墜事件・生物兵器の漏洩・CIAとKGBの熾烈な戦い、SDIのそれが与えた影響などを織り交ぜ、米ソ対立の裏側を描く、2010年ピュリツァー賞一般ノンフィクション部門受賞のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Dead Hand : The Untold Story of the Cold War Arms Race and Its Dangerous Legacy, by David E. Hoffman, 2010。日本語版は2016年8月30日発行。単行本ハードカバーの上下巻、縦一段組みで本文約389頁+425頁=814頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×20行×(389頁+425頁)=約732,600字、400字詰め原稿用紙で約1,832枚。文庫本なら四巻でもいい巨大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。とはいうものの、私は冷戦を体験した世代なので、当時の状況をよく覚えているせいかも。そういう意味では、1950年代~1970年代に生まれた人は、「あの時代の雰囲気」が蘇ってくるだろう。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •   上巻
  • プロローグ/はしがき
  • 第1部
    • 第1章 危地にて
    • 第2章 ウォーゲーム
    • 第3章 「戦争恐怖症(ウォースケア)」
    • 第4章 細菌の悪夢
    • 第5章 炭疽工場
    • 第6章 死者の手
    • 第7章 アメリカの夜明け
  • 第2部
    • 第8章 「これまでのやり方じゃダメなのだ」
    • 第9章 スパイの年
    • 第10章 剣と楯
  • 略語一覧
  •   下巻
  • 第2部
  • 第Ⅵ部 新世界と約束の地
    • 第11章 レイキャヴィクへの道
    • 第12章 武器よさらば
    • 第13章 細菌、毒ガス、そして秘密
    • 第14章 失われた年
    • 第15章 最大の突破
    • 第16章 不穏な年
  • 第3部
    • 第17章 大変動
    • 第18章 科学者たち
    • 第19章 発覚
    • 第20章 エリツィンの約束
    • 第21章 「サファイア計画」
    • 第22章 悪との対峙
  • エピローグ
  • 謝辞/訳者あとがき/略語一覧/主要人名索引

【感想は?】

 とか偉そうに書いてるけど、今は上巻を読んでる途中。

 改めて考えると、現実のなんと狂っていることか。

アメリカ合衆国とソ連邦は当時、わが国はいつでも撃つ用意があるからなと、核ミサイルで互いを脅かしあっていたのである。ふたつの超大国は、およそ1万8400発の核弾頭を、(略)互いに狙いを定めていた。
  ――プロローグ

 当時がそうだっただけじゃなく、今だってたいして変わりゃしない。どころか、むしろプーチンは核の引き金を軽くしている(→「力の信奉者ロシア その思想と戦略」)し、中国も軍事力拡張に余念がない。

 にも関わらず、最近はあまり核の恐怖が騒がれない。これは私たちが慣れたからか、ネタとして新鮮味が失せたのでマスコミ的に美味しくないからなのか。

 どうでもいいけど当時の私は食っていくのに精いっぱいで、核なにそれ美味しいの状態でした、はい。そんな風に、自分があの頃に何を考え何をしていたか、なんて事を思い出しながら読むと、一味違った感慨があります。

 さて。こんな現実に対し、レーガンは「核の全廃を夢見ていた」。原子力発電所なら是非もあろうが、核兵器をなくそうというのは、実に当たり前の考えだろう。にも関わらず、これが合衆国大統領の立場だと、「極めて過激な考え」になってしまうのは、明らかに何かがおかしい。

 全般的に、レーガンをかなり贔屓目に書いてる感じ。自伝からの引用が多いし。とはいえ、幾つかの点で、私の思い浮かべるレーガン像とはだいぶ違う姿が浮かび上がってきた。

 例えば、幼い頃の彼は『火星のプリンセス』を読んでいた。SFファンだったのか。これがSDIへとつながったんだろう。また、1982年6月7日に教皇ヨハネ・パウロ二世と会談してる。バチカンとは対ソ連で「情報提供の面では緊密な協力関係にあった」。

 ポーランドの現代史は「ワルシャワ蜂起1944」を読んだだけだが、ああいう経緯なら、母国解放を強く願うのも当然だろう。プロテスタントの米国とバチカンの関係は…と思ったが、1980年にもカーターと会談してた(→バチカン放送局)。ヨハネ・パウロ二世が友好関係を築いたんだろうか。

 なんて深く考えさせる話もあるが、もっと感覚的にホラーな話もある。そもそも冒頭から1979年のソ連での炭疽菌漏洩事故で始まるし。しかも、その原因については「正確なところは、今日にいたるまで良く分かっていない」。ソ連ならでは、である。

 続けて1983年、ソ連の宇宙軍部隊・早期警戒センターの場面が描かれる。敵の長距離ミサイルを警戒する部署だ。ここでは、まるきし映画のような展開が待っている。

 などの恐怖を更に煽るのは、ソ連の機器が揃いも揃ってポンコツなだけでなく、共産党やKGBなどの組織のポンコツぶりを描く所。なんとなくKGBはキレ者揃いって印象を持っていたが、新聞をネタにするスチャラカな奴も多かった様子。

 また大韓航空機撃墜事件の真相も、かなりショッキングで、日本語版Wikipediaには載っていない米軍の関わりも書いてある。これもソ連のレーダー網のポンコツぶりが大きな要因だったり。

 などととりとめのないまま、次の記事に続く。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月21日 (水)

マーチン・ファン・クレフェルト「戦争文化論 上・下」原書房 石津朋之監訳 2

作家にとって実体験は作品を書く上で大変貴重なものだと言われている。その一方で、歴史家にはよくあることだが、作家に戦争体験があるかどうかということと、読者に戦争がどんなものかわからせる能力との間に直接的なつながりがないことは、驚くべき事実である。
  ――第10章 文学と戦争

世論とは、大砲の餌食となる雑兵を提供しなければならない人々の意見という意味である。
  ――第11章 芸術と戦争

2001年、アメリカ合衆国で交通事故により死亡した人の数は、9.11アメリカ同時多発テロ事件の犠牲者の15倍だった。
  ――第16章 ヒトはどこへ向かうのか?

彼ら(=第二次世界大戦を研究した歴史家たち)の結論は、責任者である上級司令官を除いて、指揮官の性格は勝敗には大して関係なかったということである。軍公認のさまざまな公刊戦争史の結論も同じである。
  ――第16章 ヒトはどこへ向かうのか?

軍は何のために存在しているのかという本質を忘れ、「軍を飾る」ことを優先させると、その国の存在は危うくなる。
  ――第18章 魂のない機械

何はさておき、男たちが戦争文化を作った重要な理由には、女性に自分たちの武威を強く印象付けたいということもあった。
  ――第20章 フェミニズム

 マーチン・ファン・クレフェルト「戦争文化論 上・下」原書房 石津朋之監訳 1 から続く。

【諸君 私は戦争が好きだ】

 「ヒトは損得勘定で戦争するんじゃない、好きでやってる」。そういうおぞましい現実を読者に突きつけるのが、この本だ。

 実際、戦争は強い印象を残す。学校で学んだ歴史でも、覚えているのはほとんど戦争ばかりだ。平和な時代は記憶に残らないし、映画やドラマにもなりにくい。これは学者も同じらしく…

世界ではじめて歴史書が著されたときから、戦争はつねに大きな割合を占め、しばしばその中心となっている。
  ――第9章 歴史と戦争

19世紀ドイツの歴史学者ハインリヒ・フォン・トライチュケ(→Wikipedia)
「平和な時期があると歴史書に空白のページができてしまう」
  ――第9章 歴史と戦争

 なんて事を言ってる。

 そしてヒトは戦争を文化へと育ててきた。上巻では、平時における戦争文化、戦争の始まり・戦闘中・終戦に見られる文化、戦後の戦争文化を語る。下巻では、まず第二次世界大戦以降の戦争文化を、そして戦争文化を失ったケースを考察する。

 これらを博覧強記な著者が、古今東西の例をひいて裏付けしてゆく。

 特に上巻に出てくる具体例は、一般の人にとっては退屈だろうが、軍ヲタにとってはなかなか美味しい素材だったり。なんか不自然に日本の例が多いような気がするが、これは読者サービスなんだろうか。まるで日本人がどうしようもない戦闘民族みたいじゃないかw

【そして現在】

 主に歴史上の記述が多い上巻に対し、下巻では現在の話が多い。それだけ生臭くもあり、生々しくもあり。

 大きな趨勢としては、大国間の衝突が減った反面、国家の体をなしていない組織との戦いが増えた。大国間の衝突が減った理由が、これまたみもふたもない。

核兵器の拡散が、大国間における大規模戦争がほぼなくなった理由、おそらく唯一の理由であることは間違いない。
  ――第15章 常識が通用しない

 お互い核の恐怖で手を出せなくなった、というわけ。確かにそういう部分はあるんだが、これがいつまでも続くって保証はないんだよなあ。

 対して内戦や紛争など、国家ではない組織が関わる戦争が増えた理由も…

我々が目にしているものは、新しい形の混乱が生じているということではなく、昔もあった混乱への回帰である。
  ――第15章 常識が通用しない

 と、ここでもクレフェルト教授は容赦ない。実際、今のシリアの混乱も、「知恵の七柱」あたりを読むと、あの辺は昔からそうだったんだね、と納得しちゃったり。

【各国の事情】

 では戦争文化がなければどうなるか。ここで怖いのは「第17章 野蛮な集団」。例として挙げているのがユーゴスラヴィア内戦だ。これについては「ボスニア内戦」の迫力が凄い。つまりはチンピラや山賊の跳梁跋扈だ。

 続く「第18章 魂のない機械」では、ドイツ連邦国防軍の事情が、日本の自衛隊とカブって、何かと複雑な気分になる。軍は必要だけど、悪役であるナチス時代を思い出させるモノやコトはマズい。ってんで、旗や記章のデザインに苦労してたり。

 その後の「第19章 気概をなくした男たち」では、ユダヤ人の例を挙げてるんだが、ここはどうにも説得力がない。というのも、イスラエル独立以降のイスラエル国防軍の実績を見れば、彼らが無類の戦士集団としか思えないし。

 ちなみにイスラエルの核についてもムニャムニャしてるが、結論としては「皆さんのご想像通り」らしい。

【物言い】

 ただし、一つ文句を言いたい所が。

 「第16章 ヒトはどこへ向かうのか?」で、1945年以降に出版された戦争の記録として、三つを挙げている。第一は各国軍による公刊戦争史や歴史家による通史。次に兵站・諜報・経済など、戦闘以外の分野を絡めたもの。そして第三が、前線の兵に焦点をあてたもの。

 この第三について、「1990年代後半まで待たなければならなかった」としてアントニー・ビーヴァーの「スターリングラード」と「ベルリン陥落」を挙げている。

 これに文句を言いたい。ジャーナリストの著作を無視しないでくれ、と。コーネリアス・ライアンの「史上最大の作戦」,ジョン・トーランドの「バルジ大作戦」,そしてラリー・コリンズ&ドミニク・ラピエールの「パリは燃えているか?」「おおエルサレム!」。

 1950年代末~1970年代の出版物だが、前線の兵や戦場にいた市民の目を通し、戦争の実態を立体的に再現しようとする力作だ。トーランド以外は歴史家じゃないが、一級品の資料だろう。

【最後に】

 とか文句を言っちゃいるが、歯に衣着せぬ論説は恐ろしくもあり、痛快でもあり。一見、戦争を賛美しているかのように思えるかもしれないが、決してそれほど単純な本じゃない。

 戦争を厭い平和を守りたいと思う人ほど、この本を読む価値がある。この本が正しければ、民主主義は戦争を防げない。ヒトが戦争を好むのなら、民意で動く民主主義国家こそ危ないのだ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月20日 (火)

マーチン・ファン・クレフェルト「戦争文化論 上・下」原書房 石津朋之監訳 1

(第二次世界大戦の)ドイツ軍にとって連合国が要求する無条件降伏は新奇な話であり、ドイツ軍兵士の多くは銃殺されるのではないかと恐れた。だが、アメリカ軍にとってこれは(南北戦争のユリシーズ・)グラントの例に倣ったに過ぎない。
  ――第7章 戦争のルール

ほとんどの部族社会は、自分たちが土地を「所有している」とは考えていない。どちらかと言えば土地に自分たちが所有されていると考えている。
  ――第7章 戦争のルール

【どんな本?】

 カール・フォン・クラウゼヴィッツは戦争論(→Wikipedia)で主張した。「戦争は政治の延長だ」と。特定地域や資源の支配権などで、幾つかの国家間の交渉が話し合いで決着がつかない時に、軍事力即ち暴力によって強引に解決しようとするのが戦争の原因である、と。つまりは血も涙もない損得勘定だ。

 だが、歴史上の戦争の記述や現実の軍隊、そして私たちの暮らしの中にも、この理屈には合わない事柄がたくさんある。

 例えば、戦争物の物語では、戦士たちの壮麗な姿が描かれる。剣や鎧はピカピカに磨かれ、盾には華麗な装飾が施される。騎士が乗る馬すら、刺繍を施された被り物をしている。洋の東西を問わず、戦場に赴く戦士たちは華々しく着飾る。

 一般にプロが用いる道具は武骨で不愛想なものだ。自動車整備工が使うドライバーやスパナ、大工が使う鋸やカンナ、板前が使う包丁。きれいに磨かれてはいても、握りに余計な装飾はつけない。では、なぜ戦士たちは無駄に着飾るのだろうか? どうせ血や泥で汚れるのに。

 これが物語の中だけなら、お話を盛り上げる演出で片づけられるかもしれない。だが、21世紀の現代においても、奇妙な事柄は沢山ある。例えば北朝鮮の軍事パレードだ。

 行進する兵は、膝を曲げず足をピンと伸ばしている。見世物としては面白いが、彼らはサーカスじゃない。実際の戦闘で、あんなケッタイな歩き方をするわけじゃあるまい。では、何のために彼らは奇妙な歩き方をするのだろう?

 名著「補給戦」を著したイスラエルの歴史家マーチン・ファン・クレフェルトが、クラウゼヴィッツの戦争論に毅然と異を唱え、豊富な資料を元に戦争の原因や軍の性質と存在意義を考察し、現代における戦争や将来の展望を示す、21世紀の戦争論。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Culture of War, by Martin van Creveld, 2008。日本語版は2010年9月7日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文それぞれ約371頁+243頁=614頁に加え、監訳者の石津朋之による解説「人類は戦争に魅了されている? 戦争と文化」が豪華25頁。

 9.5ポイント43字×18行×(371頁+243頁)=475,236字、400字詰め原稿用紙で約1,189枚。文庫本なら厚めの上下巻か薄めの上中下巻ぐらいの大容量。

 「補給戦」に比べると、文章はかなりこなれている。が、相変わらず内容は高度だ。主に西洋を中心とした歴史上の有名な戦いに加え、旧約聖書や「イリアス」など古典文学の引用も多く、読みこなすには相当の教養を要求される。

【構成は?】

 原則として前の章を受けて後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。先に書いたように、読みこなすには歴史と古典の素養が要るけど、わからない所は読み飛ばそう。というか、私は読み飛ばした。でも大丈夫。それでも著者の主張は充分に伝わってくる。

  •   上巻
  • 日本語版への序文
  • はじめに
  • 第一部 戦争に備える
    • 第1章 ウォーペイントからタイガースーツまで
    • 第2章 ブーメランから城塞まで
    • 第3章 軍人を養成する
    • 第4章 戦争のゲーム性
  • 第二部 戦争と戦闘において
    • 第5章 口火となる言葉(行動)
    • 第6章 戦闘の楽しみ
    • 第7章 戦争のルール
    • 第8章 戦争を終わらせる
  • 第三部 戦争を記念する
    • 第9章 歴史と戦争
    • 第10章 文学と戦争
    • 第11章 芸術と戦争
    • 第12章 戦争記念碑
  •   下巻
  • 第四部 戦争のない世界?
    • 第13章 平和だった時期はほとんどない
    • 第14章 大規模戦争の消滅
    • 第15章 常識が通用しない
    • 第16章 ヒトはどこへ向かうのか?
  • 第五部 戦争文化を持たぬ世界
    • 第17章 野蛮な集団
    • 第18章 魂のない機械
    • 第19章 気概をなくした男たち
    • 第20章 フェミニズム
  • 結び 大きなパラドックス
  • 謝辞
  • 解説 「人類は戦争に魅了されている? 戦争と文化」石津朋之
  • 原注/索引

【感想は?】

 クレフェルト教授、全方位に喧嘩売りまくり。

 なんたって、冒頭の「はじめに」から、この世界じゃ最も有名なクラウゼヴィッツ「戦争論」の引用から始まるんだが…

理論的に考えれば、戦争は目的を達成する一つの手段である。野蛮ではあるが、ある集団の利益を図ることを意図して、その集団と対立する人々を殺し、傷つけ、あるいは他の手段で無力化する合理的な活動である。

 うんうん、そんな事を言ってたよね、と思ったら、これに続くのが…

だが、この考えは見当違いもはなはだしい。

 と、天下のクラウゼヴィッツ御大に開始ゴング早々、右ストレートをブチ込むのだ。でも油断しちゃいけない。「おおスゲぇ、痛快だぜ」などと喜んでると、いきなり振り向いて軍人や軍ヲタにケリを放ってくる。

他の文化同様、戦争に関わる文化の大部分は「無用の」行為、飾り、あらゆる虚飾である。
  ――はじめに

 ヲタクは道楽でやってるんだから無用と言われても仕方がない、というか道楽なんて本来そういうものだが、国を守るため命を懸けている職業軍人まで虚飾と言い切る度胸はたいしたもの。

 とか書くと、ただの過激派みたいだが、なにせ博覧強記のクレフェルト教授だ。ある意味そこらの過激派よりよほど過激な事を言ってる本なんだが、その土台となる知識と教養の広さ、そこから生み出される思索の深さは、ニワカとはいえ軍ヲタの私が持つ違和感や矛盾を容赦なく突いてくる。

 私は戦争に反対だ。だが、戦争関係の本や映画や大好きだ。そういう矛盾を抱えているのは、私だけじゃない。例えば映画監督のスティーヴン・スピルバーグ。リベラルな彼だが、映画「プライベート・ライアン」では、彼の突き抜けた軍ヲタぶりを見せつけた。

 本や映画ばかりではない。ゲームだって、戦争物・戦闘物は花盛りだ。というか、バトルのないゲームの方が少ないだろう。では、ゲームとは何か。

遊ぶとき、我々は一つのゲームに没頭している。ゲームは何か他の目的のためではなくやりたいからやる活動、と定義されるかもしれない。
  ――第4章 戦争のゲーム性

 そう、ゲームは楽しいのだ。これがモニタの中に留まっていればともかく、現実世界にまで飛び出すと、更に楽しみが増すのはポケモンGOが証明している。まあポケモンなら平和なもので、稀に不届きな輩が自動車の運転中に遊んで事故を起こすぐらいで済んでいる。

 事故で亡くなっている人もいるのに不謹慎な、と思う人もいるだろうが、現実はもっとおぞましい。というのも、湾岸戦争やイラク戦争では、多くの人がテレビの画面に釘付けになった。夜空を飛び交う曳光弾の下では、数百・数千・数万の人々が命を失っているのに。

 なぜ私たちは、戦争の中継に夢中になってかじりつくのか。

 そして、先に書いたように、戦士たちは着飾る。往々にして、それは実用性を遥かに超え、どころか戦いの邪魔になるまで装飾は発達する。

伝説によると19世紀末、イギリス海軍の連中は砲を野蛮なものとみなしていた。発射すると戦艦の塗装にひびが入るからというのがその理由だった。
  ――第2章 ブーメランから城塞まで

 「俺の可愛い○○が傷つくから戦争を止めろ」と叫ぶのは、無責任な軍ヲタだけではないらしい。こういった装飾には、ハッタリの意味もある、と著者も語っている。確かにみすぼらしい格好をしていると、カッコいい者に気おされる部分は確かにある。が、それだけじゃない。

 こういった疑問に、著者は恐ろしい解を示す。

戦争は究極のゲームなのだ。
  ――第4章 戦争のゲーム性

 と。そしてゲームとは、「やりたいからやる活動」だ。私たちは戦争をしたいのだ。平野耕太の漫画「HELLSING」の少佐は、私たちの本音を語っているのだ。遠くで眺めているだけならともかく、実際に従軍したら違うだろうって? うんにゃ。

戦争はごめんだと口で言いながらも、「すごく楽しかった」、「戦争したい」と心から思っているもう一人の自分がいるのだ。
  ――第6章 戦闘の楽しみ

 そう語る従軍経験者も多い。私たちは、戦争が好き、どころではない、大好きなのだ。他の何にも代えがたいほどに。

 次の記事に続きます。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧