カテゴリー「書評:軍事/外交」の168件の記事

2017年11月20日 (月)

リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 3

当時の計算によると、牧畜用の草地は四ヘクタール当たり12人を養えるのに対し、同じ面積の小麦畑は200人、じゃがいも畑なら400人もの人数を養えた。
  ――第5章 イギリスを養う

 リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 2 から続く。

【各国の対応】

 戦争となれば、兵が要る。そして兵は食わせにゃならん。

 そんなわけで、参加各国は糧食の調達に追われる。調達の方法にお国柄が出る部分もあれば、似たような所もある。日本・ドイツ・イギリスに共通してるのが、「まず自国民に食わせ、ツケは他国に回す」って点。日本については前の記事で書いたから置くとして…

【大英帝国】

 イギリスはUボートに締め上げられたが、アメリカの後ろ盾に加え、カナダやオーストラリアなどイギリス連邦の協力もあり、比較的に余裕はあったようだが、インドなど植民地に対しては冷酷だった。

 モーリシャスからは主なたんぱく源のレンズ豆を奪う。対日戦の主な兵の供給地だったインドは、米の輸入元のビルマを奪われた上に、値上がりを見込んだ商人の買い占めを傍観し…

食糧難が最高潮に達した1943年から44年にかけて、少なくとも150万人のベンガル人が死亡した。
  ――第5章 イギリスを養う

 この飢餓はインド全土に広がりかける。それを見かねて…

1943年11月、(対インド食糧供給を検討する)当委員会はインドに小麦10万トンを提供するというカナダの申し入れを、船舶がないという理由で断り、イギリス政府はインドの立法すが連合国救済復興機関(UNRRA)に食糧援助の申請をするのを差しとめた。
  ――第5章 イギリスを養う

 みっともないから止めてくれ、ってわけ。さすがだぜ大英帝国。インド独立を描いた「今夜、自由を」で、ベンガルが火薬庫みたく描かれてたのは、そういう経緯もあったのか。

【第三帝国】

 植民地が頼りにならないドイツも、占領地の扱いじゃ負けちゃいない。例えばギリシャじゃ…

ゲリラ兵が活動する地域の村には、救援食糧はいっさい与えられなかった。それどころか、抵抗ゲリラの支援ネットワークを奪うために、家や畑がすっかり焼き払われた。
  ――第8章 ドイツを養う

 匿う奴も敵とみなすナチスの手口は、チェコを舞台とした「HHhH」が描いてた。そのためか、今でも当時のレジスタンスに対しては、複雑な感情が残っているって噂を聞いた。ただしソースは不明。これが東方では…

占領下ソ連のように農業の近代化が遅れている地域では、支配者の常軌を逸した暴力行為に監督能力の欠如が合わさると、農民たちは規模を小さくして自給自足に走る。
  ――第9章 飢えを東方に輸出したドイツ

 と、あの手この手でドイツを出し抜こうとした様子。特にウクライナは、スターリンによる飢饉(→Wikipedia)で農民たちは知恵をつけ、隠したり誤魔化したりする手口も洗練してたとか。とはいえ、ナチスは働き手となる男たちをドイツ国内に徴用したんで…

1945年には、(ソ連の)農業労働人口の92%を女性が占めていた。
  ――第9章 飢えを東方に輸出したドイツ

 と、女が頑張るしかない状況。おまけに犂をひく馬や牛もナチスに奪われるんだがら、収穫も減ってしまう。ヒトラーのアテは外れるばかり。

 一方、徴用された男たちは、ドイツ内の工場や農場で働かされる。特に戦争末期になると、国民すら満足に食わせられないドイツが、彼らを厚くもてなすはずもなく。

ナチス政権は人間の基礎代謝率の限界に直面した。労働者ひとりに3,000カロリーを与えるほうが、労働者ふたりに1,500カロリーずつ与えるよりも効率的なことがわかったのだ。
  ――第15章 ドイツとイギリス 受給権に対するふたつの取組み

 と、残酷な計算まで始める始末。ユダヤ人虐殺も、動機の一つは食糧だろう、と著者は見ている。

【中国とソ連】

 植民地や占領地から奪えた他の国とは違い、中国(国民党)とソ連は、略奪の対象がいない。じゃどうするか、というと…

 国民党も、最初は人心把握に努めたが、追い詰められるに従い台所は苦しくなる上に、難民が支配地域に雪崩れ込み、食料も足りなくなる。それを稼ぎ時と気づいた商人は食料を買い占め、飢餓を煽る。軍も軍閥化が進み、略奪を始める。そうやってツケを貧しい者に回した結果…

国民党軍の兵士200万人のほかに、少なくとも150万人の民間人が死亡したが、うち85%がもっぱら窮乏と飢えに倒れた農民だった。
  ――第12章 内戦下の中国

 と、悲惨な有様になってしいまう。当然、民衆の気持ちは国民党から離れ、内戦では共産党が躍進してゆく。このあたりは「台湾海峡1949」が詳しかった。

 苦しかったのはソ連も同じ。

(ソ連の)死者2,800万ないし3,000万人のうち、900万人が軍人で、残る1,900万ないし2,100万が民間人だった。(略)死者の大多数は、ドイツ占領下で餓死したか射殺されたものと思われる。
  ――第14章 ソヴィエト連邦 空腹での戦い

 と、第二次世界大戦で最大の犠牲を払った上に、戦後は…

1946年の夏、ロシア南部とウクライナの大草原地帯が干魃に見舞われ、凶作になった。だが、スターリンが必要とする穀物の量は、逆に増えていた。東欧のあらたな衛星国に食料を輸出すれば、ソヴィエトの支配が強固になるからだ。
  ――第18章 腹ぺこの世界

 さすが同志スターリン容赦ない。ちなみに従軍した将兵たちへの待遇も、あまし温かくなったと、「イワンの戦争」が暴いている。

【アメリカ】

 他の国とは全く様相が異なるのが、アメリカ。もう完全に別世界で、読んでいると本を投げ出したくなる。とにかく農業も工業も産業力が桁違いで、「なんでこんな国と戦争しようと思ったんだろう?」と、つくづく悲しくなってくる。こんな国で、志願兵がいるのが不思議なくらいだ。

 現代でも化け物じみた兵站能力を誇る米軍だが、その理由は桁違いの産業力だけでなく…

第二次世界大戦中、健康と栄養にあらたな関心が払われ、軍医や補給将校は、兵士たちの飢えと疲労が主因でやがて戦争神経症が引き起こされること、その背景となるのは、単調でまずい食事であることを知った。
  ――第17章 アメリカ 不況から抜け出して豊かな社会へ

 と、あの戦争から学んだ教訓にある模様。士気の元は、旨くてバラエティに富むあったかいメシなのか。

【最後に】

 とすると、飢えに苦しんだ日本の将兵は、アメリカ以上に戦争神経症に苦しんだはずだ。が、日本政府が詳しく調査したって話は聞かない。敗戦直後の混乱期ならともかく、高度成長期になっても顧みようとしなかったのは、冷たすぎるんじゃないの? なんだかなあ。

 などと、挑発的な書名にたがわず、衝撃的な話が続々と出てきて、酷く疲れる本だった。また、軍ヲタとしては、「日本の船舶を潰すには米軍の機雷封鎖が最も効果的だった」なんて話があって、海上自衛隊が機雷掃海が得意な原因は、これにあったのか、と思ったり。

 軍事系ではあるけど、あまり軍事関係の専門用語も出てこないので、素人にもとっつきやすい。当然ながら残酷な描写は多いし、バタバタと人が死ぬので、その辺の耐性は必要だが、銃後の現実を知る上では、とても迫力のある本だ。つくづく、戦争の被害を受けるのは、軍隊だけじゃないんだなあ。

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2017年11月19日 (日)

リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 2

当時の計算によると、牧畜用の草地は四ヘクタール当たり12人を養えるのに対し、同じ面積の小麦畑は200人、じゃがいも畑なら400人もの人数を養えた。
  ――第5章 イギリスを養う

 リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 1 から続く。

【発端】

 第二次世界大戦の影響で、多くの人が飢えた。

 これは、戦いの犠牲だと私は思っていた。が、どうもそうじゃないらしい。特にドイツは、ワザと飢餓を輸出したようだ。

 第一次世界大戦の経験から、ヒトラーは国民の飢えを強く警戒していた。そこにヘルベルト・バッケが登場する。

戦時下の食糧問題について(ヘルベルト・)バッケ(→Wikipedia)が提唱した解決策こそが、1941年6月のソ連との開戦をヒトラーに決意させた直接の要因なのだ。
  ――第2章 ドイツの帝国への大望

 バッケの理屈はこうだ。穀倉地帯ウクライナを奪え。そうすれば、ドイツは飢えずに済むし、ロシアは干上がって倒れる。「バッケの頭の中にあった具体的な死者数は、3,000万人だった」。もともと虐殺するつもりだったのだ。

 ドイツ軍がモスクワを目の前にして、カフカスの油田に主軸を移した理由も、ウクライナだ。「ウクライナの農業は機械化が進み、ソ連の産油量の60%を消費している」と、ドイツは考えた。そのために、カフカスの油田がどうしても必要だったのだ。

 もっとも、短期決戦を求めてたクセに、その方法が兵糧攻めってのは、なんかおかしい気もする。人間、いったん決めちゃったら、考えを変えられない傾向があるから、矛盾に気づかなかったのかも。

【日本 その1】

 さて日本は。

 両大戦間に人口が増えた上、都市住民の食べる量も増え、困った事になる。そこで朝鮮から米を強奪してしのぐ。当然、朝鮮人は飢え、「彼らは生きのびるために野草を食べた」。当時の「日本政府の食糧官吏や農業経済学者も『飢えの輸出』と呼んでいた」。

 植民地経営なんて大概が残酷なもんだが、大日本帝国も例外じゃなかったのだ。

 加えて、日本の農民も苦しむ羽目になる。外国から安い米がたくさん入ってきたので、国産米の値段も下がり、農家の稼ぎも減ってしまう。食糧問題の難しさは、今も昔も変わらないなあ。ってんで、満州だ。

移住計画は、100万戸の農家、すなわち1936年当時の農業人口の1/5を中国に送り込むというものだ。
  ――第3章 日本の帝国への大望

 元から住んでた者の土地を奪い、日本人移民に与える。おお、ラッキーじゃん。土地を追われる側はたまったモンじゃないけど。

 こういった大日本帝国の性質は、南方でも変わらない。アジアの米蔵だったビルマ・インドシナの稲作地帯では…

占領軍が市場価格よりはるかに安い値段で米を大量に買い上げ、軍の糧食や本土に送るための備蓄米にしていた。国際市場も域内市場も奪われた農家は、苦労して作物を育てても日本人に買いたたかれるだけなので、生産量を減らした。
  ――第11章 日本の飢えへの道

 と、アジアの穀倉地帯から米を奪い、また地域の流通も壊してゆく。もっとも、奪った米を運ぶ船は、アメリカの潜水艦にボコボコ沈められるんだけど。これに加え、不作やインフレ、輸送用の船の不足、米から黄麻や大麻への強制的な転作も重なり、戦後は地獄と化す。しかし…

フランスも日本も正確な死者数の把握に努めなかった。これまで、100万ないし200万人のヴェトナム人が死んだとされてきた。(略)ヴェトナム北部の多くの村にとって、20世紀最悪の経験はヴェトナム戦争ではなく、この飢饉なのだ。
  ――第11章 日本の飢えへの道

 仏印やビルマで帝国陸軍がやらかした事を、私も、知りませんでした、はい。

 もっとも、「日本の新技術が大きな成功をもたらした」と言ってくれるマラヤ人も、少しはいるとか。そうは言っても、イギリスよりはマシって程度なんだけど。

【日本 その2】

 ってな悲惨な話とは別に、意外な事実も書いてある。

 例えば託児所。戦争が始まり人手が足りなくなると、女も働かにゃならん。そこで、国は幾つかの対策をだす。例えば…

食事の準備を共同で行うために炊事場が一万五千カ所、(略)託児所が三万カ所設けられた。

 今でもベビーシッターより保育園が好まれる理由は、こういった経緯なんだろうか。

 また、太平洋の戦いは飢えとの戦いでもあった。

ガダルカナル島では戦死者が5,000人だったのに対し、餓死者は15,000人にのぼると今村(均大将)は推定した。
  ――第13章 天皇のために飢える日本

(ニューギニア方面の)第18軍司令官、安達二十三は、1944年12月10日、「連合軍兵士の死体は食べてもよいが、同胞の死体はたべてはならない」という命令を発した。
  ――第13章 天皇のために飢える日本

 などのエピソードが語るように、兵站無視が帝国陸軍の伝統のように思ってたけど…

1929年、(日本)陸軍の食事が供給するエネルギーは、ひとり当たり1日4000キロカロリーだった。(略)ところが、1941年に、軍の糧食は半減した。
  ――第13章 天皇のために飢える日本

 と、戦前は将兵の食糧事情に気を配っていたのだ。加えて、中華料理や洋食の普及にも、軍が大きな影響を与えた事がうかがえる。というのも。

 1920年頃の日本兵の体格は貧弱だった。じゃ栄養状態をよくしよう、そのために肉を食わせよう。でもヒトは不慣れな料理を好まない。おまけに、「日本食は地方ごとに味の違いが」大きい。そっか、昔から日本のメシはバラエティ豊かだったのね。って、そういう事じゃなくて。

 どこかの地方の味付けにしたら、兵同士でケンカになる。でも、みんなが慣れないなら、ケンカにもならない。そこで、都市で流行りはじめた中華や洋食を真似た。「カレー、シチュー、炒め物、中華麺、豚カツ、唐揚げ」…。皆さんお馴染みのメニューは、帝国陸軍が普及させたわけ。

 おまけに、調味料も味噌から醤油を中心にした。これも同じ理由で、味噌は地方色豊かだけど、醤油は「工場生産で味が標準化されて」いるから。そうなのか。味噌は地方色豊かなのか。今度、旅行に行ったら、地元の味噌を漁ってみよう。

 加えて、民間にも普及させるため、陸軍は「企業、学校、病院に軍隊式の給食を導入しはじめた」。学校給食も社員食堂も、軍が先導したのだ。家庭に対しても、陸軍の主催で「料理の実演が行われた」。軍人さんが料理教室を開いてたのだ。当然、味も似たようなモンになったんだろうなあ。

 ばかりでなく。当時の農村の若者は雑穀交じりのメシを食べてたけど、軍で白米に慣れる。

白米を日本国民全員の主食に変貌させたのは、第二次世界大戦なのだ。
  ――第19章 豊かな世界

 そんなわけで、現代日本人の食生活は、帝国陸軍が創り上げたのだ。これはアメリカも同じで、軍のメシに慣れたGIたちが、今のアメリカの大衆食を形作っているとか。この辺は、「とんかつの誕生」や「カレーライスの誕生」にも触れられてたなあ。

 すんません。また次に続きます。

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2017年11月17日 (金)

リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 1

第二次世界大戦中、少なくとも2000万の人々が、飢餓、栄養失調およびそれにともなう病気によって、こうした悲惨な死を迎えた。
  ――第1章 序 戦争と食料

窮乏状態に耐える能力の高さは、多くの場合、国民の政府に対する期待の低さを反映する。
  ――第1章 序 戦争と食料

【どんな本?】

 多くの戦争映画や物語が語るように、太平洋戦争中および戦後は多くの日本人が飢えた。ガダルカナルやニューギニアの地獄は有名だし、国内の民間人も代用食や買い出し・闇市に頼った。日本だけではない。あの戦争では、世界中が飢えた。

 ドイツの東部戦線の将兵はもちろん、銃後のドイツ国民も飢えた。占領されたフランスも苦しんだが、ボーランドやギリシャはもっと悲惨だ。イギリスも苦しんだが、辛酸をなめたのは植民地のインドだ。当然、ソ連も苦しんだが、最大のツケを回されたのはウクライナなどドイツ軍に占領された地域だろう。

 当然、日本が占領した地域も上に見舞われた。アジアの米蔵だったビルマやインドシナすら自給もおぼつかず、それに頼っていた周辺国は悪夢となった。長く続く日中戦争に苦しんだ中国は、太平洋戦争終結後も、国共内戦の苦しみがのしかかる。

 と書くと飢えは戦争の結果のように思えるが、実際はもっと複雑だ。そもそも戦争の原因に、食料が大きく関わっている。そして、日本もドイツも、占領地や植民地に、「飢餓の輸出」を目論んでいたし、イギリスも植民地に飢餓を輸出したのだ。

 対してアメリカは…

 戦争の原因に、食料がどう関係したのか。戦前・戦中・戦後で、各国の食糧事情はどう変わったのか。それに対し、それぞれの政府は何を考えてどう対応し、その結果はどうなったのか。食糧事情という視点で第二次世界大戦を分析し、参加各国の暗黒面に光を当てる、衝撃のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Taste of War : World War Two and the Battle for Food, by Lizzie Collingham, 2011。日本語版は2012年12月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約463頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×463頁=約413,459字、400字詰め原稿用紙で約1,034枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 これだけの大容量だってのに、解説によると原本は「著者みずから原書を三割近く削った短縮版」。完全版だと、とんでもない鈍器になるんだろうなあ。

 文章はこなれている。内容も特に難しくないが、「インドはイギリスの植民地だった」程度の当時の世界情勢や、「日独伊 vs 英米ソ」程度の第二次世界大戦の経緯は知っていた方がいい。また多くの国や都市が出てくるので、地図があると便利。

 それより大事なのは食料の分量とカロリー計算。配給などの食料の量がグラム単位で出てくるので、日頃からスーパーなどで買い物をする人なら、だいたいの量がピンとくる。一日に必要なカロリーは、本書によると以下。

  • 普通の若い男:3000Kcal
  • 訓練中の兵士:3429Kcal
  • 低温下での激しい任務:4238Kcal
  • 猛暑下での戦闘:4738Kcal

 それぞれの食材の重さとカロリー量は、以下。

 これ調べてて気が付いたんだが、最近の Google はカロリー計算までやってくれるとは。「食材 カロリー」でググってみよう。例えば「チーズ カロリー」とか。そのうち Google ダイエットとか流行るんじゃなかろか。

【構成は?】

 基本的に時系列順に並んでいる。それぞれの国の事情が知りたい人は、まず「第1章 序 戦争と食料」を読み、以降は知りたい国の所だけを拾い読みすればいい。

  • 地図/出展に関する註記
  • 第1章 序 戦争と食料
  • 第1部 食料 戦争の原動力
    • 第2章 ドイツの帝国への大望
      小麦から肉へ/敗北、飢え、第一次世界大戦の遺産/自給自足経済と生存権/ヘルベルト・バッケと飢餓計画/東部での大量虐殺
    • 第3章 日本の帝国への大望
      農村危機の急進的な解決策/満州に100万戸/南京から真珠湾へ
  • 第2部 食料をめぐる戦い
    • 第4章 アメリカの軍需景気
    • 第5章 イギリスを養う
      肉からパンとじゃがいもへ/アメリカの粉末卵とアルゼンチンの塩漬け牛肉
    • 第6章 大西洋の戦い
      最も過酷な冬/アメリカという命綱/冷凍肉か兵士や武器か/大西洋の勝利
    • 第7章 大英帝国を動員する
      中東補給センター/東アフリカで勝利をむさぼる/西アフリカとドル不足/ベンガル飢饉
    • 第8章 ドイツを養う
      生産戦争/西ヨーロッパの占領/ギリシャ飢饉とベルギーの回復力/同盟国とアーリア人
    • 第9章 飢えを東方に輸出したドイツ
      現地の食料で生活する/飢餓計画の実施/1941年から42年にかけての食糧危機/ポーランドのホロコースト/ウクライナでの食糧徴発
    • 第10章 ソヴィエト体制の崩壊
    • 第11章 日本の飢えへの道
      米とさつまいも/帝国領土の混乱と飢餓
    • 第12章 内戦下の中国
      国民党の崩壊/生きのびた共産党
  • 第3部 食糧の政治学
    • 第13章 天皇のために飢える日本
      お国のためとされた健康的な食生活/チャーチル給与/アメリカの海上封鎖/ガダルカナル/ニューギニア/ビルマ/本土の飢え/降伏
    • 第14章 ソヴィエト連邦 空腹での戦い
      赤軍を養う/都市部を養う/アメリカという命綱/飢えを克服した忍耐力
    • 第15章 ドイツとイギリス 受給権に対するふたつの取組み
      1930年代のイギリス 栄養学的な見解の相違/1930年代のドイツ 「栄養面での自立」政策/配給の政治学/イギリスの労働者階級を養う/ドイツの軍事機構を養う/闇市場/ドイツの都市部 空腹だが飢えてはいなかった
    • 第16章 大英帝国 戦争の福祉的な側面
      ドクター・キャロット イギリス国民の健康を守る/栄養格差の是正/健康と士気 軍の炊事部隊/塩漬けの牛肉とビスケットで戦う/粥、豆、ビタミン/栄養状態の修復 インド軍
    • 第17章 アメリカ 不況から抜け出して豊かな社会へ
      「いい戦争」/未来への希望/兵士の快適な生活/オーストラリア 勝利のための食品加工/太平洋諸島の人々を養う
  • 第4部 戦争の余波
    • 第18章 腹ぺこの世界
    • 第19章 豊かな世界
      自国の豊かさとヨーロッパの救済を秤にかける/戦後食糧世界の形成/あらたな消費者の台頭
  • 謝辞/訳者あとがき/原註/参考文献/図版出典

【感想は?】

 よくできた戦争関係の本がそうであるように、この本も色々と衝撃的な事柄が続々と出てくる。

 なんたって、最初からとんでもない事実を明らかにする。あの戦争は、最初から多くの人が飢えると分かっていたのだ。少なくとも、日本とドイツは。そして、そのツケを…

 詳しい内容は次の記事で。

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2017年10月26日 (木)

デーヴ・グロスマン,ローレン・W・クリステンセン「[戦争]の心理学 人間における戦闘のメカニズム」二見書房 安原和見訳 2

アフガニスタンから帰還したばかりのSEAL隊員、グリーンベレー隊員相手に講演をしたとき、銃が使えないという夢を見たことがある人、と声をかけたらほぼ全員がてを挙げた。
  ――第十二章 銃弾を食らっても戦いつづける

 デーヴ・グロスマン,ローレン・W・クリステンセン「[戦争]の心理学 人間における戦闘のメカニズム」二見書房 安原和見訳 1 から続く。

【戦場の生理学】

 本書は、戦場での生理学から始まる。命の危険を感じた時、兵士の体と心に何が起きるのか。

 アドレナリン(→Wikipedia)の分泌が増え心拍数が増えるのはよく知られているが、もう一つコルチゾール(→Wikipedia)も増える。このため怪我をしても血が固まりやすくなる。

 物語で、よく描かれるパターンがある。戦闘中に怪我をしてもい傷みを感じず、血もさほど流れないのに、戦闘が終わり気が緩むと一気に痛みを感じ血がドバドバ流れだす。アレは本当なのだ。ただし、多くの映画が描いていない現象もある。

「戦闘シーンで主役がクソ漏らしてる映画があったら、観に行ってもいいけどな」
  ――第二章 戦闘の過酷な現実

 そう、漏らすのだ。そういえば、「陸軍尋問官 テロリストとの心理戦争」の冒頭でも、連行されたテロリストはみな漏らしていた。格好は悪いが、ちゃんと理由も意義もある。

 だって、逃げるにせよ戦うにせよ、余計な荷物を抱えてたら不利じゃないか。だから、命がかかった状況では、膀胱や腹に抱えた荷物を捨てるよう、私たちの体はできている。漏らすのは、厳しい生存競争を生き残った者として、適切な反応なのだ。

 こういう現象に対し、著者は何度も繰り返す。

あらかじめそういうものだと知っていれば、(略)そのせいであとになって傷つかずにすむ。

 (略)の部分に、「漏らしても」など、人の体に起きる事柄を書き入れる、それが本書のテーマの一つだ。軍ヲタが大喜びするのはもちろん、暴力の被害を受けた被害者や、大きなストレスやその後遺症に苦しんでいる人にも、この本が役に立つ所以である。

 ただ、多少の想像力が必要だ。例えば、同じ章にこんな記述もある。

継続的な戦闘状態が60昼夜続くと、全兵士の98%が精神的戦闘犠牲者になる
  ――第二章 戦闘の過酷な現実

 本書では独ソ戦のスターリングラードの戦いを例に出しているが、私は親の暴力に苦しむ子供を思い浮かべた。何年も常に恐怖に晒され、逃げ場がない点は、スターリングラードと同じだ。しかも子供の場合、戦友もいなければ、「祖国のため」なんて大儀もない。おまけに…

暴力的な状況というストレスにさらされると、そこで起きたことは自分のせいだと思い込みやすい。
  ――第十七章 安堵と自責とその他の感情

 と、「ボクが悪いんだ」と思い込んでいる上に、親は躾を言い訳にする。パワハラ上司も同じ手口を使い、被害者を悪役に仕立て上げる。虐待やパワハラの扱いが難しいのは、こういう現象のためだろう。最も巧みに利用しているのは、カルト宗教の洗脳かな。加えて…

【勝利の秘訣】

 やはり戦場心理を巧く使った人として、著者はナポレオンを挙げる。彼は砲術の名手だった。単に物理的にダメージを与えるだけでなく、砲には意外な効果もあって…

「ほかの条件がすべて同じなら、戦闘ではより大きな音をたてたほうが勝つ」
  ――第五章 目と耳

 動物のオス同士の縄張り争いは、まず威嚇で始まる。この際、より大きな声で吠える奴の方が強そうに感じる。戦争も似たようなものらしい。ビビったら負けなのだ。だからF/A-18ホーネットのエンジン音は煩いのね←違う。

 そういや第二次世界大戦で活躍したドイツ空軍の急降下爆撃機スツーカ(→Wikipedia)。あれサイレンがついてて、急降下の際に独特の音を出す。フランスのマジノ線を叩いた時、爆弾を使い果たしたスツーカのパイロットは、その後も急降下を繰り返した。サイレンの音を聴いただけで、フランスの守備兵は逃げ出したって話があるが、出典は忘れた。

 まあいい。ナポレオンが強かったのは、大砲の音で敵をビビらせるのが巧かったからだ。実際、現代の戦術でも、いかに敵の戦意をくじくかに工夫が凝らされ…

殺人への抵抗感は、さまざまな手法によって克服(あるいは少なくとも回避)することができる。ひとつの方法は敵を逃亡させることだ(翼側または後方を襲えばたいてい敵は潰走する)。崩れた敵や敗走する敵を追跡するさいに、殺人の大半は起きるのである。
  ――第十五章 戦闘の進化

 要は、敵が逃げりゃ勝ちなのだ。この回り込みの理屈は「歴史群像アーカイブ2 ミリタリー基礎講座 戦術入門WW2」に詳しい。つまり現代の陸軍の戦術は、まんま「どうやって敵の横や後ろに回り込むか」って目的で作られてる。これを逆に使ったのが韓信の「背水の陣」。

【予防】

 現象が分かっていれば、予め対策だって立てられる。その最たるものが、「あらかじめ知っていれば」だ。加えて、兵や警官などのプロなら、日頃から訓練をすればいい。

 ピンチに陥った時、ヒトの心臓は早鐘をうつ。手先が不器用になり、視野が狭くなり、頭が働かなくなる。じゃどうすればいいか。主な方法は二つだ。ピンチの状況に慣れることと、体で覚えること。

 慣れるには、なるたけ本番に近い方がいい。ってんで、コンピュータのシミュレーションや人形を使って戦闘訓練をする。最近のコンピュータの進歩は凄まじく、お陰でシューティング・ゲームに慣れたガキどもが銃を持って暴れはじめると、大きな被害が出るようになっちまった…なんて愚痴もこぼしてたり。

 体で覚えるのは、まんまだ。同じ動作を何度も繰り返し、条件反射で体が動くようにする。昔の剣術などが型を重視したのは、このためなんだろう。ただ、教え方が間違ってると悲惨。

(戦闘訓練の)教官は、(撃たれた)生徒に死亡を宣告してはならない。(略)いったん交戦が始まったら、必要なら強制してでも交戦を続けさせるのである。
  ――第十一章 ストレスの予防接種と恐怖

 なぜか。撃たれても、致命傷でなければ、助かる見込みはあるし、戦闘だって続けられる。だが「撃たれたら終わり」と体が覚えたら、戦場でもそうなる。だから、撃たれても最後まで戦い続けるよう、訓練で体に叩きこむのだ。似たような訓練の失敗例が、本書には何度も出てくる。

 これは、スポーツや楽器の練習でも、同じことが言えるんじゃなかろか。ミスっても続けさせるのが大事なんじゃ…と思って己を振り返ると、マズい記憶が蘇ってくるから、やめとこう。

【続く】

 まだ書きたい事が沢山あるんで、次の記事に続きます。

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2017年10月25日 (水)

デーヴ・グロスマン,ローレン・W・クリステンセン「[戦争]の心理学 人間における戦闘のメカニズム」二見書房 安原和見訳 1

あらかじめそういうものだと知っていれば、(略)そのせいであとになって傷つかずにすむ。
  ――第十七章 安堵と自責とその他の感情

本書の目標は、そういう「深く秘した個人的なことがら」を掘り起こし、戦場に送り出される兵士に前もって警告を与え、心構えをさせておくことだ。
  ――謝辞

【どんな本?】

 前著「戦争における[人殺し]の心理学」で、デーヴ・グロスマンは衝撃的な事実を明らかにした。第二次世界大戦中、前線にいる米陸軍の兵のうち、発砲したのはわずか15~20%だった、と。残りの80~85%の兵は、発砲できなかった。人を殺すのが嫌だったからだ。

 殺せる兵と殺せない兵と、何が違うのか。どうすれば人を殺せる兵を育てられるのか。何度も苦しい戦いを生き延びて古参兵となるには、どうすればいいのか。せっかく生還し退役の機会も与えられたのに、たのに、再び危険な戦場に戻ろうとする者がいるのはなぜか。

 そして、運悪く心的外傷を負ってしまった者は、どうすれば回復できるのか。そのために社会や所属組織や身近な者には、何ができるのか。

 殺すか殺されるかの瀬戸際のとき、ヒトの体と心には何が起きているのだろうか。そして、修羅場をくぐり抜けた後、人の心と体にはどんな影響を残すのだろうか。

 著者の一人デーヴ・グロスマンは合衆国陸軍レンジャーとして、もう一人のローレン・W・クリステンセンは法執行官・警官そしてベトナムで陸軍憲兵としての経験がある。加えて、両名ともに致命的武力対決の心理的影響のセンモンカとして活躍している。

 その両者が、戦場から帰り苦しんだ帰還兵や、凶悪犯と銃撃戦を繰広げる警官・麻薬取締官など、暴力的な命のやりとりを経験した人々と多くの面談を通し、また大量の資料を漁って学術的・統計的なデータを集め、戦闘中およびその後のヒトの心身の状況を明らかにした、衝撃の書。

 と書くと、まるで軍事の専門書のようだが、実の所、応用範囲はもっと広い。

 突然の不幸などで、いきなり大きなストレスに押しつぶされそうな時。自分や家族が事故や急病などで命の危機に陥った前後。過去の経験で心の傷に苦しんでいる人。両親の離婚に心を痛める子供。そして、パニックに陥った際の対処法。

 そんな風に、危機の最中やその後の苦しみに対処する方法を教えてくれる、「心の救急箱」とでも言うべき本である。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は On Combat : The Psychology and Physiology of Deadly Conflict in War and in Peace, by Dave Grossman & Loren W. Christensen, 2004。日本語版は2008年3月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約594頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント49字×19行×594頁=約553,014字、400字詰め原稿用紙で約1,383枚。文庫本なら上中下の三巻でもいいい大容量。

 文章は読みやすい。銃の口径など多少の専門用語は出てくるが、わからなければ無視していい。いわゆる「戦士」を賞賛する文章が多いので、それがお気に召さない人も多いだろう。そんな人でも、第四部は読む価値がある。

 また、アメリカ人向けに書かれているので、その辺は読み替えが必要だ。例えば電話番号「911」は、日本だと「110」にあたる。

【構成は?】

 できれば頭から順に読んだ方がいい。特に第四章は、その後の論の基礎となる現象を語っているので、是非読んでおこう。

  • 献辞/謝辞
  • まえがき ギャヴィン・デイ=ベッカー
  • はじめに
  • 第一部 戦闘の生理 戦闘中の人体の解剖学
    • 第一章 戦闘 普遍的な人間恐怖症
    • 第二章 戦闘の過酷な現実 海外戦争復員兵協会では聞けないこと
    • 第三章 交感神経系と副交感神経系 身体の戦闘部隊と整備部隊
    • 第四章 恐怖と生理的覚醒と能力 白、黄、赤、灰、黒の状態
  • 第二部 戦闘中の知覚の歪み 意識変容状態
    • 第五章 目と耳 選択的聴覚抑制、音の強化、トンネル視野
    • 第六章 自動操縦 「正直な話、自分がなにをしてるか気づいてなかった」
    • 第七章 さまざまな影響 鮮明な視覚、時間延長、一時的麻痺、解離、思考の割込み
    • 第八章 記憶の欠落、記憶の歪み、ビデオ録画の影響 実際にあったと思い込む
    • 第九章 クリンガーの研究 知覚の歪みに関する類似の研究
  • 第三部 戦闘の呼び声 こんな男たちがどこから生まれてくるのか
    • 第十章 殺人機械 数少ない真の戦士がもたらす影響
    • 第十一章 ストレスの予防接種と恐怖 みじめになる練習をする
    • 第十二章 銃弾を食らっても戦いつづける 死に直面してほんとうに生きられる
    • 第十三章 殺す決断 「人を殺しはしたが、おかげで助かった人もいる」
    • 第十四章 盾を帯びた現代の勇士 「行きてスパルタ人に伝えよ……」
    • 第十五章 戦闘の進化 戦時・平時に物心両面で殺人を可能にする道具
    • 第十六章 戦闘の進化と国内の暴力犯罪
  • 第四部 戦闘の代償 霧が晴れたあと
    • 第十七章 安堵と自責とその他の感情 「世界が裏返った」
    • 第十八章 ストレス、不確実、“四つのF” 警告は警備
    • 第十九章 PTSD 事件の追体験、そして子犬からの逃避
    • 第二十章 治癒のとき 危機的事件後報告会がPTSD防止に果たす役割
    • 第二十一章 戦術的呼吸法、事後報告会のメカニズム 記憶と感情を切り離す
    • 第二十二章 帰還兵にかける言葉、生き残った者にかける言葉
    • 第二十三章 なんじ殺すなかれ? ユダヤ/キリスト教的殺人観
    • 第二十四章 生存者罪責感 死ではなく生を、復讐でなく正義を
  • 終わりに
  • 付録「エラスムスの22の原則」
  • 訳者あとがき
  • 参考文献一覧

【感想は?】

 文句なしに名著。もっと早く読みたかった。

 軍事系の本だからと言って、敬遠してはもったいない。スポーツの訓練法からクレームの対処、そして効率よく仕事を進める方法まで、読み方によって、そして読む人の立場によって、いくらでも役に立つコツがてんこ盛りの本だ。

 例えば、こんなエピソード。合衆国陸軍がやった実験の話だ。

大隊は四個中隊に分かれて、20日間ぶっ通しで、起きている時間はずっと砲撃訓練を実施した。(略)
第一群は一日に七時間睡眠をとり、第二群は六時間、第三群は五時間、そして第四群は四時間しか寝ないという苦行をしいられた。
最終日の20日目には、七時間眠っていた第一群は最高で98%の命中率をあげたが、第二群は50%、第三群は28%、(略)第四群は、最高15%の命中率しかあげられなかった。
  ――第三章 交感神経系と副交感神経系

A01 これをグラフにしたのが、右の図だ。縦軸が命中率、横軸が睡眠時間。このグラフから、あなたは何を読み取るだろうか。

 忙しく働いている人なら、こう考えるだろう。「睡眠不足は仕事の効率を落とし、ミスを増やすんだなあ、最低でも1日7時間は眠らないと」。

 プログラマなら、こう考える。「睡眠不足で書いたコードはバグだらけでデバッグの手間を増やすだけだ」。

 まっとうな軍ヲタなら、ガダルカナルや硫黄島で戦った帝国陸海軍将兵の苦境に想いをはせるだろう。ニワカ軍ヲタは救いようがない。「難攻不落に見える砦も、夜襲や威嚇射撃の嫌がらせを20日ほど続け、守備隊を眠らせなければ、墜とせるかもしれない」。

 そして受験生なら、「無駄な勉強はもうやめて今夜は寝よう」。

 と、このように、読む人によって色々な教訓を得られる本なのだ。もちろん、最も収穫が多いのは軍ヲタだが、スポーツの指導者や過去の心の傷に苦しむ人にも、役に立つ事柄がたくさん書いてある。日頃からの地道な訓練が必要なモノもあるが、突発的なピンチに対処するコツもある。

 という事で、詳しくは次の記事から。

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2017年10月 6日 (金)

ガブリエル・コルコ「ベトナム戦争全史 歴史的戦争の解剖」社会思想社 陸井三郎監訳 3

政治幹部のひとりが到着すると、(ズオン・ヴァン・)ミンは次のように言明した。
「われわれは、行政権を委譲するためにあなたがたをお待ちしていました」。
これにたいして政治幹部はこう返答した。
「あなたがたが委譲できるものは何もないのです。あなたがたは無条件降伏するしかないのです」
  ――第41章 戦争の終結

  ガブリエル・コルコ「ベトナム戦争全史 歴史的戦争の解剖」社会思想社 陸井三郎監訳 2 から続く。

【兵站】

 南北に長いベトナムで、必要なモノを必要な所に運ぶのは大変だ。機械化された南と米軍はともかく、北と解放戦線は難しい。例えば武器は…

63年に合衆国が主張していたように、中国製とソ連製のものは、解放民族戦線の武器の8%を占めるにすぎず、残りは、アメリカ製かフランス製、あるいは解放民族戦線が独自に製造した武器であった。
  ――第11章 軍事戦略の決定をめぐる挑戦

 と、鹵獲と自作で賄った模様。終盤になると、これに南からの横流しが加わる。シリア内戦でも、政府軍の補給将校が反政府軍に武器弾薬を横流ししてた。腐敗した政権に対する内戦じゃ、よくある事なのかも。

 加えて…

1965年から68年までのあいだ、ベトナム民主共和国(北ベトナム)領内には中国の兵站部隊が駐留していた。32万人が派遣されていたとのちに言われたが…
  ――第32章 共産党の国際戦略

 と、中国も積極的に北ベトナムを支援していた様子。お得意の「義勇兵」かな?

【兵器】

 ド派手に活躍したように見えるB-52だが、その編隊が落とした爆弾は…

投下目標になった地域の半分は、解放民族戦線が存在しない地域であることがのちにわかった。
  ――第15章 アメリカの戦争遂行方法のジレンマ

 と、肝心の敵の居所がわかってなかった模様。これは今も似たようなモンだ、とジェレミー・スケイヒルが「アメリカの卑劣な戦争」で書いてた。つまり情報収集・分析が弱いんです。

 逆に活躍したのがガンシップ(→Wikipedia)。

ホーチミン・ルート攻撃用に使用された(略)(固定翼)ガンシップのほうは出撃回数こそわずか8%だが、命中させたトラックの数では48%を占めていた。だが、ガンシップはまた地上砲火によってもっとも損傷しやすかった。
  ――第28章 アメリカ軍事力の危機

 安くて頑丈な A-10 開発の原動力は、これ?

 ヘリコプターも活躍したが、「一時間飛ばすと、点検修理に10時間を要した」。稼働率10%? 同時期(67年、第三次中東戦争)のエジプト空軍より酷い(鳥井順「中東軍事紛争史Ⅲ」)。F-14トムキャットも似たような感じだったと、どこかで聞いたがソースは不明。

 なんにせよ、米軍は最新兵器を南に与えたけど、それを使い続けるには整備や維持も高い能力が要求され、そのせいで大半は使いこなせずガラクタと化してしまう。まさしく猫に小判。

【テト攻勢】

 大きな転機となった1968年のテト攻勢(→Wikipedia)、やはり北の損害は大きく、「解放民族戦線がただでさえ弱体な都市の下部組織をほとんど失った」。これは合衆国政府にも影響を与える。国防長官のメルヴィン・R・レアードは、米軍全体の兵器刷新を理由に、ベトナムの予算を削り始める。

 よく言われるように、北は軍事的に負けて政治的に勝った、ってこと。っただし損耗も激しく、暫くは鳴りを潜める羽目になるんだけど。

【経済】

 南の最大の敗因は、これじゃないかと私は思う。アメリカと南ベトナム政府が、ベトナム経済を壊したのだ。

 読みながら思ったのだ。「兵器じゃなくて農機具や肥料など、農民に役立つモノを送れよ」。実際、送ったのだ。収穫の多い米の新品種を。

新品種は、在来種に比べて1ヘクタール産当たり二倍の肥料が必要であった。
  ――第38章 ベトナム共和国の社会体制の危機の深まり

 肥料も送ったんだが、これは腐敗役人の懐に消える。加えて、東地中海で起きた戦争がベトナムへ波及してくる。そう、73年の第四次中東戦争と、それに伴う石油危機だ。

 原油価格は急上昇、それに伴い肥料も285%値上がりする。アメリカは揚水ポンプや農業機械も送ったんだが、燃料のガソリンや灯油も250%値上がり。

 これ以前にも、南の政府は農村を壊す政策を次々と繰り出してる。既存の村を壊し戦略村に強制移住させる。働き盛りの若者を徴兵して村の働き手を奪う。

 米が足りなくなると、農民から強制的に米を徴収する。値上がりして美味しい商品を奪われるんだから、嬉しい筈がない。またはアメリカから米を輸入する。これで米価は下がり都市住民は楽になるが、農民はやる気をなくす。

 末期になると農村は土地が余りスカスカで、地代も4~6割から1割ほどに下がってた。この時期、地主の抵抗も減ってるんで、農地改革を始めるが、時すでに遅し。肝心の農民は都市に棲みつき、農民が集まらなくなっていた。南ベトナムは都市化していたのだ。

この農村を壊してゲリラの隠れ家を潰す手口、スーダンがダルフールでやってたなあ(白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ」)。手口を教えたのは中国らしいんだが、その中国は南ベトナムに学んだのか?

 そんな都市住民を支えていたのが、米兵がバラ撒く金。南の経済そのものが、アメリカの金に依存する体質になってたわけ。ところが、これがテト攻勢以来、次第に枯れ始める。となれば、南ベトナム自体が枯れるのも時間の問題。

 もっとも、これは解放戦線にとっても痛手で。彼らは農民を味方に付けるのは巧みだったが、都市住民を仲間に引き入れるのは難しかった。お陰で兵力を集めるのには苦労するようになる。

【崩壊】

 と、そんな風に、1975年になると、南ベトナムは国そのものがハリボテ状態だった、ってのがこの本の主張。ローマ帝国もそうだったけど、国が潰れる時ってのは、とっくの昔に中が腐りきって空洞化しちゃってるんだろう。

 などと、読みどころはアメリカと南の政治的な動き。半面、北や解放戦線の内情は綺麗事ばかりだし、軍事的な記述は乏しいのが、ちと不満だなあ。

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2017年10月 5日 (木)

ガブリエル・コルコ「ベトナム戦争全史 歴史的戦争の解剖」社会思想社 陸井三郎監訳 2

「政治が革命勢力の実際の力をつくりだす。つまり、政治が根源であり、戦争は政治の継続である」
  ――第11章 軍事戦略の決定をめぐる挑戦

 ガブリエル・コルコ「ベトナム戦争全史 歴史的戦争の解剖」社会思想社 陸井三郎監訳 1 から続く。

【だいたいの流れ】

 お話は1858年のフランスによるベトナム進出に始まり、1975年4月30日のサイゴン陥落で終わる。以降の話は出てこない。そっちが知りたい人には、ナヤン・チャンダの「ブラザー・エネミー」がお薦め。とは言っても、ブラザー・エネミーも700頁越えの大著なんだよなあ。

【結論】

 なぜアメリカが負けたのか。本書によれば、民衆がそれを望んだから、みたいな結論になる。

 南ベトナム政府はゴ・ディン・ジエムやグエン・ヴァン・チューの独裁政権で、自らの権力維持しか考えなかった。しかも、その方法は、アメリカからの援助を手下にバラまく事だった。アメリカの支援が途絶えたので、彼らの権力基盤も消え、軍も四散した。

 対して北ベトナムと解放戦線(南ベトナムにいた抵抗勢力)は、農民を大事にした。だから農民も彼らに協力した。都市住民は当初あまり協力的じゃなかったが、土壇場になって北の優位がハッキリすると、アッサリ鞍替えした。

 つまりは軍事より政治で決まったんだよ、そういう事です。

実はコレが共産主義(というか当時の東側)の強みだよなあ、と思ったり。彼らは同盟国に、軍や兵器だけでなく、政治顧問も送り込む。その政治手法は、マルクス理論を基礎に一貫した方法論がある。このあたりはロドリク・プレークウエストの「アフガン侵攻1979-89」が生々しく描いてたり。レドモンド・オハンロンの「コンゴ・ジャーニー」も、既存の権力構造を崩す巧みな手法を暴いてる。

これを反省したのか、アメリカはイラクじゃポール・ブレマー三世を派遣したけど、結果はご存知の通り(パトリック・コバーン「イラク占領」、ジェレミー・スケイヒル「ブラックウォオーター」)。

この差は下準備の違いじゃないかな。この本だとホー・チ・ミンがいい例。東側は、予め現地出身の支配層を、モスクワで育てておき、機を見て現地に送り込む。現地の事情に通じてる上にモスクワのコネもあるんで、統治はスムーズだし外交的にも東側に留まる。イギリスも似たような真似したけど、インドじゃ巧くいかなかったね。

【舞台】

 一応19世紀から話は始まるが、それは2頁程度で終わる。本格的に話が始まるのは1930年代から。ここで、当時のベトナム社会の様子を説明しているのが嬉しい。

 当時の社会は大雑把に分けて三つの層からなる。

 まずエリート地主。フランスへの協力の見返りに土地を得た者たち。30年代のトンキンでは2%の地主が40%の土地を持っていた。

 次に小作農・貧農。地代は平作年の4割~6割で固定。豊作ならラッキーだが、不作だと「生産高の80%に達することもあった」。大半は借金を背負ってて、その利率は年50%~70%。無茶苦茶だ。

 加えて、東南アジアに独特な華僑。「54年には彼らは商業の四分の三を掌握」してたというから凄い。

 こういう状況で、共産党は、まず貧しい農民を引きこみつつも、地主層を敵に回さぬよう、土地改革では機会をうかがい慎重に事を進める。土地の配分に加え、協同組合を作り、農具を買い入れたり。コレが巧くいった所では、農民の大きな支持を得た。まあ当然だよね。

逆に土地改革に失敗したのがイランのパーレビ。土地は分配したけど水の分配に失敗して、格差が更に酷くなっちゃった(岡崎正孝「カナート イランの地下水路」)。

 華僑についてほとんど出てこないんだが、対応には苦慮してたんだろう。

 アメリカも、低利で農民に融資する信用組合を作るとか、現地の農民を味方にする方法もあったんだよなあ。土地についても、戦後の日本じゃ巧くやったんだよね。地主から土地を買い上げ農民に配り、地主はその金を元手に商売を始める。お陰で工業化もスムーズに進んだ。ベトナムでそうならなかったのは…

【ゴ・ディン・ジエム】

 アメリカが南の支配者として選んだゴ・ディン・ジエム。「奴ぐらいしかいない」と消去法で選ばれたんだが、つまりは元々権力基盤が弱い。

 味方は軍しかいないってのに、いきなり「1955年にジエムが行った第一の政策は、何の見かえりもなしに6000人以上の戦闘経験ある下士官の解雇」。要は自分の取り巻きで固めようって腹なんだが、軍を弱らせた上に敵を作ってどうする。

 加えて、農村がゲリラの拠点になってるってんで、農村の住民を強制移住させる。お陰で農民も敵にまわしてしまう。

 軍も、部下の報告はジエム直接聞き、部下同志の連携を阻む。クーデターを防ぐのが、その目的。その結果、例えば空軍が陸軍を支援するなんて芸当は出来なくなる。どころか、終盤じゃ友軍への誤爆が続く体たらく。この辺は鳥井順「イラン・イラク戦争」で学んだ。

 そんなわけで、南の政府は八方的ばかり。お陰で解放戦線もアチコチに協力者を紛れ込ませる。例えばジエム殺害のドサクサに紛れ、新任の南ベトナム国家警察長官代理は…

解放民族戦線を支持していた政治犯のすべてを釈放したばかりでなく、諸文書を破棄し、解放民族戦線の支持者をできるかぎり多く高い官職に配置した。

 民衆に加え政府内も、南は敵だらけだったわけ。

【アメリカの対応】

 第二次世界大戦じゃ、アメリカは指揮権を巧く配分した。欧州戦線はアイゼンハワーに任せ、太平洋はニミッツに担当させる。戦域ごとにボスをハッキリ決め、一貫した戦略で押し通した。

 朝鮮戦争でも同様にマッカーサーに任せたんだが、彼は暴走して歯止めが効かなくなる。これに懲りて、ベトナムはホワイトハウスが仕切ろうとしたんだが、陸海空三軍の調整が巧くいかず…。

 このツケを回されたのが海兵隊。彼らが得意な仕事は、敵の前線を突っ切り穴をあける事。攻撃であって、防御じゃない。が、この戦争は、そもそもハッキリした前線がない。おまけに、ベトナムでの彼らの仕事の多くは(空軍)拠点の防御。向かない仕事を割り振られ、不満はたまる一方。

 意外なのが、合衆国市民の反応。1967年末には軍派遣反対が支持を上回り、73年1月では戦争反対と賛成は2:1となる。ここまでは予想通りだが…

高年齢層は戦争に強く反対し、もっとも戦争を支持したのは20~29歳の年齢層であった。(略)教育程度の一番低い層が戦争にもっとも批判的であった。

 当時は大学生が騒いでいた感があったけど、実は普通の人こそ反対してたわけ。これにはオチもあって、「ただ彼らは、組織化された反戦運動のなかでは無視された」。そうすりゃ、こういう人たちの声を拾い上げることが出来るんだろう。いや私も貧乏人の一人なんだが。

 これには米軍の兵の使い方も絡んでて…

教育歴10年以下の兵士の損耗率は13年以上の3倍、所得4000~7000ドル世帯出身者の損耗率は17000ドル世帯出身者の約3倍にのぼった。

 というのも、「将校は前線送りには教育水準の低い兵士を選んだ」から。そりゃ反感を買うよ。

【続く】

 ということで、続きは次の記事で。

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2017年10月 4日 (水)

ガブリエル・コルコ「ベトナム戦争全史 歴史的戦争の解剖」社会思想社 陸井三郎監訳 1

この戦争の本質を理解するに際しての最大唯一の障碍は、(戦争支持・反対)双方の側がともにベトナム共和国、および南ベトナム社会体制に驚くべく無知だったことである。
  ――著者まえがき

【どんな本?】

 第二次世界大戦後、戻ってきたフランスに対し、ベトナムは共産党を中心として独立を求め闘い始める。1954年、ディエンビエンフーの戦いを境にフランスは撤退するが、ベトナムに平和は訪れなかった。フランスに変わり、アメリカが乗り込んできたのだ。

 アメリカの後ろ盾を得たゴ・ディン・ジエムは、南部にベトナム共和国を建国、以後1975年のサイゴン陥落に伴うベトナム共和国(南ベトナム)崩壊まで、泥沼の戦いが続く。

 なぜアメリカは負けたのか。武装は圧倒的に貧弱であるにも関わらず、なぜ北は軍事大国アメリカに抗し得たのか。

 ベトナム戦争を、内戦ではなくアメリカの侵略だとする歴史学者が、ベトナム共産党(北ベトナム)・解放民族戦線(南ベトナム内の抵抗組織)・ベトナム共和国そしてアメリカ合衆国それぞれの立場・思惑・政策を中心に描く歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Anatomy of a War : Vietnam, the United States, and the Modern Historical Experience, by Gabriel Kolko, 1986。日本語版は2001年7月30日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約711頁に加え、訳者あとがき11頁+「付記」に付け加えて5頁。9ポイント25字×23行×2段×711頁=約817,650字、400字詰め原稿用紙で約2045枚。文庫本なら4巻分ぐらいの巨大容量。ちなみに重量は約1.2kg。

 なお、訳者は藤田和子・藤本博・吉田元夫の三人。

 文章は硬い。学者さんの文章だ。一つの文が長いし、音読みの言葉が延々と続く。二重否定も多い。でも訳のせいじゃないらしい。解説に曰く「かれの著作の多くは英語を母語とする人びとの間でさえも難解として聞こえている」。

 内容も不親切。細かくは追って。

【構成は?】

 だいたい時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • 著者まえがき
  • 日本語版へのまえがき
  • 例言
  • 序章
  • 第Ⅰ部 戦争の起源 1960年まで
    • 第1章 ベトナム・危機への道
    • 第2章 1945年までの共産党 恐慌から戦争へ
    • 第3章 ベトナム 1945年8月革命から長期の戦争へ
    • 第4章 ベトナム共産主義の内部世界 その理論と実践
    • 第5章 共産党の権力強化
    • 第6章 アメリカ、世界最強国の限界と苦悩 1946~60年
    • 第7章 1959年までの南ベトナム 紛争の起源
    • 第8章 南部における共産党のジレンマ 1954~59年
  • 第Ⅱ部 南ベトナムの危機とアメリカの干渉 1961~65年
    • 第9章 合衆国のベトナム介入 支援から北爆開始まで
    • 第10章 戦争とベトナム農村
    • 第11章 軍事戦略の決定をめぐる挑戦
    • 第12章 合衆国と革命側、そしてたたかいの構成要素
  • 第Ⅲ部 全面戦争および南ベトナムの変容 1965年~67年
    • 第13章 戦争エスカレーションとアメリカ政治の挫折
    • 第14章 効果的軍事戦略の継続的追及
    • 第15章 アメリカの戦争遂行方法のジレンマ
    • 第16章 戦争と南ベトナム社会の変貌
    • 第17章 グエン・ヴァン・チューとベトナム共和国の権力構造
    • 第18章 経済的従属のジレンマとベトナム共和国
    • 第19章 ベトナム共和国軍の建設と南ベトナム農村をめぐるたたかい
    • 第20章 二つのベトナム軍の性格とその結果
    • 第21章 全面戦争への共産党の対応
    • 第22章 アメリカ合衆国への戦争の経済的影響
    • 第23章 1967年末の戦争における勢力均衡
  • 第Ⅳ部 テト攻勢と1968年情勢
    • 第24章 テト攻勢
    • 第25章 テト攻勢の衝撃、ワシントンにおよぶ
    • 第26章 テト攻勢の評価
  • 第Ⅴ部 戦争と外交 1969~72年
    • 第27章 ニクソン政権、ベトナムおよび世界と対決
    • 第28章 アメリカ軍事力の危機
    • 第29章 革命側の軍事政策 1969~71年
    • 第30章 アメリカとベトナム共和国 ベトナム化の矛盾
    • 第31章 変貌する南ベトナム農村をめぐる闘争
    • 第32章 共産党の国際戦略
    • 第33章 二つの前線での戦争 外交と戦場、1971~72年
    • 第34章 和平交渉の過程 幻想と現実
  • 第Ⅵ部 ベトナム共和国の危機と戦争の終結 1973~75年
    • 第35章 1973年初頭における南ベトナムの勢力バランスとベトナム共和国の政策への影響
    • 第36章 ニクソン政権の力のジレンマ
    • 第37章 復興と対応 1974年半ばまでの共産党の戦略
    • 第38章 ベトナム共和国の社会体制の危機の深まり
    • 第39章 サイゴンとワシントン、1974年半ば 二つの危機の結合
    • 第40章 1974年後半における革命側の認識と構想
    • 第41章 戦争の終結
  • 結語
  • 訳者あとがき 陸井三郎
  • 「付記」に付け加えて 陸井三郎先生を偲んで 藤本博
  • ベトナム戦争関連略年表
  • ベトナム全図軍区図
  • 出典と注/索引

【感想は?】

 かなりクセの強い本だ。明らかに初心者向きじゃない。

 まず、政治的な主張が強く出た本だ。まえがきで「自分は左翼だ」とハッキリ宣言してるあたりは、潔い。内容もベトナム共産党と解放戦線を持ち上げ、アメリカ合衆国とベトナム共和国をボロクソに罵る文が続く。そういう思想的な偏りがある事を意識して読もう。

 次に、歴史家の著作であり、軍ヲタ向きじゃない。政治的・制度的・思想的な話が中心で、軍事的な話はほとんど出てこない。

 個々の戦いには全く触れないし、戦況地図もない。兵器や戦術なども、おおまかで抽象的な話ばかりで、具体的な事はサッパリである。当然、前線で戦った将兵の名前や談話も、ほぼ出てこない。米軍は佐官以上の人が少し出てくるが、北や解放戦線の将兵の顔が見えないのは、期待外れだった。

 そして、最大の問題が、重要な事柄について、「ソレは何か」を、ほとんど説明しないこと。例えば、次の事柄について、だいたいの所を読者が知っていると決めつけて論を進めている。

 これらの事柄について、5W1Hを説明せず、いきなりその影響の話になる。若い読者には辛いだろう。私もフェニックス計画などは知らなかったんで、Google や Wikipedia で調べる羽目になった。

 特に酷いのはケネディ暗殺で、全く話が出てこず、いつの間にか大統領がリンドン・ジョンソンに変わってたり。そりゃ当時のアメリカ人にとっては常識なんだろう。でも歴史家なら、後世の者が読む事を意識して書いて欲しいよなあ。

常々思うんだが政治的な主張が強く出ている本って、こういう「基本的な事を説明しない」傾向が強いんだよね。これは左右を問わないんで、共通の原因があるのかも。

 また、各政府の内情についても、ちと期待外れ。合衆国の内情は詳しく書いてあるが、ベトナム共和国はトップの話ばかり。もっとも、ほぼ独裁なんだから仕方ないんだろうけど。もっと寂しいのが、ベトナム共産党・解放戦線・ソ連・中国の内情を、ほとんど書いていない点。

 特にベトナム共産党は、完全に一枚岩に見える。あまし情報を出さない連中だから難しいとはいえ、左派が書く本だから、少しは内情を知ってるんだろうと期待したんだけどなあ。

 と、文句ばかりになったが、戦争のおおまかな流れを掴むには役立つ本だった。にしては分量が多すぎるけど。詳しくは次の記事で。と、その前に…

【余計なおせっかい】

 実は、両者の目的だけを見ると、ベトナム共和国(南)+アメリカが優位な戦いなのだ。

 南の目的は、独立を保つこと。北に攻め込む必要はない。自分の国土さえ守り切ればいい。対して北の目的は統一。別の言い方をすると、南の政府を潰して呑み込むのが目的だ。だから、南に攻め込んで政府を倒さなきゃいけない。

 だから、目的からすると、南の方が遥かに楽だったりする。

 南は勝手知ったる自分の土地で戦うんだから、土地勘もある。待ち伏せに適した地形なども知っている。だが北は、見知らぬ土地なだけに、土地勘もない。どの道を進めば目的地にたどり着くのか、その途中の地形はどうなのか、知らない。狭い所に誘い込まれて全滅の危険も多い。

 おまけに装備は南の方が優れてるし、攻め込むにつれ北の補給線は伸びてゆく。特にベトナムは南北に長いんで、運ぶ距離はハンパない上に、東西に狭いから封鎖もしやすい。幸い海に面してるから船で運ぼう…と思っても、制海権は米軍が握ってる。ダメじゃん。

 にも関わらず、結果は北の勝利に終わった。そういう点でも、ベトナム戦争から学ぶことは多い。

 なんて事は、この本に一切書いてないんだけど、とりあえず頭に入れておこう。

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2017年9月11日 (月)

齋木伸生「ミリタリー選書23 フィンランド軍入門 極北の戦場を制した叙事詩の勇者たち」イカロス出版

部隊を支える各種車輛の面でも、フィンランドの工業力がこれを供給することは不可能だった。戦車部隊を除いては、フィンランド軍の唯一の機動部隊は、自転車およびスキー部隊であったことがこれを物語っている。
  ――第二章 フィンランド軍の兵器と装備 第一節 陸上兵器・小火器

フィンランド軍の戦車師団は、全保有装甲車輛163輌のうち100輌以上がソ連軍からの捕獲品で、しかも残ったビッカース戦車やドイツ軍の突撃砲なども前述のように一部「ソ連化」されていた。
  ――特別寄稿  4 フィンランド軍 分捕り兵器列伝

フィンランド軍は少数精鋭化を目指すのか。いやそうではない。フィンランド軍の本質は今後も変わることはない。それはテリトリアル防衛システムと国民皆兵制度である。
  ――第四章 第二次世界大戦後のフィンランド軍

【どんな本?】

 1939年11月30日。既にポーランドはドイツに蹂躙され、欧州は第二次世界大戦の暗雲が渦巻いていた。1917年12月6日にロシア帝国から独立したばかりの北欧の小国、フィンランドは存亡の危機に陥る。隣の大国ソ連が、大軍を擁し攻め込んできたのだ。

 フィンランド軍の総兵力は約29万5千、しかも工業力が乏しいため部隊の機械化はほとんど進んでいない。対するソ連は45万の大兵力に加え、戦車2千輌・航空機3千3百機と、装備でも圧倒的な優位にある。

 誰もが絶望的と考えた戦いでありながら、意外な事にフィンランドは持ちこたえ、一部の領土こそ割譲を余儀なくされたものの、国家としての独立は最後まで維持した。雪中の軌跡(→Wikipedia)と呼ばれ世界の注目を浴びた戦いである。

 圧倒的な戦力差を、周到な準備と地の利を生かした戦術でしのぎ、また卓越した外交手腕で戦争を終わらせ独立を維持した冬戦争・継続戦争を中心に、国家としての成り立ちから現在までのフィンランド史をフィンランド軍を軸に描く、軍事解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年8月31日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで約356頁。9.5ポイント47字×19行×356頁=約317,908字、400字詰め原稿用紙で約795枚。文庫本なら厚めの一冊分だが、地図・写真・イラストを豊富に収録しているので、文字数は8~9割程度。

 軍事物のわりに文章は比較的にこなれている。ただ内容はマニア向けなので、少々覚悟が必要。第二次世界大戦前後の欧州情勢が背後にあるが、それについても高校の世界史の教科書に載っている程度の前提知識が必要。

 また、戦場の地図を多数収録しているので、栞を沢山用意しておこう。

【構成は?】

 内容はかなりマニアックだが、序章で大雑把ながら歴史と当時の情勢を説明しているので、意外と初心者でもおおまかな事情はわかるのは親切。

  • はじめに
  • 序章 第二次世界大戦までのフィンランド軍の歩み
  • 第一章 フィンランド軍の戦歴
    • 第一節 冬戦争
    • 第二節 継続戦争
    • 第三節 ラップランド戦争
  • 第二章 フィンランド軍の兵器と装備
    • 第一節 陸上兵器・小火器
    • 第二節 艦船・小型艦艇
    • 第三節 航空機
  • 第三章 フィンランド軍の編成・軍装
    • 第一節 フィンランド軍の創設と発展、編成
    • 第二節 フィンランド軍の軍装
    • フィンランド救国の英雄
       カール・グスタフ・マンネルヘイム伝
  • 第四章 第二次世界大戦後のフィンランド軍
  • 特別寄稿
    • 1 ソ連が未曽有の損害を記録したフィンランド戦争
    • 2 SSフィンランド義勇大隊の戦歴
    • 3 フィンランドにおけるイタリア海軍の戦歴
    • 4 フィンランド軍 分捕り兵器列伝
  • カラーグラフ・ギャラリー
    • 戦争博物館・戦跡
    • 装備・徽章・勲章
  • 付録
    • 関連年表
    • お薦め映画紹介
    • お薦め資料本紹介

【感想は?】

 マニアックなネタながら、見事な力作で、しかも可能なかぎり初心者に親切な作りになっている。

 なんといっても、要所要所に地図が入っているのが凄い。フィンランドの地理などほとんど知らない私でも、なんとか読み進められたのは、豊富に収録された地図のお陰でもある。

 内容の中心をなす冬戦争・継続戦争は、とても劇的な戦いだ。当時のソ連は人口1億6千万ぐらい。対するフィンランドは人口400万に満たない。40倍以上の差である。軽く蹂躙された挙句、ポーランドやバルト三国のように呑み込まれてもおかしくなかった。フィンランドが独立を維持し得たのは、奇跡と言っていい。

 にも関わらず、本書の筆致は冷静で控えめであり、淡々と戦況の変化を追ってゆく。有名なシモ・ヘイヘ(→Wikipedia)やユーティライネン(→Wikipedia)の出番もなく、徹底して俯瞰した視点で戦いの経緯を追うに留めている。

 そんなわけで、雪中の軌跡を起こした原因も、簡単に「これだ」と解るように示してはいない。そもそも戦争という現象が複雑なシロモノなので、単純に一つの原因だけと決めつけられるものではないんだろう。

 とはいえ、幾つかのヒントは示している。

 最も大きいのは、戦争を率いたマンネルヘイムの卓越した能力だろう。

 広く国際情勢を眺め先を見越す外交センス。限られた資源で最大の成果を挙げるべく、自らの背丈にあった目的・戦略・戦術をハッキリと示す判断力と決断力。それに沿った組織や装備を揃える政治力。個々の戦線の戦果に惑わされず、基本方針を守り通す強い意志。

 最初から「マトモに当たったら勝てない」と見越すだけならともかく、予め最小限の被害で食い止めるべく陣地帯を整備するのも常識だろうが、開戦初期から「速やかに陣地帯へと撤退」しちゃうのも賢い。計画的な撤退だけに、焦土作戦で橋を落とし地雷やトラップを入念に仕掛け、敵の前進を阻むのである。

 軍人にとって後退は嬉しくないはずなのに、こういった割り切りをアッサリできるあたりが、プロの凄みを感じる所。転進すら兵に教えていない、どこぞの軍とは大違いだ。

 国際情勢を見据える目も鋭い。

1941年12月21日、マンネルヘイムはリュティ大統領に戦争の見通しについて語った。すでにドイツ軍はモスクワ前面で敗れ、日本の真珠湾攻撃によってアメリカが参戦していた。彼はリュティに言った。「カタストロフが始まった」と。
  ――第一章 フィンランド軍の戦歴 第二節 継続戦争

 と、1941年末の時点で、第二次世界大戦の行く末を見通してる。勢いに任せて戦争を始めた大日本帝国とは大違いだ。

 特に彼の凄みが出ているのは、終戦工作。

「戦える力がかろうじて残っている今こそ、和平協定のテーブルにつかねばならない。もし軍がこれ以上戦えないというのであれば、我々は何を材料にソ連と協定を結べるというのだ。我々に残されているのは完全な屈服だけだ」
  ――第一章 フィンランド軍の戦歴 第一節 冬戦争

 奇跡的な善戦で戦況こそ思ったより有利に進んでいるものの、圧倒的な国力の差はどうしようもない。今は持ちこたえられても、戦いが長引けば戦力は消耗し、結局は体力差で押し切られる。軍の面子などに拘らず、厳しい現実をハッキリと政治家に告げるあたり、「終戦史」に見る大日本帝国との差が…

 戦術レベルでは「モッティ戦術」が特徴だろう。雪原と森の地形に、スキーや自転車の機動力を活かし、敵の前線を分断して補給を絶ち、その後に包囲して個々に潰していく。

 スキーは有名だが自転車ってのにも驚いた。編成でも、独立した自転車大隊が7個の他に、それぞれの師団ごとに自転車中隊がある。当時としちゃ自転車は重要な機動力だったんだなあ。とはいえ、冬は雪原で夏は泥沼と化すフィンランドで、自転車がどれだけ役に立つのか、と疑問に思ったが…

 その自転車、ちゃんと写真が載っているのが嬉しい。一枚だけだけど。雰囲気、蕎麦屋の出前や警官が使うガッチリした実用車みたいだが、サドルの位置が高くてハンドルと同じぐらいの高さ。不明瞭だが、タイヤも太く頑丈そうだ。ちなみに季節は夏っぽい。

 もう一つ驚いたのが、ソリ。雪原の中、なんとトナカイが曳いてる。連隊司令部の前なんで、さすがに前線っじゃないにせよ、お国柄が良く出てる。

 などの写真も豊富なのも嬉しい所だろう。私はコンクリート製の対戦車障害物が印象に残った。地面から高さ1mほどの牙がニョキニョキと生えてる感じで、確かに戦車が進むには邪魔になりそう。

 強大かつ好戦的な大国の隣にありながら、絶妙のバランス感覚と強靭な意志で独立を守り通した小国フィンランド。その秘訣の一部が垣間見える、専門的でありながら初心者にも親切な一冊だ。

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2017年9月 8日 (金)

「中国古典兵法書 三略」教育社 真鍋呉夫訳・解説

 『三略』の略は戦略、あるいは機略を意味し、その内容は上略・中略・下略の三部によって構成されている。
 そのうちの上略は礼賞を設け、奸雄を分かち、成敗を著かにしている。中略は徳行をさし、権変を審らかにしている。下略は道徳を陳べ、安危を害し、賢を賊うの咎を明らかにしている。
  ――三略について

「兵を動かす時には、まず敵国の内情をさぐり、特に食糧事情に重点をおいて調査せよ。できるだけ正確にその備蓄量を算定して、敵の強弱を判断せよ。また、敵国の地理を十分に研究して、その隙を狙え」
  ――上略

いったん戦いのために将兵に付托した権力を、戦いがすんだからといって急に取り上げるのも、容易なことではない。いや、むしろ、故国に凱旋した軍隊の武装を解除する時にこそ、国家存亡の真の危機がくる、と言ってもいい位である。
  ――中略

身近なことよりも遠くのことに力を注いでいる人は、その苦労の割には報いられることが少ない。その反対に、遠くのことよりも身近なことに力を注いでいる人は、思いのほか容易に所期の目的を達成することができる。
  ――下略

【どんな本?】

 三略(→Wikipedia)は孫子呉子・司馬法・尉繚子・六韜・李衛公問対と並ぶ、武経七書の一書である。六韜同様に、太公望(→Wikipedia)が著し黄石公(→Wikipedia)が張良(→Wikipedia)に与えたとされるが、実際は秦または漢の頃に成立したと考えられている。

 武経とあるが、内容は一種の帝王学であり、人事のコツ・軍の掌握方法・国の治め方など、王としての心得を説くものが中心で、具体的な戦術や戦略の話はほとんど出てこない。「柔よく剛を制し、弱よく強を制す」など、老子の影響が濃いのも大きな特徴。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 明の劉寅著『七書直解』を底本に、諸家の註本を参照。教育社版は1987年6月20日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文訳113頁。うち書下ろし文が32頁、名言佳句が7頁なので、それを除くと約74頁。11ポイント35字×16行×113頁=約63,280字、400字詰め原稿用紙で約159枚。小説なら中編の分量。今は中公文庫BIBLIOSから文庫版が出ている。

 私が読んだのは解説と現代語訳だけで、書下ろし文と名言佳句を読み飛ばした。現代語訳は意外とこなれていて読みやすい。解説も時代背景や成立時期について具体的かつ分かりやすく指摘しているので、とても参考になる。

【構成は?】

 解説・訳
三略について
 上略
 中略
 下略

三略書下ろし文
 上略
 中略
 下略
三略名言佳句 

【感想は?】

 兵法書というよりは、王のための思想書が近い。

 ただし老子の影響が強いのがクセ者。何か深い事を言っているようで、実はどうにでも解釈できる文章が多く、考えれば考えるほど煙に巻かれた気分になったり。

 例えば上略では臨機応変を説いているが、じゃ具体的にどんな機にどう応じるのがいいかって段になると、何も書いていない。そこは「自然の働きに学」べ、とくる。そのくせ、後の方では「いったん出した命令は取り消すな、賞罰は厳格に」とか。どっちやねん。

 とまれ、論争の相手を言いくるめるには便利かも。まあ、中国の古典の思想書なんて、たいていがそんなもんだが。

 全般的に平等主義的なのも、この本の特徴かも。「世に祖先を尊ぶ者は多いが、人民を愛する者は少ない」とか、「将が兵と同じメシを食えば兵の士気が上がる」とか。そういえばナチスのSS、戦闘部隊は将兵が同じメシを食ったという話を聞いた事があるが、本当なのかな?

 などと、「敵にどう対するか」より、自軍をどうまとめるか、に重点を置いているのも、この本の特徴だろう。これは当時の中国の軍の問題で、平時から兵を抱え鍛えている常備軍じゃないからだ。戦の度に、そこらの農民をかき集め、頭数を揃えてただけ。だもんで…

一軍が中心を失ってばらばらに解体しはじめれば、兵士たちは続々戦線から離脱するようになる。
  ――上略

 と、負けが込むと兵が逃げ出すのはごく普通だった事をうかがわせる。そう言えば、劉邦も、秦の統治の頃は小役人で、人足を集め集合場所に行く道中に、人足と一緒に脱走したんだっけ。

 これは謎なのだが、上略ではやたら「軍讖(ぐんしん)」なる書物からの引用が多い。「軍事についての最高の指針」とあるが、デッチアゲの可能性が高い。同様に中略では「軍勢(ぐんせい)」なる書物が出てくるけど、これも正体は不明。

 もっとも、ソレはソレで、漫画や小説のネタとして使えば、面白い話が創れるかもしれない。

 これが下略になると、もう完全に政治の話ばかりになる。それも、君主の振る舞いを説いたもので、人事が中心だ。要は賢人や聖者を集めろって事なんだが、じゃ具体的に賢者をどう見極めりゃいいのかって段になると、そこはムニャムニャだったり。

 ここも基本は君主に厳しくて、「明君は礼楽によって人民を楽しませるが、暗君は自分が楽しむだけ」「まず自分を正して、しかる後に他人を教化」せよ、とくる。当然と言えば当然だが、これがなかなか難しい。ちなみに礼楽とは…

打楽器や弦楽器による音楽のことではなく、人民がその家庭や親族の親和を楽しむことをいう。また、人民がその仕事や郷土に愛着を持つことを言い、その政令や道徳に欣然としたがうことを言うのである。

 だからって、人民に「家族仲良く」とか「愛国心を持て」とか命令しろ、と言ってるわけじゃないんだけど。

 などと、少々斜に構えた書評になってしまったが、それは書かれている内容が私にとって馴染みの深いものだからだ。それだけ、日本の文化に染み込んでいる、思想や文化の原点だということなんだろう。

 文章もこなれている上に頁数も少なく、アッサリと読み終えられるので、有名な割に軽い気持ちで読めるのも嬉しい所。ただ、書店にもあまり出回っていないので、見つけたらすかさず確保しておこう。

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