本書は、アメリカのアフガニスタンでの戦争の(略)どこが間違っていたのか、そして三人の歴代大統領とその政権がどのように真実を語らなかったのかを説明する試みである。
――序文
(トランプ)大統領は、秘密主義の強化を、敵を不安にさせておく戦術として、正当化した。しかし、方針の転換には別の目的があった。(略)戦争のことがあまり目に入らないようになれば、戦争がさらに悪化しても、トランプや彼の将軍たちが批判される可能性は低くなる。
――19 トランプの番
B-52とF-22はそれぞれ、運用するのに1時間あたり3万2千ドル以上の費用がかかる。しかも弾薬の費用は別である。
――20 麻薬国家
(2021年)4月14日、(合衆国大統領)バイデンは(略)2021年9月11日までに――9.11攻撃の20周年――すべてのアメリカ軍をアフガニスタンから撤退させることを約束した。
――21 ターリバーンとの対話
【どんな本?】
2001年9月11日の同時多発テロに対し、合衆国は復讐に燃えた。同年9月14日、議会はアル=カーイダ&支持者への軍事力使用を認める。上院は98対0、下院は421対1。反対したのはカリフォルニア州選出で民主党のバーバラ・リード(→Wikipedia)だけ。
だが当初の目論見とは異なり、戦いは長引く。盛り返したターリバーンは2021年に首都カーブルを奪取、同年8月30日に米軍は撤退した。
アフガニスタン復興担当特別監察官(SIGAR)事務局(→Wikipedia)は合衆国の政府機関だ。目的は、米国が将来間違いを繰り返さないため、アフガニスタンにおける政策の失敗の原因を突き止めること。そのため、戦争に関わった数百人にインタビューし、その声を集めた。
これに加え、開戦当時の国防長官ドナルド・ラムズフェルドが残した多数のメモや、バージニア大学付属機関ミラー・センターが集めたジョージ・W・ブッシュ政権関係者のインタビュー記録を、著者は手に入れる。
これらの記録から浮かび上がってくるのは、アフガニスタンに対する合衆国政府の杜撰で迷走した政策であり、また合衆国国民への欺瞞に満ちた態度である。
アフガニスタンで、合衆国は何をどう間違えたのか。もっと早く戦争を終わらせる方法はあったのか。そして、国民にどんな嘘をついたのか。
ワシントン・ポスト紙の調査報道記者が、大量の資料から政府の欺瞞を暴く、衝撃のドキュメンタリー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Afghanistan Papers : A Secret History of the War,by Craig Whitlock, 2021。日本語版は2022年6月24日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約311頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント52字×19行×311頁=約307,268字、400字詰め原稿用紙で約769枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない…と思うのは、私が911に衝撃を受けた世代だからかも。つまり、911以降の世界のニュースを熱心に見ていた世代なので、出てくる人名や事件に馴染みがあるからだ。若い人にとっては、知らない人や事件が続々と出てくるので、ちと辛いかも。
【構成は?】
話は時系列順に進むのだが、各章はほ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。ただし、序文だけは読んでおいた方がいいだろう。
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- 序文/アフガニスタン地図
- 第1部 誤った勝利の味 2001~2002
- 1 混乱した任務
- 2 「悪者は誰だ?」
- 3 国造りプロジェクト
- 第2部 大きな動揺 2003~2005
- 4 アフガニスタンは後回しになる
- 5 灰の中から軍隊をよみがえらせる
- 6 超初心者でもわかるイスラム教
- 7 二枚舌
- 第3部 ターリバーンの復活 2006~2008
- 8 嘘と情報操作
- 9 一貫性のない戦略
- 10 軍閥
- 11 アヘンとの戦争
- 第4部 手を広げすぎたオバマ 2009~2010
- 12 倍賭け
- 13 無限の資金の暗い穴
- 14 友人から敵へ
- 15 腐敗にとりつかれて
- 第5部 崩壊 2011~2016
- 16 真実との戦い
- 17 内なる敵
- 18 大いなる幻想
- 第6部 膠着状態 2017~2021
- 19 トランプの番
- 20 麻薬国家
- 21 ターリバーンとの対話
- 謝辞/情報源に関する注記/注/訳者あとがき/参考文献/索引(事項索引・人名索引)
【感想は?】
感触は、呆れるほど「ベスト&ブライテスト」や「ベトナム戦争全史」に似ている。
もう一つ、「アメリカの卑劣な戦争」とも。その記事で書いたように、「卑劣な戦争」より「間抜けなテロ対策」が相応しいんだけど。この流儀で言えば、本書は「アメリカの失敗だらけのアフガニスタン政略」かな。
序文にあるように、本書はアフガニスタン戦争の全体を見渡す内容じゃない。だもんで、戦記は期待しないように。そうではなく、米ホワイトハウスのアフガニスタン戦争の政策・戦略がいかに間違いだらけだったか、そしてその間違いと失敗を国民に隠し続けたかを告発する本だ。
流れは全章がほぼ同じ。米政府が政策を掲げる→現場が実施して失敗する→政府は失敗を隠す。こればっか。だから、ぶっちゃけどこから読んでも、似たようなストーリーが延々と続くだけだ。ブッシュJr,オバマ,トランプとキャラは変わるし、それに伴い政策/戦略の方向性も違ってくるが、お話の流れはほぼ同じで、どんどん深みにはまっていくだけ。
そもそも、最初から酷かった。CIA長官から国防長官になったロバート・ゲイツ(→Wikipedia)曰く。
「実を言うと、911同時多発テロの時点で、われわれはアル=カーイダのことを、まったく知らなかった」
――2 「悪者は誰だ?」
他ならぬCIAのボスがコレだもんなあ。にも拘わらず、敵はアフガニスタンと決めつけ、軍の派遣を決める。とはいえ、大軍は送らず、少数の軍で軽く蹴散らせると踏んでいた。国造りには関わらないとブッシュJrは語るが、最終的には…
2001年から2020年のあいだに、ワシントンはこれまでのどの国よりもアフガニスタンの国造りに多くを費やし、復興、援助プログラム、アフガニスタン治安部隊に1430憶ドルを割り当てた。インフレ調整後の金額に直すと、これは第二次世界大戦後のマーシャル・プランにおいて、アメリカが西ヨーロッパで費やした金額を上回っている。
――3 国造りプロジェクト
こうなった原因はいろいろあるが、最も呆れるのは先のロバート・ゲイツの言葉が見事に象徴している。つまり、アフガニスタンについて何も知らず、知ろうともせず、何より知る必要があるとすら考えなかった点だ。
上がこれだから、米軍の将兵も現地について何も知らない。そのため、色々とマズい対応をしながらも、少しづつ学んでゆく。例えば…
全国的な慣習として、部族の長老やアフガニスタン軍の将校たちは、他の男と手をつないで歩きまわることによって、友情と忠誠を示した。
――6 超初心者でもわかるイスラム教
まさしく「俺たちは手を組んでるんだぜ」と態度で示すのだ。欧米人にとっちゃ気色悪いかもしれんが、そういうモンなんだろう。こういう、米国政府や軍が自分たちの文化は地球上で唯一絶対のものだと思い込んでいるらしいのは、アフガニスタン軍の兵士が米軍が用意したトイレを壊しまくったり、食事の様式などの話で痛いぐらい伝わって…いや、和式便所を知らない若い人には通じないかも。
そんなんだから、肝心のターリバーンについても、ほとんどわかっておらず、軍を派遣してから現地の軍人に尋ねている。
アフガニスタン軍の将軍
「ターリバーンには三種類ある」
一つ目のターリバーンは「過激なテロリスト」だ。
もう一つのグループは「自分たちのためだけに参加」している。
あとの一つは「他の二つのグループの影響を受けた貧しい人々、無知な人々」だ。
――8 嘘と情報操作
私の解釈だが、「過激なテロリスト」がターリバーンの中核だろう。「自分たちのためだけに参加」しているのは、軍閥や族長たちが旗色の良い側についただけ。最後は、文字通り。
その「自分たちのためだけに参加」しているのが、軍閥。本書で出てくるのはアブドゥルラシード・ドゥースタム(→Wikipedia)ぐらいで、グルブディン・ヘクマティアル(→Wikipedia)はもちろんアフマド・シャー・マスード(→Wikipedia)すら出てこない。基本的に米国政府に焦点を当てた本であって、アフガニスタン情勢を語る本じゃないのだ。
それはともかく、ドゥースタムの評価は「ホース・ソルジャー」と異なり、マフィアの親分みたいな扱いだ。ドゥースタムに限らず、地元の者にとって軍閥は気まぐれな暴君って感じで、嫌われている。対してターリバーンは、少なくとも法に基づいているだけマシらしい。
ジャーナリスト&米軍民間顧問サラ・チェイズ
「ターリバーンが軍閥を追い出してくれたことに、国民が興奮していたとは、われわれは知らなかった」
――10 軍閥
いずれにせよ、こういった事情を現地の者に虚心に尋ねれば教えてくれるのだ。それどころか、しつこく求められてすらいた。やはりロバート・ゲイツ曰く。
「われわれがカルザイ(アフガニスタン大統領)と大げんかをしたり、カルザイが公の場で怒りを爆発させるときはいつも、その問題について何か月も非公式にわれわれに相談していた」
――14 友人から敵へ
言われたけど聞いちゃいなかったのである。あなたの周りにもいませんか、そういう上司。
それでも、上司として優れた仕事をしているなら、部下も不満を押し殺すだろう。でも、肝心の政策決定者がすべき仕事、政策決定者だけしかできない仕事がほったらかしだった。
イギリス軍デビッド・リチャーズ中将
「われわれは単一の一貫した長期的アプローチ――適切な戦略――を手に入れようとしていたが、代わりに手に入れたのは、たくさんの戦術だった」
――9 一貫性のない戦略
戦争を始めるには、まず何のために戦争するのか、目的をハッキリさせなきゃいけない。次に具体的な目標を決める。何が実現したら勝利と見なすのか。そのいずれも、政府は明らかにしなかった。というか、本人たちも解ってなかった。そういう事だ。だから、迷走するのも当たり前なのだ。
だったら、せめて黙っててくれりゃいいのに、何かと口出ししてくるから困る。
「われわれは、まずいアイデアをたたき落すのに、ひじょうに多くの時間を費やした」
――20 麻薬国家
あなたの周りにも…いや、もういいか。
さて、戦争の方針だ。政策と戦略、目的と目標に加えて、できれば目標達成の指標もあるといい。それがあれば、現在の戦況の良し悪しが分かる。ウクライナ戦争のように、土地の取り合いなら、地図を見ればわかる。でも、フガニスタンの戦争は、元から目的が不明だった。いや、一応の指標を示した人もいるんだけど…
米外交官ジェームズ・ドビンズ
「(戦争の勝敗の)重要な基準は(略)何人のアフガニスタン人が殺されているかです」
「数が増えれば負けている。数が減れば勝っている」
――16 真実との戦い
ところが、この指標に基づいて戦況を語ると、非常にマズい事になる。というのも…
2009年から2011年のあいだに、アメリカ軍がアフガニスタンに増派されると、民間人の年間死亡者数は2412人から3133人に増加した。合計は2012年には減少したが、2013年には増加し、2014年も増加し続け、死者数は3701人に達した。
――16 真実との戦い
一応、米政府の目論見としては、アフガニスタンに中央集権型の民主的政府を作り、米軍が手を引いた後は彼らに任せるつもりだったのだ。ベトナムと同じだね。ところが、肝心のアフガニスタン軍の将兵は…
多くの(アフガニスタン軍)兵士が最初の給料をもらうと姿を消した。(再び)現れる者もいたが、彼らは制服、装備、武器を持っていなかった。追加の現金を得るために売り払っていたのだ。
――5 灰の中から軍隊をよみがえらせる
そもそも読み書きすらできない者が大半だったし、ヤル気もなかったんだろう。実際、逃げて正解だったようだ。
研究者の計算によると、2019年11月までに、6万4千人以上の制服を着たアフガニスタン人(=兵士と警察官)が戦争中に殺されたという――アメリカ軍とNATO軍の死傷者の約18倍である。
――17 内なる敵
亡くなった彼らのために、米政府は何かしたんだろうか。
明確な政略がない上に、戦略レベルでもベトナムと同じ間違いを犯している。
米外交官リチャード・ホルブルック
「(ベトナム戦争とアフガニスタン戦争の)最も重要な類似点は、どちらの場合も、敵が隣国に安全な聖域を持っていたという事実だ」
――12 煤賭け
中国の人民解放軍は農村に隠れた。ベトコンは北ベトナムを聖域とした。タリバンの聖域はパキスタンだ。そのパキスタン政府、というかISI(パキスタン軍統合情報部)は、米から予算を受け取りつつ、ターリバーンを匿い続けた。その動機を本書は明かしていない。「シークレット・ウォーズ」によると、アフガニスタンからインドの影響を追い出すことらしい。
まあ、パキスタンにも言い分はあるのだ。彼らは彼らの利害と戦略に基づいて動く。
ISI(パキスタン軍統合情報部)長官アシュファーク・キヤーニー中尉
「われわれは二股をかけている。なぜなら、いつかはあなたたちはまた去っていくからだ」
――7 二枚舌
米は一時的な都合で関わっているが、パキスタンは建国以来の仮想敵インドと今後も睨みあわにゃならん。という本音は押し隠し、カネだけむしり取ってたんだな。
こういった事情を知らぬまま、軍は政権の方針に従って動く。ブッシュJrは兵を出し惜しみした。まあイラクにリソースを奪われたのもあるが。対してオバマは増派を決めるが、撤退時期も明言した。当然、ターリバーンは考える。「暫く身を潜めてりゃ奴らは帰る」。
また、ケシの栽培が蔓延したのもヤバかった。焼き払おうとしたが、これも恨まれるだけに終わる。
ウィスコンシン州兵ドミニク・カリエッロ大佐
「ヘルマンド州の人々の収入の90%は、ケシの販売によるものだ。われわれはそれを取り上げようとしている」
「彼らは武器を手に取り、あなたを撃つだろう。なにしろ生計の手段を奪われたのだから」
――11 アヘンとの戦争
「ケシ栽培をやめりゃ補助金出すよ」政策も打ち出したが…この辺の顛末は、現地住民の賢さに舌を巻いてしまう。学はなくても、したたかなのだ。
他にもオバマ政権はカネをバラ撒いて現地住民を懐柔しようとするが…
アメリカとカナダの軍隊が村人に月90ドルから100ドルを支払って灌漑用水路を掃除させた。
(略)この地域の教師の収入ははるかに少なく、月に60ドルから80ドルしかなかった。
「それで、まず学校の教師が全員仕事を辞めて、溝堀りに加わった」
――13 無限の資金の暗い穴
うん、まあ、そうなるか。おまけにバラ撒いたカネが元で、現地には腐敗が蔓延してしまう。例えば…
腐敗の唯一最大の発生源は、アメリカ軍の広大な供給網だった。国防総省は、アフガニスタンおよび国際的な請負業者に金を支払って、毎月トラック六千台から八千台の(略)物資を戦争地帯に届けていた。(略)
トラック業者は軍閥指導者、警察署長、ターリバーン司令官に多額の賄賂を支払い、地域を安全に通過できるように保証してもらった。
――15 腐敗にとりつかれて
パキスタンのカラチ港からアフガニスタンの各地まで、多くの物資をトラックで運んだのだ。そういや「戦場の掟」で、イラクじゃ「なぜかトレーラー・トラックの運転手はパキスタン人が多」かった。その理由は、アフガニスタン戦争で従事した運転手がイラクに出稼ぎに出たから、なんだろうか。
それはともかく、米が出したカネは最終的にターリバーンの懐を潤してたんだから、なんとも情けない。
ってな具合に、ズルズルと長引く戦争に、911当時は怒りに燃えてた米市民も飽きが来る。
2014年12月のワシントン・ポストとABCニュースの合同調査によると、この戦争は戦う価値があると考えているのは国民の38%だけになっていた。紛争の開始時には国民の90%が戦争を支持していたのにである。
――18 大いなる幻想
市民とは、なんとも無責任で気まぐれなものだ。もっとも、だからこそ戦争をやめられたんだが。
他にも、頻繁な人事異動や部隊の入れ替えで、やっと現地の事情に通じた者が育ったのに帰国して、新しく来た奴は何も知らないとか、最初の事情説明じゃアラビア語を教えられたとか、間抜けな話がてんこもり。米国ってのは、軍は強いのに政府は戦争が下手だよなあ、とつくづく感じる本だった。それでも、SIGAR みたいな組織を作り、今後の政策に活かそうとする姿勢は羨ましくもあるんだよね。
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いろいろ挙げたいんだが、敢えて記事中に出てくる本は外した。