カテゴリー「書評:軍事/外交」の202件の記事

2019年11月15日 (金)

アニー・ジェイコブセン「アメリカ超能力研究の真実 国家機密プログラムの全貌」太田出版 加藤万里子訳

第二次世界大戦終結から数年後、アメリカ政府は超常現象が軍事と諜報の効果的なツールになると考え、秘密作戦に利用する道を探りはじめた。本書は、その取り組みと現代までの軌跡を明らかにする。
  ――プロローグ

ナチス国外諜報局局長ヴァルター・シェレンベルク親衛隊少将「神秘主義信仰は、政治思想の普及と国民の政治的支配にぴったりの手段である」
  ――第1章 スーパーナチュラル

ガマル・アブデル・ナセル・エジプト大統領が「たった今死んだか、もうじき死ぬ」
  ――第6章 ユリ・ゲラーの謎

ESPと超心理学に対する明確な意見は、たいていの場合、深い個人的信念に根ざしている。
  ――第14章 サイキック兵士

陸軍科学委員会の科学者は、このころまでに軍事機関が直面する「重要な課題」を特定していた。それは、機械が賢くなっているのに人間が進歩していないことだった。
  ――第17章 意識

「それってまるでアカシック・レコードじゃないか」
  ――第19章 第三の目を持つ女

(ユリ・)ゲラーは、アル・ゴアの自宅を訪れ、いつか大統領に選出されると告げたことを覚えているという。
  ――第20章 ひとつの時代の終わり

アメリカ政府の23年に及ぶ超感覚的知覚(ESP)とサイコキネシス(PK)研究の歴史の終わりは、1991年11月19日、AP通信が「国連のイラク兵器施設発見にサイキック企業が協力」という見出しの三段記事を掲載したときにはじまった。
  ――第23章 崩壊

1975年、CIAは次のように結論づけた。「ESPはまれにしか現れず、確実性に欠けるものの、信頼できる数々の確かな実験証拠により、本物の現象として存在すると認めざるを得ない」
  ――第23章 直感、予感、合成テレパシー

2014年、海軍研究所(ONR)は海軍軍人と海兵隊員のために、285万ドルをかけてスパイディー・センスという予感と直感を探求する四年間の研究プログラムに着手した。
  ――第23章 直感、予感、合成テレパシー

【どんな本?】

 テレパシー,透視,予知,念動力,ダウジング。多くの科学者や数人のマジシャンは徹底的に否定するが、固く信じるものは後を絶たない。ばかりか、アメリカ合衆国では軍や情報機関が国家の予算を投じて研究し、時として実際に応用してきた。

 本書は、2017年に公開されたCIAの文書を中心に、情報公開法に基づき入手した合衆国国防総省や陸海空軍の文書、そしてこの研究に携わった研究者や超能力者などの直接取材を元に、合衆国における超能力研究の実態を明らかにしようとするものである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は PHENOMENA : The Secret History of the U.S. Government's Investigations into Extrasensory Perception and Psychokinesis, by Annie Jacobsen, 2017。日本語版は2018年3月20日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約508頁に加え、訳者あとがき5頁。10ポイント45字×17行×508頁=約388,620字、400字詰め原稿用紙で約972枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただ、多くの人物が出てくるので、できれば人名索引が欲しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列に進むので、素直に頭から読もう。

  • プロローグ
  • 第1部 初期
  • 第1章 スーパーナチュラル
  • 第2章 プハーリッチ理論
  • 第3章 懐疑論者とペテン師とアメリカ陸軍
  • 第4章 疑似科学
  • 第5章 ソ連の脅威
  • 第2部 CIAの時代
  • 第6章 ユリ・ゲラーの謎
  • 第7章 月面に立った男
  • 第8章 物理学者と超能力者
  • 第9章 懐疑論者対CIA
  • 第10章 遠隔視
  • 第11章 無意識
  • 第12章 潜水艦
  • 第3部 国防総省の時代
  • 第13章 超物理学
  • 第14章 サイキック兵士
  • 第15章 気功と銭学森の謎
  • 第16章 殺人者と誘拐犯
  • 第17章 意識
  • 第18章 サイキック・トレーニング
  • 第19章 第三の目を持つ女
  • 第20章 ひとつの時代の終わり
  • 第21章 人質と麻薬
  • 第22章 崩壊
  • 第4部 現代
  • 第23章 直感、予感、合成テレパシー
  • 第24章 科学者と懐疑論者
  • 第25章 サイキックと宇宙飛行士
  •  訳者あとがき
  •  取材協力者と参考文献

【感想は?】

 日本版の書名が内容をズバリと表している。まさしく、合衆国による超能力研究のドキュメンタリーだ。それも、軍が正式な予算をつけ、組織だって行った。

 超能力に対し、人は二つの側に分かれる。信じる人=ヒツジと、信じない人=ヤギだ。読者の姿勢により、本書の評価は分かれるだろう。

超常現象研究の世界は「肯定と否定のふたつの反応から成り立っており、その中間はほとんどない」。(略)
超常現象を肯定するデータの支持者には、「“転向”経験がある者が多い。彼らは、たった一回の“説明がつかない成功によってその現象が本物だと信じ込む”ことになった」
  ――第10章 遠隔視

 著者はヒツジに近い。「エリア51」も、緻密な調査で驚きの事実を明らかにしつつ、最後でヤバい方向に走っちゃったし。もっとも、私がヤギだから、そう感じるのかもしれない。とはいえ、ヒツジよりの立場だからこそ、書けた本でもある。

 冒頭から、有無で簡単には割り切れないのだ、と思い知らされるエピソードが出てくる。ルドルフ・ヘスの渡英(→Wikipedia)事件だ。2002年、この事件の背景をBBCがスッパ抜く。これはイギリスの諜報機関の仕掛けだ、と。有名な占星術師を使い、ドイツの信者に偽のホロスコープを渡して、ヘスと取り巻きをそそのかしたのだ。

 もっとも、肝心の占星術師は黙秘を続け、BBCにリークした者も沈黙を守っているため、真偽は不明なんだけど。この本は、そういう「実際は判らない」ネタも多い。その代表が、かの有名なユリ・ゲラーだ。彼には「モサドでは?」との噂がある。著者も本人に訊ねているんだが、ハッキリとは答えない。当然だよね。スパイが身元を明かすワケないし。とはいえ…

ユリ・ゲラー「アラブ・レストラン。弁護士や娘のところ。私はどこへでも行けるんだ。誰にも疑われずにね。完璧な隠れ蓑だよ。私はただのスプーン曲げの男なんだ」
  ――第25章 サイキックと宇宙飛行士

 とか言われると、「もしや…」と考えてしまう。隻眼の英雄モシェ・ダヤン(→Wikipedia)や当時の首相のベンヤミン・ネタニヤフとも親しいし。つかモシェ・ダヤン、なんちゅうヤバい趣味してんだw

 肝心のアメリカが本気になったのは、1970年代初頭だ。きっかけは、ソ連がソッチの研究に本腰を入れている、との報告が入ったため。ソ連もかなり無茶やってて、モスクワの合衆国大使館にマイクロ波を浴びせたりしてる。また1983年には、やはりモスクワの合衆国大使館新築に当たり…

ソ連は(モスクワのアメリカ大使館建設用の)プレキャスト・ブロックのなかにセンサーを埋めこんでいただけでなく、コンクリートにゴミを混ぜこんで、ゴミのあいだのハイテク・センサーが特定できないようにしていたのだ。
  ――第18章 サイキック・トレーニング

 なんちゅうか、油断もスキもありゃしない。もっとも、そのネタを掴んで、建材を調べるCIAも凄いけど。

私も若い頃、模様替え中の某国大使館に入った事がある。建材関係の業者で人足のバイトをしてて、納品しに行ったのだ。改めて考えると、バイトや職人を装えば、潜り込むのは意外と簡単なのかも。

 などの諜報関係の真面目なネタも面白いが、やはり本題は合衆国内の超能力研究・利用の実態を暴くところ。最も熱心にやっていたのは、陸軍の情報保全コマンド=INSCOMだろう。軍全体、特に上層部ではヤギが多いようだが、大きな組織になればヒツジも混じる。そういう人が、こういう組織に惹きつけられるんですね。

 その代表がアンジェラ・デラフィオラ。「私はサイキックなの」と自信満々に語る彼女、元は情報アナリストとして陸軍情報部に務めていた。ただし身分は民間人。そこで陸軍内の超能力系セミナーの話を聞きつけ、強引な手口でセミナーに参加し、優れた才覚を表す。

 彼女が主に行っていたのは、リモート・ビューイング、透視だ。例えば誘拐された人物を指定し、どんな所にいるかを尋ねると、「水の上」などのヒントが出てくる。または現場の風景などだ。広い草原とか、大きな機械とか。

 そういった所は「当たるも八卦、当たらぬも八卦」的な胡散臭さが漂ってて、なかなか楽しい。加えてヒツジの中でも、「普通の人も鍛えればなんとかなる」派と「生まれつきの才能で決まる」派が睨み合ってたり、キリスト教原理主義団体がリモート・ビューイングを「悪魔の所業」と非難したりと、ソッチの派閥の関係が見えるのも面白い。

 現象の原因を巡っても、厨二病が完治していない者にとっては、美味しいネタが入ってる。第三の目やアカシック・レコードやアストラル界なんてのもあれば、昔は電磁波だったのが最近は量子エンタングルメントに変わったりと、ネタの傾向が見えてきてニヤニヤしたり。ただ、サイコップ(→Wikipedia)などヤギにはいささか辛口なのが、ちと納得いかないけど。

 怪しげなシロモノを、至極真面目な組織が、至極真面目に研究した実態を、少しも茶化さず至極真面目に取材したドキュメンタリー。ではあるんだけど、陸軍のおかたい軍人さんがニューエイジ風のモンロー研究所で修行する風景には、ちょっと笑っちゃったり。そういう、堅さと怪しさのミスマッチが楽しい本だった。また、オルダス・ハクスリーとカール・ユングの登場も嬉しかった。やはりユングはヤバい人だったなあ。ヴォルフガング・パウリまで巻き込んだのはアレだが。

【関連記事】

【どうでもいい話】

 すんげえ久しぶりに献血してきた。あのポスター騒動で献血に興味を持ってた時に、勢いのいい呼び込みが聞こえてきて、ついフラフラと。いろいろな意見があるけど、騒ぎのせいで献血する奴が、少なくとも一人はいたわけで、だとすると騒ぎにも意味はあったのかも。

 あと、ロバート・ T・キャロル 「懐疑論者の事典」ってのが面白そう。

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2019年10月28日 (月)

モルデハイ・バルオン編著「イスラエル軍事史 終わりなき戦争の全貌」並木書房 滝川義人訳 2

イスラエルの水資源は乏しく、しかも水源は北部に偏り、南部乾燥地帯にはない。(略)“砂漠の緑化”というシオニストの思想は、とくにネゲブ砂漠の緑化というビジョンの中に、強く表明されている。
  ――第5章 水資源戦争

PLOを南レバノンの拠点から駆逐し、この地域をヒズボラに明け渡したのは、イスラエルである。
  ――第10章 ガラリヤ平和戦争

 モルデハイ・バルオン編著「イスラエル軍事史 終わりなき戦争の全貌」並木書房 滝川義人訳 1 から続く。

【どんな本?】

 戦火に包まれながらも1948年の建国をなしとげ、その後も絶え間なく戦いを強いられているイスラエル。彼らはどのような情勢で、どのような敵と、どのように交渉しあるいは戦い、それは中東情勢をどう変えてきたのか。

 建国前の情勢から現在に至るまで、イスラエルと周辺諸国の国内事情や政治・軍事・外交政策、そして国際社会の対応を、主にイスラエルからの視点で描く、中東問題の論説集。

【はじめに】

 前の記事では興奮しすぎたな、と反省しつつ、まず全体の感想から。

 目次でわかるように、イスラエルはかなり特殊な国だ。なにせ建国前から途切れず戦争が続いている。しかも戦争の形が様々だ。

 国家の正規軍を相手に、明確な目的を持って戦った六日間戦争(第三次中東戦争)もあれば、ゲリラ相手にダラダラと続いたガラリヤ平和戦争(レバノン内戦)もある。総力戦の1948年のアラブ・イスラエル戦争(独立戦争、第一次中東戦争)もあれば、限定的な水資源戦争もある。たいていはイスラエル単独で戦っているが、フランス・イギリスと組んだシナイ戦争(第二次中東戦争)もある。

 そんなわけで、色とりどりな戦争の経緯が分かる点では美味しい本だ。ただし、視点は軍事研究家ではなく歴史家に近い。つまり、軍事より政治や外交に多くの頁を割いていて、個々の戦闘や兵器の名前は、ほとんど出てこない。また、中東問題の本としては、徹底してイスラエル視点であり、アラブ側の視点ではない。

【ナセル】

 にも関わらず、人物として最も印象に残るのは、建国の父ベングリオン(→Wikipedia)でも隻眼の将軍ダヤン(→Wikipedia)でもない。エジプトのナセル(→Wikipedia)なのが皮肉だ。

アラブ・イスラエル紛争は、相異する三つの文脈で研究しなければならない。(略)ナセル前の時代(1947/8~1954年)、ナセル時代(1955~1970年)、そしてナセル後の時代(1970年以降)である。
  ――第7章 消耗戦争

 実際、当時の中東情勢は彼を中心に動いていたし、21世紀の現代に至るまで、彼が掲げた理想・思想は、アラブの民の底流に流れている。彼はアラブの者に誇りをもたらした。もっとも、その誇りは、六日間戦争でひどく傷つけられ、その傷口からは今なお血が流れ続けているんだけど。それともう一つ、イスラエルへの憎しみも植え付け、これも不安定化の原因となっている。

【ムフティ】

 実はもう一人、アラブの思想の源流となった人物がいる。ハッジ・アミン・アル・フセイニ(→Wikipedia)、エルサレムのムフティ(大法官)だ。ナセルは国家と正規軍そして国際社会による正攻法でイスラエルに立ち向かったのに対し、フセイニはパレスチナ人を中心としたゲリラ戦の源と言えるだろう。

 もっとも、イスラエルのハガナも、早期(1930年代後半)からゲリラ戦に対抗する策を見いだしている。「塔と防御策」と称し、数百人が夕暮れに村に向かい、一晩で村を柵を囲い中央に塔を建て要塞化してしまう。現代中東版の墨俣一夜城かい。そんなこんなで、フセイニが扇動するゲリラは、イスラエル軍の土台となるハガナを鍛え全国的な組織化を促してしまうのが皮肉だ。

【シナイ戦争】

 日本では第二次中東戦争として知られるシナイ戦争(→Wikipedia)を扱う第四章は、イスラエルが珍しく他国と連合した戦いだ。この章では、イギリスへの恨みつらみが滲み出ているのが面白い。よほど恨んでるんだろうなあ。

戦時中、イスラエル国防軍と英軍との間には、直接の連絡が一度もなかった。
  ――第4章 シナイ戦争

 ただ、恨みつらみが先に立って、戦いの全体像が見えないのはつらい。

【水資源戦争】

 島国の日本じゃピンとこないが、淡水の重要性を実感させられるのが第五章。

水をめぐる争いは、(略)シリアが自国内で流域変更計画を実施しようとし、イスラエルが軍事手段でそれを阻止したということである。
  ――第5章 水資源戦争

 イスラエルはヨルダン川とキネレット(ガラリア湖)の水で南部のネゲブの緑化を計画する。対してシリアはレバノン・ヨルダンと組んでヨルダン川の流域を変え、水の横取りを目論んだ。そういえばシリアは今でもチグリス・ユーフラテス川をめぐりトルコと睨み合ってるなあ、とか思いつつ、国際河川の面倒くささが実感できる章だった。

【六日間戦争】

純軍事的側面からいえば、これは近代軍事史上、一方が圧勝した戦争の一つである。イスラエルは、600機を超える敵航空機を撃破し、同じく戦車及び機甲車両数千両を破壊、兵員に数万の損害を与えた。
  ――第6章 六日戦争

 日本では第三次中東戦争(→Wikipedia)で知られる戦争。エジプト・シリア・ヨルダンを相手にイスラエルが圧勝し、今なおアラブの民のトラウマとなっている戦いだ。執筆者は「第三次中東戦争全史」と同じ人で、本書の中では軍事的な内容が濃い。

【消耗戦争】

…エジプトの総崩れという事態がせまれば、ソ連は必ず超大国の威信にかけて介入せざるを得ない。これがナセルの判断である。
  ――第7章 消耗戦争 1969~1970

 イスラエル軍事史と言いつつ、この章はエジプトの話ばかりなのが面白い。強いカリスマを持つ理想家のナセルと、冷静に国際情勢を見極める実際家のサダトを対比してる。イスラエルの視点じゃどうしてもサダトの評価が高くなるんだろうけど、現代アラブ人の評価はどうなんだろう?

【ヨムキプール戦争】

戦争が長びけば、(イスラエル)国防軍は進出域を拡大できる。
  ――第8章 ヨムキプール戦争

 日本では第四次中東戦争(→Wikipedia)と呼ばれる戦争を扱う。先の「六日間戦争」と同じく、軍事的な内容が多い章。エジプトとシリアがイスラエルの不意を突いて攻め込み、また対空ミサイルと対戦車ミサイル“サガー”が活躍した。互いの軍備にアメリカとソ連の睨み合いが反映していると共に、両大国の介入が早期の終戦に結びついたワケで、冷戦構造も悪い事ばかりじゃない、なんて気もしてくる。

【不正規戦】

パレスチナ革命運動の目的は、昔も今も変わらず一貫している。すなわち、イスラエルなきあとにアラブパレスチナ国家を建設する事である。
  ――第9章 不正規戦

 主に PLO を扱う章。アルカイダなど国際的なテロ組織って今世紀のものかと思ったが、実は当時から国際的に共闘していたのだった。本書ではPLOの仲間として、南アフリカのアフリカ民族会議=ANC,モザンビークのモザンビーク解放戦線=FRELIMO,南西アフリカの南西アフリカ人民機構=SWAPO,ドイツのバーダーマインホフ,イタリアの赤い旅団=BR,日本赤軍をあげている。そういえばテルアビブ空港乱射事件(→Wikipedia)もあったなあ。

 当時のPLOのパトロンはシリアだった。ハマスも指揮官はシリアのダマスカスに潜んでたね。他の組織のパトロンはどこなんだろう? 現代のアルカイダや自称イスラム国にも、パトロンがいる気がしてきた。もっとも、合衆国も南米じゃCIA経由で似たような真似をしてるんだけど。

 ここでは、不法侵入を見つける方法が面白い。国境沿いの道路を、敢えて舗装しないのだ。砂地にしておけば、足跡が残るでしょ。

【ガラリヤ平和戦争】

ガラリヤ平和作戦は、(略)1982年6月6日に開始された。(略)しかし、作戦終結の日については答えがない。
  ――第10章 ガラリヤ平和戦争

 レバノン内戦(→Wikipedia)への介入を扱う章。

 黒い九月(→Wikipedia)でヨルダンを追われたPLOは、レバノンに流れ込み南部を支配下に置き、イスラエル攻撃の基地とする。シリアの介入などで弱体化したレバノン政府はPLOを制御できない。そこでイスラエルはレバノン国内のマロン派と組んで軍事介入を試みる。目的はレバノン国内のPLO殲滅と、親イスラエルのレバノン政権樹立。結果、レバノンからPLOは追放できたが…

 これも今になって思えば、アメリカ vs アルカイダの雛型みたいな経緯を辿っている。地元のマロン派は頼りにならず、航空戦力には限界があり、地上兵力を投入して多くの犠牲を出した末にPLOが消えたのはいいいが、その間隙にはシリアとイランの支援を得たヒズボラが根付いてしまう。非対称戦はキリがない。まるきしモグラ叩きだ。

【パレスチナのインティファダ】

後年PLOはあたかも1987年以降の紛争(インティファダ)を主導したようなふりをしたが、(略)長い間インティファダの持つ意味に気づくことすらなかった。
  ――第11章 パレスチナのインティファダ

 イスラエルではオリエント系の移民が増え、右派と左派の溝が深まり、対パレスチナ強硬派のリクードが力を増す。パレスチナでは高学歴の若者が増えるが、世界的な不況が押し寄せ、学歴に相応しい仕事はない。不満を抱える若者たちは投石でイスラエル軍に立ち向かうが…

 という表向きの動きと、インティファダを支援した四つの組織を明らかにする。統一民族司令部=UNC,イスラム抵抗運動=ハマス,パレスチナ左翼集団,イスラム聖戦。

 アラブと左翼運動って、とても相性が悪いって気がするんだが、どうなんだろ? はやりパトロンの関係なんだろうか。

【防盾作戦】

2000年9月18日、野党リクード党首のアリエル・シャロン議員が、エルサレムの神殿の丘を訪れた。(略)翌9月29日、神殿の丘に参集する信徒数万(略)の暴動でパレスチナ人6人が死亡、数十人が負傷した。この激烈な爆発が、エルアクサ・インティファダの始まりとなった。
  ――第12章 防盾作戦

 せいぜい投石や火炎瓶だった最初のインティファダに比べ、第二次インティファダは自爆テロやロケット弾など、より暴力的になっている。いきり立ちつつも、イラク戦争などの関係で自重を求められるイスラエル。しかしパレスチナ代表のアラファトは矛盾したメッセージを発するばかりで指導力を発揮できず…

 「イスラエルは我慢に我慢を重ねたんだ」という著者の叫びが聞こえてきそうな章。アラファトの狸っぷりは、その遺産で明らかになったけど、その後に台頭したハマスはやっぱり過激な暴力主義で、相変わらずパレスチナ問題は混迷を深めるばかりなんだよなあ。

【その後の『イスラエル軍事史』】

(アイアンドームの)ミサイル(タミール)は一発5万ドル。一発100ドル程度でつくられるカッサムロケットにいちいち対応するのは、費用対効果で疑問視する向きもある。
  ――「訳者あとがき」に代えて その後の『イスラエル軍事史』

 原書は2004年出版なので、それまでの経緯しか書いていない。そこで著者らに代わり訳者がその後の10年以上の推移をまとめたのが、この章。主に扱っているのは三つ、対ヒズボラ戦、対ハマス戦、そして国境沿いに展開する国連軍/多国籍軍。

 国境警備で多少なりとも役立っているのはシナイ正面の多国籍監視隊だけで、レバノン正面の国連レバノン暫定駐留軍は「無能、役立たず」、ゴラン正面の国連兵力分離監視隊は「百鬼夜行」と、実に情けないありさま。自衛隊が行ってたゴラン高原は、そんなヤバい所だったのか。さぞ苦労したことだろう。

【おわりに】

 今はエジプトやヨルダンとは手打ちが済み、睨み合ってるシリアは内戦中なので、正規軍相手の戦争は当面なさそうなイスラエルだが、ハマスやヒズボラなど非対称戦は今後もケリがつきそうにない。長く続いた右派ネタニヤフ政権も組閣を断念した様子で(→CNN)、もしかしたらイスラエル側の政策は方向を変える可能性がある。少しは歩み寄りが期待できるんだろうか。

 その中道「青と白」を率いるのは、ガンツ元軍参謀総長。軍人が政権の重要な座を占める事が多いイスラエルだが、彼らの政治姿勢はモシェ・ダヤンやイツハク・ラビンなど左派も多いのに気がついた。書名は軍事史だが、内容は軍事より内政や外交の比率が高く、より総合的な視点の本だった。

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2019年10月27日 (日)

モルデハイ・バルオン編著「イスラエル軍事史 終わりなき戦争の全貌」並木書房 滝川義人訳 1

1936~39年の戦争では、主にパレスチナゲリラと英軍が戦った。
  ――第1章 アラブの反乱

【どんな本?】

 1948年に戦火の中で生まれ、以来ずっと紛争が続き、今なおパレスチナやヒズボラそしてシリアとの衝突が続くイスラエル。かつての中東戦争では華々しい勝利を続け無敵と目されたイスラエル国防軍だが、最近ではハマスやヒズボラなどを相手とした非対称戦で苦戦しているように見える。

 本書はイスラエル建国前の「アラブの反乱」から2003年までの防盾作戦までの戦いを、主にイスラエルの視点から軍事を中心に外交や政治も含めて扱い、中東問題の全体像を示そうとするものである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Never-Ending Conflict : A Guide to Israeli Millitary History, Edited by Mordechai Bar-On, 2004。日本語版は2017年2月20日発行。単行本ソフトカバー縦二段組み本文約405頁に加え、訳者による「その後の『イスラエル軍事史』」が豪華16頁。10ポイント23字×19行×2段×405頁=約353,970字、400字詰め原稿用紙で約885枚。文庫なら上下巻ぐらいの文字数。

 文章は比較的にこなれている。が、章により著者が違うため、わかりやすさはマチマチ。例えば「第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争」は歴史的な全体像がスッキリ見える半面、戦闘の経緯はバッサリ省いている。逆に「第4章 シナイ戦」では「セーブル協定」が出てくるが、その内容の説明はない。

 それと、戦場地図が随所に出てくるので、栞をたくさん用意しておこう。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 序文 終わりなき紛争の着地点 モルデハイ・バルオン
  • 第1章 アラブの反乱 1936~39年 イガル・エヤル
  • 第一段階
  • 第二段階
  • 第三段階
  • 第四段階
  • 第五段階
  • 最終段階
  • まとめ
  • 第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争 ヨアヴ・ゲルバー
  • パンドラの箱
  • 戦争史観
  • 歴史修正学派の調査研究
  • パレスチナ・ユダヤ戦争
  • アラブ正規軍の侵攻
  • 両者の戦力比
  • 難民問題の浮上
  • 存在しなかった共同謀議
  • 未解決の四つの問題
  • 第3章 休戦期の戦争 1949~1956年 ダビッド・タル
  • 1948年戦争後の安全保障観
  • 越境潜入者との闘い
  • 対応方法の形成
  • イスラエル・エジプト休戦ラインの緊張
  • まとめ
  • 第4章 シナイ戦争 1956年 モッティ・ゴラニ
  • 「顧みて不満」
  • 「仏軍とは低姿勢を保ち、英軍の視界から消えよ」
  • 航空協力 あいつらは謝り方も知らない
  • 海上協力の実態
  • スエズ運河域での仏イ共同作戦準備
  • イギリスとイスラエル 敵意にみちた協調関係
  • まとめ
  • 第5章 水資源戦争 1960年代 アミ・グルスカ
  • 水をめぐる紛争の根源
  • 1950年代の水資源戦争
  • イスラエルの“全国配水網計画”
  • アラブの“流域変更計画”
  • シリアとの対決
  • 水資源戦争の覚悟
  • 流域変更の波紋 1966年7月~8月
  • 戦争への道
  • まとめ
  • 第6章 六日戦争 ミハエル(マイケル)・オレン
  • 戦いの始まり
  • 戦争への道
  • 開戦初日
  • 戦闘二日目
  • 戦闘三日目
  • 戦闘四日目
  • 戦闘五日目
  • 戦闘六日目
  • 戦争が残したもの
  • 第7章 消耗戦争 1969~1970年 ダン・シュフタン
  • ナセルの“最後の戦い”
  • ナセル時代とポスト1967年のジレンマ
  • 消耗戦争の構想
  • 思い通りにいかない戦争
  • ポスト・ナセル時代のサダト
  • 現代史の中の“忘れられた戦争”
  • 第8章 ヨムキプール戦争 シモン・ゴラン
  • 開戦前
  • 双方の戦力と配置
  • 現役部隊による持久戦と予備役の動員
  • 反撃戦 10月8日
  • 反撃と防勢戦闘の継続 10月9~10日
  • 北部正面の攻勢、南部正面の防勢 10月11~15日
  • 政治正面
  • スエズ運河西岸の橋頭堡構築と強化 10月16~18日
  • 運河西岸地域突破戦と北部正面におけるヘルモン山奪回戦 10月19~22日
  • 第三軍の包囲 10月22~4日
  • ヨムキプール戦争がもたらしたもの
  • 第9章 不正規戦 1960~1985年 ベニー・ミハエルソン
  • PLOとの戦い
  • ファタハの勃興 1965~67年
  • 消耗戦争 1967~73年
  • 1969年3月~70年8月 ヨルダン内戦
  • 1970年9月~73年10月 レバノン基地化
  • 1973~1982年 北部へ移った戦争
  • 1982年9月~83年8月 シーア派の台頭
  • 1983年9月~84年8月 レバノン占領地の管理強化
  • 1984年9月~85年6月 撤収
  • 第10章 ガラリヤ平和戦争 1982年 エヤル・ジッサー
  • 選択肢としての戦争と選択肢なき戦争
  • ガラリヤ平和戦争のルーツ
  • ガラリヤ平和戦争の推移
  • マロン派との同盟 折れた葦
  • まとめ 戦争の遺産
  • 第11章 パレスチナのインティファダ 1987~1991年 ルーベン・アロハニ
  • パレスチナ紛争史
  • インティファダ勃興の経過
  • 第12章 防盾作戦 イスラエル・パレスチナ紛争2000~2003年 シャウル・シャイ
  • エルアクサ・インティファダ
  • 9.11テロ事件とイスラエル・パレスチナ紛争
  • 防盾作戦の発動から2002年9月まで
  • パレスチナ自治政府の改革
  • 紛争解決に向けたアメリカの新たなプラン
  • 「訳者あとがき」に代えて その後の『イスラエル軍事史』 滝川義人
  • 脚注/執筆者

【感想は?】

 今はまだ第4章までしか読んでいないが、そこまでだと。

 中東問題に興味があるなら、「第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争」はぜひ読もう。とても分かりやすく、対立の構造とイスラエル・アラブ・パレスチナそれぞれの認識の食い違いを示している。

 この章では、独立戦争(第一次中東戦争、→Wikipedia)を扱う。イスラエル建国の直前にパレスチナ人を中心とした義勇兵が蜂起し、続いて建国と同時にエジプト・シリア・ヨルダンなどアラブ諸国が攻め込んだ戦いだ。この章では、軍事的な話はほとんど出ない。軍事研究家というより歴史家の視点で、衝突までの経緯と、戦後から現在に至るまでのアラブ・イスラエル双方の歴史認識の話が中心だ。

 ここでいきなり、私は思い込みを覆された。それまでの私の認識は、「おおエルサレム!」で刷り込まれたものだ。いささかイスラエル国防軍を美化した、イスラエル贔屓のものだった。装備と兵力に勝るアラブに対し、少数のイスラエル軍が善戦した、そんな物語である。これを、著者はアッサリとひっくり返す。

戦力比を詳しく調査すると、1948年戦争のほぼ全期間を通して、兵力、装備、兵站能力、組織力のいずれをとっても、ユダヤ人側がまさっていたことがわかる。
  ――第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争

 総合的な戦力では、イスラエルが優っていたのだ。組織力にしても、イスラエルは自警組織ハガナを中心として外敵に備えていたのに対し、アラブ諸国の軍は「政権護持を主任務とし、国内の反乱に備えた存在である」。内乱を抑えるための組織で、他国と戦う体制は整っていなかったのだ。しかも指導者たちは…

指導者はその(国内世論の)圧力にさらされて、いやいやながらパレスチナ侵攻を決めるのである。
  ――第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争

 と、あましヤル気はなかったらしい。実際、エジプトのファルーク王は、この後でナセルらに国を叩きだされてるしなあ。困ったことに、この戦争が、現在まで続くアラブとイスラエルの歴史観の違いとなり、またパレスチナ難民などの問題も生み出してしまう。

20世紀に勃発したほかの戦争と違って、1948年の戦争はまだ終結していない。
  ――第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争

 この章では、イスラエル・アラブ双方の歴史観も扱っていて、ここがとってもエキサイティング。イスラエル国内でも様々な派閥があって、先の私みたいな人もいれば、イギリス悪役説・ソ連の支援のお陰説とかもある。まあ言論の自由があれば、自然とそうなるんだろう。

 対してアラブ側の歴史認識は、資料の公開が進まないこともあり、ある意味単調である意味バラエティに富んでいる。

アラブの研究者は、現実の過程を知ろうとしない。(略)誰が(倫理的に)正しいのか、どちらの主張が不法なのかを追求する。
  ――第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争

 共通してるのは、「イスラエルが悪い」「国際世論はイスラエルを贔屓した」「他国の干渉がなきゃ俺たちが勝った」あたり。加えて「俺は悪くない」が入る。これがバラエティの源で、「俺」が人により違うから。シリア・ヨルダン・エジプト・パレスチナそれぞれが、「俺は正しい」と言い張り、「お前が悪い」と「罪の投げ合いに終始していた」。

 なんともレべルの低い話だとは思うが、日本人が語る太平洋戦争論でも、陸軍悪玉論・海軍悪玉論・マスコミ悪玉論があるし、酷いのになるとアメリカの陰謀なんて説まであるわけで、あまし笑ってばかりもいられない。

ちなみに私はイアン・トールの説に近い。大日本帝国としての統一した外交・軍事政策はなく、陸海軍や各省庁が、それぞれ勝手に「やったモン勝ち」を続けたところ、他国からは領土拡張の暴走にしか見えず、ハブられ追い込まれて戦争以外の道を断たれた、そんな感じです。

 この章ではもう一つ、今も続くパレスチナ難民の原因もわかりやすく説明している。国家観・戦争観の違いだ。

 戦争が始まる前から、パレスチナ人は雪崩を打って逃げ出した。あまりの逃げ足の速さに、イスラエルはパレスチナ指導部の陰謀じゃないかと疑ったほどだ。確かにパレスチナの村人は虐殺を恐れた。イスラエルがハガナを中心に村を守る体制を整えていたのに対し、パレスチナ側は無政府状態で、誰も守ってくれないし。だが、それ以上に、逃げることの意味が違っていたのだ。

 逃げた人々は、停戦や休戦の際に、自分の家へ帰ろうとした。彼らは引っ越したのではなく、一時的に避難しただけなのだ。中東の常識だと、戦争は台風や津波と同じ天災みたいなモノらしい。過ぎ去れば元に戻って今までの暮らしを続けるつもりだった。だから、アッサリと村から出て行ったのだ。

 だが欧州の常識だと、そうはいかない。この点は日本も欧州に近い。敗戦後、多くの日本人が満州や朝鮮から引き揚げた。戦争に負け、敵国の領土となった土地から出て行った者は、他の土地で暮らしを立て直す。勝者は奪った領土に入植する。イスラエルは、そう考えて、出て行ったパレスチナ人の土地を我が物にした。

 なぜパレスチナ難民が生まれたのか、これでスルスルと頭に入ってくる。国境をハッキリと定め、その隅々まで行政組織が把握する中央集権国家と、地域ごとの有力者の連合体にすぎず、地域ごとの自治権が強い中世的・封建的な国家との、国境観・国家観の違いが、パレスチナ難民を生み出してしまったのだ。

もっとも、その後のアラブ諸国のパレスチナ難民や国内のユダヤ人に対する扱いは、双方の美味しい所どりを狙った非情かつ冷酷なものだと私は思う。国内のユダヤ人は欧州風に叩きだし、パレスチナ人は中東風に難民扱いってのは、ちと身勝手が過ぎるんじゃないの? おまけに政府も軍も中央集権型で、クルドなど地方の自治は認めないし。

 などと「第2章 1948年のアラブ・イスラエル戦争」だけでダラダラと書いてしまったが、それだけこの章が面白くてエキサイティングなんだからしょうがない。文句は著者のヨアヴ・ゲルバーに言ってほしい。などと責任転嫁しつつ、次の記事に続く。

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2019年9月22日 (日)

高木徹「ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争」講談社

本書は、番組(2000年10月29日放送の『NHKスペシャル「民族浄化」ユーゴ・情報戦の内幕』)で紹介しきれなかった取材の成果や、その後得た最新情報を加え、国際紛争の陰で戦われたPR戦争の凄まじい実態を書き表したものである。
  ――序章 勝利の果実

ボスニア・ヘルツェゴミナ外相シライジッチというキャラクターそのものをニュースにすること、それがこの会見の戦略だった。
  ――第2章 PRプロフェッショナル

「民族浄化」という言葉がなければ、ボスニア紛争の結末はまったく別のものになっていたに違いない。
  ――第6章 民族浄化

ユーゴスラビア首相ミラン・パニッチ「So, hekp me God」
  ――第9章 逆襲

セルビア共和国大統領スロボダン・ミロシェビッチ「真実というものは、やがておのずと明らかになるものさ。いずれ、今出ている話はみんな嘘だとわかるよ」
  ――第10章 強制収容所

「あなた方は、PRに使う資金があるのなら、それを現地で苦しんでいる人々の人道救助に使うべきではないでしょうか」
  ――第11章 凶弾

パニッチは、ひとつの覚悟を決めていた。
それは、セルビア、そしてユーゴスラビア連邦に対する悪のイメージをミロシェビッチ一人に負わせ、(略)大統領職を辞任してもらい、その後を西側に受けのいい自分がとってかわろう、という計画だった。
  ――第13章 「シアター」

元EC和平特使キャリントン卿「ひとつの国に“悪”のレッテルを貼ってしまうことは、間違いなんだ」
  ――第13章 「シアター」

「(ミロシェビッチは)まず国内のメディアにしか興味がなかったですね」
  ――第14章 追放

「紛争当時から今日に至るまで、ボスニアは名前だけの“多民族国家”にすぎませんからね」
  ――第14章 追放

ボスニア・ヘルツェゴッビナ共和国外務大臣ハリス・シライジッチ「これがお前らと仕事をする最後だ!」
  ――終章 決裂

【どんな本?】

 1989年の東欧崩壊に続き、元ユーゴスラビアはスロベニア・クロアチア・マケドニアが独立、これに続きボスニア・ヘルツェゴビナも独立を求める。そのボスニア・ヘルツェゴビナには多くの民族が住んでいた。主にカトリックのクロアチア人,主に正教のセビリア人,主にモスレムのボスニア人、そしてロマなど。これが原因となり、ボスニア・ヘルツェゴビナは激しい内戦に突入する(→Wikipedia)。

 新ユーゴの主体はセビリア共和国だ。軍もセビリア人が多い。そのため、内戦も当初はセビリア人勢力が優勢だった。しかし、人口ではモスレムが最も多いため、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府はモスレムが中心となる。

 この内戦を収めるべく、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府は国際社会の協力を求める。だが誕生したばかりで、たいした産業も地下資源もない小国家の内戦に、国際社会の目を集めるのは難しい。

 それでも、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府の努力は実を結んだ。マスコミは「セルビア人が悪、ボスニア人が被害者」という構図の報道を続け、ついにはNATOの介入へとつながる。

 その陰にあったのは、アメリカの民間PR企業の活躍だった。

 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を素材に、国際的な世論の動向すら動かすPR企業と、それに影響される合衆国そして国連の政治を生々しく描く、衝撃のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年6月30日第1刷発行。私が読んだのは2002年11月7日の第7冊。売れたんだなあ。今は講談社文庫から文庫版が出ている。単行本ハードカバー縦一段組み本文約311頁に加え、あとがき2頁。9ポイント43字×19行×311頁=約254,087字、400字詰め原稿用紙で約636枚。文庫なら少し厚い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。ただし、書いてあるのは「いかにマスコミと政治家を動かしたか」であって、肝心のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の実態は、ほとんど書いていない。実態については、「国際社会と現代史 ボスニア内戦」が参考になるだろう。というか、私はそれしか読んでない。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • 序章 勝利の果実
  • 第1章 国務省が与えたヒント
  • 第2章 PRプロフェッショナル
  • 第3章 失敗
  • 第4章 情報の拡大再生産
  • 第5章 シライジッチ外相改造計画
  • 第6章 民族浄化
  • 第7章 国務省の策謀
  • 第8章 大統領と大統領候補
  • 第9章 逆襲
  • 第10章 強制収容所
  • 第11章 凶弾
  • 第12章 邪魔者の除去
  • 第13章 「シアター」
  • 第14章 追放
  • 終章 決裂
  • あとがき

【感想は?】

 15年前の作品だ。それでも、この本の衝撃は全く衰えていない。

 世間的なボスニア紛争の印象は、先に書いた通り「悪のセルビア人がボスニア人を虐殺した」だろう。だが、実態はもっと複雑だ。私は、こう思っている。ネタ元は佐原徹哉著「国際社会と現代史 ボスニア内戦」。

はじまりはヤクザの火事場泥棒だ。独立のドサクサに紛れてヤクザが民族主義者を装い、または民族主義者を抱き込み、権力と財産を奪おうと争いを始めた。セルビア・モスレム・クロアチア、いずれもヤクザがいた。

 しかし、こんなややこしい構図を、世間は納得しない。ハッキリした悪役が欲しい。そこで悪役を割り振られたのが、ユーゴスラビア連邦の最大権力者ミロシェビッチである。彼がボスニア・ヘルツェゴビナ国内のセルビア人をそそのかして虐殺を煽った、そういうストーリーで、世論は納得した。なんたって分かりやすいし。

 人は分かりやすい話が好きだ。私も銀英伝は帝国vs共和国だと思っている。実際にはフェザーンも暗躍してるんだが←わかりにくい例えはやめろ。 この本は、そういう「分かりやすい話」を、どうやって流布したか、その手口を鮮明に描いている。

 主な役者は新ボスニア・ヘルツェゴビナ外相ハリス・シライジッチと、そのプロデューサーを務めるPR企業ルーダー・フィン社国際政治局長ジム・ハーフ。一国の外相が、米国の民間企業と組んで、世界に広告を打ったのだ。

 これ自体が恐るべき話だ。そうなったのも、冷戦の終結が大きい。なにせ合衆国が唯一の超大国だ。だから合衆国政府を動かせば国際世論も動く。その合衆国政府は、何で動くか。そこが本書のキモだろう。結論を言えば、閣僚と議員とマスコミである。

 中でも私が最も興味を惹かれたのが、マスコミの動かし方だ。マスコミが動けば米国世論が動く。そして政府も議員も世論には敏感だ。では、どうやってマスコミに売り込むか。この手口の幾つかは、出世を求めるビジネスパーソンにも優れた指針となる。例えば、ハーフはシライジッチにこう指示している。

記者会見では必ず「数項目のポイントを立てた新提案を行え」
  ――第3章 失敗

 目新しい中身はなくてもいい。「n個の提案」など、記事タイトルをつけやすいネタを記者に与えろ、そういう意味だ。他にも「情報機器を備えたプレスセンターを作れ」など記者の便宜をはかれ、という趣旨のアドバイスが続々と出てくる。

 だけでなく、有名記者や有力NPOに、FAXで速報を送ってたり。「いかに売り込むか」のコツを、生々しく描いている。そういう点では、営業さんにも役立つ本かもしれない。いや辣腕の営業さんには常識かもしれないけど。

 加えて、現在のマスコミ、特にテレビのニュース報道のクセもよくわかる。本書では、新ボスニア・ヘルツェゴビナ外相ハリス・シライジッチがマスコミの矢面に立つ。元は大学で歴史の教授だったシライジッチ、素で話をさせると、困ったことになる。前置きが長すぎるのだ。

正確に事実を伝えるには、そうなった経緯が大事だ。だから歴史から話を始めようとする。だが、これは米国のマスコミに好かれない。マスコミが欲しいのは、数秒で伝わるキャッチフレーズだ。本書では「サウンドバイト」と呼んでいる。ソコだけ切り取って電波で流せば人々の目を惹きつける、そういう映像をマスコミは求める。そこでプロデューサーのハーフは役者のシライジッチに釘をさす。

PR企業ルーダー・フィン社国際政治局長ジム・ハーフ「重要なのは今日サラエボで何が起きているか、それだけです。それに絞って話をしてください」
  ――第5章 シライジッチ外相改造計画

 歴史も背景も省け、起きている事だけを話せ、と。困ったことに、現在の日本のマスコミも、背景は説明せず起きた事だけを報じる形が中心になっている気がするんだが、あなたどう思いますか。例えばボスニア紛争の実情を、あなた知ってました? 私は知りませんでした。で、結局、背景事情や歴史的経緯は書籍などで補わなきゃいけないんだけど、その書籍の売り上げはブツブツ…

 まあいい。お陰でセルビア人が悪役というイメージが定着してしまい、前線で紛争の実態を見ていた国連防護軍サラエボ司令官ルイス・マッケンジーが、こう語ると…

「悪いのはセルビア人だけではない。戦っているすべての勢力に問題がある」
  ――第12章 邪魔者の除去

 「お前はセルビア人の肩を持つのか!」と袋叩きにされたり。

 対して、新ユーゴおよびセルビア共和国も合衆国の市民権を持つミラン・パニッチを首相に引っぱりだし、巻き返しを目論む。このパニッチとミロシェビッチの考え方の違いも、政治劇として面白い。立場こそ首相ながら国際的な視野で事態を見るパニッチと、セルビアに権力基盤を置くミロシェビッチでは、方針が違って当然なんだろう。

 他にも日本の外務省への愚痴もあって、これが実に辛辣だったり。正直、著者の主張には素直に賛同できない。だが、現実をありのままに伝えるという点では、文句なしに優れた著作だと思う。今後、最新ニュースを見る目が、少しだけ変わるかもしれない。

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2019年8月 6日 (火)

岩瀬昇「日本軍はなぜ満州大油田を発見できなかったのか」文春新書

杉山元参謀総長「本報告の調査および推論の方法はおおむね完璧で間然とするところがない。しかしその結論は国策に反する。したがって、本報告の謄写本は全部直ちに焼却せよ」
  ――第5章 対米開戦、葬られたシナリオ

【どんな本?】

 蒸気機関の戦争だった第一次世界大戦に対し、第二次世界大戦は石油の戦争となった。戦車も航空機も空母も燃料は石油だ。太平洋戦争では、南方の油田を目指し帝国陸海軍が突進した。陸軍・海軍ともに、石油の重要性はわかっていたようだ。

 では、戦前・戦中の石油を含む大日本帝国のエネルギー政策は、どんなものだったのか。例えば満州には大慶油田(→Wikipedia)や遼河油田(→Wikipedia)が眠っているが、大日本帝国はなぜ発見できなかったのか。米国が先導する経済制裁に対し、どのような対応策を取ったのか。更には、日米の圧倒的な経済力の差を、どう認識して開戦に踏み切ったのか。

 著者は三井物産及び三井石油開発に勤務し、退職後もエネルギーアナリストとして研究を続けている。終戦直後、軍や政府の資料は多くが焼却されてしまった。しかし、石油関連会社など民間の資料は残っている。

 本書はこれらに加え、戦後に出版された軍人・民間人の手記や回顧録などを丹念に漁り、また仕事を通じて培ったエネルギー関連の豊かな人脈を駆使して、戦前・戦中における大日本帝国のエネルギー政策を検証する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年1月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み本文約238頁。9ポイント42字×16行×238頁=約159,936字、400字詰め原稿用紙で約400枚。文庫本なら少し薄めの一冊分ぐらい。

 文章は比較的こなれている。内容も特に難しくない。全体を理解するには日本現代史と石油の双方の知識が必要だが、本当に重要な点は本書内にちゃんと書いてあるので、あまり前提知識は要らない。その分、頁数の割に中身は濃い本だが、じっくり読めば必要な事は理解できるので、あせらずに読もう。また日付を元号と西暦の双方で書いてある工夫が有り難い。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、なるべく頭から読もう。

 はじめに
第1章 海軍こそが主役
第2章 北樺太石油と外交交渉
第3章 満州に石油はあるか
第4章 動き出すのが遅かった陸軍
第5章 対米開戦、葬られたシナリオ
第6章 南方油田を奪取したものの
第7章 持たざる者は持たざるなりに
 主な引用・参考文献

【感想は?】

 今も昔も、国の盛衰はエネルギー次第なのだ。

 昔については、「森と文明」で思い知った。大英帝国の躍進も、豊かな炭田があったからだ。では、大日本帝国のエネルギー政策はどうだったのか。これを検証するのが、この本だ。

 全編を通し、著者の静かな怒りが伝わってくる。決して罵らず口調も荒げず、淡々と事実を記すだけだ。だからこそ、当時の大日本帝国の支配層が、いかに現実を受け入れようとしなかったか、思い込みにはまり込んで愚行に走ったかを、根拠に基づいて冷静かつ論理的に指摘してゆく。

 なにせ冒頭の「はじめに」から、「戦前、戦中を通じ、国家としての統一された石油政策が存在したとはいいがかたく」とある。当時の大日本帝国が、マトモな経済政策や軍需政策を持っていなかったのは、「海上護衛戦」でも散々に指摘されていた。

 第一部では、海軍は比較的に早くから石油の重要性を認識していた、とある。が、その直後に、水ガソリン詐欺事件を引っ張り出す。1938年、詐欺師が水をガソリンに変えると触れ込んで、海軍上層部が危うく騙されかけた事件だ。技術屋はペテンだと指摘したにも関わらず、井上成美軍務局長曰く「上長批判はけしからん」。いや化学に上長もヘッタクレもねえだろうに。

 もちろん著者は「ヘッタクレ」なんて下品な言葉は使わない。調査と取材で得た事実を記すだけである。それだけに強い説得力を持って、当時の軍はそういう体質だったのだ、という現実が痛いぐらいに伝わってくる。

 実はもう一つ、重要な点がある。本書全般を通し、陸軍と海軍を対比して描いている点だ。「第6章 南方油田を奪取したものの」では、1942年11月に海軍のタンカー黒潮丸がパレンバンで陸軍の製油所から給油を受けた事件を紹介している。上との連絡が取れず、独断で給油を指示した陸軍の廠長、なんと上からお叱りを受け、昇進も邪魔されている。独断はけしからん、と。

 独断云々はタテマエで、陸海軍の睨み合いが原因なのは、読んでいればだいたいわかる。そもそも陸海軍が別々に石油政策を持っている事がおかしい。まあ、他にもあらゆる軍需品に関してマトモな計画がなかったのは、「海上護衛戦」で散々に毒づいてるけど。

 とかの分かりやすい量の問題に加え、当時の大日本帝国は質の問題も抱えていた。走り屋はみんな知ってるオクタン価(→Wikipedia)だ。これも当時の事情は…

揮発油(ガソリン、ジェット燃料)の品質基準に「オクタン価」というものがあることを、日本の石油関係者が知ったのは、昭和七(1932)年から一年間、海軍機関少佐だった渡辺伊三郎が欧米視察に出たときのことだった。
  ――第4章 動き出すのが遅かった陸軍

 というから、陸海軍の技術軽視は凄まじい。もっとも、「兵士というもの」にも、陸軍兵士は技術の話をほとんどしなかった、とあるので、世界的に陸軍は技術を軽んじる傾向があるのかも。対して空軍兵はエンジンを重視したとかで、空軍が独立してたドイツじゃ技術屋は比較的にマシだったんだろうなあ。

 終盤では、開戦前に日米の経済力を比べた秋丸機関(→Wikipedia)と、それとは別に陸軍参謀本部が新庄健吉陸軍主計大佐に命じて行った経済力調査の顛末が出てくる。結果は、ご想像のとおり。なんで「愚行の世界史」か取り上げなかったのか、と不思議に思うぐらい、愚か極まりない結論に向かって突っ走ってゆく。

 他にもソ連に翻弄される北樺太油田、満州での関東軍あげてのペテン、軍事機密に阻まれ必要な統計すら取れない縦割り組織の悲劇、「軍人、軍馬、軍犬、軍鳩、軍属」と揶揄される軍の技術者軽視など、もはや笑うしかない当時の大日本帝国の出鱈目さを、あくまでも冷静沈着に事実だけを記す形で綴ってゆく。

 歴史を掘り起こし、そこから国家のエネルギー戦略の教訓を学ぶと共に、あの戦争の原点を探ろうとする、見た目は薄いながらも中身は極めて濃い本だ。

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2019年7月22日 (月)

ゼンケ・ナイツェル,ハラルト・ヴェルツァー「兵士というもの ドイツ兵捕虜盗聴記録に見る戦争の心理」みすず書房 小野寺拓也訳

我々が本書で再構築し、描写しようとするのはこの参照枠組みである。兵士たちの世界はどのようなものであったか。彼らは自分自身や敵をどのように見ていたのか。アドルフ・ヒトラーやナチズムについて何を考えていたのか。戦争がすでに敗色濃厚であったときでさえも戦い続けたのはなぜか。
  ――プロローグ

ジグムント・フロイドが言うように、錯覚を共有している人間には、それが錯覚であることがわからない。
  ――第2章 兵士の世界 「第三帝国」の参照枠組み

これらの事例において注目すべきなのは、(略)「ユダヤ的なもの」のさまざまな側面を見つけ出すために発揮される創造性であり、もうひとつは(略)反ユダヤ主義的な排除措置を自発的に、しばしば先回りする形で行っていたことである。
  ――第2章 兵士の世界 「第三帝国」の参照枠組み

本書で利用する史料を通覧する限りでは、ユダヤ人絶滅の事実ややり方に関する知識は兵士たちの間で広まっていたものの、彼らはこうした知識に特別な関心を示さなかったと判断せざるをえない。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 絶滅

ヒエラルキーの中での地位が高くなればなるほど、失敗を認める能力も低下する。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 勝利への信念

盗聴記録において印象深いのは、武装SSにおいては戦争犯罪というテーマについて語ることがきわめて当然であったこと、完全に無頓着であったことが示されている点である。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 武装SS

すでに第一次世界大戦において捕虜は、報復もしくは妬みから殺害されている。自分自身は戦い続け、自分の命を危険にさらし続けなければいけないのに、戦争捕虜は安全ではないかと考えられたためだ。
  ――第4章 国防軍の戦争はどの程度ナチ的だったのか

連合国の秘密情報機関にとって大いに喜ばしいことに、彼ら(捕虜)にとってのタブーテーマは、彼ら自身の感情だけであった。
  ――補遺

【どんな本?】

 1996年、ある資料が機密解除される。第二次世界大戦中、英米軍はドイツ兵の捕虜収容所に盗聴器を仕掛け、彼らの会話を盗み聞きし、記録を取っていたのだ。

 手紙や回顧録などの文書は、誰かに読まれる前提で書く。そのため、都合の悪いことは書かないなどの脚色が入るし、相応の教育を受けた者の手による資料が多い。後年での取材では、取材を受ける者がその後の経緯を知っているため、記憶が歪められがちだ。だが同時代のナマの会話なら、これらの改変を免れる。

 もっとも、会話ならではの問題もある。「武勇伝」は誇張されがちだ。話相手の期待に沿わない話題も出てこない。話題はアチコチに飛び、論理的な一貫性もない。

 それを踏まえた上でも、この史料は貴重である。この点に気づいた歴史学者のゼンケ・ナイツェルは、社会心理学者のハラルト・ヴェルツァーと組み、史料の研究を始める。

 目的は、捕虜であるドイツ軍将兵の「参照枠組み」を明らかにすること。

 私たちの言動は、多かれ少なかれ、その場の「空気」に従う。コンサートで優れた演奏を聴いた時、ヘビメタならスグに大声で歓声をあげるが、クラシックなら曲または楽章が終わるまで待つだろう。その場の言動の良し悪しを決めるのが、参照枠組みである。

 参照枠組みにも、強弱がある。一時的に集まった群衆、例えば同じ電車に乗り合わせた人々の場合、参照枠組みは弱く、それぞれの個性が発揮される余地が広い。対して軍隊は極めて参照枠組みが強く、各将兵が個性を発揮する余地はほとんどない。軍が求めるのは命令に忠実に従う兵士であって、自らの考えで善悪を判断する人間ではないのだ。

 著者らは捕虜となったドイツ軍将兵の膨大な会話記録を調べ、その根底にある当時のドイツ軍および第三帝国の、参照枠組み=「空気」を掘りだそうと試みる。

 彼らは敵をどう見ていたのか。ナチスやヒトラーを、本当に信じていたのか。敗色濃厚となっても、なぜ戦い続けたのか。民間人やユダヤ人の虐殺を、どう考えていたのか。

 歴史学者と社会心理学者のコンビが、盗聴記録という貴重な資料を基に、兵士たちの本音に迫る、重厚な研究書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SOLDATEN : Protokolle vom Kämpfen, Töten und Sterben, by Sönke Neitzel&Harald Welzer, 2011。日本語版は2018年4月16日第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組み本文約393頁に加え、訳者あとがき17頁。9ポイント26字×22行×2段×393頁=約449,592字、400字詰め原稿用紙で約1,124枚。文庫なら厚めの上下巻ぐらいの分量。

 文章はやや硬い。内容も素人には不親切。捕虜の会話では、その背景が大事だ。だから第二次世界大戦でのドイツ軍の戦況・部隊の性質・ユダヤ人虐殺などの知識が要る。にもかかわらず、これらについての説明は少ない。読みこなすには、現代の普通の日本人の感覚からすると、学者とまではいかないまでも、ヌルい軍ヲタ並みの知識が必要だ。

まったく、社会学者ってのは、人の立場で考えるって能力が酷く欠けてるんだよなあ。

 第二次世界大戦の概要はこちら(→Wikipedia)。大雑把には、こんな感じ。1939年9月に始まり、1941年冬までドイツ軍は好調、1943年2月まで膠着状態、以後ドイツ軍は負け続け。

  • 1939年9月 ドイツ軍とソ連軍がポーランドに侵攻、第二次世界大戦が始まる。
  • 以後1940年にオランダ・ベルギー・ルクセンブルグ・フランス、1941年6月にはソ連にも侵攻、快進撃が続く。
  • 1941年冬に進撃が止まる。
  • 1943年2月、ソ連が逆襲に転じ、以降ドイツ軍は負けが続く。
  • 1945年4月30日 ベルリンが墜ち、ドイツが負ける。

 もう少し細かく、この本に関係が深い事柄を次にあげる。

  • 1939年9月 ドイツ軍とソ連軍がポーランドに侵攻、占領。
  • 1940年4月 ドイツ軍がデンマークとノルウェーに侵攻、占領。
  • 1940年5月 ドイツ軍がオランダ・ベルギー・ルクセンブルグおよびフランスに侵攻、占領。
  • 1940年8月 ドイツ空軍がイギリス攻撃を始める(バトル・オブ・ブリテン)。苦戦の末イギリスが守り切る。
  • 1941年2月 ドイツ軍ロンメルがアフリカ上陸、イギリス軍と一進一退の戦闘を繰り広げる。
  • 1941年6月 ドイツ軍がソ連に侵攻。最初は軽快に進軍していたが、冬に戦線が膠着。
  • 1941年12月 日本が参戦。
  • 1942年 ドイツ海軍のUボートが主に大西洋で活躍、連合国の補給を潰す。
  • 1942年10月 アフリカのエル・アラメインでイギリスがドイツ軍を破り、以後ドイツ軍ロンメルは後退を続ける。
  • 1943年2月 ソ連スターリングラードでソ連軍が逆襲に転じる。以後ドイツ軍は東部戦線で後退を続ける。
  • 1943年5月 イギリスとアメリカがアフリカからドイツ軍を追い出す。
  • 1943年9月 イギリスとアメリカがイタリアに上陸、ドイツ軍はジリジリと後退を続ける。
  • 1944年6月 イギリスとアメリカがフランスのノルマンディーに上陸。
  • 1944年12月 ドイツ軍がベルギーとルクセンブルグで大攻撃を始めるが(バルジの戦い)、1カ月ほどで力尽きる。
  • 1945年4月 ソ連軍がベルリン攻撃を始め、4月30日に陥落、ヒトラーは自殺する。
    ヒトラーの遺志によりドイツ海軍元帥カール・デーニッツが後を継ぎ、降伏の交渉を始める。

【構成は?】

 実際の将兵の声を収録しているのは「第3章 戦う、殺す、そして死ぬ」だ。著者のゴタクを抜きにして将兵の声が知りたい人は、3章だけを読めばいい。

  • プロローグ
  • 第1章 戦争を兵士たちの視点から見る 参照枠組みの分析
    基礎的な方向付け ここではいったい何が起きているのか/文化的な拘束/知らないということ/予期/認識における時代背景の文脈/役割モデルと役割責任/「戦争は戦争だ」という解釈規範/形式的義務/社会的責務/さまざまな状況/個人的性格
  • 第2章 兵士の世界
    「第三帝国」の参照枠組み/戦争の参照枠組み
  • 第3章 戦う、殺す、そして死ぬ
    撃つ/自己目的化した暴力/冒険譚/破壊の美学/楽しさ/狩り/撃沈する/戦争犯罪 占領者としての殺害/捕虜にたいする犯罪/絶滅/絶滅の参照枠組み/射殺に加わる/憤激/まともであること/噂/感情/セックス/技術/勝利への信念/総統信仰/イデオロギー/軍事的諸価値/イタリア兵と日本兵/武装SS/まとめ 戦争の参照枠組み
  • 第4章 国防軍の戦争はどの程度ナチ的だったのか
  • 補遺/謝辞/訳者あとがき/原註/文献/索引

【感想は?】

 「ベルリン陥落 1945」を読んで、納得できなかった点がある。

 ベルリンの防衛で戦ったドイツ軍将兵の気持ちだ。なぜ戦うのか。いくら後方にいて、政府が法螺を吹いても、戦況はわかったはずだ。緒戦じゃモスクワまで押し込んだけど、今はベルリンまで押し返されている。もう勝てないのはわかっただろう。守るべき国は、もうすぐ無くなる。時間を稼いだところで、何かが好転するわけでもない。なのに、なぜ命を懸けて戦うのか。

 それが知りたくて読んだ。ちなみに「ベルリン陥落 1945」には、こうあった。「やめてもいいと言ってくれる者がだれもいなかったから」。

 なぜ無駄な抵抗を続けたのか。その解は、この本で分かった気がする。彼らにとって、全体の戦況はたいして意味がないのだ。重要なのは上官と戦友である。

前線兵士がもっぱら義務感を覚えていた社会的単位は、戦友集団と上官である。(略)彼らの恋人や妻、もしくは両親がどう考えようと、それはほとんど重要ではない。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ まとめ 戦争の参照枠組み

 戦友が戦っているから。戦友の敵を討つため。上官が命じるから。そういうことだ。思考の材料は自分の周囲10mの事柄だけ。今後のドイツの運命とか、この戦いがドイツの運命にどう影響するのかとか、そういう大きな枠組みは、全く考えていない。だから敗戦が決定的になっても…

全体が無駄であったとしても、自らの役割や任務を位置づけている参照枠組みが修正されることはない。むしろその逆である。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ まとめ 戦争の参照枠組み

 「この戦争は無意味だ」とは思わず、目先の義務を果たす事だけに集中してしまう。こういう、視野が狭まる現象は、「太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで」でも、大日本帝国が敗戦に踏み切った理由として指摘していた。帝国陸軍と帝国海軍の双方が、国内での勢力争い(というか予算の奪い合い)を止められなかったから、と。組織の権益に目がくらみ、国家の利害が考えられなかったから、と。

 あなたの職場でも、似たような現象がありませんか? 組織全体の目的より、職場の目的で方針が決まる、みたいな。

 まあいい。なんにせよ、戦況は絶望的だ。将兵は、総統に騙された、とは思わなかったのか。思わないのだ。じゃ誰のせいか、というと…

(1943年3月22日、爆撃機パイロット中尉)ホルツアプフェル 指導部がこんなに馬鹿だとは、想像もできませんでしたね。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 勝利への信念

(1944年6月以降、歩兵指揮官少佐)アルノルト・ターレ  目下我々の戦争指導部の問題は、誰一人として責任という感情をもっていない、もしくは誰一人とし何らかの責任を取ろうとしないということです。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 勝利への信念

 取り巻きが悪い、そう考えている。まあ、日本人も太平洋戦争についちゃ似たように考える人が多いし、今の日本でも「悪いのは首相じゃなくて官僚、特に財務省」なんて理屈まで出てくる。いや内閣人事局…まあいい。封建制でも、よくある形だ。平民は王を支持し、悪いのは貴族だと考えがち。だもんで…

(1942年6月28日、空軍少尉)ヴァーラー ひょっとするとあれ(ヒトラー)は影武者で、もしかすると彼はとっくの昔に死んでいるのかもしれない。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 総統信仰

 なんて無茶な発想まで出てくる。まあ、小説の設定としちゃ面白そうだが。敗色濃厚になっても、総統信仰は衰えない。報復兵器V1(→Wikipedia),V2(→Wikipedia)で一発逆転とか夢を見ている。ちなみにV2、連合国よりドイツ側の被害の方が大きかったとか。無茶な強制労働で労働者がバタバタ死んだのだ。

 それはともかく、なんでそこまでヒトラーを信じるのか。

(1945年3月22日、第17降下猟兵連隊長)マルティン・フッター大佐 ナチズムについては一人一人が好きなように考えればよいが、アドルフ・ヒトラーはまさに総統〔指導者〕であって、ドイツ民族ににたいして(略)多大なものをもたらしてきた。ついにふたたび、我々の民族を誇りに思うことができた。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 総統信仰

 そう、誇りだ。ドイツ人の誇りを取り戻した、だから総統は偉大だ、そういうことだ。もっとも、ここでは話者の属性も大事。降下猟兵(→Wikipedia)はエリート部隊で、武装SS(→Wikipedia)に次いで狂信的な者が多かった。その武装SSは狂信的な連中という印象が強く、国防軍の将兵もそういう目で見ていたが…

…歴史家リューディガー・オーヴァーマンは、武装SSにおける戦死者の比率は陸軍のそれと比べてもそれほど高いわけではなかったことを指摘している。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 武装SS

 と、特別に無謀だったワケでもなさそう。というか、国防軍と武装SSの違いとか知ってるのは専門家と軍ヲタぐらいだろうに、そういう解説がないあたり、この本は不親切だよなあ、と思う。

 それはそれとして、陸海空の違いも面白い。

…陸軍兵士たちの会話において、技術的な側面が登場することはほとんどない(略)。陸軍兵士たちの装備には、他の兵科と比較すると、六年にわたる戦争のあいだにもさほど変化がないのである。(略)
空軍の状況はまったく異なっていた。(略)六年間にわたる戦争のあいだに並外れた急速な技術革新が見られた。(略)1939年のMe109は、1945年のそれとはほとんど似て非なるものであった。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 技術

 銃や砲は成熟した技術なので進歩が穏やかで航空機は若いから進歩が速いのか、銃の性能は戦闘にあまり影響しないのか、陸軍の装備は生産量が膨大だから下手に更新できないのか、どうなんだろうね。この本じゃ戦車兵が出てこなかったけど、彼らはどうなんだろう? それはともかく、空軍が特に注目したのは…

航空機の性能は、たいていの場合エンジンで評価される。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 技術

 と、当時はエンジンが最も大事だった。たぶんこれは、現代でも大きくは変わってないと思う。また戦況についても、陸海空の違いは大きい。

…電撃戦の時期に兵士たちは、(略)非常に明るい将来への期待を強めていた。空軍と陸軍においては(略)自分が捕虜になったときでさえも、自信が根本的に揺らぐことがなかった。
これに対して海軍兵士にとっては、(略)巨大なイギリス海軍にたいして自分たちがいかに劣勢であるかということを、彼らはあまりにも痛感していたのである。
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 勝利への信念

 電撃戦の時期とは1940年前半で、破竹の快進撃を続けていた頃。つまり彼らは、自分の部署の好不調=戦争全体の趨勢、みたく考えていたのだ。意外なのがUボートへの評価で…

(1940年11月、U32艦長ハンス・イェニシュ中尉)「私の意見では、Uボートは時代遅れですね」
  ――第3章 戦う、殺す、そして死ぬ 勝利への信念

 連合軍からは恐怖の象徴のように見られていたUボートだが、現場の将兵の評価はなぜか低い。1940年11月と、Uボートが猛威を振るっていた時期の言葉であることに注目しよう。なぜこうまでも低評価なのかは不明だけど。

 敵に対しては、パルチザンへの憎しみの強さが印象に残る。ちょっと「狙撃手」への憎しみに似ているかも。いつ、どこから撃たれるかがわからないって不安と恐怖が、怒りに転じたのかな。それだけに、パルチザンへの報復は激しく、民間人の巻き添えも厭わないものとなる。南京虐殺やソンミ村事件などは、こういう心理が高じた…ってのは、仮定を重ねすぎか。

 この記事では触れなかったが、ユダヤ人虐殺や民間人の強姦そして赤軍捕虜の虐待などにも、本書は多くの紙数を割いている。ちなみに西部戦線は激しくとも紳士的?な戦いだったが、東部戦線は独ソともに相手民族の殲滅を望み軍人民間人を問わない蛮行が横行した(「スターリングラード」「ベルリン陥落 1945」)。その東部戦線で戦った者が少ないのが、不満といえば不満かも。

 なぜナチス・ドイツはおぞましい蛮行に走ったのか。それを探る上で、重要な示唆を本書は与えてくれる。その結論は、平和な現代日本に生きる私たちを不安にさせるものだ。それだけに多くの人に読まれて欲しい。ただ、先の東部戦線と西部戦線の違いなど、読みこなすには軍ヲタでもなければ分からない知識が必要なのは惜しい。逆にニワカな軍ヲタにとっては、陸海空の違いや情報収集にかけるイギリスの執念など、美味しいネタ満載なのが嬉しかった。

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2019年7月 2日 (火)

デルフィーヌ・ミヌーイ「シリアの秘密図書館 瓦礫から取り出した本で図書館を作った人々」東京創元社 藤田真利子訳

「本を読むのは、何よりもまず人間であり続けるためです」
  ――p51

「サラエボのことを読むと、ひとりぼっちじゃないと思える。僕たちの前に、ほかの人たちも同じ困難を経験してきたんだって」
  ――p125

「町を破壊することはできるかもしれない、でも考えを破壊することはできない」
  ――p167

【どんな本?】

 2013年の末、ダマスカスの南西7kmの町、ダラヤ。反政府軍の支配地域として、アサド政府軍による包囲が一年ほど続いている。毎日ヘリコプターから樽爆弾が降り注ぎ、瓦礫だらけとなった町で、青年たちは崩れ落ちた家を掘り返していた。そこは小学校の校長の家だったが、一家は既に町から避難している。青年たちが掘り出していたのは、本だった。

 21歳のアフマド・ムジャヘドは、それまで本に縁がなかった。だが、友人に誘われて本の発掘を手伝ううちに、アフマドの何かが変わった。

 それからアフマドは仲間を集めてピックアップトラックで町を走り回り、瓦礫の下から本を掘り出し始める。やがて集まった本は一万四千冊になる。置き場所を考えなきゃいけない。

 そこで彼らは地下に公共図書館を作る。ダラヤで最初の図書館だ。それまで、アサド政権下のダラヤには図書館がなかった。青年たちは棚板を切り、本の破れを修理し、テーマ別に分類してアルファベット順に並べる。本には持ち主に返せるように、所有者の名前を書き入れた。そして窓には砂袋を積み上げる。

 やがて図書館が開館する。休館日は礼拝のある金曜日、それ以外は九時から十七時まで。無差別に投げ落とされる爆弾の雨が降る中、図書館には人々が集まり始める。十年前の抵抗運動の闘士、映像ジャーナリスト志望の青年、自由シリア軍の兵士、家で待つ妻や子供のために本を借りに来る人もいる。

 ダラヤから1500km離れたイスタンブールに住む著者は、フェイスブックでダラヤの図書館を知る。やがてアフマドに辿りついた著者は、スカイプやワッツアップを介して、彼らの物語に触れ…

 シリアはどんな国で、いったい何が起きているのか。自由シリア軍・ヌスラ戦線・自称イスラム国は、どんな勢力なのか。アサド政府軍は、どのように戦っているのか。包囲された町で、人々はどうやって暮らしているのか。そしてアフマドたちは、死と隣り合わせの状況にありながら、なぜ図書館を運営するのか。

 空襲の下で暮らす人々の視点で描く、ちょっと変わったシリア内戦のレポート。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Les Passeurs de livres de Daraya : Une bibliothèque secrète en Syrie, Delphine Minoui, 2017。日本語版は2018年2月28日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約178頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント40字×16行×178頁=約113,920字、400字詰め原稿用紙で約285枚。文庫本でも薄い一冊分。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。いちおうカテゴリーは軍事としたけど、特に軍事知識は要らない。「なんか今シリアは大変なことになってるよね」ぐらいに知っていれば充分。

【感想は?】

 内戦の現地報告だ。それだけに、読者の政治的な立場で評価は大きく変わる。

 この本だと、最大の悪役は大差をつけてアサド政府だ。次に自称イスラム国、ヌスラ戦線と続く。自由シリア軍は比較的にマシだけど、あまりいい扱いじゃない。だから、アサド政権を支持する人には腹立たしい本だろう。さようなら。

 ルポルタージュと言うには、客観性にいささかの疑問はつく。なにせ著者はイスタンブールにいて、現地ダラヤに行っていない。当時のダラヤはアサド政府軍に包囲されていて、ジャーナリストは出入りできなかった。

 では、どうやって取材したのかと言うと、これが今世紀ならではの方法。インターネット経由のお喋りソフトであるスカイプや、スマートフォンのメッセージ・アプリケーションのワッツアップで、秘密図書館のメンバーであるアフメドらと連絡を取り合ったのだ。そんなワケで、本書はダラヤの住民の視点で描かれる。

 ここが少々ややこしい。実のところ、アフメドらはノンポリってワケじゃない。アサド政府軍は包囲前に避難勧告を出していて、それでも残ったのが彼らだ。だから、反政府組織ではあるのだ。とまれ、いきなり「殺されたくなければ出て行け」と言われて、ハイそうですかと素直に住み慣れた家を出ていきますか? そうやって我が家から叩き出す政府を支持できますか?

 まあいい。この本では、なぜダラヤがしぶとく抵抗を続けたのかを、アフマドの父に遡って説明している。民主化を求める運動では、筋金入りなのだ、ダラヤという町は。また、そんなダラヤに対し、アサド政府軍がどう対応したのかも。加えて、為政者にとって、市民のデモがどんな意味を持つのかも、読み取れるだろう。これを読むと、香港のデモの解釈も違ってきます。

 そんな風に、サリンや樽爆弾が毎日降り注ぐ中、彼らは秘密図書館に通い続ける。この図書館が出来る前のシリアの出版事情は、独裁政権のお約束通りの検閲バッチリだ。が、彼らが作った図書館は文字通りの掘り出し物で、実はソレナリに色々あったのがわかる。だけじゃない。スカイプやワッツアップを使いこなす青年だけあって、電子図書まで扱い、さらには自主出版にまで手を出す。わはは。

 そんな彼らの多くが、包囲前はあまり本を読まなかった、というのも意外な話。そして本を読むようになって、どう変わっていったのかってあたりは、本好きの涙腺を刺激しまくりだ。爆弾もミサイルも検問も気にせず、気軽に書店や図書館に通える暮らしの有難みを、改めて感じさせてくれる。私って、実は贅沢な環境に恵まれてたんだなあ。

 とまれ、さすがに一万冊を超える本があれば、片っ端から全部読むって訳にもいかない。本の選び方にも性格が出る。うーむ、私はやっぱり優柔不断だったかw でもさ、ズラリと並ぶ本棚を眺めるのって、ちょっとウィンドウ・ショッピングみたいな楽しさがあるよね、ね。

 選ばれる本だって、人気不人気がある。彼らの間でベストセラーになるのは何かってのも、ちょっとした野次馬根性で楽しめた。いかにもアラブだなあと思う本もあれば、私たちにも馴染みの本もあるし、包囲下のダラヤならではの実用書もある。ここに少し不満があって、できれば「本書内に出て来た本の一覧」が欲しかったなあ。

 潤沢な予算と兵器と兵力に加え、イランやロシアの傭兵、そして御法度の毒ガスまでも使って、市民たちの自由を押しつぶそうとするアサド政府軍に対し、「秘密図書館」という奇想天外な方法で抗おうとした若者たちの物語。本が好きな人はもちろん、「市民から見たシリア内戦」を知りたい軍ヲタにもお薦めの一冊だ。

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2019年6月23日 (日)

ロイ・アドキンズ「トラファルガル海戦物語 上・下」原書房 山本史郎訳

ナポレオン・ボナパルト「我々が海を支配しなければならないのは、たった6時間でよい。そうしたら、イギリスという国はもはやこの世に存在しなくなる」
  ――第1章 侵略

…艦尾や艦首には数門程度の砲しか設置する余地がないため、軍艦の火力は舷側に集中していた。標準的な戦術は、戦艦の艦首または艦尾に対して垂直の位置につけることだった。こうすれば敵に対して片舷斉射をフルに見舞えるいっぽう、敵からはほんの数門の砲撃しか浴びない。
  ――第3章 舞台はととのった

トラファルガル海戦は帆走の木造戦艦からなる二つの艦隊が、まともにぶつかり合う最後の大決戦となる。
  ――第4章 戦闘開始

フランス・スペインの艦艇は、合計で三万名の人員を擁していたので、17000名だったイギリス艦隊に比べて、ほぼ倍の兵力だった。ところが、フランス・スペインの乗組員のうち、多くは陸兵だった。
  ――第4章 戦闘開始

(フランス艦ルドゥターブルの)643名の乗組員のうち、522名が戦闘不能となったが、そのうち死者は300名、負傷者222名だった。
  ――第7章 殺戮

あの当時、我々(フランス・スペイン連合艦隊)はマストを狙うことを原則としており、敵に真の損害をもたらすために、大量の砲弾をむだに使った。(略)彼ら(イギリス艦隊)は…水平に砲撃した。そのおかげで、たとえ砲弾が直撃せずとも、少なくとも海面を跳ね、跳弾としてきわめて大きな効果があった。
  ――第8章 地獄絵図

海戦の日に沈んだのは、爆発したアシルただ一隻だったが、それにつづく一週間のあいだに、さらに14隻のフランス・スペイン連合艦隊の船が難破もしくは沈没し、その結果イギリス軍の手に残った捕獲艦はわずか四隻(バハマ、サンイルデフォンソ、サンファンネポムセーノ、スウィフトシュール)にすぎなかった。
  ――第11章 ハリケーン

トラファガル海戦のニュースはフランスで一か月以上のあいだ首尾よく隠匿され、ついに新聞各紙がその話を掲載するにいたったときには、フランス・スペイン連合艦隊の空前絶後の大勝利として、大本営発表がなされた。
  ――第12章 使者たち

(英国海軍の)多くの者にとって、トラファルガル海戦の勝利の報酬として得たものは、死ぬほどの退屈と、未来への不安だった。
  ――第15章 英雄、それに悪者

スペインは、(略)トラファルガル海戦は名誉ある敗北と考え、(略)戦闘に参加したスペイン人士官はみな昇進をえて、どの水兵も兵士もその日のために三倍の給料をもらった。
  ――第15章 英雄、それに悪者

【どんな本?】

 1805年10月21日。ネルソン率いるイギリス艦隊27隻と、ヴィルヌーヴ率いるフランス・スペイン連合艦隊33隻が、スペインのトラファルガル岬沖で激突する(→Wikipedia)。帆船同士の戦いとしては史上最大級であり、またナポレオンが席捲するヨーロッパの命運を左右する戦闘でもあった。

 この戦いはどんな経緯を辿ったのか。それぞれの艦はどう戦ったのか。そして、戦いが終わったあと、戦士たちにはどんな運命が待ち受けていたのか。

 戦闘記録だけではなく、当時の風俗や軍艦そして乗り込んだ者たちについて、艦の構造・操艦・各所の住み心地にはじまり、軍船の積荷、砲の射程・精度・威力や発射までの手順、将兵の給与・食事・排泄・就寝・着衣、それぞれの部署や役職の平時・戦闘準備・戦闘時の行動などを、公的な資料に加え新聞や水兵の私信まで動員し、綿密かつリアルに再現した、迫真の歴史書である。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Trafalgar : The Biography of a Battle, by Roy Adkins, 2004。日本語版は2005年11月10日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み上下巻で本文約249頁+237頁=約486頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×18行×(249頁+237頁)=約393,660字、400字詰め原稿用紙で約985枚。文庫本でも上下巻ぐらいの分量。

 文章は軍事物とは思えぬほどこなれていて読みやすい。また内容も当時の軍事・政治情勢から庶民の生活・風俗に至るまで綿密に描いているわりに、素人にも分かりやすく懇切丁寧に説明しているので、拍子抜けするほど素直に頭に入ってくる。また帆船の構造や操船方法など、初歩的なこともイラストを使って説明していて、入門書としても優れている。

 敢えて言えば、戦場となるヨーロッパ西部の地図があるといいだろう。また、随所に戦闘図や用語説明などが入っているので、栞をたくさん用意しておこう。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •   上巻
  • 図版一覧(地図、海戦図、軍艦)/口絵
  • はじめに 商売をおぼえる
  • プロローグ 初弾発射
  • 第1章 侵略
  • 第2章 戦い前夜
  • 第3章 舞台はととのった
  • 第4章 戦闘開始
  • 第5章 初弾発射
  • 第6章 第二撃
  • 第7章 殺戮
  • 第8章 地獄絵図
  • 注釈/出典一覧
  •   下巻
  • 図版一覧(地図および海戦図)/口絵
  • 第9章 降伏
  • 第10章 失って、そして勝った
  • 第11章 ハリケーン
  • 第12章 使者たち
  • 第13章 余波
  • 第14章 勝利の果実
  • 第15章 英雄、それに悪者
  • 船と艦長/謝辞/参考図書/注釈/訳者あとがき/出典一覧/参考文献

【感想は?】

 原書房って、ややマニアックな本が多いと思っていたが、この本で大きく印象が変わった。

 いや内容がマニアックなのは確かだ。なにせ帆船同士の戦いを再現するって本だし。が、信じられないほど初心者に親切に書いてある。C・S・フォレスターのホーンブロワー・シリーズなどの帆船小説を読む前に、これを入門書として読んでもいいぐらい。

 なんたって、表紙を開いたら見返しにいきなり、帆船の帆と甲板の名前をイラストで説明してる。裏表紙にはマストと索の説明だ。実際、私は読みながら何度もこのイラストを見直した。また、「上手回し」「下手回し」などの基本的な用語も、その理屈から使い道まで、素人にもわかよう、イラストを交えて書いてある。なるほど、上手回しは速いけど難しく、下手回しは遅いけど易しいのね。

 なにせ舞台は19世紀初頭だ。外国でもあるし、21世紀に暮らす私たちにはピンとこない、どころかとんでもない勘違いをしかねないところも多い。そういう部分を、懇切丁寧に教えてくれるのが、この本の嬉しい点。私のようなSF者にとって、こういう私たちとは全く違う暮らしの描写は、とっても美味しいご馳走なのだ。

 例えば当時の通信システム。今なら携帯電話一発だが、当時は無線なんかない。手旗信号がせいぜいだ。これが艦隊だと、広い範囲に艦が散らばってるんで、手旗信号のリレーになる。だもんで、敵艦隊がカディス港を出たとの報は、発信してからネルソンに届くまで二時間もかかってる。ばかりか、戦闘が終わってから勝利の報がロンドンに届くまでも、戦闘後に艦隊が嵐に巻き込まれた事もあって…。

 やはり迫力あるのが、艦上の暮らしを描くところ。食事も酷いもんで、とにかく何でもすぐ腐る。水だって川の水を樽に詰めただけ。「数日もたてば(略)腐臭を放った」はいいが、「それがふたたび旨くなり、飲料可能となることも多かった」って、なにそれ怖い。ブランデーがあるんだから蒸留技術はあったはずなんだが、原因である細菌とかは知られてなかったのだ。

 バターやチーズもすぐ腐る。が、腐ったバターはロープに刷り込む。それで防水性を高めしなやかになるが、臭いは…。堅パンも最初は堅いが、やがて軽くグズグズになる。ゾウムシが沸くのだ。「この虫は食べると苦い味がした」って、ひええ。おまけにネズミも走り回り、これも水兵の腹の足しになった上に、壊血病も防いでくれた。とはいうが、病気になるがネズミを喰うかって、かなり厳しい選択だよなあ。

 そんなんだから入浴や洗濯は推して知るべしで。つくづく、電気と冷蔵庫の有難みを感じてしまう。加えてトイレの話もちゃんと出てくる。水洗便所はもちろんトイレットペーパーなんかない時代だから…

 とかの暮らしの描写も鮮やかだが、戦闘についても知らないことばかり。かの有名なネルソン・タッチにしても、思い込みを見事に覆してくれる。敵の縦列に対し横から二列で突っ込んでいく、あの有名な戦術だ。

 突っ込んでいくと書くと勢いよく突っ走ったように思えるが、当日はほとんど風がなかった。だもんで、戦闘準備が終わってから、実際に弾が飛んでくるまで、数時間かかっている。先頭にいるコリングウッドが乗るロイヤルソヴリンも大変で、数十分も敵艦隊の片舷斉射を受ける。その間、ひたすら耐えるだけ。艦隊の形こそ日本海海戦と似ているが、実際の戦い方は全く違うのだ。

 となれば指揮の方針も全く違う。ネルソンが狙ったのは、敵味方入り乱れての泥仕合だった。

サー・ホレイシオ・ネルソン「…混戦にもっていくつもりなのさ。それがわたしの狙いなんだ」
  ――第5章 初弾発射

ネルソンはわざわざ特別の取り決めをおこない、戦いがはじまってしまえば、それぞれの艦長が独自の判断によって行動してもよいことにしておいた。
  ――第5章 初弾発射

 勝手にやれってワケだ。なぜかというと、イギリスの方が練度が高く、それぞれがサシでやりあえばまず勝てると踏んだから。もっとも、それだけじゃなく、互いが撃ち合えば砲煙で真っ白になり、命令の伝えようがないってのもあるけど。たいした自信だけど、当時の軍は通信手段の問題もあって、前線指揮官に大きな権限を与えるのは普通だったんだろう。

 これを敵の司令官ヴィルヌーヴが、ちゃんと見通してたってのも意外だった。

ピエール=シャルル=ジャン=バティスト=シルベストル・ド・ヴィルヌーヴ「彼らは我々の戦列の真ん中を突っ切り、〔わが艦隊本体から〕分断された艦艇に兵力を集中させて包囲し、粉砕するだろう」
  ――第3章 舞台はととのった

 ヴィルヌーヴの最後は下巻で描かれるんだが、これを読むとナポレオンの印象が大きく変わる。

 砲についても、撃つまでの手順が細かく書いてあって、「確かにこれじゃたいした精度は期待できないなあ」と嫌でも納得できる。なにせ点火から発射まで数分かかるし、その間に艦も波で揺れる。だからよほど近くないと当たらないのだ。実際、砲口が敵艦にぶつかる場面もよく出てくる。これが実に怖くて…

 何が怖いと言って、火事が怖い。現在の火薬は火がついても燃えるだけだが、当時の火薬は爆発する。だから、弾薬室は最下層にある。ここに入るには、持ってる金属をみんな取り出さなきゃいけない。当時は照明もカンテラなんだけど、もちろん火なんか持ち込むワケにはいかず…

 そんなわけで、敵艦の砲口は怖い。弾が出てくるってだけじゃなく、砲口は熱くなってる。この熱が船体や索や帆に移ったら、艦が燃えて爆発炎上してしまう。だもんで、敵艦の砲口に水をかける場面が何度も出てくる。というか、そういう間近な距離で撃ち合ったのだ。

 弾丸にしても当時は信管なんてない鉄の球。または散弾銃がわりのぶどう弾(→Wikipedia)だ。ならたいして怖くない、なんて思ってたんだが、これも大間違い。

弾丸が貫通すると、さしわたし30ヤードの空間に木の裂片を雨のように降らせ、そこにいる者を殺傷する。
  ――第4章 戦闘開始

 おまけに、艦を貫通すりゃともかく、艦内に弾丸が残ると、これがゴロゴロ転がって人を踏み潰す。だもんで、撃つ方も、至近距離だとワザと貫通しないように火薬を減らしたり、砲に弾丸を二つ三つ込めて勢いを殺したり。しかも負傷した後も怖い。当時は感染症も知られてない。医者がやるのは、使いまわした刃物で傷ついた手足を切り取るだけ。麻酔もないから…

もっともすばやい医師が、もっとも手術の成功率の高い医師であった。
  ――第8章 地獄絵図

 さっさと切らないと、患者が痛みでショック死しちゃうのだ。この手術の様子もミッチリ書いてあるので、スプラッタなホラーが好きな人は楽しみにしておこう。

 と、そんな具合に、単に海戦を描くってだけじゃなく、当時の艦上の暮らしを、かぐわしい?香りが漂ってきそうなほど、詳細かつ鮮明に、かつ素人にも分かりやすく書きこんであって、これが迫力を増している。戦闘の記録なんでカテゴリはいちおう軍事/外交としたけど、むしろ歴史の一場面を再現するって点で、とても面白い本だった。

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2019年5月29日 (水)

岩根圀和「スペイン無敵艦隊の悲劇 イングランド遠征の果てに」彩流社

イギリスが自力で勝ったのではなく、むしろ戦闘と言われるほどの戦闘はなかったのが事実であった。ありていにはスペイン艦隊はイギリスから打撃を被ったのではなく、飢えと渇きと病気、そして悪天候による強風と嵐による難破のせいで被害を被ったのがほとんどであった。
  ――まえがき

…(予定では)スペインから大規模の艦隊をフランドル沖へ回航配備して海峡の掃討警備を固め、その保護のもとにパルマ公麾下のフランドル軍が安全に海峡を渡ってテムズ河口に上陸する。そこから一気呵成に敵軍を蹴散らして一週間でロンドンへ攻め込んでエリザベスの身柄を確保するのである。
  ――第2章 イングランド遠征計画

ベネチア大使リッポマーノがメディナ・シドニア公を評して「この貴族はスペイン随一の大公である。素晴らしい性格で誰からも愛されている。慎重で勇敢なばかりかきわめて善良で温厚な人物である。多数の貴族そしてアンダルシア全体から慕われるだろう。惜しむらくは海の経験が広くない」
  ――第3章 サンタ・クルス候の死去

…この規則はメディナ・シドニア公とても例外なく厳密に適用され、総司令官と言えども水夫と同じビスケットを齧り、おなじぶどう酒を飲んでいた。
  ――第4章 メディナ・シドニア公に王室旗の譲渡

帆船同士の戦いでは先手を取って風上の位置を占めるのが有利に戦うための絶対条件である。
  ――第6章 プリマス沖戦闘 7月31日

イギリスはスペイン艦隊を撃滅する必要はなく、またそれだけの戦力もなかったが、敵をイギリス沿岸から寄せつけずに上陸を阻み、風下へ追いやればよかった。
  ――第13章 北海からスコットランドへ

【どんな本?】

 1558年に行われたスペインの無敵艦隊とイギリス艦隊の海戦、いわゆるアルマダ海戦(→Wikipedia)は、帆船小説の舞台にもよく使われ、名前はよく知られている。だが、その多くは英国の資料や言い伝えに基づくものであり、スペイン側の視点で語られることは少ない。

 本書はスペイン側の資料を丁寧に漁り、当時の時代背景と戦局・アルマダ海戦の目的・計画・準備などから始まり、参加した艦船の種類と能力・搭載した火器の種類と性能・乗艦した人員の出自と技能・食事など船上の生活などにも目を配りつつ、主にスペイン艦隊を指揮したメディナ・シドニア公を中心に、アルマダ海戦の計画から帰還までを再現したものである。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年3月30日第1猿発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約308頁。9ポイント48字×19行×308頁=約280,896字、400字詰め原稿用紙で約703枚。文庫本ならやや厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もあまり細部にまでは踏み込まず、素人にも理解できるレベルに抑えている。敢えて言えば、イギリス沿岸の地図があるとわかりやすいだろう。

【構成は?】

 序章を例外として、ほぼ時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

  • まえがき
  • 序章 フェリペ二世の崩御
  • 第1章 スペイン艦隊総司令官メディナ・シドニア公
    エリザベス女王の破門/海賊ドレイク/サン・ファン・デ・ウルア事件/スコットランド女王メアリ・ステュアートの処刑/フランドル軍資金運搬船の拿捕/ポルトガル王位僭称者ドン・アントニオ/ベルナルディーノ・デ・メンドサ隊士の書簡
  • 第2章 イングランド遠征計画
    ドレイクのカディス襲撃/スペイン艦隊の被害状況/ドレイクのその後の行方/*樽材の焼却事件
  • 第3章 サンタ・クルス候の死去
    メディナ・シドニア公の断り状/メディナ・シドニア公、総司令官の受諾/メディナ・シドニア公の管理能力/リスボン出撃まで/スペイン艦隊の全容/スペイン艦隊の主要指揮官/艦船の種類/*三日月型陣形
  • 第4章 メディナ・シドニア公に王室旗の譲渡
    リスボン出港/ひたすらにマーゲイト岬へ/神学校のピクニック/厳しい艦隊生活/スペイン艦隊の食糧事情/食糧・飲料水の腐敗、コルーニャ入港/遠征の中止を進言/イギリスの防衛体制
  • 第5章 コルーニャ出撃 7月21日
    *兵隊の給料
  • 第6章 プリマス沖戦闘 7月31日
    上陸地点の確定/プリマス攻撃の主張
  • 第7章 スペイン艦隊の大砲その他の火器
    大砲類/火縄銃とマスケット銃
  • 第8章 「ロサリオ」放置事件
    事故船の救援活動/ペドロ・バルデスの主張/「サン・サルバドール」爆発事故
  • 第9章 ポートランド沖戦闘 8月2日
    おとり作戦/ワイト島通過/*スペイン艦隊の病院船
  • 第10章 カレー沖 8月8日
    火船攻撃/「サン・ロレンソ」蟹のように潰れて
  • 第11章 出撃してこなかったパルマ公
    相次ぐ出撃要請/パルマ公の裏切り/*スペインの通信網
  • 第12章 グラベリーヌ沖海戦 8月8日
  • 第13章 北海からスコットランドへ
    北北東に進路を取れ
  • 第14章 フランシスコ・クエジャルの苦難
    「ラビア」の座礁/船でスコットランドへ
  • 第15章 アイルランド沖難破、消えた54隻
    サンタンデール入港/ミラノ騎兵隊総司令官レイバの戦死/アイルランド漂着者の処刑/帰還後のフェリペ二世の指令
  • 第16章 スペイン艦隊のその後
    領地サンルカルへ/イングランドの反撃
  • 終章 メディナ・シドニア公の死
  • あとがき
  • スペイン艦隊年表/註/参考文献

【感想は?】

 明らかに著者はスペイン贔屓だ。

 中でもイチオシは艦隊総司令官のメディナ・シドニア公、次いで国王フェリペ二世が好きらしい。対してパルマ公は嫌われている。

 さて、名前は有名なアルマダ海戦だが、その実体を読んでみると意外な事ばかりだ。なんといっても、マトモな戦闘らしきものがほとんどない。いや戦闘はあったんだが、その被害がほとんどないのだ。少なくとも、スペイン側には。

 スペイン側の総数は約130隻。うち戦闘で失ったのは6~7隻だ。ただしスペインに帰れたのは65隻。勘定が合わない分は帰路で失われた。帰路で多くが消息を絶ったのは有名だが、戦闘の被害がそれほど少ないのは意外だった。

 それだけじゃない。当時の海戦じゃ艦砲はほとんど脅しで、最終的な決着は敵船に乗り移っての白兵戦が主体だと私は思っていた。実際、1571年のレパントの海戦(→Wikipedia)では激しい白兵戦になっている。だが、17年後のアルマダの海戦じゃ白兵戦が起きていない。銃の撃ち合いはあっても、剣や槍の出番はなかったのだ。

 有名なカレー海戦におけるドレイクの火船にしても、物語に登場するのとは全くイメージが違う。そもそも火船は奇襲じゃなかった。「木造帆船は火がつきやすいので火船攻撃はこの頃の常識であった」。だからスペイン側も、「水夫の末端に至るまで誰もが火船攻撃を予想して警戒態勢を怠らなかった」と、充分に予測していたのだ。実際、結果も物語とは全く違う。

火船攻撃による実害はなかった。つまり火が燃え移って火災を起こしたスペイン艦船は一隻もなかった。
  ――第10章 カレー沖 8月8日

 確かに密集はしていたし、混乱は起きた。索が絡まるのを防ぐために断ち切ったりはしたが、燃え上がった艦はなかった。なんとも意外な話である。もっとも、映画やドラマを作る立場からすれば、ここでド派手に燃え上がった方が見栄えがするんで、どうしても燃やしたくなるんだろう。

 通して読むと、最初からスペイン艦隊の負けが決まっていたように思える。

 そもそも、スペインの目的は英海軍との戦いじゃない。フランドル(今のオランダ・ベルギー・ルクセンブルグ)のパルマ公と合流し、イギリスに上陸することだ。陸兵をイギリスに届けさえすればいいのである。物語では総司令官のシドニア公が覇気に欠けるように描かれるが、それも当然のこと。目的は陸軍に海峡を渡らせることであって、それまでは戦力を温存したかったのだ。

 ところが、終盤で明らかになるのだが、肝心のパルマ公にはやる気が全くない。イギリス上陸に割く余裕があるなら、フランドルに援軍を寄越せ、というのがパルマ公の本音である。これをシドニア公→パルマ公、パルマ公→フェリペ二世の書簡で暴いていくあたりは、終盤での読みどころだろう。

 書簡を多く収録しているのも本書の特徴で、彼らの人物像が鮮やかに伝わってくる。

 主役のシドニア公は礼儀正しく穏健ながら細部に目が行き届くキレ者で、海の素人とか言われちゃいるがとんでもない。そもそも艦隊そのものから人員や備品まで遺漏なく整備・調達したのはシドニア公で、最初に総司令官に予定されていたサンタ・クルス侯が亡くなった以上、艦隊にもっとも詳しく誰もが順当な人選だと考えていた。

 人物像で私が最も意外に感じたのはフェリペ二世だ。絶対王政の君主だから強引な人かと思ったら正反対。

 特にシドニア公に宛てた手紙を多く収録しているんだが、何度も「あなたはたいへん優れた仕事をしているし、私はあなたを信頼している」と繰り返している。政治的にも財政的にもシドニア公は有力で疎かにできないってのもあるんだろうが、権力をかさにきてゴリ押しするような人じゃない。むしろ若い頃の秀吉のように、相手を巧みに取り込むタイプに見える。

 もっとも、この遠征はさすがに無茶だったけど。それでもちゃんと己の非を認める器量はあって…

国王(フェリペ二世)はメディナ・シドニア公へ迅速に指令を出して帰還者に対する手厚い庇護の手を差し伸べている。
  ――第15章 アイルランド沖難破、消えた54隻

メディナ・シドニア公に対するフェリペ二世からの叱責はいっさいなかった。
  ――第16章 スペイン艦隊のその後

 と、敗戦の将兵を厚くねぎらっている。まあ、下手に刺激して内戦なんかやってる場合じゃないってのもあるんだろうけど、かなり巧みな政治的センスの持ち主なのが伝わってくる。

 とかの偉い人の話に加え、当時の船上での生活を描いているのも、本書の嬉しい所。中でも迫真のリアリティを感じるのが、食事の配給。ビスケットやワインなどの一日の配給量を数字を挙げて書いている。中には米なんてのもあるが、それをどう調理したのかは不明なんて書いてあるあたりには、著者の誠実さを感じる。

 ここではスペインはワインなのに対しイギリスはビールってあたりに、お国柄を感じてクスリとなったり。またベーコンやチーズなども積んでいるんだが、これが続々と腐っていくあたりは、当時の海の恐ろしさを感じると共に、戦略物資としての塩の重要性も伝わってくる。また水の配給量をみると、衛生面もだいたい見当がついたり。臭かっただろうなあ。

 加えて艦の種類や性質、砲の能力なども過不足なく書いてあり、政略などの俯瞰的な視点から、戦術・戦闘技術などニワカ軍ヲタ向けの基本知識、そして給金や食料など兵の生活に関わる部分まで、バランスの取れた内容でスペイン艦隊の悲劇を再現する、迫力あふれる本だった。

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2019年4月17日 (水)

崔文衡「日露戦争の世界史」藤原書店 朴菖熙訳

日露戦争は単なる日本とロシア両国間だけの戦争などではなくそれは韓国・満州をつつみこんだアジアの戦争であり、欧米列強が介在し、帝国主義国間の利害が直接、かつ複雑に絡み合った、一つの世界大戦であったと見なされる。
  ――序文

クロパトキンは義和団事件が起こると「たいへん喜ばしいことである。これが我々に満州占領の口実を与えてくれるだろう」と喜んだ。
  ――第2章 ロシアの満州占領と列強の反応

≪日英同盟≫はその成立とともにロシアを当惑させ、先ずは彼らの対清外交を委縮させた。
  ――第2章 ロシアの満州占領と列強の反応

≪六か条の対ロシア協商草案≫ 第二条:ロシアは韓国における日本の優越した利益を承認し、日本は満州における鉄道経営におけるロシアの特殊利益を承認する。
  ――第3章 アメリカ・イギリスの対日支援と日露開戦への道

ルーズベルトは韓国での利権を日本に譲り、満州において日本とロシアを対決させて勢力の均衡を維持したいと考えた。
  ――第3章 アメリカ・イギリスの対日支援と日露開戦への道

列強はもともと韓国に対する日本の独走をけん制する意図がなかった。ロシアの場合牽制する意思があったとしてもそれだけの能力が無かった。
  ――第4章 日露戦争と国際関係

…日本は、イギリス・フランスの支援の下、ロシアとの間で満州問題が解決されてはじめて≪韓国併合≫が可能になった。すなわち、ロシアは日本と野合し、イギリス・フランスは日本の韓国併合を黙認した。前者は満州での自国の権益維持のためであり、後者両国は対独包囲網構築に日本を利用せんがためであった。
  ――第5章 戦後の状況と日本の≪韓国併合≫

【どんな本?】

 日露戦争は、その名のとおり日本とロシアの戦争だ。しかし、その陰で、ヨーロッパ各国やアメリカは活発に外交活動を続け、また一部では軍が動くこともあった。それぞれの国の内情と思惑は、どんなものだったのか。そして、戦争の帰趨は、各国の動きにどう影響したのだろうか。

 日本・ロシア・清・韓国はもちろん、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツなど主要な国々で資料を集めて分析し、当時の世界情勢の中での出来事という俯瞰的な視点で日露戦争と韓国併合を捉えなおす、専門家向けの研究書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 韓国版の翻訳だ。少し調べたが、朝鮮語での書名はわからなかった。訳者あとがきによると、韓国版の書名は(日本語に訳すと)「国際関係史から見た日露戦争と日本の韓国併合」だとか。日本語版は2004年5月30日初版第1刷発行。予定ではソウル・東京同時出版。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約324頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント46字×17行×324頁=約253,368字、400字詰め原稿用紙で約634枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はやや硬い。内容はかなり専門的で、はっきり言って研究者向け。読みこなすには、当時の事件や社会情勢に関して、相応の前提知識が必要だ。

 例えば閔王妃殺害(→Wikipedia)や俄館播遷(→Wikipedia)などについて、「ソレは何か」の説明はない。いきなり背景や影響など、深く掘り下げた記述が入る。その程度は説明しなくてもわかる人向けの本だ。これは日露だけに関わらず、ボーア戦争(→Wikipedia)やアメリカのマニラ湾侵攻(→Wikipedia)など、広い範囲の世界史の知識が必要だ。

 また、朝鮮半島や満州の地名がたくさん出てくるので、GoogleMap か世界地図があると便利。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

  • 序文
  • 第1章 列強の東アジア分割競争
  • 総説
  • 1 列強の中国大陸分割競争
    • 1 ドイツの膠州湾占領、及びロシアの旅順・大連占領とその余波
    • 2 イギリスの威海衛獲得とロシアの南下阻止
    • 3 日本・フランスなど列強の租借地獲得
  • 2 アメリかのマニラ湾侵攻と列強の反応
    • 1 ルーズベルトの単独命令とデューイのマニラ湾侵攻
    • 2 アメリカのマニラ湾侵攻に対する日本・イギリス・ドイツの反応
    • 3 アメリカのマニラ湾侵攻に対するロシアの反応
    • 4 米国のフィリピン領有決定
    • 5 アメリカの中国門戸解放政策通牒
  • 3 韓半島をめぐる日本とロシアの対立
    • 1 列強の混戦から日本・ロシア対決への転移
    • 2 韓半島支配をめぐる日本とロシアの対立
    • 3 俄館播遷期の日本の対ロシア妥協外交と韓国に関するロシアの対日外交
    • 4 韓国王の還宮とその後の日本とロシアの対立
    • 5 ロシアの旅順・大連租借と西 ローゼン協商

 

  • 第2章 ロシアの満州占領と列強の反応
  • 総説
  • 1 ≪露清単独秘密協定≫と日本の対応
    • 1 義和団事件とロシアの満州占領
    • 2 アレクセーエフ 増棋協約と列強の対露疑惑
    • 3 ロシアの≪韓国中立案≫と日本の≪満韓不可分一体論≫
  • 2 ロシアの満州支配に対する列強の反応
    • 1 ≪ラムズドルフ 楊儒協約≫とドイツ・フランスの対ロシア支援の限界
    • 2 イギリス・アメリカのロシア牽制と対日紫煙の限界
    • 3 日本の対ロシア単独対応と≪1901年3月~4月の戦争危機≫
  • 3 ≪日英同盟≫の成立とその意味
    • 1 日本・イギリスの利害一致と≪同盟の絆≫
    • 2 同盟締結のための日本とイギリスの利害調整と意見折衷
    • 3 ≪日英同盟≫の内容とロシアの対応策模索
    • 4 ロシアの対応措置と≪露清満州撤兵協約≫

 

  • 第3章 アメリカ・イギリスの対日支援と日露開戦への道
  • 総説
  • 1 ロシアの撤兵条約不履行と≪ニューコース≫の確立
    • 1 ベゾブラゾフの登場とツァーリのヴィッテ不信
    • 2 ベゾブラゾフの東アジア視察旅行と≪前進政策≫
    • 3 閣僚・外交実務陣の対策会議と過渡期的混乱
    • 4 ロシアの対清≪七ヶ条要求≫とツァーリの≪ニューコース≫政策採択
    • 5 旅順会議と東アジア総督・東アジア問題特別委員会
  • 2 列強の対ロシア抗議とイギリス・アメリカの対日支援の限界
    • 1 列強の対ロシア消極外交とロシアの対清≪七ヶ条要求≫に対する抗議
    • 2 アメリカの対ロシア寛容外交と日・米・英の対ロシア共同戦線の限界
  • 3 日本の対ロシア協商原則確定と開戦外交
    • 1 日本の対ロシア協商原則確定
    • 2 日本の対ロシア開戦外交
  • 4 アメリカの反ロシア親日政策と対韓政策
    • 1 アメリカの対ロシア宥和から強硬への転換
    • 2 ルーズベルトの販路親日政策の確立
    • 3 ルーズベルトの対韓政策とアレンの批判
  • 5 アメリカの対日積極支援と日本の対ロシア開戦
    • 1 アメリカの対日積極支援とイギリスの対日支援の限界
    • 2 ロシアの孤立と専制政治の矛盾

 

  • 第4章 日露戦争と国際関係
  • 総説
  • 1 日露開戦とアメリカの対日政策
    • 1 アメリカの対日積極支援措置と日本の勝利牽制
    • 2 アメリカ政府の≪日本の韓国保護≫内定とアレンの所信放棄
  • 2 日露戦争の戦況変化とバルチック艦隊
    • 1 戦況の変化とロシア・バルチック艦隊の東進
    • 2 日本のバルチック艦隊撃破と戦争の終結
  • 3 戦況の推移と国際情勢の変化
    • 1 ≪英仏協商≫締結のための両国トップの相互訪問
    • 2 ≪ドッガー・バンク事件≫とドイツの≪大陸同盟≫提議
    • 3 奉天会戦と第一次モロッコ事件
    • 4 バルチック艦隊の壊滅と≪ビョルケ密約≫
    • 5 アルヘシラス会議とドイツの孤立
  • 4 戦況の推移と講和問題
    • 1 戦況の推移と講和問題の抬頭
    • 2 戦況の推移と日本の講和条件の追加要求
  • 5 戦況の推移と日本の韓国植民地化推進
    • 1 日本軍の仁川上陸と日韓議定書・第一次日韓協約の強圧
    • 2 海戦の戦況変化と日本の韓露間諸条約廃棄強圧
    • 3 バルチック艦隊の来航と日本の独島(竹島)併合
  • 6 ≪ポーツマス講和条約≫と日本の韓国保護
    • 1 ≪桂・タフト秘密協約≫と日本の韓国保護
    • 2 ≪第二次日英同盟≫と日本の韓国保護
    • 3 ≪ポーツマス講和条約≫と日本の≪韓国保護≫
    • 4 乙巳保護条約(第二次日韓協約)とアメリカの駐韓公使館の自発的閉鎖

 

  • 第5章 戦後の状況と日本の≪韓国併合≫
  • 総説
  • 1 満州門戸閉鎖に対するアメリカ・イギリスの抗議と日本の対応
    • 1 満州門戸閉鎖に対するアメリカ・イギリスの対日抗議
    • 2 西園寺内閣の対アメリカ・イギリス妥協政策と軍部及び満鉄側の反撥
  • 2 ≪第一次日露協約≫と日本の≪韓国併合≫の企て
    • 1 終戦直後の日ロ間の敵意と接近の背景
    • 2 ≪第一次日露協約≫の締結とその意味
    • 3 ロシアの対日支援外交と≪丁未七条約(第三次日韓協約)≫
  • 3 アメリカの東アジア政策と日本の≪韓国併合≫の黙認
    • 1 日本移民の問題と日本の日清条約強圧に対するアメリカの反日感情
    • 2 独清米協商案と日本の対アメリカ友好追及
    • 3 ≪高平・ルート協定≫と日本・アメリカの一時和解
  • 4 ノックスの満州諸鉄道中立化計画と第二次日露協約
    • 1 タフト政府とアメリカの対日強硬策
    • 2 アメリカの満州鉄鉄道買収政策と日露の動向
    • 3 日本の満州独占の企てと≪露米提携≫対≪日露提携≫
    • 4 ノックスの満州諸鉄道中立化提議と≪第二次日露協約≫
  • 5 日本の≪韓国併合≫
  • 原注/訳者あとがき/関連資料(関連年表・人名索引)

【感想は?】

 軍事の本ではない。外交史の本だ。

 戦闘の記述は、ほとんどない。出てくるのは旅順攻略・対馬海戦・奉天会戦ぐらいだ。それも兵器や戦闘の推移にはほとんど触れない。

 その分、関係する各国の内政状況と、それぞれが外交に抱く思惑について、濃密かつ精微な記述が続く。これにより、特にヨーロッパとアメリカから見た日露戦争…というより中国と満州と朝鮮半島の位置づけが、次第につかめてくる。

 主役はもちろん日本とロシアだ。これにヨーロッパ勢としてイギリス・フランス・ドイツが加わり、新興勢力としてアメリカが横車を押す形となる。読み終えると、日露戦争は第一次世界大戦への大きな曲がり角に思えてくるし、また太平洋戦争への道筋までうっすらと見えてくる。

 対して、戦場となった清と、日本にとっては重要な眼目だった韓国の影は薄い。当時はそういう立場だったんだろう。ちなみに本書では「朝鮮」ではなく「韓国」を使っている。また「竹島」ではなく「独島」としている。

 戦前の各国の立場を大雑把に言うと。

 日本は韓国を完全に植民地化したい。だが南下を企てるロシアが煩い。特に邪魔なのが遼東半島の大連と旅順の軍港と、満州に敷いた鉄道。おまけに鴨緑川周辺にまでロシア人がウロチョロしていて、韓国への侵入を目論むのもウザい。

 ロシアは満州が欲しい。その拠点として旅順と大連を確保した。またシベリア鉄道と満州の鉄道をつなげ、極東への動脈としたい。そのためには北上してくる日本が邪魔になるんで、あの手この手で嫌がらせを仕掛ける。特に韓国は手ごろな道具だ。

 つまり日本は韓国の完全支配を、ロシアは満州の確保が目的だった。それぞれ、その言い訳として、日本はロシアの満州進出を、ロシアは日本の韓国支配を、「奴らは悪いことしてるよね」と世界に訴えようとした、そういう構図だ。

 アメリカにとって重要なのはフィリピンだ。台湾を支配する日本とはぶつかりたくない。よって言い分としては、「日本の韓国には目をつぶるからフィリピンには手を出すな」となる。当時の日本はフィリピンに執着はないから、「おk、把握」な態度。また、満州の利権に食い込みたいので、ロシアが邪魔。

 イギリスはロシアの南下にピリピリきてる。既にインド(当時のインドは現在のパキスタンを含む)やアフガニスタンでロシアとぶつかってるし。だもんで、極東にまでは手が回らない。そこで日本がロシアを抑えてくれるんならラッキーじゃん。

 ドイツは植民地獲得に出遅れたんで、中国を喰いたい。だもんで、中国に食い込もうとする日本が邪魔だ。また、イギリスやフランスと睨み合ってる間柄なんで、ロシアを味方につけたい。特にフランスとロシアの仲を割きたい。

 フランスもドイツと睨み合ってる。だから、ロシアにはドイツを牽制して欲しい。もともとロシアとは縁が深いし。

 そんなわけで、日英米 vs 露独仏 みたいな構図で、日露戦争に突っ込んでいく。この対立の構図が、アメリカのマニラ侵攻での各国海軍の配置で鮮やかに浮き上がるのが面白い。

 とかの構図が、日露戦争の終結で大きく変わってゆく「第5章 戦後の状況と日本の≪韓国併合≫」が、読んでいて最も面白かった。この手の本にありがちなように、最初は五里霧中だったのが、読み進むにつれて全体の構図が見えてくるって効果もある。と同時に、本書の眼目である国際関係が、戦争の帰趨で大きく動くため、そのダイナミズムが楽しい。

 ロシアは極東からバルカン半島へと目を転じ、オーストリア&ドイツと対立を深める。これにより英仏との利害一致が増え、日本との対立は軽くなる。いかにも第一次世界大戦に向けて走り出しているようだ。

 あおりを食ったのは韓国で、日本の支配は着々と進む。加えて日本は満州にも手を伸ばし、これがアメリカとの対立の種へと育ってゆく。ここでは鉄道王ハリマン(→Wikipedia)も顔を出し、ビジネスマンの視野の広さと抜け目の無さと世界を飛び回るバイタリティに感心すると共に、当時の鉄道が持つ世界情勢への影響の大きさが伝わってくる(→「世界鉄道史」「鉄道と戦争の世界史」)。

 日露戦争を、日露だけに留まらず、世界史の中の事件として捉えた俯瞰的な視点で描くと共に、当時の国際関係と関係諸国の内情にまで踏み込んで説得力を持たせた、研究者向けの歴史の本だ。かなり専門的なのでいささか歯ごたえはあるが、じっくり読めばジワジワと味が出てくる、そんな本だった。

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